血塗れ城塞

 

序、猛攻

 

トトリが立てこもる修道院を包囲している敵からの攻撃が、露骨に激しくなってきている。

大砲による砲撃だけでは無い。

明らかに、強力な魔術も、修道院の外壁に炸裂している。

ロロナ先生は、フィードバックダメージを気にせず、何度も外に出ては敵をたたいているけれど。

何しろ、敵の数は数千にも達する。

潰しても潰しても、まるできりがないというのが、トトリから見てもわかる、客観的事実だ。

また、ロロナ先生が戻ってくる。

手酷く傷ついているけれど。それはおそらく、敵から受けた手傷では無い。話に聞く加速能力を使った代償。

そしてロロナ先生が出て行くと、少しは敵は黙るけれど。

その後、すぐに猛攻を再開するのだ。

修道院の壁を魔術で強化している魔術師達も、既に限界が近い。

彼らが倒れたら、修道院は一瞬で崩落だ。

地獄の門は口を開け。

今、すぐ側にまで、迫ってきている。

援軍が来るという予定日時まで、後二日以上ある。

もはや長時間、敵を支えられないのは、明らか。

修道院の入り口では、敵の突入部隊に備えているけれど。おそらく、近接戦では勝ち目がないと判断しているのだろう。

敵は遠巻きに、アウトレンジからの攻撃をただ執拗に繰り返すだけだった。

「出撃させてください!」

悪魔族の戦士が叫ぶ。

彼は頭に包帯を巻いていて、まだ負傷が癒えていない。

そうだそうだと、同意する者数名。

その中には、ホムンクルスの戦士も混じっていた。

「まだ戦える力は残っています。 敵の指揮官さえ叩けば」

「みんな、落ち着いて」

全身、傷だらけ血だらけのロロナ先生が、冷静な声でぴしゃりというと。

流石に、騒いでいた者達も黙る。

ロロナ先生が、此処におけるカリスマだ。誰よりもたくさん敵を倒し、敵の攻撃を今までに防ぎ続け。

あらゆる錬金術の道具を用いて、敵の戦術を打ち破ってもきた。

そして今も。

誰よりもひどい状態の体に鞭打って、敵の攻勢を、可能な限り遅らせている。

それに、ロロナ先生の薬の良く効くこと。

トトリだって、もうびっこを引きながら、松葉杖を使えば歩けるようになって来ているのだ。他の戦士達だって、同じように回復がとても早い。

だから、誰もが黙る。

この人に対して、しゃらくさい口を利こうと考えるものはいないし。いたとしても、周囲が許さないだろう。

「敵の指揮官は、もう十二回も打ち倒したよ。 でも、敵はまだ攻勢を続けていて、衰える気配もない。 総司令官がいるのかとも思うけれど、多分いたとしてもずっと後方だろうし、もう手が届かないよ」

以前、トトリは。

エンデラ王国で、ロロナ先生が敬語で話すのを見た事があるけれど。

今は、一番最上位にいるからか。

皆に対して、柔らかい口調で話している。

「それならば、決死隊を募って」

「遊撃の部隊も、外で動いているの。 彼らからも、総司令官を見つけたという話はないし、もし見つけたとしても。 きっと一時しのぎにしかならないよ。 だから、今は皆が落ち着いて、少しでも援軍の到着まで、支えられるように頑張ろう」

ロロナ先生の理性的な言葉に、興奮していた者達は黙る。

悪魔族の数名。

負傷している者達が、挙手した。

「壁を作る魔術であれば、我等も助力できます」

みな、手酷い傷を受けているのに。

トトリは、眉をひそめた。

そして悲しくなる。

ロロナ先生のカリスマが、彼らを動かしたのは事実だけれど。結果として、更に戦況は悲惨なものへとなりつつあるのだから。

ドカンと、大きな音。

激しい振動。

何か強烈な魔術が、壁に直撃したのだろう。

ロロナ先生は、何種類かの回復薬を飲み下すと、外に出て行く。もう、手足は血だらけ。彼方此方の肌が破れて、赤い肉が見えてしまっている場所もある。高い回復力を持つアーランド戦士であるロロナ先生が、こんな事になっているのだ。しかも、外側でこれ。体内は、どのような有様になっているのか。

34さんが来る。

彼女も負傷はひどいけれど。トトリよりは、身動きが出来そうだ。

「トトリ様。 悪い知らせが」

「聞かせて貰えますか」

「薬の在庫が」

それは、そうだろう。

元々この人数で籠城しているのだ。そして負傷者は、毎度毎度うなぎ登りの増えてきている。

トトリは頷くと、決める。

「ロロナ先生が戻ってきたら、馬車を使わせて貰おうと思います」

「何をなさるおつもりで」

「きっと、まだ材料はある筈。 調合して、少しでもお薬を増やします」

今、負傷しているトトリに出来る事。

精一杯の抵抗。

そうすることで、皆が助かるなら。

トトリは、いくらでも無理をする。

リス族の人達。

ペンギン族の戦士達。

地獄の状況を、トトリは見てきた。一度では無く、何度も何度も。少し自分が無理するだけで、それを改善出来るのなら。

トトリは、何度だって、がんばれる。

しばしして。

ロロナ先生が戻ってくる。

更に傷は増えていた。敵から貰った傷もあるかもしれない。倒れそうになるのを、ホムンクルス達が支える。

そのホムンクルス達さえ、満身創痍だ。

呼吸を整えながら、ロロナ先生は言う。

「敵に強いのが増えてきてる。 多分、最初は私の消耗を狙うためだけに、人海戦術を使っていたのだと思う」

「卑劣な!」

声を上げる悪魔族の戦士達だけれど。

トトリは、必ずしもそうだとは思えない。

数を生かした戦い方を、敵はしているだけ。

そして、敵は命を惜しまない。正確には、いくらでも再生産が出来ると、少なくとも指揮官達は考えている。

その指揮官さえ捨て駒にされている感じがあるのだ。

それこそ敵は、雑兵が死ぬ事なんて、何とも思っていないだろう。

医療魔術師達も倒れそうだけれど。

ロロナ先生と、出撃していた悪魔達に、精一杯の回復術を掛け始める。トトリは、ロロナ先生に言う。

「馬車を、貸してください」

「どうするつもり?」

「少しでも、お薬を増やします。 ヒーリングサルブだったら、短時間で大量生産してみせます。 難しい薬も、今なら、少しは作れます」

「……そうだね」

ロロナ先生も、流石に疲弊がひどくて、あまり思考が進まないらしいけれど。

頷いてくれた。

「私は、もう少し外で時間を稼ぐよ。 このまま好き放題に攻撃させると、多分修道院は、味方の援軍まで保たないから。 トトリちゃんは、少しでもお薬を増やして、特に医療魔術師班を支援して」

