砂の壁

 

序、砂だけの世界

 

ただ、数日過ごしただけで。

今までトトリがいた場所が天国に等しいことが、よく分かった。

体調を崩すどころか、死にかねない。それでも、これから此処を踏破しなければならない事を考えると。

データは、可能な限り取らなければならなかった。

砂漠。

砂だけが、延々と拡がる世界。

アーランドに存在する、最大の砂漠、熱砂の荒野。その圧倒的威容は。側で数日過ごしただけでも、嫌と言うほどに身に染みた。

延々と連なる砂丘。

風が吹く度にその姿が代わり。

方角さえ、今はどうだかわからなくなってくる。

砂漠で生きてきた民でさえ、死ぬ事がある魔境の中の魔境。過酷な環境で生きていくためか、住んでいる生物たちは、みな異様に大きい。獲物を逃がさないためか、特に巨大な口をしている者が目立つ。

砂漠の果ての村で生活しながら。

トトリは可能な限りのメモを取りつつ。周辺の環境について、思いを巡らせる。

此処を突破したアーランド戦士は、いる。

別に珍しくもない。

それは、でも。アーランド戦士の屈強な肉体があったから可能だったことで。誰にでも出来ることではない。

トトリがするのは、誰にでも此処を突破出来るようにするための準備である。

クーデリアさんは、計画があればもってこいと言っていた。

つまり、現実的な計画であれば。

動かしてくれる、という事も意味している。

だけれども、何しろ国家規模の事業になる筈。安易な計画を立てるわけにはいかないし。何よりトトリ自身、現在はプランがなかった。

そろそろ、太陽が本格的に輝き始める。

「トトリ」

後ろから、ミミちゃんが声を掛けてきた。

頷くと、砂丘を降りる。

滑り降りるとき、気を付けないと、埋まってしまう。柔らかい砂は、時に凶器になると、ここ数日で思い知らされた。

村へ急ぐ。

今日、一度アーランドに戻るのだ。

村では、前線を離れたホムンクルス達が、今日も砂を掃いている。PTSDを煩ったり、或いは何かしらの理由で前線にいられなくなった者達。村で逗留している間に聞かされもしたし、前々から、色々な原因から知っていたことでもある。

彼女らにも、こうして新しい仕事があるのは喜ばしいけれど。

でも、それは。

それだけ、人手がこの世界で足りていない事も意味している。

宿で準備をしていると。

村で仲良くなった青年、カシムが声を掛けてくる。小さな村だ。もうトトリが帰る事は、皆が知っている。

「錬金術師どの、もう帰るのか」

「はい。 一度戻って、アトリエで調べたり調合したりしてきます」

「そっか。 みんな、あんたには期待してる。 頼むぞ」

「出来るだけ頑張ります」

丁寧に礼をすると、宿を後にする。

村のお偉いさん達がみんな見送りをしてくれたのだけれど。正直、彼らの目は、人を見るものだとは思えなかった。

過酷な環境を、劇的に改善してくれた大恩人の弟子。

彼らが好意を向けてくれるのは嬉しいけれど。

ロロナ先生に到っては、神々と同列にさえ扱われていた。きっと、トトリも同じような存在として見られている。

それは、嬉しいと言えるだろうか。

あまり好ましくない。

きっと、ロロナ先生とトトリにとっても、それに彼らにとっても。不幸せな結末しか、招かないように思えてならなかった。

「何だか、変な村だったな」

状況が飲み込めていないジーノ君がそんな事を言う。

脳天気な有様が、トトリには羨ましい。

「戻った後、どうするつもり?」

「ううん、わからない。 とにかく、色々調べて見ないと」

まず、どこから手を付けて良いのかさえ分からない状態だ。何をどうして良いかさえも判断がつかない。

砂漠を抜ける方法さえ、まず考えつかないのだ。

それは、ハイランカーの冒険者を護衛に雇えば、生きて砂漠を抜けることくらいは出来るだろう。

それでは全く意味がない。

荷車を引いて、西に。

風が吹き付けてくる。この砂漠を作る風は、非常に乾いていて。そして砂漠を抜ける頃には、湿っているという。

遠くを、大きなアードラが飛んでいるのが見えた。

細くて、殆どわからない街道を行く。

とにかく、今は。

アーランドに戻って。アトリエに籠もって、研究をすることが第一だ。

数日かけて、アーランドに戻る。

東の門で解散。

みんな疲れ切っていた。いつも強がっているミミちゃんも、無駄口を叩く余裕さえないようだった。

「ごめんね、二人とも」

「いいのよ。 この護衛任務で、ランク3になれるから」

それだけ言うと、ミミちゃんはその場を離れる。

ジーノ君も疲れきった様子だったけれど。荷車の荷物をコンテナに移すまでは、一緒にいてくれた。

それも終わってしまうと。

多分下宿している雷鳴の所に戻るのだろう。ふらっとジーノ君も消えてしまう。

トトリはと言うと、ふらふらな体を引きずって、銭湯へ。

お湯に浸かると。

神経まで溶けそうだった。

疲れがひどすぎて、全身が滅茶苦茶になっているのが実感できる。まだ若いから良いけれど。

その内、こんな無理も出来なくなるのだろうか。

そう思いながら、トトリは湯船に浸かって、ぼんやりと砂漠のことを思う。

強烈な寒暖差。

まず第一に、これだ。

たとえば方角がわかったり、強力なモンスターを退ける手段があったとしても。実際にこの寒暖差の前には、人の体は耐えられない。

水もいる。

水については、何となく思いついた事がある。

それを利用して、寒暖差を克服するにしても。熱射をどうにか出来るとして、問題は夜の極低温だ。

肩を叩かれる。

短髪の大人っぽい女性だ。

「湯船で寝るのは感心しないわよ」

「あ、すみませんっ」

慌てて、湯船をでる。手ぬぐいを落としそうになって、慌ててしまった。

何だろう。

フィリーさんに似ているような気がしたけれど、気のせいだろうか。手元に棒を置いていた事から考えて、生粋のアーランド戦士なのだろうけれど、面識はないはずだ。

お風呂から上がると、もう限界。

アトリエに戻ると、ベッドに倒れ込んで、そのまま眠ってしまう。

起きたのは、夜中。

顔を洗うと、壁にある多数の本を出して、並べていく。

そして、メモした、砂漠の問題点を、一つずつピックアップしていった。

それらを、錬金術で可能な限り解決する必要があるからだ。

まず第一が、寒暖差。

次が、方向感覚の喪失。

そして強大なモンスター。

この三つをクリアできないと、とてもではないが、屈強なアーランド戦士以外の人間が、砂漠を越えることは出来ないだろう。

水はどうにかなるとして。

他はまず、解決策が、そもそも思いつかない段階である。

クーデリアさんも、いつまでも待ってはくれないだろう。中間報告を出せと言ってくるかも知れない。

しばらく、使えそうな道具類をピックアップ。

眠くなってきたのは、明け方。

顔を洗って、棒を振るって、型をこなす。

しばらく体を動かしてから、勉強に戻る。無心に勉強していると、おなかが鳴って、お昼を廻ったことに気付かされた。

食堂で軽く食事を済ませる。

その間も、トトリは。

ずっと勉強を続けていた。

 

二日ほどみっちり資料を調べ上げて。

はっきりわかったのは、今の時点ではどうにもならない、という事だった。

たとえば、寒さだけなら、克服手段はある。錬金術でなくても、単純に毛布を被れば良いのである。

毛布だけなら、準備は難しくない。

最悪の場合、皆で体を寄せ合うだけでも、随分マシだ。

暑さも、いっそのこと、昼の移動を制限するという手もある。そうすれば厚着で、星明かりを頼りに砂漠を行けば良い。

砂漠の星明かりはかなり強くて。

見る星さえ間違わなければ、迷子になる危険性も小さい。

モンスターに関しては、単純に用心棒を雇えば良いだけのこと。

また、方向感覚に関しては、磁石の出番だ。

磁石を使って歩く方向を克服するようにすればいい。

水についても、豊富に用意すれば良い。今では、砂漠の村で、たくさんの水が準備されているのだから。

問題は、それら一つ一つでは無くて、複合。

それらの全てが合わさったとき。

砂漠は、人間を拒絶する、ということだ。

村で聞いた証言を並べてみる。

砂漠と一緒に育ってきた人達でさえ。砂漠には、できるだけ入りたくないというのが本音だという。

あまりにも過酷だからだ。

住んでいるモンスターだって必死だ。獲物を逃がしたら、次にいつ出会えるか分からないからである。

毒や魔術で武装しているモンスターは珍しくもないし。

迷彩で体を隠し、外敵から逃れる者さえいるという。勿論、迷彩を攻撃に転用する者もいるそうだ。

いずれもが、生きることが苛烈な修羅場になっている世界がゆえ。

生半可な工夫では。

砂漠で鍛え抜かれたモンスター達の目など欺けないし。

何より、人間を無視して、徹底的に排除しようとする砂漠の激烈な環境には、歯が立たないだろう。

困り果てたトトリは、一端王宮に出向く。

王宮では、図書館があって、使わせて貰えると聞いているからだ。

受付のクーデリアさんは、トトリを見ると、大体事情を察したようだった。

「苦戦中のようね」

「はい。 図書館を利用したいんですが、良いですか?」

「良いわよ。 ただし閲覧制限が掛かっている本には気を付けなさい。 防犯用の魔術が掛かっているものもあるからね」

「はい」

案内されて、図書館に。

古豪と呼ばれるアーランド戦士の技が修められた本が大半を占めているけれど。この国は、錬金術師によって蛮族の庭から文明の世界に変わった事もあり。錬金術関連の書物も、相応にある。

一つずつ、見ていく。

砂漠関連の専門書も、ある。

ただし中を見ると、砂漠の解説書というよりも、砂漠に住まう生物が中心になっていた。これでは参考にならないけれど、何かの役には立つかもしれない。

一応借りておく。

他にも、何種類かの本を順番に見ていき。最終的に、三十冊ほどに絞り込んだ。

台車を出して、本を載せて、全て借りていく。

冒険者免許がない時代は、結構色々手続きが煩雑だったらしいのだけれど。

今ではそれも改善されて。一部のトップシークレット本以外は、難なく借りることが出来ている。

勿論、図書館に入るには、相応の手続きが必要だし。

破損、紛失は、かなり冒険者ランクの査定に響くようだが。

アトリエに本を持ち帰ってから、ひたすらに読む。

どれもこれも、参考にはならない。

ただし、単独では、だ。

全てをあわせると、意外に役に立つ知識が、湧きだしてくるかもしれない。

数日掛けて、一通り読み終える。

知識は増えた。

後はこれを、どう生かすか、だ。

ロロナ先生のレシピの中にも、使えそうな道具があるかもしれない。いずれにしても、少しずつ高めてきたトトリの技術を、総動員して。なおかつ知恵もフル活用して。この難敵には、立ち向かわないと行けないだろう。

