立ち上がる若葉
序、後始末
砂漠の砦の施療院に入って、一週間。
戦況が落ちついたらしいと言う話が、周囲で聞こえはじめていた。一時期は五万に達する敵軍が前線に来ていたと言うけれど。
今は敵が前線を下げて、にらみ合いが続いている状況だという。
とにかく、国家軍事力級の使い手は、全員が釘付け。
となると、勿論クーデリアさんも、最前線に張り付いている事だろう。
トトリは無茶をした代償で。絶対安静を医療魔術師に命じられて、今は治療を受けている。
案の定無理をしたせいで、体の中がぐちゃぐちゃのズタズタになっているという。
しばらくはお薬を飲みながら、回復術を受ける日々。二週間はベッドにはりつけだと聞いて、ちょっとげんなりしてしまった。施療院を出るのも、一ヶ月は先になるのだとか。
ロロナ先生は。
もっと傷がひどくて、二ヶ月は施療院から出られないという。
幸いと言うべきか。
この砂漠の砦の施療院は、前線と言う事もあって、手練れのハイランカー術者が多く務めている。
トトリの知っている人も、たまに見かけるほどだ。
回復術は強力で、復帰し次第、すぐに出られそうである。
ミミちゃんとジーノ君は、お見舞いに来てくれない。ちょっと寂しいかなと思ったけれど。
ロロナ先生が、まだ若干不安定で、術者がつきっきりで治療しているという話なのである。
トトリの心情を考えて、気を遣ってくれているのかもしれない。
だから必然的に。
入院している人と、話す事が多くなった。
前の戦いで手酷い怪我をしたハイランカーのジェネスさん。十九歳でランク7だから、かなりの有望戦士だ。彼女は少し前、この砦の北側で難民を保護した時に。敵と交戦したとき、集中攻撃を浴びた。
ジェネスさんは長身でひょろっとしていて、髪の毛は赤。派手な容姿もあって、とにかく目立つ。
だから攻撃魔術の斉射を浴びたのだろう。
ただしジェネスさんが集中攻撃を受けている間、他の戦士が敵を蹴散らし、難民を保護することに成功。
名誉の負傷と言う事で、退院次第ランク8になる事がほぼ確定だそうだ。
隣のベットになったので、話す機会が増えた。
トトリが砂漠に道を通したという話はジェネスさんも知っていて。どんな化け物みたいな女なのだろうと、不安に思っていたそうなのだけれど。実際に会ってみると、ジェネスさんより背丈が頭一つ半くらい小さい小柄なトトリである。拍子抜けしたとか、言われた。
ただし、その後は。
二日話してみると、見直したと訂正された。
トトリがすぐに色々な事に気付いたり。ものをみて理解したりしているのを、ジェネスさんはめざとく見ていたのだ。
だから、二人がベッドに揃っているときは、久々にゆっくり話したりもしたのだけれど。
頑丈なアーランド戦士が、いつまでもベッドに寝ているわけもない。
ジェネスさんはトトリが施療院でベッドに磔になってから四日で、退院していった。元々、退院寸前まで回復していたそうなのだから、当然だろう。
続いて、隣のベッドに来たのは、年老いた難民の男性。
スピアでは、先進国を自称する列強だというのにもかかわらず、碌な医療を受けられなかったらしい。
役に立たないから死ね。
そう直に言われもしたそうだ。
ひどい話だと思うけれど。医療魔術師達は、むしろこの有様を見て、憤慨していたという。
そんな国がまともなはずもない。だったらさっさと逃げ出して、此方に来ておけ、と。
このお爺さんは、スピアにずっと生きてきて。きっと労働もして、税金だって納めて、国のために貢献したはずだ。
それなのに、病気をしたら用済みで、殺されそうになる。確かに、そんな国はまともなんかじゃあない。
幸い、アーランドの錬金術による医薬品の発展はかなり凄い。体が弱い労働者階級用に調整された薬も、たくさん売られている。いずれもロロナ先生の功績だけれど。それで人が助かることで、何か問題があるとは思えない。
お爺さんはみるみる元気になっていって。
隣のベッドのトトリに、色々と教えてくれた。
スピアでどういう生活をしてきたか。
向こうはどういう場所だったか。
昔、スピアは連邦を作る前から、そこそこに豊かな場所だったという。軍役は厳しかったけれど、街のインフラは整っていたし、民がモンスターに襲われることはまずなかった。しかし、ある時事件が起きて。それ以降は、雪崩を打つように状況が悪くなっていったという。
事件というのは。
市民のために尽力していた錬金術師達が、国によって懲罰を受けた事件があった、というのだ。
詳しい話は、お爺さんも知らないと言う。
何しろ若い頃の話。
噂によると、敵国の兵士を、自国兵士と変わらず治療した、というのが原因らしいけれど。
捕虜を丁寧に扱うのは、アーランドでもやっていることだ。先進国を自称するなら、当然やっていそうなものなのだが。
もしやっていなかったのだとすると。
当時から、このお爺さんは感じていなかっただけで。スピアは既に、何処かがおかしくなりはじめていたのかも知れない。
錬金術師は、色々な国にいたけれど。
その時、数人の錬金術師が処分されて。国内の錬金術の力が一気に低下したことを、お爺さんも感じたそうだ。
前線で戦って、家に帰って。
また前線に舞い戻る。
そんな生活をしていたから。お爺さんも、詳しい事情は知らないけれど。明らかに周辺列強よりも、武器や爆弾の性能が落ちたと感じたという。
劣勢になる自軍。
やがて、戦争は終わり。釈然としない中、停戦が作った平和の中、お爺さんは軍を退いた。
そして、後は退役軍人に支払われる年金で生活していくつもりだったらしいのだけれど。
気がつくと。
スピアは、人が収める国では無く。
得体が知れない存在に乗っ取られ。街はホムンクルスが動かし。民は恐怖と戦いながら、ただ働かされる日々が始まっていたのだという。
最初は反抗する者もいたけれど。
スピアの軍が、ホムンクルスと洗脳モンスターのみで構成され。周辺の諸国もそれら圧倒的な物量で蹂躙するようになりはじめると。もはや、抵抗できる者はいなくなった。
お爺さんも、血気盛んな若者が、モンスター達に蹴散らされ。頭から囓られて食べられてしまうのを見ると。とても、それ以上逆らう気力は湧いてこなかったそうだ。
やがて病気になり。
家からホムンクルス達に引きずり出されて、地下牢に。
周囲の人は、毎日牢から、何処かに運ばれていたという。当然、二度と戻ってくることはなかった。
きっと、ひどい運命だけが待っていたのだろう。
必死に抵抗する人は、その場で殺されてしまうこともあったのだとか。
「儂は戦略上の一手として、この国に押し込まれたというのだろう。 今まで儂は命を賭けて軍人として戦って、スピアのために人生を捧げてきたのに。 このような報いを受けたことだけが、今も釈然としない」
じっくり時間を掛けて話を聞いていくと。
お爺さんは、最後に必ずそう言って、話を締めくくるのだった。
時間が過ぎていって、お爺さんも退院。
今後は労働者階級として、昔趣味でやっていた手作業を、少しだけやるそうだ。軍の情報を提供する事でそれなりのお金も入ったし。軍人としての知識を提供することで、食糧は支給される。
アーランド王都の方まで行けば、余生を過ごすための場所が幾つか用意されているという話だし。
お爺さんは、最後はゆっくり過ごすことが出来るだろう。
トトリも、体が回復してきて、ベッドに磔になるのがつらくなってきた頃。
ロロナ先生が、トトリの様子を見に来た。
まだ、回復しきっていない様子で、顔色は悪いけれど。トトリを見ると、にこりと笑みを浮かべる。
泣きそうになるトトリだけれど。
ベッドの横に座ったロロナ先生は、無言で肩を撫でてくれた。
恨んでもいないし、怒ってもいない。
そう言葉は無くとも、優しい手が告げていた。
ベッドから起き上がることを許されて。
リハビリのために棒を振るうと、衰えが露骨に分かる。一日さぼると三日、取り戻すのに掛かるという話は聞いていたけれど。
確かにそれは真実だ。
少しこなす型を増やしたいけれど。
最初は絶対に駄目だと、医療魔術師に怒られた。
少しずつ、リハビリのために、動く量を増やしていくけれど。トトリは元々、達人にはほど遠かったのだ。
一度衰えてみると、如何に自分の鍛錬が足りていなかったのか、よく分かる。
ただしその代わり、ベッドでは錬金術の勉強は続けていた。ロロナ先生が、持ち込んでくれたのだ。もっと難しい錬金術の本を。
いずれも目を通して、覚えた。
試すのが楽しみである。
確実に体を回復させ。付き添って貰って、外にも出る。その頃、やっとミミちゃんが、お見舞いに来てくれた。
「元気そうで何よりね」
「うん。 もうちょっとで退院できそうだよ」
「今度あんな無理したら許さないわよ」
ミミちゃんは機嫌が悪い。
少しくらい笑ってくれてもいいのに。
ベッドの横に腰掛けると、ミミちゃんは教えてくれる。冒険者ランク5に、正式になったという。
何度かの難しい仕事をこなした結果だ。
ジーノ君はと言うと、西にある最前線の砦に出向いて、其処でステルクさんに色々教わっているそうである。
ただ、其処は最前線だ。
危ない事に巻き込まれないか、少し心配だ。勿論戦士である以上、いつ死んでもおかしくないのは当たり前なのだけれど。
トトリは始めて。親しい人の死をあまりにも間近に見た。
おかしな話だ。
今まで人やそれに類する存在だって殺したし。手には、殺したときの感触が、しっかり残っている。
身近で自分や、ロロナ先生が死にそうになったくらいで。どうして感触が変わるのだろう。
人間とは勝手な生き物だなと、トトリは思う。
身勝手な自分に、嫌気も差しそうになる。
額を押された。
ミミちゃんは、やっぱり笑顔の一つも浮かべない。
「伝言よ」
「誰から?」
「冒険者ギルドの長から」
そうなると、クーデリアさんか。あの人の伝言となると、鳩便だろうか。
一度、最前線に来い。
ロロナの状況が聞きたい。
伝言は、それだけだった。
ミミちゃんは笑顔の一つも浮かべなかったけれど。一応周囲の世話だけはきっちりやって、帰って行った。
隣のベッドにいる人は、その頃にはめまぐるしく変わっていって。
トトリが退院したときまでに、七人。
あまり面識が深くなる人はおらず。最初の二人以外は、名前も忘れてしまった。
退院をした日に、ロロナ先生の様子を見に行く。
まだベッドにはりつけの状態だけれど。回復は確実に進んでいるという。何人か、不思議なローブを被った風袋の者達を見たけれど。あれは誰だろう。ただ、ロロナ先生は、とても親しそうに話していた。
ロロナ先生は、まだ疲れが溜まると、眠くなるとぼやいていたけれど。
それでも、もう命の危険は無さそうだ。
後一月ほどベッドにはりつけだけれど。それが終わったら、リハビリから始めて、公務にも復帰するという。
良かった。
無理をしている様子もない。ロロナ先生がどれだけ恐ろしい相手からトトリ達を守るために命を張ってくれたのか。
感謝しなければならないだろう。
一旦砦に買った家に。一日がかりで掃除をしておく。
その後は、政庁に出て、マッシュさんに会いに行く。幾つかまとまっていた報告書を提出すると、後は西に向かって、最前線の砦に向かう事を告げた。
マッシュさんは、ロロナ先生負傷の件を聞いていたのだろう。
護衛に手練れを付けてくれると言うけれど。
トトリは、首を横に振る。
「シェリさんとガンドルシュさんが、引き続き護衛をしてくれるそうです。 後、ミミちゃんにも声を掛けてあります」
「しかし、レオンハルトとやらが死んだらしいとはいえ。 相手の物量は圧倒的だ。 すぐに次の暗殺者がこないとも限らん」
「大丈夫です」
根拠のない自信では無い。
レオンハルトが生きているかどうかは分からないけれど。はっきりしているのは、警戒厳重な此処から西の前線を突破する力は、当面ないだろう、ということ。
つまりモンスターの相手だけを考えていれば良い。
