ほしかったもの

 

序、その末路

 

造物主の悪意というものはあるものだ。

そうとしか言いようが無い理不尽な死。

世界はそれに満ちている。

だから、そんな死に方をしたものはたくさん長老も見て来たし。今までたくさんこの虚無の世界から送ってきた。

今回の破滅は、凄まじい代物で。

何かよく分からない壁のようなものが迫ってきて、何もかもを一瞬にして蒸発させてしまった。

荒野が元に戻ってから考えるに、恐らくあれは超高熱の何かだったのだろう。それが壁状に迫ってきて、ローラーのようにこの荒野をリセットした。

様々な災害が起きるものだなと。

長老は苦笑しながら点呼を取り。

そして新入りを見つけた。

新入りは幼い女の子の姿をしていたが、ぽかんとすわりこんでいた。もこもこがついた服を着ている。ボアだとかいうのか。よく分からない。

茶色のショートヘアをしている、人形のように可愛い子供だが。

しかしながら。

此処では見た目と中身が同じとは限らない。

なお、可愛いと言う概念は。

この虚無の世界で、長老は学んだ。

手をさしのべて、立ち上がらせると。他の者は復旧作業に移らせる。すぐに班ごとに分かれて、復旧を開始。

今回も綺麗に何もかも吹き飛んだものだ。

此処に訪れる災厄の凄まじさには、いつも感心を通り越して驚かされる。重力のコントロール技術において宇宙一を自称していた長老の国でも。此処までバリエーション豊かな破壊を用意できるかどうか。

名前を聞くと。

しばらく呆然としていた女の子は、口を開く。

どうやら、間違いなく地球人ではあるらしいのだが。

珍しく、口調などからして、本当に子供であるらしい。この虚無の世界で、姿と中身が一致することは本当に滅多にないのだ。

「ママは……?」

「此処にはいません」

「そう……」

呟くと、ぼんやりとして、周囲を見回す。

お気に入りの人形でも探しているのだろうか。

だが、そんなものは此処には無いのだ。

しばらく話をした後、どうやら死因が分かってきた。いわゆるネグレクトだ。

親の中には、ストレスで育児放棄をする輩がいる。

哺乳類全般に見られる行為で、ウサギや猫なども行うし。勿論人間も行うケースがある。哺乳類の中で特に個々の能力が低い人間の場合、ネグレクトを受けることは致命的である。年齢次第では死に直結する。

ましてや時代によっては、権利運動などで思想が変な風にねじくれた人間が。

権利を主張して義務を果たさず、子供を死なせるケースが珍しくもなかったと聞いている。

この子は。

何を求めて、ここに来たのだろうか。

ママという言葉、名前からして、恐らく20世紀後半から21世紀の人間だろう。話を幾つか聞いてみるが、どうやらまだ人類は宇宙に都市を造っていないらしい。住んでいる街の名前も分からなかった。

厄介そうに見えるのだが。

実はこのタイプの子供はそれほど大変では無い。

殆どの場合、納得出来なかったことが決まっているからである。

親の愛情を受けられなかった。

それがここに来る要因だ。

それさえ解消してやればどうにでもなる。

だから、この時点では。

不安は持っていなかった。

数万年の経験値は伊達では無い。

復旧作業は一月ほどで終わる。子供の姿をした子供も、言われた通りに作業を出来るようになり。

力が必要ない作業を積極的に手伝って。

復興作業を順調に行った。

欲求が極限まで弱まるこの虚無の世界でも。

大人とは話してみたいらしい。

同年代の子供とも話してみたいらしい。

色々話しながら、作業をしているが。

自分が子供と言う事も分かっていないのだろう。

時々危ない場面が見受けられたので、助けに入る。割って入る、というのが正しいだろうか。

力の使い方も、体の動かし方も分かっている。

だから、人を助けるくらい、なんでもない。

ひょいと、崩れかけた木材から助け上げる。別に下敷きになってもダメージもうけないのだが。

引きずり出すのも面倒だし。

それに、あまり良い気分はしないだろう。

何よりも、上がりを早くさせるために、良好な関係を構築しておきたい。

「ありがとう、チョウロウさん」

「いいのですよ。 それよりも、周囲も気を付けて」

「申し訳ありませぬ」

「つい此処では、命について油断してしまって」

殆どは、姿は雑多だが中身は大人だ。

命がゴミのように安い此処では。みな命についてそう重要には思わないだろうし、事故も時々起きる。

事故が起きても何ら問題にならないのだから。

まあ誰もが注意散漫になる。

だから時々率先して動いて、事故を防ぐ。

これはあくまで意識を引き締めるため。

そして関係構築を進めるためである。勿論、そういった打算もあるが。指揮をするという意味もある。

家が出来た後、皆に割り振る。子供は、最初嫌がった。一人は寂しいと言うのである。だけれども、此処では一人でやっていかなければならない。そもそも自分が死んでいると言うことは、何となく分かっているのだろう。

しばらくごねたが。やがて諦めて、家に入っていった。

子供は甘えるのが仕事だ。

生きている間は、それもよく分かっていなかった。

或いは最初に。

思い人と。自分の子供代わりに作ったクローンが殺されず。子育てをまっとうに経験できていれば。

そんな風になる事は無かったのかも知れない。

生きている間は高性能であってもあくまで生体戦闘兵器で。

子供を作る機能は有していなかった。

だからこそ、死んでから子供を育てるという概念を学んだし。

今はごく自然に知識として知っている。

此処には親の身勝手で堕胎させられた水子も来るし。幼い内に餓死した子供だって来る。今まで何度もあった。

だから、対応は相応にするだけのことだ。

しかしながら、である。

数日後、どうもおかしい事に気付く。

子供の様子がおかしいのである。

順応が早すぎる。

感情が薄れているとは言え。

泣きわめくこともないし。

他の者の家に行く事もない。

最初の内は、交代で面倒を見ることも覚悟していたのだが。

その必要も無さそうだ。

それが良い事なのかは分からないが。

どうにも、短時間で心が変わっているような気がしてならないのである。

腕組みして、小首をかしげている内に。

子供は、いつの間にか、家に対する不満も口にしなくなったし。

ぼんやりと。空を見上げているようにもなった。

此奴。

ひょっとして、何か面倒くさい事情があるのではあるまいか。

そう考えている内に。

向こうから、長老に話しかけてくる。

「長老さん」

幼かった口調も変わっている。

精神年齢が、短時間で成長したとしか思えない。

ここに来てから数日である。

これは色々あり得ないと思うのだが。

「此処って、どういう場所なの?」

「説明はまだ早いと思っていたのですが。 詳しく説明しましょうか」

「お願いします」

「……」

此奴。

ネグレクト死した子供では無いな。

それをはっきりと確信する。

説明をしながら、周囲を回る。この虚無の土地で何が起きるのか。どうやって過ごせば良いのか。どうすれば上がれるのか。

一つずつ、指を折って確認していたその子供は。

やがて、頷いて。

有難うと言うと、自宅に戻っていった。

蜥蜴顔の頭の男が来る。

「長老、あの子供……」

「妙ですね。 問題は起こさないと思いますが、どうやら見かけ通りの子供では無い様子です」

「そうだとしか自分にも思えやせん。 何者なんでしょう」

「……」

分からない。

はっきりしているのは。見かけは兎も角、中身は短時間で幼児ではなくなった、と言う事だ。

それどころか、あのしゃべり方。

自分を隠蔽さえしている。

何を隠している。

そもそも、短時間で何を掴んだ。

小首をかしげていると。

やがて、他の者が来る。あの子供に、勉強を教えてほしいと言われたらしいのである。そこで算数を教えたら、見る間に覚えていったというのだ。

「尋常な学習速度じゃありませんよ。 数日で連立方程式まで理解しました。 高等数学まで一月掛からないのではありませんかね」

「それほどですか」

「はあ。 数学者に出来るかもしれません」

その者は、元々数学者だった人物。

自分の作った数式に、画期的な解決策があると言って死んだはいいものの。その画期的解決策が見つかるまで随分長い時が掛かった、ある意味数学界でももっとも罪な男だった者である。

実の所、画期的な解決策など存在せず。

論文二つに渡る問題解決が為されるまで、実に360年という時が掛かってしまった。

この男の心残りは、言うまでもなくこの数式の解法。

それを知るまで、此処では死ねないと言っていて。

実際最近知って、そうだったのかと、素直に感心して。相手を呆れさせていたほどである。

長老もちょっと苦笑いした。

いずれにしても、優れた数学者である事自体は間違いない。

そんな者が、数学者に出来るかも知れないと言う。

だが、妙だとも言った。

「あれはなんというか、天才というのとは違う気がしますね。 作られた天才というか……」

「詳しくお願いします」

「はい。 今はたまたま興味がある事例だったから見て覚えた、という印象です。 生前だったら、そもそも興味を見せなかったかも知れません」

「……」

なるほど。

本職はそういう判断を下すか。

他にスペシャリストを見繕うと、話をさせてみるが。

その推察は。当たる事となった。

実際、興味を見せない事には、殆ど学習能力を発揮しないのである。

特に、生存や本能に関する事に関しては。

まるで興味を見せないようだった。

しばらく小首をかしげて見ていたが。

蜥蜴頭の男が来る。

此奴も別方向から観察していたのだ。長老の方から、おかしいから様子を見ておけと指示しておいたのである。

「長老、中間報告させていただきやす」

「どうですか、結果は」

「あれは多分普通の子供じゃないですね。 俺も喋って見ましたが、知識の偏りが異常でしてさ。 そもそも子供かどうかさえも疑わしい」

「ふむ」

蜥蜴頭の男は、人生の裏街道を歩き続けてきた者だ。

だからたくさんの子供を、悪い意味で見て知っている。

子育てなど縁がなく。

基本的に財産は略奪することで得てきた者だ。

子供も勿論同じ。

育てるという概念を、あの世に来て学んだほどである。この辺りは、長老と全く同じである。

同じように、罪人なのだ。

「簡単に説明すると、生存関連に知識の全てを振っている感じでさ。 それで、此処に来た結果、生存の必要がなくなったから、他に知識を振り替えている……という感触に見えますな」

