全てが生まれる場所

 

序、海

 

魂の海。

あの世に存在する、巨大な純化魂の塊である。自我無き魂の元が巨大な塊を形成し、それが途方もなく巨大な球体になっている場所だ。

物質生命に宿る魂というものは、基本的に此処から産み出され、此処へと帰って行く。そして魂だけではなく。

特には精神生命体である鬼や。

その最上位者である神も此処から生まれ出てくる。

この魂の海は、現存する宇宙最大の構造物で(銀河の集合体などの集団構造物は除く)、あらゆる並行宇宙と並列して存在しているため。

非常に便利なベンチマークとして活用されている。

勿論物質世界からはアクセス出来ないのだが。

それは、あの世の管理によって、あらゆる並列宇宙と位相がずれた空間に隠されているからだ。

此処は全てが生まれ。

全てが帰る場所。

故に地獄で罪を絞り尽くされた者も此処に送り返され。

非常に便利な場所である煉獄も、基本的にこの魂の海と同じ位相空間に存在しているのである。

此処からは、平行世界に自由自在に行く事が出来るため。

ある意味ターミナルとも言える重要拠点だ。

故にあの世の重要施設は幾つも此処に作られ。

神々も此処に居を構えているケースが多い。

あの破壊神スツルーツも、幾つかある別荘の内一つをこの魂の海の側に持っているそうで。

私としても、この近くに来ると緊張する。

私は、この魂の海には、あまり良い印象が無い。

煉獄で働いていたからだ。

刑期は六千年と短めだったけれど。

それでも、此処に送り込まれて。

単純労働を続けて。

あの世から、世界をよくするために確率の調整を続けた日々は、大変だった。

奇しくも、地上で働くよりもずっとずっと楽だったけれど。

それでも苦労したことに代わりは無い。

上級鬼になって戻ってきたけれど。

それでも、あまり苦労のことは、思い出したくなかった。

魂の海は、白い海原が、ずっと遙か向こうまで続いている。

この海に彼方此方浮かんでいるのが煉獄。

そして今。

私はその煉獄の一つに、降り立っていた。

魂の海に関しては、強力な防御機構が設置されていて。生半可な神では太刀打ちできないほどの防御力があるが。

神々同士の諍いがなくなり。

鬼どうしても争うことが無くなった今も。

此処だけは特別。

超がつくほどの重要地点のため。

最高神の指示もあって、防衛機構は必ず設置され。全域を監視している。文字通りアリの這い出る隙も無いほどで。

全域で六億光年ほどある魂の海は。

ある意味で、今も一番安全な場所だ。

魂の海は、ビッグバンの影響を受けない。

無数の平行世界と位相をずらした空間にあるため、それに囲まれているような状態なのだ。

故に此処は何百億年どころか、その何十倍も安定した空間で。

今の最高神さえ、いつから存在しているか知らないらしい。

私が降り立つと。

亡者達を働かせている鬼達の監督官が此方に来た。

「おお、久しぶりですな」

「ええ。 お久しぶりです」

互いに制服としての姿を採っているので、それぞれ巨大な角を生やした人型である。スーツも着込んでいる。

挨拶をしたのは、知り合いだからだ。

私の後輩なのである。

私より後に同じ煉獄に来て。

鬼になった私が気がつくと、此奴も鬼になっていた。

私は主に中枢管理システム関連の仕事をしていたので、此奴とは職場で殆ど会うことは無かったが。

たまにSNS等を使って、やりとりはしていた。

「先輩、此処には何用で」

「これを見てください」

「ふむ」

今回は、確率調整の仕事ではない。

ちょっと面倒な事が、魂の海で起きている事が分かったのだ。

基本的に完全浄化した亡者を、分解して魂の海に戻しているのだけれども。その中のほんのわずかな、浄化しきれなかった部分が。

一カ所に溜まっているらしいのである。

とはいっても、検知した感触では、直径一メートルもない。

それだけあの世のテクノロジーは凄まじいという事だ。

直径六億光年もある球体の中にある、一メートルほどの球体を検知して、探し出すほどなのである。

「というわけで、潜ってこれを浄化するのが仕事です」

「それで、位置的に近い此処にわざわざ来たと」

「ええ。 作業の開始連絡と、作業内容の提示のためです」

これは、それだけ魂の海に触る作業が、デリケートなためである。

普段はこの上に船を浮かべて、亡者を運んだりしているのだけれども。

それは魂の海に汚染を浮かべたり。

或いは弄ったりする行為とは違う。

これからやるのは。

魂の海に触って、汚物を排除する作業なのである。

故に。申請が色々いるし。

直前まで知らされない。

何かあったときのために。

近くにある煉獄に、連絡をしたけれども。

それも、本当に念のため。

お互い大変な任務である。

敬礼をかわすと。私は、指を鳴らして、潜水用の装備を出す。魂の海に潜るのだ。

潜水も、独自の船舶を使って行う。

自分自身で潜ることは基本的にしない。

実を言うと、魂の上を渡る時に、亡者を乗せるモーターボートにも、かなり特殊な加工がされている。

魂の海への汚染を避ける為である。

亡者が落ちた際も、速攻で救出が入る。

ただ、亡者が落ちた場合。

基本的に沈むことは無いのだけれど。

魂の海は、密度がかなり高く、中心に近づくにつれて密度は増していく。水などもそうなのだけれど。

魂の海の場合は、それが斥力として働く。

最初少し沈んだとしても、すぐにはじき出される。

そういう場所なのだ。

潜水用の船舶を、サイコキネシスで海岸に移動させる。

勿論それらの作業にはスクリーンをかけて、亡者達には見えないようにしながら、である。

船舶はいわゆる潜水艇で。

卵形をしていて。

昔だったら、UFOだと勘違いされたかも知れない。

ちなみに大きさは、今の制服としての姿をしている私でも、余裕を持って入れるくらいである。

扉を開けて中に入ると。

非常にシンプルな造りだ。

殆どがらんどうで。

最低限の機器しかない。

起動すると、音もなく船舶は沈み始める。これも、実は結構なウルトラテクノロジーにより実現しているのだけれど。

それを悟らせないように。

音も立てず。

姿も目立たせない。

勿論、警備システムも、この船のことは事前承認しているので、攻撃もしてこないし、此方に確認を取りもこない。

「潜行開始」

「開始確認」

声がする。

警備システムのAIが応答しているのだ。

見ているぞ、という意味も込めている。余計な事をすれば、すぐに魂の海からたたき出されるだろう。

それくらい厳しいシステムなのである。

「現在、汚染の塊に向け移動中」

「確認している。 作業続行されたし」

「了解」

淡々とやりとり。

相手も機械的に応じているが、これは仕方が無い。元々こういう警備システムは、威圧的に作ってあるのだ。

私が上級であっても関係無い。

神々さえ防ぎ抜くシステムである。

それこそ、その力は超絶的。

もしも逆らおうとしても。

私程度では、とてもできない。

周囲は乳白色。

完全に白い海で、視界は零に等しいが。ソナーを使って常時周囲を確認しているため、何か障害物があっても即座に分かる。

警備システムも常に此方をロックオンしているし。

この船に攻撃がある場合は、その攻撃者に対して、即座の致命的反撃が行われる仕組みである。

それぐらいガチガチに守られ。

監視される中。

潜行していく。

ちなみに進むのはゆっくりだが。

時々空間スキップしているので、既に三十光年ほど進んでいた。勿論空間スキップの際は、きちんと警備システムに申請はしている。

ちなみに、汚染があるのは。

更に三千光年ほど先だ。

此処からは、魂の海の密度がどんどん上がっていくので。

空間スキップを主に駆使して進む。

警備システムに申請しながら、空間スキップを実施。

ソナーに何かが引っ掛かる。

集まろうとしている魂の元。

これらが集まり、やがて水面近くに上がっていって。

そして魂として、生物に宿る。

もしくは、精神生命体になって。あの世で働くようになる。此処は文字通り、命が生まれる海なのだ。

だから神聖だし

絶対に侵してはならない。

あの世における聖域なのである。

これだけ警備システムがぴりぴりしているのも当然で。

私が監視側でも、これくらいは気合いを入れて見張ることだろう。まあ、当たり前の話である。

空間スキップを何度かしていく。

かなりの深さまで潜ってきたが。

震度が上がると。

魂の密度があがり。この辺りでは、新しい生物に宿る魂や。精神生命体に変化する魂は、殆ど見られなくなる。少なくとも、この辺りの魂の元は、何かしらの理由でこの深度に留まっているものが殆どだ。

