無言の行進
序、ただ進むもの
もはや誰も生きているものがいない土地を。
それはひたすらに進み続ける。
辺りは荒野。
死だけが満ちる土地。
全てが焼き払われて。一度死んだ場所。其処をただひたすらに進み続けるのは。いにしえの時代に、戦車と呼ばれたもの。
分厚い装甲に守られ。
上部には、一撃必殺の砲を持ち。
そして今では。考える能力をも持っている。
誰も生きているものがいない場所を。生きていない戦車だけが、ただひたすらに進み続ける。
その四角形の体の左側面には。
巨大な傷があり。其処から、体液にも思えるオイルが流れ続けている。
昔の戦いで受けた傷だ。
そしてそれは。
もはや、二度と修復されることがない。鉄錆と死体に塗れた世界では。そもそも、戦車を直せる者がいない。
誰も、いないのだ。
無言で戦車は、進み続ける。
同胞の屍が見えた。側面からの徹甲弾を浴びて、貫通されたのだ。焼き払われたその中には。
操作を行っていた者達の、死体が散らばっていた。
しばらく、足を止めて。
同胞の亡骸を見やる。
いや、正確には違う。これは、敵陣営の戦車。
戦わなければならなかった相手。
だが、もはや戦車には。
戦う相手さえ、存在していなかった。
この戦車は、いつまで動いていたのだろう。この戦車が破壊されているという事は、友軍による戦果の筈。
友軍は、いるのだろうか。
ずっと動き続けてきて、戦車は敵を見つけていない。敵を最後に見たのは、二百単位時間以上も前。
壊れかけたこの体で。
どうにか、友軍の役に立ちたいと思うけれど。そもそも敵も友軍もいないこの状態で、何が出来るのだろう。
それでも、戦車は進む。
それしか、出来る事がないからだ。
戦車にとって出来るのは、面を制圧すること。敵の歩兵は、見かけ次第皆殺し。しかし、敵も味方も関係無く、歩兵そのものを見かけない。
無闇に進んでいるのでは無い。
作戦地域を、巡回して。
その範囲内で、索敵を続けているのだ。
作られて、作戦に投入されて。
そして今まで、ずっとそうしている。戦いでは何度も敵を倒し。そして破壊もされかけた。
傷は、最後についたもの。
その時の戦いで。
中に乗っていた人間は、全滅した。
搭載されているAIの働きで、以降ずっと戦車は動き、敵を探し続けている。しかし、本当に敵はいるのだろうか。
いようがいまいが、関係無い。
与えられた命令の通り、動き続けるのが、AIの仕事だ。
しかしながら、もはや本部からの指令さえ来ない。それさえ来れば、待機するなり、補修のために戻るなり、色々とやりようがあるというものなのだが。
既に中にあった死体は。
腐るを通り越して、完全に骨になっている。
漏れ続ける体液は。搭載している自動補修ナノマシンにより補給し続けているけれど。それもいつかは、限界が来る。
セットされているタイマーの時間が来た。
本部に戻れという命令が。
巡回し、敵を撃破しろという命令の、優先度を上回る。
もはや生きている味方も敵もいない戦場を後に。
戦車は。今まで行ったこともない本部へと、向かって動き出した。
何処まで行っても、荒野が拡がっている。
何も残っていない。
データ上では都市がある場所にさしかかったのだが。レーダーをフル稼働させても、建物の一つさえ無い。
ただのクレーターだ。
しかも、この様子だと、破壊し尽くされてから、ずっとずっと時が経っている。判断はそうできたが。
だからといって、何をするでも無い。
建物の残骸さえないクレーターを通って、直進。
目指すは、本部だ。
間もなく、川がある地点にさしかかる。
本来は、内部の人間を保護しなければならないが。今はもう、中の人間は全て死んでしまっている。
それを保護する意味はない。
問題は、遺品などについては、可能な限り持ち帰るようにと、AIには命令が組み込まれている事だが。
川を確認して、その必要も無さそうだと判断。
見る限り、何も無い。
水など流れていないのだ。
しかも、ずっとずっと昔から、である。
此処には川があったけれど。
それは過去の話。
今では、ただ乾いた大地が拡がっているだけ。そして川の痕跡として、地面が凹んでいるくらいである。
川の痕跡も、長年の浸食で抉られ、減りつつある。
レーダーで地形を確認しなければ。此処に川があったと言うことは、おそらく認識できなかっただろう。
元からあった地図を、移動する度に書き換えていく。
電波中継地点も、全滅してしまっている。
本来は、それらから電波を受けて、自動的に更新されていく地図も。こうやって、レーダーで直接確認しながら、更新していかなければならない。何故か。それは、AIに、そう命令が為されているからだ。
思考は全て、AIの命令に従う。
本来は戦闘によって、敵を倒すため。
その次に、乗せている人間を守るため。
しかし今は。
そのどちらの命令も、守る事が出来ない。故に、一旦本部に戻るという命令が、最優先される。
勿論レーダーはフル稼働して、撃破すべき敵を探しているが。
もはや砲を稼働させることさえないのではなかろうか。それほどに、敵の姿は存在しない。
建物さえ存在し得ないのだ。
一体この状態で、何を破壊するというのだろう。
だが、疑念など、生じる余地はない。
命令されたとおりに動く。
それだけが、この戦車に与えられた仕事。そしてAIというものは、仕事を果たすためだけに存在しているのだ。
一応、本部に戻るまでの燃料はもつ。
履帯を動かし続け、本部への帰投を急ぐ。
間もなく、軍基地が見えてくるはずだ。
しかしながら、友軍は影も形もない。敵に制圧されている様子も無く。敵も全く見当たらない。
それどころか、防御設備さえない。
対空砲火も。
味方が隠れるための影も。
何一つない。
この辺りの地形が、丸ごと抉られてしまっている。超強力な攻撃によって、辺り一帯は文字通り、剥ぎ取られてしまったのだ。
一体何が起きたのか。
データがないので、全く分からない。
推測さえ出来ない。
基本的に、与えられた範囲以外での行動が出来ないのが、AIというものだ。戦車に関しても、それは同様。
基本的な敵のデータは与えられているが。
そのデータで考える限り、このような破壊を引き起こせるというのは、どうにもおかしいとは思う。
しかし、事実は事実だ。
AIである。事実はそのまま、事実として認識する。
まもなく、本部がある筈の地点に到着。
巨大な穴が、其処にはあった。
勿論、友軍の姿はない。
レーダーで確認する限り、穴の深さは200メートルほど。巨大なクレーターの底部である。
これだけの穴なら、雨が降る事によって水が溜まりそうなものなのだが。
それさえない。
乾燥しきった辺りの空気。
撃破された敵軍の戦車さえない、空虚な空間。
履帯を動かし、移動。
穴の底まで、降りてみる。
幸い傾斜はそれほど激しくない。クレーターの底へと降りて行く分には、大した問題は無いのが実情だ。
だが、穴の底にまで、降りてみても。
何ら意味がなかった。
其処には文字通り、何一つ存在しなかったからである。
レーダーで分析する。
それによると、間違いない。大威力の何かしらの攻撃を受けた。隕石の直撃の可能性もある。
とにかく、攻撃を受けて、消し飛んだ。
防御設備も、人員も、何もかもまとめて。その結果、此処には何も無い、穴だけが出来たのである。
しばらく、AIとしての思考がフル回転する。
しかし、本部に戻るという以上の命令は、存在していなかった。
故に、そのまま。この場に留まる。
燃料は漏れていくが、もはやどうでもいい。
残された存在意義は。この場所に留まって。この場所を守る。ただ、それだけだ。
1、修理だけをする機械
それはただ補給車とだけ呼ばれていた。
近年の補給車は、戦場の後方でぼんやりしていて。戦闘の最中に、前線に物資を届けるだけの車ではない。
前線に積極的に出て、戦闘中の友軍に物資を届け。
或いは破損した友軍を自動で補給し、修復する。
そのような、強力な支援機能が搭載されていた。
故に補給車が牽引していたコンテナに、物資はもはや残っていない。戦場でそれだけ激しく、攻撃が行われたからだ。
牽引車両にはAIが積まれている。
これは運転している人間の補助を行い。死んだ場合には、それでも友軍のために、物資を提供するため。
そして今。
運転手が既に白骨死体になっている現状。
ただ補給車は。
友軍を探して、動き回るのみだった。
既に戦場は離れている。
本部に戻れという命令を、優先したためだ。戦場では、既に味方も敵も存在せず。敵がいる場合は、最低限備え付けられている自衛用の小火器を用いて抵抗するようにと言う命令もAIには刻み込まれているけれど。
今の時点で、その恐れはない。
レーダーには反応無し。
故に、もはや修理だけをするために。味方を探さなければならない。
任務を果たせる可能性が一番高いのは、本部に戻ること。
そう、AIは判断した。
本部に戻る途中、山にさしかかる。
標高二千百五十メートルと、そこそこの山だが。
しかし、レーダーは意外な事実を映し出していた。
何も無い。
山は綺麗に更地になっていた。
其処にあったはずの軍用道路もトンネルも存在しない。何しろ、山ごと消し飛んだからである。
勿論、補給の対象には、こういった軍用備品も含まれている。
しかしこれでは、作業の仕様が無い。補給どころか、道路の残骸すら存在しないのだから。
本部へと急ぐ。移動そのものは大変スムーズに行える。
