とても愉快な面接と結果
序、あの世の入り口
あの世。
人間が死んだ後、その意識と魂が流れ着く場所。其処で人間は、まず簡単な選別に掛けられる。
欲望のまま他人を殺したり。
騙してものを奪ったりした人間は、その場で地獄行き決定。
地獄といってもたくさんある。
簡単なものから、それこそ入ったらもはや永遠に出てこられないものまで様々だ。
もっとも重い罪は、自分の手で面白半分に大量殺戮をした場合に行くような地獄。
簡単な地獄でも、おいそれと出てこられるものではないけれど。兎に角、地獄に行く人間が、まず弾かれるのだ。
そして、地獄に行く必要なしと判断された人間の魂は。
軽く選別される。
まれに天国と呼ばれる場所に行く者もいるけれど。
殆どの人間は、そのまま処置を受ける。
地獄に行くほどではないけれど、他の存在を虐げ続けた者は、相応の厳しい人生に放り出されるし。
どれほど苦しくても、善行を重ねたものは、次の生で楽に生きられる事も珍しくない。
しかしながら、である。
ここのところ、増えてきたのだ。
悪行をしたわけでもなく。
かといって、また人間としての生をすぐに与えるには、問題があるものが。
性根が腐っている、というのか。
単に悪行を侵さなかっただけで、殺戮をする好機があれば、ためらいなく実施していただろう者。
邪悪な願望をずっと秘め続けていて。
ただ発覚しなかっただけの者。
特に地球ではそれが問題になっていた。
社会の疲弊と腐敗が著しく。
それ故に、人心の荒廃も進んでいたからだ。
どこの国もそれは同じ。
故に、面接が行われるようになった。
勿論、己の邪悪な欲求を実行しなければ、それは無罪だ。だが、好機があっても我慢できるものと。
我慢できないものは別。
殆どの人間は、我慢できない。
特に危険なのは。正義を与えて欲しがる者達だった。
人間は正義を欲しがる。
それは、相手を「殴れる」からだ。殴っても、誰にも文句を言われないと錯覚するからだ。
正義だと自分を錯覚したとき、ためらいなく他人を殴り。そして死に至らしめる事も出来る者は。
どうにかしなければならない。
少なくとも、同じような環境で。
また人間社会に放つわけには行かない。
人間社会の改革もまたしなければならないけれど。
そも、性根が腐った魂は、どうしてもその次の生にも影響を及ぼす。
特に厄介なのは。
自分で理論を構築して。そして単純に他人を殴りたいという欲求を、正当化して理論武装しているタイプだ。
この手の輩をあぶり出すために。
面接という仕組みが作り出された。
自我を奪った亡者を面接して、その率直な願いを聞き出す。そして問題有りと判断されたものは、最悪の場合地獄送りにするし、そうでなくてもこの世と地獄の中間である煉獄へと送り込まれる。
其処で強制労働を通じて、その後の未来を、亡者達に決めさせるのだ。
これを異世界転生システムという。
考案されたのは比較的最近だが。異世界転生というワードを地上で流行らせて、この面接をスムーズにするために、それなりに苦労があったのも事実である。
面接そのものも大変だ。
あの世で働く霊的存在を鬼というが。
その鬼の中でも、中堅の者が三名。
この面接を担当する。
時間の流れがまったく異なる空間を使うし。鬼には事実上寿命がない。それに、何よりである。
情報を、人間とは比較にならない速度で処理できるし。
死んだばかりの亡者には、「自我」を返していない。
だから、面接すれば。
すぐにその性根が分かるのだ。
もっとも、これはかなりの激務で。三人の面接官は、交代をしながら順番に作業をしていく。一種のシフト制が組まれているが。やはり精神の消耗は避けられない。
面接が必要。
そう判断される人間は増えるばかりだし。
何よりも、どれだけ色々腐心しても、地球の状態は悪化するばかりだ。
同じようにして、滅びた星は幾つもある。
神々が、地球に関連するあの世にアラートを出してから。何をしようと、面接の数は増えるばかり。
そして、シフトに繰り出される中堅の鬼と。その研修を行う鬼は、忙しくなるばかりだった。
私は、その面接に、少し前から繰り出されている。
担当しているシフト班は31と呼ばれるグループで、私の他に17人の鬼が所属していて、交代でシフトを回している。
宇宙にある星に生きる知的生命体は、それこそ星の数ほどいるが。
地球担当の面接班は、30から37。
面接班そのものが150程度しかないことを考えると、これは異常だ。しかも、現在進行形で、40名ほどの鬼が、面接官となるための訓練を受けている。
鬼のスカウトも進められているが。
こればかりは、妥協できない。
亡者の扱いは公平に行わなければならないし。
私自身も、実は元亡者だ。
スーツを整えて、鏡に自分の姿を写す。
長身の女性の姿。
東洋系の姿だが。このスーツは西洋圏のものだ。鬼としては別の姿も持っているのだけれど。
面接では、人間に近い姿に変化することを要求される。
これは、スムーズに相手の願望を引き出すために必要だからで。
人間に近い姿に化身する事で。
場合によっては、面接官に自分の妄想を投影するような亡者にも、対応することが容易になるのだ。
長い髪の毛は腰くらいまであって。
これ本当だったら洗うのが大変だろうなと、何度も思う。
眼鏡を掛けることによって、威圧感を減らす。若干化身後の目つきが鋭いと言われているので、眼鏡で目を隠して工夫しているのだ。
私は、自由自在に人間に変化できるほどの高位の鬼では無いし。どうしても変化できる姿は限られている。
限られている姿の範囲で、工夫をするしかない。
そして生活をしている以上。
ある程度の自己努力は、どうしても必要な事なのだ。
自室で準備を終えると。
手にしているタブレットを操作。
声を掛ける。
「ヒライノ、準備終わりました」
「では、次の面接から交代でお願いします」
「分かりました」
面接というか。鬼どうしては、基本的に敬語で話をする。上役から部下に対しては、しゃべり方が変わったりもするけれど。鬼の数は膨大で、しかもかなり横並びの組織なので。敬語で喋る事は多い。
役割は多くても、組織内での優劣は緩やかで。
殆どの場合は、敬語で喋り合う事になる。
昔は文化圏の違う出身地の鬼同士や、神々の間での諍いが結構あったのだけれど。今は、それも減っていて。
むしろ亡者の方を文化圏によって振り分けて。
対応しているほどだ。
いずれにしても、面接にはかなり時間が掛かる。ただ、自我を奪っている亡者は、基本的に話を振れば、願望を垂れ流しにしてくれる。
そういう意味では楽だ。
問題は、話している亡者の願望を聞いていると、頭がくらくらしてくる程酷いケースが多い、という事だけれど。
それは慣れるしかない。
前の面接官であるケルンテンと交代。控え室で、軽く引き継ぎをする。ちなみに三人出る面接官はそれぞれ役割が違っている。更に言うと、責任も違う。
一番偉い鬼は、200回の面接を立て続けに担当。
一方私のような面接で一番下の立場の鬼は、50回連続で交代だ。これは、組織内での格差が緩やかな分、逆に地位が上がるほど、責任が重くなるから。
責任が重くなれば。
当然仕事も大変になるのである。
「それでは、後はお願いします」
「はい」
挨拶をすると、ケルンテンは元の姿に戻る。
ケルンテンは地球とは二十六億光年ほど離れた恒星系の出身の亡者で、亡者から鬼になったタイプだ。
地獄で魂が形を為して鬼となるケースもあるが。
文化はかなり違っていて、ケルンテンの種族は8つもの性別を持ち、大体の場合は気に入った相手と結婚して種族を残せるそうだ。
地球出身の私は、地球にいた頃はとにかく何もかもがあまり上手く行かなくて。結局煉獄行きになり。
其処で体感時間20000年ほどの刑期を務めてから、鬼にスカウトされた。
中堅にまで上がった今は、仕事に誇りもあるけれど。
面接の仕事をするようにと言われたときは、思わず息を呑んだものだ。今度は自分があれをやるのかと、思ってしまったものだから。
色々としんどいのである。
ケルンテンの本来の姿は、複数の三角錐が重なりあって、全体にぼつぼつが出来ているような、不思議なものだが。
鬼は基本的に精神生命体。
修練次第で、気に入った姿になる事が出来る。
鬼に成り立ての頃はあまり好き勝手には変化できないけれど。中堅になった頃には、元の生物だった頃の姿を、ある程度再現も出来る。
上級の鬼になると。
なんと現世に顔を出して、直接工作活動をする事もあるのだとか。
その工作活動も、恒星系から放たれたX線ビームを、生物が存在する惑星系からそらしたりとか、責任の重いものになるという。
地球上で、異世界転生を流行らせたのも、そういう上級鬼の一人が片手間にやったらしいのだけれど。
まあ、なんというか。
忙しいのは分かるけれど、随分と面倒な事をしてくれたなと、今は思う。
ただ、他に方法が思いつかなかったのも事実だし。
システム化された結果、仕事が安定したのも本当だ。
ケルンテンと交代で、面接場に入る。
軽く挨拶。
シフトのメンバーは、基本的にかなりの頻度で入れ替える。それぞれの相性なども考慮するのだけれど。
ただ、基本的にほぼ鬼同士での話は面接の間しないし。
亡者からどう的確に願望を聞き出すかが仕事の主体だから、別にどうでもいい。嫌いな相手もいない。
人間だった頃の事を思うと。
色々と複雑な気分だ。