「興味深くはありますが、何処かで育てられた暗殺者か何か、でしょうか」

「いや、それも考えにくいですね」

蜥蜴頭の男によると、暗殺者は基本的に利他の究極に位置する存在になりやすいというのである。

ところがあの子供らしきものは。

利己的思想の塊だというのだ。

本来の子供なら、別に不思議では無い。

子供というのはそういうものだからだ。

だが、数学者が太鼓判を押す学習能力。

長老に対して、自分が子供であると偽装してみせる演技力。

更に興味があること以外には一切学習能力を発揮しないその姿。

なんというか、怪物じみている。

長老自身が桁外れの怪物だったから、分かるのだが。

最初は上手に己の姿を隠していたものだと感心してしまう。

ただ、此処では本能も欲望も、代謝もなくなる。

それが故なのだろう。

化けの皮が剥がれ始めたと言うことだ。

きたばかりの時は、即座に順応し。

そして即座に爪を隠したが。

此処ではその性能が逆に災いして。

すぐに爪を出してしまった、と言う事だろうか。

気を付けろという蜥蜴頭の男に頷くと、長老は自ら新入りの所に赴く。どうせ数学者が近々上がりだ。

だから、早めに話をしておいた方が良いだろう。

見ると、子供は。

自宅の中に、大量の数式を書き並べていた。

いずれもが理解は出来るが。

子供が、この短時間で、独学で学べるものではない。天才というにしても、地球人の限界を超えている。

「どうしたんですか、長老さん」

「ふむ、かなり複雑な公式ですね」

「理解は出来ますか?」

「この程度なら」

問題を作って見ると、すらすら解いてみせる。

更に難易度を上げていくが。

最初は悩んでいたが。

数式の概念を教えてやると、なるほどと言って短時間で解いて見せた。もう、化けの皮を被っている必要もないと判断したのだろう。

既に姿を見せていると思ってよい。

満足げに数式を解いて見せた相手は。逆にかなり複雑な応用問題を出してくる。生意気な。

即座に解き返してやると。

きゃっきゃっと黄色い声を上げて喜ぶのだった。

「わ、すごいすごい! あのおじさんみたい!」

「私の場合、生前作られたときのスペックが高かっただけですよ」

「……」

「貴方も、同じではないのですか?」

すっと、視線を背けられる。

やはりか。

図星を指すと、壊れ掛かっている心にも、何か軋む音が走るか。

じっと見つめると。子供はバツが悪そうに地面を見た。

「せっかく出来たのに。 全て駄目になっちゃったの。 私を作ったママは、きっと私を許さないと思う」

「……その母親とは、何者ですか? 地球人ですか?」

「物理的に作ったのはそう。 でも、私を設計したのは私も知らない」

「ふむ」

どうやら、これは面倒な案件の予感だ。

少し、腰を据えて聞く必要があるかも知れない。

だが、その時。

勘が働いた。

誰かが上がる。多分、あの数学者だろう。公式を解けて、喜んでいた。そろそろ上がりでも不思議では無かったのだ。

話を切り上げると、送別会を行う事にする。

新入りは興味を持ったらしく、すぐに手伝うと言ってきた。

それは別にかまわないが。

此奴は一体何者だ。まあ、長老もいわゆるエイリアンだったのだ。地球人から見れば、だが。

だから別に、何者でも構いはしないが。

送別会を行い、心残りが消えた数学者を盛大に送る。

そして、災厄が。集落を襲い。復旧に一月が掛かった。いつもの事だが。その後が、色々面倒だった。

 

1、災厄の子

 

新人はどうやら哲人だったらしく、此処でじっくりと考えたいという。話を聞いた後、一人でどうにか出来るならと、一旦距離を取る。

問題はあの子供に擬態した何者かだ。

一月の復旧期間の間。

とっくに覚えたからだろうか。

復旧作業を、何の問題もなく実施していた。

ただ、命に対する頓着が薄い。

更に言えば、体を動かそうと思えば動かせるのに、そうしない。

それらが重なって、どうしても事故を起こしそうで、見ていて冷や冷やさせられた。命なんてどうでも良いと、思っている雰囲気だった。

まあそれについては、理解は出来る。

今は理解はできるだけで、賛成はしないが。

実際問題、生前は命をきわめて軽んじていた長老だったのだ。

歪んだ愛に対する解釈を持ち。

宇宙全てを救うために、その歪んだ愛によって破滅そのもののローラーを廻し続けていた。

だから生に無頓着というのは他人事ではないし。

何よりも、何がどうして、こんな存在が生じ。そしてここに来たのかにも興味があるのは事実である。

復旧が無事終わると。

家に一人では寂しいなどと、もう子供は口にしなくなっていた。

蜥蜴頭の男は監視してくれていたが。

一応報告してくれる。

「中身が急速に大人になったようで、もう子供っぽさは欠片もありませんな。 気色が悪いほどでさ」

「……分かりました」

話してみることにする。

そうすると、相手はじっと、服をはだけて体を見ていた。この世界では、性欲は消滅してしまうものなのだが。

自分の体を観察して、何か面白いのだろうか。

声を掛けると、服を丁寧に着直して、振り返って礼をする。

態度と言い、もう子供では無いか。

「長老、どうしたんですか?」

「貴方、今何を」

「……この体では、子供は作れそうにないなって思いまして。 まあ、この世界では関係無い話ですけれど」

「子供がほしかったんですか?」

首を横に振る。

そして言う。

「子供は産みました。 子供に育ってほしかったんです」

「子供を産んだ?」

「はい。 私はそのために作り出されましたから」

いわゆるセクサロイドだったのか。

いや、それにしては妙だ。

生体セクサロイドを作れるほどの技術は、20世紀から21世紀に掛けての地球には存在しない。

スペックからしておかしいし。

そもそもこの子供は。やはり何か、余所の文明の介入で生じた存在、と考えるべきなのだろう。

「長老に子供はいたんですか?」

「いました。 妻も」

「生前は性別が違ったんですね」

「ただ、私は子をなせない体でした。 故にクローンにて子供を作り上げたのですが」

その子供も。

非道な罠によって捕らわれ。

そして殺されてしまった。

その話をすると、子供の姿をした何者かは。

それは気の毒に、と口にした。

反応からして、最初とは違いすぎている。

「最初は見苦しい姿をお見せしました。 死ぬ前に、もっとも大事な目的……自分の子供を失って、衝撃で幼児退行していたようです」

「今は違うと」

「恐らく、死ぬ前の状態に戻っていると思います。 ただ、性欲がなくなってしまっているので、精神が色々いびつです。 生前の私には、子孫を残す事だけが、命じられた全てでしたから」

