影の中の影

 

序、忍び

 

もはや、此処に長老が来てから、何度目の災厄だろうか。流石に覚えてはいない。ともかく一人上がりを迎えて、新入りが来た。

災厄は楽しみにしているが。

今回のは何だかよく分からない災厄だった。

空間ごと相転移でもしたのかも知れない。

ともかく、何が起きたのかはよく分からないけれど。一瞬で集落は消滅し、そして更地になった。

熱も感じなかったし、ここまで綺麗さっぱりなくなっているということは、そういう事だったのだろう。

たまに一切意味が分からない災厄があるのだが。

今回がそうだった、と言う事だ。

さて、周囲は。

木を確認。即座に再生を開始している。空間相転移が発生したのなら、それこそ空間の存在そのものが消滅するレベルのダメージを受けたはずだけれども。この虚無の世界では、その程度は何でも無いらしい。

皆は。

確認するが、やはり送別会をした者がいなくなっている。代わりに来たのは、妙齢の女である。

別に美人でも何でも無い。

敢えて言うなら素朴である。

ぼんやりしているそいつに声を掛けると、はっと気がついたようで、顔を上げ。長老を見て。しばし困惑して、話し始める。

「此処は何処ぞ」

「此処は虚無の世界です。 何か納得出来ずに死んだ者が、納得するまで滞在する場所なのですよ」

「……私が、死ぬはずが無い」

「誰だって死にます。 ひょっとして、不死の能力でも持っていたんですか? 残念ながら、完全な存在なんていないんですよ。 どんな存在だって、死ぬときは死ぬのです」

そうずばり見抜いて見せると。

相手は露骨に困惑し。

そして、あからさまに元とは変わっているだろう姿に、更に混乱したようだった。

手を引いて立たせる。

背丈は同じくらい。そして、恐らく元は相当に欲が強い人間だったのだろう。異常な違和感に、全身を包まれていて。

苦しそうにしていた。

説明しながら、まずは世界を見せて回る。

すぐに相手は、絶望の声を上げた。

「何だこれは! 何かの忍法によるものか!」

「此処がそういう狭い世界、と言う事です。 ああ、其所の板きれを拾ってくださいね、活用しますから」

「私が何故このような事を!」

経歴をほざくが。

聞いた事もない肩書きだ。

ともかく、逆らう事は出来ず。

女はしぶしぶ従って、木ぎれを担いでついてきた。どうやら、体の動かし方は知っているらしい。

そうなると、戦闘職だったのだろうか。

復興作業を開始。

本当に困り果てている女を、一番近くで動く班に振り分けて、村を修復し始める。見ていると分かるが、どうやら指示をする立場だったらしい。

一緒に働く事に困惑していたし。

何よりも、元々激情家だったらしい心が壊れてしまって、右往左往しているのが目についた。

何だか、蜥蜴頭の男が、最初にここに来たときのようだ。

あいつも最初は散々苦労していた。

それだけ我が強く。

欲が強い男だった、と言う事だ。

欲が強い奴も、此処には時々来る。だから、別に驚くことは無い。欲がなくなり、代謝がなくなる此処では。

そういう者が、一番苦労する。

故に、アドバイスも必要だ。

何より長老自身のため。此処を数万年も抜けられないのは、長老自身が今だ納得出来ていないためだ。

納得するには、様々な個に触れ。

勉強をしていくしか無い。

いずれ納得するにしても。

個人の中だけでは無理だろう。そう、長老は判断していた。勿論学習する相手には、悪党や外道がいてもかまわない。

自分だって、生前は。

悪党と呼ぶほか無い存在だったのだから。

一月ほどかけて復旧完了。

いつものことだ。

家はほったてで。新入りはやはり非常に不満そうだったが。しかし、感情が殆ど高ぶらないのがこの世界だ。

文句も言わず、家に入っていった。

蜥蜴顔の男に言われる。

「彼奴、忍者って言ってましたが……」

「知っているのですか?」

「ニホンに存在したらしい諜報組織の事ですな。 ただ、後世で伝説化されて、色々な物語に摩訶不思議な力を携えて登場するようになりました。 どうもあの男、むしろ後世で伝説化された方の忍者に近い気がしますね」

「或いは、そういう忍者が実在した世界から来た……」

頷く相手。

さて、また変な世界から来たか。だが、色々な世界から此処には誰かがやってくる。だから困る事もない。

まず、新入りと軽く話す事にする。

長老が家を訪れると、困り果てた様子で、女は地面を見つめていた。

「どうしたのですか?」

「私の後ろを軽々ととるとは……!」

「いえ、貴方油断してるとき隙だらけなんですよ。 結構使えるようですけれど、意識の集中にムラがあるのではありませんか?」

「むっ! むうう……」

本当に悔しそうにする女。

まあ中身はおっさんだろうが、別にそれはどうでもいい。

「やはり何度考えても分からぬ! これは何かの忍法による幻覚であろう!」

「だったら良いんですがね。 その忍法というのは何でも出来るんですか?」

「何でもは出来ぬ。 ただ私は死なぬ体だった」

「……死なない、ですか」

しかし、どうしてならば此処にいる。

そもそもどんな存在だって死ぬ。

強靭な生物はたくさん長老だって知っている。地球の人間から言うとアンドロメダというのか。

其所を制覇したのだから、それは様々な生物を見て来た。

1兆に達する恒星系を有する銀河である。

色々な生物は当然存在していて、その中には不死身だとしか思えない者も珍しくは無かったのだ。

だがそんな生物であろうが、殺す方法は幾らでも存在した。

「例えば貴方のその不死とやらですが、体を全て高熱によって燃やされた場合はどうなるのですか?」

「そ、それは……」

「首を落とされても死なない、程度では不死とは言いませんよ。 生命活動を停止しても蘇生する能力だったら強力ではありますが、丸ごと溶かされたり、丸ごと焼き尽くされたり、或いはその能力を何かしらの方法で封じられたら?」

「! そ、そうか……そういうことだったのか……!」

女はわなわなと震え出すと。

拳を地面に叩き付けて。

慌てて手を振るったが、痛みが無い様子に気付いて、慄然としたようだった。

静かに見つめる。

特殊な能力を持っていて、ここに来たものはいる。

前例もある。

長老自身が、長い長い時を経て、記憶を引き継ぎながら宇宙を旅してきたのである。実際に訳が分からない能力を持つ生物はたくさん見て来た。不死を自称する知性体がいても不思議でも何でも無い。

「裏切られた……」

女がぼやく。

だが、その言葉には強い主観が含まれているのを、敏感に長老は察知した。どうやらこの女も、後ろ暗い人生を送ってきたらしい。

ただ、此処はそもそも虚無の土地。

納得するまで出られない虚空の世界。

だからこそに、ここに来たのだとも言える。

実際此処を地獄としか思えない者もいるらしいし。長老もその一人だ。いずれにしても、死後の世界である。

話を聞こうとするが、拒否された。

頭を抱えて、女はじっとしている。

余程その不死に自信があったのか。

或いは、そうなのだろうか。

ともかく、しばらくは放置しておく方が良いだろう。外に出ると、蜥蜴頭の男が待っていた。

「地球や、それの平行世界からの来訪者は珍しくありませんぜ。 話を聞いてみて、ずれがないか確認した方が良いと思いますが」

「今はそうっとしておきましょう。 彼女……中身は彼でしょうが、恐らくは相当に参っているようです」

「相変わらずお優しいですな」

「長老として必要な事をしているだけですよ」

一旦別れて、他の者達の様子を見に行く。

少し前に、話し上手な者が来た。

生前はロクな人生を送れていなかった様子で。ドブ沼のような環境で死ぬまで酷使されて、電車という移動インフラに飛び混んでしまったらしい。

しかしながら、この虚無の世界に来てからは。

毎日ノルマに尻を叩かれなくても良くなったと大喜び。

話を色々して。多くの者がこの虚無の世界から「上がる」のを手伝った。

本人はそれを見て、本当に嬉しそうにしていて。

やがて納得出来たのか、上がりを迎えた。

その話上手と入れ替わりに来たのがあの女なのだが。

まあそれはいい。

周囲の者と話して周り。

上がりが迎えられそうな者に、だめ押しをして回る。あの話し上手と話して、ある程度楽になれたものはかなりいる様子で。

それらを少し後押ししてやれば。

上がりを迎えることが出来るだろう。

そうすれば、この虚無の世界から去ることが出来る。

そうさせてやるのが。宇宙最悪の罪人の一人であり。死ぬまでそれに気付くことが出来なかった自分の贖罪。

責任。

だからこそ、動く。

一通り話して回った後、家に戻る。

腹が減ってきたので、食事に出る。木に出向くと、新入りがぼんやりと木を見上げていた。

「必要以上には本当に食べられないのか……」

「この木は、ここの唯一の本能と直結しています。 どれほど破壊しても簡単に元に戻ります」

「そうか、まるで生前の私のようだな」

「……」

とはいっても、死んだ。

まあ、正直な話、不死を気取ったところで、実際にここに来ている訳だ。何かの手段でちゃんと殺されたのだろう。

「貴様が何故長老をしている」

「能力的に、客観的に見て一番優れている事。 此処に一番長くいて、事情を知っているからですよ」

「貴様など、私の力の前にねじ伏せてくれるわ」

「ふふ、やってごらんなさい」

棒を手に取る女。

生前はさぞ野心が強かったのだろう。

いや、或いは欲望か。

だが、此処では無意味だ。

棒を剣のように構える女だが、すぐに困惑して、棒を取り落としてしまう。説明はした筈なのだが。

涼しい顔で見ている此方に、何度も棒を剣に見立てて打ちかかろうとする女。

だがすべて無駄。

攻撃意欲は、此処では消失してしまうし。

仮に傷つける事が出来たとしても、即座に再生してしまうのだから。

しばらく三文芝居のように動き続けた挙げ句。

息が上がって、へばってしまう女。

これはひょっとして。

生前はうっかりやさんとして知られていたのではあるまいか。

「何なんだ、何なんだこの世界は!」

「此処では暴力は無意味ですよ。 仮に傷つける事が出来たとしても、相手は即座に再生します」

「なんということだ! 皆私と同じ能力を持っていると言う事なのか!」

「正確には貴方の能力の超上位互換ですね。 どのような手段でも、この世界で死ぬ事はありません。 この世界を出るには、説明したとおり「納得」することしかないのです」

むううと、悔しそうに女が唸る。

結構古い時代の人物のようだが。

まあそれは別にかまわない。

息を整えるのも、それほど時間が掛かる訳では無い。

呆然としていた女は、やがて顔を上げる。

「私は剣術については覚えがあった。 それも此処では使えないのか。 どうも力が入らぬのだ」

「此処ではあらゆる戦闘スキルが無意味です。 多分私も、生前は貴方より単純な肉弾戦でも強かったと思いますよ。 しかし、それでも直接暴力を振るうことは出来ないのです」

