闇黒の雪
序、そのものの根源
仕事が一段落したところで、トトリはアーランド王宮に出向く。既にトトリの冒険者ランクは9。
地位が、備わっている。
つまり、トトリの正式な訴えは、王でも無視できないのである。
トトリは、直接一なる五人と接触した。そして、彼らの目的が、生命の根絶である事を確認した。
問題は、どうしてそのような事をもくろんでいるのか、だ。
はっきりさせたい。
深淵を覗き見ることが、非常な危険を伴う事は理解している。それでも、全く存在が見えない相手と戦うよりも、遙かにマシだ。
時間が厳しいのは、分かっている。
しかし、ランク10冒険者と、国家の重鎮クラスとは、出来るだけ情報を共有したかったのである。
王宮に出向いてから、トトリは。
地下に通された。
何となく分かる。
自分が巻き込まれ、振り回されてきたプロジェクトは。きっと此処で、色々と相談されていたのだろうと。
地下深くに会議室があり、其処には円卓が。
此処は、アーランドの最深部。闇の中の闇だ。
王様が、姿を見せる。一礼もそこそこ、最上座に。ロロナ先生と、クーデリアさん。それに、ステルクさんも来た。
眼鏡を掛けた、美しい女性。
容姿から何となく見当はつく。
あの人が、ロロナ先生の師匠である、アストリッドさんだろう。非常に表情が険しいのもそうだけれど。色々と噂は聞いている。アーランドでも、屈指の危険人物。物騒な噂を、幾つも聞いている人だ。
少し前までは、ある程度愉快な側面も見せていたそうなのだけれど。
ロロナ先生が一人前になった頃、とんでもない事件が起きたとかで。それ以降は、事実上誰にも心を開いていないらしい。
ロロナ先生が悲しそうな目で見ているけれど、しらんふり。
というよりも、もはや他人に興味があるようには思えなかった。
エスティさんは今、かなり離れた地点にいるとかで、会議には参戦できない。
他に大臣クラスの文官が何名か参加。
ランク9冒険者の中でも、トトリが知っている有名人が何名か、円卓につく。みな、前線から戻ってきたのだろう。
トトリがレポートを配ると。
すぐ、皆目を通し始める。
脳筋だという噂もある戦士も、である。
以前何度か会ったことがある雷鳴さんも、円卓にはついていた。最初に挙手したのは、風格ある老戦士である、彼だった。
「一なる五人と接触した経緯については分かった。 しかし、抽象的な内容だな」
「はい。 しかし、見えてきたこともあります。 彼らは既に、五人の人間では無く、一つの存在とみるべきです」
「……ふむ。 続けよ」
陛下が続きを言うように促す。
皆の視線が集まる中、トトリは続けた。
「生命の根絶という目的が、どのような利益を彼らにもたらすのかは分かりませんけれど、はっきりしている事があります。 これは戦争では無くて、一なる五人「個人」との交戦だと考えるべきです」
国家の利益が絡むのが、戦争だというのは、トトリにも分かる。
其処には利権がそもそもの主題となり。
戦争で行われるのは、あくまで利権の争奪なのだ。
戦略も戦術も、そもそも其処に起因している。
しかし、スピアは違う。大量のモンスターで無意味に殺戮を繰り返し、奪った土地は荒れ果てた荒野に戻している。
各地の街ではジェノサイドを行い。
降伏した人々でさえ、もののように扱い。そして捨て。手足となる筈のホムンクルス達でさえ、あまりにも非道に使っている。
「生命の根絶か。 アストリッド。 そなたはどう思う」
「さあ。 私には何とも」
「アストリッド……!」
「目くじらを立てるな、ステルク。 そもそも生命の根絶などをして、どのような利益があると言われても、分かるものか。 ただ分かるのは、尋常ならざる狂気と闇が宿っていることだけだ」
アストリッドさんは、ステルクさんにたしなめられても、周囲を拒絶する空気を解除しない。
この人は、本当にあらゆる全てに興味が無いのが分かる。
生きている事さえ、どうでも良いのかも知れない。
ロロナ先生が、続けて話を振られた。
先生は、かなり真面目に答えた。
「以前、一なる五人は少しだけ見た事があります。 彼らは名前の通り、本当に一つになってしまったのだとすると。 ……あまり考えたくはありませんが、ひょっとすると、自分たち以外の全てがどうでもいいのかもしれません」
「それで、一なる五人か」
「はい。 一なるというのは、五人で一つという意味では無くて。 全ての存在の根源である一、或いは世界の全てである一、なのでは」
トトリはなるほどと思う。
確かに、それは考えられる事だ。
そして、もう一つ。
一なる五人は、言っていた。
世界中に、根を張り巡らせたと。彼らの言う世界というのが、この大陸だけだとは、とても思えない。
破滅の日は近い、というのは何だろう。
何か、とてつもないことが起きつつあることだけは、事実だ。
「いずれにしても、放置しておけまい。 本来のスピアに対する戦略と並行して、連中のくだらん計画を潰すための手を打つ必要がある」
「わざわざ口にするという事は、余程の自信があるのだろうがな」
ステルクさんに、皮肉たっぷりにアストリッドさんが返す。
咳払いしたのは、クーデリアさんだ。
「私に考えがあります。 トトリ。 東大陸に向かえるかしら」
「状況が落ち着いた、今なら」
「ロロナ、貴方も同行してくれる? 出来るだけの手練れをつけるから、東大陸の斥候をして来てちょうだい。 今、前線の状況は落ち着いているし、これくらいの力は割けるわ」
「分かったよ」
ロロナ先生が来てくれるのは、心強い。
クーデリアさんは、此処を離れられないだろう。それは残念だけれど、仕方が無い事だ。
陛下が立ち上がる。
「全ては、東大陸の状況を探ってから、だな。 あれとの連絡が途絶えてから時間も経っているし、そろそろ新手を派遣するのも頃合いだろう」
「あれ……ですか」
「以前一人、東大陸に派遣した者がいる。 ひょっとすると、そのものとも出会うことが出来るかも知れないな」
陛下がそう言うと。
さっと、ロロナ先生が青ざめるのが分かった。
それで、何となく分かる。
でも、敢えて。トトリは、此処では言わなかった。
会議はそれからも続いた。
現在、前線の敵はガチガチに守りを固めていて、とても手出しが出来ない状況だという。
アーランドに対しては守りを固め。
北部列強に対しては、攻勢を強める。
それが、スピアの基本戦略であるらしい。
そうなってくると、敵を崩すために、如何に戦略的な手を打つかが重要になってくる。
メリオダス大臣が出してきたのは、予算の書類だ。
去年の予算は、かなりホープ号の建造に圧迫されている。如何に色々な方面から、あの戦艦を作るための資材を調達したのか。
そして、この国が、戦略上の重要案件と見なしていたのかが。これだけでも明らかだ。
来年からは、緑化計画と同時に、アーランド王都の拡張も行うらしい。
一部の城壁を壊して。城壁を緑化が成功した地域のすぐ側にまで広げ。空白地帯を、工場にするつもりらしいのだ。
それと同時に、三年計画で、ホープ号の二番艦を建造。
更に、サイズをかなり縮小した小型戦闘艦を作り、やはりスピアの東海岸を攻撃させる予定だという。
この小型艦は最終的に十番艦まで造り。
ホープ号二番艦を旗艦として、艦隊を結成する予定だそうだ。
それまでは、ホープ号はトトリが、東大陸に渡る際に主に使用。アーランドの艦隊は、帆船を中心としたものとなる。
「敵の沿岸地域を圧迫することで、戦力を分散させます」
メリオダス大臣は、やはりよそ行きの顔を、以前は見せていたのだろう。陛下に対しては、とても従順な姿勢での言動を見せていた。
一方、クーデリアさんは、それに反対する。
「先ほどのトトリの情報を見る限り、敵は恐らく、まともな戦略などを意に介さない可能性が高い。 勿論前線を突き崩せれば優位に立てるでしょうが、今するべきは、一なる五人を探し出し、討つことでしょう」
「敵の勢力圏をそのためには拡大させるわけには行きますまい。 ただでさえ北部の列強は今押され気味です。 北部の列強が瓦解すると、倍以上の戦力が、南部の辺境諸国に迫るという試算もあります」
「メリオダスの案を良しとする」
「……」
クーデリアさんは黙り込む。
陛下の発言は絶対のようで、逆らうことは許されていない様子だった。
発言自体は自由に出来るのだけれど。
最終的な決定権は陛下にあって。
そして、覆すことは許されない。
それが、この国の最深部の構造。海千山千の猛者達をまとめてきた陛下の、強みと呼べるものなのだろう。
予算は覆らず。
結果として、アーランドはスピアの軍勢を前線から駆逐し。正面の安全を確保してから、敵陣を探り。
そして、一なる五人を叩くという戦略を採る様子だった。
トトリとしても、問題は無いと思う。
クーデリアさんは、時間がないので、賭に出るべきだと判断したのだけれど。メリオダス大臣は、敢えて慎重案を提案したのだ。
メリオダス大臣だって、状況の危険性は理解できているはず。
しかし、焦って大敗でもしたら、元も子もないというのだろう。
「次。 前線にいる敵部隊の駆逐作戦について」
「はい」
今度、立ち上がったのはステルクさんだ。
話が始まる。
現在、アーランド北部にある最前線では、三万ほどの敵が幾つかの防御拠点を構築して、ガチガチに守りを固めているという。
これからロロナ先生が抜ける事を考えると。
ステルクさんとクーデリアさん。アストリッドさんと陛下だけで、この軍勢を叩く必要が生じてくる。
この間、ホウワイで戦った二線級とは違う、一線級の。それも、統率が恐ろしいまでに取れた敵の軍勢、およそ三万。
しかも、攻勢に出ている部隊を、防御陣地と連携して迎撃するのでは無い。
防御陣地に籠もっている三万を、此処の四人を含む戦力で、攻略しなければならないのだ。
如何にアーランドの精鋭が一騎当千と言っても、ものには限度がある。
更に言うと。北部の戦線が押し気味である以上、スピアはまだまだ増援を繰り出す余裕があると言う事だ。
そしてあの一なる五人の狂気。
彼らは、恐らく。
部下が死ぬ事なんて、何とも思っていない。
全ての生命を殺し尽くすことが目的である以上。配下のホムンクルスもモンスター達も、例外では無いだろう。
幾つかの作戦案が提案されるけれど。
いずれもが、奇策の類。
完全に守りを固めて引きこもっている相手を叩くには、難しいとトトリさえ思った。結局、敵に積極攻勢を続けて、隙をうかがうしかないのか。
しかし、一度決定的な打撃を受けた敵は。
もう、此方の挑発には、乗ってこないのでは無いのか。
そもそも、北部の列強を潰すまでの押さえとして、守りさえ固めていれば良いというのが、国境の敵の戦略で。
