平和な世界の終わり

 

序、暗躍

 

あの世でも、神々の会議は最高機密だが。神々の一柱が最高神への反逆容疑で捕縛され。神々専用の牢に入れられ。

そして更にまだ反逆者が潜んでいるという情報がもたらされたときには。

あの世に激震が走った。

今までの宇宙では、神々は相争っていた。

だがそれは、あくまで最高神が、闘争が世界の進化を招くと考えていたからで。神々が争うことを止めなかったことが、理由でもある。

しかし、最高神は圧倒的な実力を持ち。

それ故に世界のために、あの世の住人が争うことを止め。

世界をよくするために働くように、と命じてから。

世界は実際に劇的に良くなった。

腕組みして、破壊神スツルーツは自宅で考え込む。普段は涅槃の姿勢を取っている事も多いけれど。

今は胡座を掻いて、そのまま腕組みしている。

あの最高神が。

なんの根拠も無く、まだ裏切り者がいる、などと口にするはずが無い。

案の定、これはニュースとなった。

そもそも神々用の牢獄は、この宇宙になってから使われていない。

実のところ。

スツルーツには、不満を持つ神々の考えは分かるのだ。

物質文明の蛮行は、誰もが眉をひそめるものだ。

だが、それに対して。

過剰すぎる暴力を以前振るっていたのも事実。

神々がその気になれば。

気に入らない要素があるだけで、文明が崩壊させられていたのだ。存在する星、場合によっては星系、下手をすると銀河ごと。

そんな状態で。

神々が驕らない筈も無い。

スツルーツは前から疑念を抱いていたから、最高神の判断には諸手を挙げて賛成したけれど。

それでも破壊の神としての本能は疼く。

だが、前の宇宙や、それ以前の宇宙から生存している神々にとって。

今の、中枢管理システムの外付けCPU扱いは、耐えられるものではないのだろう。

それについても分かる。

スツルーツも大いに疑問があるし。

不満もある。

だが、神々の力は、宇宙にとってあまりにも大きすぎる。それもまた、認めなければならない事実なのだ。

神々は、好き勝手に振る舞ってはならない。

気分のまま力を振るってはいけない。

これに関しては、ストレスは溜まるがまったく同意。

今までの宇宙で引き起こしてきた惨禍は。

淘汰や、研磨どころではなく。

単なる殲滅と。

破壊と消滅を招くだけだった。

神々は見守るだけでいい。

致命的に種族そのものが間違えそうになったら、最小限だけ手を貸すようにすればいい。それでいいのだ。

最高神が今回の宇宙の最初で、熱に満ちた空間に降り立った後。そういったとき。

今までの宇宙と違いすぎると、困惑した神々の顔を、今もスツルーツは忘れていない。実際問題、最初はスツルーツも不満だった。

弱者を踏みにじる事に興味は無かったが。

強力な神々を相手に武を競うことは好きだったからだ。

だが、実際問題。

今の宇宙を見る限り。

最高神の言う事は間違っていない。

問題はストレスフルなこと。

恐らくは、ストレスが原因で。

最高神への反逆、ということを考え始めた神々が出たのだろう。恐らく、一柱や二柱では無い筈だ。

だが、今の時点で。

反逆者が見つかった情報はない。

スツルーツは、大体の神の名前と顔を知っているが。

その中の誰が反逆者なのか。

今、考えているところだ。

実のところ、スツルーツも反逆者候補に入れられている可能性がある。それはそうだろう。

何しろ少し前。

ストレスが溜まりすぎて、医者の所に世話になったくらいなのである。

目をつけられていてもおかしくない。

それに、スツルーツは前々から、色々とこき使われている。不満が溜まっていると思われている可能性もある。

というか、不満があるのは事実だ。

どれだけ職場環境を改善してくれても。

あの世では、能力がある奴ほど負担が大きい。

鬼も、下っ端から上級に上がると、あり得ないほど仕事量が増える。能力が増強されるのだから当たり前なのだが。

それでも、やはりストレスはあの世にとって最大の問題だ。

神々さえもむしばんでいる。

そういう恐ろしいものなのだ。

タブレットに通話が来る。

パイロンからだった。

「スツルーツ神、よろしいですか」

「何だ」

「あの反逆者の件。 一体誰なのでしょう」

「さてな。 だが神々が諍いを起こしたり、問題行動をすれば、普通だったら即座に最高神に察知されるな」

世界に全知全能という言葉はあれど。

実際に全知全能の存在はない。

例えば、自分に壊せないものを作り出せるか。

作れないなら全能では無い。壊せないなら全能では無い。自分に壊せない岩を作る能力というものがあったとしても。結局壊せないのなら全能では無いのである。

最高神はあの世でも、というか今の宇宙でももっとも全知全能に近いが。

それでも出来ない事はあるし、知らない事もある。

全知全能と。

それに近いでは。

絶対的な違いがある。

言うまでも無い事だが、そもそもあの無ですら、全知全能ではないだろう。無の創造主が存在するとしても、である。

そういうものだ。

だが、それにしても。

あの最高神の監視をかいくぐるのは尋常では無い。

可能性があるとしたら。

神々の中でも、かなりの上位者になるだろう。それこそ、最高神の側近を務めるような、である。

そういう意味では、スツルーツはばっちり条件に該当してしまう。

困ったことに。だから、最高神の前で、そもそも最初から違うと、言いに行こうとは思っていた。

少なくとも最高神は。

相手が嘘をついているかどうかくらいは見抜ける。

私も長いつきあいだ。

あれは感情とか理性とかを超越した次元に到達してしまっているけれども。

それでも、心を理解はしているし。

否定もしていない。

スツルーツの鬱屈は理解してくれていると信じたい所だ。

「パイロン。 お前も軽挙妄動は慎め。 今は出来るだけ大人しくしていた方が良いだろう」

「やはり、目をつけられることを避ける為、ですか」

「それもある」

スツルーツはいい。

元から過激な言動と、圧倒的な実力もあって、あの世でも怖れられている存在なのだから。

今更取り繕っても仕方が無いし。

これ以上行儀良くは出来ない。

だが、パイロンのような若い神は違う。

それこそ、今下手な動きを見せれば。

最高神に目をつけられてしまう可能性もある。あまり良い結果には結びつかないはずだ。それはスツルーツとしても好ましくは無い。

今の時点でも、あの世の人手不足には代わりは無い。

物質文明の中で、あの世に接触できるテクノロジーが開発されるのは、多分無理だろうという話も出ているし。

今更どうしようも無い。

神は一人でも失いたくない。

腹に一物を抱えているくらいは全然構わない、と思っているのが本音だ。抱えているだけなら、である。

だが、ここのところ様々な問題を起こしていた連中がいて。

そいつらが問題行動を起こしていたとなれば。

捕縛しなければならない。

捕縛には、当然最高神が出向くだろう。

下手な実力の神が出向いても。

抵抗されれば。それこそ銀河団くらい消滅するのだ。

今の宇宙では、基本的に世界をよくするために動く。多くの文明や知的生命体が生活している星を神々が破壊することは、あり得ない。

してはならないのだ。

故に、相手が抵抗する暇さえ与えない実力者。

つまり最高神が出向くしか無い。

ただ、相手のことを探るなら。

スツルーツでも出来るかもしれないが。

「周囲とも接触は避けていた方が良いだろう。 既に敵の一柱は捕らえられている。 最高神には宛てがあると見て良い」

「……分かりました」

「恐らくだがな。 次の宇宙でも、今回の宇宙の方針は続く可能性が高い。 更に言うと、今回の宇宙が収縮を開始した場合、退避用の空間に、命数を使い果たしていない文明を導く可能性もある」

