長蛇魔影

 

序、いにしえの出来事

 

昔々。其処の国には、とても仲が良い、五人の錬金術師がいた。

もう、それぞれの名前は忘れてしまったけれど。リーダーは女性。血縁はなく。大陸に錬金術の芽を撒いて回った偉人、旅の人の志を受け継ぎ。それぞれ師匠から、錬金術を受け継いだ者達だった。

錬金術は、奇蹟の御技。

世界を救う、願いの力。

その言葉を信じて。薬を造り。

戦いを早く終わらせれば、人が死ぬ数も減らせる。

そう思って、兵器も改良した。

まつりごとが腐りきっていることは分かっていたけれど。それでも自分たちで出来る事を、自分たちでやっていけば、必ず世界は良くなっていく。そう信じて、世界のためにと生きてきた。

誰もが感謝した。

作った薬で難病が治癒した人が。

大きな怪我から快癒できた人が。

しかし。ある時、気付いてしまった。

人を救うことで。この世界を救うことは出来ないのだと。

きっかけは、己の信念に従って、平等に治癒を施したこと。その結果。全ての人々が、掌を返したように。

五人を、非難した。

地位は瞬く間に剥奪され。

今までの功績も何もかも。全てが地面に吸い込まれる水のように、消えていった。

アトリエに籠もって、そして五人は悟る。

民衆はこうもおろかだったのだと。

そして、それを利用した政治屋達がいた。国益よりも、自分の地位を優先する輩達だった。

五人は誓った。

これが、人間の本性であると、目に焼き付けなければならないと。

実際、どれだけ世話をした人間も。誰もが、此方の味方などしなかったのだ。

殆ど国の中に居場所もなくなり。アトリエに籠もって嵐をやり過ごすようにして、恐怖の中ほそぼそと生きていったけれど。

その内、一人が見つけてくる。

国内にある遺跡の一つ。その中枢部分が生きているという事実を。

五人は嵐の中。

その遺跡に向かった。

 

遺跡の中枢部分で知った、この世の真実。

世界の人口が、一万分の一になった経緯。

愚かしすぎる。

人類とは、過去から全く進歩しない存在であり。これだけ壊滅的な破滅に立ち会っても、変わる事がない。

その現実をいやというほど見せつけられて。

そしてそれでもなお。

誰が、民草のためという大義を、掲げ続ける事が出来るだろうか。

少なくとも、その五人は。人間という生物に対する価値を、今まで通りのものとして、抱き続ける事は出来なかった。

今まで抱いて来た理想と大義が。全て塵芥に等しいのだと思い知らされて。五人は絶望の中の絶望に叩き込まれ。

そして、悟る。

変わらなければならないのだと。

今までの価値観は、全て捨て去らなければならないのだと。

以降、五人は錬金術師でさえなくなった。

遺跡に立てこもり、あらゆる技術を貪欲に吸収した五人は。

意識をやがて統一する。

いにしえの技術を全て吸収して。そして再び表に舞い戻り。圧倒的な「錬金術」を用いて、祖国を支配下に置いていった。

10年。20年。

時間が過ぎるほど、水面下での支配体制は進んでいき。

要人を殺しては、自分に都合が良い人形へと置き換えていく作業が淡々と続いた。その間、何段階かに分けた最終計画に向けて。

もはや五人とは言えず。

強いていうならば。一なる五人となった存在は。着々と、動きを進めていった。

この世界が腐っているのは当たり前の事。

人間が今後変わる事がないことも確定事項。

そしてこのまま行けば。

この世界という存在そのものが、もはやもたない。それならば。まずは、生物という存在の定義を、まず見極め直さなければならないだろう。

膨大なデータを吸収することで。

既に人という存在から離れた心を得た五人は。そう結論し。それぞれの結論を、共有していた。

もっとも、それはそれで、おかしな話かもしれない。

何しろ、もはや五人というには、存在に無理が生じすぎていたから、である。

混ざり合った意識が目覚める。

互いの名前は、もうどうでもよい。分割した意識を交互に休ませながら、計画を順番に進めていくだけだ。

誰も気付いていない。

強いていうならレオンハルトは悟り始めているが、それもどうでもいい。あれはもはや、その気になればいつでも処分出来る存在。反逆の可能性は零。

反逆されても、痛くもかゆくもない。

スピア連邦は、世界征服などもくろんでいない。その程度の目的など、人間共にくれてやれ。

この国がもくろんでいるのは。

覚醒した意識に入り込んでくるのは、新たに取り込んだデータ。膨大すぎる遺伝子の蓄積。

これらを活用する事で、さらなる高みへと上がる事が出来る。そして、その高みの果てに、得られるものだ。

いにしえの人間達は、それをなんと呼んだか。

神。

いや、そのような低次元な存在では無い。何しろ、これからなろうとしているものは。創造主などというものとさえ、更に次元が一つ異なるものなのだから。

強いていうならば。

この星そのもの。

遙か昔、この理論は、オカルトの範疇として、こう呼ばれてもいた。

ガイア理論と。

 

声が聞こえる。

五つの意識は混ざり合っているが。それが故に互いの事を完全に理解し合ってもいる。世間で言う絆だの何だのと言うのが、滑稽に思えるほどに。互いを細胞のひとかけらまで理解し合い。そして認め合った存在。

それが故に。

互いに、何でも話す事が出来るし。並列思考も出来るのだ。

「アーランドの動きが予想より早い。 また三つの国との連携を強め、外交を成功させたようだ。 急速に辺境をまとめつつある」

「トトリとやらの仕業だな。 勿論本人の才覚では無く、アーランドのバックアップがあってのことだろうが。 長期戦略でアーランドは間違っていない。 そしてそれをなしうる人材を手に入れた、という事か」

「やはり列強よりも、アーランドを潰すことに全力を注いだ方が良さそうだ。 この体を発見されると、厄介でもある」

「そうだな。 もしアーランドの国家軍事力級戦士が集った場合。 この体でも、まずいかもしれぬ」

それぞれの声色は混ざり合い。

既に誰の声もが、誰の声とでも認識出来る。

単に並列思考の中で。意見を交換しているに過ぎない。だからこそ、其処に個性は必要ないのだ。

「それでどうする。 レオンハルトは復帰までしばらく掛かるぞ。 分身を増産してやるにしても、アーランド側も対策をしてくる。 そしてトトリは加速度的に強くなってきている」

「このままだと暗殺は難しくなるな」

「戦力を動かし続けるにしても無理がある。 アーランドの主力は引きつけているが、モンスターの軍団の餌を用意するのが困難になりつつある」

「作るには作れるが、そろそろ物資の供給拠点に気付かれてもおかしくないからな」

今の時点で、圧倒的優位に立っている一なる五人だが。

敵も無能にはほど遠い。

遊撃しているアーランドのエスティ=エアハルトが、北部戦線でかなり厄介な動きを見せている。列強諸国と共同して、戦線の幾つかで、非常に面倒な破壊活動をされた。

補給路を潰されるほどでは無いにしても。

戦線が膠着するのは確定的だ。

また、アーランド国境付近に展開している部隊も、本気で動かすのは少しばかりまずい。敵がどうやら、大戦力を動かしているからくりを見抜いたらしいのである。下手に攻撃をかけ続けると、更にまずい事態になるかも知れない。

「海路を抑えているフラウシュトライトは」

「今の時点では鉄壁だが、もしもアーランドが此方に総力を挙げてくると、厄介なことになるかもしれないな」

「ふむ……」

意見がまとまる。

いずれにしても、だ。

敵にこの本体を発見されない限りは、問題が無い。発見されたところで詰みには到らないが。それでも、面白い事にはならない。

事態は膠着に向け動いている。

小国を各個撃破するにしても、流石にこれ以上の戦力を増産し、一度に動かすのは厳しい状態だ。

一方、敵も有利なわけでは無い。

北方の列強諸国による連合は一瞬で瓦解しかねない危うさを秘めた集団であるし。アーランドはこれ以上の人材を捻出できる状況にない。あの国の戦士は確かに世界最強だが、質を保つために犠牲にしているものも多いのだ。

一気に不利になった戦況を、互角に引き戻しはしたが。

今の時点では、少しばかり面倒だ。

「目的のためには、もう少しバランスを崩した方が良いな。 いっそ一カ所か二カ所、負けてみせるか」

「殺し合いを加速させるには、それが適しているが……」

「人間が増える数を、減らす数が、今の時点では明らかに上回っている。 もう少し、敵国の後方に、洗脳モンスターを送り込んで暴れさせることが出来れば」

「少しばかり休憩を入れよう」

不意に、一つの声が上がって。

それで議論が止む。

並列思考が停止され。五つの整理された頭脳の、統一された思考へと戻る。加速されていた思考が通常運用に戻り。

そして、全ては静かになった。

焦ることは無い。

此方は人材と呼べるものを使用する必要がないのだ。それに対して、戦争が続けば続くほど、周囲は全て疲弊する。

疲弊しきらせる事が目的である以上。

今の戦況でも別に構わない。

準備が整いきったときには、全てが終わる。その時を造り出すための準備も、着々と進んでいる。

問題は、イレギュラーであるトトリだ。

錬金術師として、ではない。

むしろテクノクラートとして、アーランドに貢献しつつある、若き怪物。奴を放置しておくことは、好ましくない。

データは集まってきたが、何というか。造られた天才でもなければ、努力でのし上がってきた凡才でもない。

よくもこんな人材を見つけてきたものだと、呆れてしまう。

だが、こういった一握りのスペシャルに頼っている時点で、一なる五人には勝てない。天才は、いつの世代にも現れるわけでは無い。

そして、此方には。

時間制限がないのだから。

無数のデータを処理していく。

もはや、スパコンでさえ。我等の処理速度には及ばない。

肉体を完成させる。

そして、邪魔を排除する。

この二つを両立させるための計画は。

着実に進んでいる。

誰にも気付かせてはならない。そもそも、一なる五人は、戦争などしていないと言う事に。

そして、全ての計画が完結した暁には。

この世界は。

完全なる形を、作り上げる事が出来るのだ。

 

1、海境

 

アーランドに呼ばれたトトリが、馬車を経由してアトリエにつくと。それを見ていたかのように、親書を持ったホムンクルスが姿を見せた。

冒険者に任せなかったのは、手が単純に足りないからだろう。

内容は、昇格を認めるから、王宮に来い、というものだった。

ついにランク7。

これでトトリも、ハイランカーの仲間入りである。

アーランド南の半島での仕事が終わった後。クーデリアさんの指示で、緑化計画を実行に移し、二ヶ月がかりで森を作成。近くにキャンプスペースを設置して、リス族にも森に移って貰った。

いずれは、キャンプスペースを村に発展させる予定だけれど。

今は人員がいない。

若い戦士が少しずつ、今後は移ってくる予定のようだけれど。まだまだ、村が形になるまでは、時間が掛かるだろう。

そして、そのキャンプスペースを軸に。

境を接している三つの国と交渉に赴いた。

と言っても、トトリは親書を運んだだけだ。三つの国はいずれも中規模程度の国家で、アーランドが提案した幾つかの案。医療品などの取引や、何よりスピアに対する軍事同盟の話には、一も二もなく飛びついた。

