転生の未来
序、御前会議
最高神が招集した会議に参加する。場所は空白宇宙の一つ。スツルーツはあくびを堪えながら、時間通りに場に到着。
名だたる神は勢揃いしていた。
まず最初に。
一通り神が揃うのを待ってから。
最高神が、場に爆弾を投下する。
「まずは朕の後継者について決めておこうと考えている」
「!」
スツルーツが前に進言した事だが。
最高神も、やはり危機管理をするべきだと考えたのだろう。実際問題としても、この間はついに反逆者が出たし。
最高神の力は無に及ばない。
知識も、である。
である以上、無に関連した出来事で、不慮の事故が起きる可能性は、どうしても零には出来ない。
零に出来ない事が分かった、という事が、大きな収穫でもある。
最高神が判断するのは、間違っていないし。
戦いが今後起きる可能性もある。
そのため、最高神が此処で後継者人事を決めておくのには、意味がある。スツルーツにも、それは分かる。
スツルーツが指名されたときは。
流石に驚いたが。
「以降、スツルーツは後継者として振る舞うように。 周囲の神々も、スツルーツをもり立てていくようにせよ」
「御意」
スツルーツは一瞬だけ躊躇したが。
話を受ける事にする。
長生きしているだけの連中と違って。
スツルーツは戦闘適性が高い。
更に最高神の話によると。
自制できる。
それが大きな強みだというのだ。
ただし、後継については。
勿論最高神が死んだ後か、もしくは最高神が譲渡すると明言し、地位の委譲を行った時。
最高神が滅ぶのは、当面ない。あるとしても、限りない未来か。もしくは、反逆者に殺された場合。
反逆者に殺されるのが可能性としては一番高く。
その時のために、スツルーツが指名された、という事だろう。
今回の事件で、そのリスクが跳ね上がった。
だからこの結論は正しい。
嫉妬と憎悪の視線を感じるが。
スツルーツは何処吹く風。
もとより、周囲から嫌われている事は自覚しているし。
自分自身も色々不満を抱えているスツルーツだ。
今更どう思われようが。
知った事では無い。
とにかく、御前会議では、他にも幾つかの重要な決断が行われた。
まず決まったのは。
次の宇宙でも、同じ方針を堅持。
今の宇宙が終わるくらいまで方針を維持すれば、やっとあの世の人材不足が解消される、という話もある。
あの世の人材不足が解消されたら。
今まで放置されていたような宇宙に本格的に手を入れたり。
より細かく、物質世界にケアを行えば良い。
いずれにしても、この方針に関しては。
少なくとも表立って反論する神はいなかった。
スツルーツが見たところ。
不満を持っている奴はいるようだけれど。
どっちにしても逆らう事は出来ないだろう。少し前の事件で、あれだけの戦力での奇襲を掛けてきた相手を、あっさり返り討ちにした最高神だ。
実力は折り紙付き。
しかも無は、御することがほぼ無理。
リスクが高すぎる。
他にも、幾つか重要な話がされて。
御前会議は終了。
帰り道。
パイロンが、聞いてくる。
「まだ次のビッグバンまではかなり時間があると思うのですが、最高神はどういう意図でこのように早期の御前会議を行ったのでしょう」
「恐らくはこの間の事件で、自分が死んだ場合のリスクを再確認したから、というのがあるのだろう」
「なるほど。 しかし最高神を害せる存在など」
「今の時点ではな」
実際問題、だ。
問題行動を起こしている今の宇宙に対して。
無がどう反応するか、正直よく分からない、というのがスツルーツとしても、本音としてある。
無は殆どAIみたいな思考回路を持っているが。
それが故に逆に行動は機械的になりがちだ。
例えば、この宇宙に問題があると判断したら。
躊躇無く圧殺に掛かってくる可能性もある。
その場合。
対処策はない。
今、アルキメデスのチームに対処策を考えさせてはいるけれど。
間に合うとは思えない。
少なくとも、次のビッグバンが来るくらいまでは、無が乱心しないでくれると助かるのだけれど。
それも、こちら側が問題行動を起こしまくっているので。
ちょっと微妙な所だ。
最高神も、自分だけが犠牲で済むなら、と覚悟を決めている可能性もある。
スツルーツは。
何があっても、生き延びなければならない。
それにしても、である。
これほどの状況になっても、まだ平和は堅持されている。
外側には、無という圧倒的かつ得体が知れない脅威。
内側では、この間のクーデター未遂。
神々の中には、造反にまでは至らなくても、まだまだ不満を抱えている者がたくさんいる筈で。
スツルーツは後継者候補とされた以上。
それらにも目を配り続けていかなければならない。
破壊の本能は、今でも疼く。
結局の所、スツルーツは破壊神なのだ。
当たり前の話で。
破壊するのが、神としての仕事。
である以上。
破壊の本能は、どうしても切っても切り離せない存在なのである。
「仮にです。 最高神が身罷られた場合。 スツルーツ神はどうなさるのです」
「方針堅持」
「破壊の神である貴方がですか」
「そうだ。 今の宇宙の方が、今までよりもぐっとマシなのは、体で感じているからな」
これに関しては、何度も言うが本当だ。
パイロンは今後部下として活躍してくれる可能性が高い。
この間の造反劇でも。
最後まで節を曲げなかった。
無への進出の時でも。
もっとも危険な仕事を、自ら買って出た。
此奴は信用できる。
スツルーツは、少なくとも。口だけ達者な奴よりも。きっちり仕事をこなし。信頼を裏切らない此奴を信じる。
マナーだの何だのはクソ喰らえである。
此奴のように、必要とあれば自分で手を汚し。
最前線に立ち。
命が掛かっている脅しを受けても屈しない。
そういう存在こそが。
もしも次の最高神が誕生した時には。その右腕になるにはふさわしいのだろうと、スツルーツは考えている。
「色々準備もあるだろう。 もう反逆者はいないとは思うが、万一もある。 身の回りには充分警戒して帰れ」
「分かりました。 スツルーツ神も気を付けて」
「ああ……」
其処で別れて。帰路につく。
地球の神話だったか。
ヒンドゥーの教えでは、破壊を司るシヴァ神が、非常に有名だ。だが、シヴァは破壊と同時に再生も司っている。
スツルーツも再生の機能は持っているが。それは後付けで作ったもので、持っているとは言えない程規模が小さい。だから事実上持っていない。最高神になるなら、機能を最高神から譲り受けないといけないだろう。
本職は破壊だ。
同じように、破壊の機能を持つ神としては、一神教の主神が存在するが。
あれはちょっと他とは毛色が違うので、シヴァと同列に加えてしまって良いのかよく分からない。
家に着く。
これから、家についても。
別荘を引き払い。
一つの家に、機能を集中する方が良い。
そうスツルーツは結論していた。
この間のエンデンスの奇襲攻撃の際。
幾ら無から力をくみ出していたとは言え、あの程度の相手に不覚を取ったのは事実なのである。
勿論負けたという意味では無く。
手傷を受けた、という事だ。
最高神になった時には。
恐らく最高神の持っていた力や権力を受け取ることになる。
その際にも。
最高神の力は、無限では無い事も理解出来ている。
そして、最高レベルのセキュリティで守られていた最高神の御座も、あっさりと突破された。
この世に全知全能など存在しない。
例え全知全能にもっとも近くても。
それはこの宇宙に限った話。
所詮は籠の中の鳥としての全能。
それは限定された能力に過ぎず。
宇宙全てを一瞬で破壊出来るとしても。それ以上の事は出来ないし。
仮に無の力を全て手に入れたとしても。
無の外側にある何者かについては、まったく分からないだろう。無の外側にある真理についても、だ。
結局どうやら無はテクノロジーの産物らしいと言う事は分かっているのだが。
それ以上はどうにも分からない。
今のあの世の技術などその程度のもので。
つまり、備えなければならない、という事だ。
狡猾かつ残忍な反逆者に。
かといって、全てを怖れていては、ただの独裁者になってしまうだろう。
備えつつも。
同時に、側近を育成していかなければならない。
更に、私より高位の神々もいる。
そいつらは、私が跡継ぎとされた事を、快く思っていないだろう。だから、近いうちに、対処をしなければならない、と判断していた。
家に到着。
すぐにサポートAIに命じて、別荘に分散していた機能を全て家に集約する。
同時に、要塞化の準備を始める。
最高神の時でさえ、セキュリティは喰い破られたのだ。
私の家なんて。
それこそ、同じ戦力が攻めこんできたら、ひとたまりもないだろう。
実際エンデンスだけが来たのは。
奴だけで充分と、判断されたからなのだろうから。
そしてエンデンスを返り討ちにした今。
もしも造反を目論む者がいたら。
戦力を出し惜しみせず。
全力で潰しに来るのは、間違いない所だった。
セキュリティを根本的に見直し。
魂の海に配備されている警備システムを、幾らか回して貰う。更に、中枢管理システムからのバックアップも配備。
これにより、生半可な戦力では、太刀打ちも出来ない。
だがこれでもなお。
最高神を守っていたセキュリティには遠く及ばない。
まだまだ備えが必要だ。
続けて、家そのものに強固なシールドを展開するように、システムを構築する。これは精神世界からの攻撃。
つまりストレス系の、神々に直接攻撃を与えるものを、防ぎ止めるためのものだ。
以前エンデンスとやり合ったとき。
