燃え滓はまた燃える
序、アカデミーでの仕事
クラベル校長に指示されて、私は教室の一つに赴く。
アカデミーが良くなったのは、本当に最近の話だ。古くはこのアカデミーは、本当にろくでもない時代があった。
クラベル校長は、その時代を経験していた。
パルデアに生まれた人間で。
研究者などになっている人間は。
ほぼ全員が、このアカデミーの経験者である。
二年ほど前に起きた大事件の真相は最近までは知らなかったが、それはアカデミーを出てから、研究者として務めていたから。
クラベル校長ほどの偉人でも。
何でも知る事はできないのである。
今、クラベル校長は。駄目だったアカデミーの問題点を、残らず改善しようとしている。改善というのは、問題点を全てクリアしてこそだという。
勿論それは理想論だと言う事は分かっている。
ただ、私はトップにも言われているのだ。
人材は、生えてくるものではない。
元はどんな人だって、何もできないのだ。
だから、教育がある。
教育は使い捨てをする人間を育てるためのものではない。
人材は宝だ。
だから、貴方も。
チャンプという肩書きを得た今は、その宝を守る仕事に携わってほしい、と。
何よりも、私は校長と約束したのだ。
授業が遅れている生徒の面倒を見ると。
約束は果たさなければならない。
退院後、すっかり体の方は回復している。
教室にノックして、それで入ると。中にいる生徒は、私を除いて四人だけだった。皆、元スター団幹部である。
長身の綺麗な女性。
ビワという人だ。
スター団の中でもトップの戦力を持っているトレーナーで、女子プロレスに興味があるらしい。
恵まれた体格と優れたセンスで、非常に強い。
本格的な師匠につけば、生半可なポケモン程度では勝てないくらいの力はすぐに手に入れられると思う。その強さで、他のスター団幹部の師範をしていたそうだ。
こんな優れた人が虐められたのは、その恵まれたルックスと。
何よりも、虐めに対して異を唱える姿勢が原因だったらしい。
虐めをやっている人間は、明らかに楽しんでいる。
そしてそれに異を唱える事は、「空気を読まない」行為に当たるらしい。
サイコ野郎の理屈そのものだが、人間なんて一皮剥けばこんなものだ。今更呆れるにも値しない。
いずれにしてもサイコ野郎の身勝手な理屈で、ビワさんは迫害されて。
そしてスター団に入ったのだ。
「アオイさん、来てくれて助かります」
「いえ。 此方こそ」
ビワさんは私より頭一つ以上大きい。というか、同年代の男性から比べてもかなり大きい。
いわゆるモデルのような体型である。しかも細いだけではなくて、しっかり筋肉のついた健康的な姿だ。
普段は女子プロレスのヒールのメイクをしているから美貌には気付きづらいが。それも、コンプレックスになっていたのかも知れない。
隅っこでむくれているのはオルティガさん。私よりだいぶ年下の男の子だ。一目で育ちがいいと分かる。
彼もスター団の幹部の一人。
スター団に資金提供をした人間である。メカニックもしていたそうだ。
なんでもオルティガさんは親が会社での立場があまり良くなかったという事もあって。それで虐めを受けていたらしい。
派閥だのなんだのの問題である。
本人にはどうにもできない話だ。
オルティガさん自身は、女の子みたいな可愛い……いや、それは男の子には失礼な言い分か。ルックスだが。
それも逆に、虐めのターゲットになる要因だったのだろう。
今は会社の方も落ち着いているし。
何よりも、会社での立場がいわゆるスクールカーストに反映されるような時代は終わっている。
少し前のアカデミーがおかしかったのである。
ただ、やっぱりオルティガさんは此処があまり居心地が良く無さそうではある。
奧でにこにこしている感じが良い人はシュウメイさん。
普段は忍者みたいな格好をしていて、ござるで喋るそういう雰囲気の人なのだが。
あまりにも奇抜すぎる言動が原因で虐められたそうだ。
はっきりいってどうでもいい理由でもいいのだろう。
虐める人間は、虐める事自体が目的化している。
だからスクールカーストが定着した学校は、相手に弱みを一切見せられない地獄であるらしい。
少し前までのアカデミーはそうなっていて。
クラベル校長が手を入れて、それがなくなったということだ。
旧態依然も甚だしい。
スクールなどでは催眠学習が一般化していて、教師の質や、環境によって人間の学習が左右されたりしないのが今の時代だ。
高等教育が、それにも劣る代物で。
更に言うと、古い時代の悪い風習が残っているなんて。文字通り恥ずべき場所だったということだ。
「ええと、勉強が苦手なのは、オルティガさん、シュウメイさん、それとメロコさんでしたよね」
「そうなるな」
教室の隅にいて、咳払いする男性。
ピーニャさん。
スター団のナンバー2。
いつも激しい音楽を掛けていたので、それが印象に残っている。
なお、ピーニャさんは生徒会長経験者。
虐めを無くすべきだとスローガンを掲げたら、鬱陶しがったギャング同然の不良どもに袋だたきにされ。
以降は虐めの対象になったと言う。
元々、スター団になる前は剛直そのものの生徒会長で。それで鬱陶しがられていた事もあったという。
ギャング同然の不良達にとって邪魔だった事もあるのだろう。
誰も、ピーニャさんに味方をしなかったこともあり。虐めは命の危険すら感じさせるものにすぐエスカレート。ピーニャさんは、身を守るためにも学校に出ることすら出来なくなった。
アカデミーは、生徒会長が学校に来ないという異常事態に陥ったとか。
その時点で警察案件だと思うのだが。アカデミーは体面を重視して、全てを闇に葬った。
確かに旧教師陣は、全員放り出して正解だったのだろうと、私は思う。
「メロコさんがいませんね」
「あいつはこの空気が嫌だって外にいっちまった。 スター団の掟で、お願いはしても命令はしない。 今も俺たちの中では、その掟は生きているんでね」
「ええと、ビワさんピーニャさんは大丈夫なんですよね勉強」
「まあな。 元々俺たちはどっちかというと優等生だったし」
というか、ピーニャさんは三人がなんで分からないのかが分からないと言う。
なるほど、頭が良すぎるタイプか。多分だけれども。スクールを出て高等教育を受けに来ているのに、ギャングもどきになって虐めなんかやる連中を見て。長期的に虐めなんかやってイキリ散らしても意味がないぞと直球で諭したら。それが鬱陶しがられたと。
本当に前はどうしようもない奴しかいなかったんだなと、呆れる。これはスター団が出て来て、むしろ良かったのだろう。
そうでなければ、このアカデミーはパルデアの誇りどころか。パルデアの恥になっていた筈だ。
ギャングが間違って勢力を伸ばしでもしていたら。
悪の組織の巣窟、下手をすると拠点になっていたのかも知れなかった。
「ボタンさんは……」
「ああ、マジボスは勉強は俺たちの比じゃないくらいできる。 強いていうなら体育ができないが、体育程度だったら別に進級には問題ないしな」
「なるほど……」
少し考え込んだ。
ボタンさんは、確かに集団行動が苦手だが。そもそも鉄壁を誇るパルデアの中枢システムにあっさり侵入したりと、スペックは非常に高い。
現時点でトップチャンプであるオモダカさんにがっつり首輪を嵌められているのも当然だろう。
こんな人材。
逃がすわけにはいかないからだ。
そしてボタンさんも、根は真面目なのだろう。
ハッキングなどの悪事に対して、自分なりにしっかり反省しているらしく。
オモダカさんに、素直に従う意向を見せているそうだ。
これは何回か行ったチャンプ、四天王を含めての会合で聞かされた。
それだけボタンさんが重視されているということで。
ネモさんも、話を聞いて苦笑いをしていたっけ。
「分かりました。 ええと、ビワさん、ピーニャさん、それぞれオルティガさんとシュウメイさんから分からない所を聞き取っていてください。 私はメロコさんを探してきます」
「分かった。 メロコちゃん、あれですごく繊細だったりするの。 無理強いは絶対にしないでね」
「それについては、スター団ルールでやってみます」
「お願い」
ビワさんは、あの強烈なヒール風のメイクが嘘のような優しそうな表情だ。
スクールカーストといっても色々で、場所によっては筋肉ムキムキで長身だとそれだけでスクールカースト上位とかあったらしい。
ビワさんなんかは、場所次第ではスクールカースト上位だったのだろう。
この人も、言動は非常にまともで落ち着いている。
どんな相手にも臆さなかった。
その話は、ビワさんの親友のタナカさんと言う人から聞いている。
つくづく、救いようが無い場所だったということだ。スター団が全力で不良をたたき出す前のこのアカデミーは。
まずは、メロコさんを探すか。
無言で学校内を移動する。
メロコさんは、一人でいるときは自然のある場所にいるときいたので。まずは屋上にあるビオトープから。
何体かのポケモンもいて、丁寧に管理されている良い場所だが。
これも、最近になって作られたらしい。
前にこんなものがあったら、不良達に滅茶苦茶に踏み荒らされるか、或いはタバコでも突っ込まれていただろう。最悪、使用済みの注射器だとかが散らばっていたかも知れなかった。
今はポケモン達が手入れするだけで、綺麗に収まっている。
見て回るが、いないか。
そうなると、校庭だろう。
学校の中庭に作られている校庭は、今は年配の学生がランニングをしていたりする場所にもなっていて。
体育のキハダ先生は、暇さえあれば何時間でも走り回っている。
私もトレーニングする時に使うので、別に苦手意識はない。
むしろ早朝には、此処でトレーニングをする事もある。むしろホームグラウンドといっても良かった。
校庭に出て。周囲を見回すと。
ああ、いた。
メロコさんは、スター団のアジトにいるときの苛烈な燃え上がるようなメイクを落とすと。
むしろ地味で、単純に穏やかそうな女の子だ。
身体能力はずば抜けて高いらしいが。見た目と性格のギャップが凄い。
隅っこで膝を抱えて座っていたので、声を掛ける。
「メロコさん」
「なんだ、テメーか」
「勉強、しておきましょう。 いやなことはさっさと片付けるに限ります」
「……そうだな。 此処に戻って来たんだ。 前と空気も違う」
