終わりに向かう世界

 

序、収縮開始

 

必ずしも、全ての平行世界宇宙が同じように膨張しているわけではないように。同じように収縮するわけでもない。

ビッグバンが起きるタイミングだけは同じだが。

収縮し始めるタイミングについては。

それぞれの宇宙で違っていたりもする。

今、空白に近い状態の宇宙の一つが。

収縮を開始した。

この宇宙は、ビッグバンに失敗した宇宙の一つ。

殆ど物質が生成されず。

すっからかんのまま、実験用に監視だけされていた宇宙なのだけれど。宇宙開始から130億年少しで、早くも収縮を開始してしまった。

これほど早いケースは珍しいが。

過去になかった、というわけではないので。

今回も、監視班は別に驚いてはいなかった。

宇宙は膨張の後。

最終的に収縮する。

その結果、発生するのは。

ビッグバンである。

ビッグバンが発生するタイミングは、どういうわけか平行世界全てで同一なのだけれども。

その仕組みについては、非常に複雑な理論が絡んでくるので、私にはまだよく分からない。

少し前に。

あの世で大騒動があった。

私も利用している中枢管理システムも、何だか乗っ取られただのなんだので大騒ぎになったけれど。

最終的には最高神が勝ったことで。

全てが綺麗に収まった。

私はまだ下っ端の鬼なので。

そんな争いに巻き込まれたらひとたまりもない。

幸い、いつも不機嫌そうなことで知られる破壊神スツルーツの活躍で、殆ど被害は出なかったらしいので。

私としても一安心である。

私みたいな下っ端は。

こういうときは、右往左往している事しか出来ないし。

他にどうしていいかもよく分からない。

あの世の公務員、鬼。

生前中学生だった私も。

あの世で鬼になってからは、お仕事をしている。

そしてこの間鬼になったばかりなので。

まだ分からない事だらけだ。

今しているのは、空っぽの宇宙の観測。そして、その観測で、宇宙の収縮が始まった事が分かって。

上司にタブレットでレポートを出す。

そうすると、上司も。

すぐに対応を始めた。

何かすることがある場合は、中枢管理システムか、もしくは上司がすぐに指示を出してくれる。

あの世の職場はホワイトだ。

物質世界では。

今、仕事をすることが死に向かうような状況が作られていて。

ブラック労働が常態化しているけれど。

私が働いている職場は。

精神的には色々大変だけれど。

パワハラも違法残業も無いし。

仕事そのものも、極めて簡単。少なくとも、鬼になった私のスペックなら、どれも問題なくこなせるものばかり。

休みもきちんと貰える。

今回も、イレギュラーな事態が起きたけれど。

私は特に仕事をしてから帰れと言われるようなことも無くて。

レポートだけ出して終わりだった。

これが物質世界だったら。

多分大残業で地獄を見ていただろう。

あの世では上位になれば能力が上がり。

上がった能力に応じた仕事が割り振られる。

私みたいな鬼に成り立ては。

そんな仕事は回されないのだ。

今日の仕事は終わりなので、そのまま家に帰る。

冥王星の衛星であるカロンに私は家を持っているのだけれど。私の力量でも、帰るのはそれほど時間も掛からない。

カロンはギリシャ神話の冥府の渡し守だとかで。

三途の川みたいな概念は海外にもあると言う事がわかって。

興味を持って、此処に家を持つことにした。

冥王星は準惑星に降格させられてしまっているけれど。

私としては、別に精神生命体になってから、冥王星がどうこう変わったわけではないと知っているし。

何より地球が見えないくらい遠いので。

此処で良い。

なお、私の職場は。

此処から二十六光年も離れているのだけれど。

出勤退社も一瞬だ。

これもとても嬉しい所だった。

家に帰ると、サポートAIが待っている。

蝸牛の形をしている私が、リラクゼーションプログラムを起動してくれというと。すぐにサポートAIは対応してくれた。

私はあんまり音楽は好きじゃ無い。

私が生きていた時代、音楽はどんどんおかしな方向に追いやられていた。普通に歌うのさえ駄目、とかいう変な話まで出始めて。

それで音楽は好きでは無くなった。

あの世では、それもない。

だから、色々な音楽を流している。

今日は聞いた事がないレゲエというのを流しているけれど。

結構良い感じだ。

好みかも知れない。

不意に渡されているタブレットが鳴る。

中枢管理システムからの連絡だった。

「アケミさん、よろしいですか」

「はい」

「これから、宇宙収縮という事象を観測することになるので、予習をお願いいたします」

アーカイブを指定される。

わかりましたと応えると、通信を切って。

ふうと溜息。

人間の頃のような苦行は無い。

精神生命体になると、勉強は食事だ。情報を食べる事によって、鬼は強くなって行くからだ。

しかも食べた情報は。

基本的に忘れる事も無い。

だから情報を取り込むのは楽だし。

なんと予習をしても、その分が仕事としてカウントされるので、その分のお休みも貰えるのである。

あの世は人手不足だ。

だから、基本的に。

こうやって、凄く人材を大事にしているらしい。

物質文明とは偉い違いである。

あっちだったら使い捨て使い殺しにして。

人材がいないとか頓珍漢な事を大の大人がほざいていたりしたのだけれど。

あの世ではそれもない。

少し前にちょっと混乱があったけれど。

それも収束した今になってしまうと。

結局の所、ここに来て良かったなあと、私は思うのだ。

この世は苦界だ。

ある僧の言葉らしいけれど。

古い時代でさえそうだった。

私の生きていた時代は、技術やらインフラやらが整っているのにもかかわらず、それ以上に酷かった。

そんな中でも楽しむべきだ、なんて言葉もあったけれど。

楽しむ前に死ぬ。

そんな時代なのだ。

やっていられない、というのが素直な所で。

正直な所。

トラックに轢かれてあの世に来て。

そして面接で余計な事を言わなかった事や。

クラスで嬉々として同級生達が行っていたイジメにも荷担しなかったことが評価され。そして鬼になって。

私はむしろ、ましで充実した世界に来ている。

姿は蝸牛になってしまったけれど。

それでも、あの世に来てから、身繕いはまるで気にならなくなったし。

それでいいと思っている。

ぶっちゃけ、流行とかを追っていくのは大変なのだ。

やれリップがどうの。

やれ流行りの服がどうの。

そういうのを本気で追求していくと。

親にねだるだけでは、お金も足りなくなる。

最終的には、おっさん相手に体を売る子や。薬を売ったりして、小金に変えたりする子も出てくる。

それが現実だ。

昔は、学校で立場が弱い相手から、カツアゲと言って金を巻き上げていた事もあったらしいけれど。

それはもうすっかり廃れた。

犯罪になるケースが多く。少年院にぶち込まれるからで。

まあ警察も小遣い稼ぎとして目をつけたのだろう。

先輩の中には。