手傷の大半は、これを受けたことによるものだった。
スツルーツとしても対応の準備をしてはいるが。
それでも、敵が何をしてくるか分からない以上。
基本的な備えはしなければならないだろう。
更に、である。
アルキメデスの所に連絡をして。
アルメイダを少し借りる。
此奴は、スペックは兎も角。
発想力に関しては図抜けた所がある。まだ力は大した事がないが。その内神々に昇格させて、私の側近にしてやりたいくらいである。
アルキメデスもその時は一緒に側近にするが。
いずれにしても。アドバイスは聞きたい。
アルメイダは、相変わらず私の前でも物怖じせず。
喚び出されると。
開口一番に文句を言った。
涅槃の姿勢で休んでいる私は。
実のところ、まだダメージが少し残っている。
だから休んでいるのだが。
アルメイダはそれでも容赦のない物言いである。
「何だよ面倒くせーな。 俺今忙しいんだけど」
「相変わらずの物言いだな。 まあ余は機嫌が今は良いので許してやろう」
「それは有り難き幸せ。 何でも最高神の後継者になったんだって、スツルーツ様」
「そうだ。 そこでセキュリティ面でのアドバイスを受けたくてな」
アドバイス。
そう聞くと。
アルメイダは考え込んだ。
此奴は頭が切れる反面、少しばかり分かり易い所がある。頼られると、大まじめに対応をしてくれるのだ。
そういう所を考えると。
アルメイダは、元々本当は人が良いのかも知れない。
ただし図抜けすぎたIQは。
家族を含めた全ての周囲の人間を、畏怖させるのに充分だっただろう。それで性格も歪んだ。
元々「常識」やら「平均」やらから著しく逸脱しているのが、天才の最低条件となるのだが。
此奴はそれをしっかり満たしている、という事になる。
アルメイダは少し考えてから、言う。
「いっそのこと、家を迷路みたいにしてみたらどうだ」
「なるほど。 私でさえ、簡単には通れない壁で、複雑に覆う、ということか」
「その通りだ。 ただ無でそれをやるのは推奨できないな。 研究中だが、相変わらず彼奴何考えてるかよく分からないし」
「いや、無に頼らなくても別に手はある」
迷路か。
面白い考えだ。
そういえば、此奴の暮らしていた物質文明でも。
「幽霊」の襲撃を怖れるあまり。
家を滅茶苦茶に増築して。
誰も構造が分からないほどの代物にしてしまった奇人がいた、という話を聞いている。地球人らしい発想と言うべきか。
いずれにしても、面白い案だ。
褒美に、ちょっとした情報をくれてやって、帰らせる。
アルメイダは情報については少しだけ嬉しそうにしたが。それも一瞬だけ。やはり他人の前では、+の感情を一切見せないようにしているらしい。それが破壊神たるスツルーツでも、だ。
それもまたいい。
信念を貫き通すのは重要な事だ。
どういうわけか、物質文明の地球では、信念を持つことを幼稚だと考えている人間が主流になっている節があるのだが。
スツルーツに言わせればそんな風に考える方が幼稚。
アルメイダは立派だと言える。
あれだけ肝が据わっていれば、確かに信念も貫けるだろう。有象無象とは格が違う、というわけだ。
ともあれ、複雑化した家については、設計を始める。
後継者となるのは。
色々大変なのだ。
1、後継者の準備
まずスツルーツが最初にやったのは。
スツルーツより高位に位置している神々の所への個別訪問だった。
最高神が後継者として指名した以上、これを断ることは出来ない。不平はあるだろうが、きちんと話をしておくのは重要だ。
そう考えたからの行動であり。
もしも此処でスツルーツに対して攻撃をしてくるようなら。
反撃して潰すだけである。
これでも戦闘力は最高神を除けば、宇宙でも五指に入る。
更に言えば。
戦闘経験で言えば、最高神に次ぐ。
大概の相手にはステゴロで勝てる。
これは自信でも慢心でもなく、単なる客観的事実である。だからこそ、最高神はスツルーツを後継者として指名したのだろうが。
最高神が、絶対的存在として君臨したのは。
その圧倒的な実力が故だ。
勿論、無が関わってくると話は別だが。
それでも、最高神を倒せなかった反逆者達の事を考えると。
スツルーツが最高神の力を取得すれば、文字通り最強になる。
そして、スツルーツの訪問を受けた者達に。
順番に説明していく。
「余は基本的に最高神の方針を受け継ぐつもりだ。 これに関しては、最高神にも明言しているし。 今後も堅持する」
「本当だろうか。 貴方は元々破壊神で、更に破壊の本能を抑えきれずに、日々苦しんでいると聞いているが」
「それでもだ」
やはり懸念材料としてあげてくるのは、どいつもこいつもそれだった。
そんな事は分かっている。
だが未成熟な文明の愚かな子供ではあるまいし。
本能をやるべき事に優先させるほど、スツルーツは阿呆ではない。
今までも医者に掛かったことはあるが。
それは仕事のストレスが原因で。
破壊神としての本能を無理矢理押さえ込んだから、ではない。少なくとも、スツルーツは自分でそう考えている。
破壊神としての本能を満足させるのなら。
別に方法はいくらでもある。
失敗宇宙を使ったり。
色々と手はあるのだから。
「後継者として指名されたからには、それらしく振る舞っていくことにする。 ただし、至らぬ点があれば好きなように口にしてくれて構わぬ」
「そうか。 ではその時は、相応に」
「うむ……」
自分より高位とされている神々には、こうして訪問を全て終えた。
その後は自分より下位とされている神々にも、アポを取って訪問をしていく。神々といっても十人十色。
色々な性格の奴がいる。
スツルーツを怖れている奴もいれば。
頼ってくる奴。
阿諛追従を並べ立てる奴。
様々だ。
スツルーツは、基本的に、言う事は全て決めている。
「方針は堅持。 逆らうなら容赦はしない。 ただし意見は言ってくれても別に構わないし、それで殺す事はない」
簡単に要約するとそれである。
それ以上は必要ないし。
威圧をする意味もない。
スツルーツがそうやって自分が何を伝えているかを全ての神に伝え終えた頃には。自宅の要塞化も終わっていた。
最高神に要請して。
幾つかの失敗宇宙を回して貰ったのである。
それを複雑に入り組ませて。
知っていなければ、絶対にスツルーツの所にはたどり着けないし。
ビーコンの類を取り付けても、絶対に追跡できないようにしたのだ。
もっとも、絶対というのは、スツルーツの知識の範囲内での話。この間の反逆の時も、この世界に絶対は存在しない事は、スツルーツ自身が嫌と言うほど思い知らされているのである。
だから、あくまで現状出来る範囲内での最強セキュリティ、である。
最高神にも、セキュリティの全容は告げていないが。
襲撃があった場合、最高神の所にだけ、迷路の図が行くようにはしてある。これは予防措置であって。
この予防措置を解除することは。
例え最高神でも出来ないように、ロックは掛けた。
ちなみに誰にもそれは告げていない。
スツルーツが直々に中枢管理システムに出向き。
其処で作業をして。
仕込んだのである。
なお、中枢管理システムには、最高レベルセキュリティとだけは告げてある。もしも無理矢理アクセスして中を見ようとする奴がいる場合は、スツルーツに通報が行くようにも、細工をしておいた。
もしもやった奴がいる場合は。
即座にぶちのめしに行く態勢も整った。
これで、まず足固めは終わりか。
その後は側近にする奴について、幾らか決めておく必要があるだろう。
此処で重要なのは。
仲良しこよしごっこが統治には必要なのでは無く。
決定的に性格があわない場合や。
自分が嫌いな相手であっても。
能力があるのなら、抜擢する必要がある、という事だ。
基本的にあの世の運営は難しい。最高神でさえ、完璧には運営し切れていないと言っても良いだろう。
つまり、人材がいる。
今の宇宙では、あらゆる人材を大事にする方針を堅持しているが。
スツルーツもそれを変える気は無い。
今の最高神は、いわゆるワンマン体制で宇宙を牛耳っているが。
それは最高神が倒れた場合、後が続かないことも意味している。
つまるところ、スツルーツが跡を継いで。
そのスツルーツが倒れた場合。
どうするか、考えておかないといけない、ということだ。
恐らく、だが。
十二回前のビッグバンの前には、最高神に相当する存在がいなかった、ということなのだろうと、スツルーツは見ている。
故に圧倒的なカオスが宇宙を支配し。
全てを焼き滅ぼしていたのだ。
その轍を踏んではならない。
同じ失敗は。
繰り返してはならないのだ。
故に、スツルーツは、強固な体制を作り上げる。
スツルーツが倒れても。
動くように。
スツルーツが滅びても。
カオスが宇宙を覆わないように。
カオスはチャンスだと考える存在がいるようだが。それは間違っている。人材を抜擢出来ない秩序は間違っているのと同じくらい間違っている。
カオスは、早い話が、全ての無駄遣いだ。
無駄遣いの中から、運が良い奴が生き残るだけ。
実力があっても。
真のカオスの中では、運次第で即死するケースもままある。
これについては、最高神という圧倒的な存在が、最高神なりの秩序を作るまで、宇宙は破滅そのものを繰り返していただろう事からもよく分かる。
最高神が宇宙を良くするという方針を作り出すまでは。
宇宙は殺し合いに満ちてもいた。
その結果、宇宙はすっからかんになった。
結局カオスはそういうものだ。
勿論思いのままに暴力を振るいたいという衝動は、スツルーツの中にはどうしてもある。破壊神だからだ。
