それは執着なのか
序、枯れた来訪者
久々に来たな。長老が顔を上げると、上空に凄まじい閃光が走った。
目を細める。あれは、宇宙で見た事がある現象だ。
一瞬を置かず、集落が木っ端みじんに消し飛ぶ。
そして、再生が開始された。
立ち上がる。服も全て再生している。喪服のように黒い服も。髪を掻き上げる。別にアフロになっているような事は無い。
見事に周囲は焼き払われていた。
木が再生していく。
住民達も。
この間の歴史教師が「上がって」から、四年が経った。ああいう特別な刺激を与える人物が来ない限り、此処ではゆっくりゆっくり時が流れる。勿論長老としては、此処から早く「上がって」ほしいという気持ちはある。
だけれども、優れた人物が「上がる」と、次が中々厳しい。
それは事実としてある。
納得出来ない人生を送った者が納得する場合。
とても長い時間が必要なのだ。
此処はある意味牢獄であり。
ある意味地獄でもあり。
そして、人が納得するまで待ってくれる場所でもあるのだろう。
此処には善人悪人関係無く来る。
善人の定義はともかく、長老は生前確実に悪人と呼ばれるべき存在だった。そもそもそんな定義に乗っ取らない、災厄そのものだった。
此処には間違いなく善良であろうとした者も来る。
だから、此処は地獄なのかは。正直まだよく分からない。
一人、見知らぬ者がいる。
枯れ果てた老翁に見えるが、中身は女と見た。とりあえず、指示を出して、村の修復をさせる。
そうして新入りに歩み寄り。
呆然としている所に手をさしのべる。
「何さ此処……」
「此処は誰かが納得するまでいる場所。 納得すれば出られる場所」
「はあ? あんた正気?」
「信じられないのも無理はありません。 ついてきなさい。 受け入れるのにも、時間が掛かるでしょう」
困惑している老翁を連れて歩く。
不可解な現象の数々を見た老翁は絶句。やがて、黙り込んだ。
家を作るのを、既に住民達は始めている。
長老は指示を出しながら、自身もてこやころを使って、物資を運ぶ。そうしたら、新入りが声を掛けて来た。
「な、何か……手伝おうか?」
「お願いいたします。 あのグループの手が足りていないので、手伝ってあげてください」
「うん……」
肩を落とした様子で、老翁は行く。
アレは相当に参っているな。
そう判断してから、長老はため息をついた。
ここに来た時点で、精神を病んでいる者は多い。ただし、ここに来ると精神の負担はなくなってしまう。
欲求は消える。
代謝も消える。
その結果、人間はある意味人間では無くなる。だが、だからこそ。己の納得出来なかった人生に向き合える。
だがそれでも限界はある。
どうしても納得がいかずに、焼き切れるような苦しみを味わい続ける者も珍しくはないのだ。
蜥蜴頭の男が来る。
此処の古参である。なお、昔の部下だった訳では無い。
「あの新入り、良い動きですぜ。 爺の姿とは思えねえ」
「ここに来る者は、誰も彼もが元とは違う姿になっています。 元はとても優れた知性と体力を持っていたのでしょう」
「……何処かの英傑でしょうかね」
「さあ。 ともかく、今は復興作業をしていきましょう」
長老として、指示を出し続ける。
しばらく作業を続け、一月ほどで集落の復旧完了。優秀な者が一人加わったくらいで、これは短縮できない。
その間に、新入りはもう皆の顔と名前を覚えていた。
流石というかなんというか。
かなり出来る奴だったのだろう。
ただ、出来る奴だったからと言って、それが結果に結びつくとは限らないのがこの世の中だ。
集落の復旧が終わった後、新入りの所に行く。
少しずつ、この世界のルールを説明していくが、覚えが早い。これは元々、かなり頭の回転が速かった人物なのではあるまいか。
ため息をつく新入り。
「何だよそれ。 それじゃあ、出ようがないじゃないか」
「納得すれば出られます。 貴方は何を心残りにしているのですか?」
「……」
老翁は、どうやら名前らしいものを口にした。
何処かで聞いたような事がある系統の名前だ。どうやら聞いてみると、地球文明圏の名前らしい。
それもニホンと呼ばれる国のものの様子だ。
文明レベルについても確認するが。
どうやら月に漸く有人飛行が成功した程度の状態らしい。
此処には地球文明圏の人間は良く来る。だから、20世紀後半〜21世紀のニホンという国にいた者なのだろうなと言う印象は受けた。
「すぐに戻らないと……!」
「此処から出ても、どうなるのかは分かりません。 恐らく貴方が元の場所に戻ることは、少なくとも無いでしょう」
「どうしてそんな事が分かるのさ!」
「……簡単な事です。 同じ世界の前後から来た人間と、私はあった事があるのです」
もしも、そんな死に戻りのようなことが起きていれば、絶対に話題になる。
此処の事だって、誰かが知っていてもおかしくない。
或いはあるかも知れない。
だが、このような特徴的世界。来たものは、忘れる筈も無い。そして、何かしらの形で残すだろう。その痕跡が一切存在しないのだ。
そう告げると、絶句した後、拳を固める老翁。
自分の姿が変わり果てていることよりも。
その事の方が、余程衝撃的な様子だった。
泣くにも泣けない。
もう体が泣けるようになっていないのだ。
激怒するにもできない。
同じく。
此処では暴力は何の意味も成さないし。誰の感情にもストッパーが掛かってしまっているのである。
故に。何一つ、誰もが暴力では事を解決できないし。
激情が渦巻くのなら。時間を持って解決していくしかないのである。
今回の新入りは、あまり行動が積極的では無かった。出来る奴なのに、どうも己の状況に困惑していて、あまり動けなかったようだ。
いや、或いは。
此処の情報を集めて、此処から脱出する術を探していたのかも知れない。
一緒に連れ出して、歩く。
そして、本当に、少し歩くだけで集落に戻ってしまうのを見て。老翁は絶句していた。それにしてもこの動き。やはり前は子供……十代半ばほどか。余程体の動かし方のセンスが良いのか、老人の体を苦にもしていない。
「もう一度お願いしてもいい?」
「かまいませんよ」
老翁が、棒を持ちだし。
地面に何やら書き始める。
一方向に進んでいるか、しっかり確認しているのだろう。影の出来方などを見ながら、歩いて方角を確認している様子だ。
しっかりやれているが。
此処にはサバイバルの専門家が来た事だってある。それどころか、歴史的な学者が来た事だってある。
この老翁が死ぬ前には、相当な頭のキレを誇っていたようだが。
それでも、どうにもならない。
愕然としながらも。
ぶつぶつと呟く老翁。
「わたしが元の姿だったとして、四百歩四方もないのか……」
「計算が速いですね」
「……何か、出る方法は」
「答えは変わりませんよ」
棒を地面に叩き付けると、ふさぎ込む老翁。
これは時間が掛かるなと思った。だが、今これといった、誰かに積極的に働きかけていく者が集落にはいない。
みんな上がりを迎えたばかりである。
とりあえず、家に送る。
家の構造にはあまり満足はしていない様子だったけれども。それでも状況を考えると仕方が無いと判断したのだろう。
後は、ごろんと横になって。
此方に背中を向けた。
集落は基本的に、仕事がないときは何をしていようと自由である。とはいっても代謝もなければ欲求もない。
寝ているか、適当に話すか。
それくらいしかないのだが。
蜥蜴頭の男が来る。そういえば、この男とも、司馬炎以来の長いつきあいになっているなと、内心で呟く。
下手をするとあの新入りも、そうなるかも知れない。
「長老。 あのじいさま、中身は子供ですな。 それも、相当に重い罪を犯して此処に来たんでしょう」
「私に比べれば些細な罪ですよ」
「それは……」
「ただ、恐らく子供が犯せる範囲の罪であれば、相当な次元のものだったのでしょう……恐らくは殺人ですね。 それについて、徹底的に後悔している。 だからこそ、あの新入りが納得するのには、相当な時間が掛かるでしょうが」
人を殺す、か。
長老が元の世界にいたとき。
それこそ、桁外れの命を奪ってきた。
恐らくだが、この虚無の荒野に来た人間の中で、最もたくさん殺したのが長老だろうことは間違いない。
殺した数があまりにも桁外れ過ぎて、償う方法など存在しないのだ。
だから、あの新入りが悩んでいるのを見ても、何ら有用な助言をする事は出来ない。
だが、出来る事はある。
どうしてそのような事をしたのか、聞くことだ。
ただ、今はそれどころではあるまい。
あの様子では、もはやしばらくは、言葉も届かないだろう。そういう状況に陥った亡者とは、何人か出会ったことがある。
そして、そもそもとして。
一人にだけ関わっているわけにもいかないのだ。
時間は文字通りの意味でいくらでもある。
皆の様子を確認する必要がある。
今、納得出来ずにいる者は多い。かなり時間が掛かっている者ばかりだ。
長老としてやるべき事は果たす。
一人でも多く。
負担を減らし。
そして納得出来るように、少しずつ話をしていくしか無いのである。
今まで此処に来た中には、それぞれかなり話ができる奴がいた。そういう者の中には、積極的に他人に関わり、そして助けていった者がいる。
いずれもが立派な者だった。
勿論犯罪者だって此処にはたくさん来る。
とはいっても、誰も殺していないものも此処には来る。
今回は犯罪者だった、というだけだ。
しばらく様子見だなと判断し。皆と軽く話して回る。誰も彼も、納得には遠い。新入りに至っては、ごろんと背中を向けて膝を抱えて眠り込んでいて。誰もを完全に拒絶している様子だった。
こう言うとき無理に声を掛けるのは逆効果だ。
だから黙っていれば良い。
食事の時は本能で絶対に出てくる。
その時にでも話すか。
ある程度落ち着いてきたところで、話をすれば良い。いつもそうすることで、少しずつここに来る者の心を開いてきた。
少しでも突破口が開ければ、其所から自己努力で此処を抜け出せるようになる事が多いのだ。
