風の剣舞う

 

序、平凡の終了

 

これから、戦闘機に乗って、殺し合いをしなければならない。

風桐一(かざきりはじめ)は、高校生になると同時にその事実を知らされた。しかも、目の前にいる、ゴリラのような強面の、愛想の欠片も感じられない黒服からである。

「こ、殺し合いっ!?」

思わず聞き返してしまった。引きつった口元を、なかなか元に戻せない。客商売をしている以上、営業スマイルは身につけていたはずだったのに。

「そう、殺し合いだ」

「ど、どうしてっ! それに、何で私が!」

「お前だけではない。 他にも四人。 そして、これに負ければ、世界が滅ぶ」

あまりのことに、意識が落ちかける。頬をつねったのは、夢だと思いたくなったからである。

痛かった。

両親が、隣で涙を流している。

自宅の応接室だというのに。空気はただひたすら、暗かった。

 

風桐一は二十一世紀の日本で暮らす、普通の女子高生である。

背は少し平均より高め。ポニーテールにしている髪の毛は、同級生達から綺麗だと言われることもあるが、一時期は鬱陶しい男子が寄ってくるので短髪にしていたこともある。長身の割に胸囲は小さく、それが気になる唯一の点であった。また、健康的に外を自転車で走り回っているため良く焼けていて、それが「遊んでいる」ように見えるらしく、ろくでもない男ばかり寄ってくるのが頭痛の種であった。

顔立ちについては、よく分からない。友人達からは「親しみやすい」とか言われているのだが、実感はない。特に目立った所のない普通のルックスで、将来社会人になっても化粧のしがいがないだろうなあと、今から思っている程度である。

得意なのはスポーツ。身体能力はかなり高めで、特に視力は常に2.0以上と計測されていた。学業はあまり得意ではなく、いつも成績は平均以下。趣味は自転車屋の娘であるという事もあって、サイクリング全般。特に、マウンテンバイクで強烈な傾斜を持つ山道を登り切るのが大好きだった。山を征服する快感は他に代え難く、多分男が出来てもこの趣味だけは止められないだろうという確信がある。

蛇は平気だが、蜘蛛は苦手。どうも足が多い生物は駄目らしく、家にアシダカグモが現れた時は年甲斐もなく黄色い悲鳴を上げてしまうこともある。

いずれにしても、ずば抜けた身体能力を除いてしまえば、現代日本に暮らす、平凡の域を超えない女子高生である。

もちろん、殺し合いなど、まるで無縁の世界に生きてきた娘であった。

だが、一は知っていた。小学生の頃から、両親の所に、時々黒服の恐ろしげな男達が、深夜訪れていたことを。今時自転車屋は何処も経営難だから、余程商売が上手か、或いは大手チェーン店か、それとも大型ディスカウントストアの店内店でもなければやっていけない事も多い。にもかかわらず、零細である実家の自転車は経営を続けて行けている。不審は幼い頃からあった。中学の頃には彼らが借金取りだと思っていた。

高校を卒業したら進学せず働こうと決めていたのも、実家の経済状況を知っていたからだ。どれだけ酷い借金をしているにしても、少しはそれでマシになると思ったから、働こうと考えていた。

しかし、商店街の店が次々潰れていく中、一の自転車屋は平然と経営を続けていた。いつの間にかシャッター商店街になっていたのに、自転車屋だけは無事という、異様な光景となっていた。そして年を経る度に、両親の顔は青ざめ、夜に二人で泣いている事が多くなってきた。きっと、あの黒服が原因だと、一は思っていた。

それは事実だった。

そして、今に至る。

店の正面から、夕刻堂々と訪れた四人の黒服が。一に、事実を告げたのである。しかも、実に不快そうに、だ。両親がおずおずと出した高級な紅茶をこともなげに飲み干しながら、黒服の男は続ける。

「我々とて、何ら戦闘経験のない小娘を、戦場になど放り込みたくない。 勝率を上げるのであれば、歴戦の特殊部隊隊員や、アグレッサー部隊の精鋭でも使えば良いことなのだからな。 だが、これに関しては、お前も含む特定の五人しか、責務を果たすことが出来ないのだ」

「だ、だから何で!」

「詳細は訓練の過程で説明する。 明後日から、政府の特務施設に来て貰う。 ちなみに口外したら、お前よりも、情報を知った人間に危害が加わるから、そう思え。 警察などの、公的機関の人間でもそれは例外ではない」

そうやって、渡される名刺には。内閣特務機関とか、恐ろしげな組織名が書かれていた。

もはや、反論が許される雰囲気ではなかった。泣く泣くという言葉が相応しいが、ともかく一はその怪しげな施設に出向かなければならない。分かっているのだ。自転車屋が潰れないように、この黒服どもが金を出していたことは。ありとあらゆる状況証拠が、それを告げている。

「しょ、証拠は」

「証拠?」

「貴方たちが、政府の人間で、私が必要だって証拠は」

「明日テレビを見ろ。 チャンネルは国営放送第一で、時刻は夕方七時半。 他の四人にも、丁度その時間に、特定の不釣り合いなワードが流れることを告げてある。 ワードは……」

確かに、国営の放送で、そんなワードが流れる訳もない。しかもその時間帯は子供向けのアニメであり、放送事故と取られかねない状況だ。逆に言えば、国営放送にそれだけの圧力を掛け、しかも放送させる価値がある、ということだ。

数学がいつも10段階中2の一でも、それくらいのことは理解できる。

翌日は、殆ど食事の味がしなかった。母が作ってくれた弁当は、塩と砂糖を間違えていたらしいのだが、食べていても何とも思わなかった。クラスメイトに恋でもしたかとからかわれたが、もしそうだったらどれだけ幸せであったか。

無言で、家族と一緒にテレビを見た。

国営放送のアニメでは。男が言ったとおりのワードが、放送された。ネットの大型掲示板などでは放送事故として騒ぎになっていたが、自分には無関係の事として騒いでいる連中が、羨ましくてならなかった。

 

指定された場所は、近所の駅の近くであった。そんな所に、恐ろしげな施設があるとは、とても思えなかった。事実、愛用のマウンテンバイクをとばして辿り着いた其処は、大型の企業ビルだったのである。少なくとも、外見は。

裏手に駐輪場があったので、愛車を止めて中へ。自動ドアを潜った中は、どう見ても大手の企業ビルだ。綺麗に磨かれた大理石の床、流行の吹き抜け、そして応接用の革張り椅子。社員食堂らしいものもあって、正面には受付があった。

本当に、あのゴリラ野郎の指定したビルなのだろうか。不安に思って携帯のGPS機能を使って場所を確認するが、間違いない。

大きく歎息すると、つかつか歩いて受付に。周囲のサラリーマンらしい連中を観察すると、妙なことに気付く。誰も明らかに高校生である(嫌がらせに制服で来た)一を咎める様子もないのである。いやな予感が大きくなる中、愛想が良さそうな、化粧が似合う素敵な笑顔の受付さんに、一昨日渡された名刺を見せる。途端に、受付さんの笑顔から、表情が消えた。

ぞっとするほどの変化だった。

「エレベーターで、七階に。 其処から右手に出て、奥にあるクレードエンジニアリングの受付にいけ。 押す番号は331だ」

「は、はい」

「それと次からは私服で来るように」

言い終えると、受付さんはまた笑顔に戻った。

ひょっとすると機械なのではないかと思えてしまうほどの、極端な変化だ。もう帰りたい位だが、もしも此処で逃げたりすれば、両親がどんな目に会うか知れたものではない。

貧しい経営を幼い頃から見てきた一は、金がどれだけ大事なものか良く知っている。漫画の世界では金より大事なものがあるとか良く言うが、そんなに簡単な言葉で片付けて良いものではない。

ましてや、政府を敵に回したら、どんなことになるのか。

エレベーターにはいる。同時に、サラリーマンが何人か一緒に乗り込んできた。七階を押す。誰も、階数指定のボタンには、見向きもしなかった。

多分、監視を兼ねているのだろう。

エレベーターは異常に滑らかで、すぐに七階に着く。降りると、サラリーマン達も一緒に降りてきた。よく見ると、全員スーツだが、愛想笑いもなく、筋肉質な者達ばかりだ。正直怖いが、もう後には引けない。

言われた会社にはいる。受付には綺麗な花が生けられた花瓶があり、何と静脈認証の装置までがあった。電話で、指定された番号を押す。同時に、うしろでがしゃんと凄い音。何と、入り口が鉄格子で塞がれていた。

もうやだ。帰りたい。

しかも鉄格子の向こうでは、サラリーマン達が、此方の一挙一動を見ていた。スーツの下には、多分拳銃か何かを隠し持っているのだろう。

静脈認証のドアが内側から開く。顔を見せたのは、例のゴリラ男だった。

「入れ」

「……」

唇を引き結ぶ。他の四人も、こんな風に脅されて、来ているのだろうか。そう思うと、怒りも沸き上がってくる。

しかし、何も出来ない自分が悔しくて仕方がなかった。

政府の施設とやらに入る。つんとした刺激臭があった。照明は低く抑えられており、ずっとサーバの稼働音らしい低い音がしている。

変な台の上に上がらされて、ロボットのアームみたいなのが体の周囲をぐるりと回った。どうやらスキャンされたらしい。更に、静脈認証の手続きを受ける。何度かやったことはあるが、あまり気持ちがよいものではなかった。しかも指と目と両方させられて、肩が凝った。

それが終わると、少し広めの部屋に通される。外から見て大きめのビルだったが、それにしても大きい。ひょっとするとこの階にある他の会社は全部ダミーで、此処だけが機能しているのかも知れなかった。間取りから言って、それが事実なのだろう。

中には既に四人いた。気の毒な同胞という訳だ。

長いソファーが奥に。其処に二人座っている。

一人は小学生くらいか。いわゆるゴスロリ系の格好をした、根暗そうな女の子だ。眼鏡は分厚く、一心不乱に何か読んでいる。もう一人は多分同年代の男の子だろう。若干背は低いが、それなりに顔立ちは整っていた。ジーンズとTシャツというラフな格好だというのに、座り方が妙に女々しい。

壁際で、腕組みして立っているのは、とっつきにくそうな長身の女性である。背も高いが、それ以上に胸も大きくて、羨ましい。背負っているのは多分竹刀だろう。剣道部なのかも知れない。彼女だけは一と同じく制服だった。近場の、結構有名なお嬢様学校の制服である。

最後の一人は床で正座して、目を閉じていた。金髪だから、或いは外国の子かも知れない。それなのに、熟練した柔道家か何かのような、もの凄く落ち着いた面持ちである。しかも何処かの道場のロゴが入った道着姿である。ただし背丈はかなり低い。小学生くらいの女の子より、少し高いくらいだろうか。

「貴方が最後?」

「へっ!? ええと、うん」

ソファに座っていた男の子が、もの凄く可愛らしいアニメ声で言ったので、反応が遅れた。どうやら男の子ではなく、女の子であったらしい。となると、全員が女の子という訳か。

「私、有馬伊座実(ありまいさみ)。 よろしくね。 高校一年だけど、貴方は?」

「あ、よろしく。 私、風桐一です。 同学年です」

見かけのインパクトとは裏腹に、女の子らしい気配りが出来る性格のようだった。

他の三人はと言うと、やりとりに無反応だった。眼鏡の子は、注目されていると気付くと、面倒くさげに言った。声は格好の割に妙に低い。

「沖田のの」

「ののちゃん? よろしくね」

「多分、私は君たちより年上。 高校三年生」

一方的に言うと、ののは本に再び視線を落とした。壁際にいた長身の女性が、咳払いする。

「土方琴美だ」

「よろしくお願いします」

彼女は高校三年生だという。土方という名前で思い出した。確か県大会などで賞を総なめにしている、神童と呼ばれる剣道少女が近くの高校にいたはずだ。そういえば、着ている制服と、情報が一致している。

男子には怖がられて女子にはもてるとかいう話だが、雰囲気を見れば納得である。鋭そうな切れ長の目と言い、凛とした雰囲気と言い、異性よりも同性に好感を持たれるタイプであった。容姿はそれなりに端麗だが、余程年上の男子でなければ、近付こうとは思わないだろう。

最後に正座していた女の子だが、じっと瞑想を続けていて、此方など眼中にない様子だった。だが、不意に目を開けると、周囲を見回す。

綺麗なマリンブルーの瞳だ。やはり欧州人の血が混じっているのだろう。

「全員、揃ったようですね」

「貴方は?」

「私は武田クライネです。 中学一年です。 以後よろしくお願いいたします」

日本人より巧みに、45°の礼を完璧にこなしてみせる。やたら折り目正しい言葉遣いと言い、何処か良い道場の娘なのかも知れない。

いずれにしても、かなり濃い面々だ。しかしながら、彼女らがこれから戦闘機に乗って殺し合いをさせられるとなると、同情せざるを得ない。一番下のクライネに到ってはまだ中学生と言うことではないか。

部屋に黒服の男達が入ってくる。

一様に皆が非好意的な視線を向けたので、少しだけ一は安心した。

「全員揃ったところで、状況の説明をさせて貰う」

「子供、しかも女ばかり集めたのには、ちゃんとした理由があるんだな」

「くどいぞ、土方」

黒服がさっさと来るように促したので、土方が最初に歩き出す。歩き方まで察そうとしていて、羨ましいなと一は思った。

隣の部屋に全員で移動。三列に机が並べられていたので、適当に座る。一番先頭の真ん中に土方琴美が座り、他はばらけた。面白いのは、武田クライネが先頭右に座っていることだろう。見かけの年齢と、中身に相当な乖離があるらしい。

プロジェクターが部屋の真ん前に置かれていて、なにやら映像が流れ始める。何とモノクロである。

其処には、現代のどの戦闘機とも似ていない、非常に鋭利な姿をした大型機が映っていた。本当に飛べるのか不安だったが、何とVTOL機である。垂直に上昇して、瞬く間に加速。飛行機雲を引き、やがて音速を超えた時に生じるマッハコーンを生じさせていた。

「これが、ウィングギャリバー。 お前たちに、乗って貰う機体だ」

「こ、これが!?」

特撮に出てくるような、異常な動きを、モノクロの画像の中でウィングギャリバーとやらは行っている。機動性能にしても、形状にしても、いずれもが一の知る「戦闘機」とは完全に別物だ。

何かと戦っているようなのだが、敵側も露骨に異常な動きをする戦闘機ばかりだ。どうして中に乗っている者が耐えられるのか、さっぱり分からない。しかも飛び交っているのはミサイルでも機銃でもない。明らかにビームとしか形容しようがないものであった。レーザーか、或いは荷電粒子砲か。

やがてモノクロ映像の向こうに、小山のような何かが映り込む。

近付くにつれ。それが無数の腕を持ち、兜を被った人間にも思える頭部を持つ、邪悪な意思を秘めた何者かと言うことが分かってきた。

「そして、これがお前たちが倒すべき存在。 魔王マンドラーだ」

不意に、映像が途切れて、砂嵐になる。

負けた、のだろうか。

いずれにしても、暗澹たる気持ちを、一は味わい続けていた。

 

1、異世界の事情

 

自宅に戻ってきた一は、ベットに突っ伏す。

聞かされた話と、国家機密だという情報書類は、あまりにも非現実的で、これから関わらなければならない事実が憂鬱きわまりなかったからだ。

ぼんやりと天井を見つめる。

見飽きた蛍光灯。豆球をそろそろ交換しないと行けないと、ぼんやり思った。

黒服達の説明はこうだ。

世界には、同じような状態から分化し、別の歴史を辿った可能性が多数存在する。

いわゆる並行世界理論である。

その一つが、ある宇宙人勢力から、侵略を受けた。その首領の名は、魔王マンドラー。あの小山のような巨体を誇る邪悪なる知性体で、具体的な正体は今もよく分かっていないという。

魔王マンドラーは並行世界の1960年にアメリカに現れると、瞬く間に地球全土を圧倒的な軍事力で蹂躙。当時世界最強を誇った米軍は、ソ連もろとも三日で壊滅したという。核兵器も効果がなかった。やがて地球の正規軍を粉砕し終えたマンドラーは、残りの地球人を駆除しながら、己が住みやすいように地球の環境を改変した。結果地球は全土が砂漠化したという。

人類は2億人程度まで、瞬く間に数を減らした。

生き残った人類は地下、海底などに分散してコロニーを作り、反撃の機会を伺った。やがて1990年代になると、敵に通じる攻撃手段などが確立され、地球側の反撃態勢も整い、地上では五分の戦況を展開できるようになったという。地下でのコロニー生活技術も発展し、人口も8億人程度まで回復したそうである。

だが、圧倒的なマンドラーの物量には基本的に為す術が無く、地上を恒久的に奪還するなど不可能で、ゲリラ戦を主体に対応するしかなかった。

絶望的な状況。

しかし、希望が生まれた。

その旗手となったのが、先ほどの決戦戦闘機。ウィングギャリバーであった。

各国の技術を結集したウィングギャリバーは、様々な技術を、なりふり構わずに投入している。マンドラーの戦闘兵器から採取した異星の技術をベースにしたそれは、言うまでもなく、多くの非人道的な仕組みも組み込んでいた。

「その一つが、シンクロシニティシステム、か」

呟く。

それで、憂鬱が晴れる訳ではないと、分かっているのに。

一旦それは忘れ、資料を読み進める。今一が読んでいるのは、もう一つの、あり得た地球の歴史なのだ。

初期型の量産型ウィングギャリバーの投入により、人類は五年ほどで南アメリカ大陸を回復。続いてアフリカ大陸を回復し、21世紀少し前にはオーストラリア大陸も回復したという。

だが、軍を進めても、人類は決して有利になった訳ではなかった。地上には資源らしきものも殆ど残っておらず、バージョンアップを繰り返しながらも次々に落ちていくウィングギャリバーの損失は大きく。

やがて、両者は膠着状態となったのだという。

それにしても、此処まで一気に戦況をひっくり返すことが出来るウィングギャリバーとは、一体どのような戦闘機なのか。

マンドラーの配下となる巨大生物に関しても強力ではあったが、それは地上部隊での対応が可能な相手であった。問題なのは主力となっている異星の航空部隊であり、これは明らかに自動機械軍で、内部に操縦のための生物を必要としていなかった。

地球側の戦闘機は、操縦のためのパイロットを必要としており、此処に大きな差があった。どう考えても中に人間を乗せていると出来ない動きをする相手に対し、地球側の戦闘機は、例え超音速での飛行を可能としていても、為す術が無かったのである。当然の事ながら、無人機械軍は慣性を殆ど無視して飛び、宇宙空間だろうが深海だろうが平気で、多くの海底コロニーが潰されては住民が皆殺しにされた。