「……つまり、物質文明とも一緒に生きる事を想定する、という事ですか」

そうだと答えると。

パイロンは考え込む。

あくまで想像だがな、と付け加えたが。

確かに物質文明は脆弱だ。

その文明としての力もそうだけれども。

何よりその精神が脆弱すぎる。

愚かで残忍。

ひ弱で傲慢。

万物の霊長などと自称し。

周囲を殺戮する事に、何ら痛みを覚えない。

それが物質文明の生物。

それは、どこの物質文明でも例外では無い。

だから軽蔑している神々も少なくない。ひょっとすると、今の物質文明に甘すぎる態度も。

最高神への反発につながっているのかも知れないが。

だが実のところ。

今までの宇宙で神々がやっていたのも同じ事だ。だからこそに。今やり方を変えているのには意味があるのだが。

パイロンは礼を言うと、通信を切る。

さてと。

腰を上げる。

予定通り、最高神の所に出向くか。

最高神に直接つなぐ。

アポを取れるかどうかを確認し。そして会ってくれるというので、即座に空間スキップして到着。

光そのものの塊である最高神は。

スツルーツのことを、良くも悪くも思っていない。

というよりも。

何もかもを、特別なものだとは思っていない。

今の宇宙だってそうだ。

別に人類を愛しているとか。

物質文明を素晴らしいと考えているとか。

そんな事は一切ない。

単純に、今までの宇宙での、神々や鬼同士の争いを推奨する方針が間違っていたと判断したのは、宇宙が焦土になる結果を招いたという現実から。

宇宙がすっからかんになるのを何度も見ているから、方針を変えたのであって。

別にああならないのであれば。

闘争や互いに摩擦を起こして錬磨をすることを、最高神は否定しないだろう。

良くも悪くも機械的だ。

最高神はそういう意味で。

家さえ持っていない。

玉座とでも言うべきか。

位相をずらした空間の中に。

単独で宇宙を監視するために、引きこもっている。

勿論其処から出てきて、様々な事をするが。

力が大きすぎるので、あまりにも引き起こすことが強烈すぎる。故に、普段は部下達に全てを任せている。

スツルーツもそうだ。

出向いたスツルーツは、即座にサングラスを作って掛けた。

此処は光が強すぎる。

最高神の力は、文字通り圧倒的で。

全てが侵食されそうだ。

今日は一番お気に入りのワンピース姿で来ているのだが。

軍服でも良かったかも知れない。

「スツルーツよ。 如何したか」

「最高神。 貴方なら、嘘をついているかは即座に理解出来るかと思いましたので」

「ほう」

「余は反逆者の一味ではございません」

しばしの沈黙。

最高神は、少し考え込んでから、返事をくれた。

「そのようだな」

「提案がございます」

「ふむ」

「全ての神々を呼び寄せて、余と同じように質問をなさるのがよろしいでしょう。 嘘をついているかいないか。 それは即座に見破ることが出来るかと思います」

最高神は考え込む。

もしも、抵抗する者がいても。

実際に、物質世界の宇宙には影響が出ない。

それもまた、おいしい。

「如何でしょうか。 神の数は限られていますし、現時点では、それぞれの仕事も手が離せないものではありません。 少なくとも最高神の呼び出しに応じるくらいのことは、その場でできる筈です」

「手としてはありだ。 だが一つ問題がある」

「何でしょうか」

「実のところ、朕は反抗勢力を、五柱程度と見積もっておる。 そなたについては、最初からその中には含んでいなかった。 五柱全てが反逆し、同時に襲いかかってきた場合、勝つことは容易だが。 恐らく宇宙の寿命が縮まる」

なるほど。

位相をずらしたこの空間で戦ってなお。

それでも宇宙に悪影響が出る、ということか。

それは厄介だ。

ふむと考え込むが。

最高神は決めたようだった。

「やむを得ぬな。 一柱ずつ喚び出して、話を聞くとしよう。 ただ、その前に」

「?」

「何名か、信頼出来る神に声を掛けなければならん。 反逆者が捕縛され始めると、破れかぶれになった他の反逆者が、暴れ始めるかも知れぬ」

「分かりました。 その時は余が、可能な限り被害を抑えるように戦います」

頭を下げると、退出。

すぐに最高神は行動に掛かる。

上位の力を持つ神から喚び出して。

面接を始めたのだ。

上手いやり方だ。

上位の神から無力化することで。

もしも、ナンバーツーからナンバーシックスまでの実力を持つ神が造反したとしても、押さえ込みやすくなる。

ちなみに私は神々の中では十指に入る実力がある。

流石に最上位層には勝てないが。

生半可な神々なら瞬殺だ。

どうやら、ナンバーツーをしている神も、シロだったらしい。

だが、最高神の見立てが本当であれば。

恐らくは、だが。

この上位十名に入る神の中に。

複数の造反者が紛れているはずだ。

戦うのは好きだが。

少しばかり荷が重いかなと。提案をしにいったスツルーツ自身が、若干後悔をしていたのは、ナイショである。

 

1、騒然

 

神々に査問が開始された。

今回の一連の事件に、上位の神が関わっているのは確実。そう最高神が判断したのだと、すぐに噂が流れる。

スツルーツが進言したことも。

別にそれは良い。

問題なのは。

スツルーツの所に、気が弱い神が、連絡を入れてくることだ。

まるまるとした、溶けかけたバターの塊みたいな姿をした神。エンデンスという名前を持つそいつは。

スツルーツに、涙ながらに訴えかけてくる。

「私は無実です! スツルーツ殿!」

この神、スツルーツと同時期に発生した古株なのだが、戦いには向いていない性格をしている上。

何よりも弱い。

精神生命体は、取り込んだ情報の量で強くなるものだが。

それでもやはりというかなんというか。

戦闘適性はある。

この神は、性格上戦闘にとことん向いていない。新しいものを作り出すのは得意なのだが。

故に、今までの宇宙は、辛くて仕方が無かったようだ。

「最高神はウソを見抜ける。 何なら、自分から査問を志願しろ」

「し、しかし」

「余も正直に造反など目論んでいないと告げてきた。 最高神はそれが本当だと見抜いたよ」

「……」

怯えきった反応。

度胸が無い。

勇気が無い。

此奴は、取りなして欲しいのだ。

最高神に対して、スツルーツから。

だが、それは駄目だ。

スツルーツは、ウソを見抜けるほど、己の力を磨き抜いていない。正直な話、此奴が造反勢力である可能性は、否定出来ないのだ。

やむを得ないか。

来るように指示すると。すっ飛んできた。

だが、その場で襟首を捕まえて。

最高神の所に連れていく。

完全に恐怖の悲鳴を上げたエンデンスに。

ぴしゃりという。

「造反していないというのなら、堂々としていよ!」

「そんな、無情だ!」

「最高神。 こやつめが、余に取りなしを頼んで参りました。 こやつが造反をしているか、見極めをおねがいたします」

「相変わらず気弱な奴よ。 だが、その尻を叩くのも悪くは無いか」

最高神は、エンデンスに問う。

その言葉は。

静かだが。

空間そのものを支配し。

言葉そのもので、大概のことは達成できてしまうほどの力を持っている。

発した言葉の実現化くらい。最高神にはそれこそ、朝飯前の些事に過ぎないのである。

まあ、その気になれば単独で宇宙を破壊し尽くせる存在だ。

それくらいは出来て当たり前、である。

「エンデンスよ。 朕の問いに答えよ」

「は、はいっ!」

「そなた、朕に対してやましいところは無いか」

「ございません!」

這いつくばるエンデンス。

溶けかけたラードが、這いつくばるのも妙な話だし。実際にそういう姿勢を取っているわけではないのだが。

兎に角、言動は。

いわゆる土下座をしているのと同じだ。

ぶるぶる震えているようにさえ見える。

だが、此奴は。

これで、恐怖から解放された事になるだろう。スツルーツが尻を叩かなければ、ストレスで倒れていたかも知れない。

一度で終わったのだ。

それで良しとするべきである。

「ウソであろう」

「!?」

スツルーツが、一番最高神の言葉に驚く。

まさか、此奴が。

造反勢力だとでも言うのか。

「朕に対して何か隠している事があるな。 吐け」

「そ、それは……」

「吐け」

「も、もうしわけございません! 最高神の理念に、疑念を抱いておりました! 醜悪な物質文明を、優遇しすぎだと考えておりました! 何度も滅ぼしてやろうと思っておりました!」

それだけか。

スツルーツも時々いらっと来ていたし。

それくらいは許容範囲内だろう。

泣きそうになっているエンデンスだが。

最高神は、強烈な威圧を、不意に解く。

「朕は全ての幸福を願っておる」

「はい、ぞんじております」

「闘争による進化こそが、宇宙をさらなる高みに導くと、朕は信じてやまなかった。 だが、実際に十一度、宇宙は更地になってしまった。 平行世界も含めてな。 必要なのは、闘争による弱者の淘汰では無く。 強者が弱者を見守り、己の力を必要な時だけ貸し与えることだと、朕は理解した。 そして幸福を望んでいるのは、何も物質生命体だけではない。 そなたら神々に対してもだ」

意外な言葉だ。

もっと超然たる立場から考えているのかと思ったが。

結構人間的というか。

心理に対して甘いところがあるのだなと、思った。

もっとも、最高神は。

今までの過ちを、必要な過ち、くらいにしか考えていない。

その辺りが、何というか。

最高神らしい。

物質生命からすれば、考えられないような思考のスケールだから、起こしうる事なのであって。

他の生命からすれば。

完全に天災以外の何者でも無いだろう。

今は、その天災が。

自分の破壊力を、振るう気が無いだけ。

もしも、振るう必要があると判断したら。

躊躇無く殺戮に走るだろう。この天災は。

つまるところ、善悪などと言う概念の外側にいる。もっとマクロな視点でものを考えている。

それ故に。

今まで間違っていたことも素直に認めたし。

今がまともに宇宙を運営できていることも理解している。

そういう存在なのだ。

例えば、誰かしらの神が。最高神に対して、理論的にその過ちを突きつければ。最高神はきっと過ちを認めるだろう。

逆にどれだけ感情論をぶつけても。

最高神は小揺るぎもしないだろう。

そういうものだ。

「戻るが良い。 実際に朕に対する造反を企み、それに荷担していないのだとすれば、そなたに罪は無い」

「……」

失神しているエンデンスを連れて戻る。

家に放り込むと、私は。

さて、いつ出動が掛かるかなと、家で憂鬱な気分を味わい続けた。

 

