新しい世界の転生

 

序、次の宇宙

 

ビッグバンが起きた。前の宇宙が、平行世界も含めて、全て終わったのだ。以前スツルーツという名前を持っていた最高神は、それを見届けると。

充分な数になったあの世の公務員、鬼達と。

それに前の宇宙を生き延び、力を蓄えた神々に、号令を掛ける。

「いよいよ始める時が来た」

前の宇宙までは実現できなかった、物質世界の理不尽淘汰。

それが今回の宇宙での基本的なルールだ。

マクロ的な意味では、物質文明が上手く行くように、煉獄から調整を行う。

ミクロ的な意味では。

因果応報を、完全なルールとして適応する。

神話と同時に、知的生命体には、こう上級鬼が伝えるのだ。

因果応報を守れ。

守らなかった場合は。

地獄に落ちるのではなく。その場で死ぬと。

実際に、今のあの世の状況なら、監視体制も十分。それだけの事が出来る力が充分に蓄えられた。

最高神は、いならぶ神々と。

鬼達。

そして中枢管理システムに号令を下す。

「平穏なる宇宙には、残念ながら無干渉では達し得ない。 マクロレベルでの干渉でも同じだ。 ミクロレベルでの幸福。 因果応報。 これが守られる世界にならなければ、第二第三の絶対悪が誕生するだろう。 そして宇宙どころか、全てが無に帰す事になっていくことだろう。 これからの宇宙では、理不尽は不要! 因果応報を完全にルールとして適応する!」

「仰せのままに!」

宇宙は爆発的に拡がっている。

最初の超高熱量が収まり始めると。

やがて物質ができはじめ。

宇宙に様々なものが満ちていく。

ある程度経つと、前の宇宙と同じように。星ができはじめ。

更にある程度経つと、銀河や銀河団ができていく。

結果として、其処には小さな確率で、生命が宿る。

生命が星に宿る範囲。

そこに運良く星がで来た場合。

もしくは、それとも異なる例外的な生命。

そしてその生命を慈しんでいくことによって。やがて、知的生命体が誕生する。これについては、どの宇宙でも。

今までのビッグバンを経たいつの宇宙でも。

同じ事だ。

しばらくは、魂の海の管理をしながら、時を待つ。

その間も、中枢管理システムの強化と。

整備は欠かさない。

そして、宇宙誕生から四十九億年後。

ついに知的生命体が誕生した。

此処からだ。

さっそく、上級鬼がその星に降り立つ。

収斂進化の結果、知的生命体は姿形が似ることが多い。頭一つ、手足一対。そして手足には触手状の器官。

他にも色々と追加される要素はあるが。

概ねこの姿の知的生命体が主流だ。

色々と追加の要素によって、姿形は変わってくるのだけれど。

今回確認した知的生命体は、このスタンダードタイプだった。

爆発的に増殖する知的生命体に。

上級鬼達は伝える。

神話と。

そして因果応報の概念を。

この瞬間から。

知的生命体に対する、宇宙の法則が働き始めた。

犯罪は社会を弱体化させる。

時には悪い事をする必要がある、というのは言い訳に過ぎない。実際問題、自分だけの利益のために他者を害することは、社会を弱体化させる事だけを産む。

それを理解しない限り。

知的生命体は進歩しない。

自動監視システムが。

さっそく第一号を捕らえた。

「他の個体への直接攻撃、略奪、暴力、更にそれらに対する罪悪感なし」

「因果応報システム発動」

一番最初だ。

最高神が指示を下す。

指示を下した瞬間。

その個体。

周囲に暴力を振るい。周囲から奪い。逆らう相手を殺していた男の頭が、爆ぜ割れ、吹っ飛んだ。

そいつは体格的にも優れていて。

周囲は誰も逆らう事が出来なかったのだが。

悲鳴を上げながら逃げ惑う周囲の知的生命体にはしっかりと聞かせる。

「因果応報である」

そう。

これこそが、因果応報システムだ。

暴虐だけを為す知的生命体。

法を自分のためだけに作る知的生命体。

それらを物理的に排除するシステムである。

これにより、今まで大手を振って歩き、社会の価値観を腐らせていた知的生命体の中の悪逆は消失する。

なお殺した後も、当然地獄送りで罪は生搾りである。

勿論殺すに至るまでは、相応の審査を経るが。

この辺りはAIで全自動化。

宇宙がビッグバンになる前。収縮していく宇宙で、知的生命体が死に絶えた後。空いている時間を使って、数京回のシミュレーションを経て、実施していったテストによって確立した。

一方。

因果応報には、もう一つのシステムもある。

善行を続けるもの。真面目に他者の幸福を祈るもの。それらには、報酬が確実に与えられるようにする。ただし下心があったり、自分の思想を押しつける場合は駄目だ。これには例外もある。

下心があった場合でも。

他者の幸福のために全てを捨てたり。

その行動が、他者の幸福になる場合は。

相応の報酬がある。

ただしそれは、下心が無かった場合よりは小さくなる。

今まで、知的生命体は。

因果応報を、自分たちでなしえなかった。

法は元々弱者を守るためにあるもの。

知的生命体とは、本来獣の理論では淘汰されてしまう弱者を守る事によって生じたリソースを使うことで、他の生命体よりも優位に立った存在を意味する。

だが、知的生命体は悪い意味で最悪の狡猾さを持つ。

故にそれらは願うのだ。

強いのなら、全てを独占したい。

法を自分のために作り替えたい、と。

そして弱者をだまし。

己の好きなようにする。

だがだましていると、いつかは歪みが極限に達し。最終的には、文化圏、文明圏、まるごと滅びていくことになる。

これは幾度もの宇宙で。

観測されたことだ。

だからこそに、もはや知的生命体に自治は必要ない。

自由は今までふんだんに与えてきた。

自主判断もさせてきた。

だがその結果はどうか。

悪辣悪逆が高笑いし、善良で真面目な存在を踏みにじる。

どこでもいつでも、そんな社会が構築される。

それが人間がくみ上げていったものだ。

あらゆる、強者の暴走を抑えるためのシステムが。最悪の道具として、弱者を殴っていった歴史が、現実にある。

それを全て記録していたのだから、間違いない。

あの世に来る鬼達がどれだけトラウマや闇を抱えていたか。

それは、知的生命体という存在の、欠陥そのものがもたらしたものだ。

因果応報。

せめてそれがきちんと働いていれば。

こんな事にはなっていなかった。

神よ。

貴方は何処で、昼寝を貪っているのだ。

貴方の名を呼び、戦場で息絶えていった者達。

貴方の救済を願い、必死に努力を続けて、それでなおまったく報われずに死んで行った者達。

それらをどうして。

放置していた。

あの世で、最高神が実際に受けた弾劾だ。

マクロレベルでの、文明の幸福のために、煉獄で調整を続けていた。

そんな言葉は。

実際に踏みにじられてきた人間から見れば、納得できる筈も無い。

そして実際問題。

踏みにじられる弱者達の慟哭は。

最高神になったスツルーツが。破壊神の時から、既に数限りなく目にし。その悪夢は、嫌と言うほど耳にしてきた。

因果応報システムは。

今後あらゆる物質文明に適応する。

物質生命には、法を的確に運用する能力が存在しない。

それが理由だ。

よくある言葉として、推定無罪というものがある。

法できちんと刑罰が確定していない間は、そのものに罰を与える事が出来ない、というものだが。

これそのものは立派な言葉だ。

物質文明では、ある程度進歩すると、だいたいの場合は取り入れられる。

だが、その実態はどうか。

まず法。

法が不平等な場合。例えば、特定人種を殺して良い。差別して良い。奪って良い。敵国の捕虜には何をしても良い。

こういった場合は。

つまりどれだけの大量虐殺をしても、罰を与える事が出来なくなる。

推定無罪だからである。

罪にならないからだ。

続いて裁判。

裁判が不平等だった場合はどうか。

ある物質文明では、痴漢えん罪というものが存在していた。

痴漢だと訴えられると、その時点でどれだけ努力しても。明らかにえん罪であっても。有罪が確定するというものだ。

これを実際に利用した恐喝や犯罪も実在した。

つまり裁判が不公平な場合。

推定無罪は機能しない。

罪なき者が罪人にされるからである。

そして、裁判に私情や圧力が持ち込まれる場合はどうか。

ある物質文明では。

犯罪王と呼ばれた犯罪組織のボスは。

何度も裁判に掛けられたが。

証人は報復を怖れてなにも証言できず。

裁判官もその他人員も悉く買収され。

そしてその犯罪王は、結局その時点での法で、裁くことは出来なかった。その犯罪王をたおすためだけに。

あらゆるダーティな手段も用いて。

戦わざるを得なかった。

コレは何故か。

推定無罪だからだ。

推定無罪だから、明確に残虐な行為を行っているものであっても。そもそも裁判を無効化してしまう措置を執られた場合。

罰することは出来ない。

白昼堂々人を殺そうが。

大量殺人をしようが。

関係など無い。

罰を与えてはいけないのだ。

それがどれだけの弱者を踏みにじり。

慟哭を嘲笑っていたとしても。

つまり、である。

知的生命体、正確には物質文明には、法を運用する能力が無い。故に、神々が法を導入する。

それが因果応報システムである。

勿論細かい法については好き勝手に作らせる。

だが、その内容次第では、当然因果応報システムが発動する。

古き時代。

ある物質文明で。

剛直なる者は、賄賂を渡そうとする相手に、こう言った。

君は、これは誰も知らないことだから、大丈夫だと言ったな。

だが君は知っている。私も知っている。天も地も知っている。

誰も知らない事など、ない。

その通りだ。

そして天がこれからは。

きちんと罰を下す。

今までの世界では、そうしなかった。それ故に、物質文明では、鶏並みの倫理観しか育たなかったし。

知的生命体と称する獣の群れが。

弱者を痛めつけながら、己の愉悦を好き勝手に満足させるシステムを作り上げていたのだ。

今後は違う。

因果応報システムの本格稼働開始。

瞬く間に。

実際に因果応報が適応され始める。

あの世には、ようやくこのシステムを適応するための人員が揃った。

これからが。

やっと平等で。

悪事を神がきちんと確認し。

昼寝していると言われない世界の到来だ。

 

