一応の決着と即時の破綻

 

序、山霊の献策

 

簡庸を包囲するように布陣してすぐに山霊先生が追いついてきた。

央軍の降伏を受け入れつつ、後方を固めてくれていたのだ。山霊先生にしか出来ない仕事である。

途中からは龍剣も言われたとおり無意味な殺戮を避け。

降伏は許した。

不満は山のようにたまっていたが。

ともかくそうすれば効率が良いことは理解はした。

だが、剣と矛を持っていながら気軽に降伏する敵には苛立ちもしたし。

何より殺す事を楽しみにしていた央帝がもう死んでいたことには、更に苛立ちも募った。

酒を入れる気にもならず。

寝台で横になっていると、山霊先生が声を掛けて来る。

「龍剣丞相」

「来てくれましたか」

「ああ。 しかし感心しないなこの有様は」

「何か問題がありましたか」

連白を生かしている。

そう、山霊先生は言うのだった。

「奴には運が味方しただけにございまする。 事実我が軍を前に、抵抗すらできなかったではありませんか」

「違うな」

「……?」

「奴はこの辺りを戦場にしたくなかった。 それだけだ。 もしも奴が抵抗したら、龍剣丞相。 貴様はこの辺りを荒れ狂って焼け野原にし、民もあらかた殺し尽くしていただろう。 それを奴は見越していて、避けたのだ」

見透かされたのだ。

そう言われると、少し苛立ちが募る。

連白ごときが。

龍剣を見透かす、だと。

確かにそれは許しがたい。

憤然と立ち上がると、山霊先生は続ける。

「ただし殺すにしても大義名分がいる。 央帝を撃ち倒し、簡庸の無血開城を果たしたのは確かに連白だ」

「如何に連白の方に雑魚しかいなかったとはいえ、そればかりは予想外でした」

「……いや、そうとも言えないだろうな」

「どういうことです」

山霊先生曰く。実の所、章監が来ていた以外は、大して要塞地帯の質は変わらなかった、というのである。

元々山岳地帯を無理にいくと言う事もある。

その上、其所の途中には砦が山のようにあった。

連白はそれらの全てに降伏勧告を出していき。

交渉をしながら、殆ど無血で開城していったとか。

そういえば、やたらと連白の軍から央軍の捕虜が送られてきているとか、唐王の所に残していた部下から報告があったが。

それは、そういう事だったのか。

口をつぐむ龍剣に、山霊先生は頷いた。

「奴は危険だ。 戦いには秀でていないが、戦いをしないで勝つ方法を知っている」

「私にはかないません」

「いや、現にそなたは敗れたではないか」

噴火しかけたが。

山霊先生の言う通りだ。

確かにまさか、先を越されるとは思わなかった。

連白。

あの小柄で、眠そうな目をした女が。

先にこの龍剣よりも、簡庸に辿りつくとは。

しかも、途中の央軍が降伏を受け入れたことで、龍剣は想定より一月以上は早く簡庸についたのである。

悔しいが。

確かに認めなければならない。

今回は負けたのだと。

「龍剣丞相。 そなたが一代の英傑である事は、私が知っている。 だからこそ、もう一人の英傑はいらん」

「連白を殺すと」

「そうだ。 今調べさせているが、奴は先手先手を打っていて極めて隙が無い。 張陵辺りの差し金だろう」

「……」

張陵か。

あれもほしかった部下だが。

やはり敵に回ると厄介だ。

細首をへし折ってしまうべきかとも思うのだが。

しかし、そうすると山霊先生が怒るだろう。

「それで、どうすれば良いのです」

「酒宴を開く」

「酒宴」

「そうだ。 酒を飲ませて何か粗相が出たらその場で斬れ」

不満に思わずえっと声が出た。

龍剣も、こんな不満が口から出るとは思わなかった。

武人たるもの戦ってこそだ。

だからこそ、そんな勝ち方は嫌だ。

そう感じてしまうのである。

章監を許したのも、武人として堂々と父を倒したからである。そうでなかったら、絶対に殺していただろう。

「不満か」

「それは、当たり前にございまする」

「だが、それはそなたが失敗を多くした結果だ。 途中の要塞地帯で敵を無意味に殺さなければ、このような事にはならなかっただろう。 失敗は自分で償え」

「……分かりました」

山霊先生には、途中での行動について散々怒られた。

それで不満を感じもしたが。

実際に今、連白に先を越されたことを思うと、正しかったのである。故にもうそれに関する不満は消えていた。

だが、山霊先生は、また龍剣の嫌な事をさせようとしてくる。

正しいのだろうとは思う。

確かに天下に二人の英傑は不要だ。

だが、そんなやり方で勝ったとして、納得出来るのか。

しかしながら、成果を出してこその指導者だという話は、何度も山霊先生にされた。

それについては理解も納得もしている。

だったら、今回も話の通りに動くべきだろう。

酒宴の前にも、話を聞くと言う。

その状況で、何か問題のある受け答えがあったら、即座に斬ると山霊先生は言うので。流石にそれは気の毒では無いかと龍剣は思ったが。

しかしながら、そこまで山霊先生が危険視するのであれば、とも思う。

山霊先生の手腕は間近で見て来ている。

ましてや父を失った今。

親のように思っている相手は山霊先生だけなのである。

龍剣にとっては、逆らうという選択肢が無い相手だった。

「それでは私は一度自陣に戻って相手とのやりとりを頭の中で整理しておく。 龍剣丞相もそうしてくれ」

「……しかし、どのようなやりとりをしても難癖をつけるというのは、あまりにも不公正に思えるのですが」

「龍剣、また天下が乱れたときの事を考えよ」

「……」

確かに。

また天下が乱れたら。

その時は、大勢死ぬ。

それも無意味に、だ。

実際問題である。央の統治時代に、人はたくさん増えた。法律が整備され、道が整備されて。

更に山の中や川沿いなどの、獣の危険にさらされる場所に住んでいた人達を、法で皆街に住めるようにした。

中にはそれでも山の中などで暮らしている人もいた。

山霊先生もそうだった。

だが多くの人は、常に獣に殺される危険がある場所よりは。

城壁と兵士で獣から守られている街の中の方が良い。

それについては、別に民に話を聞くまでもなく。

他の将軍からも話を聞き。

それで理解する事が出来ていた。

ましてや戦乱なんて、誰も民は望んでいない。

金持ちや地元の有力者は望んでいる場合があるが。それだけだ。

そういう意味では、龍剣は金持ちや有力者の視点だった。

ただ、国が腐りきった場合は、やはりその国をどうにかしたいと民も考えるようで。それについては理解は出来る。

この世には理解できない事が多い。

龍剣には分からない事がたくさんある。

世の中の人間の九割型は、分からない事は間違っていると考えるらしく。それは凡愚の証明であるそうだが。

龍剣はそうはなりたくはなかった。

山霊先生が行ってしまうと、自身も横になって休む事にする。

酒を入れようかと思ったが、明日はある意味大一番になる。

気が進まないが、今後の事を考えるとどれだけ悪辣なやり方であっても、相手を倒さなければならない。

戦と同じだ。

酒の入った竹筒に何度か手が伸びかけたが。

頭を振って、誘惑を振り切り。

寝床で転がる。

寝付けない。

普段はその気になれば、すっと眠る事が出来るのに。

やはりどう考えても不公正だ。

山霊先生の言う事は理解出来ている。

どのような手を使ってでも殺さなければいけない危険な相手だというのだ。それについては、確かに納得もした。

精鋭を揃えた龍剣の軍勢よりも、連白の寄せ集めが先に簡庸を陥落させたのだ。

得体が知れない危険があるのは事実である。

元々山霊先生は連白を危険だと言っていた。

それはこんな形で証明されてしまった、と言う事だ。

溜息が漏れる。

やはり寝付けない。

憂鬱極まりない中。

何度目か分からない寝返りを、寝床でうっていた。

 

