わたしの楽園
序、着手
魔法使いの弟子となって6年。
そろそろ師匠から独立を言い渡される時期だ。同期の弟子達はみんな巣だって行っていて。私が最後まで残っている。
魔法使いの弟子になれば、喰っていける。
そう言われて頑張って来たけれど。みんなが王様とか貴族とかの所で専属魔法使いとして就職して。
時には悪いドラゴンとかと戦ったり。
不作の畑をよみがえらせたり。
水不足の土地を回復させたりしているのに。
私はまだまだ。就職先さえ決まらず。初歩の魔法さえ使いこなせず、魔法使いの師匠をいつも嘆かせていた。
今日も、まだ合格は出ないだろうか。
宿舎を出て、師匠のアトリエに向かう。
背の高い煙突が目立つ師匠のアトリエの周囲には、猛毒のマンドラゴラがたくさん植えられた花壇があって。
その周辺には、うっかり蜜を吸ってしまって息絶えたちょうちょのしがいが、たくさん散らばっている。
マンドラゴラはそうしてちょうちょを殺して、自分の栄養にしているのだ。
花壇の脇を抜けて。
アトリエの戸をノックする。
ノックすると、ノブについている髑髏が、勝手に返事をする。
「マーシャかい?」
「はい。 マーシャです」
「指紋認証しな」
言われたまま、親指を髑髏に押しつける。
しばらくすると、認証が完了。ドアがプシュンと音を立てて、開く。左にスライドしたドアが閉じる前に。さっさとアトリエに入った。
師匠のベテラン魔法使いグラニアルは、リザードマン族の出身だ。巨大なトカゲが直立した姿の彼らは、本来肉体強度が高い反面魔法適性がとても弱い種族なのだけれど、師匠は例外。だからリザードマン族の中では英雄扱いされていて、弟子には人間以外の種族も多い。
私の先輩弟子も、豚が直立したような姿をしたオークだったり、人間より倍も背丈があるオーガだったりして。
彼らも魔法を習得して、それぞれの国に帰って立派にやっている。
人間族である私も、頑張らなければならないだろう。
私は理論は出来るのだけれど、元のスキルが問題が多くて、実践利用がとてもやりづらくて。
今も苦労しているという側面があった。
「マーシャ。 今日は卒業試験をやるよ」
「はい。 お願いします」
「良い返事だね。 じゃあ、まずは魔法陣」
言われるまま隣の部屋に。
ちなみに卒業試験は。
今回で十三回目だ。
理論は毎回合格。問題は実技なのである。今回も練習は散々してきているけれど、上手く行くだろうか。
不安を押し殺して、床に魔法陣を書く。
理論は完璧。
構図も。
問題は此処からだ。
手を床について、魔法の源の力である魔力を魔法陣に通す。誰にでもある魔力だけれど、私はこの魔力が適性持ちとしては極端に弱くて、せっかく完璧な魔法陣を書いても、上手く出来ない事が多い。
最近は成功率が八割を超えたけれど。
それでも、気を抜くと失敗する。
今日は、上手く行った。
「お前の魔力は、相変わらずリザードマン魔法使いの平均並だね」
師匠が自虐的な冗談を言うので、私は苦笑いである。
とにかく、魔法陣は出来た。
次はちゃんと機能するかだ。
魔力の質が低いと、魔法陣が上手く動かない事がある。10歳から修行を続けて、16歳になった今でも。この制御には苦労する。魔法使い見習いの、本当に最初の頃から、ずっとやり続けているのに。
お前は頭でっかちだ。
周囲にはさんざんそう言われたけれど。とにかく、やるしかない。魔力が弱くても、出来る事は証明するのだ。
魔法陣の上に、鍋を置く。
この鍋のお湯が沸騰するまでの時間を計る。
砂時計が落ちるまでに沸騰すれば合格。
兄弟子の中には、一瞬で沸騰させる強者もいたけれど。私の場合は、いつまで待ってもお湯にさえならないこともままある。ちなみに師匠の場合は、すっとお湯になる。凄くその過程が美しくて、ため息が出るほどだ。
さて、どうだろう。
どうにか、沸き始める。
砂時計の砂が落ちきったとき。
何とか、そこそこに水は温まっていた。
「次行くよ」
「はい」
師匠が鍋の中に、ぱらぱらと入れるのは、薬草類の粉だ。
これは本来、薬にはならないのだけれど。
魔法陣に新しい魔力を込めて反応させることで。薬草の粉とお湯に過ぎないものを、魔法のポーションに変える。
このポーションは、飲み干すことで傷を瞬時に回復させる強力なもので。
正直な所、魔法使いの半分くらいは、ポーションを作って生計を立てているくらいである。残りの半分は戦闘タイプの魔法使いで、私とは縁がない存在。
逆に言うと、ポーションも出来ないようでは、魔法使いとして食べていけない。
これを突破すれば。
卒業試験は、合格。
私は目を閉じて、頬を叩いて集中。
魔法陣に触れて。
詠唱しながら、魔力を流し込んでいった。
しばらくすると、鍋の中の緑色の粉が、反応し始める。師匠はじっと目を細めて見ていたけれど。
やがて、反応が止まるのを見て。私は今回も失敗かなと思った。
でも、どうやら。
今回こそ、合格したようだった。
「まあいいだろう。 これなら売り物にはなる」
「ありがとうございます!」
「まってな。 今、証明書を書いてやるよ」
ひょっとして。出来があまりにも悪い弟子を、さっさと追い出したかったのかと一瞬思ってしまったけれど。
魔法使いにとって、評判はとても大事なものだ。
手塩に掛けて育てた弟子が不祥事を起こせば、師匠にも悪評が降りかかるものなのである。
そう言う意味で、弟子の育成は、誰もが熱心にやる。
勿論師匠も例外では無い。
ましてや師匠は、リザードマン族の魔法使いという稀少な存在。弟子達の事に関しては、人一倍注意を払わなければならないのである。
証書を貰うと。
大きなため息が出た。
これで私も、魔法使いとしてやっていける。
寮に戻ると、すぐに此処を出る準備をする。
魔法使いは弟子の段階を終えると一人前になるけれど。幾つかの位階を経て、社会的な地位を上げていく。
最初は魔法使いの卵であるファスト。
古い時代の言葉らしいのだけれど、今では単純に魔法使いの階級として使われている言葉だ。
ファストの段階では、一人前になったとして、色々なお仕事を受ける事が国から認可されるのだけれど。
社会的な実績を上げていかないと、いつまで経っても次の階級であるゼカンドには上がる事が出来ず。
当然、生活も苦しくなる一方だ。
魔法使いの弟子を卒業して、ようやく一人前になっても。色々と昇格の努力をさぼっていると、ファストのまま年だけとってしまって、取り返しがつかない段階になる事もある。老ファストというのは、魔法使いにとって、もっとも避けるべき呼ばれ方。私も16歳という年齢で、今から先のことを考えるのは早いかもしれないけれど。
実際、師匠の所におずおずと来た、悲惨な境遇の老ファスト魔法使いを見た事がある。
ああならないためにも。
出来るだけ早く自分のお店を持って、昇格していかなければならない。
ちなみに弟子を取るのが認められるのは、第五位階のフィブスから。最終位階になると、師匠のようにメイガスと呼ばれるようになるのだけれど。メイガスというのは、どうしてかいにしえの言葉では、少し系統が違うらしい。
その辺の事情は、私にはよく分からない。
片付けが終わった頃。
師匠が部屋を訪れた。
「やれやれ、お前も出て行くと、少しばかり寂しくなるね」
「またお弟子を取るんですか」
「そりゃあね」
数年がかりでの教育になるけれど。高位魔法使いにとって、弟子の育成は国からも補助金が出る美味しい仕事だ。
勿論、弟子の不出来によっては、メイガスとしての地位が揺らぐこともある。そう言う意味では、ハイリスクハイリターンだけれど。
前線を退いた魔法使いにとっては。やはり、いざというときに手足として活躍してくれる弟子は、重要な存在なのだ。
私も、いずれ師匠のお役に立てるくらい、位階をあげたいけれど。
まあ、それは遠い未来の話だ。
メイガスクラスになってくると、寿命もある程度自由に出来る大魔法を使えると聞いている。
私はきっと、そこまで行けないから。
お婆ちゃんになったら、そのまま死ぬ事になるだろう。
魔法使いの血統持ちだから、多分結婚相手には困らない。それだけは、救いなのか。よく分からない。
今の状態では。まだ、漠然としていて。何ともしがたいところだ。
「で、これからどうするんだい」
「故郷に帰って、家で魔法使いのお店を始めるつもりです」
「ああ、あの田舎か」
「両親がここに来るためのお金を出してくれましたし。 生活を少しでも楽にしてあげたいなって」
良い心がけだと、師匠は言う。
そして、餞別だと言って。少しばかりのお金をくれた。
リュックに荷物を詰め込むと、もうそれで部屋がすっからかん。
一緒に部屋を使っていた兄弟子(とはいっても同性だが)は、さっさと卒業していって、今ではオークの国に帰っているはず。
私も人間の国であるアルマイト王国に戻って。その田舎で、静かに魔法使いのお店をやって行くつもりだ。
