外れてみよう理から

 

序、天才というもの

 

さて困った。

私は亡者を見て、ただそれだけを思った。

世の中には、本当の意味での天才なんて殆どいない。スペックが高い人間は幾らでもいるけれど。

天才という奴は、それとも完全にスケールが違う。

普通の人間とは根本的に思考回路から何からして異なっている。

それが故に。

天才と言われる。

安易に天才という言葉が使われることがあるが。それは現実とは著しく乖離したものだと、私は知っている。

そして、今私の前にいるそいつは。

間違いなく天才だった。

IQ実に300。

人類としては限界点に達しているレベルの頭脳の持ち主。

飄々とここに来たけれど。

そいつにはまともな理屈が絶対に通用しないと、一目で分かるのだった。こういう相手は、私が。

普通亡者に対応するのは中堅の鬼だが。

上級鬼である私が対応するようになっている。

ちなみに此奴は。

色々と非常に人格面で問題があったのだけれど。それを上回る功績を人間社会で上げているため。

転生するなら比較的優れた物件をあてがうように、と指示が出ている。

ただし、才能の持ち込みは不可能。

問題は鬼になりたいと言いだした場合だ。

此奴くらいのスペックがあると、鬼になった場合比較的短時間で出世していくケースがある。あくまで比較的で、他の鬼より十倍成長速度がある、なんて事は無いのだけれども。成長が早くなるケースがあるのは事実だ。

