闇夜の大蛇

 

序、月の下の流血

 

大量の血が流れていた。

どこもかしこも、死体が積み上げられていた。

叫び声と、怒号が交錯する。

ツチグモを探せ。

必ず殺し尽くせ。

足音が、どたどたと左右を行ったり来たり。目の前に転がっている父母を救う余裕さえもなかった。まだ、息があるというのに。

隙を見て、逃げ出すことしか、出来なかった。

森の中を、あてもなくさまよう。

嫌みなほど、今日は月が明るい。空を舞う梟も、まぶしすぎる月に辟易している様子だ。手をさしのべると、手元に降りてくる。

嫌がっているのが分かった。

血の臭いを嗅いだからだろう。動物の血の臭いでは無く、人間の血の臭い。

死体のふりをして逃れるには、これしか方法が無かった。

「すまん、ツキヨ。 今は、我慢してくれ」

梟の頭を撫でると、足に草を結びつけて、飛ばす。

私は無事だという印である。

ツキヨという名前を付けた梟は、すぐにその場を飛び去る。梟が、人間よりもずっと目が優れている事を、知っている。それは神などでは無く、動物であると言うことも。

小川に出た。

膝を抱えて、腰掛ける。

誰も聞いてはくれなかった。襲撃があるのは、間違いないと皆に話したのに。両親でさえ、笑っていた。

奇襲を撃退したばかりで、また攻撃してくるはずが無いと。

分かっていなかったのは、皆の方だ。ヤマトの連中が、どれだけの数で来ているか、理解していなかった。

彼奴らは、米を食うことで、年々数を爆発的に増やしている。たとえ一人一人の力が弱くても、その数は脅威になるのだ。

そして奴らは。

米だけでは無く、森も喰らう。

見た。焼き払われた森を。切り開かれた森を。あれは、喰われたのだと、一目で理解できた。

そう言う生き方もあるだろう。森は人間にとって恐怖そのもの。そこにいる獣たちは、弱肉強食の掟のみに従う狩人達。人間が森に生きるには脆弱すぎるし、恐怖から逃れようというのも、理解できはする。

だが、森に生きるものを殺すやり方には、あらがわせてもらう。

小川の音に身を浸しながら、思うのだ。この戦いに負けたのは、きっと自分に権力が無かったから。

ミコになったばかりの自分が、何を言っても。信じない者は信じない。

実の両親でさえそうだった。

年老いた先代のミコが、意見が違ったことも、原因の一つだろう。

口惜しい。

必ずや、この借りは返す。ヤマトの連中を、絶対に追い払う。追い払えなくても、集落の皆を殺した奴だけは、絶対に仕留める。

「ヤト!」

呼ばれたので、顔を上げた。

生き残りが、ぽつぽつと集まりはじめたようだ。

あの襲撃は大規模だったが、逃げ延びた者がいることは知っていた。何より闇夜の奇襲だったし、全員は殺し尽くせない。

しかし。

名を呼んだ男は、左腕を失っていた。

「カルノ、左腕は」

「何、この程度。 元々傷を受けて、動きが鈍ってたしな」

カルノは先代ミコの兄の息子で、ヤトからすれば父親のような年だ。先代ミコが既に死んだ今となっては、もうただの人に過ぎない。

もっとも、これでヤトの集落は消滅したも同然。

今更序列も年功もなにもあったものではないが。

「何人ぐらい、逃れられた」

「さあてな。 女で逃げられたのは、多分お前だけだろう。 お前はミコだから、子を成すわけにはいかんし」

「集落は事実上、終わりだな。 他の集落に合流するしかあるまい」

「ヤマトの連中、許せねえ。 俺は見たぞ。 女共を、奴らは浚って行きやがった。 自分の子供を産ませるつもりなんだ」

かろうじて生き延びた戦士の一人が吐き捨てた。

集落同士も、昔から平穏だったわけでは無い。だが、それでも、絶対にやぶってはいけない掟は幾つもあった。

それを、ヤマトの連中はやぶる。平然と。

そして、自分が持ち込んだ、新しい掟を、押しつける。

ジムカデの集落では、あろう事かミコがヤマトの者達に奴隷にされ、孕まされたと聞いている。

彼奴らは、本当に何をするか分からない。

「いつまで、此処で屯する気か」

「もう此処までは追ってこない。 少し休むぞ」

「だがよ、本当に此処で平気なのか」

「夜の森を歩き回る方が危険だろ」

逃げ延びてきた戦士達は、口々にそう言っている。

月明かりが、差し込んできた。

既に失われた集落のミコであるヤトは、大きく嘆息した。これからどうすれば良いのか、見当もつかない。

「ヤト、どうする」

みなが、此方を見た。

ミコの仕事はハハとは違う。子を成すのがハハの仕事であるならば、ミコの仕事は皆に危険を知らせ、導く事だ。

こういうとき、ミコが動かなければ、皆は何も出来ない。

だが、此奴らに対する不信感も、ヤトにはあった。危険を知らせたのに、誰もが若いミコだからと、話を聞こうともしなかった。

「このままでは、集落は全滅だ。 よその集落と合流する他あるまい」

「しかし、厄介になるのなら、俺たちは下っ端として扱われるって事なのか?」

「ヤマトの連中とずっと戦って来たのは、俺たちクロヘビなんだぞ。 誰よりも、戦いの経験だって積んでる」

「アオヘビの集落に行こう」

ヤトが言うと、皆が黙り込んだ。

アオヘビの集落は、東にある。

少し前にミコが死んだが、適格者がいないため、内部がかなり揉めているそうだ。今なら、或いは。

アオヘビと合同で、新しい集落を作れるかも知れない。

しかも、アオヘビは人数が多い上に、住んでいる土地が此処と同じく要害だ。クロヘビの土地は落ちてしまったが、あちらなら、まだしばらくは敵の攻撃を支えることが出来るだろう。

「すまんな、お前を若いミコだと侮った」

「いいさ。 私だって、もっと強く言っておけば良かったんだ。 お前達に無理にでも話を聞かせておけば良かった」

死んでしまった者達は、もう取り返しがつかない。

だから、これからのことを考えなければならないのだ。

いずれにしても、はっきりしている事がある。

ヤマトの連中に、尋常に戦いを挑んでも勝ち目は無い。もしも連中を追い払うのだとすれば、何か手は無いのか。

休憩を終えてから、動き始める。

この辺りの山は庭も同じだ。これだけ人数が減ってしまっていても、迷うことは無い。アオヘビの集落までは、さほど苦労せずにたどり着けるだろう。

夜明け前に、森を抜ける。

そうすると、谷に出る。

此処が、アオヘビの集落。

わらわらと、戦士達が出てくる。怪我をしている此方を見て、驚いたようだった。

「クロヘビのじゃねえか。 どうしたんだ」

「見ての通りだ。 ヤマトにやられた。 生き残りはこれだけだ」

「おい、冗談じゃ無いんだよな」

「冗談でこのような格好が出来るか」

衣服はぼろぼろ。

伝来の曲玉はどうにか守ったが、それだけだ。もはやヤトに残されているものは、ない。それでも、再起したい。

報復のために。

「お前達には、ミコがいないと聞いている。 私はまだ若いが、ミコとしての力は持っているぞ」

「なら、どうしてクロヘビは滅んだんだよ」

「俺たちが、ヤトの話を聞かなかったからだ。 此奴は若いが、本物だぞ」

じっと見上げるヤト。

元々、アオヘビの集落では、長く続いたミコ不在によるもめ事に、嫌気が差していたのだろう。

「分かった。 とりあえず、暖かいものは用意してやる。 こっちにきな」

アオヘビの戦士達が、奥に引っ込んでいく。

ヤトは頷くと、生き残った者達に、後に続くよう促した。

 

1、苦難の始まり

 

少し前までは、服も存在しなかった。男も女も毛皮で陰部を隠しているだけで、洞窟で暮らしていたと聞いている。

休息に生活が楽になってきたのは、幾つかの理由がある。

麻で作った服の存在も、その一つだ。毛皮に比べて管理が極めて容易である。もっとも、毛皮は毛皮で良い面もある。だから、麻の服と毛皮を併用するのが自然だった。

武器も、以前とは変わってきている。

一番新しいのは青銅と呼ばれるもので、作られた武器は。石とは利便性が段違いで、切れ味も耐久力もまるで別物だ。ただしこれは貴重品で、作る事も難しい。この集落には存在しない。

更に、鉄と呼ばれる恐ろしい武器の材料もあるそうなのだが。まだ、それは数えるほどしか見たことが無かった。

ヤトは目を覚ますと、ぼんやりと日を浴びながら、あくびをした。

アオヘビの集落に来て、四日目。

つかれも癒えてきた。まだミコとしてヤトを受け入れるか、アオヘビの者達は揉めているようだが、どうやら趨勢は決しているらしい。

男達よりも、ハハ達が、ミコが欲しいと言っているようなのだ。

ヤトがこの集落に来て最初にやったことは、女達と話すこと。そうすると、ハハ達が、非常に不安がっていることがすぐに分かった。

彼女らを手なづける事が第一だと考えて、色々と手伝いをした。その成果が、出てきたという事だ。

衣服を着込む。

少し前までは、麻の布を二枚並べ、首を通す穴だけを開けたものを服としていた。しかしこれだと肌が外気に触れやすく、何より寒い。故にもう一工夫して、毛皮をその上から重ねたり、もう少し構造を複雑にして脇や腹の横を止めたりすることで、風が肌に触れるのを防ぐようにしている。

首にかける曲玉は、もはやクロヘビ集落最後の形見となってしまった。ミコに受け継がれてきた大事な道具だ。

カミが宿ると言われるこの曲玉だけは、手放すことが出来ない。

花を潰して作った朱を使って、顔に化粧を施す。

これだけは、クロヘビのやり方を踏襲しようと思っていたのだが。アオヘビのミコの化粧についても、今後は聞いておいた方が良いだろう。いっそのこと、二つの化粧をあわせてしまうのもいいかもしれない。

化粧は、主に模様を施すだけ。

そうすることで、ミコである事を、周囲に示すのだ。

髪は結う。

子供の頃はそのままにしている髪だが、大人になると、結うようになる。ミコは更に特殊な結い方をする。束ねた髪を、更に編むのだ。こうすることで、一目でミコと分かるようになる。