「はい、次の方」
上役であるヴァーメットが声を上げる。
今回の面接を取り仕切る鬼で。中堅でも古株になる。ちなみに見かけは子供。ただしこれは、亡者が喋りやすくするためである。
同じようなケースで、老人の姿をする場合もあるらしい。
私が面接をするときは、基本的に子供の姿をしている上役と組む。その上役をサポートするのが、真ん中に座っている真面目そうなサラリーマン風の男性。
いずれにしても、補佐と呼ばれるサポート役以外は。
皆、亡者に圧迫感を与えない。
これは優しい配慮などではなく。
自我がない状態の亡者から、まっさらな願望を引き出すための工夫なのである。
鬼だって、それぞれの生活がある。
みんな仕事としてシステム化されていれば嬉しいし。
作業がスムーズに終わればもっと嬉しい。
亡者が面接の部屋に入ってくる。
気の毒なくらい体が損壊している、若い男性だ。高校生くらいだろうか。首が真横に折れ曲がっている。
自殺したのかな。
そう思った。
鬼に成り立ての頃は、気の毒だなと思ったけれど。50回の面接を順番にこなして行くのである。
今更、一人一人に同情もしていられない。
咳払いすると。
私は質問を始めた。
「貴方のお名前は?」
「……」
「牛島風呂敷さんでよろしいですね」
「はい」
無機質な返事。
それにしても、風呂敷。
何を思ってこの名前をつけたのか。時代によって流行る名前は違うとは言え。これはちょっと意図が読めない。
とにかく、風呂敷さんは、「名乗りたい名前」は無いようだし、進めていく。
「次の人生で、何か願望はありますか?」
「他の奴より賢くなりたい」
「ふうん。 なるほどね」
加点。
面接では、基本的に加点式で、亡者の願望を計算していく。勿論点数=煉獄での刑期の年数である。酷い場合は億まで点数がいったりするけれど。
大体は数千から数万くらいだ。
「どれくらい賢くなりたいですか?」
「勉強何かしなくても、何でも分かるくらい」
「それは凄いですね」
はい、更に加点。
確かに世の中には選ばれた天才というのはいる。だがそれは例外中の例外。しかもそういう天才は、頭の構造が他とは基本的に違っていて、考え方からして「常識」の範疇外である。
勿論人には言えない苦労もたくさんたくさんある。
それにもかかわらず、安易に天才になりたい。
そして、周囲の盆暗を見下して、安易で楽な生活をしたい。
そう願う亡者は多い。
ちなみに私もその一人だった。だから、煉獄で体感時間20000年以上の刑を受けてきたのだ。
更に質問を進めていく。
「他にご希望は」
「家族が欲しい」
「どのようなご家族ですか」
「暴力を振るわない親」
そうか。
これについては加点しない。
作業を進めながら、タブレットを操作して、風呂敷くんの経歴を確認。なるほど、典型的なモンペの下で育ったのか。
母親は14で妊娠。子供を産んでからは学校にも行っていない。ちなみに父親は母親が孕んだと知るや失踪した。
風呂敷君を最初はかわいがっていた母親だが。
風呂敷君の祖父が脳溢血で死ぬと、完全に子供をもてあますようになる。ちなみに祖母は更に早く亡くなっていた。
生活保護を受けるようになった後の風呂敷君の母親は。
完全にキッチンドリンカーに転落。
キッチンで酒を飲みながら、気分次第で息子に暴力を振るい続け、それは風呂敷君が15歳になるまで続いた。
どうやら風呂敷君は、この母親に散々頭を殴られたせいで馬鹿になった、と思い込んでいるらしい。
なるほど、それは悲惨だ。
だけれども。
だからといって、他の人間に対して極端すぎるアドバンテージを要求して、好き勝手に振る舞って良いはずもない。
ちなみにこの母親。
風呂敷君を残して、出来たヤクザの愛人と失踪。
何もかもを失った風呂敷君は、発作的にビルの屋上から身を投げて、ここに来た、と言うわけだ。
その母親は地獄行き確定だが。
まだ存命しているようである。
溜息が出る。
殺しに行ってやりたいところだが。残念ながら、そういった干渉は許されていない。それに、其処まで感情移入もいちいちしていられない。
ちなみに死神と呼ばれるような仕事をする鬼もいるけれど。
それも、寿命が尽きた亡者を、機械的に迎えに行く仕事だ。
「他に何か希望は」
「それくらい」
「そうですか。 では」
上役が指を鳴らす。
以上で面接終了。
亡者は煉獄の入り口へ強制転送。自我も戻される。
「今の子の刑期は」
「12500年です」
「ああ、まあチートを口にしたのがまずかったですね」
上役が鼻を鳴らす。
補佐が、まあまあとなだめた。
私は、後49回と、口の中で一人呟いていた。
この仕事は。
色々としんどい。
1、休日の過ごし方
人間だった頃の姿は、色々と利便性が低い。
鬼になった直後に名前を変えた私は。その頃の姿を、今では普段過ごすために用いている。
シフトとは言え、その仕事内容はさほど苛烈ではない。少なくとも私が生きていた頃の日本で、IT企業や警備会社がやっていたような半日シフトに比べれば、楽も楽。天国同然だ。
ちなみに体感時間では、6時間ほど働くと、二日ほど休みが貰える感じだ。その6時間が色々と厳しいのだが。
ただ、鬼用のメンタルケアもあるし。時間がどうしても延びる場合は、休日もそれに応じて貰える。そういう運用が出来るような人員配置をしているのだ。
私もたまにメンタルケアを利用している。
鬼になると、人間だった頃とは欲望がかなり変わってくる。
食べる必要もない。
だから休日は、ふらふらと出歩くことが多くなる。
最近の私のお気に入りは。
実家として与えられている、地球の衛星軌道上にあるデブリに偽装した家から離れて。火星まで飛んでいくことだ。
空間をそのまま飛んでいると、時間がどれだけ掛かっても足りないのだけれど。
空間をスキップして移動することが出来るので、実際には火星に行くまでは、さほど時間も掛からない。
鬼としての私の姿は。
巨大な眼球と、無数の触手で構成されている。
なんだかんだで便利なのだ。
この姿は。
しばしして、火星が見えてくる。
火星の衛星軌道を回って、オリンポス山の上まで来ると。其処から一気にカルデラまで下降。
ゆっくりと着陸した。
物理的な肉体はないから、火星に影響は与えない。
無数の触手を撓ませて、体を支えると。自分がお気に入りにしている場所まで、何度か空間をスキップして移動。
ほどなく、火星の地平を見渡せるカルデラの絶好ポイントに来ていた。
鬼の中には、現世の娯楽アーカイブにアクセスして、休日を過ごす者も多いようだけれど。
私は昔からあまり娯楽に興味が無かったし。
何よりも、人と接するのが正直好きじゃ無い。
他の鬼が何をしているかには興味が無く。
静かにゆっくり休日を過ごせれば、それで良かった。
だから今火星に来ている。
じっと一点を見つめていると。隕石が落ちるのが見えた。
大気に守られていない火星では、隕石は頻繁に落ちる。地球は大気に守られているから、小さな隕石は途中で燃え尽きてしまうのだけれど。
火星の大気はとても薄い。
隕石は、小さくても地上まで届く。
どん、と衝撃波が拡がるのが見えた。
また地形が変わったな。
私はそう思うけれど。
それだけだ。
火星には、昔運河があると言われた時期もあった。火星をテラフォーミングするという、夢みたいな話が地球で流行った時期もあった。
でも、地球人類は。
それまでに命数を使い果たすかも知れない。
宇宙まで進出できた知的生命体は決して多く無い。発生しても、何らかの理由で絶滅してしまうケースが珍しくない。
地球人類も、そうなるのではないのか。
あの世では、その説が強くなっている様子だ。
この辺りの管轄をしている神が、煉獄で亡者に確率変動作業をさせているようなのだけれども。
それでも中々良い結果には結びつかないらしい。
どうも上手く行っていない様子だ。
上級の鬼になってくると、未来について知っているものや。
なんと、神々と同じく、ビッグバンの前から生きている者までいるという話だけれど。そういう鬼に直接話を聞いたことは無い。
ただ、ぼんやりと。
今は、鬼である事を楽しんでいる。
また一つ、大きめの隕石が落ちてきた。
今度は多分、人間大くらいのサイズはあると見て良いだろう。ちかちかと瞬いていたそれは。
大地を揺るがした。
人間大でも、宇宙空間を飛んでいるときには、凄いスピードが出ているのだ。
こうやって隕石として降ってくると、凄まじい衝撃を周囲にまき散らし。場合によっては大きく地形も変える。
オリンポス山の上から見ていても。
濛々と上がる土煙と。
激しくえぐれた地形が、確認できていた。
はあ、派手にやったなあ。
そう思っていると。
となりに、ふわりと何かが降り立つ。
翼を持つそれは。巨大な内臓の塊で。翼そのものに、多数の目がついていた。
「西洋圏の鬼の方ですか?」
「西洋圏では天使と言います」
「ああ、そうでしたね。 何用でしょうか」
「オリンポス山に東洋の方がいるので、見に来ました。 何をしておいでですか?」
意思疎通は簡単だ。
言葉を実際には使っていないからだ。
鬼になってすぐに習得するのだけれど、意思をそのまま相手に直接伝え合う事が出来るのである。
熟練すればするほど。
複雑な単語や、表現が可能になる。
また、鬼は思考回路が人間とはかなり違って調整されているため、怒るという行為がかなり緩和されているし。
