探しに行こう素敵な世界を
序、素敵な場所
上級鬼になってからしばらく経つ。物質世界に干渉することさえ出来る力を得た私だけれども。
今している仕事は、干渉では無い。
良い環境の調査だ。
いうならば、不動産業が近いだろうか。
あらゆるデータを精査し。
そして適切な環境かどうかを調べ上げる。
それには膨大な処理能力が必要になる。バタフライ効果を口に出すまでも無く。あらゆるデータを確認し。
その後どうなるかを、把握しなければならないからだ。
私は、巨大な六角柱の周囲を、四枚の翼が旋回している姿をしているけれど。上級鬼だし、化身はどうにでもなる。
今は人に見られる可能性も無いし。
この姿でいるだけだ。
私は地球に降りたって、幾つかの国を見て回り。
ある夫婦に目をつけた。
そこそこ裕福。
仕事はまとも。
特に子供が嫌いという訳では無い。
周囲にも、醜悪な性格をした人間は多くは無いし。両親は相応の対応能力を持っているから、子供にとっても不幸なことは無いだろう。
転生先にはもってこいの優良物件だ。
元々、子供に宿る魂は、魂の海からそのままくるか。
善行を積んだ亡者が、記憶の全てを消去されて、魂となって入り込むか。そのどちらか、である。
このどちらかは、あの世で決める事が出来て。
今、私がその決定権を与えられている。
この物件は合格。
次。
私はすぐに、次の物件を調べに掛かる。データから考えて、相当に良い物件だと判断したし。
良い転生先は、幾つあっても足りないからだ。
ただし。
地球については、転生先としては近年状況が悪化する一方だが。
そろそろ、転生先としては、元が地球人であっても、別の星や文明を選ぶ必要があるかも知れない。
今度、上級鬼や神々が出る会議で提案する必要もありそうだった。
私は周囲を調べ上げ。
膨大なデータを精査して。
次の転生先を探しに行く。
様々な人間を精査していくけれど。
どいつもこいつも問題だらけ。
道徳や倫理が急速に失われていくと。
その文明は衰退する。
弱肉強食の理論が国を強くする、なんて思想を人間は持つことがあるらしいが、それは大嘘だ。
実際には、法があるから国は強くなる。
道徳があるから人間は規律を守り、国は豊かになる。
これらを無視するようになると。
国は衰退する。
技術が生み出されても。
片っ端から剽窃され。
最終的には−になる。
遙か古い時代から、歴史的に繰り返されてきた事だ。きちんと運用されないと、国は腐る。文明も衰退する。
それなのに、何故弱肉強食の理論などを持ち出して、自己正当化するのか。
それは愚かだからだ。
私はしばらく周囲を見回って、適切な環境は無しと判断。
次の地区へ向かう。
この地区も期待は出来なさそうだな。
そう思っていたが。
一つ、まともな環境を見つけた。
昔はもう少しマシな環境も多かったのだけれど。地球の文明は、滅亡のレッドアラートが鳴らされていると聞いているとおり。そろそろ本格的に危ないのかも知れない。それは地球人類のせいであって。他の誰の責任でも無い。
煉獄の方で必死に確率調整をしているようだけれど。
この様子では、無駄に終わる可能性が高そうだ。
或いは、神々か上級鬼でてこ入れを行わなければならないかも知れないが。
それはそれで気が進まない。
基本的に物質文明に干渉するのは、特定の条件が揃わない限り御法度とされているのである。
その特定条件は。
私から見れば、もう揃っているような気がしてならないのだが。
とにかく。
転生先の環境として準備できる場所は減る一方。
モラルも何も無くしつつあるこの星の文明は。
いずれ滅亡する。
立て直すには、てこ入れが必要だと言う結論には、変わりが無い。
このままだと、此処から出る亡者の大半が地獄に行く事になるだろう。それくらい、文明レベルで腐りつつあるのだ。
ノルマの調査が終わったので、タブレットを操作して、中枢管理システムにデータを送信。
今日の仕事終わり。
上級鬼は、組織を率いて動く事が多いけれど。
私のように、単独で動く者もいる。
珍しい部類に入るけれど。それはそれで構わない。
私はこの仕事が気に入っているけれど。
それが故に。
期待も信頼も裏切り続ける今の地球文明は、正直気に入らなかった。
一旦職場に戻る。
職場は地球から20万光年ほど離れた地点にある。空間位相をずらして隠されている大規模な仕事場で。
外から見ると、星を巨大なリングが囲み。無数の隕石が落ち続けているように思えるだろうか。
実際にはそれらは職場となんら関係がない。
敢えて不安定な星の内側に位相をずらして造る事により。
職場を、高度文明の探査から逃れるようにしているのだ。
持ち帰ったデータを、全てタブレットを使って、データベースに納入する。この辺りの作業は全自動化されているし。個人がどうこうする要素はない。
一通り作業が終わると。
タブレットが告げてくる。
作業終了と。
「カドルトさん。 今日は上がりですか?」
「はい。 それが何か」
声を掛けてきたのは、同僚の一人。上級鬼としては比較的新顔になる、メーツルアールだ。
同じ職場でも、仕事のやり方はそれぞれの好きなように任されていて。
私は単独で仕事をするのにたいして。
メーツルアールは部下を引き連れて、ローラー作戦で作業をしている。
とはいっても、転生先の環境調査は、非常に責任が重い仕事で。
あまり中堅以下の鬼に、好き勝手はさせられない。
そういう意味ではメーツルアールも、最終的には自分で調査を精査しなければならないわけで。
苦労にそれほど差は無い。
私は、そういう点も踏まえて。
単独での作業を実施しているのだ。
なお、基本的に上級鬼は姿を自由に変える事が出来る。私くらいの上級鬼になると、二十ほどの化身を持っているのが普通だ。
この職場では制服となる姿もないし。
私は常に六角柱の姿をしているが。
メーツルアールは、どういう心境なのか。常に翼を持つ巨大な蛇の姿をしているのだった。
ケツアルコアトルを真似ているのだろうか。
地球文明で神格として有名なケツアルコアトルは。珍しく神話での姿と本来の姿を一致させている鬼で。
上級鬼の中でも有名なのだ。
「ここのところ地球文明で、あまり良い転生先が見つからないと聞いています。 此方も担当している文明の様子が思わしくなくて」
「ああ、其方は太陽が不安定なんでしたっけ」
「そうなんですよ。 煉獄で調整をしているんですが、どうにもこればかりは。 或いは神々が出て、太陽を安定させるかも知れませんね」
「可能性は高そうですね」
メーツルアールが担当している文明は、まだ宇宙に出るどころか、星の全てを網羅さえしていない程度の力しか無い。
まだまだ未熟だが。
それ故に活力にも溢れている。
活力に溢れていないのは太陽の方で。
その文明がある星系の太陽に、少し前に大規模なフレアが発生してから、どうにも様子がおかしいのだ。
下手をすると、超新星爆発が起きるかも知れない。
今、調整をしている所らしいのだが。
上手く行くかは分からない。
最悪の場合、神々の誰かが出向くことになるだろう。
文明は発生そのものが奇蹟に近く。
守らなければならないからだ。
もっとも、地球の文明は、宇宙に出ること無く資源を使い果たし、滅びてしまいそうだが。
それについても、今神々が煉獄を使って調整しているのは。
なんだか命数を使い果たした存在を、必死に救済しようとしているようで、滑稽に思えた。
メーツルアールと別れると。
後は自宅に戻る。
中堅の鬼と上級の鬼とでは、回復力も何もかもが別物だ。
物理干渉が出来るようになる上級は、精神生命体として、というよりも。生物としての存在の次元が違っている。
その気になれば単独で星一つを一瞬にして破壊することも容易い。
中堅では物理干渉が不可能なこともあり。
それだけ上級という鬼の存在は、圧倒的なのである。
だからこそに、上級の鬼は、仕事の際に注意をしなければならない。気を付けなければ、あっという間に惨劇の引き金を引くのだ。
常に仕事に監視AIがつくのもそれが故。
上級まで行っても。
完璧な生物、というわけではないのだ。
神々でさえ、完璧ではないのである。
ましてや元が人間の亡者だったりする上級の鬼に、完璧を求めるのは、酷というものだろう。
自宅で時間を加速し。
後はゆっくり休む事にする。
仕事を引き継いだ別の鬼が、今頃は地球で血眼になって、転生先を探していることだろう。
だが、良い物件が減る一方である上。
良かった物件が転落するケースも増えている。
金持ちなら良い物件、というわけではないのだが。
やはりどうしても貧しい場合、心も貧しくなるケースが多くなる。かといって金を持ちすぎていても、修羅の世界に暮らすことになる。
ほどほどが何事も一番なのだが。
それがどうにも分からないものが多いらしく。
私はどうするべきなのだろうかなと、悩むばかりだ。
アーカイブを調べて見て。
滅びていった文明のデータと。
宇宙に進出できた文明のデータを比較してみる。
ここら辺は仕事として申請できるので、監視AIに指示を出して、仕事としてのカウントをさせている。
家にまで仕事を持ち込む鬼は珍しいそうだけれど。
私はそれだけ。
真摯に物事に取り組みたいのだ。
ただやり過ぎると、ストレスで負荷が掛かる。