編み方は集落によって違う。クロヘビ集落の結い方はかなり複雑で、ヤトも覚えるまでかなり時間が掛かった。

谷に無数に開けられている横穴の一つが、ヤトの家。穴から出ると、もう一つあくびをした。

ヤトを見た男達が、話しかけてくる。

「よう眠れたか」

「ああ。 それよりも、今日は西の方に注意しろ」

「獲物か?」

「いや、ヤマトの連中の斥候が来るはずだ」

にわかに、アオヘビの連中が色めきだつ。

ミコに求められる力は、予知だ。ヤトに関しても、予知の力は備わっている。正確には少し違うのだが、今回は当たっている自信があった。

普段はミコの仕事は、得物がいる場所を当てたり、或いはもめ事の仲裁などになってくる。

戦時には、カミに祈ったり、或いは体を捧げたりして、勝利を味方に呼び込む存在となる。

ヤトはミコになってまだ半年だが。

そのからくりについては、ある程度理解しているつもりだ。

すぐに戦士達が、谷を出て、森の西側に向かう。おそらく相手は斥候だろうから、これでいい。

上で、鳴いている鳥がいる。

目を細めた。

あれは、ツキヨと同じヤトの部下。

カラスのヒルカだ。

ヒルカは鳴き声で、外敵がどこにいるか、ヤトに知らせることが出来る。元々カラスはとても賢い鳥で、しっかりしつければ非常に役に立つ。死体を漁ったりするから嫌われているが、それ以上に有用なことを、ヤトは知っていた。

どうやら斥候の人数は三人。

今出て行った戦士達の数なら、充分に追い払うことが出来るだろう。

曲玉を弄りながら、ヤトはヒルカの鳴き声を確認。手をさしのべると、すぐに降りてきた。

手づからに、昨日捕まえておいた小魚を与えてやる。

頭を撫でてから、また空に放った。

年老いた戦士が、不思議そうに、ヤトがやる事を見ていた。

「不思議な技を使うな。 先代のクロヘビのミコから受け継いだのか」

「あのばあさまは、基礎的なことしか教えてくれなかった。 若い私がミコをやっていくには、得意な技を伸ばしていく必要があってな」

予知の力、などというのは、本当は。

いや、それを言っても仕方が無い。ただし、ヤトには、昔から、ある特殊な力が備わっていた。

それが、今使ったもの。

動物と、妙に心を通わせやすいのである。

カラスのヒルカも、梟のツキヨも、しばらく時間を掛けて手なづけた。今後は、タカを飼ってみようとも思っている。雛の段階から育てれば、親鳥になる頃には、集落の力になるはずだ。

そして、もう一つ。

ヤマトの連中が飼っている、ある動物を手に入れたい。それを手に入れることが出来れば、連中に対抗できるかも知れない。

西の森に出ていた連中が戻ってきた。

「本当に斥候がいた! 三人だ」

「それで? 殺したか」

「逃げられた。 だが、手傷は負わせたぞ」

まあ、肝は冷えただろう。簡単に此処を奪えはしないと言うことは、これで分かったはずだ。

クロヘビ集落が、この近辺でもっとも激しくヤマトに抵抗していた。既に滅びてしまったが、ヤマトに対する防衛線になっていたのだ。

それをヤマトの連中も理解していたから、あのような思い切った人数で襲いかかってきたのだろう。

弱小の集落の中には、さっさとヤマトに降参して、その傘下に入った者達もいる。そういった者達を責める気は無い。

だが、誰もが知っている。

新しい掟を押しつけられ、場合によっては妻や子さえも奪われる。傘下に入るというのは、そう言うことだ。

「しかし、さすがはミコだ。 俺はあんたがミコになってくれるなら、嬉しいぜ」

「俺もだ」

戦士達が、口々に言う。

それでいい。

面倒な事までして、敵の襲撃を察知して見せたことで、ヤトのミコとしての力は、皆が理解しただろう。

谷の中央には大きなたき火が点在していて、そこで皆の食事が作られる。

鹿や猪を仕留めたとき、捌くのも此処でだ。

ヤトは食事を作らない。

ミコは食事を作らせて貰えない、というのが正しい。掟の一つだ。食事を作ると、カミと通じる力が落ちるというのが理由らしいのだが。

実際の理由は、そうではないだろう。

ミコをしていた人間達は、時々集まって話をしていたそうだが。その時に、掟が少しずつ増えていったという。

これもその一つ。

昨日捉えた猪の血抜きが終わったとかで、解体が始まる。そばに座って見ていると、最初に切り分けたもも肉を、戦士達の中で年長の男が差し出してきた。カキリという男で、今回もヤマトの斥候に矢を当てたという。

「とっておけ。 あんたの功績だ」

「ありがとう。 いただく」

「獲物のいる場所や、天気なんかをあててくれれば、それでいい時代が懐かしい。 ヤマトの連中が来てから、騒がしくなるばかりだ」

「奴らをたたき出すには、幾つかのことが必要になる」

四日間、考えていた。

そして、結論が出た。

食事が終わったら、皆を集めるように、ヤトは指示。

どうやら、ミコとして認められたようだから。今のうちに、話をしておかなければならないだろう。

 

ヤトは、昔から理屈っぽい子供だと言われていた。

服はどういう仕組みなのか、まず調べてみたし。大人の髪型についても、どうしてなのかしつこく聞いて廻る子供だった。

獣や鳥の名前についても知りたがった。植物についても、何の効能があるのか、食べられるのか、知識が得られるまで誰にでも聞いて廻った。

遊ぶときも、一歩引いていた。

他の子供達が馬鹿丸出しに危険に突っ込んでいくのに、ヤトは一歩離れて、皆から遅れてついていった。そうすることで、先頭の馬鹿が酷い目に遭うことがあっても、自分が助かることを知っていたからだ。

逃げ足も速くて、いたずらが発覚して捕まった事は一度も無い。一度した失敗は、二度と繰り返さなかった。

小賢しい子供だったと、自分でも思う。

当然大人達からはうるさがられた。

同年代の子供達からも、少し離れて見られていたように思える。

先代のミコがヤトに目をつけた理由は、昔は分からなかった。だが、ミコを半年ほどやってみた結果、分かった。

ミコは、悪い意味でも良い意味でも、頭が良くなければやっていけないのだ。

よその集落はどうかは分からないが、この辺りでは、ハハと呼ばれる子を産む女性達が、権力を握っている。

ミコはその頂点として、腕っ節ではかなわない男達をまとめていかなければならないのだ。頭の悪い人間では、とてもではないがつとまらない。

それだけではない。

ミコは普通の人間とは違っていなければならなかった。いろいろな理由があるのだが、場所によってはミコは他の人間に姿を見せないこと、という掟がある場所まで存在しているとか。

そしてそれらの全てに、理由がある事を、ヤトは今では理解していた。

食事が終わった後、アオヘビ集落の主な人間を、広間に集める。

この谷は、とても良い場所だ。多くの人間が暮らせるし、敵が攻めてきてもとても守りやすい。

谷の真ん中にはかなりの人数が集まれる広間もある。今後、重要な発表は、此処でしよう。そうヤトは決めていた。

まず最初に、ヤトをミコとして認める決定がくだる。

戦士達の中で年長の者達と、ハハ達の中で多く子を産み育てた者達が、具体的な決定権を持っている。

子供はとにかく簡単に死んでしまう。病気でも死ぬし、獣に襲われたり、怪我から命を落とすこともある。

だから、子供を多く産み、なおかつ育てられるハハは、尊敬されるのだ。

だが、ヤトが見たところ、かなりの悶着が、今まであったようだ。ハハ達も戦士達も、派閥を作って対立している様子がうかがえるのである。

今回、ヤトがミコとしての力を見せたから、この結果になったが。

油断すると、すぐにでも追放される可能性がある。今後も、気を抜かず、ミコとしての力を示し続けなければならない。

谷の上では、ヒルカが此方を見ている。

何も鳴かないという事は、今の時点で危険は無い、という事だろう。もう何匹かカラスを飼っているのだが、それらも特に問題は起こしていない。

クロヘビの生き残り達は、ほっと一息ついたようだ。此処で受け入れられなかったら、更に東へ逃れるしか無かったからである。

もっとも、その場合は。ヤトも、運命は同じだが。

昨日から、アオヘビの戦士達が何名か西に行って、クロヘビの生き残りがいないか探してくれてもいる。ひょっとしたら一人や二人、生き延びている戦士がいるかも知れないが。今は、それよりも先に。

此処で、話しておく事があった。

「このアオヘビの集落は人数も多いし、要害の土地だ。 それでも、いずれヤマトには攻め滅ぼされるだろう」

「何だと」

「ヤマトの人間は、とにかく数が多いのだ。 奴らは森を喰らって、人数を増やす方法を手に入れているとしかおもえん。 クロヘビの集落でも、敵を何度撃退しても、数が増えて襲ってくるから、どんどん劣勢になって行った」

此処ほどでは無いが、クロヘビの集落も、かなりの要害だったのだ。

人数も、それなりにいた。

だが、最終的には滅ぼされてしまった。しかも最後の数年は、ヤトから見てもかなりの早さで、戦力が削られているのが分かっていた。

敵の偵察との小競り合いはしょっちゅうで、その度に死人やけが人も出た。結局の所、あの日の夜襲が無くても、いずれ遠からずクロヘビは落ちていただろう。

「アオヘビを守るには、幾つかしなくてはならない事がある」

「何をすれば良い」

「まず、他の集落と、話をする事だ。 集落ごとに分かれていたら、とてもではないが、ヤマトには勝てない」

戦士達が顔を見合わせる。

ミコ達が集まって話をする事は、年に何度かある。だが、集落が集まって、一つの敵と戦うなど、初めてのことだろう。

「数さえ集まれば、どうにかなるのか」

「いや、難しい。 そもそも武器が違う」

「そういえば、俺たちも聞いている。 ヤマトの連中は、怪しい武器を使うとな」

怪しいかどうかはよく分からないが。

ヤマトの者達が使っている武器は、恐ろしく強い。今までは森の中で、体の強さにものを言わせて戦って来たが、それも今後は無理が生じてくる。当然で、奴らは最低でも青銅製の武器を用いている。

鉄の武器を使う奴もいるほどだ。

「その武器を奪って、此方で使えないか、今考えている」

「何だと」

「怪しいカミの力が宿っている武器だと聞いているぞ。 そのようなものを使ったら、祟られるのでは無いのか」

「案ずるな。 私は触ったことがあるが、今も生きている」

これは、嘘だ。

ヤマトの斥候などが持っている武器は、何度も間近で見たが。残念ながら、奪うまでには至らなかった。

ただ、鏃などは落としていったものを、拾ったことがある。

流石に放った後の矢を、武器とは呼べないだろう。ただ、あまりに鋭く切れ味があるので、驚かされた。

指を深く切ってしまったのだ。

あのような矢を受けたら、毒を塗られていなくても、死に至りかねない。だから、怪しいカミの力、というような噂が流れたのだろう。

「ヤマトの奴らが奪った場所は、森がなくなるんだろう? そんなところで、戦えるのか?」

「滅びたくなければ、やるしかない。 それと、ウマという動物を知っているか」

「いや、はじめて聞いた」

「鹿に似ているが、ずっと大きくて、動きも同じくらいに速い。 以前、ヤマトの名のある戦士だろう男が、それに乗っているのを見た事がある」

見たのは、二度だけ。

武勇を誇るはずのクロヘビの戦士達が、ウマに乗った相手には、手も足も出なかった。ウマに跨がった相手は、とにかく高い所から、長い棒についた刃を振り下ろしてくる。ウマそのものも大きいし、目の前にしたときの威圧感は凄まじい。