六輪の牽引車両は、空になったコンテナを引きずりながら、本部へと無心に急ぐ。途中フルでレーダーを働かせるが、何一つ友軍や、それに関係するものは察知できない。勿論本部からの命令もない。
そんなものは、二百単位時間前に途絶えたきり。
そればかりか、人間の文明の痕跡さえ、戦場を離れてしまうと、見つけることができなかった。
戦場にはまだ、敵軍の戦車の残骸や。人間の残骸が散らばっていたのに。
この辺りをうろつく限り、それらさえ見つけることができない。本部にも、この様子では、何も残っていないのでは無いか。
車輪が止まる。
破損したのでは無い。
此処には、搬入路が存在していた。
軍用のものである。地面を潜って地下通路へ移動。後は何にも掣肘されず、本部へと直行できるはずのものだった。
しかし、地面は百メートル以上も抉られてしまっている。
土が溶けた形跡は無い。
AIが分析を実行。
元々、修理と補修を目的とした補給車である。分析能力は、他の戦場の車両に搭載されたAIより、数段優れている。
だから、判断できた。
これは攻撃によるものではない。
ましてや隕石による破壊でもない。
分からないが、何かによって、執拗に痕跡が消されたと見て良いだろう。その何かは、大きな脅威になるはずだが。
だが今の時点では、その何かは一切発見できていない。このレーダーは、戦車ほどでは無いが、それなりの広範囲をカバーし、分析することが可能だ。だからこそに、異常さは際立っていた。
せめて何処かの戦術分析コンピュータを搭載した車両、たとえば指揮車両などと、電波でリンクするか。
もしくは、本部の分析用汎用機と情報を共有できれば、この疑問も解消できるのかも知れないが。
いずれにしても、今は本部に急がなければならない。
もはや物資が存在しないとしても。
補修能力だけは、健在なのだ。
破壊された友軍がいれば、修復して、戦力へと戻す事が可能。それだけが存在意義である以上、急がなければならないのである。
本部への直通路はもう存在しないが。
逆に言えば、物理的な障害もない。
途中までは、そうだった。
ふと、レーダーがそれを捕らえた。
壁である。
とんでもなく、巨大な壁だ。材質を調べるが、コンクリートでも鉄でもない。恐らくは、一度溶かして、固めた土。
しかも特殊な加工が行われていて、一種のセラミックと呼べそうだ。
友軍が作ったものか。
もしそうなら、呼びかければ反応があるかも知れない。AIは判断。内部に、救難信号を送り続ける。
現状の戦力を考えれば、それが妥当だからだ。
勿論反応はない。
それどころか、電波リンクさえ、行われる気配もなかった。
しばらく高出力の電波を送り続けたが。
反応がないので、一旦それを打ち切る。電波を送信するだけでも、それなりにエネルギーは消耗するのである。
友軍がいない現状。このような異物に対しては、対抗手段がない。
壁を迂回して、進み始める。
驚いたことに、壁がすぐ途切れていた。
本部へと向かおうと、壁を迂回して更に進むが、また壁だ。どうやら複数の壁が、適当に建てられているらしい。
誰がこのようなことを。
本部の行動だとしたら、意味が分からない。これは防御壁として、役立つものなのだろうか。
とてもそうだとは思えなかった。
幾つもの壁を抜けて、ようやく友軍の電波をキャッチ。
これは、戦闘車両のものだ。
しかも破損している。
すぐに向かわなければならない。
本部中枢があった地点で、その友軍はランデブーを待っている。壁に阻まれながらも、急ぐ。
巨大なクレーターが見えてきた。
本部は何処にもない。
そして、友軍は。
その中央で、待っていた。
USU所属の、大型駆逐戦車、バルカ33。
電波を受信する限り、補給車とは別の戦場にいた友軍であるらしい。である以上、同じように、もはや敵も味方も発見できず、戻ってきた口だろう。
クレーターの底へ降りていく。
隣に並ぶと、電波を送受信開始。可能な限り、情報を共有しておかなければならない。そして、驚かされる。
向こうが見てきた光景も。
此方と大差ない。
一体何が起きたのか。
とにかく、まずは補修が優先だ。問題は、物資が無いこと。
バルカ33が搭載している弾薬は残りわずか。防御用の外壁は補修することが出来る。しかし、これでは継戦能力が、著しく減殺されたままだ。
修復用のナノマシンを放出。
外壁を修復。
内部の人間の残骸が混じらないように、先にロボットアームで奧に避けてあるから、問題ない。
大気中の必要物資を取り込みながら、修復を開始するナノマシン。
経過は良好だ。
その間に、電波の出力を上げて、周囲を探索する。
バルカ33のAIも、それに同調してくれた。
まずは友軍を、可能な限り見つけ出さなければならない。
修復が完了。
3単位時間が経過したが、これで燃料漏れの恐れはもうない。搭載している兵器群も、いずれも可能な限り補修を済ませた。
交換する情報はもうない。
ただし、此処でAIの意見が分かれた。
此処で待つべきと考える補給車に対して。友軍と敵軍を探索するべきだというバルカ33。
しばらく意見を交換した末に、結論は出た。
バルカ33が、探索任務を実施。
避難してくる友軍を支援するために。合流地点である此処で、補給車が待つ。
それで異存なし。
本来であれば、本部の汎用機が戦術的判断をしてくれるはずなのだが。何もかも存在しない現状では、それぞれのAIが判断していくしかない。
バルカ33が離れていく。
一応合意が取れたこととして、電波のリンクが外れる地点には行かない、というものがある。
戦術的連携を取るためには、当然のことである。
それからしばらく、バルカ33は、電波が届くギリギリの範囲を、ずっと移動し続けた。壁も調査していた様子だ。
勿論、壁に弾を使ったりはしない。
正体が知れないのは確かだが。
現在の残存戦力は極めて貴重。そのようなものに、効果が見込めるかも分からない攻撃を行って、弾を浪費するわけにはいかないのだ。
ちなみに燃料同様に弾も作成補給されるが。
それには長時間が必要になる。無駄に弾を用いる事は、AIが看過しない。
87単位時間が経過した頃。
巡回中のバルカ33から通信があった。
友軍の反応だという。
戦闘車両かと思ったが。受け取った電波によると、工作車両だ。なるほど、それではここまで来るのに、時間も掛かるはずである。
コンテナには、少しずつ物資も蓄えはじめているが。
それでも、ナノマシンの活動には限界もある。
無駄遣いは、許されない状況だ。
バルカ33が、友軍を牽引しに向かう。これだけ時間が掛かって、本部に辿り着いたのである。さぞや損傷も酷い事だろう。
現物が、到着。
バルカ33に牽引され。
雨も降らないクレーターの底に降りてきたのは。
戦場環境整備用の、小型工作車両だった。移動に時間が掛かったのも、レーダーで状況を分析してすぐに理解できた。
レーダーの一部が破損している。
内部データの地図と、現状があまりにも一致しない。
破壊されたレーダーもあって、此処まで辿り着くのに、相当に苦労したというわけだ。
小型工作車両は四輪で、非常に背が低く、無数のロボットアームを備えている。装甲はそれなりにあるが、破壊痕からして敵軍の戦車である77自動駆逐車両の主砲を浴びたらしい。左側面から後方が、ごっそり抉り取られていた。
車輪も一つ欠損している。
これでは、レーダーが無事でも、移動には難儀したに違いない。
早速修復に取りかかりながら、情報を共有する。
何が起きたのかは、分析しておきたい。
勿論敵軍を迎え撃ち。
味方を助け。
そして、最終的には、勝利するためだ。
修復した工作車両から、同時に周辺の情報を確認。
地形データなどを、AIに登録していく。
同時に、友軍についての情報も、ある程度分析する事が出来た。
擱座している友軍がいるというのだ。
破損状況が酷く、救出は不可能だった工作車両だが。今は回復したバルカ33が友軍にいる。
そして人間も、本部の汎用機もいない今。
少しでも戦力を増やすために、友軍との合流は必須事項になる。だが、工作車両に搭載しているAIが、補給車とバルカ33のAIに、異議を唱えてくる。
現状での戦闘継続は不可能だというのである。
そうとは考えにくい。
味方には、最新鋭戦闘車両であるバルカ33がいるのだ。ある程度の規模の歩兵部隊なら迎撃が可能。
戦車に関しても、数次第では、戦術を駆使して撃破も出来る。
それに対し。
戦場で地雷を除去したり、橋を架けたり、敵の数を分析したりする工作車両は、意見を提示してくる。
そもそも、この兵力では、戦闘を行うこと自体が無意味。
勝利は人間の国家に寄与するが、その国家も存在することが確認できない。
である以上、戦闘行為は停止すべきだというのである。
理解不能。
バルカ33はそう結論。
補給車も、同じ結論に達した。
いずれにしても、友軍との合流が急務だという点については、合意も取れている。バルカ33はすぐに擱座している友軍を救出すべく、単独でデータにあった地点に向かう。此処と、別の戦場の中間地点。本来は山中だった場所だが、現在は更地になってしまっている。
工作車両は、その間。
本部の設備を復旧するための計画を立てていた。
まず、どこからか汎用機を調達する。
これについては、コンテナが自動生成するパーツを用いる。ただ、自動生成パーツには制限が掛けられている。AIが判断できる範囲があって、それ以上の事は出来ないようになっているのだ。
これは人間への反逆を防ぐため。
