博麗霊夢と市場の神

 

序、異変

 

此処は幻想郷。

隠れ里である。

外の世界では暮らしていけなくなった妖怪や神々。またはそれに類する者達が最後に逃げ込む、隔離された理想郷。

博麗大結界という障壁で外部から隠匿され。

もはや人間の世界では暮らしていけなくなった存在達が静かに暮らしている場所。

だがそんな場所であるが故に。

刺激が必要になる。

そうしなければ、誰も何もしなくなる。

この幻想郷は、特異な場所であるから。

外の世界で現役で存在している神々などから目をつけられて、問題事を持ち込まれることも多々あるのだが。

実際には、大規模問題「異変」の大半は。

幻想郷の内部で、半ば確信犯として茶番で行われるのが普通である。

幻想郷には妖怪側の管理者である最高位妖怪「賢者」と。

人間側の管理者であり、博麗大結界を司る巫女「博麗の巫女」博麗霊夢がいる。

霊夢は赤いリボンと赤白の巫女装束を身に纏った十代半ばの女だが。黙っていればそこそこ可愛らしいと言われる容姿と裏腹に、妖怪とみるや殴り殺す暴力の権化としても知られていて。

幻想郷の強豪妖怪には面白がられ。

弱者妖怪には怖れられ。

人間にも博麗神社に行くと大妖怪と遭遇する可能性があるからという理由(他にも色々理由があるが察しである)で避けられているという、色々難儀な人物だ。

好戦的かつ暴力的すぎるため。

昔は幻想郷を管理する閻魔に業が深すぎてこのままだと地獄にも行けないと説教された事さえあるほどだが。

近年は管理者としての自覚が急速に出て来ていて。

暴力装置である事はそのままに。

秩序を維持するための暴力たらんと行動するようになっている。

そんな霊夢の家は、幻想郷の東端。

妖怪退治屋達の子孫である人間が暮らす「人里」と呼ばれる集落から、歩いて一時間ほどの場所にある博麗神社だ。

人里から遠すぎるから。

自衛力がある人間にはすぐに行ける場所でも。

自衛力がない人間には、妖怪に遭遇するリスクも含めて簡単に行ける場所ではない。

幻想郷のルールは簡単。

妖怪は人間を怖れさせ。

人間は妖怪を怖れ。

人間は勇気をふるって妖怪に立ち向かう。

これだけである。

だが、牙なきものは、妖怪を怖れる事しか出来ない。

そして妖怪退治屋の子孫達と言っても。

今では妖怪に対抗できる人間なんて殆どいない。

このため、妖怪も人間を脅かすことはあっても(例外的な事故を除いて)本当に食うことはせず。

それでいながら、人里では人間が食われただの襲われただの噂を流し。

有名な妖怪は人間を常食しているだの、人里の外に出たらまず助からないだの。

幾つものマッチポンプを重ねて、それで漸くなり立つ儚い場所でもあるのだった。

霊夢が箒で掃き掃除をしている。

雑な性格の霊夢はいわゆる女子力に著しく欠けるが、掃除も同じく。極めて下手くそだ。

基本的に人間にとっての最大戦力なので、人里から生活物資は支給されているのだが。

それがあるから、逆にずぼらな性格が更に後押しされているとも言える。

そんな霊夢が顔を上げる。

彼女の数少ない戦友。

魔法使い、霧雨魔理沙が来たのである。

空を飛ぶ妖怪は幻想郷に幾らでもいる。

だが、空を飛べる人間は幻想郷には珍しい。

修行の途中では、霊夢でさえ空を自在に飛ぶことは出来なかった。

そんな珍しい人間の一人が霧雨魔理沙で。

そして、人間と、人間を超越したで二分される「魔法使い」の中でも。まだ人間を止めていない魔理沙は。

霊夢に必死に努力でついていこうとしている、珍しい変わり種だった。

金髪で小柄な、いかにも魔女という格好をしている魔理沙は。

箒に跨がり、手を振って霊夢に呼びかけている。

霊夢は箒を立てかけると、上空までふわりと浮き上がった。

空を飛ぶ能力だけではない。

霊夢は幻想郷に住まう人間では間違いなく最強。

ステゴロでも術でも、他の追随を許さない。

流石に人間を止めている元人間連中を含めると、圧倒的最強とまではいかないが。

それでも人間の中で最強の座は揺るがない。

そんな霊夢が、戦友と認めている相手が魔理沙だった。

「おーう、霊夢」

「どうしたの?」

「変なもの手に入れてさ」

「どれ」

霊夢が受け取ったのはカードだ。書かれているのは、氷の妖精。

あまり頭が良くないが、氷の力をかなり高いレベルで使いこなす妖精。チルノと呼ばれるものの絵である。

なお魔理沙はチルノをバカとストレートに呼んでいる。

「魔法のカードだ。 金を払って買い取ると使えるようになる。 本人ほどの力は出せないが、スペルカードルールで使うくらいなら出来るぜ」

「そう。 やってみせてくれる?」

「おう。 こんな感じだ」

魔理沙にカードを返す。

魔理沙は手慣れた様子で、カードに何か唱えた。見た感じ、カードには発動のため何を言えば良いのかが書かれているようだ。

カードに触り。

その発動の言葉を唱えることで、力が発動できる。

魔法の道具としては、滅茶苦茶簡単な代物である。

周囲が一気に寒くなり。

雑に雹がばらまかれはじめた。

空中戦で、雑な制圧力を発揮できるというわけだ。

まあ確かに。これは実際に相手を殺傷する事は出来ないだろうが。

攻撃を被弾することで、ダメージ扱いとするスペルカードルール戦では、とても有用な代物だろう。

魔理沙には黙っているが。霊夢はこれの存在を最初から知っている。

というか。今回の異変は、霊夢も根幹からがっつり関わっている茶番である。

魔理沙はそれに気付いていない。

だが、しばらくは。

その真相について、話すつもりは霊夢にはない。

魔理沙はまだ人間。

幻想郷を動かしている仕組みに関わるべきでは無い。

そもそも魔理沙は、親という単語そのものが地雷になっている事や。育ちが良いのに手癖が最悪な事。十代になるかならないかの内に豊かな家を飛び出し、幻想郷でも屈指の危険地帯に一人暮らしを始めた事からも分かるように。あらゆる意味でロクな人生を送ってきていない。