その状態なら、手練れの悪魔二人と。ランク5に上がったミミちゃんがいれば充分だ。
ましてや、此処から前線に到る道は整備されていて、キャンプスペースもあるし、街もある。
簡単にレオンハルトが近づけはしない。
そう説明すると、マッシュさんは、大きな手で頭を掻いた。
「そうか。 だが、くれぐれも無理はしないようにな」
「はい。 ありがとうございます。 くれぐれもロロナ先生をお願いします」
「ああ、分かっている」
一礼。
砂漠の砦を出て、一旦南に。
自分で作った道を通って、一旦砂漠を縦断する。
それから西へ。
アーランドの近くで、北上。此処からは軍用の街道があって、馬車を使ってかなり素早く北上することが可能だ。
前線に近づくほど、悪魔族の姿が目立つようになる。
せっかくだから、夜の領域を見ていってはどうだとシェリさんに提案された。最前線を見に行った後になら、良いかもしれない。
悪魔族に最適化された空間は。
常に闇が満ちていて。黒いドラゴンをはじめとするガーディアン達に、厳重に守られているという。
「良い所だぞ」
凄く嬉しそうにシェリさんがいうので、笑顔が浮かんでしまう。
ミミちゃんはため息をつく。
油断するなと言いたいのだろう。でも、此処は街道。森にはリス族の戦士達もいるし、周囲のキャンプスペースの間隔も短い。
如何に手練れでも、病み上がりで潜入できる場所じゃあない。
それでも、油断するなと言う顔をしているミミちゃんに。トトリは、分かりましたと答えて、以降は雑談を止めた。
村に着くと、馬車が来ていた。
これはラッキーだ。
後は馬車を乗り継いで、最前線に。シェリさんはいいけれど、ガンドルシュさんは翼を使って、馬車の隣を併走しながら飛ぶ。
同じようにしている悪魔族は途中何度か見かけた。
馬車の上にしがみついている人もいた。
悪魔族との同盟が成立してから、こういう光景は増えていると、御者の人は言う。ましてや今は、最前線が危ない状態だ。
本来、もっと増えていても、おかしくないのかもしれない。
最前線の砦に到着。
既に報告書は、クーデリアさんの所に届いているはず。届いていなかったとしても、これから説明すれば良い。
全部覚えている。
護衛をしてくれた三人に手を振って、後はこの場で解散。
アーランドに戻るときには、また護衛を頼むけれど。
多分、数日は戻れないだろう。
意を決して、砦の高い城壁を見上げる。此処は最前線の砦であると同時に、アーランド有数の都市でもあるのだ。
中に入るのは、楽しみである。
トトリは、城壁の一角にある。分厚い鉄の扉を守る戦士達に向け、歩き始める。
今回も、此処が締めになる。
締めで失敗するわけにはいかない。でも、クーデリアさんと最後の片付けをするのにも、もう慣れた。
緊張は、ほぼしていなかった。
街には、すんなり入れる。
非常に単純な構造で、中央の道の一番奥に政庁が。左右にさいの目に道が走っていて、様々な施設に通じている。
彼方此方、焼けた跡があるのは、戦いの痕だろう。
家々は四角く、煉瓦で出来ている。屋根も瓦だ。これは延焼対策とみて良いだろう。
行き交う人々は、殆どが戦士。
ただ、街が若干がらんとしているようである。これはきっと、労働者階級の人達が、殆ど退避しているからだろう。
政庁に着いた。
頷くと、トトリは中に入る。建物の構造は単純で、迷いようがない。クーデリアさんを呼び出して貰って、後は決めていたことを話すだけ。
最初の頃に比べると、トトリは図太くなった。だから、もう平気だ。
1、魔の森の後始末。
全ての説明を終えると。
まだ武装したままのクーデリアさんは、小さく一つだけ頷いた。トトリはロロナ先生が負傷した経緯も。その時の治療についても。
勿論、必死に覚醒させた固有スキル、デュプリケイトを用いてネクタルを増やし、ロロナ先生を救ったことについても。
全て話した。
「だいたい報告書の通りね」
「森の人達の処遇について、寛大にお願いします」
「相手の親書は既に届いているけれど、一度直接顔を合わせて話さないと駄目ね。 問題は、今動ける高官がいないってことよ」
クーデリアさんに促されて、城壁の上に出る。
省庁から、外に。階段が幾つかあって、その中には、城壁に直結しているものもあった。かなり狭い造りなのは、敵に攻めこまれたときの対策だろう。
階段を上がりながら、クーデリアさんは話しかけてくる。
「ロロナの事なら、気にしなくてもいいわよ。 あの子はあんたを守るために命を賭けて、そして生き延びたんだから。 むしろアーランド戦士として、褒めてやって」
「はい……」
「どうしたの、うかないわね」
「いつか、守られる存在じゃなくて。 一緒に戦いたいです」
もう充分にしている。クーデリアさんは即答する。
ロロナ先生は戦闘を担当し。トトリは後方支援を立派に果たした。それは、一緒に戦っているという事だ。
でも、ロロナ先生が、不慣れな個人戦で大けがをしたのは事実なのである。
トトリがもっと強ければ。
みんなで戦って、ひょっとしたらレオンハルトを捕まえることが出来ていたかも知れない。
そう思うと、割り切った今でも、口惜しくは思う。
城壁の上に出た。
壮観だ。
陣形を組んだ敵が、見える。非常に堅実な方陣を敷いている。凄い大軍だ。こんな数、見た事も無い。
城壁の上には、味方もかなりの数がいる。
いつ戦いになっても、すぐに対応できるようにするためだろう。
「意見を聞きたいけれど。 ジュエルエレメントとやらは、どうやって話を付ければ良いとおもう?」
「相手は対話のチャンネルを開いていますから、クーデリアさんなり、他の高官なりが、そのまま足を運べば大丈夫だと思います」
「ところが、今は高官が動けない」
「はい……」
トトリが見ても、敵の物量はあまりにも圧倒的だ。
こんな兵力を、彼方此方の前線に繰り出すことが出来るスピアという国は、どれだけ超絶的な物量を有しているのか。
大陸の四分の一を支配しているだけのことはある。
そして、高圧的に、他の国を侵略するわけだ。
ただ、やはり分からない。
どうにも一なる五人という人達が、何を考えて兵を運用しているのか。
いずれにしても、今重要なのは、どう対応するか。少し悩んだ末に、聞いてみる。
「ロロナ先生がたまに使っている通信装置は」
「却下。 あれだと、相手と直接顔を合わせられないし、充電まで結構な手間暇と時間が掛かるのよ」
「それならば、やはり誰かしらの代理を立てるしかないと思います。 いっそ、大臣クラスの人を、護衛付きで派遣するとか」
「まあ、そうなるわね。 問題は人選よ」
以前トトリが、ランク6に上がる時あった大臣さんは。
メリオダスと呼ばれていたあの人は、多分実務家だ。そしておそらく、他人に対しては仮面を付けている。
恐らくは、外交官みたいな仕事をするのは不向きだろう。
以前、クーデリアさんが連れてきていた文官達は。彼らも、不向きだとしか思えない。あの人達は、あくまで下っ端。自分で判断して、色々な難しい決断をするには向いていない。
社会的地位を持ち。
なおかつ、適切な手腕を持つ人材。
アーランドは戦士の国だ。文官が育ちにくいというのもあるだろう。クーデリアさんも、どちらかと言えば最前線で暴れる方が性に合いそうだし。あれだけ出来るところを見せていても。あくまでできるからやっている、という風情なのだ。
そうなると、トトリが思いつく中では。
「公正を期すために、第三勢力の代理人を立てるというのはどうですか」
「却下。 第三者による立ち会いだと、後でこじらせやすいの。 何度かそれで、大きな問題が起きていてね」
「難しいですね」
「そうよ。 此処にいる敵を少し黙らせるか、もう少し引き下がらせればあたしが出向くんだけれどね。 あの通り、方陣を組んだまま、じっと動かない」
敵の攻勢を挫く策はあるらしいのだけれど。
敵の撤退を促せるわけでは無い。
その辺りがジレンマだと、クーデリアさんは呻く。あまり良い気分はしないのだろう。このように、前線に高官が釘付けにされている状況は。
しかし、ロロナ先生が復帰するまで待つというのも、芸がない話だ。
ロロナ先生は、まだしばらく前線復帰には時間が掛かる。そしてもたついていると、レオンハルトの穴埋めを敵がしてくる。
レオンハルト自身が出てくるのか。
代役が来るのかまでは分からないけれど。
来る事は来る。それは確実とみて良いだろう。
頷く。
方法は、一つしか無い。
「通信装置を使っての、補助をお願いします。 使節団を連れて、私が行ってきます」
「……それしかないか」
クーデリアさんが、通信装置をロロナ先生から受け取るように言う。
ついでに、話せる時間はそれほど長くない。だから、今のうちに、全ての草稿を作っておくように、とも。
トトリはすぐに、政庁で貸してくれるという部屋に向かう。
しばらくは此処で缶詰だ。
出来れば三日。
最悪でも一週間以内に、草稿を仕上げたい。
徹夜して、その次の日には一通り草稿が出来たけれど。クーデリアさんに、かなりの箇所、駄目出しをされた。
挫けないと自分に呟きながら、直す。
この直すという作業、結構神経を削るのだと、この時改めて思い知らされる。なるほど、フィリーさんが散々手間取るわけだ。
二度目の草稿。
かなり付け足される。
次で最後にしたい。
徹底的に手直しして、三日目の夜明けに、クーデリアさんに提出。クーデリアさんはその間、ずっと城壁の上で、様々な指示を周囲に出し続けていた。この人、小柄だけれど、体力からしてもの凄い。
鍛え方が根本的に違うのだろう。
三回目の草稿。
しばし考え込んだ後、クーデリアさんは頷いた。
「これで行ってきなさい」
「はいっ! ありがとうございます!」
「後、連れていく人員については、あたしが手配しておくわ。 二人は此処から。 四人はアーランドで合流」
すらすらと作業をして行くクーデリアさん。
この様子だと、文官全員の名簿が頭の中に入っていて。何処で行動しているかも分かっているのだろう。
凄いと言うより、恐ろしい。
出立は明日。
トトリの方でも、護衛を雇い直さなければならない。
ジーノ君は、ステルクさんと一緒に、哨戒に出ているという。そうなると、ミミちゃんと、ガンドルシュさんとシェリさん。
後出来ればマークさんかメルお姉ちゃん、ナスターシャさん。このうちの二人くらいにはついてきて欲しいけれど。
結局翌日までに。砂漠の砦にいるマークさんは兎も角。メルお姉ちゃんも、ナスターシャさんも、いつものようにふらりと姿を見せることもなく。
砂漠の砦までは、この三人だけの護衛と言う事になった。
ただ今回は、砂漠の砦から、ホムンクルスの一小隊をまた護衛として出してくれる。国使だから当然だろう。
これだけは、嬉しい。
ホムンクルス達も、輸送任務で一分隊ずつ面倒な事をしなくてもすむし、負担を減らせるはずだ。
それに。探索の時に使ったキャンプは、地図上で分かっている。
今度は何処に作れば良いかも、簡単に把握できる。帰り道に馬車が多めに出ているのもありがたい。
翌朝には、護衛の人員と、文官も含めて、最前線を出る事が出来た。
クーデリアさんが手配してくれるから、アーランドで残りの文官と。砂漠の砦で、ホムンクルスの部隊と合流できる。
後は、直接ジュエルエレメントさんと話すだけ。
それも終わった頃には、ロロナ先生も、ベッドにはりつけの状態が終わっているだろう。そろそろ、歩けるようになる筈だ。
これで、締めとする。
そう思うと、気分も楽だ。しかも途中までは馬車で行けるのである。これ以上の事があるだろうか。
いや、ない。
文官の人達は、全員が労働者階級。多分途中で音を上げるだろうなと思ったけれど、案の定砂漠の砦から東に出て、歩きになった頃から、ひいひい悲鳴を上げ始める。病み上がりのトトリも小柄なミミちゃんも平気なのに。大の男達がへばっている様子は、ちょっと情けない。
ホムンクルス達も、文官の様子を見て、しらけているようだ。