ナンバースリーの神も、無実が確定。

もともと最高神は、他の神が束になってもかなわないほどの実力を持っている。最高神が誕生した十二個前の宇宙から生き残っているのは、最高神だけ、という事もあるのだけれども。

それ以前も、無の話によると、宇宙は普通に存在していたらしい。

だが、そうなると疑問だ。

その前の宇宙では。

神々は何をしていたのだろう。

痕跡は或いは、残っているかも知れない。

無の中に、以前の宇宙の痕跡が観測されることは。アルキメデス達のチームが、既に解析している。

しかし光やら重力やらしか観測されていない。

それがどういう意味を持つかは、言うまでも無い。

それまで存在していただろう、精神生命体や。

物質生命体は。

ビッグバンの際に滅びたか。

その前に滅びていたか。

どちらか、なのだろう。

無論、最高神も知らない。

蠱毒の中で生き残り、最高神となった存在なのだから。十二個前の宇宙で、最強の座を手に入れた最高神は、以降ビッグバンを乗り越え続け。

今に至っては、もはや及ぶ者無き存在へと変わっている。

もし、最高神に気取られぬよう悪事を働くなら。

それこそ物質文明に登場するトリックスターのような。

極めて狡猾な力が必要になるだろう。

「スツルーツ神!」

まただ。

家に助けの声が入る。

比較的弱めの神が、最近スツルーツの所に、ヘルプを掛けてくるのだ。その内容も、いつも同じだった。

「わ、私は無実です! 助けてください!」

「分かった分かった。 最高神の所に一緒に行ってやる」

「お願いします!」

取りなしてやるとは言っていない。

だが、完全に取り乱しているそいつは。最高神の所に連れていくと。スツルーツが取りなしてくれないことに、絶望するのだった。

「ち、誓って、造反など考えておりませぬ!」

「そうか、下がって良い」

「はいーっ!」

情けない有様だが。

神々が、専用の牢獄に入れられた場合。

その恐怖と絶望は、想像を絶する代物になる。

これはどの神も知っている事だ。

物質文明の神話にも、神々専用の強力な牢屋、というような概念がある。地球のギリシャ神話に出てくるタルタロスがそれに近い。

だが、それら神話の概念よりも。

更に強力で、恐ろしい場所なのである。

家に戻ると、SNSをチェック。

案の定、恐怖で満たされていた。

神々もSNSをチェックしているようだが。

鬼達も混乱している。

「神々の戦いに巻き込まれでもしたらどうなるんだ。 逃げる暇とか、あるのか」

「以前の宇宙では、数十億光年四方が一瞬で消し飛んだ事があるらしいぞ。 勿論光の速さなんか関係無しに、一瞬で全部な。 逃げようったって無理だ」

「そんなの嫌だよ! ストレスの恐怖と戦いながら、ずっと真面目にやってきたのに!」

「そうだな。 最高神がどうにかしてくれるって信じたいんだが……」

パニック寸前の奴もいるが。

一方で諦観している奴もいる。

物質文明で、地獄を見てきた者達は。

案外冷静なようだ。

それに対して。

魂の海から直接生まれた者達は。

今回の事態に対応出来ず、相当に四苦八苦しているらしい。

気の毒だが、こればかりは仕方が無い。

耐えてもらうしかない。

「スツルーツ神は」

「既に無実が証明されたらしいぞ」

「一番怪しいと思っていたんだが」

「本人もそう思われているだろうって考えたらしくてな。 最高神の所に真っ先に足を運んだらしい。 他の神々が、大慌てで取りなしを頼んでいるそうだ」

意外な情報が拡散している。

それでか。

取りなしなんかした覚えは無いのだ。

或いは悪意ある誰かの仕業か。

こんなもの、わざわざ注進しなくても、最高神は知っているだろう。ひょっとすると、これ自体が造反者の計略かも知れない。

だが、スツルーツは気にしない。

自分の評判が最悪である事は周知。

怖れられることは知っていても。

愛されたことなど無い。

破壊の神なのだ。

戦闘神なのである。

普段から破壊の衝動を抑え込むのに苦労して、ずっと不機嫌そうな顔をしているのがスツルーツだ。

怒らせたら何をするか分からないし。実際に銀河くらいなら瞬く間に消滅させることも出来る。

上級鬼程度では。

それこそ束になってもかなわない。

圧倒的過ぎる相手には、畏怖を抱くか、恐怖を抱く。

スツルーツの場合。

畏怖を抱かれる立場だ。

そしてそれを変えようと思った事は無いし。今後も変える事は無い。どうして媚を売らなければならないのか。

「最高神は、ウソを見抜けるらしい。 上位の神から、順番に査問をしているそうだ」

「何だか最近中枢管理システムの出力が落ちたのもそれが理由か。 外付けCPUが抜けてるんだから、当然だよな」

「だが、外付けCPU扱いされているから、神々も不満をため込んだ、てのもあるかも知れないな」

「知るかよそんなもん。 俺たちだって、散々大変な仕事を毎日こなしてるじゃねえかよ」

不満が交錯し。

怪文書が飛び交っている。

普通、鬼の間では、関係が極めてドライだ。

それなのに、これだけの情報が飛び交っているという事は。

皆がそれだけ不安になっている事を意味している。

ちょっとまずいな。

そう思って、少し調べて見るが。

案の場だ。

何処の職場でも。

ストレス値が、ぐんと跳ね上がっている。

良くない傾向である。

頭を掻くと、中枢管理システムに連絡。今の状況を打開する方法について確認してみるが。

反応はあっさりしていた。

「現時点では、最高神の行動を待つだけです。 ストレスは確かに全体的に増加が見られますので、仕事を小刻みにしたり、リラクゼーションプログラムの強化で、対応を図っています」

「対応しきれているとは思えぬがな」

「早く事態を収束させていただきたいのは同意です」

「……」

まあそういう返事だろう。

此奴は所詮機械だ。

通話を切ると。

スツルーツは少し考え込む。

昔は、考えるより先に手が動いていたのに。

随分温厚になったものだと。

この時少しばかり自嘲していた。

それでも、今は。しっかり考え込まなければならない。実際今の宇宙の方が。今までの宇宙よりずっといい。

神々が相争い。

焦土になって、何も残らなかった宇宙よりも。

神々が弱き者達に最小限の手をさしのべ。

その世界を良くしようと尽力している今の宇宙の方が。

どれだけストレスフルであっても。

正しい。

これだけは、断言できる。

スツルーツの名にかけて、である。

それから、八柱の神が取りなしを頼んできたので、最高神の所に連れていく。いずれもが、造反を企んでいないことは明らかだった。

最高神は、ウソを見抜けるだけではない。

至近で接すれば。

接している神の思考なども、全て読み出すことが出来る。

つまり造反を行った過去があれば。

即座にその場で全てばれてしまうのである。

ならば。しばらくは状況の推移を見守るべきか。

しかし、どうにも嫌な予感がする。

ひょっとして、最高神に対して、隠し事が出来るほどの実力を隠している神がいるのではないのか。

もしそうなると。

実力は文字通り、最高神に匹敵する。

だが、どうやって。

何か、方法は無いか。

もし最高神に匹敵する神が。

最高神に不満を持つ神を扇動しはじめて。宇宙が二大勢力に分断でもされたら。それこそ今までの全てが台無しになるほどの災禍が発生するだろう。それによる破壊は、ひょっとすると、だが。

平行世界に渡るこの宇宙が。

全てすっからかんになる程、かも知れない。

殆どの神も、生き残れないだろう。

まずい。

最高神も、その可能性には気付いている筈だが。

最高神は基本的に宇宙の全てを見て、全てを観測している。だが、もしも最高神の目が届かぬ場所があるとすれば。

それは何処か。

今まで、世話になった鬼達を喚び出してみる。

少しずつ話を聞いていくことにする。

神の視点では駄目かも知れない。

或いは、物質生命に生を受け。

鬼になった者達ならば。

或いは。

スツルーツには、出来ない発想を可能とするかも知れないからだ。

 