あの新入りは相当に聡明なようだから。
一度突破口を開いてやれば、恐らくは自力でどうにか出来る筈である。
一通り集落をみて回った後。
自宅に戻る。
長老の家だからと言って、別に豪華な訳でもない。
毎回誰かが上がる度に焼き払われて。
もしくは何かの形で木っ端みじんに打ち砕かれて。
その度に再建する程度の家である。
だから粗末だし。それでかまわないとも思っている。今は特に、何か問題があったのなら、それは自分のせいだとも思っているし。受け入れてもいる。
横になって、しばらく寝ていると。
新入りが声を掛けてくる。名前を呼ばれたので、振り返り、立ち上がる。
どうせ此処では睡眠は娯楽だ。
眠らなくても何ら問題は無い。
「何か起きましたか?」
「……自分なりに、此処を出る方法を探してみてもいい?」
「ご自由に。 時間はいくらでもあります。 ただし、前にここに来た人には、貴方がいう所の世界的なレベルの学者もいました。 それでも此処を脱出することはかないませんでしたよ。 貴方がそれを超える知性や知識を持っているとはとても思えませんが」
「やってみなければわからない」
良い反骨精神だ。
だけれども、ひょっとして。
それが生きている間は、悉く裏目に回ったのではあるまいか。
殺しをしたんだなと、聞くのはまだ早い。
しばらくは好きにさせると良いだろう。
どうせ此処では。
迷子になんかなりっこないし。
そもそも亡者を脅かす存在はいないのだから。
それから一週間ほど。
新入りはずっと、必死に彼方此方を走り回って。老翁の体でありながら、元気に必死に這いずり回って。脱出路を探した。
誰もそれを馬鹿にしない。
此処を抜け出そうとして、四苦八苦した者は初めてでは無いし。
此処に来たものが、大きな後悔や納得出来ない人生を背負っていることは、誰もが知っているからだ。
だから、それについて嘲笑う者などいない。
新入りは殆ど眠る事さえしなかった。
凄まじい精神力だなと思ったが。
欲求も野心も働かない此処では、精神力がどれだけあっても残念ながら無意味だ。ただ此処を脱する方法は、納得する事だけ。
実際、此処に考えられないほどの年月いて。
それを試しに試した末に知っているのだ。
断言できるからこそ。
静かに見守る事が出来るのである。
やがて、10日目に入ると。
新人は、ついに諦めたようだった。
むしろ、すぐにこうやって、具体的な脱出策を考えた事は大したものである。相当に無茶な壊れ方をしてここに来ただろうに。よくもまあ、すぐに思考をまとめて、脱出を目論んだものだ。
むくれて座り込んでいる所に、声を掛けに行く。
勿論揶揄するつもりなどない。
新入りも分かっている様子で。
側に座ると、視線だけ背けたが。去るようなことは無かった。
「納得出来ましたか?」
「……確かに物理的な方法だと無理みたいだね。 でも、絶対に此処を脱出してやるんだから」
「まず、聞かせて貰えませんか、貴方の話を」
「聞いてもどうにもならないよ。 わたしは……」
細い体の膝に顔を埋める。
老翁の姿だが、中身は年頃の女の子だったのだろう。だからこそに、色々と気になる事もある。
「人を殺しましたね。 それも相当な人数」
「……」
「貴方は見た感じ、殺人という行為のリスクを理解している人間です。 どうして、そのような行動に走ったのですか?」
黙り込んだまま。
つまり正解、と言う事だ。
「私も殺人者です。 それも、貴方とは桁外れの。 貴方が想像もしたことがないような数の命を奪ってきました」
「だから何」
「ここに来る者は、納得出来なかった者なのです。 何か、話してみてください。 色々な経験をした者がいます。 或いは……分かるかも知れませんよ」
気が向いたら。
それだけいうと、新入りは自宅に戻って行ってしまった。
これは追うのは止めた方が良いだろう。
さて、長老としては、新入りにばかりかまっているわけにはいかない。もう少しで、活路を見いだせそうな者が何人かいる。
だから、それらの者と話していく必要がある。
一人だけに関わる訳にはいかない。皆を此処から「上がり」を迎えさせなければならない。
それが、この場所に来るべくして来て。
そして、責任を果たさなければならない者の使命なのである。
自分は最後で良い。
それだけの覚悟は。
「長老」の中にはあった。
1、スプリーキラー
大量殺人鬼というものは、幾つもの種類に分かれる。
徘徊しながら、特定のルールでたくさん殺して回るもの。これはシリアルキラーと呼ばれる。
一方最初から目的を定め、短時間で大量に殺して回る者。
これはスプリーキラーと呼ばれる。
老翁は、この両方。
どちらかといえば、スプリーキラー寄りだった。
少しずつ、心が整理できてきた。
元々宗教なんて一切合切信じていなかった。
厄介払い代わりに放り込まれていた寄宿制の学校でも、教わりながら宗教の政治的な戦略とか、そういう事ばかり考えていたし。
何よりも、あの世なんてあるとは思っていなかった。
死んだ。
それについては、絶対の確信がある。
落ちたのだ。そして、最後に、彼の声を聞いた気がする。その時誓ったのだ。もう間違わないと。
だけれども、罰は罰、と言う事だったのだろう。
あれほど鼻で笑って小馬鹿にしていた地獄に今落ちている。
そして色々試してみたが。此処では暴力も知略も全て無意味だ。
せめて、あの後どうなったのかは知っておきたい。
そもそも、何が起きていたのかさえ分からない。
自分を殺すはずがないと思っていた子が。あり得ない方法で、殺しに掛かって来たのである。
もう何も信じられないというのが事実。
自分の目で確認して、納得したい。
だけれども、此処では。
どうしようもないのが実情だった。
頭には自信があった。
というか、周囲の子はみんな頭が良かった。出来る奴ばかりだった。それなのに、どうしようもない。
活路さえ、見いだすことが出来なかった。
これがどういうことなのかはさっぱり分からない。
はっきりしているのは、自業自得の地獄に落とされたと言う事。確かに、何人もの命を奪ったのだ。
拷問さえした。
それで地獄に落ちない方がおかしかったのだ。
まあ、地獄に落ちたのは残当。
これについては受け入れる。当たり前だ。今になって思えば、たくされた者を救えなかったどころか、自分の手で殺してしまったのである。
殺しても全く悔いがなかった相手もいるにはいる。
だけれども、それはそれ。
目的から外れて、それこそ手を離したロケット花火のように暴走して。最後は、正気を保っていたとは自分でも思えない。
生半可に頭が良かったから。
だからこそに、駄目だったのだろう。
涙を拭うけれど。涙自体が出ない。
そして、此処は納得しないと出られないと言う。あの長老という、言葉遣いだけ丁寧な女。
中身は多分おっさんだろうが。
いずれにしても、此処で嘘をつく理由が無いし。
そもそも、アレは優しそうに見えて、自分にも他人にも厳しい輩だとみた。恐らく自分に一番厳しい、真面目すぎるタイプだ。
昔だったらカモだとか思ったかも知れないが。
今はそんな事は思えない。
頑張って、少しでも早く此処を出なさい。
そう静かに諭されている気がする。
頼れる大人は周囲に一人もいなかった。だから、自分で何もかもを。全部やらなければならなかった。
だが、それで良かったのだろうか。
其所がそもそも、間違いだったのでは無かったのだろうか。
周囲には頭が良い子が何人もいた。
普段は呆けているようでいて、此奴はきれると思った奴を知っている。彼奴はにこにこ笑顔を浮かべていたが。
修羅の仮面を心に隠していたのを、知っている。
同類だったからだ。
いや、彼奴の方が出来る奴だったかも知れない。
勇気を出して、相談してみるべきだっただろうか。もしも相談していたら、結果は変わっていたのではあるまいか。
だが、今更それも詮無きこと。
もう、後悔しても遅すぎる。
ただ、もしも出来るなら。問題を全て解き明かして、そして元の場所に戻って。そして、自分の罪を精算したい。
出来るわけが無いのは分かっているけれど。
それでもやらなければならないのだ。
足音が来る。
びくりと、震えが来た。
そういえば、ずっと足音につけられたっけ。あれは本当に幻覚幻聴だったのだろうか。それとも違ったのだろうか。
恐怖が身に染みついている。
死ぬ直前には、恐らくもう自分が誰かも分からなくなっていた。
老翁は震え上がりながら振り返り。
長老の姿を確認して、胸をなで下ろしていた。
この家、殆どほったて小屋なので。ドアを介して、誰か分かってしまうのである。
全員住民は覚えたので、長老である事はすぐに分かった。
「何か用?」
「もしも分からなくて困っているなら、相談に乗りますよ」
「相談したって……」
それ以上は、口を閉ざした。
そう思っていたから、失敗したのでは無かったか。
地面には、棒で書いた推理がずらずら並んでいる。いずれも矛盾をはらんでいて、どうにもならない事ばかりだ。
何か得体が知れないものが動いていたことだけは確実なのだが。
それが何なのかさっぱり分からないのである。
最悪、みんなグルだった可能性すらあるけれど。
本当にそうなのだろうか。
どうにもそうだとは思えない。
少なくとも、自分で殺した幼い子達の中には、そんな悪辣ななにかに属していたとは思えない子もいる。
しかし、それにしては不可解な動きをする者も目立った。
一体何を信じて良いのか、分からない。
長老が、入って良いかと聞いたので、無言で通す。
入ってくる。
長老はしばし地面に書かれた文字を見ていたが。
ふむと鼻を鳴らした。
「周囲で不可解な事故がたくさん起こったのですね」
「……」
「そうですか。 理解出来ました。 貴方を駆り立てたのは愛だったのですか」
「あんたに何が分かる……!」
長老に噛みつこうとしたけれど。激情が沸騰しない。