水については、一つ思いついた事がある。

後は人員だけれど。

悩んでいても、仕方が無い。

トトリは意を決すると、隣の鍛冶屋に、足を運ぶことにした。

 

1、最初の一歩

 

集めて来た鉱石を、砕いていく。不純物を取り除き、炉に入れて熱し、インゴットにするのだ。

一つずつ、丁寧にやらないと。

不純物で、インゴットが極めて低品質になってしまう。

レシピを見ながら、順番に仕上げていく。インゴットを作るだけでも、錬金術を応用すると。色々と、工夫が効くものなのだ。

額の汗を拭いながら、炉に薪を足す。

コンテナに降りてみると、中和剤がもうなくなりつつあった。井戸水を汲んできて、更に幾つかの薬品を追加。

中和剤用の魔法陣の上に、新しい物を置く。魔力が充填されれば、すぐに使う事が出来るだろう。

今、作ろうとしているのは、湧水の杯。

そう、砂漠の村で見たあれだ。

ロロナ先生のレシピを見る限り、かなり難しいけれど。レシピがとにかく緻密で、トトリでもどうにかなりそうである。勿論、背伸びして作ったものだから、不具合がでる可能性については、覚悟している。

きちんと検証作業をする必要もあるだろう。

インゴットが仕上がる。

いわゆる鋼鉄だ。

頷くと、次のインゴットに取りかかる。鋼鉄だけではだめなのだ。錆びに強い金属を使わないと、湧水の杯はすぐに痛んでしまう。

ロロナ先生が苦労に苦労を重ねて作り上げたレシピは。まだまだ、トトリが改良できるような隙が見当たらない。

もっと力がつけば、話は別なのかもしれないが。

今は、模倣と再現だ。

しばらく、黙々と作業を続けていく。

耐水インゴットは、まだできあがらない。鋼鉄のインゴットは作るのが難しくも無い分、落差が大きかった。

アトリエのドアを叩く音。

開けてみると、かなり背が低い男性だ。

「こんちわ。 アトリエに誰かいると思ったら、新しい錬金術師か?」

「ええと、貴方は」

「俺はコオル。 行商人をしている」

まだ若そうに見えるけれど、ひょっとするとトトリよりずっと年上なのかもしれない。そういえば、行商をしている、小柄な一族がいると聞いている。

売り物をみせてもらう。

貴重な鉱石などが、かなりある。ただし、お値段も張る。

しばらく見せてもらった後、トトリは幾つかを購入。コオルという人は、その間、ずっとニヤニヤしていた。

「どうかしましたか?」

「随分しっかりしてるな。 先代はぼやっとしている事も多かったのに」

「先代というと、ロロナ先生ですか?」

「そうだよ。 彼奴も俺のお得意さんでな。 結構稼がせてもらったんだぜ」

また来ると言い残して、コオルさんは去って行く。

よく分からないけれど。

ただ、良い素材がたくさん手に入ったのは事実だ。これらを利用して、またインゴットを作る事も出来る。

試行錯誤を繰り返しながら、金属の配合を繰り返し。

一週間ほどで、どうにか耐水金属が完成。錆びないという特性を持つ金属であり、加工が少し難しい。

そのため、加工は本職である、ハゲルさんに頼むのだ。

鍛冶屋の親父さんであるハゲルさんには、前々から時々お世話になっている。今回もインゴットと設計図を持ち込むと、懐かしそうに目元に深い皺を作った。

「湧水の杯だな」

「知っているんですか?」

「知っているも何も、此奴を先代のアトリエの主が量産して、あっちこっちの村が助かった時。 俺の仕事が忙しくなりすぎたくらいだからな」

小首をかしげたトトリだが。

すぐに意味は理解した。

なるほど、そう言うことだったのか。

「ロロナのお嬢ちゃんの奴と同じに作ればいいな?」

「はい、是非」

「よし、出来たら持っていく。 組み合わせについては自分でやれよ」

料金を手渡して、これで最初の問題はクリア。

お水については、解決だ。

何しろ、いくらでもお水が湧いてくる杯だ。これがあれば、砂漠だろうが水に困る事は無い。

そういえば。

トトリは、一端アトリエに戻ると、オアシスについての説明を確認。

ひょっとすると、だけれど。

これは、予想以上に、使えるかも知れない。

 

翌朝。

早くに王宮に出向いて、クーデリアさんに許可を貰う。ただし、結果が出るまでは、まだ少し掛かるとも説明はした。

湧水の杯は、トトリが作った道具の中では、極めて高度な品だ。理論も見たけれど、水が存在する確率を操作する事によって、水を杯の中に移動させるというもので。とてもではないけれど、トトリの理解の範疇にはなかった。

こんな異常な理論に基づく道具を作れるなんて。

やはりロロナ先生はすごいとしかいえない。

とにかく、許可を取った事で、トトリは動きやすくもなった。今までの報酬金による貯蓄が少しずつ削られているけれど。まだまだ、身動きが取れなくなるような事はない。

アトリエに戻ると、鉱石について調べ、採取地の当たりを付ける。

そして、外に出ると。

ジーノ君と、ミミちゃんに声を掛けた。出来ればもう一人欲しいなと思っていた所に、ふらりと姿を見せた人がいる。

メルお姉ちゃんだ。

少し前に、アーランドの食堂で再会したのだけれど。元気そうで何よりである。メルお姉ちゃんも同行を許可してくれたので、これで護衛三人。ちょっと危険な場所に行く事になるけれど、まあ大丈夫だろう。

アーランドから北西に行った高山地帯の南部に、冒険者が入る事を許可された鉱山が幾つかある。

現在は採算が取れなくなって放置されているのだけれど、鉱石はまだ取れるとレシピに書かれている。

此処に、幾つかの鉱石を、採取しに行くのだ。

それらを、サンライズ食堂で説明する。メルお姉ちゃんは病み上がりだからか、いつも以上にたくさん食べていた。

「鉱石なんて、どうするつもり?」

ランク3になったミミちゃんが、不審そうに言う。

ジーノ君は興味が無いようだ。多分、危険地帯にいるモンスターと戦えることだけが楽しみなのだろう。

「湧水の杯を少し多めに作ろうと思っているの。 それで、インゴットの材料になる鉱石がいるんだけれど。 耐水性のインゴットを作るには、色々と複雑な調合が必要で、買うと割高になっちゃうから」

「ま、予定地を聞く限りでは、大丈夫でしょ」

メルお姉ちゃんが楽観的に言う。

トトリも、それは同感だ。

四人で行って、油断さえしなければ。多分何とかなるはずだ。

一端解散して、翌日、街の西の門で待ち合わせる。荷車を引いてトトリが出向くと、もうみんな揃っていた。

そのまま、西に。

街のすぐ側にある大規模遺跡、オルトガラクセンを抜けると。もう後は街道と森、それに村が点々としているだけ。その後は、そこそこに起伏がある地形が、何処までも続いていた。今も稼働中だという鉱山を横目に、更に行く。

途中で、何度かキャンプスペースで泊まり。

幾つかの村で情報収集をしながら、西へと向かい続ける。

四日ほどで、目的の山に到着。

立て札が立てられている。

冒険者ランクの指定だ。それ以下のランクで入って遭難した場合、自業自得と見なして救助しないとある。

ちなみに要求ランクは3。

此処にいる全員が満たしている条件だし、問題は無い。

山裾から見上げると、非常にごつごつした山だ。岩っぽくて、植物も殆ど生えていない。全体的に青みが掛かった灰色に見えるのは、気のせいなのだろうか。

山腹の彼方此方に開いている穴。

その中には、立ち入り禁止の符が下げられているものもあった。

「何だよ、入って良いんじゃないのかよ」

「この符がついてる場合、だいたいは落盤事故が起きやすいのよ」

ジーノ君に、メルお姉ちゃんが教えている。

確かに落盤が起きてしまっては洒落にならない。山を荷車を引いて上がりながら、時々落ちている石を見る。

一応鉱物は含まれているようだけれど。どれも、品質が高いとは言えない。

ただでさえ、鉱石は重いのだ。

できるだけ、荷車に無駄なものを乗せるわけにはいかなかった。

曲がりくねった道を行きながら、山腹で目的の穴を確認。此処で取れる四種類ほどの鉱石がいる。

ベースになる鉱石は、実は必要量が揃っている。

耐水機能を付けるために必要な鉱石が、少量いるのだ。その少量がかなりお値段が張ってしまうので、実際に取りに来たのである。

メルお姉ちゃんが、手を叩いた。

「はい、注目」

「何だよ」

「落盤の危険がないとは言え、この中は起伏が入り組んでいて、崖のようになっている箇所があります。 墜ちたら最悪死ぬからそのつもりでね」

ジーノ君に、メルお姉ちゃんが脅かすようなことを言うけれど。目は笑っていないし、多分本当だろう。

メルお姉ちゃんを先頭に、穴の中へ。

カンテラを付けないと、中は真っ暗だ。文字通り足下どころか、目の前も見えない。荷車に一つカンテラを付けて。トトリ自身は、腰にカンテラをくくった。

全員で明かりを付けて周辺の視界をカバー。

確かに入って見ると、かなり起伏が激しい。

坑道がまだ少しは残っているけれど。途中から、非常に広い空間に出た。これは鍾乳洞を削っていったものらしい。

内部では、水音も聞こえる。

壁などには。鋭角に削り取った跡がたくさん。

昔は此処で、大勢が働いていたのだろうか。

下の方に降りていくと、池になっている。辺りにはトロッコの残骸も散乱していて、鉱石も散らばっていた。

唸り声。

此方を威嚇しているモンスターがいる。ドナーンの小型種だ。小型と言っても、トトリなんかよりずっと大きい。

今の時点では、仕掛けてこない。

放置しておくのが一番だろう。

ごうごうと凄い音。

見ると、池からでた水が、川になり。地下水が合流して、滝のようになっている。この下は、流石に降りると危ない。川に触ってみると、水もとても冷たい。落ちたらかなり危ないだろう。