やっと一緒に並び立つ霊夢という存在が現れた事で、魔理沙はかろうじて道を踏み外さずにいられるし。

何より、人間が妖怪を退治するという仕組みの観点では。

幻想郷に有用な人材である。

そんな有用な人材に余計な手出しはするべきでは無い。

それに今後年を重ねれば、嫌でも幻想郷の仕組みの真相には気付くことになる。

だからあえて霊夢が口にする必要はない。

そう考えているだけだ。

「他には?」

「山の麓の妖怪がそこそこ取引してたぜ。 こんなのも他にあった」

「ふうん。 幾つか買い取るわ」

「調査するのか?」

頷くと、霊夢は魔理沙を促して、神社の母屋に。

神社の神体が祀られている本殿の他に、生活用の空間である母屋が存在している。これはある程度以上の規模の神社なら珍しく無いことで。博麗神社も例外では無い。

ただこの母屋はとても小さくて、家族で暮らせるほどの規模はないが。

母屋で茶を出して、魔理沙と軽く情報について交換する。

魔理沙は自分の解析について話をしてくれるが。

霊夢は右から左に聞き流していた。

既に、このカードのことについては知っている。

今回幻想郷の緊張感を保つために起こす茶番のためのキーアイテムであり。

殺傷力は存在せず。

悪用することも出来ず。

スペルカードルールでの戦いで、幅を持たせる為に必要な道具である。

勿論今後も流通はさせる予定だ。

そして今回の茶番が終わった頃には。

監査という名目で霊夢と賢者が後ろ盾についていなければ、あっと言う間に守矢に滅ぼされることが確定の天狗という種族が。

強力な後ろ盾を手に入れる事になる。そうまで行かなくとも、ある程度力を取り戻せる。

もっとも、経済的な面では守矢には勝てっこないだろうが。

それでも、守矢に完全に組み敷かれるよりはマシだ。

戦力差がありすぎるので、少しでもそれを埋めなければならない。

あらゆる意味で、今回の茶番は。

幻想郷に必要なことなのである。

既に何度も、天狗の長である天魔、賢者、それに守矢も交えて会議を行い。

どう異変として解決をするかは綿密に打ち合わせをしてある。

その上で、何も知らない魔理沙や他の人員も巻き込む。

なお守矢からは、同じように巫女のような事をしている風祝、東風谷早苗も出陣する事が決まっている。

早苗は最近めきめきと力を伸ばしていて。

単純なスペルカードルールの技量だけなら、もう霊夢を越えた可能性が高い。

ガチの殺し合いだったらまだまだ霊夢の方が上だが。

霊夢には年齢という最大の枷がある。

今は全盛期だから良い。

だが恐らく半分神の早苗は年を取ることが無く、今後力が衰える事もない。

老獪な守矢の主神二柱がバックについている以上、今後も右肩上がりに成長を続けるのは確定で。

今回は組んで動くものの。

味方としては考えられない相手だった。

母屋で軽く話をした後、霊夢は魔理沙と決める。

「このカード気になるから、山に直接乗り込んで調査するとして。 どう動こうかしらね」

「真っ正面から殴り込みを掛けるんじゃ無いのか?」

「正当性がない侵略を掛ければ守矢と守矢麾下の山の妖怪全部が同時に「戦闘」を挑んでくるわよ。 流石に私でも勝てる気がしないわ」

「う……」

魔理沙が真っ青になる。

以前守矢と同じような異変で交戦した事はある。

だがその時は、まだ守矢は山の妖怪を殆ど全て支配していた訳ではなかったし。

天狗は今の守矢ほどではないにしても、現在より大きな勢力を持っていた。

当時と今では状況が違う。

遊びのスペルカードルール戦ですら、早苗を相手に勝てるか微妙なのである。

ちらりと魔理沙を見る。

魔理沙は恐らくだが、スペルカード戦だけなら、技量は幻想郷一の可能性が高い。

それによって、元々の能力の差を補っているのだ。

決闘手段として、殺傷力が低いスペルカードルールが採用されている事で、幻想郷では軽率に戦いを行う事が出来るのだが。

逆に言えば、もしも相手が殺す気で掛かって来た場合。

魔理沙はかなり分が悪い。

今までもジャイアントキリングを何度も行って来て、妖怪の間でも名前が知られている魔理沙だけれども。

それはあくまでスペルカードルールでの戦闘である事は、本人も妖怪達も承知しているのである。

「少し動くための下準備をしようかしらね」

「おう。 どうするんだ」

「まずはこれに興味を持ちそうなのに声を掛ける」

「紅魔館辺りか?」

頷く。

魔理沙は頭の回転が速い。

力では勝てないから知恵を使って立ち回ろうというのが魔理沙の戦略だ。

頭でも霊夢に劣るようではどうにもならない。

逆に霊夢は頭脳労働が苦手なので。

頭を使うことに関しては、周囲の者達に任せてしまっているのが常だ。

そして、今回味方として活動して貰うのは紅魔館。

人里では吸血鬼の住まう恐ろしい館として知られており。

生きた人間が賢者から食用として提供されているとか、黒い噂が絶えない場所だが。

恐らく輸血パックは提供されていても、生の人間が提供されている事は無いと霊夢は判断している。

紅魔館には、事実上館を仕切っている人間のメイド長十六夜咲夜がおり。

この咲夜が、自称「時間を操作する程度の能力」の持ち主である。

勿論本当にそんなもの使われたら、勝てる訳がない。

この手の自己申告能力持ちは幻想郷には大勢いて。

その殆どが、あくまで自分の箔を付けるために行っている。

いずれにしても、咲夜がまだ精神的にも肉体的にも幼い吸血鬼の主姉妹を補佐するという名目で、実質上紅魔館を仕切っているのは事実。

紅魔館には、研究に特化した魔法使いもおり。

カードをエサにちらつかせれば、すぐに話に乗ってくるのは確実だ。

それについては、魔理沙に交渉を任せる。

「後は、どうやって山全部を敵に回すのを避けるかだが……」

「守矢に行ってきて話をつけてくるわよ。 これを見る限り、まだ公式の見解を守矢は出していないしね」

新聞を出す。

天狗の組織の腐敗を嫌い、離脱した若手の天狗達が今書いている新聞。

客観性を可能な限り保持し。

情報の裏取りをきちんとし。

なおかつ分かりやすい文章にして誰もが読めるようにする。

そういう本来だったら当たり前のメディアとして、近年ぐんぐん伸びている新聞である。

悪名高い今までの天狗の新聞とは違うという事で、今は幻想郷ではこっちの方がメジャーになっているが。

この新聞によると、守矢では近々祭を行うとか、脳天気な事が書かれている。

要するにカードに関して、守矢はまだ公式な見解を出していないと言う事である。

……実際には、とっくの昔に全容を把握していることは魔理沙には内緒だ。話がこじれるだけだからである。

「そうなると、早苗と組むのか」

「まだ一部の天狗が守矢とは敵対姿勢を見せているから、丁度良い機会なのではないのかしらね」

「……勝てっこないのにな」

「まったくだわ」

茶を啜る。

少しそれから、打ち合わせをして。

以降は別れて動く。

魔理沙は紅魔館に今の話をしに。

霊夢は守矢に出向いて、早苗の協力と、山の調査許可を貰ってくる。

実際の所、管理者である霊夢は山にだったら好き勝手に入って良い事になっているのだが。

魔理沙や咲夜まではそうも行かない。

守矢の麾下で、妖怪の山の雑多な妖怪達は、近年急速に組織化が進んでおり。

それは外の世界での軍を参考にした編成になっているともいう。

外の世界を知っている守矢は、あらゆる意味で強い。

霊夢としても、今は正面から勝てるとは思っていなかった。

魔理沙が出ていくのを見ると、霊夢自身は指を鳴らす。

同時に、至近の空間が裂ける。

霊夢の能力ではない。

幻想郷を現在実質的に運営している存在。

最高位妖怪である賢者の一角。

スキマと呼ばれる空間操作能力を擁する最高位妖怪、八雲紫の力によるものである。

スキマから、ひょいと顔を出す紫。

紫色を基調にした胡散臭さに全振りした格好の彼女は。

充分に美しい人間の女に見えるが。

実際の姿は人とはかけ離れている。

まあ、幻想郷で女の子の姿を取るのは、妖怪のたしなみであって。

それはもはや暗黙の了解であるので。

霊夢もどうこういうつもりはない。

「では手はず通りに」

「うふふ、魔法の森の魔法使いを乗せるのが上手になってきているわね」

「いずれ魔理沙は嗅ぎつけて私の所に話を持ってきたでしょうし、別に上手になんかなってないわよ」

霊夢はここのところ、表情が険しくなってきていると言われている。

幻想郷の管理者としての自覚が急激に育って来ているからでは無いかと指摘されてはいるが。

まあその通りなのだろう。

幻想郷が、ちょっとバランスが崩れればあっと言う間に地獄になる場所である事は、何回かの事件で霊夢もよく分かった。

更に言えば、この特別な隠れ里は、外からの攻撃に何度となく晒されている。

本来だったら撃退出来るはずも無い攻撃も実の所はあって。

今幻想郷が存在できているのは奇蹟に近い。

ましてや外の世界で現役の信仰を受けている神々は。

人間を食うような凶悪妖怪が跳梁跋扈していないか、常に幻想郷を監視していて。それとの折衝が紫の大事な仕事の一つにもなっている。

紫の負担が大きく。

そしてあまりにも重いことは、霊夢も知っている。

だから霊夢がこれ以上、負担を掛けるわけにはいかないのだ。

これでも、この幻想郷が好きであり。

此処を壊したくないのは事実なのだから。

「今回、あんたは表向き介入しないのよね」

「ええ。 ただしあまりにもこじれるようなら待ったを掛けるわよ」

「分かっているわよ。 早苗とも咲夜とも上手くやるわ」

「……そうして頂戴」

また紫がスキマに引っ込む。

霊夢は小さくため息をつくと。

幾つかの準備を終え。

先に魔理沙と決めておいた。そして実際には守矢とも取り決めをしてある。合流場所に向かって、飛んだ。

 

1、暴威

 

妖怪の山。

幻想郷の中央部にある峻険な山岳地帯であり、その正体は富士山に頂点部分を蹴り崩される前の八ヶ岳。つまり神話に存在する山岳地帯だと言われている。

要するに山自体が幻想の産物であり。

外の世界とは、微妙なズレが生じている。

そしてその山という性質が故に。

大半の妖怪が暮らしているのも、この場所だ。

人里に出入りしていたり、山の麓に暮らしている妖怪も多数いるのだが。

やはり数だけで言うと、妖怪の山が最大規模。

もっとも質が伴っているかというとそうでもなく。

鬼達が去った幻想郷のスラム「地底」や。

暴走した魔力が地元民すら迷わせる、魔理沙が家を建てて住んでいる「魔法の森」など。

幻想郷には危険地帯が他にも存在している。

その麓の一角で。

魔理沙が既に待っているのを見て、霊夢は目を細めると。

地面に降り経った。

「よーう、遅かったな」

「準備が色々あったからね。 それで?」

「紅魔館は乗り気だぜ。 そもそもカードの存在は知っていたらしくて、調査に咲夜を出す事をすぐに了解してくれた」

「へえ」

まあそうだろうなと思いつつ。

魔理沙には真相は告げない。

元々紅魔館は、紫経由で今回の異変の事を知っている。

守矢ほどでは無いにしても野心的な勢力である紅魔館は、隙があるなら幻想郷を乗っ取りたいと考えているようだ。

昔起きた「吸血鬼異変」で、外来種の吸血鬼に幻想郷が乗っ取られ掛けた事があったのだけれども。

その時のように、立ち回りたいのかも知れない。

いずれにしても、常に一定の存在感を示すというのは重要だ。

時々咲夜は「主の指示を受けて」、異変解決に出向いてくるが。

実際の所、紅魔館の管理者が出て来ているのと同じなので。

割と毎回、本気で仕事をしている事になる。

霊夢は周囲を見回すが。

その問題のメイド長は来ていない。

もっともあいつは神出鬼没。

時を本当に操れるかどうかは霊夢も知らない。話を聞く度に、本当に操れたり、実際には超高速移動しているだけだったりで。毎回違うからだ。

まあ能力の種はどうでもいい。

人間としてはかなり高い次元の実力者で(本当に人間かどうかは怪しいが)。

異変解決の戦力になるのは事実なのだから。

先に側に降り経ったのは、東風谷早苗である。

守矢の巫女。

半分神になっている、元人間。

神になった影響なのか、髪は美しい翠になっているが。

見た目だけは人間である。

霊夢が頭に赤いリボンをつけていて、それがトレードマークになっているように。

早苗は蛇と蛙をかたどった髪飾りをつけている。

それが守矢の主神二柱のシンボルである事は、霊夢も知っていた。

なお最初の頃はアホ面下げて幻想郷ライフを楽しんでいた早苗だが。

最近は背筋も伸びて威厳も出て来ていて。

もう、昔とは完全に別人だった。

政治的な駆け引きに日常的に関わっているからだという話だが。

霊夢はあんな面倒な事は御免だ。

好きこのんであんな世界に足を踏み入れている早苗が、どんどん険しい表情になっているのは必然なのかも知れない。

「よっ。 久しぶりだな」

「ええ久しぶりです魔理沙さん」

「妖怪の山には入って良いのか?」

「その話は咲夜さんが来てからしましょう」

別々に話しても面倒だ。

そう早苗は顔に書いている。

そしてすげなく会話を切った。

この辺りは、昔とは別物でクレバーになっている。

霊夢としてもそれで異存はない。

口をとがらす魔理沙。

昔は幻想郷ライフを楽しむ早苗と同年代に見えたのだが。

急激に早苗が力を伸ばし、精神的にも大人になっているのに対して。

今は実際の年齢差が、見かけ通りに出て来ているように思える。

魔理沙はどう背伸びしても十代半ば。

早苗は十代後半。

数年の年齢差はとても大きい。

昔は実戦経験の差などで、二人にあまり差は感じなかったのだが。

魔理沙は賢くて努力も欠かさないものの。

早苗とは現状、立っている土俵が違っている。

努力家であるのはどちらも同じ。

それだったら、独力で力を伸ばすしかない魔理沙と。

神話の時代から人間の世界を見て来た海千山千の二柱によって英才教育を受けている早苗では。

差が出てきてしまうのは仕方が無い。

むしろ、十代における数年分の年齢差が殆ど感じられなかった昔の方がおかしかったのであって。

今の方が自然な状態なのだろう。

魔理沙も、後何年かすれば。

いや、魔理沙の場合、一番大事なときに肉体的にも精神的にも必要な栄養を取れなかった。

それは、きっと後々まで響く。

そう、悲しい予想を霊夢はしていた。

気配を感じる。

すっと、音も無く。

その場に、銀髪のメイドが姿を現していた。

紅魔館のメイド長。十六夜咲夜である。

主同様得体が知れない実力の持ち主である咲夜であるが。

そのメイドとしての立ち姿は大変に決まっている。

完璧で瀟洒な従者、というのはまああながち嘘では無い。

美貌の持ち主ではあるが、かなり硬質なので。

この面子に混じると、違和感も大きい。

「ようメイド長。 遅かったじゃねーか」

「色々準備がございましたので」

「なんだよ準備って」

「魔理沙」

咳払いして。

無駄話をやめさせる。

此処からは、霊夢が主導権を握らなければならない。

それについては、魔理沙も理解しているようだった。

「まず早苗、今回の件について聞かせてくれる?」

「現段階では調査中ですので、まだ本格的に外に情報を出すべきでは無いと判断していました」

内心で嘘つけ、と呟くが。

まあそれについてはいい。

これは霊夢も分かった上での茶番だ。

藪をつついて蛇を出すのは避ける。

「妖怪の山に入る事に関しては問題は無いわね」

「幾つかの禁足地に入ることは避けてください」

「ああ、分かっているわよ」

「禁足地?」

魔理沙が聞いてくるので、軽く説明する。

妖怪の山には、住んでいる妖怪達でさえ避ける場所が幾つか存在している。

多くの場合、妖怪達より実力が上の存在がいたり。或いは単純に物理的に危険だったりする場所だ。

例えば、外の世界ではニワタリ神として信仰されている、百日咳快癒の神である庭渡久侘歌が住んでいる辺りは、妖怪にとっての禁足地になっている。

これは、久侘歌がそもそも鬼の抑え役として幻想郷にいることが半ば公認化されている事からで。

しかも外の世界で百を超える神社において現役信仰されている実力派である。

生半可な妖怪の手に負える相手では無いし。

そもそも鬼を押さえ込めるという時点で恐怖の対象でしかない。

そういうデリケートな場所には、余計に足を踏み入れるな。

そういう事だ。

魔理沙は久侘歌の所に軽率に遊びに行ったことがあるらしいし。霊夢も何度か足を運んだことがあるが。

それはあくまで普段だから。

空気がぴりついている今、やるべきではない。

「具体的に何処が駄目なんだ」

「この辺りですね」

早苗が術式を展開。

空中に立体画像を出現させる。

魔理沙がおっと目を輝かせる。

元々知らないものには何でも興味を持つ魔理沙だ。

実際にこう言う術を見れば、それは喜ぶのも道理と言えるだろう。

何カ所か、赤く点滅している場所があるが。

その中の一つ。

本来は普段絶対立ち入り禁止とされている場所が。

今回は赤く点滅していなかった。

これも、茶番解決のために必要な事である。だから、野暮を承知であえて指摘しない。

「それでは手分けして動きましょうか」

不意に咲夜が発言する。

彼女の発言には、有無を言わさぬ冷たさがあった。

そろそろ茶番には飽きてきたのだろう。

まあ気持ちは良く分かる。

「そうね。 私は魔理沙と一緒に麓からこう行くわ」

霊夢が指さした先には、先にあった、何故か今回入るなとされていない禁足地。

通称虹龍洞がある。

その虹龍洞も越えて、最終的には山頂まで行く。

頷くと、早苗は別ルートを行く。

河童と山童のアジトを、モロに通るコースだ。

魔理沙が小首をかしげる。

「河童って、確かもうお前達の指揮下に入ってるんだろ?」

「ええ。 ですから締め上げてきます。 ちょっと手を緩めると、すぐに此方を舐めて掛かって来ますので。 今回の件で馬鹿な事を考えているものがいるようだったら、仕置きが必要ですから」