押さえ込まれた激情は、行き場もない。何処かでぐるぐるしていて、外にも内にも向かわなかった。
長老は、無愛想ながら。言葉は丁寧で。
そして、暴発して表に出なかった激情も理解しているようで。諭すように伝えてくる。
「私は愛を間違えた者です。 故に桁外れの災厄をもたらしました。 そういう意味では、貴方と何処か共通点があるかも知れませんよ」
「……あんたにとって愛って何さ」
「生きている間の定義は、苦痛からの救済でした。 生きるという最大の苦痛からの」
「……」
救済、か。それも生からの。文字通り、異次元の発想である。そんな奴と同じ場所に来ているのか。無理はないか。やらかした事が事だったのだから。
長老を見る。此奴、何となくだが。生きていた頃は、桁外れの国家の暴君だったのでは無いのかと思えてくる。
宇宙規模の文明出身者が、此処の死人にはウヨウヨいる。色々な世界から来ているようで、地球文明圏の者が多いようだけれど。銀河系に拡がった人類文明から来ているものもいる様子だ。
何となくだが、長老が発揮している指導力も分かるのだ。
実家は田舎のヤクザだった。
だからこそ、指導力は重要だった。田舎の有力者はヤクザである事が多く。有力者がしゃんとしていないと、きちんと回らないのだから。
田舎ヤクザのボスは祖母だった。祖母は絶対者だった。冷酷で非情で。
そしてあっけなく死んだ。
この長老の指導力は、祖母のそれを遙かに上回る。それが肌で分かるのだ。
「気が向いたら、話してください」
「分かった。 考えておく」
「それと、貴方それ、幾つか間違っている箇所がありますよ。 其所と其所、矛盾が生じています」
すっと、的確に刺される。
自分でも矛盾だと分かっているから、それは少しばかり頭に来る。完全に見透かされている。
やはり此奴、どっかの国の暴君だったのだ。それも桁外れにスペックが高い、バケモノのような存在だったのだろう。
一目で此処に書かれた記述から、矛盾を見いだす。
中々出来る事じゃない。
何度も客観的に見て、解決できないか考えた。
解決なんて、とてもではないけれど出来なかった。
考えれば考える程矛盾が生じた。
というか、今になって冷静になって見ると。異常な疑心暗鬼に全身を鷲づかみにされていて。
はっきりいって、思考が回っていなかった気がする。
普段だったら分かるような矛盾点を、幾つも見落としていたような気がしてならないのである。
覚えていたことを書き出してみたが。
どうもどれもこれも、おかしな事ばかりだ。
例えば何かしらの理由で錯乱していたとする。
しかしながら、錯乱していたとして。それが本当に全ての原因だったのだろうか。
ため息をつく。
頭には自信があったのだが。
それでも、これは正直どうしようも無い。
確かに、誰かに頼るべきだろう。
向こうでも、そうしていたら。少しはマシな結果が、訪れていたのかも知れない。いや、訪れた筈だ。
しばらく心を整理する。
だが、自分がやった事を考えると、とても心は静かではいられなかった。
それでも、食事の度に木に行くからだが腹立たしい。
これでも昔は相応にルックスに自信だってあったのに。
よりにもよって骨と皮だけの老人になっているのもまた、頭に来る話ではあった。
それに、見せてもらったけれど。
何を傷つけても、すぐに元に戻ってしまうのである。
試してもみた。
死ねば此処を出られるかなと思って、木を尖らせて。頸動脈を一閃してみたのだけれども。
何ら傷さえ残らず、元に戻ってしまった。
誰かを殺しても、即座に復活するだろう。
死は無意味。
そう言われたが。確かに此処を抜けるには、「上がる」しかないのだろう。
言われた通りというわけだ。
悔しいけれど、従うしかない。
まずどうするか。
長老と話すか。それとも、エキスパートである者がいないか、聞いてみるか。しかし、こんな情けないバカを、誰かが許してくれるだろうか。
頭をかきむしる。
情けない事に。
血さえ出なかった。
やっと決意が固まるまで、六日かかった。生きているときは即断即決だったけれど。その判断が正しかったかというと疑問だ。
だから、今は、まずは状況を整理していきたい。
長老の所に出向く。
長老は丁度、難しい話をしている様子だった。何かの宇宙物理学の話らしく。すらすらと会話をして。地面に複雑な数式を書いている。
多分、老翁が生きていた地球ではまだ発見されていないような理論だ。
なるほどと頷くと。老翁と話していた、人形のように可愛い女の子は頷いて、去って行った。
あれも、中身は子供じゃない。
此処では、見た目と中身は別物なのだ。
「話す気になりましたか?」
「ガキの情けない暴走と罪を犯した話だけれど、いいかな」
「それが分かっているだけで充分です。 有識者もいますから、ゆっくり話を聞かせてください。 貴方の主観だけでも情報を提示して貰えれば、一つずつそれを解決していきますよ」
「……分かった。 正直わたしだけじゃどうにもならなくて困ってた」
静かな目で見られる。
確かに此奴がどっかの国の覇王だったのなら、それこそガキがあがいている位にしか見えないのかも知れない。
だけれども、こっちだって精一杯、出来る範囲で頑張ろうとしたのだ。
だが、だからこそ。
余計に事態を拗らせたのかも知れない。
「わたしには、好きな人がいたんだ。 その人が、ある日突然失踪して……」
順番に話を始める。
そして、長老はそれを何も逃さず聞いてくれた。
そもそも老翁が住んでいたのは、田舎の小さな街だった。ダムの建設問題で揺れて、大きな事件が幾つも起きた。
毎年殺人事件と失踪事件が起き。
地元のヤクザの。つまり地元で最も力のある家の娘だった老翁(今の姿)も、その真相は分からなかった。
その失踪者の中には、好きだった……明確な恋人関係では無かったけれど。好きだった相手がいた。
色々な事情があって、兎に角捻くれていた老翁だったから。
純粋で心優しいその相手には、心引かれた。
相手がどう思っていたのかは分からない。
だけれども、失踪前に言われたのだ。
妹の事を頼むと。
それなのに、その妹を殺してしまった。
後悔してもしきれない。
今、正気なのかは分からない。ただ、どうして忘れてしまっていたのか。憎悪は心を曇らせる。
だが、それだけか。
どうにもおかしい。それだけでは、あの狂気と暴走は説明がつかないのである。
長老は説明を箇条書きにするように指示して。
頷いて、何が起きたのかを順番に事態だけ書いていく。
それを見た長老は、しばし考え込んだ後。手を叩いて、何人かを呼んだ。いずれもが、何処かの星間国家のお偉いさんだったらしい者ばかりだ。
老翁のいた国では、お偉いさんと言えば無能だった。
アホ揃いで、学閥に所属していなければ出世出来なくて。時には当然のように金を積んで裏口入学して。
利権を貪る事しか考えていない政治屋だった。
政治家なんて一人だっていなかった。
そんなクソ共とは、タヌキとしてのレベルも、頭の出来も、今長老が呼んできた連中は違う様子だった。
一目で状況を把握する。
なお、姿はまちまち。
老翁が殺してしまった、年頃の女の子に見える相手もいるので、それはとても心が苦しい。
「ふむ、これは……」
「まず明らかに不可解だな。 この辺りから下は、主観でもやが掛かっていると見て良いだろう」
「それは、否定出来ないね。 今思うと、全身焼けるような怒りで、最後は自分が誰かも分かっていなかった気がするし」
「ならば、此処から上……君が正気だった時の主観の情報を主にして整理してみよう」
頷く。
丁寧なまとめ方だ。
長老はじっと文字列を見ているが、幾つかそれに付け加えて文字を書いていた。
日本語では無い。
見た事も無い文字だ。
「まず君は、この辺りで何か起こしていないか?」
「……いや、具体的には何も」
「だとすると……恐らく起こしたのでは無く起こったのだな」
「うむ、間違いなかろう」
子供達が、老人のように喋っている。
まあ中身は老人なのだろうし、別に不思議な事じゃあない。
此方としては、向こうだけ納得されても困る。自分の事だというのに、自分が蚊帳の外に置かれているようだからだ。
昔はそういえば沸点が低かった気がする。
お嬢様学校なんて閉鎖的空間に閉じ込められて、くさくさしていた、というのもあるのだろう。
いずれにしても、ともかくだ。
分かるように話をしてほしい所である。
咳払いしたのは長老だ。
此方が苛立っているのを、敏感に察知してくれたのかも知れない。
「とりあえず、私にも大体分かったので、話をしておきましょう」
「ふむ。 では長老、頼めますかな」
「はい。 ……要するに貴方は、貴方が想像していない程大きな権力の蠢動に巻き込まれた、と見て良いでしょう」
「……」
それについては何となく察しがついている。
だけれども、誰が所属していたのかが分からない。
しかし、それも先読みしたかのように、長老は棒で、名前を指していく。
「この子とこの子、この人は何も知りませんね。 この人は恐らく、事情を少しだけ知っていたでしょう。 この子は主犯の側にいたかと思います」
「え……っ!?」
「これだと情報が少なすぎて何とも言えないのですが、貴方の周辺に全てを操っていた主犯はいたと思いますよ。 しかもそれは、貴方が知っている人だったと思います」
「どうしてそんな」
理由は簡単、だと長老は言った。
順番に説明される。
まず不可解な事が起きているのは事実。これを誰かがもみ消しているのは確実だろうと言う事も。
だが、田舎ヤクザの権力だと無理だというのである。
その田舎ヤクザのボスである祖母を。
老翁は殺してしまった。
あれだけ思わせぶりだったのに。
知らなかったのか。
断言されたので、思わず目の前がくらっとくる。本当に、最初の最初、初手から間違ってしまっていたのか。
「そして失踪したという少年、生きている可能性がありますね」
「どうして」