「カツアゲくらいで逮捕されるのは腑に落ちない」とか抜かしている輩もいたし。まあ人間というのはそういう生き物という事だ。

人間を止めて良かった。

私は正直。

今は本気でそう思っている。

勉強を始める。

黙々と情報を吸収。

宇宙がどうして膨張した後、収縮に転じるのか。

その理論について、微細な所まで全て覚えていくのだ。

結果、色々と面白い事も分かってくる。

人間時代だったら、その場で眠ってしまっていたかも知れないけれど。今は、情報はごはんだ。

ケーキバイキングにでも来ている気分である。

理論は一応全て引き出せるようになった。

その後は、参考資料も情報として取り込む。

これはその理論を、更に分かり易く、理解しやすくするもので。

私のようなお馬鹿には丁度良いものである。

参考資料を喰うことで。

何となく情報として、理解出来るようにはなった。

情報を引き出せると。

情報を理解出来るとでは。

雲泥の差があるのである。

とりあえず情報を理解出来た。何となく、だけれども。

難しい理論を幾つも把握しなければならなくて。

大変だった。

確か私の生きていた地球の物理は、まだまだ完全に真理に到達できていなくて、ビッグバンが「主流の論」に過ぎなかった筈だが。

それも納得である。

非常に複雑な理屈で。

把握するので精一杯だった。

鬼になってから、物質生命なんて比較にもならないスペックが備わったというのに、これである。

人間だと、まだまだ当面真理には到達できないだろう。

さて、次だ。

レポートを出して、中枢管理システムに休暇を申請

予定通り、休暇を貰えたので、万々歳。

家でぐったりする。

まだレゲエの音楽が流れているので、それはちょっとどうしようかなとも思ったけれど。

どうせだし、そのままにしておくことにした。

一眠りして。

そして起きる。

目が覚めた頃には。

丁度良い時間になっていた。

文字通りの快眠。ストレス零。

鬼は基本的に眠らないので、こういったリラクゼーションプログラムの力を借りて、娯楽として眠るが。

それが完璧に機能したことになる。

「出勤の時間です」

「分かってる」

姿はこのままでいい。

制服として、地球人が想像するような鬼の姿になる場合もあるのだけれど。私の職場はそのままの姿で大丈夫だ。

蝸牛の姿のまま。

現地に出勤。

空間スキップと、マスドライバを使って、ほんの一瞬で到着。

遅れも無く。

引き継ぎも済ませて。

すぐに仕事に取りかかった。

「アケミさん、例の宇宙の観測を続けてね」

「分かりました」

上司、巨大ならせん状の姿をした存在に、丁寧に指示を受けて。仕事を始める。

幾つかのコンソールに情報が来るので、それを精査して、レポートにまとめる、という仕事だ。

レポートはタブレットを数操作で出来てしまう。

とても簡単で嬉しい。

中学だと、こういうレポートはやったことがなかったけれど。

親が四苦八苦していたのは知っているので。

それで楽なのは嬉しいなと思う。

ちなみに親は揃って交通事故で死んでしまったので、親不孝も何も無い。二人とも転生を選んだようなので、今頃何処かで幸せにやっていることだろう。

状況を調べていくと。

収縮を開始した宇宙は、ほんの少しずつ。

内部にあるエネルギーが、上昇し始めている。

物質に殆ど転換しなかったエネルギーが。

その密度を上げはじめているのだ。

なるほど。

観察していると、色々と面白い事が分かる。

ちなみに、もう少し上位の鬼達は、現地に出向いて調査をしている様子だ。何を調べているのかはよく分からないけれど。

私の仕事には関係無いし。

何より把握できない。

ゆっくりと、エネルギーの密度が上昇していくのを確認した所で、今日のお仕事はおしまいである。

レポートを出して、引き継ぎ。

上司も頷いてくれた。

「覚えが早くていいね」

「有難うございます」

「これからもよろしく。 あの世には、人材が幾らでも必要だからね」

そうか。

だったら、私は。

必要とされているんだな。

社会から。

そう思うと、少し嬉しい。

物質世界では、ちょっと事情が違った。

必要とされていたのは、個々の人間ではなく。

都合良く会社の奴隷として働き。

それでいながら会社の利益を「自主的に上げられる」者だった。

そんな都合が良い生物いるわけもないのに。

「人材がいない」と、社会の上の方にいる人達はわめき散らしていて。

中学生にさえ、馬鹿にされていた。

馬鹿じゃ無いの、と。

それに、此奴らが中年層を散々リストラした結果、中年層の人材がごっそりいなくなったのに。

社会の基盤になる中年層がいないとかほざいている社長とかもいて。

それらも馬鹿にされていた。

お前達が何をしていたのか忘れたのか、と。

中学生でも知っている事だ。

あの世では、それがない。

それだけでも。

私はマシな世界で、生きているのかも知れなかった。もう死んでいるけれど。鬼としては、生きている。

 

1、終わりに向かう宇宙の姿

 

普通、宇宙は光の速度で膨張し。

光の速度で収縮する。

膨張すれば当然のごとく密度は薄くなっていく。

逆に収縮すれば、密度は濃くなっていく。

この辺りは、勉強して覚えた事だ。

だから宇宙が一次元にまで収縮したビッグバンの時は。極限の熱量が宇宙を満たしていたのだ。

それはエネルギーそのもので。

やがてそのエネルギーが。

色々な要素を経ながら、物質へと変化していき。

その物質も、色々と変化しながら。

複雑な物質へと代わっていった。

私が生きた宇宙ではそうだった。

だけれど、このビッグバンに失敗する宇宙もあった。

我々が目に出来るのは、平行世界という。別の可能性で誕生した宇宙だけなのだけれども。

それらの宇宙でも。

ごく低確率で、ビッグバンに失敗し。

宇宙がスカスカのカラカラになってしまう。

そういったすっからかんの宇宙は。

実験に使われたり。

或いは、最高神のおうちになったり。

とにかく、誰の迷惑にもならないという事を、却って重宝されるようだ。

私には、それしか分からないけれど。

それでも分かるだけ嬉しい。

とにかくだ。

順調に収縮している宇宙を今日も観察して、レポートを作る。そしてその合間に。興味が出てきた情報を、アーカイブからどんどん吸収する。

人間時代のスペックはあんまり関係無い。

私は人間時代。

精々中の下程度の勉強しかできなかったけれど。

今は物質世界のスパコンなんて、鼻で笑える程度の処理能力は持っている。

元天才だって、発想力はともかく。スペックで言うと、他の鬼達にはまるでかなわないという。

そういう世界なのだ。

上司が声を掛けてきた。

「これから、我々のチームが現地に行くので、アケミくんは万が一の事態に備えて、中枢管理システムへの連絡を準備しておいてね」

「万が一、ですか」

「少し前に反乱騒ぎがあっただろう。 何かと物騒だからね。 我々は常に通信を送っているけれど、それが途切れたら即座に中枢管理システムに連絡を入れてしまって構わないからね」