地上の生きた人間と違い、高位の者がビジネスマナーやらコミュニケーションルールやらといった俺ルールを押しつけて、周囲が悲しむ事もまずない。
「休日は一人で過ごすのが好きで、こうやって静かに火星のオリンポス山にいることにしています」
「なるほど。 これはお邪魔してしまったようですね」
「お気遣い無く。 貴方は何処かに出向くところですか?」
「私は海王星が好みでして、これから向かうところです」
海王星か。
木星や土星ほどでは無いけれど、巨大な惑星。
重力に縛られない我々鬼にはあまり関係がないけれど。その巨大さにふさわしい暴力的な影響力を持っている。
勘違いされやすいけれど。
星の公転軌道は、基本的に他の星の影響を受ける。
このため、星の観測によって、どのくらいの位置にどのようなサイズの星があるのか、推察可能になる。
海王星は。
地球からはあまり大きく見える星では無いけれど。
太陽系では、相応の存在感を持った存在なのだ。
また、昔はガス惑星と思われていたのだけれど。
現在は、豊富な水やメタンが存在し、凄まじい速度で風が吹き荒れている星だと分かっている。
その風は音速を軽く超えていて。
普通の乗り物を物理的に乗り入れたりすれば。
一瞬で木っ端みじんだ。
だけれど、霊的な存在では関係がない。
「海王星には、何か見所がありますか」
「強烈な風が吹き荒れているのをぼんやり眺めているのが好みです」
「ああ、やっぱり休日は頭を空っぽにして楽しみたいですよね」
「同感です」
それだけ会話すると。
天使の人は、その場から消えた。
空間をスキップしたのだ。
同じような事を考える鬼がいて良かった。向こうは天使だと名乗っていたけれど、まあ鬼の一種だ。
仕事がどういうものかは知らないけれど。
多分亡者に接する仕事だろう。
此処まで来られると言うことは、多分中堅以上の鬼だろうし。
成り立ての鬼は、言われたままにデスクワークをこなす場合が多いのだけれど。中堅になると、どうしても前線に出て、亡者達と直接接する仕事が増えてくるのである。
また、火星観察に戻る。
隕石がもう一つ。
音もなく、落ちてきていた。
自宅に戻った後、アーカイブからデータを引っ張り出してくる。
あらゆる世界の娯楽を網羅したアーカイブだ。
ゲームだろうが映画だろうが文化だろうが、それこそあらゆるものが揃っていて。しかも鬼は無料でそれを閲覧できる。
物質世界では、文化は立派な収入源だが。
鬼の世界では、文化は収集するものなのだ。
もっとも、鬼になってから創作活動をする者もいる。亡者の中には、後はどうなってもいいからと、創作活動に没頭する者もいるそうである。
そういった創作に関しては、一応見るのに対価が必要になってくるが。
これは、創作をした存在に敬意を払うためである。
対価としては、仕事時間の上乗せ、という形が取られる。
つまり、世界に貢献することが、対価になる訳だ。
一方で、物質世界の文化収集は、データで行われる。
このデータを、物質世界に逆輸入することは絶対に禁止されていて。もし行われた場合、上級の鬼であっても罰則を受ける事になる。
これは文化に対する冒涜になるからだ。
物質世界で文化が生活の糧になっている事を、皆が承知しているので。
その生活の糧を奪うようなことはあってはならないのである。
故に、あの世で、個人で楽しむ事は許されているし、している者も多いけれど。
それを物質世界に持ち込むことは全面禁止されているのである。
引っ張り出してきたのは、名作映画を何本か。
圧縮した時間の中で、何本かを順番に見ていく。
地球産の映画も良いのだけれど。
私は、どちらかというと、近年は異文化の映画にはまっている。
マゼラン星雲と地球で呼んでいる星の集合体には、五十を超える星系を従える大型星間文明が存在するのだけれど。
其処に巨匠と呼ばれる監督がいる。
映画と言っても、見方や作り方、それに内容はかなり地球のものとは異なっているのだけれども。
意外に、地球で生まれて、鬼になった私が見ても面白い。
今日はその名作映画監督の作品を三本と。
地球産の映画。
ちなみに怪獣映画を二本。
続けて見た。
時間圧縮を解除。
あくびをしながら、アーカイブを片付ける。
アクセスは許されているけれど。
勝手に変更したりすることは許されていない。常にバックアップを厳重に取っている上に、管理しているのは上級の鬼だ。
文化は死なせてはならない。
それが彼らの口癖。
あらゆる世界のあらゆる文化を収集している。
中には、他の文化を冒涜するものもあるが。
それに汚染されるような精神構造を、鬼はしていないので。
見る事だけなら問題は無い。
真似るとなると、幾つか法的な制限が生じてくるのだけれど。それはまあ仕方が無い事だろう。
シフトがそろそろ近づいているが。
圧縮時間を利用して、もう少し色々と楽しんでおくことにする。
セーブデータを確認して。
幾つかゲームを見繕う。
地球のゲームをアーカイブから引っ張り出して。軽く遊ぶ。
私が好きなのは、何かを作るゲームだ。
とはいっても、何処にでも行けて、何でもかんでも出来る系統のゲームよりも。決まった枠組みの中で、自分なりにカスタマイズが出来るゲームの方が好きだ。
黙々と、そのゲームをこなす。
自分好みのアイテムを作り出しながら。
これが実際に作れていたらいいなあと、ぼんやり思う。
地球の文明は、これを作れていたら、本当に大きな変化を遂げていただろうし。
私がSNS上でペテン師呼ばわりされて、さらし者にされる事もなかっただろう。
あれは悔しかった。
死後、自分が信じていたものが、全て現実にはあり得ないものだと知らされたときには、もっと悔しかった。
でも、亡者だからか。
怒りはそれほど強く続かず。
今は、あの頃のことは、そういう時代で、そういう文化背景だったのだ、と納得する事が出来るようになっている。
そもそも、私も悪かった。当時はスピリチュアルとか言っていたが、要はオカルト。そんなものを信じた方にも問題があったのだ。
圧縮時間の中で、十五時間ほど素材を厳選して。
結構いいものを手に入れることが出来たので、早速調合。
中々にいいものが出来た。
本当にこれを作りたかったな。
ちょっと寂しくはあるけれど。
鬼になった今は。
現実の人間ほど、感情は激しくない。
また、次の道具を作り出すために、作業に取りかかる。
厳選作業がとにかく大変だけれど。
その分、色々と報われるのは、嬉しい所だ。
それも、しばらくすると疲れてきたので、一旦ストップ。
時間圧縮はそのままで。
少し休憩に入る。
人間だった頃なら、ソファなりベッドなりに横になって、ぐったりするのだろうけれど。今は、自分の体にあわせた休憩器具を準備している。
触手を絡ませて、ぶら下がるためのハンモックのようなものである。
こうすると、無理なくぶら下がり。
ゆっくりすることが出来るのだ。
ぼんやりと眼球を揺らしながら、地面を見ていると。
少し眠くなるが。
鬼はあまり眠らない。
上位の鬼になると、億年単位で起きっぱなしと言う事もあるそうだ。
これは脳が霊的な存在に置き換わっているからで。
物理的な脳と違って。
睡眠という物理的な休憩が必要ないからである。
勿論、娯楽として睡眠を楽しむ者はいるけれど。
それはそれである。
そして、しばしの間。
私は圧縮時間の中。
睡眠を楽しんだ。
圧縮時間を解除。
アラームが鳴る。そろそろ出勤の準備をしろ、というのである。分かっている。だから、アラーム五月蠅い。
アラームを触手で止めると、化身を開始。
幾つかの霊的な術式を唱え。
プロセスを順番に経て。
その姿を、人間に近いものへと変えていく。
何も裸になる必要はない。
そもそも服さえも、実際に着ている訳では無いのだ。私は早い話、服ごと姿を変化させているのである。
ただ、アーカイブから衣服のデータを持ってくるときには。
幾つかの霊的な触媒を用いて、外付けで服を作り出す事もある。
これは、自分の知識の範疇外にある服を再現する場合で。
今はそれは必要ない。
黙々と姿を変えた後、鏡を使って確認。
自分の客観的な姿を、そのまま確認することも出来るのだけれど。人間時代の習慣は、こういう所にも残っている。
早い話が。
鏡を使って姿を確認しないと、落ち着かないのである。
一応しっかり隙が無い姿である事を確認。
もう少し化身のバリエーションを増やしたいのだけれど、それは鬼としての経験を増やしていくしかない。
鬼は長生きすればするほど強くなるし(強くなっても意味はあまりないけれど)、出来る事も増えてくる。
そもそも鬼同士が争うことはないので。
単に出世くらいにしか使えないが。
それでも、出来る事が増えたり、効率化できれば。
面倒な作業を、少しでも減らせると思うと。
効率化はしたいと思うのが素直な所だ。
もう一つあくび。
これから50連続で面接が入るのだ。
すこしばかり、気合いを入れておいた方が良いだろう。
補佐の鬼が、化身が解けたりしないように、サポートはしてくれているのだけれど。50連続で面接をするとなると、流石に最後の方はそれなりに頭がくらくらしてくる。頭は霊的な存在に置き換わっているけれど。
それでもくらくらする事に代わりは無い。
おかしなもので。
人間だった頃の影響は。
肉体を失った今でも、しっかり残っているのだ。
吃驚すれば心臓がどきどきするような感じがするし。