「はいっ!」

まだ満足に歩けないけれど。

トトリは、ミミちゃんを促して、馬車に。

ナスターシャさんがいれば少しはましだと思ったのだけれど、多分彼女は負傷者を抱えて脱出したのだろう。

周囲を見回すが、いない。

まず。馬車に入る。

中はかなり広い。それより驚いたのは、とても小さな子供が、ぺたんと座って、所在なさげにしていると言う事。

多分女の子だろう。

少し耳が尖っていること。

戦闘タイプのホムンクルス達と同じような顔。かなり幼い顔立ちだけれど、何処か似ている所がある。

「貴方は?」

「ちむ」

「ちむちゃん?」

「ちーむー!」

そうか。きっと言語機能をオミットされているホムンクルスなのだろう。何だかちょっとしらけ気味の目が、とても可愛らしい。

着ている服は、まんまホムンクルス達が着ている戦闘用のメイド服みたいなのの幼児服版だ。

可愛くて、抱きしめて撫で撫でしたいけれど。

今は、それどころじゃない。

「お薬を作るの、手伝ってくれる?」

「ちむ!」

「うん、お願いね」

「どうして会話が成立するのよ」

ミミちゃんが側で呆れているけれど。

今は、それに返す余裕が無い。

馬車のコンテナを調べて見て、驚いた。中に入ると、非常に広い空間があるのだ。ミミちゃんも驚く。

「これ、貴方のアトリエと、同じ仕組み?」

「多分。 見て、素材、充分にまだまだあるよ。 これなら、お薬、すぐにでも作れると思う」

「わかったわ。 素材の運び出しは私がやるから、貴方はその小さいのと、すぐに調合の準備を始めて」

「俺たちも手伝わせてくれ」

シラットさんと、シェリさんが、声を掛けてくる。

向こうを見ると、カテローゼさんは忙しそうに働いている。彼女には、此処を手伝わせる訳にはいかないだろう。

トトリは頷くと、まずは分業から。

錬金術そのものは、トトリがやる。

だけれど、お湯を沸かして釜を丁寧に洗ったり、指定する素材を準備していく作業は、任せてしまう。

準備が整ったところで、調合開始。

怪我をしているトトリだから、シェリさんに支えて貰う。

驚いたのはちむちゃんだ。

予想よりも遙かに動きが良い。てきぱきとトトリの言うことを聞いて、小さな体で動き回ってくれる。

「ヒーリングサルブ、二十セット、出来ました!」

「よし、医療班に持っていく!」

シラットさんが、負傷した体で、傷薬を入れた籠を抱えて、飛び出していく。

その間も、トトリはどんどん調合を実施。

化膿止め。

血止め。

傷薬。

痛み止め。

作れるものは、いくらでも材料がある。

そして、どれもが、いくらでも必要だ。

メンタルウォーターも作る。今のトトリの技量では、品質がどうしても若干落ちてしまうけれど。

壁を展開している魔術師達にとっては、それでもないよりマシなはずだ。

「トトリ!」

ミミちゃんが、シラットさんと一緒に、釜を運び出してくる。

これは、賭けだ。

二つに増えれば、少しは作業効率が上がるか。前は、二つ以上の作業を同時にやるのはまずいと考えていたのだけれど。

今は非常時だ。

勿論、ミスは許されない。

そして先ほどコンテナを確認したけれど。

中間生成液が、かなりの量ある。

これらを使えば、調合の時間を、相当に短縮することが出来る。

また、在庫として、ネクタルもまだ少しあった。

ロロナ先生には申し訳ないけれど。

必要な分を持っていって貰う。貴重な薬というのはわかっているのだけれど。今こそ、使うべきときなのだ。

額の汗を、シェリさんが拭ってくれる。

錬金釜に落としたら台無しだ。

「少し休むか?」

「大丈夫です」

さっき作った、粗悪品のメンタルウォーターを一気に飲む。魔術師達には渡せないと判断した失敗作だ。

凄まじく苦い。

あまりにまずくて戻しそうになったけれど、無理矢理飲み下した。

そして、調合を続行。

外からは、相変わらず凄まじい戦いの音が聞こえてきている。

継続して作っているヒーリングサルブは、どれだけあっても足りないらしい。持っていっては、すぐにシラットさんも戻ってくる。

「くそっ! 薬がどれだけあっても足りん!」

「ちむ! ちむちむ!」

小さなホムンクルスが、何かを主張。

手振りを見て、トトリは気付く。

増やせる、というのだ。

ただし、時間が掛かるという。

トトリは、持っていって貰おうと思っていたネクタルを、一セットだけ確保。試しに、簡単なお薬から試して貰う。

その間、動けるようになった負傷者には、リネン類の処置や、医療器具の煮沸消毒、医療班の手伝いなどもしてもらう。

ロロナ先生が、あんなになっても頑張っているのだ。

トトリが少しでもやらなくて。

誰が、頑張るというのか。

「ちむー!」

ちむちゃんが差し出してきた容器。たっぷり詰まっているヒーリングサルブ。少し使って見て、驚く。

品質は若干低下しているけれど。

これは、まさにヒーリングサルブ。それもトトリがいつも作っている奴だ。

希望が出来てきたかも知れない。

「ちむちゃん、ネクタルをできる限り増やして!」

「ちむ!」

小気味よい返事。

さあ、ここからが本番だ。

トトリは頬を叩いて気合いを入れると、錬金釜に向かい合う。

一つは完全にヒーリングサルブの生成専門。

もう一つは状況に応じて、様々な薬を作っていく。洗ったりするのは、もう皆に任せてしまう。

最初は駄目出しをしなければならなかったけれど。

何度かやっていく内に、みんなコツを掴んできたらしく。すぐに、次の調合に取りかかれるようになった。

そうして、丸一日が、過ぎた。

 

馬車から、外を覗く。

まだ、修道院は支えている。

負傷者も減っている。

というよりも、ロロナ先生が、それだけ無茶苦茶をしている、ということだ。多分余った薬を、全部自分に投入して、戦い続けているのだろう。

ホムンクルスの負傷者は減っていない。

これは、ロロナ先生の前衛となって、戦い続けているからだ。

援軍は、まだだろうか。

馬車に戻ると、失敗作のメンタルウォーターを飲み干す。ミミちゃんが、出来たお薬を、持っていく。

調合していると、ミミちゃんが、すぐに戻ってきた。

「ネクタルは出来ている?」

「そっち! 持っていって!」

「わかったわ!」

ちむちゃんは、掌から魔術の光を出して。複製の特殊スキルを使用する事が出来るようだった。

ネクタルを微量ずつ、確実に増やしてくれている。

死者さえよみがえらせるという奇蹟の薬だ。

これさえあれば。

救える負傷者は、更に増えていく。

出来る。

トトリには、支えられる。ロロナ先生を。

絶望が少しずつ、薄れて。気持ちが上向きになって行くのを感じる。

額の汗を拭うと、もう二十セット、ヒーリングサルブを納品。シラットさんに、持っていってもらった。

「そろそろ限界だぞ」

シェリさんが呻く。

悪魔族の彼からしても、トトリが無理をしているのは、明らかなのだろう。確かにほぼ丸一日以上。負傷した状態でも、体を酷使している。これ以上やると、ドーピングでも負荷が殺しきれなくなる。

「まだ、もう少しは大丈夫です。 外の状況は」

「敵は大砲を並べて、攻撃を続けているな。 更に強力なのが、どんどん前線に出てきているらしい。 ロロナ殿はそいつらも蹴散らしている様子だが、それでも限界がある」

「ロロナ先生、無理して……」

「貴方もだ。 師匠と悪い所が似ているな」

苦笑いしてしまった。

でも、此処は、引くわけには行かないのだ。

何度か深呼吸すると、次の調合に入る。化膿止めはもう充分に大丈夫。次は痛み止めだ。これは吸い込みすぎると、精神に悪影響が出る。調合するときに、とても気を付けなければならない薬品だ。

何人か、負傷している悪魔族の戦士が、手伝いに来てくれる。

釜を洗ったりするのは、シラットさんとミミちゃんが指導してくれるので、とても助かる。

どうやら事前に湧水の杯が持ち込まれているようで、水の心配だけは無い。

じゃんじゃん洗って、次の薬。

しばらく、無心に調合していた頃。

どずんと、凄い音。

外で、何か起きたのは、明らかだった。

思わず、馬車から顔を出す。

修道院に戻ってきたロロナ先生は、34さんに肩を借りていた。その34さんも、複数の矢を体に受けている。

倒れそうになるのを、駆け寄ったカテローゼさんが支える。

「何があったのですか!」

「ドラゴンだ! 多分脳改造した奴だろう! 敵の切り札に間違いない」

戦慄。

しかし、ロロナ先生が戻ってきている、という事は。

「倒したのですか」

「何とかな。 本当に、当代の旅の人だぜ。 俺は、奇蹟を目にした」

一緒にいた悪魔族の戦士が。五本も受けている矢を引き抜きながら、興奮した声で言う。それに対して、カテローゼさんは、とても冷え切った様子だった。

もう無理。

冷静に、そう判断しているのだろう。

敵が投入してきた切り札を潰したことで、ロロナ先生は力を使い果たした。多分これ以上ドーピングすると、命に関わる。

34さんが、周囲を見回す。

「戦える人は」

誰も、返事をしない。

そうか、そうなると。

此処からは、完全な籠城戦だ。

「外で戦っている人達を、内部に。 大砲達も、内部に入れてください」

「くそっ! 此処からは穴熊か」

「魔術班を、全員で支援! 悪魔族の戦士達は、魔力の譲渡が出来る人間は、そうしてください!」

34さんが、指揮を引き継ぐ。

既に、予想される三日まで、残り半分を切っている。

しかし、敵は切り札を失ったとは言え、まだまだ攻撃可能な戦力が残っている筈。後半分、支えきれるかが勝負だ。

露骨に、外から聞こえはじめる爆撃音が大きくなり始める。

トトリに、今できるのは。

お薬を、作り続けることだけだ。

 

1、足止め

 

修道院に向かう、山頂。

遠くで、戦いの光が瞬いているのが見える其処で。

着地したクーデリアの前に立ちはだかっているのは、頭が四つもあるドラゴン。全身は白銀色の鱗で覆われていること、全体的な姿が似ている事から、多分スニーシュツルムの改造個体。

おそらく、一なる五人が造り出した強力な洗脳モンスターだろう。

今まで、連中は数で平押しする戦略を採ってきた。

強力なモンスターと遭遇する事も、あったにはあったけれど、レアケースだった。しかし、今回のこれは。

相手が本腰を入れてきたと、見て良いだろう。

そうまでして、ロロナを。

いや、トトリが確保して逃げているガウェイン公女を殺したいのか。

いずれにしても、このプレッシャー。

安易に通してはくれないだろう。

さて、パラケルススが少しは働いてくれれば。ついでにいうと、後方攪乱をしているメルヴィア達四人が、どれだけ活躍できているか。

それ次第では、まだまだ修道院は守れる。

いずれにしても、此奴は。

今、此処でクーデリアが潰す。

四つある頭を振るい上げると、四頭ドラゴンが吼え猛る。

クーデリアは、左手の銃をスナップだけでリボルバーを空け、放り込むようにして弾丸を装填しながら、言う。

「アーランドでも頂点に立つ戦士の力、見せて上げましょうか」

死ね。

そう言わんばかりに、四つの頭が、立て続けに火球を吐き出す。残像を残しながらそれらの全てをかわすクーデリアは、気付く。

殆ど予備動作無く。

上空に、ドラゴンが舞い上がったのだ。

翼を使わない、魔力による飛行か。

そして今度は、上空から流星雨がごとく、多数の火球を降らせてくる。周囲が爆裂。長雨で地盤が崩れた山が、派手に崩落し始める。

上空という優位を保ったまま。

立て続けに、攻撃を繰り出し。

そのまま押し切る作戦。

コンセプトとしては、間違っていない。だけれども、今のクーデリアには。その程度の考えは、通用しない。

残像を造りながら、移動。

移動しつつ、立て続けに発砲。

現在、銃器などと言うものは、アーランドの内外関係無く、相手に致命傷を与えられる武器では無い。ライフルくらいになると、北部の人間には効く場合もあるようだけれど。少なくともアーランド人やモンスターには通用しない。

クーデリアの場合は、違うが。

それは弾丸に、固有能力で、魔力を乗せているからだ。

魔力を乗せることで加速し、更に爆発させたり雷撃を炸裂させたり。更には、重圧を掛けたりする。

勿論一発ごとに消耗が大きいが。

今のクーデリアなら、数時間程度は、乱射しながら戦闘できる程度の体力を有している。

直撃。

爆裂。わずかに、四頭ドラゴンが揺らぐが、それだけ。鱗も、禿げてはいない。

どうした、そんな程度か。

嘲笑うように、四頭ドラゴンが、更に爆撃を継続。それだけではない。その内の頭の一つが吐いた火球は、多分魔術で制御されているのだろう。空中に留まると、回転しながら無数の火の矢を周囲にばらまきはじめたのである。

爆発で、辺りは滅茶苦茶に地盤も崩されて、足場も悪い。

この無茶な爆撃には。

クーデリアの足を止めるという意図もある。

更に其処に、弾幕とも言える火の矢が加わる。

思ったよりも考えている。

だが、クーデリアは動じない。

残像を残して移動しつつ、連射連射連射。

相手の顔面に、火焔弾が直撃。それも、四つ同時に。五月蠅そうに払いのけるドラゴンだけれど。

その時、クーデリアは。

跳躍して。

同じ高さを保っていた。

そして、詠唱も、完了していた。

行動、思考、全ての超加速。

両手に持った拳銃から、超速の連射。撃っては超高速で再装填し、また撃つ撃つ撃つ。一度に数百発の銃弾を放ち、それの全てをピンホールショットさせる。

ドラゴンは、気付いただろうか。

一撃の爆発で、鱗を貫通できなくても。

それが数百に達する連射で、同一箇所を貫かれた場合。どのような装甲であっても。耐えきる事など、不可能だと言う事に。

大きく弾かれて、着地。

両手がしびれるけれど。回復していく。

背中に背負っているブレイブマスクの回復効果だ。以前ロロナに作ってもらった、クーデリアの切り札。改良を重ね、現在では四度に渡って全回復する事が可能になっている。ましてや、この秘儀。