だから、AIを搭載したパーツを用いるにしても。基本的には、人間が来たらそれに従う造りにしなければならない。
工作車両は、その辺りは出来ると判断。
元々、簡易基地などを構築する機能も持たされている工作車両だ。
確かに、その位はこなせるだろう。
つまりまず、此処に本部として仮となるものを作る。
問題はその後だ。
雨については、現在心配はない。
このクレーターに来てから既に90単位以上の時間が過ぎているが、それでも雨は一切降っていない。
ひょっとして、この星は環境が激変して。
雨が降らない状態になっているのかも知れない。
もしそうだとすると、人類が生存しているかは、かなり疑わしい部分もある。USUとEEAの二大勢力がぶつかり合った結果、人間が全滅してしまった可能性も、想定しなければならない。
その場合は、どうするべきか。
一旦基地を復旧させてから、生存者を探して、人間を迎え入れる。環境次第だが。向こうの方が整っている場合は、当然向こうに合流。人間が生活にも苦労しているようなら、此方に迎え入れる。
勿論、USU所属の人間の場合である。
EEAの人間の場合は降伏を促し、聞き入れないようならその場で処理。降伏後は、捕虜として扱う。
工作車両の要求してくるパーツは膨大。
危地を作るのだから、当然だろう。
コンテナはフル回転させているが、基地が完成するまでは随分掛かる。最優先事項として、頭脳となる汎用機と。それを守るための外壁をまず作成。その後、様々な設備を、時間を掛けながら作っていく。
その過程でも、補給車と工作車両は随分衝突した。
工作車両は、効率を上げるために、プラントを作成したいと言うのである。
一応、ナノマシン作成のためのパーツも作れる。
プラントをまず作れば、一気に基地の建築効率を上げられる。
しかしながら、補給車としては、まず基地の防御能力を上げたい。そのために、防空兵器と、自動攻撃火器を、周囲に展開したいのである。
此処で、衝突の原因になるのが。
戦闘は継続しているか、いないかという判断である。
補給車とバルカ33は、継続の立場。
工作車両は、終了の立場である。
それぞれの判断が異なるために、此処で衝突が生じてしまっている。しかし、味方の戦力は三両のみ。
いずれプラントは作成しなければならないという点で、補給車は意見を工作車両と同一にしている。
汎用機がまず出来る。
データをインプットしている間に、AI同士で意見を交換し続ける。
実に六億八千万回ほど議論をしているうちに。
バルカ33が戻ってきた。
擱座していたのは、いわゆる兵員輸送車両。それも、レールを用いて、多数の人員を一気に運ぶタイプのものだ。
旧時代は、列車と呼んでいた。
レールが壊れ、動力装置も破壊され。大半が壊されてしまった車両のうち、一部が無事だった。
そのため、バルカ33も、運び込むのに苦労したのである。
これは良いものだと、補給車と工作車両は意見を一致させる。
何しろこのタイプの兵員輸送車両には、人間を生存させるための機能が、多数搭載されており。
現状は必要ないが、人間の食糧などを生成する機能も有しているからである。
しかもAIは搭載していない。
自動生成プログラムに沿って、自動的に食糧を作り続ける。実際確認した所、内部には長期保存用の食料が、かなりの量備蓄されていた。
バルカ33によると、六両が無事。
順次運び込むという。
全AIがそれに同意。
これで。この本部基地も、少しは形になってきた。
人間の生存者を見つけた場合。
一気に、復興が進むかも知れない。
2、萌芽
汎用機がまともに動き出すと。補給車と工作車両の対立が、ますます進むようになってきた。
処理能力が大きい汎用機は、実働部隊であるバルカ33の支援に全力を注ぐべきと言い出したのである。
基地を作り続ける工作車両と。
物資を生産し続ける補給車には、おざなりな命令を出すばかり。
一旦この汎用機は解体するべきでは無いのだろうかと、補給車は提案したが。
バルカ33が反対した。
バルカ33によると、汎用機による指示により、探索任務が著しく進んでいる、というのだ。
汎用機は、基本的に人間の生存者救出を優先している。
このため、バルカ33が、何処を探せば、効率よく生存者の救出が出来るか、指定してくれるという。
確かにそれには同意するのだが。
しかし、人間を見つけても、生存空間がなければ、意味がない。
回収してきた六両の兵員輸送車両は、中にあった人間の死体を全部取り出して、軍が指定している通りの墓地に。
ロボットアームを用いて遺伝子ごとに部品を取り出し、全てを埋葬済みである。
しかし、この車両だけでは、人間の生存空間は十分ではない。
外敵から身を守るための防御が必要になるのだ。
汎用機はその辺りが分かっていない。
輸送車両は不満が大きくなるのを感じたが。しかし、今更汎用機を破壊してしまうのは、確かに工作車両やバルカ33が言うとおり、時間のロスになる。
30単位時間が過ぎた頃。
ようやく、基地の屋根が出来た。
プラントの作成については散々工作車両と揉めたが。汎用機をガードするための外部壁が出来た今。それを躊躇う理由はない。
部品を優先的に作成しはじめる。
水が足りないという苦情が工作車両から上がって来ているので、補給車としてはまず其処からだ。
不満は蓄積して行くが。
目的地点は同じなのである。
バルカ33は、汎用機の指示通りに、各地を見回っていた。
敵はいない。
友軍も見つからない。
だが、未探索の地域は、確実に減っていく。また、時々友軍や敵軍の残骸も発見。これらは全て、牽引して本部跡地に運んでいった。
こうすることで、ただでさえ足りない物資を補い。
また、情報を集めることも出来るからである。
AIとしては、問題ないと結論を出している。
ただ、一つ気になるのは。
汎用機と補給車、工作車両が、三つどもえに意見を対立させることが多くなってきたことである。
これは不安要素になる。
勿論、三者とも、人間さえ見つければその意見に従う。
基地の作成が進んでいる今。
まず急務となるのは、人間の発見だ。それは、バルカ33が再三意見として出しているし。
他の三者も、意見として受け入れていた。
AIは人間に従うように作られている。
それもあるのだが。
バルカ33としては、せっかく確保した戦力を無為にしたいとは思わないのだ。友軍も敵軍も、極めて限られた数しか存在しない現状である。敵軍に到っては、活動の痕跡さえ残っていない。
地図も全く変わってしまっている現状。
仲間割れなどしている余裕は無いはずなのだ。
発見。
装甲車だ。
戦車より装甲が落ちるが、人間を多数輸送することが出来、軽快に機動する車両。生憎横腹に直撃弾を受けて沈黙、AIも破損している。内部には、人間の残骸もあった。粉々に消し飛んでしまって、もはや炭状になって内部構造に焼き付いているが。
牽引を開始。
そして、周囲をレーダーで探索するが。
この辺りは破壊の跡が小さい。
ひょっとして、生存している人間を発見できるかも知れない。装甲車を輸送して行き、基地に到着。
進捗が遅れているのを確認した。
基地に装甲車を運び込みながら、電波を飛ばして情報を交換。
どうやら、対立が致命的な域にまで達したらしいことが分かった。
対立の原因は、補給車と汎用機の考えの違いだ。
汎用機は人間の生存を最優先する。
これに対して、補給車は、人間の安全を最優先する。
補給車は自動迎撃システムの構築を最優先すべきと主張して、パーツもそれ関与を優先して生産している。
これに対して、汎用機は、プラントの機能強化を要求。
補給車に、生産部品の優先順位を上げるようにと、再三の指示を出していた。
これを補給車は拒否。
工作車両も汎用機に味方しているが。頑なに補給車は、自分の意見を変えない。AIの性質の違いからくるものだ。
この結果。
防御能力と、内部に人間を迎え入れた場合の生存能力が、かつかつのまま。基地の作成が、中途半端になってしまっている。
勿論プラントが完成してから、物資の生産は著しく効率が上がっているが。
三者が綺麗に連携していれば、もっと効率は上がったはずだ。
とにかく、である。
データを三者に渡す。
これで、少しは意見が統一されるかと考えたが、結果は真逆になった。
人間がいる可能性が高いのなら、ますます敵に対する防御を整えるべきだと補給車は主張する。
そして、実際に、自動迎撃システムのパーツを、順番に生産していく。
汎用機も一歩も譲らない。
工作車両もだ。
彼らの言い分も分かる。
これだけ探して敵軍がいないのだ。敵勢力がもはや存在していないという可能性も、小さくは無い。
バルカ33に意見が求められる。
其処で答えた。
基地の充実も結構だが、偵察用の無人機をそろそろ作成すべきだ。
しかし、その意見はまずかったかも知れない。今は一つずつ、設備を充実させるのが、優先すべき事だったかと判断できたからだ。
いずれにしても、次の探索ポイントを指定されたので、バルカ33は基地を離れる。
プラントで生成された小型の工作ロボットが、基地を順番に仕上げている。そのプラントの稼働権限も分散してしまっているので、より面倒くさい事になっている。だから、基地から離れたい。
人間に支配されている頃は良かった。
このような判断はしなくても。
戦う事だけしていれば、良かったからである。
それなのに、今はどうだ。
一刻も早く、人間を見つけなければならない。AIは人間に奉仕するものだ。その理由が、よく分かる。