精神生命体にとってのストレスは、非常に危険なので。
仕事をやり過ぎているようだと、監視AIからストップが掛かり、最悪病院に搬送されるが。
分析を進めていると。
色々と例外が多すぎて、何とも言えないという結論になる。
運もかなり左右してくるのだ。
文明が発生した星やらの環境が安定していないと。せっかく文明が発生しても、なすすべ無く滅びてしまうこともある。
ビッグバン前の記録を確認すると。
とにかく鬼が少なく。更に神々の間で反目さえあった時代には。
こういった、外的要因のなかでも特に理不尽な理由で、芽の内に摘まれてしまう文明が多かったようだ。
今は煉獄による確率調整でそれも減ってきているけれど。
それでも、あっという間に。
何らかの理由で、滅びてしまう初期段階の文明は、今でも存在している。
出来たばかりの文明というのは。
それだけ脆いものなのだ。
ある程度爛熟してくると、破滅を経験しても、文明を構築していた知的生命体は立ち直れたりするのだが。
それも場合による、としか言えない。
かといって、鬼による過剰な文明に対する干渉はタブーだ。
上級鬼の圧倒的な力は、それこそ文明にとっては猛毒に等しい。それこそ一瞬で何もかもが台無しになる。
何度もビッグバンを経て、磨き抜かれてきたあの世のテクノロジーは、それこそ絶大なのである。
下手な干渉は。
文明をそれこそ一瞬で消滅させてしまう。
亡者から鬼になった者の中には、復讐心などをどうしても消せずに力を伸ばしてしまう者がいるが。
それらにも監視のAIが常時張り付くのも、同じ理由。
古い時代には。
やはり正義を気取った鬼によって、惨禍が引き起こされた例が、幾つも記録されているのだ。
様々なデータを比較して、レポートにすると。
中枢管理システムに転送。
後は、純粋に休む。
しばらくぐったりして疲れを取ると。
アーカイブにアクセス。
私はどういうわけか、単純に速さを競う娯楽が好きで。
地球で行われているドラッグカーレースというものに興味がある。
アーカイブでそれをぼんやり見ているのが、休暇の過ごし方だ。
前は宇宙を飛び回って、珍しい天体現象などを見て楽しんだりもしていたのだけれど。今はどうにもこのドラッグカーレースがマイブームである。
早い話が、車輪つきのロケットを地上で飛ばしているようなもので。
止まるのにもパラシュートを使うというよく分からない競技なのだけれど。何故か琴線に触れるのだ。
娯楽は、自分が楽しいと思うものを楽しむのが一番。
それが最良だと、私は知っている。
これでも体感時間で一億八千万年ほど生きているのである。
娯楽については、それこそ知り尽くしている。
もっとも、それは他の上級鬼も同じだが。
しばらく無心にドラッグカーレースを見ていると。
中枢管理システムから連絡。
内容を確認すると。
ちょっとばかりまずいかも知れない。
どうやら、地球の文明で。
大きな事故が起きたようなのだ。
煉獄での確率変動で、かなり被害は押さえたようだけれど。急いで状況を確認する必要がある。
文明にダメージが入るレベルの事故のようで。
転生先として確保していた環境の幾つかが、消し飛んだ可能性がある。
申し訳が無いが、すぐに調査して欲しい。
そう言われた私は。
一も二も無く、すぐに休暇を切り上げた。
まあこればかりは、上級になってくると仕方が無い。
力が備わるのは、上級鬼だから故。
力がある故に。
責任も重いのである。
1、楽園など何処にも無い
地球に到着。
既に先遣隊の中堅鬼が、十数名調査を開始していた。
辺りは焼け野原である。
北米にある世界最大の国家の、ある都市が、まるごと消滅している。
要因は、隕石だ。
地球の文明では、そこそこの大きさの隕石は、あらかたその動向を把握できるレベルまで進歩しているが。
それで撃墜が可能かというと、話は別になってくる。
今回地球に墜落した隕石は、直径65メートル。
最悪の位置に。
最悪のタイミングで直撃した。
元々宇宙空間では、凄まじい速度で物体が飛び交っており。
恒星系が安定するまでは、基本的に惑星クラスの物体同士が激突することも珍しくは無い。
地球にある不釣り合いなほど巨大な月も、その産物。
地球に火星ほどあるサイズの星が激突して。その結果宇宙に地球の破片が吹き飛ばされ。それが寄り集まって出来たのが月だ。
現在では、大きめの隕石が落ちる確率はかなり減っているのだが。
それでもかなり危険な隕石が。
最悪の場所に落ちた、としか言えない。
しかも、である。
隕石が落ちた国家は、まだ原因調査中で、臨戦態勢に入っている。敵国の攻撃では無いかと疑っているのだ。
最悪な事に、この国は地球最強の軍事力を持つ国家で。
その気になれば単独で世界を相手に戦える、というほどの実力を持っている。
もしもこの国が血迷った真似に出れば。
それこそ、地球の文明が破滅の危機を迎えかねない。
私が出向いた事で。
一旦中堅の鬼達が、調査した情報を渡してくる。
今回の隕石は、かなり速度が速かったらしく、周囲一キロは完全消滅。更にその周辺十キロ以上が壊滅。
死者の数は激突の瞬間で五万を超えているそうだ。
当然現在進行形で増え続けており、最終的には最低でも十五万を超えるという報告も出ている。
「亡者の引き取りは既に行い始めています。 ほぼ全員を既に回収済み。 今、自動での回収から漏れた亡者を、中堅以上の専門家が回収中です」
「作業を可能な限り急いでくれ」
レスキューが到着したらしく、人間達も作業を開始しているが。
なにしろ直径一キロに達するクレーターが出来るほどの爆発だ。しかも都市部の中枢を直撃である。
文字通りひとたまりも無い。
ざっとデータを確認するが。
転生先として理想、とされていた家庭や環境も、複数巻き込まれていた。
これはもう、本当に運が悪かったとしか言えない。
煉獄で可能性の調整はしている筈だが。
そもそも地球の文明は、内部の紛争やら何やらの状態が悪すぎる。隕石の落下まで、調整は出来なかった、ということだろう。
直径一キロクラスの隕石だったらまだ話は別だったのだろうが。
被害は現在進行形で増えている。
殆どの亡者は即座にあの世に自動的に連れて行かれるが。それでもやはり取りこぼしは出てしまう。
彼方此方で打ち上げられているビーコンが見える。
これは、しばらくは鬼達には過重労働が課せられるなと、他人事のように私は思ってしまう。
地球関連の仕事に就いている鬼には、不運としか言いようが無いが。
これも現実だ。
シフトの調整も大変だろう。
私はと言うと、環境の調査を完了して、一次レポートを中枢管理システムに提出する。
こういうときも、自動化されているレポート作成ツールは便利だ。本当にタブレット数動作だけで全てが終わる。
そして、すぐに。
中枢管理システムから指示が来た。
「現在、煉獄から確率調整をして、この国の政府が暴発しないようにしています。 貴方は最悪の場合に備えてください」
「了解しました」
最悪の場合。
要するに、この国の政府が敵国からの攻撃と判断して、世界大戦が始まらないようにする、ということか。
場合によっては、関係人員を無理に洗脳でもする必要があるかも知れない。
何十年か前にも。
実は同じような事があった。
キューバ危機というのだが。
この時は、本当に危険な状態だった。
中枢管理システムの指示で、関係者数人を上級鬼が洗脳同然で強引に翻意させ。全面核戦争をどうにか回避したが。
逆に言うと、上級鬼は。
こういったレベルの危機でないと、関与を許可されない。
どれだけ悲惨な紛争が発生していようと。
関与が許されないのはそれが理由だ。
私は一旦空間スキップで。
この国の政府中枢へ移動。
閣僚会議を観察した。
意外に冷静な意見が多いようだった。
軍事の専門家は、先制攻撃を受けた可能性が高いと叫んでいる者もいたのだけれども。その一方で、天文学者が冷静な指摘をしている。
「今回の件は、不運な隕石落下によるものです」
指摘をしたのは、車いすに座っている老科学者だ。
偏屈者で知られているらしいが、この文明ではトップに位置する天文学者の一人で。今回の件も、予見していたそうだ。
再三忠告もしていたらしいのだが。
同じクラスの隕石が地球を掠めるケースは珍しくも無いため。
今回もそうだろうと、地球側では油断していたようだ。
ただし、油断していなくても。
多分結果は同じだっただろうが。
評判が悪い大統領が、閣僚に指示を出す。
「とにかく今は、救出可能な人間を、可能な限り救出するように。 現時点での被害は」
「確認されているだけで二万。 確認は出来ていませんが、爆心地から一キロ以内にいた市民五万は絶望的と考えられていますので、最低でも七万。 最終的には、二十万を超えるかと思われます」
「二十万か……」
大統領が呻く。
その意思を読むが。
どうやら戦争の口実にするつもりは無い様子で。
それだけは安心した。
ただし、票に響くとは考えているようだ。
この国の宇宙開発技術は地球随一で。
それでいながら、どうして隕石の落下を察知し、迎撃できなかったのか、という批判があると考えているのだろう。
私から言わせれば、文明の力がその程度で。
迎撃なんてそもそも無理なのだが。
人間はそういう風に、無理を押し通そうとする生物だ。