まだ幼かったヤトは、むしろそれを見て感心してしまった。

ヤマトの連中は、すごい動物を飼っているなあと。

あの動物は、敵に回すと非常に厄介だ。

どうにか味方にしたい。てなづける自信はあるが、ヤマトの連中があれを増やすと、手も足も出なくなるだろう。

「ヤマトの戦士を、生きたまま捕縛したい。 ウマを奪い、武器を手に入れるためにも、それは必要だ」

「敵を生きたまま捕らえるだと?」

「そうだ。 今後勝つために、必要だ」

掟の一つに、敵は解き放つべしというものがある。

これは集落同士の争いで、被害を増やしすぎないための工夫だったのだが。しかし、今となっては、役に立たない掟だ。

勿論、他の集落から反発もあるだろう。

年老いて頭が硬くなっているミコ達もいる。説得しなければならないと思うと、気が重い話だ。

「これらの全てを、一度にするのはむりだろう。 順番に、一つずつやっていくしかない」

「しかし、出来るのか」

「まずは、集落をまとめなければなるまい」

ヤマトの戦士は、正直ツチグモに比べるとかなり弱い。武器の差を埋められる森の中なら、しばらくは戦い抜けるだろう。

数さえ増やせば、どうにかなる。

それに、集落が襲われたとき、他から戦士を回せれば、一つずつ潰されていくという状態が来るのも、避けられるだろう。

そうやって敵を押さえ込んでいる内に、武器を調べる。

作れるようなら、此方でも作る。

無理なら、奪ってやりくりしていくしかない。

そして、ウマを取る事が出来れば。

流石のヤマトも、ウマはさほど多くない様子だ。一匹奪うことが出来れば、大きな打撃になるだろう。

実のところ、もう一つやっておきたい事がある。それは、まだいるはずの、ヤマトと戦っている者達との連絡を取ること。

しかし、それはまだ後だ。まずこの二つを、どうにかしなければならないだろう。

不満そうな顔をしている戦士達もいた。実際問題、掟をこの時点で幾つか破っているのだ。

だが、彼らも理解しているはずだ。

このままだと、ヤトがいうように。この辺りの人間は、全て滅びることになるだろうと。ヤマトの奴らに飲み込まれてしまう。

奴らの理屈のままに動く事を余儀なくされ、女子供は奪い尽くされ、やがては森も全て喰われてしまうだろう。

「まず、足の速い戦士達。 何名かで、全ての集落に、急いでミコの会合をする事を伝えて欲しい」

「分かった。 すぐにやる」

「誰がどこに行くかは、任せる」

まだヤトも、この集落の人間全てを把握はしていない。

こういう細かいのは、その場の人間に任せた方が、上手く行くだろう。それに、アオヘビの集落の中には、まだヤトに反発している人間もいるはず。絶対権力を握るまでは、自重した方が良い。

一通り話を済ませると、何名かつれて、集落の外に出る。

クロヘビの集落の周囲は、それこそ目をつぶってでも歩けるほど知っているが、この辺りはそうではない。

どうせ戦いになるのだ。

今のうちに、知っておいた方が良い。

空を舞っているカラスが、鳴き声を四つあげた。周囲に、人間はいないという合図だ。もう少し、訓練するカラスを増やした方が良いだろう。勿論、梟も同じ。カラスと梟はとても仲が悪いから、一緒に育てられないのが難しいが。

辺りを歩いていると、なるほどと思わされる。

アオヘビの集落は、本当によい先祖を持ったらしい。住み着くには、理想的な場所なのだ。

家がある崖は、周囲が切り立っていて、入れる場所が一つしか無い。逃げ道も無いように見えるが、洞窟の幾つかが外に通じている。普段は隠しているが、これを使えば、ヤマトの奴らが来た時、後ろから襲うことも出来るはずだ。

しかも、森の地形が極めて入り組んでいる。

丘がたくさんあって、すぐ先も見えない。これはよくアオヘビの集落まで逃げ込めたものだと、驚いてしまう。

この辺りでのたれ死にしていても、おかしくは無かっただろう。

運が良かったのだと、ヤトは思った。

アオヘビの集落の後ろには、河も流れている。魚も豊富で、食事には困りそうにない。有利な点ばかり見つかるが、見ていくと欠点も幾つかあるように思えてきた。

大きな岩を見つけたので、上がってみる。

木登りくらい、出来て当然。勿論岩登りもしかり。子供のうち、三人に二人は疫病やなにやらで、大人になるまでに死ぬのだ。生きている子供は、全員がたくましい。ヤトも、それは例外では無い。

「……あの大きな木は」

「ああ、あれは森のカミじゃ」

「そうか」

厄介なところに、大木がある。

側に行ってみると、非常に大きくて、登りやすい。そして登ってみると、案の定だった。これはかなりまずい。

辺りを見回すことが出来るのだ。

丘だらけの複雑なアオヘビ集落周辺だが、此処は非常に重要な場所になる。もしもヤマトの奴らが此処を抑えると、先手先手を取られるだろう。

出来れば、切ってしまうか、燃やしてしまいたい。だが、アオヘビの集落で、この木をカミだと考えているのなら、かなり難しいだろう。

木から下りる。

木肌までごつごつしていて、登るのに最適な造りだ。見上げると、非常に雄々しく、カミと呼ばれるのもよく分かる。

だが、このカミは。

どちらかといえば、集落に禍を運んでくる、タタリガミだろう。

他にも、まずい所は無いのか。

戦士達は、自分から率先して歩いて廻るヤトを見て、不可思議そうに小首をかしげている。中の一人が、とうとう好奇心に負けたのか、言う。

「どうしてそんなに彼方此方歩くんじゃ」

「戦いの時、何も知らぬではどうしようもない。 どう戦えば良いかは、はっきりさせておかなければならない」

「クロヘビの者達のかたきうちか」

「それもあるが」

カラスが二つ鳴いた。

人間が来たという合図だ。

その後の鳴き方に耳を懲らす。他のカラスたちも、これを聞いて、警戒に入っている筈である。

どうやら、ヤマトの斥候だ。

また来たのか。

クロヘビが落とされたときよりも、攻撃の速度が増している。長年厄介だったクロヘビが落ちたから、勢いに乗っているのか。

「ヤマトの奴らだ。 数は……五」

「そんなに来たのか」

「すぐに集落に戻るぞ。 戦士達を集めないとなるまい」

慌ただしく、集落に戻る。

一度振り返るが、まだヤマトの奴らは見えない。だが奴らは、優れた武器を使うだけではなく、此方を獲物くらいにしか考えていない。浚った女を好き勝手にする、という時点で、それが知れている。

すぐに、集落から十人以上が出て行った。

そして、しばらくすると。けが人が一人出たものの、ヤマトの奴らは追い払うことが出来たのだった。

 

2、夜闇に紛れて

 

空気がぴりぴりしているのが、ヤトにも感じ取れる。

短時間で、二度も斥候が来たのだ。誰もが驚くのは、無理も無い。二度ともヤトが察知したことで、彼らは感動してもいるようだが。

いいミコが来た。

そう話している戦士を、影から何度か見た。

ハハ達も、ヤトを認め始めてくれているらしい。若いから心配だったが、よいようじゃないかと、いっている者もいた。

若い、か。

ヤトは、首から提げた曲玉を握る。

本来なら、ヤトはとっくに子供を産んで育てている年だ。ミコにならなければ、そうなっていただろう。

別に男が嫌いというわけでは無い。

生まれて既に十五の年が過ぎた。体をもてあます夜だってあるし、子供を産んでいる同年代の人間を羨ましいと思った事だってあった。

その殆どが、もう生きていないことを思うと。

ミコとしての命を得たことを、よしとするべきでは無いかと思うのだ。

ミコであるヤトにさえ、カミが存在するのかどうかは分からない。何かしら不可思議な力のようなものがあるのは確実だと思っているが、それが人間の内にあるのか外にあるのか、それさえもよく分からない。

他のミコ達も、多分分かっていないはずだ。

先代は少なくとも理解していなかった。理解していなかったから、誤魔化していた。ヤトはそれを見抜いていたが、今更何とも思わない。

斥候は二度とも逃がしてしまったが、三度目はどうにかして捕らえたい。

そう思っていたから、夜も起きていたのだ。

既に殆どの人間は眠っている。

どの横穴にいる家族も、静かにしていた。

わずかな見張りの戦士達だけが、起きている。ヤトはいざというときにならすための石を側においていたが、どれだけの数が、すぐに来るか。

この石は中に穴が開いていて、打ち鳴らすと大きな音が出る。

便利な石だが、たまたま拾ってきたものであるらしい。簡単に手に入るものではないし、大事にしなければならないだろう。

「ヤト」

声に顔を上げると、カルノだった。

もとクロヘビ集落の者達は、ここ数日でどうにかアオヘビに溶け込むことが出来ていた。ヤトが努力したから、というのもあるが。彼らもぐっと不満を押し殺して、耐えてくれている。

