行ってみよう壁の向こうへ
序、本物の異界
物質世界で勘違いされている事が一つある。
真似が簡単にできるのなら、それは大した事がない技術だ、というものだ。
実際には、その技術を生み出すまでが大変なのであって。技術を盗むという行為は、その技術を生み出す尊い試行錯誤を全て否定し、嘲弄する悪逆の極みなのである。
これが不思議と、物質世界では誤解されており。
その異常性には、どうしても物質生命体の不可思議さを痛感せざるを得ない。
私は、精神生命体だ。
だからこそに、新しく作り出された技術や発見には敬意を払う。
当たり前の事だから、である。
それが出来なくなれば、新しい技術など誰も作らなくなる。
剽窃して、挙げ句の果てに大した事がない技術だから盗むことが出来た、などと嘲弄する存在が多数派になれば。
誰も新しい技術などに挑戦しなくなるからだ。
ましてやあの世では。
十二回前のビッグバン以降、気が遠くなるほどの年月、様々な試行錯誤が繰り返され。様々な技術が作り出されている。
ようやく余裕が出来て作り出されたから、というのもあるだろう。
今、中枢管理システムと。
その周辺で作業をしている上級鬼。
そして神々は。
沸き立っていた。
「ついに無の観測に成功した」
その情報は、またたくまにアーカイブで公開され。
宇宙の外に拡がる謎の存在である無は、多くの上級鬼によって閲覧され。凄まじい勢いで解析が進んだ。
あまりにも支離滅裂なデータが出てくるため、最初は困惑を隠せない鬼も多かったようだけれども。
しかしながら、宇宙の法則外にあるからこそ「無」であり。
その言葉の定義そのものがおかしいという可能性も高い。
「無」と呼んでいる何かがあるのだけは分かっていたが。
それを実際に観測できた功績は大きく。
現在調査チームには、更に増員が見込まれている程だ。
私は、その調査チームの監視を命じられている。
今の宇宙になってから誕生した神の一柱。
上級鬼から神に昇格したのでは無く。
魂の海から、三十八億年ほど前に、神の状態で誕生した存在だ。
神としては新参という事もあり、今回の研究チームの支援を指示されているのだけれども。
私としては、興味深い。
光速など歯牙にも掛けない神々が、文字通りどうにも出来なかった無。
その無が、今ついに白日の下に曝されたのだ。
実際、私もデータを見てみたが。
計測機械が壊れたとしか思えないデータが並んでいて。
これをどう解釈して良いのか、分からなかった。
今までに、何度か空間の揺らぎの速度を光速以上にして、無のデータを採取しているのだけれども。
そのいずれでも、無のデータはまるで違う顔を見せており。
色々な仮説が上がっていた。
一つとしては、常に何かしらの法則が存在していながらも、その瞬間ごと、更にその位置ごとに変化している、というもの。
今一つとしては、観測機器が未熟すぎて、真の姿が解析できていない、というもの。
其処で、神々も無と空間が混じり合っている所に出向いて、実際に観測を行ったのだけれども。
やはり、この無というものの正体は、どうにも分からなかった。
中枢管理システムでも、余剰分の処理能力を回して、監視をしているのだけれども。
それでもどうにもならない。
そういうものだ。
今日のデータが上がってくる。
無の研究チームを率いているアルキメデスが出してきたデータなのだけれど。やはり、どうみても支離滅裂。
空間と混じり合った地点では、揺らぎの速度を上げれば上げるほどおかしくなっている。数値はめまぐるしく代わり。
世界のルールなど、完全に笑いものでしか無い。
そう言っているかのようだった。
私は、巨大な蛇の姿をしているが。
背中には大量の触手が生えていて。
その先端部分には、いずれも人間に近い姿をした突起がついている。
全長は二光年に及ぶが。
それは神々としても最大クラス。
自分としては、世界蛇をイメージしたのだけれど。
ただこの程度のサイズでは、宇宙という巨大な空間で考えると、惑星の海岸に転がるほんの砂粒以下のサイズでしかない。
私が目を閉じてじっとしていると。
声を掛けてきたのは、上級鬼の一体。
中枢管理システムの管理をしている者で。
リソースの割り当ての監視を主任務にしている。
「パイロン様」
「何か」
「中枢管理システムのリソースが、無の解析にとられすぎています。 少し抑えるように指示を」
「分かった」
私としても、実際に必要なのは、一瞬後に崩壊することなどあり得ないこの世界を心配して。大急ぎで別の世界への穴を開けることなどではなく。
それこそまだ千億年以上先まで継続するこの世界を良くし続けることだと分かっている。
中枢管理システムに指示。
リソースを抑えさせる。
中枢管理システムは、その指示を聞くと、対応について説明を求めてきた。
「今回の一件は、既に知り尽くされた宇宙について、一石を投じるものです。 周辺での興味も高く、皆のモチベーションを上げるためにも、研究は重要かと思われます」
「だが、現実に世界をよくするために動くのが我々であり、中枢管理システムだ。 それをないがしろにしてはまずい」
「なるほど、一理あります」
「それでは、リソースの使用を抑えろ」
中枢管理システムは、ものわかり良く了解した。
これでいい。
限りなく客観的で。
エゴを持たないシステム。
この巨大すぎる宇宙を統べるには、エゴを持っているとまずい。今までがそうだったのだ。
そして中枢管理システムは、AIの究極とも言える存在。
故に、宇宙を支配する仕組みとしては、これ以上も無いほどに優れているとも言えるのである。
無の解析についてのリソースを抑えると。
現場に報告をしておく。
現場のアルキメデスは、その意味をすぐに理解して、納得もした。納得しなかったのは、その場にいた元天才。
アルメイダである。
「巫山戯んな! 宇宙が終わるのだって、本当はいつ起きるか……」
「いいから黙っていなさい」
通話の向こうで、穏やかなアルキメデスの声が、ぴたりとアルメイダを黙らせるのが聞こえた。
どうやらアルキメデスも。
アルメイダの扱い方には、慣れてきたようである。
まあ、良い事だと言うべきだろう。
あの跳ねっ返りには、本当に色々とあらゆる職場が苦労していたようだし。
それを使いこなしているという事は。
アルキメデスには、なかなかの才能があるということだ。
或いは、自分が元々同類だったから、かも知れないが。まあそれは私の知る所ではない。物質生命が前身である精神生命体は。
私とは、結局オリジンからして違う。
そういう意味では。
推察しか出来ない相手なのだ。
ただ。神の一柱である私が直接前に出てきているほどの事態だと言うことは、アルキメデスも理解してくれているし。
アルメイダも分かってはいるだろう。
故に、理解はしてくれている。
納得は出来るか別として、だ。
ともあれ、無の解析に関しては、熱狂的になりすぎないように、なおかつある程度抑えた形で、進めるのが一番である。
神々の中にも、反発している者がいる。
そして、今の宇宙の安定の由来は。
最大級の力を持つ存在、神々が現状を良しとして一致し、団結しているというのが大きいのだから。
タブレットが鳴る。
私用にチューンされた特別製だ。
操作もサイコキネシスで行うのだが。何しろ私は二光年という桁外れのサイズ。小型の分身体を飛ばして会議に参加するくらいなので、タブレットも相応のサイズである。
確認すると。
映ったのは、スツルーツだった。
「破壊神どの。 どうなされた」
「別の宇宙に興味を持つ神が増えてきている。 今まで中枢管理システムのお守りをしていて。 内心それを苦々しく思っていた連中だ」
「確かにそういう神々はいる」
「連中の考えは分からないでもないがな。 気を付けろ。 もしも狙われるのなら、アルキメデスのチームでは無くお前だろう」
確かにそうだ。
アルキメデス達のチームは、中枢管理システムがしっかり監視している。
神々も本来はそうなのだが。
もし狙うとしたら、私の方がやりやすいはずだ。
気を付けると答えると。
私はできる限りの防犯体制を周囲に張り巡らせる。
神々は、その気になれば銀河を瞬時に消し去れるほどの力を、それぞれが持っている。私も例外ではない。
ただし、流石にこの宇宙になってから生まれた神である私と。
ビッグバン前から生き延びている神々とでは、流石に力が違う。上級鬼の中でも、ピンキリの実力差があるように。
神々の中でも、それは然り。
私は当然それほど強い方ではないので。
最悪の場合、中枢管理システムから最高神に連絡が行くくらいまでは、耐え抜く必要が出てくるだろう。
防犯体制を構築して。
更に。他の神々がちょっかいを出してくるケースにも備える。
もしも他の宇宙に侵攻の野心を持っている場合。
私をたきつけようとするものがいる筈だ。
そういう連中の甘言に乗らないように。
周囲には、常に音声を記録し。他のあらゆるデータも収集する仕組みを整えておく。
それにしても。
平和が構築されている間は良かったのに。
新天地への希望が出てきた途端にこれだ。
違う法則の宇宙なんて、支配して面白いのだろうか。
そもそも適応できるかさえも分からない。
一応、念のためにシミュレーションしてみるが。
下手をすると、神々でさえ、踏み込んだら一瞬で滅びてしまうほどの、凶悪な法則が働いているかも知れないし。
住んでいる生物が全て神々より強かったり。
そもそも、この宇宙が砂粒に思えるほど巨大で。なおかつ、物質のサイズなどもこの宇宙よりも大きい、等というケースもシミュレーションできた。
色々ととんでも無い。
