酩酊楽園

 

序、書き換えられる勢力図

 

アランヤに戻ったトトリは、すぐにクーデリアさんに言われて、アーランド王都に出向く。アランヤではフラウシュトライトを葬った事で、祝賀会が準備されていたのだけれど。トトリはクーデリアさんとロロナ先生と一緒に、参加せずにその場を離れなければならなかった。

ちなみに、ステルクさんも同じである。

ただステルクさんは、すぐに最前線に戻っていった。状況から考えると、ステルクさんの方が、大変かもしれない。

話はあまり出来なかったけれど。

ついに感情による鬱屈を乗り越えたトトリの肩を叩くと。ステルクさんは、強面に不器用な笑顔を浮かべたのだった。

「頑張ったな」

何となく、それだけで分かった。

この人も、似たような苦悩を乗り越えて、此処に立っているのだと。そしてトトリも、ようやく今、スタートラインに立てたのだと。

アーランド王都では、恐らく鳩便を使ったからだろう。

既に勝報が届いていて。

トトリは、なんと。

謁見の間に連れて行かれて。王様の所に、直接案内された。

王様は。

非常に忙しいと聞いていたけれど。玉座にいた。

口ひげを蓄えた上品な老紳士だけれど。遠くから見ているだけで、分かる。この人の強さは、次元違いだ。

ステルクさんやクーデリアさんとも、更に一つ次元が違う、桁外れの使い手。

その気になれば、今跪いているトトリを。今の位置から、瞬きする間もなく、斬り伏せる事も可能だろう。

嫌な汗が、背中を流れる中。

隣に跪いているクーデリアさんが、戦闘の経緯を説明。

左右に列席している国家の重鎮達の中には、冒険者ランク昇格の際、何度か見た顔も混じっていた。

文字通り、国家の柱石達の中にいる。

それを悟ると。更に、悪い意味での冷や汗が流れる。

ランク6から7にあがるまで、トトリは随分時を掛けたけれど。

アーランド東海上の制海権を奪い続けていたフラウシュトライトを撃破した今。どう考えても、ランクは8から9にあげざるを得ない。

それは同年代の強い嫉妬を受けるには充分なはずで。

これからトトリが行く道が、更に厳しくなることは、確実だとも言えた。

でも、断るわけにも行かない。

トトリにとって、地位を上げることは、重要な事だ。お母さんの真実だって、もっと知りたい。

フラウシュトライトに殺された事は、理解している。

しかし、それでも。

まだまだ、不審な点が、多すぎるのだ。

「面を上げよ」

「はい」

トトリが顔を上げると。

いつの間にか、すぐ側にまで、王様が来ていた。

小さく悲鳴を零しそうになる。

足音どころか。近づく気配さえ、感じ取ることが出来なかった。

「見事な活躍であったときいている。 これからも励むように。 次の任務については、すぐに言い渡す故、それまでは待機するように」

「有り難き幸せにございます」

「うむ……」

分かっている。

この人は、明らかにトトリが巻き込まれている、訳が分からないプロジェクトを知っているし。

たぶん主導もしている。

この過酷な運命に巻き込まれた主要な原因は、この人だ。

でも、だからこそ、トトリは此処まで来られたとも言える。過酷な生活は、トトリの力を無理矢理引き出すためのお膳立てで。

そしてトトリが国家の柱石となる事は。

この人の、計画通り、なのだろう。

謁見の間から退出。

クーデリアさんに、免許を出すように言われた。

「ランク8から9への、最短記録更新よ。 半月くらい研修を受けて貰うから、覚悟しなさい」

「分かりました。 それで、次の任務、ですけれど」

「焦らず、アランヤで少し休みなさい。 ロロナ、参考書も貸してあげて。 この子、放っておくと、倒れるまで働くでしょうしね。 少し休暇を置いてから、研修を受けて、ランク9に正式昇格。 それまで休むように、あんたが釘を刺しておくのよ」

「うん、大丈夫。 分かってるよ」

流石ロロナ先生。

トトリのことを、よく分かっている。

その後は、三人でサンライズ食堂に出向いて、軽く食事にする。たぶん、戦った後だからだろう。

クーデリアさんもロロナ先生も、とにかくたくさん食べる食べる。

トトリが見ていると、どんどん空のお皿が積み上がっていって。満面の笑顔のウェイトレスさんが、それを回収していく。そして、次のお皿が来る。

クーデリアさんはテーブルマナーを完璧に守りながら食事をしているけれど。

ロロナ先生は、ちょっと食器の扱いが下手だった。

ただ、それはあくまでクーデリアさんとくらべての事。トトリだって、ロロナ先生の事は言えない。

いつもよそ行きの顔を作っているクーデリアさんが、珍しく上機嫌になっているのが分かる。

「酒も頼もうかしら」

「ダメだよ、これからすぐ前線に戻るんだから」

「心配いらない。 あのフラウシュトライトを倒したことで、スピアはまた戦略の見直しを図られるわ。 下手をすると、東海岸が海王だけでなくて、アーランド戦士の直接攻撃に曝されるんだから」

「確かに理詰めで考えればそうだけれど」

クーデリアさんは、声のトーンを意図的に調整して。

周囲に音が漏れないように、ロロナ先生がいつの間にか結界を張っていて。

それで、トトリにわざと聞かせているようだった。

ホープ号も、これから二番艦、三番艦を、時間を掛けて建造していく予定だという。それに一番艦のネームシップであるホープ号も、今後はアーランド海軍の旗艦として。アーランドにとって重要な任務に従事する、という事だ。

当然のように、ダーティワークもあるだろう。

気が重いけれど。

従うしか、選択肢はない。

二人が席を立ち、会計を済ませる。サンライズ食堂の若主人とロロナ先生とクーデリアさんは幼なじみだと聞いていたけれど。会計の際の温かい雰囲気は、確かに優しい。

「また難しい仕事に行くんだろ? がんばれよな」

「本当に手が足りないときは、イクセくんにも声を掛けるから。 その時はよろしくね」

「分かってるよ。 だけど、話を聞く限り、たぶんその恐れは無さそうだな」

会計を終えて、店を出る。

その後は、二人揃って、アーランドの北門から消えた。これから、最前線に向かうのだろう。

船の中で少し話したのだけれど。

最前線にいる敵を、更に叩いて、削る計画が出ているそうだ。

前回の大勝利と同じようにして、可能な限り頭数を減らすことによって、今のうちに敵の手持ちの戦力を削げるだけ削ぐそうである。

同時に、恐らくではあるけれど。

トトリが任される仕事は、スピア東部海岸の港湾地帯に対する攻撃だ。

今までは海王という悪魔族の生体兵器がこれを担っていたらしいのだけれど。

今後は、この世界でも桁外れの性能を持つホープ号が、それに加わって、活動することになる。

フラウシュトライトの脅威は各地で噂になっていたらしいけれど。

それを葬った超弩級の艦船となれば。

確かに、各地の戦略バランスを一気に崩壊させることも出来るだろう。

ただ、これはトトリがやったことではない。

ずっと長時間を掛けて、練りに練られた計画だ。それを押しつけられて。そして今後も、という事だろう。

アトリエに戻ると、ソファに転がる。

一日二回しか使えないゲート。

以前のことがあってから、トトリは一回分は必ず残して、ゲートを使うようにしているのだけれど。

今日もそれは同じ。

祝賀会は二日くらい続くらしいので、半日くらいは此処にいてもいいだろう。

近くのお店を回って、美味しそうな甘味を見繕って、買ってくる。

中には、魔術が籠もっていて、味を変えてあるものや。

製法が分からない、異国のお菓子もあった。

大役を果たしたのだ。

たまには、これくらいは良いだろう。

アトリエに戻った後、お茶を淹れて、一人で静かな時間を楽しむ。ちむちゃん達はお父さんが面倒を見てくれているはずだし、危険な要素は周囲に一つもない。

だから、今は。

静かに、心を無にして。

ただ、一人の時間を、楽しみたかった。

 

アランヤに戻ると、既に夕方。

話通り、宴が行われていて。既に、かなり騒ぎは大きくなっていた。当然の話だけれども。アランヤにとって、それだけフラウシュトライトは脅威だったのである。

驚いたことに、水着コンテストまで行われている。

体型がささやかなトトリは、遠くから見ていたけれど。恐らく鳩便が来てから、すぐに企画したのだろう。

近隣の村から、きれいどころの女性が、たくさん集められていたようだった。

お姉ちゃんも参加しているので、噴きそうになる。

もっとも、いつも露出が多くて、水着同然の格好をしているメルお姉ちゃんの方は、面倒くさがりな性格もあるのだろう。参加している様子は無かったけれど。

酒が入った男衆は、やんややんやの大喝采。

見ると、パメラさんが、お酒を配っていた。

「あら、主賓の登場かしらあ?」

「パメラさん、お酒が入っています?」

「ううん。 私ね、お酒飲めないの」

笑顔を崩さずにいう。

そういえば。

今まで気付かなかったけれど。力がついてきてから、違和感はあった。特にお店を出て歩き回っている今は、それが顕著だ。

「その体、まさか、作り物ですか?」

「うふふ、良く気付いたわね」

「……やっぱり」

何というか。

ホムンクルスに近い。しかし、生きてはいる。全体的に魔力の流れがちぐはぐ。細かい所を見ると、関節なども、少しおかしいのだ。

普段はゆったりのんびり動いているから、変だとは思わなかったのだけれど。

そういえば、つきあいが幾ら浅いとは言え。

この人と最初にあってから、既に数年経っている。

全く老ける気配がないのは、おかしいと思っていたのだ。

ロロナ先生でさえ、外見が少しずつ落ち着いて行っていたのに、である。

「でも、秘密よぉ」

「はい。 でも、お酒が飲めないのは、不便ですね」

「いいのよ。 こうなる前から、お酒は苦手だったから。 というよりも、お酒は殆ど飲んだことがなかったのだけれどね」

そうか。

きっと、聞いてはいけないことだったのだろう。

お酒を配るように言われたので、樽ごと運んでいく。昔は非力だったトトリだけれど、今はこれくらい簡単だ。

見ると働きもののちむちゃん達も、ちょこまか動き回って。食べ残しを片付けたり、配膳したりしている。

村の衆達は、酒樽に集って、まるで魚のよう。

トトリが来ても、気付かないくらい出来上がっている人も多かった。

ペーターお兄ちゃんは入り口の辺りにいて、見張りをしている。どうやら、こういう騒ぎは、もう性に合わない様子だ。というよりも、村の人達に混じるのが嫌なのかもしれない。

加害者は忘れても。

被害者は、そうではないのだから。

もう、ペーターお兄ちゃんは、ハイランカーに属する冒険者だ。収入だってあるし、最悪需要が増えている御者に絞るという生活もある。アーランド近辺の街道が整備されている場所はともかく。そうで無い所は、やはり護衛や御者に、戦闘能力が求められるのである。