しかも、増援を期待出来る状況。
無理をしたり、手柄を焦る必要さえない。
何しろ。相手は全てが洗脳されているのだから。
「しばらくは、攻撃をしながら、敵を確実に削っていくしかありません」
やはり、手など思いつかないのだろう。
ステルクさんも、そう締めくくっていた。
陛下も、それで良いだろうと納得。
会議は、其処でしめとなった。
会議が終わって、アーランドの重鎮がぞろぞろと出て行く。トトリは最後まで残っていたけれど。
ロロナ先生に促されて、一緒に地下を出た。
「ロロナ先生」
「ん?」
「ひょっとして、東の大陸にいるのは。 私の知っている人ですか?」
「鋭いね」
ロロナ先生は、明言しないけれど。
これで、判断できた。
ひょっとするととは思っていた。しかし、希望が出てきただけ。ずっと連絡が取れていないというのが気になる。
恐らく、東の大陸にいるのは。
トトリの、お母さん。
ギゼラ=ヘルモルトだ。
1、海の果てへ
アランヤに戻ってくると。
一騒ぎが起きていた。
ホープ号に、なにやら巨大な人型が積み込まれようとしている。その大きさたるや、横にしても、甲板の二割弱ほどを独占してしまう規模だ。
「オーライオーライ! 慎重にね!」
「マークさん?」
トトリが小走りで行くと。
マークさんは、いつも以上に無精髭だらけの顔で、にんまりと笑った。
「やあ、戻ってきたね」
「あれはなんですか」
「僕が作り上げた、夢の結晶だよ! 名付けて、マク!ヴェリ!オン!」
胸を張って自慢するマークさん。そう言われても、何のことやらさっぱり分からない。
とにかく、積み上げは終わった。
布が被されていて、遠目には正体が全く分からないけれど。とにかく、とてつもなく巨大なことだけは確かである。
大型のドナーンと同格か、それ以上。
とてつもない怪物だ。
ロロナ先生が来たことで、港に緊張が走る。これから、非常に厳しい任務になると、理解したのだろう。
106さんが来た。
補充の人員と合流し、一個小隊の規模に回復した部下達を整列させる。
トトリはアトリエに戻って、ちむちゃんを連れ出した。この様子だと、一人は連れて行くべきだろう。
悪魔族は、ホウワイにガンドルシュさんが残って、ごっそりいなくなったけれど。代わりに、以前お世話になったシェリさんが、十名ほどの悪魔族を連れて合流してくれた。
更に今回は、クーデリアさんの書状が来ている。
メルお姉ちゃんとペーターお兄ちゃん。それにお姉ちゃんも、船に乗ってついてきてくれる予定だ。
勿論、マクヴェリオンとやらを操作する目的で、マークさんも。
ジーノ君もミミちゃんもついてくる。
船の上から手を振っているのは、ナスターシャさんだ。
一通りの戦力は、揃っているという事だ。
この戦力なら。
フラウシュトライトが敵にでもならない限り、押し通る事が出来るだろう。
既に、荷物は船に積み込み終わっている。
何度か出航して、港での扱いも慣れたのだろう。必要な分の食糧は、既に充分に用意されているし。
戦闘を想定して、医薬品も充分。
後は、医療スタッフだけれど。これに関しても、ランク6の医療魔術師が二人、乗り込んでくれることになった。その内一人は大ベテランの老齢魔術師で、気むずかしいけれど非常に頼りになる。
彼女らの他にも、冒険者が数名、同行してくれる。
いずれもが戦闘経験豊富なベテラン勢。滅多な相手に、遅れを取ることは無い古強者達だ。
トトリがホープ号に最後に乗り込み、出航の準備完了。
船が、アランヤを離れる。
一度、ホウワイによって補給を済ませて。それから、東大陸に行く。
まだまだ復興は遠い状態だけれど。
既にホウワイには、必要な人員を輸送済みで。向こうでは、漁をして、食糧の自給は出来る状態になっている筈。
勿論念のため、連れてきたちむちゃんには、毎日食糧と、医薬品を、増やして貰う。
いずれも、念のためだ。
出航してしばらくはばたばたするけれど。
それでも、丸一日もすれば落ち着く。
だから、そのタイミングを見計らって。ロロナ先生に、話を聞いておくことにする。
ロロナ先生は。
今回も、近衛のホムンクルス達を連れてきている。
この間の戦いで、悲惨な死に方をしたグラスラスを思うと、胸が詰まる。残虐に人を殺して、討伐はしなければならなかったのは分かっている。
しかし、それでも。
あの悲惨な死に方には、一片の救いも無かった。
ロロナ先生は、ホムンクルス達と一緒に、甲板の舳先にいた。
見据えている先は、何だろう。
空だろうか。
それとも、水平線だろうか。
「ロロナ先生」
「どうしたの?」
「お話があります」
ロロナ先生が頷くと、ホムンクルス達が、ローブを被ったまま側を離れる。そして、ご丁寧にも、空気の壁を作って、音を遮断してくれた。
ロロナ先生に、絶対の信頼を寄せているからこその行動だろう。
忠義という点でも。これほどのことが出来る戦士は、たぶん中々いない。
「東の大陸について、教えてくれませんか」
「詳しいことは分かってないよ。 ただ、とても寒冷な気候で、まだ人は滅びていないって事。 私達に情報を送っていた人は、隠れ里みたいな場所を拠点にして、周囲の情報を集めていたみたいだね」
「隠れ里、ですか」
「予想以上に、状態が良くないみたい。 モンスターが多いって言う話だったんだけれど、たぶん違う。 スピアが、ううん、一なる五人が、モンスターを暴れさせているんだろうね」
それが、合理的な判断だろう。
トトリも、その意見に賛成だ。やはり、よその大陸にも、一なる五人の魔の手は伸びていた、とみるべきだ。
そして、説明もつく。
もしも、東の大陸に渡っていたのがお母さんだったら。そのずぼらな性格で、精密な情報なんて、送ってなんかいなかったんだろうから。
「ロロナ先生は、どう思いますか?」
「ん、何が」
「東の大陸も、一なる五人が魔手を伸ばしているのなら。 一体どれだけの人々が、一なる五人に。 いや、人だけじゃない。 植物もモンスターも。 あらゆる生物が、苦しめられているのか」
「ほら、また」
おでこを軽く突かれた。
そうだ。いけない。
フラウシュトライトの時と、同じように。心の闇を、抑えきれなくなる所だった。
つとめて冷静に。
冷静に怒れ。
静かに相手を分析し。
そして、知る。そうすることで、戦う事も。或いは、この愚かしい事を、止めさせることも。出来るかも知れないのだ。
「一なる五人については私も詳しくは知らないけれど。 たぶんトトリちゃんが言うとおり、自分たちを融合させているとみるべきだろうね。 ホムンクルスの技術を利用したのか、それとももっと根源的な、いにしえの技術なのか分からないけれど」
「もしそうだとすると……」
「非常な巨体になっていると思う。 本体を分散させるのも難しいだろうし、何処かに潜んでいると見るべきだと思うよ。 それに、恐らく、それはアーランドの近辺だろうね」
詳しく聞きたい。
ロロナ先生の話によると。
世界各地には、まだまだ生きている遺跡が残っているという。中には、遺跡同士の空間をつなげて、モンスターを送り込むことも出来る機構も付いているという。それを利用すれば、或いは。
しかし、此処で問題がある。
「私の作ったアーランド王都とアランヤの通路もそうなんだけれど、転送には限界があるの。 人間時代によそに移って、融合体になったという可能性もあるけれど。 その可能性は低くて、たぶん此方で融合体になって、何処かの遺跡に潜んでいると思う」
「どうして、ですか」
「遺跡の掌握って大変なの。 一なる五人は、保身に掛けては徹底していると思うから、たぶん旧スピアか、その近辺。 アーランドからもそう遠くない地域の遺跡を掌握して、其処に本体をおいていると思うよ」
なるほど、参考になる。
一礼をして、自室に戻ると。
無言でしばらく棒を振るう。部屋に戻ってきたミミちゃんが、無言のまま、訓練用の槍で相手をしてくれた。
体を動かしていると。
雑念から、自由になれる。
数日が経過。
ホウワイに到着。
相変わらず、禍の爪痕は色濃く残っているけれど。ガンドルシュさんをはじめとする悪魔族は精力的に土地の回復に動き。既に送り込まれていた緑化チームと一緒に、作業を進めているようだった。
幸い、幾つかの川があって、水量は豊富。
八十名ほどの村民達も体調の回復が進んでいて、悪魔族と一緒に野良作業をしている人も目立った。
お酒の様子はどうかと思ったけれど。
既に、蒸留装置は動いていて。トトリのレシピ通りに、お酒を造り始めている。
トトリには、まだ味見は出来ないけれど。
ロロナ先生が味見をしたところ、良い感じに仕上がっているそうだ。お魚の旨みがお酒に溶けていて、とても個性的な味らしい。
勿論、名物以外の普通のお酒も造られ始めている。
売る分以外は、飲んでしまって構わない。
元々怠け者だった島の人達だけれど。しかし、今はもう怠けているわけにはいかない。
何より、絶望から立ち直ったのが大きいのだろう。
お酒を楽しみに。
島が復興する未来を夢見て。
皆、真面目に働いているようだった。
まだ、殆ど回復には到っていないけれど。それでも、少しずつ、島は生き返りつつある。十年くらい、時間を掛ければ、或いは。
ガンドルシュさんに、話を聞く。
やはり、かなり厳しいという答えが返ってきた。
「非常に強力な毒物が撒かれている。 しかもこれは、世代を超えて土地をむしばんでいく代物だ。 世界中に撒かれたおぞましきナノマシンほどではないが、この土地がよみがえるには、時間が掛かる」
「でも、何とかなりそうですか」
「してみせる」
「安心しました。 お願いします」
頷くと、ガンドルシュさんは、塩漬けにしたお魚を、たくさん分けてくれた。
これで、東大陸までの食糧は充分。向こうに一月滞在して、食糧が一切得られなくても、船員は飢えることがないだろう。
王族の男性もいた。
前回は名前を聞く暇が無かったのだけれど。今回は名乗ってくれる。アル=ラルウ=クラーダ=ホウワイというそうだ。
アルさんに不自由がないか聞いてみると。不自由だらけだと帰ってきた。
苦笑いしてしまう。
「昔の、この島が平和だったわずか三年前の事が、五十年も前の事のようです。 あの時、少しでも戦士達を育成して、備えていれば。 こんな悲劇は、防ぐことが出来たのかも知れません」
「同じ過ちは、繰り返さないようにしましょう」
「分かっています。 偉大なる英雄トトリよ。 貴方が救ってくれたことは島に語り継ぎ、戦士達を育てなければならない教訓として語り継ぎます」
やっぱり、そんな風に言われると、もの凄く恥ずかしい。
顔から火が出そうだったけれど。
それでも、好意を無碍にも出来なかった。
出航。