この格差を埋めるために造り出されたのが、シンクロシニティシステムである。

ベットの上でごろりと転がると、歎息する。

早い話が、それは人間をそのまま戦闘機にしてしまう、というものであった。

人間の意識を転写する技術については、マンドラーの航空機械軍の残骸から、入手できていたものを利用した。機動制御に、人間の意識を転写した生体コンピュータを使用。そして要所の駆動のために、その人間のDNAから培養した特殊な液体を循環させた。それにより、圧倒的な機動力と、戦闘能力、環境対応能力を実現したのである。

しかしながら、これには問題が幾つもあった。

まず第一に、生体コンピュータの技術がまだまだ不完全であり、特定のDNAの持ち主しか、認識しないと言うこと。次に生体コンピュータの素材に非常に希少なレアメタルを多用するため、どうしても量産が利かないと言うこと。

そして、DNAの持ち主が、殆どいないと言うことだ。しかも生体コンピューターの製造に多くの人間が死においやられ、戦災でも命を落とし、今では残ったウィングギャリバーが落ちたら地球側に打つ手はない、と言うことであった。

十二年前。

マンドラーとの戦闘が膠着状態になった異世界の地球では、打開策を探すために、異界とのコンタクトを開始した。マンドラーは宇宙空間を何万年も掛けて移動してきたのではなく、空間を跳躍して現れたことが分かっていた。機械軍の中にも、大型母艦などにはその機能を有しているものが存在していたのだ。

地球軍で再現できたのは、せいぜい異世界との電波通信位だったが、それがどうしてか、この世界の国連につながってしまった。それ以降、政府同士での協議が繰り返され、そして幾つかの技術が交換された、という。

国連が要求したのは、何よりウィングギャリバーの製造技術である。既に観測によって、マンドラーのいたと目される星がこの世界でも存在することは分かっているという。既存の軍事力では、マンドラーが現れた場合に対処が出来ないのである。ウィングギャリバーの製造技術は必須であった。もっとも、マンドラーがもし現れなければ、それは人間同士の争いに用いられるのだろうが。

一方、向こうが要求したのは、DNAが適合する人間であったという。やがて技術が発展し、数人くらいなら実際に向こうに送ることが出来る技術と体制が整った。

幸いに、と言うべきか。

此方の国連が用意したヴァーチャル・リアリティと無線通信の技術によって、生体コンピューターと意識を接続し、リモートコントロールする手法が確立。常に総力戦状態だった向こうは、娯楽関係が発達する余地が無く、それが故に生体コンピュータも技術が拙劣だったのだという。一ら五人は切り刻まれなくても良くなった。

ただし、その代わりに。訓練によって、魔王と戦う準備をしなければならなくなったのだが。

殆ど寝られなかったのは、何でなのだろう。

魔王と戦うという、子供じみた英雄物語に、自分が放り込まれてしまったからなのか。

惨すぎる運命に、強制的に参加させられ、逃げることも出来なくなってしまったからなのだろうか。

暗い顔をして降りていくと、両親が夕食を用意して待ってくれていた。

好物のハンバーグを中心に、ご飯と味噌汁が並んでいる。日本らしい、カオスなメニューの配置である。あまり美味しいと思ったことはなかった家庭料理だったのに。今日ばかりは、妙に美味しくて、おかわりまでしてしまった。

「一」

「どうしたの?」

「すまんな。 つらいなら、いつでも言ってくれ」

その時は、皆で逃げようと、父が言った。

命に代えても、一を逃がしてくれるとも。

両親の表情は真剣だった。だが、一は首を横に振る。盗聴器が仕掛けられているだろうからという事は考えていない。逃げられはしないだろうとも思っていない。

「大丈夫。 私、これでも結構頑丈だから」

「一!」

「心配しないで。 魔王だかなんだか知らないけど、やっつけてみせるから」

マンドラーは。此方の世界でも、いつ攻めてくるか分からないという。より環境の厳しい異世界で、奴を撃退できなければ。人類の未来は、確かに無いとも言えるだろう。そればかりか、異世界の地球を食い尽くしたマンドラーが、直接乗り込んでくる可能性さえあるというのだ。

ならば、戦うしかない。

憂鬱な気持ちの中、しかし決意が徐々に固まっていく。

この食卓を、好ましいと思ったことなど、一度もなかった。別に両親だって、好きではなかった。

漫画のように、若い父ではない。既に頭ははげ上がっていて、加齢臭だって酷い。パンツを一緒に洗われて、激怒したこともある。

母も同じ事だ。老いが早くて、授業参観の日は恥ずかしくて仕方がなかった。料理は上手ではなかったし、自転車関係には興味も持ってくれなくて、怪我をする度に理不尽な説教をされた。

だが、もしも一のことを何とも思っていなかったら、こんな風に長年苦しむことも、今無茶なことを言ってくれることもなかっただろう。

「大丈夫だから」

繰り返し、そう言う。

母は、泣いていた。

二次大戦の記録は、もちろん一も見たことがある。出征する兵士を送り出す家庭は、こんな感じだったのだろうか。

そう思うと、とても悲しかった。

もちろん、クラスの友人達に、相談することなど出来る訳もない。悲しみは、家族の中で抱え込むしかなかった。

 

翌日から、早速訓練が開始された。学校を出ると、早速政府のビルに直行である。最初に応接室に集められて、注意事項の捕捉を効かされた。携帯の電波も、全て監視されているという。邪魔になるから、出来るだけ友人や家族ともメールや通話はしないようにと、酷いことを言われた。もちろん携帯からのネット閲覧など、言語道断だという。

そういえばと、話を聞きながら一は思い出す。学校側にも話が通っているらしく、担任は微妙な表情で一を見ていた。当然、何かあったら報告する義務が課せられているのだろう。

別の室内にはルームトレーナーも完備されていた。まず初日は、此処で能力値を測定するという。自転車もあったが、マウンテンバイクではない。それに機械に固定されていて、可哀想だと一は思った。

「土方!」

「はい」

最初に呼ばれたのは年長組の土方だった。そういえばと思って周囲を見回すが、ののはいない。別室で、別メニューと言うことか。運動をしたことなど無さそうな体型であったし、かなり厳しいことをさせられるのだろうか。

土方はルームランナーに乗せられた。いきなり三十キロ近いスピードで、ランナーが回り始める。平然と走っている土方は、相当に鍛えている様子だ。さもありなん。県大会などで賞を総なめにするには、才能に加えて努力がなければ不可能だろう。

「次、風桐!」

「はい!」

一は自転車のほうに乗せられた。何度かペダルをこいでみるが、かなり重い。愛車のようなチューンは当然されておらず、兎に角ペダルが酷く鈍かった。これでは、無駄に体力が消費されてしまうだろう。

ルームランナーと同じように、床が回り始める。

時速は四十キロで固定。この程度の速度であれば、上り坂でない限りなんぼでも走ることが可能だ。

他を見る。

有馬は土方同様ルームランナー。運動部なのか、結構ついて行っている様子である。武田は。小さい体だが、同じくルームランナーでぽてぽて走っていた。流石に中学一年では無理があるかと思ったが、意外にもかなり走り込みに食いついてきている。

ひょっとすると。

ずっと前から、両親は様子がおかしかった。

あの頃から、体力を付けるように、誰もが裏で促されていたのかも知れない。一にしても、自転車は幼い頃から好きだったが、山を登るのにはまるようになったのは、愛車を手に入れてからだ。

思えば材料費を奮発して作ってくれたと信じていたあの愛車も、政府側が金を出してくれたのかも知れなかった。

「ペースを上げるぞ」

黒服が容赦ない宣告をした。

ペダルに掛かる重みが、一気に倍増する。汗が噴き出してきた。慣れない自転車では体力を酷く消耗するものだが、これはそれとも微妙に違う。消耗するようにわざと作ってある様子である。自転車を可哀想だと思ってしまった。

最初に脱落したのは、有馬だった。無理もない。体格的に、スポーツをしているとは思えないからだ。それでも一時間近く頑張ったのは凄い。

続けて一が落ちる。ペダルが重くて、腿がおかしくなりそうだった。肩で呼吸している一は、見た。道着を汗でぐっしょり濡らしながらも、まだ走っている武田を。不意に武田が、声を張り上げた。

「裸足で走っても良いですか!?」

「次からにしろ」

気が抜けたか、ルームランナーから弾かれるようにして、武田が転んだ。受け身は取ったようだが、思わず助けようとして、自分も転ぶ。まともに今日は歩けそうになかった。

駆け寄ったのは、最初に脱落していた有馬である。

「大丈夫? クライネちゃん」

「大丈夫です。 有難うございます」

黒服の男は、助けようともしなかった。ただ冷酷な目で見つめながら、メモをとり続けている。

日本人離れしている雰囲気から言って、紛争地帯で傭兵でもやっていたのかも知れない。自分たちをモノとしか見ていない空気が露骨だった。

最後に土方がルームランナーから降りる。長身の土方の締まった体から、汗が滝のように流れ落ちていた。ペースを上げてからも長時間保っていた事から考えても、プロのアスリート並の体力だ。

「現在の能力値は測定できた。 土方、お前は今日と同じメニューをこなしつつ、シミュレーターに入って貰う。 武田、有馬、風桐は、しばらく基礎体力作りだ。 徐々にハードルをあげていくぞ」

「……」

「返事は?」

「はい!」

有無を言わせぬ迫力に、不平を押し殺すしかない。

その日はそれで終わった。帰り道、土方がスポーツドリンクを買って皆に配る。いつの間にか合流していたののは、自前で購入していた。

「有難うございます」

「気にするな。 明日は多分座学だから、今の内にマッサージをしておくと良いだろう」

「超回復ですか?」

「そうだ」

超回復。トレーニング用語の一つである。

人間は激しいトレーニングを、あえて時間の間隔を作って行うと、回復と強化のバランスが非常に良く取れるため、一気に運動能力を上げることが出来る。高校生くらいになると、それが顕著だ。もちろん一もそれは知っている。

「有馬、スポーツはやっていないのか」

「ええと、僕はソフトボールでキャッチャーやってます。 ただ、あまり真剣には打ち込めて無くて、体力もちょっと無くて」

「ソフトか。 そのままの運動量だと、これから少し厳しいな」

「はい。 努力するしか無さそうですね」

クライネはかなり辛そうだったが、不平を一言も口にしなかった。この辺りも、嫌なら帰れと言われたら本当に帰ってしまうと言う、現代人の子供らしくない。余程厳しく躾けられているのだろう。

「クライネちゃん、大丈夫? 送ろうか?」

「お気になさらず。 私、もう中学生ですから」

にこりと笑みを浮かべる。酷く足が痛いだろうに、何だか少し心が締め付けられてしまう。

その日は足をじっくりマッサージした後、ベットに横になったら、すぐに落ちてしまった。こんなに寝つきが良いのは久し振りである。

だが、翌日は、寝た気が殆どしなかった。今までにないほど、酷い筋肉痛もあった。そして、食事には、プロテイン飲料を飲むようにとの指示もあったので、恐ろしく不味いそれを口にしなければならなかった。

翌日は、土方の言葉通りに、座学になった。

トレーニングルームとは別の部屋に、全員が通される。

「君たちに乗って貰う最新型のウィングギャリバーは、単独での戦闘も可能だが、最大五機の合体変形システムを採用している。 これはそれぞれの機体に戦術的な振り分けを行うことで、五機だけで一部隊に匹敵する活躍を行って貰うためだ」

五機の機体が、モノクロの画像として、スクリーンに投影される。

「一号機、αウィング。高速機動を得意とし、要撃の中心となる機体。機体は小さめで耐久力も大きくはないが、要撃に特化しており、ある程度他の機体の機能も有している」

淡々と説明がされた。映像で映し出されているのは、他のウィングギャリバーに比べると小型で、逆に言えば小回りが利きそうな機体だ。全体的に現在の戦闘機に一番近い形状をしている。これが一の機体だという。

「司令塔なら、土方さんが乗るのが良いんじゃないんですか?」

「生体コンピューターの適合が風桐になっている」

「あ、そうですか」

納得は行かないが、シンクロシニティシステムについてはもう理解している。それならば、今更どうにもならないのだろう。

続けて、映像が映し出される。二号機、βウィング。横に扁平な機体で、まっすぐ飛ぶのか不安になるような形状だ。大きさも、αの二倍以上はある。

「二号機、βウィング。 二門のエネルギー砲を有し、補給能力で他の機体を補助する」

二号機と合体することにより、他の機体はエネルギーを補給することが出来るという。大型の機体は、エネルギータンクを多数内部に抱えている、と言うことだ。自衛能力を高めるために、二門の砲を装備し、また耐久力も高めに作られている、と言うことだ。

此方は有馬の乗機だという。

「βウィングは機動力が低い上に、速度が遅いから他に比べて被弾しやすい。 VTOL機能も有しているが、特に飛び立つ時が危険だ。 しかし、他もそうだが、特に重要な機体だから、機動には注意するように」

「分かりました」

次は三号機だ。

今度は一番今までで小さい。機体の下にパラボラアンテナに似ているものが着いている。また、砲台も可変型らしく、前後に向けて動かすことが出来るようだ。

「三号機、γウィング。 支援に特化した機体だ。 電子戦機能を有している他、可変型砲台で、後方への攻撃、左右への支援砲撃を可能としている」

これはまた、使い方が難しそうな機体である。

電子戦機というと、レーダーを攪乱したり、ジャミングを行ったりする機体の筈で、現実にも存在はしているはずだが、しかし戦闘能力はさほど高くはなかったはず。ウィングギャリバーは全機がスーパークルーズ能力とホバリング、それに現状の戦闘機には不可能なレベルで慣性を無視した機動が出来ると言うことだが、これも二号機同様、中心において守らなければならない機体なのだろう。

これは武田の乗機と言うことであった。

なおさら守らなければならない機体と言うことか。

のほほんとしている有馬と裏腹に、武田は緊張が見て取れた。だが、不満を口にすることはない。何だか見ていて逆に不安になってくる。

「四号機、Δウィング。 全機で最強の火力を有し、敵勢力要塞砲並みの荷電粒子砲を主砲としている。 連射性能も高く、敵を突破するために必要な機体だ」

確かに、大砲が着いている飛行機と言うよりも、大砲に羽が生えていると言ったほうが良いような機体だ。その巨大な荷電粒子砲とやらは他の機体に着いている砲と一線を画している。

しかしこの巨大な砲から言って、速力は出ても旋回は苦手そうである。

これが、土方の乗機だという。何だか納得できる話であった。土方は、まるで斬馬刀のような形状の自機を、じっと見つめていた。

そうなると、最後の五号機が、不思議な雰囲気を持つ、ののが乗る機なのだろうか。

「最後に五号機、εウィング。 此方はかなり特殊な機体で、バリアを展開することに特化している」

「バリアというと、ビームとかミサイルとかを防ぐ、あれですか?」

「アニメに出てくるほど万能ではない。 質量兵器には有効だが、ビーム兵器は防ぐことが出来ない」

その代わり、ビーム兵器は機体に施されている特殊なコーティングである程度防ぐことが出来るという。要塞砲レベルになってくると、不可能だと言うことであったが。

一通りスライドでの説明が終わると、それぞれに分厚いマニュアルが渡される。明後日までに覚えてくるように、という事を言われた。

どうやら、あまり時間は残っていないらしい。

ひょっとすると、昨日聞いた両世界での約束事が成立したのが、つい最近なのか。

或いはマンドラーが総攻撃を仕掛けてくるまで、そう時間がないのかも知れない。戦況は膠着状態という話だが、異世界の状況を聞く限り、時間が経つほどマンドラーに有利になるようであるし。

筋肉痛が酷い足を引きずって、ビルを出る。

途中、風船を幾つか持った、妙に可愛い女の子とすれ違った。あの子も何かしら、マンドラーと戦わされるのだろうかと思うと、気の毒でならない。だが、黒服がじっと此方を見ているので、下手なことは喋ることが出来なかった。

外に出る。

土方が此方を見て呟いた。

「どう思う、風桐」

「え? どうって」

「政府が全て本当のことを言っているとは、限らないと言うことだ。 何もかも鵜呑みにしていると、後で痛い目を見るかも知れない」

「それは、そうですけど」

しかし、逆らうという選択肢は存在しない。

幼い頃から、厳しい両親の経済状況と、次々シャッターが降りていく商店街の実情を見てきているのだ。卑劣きわまりない闇金業者のやり口や、連中のせいで不幸になった人達も見てきている。覚醒剤に手を出して、廃人になってしまった人もいた。

政府は、金を出してくれると言っている。

いざとなったら体を売ってでも、遊ぶ金を捻出する女子高生は少なくない。一もその類の同級生は、何人か知っている。

金の価値を知っている一は、そんな連中と一緒になりたくはない。

だが、今は。それと似たようなことをしているのかも知れないと思うと、心が締め付けられる。

「そう思い詰めるな。 とにかく、今は様子を見るしかない」

「……土方さんは、随分大人っぽいですよね」

「まあ、いろいろあってな」

高校三年生でも、男女問わずに、ガキ同然の連中など幾らでもいる。責任を社会そのものが放棄しているような現在ではなおさらだ。

やはり、土方の心は、後天的な環境で鍛え上げられたのだろう。

自転車を取ってきて、それに跨る。今日は多少筋肉痛があるとはいえ、一人くらいは乗せていく余裕がある。

「わ、素敵な自転車」

「あ、これ、オーダーメイドなんだ。 ベースは父さんが作ってくれたんだけど、カスタマイズは私がやったの」

有馬がとても可愛らしい声で言うので、こっちも嬉しくなってくる。辛そうにしている武田に声を掛ける。

「クライネちゃん、大丈夫? 乗せていってあげようか」

「心遣いありがとうございます。 でも、私は歩いて帰りますから」

ぺこりと完璧な礼を返すと、武田は最寄り駅に駆けていく。その背中を見つめながら、土方が言う。

「庇ってやろうとしている所悪いが、あの子、相当に強いぞ」

「え?」

「多分足捌きから言って柔道か柔術だが、完全に中学レベルを超えている。 高校の県大会で上位に食い込むくらいの力はありそうだ。 多分ハーフかクォーターだが、日本語しか喋れそうにないのも含めて、何か事情があるんだろうな。 体力そのものはまだまだ発展途上のようだが」

「あの子の後ろに、両親の影が見えない。 きっと、育てているのは祖父ね」

ぼそりとののが不気味なことを言った。

トレーニングに参加しなかったことから言っても、この人は何か異様だった。

「沖田さんは、隣の街か」

「ええ。 バスで此処まで来ているわ」

「そうか。 ならば此処で解散だな」

有馬も同じくバスだという。土方は歩きだというので、バス停で全員が別れることになった。

一人になると、途端に喋ることが出来る相手がいなくなる。

空には無数の星が瞬いていて、いつ降ってきてもおかしくない。異世界でも、同じように星が瞬いているのだろうかと思うと、不思議な気分だった。

筋肉痛が酷いとはいえ、愛車のペダルは滑りが良い。

しかし、バッグに入っている分厚いマニュアルが、重かった。

 