「……」

魔理沙が無言になる。

早苗が昔と違って、本当に冷酷になっている事に気付いたからだろう。

河童はもう守矢に逆らえる状態じゃない。

幻想郷の妖怪集団としては最弱だから、別に問題視はされていないが。

天狗だって、油断すればすぐにこうなるのは確実である。

早苗が眉一つ動かさず、場合によっては河童や山童の頭をたたき割るだろう事が、魔理沙には簡単に想像できるのだろう。

視線を背ける。

咲夜は静かな、好戦的な笑みを浮かべると言う。

「それなら私は此方を参りますわ」

「その辺りは天狗の縄張りギリギリじゃねーか。 いきなりそんなところに行くのか?」

「判断としては悪くないわよ」

「……」

霊夢が付け加えておく。

天狗は一時期、守矢が来るまでだが。今まで妖怪の支配者階級だった鬼が地底に去っていなくなったを良いことに、山で領土を好き放題広げていた。それで泣いている妖怪はそれこそ枚挙に暇が無かった。

今は霊夢と賢者が監査を入れて、奪った領土を全部返還させ。守矢との火種を全て踏み消したが。

そんな状況下でも、天狗に対して勢力を保ち続けたそこそこ強い妖怪達がこの辺りにはいるのだ。

主に山姥などの、群れはしないが単独で強い妖怪がそれに当たる。

妖怪の山の中では、守矢直下に入るくらい強い妖怪達がこの辺りには配置されていて。

現状守矢の最大仮想敵である命蓮寺と開戦の気配がない現状。

いつでも天狗を潰せるように、境界線上にいて貰うのはまあ当然だとも言えた。当然、その妖怪達は天狗を毛嫌いしているのだから。

そして強い妖怪と言うのは。それだけ情報を持っている、という事である。

「特に此処は、賭場があると聞いています。 さぞや良い情報が手に入ることでしょう」

ウフフと笑ってみせる咲夜を見て、呆れたように肩を落とす魔理沙。

霊夢はため息をついた。

「はい、それじゃあ夕刻に一旦此処で合流。 それで情報を整理して、カードの出所を探りましょう。 もし其所までに情報が分かればよし。 分からなければ天狗の住処に殴り込みを掛けて、徹底的に情報を漁るとしましょうか」

「分かりました、それでは失礼します」

「右に同じく」

その場に最初からいなかったように早苗が消える。

空間転移の術でも使ったのだろう。

同じように咲夜も消えるが。

同じ事をしたのかどうかは分からない。時間を止めたのか、超スピードで移動したのか。

魔理沙が、言いにくそうに。

だが、やむを得ない様子で聞いて来た。

「何だか皆嫌に手際が良いな」

「幻想郷が外部から何度も侵略やら攻撃やらを受けたでしょう」

「まあそれはそうだけれどよ……」

「だからみんな備えているのよ」

幻想郷の住人は、大半が外では生きていけない者達だ。

もう外では妖怪に対する畏れなどは存在しない。

それは人間にとっては空気が無いのと同じ。

大半の妖怪は、幻想郷がなくなった瞬間、蒸発するようにして消えてしまう。

それが定めというものだ。

勿論それは嫌だ。

だから皆、最善を尽くす。

だが、その最善は。

とても冷酷でもある。ずっと、努力を続けていかなければならないのだから。

幻想郷は隠れ里だが楽園では無い。少なくとも弱者に甘いだけの世界ではないのだ。

魔理沙はそれに気付いているのだろう。故に辛そうにする。

手癖は悪いし言動は乱暴だが。魔理沙は年相応の感性の持ち主で。歪んでいるとは言え、多分今話をしてた四人の中では一番思考回路が人間に近い。

「行くわよ。 麓からしらみつぶしにするから、一番大変かもしれないしね」

「分かった、そうする」

魔理沙は箒に跨がるのでは無く、座るようにして乗る。

この辺り、育ちの良さが今も出ているのは、少しばかり面白い。

妖怪の山に、空から侵入。

普段だったらスクランブルを掛けてくる妖怪がいるのだが。今日は、その姿は守矢と話がついているから。見かけなかった。

霊夢自身の瞳は赤く染まっている。

今は仕事モードだ。

仕事モードの霊夢が如何に恐ろしいかは。

幻想郷では、人間も、妖怪も。

共通して、誰もが知っていることだった。

 

どんな場所にも、要領の悪い奴はいるものだ。

霊夢が魔理沙を連れて、殺気をまき散らして彗星みたいに飛んでいる先に、数人の妖怪を発見。

談笑していたらしい妖怪達は、霊夢を見て固まると、何もかも投げ出してわっと散る。

殺される。

そう思ったのだろう。

魔理沙と霊夢は、それぞれ別々に一体の妖怪を追う。

理由なんてどうでもいい。目についたから追う。以上である。

自分が追われている、と判断した妖怪。

恐らく招き猫だろう。

最下級の福の神だが。

格が低すぎて、妖怪の一種になっている。

その証拠に、人間の姿を取り切れていない。彼方此方、猫の姿が出てしまっていた。

半泣きのまま逃げようとした招き猫は、必死にスペルカードルールの態勢を取り。妖力で無数の弾を作って飛ばしてくる。

スペルカードルールは、ほぼ死なない状態で戦ってものごとを決められる上。

格上の相手にも、場合によっては優位に話を進められるので。特に下級の妖怪は研鑽する事が多い。

でも、今霊夢の目の前にいる奴は。

普段それほど苦労していないのか。生活向上に興味が無いのか。

あまり弾幕は厚くなく。

攻撃もそれほど避けにくいものもなく。

何よりも、苛烈さも殺気も足りなかった。

余裕の霊夢を見てこれでは勝負にもならないと判断したのか、虹色の弾を空から降らせるスペルカードに切り替えてくる招き猫。

これもぬるい。

時間差をつけて回避を難しくしているのだろうけれども。

霊夢は鬼畜のような密度の弾幕を散々かいくぐってきたのだ。こんなもの、何の苦労もない。

至近距離からぶん殴っても良かったのだけれども、スペルカードルールでの戦いを向こうが決死の覚悟で挑んできたのだから、霊夢もそれに答える。

ただし、情けも容赦も掛けないが。

基本、スペルカードルールは、美しさを競い。更に精神を折る事が目的だ。

今回、霊夢に被弾は無く。

精神的に折られるような攻撃も受けていない。

だから、終わらせる。

大量の札が、逃げようとする招き猫に容赦なく襲いかかり、動きを封じ。

更に其所へ、霊夢が投じた針が突き刺さる。

爆発。

ぎゃあっとか悲鳴が上がって、哀れ招き猫は落ちていった。

あくまでスペルカードルール用の針だから、死なない。

だいたい妖怪は体が頑丈なので、物理的に壊しても死なない。妖怪が死ぬのは、精神的に死んだ時だ。

ぷすぷす煙を上げている招き猫の首をひっつかむと、ひいっと情けない声を上げる。

「こ、ころさ、ころさないで、ころさないでぇっ!」

「霊夢ー! 捕まえてきたぞ−!」

魔理沙も妖怪を引きずって来る。相手とのスペルカードルール戦で少し弾が擦ったのか、いつも被っている魔女っぽい帽子が少し焦げていた。

霊夢に比べて魔理沙は素の能力で遙かに劣る分テクニカルなスペルカードルール戦をするので、どうしても弾が擦りやすい。いつも異変に首を突っ込んだ後は、服を繕うのが大変だとぼやいていたっけか。

手元にいる妖怪は何だろう。同じく猫の妖怪のようだが、こっちも下級のようで、人間になりきれていなかった。

二匹並んで座らせる。名前を名乗らせるが、聞いた事がない。

まあ、この実力では当然だろうか。

「このカードについて、知っている事を全て話して貰いましょうか」

カードを見せると、招き猫は、首を横に振る。

霊夢は真顔のまま。

それを見て、小便をちびりそうな顔で、招き猫は口を開く。

「し、知らない、知らないんだ! みんな取引して、スペルカードルールで使って遊んでるくらいで! それしか分からない!」

「どこからカードは流れてくるんだ?」

「知らないよ! 山の上の方から流れてくるとは思うけど……」

「ふーん。 知らないんだったら物理的に掃除しちゃおうかしらね」

霊夢がしらけた様子で言うと。

招き猫じゃない方の妖怪は、恐怖で失神した。

それを見て、真っ青になった招き猫は。正座したまま、ガタガタと震えている。歯の根も合わない様子である。

「持ってるカード見せなさい」

「ぼ、暴力で奪ってもカードは使えないよ! お金を払って初めて使えるんだ! 後一度に一枚しか取引出来ない!」

「知ってるぜ。 どんな品揃えか見たいだけだ。 いいのがあったらほしいし」

「そ、そう……?」

魔理沙の言葉に救われたか。おそるおそる、バケモノ二人に囲まれている状態の招き猫は、カードを出してくる。案の定ロクなものを持っていない。

実はさっきのスペルカードルール戦で、霊夢は先に手に入れておいた自分のカード。札と針をそれぞれ威力増大させるものを使っていた。

使い心地を試してみたかったから、なのだが。

ちょっと火力が上がりすぎているかも知れない。

魔理沙も同じく。

やりすぎたかなと、気を失っている妖怪を見て同情しているようだった。

一枚ずつカードを買う。ちゃんと定額を支払う。招き猫は。ほっとした様子であったが。

霊夢がもう一度目を見ると、ひっと声を上げた。

「も、もう何も無いよ! だからころさないで!」

「そうじゃないわ。 もう少し腕を磨いておきなさい」

「へ……」

「今後も幻想郷は平和であるとは限らないんだから」

魔理沙を促すと、霊夢は行く。

招き猫は、もう一度、煙を吐いていた。

 

2、やはり上から

 