「お、おのれ……この私に良くそのような口を!」

「しばらくは、此処での生活に慣れると良いでしょう。 貴方はいずれにしても、指導者の器ではありません」

はっきり言うと。

流石に呆然としたのか。

女はその場でへたり込んだまま、完全に動かなくなった。

口から魂が抜けてそうな表情だが。

これは生前から多分こんな感じの人物だったのだろう。

強いけれど抜けている。

優れた技を持っているけれども、それを今一生かし切れない。

勿論、きちんと使いこなせる場所に配置すれば、相当な活躍をしたのは間違いないのだろうけれども。

それが出来る環境にいなかったのだろう。

それはきっと、とても不幸なことなのだろうとも思う。

様子を見ていた蜥蜴頭の男が来る。

「彼奴の故郷については、俺が聞いておきます。 地球については、多分俺の方が詳しいと思うので」

「分かりました。 時にあの人、中々面白いですね」

「この虚無の世界で強い我を保っていますが……ということは、生前はさぞや欲が強い人物だったのでしょうかね」

「ほぼ間違いなく」

頷きあうと、後はそれぞれで動く。

それにしても、こんな小さな世界のボスにさえなりたがるとは。

生きている間に会ってみたかった。

かなり面白い奴だっただろうから。

それに、あの者が言う事が事実だったのだとしたら。きっとあの者の世界には、「忍法」なる異能を使いこなす者が、たくさんいたのだろう。

それはそれで面白い。

そんな星なら、生前は征服して研究しただろうし。

今は単純に足を運んで、その能力を見て楽しみたいとも思う。

いずれにしても、生前の長老が足を運んでいたら、研究の末に爆破していただろうが。

生前の長老は、愛と殲滅を同義に考えていた。

全ての生命は生きているが故に苦しんでいると本気で考えていた。

もしも止められることがなければ。

本当に宇宙全土から、生物全てを消し去っていた可能性が高い。

何しろ、最後の間際には、自分の種族までもを滅ぼしたのだから。

それすらも、愛が故。

死ぬまで、その考えが間違いだと、気付くことは出来なかった。

さて、あの新入りは気付けるだろうか。

恐らく生前は、さぞや無茶な我欲に振り回され続けたのだろう。此処でそれを少しでもマシに改善できるだろうか。

改善できると良いのだが。

ふと見ると、蜥蜴頭の男が、軽く新入りと話している。

色々な単語が飛び交っているが、徳川家康、という言葉を聞き取ることが出来た。

確かそれは、地球のニホンにおける偉人だったはず。

前に聞いた話によると、16世紀から17世紀に掛けて生きた人間だったと言う事だが。

そうなるとあの新入り、その時代から来たのかも知れない。

何しろ、家康と同時代に生きたという事だったのだから。

それもまた面白い。

色々な時代から、関係無しにこの虚無の世界には人が訪れる。

だからこそに。

長老としては、むしろ生きているときよりも。憎悪に心が焼かれていた生きていた時よりも。

ずっと此処の方が、居心地が良かった。

 

1、バトルロワイヤルの果て

 

酒でも入れたい気分だったが、酒すら無い。

女でも組み伏せたい気分だったが、そもそも性欲がない。

自分の体も女になっているが、弄くってみようという気分にさえならない。

それどころか代謝もなく。

食欲も、必要な時にしか湧かない。

何だ此処は。

地獄にも程がありすぎる。

女は、自分が落とされたこの場所を、本当に反吐が出ると思いながら見つめていた。しかも感情が沸騰することもない。

見ていれば分かる。

あの長老、とんでもなく出来る奴だ。

指導力は非常に高く、恐ろしく手慣れている。

時々冗談を交えながら、此処に暮らしている連中の心をしっかり掴み。問題にも対応し続けている。

此処から上がるのが目的。

そう言っていたが。

まずは他の、この虚無の世界に来たものを上がらせることが、今は目的なのであるらしい。

馬鹿馬鹿しい。

まずは自分だ。

そもそも、自分がいた忍者の里でさえ。ずっと永く生きていたのに、長老になる事は出来なかった。

戦国どころか、その前の応仁の乱の前より生きていたのに。

閉鎖的な里だった。

だから、血統で首領が決まった。

何度か、首領の座を乗っ取ってやろうとも思った。

その最高の好機が来た。

それにさえ失敗してしまった。

あの長老が微笑ましい目で見ていたが。

何となく理由は分かる。

どうしても。どうしても肝心なところでドジを踏んでしまうのだ。だから、ずっとうっかりに悩まされ続けていた。

何度聞いたことか。

また死んでおられるぞ!

今度は何を為されたのか!

腕は立つというのにこの方は!

周囲がそう慌てているのを、何度も聞いた。五月蠅いと思いながら蘇生し、そして周囲を怒鳴りつけた。

能力を得た経緯についてはあまり思い出したくは無い。

ただし、この能力を最大限に生かす方法についてはすぐに思い当たった。だから一通りの忍びの技と並んで、剣を学んだ。

剣の腕に関しては、里でも随一。

生半可な剣豪など、相手にならぬ技量にまで到達していた。その筈だ。

だが、あの時。

恐らく最後にみた光景。

倒すべき最後の敵を前にして。またしてもうっかりが発動してしまった。なんと床板が腐っていて、踏み抜いてしまったのだ。

多分その時、首を飛ばされた。

普通だったらそれでも死なないのだが。

その時、能力封じの能力を持っている者が。恐らくは、能力を封じたのだろう。

女はぎりぎりと歯ぎしりして。

すっと感情が落ち着くのを覚えて、また頭を抱える。

怒ることさえ出来ない。

どうにかならないのか。

どうにもならない。

一人で悶え苦しんでいると、長老が無愛想な顔で来る。無愛想だが、言葉遣いは丁寧だ。

そして、何となく、微笑ましく此方を見ているのが分かるので。

余計に腹が立って仕方が無かった。

「何用かっ!」

「話を聞かせて貰いました。 貴方は徳川家康に会ったのですね」

「いや、家康を仕事で見た事はあるが、直接面識は無い。 里の長が、仕事で会いに行く事はあったが」

「つまり同じ時代に生きていたのですね」

頷く。

長老が、ずっと未来の世界から来た事は、蜥蜴頭に聞かされた。

まさか、とは思ったが。

確かに知識量などが異常すぎる。

どんな未来世界から来ていても不思議では無い。

しかも、星の海の世界から来たとかいう話だが。まあそれも嘘では無いのだろう。ここに来てから、忍びの技を使って他の連中の会話を聞いたのだが。

あからさまに未来の事柄が話題になっている。

全員が狂人と言う事は無いだろう。

何しろ、女の体になり。

そして感情も沸騰せず。

欲望も野心も、代謝もなくなっている。

それを自分の体で理解してしまっているのだから。

せめて欲望だけでも残っていれば、色々楽しむ事も出来たのに。それさえ許されないとは、何て世界だとも思う。

「私は戦国の世が始まる切っ掛けとなった応仁の大乱を知っている。 だから徳川家康を知っている事くらい、不思議でも何でも無いわ。 何しろこのからだ、不死であると同時に不老でもあったのだからな」

「だから不死ではないと言ったでしょう。 それと百七十年ほどでしたっけ?」

「うむ、そのくらいだ」

「私はその数倍生きてきましたよ。 別にその程度の事は、誇ることでも何でもありません」

いちいち上を取られる。

ひくりと頬が引きつるが。

しかし、何もできないので、どうしようも無い。

そして、いつの間にかだが。

頭に来るはずのこの長老と、普通に話をしていることに気付いてしまって、より頭に来る。

ああもう。

どうしてこのうっかりは。

うっかりは。

死んでも治ってくれないのだ。

生前も、このうっかりで本当にあらゆる意味で酷い目にあい続けた。確かに忍びとしては非常に強力な能力で、これによって数多の敵を屠ってきた。相手を見切り、更に完全に油断させることが出来るこの能力は。

何かしらの連携がなければ、絶対に敗れるはずもなかった。

だが、敗れたのだ。

ずっと、忍びの里の長になれなかった。

尽くしてきたのに。

だからちょっと復讐しただけだ。まだ若年の頭領をちょっと虐めてやっただけである。それなのに、なんでここぞと言うときに、能力消しをぶつけられたのか。あの若年の頭領では、どうせ相手には勝てっこなかったのに。

「貴方の心残りは何ですか?」

「私は長になりたかった」

「ほう、長に」

「徳川家康は、跡取りに悩んでいてな。 伊賀にある私の所属していた隠れ里と、甲賀にある隠れ里……長年因縁の戦いを続けていた二つの里で、十人の手練れを互いに出させ、殺し合わせてその結果によって跡取りを決めようとしていた」