メロコさんは、とにかくその見た目と性格のギャップが虐めの原因になったそうだ。それについては、ビワさんから聞かされた。
とにかくメロコさんは鼻っ柱が強いから、不良に対して一歩も引くことが無く。男子の不良を放り投げたりして、もっとも苛烈に抗った一人だったそうである。
だがそれが故に生意気だと判断されたのだろう。
武力で対応できないと判断した不良どもは、精神的な嫌がらせに出た。
仮にもスクールを出て、社会的に大人になっているのだが。
まあ会社でも、そういうことを平然とやらかすカスみたいな大人は幾らでもいると聞いている。
そういう連中が、前のアカデミーにはわんさかいたのだろう。
持ち物を荒らされたり。
教科書をずたずたにされたり。
そういう事が続いて、流石のメロコさんも相当に神経に来たらしい。
神経をやられてしまって、通院までしたそうだ。
弱り始めたと判断すると、不良共の虐めは加速した。
頭の病院にいっていたらしい。
そういう悪口(病気を差別するとか、二重の意味で下衆だが)の類を聞こえるように周囲に言い放ち。
メロコさんを、徹底的に追い詰めていった。
やがて限界が来たメロコさんは、アカデミーを離れて実家に戻り。
その頃に、スター団に入ったそうである。
メロコさんは手先が器用だし、基本的に何でもできるスペックの持ち主だったので(学業はあまり得意ではなかったようだが)。
それでスター団の中心人物となり。
不良達を追い出した「スターダスト大作戦」では、それこそ中心人物となって活動したらしい。
まあそうだろうなと思う。
炎のような性格なのだ。
しばらく、膝を抱えているメロコさんを待つ。
私も、蹲って動けない人の気持ちはわかる。
「俺も燃えっカスになるつもりはねえのに、どうしてか膝が震えやがる。 あの教室な、俺たちを虐めてた不良どもがアジトにしていた場所でよ。 タチが悪い大人も出入りしていやがってな。 やべえクスリとか売り買いしていやがったんだ」
「そんな……クラベル校長にはいいましたか?」
「ああ。 ……クラベルのおっさんには感謝してる。 教室は綺麗さっぱり片付けてくれたし、もう痕跡も何も無いからな。 スター団が完全に解散した後、聴取で警察も交えて話もした。 退学した連中の何人かは、それで逮捕されたそうだぜ」
「それは良かった」
最近聞かされた。
あの広域ポケモンマフィアであるロケット団の下っ端幹部が、アカデミーを拠点にしようと目論んでいて。
マフィアらしい手口で不良生徒達を手先にして。
学校を私物化するべく、暗躍していたらしいと。
詳しい話はあまり聞かされていないが。
スターダスト大作戦が起きた時、パニックになる中そいつは逃げだし。国際警察に捕まったらしい。
邪悪の中枢がいなくなったことで、アカデミーの浄化は急激に進み。
更にはクラベル校長が大なたをふるったことで、悪しき者どもが再度我が物顔に振る舞う土壌も一掃されたようだが。
それでも、やっぱり。
当事者の心には。まだ傷が残っていると言うわけだ。
ぎゅっと身を縮めるメロコさん。
本当に、此処で酷い目に会ったんだな。そう思って、ただ待つ。
そうするだけで、随分と助かる人もいることを知っている。
「お前、何か酷い目にでもあったことあるのか」
「はい。 あまり詳しい話はできないですけど、私が会社を立ち上げる予定なのもそれが理由です」
「……そっか。 俺も、じゃあそろそろ立ち上がらないとな」
十分ほどして、メロコさんは立ち上がる。
赤い髪を綺麗に切りそろえているメロコさんは。そばかすさえなんとかすれば地味さは消えるかも知れない。
私も舐められないためのファッションを今調べている所だ。
だから、それくらいの事は考えるようになっていた。
教室に一緒に行く。
メロコさんは地味なので、周囲からの視線は集めていない。
私は隣を歩きながら、笑顔で周囲に返す。
私にそれで視線が集まる。
ネモさんを越える最年少チャンプ。
そういうこともあって、私もそれなりにこのアカデミーでは名前が知られているからである。
教室についた。
メロコさんが戻ると、シュウメイさんが大げさにいった。
「メロコどの。 心配したでござるぞ」
「大げさだないつも。 俺で最後か」
「そうだよ。 さっさと終わらせようよ補習とか」
「そうだな」
オルティガさんが毒づく。
オルティガさんも、それほど勉強はできる方ではない。
なんでも幼い頃に天才児といわれたタイプのうちの何割かは、急激に「普通の人」になっていくらしい。
オルティガさんもそれで、スクールはかなりの早い段階で突破したのに。その後明確に衰えていくのを察し。
それで親がアカデミーに入れて、少し様子見をするつもりだったそうだ。
それが徒となってしまった訳だが。
いずれにしても、今のオルティガさんは凡の下くらい。
しかも長期間勉強をしていなかった事もある。頭が相当にさび付いているようだった。
苦手な科目をビワさんが聞き取ってくれていた。
まずはメロコさんから対応するかな。
そう思って、私はメロコさんに苦手科目を聞いてみる。
だいたい全部といわれて、頷く。
別にそれでもかまわない。
そのために、わざわざ此処にいる。
それにそもそも、メロコさんは器用だから、あらゆる分野でスター団として活躍していたのだ。
潜在力は高いはず。
高等教育で得意分野を伸ばせば、すぐにでも社会人としてやっていけるだろう。
まずは、順番に話を聞いていく。
数日で、一段落する所まで勉強を進めたい。
ビワさんとピーニャさんと手分けして、遅れている三人の勉強を見る。ビワさんは、私よりも勉強ができるくらいだ。ピーニャさんは、言われた事を答える事に専念するようだ。それもあまりにも直球の最適解なので、私が支援する事にする。
私は、もう二年の勉強をある程度進めているので、時間的な余裕はある。
スター団として関わった皆の勉強を見る時間は存分にあるし。
何よりも、会社を立ち上げた後。
こういうことは、散々やらなければならないはずだ。
今のうちに経験しておくべきだ。
そう、私は思った。
1、夢とはなんぞや
アカデミーの先生と相談して、基礎的なテストなどを借りて来る。
そういえば中間試験とかでやったなと思いながら一通り目を通す。
私は記憶力がそれなりに良い方らしく、一度覚えた事は滅多に忘れない。逆に、一夜漬けというのも理解出来ない勉強法だと思う。
ともかく順番に勉強を見て行くが。
どうしても気力が続かないオルティガさん。
それに、基礎的な知識がどうしても足りないメロコさんと。
この二人が課題だった。
シュウメイさんは、なんというかむらっ気が大きいだけ。
頭自体は全く悪くない。
というか、そもそも服飾関係は普通にプロ級のようで。なんならアカデミーを出た後、服飾関連の会社でデザイナーができるレベルだという。
シュウメイさんが作った服が、ネットオークションで相応の値段がついているという話を聞くと。
今後のために、他の勉強もできた方が良い、というくらい。
実際家庭科の点数は、基本的に満点らしい。
オルティガさんは、丁寧にビワさんが面倒を見ている。
ビワさんは非常に根気強く教えていて。なんども癇癪を起こすオルティガさんに、丁寧に向き合っていた。
元々ビワさんは、恵まれた体格もあるが、皆のポケモンバトルの師範を務めていたほどの技量で。
現在後継者不足で困っているパルデアの格闘ジムにて、ジムリーダーをしないかという声が掛かっているそうだ。
確かにスター団と対戦する過程で戦ったビワさんは、他のスター団幹部の皆と比較して、一枚上手の実力だった。コレに加えて改造車と融合したポケモンの戦力もあって、普通に脅威だった。
それだけ出来る人なのだ。教えるのは、お手のものというわけだ。
こんな人材をつぶしかける所だったなんて。
虐めをやるような環境。
それを放置していた大人達。
どっちもとんでもない社会的な害悪である事がよく分かる。私としても、反吐が出る話だ。
「なあアオイ」
「はい」
「ポケモンに出会う方法ってこの問題、アバウトすぎねえか」
「こういう問題って、基本的に引っかけなんですよ」
とくに四択などの問題は、引っかけの宝庫だ。二択になると、更に引っかけの難易度が上がる。
今やっているのは、ポケモンに関する知識のテスト。
基本的にポケモンのタイプや相性、それに性質などについて勉強する授業は、アカデミーでは生物学に分類されるが。
生物学のジニア先生は、基本的に非常におおらかで。問題もその性格を示すように個性的だ。
「野外で野生個体と出会う以外の方法ってあるのかコレ……」
「あります」
「……そうだな。 卵を孵したりとか、他人と交換するとか、そういうのだよな」
「はい」
ずばりだ。
何というか、メロコさんは後一歩の所で躊躇している雰囲気である。
それをどうにか突破出来る事が出来れば、一気に勉強ははかどるとみた。
他にも算数とか色々話をする。
アカデミーではいわゆる高等数学も教えるが、それ以外にも基礎的な実用算数が基本的になる。
ポケモンショップなどにおける買い物のやり方などもあるが。
それらも含めて、生活のための算数を教えてくれるのがアカデミーだ。
メロコさんに、時々質問をされて。それで受ける。
我ながらよく覚えているな。
そう思って、苦笑もする。
メロコさんは大まじめで、筆が進んでいるようだ。
オルティガさんが何度目かの癇癪を起こすが。ビワさんは扱いに慣れているようで。少し休憩をさせていた。
シュウメイさんは非常にマイペースだ。
ピーニャさんが丁寧に教えていて、それで大丈夫。
ただ脱線が多いようなので、それが少し問題かなと私は思ったが。
「また随分アバウトな問題が来やがったな……」
メロコさんがぼやく。
ハッサク先生の問題だ。
美術のハッサク先生は、四天王のリーダーも務めている。美術のテストは群を抜いて個性的で、ジニア先生のよりも更に独特な内容が多い。
問題を見せてもらう。
夢について考えを述べよ。
なるほど、確かにこれは。決まった答えはないなと思う。
「アオイ、なんだよ夢って。 これって将来やりたいことだよな」
「そういう意図の問題ですね」
「……俺みたいな奴でも、夢を見てもいいのか?」
「いいに決まっています」
私が立ち上がったので、別に驚く事もなく、メロコさんはそうかと応じていた。
夢を見る権利なんて、誰にだってある。
それを否定する事なんて、それこそ人権の否定と同じだ。