正直、もう少し交渉を慎重にした方が良いのでは無いかと、トトリが心配になったくらいである。

連れていった文官達は、殆どやりとりをメモするだけ。

クーデリアさんにいざというときはヘルプを頼むために通信装置も持っていったのだけれど。

それも使う必要がなかった。

条約を締結して、アランヤに戻って。

呼び出しを待っていて。その間に、錬金術の道具を、色々と造り。お薬を増やし。爆弾を改良し。

とにかく、ロロナ先生のレシピを見ながら必死に錬金術師としての腕も磨いて。

気がつくと、年が明けて。

トトリも一つ年を取っていた。

ちむちゃんにアトリエを任せて、出る。ロロナ先生は、まだアトリエには帰ってこない。国境の砦に釘付けなのだ。

あの圧倒的な大軍のことを思うと仕方が無い。

相当な数の手練れがいないと、とてもでは無いけれど押さえ込むことなど出来はしないだろう。

王宮に出向くと、驚いたことに。

クーデリアさんが、カウンターにいた。随分久しぶりに、直接顔を合わせる気がする。フィリーさんは居心地が悪そうで、ずっとそわそわしていた。

「お久しぶりです、クーデリアさん」

「久しぶりね。 免許見せなさい」

「はい」

提出すると、手慣れた様子で、処理をしてくれる。

これで、ランク7。

長かった。胸をなで下ろすトトリに、クーデリアさんは、すぐ研修を受けてくるようにと言う。

当然の話である。

奧にある研修室に入ると、ハイランカーらしい長身の老人がいた。いかめしい槍を手にしているけれど。流石に現役では無い様子だ。

礼をして、授業を受ける。

ランク7からは、名実共にハイランカー。これからは更に重い責任のある仕事が任せられる。

場合によっては街や村などの指揮官などを任されることもあると言う。

それについての、細かい手続きなどを、何人かの先生に聞かされていく。何人目かの先生が雷鳴だったので、思わず立ち上がって礼をしていた。修道院から戻ってきていたのか。

相変わらず雷鳴は優しげな老人で。色々と、親切に教えてくれる。

それでも、授業は長引いた。

前回の昇格時は、一日がかりだったけれど。

今回は三日まるまる費やす事になり。三日目の夜中に、ようやく授業が全て終わった。

しかも、まだ重要な話があると。帰り際に、クーデリアさんに言われる。明日の朝、来るようにと。

おそらく、次の仕事だろう。

トトリはランク6になってから、幾つかの大きな仕事をクリアした。どれも問題なくこなせたと思うし。アーランドの国益に、大きな影響も与えているはず。

今後は更に大きなお仕事となってくると。

真っ先に思いつくのが、最前線の砦だ。

でも、トトリが得意なのは、戦いでは無い。

最近では自覚もしてきたが、安全圏の確保こそが、トトリの真骨頂だ。最前線に出て、役に立てるだろうか。

しかし、味方の撤退支援をした事もあるし。実戦任務が来ないとは言い切れない。

あの時は大変だった。

未だに、身震いしてしまう。

アトリエに戻ると、夕食を採って。明日のことを考えて、早めに寝ることにする。コンテナをふと覗くと、最初の頃よりも、相当に物資が増えている。彼方此方に出かけては、荷車一杯に物資を積んで帰ってきた成果だ。

とても広いコンテナだけれど。

このまま物資が増えていった場合、いずれ考えなければならないだろう。コンテナを増設するか、不要な物資を売却するか。

どちらにしても、まだ先だ。

一晩、ゆっくり休んで、気分を変えて。翌朝、きちんと顔を洗ってから、身繕いを済ませて出かける。

ロロナ先生は、まだ帰ってこない。

帰ってきてくれたら、色々相談したいこともあるのだけれど。流石に情勢が許さないだろう。

王宮に出向く。

ここ数日で気付いたのだけれど、とにかく人が少ない。ホムンクルスでさえ、あまり多くはいない状態だ。

前線に出払っているのだ。

早足で、カウンターに行く。クーデリアさんを待たせるのも悪いだろう。この戦況で、きっと貴重な時間を割いて戻ってきてくれているのだから。

クーデリアさんは、少し前に戻ってきたようだ。

流石に国家軍事力級の使い手。昨日の夜の内に砦に戻って。そして朝の内に此方に戻ってくる。それくらい、朝飯前にこなせる、と言うわけだ。

「早速だけれど、トトリ。 貴方にこなして欲しい事があるの」

「はい。 何でしょうか」

「戦闘艦の建造よ」

「え……」

戦闘艦。

アーランドは伝統的に陸上での活動を主体としてきているけれど。海には海で、モンスターがいる。港町で生活しているトトリも、それは知っている。だから、海に出る戦士もいる。

よその国では、海軍とか言うはずだ。

以前、ランク6に上がる時、講習で聞いたのだけれど。確か海専門の戦士は、少数だけだがいるという話だ。軍艦もいちおうあるという。

ただ、それは他国に比べれば、極めてささやかな規模で。

そして、軍艦も小さくて、戦闘力は小さいという。

もっとも、人間の力が、兵器を上回っている今のご時世。軍艦は、如何に人間を戦場まで運ぶかという役割しかない。

アーランドで必要とされる軍艦は、おそらく敵の攻撃に耐えて、接近するためのもの。強いていうなら、突撃艦とでもいうべきものだろう。

船を接舷さえさせてしまえば勝ちなのだから。

しかし、クーデリアさんは、今明確に戦闘艦と言った。

となると、突撃艦とは違うのだろう。

「アランヤに、これから手伝いを何名か廻すわ。 貴方は人員と物資を集めて、アーランド東海上の制海権を握るための戦闘艦を建造するのよ」

「はい。 しかし、制海権、ですか」

「そうよ」

何だろう。

ちくりと、頭が痛む。

海に何かあっただろうか。

アランヤで船大工と言えばお父さんだ。設計はお父さんに頼む。問題は、どうして船が必要なのか、だけれども。

クーデリアさんは、現地で調べろと言う。

何だか引っかかるけれど。船なんて、個人で作れるようなものじゃあない。物資を集めるにしても、相当量が必要だ。

木で作るとしても、森で吟味して、不要なものだけを斬っていく必要があるし。

その際も、後のケアをしっかり考えなければならない。

鉄や金属で作る場合は、更に難易度が高い。恐らくは、いにしえの技術を使わないといけなくなるだろう。

それにしても、トトリに制海権を握れる船を作れと言う事は。何か、危険なものがあるのだろうか。

可能性は否定出来ない。

凶悪なモンスターか、或いは。

スピアの艦隊か。

どちらにしても、その船では戦闘を行わなければならない。これはほぼ確定事項とみて良いだろう。

クーデリアさんに、資料を貰ったので、それを手にアトリエに戻る。

ただし、いきなりアーランドを出てアランヤには向かわない。

まずは、情報収集からだ。

 

最初に向かったのは、国境の砦。会いに行ったのは、ロロナ先生である。これは、技術的な話をしたかったからだ。

ロロナ先生は、砦に作ったアトリエに籠もっていた。トトリが姿を見せると、笑顔を見せてくれる。

「トトリちゃん、どうしたの?」

「はい。 先生の手をお借りしたくて」

「うん。 何がしたいの?」

「戦闘用の船を、建造したいんです」

すっと、ロロナ先生が目を細めて、雰囲気が変わった。助手らしいフードを被った人影が、その様子を見て、一瞬だけ動きを止める。そういえば、助手らしい人達が、数人いるけれど。

何だろう。

この気配、覚えがあるような。

「戦闘艦を作るんだね。 ひょっとして、制海権を握れって、くーちゃんに言われた?」

「はい。 そうですけれど」

「今、スピアの海軍は、悪魔族の切り札である海王によって押さえ込まれているの」

海王。始めて聞く名前だ。

ロロナ先生の説明によると、それは非常に巨大な海棲のドラゴンで。悪魔族が長い時間を掛けて、手なづけていった存在なのだとか。

スピアは熱心に海軍を作っているけれど。その海王に作る端から船を沈められ、制海権を握ることは出来ないでいるという事だ。

しかし、それだと。

どうして制海権を握らなければならないのだろう。

それに気になることはまだある。海について考えると、妙な違和感があるのだ。トトリの前で、村の人達が、海の話題を避けていなかったか。

ロロナ先生は、咳払いをする。

「そっか。 村の人達、みんな優しいんだね」

「何か、知っているんですか?」

「とりあえず、技術面に関しては、ジュエルエレメントさんに相談してみるといいんじゃないのかな。 実際に建造する段になったら、マークさんを頼ると良いよ。 建造の実働段階になったら、出来れば私も向かうから」

「……はい」

ロロナ先生は、明言を避けた。

つまりこれは。トトリが自分で答えに辿り着くべきだ、と言っているのと同じである。

礼をして、アトリエを出る。

そして、酒場に出向いて、護衛の人を探した。

流石にトトリも、あの闇の森に、一人で踏み込む勇気は無い。ガンドルシュさんは少し前から、夜の領域に帰っていていない。シェリさんはいて、何人か悪魔族の戦士に声を掛けてくれた。

ガンドルシュさんにも劣らない長身の悪魔の戦士が、二人。護衛についてくれる。

酒場を見回すと、面白い事に。人間族と悪魔族で、綺麗に別れて席に着いている。これは流石に、まだ壁がある、という事なのだろう。

希に、リス族やペンギン族もいる。特にペンギン族がいる事については、驚きだ。

少し前から、試験的に交流を始めているという話は聞いているのだけれど。戦いを楽しみたいと、前線に出てきたのだろうか。

あり得ることだ。

ペンギン族は、非常に好戦的な種族である。実際に接してみて分かったが、彼らもアーランド戦士同様、どうしても戦いを好む業を持っている。もしもアーランドの領内を見て廻るのなら。

こういう、戦いに近い場所が良いのだろう。

リス族に関しては、単純に仕事で来ているとみて良い。

森を守護するだけではなく、交易をする必要もある。

そして、交易をする場合。大きな都市とするのが普通。

前線都市には、何がどれだけあっても足りないのだ。当然、交易のために訪れたリス族も、見かけるのは不思議では無い。

人間の冒険者にも来て欲しいと思ったけれど。

ジーノ君は見かけられず。ナスターシャさんもいない。

困っているトトリに声を掛けてきたのは。

以前砂漠の道を作るときに、お世話になったホムンクルス。419さんである。

丁度手が空いているからと言う理由で、話を聞くと護衛を担当してくれるという。更に、仲間を二人ほど、誘ってくれるという事だった。

自由な仕事なんてしても大丈夫なのか。

少し不安になったのだけれど。無表情の中に、わずかな微笑を浮かべて、419さんはいう。

「丁度余暇を与えられています。 敵も今のところは動きがありませんので、申請さえすれば大丈夫です」

「それでは、お願いします」

「はい。 貴方の護衛であれば、喜んで」

419さんは、やはり不器用な笑みを浮かべて。嬉しい事を言ってくれた。

これで、人員は揃ったか。

翌朝、揃った護衛とともに、東に。

馬車が丁度あったので、それを使って移動。今では砂漠の道への行き来もかなり馬車が多くなっている様子で、途中何度もすれ違った。

砂漠の砦から、東に移動。

途中のキャンプスペースが、かなり整備されている。どうやら砂漠の砦から、かなりの人員を割いている様子だ。なんと一カ所では、緑化作業まで始まっている。どうやらこの潜在力が高い土地を遊ばせておくつもりは、アーランドにもないのだろう。戦況が厳しい今だからこそ、富国強兵のためにマンパワーを裂く、と言うわけだ。