追い詰められると胃が痛いような気分になる。
どんなモンスターよりも恐ろしい容姿に、客観的に見てなっていると思うのだけれど。それでもホラー映画は見ていて怖いし、思わず後ろを確認したくもなる。ゾンビがコッチを見たら、びっくりして逃げ出しそうな姿なのに。
それに、もはや物質的な存在であるゾンビなんて、怖くも何ともないはずなのに。
人間の呪縛は、大きいな。
そう思いながら、姿を調整。
頬を叩いて気合いを入れると。
ぐるぐる眼鏡を掛ける。
亡者に威圧感を与えないためだ。
基本的に嘘をつくことがないあの世で、面接だけは例外。その事実も、精神に負担を大きく掛ける。
ましてや、自分も当事者だったと思うと。
あまり、良い気分はしない。
タブレットに連絡。
交代要員からだ。
「ヒライノ、準備は問題ありませんか」
「いつでもいけます」
「分かりました。 次の面接が終わったら交代です」
「はい」
同僚の一人、荒山健二からの連絡。
彼は人間時代の名前を変えていない鬼だ。同じように、結局人間時代の名前を持ち続けている鬼は珍しい。
私も名前を変えている一人だが。
名前を変えない選択肢も、ありだったのではないかと今では思っていた。
ほどなく、荒山が控え室に来る。
私はその時には。
自宅から控え室に、空間スキップして到着していた。
軽く引き継ぎ。
とはいっても、今誰と誰が面接官をしているか、くらいしか引き継ぐことはないのだけれど。
そういえば、物質世界の企業だと。
酷いところだと、時間外で一時間くらい引き継ぎをするケースがあるとか言う話も聞く。あまりにももったいない無駄だ。
だから、意思を一瞬で疎通できるあの世は、そういう意味でも良い。
「では、後はお願いします」
「はい」
荒山健二は、気弱そうな細っこい青年から、全身が棘だらけで、巨大な腕状の器官が多数地面に向けて伸びている姿に変化。
これが彼の鬼としての本当の姿だ。
そのまま、たくさんの腕状器官で、ぺたぺた歩いて控え室を出て行く。
殆ど話をする事は無いけれど。
前にちょっと聞いたところによると。
最近は休日に地球で言うはくちょう座のブラックホールを見に行くのがマイブームになっているとかで。
休日の旅にブラックホールのシュワルツシルト半径に入り込んで。光さえ脱出できない空間の独自体験を楽しんでいるとか。
今度、自分もやってみるかと思ったけれど。
中性子星のシュワルツシルト半径に入り込んで見たところ。
なんか凄く気持ち悪かったので、以降はやっていない。
まあ、鬼には鬼の数だけ趣味があるのだ。
それを否定するわけにはいかない。
軽く身支度をすると。
私はつかのまの休日を終え。
面接官としての仕事を開始するべく。部屋に入ったのだった。
2、色々なエゴ
酷く損壊したままの姿で来る亡者もいるけれど。
その一方で、心臓発作や脳溢血で死んだ亡者は、殆ど生前と変わりの無い姿で、あの世に訪れる。
実のところ、水死した人間などもそうだ。
いわゆるぶくぶくに膨れた土左衛門なども、あれは死後に変化したものであって。死んだ時の姿は、あまり酷くはないのである。
酷い姿になるのは、事故死したり。
或いは自殺したケース。
飛び降り自殺した場合や、何かしらの理由で「全身を強く打った(いわゆるバラバラになった)」事で即死したケース。薬品などで事故死した場合は、兎に角酷い状態で、あの世に来る亡者もいる。
体を維持できない場合は、保護された状態で、審査を受けるケースもあり。
この間、塩酸のプールに落ちて死んでしまった人が来たときは。
人形としての依り代が与えられて。
それで面接を受けていた。
今、来ているのも。
どんな死に方をしたのか、気の毒になるほど酷い姿をした人だ。
全身に酷い切り傷が入っていて。
体中が悲惨なほど腫れ上がっている。
これは何かしらのサイコキラーか何かにやられたのかも知れない。
俯いているその人が。
女性だと言う事。
元は美人だっただろう事は、すぐに分かった。
ただ、それと生前の行状は関係無い。
どれだけ悲惨な姿であっても。きちんと公平に扱わなければならない。少なくとも処遇が決まるまでは、姿は元に戻してはいけない決まりなのである。
「貴方の名前は」
「ウェヌス」
「それが願望の名前ですね、仇花ゆつみさん」
久しぶりに願望の名前持ちが来たか。
百人に一人くらいはいるのだが。
たまに、明らかに性別が逆の名前を口にするケースもあるのだけれど。それも刑期の加点材料になる。
黙々と加点し、質問をしていきながら。
経歴をざっと調べた。
この姿は。
どうやら、火遊びの結果らしい。
中学くらいから、ルックスに自信が出てきたゆつみさんは、いわゆるワルとつきあい始めた。
今はなんといっているのかよく分からないけれど。
兎に角悪行を為して周囲を威圧し。
それを格好いいと思うような連中の事だ。
そして、まれにいるのだ。
そういったクズを礼賛したり、可愛いとか思う人間が。
クズを礼賛した歌もある。
盗んだバイクでどうのこうの、とかいうのがそれだ。
挙げ句の果てに、若い頃に犯罪行為をしたことを自慢する人間もいる。あきれ果てた話だが、それを褒めちぎる「教育関係者」まで実在するのだから頭が痛い問題だ。
ゆつみさんは、ともあれ。
悪い事を格好いいと考えるアホに惚れ。
気がついたときには、取り返しがつかない事になっていた。
まずいと思った時には既に時遅し。
薬を打たれて依存症になり。
ヒモの言うままに体を売って稼ぐようになっていた。
やがて、ハードなアダルトビデオなどに出演するようにもなって、文字通り尊厳も何もかもを切り売りするようになって行った。
ワルの魅力に取り憑かれる。
そんなアホみたいな寝言を、かっこうよく書く創作は結構な数がある。
だがそれを実際にやったらどうなるか。
結末の姿が此処にあった。
最終的に、サイコキラーの手に落ちたゆつみさんは。
完全に自分の妄想に逃げ込みながら。
凄まじい拷問と暴虐に曝されつつ。
自分でも気がつかないうちに死んだ。
享年31歳。
その時には、既に。
家族全員が巻き込まれるような形で破産し、反社会的な連中によって骨の髄まで絞りつくされていて。
父母は保険金殺人で殺され。
弟は全身バラバラにされて、ドラム缶に詰められて海に捨てられた。
しかもゆつみさんは、薬物に酔いながら。
それらの作業を、言われるままに手伝うしかなかったのだった。
悲惨すぎる人生だが。
しかしながら、である。
本人の願望が。
最初のトリガーになっていた。
勿論、彼女を不幸にしていった連中には、相応の報いがある。最終的な破滅をもたらしたサイコキラーは、非常に特殊な地獄に落ちることがこの状態で既に確定である。
ただし、それと。
ゆつみさんの行く場所は。
話が別になる。
薬で頭がおかしくなっていたとは言え。
亡者になれば、自我もなにも関係無い。
彼女が口にしていく願望は。
勝手極まりないものだった。
自業自得、だとは思わない。
だが。
それでも、無罪だとも言えないなと、私は思う。
これだから面接は嫌なのだ。
確かに彼女は現世で地獄を味わったし。地獄に落ちるほど酷い事をしたわけではないのだけれども。
その人生は、人間の宿業そのものに満ちていて。
今見ていても、気が滅入る。
それに、である。
「次はまともな男と遊び暮らしたいです。 お金もたくさん使わせてくれる男が良いですね」
「そうですか、大変な人生でしたものね」
「子供の世話も面倒だから嫌です。 全てお手伝いさんにさせるくらいのお金持ちに生まれたいです」
「そうですねそうですね」
上役は真顔のまま。
補佐役は笑顔を作ったまま。
そして私は。
作り笑いが壊れないように、本当に必死になりながら、加点を続けていた。
既に刑期は50000年を超えているが。
それでも彼女は願望を口にし続ける。
「男は出来れば体の相性が良い方が好みです。 後、浮気は絶対にしない。 そして、私がどれだけ他の男と遊んでも怒らない男が望みです」
「まるで人形みたいですね」
「ATMが理想です」
「はあ」
青筋が額に浮かびそうになるが。
我慢だ我慢。
性別が逆のケースでも、まったく同じ事を口にする奴は結構多い。いわゆるハーレム願望と言う奴だ。
前に先輩に聞いた事があるのだけれど。
人間という生物は、乱交型のチンパンジーと、ハーレム型のゴリラの、中間地点にいる繁殖形態を持つのだとか。
そしてユニセックス化がすすむ現在。
ある意味極端な男性的ハーレム願望を望む女性は珍しくもないという。
時間圧縮されている空間での面接だから。
廊下で待たされている亡者の事は考えなくても良いが。
それにしても、次々に吐き出される願望は。
ゆつみさんがたどった不幸な人生を考えたとしても。
明らかすぎる程に度が過ぎていた。
「後、私、女王様だと良いですね。 何もしなくて良さそうですし。 それと太らない体質にもしてください」
「王制を敷いている国に行きたいんですか?」
「どっか地球じゃない別の星で。 ああ、でも美的基準は私の眼鏡にかなうようにしてください」
「はい、分かっていますよ」
イライラが限度に達しようとしているが。
肘を小突かれた。
補佐役が、無言で笑みを向けている。
分かっている。
分かっているけれど。
昔の私でも、此処までは酷くなかった。
咳払いしたのは上役である。
「他人に求める願望は他にあるかね?」
「それはたくさん」
上役が、一瞬だけ視線を向けてきた。