「分かりました」

これらの発言も全て記録されている。

もし文句を言われても。

中枢管理システムは味方してくれる。

そういうものだ。

とても有り難い説明を、赴任するときに情報として喰っている。こういう風に、しっかりした職場体制なので。

パワハラだのセクハラだのは起こりようがない。

というかそもそも性欲が存在しないので。

セクハラも起きようがない。

鬼は亡者をスカウトするか。

魂の海から勝手に生まれるか。

そのどちらかでないと。

誕生しないのだ。

神々も同じ。

そうやって考えてみると。色々と、あの世は物質世界とは違っているなあと思う。

まあ、個人的は何でも凄い、とは思わないけれど。

色々と、人間の要素が残っていて欲しかった事もあったし。

それに上位の鬼になると、すごく仕事が忙しくなるようで、病院は大忙しだとも聞いている。

トラウマを物質世界から引きずってきてしまう人もいるらしい。

私には、幸いそういうのはないので。

今の時点で病院にお世話になる事はなさそうだけれど。

トラウマ持ちだと、精神世界では大変だろうな。

そう思ってしまう。

さて、監視だ。

収縮しつつある宇宙に出向いた上司達は、其処で色々何かやっている。監視用のシステムを構築し。

更に作業を進めている様子だ。

多分、監視用のシステムを、護衛するシステムを作っているのだろう。

色々大変だが。

実際には、全部パッケージ化されているとかで。

ほとんどおいてくるだけで良いらしい。

監視をしながら。

暇なので、その仕組みについてもアーカイブから情報を吸収しておく。別に機密でもなんでもないので。

情報はあっさり得られた。

なるほど、面白い。

マルチタスクは鬼には難しくも無い。

ましてや通信が切れていないか確認するくらいは、私のようなド下っ端にも出来る。通信はしっかり健在。

上司達は、真面目に仕事を続けている。

やがて、設置作業完了。

これから大体130億年掛けて、この平行世界宇宙は一次元になっていくのだけれど。

何故かそのまま一次元で停滞。

そして、他の宇宙と同じタイミングで、ビッグバンを起こすのだという。

その辺りの仕組みについても、理解はしたが。

教えろと言われると少し難しい。

通信については健在。

上司達は、周囲を不必要なくらいに警戒しながら。

監視装置のテストをしている。

やがてそれも終わり。

上司達は戻ってきた。

「トラブル無く作業終了、と。 良かった良かった」

「お疲れ様です」

「アケミくん。 レポートを出しておいてくれる?」

「分かりました」

レポートと言っても、私が監視した範囲内でのものだ。

上司は上司で、自分がやった事のレポートを出す。

これによって齟齬が出ているかすぐに分かる。

勿論中枢管理システムが、あり得ないほどの凄まじい処理能力で、一瞬で全てを判断するので。

こっちでああだこうだつきあわせて話をする必要がない。

メンテの時は地獄を見るらしいけれど。

使っているときは本当に有り難い代物だ。

引き継ぎもすぐに終わる。

軽く話して、それだけだ。

トラブルは向こうでも起きなかったらしいし。

ログを見る限り、特に問題は発生していない。

もしも、この間のように中枢管理システムが大規模ジャミングを受けるような事があったら、その時はその時。

私にはどうにもできない。

「では、これで引き継ぎも終わりだね。 お疲れ様。 今日は帰って大丈夫だよ」

「分かりました。 それでは」

頭を下げて。

家に帰る。

家に着くと、アーカイブにアクセスして、ニュースを確認。

なんでも、ある星間文明が、かなり大規模な軍事衝突状態に突入。二つの勢力が、殲滅戦を始めているそうだ。

今まで煉獄から確率操作でそれを避けていたらしいのだけれど。

なんでも宇宙コロニーを本星に落下させるとかいうとんでも無い作戦を実行しようとしているとかで。

即座に止めに入る事が決まったらしい。

勿論、表だって止めるわけでは無い。

双方の主力兵器を一瞬にして消滅させ。

落とそうとしているコロニーの軌道修正を此方で強引に実施。

首脳部を全員「自然死させ」。

更に穏健派が首脳部に座るように、調整をするそうだ。

結構な介入だと思うのだけれど。

そうしないと、本当に文明そのものが終わってしまう。

宇宙をよくするために動く。

それがあの世の基本だ。

このような事は実施させてはならない。

それ故に、やらざるを得ないのだろう。

なお、動くのは上級鬼が数名。

私も知っているあのスツルーツ神は、今回は動かず、この間受けたダメージを回復するためにお休みだそうである。

最高神を守るために結構な手傷を受けて。

それでもなお頑張ったという事で。

まあ当然の報酬だろう。

最悪の状態に備えて、それでも何柱かの神が、事態がさらなる悪化に向けて動いた時に備えて介入の態勢を整えるらしいけれど。

それは私にはあまり関係のない話。

ポテチでもあったらつまみたいところだけれど。

今はそんなものないし。

こうやって情報を喰らうのが、そもそもポテチをつまむような行為なのである。

SNSを確認。

あまり話題になってはいないが。

一部では。この文明について非常に批判的な意見も多かった。

まだ宇宙に出すべきでは無かった、というのである。

まあそれも分かる。

ちなみに物質世界の地球も。

確率操作をして、宇宙進出しないようにしているようだ。

これは当然の話だろう。

今の地球人類が宇宙に出ようものなら、SF映画のエイリアンがごとく、蝗のように周囲の物資を喰い漁り、手当たり次第に殺戮を繰り返す、残虐非道なクリーチャー以下の存在になるのは確定である。

今問題になっている星間文明も。

まだ宇宙に出るのは早かったのかも知れない。

そういう意味では、地球の文明とどっこいどっこいの存在で。確かに宇宙に出すのは早かったのだろう。

いずれにしても、リアルタイムでの対処映像を見ていく。

コロニーを落とそうという勢力の画策は失敗。

主力兵器に構造的な欠陥が即座に発見され、しかもまともに動かない事が分かってしまったのだ。その上一斉に「謎のウイルス」によって主力兵器の稼働用OSが全滅。全て鉄屑と化した。

かなり無理な介入だが。

もしコロニーが落ちていたら、その星の文明は消失。人口の半分が死んでいただろうから、まあ当然か。

更に、双方勢力の過激派が、一斉に「自然死」。

本来は此処まではやらないらしいのだけれど。

今回は文明消滅の危機だ。

かなり強引な手を使って、やらざるをえないと、判断したのだろう。

これもまあ当然だろうなと、私はぼやく。

何しろ、チキンレースのあげく、種族の破滅に突き進んだ連中である。その理由もプライドだとか、選民思想だとかである。

死ね。

そういいたくなる。

でも、あの世はギリギリまで確率操作で状況を調整しようと図った。それでも無理だったから、強硬手段に出たのである。

これはもう。

仕方が無い。

ほどなく、大規模戦争は、火が消えるように収束していった。

どっちもなんで殺し合っていたのか分からない、というような風情で、戦線を下げ始め。双方の穏健派が、状況を説明し合い。

そして、一旦休戦と相成った。

ここからが大変なのだろうけれど。

まあ、これ以上の介入は、現時点では行わないのだろう。

それでいいと私も思うし。

あまりに介入しすぎても、その星の人間は何もしなくなってしまうだろう。

物質文明の地球で、あるヒーローが流行ったとき。

どうせそのヒーローが解決してくれるだろ、みたいな厭世的な空気が流れた、という情報を見た。

だが、そのヒーローの番組内で。

その厭世的な発言をした男を。

ヒーローは殴り飛ばした。

そのヒーローは。

人間が努力を最後までして。それでもどうにもならなくなった時だけ、助けに来てくれる存在だったのだが。

世間には、それは伝わらなかった様子だ。

正直な話。

この星間文明への介入も。

それに近い構図に思えてくる。

アーカイブを見るのを止めて、少し寝る。

ちょっと大量の情報を一片に食べ過ぎた。仕事の時も、帰ってきてからも。

休みの時間はまだまだ結構ある。

眠って、起きるくらいの間は。

ゆっくりしていても、大丈夫だろう。

 

職場に出る。

特に休んでいる間に喚び出し、とかは発生しなかったけれど。ただ、私が出たときには、どうしてか職場がばたついていた。

何かあったな。

そう思っていると。

上司が飛んできて、引き継ぎをする。

文字通り飛んできたので、ちょっとびっくりはした。

「アケミくん、時間通り来てくれて有難う。 いつも通り監視をしてほしいのだけれども、ちょっと問題が起きていてね」

「はい」

「データがかなり複雑になると思うけれど、逐一レポートを取って、中枢管理システムに送って欲しいんだ。 我々は今から、例の宇宙に出かけて来るから」

「分かりました」

上司達は、ヘルプできているらしい上級鬼数名と、一緒に空間スキップ。

これはただごとではないな。

残っている他の鬼達も、コンソールに張り付いている。

私も同じように、コンソールに張り付いて。

何だこれと、声を上げ掛けた。

宇宙の収縮が。

異常な速度で進んでいるのだ。

普通光の速度で宇宙は収縮するのに。

現在、この実験用空っぽ宇宙は。

通常時の五倍から六倍の速度で収縮し。しかも更に速度が上がっているのである。

何が起きている。

中枢管理システムに、細かくレポートを送る。

言われたとおりにしながら。現地に向かった上司達の様子も見る。

どうやら、監視システムの不具合を点検しているようだが。

幸い、監視システムは不具合を起こしてはいないようだ。

それは良かった。

問題はその後だ。

会話は、リアルタイムで、此方にも聞こえてきている。

「過去に同様の事例は」

「数例だけ。 その時は、加速が更に早まり、二億年ほどで此処と同規模の宇宙が一次元にまで収縮しました」

「機械類は撤去した方が良さそうですね」

「そうですね。 此処に置いておくと、高エネルギーで駄目になる可能性がある。 別に宇宙の外側からでも観測はできますからね」

連絡をしている上司達。

多分中枢管理システムとやりとりをしているのだろう。

中枢管理視システムは。

しかしである。

どうやら、その判断に異を唱えたようだった。

「ギリギリまで残せ!?」

「はい。 これは極めて珍しい現象です。 機械類はまだ当面耐えられますし、破損したところで大きな損害にはなりません。 人的被害も生じません。 まだ数例しかない宇宙的現象です。 記録は詳細に残しましょう」

「……分かりました。 いずれにしても、撤退します」

「そうしてください。 以降、この宇宙は危険度が高いとして、入る事を禁じます」

そうか、まあそうだろうな。

細かくレポートを送っていくが。

既に収縮の加速度は七倍を超えている。このままだと、本当に二億年ももつのだろうかと、不安になる。

なおこの宇宙。

もともと楕円形をしていたのだけれど。

かなりいびつな収縮の仕方をしているようで。

空間が非常に不安定になりはじめている様子だ。

確かに危険だから立ち入り禁止、というのは分かる。

神々レベルになると、別に一次元でもなんら問題ないのだろうけれど。我々鬼は、ビッグバンの瞬間には特殊な空間シェルターに入る必要がある。

最悪の事態を避けるため。

なおかつ貴重なデータを取るため。

両方の意味でも。

この宇宙に、観測装置を使い捨てる意味はある、という事だ。

中枢管理システムの判断は、私から見ても正しい。

ただ、観測装置は結構お値段が張るそうだ。

そういう意味で、上司達は躊躇したのだろう。

空っぽ同然の宇宙でも、観測装置を作るくらいの物質はあるので、それは問題では無い。

問題なのは。

あの世の資源、罪を使う事。

罪は地獄に落ちた亡者から絞るもので。

これに関しては有限だ。

資源を使っている以上。

どうしても、無駄は避けなければならない。

だけれども、中枢管理システムが判断したのだ。

上司達は従わなければならないのである。

とりあえず、これで私は帰路につく。

上司くらいの立場だと。

休日を増やした上で、少し残業が入るかも知れないなと思ったけれど。見た感じ、上司達もレポートを出して、すぐに帰宅したそうだ。

24時間監視の職場ではないので、まあそれもそうか。

私はあくびをすると。

フトンに潜り込んだ。

蝸牛がフトンに潜り込むというのもおかしな話だけれど。

生前の習慣は。

こうして身についているものなのだ。

きっとトラウマを生前から引きずってきてしまっている子も。こういう風に、生前の悪しき習慣を。

引きずってきてしまったのかも知れない。

 