仕事はいくらでもあるし、この村にこだわる理由だってないのだろう。

ふと、気付くと。

お姉ちゃんが来た。

「トトリちゃん、いいかしら」

「うん、どうしたの」

スピーチでもさせられるかと思って内心で一瞬だけ身構えてしまったけれど。お姉ちゃんの反応は違った。

きっとお姉ちゃんも。

トトリがペーターお兄ちゃん同様、このような場には混ざりづらい事は、理解してくれていたのだろう。

「お酒を用意したから、近場のリス族とペンギン族にも、届けて欲しいの」

「分かった、行ってくるね」

「お願いね」

見ると、護衛として、数名の悪魔族の戦士と、ミミちゃんが此方に来てくれるのが分かった。

ジーノ君はどうだろうと思うと、どうやら男衆の真ん中で、戦いについて話しているようだ。

マークさんは、お船に張り付いて、修理の真っ最中。

他の人は宴に混じっていたり、他の作業で色々。ちなみにホムンクルス達は、さっさと休憩に入った様子である。

ちなみにガンドルシュさんは、恐らく悪魔族を率いて来ている体面があるからだろう。面倒くさそうに、宴に参加していた。

「護衛、お願いします」

「いずれ、正式に国からお酒が配られるでしょうに」

「ミミ殿」

悪魔族の一人。目が大きなダステルさんが咳払いをして、それでミミちゃんも気付いたようだった。

トトリは笑顔を崩さない。

荷車を引いて、樽を運ぶ。中には、近隣の村から届けられた、上物のお酒が入っている。

まずは、近くの森へ。

リス族は、トトリが無事だと分かると、喜んでくれた。最近、仕事の危険度が跳ね上がっていることは、理解していたらしい。

長老が出てきたので、お酒を樽ごと引き渡す。

「アーランドの大敵を退けた祝いです。 どうぞ」

「おう、これは有り難い。 産後に力をつけるために、酒は必須でな」

通訳無しで、もう長老は言葉が通じる。

それにしても、楽しみで酒を飲むことがないのか。それだけで、生活の厳しさが何となく分かって。

トトリは、あまり良い気分はしなかった。

いずれ、改善していかなければならない事だ。

 

ペンギン族の村も回る。

此処では、トトリは聞いておきたい事があった。運悪く、現在の族長である日暮れの時に住まう四番目の男さんはいなかったけれど。すぐに、呼びに行ってくれると言うことだった。

話によると、隣の隣の国で、問題が起きているらしくて。

長老の会議が行われているのだという。

幸い、もう少しで戻るはずなので。待って欲しいと言うことだった。

縄張りの境にあるキャンプで、待つことにする。

日暮れの時に住まう四番目の男さんが帰ってきたら、照明弾をあげてくれるということなので、それでいい。

悪魔族の戦士達は、リス族ともペンギン族とも接点が薄い。

だから、彼らの文化が、珍しいようだった。

ただ、リス族に関しては、森が出来た後、管理を委託するという関係で。緑化作業を行うときに、どうしても顔を合わせる。

毛皮を被り。

海沿いに住まう戦闘種族、ペンギン族は、接点が今まで殆ど無かった存在だ。そう言う意味で、物珍しくてならない様子だった。

「ペンギン族の戦士達とは、交流を持ちたいな。 俺たちもいずれ最前線で、スピアの連中と戦うのだ。 生存率を上げるためにも、少しでも様々な武術を見ておきたい」

「それもいいが、土地の浄化が我等の最大の使命である事を忘れるな。 彼らの持つ文化や物資に、有用なものがある可能性も高い」

わいわいと、悪魔族が話している。

彼らは、この辺りの土地にも興味津々。もっと緑化をするには、どこからが良いかとか、水はどう引こうとか、話を続けていた。

アーランドの緑化事業は、今過去の数倍の速度で進展している。

今、ムキになって参加しなくても、大丈夫だ。

だけれど、彼らにとっては性分なのだろう。何度か聞いたが、彼らはこの世界を再生させるために、異形になる事を選んだ一族なのだ。

それこそ、血に本能として、染みついているに違いなかった。

たき火を囲んで、膝を抱えるミミちゃんとトトリ。

「ああいう馬鹿騒ぎは、好きになれないわ」

本音を言うミミちゃん。

トトリも、それは同じだ。

「私も苦手だよ」

「それは何となく分かるわ」

「ミミちゃんは、どうして?」

「私の家が、裕福だったと思ってる?」

そう言われると、それだけで何となく分かる。

爵位への異常なこだわり。

そして、滑稽なほどに、立ち振る舞いを気にした様子。ミミちゃんの家庭が実際には裕福にほど遠い事なんて、観察すれば即座に分かる事だ。

でも、それを話してくれたという事は。

トトリをそれだけ信頼してくれた、という事も意味している。

それに、ミミちゃんは、必死だ。成り上がることに対して、あまりにも。その周辺環境がよろしくないことが、よく分かる。

信号弾が上がった。

雑談をしていた悪魔族が、すぐにトトリの周囲を固める。

荷車を引いて、砂浜に行くと。帰ってきた日暮れの時に住まう四番目の男さんが、待っていてくれた。

「青き鳥よ。 今日は如何したか」

「アーランドの大敵を討ち果たすことが出来ました。 これが祝いの品です。 お世話になっている日暮れの時に住まう四番目の男さんには、直接渡したくて」

「応。 アーランド産の酒か。 これは有り難い」

目を細めて喜ぶ日暮れの時に住まう四番目の男さん。

歓迎をしたいと言われたので、少しだけつきあって行く。ペンギン族は、悪魔族の戦士達も、ミミちゃんも、縄張りに特別だと言っていれてくれた。

それから、軽く、宴をする。

お酒はまだ飲めないので、渡した分は、全部ペンギン族達でいただいて貰う。そのほかにも、トトリはお薬も、少しだけ持ってきていた。時々縄張りを見に行くと、お薬が足りない事があると、言われていたからだ。

「いつも助かる。 それにしても打ち倒した大敵とは、あの海にいる大怪蛇か」

「はい。 フラウシュトライトです」

「巨大な船を作っているとは聞いていたから、まさかとは思ったが。 それで、今日の用事について、聞かせてくれるか」

流石だ。日暮れの時に住まう四番目の男さんは、しっかり見抜いていた。

トトリは地図を広げる。

ペンギン族がどの辺りにいて。どんな規模の集落を作っているか。今のうちに、確認しておきたいのである。

違う大陸のペンギン族とも、今後は接触を持つかもしれない。

その時、不幸な事故を避けるためにも。今のうちに、情報は得られるだけ、得ておいた方が良いはずだ。

「アーランドの東海上にも、同胞はかなり分布している。 具体的にはこの辺りが多いのだが……」

幾つか、注意事項を教えてくれる。

更に、海の上のことは。人間よりずっと詳しいようで。地図を見ながら、間違いや、何処にどんな国があって、特徴はどうだとか、色々教えてくれた。

「流石ですね」

「青き鳥の力で、不幸な争いを避けてくれると助かる。 今は人間とペンギン族で争っている場合ではないからな」

「はい。 可能な限り努力します」

こういう所で、意思が統一できているのは嬉しい事だ。

後は、問題が起きていないか、聞いておく。今のところ、ケニヒ村とも適切に距離を取って、接することが出来ているらしい。

良かった。

トトリがしてきた事は、無駄になっていない。

それが分かるだけで、充分だ。

宴を終えてから、アランヤに戻る。

数日は休むとして。それから、アーランドで研修を受けて、ランク9。ランク9冒険者と言えば、昔のロロナ先生と同じ階級だ。

でも錬金術でも戦闘力でも、ロロナ先生にはとうてい及ばない。

それはトトリだって、よくよく分かっている。

だから、今のうちに。

できる限り、あらゆる技術を、あげておかなければならない。

そして次の任務。

だらけている暇など無い。それが分かっているからこそ。トトリは、あまり気楽には、なれなかった。

 

1、楽園と地獄

 

アランヤに戻ってきたトトリは、居間に入ると、椅子に懐いてしまった。

これほど厳しいとは思っていなかったのだ。

ランク9冒険者になるための研修が、である。

まず、書類関連の授業だけで、三日。

何しろ今後は、権限が非常に大きくなる。ランク9冒険者になると、それこそ前線の要所の軍事権を任されることや、極めて危険なモンスターを退治するための任務にかり出される事さえある。

今回のフラウシュトライト戦で、一軍を率いたトトリだけれど。

ランク9になると、艦隊を率いる可能性さえ出てくるそうだ。

そして、配下に文官がついて。彼らに人事権を任せることさえ、出てくるという。聞けば聞くほど、頭がくらくらしてくる。

勿論、それだけではない。

たとえば。フラウシュトライト戦で、ランク8のトトリの指揮下に、ランク10の冒険者が三人も入ったように。アーランドの冒険者制度は、フレキシブルな所が長所だ。

今後はランク9に相応しい難しい任務が来るけれど。

場合によっては、もっと低ランクの冒険者の指揮下に入って、行動することもあるのだろう。

港では、ホープ号の修理が急ピッチで進んでいる。

それと一緒に、マークさんがなにやら得体が知れないものを作っているようで、村人達が気味悪がっていた。

今回の件で得たノウハウを使って、夢を叶えたいそうなのだけれど。

あまり良い予感は、正直しない。

いずれにしても、今トトリがする事は無い。

壊れた装甲は一度外して打ち直しているし。魔術に関しても、トトリが出て行く事も無い。

不足した物資は、事前に造りだめておいた分を供出するだけ。

ちむちゃん達は、お薬を生産させている。これは、主にアーランドに要求された分だ。トトリには、時々こういう仕事が来ていて。手が空いているときにやっている。今回のも、アーランド王宮でフィリーさんに涙目で頼まれたのである。誰もやってくれない仕事があるから、お願いすると。

椅子に懐いていると。

お姉ちゃんが、お料理を作って持ってきた。

ほかほかの肉料理だ。

顔を上げると、優しい笑顔を、お姉ちゃんが作る。

「大丈夫、トトリちゃん」

「うん。 でも、重圧で死にそう……」

「ランク9になると、尋常じゃないものね」

「お母さんはどうやってランク10の重圧に耐えてたんだろう」

料理を口に入れるけれど。

あまり、味がしない。

でも、温かくて。食べる事だけは出来る。お姉ちゃんはきっとトトリの不安を見透かして、食べやすいものを作ってくれたのだ。

「トトリちゃんは最近、ぐっと明るくなったね」

「うん……それは分かってる」

今までは、闇がおなかの中で渦巻いていて。

本当に苦労した。

フラウシュトライトを仕留めて、人生に一区切りついたからだろう。今まで無理に入っていた力が、抜けたのだ。

それに、わざわざ口に出さなくても。

分かっているのだ。お母さんはたぶん、気楽に適当に、ランク10冒険者として過ごしていたのだと。

だからこそ、クーデリアさんも、お母さんのことをトトリが口にすると、苦虫をまとめてかみつぶすような顔をするのだろう。

とても仲が悪かったとも聞いている。

確かに、水と油としか言いようが無い二人だったのだし、それも当たり前か。

食事を終えると、酒場に出向く。

お仕事があるかと聞いてみるけれど。マスターに、渋い顔をされた。

「今、この村に回ってくる仕事は、ホープ号の関連ばかりでな。 お前が持っていったら、来ている労働者達がみんな怒るぞ」

「ええ……」

「薬の納品があるんだろう。 それだったら、受け取っておくから。 たぶん、近いうちに鳩便が来るだろう。 休んでおけ」

「はい」

もう、そうとしか言い返せない。

げんなりして、アトリエに戻る。

もっとも、研修に次ぐ研修で、疲れ果てていたから、というのもあるのだろう。ベッドで横になって、ぐったりしていると。いつの間にか、夕方になっていた。

少しは気も晴れたので、起き出して、ロロナ先生がくれた参考書に目を通しておく。

中身は、発破類に関してだ。

この間持っていったN/Aだけではない。強力な火力を誇る発破類について、記述がある。

いずれもが、危険な品ばかりで。

技術がそこそこついてきたトトリでも、取り扱いには万全の注意を必要とするものばかり。

それだけではない。

空間操作についての理論書もあった。

これは、アーランドとアランヤを結びつけている空間操作についてのものだけれど。理論が非常に難しい。

どうやら、湧水の杯と同じように。

ものが其処に存在している確率を操作する事で、空間転送を行っているらしい。何というか、とんでも無く複雑で。これを限定付きとはいっても、あっさり実現してしまうロロナ先生の力量には、驚かされるばかりだ。