勿論此奴くらいの能力の鬼は他にいくらでもいるのだけれど。

色々と面倒なのだ。

幸いと言うべきか。

あの世では、鬼同士の関係性は極めて希薄。

此奴自身が他の鬼に迷惑を掛けに行かない限り、問題は起きないだろう。問題は、此奴自身が。

とてもではないが、そんな性格では無い、という事だ。

天才というのは、普通の人間とはあらゆる点で違っているものを指す。常識だとか良識だとか。

そんなものは完全に無視して生きている存在。

それが天才だ。

スペックが高すぎて、社会を維持するのに必要なものだとか。そういうものが、アホらしく見えてしまうのである。

それでいながら、普通の人間を手玉に取ることは造作も無い。

建設的に動けば、社会に莫大な利益をもたらし。

悪意をもって動けば。

下手をすると、一つや二つの国は簡単に壊滅する。

それが天才という存在である。

「それで、貴方のご希望は」

「鬼とやらになってみたいですねえ」

「……分かりました」

私も、制服として。人間に近い姿になっている。

ただしこの間の改革で、身長は五メートル前後に固定。

亡者が此方を侮る事がないように、という配慮からだが。それでも此奴は、色々と言う事を聞かせられる気がしない。

途中、質問を色々される。

私も上級鬼だ。

億年単位の時を経験し。

膨大な情報を取り込んできた存在だ。

だから、すらすらと応えられるが。

此奴はやはり、頭の回転速度が違っている。言った事を丸呑みにするようにして吸収して。

あっというまに把握しているようだった。

これでは学校なんて馬鹿馬鹿しくて行っていられなかっただろう。周囲が猿か何かにしか見えなかったはずだ。

「なるほど。 良く出来たシステムですね」

「貴方よりも遙かに優れた存在達が、ビッグバンを何度も繰り返す間に練り上げて行ったものですから」

「そうですか? その割りには、最近作られたとしか思えないシステムも目立つ」

「……」

それはそうだ。

ビッグバンが起きる前の宇宙では、鬼や神々同士の諍いがあった。

それらが収まった今の宇宙では。

全ての神々が鬼達を従え。

世界をよくする。

その方向で、宇宙を動かしているのである。

その結果、今の宇宙は、今までのビッグバン前の宇宙のどれよりも安定して、豊かだという話だけれども。

逆に言うと。

新しい仕組みが導入された結果。

色々と不具合も起きている。

というよりも、今までの宇宙で問題が多すぎたのだ。

それらを今の段階でようやく改善し始めている、という所である。

鬼にする手続きを終えた天才氏は、さっさと奧へ。私は舌打ちしそうになるのを堪えて案内を続け。

やがて、亡者を鬼にする設備に辿り着いた。

まあ、地球人類の基準で天才といっても、宇宙規模で考えれば其処まで優れているわけではない。

中には地球人基準でIQ400とか500とかが普通の知的生命体も実在している。

そういう連中が鬼になると。

色々と成長速度が地球出身の鬼より比較的速いとも聞いている。

此奴もかなり成長は速そうだが。

それも、決定打にはならない。

鬼は元々精神生命体で、情報を得るほど強くなる。その点が、物質生命だった頃に天才だったとしても、生ききらないのだ。

まあそれはいい。

鬼化の処置を進めている間にも、天才氏は色々と聞いてくる。勿論その全てに応えていくけれど。

いちいち質問が鋭い。

天才と呼ばれるような奴が来る度に、中堅の鬼が困惑するというのがよく分かる。此奴らは、強烈な興味を常に抱いていて。

それを自分の力に変えていく。だから天才なのだ。

それに、だ。

あの世から、世界をよくして行くには。

なんだかんだで異能の持ち主が必要。

これは物質世界でもそうだが。

癖が強い人材ほど、特化した実力を発揮したりするものなのである。

だから、私は。

相手がいかなる変人であっても。

本物の天才であるならば。

見極めて、使いこなしていかなければならない。そういうものなのである。

鬼化の作業が完了。

疲れた様子で、数名の中堅鬼が出てきて、此方に来る。

「作業は」

「終わりました。 特に問題はありません。 欲望は他と同じで極めて希薄。 変人なのは元からですので、こればかりは仕方がありませんが」

「それでは、次に取りかかってください」

「分かりました」

中堅の鬼達が、ぞろぞろと行く。

さて、彼奴はどんな風にあの世での仕事をしていくのか。

鬼となったからには、世界をよくするために働くのが第一条件。必須になってくる。この辺りに関しては、問題ないだろう。

鬼の中でも最上位層には、かなりの変わり者がいると聞いているし。

何よりも、この世界は。

たった一人の天才が壊せるほど、ヤワではないのだから。

さて、私は。

普段は天才と呼ばれる亡者の面倒だけを見ているわけでは無い。

そういう仕事が来たときに声は掛かるけれど。

普段は違う仕事をしている。

上級鬼なのだ。

マルチタスクくらいはこなせる。

ちなみに他の仕事というのは。

天才の分布管理と把握である。

実際問題、天才と呼ばれる存在は、殆ど存在し得ない。「出来る奴」と「天才」の間には、あまりにも分厚い壁がある。

例えば、どうしても平均的な思考を超えられない場合。

そいつは天才ではない。

スペックが高いだけの凡人だ。

物質世界でも、天才は大きな変革を社会にもたらす。ただし、知能が高いだけの場合もある。

凶悪なサイコパスが、高いIQを持っているケースはよくある。

天才は社会に害を為すとき。

その害もまた、桁外れに大きいのだ。

だから私は、自動で管理をするシステムを物質世界に張り巡らせていて。その一端を監視している。

もっとも、これに関してもきちんと交代制だが。

監視する時間と、休憩する時間は、時間の圧縮を用いているため、適切に運用することが出来ている。

私が作った監視システムは。

運用そのものはそれほど難しくも無い。

仕事用の部屋に戻る。

和風の座敷である。

中央にはちゃぶ台。

そのちゃぶ台の上には、地球が浮かんでいて。地球の上には、ぽつぽつと点がきらめいていた。

これが天才の分布である。

ちなみに死ぬと消え。

新しく生まれると光る。

現在、地球で天才と呼べる人間は十二名。さっき来た亡者がいなくなったので、十三人から十二人になったのだ。

天才に干渉はしない。

ただし、天才は兎に角周囲に与える影響が大きいから、監視はする。そして、影響次第では。

切除もしなければならない。

流石に世界を滅ぼすほどの災厄をもたらせる天才は、現時点での地球には存在していないけれど。

何十年かに一人くらい。

凄まじい天才が誕生するのだ。

そういう輩に関しては、あの世でもチェック。

鬼としてのスカウトもする場合があるし。

もしも文明を滅ぼしかねないと判断した場合は、死を与える場合も希にある。地球では、そうやって天才を殺したケースはまだないらしいけれど。

他の星では、実際に処理された天才がいるとか。

もっともそいつは、文明を滅ぼしかねないシリアルキラーだったそうだから、仕方が無いのだが。

自室では、私は等身大に戻っている。

私も上級鬼だったけれど。

地球で人間をしていた頃は、科学者だったのだ。

なお、天才ではなかった。

私が作った理論は、殆どが後世で否定された。幾つかの説についても実験的に述べてみたけれど。

それらも全て否定されている。

今では、殆ど知られていない科学者の成れの果て。

それが私だ。

だから、本物の天才は少し苦手だし。

逆に、こうしてちまちま努力していくのは苦手じゃあない。

元からちゃんとしている情報を取り込んで、無限に知識を増やしていけるのは楽しいと思うし。

こうして仕事をしているのもまた、しかりなのである。

地球に触れて、スライド。

別の文明がある星の状況を確認。

此方はまだ知的生命体の数も少なく、破壊的天才の姿は見受けられない。ほぼ存在しないと言っても良い。

うっすらと輝いている光はあるが。

どれも小粒だ。

まあその内、知的生命体が増えてくれば、多少は輝きも増えてくるだろう。

スライドして、次に。

今度は星間文明だ。

七つの星系に進出している大型の星間文明で。知的生命体の数は実に三百七十億に達している。

ただし、この星間文明は、現在真っ二つに割れて戦争中。

ちかちか瞬いている天才は。

その数およそ二十。

知的生命体の数にしては少ないが。

当然だ。

この文明では、有能な者ほど前線に繰り出される仕組みが作られていて。その結果、死んでいるからだ。

どんな天才でも。

頭を打ち抜かれれば死ぬ。

地球ではまずそうだし。

この文明でも、知的生命体は所詮テクノロジーの暴力には屈する。恒星間航行を可能とする宇宙戦艦の主砲を喰らって死なない奴などいない。

運が悪ければ。

どれだけ天才だろうが死ぬ。

そういうものだ。

また少し減ったなと思って、私は資料を確認。

前に確認してから、四人がまた死んでいる。その内三人が転生。鬼になったのは一人だけのようだ。

鬼に出来ればあの世の力になったのだろうけれど。

まあそれは亡者の考え次第。

無理に鬼になれと、強制することは出来ないのである。

幾つか処理をして、更にレポートを書く。この星間文明の争いは、激しさを増す一方だ。このままだと、文明そのものが壊滅する危険性もある。

七つの星系事に文明が分かたれて。

惑星レベルの文明からやり直さなければならないような、破滅的なカタストロフに発展しかねない。

それを避けるのは、あの世の大事な仕事だ。

中枢管理システムに、そろそろまずいのではないかと、レポートを出すと。

すぐに返事が来た。

「現在対応を検討中です。 戦死者が四億を超え次第、介入を開始する予定です」

「四億……」

思わずぼやく。

人口が三百七十億しかいないのに、四億。

つまり人口の1パーセント強だ。

それほどの戦死者が出ないと動かないか。まあ、確かにこの星間文明は、二つに分かれた国家同士が、熾烈な争いを続けて来た歴史がある。

その過程で、致命的な激発こそは避けてきたが。

長期的に戦争を繰り返しているのだ。

今回は、かなり大規模な衝突になっており、相当な規模にまで拡大しているが、それも一度や二度では無い。

宇宙に出てからも争いを続けている国家同士なのだ。

そんなに簡単に争いは止まらないだろう。

やりきれないと思って、次に。

此方は、まだ知的生命体というのもかなり怪しい段階の生物がいる星。というか、まだその生物が発展できるかもよく分からない状況。

今煉獄で確率操作を必死にして、発展できるようにしているようなのだけれど。

実際の所は、まだ分からない。

ちなみに、天才の光は、一つも無い。

ふうと、ため息をつくと。

次の星をチェック。

天才というのは、実際にはこうも少ない。

そしてそれぞれが、あまりにも平均値からかけ離れてしまっている。

だからこそに私は憎いと思うし。

そして憧れもする。

上級鬼になって、感情というものはだいぶ薄れたけれど。

それでもどうしても、まだまだこの感情の残り香はある。

愛憎入り交じったこの複雑な思いは。

きっと神にまで昇格しても。

消えることは無いだろう。

 

1、天才の守人

 

私に取って、天才というのはあらゆる意味で特別だ。師匠が本物の天才だったけれど、社会ではまったく評価されず。

ただの変人として扱われたこと。

そして私自身は。

盆暗だったにもかかわらず、当時は「分かり易い」という理由で、天才天才ともてはやされ。

死んでから確認してみれば。

私が発見した理論の悉くが間違っていて。

後世でもそれを指摘され。

自分は天才ではなかったと思い知らされたあげくに。

結局、天才に関わる仕事をしている。

自分はなんなのだろうと、私は思う。

死んだときは禿げた爺だったのだけれども。今は若々しい姿を採ることが多い。しかもこの姿。

若い頃の私には全然似ていない。

更に言えば。

若い頃の私と言うよりも、どちらかと言えば若い頃の師匠に似ている。

こういったあらゆる全てが。

私が天才というものに対して抱いている鬱屈や。

そして結局天才になる事が出来なかった現実というものを、私に対して嫌でも突きつけてくる。

上級鬼でも、化身出来る数はあまり多く無いのが実情。

二十や三十出来れば上等。

ちなみに私は十三だから、かなり少ない方で。

しかもその中の殆どが、いわゆる制服としての化身だ。

普段鬼として過ごしているときは、円筒の筒を四つ並べた姿をしている。この筒の中から、触手を出し入れするのだ。

もっとも、いわゆるサイコキネシスでものを操作できるので、触手を使う事は殆ど無いが。

人型は出来れば取りたくないが。

仕事の時はそうも言っていられない。

そして、仕事の度にストレスもたまる。

今は自分で消化できる程度のストレスしか溜まっていないから良いのだけれど。

これが処理できないレベルになってくると。

病院の世話になる。

幸い、今までの時点で、私は病院に世話になってはいないのだけれど。それもいつまで続くか。

サポートAIが、仕事の時間を告げてくる。

なお私は、日本のししおどしが大好きなので、その音にしている。

「お仕事の時間です」

「分かっておるよ」

私は、長生きした。

それが、後世に「業績」を残した最大の理由だった。五十までが人生という時代で、八十まで生きたのだ。

だが、それが故に。

実際には間違っていた「業績」をたくさん残す事になってしまって、それがとても口惜しい。

今でも、アーカイブは出来るだけ見たくない。

私が発見したと思い込んでいた業績が。

どれもこれも間違いだったことが、明確に分かってしまうからだ。人間だったときには、口から唾を飛ばしながらでも、いやあっているんだと叫んだかも知れないが。鬼になって、情報生命体になった今は。

それが間違いで。

自分の業績が、どれもこれも否定されるためだけに世界に出たことが、分かってしまうのだ。

それが故に苦しい。

ストレスは押さえ込めているけれど。

とにかく、化身。

若々しい男性の鬼の姿になると。まずは仕事場に。

其処で引き継ぎをした。

引き継ぐ相手は、似たような若々しい男性の姿をした上級鬼。ちなみに人間出身の鬼という点で共通している。

その上面白い事に、同時代に生きている。

歴史的には比較されることが多いらしいのだけれど。

生前の面識はなく。

死んでから初めて存在を知った。

向こうも、そういう意味で、私に色々と思うところがあるらしいのだけれど。鬼同士の関係は極めて希薄。

ああだこうだと言い合うことは無い。

良く、賢人があの世で楽しく論争している、何て愉快な想像をする者が物質世界にいるのだけれど。実際には、あの世では賢人は全てを知ってしまって、論争どころでは無く、沈鬱に沈んでいる事が多い。