1、見ているぞ

 

因果応報システムの構築には、幾つもの問題点があった。

因果応報が起きるとして。

どれくらいの罰が下されるのか、というものだ。

例えば小銭を盗んだくらいで、頭が吹き飛んでいたら。それこそ過剰すぎるというものだろう。

一方で。

何をやろうとばれなければいい。

そう考えるのも物質生命という存在である。

だから、此処で必要なのは、適切な罰を与える、という事だ。

小銭を盗んだ場合は、それ以上の罰則が下される。

つまり、更に多くの金を失うのだ。

とても分かり易い形で。

そして因果応報である、という言葉が響く。

集団で他人を痛めつけて楽しむような輩は。

それこそ鈍器で頭を殴打するほどのダメージを直接与える。

これには、そのくらいの罰が丁度良い。

実際問題。

イジメという行動を、物質文明ではついに否定せず、肯定し続けた。

否定する言動をするものは。

いつでもどこでも。

異常者扱いされた。

それが現実だ。

あらゆるデータが残っている。

勿論、このような腐った連中に対して、反発する者もいた。だが、その反発する者こそが異常者扱いされたのが、物質文明だ。

だが、今回からは。

それはやらない。

イジメを行った場合。

即座に因果応報が下される。

これについては当然の事である。

あっという間に。

初めて生じた物質文明からは、犯罪は無くなった。

当然だろう。

監視システムがしっかりしているからだ。

勿論監視システムは、物質文明の人間には感知できないテクノロジーで作られている。物質文明でも、犯罪抑止のために似たような伝承を作った事がある。三戸と呼ばれるものがそれで。

これは人間の体内に住み着き。

人間の悪事を地獄の王に知らせる、というものである。

それに対して人間はどうしたか。

なんと恐れおののくどころか。

三戸の動きを鈍らせて、不老長寿を得ようとした。

そういう存在なのである。

何も手加減などする必要はないし。

そもそも信頼する意味がない。

一方で、生真面目に働いて、家族を養っている物質生命には。

きちんと目に見える形で報酬を与える。

畑は豊かに実り。

子だからに恵まれ。

子供も良く育ち。

そして老後も静かに暮らすことが出来る。

善行は報われ。

悪行は即座に罰せられる。

勿論、そうすると、物質文明の人間達は、即座に考え始めた。神から悪行を隠すにはどうすれば良いかと。

だが、その度に、こう頭の中に響かせてやる。

お前の考えは全て見通している、と。

因果応報。

どのような手を使おうと、その法則からは逃れられぬ。

罪には罰が即座に降る。

それを思い知れ。

頭の中を直接覗かれてしまえば、もはやどうにもならない。犯罪は、割に合わないどころではない。

犯罪を行えば、命に関わる。

そう認識させるだけで。

犯罪を行わなくなるのだ。

勿論それだけではない。

今まで同様、マクロレベルでの文明が良くなるように工夫もする。

煉獄からの確率調整だ。

これによって。社会そのものを全体的に上向きにし。

更に犯罪が割に合わないようにするのだ。

システム稼働から一万年ほど経過すると。

効果は明らかに。

目に見えてよく分かるようになった。

昔スツルーツと呼ばれていた最高神は。

上げられてきた膨大なレポートに満足した。

犯罪発生率0。

まあこれは当たり前で、犯罪をすればするほど割に合わないことが、証明されたからである。

しかもこの犯罪には抜け穴が無い。

例えば、誰も見ていないところでやれば大丈夫だとか。

口封じをすれば問題ないとか。

そういった抜け穴は存在しない。

常にあの世から監視しているからだ。

ある連中が、海賊をやろうと行動を開始したときは。

港を離れた瞬間、船ごと粉砕。

全員を鮫(に似た生物)のエサにした。

そして、それを見ていた港の者達に告げた。

あれらは、罪なき弱き者から奪うためだけに、残虐なる武装と行動を起こした不埒なる者どもである。

故に因果応報が降った。

我はいつでも何処でも見ているぞ。

我の目が届かぬ場所など、例えこの世の果てでも無いと知れ。

目に見えて分かる形の因果応報。

きちんと降る罰。

それらを見て、物質生命体は。

善行を働くようになる。

犯罪を行わなくなる。

それだけで充分だ。

人間賛歌が如何に虚しいか。

自由という言葉が、如何に自分の暴虐を肯定するために使われてきたのか。それら全てが。

たった一つの物質文明に、因果応報を適応するだけで、はっきりした。

今後も、このシステムは全宇宙に適応する。

最高神の指示により。

システムは、完全な活動を開始した。

 

二つ目の物質文明が誕生した。

最初の文明から、12億光年ほど離れた星の地表に、である。なお、この文明は、どこか地球文明に似ていた。

因果応報システムは早速適応。

というよりも。

文明が誕生し次第、因果応報システムは、もはや自動適応される。どれだけ隠そうと無駄である。

文字通り、全てを管理しているのだ。

どんな悪知恵を働かせても。

目からは逃れられない。

因果応報システムは、早速機能。

この物質文明は、特に酷く。

他から略奪するのが当たり前。

弱者は踏みにじるのが当たり前、だったが。

それも即座に変わった。

因果応報システムの適応により。

瞬く間に社会をむしばんでいた者達が駆除されたから、である。文字通りの駆除。まあ害虫以下なのだから、駆除が適切な言葉だろう。

問題は、適応した瞬間。

この物質文明を統括していた王家が、一瞬にして崩壊した事である。

此処まで腐敗が酷いというのは、流石に考えていなかったが。

煉獄から確率操作をして。

新しい政権が成立し。

統治を行うように調整を行う。

混乱も最小限に済む。

というか、である。

秩序が失われた際に、基本的に物質生命は獣と化すが。それも因果応報システムのために出来ない。

奪えばそれ以上のものを失う。

殺せば自分も死ぬ。

それが即座に目に見えて示されるのである。

犯罪など行いようがない。

面白い事に、この物質文明では、因果応報システムのことを、恐怖の神と呼んだ。別にそれはどうでも良い。

実際問題。

実罰を与えない限り。

物質生命はまともに動かないのだから。

法は強い者のためにある。

そう考えて疑わない連中である。

一度恐怖の神によって、徹底的に駆除されるべきだったのだし。

前の宇宙で、それをやらなかったのは、本当に残念だった。人員が足りなくて出来なかったのだが。

しかしながら。

今度の宇宙では、それが出来る。

最高神として、スツルーツはレポートを見て満足しているが。

勿論それだけでは無い。

分霊体を現地に派遣して。

しっかり状況も確認させる。

システムがきちんと動作しているか。

それによって、物質生命がきちんと善行を為そうと努力しているか。

それを見極めなければならないからだ。

油断すればすぐにさぼる。

物質文明に暮らす生物は、性根が基本的に腐りきっている。

だからこうして。

徹底的に監視する。

そして因果応報システムを、平等に適応する。

我は神の使いだ。

そう叫ぶ男がいた。

原始的な宗教を作ろうというのだろう。

別にそれ自体は止めない。

勝手にすればいい。

問題は、そうやって人数を集めた後。組織的に邪悪を働き始めた事である。

即座に因果応報システムを発動。

頭が吹き飛んだ宗教の教祖。

悲鳴を上げる信徒達に。

その悪行の全てを頭の中に直接見せ。

そして、告げる。

因果応報である。

この者の悪事は許しがたし。

それを罰する者もいない。

故に天より罰が降れり。

そう言葉が信者達の頭に轟くと。すぐにわっと信者達は散って行った。恐怖におののきながら。

分霊体を通じて、それらの状況を見ていた最高神は。

満足する。

これでいい。

やはり、病根は早期に取り除くに限る。それが子供だろうが関係無い。

きちんと社会を動かすには。

犯罪を行う存在を、早期に駆除する必要がある。

そして物質文明にはその能力が無い。

ならば、こうして。

最小限の介入は、絶対に必要だ。

 