こういったシミュレーションは、アーカイブに放流しておく。
勿論、楽観的なシミュレーションもあるが。
神々は狡猾だ。
楽観論だけを見て、安易に別の宇宙に侵攻しよう、などという事を考えたりはしないだろう。
それでいい。
ただ、私の周囲は、まだ危ういバランスである事に違いない。
油断は、まだまだ。
とてもではないが出来る状態ではないと言える。
一応のセキュリティを整えてから、スツルーツに今度は私から連絡を入れる。
スツルーツに、周囲のセキュリティを固めたことや。
私が死んだ場合の引き継ぎをする。
頭を掻きながら。
スツルーツは、心底面倒くさそうに答えた。
「ああ、私は確かに安易な他の宇宙への侵攻には反対している神ではあるがな。 どうしてよりによって私にこんな面倒な仕事を」
「貴方がこの宇宙でも上位に入る神だからだ」
「それはそうだがな」
「だからこそ、何かあった場合には引き継ぎをお願いしたい。 無の研究が進み、もしも他の宇宙への突破が可能という状況が作り出された場合、現在のあの世の安寧が、一気に崩壊する可能性がある」
心底うんざりした様子のスツルーツ。
我慢してもらうしかない。
向こうも、当然納得してくれた。
「分かった。 そもそもお前も、この仕事は本意ではないだろうしな」
「助かる。 よろしくお願いいたしたく」
通話を切ると。
次に備える。
神々は全能に近いが、全能では無い。
全知に近いが、全知でも無い。
色々な状況が推定される現在。
あまり、喜んでばかりもいられなかった。
1、トンネル
蛇神パイロンが監視する中、現在無の解析プロジェクトが進行している。膨大なデータが得られた無だが。
未だにその詳しい仕組みは誰にも分かっていないのが現実だ。
研究チームは勿論。
リソースを中枢管理システムに提供している神々でさえ、無の仕組みは良く理解出来ていない。
アルキメデスは腕組みする。
無には関心が集まっていて。
多くの意見や案が、研究チームには寄せられていた。
「無にトンネルを穿つことは出来るだろうか」
それが、第一の質問にして。
多く寄せられる疑問だ。
アルキメデスは可能だ、と考えている。
方法としては、まず空間の揺らぎを光速以上にした空間を用意して。それを無にぶつける。そうすることで、無と空間が混じり合う。
その中に、普通の空間を作り出す。
基本的に、空間の方が、無に対して優位性が高いことが分かっている。
これだけは、様々な実験から、明らかになっている事だ。
空間そのものを操作する神は幾らでもいるが。
空間の性質を操作して、揺らぎを光速以上にしてみようと考える神は、不思議と今まで出なかった。
そして、その混じった空間の中に、普通の空間を混ぜ、伸ばしていく事で。
シールドマシンが土を掘り進むように。
無を通るトンネルが作られていくのだ。
ただし、これには幾つか問題点がある。
一つは、宇宙と宇宙の間に、どれくらい物理的な距離があるのか、ということだ。
例えば光速の百倍で空間を揺らがせ。
無を侵食させていくとしても。
通常の広がりを見せる空間をその中で延ばしていく場合、やはり光速の百倍以上には出来ないのである。
リソースを当然食うことになるし、中枢管理システムが納得するとも思えない。
今の時代、空間スキップでの移動が主流で、その相対速度は光速などの比では無い。
更に、である。
宇宙の大きさにしても、百数十億光年四方くらいしかない。
それが浮かんでいる無の空間だ。
そもそも羅針盤もない。
どれくらい隣の宇宙まで距離があるか、まったく分からない状況なのである。
もしも、隣の宇宙まで、一兆光年くらい物理的な距離があった場合。
トンネルなんて幾ら掘っても無駄だろう。
それにそもそも、宇宙が無い方向に、トンネルを掘ることになる可能性だって否定出来ないのである。
それが宇宙という理に縛られた。
あの世の限界だ。
まずは、無の完全解析と。
無の中に観測機を送り込んで、他の宇宙を探し出す事。
この二つをクリアしない限り。
トンネルを掘るのは、完全に無意味な作業になるだろう。
此処までは、中枢管理システムに報告しているし。
説明も終えている。
当然中枢管理システムも納得してくれている。
無の仕組みからすれば当然だろう。
ただ問題は。
無が、明らかにこの宇宙の法則外の存在である事で。
そんなまったく法則が異なる場所に送り込んだ観測装置が、そもそもこれまた法則が違う別の宇宙をどうやって見つけ出すのか、というのもある。
下手をすると、一瞬ごとに法則が変わっている可能性さえある無だ。
その中で、発狂もせず。
己を保ちながら。
何かしらの手段で、電波なりそれに類するものを飛ばし。
正確に反射して戻ってきたそれを取り込んで。
なおかつ確実な相手の位置を割り出す。
そんな事が出来るのか。
その通信装置そのものから、直接通常空間を延ばす仕組みを作り。それを彼方此方に延ばして、法則が安定した場所を探し出す、と言うのが一番現実的だが。
それだと、その通信装置は神々レベルの力を持つか。
もしくは神々が直接やるほか無い。
また、中枢管理システムへの負荷も膨大になるだろう。
安易に出来ると言える状態ではない。
色々と頭を抱えてしまうが。
いずれにしても、非常に関心が高まっているのは、実のところアルキメデスも同じである。
此処まで訳が分からない存在であるとは思っていなかったが。
ただ、そもそもこの世界の枠組みの外にあるものなのである。
星ごとでも、環境の違いから、生まれ出てくる生物は異なってくるのが当たり前だ。
それが宇宙が違っていれば。
どれだけ法則が違っていても、まったく不思議でもない。
今の時点では、トンネルを掘る理論については、なんとか出来そうだという報告は、中枢管理システムにはしている。
だが。まだトンネルを掘れとは言われていないし。
観測装置については、実験段階だ。
今、私が作った観測装置のプロトタイプを稼働させて見ているが。
やはり負荷が大きすぎる。
そして無の中に放置してから回収してみると。
十光年やそこらでは。
とてもではないが、別の宇宙に到達できそうもない事が、よくよく分かった。
宇宙の外側が文字通り無限大に拡がっていて。
宇宙が粟粒のように浮かんでいるとしたら。
それはもう、当然のことだが。
この宇宙では膨大な距離や空間であっても。
それら無の巨大な海の中では。
それこそ粟粒程度にしかならず。
ちょっとやそっと糸を延ばしても。
他の宇宙に行けるかどうかは、まるで別問題になってくるのが、よく分かろうというものだ。
しばらく考え込んでいる私の所に。
アルメイダが来る。
「それで、研究をどう進めるんだ」
「観測装置については私が改良と実験を進める。 他の皆と同じように、無の解析そのものを進めてくれ」
「そんな事で良いのかよ」
「良いんだ」
どうも、神々の方で、おかしな動きがあると、監視を担当しているパイロン神から連絡が入っている。
やはり中枢管理システムの外付けCPU扱いになっている現状に満足していない神々はそれなりにいるらしく。
それらにとっては、侵攻して領土に出来るかもしれない他の宇宙は、相応に魅力的に思えるらしい。
勿論、軽挙鳴動は避けるべきだと、スツルーツらの保守的な神が説得をして廻っているようなのだけれど。
しかしながら、そのスツルーツが、そもそも普段から、外付けCPU扱いの現状に強い不満を抱いていると聞いている。
保守派でさえそうなのだ。
確かに、領土にして美味しい思いが出来る別の宇宙が見つかったら、と考える神が出てもおかしくないし。
それは自然な心情でもある。
私から見ても、おかしな話では無い。
というよりも、正直な話。
システムで顎に使われている事に、強い不満を覚える感覚は、理解出来なくもないのである。
とにかく、データを集めながら。
観測機のサンプルを三千個ほど回収する。
いずれも壊れることは無い。
というのも、空間に設置するもので。
無の中に設置するものではないからだ。
無の中に設置したら壊れるだろうが。
現在実験的に作り出している、無の中に作り出した小型の通常空間の中に、観測装置は配置している。
それで壊れるようなヤワな造りはしていない。
何しろ、それぞれが一光年四方もあるほどのサイズなのだ。
材料については。
実験に使っている、生命なき空っぽの宇宙から直接現地調達しているので、他の宇宙に迷惑も掛けていない。
三千個の監視装置のデータを、私自身で確認していくが。
いずれも、他の宇宙を現時点では探せそうもない。
ただ、無の中に空間を作り出すこと。
その空間から、監視をすること。
この二つは出来る事が、既にはっきりしている。
後はまだ得体が知れない無を調べ尽くすこと。
それが出発点になるだろう。
一旦皆を帰らせて。
私も戻る。
家に着くと。
メッセがたくさん届いていた。
タブレットで確認すると。自分なりに無について調べて見た鬼達からの情報だ。中には、元科学者の鬼から来た情報も入っている。
余暇を使ってやってくれたという点では有り難いが。
全てに目を通していくけれど。どうもこれといった凄い考察は見当たらない。
ただそれは、今の時点では、にすぎない。
中枢管理システムに、これらのメッセについても送っておく。
整理は向こうでしてくれるだろう。
心地よい時間ではあるけれど。
どうしてか。
妙な背徳感も感じる。
神々でさえ手が届かなかった行為を今しているから、だろうか。それもあるかも知れない。
だけれど、それ以上に不安なのは。
もしも他の宇宙が、薄皮程度しか離れていなくて。
つながってしまった場合。
この宇宙の滅亡につながり兼ねない、という事だ。