「貴方は病気になっていた。 それも恐らく、精神に関係する病気でしょう。 十中八九、何かしらの公権力と関わりのある大型組織が、その病気に関する実験をしていたのだと見て良いでしょう。 その組織は、貴方の手に負える相手では無いし、田舎ヤクザなんてそれこそ一瞬で圧殺するほどの存在だったでしょうね」
絶句。
ひょっとしてだが。
老翁は、或いは。
とんでもないバケモノの、尻尾の先くらいしか見えていなかったのか。だから、色々見誤ったのか。
可能性は決して否定出来ない。
だって、あれだけ訳が分からないことが立て続けに起きたのである。
どんな結論が存在していても、不思議なんて一つも無かった。
「とりあえず、知り合いの経歴と名前と一人ずつ上げて貰えるか。 今なら客観的に出来るだろう」
「……」
子供にしか見えない相手に言われ。
無言で悔しいながらも、書き出していく。
そうしていくと、二人。
名前を丸で囲まれた。
「多分この二人、かなり中枢に噛んでいると見て良い。 恐らくだが、どちらかは事件を主導で起こしていると見て良いだろう」
「……」
「相談してみて良かったでしょう。 こういう事には、専門家が当たると一番良いのですよ」
悔しいが、その通りの様子だ。
全く思いつく事さえなかった。
そうか、確かに言われて見れば納得出来る。
どんなに精緻に分析しても。
巨大な何かの小さな一点しかみていなければ、相手の全容なんて把握できるわけがないのだから。
頭がいいつもりだった。
それなのに、何も分かっていなかった。
悔しくて俯く。
長老は、ただ静かに、声を掛けてくれた。
「今は、静かに考えをまとめて、休むと良いでしょう。 納得したとき、此処を離れる事が出来ます。 納得するまでには、時間が必要です。 貴方は若くして此処に来てしまったのです。 時間が掛かるのは、仕方が無い事なのですから」
嗚呼。
分かっている。分かっているけれども。
一体何人、無意味に殺してしまったのだろう。
情けなくて、首をくくりたくなってくる。そして自分には次がない。次なんて、ありはしないのだ。
自宅に戻る。
書いていた妄言を全て消す。
そして、言われた通りに、まとめていく。
まだ少し分からない事はあるけれど。だけれども、全てがすっきりとパズルのピースに収まっていった。
流石だ。巨大な国家を実際に運営していた怪物達の事はある。
老翁の国の無能なキャリアどもとは次元が違う。スペシャリストが集まると、これだけの事が出来るのか。
いや、まて。
そもそも、老翁がいた世界だって、スペシャリストがいたじゃないか。
それを全部疑心暗鬼から、味方につけるのに失敗してしまった。何人も、凄く頼りになる奴がいたじゃないか。
みんな、敵に回すか。
殺してしまった。
溜息が何度も何度も出た。
自分を過信した結果がこれだ。
確かに周りはバカばっかりだった。でもそれは、寮に閉じ込められていた頃の話だ。
故郷に戻ってからは、そうではなくなったではないか。
頭をかきむしる。
そして、泣けない自分に、声を殺して慟哭しようとして。それさえ出来なかった。
2、暗闘
老翁のいた土地は、古くから曰くがあった。
その曰くが噴出したのが、ダムの誘致計画。
地元が一丸となってダム計画に反対し、そして村が湖の底に沈むのを防いだ。そういう話になった。
だが実際には、その過程で暗闘が散々発生し。
後ろ暗い事件もたくさんおきた。
そんな中、田舎ヤクザの娘だった老翁(今の姿)は、事件の中枢に関わった。
いや、関わったと思っていた。
その土地にはある祭があり。
その祭の日に必ず誰かが死に。
そして誰かが消える。
そんな事件が起きるようになっていったが。
よりにもよって、その失踪者の一人が、ずっと思いを寄せていた相手だったのだ。
何かおかしな事が起きている。
それは分かっていた。
こんなおかしな事を起こせるのは、まず第一に田舎ヤクザのボスである祖母以外には考えられない。
最初にはそう考えた。
だが、考えて行く内に、どうもおかしいとしか思えなくなっていった。
何か得体が知れないものが蠢いている。
そいつらに思い人はさらわれた。
純粋な人だった。
虐待で心を病んでしまった妹を、精一杯庇おうとする立派な人でもあった。
その妹は、色々な事情から、手を出して助けられない相手でもあった。
やがて暴走を開始した精神のまま。
怪しい奴を片っ端から拷問し。
殺して行った。
祖母も、村の有力者もその中にはいたし。
自分の双子の妹も。
自分がいなくなったら、面倒を見てやってほしいと頼まれていた思い人の妹も。
幼い神社の娘さんも。
みんな殺した。
そして全てが発覚した後精神病院に入れられ。
其所を脱走して、更なる凶行まで働いた。
最終的に足を滑らせて落下死したけれど。
もうその時には、完全に正気を失ってしまっていた。
途中からは、自分が何をしているのかさえも殆ど分からなくなっていた。自分の正体を暴いたのは都会からの転校生だが。
恐らくは恐怖で凍り付くような思いをしたはずだ。
だが、老翁も。
ずっと何かに、後をつけられているような感覚を途中から覚えていたし。謝罪する言葉も聞いた。
呼吸を整えながら、頭を整理していく。
ずばりと、そのまま推理して貰ったではないか。
地元の田舎ヤクザなんかとは規模が違う何かしらの組織が。
恐らく老翁も途中から、何かしらのきっかけで感染した未知の病を研究していて。犠牲者はその実験台にされていったのだと。
更に、こうも言われた。
恐らく、その実験自体が、何かしらの政治闘争に噛んでおり。
最終的には、動いていた組織すらも捨て駒だっただろうと。
元々善人だったつもりはない。
田舎ヤクザの娘だ。
色々ろくでもない代物を扱ってきたし。渡米して銃器の扱いを習った事さえもあるくらいである。
日本にいながらも、銃器を扱ったこともあったし。
事実、アサルトライフルくらいなら、生半可な自衛隊員よりも扱える自信だってあった。
それでもどうにもならなかったのは。
それ以上のプロが。
事件に関与していたから。
そして、本来なら協力していればどうにでもなかった筈なのに。協力をしなかったから、だろう。
罪悪感に全身が焼かれるようだ。
長老は、此方に来なくなった。
ぼんやりとして、過ごす。
今は、時間が必要だと、長老が判断してくれたのかも知れない。
悔しいけれど、有り難い。
変わり果ててしまった姿。
元とは完全に真逆の姿だけれども。
精神までは変わっていない。
恐らく、人間としての欲求や欲望、野心などが全部消えてしまったからなのだろう。本来だったら、精神に異常をきたすはずである。
それに、だ。
暴れ狂っていた頃と違って、どうも精神が落ち着いているのである。
素直に話を聞き入れることが出来るようになっている。前だったら、そんな筈は無いと叫んで、暴れていただろうに。
今はそんな事は起きそうになかった。
静かに、冷静に判断をしていく。
考えてみれば、一番怪しいのは、多分医療組織だ。
これも、指摘されたリストに載っている。何人かは、確かに露骨におかしかった。子供達に慕われていた医者。
まだ若い男だったが、あれはそもそも、子供達を監視するために来ていたのでは無いのだろうか。
そして更におかしかったのが医療組織の看護師だ。
あの女。
今になって思えば、どうも様子がおかしかった。彼奴も、多分何かしらの陰謀に噛んでいたのだろう。
そういえば、冷静になって見ると。
幾つもおかしい事が浮き彫りになってくる。
本当に、思い人は何処かでまだ生きているのかも知れない。
その可能性は高い。
これも指摘にある。
何しろ、病気を研究して何かしらに利用しようとしているというのであれば。素体を大事にするに決まっている。
勿論死なないように、死ぬよりも酷い目にあっている事が容易に想像できる。
自分が不甲斐ないばかりに。
本当に、どうしようも無かった。
大きな溜息が何度も漏れた。
それなのに、食事の時になると、勝手に立ち上がって、木に向かう。木の実を手にとって、口にする。
此処がこの世ならざる場所で。
自分が本能に従って動いている事が分かって、本当に悔しい。
本能のまま動くのでは猿と同じだし。
そして、暴れ狂って死ぬ直前の自分だって、猿と同じだったのではあるまいか。あんな狂気に振り回されて、滑稽極まりなかったではないか。
滑稽な狂気が、たくさんの血をブチ撒け。
辺りに地獄を顕現させた。
それを事実として、受け止めなければならない。自分はスプリーキラーで。結局たくさんたくさん、無意味に殺してしまったのだとも。
家で横になって、ふてくされる。
此処で、何をしろというのだろう。
どう納得しろというのだろう。
此処を「上がった」者がどうなるかは、まったく分からないと聞いている。彼処に戻ってやりなおしたい。
だけれども、そんな事、起きる筈も。
いや、まて。
そもそも、こんな物理法則からしておかしい場所が、ある訳も無いのだ。
此処がある以上。
何が起きても、おかしくは無いのである。
やり直したい。
すくなくとも、誓いは思い出さなければならない。忘れてしまっていた、妹を頼むという言葉。
あんな幼い子が、地元のチンピラに虐待の限りを尽くされて、精神を摩耗しきっていたのである。
自分が助けなくてどうするというのか。
あの地元のチンピラ一家は、ダム推進派だった。だから、ダム計画を潰した実家では、助ける事が出来なかった。
だが自分の家の力など借りなくても。
まず自分が助けなければいけなかったのである。
思考がループしている。
深呼吸すると。
ゆっくり、家の床に箇条書きされた事を、頭に入れていく。
まずやるべき事は。
此処を出る事。
それは第一だ。
納得するべきは。
己がバカなスプリーキラーであった事を認めなければならない。託されていたものを潰してしまったことを理解しなければならない。
勿論すぐには体の方が理解してくれない。
それでもやらなければならないのだ。
まだある。
自分がするべき事だ。
陰謀をぶっ潰す。