アルキメデスは、職場にスツルーツが直接来たので、驚いたようだった。チームは以前の規模のまま。

勿論「天才」アルメイダも此処にまだいる。

周囲に人払いの結界を張る。

神々も盗聴できない。

ちょっと不自由だが。もともと此処は機密性が高い職場だ。セキュリティという観念では。

その機密性は圧倒的である。

最高神でもなければ、此処で行われているやりとりを、覗くことは出来ない。

そして最高神に力を隠している神が存在する場合も。

その隠している力を引っ張り出さなければ。

此処でのやりとりはやはり覗けないだろう。

「最高神を出し抜く方法? 知るかよ」

「アルメイダ」

アルキメデスが、渋面でたしなめる。

流石にスツルーツの名はアルキメデスも畏怖しているのだろう。怖い物知らずのアルメイダも実際には恐怖を感じている様子だ。

スツルーツという存在は。

それだけで、圧倒的な威圧感を周囲に撒く。

近くにいられると。

下級の鬼では、発狂してしまうだろう。

だから、あまりこの空間には長居は出来ない。

ストレス値をがんと上げてしまうからだ。

鬼にとってのストレス値は。

健康被害に直結する、極めて危険なものなのである。

それは鬼に関わる者なら、それこそ誰でも知っている。

「時間がない。 何か思い当たる事は無いか」

「簡単だろ」

「ほう」

「最高神は宇宙の中でなら、何でも知ってるんだよな。 無の研究が進む前から、実は無について知っている奴がいたとしたら」

ほう。

確かに、無の中には、以前の宇宙の情報が保存されている。

そして最高神の能力の範疇外だ。

あくまで最高神は宇宙の内部について最強なのであって。宇宙が浮かぶ無については、確かに何も知らなかった。

そうなると。

無について、何か知っている者がいるのか。

研究をこれだけ色々して、今まで分かってきたことがあるが。

それを既に知っていた存在がいるのか。

いや、まて。

ひょっとすると。

「この研究が始まり、無の中に過去の宇宙の情報がある事が発見されたから、その造反者は動き出した……」

「可能性はあるんじゃねーの」

「……面白い奴だ。 だが、余以外にはその不遜な口は慎め」

スペックでは劣っても。

発想でカバーする。

この辺りは、流石に面白い奴だ。

面白い奴には敬意を払う。

スツルーツは、すぐに職場を離れると。最高神の所に向かう。さて、何かが仕掛けてくるなら、そろそろだな。

そう思った瞬間。

予想通り、仕掛けてきた。

突然、横殴りに。

精神生命体には致命傷になる、ストレスの塊が叩き込まれてきたのである。それも、凄まじい密度の、である。

不意打ちを予想していなければ、体を貫かれ。

大ダメージを受けていただろう。

だが、スツルーツはこれを予想していた。

瞬時にガード。

はじき返す。

そして、攻撃地点の割り出しも実施。

二十六億光年も先からだ。

やはり、凄まじい力を持った神である。最高神も、今のやりとりについては見ていた筈である。

だが、それでも。

攻撃の第二波が来る。

今度は飽和攻撃か。

それも錐のような分かり易いものではなく、波状にした超高密度ストレスを、瞬時に殺到するように押しつけてくる。

空間スキップして逃れるが。

恐らく演算して、そのスキップ地点を予想していたのだろう。

連続して、強烈なストレスが飛んできた。

三度目のスキップで、はじき返しながらも、かなり精神力を持って行かれる。苛立ちながらも、相手の居場所を特定。

時間だけ、稼げれば良い。

最高神が駆けつけてくれば、勝負はあったようなものだ。

勿論今までのやりとりで、一秒も経過していない。

空間スキップして、そいつの目の前に出る。

負傷して腕を押さえているスツルーツを見て、そいつは嘲弄の光を目に浮かべた。

「流石はスツルーツ」

「貴様か」

なんと、それは。

エンデンスだった。

 

2、混乱の宇宙

 

そうか。此奴だったのか。

此奴がこんな力を隠していたとは。信じがたいが、今のエンデンスは、気弱な普段とは別物の威圧感を放っていた。

溶けかけたバターのような姿はそのままなのに。

信じられないくらいの獰猛さを感じる。

「普段の有様は演技か」

「いや、普段のはあれはあれで本当だ。 私は基本的に本体を無の中に隠している」

「!」

そういう事か。

やはり無について、最高神の知らないところで解析を進めていた存在がいた、ということか。

しかも研究も、全て無の中におさめこんでいたのか。

だが、スツルーツの予想を嘲笑うように。

エンデンスが否定する。

「違う」

「ほう」

「私は元々、無の中に力を隠していたことを忘れていた」

なるほど。

そういうことか。

何となく事情が見えてきた。これは恐らくだが。あの世は掘り返してはいけない存在を、掘り返してしまったと見て良いだろう。

無の中には、基本的に。

古い時代の記憶が格納されている。

光や重力子の名残が見つかるのもそれが故。

もしも、それを悪用し。

力を其処に隠したものがいたら。

いやまて。

それなら、最高神に必ず嗅ぎつけられるはず。だとしたら、此奴の存在は、一体何だというのか。

間近の銀河を消し飛ばそうとしたので、攻撃をかき消す。

一秒の間に、数万回に達する攻撃を周辺に繰り出すエンデンスだが。スツルーツはその全てをかき消した。いずれもが、銀河を、銀河団を、瞬時にかき消すほどの火力だが。この程度の駆け引きは、神々の間では児戯だ。

人質を取るなんて事は通じない。

それにだ。

最高神が、既にこの戦いを嗅ぎつけているはず。

だが、その割りにはこない。

何かあったというか。

「速度を上げて行くぞ、破壊の神!」

「面白い。 やってみろ」

「シャアッ!」

更に攻撃の速度が上がっていく。

凄まじい力だ。

これはスツルーツに匹敵するか、或いは。

少しずつ押され始める。

相手の攻撃を相殺できなくなりつつある。

此方は敵の攻撃を、一発でも残さず排除しなければならないというのに。

向こうは一発でも炸裂させれば、一気に目的を達成出来る。

卑怯とも言えるが。

戦術としては悪くない。

戦いは殺しあいだ。

勝つための手段は何でも使うべきだろう。

だが、解せない。

此奴はどうして、スツルーツを狙ってきた。現れない最高神についても気になる。敵は物理攻撃と精神攻撃を複雑に絡ませながら、秒間数十万回まで頻度を上げて攻撃を展開しているが。

今の時点では、押されながらも対応出来ている。

少しずつ、疑惑が膨らんでいく。

「貴様、その力どこから得ている」

「さあ?」

「最高神に何かしたか」

「どうだろうな」

エンデンスは、淡々と答える。

あの気弱なエンデンスの人格ではない。明らかに何かしら別の存在だ。だが、基本的に人格は記憶によって変わっていく。

つまり、何かしらの理由で、無から此奴に本来の力が入り込み。

それによって本来の人格が目覚めた、という事なのだろう。

舌打ちする。

争い事はそもそも御法度。

此処までの苛烈な攻防が行われているにもかかわらず、最高神は姿を見せず。他の神々も現れない。

そればかりか、エンデンスはまだ余裕を見せているほどだ。

少しばかりまずい。

だから、この瞬間。

勝負に出る。

いきなりエンデンスの至近に出ると、手刀でエンデンスを貫く。

そして、飛んでいった攻撃の全てを、自身に向けて引き寄せた。

圧縮。

エンデンスが、驚愕する暇さえ与えない。

瞬時に、自分ごと爆砕し。

その破壊を、自分とエンデンスの周辺空間だけに集中させる。

銀河を瞬時に溶かし去る程の攻撃を、凄まじい数引き寄せたのだ。物理現象としては、ブラックホールなどの比では無い。

生じた兆度を超える熱を。

無理矢理にねじ込んだ。

エンデンスは消滅。

やはりな。

スツルーツは呟く。

恐らくだが、エンデンスは何処かしらから力の供給を受けていた。それが何処かが分からない。

本来の力そのものは変わっていなかった。

耐久力も。

蛇口が壊れたように、無茶苦茶な力を放出し続けていただけだ。

だから一瞬で自爆攻撃にねじ伏せられた。

だが、勿論スツルーツも無事ではない。

ダメージを確認。

かなりの被害だ。

だが、前の宇宙までは、これくらいの戦闘は日常茶飯事だった。だから宇宙が焦土と化したのだが。

タブレットを取り出す。

自分のダメージよりも。

まずは最高神とのコンタクトを取るのが先だ。

専用回線に接続。

案の定だ。ジャミングされているのか何なのか分からないが、つながらない。まさか最高神が死んだなどという事はないとは思うが。

中枢管理システムに接続。

連絡を入れる。

「此方中枢管理システム」

「何が起きている。 今此方ではエンデンスを倒した」

「神々の争いは禁止されているはずですが」

「まて、観測できていないのか」

今の戦いの様子。

それにスツルーツが受けたダメージ。

全てを転送すると。

中枢管理システムは、驚愕の声を上げた。

「まさか。 これほどの大威力攻撃が展開され、それを防ぎ続けていたのですか」

「それよりもどうして観測できなかった」

「今解析中です」

「……最高神の居場所へ向かう。 神々に緊急連絡。 反乱分子が行動を開始した可能性が高い」

最悪の事態を想定しなければならないだろう。

最高神が。

倒されているかもしれない。

 