キャンプスペースが整備されているおかげで、かなり快適。

途中でモンスターに出くわすこともなく、闇の森に到着。時間はロスしているけれど、今回の仕事は半年くらいのスパンでやれと言われているし。アランヤに此処から直行しても、三週間もあれば充分。

時間はある。

問題は資材と人員。そして技術だ。

戦闘艦なんて全く分からない。だから、一から情報を集めていかないと行けないのが、少しばかり大変だ。

闇の森に入ってからは、ハンドサインを決めておいた通りに実施しながら動く。

流石に大柄な悪魔族の戦士達も、ここに入るのは初めてらしい。シェリさんが途中で色々説明はしていたのだけれど。それでも緊張を隠しきれていない。

静かに、モンスター達を刺激しないように、森の中を行く。

此処は、魔境だ。

少し前に行き来したけれど。そして、住んでいる人達と面識はあるけれど。それでも、油断すれば死ぬ。

そう言う場所なのだ。

覚悟を決めて、歩く。

いつ地面が巨大な口になって、かみあわされても不思議で無い場所。

ブッシュが見えてきて、やっと安心できるけれど。その瞬間、襲われても不思議では無いのだ。

最後まで気を抜かず、洞窟に入り。

そして、まだまだ元気な様子のフリン老に取り次いで貰って、最深部へ。

ジュエルエレメントさんもご息災だ。

トトリが姿を見せると、翼持ついにしえの生き残りは。にこりと、不器用にほほえんで見せた。

「どうした、錬金術師トトリ」

「はい。 実は……」

「戦闘艦、だと」

「はい。 スピア連邦に対抗するためだとは思うのですけれど、誰も具体的な話はしてくれなくて。 何しろ、木で出来た漁船くらいしか知らないので、金属で出来た戦闘艦の技術について、ヒントだけでいただければと」

少し考え込むジュエルエレメントさん。

そして、コンソールを操作すると。何かの図面を出してくれた。

何というか、三角形だ。二本の幅広い脚で立つようにして、長細い三角形の立体が、映し出されている。

「分かるか」

「いえ、これは……」

「これはな。 世界が破滅する前に、主流となっていた戦闘艦だ。 この時代は敵にどう見つからないか、が戦闘を左右した。 攻撃力が過剰な時代で、見つかってしまえばほぼ助からなかったからな」

ステルスというらしい。

敵に見つからないためには、こういう形状が望ましかったそうだ。

他にも、幾つか見せてくれる。

現在のお船の、延長とも言える形状のもの。

見る感じは、これの方がぴんと来る。確かに敵が何か分からない以上、重厚で何にでも対応できる形状の方が、望ましいだろう。

「これはもう少し古い時代の船だ。 多くの兵器を搭載して、敵と正面から殴り合うことを目的としている」

「少し、大きすぎます、ね」

「階級によって、最強のものから戦艦、巡洋艦、駆逐艦などと別れていたが、その分類についても様々でな。 必ずしも、強さによって名前が違うわけでもない。 大きいのが無理なら、これくらいのでどうだ」

示された図面を見る限り、一番現実的なのはこれだろう。

ただ、図面を譲るわけにはいかないという。

「アーランドと同盟は結んだが、無制限に技術を提供するつもりはない。 ただ、貴殿には色々と世話になったし、アーランドと同盟を結ぶことが出来た意義もある。 だから、今図面を見て覚えてしまってくれ」

「分かりました。 メモを取ります」

頷くと、細かい図面を出してくれる。

なるほど、単純にお船というだけではなくて。色々と細かい工夫が、全体に凝らされているわけだ。

たとえば船底の一カ所が破れても、すぐには沈まないように。

そして、快速で動き回れるように。

工夫について、理解していく。

順番にメモを取っていくトトリを見て、ジュエルエレメントさんは腕組みした。

「素晴らしい理解力だ。 これらの技術は、いずれも長い年月を掛けて、多くの戦いの果てに試行錯誤を重ね作り上げられていったものだ。 それも天才の手に掛かると形無しだな」

「えっ!?」

「天才というのとは少し違うかもしれないな。 だが、その理解力が常人離れしていることを自覚しても良いだろう。 自分の強みを理解しておけば、いずれ役立つことも多いだろう」

強み、か。

武力は今でも、それほど高い方では無い。

そう考えると、トトリにとっての強みは、やはり頭脳の方。錬金術だけではなくて、それを自分のものにできる理解力。

図面を作り終えると。

ジュエルエレメントさんは、それを大事にしろと。そして使う場所を考えろとも言った。

これは多分、あまりにもオーバースペックな戦闘艦だ。

勿論、いにしえの時代では、冗談のように弱いオモチャだったかもしれないけれど。兵器としては、現在によみがえらせてしまうと、桁外れの代物になる。

厳重に管理しなければならないだろう。

礼を言って、洞窟を出る。

森を歩いている間。

モンスターよりも。この図面そのものを持っている事に、トトリは緊張した。だから、だろうか。

闇の森を出た後も。

それほど、緊張は変わらなかった。

護衛についてきてくれた悪魔族の戦士達が、小首をかしげている。

「これだけで良いのか。 同士を多く救ってくれた錬金術師に、もっと恩返しをしたいのだが」

「大丈夫です。 今回は時間との勝負でしたし、これで充分です」

「そうか。 何も無くて拍子抜けだが。 しかし、貴殿の役に立ったというのであれば、光栄なことだ」

アーランドまで、皆で一緒に行動。

少しだけ悩んだ後。

トトリは、クーデリアさんに、中間報告として、図面を見せた。

図面を見たクーデリアさんは、これを短時間で写したことを驚きはしなかったけれど。ただ、船の構造を見て、一目で桁外れの代物だと悟ったのだろう。

しかし、腕組みする。

「……これでも、駄目かもしれない」

「ええっ!?」

「とりあえず、アランヤに向かいなさい。 其処で情報を集めれば、その船で何と戦うのか、分かるはずよ」

何だろう。

今までと違って、どうしてこうも抽象的になるのか。

それにクーデリアさんは、今回妙に急かさない気がする。これはひょっとして。トトリの何か、とても重要なことに関わる事で。

急ぐと全てが台無しになるのか。

可能性は高い。

それに、トトリはもう気付いている。これが国家ぐるみで行われているプロジェクトで。お姉ちゃんも。ペーターお兄ちゃんやメルお姉ちゃんも。

みんなみんな関わっていて。

恐らくは、今まで護衛をしてくれた人みんなが、何かしらの理由で、トトリを影から守ってくれたのだと言う事は。

何かしらの理由というのは、おかしいか。

そもそも、トトリにこんな難しい仕事が、矢継ぎ早に廻されること自体がおかしかったのだ。

子供だって気付く。

そして今。

トトリが巻き込まれている計画は、佳境に掛かろうとしているのだろう。

海に、何かとんでも無いものがあって。

それはトトリに非常に大きな関わりがあって。

何だろう。

もの凄く、頭の奧がちりちりと痛む。

そして、自分が触れてはいけないものに触れようとしていることも。トトリは、気付いていた。

でも、やらなければならない。此処を越えなければ、トトリは。きっと、お母さんにも、辿り着く事が、出来ない。

 

アーランドを出て、アランヤに向かう。

今回はちむちゃんを連れていく。というのも、これからしばらく、アランヤに籠もると思ったからだ。

ミミちゃんには、まだ声を掛けない。

そもそも、アランヤで、何と戦うかをしっかり確認して。手にした図面をどうすれば良いかを考えて。

それからだ。

素材を集めるにしても。

船で何かと戦うために、人を集めるにしても。

馬車に乗る。

たまたま、ペーターお兄ちゃんの馬車が来ていた。これも正直、たまたまかかなり怪しいのだけれど。

それはもう口にはしない。

無言でトトリが馬車に乗り込んでくるのを見ると。ペーターお兄ちゃんは、何も言わず、馬車を走らせた。

馬車はこの間マークさんが手入れしたこともあって、かなり早くなった。話によると、他の馬車も手入れして回っているとかで。冒険者ランクが近々7になるのは確実だという。

マークさんは、君にすぐ追いつくと言っていたけれど。

普通の冒険者は、こうやって地道な活動をしているのだ。トトリみたいに、国家規模の事業を廻されて、中心的に関わっていくのが、そもそもおかしいのである。

マークさんについては、しばらくアランヤか、その近辺にいると聞いている。

だから、今の時点では、向こうに行ったら声を掛けるつもりだ。

席に着いたまま、ちむちゃんの手を握って、黙り込んでいるトトリ。

珍しく、ペーターお兄ちゃんから、話しかけてきた。

「何かあったのか」

「うん……」

「そうか。 気が向いたら、話してみろ」

「……うん」

気のない返事をしてしまう。

それでも、ペーターお兄ちゃんは、根気よく待ってくれる。本当に、トトリを信頼してくれているのだと思って、嬉しくなる。

「向こうに着いたら、話があるの」

「お前ももう、冒険者ランク7だったな。 それなら、分からないでもない」

「何か知っているんだね」

「そうだな。 それも、向こうで話すか」

それきり、会話は止んだ。

途中の村で、素材になりそうなものを見繕うけれど。どうにも気乗りがしない。図面をぎゅっと握りしめたまま、トトリは思うのだ。

これから、取り返しがつかない所に踏み込みつつあると。

ロロナ先生は、誰かの悲しみを癒やせないことを、本当に悲しんでいた。だから、死の寸前まで落ち込んだときに。その事を口にしていた。

トトリにも、あるかもしれない。

馬車は、容赦なく。

アランヤに、近づいていく。

 

2、畢竟の砂浜

 