勿論トトリは、の話だ。

メルお姉ちゃんなら、屁でも無いに違いない。

「この辺りは、鉱石が取れるはずよ」

「詳しいんだね、メルお姉ちゃん」

「そりゃそうよ、はじめて来た場所じゃないもの」

それでか。妙に歩き慣れていると思ったら。

皆に見張りをして貰って、辺りの岩を探る。確かに複数種類の鉱石が散見される。ただ、マトックを使って掘り出さないといけない箇所も幾つかあった。

順番に、鉱石を拾い集めていく。

鉱石だけでは無い。色々と、他にも面白そうな素材がある。非常に頑強な蜘蛛糸や、茸の類。

非常に柔らかい、面白い石もあった。

色々と使い出がありそうだ。

一通り採集を終える。これで、充分な量が集まったはず。後は、戻って調合を繰り返すだけ。

縄張りを侵してごめんね。

そう呟くと、トトリは、警戒の声を上げているドナーン達を刺激しないように、穴の外へと急ぐ。

穴をでると。

外は雷雨になっていた。

「おいおい、どういうこったよ!」

はげ山で雷雨に出会うと厄介だ。雷が近くに落ちるかもしれないし、水が濁流になる可能性もある。

見ると、当面雨は止みそうにもない。

メルお姉ちゃんが言う。

「あちゃー。 この様子だと、この穴にも土砂が流れ込んでくるかも知れないなあ」

「急いで駆け下りる?」

「それしかないかな。 全員、荷車に手荷物は突っ込んで! その後、カバーを掛けて」

メルお姉ちゃんが言うとおり、作業を進める。

後は濡れることを覚悟で、全力疾走。

山を駆け下りる。

時間との勝負だ。あまりモタモタしていると、濁流が起きて、土石混じりの泥水に、流されてしまう。

そうなると、幾らメルお姉ちゃんでも危ないだろう。

雷。

かなり近い。ミミちゃんが首をすくめる。ジーノ君は逆に、目をきらきらさせて喜んでいた。

「おおっ! スゲー! スゲーな!」

「子供か」

メルお姉ちゃんが呆れたけれど。ジーノ君は、我関せずとはしゃいでいる。

雨が更に激しく降り注ぎ始めた。もう、一刻の猶予もないと判断して良いだろう。

GO。

メルお姉ちゃんが叫ぶと同時に、穴を飛び出す。

後は、曲がりくねった道を、出来るだけ急いで駆け下っていく。また、雷が落ちて、何処かの枯れ木が真っ二つに割けた。

いつ、雷が直撃しても不思議では無い。

今度は先頭を一番すばしっこいミミちゃんが。最後尾をメルお姉ちゃんだ。

滝のような雨に全身を叩かれながら、走る。岩山を駆け下りて、キャンプスペースにまで逃げ込めば、何とかなる。

どっと、凄い音がする。

雨音に隠されていたけれど、確かに後ろから聞こえた。これはひょっとすると、土石流がもういつ起きても不思議ではないのかもしれない。

荷車が、すごい勢いでガラガラと車輪を廻す。

車軸が痛んでいるのがわかる。

これは、今回帰ったら、これもハゲルさんに見せないと駄目だろう。多分近いうちに使い物にならなくなるはずだ。

酷使しすぎたのである。

走る。

滑りそうになりながらも、必死に。

隣で走っているジーノ君が、満面の笑みで。本当に羨ましい。単純に、この危地を楽しんでいるのだ。

至近。

凄まじい爆音。

雷が落ちたのだろう。幸い、体に影響が出るほどの距離では無かったけれど、直撃を受けた枯れ木が、燃え上がりながら倒れてくる。

跳躍したメルお姉ちゃんが、斧をひと薙ぎ。吹っ飛ばす。

粉々になった枯れ木が、消し飛ぶ中。

トトリは、必死に走る。

荷車を掴む手が、泥だらけになるのがわかる。全身も同じように、既にぐしょ濡れ。雨脚は、衰える様子も無い。

山を、降りきる。

しかし、辺りは平地なのに、既に川のような有様。

山は怖くて見上げられなかった。

どかんと、また凄い音が炸裂。枯れ木に、また雷が落ちたのだろう。土石流が背後から追ってくるようで、トトリは呻きを零しそうになる。だけれど、不思議と恐怖は、やはり感じなかった。

走り抜けて、ついに森の中に。

キャンプスペースが見えた。

逃げ込むと、呼吸を整える。大型の天幕に入ると、流石に雨に濡れることもない。

メルお姉ちゃんが、手ぬぐいを差し出してくる。トトリは頭を拭きながら周囲をようやく見回すことが出来た。

ミミちゃんもジーノ君も濡れ鼠だ。

でも、ジーノ君は満面の笑みなのに。ミミちゃんは、おきにの服が濡れてしまって、どう見ても不機嫌。

トトリも、条件は同じ。

天幕の中に、小さな暖炉が作られていた。他の冒険者も、何名かが火に当たっている。此処の常駐要員か、或いは巡回しているメンバーか。それとも、トトリのように、仕事で来たのだろうか。

「ふいー、すげえ雨だな」

「年に何度もない雨だもんな。 降られるのは運が良いやら悪いやら」

「ホムンクルスの巡回班は?」

「木の被害を確認してくるってよ。 真面目で助かるよな。 後で手伝ってやらにゃあならんな」

話を聞く限り、常駐要員だろう。

トトリは服の裾を絞るけれど、これは服を脱いでしまった方が早いかもしれない。でも、天幕を移れば、また水浸しだ。

気を利かせたのかはわからないけれど、先にいた冒険者達が、傘を差して出て行く。

ジーノ君はそのままたき火に当たっていたけれど。

メルお姉ちゃんに促されて、別の天幕に移動した。

元々非常に服の露出が多いメルお姉ちゃんでも、流石にしんどかったらしい。男衆がいなくなった時点で服を脱ぎだして、布にくるまる。

服はその場に干す。

魔術師がいれば、乾くのを促進できるのだけれど。

ミミちゃんとトトリも、それに倣った。

「ミミちゃん、貴方痩せてるわねえ。 もうちょっとお肉つけないと駄目だよ?」

「余計なお世話よ」

メルお姉ちゃんに笑顔で言われて、赤面しながら毛布にくるまるミミちゃん。

別の天幕では、今頃ジーノ君が真っ裸になって、服を乾かしていそうだ。ジーノ君はそう言う子である。

トトリは無言で、火に当たる。

鉱石はこれで手に入ったけれど。それで湧水の杯を作ったとして。問題はその先だ。本当に上手く行くのかわからないし、そもそもまだ湧水の杯が完成しているかもわからない。

たき火に当たっていると、眠くなってきた。

そのまま横にならせて貰う。

ぼんやりしていると、現実と夢の区別が付かなくなってくる。トトリは砂漠の辺縁で実験をしていた。

荒野に湧水の杯を置いて、オアシスを作るのだ。

でも、砂がすごいたくさん吹いてきて。

あっという間に、砂に埋まってしまう。

ただオアシスを作るだけでは駄目だ。そう思うのだけれど。しかし、具体的にどうすれば良いのかわからない。

不意に、ロロナ先生が来る。

それも、何十メートルもある巨体で、である。

夢だとわかっていても、おかしくて笑ってしまう。

ロロナ先生は、手で防砂堤をつくって、こうすれば良いという。そんな事はわかっているのだけれど。しかし、どうやって現実に、砂漠で防砂堤を作れば良いのか。そもそも、砂漠に水を撒いて、意味があるのだろうか。

目が覚める。

毛布に早めにくるまったから、風邪は引かなかった。

いそいそと乾いていた服を着る。

まだ眠っているミミちゃんを起こそうと揺らしていて、気付く。外は、もうすっかり晴れていた。

 

帰り道。

途中の荒野に、かなり緑が見えた。

今の雨を浴びて、芽を出した雑草があったのだろう。この辺りは汚染もそれほどひどくはない。

雑草くらいなら、生えることは出来るのだろう。

帰り道で、メルお姉ちゃんが、荷車の状態を確認。やっぱり無理な状態で走らせたから、ガタが来ているという。

「これ、帰ったらすぐに鍛冶屋に持っていくのよ。 帰るまでもったらめっけものなくらいだわ」

「ずっと使って来たのに、何だか残念だね」

「そうねえ」

荷車自体も痛んでいるという。

そうなると、全て作り直しか。荷車もそんなに安くはないのだ。出費がかさんでしまう。必要経費だし、今の時点では充分な予算があるけれど。こんな事を繰り返していたら、いずれ金欠になるだろう。

アーランドに到着。

次は砂漠に行くので、護衛を頼む。

三人とも、快く引き受けてくれた。ただ、ミミちゃんは疲労がひどい様子で、少しふらふらしていたが。

「大丈夫?」

「平気よ。 それより貴方こそ大丈夫?」

「私は今の時点では大丈夫だよ」

ここのところは、それほど過酷でもなかったし、時間にも追われていなかった。だから、平気だ。

ミミちゃんはそうとだけ言い残すと、帰って行く。

そういえばミミちゃんは。

どこに住んでいるのだろう。

貴族だと言っても、今の時代は道楽の称号。邸宅があるかは微妙な所だろう。

何度かアトリエや実家に泊めたことはあるのだけれど、ミミちゃんが家で何をしているのか、トトリは知らない。

前に路地裏で、無茶な事をしているのは見たけれど。

それだけだ。

アトリエに戻ると、まずは一休み。

それから、インゴットの制作に取りかかる。

今回はモンスターよりもある意味恐ろしい天候という怪物に襲われたけれど。素材そのものは、問題なく手に入れることも出来た。

後は、調合するだけ。

そして、実験は、それからだ。

 

2、苦闘水源

 

ロロナ先生のレシピを見ながら、慎重に湧水の杯を組み立てる。レシピに書かれていたのだけれど、くっつける角度などが極めて重要なのだという。それに、付属の部品も、かなり作成が大変だった。

一つずつ、くみ上げて。

最終的に、杯ができあがる。

最後に、生きている縄をつくって。それによって、杯を固定して完成。生きている縄は、以前作ったグナーデリングとほぼ同じようにして、縄に悪霊を憑依させて作る。縄そのものに、杯を固定する命令を出してあるので、微調整は全て任せてしまうことが出来るのだ。

幸いと言うべきか。

何度も杯を作っているハゲルさんの手による加工だからか。

湧水の杯は、澄んだ水をすぐに流し出した。

澄んではいるけれど。口に入れるとまずいのは、砂漠の村にある人工オアシスで確認した水と同じ。

水の量も、レシピに調節方法が書かれていた。

これで、湧水の杯は完成。

後は量産すれば良い。

問題は量産に、かなりお金が掛かると言う事だ。話によると、アーランド王国でもロロナ先生のレシピを元に作成はしているそうなのだけれど。年に二十か三十くらいしか作っていないらしく。