それで数学に興味を持ち。

短時間で彼処まで高度に進歩したのか。

ただ、スペックも分かってきている。実際、ある程度まで数学を履修すると、其所で止まってしまった。

結局の所、本職の数学者には及ばない。

その程度にまでしかいけなかった。

そもそもこの虚無の世界では、暴力の類は振るえない。

運動能力が仮に備わっていても。

それを用いる事は出来なかっただろう。

「貴方は何者です」

聞く。ずばりと。

相手は、静かに微笑むばかりだった。この様子だと、命じられたことと、それに自分の人生のことしか分かっていない。

そうなってくると、大体分かってくる。

この者は。

生体セクサロイドではないが。

同時にまっとうな人間でもない。

恐らくは、何かしらの理由で作り出された存在で。

半分人間、という所だろう。

ベースは人間で交配も出来る。

生前の性別は恐らく雌。

人間ととにかく交配して、子供を作ることが唯一の目的だった存在だったと判断して良いだろう。

問題は、どうしてそうだったか、と言う事。

一体この者は。

何を目的として、作り出されたのか。

一度話を切り上げる。

現時点で、あの者に害は無い。

害は無いなら、放置しておくべきだが。

しかしながら、どうにも嫌な予感がしてならないのである。

この虚無の世界では、悪意は意味をなさない。

ここに来たばかりのタイミングなら、まだ悪意は残っていたかも知れないが。それもすぐに消える。

出来るだけ早く対処した方が良い。

勘がそう告げている。

一度、皆を集めて話をする。

あの子供の様子がおかしいという話をすると。

頷く者が多かった。

「興味がある事に関しては学者並みに取り組み、短時間で習得するけれども、興味が無い事には一切興味を見せないと聞いています」

「本人曰く、最初は幼児退行していただけのようです」

「ママはという言葉については」

「恐らくは、作り手について……でしょうね」

挙手したのは。

24世紀の地球文明から来た者である。何とか周辺恒星系まで勢力を広げている存在だ。

「自分達の時代でも、生体セクサロイドは高級品でした。 おそらくは違う存在だとは思うのですが……」

「何か想定できる正体はありますか?」

「どこかのマッドサイエンティストが、自分の子供を産むための相手を作ったとか?」

「まるでフランケンシュタインの怪物ですな」

苦笑が起きる。

それが地球の文学だと言う事は知っている。

勿論実話では無い。

なお、勘違いされやすいが。

その話に出てくる怪物がフランケンシュタインなのではなく。怪物を作った博士の名前がフランケンシュタイン。

怪物は常に己の醜さに苦しみ。

自分を見た人々の反応に哀しみ。

そして自分と同じくらい醜い怪物の同胞を博士に求め。

最後は自滅的な破滅を、博士とともに迎えるのだ。

咳払いしたのは、生物学に知識のあるものだ。

22世紀地球の出身者である。

「フランケンシュタインは文学としては面白いのですが、現実問題として、クローンは私の時代にも色々な問題がクリア出来ず存在していませんでした。 動物実験でなら20世紀から21世紀に掛けて成功例があったのですが、倫理的な問題がクリア出来なかったのです」

「倫理的な問題? 例えば手足などをクローニングして、生体部品として代替する事はしていなかったのですか?」

「残念ながら……」

地球の文明はかなり好戦的だ。

それにとても残忍である。

宇宙中を侵略し鏖殺して回っていた長老がいうのもなんではあるが。

20世紀前後の地球では子供を誘拐し、金持ち用の臓器を取りだして売っていたという話がある。

場合によっては、実の親が子供をそうやって換金するケースさえあったという。

そんな事をするくらいなら。

クローンを作った方がまだ倫理的にマシでは無いかと思うのだが。

当時の地球人の倫理観念はよく分からない。

いずれにしても、地球人の技術力では無理、という話が。皆から、口を揃えて提出された。

もっとも21世紀の文明が進歩していた世界から来たものでも、ちょっと考えにくいと、口を濁しさえした。

ロボットだったら、似たような機能を再現出来たというのだが。

その世界ではロボットは発展していたが。

生体セクサロイドは難しかった、というのである。

なるほど、技術発展が出来ていたとしても。

何もかも、自由だったとはいかない、ということか。

長老と戦った地球文明は、22世紀の末から23世紀に掛けてだったが。

その地球は、かなり文明の発達が早い方の世界。

それでも、生体セクサロイドの技術には到達していなかったようだから。

多分何かしらの余所からの介入があったのは、ほぼ間違いないだろう。

それにしても、他の星間分明なり、或いは平行世界なりの介入があったと仮定する。

子供を作ることを求める存在を作り上げて。

何をしたかったのだろう。

考えを少し変えてみる。

あれは単なる天才児で。

単に自分の子供がほしいと言うだけの、強烈な欲求に支配されていただけ、という可能性は。

色々考えてみたが。

どうもなさそうだという結論に至る。

理由は幾つかあるのだが。

この虚無の世界では、ずっと嘘をついているのは難しいと言う事だ。実際、早々に化けの皮が剥がれている。

どこかのおかしい家庭出身だとして。

それならば、両親のどちらかなり。或いは子供をさらった者なりを、知っている筈だし。

子供を産めるほどに育っていた上。

あの知能を持っているのなら。

何かしらの、もっと違う反応を見せるはずである。

子供を産んだ。

育てたかった。

それが未練になっていると言っていた。

つまり子供をその場で殺されたか、自分自身が殺されたかのいずれ。もう少し、詳しい話を聞く必要があるだろう。

いずれにしても自我に目覚めた生体セクサロイドの線はないと判断して良いだろう。だが、何が一体、あの子供を作った。

あんないびつな存在を。

挙手したのは、歴史学者である。

「仮説を口にしても良いですか?」

「お願いします」

「別文明……仮に何処かの宇宙文明としましょう。 介入があったとして、子供を作る事に固執する存在を生み出せたとします。 それも地球人との間に。 それに、一体なんのメリットがあるのかを考えてみました」

「続きを」

頷くと、歴史学者は言う。

まず、地球人とのハーフを作る意味だが。

いわゆる民族浄化の可能性が一つ。

民族浄化。

よく分からないが、ローラー作戦での皆殺しだろうか。そう思って聞いてみると、違うと苦笑された。

「要するに、自分達と同一の種族にしてしまう事です。 混血などを強引に進めつつ、なおかつ反対派を粛清して、その文明自体を取り込んでしまうことですね。 単純に民族浄化というと、殺戮のイメージが強いですが、成功例は殆どの場合同化政策を同時に進めています。 歴史上幾度も行われ、大きな災禍を撒いてきました」

「別文明はそれをやろうとしたと」

「そもそも、当時の地球にそんな技術はありません。 だとすると、何かしらの技術供与が行われ……試してみたらあの子供が出来た。 そんなところではないでしょうか。 そして民族浄化が目的である以上、あの子供は圧倒的速度で成長し、人間とどんどん交配して子供を作り、地球をその別文明とのハーフの星……つまり戦火を交えずに、侵略するなり、あるいは無力化するなりをしようと考えたのではないでしょうか」

「面白い方法ですね」

長老が生前だったら、回りくどいと口にしただろう。

力で踏みつぶして回っていた長老である。

そんな事をするくらいなら、それこそ圧倒的戦力で消滅させてしまった方が早いと考えたはずだ。

勿論今はそんな風には考えない。

歴史学者はなおも言う。

「はっきりしているのは、民族浄化はれっきとした侵略行為の一つであり、極めて非人道的行為だという事です。 あの子供がどのように考えて生きていたとしても、結局不和のタネを撒くか、或いは生きていても地球に破滅をもたらしていたでしょう」

「……」

「申し訳ないですが……」

非人道的な事を口にしていると思ったのか。

歴史学者が頭を下げる。

頷くと、長老は立ち上がる。

いずれにしても、あの子供。

性欲がなくなった以上、此処では思考が混乱したままだろう。いわゆるバグで壊れたままとも言える。

ならば、此方で手助けをしてやらなければなるまい。

長老には、それをする義務がある。

歴史学者の発言が正しかった場合。

あの子供は、侵略の尖兵だった事になる。

かといって、あの子供に何の責任があるだろう。

作り手によって埋め込まれた悪意と本能によって行動したに過ぎず。人間が娯楽のためにまき散らして周囲を滅茶苦茶にする侵略性外来種と同じだ。本人には責任はなく、持ち込んだ者が悪い。

いずれにしても、有識者達の話は参考になる。

本人に話を聞いてみるのが一番だろう。

ただ、いきなり話を聞いてみても、全てを話してくれるかどうか。それに、今の話を鵜呑みにするわけにもいくまい。

子供の家を訪れる。

本人はもう体の機能を確認しきったのか。

服をしっかり着こなしていて、もうはだけている様子も無かった。

そもそもこの虚無の世界では性欲も代謝も存在しないし、性はほぼ無意味なものである。

虚無の世界とは。そういうものだ。

咳払いすると。

座り込んでいた子供は、此方を見る。

また来たのか。

そう視線は告げている様子で。

あまり歓迎的ではなかったが。

「長老、どうしたんですか?」

「此処から上がって貰うのが私の仕事です」

「誰がそれを決めたんですか?」

「私ですよ」

くつくつと笑う子供。

短期間で洒落臭くなってきているが。残念ながら、どれだけ進歩が早くても。此方は元々超ハイスペックの上に千年の経験持ちだ。

ちょっとやそっとで追いつかれるほど世界というものは甘く出来ていない。

「私がここに来る前、此処の民は皆虚無に厭いて、何もせずごろごろと雑魚寝をしている有様でした。 此処で多少なりとも文明的に生活し、それぞれ上がるために努力できているのは、私が指導したからです。 別にこれは自慢でも何でも無い。 ただの客観的事実です」