夢を見た。

私の時代は、終わりの時代だった。

何もかもが閉塞し。

刹那の快楽が流行し。

あらゆる全てが終焉に向かっているのが、誰の目にも分かった。

まったく見えない未来。

終わりしか感じない世界の動き。

そして、何もかもが使い果たされていく。

人的資源も。

物的資源も。

結果、加速度的に悪くなる世界の中。

それでも私は生きていた。

家族揃って、トラックにぺしゃんこにされるまでは。

両親が、どういう気持ちで、転生を選んだのかは分からない。私はまだなんだかんだで中学生だったから。

実際には両親がとても不仲で。

子供のことを考えて、表向き仲良くしていた、という可能性には、あまり思い当たらなかった。

ただ、私は物質世界に嫌気が差していたし。

今後就職も。

結婚も。

望み薄なのは知っていた。

結婚したって仕事はばりばりやらなければならないし。

子供が出来たら非常識と罵られるのが今の時代だ。

子供の目から見ても。

未来零。

希望も無い。

だから、私は。

転生よりも。

むしろ安定しているあの世を選んだ。

そしてそれは正解だった。

ただ両親と一緒に来たかったなあとは思うけれど。

それは贅沢というものなのだろう。

目が覚める。

起きだして、顔を叩いた。

まだ休みはある。

アーカイブに接続して、状況を確認。

どうやら、例の宇宙は。

既に光速の十三倍を超える速度で収縮しているようだ。この様子だと、更に加速していくだろう。

以前あったという、高速収縮宇宙のデータをアーカイブからひっぱりだしてみる。

これも最終的には、光速の一万倍を超える速度まで、収縮速度が上がっていたようだ。

不可思議な現象だが。

どうやら、物質が豊富にあり。

生物が大勢いる宇宙では、こういった現象は起きていないらしい。

アーカイブを見ると。

数件だけしか起きていない珍しい現象で。

それを考えると、まだ何とも言えないのだけれど。

平行世界がたくさんたくさんある事を考えると。

本当に珍しい現象。

それこそ、天が落ちてくるような、なのだろう。

更にちょっと調べて見ると。

この現象に関する論文が出てきた。

神々の作ったものだ。

それも、今生きている神々より、かなり古い。最高神が生存している一番古い神なのだけれども。

その次くらいに古い神の書いた論文である。

目を通す。

難しすぎて、すぐには分からない。

途中アーカイブを脱線して、何度も独自用語の情報を仕入れなければならなかった。だが、鬼のスペックなら、論文を全て読むのは難しくない。

これで一応大まかには理解出来たが。

それでも、まだまだ教えられるほどではないか。

ぼんやりしていると。

タブレットに連絡が来る。

中枢管理システムからだった。

「職場の配置転換が行われます」

「えっ。 私、何かミスしましたか」

「いえ、そのような事はありません。 下級の頃は、適性を見ながら様々な職場を移るのが普通です。 貴方もそうだというだけです」

「そうでしたか……」

相手はAI。

嘘などつかないだろう。

ちょっと安心した。

次の職場は、どうやらまた宇宙の観測をするチームらしいのだけれど。今度は、今いるこの宇宙の観測チームだ。

ちょっと観測しなければ行けないもののグレードが上がった感触である。

勿論仕事を断ることも出来るのだけれど。

私は受けた。

今いる宇宙がどうなっていくのか。

ちょっとだけ。

興味があったから、である。

それに、何よりだ。

もしも滅ぶなら。

その瞬間に立ち会いたい、という気持ちもあった。

すぐにアーカイブにアクセスして、必要な情報を習得する。

そして同時に。

少し増えた休暇を、どう潰すか。少し考えなければならなかった。

 

2、予兆

 

今までの職場と同じだ。

あの世での人間関係というか鬼関係というか。

とにかく関係性は極めて希薄。

精神生命体そのものがそうなので。職場でも、非常にシステマティックに。かつドライに作業が行われる。

サポートも、鬼が行うのではなく。

専門のサポートAIが側についていて。

質問をすればすぐに応えてくれる。

はっきりいって、学校の先生なんかより、何千倍も頼りになる。何でも聞けば即答してくれるし。

更に分からない場合は。

アーカイブを調べれば良い。

調べる時間は仕事にカウントされているし。

何もかもが楽だ。

私は幾つかの地点での、宇宙の状態を調べる仕事を任されている。空間は何でも振動しているらしくて。

その様子を確認することで。

膨張するか収縮するかが分かるそうである。

以前はこれを無理矢理に操作する事で。

宇宙の外側にある無を観測し。

更に無理矢理宇宙を拡張することにも成功したらしいけれど。

無に意識が存在していて。

これ以上は駄目だよと怒られてしまったとかで。

以降は無に対しての研究は、極めて限定的なものになっているのだそうだ。

もうこの辺りから、ついていけない世界だが。

アーカイブから取得した情報は、精神生命体という性質上決して忘れないので。一応理解はできる。

それで充分。

仕事上は、それだけ出来ていればいいのだから。

黙々と仕事に励む。

今の時点で、宇宙は光速で拡がり続けていて。何ら問題も起こっていない。

問題が起こるにしても。

予兆があるらしい。

それもないので。

現時点では、予定通り今いる宇宙は膨らみ。

そして千億年くらい後に収縮し始める、という事のようだ。

仕事が終わる。

この職場も制服は無い。

だから蝸牛の姿で私は仕事を続けていたけれど。

それも終わって。

引き継ぎだけをする。

数秒で引き継ぎ完了。

後は、帰るだけだ。

家まではちょっと遠くなったけれど。

それはそれ。

ちょっとの遠さなんて、精神生命体には何の影響も無いに等しい。すぐに家に着くことが出来る。

さっそくこの間まで調べていた宇宙を確認。

確かに、収縮速度がうなぎ登りに上がっている。

うわ、と思わず声が漏れていた。

サポートAIに、聞いてみる。

「ちょっといい?」

「何でしょう、アケミ」

「この宇宙が凄い勢いで収縮する現象って、今までほとんど記録が無いんだよね」

「その通りです。 アーカイブで見て知っている筈ですが」

突っ込みを入れられる。

まあその通りなので、黙るしか無い。

不安になったので、聞いただけなのだが。

こういう所はAIだ。

融通が利かないのは、仕方が無いとしか言いようが無い。

確かに、今までは数例しか無かった。

だが、新しく出てきた例。

今までと同じ条件で起きているとは言え。

そもそも例の数が少なすぎる。

統計というのは、確か十万くらいはデータがないと成立しない、という話を聞いたことがある。

アーカイブで調べて見たが。

確かにそうだ。

そうなると、今いる宇宙でも。

この惨禍が起きても、なんら不思議では無い、ということではないのだろうか。

一応理論上はあり得ないようだけれども。

それも本当なのか。

後付けの理論なのではあるまいか。

あまり、後付けの理論には良い思い出が無い。

私は死んでしまったから中学までしか行けなかったけれど。

女子のグループにおけるイジメの陰湿さは、目を覆うばかりのものだ。イジメの理由も、全て後付けだ。

イジメを行って、相手を痛めつけたい。

自分より下位におきたい。

楽しみたい。

そういう理由から、イジメを行う「理論」を創設し。

虐められた側が悪いという風にする。

鶏と同じレベルだ。

変質者と言っても良い。

だが、私の生きた時代では。

弱い方が悪いという理屈が強くなりつつあって。

この変質者の方が、正しい存在とされ。

弱い方には、何をしても良いという理屈が、暗黙の了解として存在していた。

私のいた学校だけじゃ無い。

SNSは、本音をぶちまけられる場所だ。だから誰もが本音で話す。

特に裏サイトなどと呼ばれる、学校のアンダーグラウンドでは。

イジメが如何に楽しいか。

誰をどう虐めるか。

そんな話し合いが。

日々嬉々として行われていた。

みな、後付けの理論だ。

楽しみたいからやる。

そうやって作り出された理論は、弱者を容赦なく踏みにじり。死に追いやることも珍しくなかった。

後付けの理論が大嫌いなのはそれからで。

今見ている論文が、非常にまともなものだという事は分かっている。

だが、どうにも不安なのだ。

これは結局の所、起きた現象を説明した物に過ぎず。

後付けの理屈に過ぎないのでは無いのかと。

ちょっと気になったので。

この論文について、少しばかり調べて見る。

SNSなどでも意見を聞いてみるが。

その中で面白いものがあった。

「理論的にはこの論文は完全に正しい。 しかしながら、一つ疑問点が存在する」

「何でしょう」

「一つ前までの宇宙では、神々が盛大に殺し合って、宇宙がすっからかんになっていたのは知っていたと思う。 だが、宇宙がすっからかんになっても、その時点で収縮を開始する現象を発生させた宇宙は存在していない」

