神様達の楽しい日常

 

序、神々のお仕事

 

あれがそうか。

私は、中枢管理システムから久々に声が掛かって。寝ぼけ眼を擦りながら、宇宙空間に出て。

空間スキップを実施。

到着した先で、それを見ていた。

銀河系が二つ衝突した結果。

非常に不安定な超巨大ブラックホールが誕生している。

強烈なガンマ線バーストを放出しており、このままだと大きめの星間文明に直撃する可能性がある。

宇宙を平穏に。

世界を良くする方向に。

三つ前のビッグバンの頃から生きている私に取っては、むしろこの条約が締結され。堕天した神や鬼が皆駆逐された今の宇宙の方が、不思議なくらいなのだけれど。しかし、確かに危険物の処理には。私のような存在が出向かなければならないだろう。

複数の術式を展開。

眼下に広がる重力の墓場に。

一気に叩き込む。

そして、私が拳を握り混むと。

ブラックホールは安定。

星々の軌道も、多少はまだ不安定ながらも、乱れきっていたものが、少しずつ立ち直り始めた。

私は破壊神の一柱。

姿は、定向進化するとこうなりやすい知的生命体の姿。手足それぞれ一対ずつ。頭が一つ。

体には、虹色の服を纏っている。

姿は子供だが。

これはカスタマイズが容易なためだ。

その気になれば大人にいつでも姿を変えられるし。

普段はコンパクトな方が力の消耗を押さえやすい。

周囲に三体いる上級鬼が、ブラックホールの安定を確認。安定さえしていれば、ブラックホールはエネルギーを抽出できたり、様々な用途に使用できる。

危険な存在だが。

それ以上に、宇宙には無くてはならない存在にもなるのだ。

「ブラックホールの安定、確認しました」

「余はこれで帰るが、構わぬか」

「それが、まだ幾つか仕事がございます」

「はよう申せ」

周囲の上級鬼達は、いずれもが幾何学的な姿をしていて。いずれもが元の知的生命体とは似ても似つかない。

勿論魂の海から生まれた個体も、だ。

最近は、元の知的生命体の姿を再現しないのが流行りらしく。

鬼達は、いずれもが変わった姿をしているのが普通だ。

私は長い事、中枢管理システムの一部として、処理の補助をさせられていたのだけれど。鬼達からして見れば、引っ張り出したからには、色々仕事をさせたい。

そういうことなのだろう。

まあいい。

久々に外に出たのだし、力の虫干しもしておきたい所だ。

「次はどこだ」

「此方にございます」

座標を指定される。

中性子星が、一つ。

凄まじい速度で、ある星間文明に向かっている。

これは二重星だった恒星の一つが、中性子星になってしまった結果。もう片方の星との遠心力の関係で、吹っ飛ばされたものだ。

「この中性子星を滅ぼせと」

「お願いいたします」

「まあいいだろう」

中性子星と言っても、ブラックホールに近い規模のものだ。

上級鬼だと、数体がかりで死力を尽くさないと厳しいだろう。

私は空間スキップして、中性子星の側に出ると。

そのまま、両手を拡げる。

存在崩壊。

術式を展開して、凄まじい速度で宇宙を転げ回る死の星を、真正面から食い止めた。

衝撃波も押さえ込む。

何が起きるか分からないからだ。

そのまま、ねじりきるようにして。

中性子星を消滅させる。

完全に安定を失った重力の墓場は。

潰れると同時に。

爆発。

その爆発も、完全に押さえ込み。

私の情報へ切り替えた。情報は、同時に中枢管理システムにも全て流し込む。

「これで良し」

「お見事にございます。 流石は破壊を司る神の一柱」

「追従はいらぬ。 しかし、軌道をそらすくらいならそなた達でも出来たであろう」

「それがこの中性子星、以前も同じように星間文明に悪影響を与えるコースをたどっておりまして」

なるほど。それでいっそのこと消滅させよう、という事になったのか。

分からないでも無いが。

面倒な仕事を押しつけてくれたものだと、私はうんざりした。

更に、まだ仕事があると言う。

まあいい。

どうせ情報を食って強くなるだけの日々にも飽きていた頃だ。面白い事に情報は食っても無くならない。

そのため、永く生きた神はそれだけ強くなる。

精神生命体というのは面白いものだ。

最も強い神になると、噂によると十二回前のビッグバンから存在しているらしいのだけれども。

問題は、前回のビッグバンまでは、神々同士の諍いが絶えなかったこと。

そのため、古くから存在している神は、意外なほど少ないのだ。

それぞれ殺し合ったからである。

酷いときには、宇宙がすっからかんになるまで、神々が殺し合った時代まであったそうだけれど。

今は色々な意味で落ち着いている。

私は結局戦いを司ることも多い破壊の神であるにも関わらず生き残ることは出来ているけれど。

それも、一番宇宙が激しい戦いに満ちていた時代に生きていたら。

どうなっていたかは分からない。

続いて案内されたのは。

非常に不安定な超巨大赤色巨星だ。

この星。

超新星爆発を起こす寸前まで来ているのだけれども。

問題は、非常に不安定な事。

爆発時に、超新星は強烈なX線を放出する。

この破壊力は尋常では無く。

もし生物が存在する星に直撃した場合、星の生命はまず間違いなく絶滅する。故に、あの世では、この超新星を安定した状態で爆破したいと考えているのだ。

久々に出てきたと思ったら。

また面倒な仕事ばかりやらされる。

上級鬼はかなり忙しいが。

その上にある存在の神々は。

基本的に中枢管理システムと一体化していて。宇宙を管理する仕事に特化している。簡単に言うと、量子コンピュータの性能を底上げしているのが、神々だと考えれば分かり易い。

私もいつもその仕事をしているのだけれども。

今回は面倒な事に。色々な仕事が溜まったという事で、引っ張り出されたのだ。

力を込める。

上級鬼以上になると、物質世界に干渉が出来るけれど。

神々はあまりに力が強すぎるため、干渉は極力しないようにと不文律が出来ている。今回も、私は例外的な作業に引っ張り出されている、と言うわけだ。

「回転軸を安定させる。 中枢管理システムの支援を要請」

「了解!」

上級鬼達が支援体制に入る。

私は赤色巨星の回転を安定させると。

そのまま、一気に爆発させた。

超新星爆発の、超強烈な光が、辺りを蹂躙し尽くす。

この星系はもう生命が耐えていたが。

それでも、赤色巨星の外側にある星は、わずかながら残っていた。

それらも全て残さず消し飛び。

そして今。

ついに星系は寿命を迎えたのだ。

X線については、予定通りの方向に放出したことを確認。私は、ふうと息を吐くと。手をにぎにぎした。

力の虫干しは、こんな所で良いだろう。

私にしてみても、これくらい力が使えることを再確認できた、というだけで充分だ。

一度戻ろうかと思ったのだが。

まだ仕事があると言う。

流石に私が苛立っているのを悟ったか。

ついてきている三人の上級鬼が、顔色を変えた。まあ顔色が変わるというのも、実際には少し違うが。まあ怯えた。

「まだあるのか」

「スツルーツ様がせっかくおいでいただいたので、一気に片付けたいことが多く。 中枢管理システムからも、連絡を受けておりまして」

「仕方が無いな」

中枢管理システムの指示なら仕方が無いか。

それにしても、面倒くさい。

すぐに次の仕事場に案内するように言うと。

上級鬼達は、ほっとしたようだった。

それにしても、である。

破壊神の手が必要なら、日頃から喚び出せばいいものを。こっちは中枢管理システムの手伝いばかりで暇なのだ。

情報を食って強くはなっているけれど。

それはそれ。

私に取って大事なのは。

神としての責務を果たすこと。

そもそも私は、魂の海から生まれたタイプの生粋の神。亡者から鬼へ。鬼が力を伸ばして神へ、という道筋をたどったタイプでは無い。つまり生まれたときからの生粋の神である。