非常に古く、遙か昔に純化されたものばかり。

ここら辺から押し出されるようにして。

外へと、魂が送り出されていく。

その結果、魂の海は新しい生命に宿る存在を作り出すのだけれども。まれに、この辺りで集まり始めると。

強力な神として、いきなり生まれ出る魂へと代わることがあるそうだ。

これらは研究され尽くしていて。

今更新しい発見も無い。

何でも、今の最高神が誕生した宇宙の頃には、既に研究は枯れていて。今更触る余地は一切ないそうだ。

まあ魂の海の重要性を考えれば、当然も当然。

此処はあの世の中枢とも言える場所なのだから。

さて。

そろそろだ。

見つける。

確かに、直径一メートルほどの汚染の塊が浮かんでいる。

すぐにロボットアームを展開。

絶対にあり得ない事では無い。

どれだけ完璧に濾過しても。

それでも、あり得ないほど少ない量の汚染は残る。それに関しては、技術がどれだけ進歩しても仕方が無い。

しかし、である。

こうやって集まると、すぐに察知もされる。

アームを延ばした後、捕集機を使って、吸い込む。

他の純化された魂を汚染しないように、である。

吸い込み完了。

その後は、専門の施設に持ち込んで、汚染を除去。

除去してから、また魂の海へと帰すのである。

更に深度を上げていくと。

最終的には、ブラックホール並みの密度の魂が集う世界になり。其処では、非常に強い斥力が働いていて。

神々でさえ、居座るのは難しいそうだ。

それらの魂には意思もなく。

斥力が生じているのも、難しい理論に基づくので、良く私には分からない。

兎に角、汚染は回収した。

「回収完了」

「此方でも確認。 帰投されたし」

「了解」

すぐに、浮上に取りかかる。

乳白色が濃くなっているが、センサーには何も引っ掛からない。この辺りの深さになってくると、本当に集まろうとする魂そのものが希の中の希。

しかも、それらに害を為す事は、絶対にあってはならないこと。

もしも害を為したり。

不当に魂の元を摂取したりしようものなら。

世にも恐ろしい罰が待っている。

それこそ地獄で亡者どもが味わっている責め苦の比では無い罰が、である。

それくらい、此処は重要な場所なのだ。

一直線に、海面を目指す。

そして、空間スキップを駆使しながら。

ほどなく、海面に到達した。

なお。船体は魂の付着を防ぐ特殊な加工になっているため。大深度にある魂の元を、此処に持ってくる事は無い。

それでも、海面に浮上した後。

警備システムが来た。

見た目、タコのような姿をしているが。

精神生命体ではなく、AIである。

この姿は、戦闘に適しているから。

複数の触手を展開して、戦闘時は容赦なく敵を叩き潰す。

そういう恐ろしい存在である。

場合によっては、銀河を消し飛ばすくらいの攻撃を、防ぎ抜くシールドを張る事も容易にするとか。

対神を想定している警備システムだ。

それくらいは出来るのが当然とも言えるが。

「汚染の塊完了。 回収」

「船体の状態問題なし」

「任務完了確認」

数体いる警備システムが、口々に告げてくる。此方は船から下りると、後は船そのものを警備システムに引き渡す。

これから中枢管理システムがリンクしている施設に運び込み。

徹底的に調査してから、元の格納庫に収めるのだ。

更に私についても。

これからボディチェックをされる。

昔から、魂の海で悪さをしようとする神や上級鬼はいたそうで。

それらもあって、警備は本当に厳重なのだ。

ちなみに煉獄は、監視網の巣。

もしも煉獄を基点に何か悪さをしようとしたら、零コンマの後ろに零がたくさんついたあと、やっと1が出てくるような時間の間に。

瞬く間に焼き滅ぼされてしまう。

そういう恐ろしい場所なのである。

ボディチェックをするため、警備システムに伴われて、専門の施設に。其処でチェックをされた後。

ようやく仕事が終わる。

元の姿に化身。

ツインテールに髪をまとめた、小柄な女子の姿だ。

私は大人になっても背が伸びず、物質世界では随分と苦労した。

今の時代はそれはそれで需要があるらしいが。

車に乗っていれば警察に止められて免許を求められ。

会社の制服を着て出勤する途中に学生に絡まれたり。

色々散々だった。

上級になってから、いろいろ吹っ切れて。それで生前の姿を採るようにしているのだけれども。

死んだのも早かったので。

正直な所、微妙である。

このまま老いたらどうなったのか、よく分からないし。

何より結婚したばかりで、子供もいなかった。ただご時世もあって、子供を作ることはあまり好まれてはいなかったのだが。

さて、全作業終了。

家に戻ることにする。

魂の海に関わるのは。いつも大変だ。

 

1、最重要拠点のお仕事

 

上級の中でも中くらいの実力にいる私は、元々ある事情から超圧縮された時間の中で暮らしていて。

それで結局、周囲より早く上級になった。

色々と面倒な事もあって、何より時間の感覚が狂うのが困ったのだけれど。

上級になると権限も増え。

出来る事も多くなり。

その一方で責任も増した。

本来の姿も、家でしか採らない。

よそでは制服としての姿をとるか。

もしくは、巨大なイソギンチャクの姿になる。

こうすることで、周囲から舐められるのを避けるのもあるのだけれど。実際の所、容姿を気にする鬼はいない。

亡者に直接接する仕事もしてない。

だから、これは。

物質世界で散々舐められた事による、後遺症と言えるのかも知れない。

ただストレス値に関してはそれほどため込んでいないし。

滅多に医者の世話にはなっていないが。

あくびをしながら、スケジュールを確認。

大仕事の後だったから、長めの休みを貰っている。しばらく惰眠を貪ろうかと思ったけれど。

せっかくなので起きだし。

チェックを幾つかしておく。

まず回収した汚染だが。

これについては、既に浄化も完了。

浄化後は、また魂の海に戻されたようだった。

汚染の塊は。周囲を汚染するような事はないものの。魂の海の中で、集まろうとする傾向がある。

これはきっと古い宇宙で存在した。

邪神や。

邪悪な鬼になるシステムなのだろう。

古い時代には、正真正銘破壊と殺戮しか考えない邪神もいたそうだが。

それらは既に淘汰され。

今の宇宙では、発生するシステムそのものが断たれている。

魂の海への監視。

今日のような、汚染の除去。

それら全てが。

そのシステムになっていた、という事なのだろう。

私にとっては、遠い昔の。生きていない世界での話。いずれにしても、悪しき芽は摘んだのだし。

もはや関係はないが。

しばらくぼんやりしながら、次のスケジュールを確認。

私は魂の海に全般的に関わる仕事をしているのだけれど。

今回のように、直接潜る仕事は希だ。

希だからこそ。

今回は、やっていて色々苦労した。

次は、中枢管理システムの、監視設備に移動して、作業をする事になるが。実際には待機が主任務になる。

勿論待機と言っても、その間中枢管理システムの処理リソースに自分の力の大半を回すので。

ゲームも何もできない。

あの世には無駄もなければ人材も足りない。

だから、遊ばせておく人材はいない。

仕事場にいる以上、何かしらの活用はされる。

そういうものだ。

「おはよう、カレン」

不意にSNSに連絡があった。

あの世のSNSは、鬼の関係が希薄なこともあって、基本的にいつもガラガラなのだけれど。

たまにこうして連絡が来る。

もっとも朝も夜もないので。

おはようと言われても困るのだが。

「何ですか、トルニメア」

「トニーで構わないよ」

「喧しい。 それで」

「連れないなあ。 魂の海に潜ったんだって? どんなだった?」

どうもなにも。

トップシークレットだ。

アーカイブに記載されているし。

自分から主観で語る事は禁止されている。

それを告げると。

相変わらずお堅いなと、トルニメアは笑うのだけれど。この会話も、中枢管理システムが見ている事を忘れていないだろうか。

下手をすると、即座に二人揃って喚び出されて、お仕置きどころの話ではないのだけれども。

恐ろしい橋を渡るものである。

無理矢理話をそらし。

それから、話題を変える。

しばし他愛も無い話をした後。

不意にトルニメアが話を振ってきた。

「時に聞いたかい。 あの破壊神スツルーツが、病院に行ったとか」

「初耳ですね」

「そうか。 あの頑健そうな破壊神様がって事で、一部で話題になっているよ」

「怒りをかわなければいいけどね」

相手は上級鬼。

SNSで話していると言うこともあって、だんだん会話がフランクになってくる。

ちなみに、実際の相手とは会ったことも無い。

たまたまSNSで構うようになって。

それっきりである。

そういう相手だ。

「あの世のシステムは良く動いているけれど、最近少しトラブルが多いようだね。 私は心配だよ」

「そうだね」

「それでは、私は仕事があるので、これで」

「はいはい。 頑張れ」

会話を切る。

何をしに話しかけてきたのだかと思ったが。

まあSNSというのはそういうものだ。

知り合い同士なのだし、それくらいは別に構わないだろう。ただ、サポートAIが警告をしてきた。

「かなりきわどい会話をしていましたね。 セキュリティの問題上、以降は控えた方が良いでしょう」

「分かっている」

分かりきったことを。

そもそも私は話を一方的に振られたほうなのだけれど。

何だか理不尽だ。

むすっとしていると、リラクゼーションプログラムが自動で起動。まあ、多少は気分も安らぐ。

ちなみに有名な地球のクラシック曲だ。

この曲しか知られていないが、この曲だけは世界的にヒットしたという。ある悲劇的な音楽家の曲である。

ぼんやり聞いていると。

気持ちも多少安らぐ。

しかしながら、不意にサポートAIが警告してくる。

中枢管理システムから、連絡があったという。

「お休みの所申し訳ありません、カレン」

「何でしょう」

「緊急の仕事です」

私の職場は。

基本的に、大仕事が多い。

待機している時間が出てくるのも、こういう大仕事があるからだ。私としても、別の職場を希望したいくらいだが。

何しろ魂の海と言えばあの世の最重要拠点。

誰かが見張らなければならないのである。

それが私というのは、名誉と言うよりも。

「誰か」が私だった、というだけの事だ。

「魂の海の監視システムに、軽微なバグが発見されました。 現在、そのバグによる弊害を、過去に遡って調査中なのですが、その間一部の監視システムに動作の遅れが出る可能性があります」