この宇宙に対して、圧倒的な優位性を持つ法則がある別の宇宙とこの宇宙がつながった場合。
それこそ侵略されるのはこっちなのである。
神々は、その危険を何処まで理解しているのだろう。
いずれにしても。
今ある観測装置を、無ごしに操作できる。
それくらいの技術を確立しないと。
危険で仕方が無かった。
休暇を終えて、職場に出る。
チームの他のメンバーも出勤してきていた。
オートで動かしていたシステムと、データの確認から開始する。私は最初に、観測装置のメンテナンスと、改良について調査。
改良は出来そうだ。
そして改良することには、大きな意味がある。
特に無越しで通信が出来るようになれば。
無の中に、空間と隔絶して観測装置を配置。
最悪の場合でも、別の宇宙からの法則流入を免れることが出来る。少なくとも、危険はかなり減らせる。
良い事である。
ちまちまと改良について進めていくが。
アルメイダが、不愉快そうな声を上げた。
どうやら何か起きたらしい。
彼女に対しては、研究チームの他のメンバーもあまり良く想っていない様子だが。それでも、発想力を武器に無の観測を成功させた実績は、誰もが買っている。
故に、私は腰を上げざるを得なかった。
「どうしたね」
「デカイ蛇から連絡だ」
「そんな風にいうものじゃない。 むしろ此方が良くなるように、色々腐心してくれているのだぞ」
「知るか。 とにかくあのパイロンとか言うデカイ蛇が、もっと使用リソースを抑えろとかほざいてやがる」
ちょっと待て。
パイロン神が、どうしてアルメイダに直接言う。
私に言ってくるのが普通だ。
そう説明すると。
面倒くさそうに此方を睨んだ後。アルメイダは、メッセを見せてくれた。
偽装されていないか。
すぐに確認を実施。
見たところ、偽装されている可能性は無い。パイロン神から直接来ているメールだとみて間違いないだろう。
内容は。
確かに、アルメイダの仕事について、文句を言うものだ。
だが、どうにもおかしい。
私から、パイロン神に、タブレットで直接通話を行う。
パイロン神は、すぐに通話に応じてくれた。
「アルキメデスよ。 どうかしたのか」
「パイロン神。 貴方からアルメイダに直接メッセが来ているようなのですが」
「待て。 そのようなもの、送った覚えは無いぞ」
「やはり。 巧妙に偽装されていますが、嫌がらせのようですね」
大きな大きな蛇は。
タブレットに映る巨体を、不愉快そうに振るわせた。
何しろ二光年に達する巨体だ。
それだけで迫力は充分である。
すぐに中枢管理システムに回すが、結局偽装が極めて巧妙で、送り主は特定出来なかった。
中枢管理システムを騙すほどの存在だ。
間違いなく神々。
それも上位に食い込んでくる存在だろう。
より警戒を強めるように、パイロン神に要請。
向こうも快く受け入れてくれた。
これで一安心か。
まだ不満そうなアルメイダに、仕事に戻るよう指示。
アルキメデスは、やはりこれは起こしてはいけないものをおこしてしまったのかなと、少し後悔したが。
今更だ。
何よりアルキメデスは科学者なのである。
この程度の事で、屈していてはいけない。
そもそも、道への探求が科学者としての本分。
科学者としての道。
それを踏み外してしまっては、意味がない。
私は科学者だ。
あれほど自負を持っていて。
科学者として動けないことに、不満を感じていたではないか。
今更である。
兎に角、最悪の事態にも備えて、様々な手段を講じておく必要がある。無の解析を進めなければならないのも、それが理由。
もしも、向こうの技術力が高かった場合。
蹂躙されるのは此方の宇宙だ。
その時は、無そのものの壁が、防壁になる。
解析を進めていくが。
観測装置が出してくるデータも、これもまたよく分からない。
彼方此方に向けて、無を掘り進んでいるのだけれども。
どうにも分からない事が多すぎるのだ。
例えばある地点では。
無は凄まじい光を観測している。
これは一体どういうことか。
そもそも、光という存在そのものが、現在の宇宙の法則であり、基幹となっているものの一つ。
どうして光を観測できる。
また別の地点では。
重力が観測されている。
コレもよく分からない。
重力が観測されるというのは、どういうことか。
重力子を発生させるものがあるのか。
それとも、何かしらの大質量があるのか。
それも調べて見るけれど。
どうにも見当たらない。少なくとも、観測装置は、それらを発見できていないのである。
小首を捻る私に。
チームメンバーが声を掛けてくる。
「アルキメデス殿」
「どうしたのかな」
「ちょっとこれを」
すぐに様子を見に行く。
データの中に、一部の流れのようなものが見つかった、というのだ。
法則性はない。
だが、コレは恐らく、一種の波だ。
宇宙の多くは、波としての性質を持っているけれど。この無の中にも、波があるのだろうか。
いや、まて。
無の中に作り出した空間に。
光や重力があったのだ。
それに類するものではないのだろうか。
慎重に調べる必要がある。
「データは確かに興味深いが、念入りに調べて欲しい」
「随分と慎重ですね」
「他の宇宙につながった場合、向こうの法則が此方にとって致命的になる可能性も否定出来ない。 無についても、得体が知れない以上、慎重すぎるほどで構わない」
「それもそうですが……」
私も、生前は。
研究心の赴くまま、ありとあらゆるものを作った。思いつくままに、あらゆる実験を試した。
そのため、寿命を縮めることになった。
あの時、乱入してきた兵士達は。私が作り上げたものによって、多くの仲間を殺されたと憤っていた。
それは事実だったのだろう。
私の無邪気な研究心が。
多くの命を奪ったことに代わりは無いのだ。
だから今回は気を付ける。
それだけのことなのだが。
どうしても、及び腰になってしまっているのも事実。昔の私そっくりのアルメイダが。あのような発見をしたのも当然なのかも知れない。
だが、無の正体が分からない以上。
まだまだ、油断は禁物だ。
自分のデスクに戻ると、アルメイダから全員にデータが飛んでいた。
それを見ると。
長期的に観測した結果、どうやら支離滅裂なデータに、一定のパターンがあるかも知れないと言う結論が出てきた。
皆が、タブレットに飛びつき。
精査を始める。
なるほど。
確かに、支離滅裂なデータが。
長期間を経て。長い長いスパンで、ゆっくりと波を作り出している。データが一巡していると言っても良い。
ひょっとして、これが無の法則なのか。
他の地点での観測。
別条件でのデータについても調べて見る。
そうすると、幾つか分かってきたことがある。
「大体実時間にして八年ほどの周期で、何かしらの波が出来ている?」
「光速以上の揺らぎを作り出すと、それにも影響が出ていますね。 光速を逸脱すればするほど、反比例するように波が短くなっています」
「つまり、法則は常に支離滅裂に動いている訳ではなく、超長期間で、一定の変動を見せている、という事か」
「場所を変えて調査をしてみよう。 ひょっとすると、この場所特有の現象も知れない」
皆が騒ぐ。
私も、同じように面白いし興味深いと思ったけれど。
敢えて抑えた。
「まず、この実験宇宙の別々の辺縁に、観測装置を仕掛けて、結果を見よう。 別の場所では、まるで違う結果が出てくる可能性がある」
「分かりました。 此方で手配します」
ヒラノが動く。
ただ、どうしてだろう。
発見者のアルメイダは、どうにも機嫌が悪い。腕組みして、じっと考え込んでいるのである。
「嫌な予感がする」
「なんだ。 科学者らしくもない言葉だのう」
「アルキメデス、あんたはどう思う。 俺はこの結果が、何か不吉なものに思えてならないんだが」
「不吉か。 いずれにしても、最悪の事態を避けるためにも、今はあらゆるデータを取得しなければならないな」
それについては同意だ。
アルメイダは、ぼさぼさの頭を掻き回す。
容姿を整える事にまったく興味が無い様子のこの娘は。ぐるぐる眼鏡をコンタクトにしようとか。
化粧してよそ行きの格好をしようとか。
まったく考えない様子だ。
それなのに、物質世界で女性だった姿を保っていて。
自分を完全に維持してもいる。
不思議な奴だなと思う。
まあ爺のままの本来の姿を保っている私も私で、ある意味不思議ではあるのだけれども。その辺りは変人同士お互い様であろうか。
さて。データについては。手配するとして。
私は、もう少し気になることを調べて見る。
観測機が拾ってきたデータだ。
今の話を聞いて、少しばかり思いついた事がある。
それを試してみよう。
そう思ったのだ。
アーカイブから拾ってきたのは、前回宇宙のビッグバン時のデータ。
ビッグバンが起きたとき。
一体どのような衝撃が発生したのか。
宇宙がどのようになったのか。
それらのデータを、今回観測機が拾ってきたデータと、照らし合わせてみる。
そうすると、幾つか面白い事が分かってきた。
ビッグバンが起きるとき、前の宇宙は収縮しきった後、大爆発する。ちなみに、収縮する際に時間は巻き戻ったりしない。
とにかく、爆発の時のデータを調べ上げて。
観測機が拾い上げてきたデータと照らし合わせてみる。
一致しない。
では、最大限に拡大したときのデータはどうだ。
宇宙はある程度のサイズまで拡大すると、今度は縮小を開始する。この仕組みについても、複雑な理論が絡んでいるのだけれども。
まあそれはともかくとして。
その最大限に拡大したときのデータを全てアーカイブから引っ張り出し。
貰っているリソースの範囲内で、計算を開始。
そして、ある一点で。
ヒットした。