各地の水が足りない村に優先的に、国の事業として配備しているらしい。

トトリが作るのは良いけれど。自分で勝手に売るのは禁止と、クーデリアさんに、先に釘を刺されている。

何でも国家事業で輸出もしているとか言う事で、逆に言えば滅茶苦茶な貴重品なのだ。

確かに砂漠の村で、ロロナ先生が神扱いされているのを見ても、これがどれだけ貴重な品なのかはよく分かる。

それこそ、どれだけお金を払っても、欲しいと言う人はいるだろうし。

悪用すれば、どれだけでもお金は稼げてしまうはずだ。

そして、トトリはレシピを見て知っている。

あまりこの杯をたくさん作りすぎると、きっと良くない事が起きると、ロロナ先生は書いている。世界のバランスを崩してしまうと。

それは、トトリだって好ましいとは思わない。

確かに、驚天の奇蹟を起こす杯なのだ。

たくさんあれば、世界をおかしくするのも、道理だろう。

湧水の杯は、ともかく出来た。

次にすることは、実験だ。

早速、東に向かう。砂漠にいきなり踏み込むのは無謀だから、砂漠の村のすぐ側で、作業を行うことにする。

其処なら人員も多くいるし、手伝って貰う事だって出来るからだ。

ミミちゃんとジーノ君は、すぐに見つかった。二人とも来てくれるという。問題はメルお姉ちゃん。

気まぐれなメルお姉ちゃんは、何処かにふらっと消えてしまって、見つからない。

困ったけれど、仕方が無い。

他に代替要員を探すしか無い。

マークさんが戻ってきていれば、引率を頼みたい所なのだけれど。彼方此方探してみても、いない。

しかしランク3冒険者二人の護衛では、砂漠では流石に厳しい。

人員確保のために、時間を掛けすぎるのも問題だ。王宮に出向いて、クーデリアさんに話してみると。

どうやら、ナスターシャさんがいる場所を、知っているらしかった。

すぐに出向く。

アーランド王都の隅。

墓地の近くにある、掘っ立て小屋の群れ。

この墓地は、籠城するときに、最後の食糧になるものが埋まっている事を、トトリも知っている。

だから、墓地の周囲に住みたがる人間はいない。

掘り出したり、加工したりしなければならないからである。

ただ、その割りには、墓地の周囲は貧民街という雰囲気では無い。

別に今は護衛が必要では無いので、ミミちゃんもジーノ君もいない。言われた住所を探すと、あった。

完全に城壁にくっついた掘っ立て小屋だ。

しかし、どうしたのだろう。

近くで見てみると、意外に手入れが行き届いている。これが貧民街という雰囲気を感じさせない要因だろうか。

小首をかしげていると。

後ろから、いきなり抱きついてきた誰かがいる。

「誰ですか、もう」

多分ナスターシャさんだろうと思ったけれど。違う。

驚いたように跳び離れて、脱兎のように逃げていくフードの影。

見覚えがある。

ナスターシャさんが連れていた、小さな子だ。

「おや、トトリちゃんじゃないの」

掘っ立て小屋から、ナスターシャさんが顔を出す。

そして、舌打ちした。

「あいつ、トトリちゃんと私を間違えたな。 自分で吃驚して逃げていったんだな」

「えっ!?」

「まあ、勘弁してやって」

なんで。トトリとナスターシャさんは、髪の色も背格好も、何もかもが全くというほど違うのに。

ナスターシャさんは着崩した服を直しながら、にへらにへらとわらう。

よくあることなのだとか。

そして、ふらっと消えて、すぐに戻ってきた。

丁度、鼠か何かでも掴むように。あの子の襟首を掴んで、つり下げて、である。

くすんくすんと泣いている子を見て、気の毒になるトトリだけれど。確かに、いきなり保護者の目が届かない所に行くような子には、お仕置きが必要だ。

「で、トトリちゃん、ひょっとして護衛?」

「はい。 クーデリアさんに聞いて来ました」

「……あの人も余計な事するなあ。 此処には出来るだけ近づいたら駄目よ」

ぞくりと、背中に悪寒が走る。

そういえば、周囲に、尋常ならざる気配が幾つもある。

肩を叩かれて。歩くように促される。

一緒にアトリエに向かいながら、ナスターシャさんは種明かししてくれた。

「此処は昔騎士団の訓練所だったんだよ」

「えっ!?」

「場所的にも緊張感を保てるし、丁度良いでしょ。 一人前になったばかりくらいの騎士は此処で訓練をしたもんなんだよ。 ちなみに私も騎士団の出身でね。 まあ、ペーペーだった頃に、騎士団は解散しちゃったんだけどさ」

けらけら。

何でも陽気に笑う人だ。

護衛の件は、引き受けてくれた。アトリエまでトトリを送ると、せっかくだからメシにしてくると、ナスターシャさんは子供を連れて何処かに行ってしまう。この様子では、サンライズ食堂では無くて、別のお店を利用するのだろう。

とりあえず、これで護衛は大丈夫か。

トトリはアトリエに戻ると、準備を開始。

村の側とは言っても、砂漠は砂漠だ。実験には、細心の注意を払わなければ危険すぎる。

二日ほど掛けて、準備を実施。

アーランド王都の東門に出向くと。ミミちゃんだけが来ていた。

頬に痣が出来ている。

「どうしたの?」

「訓練で自分があまりにも不甲斐なくてね。 思わずビンタしたのよ」

「……」

何だか、ひどい話だ。

プライドが高いミミちゃんのことだ。きっと嘘は言っていないのだろう。誰かにやられたのなら、そういうか、或いは誤魔化すはずだからだ。

自分でやった事を、ミミちゃんが誤魔化すとは思えない。

壁にぶつかって、どうにもならないのだろう。

トトリも経験が何度もあるから、笑い飛ばしたり、他人事のように放置することも出来なかった。

傷薬を渡す。

腫れを引かせる効果もあると説明。無言で、傷薬を塗り始めるミミちゃん。この様子だと、相当自分に腹を立てていたのだろう。

「おーい!」

呼び声に振り向くと、ジーノ君。

ナスターシャさんもいる。

あの子も連れている所から見て、今回も連れていくのだろう。高いハイドスキルを持っていると言うことだし、妥当なところか。

事実砂漠では、敵の奇襲を察知しづらい。

砂の下からでも襲われたら、どうにもならないのだ。

荷車を見て、ナスターシャさんは驚く。

かなりの大荷物に見えるから、だろうか。

「何こんなに積んでるの?」

「ええと、オアシスを作る設備です」

「オアシスを、作る?」

「はー、すげえこと考えるなー!」

ジーノ君が素直に感心してくれるので、少し照れてしまう。

原理については、まだちょっと確定していないのだけれど。幾つかの問題さえクリアできれば、こなせるはずだ。

問題は、その後。

オアシスを一つや二つ作ったくらいでは、砂漠を渡る道なんて、作りようがない、という事である。

まずは、最初の第一歩を踏み出す。

全てはそれからなのだけれど。その一歩さえ、上手く行くかはわからないのが事実なのである。

東に向かう。

その途中、ナスターシャさんに色々聞かれたので、説明する。

予定では、護衛任務は、三週間ほどになる。

オアシスをまず造り、その後はどうやって維持するかが課題だ。

当然、砂漠で生活する実験も、作業には含まれてくる。

あの村での生活を考えると、過酷極まりない。

勿論、四人分の食糧と、寒暖に備えるためのものは持ってきている。上手く行くかはやってみないとわからないが。

幸い、今回は実験。

村が見える距離で実験を行うため、最悪の場合も、村にまで逃げ込めば良い。

以上の話を聞き終えると。

ナスターシャさんは、小首を捻った。

「上手く行くのかしらねえ」

「やってみないと、わかりません」

「そりゃそうだろうけれどね」

ミミちゃんは何も言わない。

ジーノ君は荷車に積んできている、湧水の杯を物珍しそうに見ていた。今は組み立てていないので、水が出てこない。

これから水がいくらでも湧いてくると聞くと、感動して目を輝かせる。

「錬金術すげーな!」

「でも、これはロロナ先生が改良したものだよ」

「それでもすげーよ! そういえば、これ。 前に行った村で見たな。 井戸の一種かなにかと思ってたんけど、違うんだな!」

無邪気に感動するジーノ君は。悩みが少なそうで、トトリには羨ましい限り。

でも、それが長生きするコツなのかもしれない。

数日かけて、村に到着。

まずは、村長に、実験のことを話す。そうすると、村長は、快く協力を申し出てくれた。村にいるホムンクルスを何名か貸し出してくれるという。

大丈夫なのか不安になったけれど。

村長は笑いながら言う。

「彼奴らは真面目で仕事もいつも半日ほどで終わってしまうんですよ。 だから、むしろ新しい仕事が出来れば喜ぶと思います」

「それなら、お願いします」

ただ、いきなり彼女らに手伝って貰うわけではない。

まず出向くのは、村から北上した、砂漠の一角である。

 