クロスノヴァの負担は、以前とは比較にならないほど低くなっている。現在ではブレイブマスクの支援を受ければ、十発まで使用可能だ。

問題は弾丸だけれども。

それも、ロロナが作らせたポーチにて解決している。

このポーチは、広い空間につなげてあり、そこから弾丸を大量に取り出すことが出来るのだ。

ドラゴンが、大量の煙を腹から上げながら、落ちていく。

地面に直撃。

銃に弾丸を込めながらクーデリアは、無造作に発砲。

反撃に飛んできたブレスを撃墜した。

立ち上がるドラゴン。

自分が崩した山頂でも、脚を踏ん張って。体の左半分を大きく抉り取られながらも、まだ闘志を捨てていない。

「仕方が無いわね。 その頭、全部むしってあげましょうか」

返答は、咆哮。

後方に跳躍しながら、また立て続けに火球を放ってくる。しかも今度は、その全てが滞空する弾幕火球だ。辺り一帯が、真っ赤になるほどの火の矢で、覆い尽くされる。

避けきれるものではない。

だが、クーデリアは気にしない。

歩きながら、時々直撃弾を、銃で払う。二度、三度と払いながら、ゆっくり敵に真正面から歩いて行く。

ドラゴンは、更に弾幕を増やす。

もはや周囲全てが燃え上がるような有様の中。

確実に敵に距離を詰めていったクーデリアは。いつの間にか、敵の懐にまで到達していた。

頭の一つが、大口を開けて、かぶりついてくる。

それが、消し飛ぶ。

クロスノヴァによる一撃だ。

残り三つの首が、絶叫しながら、凄まじい魔力を放つ。

流石に押し戻されたクーデリア。

更に、全ての弾幕火球が、同時に爆裂。辺りに、キノコ雲が上がるほどの爆発が巻き起こされる。

ドラゴンはゆっくり下がりながら、着地。

そして、気付いただろうか。

上から落ちてきたクーデリアが。

その背中に、着地したことに。

既に、クロスノヴァの準備は、整っている。

全身から煙を上げているけれど。

それでも、敵の死角を取ったクーデリアに、容赦も、遠慮も。そして、何よりも呵責も。無かった。

叩き込まれる、人知を越える火力。

一撃までは、ドラゴンも耐えた。

しかし二撃目で、背中に大穴が空いて。

三撃目で、ついに上半身と下半身が泣き別れる。

煙が濛々と上がる中。

敵の死骸から離れ、着地し。舌打ちしたクーデリアは、銃の状態を確認しながら、独語する。

「少し時間が掛かりすぎたかしらね」

今の爆発、それなりのダメージを貰った。だが、継戦能力にはまだまだ問題は無い。問題は、である。

今まで通ってきた路に。

ザコとは言いがたい敵が、三十体以上、待ち伏せていた、という事だ。

既に力は半減しているが、それでも充分。

問題は、時間を相当に削られたという事。

ポーチから取り出した耐久糧食を口に突っ込むと、咀嚼して飲み込む。

さあ、急がなくてはならない。

ロロナはもっと大変な戦いを、続けているのだから。

 

ついに、修道院が見えた。

更に五体のモンスターを途中で撃破したクーデリアは、見下ろす。

山裾に展開された大砲の陣地。

そして敵の数は五千前後。

山の向こう、敵国境には、一万以上が控えているとみて良いだろう。それらを山頂から確認したクーデリアは、状態をチェックしていく。

銃、よし。

自分のダメージ、よし。

ブレイブマスクの魔力充填、三割半。

戦闘続行可能。

結論を出したクーデリアは、次の判断に移る。

まだ、味方の増援が来るまで、一日以上掛かるとみて良い。しかしながら、修道院の消耗がひどい。

敵はおそらく、波状攻撃で、ロロナを消耗させに消耗させたのだろう。そうなると、ロロナが休む時間を作ってやるのが一番だ。

あの数を真正面から相手にすると、このコンディションだと少しばかり厳しい。ミイラ取りがミイラになっては、意味がないのである。

耐久糧食を口に入れながら、判断を進める。

敵の大砲は、およそ二百門。

間断なく攻撃を続けて、修道院に籠城している魔術師達が展開している壁を、容赦なく削り続けている。

しかもざっと見たところ、後方にも予備が百門以上あり。砲身のメンテナンスをしながら、波状攻撃をしているようだ。

これについては、解決策がある。

輸送経路を見て、確認。

弾薬庫の場所には、当たりを付けた。

残像を造り、跳躍。

敵陣を迂回しながら、後方に。敵の補給部隊を、横殴りに射撃しながら、走る。次々と爆裂する荷駄。

周囲に展開している敵が何事かと混乱するが、既に遅い。

ひときわ大きい、火薬をたくさん詰め込んだらしい荷駄に、既にクーデリアの火焔弾が、直撃していたからだ。

キノコ雲が上がる。

敵が、混乱する中。

今度は、クーデリアは、敵陣の中に突入。

残像を造り走りながら、四方八方に射撃射撃射撃。爆破しながら、走る。めぼしい強そうなの。指揮官級。

目についたら最後。

その時には、上半身を、頭を、消し飛ばしている。

残りの体力がかなり心許ないが、これだけ混乱させれば充分。

一旦敵陣を突っ切ると、距離を取る。

案の定、敵は修道院どころでは無くなっていた。

呼吸を整えながら、ブレイブマスクの回復を発動。

これだけの数の敵の中を抜けたのだ。消耗もそれなりである。小さな被弾もあったし、何より射撃によるダメージも小さくない。

敵の中に、レオンハルト分身体並のが控えている可能性もある。

切り札と体力は、残しておかないと危険だ。

耐久糧食を口にしながら、しばらく様子を見る。敵の小隊が此方に気付いたようなので、無造作にその真ん中に飛び込むと。

軽く跳び蹴りして、指揮官級の首をへし折り。

他のも、皆銃撃で消し飛ばした。

ゆっくり移動しながら、銃に弾を込め直す。魔力の余剰は、ブレイブマスクの力がもう残り殆ど無いことを考えても、今ある分で全てとみて良い。

敵を見下ろせる位置に座り込むと、耐久糧食を次々口に入れる。

敵は、大砲を撃てなくなって、しばし混乱。

修道院からも離れて、陣形を整え直している。

もう一度敵陣に突入したら、力を使い切ることになる。修道院に逃げ込むのも手としてはあるが、それでは穴熊を一匹増やすだけだ。

一旦移動して、修道院の気配を探れる位置に。

案の定、ロロナは既にダウン。

おそらく、神速自在帯の力を使いすぎたのだろう。あれもフィードバックがきつい道具だ。連続で砲撃できる上、高速移動できるのは素晴らしいのだけれど。今のロロナでも、この軍勢を真正面から相手に、負傷者を守りながら戦ったら、それはダウンして当然だろう。

だが、内部の士気は高い。

心折れず、戦おうという意思が感じられるのだ。

ひょっとすると。

気配を探ると、大当たり。

トトリがいる。

此処に逃げ込んでいたか。そうなると、おそらく。ガウェイン公女も、此処で保護されているとみて良い。

トトリがいるなら、医薬品をガンガン生成して、味方の力を底上げしているはず。もう少し、防御力を評価しても良いだろう。

後、七刻。

味方増援が到着するまでの時間だ。

後は、敵の魔術師部隊だが。

敵陣に、大型の魔族が見える。

あれは多分魔族は魔族でも。ロロナと一緒に戦っていたときによく見た、脳改造された生体兵器だろう。

それもロード級。

あのクラスのを温存せず出してくるとなると。本当に、此処での攻略に、敵は全力を注いでいる、という事だ。

どれだけ死体を重ねても構わない。

消耗品の戦士など、どれだけ死んでもどうでもいい。

その敵の考えを思うと。

文字通り、反吐が出る。

彼奴は、少なくとも放置しておけないだろう。

だが、七刻ほど、まだ時間を稼がなければならない。さて、どうしたものか。

 

敵の荷駄部隊に、大きな混乱が見られた。

山道を利用してゲリラ戦を続けていたペーター達は、遠目にそれを確認。敵の孤立した小部隊を撃滅して廻るだけでは埒があかないと思っていた所だ。これはおそらく、国家軍事力級の使い手が、援軍として来てくれたと見て良いだろう。

メルヴィアが戻ってくる。

「ペーター兄。 どうする」

「出来れば合流を測りたいが」

「そうね。 この四人では、そろそろ無理が出てきていたころだわ」

ツェツェイも同意。

敵の後方を散々引っかき回してきたけれど、敵は二万近い大軍。如何に手練れが四人いても、出来る事には限度がある。

修道院近辺での戦闘で、散々屍を重ねて、今は合計一万五千程度にまで削られているようだけれども。

元々消耗品扱いされている者達だ。

士気も衰える様子が無い。攻撃も、続行するつもりらしい。

「しかし、合流してどうするね。 国家軍事力級の使い手がいても、何しろあの敵の大軍だよ」

「判断は任せてしまおう」

「まあ、それが妥当か」

マークはあまり気分が良く無さそうだ。まあ、無理もない。この男は、そもそも自分で物事を決め、解明することに、絶対の価値を置いている節がある。

ふと、強い気配。

側に降り立ったのは、ホムンクルスの戦士。ただ、格好がかなり他と違う。表情も、非常に人間らしい。

他のホムンクルス戦士は、メイド服みたいのを着ているのに。

此奴のはフリルがついたかなり豪華なものだ。プレストプレートもあしらっているが、今の時代防具なんて飾りに過ぎない。文字通り、飾りとしてのものだろう。

「見つけましたよ」

「貴様は」

「ホムンクルスの長、パラケルススです。 クーデリア様に助力するようにと言われて来ました」

なるほど、今暴れているのはクーデリアか。

しかし、此奴の言葉は嘘だなと、ペーターは即座に看破。多分後方攪乱しろと言われて、丁度良さそうな友軍がいたから合流した、というところだろう。

ただ、パラケルススのことは、ペーターも知っている。

相当な使い手だという話だし、合流して損は無いだろう。それに、話だけでは無い。身の丈大のグレートソードを手にしている此奴の実力は、側にいてもびりびりと感じ取れるほどだ。