「対神を想定したシステムでしょう?」

「それでも、システムです。 上級鬼である貴方が側について、サポートをしてください」

場合によっては乗り込み。

操縦することも出来ると言う。

その場合、戦闘力は、生半可な神の比では無いとか。

勿論乗り込む場合は、相応の手続きが後から必要になってくるし。下手な事をしたら、とんでも無いお仕置きが待っているだろう。

かっこいいロボットなら兎も角。

タコに乗り込むのはちょっと何というか、気乗りしないけれど。

まあいい。

とりあえず、そのまま職場に向かう。

職場には、数名の同僚が来ていた。

私同様、制服としての姿を採っている。

それぞれ、手分けして、別の場所に空間スキップ。

其処で監視任務を開始する。

私はあくびをしながら、監視を開始。

問題は発生しているけれど。

まあそれも其処まで深刻ではない。その筈だ。だが、万が一も、億が一も許されない拠点なのである。

すぐに作業に取りかかる。

監視システムを、空間スキップしながら、確認していく。

動きが鈍っているようなことは無い。

きちんと作動しているが。

それでも、恐らくは。

普段より、ちょっとだけ性能ダウンしているのだろう。今、オーバーホール中なのだから。

タコは普段は大人しくしているが。

此奴は不法侵入者を見つけると、獰猛すぎる牙を剥く。

精神生命体ですら、此奴に襲われたら、なすすべ無く拘束されるしかない。神ですら、である。

バグの調査中だ。

もしもそういった誤動作を起こさないとも限らない。

流石に冷や冷やするが。

タコはじっとしたまま。

今、監視のサポートをしている私の事も知っているからだろう。

何もしてこない。

勿論、話しかけてくるようなことも無い。

潜るときは、あれほど執拗に色々聞いてきて、確認を取ってきていたのに、である。

面倒な話だ。

下にずっと拡がっている魂の海。

錯覚しがちだが。完全な球体では無い。

波も出来ているし。

現実の海と同じように、海水面が一定ではないのだ。

これは中心部の斥力が原因、とも言われているのだけれど。

私にはよく分からない。

解明はされているが。

理論がちょっとばかり難しすぎるのだ。

実際問題、なるほどとは思ったけれど。暗誦も出来るけれど。それだけ。これ以上知ろうとも思わない、複雑な理論で。

あまりそれについて考えたくは無い。

ぼんやりしていると、下の方をモーターボートが通過している。亡者を山盛り乗せているが。

タコも私も、光学ステルスが掛かっているので、見えない。

亡者達は知らない。

神でさえ拘束できる警備システムが、ずっと監視に当たっていることを。

まあ、そんなものがいる事を知ったら。

ただでさえ青ざめている亡者達は。

パニックになりかねないが。

まだか。

イライラしながら、タコを見る。

暇では無い。

何しろ、この機会に悪さをしようとする奴がいるかも知れないからだ。

実際、無の壁をこじ開けようとしているときにも。

無の研究チームに、正体不明の相手から、怪文書が届いたという話もある。それを考えると、油断は出来ない。

何度か空間スキップして、監視範囲内の監視システムをチェック。

いずれもが黙りで。

私の事には、目もくれないどころか。

気にもしていないようだった。

あくびを堪える。

こういう仕事だけれども。

それはそれで大変なのだから。

随分と長い時間に感じる。

まあそれも当然で、すぐ側に私をその気になれば瞬殺出来る奴がいて。そいつがバグを持っている事が分かったのだ。

平穏でいられる筈も無い。

しばしぼんやりしていると。

不意に連絡が来た。

中枢管理システムからだ。

終わったか。そう思ったが、違った。

「現在バグのパッチは完成。 適応も終了しました。 しかしながら、遡及してのデータ洗い出しはまだ続行中です。 既に監視システムは普段通りの性能で動くはずですが、万が一の事もあります。 そのまま監視に当たり続けてください」

「分かりました」

もう帰りたい。

鏡を見たら、顔中に書いてあるだろう。

だけれども、我慢だ。

実際問題、此処に何かあったら本当に困るのである。

 

ようやく見張りが終わって、職場に戻る。

他の鬼達も疲弊していて。

互いに苦笑いである。

中枢管理システムが、此処の職場を直接管理しているため、上司に当たる鬼はいない。というよりも、だ。

もし上司がいるとしたら。

それは神になるだろう。

それくらいの重要拠点なのだ。

そして、その上司が悪さをするのを防ぐために。

中枢管理システムが、直接監視をしているのである。監視チームについても、見張りをしているのである。

物質世界で言えば、原発と同等か、それ以上の重要施設。

それが此処なのだ。

「皆さん、お疲れ様でした。 今回の被害は無し。 被害無く食い止めることが出来たのも、皆さんのおかげです」

「……」

「休暇については色をつけます。 家に着いたら、じっくりストレスの軽減を行ってください」

皆、無言で帰路につく。

家に着くと、制服としての姿を解除。

自分の肩を揉みながら、嘆息。

実際に肩なんかこらない。

だが、これは生前の癖だ。

もうちょっと、結婚生活したかったなあ。

だが、三年すれば旦那は態度を変えるという説もある。

新婚の内に死んでおいて、自分は良かったのかも知れない。今は、そう思えてきている。

なお、旦那は地獄に落ちた。

理由はよく分からない。

というか、そもそもだ。

私がどうして死んだのかが、未だによく分からないのだ。

勿論調べようとすれば出来るけれど。

寝ている間に死んだのだ。

火事か何かで、そのままか。

それとも夫が地獄に落ちたことを鑑みて。夫に殺されたのか。

或いは何かの事故か天災に巻き込まれたのか。

いずれかは分からないけれど。

兎に角死んだことには変わらない。

三年しか無い賞味期限ともいうが。実のところ、私の両親は、賞味期限がなくよっぽど相性が良かったようで。

子供も六人も作り。

ずっと仲の良い円満な夫婦だった。

私は末っ子だったので甘やかされて育ったけれど。

死んだときには、両親は悲しんだだろう。

先に死んだ。

それは悔いに残っている。

なお、葬式などのデータも、アーカイブから引っ張り出すことは出来るのだけれど。やらないようにしている。

ストレス値を貯めるだろうし。

真相は知らない方がいいと思うからだ。

ぼんやりしていると。

リラクゼーションプログラムが勝手に起動。まあ、ストレスがたまる仕事だったし、この配慮は嬉しい。

しばらくぼんやりしていると。

サポートAIが話しかけてきた。

「気分転換に出かけてはどうでしょうか」

「気乗りしない」

「分かりました」

というよりも、外に出たくない。

あの世に来てから、欲が無くなった、というのもある。

生前はむしろ欲が強い方で、ウィンドウショッピングが好きだったし。家計が決して楽ではないのを知った上で、親にオモチャをねだることも多かった。

結局初恋の相手と結婚したけれど。

その相手も、優しかった内に死に別れ。

しかも死んだ後に相手が地獄に落ちたので。

今でも腑に落ちない。

この世は一体何なのだろう。

あの世にきてから、そう思う。

私は何か悪い事をしたか。

因果応報でもあるのか。

そう思ったが。

実際には、そんなものは無いと、あの世に来てから知らされた。基本的に、あの世では平等に世界が良くなるように、確率調整をしているだけだとも。

つまり私は。

確率調整をしても、自分でも知らないうちに理不尽に死んだ、と言うわけだ。

システムに欠陥があるとは思わない。

実際問題、多くの生命体が、知的生命体にまで命数を伸ばしているのだ。古い時代の宇宙では、現在の1%くらいの確率でしか、惑星に知的生命体は発生しなかったそうである。それを考えれば、驚異的な数字だ。