「それが事実だったとして、貴方に何故そのような事をする理由が」

「私が宇宙最悪の罪人だからですよ。 少しでも償いをする必要があるのです」

「私を救うのも償いだと?」

頷くと。

くすりと笑われる。

まあ別にかまわない。

まだ残った感情だ。

せいぜい残っている内に使うと良いだろう。頭に来ていないとは言っていない。

「貴方が銀河文明規模の覇王だった事は聞いているけれども、そんな偉い人が、私にわざわざ直接関わるのは何故?」

「私自身も上がるための努力をしています。 それにはありとあらゆる価値観を知っておく必要があるからです」

「ふうん……」

「もう貴方は自分が敵対性侵略種と同じであることを理解しているのではありませんか?」

口をつぐむ子供。

その通りだと思ったのだろう。

この辺りは、年季が違う。

周囲に戦闘しか考えられないでくの坊を従えていたとは言え。長老自身はずっと悩める哲人であり。

戦い続けながら、人間を知ってきた。

生前は、人間を評価せず。

おのれを超越者とさえ錯覚していたが。

結局の所、狂った愛を振り回すだけの狂人に過ぎなかった。

それを自覚している今は。

その狂気によってばらまいた災厄の埋め合わせをほんの少しでもするためにも。ずっとこうして、虚無の世界で救う事を続けているのだ。

「貴方は何を納得出来なかったのですか?」

「もう言ったわ。 子供が育つのを見届けられなかったこと」

「子供は殺されたんですね」

「ええ」

まあ、そうだろう。

本人が認めたのだ。敵対性侵略種と同じだったと。

人間と交配可能といっても、そのまま静かにしているとはとても思えない。

何かしらの事でばれて。

そして追っ手が掛かったのだろう。

殺戮に関しては、地球人は中々に高い発想力を持っている。これに関しては、実際に戦った長老が保証する。

この子供を作るための技術提供をし、民族浄化を行おうとした文明が見誤ったのは。地球人の苛烈な攻撃性である。

地球人の攻撃性は。

外来種に対しては、凄まじい憎悪と共に向けられる。

実際問題、あの希望の船はともかく。

それ以外の地球艦隊は、今まで経験した事がない猛烈な反撃を、長老自慢の艦隊に加えてきた。

あれから察するに。

それ以前の地球でも。外来種に対する徹底的な攻撃は、いつの時代でも行われただろう事は、想像に難くない。

「私はどうすれば良かったのかしらね」

「地球人と共存する道は?」

「逃げ出す前は研究所でモルモットにされていたのよ? あのままだったら、いずれ解剖されて標本だったわ」

「自分の有用性を見せる手は?」

そう言われてもと、視線を背ける。

この子供、スペックは相応なのだ。

それならば、自分が有用だと判断させれば。殺されずに済んだ可能性だって高いのではあるまいか。

強すぎる繁殖欲求さえ抑える事が出来れば。

地球人との共存も上手く行ったかも知れない。

事故が起きて。

研究所から脱出したのだとしたら。

その事故のタイミングが、あまりにも悪すぎたのだろうか。

いずれにしても、この子供のデータを送った星間文明は、高い代償をいずれ払う事になっただろう。

地球人の凶暴性は類を見ないのだ。

特に、己を民族浄化しようとした相手などに、容赦などする筈も無い。

だったら、その先に何があるのかは目に見えている。

膝を抱えて黙り込む子供。

長老は冷静にその様子を観察すると。

どうすれば良いのか、腕組みして考え込み始めていた。

 

2、敵対性外来種

 

地球人類そのものが素晴らしいと全面的に長老が思ったことはない。地球人類の中にもマシな奴はいると、今でも思っている。

実際問題、ろくでもない輩は宇宙で散々見て来たわけだ。

死という名の愛というアプローチが間違っていた。

今は教化と救済というアプローチが正しいと考えている。

長老自身は、博愛主義者に変わった訳では無い。

どうしようもない悪に対しては相応に対応するし。

ただし許しの思想を今後は強く持とうとも考えてもいる。

それが以前は星海の覇王だったもの。

今は一人の、長く長く亡者をしている者の本音である。

長老としても、ここに来る者全てが好きなわけでは無い。

だが、此処から救済して上がらせることは重要だとも思っている。そう、救済が重要なのである。

歪んだ愛に捕らわれていた事もある。

だから、長老は。

今でも、歪んだ愛に対する考え方を、是正仕切れずにいる。それは良くない事だとも思っている。

慈愛の権化などとはとんでもない。

ずっと悩める存在として。

この虚無の土地の主として君臨し続けている。

それが長老の現状なのだ。

数万年経っても。

己のしでかしてきた事の罪の意識。

歪んだ愛への考え方。

何よりも、どうすれば此処を上がれるのか、まったく分からないという現実。

それらから、苦しむ事だって多かった。

勿論、他人にその苦しんでいる様子を見せることは絶対にないのだが。

長老自身だって、自分に対しては悩みも多いのである。

目が覚める。

眠りそのものが必要ない土地で、眠る事は娯楽になる。

他人に対する悪意を向けられない此処では、眠る事に危険はない。

危険な猛獣も存在しない此処では。

何処で眠っても問題ない。

実際この虚無の世界ですっかり堕落した者には、彼方此方をうろつき回って、あらゆる場所で眠ってみる、という奇行に出た者もいた。

そういった存在には。

長老も手を焼かされた。

起きだして、頭を振る。

だったらどうしたらいい。

あの子供は、自分がどういう存在か理解出来ていた。その上で、もうどうしていいか分からなかった。

それならば、此方も考えをしぼらねばなるまい。

多数の難題を解決していけば、いずれ上がりにたどり着けると信じて。

思索を一段落させると。

長老は多数抱えているタスクを一つずつ処理していく。

脳内での思考もそうだが。

上がれそうな者を一人ずつ、話をして。

そして救済できそうなら、アドバイスをして行く。

逆にその過程で、自分にとっても良さそうな話があれば、積極的に取り入れていくことにする。

それが此処でするべき事だからだ。

何人目かの訪問で。

あの子供の家に出向く。

今日も何やら黙々と勉強を続けていたが。

やはり数学が楽しくなったようだ。

色々な数式、定理、公理を教わっては。

それらについて、考えている。

教えてくれたものが、まだ解法が分かっていないと言った公理については、嬉々として解決に向かっている様子で。

熱心に棒で、地面に文字列を書いていた。

だが、長老に気付くと、振り返る。

少し頭を冷やすべきだと考えたのかも知れない。

如何に亡者の世界であっても。

頭を使い続ければ、視野が狭窄するものなのだ。一定の線で、切り上げて。客観的な視点を取り入れていく。

解決には、コレが大事なのである。

どうやらこの子供。

この思考方法を、既に理解しているらしい。

中々見所があると言える。

「長老?」

「話を聞きに来ました」

「そう言われてもねえ。 外来種の私には……」

「その割りには、楽しそうですねそれ」

ずばりと指摘すると。

やはりこの辺りは子供だ。

文字列を見て、少し不満そうにする。

見透かされるのは、気分が良くないらしい。

生前も、子供のまま無理矢理本能に従って動いた悲しき存在だったのだろう。知能があっても、子供は子供。

人間が得てしてそうであるように。

精神がいつになっても成熟しない人間というものは。

案外多いものなのだ。

特に大人ぶっている者こそ危ない。

自称常識人が、常識などと言って自分理論を相手に押しつける事だけ考えているのと同じように。

長老がそうだったように、自称愛の戦士が、歪んだ自分理論を押しつけているだけの事も多い。

この子供は。

自分が子供であると自覚している分。

自称大人よりも、幾分もマシだろう。

「そろそろ、現実逃避は良いでしょう。 自分に向き合うときですよ」

「……長老は、自分に向き合ってるの?」

「勿論です。 己が犯してきた罪について、どうやったら償えるのか、それ以上の利益と祝福を宇宙にもたらせるのか、常に考えています」

「あんたの場合は本当らしいね。 悔しいけれど、何の淀みもないわ」

そう言って貰えるのは嬉しいが。

実際にはそうでもないのが実情だ。

「……私はいつも悩んでいますよ。 だからずっと此処に長老として残っているのです」

「そんなに悩みって晴れないものなの?」

「よくある非道な言い口に、悩みが無さそうで羨ましいというものがあります。 あれは相手をとことんまで貶めた言葉です。 悩みがない人間などいませんし、いたらもう人間の領域に存在していませんよ」

「そうなのかな……なら私は人間だったのかな」

ここに来ている以上。

貴方は間違いなく人間だ。

そう告げると。

子供は、ぐっと俯いて。そして、座り直した。

長老も正座して、向かい合って座る。

此処は、本気で話をしておくべきだろう。

相手と本気で向かい合う。

これが出来なければ。

此処で長老をしている意味などないし。資格もない。本気で向かい合うからこそ、相手の事が分かる。

そういうものなのだ。

「私、どうしていいか分からないんだよね。 結局私は爆発的に繁殖して、地球を滅ぼすために送り込まれた半人間とでも言うべき存在にすぎない。 私を作ったエイリアンが何を目論んでいたのかは分からないけれど、私はただ本能に命じられて、けだものとして動いていただけ。 生きていた時は、本能の焼き尽くすような炎だけが私の全てで、死んでそれがなくなった後は、どうしていいか分からない」