2、異界への路

 

激しいトレーニングを一日。終わった後は、プロテインを大量に摂取。最初はルームランナーでの走り込みばかりだったが、徐々にプールでの水泳が多くなり始めていた。全身運動が一番効率よく体力を養えるのだから当然か。

プールはビルの地下にあった。しかも25メートルの立派な奴で、様々な機能もついている。別室には射撃訓練室もあるらしかった。ひょっとするとこの近辺のビル全てが、政府の秘密施設なのかも知れない。

面白いのは、土方が金槌同然だったことである。陸上では最強に近いのだが、水泳では四苦八苦しながらまるで前に進まず、体力を倍も無駄に消費しているようだった。最後には浮きまで付けて、それで水泳による体力強化を行ったほどである。

逆にののは水をまるで苦にしておらず、自由自在に水を掻いて進んでいた。何というか、質量が殆ど感じられない泳ぎ方で、舟幽霊か何かに思えてしまう。有馬は殆ど一と同じくらい。意外にも武田は河童で、かなり水泳が達者だった。

「クライネちゃん、泳ぎが上手だね」

「祖父に離島で鍛えられたんです。 毎日四キロとか泳いだから、このくらいなら何とかなります」

「それはまた、非人道的な」

「慣れてますから」

スクール水着の上からも、クライネの、発育が遅いながらも徐々に大人になろうとしている体が見て取れる。だが、抑圧された心も見て取れて、それがとても悲しい。

体力増強メニューが終わると、次は座学。

徐々に異世界の軍事的な状況と、ウィングギャリバーの戦術に移行する。五機を使ってのフォーメーション戦術が、ウィングギャリバーの最大の武器だという。実際にも、旧型機は飛行機の形をした人間という意味合いが強く、フォーメーションとコンビネーションで機械的に動く敵を叩いてきたという。

「ただ、今回は飛行機をリモートコントロールで操作する点が、今までのウィングギャリバーとは違っている。 思考をフィードするシステムについては実用の段階にまで進んではいるが、シミュレーターで全員が互いの癖をしっかり把握しておかないと、きちんと動かない可能性もある」

監視役の黒服ではなく、どうやら自衛隊員らしい強面のおじさんが説明をしてくれる。多分航空自衛隊の精鋭だろう。既にシミュレーターに入っているらしい土方も含めて、皆に空戦での細かい技術を指導してくれる。

ただ、ウィングギャリバーについては現在の戦闘機を更に五十年先に行っている技術であるらしく、とてもではないがこの人でも分からない部分はあるらしい。マニュアルにはかなり粗い説明がされている箇所も多く、土方の鋭い質問に苦労している様子もあった。

日々、終わる時間帯が遅くなっていく。

休日など、もちろん無い。土日は朝からビルに出て、訓練と座学漬けだ。

徐々に毎日が、訓練を主体に置き換わっていく。学校の勉強など二の次、三の次だ。どうせ生きて帰れるかも分からないのに、中間テストなど気にしていられるか。

毎日泥のように疲れ果てて家に帰り、翌日はきちんと学校に出る。しかし、授業では、居眠りをする比率が増え始めていた。教師は何も言わない。それどころか、成績を政府が言うままに改ざんしている雰囲気まであった。

二週間ほどで、進展があった。

土方の次にシミュレーターに入ったのは武田だった。やはり若いと言うこともあって、体力の上昇も著しかったと言うことか。殆ど間をおかずののも入り、二日後、同時に一と有馬が入ることになった。

訓練が終わってへとへとになっている一は、有馬と一緒に、一番奥の部屋に連れて行かれる。

其処は巨大な繭のような機械がいつつ、放射状に並べられていた。

機械からは無数のケーブルが伸び、それぞれがスパコンらしきものにつながれている。既に他の三人は入っているようすであった。

不意に、繭の一つが青く光る。

そして繭の前面が二つに割れて、殆ど裸のののが出てきた。胸と陰部は水泳用の布見たいので覆っているが、それ以外は全裸である。

「ふは。 酷いミッション」

「反応が遅い」

「はいはい、ごめんなさい」

タオルで頭を拭い始めるのの。気配が薄い上に飄々としているので、怒鳴っている教官の声が、そのまま素通りしているかのようだ。

一と有馬の担当らしい女性の教官が、ひらひらの白い布を突きつけてきた。

「五分で着替えろ。 すぐにシミュレーションを始める」

「あ、はい」

もう、ぐうの音も出ない。

更衣室で、さっさと着替える。有馬の方をちらりと見ると、やっぱり恥ずかしいようだった。顔立ちはどちらかというと男の子っぽくても、こう言う所ではやはり強く女の子としての要素が出てくるのだろう。

「やだよね、こんな格好」

「あり得ないよねー」

ぶつぶつ文句を言う。セクハラだろと思ったのだが、抗議しても訴えが通る訳がない。そもそも抗議が出来る状況にない。

何でそんな格好でシミュレーターに入らなければならないかは、入ってみてすぐに分かった。

恐ろしく暑いのだ。

中には大きな椅子のようなものがあり、座るとヘルメットを被せられる。

同時に、一瞬意識が落ちて。

次の瞬間には、空を浮いているような光景の中、いた。

ただし、自分を認識できない。周囲を見ようとすると見えるのだが。手も足も無い。何だか、何かの機械の上で、視界がくるくると回っている。

まさか、これが自分なのか。

「まずは飛行訓練からだ。 進む、浮く、とどまる、左右に移動する。 順番に、考えてみるように」

女教官の冷徹な声がする。

最初は基地か何かから発進する所からかと思ったのだが、言われたようにしてみる。

ぐっと、押されるように、自分が動き始める。周囲がまるで流れていくように、後ろにすっ飛んでいくのは、快感でもあり、気味悪くもあった。

姿勢制御は。考えると、ぐらりと揺らぐ。どうやらそう言ったことは考えずとも、勝手に補助してくれる様子であった。

「お前は機動力を駆使して、他の全ての機体を補助する立場にいる。 雑念は一番払わなければならないことを忘れるな」

「は、はい!」

「返事は良い。 次は浮く。 上昇だ」

「やってみます」

浮け。何度かそう念じる。

不意に、体が軽くなったような印象を受けた。どうも機首を上向きにして、上昇するのではないらしい。バーニアかロケットノズルの向きを変えているのか。しかし、それで機体が空中分解しないのか不思議でならない。内部の人間の事を考えずとも良いから、なのだろうか。

いつの間にか、雲を突き抜けて、更に上まで出ていた。

上昇、止まれ。そう思うと、雲海の上で、ゆらりゆらりと漂い始める。何だか、とても気分が良い。

時々、間欠的に音がする。

多分姿勢制御をしているのだろう。頭を真っ白にしていても音が止まないことを思うと、やはりオートで姿勢制御はしてくれるという訳だ。

なるほど、凄い性能だ。

これなら、既存の戦闘機など、全部玩具も良い所だろう。宇宙人の大軍団と、戦える訳である。

「よし、左右に移動しろ」

返事はよいと言われていたので、そのまま動く。まず右へ。すうと、体が流されるような感触のまま、横滑りしながら雲の中に突っ込んでいた。空は真っ暗で、星が瞬いている。蹴散らされる雲の感触を楽しむように、ずっと横に滑る。加速が凄まじく、多分音速を超えているのではないかと思わされた。

一旦止まる。

急激に速度を落としたのに、機体に負荷が掛かった印象はない。

また停止状態に入ってから、雲の上を滑るようにして、今度は左に。時々吹っ飛んでいく雲の欠片が面白い。

自転車をこいでいる時も、こんな感覚が体を包むことがある。

機体と一体化して、ただこぐ。風を切って、むしろ味方に付けて。空を泳ぐようにして、愛車と供に駆ける。

吹っ飛ぶ雲。やがて、すんなりと、機体が止まった。

「明日から、第二段階に入る」

「えっ!?」

「聞こえなかったか。 次から第二段階だ」

接続が切られた。

浮遊感が消え、椅子に座っているという現実だけが残った。周囲は入った時同様、繭のような形をしたシミュレーターの内部。自分もきちんと認識できる。全身、ぐっしょりと汗を掻いていた。こんな暑い中にいたのだから当然か。顔を扇ぎながら外に出ると、ぐったりした様子で、有馬と武田がシミュレーターから出てくる所だった。

外が嫌に涼しい。

「うはー。 暑いね」

「私、明日から第二段階だって」

「えっ! 本当ですか!?」

武田が素っ頓狂な声を挙げたので、こっちの方が吃驚してしまう。丁度シミュレーターから出てきた土方が、大人っぽい顔を手で扇ぎながら言う。

「私は一週間かかったぞ」

「私、まだです」

武田が言ったので、なにやら異常なことであったらしいと、ようやく認識できた。

さっきの台詞から言って、ののはもう次の段階に行っているようなのだが。他の皆の驚きからいって、一には何か才能でもあったのだろうか。

いずれにしても、あの灼熱地獄の中でのシミュレーションだ。体力がなければやっていられない。それに話を聞く限り、五人が揃わないとそもそもまともに戦えないのだから、一人だけ突出しても意味がない。

そのまま解散になる。

既に夜もかなり遅くなっていた。にもかかわらず、ビルの中では忙しそうに人々が行き交っている。途中、妙に大柄な外国人を見かけた。筋肉質で、まるで海兵隊員である。口元に蓄えた髭と、刃のような光を湛えた目が印象的だった。まるで違う世界で生きてきた人間である事は、見ただけで分かった。

ビルの外に出る。夏も終わりに近付いているからか、妙に涼しく感じる。

このくらいの時間に外に出るのはあまり気が進まないのだが。話によると、五人にそれぞれ見張りがついていて、影から護衛されているという。ありがたすぎて悔し涙が出る話だ。

「もう少し早ければ、パフェでも食べていけるんだけどなあ」

「あ、自分にご褒美、って奴ですか」

一の言葉に食いついてきたのは武田だった。意外である。非常に真面目な子という印象があったからだ。

「クライネちゃんは、何かご褒美とか自分で設定していたの?」

「え? ええと、その。 宇治金時……を」

「わ、渋い」

「そ、そうですか?」

もじもじ言うクライネが妙に可愛いので、テンションが上がる。

興味なさげだった土方が、不意に言う。

「さっきの大男、あれはMだな」

「M!? I国の、世界最強の男って言われる、あの元配管工の人ですか!?」

「そうだ。 奴が来ているって事は、多分相当に異世界の状況が深刻なんだろう。 そろそろ学校など行けなくなるかも知れないな」

「そ、それはいやです」

悲しそうに眉尻を下げる有馬。学校に、好きな男子でもいるのだろうか。それを指摘すると、首まで真っ赤になった。分かり易くて可愛い。ただ、整ってはいても男の子のようなルックスだから、あまりもてることはないだろう。有馬の良さが分かる男子は、高校生には少ないような気もするし、まだ春は遠いかも知れない。

ぼそぼそと、かなり聞き取りづらい言葉遣いでののが言う。

「三段階までのシミュレーションに合格すれば、異世界への突入ミッションを始めるって、この間聞いたよ。 幾ら遅くても、多分、後一月も我慢すれば終わりでしょ」

「そ、そうなんですか」

「私達みたいな素人がどうにか出来るような仕組みがあるんでしょう。 話を聞く分だと、魔王何とかに滅茶苦茶にやられちゃってるみたいだし、パイロットを育てている時間なんか無いから、そう言う仕組みが考え出されたんでしょうね。 まあ、切り刻まれなくても良いみたいだけれど。 もっとも、そもそも異世界から生きて帰れるかは分からないけれど」

その割には悲壮感の欠片もないのは、なぜなのだろう。

ののはひょっとして、自分の命などどうでも良いと考えているのかも知れない。もしそうなら、悲しいことであった。

全員と別れて、自転車をこぎながら。近所に、少し遅くまでやっている喫茶店があることを思い出した。

実はこの任務を始めてから、やたらお小遣いが高額になった。無理をしているのではないかと不安になったのだが、給料という形で一時金が支給されているのだと、両親が教えてくれた。

明日は座学だから、終わってから皆を誘ってパフェでも食べに行こう。そう一は思った。

 

空を、舞う。

戦いのために。

下には一面の海原。どんなに酷いことになっている世界でも、海だけはただ青く、綺麗だった。

しかし、鴎もいなければ、さわやかな風も吹いていない。

周囲には、無数の異形が溢れていた。どれもとてもではないが、戦闘兵器には見えなかった。

巨大なエイのような姿に、無数の触手が生えているもの。

ウミウシに似ているが、巨大な口を持ち、たくさんの牙を生やしているもの。

百足に似ているもの。

鳥に似ているが、巨大な一つ目だけがあるもの。

いずれもとても大きい。そして、一を殺そうと、四方八方から襲いかかってくる。

「それは、異世界から提供された、マンドラーの下級生物兵器のデータだ。 いずれもが量産されて、防衛線を維持するために投入されている」

「凄い数ですね」

「一種類辺り、百万を軽く超えているそうだ。 これらが、既存の生態系を破壊し尽くし、砂漠化を進行させる一因ともなっている。 ウィングギャリバーにとって速力でも火力でも到底及ばない存在だが、死を恐れず、ラッキーヒットが当たれば打撃になりうる能力を備えている。 まずはこれから肩慣らしだ」

叩く。

そう念じるだけで、αウィングの先端から、エネルギー砲が発射される。現在の戦闘機などに着いている機銃などと比べると速射性が著しく低いが、一弾ごとに高い精度でターゲットロックオンがされており、念じたとおりの相手を片端から貫く。

敵の群れの中を抜けた時には、粉々に砕けた肉塊が、周囲に赤い霧を作っていた。

一気に抜けて、上昇。遅れながらも、敵が着いてくる。それぞれに放ってくるのは、酸の体液だったり、超音波の刃だったり。いずれもが、αウィングの翼を掠め、或いはエンジンを叩こうとして通り抜けていく。

上空で一回転。落下しながら、追ってくる敵の戦闘に、エネルギー砲を連射。

超常の強度を誇る敵要塞の装甲でさえ、集中して浴びせれば貫通するという出力のエネルギー砲が、まるで一匹の大蛇のように襲いかかってきた敵の群れを、撃ち抜く。そして、粉々に吹き飛ばした。

海面すれすれで速度を落とし、ホバリング。

敵の数はこの短時間の攻防で、四割ほど減っていた。

凄まじいのは、αウィングの火力だ。戦争のせの字も知らなかったような小娘が乗り込んでいるのに、まさに風の剣となって、敵の群れを切り裂いている。相手は二線級の生物兵器であったとしても、だ。

「難易度を上げるぞ」

「はい」

周囲が一瞬で、ごつごつした岩山に変わる。

吹きすさぶ狂風が、明らかにウィングギャリバーを掴む枷となっていた。高度を上げる。周囲に無数の殺気。

「此処からは、敵の正規軍が相手だ」

鋭角だが、何処か生物的な戦闘機が、飛来した。しかも編隊を組んで、である。

丁度機関銃を横殴りに掃射するように、それぞれが微妙に位置をずらしながら、ウィングギャリバーに機銃やミサイルを放ってくる。すぐに加速、上昇。翼すれすれを抜ける敵の光弾の群れ。ミサイルが反転し、追いかけてくる。敵戦闘機も、常識外の機動を見せ、一気に上昇に転じてきた。

速い。マッハコーンを、敵機が引きずっている。此方も更に加速して、一気に振り切りながら、上空で速度を不意に落とした。雲を抜ける。そして機体を捻りながら、自機を追い越した敵機の腹を、そして背中を見送りながら、砲弾の雨を浴びせかける。

編隊を組んでいた敵戦隊が、瞬時に塵と化した。

加速。

一瞬前まで自機がいた空間を、機銃が抉り去っていた。

敵の機銃弾は、大きく空間をえぐり取ったかのように、冷酷な穴を雲に開けている。不定形の、何とも言い難い敵が、飛び跳ねるような異常な機動で、連続して射撃してくる。加速して振り切ろうと、雲に潜る。

次々、雲が貫かれ、穴が開く。

雲を抜けた。

下では、四角形に四本の足を生やしたような、巨大な敵が待ちかまえていた。

敵から、次々と小型の戦闘機が飛び出してくる。軍事ヘリに近い役目を持つ存在らしく、ホバリングしながら機銃の雨を浴びせてきた。更に巨大な敵自身も、猛烈な対空砲火で出迎えてくる。敵の側を掠めつつ、エネルギー砲を浴びせ、えぐり取られる敵の装甲を尻目に死地を抜ける。

雲を抜けてきた不定形の敵機が、真後ろに着いた。此方を嘲るように、左右に飛び跳ねながら追ってくる。此方も左右にぶれつつ、岩山に向けて加速。直前でかわして、敵を一気に引き離す。敵の一機が、岩山に激突、爆発して消し飛ぶ。

前に敵。

小山のような巨体だ。

口のように開いている下部に、滑走路が見える。其処から、無数の敵機が飛び出してくるのが見えた。

周囲が暗くなる。

闇の中、敵の存在感だけが、異常な圧力を誇っていた。

一分後、接続が切れた。撃墜されたのだ。

シミュレーターを始めてから初の撃墜である。敵の大型要塞らしい存在との交戦に入って、百機近い敵に袋だたきにされたのだ。それにしても、凄まじいサイズだった。小さな山ほどもあったのではないだろうか。

全身にぐっしょりと汗を掻いていた。シミュレーターが開き、外の涼しい空気を肌に浴びてほっとする。

「十分休憩」

「はい」

外では、有馬が休んでいて、武田がシミュレーターに戻る所だった。有馬は男の子っぽい顔立ちだが、汗を掻いていると、特にうなじの辺りがずいぶんと艶っぽい。それに比べてかなり色黒な自分はどうだろうと、一は思ってしまう。

スポーツドリンクを差し出されたので、受け取る。

「はい、お疲れ様」

「ありがと」

「今日だけで、もう三回目の撃墜だよ。 あの生物兵器、すごく腹立つ」

「私は、さっき敵正規軍との戦いに入ったよ。 でも、撃墜されちゃった」

でも、敵の動きのパターンは覚えた。多分それぞれが、独自の動きに特化している戦闘機なのだ。

しかし、それで思い出す。そもそもαウィングの仕事とは、他の機体の護衛であり、要撃ではないのか。そうなると、逃げ回るのではなく、如何に短距離航続圏内で、現れた敵を叩きつぶすのかが問題なのではないのだろうか。