或いは、あの忌々しい天国に逃げ込んで。

そこで現実逃避をしているか。

そのどっちかだ。

妙にひねくれた上級鬼がいると思ったら、そういう元賢者であるケースは珍しくない。

なお賢者と天才は別物。

その辺りは、あの世で散々思い知らされたし。

物質世界でも、何となく悟ってはいた。

「それではお願いします」

「お疲れ様です」

軽く挨拶をすると、その場の引き継ぎを終える。

上級鬼はスペックにふさわしい仕事を要求されるし。その仕事にふさわしいスペックも備えている。

これは情報生命体だからだ。

私は物質生命体の時。

結局スペック以上の評価をされていたので。ますますこういう所は苦々しく思う。

死ななければ。

私は結局、天才を超えるスペックを得られなかったのだ。

そうなると、私が生きた事は。

一体何だったのだと、思ってしまうのだ。

勿論、後の科学で私の説を否定して。

それによって、科学が発展した、という側面はあるだろう。

だがそれでは噛ませ犬では無いか。

悶々としながらも、黙々と天才達の様子を確認。システムの不備についても、同時に幾つかのスクリプトを動かして、チェックを行う。

地球では変動無し。

この間神の一柱が出向いててこ入れを行った結果、地球はかなり状況が上向きになっている。

それ故に、地球については、あまり心配しなくても良いのだが。

ただ、此方は仕事として、天才の動向を確認しなければならない。

マクロ的なデータを見て、何か大きめの異常が起きていないかを確認。此方については大丈夫だ。

もっとも、AIが常時監視しているから。

何か変なことがあったら、すぐに知らせてはくれるのだが。

続けて、それぞれのパーソナルデータも見る。

幼い頃に神童だ天才だと言われているパターンは、十中八九ただの人である。これについては、私がそうだったので良く知っている。

こういうのは、大人になるにつれて能力が落ちていくケースが多く。

最終的には、傲慢なプライドだけが残るか。

周囲に徹底的に食い物にされる。

私は前者だった。

本物の天才が師匠だったから、勘違いをしたまま、結局死ぬまでそれに気付くことが出来なかった。

そうなる人は減らしてやりたい。

そうは思っても。

安易な干渉は禁止されているし。

色々とままならぬものだ。

更にチェック。

別の星系へ。

そうやってチェックを進めていくと。

タブレットが鳴った。

「アインザックさん」

「如何なさいました」

「お客様です」

「すぐに行きます」

お客様というのは、言うまでも無い。

手に負えない天才の到着、ということだ。

地球出身者ではあるまい。

まあだいたいの場合は地球出身の亡者だけを見るのだけれど。私の場合は、何しろ亡者の管轄範囲が狭い。

今の会話だけで。

私が専門対応する相手だと言う事がよく分かる。

こういう場合、もう面倒くさいので、自我を戻さずに、まず私を呼んで。私が自我を戻す。

亡者には申し訳ないが。

そうしないと、何が起きるか分からないし。

何より、混乱が色々と問題になる。

いわゆるボトルネックを引き起こして、業務を遅滞させるケースもあるので。あまり手心も加えられない。

色々と気の毒だとは個人的にも思うが。

それは仕方が無い。

「準備を急いでください」

「分かっておる」

AIに対しては。

素の老人言葉で喋る。

私も老人であった時期が長かったし、どうしてもこれが染みついてしまっている。私は老人のまま、無駄に長く生きすぎた。

身長五メートルの人型になると。

亡者を管理している場所へ空間スキップ。

移動先では。

猫背の、目の下に隈を作った亡者が待っていた。

自我を現時点では奪ってあるので、何も喋らないけれど。此奴は見覚えがある。

さっきは変化が無かったのに。

多分、監視対象の惑星を切り替えた瞬間くらいに、事故にでもあったのだろう。

自我をまず返すと。

亡者はすっと目を細めて。

私を見た。

「なんだね此処は」

「あの世ですよ。 貴方は死んでしまったようですね。 手続きに不備が無いかを確認しますが……ああこれはダメですね。 貴方は実験の最中に、大型の爆発事故を起こして、体は木っ端みじんです」

「何かのケアレスミスか」

「使っていた機械が古くなっていたようです」

大きく舌打ちする亡者。

ざっと経歴を調べるが。

彼はある国で、お抱えの科学者をしていた。

ただしあまりにも周囲に対して配慮しない言動が多かったため、色々な面で敵を作っていて。

才能を生かし切れていなかった。

予算も潤沢に与えられていたとは言い難く。

古くて壊れた機械をだましだまし使いながら。

危険性の高い実験をこなしていた様子だ。

だから、なのだろう。

死んだという事に抵抗もない。恐らくは、いつかは機械が暴発なり爆発なりして死ぬと、覚悟していたのだろうか。

一つ聞かれる。

「くだらないカスどもが、機械に細工をしていたのではないのか」

「いいえ。 単なる経年劣化ですね」

「そうか。 ならばいい。 俺は自分のミスで死ぬなら納得がいくが、あんな無能どもに殺されたのでは納得もいかん」

そういって、唾を吐き捨てる亡者。

掃除するのはコッチなのだが。

まあいい。

こういう人格的に問題がある天才は珍しくも無いし。性格も歪んでいるのが普通だ。私の師匠だってそうだったし。

とにかく案内する。

天才科学者の亡者は、文句も言わずについてくる。

その間に、経歴を調べて。そして、これからどうするか聞く。

選択肢について示すと。

天才科学者は少し考えた後、変なことを言い出す。

「気楽に生きたいな。 盆暗に転生出来るか」

「そもそも才覚を維持したまま転生することはできませんので。 転生さえすれば、願いは叶いますよ」

「だったらそれで」

「貴方は鬼になって、世界の真理を解明することも、世界をよくするために働く事も出来ますが」

知らんと、また天才科学者は、狷介に吐き捨てた。

まあ脈無しなら仕方が無い。

そういうものだと思って、諦めるだけだ。

別に天才は此奴だけじゃないし。

天才が一人入っただけで、あの世が良くなるなら苦労はない。むしろ災厄を起こさなかったことを、今は安堵しているくらいなのだから。

転生を担当する鬼の所に連れていき。

後は引き渡す。

嘆息すると、自室に戻る。

やはり天才は苦手だ。

まずは、リラクゼーションプログラムを動かす。

仕事場でこれをやる鬼はあまりいないのだけれど。

私の場合は、文字通りの個人部屋で仕事をしているので、それが許可されている。ただし連れてきているサポートAIの付属機能だ。

この部屋そのものの備品ではない。

しばらく作業をしていると。

ふと気付く。

ある星で、天才が一人残らず消えている。

何が起きた。

AIによる警告などはなかった。

すぐにログを調査。

複数のウィンドウを立ち上げて、ざっと調べていくけれど。

どうにも妙だ。

死んだ様子は無い。

むしろ、これは。

腕組みして、少し考え込んだ後、この星についての資料を取り寄せる。

この星は、地球から七億光年ほど離れた地点に存在していて。人口は97億人。星系内に植民を開始している程度の技術は持つ。

一応の星間文明だ。

30人からの天才を確認していたのだが。

その全員が一度に消えるというのは妙である。

まさか、此方の探知を知って、ブロックしたのか。

いやいや、それはあり得ない。

現在、最も技術が優れている星間文明でも、あの世や魂の存在を証明するのがやっと、というレベル。

この程度の星間文明では、とてもではないけれど。

此方で設置している監視用のビーコンなんて。

探知どころか、存在すら予測できないだろう。

ましてや、このレベルの文明では。

そもそもあの世がないと一番強く判断する時期。

普通の文明では、あの世をまず最初にオカルトと考え。存在が証明できないためにやがて完全に無視するようになる。

あまりにも高度なテクノロジーで隠蔽されているため。

気付きようがないのである。

すぐに資料が届いた。

ざっと目を通すが、この文明では統一国家が存在していて。それが何かをしたらしい、という事だけは分かった。

あまり良い方向に向かっていない文明だ。

これは、粛正か何かがあったか。

ざっと調べて見る。

そうすると、どうやら大当たりだった。

天才と呼ばれる人間を、片っ端から拘束。

それも頭脳部分に当たる器官を手術して、全員をほぼ廃人にしてしまったのである。

この文明を支配している独裁者の指示のようだが。

コレは問題だ。

天才は、確かに扱うのが極めて難しい。

元々普通の知的生命体とは思考回路からして根本的に異なっているし。言う事を聞かせるのは不可能に近い。

サイコパスになることも多いし。

シリアルキラーとして、多くの人々をあやめることもある。

だが建設的にその力を振るえば。

文明の技術を、一気に進歩させる、大きな力にもなり得るのだ。

それを無視して、このような。

すぐにレポートを提出。

中枢管理システムに、後は判断させる。

他にも資料を見てみるが。

どうやらこの文明の支配者は、かなり年老いてしまっていて。それで、自分を脅かすものや。理解出来ないものに、恐怖を感じているらしい。

だから粛正を始めている。

若い頃は名君として知られていたようなのだが。

年老いれば暴君に落ちる。

世界中で類例があるが。

この文明でも。

最悪レベルの類例として、君臨してしまった、というわけだ。

忌々しい。

それ以上に嘆かわしい。

星間文明にまで進歩しても、知的生命体とはこうなのか。これでは、あの世の苦労が減らないはずである。

粛正の規模が、拡大している。

これは、生にしがみつく愚かな老指導者に。

上級鬼が干渉して、寿命を縮める日が近いかも知れない。

いずれにしても、自分に制御出来ないからと言って、天才を排除してしまうようでは、その社会はおしまいだ。

進歩を投げ捨てる事になるからだ。

進歩を投げ捨てれば。

いずれは有限である資源が底を突く。

生物としての限界も訪れる。

私は天才に対して、色々と複雑な感情を抱いている。正直、天才は好きでは無いと言っても良いくらいだが。

このようなやり方だけは間違っているし。

絶対に容認も出来ない。

大きく嘆息すると。

私は幾つかのレポートを、中枢管理システムに提出した。

 