それは、まず第一として。理不尽に殺された人達を、皆助けなければならない。
放置されていた外道を処理もしなければならない。
思い人の妹を虐待していた輩は、正直ブッ殺してやりたい所だが。
腰が重い市役所を蹴飛ばして、児童虐待の事実を認めさせ。
そして警察に逮捕させる。
児相は動きが鈍い。
なぜなら、あの思い人の妹には、色々と前科があるからだ。
その前科をどうにかして払拭して。
児相を動かさなければならないだろう。
少しずつ、思考が固まっていく。
そして、ぐるぐると同じ所でまとまっていた考えが。ようやく、一方向に向かって、動き始めていた。
自分の頭を信じろ。
そう言い聞かせる。
寮に放り込まれていた頃には、周りがバカだらけだったではないか。あれは水準の人間達だった。
村に戻ってからは状況が変わった。
周囲には更に出来る奴が何人もいた。彼奴らはとても頼りになる。絶対に、何か悪辣なことをしていた連中に、負けるものではない。
そう信じろ。
何度もそう鼓舞しながら。自分がしていったことについて、まとめていく。
そして愚かな自分を同時に恥じる。
たくさんクリアしなければならない事がある。
だけれども、それらをクリアして。
此処を脱し。
そして、思い人を助けに行くのだ。
体は死んでしまっているかも知れない。だが輪廻転生とか、平行世界とか、そういう場所の自分と一緒になれるかも知れない。そうすれば、きっと思い人を助ける事が出来るはずだ。
頬を叩く。
乾ききった手。
老翁の手だから、仕方が無い。
そういえば、殺した中には老人もいた。こんな手だったな。そう思って、本当に申し訳ないことをしたと思う。
ただ、同時に。
ダム計画から村を守ったという誇りが。
逆に、村の者達に、愚かな村社会を構築させてしまっているのも事実だ。特に老人達にはその傾向が強かった。
自分があの連中を憎んだのも。
そんな村社会が、事件に絡んでいると考えたから。
それも、どうにかしなければならないか。
こなさなければならない事が、あまりにも多すぎる。
だけれども、一つずつ整理していけば。此処を出て、奇跡的に元のところに戻れた時に、きっと。
きっと、役に立つはずだ。
長老の所に、自分から出向く。
腰が曲がった老人というのは何人も見てきた。今は自分がそうなってしまっている事も良く分かっている。
だがそうありたくは無い。
だから出来るだけ背をぐっと伸ばして、背筋をまっすぐに歩いた。納得はできていない。順番に、やるべき事について相談したいと思ったからだ。
長老が集めてくれた数人は、あっというまに頭に掛かっていた霧を打ち払ってくれた。これは今冷静に思うと、連中が賢かったからではない。
単純に客観的にものを見れば、分かる程度の事だった、というだけだ。
長老は、何か話をしていたが。
ふと気付く。
長老も、今苦労しているのではないのだろうか。
勿論、相手も此方に気付いてはいた。
其所で、話が終わるまで待つ。身を隠す必要もないだろう。前は素で隠行がみについてしまっていたが。
此処ではそもそも暴力が意味を成さないのだ。
隠行などしても仕方が無い。
程なく、話が終わった長老が、向き直る。
「話があるんだけれど、いい?」
「ええ。 聞きましょう」
「一つずつ、整理している所なんだけれど。 聞いて貰いたいんだ」
「かまいませんよ」
順番に話をしていく。
そうすると、長老は少しだけ驚いた様子だった。
それでも、茶化したりすることなく、最後まで聞いてくれた。
これは、有り難い。
何処でもそうだったけれど、人間の大半は、未知のものを怖れるし。未知のものは間違っていると決めつける。
相手が自分の知らない行動をすると。
その時点で相手をバカだと思う事によって、自分を優位に置こうとする。要するに自分の下の存在を常に作っておかなければ怖くて仕方が無いのである。
女子だけの閉鎖空間における陰湿な虐めは、男子の暴力を伴う虐めと何ら残虐さに変わりが無い。
実際に経験しているから知っている。
そういう輩を見て来ているから。
長老の対応は大人だと思ったし。とても有り難いと思った。
「なるほど。 貴方は此処を脱して、元の場所に戻り、思い人を助けたいのですね」
「此処を出ればどうなるかは分からないのでしょう。 ひょっとしたら、平行世界とか、或いは何かしらの別世界とかで、同じ状況に立ち会えるかも知れない。 その可能性に賭けたいんだ」
「……確かにその可能性が0だとは言いません。 限りなく0に近い事は事実ですが」
「分かっている。 だけれども、賭けてみたい」
ふむ、と頷いた後。
長老は、腰を据えて、話をする体勢に入った。
その前に、聞いておく。
「ひょっとして、あんたも困ってる?」
「ええ。 その通りですよ」
「どういうこと?」
「皆相当に拗らせている者ばかりなので、中々上がりを迎えられる者がいないのです」
長老としては、早く此処から上がらせてあげたい、というのが本音だそうである。
切っ掛けさえあれば、すぐにでも上がれる者も多いと言う。
だけれども、今残っている者は、皆故郷で酷く拗らせ、死んだ者ばかり。
中々、何を話しても上手く行かないという。
そうか。この長老、今まで老翁があった中でも屈指の知略の持ち主だと思うのだけれども。
それでも、やはり人の「納得」は難しいのだなと、実感。
そして、納得ができず。
暴れ狂っていた自分を思って、恥ずかしくもなった。
ともかくだ。
話を建設的に開始する。
まず第一に、此処から出て、何かしらの形で復帰する。
取り返しがつかない状態になった所に戻っても仕方が無い。
平行世界でもなんでもいい。
ともかく、凶行が繰り返される前に戻りたい。其所で、意識を入れ替えて、事に臨みたい。
問題を解決し。
助けるべきは助け。
罰するべきは罰したい。
そのためには、知恵を出し合わなければならない。
少なくとも、自分だけでは多分無理だ。他の者と、どう連携体制を取っていくか、考えなければならないだろう。
それを順番に話すと。
長老は大まじめに頷いてくれた。
「文字通り極小の可能性になりますが、此処を上がったものが、やり直しを出来る可能性は無いとはいえません。 貴方の心残りは、己の罪の精算、そして己が救えなかった思い人の救済。 ならば、もし此処が地獄なりなんなりであれば。 貴方が上がった時、或いは此処を作った存在が配慮してくれる可能性は否定出来ないでしょう」
「ありがとう。 そう言ってくれると助かる」
「ふふ。 では一つずつ、順番に整理していきましょうか」
「お願いします」
頭を下げる。
この長老は、素直に尊敬できる老人だ。
可能な限りこの長老の力を、自分のものにしたい。人間は学習すれば力をある程度は引き上げられる。
この長老から学べるべき事は学んでおき。
そしてもどった時に役立てたいのだ。
自分よりも優れている相手を、優れていると素直に認めることは大事だ。
人間なんて、どんなに強くったって、ライフル弾を喰らえば死ぬ。多分呂布とか項羽とかだってそうだろう。
だからこそ、ドングリの背比べの中、一歩ぬきんでておきたい。
或いは、他にリーダー格を据えて。その中で動くのもありかも知れない。
自分一人で動いて駄目だったのだ。
そして、自分は将器ではないとも悟った。
或いは彼奴……。
都会から転校してきた彼奴を中心にまとまれば、可能性はある。そういえば、どうしてだっけか。彼奴とあって、思い人の事を意識してから。何だか意識が霞んだ気がする。それが切っ掛けだったのかも知れない。
ともかく、将器については、この長老は充分過ぎる程備えている。この長老を見て、将器を見極める術を学んでおきたい。
一つずつ、問題について話をしていく。
過剰書きにすると。一つずつ、順番に議論する。
解決策は、どれもこれも難しいものばかりだが。
客観的に見てみれば、どれもこれも不可能では無いものばかりである。
なるほどと、何度も唸らされた。
ひょっとしてだけれども。
この長老、もっと難しい問題に、ずっと立ち向かい続けていたのだろうか。それで、ここに来るような凶行に手を染めたのだろうか。
いずれにしても、学ぶことだらけだ。
一つずつ、丁寧に学び。
不意に、咳払いをされた。
「此処までです。 学習は一度にしすぎると、頭に詰め込む形になってよくありませんから」
「確かに、わたしのいた場所でも、一夜漬けって悪習があったよ」
「一度戻って、今議論した内容について、丁寧に自分なりに精査していくと良いでしょう」
「ああ、そうさせてもらう。 ありがとう。 本当に……助かる」
頷く長老。
ふと思ったので、聞いてみる。
「わたしに手伝えること、何かある?」
「そうですね……」
長老が見た先には。
そこそこ綺麗な女性がいた。かなりの長身で、モデル体型とでもいうのか。結構な美貌である。
ただ、あれは中身は老翁(今の姿)と同年代の子供だ。
それも、女だと思っている。
一応、今集落にいる者の名前と顔は全て把握している。
話してみて、中身が見かけと皆まるで違っていることも。
しっかりその中身も把握しているので。
話は簡単だった。
「話を聞いてあげてください。 少しは向こうも楽になると思います。 同年代でしょうから、多少は話しやすいでしょう」
「文化が違いすぎないかな」
「相手も地球人です。 である以上、多少世代が変わっても同じですよ。 ましてや此処では、もはや人種も何もないのです」
確かにその通りだ。
そして、話をしに行く。
話しかけると、向こうは少し寂しそうにした。表情が美しい女性のモノにしては確かに幼すぎる。
色々心残りがあったのだろう。
「貴方が同年代の女の子というのは気付いていましたが、話をして何か得られるものがあるでしょうか」
「何か勘違いしてない?」
「勘違い?」
「無駄に話をするだけでも、得られるものって結構あるものだよ。 ちょっと話すだけで相手がどんな奴かは分かるし。 事実今だって、あんたがわたしに対して心を閉ざしているのは分かるしね」