社会のシステムに問題が起きすぎると、上級鬼が致命的な問題を避けるために動く。

これも今までの宇宙では考えられなかった。

それらを総合すると。

私はとてもいい宇宙にいるわけで。

だがそれでも理不尽に死んだことには変わらない。

あの世では、幸いホワイト職場にいるが。

仕事そのものは大変で。

それにやっぱり、いつも釈然としない。

ベッドでごろごろしていると。

また中枢管理システムから連絡。

何だよ。

休みはじめたばかりだよ。

ぼやきながら通話にでると、今度は幸いにもと言うべきか、緊急の用事では無かったし。すぐに出勤する必要もなかった。

「次の仕事内容についてです。 休暇後で構わないので、対応をお願いいたします」

「出勤後に連絡で構わないのではありませんか」

「いえ、そうも行きませんので」

だろうな。

で、内容を聞かされる。

確かに出勤後では遅い。

まず、専門知識が必要な仕事だ。つまりアーカイブからデータを取得しなければいけないのである。

この職場は、色々専門的な仕事をするケースが多く。

こういう事態も良く起こる。

今回の仕事は、どうやら魂の海で、神になりかけているが、どうも神になりきれずにいる存在がいるので。

それを手助けしろ、というものらしい。

下級の神らしいのだが。

どうもある程度まで形が出来たところで、其処からが上手く行かないらしい。

何というか、難産とでもいうのか。

子供。

欲しかったな。

そう思いながら、私は。

必要なデータを取得する準備を、サポートAIにさせる。

「実作業は、監視システムが行います。 不備がないように監視の方をお願いいたします」

「分かりました」

通話を切ると、アーカイブに接続。

この分は仕事としてカウントされるので、後で休暇は延ばしてくれる。実際問題、その神についても、状態が安定していて、急ぎではないという。

状態が安定したまま、完成に向けて動かない、というわけだ。

色々と面倒だなと思うけれど。

まあそれはいい。

人手不足のあの世である。

中枢管理システムの支援が出来る神が少しでも増えれば、それだけ此方の仕事が楽になる。

神はスペックも高いので。

鬼が生まれるよりも、遙かに多くの作業を担当できるものが出てくる事になる。

それだけ皆の負担が減る。

良い事づくめだ。

データの取得完了。

ちょっと時間は掛かったが。情報は基本的に喰っても無くならない。それは実に良い事である。

鬼にとっての食糧はいくらでもある。

そういう事だからだ。

しばらく休暇を楽しむ。

ぼんやりしていると、サポートAIが聞いてくる。

「機嫌が良くなったようですね」

「ん、まあね」

「機嫌が良くなったのならいいことです。 ストレス値も下がっています」

「ああ、そう」

まあそうだろう。

魂の海は、やはり重要な拠点で。しかしながら、仕事としては大変だなとばかり感じていたからだ。

だが、今回は。

私が出来なかった事が其処で行われ。

それを助ける仕事になった。

個人的に嬉しいのは、それが理由だ。まあサポートAIには、その辺は分からないだろうが。

準備は整った。

後は、いつでもでられるようにしておく。

休暇後で問題ないという話は聞いているが。

いざと言う事もあるからだ。

今回は、出かけるのも控えておこう。

何かあったときのために。

子供が結局出来なかった私の悲劇を、他の存在に味わせたくはないのだから。

 

2、生まれる転生の主

 

出勤すると。

私は制服姿の他の鬼数名と。何よりも、あの有名な破壊神スツルーツと一緒に、ミーティングを受ける事になった。

子供の、それも女の子の姿をしている破壊神スツルーツだが。

基本的に非常にいつも機嫌が悪く。

宇宙でも最上位に入る戦闘力の持ち主と言うこともあって、鬼達の間からは怖れられている存在だ。

実のところ、私も今回が初めての遭遇である。

機嫌を損ねないようにしないと。

今の宇宙になってから、精神生命体同士の殺し合いは起きていないと聞いているけれども。

それでも、この存在が。

ビッグバン前では武闘派として知られ、数多の上級鬼や神々を倒して来た存在なのは事実なのである。

子供に見えても、それは同じだ。

円卓につく。

説明役の上級鬼が来た。

あの、昇格人事を担当しているバロールだ。私も何度かお世話になった。気の良いおじさんで、物質世界の神話での邪悪残虐ぶりがウソのようである。まあ、上級鬼は基本的に神話に名前だけ貸しているという話なので、そういう事なのだろう。

腕組みしているスツルーツを始め、皆の前に立体映像が投影され。

其処には。

魂の海にて、不自然な盛り上がりが出来ている様子が表示されていた。

神々も、必ずしも人型として生まれる事は無い。

生まれたとしても、いきなり大人の姿をしていることが多いそうだ。

一番最近に生まれた神もそうで。

見るも麗しい女神だったそうである。

スツルーツ神は、子供のまま生まれて。

今も猛威を振るっているのだろうか。

何かを思い出したように、スツルーツ神は掌をかざすと。薬を作り出して、それを口に放り込む。

精神物質とは言え。

物質創造くらいお手の物、というわけだ。

少し前に医者に掛かったとか言う話は聞いていたが。

噂ではなかったようである。

ただし、薬などの話を聞いたら、後は自分で作れてしまう、というわけか。

まあ銀河を瞬時に消し飛ばせるほどの力の持ち主で。

その気になれば銀河団ごと消滅させられるような存在だ。

それくらいは文字通り朝飯前、なのだろう。

「それで、この映像の通り、新しい神が生まれようとしているが、どうも上手く行っていないので喚び出されたと」

「はい。 新しい宇宙と無への研究が長期化している事もあって、ダブルタスクになりますが、お声を掛けさせていただきました」

「構わんよ。 どうせトリプルタスクもクアドラブルも同じだ。 いつも複数作業の並行くらいは当たり前だからな」

別に機嫌を悪くした風も無いスツルーツ神。

プライドを傷つけられた訳でも無いし。

怒る理由が無いのか。

それとも、今の薬が原因か。

その辺りは分からないけれど。

まあそれはいい。

幾つか、技術的な説明がされる。神をどうやって「助産」するかについてだが。この説明は、私達参加する鬼に対して、だ。

「基本的に、此方では既にステータスを測定しています。 それによると、コアになる部分がどうも上手く成長していないようで、それが原因で神として成長し切れていない様子です」

「前の神誕生から、殆ど間を置かずにの神の誕生だ。 連続で神が生まれる事は余の記憶の中でも珍しい。 それが原因ではないのか」

「恐らくは、スツルーツ様の言うとおりでしょう。 魂の海の研究データによると、どうやら魂の海が新しい精神生命体を産み出すとき、それは一種の要素抽出に近いらしいのです」

これは私もアーカイブで見た。

純粋な魂だけの状態で、魂の海は満たされているが。

その中には、様々な要素があるという。

邪神、と呼ばれるような神が生まれるためには、物質世界などからそれぞれ闇の力が流入する必要があるが。

今はそれもないし。

除去も完了している。

故に、基本的に世界をよくするために、と考える神しか生まれない。

ただしそれでも性格は様々。

これは宇宙の様々な要素を、魂の海が隣接する無数の平行宇宙から取り込み。それをベースに神々を作り出すからだ。

間違いは無い。

というのも、魂の海の研究はあの世の至上命題で。

六億光年も直径がある魂の海のなかで。

一メートルほどの異常球体が、即座に見つかるくらいなのである。

研究については。

文字通り枯れ果ててしまっているレベルなのである。

多分過去にも。

似たような難産はあったのだろう。

それでも、銀河を消し飛ばせるレベルの力を持つ存在、神の誕生に関してだ。あまり雑な対応はできない。

「それで、此方としては、コアの要素を分析しました。 この神は熱の神のようですので、コアの要素に熱を追加し。 安定させます」

「熱か……」

「スツルーツ様、何か問題でしょうか」

「余が前の宇宙で滅ぼした戦闘神が、丁度その熱属性の持ち主でな。 余以上に好戦的で、残虐な奴だった。 僅差で競り勝ったが、あまり良い思い出はないな」

だが、スツルーツ神は、別にバロールに不快感を示している訳ではないらしい。

バロールは恐縮しているが。

スツルーツ神は至って涼しい顔だった。

後は具体的な技術論に入る。

スツルーツ神は、誕生した神が暴れようとしたときなどに、拘束する役割。そして神がきちんと形を為したら、連れていく仕事だ。

新しく生まれた神には、それ相応に教育が必要になる。

そしてアーカイブから一気に情報を吸収し。

それが終わったら、最前線で働くか。

中枢管理システムの外付けCPUとして頑張ることになる。

どっちにしても、あの世にとっては重要な仕事だ。

だから、今回は上級鬼が四名に。

あのスツルーツ神までもが喚び出された、というわけである。

「ふむ、前にも見た事がある方法だな。 問題は無い。 問題が起きる場合は、サポートが中枢管理システムから入る筈だ」

「分かりました」

「それではでるぞ。 ついてこい」

空間スキップで、魂の海に移動。

向こうは一回で現地に到着だが。

此方は上級鬼とは言え、其処までの事は出来ない。

数回の空間スキップで、指定座標に到着。

この辺りは、流石にあの世の最上位者だ。

その気になれば、宇宙の端から端まで空間スキップできるという話も聞いているのだけれども。

あながちそれもウソでは無いのだろう。

現地に行くと。

確かに、直径数百メートルの膨らみが、魂の海に出来ている。

それは一秒ごとに流動していて。

ある種の妖怪のようでさえあった。

これだけ状態が変わったと言うことか。

前に見せられた映像は、此処まで酷くはなかったのだが。

「随分と不安定だな。 魂の海に何かあったか」

「監視システムからの報告では、特に異常はないと記憶しておりますが」

「ふむ……」

スツルーツ神は腕組みする。

そういえば、今日のスツルーツ神は、ギリシャ神話を創造させるローブ姿で。足下は裸だ。

人間の子供にそっくり(表情と殺し屋の目つき以外)な事もあって。

何だか、子供が生まれていたら、こんなくらいの年だったのかなと、つい思い出してしまった。

いかんいかん。

今は仕事中だ。

「いずれにしても、魂の海での事故だけは避けなければならん。 事故が起きる可能性は今の時点では零に等しいが、これだけの変化を起こしていると、いずれそれが零から有に変化する可能性がある。 各鬼、作業に取りかかれ」