勿論、魔法使いだから、少しは稼げないと話にならない。
周囲からの要求も、厳しいものになるだろう。
ましてや私は、十回以上も卒業試験に落ちたオチコボレ。
上手く行く保証は、何処にも無い。
寮を出て、歩き出す。
街の外れにある此処は。石畳も無い土の道を、草だらけの林の中を通って来なければならない。
魔法使いは、やはり。普通の人から見れば、畏怖の対象なのだ。
林を抜けると、石造りの町並みが見えてくる。
人々もいるけれど。
三角帽子を被った私を見ると、やはり何処かで避ける。
馬車の停留所へ向かう私は。
きっと故郷でも、こんな風に扱われるんだろうなと思って、少し憂鬱になったけれど。それでも、未来に希望はある。
魔法使いにならなかったら。
今よりずっと早い段階で結婚して、今頃子供も産んでいただろう。そうでなければ死んでいたかもしれない。
最初のお産はとにかく命が危ないのだ。
田舎では、無駄飯食いを養う余裕は無い。
男は幼いうちから働かされるし。女は子供が産めるようになったらすぐに結婚させられる。
うちは典型的な水呑百姓で、地主からこき使われている毎日で。幼い頃は、畑仕事しかしている記憶が残っていない。
適性が見つかって。
両親が死ぬ思いでお金を出してくれて、師匠に弟子入りするための旅費が出来たけれど。旅費を造るだけで、本当に二人が窶れ果てていく様子が、悲しくてならなかった。
何もかもが暗いわけじゃない。
二人に、少しは恩を返せる。
そう思って、私は家路につく。馬車が見つかって、それに乗り込んで。馬車で一週間以上揺られて、田舎に。
ようやく此処から。
私の全てがはじまるのだ。
1、故郷の形
三段に連なった畑が、何処までも拡がっている。
馬車を降りた私は。
昔に作られた疑似太陽が照らす中。三段の畑の中を、水が流れる音を聞きながら、黙々と歩いた。
畑の管理は大変だ。
全ての苗を横から下から確認して。水を調整しなければならない。
古い時代の魔法使いが作ったこの機械は。小国とは言え、うちの国にとっての生命線だ。
どんな種族も子供が生まれづらい今の時代、戦争はあまり起きないけれど。
この畑の仕組みがなくなったら、食糧が足りなくなって、戦争は確実に起きるだろうと言われていた。
人間も例外では無い。
特に三人目以上の子供を産む女性は殆どいない。二人目まではそこそこに生まれるのだけれど。それ以上は、とにかく生まれないのだ。
だから人間は増えない。
他の種族も同じ。
いにしえの遺産を食い潰さないようにしながら、細々と生きていくのが、今の世界。幸い、今いる魔法使い達が、畑も疑似太陽も維持してくれている。
彼らがいなければ、この国は。とっくの昔に、飢餓と絶望に飲み干されていただろう。
だから私も、期待される。
この辺りの家屋は、古い時代のものがまとめてのこっている。墓石みたいな造りで、部屋がその中に割り振られている。
畑はその墓石の中にまで食い込んでいて。
殆どの水呑百姓は、文字通り畑と一緒に暮らして。自分の担当分の作物を、整備していくのだ。
私の両親の家も墓石の中にあるのだけれど。
私が足を踏み入れると。
明らかな違和感があった。
いない。
まさか。
墓石の管理をしている、最上階に。
昔は透明な板が填まっていた壁の穴から、風が吹き込んでいる。雨の時はとにかくたいへんだ。
一番上の階には、大きな石造りの構造物があって、其処にこの辺りの地主が住んでいる。
私の顔を見ると、露骨に嫌そうな顔をする地主。
兄弟子であるオークよりも太っていて。水死体を思わせる顔立ちだ。
昔から私は。
両親をこき使う此奴が大嫌いだったけれど。一応笑顔を作って、対応しなければならない。
「お久しぶりです」
「一人前の魔法使いになって帰ってきたのか」
「はい。 これからお世話になります」
「ああ……」
露骨に嫌そうな顔をする地主。
当たり前だ。
ファストクラスの魔法使いでも、一地主よりは国での対応が上になるのだ。補助金も、それなりに出る。
この村は、今まで地主の思うままだったのだけれど。
これからは、そうもいかなくなる。
私は実践魔法は苦手だけれど、理論に関しては生半可な魔法使いには遅れを取らない。理論だけなら第六位階であるシクスと同等という評価さえ、師匠に貰っているくらいである。
だから、畑の整備も出来るし。
疑似太陽の修理だって出来る。
私に出来ないのは、専門的なポーションを作ったり。強力なモンスターと戦ったりするような、実践だけだ。
逆に言うと。
今まで高い金を払って、都会から魔法使いを呼ばなければならなかった分。私が村で、発言力を高める。
「お父さんとお母さんは」
「少し前に死んだ。 流行病でな。 三十人も死んで、魔法使いが食い止めてくれたけれどな」
「……っ」
「お前の事は国から通達が来ている。 空いているビルが一つあるから、それをくれてやる。 後は好きにしろ」
しっしっと、追い払うような動作。
余程私が気に入らないのだろう。
まさか此奴、私の両親を。
いや、流石にそれは無いか。もしも私が本気でへそを曲げたら、この村を潰すことだって可能なのだ。
自分が今、不快感と実利の間で、やじろべえになっている事を、地主も理解はしているはず。
だったら、流石に無茶はしないだろう。
覚悟はしていたことだ。
水呑百姓は、いつ死んでもおかしくない。二人子供を作ったら、後はカゲロウのように死んでしまう事もある。
人が増えない所以だ。
ちなみに私には兄がいたけれど。既に結婚して、所帯を持っている。子供はやはり二人。三人目は生まれないようだ。
両親の所に行く。
墓場は、畑の向こう側。
今の時代、お墓というのは、小さな石だ。正確には、ずっと壁が続いていて。其処に石がはめ込まれている。都会には、一つずつ墓石をおく場所もあるのだけれど。師匠の話を聞く限り、此方の方が進んでいる仕組みらしい。昔の魔法使いが作ったものが、残っているのだろう。
其処に人の情報を収めた石が埋め込まれていて。
両親のものも、確かにあった。
触れると、なくなったときの様子が流れ込んでくる。
極限の飢餓の中、流行病にかかり。
国が派遣した魔法使いが到着する前に、二人ともあっけなく命を落とした。
子供が二人出来ると、水呑百姓は死に一段と近づく。二人は或いは、分かっていたのかもしれない。
もう、私に会えないことを。
しばらく、私は。
声を殺して、その場にしゃがみ込み、泣いた。
気持ちが落ち着いてくるまで。
ずっと其処で、座り込んでいた。
提供された墓石のようなビルに向かう。
あまり大きなビルでは無くて、畑も中に食い込んでいない。
勿論、人も住んでいない。
荷物を降ろすと。
まずは掃除からだなと、私は思った。
腕の良い魔法使いになると、勝手に動き回る箒などを使う凄腕もいるらしいのだけれど。私には無理。
さて、まずはどうするか、だ。
国からの援助物資は、明日には届くはず。家具なんかは、それで問題なくそろうだろう。
両親の遺品を兄が保管している事が分かったけれど。兄も水呑百姓で、苦しい生活をしている。
分けてくれとは言えない。
そもそも、兄は魔法使いになると言ったとき、思い切り渋い顔をした。
今更、顔を出しても、喜ぶ事は無いだろう。
それに、ファストクラスから上がれないと、後が悲惨だ。国からは援助もされず、村からも悪評だけが残る。師匠にもあまりいい影響が出ないだろう。
人差し指を噛むと、血を出して。
冷たい床に、魔法陣を書いていく。
魔法の籠もった水を使うのも良いのだけれど。私はまだまだお金もないし、代替手段を使うしか無い。
魔法陣を書き終えると。
師匠の所で使っていた鍋を、魔法陣に置く。
お水を張って。ビルに来る途中で、採取してきた薬草をいれて。魔法陣に魔力を通す。
お湯になり。
ポーションが出来る。
ため息が零れた。コツを掴んだのかもしれない。一発で上手く行ったのは、良いことだ。これで、この村の人達は、ポーションに困らなくなる。今までは高いお金を払って、都会から購入していて。
それが大きな負担にもなっていたし。
地主やその家族だけがほぼポーションを独占していて。水呑百姓が死ぬ確率が上がる要因にもなっていたのだ。
ポーションの効果を確認してから、瓶に移して。
順番に、作っていく。
村の人達が、此方を覗きに来ているようだけれど。笑顔で一礼だけして、わざわざ話には行かない。
魔法使いは、畏怖の対象。
師匠のような、メイガスクラスでもそれは同じだ。
ましてや今は、地主が余計な事を言っている筈で。私はまず、この村の経済を、少しずつ掌握していかなければならない。
そうすることで、地主の牙城を崩す。
そもそも、両親の生活を、少しでも楽にしてあげたかったのに。
地主のせいで、何もかもが台無しだ。
この礼はさせて貰う。