へえと、呟かれる。

苛立ちが噴き出しそうになるが。しかし、心が落ち着いてしまう。

元は激情家だったのだ。

だからこの感情が収まるのは、気持ちが悪くて仕方が無い。

「調べる限り、徳川家康はそんな事をする人間ではありませんね。 恐らく貴方のいた世界は、忍法というものの存在もあって、恐らく主流となった世界とは別のニホンだったのでしょう」

「だとしても何でもかまわぬ。 いずれにしても、十人の中には里の長もいた。 これぞ好機だと思った」

元々、時間を掛けて副頭領にまでのし上がっていたのだ。

長い時間を掛けて、功績を積み上げ。

忍びとしての戦歴を伸ばし。

うっかりで毎回酷い目に会いながらも、必ず敵を殺してきた。

勿論、忍びに出来る事には限界がある。

だから、決して無敵だったわけでは無いし。誰であろうと暗殺できた訳でも無い。だが、相手が忍びの場合は特にほぼ無敵を誇った。

特に甲賀の里には、その正体も能力も掴ませていなかった。

出会った甲賀忍者は、絶対に生かして返さなかったからである。

それだけの実力が備わっていたのだ。

それなのに。

どうしてうっかりばかりが続く。

本当に、天に見放され続けた生だった。

「あと少しで長になれたものを……」

「ちなみにその里に興味があります。 既に命を落とした今、話をしても別にかまわないでしょう? 具体的に教えて貰えませんか」

「……知ってどうする」

「今後、此処にはまだまだたくさんの納得していない者達が来ます。 納得出来ずに命を落とした者を上がらせるには、何が切っ掛けになるか分からないのです。 ただ、人に優しくして貰いたかった者、何かを知りたかった者、或いは救えなかった事を後悔している者……たくさんの者達が来ます」

自分もその一人という訳か。

女の姿になり。

こんな本当の意味での亡者になって。

そして出る事も死ぬ事も出来ない。

更に言えば、この長老。少し話していて分かったが、駄目だ勝てない。

今の忍法が一切合切使えない状況もあるのだが。

忍びの技術を使って聞き耳くらいは立てられる。

だが、得られる情報を確認する限り、指導力に関して傑出している上、頭もあまりにも切れすぎる。

手に負えない、というのが第一印象だ。

勿論倒す事は無理だし。

長老の座を奪うことも出来ない。

それにだ。

ずばり言われる。

「この小さな虚無の里を手に入れて、貴方は満足できるのですか?」

「いや……それは無理だ」

「自分でもわかっているではないですか」

「……」

的確に心を見透かしてくる。

確かに、何倍も生きているらしいと言うのも頷ける話だ。人間と接した経験、場数、全てが桁外れなのだろう。

悔しいが、従うしかない。

そう思わせるだけのものを、確かに長老は持っていた。

「……私の里は、異能力を得るために敢えて同族の血を混ぜ続けた場所だった。 戦っていた甲賀の里もそうだ」

「それでは、いずれ里は滅んでしまったのでは」

「その通りだ。 だから、腹立たしい事に先代の頃から、甲賀の里と血を交換しようという話をしていた」

そんな折だった。

徳川家康から、跡継ぎ云々の話が来たのは。

ちなみに、直接その場に居合わせたわけでは無い。

頭領二人が徳川家康の話を聞いた後相討ちになり。

それぞれの手下が、命令書を持ち帰ってきたのだ。

なお甲賀側の命令書は、使者を殺して奪い取り、焼き払った。この情報的優位をもってして、勝てる筈だった。

老練だった頭領がいなくなり。

伊賀の後に居座ったのは、能力消しという強力な力こそ持つものの、経験も忍びとしての技量も足りない小娘一人。敵の甲賀も、後任の頭領は若造。

いよいよ自分の時代が来たと歓喜した。

小娘を掌握して、自分の子供を産ませてしまえば。後は伊賀の里は自分のものになるし。

そもそもこの大一番に勝てば、実質上の権限を掌握する事も出来る。

戦いは一進一退が続いたが、終始優勢だった。最終的にあと少しで勝つところまでいったのだ。

だが。

いつもいつも襲ってくるうっかりが。

全てを台無しにして行った。

死んだ時の事を完全に覚えているわけでは無い。

だけれども、確実にアレは駄目だったとは思える。今は、冷静になって来たからこそ、故に。

長老は他にも詳しい話を聞きたがったので。

面倒だなと思いながらも、里にいた色々な能力者や。

それに勝負の行方。

更には、知っている限りでの情勢についても話した。

しばしして、長老は頷く。

「なるほど、ほぼ把握できました」

「それでどうする。 私が上がりを迎えるのを手伝うとでもいうか」

「勿論ですよ。 誰でもここに来たのなら、上がれるように手伝うのが私の仕事です」

「貴様は星の海での覇王だったのだろう。 しかも多数の弱き者を踏みつぶしてきたという話では無いか。 それが今更慈善作業か。 暴君だった分際で、仏にでもなるつもりか」

痛いところを突いてやったつもりだったが。

相手は一切動じない。

この虚無の世界だから、ではないだろう。

多分、その事も受け止めていると言う事だ。

「私はこの世で最も罪深き者の一人です。 故に、贖罪をするのは当然の事。 それだけですよ」

「覇気の無い事だ」

「覇気は必ずしも良い方向にだけ働くとは限りません。 貴方は……覇気を取り違えた一人ではないのですか」

ぐっと言葉に詰まる。

確かに、長になってどうするかと言われても。

どうしようか、考えていなかった。

生きている間は、焼け付くような憎悪の念と、強烈な野心に突き動かされていたのだけれども。

ただそれだけしかなかった。

悔しくなって俯く。

生きている間だったら、感情が沸騰して、刀だ果たし合いだになっただろう。

だがこの虚無の土地では。

そういった感情が霧散してしまうのだ。

「本当は何がしたかったのか、良い機会です。 考えてみると良いでしょう」

「……時間はいくらでもある、か」

「ええ。 私もここに来てから、既に数万年です。 何なら貴方も、生前よりも長い時を、此処で過ごしていくとよろしいでしょう」

冗談じゃない。

こんな所にずっといたら、発狂してしまう。

全く隙が無いまま、長老が家を出ていく。腹立たしい事に、足を払うことさえ出来なかった。

本当に生前強かったようだ。

それは認めざるを得ないだろう。

これでも格闘戦には自信があった。生半可な剣豪程度だったら、手玉に取る事だって出来たのに。

上には上がいる。

それは分かっていた。基本的に、戦いの時は相手の手札を出し尽くさせてから、一方的に剣で蹂躙するのが常だった。

それだって、本来は頭があまり良くない事を、何処かで自覚していたからなのかも知れない。

初見殺し能力持ち同士の戦いなら。

より頭が切れる方が勝つ。

基本的に毎度殺されるのが当たり前だったことを考えると。

それだけ、地の頭に問題があった事は間違いが無いのだから。

しばらく考え込む。

確かに長になりたいと言う願望はある。

だけれども、こんな集落の長になった所で、何の意味があるのだろう。

そう考えると、確かに頭は冷える。

こんな虚無の土地の長になっても虚しいだけ。

長老は良くやっているものだ。

女になった自分の手を見る。

欲情さえしない。

ため息をつくと、横になる。眠る事さえ、厳密には必要なくなってしまっているこの状況。

ふて寝以外に、寝る理由など存在しなかった。

 