集落が違うと、掟も違ってくる。

彼らは重要な存在だ。掟の違いなどは、ヤトには分からない。彼らが話してくれなければ、軋轢は大きくなる。

ただでさえ、ヤトはこれから、幾つも掟を破ろうというのだから。

「どうした」

「何か聞こえないか。 村の外の方を歩いていたら、変な音がした」

目を細めたヤトは、先に行くように指示してから、口笛を吹く。

すぐにツキヨが飛んできた。

ツキヨに聞いてみる。とはいっても、人間の言葉で、話が出来るわけではない。幾つかの合図を組み合わせて、反応を見るだけだ。

ツキヨは何も見ていない様子だ。

或いは、見慣れない場所に来て、警戒しているのかも知れない。

「他の梟たちと一緒に、すぐに様子を見に行け」

指示を出すと、すぐにツキヨは飛んでいった。

自身も穴から出る。

カラスたちの方が梟よりも賢いし数も多いのだが、あの子達は夜には全くというほど役に立たない。

ただし、狩人としての目は梟たちの方が鋭敏だ。

夜襲を受けるわけにはいかない。

梟を飛ばした後、戦士達と合流する。見張りをしていた数名が、既に外に出られるように、準備を終えていた。

中には今まで寝ていたらしく、不機嫌そうな者もいる。

ミコとしてのヤトは信用されつつあるようだが、それでもまだ、不満を抱えている者も少なくない。

しかも、ミコがわざわざ偵察に出てくるなど、前代未聞なのだろう。

「あんた、寝ていろよ。 いざというときに、カミの声が聞こえなかったらどうするんだよ」

「屈強を誇ったクロヘビは、夜襲にて滅びた」

「そうかも知れないけどよ」

「私は夜襲を察知していたが、誰も信じてくれなかった。 最初に察知した私と、一緒に多くの戦士達がいれば、それだけ皆を信じさせられるだろう?」

そういうと、アオヘビの戦士達は顔を見合わせる。

夜の森は獣たちの領域だ。

人間を殺傷できるほどの獣は殆どいないが、それでもツキノワグマの大物になると、対処できない場合もある。

しばらく見て廻るが、異音の正体は分からない。

梟たちも反応しないところを見ると、何もいない可能性も低くない。

誰も見ていない時に、何度か口笛を吹く。

梟たちが鳴き返してくるが、いずれもが反応無し、何もいない、というものだ。

「熊か何かじゃ無いか?」

戦士達の不満が大きくなってきた。

ヤトとしても、神経過敏になっていたことは疑いが無い。一度戻ろうかと思った時。鋭い音が聞こえた。

これか。

戦士達にも聞こえたらしく、一気に空気が張り詰める。

剽悍な戦士達が、すぐに音がした方へ向かうと、小川の隅に、何かが隠れているのが見えた。

人間か。

いや、違う。鹿らしい。

しかも背中には、矢が刺さっていた。

他人の獲物には手出ししないというのが、掟の一つ。残念そうにした戦士達の前に出たヤトは、呻く。

この矢は。

ヤマトの者達の使う矢だ。

鹿は既に力尽きる寸前で、仲間を呼ぼうとして声を出していたのだろう。しかも見ると、喉の辺りも傷ついている。

だから、鹿の声を知り尽くしているカルノでも分からなかったのか。

「矢を抜けるか」

「それは掟に反するのでは」

「鹿はどうでもいい。 矢が欲しい」

「分かったよ。 どれ……」

戦士達が、死にかけの鹿を抑えて、矢を引き抜く。

しかし、鏃は肉の中で抜けてしまった。手にしている石の刃物で、肉を裂いて鏃を取り出した時には、辺りは血の臭いが充満し、もがいていた鹿も既に息絶えていた。

「ほら、ミコ。 これでいいか」

「ああ。 鋭いから気をつけろ」

サヤは受け取った鏃を洗うと、皆に戻るように指示。

ヤマトの連中に撃たれた鹿が逃げ込んできている、ということは。

クロヘビの集落周辺に、ヤマトの奴らが来ているという事だ。あの辺りの森を喰らいはじめた可能性が高い。

歯ぎしりしてしまうが。

今は、どうにも出来なかった。

 

一眠りして、朝が来るのを待つ。

働き始めた周囲の喧噪をよそに、ヤトは昨日拾った矢を調べることにした。夜の間に調べなかったのは、自分では分からないからだ。

集落には、槍や矢を作る者がいる。

だいたいは戦士として引退した老人が中心だ。彼らを呼び集めて、昨日手に入れた鏃を見せる。

「どうだ、再現は出来そうか」

「無理だな」

即答された。

まあ、想定はしていた。

「ヤマトの奴らの武器だろう? 確かこれは、青銅とかいったな」

「どうやって作るかも見当がつかん。 石の中に入っているのか、それとも。 それに、石から割るとしても、何をどうすればこんなに綺麗にとがるのかさえ、儂にはわからぬでなあ」

口々に老人達がいった。

これで、はっきりしたが。それでも聞いてみる。

「誰か、分かりそうなものはいるか」

「いないだろう。 集落にはどこにも名人がいるが、これは完全に儂らの理解の外にある存在だ」

「どうやら、そのようだな」

悪かったと言い残すと、自分の穴に戻る。

はっきりした。

この辺りの集落では、石を割ったりして、武具を作る。だがこれは、おそらくそれとは根本的に違う造りの武具だ。

ヤマトの連中は、一体何をどうして、このようなものを作り上げている。

しかも、これをも越える武具を持っているでは無いか。鉄である。

実のところ、青銅の武具については、前から不可解なものだとは知っていた。クロヘビの集落では、これはカミが授けたものだろうという意見が大半を占めていて、ミコに詰め寄るものも多かった。

カミに頼んで、俺たちにも青銅をくれと。

だが、ミコは言葉を濁すばかり。

結局、破滅の日まで、誰にもどうにもできなかった。

今は、武器の差を、地形で補える。

ヤト自身の、動物を使う力でも、ある程度は補えるだろう。何度か力を使ったことで、以前のクロヘビの時とは比較にならないほど、動きやすくもなっていた。だがそれでも、このままではどうしようも無い事が、はっきりしすぎていた。

数を集めても、時間稼ぎにしかならない。

武器が違いすぎる。

それ以上に、何か根本的な所で、絶対にかなわないのだ。

どうすればいい。

ヤマトの連中と仲良くするのは、嫌だ。しかし、奴らの知恵を手に入れなければ、今後はどうしようもない。

手に入れるのは、ウマと武器だけで良いのか。

そもそも、手に入れたところで、どうにかなるのだろうか。

ヤマトの連中は、本当に青銅や鉄を、カミから手に入れているのか。違うのだとすれば、どうなのだろう。

とにかく、知恵が何もかも足りない。

他の集落に行っていた者達が戻ってきたのは、次の日のこと。

斥候はとりあえず、もう来なかった。

だが、カラスが一羽戻らなくなった。おそらく、ヤマトの奴らに狩られたのだろう事は、容易に見当がつく。

カラスと梟を、もっと増やさなければならないだろう。

「ミコ、他の集落のミコ達は、話をするそうだ」

「分かった。 すぐに出向く」

ヤトの名前は、集落では意味が無くなっている。

今では、アオヘビのミコ、というのが、本名と同じだ。いや、いずれこれも意味が無くなる予定だが。

この辺りで一番大きな集落は、クマの集落という。

近くに何匹か、山の主ともいえるクマが住んでいることから付けられた名前だ。

歩いて丸一日かかるが、それでもいかなければならない。

このままでは、全滅を待つだけだからだ。

それに、出向いたところで。

一度や二度では、埒があくはずも無い。

これから、頭が硬い老婆達と、何度もやり合わなければならない。それを思うと憂鬱極まりないが。

武器の違いを見ても、何もしなければ、近いうちに滅ぼされるのは確実である。

ヤトは決めている。

ただで、滅ぶものかと。

絶対に、ヤマトの連中を、殺せるだけ殺す。

そして、生き延びるのだ。

 

3、わずかながらの光と

 

案の定というべきだろう。

出向いたクマの集落では、冷淡な対応が待っていた。集まったミコが、そもそも想定の半分程度に過ぎないのである。

現実が認識できていないものがどれだけいるのか。或いは、既にヤマトにくだることを決めている集落も、あるのだろう。

クマの集落のミコは、この辺りの最長老。

クロヘビの先代ミコよりも、更に母親の代から生きているという、化け物のような古株だ。

以前ミコになった時にあったが、この年になっても男達と一緒に肉を食い、時には酒まで飲むという。

ミコ達の話には、ハハも戦士達も、加わる事が出来ない。

クマの集落は、落ちくぼんだ盆地の中、森に紛れるようにして存在している。非常に人数が多い集落だが、それはとても子をたくさん産むハハがいるからで、決して守りやすい場所では無い。

改めて思ったが、此処はいずれ、どうにかしなければならないだろう。

ヤマトの奴らと戦いになったら、ひとたまりもなく潰されてしまう。相手の数が多かったら、その時にはもう終わりだ。

広場のたき火の周りに、ミコ達が座る。

ヤトには、冷たい目が、幾つも向けられた。

「クロヘビは全滅したというのに、よくのうのうといきておられるな。 そればかりかアオヘビに逃げ延びて、其処を奪ったと聞いているぞ」

「人聞きが悪い。 クロヘビでも、私は最善を尽くした。 アオヘビにはミコがいなかったから、そこでミコになった。 それだけだ」

「黙れ、小娘がぁ!」

がなり立てるのは、イノムシのミコ。

海の近くにある集落のミコで、元々クロヘビの集落とは、何度も小競り合いを起こしてきた間柄だ。

今回も最初からヤトをとっちめるつもりだったのだろう。鼻の穴を膨らませて、敵意をむき出しにしていた。

こんなのとも、協力していかなければならないのは、不快きわまりない。

「イノムシの。 落ち着け。 クロヘビの戦士達が強かったのは、戦ったお前さんが一番知っているだろう。 それでも、どうにもならなかったのだ」

手助けを入れてくれたのは、アカムシのミコ。

まだ若いミコで、それがゆえにヤトの苦労もある程度分かってくれているのだろう。クマのミコは、何も言わず、じっと状況を見ている。

「クロヘビの、いや今はアオヘビのか。 どうしてクロヘビは落ちた」

「あまりにも、敵の数が多かった事が一つ」

「それほどに多いのか」

「殺しても殺しても攻めてきた。 それも、どんどん数を増やして。 奴らは森を喰らって、数を増やす方法を知っているとしか思えない」

ミコ達が顔を見合わせる。

彼女らも、うすうす知っている筈だ。

それに、と。

ヤトは敢えて言葉を切ってから、続ける。

「それに、奴らはあまりにも武器が違う。 青銅や鉄というものの恐ろしさは、聞いていないか」

「ああ、珍しい青銅を潤沢に持っていると聞いている。 その上鉄というものは、我々の武器では、歯が立たぬと。 奴らはよほど強いカミを、味方に付けているのだろう」

やはり、そういう認識か。

ここに来た目的の一つは、それについて誰かが知らないか、探りを入れることもあったのだが。

「それに、クロヘビには、ウマという生き物も現れた」

「何だそれは」

「鹿より大きくて、同じくらいに素早い。 しかも人間が乗ることが出来る。 このウマにのったヤマトの戦士には、クロヘビの戦士でも歯が立たなかった。 ウマは恐ろしい生き物だ」

「何だそれは。 カミはそのような恐ろしい生き物まで繰り出してきたのか」

まやかしだ。イノムシのミコは、目を真っ赤にして叫ぶが。この時、クマのミコが、はじめて口を開いた。

イノムシのミコさえ、クマのミコには逆らえない。

それだけ、影響力が大きいのだ。

「その話は本当か」

「本当だ。 私はまだなりたてのミコだが、それでも半分の年、クロヘビを率いて奴らと戦って来た。 守りやすいクロヘビと、その周りの森でも、どうにもならなかった。 ここまでヤマトが攻めてきたら、クマは一年ももたずに落ちる」

「そうかそうか」

クマのミコが、敢えて黙り込む。

ヤトも、クマのミコが、次の言葉を放つのを、待った。

「で、皆を呼び集めた目的は」

「まず、数が足りない。 戦士達がいざというときに集まって、ヤマトと戦う仕組みを作らなければ、とてもではないがかてない」

「それはお前の所の戦士達が、臆病風に吹かれているからだろうっ!」

イノムシのミコがわめき立てるが、クマのミコににらまれて黙り込む。

ヤトとしては、正直どうでもいい。

クロヘビが今まで防波堤になっていたのだ。今はアオヘビの周りに斥候が来ているが、近いうちにイノムシの集落にも斥候が出るだろう。

その時、思い知れば良いのだ。

どれだけとんでも無い相手かと。

「もう一つは、知らなければならない。 私の見立てでは、ヤマトの奴らの武器は、おそらくカミに授かったものではない」

「どういうことか」

「ヤマトの奴らの武器は、あまりにもどれもこれもが似ているのだ。 あまり考えたくは無いが、知恵がある者達が作っているのでは無いのだろうか。 我らが、石を割って鏃を造り、翡翠を磨いて曲玉を作るように、だ」