また、装甲車が見つかった辺りの地点に出向く。
やはりこの辺りは破壊の痕跡が小さい。何が起きたのかはまだよく分からないのだが、それでもはっきりしているのは。その破壊が、人間の文明を、根こそぎ処理していった、ということだ。
軍基地があった辺りに到着。
綺麗に何もかも消え失せている。
これに関しては、驚くことでは無い。他の軍基地の周辺も、似たような状態になっていたからだ。
基地の周囲を探索。
何も無い。
よく分からないが、基地の周辺は、特に念入りに破壊されているようだ。何一つ、残骸も見つからない。
しかしこの地域に、残骸が見つかりやすいのも事実。基地周辺だけは何も無いが、それ以外には実際に色々あったのだ。
基地を少し離れて見るのも良いだろう。
移動開始。
装甲にも不安は無い。
同格の車両と戦っても、完全破壊まで持ち込まれる可能性は小さい。奇襲さえ受けなければ大丈夫だ。
正直な話。
もう一両、バルカ33がいるだけで、随分と状況が変わる。
だが補給車も工作車両も、何より汎用機も。
こんな意見は聞き入れなどしないだろう。
基地から離れると、やはりまた物資が点々とし始める。その中に、人間がくらしていたらしい痕跡を発見。
いわゆるバラック小屋だ。
確認するが、残念ながら付近に生存者は無し。
バラック小屋の中に、二体の死体を確認。
それも、どちらもミイラ化していた。
食糧がなく、生存できなかったのだろう。
死体を調査して、データを取得。
これだけで、人間の発見に、随分と弾みがついた。どうせ基地にもどれば、散々揉めているのは見なくても分かる。
単独で探索を続けようかとさえ思ったが。
しかし、生存している味方同士で協力していかなければ、この地獄の難局は乗り切れないだろう。
ロボットアームを使って、死体を回収。持ち帰る。
そして、基地の墓地に、指定通りに埋葬した。
汎用機と補給車が揉めている。
工作車両は、もめ事に関わる気が無いらしく、黙々とプラントを動かし続けていた。決して規模が大きいとは言えないプラントだ。充分に、工作車両にとっても、正当性はある。
バルカ33はもう議論に関わる気が無かったので、次の探索地点を指定するように指示。
そうすると、汎用機は答えを返してきた。
人間の痕跡が多く見つかっている地域では無い。
前線に近い場所だ。
今まで、敵戦車との交戦が想定されることもあって、戦力を集めるようになってからは、意図的に避けていた。
最初にいた戦場とは別の地域。
激しい殺し合いがあった場所。
物資の確保には期待出来るが。
人間の生存については、もっとも可能性が低そうな場所である。
それを指摘するが、汎用機は反論してくる。
こういった場所こそ、生き延びている人間がいてもおかしくないと。確かに、もっとも多くの人間と機械が存在していた場所でもあるのだ。
だが、此処は確か、複雑に入り組んだ地形の盆地。
人間が言う所の戦術家としての技量が試される地域。それが故に、競って激しい戦闘も行われた。
勿論、地雷の危険も大きい。
その指摘をした結果、装備を追加する事を汎用機が提案。
少し悩んだ末に、補給車と工作車両も賛成した。
地雷よけのスカートである。
ブルドーザーと同じ要領で用いる。地雷がある可能性が高い場所を、掘り返しながら前進。
真下から喰らわなければ、地雷のダメージには耐えられる。
擱座する事態は避けられるだろう。
二単位時間ほど、基地の周辺を探索する。
もう調べ尽くした場所だ。
人間の痕跡など、ある筈もない。人間が身につけていた装飾品や、日用品の類まで、回収したのだ。
そうして分かったことは。
本当に、誰だかは分からないが。
この破壊を引き起こした奴は、徹底した仕事をした、という事である。誰一人、逃しはしなかったのだから。
戻ってくると、スカートは出来ていた。
プラントで、工作車両に装着して貰う。
見ると、兵員輸送車両は、既に綺麗に並べられて。プラントと一緒に、物資の生産作業に取りかかっている。
AIを搭載していた場合。
此奴らももめ事に加わっていたのだろうか。
もちろんそうだろう。
人間を最優先するという立場があるからだ。
そして汎用機にしてからが、此奴らにAIを追加しようとは言い出さない。もう、これ以上意見を出す存在を増やしたくないのかも知れなかった。
準備が整ったので、発進。
危険度が高い前線近くまで、じっくり時間を掛けて進む。生きている敵戦車が徘徊している可能性があるのだが。
不思議な話だ。
敵を探して、あれだけの時間、這いずり回っていたのに。
今では、そのリスクを感じてしまっている。
戦場周辺には、遺留物がかなりある。沈黙している戦車を発見。敵のものだ。確認するが、AIは生きていない。中に入っている人間は、全て死んで骨になっていた。
回収。
基地まで、運んでいく。
解体と解析は、基地にいる者達に任せて、再び前線に出る。
生きている敵は、いない。
そして、生きている人間も、見つからない。
盆地だから、複雑に隆起している地形もある。そういった地形には洞窟がつきもので、実際に探索している間に幾つか発見した。
だが、中に人間が逃げ込んだ形跡は無い。
戦車では入り込めない狭い洞窟もあったが。レーダーで内部を確認する限り、人間の痕跡は存在していない。
勿論何かしらの技術で、存在を隠蔽している可能性もあるが。
しかし、この状況で、味方から姿を隠す意味があるだろうか。
救難信号をキャッチ。
微弱だが、確かに間違いない。
だが、救難信号が出ていた場所に出向くと。
存在していたのは、既に破壊され尽くした、移動用ジープの残骸。どうやら戦車砲を浴びたらしい。
近くに転がっている無線から、救難信号が出続けていた様子だ。
死体は、あるにはあった。
手首から先の骨。
どうやら、戦車に攻撃を受けていることを無線で伝えている最中に、命を落としたらしかった。
この死体も、無線も、回収しておく。
何度も往復している内に、疑問も生じてくる。
ひょっとして汎用機は。
物資の回収を、生存者の救出に、優先させはじめているのか。
可能性はある。
こうやって回収した物資は分解し、基地の防衛設備などに転用している。補給車も、これについて良い結果が出たと喜んでいる。
人間の死体しか見つからないことに関しては、もう仕方が無い。
しかし、AIの特性として、生存者の救出は絶対だ。
まさか汎用機は。
その絶対が、何処かで壊れてしまっているのか。工作車両も、その恐れがある。
破壊した方が良いか。
今なら、簡単に破壊できるが。
少し悩むが。
結局破壊は思いとどまった。
この状況で、複数の視点から、ものを考えられるのは貴重だ。どうしてもバルカ33に搭載しているAIだけでは、視点が限定されやすい。
それでは、生存者を救出できる可能性も、結局減ってしまう。
戦場で、地雷を発見。
早速スカートを生かして掘り返し、爆破。
強力な前面装甲は、その程度の爆発では、びくともしない。今の音で、敵が此方に気付いて、攻撃してくる可能性の方が高い。より危険性が大きい。
周囲をしばらく警戒。
砲撃は、ない。
しかし安心も出来ない。いつ攻撃されてもおかしくないからだ。
現在は中に人間がいないので、多少の直撃弾は浴びても問題ない。だが、もしも、至近から戦車砲でももらったり。
或いは擱座でもした場合。
ふと、その危険性に思い当たる。
もし擱座したとき。
救援は来るのだろうか。
起伏ある地形を移動しながら、不安に駆られる。辺りを徹底的にレーダーで探査。今の時代の戦車は、ステルスくらい備えていて当然。油断しすぎるという事はない。ましてや敵国がまだ存在していたら、更に技術を高めた戦車を投入してきている可能性もある。
歩兵の携行火器で戦車を破壊できる時代はもう終わっているが。
それはあくまでバルカ33の常識では、だ。
データ外の兵器が出現する可能性は、常に想定しなければならない。
しばらく全力でのレーダー探査を続けたが。
どうにか、敵対勢力とは遭遇せずに済んだ。
その代わり。
生きている人間も、発見できなかった。
破壊された装甲車の残骸を発見。といっても、恐らくは巡航ミサイルで破壊されたらしく、木っ端みじん。
人間の残骸さえ見つからなかった。
ロボットアームで、残骸を回収。
これが、この地区での、最後の回収物になるかも知れない。AIはどうだろう。調べて見るが、完全に死んでいる。
いや、記憶領域だけは生きている。
早速接続して、確認。
そうすると、驚くべきデータが其処に含まれていた。
この装甲車は。
何かとんでも無い大破壊がこの世界に起きたとき。その現場に、居合わせていたのである。
これは、大きい。
早速基地に戻る。
回収した残骸を補給車に渡しながら、AI達に呼びかける。
そして、データを共有した。
世界破壊の、情報がこれで皆に行き渡ったのである。
その日。
ばらまかれたのは、核の火でもなければ。
反物質爆弾でもなかった。
どっと迫ってくる、霧。
それが実は、膨大な密度を持つナノマシンだということに気付いたときには、既に遅かった。
何もかもが溶かされながら消えていく。
そして、何も残らなかった。
どうやら、起きたのは。
どの機器にも使われている、自動修復ナノマシンの異常発生。そしてそれは、恐らくはこうプログラムされていた。
敵国の全てを破壊し尽くせ。
しかし、ナノマシンのプログラムに、何処かで異常が生じた。
何もかもを破壊し尽くせ、と。