うんと幼いとき。

誰かの顔を、いつも見上げていた気がする。

その人は、あまりにも強くて。大きくて。自分にとって、世界の全てであったように思える。

だけれど。

その人のことは。

何時からか、全く思い出せなくなっていた。

どうしてだろう。

何故、一番大事な人だったのに。心に蓋をしてしまったのだろう。

それが誰だったかは分かっている。

その人は。

トトリの。

お母さんだ。

ギゼラ=ヘルモルト。

アーランドでもトップに位置する、国家軍事力級と言われた実力者の一人。認定されたのは遅かったけれど。それは、人材として問題がありすぎたから。

とにかく破天荒で、暴れ回るのが大好きで。噂によると、破壊神と呼ばれていたのだとか。

トトリは、村に戻ってから。お母さんの話を、周囲に聞いて回る。おかしなことだと思う。

自分が一番知っている筈なのに。

それなのに、一番知らないのだから。

不思議な人だったと、周囲は口を揃えて言う。

大暴れして、いつも迷惑を掛けられた。戦闘では側にいると危なかったし、自分が怪我をするのも、周囲が巻き込まれるのもお構いなし。

一度クーデリアさんが、一緒に戦ったそうなのだけれど。

戦いの後。倒したモンスターの死骸を片付けもせず捌きもせず、その場で大げんかになったのだそうだ。

アーランド戦士としては、異常すぎる事態である。

そして、事件が起きた。

スピア連邦の、圧倒的大攻勢。六万。列強同士での戦いでも、それほどの大軍は動員されたことがない。

国境に押し寄せた大軍勢を、アーランドの総力で迎え撃ったとき。

お母さんは。

海上を迂回して攻めこんできた敵の別働隊を。海上戦に秀でた戦士達と一緒に、この近海で迎え撃った。

船は、お父さんが作ったもの。

戦士達数十名は、巨大なドラゴンと戦い。そして、生きて戻った。敵を撃退して帰ってきたのだ。

でも、その中に。

お父さんが作った船と。

お母さんの姿は、なかった。

近年では珍しい、国家軍事力級戦士のMIA。

それを聞いて。

トトリは、ようやく思い出す。あの日のことを。トトリの頭を撫でる、とても大きな手。がさつでがさがさで。男の人のように堅くて。でも温かくて、トトリはその手が大好きだった。

酒場のマスターは、呆けたように立ち尽くしているトトリの前で言う。

「今日はもう帰りなさい」

「……はい」

返事をするのが、精一杯。

後からぱたぱたついてきたちむちゃんが、下から顔を覗いているのが分かるけれど。きっと、凄く怖い顔をしていたはずだ。

どうして。

どうして忘れていたのか。それに、みんな話していたはずだ。アランヤの東の沖合には、何が住んでいるか。

スピアから派遣された生物兵器。洗脳されたモンスターなのか、或いは別の存在なのかは分からない。

モンスターの中でも特に上位の存在は魔物と呼ばれるけれど。確実にその範疇に収まる、巨大すぎるウミヘビ。小さな島ほどもあるサイズと、縄張りに入るもの全てを攻撃するそいつは、お母さんに追いやられて沖合に逃げたけれど。

其処で縄張りを再構成して。アランヤの漁師達は、海に出る事が出来ずにいるのではないか。

アトリエに入ると、無言で机につく。

しばらく黙り込んでいたトトリは、不意に、拳で机を叩いていた。

ちむちゃんが怯えているのが分かるけれど。どうしても、己の感情を、今は制御出来ず。荒れ狂う心が、いつ体を暴れさせてもおかしくない。

何もかもが、情けなくて。

そして、自分が置かれている環境の理不尽さにも腹が立つし。何より、事実から目を背けて。

何もかもが分からないようにしむけていた、自分自身の心が一番腹立たしかった。

 

お姉ちゃんの料理を口に入れるけれど、味がしない。

分かっている。

これはとても美味しい料理で。愛情が籠もっていて。でも、お姉ちゃんは、トトリにずっと黙っていた。

どうしてか。

決まっている。トトリのことが大事だからだ。

何となく、思い出してくる。

お母さんがいなくなった後、トトリは半狂乱になった。多分すぐに理解してしまったのだろう。

大海竜との戦いに敗れて。

そして、もう二度と此処には帰ってこないのだと。

大泣きして、暴れて。

ある段階で、ふつりと楽になった。

その時だろう。

心の中から、お母さんという記憶が壊れたのは。そうしなければ、何もかもが壊れてしまうと、体が判断したのだろう。

人間の肉体というのは、そういうものだ。

難しい顔をしたお父さんが来る。

お姉ちゃんが、トトリにアトリエに戻るように促す。言われなくても分かっている。多分、フラウシュトライトの話だろう。

断片的な会話が聞こえてくる。

どうやら、フラウシュトライトの存在を知らなかった異国の船が、縄張りを通ろうとしたのだという。

勿論、ひとたまりもない。

船は滅茶苦茶に撃ち壊されて、乗っていた人達は全滅。

わずかな船の残骸や遺品だけが、砂浜に流れ着いたという事だ。

嗚呼。

お母さんでもどうにも出来なかった化け物だ。破壊神でさえ、斃す事が出来なかった文字通りの魔物。

そんな存在に対抗する船なんて、どうやったら作る事が出来るのか。

戦闘艦なんて、そんな代物では、とうてい無理。

いにしえの技術をそのまま引っ張って来た奇蹟の船でさえ、きっと倒せっこない。だって、あの化け物は。

ベッドに横になって、枕で視界を覆っていると。

アトリエに気配が入ってきた。

「何を腐ってるのよ」

この声は。

ミミちゃんか。

放っておいて。多分、自分でも知らなかった。こんなに低くて、怖い声を、出せるなんて。

ミミちゃんは勿論、一歩も退かない。

「放っておく、ですって? 貴方が来るようにって言ったんでしょう」

「……そうだったっけ?」

そんな記憶は無い。

もしそうだとすると、クーデリアさん辺りが手配したとみるべきだろう。あの人は手の廻りが早すぎる。

むくりと起き出したトトリを見て、ミミちゃんは驚いたようだった。

凄まじい精神負荷が掛かって、他人に見せられる顔では無くなっているのだろう。

「顔、洗ってきなさい。 目の下のくまも凄いし、何より尋常じゃないわ、その形相」

「……」

無言で外に出て、冷水で顔を洗う。

ちむちゃんが怖がっているのが悲しい。それなのに、自分の煮えくりかえる怒りが収まらないことは、もっと悲しい。

外に出てきたミミちゃんが、訓練用の棒を手にとる。

「軽くやるわよ」

「……」

トトリも、棒を手に取った。

今回は、トトリから、仕掛ける。

いきなり踏み込んで、数度突きを繰り出す。腹が煮えくりかえっているのに、どうしてだろう。

頭は異常なくらいに冷静だった。

思えば、おかしな事ばかりだったのだ。こんな小さな村に、どうしてロロナ先生みたいな偉人が来て。トトリみたいなのに、錬金術を教えてくれたのか。

その頃から、何か国家プロジェクトみたいなのが動いていたのだろう。

探していたのだ。

適正がある人間を。

ありとあらゆる場所を探して、見つけ出した生け贄が、トトリだった。だから国としては手放せなかった。

どのような手を用いてでも、鍛え上げなければならなかったから。

徹底的に、厳しく環境を用意した。

ミミちゃんが驚いたように、トトリの突きを捌く。速さで言うと、ミミちゃんはもう残像を作れるくらいのものを持っているのに。トトリに押され気味だ。

薄ら笑いを浮かべながら、猛攻に掛かる。

降り下ろし、薙ぎ、払い、突く。

棒の動きは、型で熟知している。今まで覚えが悪かった分、徹底的に基礎をこなしてきたのだ。

動き方は、身に叩き込まれている。

これに関しては、他のアーランド戦士には絶対に負けない。こなした数と反復練習については、こういうときに分かる。

無駄になっていない。

半旋回しながら放った突きが、ミミちゃんの鳩尾に入る。

一本。

組み手をしていて、ミミちゃんから一本を取ったことはあったけれど。此処まで一方的な試合になったのは初めてだ。

礼をして、二回目。

今度はミミちゃんが前に出る。

残像を作って後ろに回り込み、トトリの背中を容赦なく突いてきた。

だけれど、トトリはわずかに体をずらし。脇で棒を挟み込むと、棒で突き返す。手応えは無い。

上。

棒を手放したミミちゃんが、いた。

トトリの頭上を越えて、着地。踏み込むと同時に棒を掴み、当て身を浴びせてくる。棒を引きながらの当て身だから、威力も倍加する。

体術も、出来るようになったんだ。

他人事のように思いながら、吹っ飛ばされて。地面で受け身をとる。

これで、一本とられた。

「もう一回よ」

ミミちゃんの声が、荒々しくなってきている。戦士としての本能を刺激されているというのもあるだろうし。

それ以上に、頭に来ているのだろう。

トトリが次は攻勢に出て。喉を狙っていきなり一撃。逃れたところに踏み込み、払って脇腹に一撃を入れる。

瞬殺で一本を取るけれど。

次は逆に、一本を取り返された。

棒を使っての訓練は、やがて体術もありの激しい組み手に変わっていく。呼吸を整えながら、ミミちゃんが立ち上がる。

「やるじゃないの」

「実戦じゃないもん」

それに、どうしてだろう。

妙に体が軽く感じる。弱い弱いと言われて来たトトリは、どうしてこんなに弱かったのだろうか。

それは、お母さんのことを無理矢理忘れたことで。色々頭に負担が掛かっていたからだ。

勿論、本気を出したミミちゃんの方が、実戦では強い。

でも、一撃が致死に到らない訓練だったら。

それから四刻以上。

組み手とは名ばかりの殴り合いを続ける。トトリも散々棒で突かれたし。ミミちゃんも散々棒で殴ったり薙いだりした。

どれだけ、時間が経っただろう。

いつの間にか空には星空が拡がっていて。ぼろぼろになったトトリは、地面に大の字に転がっていた。

ミミちゃんはアトリエの壁に背中を預けて、呼吸を整えている。

同じくらい、ひどくぼろぼろだ。

「まだやる?」

「どうしようか……」

立ち上がろうとして、気付く。

体が動かない。それだけ、無茶な組み手をしていた、という事だ。ようやく、笑いがこみ上げてくる。

あれ。おかしいな。

笑ったの、一体いつぶりだろう。

どうやったら笑うことが出来るのか、忘れていなかったか。

少しずつ、感情が戻ってくる気がする。

涙が流れてきた。

痛いから、だろうか。そうだろう。体中痛いし、心だって。

ミミちゃんは、槍を抱えて、座ったまま言う。

「貴族なんて、所詮お飾りの称号だって事は、私だって分かっているのよ」

絶対に踏んではいけないと思っていた心の棘を。ミミちゃんは、自分から口に出していた。

どうしてだろう。

トトリを、それだけ信頼してくれた、という事だろうか。

「だから、私は名誉のために、武勲を重ねなければならないの。 少なくとも、武術で貴方に負けているわけにはいかないわ」

「今でも、私よりずっと強いよ」

「そんな事は……ないわ」

ミミちゃんはふらふらの様子で立ち上がると、トトリに手をさしのべてくる。

でも、トトリは。

地力で、どうにか立ち上がると。ミミちゃんと並んで、一緒に立った。

「ごめん。 何だか、ひどい組み手につきあわせたね」

「私にそんな事言う余裕があるのなら、少しはその子のことを考えて上げなさい」

肘で突かれる。

確かに、怯えきったちむちゃんの事を、ずっと放置していた。本当に、酷い事をしたと思う。

目を何度も擦る。

立ち直らなければならない。

現実を、真正面から見据えなければならない。

国家軍事力級の使い手で。

トトリにとって誰よりも大事だった人を殺した大海竜フラウシュトライトを、仕留めなければならない。

本当に殺したかどうかは分からないけれど。まず、助かる可能性は無いだろう。

ぐっと、唇を噛む。

怒りと悲しみを抑えて。

そして、戦いに向けて、意識を集中させなければならないのだ。

それには、まず戦闘艦だ。

いにしえの技術をふんだんに積み込み。そして一人で駄目なら、二人以上の国家軍事力級の使い手に乗り込んで貰って。

そして、錬金術で更に力を増して、戦えば。

この世界で一番強いのは、アーランド戦士だ。大海竜が如何に桁外れの怪物であっても、絶対に勝てる。

少しずつ、希望が見えてくる。

頬を一度叩いた。

気分を入れ替えると、やっと仕事に戻る事が出来る。

随分と、時間を無駄にした気がする。これ以上、時間を無駄にしないためにも。トトリは、自分自身に、負けてはいられなかった。

 