最高神のいる場所は、基本的に高位の神しか近づくことが出来ない。スツルーツもその一柱だ。

すぐに見張りをしている監視システムにアクセス。

監視システムは。

沈黙していた。

嫌な予感が当たったらしい。

できる限りの神に連絡。

スツルーツ自身は、最高神の御座に乗り込む。

其処は、光で満たされた、空間。

生成に失敗した宇宙の一つ。

空間と時間以外何も存在せず。

単純に拡散してしまった、ビッグバンに失敗した平行世界の一つである。

無数にある平行世界だが。

無の実験に使われていたものの他に。

こういった、最高位ランクの神の御座として、活用されている場所もある。ただし、今の宇宙の方針で、基本的に世界を良くすることが基本となるため。神と言え得られるのはこういう失敗宇宙だが。

その宇宙の中心に。

最高神はいた。

周囲の監視システムは全滅している。

そして今。

凄まじい攻防が、眼前で展開されていた。

最高神に、三柱の神が取りすがっている。

いずれもが、中級程度の神だが。

普段ではあり得ない戦闘力だ。

なるほど、これでは連絡をしても出ないはずだ。スツルーツと同等、いやそれ以上の実力が三柱。

同時に、最高神に攻撃を仕掛け続けている。

この様子だと、造反者はもっと多いかも知れない。

先ほどの戦闘を、中枢管理システムが察知できなかったのがそもそもおかしいのだ。中枢管理システムの近くにも、造反者がいるだろう。

即座に動く。

攻撃を行っている神の一柱。

巨大な眼球が葡萄のように連なっている神、バテルアの背後に瞬時に回り込むと。一刀両断に斬り伏せる。

即座に再生するバテルアだが。

その時には、スツルーツがぐっと拳を握りこんでいた。

最高神を攻撃しようとしていた火力が。

全てバテルアに集中。

粉砕。

そして消滅していた。

「最高神。 こやつらはどこからか力を吸い出しています」

「そのようだな」

均衡が崩れる。

瞬時に残り二柱が、消し飛んでいた。

そも三柱がかりで最高神と同等だったのが、弱点を突かれてスツルーツに一柱が潰された時点で。

勝敗は決していた、とも言えた。

最高神が、即座に傷を修復し始めるが。

かなりのダメージを受けている。

不意を突かれたのか。

スツルーツを見て、最高神は呻く。

「貴様ほどの強者が、何に其処まで手こずった」

「エンデンスです」

「あの軟弱ものめか」

「そうです」

スツルーツはいい。

とりあえずの修復を済ませると、最高神は即座に中枢管理システムに空間スキップ。スツルーツもそれに続く。

既に、中枢管理システムは、大混乱に陥っていた。

スツルーツは、端末に手を触れ、状況を確認。

高位の神は皆所在が知れている。

つまり、最高神にピンポイント攻撃が行われ。

その間に、邪魔者を排除しようという試みが実施された、と言うわけだ。

中枢管理システムにも、ジャミングが掛かっている事が分かったが。最高神が即座にそれを払いのける。

流石である。

スツルーツも、此処まで鮮やかにはいかない。

「ジャミング解除!」

「即座に宇宙の現状を確認開始!」

「物理的被害は確認できず。 魂の海の監視システムも健在!」

「八柱の神の所在が確認できません!」

様々な声が上がる。

スツルーツを襲ってきたエンデンスと。最高神を攻撃していた三柱を除くと。四柱の神の所在が知れない、と言うわけだ。

ジャミングによってそれらも誤魔化されていたとなると。

敵の力量は侮れない。

それどころか、中枢管理システムをどうやって無力化した。スツルーツは自分の修復をしながら、次の手を考えていたが。

最高神が、即座に周囲に指示を飛ばす。

四柱については、既に滅びた。

残りを探せと。

「具体的に誰か」

スツルーツの問いに対する返答には。

パイロンの名が含まれていた。

 

失踪した神を探しに走る無数の神々。

更に、中枢管理システムには、攻撃を退けた最高神が直接手を入れ。ジャミング発生のタイミングと。

どうやってこれほどのシステムを誤魔化したのか、解析を開始し始めていた。

スツルーツは黙って休むように指示を受け。

どうせ最高神を護衛しなければいけないかと思って、最高神の側に残る。

相手が、元々は大した事がない存在で。

しかしながら、何処かしら力を抽出して、無差別に垂れ流すようにして使っていたことは、身を以て確認した。

やがて、中枢管理システムが、ジャミングされた経緯が判明する。

関係する鬼達がそろって調査をしていたが。

その中の一人が見つけ出したのだ。

一種のトロイの木馬だが。

なんと二十億年以上も前から、巧妙にパッチに紛れて仕込まれていた様子である。要するに、二十億年掛けてトロイを完成させ。

それが、絶妙のタイミングで動いた、という事だ。

枯れ果てたシステムが故のトラップ。

徹底的に練り込まれているシステムが故。

監視AIさえも、気づけなかった、という事だ。

そうなると、少なくとも二十億年以上前から、そいつは入念な準備をしていた、という事になる。

それに分からない事も増えた。

そもそも、今動いている神々さえ、信用できるかは分からない。

最高神もそれは理解しているようで。

順番に呼びつけては、嘘をついていないか確認している様子だ。

「この朕を謀るとは、良い度胸をしておるわ」

不快げに最高神がぼやく。

少なくとも二十億年前以上から考えられていた造反に気づけなかったのだ。しかしながら、パッチを見ても、不自然な点は無い。

つまり、パッチそのものが。

何かしらの改ざんを受けていたのか。

それともパッチを作る鬼達に、造反を起こした神の手先が紛れていたのか。

いや、どうもそれは考えにくい。

既に聴取が行われているのだけれども。

それら鬼は、普通に仕事をしていただけ。

あの世の中枢管理システムを構成している量子コンピュータはあまりにも巨大かつ多数。

如何にあの世のテクノロジーでも。

その全てを御せる訳では無い。

実際、監視AIでも見つけられないバグが時々出て。保守管理が死ぬ思いをしているのである。

パッチに二十億年がかりで仕込まれたトロイの木馬を見つけろなんて。

いくら何でも難しい。

だが、それが故に分からない。

それだけの時間が掛かったのに。

どうして最高神にばれなかった。

今、宇宙でもっとも全知全能に近い存在が最高神だ。

これについては、疑う余地が無い所である。

その能力は、現在中枢管理システムの量子コンピュータで動いているシステムを全把握する次元にまで到達している。

つまり、どう考えてもだませないし。

暗躍していたらばれる。

エンデンスの事が気になった。

あれもひょっとしてだが。

気付かないうちに暗躍していて。

何らかの切っ掛けで、意識的に動き出し。同時に力も取り戻した、というのだろうか。

最高神が滅ぼした二柱の神について、解析が終わる。

それによると。

どうやら、神の中に、精神的トラップとでも言うべきものが仕込まれていたことが発覚した。

一種のコンピュータウィルスのようなものだが。

精神生命体の中で、ずっと眠り続け。

そしてあるタイミングになると。

無に接触。

己の力を取り戻させる、というものである。

だが、そんなものがどうして見つからなかった。最高神も小首を捻っていたのだけれども。

あっと、いきなり声を上げたので。

スツルーツの方が驚いた。

「な、何か」

「攻撃を行って来た三柱と、エンデンスに共通したことがあった」

「いかなる事でしょう」

「朕の思想に異を唱えていた。 そして、いずれもが、宇宙が終わる直前に、深手を受けている」

神も死ぬ。

深手も受ける。

ひょっとしてだが。

これは。単純な話で。実際には、元々目論んでいた事が、単に切っ掛けで目覚めた、というだけの事では無いのか。それが、一種のコンピューターウィルスのような形で残っていたと。

むしろこれは。

ある意味の病気なのではあるまいか。

あり得る。

破壊した神の死骸を完全再生するのは不可能だし、解析は出来ないが。

どうもそんな気がする。

無の中に、前の宇宙の記憶が残ることは、既に判明している。そして、無へのアクセス方法も、である。

もしも、最高神に恨みを持ったまま死にかけ。

その力の大半が、無の中に残った場合。

そして、その力が。何かしらの切っ掛けで、戻ってきたとしたら。

潜伏期間が長い病に、それは似ている。

強いていうならば。

宇宙消滅時悔恨発症、とでもいうべき病気だ。

しかしそうなると。

中枢管理システムには誰が仕掛けをした。

無へのアクセスは、随分と前の話だ。

それを成し遂げるには、かなりの手間暇が必要になった筈。一体誰が、実現し得たと言うのだろうか。

いや、待て。

そもそも無へのアクセスをする必要さえなく。

無への接触が必要だとすれば。

或いは。

「最高神」

「如何したか、スツルーツ」

「ひょっとすると、ですが。 無にアクセスすることが、無の中に置き忘れていた憎悪や恨みを呼び起こすのだとすれば。 ビッグバンの前後に「二度」死にかけているものは、それによって……」