此処から東は、バリベルト船長にとっても、未知の領域だ。羅針盤を見ながら、少しずつ東に行くしか無い。
そして、二日も過ぎると。
露骨に、天候が代わり始めた。
気温が、極端に下がりはじめたのである。
想定よりも、かなり早い。
極寒の地だと言う事だったから、持ち込んだ服を途中からちむちゃんに増やして貰って、手が空いている人達と一緒に、防寒着として繕い直していたのだ。これは今のうちに、更に備えておく必要がある。
アーランド戦士は多少の気候変動くらいではびくともしないけれど。長時間の戦闘が続くと、それでも不覚を取る要因になり得る。
小型船を水面近くまで降ろして、大型の魚を狙う。
ミミちゃんにも来て貰って、銛で突く要領で、魚を仕留め。そして仕留めた魚を調べて、皮が使えそうなら、剥いでなめした。
大型の海棲ほ乳類も見かけた。
申し訳ないけれど。食糧を得るのと同時に、皮も欲しい。
勿論、生態系に影響が出ない程度の数だけを取るように、細心の注意を払う。海の資源は、有限だ。
あまり無体に採っていると、絶滅してしまう。
一頭だけ、仕留める。
ミミちゃんが槍で突こうかと聞いて来たけれど。トトリは首を振って。小型船を寄せると、自身の棒で撲殺した。
甲板にあげた大柄な死骸。
皮を剥いで、脂肪を切り分け。内臓を取り出し、血を受け取って溜める。
陸の獣とはだいぶ捌き方は違うけれど。
一度解体してみると、後はそれほど難しくも無かった。
牛刀を使うと、驚くほどスムーズに捌ける。内臓も燻製にして、保存食に。皮は非常に分厚くて、防寒着に最適だった。
すぐに加工して、ちむちゃんに増やして貰う。
二人連れてくるべきかなと悩んだけれど。トトリも余裕がある時に、デュプリケイトを使って、増やす。
以前より負担がぐっと減っていて。
防寒着を増やすくらいなら、どうにかなる。
ただ、持ち込んでいるお薬を増やしていくと、やはりかなり負担が大きい。この辺りの負担がどういう風に決まっているのかは、正直よく分からない。
悪魔族は、自身の魔術で、寒気を防ぐことがある程度出来ると言う。特に飛べる戦士は、得意だそうだ。
問題は、それ以外の戦士達の分。
手袋やコートを先に。順番に、防寒着を作っていくと。
東に行けば行くほど、気温は下がっていった。
非常に寒い。
雪が降り始めている。海上なのに、気を抜くと、船の甲板に分厚くつもってしまうほどだ。
ロロナ先生とナスターシャさんが、熱の魔術で処理してくれるけれど。
それも、絶え間なく降ってくる状況だ。水になった後はすぐに掻き出さないと、凍って更に酷い事になる。
船内もかなり寒い。
マークさんが、動力炉から、艦橋に来た。
「こりゃあたまらんね」
「何か良い手は……」
「正直ないなあ。 ロロナさんにずっと熱の魔術を掛けて貰うにしても、いざというときに疲弊していては意味がない。 一応密閉すれば少しはマシになるがね、そうすると息が苦しくなる」
これは、困った。
しかし、バリベルト船長によると、潮流が変わっているとかで、あと一日か二日で東大陸につくという。
「少し無理をして、防寒着を増やします。 更に寒くなることが予想されますし、今回は偵察ですから」
「そうだね、それが良い。 次に来るときは、もっと本格的に備えよう。 まさかこんなに寒くなるなんて、流石に予想しなかったよ」
ぼやきながら、マークさんが動力炉に戻っていく。
ロロナ先生が、疲れた様子で、甲板から戻ってきた。雪を処理しても処理してもきりがないのである。
ちむちゃんを、もう二人くらい連れてくれば良かったか。
しかし、今更後悔しても仕方が無い。
出来た分の防寒着を配る。
戦闘要員から最初に。船の中で、厚着をしていれば、少しはマシだからだ。悪魔族も、少し我慢して貰う。
一方、海獣の皮を剥いで作った防寒着は、大変に素晴らしい。
恐らくこの辺りの、低水温になれた生物だからだろう。尋常では無い保温効果を備えていた。
船の外は吹雪になる。
手袋も、しっかり作っておく。凍傷で手足の指を失うことは避けたい。
まあ、指くらいなら再生するけれど。戦闘での活躍が、それだけ失われることになるからだ。
ジーノ君は甲板で、元気に雪の処理を手伝っている。
元気で羨ましい。
トトリはいつの間にか。
無邪気に楽しむ事も、なくなっていた。
海岸が見える。
小さな島の可能性もあったけれど。まずは上陸するべきだろう。物資を補給もしたいし、出来れば人間とも接触したい。
それにしても、何という白い陸か。
雪が分厚く積もっていて、遙か先まで真っ白だ。木々がある所から見て、自然は全滅していない。
スピアの攻撃があるにしても。
まだ全土を荒野に変えてはいないのだろう。
上陸できそうな岸を見つけたので、接舷。恐ろしいほどに寒いけれど、雪は幸い降っていない。
大地に降り立つと。
膝くらいまで、一気に雪に埋まった。
しかも海岸線でこの有様だと、内陸はもっと積もっていると見て良いだろう。おもわず、ひっと小さな声が漏れてしまった。
「スゲーな!」
大はしゃぎするジーノ君。
脳天気で羨ましい。
ミミちゃんは大丈夫だろうかと思っていたら、案の定、歩いている内に腰くらいまで埋まって、口をへの字に結んでいた。
「まずは偵察に向かいます」
「お願いします。 くれぐれも気を付けて」
シェリさんが提案してくれたので、フォーマンセルで周囲の偵察をして貰う。空を飛べる戦士が多いのが救いだ。
その間に、辺りの安全を確保。
ベテランのアーランド戦士達も。この凄まじい雪ははじめて見る代物らしく。困り果てている者が多かった。
「何だこれ、どうするんだ」
「身動きが取れません」
106さんが困り果てた様子で此方を見てくる。ちょっとばかり、まずいかもしれない。
ロロナ先生とナスターシャさんに手伝って貰って、周囲の雪を溶かして、どける。これでどうにか身動きが取れるようにはなった。
下の方は雪が圧縮されて、固まっている。
凍っているというべきなのだろうか。
「はじめて見る光景です」
「大陸北部の一部は、こんな風に雪が積もって、年中溶けないとか聞いているけれどねえ」
マークさんが、ぼやく。
地面が凍っているので、陣地を作るのも一苦労。杭を埋め込むだけでも、相当な労力を必要とした。
何とかキャンプを作ったときには。
屈強なアーランドの戦士達とホムンクルス達でも、へとへとになっていた。
幸い、枯れ木には困らない。
ただ、雪に埋もれている木は、非常に湿っている。そのままだと、火をつけるのはかなり難しい。
これは、現地にいる人と、早めに接触して、此処での生活手段について、聞くべきだろう。
此処まで環境が違うと。
世界最強を誇るアーランドの精鋭でも、力を発揮しきれない。
どうにか苦労して、火を熾して。
温まることで、ようやく一息がつける。
偵察に出ていた悪魔族達が、その頃になって、ようやく戻ってきた。
「東に集落を発見! 此処からだと、歩いて半日という所です」
「海岸沿いに、巨大な塔を発見! 規模からして、灯台とは思えません! ほぼ間違いなく、いにしえの遺跡かと」
「さて、どうしようか」
ロロナ先生が笑顔で促してくる。
流石にこの寒さだ。
半数ほどの戦士は、船に戻って貰って、暖を採っている状況である。寒さに慣れて貰う意味もあって、船を下りている戦士達も。これでは、動きが取れなくなりかねない。
森の中から、大型のモンスターが、此方を伺っている。
気配の消し方は下手で、大した戦闘経験は無い様子だ。ミミちゃんが矛をとって立ち上がると、ジーノ君を促した。
「狩りに行くわよ」
「俺一人で充分だよ」
「未知の地域にいる相手よ。 念のため」
ミミちゃんの判断は正しい。
もっとも、ジーノ君の見立ても、また正しかった。
すぐに二人は、真っ白い毛皮の熊を抱えて戻ってくる。此奴だけで、今日分の食事はカバーできるほどのサイズだった。
お肉を口に入れると、流石に温まる。
骨も砕いて、軟骨を出して、料理し。
内臓も綺麗に皆で食べ終えると、ようやく人心地つく事が出来た。
「みなさん、此方に」
トトリが、手袋越しに手を叩くと。
主要メンバーが集まってくる。
皆を見回してから、トトリは方針を伝えた。
「まずは、集落に。 其処で状況を確認後、余裕を見てから遺跡に向かいましょう」
「遺跡は後回しなのか? 何だよー」
「情報収集が先よ」
不満を露骨に口に出すジーノ君だけれど。ミミちゃんが、正論を言ってしっかりたしなめてくれた。
集落は森の中にあり、人間族のものかは分からないと言う。ひょっとすると、スピアの前線基地かもしれない。
問題は、キャンプを張るのでさえ、これだけ苦労している状況で。
半日も歩くような距離を、どうやって雪を避けて行くか、だ。
荷車を押していくのも厳しい。
以前、大雨の中の、山中の撤退戦を経験したことがあるトトリだけれど。それと同レベルの難行になりかねない状況だ。
挙手したのは、マークさん。
「今こそ、マクヴェリオンの武威を示すときだね!」
「そのマクヴェリオンというのは、あの大きなものですか?」
「そうさ! 蘇りしいにしえの武人! 僕が生涯を掛けて作り上げようと思っていた機械の神さ!」
すごく、嫌な予感がする。
マークさんはいつも背負っている機械の箱から、アームを出して。複雑な機構が付いた箱を、白衣から取り出す。アームと連携しながら、その箱をなにやら触り始めると。ホープ号の方で、大きな音がした。
みんな、愕然として、其方を見る。
覆いを払って、立ち上がり始めるそれは。
機械で出来た、巨大な鉄の人型。
「あれは、ガーディアン!?」
「知っているんですか、ロロナ先生!」
「うん」
主に、古代の遺跡で見られる、いにしえの防御兵器だという。人は乗っていなくて、自動で何かを守る事が多いのだとか。
そのガーディアン、もといマクヴェリオンは。
全体的には人型だけれど。丸っこくて、そして動きそのものもあまり早くない。
ただ、とてもパワフルで。
船から飛び降りると。キャンプを飛び越えて、雪の中に着地。
凄まじい衝撃で、辺りが揺れた。
106さんが、青ざめてどん引きしている。
「ハッハ! 見たかね! このマクヴェリオンなら、雪の中の行軍なんてものともしないよ!」
「こんなもの、良く作れましたね」
「あまったホープ号の装甲と、今までいにしえの遺跡で集めて来たパーツ。 それに、何より。 トトリ君が情報を持ってきてくれたホープ号の仕組みを応用したんだよ」
いつになく饒舌なマークさんが、マクヴェリオンを操作。
ぶきっちょに頭を下げて、礼をするマクヴェリオンは。何だかとても紳士的で、ユーモラスな存在に見えた。
直立してみて分かるけれど、背丈はトトリの十倍ほどはあるだろうか。