しばらくは、筆記に徹しろというのだろう。
頷くと、私は。
相手の願望をメモしつつ。
それを刑期に加算していった。
最終的に面接は、体感時間で十一時間ほど掛かった。
たまにいるのだ。
こういうのが。
だから、50回で交代が基本になるのだけれど。こういうのに当たった場合は、特例としてシフトが組み替えられる。
余裕を持ってシフトが組まれているのだけれど。
連続でこういうのが来ると、五回か六回くらいしか面接が終わっていないのに、次のシフトが来たりするので面倒だ。
もっとも、休憩する実時間は確保されるので。
その間にゆっくり休む事は可能なのだが。
先ほどのゆつみさんの刑期をまとめると、2600万年に到達。
久々の大物だ。
億年単位に刑期がふくれあがるケースもあるけれど。
その場合、案外面接は短くなる事が多い。
例えば最高神にしろ、絶対神にしろ、自分に世界を創造させろ、そんな事を口にするからである。
ただし大物中の大物になると。
それでもなおかつ注文を付け加えに付け加えていき。
今までの記録だと、700億年と言うものがあるらしい。
勿論、煉獄も暇ではないので。
こういった体感刑期の亡者は、相応の場所に送られて。そして魂を磨くための作業を行うのだけれど。
まあそれはそれ。
これはこれだ。
鬼も大変なんだよ。
ぼやきたくなる。
自宅に戻ると、すぐに人間形態を解除。
だるんだるんになって。
リラクゼーションプログラムを起動。
人間時代の精神はまだ残っているから、それを柔らかくもみほぐすような音楽を流しつつ。
体に適度なマッサージ的な刺激を与える。
もう物理的な肉体は存在しないので。
あくまで霊的な刺激に変換しなければならないのが面倒だけれど。
メールが来た。
鬼の友達からだ。
同時期に鬼になった相手で、まだ人間の名前を残している珍しいタイプである。井野口百合薫(いのくちゆりか)という、六文字もある珍しい名前でもある。同年代の地球の、日本で生まれた鬼で。
現在向こうは、別の煉獄関連の仕事をしているが。
シフト休みは一致しやすいので。
時々メールを交換したり。
たまに二人揃って火星に遊びに行ったりしているのだ。
なお、鬼の関係は、人間の関係に比べると非常にドライだ。これは恐らく、存在の密度が極めて薄いのが原因だろう。
人間の学校やら会社やらと違い。
それほどの人数が、密集しないのである。
面接でも三人だけ。
他の職場でも、多くの鬼がいても、彼方此方に点々と散らばって。上役からタブレットなり精神波動なりで指示を受け取って。
それぞれ亡者に対する作業指示をしたり。
亡者に対して何かしたり。
そういう風に、かなり個々が独立している。
その結果、関係性はドライで。
あまり互いに喧嘩をしたり。
ベタベタすることもない。
なお、性欲という概念もないので、結婚するケースもまずない。希に、ごくごく変わり者の鬼同士が、結婚するケースはあるようだが。
それは自己責任でやれと、法で決まっているくらいだ。
「どう、そっちの仕事は」
「散々だったよ。 普通の仕事時間の倍くらい時間を食う亡者が来ちゃって」
「ああ、面接は大変だって言うよね。 何だかまだ担当鬼を増やすとかで、教育の案内が来てたけど、ヒライノの話聞いているから、断っちゃった」
「それで正解だよ」
鬼の仕事は、基本的に極端に忙しすぎないように、暇すぎないように、個々の作業担当が工夫されている。
これは何でも、あの世の中枢にある神も利用している超高性能演算器が割り出しているらしいのだけれど。
中堅の私にはよく分からない。
実物も見たことが無い。
まあ、テクノロジーなんてそんなものだ。
「百合薫はどう?」
「こっちは楽なもんだよ。 うちの煉獄は、超新星爆発をコントロールすることに特化してるんだけれど、余程運が悪くない限り、生物が住んでる星が超新星爆発の衝撃波に巻き込まれたり、放出されるX線ビームに巻き込まれる事はないからね。 それに最悪の場合は、上級の鬼達が出るし」
「亡者は何してるの」
「石積んでる」
そうか、そういう煉獄もあるとか聞いている。
何でも用意されている石を積むことによって、確率の変動を操作するらしい。
しかも、山形に積むのでは無く。
縦に積んでいくそうだ。
タワー状に積んだ石によって、確率の変動を弄って。
超新星爆発のタイミングやら、放出されるX線ビームの角度やらを調整していくのだとか。
亡者もまた面倒な事をしているなあ。
そう思うけれど。
他にも色々な煉獄がある。
もっとヘビィな仕事をする煉獄もあるけれど。
この間の亡者みたいな、面接で数千万年単位から、億を超える年数の刑期がついた亡者が行く場所だ。
「やっぱりボンってやる事はあるの?」
「たまに言う事を本当に聞かない亡者に対してね。 あんまり気分は良くないけれど」
「そっか。 そっちもやっぱり大変そうだね」
「でも、生きていた頃に比べればましかな。 あ、仕事がそろそろ始まるわ。 じゃ、またね」
メールでのやりとりを終える。
ふうと嘆息すると。
しばし、リラクゼーションに務める。
酷い面接だった。
あの人を、彼処まで歪ませたのは、周囲の人間と。それと、ワルを賛美する社会的風潮だ。
大人になってくると、流石にその風潮も収まってくるのだけれど。
たまにいるのだ。
ワルを本気でかっこうよいと思う人間が。
そのワルの行為の影で、どれだけの弱者が泣かされているか、知った事では無いか、考えもしない。
その頭のゆるさが。
更に大きな悲劇を作り出していく。
あのゆつみさんという亡者は。今頃煉獄でもかなり深い場所に連れて行かれて。呆然としているだろう。
説明は受けていて。
それも理解しているはずだが。
本当に自分に都合が良いハーレム世界に転生できると思っていたとしたら。我に返った途端に現実が押し寄せてくる。
亡者は色々と弄られているから、発狂することも出来ない。
ハエとかゴキブリとかに人間の意識を保ったまま転生させられて、汚物を食べながら何世代もずっとそのまま、というのが嫌なら、働かなければならない。
彼女の苦労を考えると、胸が痛むが。
汚染された魂をそのまま人間に戻すと。
どういう惨禍が起きるかは、今まで統計ではっきり示されている。
データの母数も億を遙かに超える非常に信頼性が高いもので。
あまり手加減は出来ないのである。
しばらくぐったりしていると、流石に疲れも取れてきたので、何処か遊びに行くか、それとも映画でも見ることにする。
気が向いたので、アーカイブを弄って。
白黒時代の映画を見ることにした。
宇宙から来た怪奇植物が、気弱な男性と周囲の人々を巻き込みながら、悲喜劇を引き起こしていく内容である。
ちなみにカラーでリメイクされているが。
カラー版はいわゆるミュージカルスタイルの映画で。
結末も180度違っている。
白黒を見終わった後、カラー版も見る。
なんだか、少し元気になった。
ミュージカル映画にもかかわらず、時々気合いの入ったゴア描写があったりもするのだけれど。
それはもういい。
というか。
鬼になって、色々な職場を経験すると。
ゴア描写なんて、何とも思わなくなる。
ぼんやりと、幾つかの映画を順番に見ていく。
やがて。
仕事の連絡が来た。
「シフトの交代の時間ですよ、ヒライノ」
「分かりました」
さて、ゆっくりしたし、ある程度回復できた。
今度は、ましな相手が面接に来ると良いのだけれど。
人間形態を取って、何だか疲れのせいか、少し容姿が崩れているのに気付く。エネルギーを追加するべく、霊的な補助剤を追加。
容姿の崩れを元に戻した。
「ヒライノさん、交代いけますか?」
「はい、大丈夫です」
ぐるぐる眼鏡を掛ける。
さて、面接面接。
席に着く。
また、面接の面子は全員変わっている。そういうものだ。
早速亡者が来る。
非常に太った男性で。
少しだけ嫌な予感がしたけれど。
意外にも面接はすぐに終わった。
「食欲を抑えたいです。 どうしても食欲がコントロールできなくて、太ってしまって、それで寿命を縮めましたから」
「願望はそれだけですか」
「それだけです」
「分かりました」
刑期は1600年、と。
すぐに煉獄へと送る。
随分と楽な相手だった。
容姿については、全く気にならない。というよりも、色々な人間を見てきたし。飽きるほど面接もした。
その結果、容姿の美醜が。
性格とまるで関係無いことが、よく分かったからである。
次。
来たのは、まだ幼い子供だ。
10歳くらいだろうか。
それなのに、全身痣だらけ。
ああこれは。
親に殺されたな。
直感的に察したけれど、その予想は当たった。タブレットを見ると、どうやら再婚した義母に日常的に暴力を加えられ、食事も与えられず、最終的には冬空のベランダに放り出されて衰弱死したらしい。
父親の方は仕事に逃げ。
家庭を一切顧みず。
義母による虐待を、まるで見て見ぬフリをしていたそうである。
名前は。
そう聞くと、まだ小さなその女の子は。自我がない目で、それでもはっきりと言った。
「えんじぇるとか、そういうのじゃない名前」
「ああ、そうですよね」
切実だ。
DQNネームをつけられた子供の運命は、大体悲惨だ。
この子も、例外では無かった。
そういう事だ。
願望を聞いていく。
酷い事をしないお母さん。
えんじぇるちゃんは、そうとだけ言った。
3、洗濯