「!」

そういえば。

そんな話は聞いている。

前の宇宙までは。

闘争と錬磨が強さを産み出すという理屈の元、神々が銀河を消し飛ばすような攻撃を応酬し合って。

更に気に入らない文明は瞬殺するような事もしていて。

宇宙はすっからかんになっていたという。

強すぎる力を、何ら制御せずに振るっていたのだから、当然だとも言えるけれど。真の強さを得るには必要。

そういう理屈の元で。

この無茶な殺し合いは行われていたらしい。

ともかくだ。

そうやって、すっからかんになった宇宙でも。

収縮を開始することはなかったという事は。

どういうことなのだろう。

何か論文に穴は無いのか。

私はチェックしてみるけれど。

私のスペックではちょっと難しい。

何だか不安になって来たので。

SNSで、意見を募集してみる。

そうすると、知識をもてあましているらしい元学者や、膨大な情報を喰らっているらしい上級鬼が、参加してきた。

SNSは普段閑散としている事が多いのだが。

多分、何かしらの切っ掛けがあって。

興味を引かれると。

こうやって集まってくるのだろう。

「まだ下っ端の鬼なのに、面白い事に気がついたな」

「杞憂の類と切り捨てるのは簡単だが、確かに今まで判明している宇宙の歴史でも類例が少ない現象だ。 調べて見る価値はある」

「論文を確認したが、理論に穴はないな。 だが、それはあくまで観測したデータの範囲内だ」

「例外的事象が起きることは、否定出来まい」

意見が盛んに交換され始める。

こうなると、もう私は蚊帳の外。

しばらく見ているしか無い。

程なくして。

参戦していた、凄く詳しそうな人が、ぼそりと言う。

「今収縮開始している宇宙があるだろう。 あれでのデータと照合すると、どうなるんだ?」

「それ、私少し前まで観測していました。 理論上は間違っていません」

「そうなると参考にならないな。 今まで、空白宇宙で実験は行われていなかったのだろうか」

空白宇宙というのは。

私が前観測していたような、ビッグバンに失敗した宇宙のことだ。

すっからかんになってしまうので。

失敗宇宙とか、空白宇宙とか言われる。

まあ厳密な定義は無いので。

みんな好き勝手に呼んでいる、と言うのが正しい。

鬼のスペックでもちょっと焼き付きそうになる中。

それでも頑張ってSNSの議論を見ていく。

「昔は年がら年中殺し合いだったし、宇宙の収縮実験なんて、する暇がなかったんじゃないのかな」

「確かに、現象をデータとして格納して。 論文は後付けしただけだな」

「それは良いんだが、もしも普通に生物が存在している宇宙が、収縮を開始すると面倒だな」

「最悪の事態は想定しないといけないか」

宇宙を無理矢理維持することは理論的には可能らしいけれど。

それをやるには、あの世の資源である罪を消費することになる。

それに、無数にある平行世界だ。

あらゆる宇宙で、同じような事をするわけにも行かないだろう。

ふと思い当たる事があったので。

書き込んでみる。

「もしも生物がたくさんいて、発展している宇宙で、収縮が始まったらどうなるんでしょう」

「中枢コンピュータの判断次第だが、ひょっとすると住んでいる生物が気付かないうちに、空間スキップで別の宇宙に移動させてしまうかも知れないな。 いわゆる失敗宇宙に、だ」

「そ、そんな事が出来るんですか」

「多分造作も無い。 収縮する宇宙を無理矢理に維持するよりも、遙かに楽なはずだ」

すごい。

単純にそう思った。

だが、それ以上は口にしない。

以降は、まったくついて行けない難しい理論が飛び交う場になったので、さっさとSNSを出る。

それにしても、だ。

スペックが上がると。

こうも議論を聞いていて面白くなるのか。

もっとスペックが上がれば。

更に話について行けるようになるのかも知れない。

そう思うと。

力が足りない今の私は、ちょっと残念だし。

悔しいなとも思った。

 

仕事に出る。

一応問題は何も起きていない。

不安から、SNSで議論を振ってみたが。それも今はもう収束しているようで。出る前に見てみると。

もう議論している鬼も神々もいなかった。

話の流れをたどってみると。

やっぱり実験をしないとどうにもならない、というのが結論のようで。

今後、空白宇宙を利用して、実験をするのもいいなという結論が、大勢を占めていたようだった。

確かにその通りである。

今宇宙は平和だ。

この間ちょっと問題が起きたけれど。

私が生きていた時代の、地球の物質文明とは比較にならないほど平和で、安全な時代なのである。

人手不足らしいけれど。

今後問題が起きたときのために。

実験をして、対応策を考えておく必要があるだろう。

あの論文も、データに基づいて書かれているだけで。

完全に正しいかは、実験を複数回重ねないと確認できないようなのだし。

今の時点で、監視している分には、何の問題も無い。

監視さえ怠らなければ。

その間、アーカイブから情報を拾って、勉強をしていても良いという許可は貰っている。鬼としての力を増すためだ。

私はマルチタスクで情報を得ながら。

色々と調べていく。

少なくとも、今の宇宙は恐ろしいほど安定しているので、何ら問題はなさそうだ。

宇宙とは。

案外頑丈なものなのである。

この間、スツルーツ神が、反逆者とものすごい大立ち回りをしたらしいのに。まるで壊れる様子が無いのだから。

不意にアラームが鳴る。

うちのモニタじゃ無い。

監視している別の宇宙らしい。

別のといっても、平行世界だ。

無の壁の向こうにある奴じゃ無くて。

重なりあっている別の可能性を経た宇宙である。

話を聞いていると。

なにやら、面倒な事が起きたようだった。

「空間の揺らぎに変化!」

「データをすぐに中枢管理システムに」

「分かりました。 レポートを出します」

此方のモニターは。

問題ないか。

ちょっとそっちのを確認してみる。

そうすると、どうやら空間の揺らぎに変化が起きて。

いわゆる空間相転移が起きようとしているようだった。

規模としては、銀河が消し飛ぶレベル。

つまり、何とかして止めなければならない、という事である。

さっそく中枢管理システムが介入。

起きかけていた空間相転移を停止させ。

そして、空間の揺らぎは平穏に戻った。

滅多に起こらない事象らしく。

上級鬼達が集まって来て、色々とデータを採取していた。議論もすぐ近くでしているのが聞こえる。

「この辺りの空間って、前に何か事故が起きていましたか?」

「いえ、アーカイブを確認する限り、特に何も」

「ふむ、そうなると偶然でしょうかね」

「いずれにしても、監視体制を強化しましょう。 監視システムについても、数を増やしましょう」

結論もすぐ出た様子だ。

私にはいずれにしても介入権もない。見ているだけである。

いずれにしても、今はまだまだ下っ端。

私には、出来る事も。

分かる事も。

殆ど無いのが実情だ。

 