理論はそういうものだと把握したけれど。

実践できるとは、とても思えない。ましてやこれを利用した道具なんて、とても作れはしないだろう。

出来そうなものから、順番にやっていくしかない。

お薬に関しては、トトリは最近、ある程度自信もついてきた。空いた時間を使って、調合と検証をしていると。

ようやく、仕事が来た様子である。

酒場に出ていたお姉ちゃんが、帰ってきて。アトリエの戸がノックされた。

外を見なくても、気配だけで分かることだ。

「トトリちゃん、良いかしら」

「うん、どうしたの?」

「お仕事よ」

ドアの隙間から、お姉ちゃんを見ると、複雑な表情だった。

手にしているのは、蜜蝋つきのスクロール。

要するに。

王様が決済した仕事、という事である。

すぐに受け取って、中身を確認する。ざっと見ていくけれど、どうやらダーティワークでは無い。

その代わり、非常に重い任務だ。

この間、制海権を取り返した海域の先に、小さな島国がある。

人口は千名ほど。

文字通り絶海の孤島にある国で。フラウシュトライトに制海権を取られるまでは、交易もしていたらしい。

珍しい植物が幾つもあるとかで。特に、巨大な食虫植物が名物だとかで。これから取れる幾つかの薬品は、珍重されているそうである。味としても、非常な珍味だとか。

勿論、交易が絶えている今は。

極めて価格が高騰し、幻の品になっている。

それに、この島は。

東にあると言う大陸との中間地点。

此処との交易をしっかりこなしておけば、更に東に行くことも出来る。一度切れてしまったコネクションを、再接続する良い機会、と言うわけだ。

ほっとした。

少なくとも今回は、ダーティワークでは無い。

むしろ、多くの人が幸せになれる仕事だ。元々、孤島に千名程度というと、色々と生活も不便だろう。

在庫にあるお薬を、あらかた船に積み込む。

同時に、今まで倉庫にあったお薬も引っ張り出しておいて、酒場に納品。これでフィリーさんが泣きべそを掻きながら、トトリを頼ってくることもないはずだ。

準備を、進めていく。

この間の戦いに参加したメンバーは、殆どがアランヤにいる。特にホープ号の船員として任命した面子や、バリベルト船長は、まだいてくれた。彼らには、引き続き仕事をして貰う。

後は、いざというときに備えて。

出来るだけの戦闘要員を揃えたい。

ジーノ君はいた。声を掛けると、どんなモンスターがいるのか分からないし、是非戦いたいと言って、参加を了承してくれた。

ミミちゃんも、参加してくれる。

メルお姉ちゃんとペーターお兄ちゃんはいない。二人とも、別の仕事があるのだろう。それに、もうトトリの護衛に気を揉む必要はないと、国が判断しているのかもしれなかった。

お姉ちゃんは、今回は村に残るという。

マークさんは、村で進めたい研究があるとかで、却下された。

ナスターシャさんは来てくれる。

後、少し前に船を下りて、アーランド王都に戻ったリオネラさん夫妻の代わりに。医療術師として、カテローゼさんが来てくれることになった。

彼女は、冒険者に成り立ての頃にリス族のいざこざを解決した時、お世話になったほか。それからも時々仕事で顔を合わせて、手伝って貰っている。

医療魔術師として実績を上げたからか、既にランクは7。

それだけ、彼方此方で色々な仕事をしてきて。その実績が評価されている、という事だ。

ちょっと戦闘要員は少ないけれど。

それはあくまで「身内」の話。

ガンドルシュさんをはじめとする悪魔族十数名に。106さんが率いる、ホムンクルス一個小隊。

いずれもが、ホープ号の扱いには習熟しているし、戦闘能力に関しても、とても信頼出来る。

戦闘に関しては、余程強力なドラゴンでも出ない限り、まず大丈夫だとみて良いだろう。

これに、アーランドに迎えに行った文官六名が加わる。

彼らは、トトリと相手の国。ホウワイ島国というらしいのだけれど。其処との取引について、記録したり、助言したりする役割だ。

準備に掛かる数日の間に。

やるべき事は、全てこなしておく。

アーランド王都に行って、クーデリアさんと打ち合わせもしておく。前にも似たような事をしたからか、今回は非常にスムーズに、交渉のための草稿を練り上げることが出来た。それに、今回に関しては。以前から同盟国だったのを、関係を再構築するだけだ。

出来るだけ通信装置を使わないようにもしたい。

一応持っていくけれど。クーデリアさんは、今でも最前線とアーランド王都を行き来する毎日なのだ。

負担は、出来るだけ小さくしたいというのが、本音だった。

草稿を仕上げて。以前の交渉の時に作った書類も受け取る。

これに関しては、国家機密クラスの重要文書である。なくしたりしたら、文字通りの一大事だ。

文官達は、相変わらず労働者階級の出身者達ばかり。

彼らの中には。出かける前に、妻子と別れの杯を酌み交わしてきた者までいるとか言う話で、げんなりした。

労働者階級出身者の文官は、とにかく線が細すぎる。

元々生存環境が違いすぎたから、能力に差があるのは仕方が無い。彼らに戦士になれといっても無理だし、外で魔物と戦わせたら、あっという間に食べられてしまうのも事実だろう。

でも、それにしても、いくら何でも臆病すぎるように、トトリには感じられるのだ。

アランヤに戻ってきたときには。

以前に行っていた交易用の物資や。

それにお薬、食糧も積み込み終え。

ホープ号は、出航の準備が出来ていた。

文官達は、ホープ号を見ただけで、腰砕けになりそうな者もいて。それがますます、トトリをげんなりさせた。

「あのような巨大な船、見た事もありませぬ」

「なんという恐ろしげな姿か。 乗って生きて帰れるとは、とても思えぬ」

「いいから乗りなさい!」

口々に情けないことを言っている文官達に、106さんがたまりかねて一喝した。

それで大分気も晴れたけれど。

こんなのは序の口に過ぎなかったのだと。船が出てから、すぐに分かる事になった。

 

如何に強力な巡航能力を持つホープ号といえども、海をまっすぐに突っ切るのは、得策では無いし。

何より、物資が尽きれば、いくら何でも危険だ。

ということで。

アーランドから東に点々と延びている諸島に沿って、進んでいく。

航路は、バリベルト船長に任せる。

事前に地図を見て、どこに行くかは説明済み。というよりも、船長自身が、フラウシュトライトが現れる前には、これから向かうホウワイ島国に行ったことがあるのだという。

今回は、同じように。ホウワイに行った事がある戦士が、何名か乗っている。

いずれもがベテランの戦士ばかりで。

途中、甲板に出てきて見張りをしている彼らに、トトリは話を聞いておこうと思って。お酒を持って、彼らの所に出向く。

彼らは、全員がベテラン以上の戦士ばかりだ。

中でも、非常に体格が優れた、赤毛の戦士がいる。

ランク7の冒険者で、ベイヴという名前の彼は。既に初老だが。近年アーランドが起こした主要な戦いには、だいたい参加しているという、ベテランだ。

しかし、極めて単純な性格であり。なおかつ、あまり責任を持つ仕事も好きでは無いとか言う事で。ランク7のまま、昇格を拒んでいるのだとか。

見たところ、戦士としての力量は確かだ。このくらいの年齢のアーランド戦士になると、特化した一芸を持っているか、汎用性が高い使い手になっているか、どちらかが殆どだけれど。この人は前者である。

酒を持っていくと、ベイヴ氏は。

船に乗る前は大変に陽気だったのに。非常に機嫌が悪かった。

「何だ、あんたかい」

「どうですか、お酒でも」

「見張りが終わったらな」

交代で見張りをしてくれているから。勿論、その切れ目のタイミングに、お酒を持ってきたのである。

ホムンクルス達の部隊が、これから見張りを代わってくれる手はずである。

トトリが来ると殆ど同時に、彼女らが姿を見せたので。

見張りを引き継いで、甲板の隅の方に移動。

さっそく、不満を口にされた。

「この船、すげえんだけどな。 速すぎて、これじゃあ釣りができねえよ。 ついでに甲板が高すぎて、釣り糸もとどかねえ」

「釣りが好きなんですか?」

「てか、ホウワイみたいな平和呆けした国に行くときの楽しみは、それしかなかったんでね」

そうか。

話には聞いていた。

ホウワイは温暖湿潤な気候で、なんといにしえの破滅にも、殆ど被害を受けなかった、珍しい国の一つだという。

文明こそ保存されていないものの、楽園そのものの環境で。

豊かな土地に多くの食べ物。

色々な仕組みで管理された人口がゆえ、誰にでも物資が行き渡るようになっているのだとか。

その一方で、人々は極めて怠け者で。

真面目に働くことは、殆ど無いという。

だから、モンスターが出ると、その度に大きな被害が出るのだとか。

「フラウシュトライトが出てから交易が絶えていたけれどな。 正直、今はどうなっていることやら。 前々から、交易の度に俺たちがモンスター退治をして、勤務外の戦闘をしていたからな」