だがその本能は。
抑えなければならない。
それは全てが証明しているのである。
体制については、幾つかの案を出して、シミュレーションをして見る。
神々だけではなく。
独自のスキルがあるのなら、元人間の鬼からも、ばんばん人材を抜擢していく。この体制がいいだろう。
勿論既得権益を貪っている連中がいる場合、こういう改革は失敗するケースが多いのだけれども。
今のあの世では。
既得権益なんてものは、最高神にしか存在せず。
最高神はスツルーツを後継者と定めた。
つまり、そういう事だ。
黙々と、スツルーツは基盤を作る。
そして、基盤が出来上がった頃には。
いつ権力譲渡が為されても大丈夫な状態に、しておかなければならないのである。
スツルーツは、ある程度の体制のプランが出来たところで。
側近として考えている者達を呼び集めた。
失敗宇宙の一つ。
スツルーツを中心に。
無数の光点がある。
それが呼び集めた者達である。
パイロンを一とする数柱の神々。
そして、アルキメデスやアルメイダを一とする、有能な人間出身の鬼。
他にも、今までの事件などで関わってきて。
それぞれのスキルを有用と判断している者達である。
順番に意見を聞いていく。
ちなみに民主主義、という考えは最初から念頭に無い。
現状の状況では。
完全に近い判断が出来る最高神や、その後を継いだ場合は、近い力を持つスツルーツが統率するのが一番まともに宇宙を動かせる。
その判断があるから。
基本は独裁で体制を構築する。
それで問題は無い。
独裁といっても、今までの宇宙とあまり代わらない。
問題があったら、即座に修正する、と言う体制を取る点が少し違うくらいか。
今までの宇宙では。
最高神が大まかな決定をすると。
基本的にその大まかな決定だけで、宇宙が運営された。
その結果、ビッグバン前の宇宙までは、宇宙がすっからかんになるまで殺し合いが行われたし。
今の宇宙では。
平穏と安寧が、あの世を満たしている。
だが今後は。
基本的に、現状の平穏と安寧であの世を満たす方針で行く。
物質世界の独裁における最大の問題は。
人間が老いる。
そして後継者も有能とは限らない、ということだ。
このうち、後継者に関しては、あの世も同じだろうが。
あの世の場合、神々には殺されない限り寿命は無いし、力が衰える事は基本的にはない。力が衰えるケースもあるが、それはいずれも特殊な条件。情報を喰うのを怠ったり、或いは深手を負って放置したり。
いずれにしても、普通にしていればあり得ない事で。それが大きい。
殺され掛けると、ダメージが酷すぎて、能力低下を引き起こすケースがあるが。
そうならない限りは問題ない。
つまるところ、身さえ守れば。
最高神としての責務は完璧に執行できる、という事である。
最高神にしても、自分が健在の間は、今の座を譲るつもりがないかも知れない。というか、スツルーツもそれで良い。
最高神に何かあった場合に備えての行動なのだ。
或いは最高神は、スツルーツにもう至高の座を譲るつもりかも知れないが。
その時はその時。
対応はする。
それだけの事だ。
一通りスツルーツが説明を終えたところで、順番に話を聞いていく。最初に口を開いたのは、アルキメデスだった。
「まず第一に、私の生きていた時代だけではなく、地球では独裁制が上手く行った例はありませんね。 独裁者だけが美味しい思いをしたり、周囲に不幸をまき散らした例は幾らでもありますが。 歴史を建設的に動かした例は皆無です」
「それはそうだろう。 人間の場合は当然そうなる」
「その上で言いますが、どうにか立憲民主制を取る事は出来ないでしょうか」
「それはできない」
立憲民主制。
言葉だけは良いが。
結局の所、実行されている例を見る限り。
それは形を変えた貴族制となんら代わりは無い。
結局の所議員になれるのは、看板、鞄、地盤を持っているものだけ。
そうでない者が議員になっても。
長続きしないか、若しくは既得権益の餌食になる。
混沌の中から生き残ってきた者だって、それは同じ。
結局の所、民主制度というのは、凡人が凡庸な統治をするためのシステムであって。傑出している上に死なない存在がいる場合。
傑出している死なない存在が統治をするのが一番現実的だ。
「確かに死なないのであればそうでありましょうが……」
「勿論余も戦いに敗れれば死ぬ。 その時に備えて、後継者については考えておかなければならないし。 余が死んだ場合に、どうするか体制を整えておかなければならないだろうな」
「それが分かっておられるのであれば、もはや何も申し上げますまい」
アルキメデスは、若干不満そうにしながらも黙る。
まあ気持ちは分からないでもない。
此奴は人間時代、色々不遇だったし。
歴史に名を残した後も。
結局あの世では、学者として生きられず。長い間不遇だったと聞いている。
恐らく自分の後継者として、アルメイダを考えているのだろうが。
あの世では、そもそも後継者という事をそも考えなくて良い。
情報は全てアーカイブにあるし。
何よりも、死ぬ事が、殺されない限りはないからだ。
そして今の宇宙では。
あの世の住人は、今までにこの間の反乱騒ぎで消滅させた神を除くと、ほぼ死んでいない。
そういうレベルで死なないのである。
ならば、アルキメデスの考える立憲君主制は、不要と判断して構わないだろう。
次。
意見を求めると。
アルメイダが挙手した。
「現状は俺も文句ない。 無に関する研究も継続させてくれるって話だし、今の状態が続くなら満足だ。 だけれども、あんたが暴走した場合、誰が抑えるんだ」
「面白い事を言うな」
「三権分立の考えはそれに基づいてるからな。 機能しているケースは殆どないけどよ」
失笑しながらも。
正論を言うアルメイダ。
三権分立。
司法立法行政のそれぞれの独立化。
確かにそれぞれの暴走を防ぐためには重要なシステムだが。実際にそれが機能していたケースは、物質文明でも殆ど存在しなかった。
だいたいの場合、独裁者は三権の全てを抑えていたし。
それぞれが癒着し合っているケースも珍しくなかった。
また、互いに対抗意識を燃やしあった結果。
非常に不公正な司法が堂々とまかり通ったり。
行政が極めていい加減な行動に出たりと。
問題も多い。
ただし、スツルーツが暴走した場合の、対応策については。確かに考えておく必要があるだろう。
勿論スツルーツが暴走する可能性は現時点ではないが。
無能な神々に頭に来て、皆殺し、などという行為に出る事はあるかもしれない。そういえば物質文明の神話にそんな話があった。
ティアマト神の逸話だったか。
今の時点では、スツルーツにはそんなつもりはないが。
何かしらの手は打つべきだろう。
ただし、粛正を重ねるのは、スツルーツの目から見ても悪手だ。
出来れば粛正以外の方法で。
何かしらの手をしっかり打って。
統制をしていかなければならないだろう。
あの世は人手不足だ。
神々にしてもそれは同じ。
鬼では対応出来ない局面で、対応を行うために、神々はどうしても必要だ。中枢管理システムの外付けCPUとしての扱いだけではなく。
そういう意味からも。
神々は、最終的な手段として、必要になってくるのだ。
「それで、何かしらの手はあるか」
「中枢管理システムは平等なシステムなんだろ。 あれに判断を任せたらどうだ」
「現時点ではもっとも平等なシステムである事に異論はないがな。 だがこの世に完璧な存在などない」
「わーってるよ。 俺が言いたいのは、中枢管理システムに意見を聞くようにすればいい、って話だ」
アルメイダの物言いに、周囲が眉をひそめるが。
スツルーツが別に構わないとジェスチャアをするので、周囲も黙る。ただし、スツルーツも、一言言っておく。
「別に余と二人きりの時は構わぬが、こういう場では多少言動を控えよ」
「面倒だな。 分かったよ」
「ただ、そなたの意見は聞くべき所がある。 中枢管理システムは基本的に極めて客観的にものごとを分析判断するシステムだ。 統治は余が直接行うとして、中枢管理システムに補佐をさせるのはありだな」
「画餅に過ぎない三権分立の理念よりも、この方がよっぽど現実的ではありますね」
パイロンが言うが。
スツルーツは頷くだけ。
単なる意見確認に過ぎないし。
阿諛追従は好まない。
実際この場には。
挨拶をしに赴いたとき。
阿諛追従を述べた神は、一柱も喚んでいない。
実際に此処にいるのは。
スツルーツが何かしらの能力を持っていると判断した、優秀な人材だけだ。なお、直接会っていなくても。
アーカイブで確認して、高度な実績を上げている鬼も呼んではいるが。
いずれにしても太鼓持ちはいらない。
「余としても、中枢管理システムの意見を聞く必要が今後は重要になりそうだ。 他に何かしら意見は」
「あの世で亡者を選別する方法ですが、どうも推定無罪の原理がしっかり適用されていないように思います」
「ほう。 聞かせよ」
「現在亡者を選別するために行われている面接ですが、いっそのこと全省力化して、中枢管理システムに客観的判断を任せてはどうでしょう。 システム構築には時間が掛かるとは思いますが、どれだけ愚かな受け答えを亡者がしても、冷静かつ客観的に判断が出来るかと思います」
なるほど。
確かに考えとしてはありだ。
なお今意見したのは、その面接で、ずっと面接をしていた鬼だ。
経歴が面白いので呼んだのだが。
確かに今の意見には聞くべきものがある。