砂漠は、見渡す限り砂丘が連なっているけれど。

その砂丘の出来方には、一定のパターンがある。風が、決まった方向に吹いているから、である。

逆に言えば。

風の吹き方を知っていれば、砂をどうすれば良いかも、判断できるという事も、意味している。

村もその理屈から作られていて。

砂が出来るだけ吹き込まない場所にあるのだ。

勿論、それでもあくまで比較的、の話だが。

岩石砂漠が近い事もあって、近くに岩山がある。その岩山のおかげで、風が上手に避けている場所がある。

村の北。

丁度、砂丘の裂け目みたいになっている場所がある。

カシムさんに案内して貰った其処が、最初の実験ポイントだ。

南の方に、村がうっすらと見える。

いざというときは、彼処に逃げ込むのである。勿論、それは本当に、最悪の時の最後の手段だ。

護衛に、ホムンクルスが二体ついてきてくれた。二人とも、中堅の戦闘専門冒険者並の実力者である。

村が如何にトトリに期待しているか、よく分かる。

まず、ナスターシャさんに手伝って貰って、天幕を張る。その後、一角に穴を掘って、見つけてきた石で風よけを作る。

この穴は、日中に暑さを凌ぐためのものだ。

夕方から夜に掛けて、非常に寒くなって来る中の作業。しかし、日中に作業をするよりかは遙かにマシ。

穴が掘り終わったのは、真夜中。

既に毛皮を二枚着込んでいても寒いくらいである。

「ひー、さみー!」

ジーノ君の減らず口でさえ、精彩を欠いている。

ホムンクルス二人も、毛皮でもこもこになりながら、黙々と働き続けていた。

今の時点では、モンスターの襲撃は無い。

ただ遠くで、巨大なモンスターの影が移動しているのが見える。とんでもない大きさで、近くに来たらと思うと、ぞっとする。

「サンドワームです」

ホムンクルスの一人、331さんが教えてくれる。もう一人は419さんだ。

二人とも、砂掃きをしているホムンクルス達と違って、現役の戦闘タイプらしい。交戦経験はあるかと冗談交じりに聞いてみると。

あると返事が返ってきた。

「大きいですが、戦闘力に関しては大した事がありません。 人間を襲うことも希です」

「そうなんですか」

「はい。 基本的に、人間が近づくと砂に潜って、逃げに徹します。 肉も泥臭くて、美味しくありません」

それは、攻撃してしまうと、可哀想だ。

穴が準備し終わる。

運んできた岩を並べ終えた後。トトリは、まず穴の底に、湧水の杯を一つセット。すぐに水が流れ出してくる。

穴には段差を付けてあり。

深い方の穴に、水が見る間に流れ込んでいった。

予想以上の水量だ。

だが、夜の寒さを考えると、水は簡単に凍ってしまう。

気を付けないといけないだろう。

次に取り出したのは、とにかく育つのが早い木の種。砂漠の村でも、風よけに植えている、熱にも寒さにも強い品種だ。

これを、幾つか。

風よけの辺りに撒いておく。

そして、水を何度か汲んで、撒いた。

砂漠の植物は、水に貪欲だ。

水を得られれば、すぐにでも発芽すると聞いている。上手く行けば、数日以内には、芽を出すことだろう。

あくまで、上手く行けば、だが。

地平線に、太陽が姿を見せた頃には。

一端の作業を中止。

六人で、穴の底に潜る。

そして、穴を塞ぐようにして、皮の幕を張った。

これは、直射日光を避けるためだ。

言うまでも無く、砂漠の熱は危険だ。日中は地獄も同然の暑さになる。これに直射日光が加わると、屈強なアーランド戦士でも、見る間に体力を奪われていく。

本当に強い人達は大丈夫でも。

トトリやジーノ君、ミミちゃんは危ない。

だから、こうやって、対策をするのだ。

幸い、今は水の量を気にしなくても良い。それだけは救いだ。

じりじりと、暑くなってくる。

水を出来るだけ多めに飲むようにと言われたので、そうする。冷たい水がずっとこんこんと湧きだしているけれど、とにかくまずい。

外を見ると。

雲の一つもない抜けるような青空の下、砂丘が何処までも続いている。風も強いけれど。しっかり張った皮の幕は、安易に吹き飛ばされることもない。

膝を抱えて、砂の壁に背中を預けて、しばしぼんやりする。

暑くて、ものを考えるのがつらいのだ。

「なあ、トトリ」

「どうしたの?」

「これ、日中帯、砂漠を歩き回るの、無理じゃねえ?」

「うん、歴戦のアーランド戦士でも、厳しいって聞いてるよ」

実際、砂漠越えを果たした戦士は、皆夜間に行動していたというのだ。勿論毛皮を分厚く被って、最高速度で移動して。

方角を間違えないように星を確認しながら、全速力で進んでいたのだろう。

「戦士でさえそれだもん。 どうやったら、日中に歩き回れるかな」

「無茶言うなよ……」

「331さん、419さん、何か妙案、ありませんか?」

「さあ、わかりかねます」

二人とも、同じ答えを返してくる。

331さんが不意に立ち上がり、穴から外を見る。ナスターシャさんが、つらそうにしている子供を抱きしめて頭を撫で撫でしながら。目をつぶったまま聞く。

「何、モンスター?」

「はい。 ドナーンです。 此方には気付いていますが、戦力が大きいと判断したのでしょうね。 迂回しています」

「放っておきなさい」

「了解しました」

この中では、ナスターシャさんがどう考えても戦闘面で一番知識がある。だから判断は任せてしまって良いだろう。

思いついた事がある。

布を水に浸して、頭に被る。

そして外に出ると、水が乾くまでの間くらいは平気だ。

なるほど、ひょっとすると、これは使えるかもしれない。

外に出ると、先に植えた種の辺りに、何度か水を撒く。すぐに熱射で乾いてしまうけれど。それでも根気よく水を何度かに分けて撒く。

上手く行けば、すぐに芽が出てくる。

そう信じて、作業。

だけれど、三回目で、ナスターシャさんにストップを掛けられた。

「寝ておきなさい。 夜が本番でしょ」

「わかりました」

「見張りは私とホムンクルス達で交代でやっておくから」

頷くと、壁に蹲る。

すぐ側で、水音がしているからだろうか。

何だか、暑くても、目がとろんとして来た。

夕方まで、そうして眠る。

目が覚めたとき。

既に、太陽は砂丘の向こうに消えようとしていた。連なる砂丘が、朱に染まり。それから濃い青に変わっていくのは、とても神秘的な光景だ。

蠍がいたけれど。

無造作に、331さんが指で弾く。

それだけでバラバラになって吹っ飛んでしまった。

可哀想だと思ったけれど。331さんが言うには、猛毒の持ち主で。体力がないトトリが刺されると、危ないかもしれないそうだ。

そういえば。

少し、気になる事がある。

段差を付けて掘っておいた穴なのだけれど。水位が少しずつ、上がっているような気がするのだ。

「ナスターシャさん、これ、穴を調整した方が良いでしょうか」

「まだ放置でいいんじゃない? 正直な話、水浸しになっても問題は無いでしょ」

「それは、そうですけれど」

「冗談よ。 私の方で、近くに避難用の穴を確保しておくわ」

陽が没しきったのを確認してから、ナスターシャさんが、穴を出て行く。子供も少し迷った後、ついていった。

さて、トトリは。

幾つかの作業を、しておかなければならない。

まず、種の方は。

まだ芽が出ていない。まあ、これは仕方が無い。二日か三日を想定しているし、気長にやるしかない。

何度か水を撒いておく。

その後、この拠点の周囲を確認。岩などを置き直したり、砂を掃いておいたり。此処でしばらく生活するための作業をしておく。

排泄用の穴も作ってある。

水に混ざってしまうと問題なので、かなり住居用の穴からは離してあるが、それも出来れば、いずれ何かしらの工夫をして、完全に隔離したい所だ。

もっとも、日中の猛射に晒されて、糞便は一瞬で乾いてしまうし。

夜の場合は逆に凍り付いてしまうので、其処までは心配はしていないけれど。

砂が入りにくい場所だと言っても。

やはり、見回っていると、かなり砂が来ている。近くに砂丘もあったので、331さんと一緒に崩して、砂をまとめて避けておく。

砂を固める技術があれば良いのだけれど。

でも、毎日押し寄せてくる砂をどうにかしないと、結局は無意味だ。最終的には、オアシスを作っても、砂に埋もれてしまうだろう。

ジーノ君が、岩を見つけてきた。

住居用の穴を砂から守る位置に、追加で配置しておく。

ミミちゃんはずっと見張りをしてくれている。

まだ、始まったばかりの実験は。

少なくとも、人間関係の面では。問題は起きていなかった。

 

三日目。

ついに、芽が出た。

かなり育つのが早い植物だと聞いているから、お水をあげておけば一気に背も伸びていくことだろう。

こまめに水をあげながら。

トトリは、幾つか試してみたいことを、実施していく。

布を水に濡らして、広げて。

その下に入ると、予想通り。かなり暑さを緩和することが出来るのだ。

これは、使えるかもしれない。

外に出ていると、ナスターシャさんに怒られるので、適当な所で切り上げて戻る。ただし、発想は既に出来た。

後は、レシピの中から、良さそうなのを見繕って。組み合わせていけば、或いは。

この過酷な砂漠で。

日中、平然と歩き回るための道具が出来るカモ知れない。

問題は継続能力が無いことだけれど。

それについては、実のところ、秘策がある。

ただ、それはあくまでまだ机上の空論だ。この実験が終わって、一度アーランドに戻った後。

しっかり、考え直さなければならないだろう。

夕方になると、村長さんが来た。

実験の様子を見ても、何をしているか、ぴんと来ないらしい。オアシスを作る実験をしている事は把握しているはずなのだけれど。どうにも、やっていることが、そうだとは思えないのだろう。

「どうですかな、実験は」

「まだ何とも。 ただ、砂を防ぐための工夫については、少しずつ進んでいます」

「そうですか、それは良かった。 個人的には、村がもっと栄える実験をしてくれると、嬉しいんですがね」

「それなら、大丈夫ですよ」

即答するトトリ。

わからないらしい村長に、一から説明する。

「今進めている実験は、この砂漠を誰でも通り抜けられるようにするための予備段階のものです。 つまり、通り抜けるための経路が確保されたら。 村は最果ての土地では無くて、通過点になります」

「おお、という事は」

「たくさん旅人が通ります。 彼らに宿を提供したり、食糧を提供する事で、村は豊かになりますよ」

「素晴らしい」

握手され、シェイクされた。

苦笑いするトトリに。頑張って欲しいと、村長は戻っていく。

きっと、納得はしきっていない筈だ。

確実な成果を順番に見せていかないと。いずれ、ホムンクルスの護衛は貸さないと言い出すだろう。

出来るだけ、今日も、夜の内に作業を進める。

見ると、でた芽は、非常に伸びが早い。目に見えるほどではないけれど。それでも、確実に背を伸ばしている。

これなら、一週間もしないうちに、トトリよりも大きくなるだろう。

種から芽が出ると言うことは分かった。

ならば。次に試すことも、幾つかある。

二つ目の、湧水の杯を設置。

これは、直射日光を浴びないように。岩を組み合わせて、その中に入るようにする。

そして水路になる溝を掘る。

この溝は、種を植えた側だ。つまり、水路を水が通ると、種に自動的に水が供給される仕組みである。

水路を延ばして、その沿線に、種を順番に植えていく。

こうすることで、防砂林を作るのだ。

勿論、それだけで砂を防げるとは、トトリも考えていない。

これに、岩石砂漠から運んできた岩を加える。

それによって、少なくとも。砂を毎日掃除しなくても、耐えられるだけのオアシスが出来るのだ。

今の時点では、順調。

しかし、問題がある。

この後は、当然水をためる文字通りのオアシスの作成に移行するのだけれど。

そうなれば、当然水を飲みに、モンスターが姿を見せる、という事だ。

砂漠の過酷な環境は、今でも充分体感している。

正直、水路だって、モンスターを呼び寄せかねないと思っているほどなのである。

これから上手く行く保証なんてない。

ただ、不安が募る中。

トトリは、淡々と作業を進めていかなければならなかった。

 

3、崩落

 