今回の護衛隊長である107さんが。彼らを見て、トトリに顎をしゃくる。
「遅れると面倒です。 荷車で輸送しますか」
「駄目です」
「どうしてでしょう。 効率を考えると、その方が良いかと」
「だって、最後はあの闇の森に入るんですよ。 今のうちから、モンスターしかいない安全な荒野で慣れて貰わないと」
文官達がどん引きしているのが分かる。
マークさんが、トトリに説明してくれる。
彼らにして見れば、荒野に出ること自体が既に危険行為なのだと。周囲が得体が知れない気配に満ち、いつモンスターに襲われても不思議では無いあの闇の森なんて。彼らから見れば、地獄と同じだというのだ。
マークさんがついてきてくれたのは嬉しい。
ちなみにメルお姉ちゃんは当然、ナスターシャさんもいなかった。人員は少し心細いけれど。今回はこれでどうにかするしかない。
「仕方ないですね……」
「まあ、途中までは荷車に乗って貰うといいだろう。 戦士階級の子供でも、彼らよりは体力があるんだよ。 でも、それは彼らの責任じゃない。 単純に此方が恐ろしい環境で育って、鍛え抜かれているだけさ」
そう言う考え方もあるか。
意外に優しいマークさんは、文官達に見直されたようだ。最初は陰口ばかり言っているのが聞こえて、苦笑いしていたのだけれど。
まあ、変な形ではあるけれど。
これで関係修復できたのなら、それで良いだろう。
数日かけて、キャンプの跡地を経由し。目的地に到着。
森を見て、文官達が露骨に尻込みするのが分かって、トトリもげんなり。でも、こればかりは仕方が無いか。
アーランド戦士でさえ、ここから先は怖れるし。長時間いると、身体に異常をきたしてしまうのだから。
中に入ってからの注意を、全員に言う。
ホムンクルス達も聞いて貰う。
単独行動絶対禁止。ここから先は、地面がいきなりモンスターになる可能性もあるし、いつどこから何が襲ってくるかも分からない。
そう言うと、文官の一人が失神しそうになる。
揺すって起こす。
「寝ていると確実に死にます」
「トトリ、言い過ぎよ」
真顔でトトリが言うと、文官は泣きそうになった。トトリの倍も生きているくせに。口を尖らせたくなる。
ミミちゃんが流石に見かねたのか、助け船をいれてあげていた。
トトリにもこれくらい優しくしてくれれば良いのに。でも、時々可愛いからいいか。
「とにかく、我々が守ります。 ただ、幾ら怖いからといって、逃げ出したりしたら命の保証はしません」
「ひ……」
帰りたい。
一人が露骨に言うけれど、我慢して貰う。これから、この孤独な森の主と、しっかり話を付けなければならないのだから。
この間は、色々あって、トトリの意識がない内に森を離れなければならなかった。地図までくれた相手に、不誠実なことをするわけにはいかない。交渉をする気になっている内に、誠実に交渉して。
相手も此方も笑顔になれる結果を作らなければならないのだ。
文官達を守るようにフォーメーションを組んで、進み始める。
ホムンクルス達も、全員に来て貰う。
非常に綺麗な鱗形陣を組んだまま進む。中心部分はトトリ達で固めて、周辺の縁部分をホムンクルス達が。
最高後尾をガンドルシュさんが固めて、最前列にシェリさんがいるのは、前と同じだ。
マークさんは案の定、大喜び。
来る途中にこの森については話したのだけれど。そうしたら子供のようにはしゃいで、早く行きたいとまで言っていたのだ。
そして中に入ると、発光している突起物を案の定大喜びで調べ始める。切り取って持ち帰りかねない勢いだ。
ガンドルシュさんが、襟首を掴んで、マークさんを陣の中に戻す。
ハンドサインで会話し始める二人。
「あいたっ! 何をするのかね!」
「文官が逃げる。 それに、文明を作った当事者にでも、構造については聞けば良い」
「……それもそうか」
あっさり引き下がるマークさん。
勿論、こんなに細かくハンドサインは決めていない。大まかなところは身振り手振りだ。でも、一目で理解できる辺り、二人ともジェスチュアには慣れている。
確かにジュエルエレメントさんの所には、多くの古代文明の知識が、未だに残っている様子だった。
マークさんなら、理論を聞けば再現できるかもしれない。
別に急がなくても、すぐに対面できるのであれば。マークさんとしては、ガツガツすることもないのだ。
間もなく、洞窟が見えてくる。
巨大なモンスターの影が、かなりの数森の中をうろついていて。
文官達は、みんな生きた心地がしない様子だ。
ホムンクルス達も、臨戦態勢を取っている。この人数と戦力だ。相手も無意味に仕掛けては来ないだろうけれど。それでも、至近距離で顔を合わせたりしたら、話は別になる。実際それで、森の探索時には、何度も戦いになった。
森の奥まで進む。
以前残したベンチマークは、ある。
ロロナ先生とレオンハルトの戦いの余波で、森の天蓋に空いた穴は既に修復された様子で、もう光は差し込んでいない。
そして、以前と同じく。
ブッシュと清浄な空気。清浄な水に囲まれて。
あの洞窟は、口を開けていた。
時間が経てば当然か。ブッシュも既に完全に修復されている。この辺りは、人外ともいえる次元に到達した二人の全力戦闘で、文字通り粉みじんに粉砕されていたのだけれど。
ただ、修復されていないものもいくつか見受けられる。
機械類などは、特にそうだ。
戦いの時、ロロナ先生を援護して、レオンハルトを攻撃した機械は、いずれもが壊れたままだった。
「こちらです」
「だ、だだ」
大丈夫ですかと、口にしようとしたのだろう。
ホムンクルスの一人が、慌てた様子の文官の口を素早く押さえ込んだ。周囲にいるモンスター達が、此方を見ている。
弱った奴は餌。
動揺している奴だってそう。
ただ、ブッシュに入り込んだ後は、彼らも視線を背ける。多分ここから先は、彼らにとっては不可侵領域なのだろう。
洞窟に、入り込む。
文官達の事故が怖いので、先に。
最後尾で、モンスターにも体格で負けていないガンドルシュさんと、ホムンクルスの一分隊が睨みを利かせる。
他の部隊は、トトリ達と一緒に、先行。
あれから、しばらく経つ間に。
此処がスピアに制圧された可能性もある。多分無いとは思うけれど。それでも、警戒はしなくてはいけないだろう。
洞窟の中に入り込むと。
壁にも床にも天井にも、明かりが出来る。
どうやら、遺跡の機能は、生きている様子だ。
まずは一安心。
でも、奥まで行ってみないと、ここから先は、分からないが。
坂を下りていく。
広い空間に出る。喧噪がある。
皆殺しには、されていない様子だ。良かった良かった。
トトリが進み出ると、前回よりは警戒が薄い異形の人々が、出迎えてくる。フリン老も、その中にいた。
フリン老は、元気な様子だった。何よりだ。お年寄りが元気なのは、とても嬉しい事だと、トトリも思う。
「おお、無事だったのだね」
「はい、おかげさまで」
文官達が、後ろで震え上がっている。
まあ、当然だろう。彼らはアーランド、もしくはモンスターがいない地域しか、歩き回ることが出来ないのだから。
人間では無い姿形をして。
言葉を話す存在とは、あまり接触経験がない。つまりは、未知の存在、という事になるのである。
人間は理解が及ばない存在を怖れるのが普通で。彼らも、普通の人間だ、という事である。
それだけだ。
ジュエルエレメントさんと話をしに来たと告げて、奧に案内して貰う。文官達は、この先にはモンスターがいないと聞いて胸をなで下ろしていた。何しろ、家畜として飼われているバザルトドラゴンを見て、震え上がっていたのだ。
以前と同じ、らせん状の坂を下りて、最深部へ。
ジュエルエレメントさんは、なにやら難しそうな作業をしていた。コンソールの前に座って、ずっとキーを叩いている。
トトリが近づくと、作業を中断。
振り返って、此方を見た。
背中に翼が生えた、異形の王。そして、本当に珍しい、古代からの知識を受け継ぐ、時代の生き証人でもある。
「無事だったのだな。 また来たという事は」
「はい、有り難うございます。 今日は、私が代理で、交渉をしに来ました」
「アーランドとの正式交渉と言う事か。 しかし、君のような若い子に任せてしまって、国は大丈夫と考えているのか」
「既に、草稿は練ってきています。 それに、危ないときは、アドバイスを受けますから」
通信装置を見せると、納得した様子で、ジュエルエレメントさんは頷いてくれた。
咳払いをすると、やりとりを首を伸ばして、ガンドルシュさんの影から見守っている文官達を招く。
そして、草稿に沿って、交渉を始めた。
ジュエルエレメントさんは、おそらく何かの記憶装置らしいものの前に立って、やりとりを全て記録しているようだ。
順番に、交渉を進めていく。
あまり高圧的ではなく、卑屈にもならず。この森の自治を認めながら、アーランドの利益を確保していかなければならない。
だから草稿の内容は、慎重に精査する必要がある。
「ふむ、重犯罪者のリストは渡すから、入り込んできた場合は引き渡せ、というのだな」
「はい。 リス族とペンギン族も、同様の措置を執ります」
「なるほど。 しかし、条約は過去に遡って適用する必要はないと」
「その通りです。 現状までに此処に暮らすようになった人達は、その。 罪を犯した場合でも、もう報いを受けているように思えますから」
ジュエルエレメントさんは、頷く。
此処に住み着いている異形達は、みな名前の通り。もう元の種族の姿形を保っていないし、場合によっては喋ることさえも出来なくなっている。
ジュエルエレメントさんによると、この近隣の森に住んでいる異形は、全て指揮下にあるそうだから。
少なくとも、彼らを抑えているジュエルエレメントさんには、充分な影響力が備わっている事になる。
援軍について話す。
スピアによる攻撃を受けた場合の援軍申請方法について。信号弾が良いだろうと言う事になり、規定も決める。
森からアーランドへの援軍は期待しない。ただ、取り決めはしておく。
たとえば、非戦闘員が森に入り込んでしまった場合の措置など。順番に、必要な措置を決めていくと。容赦なく時間は過ぎていった。
入り口付近は、ホムンクルス達と。シェリさんとミミちゃんが固めてくれている。
それに、この部屋から、外は監視できるのだ。
余程の強者でも来ない限り、入り口を突破される恐れは無い。そしてそんなのが来たら、流石に此処にいる誰かが気付くだろう。
途中休憩を入れながら、取り決めを順番にして行く。
今回は、事実上交渉する相手がジュエルエレメントさんだけだ。
そう言う意味で、かなり楽だとは言えるのだけれど。
森の南の開拓をするという話になると、ジュエルエレメントさんは、不意に難色を示した。
「荒野の開拓だけ、だな」
「はい。 ジュエルエレメントさんがいる森だけではなくて、アーランド北東部の森には、手を入れません」
「条約で取り決めを頼む。 分かっていると思うが、これらの異形の森は、いずれ消えゆく定めにある。 その時に面倒な事になる可能性もある」
草稿だけでは、少し足りない。
クーデリアさんに連絡。
ジュエルエレメントさんと、直接話して貰う。本当だったら、顔を合わせる方が早いのだけれど。
今回は、前線に敵の大軍が張り付いている状態だ。
それを説明して、理解して貰う。
「なるほど、アーランドでも不可侵は確約してくれるのだな」
「ええ、細かい定義はこれから決めましょうか」
「是非頼む」
文官達が必死にゼッテルにメモを取る中。すらすらと、やりとりが進んでいく。
さすがはクーデリアさんだ。この辺りの滑らかで手際の良いやりとりは、とてもトトリにはまだまだ真似など出来ない。膨大な草稿を持ち込んで、やっと何とかやりとりが出来るのだ。
一通り話が済んだところで、通信装置を切る。
「随分と原始的なものを使っているのだな。 しかし、あるだけマシと言えるか」
「長距離で話をするのは、高位の魔術でも無理ですから」