「煉獄での労働についても、中枢管理システムによる自動管理で構わないのではないのでしょうか」
「いや、それには反対だ」
そう口にしたのは、煉獄出身の鬼。
つまりその面接で煉獄に落とされ。
其処から鬼に抜擢された元亡者である。
元亡者によると。
反対の理由はこうである。
「煉獄で働いているとき、きちんと仕事について鬼達が考えてくれているのが嬉しかったし、励みになった。 はっきりいって、物質世界での仕事よりも、よっぽどこっちの方がマシだった。 あれが全部全自動化されて機械化されたら、多分俺、いや私は耐えられなかったと思う」
「なるほど。 続けよ」
「はい。 その、スツルーツ神。 自動化は非常に有り難いのですけれど、あくまで人力で行うべき場所もあるのだと思うんです。 面接については自動化してしまっても良いでしょうけれど、煉獄の監督については、自動化されてしまうと、亡者時代の自分は困ったと思います」
「ふむ。 他に意見は」
面接については、殆どの鬼や神々が同意。
煉獄については、面白い事に、意見が二分。煉獄出身の鬼はほぼ全員が、自動化に反対した。
そうなれば、答えは決まっている。
「現場の意見を優先するのが基本だ。 この際は、実際に煉獄で働いていた者達の意見を是とする」
「分かりました」
ちょっと不満そうだったけれど。
面接を担当していた鬼は引き下がる。
さて、このくらいか。
今回するべき議題については、このくらいで引き上げるべきだろう。
なお議事録は。
全自動で録画し。
アーカイブに上げている。
会議を解散。
そしてスツルーツは、要塞化した自宅に戻った。
自宅に戻ってから、SNSを確認。
今回の会議についての意見を、ざっと見ていく。
今回は、最高神が後継に決めたスツルーツの御前会議と言う事で、かなりの注目が集まっていて。
SNSはかなり話題が沸騰していた。
会議に出たかった、という意見もかなり見られる。
つまり、それだけ注目度が高く。
自身も意見を言いたかった者が多かった、という事である。
ただ、会議の内容については、概ね好意的な意見が多かった。
スツルーツは、議論が行われている場に。
敢えて入る。
そしてSNSでも、意見を求めておく。
「余に異論あるものは遠慮無く申し出よ。 非礼さえなければ余は怒らぬ」
「……」
そうすると、ぴたりと皆が黙る。
スツルーツは怖れられている。
怖くて意見が言えないのだ。
自分と対等か、それ以下の相手だと認識しているから、意見を言えているのであって。そうでなければ怖くて喋れない。
スツルーツはいつでも意見を聞くし。
議論を受けて立つ。
ただし相手が非礼を働いた場合は容赦しない。
そういう持論だが。
それはそれで。
相手には恐ろしく思えるのだろう。
「どうした。 今回の会議について、何か意見がある有識者はいないのか。 会議に出たいと言うのであれば、余が便宜を図ってやろう。 なお非礼を働いたものは、その場で個人情報を全て公開してやるからそう思え」
また沈黙。
そんなに怖いか。
少なくともスツルーツが喚んで意見を求めた者達は。
此処まで情けなくはなかったのだが。
嘆息して、一旦SNSから出る。
最高神になると言う事は、恐らく相当な孤独になる、という事をも意味しているだろう。それは間違いない。
今でさえこれだ。
今後は更に孤独が深まる。
それを思うと。
スツルーツほどの神格であっても。ぞっとしない事は、時にはある。
サポートAIが告げてくる。ストレス値が上昇していると。
仕方が無いので、以前医者に処方された薬を作って、飲む。それで無理矢理ストレスを押さえ込むと。
警備を最大にして。
リラクゼーションプログラムを起動。
無理矢理眠ることにした。
2、余波
最高神が跡継ぎを決めた。
それもあの凶暴なことで知られる破壊神スツルーツ。
その話は、瞬く間にあの世を駆け巡った。
戦慄する者もいたし。
納得している者もいた。
アルキメデスのチームの者達は、概ね納得している。そうアルキメデスには見えた。あの皮肉屋のアルメイダも。
この人事には不満がないようだった。
いずれにしても、アルキメデスがやる事は決まっている。
黙々と、無についての研究をするだけである。無に触るのは出来るだけ止めた方が良いので、蓄積データの分析。
そして、最小限の無への干渉。
それだけだ。
無も、此方についてはあまり怒らない。最小限の干渉をする程度では、無は何もしてこない事は分かっている。
そのため、現在では0.5光年まで縮小した、無と空間が混ざり合った場を作り出し。そこで研究を続行している。
無数のデータが入ってくるのだが。
その雑然としたデータの中には。
古い時代に死んだ神々の残骸らしきものもあった。
だがどうしてだろう。
12回前のビッグバン宇宙。
そう、現在の最高神だけが生き延びた、という修羅の世界である。
その修羅の世界の前の残骸は。
まったくという程残っていないのである。
アルメイダが、レポートを上げた後。
アルキメデスに聞いてくる。
「爺さん。 俺が思うに、ひょっとして十二回前の宇宙とやらでは、とんでもない地獄絵図が起きていたんじゃないのか」
「そりゃあ最高神しか生き延びなかった、と言う話だしなあ」
「いや、そうじゃない。 そんな次元じゃない地獄絵図だ」
「具体的には」
アルメイダが言うには。
それこそ、宇宙が消滅するレベルの戦闘が繰り広げられていたのでは無いのか、というのである。
例えば膨張しきった状態の宇宙で。
そのような事が行われたら。
確かに無の中には何も残らないだろう。
物質が消滅するレベルの戦いでは無い。
文字通り空間も。
時間も。
何もかもが消失するような戦い、という意味だと、アルメイダはいうのだが。なるほど、分からないでもない。
確かにそれくらいのレベルの戦いが行われれば。
無の中に記憶が残らないのも頷ける。
それで、アルメイダは更に言う。
「最高神はこの辺り、アーカイブに残していないんだよな。 でも、最高神は現在も存在している」
「まさかとは思うが、直接聞きに行くつもりか」
「そうだ。 俺としても、わかりもしないことを議論しているほど、暇でも無いし、頭が花畑でもないんでな」
「……やめておけ。 少なくとも敬語は使うようにしろ」
アルメイダは心底面倒くさそうな顔をしたけれど。
スツルーツ神に喚び出された神々の御前会議でさえ、アルメイダはアレな言動をしていて。
結果スツルーツ神に文句を言われるほどだった。
最高神に対しても、もの凄く失礼な言葉を掛けかねない。
自分がついていこうかと思ったのだが。
丁度大きめの用事がある。
「分かった。 仕方が無い、行ってくるのは構わないが、くれぐれも気を付けて話すようにな」
「分かってる」
「……」
不安だ。
とてつもなく。
誰かつけようかと思ったが。
アルメイダは能力こそ皆に認められているが、それ以外に関しては正直な所人望がない。アルキメデスはフォローを入れるけれど。
他がフォローを入れるだろうか。
まあ、もう仕方が無い。
好きなようにさせる。
いずれにしても、最高神もアルメイダの功績や、性格は熟知しているだろうし。アルメイダも最高神に対しては、相応の敬意を払うだろう。
それで良い。
アルメイダが空間スキップで姿を消している間。
アルキメデスは、黙々と。
この間反逆心の黒幕だった神が隠れていた空間と。
奴が操作していた無の力について解析する。
これについては、複数の神が目撃し、記録しているので、疑う余地もない。
研究を淡々と進めるだけだ。
研究を進めていくと。
色々と面白い事が分かってくる。
簡単に説明すると。
反逆していた神々が使っていたのは、単純な「無」ではなくて。
無の中に蓄えていた力。
つまり無を掘り返すと出てくる、光やら重力子やらと同じもので。
自分の力を吸い出しながら。
同時に無を吸い出している、というような感じであるらしい。
これは展開された力や。
採取された残骸からも明らかだ。
レポートを出し。
そして、更に研究を進める。
どうやら無は、フォーマットしたHDDのように、何もかもが上書きされている訳では無い様子で。
中にはかなり色々なものが残っている様子だ。
ひょっとすると、だが。
失われた文明や。
何らかの理由で消失した存在が。
中に眠っているかも知れない。
是非発掘してみたいが。
それも上手くは行かないだろう。いずれにしても、無に対して無遠慮なさわり方をすることは、御法度になっている。
今までのデータで我慢するしかない。
一通りデータをまとめ。
中枢管理システムにレポートを出す。
中枢管理システムは、すぐに返事を寄越した。この辺り、流石にあの世の中枢を担うAIを搭載しているだけのことはある。
「緻密な研究、お疲れ様でした。 今後役立たせていただきます」
「此方としてはそれで大変嬉しいのですが、無に関してはまだ分からない事だらけというのが実情です」
「今後は一部の機関だけで調査して、その後は完全に研究を凍結します」
「……」
やはり予想していた通り、中枢管理システムは言い切った。
まあそうなるだろうとは思っていたが。
確かに、それが合理的な思考ではある。
反逆を企てた神々の力を見ても。
文字通り無は禁断の果実。
安易に手にするには、危険すぎるほどの力を持つ代物なのである。
そんなものを迂闊に触るには危なすぎる。
ニトロをばらまきながら走るようなものだ。
「研究凍結のタイミングは」