「有馬、休憩終了」

「あ、はい。 頑張ってね」

「うん」

有馬を見送る。少しずつ体力作りは楽になってきた分、シミュレーションでの暑さがネックになりつつある。何であんなに中を暑くする作りなのか、不思議でならない。

スポーツドリンクを飲み干すと、何度か咳き込んだ。

いつの間にか、訓練で頭が一色に塗りつぶされている自分に気付いてしまっていた。

「風桐、休憩終了」

「はい」

立ち上がると、忌々しい灼熱の繭に。床は自分の汗でぐっしょりだが、ヘルメットを付けると暑さも感じなくなるし、むしろ体の感覚が無くなってしまう。周囲はさっきと同じ岩山。見える敵の編隊。数は倍増していて、二編隊になっていた。

今度は、逃げない。

正面から速攻で砲を乱射。敵を貫通したエネルギー砲が、死と破壊をまき散らす。敵の機銃は、紙一重で避けた。

もっと余裕を持って避けたい。

二編隊を潰すと、上空から、さっきの不定形が来る。今度は四機だ。不意に機首を立て、コブラという機動から垂直上昇。一気に距離を詰めて、撃破撃破撃破、続けて最後を撃墜。破片を浴びないように、目が回るほどの機動をしなければならなかったが、どうにか対処は出来た。

周囲を確認。

地面を這うようにして迫ってくる、さっきの大型機を発見。上空で機首を捻って、垂直落下から砲の雨を浴びせる。もちろん攻撃ヘリを出して来たが、それが戦闘態勢に移行する前に、片っ端からたたき落とす。同時に、大型機の中枢に、連射連射連射連射。装甲が吹っ飛び、引きちぎられ。

中枢で光が瞬いたと思った。

凄まじい爆発。

ひょっとして動力は核融合だったのだろうか。逃れようと思ったが、一歩遅い。

ぶちんと接続が切れた。

息が荒い。何だか、全身が真っ黒な手に、鷲掴みにされたようだった。

「今のは敵の中型空母だぞ。 相打ちだったとはいえ、あれを単騎で撃退するとは」

「む、無我夢中でした。 次は巻き込まれないように潰します」

「……他が追いついてくるまで、第三段階へは入れない。 要領も掴んでいるようだし、しばらくは難易度を上げて、単独要撃戦の技量を上げて貰う」

淡々と女教官が言った。何だか、思った通りにウィングギャリバーが動くのが楽しい。オーダーメイドの自転車に、最初に跨った時のようなうれしさがある。あの時も、尋常ではない一体感を感じたものだ。

異世界で待っているというαウィング。

中には人間を磨り潰した液体が循環する生体コンピューターが搭載されていて、適合するDNAの持ち主にしか動かすことが出来ない。

血塗られた、悲しい運命を持つ機体だが。だがしかし、会うのが少しだけ待ち遠しい。

一つ歎息すると、一はヘルメットを被る。

今度はもっと上手に操ってみせるからね。

まだ見ぬ愛機に、そう呟きながら。

そして、その日は来た。

 

3、魔王の軍勢

 

一番苦労していた有馬が第三段階を一通り終えたのは、訓練を開始してから二ヶ月が過ぎた頃だった。

桜の季節は終わり、じめじめした露が来ていた。

燕の巣立ちは既に過去となり、街の彼方此方では飛蝗の仲間達が幼い姿を見せ、成長して大人になりつつあった。大型のショウリョウバッタの雌が、、草むらから飛び出してもはや人が手入れしていない商店の窓に貼り付いていた。

だから、一は打ち上げの意味もかねて、皆を喫茶店に誘ったのだ。

商店街の片隅に、その喫茶店ミラージュはある。名古屋方式と呼ばれる、モーニングセットを充実させる方式を取り入れることで他との差別化を図り、厳しい競争の中生き残ってきた店だ。店長はまだうら若い女性なのだが、高校生達の間では、未亡人だという噂がある。シャッター商店街になっている近隣で生き残っているだけ有り、ケーキも紅茶もパフェも、どれもとても美味しい。特にカスタードクリームをふんだんに使ったシュークリームは、数が少ないのにとても美味しいので、朝には行列が出来るほどだった。シュークリームの売り上げだけで食べていけるのではないかという噂さえある。実際にはモーニングセット目当ての客や、それによって常連化した人達が売り上げを支えているのだ。

もちろん訓練後の夜に来たのだから、シュークリームは残っていない。

喫茶店ミラージュに良く足を運ぶ一は店主のみどりさんと顔なじみで、にこりと互いに笑みをかわす。一緒に着いてきた残りの四人は、思い思いに好き勝手なことを言っていた。武田は窓際のカーテンがフリルまみれなので、見ていて泡を食っている様子だ。

「こんな可愛いお店、入るの初めてです。 緊張します」

「ちょっと少女趣味かも」

「お前が言うか」

ゴスロリファッションを結局最後まで崩さなかったののに土方が突っ込む。土方は背負っている長い竹刀を下ろしながら、観葉植物に興味津々の様子だった。

確かに個人経営にしては、店の彼方此方にある観葉植物が、とてもよく手入れされている。バイトも一人か二人しか雇っていないと言うし、体がどうして保つのか見ていて不安になってくる。

「可愛いお店だね」

「可愛いだけじゃなくて、何でも美味しいよ」

とりあえず、訓練が終わったこともある。それに、お金を使う余裕がここのところ一切無かったと言うこともある。

だいたい、訓練が終わったと言うことは、いよいよ異世界に送り込まれると言うことだ。最後の晩餐をかねて、良いものを食べておきたいという事もあった。

「ジャンボパフェにしようっと」

「凄そうなのを注文しますね」

「私もそれにする」

ぼそりとののが言った。有馬は少し悩んだ末に、メイプルシロップホットケーキにした。ホットケーキの上にクリームをたっぷり載せている、定番メニューだ。激しく甘く、そして美味しい。

土方はしばらくメニューを見ていたが、チーズケーキにする。チーズケーキは作り手の腕前がもろに出るデザートだ。確かに土方らしい選択であったかも知れない。

武田はしばらく悩んだ後、宇治金時スペシャルにした。かき氷とパフェを合わせた甘菓で、非常に渋いながらも豪華なメニューだ。

全員がそれぞれ千円以上の料理を注文した事となる。五百円くらいのお手頃な料理もたくさんあるのだが、今日は誰もがお金を惜しまず、美味しそうなモノを食べる気満々であった。

悟っているのだ。誰もが。

これが最後になるかも知れないと。

店に妙な三人組が入ってきた。一人はあのM。もう一人は以前見かけた、風船を手にした女の子。最後の一人は、ショートカットの細い女の子だ。多少癖のある髪の毛をしていて、年代は多分一と同じか少し年下くらいに見える。風船の女の子はもの凄く育ちが良いらしく、背格好の割には非常に落ち着いた雰囲気だった。

「結構良いお店ですわね、スペランカーさん」

「アリスちゃん、気に入ってくれた? 此処、この間帰りに見つけたんだけど、何でもすっごく美味しいんだよ」

「そうか」

「本当は川背ちゃんの屋台が最高なんだけど、今はK国で王室に呼ばれて料理作ってるらしいから、今日はこっち。 あ、でも此処もすごく美味しいけど」

筋肉ムキムキのMは明らかに店から見て浮いていたが、メニュー的には彼らのような人種でも満足できるものがある。並のファミレスよりも美味しいハンバーグやステーキも扱っているのだ。ただし、それらは高級店のものにはやはり及ばないので、手作りで美味しいケーキを頼むのが通のやり方だが。

横目で彼らのやりとりを見ていた土方が呟く。

「彼奴ら、多分これから一緒に異世界でミッションをするんだろうな」

「じゃあ呼んで、一緒に食べる?」

「いや、せっかくだし、今日は身内だけで楽しもうよ。 どうせ嫌でも顔を合わせることになるんだから」

有馬が言う。確かにそれもそうだ。

三人は幸いというか、店の逆隅の席についた。わいわいと騒がしい。此方と違ってまるで平然としているのは、多分修羅場を散々潜ってきた者達の余裕なのだろう。

バイトではなく、みどりさんが直接オーダーを取りに来た。

相変わらずとても優しい笑顔で、疲れが取れる。

ただ、オーダーを聞くと、みどりさんは眉を曇らせた。この五人が、これから何か危険なことに挑むと、気付いたのかも知れない。

メニューが一通り揃ったのはまもなくのこと。つまりケーキ何かはストックしてあると言うことだ。重労働だろうに、大したものである。だからいつも足を運びたくなる。

そして、やはりパフェはとても甘くて。優しくて美味しい味だった。

「美味しいです」

武田が、ただ一言だけ呟いた。

皆、無心に食べた。

今はもう、知っている。皆、ろくでもない背景を抱えていると言うことを。

だから、だからこそに。生への渇望は、皆強い。

「みんな、生きて帰ろうね」

ただ、希望はそれだけ。

クライネが落涙する。有馬がハンカチを出して、その白い頬を拭ってあげた。

 

翌日。

早朝から、呼び出しがあった。そうなれば、もう学校など二の次三の次である。

両親には、昨晩の内に告げてある。だから、覚悟は出来ているようだった。

「すまん」

「謝らないで、お父さん。 誰かが、やらなければならないことなんだから」

「生きて帰ってきてね」

「うん」

父と、母と、それぞれに別れを告げる。

そして、愛車に跨って家を出た。

決めている。異世界に行くのなら、愛車と一緒に向かいたいと。

父が作り、自分でチューンしたこのマウンテンバイク。一緒にどんな山も乗り越えてきたこの子は、自分の分身も同然の存在だ。だから、朝からひたすらにこぐ。これから向かう、死地に。一緒に。

ビルへはあっという間だった。行く途中、見慣れた街並みを目に焼き付ける。学校にも行こうかと思ったが、時間がなかった。

受付で、マウンテンバイクも一緒に行きたいと言う。無表情なお姉さんは、しばらく無言で一を見つめた後、吟味するように言った。

「好きにするが良い」

一礼すると、愛車と一緒にエレベーターに。

もう、戻ることは出来なかった。

 

会議室のような、広い部屋に通される。

今まで一緒に訓練をしてきた五人と、案の定喫茶店で見かけた三人。更に補助要員だという、二十人ほどがいた。補助要員はいずれも自衛官らしいのだが、雰囲気的には軍人というより技術者に見える人が多かった。また、日本人ではないらしい人も散見される。多分国連から派遣されている人員だろう。

席に着くと、スクリーンに世界地図が表示される。ユーラシア大陸は全域が真っ赤。日本も赤い地域が多かった。後は北アメリカもほぼ全域が真っ赤である。そして、かってニューヨークがあった地点に、大きな×が付けられていた。

言うまでもなく、あれがマンドラーに占拠されている地域なのだろう。酷い状態なのだろうなと思うと、悲しくなってくる。

赤くなっていない地域の海に、何カ所か○がある。

会議室の前に、白衣を着た金髪の女性が出る。かなり凹凸がはっきりしている、実に原色の雰囲気が強い美女だ。国連軍から派遣されてきている、重異形化フィールド対策学のミネー教授だと自己紹介してくれた。

軍隊でもどうにもならない危険地帯を、この世界ではフィールドと呼ぶ。なるほど、今回の作戦は、フィールド攻略扱いとして、国連では処理する訳だ。最強のフィールド探索者であるM氏が来ているはずである。

「それでは、作戦を説明する。 我々は今回、異世界のマンドラー撃滅作戦に参加することとなる。 言うまでもなく、マンドラーは並行世界であるこの宇宙にも存在しており、我らにとっても意義が大きな戦いだ」

ハスキーで心地よい教授の声と同時に、マンドラーが映し出される。

改めてみると、山と見まごうサイズだ。

説明される。全高二キロ。幅四キロ半。左右に六本の腕が生えているのだが、それぞれの長さは六百メートルに達するという。武装している火器は一万五千門を軽く超え、展開できるシールドは核兵器さえも防ぎ抜くのだとか。

だが、これは生物ではなく、マンドラーの居城なのだそうだ。

「今回、敵の防衛線を突破し、厳選したフィールド探索者三人をマンドラーの体内に送り込むのが、ウィングギャリバーの遠隔操作パイロット五名の役割となる」

それも、訓練の最中、座学として聞かされた。

マンドラーはあまりにも大きい。そして、それだけではない。

実は今までに三度、大きな犠牲を出しながらも、マンドラーの撃破には成功しているのだという。しかしそのたびにマンドラーには空間転送で逃げられてしまい、仕留めることには失敗したのだそうだ。

つまり今回。フィールド探索者を中に送り込むことにより、マンドラーの本体ないし、その操作者を滅ぼすことが、一らに課せられた任務、ということだ。

「内側からぶっ壊せるようなら、私が叩きつぶす。 もしも生物的なコアがあるようなら、スペランカーが叩く。 構造的に崩壊させられるようなら、アリスがどうにかする。 以上か」

「そう認識してくれれば問題ない」

「ふん、簡単な任務じゃないか。 私としても、久し振りに全力で火力を展開できそうで、うずうずするわ」

Mが肉食獣そのものの笑みを浮かべていた。この世界、最強の男は、今その全力を振るうつもりでいる。

他の二人は、一も知らない。多分それぞれの能力に特化したフィールド探索者なのだろう。元々一般の人間にとって、フィールド探索者は住んでいる世界が違う存在だ。トップの数名については知られているが、スター性がある訳でもない。あまり知られていないのは不思議でも何でもない。

「ウィングギャリバーは、それぞれこの地点から飛び立ち、合流する」

「最初から五機で出た方が良いんじゃないんですか?」

「以前も説明したとおり、この異世界で人類は分散することで魔王の攻撃を免れているのだ。 制圧している地点でも、基本的にそれは変わらない。 陸上に都市を造ろうとすると、魔王からの遠隔砲撃で灰にされてしまう」

「ええっ!? は、話には聞いていましたが、その。 大変ですね」

スペランカーと呼ばれた女の子が、こっちを同情した様子で見た。まあ、聞かされていたことだ。

だから故に、ウィングギャリバーは五機それぞれがVTOL機能を有しているのである。滑走路など、点在する小型のコロニーには造るスペースがない。いざとなったら、どこからでも発進して、何処へでも逃げ込まなければならない。

「今回は、異世界の軍勢が総力を挙げた決戦となる。 全土に散っている旧型ウィングギャリバーによる、全戦線による総攻撃、陸上機動部隊での攻撃、機動型海底コロニーからの大出力荷電粒子砲による攻撃の合間を縫って、最新鋭ウィングギャリバー五機を、このルートで進軍。 最初にαウィングが飛び立ち、この地点でβウィング、γウィング、Δウィングを回収し、最後にεウィングと合流する。 フィールド探索者の三人は、このコロニーに入り、βウィング内の、緩衝荷物専用スペースに入って待機して貰うことになる」

もとより大型の輸送機を兼ねているβウィングには、荷物を輸送できるスペースがある。その中には、緩衝液材で守られ、内部の人間がGで死なずに済むような箇所が用意されているのだ。本来は精密機器輸送用に作られているスペースだが、今回はフィールド探索者のために使用する。

全土に、ざっと攻撃部隊の表示が為される。ルートは、まるで隙間を縫うような感じであった。単独戦闘能力を有するαが、徐々に他の機体を回収しながらフォーメーションを組んでいくのは、正しい。

敵味方の合間を縫うようにして、五機の、人類の希望であるウィングギャリバーが飛ぶ訳だ。

風船を持っている女の子が挙手する。こんな時も、カラフルな風船を複数手にしていた。能力に関係しているのかも知れない。

「攻撃経路は分かりましたわ。 それで、補給はどうするのでしょう」

「無い。 マンドラーを仕留め損なったら、人類は滅ぶ」

「そんな、行き当たりばったりな。 無茶ですわ」

「今回が、異世界の人類にとって、最後の機会なのだ。 物資の不足がひどく顕著で、特にウィングギャリバーなど精密兵器類の建造に必要なレアメタルは殆ど底を着いているらしい。 今はかろうじてこれだけの地域を奪還できてはいるが、それも時間を掛ければどんどん状況が悪くなっていく。 事実、幾つかの地点では、既に戦線が後退しつつあるそうだ」

この辺りまでは、既に座学で一も聞かされている。

有馬が緊張した様子だったので、肘で小突く。深呼吸すると、にこりと笑みを向けてくれた。

失敗は、許されない。

失敗したら、後がない。

人間と、僅かな物資を送り込むことは出来るが。戦闘機を建造できるようなレアメタルなど、とても送ることは出来ないのだ。

マンドラー戦での注意を、幾つか説明される。敵が対抗策を練ってきていることも考慮しなければならず、それがネックだった。

「作戦開始は十時間後。 それまで、それぞれが思い残すことの無いように」

 

流石に慣れたもので、国連や自衛隊から来ている兵士達は、それぞれめいめいに勝手に時間を潰しに行ったようだった。

ウィングギャリバーの乗り手五人組は、そのまま集まる。

しばらく無言が続いたが、土方が手を叩いて、皆を見回した。

「昨日、話し合ったとおりだ。 皆が生きて帰る。 それだけでいい」

「リモートで操作するから安心、何てことはないんですよね」

「さっきも聞いたとおりだ。 それに、あれだけリアルなシミュレーターで散々訓練したのは、多分危険が伴うからだろう。 撃墜されたら、その場で脳が焼き切れる、位のことは覚悟した方が良いだろうな」

そうやって聞かされると、やはり怖い。

だが、それでも。やらなければならなかった。

未だ世界のためという感覚は薄い。

むしろ、一は家族のために動きたいと思っている。

「土方さんは、やっぱり剣道で鍛えてるから、それだけ割り切れるんですか?」

「私の両親は駆け落ちした上に結婚してすぐ育児放棄したろくでなしでな。 私は弟と一緒に親戚のゴミでも見るような目で見られながら育ったんだ。 どんなに辛く当たられても、生きるためには結果を出すしかなかったのさ。 古くから剣術をやっている流派だったから、剣道で成績を出すしかなかったな。 結果を出せば、弟が暴力を振るわれることもなかったし、それなりにマシな飯も出た。 弟は病弱だったから、なおさら私には責任が重くのしかかっていたよ」

今回の任務が上手く行けば、独立して、なおかつ弟の医療費が出せる見込みが着くのだという。

「私も、似たようなものよ」

ののが言う。そして、ぼそぼそと話し始めた。

「私は両親がタチの悪いカルトにはまってね。 幼い頃、神への捧げモノとやらにされかけるところを、踏み込んできた警察に保護されたの。 そんな私に、こんな力があったのは、皮肉としか言いようがないけれど」

手をかざしたののの先で、机がみしりと音を立てた。

そして、マニュアルが浮き上がる。

誰も驚かなかった。何かあるのは、誰もが知っていたからだ。

「サイコキネシスなんてスキルがあったから政府の施設で育てられたけど、今回の任務が上手く行けば、外に出られるの。 そうしたらフィールド探索者になって、世界を回るんだ」