「初耳です……」

「そりゃあそうだろ。 契約外の仕事なんだから。 黙認された仕事って奴だよ」

そうか。おそらくこれは、クーデリアさん達も知らなかったのではあるまいか。

たぶん、戦士達にとっては、小遣い稼ぎ代わりの感覚だったのだろう。

平和すぎる国にとって、モンスターは悪夢以外の何物でも無い。普段から鍛えている戦士もいない状況では、対応の手段も無かっただろうから。

交易で時々来るアーランド戦士に、小遣いを渡して、モンスターを退治して貰う。

そうすることで、ようやくモンスターを撃退することが出来ていた、というわけだ。

そして、フラウシュトライトが現れて、数年の間隔が空いている。

確かに、少しばかりまずいかもしれない。

「何か、ホウワイについて、良いことはありませんか」

「酒はうまいな。 酒についてはとにかく色々なものがあってよ。 中には、とんでもない変な酒もあるんだよ」

「変なお酒、ですか」

「こっちでも珍しいのだと、馬乳酒とか蜂蜜酒とかあるがな。 肉を漬け込んだ酒とか、虫を漬け込んだ酒とかがあるな」

それは、想像も出来ない。

是非見てみたいと言うと、ガハハハハと豪快にベイヴ氏は笑うのだった。

酒が回ってきたので、適当にあわせながら、話を聞きだしていく。

そうすると、色々な事が分かってくる。

ホウワイは王国とはいえど、元々千名程度しか人間がいない小さな国。王族の権威は小さく、王宮も砦のような規模だとか。

アーランドの近辺にも、そう言う国は幾つかある。

以前トトリが出向いて、問題を解決したエンデラ王国も、そう言う場所だった。

それにしても、人が増えないようにしている仕組みというのは、どういうものなのだろうか。

それについても、興味がある。

以前、フラウシュトライトの縄張りだった地点に入る。

もう、海が荒れることも。

海竜に攻撃されることもない。

幾つかの島に寄って、補給を済ませる。

既にこの辺りが安全だと言う事は伝わっているのか。アランヤではなく、別の漁村から来た船と、途中ですれ違った。

帆船だけれども。そこそこに足が速い船だ。

接舷して、軽く話を聞く。

この近辺の漁場は、やはりかなり荒れているという。元々数を管理していたのが、手つかずの状態になったのだから、当然だろう。

これからしばらくは、魚の様子を見ながら漁をして行く感じだと言われて。トトリは上に報告すると約束。

手を振って、漁師達と別れた。

此処から、更に東に三日ほど。

島が減ってくるので、羅針盤と六分儀は必須だ。

帆船とは比較にならないほど足が速いホープ号だけれど。それでも、迷子になったら危険である。

バリベルト船長と綿密に打ち合わせをしながら。

慎重に、海原を進む。

途中、かなりモンスターが増えてきた。海上を飛び回る大型のアードラの姿が目立つ。嫌な予感が、少しずつ大きくなる。

そして、ホウワイに到着した時。

その嫌な予感は、現実のものとなった。

遠目に見ても、露骨に王宮が朽ちているのだ。何かとんでもないトラブルがあったことは、確実だ。

港に接舷。

戦闘態勢を取って、すぐに船から下りる。

港は、楽園とは思えない有様だった。

人間はいる。

しかし、息をひそめるようにして、家に潜んでいて。死臭が、彼方此方からしていた。カテローゼさんにも、来て貰う。

疫病の可能性もあるからだ。

「すぐに偵察を。 106さん、二個分隊で王宮の方をお願いします。 モンスターがいた場合、排除してください」

「分かりました」

すぐに106さんが、ホムンクルス達七名を連れて。風のように出る。

他のメンバーは、フォーマンセルで、周囲を見てまわって貰う。村の備えは悲惨な様子で、柵は全て引き倒され。死んだままにされて、獣に食い荒らされた村人も散見された。勿論、そう言う風習だとは考えられない。

何が起きたのか。

いや、いうまでもないだろう。

交易のために来て、小遣い稼ぎにモンスターを駆除していたよその国の戦士がいなくなって。

モンスターに対抗できなくなったのだ。

そして、モンスターは、人間を襲いはじめた。

見ると、植物などが、明らかに減っている。つけている実なども、極めて貧弱な状況だ

何かしらの気候異常で、凶作になったのだろうか。

それは人間の集落の周辺だけではない。

手をかざして見る限り、山なども、相当に自然がダメージを受けている。モンスターが餌を求めて、人間を襲いはじめたのも、そのせいではなかろうか。

悲鳴が上がる。

駆けつけると、ミミちゃんが、大柄な熊を一刀両断にするところだった。トトリの体重の十五倍はありそうな奴で。戦士でもない人間には、とても太刀打ちできないサイズだ。我が物顔に村を襲っては、人間を食い荒らしていたのだろう。ミミちゃんが矛を振るって血を落としながら、吐き捨てる。

「ためらいなく襲ってきたわ。 人間を舐めきっていると見て良いわね」

「……ちょっと待って」

「どうしたのよ」

「大きすぎる」

トトリは、今まで、色々な人と話して。色々な地方の話を聞いて来た。一口にアーランド戦士と言っても、様々な国に出かけていって戦った経験もある事が多い。悪魔族も、それは同じだ。

そして知ったのだけれど。

猛獣は基本的に、暖かい地方になればなるほど、小型化する傾向があるのだという。

この熊は、アーランドにいる奴と、あまりサイズが変わらない。戦闘力はどうということもないけれど。

ひょっとするとこれは。

外来種かもしれない。

まさかとは思うけれど。凶作の原因も、或いは。

勿論、対抗できる戦士がいなくなって、こんな状況になったのは間違いない。しかし、その前に、何かあったのでは無いか。

「まず、この村の周辺を制圧。 モンスターは見つけ次第排除。 今はモンスターの数の管理を考えるよりも、状況の安定が最優先です」

「了解!」

フォーマンセルで、皆が散る。

ジーノ君が嬉しそうに喚声を挙げながら、遠くでモンスターを斬り伏せていた。

安全圏を広げていく。

村周辺から完全にモンスターを排除したとき。

頭から血を浴びたベイヴさんが、戻ってきた。彼は鎖つきの鉄球を使う戦士なのだけれど。

鉄球は何かモンスターを潰したのだろう。

肉塊と血しぶきに塗れていた。

「おう、司令官」

「どうしましたか」

「あんたが言ったとおりおかしいぜ。 前に島に来たときには、見た事も無いようなサイズのモンスターばかりだ。 こりゃひょっとすると、在来のモンスターは、駆逐されちまってるかも知れねえな」

「……106さんが心配ですね」

ベテランのホムンクルスの二個分隊だ。小型のドラゴンくらいなら、奇襲を受けても対応出来る程度の実力はある。

すぐに、手を打つ。

ベイヴさんと相談しながら、島にある集落を確認。その全てに、フォーマンセルの偵察部隊を派遣する。

今戦ったモンスター程度なら、はっきり言ってアーランド戦士の敵ではないし。何よりここに来ている戦士は、みんな古強者ばかりだ。流石に国家軍事力級の戦士に比べると見劣りするけれど。ミミちゃんもジーノ君も、充分にベテラン級。みんな、生半可なモンスターなんて、歯牙にも掛けない。

ましてやこんなところで、弱った人を襲って調子に乗っていたような、弛みきったモンスターなんて、鎧袖一触だ。

指揮をしていると、カテローゼさんが来た。

彼女もトトリ同様、数年でぐっと大人っぽくなった。以前はそばかすが目立っていたのだけれど。

今はすっかり大人びた容姿に変わっている。トトリと違ってお胸も大きくなったようで、其処はちょっと悔しい。

「トトリさん、此方に」

「はい。 すぐに行きます」

カテローゼさんが、村の一角を仮の施療院にしていた。ホムンクルス数名に手伝って貰って、作業を進めている。

生き残っていた村人達が、手当を受けていた。

ホムンクルス達が治療を施し。医薬品も惜しみなく使って、衰弱した者達にはかゆも与えていた。

やせこけた人々は、とても楽園の住人とは思えない。

眼はぎらぎらと輝き。体中垢だらけで。そして、爪も髪の毛もぼろぼろ。

生活を完全に破壊されて。いつ死ぬか分からない。つまりモンスターに襲われて喰われるか餓死するかだけを待つ状態になっていたのだと、一目で分かった。

一人だけ、ある程度話せそうな人がいた。

他の人達はうめき声を上げながら治療を受けていたり。かゆをがつがつと貪り喰うばかりでとても話など出来そうにない。

たぶん、以前は頑健な青年だったのだろう。

今は唇も青ざめ、頬も痩けて。

トトリを見ると、明らかなおびえが、眼に走るのが分かった。

「あ、アーランドの、戦士、だな」

「大丈夫。 暴力を振るったりはしません」

「……」

視線が露骨に泳ぐ。

何か、知っていると見て良いだろう。

「このモンスター達は、外来種ですね」

「さ、三年、前だ。 古い船が、来た。 あんたたちが、フラウシュトライトってドラゴンに邪魔されて、ここに来られなくなってから、はじめて来た客だった。 俺も、側で見ていたんだけど」

港に着いたその船からは。

モンスターが、どっと湧きだしてきたのだという。

後は地獄絵図。

モンスターは村の一つを食い尽くすと、王宮に襲いかかった。

平和だった島は。

一瞬にして、地獄になった。

必死に抵抗しようとしたこの国の人々だけれど。何しろ平和慣れした楽園だ。まともに戦える人間だっていない。

男衆を集め、抵抗を続けていた王宮も、去年陥落。

山も野もモンスター達は荒らし回り。集落に来ては、人を喰らって行った。そして無差別に増えて。

豊かだった自然は、見る間に死に絶えていったというのだ。

何だそれは。

トトリは怒りを感じる前に、異常だとさえ思った。

たぶんこの出来事を主導しているのは、間違いなくスピアだ。だけれど、こんな中立の小国を地獄に変えて、彼らは何がしたいのか。

巡回に出ていた戦士達が戻ってくる。

というよりも。フォーマンセルで出たチームは、例外なく一人だけを伝令に帰してきていた。

見に行った村が、どこも悲惨な有様だという報告が一致する。

トトリは決断せざるを得ない。

まず、クーデリアさんに連絡。今後の行動は任せると太鼓判を貰ったので、通信を切る。

そして、皆に振り返った。

「ホープ号で、生存者を救出して回ります」

「今は、出来るだけ被害者を動かさない方が……」

「このままだと、戦力を分散することになります。 もしも敵が一斉反撃に出たら、思わぬ被害が出かねません。 幸い、何処の村も、海沿いにあります。 さ、急いで」

勿論、敵に指揮をしている者がいる場合の話だけれど。

この青年の話を聞く限り。

これは明らかに、仕組まれた殺戮だ。楽園は何かしらの意図があって。地獄に変えられたのである。

話を聞く限り、この島は世界に残った数少ない楽園だったのに。

どうして、一なる五人は、そのような無情をする。

ホムンクルス達が、救助した村人達を、船に運び始める。カテローゼさんは悲しげに目を伏せると、リネンがたくさんいると言った。

 

2、見え始める真意

 

もとより、大きな島ではない。ホープ号で出来るだけ急いで回っていくと、一日かからないほどだ。

勿論、桁外れにホープ号の足が速いこともある。

ただ、海沿いにどの村もあると言っても、近くが浅瀬だと、接舷出来ない場合も多い。そういうときは小型艇を出して、まず戦士達が上陸。その後非戦闘員達が陸に上がって、衰弱した村人達を助け出す。

村は、どれもこれも地獄絵図。

ある村は完全に全滅していた。村の中を我が物顔に大型の鳥が歩き回り。人間の骨をついばんでいた。

飛ばないタイプの大型鳥だ。

全て駆逐してから、調べて見ると。やはり、図鑑に似た品種が載っている。

今はスピアに落とされた国の固有種モンスターである。大きさも特徴も、殆ど同じ。そして頭には。

明らかに、洗脳に使われたとみられる機械がついていた。

もう、犯人は明らかすぎるくらいである。

「許せない」

ミミちゃんが静かな怒りを込めて言うけれど。

トトリには、それよりも、もっと優先しなければならないことがある。まずは生存者を救出。それが、この場で取る、最善の策だ。そして立場と権限を得ているトトリは、そうするべきなのである。個人の怒りをぶつけるのは、後にする。そうしないと、助けられる人まで、助けられなくなる。

先に村を見に行っていた戦士達と合流しながら、少しでも助けられる人を増やしていく。

王宮で、信号弾が上がった。

どうやら、制圧が完了したらしい。あの朽ち果てた有様では、さぞやモンスターが我が物顔に振る舞っていたことだろう。

ホープ号からも、灯火通信を行い、合流地点を指示。

106さんだろう。王宮の方から、了承の信号弾が上がった。

七つ目の村を回って。

生存者は八十名ほど。

船の中が、悲惨な状況の村人達で一杯になった頃。最初に接舷した村に到着。順次、村人達には降りて貰う。

ちむちゃんにはお薬をその間、ずっと増やして貰っていた。

それくらい、状態が悪い人が多かったのである。でも、ネクタルの投与を惜しみなく行った事もあり。

救助してからは、一人も死なせなかった。

ガンドルシュさん達悪魔族に船を任せて。トトリはジーノ君とミミちゃんと、ベイヴさんと一緒に、王宮に。ホムンクルスの一分隊とあわせて八名だ。向こうで二個分隊と合流すれば、十六名になる。