あの地主は、私の事を、ゴミでも見るように見ていた。その事は、必ず後悔させてやらなければ、気が済まない。
ポーションの瓶がだいぶできた。
馬車が、ビルの前に到着。
国からの援助物資だ。
冷凍保存倉庫があるのは有り難い。魔法使いにはかならず支給されるもので、これがあるとないとでは大違いだ。物資の保存に、これほど役に立つものはないのである。
早速倉庫を稼働させて。
家具も配置。
しかし、ビルの中はがらんとしていて。一部屋を生活空間にして。もう一部屋で魔法の作業をするとしても。
後が、完全に余っていた。
作業が一通り終わってしまうと、する事も無くなる。
魔力の使い方の練習についても。一度やると、凄く消耗するので、何度も何度もは出来ない。
だから、持ち帰ってきた本を出す。
師匠の所にあった、チップと呼ばれる道具に、今はたくさんの本が入っている。チップに触れて、親指で指紋認証すると、空中に本がわき出る。指先でページを操作して、順番に読んでいく。畑についての技術書を、徹底的に読み直しておいた方が良いだろう。魔力の操作についても、コツが書かれた本があって、それはとても有用だ。
しばらく、本に没頭して。
気がつくと、もう夜中になっていた。
昔、農村では、一日の終わりは、陽が落ちたときだったらしい。
今は疑似太陽があるので、一日中が明るい。
疑似太陽へのアクセスシステムは、魔法使いなら誰でも知っている。ビルの屋上に上がると、私は印を切って、パスをつなぐ。
魔力がちょっとでもあれば出来る事だ。
すぐに疑似太陽の状態を確認。
ガタが来ていて、エラーが出ているけれど。まあ、今の段階では、すぐに直さなくても良いだろう。
それでも、幾つか修復できそうな所があったので。
畑の状態も確認して、エラー修復のプログラムを走らせておく。昔の魔法使いが作った仕組みは大変難しくて。
水呑百姓には、理解の荷が重い。
私はどうしてか、こういうのを覚えるのに、天性の才覚があったらしく。プログラムもすらすらと読める。
エラーの修復が完了。
後は、畑の方も、見ておくべきだろう。
来る途中、馬車で寝ておいたので、あまり疲れは溜まっていない。
畑の制御システムの所に行く。別のビルだけれど。魔法使いである私が来たのを見て、見張りは道を空けた。
狭い村だ。
見張りは、私の幼なじみ。
昔は私に気があったらしいのだけれど。三角帽子を被って、黒ローブを着込んだ魔法使いの正装の私には、畏怖しか覚えない様子だ。
「壊したりするなよ」
「平気です」
中枢システムにアクセス。
かなり乱暴に使っていたらしく、疑似太陽よりも酷く痛んでいる箇所がある。
妖精さん達がかなりいるので、直して貰う。
ちなみに妖精さん達は、目に見る事が出来ない、とても小さな存在だ。昔そう呼ばれていた存在とは違って。古い時代の魔法使いが造り出したものらしい。プログラムに従って、動いてくれるので。
ちゃんと命令すれば、畑の駄目なところを、しっかり直してくれる。
しばらくコンソールを操作している私を。
幼なじみは、不安そうに見ていた。
一応、これで大丈夫。
重篤エラーはないけれど。それでもそこそこ面倒なエラーが数カ所にあり。その全てを修復した。
後は、老朽化しているパーツがあるけれど。
それは時間を掛けて、妖精さんに直して貰えば良い。
ただ、妖精さんを補充することだけは、どうにも出来ない。畑を動かしていくと、どうしても妖精さん達は減っていく。
こればかりは、それこそメイガスクラスの魔法使いでないと出来ない。
知識だけでは、どうにもならないことだ。
妖精さんを購入すると、少し高くつくけれど。
ただ、この村では、今後ポーションを購入に充てるお金がいらない。ちょっと私が頑張れば、他の村にもポーションを売って、稼ぐことだって出来る。
そのお金で、畑を整備すれば良い。
もう一つあるとすれば。
畑を無秩序に拡大したことで、彼方此方で色々と問題が起きている。水呑百姓達が、ひどい労働をさせられているのも。無計画な畑の拡大が原因だ。
これに関しては、ある程度改善が出来る筈。
コンソールから離れると、幼なじみはまた見張りにつく。
流石に疲れてきたので、私はビルに戻る。
途中。
奇異の視線が、散々浴びせられたけれど。もう、今更気にする事も無い。魔法使いの弟子になった次の月には。こうなることは、目に見えていたのだから。
一晩ぐっすり眠って。
起きたのはお昼。
最初に疑似太陽を確認。状態には、何ら問題なし。まだ少し小さめのエラーがあるので、プログラムを動かして解決しておく。
疑似太陽も、妖精さんが修復してくれるのだけれど。
此方も少し消耗している。
畑の方も確認。
水呑百姓達が働いている状況が、コンソールにリアルタイム表示されている。やはり、無茶な拡大で、仕事が追いついていない。一部は苗が痛んだり、収穫に支障をきたしたりしている様子だ。
上手く廻すには、人を増やすか。
もっと畑の形状を変えるしかない。一部の畑は、はしごを使って危険な中空を渡らなければならないのだ。
一通り作業を終えると。
村長の所に行く。
この村で、一番権力を持っているのは地主だけれど。それは、畑を動かす水呑百姓を抑えているからだ。
村長は国から派遣されている人物で。
その気になれば、地主に命令を出すことも出来る。
ただしその場合、地主がへそを曲げるのは確実なので。今までは、村を円滑に動かすために、地主と仲良くやっていく方法を選んでいた。
ちなみに、こんな小さな村では、収益は少なすぎて、絞ろうにも絞れない。
だから、汚職官吏は一応いない。腐っているのは地主だけ。役人はそもそもそこまで儲からないのだ。
役場とは名ばかりの、小さな建物。ビルでさえない、この村の隅にある煉瓦造りが、村長の自宅だ。
私が足を運ぶと。
村長は、満面の笑顔で、出迎えてくれた。
やせぎすの、バッタを正面から見たような顔の男性で。ちなみに人間族では無くて、ノームと呼ばれる種族の出身者だ。お金勘定が得意な種族で、しかも我欲が小さいので、国でも役人として重宝しているらしいのである。
「マーシャ君。 良く来てくれたね」
「ようやく一人前になりました」
「お茶を出してくれ」
村長が、奥さんであるノーム族の女性に声を掛ける。
ノーム族は、男性は人間族とあまり容姿が変わらないのだけれど。女性は非常に背が低くて、なおかつ容姿が愛らしい。このため悪い連中に狙われるケースもあるらしいのだけれど。
この国では、経済にノーム族が深く噛んでいて、しかも彼らの団結はかなり強い。
人さらいなど、ひとたまりもなく組織ごと潰されてしまう。
儀礼の挨拶を済ませると。
私はきりだした。
「これからは、必要なポーションは私が作ります。 他の村から購入する必要はもうありません」
「本当かね」
「こちらをどうぞ」
リュックから取り出したのは、昨日から作っているポーションだ。全部国定の品質をクリアしていることは確認済みである。
村長が目を輝かせる。
これがどれだけの利益を生むか、分かっているのだろう。
今までポーションをよそから買っていた資金を全て節約できるだけで、随文楽になるのだ。
「おお、これは! 早速仕事をしてくれたか」
「ただ、分かっているでしょうが、地主が横やりを入れてくるでしょう。 それについては、押さえ込みをお願いします」
「……あ、ああ」
鼻白む村長。
私がいきなりそんな事を言い出したからだろう。
私は決めている。
あの地主は、徹底的に潰す。これはその第一歩だ。
両親の死の遠因を作った事もそうだけれど。この貧しい村で、あんなに太るまで自分だけ贅沢の限りを尽くした罪は、償って貰う。
最後は、骨と皮だけになって、餓死するところまで追い込む。
「疑似太陽と畑については、既に修復作業に入っています。 今まで相当に酷使していたようですね」
「まあそれは、お金がなかったからね」
「ポーションを私が生産して浮くお金で、妖精さんを購入して、修復費用に充ててください」
「うむ……」
困惑が見て取れる。
いきなり私が、此処まで村の経営に食い込んでくるとは、思っていなかったのかも知れない。
一端この辺りで引くのも良いだろう。あまり押しすぎると、村長まで敵に回す。銭勘定が得意な人間は、基本的に利害にも敏感だ。
地主より私の方が危険だとか考えられると、面倒である。
こういった事は、師匠に教わった。
師匠は私の魔法の腕前が良くないと知ると、色々な付帯知識をつけさせた。魔法使いとしての経験だけではない。
人間とどうやって渡り合っていったか。その経験談も、色々と口にしてくれた。
今は、それを最大限に、有効活用する。
とにかく、私の存在が有益である事は、見せつけることが出来た。今の時点では、それでいい。
元々魔法使いは。
何処の街や村でも、重宝される存在。
武闘派の魔法使いであれば、今はすっかり無くなった人間同士の戦争にも、かり出される事があったらしいけれど。