朝早く。

砂浜に出ると、遺留品の処置が行われていた。

船の残骸は、国に収める。どこの国の船かを確認しなければならないし。場合によっては、その国に送り届けなければならないからだ。

人間の残骸は、ない。

海で死んだ亡骸は、砂浜に流れ着いても、大体はひどい姿になる。元がどんなに綺麗な人でも、それは同じだ。

トトリが作業を見に来たことに気付いた村の人達はばつが悪そうに目を背けたけれど。もう、トトリは気にしていない。

船の残骸を確認。

かみ砕かれたり、打ち砕かれたりした様子は無い。竜骨がへし折られているけれど。純粋に海の力で砕かれた印象だ。

考え込むトトリ。

ミミちゃんが、此方に来た。

「何か、仕事に役立つ情報が得られそう?」

「荒波にも耐える船が必要だね。 それと、国家軍事力級の戦士が最低でも二人以上」

「そんな戦力で、何と……」

「島くらいある大海竜を殺すの」

殺すという言葉が、すんなり出てきたことに、トトリ自身が驚いていた。

何かが、自分の中で代わったのかも知れない。少なくとも、事情が何かしらあったとしても。

お母さんを殺した相手に、容赦するつもりは、一切なかった。

どのような手を用いてでも殺す。

それが、トトリの素直な気持ちだ。

勿論、それが殺し殺される世界での出来事だと言う事はわかっているのだけれど。心とは不便なもの。

自分の方が理不尽だと言う事はわかっているのに。怒りは抑えられない。

ならば、にじみ出るようにして、外に排出すれば良い。

爆発させたり。

鬱屈させるよりは、ずっとマシだ。

一番大きい残骸を確認。十以上に分かたれていた残骸だけれど。やはり、海竜に噛み裂かれたり、砕かれた形跡は無い。

海の力で壊されたのだ。

そうなると、海竜は、海の力を自在に操るとみて良いだろう。竜族の中でも、非常に危険な実力者と言う事だ。

ドラゴンスレイヤーなんて、アーランドには珍しくもないけれど。

竜族の中には、魔術を使いこなし、人語を操るものもいるという。そう言う奴になってくると、国家軍事力級の使い手と同等か、それ以上の実力を有している場合さえもあるそうだ。

流れ着いた遺留品を、せっせと集めている所に行く。

集まった遺留品の殆どが、木片や紙片などの浮きやすいもの。マストの残骸もあった。様子を見に来ていたお父さんを確認。側に行くと。お父さんは、影の薄い顔に、静かな笑みを浮かべた。

「トトリ、大丈夫かい」

「何とか。 ミミちゃんと組み手して、発散したから」

「そうか。 大変だったね」

「いえ、平気です」

お父さんに頭を下げられて、恐縮した様子でミミちゃんは丁寧に応じる。

さて、此処からは、技術的な話だ。

お父さんに、船について聞く。壊されたのは、どんな船だったのか。どのように壊されたのか。

そうすると、流石に専門家だ。

お父さんは、即座に答えてくれた。

「紋章が残っていたから、特定が出来たのだけれどね。 これはアーランドからかなり西にある沿岸の辺境国、リアオル王国の船だね。 二十人乗りの帆船で、荒波にも耐え抜く頑丈なものだよ」

「それでも、フラウシュトライトには勝てなかったんだね」

「……そうだ」

ちなみに海竜の名前は、情報を集めている内に入ってきた。

お父さんも、お姉ちゃんも。

その情報から、トトリをずっと遠ざけようとしていたみたいだけれど。もう、それは過去の話だ。

トトリは真実を知ったし。

其処から逃げるつもりは無い。

実のところ、まだ少し分からない事があるのだけれど。それについては、今後冒険者ランクが上がっていったときに、調べれば良い。

冒険者ランクは、そのまま社会的地位に直結する。

ハイランカーの冒険者が砦や街の防衛を任されることがあるように。このまま社会的地位を上げていけば。十代で国政に大きく関わる事だって、不可能じゃない。実際この国の戦略に貢献するだけの事は、トトリももうしているのだ。

例え、国がそうさせたとしても。

「金属で、お船を作るとしたら、出来る?」

「設計図はあるのかい?」

「うん。 どこから金属を集めてくるかについてはおいておいて。 図面をまず、見てくれる?」

「分かったよ。 見せてご覧」

家に戻る。ミミちゃんは、無言でついてきた。

家に入ると、出してくるのは、ジュエルエレメントさんの所で作った図面。お父さんは、図面を書いたゼッテルを見て、唸る。

お姉ちゃんは心配そうに此方を見ていたけれど。

もう、口は出してこなかった。

「なるほど、構造的には不可能では無いだろうね。 ただし、凄い量の金属が必要になるよ」

「集めてくるから」

「それと、人手だ。 労働者が、ざっと二十人、いや三十人以上が掛かりっきりで必要になる」

「それも、どうにかする」

これは、国家事業だ。

必要な人手などが分かったら、すぐに知らせるように。そうクーデリアさんは言ってきている。

港はどうせ、新しい船を作ることも、出す事も出来ない。作れば作るだけ、フラウシュトライトに沈められてしまうからだ。近海でしか漁ができない状況、大きな漁船なんて必要ないのである。

小舟が利用するだけだったら、砂浜で充分なのだ。

「……それと、機械関係の専門家も呼ぶから」

「時々村に来ていたマークさんかい?」

「うん。 出来るかな、お父さん」

「そうだね。 僕としても、ギゼラの仇は討ってやりたいとは思ってる。 ただし、トトリ。 お前をこれ以上の危険にはさらしたくもないと思っている」

やるならば。

絶対に海竜を殺して、生きて帰ってきなさい。

それが、船を作る条件だ。

お父さんは、そう言った。

 

3、船造り開始

 

元々が、腕利きの職人だったのだ。

トトリが持ってきたスケッチを見て、お父さんはすぐに製図室に籠もり、船を作るための準備を始めた。

その様子は、完全に本職。

お母さんがいなくなってから、無気力の塊になっていた人だけれども。その本質は職人なのだと、姿で分からせてくれる。

同時に、トトリは。現状の進展を手紙に記して、アーランド王都に鳩便で出す。

クーデリアさんは一日一回はアーランド王都に戻っているという事だから、きっとすぐに見てくれるはずだ。

出来れば、ホムンクルスの労働者が良い。実際問題、如何に街道の安全が確保され始めていると言っても、労働者階級の人達が、こんな辺境まで来るのはとても大変なのだ。

マークさんは、四日後に到着。

すぐにお父さんと話を開始。物資がどれだけ必要か。どういう機構を盛り込むのか。そういう話を、始めている様子だった。

トトリは今の時点では、する事がない。

海上戦で支援をするにはどんな道具が必要か。そして、それらを生かすための戦術は。そう言ったことを考えている内に、進展があった。

お父さんが、アトリエに入ってくる。

「よし、必要な資材が、大体見当がついたよ」

「見せて」

資料を見せてもらう。

まず金属だけれども。大砲で言うと、百門は作れるくらいのインゴットが必要になってくる。

当然だろう。

元々、木造船とはサイズも違うのだ。海竜が巻き起こす激しい海上での異変に耐え抜けるだけの船。

魔術による防御では限界がある。

まず、船自体が頑強である事に、大きな意味があるのだ。

他にも、色々な素材が、山のように必要となる。

木材もたくさんいる。

これは主に、内部に用いる分だ。内部の主要な構造は金属で作るのだけれど。全体的な重量などを緩和するためにも、部材を全て金属で作るのでは無く、木材もかなり使うのだという。

思い出す。

ジュエルエレメントさんは、言っていた。

「大型の戦闘艦になると、今の時代では考えられないような人数がいる国家が、年単位で作り上げていたのだ。 それも、国家予算を大量につぎ込んで、な。 今の時代、小型の戦闘艦でも、作るのは骨が折れるだろう。 もしも本当に作るつもりだったら、覚悟は決めておけ」

膨大な資材が必要になってくるけれど。

別に、それ自体は構わない。トトリだって、最初から覚悟は決めていたのだから。

「うん、分かった。 どうにか準備する」

「資材と人員が届き次第、船の建造を始める。 何、私が作る船だ。 これだけの技術を見せられた以上、完璧に仕上げて、海竜を絶対に殺せるようにするさ」

太鼓判を押してくれるお父さん。

トトリも、少しばかり心強い。

まず、手始めに。

レシピを見ながら、水に強く、出来るだけ軽い金属について調べる。

一番良いのは、ハルモニウムだろう。

ただしこのハルモニウムは、非常に稀少な素材。噂によると、ドラゴンから抽出した素材だとか言う話さえある。

これに関しては、無理。

そうなると、プラティーンだろうか。

此方は非常に錆びにくく強く軽い金属だけれど、加工が難しい。ちなみに素材に関しては、少し前に足を運んだアーランド南部の半島近辺で取れるウィスプストーンが主要な素材となる。他にも、素材になり得る鉱石はあるのだけれど。この近所で一番豊富に取れるのは、ウィスプストーンだ。