ビンゴだ。
どうやら、空間を掘り進めた結果見つかった光やら重力やらは、ビッグバン前の宇宙にて、存在していた光やら重力やらで間違いないらしい。
そうなると、無を掘り進めた結果。
前回の宇宙の遺産が掘り起こされた、という事になる。
不可思議な話だけれども。
事実として、データが一致しているのだ。
三千の観測機が拾ってきた不可解なデータも全てをアーカイブから拾ってきたデータと照合させ。
その全てが一致した。
なるほど、そういう事か。
つまり、前回のビッグバンで消し飛んだ宇宙は、バラバラになって。
無の中に埋まっている。
そういうことだ。
あくまで物質的な世界だけの話だが。
これは大きな進展だ。
すぐに皆にデータを回して、精査を頼む。
アルメイダも作業の手を止めて、データを確認開始。すぐに全員が、間違いないと一致した見解を示した。
だが。発端の私が。腕組みしてしまう。
「こうなるとますます分からない事が増えた」
「といいますと」
「無とはなんだ。 空間にとっての土やら何やらのような、有存在だということは明らかになったが。 しかし実際に動かしてみると、空間の方が優位性を保っている事があらゆる観測結果からも確実だ。 しかしながら、無を掘り返してみると、空間の残骸が出てくる。 これは何を意味している」
「……仮説なんだが」
アルメイダが、爆弾を場に投下した。
そしてそれは。
全員が、戦慄するのに、充分だった。
「無ってのは、ひょっとして、生き物なんじゃないのか」
2、波と壁
私、アルキメデスは憂鬱だった。
圧縮時間の中で、作業を進める。
体感時間で、研究を始めてから一千万年ほど過ぎただろうか。平行世界を行き交ったりもしているため、実時間では、十年も経過していないのだが。
なお、地球はまだふらつきながらも健在だ。
休暇の際に見に行くけれど。
人類は問題の殆どを解決しないまま、フラフラと生き続けている。まるで放蕩息子だなと思ったけれど。
今更何もしようとは思わない。
助けたところで感謝もしないだろうし。
仕事場に戻ると。
ひょっとして無という存在が、巨大な生物では無いかと言う仮説について、検証を始める。
この爆弾は。
あまりにも強烈すぎた。
実際、アルメイダ以外の多くの者が、絶句したほどである。
だが、その絶句は。
可能性として、あり得ると、誰もが感じていたから、ではないのか。
ただ、まだデータが不足しているのも事実。
不安感が高まるのを覚えているのは、私も同じ。
皆もそうなのだろう。
前にも増して。職場での口数が少なくなった。
勿論、中枢管理システムにも、結果は伝えてあるし、仮説についても説明はしてある。
中枢管理システムの方は、意外と動じていなかった。
実は古くから、無は生物では無いか、という説はあったらしいのである。
神々でさえ歯が立たないという事は。
ひょっとして、神々を超える神で。その体内に宇宙はあるのではないだろうか、という説がそれだ。
だが、どうにも私にはその説はぴんとこない。
しっくりこない、というべきか。
彼方此方に仕掛けた観測装置から、結果が上がってくる。どうやら、やはり周期的に法則を繰り返している様子だ。
無という生物が、もはや質量やら法則やらを自由自在にコントロール出来る生物だったとして。
それは神と言うべき存在なのか。
それとも意思無きただの肉塊なのか。
生きているだけのモノに過ぎないのか。
いずれかは、調べて見ないと分からない。
ただ、体内つまり無で、似たような法則のコントロールを周期的に繰り返しているとなると。そのパターンさえ解析できれば。
無を通り抜けることは。
可能になる。
問題は、通り抜けた先に、別の宇宙をどうやって見つけるか、だ。
規模がまず分からない。
無の存在が、どれくらいのサイズか。
宇宙が地球人類と比較して体内の細菌くらいのサイズなのか。
それとも地球人類と比較して分子一つ程度のサイズなのか。
それで、だいぶ話も変わってくる。
何もかもが、空気が重い。仕事場に出て、困惑している私の所に、アルメイダが声を掛けてきた。
「無を生物として仮定するのは良いとして。 もうパターンは解析できたし、無の中に空間を作り出して通信を行える装置も作れるんじゃ無いのか」
「おそらくはな。 だがもし無が主体的意思を持っている生物で、此方の行動を小賢しいとか或いは鬱陶しいと考え、潰しに掛かってくる可能性もある。 そうなると、下手をすると宇宙全土が一瞬で消滅する」
「それはそうだけれどよ」
「コミュニケーションをとる方法は無いだろうか」
ヒラノが言うが。
私が、首を横に振った。
ようやく、無とは何かではなく。無の性質が把握できた。そこまでしかいけていないのである。
コミュニケーションなどとてもとても。
今までの宇宙で積み重ねてきたデータと真理を総動員しても、とてもではないけれど無理だろう。
むしろ、恐怖すら感じる。
無が生物。
それはつまり、文字通りの究極神という可能性さえある。
体内に宇宙を持つ神。
それはまた、面倒極まりない存在だ。
「中枢管理システムに判断を仰ぐ」
「仮説でか」
「仮説にしても、危険すぎるからだ」
「そうかよ」
アルメイダの声は投げやりだ。
私にしても、これで中枢管理システムの手を煩わせるのは面倒くさいと思うし。科学者である以上自分でどうにかしたい。
不意に、タブレットが鳴る。
そして、タブレットに出たのは、パイロン神だった。
「其方の様子を見たが、随分と混乱しているようだな」
「はい。 まあ」
「無が生物、という仮説が出てきたのだな。 確かに周期的に一定の法則を繰り返し続けているという点で考えると、その仮説は間違っていないのかも知れない」
「今、中枢管理システムに連絡を入れて、判断を仰ごうと思っていた所です」
少しだけパイロンが考える。
爬虫類を再現している、感情の見えない目には。
何も映っていないかのようだった。
「そうだな。 独断で作業を進めて、巨大な化け物の逆鱗に触れる事があってはならないだろう。 中枢管理システムに、想定される最悪のケースをレポートとして提出してみてくれ」
「最悪のケース、ですか」
「そうだ」
それもそうか。
科学者は、基本的に薬を作る時、解毒剤も一緒に作るのがマナーとされている。まあ当然の話で。
最悪の事態に備え。
対応出来る状況を作っておくのが、科学者としての最低限のルールだ。
中枢管理システムに連絡。
向こうも、少し考え込む。
「無が、生物だと」
「あくまで仮説ですが、もしもその体を無体に掘り進むようなことがあれば、ひょっとすると無の逆鱗に触れる可能性も」
「なるほど、そうなると下手をすると一瞬で宇宙が崩壊させられる可能性もあるという事ですね」
「そうなります」
中枢管理システムは理解が早い。
そして、結論する。
「現時点で、無の活動パターンは既に把握できている、という事でよろしいですね」
「それは間違いなく」
「それでは、まずは無のサイズを測定することを指示します」
「サイズを、ですか」
つまり、だ。
変わり続ける無の法則を利用して、その全体的なサイズをどうにかして把握しろ、というわけだ。
幾つか案が思いつくが。
それより先にまずやらなければならない事は、指示を受け入れる事だった。
パイロン神にも中枢管理システムの判断を伝える。
巨大な蛇神は、それが妥当だろうと答えた。
まあ私もそう思う。
そして、チームの皆にも。
一人だけ不満そうな者がいた。
勿論アルメイダだ。
「及び腰だな」
「当たり前だろう。 相手が無数の宇宙を体内に包括している巨大生物だった場合、相手が此方を潰しに掛かって来たら、文字通り手に負えない」
「生物と言っても、地球の小説に出てくるような、怠惰にだらけて眠りこけてる阿呆かもしれないぞ」
「そいつだったら、余計にタチが悪い」
アルメイダが何を言っているかはすぐに理解出来たので、たしなめる。
あれは地球人が考えた存在に過ぎないが。
もしも実在などしたら。
それこそ洒落にならない。
当然実在するようなことはないだろうけれども。
それでも、想像するのも恐ろしいとはこのことだ。
とにかく、全員で無のサイズを測定する装置についての案を募る。
今まで、測定装置についてだけ考えていたスタッフもいる。何しろ、体感時間で一千万年は研究していたのだ。
全員で共有しているデータから、測定装置を調べる。
一定のパターンで変動し続ける無を。
出来るだけ刺激しないようにして、その中を透過する何か。
今の時点では、光も素粒子も無の中では意味を成さない事が分かっている。空間を作り出せば話は別だが。
かといって、空間そのものを飛ばして、光速以上で移動させ、特定条件で戻って来るというものは作れるだろうか。
そもそも、空間スキップというのは、光速以上で動いているのでは無く。別地点に瞬時に移動しているものだ。
それはつまるところ。
もしも無の中で、泡状の空間なり、波状の空間なりを飛ばすとなると。
光速で飛んでいくのが限界になる。
法則がメタメタになっている無の中だ。
この宇宙の法則である「空間」を飛ばすことは、恐らく空間を作り出す装置を飛ばすことで実現できるだろうが。
それを光速以上で動かすことは難しい。
そもそも空間の揺らぎの速度を上げることによって無と混ぜることで、ようやく無へのトンネルを開けることには成功した、という段階で。
こればかりは、案を幾つも出していくしか無いだろう。
「何か名案は」
「無の性質を逆利用できないか」
「この無茶苦茶なデータの中を、直進して、異常があったら戻ってくるようにする、ということか。 それも光速以上の速度で」