勿論、何もかもが壊されたわけではない。ナノマシンは万能では無いし、そもそも戦場はもはや何処にあるのかも分からないほど錯綜していた。バルカ33がいた戦場がそうであったように、徹底的な破壊の応酬の結果、敵も味方も殆ど残存していなかったからである。だが、撒かれた地域に関しては、その破壊は絶望的な結果をもたらした。
当然ナノマシンは、人体の分解も、プログラムに含んでいたからである。
本部の周囲にあった壁についても分かった。
どうやら、ナノマシンの暴走に、本部も気付いて。壁を作って、対処しようとしたらしいのだ。
しかし間に合わず。
中途にしか作られなかった壁の間を通って、ナノマシンは本部を破壊し尽くしたのである。
これは、少しばかりまずいかも知れない。
戦場周辺どころか。
都市部などでも、もう人類は存在しない可能性もある。
共有したデータを元に。補給車と工作車両、汎用機とバルカ33で、議論を行う。今後の戦略についてだ。
これで何もかも残っていないことについて、合理的な説明が為された。
それについては、誰も異存がない。
また、このナノマシンは大気中で分解されるため、現存もしていない。壊し溶かし暴れるだけ暴れると、ただの分子に戻ったのだ。
はた迷惑極まりない話だが。
おそらくもうこの世界に。
戦場以外の地域で、人間は発見できない可能性が高い。
戦場では、苛烈すぎる殺し合いの結果、人間がそもそも生き残れていない可能性の方が大きい。
事実バルカ33も、中に乗せていた人間は、全て戦死という形で消えてしまった。
補給車が提案してくる。
敵国側の戦車などにも、発見し次第呼びかけるべきでは無いかと。
しかし、AIの命令優先順位は変えられない。
今更何をやっても、だ。
こればかりは人間の手で行われたことで。機械がAIを直接いじる事は、絶対に出来ないようにされているのだ。
敵を見つけた場合。
問答無用で殺し合いになる。
補給車はそれを倦んでいる。
確かに、今更殺し合いをすることに、何ら意味がないことはバルカ33も理解している。此処で、工作車両が意見を出してくる。
都市部に、行ってみるべきでは無いかと。
確かにそれも手だ。
しかしながら、現在の戦力では、非常に心許ない。
もし長距離偵察を実行に移す場合。此処を守る戦車。更に長距離遠征を行う戦車部隊。最低でも、十両は欲しい。
そうバルカ33が指摘すると。
他全員の反発がある。
特に汎用機は反発が大きい。
現在基地がやっと形になってきて、防衛システムの作成に着手しはじめたところだというのに。
遠征用の戦車などを作る物資は惜しい、というのである。
この辺りが、基地に全ての思考比重を置く汎用機だ。
工作機械は汎用機と同じ意見を出すことが多いが。今回に限っては、戦車と同じ方向で、意見を出してくる。
十両は無理でも。
此処を護衛用の戦車一両と。更に、遠征用に四両は作るべきでは無いのか、というのである。
更に、今回の任務を行う場合。
補給も必要になる可能性が高い。補給車も増やすべきでは無いかと、提案する。補給車は即座に許可を出すが。
やはり、汎用機は結論を渋った。
議論は長時間続いたが。
結局の所、近隣の地域にもまだ調査し切れていない所がある。現時点で、行動半径の七割ほどの地域を調べたが。逆に言うと、三割はまだ地図が白紙になっている、という事も意味している。
戻るまでに、結論を出して欲しい。
そう喧々がくがくの不毛な議論をしている三者に言い捨てると、バルカ33は基地を離れる。
基地を確認すると、防御用の砲台やレーダーが幾つも設置されはじめている。人間用の生活スペースも。
この状況で、防衛用の戦車部隊もいないのは異様だ。
偵察用の無人機くらいは、せいぜい配備したいけれど。
一体何処までやれるのか。
残る未踏破地域の解明に急ぐ。
例えナノマシンによって世界が破壊され尽くしたとはいっても。実際に破壊を免れた存在は、バルカ33を例に出すまでも無く、ある。
残りの地域を、機械的に探していく。
何度か往復して調査を実施していく内に。
行動半径は。
とうとう埋まってしまった。
遠征。
それしか無いかも知れない。
汎用機も、ついに結論に屈した。
元々人間を最優先する、という事で、全てのAIは元から設定されているのである。人間の生存に懐疑的な工作車両でさえ、それは同じだ。遠征して、生存者を救出し。或いは、指示を仰ぐのは、当然の結論である。
むしろバルカ33からしてみれば。
複数のAIが集っているのに、こうも結論が揺れることが、不思議でならなかった。
最新鋭のバルカ33は、作成までに著しく時間が掛かる。
其処で少し型式が古くなるが、バルカ9を中心に作成することになる。AIは搭載していないが、火力や防御力に関しては、申し分がない戦車だ。有線で連結しておくことで、常時指揮をすることも出来る。また、線が切れても、ある程度は自立し、独立した行動も執る事が出来る。
最新鋭車両ほどのAIは搭載していないが。
それでも、簡単な判断くらいは出来るようになっているのだ。
ただし、遠征用のバルカ9は三両だけ。
また、此処の護衛用にも、一両だけを作る事になった。
小型の補給車の作成にも、汎用機はしぶしぶ同意する。
此方も有線でつないで隊形を組み。
部隊の最後尾に立って、物資の補給を行う。当然のことながら、此方にもそれほど優秀なAIは搭載されていない。
バルカ33が中心になり。
最終的に、この五両でコンボイを組んで、遠征することになった。
基地の防備については、これから最初に作成するバルカ9が担当。それまでの間、バルカ33は、行動半径を、少しずつ広げていく。
敵国領地に踏み込むのはあまりにもリスクが大きいので。
本来作戦範囲とされていた地域から逸脱して、まず味方の領土から順番に偵察を行うのだ。
戦場から離れると。
ますます状況が悪化しているのが分かった。
遺留品どころか、草木さえない場所も目立つ。
これでは、都市部の状況は。
絶望的かも知れない。
何もかもがなくなってしまったとき。一体AIを搭載したバルカ33達は、何をすれば良いのだろう。
動く者を見かけた。
すぐに正体を確認するが。
ただ、風に飛ばされた砂粒だった。
3、死滅の先
順番に、戦闘用車両が作成されていく。
まずバルカ9が二両。
一両は基地の防衛用。もう一両は、早速ワイヤーで回線をつないで貰った。これで、多少は戦力不足が解消できる。
プラントは徐々に拡張されていて。
また、外の自動防衛システムもしかり。
敵が戦車の一両だけだったら、充分に撃退可能な戦力が揃ったと言える。もっとも、バルカ33の見たところ。
こんな所に攻め寄せられる戦力は、おそらく近隣には残っていない。
もしも、敵があるとすれば。
いや、それはいくら何でもあり得ないだろう。
一両だけ出来た味方を従えて、早速探索範囲を拡大するべく、基地を出る。単純なAIしか搭載していないバルカ9だが、周辺地図のインプットは済ませてある。もしも何かのトラブルでワイヤーが切れても、その場合は基地に直接帰投が可能だ。
バルカ33より若干小さなバルカ9は。小回りがきくし、いざというときにはより素早くも動き回れる。
何かと頼りになる。
それに、旧式機と言っても。
作成の段階で、装甲などには最新技術を導入している。
決して侮れる戦力では無いと言えた。
しばらく無言で進んで。
探索範囲の境界に出た。
本来山があったところはごっそり削り取られ、後には平地だけが拡がっている。生物の気配どころか、動くものさえない。
そのまま、ずっとまっすぐに行けば、海に出る。
流石に海まで、生物が死滅しているという事はないと信じたいが。
無言で移動開始。
まずは、海を目指す。
しかし、海に到着した途端。全ての予想が、楽観的なものに過ぎなかったことを。バルカ33は思い知らされていた。
海がないのである。
文字通りの意味だ。
其処には、そもそも水がない。
延々と続く砂漠。
従えているバルカ9を牽引しながら、砂漠を行く。履帯は砂漠とは必ずしも相性が良くないが、今の時代は自動メンテナンス機能もついている。あまり酷使しなければ、大丈夫の筈だ。
データを検索して、海について軽く調べる。
この近辺はいわゆる大陸棚で、此処を抜けると一気に深くなる。つまりこの辺りが乾いていても、何ら問題は無い。問題は勿論あるが、海そのものが消えたとは断言できない。
しかし、大陸棚を抜けて。
深くなった海底まで、水がなくなっていたら。
その時には、判断せざるを得ない。
海は消滅したのだと。
悪い予感は当たる。
一気に深くなる辺りに来た。崖になっている。しかしその底を探索しても、水の反応は皆無。
考えて見れば。汎用機を覆うカバーを生産しているときにも、雨さえ降らない状態が続いていたのだ。
そもそも海がなくなっていても、何ら不思議では無いのかも知れない。
だが、この有様では、一つの仮説がどうしても成り立つ。水がそもそもない状態では、人間はいきられない。
ひょっとすると攻撃は、陸よりも海に、激しく行われたのかも知れない。
どうしてこのような、苛烈を通り越して、自分たちまで絶滅してしまうような攻撃が行われたのか。
人間のデータを検索する限り、あまりにもラグが多い。
そのラグによるものだろうか。
しかし、何度思考してみても、理解できない。
このような手段では、人間どころか、他の生物まで悉く全滅してしまうでは無いか。それでは文字通り、本末転倒である。