ウィスプストーンは、霊魂が結晶化したという説もあるくらい、正体がよく分からない金属でもあるのだけれど。

今は、そんな事は言っていられない。

可能な限りのプラティーンを増産していく必要があるだろう。

トトリは、一番品質が良さそうなウィスプストーンを、ちむちゃんに渡す。

「出来るだけ、これを増やしてくれる?」

「ちむ!」

やっとトトリが笑顔を取り戻したから、だろうか。

ちむちゃんはとても嬉しそうに、お仕事に取りかかってくれる。実際にインゴットを仕上げたら、今度はそのインゴットを増やして貰う事になる。

更に、幾つかやっておくべき事もある。

クーデリアさんは、半年で戦闘艦を作れと言っていたけれど。多分それは無理だろう。どう考えても、もっともっと掛かる。

これに関しては、実際にジュエルエレメントさんの所で得られた情報を元に、判断したことだ。

プラティーンは、非常に気むずかしい金属だ。

まず、ウィスプストーンを可能な限り砕く。こうすると分かるのだけれど、殆ど砂利と見分けがつかない。

砕いたウィスプストーンに関しては、不純物を取り除くため、酸にしばらく漬ける。そして、その後。中和剤を用いて、酸を取り除く。

炉に入れるのは、その後だ。

火力はかなり高い。

此処にある炉のパワーだと少し不安だけれど。今の時点では、熱量は問題なく出せている。

枯れ木についても、集めておく必要があるだろう。

しばらく火を入れて、レシピを見ながら熱量を調整。

ようやく仕上がったのは、翌朝。

炉から出したウィスプストーンは、青白く発光していた。膨大な熱を帯びて、このような変化を遂げるとは、驚きだ。

レシピを見ながら、加工。

ハンマーで叩いて成形した後、水につけて。一気に引き締める。細かい加工は、今は考えない。

単純にインゴットにすれば良いのだ。

しばらく、無心で叩いている内に、温度が下がってくる。

再び炉に入れて熱を上げ。

分離した不純物を取り除いた後、再び水に入れる。じゅっと凄い音を立てて、蒸気が吹き上がる。

既に諸肌を脱いで作業をしなければならないほど、アトリエは暑くなっている。しかし、此処が我慢のしどころだ。

同じ作業を、四度繰り返して。

四日が過ぎた頃、ようやく最初のインゴットが仕上がった。

美しい青白い光沢を持つ、ウィスプストーンから抽出した金属。見かけと裏腹に非常に軽く、強度も尋常ではない。

すぐに、ちむちゃんに渡して、増産開始。

ちむちゃんに聞いてみると、五日くらいで、倍に増やすことが出来るそうだ。

頷く。

トトリも、次の作業に取りかかる。

まずはこのインゴットを、可能な限り増やしていかなければならない。最初の一月にやるべきは、インゴットの質を上げる事。

そして、増産の目処を付けることだ。

元々、情報収集の段階で、一月程度掛かっているのだ。時間はあまりない。

それに、何より。

一刻も早く、海竜を殺したいという気持ちもあるのだ。

焦りは、敗北につながる。

今まで戦いを何度も経験してきているから、トトリは既にその教訓を身につけている。だからこそに。

準備は、徹底的にして行かなければならない。

しかし、此処でアクシデントが起こる。

二回目のインゴットが、どうにも上手く行かないのである。ちむちゃんが増やしている分は問題が無い。

だが、質が少し落ちる鉱石を使って作り始めたインゴットは、極端に生成できるプラティーンが減っていくことが分かったのだ。

何か、問題があるのかもしれない。

炉から出した残骸をレシピで確認する。酸が強すぎるのか、熱が強すぎるのか。いずれにしても、このままだと、作る事が出来るインゴットが、かなり寂しいことになってしまうだろう。

ちむちゃんが増やしたインゴットが完成。

すぐに、お父さんに渡す。

お父さんは感心していた。こんな立派なのを作れるようになったのかと、素直に喜んでくれる。

マークさんも、これなら想像以上の強度になりそうだと喜んではくれるのだけれど。

しかし、まずい。

このままだと、予定量のインゴットを、作る事が出来ないかも知れない。

 

結局、質が落ちる鉱石だと、思うようにプラティーンを抽出できないという結論に到った。

酸で分離した廃物を確認したのだけれど。

酸によってプラティーンが溶け出しているようには見えなかったのである。

そうなってくると、やはり。

問題は、鉱石にあるとみるべきだ。

ちむちゃんが増やしてくれたプラティーンで確認するけれど。やはり、インゴットとして抽出したプラティーンは、酸を受け付けない。

そればかりか、一切錆びない。一応錆びるし、酸も受け付けるのだけれど。錆びさせるには天文学的な時間が必要だし。酸の場合は、それこそあらゆるものを溶かし去る、究極の代物を用意する必要がある。

ハルモニウムを除けば、船の装甲としては最高の素材だ。

鉱石のストックが、ゴリゴリ減っていく。

インゴットを作ってくれたちむちゃんだけれど。これは、鉱石を増やす方に、シフトしてもらった方が良いかもしれない。

実際問題、半島まで足を運ぶのは、非常に骨なのだ。今の力でも、往復で一週間以上は掛かってしまう。

しかし、インゴットの質は出来るだけ均一にしたいのである。

鉱石だって、いつまでも資源があるわけでもないだろう。既に南部の半島では条約が締結したこともあり、主だった巨大ぷにぷにが撃破されたこともあって、開拓が始まっているのだ。

当然、鉱石だって本格的な採取が始まっているはず。

トトリだけで独占も出来ない。

悩んだ末に、決める。

「ちむちゃん、今のインゴットが終わったら、鉱石を増やす方にまた移ってくれるかな」

「ちむー?」

「お願い」

「ちむ!」

頼りにされていると悟ったのだろう。

ちむちゃんは嬉しそうに万歳をした。

とてもかわいい。

目の保養である。

さて、トトリの方は。粗悪品と判断せざるを得ない鉱石から、可能な限り純度が高いインゴットを生成しなければならない。

デュプリケイトを使う事も考えたのだけれど。

やってみて分かった。やはり、現物より増加分は少しばかり質が落ちるのである。溶かし直して、品質を揃えなければならなかった。

トトリの方が、消耗は大きい分、ちむちゃんよりかなり早く増やせるのだけれど。

品質均一化の点では、ちむちゃんの方が、ずっと優れている。

何しろ、寸分違わぬものを作れるのだから。

四苦八苦している内に、お父さんが来る。どうやら、アーランド王都から労働者チームの第一陣が到着したらしい。

呼ばれて、港に。

港には幾つかの小屋が作られていた。

重いものを動かすためのころやてこも準備されていた。見た事も無い機械もある。アーランド王都近くの遺跡、噂に聞くオルトガラクセンからの発掘品だろうか。

来てくれたのは、多分戦闘でPTSDを煩ったり、或いは特性がなかったと判断されただろうホムンクルス達十名。それと、労働者階級の人達が、同数ほど。

生活用の物資についても、準備されている。

小屋が少し少ないかもしれないけれど。

とりあえず、労働には問題ないだろう。

「よし、これから諸君には、戦闘向けの船を作る作業に従事して貰う」

お父さんが呼びかけるけれど。

雰囲気が違う。

いつもの温厚で影が薄いお父さんでは無い。立派な船を作る職人としてのそれになっていた。

「力が強いホムンクルス諸君には、肉体労働を。 労働者階級のみなさんには、手先の器用さが要求される作業をして貰う。 食糧と生活空間に関しては準備してある。 なにぶん力がいる作業だから、気を付けてくれ」

マークさんが持ち込んでいるのは、なんだろう。

そうだ、見た事がある。

以前マークさんがパワーパックと呼んでいたものだ。多分戦闘艦の動力部分になるのだろう。

ジュエルエレメントさんのところで図面を見せてもらったけれど。

作る船は、帆船でもなければ、手こぎでもない。

何かしらの動力を用いて、動かすものになるのだ。

既に納入してあるインゴットを使って、作業を開始するみなさん。勿論、他にも納入したものはある。

木材もそうだし。

魔術が掛かった道具についても、幾つか要求された。

これらについては、全部を一片にとはいかない。少しずつ、確実に納品をして行かなければならないだろう。

マークさんと一緒に図面を覗きながら、お父さんが言う。

「資材が足りないから、まず中枢部分から作る感じだな」

「そうですな。 まあトトリくんの事だ。 準備は確実にしてくれることでしょう」

二人とも、信頼してくれている。

頷くと、トトリはアトリエに戻る。作業を遅滞させないためにも、幾つか打っておきたい手がある。

まず作ったのは、手紙。

酒場に行くと、マスターに渡して。アーランドに飛ばして貰う。

宛先はロロナ先生。

一つ、相談したいことがあるのだ。ロロナ先生なら、きっとどうにかしてくれるとも、思っている。

続いて、ちむちゃんの様子を確認。

品質が高い鉱石を着実に増やしてくれている。

頷くと、トトリは品質が低い鉱石を優先的に使って、プラティーンのインゴットを作っていく。

何度か作って分かったけれど。

やはり、品質が低い鉱石からは、あまり多くのインゴットを作る事が出来ない。倍、下手をすると三倍以上の鉱石が必要になるし。

それに伴う廃材も出てくる。

廃材の処置はかなり難しい。

酸を取り除いた後、固めてしまうのだけれど。

コンテナの中に今の時点では入れているとしても。その内、捨てに行かなければならないのだ。

これについても、ロロナ先生への相談案件の一つだ。

その点、ちむちゃんのスキルはとても優れている。廃材を出さずに、複製をしているのだから。

黙々と作業を進め。

まずはプラティーンのインゴットを量産していく。

一つのインゴットで、大砲を一つから二つ、作れるくらいの量がある。これをトトリが作ると、大体三日に一つくらいは作る事が出来る。

最初はもっと時間が掛かったけれど。

数をこなして、慣れてきたのだ。

ただし、現状のペースでは、明らかに足りない。

ちむちゃんはせっせと鉱石を増やしてくれていて。たまに、インゴットの複製に取りかかって貰う。

そうすることで、少しはインゴットの生産を増やせるけれど。

現状の手数では、文字通り焼け石に水だ。

かといって、ロロナ先生に手伝って貰うわけにも行かない。先生は最前線で、敵とにらみ合っているのだから。

二週間ほどで、相応のインゴットを納入した。合計七本。

港では、戦闘艦の建造が、着々と進んでいる。色々な素材を用いて、パワーパックについては、できはじめていた。

これに関しては、クーデリアさんに頼んで、資材をいくらか廻して貰っている事も大きい。

遺跡などから取れる貴重な素材に関しては、トトリの所に、そうたくさんは手持ちがないのだ。

パワーパックの細かい部分は、マークさんが担当して。労働者階級の人達と共同して、作業を進めてくれている。

問題は、船体の方だ。

順番にインゴットを加工しながら、作り始めているのだけれど。

やはり、絶対量が足りない。

部材を作っていくだけでも、今は手一杯の状況で。

図面を見ながら、お父さんは難しい顔をしていた。

「トトリか。 戦闘艦の素材については、どうなっている」

「うん、今作ってるよ。 後、生産のペースが遅れているけれど、今ロロナ先生に相談しているから、待ってね」

「できるだけ急げ」

お父さんは声色も眼光も、普段とは違う。

これがきっと、本来お母さんが惚れた男の姿なのだろう。

職人として優れた実力を有していて。信念と心意気を併せ持っていて。自分のパートナーに相応しい存在と思ったから。だからこそ、伴侶に選んだのだろう。

お父さんは戦闘能力に関しては並以下だったらしいけれど。

それでも、これなら分かる。確かに、格好いい。

今まで、トトリが知らなかった。いや、忘れるように無理に心を変えていた。本当のお父さんの姿は、ここしばらくのそれとは、まるで別物だった。

そして、気付かされる。

強さだけが、男のかっこうよさでは無いのだと。

おかしな話で。

アーランドの価値観で、幼い頃から散々苦労してきたトトリだというのに。どうしてだろう。結局、アーランドの価値観で、全てを考えるようになっていた。

アトリエに戻ると、丁度ちむちゃんが、次のインゴットを作り終えていた。

炉に関しても、確認してくれている。

ロロナ先生への伝言が届き。

了承さえしてくれれば。

更に、状況は楽になるはずだ。

トトリはもう気付いている。周囲がトトリを利用してきたことを。だからこそ、今度はトトリが周囲を利用させて貰う。

そうすることは、決して恥では無いはずだし。不遜でもないはず。

トトリは気合いを入れ直すと。炉の状態を確認して、次のインゴットが上手に仕上がるように、火力の微調整をした。

 