幾つかの文明が宇宙に誕生し始める。

その全てで因果応報システムが導入される。導入と同時に因果応報システムは活発に活動を開始。

社会を弱める犯罪者を。

悉く誅戮していった。

勿論皆殺し、というわけではない。

罪には罰を。

適切な罰を与えるのである。それだけだ。

国王だろうが大臣だろうが関係無い。

周囲の人間は、因果応報に対しての結果と理由を全て見せつけられる。こうして罰は降ったと、知るのである。

ちなみに、因果応報システムに対しての批判に対しては、なにもしない。

ある哲学者は、人生を掛けて因果応報システムを批判したが。

それについては何もしない。

むしろあの世に来てからは、最高神の所に招いた程だ。

哲学者は、目をぎらつかせていて。

そして謁見したスツルーツの分霊体について、叫ぶ。

「因果応報システムを、すぐに停止していただきたい! これは人間に対する枷であり、自由を奪う牢だ! 我々はきっと、法を適切に運用できるようになる! 我々を信じていただきたい」

「およそ70万」

「……は?」

「我々が監視した文明の数だ」

絶句する哲学者に。

それらの文明全てで。

如何に法が機能せず。

物質生命が法を強者の武器として用い。

弱者を踏みにじるための道具とし。

邪悪が裁かれずに来たのか。一瞬にして見せる。

言葉を失った哲学者は、膝から崩れ落ちる。これらの文明に対しては、因果応報システムは適応していなかった。

前の宇宙の文明の数々だ。

一度や二度なら良いだろう。

およそ七十万回。

結果を見ているのだ。

その結末が、因果応報システムの適応だと言う事を知って。人間の可能性や。性善説を無邪気に信じていただろうこの哲学者は。

文字通り心に痛烈な一撃を受けたのだ。

「お前は現実が見えていない愚かな生物だ。 だが、今現実を知った。 人生を掛けて余を批判し続けたお前は、反骨の心を持つ面白い存在だ。 鬼として今後は世界をよくするために働け」

「……」

流石にショックだったのだろう。

言葉も無く、項垂れている男を連れて行かせる。

あの男は、あの男で有用だ。

最高神は、鼻っ柱が強い相手は嫌いじゃ無い。

罪さえ犯さなければ。

 

文明が十を超えた頃には。

最初に誕生した文明は、宇宙への進出を果たしていた。

因果応報システムは、勿論働いている。

社会が大型化すると、犯罪も巧妙化するものだが。それらについても、勿論全部監視している。

因果応報システムについて研究している学者もいるが。

勿論非人道的な実験をしたら、即座に因果応報システム発動である。

例外は無い。

ただ、宇宙まで進出できる文明になると。

流石に因果応報システムに恐怖し。

それの解析を進めようと試みている節があった。

絶対不変。

悪を滅ぼすため、いつでも側にある剣。

悪を為せば、王だろうが大臣だろうが即座に首が飛ぶ。

常にのど元に刃を当てられているようなものだ。

それならば、悪逆を考えなければ良い。

善行に注力すれば良い。

それだけの報酬があるのだから。

それなのに、どうして因果応報システムの穴を必死に探そうとする。まさか悪を自由と考えているのか。

呆れた話だ。

自分だけ好き勝手をしたいから。

因果応報システムの穴を探す。

愚かしすぎる。

中には、非常に深い穴を掘って、底に潜んで悪事を働こうとしたり。

無数に囲ったシェルターを作って、其処で悪事を働こうとした者もいた。

だが結果はお察し。

どれだけ電波遮断しようが。

地下深くに潜ろうが。

神の目はごまかせない。

因果応報である。

その言葉は、響かない日などないのだ。

中枢管理システムから連絡がある。

最高神がホットラインをつなぐと。

中枢管理システムは、告げてきた。

「因果応報システムの施工は順調なようですね。 ただしそうなると、あの世に対する研究の加速も更に進む事でしょう」

「それがどうかしたか」

「もしも、因果応報システムを防ぐ装置を開発された場合は如何なさいますか」

「其処までその文明がもつか?」

最高神は多くの文明を見てきた。

煉獄からの確率調整で、億年以上もった文明も存在したが。

それでも、結局あの世には到達できなかった。

当たり前の話で。

テクノロジーが桁外れだからだ。

桁が一個違うのでは無い。

10の32乗ほど、桁が違っている。

時間の圧縮技術を持ち、複数の平行世界で同時に研究を進めているあの世は。今も技術の革新に余念がない。

知識としては必要なだいたい全てがあるが。

それを更に活用するためには、試行錯誤が必要で。

それに対応するには、物質文明は力が足りなさすぎる。

これは自由を奪う行為だ。

あの哲学者はそう叫んでいたが。

自由を与えた結果、物質文明の人間共は何をしたか。

手心を加えてやる必要などない。

徹底的に、容赦なく、ただし平等に。因果応報システムを適応していけば、それで良いのである。

寵愛など必要ない。

かといって冷酷になる必要もない。

本来法に感情は不要。

平等であれば良い。

それなのに、感情論やら金やら政治的な駆け引きやらを法に持ち込み。あまつさえ強者のためのものとするから、こういう手段を採らざるを得なくなる。

神々は人間など愛さない。

こうして、平等に接するべきであって。

それは本来法も同じだろう。

それが出来ないから、神々が出張ることになる。

「いずれにしても、因果応報システムが必要なくなるほど技術が発達した文明は見た事がないが」

「あくまで可能性の話です」

「可能性は確かにあるだろうが……」

まあその場合は。

対応を考えておかなければならないか。

いずれにしても、因果応報システムを適応した文明は、いずれも悪党が駆逐され、善人がまともに報われる社会になっている。

現時点ではそれで大成果だといえるし。

今後もしもあの世の技術に追いつく文明が出てくれば。

それで構わないとも思う。

その時は、因果応報システムの撤去を相手が求めてくるかも知れないが。その時はその時。

今は。考える必要もない。

SNSを確認。

鬼達は、因果応報システムについて、どう考えているのか。

意見を見ると。

肯定的なものが多い。

特に多いのは。

裁判や面接に関わっている鬼達の肯定意見である。

「因果応報システムが導入されてから、本当に楽になった。 適応されて死んだ奴は、ほぼ100%裁判の必要もないしな」

「今までは経歴調査を全部しなければならなかったから、それなりにリソースを喰っていたけれど。 それは因果応報システムが全部やってくれているから、とにかく楽でいいのは事実だな」

「あれが俺たちの時代にもあったらなあ」

「そういうなよ。 あの時代は、人手が足りなかったんだ。 みんなで苦労して、やっとここまで来たんだから」

そういう意見を見ると。

嬉しくもなる。

一方で否定的な意見もあった。

今の宇宙になって誕生した文明から来た鬼。

つまりそれら文明の亡者から、鬼に転生した者達である。

「息苦しくてならなかったぜ。 いつも見張られてるってのは、本当に怖いんだよ」

「確かにゲス野郎が自動的に駆除されるし、政治の腐敗ってのも最小限で食い止められていたけれどな。 何をしているときもじっと見られてるのは、ストレスがたまってしょうがないのも事実だって知って欲しい」

「人間をもう少し信じて欲しいな」

「確かに、70万もの文明で、結局知的生命体は法を適切に運用できなかった。 一つとして例外はなかった。 そういう事例はあったと認めるけれど。 神が法そのものになって、宇宙を統括するというのは、本当に正解なんだろうか」

こういう反対意見は貴重だ。

きちんと目を通しておく。

何に不満なのか。

しっかり知っておく必要があるからだ。

最高神となったスツルーツは、破壊神であっても暴君では無く。専制者であっても邪悪ではない。

自分の感情で因果応報システムを適応する相手を決めてもいないし。

基本的に平等に対応している。

それについての不満は、今の時点で一つも聞いていない。

ふと、SNSに。

興味深い意見が上がって来た。

「前の宇宙と今の宇宙で、これほど因果応報って言葉の意味が違ってくるのが個人的には一番興味深いな。 前は弱者が信じる寝言、くらいの扱いでしかなかったんだがな。 今の宇宙では、絶対適応される恐怖の象徴だ。 そしてその恐怖に尻を叩かれながら、人間は必死に善行を働いている。 悪行を働けば死ぬのだから当たり前だが」