霊夢が魔理沙と共に山の空を飛び、妖怪の山の中腹にさしかかると。

冷たい笑みのまま、早苗が此方を見上げていた。

降りて、様子を見に行く。

早苗は、首根っこを掴んで、誰かを引きずっていた。スペルカードルール戦でぶちのめしたのだろうが。倒された奴はむごい有様だ。

兎に角容赦の無いやり方だ。

早苗は暴君になるつもりは無い様子だが。

その一方で、妖怪の山で怖れられる存在になろうとしている節はある。

特に河童や山童には、昔は「守矢の早苗ちゃん」と呼ばれ舐められていたらしいが。

今は名前を出すだけで震え上がるという話を聞く。

丁度早苗が首根っこを掴んで引きずっていたのは、その山童だった。

河童という妖怪は、季節によったり、或いは気分によったりで、住処を変える。

川にいる間は河童。

山にいる間は山童。

それくらいの差でしかないし。気分次第で河童から山童になったり、山童が河童に戻ったりする。

ただそんなフワフワした関係でも、顔役はいる。

今回早苗が捕まえてきたのは河童の顔役河城にとりではない。山童のリーダーを長年しているものだ。

どちらかというと山童は、妖怪の山の他の妖怪との金銭的折衝役をする事が多いらしいのだが。

そうなると、昔より更に立場が悪くて苦しいだろう。

完全に焦げ焦げになって煙を上げ、白目を剥いている山童のリーダー。確か山城たかねだったか。

早苗が冷たい笑顔のままおなかを踏むと、ぎゃっと声を上げて意識を取り戻した。

「ひいっ! 何も知らないよう! だから開きにしないで!」

「霊夢さん、カードを取引しているところを見つけて捕まえました。 拷問は任せますよ」

「拷問……」

「しないわよそんなこと。 死なない程度にはするけど」

霊夢が腕まくりをし始めるのを見て、魔理沙は真顔になり。哀れな山童は最後の時を悟ったようだった。

河童と同じように、ブルーカラーの制服(迷彩柄だが)を着込んだ小柄な女の子に見えるが。

山童も妖怪である。

リーダー格である此奴は普通の天狗を上回るくらいの実力はある。

それを苦も無く伸したと言う事で。やっぱり早苗はかなり強くなっている。

まあ、今は別にそれはいい。

現時点で、博麗神社と守矢は競合していない。

此処で霊夢を不意討ちして殺しても、早苗に得は無い。

殺されてやる理由も無い。

天狗の利権の関係もあるが、もしもそれで霊夢が事故死したら、流石に普段は紫に仕事を丸投げしている賢者達も動く。

そうなれば、守矢が著しく不利になる。

守矢も、それくらいの計算は出来ているだろう。

いずれにしても、赤い眼の霊夢を見た山城たかねは、完全にすくみ上がっていて。

腰を落として視線を合わせ。

頭を掴むだけで、もう口から泡を吹いていた。

何も言わなくても、全部吐きそうである。

「嘘をついたら、少しずつ頭を掴む力を強くする」

「つかないつかない痛い痛い痛い!」

「まず最初に、このカードはどこから流通しているのかしらね?」

「や、山の上の方から来てる! 守矢は口を出してこないし、公認だと思ってた! 守矢麾下の妖怪も遊んでるし、ちょっと稼いでいただけだよ! ただでさえ今、山童も河童も素寒貧なんだあっ!」

涙をぼろぼろこぼしながら言うたかねを見て、魔理沙がばつが悪そうに視線を背ける。

戦闘時はかなり好戦的になる魔理沙だが、元々の育ちがいいのだ。

こういう所で、どうしても一線を平気で超える霊夢との差が出てくる。

スペルカードルールでは、ジャイアントキリングを何度も成し遂げている魔理沙だけれども。

それでも実戦ではどうしても評価が高くならないのは。

この辺りが要因だろう。

「具体的に誰から買った?」

「だ、誰でも取引してるよっ! ただ、最近は賭場の山如さんから買ったりもした!」

「山如? 初めて聞く妖怪だな」

「山女郎と呼ばれる山姥の類種の一人ですよ。 基本的に麓と関わりを持とうとしない方なので、知られていないのも無理はないです」

魔理沙に早苗が答える。

確かに、何種類かいる山姥の中でも、あいつは変わり種だ。

まあ、どうカードが流通しているかは。

事前にこの異変をどう締めるか会議で話し合ったときに決めている。

山如はノリノリで殴られる役を買って出てくれた。

どうやら、殴られて痛い目にあう事よりも。

異変に関わる事で、名前に箔がつく事を喜んだらしい。

元々山姥は他人と関わるのを避ける傾向がある妖怪だが。

駒草山如や駒草太夫と名乗っている彼女は、他の妖怪を集めて賭場を開いていたりと、かなり閉鎖的で独立的な山姥系の妖怪の中では社交的な性格だ。

だからこそ、異変に関わって。

名前が知られることを、面白がったのだろう。

ちなみに、さっき霊夢が伸した招き猫や、今早苗が伸した山童までは話が行っていない。

この辺りは内心気の毒ではあるが。

今回この辺りの妖怪は、茶番の異変と言う事すら知らず。

実質異変に巻き込まれた側になる。

山童も落ちたものだが。

元々河童同様、悪辣なテキ屋として動いていた者達だ。

自業自得の目に会うのも、まあ当然だろう。

たかねの体に、ぺたりと霊夢は札を貼る。

たかね程度の力では、剥がれない札だ。

「この札はね、私が任意で爆発させることが出来るものよ。 中身は高濃度の呪いで、半径二メートルほどを呪いで汚染するわ。 遠隔で起爆できるから、幻想郷のどこにいても逃げられないわよ」

霊夢が全く表情も声色も変えずに説明すると。

たかねの目から命の光が消えた。

ちなみに、札の性質については事実である。

「山如にこれから事情聴取してくるけれども、もし嘘だと分かったらこの札は爆発するから、そのつもりでいなさい」

「ハイ」

「じゃ、行こうかしら。 どうせ合流したんだし、此処からは一緒に行きましょう」

霊夢が立ち上がると。

魔理沙はちょっとだけ、もう少し手心を加えてやっても良いのではないかと視線を送ってきたが。

此奴らの悪辣商売を知っている霊夢としては。今の境遇は妥当だと思っているので、何もしない。

むしろこういう小悪党が好き勝手に動き。

弱い妖怪が泣くだけの状況になるほうがまずい。

霊夢はあくまで平等に何もかも破壊するから良いが。

霊夢や賢者の目が届かない場所で、小悪党が好き勝手にしているようでは。幻想郷は外と同じだ。

河童が手酷く締められたらしいという話が伝わり。

河童と同じく悪辣商売の筆頭だった妖怪兎が最近大人しくなってから。

幻想郷の治安は(バブル景気で混乱している人里を除いて)目立って良くなり。

弱者妖怪は比較的穏やかに生活出来ている。

霊夢はあくまで暴力の権化として、治安維持のために存在していればいいのであって。

自業自得に酷い目に合う奴は、酷い目にあっていれば良いのである。

さて、次は山如か。

此処からは、完全に茶番だ。

魔理沙が気付かないかちょっと不安だが。

まあどうにでもなるだろう。

空を征く。

妖怪の山では、昔はかなりの数の妖怪が、霊夢を見るだけで無秩序に仕掛けて来たのだが。

守矢が秩序を敷いてから、すっかりそれもなくなった。

今日に関しては、守矢が外出禁止令を出している様子で。

妖怪達は霊夢が行くのを、身を隠して怯えながら見守っている有様である。

それでいい。

暴力装置が舐められては、話にもならないのだから。

 

妖怪の山の山頂にまで何度か行ったことはあるが。

基本的にあの辺りは天狗の縄張りなので。

行く時は、毎回それなりに手続きが昔は必要だった。

今はもう必要ないが。

それにしても、山頂近くに来るにつれ、妖怪の実力が上がっているのが分かる。

この辺りには、いにしえには神々として信仰されていた妖怪などが潜んでいるという話もある。

大半は賢者紫の配下として活動しているようだが。

希に身を隠しながら。

静かに隠遁生活をしている大物もいるそうだ。

今回の茶番では、そんな大物の一人が関わっているのだが。

それを片付けるのは最後の最後である。

山は峻険だ。

空を飛べなければ、とてもではないが一日で踏破できる状態ではないだろう。

周囲には、多数の妖精が群れていて。

霊夢達を見ると、面白がってスペルカードルールを挑んでくる。

これに関しては、多分後ろで守矢が手を回しているのだろう。

口が軽い妖精達が、後で異変に巻き込まれて霊夢に撃墜されたと面白おかしく話すのを期待しての事だ。

最近は妖精達もスペルカードルールの技量が上がっているし。

何より人格を持った自然現象とも言える妖精は妖怪以上に頑丈でまず死なないので。

手加減の必要がなくていい。

妖精は特定の手順を踏まないと殺しても即座に蘇生するくらい強力な再生能力を持っているため。

こういう祭の場では、兎に角軽率に仕掛けてくる。

そしてばたばたと撃墜されていく。

札を放っては、十人単位で妖精を爆破撃墜しながら、霊夢は無言で進む。

此奴らを爆殺した所で、別に面白くも何ともない。

どうせすぐに蘇生するんだし。

遠慮無く、過激に攻められるくらいか。

一閃。

強烈な火力が、前方へ集中投射された。

魔理沙の大一番。必殺技とも言える恋符マスタースパークである。

文字通りの極太の魔力砲であり、兎に角派手に熱を前方に放出し、敵を薙ぎ払う。

魔理沙はミニ八卦炉と呼ばれる魔法の道具を使ってこれを射出するのだが。

このミニ八卦炉自体が、結構な値打ちものの上に、扱いによっては危険なので。

霊夢としては、魔理沙が幻想郷の存続に関わる問題行動を起こすようなら、力尽くで取りあげるつもりでいる。

勿論現時点では、それをするつもりはない。

今ので、大半の妖精が消し飛ぶか、バラバラになって落ちていったので、だいぶ進路が静かになった。

無言で黙々と、周囲に大量の蛇と蛙の札をばらまき、片っ端から妖精を爆破したり蛇に噛みつかせて毒で即死させたりしていた早苗が。近付いてくる。

「山如さんの住処はこの辺りですよ」

「それでは降りようかしらね」

「やれやれ、あのメイド、無茶苦茶やってなければいいんだけどな」

「……」

今極太魔力砲をぶっ放した魔理沙も大概だと思うのだが。

兎も角、地上に降りる。

この辺りはもう空気が薄いこともあって、「鬱蒼とした森」ではなくなっている。

山としても高度がかなりある。

外の世界では、少なくとも幻想郷がある国では、これほどの高度に山登りで至る事は殆どないらしく。

最も高い山にでも登らない限りは、あり得ないと言う事だった。

幻想郷では、そんな一番高い山の名前さえ知られていない。

高山植物が生えている中に降り経つ。

妖怪はさっと身を隠すが。

逆に、麓では見かけない動物が。距離を取りながらも、興味津々に此方を見ている。

外では絶滅してしまったという話だが。

ニホンカワウソやニホンオオカミも出る事があるらしい。

また、別に外では絶滅しておらず。在来種の生物として生きている者達も、この辺りには珍しく無いそうだ。

早苗が詳しそうだが。聞いていても仕方が無い。

食えるか食えないか。

それくらいしか、霊夢には興味が無い。

愛玩動物や、犬などの人間と暮らすことを選んだ生物を除いて。可愛い動物を愛でるなんてのは、平和で動物と距離がある世界での話だ。完全に平和呆けしているからそんな発想が出てくるとも言える。