ゴスロリファッションに包まれた人形のようなののは、そう言って初めて人間らしい表情を浮かべた。

有馬も自分のことを話してくれる。

有馬の家は、十人家族で、しかも父親がいないのだという。病気で早死にしたとか、そういう理由ではない。単に母が片っ端から男を抱え込んで、そのたびに相手に慰謝料を要求して生活していたらしい。

元々そのような生活には無理がある。両親の残した遺産がある程度ある内は良かった。母が若い内は、同じ手も通じた。

しかし、母は既に若くなく、抱え込める男もヤクザモノばかり。その上子育てが好きな訳でもなく、基本的に放置されていた。有馬が幼い頃には、祖母が子供達の面倒を見ていたが、それも六年前に他界。幼い弟や妹たちの面倒を見つつ生活するには、今回の任務に参加する他無かったという。

「僕が男の子っぽい格好してるのも、母の男に目を付けられないためです。 そうしてたら、いつの間にか容姿までそうなってきて」

恥ずかしげに言いながら、有馬は頭を掻いた。もし今回の任務が成功したら、遠縁の大叔父の所に、兄弟達全員で逃げる気だという。政府はそれを支援してくれると約束してくれたそうである。

一も、自分のことを話した。

彼らに比べると、随分軽いような気もした。

だが、皆真剣に聞いてくれた。お金がないという点で苦労しているという事では、誰もが共通していたからだ。

少し恥ずかしかったが、話し終えると、武田が口を開く。

やはり、彼女の人生も、重かった。

「私の祖母、東欧の出身なんです。 独裁者が滅茶苦茶にした、小さな貧しい国だそうです。 元々綺麗な子供が多い国らしくて、人身売買ビジネスが成立していて、そんな業者にホームレスだった所をさらわれて売り飛ばされて、日本に来て。 旧家のろくでなしだった祖父に、子供の内に買われて。 それで無茶な年の内に、私が出来たんです。 祖母は早死にしたそうで、戸籍どころか、写真も残っていません」

酷い話だが、アンダーグラウンドのネットワークは何処にでもある。それは当然日本にも伸びている。

闇は深く、弱体化しきった日本のマスコミなどではその尻尾さえも掴むことは出来ない。人間が多く住めば、凝りは更に酷くなり、闇の色もまた濃くなるのだ。

幸いにも、祖父の兄が武田の母を引き取って、育ててくれた。「日本人の愛人に男の子が出来たから用済み」だったのも、手放してくれた理由だったという。母は早死にしたが、父との結婚生活や、家も提供してくれたお爺ちゃんを祖父だと武田は思っているという。

しかし、自分をしっかり鍛えてくれたお爺ちゃんが、難病で倒れてしまった。

元々腐りきった家だ。しかもお爺ちゃんは分家筋の人間で、治療費など出せはしないと実家に断られたという。そもそも武田の母を引き取ったのも、性玩具にするのが目的なのだろうと、実家はゲスの勘ぐりをしていたそうだ。

膝を抱えて、涙を零す武田の頬を、ハンカチで拭く。

まだ幼いこの子には、あまりに過酷すぎる現実だろう。

「任務に参加すれば、お爺ちゃんの治療費を出してくれて、一緒に暮らせるだけのお金を都合してくれるそうです。 実家と縁を切る手伝いもしてくれるって、だ、だから、私」

「大丈夫。 泣かないで」

後ろからぎゅっと抱きしめる。武田の体温は妙に高かった。

みんな同じだ。

一は強く思う。

そして、誓う。要撃機能を持つαウィングで、皆を守り抜くのだと。

魔王を倒すことよりも、それによって皆を守ることの方が、ずっと重要だった。

訓練の第三段階を超えたことにより、過酷な環境で要撃を行う経験は散々積み重ねた。敵の中型空母や大型要塞の潰し方もはっきり把握した。

今なら、皆を守り抜ける自身もある。

土方が手を伸ばした。皆で、それに重ね合わせる。

誓いは今。完全なものとなった。

 

「風桐一!」

「はい!」

呼ばれた。

既に、着替えは済ませてある。

シミュレーターに入る時に来た水着のようなものの上に、自衛隊で用意してくれた軍服もどきの制服を着込んでいる。

「行ってくるね」

「先陣は私が努めたかったが、仕方がない。 頼むぞ」

「はい!」

土方に頷くと、呼んだ士官の前に出る。かろうじて重量が許容範囲内だったので、マウンテンバイクも一緒に行く。士官は一瞬だけ眉をひそめたが、許可は出ていると言うことで、通してくれた。

空間転送装置は、一番奥まった部屋にあった。

雰囲気的には、空港にあるような荷物をスキャンする装置を、ぐっと大型にしたようなトンネル状の装置である。まるで大型肉食獣の口のようで、不気味だった。事実、妙にひんやりした空気が気持ち悪い。

敬礼されたので、頷いて返す。

そして、進んだ。

もう、怖くはない。

装置の中央に入ると、周囲の声が聞こえなくなった。未来から暗殺のために人造人間が送り込まれてくる映画を思い出して、異世界に行くといわれた時には少し憂鬱にもなったのだが、どうやら彼処まで大げさな事はしなくても大丈夫らしい。

目を閉じる。

不意に、ぐるりと世界が反転する雰囲気。

ぎゅっと自転車のフラットバーハンドルを握り込んだ。

動悸が速くなる。体力作りはされてはいるが、格闘技や何かを仕込まれた訳ではないのだ。しかも転送先は海底都市だと言うではないか。転送座標を間違ったりしたら、一巻の終わりである。

恐怖はないが、不安はせり上がってくる。

そのたびにハンドルを握りこんで、心を落ち着かせた。

不意に静かになる。目を開けると、周囲は倉庫のように、だだっ広い、何もない空間だった。

二歩、三歩と踏み出す。

肩を叩かれた。

振り返ると、さっき支援要員だといっていた自衛官が、厳しい表情で立っていた。

「体調は大丈夫か」

「はい」

「着いてきなさい。 もう、向こうと話はついている。 すぐにαウィングに乗って貰うぞ」

頷いて、愛車を引いていく。床はごつごつしていて、まるで飾りや歩きやすくする工夫がされていなかった。本当に資源が足りないんだなと、これだけを見ても分かる。天井にある照明も、最低限しかない。

隣の部屋にはいると、人影があった。

吃驚するほど背が低い。しかも、歪な短躯だ。多分、全く外の光が入らない環境で暮らしているからだろう。

「分かっていると思うが、会話は此方で行う」

「はい」

イントネーションは英語と似ているが、まるで違う言葉で、やりとりが行われていく。異世界なのだ。言葉が通じないのは当然のことだ。地形は同じなので、この辺りは奇妙な違和感を感じてしまう。

短躯の者達は、海底都市に暮らしているのに、救命胴着の類も身につけず。殆ど腰回りと胸回りを隠しているのみだった。顔色もとても悪い。

ウィングギャリバーに歩きながら、支援要員の人が言う。

「彼らの格好か?」

「え? は、はい」

「食事は最低限。 陽の光はない。 ならば、ああなるのも分かるな。 それに、此処は海底千メートル。 もしも敵の攻撃を受けてしまえば、救出される可能性など皆無だ」

だから、救命装置の類はない。と言うことであった。

もはや、そう言った所に資源を振り分ける余裕もない所まで、人類は追い詰められていると言うことだ。惨い話だが、聞いたとおりだ。彼らを救うためにも。一は勝たなければならなかった。

小さな扉の前に来た。

この先に、ウィングギャリバーを操作するための、シンクロシニティシステムと、脳を直結する装置があるという。

「自転車は責任を持って預かる」

「お願いします」

戸を開ける。

意外だったのは、暑くないと言うことだ。それで思い当たる。あれだけ暑くしていたのは、体力の消耗を激しくさせることで、実際の長期戦に対応できる体力を養うためだったのだろう。

戸の奥にあったのは、見慣れた繭状の装置。

覚悟を決めて、一は踏み出した。

 

気がつくと、海の中にいた。

周囲から差し込んでいる明かりは、ごく少ない。海水が満たされた狭い空間の中に、自分はいる。

そして浮上している。

「一分後に、海面に出る。 既に敵との総力戦は開始されている。 即座に敵は撃ってくる可能性も高い。 油断だけはするな」

返事は不要。意識を徹底的に集中する。

己を一枚のカミソリに。

自転車に跨り、峠を越える時の、一体感だけを思い浮かべる。

カウントダウンが為される。海上から発進する訓練も何度となくやった。既に心は落ち着いている。最低限の生活で、必死に戦ってきたあの人達のためにも。一は、勝つ。家族のためにも、一は負けない。

上から光。

αウィングのエンジンが咆吼した。

一気に海上に、己の姿を躍り上がらせる。海水を蹴散らし、空気の中に飛び出した。

閃光。

右に避ける。

飛んできたエネルギー砲が、海上で派手な爆発を引き起こしていた。

まずは、周辺の敵の掃討だ。加速。周囲を確認。敵機がざっと三十。味方は、周辺の浮遊砲台がその半数ほど。いずれも人が乗っているらしいのだが、人間魚雷も同様の特攻兵器だという。

砲台を貫こうとしていた敵機を、エネルギー砲で粉砕。前進しつつ、右、左、左。激しく機動しながら、更に連射。編隊を組んで砲台を襲おうとしていた赤い敵機を、纏めて撃ち抜き、粉砕する。

此方は要撃の専門機だ。

片っ端からたたき落とし、都市が再び海中に逃げる時間を稼ぐ。砲台も、明らかに形勢が逆転したことから士気を盛り返し、敵機を連続してたたき落とし始めていた。

「まず、向かう方角は東」

「はい!」

その東から、今に倍する敵の気配。旋回行動をするαウィングを掠めて、膨大かつ圧倒的な火力が飛来する。海上で爆発が連鎖して巻き起こり、水蒸気が周囲の静寂を踏みにじった。

中型母艦がいる。主砲を何度も撃たせると危ない。母艦と言っても、戦艦としての機能も有している相手なのだ。

まだ見えないが、それを確信。加速して音速を超えると、認識した順番に、敵を片っ端からたたき落とす。エネルギー砲が火を噴く度に、敵が吹き飛ぶ。翼を掠める敵の破片、そして火力。

叫びながら、更に火力を敵に叩きつけ、不意に上昇。着いてくる敵を振り切りつつ、雲を突き抜け、急速に反転。追いすがってきた敵を掃射で片付けつつ、見えてきた中型母艦の中枢に32発、精確に射撃。装甲盤が消し飛び、敵の中心から火花が吹き上がるのが見えた。

まるで鳩を狙う隼が、一気に獲物を仕留めるように。一瞬で勝負を決める。

そして、至近で回頭。海面すれすれを、全速力で逃げた。

吹き上がる海水の後方で、爆裂する敵の気配。波が追いかけてくるが、ウィングギャリバーの方が速い。衝撃波をやり過ごすと、上昇。敵軍の混乱が、目に見えて分かった。何機か混乱する敵を撃ち落としながら、加速。興奮した様子で、支援要員の声がした。

「敵中型母艦、撃沈! 見事だ!」

「東に向かいます!」

これで、この近辺の戦況は、多少は楽になったはずだ。

だが百五十機ほどいるという旧型ウィングギャリバー達は、みな苦しい戦いをしているはず。敵の中型母艦を一機二機潰したくらいで、満足などしていられない。敵の戦力は、中型母艦だけで二百機を超えているとか聞いている。

βウィングと合流できれば、補給的にも一息付ける。圧縮したエネルギーを蓄えているβウィングは、空中での基地の役割も果たす。

また、敵。

編隊がいつつ、いや六つ。此方を認識したと言うことだろう。まっすぐ向かってくる。

先ほど中型母艦を落とした海域から支援砲撃があるようだが、遠すぎて敵に有効打を浴びせられてはいない。

予想よりも。報告よりも。

ずっと、実際の戦況は良くないのかも知れなかった。

 

二号機、βウィングが、山の中腹にある基地から飛び立つのが見えた。要撃で三十機以上をたたき落とした後だったので、流石に一も歎息した。有馬の乗るβウィングは耐久力もあるし、何より無尽蔵にエネルギーを蓄えている。

これで、電子戦機である三号機、γウィングと合流できれば、早期警戒が出来るので、更に戦況は楽になるかも知れない。かも知れないというのは、敵の攻撃が凄まじいからだ。現にこの二号機周辺の人類側防御施設は、既にあらかた潰されてしまっていた。焼けこげた砲台を操っていた人達がどのような死に方を迎えたのか、考えるだけで胸が痛くなる。此処に到着するまでに、敵の編隊だけで二十を潰した。味方の支援火力は予想よりも遙かに小さくて、殆どをαウィングで処理しなければならなかった。

既に機体の傷も、無視できない状態に入ってきている。

εウィングほどではないが、電磁シールドで破片や衝撃波は緩和する仕組みが着いている。しかしそれでも、限界がある。速力は既に一割以上落ちていた。

「一ちゃん!」

「うん!」

有馬の声と共に、合体シークエンスにはいる。

周囲に敵がいないことを確認しつつ、低空で合体。訓練では何度となくこなしたが、実戦では初めてだ。緊張する。

αウィングの後ろから平行に飛んできたβウィングが、飲み込むようにして合体。幾つかのジョイントが鋭い音を立て、二機が一機になる。同時にαウィングのエネルギー系が、βウィングと接続完了した。

「すぐに補修用のマイクロロボットを出すね。 一時間もあれば、修復可能なはずだよ」

「分かった。 操縦は任せて」

「うん。 一ちゃんなら安心できる」

北上開始。γウィングがいるのは、北の海岸線だ。

既に百機を超える敵を撃墜しているが、味方の支援がこれからは弱くなる一方の筈で、さらなる戦況の悪化が予想される。やはり報告よりも、ずっと味方が苦戦していると言うことなのだろう。

βウィングと合体したことで出力は上がり、エネルギー砲は三門になったが、その代わり被弾しやすくなった。バリアの出力も上がってはいるのだが、そもそもエネルギー砲の類は防げないし、気休めに過ぎない。

「フィールド探索者の人達も、ちゃんと乗ってる?」

「大丈夫。 エネルギーも、思ったより積み込めたみたい。 でも、γウィングの周辺の戦況が、悪化しつつあるんだって。 早くしないと、危ないかも」

前から、敵の気配。

それも、膨大な。

変則的な動きをする、彼奴だ。アメーバーと、皆で呼んでいた。

それだけではない。高圧の電流を放つ奴もいる。二機で一機の働きをしていて、広範囲に超高圧の雷撃を放ってくる。

「あっちは、味方が優勢だって言っていたのに」

「大丈夫。 あの程度なら、蹴散らしてやるからっ!」

有馬には言わなかったが、中型母艦の気配がまたある。二機、いや三機はいるかも知れない。βウィングと合流したとはいえ、まともに勝負を挑んでいてはとても勝ち目がない。一機ずつ集中砲火を浴びせて、叩きつぶしていくしかない。

良いこともある。かなり慣れ始めていて、この分ならさっき以上に効率よく敵を屠ることも可能だ。

ただ、相当に無理なGが掛かるはずで、乗っているフィールド探索者達が心配だ。

敵が加速してきた。扇状に展開し、大量のエネルギー砲を浴びせかけてくる。地上の残存戦力が反撃を開始するが、数が違いすぎる。まるで、火力の滝だ。

加速。

翼を、何度か敵の砲が掠める。敵の中型機が出てきた。荷電粒子砲を備えている、厄介な奴だ。

一瞬早く、敵の砲に、此方の砲弾を直撃させる。痙攣した後、大爆発を起こす敵機。それに巻き込まれ、或いは破片を避ける敵に、一気に接近。集中砲火を浴びせかけて、蹴散らし、一気に陣を突破。

見えた。中型母艦がいる。

連射してくる対空砲火をかいくぐり、速射速射速射。被弾。翼の一部を、軽く削られた。後方からも、敵が旋回して追ってきている。飛び跳ねるようにして、アメーバーが弾を乱射してきた。

不意に上昇。

敵弾が、敵中型母艦に炸裂。敵中型母艦の砲火も、敵編隊を捕らえていた。

混乱の中、上昇を不意に止め、バーニアを駆使して急激に機首を下に向ける。そして真下に加速しながら、致命的な一撃を叩き込み、地上すれすれを抜ける。炎の柱を噴き上げていた中型母艦が、断末魔の悲鳴にも似た爆発を巻き起こし、敵の地上、空中部隊を多数巻き込んだ。さっと右左に機動を駆使し、岩山を背に。岩山を、核爆発の熱量が舐った。

轟音と供に、近付いてくる敵の中型母艦。速力は遅いが、威圧感は凄まじい。左右に一騎ずつ。容赦なく、艦載機を吐き出して、潰しに掛かってくる。

「交戦を避けろ。 戦果は今の時点で充分だ」

「分かっています!」

支援要員の声。応える必要はないが、敢えて叫んでいた。

βウィングの出力も借りて、加速。右の中型母艦に向けて、ありったけの火力を叩きつける。狙うは艦載機の発射口だ。

一弾が、飛び込む。

それが、致命傷となった。

内側から大量の火と死をまき散らしながら、止まる敵中型母艦。更に迫る艦載機を片っ端からたたき落としながら、死の痙攣に掴まれた敵中型母艦、その上すれすれを抜ける。電磁バリアが悲鳴を上げていた。既に限界近い。

後方で、爆発。

衝撃波に押されながら、一は呟いていた。

「大丈夫? 伊座実ちゃん」

「す、凄い機動」

「へへ、色々勉強したからね。 それよりも、早く補修を。 三機も中型母艦を潰されたんだから、敵もそう簡単に兵力を纏められないはずだよ」

がくんと、激しく揺れた。恐らくエンジンが大型の破片の直撃を受けたのだ。そのエンジンを止めたのは、補修ロボットに作業させるためである。あれだけの無茶な機動をしたのだ。此方だけが無傷で済むはずもない。

速力は、既に七割にまで落ち込んでいる。

それにまだ二機だけしか合体していない状態では、切り札も使えない。

敵は、幸い現れない。此方を手強いと認識したか、或いは味方がある程度勢力を盛り返してくれたか。

「分かった。 それと、αウィングはもうそろそろ大丈夫だよ。 いざというときは、分離して要撃した方が早いかも」

「ありがと」

更に感覚は鋭くなりつつある。

だが、それ以上に敵勢力の到来が凄まじい。あんな兵力がこれから次々迫り来ると思うと、ぞっとしてしまう。

遠くの空で、爆発が連鎖しているのが見えた。

世界中の空で、同じ光景が見られるのだろう。

地面はと言うと、聞いていたとおりだ。殆ど砂漠しかない。

「魔王マンドラーだっけ。 何で、いきなり現れて、こんな事をするんだろうね」

「さあ。 でも、排除しないと、人類は滅んじゃいそうだね」

有馬の言葉は、眼下の砂漠によって、切実に裏付けられていた。

不意に、雑音が入る。それが、武田の声だと聞いて、戦慄する。

「γウィング周辺の敵が、勢いを更に増しています。 到着には時間が掛かりそうですか」

「今向かってる。 伊佐実ちゃんも一緒だよ」

「出来るだけ早く! 中型母艦だけで五機もいるようです!」

「ひょっとして、敵に内通している人間がいるんじゃないの?」

ぼそりと、有馬が呟く。

今は、軽口を叩くのさえ、不安を煽られてしまう。

無言で、一は加速した。

魔王に捕らえられた人間が何をされるかは聞かされていない。だがこの地球の状況を見て、無事で済むと思えるほど、一は頭が悪くなかった。

 