「! なるほど。 そういう事か……」

ビッグバンの前後では、宇宙は極限まで縮小している。

特にビッグバンの瞬間は特異点と言われ、宇宙がそれこそ一次元の点にまで縮小する瞬間だ。

死にかけて、その時物質空間に取り残されていた神がいたとしたら。

それも二回。

一回目に憎悪と恨みを取り残し。

二回目に取り返している可能性がある。

すぐに検索。

そして、ヒットした。

維持神ヴァルトナ。

何柱かいる維持神の中でも。四つ前の宇宙で生まれた存在。実力はあまり高くはないのだが、人望で知られていた。

三つ前の宇宙が終わる直前、私が半殺しにし。

そして、一つ前の宇宙が終わる直前に。

別の神と相打ちになって死にかけている。

なるほど、此奴か。

私に次ぐほどの実力を持つ上に。

何より、中枢管理システムへのアクセスも可能としている。ひょっとして、だが。どこかしらから力を吸い出していたのは。

或いは無から、なのではあるまいか。

パッチに妙なものが混入していたのも。

同じく無から。

それも、宇宙が拡がる際に、収縮する無から、わずかずつ力を失敬していたのだとすれば。

無も気付かないし。

無を解析できていない此方だって気付かない。

しかしながら、無の研究が進んだ今。

ついに動いたという事なのだろうか。

仮説を口にすると。

最高神はなるほどと頷く。

そして、行方不明の四柱の内。

ヴァルトナは、その中に含まれていた。

どうやら、ほぼ特定出来たと見て良さそうだ。

「ヴァルトナの痕跡は追えますか、最高神」

私の問いに。

少し時間が掛かると、最高神は言った。

 

3、反逆の理由

 

維持神ヴァルトナ。

四つ前の宇宙から存在している古株だが。二度の大負傷が原因で、力は弱まり。後進のスツルーツにもだいぶ劣るとされている。

実際には、一度目の大負傷で死にかけて、大部分の力を失ったが。

二度目の大負傷の時。

膨大な怨念を、全身に取り込み。

無由来の、つまり宇宙の外側の力を。

最高神も理解し得ていない力を。

手に入れるに至った神格である。

姿は巨大な岩の塊のようで、直径0.5光年ほどもある。

今のヴァルトナの実力は、最高神に迫るところにまで到達しているが。

実際の所、それはあくまで無からくみ出しているに過ぎず。

本当のところの実力は、話通りスツルーツにも劣る。

そして、ヴァルトナの側には。

三柱の神が、空間圧縮され。

閉じ込められて、無言のままいた。

「何故にこのような血迷ったことを!」

「最高神が気付くのが時間の問題だったからな」

「反逆者とは貴方の事か」

「そうだ。 そしてその反逆も、あの人間出身の鬼どもが、無の解析を達成する、等と言うことをやり遂げなければ上手く行くはずだった」

無には、過去の宇宙のデータが蓄積されている。

その中には。

今までの「淘汰」「研磨」によって命を散らしていった存在の。

膨大な怒り。怨念。

そして哀しみが含まれていることも。

それらを一息に吸収したヴァルトナは。

ある意味では、もう元のヴァルトナでは無いのかも知れない。

自分でも、何者か分からない存在。

それが現時点でのヴァルトナ。

そして、人格を無で覆うことによって。正確には、無由来の要素で覆うことによって。最高神からさえ、真の心を隠すことに成功した。

後は、同じようにして、覚醒の可能性がある神に接触。

力を覚醒させてやればそれで良かった。

無の中に取り残された力は。

ちょっとした切っ掛けで目を覚ます。

エンデンスがそうであったように。

無を掘り進んだ物好きな神。

パイロンが呻く。

「貴方は何がしたい。 支配欲を満たしたいのか。 最高神になって、好き勝手をしたいのか」

「違う。 あの最高神の気まぐれで、好き勝手にされてきた全ての恨みを晴らしたいだけだ」

「今の宇宙では、もはやその気まぐれで、好き勝手にされない仕組みが構築されたではないか」

「黙れ。 あの気まぐれが、今も好き勝手に振る舞っていることに代わりは無い!」

パイロンを締め付ける。

苦しみの声を上げる蛇の神。

ヴァルトナは、自分がもはや自分ではない事も理解している。

維持神としてのヴァルトナは。

どちらかと言えば、秩序を貴び。

それにより、世界を安定させることを望みとしていた。

しかしながら今のヴァルトナは。

せっかく安定した世界を壊そうとしている。

実際上手く行くところだった。

最高神の暗殺は、あとちょっとの所まで行った。だが。多分駆けつけてくるだろうスツルーツへの足止めが失敗。

そして、三柱が戦っている最高神を、後ろから刺そうと極大の攻撃を準備している間に。よりにもよってそのスツルーツが割り込んできて。

手下にしていた三柱が潰されてしまった。

これによって、勝負はついた。

ヴァルトナの暗殺計画は失敗だ。

力が均衡していれば、不意打ちも通ったかも知れないが。そうではない状況で、あの最高神に不意打ちなんて通るはずも無い。

出来ない事はしない。

その程度の判断力はある。

後は、無の中にでも身を隠して。

今の最高神が滅ぶまで待つしかない。

此奴らは、人質である。

神質とでもいうべきか。

恐らく、最高神は間もなく此方を嗅ぎつける。無の力を使う神三柱と渡り合った後である。

しかも、今は無の解析チームも、協力体制に入っている筈だ。

あの最高神は、他に誰も残らなかったという、十二回前の宇宙を生き残った化け物中の化け物。

いつ来てもおかしくないだろう。

今、ヴァルトナも全力で、身を隠すべき無の地点を考えているのだが。

時間との勝負だ。

余計な事は出来るだけ避けたい。

だが。

パイロンが、執拗に話しかけてくる。

「無を掘り進み、他の宇宙に行こうとしたとき。 私は随分苦労した」

「何を言いたい」

「最高神が倒れるまで、後何年かかるのだろうな、という話だ。 多分今の宇宙では、最高神は倒れないだろう。 寿命が事実上無い神だ。 宇宙に不満も、神々同士の戦いもない世界に、殆どの存在が満足しているし。 暗殺できるような甘い存在では無い事は、貴方も理解しているのでは無いかヴァルトナ。 貴方は無の中を、永遠に彷徨い続ける事になるのだ」

「無は、別の宇宙に行こうとする者には興味を示す。 それ以外の存在は、何が入り込もうと気にも留めぬ」

だが。

永遠に無の中を彷徨うという言葉については。

不快感にざわつくような感触を覚えた。

此奴が言う事も、ある意味一理ある。

勿論無の中から、今の宇宙を観測し続けるつもりではあるが。

あの最高神が、簡単に死ぬはずが無い。

更に言えば、である。

最高神が死んでも、成長著しいスツルーツが、いずれその後釜に納まる。

まだ若い故に、最高神には届かないスツルーツだが。

最高神が気に掛けていて。

多くの仕事を回しているのは、一目で分かる。

確かにスツルーツは脅威になる。

エンデンスが仕留めきれなかったのは本当に痛恨の失敗だったとも言えるが。今更どうしようもない。

さて、そろそろいいだろう。

此奴ら人質を、それぞれ死に到る罠に放置。

そのまま空間を完全圧縮し。

零にまで至らせる。

疑似ビッグバンを作るのである。

そして、その疑似ビッグバンを起こす空間圧縮には。

無を用いる。

故に、無に包み潰され。

この三柱は死ぬ。

此奴らを助けなければならない以上、最高神はヴァルトナを追うわけにはいかない。そして手酷く負傷したスツルーツでは、ヴァルトナには勝てない。他の神々は最初から眼中にない。

どいつもこいつも、所詮は二番手以降。

単純な実力ではスツルーツに勝る者もいるが。

それは所詮、力の総量の話。

スツルーツを見てきたが。

喧嘩巧者という点では、スツルーツを超える奴はいない。

彼奴は色々な意味で。

最高神の跡を継ぐ者だ。

では、移動しよう。

そして、無の中に潜み、全ての機会を待つ。どうせこのストレスフルな宇宙は、今回は上手く行っても、次も上手く行くとは限らない。

必ず好機は巡ってくる。

空間の圧縮を開始。

神三柱が、悲鳴を上げ始める中。

無に向けて移動を開始。

そして、無に触れた瞬間。

強烈な拒否反応が生じた。

 

3、末路

 