だからこそ、神としての責務を果たさなければならないと常に思っているし。

そうしたいという責任感も持ち合わせている。

だが、たまに呼びだしたと思えば。

上級が手を合わせれば出来るような仕事ばかり。

これでは、虫干し以上の事は出来ない。むしろ腕がさび付く。

何より、もっと刺激的な仕事は無いのか。

堕天した神を倒せとか。

堕天した鬼の群れを滅ぼせとか。

古い時代はあったのだ。

前の宇宙では、何度もこういった戦闘タイプの仕事があった。そして私は嬉々として戦った。

破壊の神は、戦いを好むことが多いが。

私も例外では無い。

今やっているのは、本当の意味での破壊でしかなく。

意思を持った相手との、決死のやりとりではない。

こんな仕事しかないのに、たまに引っ張り出されたと思ったら、延々とどうでも良い仕事をさせられる。

これでは、破壊神として存在している意味がない。

げんなりしている私は。

更に三つの仕事を片付けてから。

中枢管理システムに戻る。

神々の手は、出来るだけ借りない。

それが現在のあの世の方針だ。

あの世での争いをそもそも無くすには。

圧倒的な力を持つ神々が、我を張り合うのでは無く。

極めて優れた管理システムである、中枢管理システムのパーツとなって。たまに必要な時だけ仕事をする。

そうしないと。

今までの、争いに満ちていて。

神々の気まぐれで、一瞬で星系が消し飛ぶような悲劇が起きていた、ビッグバン前の時代と同じになってしまう。

それは分かる。

分かるのだが。

中枢管理システムは、外から見ると、万華鏡のよう。

その深部に。

私達神々の居場所がある。それぞれが気に入った自分用の空間を作っているのだが。私の場合は、緑溢れる草原と。其処に流れる美しい小川。

その中心に、石で出来たベッドがあり。

私はいつも其処で眠るようにして過ごしている。

私がいるというだけで、中枢管理システムは、処理速度を向上させるために私にアクセスしてくるし。

逆に私は、中枢管理システムから情報を受け取って、それを食う。

だから此処は。

美しい草原と、其処に眠っている子供に見せかけて。

実際には膨大な情報が飛び交い。

そして私は寝ながらにして強くなり。

ついでに寝ながら宇宙最大の量子コンピュータ複合システムの処理手伝いをしているという、カオス空間なのである。

だからその辺に揺れている青々とした草も。

其処に流れている小川も。

其処に住んでいる魚も。

何もかもが偽物。

私が単純に、人間の記憶をベースに作った、「今そういう場所にいたい気分」を反映した空間で。

一種のバーチャルリアリティだ。

そしてそれによって誰かが困る事も無いし。

誰かがこの空間に介入することも無い。

それで良いのである。

何か問題があるだろうか。

あくびをしながら、ようやく終わった仕事を一瞬だけ思い出すが。面倒くさくなって、休む事にする。

いわゆる涅槃の姿勢でくつろいでいると。

不意に目の前に立体映像が浮かぶ。

中枢管理システムからだ。

だから、浮かんだ映像は、文字の羅列で作られていた。それが、機械的な音声を発する。

「スツルーツ様」

「なんだ。 仕事が終わったばかりであろうが」

「それが、面倒な事態が起きています」

「なんだ、別の宇宙から侵略者でも来たか」

だとしたら楽しいのだが。

実際には、宇宙と宇宙の間には、本物の「無」が存在していて。

これを突破出来る存在は、今の時点で確認されていない。

宇宙の構造を保存して、ビッグバンを耐え抜くことが可能な神々でさえ。空間に穴を開けて、別の宇宙に行く事は出来ないのだ。

平行世界の宇宙に行く事は簡単だが。

別の宇宙に行く事は、それとは桁外れの難事なのである。

「いえ、流石にそのような事は」

「ではなんだ。 余は忙しいのだが」

「此方をご覧ください」

面倒。

あくびをしながらそれを見る。

どうやら、星間文明同士が接触したらしい。それも、どう見ても好意的な接触ではない。

当たり前の話だが。

文化圏が違ったら、物質生命体はやっていけない。

同じ生物でさえ、文化が違うと殺し合うのだ。

別の生物で、別の文化を持っていたら。やっていけるわけがない。

ましてやそれが、宇宙は全部自分のモノ、と考えているような、滑稽なレベルの「知的生命体」であればなおさら。

生じるのは。

絶滅戦争だ。

「それで、どうすればいい。 戦争が起きないように、余が説得でもすればいいのか」

「いえ、スツルーツ様には、この星を破壊していただきたく」

指定されたのは、赤色超巨星の一つ。

まだ超新星爆発を起こすには時間が掛かるはずだが。

ただ、狙いは見えた。

現在、勢力図を見ると。二つの文明が、それぞれ主力艦隊を集結させている地点がある。つまり、その中心点で、戦闘を開始しようというのだろう。

その会戦を行おうという空間を。

まとめてX線ビームで消毒しろ、と言うわけだ。

「良いだろう。 だがそれでも、この阿呆どもは危険地帯を迂回して戦争を始めようとするだろう。 その時はどうするのだ」

「それに関しては、それぞれの星間文明に確率干渉して、政権の分裂と転覆を狙います」

「ほう」

なるほど。

よそにちょっかいを出すどころではなくす、というわけか。

私は時間を稼ぎ。

その間に煉獄での確率操作で、致命的な激突を避ける。

面白い策だ。

まあいいだろう。

退屈しのぎには丁度良い。戦いではないが、それに関係することなら、破壊神としては願ったりだ。

「たまにはこういう面白そうな仕事を廻せ」

「そうもいきません。 出来るだけ神の干渉は避けるのが、今の宇宙でのルールです」

「ふん……」

さて、出るか。

自分の部屋を出ると。

私は目的の星系に。一瞬で空間スキップを果たしていた。

 

1、破壊神の優雅な生活

 