4、迫る巨大要塞

 

αウィングを、βウィングから切り離したのは。見たからだ。敵の軍勢から必死に逃げる、γウィングの姿を。

動いていると言うことは、武田の体そのものは無事と言うことだろう。最早間に合わないと判断し、γウィングを放出後、すぐに地下深く潜行したのか。だが、それもそう長くは保たないだろう。

γウィングは、後方にエネルギー砲を乱射しながら、左右に機動して、必死に敵の追撃をかわしている。

すれ違うように、一はその隣を駆け抜けた。

「おああああああっ! どけええっ!」

機体から煙を上げるγウィングを、βウィングが受け容れて、合体シークエンスに入っている。敵機は突如現れたαウィングに、一瞬だけ躊躇する。

それが、命取りになった。

地面に沈み込むように、それから不意に浮き上がりつつ、敵の編隊にエネルギー砲を叩き込む。頭の血管が切れそうな速度で、思考が回っていた。もはや一機も逃がさない。敵陣を貫き、その全てを爆散させる。

多数の破片を浴びたような気がする。しかし、破片よりも、飛ぶ方が早い。

「一ちゃん!」

「これから、敵の中型母艦を潰す! 撃ち漏らしを後ろから叩いて!」

返事は聞かない。

というよりも、もう聞こえない。

見えた。敵の中型母艦。一機が地面を掘り返していて、他の何機かがその周辺で護衛をしている。だが、護衛機の姿が見えない。周囲には、人類側の地上兵器の残骸らしいものが、点々と散らばっているのに、だ。

一瞬で、血が上っていた頭が、引き戻される。

「クライネちゃん! 周囲に何かいない!?」

「上空に三編隊! 速度特化型の敵機ばかりです!」

「伏兵か」

敵中型要塞五機が、猛烈な対空砲火を浴びせてくる。突進。先頭の一機の、艦載機発射口に、砲を叩き込む。一発目、二発目。いずれも左右に僅かずつ外れた。だが、三発目が、敵のシャッターを食い破り、内部で炸裂した。

ヒトデに似た機体の前後から煙を上げながら傾く敵機を尻目に、急上昇にはいる。今のは致命傷ではないが、無視。左、右、右、左、右。飛んでくる弾が曳光し、翼の至近を、次々掠めた。それも尋常な数ではない。最大加速して、振り切りながら、叫ぶ。

「遠距離砲撃! 今私が傷つけた奴、仕留められる?」

「でも、対空迎撃が疎かになっちゃうよ! 上空に三編隊、いるんでしょ!?」

雑音が混じるのは、敵にも電子戦機がいるということなのか。或いは中型母艦辺りからのジャミングかも知れない。

「そっちは私が何とかする!」

「支援できないけど、大丈夫!?」

「やってみせる!」

雲を抜けた。同じく雲を貫いて追いすがってくる対空砲火が、エンジンを掠め、小さな爆発が起こるが、強引に機首を立て直す。翼を掠める。集弾が激しくなってきている。生き残っているエンジンに点火、煙を噴きながらも加速。見える。今、急降下爆撃に移ろうとしている、敵編隊が。

雲を突き抜け、下から襲いかかってくる砲撃を右に左にかわしながら、連射。真横から奇襲を受けた敵編隊が、次々爆散した。吹き飛ぶ敵機をくぐり抜け、一旦抜けた。敵中型母艦からの砲撃が、一瞬だけ止む。

敵機が旋回し、此方に向かってくる。雨のような砲撃。翼を掠める。また、煙が上がり始めた。爪を剥がされるように、次々吹き飛ぶ装甲。全身に痛みがあるのは、気のせいではないだろう。

敵の指揮官機らしいのが、ミサイルを無数に放ってきた。小型のミサイルが煙を引きながら、空を埋め尽くす程の物量で迫る。横にひねりこんで、雲の中に。そのまま追撃してきた敵が、唖然としたのが分かった。一瞬だけ強引に雲の中で減速すると、そのまま旋回したからである。人間が乗っていてはとても出来ない機動。狙いはミサイル。片っ端からたたき落とす。

バーストの中に、敵編隊が突っ込む。爆発する何機か。必死に減速したり、避けたりする敵機が、何処か哀れだった。

右往左往する敵機を、雲を抜けて直上した一は、見下ろしていた。

落下しながら、たたき落とす。三発の直撃を受けた指揮官機が吹き飛び、粉々に消し飛ぶ。

破片の中を抜ける。

同時に、下で巨大な爆発。傷ついていた中型母艦が、有馬と武田の遠距離砲撃で吹き飛んだのだ。

雲を突き抜けて、無事だったβウィングとγウィングを確認。

「お待たせ!」

「総攻撃?」

「うん! 三機で、まず中央のから! 爆発を盾にして、集中砲火を浴びせて!」

傷ついてはいるが、敵の打撃の方がより大きい。それに。今確信できたこともある。

敵は、この最新型ウィングギャリバーの事を知っている。

ならば、此方に可能な限り戦力を引きつければ。それだけ、周囲も有利になるはずだ。

応急処置を済ませたγウィングが、βウィングと分離する。同時に、武田と精神的にリンク。敵の位置が、立体的に頭の中に入ってくる。今までもレーダーでそれをやっていたのだが、更にその距離と精度が拡大された感触だ。

これなら、勝てる。三角形のフォーメーションを組む。先頭にαウィング、左右後方に残りの二機が着いた。

「基地の直上にいる奴を潰した後、敵を引きつけながら後退! もしも逃げるようなら、そのまま無視してΔウィングに向かうよ!」

混乱する敵集団の中央に、猛烈な砲火を浴びせかける。三機が一体となり、その全ての火砲を解放して、ありったけの打撃を光の矢として撃ち込む。

対空迎撃砲火もあるが、武田とのリンクが、それを今までにない速さで伝えてくれる。傷ついたαウィングでも、対処が難しくない。

ほとんど時間をおかず、爆発が再び巻き起こった。

続けて、連鎖爆発。一機が巻き込まれたらしい。歪な茸雲と、強い熱を帯びた風が、αウィングの傷ついた機体をなで回す。

生き残った敵中型母艦二機が、離れ始めるのが分かった。どっと疲れる。呼吸が、不意に乱れてきた。

「一ちゃん、βウィングと合体して。 少し休んで」

「そうです。 要撃もの凄かったですけど、いくら何でも無理しすぎです!」

「わ、分かった。 ごめん、少し休む」

一気に、揺り戻しが来た。

敵の気配はない。βウィングと合体したαウィングが、マイクロロボットによって修繕されているのが分かる。体中を蟹がはい回っているような感触だ。

気持ち悪いが、何処か気持ちよかった。正常な感覚まで麻痺しつつあるのか。吐き気。だが、急にクリアになる。精神が、明らかに均衡を欠いている。

「う、うえっ! げぼっ!」

「風桐、聞こえるか」

「はい」

補助要員の自衛官が、心配げな声を掛けてくる。多分涎まみれなのだろうが、体の感覚がないからどうにも出来ない。

返事は、自分でも驚くほどに、弱々しかった。ひょっとすると、αウィングのダメージが、もろに体にフィードバックしているのかも知れない。

「どうやら、Δウィングの基地の方にも、敵が攻勢を仕掛けているらしい。 やはり、敵は重要拠点を察知していると見た方が良さそうだ」

「裏切り者がいると言うこと、ですか?」

「分からない。 或いは作戦中に捕らえられた士官などが、敵の拷問や洗脳で口を割ったのかも知れない」

「……分かりました。 急ぎます。 何かあったら、連絡をお願いいたします」

三機が合体。γウィングは、βウィングの下に入るようにして合体する。可動式の砲台の精度は高く、電子戦機である機体の特性もあって、何よりも柔道で鍛えている武田の一瞬の隙を精確に見きる技の冴えもあって、百発百中で近寄る敵をたたき落とす。

ただし、γウィングの詰め込んでいるエネルギーは、決して多くはなかったようだ。有馬が、口をつぐんだので、それが分かった。

「周囲に、敵影はありません」

「操縦は私が引き継ぐよ。 一ちゃん、しばらく休んでて。 大物が出たら呼ぶから」

「うん」

最悪の、更にその上を行く状況だと、わざわざ言わなくても確実であった。

だが、負ければ全て終わりなのだ。

有馬の操縦は的確で、非常に安定感がある。その代わり、数字上で勝てない相手にはまず勝てない部分もある。生き残ることを最重視しなければならないβウィングのパイロットとしては正しいが、全機の指揮を執るのは少し難しい。

ぼんやりと、周囲を見つめる。

敵影はない。

明らかに敵は作戦行動を取っている。訓練では無人機と言っていたが、指揮官機にはマンドラー配下の宇宙人が乗っているのかも知れない。作戦を練って、一気に潰しにかかるつもりなのかも知れなかった。

それにしても、マンドラーとは何者なのだろう。

戦っていて思うが、特に卑怯とか、邪悪とか、そういうものは感じない。勝つための手を、必要に応じて打っているようにしか思えない。

今まで中型母艦を六機も潰した。艦載機に到っては、多分二百以上は落としただろう。

その中にも、宇宙人や、マンドラーの配下が乗っていたのだろうか。

そう思うと、やはり疲れは、体中を蝕むのだった。

 

いつの間にか眠っていたらしい。気がつくと、三機合体したまま、ゆっくりと高度を上げている所だった。雲が途切れたので、敵を避けるために機動しているらしい。機体が少し凍り付いている。雪が降っているのが分かった。

雨は最初、雪として降り出す。地上に降り立つ頃には溶けて雨になるのであって、雲を離れる頃は雪なのだ。しかも、かなり粒が大きな。

かつんかつんと、雪の粒が翼に当たっているのが分かる。ジョイント部分は大丈夫だろうか。少し不安になった。

「一ちゃん、起きちゃった?」

「うん。 今、修復はどれくらい?」

夢は、見ていない。それぐらい、疲れが酷かったと言うことだ。

だからこそに、頭もすぐに、戦闘状態に切り替えることが出来た。訓練でも何度かやったが、実戦でも一発で出来たので、少し嬉しい。

「αウィングは最優先で済ませたよ。 もう完全に行ける。 さっきから散発的に敵との交戦があるから、βウィングとγウィングで対応していたんだ。 で、βウィングが少し被弾したから、それを修理中」

「敵の防衛線は、この少し北です。 今のところ接敵する様子はないので、もう少し休んでいただいても大丈夫ですよ」

「いや、もう起きちゃったし」

目を擦ろうとするも、出来なかった。体とは完全に切り離されて、意識だけがαウィングに載っているのかも知れなかった。

Δウィングがいるのは、そろそろの筈だ。敵の攻撃を受けていると聞いて不安だったのだが、武田の探査範囲に、そう多くの敵は入っていないようだ。もちろん移動距離からしても、一が寝ている間、航行速度を落としていた形跡はない。

そろそろ、北米にはいる。

大西洋から出発し、一度南米に上陸してから、進んでいる。そろそろΔウィングの格納されている基地に着く頃だ。

そう思った瞬間に、待っていた通信が入る。

「此方土方」

「あ、土方さん」

「そろそろつつがなく出撃が出来る」

通信が、それで切れた。

口をつぐんだのは、それが事前に決めたとおりの暗号だったからだ。

「行ける?」

「うん」

「大丈夫です」

短く言葉を交わし合うと、αウィングを分離する。確かに修理が終わっているという言葉通り、非常に快調な動きだった。

そのまま雲の中で加速して、直上に出る。

一面の雲海。少なくとも、視界の中に敵はいない。今度は雲に潜り、下に出る。

一面の砂漠。遙か先まで砂漠で、海岸線の向こうに広がる海ばかりが青く美しかった。

そして、高度を下げようとした瞬間。

横殴りに、極太の荷電粒子砲が叩きつけられていた。

事前に分かっていたから、一気に加速しつつ翼を立てて、ひねりこみながらかわす。二発、三発、空気を蒸発させ、空間を抉るようにして、続けざまに大出力の攻撃が飛んでくる。

見れば、周辺の人類側戦力は、既に存在しない。

なるほど、敵がいなくても平気な訳であった。

そして、岩山の影から、ぐっと体を持ち上げるようにして、浮き上がり始める巨大な影が一つ。

「敵、大型母艦発見。 ジャミングの可能性高いから、気をつけて!」

中型母艦とは、根本的に大きさが違う。左右は三倍、高さは二倍半。長さに到っては四倍以上はありそうだ。

しかも主砲として、速射式の荷電粒子砲を備えている。旧ウィングギャリバーの天敵だと聞いてはいたが、確かに見るからに手強い。そして、雲霞のような艦載機が、奴から発進し始めるのが見えた。

恐らく、あの狙撃を警戒して、土方は発進できなかった。

しかもそれを餌にして、奴は潜んでいたのだ。

確実に作戦行動を取っている。

しかし、今は此処で、一が頑張らなければならない。少なくとも、奴と、艦載機の気を引いて、土方の発進する隙を作らなければならなかった。

また、荷電粒子砲が飛んでくる。空気をプラズマ化しながら迫り来る、死の光。もちろん、避けていると言うよりも、撃たれる瞬間を見きって、位置をずらしているというのが正しい。

孤を描くようにして、迫り来る敵艦載機。上空から飛来するβウィング、γウィングの援護砲撃が、次々敵機を貫く。斜め上から飛来する弾幕に、敵の動きが一瞬鈍るその隙を突き、一は敵中に突貫した。

砲を乱射しながら、敵との距離を詰める。

艦載機の発射口は。素早く敵を見て考えながら、大型母艦に砲を乱射。何カ所かで装甲を突き破るが、致命傷にはとても到らない。中型とは桁違いの装甲だ。艦載機の性能も高い。連射してくるエネルギー砲が、次々翼を掠める。ミサイルが艦載機から無数に放たれる。煙の糸を引きながら迫るミサイル、およそ六十。不意に、高度を下げる。地面すれすれで機首を立て直し、上昇しつつ敵大型母艦に射撃。エンジンすれすれを、敵弾が次々掠め、地面を爆発の炎が舐め尽くす。ミサイルがそれにつっこみ、熱と光の中誘爆した。

敵機の内何編隊かが上空に向かう中、三十発を超えるエネルギー砲弾を浴びせた一も、急角度で空へ向かう。右、左左。虚空を抉る荷電粒子砲。敵大型母艦の射撃間隔は、大体分かり始めてきた。

援護砲撃をかいくぐり、雲の中に敵編隊が潜り込むのと同時に、一も雲に突っ込む。翼を掠める敵弾。

叫びながら、雲を抜けた。次々雲を抜けてくる敵機の鼻先に、容赦なく弾丸を叩き込む。吹き飛ぶ敵機が、間もなくいなくなった。

速度を落とし、雲に潜る。

βウィングとγウィングも、それに習う。

「堅いよ! 気をつけて!」

「艦載機は任せて! 数も減ってきたし、こっちで対応できる!」

「ただ、ミサイルには気をつけてください! さっきジャミングを試みましたが、上手く行きませんでした!」

「分かってる!」

雲を引きちぎるようにして、降下。αウィングが雲から顔を出すと、途端に艦載機が無数に弾丸を浴びせてくる。大型母艦の先頭が、光り始めた。さっき弾丸を浴びせた辺りだ。左右に艦載機の攻撃をいなしながら、二発、エネルギー砲を放つ。大型母艦の装甲を貫き、火を噴いた。だが、致命傷には遠い。光が、強くなる中、更に一は蛇行するようにして飛び艦載機の攻撃をかいくぐりながら、一点めがけて攻撃を集中した。

その時。

大型母艦の主砲を更に上回る光の矢が、空間を蹂躙していた。

一直線に飛来したそれが、一の穿った大型母艦の穴に突き刺さる。

そして、大型母艦を一直線に貫通した。

「今だ!」

「はいっ!」

土方の声。そして、ついに飛翔に成功したΔウィング。

βウィングとγウィングも雲を貫き、分離して姿を見せる。四機が一斉に火力の滝を浴びせかけ、艦載機と敵大型母艦を炎に包んだ。

無言で、全機が離れる。

ついに、核融合炉を撃ち抜かれた敵大型機が、爆発。生き残った敵艦載機も、それに巻き込まれ、消し飛んでいた。

猛烈な熱風に翻弄されながらも、必死に態勢を立て直す。

放射能も凄そうだ。遮断する仕組みは為されていると言うが、少しだけ不安になった。

「土方さん、助かりました」

「それは此方の台詞だ。 援護が遅れて済まなかった」

一旦上昇し、雲の上に出る。敵影は何処にもない。

四機で合体シークエンスを開始。ジョイントが次々に軋み、エネルギー補給と修復もかねて、一旦全機が一つになった。Δウィングは、βウィングの上になるようにして合体するのだが、機体そのものが戦車砲のような物々しさだ。これで、荷電粒子砲による殲滅火力が手に入った。後は最後のεウィングだが。この有様では、非常に不安だ。

「ののさんから通信は入りませんか」

「いや、戦況についても、何も情報は入らない。 急いだ方が良いだろうな」

「前方に敵機! 中型母艦七! 地上にも、迎撃戦力が展開している様子です!」

「やはり、そう簡単に通してはくれなさそうだな。 それにしても、思い切った数を繰り出してくるものだ」

土方が声を押し殺し、ぼやいた。

既に空の彼方には、雲霞のような敵艦載機が姿を見せ始めていた。分離して戦うか、或いは加速して逃げるか。合体形態のまま、血路を開くか。悩む中、土方が言う。

「風桐、お前に総合指揮は任せる」

「えっ!? 良いんですか!?」

「さっきの要撃を見て確信したが、お前が一番優れたパイロットだ。 状況判断も速いし、的確でもある。 私は一人で戦うのは得意だが、群れを率いるのはどうしても苦手でな」

そう言えばこの人、大会などで賞を総なめにしていると聞いているが、しかし剣道部では主将ではないとか。

本当に、一人で淡々と戦うのが好きなのだろう。

「分かりました! では、一番右の敵中型母艦に火力を集中し、撃破しつつ爆発を盾に強行突破します。 距離がある内に、可能な限り敵をたたきましょう。 主砲管制は土方さん、お願いします。 私は機体とその他の火器管制を。 情報伝達はクライネちゃん、よろしく。 伊佐実ちゃんは修繕を進めて!」