現状は、オークやリザードマンなどの人間近縁種も含めて、集落の周辺に現れる危険な猛獣や魔物の退治に足を運んだり。
荒事の解決にも、存在そのものが抑止力となって、活躍する。
私は魔法使いとしての力は最底辺だけれど。
知識はあるし。
知識を生かして出来る事は、たくさんある。
今はとにかく、その力を使って。周辺を動かしていく事が、大事だった。
2、増え続ける負担
ポーション作りだけは、上手く行くようになった。上手く行くときと行かないときがとにかく極端で。
出来ないときは、そもそも魔法陣に魔力が通らない。
出来るときは、そうで無いときが嘘のように。あっという間に、あらゆる全てが成功するのである。
自分の手を見る。
私の手は、あまりにもむらっけが多い。
師匠がいつも嘆いていたわけである。一人前になってみて、始めて自分がどれだけ困った存在だったのか。
分かっていたつもりだったにすぎなかったと、思い知らされていた。
地固めは、やっておくべきだ。
まず、ポーションはきちんと配布している。村長に渡す分だけではない。自分でも水呑百姓達を回って、不調な人にはきちんと配っていた。
元々、水呑百姓が、村の大半を占めているのだ。
もしも本気で彼らが怒った場合。
地主も村長も、ひとたまりもない。
当然のように、水呑百姓達は、私に感謝する。
今までは医者に掛かるどころか。
それこそ地主に娘を差し出しても、ポーションをほんの少しだけ分けて貰うのがやっと。言うようにしても、ポーションを貰えず虐待されるだけされて死ぬ、という例もあったのだ。
ここの地主が特別に悪いわけではない。
お金を持っている人間が勘違いすると。
得てして、こういう風になるのだと、師匠はいつもいっていた。私も一歩間違えば、あの醜い脂肪の塊に、尊厳を全て奪われたあげく、のたれ死にしていたのだと思うと。容赦も遠慮もする必要がない。
ポーションを作って配って周り。
同時に、予備用として村長にもくれてやる。
これはある程度、横流しをすることを想定したものだ。ポーションは高く売れる。近隣には、魔法使いがいない村だって、少なくは無いのだから。
「マーシャ、いるか」
不意に声がしたので、ポーションを作っていた私は顔を上げる。
既に村のメンバーは全員を把握。
どれだけポーションが必要かも分かっている。
それに、畑や疑似太陽の管理についても、これから改良をしようと思っている。いざというときの保険も、仕込むつもりだ。
「何ですか、ハイラインさん」
「あ、ああ」
さん付けで呼ぶと、ハイラインは少し寂しそうに目を伏せる。
畑の中枢管理コンソールを守っている幼なじみである彼は。私を露骨に畏怖しているけれど。
私の方から、距離を開けたことを見るや。こんな態度を取るようになった。
不愉快だ。
内心では相当イライラさせられているのだけれど。まあ、正直な話。魔法使いに対する畏怖を考えると、仕方が無い部分もある。
「畑の一部が壊れそうになってるんだ。 ちょっと見てくれるか」
「分かりました。 すぐに出向きます」
朝確認したときは、問題は起きていなかったのだが。
ポーション作りを適当な所で切り上げると、ハイラインに言われたままついていく。ハイラインは何度か躊躇った後、言う。
「お前、変わったよな。 しゃべり方とか、雰囲気とか」
「魔法を身につけて戻ってきたのだから当然でしょう」
「それもそうだがよ……」
此奴、分かっているのか。
私が今、もの凄く怒っているという事に。
少しは支えてあげたいと思っていた両親は、戻ってみれば悲惨な死を迎えていて。兄夫婦も家族も、もう私を人間だとは見ていない。
時々、関係悪化した魔法使いと地元の住民が大きな諍いを起こして、国が調停に乗り出すことがあると聞いているけれど。
当然の事だろう。
畏怖の対象として、人では無い存在として扱われ。
何より、だ。
兄夫婦さえ。私の両親の墓に、アクセスした形跡が無かった。
忙しいというのは理由にならないはずだ。
死体は機械的に始末され。
死体炉に入れられて、圧縮された情報キューブにされて、箱に格納された。流行病で死んだから。その死骸をゴミでも見るような目で見ている周囲の人々。足蹴にする奴さえいた。
全て記録に残っていて。
私は魔法使いだから、それにアクセス出来る。
多分此奴らは知らないだろうけれど。
魔力がちょっとしかなくても、魔法使いと言うだけでも、出来る事はたくさんあるのだ。
現場に到着。
無秩序に拡張した畑の一部が、ぐらぐらになっている。透明な仕切り板の一部ががたついているのは。
多分農作業時に、無茶な力を掛けたから、だろう。
妖精さん達に補修をさせるにしても。抑えておく必要がある。水呑百姓ばかりの村だから、大工もいない。
何しろ、家はみな、あの墓石のようなビルの中にあって。
誰かが死ねば、代わりに他が入って。
ビル自体も、自動修復システムが働いているから。壊れかけとは言え、まだまだ当面もつのだ。
大工なんていない。
都会や、農村以外の場所ならいるけれど。
呼んできて仕事をして貰うには、相当なお金が必要になるだろう。
だから、私がやるしかない。
幸い、おかしくなっている畑は、手が届く場所だ。部材を確認した後。用意されている予備の部材を取りに行く。
畑の管理コンソールには、予備部材の存在が明記されていたけれど。
いざ倉庫に入ってみると、無い。
これは、無断で誰かが横流ししたな。
村長か、地主か。
確かにいにしえの技術による生産物は、良いお金になる。だからといって、こういう村の基幹になるシステムにダメージを与えるような行いをするなんて。
倉庫は、数人しか入る事が出来ない。
指紋認証を含めて、厳重にロックされているのだ。村長と地主。それにハイラインをはじめとする管理者の一族。
アクセスログを確認し。
映像も出すと。
どうやら入ったのは、地主らしかった。
今は糾弾しない。
この不正行為、後で有効に使わせて貰う。しかも部材を売った金で、自分だけ贅沢をしているのは、目に見えているのだ。
仕方が無いので、形状が似ている別の予備部材を取り出す。
妖精さんの消耗がそれだけ激しくなるが、仕方が無い。私が少し無理して、ポーションを作って。
近場のメイガスクラスの魔法使いの誰かに頼んで、妖精さんを作ってもらうしかないだろう。
脚立を使って、上に。
ちょっとした固定だけをする。
此処には触らないように。水呑百姓達に指示を出した後、コンソールから癒着作業を指示。
これで、半日もあれば、固定するはずだ。
さて、コンソールを触ってログを確認してみて分かったが。これは明らかに意図的にやったものだ。事故では無い。故意である。ちょっと触っただけでそれが確認できた。
すぐに現場に戻ると。
まだ水呑百姓達が、わいわいと集まって騒いでいた。
此奴らに触られると厄介だ。
「どいてください」
私が来ると、水呑百姓達がわっと逃げる。
さて、問題は。これをやらかした犯人だ。
恐らく十中八九、地主がやらせたと見て良いだろう。私の権威を失墜させることが目的だ。
早くも喧嘩を売ってきたというわけである。
それなら、此方にも考えがある。
元々潰すつもりだったのだ。
相手の手が早いというならば。
此方からも、相応の対策を取らせて貰うだけの事だ。
地主は知らないだろうが。畑には監視システムが着いていて、誰が何処で動いていたかは、簡単に調べられる。
勿論畑の規模にもよるし。
調べる事が出来ない場所もある。
しかし今回のように人為的な破壊によってエラーが生じた場合には。確実に、監視のシステムが、状況を記録する。
さて、壊したのは。精密にログを確認し、データを引っ張り出す。
映像が出てくる。
呻いたのは。
それが、あまりにも卑劣な行動の結果だったから、だ。
兄夫婦の所に出向く。
私が修行に行ってから二年後には結婚した兄は。今ではすっかり過酷な労働でやせこけていて。
二人の子供と妻に精気を吸われているように。
目からも声からも、力が消えていた。
今の時代、結婚なんて、余程のことがないと、誰もしたがらない。だから特に貧しい世代と、逆にお金持ちの世代は、殆どが親や権力者の手によって、結婚させられるのが常なのだ。
兄もそう。
ちなみに兄の場合は、叔父夫婦が持ってきた話で、結婚した。
結婚相手は私より二歳年上で、大の魔法使い嫌い。
私が会いに行くと。子供達を奧に隠して、自分は此方とは目も合わせようとはしなかった。
「何だ、マーシャ。 やっと仕事が終わって帰った所なんだぞ」
「悔しくは無いんですか?」
「いきなりなんだ、藪から棒に」
「両親を使い潰した相手のいうままに、私を陥れるような布石に荷担して、です」
黙り込む兄。
激高するかと思ったけれど。
その前に、私が指先で空中を操作して。魔法使い以外には見えない端末にアクセスし、起動する。