一口に神々と言っても、その存在は早い話が、究極にまで成長した鬼である。私にしてもそうだ。

魂の海から生まれたと言っても。

結局の所、元々鬼である事に代わりは無いのだ。

だから、今の圧倒的な力を得ていても。

あの世から、世界をよくするために動く、という目的は、覆さない。神々の合意で決めたことだから、である。

実際問題、私も確かに前のビッグバン宇宙までの世界は、あまり好ましいものだとは思っていない。

神々同士での戦いが全く無い今の世界はそれはそれで暇だが。

しかしながら、今の宇宙が歴代に無いほど安定しているのも、また事実なのだ。

私は破壊の神だが。

それでも、何もかもが残らない世界は、それはそれで好きでは無い。

破壊し尽くしたら。

精神生命体にとって生命線である、情報までもが消えてしまうのだから。

世界をよくする。

抽象的な言葉であるが。それまで争っていた神々が、停戦に同意したのには、当然理由がある。

食糧が尽きたからだ。

精神生命体にとっては、情報が何よりの食糧となり。

無ければ力もでない。

多くの破壊を経て、これではまずいと、どの神々も理解するに至って。

次のビッグバンからは、無意味な争いを止め。

物質生命を可能な限り見守りながら。

情報を増やしていこう。

そういう協定が、滅ぶ寸前の宇宙で結ばれた。

とはいっても、その頃にはもはや宇宙は既に荒廃しきっていて。知的生命体など存在せず。

新しい情報を得る手段も無く。

どの神々も、賛成せざるを得ない、という状況だったのだが。

実際問題、私より好戦的な神も存在するのだけれど。

そいつらでさえも。

疲弊しきった宇宙には閉口していたし。

次の宇宙が来た時には。

協定を破らず。

宇宙をよくするためのシステム構築に、全力で取り組んだ。

つまり、懲りたのである。

中枢管理システムから連絡が来る。

涅槃の姿勢で休んでいた私は。

手も触れず、立体映像を操作し、目の前に持ってきた。

持ってこなくても見られるのだけれど。

これは気分の問題だ。

「スツルーツ様。 中枢管理システムの処理負荷が上がっております。 処理能力をお貸しいただきたく」

「いいぞ、好きにしろ」

「それでは接続します」

「……」

ぶつりと、嫌な音。

私そのものに、霊的物質で作られたチューブが突き刺さる。そして、中枢管理システムを司る量子コンピューターと接続し、計算の補助を始めた。

同じようにして、大半の神々が。

いつもこうして、量子コンピューターの出力向上のために力を貸している。

そしてそれが。

今の神々の役目だ。

この間のように、外に出て力を振るうのは、本当に最終手段。まあ此方としても、娯楽の手段はいくらでもある。

感覚の共有。

アーカイブから、様々な物質生命体が享受した感覚をダウンロードする。

その後は、インストールして、自分で味わう。

あらゆる快感が思いのままだ。

アーカイブはあらゆる物質生命体の感覚を網羅しているから。それこそその道の究極ともいえる達人の感覚も味わえる。

結局世に出なかった、天才的芸術家の渾身の作品。

何らかの理由で失われてしまったもの。

そういったものも、アーカイブには登録されている。

元々平均的な人間からは理解されがたい天才。

その家族は、天才を厄介で面倒な存在、くらいにしか考えていないケースが多く。死ぬと財産を二束三文で売りさばいてしまうケースが珍しくない。

その結果、世紀の傑作が世に出ることも無く。

何世紀もゴミの山に埋もれてしまう事は珍しくも無いのだ。

今聞いているのも、そういった傑作音楽の一つ。

地球の文明に存在した、音楽家。モーツアルトが、世に出さずに死んだ名曲の一つである。

モーツアルトは家庭の問題を抱えており。

周囲にはろくでもない人間が無数に集っていた。

悪妻として有名だった妻は。

夫を金づるとしか考えていなかった。

今で言う、ATM扱いという奴である。

モーツアルト自身が筋金入りの変わり者、という事もあって。

妻との仲は最悪。

モーツアルトの稼ぎは、妻の放蕩に殆ど消え。

その傑作も。

二束三文で売り飛ばされることが珍しくなかった。

今聞いているのは。

そうしてこの世から姿を消してしまった名曲の一つ。

価値を理解出来ない愚かな人間達にとっては、小銭に変えられればそれでいい、程度の代物だが。

何とも素晴らしい。

愚かしいクズ共にはもったいなさ過ぎる曲だ。

しばらくして。

中枢管理システムから連絡がある。

「処理の補助、有難うございました。 個別で此方のデータの処理をお願いいたします」

「ん」

膨大なデータが送られてくる。

ある恒星系の運行についての情報だが。これが十億年後にどうなるかのシミュレーションを、1000京パターン出して欲しいというのである。

勿論恒星系の運行には、他の恒星系や。何よりその恒星系が所属している銀河そのものの重力なども影響する。

関連するデータを全て取り込んだ後。

私はシミュレーションを開始。

すぐに結論を出すと。

中枢管理システムに送り返した。

それからも、私が音楽を楽しんでいる間に。

処理の手伝いやら。

情報の処理やら。

色々仕事を押しつけられる。

やがて、素晴らしい音楽も終わる。

次は何を聞こう。

そう思って、アーカイブを開いた私に。

また無粋に、中枢管理システムが話を振ってきた。

舌打ちが出る。

面倒くさいやつである。

「なんだ」

「お楽しみの所申し訳ありません。 確率操作について、計算の支援をお願いいたします」「私以外の神ではダメなのか。 さっきからあまりにも多いような気がするのだが」

「もうしわけございません。 今、大きなトラブルが発生しておりまして、複数の神がそれに対応中です」

ああもう。

涅槃の姿勢を崩して、胡座を組むと。

霊的物質で作られたチューブを体に突き刺す。

そして計算を補助するが。

これは地球の確率操作ではないか。

この間、私と同格の神である維持神カルマルゲルアが、これについての話を振ってきた。別の神が、地球の状況が悪くなりすぎたので、てこ入れをしたとか。

その結果、状況は改善したが。

まだ混乱は改善しきっておらず。

色々な問題が残っていて。この間などは、地球でもトップクラスの頭脳が30人以上、テロに巻き込まれて死んだという。

確率操作は、この地球で。

今後神々がてこ入れしなくても、星間文明を構築できるようにするには、どうしたら良いか。

つまり、神が出張らなくても。

煉獄で確率操作をするだけで、地球をどうにかしたい、というのである。

実際問題、知的生命体にまで成長する物質生命は貴重だ。文明というものが、そもそも構築されるまでに相当な手間暇が掛かる上。

其処まで行かずに滅びてしまう生物の方が圧倒的に多い。

そもそも生物が発生する星さえ希なのだ。

そういう意味では。

地球に対して、色々とてこ入れをしなければならないのも、仕方がない事である。其処に住んでいる人間共が、如何に愚かだとしてもだ。

処理に協力している内に。

アーカイブからゲームを引っ張り出す。

いわゆる落ちゲーである。

四つ同じ色のブロックを揃えて消していくもので。

地球では傑作として知られる落ちゲーだが。

私くらいの処理速度になると。

処理能力を、本来の25万倍にしても遅すぎるくらいである。

当然元々のプログラムでは対応出来ないので。

アーカイブから入手した後。

私に丁度良いレベルに調整。

黙々淡々と、連鎖消しを続ける。

「計算終わりました」

「そうか。 では後はテキトウに量子コンピュータの性能向上支援をすればいいな」

「お手数をお掛けします。 しばらくは、忙しくなるかと思われます」

「なんださっきから! まだ忙しいとはどういうことだ!」

流石に私もぶちりと来た。

周囲の空間が揺れる。

穏やかだった草原の空が、一気に朱に染まり。

川が沸騰し、一瞬で蒸発した。

私が作り出した空間だ。

一種のヴァーチャルリアリティとは言え。

私がキレれば一瞬で地獄に変わる。

立ち上がった私は、中枢管理システムに、情報の開示を要求。少し悩んだ後、中枢管理システムは、情報を寄越してきた。

どうやら、少し前に。

色々な作用から、特大の反物質で形成された惑星が、動き出したというのである。

それも、現在宇宙に存在する、もっとも巨大な星間文明に、である。

この惑星そのものが反物質で構成されている上に。

何かの悪意を持っているとしか思えない動きで、星間文明に向かっているとか。

しかも光を吸収する性質まで備えているため。

星間文明の方では気づけていない。

相手が惑星サイズで。

重力的にも周囲にそれほど強力な影響を与えないこと。

速度が光速の27パーセントと異常すぎること。

これらも理由の一つだ。

いうまでもないが、反物質は物質と反応して、純粋なエネルギーに変化する。このエネルギー量が尋常では無く。

惑星サイズの反物質となると。

最悪の場合、複数の星系に渡って存在している星間文明が、根こそぎこの世から消え去ることだろう。

今、何柱かの神々。

それもトップエースクラスが出張って対応をしているらしく。

不規則な動きをしているこの反物質惑星に対し。

消去するための対策をしているとか。

具体的には、そのままエネルギー化して。

星間文明が存在しない方向に、エネルギーの流れを造り。

何もかも無かったことにするつもりのようだ。

だが、反物質のサイズがサイズである。

下手な処置をすると。

衝撃波やら何やらで、後でとんでも無い影響が出かねないし。

超新星爆発の比では無い火力で、周囲に悪影響を及ぼす。

無理矢理押さえ込むのはまずい。

爆縮を繰り返したあげく。

更に火力を増したり。

とんでもない凶悪サイズのブラックホールに変化したり。

或いはその超熱量が、空間に何かしらの悪影響を与える可能性がある。

宇宙が崩壊する時は。

基本的に空間そのものに致命的なダメージが入り。

そこが基点になって、崩壊と収縮が始まる。

それを引き起こしかねない代物なのだ。

最悪の場合、銀河を崩壊させるレベルの破滅を引き起こす。

そういう計算も出ているという。

腰を上げる。

「余が出向く」

「スツルーツ様、腰をお下ろしください。 既に優れた力を持つ神が、三柱も出向いております」

「中枢管理システムの処理能力が追いつかなくなると言いたいか」

「その通りにございます」

正直だが。

故に頭に来る。

「たわけ。 普段からもっと積極的に処理能力を上げておかないからだ」

いずれにしても、確かに私より格上の神々が出向いているのは事実だ。私が出向いても、仕方が無いとは言える。

やむを得ない。

しばらくはこのポンコツの手伝いをするしか無いか。

一旦、周囲の空間を元に戻す。

そして私は、中枢管理システムの支援を続けながら。

その後の進展を見守った。

 

宇宙を転げ回っていた破滅の星は、どうにか処理が終わった。

エネルギー化しつつ、超熱量を周囲に逃がし。計算しながら、ブラックホールなどに送り込む。

惑星クラスの反物質の塊だ。

その作業も、十数回に分けて行い。

一度ずつの手間も、非常に大変だった。

その間。

私は、宇宙でも三指に入る神々が抜けた穴を埋め続けなければならず。

ずっと中枢管理システムから飛んでくる七面倒くさい指示を受けながら。

対応を続けなければならなかった。

「スツルーツ様」

「今度はなんだ」

「これより、三柱の神々が帰還します。 それにあわせて、情報の共有と処理を行いますので、他の作業をお控えいただきたく」

「分かった分かった」

アーカイブを停止。

遊んでいたゲームをストップする。

しばしして。

ズドンと、もの凄い衝撃が。私が腹に刺している霊的物質のチューブから流れ込んできた。

何しろ、反物質惑星を破壊したときのエネルギーである。

その情報量は凄まじい。

エサもあまりにも多すぎると、腹をこわす。

我々神々でも。

それに例外は無い。

多分、一気に量子コンピュータに流し込むと、パンクするという判断から。まずは神々に情報を分割して流入させ。

その後に、量子コンピュータで情報処理を並列実行するつもりなのだろう。

だが、それにしても。

凄まじい情報だ。

吐きそうになるが。

どうにか耐える。

しばしして、私は。

どうにか精神的な体勢を立て直した。

「第二波来ます」

「!」

まだ来るのか。

ズドンと、凄まじい強烈な圧力。

第一波と殆ど変わりが無い、凄まじさだ。

しばらく悶絶していた私だけれど。

ほどなく、なんとか体勢を立て直す。

これはきついが。

しかし、耐え抜けないほどでは無い。ビッグバンの時などは、もっと凄まじい負荷が掛かるものなのだ。

鬼達は専用のシェルターに入るが。

神々はそうもいかない。

前の宇宙からの遺産である情報構造体や、シェルターそのものを守るために、体を張らなければならないからだ。

だが、それが痛くないかと言えば、ノーである。

普通に痛い。

しばしして、第三波到来。

周囲の空間が歪む。

無言になって痛みに耐えていると。

ようやく中枢管理システムから、連絡が来た。

「情報の受諾完了。 此方に少しずつ情報を転送してください」

「勝手な事をほざきおる」

「お願いいたします」

「分かっておる! 少し待て!」

チューブを通して、膨大な情報を量子コンピュータに流すが。中枢管理システムの、宇宙最大の量子コンピュータ並列接続システムでも、やはり処理しきれないらしい。情報のボトルネックが盛大に発生して、あまりの遅さに私もうんざりした。

だが、それも、数秒で大人しくなる。

神々にとっての数秒は、非常に長い時間なのだが。

それでもボトルネックが解消されれば。

すぐに情報は、スムーズに流れていった。

嘆息。

これでやっと一段落か。

涅槃の姿勢に戻る。

「しばらく休むぞ」

「処理の支援については、必要になったら声をお掛けします」

「勝手にせい」

「それでは、ご協力有難うございました」

私は目を閉じると。

リラクゼーションプログラムを起動。

寝ることにした。

 