「任せろ」

荷電粒子砲が咆吼し、直線上にいる敵機をなぎ払う。その破壊力は凄まじく、直撃を避けた敵機もプラズマ化した空気に呷られ、次々と爆散した。突破口を開くために作られた機体だけはある。連鎖する爆発を見て、息を呑む。敵が露骨に距離を取り合い、直撃を避ける様子が見て取れた。

中型母艦は回避しようとしたが、上部に直撃。主砲が吹き飛んだのが、此処からも見えた。

「中型母艦の弱点は、機体下部にある艦載機発射口です!」

「よし、任せろ」

無数のミサイルが飛来。中型母艦と、艦載機群が一斉に放ってきたのだ。更に、雲を突き抜けて、地上部隊からの砲撃が襲いかかってくる。

だが、今は負ける気がしない。

クライネとの精神リンクで、飛来するミサイルは手に取るように読める。後は砲撃の直撃さえ避ければよい。それは要撃で散々積み重ねた。機体が大型化している事で多少機動力は落ちているが、今の一には問題ではなかった。

一時間後。

二機の中型母艦を落とし、更に三機を中破させた。

敵機の大軍を突破に成功したのだ。

悠々と、εウィングの格納されている基地へ向かう。とは言っても、既にこの辺りは敵の勢力圏だ。時々散発的な攻撃を受ける。それに、βウィングの翼六カ所と、γウィングの稼働砲台に損傷。流石に、無傷では無理だった。しかし、敵機の三割を空の塵に変えた。速力は六割に落ちている。細かい傷は、機体の広範囲を覆っていた。

すぐに修復に入る有馬なのだが、咳払いとともに、深刻な情報が伝達される。

「マイクロロボットは大丈夫なんだけど、物資が足りなくなるかも知れない」

「やっぱり厳しいか。 補給、どうにか出来ないのかな」

「既にεウィングの基地とは、電波傍受を警戒して通信を切っている。 向こうで余剰物資を積み込んできてくれていれば良いのだが」

会話に、支援要員が割り込んできた。

各機の構造は座学で頭に叩き込んでいる。εウィングはβウィングに次ぐサイズを誇るが故に、積載量も大きい。此方の状況を先読みして、物資を多めに詰め込んでくれていれば。或いは、活路が開けるかも知れない。

「後何回くらい戦闘できそう?」

「ええと、フルパワーで殴り合ったら三回って所。 εウィングの所と、後マンドラーとの戦闘を考えると、もう余剰はないよ」

「いざとなったら、私達だけを中に送り込め。 そうすれば、魔王だか何だか知らないが、必ずぶっ潰してやる」

「わ、分かりました」

今までずっと黙っていたMが、不意に会話に割り込んできた。

実際、もはやそれしか手はないのかも知れなかった。

「ところで、味方はどう戦いを進めているんですか」

「やっと彼方此方から情報が入ってきた。 君たちの予想通り、保有している物資と戦力を相当に多めに此方へ申告していたらしい。 君たちがかなりの数を引き受けているにも関わらず、かなり苦戦しているようだ」

「他のウィングギャリバーは?」

「難しい」

さもありなんと、一は思った。作戦開始前。当然のことだが、周囲の戦線が有利なようなら、旧ウィングギャリバーに支援を頼めるかも知れないと、教官は話していた。だが、この様子では。

むしろ、敵の集結と組織的な猛攻を許してしまっている状況である。状況は、推して知るべし、であった。

敵の戦力だけは、報告通りだと信じたい。

黙って聞いていた土方が言う。

「エネルギーだけなら、まだ保ちそうか」

「はい。 どうにか」

エネルギーというのも妙な話である。

ウィングギャリバーの動力は、反物質だ。正確には反陽子。陽子との対消滅によって生じる膨大なエネルギーが、砲の火力を産み、動力ともなる。

当然、それが生じさせる放射能が問題になる。この辺りは、やはり非人道的なやり口でクリアしているらしいのだが、一には仕組みが理解できなかった。

問題はエネルギーの材料ではなく、対消滅を引き起こすための装置の燃料だという。これが切れると、進むも攻撃もいずれもが成し得なくなってしまう。それだけは理解している。今、有馬が応えたのは、その燃料の残量の事だ。

「風桐、強行突破だけでは埒があかん。 敵の状況を先に知ることが出来れば、少しはましになると思うのだが」

ウィングギャリバーが、此方の世界の最強戦闘機F22ラプターに唯一劣っているのはステルス性能である。だから雲を多用して、敵の目を誤魔化してきたが。もちろん敵も、そろそろ対応能力を身につけ始めているだろう。

「偵察をする必要があると?」

「ああ。 しかし電子戦で相手の上を行かないと、偵察するだけで此方の存在を相手に知られかねないな。 しかし敵は大型の母艦を惜しみなく投入してきている。 その設備の上を行くのは、流石に難しいぞ」

「ならば、先を読んで行動するしかないのでは」

「そうだ。 恐らく敵は、既にεウィングの位置を掴んでいる。 ならば、それを逆用すれば」

どのみち、εウィングが揃わなければ、マンドラーを倒すことは夢のまた夢だ。

三つある切り札の、どれも現在は切ることは出来ない。うち一つはウィングギャリバーとは関係ない、フィールド探索者による内部攻撃だが、それも五機揃わなければ難しいだろう。多分、敵に近付くことさえ出来ないはずだから。

「分かりました。 もう少しで、εウィングのいる場所まで到達できます。 それまでに、考えておきましょう」

「風桐」

「はい?」

「頼もしいことだ。 背中は任せるぞ」

土方の言葉は嬉しかった。

訓練の時にも、土方の正面突破能力はとても頼もしかった。今、そう言ってもらえると、とても心強い。

ウィングギャリバーは、傷ついた翼を癒しながら、飛ぶ。

雲の中で、かつんかつんと、小さな音を立てて雪の欠片が翼を撫でる。電磁バリアの保持も、エネルギーを使う。だが、露骨に姿を見せるよりはマシだった。

 

「探知範囲に異常があります」

「やっぱり」

呟いた一は、雲の中で速度を落とす。

周囲に、視認できる範囲で敵影はない。だが、εウィング周辺の地上戦力は、既に蹂躙された後。

それは、罠だと言っているのも同じだった。

多分、εウィングはまだやられていない。もしも倒されていたら、全力で残存戦力を叩きに来るのは目に見えている。そうなると、敵は最初から堂々と、さっきの戦力など問題にならない数で波状攻撃を仕掛けてくるだろう。他の地球軍や、旧型ウィングギャリバーなど目もくれずに。

多分、その時には。数十万を超える敵機が、周囲に集結していたはずだ。

機先を、制する。今ならそれが出来る。

機首の向きを変える。そして、しばし、速度を落として潜行。雲から飛び出すと、岩山の影に隠れるようにして、地面すれすれを行く。ほどなく、切り立った山が見えてくる。その斜面に沿って、登るようにして高度を上げる。急降下からの急上昇。だが、まだ敵にアクションはない。

武田が、冷や汗を掻いているのが分かる。

誰もが緊張する瞬間だ。そのまま高度を上げ、雲の中に。ただの雲ではない。渦巻く、積乱雲の中だ。

いかづちと、大粒の雹、それに乱気流が、ウィングギャリバーを出迎える。荒っぽい操縦になるが、しかし。

マウンテンバイクで、雨粒が叩きつけられる峠を越えた時は。こんなものではなかった。そう思うと、龍のように暴れ回るいかづちをかいくぐりながら、笑みさえ一は浮かべていた。いや、浮かべようと、無意識で思っていたかも知れない。

積乱雲の頂点を、抜ける。

機体を傾け、そして太陽を背に。

下には。

敵の大型母艦二機と、更に艦載機百機以上が、εウィングの基地に向かう戦闘機を迎え撃とうと、手ぐすね引いて待ちかまえていた。

ただし、正面と、下を向いて、である。

奇襲しようと、上空で最大限に電波妨害しながら、待ち伏せしていたのだ。

「全火力、解放! 撃ち漏らさないで!」

「任せろ!」

翼をつぼめ、敵に襲いかかる猛禽そのものの動きで、ウィングギャリバーは加速する。マッハ4を越えた時には。天から降り注ぐ無数の火砲の洗礼を浴びた敵編隊が右往左往し、更に敵大型母艦の側面からは、情け容赦なく火が噴き始めていた。

しかし、流石に中型母艦とは装甲も火力も違う。敵陣を突き抜けて下降するウィングギャリバーに向けて、追撃が浴びせかけられる。荷電粒子砲も浴びているはずなのだが、致命傷には到らなかったか。また、次々艦載機も射出されている。武田が可動式砲台で狙い撃っているが、とても手が足りていない。

翼を、敵弾が撃ち抜いた。

煙を派手に上げながらも、姿勢は保つ。左右にぶれて致命傷は避けつつも、叫んだ。急激に反転をかけながら、それでも加速を更に続ける。

「荷電粒子砲を、より傷ついている右の大型母艦に!」

「無理だ!」

「無理でもやってください!」

奇襲は、成功したのだ。落とした艦載機は、数も知れない。εウィングは、既に発進シークエンスに入っているのが見える。此処で大型空母を落としておけば、敵は大きな打撃を受け、恐らくマンドラーのところで最終防衛線を構築しようとするはず。

大型母艦が、ヒステリックなまでに大量の弾幕で此方の足を止めようとしてくる。無数のエネルギー弾が曳光しながら、ウィングギャリバーの過去の軌跡を打ち抜き、未来の軌跡を撃ち抜こうと迫り来る。無茶な左右の孤を描いて回避行動を取るウィングギャリバーだが、翼を巨弾が幾つも掠め、装甲盤を抉られ、吹き飛ばされる。

βウィングの翼に開いた大穴には空気が流れ込み、著しく機動を邪魔している。

それでも、もう一度。

一は、敵大型母艦と、同じ高度を盛り返した。

雲を蹴散らし、加速。敵大型母艦も二機とも煙を上げており、特に手前はかなりダメージが酷い。ありったけの艦載機を出してきている。此処が勝負所だ。あと三回と、有馬は言った。

奇襲は成功したが。やはり、ダメージは減らせなかったのが、少し悔しい。

反復横跳びをするように、無茶な機動をしながら、敵大型母艦に迫る。荷電粒子砲が火を噴いた。数機の艦載機を貫き、千切れた真珠のネックレスのように爆発をまき散らしながら、敵大型母艦に突き刺さるが、しかし浅い。装甲に弾かれ、激しく敵を削りながらも、致命傷には届かない。

万事休すか。

そう思った時。

「加速しろ、風桐!」

土方の声。殆ど同時に、影のように忍び寄ってきていたεウィングが、βウィングの最後尾とドッキング。ジョイント部分が軋みをあげた。

有馬が、何も言わない。

多分、最良の予想は、満たしてくれなかったのだろう。

だが、それでも。一は最大限の加速をした。土方の狙いが分かったからだ。アクロバティックだが、多分εウィングのバリアがあれば、どうにかなるはず。

まっすぐ突っ込んでくるウィングギャリバーを見て、大型母艦が回避しようと、緩慢に起動する。かなり速いが、しかし。それでも、まっすぐ最大限に加速している此方の動きを、回避できるほどではない。

絶叫しながら、エネルギー砲を乱射。敵の装甲がささくれ立ち、吹き飛び、爆発が巻き起こり、姿勢が崩れる。二機目の大型母艦は、一機目の影になっており、此方に手出しが出来ない状態だ。

敵の艦載機が、ついに底を着く。

地道に叩き続けていた武田の苦労が実を結んだのだ。もちろん、一も目に着き次第撃ち落としていた。

一瞬の、戦場の空白。

それを縫うようにして、荷電粒子砲が撃ち放たれ。

狙いは正確無双に、敵の中心部を貫通した。そして、もう一機の大型母艦の腹も、打ち抜き、貫き通す。

開いた巨大な穴。

其処を、ウィングギャリバーが通り抜ける。二機、立て続けに。

「バリア全開」

淡々と、ののが呟く。

マッハコーンを更に上回る、巨大な電磁シールドが、後方に展開された。

二機同時に爆裂する敵。灼熱の烈風が、後ろから後押ししてくる。全開に展開されているバリアが、それを防ぐ。機体の揺動は最小限。後ろは赤一色、破壊と殺戮のみしかないのに。ウィングギャリバーのみが静かなのは、何処か滑稽だった。

「お疲れ様」

「見事なタイミングで合体してくれて有難う、沖田」

「加速のタイミングがもう少し遅かったら失敗していた。 見事な機動だった」

ののにそう言われると、一も少し照れる。

やがて、爆発が収まる。

もはや、マンドラーへの路を防ぐものは、何も存在しない。

後は敵が最終防衛線を構築する前に、一刻でも早くマンドラーの下へ、到着しなければならなかった。

「一ちゃん。 みんな、聞いて」

有馬の声。

ろくでもない報告だというのは、分かりきっていた。

「今の戦いで、残りのエネルギーは半分まで落ち込みました。 εウィングに積まれていた物資とエネルギーが予想よりも少なめだったこともあって、多分切り札を二枚とも切ったら、帰還するエネルギーはないかと思います」

「不時着するしかない、と言うことか」

「はい。 幸い一枚目の切り札を使うのであれば、墜落という事態は避けられるとは思うのですが」

「そんな消極的なことでは駄目だ。 山より大きな敵だぞ。 体捨必殺の構えで向かわなければ、近付くことさえ出来ないだろうよ」

正論だ。一も、土方の言葉が正しいと思う。

しかし、生きて帰ると決めたのも、事実だ。

不意に、通信が入る。基地に残っていた、補助要員の声だ。

「マンドラーを捕捉。 アメリカ大陸、此方の世界でニューヨークのあるマンハッタン島の上空に姿を確認」

「分かりました。 これから、叩きに向かいます」

「武運を祈っている。 死ぬんじゃないぞ」

無言で、有馬がウィングギャリバーの傷を修復に掛かる。

戦いが終われば、エネルギーは残らないだろう。墜落だけは、避けなければならない。

他の味方戦力は、どのような状況だろうか。不安は、尽きなかった。

敵の姿はない。

マンドラーの側で、此方を迎え撃つべく、集結しているのではないか。そう、一は思ったが。

しかし、今は、休むべきかも知れないとも思った。

「風桐。 操縦は私がやっとく」

「ののさん」

「敵がたくさん出てきたら起こす。 今は寝とけ」

ありがたい言葉に、甘えることにする。

ののはさっきの合体を見る間でもなく、影のような機動と操縦を得意としている。

静かに敵に近付くには、むしろ適任かも知れなかった。

 

5、風の隙間

 

闇色の地面。

多分、汚染とか、腐敗とか、そう言うことではないだろう。魔王が、己に都合がよいように、環境を書き換えていると見るべきか。

沖田ののは、五機合体し、真の能力を解放したウィングギャリバーを操りながら、自分のようだと思った。

闇。闇そのもの。

現代社会に生きる、闇の人間。どうしようもない環境に産まれて、どうにもならない能力を持っていて。それが故に、さらなる深い闇の中、踏み込んでしまった愚かな人形。

それが私だと、ののはいつも思っている。

光は、欲しい。

しかし、それ以上に。今は好奇心が強い。

闇の外には、何があるのか。

風の翼を駆りながら、ののは闇の外に、思いを馳せる。

 

早期警戒の網を張りながら、武田クライネは願う。

一刻も早くこの戦いを終わらせることを。

お爺ちゃんと一緒に暮らしたい。

お爺ちゃんには、健康であって欲しい。

多分、お爺ちゃんは、あまり世間一般では立派だと思われていない。孫への接し方も、女の子の育て方も分かっていない。

知っているのは、体の鍛えかた。心の鍛え方。

だから、クライネにも、知っていることだけで接した。

柔道を芯から仕込み、一緒に走り込み、離島で毎日四キロ泳ぎ、そして山ごもりまでしたことがある。

でも、それを嫌だと思ったことはない。

きっと、孤独の方が、もっと辛かっただろうというのは、何処か本能で知っていたからだ。

学校にも、最近は行っている。

最初は容姿で避ける者もいたが、今では柔道部で、大事にして貰っている。

一生懸命頑張って、報われることは少ないのかも知れない。

だが、今は。

お爺ちゃんのためにも、クライネは全力で、世界に戦いを挑む。

 

修復が、終わった。

やっと、これで五分。戦いの度に派手にぶっ壊してくれる一には少し有馬伊佐実も辟易していたが。しかし、今なら分かる。

根本的に、自分は世話好きなのだ。

たくさんいる兄弟達を守って、今まで生きてきた。育児放棄した母と、まともとはとても言えない父の群れ。暗がりに連れ込まれそうになったことさえある。身を守るために、何時しか男の子っぽい仕草と格好が身についていた。

でも、荒れることはなかった。

そんな暇さえなかった。

自分が手を抜けば、幼い弟妹たちが、みんな死んでしまうのだ。男と腰を振って、慰謝料を取って贅沢をすることしか考えていなかった母は。年老いてからも、育児などと言うことが出来る訳もなかった。

最初から腐りきっていた心が、不意に綺麗になる訳もない。

昔、悪事を働いたことを自慢げに風潮しているような輩は。

年を経てからも、根本的に精神が変わっていないのだ。文字通りの屑が、ただ年だけを経た。それは子供よりもタチが悪い、怪物と言っても良い存在だ。

そんな怪物から、子供達を守らなければならない。

そのままであれば、心が壊れてしまったかも知れない。

だが、有馬は平気だった。

悪魔の中にあった、唯一の良い部分が。有馬の中に根付いていたのかも知れなかった。

「みなさん、起きてください」

声を掛ける。

さあ、そろそろ決戦だ。

 

ゆっくり、土方琴美は精神を研ぎ澄ませていく。

強くあらねばならなかった。

たらい回しにされる日々。厄介者として罵られ、何か失敗すれば殴られることもあった。それでも、背中にはもっと幼い、病弱な弟がいた。

だから、立ち上がることが出来た。

泣くのは、小学生低学年の頃には止めていた。

家事は全部自分で覚えた。

剣道に撃ち込んだのも、武器を使えれば、それだけ身を簡単に守れると思ったからだ。

虐めは弱いモノに対して行われる。

だから、圧倒的な強さを見せつければ。少なくとも、弟が虐められることはなかった。いつしか恐れられるようになっていた。それで良かった。周囲で恐れられる珍走団を木刀一本で壊滅させてからは、その傾向はより顕著になった。