一旦、五人で山頂近くまで上がる。

手をかざして確認。

敵陣に、強いのがいる。おそらく脳改造されたロード級の悪魔だろう。可哀想だけれど、殺すしかない。

ただ、この五人で、敵陣に分け入って殺すのは無謀だ。

大砲の陣地が、全て沈黙している。

先ほど、補給路を誰かが叩いた結果だろう。その代わり敵は今、魔術部隊が修道院へ攻撃しているようだけれど。

火力が激減しているのが、目に見えていた。

クーデリアが介入したのだろう。

敵は山を越えて、修道院近辺に布陣できているのが三分の一程度。逆に言うと、残りをどうにか遮断できれば、修道院近辺は一気に一息付ける。

そして援軍が来れば。

押し出し式で、敵を蹴散らすことも、決して難しくは無いはずだ。

「で、どうすんの?」

「敵の補給路を叩く。 このメンバーなら、更に派手に動ける。 更に、敵主力は、今クーデリア殿を警戒している。 集中的に攻撃すれば、相互連携に持ち込める可能性も高いはずだ」

ペーターは、言いながら思う。

トトリのおかげで、トラウマ克服の切っ掛けが出来て。

皆に対する信頼を少しずつ戻せて。

そして今は。

もう、戦士として復帰出来ている。

トトリのおかげなのだ。

ずっと幼かった、ツェツェイの妹は。今はあの修道院で、きっと地獄のような疲弊と恐怖と戦いながら。できる限りの事をして、大勢を救っている。

今までも、影からトトリを守ってきたけれど。

今こそ。

本人にわからないとしても。トトリに対して、恩を返すときなのだ。

今まで、この周辺でゲリラ戦をして来ていて、地形を把握している。敵の斥候を処理しながら、移動。

辿り着いたのは、岩だ。

この岩を崩すと、敵の中継拠点を直撃し、大混乱させることが出来る。其処を制圧すれば、敵の前後の連携は断たれ。

修道院周辺の敵は、孤立する。

今までは、戦力が足りなかったし、修道院近辺の敵が戻ってきたら、どうにもならなかったけれど。

今は修道院近辺の敵は、クーデリアに最大限の警戒をしている。

そして味方には、ハイランカー相当の実力を持つパラケルススが加わっている。この戦力なら、行ける。

「メル」

「応っ!」

メルヴィアがその怪力をフルに発揮して、岩を押す。すぐにバランスを崩した岩が、他の岩を巻き込みながら、敵の中継陣地へ襲いかかっていく。

悲鳴を上げて、逃げ惑う敵を。

ペーターはその位置から、狙撃。

矢なら、腐るほど持ってきている。

そして今のペーターは。アランヤの若手三本矢と言われた頃の実力を取り戻し、磨き抜いて伸ばしてもいる。

矢を歩きながら放ち、叫ぶ。

「突貫!」

「しゃあっ!」

パラケルススが真っ先に、敵陣に突入。

メルヴィアは、そのまま地面を蹴り砕くと、岩盤の一部をめくり挙げ。それを敵に向けて、放り投げた。

唖然とした敵が、一部下敷きになる。

流石だ。

そのまま、突入。

狙撃。敵の指揮官らしいのを、次々射貫く。

アーランドに生息する大型モンスターなら兎も角、敵のホムンクルスの質は、数に反比例して落ちる一方だ。強い奴もいるにはいるけれど、それでもベテラン以上のアーランド戦士の敵では無い。だから、即殺できる。

近づく敵は、ツェツェイが片っ端から串刺しにし。更に、マークが背負っている箱から出したアームについている武器が、寄せ付けない。矢をありったけ放ちながら、敵陣に到着。

薄笑いを浮かべながら、敵を輪切りにし続けるパラケルスス。

後方で、轟音。

どうやら、クーデリアも始めたらしい。

「適当な所で切り上げるぞ」

作戦の目的は時間稼ぎ。

味方の大規模援軍が来れば勝ちだ。

それまで、敵をたたけるだけ叩く。

敵陣を、制圧。辺りは血の海。ペーターは手を振って、すぐ下がるように指示。頷くと、メルヴィアが、地面に蹴りを叩き込んだ。

地面に、ひびが入る。

一撃でこれだ。

もう一撃、蹴りを叩き込むと、岩盤が砕けて、二枚の岩が左右にせり上がった。

凄まじいパワーだ。

メルヴィアは普段、トトリの護衛をしている時、意図的にかなりパワーを抑えている。本気になればこんなもの。

辺境の村とはいえ。

まだ若いのに、村一番の戦士と言われている実力は、伊達では無い。パワーだけなら、国家軍事力級の面子と並ぶとさえ言われているのだから。

後方での爆発音が凄まじい。

これは、おそらく。

敵のロード級と、クーデリアが戦いはじめたのだろう。巻き込まれでもしたら、一瞬で全滅しかねない。

他の山道も、潰しに掛かる。

その間、ひっきりなしに矢が飛んでくるが、左右に展開しているツェツェイとマークが、片端から弾き落とす。

そして射手を、ペーターがその都度射貫いた。

「オラアッ!」

身内しかいないとき、メルヴィアの言動は荒々しくなる。

大岩を文字通り蹴飛ばしたのだ。

吹っ飛んだ大岩が、敵の中に着弾。まともに食らった洗脳モンスターが、潰されてミンチになった。

だが、そろそろ敵が殺到してきている。

敵を楽しそうに斬り伏せまくっているパラケルススに、下がれと叫ぶ。不満そうにしながらも。周囲にいる敵を全部輪切りにしてから、パラケルススは戻ってきた。

短い間の戦闘だったけれど。

それでも、二百以上の敵は仕留めたはずだ。

特に、敵の中間補給地点は滅茶苦茶。これでは砲弾を運ぶどころか、増援が此処を通ることさえ難しいだろう。

「ペーター兄、退路、全部潰す?」

好戦的な笑みを浮かべるメルヴィアだけれど。

ツェツェイがそれを止めた。

「退路を残しておくのが戦の常道よ。 忘れたの」

「覚えてるけどさあ。 彼奴ら、皆殺しにしてやりたいじゃん」

「駄目だ」

ペーターは聞かされている。

捕虜になった敵ホムンクルスは、洗脳が薄いという。降伏する奴は降伏する。洗脳装置を抜かなくても、降伏してきた指揮官級までいるという。

そいつらは、貴重な情報源になっているし。

何より、緑化作業にしても何にしても、手が足りなさすぎるのだ。

アーランドでは、積極的に緑化作業が行われているけれど。

それでもまだ、荒野と緑地の比率は20対1とさえ言われている。もちろんこの20はモンスターの巣で、手を入れなければ森にも草原にもならない。降伏してきたホムンクルス達は、武装解除した後、緑化作業を手伝わせる。悪魔族との共同作業で緑化は進んでいるが、この降伏ホムンクルス達の流入で更に作業は加速。20年以内に、荒野と緑地の比率は、15対1にまで変わると言われていた。

「ある程度叩いた後、敵には降伏を呼びかける。 洗脳モンスターは仕方が無いが、ホムンクルスは、貴重な労働力になる」

「ちぇっ。 わーったわよ」

「メル、血に飢えてる?」

「トトリを散々虐めてくれたからねえ。 まあ、こっちの方がたくさん殺してるのは事実なんだけどさ。 気持ちの問題ってあるじゃない」

この凶暴な笑み。

仲間内でしか見られないものだ。

ペーターはくつりと笑うと。一旦敵から距離を取る。大混乱して、はぐれているような斥候は、即座に葬る。

少しずつ、敵の損害を増やして。

指揮官らしいのは、見かけ次第潰し。

混乱を加速させるのだ。

矢を取りに戻る。

束にして、筒に入れると。ペーターは一度丘の上に戻る。

どうやら、決着がついたらしい。

ロード級の悪魔が、全身を抉り取られ、煙を上げて死んでいる。その上に立っているのは、クーデリアだろう。

既に夕方で、見えにくいけれど。

アーランドでも平均以上、ベテランに充分入るペーターには、その様子が見えた。

「勝負あったな」

「後は増援が来れば、敵の指揮を決定的に砕けるわね」

「……そうだな」

ツェツェイが楽観論を述べるけれど。

クーデリアは、敵を一喝。逃げ散った敵を相手にせず、さっさとその場を離れた。あの様子では、消耗がかなり大きい。

あれだけの轟音が此処まで届いていたのだ。

簡単に勝てる相手では無かったのだろう。

いずれにしても、此処からは攻勢に出る番だ。

クーデリアが消耗しきっている以上、今度はペーター達で敵を引っかき回す。

そしてその後は。

増援で、とどめだ。

 

2、トンネルの先の光

 