神々も夢を見る。

正確には、リラクゼーションプログラムで、擬似的に眠る。上級鬼までは本当に眠るのだが。

神々は、もはや精神生命体として完成体に近く。

眠るという事がそもそも出来ないのだ。

不便な話だが。

リラクゼーションプログラムを利用して、擬似的に眠る、という状況を作り出さなければならない。

ただ、私は。

娯楽としての眠りが好きなので。

これに関しては、リラクゼーションプログラムを使おうが使うまいが、どうでも良かったが。

夢についても、内容をある程度指定可能だ。

最近気に入っているのは。

人間の一生である。

色々な星の物質生命体の一生をたどることで。

力なきものがどうやって生きていくのかを、見る。

勿論干渉はしない。

どれだけ不幸な目に会おうが。

都合が良い人生を送ろうが。

それは他人のモノだ。

しばし、色々とおもしろみが無い男の人生を見て。そして目を覚ます。

本当に面白くない人生だった。

というか、これは私の感想では無い。

本人が最後にそう思ったのだ。

そこそこに整った周辺環境。

問題があまり起きない人生。

それでいいではないかと思うのだけれども。

実際に体験してみると。

山も谷もなく。

何ら起伏の無い。ただ淡々とこなして行くだけの人生。

仕事も非常におもしろみが無く、誰でも出来るような仕事を、定年までこなして。定年になってからは体も一気に衰え。

老人ホームに入って二年で死んだ。

何もかもが思い通りに行かない人生でもあって。

何かが好きというと周囲全員から気持ち悪いと言われ。その結果、何が好き、というのを表に一切出せなくなった。

気持ち悪いと感じた相手の、全人権、全尊厳を否定して良い。

そう考えている人間が周囲に多かった事が。

彼が一切本音を出せず。

そしてそれが故に。「真面目で仕事熱心」と考えられる要因となった。

だがそれは、人間性の否定以外のなんだというのだろう。

更に周囲は。

自分たちの罪は一切認識しておらず。気持ち悪いものを否定し、殺す事を何とも思っていなかった。

自分たちが一人の人間の尊厳を潰し。

圧殺したことに。

気付いてさえいなかった。

だから物質生命体は嫌なんだよ。

舌打ちすると、目を覚ます。当たりの人生もあるが、外れの人生もある。夢を使って人生を追体験するこの仕組みは。

他の神が作って、私も面白半分ではじめてみたのだが。

外れを引くと、このように強烈な不快感を覚える。

物質生命はどうしても未成熟だ。

限りある命だから尊い。それは別に良いだろう。だが、未成熟である事を全面肯定するのはどうなのか。

その未成熟の影で、踏みつぶされるもののことは無視して、無責任な人間賛歌を垂れ流す輩を、私は嫌悪する。

だが、神々は物質生命に可能な限り干渉してはいけない。

本当に文明崩壊レベルの出来事が起きるまで、手を触れることは許されないのだ。

過去の惨劇の数々が、その不文律を作り出した。神々が感情のまま介入を続けると、其処には地獄が顕現してしまう。

だから、抑えろ感情を。

私も、見ていたでは無いか。無数の悲劇を。

イライラしていると、周囲にカゲロウが出来る。

私の空間は。私の感情にも影響を受ける。

ましてや私は破壊神。宇宙でも上位に入ってくる戦闘力と処理能力を持つ精神生命体だ。

私が作った空間で、どのような影響が出るか何て、わざわざいうまでもないだろう。

舌打ちして、アーカイブを開いて、状況を確認。

空間を調整すると。また、しばらくぼんやりして過ごすことにした。

どのみち、私がするべき事は。

中枢管理システムの、処理支援だけなのだから。

 

2、神の遊楽

 