食事をする。

まずくはないが美味くも無い木の実を頬張っていると、むなしさばかりが際立ってくる。

分かってはいる。

此処は地獄同然の場所で。

自分は落ちるべくして落ちたのだと。

散々殺してきた。

味方でさえ、時には必要と判断して謀殺してきたほどなのだ。落ちるとしたら、地獄しかない。

世の中の本物の外道は、自分は善人だと思い込んだりしているらしいが。

まさか其所まで恥知らずでもない。

自分は悪党だと最初から思っていたし。

身を焼く炎のような野心についても自覚はしていた。

木の実を食べ終える。

それこそ何も残らない。

代謝がないのだから、まあ当然だろう。せめて料理くらいはしたいが、火を起こす手段さえない。

美味しく食べるという行為が。

そもそも此処には存在しないのである。

なんというか、賽の河原というのはこう言う場所なのだろうか。そうとさえ、木や、掘っ立て小屋の群れ、そして乾ききった土地を見てそう思う。

地獄で、鬼に色々苛まれるならまだ分かる。

此処では文字通り、何もされない。

最初に長老が接触してきたが。

それ以来は、ずっと何も無い。

若い男女も見かけるのに、夫婦になる様子も無く。子供がいると思ったら、中身は老人だったりする。

此処はあらゆる意味で全てが狂っていて。

文字通り何一つない虚無の世界なのだと、理解が進む度に思い知らされる。

溜息が零れて。家に戻る。

何がしたかったのか、か。

そんなもの、決まっている。

この不死の能力、生来のものではない。元々、身内の人間を掛け合わせて、異能を作り出してきた一族だ。

まっとうな集団で等ある筈も無い。

不死の能力は、ある事による副産物。

しかしながら、復讐を考えているかと言われれば、それは決してそうではない。

能力はあくまで使うもの。

能力によって立身したかった。

数日が過ぎる。

もはや何をする気も無く、横になって、食事以外は一切せずに過ごす。それに対して、長老が何かを言ってくることは無い。

他の者達も、似たような感じで。

きっと虚無の中で、自分の最初と向き合おうとしているか、ふてくされているのだろう。

色々とご苦労なことである。

そして退屈だとさえ思わない。

こんな虚無過ぎる世界でもだ。

如何に此処を作った奴が悪意に満ちているかは、何となく分かる。少しでも娯楽か何かあればだいぶ違っただろうに。それすらも存在しないのだから。

屈強な男性が来る。

此処では見かけと中身が一致しない。

此奴はかなり幼い頃に死んだらしく、言動が多少たどたどしい。長老を慕っている様子で、時々話をしに行っている様子だ。

長老はどうしてか懐かしそうな目をしている。

或いは覇王だったときに従えていた部下達が、いずれも屈強な者達だったのかも知れない。

可能性は否定出来ない。

しばらく躊躇っているようだったので、腰を上げて座り直す。

じっと見つめると、相手は明らかに視線を背けたので、苛立って声を掛ける。

「何か用があるのだろう。 話があるならするがいい」

「……それでは、お願い、します」

「どうせ此方も退屈していたところだ。 拒み等せぬ」

暇つぶしくらいにはなるだろう。

そう思って家に入れてやる。

それにしても、随分と上背が高く感じる。

まあ此方は女の体。相手は屈強な男の体。まあ当然の話か。とはいっても、此奴が屈強なのは見かけだけ。

体の動かし方とかから、素人だと一目で分かる。

この体のままでも、実戦になったら倒すのは難しく無かろう。

ただ、それは手持ちの技がきちんと機能した場合。

自分がうっかりやさんであること位は、分かっているし。もう此処でも、うっかりには振り回されたくない。

しばらくおどおどしていたが。

屈強な男が話し始める。

「貴方は、とても長生きしたと、聞き、聞きました」

「ああ、そうだな。 とはいっても長老はもっと長生きだそうだが」

「聞きました」

「……」

しゃべり方がたどたどしいなあ。そう思ったが。別に怒ることはない。

まあ里の状況が状況だった。しゃべり方に問題があるものや、そもそもまともに喋れない者も多くいた。

そう言った者達が役に立たない方というとそんな事はなく。

非常に強力な能力を持っていたり。あるいは掛け合わせることで、能力を産み出したりすることもあった。

見かけの強さなどそんなものだ。

ましてや、実際に剣豪をも凌ぐ剣術を持っていた自分でさえ。

うっかりには散々酷い目にあわされてきたのである。

結果的に相手を確実に始末することが出来ていたが。

本当だったら、忍びの術で、殺されることなく流れるように相手を始末したかった、という所が本音だ。

隠し玉にしたい能力なのに。

いつもそれを使っていたのでは、何とも意味がない。

「それで長生きがどうした」

「ぼ、ぼく、しりたいんです。 ふつうのお父さんがどういうものなのか」

「父親を?」

「はい」

やはりこやつ、中身は幼児か。

まあ此処では不思議な話ではない。

なお、子供は生前出来なかった。

恐らく不死の能力の代償だろう。

不死というのは、それすなわち生物として完成形である事を意味している。完成形は予備を必要としない。

勿論欲望は強い方だったから女は結構抱いたが。

子供が出来る事はなかった。

あれ。

そういえば。まだ小娘だった頭領を抱いても、ひょっとして子供が出来なかったのではあるまいか。

自分の行動。

生前から色々破綻していないか。

引きつった笑いが漏れそうになる。知恵者を自認していたのに。うっかりだけではなく。ひょっとして自分は生前、頭が良くなかったのではあるまいか。

苦悩を知ってか知らずか、屈強な男は小首をかしげている。

咳払いすると、話をしてやる。

「私に子供はいなかったが、里では人手が足りなかったからな。 子育てをしたり、忍法を教えた事はある」

「そうなん、ですか? にんぽうってなんですか」

「忍びの技のことだ。 とはいっても、我等のものは異能の技……他の忍びが持ち得るものではなかったがな」

「すごいです。 それで、どんな風におとうさんしていたんですか?」

何一つ分かっていないようだが。

眼をきらきらさせているので、色々と辟易する。

里にいた頃は、不死と言う事で怖れられていたし。素直に副頭領として認められてもいた。

だが、その一方で。

いつも死んでいて困ると言われることもあった気がする。

いや確かにそう言われていた。気がするではなく、あった。都合良く、自分に都合が悪いことは忘れていただけだ。

溜息が漏れる。

子供は正直だ。自分が隙だらけなのを見抜いて、或いは近寄ってきたのかも知れない。一喝して追い払おうかとも思ったが、そうするだけの怒りが湧いてこなかった。

適当に対応しながら考える。

一体何を、自分はしたかったのだろうと。

 

2、導線

 

明らかに優れた戦歴。

どう考えても優秀な能力。

それらから考えて、自分は生前伊賀の隠れ里にとって、絶対に必要な存在だった。これは客観的な事実だ。

だが現実問題として、応仁の大乱の前から伊賀の隠れ里にいたのにも関わらず、頭領にはなれず。

頭領の娘なりを嫁に取る事も出来ず。

里を掌握する事はずっと出来なかった。

好機は窺っていたのだ。

だが、歴代の頭領は、文字通り血で血を洗う戦いを生き残ってきた者ばかり。それぞれ二癖以上あるくせ者で。

そして、何よりも。

どうやら、時間の経過について、不死というのが徒となっていたらしい。

時間の間隔が色々狂ってしまい。

その結果、子供だと思っていた頭領が、いつの間にか爪も牙も研いでいた。

そんな状況になる事が、一度や二度ではなかったのである。

補佐役としては仕事を続けた。

だが、流石に不死の忍びであっても。

伊賀の隠れ里の、あやしの術を使う忍び全てを相手にして、勝てる筈も無い。

常に監視も付いていて。

危険視されているのも確実だった。

更に言えば、どうやら頭領は、不死の秘密を知っていたらしく。どうやったのかは分からないが、対策までしている様子があった。

動くに動けなかった。

女のものとなった手を見る。

此処では姿は生前と全く違う。

この女の手だって、か細くて。何とも頼りない。

ただ女の忍びはたくさんいたし。

生前は忍びの技は一通り修めていたから、色々無理をして女の姿になった事もあった。結構、何とでもなるものなのだ。

ぎゅっと握ってみる。

この握力、鍛えたところで無意味だろう。

ため息をつくと、食事に出る。

正確には、勝手に体が動く。

この辺りの「本能」は本当に腹立たしい。

美味くも無い木の実を食べるために、勝手に体が動くのだから。

長老が丁度木の所にいたので。

思わず呻く。

苦手だ。

今まで、どうにか出来そうだと思っていた里の頭領達とは次元違いの怪物。無愛想な表情と裏腹に。

中身は恐らく、途方もない豪傑だ。

「食事ですか」

「ああ。 体が勝手に動いてしまう」

「仕方がありませんよ。 嫌ならば、此処を出る努力をしましょう」

「……分かっている」

木の実をもいで食べる。

色々な種類の木の実がなっているが、どれもが違う。

長老に聞かされるが、それぞれの亡者にあった木の実が勝手に此処になるのだという。そして亡者達は、それぞれが本能に従って木の実を勝手に食べるのだそうだ。

なんというか、本当に仕組みに動かされているのだと感じ。

色々と不愉快になる。

軽く長老と話をするが。

やはり、長老は此方をあまり良く想っていない様子だった。

名前が出てくる。

この間家に来た、あの屈強な男。中身が子供の、彼奴の話だった。

「貴方の事を慕っているようです。 あまり邪険にしてあげないように」

「子供は嫌いだ」

「貴方に子供がいなかったから、ですか」

「……そうだな」

それは恐らく不死が原因だと、ずばり指摘される。やはり、予想していた通りだったのか。

ぐうの音も出ない。

生物としての完全体になると、子孫が必要なくなるのだという。

性的機能は存在していたし。結構女とは関係を持ったのだが。子供が出来た事が一度もない。

それはやはり、不死が故の副作用だったのか。

情けないが、想像通りだ。そしてどうしてか、生前はこんな事を思いつきもしなかった。子供は出来なかったのに。

或いは他の世界だったら。

自分にも子供はいたのかも知れない。

だが、そんな事を想像しても仕方が無い。

今此処にいる自分には、結局子供が出来る事はなかったのだから。

「私も子供を可愛いと思う思考は、生前理解出来ませんでした。 しかし、私の部下達は思うに理解していたようです。 ……それに私には子供がいましたが。 接する時間がもう少し長ければ、理解出来ていたかも知れません」

「子供がいた?」

「正確には作ったのですが、ね」

「……」

よく分からない。

子供を作るあやしの忍法でもあったのだろうか。此奴が生きていた世界の事を考えると、あっても不思議では無いだろう。

いずれにしても、此奴の話は不思議だ。

此奴は恐らく自分を嫌っているし。

自分だって此奴が嫌いだ。

だが、話には引き込まれるし。

話が始まると、吸い付くようにして、その場を動けなくなる。口惜しいけれども、これが英傑の持つ光という奴なのだろう。

戦国の世にはいわゆる三傑と言う奴がいた。

信長、秀吉、家康。

そのいずれもが、全盛期には此奴のような光を持っていた筈だ。

直接面識はない。

だが、会わなくても、奴らの凄まじさは伝わってきた。

もしも、あの甲賀との勝負で。

采配がきちんと通り、勝つことができていたのなら。

徳川に対して強力な関係を通す事が出来。

或いはお庭番などの、諜報組織として採用されていた可能性も、決して低くは無い事だろう。

そしてそうなっていれば。

どうせ長い間を掛けて弱体化していっただろう徳川に対して。

裏側からじっくり支配していくことも可能だったかも知れない。

英傑さえ現れなければ。

自分にだって好機が。

しらけた目で見られる。

見透かされている目だ。

やはりこの目は苛立つ。此処を全て見透かされて、気分が良いはずがない。

「貴方は、自分の素の能力について、どれほどのものか正確に把握できていなかったのではありませんか?」

「忍びとしての技量は、伊賀では並ぶ者など無かったがな」

「そうでしょうか」

「うむ……っ」

口をつぐむ。

相手は完全に此方を見抜いてきている。明らかに、今の言葉が虚勢だと見抜かれてしまっている。

170年もの時を掛けて。

どうしようもなかったのだ。

それを考えてみれば。自分には、頭領としての素質などないのは明白だ。そう言われているように思う。

確かに、悔しいけれど。

実際問題として、英傑と呼ばれるような奴は、若くして組織の長を任され。或いは自力で奪い取り。

その組織の力を増していく。

戦国では大名家は、だいたいそんな感じで強くなって行く。

組織の頭領の力がなければ周辺に食われ。

そうでなければ家臣に下剋上された。

下剋上出来たのか。それは否だ。好機は、甲賀との勝負の最中にしかなかった。それも、新しく頭領になった小娘が、精神的に参ってしまっている状況……。そんなときにしかなかった。