あれを手に入れない限り。

いや、作る方法を知らない限り、我らは勝てない。いずれ皆、まとめて滅ぼされるだろう。

しかも、そう遠い未来では無い。

ヤトが告げると、流石に誰もが黙り込んだ。

イノムシのミコでさえ、顔を真っ赤にしたまま、口をつぐんでいる。それほどに危険な相手なのだと、認識してもらわないといけないのだ。

「うちの集落は、手を貸すことにする」

アカムシのミコが、率先していってくれた。

有り難い話だ。

イノムシはつんと顔を背けてしまった。これは別に良い。一回の話し合いで、上手く行くとは、ヤトも思っていない。

クマの集落も、協力は申し出てくれない。

クマのミコは、それこそ年老いた熊のように狡猾だ。すぐに話に寄るのでは無く、見極めようとしているのだろう。

そうでなければ、如何に化け物じみていても、この辺りで最大の集落を好き勝手には出来ないはずだ。

「それに、ヤマトの戦士を捕らえなければならない。 そして、奴らがどうやって青銅や鉄、ウマを手に入れているか、知らねばならない」

「掟に逆らうことでは無いのか」

「その掟は、我々の争いにだけ用いるものではないのか。 ヤマトの戦士から話を聞き出さなければ、我々は滅びを待つだけだぞ」

ミコ達が顔を見合わせる。

或いはこの中には、既にヤマトと通じているミコもいるかも知れない。それならば、それでいい。

何かしらの動きがある筈だ。

アオヘビの集落はすぐには落ちない。まだ時間は幸いにもあるから、少しずつ、状況を改善していくしかない。最悪の場合は、集落を捨てて逃げる。クロヘビの時のように、皆殺しになるよりはマシだ。

此処より北には、まだヤマトも勢力を伸ばしていない広大な地域があるとも聞いている。其処に逃げ込めば、或いは。

「それと、情報をやりとりする必要がある。 今までに年一度だった話し合いを、年二回以上行いたい」

「ミコとしての仕事が……」

「今はそれどころでは無い!」

わめき散らそうとしたイノムシに、機先を制した。

完全に頭に来たらしいイノムシに、クマのミコがいう。おそらく、彼女は今の危機的状況を、理解してくれたはずだ。

「今は黙っていよ」

「しかし! クマの!」

「黙っていよと言っている」

クマのミコが、周囲を睥睨した。

イノムシは頭に血が上っていたようだが、それで静かになる。流石に、此処で騒ぐことの意味は、理解しているのだろう。

「しばらくは、様子を見る。 ただし、話し合いを、年に二回にすることは賛成だ。 それに、アオヘビがこれからヤマトの矢面になるのも事実だろう。 皆が潰される前に、しっかり対策しなければ、死んでも死にきれまい?」

それが、決定打になった。

アカムシに続いて、四つの集落が、援軍を出してくれることを約束してくれた。これだけ出来れば、初回の話し合いとしては大成功だろう。問題は、イノムシが何をしでかすか分からない事だが。

イノムシの集落は、漁で生計を立てている。

だからこそ、屈強で荒くれの者達も多い。

クロヘビに次いでの武闘派だった理由も、そこにある。

対立していた理由も、だ。

すぐにアオヘビの集落に戻る。イノムシのミコは、相当に頭に血を上らせていた。馬鹿な事をしでかさないとも限らない。今、重要な局面だ。味方同士で、血を流している場合では無いのだ。

幸い、帰り道、襲撃は無かった。

だがもたついていたら、どうなったかは分からない。

わずかに希望は見えてきたが。

それは、夜空に浮かぶ星のようなものだ。

話し合いが終わったという事で、周囲の戦士達は気が抜けている。敵意のある人間が周囲にいないことは、分かっている。カラスたちが反応しないし、何よりぴりぴりした空気を感じない。

「気を抜くな」

「何だよ、びびってるのか?」

「イノムシのミコ、相当に頭に血を上らせていた。 隙を見せると襲ってくるぞ」

戦士の余裕が、一瞬で消し飛ぶのが分かった。

イノムシの集落の戦士は、残虐な事で知られている。元々荒くれ揃いなのだ。当然のことである。

さっさと急いで、アオヘビの集落に戻る。

辿り着いたのは夜中。幸いにも、斥候の姿は見えないという事だった。

どうにかこれで、最初の関門は突破できた。

次は、どうやってヤマトの奴らから、情報を取り出すか、だろう。

ヤマトの攻撃を受けている集落は、此処だけでは無い。他にも多くの集落が、攻撃されているはずだ。特に此処から北に行った山は、かなり手酷い攻撃を受けていると聞いている。何か情報が入るかも知れない。

しかし、あくまで人づての話だ。

今はもう、とっくに潰されているかも知れない。

つかれたので、穴に入って、さっさと寝ることにした。時間だけが、どんどん無駄に過ぎていく。

関門を一つ突破したという事だけに満足するべきなのか。

或いは、先に行くことを、もっと真剣に模索するべきなのか。

寝返りを打つ。

中々眠れない。

外に出ると、既に月が出ていた。

あの月を、あと何度見ることが出来るのだろう。そう思うと、何だかとても悲しい事だと感じてしまった。

 

運が良かったというべきなのか。

或いは、悪かったのだろうか。

ヤトがアオヘビの集落に戻った翌日。大きな事件が起きることとなった。

不意に、ヤマトの奴らが、二十人以上も、森に入ってきたのである。斥候などという規模では無い。

カラスがひっきりなしに鳴いて、情報を伝えてくる。

全員が武装している事が、すぐに分かった。

弓矢も持っているし、槍も。その全てが、青銅や鉄による武器だ。

今まで、ここに来たヤマトの奴らは、それほど数が多くなかったのだろう。二十人以上とヤトが告げると、アオヘビの戦士達は見る間に色めきだった。

出陣して戦うと言い張る戦士達を、まずは落ち着かせる。

「二十人というと、此処を落とせるほどじゃない」

「しかし、黙って見ていろと言うのか」

「違う。 出るにしても、相手の様子をうかがう必要がある。 そもそも、何をしにきたのか、確認する」

そして余裕があったなら、捕らえる。

それにしても、二十人とは何が目的か。

カラスたちは四方に放ったから、奇襲される可能性は低い。三十人をつれて、集落を出る。

既にヤトの予知を疑う戦士はいないのが幸いだ。

カラスの鳴き声を聞きながら、ヤマトの奴らの方へ行く。

森の中を歩いていると、戦士の一人が、しっと声を立てた。

いた。

見た事も無い服を着ている。いや、あれはまさか。

「何だありゃあ。 毛皮でもないし」

「ヨロイ……」

ヤマトの奴らが、そう呼んでいるのを、聞いたことがある。

服の上から、青銅や鉄の板などを付ける。そうすることで、敵の攻撃をはじき返すことが出来る。

単純な発想だが、確かに理にかなっている。

毛皮などでは、話にならない。

その鎧を着ている奴が、先頭にいる。しかも、見た事も無い髪型をしていた。

この辺りでは、髪型は重要だ。

それで全てが判断できるからだ。

もう子供を産める女、子供を産んでハハになったもの、ミコ、戦士、引退した戦士、戦士になる前の子供。

いずれもが髪型を変えている。

ただし、頭の後ろで髪を縛るのが普通なのに。

彼奴らは、頭の横で、髪を縛っている。

「いるのだろう! でてこい!」

「お呼びのようだが、どうする」

「私が話す」

「ミコ!」

問題ないといって、前に出た。

茂みから姿を見せたヤトを見て、一番先頭にいる男。特に分厚そうな鎧を着て、おそらく鉄の穂先がついているだろう槍を持った男が、にやりと笑った。好色そうな男で、ヤトを見て組み伏せて子供を産ませようと思っているのが分かった。

下劣な相手だ。

此方がミコだと言うことを、分かっていないのか。この辺りの戦士は、ぜったいにそんなことは考えない。

カミの怒りを買うと信じているからだ。

「お前がこの辺りの集落の巫女か?」

「ミコだ」

少し発音が違う。

ヤマトの男は、先頭部分の音を上げたが、この辺では後ろの音を上げる。

他のヤマトの戦士達は、皆弓矢を構えていた。此方の戦士達も隠れていると、気付いているのだろう。

「何故に逆らう。 戦いに勝ち目が無い事は、分かっている筈だが」

「お前達に押しつけられる掟は気に喰わない」

「まあ待て。 山の中よりも、平野に降りてきた方が、余程楽に生きられるぞ。 降伏すれば、悪いようにはしない。 お前達も、他と同じく、オオキミの民として扱う」

「オオキミ……?」

分からない名前だ。

此奴らのミコの名だろうか。いや、それならば、名を呼ぶはずが無い。

ヤマトの連中ならば、分からないが。彼奴らは、ミコをハハと一緒にするような連中なのだ。

それとも、ヤマトの者達にとって、ミコに相当する存在か。いや、奴らも巫女という存在について言及していた。分からない。

「食い物も美味いぞ。 何より、一年中食える」

「それで誘っているつもりか」

「俺も、ヤマトにくだった一族の出身だ。 幼い頃は山の中で生きていたが、確かに平野に出てからは、生活が格段に良くなった」

目をヤトが細めたことに、男は気付いただろうか。

男は、気付いていないだろう。ヤトがいずれ殺してやると、今心の中にて、宣言した事など。

さぞや自慢げに、男は語る。

「ふむ、くだる気は無いか。 ならばこの辺りの他の集落もろとも、多少は痛めつけないとならんようだな」

「そして掟を押しつけるか」

「お前達が思っているほど、悪いようにはしないぞ。 今、このアキツの島は、オオキミの威光によって一つにまとまろうとしている時代だ。 お前達も、オオキミの民として、平穏に生きることが出来る。 それを拒むというのなら、多少の血が流れるのは、避けられない」