他人を貶める奴が、よくやるやり方。
他人の考えの全否定。
相手を人間と見なしていない場合も、これは良くやるらしい。
そんな連中は、全員地獄の業火で灼かれればいいと思う。
私は、そもそもまともな出自じゃない。
だからこそに、その手の連中は絶対に許せないと思う。
ユウリお姉ちゃんに潰されたフレア団の残党同様に、地獄に落ちれば良いのだ。
私自身も、いずれそういうことをできる立場について。
それができる力も手に入れたい。
会社を作るという当座の夢を叶えたら。
次の夢は、それになるだろう。
「アオイ、お前にも夢はあるのか?」
「あります。 まずは会社を起業して、社長になる事が夢です」
「そういえば言ってたな。 社長になって偉くなりたいのか」
「いいえ。 私一人だと出来ない事があるので、会社でやりたいんです」
メロコさんは、ぼんやりと私を見ていたが。
やがて頭を掻き回す。
野性的な所作だが。
そういう所が、見かけとのギャップにつながっているのだろう。人間は見た目で相手を判断する。
もっとも悪しき習性の一つだ。
「私の夢は……よくわかんねえな。 ちょっと考えて来てもいいか?」
「はい。 休憩の時間ですから」
「それもそうだな。 校庭で少し走ってくる。 できるだけすぐに戻る」
メロコさんが教室を出て行く。
今のアカデミーに、メロコさんを虐待する奴はいない。
だったら、大丈夫だろう。
私はメロコさんを見送ると、シュウメイさんの様子を見に行く。
シュウメイさんは涼しい顔で、これが分からないといい。ピーニャさんが、どう説明したものかと頭を悩ませている。
私が手伝いを申し出ると、ピーニャさんは頼むと言った。
見ると、公式を用いる高等数学だ。
私は服飾で使える場面をぱっと説明する。
そうすると、シュウメイさんはなる程と即座に食いついてきた。
「なるほど、そんなところで活用出来る計算なのでござるな……」
「はい。 やり方を覚えれば、すぐに色々できるようになると思います」
「逆に今までそれ、どうやってたんだよ……」
「勘でござるよ」
即答するシュウメイさん。それを聞いて、ピーニャさんが呆れていた。
逆に言えば、こんな難しい式を使う問題を、勘でどうにかするシュウメイさんがそれなりに凄いのだと思うが。
私はその辺りは褒めずに、淡々とやり方を教える。
何度も教えているうちに、シュウメイさんもやり方について覚えてくれる。
その間に、ピーニャさんが問題を作っていた。
「よし、これが解ければ大丈夫だ」
「あまり自信はないでござるが、やってみるでござるよ」
「シュウメイさんは、夢はアパレルですか?」
「そうでござるな。 ただ、会社勤めだと好きな服がデザインできないかもしれないでござるが……」
フリーランスか。
確かに現在でも、デザインする服がそれぞれかなりの高値がついていると言う事だから、それもアリなのかも知れないが。
ただフリーランスは結構厳しい世界だ。
今のパルデアならなんとか出来るかもしれないが。企業に就職するのも、選択肢に入れるべきだろう。
勿論最終的に決めるのはシュウメイさんだ。
それらを説明すると。
シュウメイさんは、にっこりと笑う。
優しい笑顔だ。
この人は、多少独特な言動があるけれど。それ以上に、温和さが目立つ。
「アオイどのは会社の起業を目指しているだけあって、色々と勉強しているようで偉いでござるな」
「いや、それは必須なので……。 必須の事となれば、どうしても自主的に勉強はします」
「拙者は今でもどうにもその辺りがふわっとしてござってな。 年長者でありながら、情けない話でござるよ」
「……そんな事はないですよ」
私の場合は。
切羽詰まった理由があっての事だ。
シュウメイさんは、それだけ人生に余裕があると言う事。
それで良いじゃないか。
そう私は思う。
幾つか問題を解いていると、メロコさんが戻ってくる。授業の受け直しができるのはアカデミーの特色の一つだが。
授業を受け直したいと言った。
良い事だと思う。
何をやりたいのかと聞いてみると。
美術と、メロコさんは言うのだった。
美術の授業は、いうまでもなくハッサク先生の授業だ。現役四天王のトップであり、パルデア在住のドラゴンタイプ使いトップでもある。
ただドラゴンタイプの使い手は、独特の世界があるらしく。
ハッサク先生も、なんだか変わった一族の出であるらしい。
前に、そういった一族の人から、本家に戻ってくれないかという話をされているのを見た事がある。
ハッサク先生は断っていた。
此処が居心地が良いと言うよりも。多分、あまり良い環境ではないのだろう。
そういうのが嫌だから、ここに来ている。
だとすると、ハッサク先生もどちらかというと、夢に困った過去があるのかも知れない。
メロコさんが授業を受けている間、シュウメイさんの補習を一緒にやる。オルティガさんはブーブー文句をずっと垂れていたが、勉強自体はコツさえ掴めばそれなりにできるようで。既にかなり遅れを取り戻しているようだった。潜在能力は元から高かったのだろう。催眠教育を使うから教師の質に成績が左右されないスクールの時点で好成績をたたき出していたのだから、まあそれはそうだろうとは思う。
これから中間試験を受け直すそうである。
良い事だとおもう。
オルティガさんは、なんというか男子なのにとても綺麗な子で、それがコンプレックスになってもいるらしい。
プロに遜色ない技量を持つメカニックで、自動車の改造などを今の年齢で余裕でこなすらしいのだが。
そういった技術も、特技の一つに過ぎず。
会社での親の立場の悪さもあって。
あまり理解は得られなかったそうだ。
スター団のアジトで交戦した改造車とポケモンを融合させたマシン。どれも手強かった。
オルティガさんの車に関する知識と技術は本物である。
もしもその気があるのなら、いっそ別で会社を立ち上げる手もあるかも知れない。今の時点で、会社の派閥に振り回されて。それが理由で虐めを受けて。それで性格が歪むくらいだったら。
「ビワ姉、テストが受かったら、何かご褒美くれよ」
「いいよ。 そうだね、何か食べにいこうか」
「それいいな。 みんなで行こうぜ」
この辺り、まだ子供か。
シュウメイさんは相変わらずにこにこと笑顔のまま。
ほどなくして、メロコさんが戻って来た。
表情はあまり明るくは無い。
ただ。何か掴んだのかも知れないと、私は思った。
オルティガさんが、中間試験を突破。いい傾向だ。このまま期末も突破出来れば、遅れをほぼ取り戻せる。
本当は二年度の中間も突破出来れば完璧なのだが。一度に詰め込みすぎても、忘れてしまう可能性もある。
だから、今はこれくらいでいいだろう。
メロコさんは、数学はもう大丈夫だ。
歴史も、意外と強い。
できる試験から、順番に受けにいって貰う。こういうところのフレキシブルさが、今のアカデミーの良い所だ。
できるというと、メロコさんはしっかりテストを突破してくる。
この辺りは、自分を良く理解出来ているという事。
とても良い事なのだと私は思う。
「後幾つテスト残ってるんだよ。 面倒くせえ……」
「中間は必要単位でいうと後三つですね」
「そんなにか……。 まあ一年半くらいは遅れてるから、自業自得ともいえるかもな」
「そんなことないですよ。 私も勉強を手伝って、いい復習になります」
メロコさんはしらけ気味にそうかよというけれども。
実の所、それほど私を嫌っているようには思えない。
体育に関しては、得意そうなので、他の授業よりも先に受けて貰う。実際問題ビワさんについで身体能力が高いようで、体育は全く問題ない。
料理もかなりできるようで、サワロ先生の授業も殆ど問題なく突破出来ていた。
これらの得意分野は、先にどんどん進めて貰う。
メロコさんも、できるという事を理解すると、ガリガリやっていく。
どんなことでもそうだが。
できればモチベは上がるし。
できなければモチベはどんどんさがっていく。
当たり前の話である。
メロコさんの場合は、それがかなり極端だけれども。モチベがあがる科目を軸に据えて、他の勉強も進めていく。
とにかく数日で徹底的に詰め込む。
ビワさんが、授業に出に行った。ピーニャさんも。
オルティガさんは、文句を言いながら自習に移行。この様子だと、もう自習でやれそうだとビワさんも判断したようだった。
シュウメイさんは、笑顔のまま自習しているが、分からない所は徹底的に躓くようなので、私が時々様子を見に行く。
そうすると、時々躓いて沼っている。
それでも沼っている事をいわないので、そこはちょっと困る。問題があったらなんでもいってくれというのだけれども。
迷惑は掛けられないと答えが来るので、それはそれで困るのだった。
迷惑は、かけてもいいのだ。
少なくともこう言う場所では。
そもそも教育というのはそういうものだろう。
私だって、会社を起業したら社員教育はするつもりだ。新入社員でなんでも出来る奴募集とか、そんな馬鹿な寝言をいうつもりはさらさらない。
最初はできなくて当たり前。
私だって、ユウリお姉ちゃんに生きる術を教わっている時。最初は本当に何もできなかった。
一つずつできる事を増やしていって。
それで、できるようになると褒めて貰って。どんどんできる事を増やしていった。
ただ、それで私が怒ることはない。
シュウメイさんに、迷惑は掛けてもいいですよと何度もいう。
それが通じてくれれば、それでいいのだ。
メロコさんが試験から戻ってくる。また、分からないものについては、授業を受け直しに行くようだ。
授業の予約だけ、二人でしに行く。
メロコさん、結構な量の授業を予約している。少しだけ、大丈夫か心配になっていた。
「メロコさん、大丈夫ですかこんなに」
「……何となく、何ができていないのか分かってきたからな。 後はわざわざみんなでやらなくても、授業を受けて何とかする」
「分かりました。 ただ、それでも詰まるときは聞いてください」
「ああ、分かってる。 お前がちゃんと俺に向き合ってくれているのは、理解しているから心配するな」
教室に戻る。
メロコさん、やっぱりこの教室に入るとき、少しだけ嫌そうな顔をしていた。
それでも、私は何かいうつもりはない。
メロコさんが、必死に克服しようと頑張っているのだから。
それについて揶揄するのは、絶対にあってはならないことだ。