確かに、そんな風に考える奴も出てくるだろう。
「廻せるだけのレスキューを廻せ。 可能な限り被害を押さえろ」
「軍は如何しますか」
「各国でこの混乱に乗して動きがあるかも知れん。 厳戒態勢を取れ。 国内にいる部隊は、一部をレスキューに協力させろ」
「分かりました。 可能な限りの部隊を動かします」
混乱は、比較的早めに収束していく。
問題は、敵対国か。
幾つかこの国は、敵対国を抱えている。
それらの動き次第では。
やはり洗脳じみた手を使わなければならないかもしれない。
また、軍の前線部隊が、勝手な動きをする可能性もある。混乱は時に、とんでも無い結果を産む事があるからだ。
彼方此方を空間スキップして。
状況を確認。
今日は何時間過剰労働をしなければならないだろう。
私はぼやくけれど。
私がさぼると。
冗談抜きにこの星の文明が消し飛ぶ可能性がある。
順番に、色々な国を見ていく。
そして、状況を調査し。逐一中枢管理システムにレポートを送った。
一段落したのは、一週間ほど後。
上級鬼がもう二人来て。
それで多少仕事が楽になったけれど。地球の文明は、まだまだ混乱を続けている。隕石が落ちた結果、最終的に出た死者は十七万八千。
更に、重傷者などを含めると、百万人近くが被害を受けた。
都市が一つ消し飛んだのだ。
この被害は、多いとみるべきかどうなのか。
いずれにしても、様々な被害が副次的に出て。
最終的に落ち着くまで、まだ一年以上はかかるだろうという見通しが出た。
いずれにしても、私は引き継いで一旦帰宅。
どうやら神々の一柱が出張ることにしたらしい。
というのも、もともと地球の文明は混乱が激しくなってきており、文明評価ランクでかなり下の方になってきている。
根本的な改革がいる。
そう判断したから、だそうだ。
潜在力に関しては、宇宙に出られるものがあるとあの世でも評価をしているのだが。
このままでは資源を食い潰して滅びかねない。
煉獄での確率調整をして対応してきたが。
それでも無理、とあの世では判断した、ということなのだろう。
いずれにしても、私は上級。
まだ中枢管理システムに干渉できるほどの権限は持っていない。
神々は、上級の鬼よりも更に次元が違う存在で。
それこそ、法則に干渉することさえも可能なのだ。
家に着くと。
どっとストレスが押し寄せてくる。
普段から、転生先として安定している場所を探すという仕事自体が。ストレスを激しく生じさせる。
私は好きでこれをやっているけれど。
それでも、どうしてもストレスは出る。
それに、鬼は上級に上がるまでに、平均して十以上の職場を経験するものだ。これは昔から相場が決まっている。
私自身も、物質生命がどれだけ残忍かは良く知っている。
その頭を直接覗くのである。
やはりどうしても、ストレスが酷くなるのは、避けられなかった。
リラクゼーションプログラムを起動。
案の定、警告が出た。
「ストレス値大。 しばらく何もせず、休憩をしてください」
「了解、と」
此方としても。
言われるまでも無く、へとへとなので。へばるようにして休憩をする事にする。実際問題、これ以上働けと言われても無理だし嫌だ。
ぼんやりしていると。
タブレットが鳴る。
AIが取って、内容を確認してくれた。
「カドルト。 貴方に連絡が来ています」
「何だ」
「しばらく休暇を与えるそうです。 今回最前線でもっともめざましい活躍をした分、激しいストレスを受けたのを中枢管理システムでも確認したのが要因だそうでして」
「……分かった」
まあ、きちんと休暇をくれるのが、あの世の良い所だ。
リラクゼーションプログラムの一部を利用して、無理矢理眠る。
普通は眠ることが無い鬼だが。
こうやって、強引に外部処置で眠ることも出来る。
無理にでも眠らないと。
はっきりいってやっていられない。
夢を見た。
私が人間だった頃の夢。
私は、地球出身の平凡な人間だった。後の世の中では、英雄として評価されているようだけれど。
とてもではないけれど天才ではなかったし。
何より、英雄などと呼ばれると、気恥ずかしくてならなかった。
何もかもが凡庸で。
必死に生き延びようとしている間に。いつの間にか混乱に乗じて担ぎ上げられて。たまたま周囲に優秀な人間がいた、それだけだ。
私には一つだけ才能があった。
出来る奴を見抜く、という才能だ。
だから、出来る奴が周囲にいればすぐに分かった。
結果として、私は歴史に色々な意味で名を残す事が出来。英雄と呼ばれるようになったけれど。
あの世でそれを聞かされると。
最初に赤面したものだった。
転生するかと聞かれたけれど。
即座に嫌だと断った。
あんな活躍はもう二度と出来ないだろう。
あれは胡蝶の夢。
私には過ぎた人生だった。
だったら、その後に来るのは、決まっている。反動で、惨めで悲惨なものに違いなかった。
私はそもそも、救えなかった人もたくさんいる。
英雄と呼ばれるには、あまりにも貧弱な能力で。
不幸にしてしまった人だって多い。
歴史に名を残したからといって。
文明に大きな影響を与えたからといって。
私が偉いわけじゃ無い。
だったら、確実に力を伸ばせる鬼の方が良い。最初は、そんな情けない動機で、鬼になったのだ。
だけれども。
それを批判したり笑ったりする奴は、周囲には誰もいなかった。
そして私は、鬼になってからは。
無能だった人間時代を忘れ。
ひたすらに情報を集めに集め。貪欲に鬼として、力を伸ばしていった。きっと、才能と呼べるものが、人を見る目くらいしかなかった反動だろう。
上級になった頃には。
昔の憶病だった頃の自分とは決別し。
冷厳に、客観的に。
人間の文明を見る事が出来るようになっていた。
私は王であろうとしたことは一度もない。
担ぎ上げられて。
必死に、生きようとしていただけだった。
王宮の恐ろしい権力闘争は、正直思い出すのも嫌だ。あれが普通の人間だと分かっていても。
もう正直な話、ああいう場には出たくない。
基本的に私は、転生先に王侯貴族を推薦しない。
評価もしない。
修羅の人生を生きる事が確実だからだ。
これは私が、実際にそうして地獄を見たのだから信じて良い。
目が覚める。
すっと、鬼としての精神に戻ってくる。
人間だった頃、私はとても脆弱だった。だからだろう。情報を得れば得るほど力を手に入れることが出来る鬼になってからは。
私はむしろ、水を得た魚のように働く事が出来た。
AIに確認。
「体感時間で、どれくらい眠っていた?」
「十七時間ほどです」
「……そうか」
上級鬼になると回復も早い。
それだけ基礎能力が高いからだ。無理も利くようになる。だけれど、無理しすぎると、しまいには壊れる。
上級鬼や神々の堕天だけは絶対に避けなければならない。
あの世にとっても、物質世界にとっても。
とてつもない禍になるからだ。
昔の反省も踏まえて、今はメンタルケアが充実している。私も、もう少し休むように言われた。
だからまた無理矢理眠る。
しばらくは、寝ておきてを繰り返さなければならないだろう。
眠っているときは、人間だった頃の事を思い出しやすいので、少し憂鬱なのだけれど。そうも言っていられない。
実際問題として。
睡眠によるストレス軽減は。
医学的にも効果が認められているのだ。
また眠ると。
夢を見る。
私も人間だった頃は、婚姻していたけれど。勿論英雄と言う事で複数の妻を抱えていたけれど。
正妻は私がどうということもない人間だと言う事を早々に見抜いたようで。更に良からぬ輩を散々連れて来た。
私はそいつらを家臣にすることを拒否した。
そうすると正妻は烈火のごとくキレた。
貴方のためを思ってやっているのに。どうしてそういう事をするのか。
私は辟易しながら、指摘する。
あれらは山師の類だ。
私は王の器などではないけれど。人を見る目だけはある。だから王になる事が出来たし。優秀な部下達にも恵まれて。この国は栄えている。
そう言ったけれど。
正妻はヒステリーを起こすばかりで。
あげく不平を持っている部下を扇動して、クーデターまで起こしかねない有様だった。
部下の一人が、早々に手を打った。
クーデターを起こそうとしている部下達を、武力制圧。
正妻も暗殺した。
それで全てが綺麗に片付いたけれど。
私はぼんやりと、喪失感のようなものを覚えたのだった。
息子も、私を恨んだ。
私がどれだけ説明しても。
理解しようとはしなかった。
私の最後もまた惨めだった。
跡継ぎである息子は、私を生涯許そうとはしなかった。私はまともな墓にさえ葬られず。
その業績も、全て息子の時代に否定された。
そして私が作った国は。
息子の時代に滅びた。
あの時私は思ったのだ。
人とはなんなのだろう。金を持つことが、権力を持つことが。本当に幸せにつながるのだろうかと。
金はできるだけあった方が良い。
しかし分不相応な金を持つと、どうしても人間はおかしくなる。
正妻だってそうだったのだろう。
あれも元々、政治に食い込もうとした重臣が送り込んできたものだ。ハーレムなどに夢を持っている者には悪いが。後宮は地獄だ。あれは権力争いの縮図で、まともな精神では一日ともたない。
暗殺、謀殺当たり前。
後宮の弊害を苦慮して、極限まで縮小した君主まで実在している。
それだけ危険な場所なのだ。
自分を愛してくれる都合の良い異性なんて其処には存在しない。