男は、きびすを返しながら、部下達に下がるよう指示。

隙を見て、撃ちたがっている戦士がいる。

だが、あの男が着込んでいるヨロイとやらは分厚い。それに何より気になるのは、腰からぶら下げているものだ。

長い武器。

槍ほどでは無いのだが、よく分からない。

多分鉄を使っているのだろう。長さは槍の半分ほど。全体が歯になっている。どうやって使うのかも、見た目では分からなかった。

あれと戦うのは、得策では無い。

そう思うのは、未知の存在だからだ。ヤトは獣が、知らない存在には容易に手を出さないことを知っている。

獣を従えていく内に、多くを見てきた。獣が知らない相手を怖れるのは、危険度が高いからだ。

人間は獣よりも賢いが、多くの部分は劣っている。

だから、獣の良さを取り入れることで、ヤトは強くなりたいと思う。

結局、ヤトは、攻撃の許可は出さなかった。

「何だよ、ミコ。 撃たせてくれよ」

「多分あれは、撃っても殺せない」

「何だと」

「彼奴が体中につけていたのは、青銅と鉄だ。 我々の、石を使った武器では、どうしようもない」

武器として、鉄や青銅を使っている相手なら、どうにでもなる部分が多い。

だが、相手はついに、防具としてまで鉄や青銅を使っている所を見せてきた。森の中で不意打ちが出来れば、どうにかなる可能性はある。

だが、相手は備えていた。

まず無理だっただろう。

更に、ウマなどを連れてこられたら、もはやどうしようもない。下手をすると、人数が多い此方が、蹴散らされたかも知れなかった。

駄目だ。

このままでは、どうしようもない。

それが、よく分かってしまった。

腑に落ちない様子の戦士達をつれて、集落に戻る。戻る途中、不満そうにしている戦士の一人に、言われた。

「あんたの力が本物だってのは認めるが、戦いは任せて貰えないか」

「クロヘビの戦士達でも、勝てたか分からない」

「おいおい、相手より、こっちのが多かったんだぜ。 あんたと話していた戦士はどうだか知らないが、他はみんなぶっ潰してやったんだがな」

そうかも知れない。

他の戦士達も、そう思っているだろう。

だが、それは、本当なのか。

嫌な予感もする。

そして、確信として。このままでは、戦いにさえならないと、ヤトは思っていた。

「ひょっとして、だが」

「うん?」

「ヤマトの奴らは、今回初めて、「戦う」つもりで来たのかも知れない」

「なん、だと?」

侮辱されたかと思ったのだろう。

色めきだつ戦士達に、冷ややかな目をヤトは向けた。

「今まで、ヤマトの奴らが、あんなものを着込んで出てきたことがあったか? それより以前に、話をそもそもしにきたのは、何故だ」

「さあな、分かるわけ無いだろ」

「たとえば、今まではツチグモに手を出す意味も無かったとか」

あまり考えたくは無いのだが。

そう考えてしまうと、しっくり来るのである。

ヤマトの連中は、増えている。いや、それは確かなのだが。此方が思っている以上に、元々の数が多いのだとすれば、どうなるのだろう。

たとえば、此方の何十倍、などという程度では、効かない数がいたのだとしたら。

ヤトの説明に、戦士達は引きつった笑いを浮かべていた。

今まで、ヤトは嘘を言っていない。予言も当てている。

つまり、ミコであるヤトの言葉である。あまりにも、笑い飛ばすのは、難しすぎたのだ。やっと最初の関門を超えることが出来たとヤトは思ったが。次の関門は、あまりにも高すぎる。

集落に着いた。

戦士達と、一端分かれた後、穴に入る。

そこで、指笛を吹いた。

カラスの何羽かが、入ってくる。エサを与えながら、ヤトは言い聞かせた。簡単な言葉なら、カラスは理解できる。

「クロヘビの集落が、どうなっているか、見てこい」

カラスたちは、すぐに飛んでいった。

そして、夕方。

帰ってきたカラスたちは。ある意味、最悪の予想を、当てた。

もう、何も残っていない。

森はどんどん切り払われて、地面がむき出しになっている。

そして、そこには。

考えたことも無いほどの数の人間が、押し寄せているという事だった。

殺されたクロヘビの戦士達と、今いるアオヘビの戦士達を、あわせたよりもずっと数が多いのだという。

カラスも数は大まかに数えられる。

とにかくたくさんだと、カラスたちは言っていた。もっとも、非常にたどたどしい表現で、であるが。

いずれにしても。

この瞬間。まともに戦ったところで、勝てる見込みは、なくなった。

 

ヤトは頭を抱えた。

まずい。

この要害の地なら、長く持ちこたえられると思っていたが、これは状況が予想以上に悪いかも知れない。

ヤマトの奴らを、知らなければならない。

報復するのは、知った後だ。

まず知らなければ、戦う事さえ出来ない。

頭を抱えたヤトは。何度もため息をついた。思っていたよりも遙かに悪すぎる状況。意が、うわばみに締め上げられるかのようだった。

壁に背中を預けてぼんやりしている内に、夜が来てしまった。

もうアオヘビの集落は、見張りが歩いている以外は、静まりかえってしまっている。

こんな時でも、眠くはなる。

あのヨロイの男がいつ来るかも分からないと言うのに。

いつの間にか、壁に背中を預けたまま、眠ってしまっていた。

起きたときには。既に朝。

洞窟の入り口に来た足音で、目が覚める。

慌てて目をこすって顔を上げる。どうやら、食事が運ばれてきたらしい。

こんな有様でも、腹は減るのだから、おかしなものだ。

ヤトはもう一度大きくため息をつくと、どうするべきかと、再び考えはじめていた。

 

4、森の外

 

アオヘビに、二十人以上のヤマトの者達が来たというのは、すぐに周囲の集落に連絡されたが。

戦士達の手配は、ヤトが追加でとりあえず保留とした。

今の時点で、ヤマトが動いていないことと、それに何より、敵が本気で攻撃してくる場合、人数を集めても無駄になるように思えてならなかったからである。

いずれにしても、きちんと相手の情報さえ得られれば、人数が揃ったことには意味がある。

つまり、やるべき事は。

敵の情報を、得ることだ。

そこで、ヤトはそれを中心に、考えを切り替えた。戦う事は、どうにかして伸ばす。あのヨロイの男が来たら、多少譲歩してでも、開戦を少しでも伸ばさせる。

そうしないと、ひとたまりもない。

おそらく、ヤマトの連中も知っている。

此方が、人数も少なければ、青銅も鉄も作る事が出来ないと。或いは、戦い方次第では、活路があるかも知れない。

だが、それもかなり厳しいだろう。

今まで、ヤマトの連中は弱いと思ってきた。

実際問題、一人一人の力は、クロヘビ集落の戦士達に比べられなかった。アオヘビ集落の戦士達だって、ヤマトの戦士よりは強い。

だが、あのような恐ろしい武器で身を固めることが出来るとなると。話は違ってくる。更にウマの存在もある。これは、できる限り、情報を急いで集めなければならない。

やる事を、一つずつ整理していく。

朝飯を終えたときには、考えはまとまっていた。

まず最初に、手練れの者達に、アオヘビの集落を修理させる。これは壊れている、という意味では無い。

見張りの櫓をより堅固にさせ、更に見通しが悪い所にある木の枝などを落とさせる。

そうすることで、敵の攻撃に、耐えられるようにする。

水も蓄えさせた。

以前クロヘビの集落にヤマトが攻めてきたとき、火を放った。その時、急いで火を消せなかったことも、陥落の原因の一つになったのだ。この洞窟だらけのアオヘビ集落でも、たとえば住居の穴の入り口が火に包まれたら、中にいる者達は丸焼けにされてしまう。火の恐ろしさは、ヤトもよく知っている。

準備は、一日や二日では終わらない。

準備をさせながら、ヤト自身は、カラスと梟を使って、ヤマトを調べさせる。どうやらクロヘビの集落跡には、もうかなりの人数が入って、森を食い荒らしはじめている様子だ。悔しいが、どうにも出来ない。

ハハ達が、時々不安がって、ヤトの様子を見に来る。

ヤト自身は、少し高い所に上がって、準備の様子を確認していた。時々カラスが飛んできて、ヤトの腕にとまる。

それを見ると、カミの力を実感できるからか。ハハ達も、戦士達も、安心するのだった。

実際にはカミなど何も関係無いのだが、ヤトはそのようなことは口にしない。

分からない方が、人間は怖れる。

その畏れを利用して、ミコは集落をまとめるのだ。

夕方になった。

カラスたちは休ませて、代わりに梟を行かせる。手を振って、此方を呼ぶ声。アオヘビの若い戦士だ。まだ若くて、髭もろくに生やしていないし、髪もそれほど整えるのが上手では無い。

若い戦士は、とにかく抑えが効かない。だからミコは、自主的に若い戦士からは距離を置くのが、絶対となっている。

若い時分は仕方が無い。特に男の場合、女なら何でも良いと思ってしまう時期もある。まあ、それは女も、体をもてあます時期があるから、おあいこだが。

「ミコ! 水の蓄えが終わりました!」

「どれ」

見に行く。

穴の一つが、今使っていない。丁度水を蓄えるのに丁度良い形状をしていたから、其処に河から水を運ばせていたのだ。

かなりの水が、溜まっていた。

これは飲むのにも使える。汚さないように、更に普段は隠しておくようにも指示。もしも此処に立てこもるときは、大事な命の水になるのだから。

梟が来たので、手に止まらせる。

「はあ、すげえなあ。 カミの力なのか?」

「そうだ」

実際は違うが、そうだと応えておく。

梟に幾つか指示を出して、すぐに行かせた。鳴き声で報告は受けているから、もう他に用は無い。

見張りの様子も確認。

集落の入り口だけではなく、森の中も見回らせる。一人で行かせるのでは無く、数人ひとまとめで。

多くの敵に襲われたら、それぞれ別の方角から、この集落を目指すようにとも指示をしてある。

だが、戦士達の顔を見ると。

まだ、どれだけ重大な状況か、分かっていない。

若い戦士が近づいてきたので、じろりと一瞥。距離を置くように、無言の圧力を掛ける。慌てて少し退いたが、やはり此方を見ていた。

「しっかしミコって大変だなあ。 ずっと気をはってないといかんのだろ」

「ああ。 そうだ」

「いっそ、ミコを止めちまったらどうだ」

「そうしたら、この集落は終わりだ。 ミコがいなかったとき、どのような状態だったのか、忘れたか」

クロヘビの集落まで、その混乱は伝わっていた。

あまりにも酷いので、クロヘビの集落に逃げてきたハハや戦士もいたほどである。

「子供産みたいって、おもわねえの?」

「別に思わん。 それよりも、嫌な予感がする。 数人と一緒に、西の方を見てきてくれるか。 偵察隊がいたら、追い払え」

すぐに若い戦士は、気を切り替えて、仲間を呼びに行った。

梟が、見つけたのだ。三人ほどが、森の中に入ってきている。早めに追い払わないと、面倒な事になるだろう。

 

準備がどうにか終わったのは、開始から四日後の事だった。

一通りみて回ったが、ヤトが分かる範囲で、おかしな部分は無い。これならば、余程のことが無ければ、すぐに陥落することは無い、だろう。

ただし、ツチグモの戦士達の知る範囲では、だ。

アカムシの戦士達が、様子を見に来た。強化したアオヘビ集落の入り口の様子を見て、彼らはひたすらに驚いていた。

谷の入り口に、その柱は複数の木を束ねて、頑丈に作っている。

木をわざと湿らせてあるのは、火を掛けられたときに対応するためだ。

そして、柱の間に何本かの木を通すことで、蓋をする。敵が攻めてきたら蓋をして、谷の上側から矢を放って仕留めるのだ。

谷だから、一カ所だけを守れば、敵を防げる。勿論、いざというときの逃げ道についても整備はさせた。

そして、谷の上。

戦士達が踏ん張れるように、足場から石を取り除かせた。

アオヘビの戦士達も、森で狩をして生きている。

だから、人間くらいの大きな的なら、片手間に射貫くことだって可能だ。整備の合間に、実際に矢を放ってもらい、きちんと戦えることは確認済みである。

アカムシの戦士達は、丹念に作った柱を見て、ひたすらに感嘆の声を上げる。

「はあ、すげえなあ。 これは熊でも破れねえだろ」

「アオヘビのミコ、本当にこんなもの、役に立つのか? お前さん、一体何と戦うつもりだ」

「ヤマトの連中には、これでも通じないかも知れない」

「おいおい、嘘だろう」

ヤトが無言でそちらを見つめると。どうやら本当であると、理解してくれたらしかった。

アカムシの集落の戦士達は、大事に扱わなければならない。イノムシと違って、かなり友好的に此方を見てくれている。

イノムシはと言うと、あれから全く動きを見せない。ほかの集落の戦士達は此方を見に来たり、戦士をやれば様子を教えてくれるのだが。文字通り、貝のように口を閉ざしていた。