軽く補習をする。
メロコさんはペースがどんどん上がっている。中間試験も全て突破。いける奴は、期末を受け始めている所だ。
遅れが半年になれば、もう立て直しは地力でできるだろう。
私も、それを加味して、補習につきあう。
ぼそりと、メロコさんはいう。
「俺が夢を持ったら笑わないっていったよな」
「はい。 笑いません」
「そうだな。 お前はそういう奴だよな」
メロコさんについて気付く。
この人、全く笑わないんだ。いつでも。
確かボタンさんと、スター団解散の時に顔を始めてあわせたはずだ。その時にも、笑わなかった。
何となく分かってくる。
メロコさん、笑えないんじゃないかと。
実の所、私もそれは近い。
私も笑うという事が出来る様になるまで、随分と掛かった。一番苦労した、感情の構築だった。
あのくらい部屋で徹底的に尊厳を蹂躙されてから。
人間になるまでに、随分と私は苦労した。
メロコさんはこのアカデミーで。物心ついてから、尊厳を陵辱された。
恐らくだけれども、人生に対するダメージはメロコさんの方が大きかったのだと思う。私はまだ、早い内にユウリお姉ちゃんに出会えた。
一緒に、克服することができた。
今、メロコさんは立場上大人なのに、トラウマに苦しんでいる。
それはきっと、相手次第では、大人のくせに何をしているのだとか、心ない言葉が飛んでくる状況だ。
相手のことを全く理解していない人間は、平気でそういった事を口にする。
だから私は、メロコさんを笑うつもりは一切無い。
「ハッサクのおっさんの授業を受けてよ。 なんだか絵を描くのが楽しくなってきたんだよな……」
「絵描きですか」
「笑うか?」
「いえ。 まず現実的に、どうするべきか考えて行くべきだと思います」
絵描きはかなり生計を立てるのが大変だと聞く。
まずどういうジャンルの絵描きがいいのか。
絵を描くにしても、まずはやってみないといけないはずだ。
アカデミーには美術科の一般はあっても、高等はないはず。
もしも本格的な技術を身に付けるなら、高等科のある美術アカデミーにいく必要があるし。
確かそういった場所に行くには、色々と突破しなければならない関門がある筈だ。
それらの説明を順番にしていくと、メロコさんは視線を逸らす。
「面倒くせえな……」
「夢を叶えるのって、大変な事ですよ。 私も今、経営の高等部門の授業を受けるべく、準備しています」
「……簡単にかなう夢はないか。 わかってる」
「でも、夢があるなら応援します。 できるだけ、此方で分かる事があるなら手伝います」
じっと、私を見るメロコさん。
値踏みするような。
そんな視線だった。
私は、メロコさんの視線が。
ひょっとしたら、私から見えるものとは違う意味を持つのではないかと。
今更ながらに思った。
ついと視線を背けるメロコさん。
わかったと、どこか寂しそうに言った。
2、遠い場所
補習が殆ど終わった。最初に補習を抜けたのはオルティガさん。もう、自分の年度の授業を受けに行っているようだ。
話を聞くと、虐めは綺麗さっぱりなくなっているという。
柄が悪い生徒なんて一人も今はいない。
本当にいいアカデミーになったんだなと、オルティガさんは言う。
まあそれもそうだろう。
スター団の幹部だったことは、しばらく伏せておくそうだが。
それもまあ、仕方が無い護身の術だとも言えた。
ビワさんとピーニャさんは、もう完全に遅れを回復。既に、前倒しで授業を受け始めているという。
シュウメイさんはあと少しで補習が終わりそう。
メロコさんは、まだ少し苦戦していた。
私も、授業を受けにいく。その後、仕事に出向く。
そう、私の場合、チャンプとしての仕事がある。起業時の支援を受けるためにも、色々やっておかなければならないのだ。
今回はちょっとばかり面倒なポケモンが出たというので、対処に出向く所だ。
今の時代、積極的に人間を襲うポケモンはあまり多く無いのだが。それでもいるにはいる。
今は北部の雪山で何人か襲われて、怪我人が出ていると言う事なので、出向いている所だ。
現在、タクシー代は公務ならタダだ。
正式な手続きを終えた後、その辺りの説明を受けたが。
タダになるのはあくまで公務の時だけ。
しかも、タクシーに使っている鳥ポケモンがウォーグルという豪華仕様である。ウォーグルは非常に強力な鳥ポケモンで、それも多分かなりベテランのトレーナーが育成した強い個体だ。恐らくだが、チャンプが直に雇ったトレーナーなのだろう。運転をしているトレーナーも、歴戦感のあるおじさんだった。
一緒に今日は、午後から暇になったメロコさんに来て貰っている。
学生服を着たままのメロコさんは、雪山を見て面倒くさそうにしていたが。この面倒くさそうな様子が、本当にそうなのかはわからない。
私も見た目で相手を判断するのは避けたい。
だから、それについてどうこういうつもりはなかった。
ひょいと雪の中に降りる。
この辺りは、積雪がそれほど激しくない。それを見て、メロコさんも降りてくる。即座にポケモンを展開。
私はセグレイブを出しておく。
この子はこの環境が完全にホームだ。いわゆる頂点捕食者である事もあって殆ど見かけないポケモンだが。
運良く幼体の頃に見つけて、手持ちにする事が出来た。今は完全に進化を終えている状態である。
メロコさんも手持ちを展開。
炎タイプばかりだ。
いずれもかなり鍛えこまれている個体だが、多分単純に寒いのだろう。
雪山での寒さに対応するために、私も随分苦労した。
だから笑うつもりはない。
今回メロコさんには、ボランティアを兼ねて、チャンプの仕事の手伝いをしに来て貰っている。
これは戦力という観点で、周囲からお墨付きが出ていること。
それに加えて、学生として経歴に箔を付ける為だ。
今後博士課程とかに行くのであれば違う方向での功績が必要になるのだが。
今回メロコさんは、今後の仕事に関して箔になる経歴を得るために、ここに来て貰っている。
チャンプの支援をして、強力なポケモンを対策したとなれば。充分にそれは箔になる。更に言えば、いざという時のセーフティネットのためだ。
絵で食べて行くのは大変だ。
それは、メロコさんも理解している。
夢を持つのは大事だ。
だけれども、夢は必ずかなう訳ではないのだ。
メロコさんは高い戦闘力を有しており、ポケモントレーナーとしてかなり将来性がある人だ。
炎タイプのトレーナーは多いのだが、実はパルデアの炎タイプジムは現在ジムリーダーが高齢化していて、跡継ぎを探している。
もしも絵描きが上手く行かなかった場合、其方に行く手もあるし。
なんならジムリーダーをしながら、副業で絵描きをするという手もある。
パルデアのジムリーダーは殆どが副業持ち。
そこで、ジムリーダーの資格を得つつ、絵描きとしての練習をしてはどうか。そう私は提案したのだ。
メロコさんはそれに乗った。
面倒な事が増えるとはぼやいたが。
しかしながら、実の所メロコさんにとっても、ジムリーダーへの道というのは堅実な未来に思えたのだろう。
実家が太いオルティガさんや、今の時点で商売が成立するくらい趣味を極めているシュウメイさん。元々ハイスペックなビワさんやピーニャさん、それにボタンさん。
メロコさんは、どうしてもそういう人達と比べて、自分に強みがない事。少なくとも現時点では……は理解しているようで。
それで、私の仕事を手伝う事に同意してくれた。
後は、仕事で問題を起こさなければ良い。
見た感じ、メロコさんはもの凄く戦い慣れしている。だからこそに、余計に苛烈な虐めを招いたのだろうとも思う。
私は、もうこのくらいの雪山は平気だ。
周囲を確認。
この辺りにはいないか。
無言で、先に決めているハンドサイン。
メロコさんとともに、山の奥の方に進む。
かなり起伏が激しい山なので、クレバスの事故が怖い。常にスマホロトムは身に付けるように、到着までに話はしてある。
メロコさんの手持ち達も、皆周囲を警戒しながら歩いている。
雪はそれほど派手に積もっていないが。
いつ降りだしてもおかしくないのが、雪山の怖さだ。
足を止める。
ミライドンをボールから出す。
ミライドンは、この間の戦い。大穴の最深部で、自分を虐げてきたもう一体のミライドンを撃ち倒してから。
すっかり自信がついたようで、今では獣王の風格がある。
セグレイブと手分けして、周囲を見張って貰う。
乗って移動しても良いのだけれども。
どうも、この辺りにいるような気がするのだ。
「アオイ。 この辺りで間違いねえのか」
「はい。 気をつけてください。 雪の下から奇襲してくる可能性もあります」
「それで、どんなポケモンなんだ」
「それが目撃者の証言が安定していないんです。 大型のポケモンである事は間違いなさそうなんですが」
大型とは言っても、本当かは分からない。
動転していると、人間は相手の大きさを何倍にも誤認することがある。
UMA、つまり未確認動物などの例は顕著で。
実際に本物が見つかることもあるのだが。
だいたい特徴が誇張されていたり。元より何倍も大きかったように見られている事もある。
「なんか冷えてこないか」
「……警戒を」
メロコさんの発言通り、明らかに周囲の気温が下がってきている。
これで勝つ自信があるのだとすれば。
余程強大なポケモンか。
それとも成功体験を積み重ねただけのザコかのどちらかだ。
無言で周囲の気配を探る。
五感を研いで、何かいないかを調べ尽くす。無言でいるうちに、足下に振動が伝わってくる。
これは、多分足下。雪の下に何かいるとみていい。
先制攻撃と行くか。
メロコさんに頷くと、手持ちの炎ポケモンを出す。今回は炎を纏った鳥ポケモンであるファイアローだ。
ファイアローは隼ににた姿をした鳥ポケモンで、かなり強い。
ファイアローにハンドサインで指示を出すと、上空からその地点に音もなく全力で突貫する。
どんと、大きな音と共に。
周囲に、激しい衝撃が走っていた。
この辺りだったら、雪崩の恐れはない。踏みしめて、様子を見る。
もう一度浴びせるか。
そう思った瞬間、雪を吹き飛ばして、それが姿を見せていた。
ミミズズか。蚯蚓に似た姿をしたポケモンだが、これが主になった事を見た事がある。
それほど凶悪なポケモンではなく、餌も土の中にあるいわゆるデトリタスが主体なのだけれども。
しかしながらポケモンは基本的に人間の食事も口にできる。