其処には。
脚立を使って、畑に上がり。
乱暴に扱って、壊している兄の姿が、はっきり写っていた。
「その家具、新しいですね。 家具のために、私を売りましたね?」
「お前に、何が分かる……!」
兄の声が、凄惨な色を帯びた。
表情も、鬼のような形相に変わっている。
両親がゴミのように使い潰されて死んで。それでもなお、地主には逆らえない悲しみが。表情と声には籠もっていた。
「地主と金のやりとりをした場所は何処です」
「そんな事をして、何になる」
「言わないなら別に良いです。 少し時間を掛ければ探し出せますから。 あの地主、この世から消し去りたいと思いませんか? 今、証拠を集めている所です」
憤怒の形相が。
見る間に青ざめていく。
私が都会で、魔法使いの修行だけ、のうのうとしていたとでも思っていたのか。
都会は都会で、修羅の理論が渦巻く場所だ。
此処とは別の意味での地獄。
閉塞した田舎とは違って、開けっぴろげの底が抜けた地獄の釜。それが都会だと、私は思う。
一方で此処は、完全に封じられた闇鍋だ。
どちらにしても、魔法使いは。
世界の闇を一身に引き受けている存在なのだ。
魔法が使いこなせるようになった時には。
師匠から、身の守り方を教わっているのが、普通なのである。
「言いなさい。 言わないと、兄様もこの村から出て行って貰う事になります」
「お前……!」
「まさか、私への憎悪が原因ですか?」
思わずかっとなった兄が、私に手を挙げようとしたけれど。そうはしなかった。
いつも不機嫌そうにしている兄だけれど。
私が魔法使いになった事に対しては色々思っていても。私の事は、嫌っていなかったはずだ。
兄の嫁はともかく、である。
「……一昨日の、西の方にある畔の下、夕方だ」
「それだけで充分です」
きびすを返して、兄の元を去る。
これは、近いうちに、
シンパを作って置いた方が良いだろう。
家に戻ると、証拠集めを続けながら、ポーションもせっせと生産する。ポーションは文字通りの万能薬で。
疲労回復から傷の回復。
そればかりか、病にもかなり効く。
いにしえの時代の魔法使いが造り出したこのお薬の効能は、まさに万能。
これがで来てからと言うもの。
他の薬の大半は、この世から消えていった、というほどのものなのだ。
これを、私は。
手づから配って回る。
今までポーションが買えなかった人達の所にも、である。怪我が見る間に治る。疲れが取れる。
重かったからだが回復する。
目に見えた効果を見て。誰もが喜ぶのが分かった。
勿論怖がって受け取らない人もいたけれど。こういうのは、評判を稼いでいくのが重要なのだ。
大魔法使いになると、死者を蘇生することさえ出来ると言うけれど。
流石に私には、其処までの驚天の奇蹟は起こせない。
ただ、ポーションに関しては。
完全にコツを掴んだらしい。
もう失敗は、しなくなっていた。
ひょっとすると、師匠はこれを見越していたのか。私が、コツを掴めば、後は一気に行けると見抜いていたのだろうか。
少し考えた後。
私はポーションを作った後。空いている別の部屋に。違う魔法陣を書く。
魔法使いに作れるのは、ポーションだけではない。
もっと色々なものも作れる。
膨大な参考書に目を通して、少しずつやれそうなものを見繕う。自動機械の類は。これは簡単なものは、勝手に動く円盤状の箒とか。勝手に辺りを見回って、悪い人がいたら追い払う機械とか。
比較的簡単なのはそういうのだ。
難しいのになると、まんま人間というのも作れる。
生殖機能も有していて、力も人間より強い。
下働きをさせるために作る疑似人間で、でもこれについては、魔法使いの間でも賛否両論だ。
というのも、扱いが悪いと逃げ出して、魔物化するし。
また、疑似人間といっても。
姿形は、人間とかなり違うのだ。
頭が四つあったり腕が六本あったり。
これはいにしえの時代の神々をモチーフにしているから、という噂があるけれど。師匠はできれば手を出すなと言っていた。
戦闘タイプの魔法使いは、戦いに行く際に、従者として連れて行く事があるらしいのだけれど。
今の私には、そう言う意味では必要ない。
身さえ守るのだったら。
まずは動物が良いだろう。
幾つかの種類を見繕った後、カラスにする。
カラスと言っても、小型の猛禽並みのサイズを持つ渡鴉。いわゆるレイヴンだ。形状的にはレイヴンに似ているけれど、それは偽装。
周囲を飛び回り。
時には私に害を為す相手を排除する。
実際には命を持たず。
修復も簡単。
小鳥などだと、侮られることが多いけれど。
鷹よりも大きいレイヴンを使う場合は、周囲から侮られることもない。実際鴉が人間に対して攻撃を仕掛けることは田舎でも知られているし。ましてや獰猛で大型の渡鴉ならなおさらだ。
まずは土塊を集めて来て。
魔法陣に魔力を通す。
多分二十回くらいは失敗しそうだなと、私は自虐的に呟く。
あまり出来が良いわけではない私だ。
苦労するのは。
最初から、想定済みなのである。
幾つかの作業を順番にこなしながら、私はポーションを地道に配る。村長にも分けてあげるし。
苦しい思いをしている水呑百姓の所にも出向く。
病気になっている者は診察。
私自身に医療の知識がなくても。
此処は疑似太陽や畑がある。
また、貰ってきた膨大な書籍もある。
それらからバックアップさえ受ければ。ある程度病気の特定は可能だし。ポーションで治るか治らないかも判断できる。
重病用の特殊なポーションもある。
体の中に肉の塊が出来る、昔はもっとも人が死んだ病気に対しても。この重病用ポーションは効く。
既に幾つかストックは済ませていて。
村の人達は。私に対しての偏見を、少しずつ改めるようになって来ていた。
小手調べの手を打ってきた村長だけれど。
さて、今度はどうするか。
魔法使いが迫害される場合、誤解が重なって、村人を敵に回した事が殆どだと聞いている。
今、私は。
ポーションを配ることで、直接の恩を売って歩いている。
くだらない嫌がらせを幾つか地主から受けているけれど。その全ても粉砕しているし。更には、ボディガードも作り始めている。
計画は、順調だ。
一通り、村の人間達の間を回る。
最近は主にサイクルを使っている。
古い時代に作り出された、丸が二つ重なった道具で。乗りこなせると、歩くよりずっと速く進める。
魔法使いのローブだと、少しサイクルは使いづらいのだけれど。
これに関しては、サイクルにちょっと細工して。横のりする事で解決した。後は、ローブが巻き込まれないように気を付ければそれでいい。最もその結果、あまりスピードはでないのだが。
自分で勝手に進むサイクル。
今日も畑を順番に見ていって。
働いている人達を確認。体調を崩している人達を見て回る。
途中、地主とすれ違う。
地主は、既に私への敵意を隠してもいなかった。
「魔法使い。 村人に怪しい薬を配っているそうだな」
「以前から使用されている国定のポーションですが」
「そんなものは知るか」
「貴方のいとこも、重篤だったところを回復しましたよね?」
笑顔でいたいところを突く。
地主の十歳年が離れたいとこは、少し前に肺炎をこじらせて、死にそうになっていたのだけれど。
重病用のポーションを投与して、すぐに回復した。
私がいなければ、死んでいただろう。
この村では、ポーションを他の村からの入手に頼り切っていた。特に重病用のポーションは、出回っていなかった。
高額すぎたからだ。
この地主は、自分の金のためなら、他人の命なんでどうでもいいタイプだ。例えいとこであっても。
「それで恩を売ったつもりか」
「貴方に恩など売ったつもりはありません。 私は、私が助けられる人達を、助けているだけです」
「いい気になるなよ、手品師」
「実際に助かっている人達は、大勢いますよ」
私は笑顔のまま。
そして。
周囲では、地主への反感の視線が、集まり始めている。
地主は取り巻きを数人連れていたけれど。恐らく本能的にまずいと悟ったのだろう。顔を真っ赤にしたまま、帰ると言って、足早に家に戻っていった。
大きな顔を出来るのは、もう終わり。
失脚は遠い未来じゃない。
後は、仕上げだ。
いわゆる魔女狩りという愚行が昔なされたことがあるけれど。それは、魔法使いが村人達から敵視されたからだ。
私は確実に、恩を売って歩いている。
更に、薬だけじゃない。
農作業に関しても、それは同じだ。
畑類の精密なチェック。
ずっと続いている作業。更に、効率化の向上。
既に村長に言って、新しい妖精さんは購入して貰った。やはり高くつくけれど、こればかりは仕方が無い。
この妖精さんを使って、手始めに疑似太陽は非常に性能を上げた。
明らかに畑の作物が、良く育つようになっている。
また、畑にも、今後手を積極的に入れていく予定だ。
予備の部材も少しずつ購入しているし。今後はキメラ的に拡大していった畑についても、手を入れて効率化する。