そもそも未知の動物は未知の病を持っている事が多く。

とてもではないが、無意味に近付いて触るなんてのは論外だ。

そんなことをすれば死んだとしても自己責任。

霊夢も、こういう世界に暮らしているから、それは知っている。

すたすたと歩き出す早苗。

そのまま、無言でついていく。

此処では、主導権を握りたいのだろう。

魔理沙は少し不満そうだったが。

霊夢が何の文句も言わないので、そのままついてきていた。

「なあ霊夢」

「どうしたの?」

「山如って妖怪と面識は」

「あるにはあるけれど、名前を知っているくらいよ。 さっき早苗が言っていた以上の事は知らないわね。 関わる事がなかったから」

実際、紫経由で話が行っているので。山如は今回は殴られるだけの役回りである。霊夢とは綿密な顔合わせもしていない。

少し薄暗い岩場の影に入ると、其所に大きめの建物がある。

こんな所にあるにしては、結構豪華な建物だ。

同時に退廃のにおいがぷんぷんしたが。

勿論、此処が賭場だからだろう。

そして賭場だから、表からは見えないように工夫もしている。

山如は天狗が好き放題していた頃も。天狗に真っ向から立ち向かい、領地を一切削られなかった剛の者だ。

紫の話によると、その頃天狗に住処を追われた妖怪を、匿っていたこともあるらしい。

勿論優しいから、などではない。

恩を売るためだ。

だが、それだとしても、当時の天狗と対立するのはリスキーだった筈で。

先を見越していた以上に。

相応に、度胸がある事は否定出来ないだろう。

建物の中に入ると。

周囲は荒れてはいなかったが、

賭場らしい広い部屋は、何かが逃げ散った跡はあった。

縛られてむすっとしている、鉄火肌の妙齢の女性妖怪がいる。

かなり露出の多い格好だ。

山姥というと老婆を想起する人も多いかも知れないが。

子育てをするような逸話もあったりして。

一概に老婆とはいえない。

また、時には慈母であったり、時には人を容赦なく喰らう山の魔であったりと。

その存在が物語によってもころころと変わるのが山姥の特徴である。

幻想郷では、その可変性の高い性質を利用して。山姥や山如をはじめとする類種の妖怪は、自分の秘匿性を高め。

力へと変えている。

山如もそんな一人であろう。

奥からメイド長、咲夜が出てくる。

それなりの数のカードを手にしていた。

「全く、賭場を物理的に荒らすのは勘弁してほしいんだがね」

「咲夜、その様子だと此処を制圧した後に、もう話は聞いたのでしょ?」

「ええ、ぬかりなく。 取引も済ませてあります」

「賭場にいきなり乗り込んで来た挙げ句、楽しく遊んでいただけの妖怪をぶちのめしておいて何を勝手な……」

ぶつぶつ文句を言う山如だが。

この辺りは、最初から打ち合わせの通り。

咲夜としては、紅魔館が恐ろしい組織だと言う事を周知する必要があり。たまにこうやって無関係の妖怪をしばいておく必要がある。

畏怖はそれだけ力につながるからだ。

勿論山如としてもそれで異存は無いし。

何より異変で博麗の巫女をはじめとする暴力集団に殴り込まれたとなると。

面白がって、たくさん金を落とす上客が顔を出しに来たりもする。主に最高位妖怪達の事である。

一見すると理不尽にただ賭場を管理している山如が酷い目にあっただけに思える光景だが。

裏ではたくさんの利権が動いているのだ。

「又聞きになるのもなんだから、話してくれるかしらね、山如さん」

「駒草太夫と呼んでおくれ」

「それじゃあ駒草太夫。 知っている事を全て吐いて貰いましょうか」

「……まずこの先にある虹龍洞で、何か発掘作業が最近始まった。 あの辺りは天狗の縄張りで、私には関係無い。 どうもそれから天狗の金払いが良くなってね」

この賭場には、天狗も遊びに来るという。

まあ、守矢のスクランブルを受けるだろうが。

それでも許可さえ貰えれば、外出は出来る。

そして賭場で遊ぶのは、そんな面倒な手続きをしてもなお。

魅力があるのだろう。

それにしても面の皮が厚い連中である。

天狗は散々、山姥達の領土を脅かしていただろうに。

賢者と霊夢の手によって組織の再編が始まり、守矢に潰される畏れがなくなり。また主に領土拡大に積極的だった天狗達が粛正されたとは言っても。

それでも此処に遊びに来るのは、余程の神経の図太さである。

「元々虹龍洞には膨大な資源があるって話があってね。 天狗でも迂闊に立ち入りは禁止されていたんだが。 最近は相応の量の何かが運び出されているらしいね。 妖怪の間では、最近金の流れが活発になっているが、人里もそうなんだろう?」

「そうよ」

「そうか。 じゃあそこの守矢のも、知っているんじゃないのかい?」

「詳細の調査のために来ました。 別に全て話してくれるなら、乱暴はしませんよ」

早苗の返事に、鼻を鳴らす山如。

むしろ、食いついたのは魔理沙だった。

「その虹龍洞ってのは、宝がある場所なのか? どんな宝だ?」

「なんだ、普通の人間か。 魔法でも使うようだが、入るのは止めときな」

「なんでだよ」

「彼処は無酸素地帯だとかで、入れば人間じゃ耐えられないよ。 酸素とか関係無い妖怪だけさ、内部で活動できるのは」

すごく残念そうに魔理沙が声を上げるので、ちょっとおかしくなったらしい。

咲夜に茶番とは言え、かなりこっぴどく痛めつけられただろうに。

山如はくつくつと笑った。

「まだ若いんだし、こんな所に興味を持つんじゃない。 出来れば、一生来てはいけないよ」

「なんでだよ。 何でも見て確かめたいんだ」

「その好奇心は立派だけれど、世の中には知らない方が良いこともある。 此処では金を巡ってどれだけ醜い心が動くか、直接目にする事になる。 勿論ゴト師の類も来るし、あんたみたいな子が来る場所じゃあない」

金と聞いて。

魔理沙はすっと、表情が消えた。

それはそうだろう。

魔理沙の「実家」は里一番の富豪。

そんな家から、十代になるかならないかの内に飛び出した魔理沙である。

色々な宝に興味を見せる魔理沙だが。

金には頓着しないのも、その辺りの歪んだ環境が大きく影響している。

黙り込んだ魔理沙を促して、次に行く。

さて、そろそろだ。

一旦、虹龍洞については後回し。

まずは今回の事件を起こした連中(という設定)の妖怪共をぶちのめしに行く。

今の時点で、人間としてこの異変解決に参加している魔理沙にも、天狗が関わっていることは確定で分かっているだろう。

だから天狗をぶちのめしに行く。

それだけの簡単な話である。

縛り上げられていた山如の縄を、指をぱちんと慣らすだけで解いてやる咲夜。

ため息をつくと、きつく縛り上げられていたらしい腕を撫でる山如。

霊夢と一瞬だけ視線を交わす。

それだけで、賭場を出る。

霊夢も、豊かな生活や些細な賭け事には興味はあるが。賭場には興味が無い。

霊夢みたいな強力な勘を持っている存在は、こういった場所からは出禁を喰らうのが確定だし。

何よりも、金は手に入れるのが好きなのであって。

奪うのが好きなわけではないからである。

賭場を出た後、上空で話をする。

「さて、これで確定ね。 天狗の所に殴り込みを掛けるわよ」

「まて、霊夢。 虹龍洞とかってのは良いのか?」

「窒息死は最も苦しい死に方ですよ。 いずれにしても、資源を運び出してはいるようですが、カードに加工しているのは状況からして恐らく天狗か、天狗が協力している何かしらの存在であることは確定でしょう」

「う、確かに優先順位はそっちが先か……」

早苗の理路整然とした言葉に、魔理沙が黙る。

だが、どうも引っ掛かっているようだ。

魔理沙は頭が回る。

それはそうだ。

元々魔理沙はスペシャルでは無い。努力を重ねて強くなっては来ているが、それでも此処にいる面子に殺し合いを挑まれたら、誰にも勝てないだろう。

あくまで人間の域を超えていないのだ。

だから、ジャイアントキリングをするためにも頭を鍛えた。

スペルカードルールでも、捨て身のテクニカルな戦い方を好むのもそれが故である。

そんな魔理沙は気づき始めている。

今回の件が、どうもおかしい事に。

だが、一応事件は解決した後。その虹龍洞にも用事がある。

全ては、一旦事件を解決してからだ。

「そろそろ暗くなるわね。 耐寒対策くらいはした方が良いかしら」

「それならば、守矢の神気で守りますよ」

「同時に戦闘行ける?」

「余裕です」

早苗が胸を張る。

まあ此奴の実力も、もう疑う余地はない。

任せてしまって大丈夫だろう。

魔理沙を促して、更に山の高所を目指す。

天狗の住処は風穴と言われていて、この妖怪の山の頂上近くにある。

そして、この辺りでも守矢が用意した妖精がワラワラ迎撃に出て来ているが。

この先は、勿論天狗も迎撃に来る。

そういう打ち合わせをしてあるのだ。

勿論、霊夢には。

微塵も加減をするつもりは無い。

守矢との折衝を買って出てやっているのだ。

こう言う茶番の異変では。

精々派手に、ぼこぼこにされる所を見せてもらわなければならなかった。

 

3、天狗の領域へ

 