このミミズズも例外ではない。
ミミズズが、雪を振りまきながら、大きな声を上げる。なる程、これでは確かに姿を誤認もする。
多分人を脅かして、落としていった食べ物を漁っていたのだろう。
メロコさんが、無言で炎ポケモン達に総攻撃を指示。一瞬で、雪をかき分けて出て来たミミズズは死なない程度に黒焦げになった。
雪の上で、しゅうしゅうと音を立てながら、転がっているミミズズ。
即座にモンスターボールに捕獲。かなり巨大な個体で、四mくらいはある。前に倒した主はこの五倍の長さはあった。
それに比べれば小物も良い所だが。
雪山で、いきなりこれに遭遇すれば、それは正体が分からないだろう。
ただ、これ一体とは限らない。
「メロコさん、周囲の警戒をお願いします」
「ああ。 連絡でも入れるのか?」
「トップに進捗報告です。 いわゆるホウレンソウって奴ですね」
「面倒だな宮仕えも」
吐き捨てるメロコさん。とことんそういうのが嫌いそうだ。
というか、そもそもあの派手な、スター団幹部としての格好の方が馴染んでいるように見える。
今、ジムリーダーとしての勉強もしているのだが。
もしもジムリーダーになったら、あの格好で通していくのかも知れなかった。
それはそれでありだろうと思う。
化粧というのは、舐められないための扮装だ。
自分のために行うのであって、他人に自分を良く見せるために行うものではないのだから。
連絡を入れ終える。
やはりポケモンの仕業であった事を伝えた後は、周囲の掃討戦に移る。
元々ミミズズはそれなりの数がいるポケモンだ。
普通雪山には出てこないが。此処にいるというのは、何かしらの理由があっての事かもしれない。
周囲を探索して回る。
今の時点で、他のトレーナーの手は借りない。
この辺りだと、グルーシャさんかライムさん辺りのジムリーダーがいれば地元だしかなり心強いのだけれども。
二人とも、ジムリーダーの仕事がある。
現時点では、この仕事に、ジムリーダー業を優先して貰う訳にはいかない。もっと危険なポケモンでもいれば、話は別なのだが。
周囲を調べて回る。
あの大きさだ。地力で大きくなった個体としても、おどかした人間が落とした餌を食べただけとは考えにくい。
何かしらの切っ掛けがあった筈。
考えられるのは秘伝スパイスだ。
大穴の植物である秘伝スパイスは、食べたポケモンの身体を極めて強力に活性化させる効果を持つ。
故に危険な侵略性外来生物として、ペパーさんが今も調べて回っているようなのだけれども。
拡散したものが、前にペパーさんと回収しただけとは限らない。
秘伝スパイスは大穴の環境で平然と耐え抜くような植物だという事もある。雪山くらい、それこそなんでもないだろう。
無言で調べて回っていると。
程なくして、メロコさんが手を振って来る。
炎ポケモンは、周囲を警戒しているが。やる気を出しているのは、この仕事をさっさと終えたいからだろう。
寒いし。
それについては、私もよく分かる。
この山の寒さは、私も苦しめられたからだ。
「おいアオイ。 これ見ろよ」
「……」
これは、間違いないな。
巣穴だ。
テラスタルの力は、パルデアの各地で自然に噴き出している。そういった場所はパワースポットなんていって。ポケモンが巣くうことがある。
ガラルでもガラル粒子とかいうダイマックスエネルギーの元が噴き出している土地がそんな風に言われていて。
各地の電力を賄っていたっけ。
それまでは石炭という非常に扱いが難しい上に、公害をばらまくエネルギーを使ったりしていたそうだから。
これは良い事ともどうにも言えない。
ともかく、巣穴はカラだ。
見た感じ、多分野良のトレーナーに潰されたようである。普通野良のトレーナーがこの手のパワースポットに巣くっているポケモンに挑む場合、四人一組が推奨されるのだけれども。
巣穴の中を調べて見る限り、戦ったのは一人だ。
一人で、此処にいたポケモンを蹴散らしたという事だろう。或いは捕獲したのかもしれない。
「巣穴の中に入ります。 周囲の警戒をお願いします」
「この中にか?」
「はい。 幾つかの可能性がありますので」
「……分かった。 いいぜ。 仕事だしな、俺に決定権はねえ」
メロコさんは口調こそぶっきらぼうだが、大まじめに仕事をする。
絵を描きたいと言う夢と同時に。
きちんと未来を見据えた行動をする事の大事さは、理解もできているのだろう。
或いはだけれども。
スター団として一年以上、無為に過ごして。
それで思うところもあったのかも知れなかった。
ミライドンも展開して、周りを警戒する。
ミライドンは首を伸ばして、周囲を見ている。スンスンと鼻を鳴らしている。この様子は、多分予想通りだ。
巣穴の奧はかなり広くて、此処に住み着いていたポケモンが強大だったことを簡単に悟らせる。
此処を単騎で落としたトレーナーの実力は確かだが。
問題は、其処じゃない。
奧に出向くと、やっぱりだ。
殆ど、そのままになっていた。
巣穴の主は、基本的にため込む習性がある。その辺に落ちていたものや。自分で宝と思って集めて来たもの。
きらきらと光っているものが幾つか。
これらは経験飴。
食べさせることで、ポケモンを強化出来るものだ。人間が食べても、ある程度の効果はあるらしい。
「なんだ。 光り物か」
「ある意味ではそうですね。 此処の巣穴の主を倒した人は、多分ポケモンにしか興味が無かったんです。 多分、海外から来たトレーナーでしょう」
「戦闘が大好きなタイプか、それとも武者修行をしているような奴か」
「その双方かもしれないですね」
ネモさんの事を思い浮かべるが。
ちょっとこの巣穴を攻略した人は、色々見境がないなと呆れてしまう。
強いポケモンを手に入れて、それで嬉しくなったのか。ストイックに、ものには興味は無いと思ったのか。
別に後者は良い。
物欲があまりない人は確かにいるし。それは別に悪い事でもなんでもないのだから。
でも、これはちょっとばかり問題だ。
ポケモンが蓄えるものには、相応の理由がある。
単にそれが好みのものだったら、それはべつにいい。だいたいの場合、そのポケモンにしか意味がないものだ。
此処には経験飴を含めた実用的な品。
つまり巣穴の主が、自分の身を守るために集めていたものが散らばっている。
それを見て、なんとも思わなかったのだとしたら。
更にだ。
「アギャス! ギャス!」
ミライドンが呼んでいる。
頷くと、即座にそっちにいく。
奥の方には、見間違えようがない。輝く植物が生えていた。
まだそれほど成長していないというか、何度も食い千切られた跡がある。間違いない。
秘伝スパイスだ。
此処に根付いた秘伝スパイスを食べて、此処の巣穴の主は大きくなった。
それだけじゃない。
巣穴の主だけがいなくなって。
此処には経験飴や秘伝スパイスが残されたと言う事だ。
つまりその結果が、あの巨大ミミズズ。
それもあのミミズズ。
新しい巣穴の主にならずに。更に周囲を探索していたとみていい。ひょっとしてだけれども。
トレーナーが巣穴の主を退治するのを見ていて。
それで巣穴に興味を持って、たまたま秘伝スパイスを口にしたのか。
そうでないとすると。
「ひょっとしてトレーナーが、いらないと判断してあのミミズズを捨てやがったのか?」
「……」
可能性は否定出来ない。
警戒しながら、巣穴を出る。いずれにしても、この巣穴は差し押さえなければならない。
すぐにトップに連絡。専門家を寄越して貰う。
この周囲にも、秘伝スパイスが拡散している可能性がある。
対処の必要あり。
そう連絡を終えると、足下に震動。
そうだよな。
一匹で収まるとは思えない。
どっと、雪をかき分けて、数匹のミミズズが姿を見せる。いずれもが三m以上はある。長い生物だから、この程度の長さだったらそれほど驚異にはならないけれども。それでも相手はポケモンだ。
即座に応戦に掛かる。
メロコさんは、うんざりした様子でぼやいた。
「この様子だと、辺りはミミズズだらけだったりしてな!」
「一人も逃さないください。 私も努力します」
「ああ、分かってる!」
手持ちに全力で戦わせて、姿を見せたミミズズを即座に薙ぎ払う。だけれども、案の定だ。
次々にミミズズが姿を見せる。
これは、この巣穴に余程の数のミミズズを廃棄したのか。
それとも別の理由か。
あの大型化した個体が繁殖したのかも知れない。秘伝スパイスは、ポケモンの力を活性化させるのだ。
しばらく無心に戦う。三十匹を越えた辺りから、倒したミミズズを数えるのは止める。次から次に集まってくる。
それほど好戦的なポケモンではないのに。
なんというか、必死の様子だ。
雪に適応しているミミズズというのは、かなり珍しいが。
今は珍しいだけかも知れない。
ポケモンはリージョンフォームなんていって、その土地に適応した亜種がたくさんいる。良い例だと狐のような姿をしたロコンだ。このポケモンは炎を扱うスペシャリストなのだが。なんと寒さに適応してタイプががらりと変わった亜種が存在している。
真逆のタイプにすら適応するのだ。
ミミズズが、ここに適応したら。
環境が乱されて。安定するまで、随分時間が掛かるだろう。
ヘリの音が聞こえる。
トップが派遣してきた、専門の駆除チームだろう。数人のベテランらしいトレーナーが、ヘリから矢継ぎ早に降りて来て。
炎タイプのポケモンを展開。
雪原を、一気に薙ぎ払い始めた。
あぶり出されてきたミミズズだけではなく、他のポケモンがあわてて逃げ出す。此処に住み着いているポケモンには悪いが、とにかく退治するしかない。
最後にヘリから来たのはクラベル校長だ。そのまま、颯爽とヘリから飛び降りる。なんというか、頑健極まりない。
「お待たせしました」
「校長!?」
「アオイさん、メロコさん、まずはミミズズの駆逐をしましょう。 この地点に住み着いていていいポケモンではありません」
メロコさんが、私と背後をそれぞれ護りながら問う。
不信感が、露骨に溢れていた。
「なあ校長。 このミミズズども、倒した後は殺すのか?」
「メロコさん?」
「生態系を乱したかも知れないが、此奴らはただの畜生よりは人間に近いはずだ。 それもこの数、多分これは人間が持ち込んだ筈だ」
「……大丈夫、悪いようにはしませんよ。 とにかく今は、戦いを終わらせましょう」
クラベル校長については、メロコさんも信頼があるようだ。