「性質の解析は出来ている。 無の中で、何かしらの方法で超高速移動ができるようにすれば」
アルメイダは言うが。
皆懐疑的だ。
案としては悪くないと、私も思う。
だけれども、見本のような机上論だから、である。
実際問題、どうやってそんな事をすれば良いのか。アーカイブに、何か良い案は無いだろうか。
無に影響を与える方法としては、空間の揺らぎを使う手があるが。
それも、混じり合う、に過ぎない。
もしも際限なく混じり合わせると。
多分宇宙に、最悪レベルの影響が出る。其処までして測定する事は、意味があるとはとても思えない。
ならば、どうする。
腕組みして考えていると。
ヒラノが挙手した。
「実験的に作った無の中の空間トンネル内で実験を行い、地道に情報を集めていきましょう。 何かしらのデータが得られる可能性もあります」
「それしかないか……」
少しずつ、進展はしているのだ。
一旦トンネルを掘り進めるのは禁止。
もしも無が生物だった場合、その逆鱗に触れるのは避けなければならないから、である。
現時点で確保しているトンネルそのものは保持。
その中で、徹底的に実験を行う。
アルメイダは、現地に行きたいと言い出したが、それは却下。
文字通り現地で何が起きるか知れたものでは無いからだ。
まずは、現地で遠隔操作装置とAIを使って徹底的に検証を行い。
及び腰になってしまうが。
それでも一つ一つ。
問題を片付けていくしかない。
パイロンは、問題の実験宇宙に来ていた。上級鬼の何体かに、実際に見に行く事は告げてある。
だから何ら問題は無い。
あの世の資源である罪は、決して無限では無い。
故に、無駄遣いは出来ないし。
最悪の場合は、神が力を使って、補填していかなければならない。
それを考えると。
パイロンが前線に立つのは当然の理屈だとも言える。
もっとも、何かあっても大概の出来事には対応出来るし。
何よりも、この宇宙内にいる限り、ビッグバンが起きた所で死なない。
その辺りは、神としての存在と言うよりも。
精神生命体の強みだ。
「此方パイロン。 アルキメデスのチーム、聞こえているか」
「これはパイロン神。 まさか実験場に来ているのですか」
「ああ。 管轄だけでは退屈していたし、何より新しい世界への扉たり得るトンネルに興味も出てきたからな」
「危険ですので、無と混じり合っている揺らぎ空間にだけは触れないようにお願いいたします」
それはそうだ。
何しろ、宇宙の法則が通じない場所だ。
精神生命体でさえ、無事で済むかはわからない。
そもそもだ。
異世界と簡単に言うが。
実際には、いわゆる仏教の六道輪廻というのが一番近い。
精神世界であるあの世を介して、別の場所や、別の時代。別の星や、平行世界の何処か。そういった場所へ移動する。
そして、新しい生を受け。
謳歌する。
それが転生というものである。
だが、たまに想定される、文字通り本物の異世界に転生する場合。
こんなにも苦労が伴う。
移動するだけでもこれなのだ。
そもそも、宇宙の隣の宇宙に、どうやって行く事が出来るかも分からないし。其処がどのような法則で稼働しているかさえも理解出来ない。
その状況で。
どうして安易に、異世界などと口に出来るだろうか。
現場のトンネル内を調べて見る。
現在六十光年四方ほどのトンネルが穿たれていて。その周辺には、揺らぎと混ざり合った無が存在している。
見た感じは、普通の空間と変わらないが。
周囲には監視用のAIと、空間の揺らぎに干渉するための様々な設備が浮かんでいて。全てAIによってコントロールされている。
二光年ほどのサイズを持つパイロンからみても、ちょっと手狭な空間だ。
一番奥まで入ると。
データを直接取得。
なるほど。
これが、長期的なスパンで、法則が切り替わっているというデータか。
確かに支離滅裂極まりないデータだけれども。
長期的にはルールがあって。それに基づいて動いている、というわけだ。
興味深い反面。
色々と、小首をかしげる部分もある。
「危険ですのでお下がりください、パイロン様」
AIが警告してくる。
分かっていると返すと、まだデータを取得する。そもそも空間ですら無い「無」は、一体どうして同じパターンで法則を切り替えているのか。
生物の鼓動なのか。
それとも、無という存在特有の現象なのか。
今必死にアルキメデス達が解析しているこの現象。
パイロンにとっても興味深い。
一つ、思いついた事がある。
「中枢管理システム、応答願う」
「パイロン神、どうしましたか」
「私が直接出力を与えて、空間の揺らぎの速度を光速の一千万パーセントまで上げ。トンネルを形成する。 そのトンネル内に通常空間を作り、空間スキップをするのはどうだろうか」
「許可できません。 現在、できる限り無を刺激しないように、探査をしているところなのです」
それを理解してください。
中枢管理システムは。
冷酷かつ客観的に、ノーを突きつけてきた。
まあそれはそうだろう。
では、と。
私は代案を出す。
「それならば、同じ事を出来る装置を空間の泡に包み、極小の空間を作成して、飛ばすのはどうか。 出力そのものは私が提供する。 装置は難しくなかろう。 そして違う法則の地点に行き当たったら、戻ってくるようにする」
「それは空間スキップと、瞬時に終えるとは言え、十万光年以上の空間の細長い筒が出来る事になりますが」
「試してみる価値はあると思うが」
「分かりました、案としては検討します」
意外と弱腰な奴だ。
宇宙に対する、無の大きさを測りかねている、というのもある。それについては、パイロンも分かる。
だが、パイロンが直接助力すれば出来る事なのだ。
やってみればいいものを。
どのみち、既に無には穴を開けているのだ。
もしも無が意思を持つ生命体だった場合。
寛容でいられるだろうか。
それだけではない。
ビッグバンで拡がっている宇宙は。
逆に言えば、光の速度で、常に無を侵食し続けている事になる。もしも無が生命体なら。
体の中で、風船を膨らまされているようなものではあるまいか。
そんな状態で、不機嫌になっていない存在である。
今更チューブ状の空間を作ったくらいで、なんだというのだろう。
まあ、中枢管理システムの判断は客観的で正確だ。それについてはパイロン神も絶対の信頼をおいている。
ただ、しばらくは此処にいようとも思った。
別に此処にいても、中枢管理システムの出力向上支援は出来るし。
アルキメデス達の指揮だって執れる。
何も、問題は無い。
しばらく、自分なりにデータを解析しつつ、アルキメデス達の研究状況を確認していると。
アルキメデス達は、面白いものを開発していた。
簡単に説明すると、揺らぎを伝達する装置である。
空間の揺らぎによって発生する特定の波長が、無の中を伝わるか実験を始めている。この波長は、素粒子を崩壊させたときに生じるもので。
少なくとも、揺らぎと混じった無の中は直進することが分かっている。そして実験的に測定した結果。
どうやら無の中も直進するらしい事が分かった。
コレは面白い。
そもそも素粒子が、この宇宙の法則だが。
単純なエネルギーと化した場合。
或いは、それだけではない存在になるのかも知れない。
ただ、ソナーは反射してこなければ意味がない。
どうやってこの波長を反射させるか、だが。
例えば、無の最辺縁や。
或いは別の宇宙にぶつかって戻ってきた場合。
波長を受け取るのは簡単である。
問題は、帰ってこない場合だ。
やはり、私が考えた、空間のチューブを作るやり方が一番手っ取り早いのではないだろうか。
そう思えてくる。
だが、見守ろうと思い直す。
此処で安易に干渉していたら。
それこそ、アルキメデス達の研究に水を差すことになる。何よりも、である。そもそもが、無を出来るだけ刺激しない、という方針にも反することになる。
結局。
これは、案としては不成立となった。
まあ、こういうこともあるだろう。
無に対して、干渉できる法則が一つ見つかった、というだけでも良しとするべきか。勿論単純な波長になるだけなので、無を突破したとは言えないし。この状態にまで分化すると、神々でさえ元には戻れないのだが。
研究は続く。
だが、明らかに疲労が溜まっているのも見える。
私も幾つか案を出してみるのだが。
どうも帯に短したすきに長し、である。
そもそも、無そのものについての研究についても、進んでいるのか。
アーカイブを確認。
進めてはいる様子だが。
まだやはり分からないか。
しばらく悩んだ後。
パイロンは中枢管理システムに連絡を入れる。賭はしない。無が生物だった場合の事も考えて、刺激もしない。
この方針を守りつつ。
どうにかして、別の宇宙を探す方法を、どうにか考えるのは。やはり難事だ。
だが。強行突破なら、出来そうではある。
「代案を思いついた。 折衷案でいけないだろうか」
「詳しく」
「現時点で鑑みるに、恐らく数光年四方の空間程度が侵食してくるなら、無は一切合切気にしていないように思える。 其処で実験として、無の状態を観測しながら、泡状の空間を無の中に飛ばし、揺らぎの速度をコントロールしてしばらく進みながら様子を見るのはどうだろう。 そこから常に素粒子を崩壊させた波を、送り続ければ」
「ふむ……」
勿論このやり方では、「危険性を考慮した場合」、光速を越えることは出来ない。何より素粒子崩壊の波が光速までしか出ない。 だから光速で、楕円形の空間を作って、移動するのが現実的かつ、一番無に影響しない方法だ。
現時点でも百数十億光年四方のサイズがある宇宙を内包している無だ。この宇宙の基準で、何京光年分の広さがあってもおかしくない。そもそも無限大の広がりを秘めている可能性もある。