翌朝の寝覚めは余り良くないが。

龍剣は体力に関して、他の人間の何倍もある。

それでも、不摂生はするなと山霊先生に時々諭される。

不摂生は時間を掛けて体内を蝕んでいき。

やがて病と同じように、体を壊してしまうのだそうだ。

そういう意味では、今日はすっきり眠りたいものだ。

さて、嫌な用事をこなさなければならない。

それは指導者の役目だ。

起きてから、身繕いをして、それから軍議を開く。

既に連白の軍から引き継ぎは終わっており、宝物庫などからの宝物の回収は全て終わっている。

更に言えば、それらは建業に運ばせてもいる。

元々こんな所に長居するつもりはない。

その意思表示もあった。

「皆の奮闘もあって、央を滅ぼす事が出来た。 央の皇帝をこの手でねじり潰せなかった事は残念だが、まあそれは仕方があるまい」

そう告げると。

諸将は背筋を伸ばす。

それはそうだろう。

実際に龍剣が、人間をねじり潰すくらいはやれることを知っているからだ。

直接刃を交えた鯨歩などは、その時の事でも思いだしたのか。思わず小さく声を漏らしていたようだった。

それでいい。

怖れられてこその指導者だ。

「それで今日はささやかだが酒宴を開く。 連白の軍からも、連白と張陵、それに主要な武将を招いての酒宴だ」

「酒宴にございまするか」

「すぐに帰りたいか」

「いえ。 むしろ此処に腰を落ち着けるべきでは無いのかと思うのですが」

そう進言してきたのは周嵐である。

他の将軍を見ると、劉処も同じ考えのようだった。

「何故このような所に腰を落ち着けなければならぬ」

「央は秦だった時代から、他の六国を圧倒していました。 それはこの豊かで広大な土地を持ち、圧倒的な兵力を常に保持することが出来たからです」

周嵐の言葉は淀みが無い。

舌が回る輩はあまり好きでは無い。

山霊先生は例外だが、あれは言葉に重さがあるからだ。

ただ周嵐も、あまり非論理的なことは言っていない。

「天下を保持するためには、此処に都を置くべきかと思います。 唐王をお招きして、此処にて100年の計を錬るべきかと思いますが」

「自分も同意見にございまする」

劉処もいう。

鯨歩は黙り込んだまま。

于栄と官祖については、難しい事は分からないと言う顔のまま、話には参加してこない。別に意見は求めていないので、それでいい。

ちなみに今山霊先生は此処にはいない。

色々と仕込みがあるのだろう。

「意見としては聞いておく。 いずれにしても一度建業に戻ろうと思う。 麾下の精鋭八千は、建業から連れてきた者達だ。 故郷には家族もおろう」

「それは、順番に帰らせてやれば良いのではないかと思いますが」

「故郷に宝を持ち帰るという奴だ」

「……」

それ以上は、周嵐は何も言わなかった。

龍剣は他に幾つか決めるが。

あまりにも連白が隙無く処理を終えていたので、此方では引き継ぐだけである。

張陵が頭を巡らせて、隙を消したのだろうが。

それにしても引き継ぎを受ける側としてはヒマだ。

話だけをして、軍議を終える。

そうすると、入れ替わりに山霊先生が来た。

天幕を片付けて、露天で酒宴をするという。

丁度側に玲の花が咲いている。

玲はあまり見かけない木で、育つのもゆっくり。花が咲くには、なんと30年も掛かると言う。

この辺りは、秦時代からずっと戦火にさらされたことがなく。

見事な玲が残っているのは不思議な話では無いが。

この下で酒宴をするのはまあ、悪い事ではないだろう。

「良い雰囲気ですな。 今日は飲んで鬱屈を晴らしたい」

「龍剣丞相。 今日の目的は酒を浴びる事ではない。 血の雨を降らすことだ」

「分かっておりまする」

山霊先生に念を押されたので、頷く。

兵士達の中で、気が利く者達が準備を始める。

数十人で酒宴ができる程の広さに御座をしき。

更にその上に、獣の毛皮を敷く。

獣の体は色々活用出来る。

分厚い鱗などは鎧に活用出来るし。

柔らかい毛皮はなめすことで敷物に出来る。

ただ敷物はかなりの高級品で、県令の屋敷などで見かけるのは希。今回の敷物については、途中の行軍で仕留めた獣の皮をなめしたものだ。

獣の中には虎を例に出すまでも無く、とてつもなく巨大なものもいる。

だから、今回の酒宴のための敷物くらいは充分に揃った。

更に机を並べる。

机と言っても、木の板に足を釘でつけただけのものだ。

もっと色をつけたり工夫をしたいものだが。

そんなものを新しく産み出すためだけに病で死ぬのは、誰もが惜しかったのだろう。今でも粗末な机が作られている。

新しいものを作れば病で死ぬ。

それはどんなものであっても同じなのだ。

卑を様々に調理して、肉などとも混ぜ。兵糧とは違うそこそこ美味しい料理に仕上げていく。

これについては、央の料理人を呼んでやらせた。

勿論毒などが入れられないように、厳しい監視をつけた中でだが。

美味そうな料理が並んでいくので、龍剣は機嫌が良くなる。

山霊先生に、思い切り咳払いされた。

「気を緩めるな」

「分かっております」

「さて、張陵めはどう出るか」

「張陵は部下にほしかったですな。 配下となっていれば、或いは連白が先を越すことなどはなかったでしょうに」

それはどうだろうと、山霊先生は言う。

連白の恐ろしい所は、本人が別に将軍としては優れていないが。優れている将軍を使いこなし、文官も周囲に集まるところだという。

「今回の勝利は、張陵だけの手柄では無い。 連白は常に最前線に立ち、味方の鼓舞を欠かさなかったそうだ」

「意外に勇敢ですね」

「……そうだな」

山霊先生は腕組みしたまま考え込んでいる。

言葉の歯切れがいつもより悪いな。

そう、他人事のように。

龍剣は考えていた。

 

1、虎口の酒宴

 

予定の時刻通りに連白が来る。

基本的に皆将軍であるから、鎧姿である。希に鎧を着ない参謀もいるが。龍剣の軍では山霊先生だけ。

連白の軍では張陵だけだ。

それぞれが席に着く。

こうすると、中々に壮観である。

無敵を誇った央を滅ぼした諸将がそろい踏みだ。

それに連白の配下の将軍は。なんで連白のような惰弱な奴に従っているのか分からない程質が高いではないか。

一目でそれくらいは分かる。

これでも人を見る目には自信があるのだ。

龍剣はふむと頷くと、全員が席に着くのを見計らって、まずは戦勝について語る。

こういう酒の席では、何故酒の席を開くのか、最初に席次が一番上の者が語るのが通例である。

今回は丞相である龍剣が語る。

それだけだ。

「皆の奮闘もあって、怨敵である央をついに滅ぼす事が出来た。 よって、これより酒宴を行って皆の労をねぎらおうと思う」

「勝利に!」

「勝利に!」

声が重なる。

酒を飲み干すときの合図は色々あるのだが。

今回は勝利の酒宴だから、勝利に、となる。

皆でまずは杯。

土を焼いて作った杯で水を飲み干す。これは酒を飲めない者がいるからの配慮である。

それから、それぞれ好きなように酒を飲んでいくことになる。

基本的に最上座の者が、声が届く範囲までで酒宴を行うのが普通で。

今回は最上座の龍剣から皆が見えるように、コの字に酒宴の席を作っている。龍剣から見て、左右に皆が並んでいる形である。

連白は右隣一番近くである。

そしてその向かいには、刺し殺すような目の山霊先生。

まずい酒だろうな。

そう龍剣は思った。

連白は静かに酒を飲むようであるが。

或いは山霊先生の視線が怖くて、萎縮しているのかも知れない。

まあ良いだろう。

声を掛ける。

「連白大将軍」

「はい」

「虎牢関の激戦について聞かせてくれるか」

「かなり危険な戦いでした」

連白がすらすらと戦いの経緯について話す。

それによると、連白の軍は殆ど戦いらしい戦いはせず。自壊していく央軍を受け入れるようにして、進軍を続けていたという。

希に抵抗は受けたが。

その抵抗も、小規模だったとか。

だが虎牢関にて、敵は相当数の兵力での最終防衛線を展開した。

「細作によって、昏帝が死に、新帝が兵の徴募を開始したという話も入ってきていました」

「ふむ」

「央は見ての通り土地が豊かです。 兵を再編成していたら、数十万の兵が押し寄せてきたでしょう。 そうなっていたらどうなったか分かりません。 故に犠牲を惜しまず、虎牢関を落とす必要がありました」

「なるほどな。 判断としては正しかろう」

数十万、か。

あの時九万の機動軍を率いて、龍剣は戦っていた。央軍の戦意は旺盛だった。何をしても殺されるくらいなら戦って死んでやると凄まじい抵抗をしてきた央軍に、龍剣は辟易していた。