空中などに張り巡らされている段々の畑に関しては、最終的に収穫から何から、自動機械にやらせてしまおうとも思っていた。
渡鴉が戻ってくる。
散々失敗した後、ついに完成した、私の自動機械第一号。
喋ることは出来ないけれど。
見たもの聞いたものを、全て私に伝えることが出来る。また、壁を透過して、向こうを見ることも出来る。
地主の家はこれで覗きをさせている。
酷いもので、都会から買ってきた高級娼婦を、月に三回も連れ込んでいる。奥さんとの仲は冷え切っていて、ここら辺にもつけいる隙がありそうだ。
証拠写真は、ばっちり増やしておく。
これは、地主が。
私に明確な攻撃を仕掛けてきたときのための保険だ。
既に村中に、いざというときには、自動で映像を流す仕組みを作ってある。何かあった場合は、地主の悪行を全てこれによって流すつもりだ。
これらの手際は、私が考えたことじゃない。
師匠が昔。
街の人々と争ったとき。自動機械を使って、その中心人物達を洗い出し。そして、同じ手段で、街から追い出したのだ。
想像を絶する事態だっただろう。
町中に、賄賂を貰ったり犯罪を行ったりしている様子が、延々と流され続けるのだから。魔法使いの悪行がーとか叫んでいた者達は、リーダーの想像を絶する醜態に一瞬で瓦解。リーダー達はそそくさと、街を出て行ったのだという。
まあ、地主は、街を出る程度では済まない。
後は不正蓄財の証拠をもう少し押さえておいて。
街を出た後は餓死するところまで追い込む。
自殺なんてさせない。
獣の餌食にだってさせない。
いっそ、激高した村人達になぶり殺しにさせるのもありだけれど。そこまでは、別にしなくても良いだろう。
凶暴化した村人が、暴徒と化して、何かもを壊しかねないからだ。それではもったいないのである。
家に戻ると、指紋認証で、戸を開ける。
セキュリティを厳重にして、中には誰も入れないようにしてある。最近は侵入を試みた形跡が彼方此方にあるけれど。生憎、頑丈にこのビルの周辺は固めてある。誰にも、勝手には入れない。
ポーションを作り終えると。
肩を叩いて。
疲労回復用の、マンドラゴラの煎じ薬を飲む。
かなり体力は戻るけれど。
それでも、少しずつ体力は削られている。溜まった疲労が、私を攻撃的にさせているのが分かる。
渡鴉が、ちかちかと目を点滅させる。
疲労がレッドゾーンに達している。
休憩するべきだ、というのである。
渡鴉の頭を撫でると、私は言うことを聞く事にした。ポーションを仕上げると、ころんと横になって。
眠ることにした。
夜中、叩き起こされる。
騒ぎが起きている。
寝間着のまま飛び出すと、どうやら火事だ。
すぐに渡鴉を飛ばすと、自身は屋上へ。畑による水の管理システムを使えば、一気に鎮火できる可能性もある。
水呑百姓の住んでいる掘っ立て小屋。
ビルにも入れない貧しい人達の小屋が燃えている。
なるほど、こういう手に出てきたか。
ちなみに彼らは、煙草を買う余力も無い。日々の生活をやっとのことでこなしていて、そもそも火だって殆ど使えないのだ。
食べ物は、畑から生産された出がらし。作物を簡易加工した、クオーツフードと呼ばれるものばかり。
温かい食べ物を贅沢だとさえ感じるほど。
かくいう私だって、水呑百姓だったのだ。魔法使いの弟子になって、始めて温かい食べ物を口にして、そのおいしさに涙したほど。ちなみに私と同じような境遇の兄弟弟子は何人もいた。
つまり。
水呑百姓の家が。
火事になる要素がない。
ほぼ間違いなく地主の仕業だろう。
すぐに畑にアクセス。
幾つかの水流管理弁を操作して、水を移動。作物へのダメージはできるだけ抑える必要があるけれど。
そもそも、人命が優先だ。
恐らく地主の凶行については、彼方此方に仕込んである畑の映像装置がばっちり捕らえているはず。
多分本人では無くて、手先の仕業だろうけれど。
それでも、奴は決定的なことをやった。
これで、地獄にたたき落とせる。
騒いでいる連中の上から、雨が降り始める。
畑に使っている水は、一度川から濾過してくみ上げて、ポンプを使って畑に流しているのだけれど。
その一部を、火事を起こした家屋に放出したのだ。
見る間に火が消えていく。
渡鴉を肩に乗せた私が現地に出向いたときには。既に大やけどをした負傷者が、何名か出ていた。
ただ、死者はいない。
火事が出てからの対応が早かったからである。
煙を吸い込んだ子供が心配だけれど。
ポーションが備蓄されている今。死ぬ恐れはないだろう。
「魔法使い様!」
「今の畑からの水は、あなた様が!」
「はい。 今、けが人も救助します」
ポーションを一人ずつに飲ませる。ひどい怪我だけれど。これで治癒能力が極限まで上がって、峠は越すはずだ。
さて、次。
地主が手を打つ前に、やっておくことがある。
畑の中枢システムにアクセス。案の定写っていた、地主の手先の映像を出す。
奴は恐らく、こう叫ぶつもりだったのだろう。
魔女が火事を起こしたと。
だから、先手を打つ。
村中に、地主の手先が、火をつけた映像を流す。これは強制的に、だ。立体映像の出現は、畑の中枢システムから出来る。
更に、見つけておいたデータも、同時に。
「火をつけろ。 あの魔女めの仕業に見せかけろ」
地主の手先になっている与太者。取り巻きの一人。村はずれに住んでいる、ロクに働きもしない暴力だけが取り柄の男が。そう言われているのが、ばっちり映像に取られていた。
地主は知らなかったのだろう。
古い時代のシステムが、村中をカバーしていることを。
魔法使いを侮ったな。
私は、自滅した奴のことを、全く心配しない。自分がした事を、後悔する暇も与える気は無い。
すぐに、村人達は。
殺意と狂乱に包まれた。
与太者はよってたかって押しかけた水呑百姓達に、即座に殴り殺された。如何に乱暴ものでも、武器を持った大勢によってたかって殴られれば、ひとたまりもない。無茶苦茶に損壊した死骸は、村の真ん中に曝されている。臓物をぶら下げたその死骸は既に油を掛けられて、火をつけられていた。
まあ此奴は完全に自業自得だ。
地主とつるんで悪さばかりしていた奴で、此奴に泣かされていた人はとにかく多い。犯罪も、地主が散々もみ消していたのだ。
噂によると、此奴に殺された人も何名かいるとか。
いずれ殺す事は決めていたのだから、別にどうでもいい。
此奴が死んだことに関して、私が流す涙なんてないし。同情することも、一切なかった。
地主一家は。
全員が捕まった。
女子供も滅茶苦茶に殴られて。縛られて転がされている。
私は容赦するつもりはない。
今まで溜めておいた、地主の凶行を。村中に映像として流し続けていた。
地主の家は徹底的に略奪され。
水呑百姓が今まで味わってきた暴虐を、十倍にされて返されていた。この辺りも、自業自得である。
魔法使いを侮った報いだ。
村長は、静観を決め込んでいる。
私自身が直接手を下したわけでは無いし。
何より私が既に、村の経済に大きく食い込んでいるからだ。
暴力で村を好きかってしていただけの地主が、邪魔になっていた、ということもあるのだろう。
何より既に。
私と村長の力の差は、逆転している。
「魔女だ! 彼奴が全てをでっち上げたのだ!」
地主が喚き散らしているけれど。
私は鼻歌交じりに、新しい映像を出す。地主が村の若い水呑百姓の娘に対して、初夜権を行使する映像だ。
最近撮った。
勿論通称初夜権の行使は違法とされていて。
辺境の村ではまれに、此処の地主のような悪辣なゲスが行っているとかいう話は聞いていたけれど。
地主の家の情報を探っておいて正解だった。
こんな素敵な映像が撮れるとは、思ってもいなかったからである。
殺気だった村人達は、容赦ない暴力を地主の家族に加えていて。
食用豚のように太った何人かは、既に息絶えていた。
地主自体も、既に手足の骨をへし折られて瀕死だ。遠くから私は見ているだけで、全てが片付きそうだ。
後は暴動が飛び火しないようにすれば良いだけ。
村長側も、既に事態沈静に向けて動いているようだけれど。
地主を助ける気はさらさら無さそうだ。
「お前ら、誰のおかげでこの村が発展してきたと思っている!」
「昔の人が作った畑のおかげだボケ! テメーのことはみんな嫌いだったんだよ!」
誰だか水呑百姓の一人が、地主の顔を蹴りつけた。
それにしても、此処まで明確に煽ってやらないと、水呑百姓達は動けなかったのか。ため息が漏れる。
力を私は間違いなく得た。
魔法使いとしてはまだまだ出来損ないだけれど。
それでも、明確な力を得て、分かったことがある。
力がない人間とある人間では、見ているものが違うのだな。ということだ。
師匠も似たようなことを言っていたけれど。
実際にその場で見てみるとやはり違う事は多い。