七日が過ぎた。

皆にも、疲れが見え始めている。

そして、トトリにも。

問題が顕在化し始めたから、である。

まず防砂林だが、これは予定通りというか、予定以上に進んでいる。途中から凄まじい勢いで成長し始めた椰子の一種が、一気にトトリの背を追い越したのである。

これ自体は良い事だ。

実際防砂効果も高いことがわかってきている。運んできた岩を壁にして、更にこの椰子を壁にすることで。

最悪の場合には、食糧になる実を得ることも出来るし。

椰子の樹皮を少し切れば、あまり美味しくは無いけれど、水だって出てくるのだ。

水路も問題ない。

日中の過酷な気象でも、ずっと水が出続けていさえすれば、水路が途中で枯れることはないと分かったからである。

此処までは、問題が無かった。

次である。

やはり、モンスターが、かなり近づいてくるようになったのだ。

最初は、ドナーン種が、興味津々という様子で、此方に近づいてきていた。途中で此方の戦力に気付いて逃げていくのだけれど。

何だろう。

連日、行動が大胆になって行くように、トトリには思えるのだ。

水が欲しいだけなら良いけれど。彼らは過酷な砂漠で暮らしているハンターだ。水だけでは満足しないだろう。

可哀想だけれど、追い払うしかない。

最初は一匹だけだったドナーンだけれど。

その内、四匹以上が、周囲に姿を見せるようになった。中には、此方が威嚇するまで、逃げていかない個体までも現れるようになっていた。

水路には、既に小鳥が来るようになっている。

それ自体は構わない。

問題は、鳥を狙って、蛇やもっと大きな捕食者も姿を見せる、という事だ。

事実、今も上空では、アードラが舞っている。

連日小鳥が来るのだけれど。

それを狙っているのだ。

トトリが観察している範囲内で、四回。アードラが小鳥をハンティングして。その内二回は成功していた。

また、アードラ自身も、水路の水を飲みたそうにしている。

ただ此方は、多分砂漠の外まで飛んでいくのも、さほど苦労はしないだろうから、そこまでは心配していない。

うんざりした様子で、ナスターシャさんが、穴から放り出したのは。

猛毒を持つ砂漠音蛇だ。

大きな音を出すので、音蛇と言われている。

ナスターシャさんは手づかみで平気だけれど。流石にミミちゃんは、それを見てどん引きしていた。

「多くなってきたなあ。 蠍も何回も来るようになったし」

「村でも、蛇や蠍の侵入は多いです」

419さんが教えてくれる。

まだトトリに二人の見分けは出来ないのだけれど。419さんは、331さんを先輩と呼んでいる。

それで、二人いるときは、見分けがつくのだった。

トイレの方は、虫がかなり来るようになっていた。いわゆる糞転がしである。糞便をすぐに処理してくれるのは嬉しいのだけれど。

ただ、蠅も来る。

そして、当然穴の中まで来るので、辟易していた。

「大きいのが来た」

一気に、穴の中に緊張が走った。

覗き込むと、確かにかなり大きいのがいる。此方をじっと見ているのは、何だろうか。ドナーンではなさそうだ。

手をかざして見ている内に、ナスターシャさんが特定。

「悪魔の使いだね」

「悪魔の、使い?」

「山羊の一種。 かなりの大型で、獰猛でね。 基本は草食だけれど、雑食の要素もかなり強い」

草食動物は、大人しくて安全、などという理屈は成立しない。

実際には、草食動物は体が大きくて、肉食動物よりも戦闘能力が高いことが多い。砂漠でも、それは変わらないのだろう。

そして砂漠で生きていくために。

何でも食べる柔軟な雑食に、進化したというのだろうか。

いずれにしても、凄まじい巨体だ。

体が四角いからか、長細いドナーンよりも格段に威圧感が上である。此方をじっと見ているのは、防砂林を食べたいからだろう。

絶対に近づけるわけにはいかない。

ナスターシャさんが大きめの攻撃魔術を唱え始めると、面倒くさそうにきびすを返す。

だけれども。あれが一度や二度で、諦めるとはとても思えない。

夕方になってから、外に出る。

あれを単独で仕留められるメンバーは、この中にはいない。追跡すると、逆にその間にオアシスが狙われる可能性が高い。

今の時点で、防砂林は順調。

もう少しで、穴から湧水の杯を引き上げて。辺りを堀崩して、完全にオアシスにする予定だけれど。

それも、あんな巨大なモンスターが来たら、頓挫してしまう。

「331さん、村に応援を呼びに行って貰えますか?」

「待って、トトリちゃん」

もう、村に増援を頼もうと思ったトトリを。ナスターシャさんが、片手を挙げて制止。何を言い出すかは、大体見当がつく。

まだ、村に借りを作るのは、早いというのだろう。

「私も反対よ」

ミミちゃんも挙手。

一週間の滞在でかなり疲弊しているけれど、目にはまだまだ強い光が消えていない。ジーノ君は、何が起きているかわからないらしくて、きょとんとしている。

「何だよ、わかるように言ってくれよ」

「昼に大きなモンスターが来たでしょ。 悪魔の使い」

「ああ、山羊な」

「あれを退治するために、村の支援を呼ぶかどうかで意見が割れているの」

ナスターシャさんが、丁寧に分かり易く言ってくれる。

トトリとしては、少し困惑してしまう。

でも、二人の言う事もわかる。

こんなに早い段階から借りを作ってしまうと。きっと今後、トトリに対する信頼が揺らいでしまう。

しかし、だとすると。

どうやってあんなに大きな山羊を退治するのか。

体高だけで、トトリの三倍はある。

あんなのに突進されたら、トトリとジーノ君とミミちゃんでは、それこそ赤子の手を捻るように押し潰されてしまうだろう。

幸い今、此処にはベテランが三人。

奇襲を察知できる特殊スキル持ちが一人いるけれど。

それでも、アレを退治できるかはちょっとわからない。

331さんは、議論をじっと見ている。

終わるまで、動かないつもりだろう。

トトリはそれならばどうするか、ミミちゃんに聞いてみる。まず自分かと顔に書きながら、ミミちゃんは言う。

「罠か、それともいっそ攻めてくるのを待つ方が良いと思うけれど」

「うん、それも手だね」

次は、ナスターシャさん。

彼女は、自分が、ホムンクルス一人と出るという。

つまり、積極的に、敵を狩ってくる、というのだ。

でもそれは、此処にはホムンクルス一人しか、ベテランが残らないことになる。文字通り、戦力の分散だ。

それで、もし、このオアシスをあの巨体が強襲したら。

それに、もっと恐ろしい可能性もある。

「あの大きな山羊、一匹だけなのかな」

「……」

ナスターシャさんが、トトリを興味深そうに見た。

咳払いすると、言う。

「きっと、あの大きな山羊、仲間がいると思うんです。 元々山羊や羊は、小規模な群れをつくって生活する生物です。 あれが砂漠に特化した種類だとしても、そう言う性質があっても不思議ではありません」

「……どう思う?」

「確かに、狩りに出かけるとき、複数の悪魔の使いが一緒にいることを時々見ます」

やはりそうか。

つがいか、群れか。

恐らくは、前者でさえ。連携しての攻撃をして来かねない。そうなると、此処を離れるのは、致命的だ。

「なあ、罠を張るんだったら、案があるんだけど」

不意に、ジーノ君が発言する。

いきなり周囲から視線が集まって、ジーノ君も驚いたようだけれど。

頬を掻きながら、提案してくる。

「そもそもあの山羊、木が喰いたいんだろ?」

「うん、多分そうだとは思う」

「だったら、オアシスから離れたところに、一本だけ生やしてみたら? で、其処に罠を付けるんだよ」

爆弾でも何でもいい。

わざと監視できないか、手出しされてもすぐには駆けつけられないところに木を植えて、それそのものを罠にする。

みんなが、ジーノ君を凝視。

「あんた、意外に頭廻るねえ」

「まあ、俺もその辺の魚を狩るときに、色々工夫してたしな」

なるほど。

子供の頃からやっている狩りが、こんな所で経験になって生きてくるのか。ちょっと面白いかもしれない。

ただ、やってみる価値はある。

水さえ与えれば、三日もあれば、種は出て。

一週間で、かなり大きく成長することはわかったのだ。

多分五日、それとも七日。

そのくらいで、罠に掛けることが出来るだろう。

すぐに、準備する。

爆弾はそれなりに豊富に用意してきたのだ。

罠の仕組みは、それほど難しくなくても大丈夫だ。

すぐに、準備する。

 

翌日からも、挑発するように。あの大山羊、悪魔の使いは姿を見せた。

砂漠でも全く平気という姿を誇示するように。その黒い巨体は、日光を浴びながらも、平然としている。

黒い毛皮だと、相当に日光を吸うはずなのに。平気な様子からして、あの黒い毛皮は、何かしらの魔術を帯びているのかもしれない。

魔術を使うモンスターは珍しくもないのだ。

仕掛けてくるなら、やってみろ。

そう不敵に笑っているかのようだ。

だが、罠を掛けているのは此方も同じ。

此処からは根比べである。

昼間は敵の襲撃を警戒。時々トトリが、布を被ってホムンクルスかナスターシャさんと一緒に出て。水を撒いてくる。

水を撒いている様子を、悪魔の使いはじっと見ているけれど。

ある程度距離を保って、何もしない。

数日で、芽が出る。

その頃には、オアシス周辺の木は、すっかり青々とした若木に成長。トトリよりも、遙かに背が伸びていた。

或いは、砂漠の砂は。

普通の土よりも、栄養が豊富なのかもしれない。

あり得ることだ。多少栄養剤を使ったとは言え、こうも見事に木がのびのび育っているのだから。

山羊は、毎日姿を見せる。

一度に一匹ずつ。

絶対にミスリードだろう。というのも、トトリは気付いたからだ。左耳が真っ黒なのに、時々左耳に白い点があるのだ。

あれは、つまるところ別個体。交代で此方を見ていると判断して良いだろう。

でも、おかしなこともある。

トトリが見たところ、ナスターシャさんは騎士団出身の精鋭だ。多分実力も、実際にはメルお姉ちゃんに匹敵するはず。

それなのに、どうしてあんな作戦を提案したのか。

壁から、水がしみ出してきている箇所がある。

早い話、水路から地下にしみこんで、漏れた水が、此方に流れ込んできているのだ。これは、そろそろ、オアシスの作成に移行するべきかもしれない。

でも、悪魔の使いが見ている以上、何を仕掛けてくるかわからない。

悩ましいところだ。

ミミちゃんが戻ってくる。布を被って、331さんと一緒に出ていたのだ。

「芽が出ていたわよ」

「そうなると、そろそろかな」

「……上手く行くと良いのだけれど」

確かに、あからさまな罠だ。

だけれども、餌が少ない砂漠である。罠であっても、仕掛けてくる可能性は低いとは言えない。

やってみる価値はある。

その程度でしか、トトリも考えていない。

だけれども、確かに手詰まりなのも事実なのだ。

此処は、無理を言っても、増援を呼ぶべきだったのかもしれない。

砂漠の村から、狩りの部隊が出てくると、流石に悪魔の使いも姿を消す。しかし、狩りの部隊が砂漠で大物を仕留めて意気揚々と凱旋すると、すぐに戻ってくる。人間の行動パターンを知り尽くしているのだ。