「そうだな。 お前達が魔術と呼ぶ力も万能では無い。 それについては、私も良く知っている」
交渉を再開。
草稿に沿って、細かい部分も進めていく。
途中、更に休憩を入れる。ガンドルシュさんが入り口に戻り。シェリさんとミミちゃんが、交代でこっちにきた。
ジュエルエレメントさんが、自動で動く丸い機械にお盆を乗せて、此方に寄越す。お盆には、温かいスープが入っていた。
カップも全員分配られる。ジュエルエレメントさんは、手づからカップにスープを注いでくれた。
「培養した豚の肉のスープだ。 外のモンスターのものではないぞ」
「有り難うございます」
口にすると。
滅茶苦茶、味付けが濃い。思わず咳き込みそうになる。
怪訝そうにしているジュエルエレメントさんには、何とか取り繕うけれど。ひょっとしてこれは。
もう一回口にしてみて、なるほどと納得。
非常にたくさんの調味料が入っているのだ。だから、味が濃い。古代では、こういう味付けが、普通だったのだろうか。
振る舞ってくれたくらいだ。普通だったのだろう。
古代は、今とは色々違ったのだな。トトリは温かいスープを口にしながら、そう思った。何しろ、これだけの調味料を使うくらいなのだ。余程に豊かで。
そして、反比例して、人の心は貧しかったのではあるまいか。
スープを飲みおえると、文官達が呻いているのを横目に、交渉を再開。これが終われば。アーランド北東部は、魔境は魔境でも。積極的に人を害する場所では無くなる。未知の存在ではなくなるのだ。
ほぼ四日を費やして、用意してきた草稿のやりとりを、全て終わらせる。
全てが片付いたとき。
文官達がへとへとになっていた。
一休みしていったら、帰ろう。そう思っていると、ジュエルエレメントさんが、通信装置を使って、クーデリアさんと何か話している。
充電が大変なのだ。あまり無駄に使っては欲しくないと思ったのだけれど。
話の内容を聞くと、少し驚かされる。
「パメラという女を知っているかしら」
「パメラ? そういえば、悪魔達のやりとりの中で、その名前が出てきたことがあるな」
「面識は無いのね」
「ああ。 だが、悪魔族の中では、有名人なのだと聞いている」
はて。同じ名前の人がアランヤにもいるけれど。
あの人はそういえば、一切合切の正体が不明な、不思議な人だ。今聞いた話によれば、悪魔族に知られているという事だし、ますます謎である。
通信が終わった。
へとへとになっている文官達は、先に休んで貰う。
トトリはジュエルエレメントさんと、握手をした。
条約は締結したのだ。
これで、この森は。
勿論自然の存在としては脅威のままだけれど。それは、あくまで自然として。維持と管理のために緑化した森と同じである。そういった森も、モンスターを放し飼いにしたりして、戦士の質を維持するために使っているのだ。何ら変わらない。アーランドに今後、敢えて無為に牙を剥くことは無いだろう。
そして、この森の南に拡がる荒野は。
高い潜在能力を持つ、未開拓地域として。今後はアーランドにとっても、重要な存在になるはずだ。
いずれにしても、今は主力の大半が、前線に張り付いている状況。
もしも本格的な意味での道を作るのだとしたら。
トトリか、或いは病み上がりのロロナ先生か。
どちらにしても、数ヶ月から数年はかかるプロジェクトになる。砂漠の砦の周囲から緑化を始めて、順番に作業を進めていかなければならないだろう。
どちらにしても、未開拓の潜在能力が高い膨大な土地が開放されたことに代わりは無い。
迷妄が塞いでいた発展への道は。
今、開かれたのである。
「これからも、良き関係を構築できることを期待する」
「はい、ジュエルエレメントさん」
一礼すると。
古代の生き証人であり、ずっと孤独と戦って来たただ一人の女の子は。
何年ぶりかも分からないような。
ぎこちない笑顔を浮かべていた。
2、余暇
全てが片付いて、アーランド王都に到着。その途中で最前線によって、クーデリアさんに状況報告も済ませた。
文官達は青ざめていて、もう二度とあんな所には行きたくないとぼやいていたけれど。
おおむね、問題なく状況が片付いたのだ。
自分が怖かったり疲れたからといって、その全てを否定したがるのは、どうにも意味が分からない。
トトリとしては、巨大なモンスターに襲われなかったし、殺生もしなくて良かったので、大変気分が良い。
闇夜の森に入って、怖い思いをすることくらい、どうでも良いことだ。
「すぐに次の仕事があるわ。 次は今回ほど大変では無いけれど、相応の装備と人員を用意しておきなさい」
そう、クーデリアさんは言っていたけれど。
アーランドのアトリエに戻ったトトリを待っていたのは。黙々と作業を続けていたちむちゃんだけ。
ちむちゃんは言われたとおり、最初は錬金術の中間薬液を。
それが一定量に達した後は、素材の複製を。
残して置いた耐久糧食を食べながら、もくもくとこなしていたらしい。トトリが帰ってきたのを見ると、ぼろぼろの様子に小首をかしげていたけれど。
腰を落としてぎゅっと抱きしめると、嬉しそうにちむちむと言った。
お帰りなさい、くらいの意味だろうか。
疲れも溜まっているし、銭湯に直行。汗を流してから、すぐに眠る。まだお昼だけれど、どうでもいい。
今はただ、一の修練よりも、百の眠りを貪りたい気分だった。
ロロナ先生のアトリエだから、という事もあるだろう。
それに、ちむちゃんが増やしてくれていた道具類は、とても有用なものばかりなのである。これで今後の調合も勉強も、大変にはかどること、間違いなかった。
一晩、徹底的にだらけてから。
アーランドの王宮に向かう。
フィリーさんは、びくびくしながら仕事をしていた。隣にいるのはクーデリアさんではない、大柄な年老いた男性だ。
非常に筋肉質で、前線を離れたらしい今も、明らかにトトリなんかより遙かに強いのが見て取れる。
その人は、トトリを一瞥すると。
小さなスクロールを差し出してきた。
いや、違う。
その人の手が大きすぎて、スクロールが小さく見えてしまうのだ。それほど桁外れの巨体なのである。
「これが次の仕事だ、錬金術師どの」
「はい! すぐにとりかかります」
「頼むぞ」
フィリーさんは、猛獣を側にした鹿のように震え上がっている。
鹿も既にアーランド近辺の森で生息数を管理しなければ、とても絶滅の悲運から逃れられない脆弱な生物である。今は訓練用の猛獣を養うための草食動物として、食物連鎖の底辺に存在している。それも、アーランド戦士による庇護を受けながら、である。
ちなみに肉はそれなりに美味しいけれど。
工場で生産されている豚や牛のお肉の方が、普通にトトリには好みだ。多分、人間の好みに調整されているか否か、の差なのだろう。
「フィリーさん、頑張って」
「うん……」
びくびくしているフィリーさんを、巨大な老人が一瞥。
それだけで小さく悲鳴を上げるフィリーさん。
本当に、対人業務が苦手なんだなと、苦笑。この人はきっと、今後も臆病なまま、一生を過ごしそうな気がする。
アトリエに戻ると、スクロールを開く。
おあつらえ向きの仕事だった。
今度は南の調査だ。
ケニヒ村から南下して、ペンギン族の縄張りの先にある未踏地帯を調査せよ。今までは船で行く必要があったが。ペンギン族との縄張り問題が解決している今なら、彼らの縄張りを避けて南に進むことが出来る筈。
あまり豊かな土地が拡がっているとは聞いていないから、主な特産物を確認し、地図を作るだけで良い。
もしも港町を作る事が出来そうなら、その可能性についても吟味せよ。
内容は、大体以上だ。
アーランドの南東部の開拓が進んでいなかったのは、リアス式海岸の複雑な地形に、ペンギン族との諍いが重なり、更には国内の問題もあって、手を伸ばす暇が無かったからだ。北東部のような魔境になっていると言うわけでは無く、荒野や草原が拡がっているとか。幾つかの小国との国境もあるそうだ。
多くの冒険者が、戦闘を主任務にしている中。こういう仕事で、冒険者ランクを高めて行っているのは、トトリくらいだろう。
ミミちゃんはまだアーランドにいるはず。
ガンドルシュさんとシェリさんは、もう北へ去った。おそらく最前線の仲間に加勢するつもりだろう。
マークさんは、今は持ち帰った成果物を整理しているはず。
トトリとジュエルエレメントさんの話が終わった後、根掘り葉掘り色々と聞いていたのだ。
ジュエルエレメントさんはその全てにすらすらと答え。
まるで餌を目の前にした犬みたいな表情で、マークさんは凄まじい勢いでメモを取りながら、何度も感嘆の声を上げていた。
ただ、ジュエルエレメントさんは、あまり具体的な技術については触れなかった様子。
これについては、人間の中にあまり高い技術が流行ることを、良しとしなかった、のだろう。
何しろ人間による世界の致命的破壊を直に味わった世代なのだ。
種としての人間を今更信用しようとは、思わないのだろう。
マークさんを探しに行く。
子供達がわいわい騒いでいる中に、いた。
人型のオモチャと、ネコ型のオモチャを動かして、子供達を喜ばせている。どうやっているのかは分からないけれど。声を掛けると、どちらのオモチャも動いたり止まったりするようだ。
「すげーな、おじさん!」
「凄いのは僕では無くて、この技術だよ」
「よくわかんない。 でもネコは可愛い!」
「ああ、それでいいよ。 いずれ、理解してくれれば、それでいい」
目を細めて、マークさんは。
自分が作り上げたオモチャ達を、愛しげに見つめて動かすのだった。
邪魔をしては悪いな。
そう思ったトトリは、席を外す。
酒場に出向くと、メルお姉ちゃんがいた。机に突っ伏していて、顔が真っ赤である。まともな受け答えも出来ない。
元々肌が褐色だから目立ちにくいけれど。
そういえば、お酒を飲んで良い年になっていたか。
「あれ トトリ?」
「どうしたの、メルお姉ちゃん」
「どうもこうもねーよ」
一緒に飲んでいたらしい、女性冒険者が呆れる。
どうやら、弱めの酒を一杯飲んだだけで、完全に潰れてふらふらになってしまったらしい。普段の豪壮さとは裏腹に。こんなにお酒に弱いとは、思わなかった。
「ほら、メル。 あんたの妹分」
「分かってる……」
此方には気付いていたらしい。
メルお姉ちゃんは緩慢に身を起こそうとして失敗。うなりながら、机の上でもがき続けていた。
酔い止めか何かを持っていれば良かったのだけれど。
流石に其処まで、あらゆる薬は作っていない。
大体の薬は、実用品ばかりだ。
あくまで余暇の存在であるお酒と。それとセットになる酔い。だから、酔いの改善を行う薬は、まだ未着手だった。
「これ、連れてってくれる?」
「はい。 代金は……」
お愛想を見せてもらう。
とにかくたくさん食べるメルお姉ちゃんだから、酷い事になっていないか不安だったのだけれど。
実際に明細を見てみると。
多分お祝いでお酒を飲んだのだろう。食事は最初の一皿だけ。
お酒そのものも、度数が低いことで知られるものだけだった。
むしろ、既にお愛想を一人済ませて帰った気配がある。其方は山のようにグラスが積み上げられている。
「そちらの方は?」
「ああ、そっちは同じようにお祝いをしたのだけれどね。 逆に蟒蛇で、お店の酒を全部飲み干しかねない状態だったのよ」
「ひえ……」
「普段は線が細そうに見える家庭的な子なんだけれどねえ。 お酒が飲める年になったからってお祝いしたらこれだものね」
トトリが知らない、メルお姉ちゃんの友達の冒険者は。そんな風に苦笑いした。
ちなみにアーランドでは、結婚出来る年よりも、お酒が飲める年の方が後である。
これはよく分からないのだけれど、内臓機能などの問題があるから、らしい。でも、アーランド人の内臓強度なら、お酒くらいは平気にも思えるのだけれど。トトリには、よく分からない。
とにかくメルお姉ちゃんに肩を貸して、アトリエに。