「はい」

それぞれが展開。

魂の海の膨らみを囲むと。

手をかざす。

そして、熱の要素を。

分析したコアへと送り込んでいく。

そうすると、見る間にコアが安定していくのが分かった。

この辺りは、分析どおりだ。

枯れた技術なのだし。

失敗するわけもないか。

だが油断は禁物。魂の海での作業は、基本的に油断は絶対にしてはいけないほどのものなのである。

「此方作業順調」

「中枢管理システムからの指示に変更無し」

「……」

スツルーツ神は腕組みしたまま浮いている。

向こうも油断はしていない。

何かあったら即時介入してくるだろう。そうならないように、祈るばかりである。魂の海で何かあったら。

レポートはすぐに作れるとしても。

後でどうせ中枢管理システムに喚び出されて、聴取は避けられない。

彼処は何というか。

苦手なのだ。

ほどなく。

盛り上がっていた魂の海が。

少しずつ、水位を下げていった。

そして、何かが形を無し始める。

球体だ。

球体から、触手が無数に生えている。

中央には巨大な目。

なるほど、こういう姿の神か。

人間型の神は珍しくないと聞いているが。パイロン神のように、二光年もある巨大な蛇、という姿の者もいる。

今生まれ出ようとしているのは。

直径数メートルほどの神。

色は赤色。

しばし、ぼんやりした様子で周囲を見回していた神は。触手を振るわせ始める。そうすると、音が発生した。

「私は、今誕生したようですね」

「そうだ。 余は破壊神スツルーツ。 この者どもは、貴様の誕生を助けたあの世の公僕どもだ」

「なるほど。 何だか随分苦しかったのですが。 助けていただき有難うございます」

神に敬語を使われると。

ちょっと恐縮してしまう。

「時に名は」

「私はバッグベアードと申します」

「そうか。 では、余についてくるが良い。 あの世の仕組みを、理解して貰わないといかん」

「分かりました。 いずれにしても、何一つ分からない状態ですし、助けて貰った事もあります」

そのまま、二柱の神は空間スキップ。

その場から消えた。

代わりに、中枢管理システムから指示が来る。

「的確な対応、お疲れ様でした」

「とはいっても、殆ど言われたとおりにしただけで、何もしていませんでしたが」

「実はスツルーツ神が、不安定になりかけたコアを、その場で何度か調整していたのですよ。 あなた方を不安にさせないように、配慮してくれていたのでしょう」

そうだったのか。

私以外の鬼も驚いていたが。

あの神に、そんな優しい所があったのか。

或いは、普段はぶっきらぼうなだけで。元々は、戦いも殺戮も好まない神なのかも知れない。

破壊の本能はあるけれど。

それを理性で押さえ込むことも出来るのだろう。

ただそれによって。

いつも不機嫌なのだろうか。

ちょっとあの不機嫌そうなスツルーツ神が、可愛く思えてきたが。

もしそんな事を口にしたら、それこそ消滅させられかねない。相手にとっては、上級鬼の私なんて、塵芥に等しい相手なのだ。

「いずれにしても、長居は無用です。 此方に戻り次第、書類作業を終えて、家に戻ってください」

「分かりました」

皆が、即座に空間スキップ。

レポートは、タブレットを数操作するだけで出来るので、なんら問題ない。すぐに終わる。

そういえば、物質世界の会社に勤めていた私だけれど。

レポートは兎に角苦手で。

面倒極まりなかった。

あの世では、タブレット操作で半自動化されていて。

作業は誰でも、同じ結果になるし。

本当に楽だ。

これくらい、物質世界でも楽にするべきだったのだろうに。どうしてこう、手間ばかり増やそうとしていたのか。

努力と手間は別だ。

楽をしようと試行錯誤して。

様々なものを作り出していくのが、文明の進歩であり。

楽をするために苦労をすることは、大変に尊い事だと、あの世で私はようやく理解する事が出来た。

実際問題。

こうやって、タブレットで数操作で作れるレポートは。

物質世界で、地獄と化していたレポート作成に比べると、本当に楽で。涙が零れるほどである。

物質世界の会社では。

セクハラを堂々と行う同族企業系の上司に、散々な目に会わされたこともある。

レポート関連で。

それを思い出すので。

レポートというものを、極力考えずにすむ今の状態は、とても有り難い。

「後は、それぞれが予定通りお願いします」

「分かりました」

私以外の三人が、空間スキップしてその場から消える。

私だけは残る。

今回は、魂の海の見張りの順番だったのだ。

それと、私に引き継いで、もう一人が帰っていく。

多分、あの魂の海の異常が、仕事の時に来てしまったのだろう。残業の分の休暇は貰えるとは言え。

ちょっと気の毒だ。

まあ、残業分の休暇が貰える分。

物質世界の会社に比べると、何億倍もましだが。

一通り作業が終わったので。

待機用の部屋に移動。

そこで、しばらくアーカイブに接続しながら。魂の海の監視システムからの連絡を待つ。暇になるので、中枢管理システムに、処理能力を貸す。それによって、自分自身のスペックも落ちるけれど。

その間は、アーカイブに接続して、情報を食い放題。

つまり娯楽を楽しんでいていいので。

此方としてはあまり困らない。

ただ、外付けCPUとして中枢管理システムの処理能力向上に寄与する、という事は。相応に大変だ。

何というか、ごっそり体力を吸い取られるような感触なのである。

しばらくこの、吸い取られるような感触を味わうというか。

堪能するというか。

苦しむというか。

とにかくそんな感じの中、アーカイブを見ていると。

不意に中枢管理システムから連絡。

アーカイブへの接続を切断。

何かあったか。

「どうしましたか」

「この件の処理を個別にお願いします」

「はい」

たまに、こうして個別の作業が回されてくる。

中枢管理システムがリソースを割くよりも。個別の鬼が対処した方が効率が良い、と中枢管理システムが判断した場合。

こういうことになる。

まず、内容を確認。

特に難しいものではないけれど。

待っている時間を潰すくらいには丁度良いだろう。

内容的にはある星間文明に関して、今後の状況推移の予測を、一兆通りほど立てろ、というもので。

上級鬼であればそれほど難しくも無い。

すぐにコンソールに飛びつくと。

作業を開始。

そのまま順番に、作業を進めていく。

ほどなく、一兆通りのシミュレーションは完了。

地球から八億光年ほど離れた星間文明で。現在、存在する恒星系の全ての星に到達できるほどの文明を実現している。

つまり、地球よりかなり優れたテクノロジーを持っているのだが。

それでも、まだまだ争いが絶えない様子だ。

なんだか悲しい話だが。

他の星間文明に致命的な迷惑を掛けない限り、できる限りは不干渉、が鉄則なので。此方からはあまり手を出さない。

とりあえず今後の推移についてシミュレーションした後は。

そのまま、様子を見るだけである。

レポートも仕上げて。

中枢管理システムに提出。

すぐに返事が戻ってきた。

「素晴らしい成果です。 有難うございます」

「いえいえ。 どういたしまして」

「待機に戻ってください」

「はい」

ああ、面倒くさいな。

ぶつぶつ呟きながら、また中枢管理システムに処理能力を吸い取られつつ。アーカイブを見る作業に戻る。

それほどの苦労はないけれど。

何というか。

何度やっても、やはりこの感覚には慣れない。

 