「本能によって人生を狂わせられる者はたくさんいます。 貴方もその一人だった、と言う事です」

「……本能なんて、欲しく無かった」

「また、極端ですね」

言いたいことは分からないでもないが。

本能がいらないというのは、ちょっと極端すぎるかも知れない。

だが、分かるかも知れない。

人になろうとした、戦闘兵器だった長老。長い長い時を経て人にはなったが、その結末は破滅だった。

人として作られながらも、焼けるような本能に動かされ、人生というものを歩めなかった子供。

その運命は、本能と、作り出した星間文明によって振り回されたとも言える。

本能なんて、今になって見れば欲しくなかった。

そういう言葉については。

理解は出来る。

「あの焼けるような本能がなかったら、私はどうしていたんだろう」

「それだけの知能があるのなら、いつかは研究施設から出して貰って、勉学に励めていたかも知れませんよ」

「でも……」

「何か不安が?」

首を横に振る子供。

悲しげにまつげを伏せる。

その辺りの動作は、子供っぽくない。

意図してやっている事ではないのだろうが。

「私の頭は、本職の数学者には及ばない。 それについては、長老も理解しているんでしょう?」

「それならば、何かできることを探すだけでも良いではないですか」

「……」

「手伝いますよ。 何か、して見たいこと、好きな事、ありませんか? 勿論数学でもかまいません」

そう告げて。静かに反応を待つ。

子供はじっと数式の羅列を見ていたが。

考えさせてほしいと言って、一旦会話を切った。

頷くと、長老も一旦子供の家を離れる。

此処は虚無の土地。

時間はいくらでもある。

何かして見たかった事は本当に無かったのか。

考えるのには、これ以上無い土地なのだから。

 

生きていた時の記憶はある。

繁殖しなくては。

それだけで、頭の中身が全て埋め尽くされていた。

根幹には繁殖があって。

その派生で頭を全て使っていた。

気になる相手はいた。

だが、その相手と繁殖することは出来なかった。

だから妥協して繁殖し。

そして、それが徒となって。子供も失い。そして自身も、命を落とす事になった。

研究所で作られた生命。

一体何のために生まれてきて。

何のために戦ったのだろう。

亡者となった今でも、自分という存在の意味は分からない。地球を滅ぼしていれば満足だったのだろうか。

とてもそうだとは思えないのだ。

本当に満足だったのなら、どうして時々悩んだ。

好きな相手なんて。普通にいた。

人間らしい本能と。焼け付くような、後付の本能。この二つに、ずっと翻弄され続けていた。

それが自分という存在の。

愚かしくも悲しい実情なのではないのだろうか。

黒服を着た女の子に見える長老は、生前は非常に厳然とした覇王だったのだろう。肩幅が広くて、筋肉が凄くて。そして傲慢不遜を絵に描いたような人物……いや少し違うか。恐らくは、自分の思考に基づいて、本気で宇宙を救おうとしていた。

覇道という言葉の見本。

それが間違ったものであったとしても。

覇を宇宙に唱えようとしていた人物だったのは事実で。

実際問題、運が悪くなければ。

それもかなっていたのかも知れない。

そして、似ている所もある。

自分は最初から最後まで孤独だったけれど。

あの長老も。

多分、妻子を失った後は。

ずっと孤独だったことに間違いは無いだろう。その心は、宇宙の闇よりも深く、暗い所にあったのだろう。

何だか、少しおかしいなと思った。

哀しみに、涙が溢れてくる。

生前も、一度だけ。

悲しくて声を殺して泣いたことがあったっけ。

好きだった相手に、好きな相手がいて。そして、繁殖をしているのを知ったとき。その相手は、いわゆる地球でいう浮気をするような性格では無く。その時点で、自分のささやかな願いは終わった。

本当に、ただ一つ。

灼熱の豪火とも言える本能の中。

小さく点っていた願いだったのに。

神様がいたのなら。

せめてそれだけでもかなえてほしかった。だが、そもそも好きだった相手は、自分を狩るために動いていた存在だった。

もし正体がばれたら、その場で殺された。

そう考えると、とてもではないけれど、近づけなかった。

此処が地獄だというのなら。

神様はいるのだろう。

神様がいるというのなら。

どうしてあんな存在を作り出したのか。

人に似せて、自分を作り出したのか。

いや、人に似せた人である自分を、作り出す事を許したのか。

悔しくて、地面を何度も叩く。

悲しい。

悔しい。

だけれども、どうすることも出来ない。

それが現実だ。

冷静になって考えてみれば分かるが。神様は其所まで万能でも全能でもないのだろう。全能のパラドックスという言葉も聞いた。

全能などと言うのは存在し得ないのだ。

長老に考えろと言われた。

繁殖について、此処では一切考えなくて良い。本能がなくなっているから、素の自分でいられる。

だから、考えるには此処でしかない。

長老が言う通りだ。

悔しいが、此処ではその通りにするしかない。

やってみたいことは幾つもある。

別に最高のスペシャリストでなくても良いだろう。

何か、本当にして見たかった事はないのか。本能と関係無い部分で。

一つだけ、今してみたいことはある。

自分を作り出した星間文明に、中指を突き立ててやりたい。

地球を侵略したいなら、自分でやれ。

確かに自分から見ても、地球人はどうしようもない生物だ。接触前に自滅を計ったのかも知れない。

だが、手を汚さずにこのような事をすれば。

どんな報復があるかわかったものではない。

結局の所愚かだったのだ。

そんなに地球人を滅ぼしたかったのなら。

亜光速で準惑星でも地球にぶつけてやれば確実だっただろう。

どうせ地球側に対抗できる手段などないのだから。

馬鹿野郎と叫んでやりたいが。

そういう攻撃的行動は取れない。

大きくため息をつくと、一度床に転がる。地面に転がっても、服は汚れることがない。一度破いてみたのだが、すぐに再生してしまった。まあ、木っ端みじんになっても皆すぐに元に戻るのだから、それも当然だろうか。

外にでると、伸びをして。

話を聞いて回る。

一つずつ、話を聞いて。得意なことを聞いてみる。

娯楽。

色々なゲームがある。此処では出来ないようなものもある。

出来そうなものをやってみる。将棋というのをやってみたが、筋が良いと褒めてくれた。だが、それだけだ。

プロにはなれないとも言われた。

運動。

運動能力は高い。少なくとも、成人男性を苦も無く捻り殺せるくらいの運動能力は持っていた。

だがそれは、異星の文明にねじ込まれた力であって。

素の自分に備わっていた力だったのだろうか。

全てがまっさらになったこの土地で、軽く体を動かして見る。

やっぱりな、と思う。

生前のようなパワー感はない。

長老は、体の使い方を知っている。だから、今でも強い。戦う事はないけれど。多分戦ったら、屈強な男達を相手に、まるで引かずに戦える筈だ。歩き方一つを見ても、長老は強いのが一目で分かる。

悔しいけれど、体を動かすのも駄目か。

だったら、何ができるのだろう。

一つずつ、丁寧にやっていく。

数学は好きだけれど、それで生活出来ていくほどではない。

普通に結婚して子供を持つ。

それも良いかも知れないが。

そもそももう子供はたくさんだ。

本能から解放された今だからこそ言えるが。

正直な話、子供とはもう、関わり合いになりたくないというのが本音である。子供なんか作りたくないし、見たくも無い。

だったら、何が良いのだろう。

政治は。

少し政治家に話を聞いてみたが、極めてリアリストとしての性質が必要となってくると言う。

政治家の仕事の本分は何か。

聞かれて、権力を握ることかと答えると、違うと言われた。

税金を適切に分配することだという。

そういう事か。

確かに、時代を問わずに、政治家の仕事はそういうものなのかも知れない。興味を持って色々な歴史を学んでみたが。

税金をきちんと分配することが出来る国は長続きする。

それが出来ない国は潰れる。

異論が一つも無い。

貧富の格差が拡大しすぎると、結局下が崩れると同時に、上も瓦解する。世界の富を集めたかのような栄華を誇ったローマ市民も、腐敗から足下を掬われ、蛮族によって蹂躙された。

世界一の金持ちと言われたロマノフ王朝も同じく。

あまりにも強欲な政治を続けた結果。

貧富の格差の極限に怒り狂った者達によって撃ち倒され、そして滅び去っていくことになった。

税金の分配か。

現実主義と、お金の計算。そして、何処にお金を分配すれば、きちんと成果をあげる事が出来るのか。

長期的な視野に立って、基幹産業を育成し。

周囲の妄言に惑わされず、長期的戦略に沿って国を動かして行く難しい仕事。

国益と、それを見極める目。

いずれもが、とても得がたい才能ばかり。

少し勉強して、話を聞いてみたが。

自分には出来そうにも無かった。

一度、家に戻る。

数日間、ぶっ通しで勉強していたから、少し疲れた気がする。勿論気がするだけなのだが。

この虚無の土地でも、頭は切り換えなければならない。

少し眠って、休む事にする。

そして、木の実を食べて、唯一の此処での本能を充足させると。

また少し眠った。

眠って、記憶を整理する。

娯楽である眠りだが。

記憶の整理には有効でもある。

これは長老に教えて貰った話なのだが。実際に試してみると、本当に有効だったので、驚かされた。

ともかく、一度記憶を整理して、次に備える。

時間は幾らでもあるのだから。

焦るな。

そう言い聞かせて、出来そうなことを少しずつ探していく。何でもスペシャリストにならなくてもいい。

でも、やりたいことは見つけたい。

本能の炎が取っ払われた今なのだ。

やっと、今こそ。

自分というものの、本物の我を持つ事が出来たのだ。周囲に対して冷笑的な見方をしていたけれど。

そんなもの、捨ててしまえ。

今するべき事は。

本能の炎を振り払った先に。

出来なかった事。

したいこと。

その二つを。見つけることなのだから。

ぼんやりしていた所に、ふと思いつく事がある。

石を並べてみると、ちょっと面白いかも知れない。

順番に石を並べて。

そして、何度かそれを繰り返してみる。

一つずつ、丁寧に作業をやっていくと。

これが、実に面白い事が分かってくる。

勿論心の中で少しだけ点る程度の面白さだ。此処では、感情というものは、著しく減殺されてしまうのだから。

だが、これだと思った。

一つずつ、順番に手を進めて。

そして最後の形にまで持っていく。

これこそが、求めていたものだ。

なるほど、見つからない訳だ。自分で見つけたときに、嬉しいわけだ。ぐっと、最後の一手を指す。

完成した。

美しい模様が其所に出来上がっていた。

面白いし楽しい。

こうやって、順番に、ルールにそってモノを作っていくというのは、此処まで面白いものだったのか。

本能に突き動かされるのではなく。

自力でやってのけることが出来る事。

それこそが。求めていたこと。

自力自活、ではないのだろうか。

うんと頷くと、また小石を集めて来て、並べ始める。それを見て、長老は一瞥だけして、何も言わなかった。

結論を口にするのを待っている。

そういう雰囲気だ。

それならば、此方は結論を口にして驚かせてやる。

見ているが良い覇王。

幾万年の時を経て此処を上がれない貴方より先に。自力で、此処を上がってやるのだから。

 