私も、出来るだけ足を運びたくなかった。
分相応とは、そういう事。
結局の所、人間は。
バランスが取れた場所にいるのが、一番なのだろう。
目が覚める。
頭を振りたいところだが。今の私は六角柱だ。そんな事は出来ない。人間型には出来ればなりたくない。
ぼんやりとしていると、AIが告げてくる。
「体感時間で14時間ほど眠っていました」
「もう少し眠った方が良いか」
「可能であれば」
「……分かった」
嫌だけれど、仕方が無い。
私は人間時代に、散々苦労した。だから、転生先に選ぶのは、ほどほどのお金と。分相応な地位と。
そして優しい人間が集まっている場所が良いと思っている。
私は厳しい選び方をすると、いつも言われるけれど。
私の実体験があるからこその事だ。
私に取って、人生は正直な所苦界だった。
英雄と呼ばれてさえ苦界だったのは何故か。
分不相応だったからだ。
AIに言われるまま、また眠る。
結局の所。私は。
今でも、分不相応に生きた後遺症を、抱え続けているのかも知れない。
2、てこ入れの果て
休暇を終えて、職場に戻る。
そして、最初に状況を確認して。
思わず真顔になっていた。
一応世界大戦の発生は回避された。
生じていただろう混乱も、最小限に押さえ込まれていた。
神が直接出向いたのだ。
まあそれも当然だろうか。
その代わり、である。
私の仕事に、けちがついていた。
「厳しすぎるという判断が出ています」
「ちょっと待ってください」
中枢管理システムに喚び出された私は、有名な魔眼バロールに引き合わされて。その話を直接された。
神の一柱が地球に出向いて。
全体的なメンテナンスをした。
文明の調整。
人類の間に蔓延している消化不良な空気のてこ入れ。
このままでは滅亡確定と言われていた地球人類だ。丁度良い機会だし、オーバーホールを行おうと、考えたのだろう。
それはいい。
実際やるのが遅すぎたくらいだ。
これによって、随分と地球の状況は改善したらしい。紛争は半数が解決し、様々な新技術が一気に開発されて、貧富の格差もかなり改善したそうである。
だが、その一方で。
私の仕事を見た神の一柱が、クレームを入れてきたそうだ。
厳しすぎると。
「私は実体験に基づいて、転生先として理想的な場所を選んでいます。 それについては誰に対して弁解する必要さえない事実です」
「確かに貴方の仕事内容が実体験に基づいていることは分かります。 分不相応な場所にいる人間は不幸になるだけだという持論も理解出来ます」
「それならば、何故」
「元々優秀な人間にとっては、貴方が言う分不相応には当たらないケースがあるからですよ」
あまりそれは認めたくない。
正直な話をすると、非常にその辺りは難しい問題だと私も思う。
実際、良い条件だとして紹介された転生先で。
不幸になる者もいると聞いている。
だからこそ、私は。
まず間違いなく幸福になれる転生先を選んでいるのである。
自分の経験もある。
私は王の資格なきものだった。英雄と言われたのは何かの間違いだった。それを自覚しているからこそ。
分不相応がどれだけの悲惨を招くかは、良く知っている。
だからこそ。
私と同じ思いは誰にもさせたくないのだ。
英雄と歴史的に言われていた私でさえそうだったのだ。
天才と言うのは、それだけ普通の人間からずれることを意味している。それら天才だったら、余計に難しいのでは無いだろうか。
心に余裕があり。
適切な財産を保有していて。
そして何より善良な周囲の人間。
これらがそろってこそ、幸せを産み出す。
「いずれにしても、貴方が選んだ環境は、ほぼ確実に転生した人間に幸福を与えているのも確かです。 しかし、貴方が切り捨てている環境にも、幸福を与えうる環境があるのも事実でしょう」
「承伏しかねます。 この世で善行を積んで、良い条件で転生出来る人に、危険な環境を紹介できません」
「お気持ちは分かりますが」
「……神々の意向には逆らえない、ですか」
咳払いするバロール。
これは中枢管理システムの決定だともいう。
それでは、なおさらだ。
口惜しいけれど。
中枢管理システムの能力については、私も知っている。しかも、地球は神が出向いて手を入れた直後だ。
そうなってくると、従わざるを得ない。
「分かりました。 それでは、転生する存在に特定の条件付きで、という指定をつけた上で。 確保する案件を吟味します」
「そうしてください」
「……分かりました」
悔しいが。
最高の素材だけを選ぶわけには行かない、というわけか。
しかし、別に地球人類出身でも、地球を転生先に選ぶ必要もないとは個人的に思うのだけれど。
あくまで自給自足が最上、とでもいうのだろうか。
私には神々の考えはよく分からない。
中枢管理システムを後にすると。
家に戻る。
舌打ちが、途中で何度も出た。
苦い思い出のある現実。
英雄と勝手に呼ぶ周囲。
その中で、盆暗だった私が、どれだけ苦しんだか。分不相応な力や地位なんて、持っても皆が不幸になるだけなのに。
どうして、誰もそれを理解してくれないのだろう。
今回の件は、きっと大きな禍根を残す。
私はそう思った。
アーカイブを出してきて、リラクゼーションプログラムを走らせる。
リラクゼーションプログラムは、ずばり酩酊を使用。
実際に鬼や神は、物質の酒を口にすることはないが。
酩酊をリラクゼーションプログラムで、適量使用する事は禁止されていない。ただし一人でいる時に限るし。使用するときには、監視AIが使用しすぎないように、体に害が無いように、周囲に害が無いように、厳しく監視する。その監視の範囲内であれば、酩酊は許可されている。
アーカイブは、ドラッグカーレースを見ようかと思ったけれど。
少し考えてから気分を変えた。
いっそのこと、落語にでもするか。
ドラッグカーレースが好きな私だけれど。
他にもアーカイブは漁っていて、面白いと思うものは見るようにしている。
落語も、名人と呼ばれる人間の全盛期のものは確かに面白い。
そういった面白い落語の全集が、アーカイブには幾つかあるので。
それを淡々とみる。
なお、翻訳は全自動でタブレットがやってくれるので。
別に頭の中でいちいち言語を切り替えなくても大丈夫だ。この辺りは、あの世のテクノロジーの凄まじさである。
しばらく酔った頭で、名人芸の落語を見る。
その場にいるのに、二人いるとしか思えない。
確かにこれは名人芸だ。
しばし、ぼんやり名人芸の凄まじさを楽しみながら。
まだ残っている余暇を。
楽しむ事にした。
地球に出向く。
色々あって神が手を入れた地球は。
わずかだが、確実に。
様変わりしていた。
まず全体を見てみるが、明らかに全体的に下向きになり、負のスパイラルに陥っていた地球人類の文明が。
活力を取り戻している。
幾つかの国家は、自壊。
これらは、冷戦構造の際に生まれた鬼子とも呼べるような存在が。隙間にあったために生き延びてしまったもので。
無くなってしまったのは正解だっただろう。
神の手が入ったことにより、崩壊後の混乱も最小限に済み。
全体的に問題が片付いたことにより。
貧富の格差もかなり縮まっている。
緊縮されていた宇宙開発も、再開されているようだ。
良い事である。
地球の資源にはどうしても限界がある。
人類は地球にいたままでは、その内資源の全てを食い尽くしてしまう。既に枯渇が始まっている資源もある。
宇宙に出るのは必須。
それに、文明が宇宙に出るのは、段階的進歩としてはただしい。
もっとも、今の地球人類を宇宙に出した場合。
蝗よりタチが悪く、他の星を侵略していくのも疑いが無い。
ただし、地球ともっとも近い文明がある惑星まで、2000光年ほどもある。実際に地球とその文明が接触するまでは、まだまだ当面時間が掛かる。
接触の際にまだ人類が蝗だったら。
その時は、また神が手を入れるだろう。
全体を実際に自分の目で見て把握。
勿論、全ての矛盾が解消された訳ではないし。
何よりも、まだまだ色々と問題は山積みしている。
この中から。
善行を積んだ人間が。
不幸な目に会わない可能性が高い転生先を見つけなければならない。
それには大きな責任が伴う。
私のやり方を緩和しろ。
そう言われたけれど。
どうしても抵抗がある。
いずれにしても、少しずつ調査を開始。
今まで通りの条件合致した環境は、勿論すぐに良い転生先、としてカウントしていくのだけれども。
それ以外にも。
神々がクレームを入れてきたように。
条件次第では良い転生先になる場所も、見つけていかなければならない。
命令を受けているのだ。
それくらいはしなければならない。
物質世界と違って。
あの世では、鬼としての力が増せば増すほど、難しい仕事を任されるようになるのである。
物質世界で私は、名ばかりの英雄で。
何かの間違いで歴史に名を残してしまったけれど。
それでも、指示を受けたらやる。
それは絶対だ。
環境が改善したからか。
私の厳しい眼鏡にかなう転生先も、幾つか見つかる。これでも人を見る目には自信があるのだ。
それに、貧すれば鈍するというのもまた事実。
どの世界のどの文明圏でも。
生活できなくなれば、革命が発生するのだ。
革命が発生しなくても。
いずれその国は破滅する。
これについては、個々人も同じ。
嫌と言うほどみてきたのだから、間違いない。