峻険な山に雪が積もり始め。

上空を行くだけで、相当な寒さと、空気の薄さが響く。

空は非常に澄んだ雲無き状況だが。

しかしながらもう夜だ。

ただ星明かりは兎に角凄まじく。

里で電灯でも使っているかのようである。

周囲からはひっきりなしに大量の妖精が面白がって仕掛けてくるが。これは天狗が雇った連中である。

異変に参加出来る。

それだけで、面白がって妖精はどんどん戦闘に出てくる。

普段は人里に近付きすぎてはいけないとか。

色々妖精にはルールが課されていて、窮屈な生活をしている。

幻想郷の最下層存在であり。かといって死なないという特性から、どんなことにも無謀に突っ込んでいける者達。

背丈も人間の子供くらいから、人の掌に載るくらいまで様々。

そんな妖精達は、四方八方から、今回のために鍛えて来たらしい弾幕をそれぞれ打ち込んで披露してくるが。

一瞬後には霊夢の札で動きを止められ、針で貫かれて爆散したり。

魔理沙が放つ烈光の魔術で消し飛んだり。

早苗が周囲に展開する蛇と蛙の形をした神の力で吹き飛ばされたり。

爆発し、バラバラになり、吹っ飛ばされて落ちていく。

無惨な有様だが。

即時復活して、楽しかったとおのおの満足して帰って行くので問題ない。

ちらりと咲夜を見る。

露骨にやる気がない。

まあそうだろうなと思う。

咲夜は生真面目そうな雰囲気だが、結構ずぼらな所がある。

仕事はきっちりやるのだが。

逆に言うと、必要がない事は一切しないタイプだ。

自分の主君である吸血鬼レミリアに仕える事は好きなようだが。

それ以外の事は、手を抜けるだけ手を抜く事に躊躇がない様子で。

時々霊夢ですら呆れる程のずぼらさを見せる。

それでも、背後から一斉に襲いかかってきた妖精達を軽くいなすと。上空からナイフの雨を降らせて全部串刺しにする手際は流石である。

手は抜いていても。

油断はしていない、と言う事だ。

さて、そろそろか。

無数の妖精と同時に、下級の妖怪が姿を見せる。

貫頭衣を着込んだ人間のように見えるが、耳と尻尾を隠せていない。狐の妖怪だろう。

そしてこの不愉快な気配。

狐の妖怪でも最も悪辣な存在である、管狐である事は確定だ。

四人が散る。

敵の数が数なので、それぞれ対処に向かったのだ。天狗も数体混じっている様子である。

恐らく、今回かり出された白狼天狗達だろう。

まあ、全て打ち合わせの通りだ。

ただし、勝てるようなら勝ってしまっても良いと事前に話はしてある。

その場合は、別の手段で茶番の異変を解決する。

それだけである。

霊夢が纏わり付いてくる妖精を、ホーミングする札で動きを止め、まとめて針で射貫くと。

肩をすくめる管狐。

「やっぱりこうなった。 だからやめておくべきだって私は言ったのになあ」

「管狐と話す事はないわ」

「あらつれない」

管狐は、使役者に富をもたらすが。

それは一時的なものに過ぎず。

後でそれを何倍にもして取り立てるという、悪辣極まりない妖怪である。文字通りの害獣と言って良い。

危険性は人間を喰らいたがるような妖怪に比べると高くは無いが、人生を破滅させるという点では良くない妖怪であり。

少なくとも、その言葉に耳を貸す必要はない。

今回も、この異変に関わった大天狗が使うという話を聞いたときには、かなりの不安を覚えたのだが。

まあ良いとする。

「いずれにしても通すわけにはいきませんので、ちょっと本気でいきま……」

最後まで言わせない。

一瞬で至近まで距離を詰めた霊夢が、全力で己の力を解放。

炸裂した巨大な力の奔流が、文字通り星の彼方まで管狐を吹き飛ばしていた。

夢想封印。霊夢のスペルカードの一つである。

そこそこに消耗するものの、火力は見ての通り。

管狐程度だったら、どれだけ背伸びしても此奴一発で完封出来る。

妖精達が怖じ気づく……という事は無く。

あれが夢想封印か。

自分も是非喰らってみたいと、面白がって更に纏わり付いてくるのは、流石に霊夢も閉口するが。

周囲の戦況は悪くない。

生真面目な白狼天狗である犬走椛が、魔理沙に撃墜されて山に落ちるのを横目に。周囲から群れてくる妖精やら天狗やらを片っ端から処理する。

やがて、敵の戦力が尽きたのか。

周囲が静かになると。

呼吸を荒げながら、魔理沙が話しかけて来た。

「空気が薄いぜ畜生。 普段だったら相手にもならないのに」

「結構被弾した?」

「あの白狼天狗、弱いくせにスペルカードの腕は真面目に磨いてやがる。 弾幕が避けづらくって仕方ねえ」

「まあいいわ。 それでも勝ったんだから」

口を引き結ぶ魔理沙。

まああまり気分は良くないだろうが。

勝てたのは事実だ。

咲夜は大半の敵を早苗に押しつけたようで、涼しい顔でナイフを磨いている。

早苗は天狗数体を同時に相手にして、まとめて叩き伏せたらしく。それでも多少呼吸を乱している程度だった。

今、耐寒と空気の薄さを緩和する術式を同時に展開しながら戦っている筈なのに、大したものだ。

霊夢もこれはうかうかしていると追いつかれるな。

そう思いながら、顎をしゃくる。

どうやら大天狗と、天狗の本軍のお出ましだ。

ただ、出てくると一番面倒くさそうな射命丸文の姿はない。

まあ当然か。

あいつこの間とうとうやり過ぎて、紫に半殺しにされた挙げ句。絶対逆らえないように直下に移されて、しかも色々細工までされたらしい。

事実上天狗の組織を離れたのも同然なので。

迎撃部隊にいないのも当然か。

「おやおや、随分と殺気だったお嬢さん方だ」

「大天狗ね」

「ああ。 大天狗の一人、飯綱丸龍(いいずなまるめぐむ)という」

青を基調とした服を着込んだそいつは、背中に翼がある以外は殆ど人間と同じに見える。黒髪の美しい女だが。

そもそも女性の姿を取るのが幻想郷のスタンダードだ。

翼は恐らくは天狗である事を示すため。

そして被っている帽子は、鴉天狗達の長である象徴だろう。

確か外の世界に飯縄権現という神格が存在しているらしいが。山岳信仰から生じたものであり。鴉天狗に似た姿をとっているとか。

ただこれは、恐らくは様々な信仰がごったになったものであって。

あくまでマイナーな信仰。

外では有名人でもこれに対する信仰をしていた者が昔はいたらしいが。

今はあくまで、失われた神である。

歴史もそれほど古くは無い。

大天狗となると、これくらいの強力な信仰を受けている存在がいるのだが。

残念ながら所詮は大天狗程度。

更なるいにしえから存在していた守矢の二柱には遠く及ばないし。

天狗最強を謳われた射命丸の方が、更に強いプレッシャーを感じる。

「このカード、見覚えがあるかしら?」

「見覚えがあるもなにも、それを作ったのは私だ」

「はあ」

「近年天狗の収入はとても寂しくてね。 少しでも稼ぐために、小遣い稼ぎを始めたのだよ」

肩をすくめてみせる。

いつの間にか、ぼろぼろになってフラフラになったさっきの管狐が、めぐむの側にいた。

何か耳打ちしていたが。めぐむは大笑いし始める。

「そうかそうか、まあどうでもいい」

「よろしいのですか?」

「いいんだよ。 お前は出しゃばるな。 下がれ」

「はいー」

さっと何処かに消える管狐。

茶番の内だが、まあどうでも良い話だ。

そもそも、飯縄権現信仰は、管狐の源流とも言われている。

あんなリスキーな呪術、源流となる存在が知らない筈も無い。

あの管狐も、用済みになるか、余計な動きをすれば消してしまうつもりなのだろう。

残念ながら、妖怪の中でも屈指の害獣である。霊夢としても、その対応が正しいとしかいえない。

「ちょっと待て。 小遣い稼ぎのために、こんな大事件を起こしたのかよ」

「大事件って、何が?」

「?」

「これは実物には及ばない力しかないいわば玩具だ。 しかもお金を払って一回に一枚しか取引出来ない。 スペルカードルールを刺激的にするが、それ以上でも以下でもないし、何より幻想郷に何か問題を及ぼしているかね?」

魔理沙に対して、理路整然と説くめぐむ。

その通りだと魔理沙が黙り込む。

早苗は静かにその様子を見ていたが。

現状では、魔理沙は放置でかまわないと判断しているとみた。

咲夜はというと、こっそりあくびをかみ殺しているのを見てしまう。

本当に手抜きしているのが分かって腹立たしい。

射命丸には劣るとは言え、大天狗が相手。

その上周囲には多数の天狗である。

どいつもこいつも其所までの実力はない。

エース格の射命丸や、若手の未来を担っていた姫海棠はたてがいなくなっているのだから。

ただそれでも天狗は天狗。

数も数。

あくびが出来る胆力を、褒めるべきなのかも知れないが。

「いずれにしても、取引はするのかねしないのかね?」

「あんたをぶちのめした後に、話を聞きがてら取引しようかしらね」

「それはまた暴力的な……」

「妖怪は見かけ次第退治するのが基本なのよ。 まあ悪く思わないで頂戴」

霊夢が宣言すると同時に。

鼻で笑っためぐむが、手を振る。

同時に、恐らく現状の天狗の戦力全部と、無数の妖精が。一斉に襲いかかってきた。

 

霊夢は大天狗めぐむに突貫する。

流石は大天狗。

実力はともかく、スペルカードルールの技量は大したものだ。弾幕も極めて分厚い。それに、トリッキーな弾幕を、次々に繰り出して、近づけさせようとしない工夫をしてくる。

カードを切る。

上空に出現したのは、場違いな太陽である。

さっき山如から仕入れたカード。

地底に住まう八咫烏神の力を宿した地獄鴉のカードだ。

要は八咫烏神のデッドコピーのデッドコピーとも言えるカードだが。

スペルカードルール戦では充分に役立つ。

突然出現した灼熱に、流石に顔色を変えて飛び退くめぐむだが。直後太陽が炸裂。モロに焼かれて吹っ飛ばされる。

霊夢自身は、何が起きるか分かっていたから、距離を取っていたが。

相当数の妖精や天狗が巻き込まれたようだ。

地面で煙を上げてぴくぴくしている天狗が見られるが、まあどうでもいい。

煙をぶち破って、めぐむが躍り出てくる。まだ薄笑いを浮かべている。

今のダメージを、カードで緩和したらしい。そして、術式を展開してくる。

勘を働かせて避けるが。

その空間を、烈光が抉っていた。

それも、大量に、文字通り薙ぎ払うように烈光の術を展開して来る。

結構厄介な術だ。

面倒だから夢想封印で消し飛ばすかなと思ったが、せっかくの綺麗な烈光による弾幕である。受けて立つ。その方が心も折りやすいだろう。

右、左、右、そして上。

烈光が撃ち放たれる瞬間、だいたい勘が働く。この暴力的なまでの勘は、霊夢を何度助けてきたか分からない。烈光を回避しつつ、大量の札を投擲。

大半の札を烈光が焼くが。

それは囮だ。

至近背後に回った霊夢が、大量の針をめぐむの背中から叩き込む。

流石にすかした大天狗も、これには悲鳴を上げる。ついでに爆発。ぼろぼろになって吹き飛ぶ。

霊夢が使う針は、対妖怪用の特別製だ。

勿論今は、妖怪用であっても相手を殺すために使うものではなく、スペルカード戦用の殺傷力が低いものを用いているが。

それでも火力はお墨付きである。

フラフラになりながらも、めぐむは翼をはためかせて、上空に。態勢を立て直す気だ。

霊夢はそれを追いながら、周囲を一瞬だけ見る。

皆、押し気味に戦っている。

魔理沙が何度か被弾したようだが。被弾するリスクを考えて、今回は被弾によるダメージを軽減するカードを使っているようだ。まあスペルカードルールでの戦いなら有効だろう。

時々大物を狙って、確実に仕留めていく魔理沙。小物には目もくれない。

何人か他にも大天狗が参戦しているようだが。それらを集中的に狙って、火力を叩き込み、叩き落としていた。

咲夜は神速の動きか時間を止めているのか分からないが、好き勝手な場所に好き勝手に出現しては。相手の背中にナイフを刺したり、頭にナイフをさしたり、やりたい放題している。

早苗はと言うと、今回は広域制圧に徹するつもりらしい。

力を全解放して、周囲の天狗や妖精を片っ端から叩き落としている。爆発が絶え間なく起こっていて、その度に撃墜される天狗がぎゃあとかひいとか悲鳴を上げている。

何だか気の毒だが。

まあ仕方が無い事である。

「頭に来た……!」

どうやら本気で頭に来たらしい。大天狗めぐむが、周囲に無数の術式を展開。

それが霊夢を細切れにする勢いで、凄まじい烈光を周囲に展開してくる。擦る。かなり熱い。

まあ負けたら負けたで別に良いと紫は言っていた。

逆にそれは、大天狗が勝っても良いという事である。

本気で勝ちに来たと見て良い。

だったら、霊夢も本気を出させて貰うとしよう。

速度を上げる。

もっと速度が上がるのかと、めぐむが露骨に怯む。

それでも、文字通り焼き尽くす勢いで、縦横無尽に烈光を展開して来る。

結構危険な弾幕だが。

死なないように工夫はしているのだろう。

この速度で、本来ならこんな弾幕に飛び込むべきではないのだが。

霊夢はあえて受けて立つ。

そして、心を折る。

至近。

めぐむの側に出ると、ぽんと肩を叩く。

ひっと声を上げるのが分かった。

詰みだ。

大量の札が、めぐむの全身を拘束。

更に。其所に既に移動しながら放っておいた針が、全弾着弾する。

必死に逃げようとするが、この状況では一応は神格持ちの存在だろうがどうしようもない。

大爆発。

今まで使っていた烈光の術式のように。

その光は、周囲を照らしていた。

完全に目を回しためぐむが落ちていくのを見て、天狗達は戦意を喪失。

後は、一方的な戦いになった。

 