大事件が発生した。

それはすぐに分かった。

ぼんやりとしていた私だけれど。中枢管理システムの負荷がぐんと上がったからである。それも尋常では無いレベルで。

ひょっとすると、何か声が掛かるかも知れない。

そう思っていたら。

案の定だった。

「スツルーツ様。 仕事をご依頼したく」

「何か」

「実は、ある星間文明が、寿命を迎えました」

ああ、そういえばそんな話があったか。

世界をよくする。

その大前提で、動かしてきたこの宇宙だが。

それでも、命数を使い果たす文明はどうしても出てきてしまう。どれだけ努力しても、無駄なケースはある。

生物としての寿命を使い果たすか。

それとも愚かにも自分たちを全肯定したあげくに破滅の時を迎えるか。

破滅の方法は様々だけれども。

いずれにしても、滅ぶときは滅ぶのだ。

今問題になっている文明は、比較的最初期に出来た文明の一つ。なんとかかろうじて今まで保っていたのだけれども。

文明の担い手である物質生命が、生命として極限まで劣化。

AIに事実上文明を乗っ取られ。

生物としては何も産み出さず。

建設的に宇宙に関与することも無く。

挙げ句の果てに、勝手に作り出した建設作業機械類が、他の星系を食い荒らして資源化する有様だった。

この状況は問題視されていたが。

この間、ついに残っていた最後の物質生命が死亡。

AIは所詮AI。

いもしない物質生命のために、他の星系に対して資源を食い荒らすための機械軍団を送り込んでおり。

コレの対処が問題になっていた。

ちなみに、あの世に来る亡者については、さほど問題視はされていない。

というのも、全盛期から物質生命の数は減る一方で。

最後の一人も、処理し終えたからである。

むしろ転生先の確保が大変なくらいだ。

「滅びた大樹を斬り倒せ、というわけか」

「仰せのままに」

「よかろう」

腰を上げる。

破壊神の本領発揮だ。

現在、七つもの星系が、この文明の残骸によって食い荒らされている状況で。それらの中には、物質生命が誕生しうるものもある。

看過できる状態ではない。

前は、まだ物質生命が存在していたし。

何よりも、AIがその生命のために物資確保を、慎ましい規模で行っていたから、看過もしていたのだが。

もはやそうする理由も失せた。

すぐに出撃する。

まずは、敵の先遣隊を叩く。

空間スキップして、宇宙空間に出る。現在進行形で侵略されている七つの星系は後回しである。

まずは、最初に、侵略される前の星系を守る。

その星系のカイパーベルト辺縁に空間スキップ完了すると。

無数の圧迫的な光点が、何も無い宇宙空間に点り始めていた。

ワープアウトして来ている無数の機械群。

巨大な輸送艦を中心とした艦隊で。

この艦隊一つで、生半可な星間文明など、一夜にして滅ぼせてしまうほどのテクノロジーの集積体だ。

此奴らのテクノロジーについては、収集も終わっているし。

もはやゾンビ艦隊とでもいうべきだろう。

この世に存在しても。

害を為すだけの代物に過ぎない。

「失せよ」

空間圧縮。

そのまま、握りつぶすようにして。

全てを破壊し尽くす。

どれだけのテクノロジーだろうが、破壊神の力の前には関係無い。

星間文明を一夜にして滅ぼす宇宙艦隊が。

一瞬にして、圧縮されたゴミクズと化すのは。おぞましいまでの有様だが。

前の宇宙までは。

感情的に相手を嫌った神が。

気に入らない文明に対して、これと同等の力を振るって、何ら罪悪感も覚えていなかったのである。

勿論今の艦隊は。

全てが無人。

AI制御の蝗の群れだ。

「続いて敵の主星を叩く」

「流石にございます」

「他の部隊は」

「現在、七つの星系それぞれに、合計三十名の上級鬼が展開。 資源を略奪している星間文明のゾンビ艦隊を処理中です」

まあ働いているのなら良いだろう。

私は空間スキップすると。

もはや食い荒らしたリンゴのような有様になっている、文明の残骸の上に出た。

星そのものがもはや殆ど残っていない。

主星は核まで露出していて。

衛星軌道上に、わずかなコロニーがあるだけだ。

そのコロニーも、中に生命はいない。

命数を使い果たすというのは哀れなものだと私は思ったが。

これも煉獄で確率を調整して。

可能な限り命数を延ばした結末だと思うと、何だかもの悲しい。

諸行無常そのものだ。

迎撃の艦隊などない。

というよりも、此方を認識出来ない。

私が振るっているのは、文字通り宇宙の力そのもの。情報というのはそういうものだ。つまり、天災がそのまま発生しているようなもの。

破壊の神の鉄槌は。

そのまま、死した文明を粉砕する。

手を握りこむだけで。

死した文明と。

食い尽くされた星は。

まとめて圧縮され。

ゴミと化した。

その周辺を漂っている艦隊もろとも、である。

そのまま、この星系の他の星も、全てまとめて処理していく。

超新星爆発を起こしてしまう手もあるのだけれど。

それだと、他の星系に被害が出る可能性がある。

この星系そのものは、処理を終えれば、また新しい生命体が発生する可能性があるのだし、リサイクルする。

ただし、滅び去った文明は、周囲に害を為している以上、処分する。

今ので、主星のマザーコンピュータが滅び。

他の星の予備システムに切り替わろうとしたが。

それさえ許さない。

次々に、他の星系からも、処理が終了したという連絡が来る。

そして、上級鬼達が、次々に空間スキップして来た。

「状況を共有する」

「了解いたしました」

私が手をかざすと。

様々な姿をしている上級鬼から、情報を一気に吸い出す。

とはいっても、力を吸収するとか。相手を食うとか、そういう事では無い。

情報は吸ってもなくならない。

勿論上級鬼達も、私から情報を受け取る。

共有化するだけだ。

この時点で、情報の共有化は完了。

私は腕組みすると、一度中枢管理システムにアクセスした。

「死した文明の処理は完了した。 ゾンビ化して稼働していた資源の収穫システムは全て排除完了。 稼働していた文明も、全て消去した」

「素早い対応流石にございます。 すぐに次の対応を開始します」

圧縮したゴミクズを。

再資源化して、それぞれの惑星などに再配布するという。

例えば、宇宙艦隊などは、丸ごと分解して、それぞれの星に配布することで、相当な量の資源になる。

即時で対応開始。

上級鬼達と手分けして。

物資の分解と。

それぞれの惑星への再配布を開始する。

勿論再配布後、いきなり生物が誕生するわけでは無い。特に文明の主星は、核が露出するほどの悲惨な状態なのだ。

そのため、まずは資源を戻した後、熱球状態にする。

熱球状態から落ち着いたら。

その内に、また生命が誕生する可能性が生じてくるだろう。

恒星の寿命はまだまだあるし。

その可能性は、否定出来ない。

ただ、熱球状態が落ち着くまで、数億年は掛かるが。

それはまあ仕方が無い事だ。

作業は黙々淡々と進め。

上級鬼達を、手伝って、星系の星を一つずつ戻して廻る。

文明が、滅びた。

それは悲劇だが。

問題は、後始末。

これほど大規模な、滅びた文明の後始末は、実は私も初めてだ。

古い時代、気に入らない文明を粉々にする神々はいたが。その神々は、粉々にした星や星系を、元に戻す訳でも無かった。

今は、新しい文明が生まれる可能性を信じて。

何もかもが死に絶え。

ゾンビ化した機械達が、周囲を食い荒らしている文明を全て消去し。

そして次に期待するという。

建設的な破壊だ。

そういえば、文明が発生すると、道徳の基幹となる神話をもたらすのだが。

破壊と創造の神は必ず神話にいる。

私は破壊の神だが。

本来はこういう仕事をするべきなのかもしれない。

だとすると、滑稽だ。

多分神々が宇宙に出現して以降。

初めて私が、こういう、破壊と創造に関する仕事をした神なのだから。

処理が一通り終わる。

一通り資源は元に戻し。

あまりにも酷く食い荒らされた星は、全て熱球状態に戻した。

いずれもが、時間を掛けて元に戻っていくことだろう。

害しか為さない文明の残骸は全て滅び去り。

そして、この近辺の宇宙に平穏が戻ったことになる。

上級鬼達は解散。

私も、仕事が終わったので、戻って良いと中枢管理システムに言われたが。適当に戻ると返して。

しばし宇宙空間に留まった。

この文明出身の鬼も、結構な数がいる。

私も知っている。

その者達は、どんな気分だっただろう。

自分たちの文明が。

死に絶えたあげく。

ほかの星系に侵略しては、資源を略奪する蝗同然の存在に堕してしまった事実を見ていて。

苦しかっただろうか。

これでも、宇宙で最古参の文明の一つ。

最盛期には、1000億を超える人口を有し。

多くの星系に武威を示し。

優れた文化を産み出し続けていたのだ。

それらの文化や技術は、あの世のアーカイブに保存されているが。

それでもなお、物質世界から滅び去ったという事については、変わりが無い。何だか、無惨だ。

ぼんやりしていると。

中枢管理システムから呼びかけがあった。

「何か問題が生じていますか」

「いいや。 余も感慨にふける事がある。 それだけよ」

「分かりました。 しばらくは中枢管理システムの処理も、負荷が増大します。 出来るだけ早くお戻りください」

「冷血AIが」

舌打ちするが。

相手には、皮肉も嫌みも通じなかった。

まあそれはそうだろう。

神々は、中枢管理システムに対して、処理能力を貸しているだけ。中枢管理システムそのものは、どれだけ凄かろうと、量子コンピュータに搭載されたAIに過ぎないのだから。此奴らには、情だとか風情だとか、そんなものはない。

最後に、熱球状態にした滅びし文明の残骸を見ると。

私は、自室に空間スキップした。

そのまま中枢管理システムに接続すると。

うっと思わず呻く。

凄まじい処理負荷が来たからである。

なるほど。

どうやら今の文明の滅亡の過程は、他の星間文明も観測していたらしい。

一瞬にして消滅した事を、調査している様子だ。

まあ調査したところで、何も出ない。

一瞬にして消えた。

その事実があるだけだ。

古参の文明の中には、あの世の秘密に迫ろうとしているものもある。それらにとっては、この出来事は重要な情報になるだろう。

もみ消しが大変である。

それでこの処理負荷か。

うんざりして私はアーカイブを起動。

情報のやりとりを見るが。

どうやらあの世の鬼達の中でも。

あの滅びた文明出身者達は、動揺している者が多いようだった。

それはそうだ。

しばらくは、精神病院が満員御礼だろう。

ただ、元々あの世の精神病院は大変に忙しい。こればかりは、仕方が無いとも言える。

私は目を閉じると。

自分なりのやり方で。

滅び去った文明に対して、黙祷した。

 

しばらく処理負荷の増大で、気分が悪かったが。

それもしばしすると落ち着いてきた。

私は不快感を引きずりながらも、ベッドで涅槃の姿勢を取ると。

アーカイブを開いて、幾つかの情報を見る。

擬似的に、あの文明の最盛期を再構成してみようかなと思ったからである。

勿論、私が持っている独自の空間に、だが。

それも一種の立体映像で、である。

再構成は完了。

すぐに文明の最盛期が、其処に再構築された。

命数を使い果たしていない物質生命。

何度かがたつきながらも、注意深い確率操作によって、宇宙に出る事に成功。

コロニーを作り。

様々な文化を発展させ。

多くの芸術を産みだし。

そして、人口を増やしていった。

進んだ政治的システムを導入。社会的な矛盾を多く解決し。

その繁栄は永遠に続くかとも思われた。

ウルトラテクノロジーの数々は、他の文明との交易さえ可能にし。

最盛期にはブラックホールを資源にするにまで至った。

だが、気付いたときには。

子供が生まれなくなっていた。

生物として、極限まで劣化してしまったからだ。

慌てたときにはもはや遅い。

生活の大半をロボットに頼るようになり。

判断までを、全てAIに任せるようになり。

何一つ自分では動かさず。

動く事さえ出来ず。

ただ生存するだけの肉になり果てた物質生命に、未来などある訳も無かった。

滅びの手は、間近に迫っていた。

文明はどんどん縮小していき。

殆どの領土が放棄された。

右肩下がりに減っていく人口。

それもそうだろう。

どれだけAIが計算しようが。

機械が苦心しようが。

生物としての劣化は、どうしようもない。元々、あまりにも無理がありすぎる状態で、無理矢理繁栄を維持していた、という事も、この頃には目立ちはじめていた。

気がつくと。

主星のコロニーにしか物質生命は存在しなくなり。

その数も十億を割り。

更に億を割り込んだ頃には。

主星も食い荒らし尽くし。コアだけが残っていた。

それでも甲斐甲斐しくAIと機械達は、文明のために尽くした。人口が増えたときのために備えて、資源を確保するために。

蝗と化した収穫のための艦隊を。

無人の星系に送り込んだのだ。

だが、それは延命処置にさえならなかった。

最後の命が消えた時。

もはや暴走するAIを止める手段は存在しなくなり。

機械類も。

存在しない主人のために。

何ら意味のない破壊と略奪を繰り返す、ゾンビの軍団と化してしまっていた。

しばらくその様子を見ていると。

諸行無常そのものだとしか言葉に出来ない。

神々でさえ。

争いあい、殺し合った。

物質生命は所詮物質生命。

どれだけ努力しても、どうしても寿命が生じる。生物としての寿命が尽きてしまったときには。

このようにして。痕跡を消し去るしか無い。

痕跡が無害な場合はいい。

今回の場合。

痕跡が、文字通りの宇宙蝗だった。

だから滅ぼさなければならなかった。

分かっていても、悲しい事だが。

こればかりは仕方が無い。どうしようもない事だったと分かっていても、心苦しかった。

映像を切る。

ざっと情報のやりとりを見る。

鬼は基本的に、他の鬼と距離を置く傾向が強い。良くも悪くも、あの世での鬼同士の関係はとてもドライだ。

だが今回ばかりは。

かなり盛んに情報が行き交っているようだ。

プライバシーがあるから、具体的なやりとりまでは見ない。

ただSNSには登録しているし。

其処では、活発な話し合いがされているのを確認できる。

やはり滅びた文明出身の鬼達は。

皆、ショックを隠せないようだった。

「スツルーツ様が、一瞬で収穫のために出ていた艦隊を滅ぼしたらしいです。 確かに害にしかならない存在に落ちてはいたが、ショックですね」

「主星の方も、今は熱球状態だそうです。 コロニーには生存者もいないし、暴走したAIは止めようが無かったとは言え、苦しいですね」

「主星は核が露出するような状態だったようですし、熱球状態に戻すしか、もはや手は無かったのでしょうね。 宇宙でも最古参の文明の末路としては哀れです」

「計算によると、主星が冷えるまで三億年、新しく生物が誕生する確率は17パーセント前後だとか。 まだ恒星は寿命があるとは言え、高いとは言えない確率で、少し悲しいですね」