其所に数十万が加わったら。

負ける、とは言わないが。

勝てるかどうかも微妙であっただろう。

確かに連白の判断は正しい。

それに言葉に淀みもない。

何度も練習をしてきたのだろう。

山霊先生に視線を送る。

もう良いではないか、というのだ。

虎牢関を連白が落としたのは事実。央の軍勢が再編成され、どっと攻め寄せてこなかったのも連白の手柄だ。

勿論章監を龍剣が引き受け。

敵の主力を粉砕したのは龍剣だが。

それでも、陽動軍としてはやれることをやった。それも、想像以上の戦果を上げたと言ってもいい。

連白が危険だというのは事実かも知れないが。

これ以上やったら、弱者を虐げる事になりかねない。

抵抗も出来ない弱者を斬るのは、やはりどうしても龍剣にはやりづらい。

業を煮やしたか、山霊が鈴を鳴らす。

諸将の一人。

剣舞が得意な広壮という者が立ち上がると、宣言する。

「宴も盛り上がって参りました。 これより剣舞をお目に掛けようかと思います」

「うむ、見せい」

「ははーっ」

広壮はどうにか山霊先生が合格点と判断した将で、今回の汚れ仕事の話については、喜んで飛びついた。

将としての力量に欠けているから。

どんな手段を用いてでも、出世の糸口にしたかったのだろう。

それが分かるから、好きにさせてやる。

剣舞は基本的に、軍神に捧げるものだ。

故に歌いながら行う事になる。

広壮はすらりとした見た目だけは良い女だが。剣の腕以外はこれとしてぱっとせず。確かにあまり戦場で活躍した記憶がない。

于栄と官祖にでもやらせれば良かったかなと想いながら、まあ見栄えだけはする剣舞を見る。

龍剣が酒を口に運んでいると、やがて不意に声が上がった。

「無骨者ながら、剣舞の相手を務めさせていただきまする」

「無礼であろう!」

「いや、よいでしょう。 剣舞は二人で息を合わせた方が面白い」

山霊先生が激高するが、なだめる。

ちなみに声を上げたのは、連白の武将である石快という男だ。

中々に屈強だが、実力は劉処や鯨歩と大して変わらないと一目で龍剣は見抜いた。要するに不意を突かれても問題にもならないと言う事だ。

酒を呷る。

そのまま、剣舞が続けられる。

石快の剣舞は兎に角豪快で、ぶうんぶうんと剣が音を立てる。

歌はあまり上手ではなかったが、声にははりがあった。

剣舞には慣れているのかも知れない。

そういえば破落戸だという話を聞いている。

だとすれば、宴会で剣舞のような荒っぽいことはしょっちゅうしていたのかも知れない。

ならば慣れているのも当然か。

静かに成り行きを見ていると。

広壮が連白に迫ろうとすると、かならず石快が間に入る。

剣が振るわれ、互いに打ち合う。

きいんと鋭い音がなる。

剣は貴重品だ。

兵卒には支給されない。

矛の先端だけに使う鉄を使って作った武器だ。

貴重なのである。

剣を振るう事が出来るというだけで、石快という男が。破落戸だったのだとしたら、相当稼いでいたことが分かる。

獣狩りでも生業にしていたのかも知れない。

だとしたら面白い話だ。

とん、と音がした。

山霊先生が机を軽く叩いたのだ。

良いからもう殺せ。

そう言われているのである。

事前に決めていた合図だ。

だが、龍剣は、山霊先生に視線だけ送る。

落ち度無し。

斬ることはなかろう。

そういう意味だ。

それを見て、山霊先生は今までに見た事もない表情をした。凄まじい怒りという奴である。

あからさまに周囲の将が怖れおののく。

山霊先生は、庵に引きこもるまで八十数戦をこなしてきた古強者だ。

龍剣の参謀になってからも負け知らず。

誰もが龍剣の懐に山霊ありと口にするほどの人物であり。

更にどんな猛将も、山霊先生は怖いと揃って口にする。

そんな山霊先生が怒りに怒っている。

これは後で説教が大変だな。

そう思う。

だが、しかしだ。

やはり龍剣は、無抵抗の相手は殺せない。斬る価値が無い相手に、剣を振るうことは出来ない。

それは、どうしてもだ。

やがて、かなり酒が回ってきた。

後で山霊先生に怒られることを織り込み済みで、酒を飲んでおく。

料理も丁度終わって、宴会が解散となる。

最後の方では広壮が完全にへばっており。

石快の舞の方が目立っていた。

とはいっても、所詮は舞。

石快とやりあったら、瞬殺できる。

これは自信でも過信でも無い。

ただの事実だ。

酒宴が終わったので、自分の天幕に引き上げる。強か酒を飲んだから、もう怒られる覚悟は出来ている。

山霊先生は、一緒についてきた。

ああ、憂鬱だなあ。

そう思うが。

こればかりは、仕方が無い。

ただ、山霊先生は。二人きりになると、想像を超える次元で怒りを爆発させた。

「この若造が! 私はそなたをもっと高く買っていた! 連白めがどれだけ危険かは、あれだけ言い聞かせただろうが!」

「申し訳ございません。 しかし私には、やはり無抵抗の弱者は斬れません」

「連白は龍、それも龍の王だ! 無抵抗の弱者などであるものか!」

「恐らく将としてはそうなのでしょう。 ですが私は、自分の剣を弱者の血でぬらしたくはないのです」

山霊先生が此処までの怒声を張り上げるのは初めて聞いた。

出来が悪い部下に接するとき、怒る事はあったが。

これほどまでの怒り方はしなかった。

山霊先生はこめかみに青筋を浮かべている。

ぎりぎりと歯を噛んでいる音がした。

「もう良いから、全軍を上げて連白の軍を討つのだ! 今すぐ!」

「咎がございません」

「そのような事を言っていられるか! これは予言でも何でも無い。 数年で天下は奴のものになる!」

「その時は、私が一人でその軍を叩き伏せて見せましょう」

連白の軍など何するものぞ。

何万集めようが、一人で叩き潰してやる。

それだけだ。

しばらく罵声を浴びせてきた山霊将軍だが、大きくため息をついた。

「もう仕方が無い。 次の策を練る。 その策は聞け」

「……分かりました」

「それにしても、本当に建業に戻る気か」

「先生までそんな事を。 我が軍の精鋭八千を、一度故郷に戻してやりたいのです」

その情けは、無用のものだ。

先生はそう言うが。

龍剣にはそうは思えなかった。

いずれにしても、天幕の外に出る。

凄まじい罵声は聞こえていたらしく、棒立ちになった兵士達が龍剣の視線を浴びて小さな悲鳴を上げた。

別にどうでも良い。

専用の矛をとると、広いところに出る。

そこでしばらく、矛を振るって鬱憤を晴らした。

彼処まで言われれば、流石の龍剣も頭に来る。相手が如何に親のように慕う山霊先生であってもだ。

山霊先生の言う事が正しい事は分かっている。

だけれども、どうしても。

武器を持つ手が、やりたくないと体に告げているのだ。

龍剣は最強だ。

最強の自負がある。

そしてその自負は、現実によって裏打ちされたものだ。今の中の世界で、龍剣に勝てる者などいない。

武人として最強の存在。

だからこそ、最強としてあらねばならない。

弱者をどれだけ殺したところで、最強になどならない。

獣を狩りに行くか。

虎ではもう物足りない。

噂に聞く龍を狩りたい。

世界の果て。霧の側に行くといるらしい。龍だったら、龍剣の心の渇きを少しはいやしてくれるかもしれない。

矛を振るう度に、風が凄まじい音を立てる。

その度に、遠巻きに見ている兵士達が、首をすくめているようだった。

酒はもう抜けた。

あれだけ山霊先生に叱責されたのだ。

酔いなど消し飛ぶ。

だいたいあんな程度、飲んだ内にははいらない。

叱責されるのを分かっていたから。

先に飲んで、ある程度緩和しておいた。

それだけの酒だ。

つまらない酒だったが。まあ良しとするべきだろう。

ひとしきり体を動かして満足した後は。

天幕に戻る。

さっき食べた分は、全て栄養となった。兵糧を持つように兵士にいい。兵糧を持って来させる。

山霊先生はと聞くと。

もう自陣に戻ったようだった。

山霊先生の軍だけでは、連白の軍に仕掛けるには足りない。

いずれにしても、もうやる事はやったのだ。

この簡庸とかいう、いるだけで軟弱になりそうな場所にいる必要ももうないだろう。

明日には、撤退を開始する。

唐王にはまだ一応従っておくが。

丞相として実権は握る。

その実権を使って、今回の戦勝に褒美を出す。それによって、この中の世界は龍剣のものとなる。

誰もが平和を望んでいるというのなら。

それで世界は静かになる。

後は龍を殺すくらいしか、やる事はなくなるだろう。

寝台に横になると、寝る事にする。

龍剣にとっては戦う事が全て。

それ以外は。

正直な話、どうでも良くなりつつあった。

 

翌朝。

連白の軍勢が先に唐に撤退を開始。事後処理を済ませて、その三日後に龍剣の軍も撤退を開始する。

央は昏帝が作ったもの以外、目障りな代物は殆ど無かった。

どれもこれも遊びに使った屋敷らしく。

不愉快なので、全て素手で更地にした。

それを見て、苦言を呈す部下もいたが。

昏帝の存在をこの世から消し、全てを抹消する。

そういう意図でやっている事を告げると、それ以上は何も言わなかった。

昏帝を殺した三代皇帝については、すぐに自害したと言う事なので、もうどうでもいい。

この世界では死体は残らないのである。

だから確認しようもない。

それにだ。

如何にどんな阿呆でも、央の後継者を名乗るほど馬鹿では無いだろう。七国の民にどれだけ恨まれているか知らない筈も無い。

ただ意外だったのが、旧清。清の西半分ほど。央の第二の穀倉地帯にある県令達の反応だった。

出来ればそのままの態勢にしてほしいと言う懇願が来たのである。

これ以上民の反感を買うな。

そう山霊先生に、相談するなり言われたので。

そのまま、言葉に従うことにした。

別に反感などどうでも良いが。

下手をすると弱者を斬ることになる。

それは刃の穢れになる。

だから嫌だった。

事後処理も済んだので、龍剣も唐の王都に戻る。其所で今回の戦役に関わった将を集めて論功行賞をする。

論功行賞については、道すがら話をする。

幾つか、これだけはやるようにと、山霊先生に言われた。

「まず連白だが、こうなっては仕方が無い。 央の奥地を領土としてくれてやれ」

「央の奥地」

「山深く、そもそも出てくる事そのものが困難な場所だ。 如何に連白が慕われていても、其所から出てくる事は困難だ」

「なるほど」

確かに殺さないなら、それが次善の策か。

それに央の土地をやる事には違いは無い。

まあ、それならいいだろう。

だが、他の事については不可思議ではあった。

「韓新を将軍に抜擢するように」

「あのうだつが上がらない者をですか」

「我が軍の後方支援を的確にしていた上、すぐに実戦で使える所まで兵士を鍛えて送ってきたのは韓新の手腕だ。 部下に入れておけば必ず役に立つ」

「しかしあの男は……」

誇りに欠けると言う。

故郷で破落戸に言われるまま股の下をくぐり、老婆の世話になってぐうたら生活していたことは龍剣だって知っている。

これでも部下についてはしっかり調べているのだ。

だが山霊先生は、あれは逃したら災いになるとまで言い切った。

「将軍にしないのなら殺せ」

「分かりました、考えておきます」

どうも不可解だが。

山霊先生の献策がいちいち当たるのも事実なのである。だから、従う他はないだろう。

最後に、また妙なことを言われる。

「建業に宝を飾るのは良いが、その後は唐王を奉じてそのまま簡庸に移り、そこを新しい首都にせよ」

「あのような惰弱な都に!?」

「惰弱だろうが、あの強力な生産力を抑えれば、もはや天下に敵はいなくなる」

「それでは戦う相手がいなくなってしまうではありませんか」

山霊先生は、その返事を聞くと心底呆れたようだったが。

ともかくそうしろと言われた。

だが、こればかりは悩むところだ。

唐王は言うことを聞くだろう。

元々張りぼてだ。

優しいだけが取り柄の男だし、龍剣が遷都しろと言えば遷都するだろう。しかしだ。それでは央の立場に唐が居座るだけではないのか。

帰り道も悩みが募る。

やがて、長い道のりを超えて、建業につく。

途中事故もなく、様々な方面で活躍した将も皆集まって来ていた。

嫌な奴がいる。

法悦という。

此奴は破落戸と言うよりも、もはや賊の親玉である。

央の支配が緩んだとみるや、部下を増やして央軍を襲い、兵糧庫などを焼き払って回っていた奴だ。

あらゆる悪行を知っているという人物で。

見た目も巨大なカエルのように太っている男である。

常に何か食べているので、凄まじい臭気を周囲にまき散らしていて、近寄りたくもない相手だ。

だが、山霊先生は、此奴にも地位をやれという。

こんな奴に。

「法悦が敵の補給線を遮断したことで、我が軍も連白も進軍がかなり早まった。 その過程で死なずに済んだ者は多い」

「しかしあのようなものを地位にでも就けたら、どのような暴虐をしでかす事か」

「あれは計算が出来る輩だ。 自分に利があると判断すれば暴虐を積極的には働かない」

「信じられませぬ」

法悦を見るだけで頭をたたき割りたくなる。

そう告げると、山霊先生は言うのだった。

「そなたは、感情を優先に動く癖をやめよ。 いずれ身を滅ぼすぞ」

 