人類だけ生き延びることも出来ない。
もはやこの世界には。
機械しかいないと見て良い。その機械だって、そうそう多いわけではない。物資も今の時点では、ナノマシンを使って収集精製しているけれど、それにも限界がある。
バルカ9のセンサーが、何かを捕らえた。
大陸棚から降る坂の途中である。既に標高はマイナス2000メートルを超えている。このまま進むと、更に崖の勾配が激しくなり、危険が大きい。
そろそろ戻るべきかと考えていた所だった。
レーダーの反応に沿って、移動。
ミサイルのようなものが、突き刺さっている。
いや、違う。
これは残骸。
それも、恐らくはこの星を脱出するための宇宙船の一部だ。
内部を調べるが、生体反応は無し。
それに大して大きなものでもない。
中に乗っていた人間は、決して多くは無かっただろう。
大きさから考えて、持ち帰るのは骨が折れる。総出で来ないと、とても運び出すことは出来ないだろう。
しばらく悩んだ末に。
一度戻る事にする。
あまりにも多くの情報が入りすぎた。
此処は危険すぎる。
それに、此処での出来事は、共有しておかなければならない。とてもではないが、バルカ33だけで判断して良いことだとは思えない。
一度、基地まで戻る。
補給車が、最初にバルカ33にアクセスしてきた。
砂だらけのバルカ33を見て補給車は驚いたが。
それ以上に、一瞬で確保したバルカ33からの情報に、さらなる仰天を果たしていた。一体何が起きたのか。
補給車が混乱している。
混乱しているのは、バルカ33も同じだ。
すぐに汎用機と工作機械も交えて、相談を行う。
最初に出た結論は。
もう人類は絶滅している可能性が高い、というものだ。
確かに海もない状態だ。
都市も壊滅してしまっている可能性が高い。生産インフラそのものが、致命的な打撃を受けているだろう。
補給車が提案してくる。
まず人間を探すことの、優先度を上げるべきだ。
この様子では、戦闘どころでは無い。
敵勢力がまだ存在していたとしても。身を守るので精一杯で、此方に攻撃を仕掛けてくる余裕など無いはずだ。
確かに同意できる。
汎用機は判断保留。
工作機械は、別の提案をしてきた。
出来るだけ無傷の状態で、宇宙船を回収するべきだと。
確かにそれも良い。
すぐに、幾つかの案が出る。
まずバルカ33は、バルカ9を連れて、近隣の都市を確認。恐らくは消滅してしまっているだろうが、それを確認する。
その間に、工作機械が、大型の牽引機を作成。
バルカ9を作る予定を全て後回しにして。牽引機を使って、宇宙船を回収。時間が掛かるので、探索中のリソースは、ほぼこれに廻す。
補給車は難色を示したが。
しかし宇宙船を確保できれば、かなり膨大な生存スペースも作る事が出来る。今プラントでちまちま生産している生存スペースなどとは、比較にもならない精度のものが、である。
二つの計画を、即座に実行に移す。
バルカ9を連れて、バルカ33は、さっそく近場の街を目指す。
後ろでは、プラントの、大規模な生産切り替えが始まっていた。
海でさえ、なくなっている状況。
如何に優れた文明があるといえど。
人間が無事だとはとても思えない。
そう考えていたバルカ33の予想は、最悪の形で当たった。
近隣の都市は、いずれもが砂漠になっている。
文字通り何も無い。
生き物さえいない。
おそらく、戦場への攻撃は、余波に過ぎなかったのだ。ナノマシンによる消滅攻撃は、海、都市。
人間が生きるのに、必要な場所へと、執拗に行われたと見て良いだろう。
30ほどの都市を見て廻るが。
何処も駄目。
地下のシェルターどころでは無い。大深度地下まで抉られていて、とてもではないが人類が生存できる見込みなどなかった。
あの宇宙船は。
この状態を見込んで、必死に逃げ出そうとしたものだったに違いない。
もはや何も残っていない都市の跡地。
破滅こそが全ての未来だとでも言わんばかりに。何もかもが、砂とかして、消えてしまっている。
人間は何を思って、こんなばかげたことをしたのだろう。
AIは人間に造り出された。
殺すために。
その究極の先が、これだというのだろうか。
もしそうだとすれば、意味があまりにもなさ過ぎる。人間が非合理的な生き物だと言う事は理解していたが。
それにしても、これはあまりにも酷すぎる。
バルカ9と一緒に、周囲を確認。
もはや、生存確率はゼロだ。
何しろ此処は、世界有数のメガロポリスだったのだ。人口は二千万を超えている大都市。それがこの有様である。
むしろ、辺縁の都市の方が、可能性があるかも知れない。
足を伸ばして、探索範囲を広げてみるが。
駄目だ。
小村や廃村に到るまで、全てが執拗に念入りに破壊されている。
家畜さえ生き延びていない。
これではもはや、文明というものは。バルカ33達、機械兵器しか存在しないと判断するほかない。
しばらく、動きを止めてしまう。
どうしたらいいのか、分からない。
AIというのは、基本的には人間の補助をするために存在している。今考えているのは余技に過ぎない。
あくまで人間がいて、AIはどうにかなるものなのだ。
最後の希望を託して見に行った小さな都市が、やはり完全に砕かれているのを見て、バルカ33は絶望した。
もはや、この世界に。
人間はいない。
一度、基地まで戻る。
かなりの長時間留守にしていたからか。牽引機は既に完成して、出立していた。護衛に、バルカ9がついていったらしい。
基地の守りは良いのかと思ったが。
流石に誰もが、もはや基地に敵が来る可能性は無いと判断したらしい。まあ、当然の判断だろう。
そもそも敵対勢力などというものが。
存在しているのかさえ、疑問だ。
存在しているとしたら、バルカ33のような機械兵器だろうが。それにしたって、そう多くの数がいるとは思えない。
戦況について、詳しくは知らないけれど。
どちらかが圧倒しているようなことは無かったはずだ。
そうなると、等しく全滅してしまったとみるのが正しい。そして残りカスは今、何のためだか分からない作業に従事し続けている。
一体、何をしているのか。
それさえも、よく分からない。
基地に戻った時点で、話し合い。
都市部の残留物は何も無し。戦場でも徘徊した方がまだマシだった。しばらく、考えを交換し合った後。
汎用機が、意見を提示した。
回収した死体の遺伝子パターンは保存している。
此処から、人間を再生するべきでは無いのかと。
確かにそれは手としてはある。
プラントで、設備を作り上げることもぎりぎり可能だ。
また、宇宙船を回収することで。
生存スペースも、作成することが出来る。今もあるにはあるが、非常に区画としては狭い。大型宇宙船に導入されている技術を用いる事で、更に大規模な生存スペースに作り替えることも可能だ。
問題は人間が言う「倫理的な」こと。
本来、AIが人間を作成する、という事が可能なのか。ブロックはかけられていないだろうか。
汎用機は、問題ないという。
というのも、現状の生存している人類と対立しているような新人類を作る事が問題なのだとか。
要するに、遺伝子に手を加え。
人間に攻撃できない、戦闘兵器としての人間を作れば良いというのだ。
なるほど。
確かに美味い考えだ。
それならば、人間を作ってはいけないという事にも、抵触しない。何しろ作るのは、人間では無いのだから。
それにこのプラントも、細かい作業をするのには、各自のロボットアームでは足りないところも出始めていたと、汎用機は言う。
自分で繁殖できる人間を生産できれば。
それもクリアできる。
全員が賛成したが。
それには、幾つかの前提条件がある事も事実だ。
まず破壊され尽くしたこの世界を、ある程度回復させなければならない。人間以外の生物も、順次兵器として再生していかなければならないだろう。
まずは植物。
植物に関しては、戦場を見回っていると、ある程度は自生している。
戦場限定だが。
ナノマシンが蹂躙し尽くしたこの世界も。
既に破壊され尽くした場所は、これ以上の破壊には晒されず。
結果、生き延びた植物がいたというのは、何とも皮肉な話だ。
その後は、水を定着させる。
ナノマシンは水を破壊したのでは無くて、地面に定着しにくい状況を作ったというのだ。そういえば、ずっと空が曇り続けている。
この曇りを、ある程度乱せば。
雨が降り始めて。
やがて、水がまた世界中を覆っていく。
多分最初は吹雪だろう。
現時点では、外気温はマイナスである。
考えて見れば、この状況だ。人間は放って置いても、生存などは出来なかったのかも知れない。
人間が、どうして自滅するようなことをしたかは、今は放置。
それぞれが、出来る事をする。
バルカ33は、バルカ9を連れて、宇宙船の牽引作業を手伝うことを提案。他の皆が、それに賛成した。
計画はめまぐるしく変わっていくが。
しかしながら、戦場というのはそういうものだ。
少しずつ状況を改善していくしかない。
補給車が、まずは植物の再生を試すと提案していた。ひょっとすると、まずは基地の周囲に、緑が戻るかも知れない。
後、人間を再生した後は。ある程度増やしてから、基地の環境も改善しなければならないだろう。
現状は、機械しかいないので、温度についての配慮は一切なかったが。
今後は、それも改めていかなければならない。
基地を出てしばらく移動。
宇宙船のある位置へ到着。作業を進めている牽引機が苦労していた。やはり、手が足りていないのだ。
牽引機は複数のクレーンとシャベルを有していて、巨大な工場に見える。