「その当たり前のせいで、俺たちがどれだけの恐怖を味わったと思う!」

「その当たり前がなかったせいで、こちらはどれだけの地獄を生きてきたと思っているんだ!」

激発。

いきなり相手がキレたので、黙り込む因果応報否定論者。

HNに見覚えがある。

この鬼は。

小学校時代にイジメ殺されて。

周囲全員から虐められるお前が悪いと言われて。

そしてあの世に来て。

精神を深く病んでいた鬼だ。

そう。

因果応報が、この鬼が生きている間は働いていなかった。弱い方が悪いという理論で、凶悪な暴虐が大手を振って歩き回り。

そして弱者を蹂躙していた。

あの世に来てから、この鬼はまともに生きられるようになったけれど。

それまでこの鬼は。

何のために生まれたのかさえ分からず。何のために生きてきたのかさえ価値を見いだすことが出来ず。

全てに絶望し。

哀しみの中で、己も。

周囲の全ても。

呪い続けていた。

「今の宇宙に生まれたかった。 何が自由だ。 因果応報が実際に働いていれば、私はまだ小学生だったのに、イジメ殺される事だって無かった! お前が全部悪いとか、人権はお前に無いとか言われて、クラスの全員に笑いものにされ、「叩いて良い相手」とされてその尊厳を全て奪われることだって無かったんだ! 小学校で死んでいなかったら、レイプだってされていただろう! 私が生きた世界は、因果応報が働いていなかったから、弱者が悪いって理論の方が主流だった! たまに暴虐を働いた奴が裁かれても、周囲は平気でセカンドレイプをした! 隙があったお前が悪いってな! 因果応報が言葉だけの世界は、そういう場所だったんだよ!」

「そ、そんな世界だったのか……」

「そうだ! あの世のリソースが足りなかったからな! 鬼になってからようやく知ったよ。 全体の幸福を作る努力はしてくれていたが、個々の救いまでは手が回らなかったってな! お前達は社会の癌を排除してくれるシステムに守られているのに、何が自由がないだこの……」

「もう止せ」

私が入る。

最高神が時々SNSに姿を見せる。

それについては、鬼達も知っているようで。

ぴたりと会話が止まる。

「因果応報システムはきちんと働いている。 そして前の宇宙では、それがないために不幸だった者が大勢いた。 分かったのなら、因果応報システムに文句を言う前に、建設的な議論をするように心がけよ」

「あ、貴方が最高神」

「そうだ。 SNS等で、情報を得ているのは、あの世から世界を更に良くするためだ」

「……」

流石に黙り込む者達。

最高神となったスツルーツが主導して、因果応報システムを導入したことは、誰もが知っている。

そして、その前後の違いについても。

こうやってSNSの議論を見ていればよく分かる。

宇宙レベルでの世代の違いだ。

簡単に埋まるはずも無い。

だが、しかしながら。

前の世代の事実を知って。

今の世代が、口をつぐんだのは確かだ。それくらい、ショックだったのだろう。

実際問題。

人間だけで法を管理していた時代は。

弱者が踏みにじられる世界であったのだから。

「建設的な議論をせよ。 そしてもしも、因果応報システムを上回るものがあるのなら、遠慮無く提言するが良い。 ただし過去に取られた膨大なデータを無視して提案するのであれば、余は当然採用せぬ」

誰もが、何も言わない。

因果応報システムの施工が。

全てを変えたのは事実。

そして因果応報システムが。

弱者が虐げられない世界を作ったのも、また事実だったのだから。

 

2、知っているぞ

 

中枢管理システムから、情報が届く。

発達していくと、やはりどの物質文明も、因果応報システムに対する反逆を目論むようになって行くようだった。

例外はほぼない。

どの物質文明も、自分たちは縛られていると考え。

そしてその縛られている状態から脱却しなければならないと考える様子だ。

愚かしい。

事実を知らない者達ほど、愚かな存在は無い。

そういえば、思い出した。

前の宇宙では、「知識が無い」人間が、「知識がある」人間を馬鹿にする、というケースが多々見られた。

知りもしないことを否定し。

そして相手を嘲弄する。

しかも、その否定の原因が。「相手が気にくわない」という理由だけ。

物質生命というのは、そういう生物である。

結局の所、自分が「気に入る」かどうかが全て。「気に入らない」場合は、相手の全てを否定しても何とも思わない。

だからこそに、犯罪に平気で手を染め。

弱者を踏みにじり。

弱い方が悪いと平然と口にし。

人格否定して、相手を死に至らしめても笑っていた。

それが物質文明の知的生命体。

例外は無い。

「やはりそうなったか。 因果応報システムを破れるような文明は存在していないな」

「ええ。 ただし、どの文明も本当に躍起になっています」

「それほどに蛮行に焦がれるか」

「それはそうでしょう」

やはり大人気なのは。

暴力で弱者を蹂躙する文化。

勿論現在は実行できないから。小説や漫画といった媒体を用いて、ひたすら悪を賛美する作品を書く。

善行を行う人間は「幼稚で子供」。

善行を賛美する行為は「偽善」。

そういった主張をひたすら繰り返す作品が、大人気。

勧善懲悪は子供の見るもの。

それが、物質文明で普遍的に見られる価値観だ。

特に発展すればするほど、その傾向が強くなって行く。

「勿論思想そのものは自由だ。 実行しなければな」

「あの世に来てから、貴方を狙おうと考えている者もいるようです。 この「間違った」宇宙をただすのだと」

「それは要するに弱者を好き勝手に踏みにじりたいという欲求を、正当化しているだけではないか。 しかも最悪の形で」

「その通りです」

あきれ果てて言葉も出ないとはこのことか。

性悪説というものが、前の宇宙のある文明ではあった。

これは、単純に「人間は生まれながらに悪である」というだけのものではない。

残念な事に、人間の性質は「生まれながらにして悪」なのだから、法によって統御していかなければならない、というものだ。

法治主義の走りのような思想である。

ところが、だ。

後世の者達は、これを勝手に解釈した。

「人間は生まれながらに悪だから、好き勝手に悪をするのが自然だ」、と。

そういう生物なのだと、最高神は知っている。

だからもう、驚くことも嘆くことも無い。

というよりも、今更嘆いてどうにかなる存在ではないのだ。

「それで、そやつらはどうしている」

「まずは基本的に煉獄行きです。 そして前回の宇宙で、因果応報システムが適応されていなかった世界について見せます」

「それから?」

「その後は、思想の変遷について調べます。 前の方が良かった、と考える者については、その場で転生です。 そうでないものも、要職にはつけません」

まあそれが正しいか。

実は、たまに分霊体を彼方此方に派遣して作業をさせたり、話を聞かせたりしている時に。

敵意を向けられる事があるのだ。

あんな狭苦しい世界を作りやがって、と。

勝手極まりない話だが。

それが物質生命の平均的な思考回路だと知っているので、別に何とも思わない。最高神としても、知り尽くしているので、今更何をと失笑するだけだ。

勿論攻撃してくるようなら。

即座に捕縛。

あの世の牢に送るか、転生させる。

それにしても、である。

こうも物質文明の者達が、同じような反応を見せるというのは、流石にその点だけは想定外だったかも知れない。

少しは喜ぶ者も出るだろうと思ったのだが。

そんなに努力が嫌いなのか此奴らは。

そんなに他人から略奪するのが好きなのか此奴らは。

まあ、こんな程度の存在だと言う事は、既に分かってしまった、という事もある。今後も因果応報システムの適応は強制。

そして、あの世からも。

管理するのには丁度良い。

何が自由か。

人間が求めているのは。

自由ではなく無法ではないか。

「問題はこの後だな。 それと、真面目に善行を働いている者については、きちんと報われるようにしているだろうな」

「それは当然。 今は出来るようにしています。 ただし周囲からは、偽善者として見られているようですが」

「とことん救いようが無い生物だな……」

「それでも、あの世の鬼にするには丁度良い。 周囲など気にせず、善行を続けられる者は、それだけであの世で鬼として働く意味と意義を持っています。 以前の宇宙までのように、此方にトラウマを引きずってくることや、絶望を抱えてくることも少なくなっています」

「まあそうだろう。 危害を加えたらその場で因果応報システムが発動するからな」

一旦中枢管理システムとの通話を切る。

そして、何名かの有識者に、話を聞いた。

アルメイダは、今は神に近い所まで力を伸ばしているが。

因果応報システムについては、改良の余地があるのでは無いか、という。

「二人きりだから別に良いよな。 俺は思うんだが、正直この因果応報システムは、もう少しスパイスを利かせるべきだと思うんだよな」

「スパイス」

「そうだ。 ひと味足りないんだよ」

実際問題、救いようのないゲス、社会の癌を排除することが出来るし。

犯罪を未然に防止できる。

悪党が蔓延るのは。

法が無いからだ。

もしくは、法を好き勝手に出来るからだ。

現在は、あの世が物質世界の法を司っている。

だから、悪党は跋扈できない。

ちなみに、物質世界でも法を作ってはいるが。適切な法で無ければ、因果応報を適応するだけだ。

あるのだ、法の中には。

特定の人間を殺戮しても良いとか。

特定の地域に住む人間からは奪っても良いとか。

そういう異常なものが。

そういう法を作った者は、その場で因果応報システムを適応。即座に頭を吹き飛ばす。法によって自分に都合が良い世界を造る事は、人間に許されて良いことではない。人間は万物の霊長などではないからだ。公平な法を作るのならば問題ない。中枢管理システムは、そういった所まできちんと見ているのだ。