4、集まりつつある欠片

 

ロロナをホムンクルスが呼びに来る。二桁ナンバーだから、かなり初期からの、重鎮と言って良い戦闘タイプのホムンクルス。

ちむちゃんを増産していたロロナは、求めに応じ、各地に派遣していたけれど。トトリの手紙を見てからは、会議に早めに出なければならないことを知っていた。会議に出るのは大変だけれど、今回は仕方が無い。

可愛い自慢の弟子のためだ。

アーランド王都では無く。今回の会議は、珍しくアーランド北部、前線の砦で行われる事になった。

現時点で、主要幹部が殆ど揃っている、というのが大きい。

わざわざアーランド王都に戻って開催するよりも、此方のが効率的であるし、もし会議中に大事が発生しても、即応できるのだから。

砦の地下には、いざというときに使用する避難施設が幾つも用意されていて。

その幾つかは、錬金術による、ホムンクルスの生産設備となっている。

既にホムンクルスは、友好国へ派遣を開始しており、その高い戦闘力で、非常な好評を得ている。

スピアの放つモンスターやホムンクルスに苦しめられた国からは、劇的に状況が改善したという報告も来ているほどだ。

勿論、今回の目的は、それだけではない。

トトリが始めた、戦闘艦の建造。

そして、アーランドの東部海上を封鎖している、最強の生物兵器。不沈要塞フラウ・シュトライトの撃破について、である。

此奴は、以前ギゼラに撃退されてからと言うもの、大きく本来の想定される縄張りから下がり、其処に住み着いている存在である。アランヤに直接被害が出ることは避けたのだけれど、此奴のせいでアーランドは東の海に出る事が一切出来なくなっている上。東の大陸に潜入させた奴との連絡が極めてつきにくくなっている。

その奴からも、時々ろくでもない情報ばかりが入ってくる。

早めにフラウ・シュトライトを潰して海路を開拓し。東の大陸に出向いて、好き勝手している奴らを潰さない限り、アーランドどころか、この大陸は敵の圧倒的物量の前に詰む。下手をすると、世界そのものが終わる。スピアがこの大陸を支配したとき。次に狙うのは、きっと別の大陸。

悪夢が、拡大される事になる。

大陸から世界に、ジェノサイドが拡がることになるだろう。

それが、現実だ。

砦の地下に出向くと、既にステルクさんは来ていた。一時期は、ひどい負傷をしたロロナを随分心配してくれた。

この人は、性根が優しいのだなと思う反面。

何となく、自分に無力感も覚えているのだと、最近分かるようになって来た。きっと、師匠を救えなかったことが、原因だろう。

「体の方は大丈夫か」

「トトリちゃんが献身的に介護してくれたおかげで、今はもうすっかり大丈夫です」

「そうか。 それは良かった」

エスティさんは、今も大陸の北部で暴れ回っている。スピアの軍勢があまりにも多すぎて、手が外せないのだろう。

必死に交戦している北部列強を助けるためにも。

メギド公国を根拠地に、敵の戦力を削り続けているそうだ。

陛下や、そればかりかロードもはじめとして、此処にいるアーランドの協力者や同盟者、幹部はあらかたに揃う。

友好国の主要幹部は、流石にもう一度帰国しているけれど。

敵は少し兵を引いただけで、いなくなったわけではない。何時でも五万以上の軍勢が、この砦に押し寄せてきてもおかしくない状態に、代わりは無いのだ。

師匠が、ロロナとステルクさんとは、離れた席に座る。

ロロナの隣には、くーちゃんが着席。

「気にしない。 彼奴がああなのは、今に始まった事では無いでしょうに」

「分かってる」

冷たいくーちゃんの物言いだけれど。

其処まで、ロロナは冷たくなれない。師匠がどうして彼処まで他を寄せ付けないようになってしまったのかは。

ロロナ自身が、一番知っているからだ。

陛下が来た。メリオダス大臣も一緒に連れている。

主要幹部が揃ったところで、会議が始まる。まずは、スピアの情勢からだ。エスティさんの代理としてきている、ランク9の戦士。アーランド随一の巨体と言われる、戦士ゴリアウスさんが、重々しい声を開いた。

「現時点で、全ての戦線に動き無し。 敵は明らかに、此方の戦力を引きつけるための、膠着を狙っています」

「うむ……」

ゴリアウスさんは典型的な脳筋で、ランク9となっている今でも、前線でどう戦うかしか考えていない。

今回も、ただカンニングペーパーを読み上げているだけ。

危なっかしいので、周囲に常に三人の文官をつけて、補助させているのだ。陛下がゴリアウスさんに、直接文官達を大事にするようにと指示をしたのもあって。最初は不快そうにしていたゴリアウスさんも、今はどうにか受け入れてくれている。

「敵の前線を崩すにも、敵は未だないほどの大軍勢。 大陸北部で活動しているエスティ殿からも、良い報告は来ておらず」

「うむ。 次」

ジオ陛下が、たどたどしいゴリアウスさんに言って座らせる。

ゴリアウスさんはむしろ安心したように、窮屈そうに巨体で椅子に座った。これでも、特注品の、特大サイズの椅子なのだが。

続いて、ステルクさん。

アーランド国内の引き締めを行っている事について言及。

前線を長時間はなれる事は出来ないが、新しくアーランドに来た難民達が、やはり少なからず問題を起こしている。

アーランド戦士に対しては、何も出来ないが。

労働者階級に対しては、話が別だ。

犯罪組織の類を作ろうとしているものまでいると言う事で。既にステルクさんが、何人かを摘発したそうだ。

「人口の増大が急激過ぎます。 せめてアーランド戦士が、今の五倍いればよかったのですが……」

「増やそうと思えば増やせるが?」

「黙っていよ」

横から口を出す師匠を、王様が制した。

師匠の事だ。ホムンクルスの要領で、アーランド戦士の分身を一杯作ろうとでも言うのだろう。

でも、ホムンクルスの数には、制限を設けて、それ以上作らないようにしているのだ。それも、ずっと。

今の時点で、ホムンクルスの数は足りている。

足りないのは、一線級で戦える戦士なのである。

ただ、アーランドは以前にも増して豊かになって来ていて、子供が増えやすい環境にはなっている。

戦士の質を保つために、子供達を厳しい環境に置かなければならないのは心苦しいことではあるけれど。

それさえ乗り越えれば、みんな立派なアーランド戦士として、前線で活躍してくれることだろう。

「次、ロロナ」

「はい」

立ち上がったロロナは。

ちむ型ホムンクルスの増産が軌道に乗った事。各都市で、非常に好評である事を告げる。

この子達は基本的に手先が器用な上、複製のスキルを例外無しで身につけている。その上働き者で、根本的に労働が好きなのだ。

食事に関しては、パイを大好物としていて。

各地では、パイが今、かなり増産されているという。その代わり、貴重な資源をどんどん造り出す事が出来ている。

この件について、ロロナは。トトリから頼まれていた。

「トトリの所に、ちむ型を新たに二名、出来れば四名派遣したく」

「駄目だ」

王様は即答。

実際問題、インフラ整備にしても町の発展にしても、労働専門のちむ型が生きる場面はいくらでもある。

トトリちゃんには以前来た時見せなかったけれど。

此処前線の砦でも、既に五十名を超えるちむ型が、彼方此方で働いている。殆どは地下の工場で、だが。様々な物資を、パイを対価に複製できるのはとても大きい。実際、消耗品のなかで貴重品と呼べるものに関しては、殆どがちむが複製することによって、賄われているほどなのだ。

「トトリに関しては、まだまだ叩けば伸びるだろうな。 以前から何度か姿を見たが、安易に手を貸せば、却ってスポイルすることになるだろう」

「しかし、物理的に、今回の戦闘艦建造は間に合いません」

「ちむ型を一人だけなら送ってもいい。 後、アーランドの職人の中から、手練れを何名か向かわせろ。 そうだな、ハゲルが良いだろう」

「御意……」

トトリちゃんが可哀想。

ため息が零れる。如何に効率よく、アーランドを背負う人材を育てるためとはいっても。

ただでさえ様々な苦労を悲惨なまでにこなしているトトリちゃんが、このままではスポイルどころか潰れてしまう。

ちむちゃんをもう一人だけ、か。

トトリちゃんがそれで上手くやりくりできれば良いのだけれど。ちなみにロロナ自身が手助けに行く案は、真っ先に却下された。

次。王様が言うと、くーちゃんが起立。

くーちゃんはくーちゃんで、今かなり大変な状況だ。

「難民の中から、また不満が上がっています。 最前線ではなく、アーランド王都に行きたいと彼らは申し出ており」

「メリオダス、王都の工場はどうなっている」

「現在、人員は充分。 これ以上の人員は必要ありますまい。 これに対して、この最前線では、人員が不足がちにございます」

「聞いての通りだ。 どうにか不満を抑え込め」

いうまでもない話だが。アーランド王都と言っても、収容できる人員には限りがある。それに、亡命してきた人々を、いきなり信用して、重要な任務に就けるわけにはいかないのである。

中には、犯罪に手を染めながら生きてきた人もいるし。

相手を人間だと思えなくなっているものもいる。

スピアの過酷な治世に曝された状態では、まともな思考が保てなくなるのも分かるのだけれど。

此方としても、大敵を前にして、腹の中に爆弾を抱えるわけにもいかないのだ。

「分かりました。 働けるものは各地の緑地に向かわせ、其処で労働させます。 人員はいくらでも必要ですので。 問題は老人や子供ですが……」

「子供については、身体検査をして、能力を確認。 戦士として使えそうなら、戦士階級の老人に鍛えさせろ。 戦士になれそうもない子供は、他の労働者と同じように扱え」

「御意。 老人については」

「今まで通りだ。 不満を言う場合、恐らくは中心になっている人間がいる。 それを取り除いて、別の場所に配属しろ」

くーちゃんも大変だ。

今まで、エスティさんがやっていたダーティワークも、今はかなりの量、くーちゃんに任されている。

当然の話で、今エスティさんは、大陸の北の方で、海千山千の連中を相手に、必死の戦いをしているのだ。

強大な敵と、無能な味方。

その両方を、相手にしながら。

とにかく王様は、こういう場では容赦がない。お外で見せるのとは全く別の、冷厳な姿を容赦なく見せつける。

この国が共和国になっても、それは同じ。

そして共和国になったのは。この次のステップに備えてのことなのだ。

今後、くーちゃんの負担は、更に大きくなる。

「続いて、冒険者についてです。 若手の冒険者の育成ですが、有望な何名かがかなり育って来ています。 此方がリストです」

「うむ」

ロロナがリストを見ると、ジーノ君やミミちゃんの名前もある。

特にミミちゃんには、陛下が秘剣の一つを授けている。相当に期待している、ということだ。

トトリちゃんと同年代は、そこそこに粒が揃っている。ランク7のトトリちゃんを除き一番ハイランクなのはランク5の4名。内二人が、ジーノ君とミミちゃん。今ロロナが見たところ、二人の実力は拮抗していると見て良い。

