そこは暗い部屋だった。 明かりは外部から差し込まず、無数の電子機器が鈍い光を放ち

部屋の中央には何かの模式図が宙に浮き、回転しながら淡く輝いていた。

中には一人しかいなかった。 部屋の入り口に背を向けたその男は、何やら機器を操作し

正面のディスプレイに無数の文字を浮かばせ、それを高速で読んでは動かし

やがてそれが一段落すると、唇を歪めて笑った。

「今回は早かったな。 何単位もった?」

「十万を、少し越えるくらいです」

「それはまた短かったな。 今回の原因は?」

男は振り返り、部屋に入ってきた者をみた。 刀を持ったその少女は、頭に手をやって応える。

表情は憂鬱そうで、表には出していなかったが、心の中では悲しみが嵐となり吹き荒れているようだった。

「核融合兵器による殺し合いと、それによってもたらされる放射能です」

「何処の人類も、全く飽きずに懲りずによくやるモンだ。

お前の自由を尊重する姿勢も大した物だが、だが覚えておけ。

自由と無法は違う。 自由は、その価値を理解し、ふさわしい責任を持った者が手にするものだ

それを理解せず、無制限と無制約を与える事は、自由と寛容とはいわんぞ

大いなる道には、自分の物も含めた流血が不可欠だ。」

「でも、だからといって・・・大陸ごと消し飛ばしたり、有無を言わさず種族ごと抹殺するのは・・・

私には出来ません。 それはあまりにも、私には傲慢に思えるからです。 ヴェルフ様。」

少女は俯きかげんに言い、男は苦笑して視線を中央のディスプレイに戻した。

「・・・まあ、ワシも理想世界を作れた例は少ないからな。

お前のやり口を頭から否定する気はない。 せいぜい頑張るんだな」

少女の気配が消えた。 男、ヴェルフと呼ばれた男は、机の上のグラスを手に取り、静かに傾ける。

「ワシもな、お前のやり方には期待しているんだよ。

失望させるなよ。 ワシの理屈が唯一無二ではないと、証明してみせるがいい。」

グラスの中の紅い液体は喉を熱く焼いた。 だが、ただそれだけだった。

情報を確認し、処理すると、男の姿もまた部屋から消えた。 後には機械音だけが残った。

 

超越者という存在がある。 生物としてのリミッターを、時間、空間両面から外す事に成功した者で

神という存在に似ているが、元が生物と言う事もあり、絶対的な力を持つわけでもなく

少なくとも唯一絶対の神とは、概念的に異なっている。

数も絶対的に少なく、〈世界〉に一人か、いたとしても二人しかいない。

この〈世界〉には、二人いた。 混沌と自由を是とする者、今一人は調和と束縛を是とする者。

二人は〈世界〉全土の、様々な星に散っていた生き物を

そして知的生命体〈人〉をそれぞれの方法で見守り、境界線を三次元空間に引いて、棲み分けていた。

一人は〈人〉を暖かく包み込み、それを見守り

今一人は〈人〉に厳しく干渉し、管理し、だが温かくも見守る。

成果は後者、男の方が、より多くをあげていた・・・

 

少女は業火の中を歩いていた。 それは文明が焼き尽くされていく業火だった。

自らが放った炎で、何時も人は焼かれていくのだった。

人の力以上で手助けはしない。 それが少女のやり方だった。

だから、星を壊滅に導く核戦争が起こる事が濃厚になっても、人々にその無意味さを訴えかけるだけで

力づくでそれを封じようとはせず、人を信じた。 そして今回も、また裏切られたのだった。

ビルの瓦礫の下に、手が見えた。 少女は刀を抜き、気合いと共にそれを振るい、瓦礫を吹き飛ばした。

「大丈夫? しっかりしてください!」

引きずり出した人を揺さぶり、少女は呼びかけた。

まだ、年端もいかない子供だった。 だというのに、武装し、潰れた銃を持っていた。

「神様・・・助けて・・・」

少年は事切れた。 少女は頭を振ると、瓦礫の一つを使って穴を掘り、遺体を埋めてやった。

この星が、生物が生きるのにふさわしい環境に整え、生き物が栄えるのを見守ったのはこの少女だった。

だから、概念的には神に近かった。 いや、生命の母胎たる、海に近かった。

海は信じ、見守った。 生物が現れてからは、一切手を加えようとせず

人が現れ、他の生物を食いつぶしていくのも、生物の必然だと考えて見守った。

どんなに自分を蔑み、利用しようとし、無礼に振る舞っても許した。

そして今回も、最終的には、〈人〉は全ての生物を巻き添えに滅びていった。

この星は、程なく、この星に生きた人間の、他の全ての生き物も強制的に埋葬した巨大な墓となった。

強烈な放射能が満ちてはいたが、少女にはそよ風にも等しかった。

だが、いつもこの光景は、彼女を疲れさせるのだった。

「神様、ですか。」

少年の最後の言葉を思い出し、少女は熱に溶け、蒸し焼きになっていく都市へ振り返った。

「何処の星の歴史でも、それを作ってきたのは其処に生きていた者達です。

苦しい生活の中、神に頼るのは仕方がないです。 でも・・・

概念存在である神以上の力を持っても、何故都合のいいときだけそれに頼るんですか?

どうしてより弱い者を平気で犠牲にし、自滅する事が出来るんですか。」

応える者などいるはずもない。 海たる者の問いには、誰も応える事など出来なかった。

「だから、ワシは、ある程度の力を振るう事は仕方がないと考えているんだよ」

敬愛する今一人の超越者の言葉を思い出し、少女は苦笑していた。

自分の根本姿勢を否定しては、今までしてきた事が意味のない事になる。

「もう少しだけ、信じてみます。 ・・・それでいいですよね、ヴェルフ様。」

少女は呟くと、その星からかき消えた。

星が穏やかな土地を取り戻したとき、少女はまた訪れる。 そして、生き物が繁栄する手伝いをする。

〈もう少し〉は、随分と長い時になるかも知れない。 だが、彼女はそれを後悔してはいない。

何故なら、彼女は海たる存在だから。

生物を見守り、優しく包む、海なのだから。