これなら、生半可なモンスターに遅れなんて取らない。スピアの軍勢でも、小規模だったら、真正面から蹴散らせるはずだ。
いや、まてよ。
遺跡の中には、生きたガーディアンもまだ健在の筈だ。
スピアがそれを持ち出したら。
ロロナ先生が、トトリの思考を読んだのか、笑顔で言う。
「大丈夫。 ガーディアンは遺跡から出られないよ。 いにしえの遺跡とリンクして動いているみたいだから、遠くへは行けないみたいなの」
「でも、このマクヴェリオンは」
「たぶん、外側だけしか同じじゃないんだよ。 操作もマークさんがしているみたいだし、ね」
いずれにしても、だ。
この巨体、雪を押しのけることも容易で、盾にもなる。
ちなみに動力は、ホープ号と同じく魔力。時々ロロナ先生が補充してあげれば、半永久的に動くそうだ。
側で見ると、装甲は確かにプラティーン。
丸みを帯びた装甲で、これは確かに斬撃や射撃を弾くはずだ。
「ペーター君、マクヴェリオンの肩に乗ってくれ。 狙撃手の君の目で、奇襲を防いで欲しい」
「良いか、トトリ」
「マクヴェリオン周りの事は、マークさんに任せます。 半日ほど歩いて掛かる場所だとすると、そろそろ出た方が良いでしょう」
全員で行って遭難でもしたら、目も当てられない。
マクヴェリオンを操作するマークさんと、奇襲を警戒するペーターお兄ちゃん。後はトトリとロロナ先生に加えて、ミミちゃん。
後は、シェリさんを含む悪魔族の四名に来て貰う。
これは、いざというときに、伝令となって貰うためだ。空を飛ぶことが出来る悪魔族の戦士は、偵察でも伝令でも大きな力になってくれる。
マクヴェリオンが、さっそく雪をかき分けながら、黒金の体を動かし始めた。
歩みは決して早くないけれど。
元が巨体だ。
人が歩くくらいの速度で、雪をかき分けながら、進むことには成功していた。
2、雪の世界
何処までも続く雪の野。
星は幸い、あまり代わらない。時々六分儀を使って星を確認しながら、夜の世界を進む。
分厚い防寒着を着ていても、寒い。
ロロナ先生が寒さを緩和する術式を展開してくれているけれど。それも、戦闘になったら、解除するしかないだろう。
「ペーター君、敵は?」
「今のところ、敵影無し。 モンスターは時々此方を伺っているが、興味を持っているくらいだな」
「そうかそうか」
マークさんはご機嫌だ。
一度、マクヴェリオンが足を踏み外しかけたのだけれど。
背中についているブースターが火を噴き、地力で体勢を立て直した。どうやら、雪の中に、小さな崖が出来ていたようで。マクヴェリオンがいなければ、落ちていたかもしれない。危ないところだったのだ。
森に入るけれど、木は極めてまばら。
雪が積もった木々は真っ白で、ある意味異様な光景だった。熊が真っ白だったのも、こういう環境に適応しているから、かも知れない。
「もう少し先です」
シェリさんが、促す。
そろそろ、集落に到着する頃だ。
森を抜け、丘を越えて、見下ろす。
其処にあったのは。
人間の集落ではなかった。
ペンギン族の集落である。
言うまでも無いが、ペンギン族は非常に好戦的な一族だ。ましてや、アーランドにいるペンギン族では無い。
向こうも、当然此方に気付いている。
マクヴェリオンの巨体が進んできているのだから、当たり前だろう。誰だって、気付いて当然だ。
集落は、以前交流を持ったペンギン族と、根本的には同じ。営巣地と呼ばれる大きな住処を中心として、その周囲に開けた環境を作っている。
敵の奇襲を警戒しての構成なのだろう。
数は相手がぐっと多い。
ペーターお兄ちゃんは手をかざして、営巣地の中の気配まで読み取っている様子だ。
「ざっと五十」
「戦いになると厳しいわよ」
「うん、分かってる」
ミミちゃんが警告してくるけれど。その程度の事は当然、トトリだって分かっている。これは、あくまで注意を促しているのであって、トトリが分かっていないから言っているのでは無い。
ペンギン族は既に戦士達を展開して、戦いの構えを取っている。
トトリは少し前に出ると。
呼びかける。
「私はトゥトゥーリア=ヘルモルト。 西の大陸にあるアーランド共和国から来ました」
「……」
「戦うつもりはありません。 戦意を収めていただけませんか」
返答無し。
アーランド周辺のペンギン族も高い戦闘力を持っている集団だったけれど。展開しているペンギン族十数名は、皆相当に体を鍛え抜いている。
強い。
戦う事になったら、ロロナ先生とマクヴェリオンの戦力を駆使しても、たぶん死者が出るだろう。
トトリは、根気よく待つ。
しばしして。
相手の中から、屈強な男性が、進み出てきた。小柄だけれど。白い熊の皮を武勲を誇るように被っていることから、たぶん長老だろう。
「長老の会議で噂に聞いたことがある。 西大陸の同胞に認められた、人間でありながら青き鳥の称号を授かった錬金術師がいると」
「光栄な話です。 それは私です」
「確かに噂に聞く風体と一致はする」
相手の警戒は、まだ解けていない。
かといって、此方が先に戦意を解除するのは自殺行為だ。トトリだって、そこまで相手をいきなりは信用できない。
「何が目的だ」
「この大陸のことを、調べに来ました。 食糧や医薬品の提供が出来ます。 その代わり、情報をいただきたく」
「食糧は別に困っていない。 医薬品は必要だ」
「情報の代わりに、提供します」
ロロナ先生が、構えをとく。
それが皮切りになって。戦意がしぼんでいくのが分かった。ペンギン族が、縄張りの線を示す。
いきなり長老らしい男性が蹴りを放ち、地面に線を引いたのである。
雪を蹴散らし。見事な線が、其処にきざまれていた。
「此処からは、いれるわけにはいかぬ。 代表者よ。 一人だけ、線の前に進み出よ」
「ロロナ先生、皆と一緒に少し後ろに」
「気を付けてね」
「はい」
トトリはそのまま、前に進み出る。
ロロナ先生達は、わずかに下がる。
ペンギン族の戦士達も、同じように少しだけ後ろに下がった。
まだ、空気は張り詰めている。
当たり前の話だ。一歩でも間違えれば、即座に殺し合いになるのだから。
線を挟んで、座る。
互いに名乗り合うのが最初。相手は雪に沈む郷の青き月と名乗った。ペンギン族らしい体を表す名前である。名前に数字が入っていないことからして、かなり幼い頃から期待されていた戦士なのだろう。実際、間近で接すると、びりびりと強さが伝わってくる。
「海岸線にいるあの巨大な船に乗ってきたのだな」
「はい。 あの船はホープ号と言います」
「あのような巨大な船で、何をするつもりか」
「一なる五人の動向を探るつもりです。 この大陸にも、魔手が伸びている可能性が高いと判断しています」
一なる五人と聞いて。雪に沈む郷の青き月さんが、体を浮かしかける。
やはり、知っているのか。
「その名前を知っているのか」
「アーランドのある大陸では、北東の全て、つまり大陸の四分の一が、一なる五人に制圧されています。 多くの人々が苦しめられています」
「この大陸では、そもそも西大陸のような大きな国家が存在しない。 だから一なる五人が凶暴化させたモンスターに、多くの民が苦しんでいる」
「そうだったんですね」
勿論、このペンギン族の集落でも、話は同じなのだろう。
雪に沈む郷の青き月さんの反応で、それが分かる。
「我々の先発として、ある戦士がこの大陸に来ています。 その人の動向を探るためにも、近隣の一番大きな人の集落を探したいのですが」
「大きな集落はあるが、戦闘力は備えていないぞ。 周囲に展開した結界で必死に身を守りながら、細々と生きている連中だ」
「この過酷な環境で、人々は大きな国を作れないんですか?」
「違う。 百年以上前に、この大陸には、邪悪が現れた。 イビルフェイスと呼ばれる邪神だ」
邪神。
ふるき遺跡に住まう、強大なる存在。正体はよく分からないけれど、いにしえの負の遺産だと言う事は、トトリにも何となく分かる。
その邪神が、この大陸を。一なる五人よりずっと早く蹂躙したのだと、雪に沈む郷の青き月さんは言うのだ。
「奴の戦闘力は凄まじく、多くの民が犠牲になった。 人間族も当然だが、我等が同胞も、リス族や悪魔族、他の種族もな。 偏執的に攻撃を繰り返し、殺戮の限りを尽くす奴と、そのしもべ達。 あらゆる種族は力を合わせ、奴の脅威に立ち向かう事を決めて、決戦が行われた」
雪に沈む郷の青き月が顎をしゃくる。
不思議な形の山がある。まるで月蝕を起こした月のように。途中が大きく抉られているのだ。
「あれは、邪なる顔が放った光が、山を抉った跡だ、 奴の力は圧倒的で、魔術を放てば、一つの村が消滅し。 腕を振るえば、屈強の戦士が霧と化して消し飛んだという」
「!」
「奴との戦いは熾烈を極め、どうにかこの地の最果てにある塔に封印することが出来たのだが、な。 殆どの種族は力を使い果たし、この大陸からは国家と呼ばれる存在が姿を消したのだ」
そして、今度は。一なる五人による蹂躙か。
呪われているとしか言えない。
トトリは、運んできていた医薬品を出す。使い方を説明しながら引き渡すと、嬉しそうに雪に沈む郷の青き月さんは目を細めた。
「ふむ、試してみても良いか」
「すぐにでも」
「うむ!」
たぶん狩りで負傷した人なのだろう。けが人が運ばれてくる。
改良に改良を重ねたヒーリングサルブを傷口に塗り込む。見る間に、傷口が回復していくのが分かって、トトリは安堵。
土地が代わっても、薬はきちんと効く。
「うむ、素晴らしい」
「続きを、お願いできますか」
「そうさな」
順番に、話を聞いていく。
好戦的であっても、義には厚い。理だって、わきまえている。
幸い、この大陸でも。
ペンギン族のあり方に、代わりは無いようだった。
充分な情報を得られたので、集落を離れる。
集落の側には凍った川があって。ペンギン族は其処を滑って、狩り場に向かうと言う事だった。
雪の中での過ごし方も教わる。
また、人間族の集落の場所も。
体勢を立て直してから、其方に行く事にする。いずれにしても、今は一旦戻って、情報の共有が先だ。
今度はマクヴェリオンを殿軍にして、帰路を急ぐ。
ロロナ先生が、途中で褒めてくれた。
「もう、安心して見ていられるね。 クーデリアさんも太鼓判を押してくれると思うよ」
「有り難うございます」
周囲に人がいるからだろう。
ロロナ先生は、本当に身内だけの時、クーデリアさんをくーちゃんと呼んでいることを、トトリは知っている。
しかし、そんな風に呼んでいたら、きっと部下の前で、威厳を保てなくなると考えているのだろう。
ロロナ先生も、親友のために、色々と配慮しているのだ。
「それにしても、ひどい話だわ」
ペンギン族の話は、ミミちゃんも聞いていたのだろう。だからこそに、この近くにある人間の集落について、彼らが話した内容に、憤っているのだ。