「今年中に、二人ともランク7相当にまで育てることは可能か?」

「今トトリが戦闘艦の建造に掛かりっきりですので、その間に難しめの任務を集中的に廻せば。 しかし、未来を担う世代はいわば金の卵を産む鶏。 潰す事になりかねない拙速は避けたい所ですが……」

「ベテランの援護を付けて育てろ。 更に若い世代からも、優秀な人材をどんどん抜擢しろ」

「御意」

出来るならしている。

不満を顔に湛えながら、くーちゃんは着席した。実際問題、繁殖力が低いアーランド人では、増えるのに限界がある。

混血になってもそれは同じ。

特に北方の列強で暮らしていた人に比べると、非常に子供が出来にくいことが分かっているのだ。

事実、若い子達の中に、天才と呼べる人材はいないと報告も来ている。

しかし、これ以上ホムンクルスに依存する態勢を作ると、師匠が馬鹿な事をしでかしかねない。

師匠が代わって立ち上がる。

機械的な説明が行われた。ホムンクルスの補充や、この砦の改装について。武装の強化についても。

特に質問する場所もない。

陛下もそのまま、発言が終わると、師匠を座らせた。

意地は悪かったけど、茶目っ気のある人だったのに。

最後にステルクさんが立ち上がる。

この砦の防衛体制について。時々敵に仕掛けているが、まるで隙が無く、大きな成果は上げられない、という報告。

悔しそうだけれど。

これが限界だ。

実際、ジオ陛下も時々敵の軍勢に仕掛けているらしいのだけれど。とてもではないが、本格的には手が出せないそうだ。

他のメンバーの発言も終わると、ジオ陛下が、改めて言う。

「戦闘艦が完成した際、ステルクとクーデリア。 お前達にはトトリの援護をして、フラウシュトライトを潰して貰う。 ロロナ、お前もだ」

「御意!」

ステルクさんが、少しだけ嬉しそうに答える。

トトリちゃんは、国家軍事力級が最低でも二人と言っていたそうだから。ロロナも含めて、充分な戦力という判断だろう。

しかし相手は、島ほどもある巨体だ。

簡単にはいかないだろう。

たとえ、いにしえの技術を応用した、戦闘艦であっても。

会議が終わる。くーちゃんは忙しいらしく、すぐに姿を消した。代わりに近づいてきたのは、ロードである。

あまり話した事は無いのだけれど。

この砦のアトリエにロロナが籠もるようになってから、時々会いに来る。トトリちゃんに興味があるらしく、話を聞きに来るのだ。

何でも、この間の撤退戦で、悪魔族の戦士が随分とトトリちゃんを評価しているらしい。

勿論ロロナの事も評価してくれているので、とても嬉しい。

ただ、今日の要件は違った。

「話に上がっている戦闘艦の件だが」

「はい。 まだ、材料を調達している段階ですけれど」

「我々の精鋭も、乗せて欲しい。 確か二十名ほどは乗ることが出来ると聞いている」

実際には、その三倍は乗ることが出来るのだけれど。いにしえの戦闘艦に比べると、オモチャのような大きさの船である。

悪魔族の巨体を乗せるとなると、二十名どころか、もっと数を絞る必要があるだろう。

「海王をフラウシュトライト討伐に動かせない現状、ある程度は責任を取りたい。 海王の情報が敵に漏れたのには、我らにも責任がある」

「勿論、お願いします。 トトリちゃんも喜ぶと思います」

「そうか。 先神、青き鳥、砂漠の星。 色々と二つ名を得ているらしいな。 君が同じ年だったときよりも、お膳立てがあるとはいえ、有名かもしれないな」

「弟子が師匠を超えるのは、誉れです。 このままいけば、きっとトトリちゃんは、私を越えてくれるはずです」

ロロナが笑みを返す。

ロードは頷くと、部下達の所に戻っていった。

さて、此処からだ。

ロロナも錬金術の調合が非常に忙しい。トトリちゃんの手助けはしてあげたいけれど、ジオ陛下が言っていたように、ちむちゃんを一人しか送る事が出来ない。

陛下の許可が出るまで、我慢だ。

それにロロナが此処を離れるのは、まずい。機動力があるくーちゃんなら兎も角、敵が本格的に攻撃を開始した場合、対応できなくなるのだ。

政庁から出て、大通りを行く。護衛にホムンクルスを二人だけ。正直いらないけれど、これも高官の責務だ。最小限の護衛くらいは、身を守るためにつけなければならない。

大通りはかなりの人数が行き交っている。敵の軍勢が少し下がったという事で、今のうちに取引をすませておこうというのだろう。バザーも出ていた。師匠が整備しているだけあって、この砦の利便性はすごい。大きさから言っても、もう完全に都市だ。籠城の際は、数年は耐えられるだけの防御力もある。

住んでいる人数も、アーランド王都に次いで多い。

バザーを覗く。粗末な御座を広げて、色々な品を売っている。日用品から薬草まで何でもありだ。

良さそうな素材を見つけたので、買っていく。今、ロロナは多数の薬剤や魔術の道具を生産している。ハイランカーの冒険者に渡す魔術の道具は、幾つあっても足りない。薬に到っては、いわずもがや。時々、ランク5から6くらいの冒険者や、ホムンクルス達が採ってきてはくれるけれど。それでも、自分で素材は吟味したくもなる。

良い品があったので、満足。

緑化作業が積極的に進められている事もあって、かなりの人数がアーランド王都と行き来している。

難民達の姿もある。彼らは仕事を毎日貰いながら食事をしていて。だけれど、くーちゃんが言うように、不安をぶちまける人も多い様子だ。

一人が、ロロナに気付いて、駆け寄ってきた。

「錬金術師殿! お、お願いで、お願いでございます!」

「待って」

ホムンクルス達が取り押さえようとしたので、制する。髭だらけの中年男性はやせこけていて、懇願するのだ。

腕力で制圧するのは、気乗りしない。

それに、プライドもなく土下座する様子は、あまりにも気の毒であった。

「お聞きください。 息子が、病気で。 薬は高くて買えません」

「施療院は労働の分割払いが導入されていますが」

「そ、その、日々の食事にも、事欠く有様で」

冷酷なホムンクルスの指摘に、男はただ頭を地面にこすりつける。確かに、非常にやせこけていて、悲惨な様子だ。

言われるままについていって、街の隅の方へ。建築途中の街の片隅に、露天で生活している人々がいる。

殆どは、日々の仕事で食いつないでいる難民達。

彼らも順番に他の街に送って行っているのだけれど。此処を離れられないものや、或いは此処に居着いてしまう者もいる。

彼らを救うために、時々りおちゃんが旦那様と一緒に訪れて、回復術を掛けて回っていて。聖女と言われているそうだ。

そう言われる度に、りおちゃんはロロナの所に来て、悲しそうに目を伏せる。彼女が幼い頃、生きるために多くの人を殺したことは、まだまだ心に傷となって残っているのだ。もう以前のように発作は起こさないにしても。だから、聖女なんて呼ばれる事は。例え贖罪になっていたとしても、本人にとっては負担になるのである。

苦しそうにしている子供を見つける。

この子のために、ロロナをずっと待っていたのか。護衛についているホムンクルス達が周囲を警戒する中、苦しんでいる子供を診察。

ため息が漏れた。助かることは助かるけれど。これは病気と言うよりも、栄養失調だ。施療院にいれる必要がある。

この男性もついでに診察する。

不衛生が祟って、幾つかの病気に掛かっている。

ロロナも今では、下手な医者よりも、病気のことは分かる。薬を研究する過程で、研究したからである。

ただ、この男性は清潔にして、健康に過ごせば大丈夫だ。

「この子のことはどうにかします。 でも、特別扱いは出来ません。 緑地での作業がありますから、其処で働いて稼いでください」

「し、しかし外は怖くて。 モンスターも、スピアの軍勢もいるんです!」

「大丈夫。 私の弟子だって、この子と同じくらいの背丈ですけれど、外で元気にお仕事をしています。 それに、アーランド戦士が守っているところにモンスターは怖がって近寄りませんし、敵の軍勢なんて、国境を絶対越えさせません」

ロロナが笑顔を浮かべると、眉根を下げる男性。まあ、この男性の身体能力では、外でモンスターに襲われたらひとたまりもない。だけれど、今は労働者を守るために、多くのホムンクルスや冒険者が守りについている。大丈夫だ。

すぐにホムンクルスを手配して、栄養失調で動けなくなっている子供を施療院に。他にも病人がいないか確認。伝染病が流行ると厄介だ。衛生状態にも気を配る必要がある。

ホムンクルスが、痩せた男性を連れて行く。彼は不安そうにしながらも、外に着いていった。

一仕事終わったので、地下に向かう。

壁の一角に、警備が厳重な場所があり。其処にある小屋から、地下に降りる事が出来るのだ。

長い階段を下りていくと。

其処は、砦を作ったときには、もう作られていた、広大な地下空間。

照明は抑えめ。

ラインが幾つかあって、戦傷を受けて前線を退いたホムンクルスや、ちむちゃんたち、それにアーランドから移ってきた労働者達が働いている。

砦の地下には、かなり大きな工場が作られていて。それがこの砦の生命線となっているのだ。

此処では、必要な物資がガンガン生産されている。ちむちゃん達も、パイをむしゃむしゃ食べながら、働いていた。

その中の最古参の一人を手招きする。

「ちむー!」

「うん。 それで、トトリちゃんの所に行って欲しいの。 護衛はつけるから」

「ちむ! ちむちむ!」

一人で平気と、身振りをするちむちゃんの一人。

頷くと、ロロナは手紙を持たせた。一応、アランヤまでは馬車を使えば安全に行けるはずだけれど。念のために、同道する冒険者を付ける。まだ若い戦士で、ランクは4。トトリちゃんより二つ年上だけれど、平均ではこんなものだ。

二人を、砦の入り口まで見送る。

いつの間にか、隣にくーちゃんが立っていた。

「面倒な事になったわ」

「どうしたの?」

「レオンハルトの分身が出現したわ。 そいつは倒したけれど、おそらく本体が近々出てくるわよ」

そうか。

多分まだ殺せてはいないだろうと思ったけれど。

どうにかして、撃退しなければならない。

「今度はあたしがでる。 あんたを傷つけた彼奴を許すわけにはいかない」

「ううん、違うよ。 二人で戦うの」

「そうだったわね」

くーちゃんは苦笑いすると、政庁に戻っていく。

夕日が落ち始めていた。

地平の先が、真っ赤に染まっている。

ロロナは髪を掻き上げると。

トトリちゃんがこれから立ち向かう事になる苦境と。其処までの道を作らなければならない自分の苦労を思って、大きく嘆息した。

 

(続)