最高神が、スツルーツを一とした手練れの神五柱を連れ、現場。封鎖されていて、誰も近寄らない宇宙に到着した時。

スツルーツの目の前で。失踪した三柱の神が、殺されようとしていた。

これは、他の誰も対応不可能。

すぐに最高神が、圧縮される空間をねじ空け始める。

そして、向こうには。

予想通りヴァルトナがいた。

予想に反していたのは。

ヴァルトナが苦痛の絶叫を上げていることか。

「な、何だ! どういうことだ!」

「他の宇宙へ行こうとすることは許さぬと言ったはずだ。 そなたは、今の宇宙から離れようとした」

「ま、待て、別の宇宙へは……」

「今の宇宙から離れ、その次の宇宙を待つのは、別の宇宙に行こうとするのと代わらぬと知れ。 そなたは禁忌を侵した」

絶叫するヴァルトナ。

そして、その全身が。

収縮し。

そして、消失した。

呆然とするスツルーツ。他の神々も、である。

最高神は言う。

「無の研究は、今後も続けなければなるまい。 今回の事件も、事実上無に対する知識が不足していたことが、原因のようなものだ」

「……」

スツルーツは、考え込んでしまう。

今の宇宙を離れ。

都合が良い宇宙が来るのを待つ。

それは、確かに無が言っていた通り。大変に身勝手で、危険な行為だ。

ヴァルトナは、無について理解していたつもりだったが。

それでも、実際には。

無の力の使い方を理解していただけで。

無という存在の思考方法まで理解していたわけではないのだろう。

だから、あれだけ無尽蔵の力を使いこなしたにもかかわらず。

結局、無によって滅ぼされる末路を迎えてしまった。

ヴァルトナは残骸も残らなかった。

他の神々も憮然とする中。

最高神は、空間が圧縮されようとするのを解除。

捕らわれていた三柱の神を救い出した。

ただし、しばらくは検査だ。

此奴らの中にも、裏切り者がいないと、誰が断言できようか。人質のフリをしていて、いきなり刺しに来る。

その可能性は、否定出来ないのである。

最高神は、周囲に指示を出す。

傷ついていても。

威厳はまるで衰えていなかった。

「一度戻る。 監視システムにはアップデートが必要だ」

そういえば、最高神を守っていた監視システムは、破壊されてしまっていた。中枢管理システムのジャミングとあわせて、破壊したのだろうけれども。

あれは対神を想定していたものだ。

それが破壊されたという事は。

改良と改善が必要、という事である。

中枢管理システムのリンクが切れた隙を狙ったのだろうが、そんな程度では話にもならない。

最高神が倒れたら。

文字通り宇宙には最悪のカオスが訪れるのだから。

「しばらくは重要警戒を続行。 この件については、徹底的な調査が必要だ。 起きてしまった事は仕方が無い。 だが、二度は繰り返させはしないぞ」

誰もが顔を見合わせる。

まだ、裏切り者が潜んでいるかも知れない。

その恐怖は、心に食い込んでしまった。

恐ろしい事だ。

スツルーツは、皆を注意深く観察する。

こんな中、なおも冷静な奴。それが一番怪しい。

何人かにリスト内で名をつけておくけれど。

それが当たってくれないことを、祈るばかりだった。

一度、最高神と面談して。

それで解散となる。

最高神は傷つきこそすれ、それほど苛立ってはいないようだった。実際問題、今までの宇宙でも、最高神に反逆した神は存在したし。

自分の方針に反抗したものだっていた。

それを考えると。

今回の事程度で、ショックなど受けてはいられないのだろう。

むしろ奮戦したスツルーツには、心配して言葉を掛けてきたくらいである。

「後遺症などは残っていないか」

「そのような柔な造りではありません」

「そうか。 ならば良い……」

それだけで終わり。

スツルーツが反逆者だったら、刺すタイミングはいくらでもあった。わざわざ問答をする必要もない、というのだろう。

或いはずっと側にいたし。

中身は覗き済みなのかも知れない。

それはそれでちょっと困るが。

解放されると、スツルーツはまっすぐ自宅に戻る。今まで暗躍していた連中は、本当にアレで全部なのか。

それは、気になる。

今後は、他の神々の動向に気を配らなければならない。

実際今回は、最高神の暗殺という事態にまで発展しかけたのだ。

油断していたら。

何もかも。

全てが台無しになる。

そう。

今までの十二回分の宇宙で積み上げてきたノウハウも。

多くの犠牲によって得られたものも。

全てがだ。

それだけは許してはならない。

破壊の神であるスツルーツも。

その破壊だけは、許してはならないのだと、断言はできる。

ベッドで横になると、回復に専念。

殆どのリソースを、回復へと回す。

問題は奇襲を仕掛けられた場合だ。

流石に中枢管理システムにガチガチに監視が入っている今、バカをやらかす奴はいないだろうけれども。

それでも、中枢管理システムを信頼しすぎた結果。

今回は、大きな被害を出すに至っている。

一度、大規模なメンテナンスが必要になるかも知れない。その事を考えると憂鬱だけれども。

必要なメンテナンスだ。

溜息が零れる。

サポートAIが、声を掛けてくる。

「今回は大変でしたね、破壊神スツルーツ」

「何、今までの宇宙では、この程度の戦いは日常茶飯事だった。 今回はむしろ楽な方だったよ」

「戦いに関してはそうでしょう。 疑心暗鬼というもっとも危険なものを、皆が抱えてしまったのではありませんか」

「……」

存外鋭い奴だ。

今回は下手をすると、地球の神話で言うラグナロクになりかねない状況だった。いや、過去形で語るのはまだ早いか。

反逆者がまだ残っている可能性は否定出来ない。

そして反逆者達の行動の経緯を見る限り。

豹変するまで。

つまり、無と接触して力を得るまでは。

最高神にさえ、そのおぞましい本性は暴き得ないだろう。

厄介すぎる。

今は、少しでも回復をさせなければならない。

ダメージを受けた体を、可能な限りの速度で回復していく。その過程で、新しい情報もがんがん喰らう。

そうすることによって。

精神生命体は力を伸ばすのだ。

最高神に対して不満は無い。

あれほどの力を持つ存在だ。

確かに、前回までの宇宙における方針決定は間違っていた。だがそれは結果論に過ぎない。

それを理由に、最高神に対する不満を燻らせる理由にはならない。

スツルーツは、サポートAIに言う。

「アーカイブの最高機密解除」

「分かりました。 閲覧には注意してください」

「……」

確認するのは。

最高神による尋問だ。

あまり長い時間を掛けてはいないが、それぞれの神の奧に、無の力が宿っていないか確認している。

実際戦った後だ。

その萌芽があるかどうかくらいは、見極められるのだろう。

尋問はすぐに終わっていくが。

何柱かの神は残された。

困惑する彼らに。

最高神は言う。

「そなた達は、条件を満たしている者だ。 宇宙の開始時、或いは終了時、無に接触するタイミングで、死にかけたことがある。 無から力を得た者が完全に豹変することに関しては、エンデンスを一とする反逆者達で証明されている。 お前達についても、徹底的に調べさせて貰う」

「そんな、我々は」

「今は、本当に逆らうつもりも、造反の試みもしていないのかも知れない。 しかし、その心と企みを、無の中に隠している可能性は否定出来ない。 もっとも、ヴァルトナの末路を見る限り、もう無を利用しようなどとは思えないはずだが」

蒼白になっている神々に。

最高神はだめ押しをした。

「もし朕に不満があるなら、堂々と申し出よ。 それに利があると考えれば、朕も翻意しようぞ」

 

4、血塗られた宴の後始末

 

下手をすると、宇宙が滅びかねない争乱は、どうにか一段落。

全てが落ち着いてきたのは、しばらくしてからだった。

鬼に被害は出ず。

魂の海も荒らされず。

負傷したり、軟禁されたりした神は出たが。

それ以上の事にはならなかった。

スツルーツは、特に激賞された。

実際問題エンデンスとの戦いでヘタを打っていれば、銀河団レベルでの破壊が発生していたのである。

恐らくそれは、今後のまだまだ続いていく宇宙に、大きな影を落としていただろう。

神々は無為な力を、物質文明に向けてはいけない。

今までの宇宙で、散々学んできた事だ。

スツルーツは、怪我が癒えたタイミングで喚び出され。

エンデンスとの戦いについて、神々に説明させられた。

奇襲を受けてからの戦闘開始。

文字通り無差別攻撃を行うエンデンスへの対処。

全てが完璧だと褒められたが。

しかしそれは、今の宇宙になってからのルールだ。

前の宇宙では、エンデンスの方が正しかった。

何故、神ほどの力を持つ存在が、物質文明などと言う野蛮で残虐な連中に対して、遠慮しなければならない。

己の価値観を、向こうにあわせてやらなければならない。

醜い存在を許容しなければならない。

それに対して。

最高神は何も言わなかった。

闘争と研磨が、世界を強くする。

それは一つの真理で。

それだけの力を持つ神であれば。

宇宙をきっと良い方向に導けると、信頼していたからだ。

その信頼が間違っていたのは。

十一度の宇宙で、はっきり証明された。

故に今の宇宙の状態が来ている。

そしてスツルーツも。

それに不満は持っていない。

ストレスは感じるが。

「そなたはエンデンスによる無差別破壊を食い止めたばかりか、朕の危地を救った。 残念ながら特別扱いするわけにはいかないが、そなたに対しては朕からねぎらいの言葉を掛けよう」