「次の宇宙までは研究を続けるつもりです。 しかしその次以降の宇宙になると、研究を続けるかは分かりません。 いずれにしても、最低限のデータが揃ったと判断した時点で、研究を停止します」
「最低限とは」
「無が乱心した場合に備えるのを、最低限と判断します」
そうか。
まあそうだろうなと、アルキメデスは納得。
こんなものだろう。
いずれにしても、当面研究は続けられる。
それだけで、胸をなで下ろすべきなのかも知れない。どうしても、科学者としての。研究者としての気概が疼くのだ。
それに、である。
無が研究できなくなったら。
アルキメデスは、以降何を研究すれば良いのか。
宇宙にあるものは研究され尽くされ。
知り尽くされている。
真理についても、全てアーカイブに記載されてしまっている。
議論の余地さえない。
そうなってくると。
もはや、アルキメデスは。
また不遇を囲う日々に戻ってしまうだろう。
悲しい話だが。
アルメイダが戻ってくる。
憮然としていた。
この様子だと、どうせ最高神は何も話してくれなかったのだろうな。そう思ったのだけれど。
意外にも、予想は外れた。
「最高神、あんまりにもあんまりな真相を話してくれたよ」
「何だね」
「カオスの時代、十二回前の宇宙までは、もうそもそも最高絶対の存在が君臨していて、そいつだけが全てで、他の何をも許さない状態だったんだそうだ。 それこそ、物質さえもな」
「何だって……」
ぞっとする。
それは、究極の個だけがあればいいとでもいうような。
利己的遺伝子論どころの話では無い。
自分の子孫さえいらず。
自分だけがあればそれでいいという。乾ききった、おぞましいまでの究極個人主義ではないか。
良く勘違いした人間がほざく、「弱肉強食」の、もっとも間違った形。
どれだけ過酷でも、どんな生物でも子孫を残すべく動く。
それを怠れば滅びる。
つまりその宇宙は。
滅びに向かっていた、という事だ。
「魂の海だけは存在していたが、それも監視されていて、神々が生まれる瞬間に殺していたらしい。 それも、何の痕跡も残らないようにして、だ」
「ひょっとして、古き神というのは」
「ああ、そいつらしい。 発音も出来ない名前らしいが、いずれにしても五十回以上のビッグバンを経て、ずっと宇宙をすっからかんにし続けていたそうだ」
凄まじいを通り越して。
おぞましいとしか言いようが無い。
それは早い話が。
絶望の権化だ。
そいつにだけ都合が良い世界を作り出し。
そいつだけの空間で。
好き勝手をする。
邪魔者はいらない。
ある意味、究極のセカイ系か。
話によると、戯れに自分の話し相手になるような道化を造る事もあったらしいのだけれども。
それもすぐに消し去ってしまうケースが殆どだったという。
そういうわけで。
最高神が運良くそいつの魔の手を逃れ。
空間の位相の中で情報をくらいながら力を蓄え。
そして撃ち倒すまで。
宇宙にはそもそも。
そいつだけ、しかなかったそうだ。
物質どころか。
素粒子さえ。
エネルギーさえも。
何もかもの存在を許さず。
そいつは、最高神ならぬ絶対神として降臨していたらしい。ある意味確かに絶対神だが。絶対に関わりたくない相手だ。
「情報が出てこないのも、そのためか」
「ああ。 そいつは情報の存在さえも許さなかったらしいからな。 宇宙に出現したあらゆる全てを消し去っていたそうだから、そりゃあ無の中にも何も残っていないのが当たり前だ」
「エゴの極地だな……」
皮肉すぎると、アルキメデスは思う。
今、物質文明の地球に、例の面接のために上級鬼が垂れ流したブーム。
あれを突き詰めていくと。
こうなってしまうのではないのだろうかと、アルキメデスは感じた。
究極の個だけあれば良く。
他は何もいらない。
ただ、わかると言えば分かるのだ。
確かに、社会は矛盾だらけで、多くの弱者が苦しんでいる。
弱者が社会を敵と認識するのは、それは防衛本能から言っても当然だろうし。社会を敵として認識した弱者が。
何らかの切っ掛けで力を得たら。
そうなってもおかしくない。
つまり、である。
弱者を踏みにじる事を楽しんでいる社会は。
いずれそうやって潰される事を、証明したようなものだ、ということか。
ちょっとだけだが。
その絶対神に興味も湧いてきた。
アルメイダは興味も失せてしまったようだが。
「細かいデータについては、このメモリに入れて貰ったぜ。 俺たちだから開示するのであって、スタンドアロンのシステムで閲覧しろって念押しされたけどな」
「何だか信頼を受けているな」
「無に対する解析を成功させたから、だろ」
「そうかも知れんな」
神々から見れば。
此方など、ちっぽけで脆弱な存在に過ぎない。
それが偉業を為したのだ。
確かに、優遇してくれてもおかしくは無いだろう。
さっそくスタンドアロンで閲覧を開始。
絶対神についての情報を、調べ上げる。
最高神は、絶対神以上の力を得ると。
早速戦いを挑んだ。
驚くことに。
絶対神は、以前は更に遙かに凄まじい力を有していたらしいのだが。それも単独でずっといて。
戦いでは無く虐殺を続けていたからか。
すっかり力も衰えきっていたらしい。
まあ、それはそうだろう。
神々が生まれる度に殺し。
そもそも戦う事すら、一体いつぶりか、という状態だったのだ。それに対して、あらゆる準備を欠かさず。
牙を研いでいた最高神。
それは勝負になる筈も無い。
というか、である。
恐らくだが。反逆者達は、この絶対神の存在を、正確に認識していたとは、とても思えない。
何かしらの伝聞から。
自分たちに都合が良い存在を思い描いていたのではないのだろうか。
いずれにしても、絶対神は撃ち倒された。
そしてその体に蓄えられていた情報を、最高神は全て取り込み。
何も残っていない宇宙を見て嘆いた。
次の宇宙からだ。
そう決めてからは。
新しい宇宙が出来るまで。
準備を黙々と続けていったという。
孤独な作業だっただろうな、と思う。そして、強き存在を作り出すために、争いを推奨したのも、何となく理由が分かる。
絶対神のような。
文字通りの究極悪の誕生を許さないため。
それが、最高神の目的だったのだろう。
故に相争わせ。
究極悪が現れたときのためにも、備える力を得るように、神々を錬磨し続けた、というわけだ。
だがそれは最終的には失敗だった。
それに、最高神自身が、充分な力を得た、と判断してもいたのだろう。
前回の宇宙までで、殺し合って宇宙がすっからかんになるような戦いは終わり。今の宇宙からは、新しい平穏な世界が訪れた、というわけだ。
なるほど。
色々と腑に落ちた。
それで、絶対神は。
どういう存在だったのか。
これについては、絶対神が保有している情報を、最高神が喰らったのだが。全てを喰らった訳では無く。
その存在が。
魂の海から生まれ出たものではなく。
むしろ亡者から鬼になり。
鬼から神になった存在だ、という事が分かっているくらいだという。
これも驚かされる。
絶対神は、元々神だったわけではなく。
元は人だった、という事だ。
それも、じっくり時間を掛けて力を伸ばしていった、という事だろう。
これについては。
何となく分かる。
この絶対神の世界は、多分今とあまり代わらなかったのだろう。
そして、トラウマを引きずったままあの世に来て。
やがて何かしらの切っ掛けで。
爆発した。
最強の力を得てしまった絶対神は、あらゆる全てに復讐していった。
既存のもの全てを消滅させ。
何もかもを滅ぼしていった。
そして全てを空っぽにした後も。
唯一独裁。
究極の個としての存在を、止めなかった。
恐らくだが。
絶対神は、世界の矛盾と歪み。弱者は踏みにじって良い。虐められる方が悪い。そういう理論が作り出してしまった。
化け物だった、という事なのだろう。
世界の歪みを放置していたから出来てしまった怪物中の怪物が。
自分を苦しめ続けた世界に復讐した、というのは、話として筋も通っているし、分かり易くもある。
そして、何より。
とても悲しいと、アルキメデスは思った。
いずれにしても、この情報は、出来るだけ他には漏らさない方が良いだろう。
今は、世界をマクロレベルで良くする試みが続けられているけれど。
中枢管理システムに申請した方が良いかもしれない。
出来るだけ早く。
ミクロレベルで、手篤く因果応報が訪れる世界を、構築すべきだと。
まだそれをやるには手が足りなさすぎる。
今のシステムを維持するだけでも、人手が足りないのだ。
だが、いずれは。
第二の絶対神を産み出さないためにも。
この世界には、ミクロレベルでの幸福が。
少なくとも、因果応報が確実に訪れる世界が来なければならないのだ。そうでなければ、この瞬間にも。
第二の絶対神が出現しても、おかしくはないだろう。
「アルメイダ、少し良いかね」
「何だ」
「最高神は、これをスツルーツ神に見せたと言っていたか?」
「いいや。 見せたいんなら許可がいるんじゃないのか」
それだけ聞ければ良い。
後継者は知るべきだ。
弱者は死ねという思想が、どれだけ宇宙を衰退させるか。
弱い方が悪いという思想が、どれだけ破滅を招くか。
それが理解できる筈だ。
あのスツルーツ神なら。
いずれにしても、出来るだけ早い方が良い。
アルキメデスは。
準備を整えると。
最高神に面会するべく。中枢管理システムに、申請の手続きをするのだった。
3、滅びの神の行方
スツルーツは、自分の所に届いたデータを見て、腕組みしていた。途中までは涅槃の姿勢で見ていたのだが。
今は胡座を掻いて。