3、順番、くみ上げ、完成

 

専門家と思われる何人かに見てもらう。

驚いたように、専門家達は見ていた。

「ふむ、想像以上に理路整然だな」

「これは面白い」

そう言って貰えると、組んだ意味がある。

この石の図形。

それは、自分で作り上げた、工作機械の図面である。

石を使って図を並べた上で、更に要点を表示することで。

分かりやすく仕上げる。

此処をこうすれば、こう動く。

それを示すためにも。

石という、この乾ききった虚無の荒野でも手に入るものは有り難かったし。更に重要点を示すためにも。

非常に重要だった。;

しばし黙々と手を動かして。

他にも完成品を見せる。

これは以前聞かされた、大型水上艦艇の改良版である。

水がかかる力を計算し、生半可な波では転覆しないように、強力な改良を施している。その圧倒的な安定度は、見ている者を頷かせた。

どうだ。これならば。

そう思って、見ていると。

どうやら宇宙で戦艦を運用していたらしい専門家が、指摘をしてくる。

「安定度は抜群に高いが、少し被弾面積が高いな。 もう少し被弾しづらいように、この辺りを工夫できないか」

「こんな感じ?」

「そうそう、そんな感じだ。 飲み込みが早い」

今回は、褒めて貰えると純粋に嬉しい。

しばし、ああでもないこうでもないと改良を施して。専門家にも満足して貰える設計をする事に成功。

充分に満足できるものが仕上がった。

長老が、いつの間にか側で見ていた。

長老、と学者の一人が声を掛け。そして、自分が如何に理路整然と設計をしていたか、説明する。

満足げに長老は頷いた。

何だか雰囲気が少し優しいかも知れない。

いつも表情は無愛想極まりないのに。

「もう少し、色々なものを試してみると良いでしょう。 色々な技術を聞いて、それを改良することを考えて見てください」

「……はい」

素直に言葉を聞ける。

最初は気に入らなかったのに。

今では話を聞いているだけで、素直に言葉が耳に入ってくる。

これが覇王という存在か。

確かに存在感が強烈で、話を聞かされるだけで色々と印象に強く残ってくる。これが、世界を動かす力か。

大したものだと、少しずつだが。

認められるようになって来ていた。

家に戻ると、黙々と設計を続ける。色々なものを聞いた。戦いの道具。生活の道具。いずれも、生前の自分とは縁がなかったもの。

改良が出来るもの。

仕組みが分かれば、どれもこれも対応出来る。

流石に難しすぎるものもあったが。

25世紀の産物だったりして。

それはどうにもならなかった。

七つの模型を仕上げると、披露しに行く。

その全てに絶賛を貰える。

これは嬉しい。作った甲斐がある。今までは、頑張っても、凄いけれど一線級には届かないと言われていた。

だが、今回は違う。

しっかり改良が出来ているし、充分に通用すると、太鼓判を押して貰っている。

有り難い話である。

これぞ、やりたいこと、なのかも知れない。

全てのついての評価。

それに改善点を持ち帰って、黙々と取り組む。

そこで、ふと我に返った。

本当にやりたかったのは。

子供では無くて。

新しい何かを、作り出す事だったのではあるまいか。

無言になって、手が止まってしまう。

生きていた時。

本能の炎に灼かれながら、必死に子供を作ることだけ考えていた。だけれども、冷静になって見れば。

それが如何に虚しいことだったのか、よく分かる。

あらゆる意味で作られた生命。

あらゆる意味で押しつけられた本能。

そんなものクソくらえだ。

だが自分はあった。

確かにあったのだ。

そして今、薄くなったか細い己の中、必死に作る事に対して、真摯に動けるようになっている。

このまま、この力を伸ばしたい。

そうすれば、いずれ自分というものを、しっかり作り上げる事が出来るはず。

そうか。作りたかったのは。

何よりも、自分だったのか。

大きな溜息が漏れた。

たくさん集めて来た小石がこぼれ落ちる。

自分を作り上げた周囲の全てを呪う。

親を愛せよ何て言葉があるが。

地球側の親。星間文明側の親。どちらも許しがたい悪逆である。どちらも滅ぼしてやりたいほどだ。

だが、今はいい。

自分自身が本能に押し潰されてしまっていたのに気付けた今。

望みは己の本能ではなく。

自我によって、立つことだと分かったのだ。

作るのは、それが己に出来る事だからではない。

そもそも、己を作りたかったのだと、気付いてしまったからである。

それに気付くと。

ぼんやりと座り込んだまま。横に転がって。天井を見上げ、そして大きな溜息を何度もついた。

これが、気づきというものか。

多分、此処が自分のオリジンというものなのだろう。

生前は、決して気付くことが出来なかった。

だけれども、今は気付くことが出来た。

それだけで充分だ。

しばらくぼんやりして、感情を落ち着かせる。そこまでするほどの巨大な感情はないはずだし。実際心が沸き立っている訳では無い。

多分生前の事を覚えているからだが。

癖としてやっているのだろう。

しばしそのままでいて。

それから、頬を叩いて起き上がる。

やる事は、まだ。

終わっていないのだ。

目を擦って、そして設計を続ける。できる限り、たくさんの設計を。これをやっていると、数学の問題を解いていたときよりも更に楽しい。

あれも、思えば無駄では無かった。

自分に、論理的、理路整然とものを考えられる力が備わっていると言う事が分かったのだ。

この、本当の自分の目的へ到達する道をつくる役に立っていたのである。

座り直すと、しばらく考える。

何をしたいか。

それは分かった。

では、何が納得出来ていない。

それも、わかり掛けて来ている気がする。

もう少しで、届くような気がするのだが。

まだ手が届かない。

水面は遠い。

 