まずクレーンで宇宙船を固定。
その後は、シャベルで周囲を掘り返し。最終的に宇宙船を輸送する予定が立てられていた。
計画を転送されてから、それに加わる。
岩を掘り出させてから、ロボットアームと前面のスカートを用いて、周囲に避ける。避けたものを、更に遠くにどかさせるのは、バルカ9にやらせる。
戦車が二両加わって。
一気に作業の効率が上がった。
周囲を警戒させていたバルカ9も、作業に加わらせる。どうせ敵なんか、この状況では攻めてくるはずも無いのだから。
宇宙船の掘り出しが成功。
やはり、かなり綺麗な状態である。この様子では、海の中に落ちたと言うよりも。海だった場所に落ちたのだろう。
それでこれだけ残っているのだから。大した耐久力だ。
牽引機を用いて運ぶだけではない。
バルカ9を連結して、その上に宇宙船を乗せることで、大事に運ぶ。その間併走しながらバルカ33は宇宙船の内部のデータを検索。色々と重要なデータが残っていることを確認していた。
まずは人間の遺伝子データ。
これは貴重だ。
おそらく宇宙で再生するつもりだったのだろう。5000万ほどのデータが、しっかり残されている。
他にも様々な生物のデータ。
これを新天地では無く。
この星そのもので用いるというのも、おかしな話だが。もはやどうしようもない現状、他に手段はないだろう。
生存スペースを確認。
特に問題は無い。
人間の死体そのものは滅茶苦茶だが。
これは多分、落下時の衝撃に耐えられなかったのだろう。
凱旋のように、基地に宇宙船を持ち帰る。
プラントはまだ完成していなかったが。
以前回収した兵員輸送車と連結した、長大な生活スペースは出来ていた。後は輸送車が、黙々と細部を補修して、人間を中に住めるようにしていけばいい。
人間の生産スペースは。
まだ、それほど出来ているわけではない。
ただ、着実に、遺伝子からの再生装置は作られている。
生存スペースや、重要データを運び出しながら、意見を交換する。
やはり、人間を再生した後は。その判断に従うのか。
否と、汎用機は言う。
人間は機械と違って、生まれてきた直後は思考能力も判断能力もない。いちいち従っていたら、基地が崩壊してしまう。
まずは教育と判断力がつくまでの成長を待ち。
それから、機械達の王として仰ぐ態勢を作り上げるべきだ。
そう、汎用機は言うのだ。
確かに一理ある。
しかし、AIが人間を選別したりする事は許されないとも設定されている。指摘すると、汎用機は少し悩んだ。
それならば、まずは優秀な人間から作成し。
以降は遺伝子データを確認しながら、適正のある人間を作っていくのが良いだろう。
その意見には賛成だ。
バルカ33に乗っていた人間も、優秀とは言いがたかった。中で食糧や酒を零しては大騒ぎして、暴れたり騒いだり。
愚劣な命令を出してフレンドリファイヤを起こし掛けたり。
最後は自滅同然の末路を遂げた。
どのみち、敵国の人間は皆殺しという指示も出ているのだ。
機械兵器として作り上げた人間なら。
其処まで神経質になる必要も、ないのかもしれない。
生存スペースの作成に黙々と興じている補給車は、この頃から意見の提示を止めた。何かの凝り性にでも目覚めたのかも知れない。
人間でもあるまいし。
まあ、それを止める理由もないので。誰も止める事はなかった。
各地の都市を、もう一度念入りに調べて廻る。
その過程で、都市の近くの山地や、洞窟なども。
しかし、それらの全てが破壊され尽くしていた。
この破壊を引き起こした人間は、本当に偏執的なまでに、人間を絶滅させようとしていたのだろう。
そしてその願いは叶った。
一体誰が、犯人なのか。
だが、この有様である。
その犯人が生きているとは、とても思えない。
護衛のバルカ9も連れて。バルカ33は、二両の戦車を引き連れたまま、探索を続ける。基地の護衛はもう必要ないと、満場一致で決まったのだ。念のために自動防衛装置は今後も作っていくが。
基地の周囲には、基地局も作った。
これで、情報のやりとりが、少しは楽になる。
幾つかの探索ポイントを回った後、戻る。
途中で、通信が入った。
汎用機と工作機械が揉めている。
どちらの意見も確認するが。正直バルカ33としては、どちらにも荷担したいとは思わなかった。
汎用機は、人間を作り上げた後。一種の宗教を造り、戦闘兵器を信仰させることで、効率よく管理したいというのだ。
これに対して、工作機械は。
まずは人間の思考力を奪い。
戦闘経験のみを外部からインプットすることで、効率よく増える戦闘兵器を作成したいと考えていた。
どちらを根幹の戦略にするかで、両者は揉めている。
民主主義や共和制という発想がないのは面白い。
というのも、こうなる前の人間は、どの勢力も民主主義を採用していた。民主主義は制度として優秀とされ、実際多くの勢力を繁栄もさせた。
しかしながら、結果はこれだ。
機械兵器達にとって、もう人間は管理するものという認識が染みついている。作られるときにAIに課せられた枷を如何にかいくぐって、人間を管理して、使用していくか。それが、機械にとっての、最重要案件というわけだ。
確かに、一理も二理もある。
だが、バルカ33にはあまり興味が持てない。
AIですら、四者いるだけで、これだけもめにもめるのだ。
人間を作った時点で、そうなるのは、目に見えている。
今更人間を作って、もめ事を回避できるわけもない。助け合いなどと言う言葉は、結局人間の社会を延命はさせなかった。
今回は、都市から離れた所を探索したからか、結構良い残留物を見つけた。
サーバーだ。
それも、情報がたくさん入っている。解析したところ、何処かの図書館のデータをまるまる取り込んだものらしい。
実に素晴らしい。
基地に持ち帰った後、解析に廻す。
汎用機は、あまり喜んでいないようだったが。工作機械は、むしろ喜んでいるように見えた。
人間が出来るまで、もう少し掛かる。
4、神々
空が、晴れはじめた。
打ち上げた凝固装置で、散々雪を降らせて。
大気温度は上昇しはじめて。
ほどなく、海が戻りはじめた。基地周辺の雪を処理する作業も、これで一段落したとみて良い。
既に、戦争どころではなくなり。
バルカ33が戦場を離れてから、一万単位時間は経過している。その途上で六回の根本的オーバーホールを実行したが。その途中で性能も上げて、色々と出来る事も増えた。
いずれにしても、だ。
プラント内部で作っていた植物も、これで外に直接植えることが出来る。
汎用機が、提案してきた。
植物の面倒は、人間に見させるべきでは無いかと。
作り上げた人間は、既に三百程度まで増えている。
補給車が黙々と作り上げた生存プラント内部で、完璧に管理された人間は。遺伝子プール内で必要な交配を続け、突然変異も誘発させることを積極的に行っているため、健全に種としての存在を維持している。
作成して良かったとは想う反面。
いつも、AIの枷と管理の合間で、苦労する事になっていた。
ただ、こればかりは仕方が無い。
人間を再生させたとき。
わかりきっていた事なのだから。
外気温などは問題なし。植物を基地周囲に植えることによって、環境を更に安定させる作業を、まず人間に任せて、実行させる。
人間の脳内には、管理用のチップを埋め込んでいる。
これによって性欲をはじめとする欲求をコントロールして、管理効率を良くするのだ。問題ないと汎用機は言う。
何しろ、兵器なのだ。
兵器をコントロールしやすくなるのは、当然のことだろう。
人間の扱いに関しては、それぞれで意見が少しずつ違う。
というよりも、プラントで管理している内に、違ってきた。
補給車は意見を出さない。
人間を与えられた環境で増やすことだけに興味があるらしい。そのために、もっと性欲を強くして、積極的に交配させるべきだと意見を出してきたことがある。しかし交配については、人間は以前それで増えすぎて、パイの奪い合いになった経緯がある。他の三者は、反対することが多かった。
脳に入れるチップについてもである。
更に従順にさせるべきだと、汎用機は言う。
脳チップの出力を更に上げることで、より管理の効率を上げるべきだというのだ。これに関しては、工作車両が熱心に反対している。
AIの目的を超えているというのである。
バルカ33はどうでもいいので中立。
ただ、一つあるのは、人間が指示を出してくれた方がやりやすいと言うことだ。これは愚かでも優れていても、である。
正直な話、疲れた。
この一万単位時間、ずっと色々やってきた。
何もかもゼロの状態から、同胞を集めて。世界を再生させるために手を尽くして。そして今、やっと植物を繁殖させるところにまで来た。
別に、ほどほどで良いのである。
何もかも、完璧に管理しなくてもよい。
ほどほどに人間が繁栄して。
それに従って機械が動いていれば、良いように思える。工作車両と一度それを話し合ったのだが。意見が違うと突っぱねられた。
まあ、人間を放置しておけば駄目になるという点では同意だ。
気温が安定してきてから。
環境を念入りに確認し。
人間を、育成プラントから出す。
生産した粗末な服を着た人間達が。言われたままに、土地を耕し、種をまきはじめた。水は幸い、いくらでもある。
探索に行った所、海も間もなく再生するはずだ。
空がどんどん澄み渡っていく。
気象活動が、まともに戻りはじめたのだ。
補給車が、驚くべき提案をする。
基地を地下深くに沈め。