口をつぐむ相手と、軽く話をしていく。
4世紀以上未来の相手だと分かる。
ただ、恐らく違う世界の人間なのだろう。
微妙に話を聞いてみると、違う事が分かってくる。
どうも老翁が元いた世界よりもずっと技術の進歩が早かった様子で。21世紀初頭には本格的な宇宙進出をしていたそうだ。
それはすごい、というのが感想だが。
同時に疑問にも思う。
老翁のいた世界でも、人間ははっきりいってろくでもない生物だった。
宇宙に出れば、特撮や何かに出てくる悪辣宇宙人並みに、他の知的生命体に迷惑を掛けることは確実である。
話を聞くと。
案の定だった。
どうやら女は、自分が戦っていた相手が、ただ自分の星を守ろうとしていたこと。そればかりか、地球人こそが、その星に先制攻撃を仕掛け。多くの無慈悲な死と殺戮をばらまいたこと。
それを知って、壊れてしまったらしかった。
言葉に詰まる。
そうなるだろうな、としか言えなかったからだ。
人間が宇宙に出るのに相応しい所まで成熟するのには、どれくらい掛かるのだろう。いずれにしても、百年や二百年では無理だ。
しかしもたついていると資源が尽きる。
現実問題として、人間にはもう。老翁の時代ですら、後がないという印象しかなかった。夢のある未来も示されていたが。
あんなもの、実現できる筈も無かった。
「私は多くの故郷を守ろうとした相手を、醜い怪物呼ばわりして殺してきました。 自分の方が、余程醜かったと言うのに」
「……わたしと同じだね」
「……」
「わたしも、何が何だか分からないまま、たくさんたくさん殺したよ。 今は、後悔してもしきれない……」
口をつぐむと。
女はそうですか、と俯いた。
それにしても、自分と同年代だろう相手を、宇宙戦争に繰り出して。殺しをさせるなんて。
四世紀も未来だという話だけれど、人間は。
その世界の大人達は、一体何をしていたのか。
いや、大人のせいにだけはしていられないか。社会そのものがそのまんま、宇宙に出てしまえば。
どの道駄目だっただろうから。
幾つか話していく。
四世紀の社会がどうなっているか知りたかったが。なんと女は戦闘用に作られたクローン兵士だったらしく。
戦場と休眠ポッドしかしらないという。
なんでもその世界で開発された戦闘兵器のパイロットとして、クローンの素体が理想的だったらしく。
たくさん量産された中の一人だったという。
そして戦っている内に、相手の真相に気づき。
相手を守ろうとして、裏切り者呼ばわりされ処分された。
そういう人生だったそうだ。
自業自得だと女は呟いたが。
そうだとは思えない。
怒りがわき上がってきた。自分がやってきた事も被るし。何よりも、自分がいた所でも、似たような事はいくらでもあった。
思い人の妹が虐待を受けている事なんて。
誰もが知っていた。
それを皆が放置していたのは。「裏切り者」の一族だったからである。
何が裏切り者か。
あんな幼い子に、責任能力などあるものか。
この今話している相手だってそうだ。
途中で正しい事に気付いたのなら。
それは裏切りとは言わないだろう。
ましてや、話を聞く限り、どう考えても裏切り者は人類の方だ。個人と社会が対立した場合、どうしても社会が絶対正義とされる事が多いが。
残念だけれど。歴史を学んだから知っている。
人間の社会などと言うものはええ加減極まりないもので。
絶対正義でも何でも無い。
みんなが言っているからそうだ。
そんな寝言を吐く程度に、人間はどうしようもない存在だ。
「あんたは、それは悪くない。 殺したのだって命令されたからだし、何よりあんたみたいな存在を作り出した社会が狂ってる」
「ありがとうございます」
「わたしは違う……。 途中から、わたしは……理由があったからとはいえ、自分でどんどん人を手に掛けた。 中には、絶対に手に掛けてはいけない相手だっていたんだ……」
本物の罪人と。
罪人だと自分を追い詰めている相手。
違いは歴然だ。
相手は少し困惑したけれど。
静かな沈黙の後。
やがて口を開いた。
「何か納得する切っ掛けが出来るのなら、話し相手になります。 幾らでも、はなしてください」
「……ありがとう。 まずはタメでいいよ。 同年代でしょ」
「私はこう言うしゃべり方しか知りません。 学習を受けませんでした」
「そうか……」
クローンだし、仕方が無いのか。
ならばせめて名前だけでも呼び捨てしてほしい。
そう言うと、小首をかしげられた。それがある程度親愛のある相手への接し方だと説明すると。
理解してくれた。
それにしても、未来の世界のクローン兵士か。
そんな風な存在まで、ここに来ているのか。
話してみると、精神年齢などは同程度のようだが。或いは未来特有の技術を使って、急速成長とかアンチエイジングとかしているのかも知れない。
知識はまるっきり足りないが。
精神的には、同年代の様子だが。これは或いは、元に比べて幼すぎるのかも知れない。
そして何より。
老翁も少しだけ、楽になった。
後は、順番に。
やるべき事を、整理していくだけだ。
3、炎に包まれる記憶
娯楽のためとは言え、眠る事は出来る。ある程度頭を使ったら、習慣として休むようにはしている。
眠ろうと思えば眠れる。
思えば死人なのだ。
その辺り、色々と体の構造が違ってしまっているのだろう。
ある程度頭の中がまとまってから、長老に相談しに行く。長老はそれに対して、丁寧に答えてくれる。
分かってきたのは、とんでもない規模の組織とやり合う場合。
相手の所属員が誰かを見極める事。
組織の長が誰なのかをしっかり見極める事。
誰を潰せば動きが止まるか。
戦うべき場所は何処にするべきか。
それらだった。
整理していくと、一つずつぴったり収まる。
確かに闇雲には戦えない。それに周囲には、老翁より出来る奴が何人もいた。
協力しながら、自分達に有利な場所へ引きずり込めば。
相手がフル武装の軍隊だろうが、無事ではすまない状態に持って行ける。
ゲリラ戦に持ち込まれた場合。
フル武装の軍隊でも、相当な被害を受ける。
それはベトナム戦争をはじめとする、ゲリラ戦主体の戦争での結果が証明している。ましてや此方はただの子供では無い。
田舎ヤクザとはいえきちんと武器もある。
スペシャリストもいる。
やりようによっては、硫黄島での戦い並みの泥沼に相手を引きずり込むことだって可能なはずだ。
精査をしていくが。
記憶の全てについて、確認を丁寧に求められる。
何だか長老と話していると。
或いは相手が記憶のスペシャリストだったのでは無いか、という印象が出てくる。
長老は、明らかにおかしくなっていた頃の老翁の記憶からも、これは間違いなさそうだという情報と。
信じるに値しないという情報を、的確に仕分けしてくれる。
一つずつ起きた事を話していくと。
それはこうだったのではないかと、納得出来る推論を口にしてくれる。
この人が故郷に来てくれていれば。
一発で全部解決していたと思う。
非常に悔しいが。
ただこの人、生前は星間帝国の覇王だったようだし、流石に色々と無理のある話ではあるだろう。
そんなのが来たら、村の惨劇どころの話ではないのだから。
少しずつ、自分が落ち着いていくのが分かる。
やってしまったことはどうしようもない。
もう、どうしようもない愚かな事だったとして、自分でもしっかり反省はしている。
其所に、此処での記憶が合わされば。
前のように好き勝手にはされない。
今思うと、恐らくだが。
故郷で動いていた奴らは、好き勝手に動いていたように見えて。実際には、老翁の行動を全てコントロール出来ていたようには思えない。
これについては、長老も同じ意見のようだ。
だとすると、文字通り「何でも出来る」組織では無い、と言う事なのだろう。
相手に限界があるし。
能力も其所まで離れている訳では無い。
それが分かるだけで充分である。
「いや、頼りになります。 有難うございました」
「いいえ。 それに今まで通りのしゃべり方で良いですよ」
「いえ」
首を横に振る。
この人は、生前どれだけの罪を犯したのか分からないが。
今は、自分の。いや思い人の運命を打開するために、絶対に必要な相手だ。だから、話すときは敬語にすると決めた。
そもそも尊敬している相手なんていなかった。
敬語を使う場合もあったが、それは大体の時、相手が良く知らない相手だったり。其所まで親しくない相手の場合だった。
ここに来て、そういう枷は外れた。
だから、今は敬語で相手に接する。
敬意を払うべき相手だと思ったから、である。
長老はそうですか、と言うと。
告げてくる。
「良い影響が一つあったようです」
例の、クローン兵士の女の子。
あれからよく話すようになったのだけれど。ようやく上がりを迎えられるらしい。どうも老翁と話した結果、ようやく自分のせいではなかったのだと、吹っ切れたらしかった。
それは、良かった。
ただ、明日には上がりだというので。
それはまた急な話だとも思った。
話してきて良いかと聞く。
勿論、許可をくれた。
嬉しい。
すぐに話をしに行くと、相手は随分すっきりした顔をして。周囲のものを整理していた。とはいっても、整理するほどの私物もない。
ものを作る事自体が出来ない世界だ。
家だって掘っ立てである。
話しかけると、手伝うことももう無さそうだったけれど。最後に色々と喋っておきたいと言われた。
「私ね、手も足もなかったんだす」
「!」
「クローン体として作られてから、すぐに切りおとされて、体はずっと兵器のコックピットの中。 時々意識だけ、休憩用のリクライニング仮想空間にいけるようになっていただけだったんです」
「何それ……あんまりだよ!」
思わず声を荒げるが。
相手は寂しそうに笑うだけだった。
ある時の戦いで、敵惑星の地上に降下した。今まで爆撃し、たまに反撃してくる対空砲火を叩くだけだった地上の様子を見た。
そこにいたのは、統制が取れた敵の軍隊などではなく。