それからしばらく。

一杯一杯設計して、その設計を全て頭に叩き込んでいった。設計したものは全て有識者達に披露する。

その全てが受け入れられる訳ではなく。

ものによっては、手厳しい指摘を喰らって、それで修正をたくさん入れる場合もあった。だけれども、それは理不尽なものではなかった。

既に判明している致命的な不具合が図面にでてしまっていたり。

或いは実戦で有効では無い事が分かってしまっているものだったりと。

どれほど、新しいものを作った、と思っても。

世の中には、上には上がいると思い知らされるばかりである。

だけれども。

この設計するという行為。

新しく産み出すという行為。

それ自体は、とても面白い。

エンジンについての設計を学ぶ。

戦艦について詳しい有識者から、色々な時代の色々なエンジンと、それぞれの特色を聞かされる。

詳しい説明を受けると。

それでぴんと来る。

理解さえ出来れば設計は出来るのだ。

複雑な仕組みを仕上げて、改良点を出していくと。

それで満足してくれて、褒められる。

とても嬉しい。

自分が作り出したものが。

相手の感銘を受けるのだ。

それは自分の存在証明に等しい事だ。

何十もそうやって。

大きいものから小さなものまで、改良に改良を重ねていった。改良を続けて、己の限界を試して行った。

いつの間にか。

虚無の世界に来てから、五年が経過していた。

その間に、何度も何度も破滅が起きた。

誰かが上がったのだ。

その度に、集落は木っ端みじんになり。

その度に再建が必要になった。

だが、二度目からは、再建については自分もどんどん積極的に加わり。更には、長老に改善案を出していった。

長老は案を聞いた後。

良いものについてはどんどん採用してくれて。

そして、家はより快適になった。

虚無の土地とは言え。

家は快適であった方が良いに決まっている。

ただ物資は基本的に限られている。

荒野で拾ってくるのだが。

この物資は、破滅の度に勝手に支給されるらしく。それも量がいつも同じであるらしい。

長老は長老で、この限られた物資を適切に組み合わせていたらしいのだけれども。それでもやはり第三者から見ると改善点がある。

そして長老には。

その改善を受け入れる度量があった。

最初はあんなに不快だったのに。

今では、きちんと自分を受け入れてくれる存在として、安心感がある。この人なら、一緒についていきたいとも思う。

だけれども、その前に。

この世界を、上がらなければならない。

ある意味自分は世界を滅ぼしかけた。

色々なものを作るようになり。

ようやくその意味がわかった。

無闇に反発していたけれど。

どれだけ作り出すと言う事が大変で。それを自分が無茶苦茶にしようとしていたのかが分かると。

悲しくて仕方が無かった。

再建が終わり。

家の中で、新しいものを設計し始める。

生前、ただ漠然と本能に従って壊そうとしていたあの世界。

あの世界にも、たくさんの発明家がいて。

色々な設計をして。

苦労に苦労を重ねて、発明をしていったのだろう。

そう思うと、本当に悔しかった。

それに気付けなかった自分も。

そして、少しずつ分かりつつある。

心残りが、だ。

自分は敵対性外来種だった。

それはもういい。

どうしようもないことだ。

だが、敵対性外来種として作られて。それで満足だったのか。本当に、それで良かったのか。

本能に突き動かされていただけで。

それで満足だったのか。

ずっと、ずっと。

何かほしかったのではないか。

それは愛か。

違う。

性欲がただそう錯覚させていただけだ。

自分が作り出したかったものは。

恐らくは、自分自身という存在だったのではあるまいか。

本能という巨大な力で突き動かされて、生前はそれにさえ気付けなかった。だが、今は違う。本能は全て打ち払われた。だから気付くことが出来る。

ただ繁殖のための肉塊で満足か。断じて否。人間だと思うなら、それで良いはずがない。

最初から人間だったものは良いだろう。

だが自分は違った。

自分となりたかったのだ。自分という個がほしかったのだ。子供がほしかったのでもなく、子供を産みたかったのでもない。

それはただの本能。

結局の所。

子供がごくごく当たり前に持っている。そして、大人になると投げ捨ててしまう事も多い。

ありきたりの欲求こそが。

自分の求めていたものだったのだ。

くつくつと、笑いが漏れてくる。

そんな程度の事だったのか。だけれども、そんな程度の事だからこそ、大事だったのである。しらけた振りをして、周囲を冷笑的に見ていたけれど。結局そんな自分。つまり冷笑的な自分こそが。

最も冷笑されるべき存在だったのだと、今気付くことが出来た。

はあと、溜息が漏れる。

溜息はずっと漏れていたが。

今度のは、少しだけ心地が良かった。

気づきの溜息だ。

そして、納得の溜息でもある。

植え付けられた巨大な本能さえなければ、自分はきちんと人間で。それも、子供から生涯育つ事がなかった。

三つ子の魂百までという言葉があるらしい。

この虚無の世界で覚えた言葉だが。

正にそれだ。

自分にとっては、ずっとずっとただ一つの事しか無くて。それ以外は入る余地もなかったが。

それこそが、全ての諸悪の元凶。

もはや、何を目論んで自分を作らせたのか分からないけれど。

星間文明に対しても。

何も考えず、実験して実際に自分を作ってしまった地球人に対しても。

恨みしかない。

そもそも自分に対してだって、色々非人道的な行為の上に、作り出された存在なのである。

誰も彼もが、よってたかって。

愚かな行為を行い。

その後始末のために奔走していた。

巻き込まれたのはたくさんの人達。自分だって、その例外では無かったのである。

しばらく膝を抱えて、じっとする。

思えばこのからだ。

精神年齢はずっとこのくらいだったか。

途中で一気に成長して。子供を産める大人の姿になってしまったから、特に感慨はないのだけれども。

それにしてもきちんと成長して行ければ。

精神のバランスも、取れていたのかも知れない。

いずれにしても、長老とは話をしておきたい。

愚かしかった自分との決別。

新しい自分を求める。

その二つについて。

しっかりと、けじめをつけておきたいからである。

だが、今は。

少しだけ、休ませてほしい。

気付くと、少し眠ってしまっていた。あまりにも頭を使いすぎて、オーバーヒートしていたのかも知れない。

それも悪くない。

立ち上がると、木の実を食べに行き。

そして食べ終えると。無感動に木を見上げた。

この木も、一体何で此処にあって。美味くも無い木の実を提供し続けているのだろうか。

必要な事とは言え。

少し不思議だとは言えた。

身を翻すと、長老の所に出向く。

長老は、何か壮大な絵を荒野に描いていた。一度や二度描いたものではなく。既に構図が完全に頭に入っている様子で。

端から、すらすらと描いている。

極めて壮大な宇宙の絵で。たくさんの宇宙船が浮かんで、巨大な陣形を取っている。

楽しそう、かは分からないが。

長老は、熱心に絵を描き続けていて。

蜥蜴頭の男が、その側で感心して見ていた。

自分に気付くと、長老は手を止める。蜥蜴頭の男も頷くと、場を外してくれる。

どうしたのかと聞いてくる長老。

向き合うと、お互い座る。

荒野だけれども。

家の中も構造は大して変わらないのである。

今更地面に直に座ることくらい。

特に何とも思う事などない。

そこで、自分の思いを、順番に長老に説明していく。長老は頷きながら、一つずつ丁寧に聞いてくれた。

「……」

「その、何か問題はあるでしょうか」

「いいえ。 一人の人間らしい、ごく当たり前の欲求だと感じます」

「そう、ですか……」

少し安心した。

最初は混乱して。混乱が収まった後は、長老には幾つもの暴言を浴びせてしまった気がする。

それでも長老は怒っている様子も無い。

器がそれだけ大きい、と言う事なのだろう。

話していて、とても有り難い事である。人間は基本的に一度相手を敵と決めつけると、相手の話を聞かなくなる事が多い。相手の言う事を全て間違いと決めつけて掛かる事も多い。

長老は、そのような愚物達とは違って。

きちんと公平にものを見られる存在だった、と言う事だ。

この辺りも、生きている間は狂った覇王として。

死んでからも、数万年この虚無の世界の長老として。

ずっと己であり続けたから、というのが大きいのかも知れない。

いずれにしても、頭が下がる話だった。

「もう少しで、貴方は上がれそうですね」

「……その壮大な絵は」

「これは、以前ここに来た絵描きの少年が残していったものです。 もう全て記憶しているので、いつでも描き直せますよ」

そうか。思った以上に長老のスペックは凄いなと、感心する。

長老は、これから災害が起きて、此処が更地になってしまう事を、何とも思っていない様子だし。

それどころか、激励の言葉も掛けてくれた。

「家の改良案、助かりました。 もしも外の世界があるのなら……其所で多くのものを改良して、人々の役に立ってください」

「はい……。 私の心残りは、己という個を確立出来なかった事でした。 己という個を確立するためにも。 もしもまだ機会があるのなら。 発明をたくさんたくさんして、多くの人の役に立ちたいと思います」

「良い心がけですね。 始めて何かを作り出すというのは、とても尊い事です。 是非頑張ってください」

手をさしのべられた。

握手である事に気付いて、涙が出そうになる。

そこまでこの虚無の世界では感情が高ぶらないけれども。

それでも、嬉しかった。

握手を交わす。

長老の手は小さい割りにはぐっと力強い。コレは恐らく、力のかけ方を理解しているから、なのだろう。

身体能力だけ無駄に高かった自分の生前とは違う。

長老の生体兵器として作られたという話だが。この虚無の世界における長老は、生体兵器の肉体じゃない。

ということは、体の動かし方を理解して。

別に生体兵器で無くても強くなった、と言う事だ。

見送られて、家に戻る。

自分でちょっとだけ改良した家に。

自分で作り出したり、改良したりしたものについて、一つ一つ全て思い出していく。全てを外に持っていけるかはわからない。或いは持っていけないかも知れない。だけれども、新しいものを本当の意味で作り出し。世界をよくするという存在には、本気でなりたい。その思いだけは持っていきたい。

此処の事を全て忘れてしまうような事があっても。

それだけは、絶対に果たしたいのだ。

それから数日。

上がりの時が来る。

長老はいち早く気付いたようで、送別会を開いてくれた。

ここに来たときは、あんなに生意気だった自分に対しても、悪くない態度で接してくれている。

とても有り難い話である。

ただ好意に甘えて。

これから潰れてしまう集落についてわびる。

長老は、静かに笑った。

誰かが上がる事が、この集落にとって大事な事なのだと。

周囲の皆が同意する。

嗚呼。

この人は凄いな。

生前は最悪の暴君で、最悪の殺戮兵器だったのかも知れない。だけれども、此処では救われない亡者達を救い。

誰にも慕われ。

心の檻を砕いて。

助け出す事を、本気でやってくれている。

生前の自分だったら。

本能に振り回され、自分さえ救えなかった。

他人を救うというのは凄い事だ。

今、この虚無の世界で。

あの焼け付く本能がなくなったのだから分かる。

送別会が終わると、家に戻る。

静かに、その時を待つ。

凄い地鳴り。外を見ると、天を突くような津波である。

そうか、今回はこういう災厄なんだ。

目を細め。

全てが終わる、その時を待った。

 

4、破滅の者は創造の者へ

 