そんなときにしか、頭領の座を狙えなかった。

その程度の力しかなかったのに、組織の長。ましてや日の本を実質的に動かすなんて器。自分にある筈も無かった。

今になって思えば。

本当にうっかりばかりだったのか。

実際、能力を生かして、多数の敵を屠ってきた。

自分の能力を見て、生きていた敵は一人としていない。最後に残った、甲賀の若き頭領くらいだろうか。

そう。

反撃で相手を殺すときは、文字通り必殺だったのだ。

それは要するに。

忍びとして、決定的に能力が欠けていて。

適性もなく。

あらゆる意味で、足りていなかったのが原因では無かったのか。

やはりそういう結論に達してしまう。

自分の中からも、そういう結論が出てくることに、怒りよりも哀しみがわき上がってくる。

器では無かった。

そう突きつけられて。

気分が良いはずもない。

「自分の力量を客観的かつ正確に見ることは重要です。 生前は様々なものが邪魔をして、中々出来る事ではありません。 しかし、此処でなら、どうでしょうか」

「そのような事、言われずとも分かっておる……!」

「此処を出たいのなら、なおさらです」

「……そうだな」

認めてしまった。

大股で自宅に戻る。乱暴に横になる。

寝ようかと思ったが、此処での睡眠はあくまで娯楽だ。実際に眠れる訳では無い。気分転換とか、ふて寝とか。そういう事での睡眠しか取れないのである。やっていて気持ちいいものでもない。

横になって無理矢理眠り。

そして、現実から目をそらす。

どんどんあの長老に手綱を取られている。思えば、伊賀の里にいたときだって、同じだったような気がする。

代替わりしても頭領はどんどん牙を研いで行き。

副頭領である自分をおだてながら、いつの間にかどうにも出来ないように周囲を固めてしまっていた。

副頭領である自分に様々な責任を任せながらも。

その背中には常に目をつけていて。

絶対に逆らえないように、様々な手を打っていた。

それだけ警戒されていたのだと、自分の能力に酔ってはいたのだけれど。

実際問題として、それは本当に警戒されていたのか。

苛々。

考えたくない。

だが、此処をさっさと出たい。

そう思うと、やはり、思考が進んでしまう。

「私は、無能だったのか……」

思わずぼやいてしまう。

自分が、無能である事を認めるのは大変だ。ましてや、あやしの力に頼りっきりだったという事を認めるなんて。

呼吸を整えて。

頭を振る。

気がつくと、またあの中身が子供の、屈強な男が来ていた。

「くるしそうだけれど。 大丈夫?」

「案ずるな。 問題などない」

「ねえ、おじちゃんの話聞かせて。 にんじゃの話知りたい」

「面白いものでもないぞ」

ぐいぐい来る子供だ。

生前だったら、それこそしかりつけて追い払ったのに。

此処ではそれさえも出来ない。

苛立ちが募る中。

軽く忍者について話をしてやる。

「あやしの力を持っているとは言え、結局我等は影の者。 どのような有名な忍びであろうと、重用されることはなかった。 怖れられた、等と言うことは無い。 影は所詮光の下に出れば消えてしまうものなのだ。 実際、忍びによって良いように支配された組織も存在はしていなかったと聞いている」

「よく分からないけれど、にんじゃは強くなかったの?」

「強かったに決まっておろう。 だが……数が少なすぎた」

「そうなんだ」

そうなんだよと返す。

力が強くても、流石に無数の槍や刀、鉄砲玉や矢にはかなわない。数で押されたら、里だって潰されてしまっただろう。

伊賀の乱というものがあった。

織田信長の息子。

無能なことで知られる三介信雄が、独断で伊賀を攻めた事件である。

この時は簡単に撃退することが出来た。

しかし、織田信長本人が攻めてくると話は別。

伊賀は徹底的に蹂躙され。

以降は、信長に逆らう事は、考える事も出来なくなった。

そういうものだ。

忍びはあくまで忍び。

力で大名達を支配する事は出来ないし。軍勢を相手に、戦い抜くことだってできはしないのだ。

影働きは出来る。

しかし、忍者が英傑を殺せた話も聞いたことが無い。

「おじちゃんは、にんじゃをしていてたのしかった?」

「楽しいも何も」

そういえば。

楽しかっただろうか。

それは、策が上手くはまれば楽しかった。

敵を能力で引っかけてやり。大慌てしている所を斬るときなどは、文字通り最高に面白かった。

だが、それはあくまで暗い愉悦であり。

忍びとして楽しいと言うよりも。

己の闇に身を任せた結果生まれた、邪なる快楽であったとも言える。

忍者である事が楽しかったか等、考えた事もなかった。

「楽しいも何も、私は生まれたときから忍者だった。 そしてそれ以外の生き方は存在しなかった。 忍者にとって生きるための術は全てが秘中の秘。 忍者を抜ける事は許されはしなかった」

「きゅうくつだね」

「……そうだな。 窮屈だったのかも知れぬ」

まだ居座るつもりか。

忍者の話がそんなに楽しいか。

此方は話していて分かったが、楽しくなどない。

170年も忍者をやっていながら、結局頭領にはなれず。

好機は悉く逃がしていた。

そんな仕事が。

楽しいはずが、ある筈も無い。

かといって、里を逃れれば、地の底まででも追っ手が来ただろう。抜け忍に対する追求の凄まじさは。誰もが知る事なのだ。

忍者として強い。

そう自負していた生前の自分でさえ。

恐らく、抜け忍になる事は考えさえしなかっただろう。

逆に言うと。

何処かで、生前でも。自分の限界は、色々と理解出来ていたのかも知れない。抜け忍になれば、死ぬと。

それは色々と、自分としても思い起こしてみれば情けない話だ。

そして情けないが。

長老の言う通り、自分には能力が足りていないと。生前にも、実際には分かっていたのでは無いのか。

認めたくなかっただけで。

そして今。

此処では野心も何も無い。

野心も何もない状況では、口惜しいけれども。

その真実が、どうしても分かってしまう。

「おじちゃん、にんじゃの良い所って何?」

「……忍者の良い所か。 自由は何一つない。 しがらみだらけ、血縁で縛られた世界で、血で血を洗う戦いが永遠に続く。 最後に待っているのはむごたらしい死であって、その先には何も無い。 今考えてみると、良い所など何一つ無かったやも知れぬな」