しばらくして。

そろそろ引き継ぎかと思っていたタイミングで、タブレットに連絡が来る。

天才が全滅した例の文明。

恐怖の暴君として君臨していた例の老君主が死んだことにより、一気にガタが来た様子である。

まあそれはそうだろう。

甘い汁を吸っていた側近達が、ブチ切れた民衆によって皆殺しにされ。

その後は激しい分裂と闘争の時代が始まった。

これはしばらくは、統一政権は出来ないだろうな。

私は苦笑いして状況を見る。

無理矢理天才ではなくされた者達は、その混乱の中命を落とした。というよりも、閉じ込められていた施設が、関係者全員が死んだことで忘れ去られ。

自力で歩くことも出来なくなっていた彼らは。

全員が餓死したのである。

亡者となって、今ぞろぞろと此方に来ていると聞いてげんなりした。帰る前に、一人か二人面倒を見なければならないだろう。

腰を上げると、亡者対応の準備をする。

そして、来るだろうなと思ったタイミングで。

連絡が来た。

「アインザックさん」

「分かっています。 何人担当すれば良いですか」

「三人ほどお願いします」

通信を切ると、舌打ちする。

これは残業手当を貰って、予定より長めの休暇に変えてもらわないと割に合わない。勿論あの世ではそれに柔軟な対応をしてくれるけれど。

上級鬼の場合。

なまじ能力が高い分。

休暇中に呼び出しを喰らう可能性があって。

それでも例外が生じてしまうのが苦しい。

実際、地球の文明が担当の私でも、声が掛かるくらい今回は面倒な事態なのだ。他の部署も大わらわだろう。

面倒だと思いながら、応対に出る。

案の定、どいつもこいつも、一筋縄ではいかない変わり者ばかり。

順番に対応していくが。

好き勝手な事をいうばかりで。

此方も辟易させられるのだった。

 

2、天才とはなんなのだろう

 

ようやく自宅に到着。

やはりというか、なんというか。

天才を三人も一度に相手にすると面倒極まりなかった。一人でさえ、相当に大変なのに、である。

思えば、生きている頃から。

師匠のおぞましい行状には、散々振り回されたものだった。

あの人には、天才特有の、ねじが外れた頭と。

倫理を無視する傾向と。

そして周囲の人間を踏みにじっても何とも思わない危うさがあり。

それ以上に、頭が図抜けて優れていた。

結局周囲から嫌われて、遠ざけられていたけれど。

それでもあの人が作り上げたものは、いずれもが間違っていなかった。今になってみれば、その偉大さがよく分かる。

家に着くと、しばらくぐったりして。

そして、鬱々とした気持ちを感じる。

アーカイブを見る。

私の師匠は。

結局、死んだ後、転生してしまったらしい。

鬼にはならなかった。

真実を知る。

世界のために働く。

そんな事は馬鹿馬鹿しい。

そう笑い飛ばして、テキトウに転生させろと言っていたそうだ。あの人らしいといえばそうだし。

逆に言えば、自分にさえ無頓着だったのだな、とも思う。

実際問題、真理に触れるチャンスだったのだ。

それを棒に振ったのである。

思えば、私が担当した天才の亡者も。

鬼になりたいと言う者は、決して多数派では無かった。

師匠もそうだったのだろう。

何となく分かるのかも知れない。

真理に触れると言う事は。

後は、全ての正解が無くなってしまうということなのだと。

私はそれに気づけなかった。

真理を知れば、更に先があると思っていた。

だが、あの世に来て、情報を吸収していけば、すぐに分かった。

真理は天井だ。

天井に到達してしまえば、それを破る事は出来ない。

或いは、神々の力に到達すれば。

真理をねじ曲げ、天井を破る事も可能かも知れないが。

天井を破ろうと試みることは、それこそ宇宙を破壊し、其処に住まう多くの者達をエゴによって皆殺しにしてしまうことを意味している。

それは、許されない。

もちろん実施も出来ない。

ビッグバン前の宇宙のデータもアーカイブにはあるが。

それには、堕天した神の記録もある。

それら闇に落ちた神でさえも。真理の変更、という行動はしなかった。しようとしても、恐らくは出来なかったのだ。

嘆息すると。

私は、リラクゼーションプログラムを起動。

同時代。

私の生きた国で流行っていた音楽を流す。

黙々と音楽を楽しみながら、ぼんやりする。

生きていた頃、ずっと四六時中頭を使っていた反動だろう。鬼になってからは、休暇にはぼうっとしている事が多くなった。

生きている頃は、師匠に少しでも追いつこうと、必死だった。

だからあらゆる全てを酷使していた。

取り柄は体も心も頑丈だったこと。

だから、そんな事が出来た。

あの世に来てみれば、そんな努力は無駄だったのだと思い知らされた。

情報を吸収すれば幾らでも強くなる。

凡才が天才を超える事も可能だし。天才だって、ずっと寝ていれば簡単に追い越される。ただ、天才には高い発想力がある。

それを生かしての、凡才には出来ない仕事が出来る。

私には無理だ。

それが、口惜しい。

色々と天才について考えている内に、眠ってしまった。鬼は滅多に眠らない。上級にもなるとなおさらだ。

つまり、ストレスが溜まっていた、ということだろう。

サポートAIに、ストレス値を確認。

まださほど溜まってはいない。

そうなると、防衛本能として。

ストレスが低い内に。

体の方が、自然に除去をしてくれた、という事だろう。この辺り、精神生命体の体は良く出来ている。

「お仕事の時間です」

「分かっておる」

黙々と準備をしていると。

タブレットが鳴る。

仕事前だぞ。

ぼやきながらタブレットを取ると。

どうやら、修羅場になっているようだった。

 

地球で、四人の天才が、一度に命を落とした。

その内亡者になっている三人は自動的に回収されたが、一人が行方不明になっている、というのである。

天才は亡者になって放たれたりすると、特に色々面倒なので、重々の監視がついているはずなのだが。

一体何をしていたのか。

イライラしている私の前に、他の三人が連れてこられる。

それにしても十人ちょっとしかいない地球の天才が。

一度に四人も死ぬとはどういうことか。

話を聞いてみると。

どうやらテロらしい。

この間、地球は環境があまりにも悪化しすぎた事を憂慮した神の手によって、てこ入れがされた。

その結果かなり状況が改善したのだけれど。

色々と歪みも生んだ。

貧富の格差は縮まり。

多くの紛争が終わった。

だが、それでは納得できないものがいた、ということだ。

そいつらは地下で勢力を温め。

今後の地球についての有識者会議が行われている場所に潜入。

自爆テロを行い。

この天才四人を含む、優秀な科学者三十人以上を爆殺したのである。

勿論テロリストどもは地獄行き。

とっくに罪を生搾りされているが。

問題は地球の状況だ。

直前になって連絡が来るわけである。

残業している前任者と一緒に、天才の亡者を処理に掛かる。相変わらずエキセントリックな言動で振り回されながらも、なんとか要望を聞いていくが。どうやら鬼になるつもりはないらしい。