この近くの集落は、こう呼ばれている。
生け贄の村。
文字通りの意味である。
邪神は封じられたとはいえ、まだ死んだわけでは無い。
奴はまた必ず現れる。だからこそに、最初にその犠牲となることで。周囲に態勢を整える時間を作る存在が必要になる。
確実に邪神が狙いに行く場所に、村が必要なのだ。
そうして作られたのが生け贄の村だ。
色々な地域から、いらないとされた子供が連れてこられて、捨てられた。
女性だけの村なのは。
邪神が特に、人間の女性の肉を好んで喰らった、というのが原因であるらしい。
これについては、伝承が正確かは分からないと、雪に沈む郷の青き月さんは言っていたけれど。迷信だとしても、関係がない。迷信に人々が振り回されるほど、邪神は今でも怖れられているという事だ。
無理もない。
あの山に空いた穴。最大出力でロロナ先生が放った砲撃に匹敵するかもしれない。いや、それ以上だろう。
多くの種族が集まった、大陸全土から押し寄せた軍勢を壊滅寸前にまで追い込んだというのだ。
戦いは百年以上も前だという話だけれど。
神話になり、今でも多くの人々をむしばんでいるというのも、無理からぬ話である。その戦闘力、フラウシュトライト以上どころか。それを遙かに上回るとみるべきだろう。
幸い、邪神は連合軍に敗れ、封印はされたけれど。
邪神が造り出した地獄は。
今でもこの地に、大きな影を落としているのだ。
キャンプに到着。
すぐにトトリは、雪に沈む郷の青き月さんから聞いたノウハウによる、耐寒対策を取ることにした。
幹部を集めて、話を始める。
まずはそりだ。
これは雪の上で効率よく移動するための道具であり、木片さえあれば比較的簡単に作る事が出来る。
小型のそりをつかうと、慣れれば雪の上を滑るように移動することも出来るそうだ。
このそりを上手に使いこなすことが、この酷寒の土地での戦士として一人前になる条件なのだとか。
構造については、さほど難しくも無い。
数人が乗るためのそりについては、マークさんとトトリで作る事にして。
簡易なものに関しては、それこそ木をちょっと加工するだけで、造り出す事が出来る。図も、非常に簡単だ。
「なるほど、これは便利だ」
「身動きが取れない状況ですから、一刻も早くそれを改善しましょう」
「そうだね」
そういえば、メルお姉ちゃんの姿が見えない。
見回すけれど。いない。
どうやら、寒さが苦手で、仕事が終わったあと、ホープ号に立てこもってしまったようだった。
あの格好では無理もない。
無敵に思える飄々としたメルお姉ちゃんにも、そんな弱点があったのだと思うと、ちょっと面白い。
シェリさんが挙手する。
「生け贄の村への偵察はどうしましょうか」
「態勢を整えた後でも大丈夫でしょう。 この大陸でスピアが動かしている軍勢は、アーランド近辺のようなまとまった数ではないようですし。 この拠点を整えてからでも、遅くは無いと思います」
「分かりました。 いずれにしても、このままだと凍傷による被害が出るでしょう。 急いで準備を整えましょう」
皆で頷くと、早速行動に掛かる。
切り出してある木を加工。
更にその間に、ちむちゃんとトトリで、増やす。
デュプリケイトによる負担は決して小さくは無いけれど。元々、こういうときのためにある能力なのだ。
マークさんが、最初のそりを作る。
形はしっかりしているけれど、どうだろう。
まずは、マークさんがのって、マクヴェリオンに引っ張って貰う。
ある程度の速さがあれば、雪に沈まず、そのまま進むことが出来るようだ。数人が乗っても、同じらしい。
「なるほど、これは便利だが。 しかし、大型化は出来そうに無いねえ」
「我々が空中から引っ張れば、同じように移動できそうですね」
「試してみよう」
和気藹々と、マークさんとシェリさんがやりとりしている。
ほほえましい光景だけれど。
トトリはデュプリケイトを連続で使う消耗がひどくて、あまり笑っている余裕も無かった。
その間に、ロロナ先生が、がっちり辺りの地面を固めてくれる。
陣地としては申し分ない状態になったけれど。
邪神との戦いの影響で、ずっと大陸がこれだけ冷えているのだとしたら。その実力は、一体どれほどだったのだろう。
アーランドに現れても、撃退できるかどうか分からない。
恐ろしい話だった。
厚着をしたメルお姉ちゃんが、船から下りてくる。いつものマイペースぶりはどこへやら。
縮こまって、口数も減っていた。
「何か手伝う?」
「今は大丈夫だよ」
「そう。 寒いし寝てるから、何かあったら声を掛けて」
のそのそと、船に戻っていく。
普段の薄着からは考えられないくらい着込んでいるので。一瞬メルお姉ちゃんだと判別できない人も多いようだった。
一方、同じマイペース組でも、ナスターシャさんは平然としている。
騎士団出身だと言うけれど。
過酷な生活で鍛えられたのかもしれない。
小さな子を今日も連れているけれど。
前は兎も角、今は気配や生体魔力でもうはっきり分かる。
この子はスピアから降伏したホムンクルス。
もはや性別そのものがない可能性も高い。
そう、見て判断できるようになっていた。
「此方の作業は終わったわよ」
「はい。 それでは、これを試して貰えますか」
「へいへい」
手渡したのは、個人用のそり。
これを使う競技を、ペンギン族はスキイと呼んでいるらしい。速さを競ったり、如何に上手に使えるかを、それぞれが試すのだそうだ。
見ると、ジーノ君は余程才能があるらしい。
もう見事に滑りこなしている。
小型艇の時もそうだったけれど。ジーノ君はたぶん、ああいう小型の乗り物を使いこなす才能に恵まれているのだ。
一方ミミちゃんは四苦八苦。
元々努力家なのだ。
しばらく訓練をすれば、使いこなせるようになるだろう。
他の戦士やホムンクルス達にも、一通り使えるように、練習をして貰う。その間、トトリはマークさんと相談して、マクヴェリオンが引くそりについて、調整を続けていた。
夜が明ける。
ロロナ先生が、眠るように促してきたので。三刻だけ寝ることにする。
トトリは仕事を始めると、何時間でも起きている。そう以前指摘されたのだけれど、そうかも知れない。
体力がついてきてからは、その傾向が余計に強くなった。
携帯糧食を口にすると、すぐに横になって、眠る。
寒いけれど。
流石に毛布を被ってしまえば、それもあまり感じなかった。
起きて、外に出ると。
雪が降り始めていた。
天候から見て本降りにはならないだろうけれど。トトリは一応念のため、もう一枚コートを羽織って外に出る。
周囲を見ると、ジーノ君がもう完璧にそりをマスター。
他の戦士達に、コツをレクチャーしていた。
「そうそう、そんな感じで、重心を安定させるのがコツだぜ」
意外に、論理的な教え方をしている。ロロナ先生みたいに、感覚的に教えて、皆が小首をかしげる、という事もないようだった。
ホムンクルス達の中では、106さんがもう使いこなしているようだけれど。
ミミちゃんはまだ苦戦中だ。
手を叩くと、皆がトトリに注目。
「雪が本降りになると厄介です。 今のうちに、交代で休んでください」
「おう、そうだな」
「シェリさん」
「出番ですか」
腕まくりするシェリさん。
悪魔族は普通全裸で過ごしているけれど。流石にこの酷寒の地では、耐寒服を着こなしている。
だから、腕まくりをしたりもするのだ。
「雪の様子を見ながら、偵察をお願いします。 恐らく吹雪にはならないかと思いますけれど、気をつけてください」
「お任せを。 例の村を見てくれば良いですね」
「はい。 結界が張ってあるという事なので、目視だけすれば大丈夫です。 出来れば規模も確認を」
「分かりました。 お任せを」
すぐにフォーマンセルで、悪魔族が出て行く。
統制が取れている状況は、ホムンクルス達と何ら遜色が無い。
あくびをしながら、ロロナ先生が船から出てきた。
あの後、トトリに遅れて少しして、すぐ休んだらしい。ただ、ロロナ先生の場合、トトリより体力もずっとあって、下手をすると一週間くらいは徹夜しても平気だとか。
すぐに、周囲に結界を施し始めるロロナ先生。
陣地の隅に魔法陣を書き。真ん中にも一つ。
ナスターシャさんと相談して、くみ上げた術式らしい。陣地の温度が、見る間に上がっていくのが分かる。
これは、とても助かる。
戦士達も、一息ついているけれど。
その一方で、ロロナ先生は、相応に消耗しているようだった。
魔法陣に、相当量の魔力を流し込んでいる。
魔力さえ補充すれば、半永久的に魔法陣は稼働する様子なのだけれど。
それでも、様子を見ながら使わなければならないだろう。
数日は、周辺の維持で終わりかな。
トトリが思っていると。
106さんが、そりを使いながら、ジーノ君と周囲の巡回に向かった。食べられそうな獣がいれば、仕留めてくると言う。
ミミちゃんもついていく。
一刻も早く。そりを、実戦で使いこなしたい様子だ。
その間にトトリは、ちむちゃんと一緒に、黙々と物資を増やす。防寒着に木材に。増やしておきたい物資は幾らでもある。
ロロナ先生は魔力の消耗が激しいからか、すぐにホープ号に戻ったので。
トトリがしばらくは、一人で周囲を廻さなければならない。
雪はずっと降り続けている。
それほど激しくないのだけが、救いか。
マクヴェリオンが体を揺すって立ち上がる。何かあったのかと思ったら、ただ雪を落としていただけだった。
巨体だけあって、冷えると温まるまで時間が掛かるらしい。
マークさんがとても嬉しそうにそりをつくって。その合間に、マクヴェリオンを磨いてあげている。
その様子は、まるで戦士が愛用の武器を磨く様子と、代わらなかった。
丁度、106さんとジーノ君、ミミちゃんが獲物を仕留めてくると同時に。シェリさんが戻ってくる。
見つけたようだった。
着地したシェリさんが、温まっている陣地に目を細める。
「これは快適だ。 とても助かります」
「ロロナ先生、凄いですよね」
「確かに素晴らしい魔術の腕だ。 我等の一族に加わって欲しいほどの逸材ですね」
確かに、そう思うのも無理はないか。
咳払いして、状況を聞く。
雪を防寒着から払いながら、シェリさんが教えてくれる。
トトリも、106さんが担いで来た猪を捌くのを横目に見ながら、話を聞く。
「話通りの位置にありました。 此処と同じような、環境を安定させる結界を張って、その中で過ごしているようです。 遠くから見る限り、たいした使い手はいませんね。 畑を作って、ほそぼそとくらしているようで。 結界で、弱いモンスターをどうにか排除して、強いモンスターからは息をひそめて身を守っている様子です」