だが、アルメイダは。

ひと味足りないという。

「抽象的だな」

「俺もあんまり詳しくと言うか、はっきりは言えないんだがな。 何というか、もう少し余裕があっても良い気がする」

「その余裕の部分で悪逆を働くに決まっておろう」

「まあそうなんだけれどな。 実際あんたは、思想や創作の段階では、因果応報システムを適応していない。 何を考えようとやろうと自由、という姿勢を貫いているし、自分に対する批判に対しても寛容だ。 それについてはどんな人間より評価できると俺は思ってる。 だけれどな、因果応報システムは何というか、完璧すぎて物質文明には強制力が強すぎる気がしてな」

そうなのか。

だが、これくらいしないと。

とても人間は更正などしない。

それに、因果応報システムでは、例えば体に害がある物質を、自己責任で取る分には発動しない。

害がある物質を取った結果。

他人を害した場合には、因果応報システムは発動する。

これによって、世界はこれ以上もなく健全になっているが。

だが、あの世に来る亡者は。

最高神と、因果応報システムに、不満を零すことが多いのだ。

不満なんぞどうでもいいが。

ただ、例の絶対神のような輩が生まれては困る。

それに、だ。

「少し考えてみてくれるか。 良い案があれば採用する」

「何だ、あんたの処理能力なら俺より良い案が出るんじゃ無いのか」

「勿論お前だけでは無く、アルキメデスも含めて、良い案が無いかを考えてくれればそれでいい」

「分かった。 そうしてみる」

アルメイダとの通話を切った後、考え込む。

ひょっとしてだが。

あの世に来る亡者達の様子を見ていて、思う違和感の正体はこれか。

前の宇宙のように。

善良な者達が、病んでいる事は無い。

苦しむことも無い。

善良な者達が、報われる世界だ。

だが、今回の因果応報システムが適応された世界については。

ひょっとすると。

生物としての物質生命が。

本質的には悪であるが故に。

「地獄」になっているのではあるまいか。

つまり物質生命にとっては、残虐な暴力が日常的に振るわれ、弱者を思うままに踏みにじり、痛めつけて笑う世界の方が心地よいのではあるまいか。

腕組みして考え込む。

つまりだ。

文明そのものが、物質生命にとっては敵なのか。

物質生命は、暴虐のまま獣として生きている方が、良いのだろうか。

 

元最高神の所へ出向く。勿論危険性を考慮して、派遣したのは分霊体だが。

現在大御所として過ごしている元最高神は。

最高神の分霊体が来たのを見て、光そのものの体を明滅させた。

「どうした。 悩み事か」

「因果応報システムについて、適応後の評判がどうにも」

「それはそうだろう。 だが放置で構わぬ」

「理由をお聞かせ願いたく」

実のところ。

最高神は、二つ前までの宇宙。

つまり修羅の世界とかしていた宇宙でも。発生する文明について、詳細に観察していたのだという。

それらの世界では、神々はそもそも興味を示さず。

好き勝手にやらせていたのだが。

最終的には、殆どの文明が、己の暴力によって自滅する道を選んだのだとか。

「それで煉獄からの干渉システムを作り出した」

「!」

そういう、ことか。

そもそも、最初から元最高神は知っていたのか。

文明を作る物質生命が、本来悪であることを。

元々善でもないし、善と悪を両方持っているわけではない事くらい承知はしていたつもりだったが。

最初から知っていたのなら、そのデータをくれれば良かったものを。

ただし、話を聞くと、元最高神は言う。

「知っての通り、我等の時代は兎に角不安定だった。 絶対神再来に対する備えとして、修羅の世界を作らなければならなかったからだ。 物質生命が作り出す物質文明の性質が、そもそも修羅の世界の影響を受けている可能性について考えていた。 だから、口出しをしなかった」

「いえ、出来ればもう少しアドバイスをいただければ有り難かったのですが」

「少し様子を見たかった。 これだけ膳立てしている世界なのだ。 少しは物質生命はましになるのではないか、と思ったからな」

だが実情はどうか。

善人など創作の中にしかいない。

もしくはごく少数だ。

悪逆に対して適切な報いが下されることを不快がり、世界に自由が無いとかわめき散らし。

善人が報われる様子を見て、偽善だと唾を吐く。

それが物質生命の本質なのだと理解すれば。

なるほど、確かにこれらについても納得できる。

世界が不自由か。

だが、そもそも物質生命に根本的な欠陥があるのだ。

その不自由についても仕方が無いだろう。

はあと、溜息が漏れた。

そうか、神々と同じく。

物質生命も。

どれだけ宇宙が変わっても。

変わる事は無いのか。

「分かりました。 いずれにしても、改善については、今後も意見を募って、順次やっていくべきかと考えます」

「そうせよ」

「御意……」

意識を本体に引き戻す。

さて、此処からどうするか。

そういえば少し後に、御前会議がある。

其処で少しばかり、因果応報システムの是非について、話をしておくのも良いだろう。

最高神は独裁者だ。

だが、同時に。

民の意見は等しく聞く。

老いることもない。

民の意見を全て丸呑みにするのではない。

必要な意見を、必要なだけ取り入れる。

それが故に、最高神であり。

同時に宇宙の法則である。

宇宙の法則である以上。不平等は許されない。今までの物質文明に対するあらゆるデータを検証した結果。

因果応報システムの導入が必要と判断したから、導入を行っているのであって。

もしも不備があるのならば修正するし。

必要がないのなら撤去する。

もっとも、どれだけのデータを検証してこのシステムを導入したかは、いうまでもないことなので。

撤去はもはやありえないだろうが。

いずれにしても、だ。

この後の御前会議については、少し楽しみでもある。恐らく因果応報システムの適応に、反対する者達の意見を聞くことが出来る。

どのような意見を聞けるのかが。

楽しみであるのは。事実だった。

 

3、聞いているぞ

 

宇宙の全てを司る最高神。

だが、それは決して絶対不可侵ではなく。

話を聞くし。

言葉も掛けてくる。

それについては、あの世の鬼達も知っている。前の宇宙からの古株達は、スツルーツという名を持っていた事も知っている。

最高神は、定期的に。

およそ1億年周期で、御前会議を開く。

それは基本的にSNSを使用し。

あらゆる存在が参加可能だ。

ただし幾つかルールがある。

最低限の礼儀をわきまえること。

最高神に対して流石に非礼極まりない発言をする場合には、その場で個人情報を全公開する。

最高神にはその権限が備わっているからだ。

ただし、逆に言えば、ルールはそれだけ。

反対意見も述べるのは自由。

しかし、可能な限り建設的な意見を述べることを重視し。阿諛追従の類は不要とする。

大体これらがルールの全てだ。

最高神を怒らせたら、粉みじん。

そこまで厳しいものではないし。

むしろ優しい。

少なくとも、物質文明で使われているSNSのように、ちょっとしたことで炎上して、その結果人生台無し、というような事は起きないように何重にも工夫をしている。

何より他者との関係がドライなあの世の鬼達だ。

SNSで炎上騒ぎまで起こそうとは、考えないのである。

そういうものだ。

さて、御前会議を始める。

今回は、あの世にいる神々と鬼の二割程度が参加する。

仕事中の者は流石に参加できないが。

ログは取ってあるので、後でいつでも見る事が出来る。

そうそう、物質文明ではこういった会議では、「議事録」なるものを作る苦行があるそうだが。

あの世では、中枢管理システムが全自動で行うので、まったく必要はない。

更に、である。

御前会議に参加できない者が、後から最高神に意見を具申することも許可している。内容は勿論丸呑みにも鵜呑みにもしないが。

まず、会議を始める事を最高神が述べる。

幾つかの議題について順番に扱っていくが。

それほど難しい題材では無い。

幾つかの文明では、宇宙進出を開始しているが。

それも問題が無い範囲内だ。

ちなみに、前の宇宙同様。

いや、それ以上に。

あの世へのアクセスを試みようとしている者は多いようだ。因果応報システムがそれだけ強烈に作用しているからであろう。

作用して当然だし。

これがあって、初めて善人が努力して報われるようになったのだが。

それが気にくわなくて仕方が無い。

そういう物質文明は多い、という事なのだ。

やがて、因果応報システムについて話が出ると。

早速様々な意見が出た。

ただし、その前に、前の宇宙で採取した70万に達する文明で、具体的に何が起きていたかのデータには、必ず目を通すように指示はしてある。

統計は最低でも10万はデータが必要なのだが。

その七倍である。

その全てで、例外なく。

物質文明で、物質生命が何をしていたか。

ぐうの音も出ない「事実」が此処にある。

一件や二件ではない。

物質生命が、自分の力で。「善人が報われる」「悪逆が貴ばれない」世界を造る事は、不可能だと。

この「事実」が告げているのである。

それでも、意見を出してくる者はいる。

「現在の物質文明出身者です。 やはり因果応報システムによって、非常に息苦しい空気を感じていました。 世界は常に監視され、いつ神の罰が降るのか、怯えながら皆が生きていました」