さて、ポーションをいつもよりがんばってたくさん生産しておいた。この時に備えて、けが人(勿論地主と手先は例外)を助けるためだ。小競り合いのために何人か、「可哀想なけが人」が出ている。
彼らを助ければ。
私の地位は盤石になる。
悪い笑みを浮かべているのだろうか。
そう思って、私は鏡を見て、驚く。
意外だ。
私は、とても静かで、優しい笑みを浮かべていた。
そうか、人は敵と認識した相手を徹底的に殺戮するとき、こんな風な笑顔を浮かべることが出来るのか。
それで何となく、分かる。
地主の奴も。
きっと、自分が痛めつけている相手を、敵だと認識していて。搾取することを、何とも思っていなかったのだろう。
だから何でも出来た。
欲望のままに蹂躙できた。
私は、これからどうするべきなのだろう。
地主は嫌いだ。
でも、このままだと。
多分地主の居場所に、私が居座るだけだろう。
映像を見ると。
瀕死の地主の手足に、ロープが結びつけられている。そのロープの先には、力仕事に使う牛が。
牛はあまり多くない。
乳を搾るのと、地面に生えた雑草を食べるのと。
畑に出来た余分な作物の、クオーツフードに使えない部分を処理するのと。糞を肥料にするためには。数頭いれば充分だからだ。
そして牛は。
とても力が強い。
昔、牛裂きという刑罰があったらしいというのは聞いている。データベースを見て、納得。
地主の奴、気に入らない水呑百姓をこうやって、何人か殺していたらしい。
私が魔法使いの弟子として、此処を離れた後の事だ。
今度は自分が牛裂きにされるのか。
おお怖い。
こうならないように、気を付けないと行けないな。
私は、さっき鏡で見た笑顔を保ったまま、事態を見守る。
もちろん。
助ける気など、無かった。
悲惨な悲鳴を上げながら、引き裂かれていく地主。
牛が怖がって、更に力が入ると。手足がバラバラに引きちぎれて、大量の鮮血がぶちまけられた。
私は目をそらさない。
これが、力を使う方法を間違えた人間の末路。
そして、一歩間違えば。
私がたどる、果ての姿だ。
3、座
凄惨な報復劇が終わると。
村長が事態収拾に乗り出した。とりあえず地主一家に対する報復に関しては目をつぶった上で、それ以上の暴徒化を避けるべく、水呑百姓を集めて、興奮冷めやらない彼らに、食糧と水を配ったのである。
腹が減って気が立っていた側面もあったのだろう。
彼らはすぐに大人しくなる。
私も適当なタイミングを見計らって姿を見せると。
「怪我を理不尽にした可哀想な」何名かに、ポーションを配って。彼らに笑顔のまま、優しい言葉を掛ける。
大変でしたね。
でも、悪はこれで滅びました。
泣いて喜ぶ彼ら。
理由は簡単。
彼らはその言葉を望んでいたからだ。
実際、地主は悪だった。分配すればもっと村が良くなる富を独占して、自分たちだけで繁栄を謳歌していた。
暴力によってそれを肯定し。
逆らう人間を散々殺してもいた。
ある程度は、それでも良かったのかも知れないけれど。問題は、彼は少しばかりやり過ぎた、という事。
まあ、その後は。
彼が作り上げた悪評を、私が利用させて貰う。
私はちなみに、お金にはあまり興味が無い。自分の研究のために使えるだけのお金があれば、それでいい。
そのお金は、魔法使いの収入源の最大であるポーション作りと。それに畑をはじめとするいにしえの遺産の管理で、造り出す事が出来る。
適当な所で、その場を後にすると。
ビルに戻った。
さて。やることは、まだある。
渡鴉が戻ってくる。
村人達の中に。正確には村長以外の水呑百姓達の中に、私に対する不信感を抱いている輩がいないかを確認しなければならない。
大半の水呑百姓は、私の事を客観的に見る事が出来ていない。もう完全に崇拝に近い状況になっている。
地主があまりにも、どうしようもない悪辣だったからだ。
しかし、冷静に事態を見ている人間は、どうしてもいる。
そう言う人間が、私に反感を抱いていた場合が問題だ。
魔法使いになると言う事は。
人間から、常に畏怖されるという事。
気を付けなければならない。
場合によっては。
まあ、それはあくまで最終手段だ。今の時点では、村人達の怒りと反感を買わないようにするだけでいい。
まずは私がするべき事は。
師匠がくれたこの魔法の技を磨き。
敵がいなくなったこの村の中で。
私の今座っている場所を。完璧で、安全なものにしていくこと。
それだけだ。
画像を確認すると。
年老いた人間の中に、明らかに狂騒に加わっていない者が何名かいる。彼らは全員マークしておいた方が良いだろう。
人間の名前を覚えるのは、これでも得意な方だ。
魔法は苦手でも、知識を増やすのは得意なのだから。
全員の名前を把握。
意外にも、若い水呑百姓の中にも。リンチに加わらなかったり、苦々しげに状況を見ている者が何名かいる。
彼らもマークしておいた方が良いだろう。
地主のように、暴力で彼らを排除することは、余程のことがなければ考えない方針で行く。
彼らが喜ぶ事を探し出し。
或いは弱みを握って。
味方に引き込んでいけば良いのだ。
大半の村人達は、既に私が作ったポーションで、私に恩義を感じている。村長は利益で抱き込んだ。
さて、次の手は。
私の身を守るために。
更に完璧に、色々と手を尽くしておくべきだろう。
地主一家が文字通りこの世から消えて。
役人が状況の調査に来たけれど。村長が提出した地主の悪行の数々を見ると、閉口せざるを得なかったらしい。
それに。役人の中には、地主に賄賂を貰って、悪行を見逃していた者もいたのだろう。資金源がなくなれば、彼らは離れるだけだ。
こうして、最後の問題が消えると。
村はまた静かになった。
私は畑を確認し。
作業の効率化を図り。
けが人にポーションを配って。毎日を過ごしながら、自分のスキルを上げていった。
渡鴉は常に村の上空を旋回させて、情報収集。
畑の状態を確認するのもあるけれど。
やはり、異常行動をする人間が出ないように、見はらせるのが一番である。
ついでにいうと。
物理的な攻撃に対しても、対処する方法が必要だ。
少し悩んだ末に、私は。
犬型を何体か作る事にした。
犬は古い時代から生き延びている数少ない種類の動物だ。牛も鳥も、昔に比べると姿がかなり違ってしまっているらしいのだけれど。犬だけは人間と生きてきたからか、あまり形が変わらないらしい。
ちなみに犬は強い。
師匠も護衛用に犬型を何体か使っていたけれど。
彼らは忠実な疑似生命で、生半可な兵士なんて蹴散らすくらいの実力を持っている。特に戦闘訓練を受けた大型犬は、人間が勝てる相手では無い。疑似生命として作る犬型も、これ以上の戦闘力を持つ。
大型犬だと、威圧感が強すぎるだろう。
中型犬がいい。
見かけはそれほど怖くないように作って。私の周囲をそれとなく護衛させるのが一番だ。何回か練習して、少しずつ戦闘力が強い疑似犬を作っていく。疑似犬は餌もいらないのが嬉しい。
疑似渡鴉と同じく。彼らは厳密には生命ではないからだ。
村長がビルに来る。
ふと鏡を見ると。
私は、笑顔のまま。
表情が固定されていた。
「魔法使い殿」
「何か問題ですか?」
既に作ってある疑似犬が、寝そべって私の周囲に。私は応接に村長を案内すると、犬たちもついてくる。
応接には、地主の家からとってきたソファ。
座り心地は良いけれど、来客用にしている。自分は、昔のものらしい、球体状の椅子を使っている。
古い時代の倉庫から引っ張り出してきたのだけれど。
気を抜くと転んでしまうので、丁度良い。
他人と会っているときは、このくらいの緊張感を保つべきだ。油断すると殺されるくらいの感覚が、丁度良い。
そういえば村長は。
いつの間にか、私をマーシャとではなく、魔法使いと呼ぶようになっていた。
そして明らかに。
その顔には。私への畏怖が、現れるようになっていた。
「実は国が税金を上げると言ってきています」
「畑からの収穫が増えたから、ですね」
「その通りです」
「既に対策は練ってあります」
この国の法律は、全て把握している。
税を上げるとして。基本的に、村の収益から、国に定額を納める方式が採られているのだけれど。
私は作っておいたレポートを出す。
笑顔のまま、村長が読み終えるのを待っていた。
「畑の一部を廃棄する?」
「無秩序に拡大した畑を廃棄して、資材に戻します。 この過程で妖精さんをかなり回収できるし、労働力も確保できます」
「し、しかし、食糧の生産量が」
「それも問題ありません。 そもそも今の畑は、魔法を知らない人間が無茶に拡大しすぎたものです。 確保した労働力と、回収した妖精さんを使って、畑の生産力を3割以上増やせます」
不安そうにしている村長だけれど。
有無は言わせない。
この村に戻ってきてからしばらく経って。色々あった結果。
もうこの村は。
私のものだ。
村長が帰ると、手を叩いて、犬たちを集める。
渡鴉には、村長を追跡させて。余計な事をしないか確認させ。