流石に、砂漠でずっと生きてきているだけのことはある。

簡単に罠には掛かってくれないだろう。

悪魔の使いが姿を見せ始めてから、一週間。

離して植えた木が、目に見えるほど大きくなりはじめていた。

夜の内に、トトリは木に仕掛けを施す。

遠隔で起爆できる発破は、以前作った。それだ。

今回のは、魔術の符と組み合わせてあり。遠距離から、指定のタイミングで爆破することが出来る。

もしも、木に噛みついたら。

その瞬間に、悪魔の使いの頭は、内側から消し飛ぶことになる。

説明をした後、見張りを欠かさないように、皆に指示。

ジーノ君が苦笑いした。

「えぐいこと考えるなあ」

「沖合で爆発魔術を海中にうち込んで、魚を一片に捕る漁法と同じだよ」

「とにかく、見張りだけはしっかりしましょうか」

ナスターシャさんが、手を叩いて皆に促す。

後は、根比べになる。

水路をしっかり固めて、邪魔な砂丘を先に切り崩して。夜の間にする作業は、いくらでもある。

このオアシス作成計画が上手く行ったら。

此処での経験を生かして、トトリは更に計画を進めるつもりだ。

そのためには、足踏みは出来るだけ少なくしたい。

水路脇に植えた木々は、すくすくと育って、実に立派になりつつある。このままだと、居住用の穴に、根が突っ込んでくるかも知れない。

331さんに手伝って貰って、次の住居用穴を掘り始める。

それと同時に。

ミミちゃんとナスターシャさんは、オアシス化の最終計画である。大きな穴の作成に、取りかかって貰う。

今までの住居用の穴を少しずつ拡大して。

湧水の杯二つ分の水を、水路から最終的に此処へ流れ込むようにするのだ。

オアシスが砂に埋まらないように管理するために。

最終的には、この辺りにコテージを作る。

穴を掘ってその中に入ると、水が確実に染みてくるからだ。

積み上げた石と、それに木による遮光を利用して、コテージの天井に掛かる熱の負担を減らせば、かなり過ごしやすくなるだろう。

これらのことは、トトリが思いついたのでは無い。

王宮から持ち出した資料からかき集めた知識によるものだ。

一通り作業を進めた頃に、夜明け。

まだコテージには着手できていないけれど。

今住み着いている穴は、かなり壁が湿ってきている。水路から、それだけ水が来ているという事だ。

今回三つの湧水の杯を持ってきたけれど。

この様子なら、オアシスに使う湧水の杯は、二つで充分かもしれない。

「砂が崩れて生き埋めにならないように気を付けないとね」

ナスターシャさんが、怖い事を言った直後だった。

彼女が連れている小さな子が、ぴくんと反応する。どうやら、悪魔の使いが、餌に掛かったらしい。

穴から顔を出すと。

今までに無く大胆に、餌として植えた木に接近している。

しばらく鼻を動かして、臭いを嗅いでいたが、しかし距離を置く。多分トトリの臭いに気付いたのだ。

そのまま、木から離れて、此方をじっと伺いに戻る。

残念。

そう思って、首を引っ込めた、その瞬間。

小さな子が、トトリの服の裾を掴んだ。

「くるよ」

「!」

地響きが、近づいて来る。

ナスターシャさんが穴を飛び出して、向いたのは、木とは逆方向。其方に回り込んできていた悪魔の使いが、突進してくる。

やはり、一体隠れていたのだ。

同時にもう一体も。

木には見向きもせず、此方に向けて突撃してくる。

仮眠を取っていたジーノ君とミミちゃんを揺り動かしす。トトリも必死だ。

「二人とも、起きて!」

爆発音。

どうやら、穴から出たナスターシャさんが、躊躇なしに攻撃魔術をぶっ放したらしい。悪魔の使いの巨体だ。外れる事は無いだろう。

穴を飛び出したホムンクルス二人も、既に戦闘に参加している。419さんが、餌のほうにいた悪魔の使いを足止め。331さんが、ナスターシャさんの前衛になって、悪魔の使いを足止めに掛かったようだ。

穴から這い出す。

トトリは、札をいそいそと懐に入れると。

こんな時のために持ってきた発破を荷車から取り出す。ミミちゃんとジーノ君は、少し悩んだけれど。

二人とも、419さんの方に手伝いに行った。

凄まじい咆哮。

見ると、ナスターシャさんの攻撃魔術をまともに食らっても、なおも踏みとどまった悪魔の使いが、凄まじい気迫で、此方に突進してきている。331さんが食い止めに掛かるが、彼女が振るった剣が頭に直撃しても、突進を止めない。

このままだと、オアシスが出来る前に潰されてしまう。

トトリは飛び出す。

そして、着火した発破を投げた。

ナスターシャさんがあわせる。

黒山羊の目の前、至近。

爆発が巻き起こり。

それを貫くようにして、氷の矢が十本以上、躍りかかる。

矢と言っても、一つずつが、それぞれ槍ほどもある大きさだ。その複数が、爆発で目がくらんだ山羊の頭に突き刺さる。

悲鳴が轟く。

更に、サイドステップで突進を避けていた331さんが、顎の下から、山羊の頭に剣を突き刺す。

竿立ちになった黒山羊が。

頭から血を噴き出しながら、横転した。

「次っ!」

「まだ!」

ナスターシャさんが、小さな子の声に振り向いたとき。

トトリは既に、新しい発破に着火していた。

剣を顎から脳天に突き刺されながらも、まだ黒山羊は立ち上がる。その目には、凄まじい妄執が宿っていた。

嗚呼、そうだったのか。

トトリは理解する。

あの黒山羊は。

安全に水が飲める縄張りが欲しかったのだ。人間は追い出してしまって、後は水だけ欲しかった。

砂漠の至宝。

水の出る土地。

悲願だったのだろうと、理解できたけれど。

しかし、それは人も、同じだ。

同じなのだ。

雄叫びを上げて、黒山羊が331さんを振り回す。

溜まらず吹っ飛ばされた331さん。

だけれども、今度はトトリが仕掛ける。二つまとめた爆弾を、黒山羊に投げつけた。

腕力が上がっているから、すごく良く飛ぶ。

顔面に直撃した瞬間、炸裂。

だが、それでも黒山羊は、まだ倒れない。

態勢を低くすると、突進してくる。

331さんが後ろ足に斬撃を見舞ったようだけれど、それでもなお。ナスターシャさんが氷槍の弾幕を浴びせるけれど、なおも突撃してくる。

荷車から、クラフトを取り出す。

さっきまで使っていたフラムよりかなり火力が落ちるけれど、一か八か。

一抱えもあるその巨大なクラフトを見て、流石にナスターシャさんもぎょっとしたようだけれど。

それを持ち上げたトトリが、放り投げると。もっと驚いた。

「起爆っ!」

もう、オアシスの近くまで迫っていた黒山羊の足下にて。

爆裂。

今までより火力は小さいけれど。

クラフトから射出された無数の硝子の破片や金属片が、黒山羊の左足の下から腹に掛けて、容赦なく傷つける。

一瞬、動きが止まったところに。

追いついてきた331さんが、上空から稲妻のような斬撃を、黒山羊の脳天に突き降ろしていた。

顎の下から、鮮血が滝のように噴き出し。

白目を剥いた黒山羊は。

今度こそ、その場に。横倒しになった。

砂が吹き上がる。巨体が砂漠に叩き付けられたからだ。

断末魔はなかった。

呼吸を整えながら、トトリは振り返る。

もう一体の黒山羊が、怒りの雄叫びを上げている。つがいを殺されたのだから、当然だろう。

でも、もう遅い。

特大の稲妻が、横殴りに黒山羊を襲い。悲鳴挙げた黒山羊に、次々と、攻城用クロスボウの矢が突き刺さった。

これだけの騒ぎだ。

村が気付かない筈がない。

もはや、逃げ場もない中。

黒山羊は、それでも。迫り来る村の凶猛な戦士達に向けて、怒りの雄叫びを上げたけれど。

跳躍したミミちゃんが。

脳天に、槍の一撃をくれると。

もはや観念したようで。

つがいの後を、静かに追った。

 

今の騒ぎによる影響は、大きかった。

村の人達は大喜びで、二体の獲物を村に引きずって帰っていたけれど。トトリは、がっかりしてしまった。

穴が崩れてしまっている。

上には、容赦のない灼熱の陽光。

急いで作業を進めないと、日干しになってしまうだろう。

水路も何カ所か駄目になっていた。

あれだけの大爆発が連続したのだ。当然の結果である。

幸い、水はある。

埋まってしまった湧水の杯を掘り出すのも。砂が濡れているので、それほど難しくは無かったけれど。

取り出した湧水の杯は、かなり傷ついていた。

修理は、出来る。

ただ、次に来た時、新品と変えないといけないだろう。

急いで、避難用の穴を掘って。

其処に、体力のないナスターシャさんの連れてきた子を避難させる。トトリも正直倒れそうだけれど。今は、何とか気力を振り絞らないといけない。

全員がかりで穴を掘って。

何とか、避難所が完成。

それから、ミミちゃんに手伝って貰って、水路を作りなおす。ぬらした布を被りながらだけれど、かなりきつい。

「此処を直せば、終わりだよ」

「それよりトトリ、大丈夫?」

「何が?」

「すごい汗よ。 早くしないと、熱射病になるわ」

そういうミミちゃんも、かなり手酷く発汗している。空はもう情け容赦ない晴れ。このままいくと、多分死ぬ。

比喩では無い。

干涸らびてしまう。

途中、何度も湧水の杯から水を飲んだけれど。まずいとかそう言うことは一切合切どうでもよくなってきている。

冷たいことだけが気持ちいい。

最後の水路を直す。

手を引かれた。

ああ、そうだ。避難所に戻ろうと思っていたのだ。そのまま引きずられるようにして、ミミちゃんに穴に押し込まれた。

日光が遮られる。

ぬれタオルを顔にかぶせられた。

口に突っ込まれたのは、残して置いた耐久糧食だ。

しばらくもぐもぐしていると、少しずつ頭が冴えてくる。

そうか、死にかけていたのか。

他人事のように、そう思った。

どうにか直せただろうか。

動こうとすると、止められる。ナスターシャさんが、もの凄く怖い顔をしていた。

「話には聞いていたけれど、本当に無茶をするのね」

「大丈夫です、これくらい」

「体温が人間の活動限界まで行っていたのよ。 もう少し外で動いていたら、本当に死んでいたわ」

ミミちゃんも、怖い顔をしている。

そう言う彼女も、顔が真っ赤。熱射病寸前まで行っていたらしい。

抵抗できず、しばらくゆっくりする。

ようやく意識がはっきりしてきたのは。夜中になってからだった。

月が出ている。

丸くてとても綺麗だなと。トトリは薄ら笑みを浮かべながら、空に浮かぶ銀色の円を見つめていた。

 

4、踏みしめた一歩

 