ロロナ先生が、目を覚ます。

ずっとちむちゃんが増やしていたネクタルは、すぐにと急かされっぱなしで。ロロナ先生にも、時々投与されていた。

カテローゼさんに聞いたのだけれど。

ロロナ先生の状態は、相当に悪かったのだという。

内臓へのフィードバックダメージが凄まじく。身につけている錬金術の道具による回復が追いつかないほどだったとか。

労働者階級の人間だったら、百回は死んでいた。

そう聞かされて、トトリはさもありなんと思った。

何度も血を吐いているのを見て、とにかく苦しそうだと思ったけれど。目を覚ましたときは、本当に嬉しかった。

ちなみにトトリも、脚は治っていない。

「トトリちゃん?」

「ロロナ先生……」

「大丈夫。 少し痛いけれど、慣れっこだから」

咳き込む。

やはり、まだ血が混じっている。体内が滅茶苦茶になっているのだとそれだけでわかってしまう。

表皮の傷は、ヒーリングサルブを投与して、回復を促し。

体内のはネクタルで。

しばらく、ロロナ先生は動けないだろう。

「ブレイブマスク、あればなあ」

「何ですか、それ」

「昔の勇者が付けていた武具を参考に、私が作ったの。 体を一気に回復させる効果があってね」

「なおさら渡せません」

横から言ったのは、凄く怖い顔をしたカテローゼさん。

そんなのがあったら、ロロナ先生は更に無理をして戦うから、というのが理由だろう事は、容易に想像できる。

外の状況は。

先ほど、凄い音がしていて。

それ以降、静かになっている。

外を確認していた34さんが戻ってくる。多少は、ヒーリングサルブによる回復が始まっていて、楽そうにはなっていた。

「敵が大混乱しています」

「攻撃の、好機、かな」

「駄目です」

カテローゼさんが、ロロナ先生を押さえつける。

トトリはそれを止められない。トトリだって相当無茶をして。薬をたくさん作って。やっと、状況が落ち着いてきて。座って休んでいたところなのだ。

ホムンクルス達も、みんな満身創痍。

戦える状況では無い。

トトリは、ミミちゃんに肩を借りて、入り口近くに。

確かに敵の軍勢が、大混乱しているのが見えた。陣形どころでは無く、文字通りの右往左往。

敵陣の真ん中に倒れているのは、何だろう。

あまりにも巨大すぎる悪魔族に見えるけれど。

側にいたシェリさんがいう。

「ロード級の同胞だ」

「ロード級?」

「昔、トトリ殿達人間が魔王と呼んでいた、我等の長老クラスだ。 スピアに捕まったロード級の悪魔族は、脳を改造され、奴らの走狗にされたと聞いている。 良かった。 あの様子では、楽になったのだな」

他の悪魔族も、皆涙を拭っていた。

そうか。

人間だろうが、悪魔族だろうが。

洗脳して、兵隊に仕立て上げる。そんな事をしているのだと、目の前の事実で、更に思い知らされる。

スピア連邦を支配している人達は、本当に何を考えているのだろう。

話をしなければならないといけないのだと思うけれど。

今のトトリには、その手段がない。

一度、中に戻る。

カテローゼさんに、お薬は足りているかと聞くと。首を横に振られた。

「今は大丈夫です。 それよりも、入り口は固めておきます。 今のうちに、眠って置いてください」

「わかりました」

トトリも、正直限界だったのだ。

ロロナ先生の側にござを敷いてあったので、其処で横になって眠ることにする。長時間は眠れないだろう。

でも、短い間でも。

眠ると、かなり楽になる。

目が覚める。

隣に寝ていたミミちゃんも、目が覚めた様子だ。

また、大きな音がしている。

ロロナ先生は、もう起きていた。杖を手に、自分の体の状態を確認しているようだった。

「だから、駄目だと」

「大丈夫、神速自在帯は使わないから」

医療班の魔術師。カテローゼさんじゃなくて、お婆さんになっているもっと高位の人に、ロロナ先生が返している。

ロロナ先生の全身は、まだ満身創痍だけれど。

気付いたのだろう。

今こそ。

敵に決定打を与えるときだと。

「まだ動ける人、来て!」

ロロナ先生が声を張り上げると、数人が集まる。シラットさんも、ミミちゃんも。シェリさんも。

ホムンクルスも何名か。

34さんは止められた。満身創痍にもほどがあったからだ。

トトリも、松葉杖を借りたので、外に出てみる。

どうやら、敵に、攻撃が行われている。

恐らくは、援軍がついたのだ。

山にあった大砲は、いつの間にか全てが沈黙している上。山の彼方此方で、爆発が巻き起こされている。

敵が混乱する端の方では、戦闘が行われている。

気配からして、ついに味方が到着したのだ。

「敵の一番密度が高い位置に、全員で集中攻撃。 後の追撃は、味方に任せる」

「イエッサ!」

ロロナ先生が、詠唱を開始。

その体の周囲に、無数の魔法陣が出現する。

トトリは、息を呑んだ。

まるでロロナ先生が、白く輝いているかのようだからだ。アーランドでも最高位ランクに位置する攻撃魔術の使い手が、魔力を活性化させると。これほどまでに凄まじい輝きを放つものなのか。

杖をロロナ先生が、敵陣の一角に向け構えると。

ロロナ先生の帯から無数の鎖が伸びて、地面に突き刺さる。

金属音が連鎖。

それくらい、深く刺さったのだ。

「危ないぞ」

多分、ロロナ先生の護衛をしていたらしい悪魔族の一人が、トトリを引き戻す。

魔法陣が回転し。

その光が、更に強まる。

ロロナ先生の詠唱が、紡ぎ終えられたとき。

その杖の先には。

殺戮と殲滅の光が、宿っていた。

何も、ロロナ先生は叫ばない。

ただ、術の発動ワードを、唱えただけ。貫け、と。

それだけで、超極太の魔力砲撃が、敵陣に向けてぶっ放される。入り口辺りにあったバリケードは、その余波で蒸発した。

吹っ飛んだのでは無い。

蒸発である。

地面さえ蒸発させながら敵陣を蹂躙した砲撃が、山を直撃。遮るどころか、その間にいた敵は、全員が瞬時に気体と化した。

思わず、顔を押さえたのは。

山の一部が消し飛び、キノコ雲が上がったからである。

熱風が吹き付けてくる。

しばし、暴力的な音が、耳を蹂躙していた。

目を開けて、その凄まじい光景を見る。

地面に、直線的に。

溶岩の帯が、作られていた。

ロロナ先生が、その場に倒れそうになる。やっぱり無理をしたのだ。だが、これが決定打になった。

敵が敗走を開始。

味方の増援が、それを追っていく。

ロロナ先生は、追撃にと飛び出す人達に、釘を刺した。

「追撃は、国境まで」

「承知っ! 今までの鬱憤、百倍にして返してくれる!」

喚声を挙げながら、味方が追撃していく。

ミミちゃんもそれに加わっていた。

増援部隊の中に、ナスターシャさんと、ガンドルシュさんがいるのが見えたけれど。トトリには、それに加わる余裕は無かった。

 

眠るように言われて、その場で静かにする。

どれくらい、眠ったのだろう。

起きたとき、外は真っ暗。

多分、丸一日以上、寝ていたはずだ。脚の様子は、すっかり良くなっていた。

周囲には、かなりの数の医療チームがいる。ロロナ先生は馬車の方で、医療班の人と、話しているようだった。

「だから、もう大丈夫」

「駄目だといっているでしょう。 少しで良いから休みなさい」

「ええー」

鬼のような顔をしているのは、トトリも見た事がある老魔術師だ。多分、冒険者ランクを上げるときに、講習をしてくれた人だと思う。

ロロナ先生が、しぶしぶ休む周囲では。

援軍と一緒に来たらしい医療班が、てきぱきとけが人の処置を済ませていた。処置が終わった人は、外に来ている馬車や荷車で、アーランドの街や村に運ばれて行くらしい。

修道院の入り口は、文字通り消し飛んでしまっている。

だから、外の様子は丸見え。

どうやら降伏したらしい敵が、かなり縛り上げられていて。

戦士達が、尋問しているようだった。

数は、数百を超えているだろう。

ミミちゃんが来る。

「味方の完勝よ。 敵の損害は一万を越えたそうね」

「そんなに……」

「国王陛下も、少し前に帰還したと言うわ。 敵の二万以上の軍勢を引きつけてくれていたらしいわ。 もし陛下が引きつけてくれていなければ、此処は確実に陥落していたでしょうね」

そうか。

緒戦では大損害を受けたけれど。最終的には、この戦いは敵を追い払い。致命的な打撃を与えたという意味で、戦略的に勝利を得たわけだ。味方の損害も大きかったけれど、この様子では敵の損害はそれ以上だろう。

戦争に詳しくないトトリだって、それくらいはわかる。

ミミちゃんが促す方を見ると。

建築部隊が来ている。

なるほど、此処を恒久的に要塞化してしまうわけだ。しかし、此処は補給が色々と大変な場所の筈。

そうなると、補給路を確保するために、色々な人が苦労をする事になるだろう。

他人事のように。

トトリは大変だなと思ってしまった。

嫌な予感はたくさんするけれど。

今は、ただ休みたい。

かゆを貰って、また横になる。

眠って、起きて。医療魔術を掛けて貰って。そして、少しだけ薄められたネクタルを口にした。

何というか甘い。

そして、力が湧いてくるのがわかる。

耐久糧食を、ぐっと濃くした感じ、というのだろうか。全身に活力がみなぎって、動きやすくなるのが、目に見えてわかる。

おなかがぽかぽかする。

眠るように言われて、そうする。

目が覚めた頃には、体の痛みは綺麗に消えて、ずっと楽になっていた。

そうして、二日、同じように治療を受けて。

その間、トトリと一緒に地獄の退却をした人達が、挨拶をしていった。

シラットさんは、冒険者としてのランクが多分上がるらしい。これからアーランド王都に戻るそうだ。

今回は無様を晒したが。

次は、何でも言って欲しい。護衛でも何でもすると、嬉しい事を言ってくれた。

シェリさんは、他の悪魔族の戦士達と一緒に、引き上げていく。

何処かの緑化作業を行うのか、あるいは。

戦争を、またしに行くのかも知れない。

わからないけれど、必要なことがあれば何でも言って欲しいと言われて、トトリは嬉しかった。

891さんと1112さんは、どちらも大けがをしていたけれど。

幸い、手指を失うようなこともなく。

二人とも、この辺りの駐屯部隊として残るそうだ。

退路に使った辺りを整備して、砦をつないで、敵への備えにするとかで。その辺りの地理に詳しい二人は、指揮官級として赴任するという。

それは出世ですねというと。

ホムンクルスの笑みを、はじめて見ることが出来た。

891さんは、こうすれば喜んでくれますかと言ってくれて。トトリは、涙が出るほど嬉しかった。

でも、これらの出来事は。

トトリが夢うつつだったから、本当かどうかはわからない。彼ら彼女らと、一緒に修道院に逃げ込んだのは事実。

そして治療を受けて。

みんな、退去していったのも事実だ。

本当に、やりとりをしたのか、少し自信が無い。

でも、みんな無事に此処を離れたのなら、それはとても嬉しい。

そういえば、ガウェインさんは。

あの人は、たしか本物のお姫様の筈だから、トトリには挨拶する暇が無かったのかもしれない。護衛が終わったら、もう縁がない相手と言っても良いだろうし、こればかりは仕方が無い。