データを閲覧している。
なるほど。
そんな事が、最高神以前の宇宙ではあったのか。
それ以降の宇宙で、強さを得るための試行錯誤が繰り返された訳である。スツルーツにいわせれば、この絶対神。
破壊神でさえない。
絶対悪だ。
だが、その絶対悪を産み出した社会そのものにも問題が大いにある。
アルキメデスに進言されたが。
確かにマクロレベルの改善だけではだめだろう。
必要なのは因果応報が確実に訪れる世界。
現状の真面目で正直な人間だけが馬鹿を見て、残忍で愚かな者だけが好き勝手をする。
そういう世界を無くし。
行動がその分だけ報われる世界にしなければならないだろう。
それには、鬼を増やし。
ミクロレベルでの社会の幸福を作り上げていく必要がある。確かに、アルキメデスの発言は、理にかなっている。
スツルーツも同意だ。
最高神は、絶対神を完全に葬った。
だが、一つだけ気になる。
絶対神のデータは、無の中に本当に残っていないのか。
それは少し不安だ。
このデータを見る限り、現時点のスツルーツでは、絶対神が完全な力を取り戻した場合、対抗できない。
絶対神は己だけの世界を造り。
宇宙の全てを破壊し尽くし。
孤独のまま、ビッグバンが五十度も繰り返すほどいたわけだから、その間に弱体化しきったが。
その以前の、完全体の絶対神が現れたらどうすればいい。
多分今の最高神でもかなわないだろう。
無の研究はやはり続けるべきでは無いのか。
そう思ってしまうけれど。
だけれど、どうなのだろう。
無の実力は、明らかにその絶対神など、芥子粒にさえ見えないほどの代物だ。無を怒らせることは、文字通り何もかもの消失を意味し。絶対神による破壊を遙かに上回る、究極の惨禍をもたらすだろう。
面倒だなと、スツルーツは頭を掻く。
しばらくばりばりとやっていたが。
非生産的この上ない事に気付いて、手を止めた。
溜息が漏れる。
強さを求めるために、神々を相争わせる。
最高神の最初の結論は、この脅威に対するのが、本当の目的だった。それは分かった。だが、あまりにも問題が多すぎた。
確かにスツルーツから見ても、好ましいやり方では無い。
しかしながらだ。
平穏すぎる世界が続くと、戦える神はまた減っていくことになる。
絶対神が弱体化したのも。
自分にとって都合が良い世界を作って、其処で好き勝手を続けていたからで。
文字通り最凶時代の絶対神は。
今の神々では、束になっても。
最高神とスツルーツがその中に混じっていても。
勝てるかどうか。
戦いは戦いで必要だ。
ではどうするか。
戦いと言っても、トレーニングだけでは駄目だろう。
スツルーツの実力は、それこそ血で血を洗う戦いの時代に、磨き抜いたものだから、である。
あの頃に戦いの勘を培っておかなければ。
この間の反逆者との戦いでも。
不意打ちの時点で、やられていたかも知れない。
実際問題、不意打ちでも、スツルーツを殺しかねない火力があったのだ。反応が遅れていたら、致命傷に近いダメージを受けていたかも知れなかった。
「戦いは、必要だな……」
「シミュレーションによる戦闘はどうでしょう」
「神々同士の戦いになると、中枢管理システムの処理能力を相当に喰うぞ。 今でさえ足りないのに、そんな事に力を割く余裕があるのか、中枢管理システムに」
「増設するしか無いでしょう。 今の宇宙が平和裏に終われば、恐らく人材は足りてくるかと思います。 霊的物資である罪についても。 そうなれば、中枢管理システムの増設も、夢物語ではなくなるかと」
もう一つ腕組み。
確かに、実際に殺し合っていたら本末転倒だ。神々同士が全力で殺し合った場合、周辺の宇宙が空っぽになる。
それくらいの危険度があるし。
宇宙そのものにも悪影響を及ぼしかねない。
ならば、である。
中枢管理システムを強化して、シミュレーション。
つまり一種のVRを使うのが現実的か。
それならば、実際に破壊するものは無くなるし。スツルーツも遠慮無く全力を発揮できる。
更に、である。
相手が滅びて、あの世の人材不足が加速することを懸念する必要もない。
それにシミュレーションの結果をフィードバックすれば。
強さにそのまま還元できる。
単純な強さの量については、どうにもならない。
情報生命体である以上、喰った情報が強さの総量になるからだ。
だがこれで。
戦いの勘については維持できる。
それだけで、現時点では充分だろうと、スツルーツは判断した。
「よし、申請をしておけ。 後、擬似的にシステム構築も進めるように中枢管理システムに連絡を」
「分かりました。 しかしスツルーツ神以外で使おうとする者がいるでしょうか」
「余が最高神になった暁には、使用を義務化する。 神々にとっては、その強大な力を如何に使うか、認識もしなければならないし。 使えばどうなるか、理解もしなければならないからだ」
エンデンスを一とするこの間の反逆者達は。
自分の攻撃で銀河や銀河団が消し飛ぼうと、知った事では無いという風情で攻撃をしていた。
かくいうスツルーツも。
前の宇宙までは、全力戦闘をする時には、正直周囲に構っている余裕など無かった。それくらい、強い神が多かったのだ。
だがそれによって多くの可能性が摘み取られ。
そして文明の可能性が消され。
文明そのものも溶け去り。
因果応報どころか。
理不尽だけが其処に残った。
それでは駄目だ。
神々は、力の使い方を、知らなければならない。
絶対神と同じ存在に、ならないためにも。
一通りの申請を終えてから、スツルーツは要塞化した自宅に戻る。最高神は申請を受け入れてくれたし。
中枢管理システムも、概ね好意的だ。
確かに、神々が鈍っている、というのは最高神も考えていたようで。
自分自身も鍛え直した方が良いかもしれないと、冗談めかして口にしていた。
ただ、引退をすることは、もう決めているらしい。
大御所的な立場として、今後は世界を見守るつもりらしいが。
その詳しい時期については、まだ決めてはいないそうだ。
いずれにしても、スツルーツが存在感を示していることについては、好ましく思っているようで。
今後もどんどん改善提案をしていくように、と言われた。
言われるまでも無く、そのつもりである。
家に戻る前に。
最高神には、例の絶対神のデータは返した。
あれは本当に一部の者だけが知るべき事。
神々全てが共有する情報ではない。
アーカイブに記載されないのも当然で。
亡者から鬼になった者には、現世でのトラウマを引きずってしまっているものがたくさんいるし。
マクロで宇宙をよくするのが精一杯の今では。
ミクロの幸せまで、手が回らないのが現実だ。
勿論あの世の職場については、常に改善提案を行って、状況をよくしているのだけれども。
それだけでは足りない。
恐らくは今後は。
物質世界でも、幸福度をどんどん上げていかなければならない。
口惜しい話だが。
今の宇宙で、それは難しいだろう。
その後の宇宙でなら、手が届く話だが。
当面は厳しい。
いずれにしても、絶対神の再降臨だけは防がなければならない。それだけはどうにかしなければ。
この世界を存続させる意味がないとさえ言える。
現状でスツルーツに出来る事はあまり多く無い。
だが、それでも。
やれることは。
やれるだけやる。
故に今回も、最高神の所に行ったし。
戦いについても、今後は限定的に行う事が出来るだろう。決して趣味だけの問題ではなく。
今後、最悪の神格が登場したとき。
対応するための行動だ。
さて、他に打つべき手は。
後は、絶対神になりうる存在について、確認をしておかなければならないだろう。勿論粛正は考えていない。
絶対神にならないように。
メンタルケアや。
他の手段で。
禍の芽を潰さなければいけないのだ。
スツルーツは、世話になっている医者の所に出向いて、アドバイスを聞く。治療を受けに来たのでは無いと聞いた、石版にカニの足が生えた医者は。一瞬だけしぶそうな雰囲気をしたが。
スツルーツが敢えて聞きに来ているのだ。
無碍にも出来ないと判断したのだろう。
咳払いしてから、自分なりの考えだがと前置きして。それから、アドバイスを順番にしてくれた。
まず、物質世界は現状決して良いとは言えない。
どの星間文明もそうだという。
名医と言われている此奴の所にはいろんな星間文明の出身者が訪れるけれど。人生に満足していた者は多くないという。
それはそうだ。
スツルーツがあってきた鬼達も。
何らかの歪みを抱えている者が多かった。
勿論歪みの原因になった連中は、地獄行き。罪の生搾り真っ最中だが。それはもうどうでもいい。
今は、そいつらを如何に痛めつけるかの話をしているのではない。
「やはり神々による干渉が必要か。 もっと細かく」
「今は煉獄での確率変動で、マクロ的な世界をよくする行動、で茶を濁していますけれどね。 私が町医者をしていた頃から、正直世界が良いと思った事は一度もありませんね」
「アルキメデスにも似たような事は言われたな。 せめて因果応報が確実に起きる世の中にしろと」
「……それが良いでしょう。 私が生きていた時代は、真面目に生きた人間があまりにも報われなさ過ぎた。 善人は虐げられ嘲弄される対象で、優しいという事は踏みにじって良いと言う事になっていた。 弄るという言葉がありましてね。 それは要するに、弱者を痛めつける事を正当化する醜悪な言葉です。 この言葉を盾に、どれだけの残虐な虐待が正当化されていたか、分からないほどです」
なるほど。
スツルーツは頷くと、他にも幾つか聞いておく。