そんな中で。
豆粒のような小さな空間で、自分だけで掘り進みながら、波長を送り返してくるAI制御の装置を飛ばす。
これならば。
時間は掛かるにしても、である。
あまり無体なことにはならない筈だ。
「分かりました。 検討してみましょう。 問題は、何かAIでは対応出来ない状況が生じた場合ですが」
「それならば問題ない。 私が乗り込むからな」
「それは危険です」
「危険は承知の内だ。 そもそも、危険無くして新たな地平を開拓することなど出来まいて」
私の言葉に。
しばらく中枢管理システムが黙り込んでいた。
無への干渉は最小限。
常に波長が届き続けているから、何かあった場合も、即座に対応出来る。
更に多少手狭だけれど、私の周囲にはこの宇宙と同じ法則の空間が常に作られている訳で。
神である私は。
そう生半可な相手に遅れは取らない。
最悪の場合も、自力で空間の揺らぎを操作して、戻る事も出来るし。
元の宇宙からは、超極小の、泡状の空間の揺らぎを光速の二倍で飛ばしてソナー代わりにする。それをたどって戻る事だって出来るだろう。
危険は、正直な所。
物質文明でやるような、大海原に船を出すような行為に比べれば、ぐっと小さいし、楽だ。
アルキメデス達のチームにも連絡する。
向こうも向こうで、少し驚いたようだったけれど。
小生意気な例の小娘。
アルメイダだけは、賛成していたようだった。
「どうせ手詰まりだ。 なんなら俺が行ってもいい」
「君だったら、空間の揺らぎを制御出来ないだろう。 だからダメだ。 パイロン神、あまりにも危険過ぎはしませんか」
「危険は百も承知だ。 それよりも、これから私は準備をするから、そなた達はその間も、無の解析を進めてくれ」
「……分かりました」
アルキメデスが、どうしてだろうか。
少し悲しそうに、返答するのだった。
3、泡と浮かぶ
パイロンは、いよいよ無の海に旅立つ準備を整えた。結局無が生物なのか、他の存在なのかは分からないままだったが。
兎に角、自分の周囲を覆う三光年ほどの泡を造り。
それを光速で移動させながら、観測の旅に出る。
一応予定では、一万光年ほど進んでから様子を見るつもりだが。それでもまるで変化が生じないようであれば、引き返すことにする。
帰りは半分の時間で済むので、ある意味楽だが。
それでも実時間で15000年ほどの旅だ。
まあ、私の生きてきた年月から考えればごくごく短いし。
何よりも、これくらいの刺激がたまには欲しいのである。
結局、中枢管理システムが許可を出してきたので。
私は見送りに来たアルキメデス達に挨拶する。
宇宙空間で相対した研究チームは。
二光年のサイズを持つ私から見ると、砂粒以下の小ささだったけれど。それでもこの者達とずっと連携して行動してきたのだ。
「危険があれば、すぐにお戻りください」
「分かっている。 それよりも、私が旅立った後も、ずっと研究を続けてくれ」
「分かりました」
「では、行ってくる」
私は、空間の揺らぎを発生させる装置を起動。
トンネルの中に潜り込んだ。
後は、素粒子を崩壊させて作る波を後方に送りながら、移動を続けるだけだ。
すぐに、トンネルの最深部に到達。そしてそのまま、無の中に入り込む。空間の泡が無に浮かんでいる様子は不可思議ではあるけれど。
そもそも無が実証され。
その性質が解明されつつある今。
不思議な事ではない。
私はそのまま移動を続け。
まっすぐ、宇宙の外側。
深淵へ。
さらなる深淵へと進んでいく。
光速での移動というと、私達からするとあまりにも遅すぎて、うんざりしてしまうほどなのだけれど。
それでも、やってみる価値はある。
後方からの通信は届いている。
後方への通信も、AIがやってくれている。
私は、自分の中に蓄えている情報の中から、娯楽を適当に選びながら、周囲に立体映像として投影。
それにしても手狭な空間だ。
神々は自分用の空間を作って住んでいる事が多いが。
私もその一人。
私用の空間は、普段はこの十倍ほどのサイズがあるので、少しばかりせまっくるしく感じる。
だが、どうせ戻っても。
中枢管理システムの外付けCPU扱いだ。
私にしては、どちらにしてもこれでいい。
それに、他の宇宙は案外近いかも知れない。
実際には、薄皮一枚隔てただけで、到達できるかも知れないし。
この無だって、ひょっとすると其処まで広大な代物では無いかも知れないのだ。
いずれにしても、である。
私は悲観していないし。
むしろこれからの旅が楽しみでさえある。
何より、完全な自由が手に入ったのだ。
ある意味、これは。
私に取っては、生まれて始めて。
そして最後になるかも知れない。
本当の意味での、バカンスかも知れなかった。
一瞬だけ。
後方への通信を切ってしまおうか、という誘惑に駆られる。このまま、本当に何処か別の宇宙に辿り着くまで、進んでしまおうか、というのである。
その選択肢も有りかも知れない。
元の宇宙に戻っても。
外付けCPUとしての扱いしか受けない。
元々、神々がメタメタのズタズタにした宇宙があまりにも荒廃したから、こういう措置を執るようになった事は知っている。
昔の神々が極めて身勝手で。
あまりにも雑に世界を動かしていた、という事も分かっている。
圧倒的な力を持つ者が、好き勝手に振る舞えば。
待っているのは全ての破滅だ。
そうして宇宙そのものが灰燼に帰した歴史は分かっている。
だが、それはそれとして。
どうしてもあるのだ。
籠の鳥として過ごすのは、嫌だなと言う気持ちが。
だから船旅はむしろ心地よいし。
この泡の形をした箱船は。
私には、ある意味。
本当の楽園だった。
しばし、妄念が渦巻くが。
勿論きちんと通信は続ける。私だって、こういったことを考えるくらいは、別に構わないだろう。
私も、究極まで到達したとは言え。
生物なのだ。
精神生命体は、生物なのである。
だからこそ、物質生命体とは違う意味での欲もある。
それを、誰かに。
咎めさせることは、許さない。
どれだけ進んだろうか。
まったく星も何も無い空間である。
だから、灯りは自分が巻き付いている、揺らぎ発生装置しか無い。今の時点では、装置に不具合も起きていない。
時間を確認すると、まだ10年も過ぎていない。
意外に時間が長く感じるものだな。
そう苦笑すると。
私は思考を閉じて、少し休む事にした。そして、リラクゼーションプログラムを使って、1000年くらいは眠ろうと思った瞬間である。
強烈な警告音に叩き起こされた。
「パイロン様!」
「!」
すぐに顔を上げる。
空間の揺らぎがおかしい。
異常値を出している。
まて。
たった十光年ほどしか進んでいないのだぞ。
六十光年ほど掘り進んでいた後なのに、なんでこんな事が起きる。
それとも、無が今更反応したというのか。
「すぐに調査」
「はい。 ええと、これは。 空間の揺らぎによる侵食が上手く行きません。 それも前方だけです」
「何……」
「拒否反応のようなものが働いています。 一旦空間の移動をストップします」
動きを止め、後方に通信。
そして、パイロンは、じっと様子を観測する。
不意に、電波のようなものが届く。
解析をすると。
それが言語に近いものだという事が分かった。
極めて複雑で。
だが、意図は分かりきっていた。
「これ以上、自分の宇宙の法則をよそに伝播させることは許されない」
「貴方は無か」
「宇宙を包むものを無というのであればそうだ。 宇宙はそれぞれに特色があり、それぞれに住まう者がいる。 それぞれの宇宙では、充分すぎるほどの広さと資源が用意され、一定間隔でリセットもされる。 これ以上を望むことは許さない」
「聞きたい。 他の宇宙はあるのか」
愚問。
一言で、答えが返ってきた。
そうか、あるのか。
そして、無は。
やはり生物だった、という事なのか。
これは、折衷案を出していて、正解だったかも知れない。もしも最初の案を使って、トンネルを強行的に作り出していたら。
一体何が起きていたか。
宇宙が消滅させられていても、おかしくは無かっただろう。
「無の法則パターン、変化しています! 前方にはこれ以上進めません!」
「そうか」
少し考え込んだ後。
私は、無に問いかける。
「聞きたい。 今の宇宙でビッグバンが起きなくなる危険を考えて、我々は他の宇宙を探査する事を始めた。 ビッグバンが起きなくなることはあり得るのか」
「それはあり得ない。 我は永劫不滅。 我が作り出した、数多の宇宙の法則も、同じく永劫不滅。 そなた達の宇宙が、十二代前から同じ存在に依って統括されていることは理解している。 だが、それに干渉するつもりは無い」
「そうか……」
「力持つ者よ、帰るが良い。 そなた達の宇宙が、自然に膨張する分には我は干渉を行わない」
私は、AIに指示を出す。
帰投を開始せよ、と。
5年掛けて、戻る。加速しないのは、無を刺激しないためだ。
その途中で、相手との対話について、考え続けていた。
無は意思を持っていた。
文字通り無限の広さを持つ存在。それは神と言うよりは、恐らくは世界そのものだったのだろう。
それは創造主ではなくて、ただそこにあるだけのもの。
神とは違う。
だが、意思を持っていて。
体内にあるもの、宇宙に対して。
それぞれの自主性を尊重し。
同時に極端に冷酷でもある。
その代わり、互いへの干渉だけは絶対に許されない。
そういう不可思議な存在でもある。
私はそれに触れた。
途中、幾つかの話も交えて聞いた。
それによると。
無の広さは、およそ8000極(極は10の48乗)光年四方。
その中には、およそ2溝(溝は10の32乗)溝個の宇宙が浮かんでいるという。