ロロナ先生は、トトリより先に、馬車でアーランドに戻っていった。何しろこの国の高官である。

それに、籠城戦勝利の立役者だ。

今でも、山に穿たれた、凄まじい破壊の跡は、生々しく残っている。

あれは、敵が戦意を失うのも当然だろう。

負傷を押しながらも、仕事をしなければならないのは大変だけれど。高官になるというのは、そういう責任を持つと言う事。

アーランドでは、少なくとも。

高官だからと言って威張ったり。

能力もないのに、高官になれる人は、いないはずだ。

そう信じたい。

34さんが来た。

まだ腕を吊っている。

撤退戦で、一番頑張ってくれたのが彼女だ。前にも、色々助けて貰って、本当に嬉しい。トトリが礼を言おうとすると、制止。

どうしてだろう。

34さんの言葉だけは、クリアに耳に残った。

「貴方のような人がホムンクルスを作れば、スピアの悪夢はなかったでしょうね。 私はまた、貴方の護衛をしたい。 貴方のためなら、私は死ねますよ」

「そんな、もったいない、です」

そう答えられたかはわからない。

いずれにしても、意識がはっきりしてきた頃には。もう、みんな修道院を離れていて。修道院の周辺は、要塞化が始まっていた。

ロロナ先生の馬車もなくなっていたけれど。

ただ、ちむちゃんはいた。

トトリの世話を色々してくれていたらしい。

周囲と意思疎通はとても難しいけれど。とても愛くるしいので、周囲は悪く思っていないようだった。

はっきり実感は無いけれど。

あの戦いから、一週間ほど。

トトリは、医療班から太鼓判を押して貰って。わざわざ残ってくれていたミミちゃんと一緒に、アーランドに帰る事になった。

 

修道院を出て、わかる。

戦いの傷跡が、辺り中に残っている。

死体は流石に全て片付けられているけれど。修道院の北にある山は、地形が変わってしまっている。

大砲も全て撤去されていた。

いや、修道院の周囲に降ろされただけだ。これからアーランドに輸送するのか、それとも。

此処の守りに使うのかもしれない。

大砲なんて、今時役に立つ兵器では無いから、一度鋳つぶして、武器にしてしまう方が良いようにも思えるけれど。

ロロナ先生が作っていた、自立思考する大砲はそこそこに強いようだったし。どうするべきかは、少なくともトトリには何とも言えない。

帰り道、白骨の野に出る。

かなりの数の骨が、踏みしだかれていた跡があった。

それは急ぎの行軍だったのだし、仕方が無い。

でも悲しい。

もしも、砂漠に道を作れというように。此処に補給路を作れという命令が来たら。トトリは、此処の骨を出来るだけ葬りたいけれど。

それは流石に無理だろう。

トトリの社会的地位では、仕事を選べる状況では無いからだ。

「ねえ、ミミちゃん」

「何よ」

「此処の人達、どうしたら満足してくれるかな」

「……そうね。 私は名誉を得たいって考えている人間で、それなりの考え方だと思って欲しいのだけれど。 人としての尊厳が保たれたら嬉しいかも知れないわね」

そうか。

此処で野ざらしで朽ちていくことが、尊厳につながるとは、トトリには思えない。

アーランドに戻る途中、彼方此方の村で、戦いの話を聞いた。

東の方でも大きな戦いがあって。

其方では、味方が被害も出さず、大勝利。敵の砦を四つも潰して、一万五千以上の敵を葬ったのだとか。

そうか、あわせて二万五千もの命が散ったのか。味方を含めてそれくらいだろう。

酒場で嬉しそうに話しているのを聞いて。

トトリは、目を閉じて、黙祷。

殺した数は、トトリも貢献している。

戦いの中、敵の小隊を何度も全滅させたし。逃げる最中、モンスターも殺した。だから、トトリに批判する権利は無い。

でも、悲しいと思う権利くらいは、あるはずだった。

街道を行く。

目だって安全になって行くのがわかる。途中からは馬車に乗って、アーランドまで後は座っていくだけ。

馬車を動かしているおじさんは、労働者階級の人らしい。

前はモンスターからの自衛能力がない御者は許可されなかったらしいのだけれど。今はリス族による街道護衛が進んでいて、馬車のルート次第では、労働者階級の御者がいるらしいと、少し前には聞いていた。

何だかものすごく悪人顔の御者で。

お客がトトリとミミちゃん、それにちむちゃんしかいないからか、時々話しかけてくる。

「戦争があったそうだね」

「そうらしいですね」

「俺もこの国には、盗賊として入ってな。 あんた達くらいの年の子供に、全員ぶちのめされて、工場送りにされてな。 全員ライフルで武装してたのに、当たらないし当たっても効かないしで、世界が違うことを思い知らされたよ」

ハハハハと、楽しそうに笑うおじさん。

その後おじさんは、真面目に働いていることが評価されて、工場での地位も上がったけれど。

工場でラインについているのは性に合わないらしくて、馬車の御者が募集されたとき、其方に移ったという。

今はスケジュール通りに馬車を動かすだけの仕事が性にあっていて。故郷にいた頃より、ずっと楽しいのだとか。

人生色々だ。

昔この国では、戦争の度に、傭兵としてたくさんの人が出向いて。

お金を稼いで、奴隷や物資に変えていたとか。

その奴隷の子孫達が、今の労働者階級だけれど。この国に入り込んできた盗賊などが更正して、労働者階級になるパターンもあると言う。

いずれにしても、モンスターとの激しい生存競争に曝されて、鍛えに鍛え抜かれたアーランド人と、外来の労働者階級では、戦闘能力が違いすぎる。ライフルなんか、アーランド人を相手にする時には武器どころかオモチャにもならないのだ。

「あんたたちも、冒険者かい? 駆け出しか?」

「そんなところです」

「俺も最近結婚してな。 嫁はアーランド人だから、子供は多分俺よりずっと強いだろうな。 親父としての威厳を保てるか、今から自信が無いよ」

何だか、とても参考になる話だ。

馬車を降りて、アーランドに到着。

荷車を引いて、アトリエにつくまで、ミミちゃんは一緒に来てくれた。

今回、トトリはあまり多くの事を出来なかった。

お薬を運んで。

お薬を調合して。

敗残兵を救出して。

仕事をしたにはしたけれど。砂漠に道を通すと言った、今までの仕事に比べると、とても規模が小さい。

昇格は無いだろうなと思って、アトリエに入る。

でも、それは仕方が無い。

今回、トトリは、誇れる仕事をしたのだ。大勢の敵を殺しもしたけれど。それ以上に、誇れる仕事をした。

もし、負傷者を置いて逃げたりしたら。

お母さんに、許して貰えなかっただろう。それでもアーランド人かと、説教されていたかもしれない。

ちむちゃんが、荷車から、てきぱきと残った荷物を、コンテナに入れてくれる。

コンテナにあったお薬は、殆ど在庫が尽きてしまった。

アトリエにはいって、ひんやりとしたものを感じる。ロロナ先生が留守にしているから、だろうか。

きっと今頃、会議にでも出ているか、それともとても難しい仕事をしているのだろう。

まず、銭湯に入ろう。

その後は、ゆっくり眠って。

周囲の採取地で、色々なものを集めて来て。

その後、お薬を、出来るだけ作っておこう。

ロロナ先生のレシピにある道具も、可能な限り再現しておきたい。特に、今回思い知ったのは。

色々な種類の発破を用意しておくと、潰しが効くと言うことだ。

グナーデリングのような、錬金術と魔術を組み合わせた装備も、もっと作っておきたい。そうすればそれだけ、戦闘が有利になる。

敵を効率よくたたければ。

味方の被害も、それだけ減る。

味方だけではなく、敵の被害もだ。戦意を失わせることが出来れば、それ以上の追い打ちは必要ないのだから。

片付けが終わった後、ちむちゃんの手を引いて、一緒に銭湯に行く。

妹がいたら、こんな感じなのかな。

そう、トトリは思った。

 

3、一転

 

ロロナが王宮の地下に出向くと、既にアーランドの幹部は勢揃いしていた。

戦況が一段落したからである。

ジオ王もいる。

かなり手酷く傷を受けていたと聞いている。二万からなる敵を、単独で相手し続けていたというのだから、当然だろう。

地下の会議室には、ぴりぴりした空気があったけれど。

その理由は、おそらく。

頭に包帯を巻いたままのジオ王だろう。この人が、これほど傷つけられるのを、ロロナははじめて見た。

「それでは、会議を始める。 まずはエスティ」

「はい」

立ち上がったエスティさんが、砂漠方面の戦況について説明を開始。

連日の戦闘により、抑えに置かれていた敵戦力二万五千に致命打を与え、その内一万五千以上を戦死させることに成功。

泡を吹いた敵は、一旦戦線を後退させた。その後、兵力を増強して守りに入り。結果として、アーランド近辺の防御拠点の殆どを放棄。

広大な土地が、中立地帯と化したという。

それは丁度、中規模の国一つ分くらいに相当する面積だそうだ。

敵の砦の内、二つは完全破壊。

もう二つは制圧。

現在は、中立地帯になった中を探索して、敵の研究所や、ホムンクルスの生産設備がないか、調査中だそうだ。

ロロナが横目で見たのは、腕組みしたままのステルクさん。

ステルクさんは、非常に険しい顔をしていた。

今回の戦いで、一番敵を殺したのが、ステルクさんだから、だろう。更に言うと、ステルクさんは、雷鳴から紹介されて、ジーノ君を弟子にしている。そう、トトリちゃんの幼なじみの、彼である。

彼を実戦に投入し。

敵を殺さなければならなかったのは。あまりステルクさんとしては、嬉しい事では無かった様子だ。

ジーノ君は戦闘面では才能があるらしく、随分活躍もしたらしい。それが、むしろステルクさんには面白くないようだった。

何となく、分かる気がする。

ステルクさんが、師匠やロロナの事を気に掛けていることは何となくわかるし。本来の性格が、戦士向きでは無いことも。戦士として思考停止することで、自分を納得させていることも。ロロナは何となく理解していた。