色々なやりとりを見ていると。

不意に私にメッセージを飛ばしてきた者がいた。

創造神パルメラルである。

私と対で誕生した神で。

つまり同じくらいの時を生きている。

創造神と言っても、基本的に破壊神とその力は同じ。

単にそれぞれ好きに名乗っているだけだ。

「スツルーツ、久しぶりですね」

「貴様から連絡をしてくるとは珍しいな。 余に何用か」

「どうでしたか。 神話に出てくる破壊神としての仕事をした気分は」

「ふむ、そういえば貴様は創造神としての仕事をしているわけではないのだな」

一応、煉獄での確率調整で、生命を誕生させたりと言った事はしているパルメラルだけれども。

自身で生命を産み出している訳ではない。

そういう意味では。

私に先を越された、という事になるのかも知れない。

ちょっと滑稽だ。

「熱球状態が落ち着いて、生物が誕生しうる状態になるのは三億年後だ。 その時には出番があるだろう」

「まだしばらく先では無いですか」

「他の平行宇宙にも、似たような場所があるだろう。 今度中枢管理システムに提案してみてはどうか」

「簡単に言わないでください」

やりとりは。

上級鬼達も見ている。

見る間に既読数が跳ね上がっていった。

それはそうだろう。

私達は双子も同然の神。

しかもどちらも神々の中でも上位に食い込んでくる存在だ。

鬼以上にドライな神々同士の関係である。

これは、前の宇宙まででは、神々同士の諍いが絶えなかったからで。

意図的に距離を置くように、とそれぞれが配慮しているからである。どうしても接し続けていると、諍いになる。

そして神々同士の諍いが起きると。

最悪の事態にもなりうるのだ。

「気分としては、悪くなかった。 文明レベルでの輪廻転生を司った気分だな」

「なるほど、文明レベルの転生」

「全ての命は命数を終えた。 今度は新しい命に移り変わる番だ」

「命数を終えてしまわないように努力は続けていましたが、限界が来てしまいましたね」

悲しそうなパルメラルだが。

私には、その辺はあまり理解出来ない。

命数を使い果たせば死ぬ。

物質生命の宿命だ。

神々だって、互いに殺し合う方法はあるし。

その手段では、殺せる。

私だって、諍いが起きていた頃には、相手の神を殺した事があるし。

殺され掛けた事だってある。

そういうものだ。

「他の文明は、出来ればこのような命運をたどらせたく無いものです」

「そうだな。 時にどうして珍しくメッセージを寄越してきた」

「貴方がどう思っているか、気になっただけですよ」

つまらんことを。

会話が途切れたので、SNSも閉じる。

多分上級鬼どもも、これで会話が切れたと思っただろう。

元々あの世のSNSは、情報量もそれほど多く無い。それぞれが、アーカイブから情報を補填できるので、他の鬼とわざわざ交流しなくても良い、というのが理由としてあるからだ。

いずれにしても、これで一段落。

私は、もう一度。

文明の最盛期を再現してみようと思って。

自分の部屋の環境に。手を入れ始めた。

 

3、転生の刻

 

中枢管理システムから連絡が来る。

またか。

今度はパルメラルでも顎で使え。

そう思ったけれど。

退屈なのもまた事実だったので、通信を受ける。中枢管理システムも、私を使いやすいと判断したのか。

ここのところ、呼び出しの回数が激増していた。

迷惑極まりない話である。

「なんだ」

「お休みの所申し訳ありません。 此方をご覧ください」

「ん」

廻されてきた映像を見る。

そして、鼻を鳴らしていた。

この間、綺麗さっぱり更地にした文明の跡地。

複数の星間国家の調査部隊が来ている。

完全に消滅した文明の残り香を探しに来ているようだが、無駄だ。塵の一つに至るまで、資源に還元した。

右往左往している調査船団は滑稽でさえあったが。

私は、だからなんだと聞く。

中枢管理システムは、更に映像を切り替える。

「どうやら、人為的に熱球状態を解除して、生命を植え付けることが出来ないか、相談しているようです」

「好きなようにさせておけ」

「そうもいきません」

どうも、その相談の方向性がおかしいらしいのだ。

強引に知的生命体を発生させることで。

それを管理下に置き。

あの世の関与と。

その証拠を確保したい。

そう考えているようなのだ。

確かに、ざっと見る限り、どの調査船も、名だたる星間文明のものばかり。

この滅亡した文明の跡地では。

あまりにもおかしな出来事(私と上級鬼達による作業)が起きたばかりだし、調査船が来るまでは良い。

更に言えば、だ。

他の星間文明に対して、滅亡レベルの攻撃を仕掛けないのであれば。

他の星系に対して、ちょっかいを出す事をあの世では問題視しない。

だが、あの世の存在を燻りだそうとするのは、確かにちょっと不遜かも知れない。だが、不遜だからなんだというのか。

「それで余にどうしろと。 こやつらを滅ぼせとでもいうか」

「いえ、其処までは。 現在要監視対象として調査中です。 場合によっては動いていただくかも知れません」

「分かった分かった。 その時には声を掛けろ」

「はい」

私からしてみれば。

誰が作ろうが生命は生命。

確かに文明を文明が作り出して、それを管理しようというのは問題かも知れない。あの世でも、文明の発生には基本関与しない。

関与するのは、生物が発生する確率や、文明に進展する確率だ。

文明を自分好みに作るような事はしない。

それぞれに主体性があるべきだと考えるからだ。

文明を野蛮だと批判もしない。

様々な思想があってしかるべきと考えるからだ。

ただし、文明が滅亡しようとしたときには、てこ入れをする事もある。それも、細心の注意を払う。

文明が他の文明を滅ぼそうとしたときも、介入するときがある。

それは、やってはならないことだからだ。

よりよき宇宙にするため。

神々は動く。

そのためには、様々な星で生物が発生するべきだし。

何よりもその方法を問うべきでも無い。

発生したら平等に扱い。

文明を構築できるように、手助けはする。

それだけだ。

中枢管理システムが懸念しているのは、あの世に干渉しようと考えている物質文明が。その実験台のためだけに、文明を自分たちで作り出し、コントロールしようとしている事なのだろう。

だがそれも文明の一形態。

実験が失敗したと判断して、潰しに掛かるような事をすれば、介入すれば良い。

文明を作り出そうとするのは。

まあ勝手にやらせておけ、というのが私の意見だ。

いずれにしても、どうせ手になんか負えない。

現時点の物質生命では。

どのみち他の文明を御すること何て不可能だ。

いずれにしても、面白い事にしかならないだろう。むしろ、熱球状態をテクノロジーで手早く解消できるなら、それはそれでいい。

あの世がわざわざ手を出さなくても良いし。

三億年くらい待たなくても良いのなら、願ったりでは無いか。

中枢管理システムのリソースを割かなくても良くなるのだ。

勝手にやっておれ。

そう声を掛けたくなる。

しばし、涅槃の姿勢で、状況を見守る。

なんだかんだで。

私も状況の推移には興味があるのだ。

 

複数の星間国家は、ぎくしゃくと交渉をしながらも、なんだかんだでテクノロジーを出し合い。

熱球状態になった惑星を冷やしに掛かった。

その間のやりとりは。

全部此方に筒抜けである。

「今回の件は、ライフメーカーが関わっていると見て良さそうですな」

「それ以外にはあり得ないでしょう。 我々のテクノロジーでも手に負えない宇宙艦隊が、一瞬にして消滅するのを、複数の観測機が確認しています」

「そのテクノロジーの一端を、少しでも入手できれば……」

物質世界の高度文明が、あの世のことをライフメーカーと呼んでいるのは知っている。ただし、あの世にアクセス出来た文明は一つも存在しない。

つまり、彼らも分かっていないのだ。

あの世が、文明なのか。

それとも個人なのか。

中枢管理システムの事を考えると、個人にも思えるのだろうし。

その割りには、ムラのある対応も目につく。

だから、文明なのかも知れないとも考えるのだろう。

分からない。

だから、想像力の翼を延ばす。

それ自体は、良い事だ。

そのまま涅槃の姿勢で見ていると。

大型の工作船団が来た。

まず熱球状態になっている星を冷やす。

これはいきなりドライアイスを投入する、というような方法では無くて、熱の放出を効率よくして、表面を固めるのだ。

やり方は色々あるのだけれど。

熱は放置していても勝手に出て行く。

この勝手に出て行く熱を、加速させてやれば良い。

衛星軌道上に、ずらりと巨大な工作船団が展開し。

複数の物質を撒きはじめる。

中枢管理システムでも、そのテクノロジーは観測している。

結構な危険物質なのだが。

これによって、熱球状態の沈静化を、数万倍の速度にまで上げられる。

更に、マイクロブラックホールを利用して、惑星の時間を加速、減速もする。

これはあの世で使っている時間圧縮と似たような技術だが。

比べものにならないほど原始的だ。

見ての通り、巨大な宇宙船団がまるごと動かないと実施できない物質文明に対して。あの世では、鬼ごとに時間圧縮のテクノロジーが配布されているくらいなのである。それも、事故が起きる事は無い。