更にそれぞれに平行世界が存在しているのだから、凄まじい話だ。そしていずれの宇宙から、別のいずれの宇宙へも。
無は干渉を許さない。
それは意思を持ったルール。
そしてそのルールは。
自分を絶対に曲げない。
無の外には、それこそ本当に何も無い世界が拡がっているのだという。其処には文字通り何一つ存在しない。
空間も。
時間も。
そして無さえも。
文字通りの虚無、とでもいうべきなのだろう。
それらが、私が無に聞かされた事だった。
信じるかどうかは、また中枢管理システムが判断するだろう。いずれにしても、私はこれから、帰るだけである。
無は生物ではない。
意思を持ってはいるが、生物では無い事だけは確かだ。
しかしそうなると、テクノロジーなのか。
そもそも、最初の最初。
無が出来る前は。この世界に一体何があったのだろう。
虚無の中に、どうして無が生じたのか。
その辺りの話は。
流石に無も話してはくれなかった。
まあ、仕方が無い。流石に全てを知るのは不可能だ。そればかりは諦めるしか無い。いずれにしても、今は成果を持ち帰るだけである。
無の中に、空間を作りながら進む。
考えてみれば。
これはやはり、海の中から生まれた物質生命が。体の中に海に近い環境を作り出し、地上に進出したのと同じような行動。
しかし、既に其処には先住民がいて。
自分たちのルールの押しつけを許さなかった。
そういう事、なのだろうか。
考える事は多い。
そして、この仕事に志願して良かったと、パイロンは思った。
どの神も。
このような経験はしなかっただろうから。
最高神でさえもだ。
ふと気付くと、そろそろ出口に到着する。
まだまだ今の宇宙は寿命が先だし。その後も、ビッグバンが起きる事は、あの無が証言した。
勿論全てを鵜呑みにはできないだろう。
だが、それはそれだ。
私の世界は、この後も続いていく。
今の時点では、それが分かれば、其処までで構わない。
一度に何もかもの真理に辿り着いてしまったら。
きっとあのアルキメデスのように。
腐ってやけばちになりかねないだろうから。私は此処までの事を、一度に知る事が出来ただけで、満足だった。
サポートAIが問いかけてくる。
「パイロン様。 今回は大きな成果を上げることは出来ましたが、根本的な目的の達成そのものはできませんでした。 しかし、パイロン様自身は、嬉しそうにしているように思えます」
「嬉しいさ」
精神生命体は、鬼達もそうだが、神々も感情が希薄だ。
少なくとも物質生命に比べて、ずっと。
だが、それは感情がない事を意味はしていない。
怒りもすれば嫌悪もする。
哀しみも喜びもする。
比較的感情が豊かなスツルーツを見ていても分かるように。
神々とて、感情は持っているのだ。
ただ、それは基本的に、行動の基幹になる事を意味はしていない。押さえ込むことは、充分に出来る。
意図的にやっているとも言える。
そうしないと。
宇宙が焦土になるのだから。
しかし、今は自分一人だけでも喜ぶのが良いだろう。
「時に、報告のレポートはまとめてあるか」
「はい。 既に」
「戻った時が楽しみだな。 神々の円卓で発表するとき、どのような反応が返ってくるかは楽しみだ」
勿論、無とのやりとりも、全て客観的資料で残してある。
録音その他全てを利用して、である。
向こうが此方のルールにあわせ。
自分の存在を公開することを、躊躇わなかった結果とも言えるが。まあそれはそれで別にいい。
もうすぐ。
自分の宇宙に辿り着く。
その時が。
楽しみになりはじめていた。
4、超えてはいけないもの
戻ったパイロンの前には、別に崩壊したわけでも無く、全てが荒廃したわけでも無く。別に今まで通りに活動している宇宙が拡がっていた。
実時間で十五年。
あの世も実時間十五年程度でどうにかなるほどに貧弱な存在ではないし。
何よりも、一度波は送っているのである。僅差で先に辿り着いているはずだ。
パイロンを迎えに来たのはスツルーツである。
流石に、うんざりした様子だった。
「随分早かったな」
「まあ、事前に連絡したとおりだ」
「そうか。 すぐに円卓に来るように」
「勿論」
すぐに、中枢管理システムのある平行宇宙に転移して。
そのまま、中枢管理システムの最深部へ。
神々は、少し前に届いた報告を聞いて。
流石に主要な者皆が揃っていた。
アルキメデスの姿もある。
老人は無表情だった。
恐らくは、自分の研究が断たれるのでは無いのかと、困惑しているのではあるまいか。
だが、パイロンはアルキメデスを擁護するつもりだ。
今後も、無の研究はしていくべきである。
実際に聞かされた言葉が本当なのか。
本当だったとしても。
だとすると、最初の最初は何だったのか。
最後はどうなるのか。
そういったことは、まだ分かっていない。
無を研究する事によって。
それらも分かってくるのだろうから。
最高神が喋り始める。
「なるほど。 状況は分かった。 無という存在が実際には意思を持っていて、生命体に近い者だと言う事は理解出来た。 なおかつ、我々を常に監視していて、他の宇宙へ自分のルールを持ち込むことについても許さぬと」
「そういう事になります。 基本的にそれぞれの宇宙で何が起きようが介入しない代わりに、宇宙同士が争うことは絶対に許さない、という思想のようです」
「俄には信じがたい話だが、無という存在の超絶的な圧力と、それによる言葉については我々でも確認した。 確かに何が起きてもおかしくはないだろう」
別の宇宙への移動は、現時点では禁忌とする。
最高神はそう明言した。
実際問題、無は恐るべき存在だ。
宇宙が拡がるのに任せてはいるが。
しかしながらその一方で、常にその存在そのものの法則を変化させ続け。その気になれば、一瞬で宇宙の一つや二つ握りつぶせるだろう。
文字通り、究極の存在。
だが、神とはまた違う。
考えれば考えるほど。
不可思議な存在だとも言えた。
まあ、平行世界はいくらでもある。それらへの移動まで、無は口を挟んで来なかった。
だから、現時点ではそれでいい。
ただ、無の言葉を全て鵜呑みにするのも、危険と言えるだろう。
挙手する。
正確には、サポートAIに発言権を指示させる。
容れられたので、発言。
「無の研究そのものは、今後も続行するべきかと思います」
「分かっている。 もしもそれほど超絶的な存在であれば、何か異変が生じたとき、対策が出来なければ一瞬で我等も潰れてしまう可能性がある。 その時に対応するために、無に対して身を守るための手段は研究するべきだろう。 それに関しては、余も同意だ」
「そういうわけだ。 アルキメデス。 これからも、無については研究を進めて欲しいのだが、構わぬか」
「ご随意に」
禿頭を下げるアルキメデス。
やはりというか。
安堵の光が、目には宿っていた。
円卓は一旦解散となる。
スツルーツが、声を掛けてきたのは。
単純な興味からだろう。
「パイロン、一つ聞きたいことがあるのだが、構わぬか」
「客観的なデータは全て提出したが」
「そうだ、客観的なデータはな。 お前はあの無という存在について、どう思った」
「どうも何も、そういう現象だとしか思わなかった。 意思を持つ現象で、善意も悪意もないとしか感じなかったが」
善意も悪意も。
当然神々にも備わっている。
だから前までの宇宙は焦土と化すことも多かった。
気に入らない。
嫌い。
不愉快。
そういった感情を、暴力としてぶつけた場合。神々の規模になると、それが銀河や銀河団の消滅にまでつながる。
だからこそ、抑制の術は心得ている。
相手が善意や悪意を持っているかも分かる。
「ただ、精神生命体として高度な存在かと言われると、そうでもないとしか思えなかったが」
「ほう、聞かせろ」
「簡単に言うと、元々の基幹的なルールが存在して、それを遵守しているように思えたのだが……。 そうだな。 我々の側にあるサポートAIがそれに近いのかも知れないな」
「この宇宙の外にある、さらなる偉大な存在が、サポートAIと同格程度の知性しか持ち得ない、か。 それもまた夢が無い話だ」
スツルーツが失笑する。
失望したかと聞くと。
首を横に振った。
「世界の救済、等と言うことは基本的に我々でも出来ない。 そもそも救済という概念が曖昧で、個々によって違うからだ。 だが、この世界を維持することは出来る。 よりよくしようとすることは出来る。 そういう意味では、あの宇宙の外に拡がる存在は、維持に傾いた存在で、その維持は少なくともこの宇宙に干渉し、積極的に害そうとするものではないとも言える。 それが分かっただけで充分だ」
「破壊の神が、それほどに維持を貴ぶか」
「種類による。 余とて常に破壊衝動に捕らわれているわけではない」
「それもそうだな」
後は二言三言交わしてから、その場を離れた。
さて、後は。
この世界が滅ばないように。
無が翻意したときに備えて、アルキメデス達に研究を進めさせて、見守っていかなければならないだろう。
アルキメデス達は、嬉々として作業を進めるはずだ。それだけは大丈夫なので、私としても他の作業を兼業で進められるのが嬉しい。
無が翻意することはおそらく無い。
だが、もしもあれが。
もっともっと、気が遠くなるような過去。
存在した偉大なるものに作られたシステムだとしたら。
システムが壊れ、暴走する可能性もある。
その時に備えて、対策はしなければならない。
無は、今の時点では。
膨張する宇宙を受け入れる存在に過ぎない。
それがいつまで続くか分からない。
システムというのは故障するし。その場合に、誰がメンテナンスするのだろうか。自己メンテナンス機能が無に備わっていて、それで修復できれば良いのだが。そうとは限らない。