今回の出勤が終わる間近。

アーカイブを確認。

新しく生まれたあのバッグベアードという神。

どうなっているか確認。

予想通り、神々が受ける研修を受けている様子だ。まあその後は、神々として何かしらの仕事をするか。

もしくは中枢管理システムの外付けCPUである。

どっちにしても、大変だろうなあと同情してしまうが。

しかしながら、神々は存在そのものが凶器だ。

あまりにも強力すぎる破壊力をそれぞれが持っている。

上級鬼でさえ、物理干渉が出来るようになってからは、現在の宇宙に存在するどんな文明でも絶対に勝てないレベルの実力になるが。

神々はそれとも更に次元が違う。

力持つ者には、当然ながら責任が伴う。

神々に悪気が無くても。

銀河ごと消滅させるとか。

そういう事は、あまりにも簡単にできてしまうのだ。

それ故に、力の制御の仕方と。

世界をよくするために動くという基本則を。

徹底的に最初に叩き込むのである。

そして世界をよくするのと同時に、文明には基本的に干渉しない。干渉するのは、最初と、最後に「なりそうな」とき。

最初に天国と地獄の概念を与えて、文明の不文律を作り。

後は滅亡に瀕したときに、そうならないように手を貸す。

そうすることによって、あの世は世界を少しずつ良くする。

煉獄で確率調整して。

更に世界が良くするように、裏側からも手を回す。

しかしながら。

まだこの世界を良くするという事には、まだまだデータが足りない部分もある。次の宇宙が始まったときは。

今のデータを生かして。

更に効率を上げる事が求められるだろう。

しばしして。

力を吸い上げられるような苦痛が、ようやく終わった。

仕事終了の連絡だ。

引き継ぎをして、すぐに家に帰る。

サポートAIが告げてきた。

「ストレス値が少し上がっています」

「リラクゼーションプログラム流して」

「了解しました」

すぐに対応してくれる。

私はぼんやりとまどろみながら。

疲れを癒やそうと思った。

 

3、海に沈むもの

 

喚び出しが掛かる。

職場からだ。

ああ、また何か起きたな。ちょっと最近色々起きすぎだな。そう思った私だけれど、いそいそと出勤の準備をする。

あくびを堪えながら、制服としての姿を採り。

そして、職場に出る。

どうやら今回は、アーカイブでの事前調査は必要ないらしい。つまり、今までにノウハウを把握している、という事だ。

私の他に、数名の上級鬼が来ているが。

皆、うんざりした様子である。

分かる。

というか、ここのところ時間外出勤が多すぎる。魂の海関連での仕事で、こうもトラブルが続くのは珍しい。

状況を問題視したのか。

またスツルーツ神が来ている。

今日は衣装を変えていて、なんとワンピースにサンダルである。青みが掛かったワンピースは、だが機嫌が悪そうなスツルーツ神に、壊滅的に似合っていなかった。もっとも、あくまで地球の文化基準というか。

私の価値基準での話だが。

「今回の仕事だが。 地獄からだ。 中枢管理システム、余に代わって説明せよ」

「承知いたしました」

中枢管理システムが説明を開始するが。

地獄から、という時点で読めていた。

地獄は、あの世の資源である罪を抽出する場所で。罪を犯した亡者を放り込んで、極限の苦痛を与えながら罪を生搾りし。

そして罪を絞りきった後は。

純化した魂に還元して、魂の海に戻す。

恐らく問題が起きているのは、還元施設だろう。

もしも魂の海に、まだ罪が残っている魂を流したりしていたら。それこそ責任問題どころの話では無い。

多分地獄に監査が入る。

それくらい、デリケートな場所なのだ。

魂の海という場所は。

「ある地獄の、魂の純化施設で、機械のトラブルが起きて、魂の純化作業が滞っているという事態が発生しています。 機械関連の修理点検は別のチームが行いますが、貴方たちは魂の海の方を確認願います」

「純化されていない魂が流れ込んだ可能性は」

「それはあり得ません」

中枢管理システムの話によると。

どうやら純化した魂を、一旦タンクに貯め。

そのタンクから、純化が完了した魂を、海へと放流するそうである。

問題が起きているのは、純化を行うシステムなので。

現時点では、何の問題もないそうだ。

ただ、貯蓄タンクの方は、現時点で空になってしまっているそうだが。

機械点検のチームについては、別に集められて、多分今修理作業のミーティングでもしているのだろう。

当然書類の発行とかも必要になる。

まあレポートは即座に終わるので、面倒事はない。

問題は、魂の海に関わる仕事の場合、前後で色々聴取があったり。あのおっそろしい監視システムに常時睨まれる、という事だ。

この間の、新しい神の誕生立ち会いの時も、それはあった。

やっぱり監視システムは常時此方にロックオンをしていて。

気が気では無かった。

「点検チームの準備、整いました。 貴方たちもお願いいたします」

「では出るか」

スツルーツ神が立ち上がると、そのまま魂の海に空間スキップ。

今回は、地獄にはいかない。

機械の不調が治った後。

ちゃんと純化された魂が流れてくるかを確認するのだ。

途中に幾つもフィルターがあるので、まず事故は起こらない筈だが。今回は、いっそのこと施設そのものをオーバーホールするらしいので。

それもあって、こんな大がかりな見張りをするのだろう。

現地に到着。

やはり監視システムが来ている。

監視システムは、コッチに狙いを定めている。

スツルーツ神は気にしてもいないが。

それはその気になれば、監視システムに攻撃されても、しのげるからだろう。ただ、この監視システムの火力は異常で。

もしもスツルーツ神でも、監視システムを全て破壊するのは無理だろうが。

今いるのは、空間が位相をずらしてつなげられている地点。

見えるのは、ブラックホールのような黒い穴。

此処から、普段は純化された魂が流れ出てくるのだけれど。

今は止まっている。

「ネット準備」

スツルーツ神の言うとおり。

もしも純化されていない魂が流れ込んできた場合、受け止めるための霊的なネットを展開する。

これによって、事故が起きても。

魂の海が汚染されることは避ける事が出来るのだ。

ネットと言っても、網状になっているものではない。どちらかといえば袋状なのだけれども。

開発者がネットと名をつけたので、それが通称になっている。

しばらくネットを展開し続けているが。

まだ問題は一切発生しない。

中枢管理システムから連絡も来ないが。

それはつまり、保守点検作業が終わっていない、という事なのだろう。

時々スツルーツ神がうんうんと頷いているが。

私の位置からは、スツルーツ神の下着が見えてしまうので(ちなみにスパッツ履いている)、上は見上げないようにしていた。

見ても仕方が無いし。

それに怒らせたら洒落にならない。

ただ、何処かで聞いたが。高貴な存在は、裸を見られる事を恥ずかしがらない、という話があるとか。

スツルーツ神もそうだとすると。

まあ、あの位置に浮いているのも、そういう理由かもしれない。

とにかくだ。

ネットを維持し続けていると。

中枢管理システムから、ようやく進捗についての連絡が入った。

「現在、破損していたパーツを特定。 交換中です。 フィルターなども新品に全て取り替えます」

「大規模オーバーホールですね」

「今回の原因は、経年劣化が原因と分かりました。 実際には耐用年数はまだあったのですが、それでも何かしらの理由で劣化が早まったのでしょう。 劣化が早まった理由を分析するためにも、全てのパーツを回収して、一旦全部を直します」

「分かりました」

通話が切れる。

これはまた、今回も長引きそうだと思ったけれど。

うんざりしながらも、待つ。

私がしているのは、あの世の根幹。

魂の海に関わる仕事。

それは非常に尊い仕事で。

そして何より。

私が結局、出来なかった事。

それならば、あの世で成し遂げるのも、この仕事なのだ。今、ロックオンされていて怖いけれど。

それはそれ。

これはこれだ。

スツルーツ神が、何かとずっとタブレット越しに話している。

中枢管理システムとやりとりしているのか。

それとも、現場の工事チームと話しているのか。

分からない。

声は遮断されているからだ。

通話が終わったようだ。

私達の所まで降りてくる。

「余の所に連絡が入ったが、どうやら今回の経年劣化については、全ての地獄の設備を点検する必要があるそうだ」

「ええっ!?」

「気持ちは分かるが、こればかりは仕方があるまい。 そなた達も、残業を覚悟するように」

はあ。

それはちょっとばかりきつい。

それから、技術的な話をされた。

どうやら、魂の純化システムを構築している素材そのものには問題が無く、経年劣化についても起きるはずがないものであった事には間違いが無いらしい。

問題は動かしているプログラムで。

明らかに想定以上のペースでのオーバーワークを貸していたそうだ。

想定値と0.1%程度しか違わなかったそうだが。

桁外れの年数動かすのだ。

それはもう、当然の話だが。

それだけずれていれば、色々と問題も起きるだろう。

バタフライ効果の例もある。

「バグについては、今プロが探しているので、見つかるだろう。 非常に優秀なバグ取り屋で、恐らくはすぐに見つかるはずだ。 問題は交換作業だが、そなた達にばかり負担を掛ける訳にもいくまい。 オーバーホールについては、これほどの人数を動員せず、少しずつ対応していくことにしていく」