すぐに戦闘に復帰して、まだまだ出てくるミミズズを倒す。
三時間ほどの戦闘で。周囲は静かになった。
ミミズズをまとめてモンスターボールに格納して。全てクラベル校長に引き渡す。最終的に、数は120に達していた。
巣穴についても説明する。
秘伝スパイスだけではなく、内部にはポケモンだけを倒した形跡があった話をすると。クラベル校長は大きなため息をついた。
「そうでしたか。 パルデアに観光に来た、それなりに力のあるトレーナーなのかもしれませんね」
「やはりマナーが悪い人はいるんですか?」
「ポケモンバトルはどうしても才能の絡む世界です。 どれほどの悪人でも、いい加減な性格でも、強い人は強い。 中には、求道者ぶって目の前が見えていない人や、強さに溺れてポケモンを道具のように使い潰す人もいます」
奧に案内すると、秘伝スパイスを見せる。
クラベル校長は、頷くとすぐに手慣れた手つきで採取を開始。
更には、あったもの全てを調査班と一緒に回収して。更に巣穴の消毒までしていく。巣穴を徹底的に掃除した後は、大火力を出せるポケモンを展開。
巣穴の奧に総力での攻撃を叩き込み。
巣穴を崩落させていた。
更に、クラベル校長からトップに連絡を入れている。
かなり険しい表情で。いつもの穏やかで紳士的な校長からは、信じられないくらい口調も厳しかった。
「観光業に力を入れるのは結構ですが、トレーナーには今後厳しく行動の監視と事前の説明をお願いします。 他の地域でも、外来種をばらまいて平然としているトレーナーがいるそうですが、それと同様の行為です。 ええ、お願いしますよ」
「なんだか普段と全く雰囲気が違うな」
「クラベル校長、優しい人ですけれど。 多分怒るときは、誰に対しても怒れるんだと思います」
「そうか。 それは……立派だな」
ほどなくして、全ての作業が完了。
辺りの調査を終えたチームが、先に帰還していく。既に空は曇っていた。雪山ではよくあることだ。
ヘリで先にクラベル校長が戻る。
出る前に、メロコさんに話をしていく。
「捕獲したミミズズは、しばらくはアカデミー管轄の保護区で世話をして、以降は専門のトレーナーの手持ちになるでしょう」
「野に返したりはしないのか」
「それは最悪の手段です。 この雪山に適応しかけていたミミズズは、人間の手で生態をねじ曲げられたも同じ。 ならば、人間が最後まで面倒を見るのが、筋というものになります」
「そうか……分かった」
頷くと、クラベル校長はヘリで先に行く。
それを、じっとメロコさんは見送っていた。
山を下りて、麓にある街で夕食にする。タクシーで移動している最中に雪が降り始めて、もう雪山は完全に吹雪に閉ざされていた。
これが山の怖いところだ。
後は、何度か調査班が巡回して。取りこぼしのミミズズがいないか確認するそうである。
しっかりアフターケアまでやってくれる。
それで充分すぎる位だろう。
軽くレストランで食事にする。この地方のレストランは基本的に安いお店が多い。郷土料理と呼べるものもあるのだが。
今はそういうものよりも、サンドイッチなどのパン食が多かった。
他にもパスタやカレーなど、他地方で好まれる食事もレストランではメニューとして多く並んでいる。
奢ろうかと言ったけれど。
メロコさんは、今回は給金も入るし、割り勘でと言い切った。
それはそれで考え方の一つだ。
私は頷いて、普通のお値段の店に入る。あまりこういう店で食べる経験はないので。美味しいかは賭けになるが。
幸い、普通に美味しいお店だった。
無言で食事にする。
メロコさんはかなり几帳面にナイフとフォークを使っている。育ちが良いんだなと私は内心で思った。
私も一応ナイフとフォークはそれなりに使えるけれども、人間社会で生きていくために仕込まれた付け焼き刃だ。
それにスクールでの教育課程で頭に直接叩き込まれた内容でもある。
今の時代は、余程の事でもない限り、誰でも出来ると言う事だ。
ただメロコさんは、それ以上に何かしらの教育を受けている節がある。
ひょっとするとだけれども。何かしらの理由があるのかも知れない。
「クラベルのおっさんは信用できるけど、そうじゃない場合もあるんだろ。 アオイ、そういうときはどうしているんだ」
「……そういう事がないように、私は社会的地位を得るつもりです」
「色々お前なりに考えてるんだな」
「ええ」
私の事情は話さない。
話すべきだったらそうする。
だけれども、自慢して話すようなことでもない。
ただ、私は社長を目指している。それは周囲が知っていてもいい。それだけの話なのである。
おなかいっぱいになるまで食べて、それでもそこそこの料金だったのでいい店だ。
この店の事は、後で周りに拡散しよう。
そのまま、店を出ると、タクシーでアカデミーまで戻る。メロコさんも、スター団時代はアジトで寝泊まりしていたらしいのだけれども。
今はアカデミーの自室と半々。少しずつ、自室での生活の割合を増やしているそうだ。
夜になっても、アカデミーは灯りが点っている。
夜中に授業をやっているものもある。それ以外にも、研究棟はいつの時間帯も灯りがついている。
なんでも研究関連は、シフトで回しているらしい。
ただこれも、あまり体に良くないと言う事で、トップが主導して少しずつ日中での仕事主体に移行しているそうだ。
ただ今は、まだ終わらせられない研究が幾つもあって。
即座にシフトでの仕事を終わらせると、大きな困難を招く。
ただし、シフトでの仕事をして昼夜逆転の生活が続くと、自律神経を壊して復帰まで十年単位で時間が掛かるとも言う。
トップは、以前それについて言及して。
それは避けるような法整備をするべきかとぼやいていた。
アカデミー前で解散とする。
メロコさんは、ぼんやりアカデミーの灯りを見上げていた。
「なあアオイ」
「なんですか」
「これからまだ勉強したりするのか?」
「いえ、今日はもうお風呂に入ったら休みます」
これは本当だ。というよりも、嘘をつく理由がない。
大きなため息をつくメロコさん。
「そうか、そうだろうな……」
「?」
「いや、なんでもない。 じゃあな。 明日も頼むぜ」
片手を上げると、メロコさんはアカデミーに消える。
なにか、いいたいことでもあったのだろうか。いずれにしても、今の情報だけでは判断できない。
私は、自室に戻る事にする。
風呂に入って、報告書を上げる。よくしたもので、クラベル校長は既に報告書を上げているようだった。
それで丁度寝る時間になる。
時間通りに、上手くやれたな。
満足。
ただ、この満足を他人に押しつけてはいけない。あくまで自律のためにやる。そう、ユウリお姉ちゃんはいっていたな。
そう、私は自分に対して、言い聞かせ直していた。
3、過去の精算
シュウメイさんとオルティガさんは、完全に勉強の遅れを取り戻していた。
メロコさんももう少しで遅れを取り戻せる。
私はその間、せっせとチャンプとしての仕事と、学業を進める。
半年分くらいの余分は作っておきたい。
そうしないと、いつ大きな仕事があるか分からないからだ。
それに、病気になったり、大けがをしたりするかも知れない。人生、いつ何があってもおかしくないのである。
二年度の中間試験を受け始める。
どれもそれほど難しいものはない。きちんと勉強を理解しておけば、である。
アカデミーは、生きていくための学問を得る場所にシフトしている。
各地にある「名門校」などでは、閉鎖的な学風の中で、上下関係を叩き込む事だけに終始しているような場所もある。
そういう場所ではいわゆる裏口入学が横行し。
更には、子供の時点で大人顔負けの陰謀と暗闘が横行するとか。
スクールでは、今は催眠学習が行われるようになって。そういったばかげたことはなくなったのだが。
ハイキャリアを積むためにいくアカデミーでは。
いまだにそういうばかげたことが横行している場所が存在している。
クラベル校長を、全土に配備してほしいくらいだ。
そんな学校は、片っ端から根こそぎに改革してほしい。
ただ、私はもうチャンプで、トップから幾つか起業についての約束を取り付けている状況だ。
他人任せでは無く、自分でできる事は既にかなり増えてきている。
自分でやる事を、想定しなければならないだろう。
中間試験を幾つか突破して、それで全てで合格点を貰う。
とりあえず、これはよし。
メロコさんの様子を見に行く。
最近はシュウメイさんもオルティガさんも遅れが取り戻せた事もあって、ビワさんと半々くらいの頻度でメロコさんの勉強につきあっていた。
最近は、メロコさんは自発的に単位を取って、ジムリーダーになるための努力を熱心にやっている。
すごいなと感心すると同時に。
負けていられないとも思うのだった。
そういう状況だから、メロコさんに教えられないことも増えてくる。ただ、問題を見せてもらうと、分かる事もあるし。
分からない場合は、調べてアドバイスはできる。
それを、メロコさんはとても有り難いというのだった。
「どうにも俺はITだのいうのが苦手でな。 検索で正解を引っ張り出す力はあまりないんだよな」
「嘘が多いですしね」
「そうだな。 昔っからネットはそうだったんだろ」
苦笑い。
実の所、ネットが嘘だらけだったのではない。いわゆるマスメディアが嘘まみれだったのだ。
それが可視化されるようになったのが、ネットの出現。
ただそのネットも、何度も変革期を迎えているらしく。今世界に張り巡らされているネットでは、かなり嘘の情報を効率的に弾くようにできているそうである。
「ボタンさんと色々話してみますか? コツが分かるかも知れないですよ」
「マジボスはピーニャと同じで、頭が良すぎて俺とは話が成立しねえんだよ。 裏技を教えてはくれるが、理屈がわからねえし、それじゃあ意味がねえ」
「今は、とにかくできる事を増やしてみては」
「……それもそうかもな」
伸びをするメロコさん。
前は私を露骨に警戒していて、隙を見せるような行動は一切取らなかったのだけれども。
多少は気を許してくれただろうか。
この教室も、嫌がる様子はなくなった。
それに、メロコさんはスター団の団員を力で、とはいえ統率していたのだ。
実の所、リーダーとしての適性は充分にあるだろう。
メロコさんの所もそうだが、スター団アジトでの対集団戦はとても勉強になった。敵の数が多いと、こんな風に仕掛けて来るのか。そう思って、対処に色々工夫の幅ができるようになった。