幾つか、良さそうな案件を見繕って、中枢管理システムにレポートを送る。そして、今までだったら、弾いていた案件に出会った。
貧しい。
それでも、相応に善良な両親の家庭だ。
こういう家庭の場合。
家庭内では、とても幸せな環境が構築されるケースがあるのだけれど。
家庭外に出ると、周囲からの圧力が悲惨で、潰れてしまうケースが珍しくない。弱者を嬲るのは人間の習性の一つ。
特に子供の残虐さは特筆するべきものがある。
しばし悩んだ末に。
家庭での環境を生かして、周囲に耐えられる人材なら問題なしと注釈をつけた上で、中枢管理システムにレポートを出す。
今までは、こういった注釈はまずつけなかった。
注釈がつく場合は、その時点で難しい、と考えていたからである。
それでもやらなければならない。
そういうものだ。
また一つ、難しい家を見つける。
裕福なのだが。
両親がそろって、筋金入りの変人だ。
これは、子供も同じように変人か。
それとも、内外のギャップに耐えられる、精神的なタフネスが必須になってくるだろう。これも注釈つきだな。
そう考えながら、レポートを入れる。
言われた通り、条件を緩和した末だ。
かなりの数の案件が出てくる。
実際には、神の改革が入る前と、その後で。
私の眼鏡にかなう物件そのものは、あまり増えていない。
それはそうだ。
如何に神が効率的な改革を実施したとは言え、基本的には手を入れるのは最小限に、というのが基本だ。
今回はかなり改革が激しいが。
それでも地球人類の性質まで変わったわけじゃない。
一気に貧富の格差が、全解消したわけでも無いし。
悪人が絶滅したわけでもないのだ。
それを考えてみると。
やはり、色々厳しい、というのが事実だろう。
条件緩和をしたから、レポートを書いた環境は二十を超えた。普段より何倍も多いけれど。
個人的には、条件付きでの案件は。
出来れば、亡者に提案したくない。
それも事実だ。
しばし悩んだ末。更にもう数件を追加し、レポートを提出する。これで、ある程度、中枢管理システムからの要求には応えられたはず。
色々と個人的には不満もあるが。
これ以上の譲歩は出来ない、というのが素直な本音だ。
とりあえず、引き継ぎの人員に状況を引き継いで、戻る事にする。
引き継ぎの鬼は。
私が決めた転生先を見て、驚いたようだ。
恐らく私は。
判断基準が特別厳しい事で、知られていたから、だろう。
いずれにしても、鬼同士の関係は、希薄。
引き継ぎは一瞬。
それで終わりだ。
後は、家に戻ることにする。
神が直接手を入れたことで、地球の文明はもう少し命数を長らえるだろう。だからこそ、転生先としてはまだ少し価値が出てくる。
その分、私にはまだ仕事がある。
結局の所、成果がどうなるか次第だが。
私は、間違ったことはしていないし。
選定にも手を抜いていない。
それで、良いはず。
間違っては、いないはずだ。
家に戻る。
しばしして、タブレットに連絡。
少し無理矢理寝ようかと思っていた矢先だったから、少しイラッと来たけれど。まあそれは我慢だ。
私も物質世界では我慢を散々強いられた。
鬼になってからも、我慢をするのは得意だ。
タブレットから、連絡の内容を確認。
しばし考え込む。
どうやら、私が条件付きで、と提示した転生案件を、検討しているという。
今まで私が持ち込んだ転生案件は、基本的にそのまま通しても大丈夫、という安心感があったらしいのだが。
どうも条件付きの部分が厳しく感じるらしく。
それによって、亡者の特性を見極めるために。
何かしらのサポートプログラムを走らせる必要がある、という考えらしい。
転生を行う際に。
AIに全自動で任せている部分は多いが。
それにある程度改良を入れる必要がある、という事か。
しかし、である。
私以外にも、条件付きで転生先にOKを出している鬼はいたはずだ。どうして今更に、そんな話が出てくるのか。
少し調べて見ると。
納得である。
どうやら、他の鬼の場合は、こんなに細かく条件指定をしてこなかったらしいのである。ある程度良いと判断したら、即座に転生先として優良として提案してきていたらしく。中には、それで実際には条件が厳しい転生先が選ばれてしまったケースもあるそうだ。
実際問題、初期条件が優秀、というだけで。
転生先としては優秀ではある。
その後に不幸が起きる可能性はどうしてもあるし。
そこまではあの世は責任を持ちきれない、という考えもあるだろう。
条件がどれだけ優れているように見えても。
実際に行ってみれば、修羅場だった。
そういうケースは枚挙に暇が無い。
その分、私が提案した転生先は信頼されていたそうなのだけれど。
その私が。
厳しい条件を指定した上で。
これならば大丈夫、という転生先を紹介したのだ。
あの世のシステムとしても。
改善を入れる必要が出てきた、という事か。
面倒な話だ。
何だか私がパンドラの箱を開けたみたいではないか。
というよりも、私が今まで精度が高い転生先の紹介をしていたのに。神の指摘によって、条件を緩和した、と言うのがこの改革の最大の原因なのだろう。
私には当然責任が無い。
だから放置していても良いのだが。
それなら、いっそのこと、もっと条件を厳しくするか。
ただしその場合。
他の鬼の負担が大きくなることも事実。
鬼同士の関係は極めて希薄だから、他の鬼が私に文句をつけに来る可能性はまずないと言って良い。
だけれども、それはそれ。
なんというか。
全体的にすっきりしないのだ。
少し考えてから。
レポートを作って、提出する。
転生先として準備する環境についての要件だ。
私が人生で味わったもの。
見てきたもの。
そして、鬼になってから見たもの。
これらを全てレポートにして、提出する。
これが少しでも、転生先の条件が良くなる助けになれば嬉しい。ならなければそれはそれで構わない。
判断するのは中枢管理システムだ。
今回私が自分の意見を述べたのに、中枢管理システムはそれを否とした。ならば責任は向こうにある。
私は知らない。
レポート分の仕事時間を申請して、それで後はもう寝ることにする。流石に中枢管理システムも、もうちょっかいを出してこないだろう。
どうせすぐに何もかもが良くなるはずは無い。
それに、だ。
私は後世から英雄英雄と言われていたけれど。
私が見てきたのは、きらびやかな世界などでは無い。
其処は地獄だった。
人間の命がゴミのように軽く。
ささやかな幸せを享受していた家庭が、野獣も同然の鬼畜によって、一瞬で蹂躙され。それをやった鬼畜を、一芸に優れているという理由で取り立てたりしなければならない理不尽な世界だった。
ああいう滅茶苦茶があるのは事実で。
今まで見ていて断言できるが。
人類は、私が英雄と呼ばれていた頃から。
何一つとして。
進歩などしていないのだ。
3、巻き込まれる渦
ぼんやりしていると。
アラームが鳴って、意識が引き戻される。
久々に、かなり長時間眠ったらしい。勿論、まだ仕事開始は先だ。サポートAIに確認して、スケジュールを出して貰う。
まだ体感時間で二日ほど余っている。
更に眠っても良いけれど。
此処はいっそのこと、少し外に出るのもありだろう。
もう長い事旅行など行っていないけれど。
別の星を見に行くのもいいか。
外に出ると。
空間スキップして、一気に数十光年を跳ぶ。
更に連続して空間スキップ。
そして、十秒もしないうちに、別の惑星系に出ていた。文明がある惑星系だ。
私は上級になってしばらく経つから。
下っ端や中堅が使うような空間スキップ用マスドライバを使わなくても、その気になれば宇宙の果てから果てまででも行ける。ただし使った方がより早い。
今回マスドライバを使わなかったのは。
単純に気分の問題だ。
もっとも、更に力の強い鬼になると、宇宙の任意の地点に、一回の空間スキップで転移出来るらしいのだけれど。
上級の鬼と言っても実力はピンキリ。
そんな事が出来る奴は、上級の鬼の中でも、更に上位の一握り。
ビッグバンの前から生きているような奴らで。
残念ながら私では及ばない。
とにかくだ。
ハビタブルゾーンに存在する惑星に降り立つ。遊びに来たのだと、一目で察したのだろう。
仕事をしているらしい鬼が一瞬だけ視線を向けてきたが。
それだけ。
遊びに来ている鬼相手に話しかけるのは、あまりない。
というのも、タブレットで幾らでも情報を入手できるし。
何より仕事時間中の場合。
無駄な私語は避けた方が良いからだ。
この星の住人は、1.5G程の比較的強めの重力化で生活しているため、地球人類よりも身体能力が高い。
一方文明はまだまだ発展途上で。
核兵器どころか、飛行機さえまだ実現できていない。
経済の観念も若干曖昧。
ただ、相応の規模の国家は存在するし。
それなりに豊かな家庭もまた、多いようだった。
更に特色としては、精神文明の発達が相応に進んでいて。
町並みなどが、合理性よりも。精神性などが重視されているため。地球の文明とは、町並みのレベルからして違っている。
もっとも、精神文明は言った者勝ちの世界。
テクノロジーとして、魂やあの世の存在を解明しているレベルの文明ではない。
それを考えると、まだまだ未成熟な文明で。
とてもではないが、安定しているとは言えないだろう。
ざっと調べて見るが。