今、複数の物質文明の船団は、ぴりぴりしているはずだ。

ちょっとでも間違えば、大事故だから、である。

彼らにしてみれば、それこそ技術の粋を尽くした、超大型プロジェクトになるわけなのだが。

此方からすれば、児戯にも満たない。

あくびをしながら見ていると。

中枢管理システムから連絡が来る。

「スツルーツ様」

「なんだ」

「介入の準備をお願いいたします」

「マイクロブラックホールの制御に失敗しそうな感じか」

肯定の言葉が返ってくる。

やれやれ、仕方が無い。

空間スキップして、マイクロブラックホールを展開している工作船団の側に出る。確かに、一つ不安定なマイクロブラックホールがある。

気付かない程度に、干渉して。

安定させる。

これで良いだろう。

すぐに部屋に戻ると。あくびをしながら、またベッドに横になる。

工作船団は安定したと判断したのか。

手動から自動へと操作を切り替え。

AI操作に変更すると。

管理していた複数の星間文明の調査船は、事故に備えてなのだろう。一度船団から距離を取った。

そんな程度の距離では、事故が起きた場合巻き込まれるのだが。

まあ警告してやる義理も無い。

涅槃の姿勢のまま見ている。

垂れ流しになっている会話を傍受しながら。

勿論彼らにしてみれば。

絶対傍受されないと自信を持っている技術を使用しているのだが。

「ライフメーカーは、何を考えているのでしょうな」

「さあ。 いずれにしても、文明の創造には関与しているようですが……」

「何を考えているにしても、あのテクノロジーは脅威です。 早く対抗手段を作り上げないと」

「そうですな。 ライフメーカーが牙を剥いたとき、あっさり滅ぼされるのだけはなんとしても阻止したい」

それは分かる。

実際ビッグバン前までの宇宙では、幾つもそういう事件があったのだ。

彼らの危惧は必ずしもおかしなものではない。

神や、それに近しい力を持つ上級鬼が。

自分が気に入らない文化を持っている、と言う理由で、星ごと滅ぼす。それが、幾度も事件として起きた。

私が生まれた時代でも数え切れないほど。

その結果。

宇宙に出られる知的生命体は皆無だった。

私の前の時代は、更に苛烈だったと聞いている

気に入らないから滅ぼす。

そういう事をするという点では、神々は極めて人間的な生物、と言っても良いのかも知れない。

どれだけ圧倒的な力を得ても。

それを思うままに振るえば。

ただの凶器になる。

神々はそれをその存在そのもので、証明していたのだ。

そして神々は、ようやく反省することが出来たし。私も今までがおかしかったことは理解している。

だから、彼ら物質生命の危惧についても。

鼻で笑い飛ばしはしない。

不敬であるとも思わない。

私個人を不快がったり。

ネガキャンをされれば流石に頭に来るが。

それでも相手を殺したりはしない。

それくらいの自制心は、持ち合わせていて当然だ。

今までの神々が持ち合わせなかったのはむしろ、自制心と言うよりも、客観的視点だったのだろう。

自分たちがどれだけ凄まじい力を持ち。

その気になれば、大量虐殺が幾らでも可能な事を。

神々はあまりにも簡単に考えすぎていた。

貴重な知的生命体や文明を。

それこそゴミのように扱ってきた。

気に入らない。

それだけで滅ぼした。

物質文明でも似たような事はしている。

だが、それは悪しき戯画であり。真似するべき事では無い。

むしろ自分たちが散々やってきたからこそ。同じ事を繰り返してはいけないと。神々はようやく今の宇宙になって理解出来たのだとも言える。

やがて、調査船団はそれぞれ解散していく。

工作船はオートで動いているので、後は勝手に任せて、様子を見るのだろう。

生命の誕生を促すのは別に構わないし、それについてどうこうするつもりは無い。生命が生命を作り出す事を、神の領分に踏み込むだとか、不遜であるとかで、罰するつもりはない。

ただ、神を気取って。

他の文明を蹂躙に掛かるようなら。

その時は、相応の処置をする。

それだけのことだ。

ぼんやりと見ていたが、どうせ工作船を展開しても、熱球状態の惑星を冷やすのには、相当な時間が掛かる。無理矢理冷やしたりすれば、惑星そのものが崩壊してしまう危険性がある。

元々コアまで食い荒らされていたような惑星だ。

無理をすれば、瓦解する。

それは工作船を展開した星間文明の連中も理解しているだろう。

見ていても仕方が無い。

監視AIは展開しておくとして。

私自身は、もう監視を打ち切る。

あくびをしながら、別のアーカイブを見ることにする。暇だし、今回の件に介入してきた星間文明が、どのような経緯で状況を確認し。

それぞれ合意に取り付け。

介入を開始したのか。

それを見ることにする。

色々な利害が調整され。

多くの血が影で流され。

いやいやながら同意にこぎ着け。

そして、合同での艦隊が派遣される。

此処までの流れを、複数の視点から見ていくと、滑稽でもあり。水に落ちてあがいている鼠のようでもあり。

見ていて、飽きなかった。

不意に、中枢管理システムから連絡が来る。

「スツルーツ様。 今回監視中の惑星の件ですが」

「如何したか」

「いっそのこと、確率操作をして、生物を再発生させることにしました。 ただし、星間文明による工作船での作業が終わった後は、介入はさせません」

「それが良いだろうな」

奢った文明は。

古き宇宙での神々と同じ暴挙に出る。

私もそれは分かっている。

「排除についてはどうする」

「それどころではない状態にします」

「悪辣よな」

「合理的と言ってください」

分かっている。

中枢管理システムはあくまで最善手を取っているだけ。悪意を持ってやっていることではないし、宇宙にとって最も良い方法を直球で選んでいるだけだ。

「それで、転生先として調整するのか」

「出来れば」

「ふむ……」

実のところ。

善行を積んでも、転生先が見つからなかったり。

命を落としても、亡者としての処理が終わらないケースはたまにある。

どれだけ苦労しても。

いきなり億人単位で死人が出るケースがあり。そういう場合は、亡者がどっとあの世に押し寄せるからだ。

時間を圧縮して、亡者の対応をするのだけれど。

しかし、知的生命体に転生することを許可できる亡者に対して。

転生先を確保できないケースはある。

そのためにも、知的生命体が生まれ得る土壌を作り出しておくことに、損は無いのである。

「分かった。 余に出来る事があれば知らせよ」

「ははっ」

「しばらく余は寝るぞ。 何があっても起きるまでは仕事を廻すな。 最近は他の神々の十倍働いた。 何かあった場合は、他の神に仕事を廻せ」

あくびをすると。

有無を言わさず全ての通信を切って。

後は中枢管理システムからの処理補助だけを残し。

リラクゼーションプログラムを動かして、無理矢理眠りに入る。

何だか色々あったし。

眠りを貪りたい気分だ。

そしてもう眠ることが出来ない以上。

機械を使って、無理矢理眠るしか無い。

神は存外に不自由で。

そして退屈な存在だ。

仕事があったら仕事があったで。

へいこらしている上級鬼に、実のところ顎で使われることになる。

今までの事が事だっただけに、仕方が無いとも言えるのだが。

たまには、こうやって。

全てを振り切って、自分の我が儘を通すのも良いかと、私は思うのだった。

 

4、矛盾の宇宙

 

薪が積み上げられていく。

私は十字架に掛けられて。そして薪に油が注がれていくのを、しらけた目で見ていた。

魔女裁判の結果だ。

追体験しているのは、ジャンヌダルクの人生。

地球における有名人の一人。

その人生は、様々な情報に彩られ。

もっともエキサイティングなものだったことから、あの世のアーカイブにも詳細に残されている。

神の声を聞いた。

実際には、単なる高ストレスによる幻覚だ。

だが、都合が良いと思われた。

故に国に利用された。

不幸だったのは、彼女に軍事的な才能が備わっていたこと、だろうか。

軍事は、絵画などの芸術と同じく、どうしても基礎的な才能がものをいう分野で。どれだけ勉強した秀才でも。何も知らない素人同然の才能を持つ相手に、破れてしまうケースがある。