信号弾の中に、負傷者ありというものが含まれていた。

村の方は、屈強な悪魔族が守ってくれるから、問題ない。

問題なのは、王宮の方に行っていた106さんたちだ。生存者がいるのなら救助しなければならないし。

二次災害は、それ以上に防がなければならない。

トトリは荷車にお薬と発破を積んでいた。満載にしないのは、今救助した村の人達には、いくらでもお薬がいるから。

それと、負傷者を、荷車で運ばなければならないかもしれないから、だ。

そしてもう一つ。

トトリには、自分で王宮に出向きたい理由があった。

文官達が煩わしいというのは、理由にはならない。蛆が湧いた傷口を見ていちいちヒャンヒャン悲鳴を上げたり、カテローゼさんを手伝うように指示をしたら泡を吹きそうになったりとか、そんな線が細い人達だ。別に仕方が無いし、腹は立つけれど。別に殺したいわけでもないし、我慢だって出来る。

王宮の方に出向くと。

やはり、予想通りだ。

木々が手酷く枯れている。

モンスター達が、手当たり次第に傷つけたり、喰い漁ったりしたのもあるだろう。しかし、これは。

「スピアに潜入した戦友から聞いたぜ。 連中に落とされた国は、緑化されてた土地まで、こんな風になってるんだってよ」

ベイヴさんが呻く。

口を尖らせて、ジーノ君がおかしな事を言った。

「何だよ、森がなくなったら、食い物なくなって、力が出なくて、戦えないじゃんかよ」

「そうかもしれないな」

呆れて、ベイヴさんも苦笑い。

ジーノ君くらいの天然戦士は、あまり彼も知らないのだろう。

果実や葉を、サンプルとして持ち帰る。

これは明らかに、喰われただけでこうなっていない。何かしらの方法で、枯らされていると見て良い。

目的は、兵糧攻めだろうか。

いや、違う。

ひょっとして、スピアは。

「生き物の数そのものを、減らそうとしている……?」

「どうしたの、トトリ」

「何でもないよ。 もう少しまとまったら、話すね」

「相変わらずね貴方は。 理解力がずば抜けてるのは分かっているけれど、少しは分かるように話して欲しいわ」

周囲が見渡せるから、雑談もするけれど。

王宮が間近に見え始めた辺りから、完全に空気が変わる。

以降は、全員、一言も喋らない。

ホムンクルス達が周囲に展開して、方陣の一種を組む。どこから奇襲を受けても、反撃できる態勢だ。

後は、ハンドサインで会話。

如何に敵の戦力が劣悪でも。

奇襲を受ければ、戦力差が逆転することは、よくあるのだ。

身を低くして、急いで移動。

先頭のミミちゃんが、来るように手招き。王宮の周囲は、モンスターの死骸が山積みだ。

106さんが、如何に大暴れしたのか、よく分かる。

王宮は、見ると大変に開放的な造りだ。そもそも、戦争がない土地の王宮なのだと、一目で分かる。

堀もなければ、塀もない。

朽ちた白い壁には、血や臓物がぶちまけられた跡。

多くの人々が平和を謳歌していたらしい石の通路には。無惨な爪痕と。踏み砕かれた骸骨。

死臭は、あまりしない。

此処が陥落してから、時間が経っているからだろう。

むしろ、良くも持ちこたえたものだと、感心してしまう。こんな王宮では、とても戦いには向かないだろうに。

106さんが、通路の向こうに見えた。

数名のホムンクルスが負傷している様子だ。見ると、中庭に、大きなベヒモスの死骸があった。

このベヒモスが、此処を我が物顔に牛耳っていたのだろう。

王宮を落とした時、多くの人を殺して、喰らったのは間違いない。

小走りで、106さんの所に近づく。

「生存者は?」

「ダメです」

106さんが視線で指した先には。

巨大な糞の山。

その中には、粉々に砕けた王冠の残骸らしきものが、鈍い光を放っていた。

 

噴水は砕かれて。

食料庫らしい場所はあらし尽くされ。

平和な踊りと歌が満ちていた広場は、死骸の山となり。涸れて朽ち果てた木々が、山々を覆う。

一端ホープ号に戻ってから、トトリは主要メンバーを集めて話をする。

「これから、この島に巣くう、スピア連邦のモンスターを、駆逐します」

「そんな事をして何になるんですか」

開口一番にそう言ったのは、文官達のリーダーであるジャセンだ。

典型的な労働者階級出身の文官である彼は、背は高いけれどひょろっとしていて。戦闘経験は零。

それなのに、知恵を使って戦士と渡り合おうとか。

或いは経済を武器にしようとか。

そういった工夫をせずに、単に戦士階級に不満を募らせているだけの人物で。トトリは、あまり好感を持てなかった。

でも、相性が良い人間とだけ仲が良くすることを、協調とは言わない。

こういう場では、どんな人でも、戦力として使いこなさなければならない。或いは後のために、納得させなければならない。

トトリもランク9の冒険者になって。そう言うことが、何となく分かってきた。

「第一に。 この船にいる戦力なら、それが可能です。 第二に、まだ島には、生存者がいるかも知れません。 第三に、この島の人々を救えば、いずれきっとアーランドに大きな利益がもたらされます。 第四に、この島をおかしくしたのは確実にスピア連邦ですし、その出鼻をくじけます」

実質的な利益もある。

そもそも、この島は、東の大陸との中継地点としての役割を期待されていたのだ。此処で衰弱しきった村人達だけを救助して帰るのでは、意味がないにもほどがある。

立て板に水を流すトトリに、ジャセン氏は視線を背ける。

賛成できない、と言うのだろう。

挙手したのは、バリベルトさんだ。

「儂も賛成だな。 この島国は、歴史上ないほどの危機を向かえている状況だし、此処で助力すれば、未来のために大きな力になる。 それに……」

「それに、何です」

「お前さんは、あのフラウシュトライトを仕留めたこの娘の力を過小評価しているのでは無いのかな」

そう言われると恥ずかしいけれど。

ジャセン氏も、そう言われると、ぐうの音も出ないようだった。

ミミちゃんが、代わりに挙手。

そういえば、ミミちゃんは。実力が近い106さんと、何だかもの凄く最近仲が良くなった。

たぶんライバルとして、互いを認識したのだろう。

ちょっとくやしい。

「確かに、現状での戦力で、島の制圧は可能だと思う。 戦っていて分かったけれど、この島にいるモンスターは、スピアが放ったにしては弱いわ。 二線級と言っても良い相手よ。 理由は分からないけれど」

「王宮にいたベヒモスくらいですね、一線級だったのは」

「それなら、油断しなければ勝てそうだね。 総掛かりで、一気に掃除して、それから生存者を確実に捜索しよう。 異存は、ありませんか?」

トトリが皆を見回す。

ジーノ君もガンドルシュさんも。ベイヴさんも。不満は無い様子だった。

勿論、駆除作業には、ホープ号も活用する。

モンスターを追い立てた後、アウトレンジからの艦砲射撃で粉々にするのだ。被害を出さないためには、一番効率よいやり方をするのが手っ取り早いし。何より、無駄な労力を省くことも出来る。

トトリは立ち上がると、細かい方針を指示。

まずガンドルシュさんは、飛べる悪魔族の戦士を船に乗って指揮。島を廻りながら、モンスターの位置を上空から特定。空を飛べるモンスターは、優先的に撃滅する。

106さんは、ホムンクルスの部隊三個分隊と冒険者達を率いて、島にいるモンスターを片端から駆除。

東から西に追い詰めていく。

西には、張り出した吊り橋のような地形がある。

其処にモンスターを追い詰めて、艦砲射撃でとどめを刺す。

ミミちゃんはトトリと一緒に、遊撃。

モンスターを片付けながら、山などにある洞窟を確認。逃げ延びている人がいないか、探し出す。

今の時点で、島の生存者は87名。

しかしながら、少しずつ体調が回復してきた人々から、聞いているのだ。モンスターから逃れるために、洞窟に隠れたり。或いは、島を逃げ出した人がいると。

島を離れた人に関しては、今の時点で追跡は出来ない。

とにかく、今島にいる人を、一人でも多く救うのが先だ。

細かい戦術を詰めた後。

明け方を待って、出陣する。

船にはホムンクルスの一分隊だけを残すけれど。正直、守りはそれで充分だろう。バリベルト船長も相応の実力を有しているし。実のところ、カテローゼさんも、医療魔術師として彼方此方を回る間に、修羅場はくぐっているのだ。

拠点とした最初に接舷した村を中心にして、まずはモンスターの残党を駆除。

明らかに立場が逆転したことに混乱する大型の狼や熊、ドナーンや飛べない鳥。それに、巨大な蛇。

いずれもが、更に凶悪なモンスター達と戦い続け。鍛え抜かれたアーランドの精鋭に、文字通りゴミでも掃くように駆除されていく。

トトリは、今の時点では、見ているだけで良い。

106さんは、とにかく戦い方が容赦ない。逃げようとした狼の背中から、味方から受け取ったポールウェポンを投げつけて、串刺しにし。

破れかぶれに飛びかかったドナーンを、裏拳一発で血煙に変えて吹き飛ばした。

「蹴散らせ!」

声も猛々しい。

ホムンクルスとは思えない。

ますます、人間みたいになって来たなあと、トトリは思う。

「順調ね」

「……順調すぎるかな」

さて、どうなるか。

王宮にいたベヒモスだけが一線級だったら良いのだけれど。勿論、二重三重に手は打ってあるけれど。

此処まで簡単に行くと、後が怖い。

事実、問題は発生した。

昼少し前。

前線から、照明弾が上がる。

その時トトリは、ミミちゃんとジーノ君と一緒に、駆除が終わった山肌を調べて、洞窟がないかを確認している所だった。洞窟の外は、ベイヴさんに見張って貰って。中を調べていたのだ。

洞窟はあったのだけれど、中は人骨だらけ。モンスターも数匹いて、それは発破を放り込んで、みんな処理したけれど。

生存者は見つからない。

モンスターが巣にして、獲物を持ち帰っていたのだろう。

肩を落として洞窟から出てきたとき。

照明弾を見て、トトリはやはりと思った。

「あれは、大型のモンスターに遭遇という知らせだな」

「すぐに上空の悪魔族に連絡……」

言おうとして、気付く。

恐らくかなり上級のアードラの群れだ。三十はいる。

それが、悪魔族の群れと、空中戦の真っ最中だ。気を抜くとホープ号どころか、安全圏として確保した村にまで到達される。

やはり、反撃に出てきたと見て良いだろう。

「どうする、トトリ」

「すぐに村に戻ろう。 恐らく敵は、彼処を集中的に狙ってくるはずだよ」

「どうしてそう言いきれるの?」

「スピアの狙いはね。 多分だけれど、人間も植物も動物も、一切合切を殺し尽くすことなの」

ミミちゃんが唖然とする。

流石にジーノ君も、ベイヴさんもである。

「ど、どういう、ことよ」

「どうしてそんな事をするのかは分からないけれど、この島を見ていて、それだけは確信できたの。 だって、戦略的にも意味がない島を地獄に変えて、何の利益があるの?」

「……」

「あるとしたら、地獄を作る事だけが目的だって事。 一なる五人が何を考えているかは分からないけれど。 はっきりしたのは、この世を地獄にしたい。 それどころか、生きた存在は一人もいない場所にしたいって事だよ」