「それで?」

「出来れば、緩和をお願いいたしたく」

「話にならぬな」

一刀両断。

黙り込んだ相手に、過去のデータを見ろとだけ告げる。

緩和などしたら。

あっという間に、悪逆が跋扈する地獄へと逆戻りだ。多少の監視が何か。物質生命には、司法は早すぎる。

司法は常に強者と悪逆の味方をした。

弱者を踏みにじり。

強者の暴虐を喜んで手助けした。

推定無罪が一切合切機能しなかったのも、物質生命という存在が、もとよりそんなものに到達できない存在だったからだ。

ならば、宇宙の法則が。

地獄を作らないように。

監視をしなければならないだろう。

黙り込んだ奴に変わって、別のが言う。

「この宇宙最初の文明出身者です。 善行を続けて報われましたが、周囲からは常に偽善者と罵られました。 偽善者と罵る者は報いを受けていましたが、その度に更にその者達は態度を硬化させました。 もう、最初に物質生命には、何かしらの手を加えた方が良いのでは無いでしょうか」

「そも悪として生まれるものを見過ごさず、誕生の時点で手を加えいじれ、というわけか」

「はい」

「ふむ、どう思う」

周囲に意見を求める。

そもそもだ。

病根が如何に深いかも、今の発言でよく分かってくる。

前の宇宙でも、物質文明において、善行を行う人間が尊敬されるケースなどまずなかった。

実際には、善行を行う人間は馬鹿にされるか、偽善者と罵られるか、そのどちらかだった。

多くの場合は、悪逆の徒の食い物にされた。

それが事実だ。

残念な話だが。

そして、今の宇宙でも、それは変わらない。

性悪説。

それについては、完全な事実なのだ。

勿論善性を持って生まれる者もいる。だが、そういった者がいかに生きづらいかは。今の者の発言でも証明されている。

因果応報システムを適応してさえなお。

物質生命は。

悪逆を貴びたがるのである。

それはそうだろう。

自分が好き勝手を出来るのだから。

悪逆は全てを肯定してくれる。

暴虐。強姦。強奪。

何もかも、物質生命が望んでいる事だ。

実際問題、欲望を全てさらけ出せと指示したら。物質生命はこれらについて、遠慮無く全てをさらけ出し。

自分より弱い立場の相手にぶつけるだろう。

それが現実なのである。

「ふむ、ならば善行を行うものを嘲弄する輩に対する罰則の強化を行うとしよう。 勿論それらの行為を行った者は、地獄行きか転生で決定とする。 勿論転生先は知的生命体以外だ」

「それだけでは足りないと思いますが」

「いや、これについて、全ての物質文明の物質生命に直接通達する。 もしも限度を超えるようなら、洗脳を行うようにする」

流石にざわめきが起こる。

横暴だ、という声も上がったが。

黙れと最高神が呟くと。

それだけでしんとなる。

というか、である。

因果応報がルールとして社会に存在し。実際に悪逆を為せばその場で報いが降る社会を作ってなお。

これだけの悪逆を為す生物だ。

あげく善行に敵意を向ける生物である。

どう対応すれば良いのか、正直な話最高神としても分からない事もある。全知全能にもっとも近くなった今でさえ、である。

時々殺意さえ湧く。

かの絶対神はこういう環境で生まれ育ち。

最終的に暴発したのでは無いのだろうか。

そうとさえ思える程だ。

「横暴だというのなら、今横暴を行っている物質生命をただす方法を答えよ。 事前に示したデータを論破できるのならして見るが良い。 70万の文明で、物質生命はいずれ変わらず、悪逆を貴び、善行を行う者を迫害した。 法を勝手にねじ曲げ、信仰を利用して弱者からむしり取り、真面目に生きる者を嘲弄し続けた。 仮に因果応報システムを撤去したら、その全てが過去に戻るだけだ。 そして今、因果応報が働いてなお。 物質生命は、善行を嘲弄し続けている」

「それは……」

「建設的な意見があるなら述べよ。 感情論は不要だ。 もしも有用と判断できる意見があるのなら。 余も受け入れる」

「……」

誰も言葉を上げない。

実際問題、最高神は、何も根拠無く今の行為に出ている訳では無いのだ。

いずれにしても、物質生命は放置しておいては駄目だ。

そのうち進歩して、ましな社会を築く等というのは楽観論。

70万に達するデータで。

どの文明も、命数を使い果たすまで。

そんな社会は構築できなかった。

その醜悪さは、どのような世界でも同じ事。結局の所、物質生命は、「その程度」の存在に過ぎない。

それを認めなければ。

どうにもならないのだろう。

アルメイダが発言。

注目が集まる。

「一つ提案がある……あります」

「なんだ」

「監視が怖いのであれば、それを宗教にしてしまうのが良いでしょう」

アルメイダが苦労して敬語を使っているのを理解したので、最高神としてもそれを尊重する。

なるほど。

その手もあるか。

だが、神に対する反逆は、物質文明にとっての宿命でもある。

造物主に死を。

そう唱える者は多い。

親殺しの宿命とでも言うべきだろうか。

「つまり、宗教として、因果応報を思考停止状態で受け入れさせると」

「どのみち二択です。 大半が感情で動いている生物なので、嫌か嫌でないか、そのどちらかしかありません。 今ギャーギャー騒いでいる連中も、感情的に嫌だから受け入れるのを拒んでいる。 それだけに過ぎません」

はっきり言う者だ。

流石に唖然とするSNSだが。

最高神はむしろ。

それで納得した。

確かに感情論しか口にしていない。感情論に肉付けしているだけだ。いわゆる理論武装である。

それは一番愚かしく。

そして恥ずべき行為なのだが。

それが理解出来ないのである。

ならば、仕方が無い。

人間という生物には。

因果応報という法に対する嫌悪感を、無くして貰うか。

「ま、待ってください!」

恐怖に満ちた声が上がる。

現在の宇宙出身の鬼達だ。

「それだけは勘弁してください! それでは、あまりにも、あまりです!」

「これほど恵まれた環境で、法がきちんと公平な状況にありながら、なおも文句を言う輩が、何をほざくか。 何が自由だ。 結局の所、自由を歌いながら、悪逆をしたいだけではないか!」

一喝。

アルメイダの狙いは読めていた。

いっそ超過激な手段を述べることにより。

現在が如何にまともで。

良い状況なのか。

それを認識させることだ。

以降、因果応報システムに対する反対意見は御前会議で出なかった。そして、このログを見た者も。因果応報システムに対して、反論を唱えなかった。

結局の所。

善行を行う者に対して。

偽善呼ばわりをし。

あげく嘲弄する者に対しての罰則強化。

これだけが御前会議では決まった。

結局それだけしか決まらなかったとも言えるが、こういうものは少しずつ修正していけば良いのである。

いずれにしても、今回はっきり分かったことが一つある。

物質生命は。

阿呆だ。

死んでも変わらない。

そしてどの星にいても。

 

会議が終わった後。

アルメイダが連絡を入れてくる。

あの提案は見事だったと告げると。

アルメイダは、あまり機嫌が良く無さそうだった。

「あんまりにもアホどもが多いから、ちょっと灸を据えただけだ。 俺としても、そんな洗脳じみたやり方で、物質生命全部を否定するのは好ましいとは思えん。 それにあんたもそんな事望まないだろう」

「どっちにしても、物質生命の知的水準については今回の会議で嫌と言うほどよく分かった。 因果応報システムは、今後あらゆる宇宙に適応し、永久のルールとする。 好もうが嫌おうが知った事か」

「それでいいんだろうな。 正直な話、あんたは愛される神様よりも、怖れられる神様の方が向いているし、適切だ」

「それがよさそうだ」

手加減は必要ない。

それが結論だ。

今後、絶対神のような存在がまた現れたとき。最高神として迎え撃ち、そして叩き潰せば良い。

物質文明が、あの世に対抗できる力を蓄えたときのみ。

叩き潰せば良い。

逆らうようなら叩き潰す。

だがそれ以外では。

公正な法を施工する。

しばし黙り込んでいたアルメイダだが。

それでも、一つ言いたかったようだ。

「あんたは、絶対神にならないでくれよ」

「今回の件で、意見を聞くことの重要性は理解出来た。 このようにして、どれだけ愚かな感情論と意見が並べ立てられる中でも、利にかなう意見を取り入れることはとても難しい。 神であってもだ」