こうやって、私も自分で応用を身に付けていかなければならない。
ユウリお姉ちゃんが、基礎は教えたから、応用は自分でやるようにといっていた意味がよく分かる。
基礎以上の事を教えすぎると、どうしても応用が疎かになるのだ。
「これ、分かるか?」
「ええと、ジムリーダーへの挑戦権獲得試験の内容ですね」
「そうだ。 どうにもぴんと来なくてな」
メロコさんが狙っているのは、炎タイプジムのリーダーだ。そしてどうもトップの話によると、メロコさんの戦闘する様子は既に炎タイプジムのリーダーも見ていて。年老いたリーダーは、それを見て気に入っているそうだ。
つまり、試験を突破すれば、すんなりとジムリーダーへの道が開ける可能性が高い。
それだけではない。
草タイプのジムリーダーにコルサさんという人がいる。
芸術は爆発だという言葉があるらしいが。
その言葉通りに、爆発するような個性を持つ変わった人である。
コルサさんはジムを自分の芸術で固めていて、時々アカデミーにも臨時講師として呼ばれてくる。
似たような副業を持つハッサク先生とは旧知の仲で、親友でもあるそうだ。
このコルサさんが、どうもメロコさんに興味を持っているらしい。
自分の所に来れば、弟子入りも受けつけるという話をしているそうだが。
ただ問題は、メロコさんがそれをよしとするかどうかだ。
メロコさんの性格からして、弟子に入れといわれて、はいと応えるかどうか。
いずれにしても、時期を見てクラベル校長から話すそうだが。
兎も角少しずつ、メロコさんの道は開けてきている。
それを直接本人に言えないのがもどかしい。
いずれにしても、見せてもらった問題は、どうにでもできる内容だった。解き方のヒントを教えると。
じっと私を見て。
そうかと呟いて、黙々と取り組み始めるメロコさん。
すっかり不登校でストリートギャングになりかけていた頃の荒れていたメロコさんはいない。
今のメロコさんは、未来に向けて頑張っている人だ。
それに、メロコさん達スター団は。虐めを行っていたギャング同然の連中に、暴力でやり返したりはしなかった。
自衛のために武装はしたけれど、それを使うことは最後までなかったのだ。
それだけでも、何万倍もメロコさん達の方が立派だ。
「よし、これでどうだ。 見てくれ」
「凄いですね。 私はそれとなく解き方を言っただけなのに、正解です」
「なんとなく分かるようになってきた。 というか、俺がわかる程度にお前が上手にかみ砕いてくれたおかげだな」
でも、やっぱりメロコさんはくすりとも笑わない。
それが、心の傷の深さを思わせる。
いや、違うのかも知れない。
ただメロコさんは、単純に心の表現が、下手なだけかも知れなかった。
メロコさんとともに、またチャンプの仕事をしに行く。今日も強力なポケモンへの対処である。
ネモさんも、似たような仕事をしているらしいが。
私はそれよりも、もう少しグレードが落ちる仕事を任されている。
ネモさんは趣味と実益がぴったり一致している。
何しろ戦いが大好きだからだ。
私の場合は、パルデアを全て知るために、彼方此方を回るように指示されているというべきだろうか。
今日は、パルデアの一角。
昔、露天掘りで鉱山をしていた場所に来ていた。もうまるごと山がなくなっていて、辺りは雨が降ると水が溜まるような大きな穴だらけ。それらにはフェンスが張られていたり。
ポンプがおかれていたりして。
とにかく、事故を避けるための防備が、何重にも張り巡らされていた。
これだったら一度埋めてしまった方が良いように思う。パルデアは鉱物資源の類は、殆ど掘り尽くされてしまっていると聞いている。
元々鉱物資源がしょっぱいから、テラスタルに舵を切ったという経緯もあるのだ。
故に今は、この辺りは殆ど放置されているか。山師がたまにうろついているような危険地帯。
あまり子供だけで来る事は勧められない。
こう言う場所だから、自衛力のある私が回されたのだろう。
それはメロコさんも同じだ。
「視線を感じるな。 それも人間のだ」
「気をつけてください。 襲ってくる可能性もありますから」
「お前がそれをいうか? むしろ襲ってきた奴の命が心配だが」
「私より強い人なんて、幾らでもいます」
これは本当だ。
ユウリお姉ちゃんに見せられたが、本物の達人となると私なんかとは次元が違う強さを持っている。
頂点にいる「カントーの彼」なんかはその最たるものだが。
あの人ほどでなくとも、とんでもない化け物じみた力を持っている人間は、この世界にどれだけでもいるのだ。
だから油断は絶対にしない。
ただそれだけの話である。
この辺りで、大きなポケモンの目撃報告がある。以前倒した「主」もこの近くに住み着いていた。
一応何度か遠征隊を組んで、秘伝スパイスの取りこぼしがないか調査はしたのだけれども。
大きなポケモンの目撃報告となると、まだ取りこぼしがあったのかも知れない。
生物というのは、一度定着すると駆逐が大変なのだ。
特に植物はその傾向が強い。大穴由来となればなおさらだろう。
周囲を警戒しながら歩く。
廃棄されたトラックの荷台に水が溜まっていて、ボウフラがたくさん湧いていた。溜息をつくと、先に連絡を入れてレッカーでの運び出しを依頼。
この辺りにもまだ生きている駐在所とかはあるので、そこから手配して貰うことになる。手が回らないようだったら、私の手持ちの力持ちなポケモンで対応する事になるだろう。
他にも、本来だったら落ちていたらまずいものが幾つもある。
分厚い靴を履いてきて良かったと思った。
注射器が落ちている。
何に使ったのかは、あまり考えたくなかった。
「ちっ。 この辺り、下衆い連中がウヨウヨいるみてえだな」
「直接触らないでください。 どんな病気になるか分かったものじゃありません」
「ああ、そうだろうよ」
「……此処だけの話、アカデミーから逃げ出した不良達の一部は、此処をたまり場にしていて。 後日まとめて逮捕されたそうです。 違法薬物を使っていた者もいたとか」
ゴミが。
そうメロコさんが吐き捨てた。
その瞬間。
私は動く。
メロコさんの死角から飛び出してきた、髪を振り乱した女を、無言で地面に叩き付けて制圧する。
女はガリガリにやせ細っていて、手にナイフ。手を石に叩き付けて、ナイフを取り落とさせる。
ケダモノ同然の悲鳴を上げる女。
メロコさんは、驚きの声を上げていた。
「おまえ……」
「メ、メロコ、メロコだな、メロコ……!」
メロコさんが、後ずさる。
私は即座にハラバリーを出す。電気を蓄えたり放出したりするのが得意な、丸っこいポケモンだ。
持久戦に特化していて、その気になれば火力も出せる強力なポケモンである。そのまま、ハラバリーに電撃を叩き込ませる。私ごとでいい。
私は、ちょっとやそっとの電気なら平気だ。
以前大穴の下で二匹目のミライドンにやられてから鍛えた。
電撃を浴びて、人間とは思えない凄まじい悲鳴を上げると、女は動かなくなった。
纏っている衣服の残骸といい、もはやホームレスより哀れな姿だった。
「知り合いですか?」
「俺のクラスで、スクールカーストのトップを気取っていやがった女だ。 あの時、まとめて追い出した。 その後身を持ち崩したって聞いていたが……」
女の手には、注射の痕がたくさん。
この手の輩は、私はこの世で一番嫌いだ。
私の血縁上の母親が、この手の輩だったからだ。だから、許す理由は一つも無い。
渡されている手錠を掛ける。
ただ、手錠を掛けて逮捕するのには、幾つも後で書類を書かなければならないし。相応の理由も必要になる。
メロコさんの証言だけだと厳しいか。手錠を掛けて動きを封じた後、体についている幾つかの跡を撮影しておく。
「それにしてもお前、電気浴びて平気なのか」
「以前電気で酷い目にあったので、鍛えました」
「そういう問題かよ……非常識すぎるだろ」
「いや、まだまだですよ」
伝説の「カントーの彼」などは、電気ねずみポケモンであるピカチュウの放つ十万ボルトの電撃を受けて、平然と笑っていたとか。むしろそれでピカチュウの体調を測っていたとかいう話もある。
これくらいできないと、今後やっていけないだろう。
警察がすぐに来ると連絡をしてきた。
だが、どうやら、悠長に待ってもいられないようだった。
「話通り来やがったぜ……」
「メロコだな。 忘れてもいないぞ……!」
メロコさんが顔を上げる。
周囲から、何人かのいかにもな奴が姿を見せる。
間違いない。
この女と同じ。
アカデミーから追い出された連中の末路だろう。完全にホームレスになり、更にはそれ以下に落ちたという事だ。
そいつらがつれている、大きな熊のポケモン、ガチグマ。
ヒグマと遜色ない体格を持つ、非常に巨大で戦闘力の高いポケモンだ。しかもポケモンなので、本家ヒグマなどとは戦闘力の観点で比較にもならない。
明らかに捕まえただけの様子で、制御出来ている様子もない。
「捕獲免許を取った上でその子を捕まえたんですか?」
「そんなもん知るかよ! 最近そいつが最年少チャンプとやらのてめーと行動しているって聞いて待っていたんだよ! チャンプが来るような仕事を作れば、出てくるって思ってなあ!」
「俺たちはなあ、そのまま行けばロケット団で幹部待遇で迎えて貰える筈だったんだ! こんなクソ田舎じゃなくて、都会の地方で金を浴びるほど手に入れて、雑魚共を踏みにじって金を巻き上げて笑って暮らせる筈だったんだ! それがてめえらのせいで全部台無しだ! どうしてくれる!」
「クズが」
メロコさんが、自分勝手極まりない寝言をほざくバカ共に吐き捨てる。
今のメロコさんは、みんなで身を寄せ合わなければ、身を守れなかった非力な子供ではない。
手持ちを展開するメロコさん。
特にエースであるグレンアルマは、メロコさんの怒りを反映するように、炎を燃え上がらせていた。
敵の数は十人程度か。
いずれも図体だけの劣悪なポケモンと、銃火器を装備している。かなり安物の銃火器だが、それでも撃たれれば普通の人間は死ぬ。
ただし、当たればだ。
いずれにしても、この様子では、正当防衛するしかないだろう。
私は呼吸を整えると、メロコさんと頷きあう。
容赦は、必要ない。
たんと地面を蹴る。
リーダーらしいガタイの奴の、至近に間合いを侵略。ポケモンを使うよりも、対人戦を慣れた方が良い。そう思うから、今回はガチンコで行く。