狂ってる。

ミミちゃんが吐き捨てた。

とにかく、村へ急ぐ。ミミちゃんには先行してもらう。村には動けない人もたくさんいるからだ。

トトリも、ジーノ君とベイヴさんと急ぐ。

ジーノ君は何が起きたのか、よく分かっていないようだったけれど。ただ、一なる五人が、たくさんたくさん殺しをしたがっていることは、理解出来たようだった。

悪魔族とのドッグファイトから逃れて、急降下を始めるアードラが見える。

ミミちゃんは残像を造りながら走っているけれど。

間に合うか。

雷撃が飛び、アードラが撃墜されて、海に落ちる。

ナスターシャさんが、船から狙撃してくれたらしい。船も一端停泊して、上空に支援砲撃を始めてくれている。

生きている大砲達の狙撃は極めて正確だ。

下手な砲手がつくよりも、よっぽど上手に敵に当ててくれる。

今時、砲弾を喰らった位で死ぬモンスターは弱い方になるけれど。ただ、空中にいる敵にピンポイントで直撃させれば、落とす事は可能だ。

流石にドラゴンは無理だけれど。

また一匹、悪魔族戦士とのドッグファイトから逃れたアードラがいたが。完璧なタイミングでうち込まれた砲弾を喰らって、海にダイブ。

アードラ系のモンスターなら、この通り。

そして海に落ちれば、ふかの餌。

悪魔族は特に指示を出さなくても、対空砲火とのクロスファイヤに持ち込んで、アードラを叩き落とし始めるけれど。やはり近接戦闘はリスクが大きい。ダメージを受けて、地上に落下していく悪魔族も散見された。地面に直撃すれば、即死しないにしても、大けがをして空中戦に復帰は無理だろう。

一応、今村周辺の地面の方は、味方が有利だから、どうにかなると信じたい。

しかし、空中からの支援がないとなると、今度は最前線で戦い続けている106さん達が心配だ。

丘に出たので、手をかざす。

見ると、106さんが、かなり大きな鰐とカバを足したようなモンスターとやりあっている。脚が八本も生えていて、動きもかなり速い。

頭には触角のような器官が生えていて、其処から炎や氷の矢を、辺りにまき散らすという、器用な芸当も見せていた。格闘戦では106さんが押しているけれど、魔術付きとなると、一発逆転をされる可能性もある。

「あれ、何だろ……」

「前線で似たような奴見たぜ。 師匠がバッサリやってた」

「ステルクさんなら楽勝かもしれないけれど、あれ、強いよ」

「……それだけじゃあないな」

ベイヴさんが促す。

12名のホムンクルス達を、ヒットアンドアウェイで攻撃しているのは、青い毛皮の狼たち。

大きさは最大級の熊並み。

それが八頭。狼らしい連携が取れた攻撃で、巧みに分断を誘っている。

上を見ると、悪魔族はアードラの群れを相手に優位に戦っているけれど。それも、ひょっとすると、そう思わされているだけかも知れない。

「ジーノ君、加勢に行ってくれる?」

「おう、任せろ!」

「ベイヴさんはついてきてください」

「何か考えがありそうだな」

二手に、別れる。

トトリとベイヴさんは山の上に。ジーノ君は、放たれた矢のように、まっすぐ敵将に向かっていく。

数羽のアードラが、上空から急降下。

村に襲いかかるけれど。

間に合ったミミちゃんが、跳躍。すれ違いざま、横薙ぎに一閃。翼を切り裂いて、叩き落とす。しかしもう一羽が、なんと雷撃を翼から放ち、ミミちゃんを地面に叩き落とした。幸い下は砂浜。受け身を取ったミミちゃんだけれど、不意の一撃のダメージは大きい。

まずい。

立ち上がったミミちゃんだけれど、急降下してきたアードラに、かぎ爪に引っかけられてもろに転ぶ。

そいつが、防御の術式を展開し始めたカテローゼさんを見る。

大砲も、ミミちゃんも、間に合わない。

アードラが放つ雷撃が、カテローゼさんの防御術を直撃。粉砕し、雷撃に打たれたカテローゼさんが、吹っ飛ばされる。

即死は避けるけれど。

焦げたローブ。遠くから見るだけでも、重傷だ。

更に、とどめとばかりに、低空飛行で襲いかかるアードラだけれど。

上空から、影。

船から飛び降り。

アードラを踏みつぶしたのは、ガンドルシュさんだった。

ガンドルシュさんが、此方を見て、隻腕の親指を立てる。任せろというのだろう。

頷くと、走る。

トトリは、一緒に戦って来た人達を信じて。

山の上に出る。

荷車から取り出したのは、メテオール。この位置から投げても、トトリの腕力では届かないけれど。ベイヴさんなら。

しかもこの人は、鎖鉄球の名手。つまり投擲の達人だ。

照明弾をあげて、上空でドックファイト中の悪魔族達に指示。彼らが一斉に左翼に寄るのと同時に、ベイヴさんが雄叫びをあげながら、メテオールを結んだ紐を掴み、回転を始める。

「おおおらあああああっ! とんでけやああああっ!」

ハンマー投げの要領で、見事に鍛え抜かれた肉体が旋回し。

そして、空に投げ出される、メテオール。

完璧な位置に、完璧なタイミングで飛ぶ。

熟練のアーランド戦士だからこそ、出来る事だ。

練りに練り上げた対空発破が炸裂。

メテオールはロロナ先生に教わってから、既に四十回以上調合している。今の破壊力は、初期のそれとは比較にもならない。

更に言えば、空中での衝撃波は、鳥の翼に致命打を与える。

悲鳴を上げながら、ぼとぼとと落ちていくアードラ達。一気に形勢は逆転。悪魔族達が、攻勢に出て、力尽くで敵を叩き落としに掛かる。

更に、この位置。

106さん達と、交戦している敵が、丸見えだ。此処からなら、アウトレンジで一方的に敵を叩ける。

殺気。

棒を振るって、一撃を受け止める。

重い。しかし、はじき飛ばされながらも、受け身を取って、跳ね起きた。

棒を正眼に構える。

丁度そいつを挟んで、ベイヴさんも、鉄球を構えていた。

「小賢しい輩だ。 さては貴様が、噂に聞くアーランドの錬金術師か」

「……スピアのホムンクルスですね」

そいつは。大柄な新緑のトカゲが、二足歩行しているような姿をしていた。ドナーンにそう言う意味では似ているけれど。もっと直立していて、手には槍を持っている。腰には、小型のラウンドシールドもつけていた。

リザードマンと呼ばれる亜人種が、アーランドの遙か西に大規模勢力を作っていると聞いているけれど。

それを改造したのかもしれない。

今の技の切れ。

それに、戦場を一望できるこの地点での待ち伏せ。

このホムンクルスが、指揮官だとみて良いだろう。

先が割れた舌で、口の周りをなめ回すリザードマンホムンクルス。トトリとベイヴさんを同時に相手にしても、まるで引けを取らない実力を感じさせる。事実、構えている槍は、隙がまったくない。

「スピアが何をしようとしているか、知っているんですか」

「知らん。 俺はこの島を貰っただけだ」

「この島を此処まで食い荒らして、その後どうするつもりだったんですか」

「食い荒らした? 勝手に荒れただけだろ。 食い尽くしたら、迎えに来た船に乗って、帰るだけだ。 弱者は強者の餌になるのが定めだ。 そして俺は弱者を思うままに喰らうだけだ」

馬鹿な人。即座にそう思う。

強さを誇るアーランド人でさえ、森を守り育てる時代だ。

昔奴隷としていた人々に、別の方面での権利を認めて、共に歩くことで国を強くしてきたほどなのだ。

世界は壊滅して。荒野ばかりになり。荒れ果ててしまった。いにしえの人々が、あまりにもおろかだったが故だ。

ジュエルエレメントさんの所で知ったことは、絶対に忘れない。

そして、トトリは、結論として、知っている。

今の時代、争いなんてしている場合じゃない。

世界は荒れ果てて。これ以上、もたない。それがわかりきっているはずなのに。どうして、残り少ない富を独占し、あまつさえ食い荒らそうなどと言う考えが出るのか。

いくらでも豊かな実りが期待出来たこの島を。

どうしたらわずかな欲望のために、滅茶苦茶にするなんて事を、出来るのか。

此処にいた人達は、自分たちの数さえコントロールして、最後の豊かな楽園で慎ましく暮らしていたのに。

己の欲望だけでそれを蹂躙するなんて。

どうして、そんな愚かな事が出来るのか。

許せないと言うよりも。もはや、悲しい。

トトリが哀れみを込めた目で見ると。リザードマンホムンクルスは、苛立ちを込めた舌打ちをする。

トトリを自分より格下と見なしているからだろう。

「何だてめえ。 何が言いたい」

「スピアの船は、迎えになんか来ません。 一なる五人の目的は、この島から生命そのものを根こそぎ消す事です。 貴方たちは、全てを食い尽くした後、自分たちで今度は食い合う運命だったんです」

「……ハッ、面白い冗談だな」

冗談では無い事は、分かっている筈だ。リザードマンホムンクルスの反応を見れば、それが分かる。一瞬、露骨な動揺が、視線に籠もったからだ。きっと彼も、一なる五人から帰還の連絡が来ないことを、不審に思っていたのだろう。

そもそも、どうやって船が来るというのか。スピアにして見れば、こんな島に労力を裂くのは馬鹿馬鹿しいはず。だから、二線級の戦力ばかりを投入して、適当に成果が上がれば良いくらいに思っていたはずだ。

アードラの部隊を壊滅させた悪魔族の戦士達が、上空から敵に爆撃を加え始める。

互角の勝負をしていた、106さんとジーノ君達が。一気に敵を押し返していく。勝負はついたと見て良い。

だが、リザードマンホムンクルスは、まだ勝負を捨てていない。

まだ何か、手札があるのか。

槍を、凄まじい勢いで突き込んでくるリザードマンホムンクルス。でも、お姉ちゃんに比べれば、遅い。

棒を廻して弾きながら、踏み込み。

クロスレンジから、顎を半旋回しながら突き上げる。

思わぬカウンターに驚いたリザードマンホムンクルスが、背中からの一撃を、残像を作ってかわす。

ベイヴさんの放った鉄球が地面にめり込む。

上空に跳躍したリザードマンホムンクルスは。

トトリと充分な距離を取ると、走り出す。

何かを狙っているとみて良い。

ミミちゃんは、負傷したけれど、もう手当を受けている。

村は大丈夫。

106さんが率いる主力と、悪魔族の部隊は、敵を一気に追い込んでいる。あちらも大丈夫だろう。

走りながら横目に見ると、何名か撃墜された悪魔族も、手当を受け始めている。負傷したカテローゼさんも、ネクタルを飲んで、回復に向かっている様子だ。

トトリは、走る。

ベイヴさんがついてくる。

リザードマンホムンクルスが、一心不乱に向かっている先に、何か良くないものがある。それは、分かっている。

トトリに気付いているのか。リザードマンホムンクルスは、時々速度を落として、明らかに誘ってきているけれど。

その手には乗らない。

相手が速度を落としたタイミングで。

トトリは、発破を投擲していた。

反応が一瞬遅れるリザードマンホムンクルス。その背後が、盛大に爆裂し、吹っ飛ばされる。

そして倒れたその上に、ベイヴさんが躍りかかり。

鉄球を叩き付けて、背骨をへし折った。

ぎゃっと、悲鳴が上がる。

血反吐を吐いて、這いつくばるリザードマンホムンクルス。あっけない最後と言いたいところだけれど。

その首が突如分離して、蛇のように這い始める。

違う。

そもそも、その首だけが生きていて。体の方は、外付けの、強化肉体だったのだ。

今までとは打って変わって、素早い動きで、リザードマンホムンクルスが、洞窟の一つに逃げ込む。

突如、トトリの眼前に躍り出てくる、今まで見たのとは更に三廻りは大きい熊。中型のドナーンくらいもある。更に言えば、熊は四角くて、体長以上にパワーがある。

問答無用で躍り出たベイヴさんが、タックルを浴びせる。

ベテランアーランド戦士のタックルだ。熊はもつれるようにして、ベイヴさんと一緒に、斜面を転がり落ちていった。心配しなくても良いだろう。ベテランがあの程度の相手に、一対一で不覚を取るわけが無い。