仕方が無いので、クマの集落を介して、話を聞くしか無い。

それによると、彼らなりにヤマトに備えてはくれているようだ。丸木舟を増やしたり、集落の周りを柵で囲んだりはしている様子である。

アカムシは大事な同盟者だが、しかし戦士達は、正直言ってまだ実感がわいていない点も多いようだ。

丁度良いので、この間見たものを、説明しておく。

アカムシの戦士達も、ヤマトの連中が、青銅や鉄と呼ばれる恐ろしい武器を使っていることは知っていた。

だが、まさかそれで体を守るとは、予想の外にあったらしい。

「あの硬い物で、体を守ってるっていうのか」

「ああ。 それにこれは、一つ恐ろしい事を示唆している。 ヤマトの奴らは、それだけ鉄も青銅も、豊富に持っている、という事だ」

とはいっても。一部の偉い奴だけが、身を守るために使える、という程度であろう。いくら何でも、戦士一人一人に、あのヨロイがあるとは思えない。

どうにかして、連中の持っている鉄や青銅を、手に入れなければならない。

鉄が最近現れ始めた事を考えると、まずは青銅だろう。

これに関しては、ずっと古い時代から、たまに見かけたと聞いている。或いは、此方でも再現が可能かも知れない。

そして何より、ウマだ。

「今、一つ考えている事がある」

「何をだ、アオヘビのミコ」

「クマの集落を中心とした、我ら。 その外側にある集落とも、連絡を積極的に取っていきたい。 ヤマトと戦うには、おそらく我々だけでは無理だ」

アカムシには、これを話しておいても良いだろう。

食事を振る舞ってアカムシの戦士達を歓待するのは、他の戦士達に任せる。ヤトは何名かの戦士達を伴って、夕方に集落を出た。

梟を先にやってある。

ヤマトの連中は、もうすっかりクロヘビの集落周辺の森を食い尽くしてしまったようで、数も増える一方だとか。

様子を、直接見ておきたい。

 

危険は、承知だ。

森の外縁まで出ると、戦士達も口数が、極端に少なくなっていた。

夜闇に紛れているとはいえ、ヤマトの奴らに見つかると、面白くない事になるだろう。敵を見るなら、急いだ方が良いはずだ。

ふと、歩きやすくなる。

本当に、木が無くなっていた。

満点の星空の下。かって森だった場所は、平らな地面になっている。

食い尽くされた森。

以前、焼き払われた森を見た事がある。その後、このようにするのかと、覚めた頭で、ヤトは考えていた。

そこに、ぽつぽつと、小さな穴があった。あまり大きな穴では無い。何をするものなのだろうと思って手をかざすと、何となく合点がいく。

穴の真ん中に木を立てて、そこから張り出すように雨を避けるためらしい板や藁を伸ばしているのだ。

つまり、あれは。

家か。

ツチグモでは、基本的に穴を住居とする。穴が無い場所では、あのような形の家を作ることもあるが、手間が掛かるから、滅多にやらない。

ヤマトの連中は、とにかく数が多い。

それに鉄や青銅も、山のように持っているとすると。

「なんだあれ。 あいつら、あんな所に住むのか」

「変な住処だなあ」

「横穴が無くても、住めると言うことだ。 しかもあの家の数を見ろ」

半笑いの戦士達が、そう指摘すると凍り付く。

彼らはあまりものを考えていない。あの家の数は、それだけ人間がいる、という事を示している。

見張りの戦士がいる。

予想はしていたが、やはりヨロイは身につけていない。ただし、槍と弓矢で武装はしていた。

もう少し、観察する。

見ると、溝を掘っている。戦いのためかと思ったのだが、どうもおかしい。

平らな地面に、縦横に伸ばしているのだ。

ひょっとすると、アレが。

米とやらを作るための準備か。

聞いている。森を喰らったあと、米というものを作ると。それによって、たくさんの人間を増やす。

どういう風に、米を作るのかは分からない。

今見た情報だけでは、何とも言えない、というのがヤトの意見だ。

場所を変える。

梟は常に空を飛ばさせている。此方が見つかったら、すぐに逃げなければ危ないからだ。

場所によっては、非常に高い柵が出来ている。どうやって作ったのか、まるで見当がつかない。

直接見て、分かったことは幾つもある。

ヤマトが持っているものは、見てどうにかなるものではない。やはり敵の戦士を、捕らえるしか無い。あれは、みただけでは再現など出来ない。ましてや、自分たちで作り出す事は、不可能だ。

捕らえても、あれだけ数がいるのだ。

偶然でも、鉄や青銅の作り方を知っている奴を、手に入れられるとは思えない。何か、良い手は無いのか。

物珍しそうに首を伸ばして見ている戦士達が羨ましい。

今、見ているのは。ツチグモとヤマトの、圧倒的な力の差、そのものだ。これを埋めるのは、容易では無い。

他も、見て廻る。

河の側に来た。

水の近くまで、溝が引かれている。

彼奴らは、森だけではなく、河まで喰うのか。

そして、米を作る。

米を作ることで、人間を増やす。その増えた人間で、襲ってくる。

働いている人間達は、流石にこの時間だといない。ひょっとすると、捕らえられたツチグモの戦士や、女子供もいるかも知れない。

だが、どうしようもない。

見張りをしている奴らが、どう動くのかも、よく分からないのだ。

更に言うと、あのヨロイをつけた戦士の言葉も気になる。ツチグモからヤマトの奴隷になって、もしも誰もが満足しているとなったら。

助けても喜ぶどころか、裏切るかも知れない。

月が出てきたので、戦士達を促して、一度森の中に戻る。干し肉を持ってきたので、囓りはじめた。

どうすればいい。

どうしようも無い事は、最初から分かっていたはずだ。

どうすれば、ツチグモは勝てる。

まだ、勝てる気でいるのか、自分は。

ヤトは、笑いがこみ上げてくるのを感じた。もう、これは、駄目かも知れないと、自分でさえ思う。

「ミコ、どうした。 あんなものくらいで、何か分かるのか」

「確かに柵は凄かったし、人数はたくさんいたが。 ヤマトの戦士はよわっちいし、どうにでもなるだろ」

口々に言う戦士達に、頭を抱えたくなった。

本当に羨ましい。

阿呆の方が、或いは。困難な事態に、立ち向かいやすいのかも知れない。

いずれにしても、今のままではどうにもならない。何か手はないものなのだろうか。考えている時間さえ、惜しい。

月が、雲に隠れた。

再び、偵察に出る。

幸いなことに、見ているとヤマトの連中も、此方と同じく、夜はあまり活動しない様子だ。

あれだけの家があるのだ。

住んでいる人間は、途方も無い数なのだろう。

しかも、である。

クロヘビ集落の周辺だけでこれだ。ヤマトの連中が此処だけにいる、という訳では無いのだ。

一体全体では、どれだけの数の戦士が、相手にいるのか。

殺しても殺しても減らないわけである。

森の切れ目を渡るようにして、敵の集落の周囲を、徹底的に見て廻る。ウマが、あるいはいるかも知れない。

何か大きな動物がいる。

凄まじい臭気がした。

見て、思わず驚いた。かなり動きが鈍そうな動物だが、ウマよりも更に大きい。あれは一体、何だろう。

あのような動物までいるのか。

幸いなのは、おそらく戦いに使う動物では無いだろう、ということだ。ひょっとすると、食べるためのものか。

ウマと同じように飼っているとしたら。

ヤマトは、此方が知らないことを、あまりにもたくさん知っている。

「何だ、あのでかいのは」

「ウマ、って奴じゃねえよな。 ウマはもっと首が長い」

「俺、知ってるぞ。 北の方の集落が、ベコって動物をヤマトが飼ってるって言ってたからな。 あれがベコだろ」

「詳しく聞かせろ」

戦士が頷く。

ベコというのは、ヤマトで飼われている動物だそうだ。ただし、ヤマトの前の時代から、彼方此方でぽつぽつと飼われていたらしい。クロヘビ集落の周囲にはいなかったが、もっと北の方でも、飼っていたそうだ。

ただ、ヤマトが持ち込んできているベコは、とにかくでかい。

元々ベコは、その巨体と力を生かして、力仕事をさせるための動物であるらしい。岩を引っこ抜いたり、木を倒したり、ものを運んだり。

見ると、車がある。

車については、知っている。簡単な車輪だったら、アオヘビの集落でも作る事が出来る。ただし、作るのは大変だが。

なるほど、アレをベコに引かせる訳か。

土も荷物も、大量に輸送できる。あれだけ大きな動物なのだ。さぞや力は凄まじいことだろう。

ベコについては、古くからいるというのなら。交友の範囲を広げることが出来れば、或いは此方でも手に入れることが出来る。

そして、米。

あれだけの数の人間を養えるというのなら。

しかし、森を喰らうのは避けたい。ヤトは森が好きだし、共に生きてきた。何とかする方法を、考えなければならないだろう。

「一度戻るぞ」

「もういいのか」

「ああ。 カミにお伺いを立てる」

戦士達を黙らせるには、これが一番だ。

不満そうな戦士もいたが、カミに伺いを立てるというのならと、引き上げに同意する。何より、犬を連れた見張りが出てきたのも、引き上げる要因だ。犬が単独でいる場合なら手なずける自信もあるのだが。流石に、敵の戦士と一緒にいる犬は、どうにも出来ない。

要所の配置は掴めた。

とりあえずは、これでいいだろう。

ヤマトの連中は、数を頼りに油断していることも分かった。ヤトだったら、犬をもっと重点的に配置している。

そして、ヤトは理解できた。

その油断は、あまりにも圧倒的な戦力を有しているから、だとも。此処にいる連中を追い払ったら、多分もっと多くが出てくるだろう。

攻勢に出る事は、現時点では不可能だ。

手に入れなければならないものが、多数ある。

一つずつ、こなしていかなければならない。

勝つために。

 