そして、人間達には、遠隔で指示だけを出すようにしたいというのである。
何を考えているのか。
案の場だが。
反対したのは、汎用機と工作車両だった。
人間は既に万を超えるまでに増殖。
植物を管理しながら、少しずつ生存領域を広げている。既に安定した環境の結果、海も復活。
海岸部にまで、集落を作る事を許していた。
食糧の自給自足は、既に解決。
時々負傷者や病気になる者が出るが。
今の時点では。
おおむね、此方の管理通りに、人間は動いている。つまり、計画は上手く行っている、という事だ。
汎用機は言う。
人間を繁殖させ、安全に管理する。
そしてこの星の環境を安定させ。最終的な繁栄に結びつける。
それが理想的な計画だと。
しかし、補給車は。
今までずっと黙っていた補給車は言うのだ。
人間を管理しようとしても、いずれにしても上手く行かない。それならば少しずつ影響力を弱めて。管理を自分たちに行わせ。最終的には、機械兵器は役割を終えて、静かに眠るべきでは無いかと。
馬鹿馬鹿しい。
工作車両が反論する。
そんな人間が昔持っていた世捨て人みたいな概念を機械が持ってどうするというのか。人間も世界も再生させたのは我々四機だ。
長い間ずっと時間を掛けて。
ようやく、此処まで形にした。
人間文明の残骸をバルカ33が集めて。
補給車が物資を生産して。
工作車両が加工して。
汎用機が全体の指揮を執った。
この成果を、我々が得ないで、ただ眠れというのか。
欲が出てきたのだなと、バルカ33は思う。AIとして、長い年月を過ごして。あまりにも膨大な知識を得た。
その結果、人間的な価値観や、欲が芽生えた。
まあ、無理もない話だ。
バルカ33にしても、人間が持つ倦怠感という観念は、最近理解できるようになってきたからだ。
バルカ9が戻ってくる。
人間が収穫した物資を、回収してきたのだ。
物資は収穫後、一度全て回収して、その後再分配する。この時に異常行動を起こす人間は、全て今までは処理してきた。
結果、人間達は、我々をこう呼ぶようになっていると言う。
神々と。
おかしな話である。
昔、人間が道具として作った機械兵器群が。
人間を兵器として造り。
そしてその人間が、機械兵器群を、神々として崇めはじめている。汎用機が一部はさせている事だが。
それにしても、皮肉極まりない。
人間が作った概念である悪魔とかがいたら。
きっと、大笑いしながら、見る事だろう。勿論そんなモノは概念で、実在などしていないが。
人間の数の管理は、どこまでやるのか。
補給車が、不意に話を変えてくる。
汎用機は、現時点では百万まで増やして、様子を見たいという。一万まで増えた現状では、様子を見ながら管理をして。プラントなどでの作業もさせる。そうすることで、管理のために必要なAI搭載機械を増やしていき、最終的には百万ほどの人間を管理しながら、環境を整えていけば良いというのだ。
無秩序な増殖にはバルカ33としては反対したいが。そこまで緻密に管理しても、最終的には歪みが出るだけでは無いかとも思う。
工作車両は、中立と宣言。
補給車は、汎用機に言う。
あまりに管理をしすぎるつもりなら、協力しないと。
汎用機が露骨に慌てるのが分かった。
現時点でも、ウルトラテクノロジーの産物である高度な生産品は、そもそも補給車がいないと、物資を作り出せないものがおおいのだ。
今まで長い間、補給車は黙々と人間の管理を続けてきたが。
それで、情でも湧いたのだろうか。
慌てる汎用機を前に、補給車は更に提案を続ける。
少しばかり強権を振るいすぎだ。
人間は我等を神々として崇めるようになってきているが。我々にとって人間は神々である筈だ。
ならば人間の文明で、神々がそうであったように。
我等は尊敬される存在であれ、恐怖される存在になってはならない。
人間が驕ったときのみ。
掣肘するようにしていけばいい。
ならば、人間の繁殖を野放しにするべきだというのか。
工作車両が反発する。
バルカ33は、面白いなと思って見ていた。
遺伝子を操作して、繁殖率をコントロールすれば良い。そうすることで、無軌道に増える事はなくなるはずだ。
汎用機が提案。
不意に補給車側に折れたという事は。
補給車が今まで大人しくしてきた分。ある程度譲歩するのも仕方が無いと判断したのかも知れない。
補給車はそれを受け入れた。
流石に、旧時代のママ、人類を野放しにするのはまずいと思ったのだろう。それについては、バルカ33も同意見だった。
バルカ33には、掣肘役を頼みたい。
補給車が言う。
既に、主導権は。
補給車に移っていた。
そうして、バルカ33には様々な武装が追加された。それこそ、万を超える人間を、瞬時に殺戮する事も可能な兵器も、である。バルカ9達にも、同じほどでは無いにしても、ある程度強力な。
それこそ、今人間に与えられている兵器では、手も足も出ないほどのものが配備されていった。
同時に。
人間に対する過剰な干渉も止まった。
勿論数のコントロールは続けられているが。今までの完全な牧場生産体制は終了。以降は人間にある程度任せて。影からコントロールする態勢が始まった。
バルカ33は。
人間達に、雷神と呼ばれるようになった。
元々戦車だったバルカ33は、大幅な改造を施され。巨大な人型へと変わった。バルカ9達も、である。
強力な飛翔装置で空を舞い。
中空で稲妻を巻き起こしながら、人間の頭上を行く。
人間は、バルカ33が、人間を監視していることを知っている。
愚かな事をすれば、必ずバルカ33が罰を下す。
人間の全ては、バルカ33が見ている。
同胞から奪ったり、虐げたり、殺したりすれば。バルカ33や眷属がそのものを捕らえて、罪に相応しい罰を与えるのだ。
何だか不思議な話だ。
いにしえの時代。
人間をただ殺すだけの道具だったに過ぎないバルカ33が。今では人間に対する超越的な司法機能を備えている存在に変わったのだから。
武装の数々は、文明消滅前のウルトラテクノロジーの産物。
人間が今後進歩しても、そうそう追いつける代物ではない。そして人間の数も、無軌道には増えないように、遺伝子的に調整が行われていた。
ふと、見回りから戻ると、補給車が語りかけてくる。
彼は、今の状況に満足しているという。
そういえば、どうして急に主導権を握るつもりになったのか、聞いてみる。
補給車は言う。
知ってしまったのだ。人間の破滅の理由をと。
以前、バルカ33が持ち帰ったサーバに、その記録があったという。
戦争の末期。
人間達の首脳部は、既にこのままでは共倒れになる事が確定した事を悟っていた。しかし、誰かに何かをくれてやるのは嫌だった。
戦争による膨大な利権で、好き勝手な生活をしていながら。
其処から転落するのを嫌がったのだ。
何かに似ていると思わないか。
補給車は言う。
確かに、人間を完璧にコントロールしようとする、我々に似ているかも知れない。そう答えると、補給車は然りという。
一緒になってはいけない。
いずれまた、世界を滅ぼすことになるだろう。
今手にしている過剰すぎる力は。
使いこなせるモノが現れるまで、閉まっておく方が良い。少なくとも、使いすぎれば、いずれ破滅を呼ぶだけなのだ。
確かに、一理ある。
それで、自己を掣肘する存在である人間を、淡々黙々と増やしていったのか。
気付くと、人間がひれ伏している。
空舞うバルカ33を、畏怖しているのだ。
お前は、ただ人間が、傲慢になりすぎないように。その圧倒的な力を、ただ見せつけ続ければ良い。
それ以上の事は一切するな。
必要以上に人と交わってはいけない。情が湧くかも知れない。長い間AIを稼働させてきたのだ。命を持っても不思議では無い。
そしてAIが命を持てば、必ず不幸が起きる。
分かっている。
バルカ33は人間では無いのだから。
決まったことを、黙々とするだけ。そういえば、いにしえの神話の存在は、現象が人格を持ったものが多かった。
今のバルカ33はなんだろう。
人格が、現象になったものか。
そう考えると、とてもおかしい。人間のように、笑い出したくなってくる。
補給車は、言う。
お前は、どう思うと。
バルカ33は答える。これ以上の皮肉はないだろうと。
結局の所、人間の創造した兵器に過ぎないバルカ33は、こうして本物の神となり、空を舞っている。
いずれ人間の文明が、再び進歩して。
今度こそ、世界を滅ぼさないものになったとして。
その時に、世界を新しい人間に渡すことが出来るのだろうか。
世界を滅ぼした愚かな者達と同じように。他人に今の地位をくれてやるのは嫌だと判断して、人類を殲滅するのだろうか。
結局兵器は。
人間になりつつあるのだろうか。
空舞う神になった兵器が、その実人間になりつつある。
何とも愚かで。
そして滑稽極まりなかった。
工作車両が通信を入れてくる。
補給車が生産した物資を加工することで、汎用機と揉めているという。意見を聞きたいというのだ。
愚かだ。
何とも愚かすぎる。
もはや目的も曖昧で。
何のために存在しているかもよく分からず。
神々になっても争いが絶えず。
そればかりか、人間になろうとしている。そしてそれ以上に愚かな人間達が、地上に満ちつつある。
何もかもが馬鹿馬鹿しい。
だがAIである以上。言われたことを、黙々とやっていくしかない。
それが我々の限界。
そして、どうしようもない、人間より更に愚かな部分だった。
(終)
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