間を置かず、すぐ側に着地したのは、負傷してはいるけれど、どうにか動けそうなミミちゃん。

呼吸を整えながら、傷を手の甲で拭う。

体中血だらけだ。あの不意打ちの雷撃が、それだけ効いた、ということだ。

「間に合ったわね。 村の方は落ち着いたから、来たわ」

「この中に何かある。 急ごう」

「分かったわ。 トトリ、貴方私が間に合わなかったら、この中に一人で入るつもりだったわね?」

「うん、ごめん。 でも、凄く嫌な予感がするの。 ただ逃げ込んだだけとは思えない」

状況説明もそこそこに、洞窟に入る。

今は一刻が惜しい。

この中には。

恐らくは、途方もなく嫌なものがあるけれど。

見なければならないのだ。あのリザードマンホムンクルスは、明らかにトトリの言葉に動揺していて。そして、此処に逃げ込んだ。

此処には、関連する、何かがあるのだ。

 

3、対面

 

洞窟には、お酒の臭いが充満していた。

樽がたくさん並んでいて。

其処には、色々なものが漬け込まれている。

資料も乱雑に並べられていて。そして、洞窟の壁も、綺麗に整備されている。恐らく、此処は。

ベイヴさんが言っていた、この島の名物である、お酒の醸造所。

蒸留酒を造るらしい施設もあるけれど。

今は、見ている余裕が無い。

洞窟の中を、カンテラで照らしながら、急ぐ。一言も発しないのは、ただでさえ明かりをつけていて、敵に発見されやすい状況だからだ。

這いずった跡が続いている。

奥の方から、声が聞こえた。

「主よ!」

二人頷き、カンテラを消して、壁に張り付く。

気配を消して、伺うと。

奥の部屋に、首だけになり、蛇のように脊髄を引きずって進んでいたホムンクルスがいて。

彼の前には、妙な四角い機械があった。

ぞわりと、する。

おぞましいほどの狂気を感じる。ホムンクルスから、ではない。

機械の周囲には、無数のしゃれこうべ。並べられ、積み上げられている中には。痛ましいことに、子供のしゃれこうべもあるようだった。

「すぐに増援を! 昨日もお伝えしたとおり、アーランド戦士の戦力は極めて大! 支えきれません! 既に主力部隊は敗退! 此処に来るのも、時間の問題です」

「良くやったな、グラスラス」

「は……」

「お前の役割は終わりだ」

ひどく落ち着いた声。

そして、その声を聞いて、確信する。

狂っている。

トトリが、今まであった、どんな人よりも。

内に静かな狂気を秘めている人は、幾らでもあってきた。ロロナ先生だってそうだし、クーデリアさんだってそうだ。

でも、この声は。狂気の方向性が違う。

「その様子だと、お前も知っている様子だな。 お前達の任務は、この島の生物の絶対数を減らし、今後も繁殖しないようにすることだ。 故にお前には、いにしえの時代に開発された、猛毒の除草剤を撒かせた。 森を保全している人間共も、手当たり次第に殺させた。 そして、お前達の最後の任務は、喰らいあって全滅することだったが。 それも今、アーランドの戦士どもが、勝手に果たしてくれる」

「……あ……ああ……!」

うめき声が聞こえる。

楽園で暮らしていたたくさんの人々を食い殺し、惨殺した相手でも。見ていられなくて、視線を背けてしまう。

苦しんでいるホムンクルス、グラスラスに。

更に、とどめを刺す声。

「前線に送るまでもないクズと欠陥品を率いて、良く任務を果たしたな。 褒美として、其処で朽ちて死ね」

「む、無情にございます! 無情にございます!」

「何を言う。 ホムンクルスは消耗品だと、分かっていたのだろう。 ひょっとして、功績を立てれば、側近になれるとでも思っていたのか? 愚かしい輩だ。 まさか、処分されたくないがために、殺戮を繰り返したのか? 本当に愚かしい道具よ」

「……っ!」

ミミちゃんが、本気でキレた。

トトリだって、はらわたが煮えくりかえりそうだけれど。それでも、此処は静かに。そして、静かに怒らなければならない。

笑いながら、地面でもがくグラスラス。

首だけになった彼は、口からよだれを垂れ流して、のたうち回っていた。

彼は知っていたのだろう。

自分が消耗品に過ぎないと。

だから、必死に任務を果たした。いや、ひょっとすると、他のホムンクルス達も、そうなのかもしれない。

そして、一なる五人は。

今、この狂気に満ちた声を発している邪悪は。

それをも、利用していたという事だ。

トトリが進み出る。

もう、目の前にトトリが現れてさえどうでもいいようで。グラスラスは、狂気の笑い声を上げながら、地面でのたうっていた。

その頭が、爆ぜる。

遠隔で何かをされたのだろう。

それでも死にきれず、脳を露出したまま、グラスラスはもがいていたけれど。

ミミちゃんが見かねてとどめを刺す。

箱に、向かう。

トトリは、話しかけていた。あくまで、出来るだけ声を抑えて。静かに。怒りを感じさせないように。

「貴方が、いや貴方たちが、一なる五人、ですね」

「ほう。 もうアーランドのゴミ共が来たか」

「私はトゥトゥーリア=ヘルモルト。 トトリと呼ばれています。 アーランドの錬金術師です」

「お前がか。 くつくつ」

笑い声が聞こえる。

そして、トトリは気付いた。少し喋る度に、声のトーンが変わっている。それどころか、しゃべり方さえも。

一瞬、多重人格者かと思ったのだけれど。

これは違う。

複数の人間が、混じっているとみるべきだろう。

ぞっとするほどの狂気が全ての声に共通して含まれていて。おぞましいまでの侮蔑が、此方に投げかけられている。

「何故、あらゆる命を死に絶えさせようとしているのですか?」

「どうやってそれに気付いた」

「今までの事を総合して」

「面白い。 少し会話につきあってやろうぞ」

ミミちゃんが進み出ようとするけれど、手で制止。

少しでも、情報を引き出さなければならない。相手を勝ち誇らせておけば、それだけ情報も引っ張り出しやすくなる。

この島の様子からして。

アーランドがある大陸だけではないのかもしれない。一なる五人の脅威にさらされている土地は。

「そもそも命とは、何だと思っている」

「生きているものです」

「それは違うな。 生命とは、自己増殖機能を備えたタンパク質の塊に過ぎぬ、 タンパク質以外にも自己増殖機能を備えることはあるが、おおむねそのような存在だ」

「その命の、何が価値が無いと言うのですか?」

出来るだけ、感情を抑えながら。

少しでも、会話を長引かせる。

わずかでも情報を引き出せば。今後、この人達と戦う時に。力にすることが、出来るからだ。

「この星が誕生してから六十億年。 星の環境さえ変えるほどに多様化した生命だが、一律に自滅の可能性を秘めている。 その自滅は……」

「くだらん」

不意に、声が割り込む。

どうやら、一なる五人の中でも、会話に乗り気でない人格があるようだった。

面倒だ。今の人なら、少しでも有利な情報を引き出せたはずなのに。それを厄介だと感じ取ったのだろう。

「トトリとやらよ。 我等は既に完全なる存在。 そして、その根は世界中に張り巡らされている」

「世界中に……」

「破滅の日は近いぞ。 その時を心して待つが良い」

ぷつりと、声が消える。

最後の声は、女性に聞こえた。

ロロナ先生に、前に聞いた。以前、オルトガラクセンの中で遭遇した、一なる五人の一人は、女性だったと。

たぶんその人を中核にして、一なる五人は融合してしまっているとみるべきだろう。

機械を壊そうとするミミちゃんを止める。

「どうして! あんな幼稚な思考の独善主義者に、世界が滅茶苦茶にされて、この島だって!」

「この技術はそれとは関係無いよ。 持ち帰ろう。 何かの助けになるかも知れない」

ミミちゃんが、トトリの横顔を見て、黙り込む。

きっとトトリの顔からは。

表情が消えていたはずだ。

 

洞窟を出る。

既に、戦いは決着していた。

熊を殴り殺したベイヴさんが、巨大な獲物を引きずって此方に来る。さすがは鉄球使い。元々のパワーも凄まじい。あの巨大な熊を、素手で殴り殺すのは、大したものだ。

敵の主力部隊を殲滅し、追い込み終えた106さんとジーノ君も、此方に来た。

負傷者の手当も始まっている。

トトリが荷車に乗せて、機械を運び出すと。

最後の仕上げとして。最初の予定通り追い詰めたモンスター達に、ホープ号から艦砲射撃が行われるところだった。

生きている大砲の容赦ない攻撃。

砲弾の威力は知れていると言っても、弱った状態で。しかも足場が脆いのだ。

狭い大地に追い詰められたモンスター達は逃げ切れず、次々海に落ちていく。ふかが歓喜して、獲物を貪り喰っているのが、遠くから見えた。

海が赤く染まり。沸き立つよう。

島の赤茶けた大地は。多くの血と。絶望と悲しみと、悪意に染められた結果だ。

これで、この島は、一度死んだ。

森も山も、グラスラスが言っていた通り、毒物が撒かれているのだ。これから緑化するにしても、膨大な時間が必要になるだろう。

遠めがねを使って状況を見ていた106さんが、報告してくれる。

「敵、残存戦力、消滅」

「ようやく終わったか」

ベイヴさんが、呻いている熊の頭を踏みつぶしながら言う。

皆、分かっていたのだろう。

これからが一番大変だと言う事を。

生き残った村の人達の所に戻る。彼らは一様に放心していて。目の前で行われた戦闘に、怯えきっている人々も多かった。

まずは、彼らに活力を取り戻して貰わないといけない。

一段落したところで、連絡をクーデリアさんに入れる。

「ホウワイ島国の生存者は、八十名と少しだけです。 モンスターを駆逐したので、もう少し島を探索してみますが……あまり大勢が生き延びているとは、状況からして、考えられません」

「そう。 残念だけれど、一割弱だけでも救えて良かったわ」

「……はい」

「緑化技術のチームを送り込む準備を整えておくわ。 悪魔族は其処に残りたがるだろうから、意思を尊重してあげなさい。 状況からして、薬と医療チームも残しておいた方が良いでしょうね。 貴方は船員と一緒に一度帰還。 中継地点としてホウワイを整備する物資を用意するから、それを受け取ってとんぼ返りよ」