みすぼらしく。
徹底的に迫害された、小さな種族達だった。
人間の基準から見れば醜かったかも知れない。
だけれど彼らは、むしろ平和で温厚な性格で。
地球人から見て、資源がある星にいるから邪魔、という理由で攻撃を受けていたのだった。
それらは、直接話を聞いて知った。
衝撃を受けた。
これほどの体にされたのだ。余程強力な敵が相手だと思っていた。
だが違った。
クローン兵を使ったのは、兵器の実験のため。
何より、真相を知っても即座に斬り捨てられる相手を利用するためだった。
殺していた相手の事実を知った。そして自分達の真実を知った女の子は。通信用の回線を遮断。
そして、反撃を開始。
不意を打って、多くの仲間を殺した。
そして司令部に突入して、黒幕の一人を捕まえ、締め上げて聞き出した。
本国には、利権がらみで侵略を推進している者達と対立している相手がおり。そいつらに真相を知られると、利権が脅かされるからだった。勿論人権などどうでもいい。
事実を知った女の子は、そいつを殺し。
そして、迫り来る人間の艦隊を相手に、最後まで戦った。
戦艦を四隻、人型兵器を数百機落として。文字通り悪鬼のごとく戦った。
最後は何もかもがつき、味方に嬲られながらも。自爆して、侵攻部隊を壊滅させてやったと思うのだが。
自爆装置を起動して、其所から先の記憶がないという。
強引に割り込んできた回線から、ひたすら裏切り者と叫ばれた。
実際、自分の姉妹もたくさん殺した。
あの戦艦の中には、クローンでは無い生きた人間もたくさん乗っていた。だけれども、許せなかったのだ。
人間の一番醜い部分を見せつけられ。
そして、それに荷担させられ。
使い捨てであった事が。
だから、最後の最後まで、自分であろうと戦い続けた。だけれども、死んでからは、それが後悔に変わった。
結局誰も守れなどしなかった。
怒りにまかせてたくさん殺した事には変わりは無い。
同じ境遇で戦っていた味方だったのだ。
戦艦の中にいた人だってゲスばかりだったとは限らない。
だから、ずっと苦しんでいた。
でも、今は分かる。あのまま殺し続けて、道具として死ぬより。どんなに愚かしくても、人間として死んだ事に意味があったのだと。
黒幕の一人は簡単に吐いた。
侵攻軍に、黒幕と一緒に甘い蜜を吸っている奴はたくさんいた。
そいつらは、落とした戦艦に乗っていたし。
何よりも、最後の自爆に巻き込まれ。
それに、利権は無茶苦茶。
奴らの資産など、木っ端みじんだった。
自分が正義などと気取るつもりはない。勿論自分はむしろ悪なのだと思うと女の子は言う。
だけれども。
それ以上の悪から。
守るべきものを、守り抜いたのだと。
目には、誇りが戻っていた。
衝撃を受ける。
老翁の言葉で変われたのだと聞かされたからだ。
誰かを守るために、戦う。
それにずっと疑問を持っていた。
間違いだってした事は確実だと分かっていた。だけれども、実際に自分と同じ事をして。それに苦しんでいる事を知って。
吹っ切れたと言う事だった。
「納得したからには、もう私は地獄があろうが何だろうが、怖くはありません。 此処のようなぬるま湯では無い地獄……本物の地獄であろうと一切かまいません。 きちんと裁きを受けるのなら受けます。 今は……静かな気分です」
「そんな、わたしなら兎も角あんたが……」
「わたしは大勢殺して、その中には悪党もいましたけれど、それ以外もたくさんいたのは事実なんです。 誰かを守るため、というのは理由になりません。 でも、貴方の戦いの話を聞いて、吹っ切れたのも事実です。 同じように何処かで、誰かのために戦おうとして、間違った「人間」がいたのだと知って。 今思うに、私はあの時、誰かを守ろうとしたときに。 人間になったのかも知れませんね」
「……」
本当に。
本当に悔しくて、情けなかった。
そして覚悟は、絶対に動かせない事が分かった。
ばしっと頭を下げると。ごめんなさいと一言言う。相手は、ありがとうと答えた。
噛み合っていないかも知れないが。
これが、けじめの付け方だ。
その場を離れる。
勿論、眠ろうにも、その日はもう眠る事など出来はしなかった。当たり前と言えば当たり前だっただろう。
ぼんやりとしている内に、どんと、凄い音がする。
何もかもが崩壊するのに巻き込まれているのに気付いて。
意識が途切れた。
引っ張り上げられる。
泥の中から引っ張り上げてくれたのは、長老だった。慣れたもののようで。そして、女の子の見かけの割りにはとても力が強い。老翁の生前より、身体能力は上なのではあるまいか。
暴力を振るう機会はないだろうが。
いざという時は、復興に自分も参加している訳である。
指揮を執っているのは、その方が効率が良いから、なのだろう。
「水もない場所に大水害。 それもまるで海をひっくり返したような水量でした。 ふふ、此処の破滅はいつも面白いですね」
「肝が据わりすぎですよ」
「もう万年単位で此処にいるのです。 肝くらい据わりますよ。 むしろこんな災害など、私が引き起こした事に比べれば何でもありません」
一体この人は。
生前何をやらかしたのか。
ともかく、泥をどける所から始める。大水害の割りには泥の量は少ないのだけれど。
気付いて、周囲を見回す。
あの子は、いなかった。
そうか、上がったんだ。それは良かった。本当に良かった。そう思うと、泣きそうになるが。泣けなかった。
涙腺なんて生きている間には簡単にコントロール出来たのに。
新入りは小さな男の子だけれども、どうも偉そうな態度で、余がとか自分を呼んでいたから。何処かの国の王様だったのだろう。
ただ、長老が軽く話をすると。
すぐに大人しくなった。
青ざめて、長老を見ている。
態度が悪い相手を、一瞬で黙らせる術も身につけている、と言う事か。やはり生前は暴君だったのだろう。
「復興を始めますよ。 班に分かれてください」
「おう!」
蜥蜴頭の男が率先して答え。
すぐに作業が開始される。皆、慣れた手つきだ。勿論老翁も。
本来裸足で水害跡を彷徨くなど自殺行為なのだけれど、此処ではそんな地球での事実など通用しない。
死んでも即座に再生する。
暴力衝動が存在しない。
だったら、素足でその辺りを歩いても、何ら関係などないのである。
板を探してきて、それを使って泥を避けて行く。
破滅の度に、色々とこう言う作業をしているのだと思うと、ちょっとくすりとくるけれども。
しかしながら、一人ずつ入れ替わる度に起きるとなると。
一気に何人も、連続して入れ替わるときは。
復興などしている余裕は無さそうだった。
そういえば、あの女の子の送別会もやったけれども。それも、そういうときにはささやかに被害を受けた集落の上でやるのだろうか。
まあ酒も出ないしごちそうもない。
そういうものなのかも知れないが。
一月かけて、泥を処理する。その途中、尖った石とか踏んだりしたけれども。すぐに体が再生するので、あまり意味はなかったし。そもそも痛覚が働かなかった。血も出なかった。
この辺り、自分が亡者なのだと思い知らされる。
そして、である。
あの去って行った。此処を上がった女の子。
吹っ切れていた。
自分の罪を受け入れ。償うというのなら償うと行って、この世界を堂々と胸を張って去って行った。
あの姿、本当に誇り高かった。
ああありたい。
素直にそう思った。ああなるにはどうしたら良いのだろう。助けるのだと、覚悟を決めるべきか。
いや、前も覚悟は決めていたはずだ。
ならばどう違う覚悟にすればいい。
復旧が終わった後、考え込む。
例えばだ。
罰するべきは罰する。助けるべきは助ける。そして、誰も死なさずに、誰もを救う。
勿論許されざるものには、相応の罰は受けて貰うが。殺すという方法は、最低最悪の方法だと思い出す。
はっきりいって、どこの国でも警察はアレだ。無能な奴はたくさんいる。
老翁(今の姿)のいた国でも。自分がヤクザの所の娘だったからか、警察の醜聞は幾つもストックして知っていた。
それでも、極限まで腐敗した警察……思想犯を逮捕して拷問したり。薬物の利権を独占していたり。マフィアと癒着していたり。或いは賄賂を貰わない限り働く事はなかったりといった。
そういった連中とは違う事も知っていたし。
完全に働いているかは別として。
法だって、末期の国家と違って、働いている場所では働いていることは、分かっていた。
ならば、それらが働くように。
悪さをしている奴らをどうにかすればいい。
もう一回、問題を箇条書きしていく。
死を偽装して、逃れている可能性が高い。そういう言葉が出てきた奴がいた。歯科医の検査記録で死体が特定された奴だ。その記録そのものが偽装されていれば、死んだフリをする事は可能。
長老達の話を聞く限り、相手は国家中枢に政治的に噛んでいる組織だ。
実働戦力は恐らく特殊部隊の精鋭一個小隊ほどだが。
それでも、相応に厳しい戦いになるだろう。
「やってやる……」
呟く。
あの子は、悪くなかった。それでも、戦って。そして、自分が罪を犯したと言い切った。老翁は今でも何処かで、自分は悪くなかったと思っている。そんな中、自分の罪を素直に認めることが出来たあの強さは、まぶしく感じた。
そしてその強さを引きだしたのが。
自分という存在だと言う事に、誇りも感じた。
この血に塗れたスプリーキラーの手が。
誰かの心に光を入れたのだ。
それがどれだけ素晴らしい事だったのか。
今なら、分かる。
何かの訳が分からない病気を発症して、明らかにおかしくなっていたとき。思い人を助けたいと思っていた。
もしも思い人がまだ生きているなら。
きっとモルモットも地獄だと呟く、悪夢の中にいるのは間違いないし。
何よりも、自分自身で、悪夢そのものを経験している自覚はあった。
だからどうしてでも、絶対に。
何とかしなければならないのだ。
あの場所に戻れる可能性なんて、それこそ指摘を受けている通り、那由多の彼方にあるだろう。
だけれども、絶対に戻ってやる。