つまりだ。

待機作業はなくなり。

これからしばらく、魂の海でネットを準備して。

交換が終わるのを待つ作業が続く、という事になる。

それは要するに、である。

あの外付けCPUとしてごっそり力を吸い取られる日々が終わることを意味もしているが。

同時に、ずっと監視システムにロックオンされ。

下手な事をすれば消滅させられることも意味していた。

背筋が凍り付きそうになるが。

だが、これは尊い仕事だと思い直して、何とか気持ちを立て直す。私は生きている間に出来なかった事をするのだ。

だからこれでいい。

むしろこれこそ。

仕事らしい仕事、といえるのだから。

「というわけで、皆には迷惑を掛ける。 余もこれほどの事態に発展するとは想定外でな、これからも頼むぞ」

「分かりました」

「うむ。 ではしばし交換作業が終わるまで時間がある。 そのまま待機せよ」

魂の海の上で浮かんだまま。

しばしネットを張って待機を続ける。

どれくらい時間が経っただろうか。

中枢管理システムから、連絡が来た。

「交換作業完了。 これより、機械を動かします。 すぐに純化された魂が其方に行くので、気をつけてください」

「分析準備!」

スツルーツ神が声を張り上げる。

ネットを構えたままそれぞれが魂の分析の準備を始める。

分析のシステムについては理解しているので、コレは問題ない。というか、前に分析そのものは何度もやっている。

ネットを構えながらも、ダブルタスクで出来る作業だ。

黒い穴から。

どっと純化された魂が流れ込んでくる。

まずはネットで受け止めると、分析を実施。

結果はすぐに出た。

「汚染濃度0」

「しばらくそのままネットを構え。 汚染を計測」

「分かりました!」

このネット、容量的には惑星の一つ分くらいは受け止めることが出来る仕組みになっている。

だから、しばらくはというか。

年単位で流れてくる純化された魂を受け止めることが出来る。

空間を操作してこういう不思議なネットを作り出しているのだが。

まあテクノロジーについてはどうでもいい。

アーカイブで見れば覚えられる。

昔コレを作った人は凄い。

それだけで充分だ。

しばらくネットの状態を確認するが、汚染濃度が上がる様子は無い。しばしして、スツルーツ神が判断した。

「よし、ネットを解放。 放流せよ」

どっと、純化された魂が、魂の海に流れ込む。

それは、ヨーグルト飲料か何かが。

器に注がれるかのような光景だった。

色々と凄まじい。

しばらくぼんやりと見ていると、スツルーツ神が、手をかざして状況の確認を実施。問題なしと判断したのだろう。

「汚染濃度やはり0。 しばらく様子を見てから、解散とする」

「分かりました」

スツルーツ神は、手をかざしたままだ。

コレは恐らく、汚染濃度が上がる可能性を危惧して、の事だろう。

神々にとっても、魂の海の汚染は大事中の大事。

もしも発生したら、それこそあの世が大騒ぎになるレベルの事なのだ。

ましてやスツルーツ神は、いつも不機嫌そうにしながらも、常に最前線で働いている真面目な神。

本人は本当にだるそうにしているけれど。

勤勉なことは誰も疑っていない。

そういう存在なので、此方として、仕事場に残らざるを得ない。

もしも。

また汚染濃度が上がりでもしたら。

対策を即座に講じなければならないからだ。

ネットはまた構えておく。

いつでも再展開出来るように、である。

どれくらい時間が経っただろうか。

スツルーツ神が、右手をかざしたまま、左手だけで器用にタブレットを操作して、何処かに連絡を開始。

それが終わると。

どうやら終わったらしいと、私も判断できた。

「よし、これにて撤収」

溜息が漏れる。

一度職場に全員で戻る。スツルーツ神に、これからのスケジュールについて、説明された。

彼女は今後も出張るつもりだろう。

正確には性別もないのだが。

まあそれはいい。

「皆にはこれより忙しい時間を過ごして貰う事になる。 だが、罪と魂の海は、どちらもあの世の基幹となっている重要なものだ。 中枢管理システムとしては、最大限の助力をするので、今後もよろしくたのむぞ」

「分かりました」

「うむ。 それでは一度余は戻る。 そなたらもそれぞれ戻るように」

これでやっと終わりか。

勿論レポートはその場で作る。

タブレット数操作で出来るから、すぐに終わる。

提出して。

中枢管理システムから、返事。

「お疲れ様でした。 それでは、帰宅してください」

「監視要員はどうします」

「それについては、シフトを調整してあります」

どうやら、一人残るようだ。

気の毒だが、こればかりは仕方が無い。

小刻みに休みを取って。

更に圧縮時間を利用して、それぞれの負荷を減らすようだ。

それと、今回の件。

かなり重要な事もあって。

人員を増員するそうである。

ただし、要所から引き抜ける上級鬼はいない。そこで、中枢管理システムの外付けCPUになっている神々の中から、誰かが適当にヘルプで入るそうである。

何だか大事だな。

他人事のように私は思うが。

とにかく、今回は帰って良いという事なので、そうする。

家に着くと、どっと疲れが出た。

ベッドに突っ伏すと、後はリラクゼーションプログラムを起動して、無理矢理に眠る。起きると、すぐに小刻みな勤務だ。

すぐに職場に出て。

見張りを代わる。

圧縮時間を利用しているとは言え、大変だっただろう。

同僚は疲れている様子で。

ストレス値も上がっているようだった。

「眠れましたか?」

「無理矢理に」

「それは、何というか」

「引き継ぎをしましょう。 貴方も休むべきです」

頷きあうと、即座に引き継ぎ。

それが終わると、アーカイブにアクセス。

案の定。

これからかなりの頻度で、オーバーホールが入る。交換作業の際には立ち会わないけれど。

それが終わった後。

魂の海に、純化した魂を放流する段階ではどうしても立ち会わなければならない。地獄はたくさんたくさんある。

そして今回のバグが理由で、経年劣化が進んでいる施設は、五百を超えているという話である。

危機管理のために分散しているのだが。

こういうとき、保守が地獄になる。

休みに行った同僚を見送る暇も無く、スケジュール表を職場に展開しておく。次に来た同僚が、見て真顔になる様子がありありと想像できた。だが、それでも頑張って貰わなければならない。

シフトは小刻みに入るから、私もすぐにまた休みになるけれど。

全員がそれぞれ休んだ頃には。

次のオーバーホールが始まる。

ただ、次からは、シフトで一人休みの者を作る予定の様子だ。

最初はとにかく、何が起きるか分からなかったという事もある。

それで全員を導入したが。

やり方が分かった今は。

スツルーツ神の補助に、他の神が来ると言う事もあって。

心配はそれほどしなくても良いだろう。

中枢管理システムに連絡。

シフトや、今後のスケジュールについて幾つか質問をしておく。

結果、今後は今までの待機時間は当面なくなることがほぼ確定となった。

「此方でも、シフトの工夫はしておきます。 恐らく、今回のように、全員が出なくてはならなくなることは、しばらくはないでしょう」

「分かりましたが、それなら増員を」

「この仕事は、上級以上の鬼にしか任せる事が出来ません。 残念ながら……」

「そうですか」

中枢管理システムに、同情気味に言われて。

機械にそんな風に言われる筋合いは無いと思ってしまったが。

もうそれはいい。

しばらくふてくされて、監視を続けていると。

やがて、交代人員が来た。

やはりその同僚も、無理矢理リラクゼーションプログラムで眠ったらしく。それを即座に互いに悟りあって、苦笑いである。

引き継ぎだけして、すぐに帰る。

これはもう。

当分は禿げそうなくらいに忙しいな。

私はそう、苦笑していた。

 

4、魂の根元

 