「……」

「余は絶対神にはならぬ。 なぜなら余は全知全能などではないからだ。 この宇宙で、それにもっとも近いとしてもだ」

絶対神か。

それは恐らく、人間としての欲望の究極。

自分にとって、全て都合が良い環境だけがあり。

周囲に自分を害するものは一切なく。

全ての快楽が叶えられ。

自分の願いだけが全てかなう。

くしくもそれは。

一つ前の宇宙で、例の面接を始めたとき。

鬼の一人が、世界に流行らせた一種のサブカルチャーに酷似し。そしてその究極系とも言えた。

人の願望は。

最終的には生物としての願望さえ超え。

そのような所に行き着く。

それが事実だ。

そして五十回もの宇宙が。

その願望に踏み砕かれた。踏み砕かれるどころか、存在そのものを全て消し去られた。

更に言えば。

その絶対神を産み出したのも。

物質文明という不完全な代物が作り出す。

不完全な法だ。

因果応報は言葉だけに過ぎず。

強者が弱者を虐待する事を貴び。弱者が努力して力を得ることをただ嘲笑う。それが平均的な思考で、誰もが望む行動。

そんな生物にしかなりえないのだから。

世界は絶対神を産み出した。世界に蔓延していた法が機能しないために、究極の闇が作り出されたのだ。

そして二度と絶対神を産み出さないためにも。

管理は必要なのだ。

ある意味おかしな話だ。

古き時代に、あらゆる全てを殺戮し、蹂躙した絶望の権化が。

こうして文学として蘇り。

今。そう、今である。

最高神という存在に、同じものを絶対に作らせてはならないと、決意させるのだから。

アルメイダと後軽く今後について話をした後、通話を終える。

SNSも静かになっている様子だ。

もう少し人間を信用しても良いのではないのか。

そういう声も上がっていたが。

しかし、前の宇宙のデータを前にすると。

誰もが口をつぐむ。

因果応報の適応は。やはり正しかったのだと、データそのものが告げているのだから。

結局の所、過去に起きた出来事と。

統計という絶対的なものの前に。

理想論はあまりにも無力。

因果応報システムを撤去するのは、物質文明がきちんと自分を律することが出来る法を作り上げる時。

その時には、スツルーツも。

因果応報システムの撤去を考えても良いだろう。

最高神であるスツルーツは、宇宙に責任を持つ。

今後、宇宙が絶対神のような究極悪にも。

法を自分の都合が良いものに作り上げる小悪にも。

好き勝手にさせないために。

最高神は。

最高の存在として。

君臨し続けなければならないのだ。

それは孤高を意味もするが。

だが、周囲からの意見を一切聞かない訳でもない。

もしも、物質文明に、法を律するものが一つでも。ただの一つでも出たのであれば、その時には。

ふっと、おかしくなって笑った。

何だか、期待しているようだと、自分でも思ってしまったからだ。

リラクゼーションプログラムに指示。

「適当に眠るぞ。 何かあったら起こすように」

「分かりました」

少し無理矢理に眠ることにする。

安定している今だからこそ。

無理矢理にでも。

少し眠っておく必要がある。

そうスツルーツは感じていた。

 

4、理解しているぞ

 

煉獄での努力も虚しく。

最初期の文明が、ついに寿命を迎えた。

文明の寿命は六億年ほど。

これは、因果応報システムを導入する前の平均値を、遙かに上回るものだ。理由は生物的な衰退。

あらゆる努力を重ねたが。

ついに命数を使い果たしたのである。

そして、周囲の星系に迷惑を掛けないように。

最後の知的生命体が命を落とした瞬間。

あの世が動く。

文明の痕跡を全て消去。

時に危険な縮退炉などは、痕跡も残さず何もかもを分子レベルで還元。惑星環境を元に戻した。

数秒で。

四つの星系に足を伸ばし。

最盛期には一千億まで人口を増やした文明の痕跡が。

塵も残さず消え去ったのである。

次の文明のため。

こういった痕跡は、邪魔になる。

浪費した資源についても、それぞれ物質還元して、元の惑星に戻す。これぞ、ある意味「転生」と言えるだろう。

物質レベルでの転生というのも面白い話だが。

スツルーツは、指示を出しはしない。

事前に決めていたことだからだ。

前の宇宙では、こういった文明の痕跡は残すようにしていた。

だが、その結果。

暴走したAIが、周囲の惑星系に自動化された軍を派遣して、資源を略奪に走ったりという問題が発生。

尻ぬぐいに奔走させられることになり。

非常に面倒な上に。

人件費も掛かる事が分かった。

それが故に、文明消滅と同時に。その文明の痕跡は、根こそぎ元に戻すようにしているのである。

勿論、文明が存在している間は。

因果応報システムを稼働。

それだけで問題ない。

他の文明を滅ぼそうとした瞬間、因果応報システムは発動する。

他の文明から略奪しようなどもってのほかだ。

そういえば、前の宇宙の頃は。他の文明から略奪することで資源を調達していた連中が存在していたが。

今の宇宙で同じ事をすれば。

やった瞬間因果応報システムが発動。

実行者および、立案者や責任者は全員が即死する。

それもあって、そのような事は絶対に起きない仕組みになっている。

社会の癌は。

社会をむしばむ前に除去される。

それが今の宇宙なのだ。

宇宙の癌にしてもそれは同じ。

存在できないのである。

それは、思想の押しつけでは無い。

社会を弱体化させる犯罪という行為を賛美する物質生命に対する戒めであり。物質生命では機能させられない司法を機能させるためのシステム。

故に、思想そのものには関与しない。

何を考えようと自由だ。

神よ死ねとか。

因果応報クソ喰らえとか。

何言おうと別に因果応報システムは発動しない。

発動するのは、実際に弱者を虐げ、暴悪に狂ったとき。

そして実際問題。

文明の寿命は。

この因果応報システムを発動する前よりも、明らかに数倍、下手をすると数十倍は伸びていた。

やはり統計でものをみるべきだな。

レポートを見ながら、最高神スツルーツは頷く。

消滅した文明にしても。

その命数を使い果たして滅びたのだ。

繁栄も長く続いた。

戦争が無ければ技術が進歩しない。そのような寝言をほざいて、戦争を賛美する連中が、前の宇宙には存在した。

だが戦争とは利害から生じる。

利害のために弱者を殺戮する行為を、因果応報システムは許さない。

それ故に、因果応報システムは、戦争をも防ぐ。

その結果。

文明の進歩は後れたか。

否。

むしろ無駄なリソースの消耗を抑えた結果、文明は長く続き。法もきちんと機能した。法をきちんと整備して動かさなければ、文字通りの意味で首が飛ぶ。それも天はいつも見ている。

それを悟った物質生命達は。

必死に公平な法を作ろうと努力し。

そしてそれを守った。

死にたくないからだ。

当たり前の事で。

因果応報がきちんと働いている宇宙では、こうもきちんとした世界が作られるのだ。

そして、因果応報が働いていなかった前の宇宙とは。

あらゆるデータで。

此方が、物質生命の総合的な幸福度が上だと告げているのだった。

自由か。

虚しい言葉だ。

勿論自由は重要だ。最高神としても、思想や思考の自由を奪うつもりはない。

だが他者に直接危害を加える事は許さない。

他者に直接危害を加える自由など、存在してはならないのだ。

中枢管理システムから連絡が届く。

「先ほど消去した文明の痕跡を、他の星間文明が調査しています」

「ほう」

「何も残っていないことに、不可思議だと首をかしげている様子です。 恐らく技術などを習得するつもりだったのでしょう」

「放置しておけ」

別に、新しくそれらの星を植民地化しようと構わない。

暴虐を働けば、因果応報システムが裁く。

それだけである。

「それと、もう一つ」

「ふむ?」

「文明同士の統合が発生しそうです。 それも異種族間どうしで」

「それは興味深いな」

さっそくデータを受け取る。

実際問題として、星間文明が、異種族同士で連合を造る事は前の宇宙でもあった。だが、それはあくまで連合。

文明が混じり合うことはまず無かった。

だが、今回はそれが発生しようとしている。

理由としては、因果応報システムの解明が重要なようだ。

やはり因果応報システムに対する反発はどちらの文明にもあり。

それをどうにかして無効化できないか。

そういうもくろみで。

文明の統合が進んだらしい。

別にどうでも良い。

最高神としては、思想としての神への反逆とか、思想としての不遜とか、そういうものには一切興味が無い。

直接目の前に来られて、罵声を吐かれたらそれは怒る。

勿論、直接攻撃を仕掛けてきたら反撃もする。

ただし怒ったとしても、相手を消滅させたりとか、相手の文明そのものを消し去ったりとか、そういう事はしない。

今なら、別に直接攻撃をされたとしても、ねじ伏せて捕らえることだって難しくはないのである。

それにしても面白い。

因果応報システムを、悪として。

それぞれの文明で認識。

どうにかして「自由を得るために」取り去ろうと結託するというのは、中々に愉快な喜劇だ。

勿論放置。

「よろしいのですか?」

「もしも因果応報システムを無効化する知恵を出すようだったら、その時はその時でシステムの改良を行うだけだ。 むしろ様々な試行錯誤をすることは文明の発達につながるだろう」