有段者の養父を剣道で叩きつぶしたのは、中学二年の時。

琴美の体をいやらしい目つきで見つめていた養父は、それ以降何も言わなくなった。

バイトを始めたのも、その頃からだ。

容姿が大人っぽかったこともあって。近所で、唯一同情的な目で見てくれているコンビニでバイトを始めて。だが、家事の類を怠ったことはない。

嫌がらせのように続く、不幸の日々。

弟は強くなろうと必死になってくれていたが。しかし、それでもどうにもならない事もある。

高校三年になって、やっと巡ってきたこの戦いは。琴美にとっては、好機だった。

弟を連れて、自立できる。

この戦いをこなせれば、自衛隊幹部への就職だってあるだろう。或いは、沖田のように、フィールド探索者というのもありかも知れない。特殊能力習得の当てなら、無いことも、無いのだ。今いる「家族」が屑でも、「先祖」には偉大な人物もいて、その遺産を偶然見つけもした。

いずれにしても、弟と一緒に自立すれば。その能力を得るために、修練する時間だって出来るだろう。

「まもなく、接敵します」

武田の声がする。

土方は、一言だけ応えた。

「承知した」

 

6、魔王との決戦

 

巨大な北アメリカの大地には、既に人の姿は無く。

一面に広がる廃墟と、人間の文明の痕跡のみ。

遠くでは、閃光がひらめいているのが、時々見える。此方でかなりの数を引き受けているのだ。人類側も、反撃をしているのだろう。そう信じたい所だ。中型母艦や大型母艦による迎撃もない。

だが、遠くの空には。

既に、雲霞のような敵が集結しているのが、見えていた。

そしてその中心。

此方の世界では、マンハッタン島と呼ばれる所の上空に。

浮かぶ山がごときその威容が、確かに存在していた。

「支援にこれそうな味方の部隊は、周囲にいないか」

「いません。 一機も。 敵はざっと4000」

土方の言葉に、武田が声を絞り出した。

そうだ。分かっていたことだ。

だが、数十万に達する敵に出迎えられることさえ、想像していたのだ。それに、何より。遠くを見る限り、大型母艦の姿はない。中型母艦が数機いるくらいである。

足回りが遅い大型母艦を、呼び戻す時間がなかったのだろう。

それが、唯一の救いだった。

遠くから見ると気付くのだが、どうもマンドラーの趣味らしいものが感じられる。マンドラー本人もそうなのだが、どうも四角錐を基本としているようなのだ。マンドラーは四角錐から六本の腕を生やし、威圧感の強い視線を周囲に送り込んでいる。中型母艦や大型母艦も、おおむね基本形は四角錐だ。攻防ともに有利とか、そう言う理由があるのだろうか。それともただの趣味なのか。

敵は広く方陣を敷いていて、どこから仕掛けても同じである。一旦高度を稼ぐが、上空にも同じように敵は広く布陣していた。腹をくくるしかない。

「全機、分離。 攻撃形態に入ってください」

結合部分を解除。自機のエンジンを噴かし、五機それぞれが動き出す。

それを見て取った敵も、やんわりと陣形を動かし始めた。

程なく、射程距離内に、敵陣が入る。

最初に発砲したのは、Δウィングだった。

灼熱の光の渦が、敵陣に向け空間を蹂躙する。撃ち放たれた荷電粒子砲が、爆発の連鎖を巻き起こした。

陣形を崩す敵に、五機が一気に斬り込む。

いち早く突進した一のαウィングが、猛烈な対空砲火をかいくぐりながら、まず目指すは至近の中型空母。敵は上空に向け火力を集中してきており、上から下から右から左から前から、それに後ろからも攻撃が間断なく飛んでくる。だが、他と分離し、機動力を最大限に高めたαウィングは。

いや、一そのものとなっている機体は。

縦横無尽に空を駆け、片っ端から敵機をたたき落としていく。

右左、背後、次々光の華が咲く。密集している敵に、荷電粒子砲が叩き込まれ、数十機を纏めて吹き飛ばす。迫る中型母艦。必死になって放ってくる対空砲火の密度は凄まじい。まるで、弾幕がそのまま壁になっているかのようだ。

それでも、避ける。

翼は、風そのものとなる。風は捕らえられない。

数発の敵弾が、翼を掠める。

だが、それより先に。

αウィングが放ったエネルギーが、敵中型母艦の、艦載機発射口に飛び込んでいた。

更にとどめとばかりに、Δウィングの荷電粒子砲が、敵中型母艦を刺し貫く。

「上空へ!」

爆発に押し上げられるようにして、上空に。全機がそれに着いてくる。βウィングに、何機かまとわりついている敵機。一旦戻り、それらをたたき落とすと、敵を引きつけながら、ただ高度を上げていく。真下から飛んでくる無数の砲撃も、やがて密度を落としていった。

「クラスター弾、投下!」

βウィングの下部格納庫が開き、十発の小型ミサイルが射出される。

此方の世界から持ち込まれたクラスター弾だ。それに、この世界の火器制御技術を組み合わせてある。

一瞬の後。

さながら花火のスターマインのような光景が、眼下に広がる。

分厚い敵陣に、確実に穴が開いた。もちろん其処は死地だが、それ以外より遙かにマシだ。

そして、今こそ。切り札を投入する時であった。

「全機、合体! Fモードにて突入開始します!」

「了解!」

全機、電磁バリアを出力最大に。それを指揮官機であるβウィングが、全力で増幅する。

空にとどろく、鳳凰の声。

そして、ウィングギャリバーは。

炎の鳥となった。

ウィングギャリバーの切り札の一つ目。これが、その姿だ。

最大限まで増幅した電磁バリアの鎧が、炎の鳥を造り出す。その灼熱はバリアを極限まで強化し、あらゆる存在を受け止め、はじき返す。

機体から吹き上がる炎が、迫る敵弾と敵機を片っ端から蹴散らしていく。奇怪な動きをする敵機も、編隊を組んで攻め込んでくる輩も、触る端から蒸発し、吹き飛んだ。

エネルギー弾も、はじき返す。ミサイルだろうが何だろうが同じだ。

たった三十秒だけしか保たない。

速度も、いつもよりだいぶ遅い。

それどころか、前進しか出来ない。

だが今は、マンドラーの所まで、たどり着ければそれで良かった。

マンドラーが迫ってくる。後、十秒。六本の腕を拡げる。エネルギー砲が無駄だと、悟ったからだろう。

至近。

激突。

六本の腕が砕け散るのも厭わず、受け止めに掛かってくる。

マンドラーの顔は、蟷螂に似ていた。以前見たものとは違っているが、多分戦いの末にバージョンアップしたのだろう。がちがちと顎が鳴っているが、それはよく見ると、機械なのだ。モノクロで見た時は邪悪な意思を感じたようにも思ったのだが、至近で見ると、やはりそれは命無き機械に過ぎなかった。炎の鳥が、腕を焼き尽くしながら、顔面に嘴を叩き込もうと迫る。だが、マンドラーは、群がる部下達が焼き尽くされるのも厭わず、それぞれ数百メートルに達する腕を振るって、顔を守ろうとした。

「パージ!」

「了解ッ!」

有馬が叫ぶ。炎が内側から消し飛び、決して無傷とは言えないウィングギャリバーが姿を見せる。

その圧力に、群がる敵機と、それに魔王の掌が消し飛ぶ。巨大な腕が、胴体を失った蟹の腕のように、蠢きながら放射状に広がる。

「全火力解放後、第二形態に!」

「ようやく出番か」

Mの声。

炎の鎧が消し飛び、戦場に出来る一瞬の空白の中。荷電粒子砲、残ったエネルギー砲、あらゆる火器が火を噴く。

絶叫。

そして、閃光と共に、マンドラーの頭が消し飛ぶ。

頭部を失った魔王の首に、大きな穴が開いた。それに突き刺さるようにして、ウィングギャリバーが着地する。

βウィングの下の、荷物搬入口が開く。

そして、三人のフィールド探索者を載せているコンテナが、直接敵の体内に叩き込まれた。

コンテナを内側から突き破り、Mが暴れ出すのが見える。

後は。

マンドラーが腕の残骸を振り回す。一つ一つがビルを凌ほどのサイズだ。迫ってくるそれを見ても、一は慌てない。バーニアを噴かし、僅かに下がりながら、感じる。

風の翼が。

風の巨人へと、姿を変える瞬間を。

βウィングが中心となり、胴に。Δウィングが、荷電粒子砲そのものであるその体を右腕に。そして光の剣となる。εウィングは、そのバリア発生器そのものである体を左腕に。そして、光の盾を纏う。

γウィングは体を左右に分かたれ、腰から足回りに。そして、αウィングの先端部が二つに割れ、コックピットがせり出し、巨神の頭に。残りは巨神の背中に回り込み、文字通りその翼と化す。

青いその姿は。

まさに、神話の時代の、巨神そのものであった。

これぞ、ウィングギャリバーの第二の切り札。

戦闘形態であった。

今までも一体感はあった。だが、人型になったことで、それが更に強くなる。

無造作に振るった右手の剣が、叩きつけられた魔王の腕を易々と切り裂いた。ただの巨大な棒となった魔王の腕の一部は回転しながら飛び、群がる無人機を巻き込みながら爆発し、異世界ではニューヨークがある原野に墜落した。

土方の剣道の技術が、後押ししてくれている。すっと下がり、左腕をあげる。そして、突っ込んできた敵機をバリアではじき返し、飛来するエネルギー弾をかわす。魔王の皮膚が次々と爆裂して、エネルギー弾に嬲られるが。敵は気にしていない様子だった。

数千の敵が、一斉に攻撃を開始する。

魔王も、己に集った蠅をたたき落とそうと、あがき始める。

Mは、三十分もあれば充分だと言った。

その時間だけ、敵を引きつけていればいい。

跳躍。砲を乱射しながら迫ってくる中型空母に、剣を振り下ろす。

光が中型空母を一閃、両断。左右に分かたれ、落ちていく。そして、千メートルほど落下した所で、爆裂、吹き飛んだ。

無数の敵機が迫る中、一は思う。否。土方も、武田も、有馬も、ののも思っているはずだ。

「此処は、通さない!」

雲霞のように群がる敵機に。

風の巨人は、戦気を叩きつけていた。

 

真実が、目の前にあった。

後ろでは、Mが大暴れしている。五メートルくらいに巨大化したMは、時に体を石のように硬くし、時に巨大な火球を辺りに乱射し、迎撃に出てきた人型ロボット兵器を千切っては投げ千切っては投げて、縦横無尽に暴れ狂っていた。

魔王の、最深部。

周囲に立ち並ぶ、無数の証拠。それが、この魔王が何者なのかを、如実に示していた。

救えないと、スペランカーは思った。

紛争地域にも足を運んだ。

ろくでもないものを、散々見てきた。

一緒に来たアリスが進み出ようとするのを止める。

「どうして止めますの?」

「これは、私の仕事だから」

「子供扱いしないでくださいまし」

「いいの。 下がって」

己の命と等価に、如何なる存在の命をも消し去るスペランカーの必殺武器。ブラスターと呼ぶ、最後の手段。

玩具の銃にもにたそれを。眼前のモノに向ける。

「ごめんなさい。 きっと、貴方の悲しみは誰にも届かない。 でも、私は、貴方の悲しみを覚えておくから」

「……」

魔王は、最後に。

笑ったように見えた。

引き金を、スペランカーは引いた。

 

最初、揺れが来た。

そして、罅が、駆け抜けていった。

魔王が崩れていく。

M達が勝ったのだと、一は知った。同時に、もはや自機が、耐久の限界を超えつつあることも。

腕が動かない。

足が上がらない。

マイクロロボットによる修復など、追いつくはずもない。

「伊佐実ちゃん、まだ生きてる?」

声に力が入らないと思いながらも、呼びかける。返事はない。土方にも、武田にも、ののにも呼びかける。結果は、同じ。

既に風の巨人は、満身創痍だった。数千の敵を、一気に引きつけ続けたのだ。光の剣も、盾も、限界がある。

巨神形態になったことで、耐久力も増していたが。それも同じ事だ。

尻餅をついた。

右足が折れたらしかった。

「誰か、生きていない?」

返答はない。

死んでいない。

死んでいるはずはない。

全身から嫌な色の煙をあげ、大破していても。もはや稼働不能であっても。生きている。一も生きているのだから。

「形態変更。 飛行形態に」

鈍く、ジョイント部分が稼働し始める。

崩壊していく魔王から、アリスが飛び立つのが見えた。どうやっているのか分からないが、風船には、Mとスペランカーもぶら下がっている。多分何かの特殊能力を使っているはずで、そう言う意味で彼らは大丈夫だろう。

ぼろぼろと、体の彼方此方が折れ、砕けていくのが分かった。魔王と同じように。今、風の翼も、死のうとしている。

だが、まだだ。

まだ死ねない。

浮け。

浮くんだ。

言い聞かせながら、思い出す。始めて自転車に乗れた日のことを。補助輪を外して、一人で風を切って走れるようになった、その日のことを。

風が吹く。

残ったエネルギーを、ふかす。

魔王と一緒に、落ちていく無数の敵機。命を無くした蛍が死んでいくかのように、それは儚かった。

もはや飛行機の形はしていない。だが、それでも飛ばなければならない。

みんな、死なずに帰ると、決めたのだ。決めたのだから。

Mが、風船から手を離すのが見えた。

まるで巣だったばかりの鳥のように頼りなく。だが、一は風に乗る。見る間に地面が近付いてくる。だが、風に乗ったのだ。激突はしない。

辺りは地獄絵図だった。

残骸は、死体にそっくりだった。大小様々な死体の中、一は、機首を立て直す。もはや何処が機首かも分からないが、それでも。

本能のまま、体を動かす。

何度か、極限状態のまま、自転車をこいだことがあった。そんなときは、無意識で足が動くのだ。その時のように。ただ、激突だけを避ける。

浮け。いや、違う。

一緒に飛ぼう。

自転車に、最初にそう呼びかけた。同じように、風の翼にも呼びかける。

友達のように。

いや、自分の分身のように。比翼の友のように。

沸き上がる光の中、一は見る。

地平の果てから、登り来ようとしている朝日を。

いつのまにか、そんな長い間戦っていたのだ。そう思うと、何処か、とてもおかしかった。

いつのまにか、自分の形が認識できていた。

だから、もう一度念じる。

一緒に、飛ぼうと。

 

7、風は吹き続ける

 

喫茶店ミラージュに風桐一が入ると、スペランカーが待っていた。窓際の席にちょこんと腰掛けていた彼女は、あの戦いの後交流を持つようになって、時々楽しくお茶をしている。年下かと思っていたのだが、実は社会人らしく、おごって貰うことも多かった。何だかんだで、長く続いた貧乏生活で、経済観念は引き締まっている。おごって貰うと言われると、どうしても弱いのだ。

童顔のスペランカーと向かいに座る。今日は武田も来るのだが、まだ姿は見えない。

「スペランカーさんは、また海外に向かうんですか?」

「え? ああ、またお仕事でね。 今度はなにさせられるんだろうと思うと、凄く憂鬱だけど」

「いつもながら、大変そうですね」

「ははは、うん」

ちょっと空気がどんより。

年上なのだが、妙に可愛い人であることを知っているので、色々とからかうこともある。ただ、今後はこのコネクションを生かして、一緒に仕事をしようとも考えているのだ。自転車屋を継ぐつもりはある。だが、副業を持っておかないと、今後の経済状態では厳しいかも知れない。

だから、フィールド探索者とのコネクションを持っておく。

彼らの仕事は危険だが、仕事の報酬は桁違いだ。一緒に修羅場を潜ったというよしみもあるし、今後のためになる関係だと思って、大事にしていかなければならなかった。

もちろんそう言う打算の他に、話していて楽しいという部分もある。

武田は来ない。

もう、監視から外れていることは知っている。だから。

ずっと、聞きたいことを、聞いてみた。

「スペランカーさん」

「ん?」

「あの魔王マンドラーって、宇宙人じゃないですよね。 地球人だったんじゃ、ないんですか?」

すっと眼を細めたスペランカーが、左右を見回す。

そして、大きく歎息した。

「悪いけど、応えられない。 でも、どうしてそう思ったの?」

「……あまりにも、分かり易い悪としての存在が、異世界の住人だとは思えなかったからです。 それに、魔王という割には、その存在も、造型も、地球人的というか、身近に感じるものばかりでした」

スペランカーは、コーラフロートを、ストローで啜り始めた。

彼女は応えてくれないが、反応から言って、間違いないのだろう。

この間、図書館で借りた本で見た。

地球人はいっこうに進歩しない。彼らを団結させ、世界を纏め上げるには、外部からの強大な力が必要だ。

もしも宇宙人が圧倒的かつ恐ろしい戦力で攻めてくれば。地球人は団結して、危機に立ち向かおうとしたかも知れない。

それが、本の趣旨だった。

マンドラーという存在は、それにぴったり当てはまるのではないだろうか。もしも宇宙人だったのなら、なぜ地球を襲ったのか。反撃されながらも、どうして逃げようとはしなかったのか。

コーラフロートを飲み干すと、スペランカーは、無言でモノクロの写真を取りだして、見せてくれた。

それには、満面の笑顔を浮かべる優しそうな老人と。人種が様々であろう、笑顔を浮かべた子供達が多数映っていた。何かの孤児院であろうか。孤児院の上には、何か文字が書いてある。しかし、見覚えがない文字だった。異世界で使われていた文字とさえ、違っていた。

この世界にもマンドラーがいるという言葉は嘘だと、この写真を見て、一は確信する。

「私があの場所で見たのは、これに起因する悲しいものだけ。 後は他言無用にして」

「……はい」

話を切り上げると、スペランカーは最近N水産から出た缶詰がとても美味しいという話をし始めた。

土方は念願の独立を果たし、弟と静かに暮らし始めている。弟ともこの間会ったが、感じの良い子だ。

有馬は弟たちと一緒に、母の下を離れた。忙しいようだが、大学までは出ると言っている。この間の任務で稼いだお金で、それが十分可能だろう。

武田はお爺ちゃんの手術に成功。二人で静かに暮らしている。

ののも、政府の施設を出ることが出来た。最近はMに連れられて、見習いフィールド探索者として、実績を積んでいるという。

みんな、生きている。

マンドラーと、その配下達との交戦で傷ついたウィングギャリバーは、奇跡的に不時着に成功した。飛翔能力を持つMが少し手伝ってくれたらしいのだが、それ以上に、一の為した奇跡に近い飛行が、生き残りの要因だったという。

しかし、その生は、死の上にあるのだと、こう言う時に思い知らされる。

やがて、武田が来る。金の髪と青い眼を持つ彼女は、中学校の制服がとても初々しい。訓練の時はいつも道着だったからだ。最近はぐんぐん背が伸びていて、いずれ追い越されるかも知れない。

「お久しぶりです。 風桐さん、スペランカーさん」

笑顔が、眩しい。

あの戦いを生き抜いた仲間と、今はただ。

生を謳歌しようと、一は思った。

 

(終)