其処には、大きな大きな球体がある。

純化された魂。

自我の無い魂の巨大な塊。

其処から、自我を持つ魂が生まれ出て。

やがて海を離れ。

それぞれの命に宿るべく、空間を跳躍して向かう。

精神生命体は、幼生の段階でも、これだけの力があるのだ。

そうでなく。

いきなり精神生命体として生まれ出る者もいる。

鬼であったり。

或いは神であったり。

いずれにしても、重要な監視対象だ。

空に浮かび上がる無数の蛍の光のような、命に宿る魂の群れ。

不思議と、魂の海でも、これが観測される地域は限られている。魂の海の研究レポートはそれほど腐るほどあるのだが。

私も全部は理解していない。

いずれにしても、この無数の魂が浮かび上がる場所は。

重要立ち入り禁止区画。

神々でも、許可がなければ入る事が出来ない。

更に、新しくいきなり生まれて来る精神生命体は。

それはそれで、別の場所から高頻度で生まれてくる。

此方も、だいたいの場合。

迎えに行くのは神々だ。

私は、下級鬼が魂の海から生まれたらしいと聞いて。迎えに行くよう指示を受ける。というのも、休暇中だったのだけれど。

例のオーバーホールが入っていて。

手が空いていないからだ。

頭を掻きながら、起き出す。

ここのところ。

家に帰ったら、すぐベッドに潜り込んでいるのだけれど。

今日もそれは同じだ。

うんざりしながら、制服としての姿を採り。

職場に出る。

そして職場から、許可を貰って、空間スキップ。

魂の海に出て。

新しく生まれ出たという鬼の所に行く。

普通は神々が出るのだが。

今回は仕方が無い。

海の上で浮かんで、ぼんやりしているのは、四角形がたくさん重なったような姿をした鬼だ。

下級というのも、力の大きさですぐに分かる。

意思の疎通を図るが。

即座に相手も反応した。

「此方へどうぞ。 案内します」

「分かりました……」

後は、中枢管理システムに連れていって、引き継ぐだけだ。

教育とか。

初期の情報注入とかは、そっちで専門のスタッフがやる。

私はまた帰るだけである。

そういえば、一説によると。

鬼や神々がいきなり生まれる場所と。

無数の魂がそれぞれ命に向けて飛んでいく場所が、別なのは。

新しく生まれた精神生命体が、誤って魂を傷つけたり、喰らったりしないようにするためだという。

つまり、意思の無い魂の海だけれども。

全体的には、生物的な働きをしている、という事だ。

それも、そこそこ出来が良い。

あまり知能が高くない生物だと、産んだばかりの子供をその場で食べてしまうケースがあるのだけれども。

少なくとも、それはない、ということだ。

ベッドに潜り込む。

現在、七割ほどオーバーホールは完了。

バグについては、バグ取り名人と呼ばれる鬼がいるらしく。その鬼が、それこそ禿げそうになりながら無事発見。

既に修正が完全に完了したという事が、アーカイブに記されている。

この鬼、サポート用のプログラム監視AIでも見つけられないようなバグを見つけ出す達人らしく。

体調を崩しながらも、あの世で頑張っているそうである。

色々大変だなと、同情してしまう。

ただ、ちょっと不安もある。

ここのところ、あの世での事故が立て続けに起きている気がする。

この間も、量子コンピュータが一機、破損して。

数億年ぶりだという人身事故が起き、二名の鬼が一時危篤状態になった、とも聞いている。

何かおかしな事が起きる前兆では無いのか。

そんな嫌な予感もする。

そもそもだ。

今の宇宙が、今までの宇宙に比べて平和すぎるのである。

方針の大転換があったのは事実。

そして、その大転換をする前は、宇宙は毎度焦土になり、すっからかんになっていたのも、また事実だ。

つまり、今の宇宙はイレギュラー。

今までの最高神が治めていた宇宙に比べて。

あまりにも違う。

今の方が上手くは行っている。

これが正しいのも、誰もが知っている。

だが、今後、何か起きてもおかしくない。

実際この宇宙が始まってから、新しく導入されたシステムも多いのである。スツルーツ神がイライラしているように見えるのは。

慣れないことをさせられているからではないのだろうか。

いずれにしても、そんな予感は。

私だけのものだ。

あの世は上手く行っている。

現時点では。

ふと、サポートAIが連絡を入れてくる。何か大きなニュースがあった、という事なのだろう。

「どうやら、最大規模の星間文明同士で、緊張が高まっています。 どちらもあの世の存在を証明しており、アクセスしようと必死になっています」

「ひょっとして、懲罰か何かが起こる?」

「いえ、それはありえませんが。 何かしらの方向転換が行われる可能性はあるでしょうね」

最大規模の星間文明といっても。

所詮上級鬼単独で殲滅が可能な程度の存在だ。

スツルーツ神でも出向こうものなら、瞬時に両方とも消し飛ぶだろう。

それだけ物質文明とあの世には力の差がある。

だからこそ、星間文明は躍起になっている。

あり得ない話だが。

もしもどちらかにあの世がついたら。

その時点で、勝負がついてしまうからだ。

そういえば。

地球の文明の、古い文化では。

神々が人間の争いを引き起こしたり。

荷担したりする創作があった。

ギリシャ神話では、ギリシャとトロイの争いに、それぞれ神々が荷担するという悪夢のような事態が起きていたし。

中華の小説では。

仙道と呼ばれる神々に近い存在が。

それぞれ別の陣営に荷担して。

そればかりか、人間には対応不可能な能力を展開して。

多くの人間を殺す事もあった。

それが実際に再現されては大変だ。

というか。

それを再現していた過去の宇宙では。

それぞれ地獄が顕現していたのだ。

故に禁止された。

今更、何処かの文明にあの世が荷担することも無いし。そもそも介入は絶対に禁止されている。

だが、それに。

全ての神々が。

納得しているのだろうか。

少し考えてから、私はいざという時のために、備えておこうと決める。中枢管理システムに連絡を入れ。

警備を強化するべきだと進言したのだ。

中枢管理システムは答える。

「魂の海の警備は完璧です。 上位に入る神でも、迂闊な行動は出来ません」

「そちらについては、概ね同意します。 しかし、私のように、仕事で関わっている存在の警備は、手薄な気がします」

「ふむ、なるほど」

「もしも、ですよ。 今の体制に不満を持つ神がいた場合。 我々のような、作業に従事している存在を狙ってくるのではないでしょうか」

中枢管理システムは黙り込むが。

その後に言う。

「分かりました。 確かに、ここのところ不可解な事故が立て続けに起きているのもまた事実です。 神々の中には、この基本的に文明に干渉せず、宇宙をよくしていくという方針を快く思っていない者もいます。 検討は、しておきます」

「お願いします」

通話を切る。

何だか、とても嫌な予感がする。

私は、特にあの世の中枢に関わっている存在だからか。

もしも事故が起きた場合、高確率で巻き込まれる。

宇宙全土が空っぽになるような事態は起きて欲しく無い。

今の暮らしは、少し辛い所もあるけれど。

それでも、安定している事に、代わりは無いのだから。

 

スツルーツが戻ってくると。

神々に招集が掛かっていた。

苛立ちながら、家からすぐに中枢管理システムに出向く。錚々たる神々が、全て顔を揃えていた。

とはいっても、自分の端末を飛ばしたり。

或いはテレビ会議のような仕組みを使って、会議に参加している者も多いが。

「スツルーツ、いつもすまないな」

「いえ」

最高神にそう言われると。

スツルーツも、流石に恐縮する。

十二個前の宇宙から存在している最高神は、基本的に関与しない。何に対しても、泰然としている。

淘汰による力が、健全な世界を生み出す。

前の宇宙までは、その思想が主流だった。

宇宙が空っぽになるような事態が続いても、だ。

それに異議を唱え。

平和な宇宙にするべく、動いたのが最高神だ。

結果として、それは正しかったとスツルーツは思っているし。実際、殆どの神々が納得している。

だが、スツルーツは知っている。

一部に。

不満分子がいる事を。

神々は圧倒的な力を持っている。

それなのに、どうして宇宙を管理するシステムの、外付けCPU扱いされなければならないのか。

我々は偉大な存在だ。

我々は、好きに振る舞って良いはずだ。

そう考える神々はいる。

というのも、実際に最近頻発している事故の幾つかに、明らかに巧妙な細工の後が見受けられるからだ。

これらは、上級鬼に出来ることでは無い。

誰かしらの神々が。

その圧倒的な力を振るって、政情不安を引き起こすためにやった可能性が高い。

或いは、政情不安どころか。

ただの暇つぶしだったり。

憂さ晴らしだったりするかも知れない。

神々には出来る。

どれだけ中枢管理システムが凄いシステムであっても。その網をかいくぐることが出来る神々はいる。

最上位層になると。

出来てもおかしくない。

ただし、ばれればただでは済まないだろう。

最高神が動いた場合。

流石にひとたまりもない。

そして最高神は、泰然としている反面、一度怒ると凄まじい。悪さをしていた奴は、間違いなく滅ぼされる。

「それでは、今回の会議の議題について説明する」

最高神自らの説明である。

神々が背筋を伸ばす。スツルーツも例外では無い。

巨大な円卓で、神々が緊張する中。

最高神は告げた。

「無の存在が解明されたことで、この宇宙の幣束が明らかになった。 平行世界はいくらでもあるが、それはそれだ。 結局の所、宇宙の外に出ることが出来ないことがはっきりした結果、軽挙妄動に出る神がいるだろう事は想定していたが。 ここのところ立て続けに起きている事故を見る限り、それは事実だったようだな」

光そのものの最高神は、じっと周囲を確認。

神々は黙り込んでいる。

そして、最高神は。

ある神の名を告げた。

「ポイニュクス」

「!」

立ち上がるのは、複数の球体が連なった神。

戦闘タイプの神ではないが。

スツルーツより古くから存在している神だ。実力もかなり高い。

「お前だな。 ここのところ、軽挙妄動を繰り返していたのは」

「わ、私では」

「黙れ!」

一喝は凄まじく。

ポイニュクスは完全に凍り付いた。

最高神は完全に怒っている。

この神が怒ったとき。

数十億光年はあるヴォイドが、一瞬で消滅するほどの力があるのだ。他の神々がたばになっても勝てないかも知れない。

「お前だな?」

「も……申し訳ありません」

「動機は」

「そ、それは。 やはり、宇宙は闘争と淘汰があってこそ、健全に動くと思いましたが故に……」

「朕の決定である! それでもか!」

黙り込むポイニュクス。

最高神は、ポイニュクスを、神々の牢獄と呼ばれる、最高級の隔離空間に移すことを名言。

更に彼の仕事を、全てスツルーツに引き継ぐことも。

まあ此奴は外付けCPU以外の仕事はあまりしていなかったが。

それでも更に忙しくなるのか。

げんなりする。

更に、最高神は告げる。

「まだ愚かしい行動をしている者がいる。 見つけ次第対処する。 覚悟をしておけ」

これは、荒れるな。

スツルーツは、今後の嵐を想像して。

口を真横に引き結んでいた。

 

(続)