アルキメデスと被る部分も多かったが。
そのほかにも、色々有益な情報を聞く事が出来た。
此奴は精神に関するプロフェッショナルだ。
単純な知識で言えば、スツルーツでさえ舌を巻くほどの。
ならば、である。
話を聞くことは、スツルーツが神であっても、恥ずかしい事では無い。むしろ専門家を無視して。
自分の知識だけで全てをやろうとする事の方が恥ずかしい。
「参考になった。 余が正式に最高神になるのはまだ先だが、その時には色々とアドバイスを貰おうか」
「その、良いんですか、自分で」
「お前だから良いのだ」
さて、こんな所だろう。
新しいあの世の形は、スツルーツの中では大体固まった。
後はコレに沿って。
歪まないように。
狂わないように。
作り上げていけば良い。
スツルーツは破壊の神だ。破壊の神としての力しか本来は持たず、広義では滅びの神だとも言える。しかし、物質文明の多くの神話では、破壊の神は創造も兼ねる。
実際はそうでもないのだが。
今後は、スツルーツも。
「創造」を強く意識していかなければならないだろう。
おかしなものだが。
それも真理だ。
そして、スツルーツは、新しい世界の神になるのだから、色々と変わらなければならない。
変わる事が出来る者はあまり多くない。
だが、スツルーツはどうか。
変わる事は、簡単ではない。
だが、スツルーツはどうなのか。
自宅に戻ると、レポートを作って、最高神と中枢管理システムに送る。どちらも、問題ないと返答をして来た。
後は、どれだけ時間が掛かる分からないが。
最高神が。
引退を表明するのを待つだけ。
それまでの間に。
スツルーツは可能な限り。
自分の力を、高めておかなければならないだろう。
変事が起きたときに。
備えるためにも。
幾つかプログラムを組む。
シミュレーションシステムだ。
中枢管理システムを動かすための資源、罪を使うわけにはいかない。自力で組んだプログラムを、自分の力で動かす。
高位の神であるスツルーツにはそれが出来る。
しばし黙々と。
あらゆる敵との戦いを想定する。
あらゆる戦況で。
不意打ち。
包囲。
敵の戦力が十倍以上。
そういった状況で、どうやって切り抜けるか。
今までも、そういう戦いはしてきた。だが、今後は、今までとは戦略的な状況が違ってくる。
スツルーツが最高神になった場合。
もしそういう状況が来たら。
「生き延びる」事を最優先にしていかなければならないのだ。このようやく訪れた正しい宇宙を維持するために。
勿論、相手に隙がある場合は。
優先して潰しにいかなければならない。
そして相手が隙を見せて攻撃を誘っている場合は。
そうと見極めて、距離を取らなければならない。
シミュレーションをとにかく黙々淡々と繰り返していく。殺し合いにルールは厳密にはない。
いずれにしても、人材が足りない今。
マクロレベルの幸福を文明に用意できても。
ミクロレベルの幸福を用意は出来ない。
それを考えると。
時に残酷とも言える判断は、どうしても必要になってくるのだ。
全てのシミュレーションを終えて。
一旦休む。
そして、思惑を進める。
最高神になった後の大まかな事は決めている。だが多くの鬼達に話を聞いて、もっと改善出来るべきところを見つけていかなければならない。
勿論聞くに値しない話もある。
そういったものは一蹴しなければならない。
どうして聞くに値しないかも、見極める必要がある。
それは、感情に従って動いてはいけないから。
暴力的な戦力を持つスツルーツは。
感情のまま力を振るえば。
世界に無慈悲と地獄を造り出すだけなのだから。
思惑を進める。
どんどんと進めていく。
そしてスツルーツは。
今後、行われるだろう。今まで経験してきた戦いよりも、ある意味遙かに苛烈で残忍な戦いに対して。
備えるべく、気持ちを切り替えるのだった。
4、戴冠
その時は、予想以上に早かった。
最高神が退位を表明。
スツルーツに最高神の座と。そして最高神として持っている力の大半を譲渡したのである。
神々はそれを既に知っていたが。
次の宇宙が来てから、というのが予想される交代時期であり。
スツルーツ自身も例外では無く。
困惑を誰もが隠していなかった。
それでも、粛々と権力交代は行われ。
若き最高神が誕生したのである。
スツルーツ神は。これより元の名を失い、単純に最高神と呼ばれる事になる。その力は、最高神の力を受け取ったことで数倍にふくれあがり。
そして以前とは明確に違う威厳が備わっていた。
姿のみは。
変わっていなかったが。
これについては、そもそも姿をあの世では気にする必要がない、というのが原因としてある。
二光年もある蛇の姿をしたパイロン神を例に出す必要もなく。
神々も、鬼達同様。
様々な姿をしている。
最高神にしてからが、光の塊、という有様なのだ。
子供の姿をしたスツルーツが。
今更「威厳」を求めて姿を変える必要などない。
ただでさえ威圧感がありすぎると。
多くの神々に怖れられていたくらいなのだ。
これ以上の威圧は。
恐怖と。
それに対する、必死の反抗を呼ぶだけだろう。
戴冠の儀といっても。
単純に、最高神が、神々の見ている前で、スツルーツに力を引き渡すだけ。ただしこの映像は。
全宇宙、全あの世の鬼に。
映像配信され。
以降もアーカイブで見る事が出来る。
実のところ、失敗宇宙で神々だけを招いてやるべきだという話があったのだが。
此処は中枢管理システムの中。
誰もが見られる場所で。
誰もが分かるようにして。
権力委譲は行われた。
スツルーツの提案である。
こうすることにより、ぐうの音も出ない、権力委譲を周囲に示すことが出来る。それ故の行動だった。
全ての力を引き渡し終えた後。
最高神。いや、元最高神は言う。
「これにて朕は最高神の座を引退し、以降は空白宇宙にて大御所となる。 だが基本的にスツルーツのする事には関与せぬ。 今後はあらゆる神々と鬼達が、新しい最高神スツルーツを支え。 そしてこの宇宙をよくするべく邁進せよ」
スツルーツは前に進み出ると。
万華鏡のように入り組んだ中枢管理システムの最深部で。
傅かれながら。
演説を行った。
「破壊神スツルーツだ。 元破壊神というべきか。 これより余は、最高神としての責務を全うすることになる。 多くの神々には事前に通達してあるが、基本的に今までの方針を変えずに行く。 余は言葉を無意味に飾るのが嫌いだし、皆も回りくどい言い方は好まないだろう。 だからはっきり言っておこう」
スツルーツは。
はっきりすぎるほどの言葉で、明言した。
これが記録されることを、承知の上で。
「今後も、神々は世界第一の奴隷だ。 神々の強大すぎる力は、中枢管理システムの外付けCPUとして基本的に機能する。 もしも鬼達で対応出来ない事象が出てきた場合のみ、神々は力を振るう。 文明への関与は基本的に煉獄から確率調整で行う。 亡者への対応についても、今後も同じだ。 細かい部分は色々と変更していくケースもある。 だが、今までとなんら変わる事は無いことを明言する。 これは記録されている。 もしも余があまりにも今までと違うことをするようであれば、この映像と発言を元に反論せよ」
はっきり言うので。
神々も驚いたようだった。
それでいい。
場の主導権を、スツルーツはしっかり握ったことになる。相手を困惑させるという事は、それだけ相手の精神を乱し。
主導権を掌の上で転がす、という事を意味している。
「それと、余はまだSNSを続ける」
これについても、神々は驚く。
スツルーツがSNSを通じて、鬼達と交流していることは、神々の間でも不思議がられていた。
スツルーツから言わせれば。
それを不思議がる方がおかしい。
実際に今、あの世を動かしているのは鬼達で。
そしてあの世で今後も人材として重宝されるのは鬼達なのだ。
弱肉強食というのは、野獣の理屈。
神々は野獣では無く知的生命体だ。
生命体という点では同じかも知れないが。
それは人間と鶏を同レベルの存在と考えるのとなんら変わりが無い。つまり、人間は鶏と同レベルだというのと代わらない。
鶏もやるのだから、人間もイジメをやっても構わない。
そんな程度の低い理論だ。
つまる、そんな理論を振りかざすようでは、鶏と同レベルという事である。
知的生命体というには値しない。
知的生命体として求められるのは、幅広い見識と。豊富な意見に目を通すこと。
勿論あらゆる意見を全て受け入れるわけにはいかない。
話にならない意見だってある。
だが、それらが「どうして話にならないか」を論理的に判断しなければならない。感情論で動いてはいけない。
そして、それには客観的な視点が必要で。
客観的な視点を確保するには。
多くの意見を目にする必要がある。多くの鬼達と、直接接して。どういう風に今まで生きてきたか。物質生命だったときはどうだったのか。色々な話を、順番に聞いていく必要があるだろう。
「余は強き信念を持とうと考えている。 だがそれは、他人の意見を全てはねのけ、己の思想だけを絶対とすることを意味はせぬ。 今後余はSNSを続け、多くの意見を見て行くことになるだろう。 神々にも同じ事を推奨する」
更に、と付け加える。
時間に余裕がある場合。
スツルーツとの謁見も、許すことを名言。
ただし危険性があるため。
スツルーツの端末として作った、体の一部との謁見だ。
スツルーツくらいの神格になると、細かい分身体を作り出す事が出来る。いわゆる分霊である。