一連の報告が終わると。

挙手したのは、メリオダス大臣。

「かなりの面積が此方の自由に出来るようになったようですが、街や村などは、なかったのですか」

「皆無です」

「しかし、この面積で……」

「幾つか、それらの跡地は見つかりましたが。 其処に暮らしていたらしい人間は、皆殺しにされたようですね。 或いは、別の場所に連れて行かれたか」

流石に、メリオダス大臣も、声を詰まらせる。

実際に、スピアの領地を調査してみれば、噂が事実だとはっきりわかる。ただそれだけのことだ。

ただ、各地に隠れていた人々や。山などに潜んでいたリス族などは、中立地帯から、アーランドへの移住を促している。

合計で二千ほどが、スピアの監視をかいくぐって、生き延びていたらしい。不幸中の幸いと言うべきだろうか。

大きくため息をつくメリオダス大臣。

無言で座る彼に変わって、ステルクさんが発言した。

「中立地帯は、此方の兵力も足りませんし、当面は維持を考えない方向で行くべきかと思いますが、どうでしょうか」

「そうだな。 無意味に戦線を広げても、敵の逆撃を受けるだけだ。 現時点での戦力は、鹵獲した砦と、砂漠の砦に集約。 急いで中立地帯の探索を進め、以降は放棄しろ」

「わかりました」

ジオ王の判断は的確だ。

ロロナも、戦略的にそれが正しいと思う。

また、今のうちに、敵地に残された物資も回収すべきだという声が文官から上がる。余裕があったらと、エスティさんが返答。

それらの話が終わった後、西の戦線についてだ。

此方については、ロロナが説明する。

まず、戦況について。

悪魔族の部隊とスピア領内に突出したジオ王が、敵地で攪乱を続けている間。どういうわけか、各地の戦線を放棄してまで、敵が集結。

遊撃をしていたジオ王の部隊を包囲した。

数は四万に達した。

ジオ王は単独で敵二万を引きつけながら残り、ガウェイン公女を含む味方を撤退させたが。

敵の残りが、撤退中の味方を追撃。

国境近くにある修道院で、ロロナが籠もっての迎撃戦が行われた。この時、ロロナが主力部隊を救出。

その後トトリちゃんが、残っていた戦力を救出して、複雑な経路での撤退を成功させた。

後はくーちゃんが間に合ったこと。

遊撃をしていた、ペーターをはじめとする四名と、パラケルススが良い仕事をしたこと。そして、ハイランカーを数名含む戦士二百五十名が到着したことで、一万五千余の敵は、その戦力の三割を喪失して撤退。それまでに五千近くを失っていたこともあって、敵の損害は最終的に万に達した。

最終的には、敵地を奪い取ることは出来なかったものの。

味方の領土は保持。

大きな損害はだしたものの、戦略的な勝利を手にすることが出来た。

トトリちゃんの活躍は特筆すべきものだとロロナは強調したけれど。ジオ王は、あまり心を動かされなかった様子だ。

今までの派手な成果に比べると、地味だし仕方が無いだろう。

「修道院への補給路は、まだ未整備だな」

「はい。 街道も不確かです」

「トトリにやらせて、できるか」

「恐らくは」

それが成功したら、ランク6に昇格させろ。

ジオ王がそう言うなら、それが絶対。この人は会議などでは、とても冷厳な姿を見せる事があって。

ロロナは、時々戦慄もする。

続いて、くーちゃんが報告を開始。

「大陸北西部の列強は、スピアと互角以上に渡り合っています。 スピアの軍勢の多くが此方に引き抜かれたことで、戦力差が逆転。 レオンハルトが暗躍し、かなりの被害を出させもしたようですが、それでも幾つかの国が勝利。 相当な領土を、スピアは失った模様です。 ただ……」

「焦土戦術、だな」

「はい。 何しろ奪った領土には、もはや誰も生き残りがおらず、インフラが破壊された街も村も、得ても何も価値がありません。 勝利はしたものの、どの列強も頭を抱えている模様です」

厄介な話だ。

スピアは何もかもを無茶苦茶にしながら領土を広げている。

つまり、その領土を取り返しても。

無茶苦茶にされた土地が残るだけ。人間も街も。何もかもがないのだ。

そして、スピアは。

兵を失うことを、何とも思っていない。今回は彼方此方の戦線で完勝したが、それも一時的。スピアはすぐに兵力を増やして戻ってくるだろう。

今しか、好機はないのかもしれない。

ジオ王が、立ち上がる。

「エスティ」

「はい」

立ち上がったエスティさん。

相当な重要命令が出るだろうとロロナは思ったけれど。それは当たった。

ジオ陛下が促すと、会議室に入ってくる女性。青い髪を持つ、とても高貴な印象を受ける人だ。

「彼女を通じて、工作を開始しろ。 ガウェイン公女、協力をお願いできますな」

「妾に出来る事であればよろこんで」

「うむ」

エスティさんが頷いて、ガウェイン公女を連れていく。

言うまでも無いが、敵地を通ることもある危険任務だ。それに北部列強の中には、アーランドなど国として認めていない所もある。そういった場所と外交をするには、ガウェイン公女の存在は絶対不可欠。

そしてガウェイン公女にとっても、国を守るためには、どうにかしてアーランドと北部列強の連携を取らなければならない。

ギブアンドテイクは成立している。

何ら問題は無い。

そして、エスティさんだからこそ、こういうデリケートな任務に従事できる。彼女と配下の連携が取れてこそ、出来る事だ。

こういう考えが出来るようになったロロナは、もう自分は子供では無いのだなと実感してしまう。

くーちゃんは腕組みしたまま話を聞いていて。何も意見を述べなかった。

その後は、敵地の探索について。国内の引き締めについて。幾つかの案件が指定されて、ロロナがその幾つかを請け負うことになった。くーちゃんは相変わらず国内の引き締め。その代わり、ちむ型ホムンクルスの生産が一段落したロロナが、スピア国内に乗り込むことになる。

それに伴って、来年には冒険者ランクを10にあげるという話もされた。一瞬だけ師匠を見るけれど。

もう興味が無いようで、腕組みしたまま、じっとしていた。ロロナの出世の話についても、何もコメントしなかった。

会議が終わって、全員が散る。

ステルクさんは、これからトトリちゃんと接触。今後は護衛任務に、時々同行することになる。

ロロナはしばらく席についてぼんやりしていたけれど。

くーちゃんに促されて、席を立った。

「飲みに行きましょうか」

「うん。 たまには、多めに飲もうか」

「そうこなくっちゃあね。 おごるわよ」

「うん、ありがとう」

二人で、サンライズ食堂に。

現在サンライズ食堂を取り仕切っているのは、ロロナの幼なじみであるイクセくんだけれど。彼は今回のミッションにはあまり積極的には参加していない。

戦士としては一線級だけれども。今回の任務には力不足だからと、辞退したのである。その代わり、冒険者としては充分なハイランカー。要所では活躍してくれているので、国としても何も文句は言わない。

しばらく、黙々とお酒を飲みながら、料理を口にする。

体の内部がひどく傷ついたからか。

おなかがすいて、仕方が無い。

お酒も、体が温まるようで、ついつい口に運んでしまう。

「食べるわね」

「うん。 直そうとしているんだろうね」

「今のうちに休んでおきなさい。 幾つか難しい任務が入っているし、トトリだって構えなくなるんだから」

「地位が上がるって、嬉しいことばかりじゃ無いね」

ポストを得ることで、ロロナは色々と権限を拡大して、出来る事を増やした。今の実力なら、国政にも関与が難しくない。

ただのランク9冒険者では無いからだ。

この国でも、師匠とトトリちゃんを除けば、錬金術師として一線級の人材はロロナしかいないし。

経験が足りないトトリちゃんや、ホムンクルスの生産と最前線の警備にかかりっきりの師匠と違って、自由に動けるのもロロナしかいないからである。

しばらく談笑していたけれど。

それが止まったのは、相席に不意に座った人がいるからだ。

タントリスさんである。

久しぶりですねと声を掛けると。

少し大人っぽくなったタントリスさんは、ロロナに相変わらず歯が浮くような褒め言葉を言う。

くーちゃんが汚物でも見るような目で、タントリスさんを見た。

「また浮気の噂があるようね」

「噂さ。 本当だよ」

「くーちゃん、信じてあげようよ」

「……そうね」

タントリスさんは、何年か前に結婚。その後、三回伴侶を増やした。

アーランドでは、戦士として実績を上げた人間は、四人まで配偶者を得ることが出来る。これは男女ともに関係がない。

タントリスさんは戦士としてはハイランカーの下位程度の実力だけれど、一応相応の実績を上げているので、四人の奥さんと同時に結婚出来ている。その内二人はホムンクルスだ。ホムンクルスと結婚する冒険者は増えてきていて、深刻な女性戦士不足に陥っていたアーランドの事情が、ある程度改善されている。

ただしホムンクルスと結婚する場合も、人間と同じように扱うようにと法が定められている。

そしてアーランド人にとって。

浮気は最大の恥とされる。

タントリスさんの場合、今までの行状が行状だったので、悪い噂が絶えないけれど。ロロナが見たところ、前のプロジェクトの終盤くらいに一皮むけた様子で、多分今は浮気をするような事も無さそうだ。

その代わり、大人になったロロナのお胸やおしりを見ている事が結構あるので、それはちょっとげんなりする。

「それで、何用?」

「二人に話しておこうと思ってね」

空気が変わる。

ロロナは頷くと、周囲に音を遮断する結界を展開。ハンドサインを出して、厨房にいるイクセくんに合図。

周囲の席の人達も、ロロナとくーちゃんがこの国の高官であることは知っている。

だから遠慮して、席を外してくれた。

この状況で近くの席に座るのはお上りさんか、敵国の間諜。そしてお上りさんの場合も、声が聞こえないように今細工したので問題ない。

「どうやら、北方の列強の一つ、ミギア王国の軍勢が、スピアのホムンクルス生産設備を見つけたようだよ」

「それは本当!?」

「本当さ。 ただし、敵の警備が極めて厳重で、送り込んだ兵士は一人も生還できなかったとか。 最低でも国家軍事力級の戦士が行く必要があるだろうね」

そうなると、ロロナが動く必要がある。

ジオ陛下にも来て欲しい。

それと、出来るだけの戦力。ホムンクルスの一個中隊以上。悪魔族も同じくらいの数が来てくれると心強い。

問題はとても遠いという事。

悪魔族が、幾つか秘密の転送拠点を作ってくれているけれど。それを使っても、一週間以上掛かる。

ミギア王国は、典型的な反アーランドというか、反辺境の思想が強い国で。普通に交渉しても、多分突入作戦を許可してくれないだろう。

しかし、此処で敵のホムンクルス生産設備を一つでもつぶせれば。

大きな成果が上がる。

「問題は、どうして私達に?」

「どうもこの件、大変きな臭くてね。 できる限り最速で動ける君達に動いて貰いたいのさ」

「エスティさんは?」

「ロロナ」

くーちゃんに釘を刺された。

つまり、エスティさんにも、話せない何かしらの理由がある、という事か。非常に面倒な政治的な事情が、裏にありそうだ。

だけれど、それくらいは仕方が無い。

予想するに、おそらくガウェインさんの問題だろう。ミギアと交渉している暇さえ惜しい、と言うわけだ。

ロロナ一人では厳しいかもしれない。

「クーデリア君。 君の分は、何名かのハイランカーで仕事を代用させるよ。 二人で行ってきてくれないか」

「一つ条件があるわ」

「何だろうか」

「その情報、どうやって手に入れたのかしら? それをちゃんと話すのなら、この件に乗ってあげる。 私としても、ロロナをこれ以上危険にさらすのは気が乗らないのよ」

今のくーちゃんは、この国でも最強の戦士の一角。

少し前の戦いでも、単独でドラゴンを屠っている。それも、神速自在帯を使っているロロナと違って、ガチンコの勝負で、ねじ伏せたのである。実力で言えば、タントリスさんとはもはや雲泥の差。