「そんなところ、にげちゃえばよかったのに」

「逃げられたのなら……そうしていたかもな」

溜息が漏れた。

帰るようにいうと、屈強な男は頷いて、素直に帰って行く。

長老にあれこれ話すのだろうか。

別にどうでも良い。

思うに。色々と不自由な世界の中でも、忍者というのは特に不自由で、光が当たらない存在だったのではあるまいか。

同じく伊賀出身の服部半蔵は有名だが。

その初代は、徳川家康の父松平広忠に重用され。

しかしながら、武士としての立身も出来ず。結局息子には武士になるように諭して命を落としたという。

その二代目服部半蔵も。結局大身旗本止まり。

武士として活躍している間は良かったが。

家康の伊賀越えの時の活躍から、結局忍者に逆戻り。

その結果、大名にすらなれず。

大身旗本止まりだったと聞いている。

服部半蔵の三代目に至っては、なんということもない凡庸な男だったらしく。

これといって有名な逸話さえ聞こえてこなかった。

忍者の中の忍者ですらそれだ。

勿論服部半蔵はあやしの術など持ってはいなかっただろうが。

それでも、最も成功した忍者の一人。

それですら、最終的に大身旗本。名前は残したかも知れないが、あくまで名前が残っただけである。

忍者とは。

一体何だったのだろう。

武士道は死ぬ事と見つけたりなどという言葉があるらしいが。

忍者には、華々しく死ぬ事すら許されず。

時には一生商人のフリをして敵地にて過ごし。いつ来るかも分からない連絡備えて、身を守りながら情報を集め。

時には大奥にて姫の世話をしながら。

陰湿な大奥の権力闘争から、姫を守らなければならなかった。

そんな地味な仕事が忍者の本分。

暗殺だの火付けだのは、既に死んだころには、もはや仕事としてはなくなってしまっていた。

戦国の世が徳川によって終わったからだ。

そして戦国が終わった以上。

忍者の仕事も、更に減ることは確実だった。

溜息が漏れた。

もしもだ。

頭領の座をあのまま、上手く奪い取れたとする。

床板が腐っておらず、甲賀の頭領も討ち取れて。そして、徳川の覚えも良くなったとする。

だとして、あの服部家と、忍者の主導権争いをしたのか。

して勝てたのか。

今になって見ると、勝てたとは思えない。

あやしの技は確かに持っている。伊賀の隠れ里。勝ったのだから、甲賀の隠れ里も従えるとして。

それでも、日の本全てを支配するなど無理だ。

柳生の高弟を何人か一度に相手するのと、軍勢を敵にするのとはまるで話が違ってくる。

はっきりいって、徳川を敵にしたら。

信長に焼かれたとき以上に、徹底的に。完膚無きまでに、伊賀の里は壊滅させられていただろう。

それが現実。

どうしようもない事実なのだ。

泣くに泣けない。

やっと真相にたどり着けた気がする。

力量は足りず。

ほしいものに手が届くと思っていたのも、それも全て幻に過ぎなかったと言う事だ。

情けなくて悲しくて、生前の自分に諭してやりたくなる。

そのくだらない争いに勝った所で、何一つ得られるものなどないのだぞと。

そも里は、近親交配の繰り返しで、滅びる寸前だった。

さっさと甲賀と和解して、血を入れ替えるべきだった。

それについては、どうしても生前は感情が邪魔して出来なかったが。今なら、その通りだったのだと思える。

そして、やっと客観的にものを見ることが出来たと言う現実。

頭領達は現実が見えていたという事実が。

今、一気に押し寄せていた。

感情がなくなっていて。

代謝もなくなっていて。

それで良かったと想う。

もしそうで無ければ、どんな醜態を此処でさらしていたか。本当に情けない。本当に苦しい。

悔しいが、長老の言葉は全て正しかった。

そんな器ではなかったのだ。

もしも器として優れていたのなら。

まずは頭領になれていたし。

甲賀との合併を推し進めていただろう。実際伊賀も甲賀も、血が濃くなりすぎていて、無茶苦茶になっていたのだ。

感情的なしこりを取り除いて、さっさと話を進めれば。

あの無理な勝負を徳川に命じられた時には。

とっくに血の健全化が出来ていたかも知れない。

170年も、何をしていた。

自分を叱責する。

それだけあれば、頭領に進言するなり。自分が頭領になって、甲賀と和解するなり。或いは色々手立てを尽くして、新しい血を里に入れるなり。

出来る事は、いくらでもあった。

それが出来なかったと言う事は。

其所までの器だった、と言うことなのである。

目を擦る。

男だったら泣くなと言う言葉もある。

事実、泣くようなことなどないと思っていた。

だが、精神の枷が完全に外れてしまっている今は。それももう、過去の話。此処では純粋なままでいられる。

だからこそに。

やっと認めることが出来る。

すまぬ。

わびたのは、伊賀の若き頭領に対して。心が弱っている隙につけ込んで、良いように手込めにしようとまでした。

すまぬ。

またわびたのは、自分の指揮が不甲斐なかったせいで、死なせてしまった伊賀の精鋭達に対して。

嗚呼、済まぬ。

そうわびたのは。先代の頭領。

伊賀を結局、徳川の掌の上で転がさせてしまった事に対して。

事実上の頭領になっていたのだから。出来る事はいくらでもあった。形だけで戦いを済ませて。適当な結果だけを報告するとか。

甲賀と早々に話をすれば。

あやしの技を照らしあわせ、幾らでもごまかしは利いたはず。

忍者の本領発揮はごまかしだ。

その部分を忘れて、武士のように正面から争ってしまってなんとする。それこそ、忍者が最も力を生かせない戦いでは無いか。

大きくため息をつく。

そして、横になったまま、しばらく丸まって過ごした。

やっと認めることは出来た。

だが、懺悔を誰かに聞いて貰いたい。

こんな情けない男だったのだと、自分をやっと客観的に評価できたけれども。それはやはり、口にしないと駄目だと思う。

何よりも、170年も何をしていたのかと。

自分に対して叱責したい。

その代わりでもあった。

数日、悶々と過ごす。

決断が明らかに遅くなっている。

とはいっても、生前の決断が、いつも正しかったかと言えば、それは違う。実際問題、何度も「うっかり」に足下を掬われた。何度もまた死んでおられるぞになっていた。

事実、即断即決が出来る奴もいるが。

自分ではそうではなかった、と言う事なのだろう。

やっと決断が出来たのは、一週間の後。

静かに、家を出る。

食事を済ませてから、長老の家を見る。蜥蜴頭の男が来た。

「長老なら、今大事な話の途中だ」

「そうだな。 此処の頭領なら、様々な者の相談に乗っていて当然だろう」

「……何か掴んだようだな」

「ああ。 色々無礼な態度を取って済まなかった」

蜥蜴頭の男は、頭を掻きながら応じる。

気にするな、と。

「俺はあんたが想像する以上の鬼畜外道だった。 長老に惚れ込まなきゃ、あんたよりよっぽど非礼な態度をとり続けていただろうよ」

「ほう……そなたはどのような仕事をしていたのだ」

「海賊、といえば分かるか」

「ああ。 縁はなかったがな」

とはいっても、日の本における水軍とはまるで別のものだとも言われる。日の本出身の者が此処には多く来る。

だから、事情は知っているのだろう。

「俺は本物の外道だったから、長老の心は色々と刺さってな。 今は一番苦しんでいる長老が此処を上がれることだけが楽しみなんだよ」

「そうか。 忠義の臣に恵まれたのだな」

「生前は、忠義の臣なんてものはいなかったらしいぞ。 周囲にいたのは、全てそう作られたでくの坊だったそうだ」

「……」

あの合理性の権化も。

そんな過去を抱えていたのだな。

少しおかしくはなったけれども。

しかしながら、何となく分かる気がする。あの長老、ひょっとして。全部自分でやらなければなかったのではあるまいか。

少し頭が冷えてきたから、相手のことが冷静に見えてくる。

あの怪物じみていた秀吉は、晩年凄まじい衰え方をして、失禁までしていたという話を聞いている。

これについては、伊賀の情報網から取り寄せたのだから間違いあるまい。

幻覚まで見ていたらしく。

信長の子孫を多数殺した事に今更ながら罪悪感を覚えたらしく。恐ろしい夢を見たと、周囲に涙ながらに訴えていたという。

英傑は激務だ。

秀吉は激務で、晩年には壊れてしまった。

家康は激務を、分散してこなしていた。

家康は多数の専門家を周囲に抱えていて。様々な視野から物事を分析させることによって、自分の負担を減らしていた。

やり方としては極めて的確ではあると思う。

そして、逆に言えば。

それくらいはしなければ、とても英傑として国をまとめる事は出来なかったのだろうとも。

長老は何処かの凄まじい国の覇王だったようだが。

だとすると、その巨大な精神にも、負担が尋常では無く掛かっていたことだろう。

或いは、生前は発狂寸前だったのかも知れない。

あり得る事だ。

そんな巨大な国家を背負っていたのだとすれば。おかしくなっても、不思議ではないのだろうから。

「長老に用があるなら呼んでくるが」

「忙しいのだろう。 私は家で待っているから、後でかまわないと伝えてくれるか」

「ああ。 分かった」

「何かおかしいか」

蜥蜴頭の男が少し笑っている。

なんでも、此処に長くいるから、上がりを迎えられそうな奴がいると何となく分かるのだという。

それが自分の事だと悟る。

前は苛立っただろうが。

今は素直に受け入れる事が出来た。

頷くと、自宅に戻る。

そして、長老が来るまで、正座して待った。

静かに待つ。

すっきりした頭では。今までの苛々は、嘘のように消え失せていた。

 

3、認めること

 

最初から、長老は様子を見に来るつもりだったのだろう。正座して待っている間に、そう待たされず長老が姿を見せる。

向かい合って座る。

今は女の姿だ。

喪服のような黒い服を着た女の子の姿をした長老も。

それほど小さくは見えない。

「懺悔を聞いてほしい」

「良いでしょう」

「私は、貴方の指摘通り無能だった。 事実私がそれほどすぐれた忍びだったら、そもそもずっと副頭領に甘んじて等いなかっただろう。 戦いでも異能を生かすまでもなく、敵を屠っていただろう」

「……」

目を細める長老。

続けろという意味だと判断。

そのまま続けた。

「私は生まれに問題があったらしくてな。 どうもその辺りの事情は死ぬまで知らなかった。 今になると、内部に何か欠落のようなものを感じる。 私の不死は、或いは中に住んでいた何かによるものだったのかも知れない」

「あり得る事です。 異能が自分以外の何かによってもたらされることは、珍しくはありません」

「うむ……」

きちんと話を聞いてくれるし。

話そのものもしやすい。

有り難い事だ。

「結局私は、自分の能力に頼り切りの無能な忍びだった。 ただ無駄に長生きして、それで結局副頭領になったが、本当に優秀だったらそんなに時間など掛かりはしなかっただろう。 私は分不相応の野心を抱き、自分の本当の実力も見抜けないただの愚か者に過ぎなかった」

「……」

「私は、やっと理解出来た。 私は、確かに器では無かったのだな」

「苦しかったでしょう。 それを理解出来たのは、立派なことです」

晴れやかな気分だ。

自分は優秀では無かった。

頭領など狙うべきでは無かった。

いや、そもそも不死を利用して、さっさと里など離れるべきだったのかも知れない。

己の能力に対する過信が。

明らかに己を弱くしていた。

それに気付いた今は。

とても静かに、長老と話す事が出来ていた。

「長老。 貴方はやはり生前は、傲慢不遜だったのか」

「私は生前、憎悪の権化でした」

「憎悪……」

「私は産み出された生命です。 私を作り出した者達は、戦争に勝ち、なおかつ自分達の手を汚さないため、人の似姿の生命を作り出しました。 私はその者達の長として、その者達が無条件で従う存在でした」

それは。

女王蜂のようなものか。

雀蜂のような兵隊が働き。長老の手によって管理されていた、と言う事か。

「私は自我に目覚め、私と恋に落ちた作り手側の女性の一人と反乱を画策しました。 しかし、愛する女性と、私の子供は……私に子供を作る能力はなかったので、作り出した子供なのですが……作り手達の手に落ちてしまいました。 作り手達は、卑劣なる取引を持ちかけてきました。 私の部下達の集結地点と引き替えに、人質を帰してやると」

「それは、人質を生かして返すつもりなどあるまい」

「ええ、その通りです。 私は苦渋の選択の結果、愛を選び。 結果、愛する者も子も失ってしまい、部下達も殆どを殺されてしまいました。 それから私は生き残り達と宇宙に逃げ、長い間を旅して……見つけたのです。 究極の破壊の存在を。 私はそれから、愛に対する概念を己の心の中でねじ曲げ。 そして、全てに対する破壊の権化と化したのです」