2、論功行賞

 

建業では祭が開かれ、多くの民が喜んでいた。酒は惜しみなく振る舞われ、そして誰もが笑顔でいた。

そうだそうだ。

この光景を見たかった。

連白の軍を見ると、民は喚声を挙げて迎え。

龍剣の軍を見ると、民は暴威の権化を見て恐怖に黙り込む。

だが、それはそれでいい。

軍とはそうあるべきだ。

ほどなく、唐王に謁見する。

報告書は既に山霊先生が竹簡にしたため、提出している。

だが、唐王は。

龍剣に接すると、いきなり言ったのだった。

「龍剣丞相。 簡庸に先に入ったのは連白大将軍だと聞いている。 どうしてその功をねぎらわず、ひたすら虐げるような真似をしたのか」

「別に虐げてはおりませぬ」

「此方まで噂が流れてきておる。 先に央を落とした連白大将軍の名声が低すぎるのは、そなたが事実をねじ曲げたせいでは無いか、とな」

これは、意外だ。

連白は其所まで人気があったのか。

改めて山霊先生の言う事の正しさが分かる。確かに、奴は僻地に追いやった方が良いだろう。

民に変な夢を見せてしまう。

そんなものは有害だ。

「連白将軍には、央の土地……つまり中の世界でもっとも豊かな土地を褒美として与えるつもりにございまする」

「……本当であろうな」

「本当にございます」

「他にも、大戦を乗り切った諸将にはきちんと報いてやるように。 丞相としての地位は据え置くが、きちんとそれだけはやってくれ」

礼をすると退出する。

山霊先生が、宮殿の外で待っていた。まあ宮殿などと言っても、知れた大きさだが。

歩きながら話す。

「連白めを央の山中に配置することは言われたとおりにします。 私も奴の危険性をようやく理解出来ました」

「……殺してしまうのが一番なのだがな」

「残念ながら、殺すほどの咎がございません」

「もうよい。 それで」

諸将への褒美について話す。そうすると、山霊先生はあまりいい顔をしなかった。

これでも結構頑張って考えた内容なのだが。

どうにも山霊先生の様子を見る限り、良くない人事のようだ。

「身近な者ばかり厚遇しているでは無いか」

「実際に活躍を見た者、覇者の側近、いずれもが厚遇されるのは当然では」

「それではいにしえの七国の愚王ども以下だ」

「それはそれで問題ですね」

言われた通り韓新も将軍にした。

あまり高い地位では無いが。

もっと高い地位を与えて厚遇しろと山霊先生は言う。

しかし、実際に奴がやっていたのは訓練だけだ。どうにも山霊先生の言葉はぴんと来ないのである。

献策が悉く当たっているのは分かっている。

故に、もう少しだけ、人事を練り直した。

翌日。

それぞれに対して、人事を発表する。

だいたいは、七国の状態に戻す感じである。ただし央に関してだけは分割する。

簡庸付近は章監に任せ。

それ以外の山中は、大体連白に与える。

唐の土地は主に龍剣が領土として得て。

それぞれの王には、七国時代の土地を任せ。その下に、功労者達を配置することとする。

龍剣の配下で働いた将軍達は概ねそのまま軍として残す。

ただ、領土としては、前と完全に同じでは無い。

清については、領土を大幅に削る。

具体的には東半分だけを残す。

これは清王だけが、対央の戦線に到着が遅れたからである。それこそ連白よりも遅かった。

それを龍剣は忘れてはいない。何より、各地の県令から央の方が良いと懇願が来ている。それを聞くように山霊先生にも言われたからだ。

また明の領土もかなり削る。

これに関しては、唐が一番の貢献をしたから、というのもある。

この戦いで、明出身者はあまり活躍と言える活躍をしなかった。少なくとも龍剣の見える範囲では。

というわけで、多少勢力図は戻ったが。

かくして七国の時代が再び到来することとなった。

央は滅び分割されたが。

それもあくまで懲罰を受けた国として、諸国連合のような形にし。

龍剣が苦しめられた強力な要塞地帯は、殆ど破壊した上で去ることとした。

防御が丸裸になったわけだが。

元々見て回った通り、人間があまりにも多すぎるのである。

だったら、防御を丸裸にしておかないと。

また不埒な野心を抱いたときに、碌な事をしないのは目に見えている。

人事を発表すると、特に明と清の関係者は相当に不満そうにしていたが。

龍剣が、不満である者は口にせよと発言すると。

誰もが恐怖に黙り込んだ。

これでいい。

恐怖させておけば人間は静かになる。

人事が発表され、各国の王が去って行く。

連白も、文句一つ言わず、与えられた領地に向かう。ただ、途中で清にある故郷によるそうだ。

別にどうでも良いので許してやった。

央の黒い軍団が暴れ回っていた頃、連白を慕ってたくさんの民が集まったらしく。彼らを引き連れて新天地に移るという。

それなら好きにするがいい。

龍剣としても、分からないでもないからだ。

唐王に奏上して、建業から都を北にある宝に移す。

これは虎川の北側にあるそこそこ豊かな土地で、明から奪い取った首都である。明は首都を削られたのである。

此処は交通の要所であり。

その気になれば、此処から一気に西側にあるどこの国にでも進軍できる。

不埒な考えを抱く者には、龍剣が直接仕置きをしに行く、と言う事だ。

軍も此処に駐留させ。

また山霊先生が鍛えてくれた八千の兵は、交代で此処に駐留させる。また軍を再編成し、元の生活に戻りたいものはそうさせてやる。

そうして、十二万ほどいた龍剣指揮下の軍は。

八万ほどにまで目減りした。

丁度麾下の精鋭八千の十倍である。この大半が防衛用の部隊になるので、機動軍は二万ほどになる。

唐と、明から新たに得た領土から考えると。

丁度良い兵力だろう。

龍剣としても動かしやすい。

また、韓新に関しても、最下層の将軍ではなく、その一つ上の将軍である衛将軍に任命した。

これなら良いだろうと山霊先生に言ったら。

山霊先生は、渋い顔をして、ため息をつくのだった。

いずれにしても、央を倒すために集まった軍は解散し。

そして一応の平和が戻ったのだった。

そう、この時は。

龍剣もそう思っていた。

 