家に戻る。

不意に連絡が来たのは、その時だ。

中枢管理システムかと思ったら、違う。

職場からだった。

「呼び出しは掛からないと思うが、現在の宇宙にて異変が起きたので、知らせておくよ」

「何でしょうか」

「空間相転移未遂」

「!」

こっちでも起きたのか。

しかもアンドロメダの辺りで。

下手をすると、アンドロメダがまるごと消し飛ぶ可能性さえあったそうである。

ヤバイ。

もしそうなっていたら。

天の川銀河も無事では済まなかっただろう。

いずれにしても処置は既に終了。

下っ端である私には出来る事も無い。

話だけ聞いて終了だ。

ふうと嘆息すると。

サポートAIに確認する。

「上級とかになると、今ので出勤になるの?」

「ほぼ確実に。 或いは誰かしら神と一緒に現地に出向いて、処置を行うかも知れませんね」

「うわ、大変だ」

「でも、それによって、宇宙の平穏は保たれています」

平穏、か。

あくまでマクロの平穏だ。

私の世界はカスだったし。

改善の見込みも無かった。

致命的な状態になる場合だけ、介入はしていたらしい。

私もキューバ危機とか言うのは聞いた事があるけれど。

それについては、実はあの世から介入し。

全てを解決したそうだ。

まあ、確かに納得できる話である。あのまま核戦争になっていてもおかしくなかったし。人間の自制心のなさ加減を考えれば。

核戦争が起きる確率の方が高かったのだから。

そういうマクロの平穏は守ってくれるが。

結局弱者は誰も救われていない。

私も救われない弱者を嫌と言うほどみてきた。

神々は不平等なんじゃ無い。

平等に。

マクロレベルでしか救わないのだ。

そういうものだとしか、考えてはいけないのだろう。

もう一つ溜息。

本当に大丈夫なのだろうか。

空間相転移についても調べて見るが。

こんなに頻繁に起きるものでもないそうだ。

なお、神々が争っていた頃は。

おきても無視していたそうである。

何だか、色々とアレだ。

その時代に比べればマシなのだろうけれど。

それで満足してしまって良いのだろうかと、私は思う。何度も。だが、私には、何もできない。

アーカイブを確認。

ちょっと調べて見るが。

確かに、空間相転移未遂は、かなりの回数起きている。特に最近は、相当な数が集中的に起きているようだ。

好ましい事では無い。

これは、何かの前兆では無いのか。

私は予言者では無いけれど。

そんな風に考えてしまう。

休暇が終わったので、職場に出る。引き継ぎをして、監視に入ると。ログが大変なことになっていた。

まあ空間相転移が起きかけたのだ。

それも当然だろう。

それでもレポートは数操作で出来るし。

下っ端の鬼の作業はそう大したものでもない。

帰って行った前の仕事をしていた鬼を見送ると。私も、さっそく監視に入る。同時に、マルチタスクで、アーカイブに接続して、情報を取得。

詳しい情報を調べて。

空間相転移が起きそうになった時、どう対応するか。

情報を調べておく。

失敗例も見る。

失敗例といっても、基本的に致命的な事にはならない。

一定以上の危険な状況になると。

中枢管理システムが、勝手に介入するからだ。

ただ、対応としてまずいものはやはりある。

先にまずい対処例を見ておくことで。

次に同じような失敗をしないようにしておくのだ。

この辺りは、人間時代の知恵じゃ無い。

鬼になってから、アドバイスを受けて身につけたものだ。

あの世は人材を大事にする。

こういったアドバイスは、丁寧にしてくれる。私もそれで、仕事を楽にできるのならと。真面目に覚えたのである。

「アケミ。 ワーニングが上がっています」

「これ、問題のあるワーニング?」

「自動レポートはされますが、念のため注意してください」

「分かった。 ありがと」

サポートAIが、ちょっとしたワーニングでもいちいち警告してくれたので、忠告に従う。

ざっとワーニングを調べた後。

後でレポートでまとめて出せば良いと結論。

というか、このワーニングも、自動で中枢管理システムに飛んではいる。

もしも問題があったら。

此方に連絡が来るだろう。

ざっと作業を終えて。

引き継ぎ前に、レポートを提出。

さて帰ろうか。

そうしたときに。

事件発生。

引き継ぎを追えて、次の人が監視モニターについた瞬間。エラーが発生したのである。何だよもう。

ぼやきながら、モニターを見に行こうとするが。

上司に止められた。

「いや、君はもう帰りなさい」

「良いんですか?」

「今内容を確認したが、少し大きめのエラーだ。 最近頻発しているし、何か問題が起きている可能性が高い。 君は戻って、もしも呼び出しが起きたときに備えて精神力を蓄えておいてね」

「わかりました……」

まあ、そういうのなら。

そうさせてもらう。

だけれど、ちょっと心配だ。

本当に何か。

嫌なことが、起きようとしているのでは無いのか。

そう思えてならないのである。

家に着く。

アーカイブを調べると。

今後は大小マゼランの近辺で、大規模な異変。

空間相転移ではないけれど。

空間そのものに、何かしらの妙な変動が起きている。

すぐに正常値に戻ったけれど。

今、あの破壊神スツルーツが、様子を見に行って。数名の上級鬼と一緒に、調査を行っている様子だ。

スツルーツ神が出てくるとなると、尋常じゃ無い。

この間の戦いが原因なのだろうか。

あり得ないとは言い切れない。

文字通り、銀河が消し飛ぶ攻撃を、秒間何十万回と繰り出してくる敵。それを食い止め続けたというのだから。

しばらく様子を見ているが。

スツルーツ神は。不機嫌そうにしながらも。

結論した。

「問題はないが、しばらく不安定が続くだろう。 余とエンデンスの戦いの結果、不安定になった可能性は否定出来ん」

「根本対策はありますか」

「あったらやっている」

「失礼しました」

スツルーツ神は、とにかく怖い。

威圧感が半端ではないのだ。

上級鬼と言えば、私みたいな下っ端からすれば、それこそ桁外れどころじゃないレベルのスペックを持っているのだけれど。

それでも即座に土下座レベルである。

「とにかく監視を増やせ。 場合によっては、罪を投入して、宇宙の安定化を図る可能性も生じる」

「分かりました。 中枢管理システムにはどう対応を依頼しましょう」

「今の通りでかまわん。 ごねるようなら余が直接話をする」

「分かりました。 お願いいたします」

それで、調査チームは解散。

私はSNSを開く。

そうすると、案の定だ。

かなり騒ぎになっていた。

「ここのところの異変、おかしくないか。 立て続けにもほどがあるぜ」

「前の宇宙で、神々が争った後のデータってあるか? その時、宇宙はどんな風になっていたんだ?」

「調べて見たんだが、別に争いが起きた後も、不安定になっているような事は無いんだよなあ」

「そうなると、別の要因か?」

なにそれ。

結構まずいんじゃないのと私は思うが。

あまり危機感が無い様子で、SNSでは会話が続いている。

「スツルーツ神は、どうしてあの程度の指示で済ませたんだろう」

「前に戦いで、相当な手傷を受けたらしいぞ。 ひょっとすると、まだ判断力が回復していないのかも」

「余のことで随分盛り上がっているようだな有象無象」

ぴたりと、場が止まる。

スツルーツ神はSNSにも一応登録していて。

しかも本人である事を広言している。

まさかスツルーツ神を騙るなんて事、誰も怖くて出来ないので。間違いなくこの場に降臨したのは本人だ。

物質文明のSNSだったら笑いものにされていたかも知れないが。

あの世では違う。

スツルーツ神を怖れない鬼なんていない。

少し悩んだ後。

私が直接聞いてみる。

「まだ下っ端の鬼のアケミと言います。 スツルーツ神。 伺いたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」

「構わぬ。 申せ」

「はい、ありがとうございます。 今回の立て続けの災厄について、本当に安定化を図る、だけで良いのでしょうか」

「何か他に名案か?」

確かに怖い。

何というか、強烈な圧迫感を感じる。

相手はSNSの向こうにいるのに、である。

少し考えてから。

口にしてみる。

「今までの宇宙で、大きな争いの後も、こんな風に宇宙が不安定になった例はあまり無い、というデータがあるようです。 ましてや今回は、規模さえ大きかったようですが、短時間で終わった争い。 これが原因で、宇宙そのものに良くない影響が出ているのだとすると……」

「何かしら別の要因があると?」

「はあ、まあ。 そう感じました」

「ふむ、考えておこう」

スツルーツ神は話を聞いてくれる。

ちょっとだけ安心した。

居丈高に死ねとか言われるかと思ったのだけれども。

これ、ひょっとすると。

物質世界で、「常識がある」とか自称している大半の人間よりも、よっぽど話せるかも知れない。

あっちは定型文と見かけが全てだったけれど。

スツルーツ神は、此方が下っ端でも、きちんと意見を聞いてくれた。

更に、である。

「別の要因があるとして、何かしら思い当たる者はこの場にいるか」

「すみません。 前回の内乱騒ぎの時に、古き神が存在しているという噂が流れた、という事ですが……」

「噂では無い。 内乱の際に、内乱を起こした者どもが、アクセスを図っていたのは本当だ。 ただし、その古き神の存在自体が、実在するか極めて怪しい」

「本当……だったんですか!」

SNSが騒然とする。

だが、スツルーツ神が口にしたと言う事は。

別に隠すようなことでもなくなった、という事だろう。

しかも、無責任な話では無く。

存在する可能性が低いとまで断言している。

これはひょっとすると。

調査によって、其処まで突き止めているのではないのか。

或いは既に存在を確認していて。

無力無害である事を見極め済みだとか。

ちょっと考え込んでしまったけれど。

スツルーツ神は更に言う。其処で、思考はストップさせられた。

「というわけでな。 古き神の仕業、という事はあり得ん。 存在するか否かといえば否の可能性が極めて高い。 その上、現時点でこの宇宙に介入してきている可能性は零だ」

「零ですか」

「あらゆるデータを検証した結果零だ。 無による干渉についても、この間の戦いでデータを拾ってきたが。 其処から検証しても可能性は無い」

「……」

そうなると、何だろう。

もし、この宇宙が滅びに向かうとしたら。

どんな理由があるんだろう。

意見が幾つか出てくる。

その中には、急に宇宙でやっていることを変えたからでは無いか、というものもある。だが、それには批判意見が鬼達の方からも出た。

「安定した宇宙を作って、どうして宇宙が破滅に向かう」

「いや、感情論では無くてだな」

「そうではない。 現状で、宇宙は安定した方向性へと舵取りをしていて、今まで放置されていた問題にも細かく対処をしている、という事だ。 それなのに、急に問題が起き始めるのは筋が通らん」