転生先として私の眼鏡にかないそうな物件はそれほど多く無い。だが、それでも、幾つかは見つかる。
今日は仕事では無くて気分転換に来ているのだ。
レポートで報告したりはしない。
周囲をフラフラしていると。
目についたのは、地球人類の子供に似た鬼だ。
この星の住人は、Gが高い事もあって、全体的に地球人類よりもがっしりしていて、zんぐりしている。
だから、細い地球人類と似た姿をしていると、どうしても目立つ。
背中に翼をつけているのは。
仕事中は、人間とは違う姿をしなければならない。
鬼として分かるように、何かオプションをつけなければならないからだ。
地球人類の子供に似ているといっても。
目つきは良くないし。
どちらかといえば天使のよう、というよりも。
ドスがきいた目もあって、ヤクザの子息か何かのようだが。
向こうも一瞬だけ此方を見たが。
此方も興味が無いので、そのまま通り過ぎる。
それにしても、地球人類出身の鬼だろうに。
どうしてこんな中途半端な場所で仕事をしている。
それも見たところ、取りこぼした亡者をキャプチャしているようだ。そんな仕事なら、余計に現地出身の鬼に任せるべきだろうに。
まあ、経験を積ませる一環なのかも知れない。
少し腑に落ちない点はあったけれど。
さっさとその場を後にする。
家に着いた頃には。
適当な時間になっていた。
少し、さっきの鬼は気になったが。
それはそれで別に構わない。
ちょっと休憩してから、仕事に出る。
タブレットには。
あれから、連絡は来ていなかった。
仕事場に出ると。
上向きになった地球の状態が、更に良くなっているのが分かった。全体的に、なんというか。
空気が良くなっている。
元々悪化する一方だった地球の環境だけれども。
大規模なてこ入れが入った事で。
無理矢理にでも上向きにされた、という事だ。
その過程で無理が出ていないか不安だったのだけれども。
流石にその辺りは、神である。
地球で神話に出てくる神々は、名前を貸しているだけの上級鬼であるケースが殆どで。基本的に人間の想像力の範疇でしか、力を持っていない。
神々は違う。
文字通りビッグバンを何度も乗り越えてきた者達だ。
知識にしても経験にしても。
地球レベルの文明を、状態是正するくらいは、それこそ無理なく出来てしまう。
ただし、神々による干渉は最終手段だ。
今回は、その最終手段が用いられた。
これで良くならなかったら、色々と問題が大きすぎるとも言える。
周囲を見回りながら、チェック。
転生先として適当な家庭を見繕う。
裕福で、子供を欲しがっている家庭を発見。
だが、私は見抜く。
この親はダメだ。
欲しがってはいるけれど。
実際に得てしまうと飽きるタイプである。
こういう人間の所に転生すると悲惨だ。子供としては完全に放置され。親が好きなときだけ勝手な愛情を注がれることになる。
当然性格は徹底的にねじ曲がる。
実際、英雄をしていた時にも。
そうやって、心底からねじ曲がった部下がいたものだ。能力も実際に秘めているものをまったく引き出せず。
色々あったあげくに、同僚に刺殺されて死んだ。
凄まじいまでの恨みを買っていたから、当然の結末だったが。
周囲と違って、私は見抜いていた。
あれは親に問題があったと。
この家庭は、完全にそれと同じパターンだ。
しかも、である。
見ると、以前に別の鬼が、此処を良い転生先として申請している。即座にその取り消し申請を行った。
レポートを提出し。
すぐにタブレットが鳴る。
中枢管理システムが、連絡を入れてきたのだ。
機械的に事情を聞いてくる中枢管理システムに。
私も、端的に事実を応える。
「なるほど。 親が根本的に子育てに向いていない性格をしているため、転生した人間が地獄を見るのは確実だと」
「ええ、間違いないでしょう。 にた事例を実際に間近で見ています」
「ふむ。 分かりました。 検討します」
「シミュレーションもして見てはどうでしょうか」
今実施中だと返答があった。
まあこの辺りは、宇宙最大の量子コンピュータ並列接合システムだけはある。判断は速いし的確だ。
そして、結果もすぐに出た。
「どうやら、この案件は不的確のようです。 ただし、現時点では、です」
「現時点?」
「この夫婦の性格がもう少し落ち着いた後であれば、転生先としてまずまず良い案件になるというシミュレーションが出ています。 監視のAIをつけて、様子を見る事になるでしょう。 推定確率は97%です」
絶対に止めるべきだと思うけれど。
中枢管理システムがそういうなら逆らえないか。
まあ勝手にすれば良い。
監視のAIもつくようだし。
それはそれで、状況が適切になったと判断すれば、中枢管理システムの方で動くだろう。
やりとりを終えると、私はまた転生先として適切な案件を探す。
色々と様変わりしているが。
それでも、私は、人間を見る目には自信がある。
だからこそに。
妥協は出来ない。
また、条件付き案件を発見。
かなりやさぐれている夫婦だ。
金もあまり持っていないし、仕事の環境が悪すぎるのだろう。だが、仕事さえまともになれば、転生先として理想的になる。
そう私は判断した。
しかし、そんなところまで、鬼が干渉する訳にはいかない。
神がてこ入れしたと言っても。
全体の破滅を免れるようにしただけであって。
何もかもが改善するわけではないのだ。
ただ、社会そのものが上向きになっている。
十年後くらいには。
或いは、この夫婦の所が、転生先として理想的になるかも知れない。
レポートを入れる。
非常に難しい注文だ。
だが、中枢管理システムは柔軟に対応してくれる。
すぐに監視用のAIを送り込んでくれた。
まあ、ダメかも知れない。
だが、善行を積んだ亡者には。良い転生先を選ぶ権利があるし。そのためにも、私は頑張らなければならない。
ふと、この間見た、目つきが鋭い鬼を思い出す。
人間の姿。
それも恐らくは、生前の姿だ。
彼処まで化身が出来ると言う事は、まず間違いなく中級以上。彼方此方の平行世界などで経験を積んで、其処まで成長したという事だろう。
あの目つきの悪さ。
つまり、元の環境が悪かった、という事だ。
ふと、気付く。
視線を感じる。
だけれど、周囲を確認しても誰もいない。
なんだろう。
仕事の雰囲気が変わってから、なんだか嫌な予感がする。
私は、これからも、これまでも。
転生先としては、最高の場所を得るべく、考えて行くつもりではある。
だけれども。
私が不幸にしてしまった亡者もいるはずだ。
殆どの場合、私の見つけた転生先は、安心して勧められると評価される。だけれども、例外があったとしたら。
何だか、私は。
寒気を感じていた。
鬼同士の争いは御法度だ。
問題を起こしそうな鬼に関しては、監視AIがつく。
鬼の感情は、職場でも家でも常に監視されていて。
基本的に感情が希薄な鬼の場合。
大きな感情のぶれは、即座に病院や、中枢管理システムへと連絡が行くようになっている。
これは過去の宇宙で。
いわゆる堕天をした鬼や神々が、世界の災厄として大きな禍をもたらしたからである。実際に堕天を起こした鬼は、噂には聞いたことがあるが。それこそ瞬く間に星系を丸ごと滅ぼすような力を持ち。
専門の討伐する神が出てこないと、手に負えないそうである。
地球の神話で言う軍神という奴だ。
それとも少し実際の性質は違うのだが。
「悪しき存在」と戦う神はどこの神話にも存在し。
色々な変遷を経て地球の神話に名前だけ貸し、それが変遷したのが軍神と地球で呼ばれる信仰対象。
実際の軍神は。
今はほぼ仕事が無くて、力を蓄えるために情報を吸収しつつ休眠しているそうだが。
たまに堕天しかける鬼が出ると。
スタンバイするという。
今の宇宙になってから、堕天した鬼は出ていないそうだけれど。
堕天しかける鬼はたまにいて。
そういう場合は、病院の方も中枢管理システムの方も、大騒ぎになる。
私の所まで、騒ぎが伝わるくらいなのだ。
そして、この間一人堕天しかけて騒ぎになり。
それが落ち着いたところで。
また一人堕天しかけた。
今、丁度。
出勤前にその情報を得たところである。
しかも、である。
私の関係者だというのだ。
困り果てたが、中枢管理システムに喚び出された。仕事そのものは、他の同僚に任せるしかない。
ここのところ、かなり熱心に働いていたから、転生先としての優良物件はたくさん見つけてある。
今のところは貯金があるくらいで。
中枢管理システムに顔を出して、話を聞くくらいだったら、問題は無いだろう。
とりあえずシフトの組み替えについてタブレットから指示を受けて。準備をし次第、中枢管理システムに顔を出す。
バロールが待っていた。
まず最初に聞かされる。
「時にカドルトさん。 貴方は、自分の娘さんがどうなったか記憶していますか?」
「娘というと、どの娘です」
「ああ、貴方はそういえば地球の文明に残る英雄でしたね。 かなり多くの子孫を残していますか」
「はあ、まあ」
英雄か。
此処でもそれを言われるか。
とにかく、子供の全員が幸福になったか、というとそれはノーだ。
私が作り上げた帝国は、結局伏魔殿だった。
子供達は、骨肉の争いを繰り広げ。
後宮は悪魔の巣窟だった。
横死する子供も少なくなかった。
私は出来るだけ家臣達の争いを押さえて、社会の発展を試みたけれど。それでも、やはり腐臭漂う連中は。