その分霊を使って、様々な意見を「直接」聞く。
昔なら兎も角。
中枢管理システムのバックアップを受けた今ならば。
意見を聞くことも、出来るだろう。
それだけのマルチタスクを、実施できるという事だ。
「余からは以上だ。 これから余はスツルーツでは無く最高神と呼ばれるが、余のあり方は今までと変わらぬ。 何か不備があると思えば意見せよ。 余も不備があると思えば、それに対応しよう」
戴冠の義は、それで終わる。
神々が帰って行く中。
引退を表明した元最高神は、スツルーツに言う。
「何故、朕がこのタイミングでそなたに権力委譲をしたか分かるか」
「いいえ。 もっと遅くなるかと思いましたが」
「一つ前までの宇宙は、殺し合いの世界だった」
スツルーツも分かっている。
それに対する強い罪悪感を、元最高神が抱えている事も。
だが、元最高神は。
意外な事を言った。
「朕はもっと早くに気がつくべきだった」
「貴方はあの絶対神の影につきまとわれていました。 こればかりは、仕方が無い事だったでしょう。 自分以外の存在を、物質どころか光さえ許さぬ最悪の神格。 あの絶対神の再来に備えるためには、どうしても力が必要だった」
「そうなのだがな。 絶対神は、どうして魂の海にだけは手を出さなかったと思う」
「何故でしょう」
元最高神は言う。
絶対神を殺した後、分かったことなのだが。
絶対神は、何処かで死を求めていたのだ。
自分を完全に否定していた。
だから、いずれ自分を殺せるものが、現れる事を期待していた、というのである。
これには元最高神も、殺した後驚いたという。
「絶対神は、自分だけを絶対肯定していると思いましたが……」
「いや、自分を絶対肯定していた事に間違いは無い。 つまり、自分の考えを絶対肯定していた。 その中には、自分を消し去らなければならない。 それも自分より強い相手によって、というものがあったのだ」
「狂気に満ちていますね」
「そうだな。 元々人格が分裂していたが、それを破滅に満ちた思考回路の主人格が統合していたようだからな。 だから朕に倒されたとき、奴は安堵を浮かべていた。 その時、なんと悲しい奴だと朕は思った。 そう思わされてしまった。 己の破滅をも、究極の孤独の中で願い続けていたのだからな」
そうか。
そうなのか。
何となく、スツルーツには分かった。
恐らく元最高神は、スツルーツに可能性を見た時。
やっと絶対神がもたらした呪いから解放されたのだ。
スツルーツが背負うものは大きい。
だが、スツルーツは背負わなければならない。
他に出来る者がいない。
ナンバーツーの神でさえ、あまりにも力不足。まだ神としては若い部類に入り。戦闘にこれ以上もなく長じているスツルーツは。
識見という武器を手に入れたとき。
元最高神が認める存在になった、ということだろう。
その場に一人になる。
さて、戻るとしようか。
元最高神は、完全に引退。
これからやらなければならない事が、いくらでもある。
まず空間スキップを繰り返して、要塞化した自宅へ。中枢管理システムと接続。これも、かなり複雑な経路を使って接続している。
要塞に入り込まれるのを防ぐためだ。
今後、スツルーツは。
基本的に分霊体を出して、外での出来事に対応する。
これはしばらくは、政情不安定になる可能性があるから、である。
最高神が引退し。
力を引き継いだ今。
一番危ない。
此処でスツルーツが倒れたら。
完全にカオスが到来する。
絶対神が支配していた時代と同レベルのカオスが、である。
いや、あれは虚無とでも言うべきか。
まあとにかくだ。
中枢管理システムと接続。現状について確認した。
「現在の状況はどうなっている」
「予想より遙かに混乱は小さいようです。 むしろ、最高神の演説については、多くの鬼が肯定的な意見を示しています」
「そうか。 別に理解されようとは思わないが、今後も多くの視点からの情報を手に入れていきたいものだ」
システム変更は最小限。
そもそも元最高神も、中枢管理システムの外付けCPU扱いだったのだ。
今後スツルーツもそうする。
それだけである。
「今の宇宙が終わるまでに、相当数の鬼を増やすことが出来ると試算があるが、それについてはどう見る」
「文明に対してマクロ的な視点からの幸福追求を行い、無意味な破壊を避けた結果、現在宇宙にはアーカイブに観測されて以降、最大の知的生命体と文明が存在しています。 鬼の数も、歴代最高の増加を見せています。 次のビッグバンが起きるまでには、相当数の鬼が増えるでしょう。 魂の海から現れる神々や鬼についても、順調な数で推移しています」
「ふむ……」
順調だ。
後は、スツルーツがヘタを打たないようにすればいい。
SNSに接続する。
スツルーツ自身に対する意見は割れている。
否定意見もある。
元最高神のように、自分はおおっぴらに姿を見せない方が、威厳を保ちやすい、というものもあった。
実際スツルーツは、分霊体を今後彼方此方に活動させるつもりだし。
どんどん自分から改革に関わっていくつもりだ。
これについても反対意見がある。
暴君と呼ばれるものは、大体名君を目指して挫折した結果なる、というものだ。
つまり元最高神のように大まかな方法だけ決めて。
そして他は現場に任せろ、というのだろう。
それも考えの一つとしてはあるが。
スツルーツの考えでは無い。
いずれにしても、今の宇宙では、大まかな方針は堅持する。
混乱を避ける意味もある。
ただでさえ反乱騒ぎが起きた直後だ。
まだ残党がいる可能性もあるし。
元最高神の施政には、不満も小さかった。それに、そもそもスツルーツも、元最高神の方針を継続していくつもりなのである。
大きくは変える気はない。
「念のため、神々に対しての監視は続けておけ」
「分かりました。 反乱を起こそうという神々は今の時点ではいないように思われるのですが」
「前に反乱が起きたとき、お前は予知できなかった」
「その通りです。 監視については、今後様々な鬼から意見を得つつ、監視AIを強化していきます」
概ね満足できる返答だ。
とりあえず、こんな所か。
分霊体を四つ作る。
いずれも耳目となる、分身。
情報も全てが共有される。
スツルーツにとって。
これらは潰されても大した痛手にはならない。性格も同じだ。マリオネットといえば分かり易い。
ただし、耳目を持つマリオネットで。
今後、方々で活躍して貰う。
もしも有用なようなら。
更に分霊体を増やすことになるだろう。
いずれにしても、死に直結するから、本体をしばらくは外に出せないが。
こればかりは仕方が無い。
分霊体達に指示。
「中枢管理システムへの支援は余自身が行う。 そなた達は、それぞれ神々の所や鬼達の所を回り、話を聞け。 そなたは意見相談を受けよ」
三名には監視役。
意見相談に一名。
この配分で良いだろう。
分霊体は早速外に出る。その気になれば、この分霊体にも力を与えて、他の神格を圧倒できる戦闘力を付与できるが。
今は必要ない。
続いてやるべき事は。
今までにSNSなどで上がって来ている改善案についてだ。
一通りまとめた後。
SNSで発言する。
「様々な意見、此方としても興味深く受け取っておく。 ただし、皆知っての通りあの世は人手不足だ。 最低でも今の宇宙が終わるまでは、人手不足が解消することはないという説が根強い。 現時点では、宇宙にマクロ的な幸福を撒くことが限界なのも、それが理由だが。 次の宇宙では、皆の意見の中から良いものを取り入れつつ、ミクロ的な幸福についても考えて行く予定だ」
「つまり、ミクロ的な幸福とは」
「因果応報を法則として確立する」
ざわめきが起こる。
確かに、物質文明では理不尽そのものがルールだった。
矛盾の塊の知的生命体が。
矛盾まみれの自分を無理矢理肯定し。
その結果周囲を焼け野原にして来た。
それが物質文明というものの本質であって。これを変えるには、法というものが、法則として機能しなければならない。
つまり因果応報である。
悪事をすれば報いが降り。
善行をすれば報われる。
現在の物質文明では、善行を働けば馬鹿にされ。
悪事をするものがもてはやされる。
それが当たり前の事になっている。
ピカレスクロマンなどと言ったジャンルの文学を見ればよく分かるが。知的生命体という存在は、基本的に邪悪に憧れ。
弱者を踏みにじり。
痛めつける事をこれ以上も無いほどに好むものなのだ。
大なり小なりその傾向はある。
だからこそ。
法則でそこにくさびを打ち込まなければならないのである。
物質生命体を変えるには。
因果応報というものが、働く必要がある。それには今のあの世の人手不足では不可能だ。次の宇宙から、になるだろう。
遠い未来にも思えるが。
既に元最高神の体制は、十二回のビッグバンを経ている。
そして今の宇宙は。
ようやく来た平和。
すぐに何でもかんでもは出来ない。
世の中とは、そういうものなのだ。
「皆も心せよ。 邪悪残虐暴虐陰謀が好まれる宇宙は今のものまでだ。 次の世代からは、因果応報が宇宙の法則として組み込まれる。 その時、物質生命の世界は、変わる事だろう」
物質文明が、自力でそれを成し遂げるのは、残念ながら不可能だ。
スツルーツが変える。
そして、その時には。
あの世も、変わっていることだろう。
転生という事も。
意味を大幅に変えている事は、間違いなかった。
(続)
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