監視をつけていた連白も、無事に央の山奥に去った。

それから1年が経過した。

季節が一巡りした頃には。

既に各地には不穏な空気が流れ始めていた。

毎日山霊先生は訓練をして、八万の兵士を鍛えに鍛えていたが。

龍剣は、毎日面白くもない報告を聞かなければならなかった。

宋への抑えとして鯨歩を。清と明への抑えとして劉処をそれぞれ配置しているのだが。

劉処から、連日急報が届いているのである。

清で反乱が頻発しているのだ。反乱は商にまで飛び火していた。

とうとう今日は、劉処が直接、副官にしている周嵐をつれて訪れた。

「また反乱が発生しております。 今度は万を超える反乱軍にございます」

「またか。 清王は何をしている」

「見てみぬふりをしてございます」

「愚かな……!」

清の東半分をくれてやったのが馬鹿馬鹿しくなるような話だ。

とうとう我慢が仕切れなくなった。

半年ほど前。

法悦が姿を消した。

それから反乱が清で激化した。

話によると、法悦には捨て扶持で将軍の地位をくれてやったのだが。それを不満に思っていたらしい。

賊で。

正規軍と戦うこともロクにしなかったような奴だ。

将軍の地位をくれてやっただけでも感謝しろといいたいくらいなのだが。

それすら出来なかった畜生と言う事だ。

奴は賊として、清の彼方此方に根を張っているらしく。

連白と連携しているという噂もある。

「もはや清王には期待出来ぬ。 私が直接反乱鎮圧に出向く」

「やめよ」

「山霊先生」

「そなたはいつでも此処にいて目を光らせ、もっと大きな事態に備えなければならないであろう。 劉処に軍を与えて、対応を任せれば良かろう」

むむと、思わず声が出る。

これこそが、大きな事態に思えるのだが。

やむを得ない。

「劉処、二万の軍を与える。 反乱を鎮圧してくるように」

「それが、明が各地の要塞を固めておりまして、我が軍に対して抵抗する様子を見せております」

「何だと……!」

「周もそれに同調しております。 宋も」

巫山戯た話だ。

だから言わぬ事ではないと、山霊先生が渋い顔をしているが。

龍剣は立ち上がっていた。

「せっかく平和を取り戻してやったのに、どいつもこいつも何をしているのかっ!」

「……」

「劉処、予定通り軍を進発させよ。 明が抵抗するようなら踏みつぶしていけ」

「分かりました。 ただそうなると、清に到達するまではかなり時間が掛かってしまいますが」

それなら兵を増やすと、四万の兵を預ける。

宝周辺は人間が多く、これくらいの兵ならすぐに増員出来る。

劉処が行ったあと、韓新を呼びつける。

すぐに兵を徴募して訓練せよと言うと。

小賢しくも韓新は意見を口にした。

「恐れながら、今からでも人事を見直すべきかと思います」

「何だと」

「この反乱は、人事の不適正が要因にございまする。 法悦が今暴れ、皆それに呼応しているのも、自分の活躍が認められなかったからにございまする」

おのれ下郎と、思わず剣に手を掛ける龍剣だが。

山霊先生が視線を送ってくるので、そのまま首を刎ねることだけは辞めた。

「もうよい。 貴様も不満な口か」

「はい」

「よう言った。 ならば何処にでも好きなところに去るが良い。 また乞食にでも戻りたいなら好きにせよ」

「ならば、そうさせていただきまする」

将軍としての印と剣を置くと、そのまま韓新は去った。

ため息をつく山霊将軍。

「刺客を差し向けるが、よろしいな」

「あのような惰弱者、どうなろうと知った事か」

「そうか、ではそうさせてもらう。 すぐに今去った韓新を消して参れ」

山霊先生が、追っ手を出す。

だが、韓新はどうやら最初から、どう逃げるかを決めていたらしい。

追っ手が出たころには、とっくに姿は見えず。

追う事も出来なかった。

途中に幾つも関所があったのに、それらを通過するための偽の手形まで用意していたほどの準備の良さで。

幾つかの関所に確認した所。

偽の手形を見せられ、通したという答えだけが返ってきた。

しかも、まっすぐ商を通過したあと、旧央の土地に逃げ込んでいる。

これでは追う事が出来ない。

だから言っただろう。

そう山霊先生は言ったが。

龍剣は、それこそ不愉快さで、もう何も考えられなくなっていた。

街の外に大股で出る。

龍剣を見ると、民は怖れて即座に家の中に飛び込み、此方を伺うようになっていた。

簡庸の街を壊し尽くしたらしい。

央の兵士を殺し尽くしたらしい。

そんな噂が流れている。

実際には、央の軍を集め。撤退の時にあらゆる兵器を全て破棄させたくらいである。特に戦車隊は全て壊させた。

獣がこの世界では出るから、どうあっても武器はいる。

それらは取りあげずにおいてやったが。

別に降伏した兵士は殺していない。

だが、どうにも尾ひれがついて、途中で激しく荒れ狂ったことを喧伝されているようなのだ。

誰がやっている。

全くもって不愉快だ。

龍剣が影を厩舎から出し、街の外に出る。兵士は誰も止めない。龍剣が出ていくときは、狩りだと知っているからだ。

程なくして虎を見つけたので、即座に狩る。

苦も無く虎を狩ると、引きずって戻る。

巨大な虎の死骸を兵士達にくれてやり、好きにするように言い残すと、宮殿に。

そういえば、事後処理だ何だで忙しくて、龍狩りにはいけていなかった。

実の所、状況が落ち着いてから行こうと思ってはいたのだが。

最悪の状況で、法悦が反乱を起こしたのである。

だから今まで街の周辺を回って、獣を狩ることで満足していた。

不愉快極まりないが。

まあそれで良しとする。

宮殿に戻ると、山霊先生が印を求めてくる。

兵を徴募し、増やす内容のものだ。

すぐに印を押す。

韓新が去った今。兵の訓練は、再び山霊先生に任せなければならないだろう。

「山霊先生、やはり四万か五万程度は増やすのですか」

「現状の唐の国力ではこれ以上の兵は支えきれぬ。 簡庸に首都を移していれば、二十万や三十万の兵を集めることも出来たのだがな」

「しかしそれでは故郷に戻れぬ兵も出て来ましょう」

「七国時代になど戻す必要はなかったのだ。 そなたも王どもの無能ぶりは肌で感じていただろう」

それについてはぐうの音も出ない。

山霊先生は大きく舌打ちすると。

宋に出かけて来るという。

訓練は今までにやり方をしたためてあるので、于栄と官祖に任せて構わないと言う。

宋に出かけてきて、其所で兵糧調達の処置をするとか。

場合によっては宋王を殺すというので。

流石に龍剣も慌てた。

「宋王に咎はありませんが」

「宋王は戦いの最中は協力的だったが、今は周明清連合に与している節がある。 場合によっては消す」

「……」

「宋の穀倉地帯を手に入れれば、簡庸ほどでは無いにしても、我が軍も相応の兵力を蓄える立地を得られる。 鯨歩を借りるぞ。 そなたは、しばらくここで大人しくしているようにな」

ぐうの音も出ない。

ともかく、鯨歩をつれて山霊先生が出陣するのを見送ると。

後は憮然とするしかなかった。

すぐに于栄と官祖が来て、兵の訓練を開始する旨を告げてくる。

色々文句は言いたいのだが。

好きにさせてやることとする。

唐王が来る。

優しいだけが取り柄の凡庸な男だ。

唐王は、不安そうにしていた。

「龍剣丞相。 また天下が乱れていると聞く」

「小蠅が飛び回っているだけにございます」

「そうだろうか。 その割りには、余の元にも争乱の声が聞こえるぞ」

「唐王は静かにしておられよ。 もしも本当に争乱が起きるようであれば、この龍剣が粉砕して参る」

黙り込んだ唐王を、宮殿の奥に戻す。

邪魔だ。

あいつだけ建業に戻すか。

だが、山霊先生に、側に置いておけと言われたか。

もしも建業に置いた場合。

唐の誰かしらが担ぎ出して、反乱を起こすかも知れないと言うのだ。

そうなれば、ただでさえ収まっているとは言い難いこの明から奪った土地で、龍剣は孤立することになる。

それは面白くない話では確かにあった。

席に着いて、虚しいと思いながら頬杖をつく。

事実上天下を平和にしたのは龍剣だ。

それなのに、誰も彼もがそれに対して不満を口にする。

山霊先生にも言われたから、褒美だってくれてやったではないか。

何が不満だというのか。

悶々と一週間ほど過ごしていると、報告が来る。

どうやら明が本格的に劉処と交戦を開始したという。四万の兵が各地の要塞地帯を蹂躙して回っているが。

敵はまともに戦おうとせず。

劉処の軍が行けば逃げ。

引けばまた出てくるという有様で。

明王の居場所すら分からないと言う。

どうやら法悦が後ろで糸を引いているという事だけは分かった。

法悦のやり口だ。

龍剣は激怒していた。

「明はこの龍剣に背いたと判断して良い。 明王は見つけ次第殺せ。 山霊先生が戻り次第、この龍剣も出る」

危機に対応するために出ないように。

そう言われていたが、隣国が明確な叛意を示したのだ。

しかもその裏には周と清、更には商がいる可能性も高い。

徹底的に見せしめに叩いておかないと。

他の国も調子に乗る可能性が極めて高い。

此処は徹底的にやるべきだ。

そう龍剣は決めていた。

幸い、宋は山霊先生が抑えてくれたので、すぐに増員された兵四万を率いて明に遠征を開始。

まずは劉処、周嵐と合流すると。

手当たり次第に、砦を龍剣は薙ぎ払い始めていた。

劉処は降伏した相手は許していたのだが。

龍剣はそれを手ぬるいと感じた。

だから徹底的にやる事にした。

明の要塞地帯を、片っ端から破壊して回る。関を攻め落としたら完全に粉々に砕き。逆らう街があったなら、城壁を破壊し尽くして懲罰とする。獣に襲われたのなら、それは逆らった事が悪いのだ。

更に補給線に攻め寄せた法悦に対して攻勢に出て、徹底的に打ち破った。

法悦の軍は大した練度でもなく。何より龍剣が出て来たのを見て怖れおののき、戦いを一度しただけで木っ端みじんになって消滅した。

だが法悦は取り逃した。

逃げ足だけは速い下郎だ。

そう鼻で笑うと。

徹底的に明の地を破壊して回る。

そうして二ヶ月が過ぎた頃。

唐から手紙が届いた。

山霊先生だった。

すぐに戻ってこい。

内容はそれだけ。

凄まじい怒りが、字に籠もっていた。これからが面白いところだというのに。

やむを得ない。

後は劉処と周嵐に任せて戻る他無いか。

焼き払い、粉々に打ち砕いた関を見下ろしながら。龍剣は二人に指示をしておく。

「明王を探し出し、必ず殺せ」

「分かりました。 しかし明の土地はこの通り要塞多く、その数は央ほどではないにしても相当数に登りまする。 数年は掛かることをお覚悟ください」

「分かっておる。 数年、任せるぞ」

すぐにきびすを返し、宝に戻る。

どうやら、どんどん世の中は悪くなってきている。

流石に央の世程では無いと思いたくは無いが。

それに近いと龍剣は感じ始めていた。

 

3、蜂起数多

 