一人目は終わり。

向こうは手こずっているので、二人目の処理に掛かる。

問題は逃亡中の一人だ。

今、上級鬼が出て、無理矢理捕まえるべく地球で悪戦苦闘しているようだけれど。

亡者が好き勝手を始めると。

文字通り、物質世界に最悪レベルの影響が出る。

前の宇宙では。

それらで、様々な障害が文明に起きた。

「ふーん。 これがあの世」

「貴方は業績的に、比較的良い条件での転生か、鬼になる事を選ぶ事が出来ます。 早めに決めていただきますか」

「そうだねえ。 地球以外に転生は出来る?」

「スペックや記憶は持ち込めませんが」

構わないと言われたので、その通りに処置する。

天才になってくると、こういう普通誰も言わない事を、さも当然に言ったりする。勿論可能なので、対応はするが。

とりあえず、素直に転生してくれたので一安心。

なお、地球を監視している鬼のチームは、てんやわんやのようだ。

何しろ地球の天才の数が十人を切った。

天才とまでは行かなくても、せっかく上向きになりはじめていた地球の状況を改善し得た、優秀な人材が。

ごっそり根こそぎ、アホのために失われたのである。

流石に、その程度で文明が滅ぶほどの事は無いだろうけれど。

混乱は無視出来るレベルではない。

色々と、上級鬼が出向いて調整を行っているようだが。

中枢管理システムは、立て続けの介入は良くないと判断。

今の時点で、神が出張る予定は無い様子だ。

とにかく、前シフトの上級鬼には、帰ってもらう。残業を少しして貰う事になったが、その分はシフトを調整して、対応して貰うしかないだろう。

「それでは帰ります」

「ストレス値に気を付けて」

「……」

げっそりした様子で、前任者が帰る。

まあ無理も無い。

残業が出来た上に。

露骨にヤバイ相手を、最後に処理しなければならなかったのだから。

それよりも、私の方もヤバイ。

これからヤバイのを相手しなければならない上に。

何よりも、そいつが逃亡中なのだから。

身動きが取れないのである。

腕組みして、いらいらと足下を見つめていると。

ようやく、捕獲できたと連絡があった。

なんと、いきなり深海に逃げ込んでいたのだという。

それは見つからないわけだ。

とにかく捕獲して、連れてくると。

そいつは、恨みがましい目で此方を見た。

若い。

どうやら大学を飛び級で出たタイプらしく。

目にはもの凄い傲慢な光が宿っていた。

「なんだテメー! とっとと体返せ無能!」

「いきなりですね。 貴方の体は木っ端みじんです。 死んだ事を受け入れてください」

「うっせえカス! さっさと元に戻せって言ってるんだよ!」

いきなり無茶苦茶である。

興奮した元天才児の亡者は、私に食ってかかる。

しかも此奴。

色々な分野で業績を残していて、なんと天国に行く権利まで獲得しているほどなのである。

性格は最悪で。

周囲に友人と呼べる存在は、一人もいなかった様子だが。

まあこの言動では無理も無い。

順番に説明をしていくと。

いきなり床に唾を吐かれた。

「どれもヤダ」

「どれかに決めて貰います」

「嫌だって言ってるだろ! まだ終わってない研究があるんだよ!」

「鬼になって研究をすればよろしいのでは?」

はんと、心底馬鹿にした様子で鼻を鳴らされたので、流石の私もイラッと来る。往年の師匠もこんな感じだったか。

此奴、多分私の頭の回転速度を、今の時点で見切っていると考えて良い。

それで完全に馬鹿にしているのだ。

その気になれば、回転速度は上げられる。

上級鬼の実力は伊達では無い。

二十年も生きていない程度では、どんだけ才能があっても。地球人である以上、上級鬼には絶対に勝てない。

あらゆる分野でだ。

発想力くらいなら、勝てるかも知れないが。

それはこの場ではあまり意味がない。

「話聞く限り、それだと結論が最初にわかっちまうんだろ? 俺は俺の体で、あの研究を終わらせたいんだよ!」

「なんでそんなに研究に固執するんですか?」

「楽しいからに決まってるだろ! 世の中くっだらねえカスしかいないが、数字は俺を裏切らねえからな」

ちなみにこの亡者。

女性である。

げんなりする私に対して。

背も小学生並みの彼女は、凄まじい罵倒を浴びせ続けてくるが。

それも我慢。

ひたすらに我慢である。

「研究が出来なくなったのは残念ですが、私を責めるのは筋違いです」

「じゃあテロリストどもを出せ! 喉食い千切ってやる!」

「そんな程度で良いんですか?」

「もっと悲惨な苦痛を地獄で味あわせてるってか? しらねーんだよ! 俺が直接ぶん殴るのに意味があるんだ阿呆!」

言いたい放題である。

他の鬼が、コッチを見て同情しているが。

同情するなら助けてくれ。

完全に死んだ目をしている私に対して。天才女児は食い下がってくる。

「さっさとあのクソテロリストを出せ! どたまかち割らせろ!」

「出来ません。 個人の復讐は認められていません」

「巫山戯んな! 俺みたいな天才を、くっだらねー逆恨みで殺しやがったんだぞ!」

「だから地獄で、貴方が想像できないレベルの苦痛を、億年単位で味わっています。 三十人以上殺しているとなると、多分三千億年くらいの刑期になりますね」

知るか。

天才女児が吼える。

ああもう。

手に負えない。

 

ようやく納得してくれた頃には、八時間が経過していた。

途中で、手に負えないと判断。

感情沈静化フィールドを展開した。

これは禁じ手なのだが。

今回ばかりは仕方が無い。

それにしても、亡者になった自分を一瞬で使いこなして、挙げ句の果てに此処まで食ってかかってくるとは。

適応力が高すぎる。

どうやら、地球に存在していた天才の中では、図抜けたレベルだったらしく。

地球での研究分野も三十を超えていた様子だ。

科学という分野に置いて。

しばらく地球は、彼女を越える人材を輩出できないだろう。こればかりは、正直どうにもならない。

一気に状況を改善したツケが。

こんな所で出てしまったのだ。

中枢管理システムは、しばらく様子見で結論してしまっているようだし。

私としては、苦虫を噛み潰すほか無かった。

とにかく、どうにか自室に引き上げて。

地球の状態を確認。

一気に天才の光が消えて。

非常に寂しいことになっていた。

特に二つの大陸からは、天才の光が完全に消えてしまっている。これは、先ほど四人が巻き込まれたテロに。

全員が参加していたからだ。

酷い話もあったものだと思うが。

地球人類はそんな程度の生物なのだ。

こればっかりは、もう私も色々と諦めている。

長期的な観点から見て、ものを考える事が出来ないのである。感情論で、有用なものや。多様な価値観を否定して。

気に入らないものを殺す事が出来る。

それが地球人類だ。

げんなりしながら、レポートをまとめる。

天才を人為的に造る事。つまりあの世で、魂に細工をすることは許されていないから。新しく天才が生まれてくるのを待つしかない。

そして天才は。

簡単には生まれないのだ。

ぼんやりと、地球の様子を見ていると。

サポートAIが警告してくる。

「アインザック、仕事の手が止まっています」

「分かっている」

「速やかに作業を進めてください」

「分かっていると言っている」

この冷血AI。

罵りたくなるが、歴史上こういう事故は何度も起きてきた。そしてその度に、歴史を停滞させた。

地球人は、何も進歩していない。

私が生きていた頃と同じだ。

技術だけが奇形的に進化して。

それを使いこなせていないのだ。

悲しい話だが。

私は嫌と言うほど、その実例を見てしまっている。だから、人間賛歌を見ると、悲しくて頭を振るばかりなのである。

また、地球の生態系の一部が人間、という考えも間違っているとしか言えない。

もしそうだとすれば、地球は人類という圧倒的最強種に食い尽くされて、後には何も残らない。

自滅するだけだ。

その自滅を肯定するような思考を認めるのは。

人類が、せっかく得た文明を、全て投げ捨てるのと同じ。

そんな風に考えたいのなら。

裸でジャングルにでも行って、そこで暮らせ。

そうとしかいえない。

実際そうして暮らしている人間もいる。

その真似をすれば良いのだ。

いずれにしても、まるで進歩がない人類の凶行に凹んでいた所に、またAIに警告されて。

五月蠅いと思いながら、次の作業に取りかかる。

溜息ばかりが零れた。

「む?」

幾つか星を見ていくが。

まだ原始的な文明しかない惑星で、五つもの天才の光が瞬いている。データを比較するが。つい最近光が点ったばかりだ。

地球で四つ同時に消えたと思ったら。

まだ原始的な惑星で、五つ同時か。

勿論注意して観察しなければならないだろうけれど。

何だか、運命の皮肉を感じてしまう。

地球は愚か者どもが可能性を放り捨ててしまったけれど。

まだ未成熟な別の文明に、それ以上の数の可能性が生じるとは。

また、溜息が零れる。

「ストレス値が増えています」

「分かっている」

医者に今まで世話になった事がないのが自慢だった私だけれども。このまま行くと、その自慢も過去の話になりそうだ。

順番に、仕事をこなす。

感情が薄くなっている鬼でも、これだけの怒りを感じるのだ。

人間だったら、私も。

荒れ狂って、周囲のものに当たり散らしていただろう。

でも、押さえ込める。

なんとか、ノルマ分の監視は完了。

チェックを進めて。

分析レポートを仕上げる。

それも終わってから、ようやく一段落。

リラクゼーションプログラムを走らせる。

今回は味覚だ。

鬼は食事をしないけれど。

味覚を楽しむことは出来る。

世界中の様々な味を、擬似的に再現して、それを堪能する。繊細なお菓子もいいけれど。今は肉の気分だった。

ブランド牛の極上ステーキをしばし味わい。

それで機嫌を直す。

此方がようやく落ち着いたと感じたからか。

サポートAIが話しかけてきた。

「時にアインザック、貴方が苦戦していたあの天才は、どう処置したのですか?」

「鬼になるそうだよ」

「鬼になったのですか。 それはあの世にとって良い事ですね」

「どうだかな」

勿論鬼になる時に、色々とオミットする。

あの苛烈すぎる気性や。

悪すぎる口。

それに諸々の問題も。

強制的に解決してしまう。そうしないと、問題を起こすことが確実だからだ。

鬼になる、つまり精神生命体になるというのは、そういう事だ。

古い時代には。

それを怠った結果、一瞬で堕天するようなケースも実在したとかいうデータもアーカイブにある。

あの世はさぞや修羅場だっただろう。

残りの作業を片付けると。

後は待機時間だ。

流石にもう天才が死なないと思いたいが。

この間の神による改革は、想像以上に地球に大きな影響を与えた様子だ。しばらくは何が起きても不思議では無いかも知れない。

 

3、生まれる天才

 