そういえば、メルお姉ちゃんにアトリエに入って貰うのは、始めてかもしれない。ツェツェイお姉ちゃんと並んで、二人目と言っても過言ではないお姉ちゃんなのだ。もうすぐハイランカーになる自分とロロナ先生のアトリエを見せられるのは、少しばかり誇らしい。
帰りにロロナ先生がもうすぐ退院してくると言う話も聞いたし。色々大変だったけれど、決して悪い事ばかりでもない。
それに、肩を貸して気付いたのだけれど。
メルお姉ちゃんが、ぐんと軽くなっている。
これはメルお姉ちゃんの体重が減ったから、ではないだろう。単純にトトリが強くなってきたからだ。
ちむちゃんが手伝おうかと身振り手振りをするけれど、首を振る。
一人で、いつもトトリが使っているベッドにメルお姉ちゃんを寝かせると。
さて、どうしたものかと考える。
少し悩んだ末、隣の雑貨屋さんに、酔い止めがないか調べに行く。相変わらず見目麗しい未亡人のティファナさんは。魔術の道具もたくさん扱っていて。その中に、良く効く酔い止めもあった。
感謝して、購入して帰ることにする。
メルお姉ちゃんは相変わらず戻しそうな勢いで、ベッドの上でのたうち回っていたけれど。
トトリが酔い止めを飲ませると、だいぶ楽になったようだった。
「ういー。 ごめん。 まさかこんなに効くとは思わなくてさ……」
「そんなに強いお酒じゃなかったんでしょう?」
「ツ……一緒にいた奴らに聞いたんだけれどね。 お酒には、飲める量の個人差が大きいんだって。 どれだけ屈強な戦士でも、酒が駄目な奴は駄目。 まさかあたしがそうだとは思ってもみなかった、けれどね」
目を細める。
やっぱり、あの場にいたのは。
でも、追求しても仕方が無いので、止めておく。
これから、南の調査に行くことを告げると、了承してくれた。ロロナ先生は退院してくるにしても病み上がりだし、無理はさせられない。
後はマークさんとミミちゃんに同行を頼めれば御の字か。
ちむちゃんに、酔い止めのお薬を渡して。いざというときはメルお姉ちゃんに渡すように指示。
メルお姉ちゃんは真っ青になって丸まっていて。
普段の豪快な姿は、何処に失せたかのようだった。いずれにしても、容体が落ち着くまで、放置も出来ないだろう。
しばらくは、錬金術の調合に没頭する。
南に出るのは、数日先だ。
それならば、その間に。
出来るだけ、錬金術の腕を磨いておいた方が良いだろう。
探索が長くなると、勘が鈍ることはよくある。今回は幸い、砂漠の砦に買って家で、簡単な錬金術の道具を持ち込んで作業をしていたので、其処までブランクは気にしなくても良かったけれど。
それでも、やはり本格的な設備で錬金術の研究をするのは、久々だ。
無言で順番に作業を進めていくと。
メルお姉ちゃんが、しばらくしてから、ベッドから置きだしてきた。
「駄目だよ、無理したら」
「まだちょっと苦しいけれど、歩く分には大丈夫だから。 銭湯にでも行ってから、寝るわ」
「私もつきそう?」
「大丈夫よ。 もう、あんた親になったら過保護確定ね」
そう言われたら、此方も苦笑いである。
メルお姉ちゃんがふらりとアトリエを出て行ったので、後はちむちゃんだけになる。ちむちゃんには助手として手伝って貰って、順番に調合をこなしていく。
前には、ロロナ先生に貰ったレシピは、難しくて殆ど再現できなかったけれど。
今はぐっと再現できるレシピが増えた。
相手に対する毒物の類もそうだ。
特に、アーランド北東部で採取して解析した毒からは。劇毒というのも生やさしい、相手にぶつけると肌を溶かすような強力なものも作る事が出来たほどである。通称、暗黒水。これだけは、ロロナ先生のレシピを参考にしながらも。素材を変えることで、それ以上の威力を再現することに成功した。
いずれにしても、超一級の危険物だ。
普段は硝子瓶に入れているけれど。
戦闘で用いるときは、特殊な魔術を掛けて加工したゼッテルで箱を造り、ヒモをそれに付ける。
後はスリングの要領で、敵に投げつけるのだ。
ぶつかって破裂すれば、相手はその毒をもろに浴びることになる。大型モンスターでさえ、絶望的な激痛と、体をむしばむ猛毒に、七転八倒間違い無しの代物である。
他にも、爆弾類についても、改良を進めている。
トトリがわざわざ取り出して投げるのも、手間だなと思って。幾つかの道具。たとえば生きている罠や生きている大砲などのものを参考に、改良を重ねたのである。
その結果出来たのが、うおクラフトだ。
これは魚そのものなのだけれど、内部には大量の爆薬が詰められている。お魚のお肉を全て取り出した後、其処に爆弾を入れ替えて。外側をつないで。そして、疑似生命を、悪霊を宿らせることで与えたものだ。
何度かの実験の結果、水に入れても爆発力が落ちないことが分かっている。火薬の中に金属片を混ぜれば、更に火力を上げられるかもしれない。
今の時点で、水中戦をする予定はないけれど。
いずれ役に立つかもしれない。作っておいて、損は無いだろう。
調合をし。
新しいものを試して。改良もしていく。
あっという間に数日が消し飛んでしまうけれど。
久しぶりに、錬金術のみに没頭できた数日は、有意義で。そしてトトリにとっても、優しい余暇となったのだった。
3、南の果てへ
馬車に乗って、南へ。
ミミちゃんは、何だか生傷が増えていた。冒険者ランク5に上がったという事なのだけれど。それ以降も、かなり無茶な仕事ばかりを受けているらしい。勿論アーランド人の生命力だから、傷はいずれ消えるけれど。顔にも手足にも生々しい傷跡がまだある。つまり、傷を受けてから時間がない、という事だ。
メルお姉ちゃんは、あくびをしながら向かいの席で静かにしている。この間痛飲して、懲りたのだろうか。
マークさんは、なにやら持ち込んだ機械を、手の中でせわしなく弄り続けていた。
「その機械は、何ですか?」
「これはいわゆるパワーパックの試作品だよ。 機械を動かすための、基本になる部分さ」
本物はもっと大きくなるらしいのだけれど。
いずれにしても、まずは小さいものから。
さらに仕組みも簡単なものから、という事らしい。
アーランド近辺の街道整備は、更に進んでいるらしく。馬車に乗らず、徒歩で行く明らかに労働者階級の人達もいる。昔だったら、街道を歩こうがモンスターに襲われてイチコロだったのだけれど。
それだけ、街道の安全が確保された、という事だ。
アランヤに到着するまで。
道中の村で、お土産を買っていく。
家に帰るのは、実に半年ぶりくらいになる。
これ以上の留守をすると、お姉ちゃんもお父さんも悲しむだろうし、心配もさせてしまうだろう。
それに、今は。
少なくとも、資金面では困っていない。
アーランド北東部の地図を造り、ジュエルエレメントさんとの交渉を成立させたことで、かなりの報奨金も入っている。
キャンプを作った場所は、そのまま開拓の基点になるようで。今、砂漠の砦では、開拓計画を進めている様子だ。
緑化作業を進めれば、アーランドの国力を更に上げる事が出来る。遊ばせていた土地を緑で包み、其処に寄り添うように森が出来。多くの戦士が其処から育ち、アーランドを支えていくのだ。
10年、20年と掛かる計画だけれど。
そもそも今までは、計画が立てられる状況ですら無かった。それを、トトリの手によって、長期計画の基幹を作る事が出来た。
更に言えば、その北部には、魔境とも言える場所が拡がっている。ある意味、鉄壁の要塞とも言える。
一瞬でスピアの軍勢が壊滅した悪夢の土地。
其処との敵対も、トトリが回避したのである。後は、開拓の際、条約を守って強引な接触を試みなければ良い。
いずれも、トトリがあげた成果。
残念ながら、冒険者ランクは上がらなかったけれど。
それでも、多額の報酬金が出るだけの仕事はしたのである。
馬車に揺られて、南へ。
馬車の本数そのものも増えている。途中でペーターお兄ちゃんの馬車を見つけたので、其方に乗り換える。
少し荷物が増えた。
お金に余裕があると、錬金術用の素材だけではなくて、ついついお土産も買ってしまうのだ。
「どうだ、錬金術の方は」
「今度、南の方でお仕事があって、時間が掛かりそうだから、その間に本腰を入れるつもり。 今まではどうしても、探索とかで時間が取られがちだったから」
「そうか」
言葉少ないペーターお兄ちゃん。
村でつまはじきにされていた頃とは、もう完全に雰囲気が違う。体も一回り大きくなったようだ。
弓も、今では完全に昔の腕前を取り戻しているらしい。
それどころか、ランク7の冒険者に昇格したとか。
そうなると、今アランヤには、ランク8のメルお姉ちゃんと、ランク7のペーターお兄ちゃんがいる事になる。
何処の村にもハイランカーがいるものだけれど。
ランク8と7がいる村は、流石にそれほど多くない。
トトリがもう少し頑張ってランク7になったら、更にハイランカーが増える事になるだろう。
謎の辺境村誕生である。
馬車に揺られていても、疲れることがない。
途中の村で、馬車の車軸を、マークさんが見てくれる。それと同時に、かなり馬車がスムーズに動くようになった。
流石に天才科学者を自称するだけのことはある。
こういった作業は、お手の物、というわけだ。
数日、街道を南下。
アランヤに到着。実に半年以上ぶりだ。でも、何だろう。お姉ちゃんが寂しがっている気がしない。
トトリの予想が正しければ、だけれども。
一旦、村の入り口で解散。
ミミちゃんはトトリについてきたけれど。マークさんは港の方へ。船や網の様子が見たいのだそうだ。
メルお姉ちゃんは酒場に直行。
多分少しでもお酒に強くなるために、修行をしたいのだろう。
丘の上にある家に。
懐かしい家だけれど。アトリエもきちんと掃除されていたし。お父さんもお姉ちゃんもいた。
「ただいまー」
「お帰りなさい」
お姉ちゃんが笑顔で出迎えてくれる。
ほぼ、想定が確信に変わる。お姉ちゃんの気配が、かなり強くなっている。元々強かったのが、更に技術を磨いた印象だ。
ベテラン相当の実力を持つ槍使いのお姉ちゃんだけれど。これは相当な実戦を経験して、技と実力を磨いたとみて良い。
ランク7、或いは8くらいかもしれない。
トトリも、相手を見て、実力がある程度分かるようになって来たのだ。
気付かないフリをして、お姉ちゃんの料理を食べる。お父さんも影が薄いけれど、きちんといてくれた。
掃除をしてくれていたのは、お父さんだろう。
団らんの時間を過ごすと。
アトリエに籠もって、作業の時間だ。
今回は未踏地帯の調査だけれど、これには目的がある。
実は、アーランドと交友関係が薄い辺境諸国と、此処を開拓すれば、一気に接近できるのだ。
今までは友好国を通って、複雑な経路で其処まで行かなければならず。どうしても交渉のチャンネルを開けづらかった。
しかし、ペンギン族との和平が成立して、今ではその縄張りの周辺は危険地帯ではなくなっている。
南に裂かなければならなかったマンパワーも、極限まで削る事が出来るようになった状況だ。
北は今、凄まじい大軍とにらみ合っている所だけれど。
トトリなどの二線級でも、通れるように道を整備すれば。
そして、砂漠に道を通したトトリは。今アーランドから、道を作るスペシャリストとして見られている。
他の冒険者は、基本的に脳筋の者が多い。
トトリは重宝されている、ということなのだろう。
大まかな地図を広げる。
地図を間に、ミミちゃんと向かい合って、軽く戦略を練る。まずケニヒ村まで行って、其処からペンギン族の縄張りに沿って南下。
そうすると、かなり大きな半島に出る。
この半島は、強力なモンスターが多数生息している反面、そこそこ豊かな土地が拡がっているという噂だ。
実態調査をする必要があり。
なおかつ、キャンプスペースを作れるようなら作る。
今回は、流石にアーランド北東部のような魔境ではないから、ホムンクルスの小隊は貸して貰えなかったけれど。
それでも、ケニヒ村で、手伝いの人員と合流する予定だ。
ホムンクルスが四名だが、それでも充分に助かる。