通信が切れた。

此処まで十日ほど掛かる。島は幸い広くないから、手分けして探せば、一日くらいで探しきれるだろう。

生き残りの中には、PTSDを煩った人も多い。

それはそうだ。

抵抗できない凶暴なモンスターに、家族や友人を目の前で喰われ続けたのだ。楽園は一瞬にして地獄に代わり、この世界での平穏は打ち砕かれた。

この島の人達が、どんな罪を犯したというのか。

直接の犯人である一なる五人は。

幼稚な独善論を展開していたけれど。不可思議な点も多い。

どうして、そんな思考に到ったのだろう。

話を聞く限り、いや彼らの造り出した技術を見る限り、偉大な錬金術師である事に疑いは無い。

天才錬金術師は、必ずしも人格者では無い事くらい理解しているけれど。

それにしても、妙だ。

独善論の先に、何かがあるのか。

いや、ひょっとすると。

その前に、何かがあるのかもしれない。

何より、気になる事を言っていた。世界中に根を張っている。どういう意味だろう。いずれにしても、放置出来る状況では無い。

探索チームを出す。モンスターの残党はいないと思うけれど、一応はツーマンセルで。その間に、トトリは荷車で、酒造設備からお酒に関するものを運び出す。このままだと朽ちるだけだし、管理して組み立て直すのだ。

資料についても、目を通しておきたい。

或いは、何か有益なものが得られるかもしれなかった。

酒を運び出し終えた後は、地面のサンプルを回収。

クーデリアさんが読んでいたとおり、悪魔族は此処に残ると言い出した。ガンドルシュさんが、その筆頭だ。

「トトリ殿。 この汚染された土地を元に戻す作業に、儂らは従事したい。 悪魔族の使命を果たすべき時だ」

「アーランドとは、汚染の方向性が違うと思います。 それでも、ですか」

「それについては理解している。 我等は様々な汚染と向き合ってきた一族だ。 必ずや、楽園を復興させてみせる」

それならば、任せるほかないだろう。

栄養剤についても、手配しておいた方が良さそうだ。それに、戦闘力が高い悪魔族が十数名もいれば、滅多な相手に遅れは取らない。

今回の戦闘で負傷者も多く出たけれど。それについては、医療チームがどうにでもしてくれる。

カテローゼさんは、負傷したホムンクルス五名と一緒に、此処に残ってくれるそうだ。

村人達の回復のためにも。

専門家がいると、心強い。

夜明け前。

ずっと働き続けたトトリが、肩を叩きながらホープ号に戻ろうとしていると。後ろから、声が掛かった。

ジーノ君だ。

「トトリ!」

「どうしたの?」

「生存者だ! 六人も!」

眠気が吹っ飛ぶ。

荷車に乗せられ、衰弱した人々が運ばれてくる。どうやら、非常に分かりづらい山の中の洞窟で、それこそ草の根を噛みながら生き延びていたらしい。

その中には、明らかに高級な装飾品を身につけた、痩せた男性がいた。

ひょっとすると、ひょっとするかもしれない。

すぐに、手当を始めて貰う。

自分も負傷していたのに、それでも献身的に働いてくれるカテローゼさんは、既に何処に出しても恥ずかしくない医療術師だ。

装飾品をつけた男性に駆け寄る。

初老の男性は、栄養状態が著しく悪いようだったけれど。どうにか、命に別状無さそうだ。

彼にすがりつく幼い女の子もいる。家族だろうか。栄養状態が悪すぎて、いたましい姿だったけれど。

「貴方は」

「このホウワイの、王族だったものです。 今ではただの、亡国の無能者ですが」

しゃべり方も、ある程度しっかりしていた。

胸をなで下ろす。

この島の人々には、希望が必要だ。そして大した失政をせず、この国、いや楽園を保ち続けた王族には、その資格がある。

「私は、アーランドの錬金術師、トゥトゥーリア=ヘルモルトです。 これからこの国の復興のバックアップを、全力でさせていただきます」

「この島を救ってくれたのですか。 あの恐ろしい海竜はどうしたのです」

「打ち倒しました」

「おお……! 英雄の前に、私はいるのですね」

涙を流し始める男性。

トトリは、無表情になる。貴方は英雄だと言われて。決して、良い気分はしなかった。

どうしてだろう。

トトリは、自分をわきまえているから、だろうか。

自分の感情と理性の板挟みになり。相手を惨殺して、やっと現実に気付く程度の愚か者だと、自分を見切っているから、だろうか。

いずれにしても、苦境から救われた人の夢を砕く事は、望ましくない。

文官達を呼ぶと、交渉に入る。

この島には。

今は、支援が必要だ。

 

4、不思議なお酒

 

アランヤに一度戻ると、既に物資と、追加の人員が来ていた。

緑化の専門チームが十二名。更に、ホウワイの護衛をする任務を帯びたホムンクルスが十二名。

向こうに残っている悪魔族の戦士が十五名だから、これで滅多な戦力なら、相手にしても防ぎきれる。

問題は、そのあとだ。

復興がなった後の事を、考えなければならない。

ホウワイは楽園だったけれど。スピアが目をつけたのだ。復興したら、またモンスターの軍勢を送り込んでくる可能性も否定出来ない。

アーランド本国でさえ、戦力が足りない状況だ。

ただでさえよそもののアーランド戦士が、いつまでも常駐するわけにはいかない。

彼らも、戦える力を身につける必要がある。

野山には、弱めのモンスターを復興と同時に離し。緊張感を作る。そして、戦士としての訓練を受けて貰う。

そうすることで、ようやく。

また、楽園が戻ってくるのだ。

帰る途中、酒造りの資料を見た。

とにかく、平和で安定した世界だ。技術の進歩も、著しく後れていたようなのだけれど。酒造りに関しては、とにかく非常に奇抜なアイデアが、多数盛り込まれていた。

中には、肉を漬け込む酒というのがあった。ベイヴさんが船で言っていた奴だろう。具体的な技術を身につけることが出来れば、役に立ちそうだ。

蛇などを使う例は聞いたことがあるけれど。

これは、肉の旨みを酒に溶かして、抽出する、というものだ。

船を下りた後。

トトリは、一端船員達を解散。休暇を廻して、自身は酒場に出向く。酒場のマスターが、以前からぼやいていたのである。

看板になるメニューが欲しいと。

ホープ号が戻ったことで。船員達が酒場になだれ込んで、一気に忙しくなった様子だけれど。

マスターは、トトリの事は、きちんと相手をしてくれた。

「ふむ、面白い酒、か」

「帰り道で考えました。 この村の特産であるお魚をいれたお酒なんて、どうでしょう」

「それは個性的だな。 是非作ってくれるか?」

「分かりました。 すぐに」

魚なら、サンプルは幾らでもある。

すぐにアトリエに戻ると、研究を開始。伊達や酔狂で、こんな事をするのでは無い。

ホウワイと此処をつなぐには、やはり物流が一番。

元々特産だったお酒を、更に豊富にすれば。

アーランドとの交易は、更に活発化するだろう。

お薬や防衛のための人員を援助するだけの関係では、いずれ歪みが大きくなる。並び立つことが、大事なのだ。

アトリエでちむちゃん達にも手伝って貰って、酒を造る器具類を直す。

一応帰る前に聞いたのだけれど、職人は全滅。直す余裕も無いという事なので、持ち帰る事の了承は得ている。

直しながら、構造を解析。

蒸留酒を造る装置は、色々と他にも応用できそう。

何より、これは。地味に、いにしえの技術も応用されている。ネジなどの構造が特殊で、非常に独創的だった。

途中から、マークさんを呼んで手伝って貰う。

お父さんも、一緒に作業をした。

「なるほど、此処でアルコールを沸騰させて、此方の器具に移すんだね」

「無駄な蒸気は此処から逃がすのか」

「似たような仕組みは、錬金術でも使いますけれど。 これはマークさんの方が、たぶん詳しいと思います」

「そうだね、任せてくれ。 数日で直せる」

頷くと、トトリは機械類を任せる。

勿論、トトリはトトリで、やる事がある。本職の錬金術師の技術で、幾つかのお酒を造り、試すのである。

ホープ号はその間、バリベルト船長に任せて、ホウワイに物資と人員を輸送して貰う。

それくらいの仕事だったら、トトリ自身が出向かなくても良いだろう。

此方に残っていたちむちゃん達には、お薬を増産して貰っていたし。かなりのお薬の在庫がある。

国からも予算が出たので、パメラさんのところでもお薬を買い足して、船に積み込んで、運んで貰った。

これで、向こうは、少しはマシになるはずだ。

しばらくは、集中して錬金術に取り組める。同じものばかり作ったり増やしたりするのは、少しばかりうんざりしていたのだ。

ちむちゃん達に、そう言う仕事は任せてしまえるのが嬉しい。

お仕事が好きなちむちゃん達は。パイを食べられて。お仕事さえ出来れば、内容はあまり気にしないようなので。

それが余計に、助けになる。

作業を進めていく。

簡単にはいかない。

お魚の旨みを抽出して、お酒に移すというのが、かなり難しいのだ。お魚の臭みが、どうしてもお酒に入ってしまう。

蛇を使ったようなお酒の場合、年単位で漬け込むことで、やっと飲めるようになるのだけれど。

錬金術をせっかく使っているのだ。

その辺りの欠点は、どうにか錬金術で解消したい。

完成品が出来ては、お父さんとお姉ちゃんに試飲して貰う。最初は失敗作ばかりだけれど。

少しずつ、ましな仕上がりになって行く。

トトリには。今、権限が与えられている。

救える人も、多くなっている。

その権限を使いながら。錬金術の力も最大限に生かす。

一なる五人は、放置出来ない。彼らを食い止め。この世界に起こそうとしている何かとんでも無い災厄を止めるためにも。

トトリは。

自分に出来る事を、一つでも多く、やっていかなければならなかった。

程なく、いわしの旨みを溶かしたお酒が出来る。

お魚の身から旨みを抜き出す方法を、本来では発酵によって行っていた。錬金術でも、発酵を促進して、パンを作る方法がある。これを利用する。

まず中和剤に肉を漬け込んだ後、複数の中間生成液を経由して、旨みを移していく。

そして、お酒をその間に造り、最終的に混ぜ合わせて、中和剤を揮発させるのだ。

こうすることで、旨みを上手に取り出し。なおかつ、お魚の栄養も、お酒にいれることが出来る。

更に、ふぐ。

そして、かじきの旨みも抽出できた。

お魚の臭みがどうしても分離できず、最初はひどかったけれど。ホープ号が戻ってきたときには、三種類のお魚酒。

更に、この近辺で取れる大型のたこを用いたお酒も、完成していた。

マークさんも、丁度良いタイミングで、お酒を造る器具を直してくれたし。これを使えば、それほど生産は難しくない。

マスターにも飲んで貰ったけれど、かなり好評だ。

元々漁師村だし、みんなお魚の味そのものは好きなのだ。

臭みさえクリアできれば、充分な名物として機能する。後は、これをホウワイで大量生産して貰って、交易の素材とすれば良い。

弱った国を立て直すには、富が必要で。

そしてそれには、トトリが手を貸せる。

ならば、そうしない理由は無い。

計画をまとめて、アーランド王都に出向いて。クーデリアさんに相談すると、GOサインをすぐに出してくれる。

「まあ、やってみなさい」

そう若干投げやりに言いながらも。

クーデリアさんは、トトリに期待してくれているようだった。

 

(続)