「……そうですか。 つらそうですね」
「集落の規模は、百五十名程度でしょう。 女性ばかりの村だという話でしたけれど、少数の男性もいるようです」
「分かりました。 休憩に入ってください」
シェリさんと三名の悪魔族が、ホープ号に戻っていく。
ため息をついて、空を見上げた。
彼の話通りだとすると、村までほぼ一日かかる。マクヴェリオンが引く大型のそりには、四人まで乗れるとして。
そりを使いこなせる戦士を全員連れて行く訳にもいかない。
誰に一緒に来て貰うか、指を折って数えていると。
雪が、本降りになりはじめた。
あまりもたついている暇は無いかもしれない。
起きて来たロロナ先生が、ホープ号にも似たような結界を張り始めた様子である。
こんな過酷な環境なのに。
一生懸命生きている人々が報われないなんて。あまりにも、悲しすぎると、トトリは思う。
だから、少しでも早く一なる五人の問題をどうにかして。
皆が笑って過ごせる世界に、変えなければならなかった。
3、身近なる破滅の村
雪が小降りになりはじめた状況を見計らって、キャンプを出る。
マクヴェリオンに引かせるそりには、トトリとミミちゃん。それにロロナ先生と、医療魔術師のエゼットさん。
医療魔術師としては大ベテランで、色々な病気に対しても知識が豊富な彼女を連れて来たのは。
孤立した小村では、それが望ましいと思ったからだ。
エゼットさんは既に六十。
医療魔術師としては、アーランドでも有数の知識の持ち主だ。
ランクがあまり高くないのは、常に前線の人でいたいと本人が願っているから、だという。
今回の件に関しても、率先して志願してくれた。
何というか容姿は、かぎ鼻にぎらついた眼。気むずかしそうな容姿に、いつも目深に被るローブと、魔女という言葉そのもの。
いにしえの伝承にあるように、箒に乗って飛んでいってもおかしく無さそうだ。
実際、とても気むずかしい人なのだけれど。
医療に関する情熱は本物で。
話を聞くと、トトリも勉強になる事が多かった。
そりには多くの医療物資と耐久糧食も積んでいる。
耐久糧食についてはいらないかもしれないと思ったけれど。
何しろ、小村だ。
何かしらの食糧が不足していることはよくある。
上空には、悪魔族の戦士がフォーマンセル。
そりを操ってついてきているのは、ジーノ君とホムンクルスの戦士二人、それにお姉ちゃん。
お姉ちゃんはジーノ君よりは劣るけれど。
今ではすっかりそりを使いこなして、滑らかに周囲を動き回っていた。
マクヴェリオンの肩には、ペーターお兄ちゃんがいて、周囲に油断なく目を光らせているし。
四人乗りそりの後ろには、少し遅れて。
そりから接続した小型のそりがあって、其処にマークさんが座っていた。
マクヴェリオンが壊れたときに、備えるためだ。
合計で13名と、そこそこの規模での威力偵察。
出来れば、さっさと村に到着して。情報を効率よく集めてしまいたい所だけれど。
この雪が積もった白銀の世界では、焦ることは死を意味する。
マークさんが改良した結果、マクヴェリオンは裂け目を前にして止まるようになっていたけれど。
それも絶対では無い。
いざというときは、即座にそりから飛び降りなければならないし。トトリも、緊張を保たなければならなかった。
そりで先行していたジーノ君が戻ってくる。
「見えてきたぜ!」
「どんな様子?」
「なんつーか、寂れた村だな。 まだアランヤの方が活気があるような気がする。 遠目に見ると、なんてか、いじけてるんだよ」
「無理もないよ。 だって生け贄として、そこで暮らすことを義務づけられている村なんだよ」
トトリが言うと、ジーノ君も、そっかと呟いた。
邪神による、蹂躙の記憶。
それは今でも、大陸をむしばみ。
恐怖の中、多くの人々を苦しめている。
マクヴェリオンが、間もなく止まる。
銀世界の中。
結界が張られていて。その中に、雪が積もっていない土地があった。
かといって、豊かとは言いがたい。荒野では無いけれど。肥沃な土地と言うにも、無理がある。
そりから降りたロロナ先生が。
薄く張られている光の膜に手を触れて、結界の解析を開始。
続いて降りたエゼットさんが、しわがれた喉から、声を絞り上げる。
「どうさね、当代の旅の人」
「ロロナで構いませんよ」
「そうかい。 で、どうさね、ロロナ殿」
「結界の性質は、把握しました。 壊すこともできますけれど、それはしない方が良さそうですね」
トトリも、側に行くと。
ひょいと、ロロナ先生が、トトリの背中を押した。
光の膜を越えて、中に入ってしまう。
きょとんとしたけれど。ロロナ先生は、可愛い動作で手を振った。
「私、其処からは行けないから。 たぶん悪魔族とホムンクルス達もいけないと思うから、他の人達だけで行ってきてくれる?」
「はい、構いませんけれど、大丈夫ですか?」
「うん、平気。 陣地と同じ結界を張って待っているから、用事が済んだら戻ってきてね」
ミミちゃんとジーノ君も、中に。
マークさんは、手をかざして村を見ていたけれど。
興味を感じなかったようで。マクヴェリオンの側にいると言った。
お姉ちゃんとエゼットさん。それにペーターお兄ちゃんも、ついてきてくれるという。みんなで四苦八苦しながら、荷物用のそりを中に。
結界の中に入ってしまうと。
雪がない事もあって、却ってそりは動かしづらそうだ。
だから、そりから荷車を降ろして。
其処に、荷物を詰め込むと。そりは、すぐに外に出した。
「やれやれ、結構な距離を歩くことになりそうだね」
「これを使ってください」
「おう」
エゼットさんに出したのは、空飛ぶ絨毯。
びゅんびゅん飛び回るほどの能力はないのだけれど。重さの影響を、かなり減らすことが出来る。つまり、歩くのがとても楽になる。
これを巻いた杖を使うと、とても歩きやすくなると、お年寄り達に評判なのだ。
エゼットさんは、医療魔術師一本でこの年まで来た人だ。戦士としての力量は低いけれど。
要はスペシャリストなのだから。それで良いと、トトリは思う。
「話には聞いていたが、便利だね。 使わせて貰うよ」
少し機嫌が直ったエゼットさん。
村へと、皆で一丸になって急ぐ。
勿論、攻撃を受けることも想定しなければならない。風体からして、自分たちと違う存在だ。
相手が此方を怖れても、不思議では無いのだから。
村の入り口が見えてきた。
筒状の構造物が、入り口に作られている。入り口を挟むように、二本。あれは何だろう。
「ねえ、トトリ」
「うん?」
「どうして、ロロナさんは、此方に行けないって言ったのかしら」
「分からないけれど……」
ひょっとして。
そうだ。
疑問は前からあった。あの桁外れの魔力。それに、尋常ではなさ過ぎる才覚。
確かに、天才という存在はいるけれど。国家軍事力級戦士でもある、先々代のアストリッドさんと続いて、天才が出るというのもおかしな話だ。
ロロナ先生はふわふわした人だけれど、魔術師としての才覚もこの国随一。特に攻撃系の魔術に関しては、ランク10の名前を全く辱めない、最強と言って過言無い存在なのだ。
あまり考えたくないけれど。
何かしらの形で、体を弄っているのかもしれない。
誰がそうしたのかは、それこそ考えたくない。
首を振って、雑念を払う。
周囲にあまり危険があるとは思えないけれど。
未知の場所で、無駄口を叩くのは、感心できる行為では無い。
何ら警戒を感じない中。
二つの塔の間を通る。村の中に入った。
石畳で整備されている事も無い。
家々は石を積んで作られているけれど。その屋根は、雪に備えているとは思えない、藁葺きだ。
この結界がある事を前提に、作った家なのだろう。
無気力な視線が、幾つも此方に飛んできている。
女性の村人が非常に目立つ。
その中で、確かに男性もいるようだけれど。どうみても、戦士だとは思えなかった。
気配からして、住民の数は、確かに百五十ほど。百六十を少し超えるかもしれない。
この辺りは。歴戦で鍛え抜かれたから、トトリにも判断できるようになって来たのである。
村は丘を囲むような構造になっていて。
見えてきたのは、丘の頂上にある、少し小さな家。
あれが、村長のものだと判断して良さそうだろう。
周囲で油断なく防御陣形を組んでいる皆に、トトリはハンドサイン。彼処へ向かおうと、促した直後だった。
「誰さね。 こんな小さな村に」
此方に向かってくるのは、腰が曲がった老人。
たぶん、八十を超えているだろう。
魔力もそれほどは感じない。
側にいる小さな女の子の方に、むしろ強い魔力を感じるほどだ。
「西の大陸、アーランド共和国から来ました。 錬金術師のトゥトゥーリア=ヘルモルトといいます」
「!」
「どう、したんですか」
「いや、ね。 西の大陸から、何をしにこんな寂れた村に来たのかね」
トトリは、先ほどの反応を見逃さなかった。
何か、この人は知っている。
でも、それを指摘しても、やぶ蛇になる可能性が高い。今は口にせず、話を進めた方が良さそうだと判断。
武器に手を掛け、油断なく周囲を警戒している皆に目配せ。
いざとなったら、戦闘をしながら、村を脱出する必要があるのだから。警戒は、当然だ。
「今、アーランドがある西の大陸では、一なる五人と呼ばれる恐ろしい存在が脅威となっています。 その脅威について、この大陸に調べに来ました」
「調べに来たって、その若さで、あんたが代表かい?」
「はい。 本当はもっと凄い錬金術師もついてきているんですけれど。 過分なことに、私が代表として、任務を受けました」
「そうかい……」
ついてくるようにと、促される。
ジーノ君が、剣から手を離した。そうしていても、一瞬で周囲の全員を切り伏せられると判断したのだろう。
お姉ちゃんは、槍から手を離さない。
正直な話。
この中の誰か、まあ流石にエゼットさんは除くけれど。誰か一人いれば、この村を血の海に沈めることは、難しく無さそうだ。
モンスターを飼っている様子も無いし。
用心棒がいるとも思えない。
罠だけを警戒して歩けば、大丈夫だろう。
しばし、無言で歩く。
村の一番奥にある丘からは、見える。
かすかにだけれど。
結界の向こう。
雪が降る先に。うっすらと浮かんでいるのは、とても巨大な、黒い塔。どうやらあれが、邪神の御座たる遺跡だろう。たぶん、大陸に到着した際、悪魔族達が発見してくれた、巨大な塔だ。
あの塔は、船で移動する方が早いかもしれない。
いずれにしても、話を聞くのが先だ。
村長の家は見かけよりも大きい。地面を削って、その分の面積も、内部で稼いでいるようだ。
中に入ると、ふんわりと温かい。
どうやら此処が結界の中心点なんだなと、トトリは思った。
たき火を挟んで、向かい合って座る。
中に入ったのは、ミミちゃんとエゼットさん、ジーノ君だけ。