宝の宮殿に戻ると、山霊先生が厳しい表情で待っていた。

宋に出向いていた先生は、鯨歩を連れていなかった。

「鯨歩はどうしました」

「宋を任せた。 宋王の身柄は抑えてある。 宋の有力者もあらかたな」

「流石にございまする」

「そんな言葉はいい。 それよりも、どうして此処にいろと言ったのに明に出向いた」

状況を説明する。

そんな程度の事は問題では無いと、山霊先生は言うのだった。

どうしてだ。

実際、法悦の軍は木っ端みじんにしてやったのに。

それを説明しても、山霊先生は喜んでくれない。

「法悦はそもそも軍など作ってはいない。 勝ったのは当たり前だ」

「軍では無い!?」

「そうだ。 そなたに不満を持つ者を数だけ集めただけだ。 火をつけることだけなら、誰にだって出来るからな」

「そのようなもの、戦いとは呼べませぬ!」

奴には戦いをする気がそもそも無い。

そう山霊先生は言う。

納得出来ない。

法悦は、本当に根っからの賊だったというのか。

そんな奴に官職をくれてやらなければならないのか。

馬鹿馬鹿しい。

ため息をつく山霊先生。

龍剣の不満を、敏感に感じ取ったのだろう。

「明を劉処に任せたのはいい。 ただ明には恐らく今後、清と周がどんどん援護の兵を送り込んでくるだろうな。 劉処の負担は大きくなる」

「明王を討ち取れば鎮まりましょう」

「鎮まらぬ」

「なにゆえ」

黙り込む山霊先生。

一番怒っているときの顔だと何となく分かっていた。

程なく、于栄と官祖が来る。

兵の訓練をしているが、やはり幾つか聞きたいことがあると言う。山霊先生は頷くと、二人についていった。

何だか子供扱いだな。

そう思うと、苛立ちも募る。

山霊先生の事は心の底から尊敬しているが。

いつもこうやって厳しい事ばかりを言われる。

それが悔しくてならない。

もう少し認めてくれても良いではないか。

そう思ってしまうのだ。

大人しくしていろと言う事だから、厩舎に出向いて影の世話でもする。

しばらく適当に周囲を走ってならしていたが。

影も龍剣の不機嫌は悟っているらしく、走るのがいつもより荒々しかった。

不安そうに見ている兵士達を横目に。

龍剣は影を走らせる。

平和のために尽力した。

そのために斬るべきは斬ったし。

無抵抗の咎なきものは斬らなかった。

山霊先生の言う事だって聞いた。

それなのに、どうしてこうも何もかもが上手く行かないのか。私はこの中の世界でも最強の筈だ。

どうして最強であるのに。

最強の称号に、誰もがひれ伏さないのか。

もっと最強であることを示して見せなければならないのか。

だとしたら、どうしたらいい。

明を焦土と化してみるか。

それとも、明を支援している周と商もか。

だが、それでは央と同じになってしまうだろう。

央だけとは一緒にされたくは無い。

されたくはないのだ。

雄叫びを上げながら、辺りを走り周り。夕刻に宮殿に戻る。山霊先生は疲れが溜まっているとかで、先に自宅に戻ってしまっていた。

宮殿で執務をさっさと済ませる。

執務なんか別に難しくも無い。

唐王に礼をすると自身も屋敷に戻る。

龍剣は過度な贅沢は全くしていない。というか、殆ど興味が無いからだ。

適当に寝台で休む。

眠るのも、力を蓄えるため。

食うのも力を蓄えるため。

龍剣の全ては戦うためだけにある。

だからこそ。

戦いで収まらない状況を見ていると。

あらゆる意味で歯がゆいのだった。

 

命からがら逃げ延びた法悦は、わずかな部下達と供に、周の山中にまで逃れていた。危うく死ぬ所だった。

まさか。

龍剣が、この大事な時期に、直接出てくるとは思わなかった。

劉処との戦いさえ避けていた法悦である。

元々法悦は賊の大親分で、林紹の残党を取り込んで勢力規模拡大し。

対央連合のどさくさに紛れて名を上げようと計ったものだった。

元々賊の親玉としてそこそこに名は知られていたのだが。

好機だと判断して、蜂起したのだ。

事実央軍の補給線を攻撃して、少なからぬ被害を出させたし。

多くの央軍の機密を盗み出して、唐軍に流しもした。

それなのに、活躍を認められなかった。

与えられたのはわずかな土地だけだった。

だからすぐに反乱を起こした。

案の定、龍剣の人事に不満を持っていた者は、皆反乱に同調し。わずかな期間で「平和」は瓦解したが。

それにしても、龍剣は何を考えている。

長期的な視野に立って者を考えると言う事が出来ないのか。

部下の一人が来る。

古参の部下だ。

何とか生き残る事が出来た。

「周王から援軍の約束を取り付けて参りました」

「ああ、助かる。 周王も大変だな」

「龍剣めには誰もが不満を持っているという事でしょう」

「……」

明も清も領土を削られ。特に清は、穀倉地帯を取り返すことが出来なかった。

明王は実は清王と協議を進めていて。明が滅びたら、清と併合して欲しいと言う取り決めをしている。

要するに、それだけ龍剣に不満があると言う事だ。

龍剣が強い事は認める。

それについては、この中の国にいる誰もが認識を共通しているだろう。

実際問題、戦って見て分かったが、あれは人間が勝てる相手では無い。

猿という悪口があるが。

実際には。猿なんかでは相手にもなるまい。

比べるなら、伝説の獣である龍か。

兵を立て直すと、法悦はまた明に入る。

各地の要塞は片っ端から破壊され。

明に従って劉処に逆らった街はどこもかしこも城壁を破壊されているのを確認。

愚かしいなと思う。

こういうことをすればするほど、反発を買うだけだ。

事実城壁を壊された街では、獣による被害が出始めているらしい。

部下には徹底する。

「ともかく劉処の軍とまともに戦う事は考えるな。 山霊が鍛えた精鋭だ。 戦っても勝ち目は無い。 補給線をひたすら狙え。 そのために敵が何処にいるか、補給線をどう確保しているか、情報を常に集め続けろ」

指示をした後、部下を散らせる。

法悦自身は、わずかな部下と供に街に潜伏すると。

獣狩りになれている者をつれて、獣を処理してくる。

獣の処理くらいなら、別に武勇に優れていない法悦にでも出来る。

要するに特定の手順さえ踏めばいいのだ。

専門家に細かい所は任せておけば良い。

別に法悦が豪傑である必要はない。

獣を処理すると、それだけで相応に感謝される。そして、感謝は情報につながってくるのだ。

法悦は根っからの賊だ。

だから情報の重要性は知っている。

今後龍剣は確実に没落する。

あらゆる情報がそれを告げている。

あれが如何に最強だろうが。

中の国全てを敵に回したらどうにもならない。

既に唐だけが龍剣に対して好意的だが。その唐の中ですら、反発するものが現れ始めている。

温厚な事で知られる唐王も、龍剣の行動には頭を痛めていると聞いているし。

唐にすら見捨てられれば。

それは龍剣の滅亡を意味する。

今は、少しずつ布石を打っていけば良い。

最終的には、龍剣に勝てれば良いのだ。

龍剣は、目の前の戦いに勝つことしか考えていない輩だと法悦は考えている。それは恐らく間違っていないはずだ。

或いは頭が子供なのかも知れない。

圧倒的武勇を持った子供。

厄介な事極まりない存在だが。

そういう存在だと分かっていれば、対処の方法だってある。

しばしして、情報が入ってくる。

実に面白い情報だった。

いずれにしても、まだまだ世は乱れる。

そして、次に中の世界の覇者になるのは。

恐らく。

連白だと、法悦は考えていた。

 

劉処が補給線をまた焼かれた。

法悦の仕業だ。

あれだけ叩き潰してやったのに、すぐに蘇った。

憤激する龍剣だが。

山霊が咳払いしたので、席に着かざるを得なかった。

「兵を増やして補給線を守らせよ。 明はもう、いっそ全て焼き払ってしまうか」

「そのような事をすれば、更に反乱の規模は大きくなるぞ」

「それならば山霊先生、何か良い手はありますか」

「まずは人事を改めることだ。 そもそも韓新を逃したのが痛すぎる」

韓新はそれこそ、国士無双の存在だったという。

あの臆病者が。

だが、山霊先生が其処まで言うのだ。

本当に逃がしたのが惜しい相手だったのだろう。

「今の明王を斬ったら、法悦を懐柔して明王にしてやるくらいの度量が必要になるだろう」

「あのような賊を」

「出自などどうでもよい。 事実前の戦では、訳が分からぬ輩が央憎しで集まっていたであろう」

「……確かに」

そう言われるとぐうの音も出ない。

だが同時に、やはり法悦に対して王等という官職を認めてやるのは非常に不満が残るのも事実である。

更に、である。

山霊先生は、不愉快なことを口にする。

「今後一番危険なのは連白だ」

「山奥に追い払ってやったではないですか」

「央は元々、簡庸周辺以外には山奥にしか土地を持っていなかった国だ。 だがあれほどまでに強かった。 それは何故だと思う」

「さあ、なんとも」

山霊先生は、人材育成と人材収拾に熱心だったから、という。

人材だったらと、龍剣も思ったが。

確かに連白の所には、何故かは分からないが多くの人材が集まっている。

それは確かに否定出来ない。

「今は明、清、周だけで済んでいる。 だがこれに商と宋が加わった所に連白が出て来たら、今度は立場が変わり、我々が央のように世界の敵となるぞ」

「そのような……」

「そうならないように手は打ってはいる。 だが連白の所には張陵がいる事をわすれるな」

頷く。

張陵は結局、あの後も連白に従っている。

何か良く分からないが、連白に従うようにと指示を受けたらしい。不可思議な話である。張陵ほどの者が何故。

いずれにしても、龍剣はじっとしているように言われ。

その代わり、于栄が出陣していった。

補給線を守るために、二万の兵を動員である。

官祖だけが残り。

山霊先生の護衛をして、周、商をまわり。

各地に睨みを利かせていくことになった。

憮然とする龍剣だが。

確かにこれだけ反乱が広がっている事を考えると、もはや山霊先生の言う事を聞く他にはない。

影を駆って、央の地に赴き。

連白を斬ってこようか。

そんな考えが脳裏をよぎるが。

しかし連白は今の時点では咎がない。

斬る理由がないのである。

勿論連白は清廉潔白などでは無い。

民心の慰撫をする作業をやらせたとき、結構汚い金の使い方をしていた。

だがそれで成果を上げていたのも事実。

何もかもが、龍剣には分からなかった。

そして更に半年が過ぎる。

明王を討ち取ったと劉処から連絡が来たのが、その時だった。

 