ようやく家について。

もう問答無用で寝る。

基本的に寝ない鬼だが。

リラクゼーションプログラムを起動して。最強強度での睡眠プログラムを実行し、無理に眠った。

そして久々に。

いつぶりだか分からないくらい久々に、夢を見た。

私は周囲から、国の宝と呼ばれていた。

天才学者。

学士殿。

そう呼ばれて、ちやほやされていた。

だが、それだけだった。

実は、生前から。

自分が師にはまったく及ばないことは、何となく理解出来ていたのだ。故に、その虚名が如何に虚しいかも、何処かで察していた。

それでも、私は胸を張って。

偉そうにしていた。

自尊心が、そうさせていたのだ。

何より、本物の天才だった師匠が、私に対しては常に厳しくて。いつも暴言を浴びせていた事もある。

私は、天才を間近で見て育った。

そして天才が評価されないという事実があるのも知った。

だから分かり易いようにした。

だが、それだけだった。

分かり易いことと、能力が高いこと。正しい事。それは全て別の問題だ。

口当たりが良くて分かりやすいものが正しいか。

それはノーだ。

厳しい結論で。

誰もが受け入れがたい事が、正しい事の方が。

現実には多かったりするのだ。

それが真実。

私も、生前から。

なんとなく、それは理解していたのだ。

だが、どうしても認められなかった。老人になって、周囲から国賓として接して貰えるようになってからは。

自分がどんどん傲慢になり。

いつの間にか、本当に天才なのかも知れないと、思い込むようになったのを自覚していた。

その一方で。

自分は天才では無いと、何処かで悟っていたのも、滑稽な話だった。

私に取って天才は。

あらゆる意味で、矛盾した感情の中央にいた。

目が覚める。

酷い仕事の後だから、深く深く眠ったのだが。

タブレットに連絡が来た様子は無い。

つまり、この間の仕事にミスは無かった、という事だろう。あくびをしながら、アーカイブをつける。

この間死んで私が処理した天才殿の業績を、確認して起きたかったからだ。

既存の理論をぶっ壊すような新理論を、幾つも立ち上げている。

ただしその言動は抜き身の刃そのもの。

今までの理論をくそみそに貶しながら、このような理論はゴミ捨て場の生ゴミにも劣るとか、さっさと焼却処理するべきだとか、無茶苦茶を言っている。

これは、さぞや生前も嫌われただろう。

案の定、生前友人は一人もおらず。

親にも嫌われ。

才覚ある人間を取り立てる国の制度が無かったら、詐欺師かホームレスになっていただろう事は確実だった。

それくらい、色々と棘だらけの人生だったのだ。

師匠に似ているな。

そう思う。

師匠の場合は、才覚のある人間を取り立てる制度が存在していなかった。

だから、周囲からの敵意だけを買った。

今になって思うと、師匠の提唱していた理論の幾つかは、現在でも正しいと立証できるものばかり。

それに対して私のは。

いや、それはもういい。

考えても苦しいだけだ。

いずれにしてもあの天才女児。

言葉はナイフのごとし。理論は日本刀のごとし。相手を切り刻み、一刀両断し、唐竹割りにし、滅多刺しにし、再起不能にして行く様子から。

あるホラー映画のモンスターを渾名にされていたらしい。

そのモンスターは、ホッケーマスクを被って手当たり次第に殺戮を行う天災みたいなキャラクターだが。

まあ学会ではこういうのがたまにいるのと。

何より天才である事は誰もが認めていたので。

友達がいないのは当然のこととして。

周囲は、生暖かい目で彼女をみていたそうだ。

なお、あまりにも言動が狷介だったことから、時々刃傷沙汰にもなりかけたらしいのだけれど。

本人は合気道を一とする護身術にも習熟しており。

爆弾テロで木っ端みじんになるまでは。

暴漢に傷の一つも貰う事は無かったとか。

それでも、爆弾で死ぬ。

そういうものだ。

「次の仕事までの時間は」

「まだしばらくあります」

「そうか。 ではまた眠……」

タブレットが鳴る。

見越したようなタイミングだ。

舌打ちしながら取ると。

中枢管理システムからだった。

「アインザックさん。 貴方に報告があります」

「なんでしょうか」

「貴方の所に、新人が入ります。 シフトの人員が厚くなるので、少しは仕事が楽になります」

「それは重畳」

心にも無い言葉を返す。

まあ、実際問題。

こんな所に来る上級鬼だ。

ろくなやつであるはずが無い。

げんなりして、通話を切る。

私は結局の所。

矛盾から、永久に逃れられないのだろう。もう、何もかも忘れて眠ることにする。深く深く眠りたい。

それこそ、深海のように。

 