犬たちには、主な村人の所に、私の書状を廻させる。
集会もした方が良いだろう。
理解を求めるためだ。
ちなみに私はこの一年、殆ど不休で働き続けている。けが人は百三十回以上救い、致死性の怪我をした人間は六回。致死の病になった人間も五回救った。
地主は怠け者だったけれど。
私はそうじゃない。
村人達の心を掴むために、努力を続けている。ただ。最近疲れが溜まるのがちょっと速い。まだ十七歳なのに、ちょっとそれは心配だ。
師匠から、手紙も来た。
お前が一番頑張っているようだけれど、無理はしないように。
そう書かれていた手紙には、お薬も入っていて。
飲むと随分からだが楽になった。
流石に師匠の作ったお薬は格が違うと、その時はおもったものだ。
手紙が行き渡ったのを、畑の中枢システムにアクセスして確認。さてと、腰を上げて、集会に向かう。
畑を減らして。
畑の能力を上げることで。
労働効率を上げ。
村の収入も増やし。
そして、税金の増額に対応する。
私はこの村を自分のものにして。そして居場所にした。「悪い魔法使い」と認識されず。迫害されないように生きて行くには、絶対的多数を味方にしていくのが一番。そして、私に逆らう人間は。
殺さないでも、懐柔して、味方に引き込んでいく。
集会では、不安そうな顔を並べた水呑百姓達がいた。
とはいっても、彼らの生活は前よりぐっと良くなっている。監視しているのだけれど、私に対する不満は聞かれない。前と違って娯楽をする時間もあるし。それぞれが少しお酒を飲めるくらいの収入は得ているからだ。
「魔法使い様!」
「畑を一部なくすと聞きましたが、本当ですか!」
「ご静粛に。 これから、その件について、説明いたします」
ちなみに。
畑の工事が終わるには三ヶ月。
その間の税収は、私が頑張ってポーションを作って、それで稼げば良いだけのこと。流石に一年もすると、ポーションの腕も上がってきたし、少しは高く売れるようにもなって来ている。
村長には5パーセントくらい利益を喰わせてやっているし、その横流しも全て抑えているので。
最悪の場合。
村人をたきつけて、地主と同じように処分する予定だ。
村人達は、既に私に心酔。
娘も同然の年の私を、様付けで呼んでいる。
別に気分は良くない。
あくまで、私の居場所を確保するための駒。それが彼らの存在意義なのだから。
この村は、私の王国だ。
そして、私の座でもある。
此処は私のための場所。
私は生きるためには。
あらゆる全てに、笑顔で応対する。
説明を終えると、村人達は、安心した様子で帰って行く。ちなみに彼らは、私の説明なんて、理解できていない。
私が「大丈夫」と言った。
それだけが、重要なのだ。
さて。
ここからが本題だ。
畑の改装については、徹底的に下準備をしておく必要がある。
もしも失敗したら、私の今まで築いてきた全てが台無しになってしまうからだ。一年とは言え、私が掛けて来た労力は。地主の一生分を遙かに凌いでいる。彼奴は元々、親から受け継いだ遺産で好き勝手をしていただけのクズ。
奴と、私は違うのだ。
家に戻ると、自分の肩を叩く。
家事を済ませると、ポーション作りに没頭。畑に向かうのは、夜中になった。
弟子でも取れば、この辺りの作業は、任せてしまえるかもしれない。
しかし、それはまだ先の話。
私は居場所を守るために。
あらゆる全てを、今後も掌握し続けなければならないのだから。
4、その終わりの時
ヒルデア村の大魔女マーシャが亡くなった。八十六歳の大往生だった。
村の魔女と言っても。アルマイト王国にとっては重鎮も同然。彼女は多くの弟子を育て、たくさんの効果が高いポーションを生産して。多くの人から、聖女と崇められた存在だった。
だけれども。
葬儀に参列した大臣の一人である私は知っている。
あれは、本物の化け物だった。
葬儀は火葬。それも国葬。
この小さな村には、アルマイトの重役が多く押しかけてきていて。そして今、火葬されたマーシャの棺の前に列を作り。礼をしながら、灰を捧げている。
棺の上には、立体映像で、若き日のマーシャが。
笑顔。
あの笑顔の前では、いつも私は、平静を保つのが難しかった。禿頭を何度もハンカチで拭う。今でも、怖くて仕方が無い。
いつも浮かべている笑顔。
その下には。
保身のために、あらゆる全てを平然と行う、文字通りの魔女の顔が隠れていた。
少し距離を取った人間は、皆が彼女を救いの存在だと讃えていたけれど。近くにいた存在や。弟子達は、揃っていっていたものだ。
あんな怖い女は、他に知らないと。
自分と対立した地主を消したのが十七歳の時。村人達を煽ったあげくに、暴徒化させ。彼らによって、「悪逆の徒」を誅戮させた。
村長が邪魔になってくると、それも密かに抹殺。
村人の中にも、邪魔だと判断されて、消された人間が三十人はくだらないという報告も出ていた。
三十を過ぎた頃からは。
若い頃は盆暗だと言われていた魔法の腕前も達人級に。単純な大器晩成型だったらしい。
彼方此方の村で、いにしえの畑や疑似太陽を修復。
王宮にあった設備も、彼女が完璧に修復して。アルマイトを小国から、列強の一つに押し上げた。
それでいながら、彼女は。
あくまでこの小さな村を離れなかった。
理由は簡単だ。
この村こそが、彼女にとって作り上げられた、理想的な要塞だったから。自分の保身だけに興味があった彼女には、この村こそが安心できる場所で。誰も信用していなかった彼女にとって、此処だけが住処だったのだろう。
村の全てに彼女の目があり耳がある。
いる動物は、全て彼女の走狗。
そう言う噂もあって。それはあながち嘘では無いだろうと、私は思っていた。
葬式が終わって。
やっと、肩の力が抜けた。
これで、恐怖の支配も終わる。
おかしな話だけれど。
マーシャの弟子達も、皆同じ表情だった。
恐ろしい話だけれど。
最悪の魔女は。弟子達にこそ、一番怖れられていたらしい。無理もない。国王でさえ。マーシャの名前が出ると、露骨に青ざめていたほどなのだから。
うたげが始まる。
豊かになったこの村の、クオーツフードは、とても品質が高い。悪夢の保身主義者だったマーシャだけれど。この村を豊かで住みやすい場所にしたのは事実だ。実際畑は完璧。疑似太陽も最高の代物。
出てくる食べ物はおいしいし。
村人達も、平穏な生活を謳歌している。
問題は、マーシャに逆らったら消されるという事だけれど。それだけ我慢すれば、此処は楽園に一番近い場所かもしれない。
談笑しながら、酒を口にしていると。
弟子の一人が、青い顔をして現れる。
彼もベテランの魔法使い。
各地で実績を上げている、優秀な人物である。ちなみに昔は人食い鬼と言われた、オーガと呼ばれる大柄な種族である。
嫌な予感が、背中を駆け上がる。
その予感は。
適中した。
彼の後ろから、姿を見せたのは。
十六歳。魔法使いになったばかりの姿をした、マーシャその人だった。
「だ、大魔法使い様!」
「皆さん、今日は私の葬儀においでくださり、有り難うございます」
マーシャの周囲には、既に生半可な人間では及びもつかない、ゴーレムと呼ばれる護衛の疑似生命がいた。
腕が六本あったり、もはや形容も出来ない姿をしていたり。
いずれも、兵士など十把一絡げに薙ぎ払ってしまう化け物ばかり。戦闘タイプの魔法使いでも、及びもつかないと、マーシャのゴーレムは評判なのだ。
そしてマーシャの肩には。
彼女が愛用していたという。渡鴉の疑似生命がとまっている。
「私も非才の身。 転生の魔法を獲得するまで、随分時間が掛かってしまいましたが、それもつい先日完成しました。 これからも皆さんには、お世話になります」
グラスを落とすものまでいる。
全員が、顔に絶望と恐怖を湛えていた。
私もだ。
声も出ない。
「さて、分かっていると思いますが。 葬儀での出来事は、全て記録させていただいております。 皆様には、それぞれ言動に応じたお礼をさせていただきますので、ご承知おきのほどを」
マーシャの顔には。
いつもの笑みが浮かんでいる。
もう、膝が笑っているのを、隠すことも出来なかった。側にいる国王さえ、笑い泣きのような顔になっている。
嗚呼。
終わった。
私は、この国が。
再び恐怖の大魔女に支配され。
平穏と繁栄を謳歌しながらも。
彼女に逆らうそぶりを見せた瞬間、この世から消される場所に戻ることを、確信していた。
宴の最中、マーシャの悪口を言っていた者が何人かいたが。
確実に消されるだろう。
私も危ない。
家に帰ったら、家族には別れを告げておこう。
そう。私は決めていた。
大魔女は笑っている。
恐らく永遠の存在になり。もはや脅かす者さえいなくなった、保身の天才は。ただ、ずっと同じ笑みを、浮かべ続けていた。
(終)
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