本音を言うと、ロロナ先生と一緒に行きたかったけれど。ロロナ先生は、怪我が治ったら、早速最前線に向かってしまったそうで。
アーランドの主力を、重要任務でもないのに引き抜くわけにはいかない。
そう言う理由もあり。
今回は、トトリと少数だけで、道を作らなければならない。
「今回は比較的豊かな土地を行くと言うこともあるし、前ほど危険では無さそうね」
「でも、凄く大きなぷにぷにが目撃されているんだって。 当然非常に危険な相手だと思うよ」
「……そうね」
適応力が高いぷにぷには、非常に大型化することがある。その場合、危険度は大型のドナーンやベヒモスに匹敵し、生半可な戦力では討伐は難しい、という事である。
何しろ、人があまり多く入ったことが無い土地だ。
何が現れても、不思議では無いだろう。
今回はハイランカーのメルお姉ちゃんとマークさんが参加してくれる。トトリも、色々改良した爆弾を持ち込む予定だ。
それにしても、これから向かう半島は。
リアス式の海岸が拡がっていて、船が接舷するのは大変そうだ。アーランドが把握していない砂浜を見つければ、それだけでかなりの成果になるかも知れない。
いずれにしても。
トトリは、多分今年いっぱいは、ランク6で固定だろうと覚悟している。
若手に嫉妬の対象となるような出世をしたのだ。
此処で一足飛びにハイランカーになりでもしたら、きっと周囲の心証は、決定的に悪くなる。
そうなると、仕事でも色々問題が起きてくる可能性がある。
実際、トトリはロロナ先生と違って、お薬や道具という点では、これといった発明をしていないのだ。
自分で作ったレシピもあるにはあるけれど、作る度にロロナ先生の天才ぶりを思い知らされるばかり。
今は、じっくり力を蓄えるとき。
ミミちゃんと幾つか打ち合わせをした後、早めに晩ご飯を食べて寝る。
それにしても、疲れが殆ど溜まっていない。如何に体が丈夫になって来たか、である。病み上がりだというのに、これだ。
国家軍事力級の人達は、どれだけ頑丈な体なのだろう。
朝。
棒の型をやっていると、お姉ちゃんが来た。鍛錬を見てくれるという。
とても嬉しい。トトリが型を順番に流していくと、お姉ちゃんは腕組みして、少し考え込む。
「どう?」
「凄く進歩しているけれど、守備的ね」
「うん。 防御だけを考えて、攻撃は他の人と、爆弾に任せるつもりなの」
「トトリちゃんにはそれが向いていそうね」
目を細めたお姉ちゃんが、訓練用の棒を手に取る。
殆ど同時に、周囲の空気が変わった。凍り付くような戦気が、お姉ちゃんから吹き付けてくるのが分かる。
「軽く組みましょうか」
頷くと殆ど同時に、稲妻のような突きが飛んできた。
流しながら、下がる。
連続で、次々と突きが来る。殆ど勝手に体が反応している状態だけれど、一撃がとにかくとんでもなく重い。
ハイランカーがどれだけの実力を有しているか。
ちょっと組み手をするだけで、嫌と言うほど分かってしまう。
防ぎきれなくなり、一本取られた。
鳩尾を痛烈に突かれ吹っ飛ばされて、地面に転がった。でも受け身をちゃんと取る。立ち上がったトトリが、呼吸を整えながら身なりを整えるのを見て、お姉ちゃんは構えを取り直す。
勝てっこない。
でも、充分に時間は稼げる。
汗を拭いながら、もう一回。
やはりコテンパンにされるけれど。支援の仲間が駆けつけてくれるくらいまでの時間は、稼げる。
これでいい。
後は敵と距離を取るための技を幾つか覚えていけば。
それについては、地力で開発していくしかないだろう。
「此処まで」
「有り難うございました!」
礼をして、残心。
朝ご飯を食べて、村の入り口に。激しくお姉ちゃんとやり合った後だというのに、随分とすがすがしい。
きっとこれが、体を適切に動かす喜びなのだろう。
村を出ると、西に。
此処からは、リス族の護衛で安全になっている森の側を主に通りながら、まずはケニヒ村を目指す。
荷車は二連。
この方が、色々ものも積めるし、利便性も高いのだ。ただ、敵から逃げるときは、ちょっと大変だけれど。
出かける前に。パメラさんのお店も覗いてきた。かなり高級な薬品が増えていて、仕入れ量も多いようだった。
自前のお薬だけではなく、パメラさんの所からも買っておく。
これで、かなり継戦能力が上がる。
途中のキャンプスペースで、荷車の中身を整理。更に、周囲で取れた素材を、油紙で包んで乗せていく。
これから行く場所で、未知の素材がたくさん手に入る可能性もあるけれど。肩すかしに終わることも、想定しなければならない。
だから、今のうちに、有用な素材はある程度採っておくのだ。
ケニヒ村に、到着。
合流してくれたのは、ホムンクルス四名。いずれも四桁ナンバーで、ホムンクルスとしては新顔の子ばかりだ。
ただ、それでも実力は今のトトリより上。
みんなとても頼りになる。
一日だけ、ケニヒ村で休む。その間に酒場で、情報収集を済ませておく。丁度酒場に来ていたサルクルージュが、トトリを見て歓迎してくれた。
「おお、また来たな。 もうランク6だって!?」
「はい、おかげさまで」
「何だすげえな! 俺がお前の年の頃は、まだまだひよっこだったのによ!」
自分の事のように喜んでくれるので、トトリも嬉しくなる。
早速、お酒をおごりながら、地図を見せる。
サルクルージュさんは、仲間らしい冒険者を集めてきて、そして地図を囲んだ。南の地域は、彼らも時々足を運ぶことがあると言う。
「殆どは狩りのためだな。 昔は使われていたキャンプスペースもあったらしいんだが」
「何か事件があったんですか?」
「事件も何も、ペンギン族との抗争が本格化したからだよ」
あ、と。思わず声を出しそうになる。
確かにそうだ。
逆に言えば、だからこそ、トトリに探索が任されたのだろう。ペンギン族にもこの村の住人にも顔が利く。
そして今なら。
広大な土地を、一気に調査する好機なのである。
しかもスピアの最大危険人物であるレオンハルトは、当面身動きできない可能性が極めて高い。上手く行けば死んでくれているはず。
幾つか、情報を得られる。
それを地図に書き込んで、頭を下げて酒場を出る。
「酒を飲めるようにはやくなれや」
「はい、その時はまた、情報をお願いします」
昔より、みんな随分友好的になった。
宿に戻ると、翌朝には出られるように、準備をしておく。今回の探索は、おそらく長くても二週間。
一分隊のホムンクルスがいてくれるから、キャンプの維持は全て任せてしまって大丈夫だろう。
それだけ、探索に注力できるという事だ。
ペンギン族との縄張り近くに出る。
見張りのペンギン族がいるので、手を振っておく。存在を示しておくことで、警戒を買わないようにするためだ。
トトリがいる事に気付いたペンギン族は、手を振り返してくる。
すぐに族長にも連絡が行くだろう。
帰りには、寄っていくのもいい。
ケニヒ村の状況を見る限り、わだかまりはどんどん回復している様子である。気付いたのかもしれない。
スピアという敵がいる限り、そもそもアーランド人とペンギン族は、争う理由がないのだと。
それはとても良いことだし。
今後も、継続していきたい友好だ。
街道が途切れる。
荒野になっている場所も多いけれど。それ以上に、比較的なだらかな傾斜が続いていて、申し訳程度に緑がある場所が増えてきた。
低木が多くて、高木は殆ど無い。
周囲の土を調べてみる。
あの魔境だったアーランド北東部の黒い森と違って、毒素は無い様子だ。そうなると、栄養が単純に足りていないのだろうか。
いや、違う。
もう少し、南下してみるべきだろう。
ケニヒ村から、丸一日ほど南下。
途中、モンスターの姿を何度か見かけた。戦闘にもなったが、それほど大物はいない。前衛に出たホムンクルス達が、てきぱきと処理してしまう。狼はその場で捌いて、食糧のたしにする。ドナーンも中型のを仕留めたので、同じように処置した。
勿論、キャンプスペースはないけれど。
この辺りはケニヒ村の人達も狩りに来る場所だ。
周囲には、キャンプの跡地らしいものも、ちらほら見受けられた。中には、比較的新しいものもある。
近くには、村もない。
キャンプスペースを長期間維持する意味もないし。
何より、人員が足りないのだ。
アーランド北東部の探索で、キャンプの作り方には嫌でも習熟した。ホムンクルス達と共同して、てきぱきと作っていく。
柵を並べ。
持ち込みを許可された湧水の杯を設置して、水を確保。
上空を、アードラが舞っている。
ロック鳥と呼ばれる、大型の品種だ。此方に仕掛けてくる様子は無い。そもそも彼らは闇夜では目が利かない。巣にそろそろ帰るだろう。
たき火を熾した後、見張りを決める。
メルお姉ちゃんとマークさん。それにホムンクルス達を中心に、三交代くらいで廻す事にした。
ミミちゃんとトトリも、見張りに加わる事にする。
順番で見張りをしながら、周辺の地図を確認する。
貰った地図は、かなり間違っているというか。おそらく情報が古いのだろう。草原地帯の位置が、かなり違っていた。
見張りをしている間、トトリは出来るだけ周辺の地形を観察する。
起伏はかなり激しいけれど。
これは、やはり単純に栄養の問題で、低木しかないのではないと思う。おそらく足りていないのは、水だ。
翌朝になってから、トトリはまず皆の前で、地図を広げて、説明した。
「ペンギン族の縄張り近くまでまず東に移動。 それから、突き当たるまで、西に行きます」
「ふむ、この半島を、東西に縦断するのかね」
「はい。 南端まで山がないことは確認しています。 それならば、まずこうすることで、ある事を確認したいんです」
「ある事?」
メルお姉ちゃんが小首をかしげたので、説明する。
川の有無だ。
そもそも、この周囲はどうしても妙な乾燥をしている。草木が育たないのも、それが理由だ。
天候的な問題なのかとも思うのだけれど。
それ以上に、何か妙な理由があるように思えるのである。
まず、川があるかないか。その痕跡がないかを調べる。
痕跡がある場合は、何故涸れたのかを調べるし。
もし川が無い場合は、どうして無いのかを確認する。
保水力は、そこそこにある様子なのだ。
場合によっては、四つか五つ、湧き水の杯を配置して、泉を造り。其処から川を伸ばして、緑化作業をしていけばいい。
後、気を付けるべきは、強力なモンスターだ。
この辺りは、あまりアーランド人が来ていないこともあって、その手を逃れた強力なモンスターがいる可能性も低くない。
遭遇した場合、戦闘を覚悟しなければならないだろう。
方針を決めた後、早速動く。
周囲の確認を開始。
まず南東に。ペンギン族の縄張りの最南端に到達。見張りのペンギン族がいたので、手を振る。
相手も振り返してきた。
縄張り近くに行くと。以前怪我を治療した人らしい。
トトリのことを覚えていた。
「青き鳥よ。 この最果ての地に何用か」
「調べに来ました。 出来れば、最終的に緑を豊かにしたいと思っています」
「そうか。 錬金術師は奇蹟の御技を使うと聞いている。 狩りの獲物も得やすくなるし、川が出来れば水も手に入れやすくなる。 実現してくれると嬉しい」
頷くと、この辺りについて聞く。
やはり、かなり強力なモンスターがいるらしい。超大型のぷにぷにが王として君臨しているらしく、特に最南端の辺りは危険地帯だそうだ。
「基本、四人一組で狩りは行い、奴の気配が見えたらすぐに退く」
「気配の見分け方はありますか」
「ある」
水の臭いがするというのだ。
なるほど。
トトリも、水の臭いについては分かる。というよりも、アーランド北東部の探索で、基本荒野で生活する事を覚えてから、水の臭いは分かるようになった、というべきだろうか。
「今の青き鳥の連れている戦力なら、奴を屠れるかもしれない。 いずれにしても、貴殿を失ったら、ペンギン族皆が悲しむ。 無理はしないようにしてくれ」
「ありがとうございます」
握手して、その場を離れた。