現実は残酷だ。

新しく職場に入ってきた鬼は。

どうやら、元天才のようだった。

ちなみに地球出身では無い様子だが。この手の奴は、変わり者である。例外は存在しない。

そもそも、平均から著しく外れているのが天才の絶対条件の一つ。

天才のレベルが上がれば上がるほど、その傾向は激しくなる。

此奴も、その現実を。

完全に再現していた。

「へー。 頭が悪そうですね」

名前を聞くと。

いきなりそんな事を言われる。

かちんと来たが。

まあ別に一緒に仕事をするわけじゃ無い。さっと引き継ぎを終わらせて。それで帰らせる。

我慢だ我慢。

本物の天才は、基本的にああだ。

私が天才では無かった事。そして物質世界では天才とされていたこと。それをどちらも即座に見抜いたのだろう。

これだから嫌なんだよ。

ぼやきたくなったが、我慢する。

そして、自室に籠もった。

地球では、新しく天才が生まれていない。まあそうだろう。そう簡単に生まれたら、天才では無い。

この間の、新しく生まれた五つの天才。

あんな現象は、滅多に起きるものではないのだ。

アーカイブを調べながら、レポートを書きつつ、黙々と作業。

さっきの引き継ぎ相手の言葉が苛立ちを募らせているのがある。仕事をして忘れたいという気持ちが強い。

幾つかの星の天才についてレポートを書き終えて、次に行くと。

光の一つが、赤く染まっていた。

まずい。

災厄になるケースだ。

天才は、その能力が図抜けている分、普通なんてものは歯牙に掛けない。つまりシリアルキラーやサイコパスになった場合、桁外れの災厄を周囲にばらまく事になる。

さっと調べて。

既にそいつが、数十人を殺していることを確認。

しかも死体の処理などは完璧で。

誰も気付いていない。

結構大きめの星間文明で。知的生命体の生体コードなどの管理もしっかりしているはずなのに。

それも全部くぐり抜けているようだ。

だが残念。

こちらは、それ以上の技術を持っているのだ。

すぐに中枢管理システムに連絡。

向こうで対処を即座にしてくれた。

残念だが、天才は−の方向に才能を発揮し始めると、文明そのものに巨大なダメージを与える事がある。

処置は、しなければならない。

しばしして、赤く染まっていた光が消える。

上級鬼が介入。

警察を動かして、捕縛。

死刑にさせたのだろう。

アーカイブを調べると。

既に情報が入っていた。

犠牲者の人数、実に229人。

私が数十人と考えていたのは、確認できた数だけ。実際には、それどころではなかった、という事だ。

やり口は残虐極まりなく。

明らかに殺しを楽しみまくっていた。

多分、あの世からの介入が無かったら、更にこの数十倍の人数を手に掛けていたことだろう。

勿論即決で地獄行きだ。罪の生搾り開始である。

溜息が漏れる。

分かるのだ。

師匠も、非常に危うい所があった。

なんとかは紙一重なんて言葉もあるとおりで。実際問題、狂人にしか見えない言動も時々取っていた。

一線は越えなかったけれど。

それは偶然。

師匠も気まぐれで、一線を越えていたら。

後は容赦なく、大量虐殺に手を染めていたかも知れない。

天才とはそういうものだ。

中枢管理システムから連絡。

発見が早かった事を褒めるものだけれど。

自動発見で、もっと早く対処を出来るようにしていれば。殺された200人以上は、助かっていたかも知れない。

それについて提案すると。

難しいと返答があった。

なにしろ天才は、平均的な人間に比べて、更にラグが大きい。

社会に大きな影響も与えるし。

−の影響を与えている場合、どれくらいで対処するべきかの判断は、やはりAIには任せられないという。

今回も、警告だけはAIもしてくれていたのだ。

それで良しとするべきなのかも知れない。

それが中枢管理システムの結論らしい。

しばし真顔で考え込んでしまう。

確かにそうかも知れないが。

これでは殺された人々が報われない。

しかも、完全にシリアルキラーと化した天才は、殺すのを非常に楽しんでいた。生きたままなぶり殺しにしているのだ。

それも、ゆっくりゆっくり時間を掛けながら。

正に、天才の−の部分が全て出たような輩。

やりきれない。

私はそう思う。

だけれども。

これ以上、何かすることは許されていない。

黙々と、作業に戻る。

他の星でも、おかしくなっている天才はいないか。

いない。

幸い、今回は発見できなかった。

不意に、タブレットに連絡が来る。

中枢管理システムかと思ったが。

知らないアドレスだ。

通話を受けてみると。

いきなり、とんでもないことを言われた。

「あんた上級鬼だって?」

「は、はい?」

「呆けた声出してんじゃねーよ盆暗」

この声。

まさかこの間鬼にした天才女児か。

ちょっとまて。どうして私を特定出来た。更に、アドレスまで特定したというのはどういうことか。

普通、鬼のプライバシーはがっちり守られている。

いわゆるお礼参りを避けるための処置だ。

だが、それを突破した。

どういうことだ。

「ちょっと待った、君はどうしてこのアドレスを知っている」

「取引したんだよ。 鬼になる代わりに、このアドレスを寄越せってな」

「……」

アドレス変えよ。

そう思ったけれど。何が気に入らないのか、あの天才女児はマシンガントークを続ける。どうして私がこんなめに。

「なんであんたみたいな盆暗が、俺の行く末を決める権限持ってるんだ。 お前の地位、すぐに俺に寄越せ」

「それでは、以下の計算をして見ろ」

「はあ?」

私は即座に、十億桁のかけ算を口にする。

上級鬼になると、これくらいは出来る。

逆に、どれだけ背伸びしても、人間では絶対に不可能だ。

流石に口ごもる相手に。

私は更に畳みかける。

「フェルマーの最終定理の解を暗誦してみろ。 私とどちらが先に出来るか勝負だ」

「なんだと」

「開始」

さっそく論文二つに渡る、歴史上最大のミステリーとされてきたフェルマーの最終定理の解法について、私は述べ始める。

もっとも、それはあくまで地球の文明での話であって。

あの世ではビッグバン前の宇宙でとっくの昔に解明され、上級鬼になる過程で、嫌でも覚える程度の知識に過ぎない。

相手も述べ始めたが。

私の方が遙かに早い。

ちなみに相当に手加減している。

それだけに、力の差があるのだ。出力も、かなり押さえた。

流石に相手も口をつぐむ。

これが、億年単位の時を掛けて培った力の差だ。

「どうだ、分かったか。 如何に天才だろうが、それは物質生命の時点での話だ。 精神生命体になると、情報を吸収すればするほど強くなるし、スペックも上がる。 分かったら、元々優れた発想力を持っていることを利用して、きちんと仕事をするんだな」

「待て」

「まだ何か」

「俺には、あんたが盆暗だったことは分かっていた。 それが気に入らないから、あんたのスペックを試したかった。 だからアドレスを入手した」

ああ、なるほど。

盆暗が天才である自分の行く末を決めたことが気に入らなかったのか。プライドの塊みたいな性格だったのだろう。

それで、私にむかついた。

分からないでも無い。

だが、私としては。

溜息しか零れない。

「だが、納得できた。 もうあんたに連絡はしない。 俺の負けだ」

「それを告げたのは誠実だな」

「嘘は雑魚助がつくものだからな。 俺くらいになると、本当のことだけ口にしても生きていけるんだよ」

通話が切られる。

言いたい放題だな。

私は苦笑したけれど。

天才とは基本的に変人だ。天才の絶対条件に、変人である、という事がある。それを考えると。

あの異常なプライドにも納得できるし。

おかしなレベルにまで到達している行動力も、理解出来るというものだ。

「ストレス値のチェックをしましたが、それほど上がっていません。 今の連絡は、殆どスパムに近いと分析したのですが」

「師匠で慣れておるよ」

「そうなのですか」

「AIに話しても仕方が無いから言っていなかっただけだ。 師匠はあれと同レベルの本物の天才だったからな。 わしとは違ってな……」

ただし、当時の社会は。

その才覚を活用できなかった。

そればかりか、私のような、偽物の天才をもてはやしていた。

分かり易いという理由だけで。

愚かしいのだと思う。

私自身が、どれだけ天才にコンプレックスを感じていたとしても。

何でも出来て。あらゆるスペックが他人に勝っていて。それでいて精神的にも平均的な人間が見て分かり易く人格者である。

そんな奴はいない。

少なくとも、天才はそんな存在ではない。

私はそれになれなかった。

どうしても、逸脱できなかったからだ。

そして、天才と呼ばれながら。

違うと、どうしても叫べなかった。

天才は師匠の方だった。奇人とされ、世界から拒絶されていた、師匠の方こそ、本物の天才だったのだ。

それなのに。

私の鬱屈は絡まりすぎていて、もはや独力で解決は不可能だ。だがずっと天才に接し続けてきて。

それで慣れたからだろう。

私という存在は。

天才に対応出来る。

それに、精神生命体になった今では。

スペックにおいても、天才に勝てる。

それだけは。

私に取っても、嬉しい事だ。

仕事に戻る。

色々な星をチェックしていく。地球は例のテロで天才を多く失ったが、その代わりは生まれそうにもない。

無理に改革をしたツケだ。

しばらくは、天才は生まれてこないだろう。

そういうものだ。

ぽんぽん天才は生まれない。

そして生まれても。

評価されるとは限らない。

悔しいけれど私は。

それを身でもって知っていたのだった。

地球から、次の星にチェックを移そうとした瞬間。

ふと、気付く。

淡い光が点りかけている。

ひょっとすると、新しい天才か。

そうかもしれない。

だが、喜んでばかりはいられない。実際問題、天才とは、周囲からの理解を必ずしも得られるものでもないし。

何よりも、社会をプラスに動かすものでもない。

見守るが。

それ以上の事は出来ない。

私は、師匠が迫害され。世界を恨みながら死んでいくのを見ていた。

その時と同じように。

天才とは。

いいものではない。

天才だからと言って。

好き勝手出来るものでもない。

むしろ天才に生まれれば、人生はいばらの道になる。

多くのコンプレックスを抱えながらも。

私はそれを知っている。

だから、この点ったばかりの光が。育つかどうかは、分からないとしか言えないのだった。

 

4、身の程を知る

 