「そうか……」

怒り、憎悪、どちらも分かる。

鬱屈した毎日をずっと過ごしていたからだ。

伊賀に対する忠義など、今になって思えば無かったのだろう。

ずっと物陰から獲物を狙う猫のように。

権力の座を奪うことばかりを考えていたのだから。

実績を上げていたから殺されなかっただけで。

そうでなければ、殺されていただろう。

そして野心の根元は。己を認めようとしない伊賀の里に対する憎悪。怒り。そして不快感だった。

「貴方は全てを壊す前に止まれた。 それが他人の意思であろうと偶然であろうと、人の手によるものだった。 それだけで充分です。 私は全てを壊してなおも止まれなかったのです。 私を止める事が出来たのは……上位存在たる本物の神だけでした」

「そうか……神も仏も見た事は無いのだが、長老の世界にはいたのだな」

「ええ。 そして貴方も、実際には結局仕組みとしての神によって、此処に導かれたのではないのですか」

「そうかも知れぬ。 だとすれば皮肉な話だ。 出来れば生前に……私は愚かさに気付きたかった」

人の能力など知れている。

長老は言う。

自分の時だって、そもそも最初は人間では無かった。いや、ずっと人間では無かった、と。

人間になったのは、長久の時を過ごし。

凄まじい憎悪で、自分の自我が炎に包まれ。焼かれるようにして、人間となっていったから。

最後に、究極の破壊兵器を起動したとき。

憎悪が己を人間と変えていたことを知った。

だが無感動だった。

そこで死んでも良かったのだ。

長老は、静かに笑った。

「貴方は己を認めることが出来ました。 後は、少しずつ時間を掛けて、此処を上がる準備をしていけば良いでしょう」

「長老は……」

「私はまだ掛かるでしょう。 私は宇宙最悪の罪人ですからね」

そう言われても、何となくしかそれについては納得出来なかった。

今は。静かな心だ。

だからこそ、長老もいつか上がれるべきでは無いのかとも思う。

しかし、掛ける言葉は無い。

この長老が上がれるとしたら。

同格か。

それ以上の罪人の言葉によるものでしかないのではあるまいか。

そう思うとやりきれない。

今では心が涼やかだったから。

どうしても、長老の事を心配してしまうのだった。生前だったら、絶対にあり得なかっただろうが。

悪党は、何処まで行っても悪党。

忍びは闇の世界で生きる者だから。何処まで行っても闇の果てにまでしかいけない。そう考えていたのが嘘のようだ。

あの無意味極まりない戦いの結末は知らない。

ただ、他の者から話を聞いている限り、どうも伊賀が勝ったのだとは思う。徳川家康の跡取りから考えれば、そうなるはず。例え違う世界とは言え、そこまで大きく変わる事は無かっただろう。

しかしながら、どうやって勝ったのだろう。伊賀の新しい頭領は、武芸もロクに出来ない、ただの能力者殺し。

甲賀の新しい頭領は、相応に武芸も出来る優れた忍びだった。

戦って見て、勝てるとは思えない。

何があったのか。

長老との話を切り上げる。長老は帰っていったので。最後の心残りかもしれない、自分が死んだ後の事について考える。

そういえば。

伊賀の頭領と甲賀の頭領は。

見た感じ、互いに思い合っていた。

ああ、そうか。

勝負を譲られたのか。

伊賀と甲賀の戦いになった時、甲賀の新しい頭領は哀しみにくれていたと聞く。事実、里の和解は目の前にまで行っていたのだ。

その時は、不快感しかなかったが。

もしも里の和解がなっていたのなら。

あの新しい頭領二人は、きっと夫婦になっていただろう。

そうか。

結局、そういう事だったのか。

負の感情から破滅へ突き進んでいた二つの里は。

自分という最大要因が消え。

更には、若き頭領達もいなくなった事で。

きっと、最初に立ち返ったのだろう。元々、里そのものが近親交配で壊滅する寸前だったのだ。

更には、主力とも言える能力者達をあらかた失ったのである。

そうなってしまえば、後は。初心に返って、互いの里の血を交換する方向へ持っていくしかあるまい。

くつくつと、笑いが漏れてきた。

ずっと憎悪を燃やしていた。

野心を焦がしてきた。

結果はそんなもの、何の役にも立たなかった。

生き物としては、多分自分の方が正しかったはずだ。人間は群れを成す生物で。野心を抱くように出来ている。

他の個体への排他性も持っている。

これらについては、ここに来てから学んだ事だ。

漠然と野心を抱いていたが。

それは結局の所、猿と同じ本能に過ぎなかった。

しかしながら、結局人間としての英知を生かした二人が勝ったのだと思うと。

それはそれで、愉快でもある。

自分という存在は、その最初が最初だ。

多分別の世界に自分がいても、悪の限りを尽くしていた可能性が高い。邪悪な影となって、伊賀だけでなく、甲賀も蝕んだだろう。もっと大きな範囲に、その災禍を広げていたかも知れない。

だが、此処にいる自分は。

その闇から解き放たれることが出来たのだ。

静かな、とても静かな気分だ。

腰を上げると、あの屈強な男の姿をした、子供の所に行く。

相手は喜んでくれたので、話を思う存分、ねだられるだけしてやる。

忍びについて。

夢のある話だけをしてやる。

自分が体験してきた、血に塗れた忍びの話はおいておき。

どんな異能を見て来たか。

どんな風に使うのか。

忍びの技とは何なのか。

どのようにして、歴史の裏側を動かしてきたのか。子供が悲しむような、血なまぐさく。そして実際に力など表で動く者に比べれば小さかった事など、一切入れずに、浪漫だけを話してやる。

案の定喜んでくれた。

勿論、それが嘘だと分かった上で。

良いのだ。

生前散々ついていた嘘。いわゆる詐術では無い。

これは優しい嘘。

そして相手も優しい嘘だと理解している。

それの何処が悪いというのだろうか。むしろ、こんな優しい嘘であるのなら。聞かせてやる事は、善行になる筈だ。

「有難う、おじちゃん。 とても楽しかったよ」

「そうか。 他に何か聞きたいことは無いか」

「その……おじちゃんの里には、ぼくみたいなのがいたのかなって」

「どういうことだ」

少し躊躇った後、子供は話し出す。

親からの愛情を受けた事がない。

それについては聞いていた。

だが、理由が想像を絶していた。

「ぼくのお父さんとお母さんはきょうだいだったんだって」

「!」

「誰にもそれを言えなくて、それにおとうさんもおかあさんも悪い薬をやっていたらしくて、生まれてきたぼくは他の人に見せられない姿だったんだって。 ぼくは殆ど他の人は見たことが無いから、よく分からなかったんだけれど。 ここに来て、お父さんとお母さん以外の普通の人の姿を見て、始めて分かったの。 僕が気味が悪い姿をしていたんだって事」

なんということか。

それでは。

何となくわかった。

異能に心引かれたこと。

両親の愛に飢えていたこと。

全ての説明がついてしまうでは無いか。そして、里を上げて、こういう不幸な子を生産することを続けていたのか。

そんな事は、確かに止めるべきだった。

忍びの異能を獲得できるかも知れない。昔はそれでまるでかまわない共思ってはいたのだが。

今になって見ると、それが如何に邪悪の所行であったのかが分かる。

負けて、良かったのだ。

「よし、ならば少し忍びの技を教えてやろう。 直接な」

「本当?」

「本当だ。 他人に対して危ない技は使えぬようだから、まあ遊び程度のものだが……私にはそれくらいしか出来ぬ」

「ありがとう!」

おかしなものだ。

里で後進は幾らでも育成してきた。姿が異形になっているものは、状況が状況だから幾らでもいた。

そしてそう言った者達を育てる事には、何ら感慨もなかった。

だが、今やっと客観的に己の里が如何に狂っていたのかを理解して。

ようやく、それが忌むべき恥ずべき事だと理解出来た。

悲しいが。

そうまでしないと、理解出来なかったのだ。

本当にどうしようもない。

こんな身で野心を抱いていたのが、情けなくてなかった。

この子が満足するまで、忍びの技を教えてやろう。うっかりの自分でも、忍びの技に関しては達人だったのだ。

一つずつ、順番に教えていく。

相手は興味があるからか、飲み込みがとても早かった。

そして一緒に修行をしてみて気付く。

多分この子供。

生前は右手が満足に動かなかったのだ。

里にはたくさん、手足が不自由な者がいた。

それは全くの事実であり。故に里の方針を変えるべきだという話が出ていた。その痛みが、今になって伝わってくる。

何も見えていなかったのだと、思い知らされる。

己の身を焼く野心や、己の境遇に対する憎悪は、こうも目を曇らせるのか。

簡単な修行を幾つかつけていくが。

やはり戦闘に関する修行はつけられない様子だ。

故に気配を消す修行や。

投擲の技術。

様々な「遁」について。これらは、色々なものを利用して、逃げるための技だ。後世では、何故か色々と魔術のように考えられたらしいが。実際には火遁とは火をつけて相手を混乱させ、逃げるための術である。