光の中に浮かんでいた。

それが、神と呼べる存在だと気付いて、自分は見上げる。

まぶしい。

そして、暖かい。

人間が信仰していた神とは別の存在なのだろうなと、直感的に悟ったが。思考が同時に流れ込んでくる。

「全てを壊す目的で作られた者よ。 虚無の世界で、根本から変わることが出来たようですね」

「あの世界で、私は多くを学びました。 今は、愚かしい欲に塗れた肉ではなく、創造を担う存在になりたいと感じます」

「良いでしょう。 貴方の記憶を全て持ち込む訳にはいきません。 しかし、貴方のその情熱が向けられるのに、相応しい世界があります」

その世界は。

色々な問題が立て続けに起こり。

誰も彼もが疲弊し。

そして立ち上がれずにいる場所だと言う。

大きな発明が幾つもほしい。

疲弊した技術に対する改革がほしい。

世界には。

そういった改革者が求められている。そんな場所だと言う。

頷く。

そんな世界で、再建を行えるのなら。生前の愚かな自分とも決別できる。新しい世界に対して、暖かい存在にもなれる。

本能に従って世界を滅ぼすことだけを願った愚か者ではなく。

世界のために、新しいものを作り続ける光の手を持てる。

度し難い目的で作られた怪物ではなく。

一つの個として。立派に大地に立つことが出来る。

それがあの荒野で学べたこと。

あの荒野で願ったこと。

今、神の前で、全てを読み取られ。

願いは合致した。

「では、貴方を転生させます。 記憶は持って行けませんが、貴方はもはや怪物でもなければ、愚かしい冷笑主義者でもありません。 新しい世界を建設的に動かすために、努力を続けなさい」

「はい。 機会をくれて、ありがとうございます」

返事はない。

ただ、ぼんやりと、意識が溶けていくのが分かる。

ただの怪物はいなくなり。

一人の人間が、誕生しようとしている。

 

災厄が収まった虚無の土地で、長老が改善された家を皆で建てていると、新人が来た。いつものことだ。

まずは家を建て直す事から始める。

慣れていない者を、ベテランに混ぜ。

的確に班を動かして。

復旧作業を、効率よくなおかつ的確に進めていく。

一月弱で復旧は終わり。

改めて、新人に長老は素性を聞いた。

22世紀の地球から来た人間らしい。宇宙進出がやっと始まった状態で、月にコロニーを作り始めているそうだ。

そして、聞かされる。

「21世紀の後半に、第二のエジソンと呼ばれる者が出たんですよ」

「エジソンというと、地球に電球が普及するきっかけを作った?」

「はい。 エジソン自身は褒められた性格の人間ではなかったようですが、その第二のエジソンは違いました。 真摯に実用的な発明に取り組み、弊風に覆われていた21世紀後半の地球に、新しい光を吹き込んだのです」

ひょっとして。

あの娘では無いのか。

長老はそう思ったが、話の続きを聞く。

「政治的社会的問題が限界に達していた僕の世界で、その発明家は新星のように現れて、どんどん既存の問題を解決していきました。 技術の進歩はもう止まったなんて言われていた世界で、どんどん新しい技術を作り出し、既存の問題を解決してくれました。 一人で文明を百年進めた、何ていわれているくらいです。 第二のエジソンに触発されて、世界中でクリエイターブームが拡がって、一気に世界は明るくなり、星の世界への進出も目処が立ちました」

「それは素晴らしい事ですね」

「僕はちょっとだけ、第二のエジソンを遠くから見ました。 気むずかしそうな老人でしたが、しかしそれは誤解だったとすぐに分かりました。 発明をする時の嬉しそうな様子、本当に心からだと分かったからです。 本当に、誰かのためになる事が好きだったんだなって、感じました」

この世界には。

時代や場所、関係無く様々な人が来る。

地球の文明は21世紀を境に大きな変化を遂げるが。

もしあの者が、閉塞した21世紀末という世界に赴き。その願いを叶えたのだとしたら。この虚無の世界の外にも世界があって。

チャンスがあるという事になる。

だが。

あくまで発明王が凄い、という話でしかなかったし。

あの者かどうかは分からない。

ただ、そんな偉人がいるのなら。

その世界の地球は、余程の事がなければ大丈夫だろう。

地球出身者でもない長老だが。

地球のことにこれほど入れ込むのも不思議な話である。

だが、長老の千年にわたる復讐の船旅を終わらせてくれたのは、地球の希望の船だったのだ。

だから今は。

少しでも、地球のためになりたいのである。

新人に素性を聞いた後。色々な話をして、一旦家に戻らせる。

座って考え込んでいると。

蜥蜴頭の男が来た。

「少し話は聞こえましたが、あの新人の言っていた発明王って……」

「恐らくは」

「……だといいのですがね」

「ふふ、私の本音に気付きましたか。 そうです。 確証は一つもありません。 ですが、もしもそうだったら……とは私も思います」

この虚無の世界から出ても。

無が待っているだけ。

そういう可能性はある。

そんな事は分かっているからこそ。

此処から誰かを上がらせることに、不安は今でもある。だけれども、この虚無の世界に留まるよりはマシだと判断しているから、どんどん上がらせる。償いになるとも信じているから、上がって貰う。

長老と呼ばれるようになってから、随分時も経った。

ちょっと計算し直してみたが、明日でここに来てから八万二千五百年と六十二日である。それが長い時なのかと言われれば。宇宙規模で考えれば短いときだとも言えるし。この世界の基準で考えれば、長い時だと言える。

今までに長老が積極的に手を貸して救済した人数は七万と四千人少し。自力で此処を上がった者はほぼ同数。

誰も上がれないときは、ずっと上がれないのがこの世界だが。

上がれるときは、立て続けに上がれる。

そういう場所なのだ。

ふと、気付く。

空に、何かが見えた気がした。

気のせいだろうか。

勿論気のせいだろう。この世界は、空間相転移が起きても壊れないような場所なのである。

神がいるとしても。

法則に沿って管理しているだけの場所だろう。

時々起きる災害ですら。

同じでは無いかと考えている。

要するに、何処かで起きる筈だった災害を、この小さな世界で引き受けることにより。その災害による被害を減らす。

そんな仕組みなのでは無いか、ということだ。

勿論憶測に過ぎないが。

もしもそうだとすれば。

やはりシステムによって動いている場所で、此処を誰かが覗く、という事は考えづらい話である。

しばしして。

空を見る。やはり、其所に何かがいる様子も無いし、気配もない。

それにしても、今までにない感覚だ。

何かが起きる前兆かも知れない。

八万年以上此処で過ごして、ずっと虚無のままだった。だが、それもいつまでも同じとは限らない。

この世界については、文字通り隅から隅まで知っているつもりだが。

それも永久に同じだとは断言できない。

変わらないものが何一つないように。

事実、此処を上がったものは。

皆、ここに来たときとは、別人のように変わっていったのだから。

荒野を歩きながら、少し考える。

そろそろ。

長老が、上がる事を考え始めなければならない。

此処で多くの者に出会い、救ってきた。

その万倍、下手すると億倍の人数、生前は殺してきた訳だが。

だからこそが故に。

償いをするなら、償いをしなければならない。

地獄があるなら其所へ落ちよう。

少なくともこの虚無の世界は、地獄では無い。

自宅に戻る。

そうすると、声が聞こえた。

幻聴では無い。

頭の中に、直接響いてきた。

「貴方の世界は、此処では無いと感じていますか?」

「……誰だ」

周囲を見回すが、隠形の類を使っているものはいない。

だとすると、今の声は何だ。

仕組みの外から干渉しうる存在。

すなわち、此処を本当の意味で管理している神的存在か。

神が文字通りの意味で存在する事を長老は知っている。文字通りの破壊の方舟を破壊したのは、色々な要因が重なって顕現した神なのだから。

勿論神を恨んでもいない。

当然の事をしただけだったのだから。

「貴方は多くの者を救いました。 そろそろ、自分が救われることを考えてみてはどうでしょうか」

やはり聞こえてくる。

幻聴では無い。

耳に異常は無い事を考えると、精神に直接働きかけてきているのか。だとすると、此処の管理をしている神的存在か。

どちらにしても、隠れる必要などあるまい。

姿を見せればいいものを。

しばし周囲を見回すが。

声はそれっきりしなくなった。

家の外にでる。

様子を不穏と感じたか、蜥蜴頭の男が来た。

「長老、どうかしやしたか」

「……大した問題ではありません。 それよりも、何か起きてはいませんか」

「いえ。 別に……」

「ならば問題ありません。 私が次に巡回するまでに、問題があったらまとめておいてください」

頷くと、蜥蜴頭の男は自宅に戻る。

あれも、随分と忠実に仕えてくれた。

早く上がらせてやりたいものだが。

あれもまた、長老と同じく大きな罪を抱えてしまっている。中々、上がるのは難しいだろう。

そして何よりも長老自身。

もしさっきのが神の声だとしても。

この宇宙一罪深きものが。

簡単に上がる事など、許されるものか。

しばし、座り込んで考え込む。

疲れ果てて、幻聴を聞いたか。

そうとは思えない。

自分に都合が良い妄想を抱いたか。

いや、それも考えにくい。

だとしたら、一体。

ともかく今は、此処にいる者達を、上がらせることを考えよう。

立ち上がり直すと、長老は、考えを切り替え。一人ずつの経歴と、問題点を、自分の中で洗い直し始めていた。

 

(続)