お姉ちゃんとペーターお兄ちゃんは、外で待ってくれることになった。中に入って、罠に掛かった時の備えだ。
勿論、向こうも、まだトトリ達が警戒していることを、知っているのだろう。
長いパイプに煙草をゆっくり詰めながら、言う。
「まず、何から話そうか。 此処が生け贄の村だって事からかね」
「それは、少し前に、ペンギン族の戦士達から聞きました」
「あの荒くれ達と、良く戦いにならなかったね」
「西の大陸では、ペンギン族とは不可侵条約を結んでいます。 その時に色々あって、青き鳥という過分な称号も貰いました」
少なからず、驚くお婆さん。
しばし黙り込んだ後、言う。
「どうやら、あの人も喜んでくれそうだね。 弱っちいって嘆いていた娘さんがこんなに立派になったのなら、ね」
「!」
やはり、そうか。
この人は、お母さんを知っている。
分かってはいたけれど。
お母さんは、生きて、この大陸に渡ってきていたのだ。
何度か、呼吸を落ち着ける。
フラウシュトライトは結局、殺さなければならない相手だった。多くの船を沈めて、アーランドの制海権を奪い。
そして間接的に、ホウワイが崩壊する原因も作った。その過程で死んでいった人の数は、二千をくだらないだろう。
この荒廃しきった世界で、二千だ。
どうしても、排除しなければならない相手だったのだ。
お母さんが生きている事は、何となく分かっていた。
ロロナ先生達が、知った上で隠しているという事も。それは、恐らく国家機密に帰属することで。知らせる訳にはいかなかったのだとも。
分かってはいるけれど。
だけれど、やはり胸が苦しい。
ぐるぐると、頭の中で、困惑が混じる。
どうしても、理性が、感情を、制御出来なくなりつつある。
「外にいるあの子は、あんたのお姉さんかい」
「はい。 優しくて、強い戦士で、お料理も出来る、自慢のお姉ちゃんです」
「そうかい。 しっかりものだって、いつも自慢していたよ」
嗚呼。
そして、この口調。
分かってはいた。
しばらく連絡が取れていないという情報からも、覚悟はしていたのだ。
だが、現実に直面すると。
どうしても。
どうしても、抑えきれない。
あの時のように。
「話して、貰えますか」
うつむいたまま、トトリが言う。
お婆さんは。まず、ピルカという名前を教えてくれる。
そして、側に控えていた子供に、言うのだった。
「ピアニャ。 少しお外で遊んでおいで」
「はい。 おばあさま」
一瞬だけ不思議そうにしながらも、すぐに言うことを聞いて、外に行くピアニャちゃん。利発そうな子だ。
でも、トトリは。
そんな未来ある子の、ほほえましい様子を、視線で追うことも出来なかった。
憎悪が、ハラワタを焼き尽くしそうだ。
押さえ込んだはずの闇が。
溢れてきそうだ。
「もう随分と前になるねえ。 あの人が、ギゼラとなのる女傑が、村に訪れたのは」
話が、始まった。
4、おしまいのはなし
いじけた生け贄の村に訪れたその女性は。
あまりにも場違いな存在だった。
やたら大柄で、ごつくて。一目で、カタギではないと分かる出で立ち。
何でも、海で巨大なドラゴンと戦ったのだという。
痛打をくれてやって、追い払ったのは良いのだけれど。船が沈んでしまって、仕方が無いので近くの島まで泳ぎ。方角が分からないから、適当に泳いで島を移動している内に、この大陸に辿り着いたのだとか。
「アタシが無理矢理手伝った場所が悪かったんだろうね。 うちの旦那が作る船が、沈むわけがないからさ」
そう、ゲラゲラ笑う彼女を見て、誰もが思った。
無茶苦茶な話だと。
誰もが嘘だと言った。
しかし、彼女が異常な力持ちで。あまりにも桁外れな運動能力を持っていることがすぐに分かって。
誰もが、彼女を揶揄するのを止めた。
それに、彼女自身も。揶揄されることを、気にもしなかった。
それから、彼女の。女傑と言うべきか。いずれにしても、凄まじい行動が始まった。
たくさんたくさん食べてゆっくり休んだ後、恩返しだと言って。外に出かけて来ると。結界に時々侵入してきて、村人を殺戮していく恐ろしいベヒモスを。まるで子ウサギでも殺すように、ぶちっと潰してきたのだ。
本当に、ぶちっと。
彼女が振り回していたのは、あまりにも巨大すぎる鉄塊。その正体が何だかさえ、村人には説明するまで分からなかった。
剣だという。
家ほどもある剣の直撃で、ベヒモスが肉塊になる光景は。あまりにも異常で、途方もない非現実にさえ思えた。
村人の前で、女傑は見る間にしとめたベヒモスを解体して。
その肉を振る舞おうとしたけれど。
村人を散々食い殺した化け物だ。流石に手をつけようとする人間は、一人もいなかった。
「なんだい、線が細いねえ」
そういって、女傑。
ギゼラ=ヘルモルトは笑う。
気を悪くした風もなく。
一人で、ベヒモスの肉を食べ。残りを燻製にし。内臓も骨も、全く無駄なく、全てを活用していった。
それから、彼女は。人より多く食べながら。時々、よく分からない機械に、色々な事を話しかけたりしながら。
村を拠点に、彼方此方に出かけていって。
手当たり次第に、凶暴なモンスターを、殺していった。
恩返しだと、彼女は毎回言っていた。
「一なる五人とか言うよく分からない存在が、モンスターを凶暴化させているって話は、聞いていたよ。 小さな村だけれど、商人は来るからね。 でも、昔からこの村は、いつ滅びてもおかしくない存在で。 誰もが息をひそめて、絶望に震えていたよ。 私が、若い頃からね」
だけれど。
女傑が来たことで。その流れも、代わりつつあった。
村の外を歩けるようにもなった。
結界では、所詮弱いモンスターを遠ざけるだけ。強いモンスターが襲ってきたら、どうにもならなかった。
昔はそうして。村の外に出てしまった子供が、なすすべなく強力なモンスターに喰われてしまうのを、指をくわえて見ているしかなかった事もあったのだ。
しかし、女傑の到来は。
村のいじけた空気を変えた。
女傑が来てから一年も経った頃には。村の周辺にいた凶暴なモンスターは、根こそぎ退治され。
そればかりか、一日で普通だったら一月掛かるような距離まで移動して。その辺りに縄張りを作っていた獰猛なモンスターを、片付けてくるようなことまであったらしい。
空気が、明るくなった。
村の人々も、みんな心なしか、優しくなっていった気もした。
そして、女傑ギゼラは。
いつの間にか、村の皆に、信頼されるようになっていた。
話を聞きながら、お母さんらしいと、トトリは思った。
クーデリアさんの事を考えれば、不可能では無い。
あの人はアーランドの最前線から、アランヤまで。日帰りで往復していたのだ。それに、フラウシュトライト戦で見た、全力戦闘の際の凄まじい火力。
お母さんも、似たような実力だったと聞いている。
まさに、次元が違う魔人だ。
村の人達は、その圧倒的な怪物じみた実力を恐れながらも。しかし、普段は気が良くてがさつで豪快で。不器用でいい加減なその姿に。
希望を、見いだし始めていた。
「お前さん達姉妹の話も、聞いていたよ。 がさつなアタシとは正反対で、とても可愛いってね」
そうか。
お母さんは、トトリをそんな風に愛していたのか。トトリも、お母さんが大好きだったけれど。
何となく、理由は分かったような気もする。
話は、進む。
進んで欲しくないけれど。進んでいく。
何年かは、それで平穏が来た。
しかし、破滅の時は、近づいていた。
塔が、禍々しい光を放ったのだ。それは、邪神が空腹を感じている事を意味していた。
「邪神は封印さえされども、死んではいなかったのさ。 十年に一度、もう少し間隔が空くこともあるけれどね。 その一部が、塔から這い出してくることがある。 そして、村に来て、気が済むまで、人を喰らって行く。 生け贄の村の周辺の人間だけが知っている事実さ」
邪神、通称イビルフェイス。
その存在は人のような形状をしながら、決して人では無く。形容しがたいおぞましさで。とても人が勝てる存在だとは思えず。
そして、ピルカさんの姉妹も。
全員が、奴に喰われた。
「奴はね、喰うときだけ、口がもの凄く巨大になるんだよ。 ばくり、それでもうおしまい。 生け贄の村の人間を喰って、それでしばらくは満足するんだろうね。 でも、その時は、ギゼラがいた」
邪神を、殺してくる。
そう言って、英雄ギゼラは、出て行って。
その年。
邪神イビルフェイスは、村にはこなかった。
そして。
ギゼラも、戻っては来なかった。
遠くから、戦闘の様子は見えたという。
魔人と邪神の、全力での戦闘。文字通り大地が裂け、空に稲妻が迸り、竜巻が起きるような、途方もない代物だったという。
分かったのは、塔から出ようとした邪神が、致命打を受けて。悲鳴を上げながら、塔に逃げ込んだという事。
そして、ギゼラが。どこかに、姿を消したという事だ。
「それきり、ギゼラは帰ってきていない。 村の者達は、相談して、彼女の墓を作る事にしたよ」
案内される。
お姉ちゃんと二人だけにして貰った。
墓は質素で。
でも手入れが行き届いていて。
どれだけ、お母さんが村の人達から愛されていたか、一目で分かるものになっていた。
本物の英雄。
周囲にいた、凶暴化したモンスターを根こそぎ駆除し。他の国だったら、一軍でもなしえない業績を上げた。
文字通りの、国家軍事力級戦士。
あれ。何だろう。
涙が、溢れてくる。
へたり込んだまま、トトリは、しばし、感情がどうにも制御出来ず。涙が際限なく溢れてくる事を、ただ受け入れていた。
そうか。
お母さんは、結局戻ってこなかったのか。
あんなにぐうたらでいい加減な人だったのに。誰にでも愛された人。そして、その人は、結局多くの力なき民を守って、命を散らした。
お姉ちゃんも黙って、側に立っているけれど。
泣いている様子はなかった。
雨が降り出す。
雪が、雨に変わっているのだろう。結界によって環境が調整されて、この辺りの環境は湿潤になっている。
だからこそ。
雨が、今はとても、体にこたえた。
絶叫したり。
泣きわめいたり。
出来たら、どれだけ楽だっただろう。
今のトトリは、大きな責任を背負って。アーランドばかりか、この世界中を敵に回している悪鬼、一なる五人を止めなければならない。
そのために、何十人もの命を直接背負って、ホープ号で別の大陸にまで来た。
何となく、分かっていたのに。
通信が切れたという事は、きっと。お母さんに、何か致命的な事があったからなんだってことくらいは。
それなのに、分からないフリをしていた。
一気にその反動が、心を押し潰そうとしていた。
闇が、溢れてくる。