そういう意味では。
アルキメデス達の任務は重い。
勿論、其処までは私はいわない。
今後も、仕事をさせて。
それを見守るだけだ。
さて、久々の宇宙だ。
アーカイブにでも触れて、適当な娯楽でも楽しむとしよう。
私は長旅を終えて帰ってきたのだ。
それで今は充分。
ゆっくりしてから、今度は、次の仕事。
宇宙が、もしも無の侵攻にさらされたとき。
守るべく、動かなければならなかった。
私、アルキメデスが研究室に戻ると。
他のメンバーは、色々と微妙な顔をしていた。
結局アルメイダが言った事が当たっていた。
ただ、全てが当たっていたわけではない。
無は生物というよりも、システムに近い存在。ただし、高度な意思を持っている。
そして、無理に他の宇宙へのトンネルを開けようとすれば。
その際には、無が対応する。
何しろ、無はその法則を一瞬事に変化させるような怪物だ。その気になれば、宇宙を一つや二つ、一瞬で滅ぼすことくらい容易いだろう。
それについては、円卓で説明されたし。
此処にいるメンバーも。
全員がリアルタイムで見ていたはずだ。
「お疲れ様です」
ヒラノが声を掛けてくるが。
私は鷹揚にしか頷けなかった。
何だか納得がいかない。
無が何を考えているのかはよく分からない。というか、無を作った奴が、である。
恐らく無は人工物だ。
勿論地球人類などと言う存在ではなく、もっと遙かに古くに何処かに存在した、何か究極的な者なのだろう。
それこそ、那由多の時を遡った先にいる者。
それが無と。
その中に宇宙が多数浮かぶこの世界を作り上げた存在。
今もそれが存在しているかはわからない。
ただ存在していたら。
それこそ、下手をすると、無の消滅すら、自由自在に行う事が出来るのではあるまいか。
パイロンは恐らく。
まずは無が乱心したときに、身を守れるように技術を高めろと言ってきたのだろう。
だが、もしもだ。
無がそれ以上の存在の乱心によっていきなり滅ぼされたら。
それこそどうしようもない。
無は8000極光年に達する広がりを持つという話だが。
その外の世界は。
更にそれとも、何十と桁が違うサイズで。
そしてこのくらいのサイズのシステムなら、それこそ片手間に作れてしまうかも知れないのである。
楽観的にはなれなかった。
アルメイダが腕組みして考え込んでいる。
何を考えているかは分からないが。
いずれにしても、無に関する解析は、コレまで通り続ける。
それと、無に対して開けていたトンネルは一度閉じる。
今後は辺縁部分で無と混じり合った空間を調査しながら、新しい発見が出来ないかやっていく。
それで良いだろうと、私は結論。
手を叩いて、皆を集めた。
そして結論を告げると。
アルメイダは開口一番に言った。
「俺は反対だ」
「理由を聞かせてくれないか」
「無が意思を持っていることは客観的証拠からも確実だろう。 いつ翻意するかという点についても分かる。 今後は無を出来るだけ刺激しないように、もし無が乱心した場合に備えていくというのも納得だ。 だが、それではそれ以上の研究が出来ない。 無を説得して、他の宇宙へ足を伸ばすことを許可して貰いたい」
「無理を言うな」
恐らく相手はシステムだ。
単純な反応しか返してこない。
駄目だと言えば駄目。
ネゴが出来る相手では無いと判断するべきだろう。
そうなってくると、幾つか問題が生じてくる。
システムが壊れた場合。
平行世界も含め、全ての宇宙が一瞬で壊される可能性がある。
つまりである。
「無理に無に言うことを聞かせたりすれば、相手の暴走を招く危険性が高い。 知的好奇心は重要だが、そのためだけに全ての宇宙に住まう全ての存在の危険を招くわけにはいかないだろう」
「違う。 それは飼われている犬の理屈だ」
「今の時点では、無という存在は此方に対して大きすぎる。 ネゴというものは、基本的に対等な材料が揃わないと出来ない。 システムを無効化するにしても、無理が無いようにそれを為す技術が無ければ、相手の崩壊や暴走を招く」
アルメイダは一歩も引かない。
私は、あくまで出来る範囲で研究していくべきだと何度も告げるが。
アルメイダはやはり、よその宇宙までの道を開きたいし。
何よりも、もっと俯瞰的な研究もしたい様子だった。
私は大きく嘆息する。
このチーム内で、アルメイダが成し遂げた功績は大きい。
スペックに劣っていながら。
発想力を駆使し。
それで幾つもの仮説を出し。
そしてそれらが正解だったケースが非常に多い。
有用な人材だ。
対人関係に問題があるから切り捨てるとか、頭が湧いた物質世界の駄目企業じゃあるまいし。
彼女を切り捨てる選択肢は無い。
「もう、いっそ俺だけで研究させて貰えないか」
「アルメイダ。 君だけでは、新しいことを思いついても、スペックが追いつかないから実現に至らない」
「それは……」
「そもそも、今回の件だって、神々が了承するまでの地道なデータ収集をしたのは、個々のメンバー全員だ。 君だけが全てを成し遂げたわけでは無い。 君の功績の大きさは認めるがな」
アルメイダは唇を噛む。
彼女が上級鬼になった頃には。
此処にいる面子は、更に強力になっている。
精神生命体とはそういう存在だ。
そして神々にしても、手を貸してくれるかどうか。
アルメイダだけでは無理だ。
「大きな道を作るにしても、まずは眼前の石を片付ける事からだ。 幸い今回は、パイロン神が体を張って道を作るための努力をしてくれた。 その努力に対して、我々は応えなければならないだろう」
「そんな事知るか!」
「気持ちは分かるが、パイロン神でなければ、無の超絶的な圧力に、その場で精神崩壊どころか、空間の泡ごと潰されていたかも知れない。 本当は感謝はしているんだろう」
口をつぐむアルメイダ。
大きく嘆息すると。
私は、少し休暇をやるから、頭を冷やしてくるように言った。
アルメイダは研究スペースを出て行く。
まあ、あれでいい。
有能な子だ。
それに何より、今までの職場でうんざりするような目にもあってきただろう。此処以外に、彼女の活躍できる場所は無い。
地球だったら、圧倒的なスペックにものをいわせて、色々やれたかも知れない。
だが此処は地球では無いのだ。
ヒラノが聞いてくる。
「それで、今後は無のさらなる研究、ということでよろしいですね」
「うむ……」
いつ、無が乱心するか分からない。
それがはっきりしている以上。
研究はいつやっても遅くない。
取りかかる。
そして、今後は。いつおきてもおかしくない、無の暴走に対して備えられるように。対策をしなければならなかった。
パイロンの所に来客。
今、丁度マルチタスクで、数十の仕事を同時にこなしていたのだが。来客がアルメイダだと聞くと。
パイロンも追い返す気にはならなくなった。
二光年の体を持つパイロンは、自分用の空間を作り。それで並行処理を進めているのだけれども。
アルメイダは、顔の上辺りに浮かぶと。
居丈高に話しかけてくる。
「無に会ったときの話を聞かせてくれ」
「随分だな。 全て客観的なレポートでまとめているし、私が何を考えたかは、そこのアーカイブにも記載済みだ」
「それらはもう目を通した。 あんたは単純に無を怖れたということでいいのか」
「……言葉を慎めと言いたいところだが。 行く手を塞ごうと動いた無に対して実際に此方のあらゆる技術が通じなかったのは事実だ。 現時点では敵に回す意味がないし、そのリスクが高すぎるから撤退を決断した」
しばしアルメイダが黙る。
そして、もう一度聞いてきた。
「無を黙らせる方法は思いつかないか」
「無を黙らせる意味がない。 恐らくこの宇宙は、無というシステムの内部に存在している。 無を黙らせたとき、宇宙という存在そのものが維持されなくなる」
「いずれも推論だ」
「いや、これは確実な事実だ。 実際問題、空間が拡がるのを、無はその気になればいくらでも食い止めることが出来るようだ。 我々は無という存在の掌の上にいると考えて良いだろう。 だからこそにアルキメデスに指示したのだ。 無が我々を潰そうとした時には。 無から逃れる術を見つけておけと」
アルメイダは、納得していない。
だが、パイロンにはどうでも良い事だった。
「もう戻れ。 どのみち、そなたの居場所はあの研究施設しかないことは、自分でも理解出来ているのだろう」
「……そうだ。 悔しいから、直接無の意思に相対したあんたに会いに来た」
「気持ちはわからんでもない。 実際私も、自由の旅を邪魔されたようで、大変に気分が悪かったからな。 だが、引き際というものはあるし、それは若さという大義名分で誤魔化していいものでもない。 地球の歴史でも、大航海時代に行われた想像を絶する蛮行の数々は知っているだろう。 我々はあのような愚かな行為を繰り返してはならないのだ」
「分かった。 もう良い」
アルメイダは、悔しそうだったけれど。
それでも、どうにか納得は出来たようだ。
彼女が帰るのを見送るとほぼ同時に、中枢管理システムから連絡が来る。
「いずれまた、無への交渉をお願いいたしたく。 まだ無については、分からない事が多すぎますので」
「分かった。 ただ、必要な技術が確保できてからだ」
通話を切る。
そして、パイロンは。
仕事を続けた。
自分たちがいつ消滅させられてもおかしくないという事実は、確かにぞっとしない。
だがそれはそれとして。
今は今として。
処理し続けなければならないのだ。
(続)
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