そして、思い人も。
思い人の妹も。
家族も。
仲間も。
みんな、みんな救うのだ。
ふと気付く。何か、すっきりした感じがする。一度時間をおいて、考えをまとめたからだろうか。
そして、気付いた。
これが、上がる前の兆候なのだと。
地面に手を突き、ぐっとまだ少し柔らかい地面を握りこむ。これでは、復興作業が台無しでは無いか。
でも、絶対にやってやる。例え此処での記憶を持ち越せないとしても。それでも、覚えておく。
自分がやるべきこと。
戦うべき真の相手。
勝利条件も。
或いは、方法次第では、自分だけが生き残る事は可能かも知れない。だがそんな未来は文字通りの地獄だ。
そんな地獄よりも。生きて、皆と笑いあう未来を掴む。それが、今自分で掴み取った、覚悟の形だ。
ふと気付くと、長老が此方を見ていた。
相も変わらず愛想がない顔だ。
長老は、愛想がない顔から、とても優しい言葉を言う。
「立て続けの上がりのようで嬉しいです。 今夜は送別会をやりますから、楽しみにしていてください」
「いえ、その……ありがとうございました」
「ふふ、此方こそ。 私も、上がりを迎えた人から影響を毎回受けています。 私自身が桁外れの罪人だと言う事もありますが。 いずれ、納得して、貴方たちのように上がって見せたいと、今でもずっと思っているのです」
その日。
まだ復興が終わったばかりの土地で。
送別会を受ける。
送別会をやったばかりだから、色々複雑だけれども。しかし、堅い意思は心の中ではっきり決まっている。
何があろうと、この決意と意思だけは持ち帰る。どんな可能性が待っていようと、乗り越えてやる。
その先にあるものが、何かは分からない。何もかも、都合が良い未来なんて、ある筈が無いのかも知れない。
だけれども、やってやる。
送別会で、皆からおめでとうと言われた。
蜥蜴頭の男には、激励をされた。
この蜥蜴頭、どうも生前は人間だったらしく。そして本人曰く、「とんでもない鬼畜外道」だったそうである。
だけれども、長老に惚れ込み。
今では、長老のために働く事を何よりとしているそうだ。
少しずつ、心も決まってきていて。此処を抜けられるかも知れない目処も立っているという。
ただ、長老が上がりを迎えるのを見届けたい。
そうも言っていた。
そうなると、この蜥蜴頭が上がるのは、長老の後かも知れないなと、老翁は思ったのだった。
やがて送別会が終わる。
地鳴りがしはじめる。
来たな。
そう、老翁は思った。
4、光の果て
いつの間にか、元の姿に戻っていた。名前もちゃんと思い出せる。つまり無では無い。
此処は何処だ。光に包まれていて。
虚無そのままの場所であった彼処とは違った。
服は、死んだときに着ていたものだろう。
べったりと、血に濡れていただろうが。
それもなくなっていた。
「神様! 仏様でもなんでもいい! 答えて!」
上がりの先は、無かも知れない。
そう聞かされていた。
だけれども、無だとしても抜け出してみせる。絶対に、彼処に帰るんだ。そう、決めたのだから。
気付くと、光が強くなっている。
そして、頭に直接声が響いた。
「貴方はまたもがくでしょう。 一度では解決できないでしょう。 また罪を犯すでしょう。 貴方だけが生き残る事もあるでしょう」
「それでもかまわない! 絶対にこの覚悟と決意だけは持っていく! 間違えるとしても、間違えてはいけない間違いはしない!」
「貴方がいた場所は、何だか分かりますか?」
分からないと素直に答えると。
答えを聞かされる。
なるほどと、納得出来た。
そういう、ものだったのか。
そして、ふふっとおかしくなった。今話しているのは神でもなんでもない。いや、人間が定義する神に一番近い存在ではあるのだろうけれど。神そのものではない。だけれども、その神に近いものに。公平の権化に、今はすがらなければならない。
「お願い、元の世界に戻して!」
「……分かりました。 しかしその世界には、大きな力が干渉しています。 私が戻す事が出来るのは、貴方のその焼け付くような決意と覚悟だけです。 貴方があの場所で得た真相と知識は持ち帰れません。 それでも、かまわないのですね」
「かまわない! 私は救わなければならないんだから! 救うべき場所には、スペシャリストがたくさんいた! 協力すれば絶対に事態を打開できる! 最悪、私はどうなったっていい!」
「身を捨ててでも救おうというその覚悟、しかと受け止めました。 盤面を動かしている者達の干渉を排除して。 貴方の覚悟と決意、しかと送り込みましょう」
ふっと、気が楽になる。
よかった。
そんな可能性は無い。
そう諦めていた時もあった。
世界には無慈悲な運命を迎える人達もたくさんいる。この存在は人間が定義している神とは違う。最も近いが、違っている。
だがそれでもなんでもいい。
少なくとも、あの場所に戻って。決意と覚悟を宿したまま、何度だって事態の打開に挑んでやる。
敵がどれだけ大きくて強くたって負けるものか。
そう決めた。
ふと、思い人の声が聞こえた気がした。
困ったようなあの声。絶対に取り戻してみせる。絶対にだ。決意と覚悟は、確かに持ち込まれた。
突如天から降り注いだ大量の鉛玉によって、一瞬にして集落が更地になった。勿論何もかも木っ端みじんである。
再生した長老は、身を起こしながら、埃をはたく。
あの老翁。
いや、小娘は。
元の土地に戻れただろうか。
此処が何処かは分からない。或いは、本当の地獄で。やはり上がった先には無しかないのかも知れないし。それどころか、更に凶悪な地獄が、手ぐすね引いて待っているのかも知れない。
それにしても今回の災厄は何だ。
上空で、超高熱の鉛の隕石か何かが爆ぜ割れ、高音のまま振り注いだのだろうけれども。
だけれども、そんな隕石があるのか。
まあ、あるのだろう。
宇宙を相応に知っているつもりだが。まあ宇宙には意味不明な天体や、もっとよく分からない生物がたくさんいた。
鉛で出来ていた隕石があっても不思議では無いし。
それが炸裂して、鉛玉になって降り注いでもおかしくはない。
何より此処は、そんな法則がそもそも通じない世界なのだから。
再生していった皆を起こし、新入りを確認する。そして、手を叩いて、復興作業を開始する事をつげ。
皆を班分けして、動かし始める。
今回は泥などの除去が無い分、いつもよりむしろ楽かも知れない。
いずれにしても、あの老翁。いや小娘は、納得してこの土地を去って行った。やはり納得する事が条件なのだと、毎回思い知る。
そして自分は納得出来ていない。
当たり前だ。
この体でなければ、とっくに煮えたぎって全身を焼き尽くしてしまっている怒りの炎。
許すことなど出来ない己の所行。
何もかもが、とてもではないが。
納得など、出来る筈が無いものばかりだった。
新入りの動きが良くないので、手伝う。
この間去ったあの小娘はかなり頭が良かったが、今度の新入りは逆に頭があまり良くない様子だ。
めそめそしている。
泣くことは出来ないが。
これは、この世界の仕組みを理解するのも大変だろう。結構手間暇が掛かるかも知れないなと、覚悟も決めた。
まず家を建てる。
そして、それぞれに家を割り当てる。
新入りは、こんな家は嫌だとぶーぶー文句を言ったが。黙らせる。静かになった新入りに、少しずつ、この世界の事を話していった。
多分箱入りだったのだろう。
話をしていくと、何度も反発しながらも。しかし反発できないことに気付いて、少しずつ大人しくなっていった。
やがて恐怖を感じ始めたようなので。
それも、諭して行く。
諭すのにしばし時間が掛かった。
此奴は、此処を出るのに時間が掛かるだろう。
とにかく精神が弱い。
精神が強くて此処を出られなくなる者もいるけれども。しかしながら、精神が弱すぎても、納得などできない。
納得出来なければ。
待っているのは、永遠に此処に幽閉されるだけだ。
長老のように。
だから、幽閉を避ける為にも。
少しずつ、弱い心に光を差し入れていかなければならない。
それは畑を耕すに似る行為だが。
しかしながら、ここに来る者に長老は大きく影響を受けてきた。その影響を相手にもお裾分けするのだとも思い。
心を引き締める。
気を抜くとすぐに傲慢になってしまう。
長老というのも、単に此処で一番長くいて、一番有能だから、にすぎない。
客観的に有能であるから長老なのであって。
もっと出来る奴が来たら、長老の座を譲らなければならないだろう。
その覚悟は、いつでも出来ている。
なぜなら、もう覇王では無いのだから。
少し手間は掛かったが。
やがて新入りに、此処の仕組みを理解させることに成功。精神的にかなり幼い相手なので、少し手間も掛かった。
後は、少しずつ此処を理解し。
そして罪と向き合い。
納得するまでだ。
納得出来るかは本人次第。だが、他人が働きかける事で、意外な切っ掛けから納得できる事もある。
この間もその実例を見た。
或いは、長老も。
いや、無理だろう。
犯した罪の規模が違いすぎる。
だからこそ、自分でこればかりは、どうにかしなければならないのだ。この問題だけは。
自宅に戻ると、今何とかなりそうな面子について、見繕っていく。誰も彼も拗らせていて。
定期的に面談はしているけれども。
それでも、どうにもならない者ばかりだ。
だが、どうにかしてみせる。
この閉じた世界から、納得出来ない者を上がらせる。それが、今自分がするべき事なのだから。
それについては疑うつもりはないし。
わずかにでも贖罪になるのなら。
喜んで行うべき事だった。
ふと、空を見る。
何処かで、何かが解決した気がした。
あの小娘がやったのか。それともきっかけを作ったのか。小さなピースになったのか。
いずれにしても、気のせいかも知れない。
だが気のせいだとしても。
そうあってほしいと、心から願った。
(続)
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