50回の面接を終えて、くたくたになって自宅に戻る。今回は、よりにもよって、最後に強烈なのが来たのだ。
それを考慮して、シフトも組み替え。
かなり長めの休みを貰えた。
ただし、その休みの中には、リラクゼーションプログラムを体感時間でどれだけ実施する、と言うのが含まれてもいる。
これに関してはやらざるをえない。
精神が壊れそうだからだ。
最後に来た奴。
どこまで腐ってるんだ此奴はと、何度も呟きそうになってしまった。
地獄に落とされなかったのが不思議なくらいの人間。
単に、実際に犯罪をしなかったから、地獄に落ちなかっただけ。
精神は、生半可なサイコパスより、余程穢れきっていた。
典型的な差別主義者で。
その願望も、自分が気に入らない存在を一匹残らずこの世から消し、更に地獄で永久に苦しめること、というものだった。
しかも、地球だけではなく、全宇宙で。
更に言うと、面接官の一人が、その差別対象だったため。
そいつもだ、と。
自我を失った顔で。
淡々と言うのだった。
面接時間は短かったが。
結果として、精神はゴリゴリ削られたし。
煉獄に送り込んでやってから、刑期を計算したら、7100万年に達していた。差別主義だけでここまで来ると病気に近い。
まあ、生きている間はSNS依存症で。
其処で差別主義に満ちた言動で周囲に罵声を浴びせ続け。
生活保護を受けながら、周囲の全てを憎み、恨み続けていたようだから。
まあこれも当然の結果なのかも知れない。
その上、自分は差別をしているという自覚がなく。
そもそも自分たちは搾取されてきたのだから、それに関する表現も全て規制するべきだとか言っていたので、モノホンの阿呆だった、という事だろう。
流石に元同性だとしても頭が痛い。
いつまで、この仕事なのだろう。
げんなりしながら、自宅でくつろぐ。
来るのは怪人ばかりではない。
願望も、ちょっとしたことだけを口にする亡者も多い。
いや、実際問題。
大半は、そこまでおかしくない。
願望も、理解出来るものが多いのが現実だ。
だが、残りの一部が。
徹底的におかしい。
この面接という制度は、関わる鬼の負担さえ考えなければ、確かに作るべきものだったのだろう。
アホを判別するのには丁度良いし。
心の中に眠らせている願望を引きずり出し。
その性根を割り出すのにもいい。
システム的には最高だ。
問題は、関わる鬼の負担が大きすぎる事。
確かにこれは、追加人員が急務だと、声が上がるわけだ。その声には、私も同意である。
リラクゼーションプログラムを終えると。
少し、気分が楽になった。
火星のお気に入りの場所に行く。
ぼんやりとしていると。
すぐ至近に隕石が落ちた。
勿論実体はないので、影響は受けないけれど。それでも、濛々たる土煙が収まってくると。
思わず、ああと声を上げてしまった。
オリンポス山の頂上付近。
お気に入りの場所が崩れて台無しだ。
大気が薄い火星では、隕石の地上到達確率が、地球より格段に高い。だから、隕石は地球とは比較にならない数が落ちてくるし、地形も頻繁に変わる。
それは分かっているのだけれど。
その結果がこういう形で訪れると。
なんというか、悲しいを通り越して、がっかりしてしまう。
仕方が無い。
他に良い場所が無いか探そう。
うんざりしながら、オリンポス山の上を、ゆっくり見て回る。
二万メートルを超える高さを誇るオリンポス山については、お気に入りになってから色々調べている。
いわゆるプレート移動が起きないため、同じ位置でずっと造山活動が続いて、結果として出来た超巨大山。
見晴らしは大変に素晴らしく。
太陽系でも屈指の名所である。
だから、たまに他の鬼ともかち合う。
しかしながら、鬼同士では、滅多に干渉はしあわない。それがルールだし。別に太陽系の内部でも他に名所はある。太陽系の外だって同じ事。
オリンポス山にしょっちゅう来ている私の方が。
むしろ変わり者なのだ。
だが、変わり者だと自分で分かっていても。
此処が好きなことに代わりは無い。
見て回るが、あれほどの絶好ポイントは中々無い。見える景色は、あまり変わらないような気がするけれど。
どうしても、なんか違うのだ。
小首を捻って、また移動。
いっそのこと、頂上部のカルデラからではなく、中腹から見てみるのはどうだろう。何しろ標高二万メートルを超える山だ。中腹でも、見晴らしが素晴らしい場所は、幾らでもあるはずだ。
そう言い聞かせて、移動。
だけれど、どうしても中々。
良い場所は見つからなかった。
結局、気分転換にはならず。
ガッカリしながら家に帰る。
アーカイブを開くと、オリンポス山の名所、というものを見つけた。勿論地球人類が作ったものではなくて、鬼の一人が暇つぶしに作ったものらしい。だが、それ故に、品質は相応。
どこも見た事があるものばかり。
商売が掛かっていないとはいえ、もっといいものは作れないのか。
いっそ自分で作って見るのはどうだろう。
創作を趣味にしている鬼は結構いる。
だけれども、私はすぐにそれを断念した。
創作にはエネルギーもいるし。
何より、オリンポス山を彼方此方見て回った私だけれど。気に入った場所は一カ所しかなかったのだ。
その一カ所も、何となく好きだった、というだけで。
何より私には文才がない。
面接の際の事務処理は。
タブレットでポンポンポン、で終わる簡単な代物で。個人の才能の余地が入る暇は無く、完全にシステム化されているが。
こういう趣味はそれとは決定的に違っている。
「はー。 物理的に干渉は出来ないしなあ……」
嘆息して、思わず独り言。
アーカイブを漁り直す。
オリンポス山から、各地を撮った映像のアーカイブを見つけた。これも誰かが趣味で撮ったのだろう。
だけれども。
私が好む場所からの。
好む角度からの画像は。
やはり、一つも無かった。
一番大好きな場所を失ってしまった私は、げんなりしていたが。不意に、タブレットにメールが来る。
それも重要メールだ。
リラクゼーション音楽を流してぐったりしていた私は、タブレットを操作。
仕事について、だった。
仕事の評価は高。
悪くない評価だそうである。
ちなみに評価が低くても、基本的に減俸とか、待遇悪化とかはない。そういう場合は、あう部署へ異動になるだけだ。
鬼はどれだけいても足りない。
いればいるだけいい。
これは、あの世で上役をしている鬼達が口を揃えている事で。
無能と呼ばれる者でも、別の部署では鬼神のように活躍できる事もあるケースは、広く認知されている。
ひょっとして異動かなと思ったけれど。
考えてみれば、高評価なら異動はないか。
出世もないだろう。
上級の鬼になるには、鬼として過ごす時間が重要だ。
鬼として色々経験を積んでいく内に、単純に力が増えていく。最終的には、その力にふさわしい仕事をするようになる。
面接は確かに激務だが。
それでも、それでひいひい言っているような状況だ。
出世はまだ当分先の筈だ。
そもそも上級鬼は、物質世界で神と呼ばれるような力を持っているケースが殆ど。私なんて、とてもとても。
空間をスキップするくらいの事は出来るけれど。
そんなのはぺーぺーの鬼でも出来る。
なんだろうと思いながら、メールを読み進める。
「このまま高い評価を続けていれば、待遇改善もありえます。 頑張ってください」
「ああ、はいはい」
高い評価ですよ。
それだけの事だった。
確かに、難しい仕事をしていれば、力の伸びも早くなるとか聞いた事もあるけれど。しかしながら激務だと思うのだ。
かといって。
亡者に全て吐き出させるには、面接の時間制限を造る訳にはいかない。
ぐったりしていると、またタブレットが鳴る。
仕事だ。
休みは、もう終わってしまった。
面接に出る。
見たことが無い鬼が、引き継ぎに出てきた。
私と同じ下っ端だから、相手に舐められそうな格好をしている。今回の子は、どてらを着た、訛りまみれの芋っぽい女の子の人間形態だ。
「ヒライノさんですね」
「はい」
「始めまして、このシフトチームに配属されたメラーノです。 よろしゅうお願いします」
しゃべり方の抑揚が、非常に訛りが強い。
これはひょっとして、地かも知れない。
握手をすると、人間形態の私は、鏡を見て最後の調整を行い。人間形態だったメラーノは、逆に鬼の素の姿に戻った。
なんというか、ゼリーみたいな、山盛りのブルブルである。しかも色は蛍光色。日本育ちだった私は、海外のお菓子みたいだなと思った。
それなのに、体の周囲には、複数の美しい羽が存在していて。
羽がゆっくりと旋回している。
羽は三十枚ほどもあり。
三つほどの軌道で、体の周囲を旋回しているようだった。
「いやー、噂通り大変な職場ですね。 頑張ります。 頑張りますー」
「ほどほどに。 すり切れては元も子もありませんから」
「はいー」
引き継ぎのデータを受け取ると、すぐに職場に。
一人新しい子が着任した、という事は。
誰か抜けたのか。
面接のシフトチームは増やすという話だったし、調整を入れるのかも知れない。メンバーを確認すると、補佐が抜けていた。その代わり、私と同格だった子が一人、補佐役に昇格していた。
まあ下っ端では最古参だし、無難なところだろう。
それに補佐は。
あれでいて大変だと聞いている。
私達下っ端が好き勝手な願望を亡者から聞かされている間。それをきっちり把握し続けなければならないし。
フォローも的確に入れなければならない。
面接に三人面接官を入れるのも。