家に戻って、アーカイブを確認。

幾つかの案件を調べていて、ふと気付く。

まだいるのだ。

天才に転生したいという奴が。

馬鹿じゃ無いのかと、思わず毒づきたくなったが。逆に興味が出てきたので、少し調べて見る。

そうすると、結構この問題は深刻だった。

まず物質世界に置いても。

精子バンクなどで、高IQの人間の精子は非常に人気があると言う。天才が生まれるかも知れないから、だそうだ。

確かに高IQの子供が生まれる可能性はあるだろう。

だが、はっきりいうが。

盆暗が高IQの子供を。

手に負えるとでも思っているのか。

実際問題、師匠も同じようにして、まるで周囲が手に負えなかった。両親は早々に匙を投げていたし。

回りからも異常者と呼ばれていた。

まさか、天才の子供を、親が喜んで認めてくれるとでも思っているのか。

応えはノーだ。

子供を天才天才と褒めるケースはあるけれど。

それはあくまで、子供が自分の理解の範疇の行動をしている時に、親がする行動である。親の理解を超えた行動を子供が始めた場合。

最悪の場合、オカルトに基づくような理屈で。

親は子供を迫害に掛かる。

子供も、下手に頭が良い場合。

それを早々に察知して。親に対して反撃する。

その結果、生じるのは、悲劇だけだ。

それだけじゃあない。

転生先を指定する際に。

親のIQが高い家庭に転生したい、等というケースが存在しているという。

それもかなりの確率で。

これも愚かしい事だ。

残念ながら、高IQの人間同士を掛け合わせても。高IQの子供が生まれる可能性が高い、というだけであって。

確実に高IQの子供が生まれるわけではない。

しかも、天才というのは例外なく変人だ。

単にスペックが高い人間ならまだいいだろう。

天才という指定をする場合。

特に親がそうだった場合は。

いばらの道に、いきなりジャーマンスープレックスされる人生を送るような羽目に陥る。これは、私が実例を見ている。

私の師匠は、嫌々ながらも結婚したけれど。

その子供は、本当に不幸な人生を送った。

性格が歪みに歪む前に、私が引き取って。

どうにか養子として育てたけれど。

幼い頃に受けた明らかに頭がおかしい「教育」の数々は、子供を歪みに歪ませて。それは結局大人になるまで抜けなかった。

そういうものだ。

私には相応に心を開いてくれたけれど。

それも頼る相手が私しかいなかったから、だろう。

何よりも、周囲は師匠の事を奇人としてしか認識していなかったし。

師匠から受けた心の傷を、周囲の無理解な人間も抉り込んでいたから。結局人生は地獄だった。

私より早く死んだのも。

今になれば、ストレスが原因だったのだろうとよく分かる。

私は一念発起すると。

レポートを作る。

天才に転生したいという人間を、思いとどまらせるための資料画像を、もしくはシミュレーションプログラムを作るべし。

本人も、周囲も。

誰も幸せになれないからだ。

この手の頭に花畑が咲いている人達には、現実をしっかり突きつけなければ理解は不可能なのである。

天才という存在の良い部分を夢見る。

それは子供の可愛い部分だけを夢見て。

現実の子供を見た瞬間、ネグレクトに走る親のようなものだ。

そんなものは夢とは言わない。

妄念である。

そんな妄念のために、人生を無茶苦茶にするのは不幸以外の何者でも無いし。

何よりも、無駄だからである。

天才は作ろうとして作れない。

スペックが高い人間は作れるかも知れないが。

天才はそれとも一段違うものなのだ。

レポートを仕上げると、提出。

中枢管理システムから、応答があった。

「なるほど。 天才に転生したいと言う亡者には、色々と今まで現場の鬼も頭を悩ませていました。 このプログラムは良いかと想われます」

「実用的なプログラム作成には、専門のスタッフを当てるべきかと思いますが」

「此方で検討します」

嘆息。

中枢管理システムは動きが速い。

これで、少しはマシになるだろうか。

そう思っていたら。

すぐに追加で連絡が来た。

電話をしてきた例の天才女児。

あれがプログラムの作成に加わるという。

意外だ。

あれだけ傍若無人な性格だったのだし、てっきり私の言う事なんて話半分にしか聞いていないと思っていたのだが。

自分の言う事を、きちんと守るタイプだったのか。

ウソは雑魚しかつかない。

あの女児はそう居丈高に言っていたが。

それは周囲の人間達の事。

自分は違う。

そう言い聞かせるためのものでもあったのだろう。

それにあのひねくれまくった性格。

きっと両親からも。

周囲からも。

自分を守るために。

身につけなければならない、棘の鎧だったのかも知れない。

天才は理解などされない。

都合良く理解されるのは、天才では無くて、都合が良い存在。そう、私のように、である。

だから、きっと。

自分のような存在が良いものでは無いと。

周囲に見せておきたいのかも知れない。

もう鬼になり。

周囲は自分以上のスペックの化け物しかいない世界になったのだ。

むしろあの女児は。

気楽な立場になったのかも知れなかった。

そう思うと、私としても多少は気分がいい。

天才に勝った、という意味ではない。

天才を無遠慮に褒め称え。

自分の考える都合が良い天才に、何もかもを背負わせる世界には、私もうんざりしていたからだ。

はっきりいって、私も天才は嫌いだが。

その苦悩は、間近で見て理解しているつもりだ。

それが少しでも緩和されるのなら。

私が協力するのは、吝かでも無い。

連絡に対して、私は申し出る。

「これでも私は、物質世界で本物の天才を師匠にしていました。 その時の体験談などを、少しは提供できます」

「分かりました。 情報の提供が必要になったら連絡します」

さて、これで少しはマシになるだろうか。

この世には。

都合の良い天才なんてものは。

どこにもいないのだ。

それさえ理解出来れば。

妄言を吐く亡者は少しは減り。

あの世で転生に関する仕事をしている鬼達も。

少しは楽になる事だろう。

 

しばらくして。

あの世の転生時に、亡者に見せるシミュレーションプログラムが完成したという連絡が来た。

まあ上級鬼が複数関わったらしいので、良いものが出来ただろう。

さっそく視聴することにする。

やはり、天才に転生したいとごねる頭の悪い亡者に対して、見せるものとして作られているらしい。

天才がどういう迫害を受けるかが。

生々しく書かれている。

周囲は全て猿の群れ。

両親でさえもだ。

両親は最初は優しい。

高いIQを持っていると聞いて、最初だけは優しくしてくれる。

だが、それが恐怖に変わるまで。

時間は掛からない。

始まる虐待。

両親は言う。

この子は化け物だ。

手に負えない。

やがて、天才は捨てられる。

何処かの施設に引き取られたり。或いは、最悪の場合は人身売買業者に売り飛ばされたりする。

気持ちが悪い。

両親は、その頃には。

そう言って、自分を人間として見ない。

或いは、完全に壁を作る。

理解出来ない存在だからだ。

人間は、自分に理解出来ない存在に対して、何をしても良いと考える。そう考える人間は大多数派だ。

周囲は、両親の方に同情する。児童虐待は全て正当化される。

やがて、天才は気付く。

周囲は敵だと。

犯罪者になる場合もある。

そうならなくても。

性格はねじ曲がりにねじ曲がる。

何処かの施設でも、周囲は全て敵。何より、同格の存在なんて、どこにもいないと、物心がつく頃には気付いてしまう。

それが、孤独を更に深める。

孤独は狂気につながり。

周囲との争いは。

間もなく物理的なものを伴うようになって行く。

なるほど。良く出来ている。

私の師匠の人生そのものだ。

そして、おそらくは。

あの女児の人生そのものでもあるだろう。

少なくとも、天才という言葉に踊らされて。都合良く天才を解釈している盆暗に見せるには、最高の効果を期待出来る。

最後まで確認するが。

これは良い。

バカには良い薬だ。

これで鬼の仕事がかなり楽になる。

私も盆暗だったのだから、こういう薬が如何に効果があるかはよく分かる。そして悪い意味での夢。

つまり亡者が迷妄をみなくなる事は。

それに対応する鬼の精神的負担を減らすことにもつながるのだ。

あの世は世界をよくするために動く。

そのためには、鬼の負担を減らさなければならない。

中枢管理システムから連絡が来る。

出来はどうだ、というのだ。

私は、太鼓判を押す。

「これならば問題ないでしょう。 愚かな夢を見ている亡者に、現実をたたき込めると思います」

「たたき込む、ですか」

「安易に天才天才口にしているような人間には、それがどれだけ悲惨な宿業を背負い、周囲からの迫害も受け。 また天才でも無い者を天才と呼ぶ事が、どれだけの災厄を産み出すか、現実を見せる必要があるんですよ」

「なるほど。 経験者ならではの意見というわけですね」

察しが良いことだ。

その通りである。

後は、幾つか細かい部分に調整をした方が良いとアドバイスをして、それで通話を切ることにする。

とりあえずはこれでいい。

補助AIが言う。

「やはりストレス値はそれほど上昇していませんね」

「それはそうだ」

「どうしてでしょう」

「今、気分が良いからだよ」

このシミュレーションは痛快だ。

実際問題。

絶対的多数の凡人は。

天才を理解しないし、理解しようともしない。

都合の良い天才像を押しつけて。

好き勝手に振る舞う。

私も天才は嫌いだ。何度も言うが、天才には多くの鬱屈したコンプレックスを抱えてもいる。

だが、それ以上に。

天才という存在を好き勝手に解釈し。

何もかもを滅茶苦茶にしていく存在。

「一般大衆」というものは、もっと嫌いだ。

いずれ、物質文明でも、天才との接し方が出来るようになる時代が来るかも知れない。確率は低いと思うが。或いは、遙か遠い未来には、そういった時代が訪れるかも知れない。その時には。

天才というものが。

適切に評価されているはずで。

天才ではないものが。

天才と呼ばれる事も無くなっているはずだ。

茶を出すようにAIに指示。

鬼は食事をしないが。

これは、要するに、味を楽しむためのリラクゼーションプログラムだ。立体映像の茶を口にして。

玉露の風味を楽しむ。

通話が来る。

珍しい相手からだった。

「久しぶりだな」

「!」

この声。

忘れるはずも無い。

師匠だ。

筋金入りの変わり者だった、天才らしい天才の師匠は。転生を選んだのだが。その後の人生を終えた後、鬼になった。

自分が元天才だと言う事を知って。

色々と思うところがあったのだろう。

鬼になってからは、天才だった頃の自分を再現しようとして。

色々と工夫を重ねたらしい。

ただし、情報生命体は、情報を食えば食うほど強くなる。

そういう意味では、私の方が今では師匠より上だ。

同じ上級鬼でも、得ている情報の量が違う。上級鬼と一言で言っても、ピンキリなのである。

師匠はアーカイブから、自分の人生についても、全てトレースして記憶に組み込んでいるらしく。

たまに連絡を入れてくる。

私としては良い迷惑なのだが。

今回に関しては、少し話してもいいかなと思った。

「面白いシミュレーションだな。 虫共には丁度良い薬だろう」

「相変わらずの言い分ですね。 それに虫は虫で優れた生物ですよ」

「お前らしい言い分だ」

「そうですね」

しばし、他愛ない話をした後。

師匠は言う。

「まだ恨んでいるのか」

「当たり前でしょう」

「そうか。 それはすまなかったな」

「どうしたんですか。 気持ちが悪いですね」

師匠は。

シミュレーションを全て見た様子だ。

それで、ようやく。

私の気持ちを理解出来たのかも知れない。

それでだろうか、謝ったのは。

何もかも遅いと私は思ったけれど。

それ以上は言わない。

天才という言葉は。

安易には使うべきでは無い。

それは誰も幸せにしない。

「時に、思うのだがな」

師匠は、私に。

生きていた頃のように。

不意に、突飛な意見を、披露しはじめた。

私は辟易しながらも。

師匠とは、ひょっとして。

これで和解できたのかなと、思ったのだった。

 

(続)