ただし才能を持つ者同士ならば、当然知識がある方が勝つ。

更にジャンヌダルクは。

母国が有利になると。

用済みと判断された。

そして使い殺しも同然に消され。

更に陵辱の限りを尽くされ。

ついでに国威高揚に利用されたあげく。

聖人に祭り上げられた。

ちなみに、ジャンヌダルクそのものは、今は上級鬼に転生して、黙々淡々と中枢管理システムの運営に関わっている。

本人が地球ではあまりにも有名だと言う事で。

積極的に関わろうとする鬼も多いのだが。

本人は極めて冷淡だ。

それもそうだろう。

今、彼女の意識をトレースして、丸焼きにされる所を再現しているのだが。その時にはジャンヌダルクは。

尋問とは名ばかりの拷問によって、心身ともに陵辱され尽くされ。

あげく自身が国に売られたことも気付いていた。

神は助けになど来ない。

それも知っていた。

だから、冷え切っていたのだ。

彼女を殺したのは、フランスでもイギリスでもない。

ましてや、無茶苦茶な言いがかりをつけて、無理矢理罪をでっち上げた教会でもないのだ。

人間という生物そのもの。

それを悟ってしまったのだろう。

元々ストレスで、幻聴として神の声を聞き。

都合よく利用されたことさえ。

本人は悟ってしまっていた。

だから、もう人間に転生しようという気も起きなかったのだろう。

鬼になった。

その後も、極めて生真面目にあの世で働き続けていて。

上級鬼の中でも、かなり評価が高いという話も聞いている。

焼き殺されて、意識が途切れ。

私はリンクを切った。

死の感覚。

何度も味わったけれど。これはこれで面白い。

神だって死ぬ。

私も、格上の神と戦った時、恐怖と同時に、高揚を味わったものだ。

ひょっとして、これで死ぬ事が出来るかも知れない。

そう思うと、何処か面白かった。

破壊の神として生を受け。

魂の海から生まれ出でてからは、その役割を果たし。

そして結局の所、破壊そのものの存在として。多くの者を屠り去って行った私だが。当然消し去られるものの慟哭は聞いていた。

神々なのだから、どのように振る舞っても良い。

そういう思考回路のまま。

他の神々が、気分次第で殺戮をするのを、しらけた目でも見ていた。

おかしな話だ。

破壊の神であり。

戦いも好む私が。そんな風に、他の神を見ていたのだから。

だが、ジャンヌダルクの人生を見ていて、何となくそれについても分かる。

ぽっと調子が良い力を与えられても。

虚しいだけだ。

私は、魂の海から生まれ出て。

それに気付くまで、時間が掛からなかった。

だから今は。

退屈だし。

顎で使われるのは不愉快だし。

たまに仕事が来ても、実にくだらない内容だったとしても。

それを受け入れている。

中枢管理システムは、私がおきて、暇つぶしをしていることをめざとく察知したらしい。連絡を入れてきた。

まあ、そうだろう。

ここのところ、宇宙で色々な事件が立て続けに起きている。上位に入る神である私に、仕事も持ってきたいのだろう。

「宇宙最大のブラックホールに、崩壊の兆しが見えます」

「消滅させよと?」

「はい。 既に、内部に隠してある天国は、移動させました。 後は不安定なブラックホールが周囲に及ぼす被害を、最小限に食い止める必要があります」

「分かった。 余が出よう」

余、か。

王を示す一人称。

定向進化した知的生命体の、子供の姿を模した私が。

その一人称を使うのも滑稽ではあるが。

これに対して何か文句を言ってきた存在はいない。

すぐに出る事にする。

宇宙最大のブラックホールの側に、空間スキップして転移。兎に角非常に巨大なブラックホールは。確かに不安定になっていた。

ブラックホールは、その内蒸発してしまう。

どれだけ巨大でもそれは同じ。

蒸発の寸前、非常に不安定になると。

彼方此方に強烈なX線やらガンマ線やらをまき散らし。それが多大な被害を周囲にもたらす。

安定さえしていれば、資源にも出来る。

だが、この巨大さでは。

ちょっと放出されるものの角度がずれただけで。

星間文明が消し飛びかねないのだ。

上級鬼達が見ている中。

私は拳を握り混むと。

重力の墓場を更に圧縮。

消滅させた。

その後、分解した物資を、ゆっくり周囲に放出させる。元々膨大な物質が圧縮されているものなのだ。

消滅させるとしても。

質量そのものは処理しなければならない。

高熱のガス雲がゆっくり拡がっていくのを確認。

どの星間文明にも、悪影響は与えない。

やがてこれが、幾つかの恒星になり。

そして、恒星系が出来れば。

そこにまた新しい生命が誕生するかも知れない。

「お見事にございます」

「ライフメーカーか」

「なんでしょうか」

「この間、死んだ文明を処理しただろう。 その時、様子を見に来た他の星間文明の連中が、あの世のことそのものをそう呼んでいた」

私は破壊の神。

こうして今も、ブラックホールを破壊した。

だが、それが最終的には創造につながる。

生命の創造に、だ。

神々というのは、結局の所。

これくらいしか動かない程度で、丁度良いのかも知れない。

ジャンヌダルクの人生を見ていて。

私は感動もしなかったし。

怒ることもなかった。

あの程度の悲劇。

飽きるほど見てきたからだ。

物質文明が存在すれば、その数の何億倍、あの程度の悲劇は存在する。そしてアーカイブに全て保存されている。

物質文明ではアカシックレコードなどと呼ばれる事もあり。

高度な星間文明では、アクセスを必死に試みていたりもするが。

強烈なセキュリティで保護されている。

そのアカシックレコードから、情報を吸収し続けている私は思うのだ。

どの文明でも行う愚行を拡大したのが、神々がしてきた事だと。

「帰るぞ」

「お待ちください」

「まだ作業か」

「お察しの通りにございます」

舌打ち。

上級鬼達は震えあがるが。

「目上に対して気に入らない態度を取った」程度の事で、私は暴力を振るわない。ただ、恐れさせはする。

力の行使は、必要とあれば躊躇わない。

その圧倒的な破壊力を見ていれば。

嫌でも上級鬼達は、力の差を悟る。

怖れさせておけば良い。

侮らせると。どうせ碌な事をしないのだから。

「さっさと申せ」

「は。 宇宙最大のヴォイドが不安定化しています。 理由としては、膨大な反物質が発生して、流れ込み始めているからでして」

「ふむ、原因は」

「非常に不安定な恒星が二つ、強烈なプラズマ流を発生させていまして、それが合流したためです。 その結果、強烈な反応により、反物質が大量に生成され、今星間物質と反応して超高熱を発しながら、幾つもの銀河に悪影響を与えております」

別に私でなくても良かろうに。

まあ大体理由は想像できるが。

私以外の神々は。

私と違って、ぶちぶち文句を言いながらも、仕事をしない。

なんだかんだで、私は働き者なのかも知れない。

そう思うと。

ちょっと滑稽だった。

「良いだろう。 座標を申せ」

「どのように処理しますか」

「反物質を反転させ、熱を強制的に冷やす」

「それは、反物質を真正面からねじ伏せ、純エネルギー化した状態のものを無理矢理押さえ込むと言う事ですか」

鬼どもが戦慄する。

宇宙もビッグバンの直後は、兆度単位の熱がみちる空間だったのだ。

それを耐え抜いているのである。

私に出来ないとでも思うか。

「不服か」

「い、いえ」

「ならば黙って見ていろ」

私は不敵に微笑むと。

死の大河と化している反物質の川の側へと。

空間スキップした。

 

幾つも押しつけられた仕事を終え。

私は自室に戻ってきた。

中枢管理システムは何も言ってこない。

散々こき使ったし。

しばらくは休ませようとでも思っているのだろう。

ライフメーカーか。

多くの神に怖れられた好戦的な神である私が。そんな風に呼ばれているものの一部だというのも、ある意味滑稽だ。

だが。

それも良いかもしれない。

また、誰かの人生を見ることにする。

神々とは決定的に違っている、物質生命の短い命。

歴史的に有名な者ほど。

その人生は、主観的には後悔の塊である事が多い。

世紀の大天才と称された英雄の人生を見る。

後世からは神格化されているその英雄だけれども。実際には、人生を後悔だけで塗りつぶしていた。

口惜しかった。

実際には、自分は何もできなかった。

ただ、歴史の流れに身を任せていたら。

英雄と呼ばれるようになっていた。

誰も救えなかった。

勿論、状況は改善した。

だが、目の前で、幾つもの命が。理不尽に消えていくのを、止める事は出来なかった。どれだけ大きな力を持っていても。

せめて、私がもう少し長生きして。

国を安定させることが出来れば。

少しはマシになったのだろうか。

そう思いながら、英雄は死んでいった。

その死を、多くの人々が、影で嘲笑っていた。これで自分が好き勝手に振る舞えると、黒い笑いを湛えていた。

アーカイブの視聴を辞める。

ライフメーカー。

もう一度、その言葉を繰り返して呟く。

気に入ったが。

同時にこの言葉は、なんなのだろうと思う。

次の宇宙でも、同じ事を繰り返すのだろうか。

勿論そうだろう。

今までの宇宙に比べれば、今の宇宙はずっとマシだ。

物質文明に対しては最大限の配慮が行われているし。

神々の諍いによって、銀河ごと、場合によっては銀河団ごと消し飛ぶような事態もなくなっている。

だが、命を産み出して。

其処に本当に意味はあるのか。

疑念は消えない。

だが、何もかも破壊し尽くすよりはマシだ。

破壊の神である私が。

そのむなしさは、一番良く理解し尽くしていた。

中枢管理システムから連絡が来る。

またか。

苛立つが、まあ仕方が無いだろう。

通信を受ける。

そして、顎で使われているなと思いながら。

私は、涅槃の姿勢を崩し。立ち上がった。

 

(続)