「確かにそれはそうだな……」

スツルーツ神が。

話に割り込む。

どうやら切り上げるつもりのようだ。

「いずれにしても、余の方から少し調査をして見よう。 想定よりも問題が大きいかも知れぬからな」

「スツルーツ神のご活躍を……」

「阿諛追従はいらぬ。 余は神としての仕事をするだけだ」

SNSから消えるスツルーツ神。

それにしても驚いた。

そして、思い知らされる。

これ、はっきりいって。

「まとも」とかされている人間より、よっぽど破壊神の方が話ができるし、意思の疎通も出来る。

なるほど、これはなんというか。

地球人類がどんどんおかしくなっているのも納得がいった。

そして、決める。

この世界だったら。

はっきりいって、私がいた世界よりずっとマシ。

この世界のために。

しっかり働こうと。

 

3、壊れ始める檻

 

アーカイブでめいいっぱい情報を得て。

そして職場に出る。

立て続けの問題が起きて、職場は少し人員が増えたようだった。監視に人数を割いてくれた、という事だろう。

私もすぐに仕事に入る。

引き継ぎは受けたけれど。

私が特別にする事は無い。

下っ端なのだから、それでいい。

私は分をわきまえて。

自分に出来る事を、自分なりにするだけの事だ。

気力がわき上がってくるようだ。

人間時代は。

ひたすら身を隠していたような生き方をしていたと思う。弱い方が悪いという理屈で動いている社会だ。

暴力を振るう人間がかっこいいとされ。

イジメを受ける人間の方に問題があるとされる。

そんな社会では、萎縮するしか無い。

私も萎縮していた。

だが、スツルーツ神と話してみて。確かに威圧感はあったけれど。話は普通に成立するし。

意見が異なっても。相手が下っ端の鬼でも。

聞くべきなら聞く、という姿勢を取っていた。これは、人間には出来ない事だ。少なくとも私の周囲に、それを出来る人間はいなかった。

私は。

かなり充実していた。

監視作業は比較的退屈で。

何か問題が起きても、まだ触れることは殆ど無いけれど。

色々な平行世界に足を運んで。

監視に問題があった場合に、対応する方法や。

現地での確認についてのやり方は。

少しずつ教わった。

これら作業は、いずれも作業時間内に終わるように調整されていたし。

終わらない場合も、きちんと残業に見合った休暇が出るようになっていた。

この辺りも。

私が生きていた物質文明では。

とても考えられない事だった。

やる気は、出る。

他の鬼には、精神的負荷で倒れてしまう者もいるようだったけれど。

私はストレス値は激低で、それは常に褒められた。

秘訣を聞かれたくらいである。

私は応える。

物質世界より遙かにマシなので、と。

そうすると、ああなるほどと、相手は応える。

だいたいの場合、その程度で満足できて羨ましい、という反応のようだったけれども。たまに、そうやって前向きに考えられるのは良いことだと思ってくれている相手もいるようで。

それが私には嬉しかった。

実際、現世からトラウマを引きずって来てしまっている鬼もいるのだ。

それを考えると。

当然これは、良い事として判断するべきだろう。

少なくとも私は。

物質世界にトラウマは抱えていない。

嫌気は差していたけれど。

イジメ殺されるような事も無かったし。

苦しみ抜いて死ぬような事も無かった。

それが原因かも知れない。

さて、職場だが。

どうも忙しくなってきている。

やはり、頻繁に妙な監視結果が上がるようになって来ていたのだ。私がいるときにも、時々起きる様になっていた。

宇宙の辺縁はむしろ安定していて。

成熟期の恒星系や。

或いは銀河のある地点が、おかしな反応をしている事が多く。

コレについては、専門家達も小首をかしげているようだった。

「スツルーツ神と反逆者エンデンスの戦いが原因では無いとすると、これは一体何が原因なのだ」

「過去に同様の事例は」

「アーカイブを調べているが、やはり無い。 何かが起きようとしていると判断するしかない」

「対処療法しか出来ないのが心苦しいな。 最高神に申請して、精鋭を回して貰うべきだと思うのだが……」

上級鬼達が話あっている。

私は意見を言う事は出来るけれど。

それだけだ。

まだ中堅にもなっていない身である。

処理速度には限界があるし。

蓄えた情報もごくごく少ない。

そんな状態で出来る事は限られているので。

殆どの場合は、横目で話あっているのを見ながら。黙々と、監視モニターに向かうだけだった。

だが、私も。

せっかくなので、マルチタスクで、幾つか作業をしている。

ここ最近の異常を、データにしてまとめてみたのだ。

今いる宇宙で起きている異変の数は群を抜いていて。

対処療法で処理はしているのだけれど。

それでもとても追いついていない。

その内訳をざっとグラフ化してみたが。

どうも妙だ。

一定数の異常が、ばらけるようにして起きている。

法則性の類はまるで発見できない。

テロじゃ無いのか。

一瞬そう思ったけれど。

それだったら、中枢管理システムが気付くのでは無いのか。この間最高神が直接手を入れたらしいし。

更に言えば。

最高神だって、しっかり監視を続けているだろう。

その状態で。

こんなに頻繁にテロなんて起こせるだろうか。

そうなると、自然現象か。

だが、神々が凄まじい戦いをしていた時代にも、こんな現象は起きなかった、という話である。

そうだとすれば。

戦いの結果と言う事は考えにくい。

待て。

そういえば、少し前の戦いでは。

無から力を引き出して、エンデンス神が戦った、と聞いている。

原因はそれではないのか。

色々調べて見るが。

だが、どうにもその可能性は薄そうだ。

エンデンス神がスツルーツ神と戦った場所。

攻撃地点。

中和地点。

全てをグラフ化して、重ね合わせてみるけれど。これがまるで見事に一致しない。そもそも二柱の神は、今異変が集中的に起きている天の川銀河とは全然別の所。いわゆる巨大空洞体、ヴォイド構造の辺りで戦っていたのである。