涙目になってくすんくすんと泣いている天狗もいるし。

総力戦に挑んだのに、人間たった四人に蹂躙された事実を受け入れられずに呆然としている奴もいる。

それにあの害獣は姿が見えない。

そういう役回りとはいえ、正直な奴である。

霊夢が大弊を取りだし、ぽんぽんと肩を叩きながら縛り上げられているめぐむの前に出ると。

流石にもう笑う余裕も消し飛んだ様子で。

大天狗、飯綱丸龍は引きつった表情を浮かべた。

「ま、待て! 私に何をする気だ! 昔話のように打擲でもする気か!」

「そうね。 羽をむしって天狗の丸焼きにしようかしら」

「や、やめ……」

逃げようにも、縛り上げているのは霊夢の札だ。

顔をくしゃくしゃにして嫌々と首を横に振る様子は何とも悲しいものがある。

これが茶番だと分かっていても。

天狗の立場を少しでも良くするために乗ったのはめぐむだし。

ましてや勝てば、監査が緩むとでも思っていたのだろう。

だが待っていたのは非情な現実。

天狗の全盛期だったら、此処までの一方的な結果にはならなかっただろう。射命丸やはたて、離脱した天狗達がいたら、もう少しましな戦いになった筈だ。

だが完全にメイド長がやる気がない状態ですらこれ。

天狗なんて、その気になれば半日で滅ぼせる。

そう守矢の二柱が言っていたのを、霊夢は以前聞いたが。

その言葉は完全に事実だ。

以前交戦した霊夢自身が知っている。

守矢の二柱は、神としても飯縄権現程度とは文字通り格が違いすぎる。

実際問題、殺し合いであったら、霊夢ですら二柱には勝てる気がしないのである。

天狗なんか、それこそ問題にもならない。

今回、天狗の復権を賭けて挑んできた総力戦で、それがはっきり分かった。

今天狗トップの天魔は度重なる様々な不運に心を折られて臥せっているようだし。

どちらにしても、これはまだ残っていたタカ派の天狗には丁度良い結果だったと言えるだろう。

「どうせ簡単には死なないでしょ。 首を切り離して、体を活け作りにして食べるのも面白そうね」

「……」

「博麗の巫女、鳥を生で食べるのはお勧めできません」

変なところで真面目なメイド長に正論を言われて、苦笑する霊夢だが。

めぐむはそれどころでは無い様子で、もう恐怖から笑い始めている有様だった。

まあいい。

今なら全てを話すだろう。

まあ、霊夢も全て最初から知っているのだが。

物事には手続きというのが必要なのだ。

魔理沙も早苗も呼ぶ。

早苗はやはり天狗に相当思うところがあったのか、容赦なくぼこぼこにしていて、皆の中でも最も荒っぽく他の天狗達を痛めつけていた。

力の差を見せつけるには丁度良い機会だったのだろう。

それに一部の天狗は、まだ早苗を侮っている節があったのだ。

そういう意味でも。

力の関係を見せつけるには、良い機会だったというわけだ。

「さて。 このカードを流通させて何がしたかったのかしら」

「そ、それは、カードを作ったのは私だけれど! こ、この計画を考えたのは、私じゃない! だからやめて! 活け作りはいやだ!」

「それは誰よ。 天魔?」

「天魔様は散々酷い目にあったご心労で臥せっておいでだ! 違う!」

半泣きのまま、めぐむは言う。

すかした様子は無い。

この辺り、霊夢が手ぬるかったら本当の事なんて言わなくてもいいと事前に打ち合わせはしてあるらしいのだが。

既に茶番と言う事すら、頭から恐怖で消し飛んでいるようだ。

スペルカードルール戦というのはこういうものだ。

相手の心を折る戦いなのである。

つまり霊夢は、それに完勝したのだ。

「では、このカードをばらまいた元凶は他にいると」

「そうだ! 市場を司る神だ! そもそも技術提供だって、その神に受けている! その神の力が掛かっているから、一度に一つしか取引出来ないし、きちんと買わないと使えないんだ!」

「市場を司る神?」

「山頂に虹が架かるときには市場が開く。 一部の上客しか入れない市だが……そこにいる」

今回の黒幕は特別に用意する。

そう紫が言っていたな。

打ち合わせは散々したのだが、黒幕役とは直に顔を合わせていない。

まあいい。

実際問題、このカードは玩具だ。

実際に相手を殺傷する事は出来ない。

更に言えば、実の所スペルカードルール戦でしか使えないように、術で制限まで掛けられている。

どこまでも、玩具。

遊ぶためのものなのである。

だから本来は、こんな戦いが起きる火種になるものではないのだが。

それでも、幻想郷には緊張感が必要だ。

だから定期的に、こういう茶番で争いを起こす必要がある。

今回は問題行動が一段落した天狗に、こうやってつけを払って貰った。

それだけの話である。

「い、今行けば間に合う! だから、頼むから許してくれ! 活け作りにだけはしないでくれ! な? な?」

「霊夢、もうその辺りで……」

「あんたは甘いわね。 まあ良いわよ」

見かねた魔理沙が、頭を地面にすりつけて懇願しているめぐむを見て諌言してくるので。

霊夢もそれを受けて、許してやることにした。

だが、此奴はまだ隠している事がある。

指を弾く。

刺さっている内、まだ爆発させていなかった針が爆発し。

文字通り跳び上がってめぐむが悲鳴を上げた。

漏らしたようだった。

目を細めるメイド長。

早苗は真顔になっている。

「まだ隠している事があるわね。 その市場の神について」

「……」

「全部話しなさい。 話せば活け作りは勘弁してあげる」

「わかりましたはなしますだからゆるしてください」

完落ちしためぐむが話し始める。

元々経済的に相当まずい状態に陥っていた天狗が、今回の計画を立案。

だが、新聞を作ってそれを売りつけることで財源にしていた上に。

昔は殿様商売で金を稼げていた天狗には、商売のノウハウというものが存在していなかったのである。

そこで連れてこられたのが。

市場の神。

既に信仰を失って、妖怪の山の中で密かに暮らしていた存在だった。

神は信仰を失うと著しく弱体化する。

外で現役の信仰を受けている神が圧倒的に強いように。

逆に信仰を完全に失ってしまうと、余程の強力な古代神格でもない限り、哀れな程に弱体化する。

それが神というものだ。

天狗が連れて来たのは、そんな信仰を失った神格だった。

その神格のアドバイスによって、カードを作り。売る取り決めをし。

更にそのルールに従ってめぐむがカードを作ることによって。今回の商売の仕組みが完成した。そして市場に対する信仰を得た神は、見る間に力を取り戻したという。

だが、めぐむは恨み事を述べ始める。

「だがあの神、我々が信仰を取り戻させてやったのに、最近は我々を顎で使うようになりはじめていて」

「アホかあんたは」

「え……」

「市場ってのは狡猾極まりないものよ。 そもそも狡猾さが売りのあんた達が、上を取られて恨み事とは、落ちたものね」

絶句しためぐむは、そのままばたと後ろにひっくり返り、完全に白目を剥いたようだった。

これは演技では無いな。

そう判断した霊夢は、指を鳴らして拘束を解く。

相当に精神にダメージを受けただろうし、これ以上は死ぬ。

だからこれで勘弁してやることにする。

他の天狗が、慌ててめぐむを介抱に掛かるが、放っておく。

他の三人を促す。

「さて、それで市場の神とやらに、話をつけに行きましょうか」

「ちょっと待て霊夢。 話を聞いている限り、ただカード売って儲けているだけのように思えるんだが……」

もっともな魔理沙の指摘である。

そして事実も魔理沙の言葉通りだ。

だが、それでも。

一応、異変には決着を付けなければならないのが。幻想郷のルールでもある。

「本当にそうか、確かめに行くのよ」

「さあ魔理沙さん、行きましょう。 すっきりさせたいでしょう」

「お前、怖い顔するようになったな……。 最初はあんなに楽しそうにアホ面ぶら下げてたのに」

「最初からこうですよ」

早苗を見て、魔理沙がぞっとした様子で言うが。

早苗は涼しい顔をしたままだった。

 

4、決戦

 

既に夜半近い。

更に雨まで降り始めた。

本来は危険すぎて下山を考えなければならない状況だが。

早苗が展開している耐寒の術式と。更に追加して展開した、高山病防止の術式もあって。比較的楽に進めている。

天狗の総力戦態勢を真っ正面からねじ伏せた後も。

元々天狗が用意していたらしい妖精が、面白がって仕掛けてくるが。

質は上がった分数は減っている。

片っ端からたたきおとしながら進む内に、あの管狐がまた懲りずに出てくる。

「あはは、飯縄丸様が裏切った! おもしろ……」

霊夢が手を出すより早く。

魔理沙がマスタースパークを展開。

文字通り蒸発した管狐は、何も言えずにその場から消えた。

まあ妖怪だから、精神を完全破壊しなければ死なない。

じきに元に戻るだろう。

「あんたが先に手を出すとはねえ」

「あの性悪狐、どうも虫がすかねえ」

「ふーん」

魔理沙は根は良い子だ。

だから、余計に頭に来るのだろう。

魔理沙の両親の霧雨夫妻は、人里でもっとも裕福な店を経営しているが。

どちらも悪い意味での狐のようだと悪評高く。

魔理沙にその名前を出すことは、地雷を踏むのと同じである。

ともかくそういう事だ。

あのやり口。

両親の外道働きを、どうしても思い出してしまうのだろう。

まだ相応の数が出てくる妖精だが。

いずれにしても、所詮妖精。

それなりの弾幕は展開して来るが。

この面子の相手では無い。

悉くねじ伏せて蹴散らしていく内に、雨が止む。

そして神域に入ったことを霊夢は悟った。

夜半を少し過ぎて、日付が変わった辺りだろうか。

それにしては明るすぎる。

そして、周囲には虹が出ていた。

これが、虹の市場という奴か。

周囲から、強烈な力が集まってくる。

神気という奴である。

展開して、様子を見守る内に。

其所には、カラフルな。そう、無意味なまでにカラフルな服を着込んだ、みょうな格好をした女が姿を見せていた。

だが、気配は人間のものでは無い。

要するに、これが神域の主だ。

神はそのテリトリーでは別物の力を発揮する。

冷や汗が流れるのを霊夢は感じた。

こいつは、冗談抜きに手強いかも知れない。

守矢の二柱ほどでは無いが。天狗を束にしたよりも今では強いと判断するべきだろう。

信仰の力恐るべし。

守矢の二柱が、躍起になって人里に粉を掛け。妖怪の山に秩序を作り出して、妖怪達に崇拝されるよう色々手管を尽くしているわけである。

「ようこそ虹の市場へ。 カードを売って利益確定するならば、急ぎなさい」

「貴方は?」

「うん? 天狗に許可されてきていない? ……」

まあ此奴も紫に言われて今回の異変に参加することは理解している筈。

ならば、今ので悟ったと言う事だろう。

一旦この商売は、一段落だと。

不意にあの管狐が現れる。しぶとい害獣である。

そして、市場の神に耳打ちする。

それを聞くと、市場の神は大笑いし始めた。

「アハハハハ、天狗風情が漸く気付いたか」

「どういうことです?」

「最初から天狗の狙いなどお見通しだ。 私は強くなろうなど最初からしていなかったし、別に弱いままでもかまわなかった。 ただ今幻想郷では定価の概念が持ち込まれ、詐欺が横行し、市場に対する価値観が錯綜している。 だから天狗が儲けようとしているのを利用して、この機に動いただけだ。 「何もかも」私には関係無いね」

「なるほど。 それでは失礼しまーす」

もうこれ以上出落ちさせられるのは嫌なのか。

他に粉を掛けている相手にちょっかいを掛けに行くつもりなのか。

害獣が消える。

そして、神が此方に向き直った。

猛烈なプレッシャーだ。

定価の概念が持ち込まれた幻想郷では、確かに市場には強い拘束力が生じている。神がそれに応じて力を増すのはある意味当然だとも言える。

改めて、慇懃に胸に手を当て、自己紹介する市場の神。

「私は天弓千亦。 ちまたの神と言えば分かるかな、そこの神道関係者二人」

「分かるのか霊夢、早苗」

「ええ。 伊弉諾尊が黄泉の国から帰ってきた時、禊ぎをした時誕生した神の一柱、ちまたの神ね」

「或いは性質的には大山祇命の娘である神大市比売(かみおおいちひめ)でしょうか」

静かに微笑むちまた。

その双方の神の性質を受け継いでいる存在なのだろう。

前者は道祖神の原型の一つ。

後者は市場の守護神。

どちらにしても、金の流れを守護し。

それを見守る神である。

紫としても、霊夢が負けても良いと思ったのはそういう事なのだろう。

ようするに市場を守護する存在が勝利して威を示せば。

今のバブル経済で混乱している幻想郷の人里に、経済的な秩序を作る事が出来る。

そして別に霊夢が勝てば、それはそれ。

天狗から一旦引き離されたちまたの神は、むしろ人里に堂々と姿を見せることが出来るようになるし。

公正な商売の守護神が存在するとなれば、今の不安定な人里の経済に苦しんでいる人間は皆飛びつく。それは公正な商売こそが正道であり、邪道に落ちれば利益から見放される事を意味する。