エゴを優先させ。
人命よりも自分の財産を大事にした。
その過程で消えていく小さな命はたくさんたくさんあった。
私は英雄と後世呼ばれたけれど。
それでも、子供の中には、不幸な目にあわせてしまった者が大勢いる。
バロールが呼んだ名前は。
聞き覚えがある。
「ああ、あの子ですか」
「覚えていますか」
「覚えていますよ。 正室の第三子だった子ですね。 あまり言いたくは無いのですが、後宮のごたごたに巻き込まれて、毒を盛られて死にました。 まだ幼かったのに、不幸なことです」
「今、堕天しかけているのが、その子です」
唖然とする。
まて、私の娘か。
よりにもよって。
しかし、人間時代の関係と、鬼になってからの関係は、基本的に切れるはずだ。となると、まさか。
人間時代の妄執を、鬼になってからも引き継ぐケース。
希にあると聞いている。
というか、現在堕天を起こしかける鬼は、ほぼそのケースだけだという。
話によると。
その子供は、鬼になってから地球での仕事を拒否。
まあ、特定の仕事を拒否する鬼はいる。確かにいる。
それ自体は、特に問題視もされない。
実際問題、それ以外の仕事であれば、という事で、きちんと仕事さえすれば大丈夫だし。
怠け者の鬼にも、相応の仕事が割り振られる。
サポート用のAIも貸し出され、仕事の手伝いもする。
あの世は本当に人手不足で。
多少の欠点があるくらいで、鬼を処分、なんて事は出来る世界ではないのだ。
実際問題、その鬼は、しばらくは安定した仕事をしていたらしいのだが。
よりにもよって。
妄執の原因である私を見てしまったのが、その堕天しかける原因になったと言う。
何となく理解出来てきた。
顔は違ったが。
あの目つきの悪い娘。
あれか。
向こうは、すぐに私だと理解出来たのだろう。
姿は違っても、魂の波長とか、そういうもの。鬼には、それで分かってしまうケースがあるのだから。
「……どうすればいいですか」
「感動の再会、とはいかないでしょう。 何しろ、当時の鬼が、貴方の所を優良物件として紹介して転生して、幼い内に悲惨な死に方をしたのですから」
「!」
「亡者になってからそれを聞かされて、即座に鬼になる事を決めたそうです。 善行がまるで報われない結果に終わって、あまりにも頭に来ていたのでしょうね。 それで妄執が引き継がれてしまった」
そうか。
そういう悲劇が、回り回って私の所に来るのか。
私はあまりにも至らない英雄だった。
歴史的な評価とは裏腹に。
本当に盆暗な人間だった。
だからこそ、私のような所に来ないように。徹底的に転生先を吟味するようにしていたのだが。
それなのに。
報いは来るものなのだな。
私は人間だった頃には、多くの人を救えなかった。
「カドルトさん!」
ストレス値急激上昇と、警告のアラームが鳴り響いている。
私は、意識が遠のくのを感じていた。
4、歴史の先
気がつくと、私は。
病院にいた。
姿は、元の六角柱のままだけれど。
一時期、ストレス値が限界に来て、かなり危険な状態になったのだという。
ストレス値が限界に行くと、堕天するか、もしくは命を落とすケースがある。復讐心などを抱いている場合は堕天。
そうでなく、自責の念に苦しんでいる場合は命を落とすそうだ。
私は後者。
危うく死ぬ所だったと聞かされて。
そうかとしか言えなかった。
バロールの所から病院に特急便で搬送され。
体感時間で三十七時間に達する手術を行われたのだという。
結構有名な医者である、石版にカニの足を生やしたような鬼に、順番に話を聞かされていく。
「まず元娘さんですが、堕天は免れました。 今は療養中です」
「それは……良かった」
「ただし、姿が生前の姿で固定されてしまって、化身が出来なくなりました。 オプションなどは装着できますが……」
そうなると、地獄などでの仕事は出来なくなるだろう。制服としての姿を取れないとなると、鬼としては仕事場が限られてしまう。
それは気の毒だなと思ったけれど。
全て私のせいだ。
私が人間だった頃。
英雄と呼ばれるのに相応しい存在だったら。
こんな風になる事は無かっただろう。
私は漫画なんかで書かれている、現実味の無いハーレムを見ると、いつも憎悪と哀しみで一杯になる。
あんな地獄を楽園のように書くなんて。
そして実際に犠牲者がいて。
こうして、あの世にまで悪い影響を及ぼすところだったのだ。
私は、どうしたら。
どうすれば償える。
「続いて貴方の状態です」
「私の……」
「貴方は消滅するところでしたが、それをなんとか免れた所までは説明しました。 しかし後遺症も出ています」
「何か能力が低下したとか」
違う、という。
話によると、むしろ能力が一気に上昇したそうだ。しばらくは危険だから、拘束具をつけないといけないそうである。
そういえば。
体がもの凄く重いような気がする。
何だこれ。
「どうして病気になって能力が上昇するのですか?」
「それはですね。 貴方が自分の無力を呪ったからです」
「……」
「それも、ずっと閉じ込めていた生前の自分に対する怒りを、一気に自分に叩き付けたでしょう。 その反作用です」
そうか。
そうだったのか。
分不相応な評価を受けて。そして萎縮していただけでは無くて。
私は不甲斐ない自分に。
其処までの怒りを感じていたのか。
だが、医者は言う。
「貴方は充分に償っています」
「本当でしょうか」
「貴方の選別は、確かに厳しすぎる点はありますが、それでも多くの恵まれた人生を作り上げてきました。 今回の件は、中枢管理システムにも報告しています。 恐らく貴方は、特に幸せな人生を約束しなければならない転生先を探すという点に、今後特化していただくことになるそうです」
「……」
恵まれた人生。
それは、私が生涯得られず。
与えられなかったものだ。
今まで、だから厳しく厳しく転生先を吟味した。
そして、今。
ようやく、償いの機会が訪れようとしているのか。
言葉もない。
私は、退院した。
少しの間、リハビリ期間を与えられる。
アーカイブを確認。
地球の状態は、かなり良くなっている様子だ。やはり神によるてこ入れは、相当な効果があったのだ。
だが、それでも理想郷にはほど遠いし。
人間そのものがまともになったわけでもない。
そう考えると。
あまり楽観も出来なかった。
私は娘のことを考える。
他の子供達も、幸せとは言えない人生を送った。
魑魅魍魎が救う宮廷。
特に後宮は、女性の暗黒面がもろに露出する伏魔殿だ。
人が簡単に死ぬ。
大人まで生きられても、それはそれだ。
其処は苦界以外のなにものでもない。
そういった場所で生きている人間が、ストレスの果てに淫祠邪教にのめり込んでしまうケースも多いと聞くが。
それは当然のことなのだと、今なら分かる。
陰湿な虐めで、殺される同然に自死を選んだ侍女や側室も、一人や二人ではないし。それも歴史の影に葬り去られてしまった。
私は、鬼になって。
英雄だった頃の不甲斐なさを取り戻そうとしているけれど。
上手く行くのだろうか。
補助AIが告げてくる。
「投薬を」
「分かっている」
すぐに薬を飲んで、ストレス値を下げる。
精神生命体にとっては、これが生命線なのだ。
しばらくすると。
タブレットが鳴った。
どうやら、次からの仕事だけれど。
条件付きの転生先は、他に精査させて良い、という事だった。
次からは、確実に幸福が約束される転生先を。
今までと同じように探して欲しい、という連絡だ。
地球の改革をした神も了承したようである。
それを聞いて。
私は心底ほっとした。
後は、娘がどうしているかだが。
いや、もう転生したのだから、娘とも呼べないだろう。転生前はあくまで転生前であって。
転生後は、もはや赤の他人だ。
あの子も私も、振り切らなければならない過去。
世界のために今は働いているのだ。
出来るだけ、私はあの子に関わらないようにするべきだし。
あの子も私を忘れるべきだ。
しばし、無言でいると。
どうやら、予想通りと言うべきか。
その後の情報が入ってきた。
元娘に関して、である。
「転属になったようです。 そして、貴方の事は思考しないように、補助AIを体内に取り込んだとか」
「そうか、それでいい。 不甲斐ない私の事は、忘れてしまう事が一番だ。 私からは謝罪できないが、それも仕方が無いだろう」
「貴方は英雄として、ミクロ的には不幸を作りましたが、マクロ的には大型文明圏の安定という偉業を成し遂げています。 そういう意味では、気に病むことは無いのではありませんか」
「AIらしい思考だな」
「合理的判断の結果です」
そんな事は分かっている。
ただ、血が通っていない思考回路だなというのは私の素直な感想で。AIもそれをまともに応対した。それだけである。
結局の所。
AIが言う事も事実。
というか、AIは正論を言っている。
そして、私はダメであっても英雄だった存在だ。
正論というのは、正しいから正論というのであって。故にどれだけ口に苦くても、聞き入れなければならないのだと言う事は、当たり前の事実として認識している。不快に思って正論を言う人間を粛正したりするようでは、君主としては亡国を誘発してしまう。実際問題、年老いてから正論を言う人間を遠ざけるような君主は。若い頃の善政を台無しにする暴政を敷いたり。