彼らとは、これくらいの距離を保ちながら、生活するのが一番だ。互いに敬意を払いながら、距離を保って別の存在として尊重する。
それはきっと、ジュエルエレメントさんたちも同じ筈。
ベタベタするだけが友愛じゃない。
トトリは、色々な種族と接触して。
それで、知る事が出来た。
半島を西にまで踏破。
この辺りから、アーランドの領地では無くなる。国境を守る砦があったので、挨拶をしておく。
最初は胡散臭げにトトリを見ていた見張りだったけれど。
錬金術師と聞いて、顔色を変えた。
すぐに、砦の指揮官らしい中年の女性が呼ばれる。
鎧を着込んだ熟練の戦士で、顔に凄い向かい傷がある。辺境の戦士には強者が多いけれど。長身で、亜麻色の髪を腰の辺りまで伸ばしているこの女性も、多分剣腕にものをいわせて出世してきた人なのだろう。
「アーランドの錬金術師か。 まさか、砂漠に道を通したとか言う」
「はい。 私です」
「……! 若いとは聞いていたが、本当に若いな」
皆一緒に、案内してくれる。
恐らくはホムンクルスを見るのは初めてなのだろう。見張りの人達は、ホムンクルス達を見て、四つ子か何かかと、ひそひそ話していた。
丁度、もう夕方だ。
そして、半島を横断する事は出来た。
結論する。
この半島には、川は流れ込んでいない。山もなく、其処から川が生じていることもない。つまり、水は雨だより。
それでも、一応の低木が育っている事から考えて、土地は痩せていない。
つまり水さえ安定供給できれば。
一気に、豊かな緑を約束できる、という事だ。
試してみる価値はあるだろう。
ただ、今アーランド王都周辺の荒野を、片っ端から緑化していると聞いている。今までの五倍以上のペースで、荒野を森に代えて。そして、村を造り、多くの人が暮らせる場所を確保しているそうだ。
周辺から流入する人々を支えるために。
そして、古代のように、或いは北部の列強諸国のように。巨大都市を造って、自然から搾取するのでは、以前と同じ過ちを繰り返すことになる。
最終的には、皆が戦士としての力を得て。
自然の中で生きていけるようにするのが望ましいのでは無いのか。
色々な荒野や森を見てきて。
トトリは、そう思うのだ。
砦の主であるカリアナ将軍は、トトリ達を歓迎してくれた。勿論、単純に歓迎してくれるとは思えない。砂漠に道を通した奇蹟の錬金術師を歓待することで、利があると判断しての事だだろう。勿論、ロロナ先生の弟子だと言う事も大きい。
でも、実感は出来る。
トトリ自身は、砂漠の道を作ったことで、やっと自立して歩けるようになった。
今後は、ロロナ先生の名を辱めない錬金術師として、もっと力を付けていきたいところである。
カリアナ将軍が宴席を用意してくれたので、有り難く堪能させて貰う。
そこそこに豊かな味わいの料理。
ジュエルエレメントさんの所で出たものほど味付けは濃くない。素朴な味わいを、豊富に加えて仕上げている印象だ。特に塩っ辛いこともなく、安心できる舌触りである。特に、お魚の料理が多かった。
ギブアンドテイクでは無いけれど。用意してきたお薬の幾らかを、砦に提供。向こうは凄く喜んでくれた。
「当代の旅の人が開発したというアーランドで最近流通している薬の効能は、我がブルグヘイムでも聞いている。 とにかく貴重な品でな。 多くの人が助かるだろう」
「交流路を確立できれば、もっと多くのお薬を其方に流せると思います」
「本当か? ……そうだな。 国王に上奏しておこう。 もしも協力できることがあったら、遠慮無く言ってくれ」
頷く。
それにしても、ペンギン族との諍いが、こんな所でも問題を起こしていたのか。
半島の南部を開拓するよりも、この辺りに街道を作り、キャンプスペースを設置した方が、早いかもしれない。
そのキャンプスペースを中心に緑化作業を進めて、リス族に移って貰う。
今も、リス族はかなりの数が、亡命してきていると聞いている。
ここに来たがるリス族もいる筈だ。
宴席が終わった後、ミミちゃんとマークさんを交えて、カリアナ将軍に、地図を囲んで話を色々聞く。
かなり未完成な地図だ。
指摘されることも多かった。
「この半島は、東側はリアス式海岸が拡がっているが、西側は砂浜も多い。 東側にも、一部隠れた砂浜があると聞いている。 具体的には……」
「有り難うございます。 巨大なぷにぷにがいると聞いていますが」
「奴には近寄るな。 以前五十名からの討伐部隊を組織して挑んだが、返り討ちに遭って、多くの兵士を失った」
カリアナさんが、口惜しそうに言う。
しかし、今此処にいる戦力なら。
居場所と、縄張りについても知っていた。そして、討伐を出来るなら、連れていって欲しいとも。
カリアナさんは、見るからに強い。
多分ベテランアーランド戦士と同格くらいの実力はあるはずだ。それならば、きっと力になる。
「分かりました。 探索をしばらくはします。 主の縄張りに踏み込むのは、おそらく一週間後。 その時に、手練れだけを連れて合流してください」
「錬金術師の奇蹟の御技と、それにアーランドでも上位に入る戦士二人。 なるほど、この戦力なら、奴に喰われた者達の無念を晴らせるかもしれない」
縄張りを見る限り。
かなりの広範囲が、そのぷにぷにによって支配されている様子だ。
一度、状態を見なければならないけれど。
いずれにしても、倒さなければならない相手であることは、間違いないだろう。
翌朝には、砦を出る。
ここからは、ジグザグに半島を南下しながら、調査を進めていくことになる。荒野と魔境だらけだったアーランド北東部に比べるとだいぶ楽とは言え。
それでも、危険なモンスターがいる辺境だ。
油断だけは、してはならないだろう。
気を引き締める。
今回は、ここからが、本番なのだ。
4、暴食の王
半島の東端に出る。
話の通り、非常に険しい崖が何処までも続いている。打ち付けてくる波が砕ける様子が、高い所から見ていると、悪夢のようだ。
足を滑らせて落ちたら、アーランド戦士でも危ない。
メルお姉ちゃんは、大喜びで覗き込んでいたが。
「こういう所、穴場なのよねえ。 寄り道して良いなら、下に降りて魚採ってくるけれど」
「駄目だよ、メルお姉ちゃん。 今は探索を進めないと」
「へいへい。 すっかり一人前になっちゃって」
健康的に肌を焼いているメルお姉ちゃんだ。普段のお服も露出が高いし、お水にそのまま入っても問題無さそうだ。
海に潜って魚を捕ってくる様子も栄えそうだけれど。
今は、探索を優先しなければならない。
東の海岸線を南下しながら、調べていく。
非常に危険な場所も多い。
地面が脆くなっていたり、或いはブッシュが不意に途切れて崖が現れたり。トトリも今更足を滑らせるほど身体制御が出来ていないわけではないけれど。
地図にどんどん、書き加えていく。
内陸部も調査。
泉の一つも無い。水がとにかく、この半島には足りていないのだと、調べるほど結論できる。
この半島には、ブルグヘイムをはじめとして、三つの国が境を接している。半島を支配しているのは名目上アーランドだけれど。
此処も実際には、手が回らないから放置状態、というのが実情だ。
早めに、北部にキャンプスペースと森を作って、支配権を確立して置いた方が良いかもしれない。
それに、此処を介して三つの国との交流を正常化させることが出来れば。
より、アーランドのためにもなるだろう。
何しろ、人が今は足りないのだ。
三日目に、ぷにぷにの縄張りだという地点に到達。今度は西側に移動して、半島を再び横断する。
その過程で、南に目をこらすけれど。
縄張りを広げる気は無いのか、或いは別の理由からかは分からないけれど。
水の臭いはしない。
巨大なぷにぷにが、姿を見せる様子も無かった。
五日目。
半島のほぼ真ん中で、不思議な石が拡がる野に出る。
淡く光を放っている石で。触ってみると、非常に軽いのである。不思議な石だが、持ち込んだ図鑑を調べて見ると、あった。
ウィスプストーン。
幽霊の石と言われる、非常に貴重な鉱石だ。
正体はよく分かっていないのだけれど、加工すると非常に強靱な金属を作る事が出来る。マークさんは調べて見たいと目を輝かせていたので、幾つかを譲る。かなりの数が散らばっているので、荷車に積み込んだ。
これだけでも、今回は大きな収穫だ。
他にも、低木の中に、珍しいものが幾つかあった。小さな実だが、かなり薬効成分が高い。
そのほかにも、加工の幅が広い植物もあるし。
やはり、豊かにすれば、この土地は潜在力が高い。ウィスプストーンは珍しい鉱石であり、これを安定して手に入れることが出来れば、現在の錬金術で、かなり便利な道具を作る事が可能だ。
半島の西側に出て確認したが、確かに砂浜が何処までも拡がっている。
カリアナ将軍の話によると、半島の最南端には大渦があると言う事なので、其処は回避しないといけないけれど。
ぐるっと半島を回り込むことで、砂浜に到着できるなら。それはそれで、悪くないかもしれない。
半島の北半分の調査は、予定通り一週間で完遂。
地図も、かなり埋まった。
アーランドの北東部と違って、モンスターはいるが、危険性は其処まで高くない。ベテランのアーランド戦士が数名いれば、充分に生活できるレベルだ。
問題は此処から南。
巨大なぷにぷにが住み着いている危険地帯だが。
キャンプを張って待っていると、カリアナ将軍が来る。立派な白馬に跨がっているが、今の時代、馬など戦闘には使えない。これは、将軍としての威厳を示すための「小道具」だろう。
他にも、手練れだという徒歩の戦士を十名ほど連れていたけれど。
トトリが見たところ、支援役にしか使えなさそうだ。
彼らは兵士と呼ぶのだと、カリアナ将軍は教えてくれた。戦士の呼び方も、国によってそれぞれである。
「探索は順調か、若き錬金術師殿」
「おかげさまです。 明日の朝、半島の主の縄張りに踏み込みます」
「……」
兵士達が、青ざめた顔を見合わせている。
彼らの中にも、噂は伝わっているのだろう。幾らアーランド戦士には質で劣るといっても、彼らだって辺境で生きてきた強者達。兵士五十人を壊滅させたとなると、確かに相当な強敵だ。
夕ご飯に、屠った大山羊を出す。
この辺りにも、雑食の大山羊が生息しているのだけれど。今一緒にいる戦力であれば、さほど苦労はしない。
丁度人数分くらいのお肉になるので、皆で食べて力にする。
骨は割って軟骨を取り出し、それはそれで調理に使うし。内臓は洗って、加工。食べきれない残りは、燻製にして、荷車に。剥いだ皮も、今のうちになめしておいて、持ち帰る。
手際よく進めていく。
これも荒野で長く生活したから、身についたスキルだ。
「手際が良いな。 兵士達にも教えてやって欲しいくらいだ」
そういうカリアナ将軍も、てきぱきと進めている。
ただ、連れている若い兵士達は、少し動きが遅いかもしれない。
食事が終わると、既に夜も更け。
周囲では、狼が遠吠えをしている。ただ、流石にこのキャンプに仕掛けてくる度胸は無いだろう。
前の戦いの話を、出来るだけ詳細に聞く。
話を聞く限り、やはり巨大ぷにぷには、一応の知性を備えている様子だ。前回の討伐では、いきなり奇襲されて、大きな被害を出したという。
兵士達は、陽動か、もしくは支援にだけ出て貰う。
メルお姉ちゃんとミミちゃん、それにマークさんを前衛に。カリアナさんも前衛に出たいというので、頼む。
ぷにぷに族は可変性の高い肉体が武器だ。
巨体になると、更に其処に圧力が加わる。触手で囚われたら、後ろにいる兵士達は、ひとたまりもなく食べられてしまうだろう。
だから彼らには、火矢を放って貰う。
前衛が動きを止め。
その間に、トトリが発破を叩き込んで仕留める。幾つか用意してきた発破は、以前とは火力も比較にならないほど上がっている。
これで、何とかなるはずだ。
後は、おびき寄せる方法だけれど。
これについては、策がある。
縄張りの外にいると言っても、多分相手はもう気付いているとみて良いだろう。今日は見張りを欠かさず、早めに休む。