「有り難き幸せ」

「神々の中でも、今後更に伸びるだろうお前だ。 やがて朕の右腕になる事を期待しているぞ」

拍手が起きる。

だが、心からの拍手をしている神はどれだけいるか。

スツルーツは、憮然としている。

確かに最高神は、本気で褒めてくれているだろう。

だが、他の神々はどうだ。

今の宇宙に不満を持つ神は多い。

今回の反乱が、成功していれば良かった、と思っている神は、恐らく少なからずいるはずで。

それについては、最高神も見逃しているはずだ。

反乱を起こそうと考えている奴は許せないだろう。

だが反乱が起きていれば良かった、と考える神まで罰していたら。それこそきりが無いのである。

褒美の類は無い。

名誉だけだ。

スツルーツとしても、褒美なんて貰っても、物質文明風に言えばタンスの肥やしにするだけなので、いらない。

でも、別にそれで構わない。

今回は、生き残ることが出来て。

宇宙がカオスに落ちなかった。

それだけで良かったのだ。

最高神が死んでいたら。

今までの宇宙にあった、ルールというものさえ崩壊していただろう。

今の宇宙の平穏どころでは無い。

それこそ、最高神が誕生する前のカオスへと、全てが巻き戻されていた可能性も決して低くは無いのである。

それを考えれば。

今回は上出来だったのだ。

家に戻る。

鬼達は、SNSで。

活発にやりとりしていた。

見せしめの意味もあるのだろう。

エンデンスの戦いについては。

全てが公開されていたのだ。

鬼達からして見れば、冗談では無い規模の破壊が、引き起こされるところだったのだ。スツルーツがもしも一発でも攻撃を中和し損ねていれば。

どれだけの文明が消し飛んでいたことか。

「分かってはいたが、スツルーツ神のスペックは凄まじいな。 文字通り宇宙を滅ぼしうる力だ」

「最高神は更にコレの遙か上を行くらしい。 確かに神々と言うだけの事はある」

「無造作にばらまかれている攻撃の一つでも受けきれなかったら、幾つの銀河が消滅していたんだろうな」

「恐ろしい事だ」

もっともである。

涅槃の姿勢を久々に取る。

パイロンから連絡。

礼を言われた。

「救助がもう少し遅れていたら、死んでいたかも知れない。 スツルーツ神、貴方には感謝します」

「別に構わん。 死にかけたのは余も同じだ。 それに、あの世にはお前がまだまだ必要だからな」

今回の件で。

五柱、いや六柱の神を失ったあの世は。

中枢管理システムの処理能力を、かなり削られた。

それを考えると。

パイロン達、人質にされていた者達を救出できたことだけでも、僥倖とみるべきなのだろう。

パイロンも、不安にしているようで。

色々と話をしてくる。

「本当に、反逆者はもういないのでしょうか」

「さあな」

「不安をあおりますね」

「余にもわからん。 今回の件にしても、そもそも無という禁断の領域に手を出したことがまずかったのかも知れん。 実際最高神が如何に全知全能に一番近い存在だとしても、それはこの宇宙と、平行世界に限られる。 宇宙の外側や、別の宇宙については、分からなくても仕方が無い」

そして今回の件は。

宇宙の外側に触れたことによって生じた弊害だった。

最高神の不手際を責めるわけにはいかないだろう。

誰だって。

あの状況で、反逆者を見極める事は出来なかっただろうから。

「スツルーツ神、貴方には是非更に力を伸ばして、最高神の右腕になっていただきたいのです」

「不安か」

「それは勿論」

「余も不安だよ。 というよりも、将来のことを見越してだったのだろう。 エンデンスが、余を奇襲したのは」

まだ反逆者が残っているなら。

最高神は当然として。

スツルーツもそのターゲット。

それもかなり上位の、になるだろう。

今後、覚醒したエンデンスレベルの相手から、散々奇襲されることを想像すると、正直ぞっとしない。

あんなレベルの相手を、多数相手にしなければならないかと思うと。

戦いは好きだ。

駆け引きも好きだ。

だが、ああいう無為な殺戮を躊躇わない相手と。

周囲を守りながら戦うのは好みでは無い。

どうせなら、堂々と名乗りでも上げてから、死力を尽くして戦いたいものだ。それこそ、何も無い宇宙か何かで。

他に救助した二柱の神からも連絡が来る。

いずれも礼だった。

その一柱が。

気になることを言っていた。

酸素を司る神なのだが。

捕まっていたとき、妙なことを聞いた、というのである。

「最高神以前の神が、生き延びている!?」

「そのような事を話していました。 ただ、反逆した神々でさえ、接触は出来ていないようなのですが」

「……考えにくいな」

「私もそう思います」

最高神は、最古の神だ。

それについては確実な所である。

もしも、それより更に古い神が生き延びていたら。

必ず現在、相当な存在感を放っているはず。

いないということは。

何処かに隠れているか、それとも。

ひょっとして、分散して無にでも潜んでいるというのか。

今回の件を考えると、一概に笑い飛ばせない。

腕組みして考え込む。

なお、教えてくれた神に対しては、念のために聞いておく。

「今の話、最高神に話してはあるな」

「それは勿論」

「ならば構わん。 貴重な情報感謝する」

通信を切る。

さて、ここからが本番だ。

もしも、無の中に力を分散させ、もしくは自身を分散させ、潜んでいる神がいるとして。それが此方に対して害意を持っていた場合。

それは恐らく、史上空前の脅威になる筈だ。

最高神は、精神生命体だが。

元から強かった上に、非常に長い年月、情報を喰い続けたという事が、今の圧倒的な実力につながっている。

だが、その更に古い神の実力が読めない以上。何も対策ができない。

最高神の所に出向く。

最高神は、スツルーツが来た理由を察していたのだろうか。

すぐに通してくれた。

「例の更に古き神の事か」

「何か心当たりはありませんか」

「分からないとしか言いようが無い。 朕の生まれた宇宙は、カオスの中にあった。 力こそ全てという世界だったからな」

それは聞いている。

最高神は最初から最高神だったわけではない。

魂の海から生まれ出て。

それから、力を得ていったが。

その世界では、強者は何をしても良い世界だった。

気に入った者に力を与えて。様々な惑星で好き勝手をさせたり。

逆に飽きたらすぐに力を奪い。周囲からどのような扱いを受けるか見て楽しんだり。

あの世における亡者に対する裁量も、神々の気分次第。

中には容姿が気に入らないという理由で。

地獄に落とされた亡者もいた。

気に入らない星の住人だという理由で。

全て地獄に落とされていたケースもあった。

そして地獄で苦しむ亡者は。

神々にとって格好の娯楽だった。

「カオスとはそういうものだ。 だから朕は、その世界を生き延びた後、強者が研磨し合い、真の強さを求める世界を願い、作った。 だがその世界は間違っていた。 11度の間違いを経て、朕は今の結論に辿り着いた」

「しかし、古い時代の神にとっては……」

「カオスこそが真理であろう。 もっとも、朕以前の神など、もはや記録にさえ残っておらぬ」

アカシックレコードにしても。

最高神が構築したものだ。

構築以降の情報は全て記載されているが。

それ以前の情報は皆無。

限界は何にでもある。

今、スツルーツは。

最高神の限界を見ていた。

「それで、如何なさいます」

「無へのアクセスは、研究チーム以外には禁止、とするほかあるまいな」

「……」

それしかないか。

いずれにしても、監視システムの強化。

中枢管理しシステムのセキュリティ強化。

これは絶対だ。

しばらく運用管理をしている鬼達には、地獄を見て貰う事になるだろうし。外付けCPU扱いの神々にも、相当な負担を掛ける。

だが、それも仕方が無い。

スツルーツも、しばらくは相当量の負荷負担をする覚悟を決めた。

「最高神。 一つだけしておいていただきたい事が」

「何か」

「後継者を決めておいてください。 今回の件でも、かなり危ない状況がございましたので。 最悪のカオスを避ける為にも、是非」

「……分かった。 近々発表しよう」

頭を下げると、退出。

最高神が倒されることは、もうない。

敵は千載一遇の好機を逃した。

更に無は、恐らく今回の件で警戒を強めているだろう。好き勝手にされたことを察して、頭に来ているに違いない。

無をこれ以上利用するのはリスクが高すぎる。

問題は、無の中に分散して眠っていると思われる、より古き神。

反逆者達がそれをどうやって知ったのか。

そも、実力は。

そいつは本当に眠っているのか。

実際には無の中から干渉してきているのではないのだろうか。

それらの不安は。

やはり、強く心を締め付ける。

家に戻る。

警備体制が強化されたこともある。しばらくは安心の筈だが。

これは当面安眠はできないな。

そう自嘲すると、スツルーツはリラクゼーションプログラムを起動し。そして医者に処方された薬を出し。

そして飲み下した。

ストレス値が上がっている。

かなり不愉快だ。

神にとっても、ストレスは大敵。

堕天だけは避けなければならない。

最悪の場合。

面倒だが、また医者に行かなければならないだろう。

「スツルーツ神」

「分かっている」

得体が知れない相手。

無よりも、ある意味厄介かも知れない。

せっかく構築された平穏な宇宙は。

また、もとの木阿弥に。

カオスへと。

戻ろうとしているのかもしれない。

 

                             (続)