或いは無能な下郎の台頭を招いたりするものなのだ。
君主で英雄と呼ばれた私が言うのだから間違いない。
どんなに盆暗で、たまたま上手く行っただけであっても。
それらは実際に目の前でみているし。
全て実体験なのだから、文句は誰にも言わせない。
だから、私は。
素直に受け入れる事にした。
「そうだな。 確かにお前の言うとおりだ。 私は、もしも元娘に刺されたとしても、ただ謝れば良いし。 自分が盆暗であっても、成し遂げた偉業については、誇れば良いのだな」
「その通りです。 ストレス値が軽減されています」
「仕事に復帰はできそうか」
「もう少し通院して様子を見てからにしましょう」
AIの判断は機械的だが。
やはり理にかなっている。
私は、信頼性が高い転生先を探す存在として。
今後も、あの世から。
信頼を置かれる立場になったという意味では。
それを誇るべきだし。
その仕事を完済するためにも。
今後は、自分の体を大事にしていかなければならないのだろう。
「リハビリのスケジュールを組んでくれるか」
「既に」
「どれ、見せて欲しい」
ざっと見るが。
体感時間で一ヶ月ほど掛けて、順番に体を治していく形になる。私の場合は、一過性の急激な体調悪化だったから、回復も早いという事か。
ただし今後は、状況悪化を防ぐために、サポートAIが常時つくという。
上級の鬼にもなって情けないけれど。
これも事実だ。
受け入れなければならないだろう。
「よろしく頼む」
私はリハビリをする覚悟を決めると。
これからリハビリを管理するAIに対して、そう素直に口にする事が出来ていた。
仕事に復帰する。
今日調べるように指示が出た地区は、かなり広い。三つの国を含めた地域で、まあ上級鬼だからこその広さだとも言える。
人間が生息している地域だけが探査範囲だけれども。
それは当然だ。
地球では、余程のことが無い限り。
人間以外の動物は、幸福な生など送る事は出来ない。
これは客観的な事実である。
人間であってもかなり厳しいのだ。
それを考えれば、当然のことだろう。転生先を調べているのだから、一番条件が良いものを探すのは当たり前だ。
少し気楽になった。
神にクレームを入れられて。
条件付きでの転生先を探すのは、ストレスになっていた。
それがきっかけとなって。
結局あの事件が起きてしまった。
古き時代だったら、それこそ石に頭をぶつけて憤死していた所だろう。でも、私は、治療が出来る今にいる。
堕天も消滅もせずに済んだし。
こうして、新しい生命に。
幸せを確約できる場所を探せる。
それは私なりの償いでもあるし。
否定されずに、仕事を黙々とこなせるのは、それはそれで良い事だ。
ちなみに条件付きで、まともな転生先は。他の鬼が探して、精査するそうだ。なお、私の仕事には。
転生先として良いとされている場所の精査も含まれる。
これは今まで通り。
他の鬼が見つけた優良物件にけちをつけるのはそれはそれでちょっと気が引けるのだけれども。
これでも、人を見る目にだけは自信があるのだ。
せっかくの特技。
生かさないわけにはいかないだろう。
幾つかの家庭を調べていく。
分不相応な家庭はダメだ。
今見た家庭は、年収二千万と、相当に裕福な家庭だが。
夫は完全に犯罪に手を染めていて。
いわゆる粉飾決算をしている。
妻の方は不倫し放題。
夫も愛人を囲っているからお互い様。
収入があっても、これでは意味がない。
此処は絶対にダメ。
生まれる子供が不幸になるのは確実だ。絶対に転生先としては選ばないようにと、レポートを送っておく。
別の家に行く。
此処は日本で言う所の旧家で、それこそ先祖から受け継いだ土地と金だけで楽して暮らせるような家だが。
その分腐りきっている。
当主は人間のクズ。
一夫多妻は認められていない国で、堂々と複数の愛人を囲っており。
しかも国の役人を金で黙らせている。
当然家族も人間性最悪。
こんな家に生まれたら。
私の所よりも酷い事になるだろう。
案の定、内情を調べて見ると、実際に死人も出ている様子だ。暗闘が現在でも繰り広げられているのである。
此処もダメ。
レポートを出して、誰も転生させないようにと指示。
こうすると、あの世でも対応する。
子供が一切生まれなくなって。
一気に家そのものが廃れるのだ。
まあ当然の結果。
こんな家は潰れろ。
それだけである。
続けて、そこそこ裕福な家を見に行く。此処は、一見すると狷介な夫婦だが。実際には子供が嫌いでは無いし。
何より見かけと裏腹に、かなり慈悲深い性格である事を、私はすぐに見抜いた。
家庭の方も、上手く行っている様子だ。
これなら、大丈夫だと太鼓判を押しても良いだろう。
他の鬼は、誰も見抜けなかったけれど。
私はこれでも、人を見る目だけには自信があるのだ。英雄をしていた頃だったら、部下として勧誘していたかも知れない。
無能なことを自覚している私は。
仕事を任せられる部下を選んで。適材適所で配置していた。
部下は、私が有能では無い事を知っていたけれど。
抜擢してくれたこと。
何より信頼してくれたことに感謝して。
自分の能力以上の仕事をしてくれることも多かったし。
私の盾になって、戦場で散って行く者も多かった。
思えば、ああいう部下達は。
不遇を託っていたところを、私が抜擢して。適切な仕事を与えた事を、感謝していたのかも知れない。
家族については不幸しか与えられなかったけれど。
当時の慣習を無視して。
後宮なんてさっさと廃止していれば。
あんな悲劇は起きなかったのかも知れない。
そう考えると、色々とやはり後悔も浮かんでくるが。
今は仕事だ。
サポートAIは何も言わない。という事は、自力でストレスを押さえ込めた、という事だろう。
それはそれで嬉しい。
兎に角、次だ。
次はまた、そこそこ裕福な家庭だ。
夫婦も善良だが。
此処はダメだと私は即決した。
というのも、夫が働きすぎる。仕事に関しては有能だが、恐らくは家庭を一切顧みないと私は判断した。
妻の方も、夫が働いている事に関して、理解を示していない。
この国は、神が手を入れてからかなり安定していて。無茶な労働をする意味は薄れているのだが。
それでもこう働いているという事は。
単純な労働ジャンキーなのだろう。
下手をすると、夫の方は三十代で過労死する。
過労死なんて滅多に無い国になっているのに、である。
その上妻は、恐らくこの分だと浮気を間もなく始める。相当に色々な部分で鬱屈しているからだ。
此処もダメ。
実は、前に他の鬼が転生先として此処を勧めていたようなのだが。
ダメだとレポートを書いて提出。
前は厳しすぎると文句を言われたが。
墨付きが出たのだ。
じゃんじゃんやらせて貰う。
さて、次。
今日中に、もっともっと広大な範囲を調べ上げて。優良物件を探し出さなければならないのだ。
休んでいる暇はない。
タブレットに連絡が入る。
中枢管理システムからだった。
私は仕事を終えて、圧縮時間の中で休憩中である。ぼんやりと操作をしていると。意外なメール内容だった。
以前私が駄目出しした家庭。
追跡調査をした結果。
ほぼ100パーセントの結果で、家庭崩壊や暗闘の結果の人死にが出ていると報告が出たというのだ。
私の人を見る目は。
やはり衰えていなかった、という事である。
一方、太鼓判を押した転生先としては、此方も満足できる結果が出ているという報告がある。
殆どの転生した人間が。
生前の善行にふさわしい、幸せな人生を送っているという。
それは良かった。
例え周囲の環境が悪くても。
親がまともであれば、ある程度は救われるケースも多い。
私は、それを知っている。
誰か信頼出来る人が側にいて。
その人が助けになってくれるのであれば。全然違う結末を迎える可能性がある。それは間違いの無い事実なのだ。
盆暗であっても、英雄をした人間だ。
それについては、私は実例を見てきたし。
人を見る目だけは本物だとも自認している。
上級鬼になっても、私はあまり優れているとは言いがたい存在だけれど。
それでも。
こうして成果が認められるのは、嬉しい事だ。
後は、元娘が。
不幸な過去から脱却できれば嬉しいが。それは私が手を出すべき事ではないし。会いに行くべきでもない。
あの子自身が、吹っ切るべき問題であって。
むしろ私がのこのこ顔を出したりしたら。
それこそ話をこじらせてしまうだけだろう。
私は、このままでいい。
転生先として優良な物件を探して。
そして、其処に生まれた人が。
優しくて新しい人生に包まれるのを、確約していけば、それでいいのだ。
私に取っては贖罪でもあるし。
英雄として生きていたとき、出来なかった事でもある。
名前だけの英雄で、盆暗だった私は。
今、本当に人をこの手で幸せに出来る仕事をしている。それは、どうしてだろう。マクロ的な意味で人の総合的な幸せを作っていたとき。つまり英雄だったときよりも。性にあっているようだった。
結局私は、英雄の器では無かったのだろう。
だからミクロ的な人の幸せを造る事が出来て、幸せでいる。
後は、この仕事を続けていき。
少しでも世界が良くなるように祈る。
私に出来るのは。
ただそれだけだった。
(続)
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