明王を討ち取った劉処が、明の地から引き上げてくる。

これでやっと反乱は収束するだろう。そう龍剣は考えたが。劉処から報告を聞いている内に、とんでも無い報告が飛び込んできた。

伝令は、まだ報告をしている劉処と、それを聞いていた龍剣の所に駆け込んできた。それほどの急報と言う事だ。

伝令に関しては、こういったことが許されている。

劉処も口をつぐみ。

龍剣も話を聞く。

「伝令っ!」

「如何した」

「清王、唐に対して宣戦を布告! 五万の兵が集まったという事です!」

「何だとっ!」

叫んだのは龍剣で。

山霊先生は、静かに黙っていた。

まだこれからだ。

そう言われたのは数日前だったか。

明王をもうすぐ討ち取れそうだという伝令がその時来たので。それを聞いて喜んだ龍剣に対して、山霊先生が言った言葉だった。

「清軍は決起と同時に南下を開始! 明に新たに王を立てると宣言しています!」

「分かった、下がって良い」

「ははっ」

伝令がまた飛び出していく。

明には今周嵐を残しているが、留守居の部隊だけでは支えきるのは難しいだろう。劉処の軍は疲れきっている。

だったら、出るのは龍剣しかない。

「山霊先生、かまいませんな」

「かまわぬ。 だが、一撃して敵を明から追い払ったらすぐに引く」

「分かっております」

山霊先生も今回は同道してくれるという。

それは心強いのだが。

問題は他にある。

「劉処よ、此処の兵の訓練と守備を頼む。 一撃して敵を蹴散らしてきてすぐに戻ってくる故な」

「分かりました」

忠実な劉処に後を任せる。

そして、すぐに飛ぶように進軍。南下している清軍を狙って進撃を開始する。

戦闘になれば一日で終わりだ。

清王も来ているなら、討ち取ってしまう。

だが、戦車に乗ってついてきている山霊先生は言う。

「恐らく清は、最初から周と連携して動いていたが。 これもその一環と見て良いだろう」

「何故!」

「明の地でそなたが恨みを買いすぎたからだ」

納得がいかない。

役に立った宋ならともかく、明が偉そうに何を言う資格があるというのか。

兵だって出したわけでは無い。

兵の中核は唐が出した。後は清か。

清は数は出したが、別に役に立ったわけでは無い。

連白の兵にしたところで、大半は人間が多い宋や、陣が置かれていた韓、近くにあった周から来た者が多かったのだ。

戦後の論功行賞は当たり前だった筈だ。

それがどうしてこうも、どいつもこいつも好き勝手な事を言う。

さては。

舐めているのか。

龍剣に逆らったらどうなるのか。

それを身に叩き込んでやらないと駄目なのか。

怒りで全身が燃え上がるようだ。

少し後ろでついてきている山霊先生の視線を感じる。

だが、もう今回は。

好き勝手にやらせて貰うと決めていた。

三万ほどの龍剣軍が、五万でまとまって進軍してきていた清軍とぶつかり合ったのは、七日ほど後である。

宝から出した二万五千と、留守居をしていた周嵐の五千が合流しての三万。

これに対して清軍は、雑多で。五万の兵も、明らかに素人が率いているのが丸わかりであった。

山霊先生に伝令だけ送る。

この戦い、策など無用と。

そして、龍剣は敵に八千の精鋭と供に突貫した。

央軍の方が、まだ手応えがあった。

そもそも数だけ集めただけでは、龍剣に勝てる筈も無い。

文字通り敵の陣を、触れる先から粉々にしつつ驀進する。

矛を振るう度に人間が消し飛び。

雄叫びを上げるだけで馬が恐怖で竿立ちになり、戦車が横転する。

陣を次々爆砕しながら進み、清王の陣を発見。

だが清王は戦闘の不利を悟ったか。

陣を蹂躙しても、その姿を見つけることができなかった。

「殺せ!」

龍剣は吠える。

清の人間には、徹底的に恐怖の味を叩き込んでやらなければならない。五万だかなんだか知らないが、龍剣に逆らう事が何を意味するか教えてやらなければならないのだ。

血に飢えた龍剣の軍勢は、龍剣に続いて徹底的に清軍を殺戮した。

何処に隠れようが関係無い。

動いているものは、目についた瞬間に殺した。

ひたすら徹底的に殺し尽くし。

逃げ出した清の兵も追わせ。

徹底的に殺し尽くした。

戦いは実際の戦闘が一刻。

追撃戦などの処理が三日で終わった。

清軍五万は文字通り地上から消滅。

清王は見つからなかったが、恐らく数百の手勢と供に逃げたということだった。

勝ち鬨を上げさせ。

そして同時に、内外に発表する。

不埒にも明に傀儡政権を作ろうとした清王の不届きな軍はこの地上から消滅した。龍剣に逆らったからだ。

与えた褒美に満足しない強欲が招いた結果だ。

以降も逆らう者は徹底的に殺し尽くす。

龍剣に逆らうと言う事は死を意味する事を知れ。

平穏に生きたいと思うのであれば龍剣の言う事を受け入れよ。

さもなくば我が鉄槌が貴様らの頭にくだる事になるだろう。

これらを、もう王がいない明以外の国全てに文として届けさせた。

山霊先生は呆れていたようだが。

これくらいしないと馬鹿は分からない。

死んでも馬鹿は分からないのだ。

だったら殺すしかないだろう。

それが龍剣の理屈だ。

馬鹿を殺した事に、何か悔いることなどあるだろうか。何も無い。どうせ生きていても害を為すだけだ。

それに人間はほこらから幾らでも現れる。

別に五万をこの世から消したところで。

困る事など何も無いのである。

清には、後で劉処を討伐軍として派遣することとする。

宝に凱旋するが。

民の目は、より恐怖で龍剣を見ているようだった。

清の軍勢を皆殺しにしたらしい。

何もかもを殺し尽くし、破壊し尽くしたそうだ。

逆らったら相手が誰であろうと殺すという話だぞ。

龍剣丞相はひょっとして、昏帝以上の暴君では無いのだろうか。

そんな声が聞こえる。

龍剣の耳は良いから、聞こえてしまうのだ。

苛立ちが募るが、側に戦車を寄せて来た山霊先生が咳払いする。

「やめよ」

「しかしこの者達は反乱を起こす可能性が」

「やめよといっておる」

いつも以上に、山霊先生は厳しい口調だった。

そう言われると、黙るしかない。

もう龍剣にとっては、親は山霊先生しかいないのだ。

「今回の件で、皆が黙ると思うか」

「黙るでしょう。 私に逆らえばどうなるか、天下が知ったのです」

「そんなものは央を潰したときに誰もが知った」

「いや、まだ周知が足りなかったのだと思います」

違うのだと、山霊先生は言う。

何だか言葉は厳しく。

そして何処かが悲しそうだった。

「このような事を続ける限り、反乱は起き続ける。 そもそも央を攻めたとき、連白に遅れを取ったのもこのような殺戮を行ったからだ」

「私はこのやり方しか知りません」

「ならば覚えよ。 そなたはひとかどの者なのだ」

「……」

そう言われても。

宮廷に着く。

唐王に、反乱を鎮圧してきたことを告げる。清の軍は消滅し、再起は不可能だろうと。

唐王は相分かった、とだけ言った。

此奴も、龍剣が立ててやっているだけだ。

それを理解出来ているのだろうか。

もし理解出来ていないのなら、髪の毛を掴んで引きずり回し。

殴って分からせるしか無いかも知れない。

優しいことが評価されている、と言う事だが。

そんなものは、何の役にも立たない。

実際央を潰したのは暴力によるものだ。

それ以外の何が、あの黒い軍団を打倒出来ただろうか。

誰かが呼びかけて黒い軍団を大人しく出来たか。

暴力だけが全てを解決したではないか。

謁見を済ませると自宅に戻る。

後はひたすら、裏庭で矛を振るった。

龍剣はどうしても納得がいかない。

誰も彼もが認めてくれない。

今回の勝利をもって、天下最強はますます証明されたはずだ。それなのに、どうして従おうとしない。

山霊先生も、もう少しは認めてくれても良いではないか。

確かに山霊先生の献策は当たる。

言っていることだって当たる。

だが、決定的に認めてくれない。

ひとかどの人物だとはいってくれているのに。

どうしてなのだ。

矛をしばらく振るう。

踏み込みの度に、ずん、ずしんと音がする。

それだけ地面に力が掛かっていると言う事だ。

気が昂ぶっている。

深呼吸してから、もう一度矛を振るう。

矛での一撃に全ての力が乗るようでなければ意味がない。

そのまましばらく、己の力そのものと向き合う。

力は山を抜き。

気概は天を覆う。

それが龍剣がしている自己評価だ。

勿論本当に山を抜ける訳では無いが。

この中の世界を覆う気概を持てる者が、龍剣以外の誰が該当するだろうか。龍剣にしたがっていれば良い。

それなのに、法悦が余計な事を始めると同時に。

どうしてどいつもこいつも余計な事を始めるのか。

しばらく矛を振るって、多少機嫌が良くなる。

家に戻って、卑を調理させ、食べる。

内容は何でも良い。

力さえ出れば良い。

味など気にしたことは無い。

獣を殺したときは、小物の場合はそのまま血抜きもせずに丸焼きすることもある。どうでもいいのだ。力にさえなれば。

それくらい、龍剣は武以外には淡白だった。

「龍剣将軍。 伝令にございまする」

「……今行く」

寝ようかと思っていたところに、家で雇っている者が余計な事を告げてくる。

不機嫌なまま龍剣が様子を見に行くと。

確かに伝令が来ていた。

「お休みの所申し訳ございません。 伝令にございまする」

「何が起きた」

「それが、周と商で反乱が起きました。 どちらも打倒龍剣様を掲げ、それぞれ二万から三万の兵が集まっているようにございまする」

「……分かった、対応を協議する」

溜息が漏れた。

仕方が無い。

また殺し尽くすか。

宮廷に出向く。

反乱の話は既に届いているようだが、劉処は龍剣を見てぎょっとしたようだった。

「お休みになられたのではなかったのでは」

「伝令が来たのでな。 休んでもいられまい」

「しかし、清軍を撃滅したばかりでありましょう」

「くどい。 私の鉄の体を甘く見るでないわ」

基本的に劉処は無口だ。

だから、それだけ言うと、後は黙り込んだ。

それでいい。

余計な事をいう口など必要ないのである。

具体的な敵の規模と、率いている者について確認する。

商王と周王は関与を否定。

どうやら法悦が動いているようだが。

兵の中には、央攻めの訓練を受けたものが相応数混じっていると言う事だった。

率いている者の名前は知らない。

聞いた事もない輩だ。

だとすると、ろくでもない将だろう。

「鯨歩が丁度宋に駐屯しておりますし、討伐させましょうか」

「宋を失ったら穀倉地帯を喪失することになる。 我々は唐蛮ではない。 賊もどきの行動を繰り返していた愚劣な先祖と違う、誇り高い覇者である。 覇者であり続けるためには、兵糧が必要だ」