「分かりました。 放置します」

「好きにさせておけ」

文明の統合か。

マクロレベルでの幸福にしか手を出さなかった前の宇宙。正確にはそれしか手が回らなかったのだが。

その時には起きなかった現象だ。

今後、もしも宇宙の文明が、因果応報システムを仮想敵として結託していくのであれば、それもそれで面白い。

別に直接攻撃でもしてこない限りは反撃はしない。

好きなようにさせておく。

それくらいの度量が無ければ。

最高神としてはやっていられないのである。

実際問題、因果応報システムは。

大変に良く機能している。

そして、これこそが。

恐らくは世界の完成形と見て良いだろう。

勿論、此方としても切磋琢磨を怠るつもりは無い。アルキメデスやアルメイダ達の研究チームは拡張。

人員を増やし。

無の研究チームと。

因果応報システムの改良チームに分けて、二方向から開発を行わせている。

無に対する研究については、勿論無が乱心した時への備え。

これについては、今までかなりのデータが集まっていることもあって、順調だ。まだ流石に無が全力で殺しに掛かって来た場合の対応策は無いが。

それでも、研究は進んでいる。

因果応報システムについては、幾つも細かいレポートが上がって来ていて。

必要であれば取り入れるようにしている。

因果応報システム自体は世界を変えたが。

もしも改良点があるのならば。

当然それを取り入れる。

当たり前の話だ。

最高神だから、やる事は全て完璧、等と言うことはあり得ない。

全知全能に近いと。

全知全能はまるで別物なのである。

だから、SNSにも今でも目を通している。反対意見もしっかり見ている。糧になるならするし。

ならないなら放置。

別に、良き最高神になろうとかは考えていない。

最高神としてあるべき姿は、模索している。

それだけだ。

さて、他にも幾つかレポートが来ている。

完全にAIがオートで行うようになった面接だが。

これについても、問題はもうない。

充分にデータは集まったので。

適切な対応が出来るようになって来たのだ。

転生を望む者は、かなり増えている。

それは世界の幸福度が上がっていることを意味している。鬼になりたいと望むと言う事は、物質世界に戻りたくないと考える事だからだ。

まあ、中には、人間を超越して色々やってみたいと考える者もいるが。

それは例外である。

煉獄に送り込まれる者も減っているが。

それは比率の問題。

今の宇宙は、前の宇宙以上に物質文明が繁栄している。因果応報システムが機能しているからである。

故に亡者の数は多く。

比率が減っても、煉獄に送り込まれる人数は変わらないのが実情だ。

さて。

レポートにも目を通し終えた。

最高神としての仕事も、今やる分はしっかり終わったと判断して良いだろう。後は、何をして余暇を潰すか。

情報を取り込んでおくのも良いだろう。

何かあったときのために。

最高神は、力を持っていなければならない。

そう、あの絶対神のような存在が。

また現れたとき、対処するためにも。

 

エピローグ、転生の結末

 

ぼんやりとしている内に、何だかよく分からないところについた。其処は河原のようで、大きな大きな人型が、スーツを着て整列をさせている。

意識があまりはっきりしない。

だけれど、はっきりしてきたときには。

自分が粗末な衣服を着て。

素足で。

そして整列していて。

胸に数字が書かれたバッチをつけている事に気付いていた。

数字は1000。

これは何だろう。

そして、気付く。

周囲の皆にも、同じようにバッチがついている。

周囲で人型が話をしていた。

「煉獄の回転率もあがりましたね」

「みんな刑期が短くなってるんですよね。 それだけ物質世界が良くなってるって事を意味してるのでしょう」

「まあ、地獄に行くような奴は例の因果応報システムで即死するし、こっちに来るような奴もそんなに欲求とかためこんでいないですしね」

「あの、此処は一体。 わたくしは何故このような所に」

大きな人が、此方を見る。

頭には角が生えていた。

「結構早めに意識がしっかりしたようですね。 しばらく並んでいなさい。 その内説明が始まります」

「いえ、わたくしは戻らないと。 責務を果たさないとなりません」

「あー、簡単に言うと戻れません。 貴方は死んだのですよ」

死んだ。

少しずつ、思い出してくる。

そういえば、個人用の宇宙移動ロケットで飛んでいる途中。何かアラートが鳴っていた。じいやが見てくると言って。個室を出て行った後。

衝撃が来た。

その後の事は覚えていない。

別の星にある会社で、これからやらなければならない事があったのに。

死んだ。

少しずつ、困惑が頭を支配していく。

それにしても、この数字は何だろう。

やがて、説明が始まった。

ここに来た人間は、これから煉獄で単純作業をするという。煉獄とは、地獄とこの世の間にある世界。

其処では、軽微な罪をおかしたり。

不必要な願望を抱いていた者が。

軽い労働を行い。

世界をよくするための労働に従事するのだという。

労働すればするほど刑期は縮む。

1000というのは体感時間で千年。

だが真面目に労働をすれば、数十年程度で出られる事もある。もっと縮む場合もある。そう説明された。

「わたくしは、どのような不相応な願望を抱いていたのでしょう」

「さてね。 亡者になっているときは意識が無く、深層心理が剥き出しになるからわかりませんね。 後は呼ばれたら、あの船に乗ってください」

それだけで、大きな人は行ってしまった。

逃げ出そうとする者もいない。

皆、ああそうかと、納得している様子だ。

納得はできないけれど。

ただ、死んだという事は、何となく理解出来た。

河原の石の上に素足で立っているのに、痛くないし。

何より、全身がふわふわする。

それに、生きていたときに感じていた、色々な感情が、あまりわき上がってこない。

生きている間は。

不自由だと思っていた。

権力を使って色々とやってみたい。

親から受け継いだ財産を、自分だけのために好き勝手に使ってみたい。

だけれど、そんな風にしていると。

因果応報を受ける。

目の前で何回か見た事がある。

殺人犯が、いきなりその場で頭が吹き飛ぶ光景を。

悲鳴を上げてしまったけれど。

その時頭に響いたのだ。

因果応報である、と。

ひったくりが、いきなり凄まじい勢いで顔面から転んで、顔中血だらけのまま逮捕された。

その時も声が響いた。

因果応報である、と。

悪事をすればそれ以上の被害を自分が受ける。

そういう世界に生まれついた。

善行をすればそれ以上の報酬を得られる。

両親は善行を重ねた。

だから自分は周囲に財産がたくさんあって。多くの使用人に傅かれる生活をしていたけれど。

いつも恐ろしくてならなかった。

力を持っている。

だけれど、ちょっとでも間違えれば。

いつああなるか分からない。

欲を抑えよう。

そうしなければ、頭が吹き飛んでしまうかも知れない。

神話にはあった。

古い時代に、あまりにも愚かな人々に立腹した神様が、法律を人間が守る能力が無いと判断したと。

そのため、法が全自動で実行されるシステムを作り上げたと。

それが因果応報。

そして自分が生きている時代にも。

それは健在だった。

国会議員が、頭が吹き飛んで即死。

後で分かったのだけれど、無数の汚職に手を染めていて。それによって死者まで出していた。

因果応報である。

やはりその時も。

周囲の者達が声を聞いていたという。

自分は。

どうしてここに来たのだろう。

分からないけれど、やがて川岸に来た船に乗せられる。川は真っ白で、何だか霧が掛かったようだった。

手を叩いて、スーツを着た大きな人が言う。

きっとこの人は、鬼なのだろう。

「これから煉獄に向かいます。 煉獄で真面目に仕事をすれば、転生先も優遇されますし、何より鬼になる権利も得られますよ。 逆に仕事をしないでいると、怒られたりはしないですけれど、非常につらいですよ。 何もする事がありませんからね」

ぼんやりと、白い水面を見つめる。

事故で死んだのなら、良かった。

先に聞こえていた言葉を信じるならば、もし因果応報で死んでいたのなら、地獄行き確実だったのだろうから。

別の亡者が話しかけてくる。

髪を短く刈り込んだ女性だ。背丈は自分よりずっと低い。

「妙に毛並みが良いな。 どっかの財閥のお嬢さんか?」

「はい。 そこそこの財閥の一族でした。 しかし今は、もはや財も持たぬ身ですが……」

「そっか。 でもここに来たって事は、あんまり良い事も悪い事もしなかったんだな」

「そうですね。 良い事についてはしようと思っていたのですが、周囲に甘えていたのかも知れません」

実は。これから先に、少し希望があると、話しかけてきた亡者は言う。

彼女も、バッチに書かれている数字は1000だった。

「あたしも結局ろくな人生を送らなかった一人でな。 今度こそましな何かをしてみたいと思ってるんだ。 さっきも言われたが、真面目に働いていれば、少しは優遇もされるんだろ? だったらそうしてみようと思ってな」

「……」

「あんたはそれとも、もう何でもかんでも満喫して、今更何も欲しく無いのか?」

「いえ。 その姿勢、見習ってみようと思います」

島が見えてきた。

あれが煉獄なのだろう。

これから、世界の確率調整をして、少しでも良くなる方に動かしていく仕事をするのだという。

仕事自体は極めて単純で。

言われたとおりに棒を壁に刺して、回すだけで良いのだとか。

頑張るぞ。

話しかけてきた亡者が言う。

本当に希望に満ちている様子を見て。

自分もこれくらい、希望に満ちて動けるだろうかと。

少しだけ羨望した。

やがて、転生したときに。

明るい未来が見えるのならば。

或いは、鬼になって、あの世で働くのも良いかもしれない。

お飾りの人形でいるよりも。その方が楽しいはずだから。

少し考えてから、決める。

やってみよう。

事故で死んでしまったとしても。次には希望があるのだとすれば。賭けてみる価値はあるのだから。

 

(転生オムニバス小説、愉快で楽しい異世界転生、完)