それらについても、危なくない場所でやり方を教えて。

全てを飲み込んでいくのを、目を細めて見守るだけで良かった。

危険な技については教えない。

これについては、自分の中で制御が掛かった。

相手を殺す事に特化した技は。自分が地獄へ持っていけばいい。

どうせ現在では、伊賀でも甲賀でも、忍びの技など失われているだろう。

恐らくだが、自分がいた世界でも、それは同じの筈だ。

異能は何処かから持ち込まれるかも知れない。

だがあんなやり方をしていた里が、ずっと続くとは思えない。潰れればそれで良いし。やり方を改めて、新しい血を入れて正常化すればなお良い。

どちらかにはなっている筈だ。

ほどなく、教えるべき忍びの技は、全て教えた。

子供が喜びそうな、夢のある技だけを教えた。

実際にどういう場面で使うのかは教えない。

この子は狂った親にいとまれ。

ロクに他の人間と接することさえ出来ず。

きっと幽閉同然の死を迎えた、悲しい子供だ。

そしてそんな子供を今、自分だけが救える。

ならば救おう。

そう自然に思えるようになっていた。

「ありがとう、おじちゃん。 何だか、凄く楽しかった。 こんなの、夢だとしか思えない」

「此処は夢の世界なのやもしれぬぞ。 いや、そうとも言えぬか。 私のような悪党と、そなたのような被害者が、こうやって笑いあっていられる。 それはきっと、夢と言うよりも、理想の世界なのやも知れぬ」

「……ねえ、おとうさんって呼んで良い? あ、でも女の人の体だよね」

「かまわぬさ。 体がこうでも私は生前男であった」

お父さん、か。

結局子供は出来なかった。

不老の弊害なのだろう。分かるので、それはいい。

だから、今此処でおとうさんと呼ばれるのは。

とても嬉しくて。

そして悲しくもあった。

散々罪を犯してきた自分だが。

たった一つでも、償えただろうか。

その翌日。

忍びの技を教えた子は、上がりを迎えた。

災害が里を襲った。

それがどんな災害だったのかはよく分からなかったけれど。とても静かな気分だった。たくさんの忍びを鍛えて来たのに。何一つ、思うところはなかった。

それなのに、ただ一人の報われない子に、中途半端に殺傷力もない忍びの技を教えただけで。

こうも報われた気分になるのか。

泥に覆われた里を片付けていく内に。

気付く。

どうやら、自分も上がるらしいと。

長老が来て、送別会をやるという。

木しかないが。それでも別にかまわない。酒を造ることさえ出来ないが、まあそれもいいだろう。

みなでわいわいと話す。

蜥蜴顔の男は、嬉しそうに言う。

「お前、いい顔してるじゃねえか。 あんな悪党面だったのによ」

「そうか。 そうかも知れぬ」

「あの子が不幸な生い立ちだったのは知っていたが、俺にはどうにも出来なかった。 ありがとうよ」

「……私はたくさんの忍びを育ててきた。 だが、するべきは、そんな事ではなかったのかも知れないな」

長老と、上がる前に少し話しておきたい。

そう思って、長老と軽く話す。

長老は頷き、納得してくれた。

「参考になります。 次回以降は、その情報を役立てましょう」

「頼む。 それにしても人とはなんと愚かな生き物か。 私自身がそうだったし、あの子の両親がそうだった。 あの子はただ、親の愛をまっとうに受けさえすればよかっただろうに」

「……」

「すまぬ、長老も子を失っていたのだな。 私は、此処を出たら……せめてまっとうな親になりたい」

そう呟くと。

長老は、きっとなれるだろうと、背中を押してくれた。

送別会が終わる。

夜半に、地鳴りが聞こえてきた。

嗚呼来たな。

そう思った時には、もう意識は、この虚無の土地を離れていた。

 

4、忍者の末

 

新入りと長老が話す。その新入りは歴史学者で、しかもニホンの専門家だった。

だから、あの忍者の話をすると、驚いていた。

「忍者は未だに謎が多く、存在していたのは事実ですが、とにかく秘匿性が高かったため、分かっていない事が多いです。 恐らくそのような異能を持った忍者は私の世界にはいなかったのでしょうが……使う技については、本物の忍者と変わりが無かったかも知れません。 話をしてみたかったな……」

「あの者が話していた内容については、私が覚えています。 全て話せるだけ話しておきましょう」

「おお、有り難い。 このような虚無の土地でも、それはとても嬉しい事です。 私が生きた世界の忍者とは違うかも知れませんが、それでも充分です」

「分かりました、それでは」

丁寧に話していく。

伊賀や甲賀という里については、実際に新入りの世界にも存在していたそうだ。ただ、異能の者が集う場所では無く。どちらかというと、様々な技術者が集まる、技術の里とでも言う場所だったらしい。

技術者か。

長老が生きていた時は、使い捨てにしていたな。

そう思うが、口にはしない。

技術が如何に大事かは、生前から理解はしていた。此方に来てからは、なおも深く理解した。

「ふむ……興味深い。 つくづく本人と話したかった……」

「貴方は骨の髄から学者なのですね」

「学ぶのは今でも大好きです。 きっと心残りがあるというのなら……執筆中の論文を仕上げられなかった、と言う事でしょう」

「それほどですか。 では、此処で仕上げていくと良いでしょう。 時間は幾らでもあるのですから」

新入りが行くと。

長老は少し溜息をついた。

まだ、上がれそうにもない。

一つだけ心残りは分かった。

親となれなかった事だ。

子を失った。

妻も。

そして、新しく作った子達は、全てが戦闘用の兵器だった。戦闘用の兵器として自分を作り上げた存在を、あれほど憎んでいたのに。自分もまた、恨んだ相手と同じ事をしてしまっていた。

あの者。

忍びだったという者の話を聞いて、それを何となく理解出来た。自分にもその要素があったのだと。

情けない、というのが素直な言葉だ。

結局恨みに恨み、最後には滅ぼした相手と同じ事をした。それどころか、それ以上の破壊と破滅をもたらした。

最初の切っ掛けは、長老ではなかったと思う。

だが、純粋だった愛情が。

歪んだのは。

歪んだ愛情を、ただそうとしてくれたものはいた。

聞く耳を持たなかったのは。

長老自身。

身を焦がすほどだった怒りと憎悪が、そうはさせなかったのだ。結局、愛を語りながら、愛を決定的に間違えたのも、それが理由だったのだろう。

ため息をつくと、復旧作業を急ぐ。

まあ殆ど終わっていたので、最後の一押しだ。

復旧が終わった所で、自宅に。

いつも、自宅は最後に作るようにしている。これは、基本的に、ここに来てから自分で決めている事だ。

長だというのなら。

皆に行き渡ってから、自分のものを充足させる。

それが今の長老の考え。

これについては、自然に身についた考えだった。

そういえば。この喪服のような黒い服は。

どうしてなのだろう。

ここに来てから、地球文化圏での喪服に近いと言われて。以降はそう思うようになったのだが。

考えてみれば、誰を悼んでいる。

殺した全員か。

そうかも知れない。

だが、この服も、或いは。

此処を上がれない理由の一つなのかも知れない。その可能性は、決して低くは無いだろうと思う。

蜥蜴頭の男が来る。

「学者の方はすぐに上がれそうですな。 今、熱心にガリガリ論文を書いています。 どうやら学者としての晩年、まともに体が動かせなかったようで……体を動かせる今、地面にであろうと、論文が書けるのが楽しくて仕方が無いようですな」

「それは良い事です。 すぐに納得出来ると良いですね」

「はい。 そしてもう一人なんですが……これがちょっと面倒そうですね。 時間が掛かるかも知れやせん」

「……詳しく」

頷くと、話を聞かされる。

どうやらかなり大規模な賊の長だったらしく。邪悪の限りを尽くしてきた存在であったらしい。

勿論今も反省をしておらず。

国中の富を奪い尽くせなかったのが心残りだ、こんな何も無いところに来たのは許せないとほざいているらしい。

「俺も生前は似たような存在だったんで、ああだこうだは言えませんが……あの手の輩は、大変ですぜ」

「なるほど、私が少し話をしましょう。 あらゆる場所を蹂躙したという点では、私も同じではあります」

「……お願いしやす」

「ええ、分かっていますよ。 長老としての仕事を果たすだけです」

復旧が終わった里を見て回る。

案の定、賊だという新入りは、何か奪えるものがないか物色しているようだ。とはいっても、此処では欲も何も無くなる。

奪うもの自体がないし。

他人に危害を加えようとすれば、自然と止めてしまう。

此処はそういう場所だ。

あれは、しばらく右往左往させておけばいいだろう。

やがて本当に何もできないことに気付く。

長老が何かをするとしたら、それからだ。

それからで充分だと、経験則が告げている。後は、適当に待って、それからでかまわないだろう。

いずれにしても賊などというのはロクな代物では無い。他人から略奪すればいずれは無くなる。

自滅するだけだ。

そんな存在には、未来も何も無い。

事実略奪を主体とする文化の存在には、いずれも破滅の未来しかなかった。

「長老」

話しかけてきたのは、古参の一人だ。

蜥蜴頭の男ほどでは無いが、結構拗らせて、此処に長くいる。何処かの星間帝国の大臣だったらしいが、詳しい事はあまり話してはくれない。ただ話を聞く限り、長老とは別の世界のようだが。

「あの新入りと少し話してみても良いでしょうか」

「歴史学者の方ですか?」

「ええ」

「前に来た歴史の先生と、貴方が一番意気投合していましたからね。 懐かしいですか?」

寂しそうに笑う古参の者。

そして、好きなようにすると良いとつげ。自身は集落の見回りを続けた。

質問があれば受ける。

相談があれば乗る。

長老だからだ。

だが、まだ此処から上がる事が出来そうに無い。

あの、罪深さをまるで自覚できていなかった忍びでさえ、数年程度で上がる事が出来たのに、だ。

虚無の土地でさえも、憎悪と怒りの残滓は。

まだこの身を蝕んでいるというのか。

それはあり得る話だ。

或いは殺してきた者達の怨念だろうか。

それもまた、あり得る話だ。

神は実在したのだ。

そしてその神によって、虚無の土地に送られたのだから。何があっても不思議ではないのだ。

じっと手を見る。

細い女の手を。

生前とは真逆の手を。

だが、それも少しの時だけ。

自分自身も上がりを迎えるために。

長老は、思索を巡らせることにした。

 

(続)