許せない殺したい許せない殺したい許せない殺したい許せない殺したい殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる八つ裂きにして内臓を引きずり出して爆破して粉々にして。
不意に、我に返る。
お姉ちゃんが、肩に手を置いていた。
「トトリちゃん、いこう」
「……お姉ちゃん、平気なの?」
「平気だと思う?」
「ごめん」
平気なわけ、ないだろう。
お姉ちゃんだって、滅茶苦茶怒っているはずだ。悲しいはずだ。それなのに、どうしてだろう。
一つ、はっきりしている事がある。
村を出た。
トトリを見た人達が、引くかと思ったのだけれど。そんな事は無かった。一時期ほど、感情が理性を圧迫していないらしい。きっと、ひどい形相にもなっていなかったのだろう。
「ロロナ先生」
「どうしたの?」
「邪神を、殺そうと思います。 方法を教えて貰えますか」
「……以前オルトガラクセンで戦った邪神はね。 アーランドの全戦力を集めて、ようやく斃す事が出来たほどの強者だったよ。 もしもやり合うつもりだったら、後最低でもステルクさんとクーデリアさんは必要だよ」
やっぱり、周囲に配慮して、ロロナ先生は親友をさん付けで呼んでいる。
しばし、流れる沈黙。
トトリを待ってくれているのだ。
後二人、国家軍事力級戦士を連れてくるなんて、余程のことがないと無理だ。つまり、その理由を考えろというのである。
ここに来たのは、一なる五人の影響調査。
それに、お母さんの状態調査のため。
両方、一段落した。
そして、正直な話。
既に封印され、力を失っている邪神をわざわざ叩き起こして殺すために、前線から戦力を引っぺがして、此処にまで連れてくる意義は。ない。
トトリの復讐心を充足するために。
前線にいる多くの戦士達の命を、危険にさらすことなど、出来る訳が無い。
分かっている。
分かってはいるけれど。
ハラワタから、直接黒い闇が、周囲にあふれ出しそうだ。
一度、戻ろう。
そう言われて、トトリは、言うだけ言う事にする。
「邪神が潜んでいる遺跡を調査だけしましょう」
「深入りはダメだよ」
「分かっています」
それだけ。
本当に、それだけだ。
それに、弱っている状態なら。此処にいる戦力で、ひょっとしたらどうにかなるかも知れない。
村についてはどうするか。
一応内部の状況は確認した。お母さんが処理してくれたから、周辺の安全は確保できている。
それほど、困った問題も起きていない。
食糧は足りている。
商人が来るくらいだから、物資も、である。
別に、これから無理に交渉をすることもないだろう。
挙手したのは、エゼットさんだ。
「一人残りな。 せっかくだから、儂が診察をしてくるとするよ」
「そう、ですね。 お願いします」
「ああ。 魔術に関しては、正直儂らの方が文明的にも進んでいるようだ。 見た感じ、こんな小さな村で、貧しく暮らしているようだし、体にガタが出る奴も増えているだろうしね。 此処で恩を売っておくにも、丁度良い」
「じゃあ、私が」
お姉ちゃんが挙手。
そうか。きっと、お母さんのお墓を、綺麗にしたいんだろう。トトリは止めない。優しいし家事も得意なお姉ちゃんだ。きっと、お母さんも喜んでくれる。
其処で、一旦別れる。
塔の位置は把握した。それほど時間を掛けずに、到達することも出来る筈だ。此処から、半日もかからないだろう。
それが終わったら、一度戻る。
アーランドで、対応を協議するためだ。
歩きながら、考える。
この大陸において、恐怖の象徴となっている邪神を滅ぼすことが出来れば。この大陸にいる人達と、協調態勢を取ることが出来るのでは無かろうか。
交易などでも優位に立てるし。
何より、一なる五人との戦いで連携できれば、色々と大きな利益にもなる。
しかし、そのためだけに。
三万からなるモンスターの軍勢と正面からぶつかり合っている前線から、二人もの国家軍事力級戦士を引き抜けるか。
無理だ。
もっと、副次的な理由がいる。
たとえば、邪神を斃す事が、一なる五人に直接打撃を与えられるとか。
そんな事は、調べて見ないと分からない。
いずれにしても。
トトリは、気付く。また、自分の都合が良い方に、ものを考えようとしている。それでは、ダメだ。
半日ほど歩き続けて、見えてきた。
塔だ。
その周囲には、禍々しい封印が施されているけれど。戦闘の痕が凄まじく、ほぼ全てが破壊されている。
お母さんと邪神の戦闘痕だろうか。
塔にも、傷がついていた。
距離を置いて、観察。
ロロナ先生は、手をかざしているだけで、正確に状態を把握できるようだ。
「材質はオルトガラクセンと同じみたいだけれど。 未だに修復されていないって事は、よほどのダメージが入ったみたいだね」
「入れそう、ですか」
「……この塔、恐らく内部から密閉されているタイプだね。 外側から破壊しないと、内部には行けない」
ロロナ先生が、促したので、ついていく。
ふたりで、障害物を盾にしながら、少しずつ塔への距離を詰める。
最悪の場合、殿軍にマクヴェリオンを置いて、撤退する必要があるだろう。
塔の周辺に、モンスターはいない。
魔力の流れもおかしくはない。
塔についに接触。
塔の表面には、触ると熱くなるほどの魔力が流れているのが見えた。それだけじゃない。触ってみて、分かる。
防御の魔術が、掛けられているのだ。
「塔そのものの防御機構は死んでいるね。 内部に入り込んだら、ガーディアンが迎撃してくると思うけれど」
「安全です、来てください」
皆を手招きする。
マークさんが、しげしげと、塔の様子を見た。
「派手にやられているねえ」
「見てください、この辺り」
ロロナ先生が、杖で叩いたのは、地面。どうやらこの塔、移動してきた形跡があると言うのだ。
マークさんが年長者だから、だろう。
ロロナ先生は、普通に敬語を使っている。
「恐らく、邪神イビルフェイスというのは、この塔そのものの事ですね。 塔についている傷は、いずれもがこの大陸の戦士達が、塔を叩き潰そうとしてつけたもの、でしょう」
「ふむ、移動して人々を蹂躙する遺跡か。 おぞましい存在だ」
「そうなると、塔から現れて、人々を喰らっていたというのは」
「分からないけれど、ひょっとすると、塔の中で培養されたモンスターかもしれない」
皆で顔を見合わせる。
そうなると、邪神は封印されたのでは無い。
まだ、人々を殺す意欲をなくしていないとみるべきだろう。
ジーノ君が、壁を蹴りつけた。
ガインと凄い音がする。
もう一度、気合いを入れて蹴りを叩き込む。
地面にひびが入る。今のジーノ君には、それくらいのパワーが備わっている、ということだ。
「堅ってー。 なあ、とっととぶっこわしちまおうぜ、こんな塔。 この大陸滅茶苦茶にしたクソ邪神が住み着いてるんだろ。 邪神ごとブッ殺すのが一番早いと思うぜ」
「無理。 どんだけ強力な防御魔術が掛かっているかは、蹴ってみて分かったでしょ」
「そうだけどよ。 あ、そうだ。 ロロナ先生、ドカンってできね?」
「無理だよ。 私の最大出力の術式でも、此処を破壊しきるのは不可能かな」
ジーノ君の言葉に、ロロナ先生がはっきり駄目出し。
塔の上から、ミミちゃんが降ってくる。
どうやら、いつの間にか。悪魔族達と、上を見てきたらしい。
「上からも入れないわ。 でも、兵器類も、全て破壊されている様子ね」
「即時の危険はない、と。 今回の調査は、これで充分。 一度戻ろうか」
もしも、本格的に情報を収集するなら、このメンバーだけでは足りない。もっと大勢連れてきて、各地に情報収集の部隊を派遣しなければならないだろう。
そんな手は、今の時点では無い。
ざっと見て回っただけで、現状が把握できた。今回の調査では、それで充分だ。問題は、その先。
トトリは、じっと入り口を見ている。
どうも妙だ。
「ロロナ先生」
「どうしたの?」
「この扉、開けた形跡がありませんか」
「どれどれ」
妙だ。何だか、十年くらいに一度邪神が開けているにしては。正面にある扉の部分に掛かっている埃も少ないし。腐食も妙に多い。
つい最近、誰かが開けたのではあるまいか。
だとすると、誰が。
もう少し、調査続行。
周囲に言って、調べる。ロロナ先生は頭を掻いていたけれど。何か、トトリを此処から遠ざけたい理由があるのだろうか。
まだ、何か隠していないだろうか。
もしそうだとすると。
此処には、何があるのか。
見える。
トトリが、来た。
遺跡の周辺のカメラが捕らえた。遺跡を念入りに調べている。
あの時、殺せていれば。
このような屈辱を味わうことはなかったのに。
「害獣を駆除します」
闇の中、声が響く。
それが此処の邪神。イビルフェイスの疑似人格が発しているものだということを、レオンハルトは知っている。
当然だ。
あのクズ共に、融合させられたのだから。
計三十七回エスティに殺された後。もうろうとする意識のまま。本体を此処に接続されたことだけが分かった。
そして気付いてみれば、これだ。
培養中の不完全な肉体。
周囲のガラスシリンダに浮かんでいるのは。
知っている。旧時代の脆弱な人間共。今の時代の人間とは、根本的に異なる。
そして、此処の邪神は。
実にくだらない。一なる五人が何を考えているか知らないが。こんなクソとレオンハルトを融合させて、何をさせたいのか。
ああ。あの小娘が。
確信がある。
彼奴はやがて、此処に入り込んできて、レオンハルトと相対するはずだ。その時こそ、今度こそ殺してやる。
その後、どうなろうと知ったことか。
何もかも破壊し尽くして。この世を焦土とかえるのも良い。この行き場のない絶望と憎悪を叩き付け、全てを灰燼と帰してしまうのも、楽しいだろう。
「繁殖しすぎた害獣を駆除します」
「黙れがらくた」
「繁殖しすぎた害獣は、我等が主の生存を妨げます。 駆除しなければなりません」
「五月蠅いといっておろうが低脳が!」
苛立ちをぶつけるのも、最近この声が、どんどん大きくなっているからだ。
そして、少しずつ意識を失う時間も増えている。
何となく、理解している。
レオンハルトの意識が、此奴に喰われているのだと。
笑いたくなる。
何もかもを失った後。精神までも、こうして喰われ。やがて人でさえない機械に成り代わっていくのか。
「あれは人間ではありません」
また、イビルフェイスが、よく分からない事をほざく。
どうでもいい。
「害獣です。 駆除します」
身動きも出来ない分際で、勝手にほざいていろ。
吐き捨てると、レオンハルトは目を閉じる。
嗚呼。嗚呼。
早く、消えてしまいたい。
もはや、生には何の執着ももてない。
何もかも殺し尽くして。
その先に、白き楽園を、作りたかった。
(続)
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