タントリスさんが十人いても勝てるかどうか。

それくらい、今のくーちゃんは強いのだ。

「実はね。 降伏したホムンクルスの一人が吐いたのさ。 指揮官級の一人がね」

「……そういうこと。 自白剤でも使ったのね」

「実は僕の所に、個人的にヒントとなる情報を持ち込んだ者がいてね。 この人間がかなり怪しいのだけれど。 エスティさんに内緒で、該当の人物に自白剤を使ったところ、無視できない情報が出てきたのさ」

なるほど。

これは怪しい。

罠の可能性が極めて高い。

ちなみに聞いた名前は、情報屋として有名な人物。アーランドだけではなく、複数の国を股に掛けて、情報を売り歩いていることで有名な人だ。

コオル君の同族で、非常に小柄なのだけれど。そのフットワークを生かして、商売をしたり、火遊びをしたりしている一族。

彼らの情報を信じるから。

接した人間次第だ。

「わかりました。 くーちゃん、行こう。 速攻でけりを付けて戻ってこよう」

「いいの? 今から急ぎで行くと、支援戦力も用意できないし、下手をするとミギアの軍勢まで敵に廻す事になるわよ」

「支援戦力なら、何人か宛てがあるから。 パラケルススちゃんにも頼むつもり」

「……」

勿論、パラケルススちゃんが、師匠に丸ごと情報を流すことは、最初から想定済み。それが不利益を招く前に、決着を付ける。

後、ロロナはジオ陛下にはこっそり話しておくつもりだ。

これは最悪の事態に備えての保険である。

何人か、降伏したホムンクルスの中に、ロロナに個人的な忠誠を誓っている子達がいる。その子達を、支援戦力として連れていく。

ジオ陛下への口づてについては、くーちゃんに頼む。

目配せだけで通じる。

席を立つと、ロロナは結界を解除。

すぐに出かけるべく、アトリエに。くーちゃんはおそらく引き継ぎをするためだろう、王宮へと急いだ。

アトリエに戻ると、トトリちゃんは疲れが溜まったのか、ベッドでちむちゃんと一緒に寝ていた。

起こすのも悪いので、書き置きをして行く。

ちむちゃんは自由に働かせるように。ただし戦闘関連では力を発揮できないので、錬金術の補助に使う事。腕力はあっても、敵の攻撃に耐えられるほど頑丈では無いのだから。それと、お仕事に関して分からない事があったら、とりあえず待つように。

二週間で戻ります。

そう書き置くと、アトリエを出た。

何名か、今までの経緯で従えた、スピアから降伏したホムンクルス達が集まってくる。

彼らには支援に廻って貰う。

直接戦わせることはしない。アーランドのホムンクルスに比べると戦闘力が低いし、何よりPTSDで戦闘できない子もいるからだ。

高速移動できる何名かだけを厳選。

後の子は、中間地点に物資を運ぶ仕事だけを任せる。

それと、パラケルススちゃんにも声を掛ける。彼女とは国境で合流。そのまま、敵地に向けて、全力で移動することになる。

まだ病み上がりだけれど。

移動しながら、傷の回復はする。

くーちゃんに到っては、現時点でベストコンディションに近い。彼女と組むなら、大体の相手には勝てる。

ジオ陛下とだって、今ならかなり良い勝負が出来ると、ロロナは思っているくらいだ。ただし、あくまでくーちゃんと組んだときだけの話だが。

後は、持ち出すお薬。

今回の件で、かなり薬は使った。戦闘ではギリギリになる。

発破の類はまだ少し余裕があるけれど。

いずれにしても、厳しい戦いになるだろう。

一なる五人が直接出てきた場合だけ、どうするか考える必要がある。その場合は、撤退を最優先にするべきだろう。

街の東門に出ると、もうくーちゃんが待っていた。

「二人で出るのは久しぶりね」

「そうだね。 りおちゃんやステルクさんがいたら、もっと心強かったかな」

雑談しながら、移動開始。

目的地まで、一週間。

敵地で一日を過ごし、そのまま帰還する。目的は、ホムンクルス生産工場の掌握と解析。これがなせれば、敵の生産力を大きく減衰させることが出来る。

影となって走りながら。

ロロナはくーちゃんと、昔の事を話す。

でも、子供だった時代は、あくまで過去。

今のロロナとくーちゃんは、もう大人だ。

大人である以上、世界の闇とも戦わなければならない。そして闇は、なにも外にばかりあるとは限らない。

勿論、世界の闇と戦える人ばかりではないけれど。

今のロロナとくーちゃんには。

その力がある。

ある以上、戦う事は、義務だ。

数名のホムンクルス達と、国境で合流。此処からは強行軍になる。荷車も持たない強行軍だ。脱落者を出さないように気を付け。現地に到着時、体力を残しておく必要もある。

トトリちゃんが心配だけれど。

残してきた護衛達が、きっと良くやってくれるはず。

これから、敵の力の何割かをそげる可能性があると思えば。戦いに赴くことは、決して分が悪い賭では無かった。

 

4,歩の道

 

あの戦いが終わってから一週間で、トトリの所に、次のお仕事が来た。

案の定、修道院への補給路整備。

砂漠の砦の一件で、トトリは道を作る作業に関しては、スペシャリストになりうるとみなされたのかもしれない。

いずれにしても、これをこなせば、ランク6に昇格と言われたら。やらざるを得ないというのが実情だ。

もっと情報が欲しい。

社会的権限を増せば、お母さんへの手がかりも増える。

だから、トトリは頑張るのだ。

幸い、一週間の間に、素材集めはとても頑張った。お薬も発破も、充分な量が作ってある。

それに加えて、今回は。

道を一度通っている、と言うのが大きい。

何処に問題があって、どうすれば良いのか、わかるのだ。

問題は、街道の整備は、砂漠を通れるようにする、というのとは、時間の掛かり方が違うと言うこと。

腰を据えて掛かる必要がある。

少なくとも、今年は。

もうこの作業に掛かりっきりだと、覚悟するしかないだろう。

まず、ミミちゃんに声を掛ける。他にも手伝ってくれそうな人はいないかと思ったのだけれど。ジーノ君はしばらく前から留守。

ナスターシャさんもである。

一方、メルお姉ちゃんはふらっと現れて、協力を約束してくれた。これは、手伝いが期待出来る。

更に、王宮に頼んで、ホムンクルスの一個小隊を廻して貰う。

実際に現地で計画を立てたら、それに沿って働く人も廻して貰うつもりだ。

計画を立てるまで、一週間。

それから物資を揃えて、現地に向かう事になった。

現地に歩きながら、隣にいるミミちゃんが聞いてくる。

「今回はどうするつもり?」

「森を作ろうと思うの」

「森?」

「うん。 街道の彼方此方にキャンプスペースを作るだけだと、多分補給路は安全にならないよね。 だから森を作って、流入しているリス族の人達に警護して貰うのが一番良いかなって」

一番現実的な案がそれだ。

ちなみに、戦いで得た捕虜の多くが、緑化作業に従事しているという。白骨の野の整備、それに沿線の要所を緑化。

それで、補給路は通せるはずだ。

また、緑化作業を進めることで、村を作る下地も整備する事が出来る。

今、アーランドの人口は、増加に転じているというし、これは大きいはずだ。ただ、各地で緑化が急ピッチで進められているとも聞いているので、別にトトリが凄いことをするわけでもないけれど。

まず、修道院に到着。

前に来たときとは、まるで別。

完全に要塞化がされていて、周囲にはものものしい見張り小屋や櫓。山の方には、砦も作られているようだ。

34さんがいたので、声を掛ける。

軽く雑談した後、補給路についての話をすると。やはり、補給が細くて、困っているという話をされた。

途中に少なくとも、キャンプスペースを四つ。

更には、労働者階級の人が、物資を運べる安全な道を作れば。作れないにしても、アーランドから延長すれば。

此処の守りが、ぐっと堅くなる。

ロロナ先生が残していった馬車は、流石になかったけれど。

来る途中で見回って、キャンプスペースに良さそうな場所は、幾つか当たりを付けている。ただし現状では、危なすぎてキャンプスペースにはならない。一つずつ増やしていく必要がある。

最低限必要なのは水で。

いちいち湧水の杯を使うのでは無くて、どうにかよそから持ってくる工夫が必要になるだろう。

このうち、二カ所の予定地に関しては、近くに川があるので。

その川の水を湧かして飲むようにすれば問題ない。

後、今回の目的の一つ。

白骨の野の処置だ。

無数の人骨を、せめて尊厳のある処置をしてあげて。葬って上げたいのである。これは甘い考えだとは思わない。

トトリは、今後も。

こういう考えでは、人間味を捨てたくない。

さあ、仕事を始めよう。

トトリは、戦いはそれほど得意では無いけれど。出来る事は、たくさんある。そしてその出来る事で、救われる命と。守られる尊厳があるのなら。

躊躇うこと何て。

何一つ、ないのだから。

 

(続)