その辺りは平穏無事。

何も問題は発生していない。

更に、である。

もっと激しい戦いをしていたらしい、最高神の御座とされる空白宇宙についても調べて見たが。

そっちも特に異変は起きていない。

小首をかしげてしまう。

仕事の時間が終わった。

引き継ぎをして、帰ることにする。

レポートと一緒に、グラフも出しておいた。

何か役に立つかも知れないと思ったのだけれど。まあ中枢管理システムは、これくらいはとっくに分かっているだろうから、あまり意味はない。

自分なりに調べて見た。

それだけの事である。

家に着くと、リラクゼーションプログラムを流しておく。

幾らストレスが低くても。

低い内に対処しておけば。

後が楽になるから、である。この辺りは、夏休みの宿題を先に片付けておけば、後はらくちん、みたいな感じか。

サポートAIが聞いてくる。

「充実しているようで何よりです。 何かやりたいこととかはありますか。 此方でも力になりますよ」

「特に大丈夫」

「分かりました。 何かある場合は、すぐに声を掛けてください」

まあ、それはどうでもいい。

横になって考え込む。

何か、根本的な所で間違えているのではないだろうか。

着眼点を変えてみる。

例えば、今回初の現象だとか。

それはちょっと考えにくい。

平行世界は、それこそ数え切れないほどある。ビッグバンのたびに、それが置き換わっているのだ。

今までの、十二回の宇宙の記録は、全てアーカイブに残されていて。

それは閲覧可能。

そしてその十二回は。

十二掛けるあまりにも膨大な数、を意味している。

統計は十万程度の数字が無いと話にならないと聞いた事があるけれど。

十万なんて余裕でぶっちぎりだ。

つまり、今起きている現象は。

それらあまりにも膨大な宇宙でも起きなかった、イレギュラー中のイレギュラー、という事になる。

不意に、連絡が入る。

SNSだ。

私と連絡を取りたがっている奴がいる。

SNSを開いて見ると。

もの凄く気むずかしそうな。

頭がぼさぼさで、白衣を着て。

眼鏡を掛けた女の子が映る。

「アケミってのはお前か」

「はあ、誰ですか」

「俺はアルメイダってものだ。 少しばかり聞きたいことがあってな」

うえっと声が出かける。

アルメイダと言えば。

歴史の教科書にも出てくる、IQ300の偉人だ。

酷いテロ事件に巻き込まれて若くして亡くなったけれど。

亡くなられる前までに幾つもの有用な理論を生み出し。

それらを実用レベルにまで高め。

社会を劇的によくする発明の誕生に貢献したという。

あの世でも活躍していると聞いてはいた。

何でも無に関する問題で、大きな活躍をしたとかで。あの世でも一目置かれているそうなのだけれど。

そのアルメイダが。

よりによってどうして私に。

「この適当でいい加減なグラフ、お前が作ったものか?」

「はあ、片手間に作りました。 無駄になるのももったいないので、提出はしましたが」

「役に立たないグラフだが、俺に言わせるとお前の意図とは違う所で、ちょっと面白い発見につながった」

「……」

何か酷い言われようだけれど。

そのまま話を聞く。

アルメイダによると。

何でも、このグラフを空間的な位置関係で判断すると。

異変が、等間隔。

しかも、一定の法則で発生しているという。

「木とかが成長するには一定の法則があってな。 どうも今回の異変、そういった法則に基づいているようなんだよ」

「でも、中枢管理システムが把握していたのでは」

「お前の主観で作られたグラフを見て発想できた。 まあ俺だからできた事だけれどもな」

何だか偉そうだけれど。

この人が本物の偉人だと言う事は私も知っている。

だから、何というか。

むっとはしないし。

それは良かった、としか言えない。

とにかく、役に立ったと言われて。

しかし、その後。

戦慄する事を、アルメイダは言う。

「多分避難勧告が掛かる。 準備はしておけ」

「避難勧告、ですか」

「恐らくは、この宇宙でとんでも無い事が起きる。 神々が総出で対応に当たらなければならないほどのな」

「ええ……」

それって。

例の古い神様だろうか。

でも、それは考えづらいという結論に至っていなかったか。

アルメイダは此方の考えを読んだのか。

先に言う。

「噂になっている古い神ではないぞ」

「で、でも、そうなると一体」

「恐らく、宇宙そのものが崩壊する。 最高神を含めた数名の神で、今の宇宙にある物質全てを、誰も気付かれないうちに空白宇宙に転送する」

「……」

何だか凄い話だ。

つまり、この宇宙でとんでも無い事が起きるのはほぼ確定。

故に、もう駄目だから。

何もかも、一切合切。

空っぽの宇宙へ移しておく。

そういう話だ。

勿論全物質をを、という話だったから。そのまま、別の宇宙に誰も気付かないうちに転移しているのだろう。

それくらいは出来る神々だろうし。

別にそれはいい。

問題は、精神生命体にも避難勧告が出る、という事で。

それはつまるところ。

私達にとっても、危険な事態になる、という事か。

やはり、先は言葉で誤魔化していただけで、本当に古き神でも出てくるのか。

それとも。

宇宙そのものが消滅するのか。

確か、ビッグバンが起きるときは、精神生命体も独自のシェルターに避難するとか聞いている。

もしも似たような事が起きるのだとしたら。

あまりぞっとしない話だ。

兎に角、引っ越しの準備はする。

何かあったときのためだ。

最悪の時には、中枢管理システムに行く。

そうすればどうにかしてくれるだろう。

サポートAIに、避難時のマニュアルをアーカイブから落として貰う。やはり中枢管理システムに避難しろ、というのが原則になるらしい。

私もそれが正しいと思う。

すぐに、私は。

準備を始めていた。

 

仕事に出る。

やはり異変は起き続けている。

職場でも、やはり避難の話が出始めていた。更に訓練についても、行うと言うことだった。

「最悪の状況になったと判断した場合は、この職場そのものを別の平行世界に転移させることになる。 もしもその場合は、家にものを回収しに行く余裕は無いから、気を付けて欲しい」

「家にいた場合はどうなります」

「避難プログラムに従って、中枢管理システムに移動して欲しい。 今、この宇宙には最高神が来ている。 一瞬で何もかもが消滅する、というような事態にはならない筈だから、安心はして欲しい」

そういわれても。

本当に大丈夫かなあと、嘆いてしまう。

アルメイダも言っていた。

避難の準備はしておけと。

監視モニターはずっとワーニング以上の問題をはき続けている。一回の仕事で、数回が当たり前になって来た。

これはもう。

本当にこの宇宙に。

大きな異変が起きるのだとしか思えない。

だとすると。

私には何ができるのだろう。

ただ監視を続ける事しか出来ないのは。

とても悔しい。

せめて中堅だったら。

もう少し色々な事が出来るのだろうに。

まて。

私の話を、スツルーツ神は聞いてくれた。

あの歴史的な偉人であるアルメイダもだ。

だったら、私にも。

出来る事はある。

レポートを提出しがてら。

異変が起きているポイントを、自分なりにグラフにして見る。

アルメイダが言っていた公式に、見事に当てはまった地点にて、異変が起き続けている様子だ。

公式さえ分かれば。

これでも鬼なのだ。

理解はどうにでもなる。

ざっと見た感じ、多分アルメイダが中枢管理システムに進言したのだろう。既に先回りしての処置を、あの世でも行っている様子だ。

それで良いのだろうけれど。

対処療法にしかなっていない。

何か根本的に問題を解決する方法は。

もしも、これ以上問題が加速するようならば、恐らくすぐにでも、この宇宙は放棄する判断がされるだろう。

勿論実績はない。

理論上は出来るらしいけれど。

どんな問題が起きるか知れたものでは無い。

宇宙が消し飛ぶよりはマシだけれど。

それでも、どうにかならないのか。

ふと、気になる箇所を見つける。

グラフを作っていて、おかしな場所を見つけたのだ。

何だか良く理由は分からないが。

公式に当てはめると、問題が発生する筈の場所に。問題が発生していない場所が、一カ所だけある。

更に、である。

基点となる筈の場所にも、問題が起きていない。

この間、アルメイダが連絡先を教えてくれたので、この話を振ってみる。

向こうも、当然勘付いていた。

「良く気付いたな。 それで何か名案があるのか」

「いえ。 何か此処にあるのでは無いかと思って」

「いや、其処はもう徹底的に調べた。 ……だが、まてよ。 ひょっとして、敢えて注意を其処に向けるために、何かしている奴がいる、のかも知れん」

おや。

それはひょっとして。

逆の意味で、私の考えが役に立った?

まあそれはそれでいい。

アルメイダは、連絡感謝するとだけ言い残して、通信を切る。

ひょっとして、これで。

この宇宙。

どうにかなるのだろうか。

危険な、全ての宇宙の物質転移なんて事はしたくない。

出来れば、穏便に解決が為されて欲しい。

そう考えるのは。

私の傲慢なのだろうか。

違うと信じたい。

私は、この世界は好きでは無いけれど。でも、やはり危険な目に会うのは、色々と嫌なのだ。

 

4、檻の中身

 

そういうことだったのか。

スツルーツは話を聞くと、その地点に到達。そして、周囲にいる七柱の神々と一緒に。空間をねじ空けた。

別の位相につながる穴をこじ開けたのである。

平行宇宙などには、この技術を、もう少し穏当な方法で使って移動するのだけれど。

今回は、そうも言ってはいられない。

飛び出してくる、巨大な影。

八光年四方はあるだろうか。

此奴が、古き神と呼ばれていた存在の正体。

巧妙に隠れ潜んでいて。

今回、宇宙の一つを崩壊させるために。

己の身を隠蔽しながら、工作を重ねていた黒幕だ。

この宇宙規模でのテロにより。

最高神の座を揺るがせようとしたのだろうが。

それもこれでおしまい。

この間反乱を起こした連中も。

此奴がその気にさせていたことはほぼ間違いない。

その正体は。

七つ前の宇宙で、最高神に消滅させられた、とされていた神。当時のナンバーツーだった神だ。

闘争と錬磨を主体にし。

強き存在を作り出そうとしていた最高神でさえ、忌避した最悪の神格。

あまりにも強大で。

それが故に、最高神への反逆まで企てた疑いがある。

最高神自身の手によって、宇宙が終わる寸前に滅ぼされた筈だったのだが。

その姿は、無に紛れ。

位相の影に隠れ。

巧妙に逃げ続けていたのだ。

無の中に自分を分散させていた、というのも、あながち間違いではなかったのだろう。実際問題、此奴は。

反逆を起こした他の神格と同じように、無から力をくみ出している節がある。

だが、それもコレで終わりだ。

「おのれ若造が! どうして此処が分かった!」

「お前が馬鹿にしている元人間が、お前の思考パターンを解析したのだ」

「何だと……!」

「お前は弱者に敗れる。 皮肉な話だな」

絶叫する悪夢の神。

人間には聞き取ることも出来ない名を持つその神は。

無数の攻撃を、瞬時に周囲に繰り出そうとしたが。

その時には、スツルーツの手刀が、全身を微塵に切り裂いていた。

更に、繰り出そうとした攻撃を、周囲の神々と共同で。

一瞬にして収束させる。

全ての攻撃を反射された悪夢の神は。

文字通り、断末魔さえ上げる暇も無く。

跡形もなく消滅した。

鼻を鳴らすスツルーツ。

結局の所、こういう輩は今後も出るだろう。

最高神とて、全知全能ではないのだ。

だが、はっきり分かった。

今までの宇宙よりも。

明らかに世界を良くしようとあの世が動き。過剰すぎる力を持つ神々が無闇に力を振るわない今の世界の方が正しい。

「終わったな。 戻るぞ」

身勝手なことは、この宇宙では出来ない。

だが、それでいい。

スツルーツは、悪夢の神の末路を見て。

それを再確認したのだった。

 

(続)