コテージの材料が少し足りなくて、村から調達してきた。防砂林と水路と一部被るようにして作って、湧水の杯はコテージの中に入るようにしてしまう。

こうすることで、管理が容易になるのだ。

三日がかりの作業になったけれど。

コテージが出来てしまうと、実に楽になった。

更に、湧水の杯の位置を工夫。

水の一部が、コテージの天井を流れるようにした結果、もの凄く中が涼しくなった。ただ、流石に昼間は、外からの光を全部遮断しないといけないが。

水路の状態も調整。

そして、最終的に。

彫り込んだオアシスに、全ての水が流れるように調整。なみなみと水を湛えたオアシスが出来ると、皆が感激の声を上げた。

文字通り、砂漠の潤い。

防砂林さえもが、美しく見える。

砂しかない世界に、人間がオアシスを作る事に成功。これは、錬金術の成果だと、トトリも胸を張って言える。

それから、しばらくはオアシスの状態管理のために残ったけれど、問題なしと判断できた。

全ての行程が終わったと言えた。

メモを取る。

これは、次からは、一気に作業を短縮できる。

そしてここからが重要なのだけれど。

このコテージは、砂漠に出来た安全地帯だ。

この安全地帯を、北につなげていく。

そうすることで、砂漠は人には踏破できない土地では無くなるのだ。

問題は、オアシスを作る間隔。

そして、オアシスからオアシスまで、どうやって安全に、人を行き来させるか、だけれども。

これについては、秘策がある。

問題は、道しるべと。

オアシスの維持そのものだ。

コテージの中で、しばしゆっくりする。

予定より結局数日長く掛かってしまったけれど。これで、砂漠に第一歩を記す計画は成功したのだ。

第一歩は踏み出せた。

思ったよりずっとつらかった。それでも、努力が報われるとわかって、トトリは嬉しかった。

オアシスの管理要員として、村から二人のホムンクルス、331と419を残して貰う。二人は管理のノウハウを理解しているから、もう何ら問題は無い。

村長さんは驚いていた。

まさか、オアシスが砂漠に、しかも人間の手によって作られるとは。流石に理解を超えていたから、だろう。

「やはり貴方はロロナ様のお弟子だ」

「有り難うございます」

嬉しい言葉である。

でも、途中で散々失敗したし。多分これからは、もっと状況が厳しくなる。砂漠の内部に入り込めば、もっと強力なモンスターが、オアシスを狙って仕掛けてくるようにもなるはず。しかも、その数だって増えるだろう。

今回、悪魔の使いは排除できたけれど。

それは、ただ排除しただけ。

モンスターをオアシスに近づけないようにする工夫が必要だ。それはまだ、完成したとは言えない。

ただ、幾つか、案となっているものはある。

村の人達の熱烈な送迎を受けて、トトリは一端アトリエに戻る。

一月近く掛かってしまった作業だったけれど。

上手く行ったことは、確かなのだ。

帰り道で、ナスターシャさんが、苦笑紛れに言う。

「オアシスを、砂漠に作って、結局どうするの?」

「幾つかのオアシスを作って、北につなげていきます。 そうすれば、安全に砂漠を抜ける道が出来ますから」

「は……」

すごいことを考えるねえと言われたけれど。

いずれも、トトリが考えたことでは無い。

王宮の図書館からデータをかき集めて。それらにあった知識を寄せ集めた結果だ。

荷車は随分軽くなった。

また、これを一杯にして、出かけて来るとして。何度それを繰り返したら、砂漠に道を作る事が出来るのだろう。

数年がかりの事業になるかも知れない。

でも、これを完成させれば、トトリはきっと冒険者ランクもぐっと上がって。社会的な地位も、情報を得られる立場だって得られる。

そうなれば、お母さんを探せる。

「砂漠の広さについては、幾つかの情報からわかっています。 おそらく十個ほどのオアシスを作れば、砂漠を抜ける道が出来る筈です」

「十個かあ」

しんどいねと言われたので、苦笑いで返す。

何より、オアシスを結ぶ通路をどうするかが最大の問題だ。いずれにしても、まだまだ問題は山積み。

まだ、一歩を踏み出したに過ぎない。

それはトトリ自身が、一番よく分かっていた。

 

トトリがオアシスを離れるのを見届けると。

クーデリアは、一端アーランド王都に戻る事を監視班に告げて。自身は、一人でアーランドへ帰る。

中々にやるものだ。

ロロナの時も、色々独創的な発想と。古い時代の研究のアレンジの組み合わせで、世にも面白い光景を幾つも見てきたけれど。

流石に、この計画のために、ロロナが選んできた子だけの事はある。

あの子は、周囲からは努力する凡才だと思われているようだが、違う。

理解力だけが武器だった今までとは違って。

才覚が、確実に備わりつつある。

あの子はこの国の柱石になりうる。そしてトトリが柱石になった頃には、アーランドは、スピアに対抗しうる力を手に入れているはずだ。

二刻も掛からず、アーランド王都に戻ったクーデリアは。

早速、王に報告。

その上で、会議を招集して貰う。

これは、予想以上の成果だ。

集まったメンバーの中には、セカンドホムンクルス計画を成功させ、ホムンクルス「ちむ」の量産に掛かりはじめたロロナもいる。ロロナは今、アランヤの西にある小さな村にアトリエを貰い、其処の地下でホムンクルスをせっせと量産している。アーランドの労働能力を担う新型ホムンクルスは。今の時点では、非常に好評だ。

ロロナには、会議の前に話しておく。

まだ、楽観は出来ないとも釘を刺したけれど。

ロロナは、本当に嬉しそうにしていた。

弟子の成長を素直に喜べる、優しい心。まだ、ロロナにそれが残っていて嬉しいと、クーデリアは思う。

ロロナの師匠が、性根がねじ曲がっているから、という事もあるだろう。比翼の友であり、刎頸の仲だと自認するロロナが狂っていく様子を、クーデリアは見たくはなかった。一時期、体の不調からおかしくなりかけたロロナを見て、本当に心配していたのだ。

「トトリちゃん、すごく成長してるね」

「砂漠に道を作る計画、恐らくは成功するでしょう。 支援に関しては私が行うから、あんたは自分の仕事に注力しなさい」

「うん!」

皆が集まり始める。

はて。

ステルクが、疲弊しきった様子だ。一体何があったのだろう。

いや、この様子からして、尋常では無い動きがあったのだ、スピア連邦に。それだけは、確実だった。

王が姿を見せる。

どうしたことか。王までも、疲弊しているでは無いか。

「会議を始める。 まず、最初に皆に重要な事件が起きたことを伝えておく」

「重要な事件と言われますと」

「スピア連邦が、メギド公国と本格的に交戦を開始。 今まで四度にわたってスピアの攻勢をはねのけたメギド公国が、一気に劣勢に立たされている。 現在現地で、エスティ率いる精鋭が密かに敵の動きを掣肘しているが、それもいつまで保つかわからない」

王の説明はそれだけだけど。

この場にいる全員が、戦慄するには充分だった。

メギド公国は、大陸北部の小国の一つ。問題は、其処に戦略的要石としての機能を期待し、複数の列強が、対スピアを想定した精鋭を送り込んでいる、ということだ。

此処を抜かれた場合。

スピアの大軍が、幾つかの国に怒濤のごとく流れ込む。

もしそうなると、スピアによる大陸制覇は、最悪三年早まると試算も出ていた。

なるほど、王が疲弊するわけだ。

おそらくステルクと一緒に、スピアの領内で、陽動を兼ねて散々暴れてきたのだろう。だが、思うように成果が出ていない、というところか。

「おそらくメギドには、レオンハルトが入り込んでいる。 今エスティが処理すべく動いているが、倒せるかはかなり微妙な所だ」

「増援を出しますか」

「その予定だ。 私とステルクはこれからすぐに向かう。 なんとしても、メギドを落とさせるわけには行かぬ」

ざわつく周囲を制するように。

次と、王は指示。

順番に報告が為されるが、皆不安を隠せないようだった。

ロロナの番が来る。

ちむ型ホムンクルスの量産が開始されたと聞いて、ほうと呟いたのは、他でも無い。最後に会議室に現れたロロナの師であるアストリッドだ。

国境の要衝を任されているアストリッドは、其処から当面動けない。

ロロナが何度か会いに行ったようだが。いずれも門前払いされている。クーデリアとしては、いい加減殴ってやりたいところだが。

ロロナが悲しむし、そうも行かないのが苦しい。

「おそらく、年内には百体を生産できます」

「良いニュースだ。 そのまま生産を続行。 試験的に各地に配備し、状況を確認せよ」

「はい」

ロロナが着席。

続いて、クーデリアが説明を開始する。

まずは、冒険者ギルドの現状。

国内にいたスピアの間諜をあらかた処理したことで、かなり皆に余裕が出ている。この余裕を生かして、各地の植林を進め、また放置されていた事業。それに、処理し切れていなかったモンスターの駆除などを、積極的に実施。

一気に国内の状況が改善に向かっている。

そして、トトリである。

砂漠にオアシスを人工的に作成することに成功。そのオアシスをつなげて、砂漠を越える道を作る計画のようだとクーデリアが説明すると、ざわめきが起こる。

「オアシスを人工的に作り出すとは」

「さすがはプロジェクトの要だ」

咳払いした王。

どうやら、感心している余裕も無い、というのが本音なのだろう。

「計画にはコストと人員がいるな」

「ご明察です。 戦闘タイプのホムンクルスを最終的には五十名ほど。 物資については後でまとめます」

「よし、増産しろ」

「御意……」

アストリッドに一言だけ指示すると、王は立ち上がる。

此処で会議している時間も惜しいのだろう。

「皆も知っているとおり、アーランドは極めて厳しい状況下にある。 しかし若き才能が育つことにより、少しずつ光も見え始めている」

王は言うけれど。

その光のために、どれだけの人間性を犠牲にしてきたのだろう。

トトリは心を病み始めている。

少しずつ、心が壊れてきているようだと、報告もあった。

結局の所、人間は。

どのような形であれ、存在するだけで、闇を膨らませていくのかもしれない。

アーランドに栄光あれ。

唱和すると、すぐに会議は解散となった。

すぐにアトリエに戻ろうとするロロナを呼び止める。

「そろそろ、手助けが必要ね」

「ん、私がトトリちゃんの所に行こうか?」

「それは、今度の砂漠の一件が一段落したら」

トトリの負担は、加速度的に大きくなっている。

勿論成長には必要なことだ。ぬるま湯に入れていても、育つことは無い。ただ、このままだと、トトリは潰れる可能性がある。

それは避けなければならない。

案は、ある。

いずれにしても。レオンハルトにトトリが目をつけられた以上。もう、あまり猶予は残っていなかった。

 

(続)