カリアナ将軍には。
兵士には、逃げると真っ先に死ぬと、説明して貰った。
それでいい。
多分、これで死者を出さずに、討伐できるはずだ。
翌朝。
トトリは、ミミちゃんと二人だけで、巨大ぷにぷにの縄張りに踏み込む。
この辺りは、異常に乾燥していて、荒野が拡がっている。かといって、奇襲を受けないという保証は無い。
起伏が激しい地形であるし。
地中に潜んでいる可能性も、否定出来ないからだ。
発破をそそくさと埋めて、さっさと離れる。
そして、充分な距離を取ったところで、起爆と呟いた。
魔術的な起爆機能が起動。
爆裂した発破が、辺りを盛大に吹き飛ばす。固定式の発破なら、ロロナ先生のレシピを忠実に再現できるようになった今。この程度の破壊力なら、再現は出来る。
兵士達が慌てふためいているのが見えた。
さて、どう出る。
もし地中に潜んでいたなら、今の一撃で、ダメージが入ったはずだ。此方に気付いているのはほぼ確実。
それならば、仕掛けてくるはず。
反応したのは、メルお姉ちゃんが最初。
地面から飛び出した触手が、兵士の一人を捕らえた瞬間。手にしている大斧で、一刀両断にする。
周囲から、無数の触手が、地面を突き破って伸びてきた。
取り囲むように、である。
「円陣! 守りを……」
「いえ、すぐにこっちへ!」
カリアナ将軍の指揮を遮って、トトリが手を振る。今メルお姉ちゃんが切り裂いた触手を踏みしだいて、一斉に触手の包囲から逃れる。
カリアナ将軍は怪訝そうに眉をひそめたが、それも一瞬。
何しろ。
今まで皆が立っていた地点が、盛大に吹っ飛ぶ。地面を吹き飛ばしながら現れた巨大な口が、ばくりとかみあわされたからである。
あのまま、あそこにいたら、どうなっていたか。
いさなの一種が、ああいうやり方で獲物を捕ると知っていたから。港町出身であると言う事が、トトリを助けた。
土を払いのけながら、姿を見せる巨大ぷにぷに。その全身は禍々しく血のような赤に染まり、巨大な口には鋭い乱ぐい歯。目はたくさんあるように見える。その全てが複眼だ。触手は全身から無数に伸びていて、その長さは、どれも異常。
高さだけで、トトリの背の四倍はある巨大ぷにぷには。円形だと言う事もあって、圧倒的なプレッシャーを放っていた。
「火矢!」
一手は凌いだ。
カリアナ将軍が、部下に事前の打ち合わせ通り、火矢を放たせる。しかし、触手をひと薙ぎしただけで、巨大ぷにぷには爆発的な風圧を巻き起こし、その全てを吹っ飛ばした。
なるほど、これではかなわないわけだ。
真っ先に躍り出たのは、メルお姉ちゃん。触手を右に左になぎ倒しながら、敵に躍りかかる。
満面の笑顔。
降り下ろした斧の一撃。
しかし、驚くほど柔軟に体を凹ませた巨大ぷにぷにが、その一撃をかわす。
その時。
左側に回り込んでいたミミちゃんが、疾風のように、敵の側面を、矛で切り裂く。
巨大ぷにぷにの分厚い表皮が切り裂かれ、大量の体液がブチ撒かれ。そして、おぞましい悲鳴が上がった。
ホムンクルス達が仕掛ける。
振るわれる触手。
一つずつ、確実に処理。
突然トトリに襲いかかってくる触手。真後ろの地面を貫いて、出てきたのだ。カリアナ将軍が即応。装飾のついた美しい剣で、斬り伏せる。
ミミちゃんは残像を造りながら、敵を何度も斬っているが。
何しろ巨体だ。
致命打にはほど遠い。
それに、業を煮やしたか、巨大ぷにぷにが飛ぶ。巨体を無理矢理、宙に浮かしたのだ。
散って。
トトリが叫ぶが、遅い。
地面を砕きながら、巨大ぷにぷにが凄まじいボディプレスを見舞ったのである。衝撃波だけで、皆が吹っ飛ばされる。
兵士達の中には、意識を失ったものや、重傷者も出ている。
メルお姉ちゃんは平然と立ち上がってきているけれど。ミミちゃんは地面に叩き付けられて立ち上がれずにいるし。
ホムンクルス達も、負傷がひどい。
咆哮。
まるで、空気を蹴散らすかのような、魔獣の叫び。
でも、勝機だ。
トトリが、取り出した発破。トトリ自身は、今の一撃。マークさんが盾になってくれたおかげで、負傷が小さい。
もう一撃と、巨大ぷにぷにが跳躍した瞬間。
トトリが放ったのは、メテオールである。
対空爆雷だけれど。
丁度上空にいる巨大ぷにぷにの真下で炸裂したメテオールは。その破壊力の大半を、自分の上を塞ぐ巨体に叩き付けていた。
完全にバランスを崩し、落下してくる巨大ぷにぷに。
「ちょっとばかり、本気を出そうかしらねえ」
メルお姉ちゃんが、さっき砕かれた岩盤の一つを掴みあげる。岩盤である。一辺の長さが、トトリの八倍はあろうかという岩の槍だ。
それを、真下から、落ちてくる巨大ぷにぷにに投げつける。
もはや、避ける方法もなく。
岩盤の槍に突き刺される巨大ぷにぷに。それでも死なない。だが、串刺しにされて、必死にもがいている有様は、哀れだ。
次の発破を取り出す。
ミミちゃんも起き上がると、槍を構えた。かなり低い構えから、突進。
妙な動きを始める。
相手の廻りを回るようにして、無数の乱打を叩き込みながら、らせん状に上昇。
最後に、上空から降り下ろすような一撃。
一閃。
今の一撃が、乱打を束ねて、収束させたものだということは分かった。
必死に触手を振るって暴れ狂う巨大ぷにぷに。
今のは痛烈に効いたようだけれど。
しかし、ミミちゃんも力を使い果たした。触手をもろに喰らって、吹っ飛ぶ。ホムンクルスの一人が助けて飛び退くけれど。近づけない。
触手の一本が、血だらけになりながらも、機械の腕を展開して盾になってくれていたマークさんを吹っ飛ばす。
口を開けた巨大ぷにぷにが、断末魔とも、怒りともとれる雄叫びを上げ。
その凄まじさは、まだ動ける兵士達の気力を、根こそぎに奪う。
だが、カリアナさんが、率先して、触手の一本を切り飛ばす。負けないように叫ぶ。
「もう敵は満身創痍だ! 動けもしない! 火矢を叩き込め!」
残った触手は半分くらいだろうか。
その一本が、トトリを捕らえるけれど。むしろ好都合だ。発破を掴むと、丁度トトリを食べようと開いた口に、放り込む。
まずいと思ったのだろう。
触手を離した巨大ぷにぷにに、トトリは受け身をとって地面で転がりながら、起爆ワードを唱えた。
ぷにぷにの内部で、発破が炸裂。
全身から体液を噴き出しながらも。
まだ、巨大ぷにぷには生きている。敵も満身創痍だけれど、此方もだ。もう一本。発破を取り出すトトリも、体中が痛い。
メルお姉ちゃんが前に出る。
無造作に、叩き付けられた触手を掴むと、引きちぎった。
「トトリ、あれ、どうしたら死ぬ?」
「焼き尽くせば」
「じゃあ、抑えるわ」
また近くにあった人間大の岩を抱え上げると、放り投げるメルお姉ちゃん。完全にパワーだけなら国家軍事力級だ。
岩が直撃して、更に体液が噴き出す巨大ぷにぷに。それなのに、不思議と風船が破れるように、体が破裂することは無い。
無数の複眼も、もう半分以上が潰れている。
後一撃だ。
「火矢をもっとお願いします!」
「聞いての通りだ! 射かけろ!」
兵士達が必死の形相で、火矢を放ち続ける。
ホムンクルス達が、ミミちゃんを引きずって戻ってきた。もう敵も味方も満身創痍だけれど。
メルお姉ちゃんが、最前線で敵の触手を次々引っこ抜いているので。もう、これ以降は消耗戦だ。
地面から不意に出てきた触手を、カリアナさんとホムンクルスの一人、1401さんが息を合わせて斬り倒す。
まだ奇襲する元気があるのか。
巨大ぷにぷにを、無造作に大斧で何度も切るメルお姉ちゃんに、叫ぶ。
「大きいの行くよ! 離れて!」
抱え上げたのは。
複数のフラムを束ねることで作った、メガフラム。そしてそれを。少し前に身につけた、複製スキル。デュプリケイトで、更に倍に増やす。
この間から練習して、少しずつ使いこなせるようにはなってきたけれど。それでも、発動させると、体の中身が根こそぎ持って行かれるような凄まじい消耗。それでも、集中して、詠唱。
キーワードを唱え、発動。
目を開ける。
息を整えながら、手の中に増えた、束ねたフラムの山を見る。丁度二つ。これで、けりを付ける。
ちょっとふらつくけれど。
要するに、相手の中に叩き込みさえすればいい。
投げる。
一つ。
口の中に。
悲鳴を上げながら取り出そうとする巨大ぷにぷに。
其処へ、もう一つを投げる。
どちらに対応しようか、一瞬の逡巡が生じるけれど。それが命取りだ。トトリが、起爆と唱えたとき。
兵士達も、残った油壺を、全て敵に投げつけていた。
巨大な火柱が上がる。
今度こそ、本当の断末魔が。荒野に、響き渡っていた。
焼け焦げた残骸から、使えそうなものを拾っていく。
未消化の動物の破片も、かなり残っていた。残骸を調べているトトリの側で、自身も満身創痍のカリアナさんが、嘆息した。
「流石に、残ってはいないか」
「何か、思い当たるものが?」
「私の恋人は此奴に喰われたのだ。 形見の一つでもあるかと思ったが、流石に虫の良い話だな。 もう10年も前の話だし、当然か」
大きく嘆息するカリアナさん。
かたきを取る、などという行動を進める気は無いけれど。ただ、周囲を暴食で枯渇させる魔獣を退治したのは、大きな意味があった。そう自身を納得させて、トトリはキャンプに戻った。
既に負傷者の手当は始まっている。
けろっとしているのはメルお姉ちゃんだけ。お薬はたくさん持ってきたけれど、今回の手当で使い切りそうだ。
ただ、朗報もある。
無事だった1401さんが軽く見てきたのだけれど、此処から南に強いモンスターの気配はないという。
以降の探索は、多分流れ作業で済ませることが出来るはずだ。
一通り、治療が終わったところで。
死者が出ず討伐を終えたカリアナ将軍が、握手を求めてきた。
「今回は、我が国も手を焼いていた魔獣を処理できて嬉しい。 領土問題は、また文官共が話し合えばいい。 今回の件は、単純に感謝する」
「はい、こちらこそ有り難うございます」
「これで、この辺りも平穏になる。 死んだ彼奴も、きっと喜んでいるよ」
帰投していくカリアナ将軍と部下達を見送る。
後は、残りの地図を作り上げていくだけ。
ふと、巨大ぷにぷにの残骸から拾い上げたのは。巨大な球体。ぷにぷにの中にたまにあるもので、強力な脱水効果を秘めている。
これほどの大きさのものははじめて見る。
半身を起こして、ミミちゃんが呆れていた。
「命の危険があったばかりだというのに、またあれを使ったのね」
「ごめんね。 でも、使わないと、みんなが危なかったから」
「そうね。 でも、無理は絶対に駄目よ」
その通りだ。
此処で、死ぬわけには行かないのだから。
一度キャンプに戻ると、一日休みを取って、それから六日を掛けて、少し急ぎ気味に地図を作る。
巨大ぷにぷには、縄張りを徹底的に食い荒らしていたらしく。その辺りは低木さえもなかった。
しかし、土を調べて見れば分かる。
此処の潜在能力は高い。
きっと、豊かな土地に、生まれ変わらせることが出来る筈だ。
海岸線も調べたところで、戻る事にする。
帰りに、少し気になったので、ミミちゃんと話す。
「他のモンスターと、あのぷにぷに、少し違ったね」
「確かに妙だったわね。 荒野に住み着くことはあっても、あのように無茶な暴食をするモンスターはいないと思うのだけれど。 ひょっとして、スピアが放ったモンスターかしら」
「……分からないね」
或いは、ぷにぷには、他のモンスターとは違う存在なのだろうか。ジュエルエレメントさんが言っていた。モンスターは、自分を襲わないと。その言葉から、トトリはある仮説を考えていたのだけれど。いずれにしても、ぷにぷには例外としてカウントしなければならないだろう。
どちらにしても、これでこの辺りを開拓する準備は整ったと言える。
後は、ケニヒ村に着いたら、アーランドに鳩便を出して。後の判断は、クーデリアさんに任せればいい。
しばらくは時間も空く。
アランヤまで戻ったら、しばらくはゆっくりすごそう。
そう、トトリは思った。
(続)
|