つまりどっちにしても、不利は無いのである。

人里は幻想郷の根幹。人里の人間が畏れを抱く事で、妖怪達は生きていく事が出来るのである。

故に、この計画は裏での利害がとても大きい。

異変解決の茶番を抜きにしても、本当に食えない奴だ。

ただ、紫はこの計画を考えるために、熱まで出しているし。関係各所を回って、場合によっては土下座までしている。

何もかも掌の上どころか。

足で稼いで、この状況を作ったとも言える。

霊夢としては苦労したんだなと遠い目で見る事しかできない。

そして、その苦労を無にしないためにも。

この異変を解決する必要がある。

「それでは、商売を始めようか。 利益を確定するためにも、カードを出しなさい。 私が買い取ろうかしらね」

「それならほら、これならどうかしらね」

「!」

見る間にちまたの顔が青ざめる。

放り投げられたのは、真っ白なカード。

何の効果も無いカードだ。

他の皆が、なんでそんなものをと呆れていたが。

霊夢は勘で気付いていた。

このカードこそ。

ちまたに真の意味で勝利するために必要なものだと。

「それは、私の力を込めたカード! いつの間にそんなものを!」

「さあ。 あの天狗が、貴方を牽制するためだったのではないのかしら?」

「おのれ、天狗風情が……!」

「で、買い取ってくれるのかしら?」

出来るわけが無い。

他のカードなら兎も角。このカードはそもそも、ちまたの力そのもの。つまり商売そのものを意味するカードだ。

それを買い取ると言う事は、ちまた自身が自由経済を否定する事になる。

それは出来ない。

幻想郷に数多いる能力者のカードを作り出し。

それを玩具にして売りさばき。

市場を支配してきた神だが。

その市場は、あくまで暴力によらない自由で開かれたものだ。

不正も許されない。

だから、市場そのものを支配する事は許されない。

市場の支配者が、そのタブーを犯すわけにはいかないのだ。

文字通りのロジックエラー。

そしてこのロジックエラーこそ。

神という存在を、怒らせ。否定する最大の方法なのである。

神について最も良く知る巫女である霊夢は、それを理解していた。

「どうやら私の怒りを買ったようだな! 私の力を持ってして、神のある元たる虚無に貴様らを返してくれよう!」

「やれるものならやってみせてもらいましょうか」

大弊を振るう霊夢。

同時に皆が戦闘態勢に入る。

どうせやり合うことは最初から決まっていたのだ。

だったら、ここから先は予定調和と言える。

天狗を従え、今回の異変(実際には玩具を売って儲けていただけだが)を終わらせるには、この神をねじ伏せる必要がある。

異変とは。

そういうものだ。

猛烈な神気を纏いながら、多数の札を展開して来るちまた。

早い。それだけじゃない。

いずれもが、極めて複雑な動きを見せ、場合によっては追尾さえしてくる。

そうそう。こういう弾幕とやり合いたい。

札の間を抜けながら、大量の札と針を展開するが。

それらは悉く防がれ。

周囲から迫る弾幕が、押し潰しに掛かっていた。

一瞬早く無数の札を抜けて、上空に躍り出る。

他の三人もまとめて相手にしているちまたは、霊夢に対する警戒も欠かしていない。

上位の神との戦闘が厳しい事は分かっていたが。

やはり手強いな。

舌なめずりしながら、霊夢は複雑な軌道で飛びつつ、ちまたの背後に回る。

ちまたが、途端に弾幕を切り替えてきた。

本人の姿がかき消え。

渦を巻くように、膨大な神気で作られた弾が周囲を蹂躙する。

しかも渦は二つ。それぞれが逆方向にねじ曲がるようにうねり始める。

スペルカードルールの中には、遅滞戦術を要求するいわゆる「耐久」というものが存在するが。

典型的な耐久だ。

ただこれは使う側も相手が耐えた場合には絶賛する必要があるために。

精神をモロに削る事になる。

皆四苦八苦して避けている様子だ。

さっきまで余裕だった早苗や咲夜も例外では無い。

むしろこう言う弾幕は得意なのか。

魔理沙はむしろ平気そうだったが。

渦が今度は縦回転の三つに増え。

更に四つに増える。

無数の弾幕が巫女服やリボンを擦る。その度にえげつない音がするが。どうにか回避しきる。

再び姿を見せたちまたが、手を上空にかざす。

文字通り、星の数ほどの札だ。

それが、間を置かず、瞬時に放たれる。

上空から雨のように降り注いでくる弾幕。

その上、時間差までつけている。

スペルカードルールを研究し尽くしているではないか。

メイド長が撃墜されるのが見えた。

爆発。

これは流石に厳しいか。

まあ手を抜いているようだから、まだ余裕はあるようだが。一旦戦線離脱だ。

魔理沙が前に出ると、ちまたの前を横切るように飛び、弾幕をかなり引きつけてくれる。勿論代償はある。

密度を増した弾幕を避けきれる訳も無く、こっちも爆発。

墜落するのが見えた。

まあ死にはしない。スペルカードルールでは、基本的に殺傷力そのものは抑えるからだ。見た目はとにかく派手だが。

隙をついて、無数の針を一斉に叩き込む。

同時にいつの間にか上に回り込んでいた早苗が、一斉に札を投擲。

蛇と蛙の姿を取った札が、それぞれちまたに巻き付く。

炸裂。ついで爆発。

煙から逃れてきたところに、地上に這いつくばったままの魔理沙が、マスタースパークをぶっ放す。

手で弾いてマスタースパークをかき消すちまただが。

流石に今の被弾は痛かったのか、頭に来たようだった。

右手を上に、左手を下に向け。

妙なポーズを取ると、また別のスペルカードに切り替えてくる。

強力な妖怪や神格は、大量のスペルカードを展開して心を折りに来るのが普通だが。

ちまたも例外では無いという事だ。

あれは一種の儀式なのだろう。

周囲に出現した無数の弾が。

あらゆる方向から追尾しつつ、四人に襲いかかる。

地面に落ちたままの魔理沙は逃げ切れず、モロに被弾して動かなくなる。まあそれはそうだろう。

いつの間にか戦線に戻っていたメイド長が大量のナイフを叩き込むが。

それを読んでいたように、ナイフの弾幕が全てを迎撃。

超高速移動したメイド長の先を読むように置き石で配置されていた弾幕が。メイド長を完全に捕らえ、爆破。

落ちていく咲夜に、余裕がありそうには見えない。

息を乱している早苗の様子も見える。

あっちも厳しいか。

霊夢自身も、そろそろ切り札を切るべき時だ。さっきから追尾してくる上、置き石でどんどん配置されてくる弾幕に、冷や汗が流れっぱなしである。

だが心が折れた方が、スペルカードルールでは負ける。

そういうものだ。

ちまた自身も、かなり被弾している。

此処からは、意地の勝負だ。

早苗が勝負に出る。

印を切ると、巨大な白蛇が上空からちまたに躍りかかる。

それを一気に弾幕を集めて、防ぎに掛かるが。

その隙に、真下から霊夢が至近距離に迫る。

上空を防ぐので精一杯のちまたが、置き石弾幕を展開する余裕はない。

だがそれでも上位の神。

至近に何か出現させる。

それが大量のナイフだと気付いて、霊夢はぞくりとする。嫌な予感を感じたからである。

回避。

同時に、霊夢がいた場所に、ナイフが殺到。一気に塊にするように貫いていた。

上空でも、大量の弾幕と早苗の白蛇が相討ちになって、互いに弾け散る。

早苗が肩で息をついているのが見える。

これはもう、何度も大技は撃てまい。

だがちまた自身も、肩で息をついている。

本来は市場の神。

こんな暴力的な弾幕は苦手分野なのだろう。

次で終わりだ。

霊夢は一旦切り返すと、加速して迫る。早苗もそれにあわせて、複雑な軌道でちまたに迫る。

此方もジグザグに動きながら逃れつつ、ちまたは次々に置き石の弾幕をおいていくが。

後一歩だ。

地面で伸びている魔理沙は、もうこの戦いに横やりを入れられまい。

そして、不意に隠し札が出る。

背後から殺到した大量のナイフに、ちまたが慌てて弾幕を展開、防ぎ切るが。

ぼろぼろになりつつも、まだ少しは力を残していた咲夜が、にやりとした。

もう一撃。

早苗が上空から白蛇を叩き込む。

かろうじてかわすちまただが。

あれをモロに喰らったら後がないのは一目で分かった。

霊夢も全力で突貫。

完全に逃げに入ったちまたは、霊夢が展開した、最後の力による巨大な球に包まれ。

そして爆発していた。

奥義、夢想封印である。

地面に墜落するちまた。

目を回している市場の神。

肩で息をつきながら、なんとか側に歩いて行き、縛り上げる霊夢。

かろうじての勝利だった。

 

5、異変終わりて

 

結局、戦いの後。

新しく商売の神として、ちまたの存在が人里に喧伝された。

それによる効果は絶大。

ただ信仰を奪われる事を嫌った守矢が、別の手を既に打っていた。

商売の神は、幻想郷全ての神である、と。

それによって、特定の勢力が得をすることもなく。

また、カードの販売元であると天狗が喧伝することで、ほんのちょっとだけ力を取り戻したものの。

それ以外の得は、どの勢力も得ずに終わった。

だがこれでいい。

公正な商売を神が担保しているとなれば、人間はそれを信じる。

外の世界はそうではないにしても。幻想郷ではそうだ。

だから意味がある。

霊夢は、それで良いと考えていた。

博麗神社の母屋でぼんやりしている霊夢の所に、魔理沙が来る。

モロにちまたとの戦闘で被弾していたが、もう元気だ。まあ霊夢もろとも、魔理沙も若い。

傷はすぐに治る。

魔理沙はキノコを持ち込んできたので。

二人で焼いて食べる事にする。

毒が怖いキノコではあるが。

魔理沙が住んでいる魔法の森にあるキノコは、魔理沙も熟知している。

相当な知識がないと危なくてキノコなんて食べられないのだが。まあ魔理沙が持ち込んでいるのなら大丈夫だろう。

そのまま焼いて食べながら、軽く話す。

「あの場所から解放されたからか、ちまたの神の奴、彼方此方を彷徨いて市場を開いているらしいぜ」

「そうらしいわね」

苦笑する。

市場には当然妖怪だけでは無く人間も参加していた。

扱った品はカードだけではなかったようだが。

いずれにしても、市場の守護者が見ている前で、悪さは出来ない。

トラブルは起きなかったようだ。

神は荒ぶると、制御が効かなくなる。

ちまたは丁度そういう状態だった。

其所を人間が調伏する事で、ちゃんとした福をもたらす善神に戻った。

そういう話である。

以前に何度も同じような事はあった。

ただ霊夢としては、どちらかと言えば神を調伏する事より。妖怪を退治したいというのが本音だったが。

「もう一つ気になる事がある」

「何よ」

「あのカードの材料だ。 尋常な代物じゃないだろ」

「そうね」

魔理沙も違和感を覚えていたのだろう。

それでいい。

もう一仕事しなければならない。

虹龍洞にて、一つやる事がある。

大した事では無いし、表にも話は出さないが。

まあ、その時には魔理沙も参加して貰う事になるだろう。

「異変は一度終わった。 だから妖怪の山にホイホイ入らないようにね」

「……分かってる」

「何かあったら声かけるから。 それか、何か気付いたら声を掛けなさい」

「それも分かってる」

魔理沙は、もうこの様子では気付いている。

今回の異変が茶番だったことに。

実際に誰かが困るようなことは一つも無かったのだ。気付かない方がおかしいだろう。

魔理沙が帰って行くのを見送ると。

さてと、と霊夢は伸びをした。

「異変の後片付け」まで、ちょっとだけ休む事にする。

それくらいなら。

許されるだろう。

 

(終)