次の夜も、ヤトは戦士数名をつれて出かける。

月が丁度良い具合に隠れていて、人間の戦士が、しかも力量が劣るヤマトのが相手ならば、充分に身を隠して行動できる。

やはり、重要な場所は、柵に覆われているが。

それ以外の場所は、充分に見て廻ることが出来る。その次の夜には、森を出て、直接奴らが食い荒らした辺りを見て廻ることさえし始めた。

触ってみると、土の様子が違っている。

木の根などが全て取り除かれて、非常に均一にされている。

それだけではない。

彼方此方に、小さな河と、池が出来ている。池は非常に浅く、何よりも、不自然なほど、四角かった。

明らかに目的のある造りだ。

「何だ、この池」

「気味が悪いな」

「数が多い。 何かしらの目的があって、池にしているんだろう」

梟を飛ばして、周囲を少し前から探させている。毎日飛ばす範囲を広げているのだが。それによると、色々と分かってきた。

海沿い、川沿いは、この四角い池がたくさんたくさんあるのだという。

そこには、よく分からない草がたくさん生えているとか。

何となく理解できた。

これが、多分米を作るためのものなのだろう。見張りが重点的に廻っている。それだけ重要だと言うことだ。

そして、森だけでは無い。

河まで、奴らに喰われている。それも理解できた。

これらのことは、すぐに他の集落にも知らせる。近いうちに、クマの集落に出向いて、また話し合いをしなければならないだろう。

遠くの集落とやりとりをするには、力が不足しすぎている。

アオヘビの集落は人数が多いが、それでもこのヤマトの圧倒的な力を目にしてしまうと、ほんの小勢に思えてしまう。

「次は、昼間に来るか」

「正気か!?」

「大いに正気だ。 我々は、敵の戦士しか見ていない。 ヤマトの他の人間が、どう言う連中なのか、見て知らないといけないだろう」

少なくとも、戦士だけで、この池を作れるとは思えないのだ。

どのような奴らが、どのようにして働いているのか。

それらを見極めなければならない。

カミは助けてくれない。

カミが存在するかどうかさえ、ヤトにも分からないのだ。戦士達がどれだけ信じていたところで、カミが何かしてくれるとは、ヤトには思えない。それにカミがいるのなら、当然敵にもいるだろう。

戦士達はどうしてか失念しているようだが。

人間の集団である以上、相手も同じ以上のものを持っていると考えるのが自然だ。森と共にあるカミが此方にいるとしたら。相手のカミは、森を喰らうカミなのかも知れない。

不安そうな戦士達を急かして、戻る。

流石に連日夜中に出かけると、疲れが溜まってきた。

穴に戻ろうとしたら、若い戦士が、慌てた様子で此方に来た。

「ミコはいるか!」

「今戻った。 何が起きた」

「クマの集落から、人が来た! 何でも西から逃げてきたって話だ!」

西と言えば、ヤマトが抑えている地域だ。重要な話が聞けるかも知れない。

すぐに出向く。

人数はかなり多いという。クマの集落が、気を利かせてくれたのかと思ったが、これは違うなと一目で分かった。

格好からして、違っている。

服は黒ずんでいるし、髪も結っていない。

人数は十人以上。戦士は三人だけ。後は老人に、女と子供だ。確かに、これだけの人数が一度に来るのは、かなり珍しい。

昨日仕留めた鹿を皆に振る舞っていたのだが。代表らしいミコは見当たらない。老人の一人が、皆をまとめていた様子だ。

ヤトを見て、老人は焼いた肉をしばらくほおばっていた。

目には明らかな侮りが見える。

「何だ、此処も巫女が代表か」

「この辺りはみなそうだ」

言葉が、というよりも発音がだいぶ違う。向こうが、無理矢理あわせているような感じだ。

見ると、十人以上いる人間達は、皆傷だらけだ。

かなりの距離を、逃げて、此処まで来たらしい。

「お前達は、何という集落のものだ」

「集落ではなく、我々は一族で名を呼ぶ。 オロチと名乗っていた」

「オロチ?」

「この辺りで言うとウワバミだな」

名乗っていた、という事は。

既にその一族は滅んだ、という認識で良いのだろう。

肉を食い終わると、ヤトは戦士達数名の護衛と共に、自分の穴へと案内する。老人は話を聞かせて欲しいのだと悟って、腰を据えた様子だ。

「穴蔵か。 これはまた、原始的だな」

「ヤマトの連中は、地面に穴を掘って、屋根を作って家にしているようだが」

「いや、あれはもともと、稲作をしている者達が持ち込んだ。 この辺りではまだ穴蔵暮らしのようだが、西ではもう普通のことだな」

「それは、ヤマトとは別なのか」

むしろヤマトは新参だと、オロチの老人は言う。

興味深い。

話を聞くつもりになっているヤトに、不思議そうに老人は言う。

「御前さんは若いからか? 他の巫女は、ろくに儂の話なぞ聞こうともしないばかりか、厄介払いして追い出そうとばかりしていたのに」

「ヤマトに勝ちたい。 それが故だ」

「はっ、こんな小さな穴蔵でか」

老人は鼻で笑う。

つまり、ヤマトの勢力は、それだけ強力だと言うことか。

「一体ヤマトはどれだけいる」

「そうさな、人数だけでいえば。 この小さな穴蔵が、百二三十だとして。 その千倍はいるだろうな」

「せ……」

「いや、それでは少なすぎるか。 何千倍、下手をすると万倍かも知れんよ」

此方の戦士達が色めきだつ。

だが、ヤトには。

それが嘘だとは思えなかった。

実際問題、クロヘビ集落の跡地に、どうやってあれだけ人間が沸いてきたのか理解できなかった。

それほどの数がいるのだとすれば、合点もいく。

「どうやって、そんな数に増えた。 森を喰らって、か」

「ああ、稲作のことを、森を喰らうというのだったな。 その稲作に関しても、ヤマトはむしろ新参だ。 あれはもっと早くから平原を中心に広がり続けて、もうこのアキツの島の全域でやっておるよ。 ただ、ヤマトでの稲作は、今までのものとは比較にならんほど大規模だが」

どれだけ森に引きこもっていたのだと、老人はやはり此方を侮るように言うのだった。

どうやら、あまりにもヤトは、ものを知らなかったらしい。

他にも、幾つも聞いておきたい事はある。

「ヤマトの連中は、どうやって青銅や鉄を作っている」

「青銅に関しては、稲作をする民が持ち込んだものだから、別にどこでも珍しいものではないなあ。 お前達が何も知らぬだけだよ。 鉄に関しては、オロチの民から奪った技術よ」

「お前達か?」

「そうだ。 元々我々は、大陸から製鉄の技術を持ってこの島に渡ってきた者達の末裔でな。 一時期は七つの山を支配下に置くほど栄えたのだが」

だが、それが故に。

新興の勢力であるヤマトに、戦いを挑まれたという。

激しい戦いの末に、オロチは破れた。

戦いの経緯については、老人は喋りたがらなかった。だが、自分たちの傲慢が負けを招いたのだと、老人は言うのだった。

「鉄は、作れるか」

「この辺りを調べたが、鉄はある。 だから可能だが、山が荒れるぞ。 かなりの木を切り倒す必要も生じる」

「なるほど。 そうなると、一つの集落を潰すほどの覚悟が必要になるな」

「おい、ミコ! 正気か!」

今まで黙っていた他の戦士が、ついにたまりかねて吼える。

山が荒れる行為を、自分からすると言うのは、最大級の掟に対する反逆だ。勿論、ヤトとしても、やりたくはない。

それにコレをやるとすれば。

クマの集落を一とする、他の集落とも話を付けなければならないだろう。

「最後に、ウマを知っているか」

「ああ、知っているよ。 大陸から持ち込まれた生き物だな」

「手に入れる方法は」

「難しいだろう。 あれはごく最近、わずかな数が持ち込まれただけで、まだ増やす方法も秘中の秘だ。 ヤマトでも、二十を超える数は持っていないだろう。 この辺りはヤマトにとって、東の果てだから、持ち込まれているだけだな。 要は、本気でここから先を征服するつもりなんだろう」

なるほど、聞きたいことはこれでだいたいは理解できた。

老人を下がらせる。ゆっくり休み、傷を癒やすようにと言うと、老人はやはり不思議そうに、此方を見るのだった。

「御前さん、多少は頭が回るようだが。 それならどうしてヤマトに与しない」

「奴らは敵だ」

「そうか」

老人は、穴を出て行った。

しばらくは、話をいろいろ聞かなければならないだろう。

不満を顔中に湛えている戦士の一人が、喚く。

「おい、あんな爺の言うことを、真に受けるのか!」

「理にかなっている。 たとえばお前は、ヤマトがあれだけの人数をどこから準備したのか、説明できるか?」

「それは……」

「あの老人が言う稲作が、人間を増やしたんだろう。 もっとも、老人の話を聞く限りでは、元からいた人間を、ヤマトが従えていったようだがな」

あの老人は、ヤマトにとって東の果てが此処だと言った。

つまり、それは。

これから先、ヤマトの圧力は更に強くなるという事だ。もっと東へ進もうとしてくるだろう。

此処から東、更に北にいけば、寒くて体が凍えてしまうような場所になると、いつだか聞いたことがある。

其処まで追い詰められてしまえば、きっともう、反撃することは不可能だ。

「揃えるべきは、これではっきりしたな」

「何だ、分かるように言ってくれ」

「まずは人数。 これは、多分どうにかなる」

森の中には、あまりたくさんは入ってこれない。というよりも、ヤマトの連中も、大人数で無理に攻めこんでは来ないはずだ。

話を聞いて理解できた。

あの者達は、森の外で生きている。

だからこそ、森は敵地。

逆に此方は森の民。

森は、味方だ。

この辺りの集落が一丸になれば、おそらく敵を押し返すことはできるだろう。

そして、人数を支えるためには、米が必要になってくるが。これについては、分かってきたこともある。

アキツ全域に稲作は広がっているというではないか。

つまり、だ。ヤマトに抵抗している稲作の勢力と、何とかして協力する事を考えなければならない。

「次に、鉄」

これについても、どうにか出来るかも知れない。

あの老人と一族を、大事にする。この辺りで、鉄を作る事は出来ると言っていた。むしろ、ヤマトの者達は、侮っていた此方がいきなり鉄を使い出したら、度肝を抜かれるはずだ。そして、ここからが大事だが。

ヤマトの勢力が及ばない者達に、鉄を配る。

そうすることで、ヤマトの奴らを、押し返すことだってできる。

「最後に、ウマ」

あの老人は、ヤマトでもウマは殆どいないと言っていた。つまり奪い取ることが出来れば、かなりの力になる。

どうにもこうにも絶望しか無かった。

だが、或いは。此処で、起死回生が叶うかも知れない。

「すぐに、クマの集落に出向いてくれ」

「お前、どうかしてるぜ」

「ああ。 だが、どうかしないと、ミコなどやってはいられない」

この集落は、私が守る。

クロヘビのようには、させない。

それには、覚悟を決めることが必要なのだと、よく分かった。

数千倍ともいうヤマトの人間を押し返すのだ。頭がまともなままではいられない。此処からは、どれだけ頭がおかしくなろうが、敵を必ず滅ぼす。

戦士達を行かせると、ヤトは穴の外に出た。

月が、ヤトを嘲笑うようにして。空で、ただひたすらに、輝き続けていた。

 

(続)