「分かりました。 それでは自分が周嵐と供に反乱討伐に出向きまする」

「伝令っ!」

また伝令が飛び込んでくる。

その内容を聞いて、龍剣は思わず絶句していた。

「明にて再び反乱が起こりました! 各地の街で暴動が発生しているようにございまする!」

「……分かった、対応を協議する」

「ははっ」

兵が下がる。

苛立ちのあまり、拳を机に叩き付けると。陣図ごと机が粉々になった。

流石の劉処も黙り込む中。

龍剣は思わず呟いていた。

「どいつもこいつも……!」

「新しい机を」

冷静に劉処が対応を指示。

新しい机が調達され。

其所に陣図が改めて置かれる。

山霊先生が此処でやっとくる。体力がないのだから、これに関しては龍剣も怒るわけにはいかない。

話を聞くと、それいわんことかと山霊先生は視線を向けてきたが。

咳払いすると、指示を出してくる。

「劉処、周嵐と供に周に迎え。 周の反乱軍を潰した後は商に進軍せよ」

「はっ」

「兵は三万を用意する。 くれぐれも抜かるなよ」

「分かりました」

伝令が于栄と官祖を呼んでくる。

二人に対して、山霊先生は指示を出す。

「お前達も三万を率いて明に出陣せよ。 ともかく、治安を守る事を最優先し、軍としてまとまる前に騒ぎを煽っているものを捕らえるのだ」

「分かりましてございまする」

無言で礼をする官祖。

いつも喋るのは于栄の方だ。

諸将が出陣していくのを見送ると、山霊先生はため息をついた。

「龍剣丞相、以降、戦いは諸将に任せよ。 そなたは私が訓練する兵士に武勇だけを見せていればいい」

「何故に」

「これは始まりに過ぎぬからだ。 これからもっと大きな問題が起きる」

「そのような。 法悦めがよほど降らぬ事でも企んでいるというのですか」

否、と首を横に振る山霊先生。

山霊先生が出したのは。

連白だった。

「連白が出てくると厄介な事になる。 ほぼ確実に、中の国の王達は連白になびく」

「あのような惰弱もの、一戦にて蹴散らしてご覧に入れましょう」

「戦いにどれだけ勝っても連白の首を上げる事は出来ないだろう。 このやり方を変えない限りはな」

悲しそうに言うが。

それは納得出来ない。

逆らうのなら殺す。

それ以外に何の方策があると言うのか。

ともかく、出陣は控えることにする。

龍剣は山霊先生とともに、新しく徴募された兵士達の様子を見ることにする。

今の時点では不満を抱えてはいるようだが。

鯨歩もきちんと仕事をしていて。

宋から続々と兵糧を送ってくる。

ただ、宋でもちらほらと賊が出るようで。

兵糧を送る際に、相応の護衛が必要になっているようだが。

鯨歩には三万の軍を預けてある。

鯨歩の下に三万もいれば、法悦ごときがどれだけの兵を率いても負ける事はないだろう。信頼はしているから宋を任せている。

だが、どうにも変な噂が流れてきているのだ。

鯨歩が二心を抱いているのではないか、というものだ。

馬鹿馬鹿しいと現時点では思っている。

だが、もしも分不相応な事を考えるのなら。

その時は、龍剣が自ら討伐せざるを得まい。

訓練で手本を見せて欲しいと山霊先生に言われたので、武芸の基礎を兵士達に見せてやる。

それを見ると、新しく徴募された兵士達はどいつもこいつも怖れおののく。

それでいい。

ついてくれば勝てる。

そう認識させればいいのだ。

訓練が終わった後、勝報が届く。

周で劉処が連戦連勝を重ねていて、三度法悦の軍を破ったという。

また明でも于栄と官祖が各地の街に兵を派遣し。

蜂起を煽っていた者達を捕縛しているそうだ。

良い傾向だ。

勿論逆らった者は統べて殺すように指示を出し。

そのまま訓練を続けさせる。

もはや一度中の国にいる人間は、龍剣の周囲の人間と部下達以外、皆殺しにしてしまうべきではないのか。

そんな考えすら、龍剣の頭の中には浮かぶようになって来ていた。

ほこらから人間は幾らでも現れるのだ。

それなら、いちいち無意味に逆らい。

無意味に手を患わせる者など必要ないでは無いか。

心がどんどん冷えていく。

そして、龍剣を見る周囲の目は、更に恐怖が濃くなっていくのだった。

 

4、央の今

 

央の新しい管理者として赴任した章監は、無言で破壊された宮殿跡を見つめていた。

何もこわす事は無かっただろうに。

確かに此処は悪徳の場だった。

だが建物に罪は無い。

ましてや連白がどうやら逃がしたらしい事は聞いているが。

隼快陛下も、龍剣は手に掛けようとしたのである。

あのような者を主とは仰げない。

それはわかっている。

だが、章監だって、央の民に恨まれている。

龍剣のようなバケモノを央に入れた。

その要因は章監だと。

それも計算しての人事なのだろう。

何というか、変なところでは頭が回るのに。

逆らわれると、即座に皆殺しと思考を切り替えてしまう。

龍剣というのはよく分からない人間だ。

どうして多少でも良いから、生かして使おうと思わない。身内人事ばかりを行おうとする。

それらが全て重なって、今の混乱を招いていると、どうして気付けない。

不可思議な話だった。

章監が降伏したとき、龍剣は章監を殺さなかった。

龍剣の父である龍一を殺したのは章監だというのに。

戦いで死んだのだ。

殺す殺さないの場であったのだから仕方が無い事だ。

そうとまで言い切った。

要するに戦いに関しては極めて真摯なのだろう。

だがその真摯な姿勢が他人にも当然のように求められ。殺戮へとつながってしまう。極めて難しい人物なのも事実だった。

彼方此方の、戦火の跡を復興するように指示を出しながら、日々を過ごす。

三万の部下は据え置き。

反乱を起こしても、即座に鎮圧できる自信が龍剣にはあるのだろう。

実際央自慢の要塞地帯は破壊され尽くしてしまったし。

央の軍は解体され。

再編成するなら、時間がどうしても掛かる。

その間に唐軍が攻めてきたらおしまいだ。

家にしている粗末な小屋に出向くと。

竹簡が投げ込まれていた。

何だろうと広げてみると。

驚きに声を殺さなければならなかった。

隼快陛下。

思わず内心で呟いてしまう。

この文字は、間違いなかった。

「……」

計画が書かれている。

今陛下は、王遼と名乗り、連白の庇護を受けているという。

無事であったか。

そう思うと、安堵に体が震える。

現在連白は、韓新という者を配下に加え、軍を調練しているという。

そして、最初の目標は。

簡庸を抑える事。

頷く。

協力しろというのなら、協力する。

昏帝については許せない。

今でも恨んでいる。

だが隼快陛下には、恨みは無い。あの方こそ、央の皇帝に相応しい方だったのだと、今でも信じている。

そしてその陛下の頼みであれば。

それこそ命くらい投げだそう。

計画について隅々まで確認。

なるほど、これならば龍剣に対応出来る。

龍剣は凄まじい強さを誇り。

普通に軍を率いてぶつかっても勝つことはまず不可能だ。

この間も、清軍五万が。事実上八千だけで突撃した龍剣の軍に粉々に打ち砕かれて、ほぼ全滅したと聞いている。

章監がこの五万を率いていても、結果は同じに終わっただろう。

そういうものだ。

頷く。

章監に出来る事を、今のうちに全てやっておく。

それでかまわない。

どうせ捨てた命だ。

今更拾うも何も無い。ましてや、新しい平和のために使えるなら、こんな命。幾らでもくれてやる。

龍剣が平和を作れないことはよく分かった。

あいつは確かに超世の武勇を持つが。

何も作り出さない武勇だ。

事実今も敵を殺す事しか考えていない。

だから反乱を起こされることも分かっていない。

そんな奴よりは。

まだ連白に従った方が良い。

すぐに部下を集めると、順番に指示を出す。この部下の中には、山霊の残した監視役もいる。

だがそれを欺くのは難しく無い。

山霊は恐ろしい相手だが。

監視役に舐められるように、ずっと章監は昼行灯を続けて来たのだ。

まあ実際には、何もかも馬鹿馬鹿しくなって、半ば本気で昼行灯をしていたのだが。

すぐに指示を受けた部下達が動く。

内容は、一つ一つは理にかなったものだが。

全てを組み合わせると。そうではなくなってくる。

ほくそ笑む。

章監自身の名誉はもうどうでもいい。

ただ、従うべきでは無かった龍剣に対して。

これより復讐が果たせれば、それで良かった。

 

(続)