様々な状態に対応するためだ。
上役は更に面倒くさい。
会話を把握して、更に適切に願望を引き出すために、時々介入しなければならない。
私も、出来れば補佐にはなりたくないのだけれど。
最近負荷が大きい面接が増えてきているし。
何より、シフトチームを増やすという話で、実際その影響が出てきている。
今後、補佐になるケースは、覚悟しなければならないだろう。
面接の場に入る。
補佐の人が、眼鏡を外して拭っていた。人間形態が崩れるほど、酷い面接だったらしい。あの子大丈夫かなと、一瞬だけ思ったが。
まあそれはそれ。
今後は慣れていかなければならないのだ。
「はい、次の人」
「はい」
うえっと思ったのは。
一瞬で理解したからだ。
最大級にヤバイケースの相手だ。
鬼になると、相手の霊的な波動を見る事が出来るが。社会に対して凄まじい不満を抱いたまま死んだ事が分かっている。
見かけは若々しいが。
死んだ年齢は41歳。
これは、死者が自分に対する主観と客観に、大きなずれを生じさせていた時に起きるケースだ。
なお、死んだ状態はそれほど酷くなかったらしく。
体はあまり損壊していなかった。
「まず、お名前は」
「クラップクルーフ」
「なるほど」
タブレットで調べて見る。
大当たりだ。
どうやら、就職浪人として数年間失敗した後、底辺企業を渡り歩き。その結果精神を病んでしまった人物のようである。
犯罪はおかしていない。
だが、その結果、色々と世界に対して悪意と。
願望を際限なく肥大化させていく事になった。
面接、長くなるな。
これは覚悟を決めた方が良いかもしれない。
そう思ったが。
何か願望はありますかと聞くと。
意外に、すんなり願望が出てきた。
「もう絶対に働きたくない」
「他には」
「それだけ」
「……」
補佐役と上役に視線を送る。
上役が咳払いして、色々と話をするが。若々しい見かけをした亡者は、あんまり欲しいものはない、という。
おかしいな。
これだけ強烈な不満を抱えているのに。労働が嫌だ、だけでいいのか。
確かに。
彼が暮らした時代の労働は、色々な面でおかしかった。
労働というものが、異常だった時代は、実のところ珍しくない。
奴隷という制度があった時代。
その奴隷にも様々な種類があって。家畜以下として使われるケースと。きちんと仕事の一形態だった場合があるのだけれど。
とにかく、家畜以下だったケースの場合。
近年の西欧や米国だと。
奴隷にきつい仕事を全て押しつけ、富裕層は自由気ままに好き勝手、というイメージがあるかも知れない。
前半はあっている。
しかし後半は違う。
そういった時代、富裕層が生きていたのは魑魅魍魎蠢く地獄絵図だ。親兄弟でさえ信用できず、殺し合いの毎日。
奴隷達も、未来のない人生など真面目に送るわけでもない。
大量に使い捨てられる奴隷を増やそうと工夫しても。
上手く行くわけがない。
やがて、社会そのもののシステムが破綻していく。
今、面接に来ている彼の時代も。
途上国と先進国の経済格差から。
奴隷労働と同じか、それ以下の待遇を受ける労働者が多くいた。しかしながら、富裕層が好き勝手を出来ていたか。
これも違う。
やはり、こんな時代に裕福に暮らす人間は、精神も病む。
親兄弟さえ信用できず。
優しい声を掛けてくる人間は、全て何かしらが目当てで近づいてくる怪異の類。実際富裕層の人間が、違法薬物やら、淫祠邪教やらにはまるケースは珍しくも無い。
働きたくない、か。
可哀想だが、少しだけ加点しなければならない。
社会を変えたい。
じぶんの力で。
そう言ったのなら、加点などしなくても良かっただろう。
刑期は500年ほど。
面接は終わり。
虚ろな目の彼が出て行く。
補佐役が、眼鏡をずりなおした。
「ちなみに彼はどうして死んだのです?」
「不摂生が祟って心臓麻痺ですね。 元々両親とは連絡も途絶していたようで、生活力のなさもあって、家はゴミ屋敷状態。 死体も発見されたのは、死後一月。 蛆とゴキブリによって、半分以上食い散らかされていた様子です。 葬式には、友人どころか、親兄弟さえ来なかったとか」
「悪夢ですね」
「働きたくない、というのも分かります。 彼はもう、なんというか。 地球には生まれなくても、良いような気がします」
それを判断するのは、私達では無い。
そう上役は言う。
私はそれを横目で見ると。
書類をまとめた。
少し休憩を入れてから、次の人を呼ぶ。
妙に派手な格好の女性が来た。
若々しく飾り立てているが。
かなり無理のある化粧をしているのがよく分かる。
ああ、お水系の人だなと、一発で見抜いた。
「お名前をお願い出来ますか?」
「……」
「!」
願望の名を口にしなかったので調べたが、これはまた、酷い名前だ。
虚飾で塗り固められた外側。
ざっと経歴を見るが、納得である。
ヤクザが父親。母親は宗教団体の熱心な信者で、親の財産を使い込んで、勘当された身。誰も望まぬ生まれをして、孤児院で育ち。
唯一外界から身を守るためには。
外を繕って、周囲から壁を作るしかなかった。
唾棄すべき話だが、いつの時代でも孤児院出の人間は、社会に出るとき大きなペナルティがつく。
この彼女も例外ではなく。
高校も良い所を出られず。
何より、とにかく徹底的に空虚だった。
虐めにこそ遭わなかったが。
それは、学校で完全に空気と化して、周囲から完全に溶けるようにして消えていたから、である。
弱者を虐めることを至上の喜びとする「普通の人間」達も。
彼女のように、あまりにも薄すぎる存在には、興味を抱くことさえ出来ず。
何より彼女自身も、それを知っていた。
高校を出ても、まともな就職先なんてあるはずも無く。
やがて水商売に身を落としたが。
客もつかず。
性病だけ貰った。
風俗店も首にされ。
性病が治った後も、生きるあてもなく。
ただ虚無の中、歩いていると。
その豪雨の日。
トラックにはねられて、死んだ。
ただ、実のところ、トラックの前にふらりと倒れ込んだときには、既に死んでいた様子だ。死体がとても綺麗だからだ。
多分、此方は不摂生の結果の脳溢血。
一瞬で死んだため。
外傷はなく済んだのだろう。
「何か願望はありますか?」
「何も」
「……そうですか」
色々、質問を変えてみるけれど。
分かるのは、彼女は何も望んでおらず。
そればかりか、興味があることさえ存在しない、という事だった。
これは酷い、と思ったけれど。
これだと、そのまま転生してもらうしかない。
加点も減点も出来ない。
そもそもが徹底的な虚無だ。
面接の場から出て行く彼女を見送る。歩き方さえふらついていて。もう、自分の命にさえ無頓着なことがよく分かった。
頭を抱えたくなる。
「今日は強烈な人が多いですね……」
「それだけ地球中が荒んでいる、という事ですよ。 先進国はこんな感じだし、かといって後進国だと、親に売られた少年兵とか、カカオ農場で使い潰された子供とか、そういう子の面接をしなければなりませんし」
「終焉の時代ですね」
「……」
肩をすくめる補佐。
いつも、今は歴史上最悪の時代、と言われたものだと、補佐は言う。
確かに、好景気で、国中が幸せなムードに包まれる場合はある。
或いは善政を敷く為政者が出て。
国中が良くなるケースもある。
そういう時代でも、やっぱり不幸な人は出てくる。
ただ、はっきりしているのは。
テクノロジーだけ奇形的に進化しても。
人間の脳みそは石器時代と変わっていないという事だけ。
「次の面接」
「あ、はい」
上役が釘を刺してきたので、次の亡者を呼ぶ。
今度はやせこけた女性だった。
本当に細すぎて、その場で折れてしまいそうである。
この様子からして、長い闘病生活の末になくなったのだろう。死ぬ寸前は、無菌室にいたのかも知れない。
「お名前は」
「ありません」
「!」
珍しいケースだ。
答えないか、願望の名前を口にすることは多いのだけれど。
名前がないと名乗るケースは珍しい。
我が輩は猫であると、何処かの小説でさえ、猫が名乗るというのに。
余程、自分の人生が辛かったのか。
極端な自己否定に走る人間は、決して珍しくない。
その場合、大半は新しい名前を口にする。
だが、たまにいるのだ。
何もかも無くして、消えてしまいたいと願う者が。
リストカットをするようなケースの場合、大半は過剰すぎるストレスが原因なのだけれど。
こういう人の場合は。
自分だけではなく、世界の全てを憎悪したケースというべきか。
もはや、一秒も、何もかもにも関わり合いたくない。
そういう目をしていた。
「何か願望はありますか」
「消えてしまいたいです」
「他には」
「消えることだけが望みです」
補佐役が、フォローを入れる。
例えば、痛みを無くしたいとか。
もう苦しい思いをしたくないとか。
或いは、良い思いを少しで良いからしてみたいとか。そういう事は、願望としてありませんか、と。
この質問は、実はかなり難しい。
相手の願望を引っ張り出すのが重要なのだけれど。
それが刑期を増やすような、誘導尋問になってしまってはいけないからだ。だから私のような下っ端には、許されていない。補佐以上が行う。
「病院に行きたくないです」
「ふむ……」
「健康になりたいとはいいません。 病院から出たいです」
調べて見る。
なるほど、そういうケースか。
生まれた頃から、非常に重篤な病気を患い、5歳まで生きられないと言われ。5歳まで生きたら、10歳までは生きられないと言われた。
享年15歳。
その頃には、長年の介護に疲れ果てた両親の髪は真っ白。
晩年は重度の癌が全身をむしばみ。
唯一好きだった髪も、そり落とさなければならなかった。
ずるりと、落ちたのは。
ウィッグだ。
病的に禿げた頭部が露わになる。
気の毒だなと、私は思う。
これも、煉獄に送る加点材料がないだろう。ここから先は、転生そのものの人生を、別の鬼が判断する。
ただ、こんな悲惨な人生を送った人は。
来世で手心が加えられるケースが多いようだが。
それでも辛い仕事だと。
その部署に着いている鬼が、前に話してくれたことがある。
彼女が部屋を出て行く。
今日はなんて日だと思ったが。
しかし、考えてみれば。
もう日にち、何て概念は。私にはないも同然だ。体感時間、それが全て。補佐に肘で小突かれた。
「人間形態」
「うわっと」
「ちょっと控え室で調整してきなさい」
慌てて、控え室に。
確かに人間形態が崩れかけていた。
疲労よりも、亡者に感情移入しすぎたのが原因だろう。集中が途切れたのだ。
色々な悲惨な亡者を見てきた。
でも、今日はどうしてこう悲惨の中に更に悪夢として存在感を示すような、地獄の釜が開いたような。そんな人ばかりが来るのか。
しばらく、鏡を見て、調整を続ける。
時間の流れの調整はしているから、面接の場からすれば一瞬だけれど。
それでも、しっかり調整しなければならない。
戻ると。
すぐに次の面接が始まった。
下半身がごっそり無くなっている人で。
補助用の道具で、部屋の中に入ってくる。
どうやら、電車に飛び込んだらしい。
そうか、気の毒に。
ざっと経歴を調べて見るが。
職場のストレスで、発作的にやってしまったらしかった。
この手の、電車に飛び込んでしまった亡者に、煉獄で話を聞いたことがあるのだけれど。
余程覚悟を決めて、一気に勢いよく行くか。
もしくは、もうすっと吸い込まれるように、電車に飛び込んでしまうそうである。
話を聞いていくが。
加点材料はそれほど多く無い。
だけれど、やはり憎悪が噴き出しているからか。
復讐したい、誰を殺したいと言い出して。
其処から、黒い願望がぼろぼろと漏れてきた。
願望自体はそれほど加点材料にならなかったけれど。
一つだけ問題になったのが。
次は殺人に長けた存在になって。気に入らない相手を皆殺しにしたい、というものだった。
これで加点が大幅に増える。
彼を煉獄に送り出して、何だかちょっとだけ安心した。
このくらいなら、むしろ普通だと言えるからだ。
あと少し。
もう少し。
何度も言い聞かせながら、面接を続ける。
これも悲しい。
公務員としての、仕事なのだ。
4、ばかんす
シフトの人員が何回か交代した。私自身はシフトそのものからは動かなかったけれど。大幅増強に向けて、調整が続いているようだった。
その過程で。
私に、長期休暇が来た。
今までの勤務を評価して、長期休暇を与えるので、羽を伸ばしてきなさいと、タブレットにメールが来る。
そうか、長期休暇か。
でも、オリンポス山のお気に入りの場所は、崩れてしまった。そうなると、オリンポス山の、新しいお気に入りの場所を見つけるしかないだろうか。
家から、地球を見る。
青い星、か。
青さだけなら、もっと青い星は太陽系にもある。
生き物に溢れる星か。
だがその決して多く無い可能性の星は。
単一種によって食い荒らされて、存亡の危機にある。
地球が滅びても、私の仕事は終わらない。宇宙全土には、知的生命体の住む星がそれこそ星の数ほども存在していて。
更にあの世は、別の宇宙にまで跨がって存在しているのだ。
だから地球出身の鬼と会う事があっても。
違う歴史をたどった別の宇宙の鬼だった、というケースも存在している。
実際、今まで何度かあった。
鬼は亡者の来世に干渉することを許されていない。
というか、どのみち中堅程度の実力しかない私は、物質干渉能力を持っていない。
この間の、虚無だった病院にいた子。
記録を調べて見たけれど。
今度はそこそこ裕福な家庭に生まれて。今の時点は上手くやっていけているようだ。
だが、今の時点で。
地球は貧富の差が拡大し。
世界的に、地獄になりつつある。
このままあの子が安楽に暮らせるかは分からないし。
また理不尽な死を遂げるかも知れない。
とにかく、だ。
鬼としての姿に戻ると、火星に出向く。
オリンポス山の地形が変わってしまったことには代わりは無い。だからこそ、今回の長期休暇で、探すのだ。
見ると。
地球からの探査船が来ていた。
まだ有人で火星まで来られる宇宙船は実現していないが。
時々オートで動かせる探査システムを積んだのは来る。
今回のは、ラジコンみたいなカメラを積んだ車を乗せていて。それが、走っているのが遠くからも見えた。
手をかざして見ていると。
クレバスの手前で止まったり。
石に引っ掛かりそうになるとしっかり自分でバックしたり。
相応に高性能だ。
火星にはごくごく少量だけれど水もある。
ただし、見に行ったこともあるけれど、生物はいなさそうだ。
火星の土の成分は、殺菌作用を持っていて。
水にもそれが溶け込んでいる。
もし、火星をテラフォーミングするのなら。かなりの時間が掛かってしまうことだろう。それでいながら、アフリカ大陸くらいの土地しか確保できないという話なので、割に合わない。
彼方此方、良さそうな場所がないか、見て回る。
オリンポス山から離れて、テキトウに火星中を廻るが。
面白そうな場所はない。
噂になった事もある人面岩も見に来たが。
あれは単なるそう見えただけ、の代物。
実際に来てみると。
文明の産物とはとても思えない、ただの岩の塊だ。
上に登って、周囲を見回す。
そういえば、ナチと旧日本軍が、火星にUFOを送り込んでいた、とかいう与太話が一時期流行ったのだっけ。
そんなものを作る技術が当時あれば。
今頃人類はアステロイドベルトまでは進出していただろうに。
「おや、休暇中ですか」
声が掛かる。
薄っぺらい、カーペットのような鬼だ。
ひらひらのふわふわで。
半透明に透けている。
何処が目か口かも良く分からない。
だけれども、意思を持つ霊的生命体だと言う事は分かったし。声を掛けられたことは事実だ。
「はい。 ヒライノと言います」
「僕は高見沢春秋と言います。 此処へは暇つぶしですか?」
「そんなところです。 噂の人面岩を見に来たのですが、ただの岩ですね、これ」
「ははは、ずっと昔にそう知られていますよ」
分かってる。
ただ、暇つぶしに見に来ただけだ。
軽く話をする。
どうやら同じ面接をしている鬼らしい。ただし向こうは地球担当ではないそうだが。しかし、地球担当の面接シフトチームを増やしているので、その内同僚になるかも知れないとは口にしていた。
「それでは。 失礼します」
「ええ、また」
余程気があえばメール交換くらいはするが。
基本的に鬼の関係は極めてドライだ。
ベタベタする必要がないし。
それこそ、そのままでも「生きていける」からである。
実際、仕事が気に入らなければ、異動願いを出す事も出来るし。
長期休暇を取ることも難しくない。
長期休暇を取る場合は、時間を超圧縮した空間に行って、其処で飽きるほどやりたいことをするのが基本だ。
そして飽きたら。
仕事に戻る。
今の仕事については、正直不満も多い。
だけれど、高評価は貰えているし。
そのうち、もっと上に行けるかも知れないと思うと。休暇でぼんやりして英気を養っている内に、頑張ってやろうという気持ちも湧いてくるのだ。
火星のクレバスを見に来る。
昔運河では無いかと言われていた場所。
そう。かの有名なSFの始祖が。
火星に知的生命体がいたら、という発想に至る原典となった場所だ。
しかし、実際にはただのクレバスで。
どう見ても運河では無い。
赤い大地に張り付くようにして、私は鬼の姿で、じっとクレバスの底を見つめる。
底は実在する。
だけれども。
運河ではない。
悲しいなあ。
溜息が零れていた。
やがて、完全に飽きた私は、別の場所を探しに行く。
最悪の場合、火星から離れる手もある。
他にもお気に入りの場所を見つけられれば、それでいいのだ。その気になれば銀河系の何処にでも行ける程度のスペックはある。鬼用の観光パンフはアーカイブにもあるし。それを見る限り、見に行く価値がある場所はそれなりにありそうだ。
ふと、気付く。
クレバスの底に、何か光るものがある。
降りるのは簡単だ。
すっと空間スキップして、其処まで移動。
氷の塊が、其処にあった。
陽光を反射して、きらめいているのだった。
そっか、こんな所に。
極点に氷があるのは知っているけれど。
クレバスの底だったら、確かに氷が存在していてもおかしくないかも知れない。テラフォーミングのやり方次第では、火星は水に溢れるという話もあるのだ。まあ、あくまで過程に推察を重ねての結論だが。
何だか、気に入った。
どうせ触ることも出来ないし。
干渉することも出来ないけれど。
オリンポス山のお気に入りポイントはもう無くなってしまった。
今度は、此方を楽しみに見よう。
どうせ人間が此処まで来るには、当分時間も掛かる。
隕石が此処を台無しにする可能性もそんなには高くない。
しばらくは時間を潰せるだろう。
私には。
それでいいのだった。
(続)
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