練りこんだ気を、蹴りとともに叩き込む。
百sくらいはありそうだった男が、弧を描いて飛んだ。廃車に突っ込んで、動かなくなる。呆然とする与太者どもに、続けて躍りかかる。一人ずつ、一撃で沈めていく。
パニックになる与太者ども。
銃火器で脅せばそれでどうにでもなる相手しか見た事がなかったのだろう。
ポケモンが世界に溢れるようになってから、超越的な身体能力の人間は普通にいるようになったし。
超能力だって解析されて、既に科学になっている。
拳銃で味方を撃とうとしたバカがいたので、手を掴んで空を撃たせる。ひっと悲鳴を上げる与太者。
ガタガタとふるえる拳銃。私が少し力を入れると、腕の骨に軋みが入ったのが分かった。
じっと見上げる。
背丈は私より頭一つ大きい。
昔の人間だったら、絶対勝てない相手だった筈だ。
だけれども、今の時代は違う。
私は踏み込むと、顎を平手で跳ね上げる。それだけで、そいつは白目を剥いて地面に崩れ臥した。
「ば、化け物っ!」
「丸腰相手に、ハジキ持ち出す方がよっぽど化け物だろうがっ!」
私はそうほざいた奴の顔面を蹴り砕く。
元々大したポケモンもいない。
その時には、殆どメロコさんの手持ちが、ガチグマ含む敵のポケモンを制圧し終えていた。
最後の一人。
明らかに危険な薬物を入れている男が、私を見て小便を漏らしながら、逃げようとする。
笑わない。
軽蔑するだけだ。
メロコさんが、先に前に回り込む。其奴はナイフを持って、メロコさんに叫ぶ。
「く、来るなっ! 刺すぞ!」
「……」
グレンアルマが前に出る。本気で怒っているのが分かる。
虐めをする人間なんて、こんな連中だ。
こんなゴミクズの集まりだ。
それが昔は、虐めを受ける方が悪いとか言う奇論が幅を利かせていたという。
どうしようもない。
人間は、今もあまり賢い生き物とは言えないと私は思う。だけれども、ポケモンがいない時代は、もっと酷かったのだろう。
それこそ、此奴らが普通であるくらいには。
「メロコさん。 死なない程度に」
「分かってる。 こいつ、覚えてる。 オルティガを虐めていた奴だ。 会社での立場が上だのどうだのでな。 アカデミーでのスキャンダルが発覚してから、会社を親が首になって、もろとも何処かに消えたとか聞いたけどな。 こんなになっていたんだな」
「お、お前達のせいだ! 全部お前達の!」
「もうくだらなすぎて喋る気にもならねえよ。 アオイ、任せる。 俺はこんな奴、見ているのも嫌だ」
溜息。
まあ、チャンプである私の仕事になるか。
無音で最後の一人の後ろ至近に。
そして、腕を捻り上げながら、放り投げていた。
頭から落ちないように加減はしたが、それでも一撃で伸びた。受け身すら知らないようだった。
すぐにトップに連絡。
軽火器とはいえ武装して、しかもこの人数で襲ってきた。ちょっとした悪の組織並みの悪辣さだ。知らせておいた方が良い。
ユウリお姉ちゃんから聞いている所によると、小規模な悪の組織というのは殆どポケモンを用いての迷惑行為を行う程度のことしかせず。
武装だのしているケースは滅多にないという。
そういう組織はポケモンバトルで分からせて、それでおしまいにするのが基本だそうだ。
此奴らは、違法薬物を入れ。
更には銃火器で人間を殺すことを想定していた。
明らかに一線を越えた。
警察に突きだして、以降は牢屋の中だろう。
警察がやっと到着。流石にこの場所になると、人数を揃えるのが大変だったのだろう。
パルデアの警察はそれほど規模が大きくないが、評判そのものはいい。すぐに倒れている与太者どもを捕まえて、しょっ引いていった。
年配の警部らしい人に敬礼される。
「噂通りの手際ですな、チャンプアオイ。 最年少でチャンプになっただけの事はある」
「ありがとうございます。 この人達の背後には、恐らく反社会団体もいると思いますので、しっかり逮捕してください」
「分かりました。 二年くらい前にアカデミーで騒ぎがあったとは聞いていましたが、たったそれだけの期間でここまで身を持ち崩すとは……」
髭を蓄えた貫禄のある警部さんは、呆れた様子で与太者どもをしょっ引いていく。
これで、此奴らは終わりだ。
問題は此奴らの背後にいる連中だけれども。
それについても、面倒な相手なら国際警察が動く。
一応お父さんとお母さんに連絡を入れておく。既にチャンプになってから、国際警察との窓口として、二人とは連携するようになっていた。
一通り連絡が終わった後、メロコさんの様子に気付く。
ぼんやりと、つれて行かれる与太者どもを見やっていた。
声を掛ける。
メロコさんは、大きな溜息をついていた。
「俺たちも、一歩間違えばああなっていたんだよな」
「スター団の問題に、クラベル校長が真摯に向き合わなければ、ひょっとしたらそうなっていた可能性も小さくは無いと思います」
「そうか……。 世の中、色々だな」
「でも、ボタンさんが早くからスター団の異変に気付いていました。 きっとなんとかなったと思います」
ああと、メロコさんは言う。
顔は見られなかった。何というか、踏み込んでは行けない場所だと思ったからだ。
そのまま、無言でアカデミーに戻る。
こういった荒事もチャンプの仕事だ。
ネモさんも、結構この手の相手と戦う事はあるらしい。とはいっても、ネモさんはポケモンを使うのが基本らしいけれど。
帰路でも、メロコさんは何も言わなかった。
やっぱり、この人の沈黙は、見た目とは違う意味なのでは無いのかなと私は思った。
4、灯火
他人と何もかも一緒であることが大事だとは思わない。私は最初から何もかも違うから、それは強く感じていた。
メロコさんが、二年になってからの選択科目で、ジムリーダーになるために必須のものを受けるという。かなり本気で勉強しているらしいので、皆で手伝う事になった。
メロコさんは、苦手だつらいとぼやきながらも、それでも机に真面目に向かっている。
茶化す事なんて、絶対に出来ない。
私も、今後はジムリーダーの代役を務めることがあるかも知れないと、トップに言われている。
だから、最近は同じ勉強をしてもいた。
更には、ビワさんは明確に格闘ジムのリーダーとして、嘱望されているという。
パルデアの格闘ジムは長い事あまり強くないことで有名だったから、スター団内で師範を務めていたビワさんという逸材はトップも見逃せないのだろう。
ビワさんと一緒に、メロコさんも勉強しているようだった。
今日は私が勉強を一緒に見る。
だいじょうぶ。
私の分の勉強は終わっているし、むしろ復習にいい。人に教えるには三倍の知識がいるとか聞くが。
教えられないと言う事は、ギリギリしか知らないと言う事だ。
そういう状態を、今後は避けなければならない。
ただ強いだけのチャンプでは、あまり意味がない。
何でもできる事を求めても潰れてしまうだろうが。
それでも得意分野に関しては、幅広い知識を今のうちから得ておかなければならなかった。
机に向かいながら、一緒に勉強する。
となりでメロコさんがぼやいていた。
「はー。 実戦やりてえなあ」
「最近はポケモンバトルにも熱心に取り組んでいるんですね」
「ああ。 どっかで燃えッカスになってた事は俺も分かってる。 だけど、あのカスどもをぶちのめして過去も振り切れたし、今後は未来が明るいことも分かった。 だったら、また火をつけて、燃えッカスのままの自分ではなくなるだけだ」
すごいな。
一度心に傷がつくと、それは簡単に消えない。
私も良く知っている。
だからあの与太者どもをぶちのめして牢屋に送り。
結果として、虐めを受けていたという過去をすっきり清算出来たのは、とても大きかったのだろう。
スクールカーストを神聖視していた時代もあったらしいが。
そういう時代、スクールカースト上位にいた人間は人権屋になったり、モラルを完全に喪失した行動に走ったり。
見た目だけ繕って何もできない輩が偉そうに幅を利かせたりと。
論外の人間を社会に送り出すばかりだったという。
そんな時代は、もう終わったのだと。
あの何千年も時代遅れな連中を見ていて、私も良く理解出来た。それで私としても、充分だ。
「アオイ、これちょっとわからねえ。 教えてくれるか」
「はい。 見せてください」
「本当に積極的だな。 ここなんだが……」
「ああ、これはこの公式を使って……」
メロコさんは、覚えるのに本気だ。
だから、一度勉強したことは熱心に復習して、しっかりものにしてきている。
今では一夜漬けで高得点をとっているような生徒よりも、ずっと地力がついてきているはずだ。
それを考えると、今までの特訓は非常に大きな意味があったのだ。
「なるほどな、解けた。 これであってるか?」
「はい、花丸です」
「花丸か。 それは良かった」
「……」
メロコさんは、全く笑わないと思っていた。
だけれども、ビワさんと話してみて、ちょっと違うらしいと分かった。
どうやらメロコさんは、表情筋があんまり豊かではないらしい。
だからスター団時代は、恐ろしいメイクをして、周囲を威圧していたそうだ。
一部の劇では、メイクで表情を作る事があるらしいが。
似たような事をしていた、ということなのだろう。
乏しい表情を補うために。
表情筋はともかく、メロコさんだって感情はしっかりある事は、ここしばらく一緒に接してみてよく分かった。
それならば、それで充分はないか。
勉強終わり。メロコさんが授業を受けに行く。私はこれから、チャンプとしての仕事である。
どんどん荒事が増えてきている。
最年少チャンプは、超がつくほどの武闘派らしい。
そういう噂も流れているようだ。
警察と連携しての仕事も増えてきている。
もう法律的には私は大人に分類されるので、それもアリ。
むしろ私は、どんどん大人としての仕事をしていきたいと思っていた。
ヘリがアカデミーの屋上にあるヘリポートに来ていたので、乗り込む。
先に何人かの学者が乗り込んでいた。
この人達の護衛任務だ。
何回か大穴の最深部を再調査しているのだけれども。トップが再編制し、クラベル校長が見極めた人員が中心になって、調査を行っている。この人達は決してポケモンバトルが強い訳ではないので、私が護衛している。
以前の掃討戦で、タイムマシン「楽園」を通じ、未来から直接送り込まれてきた強力なポケモンはあらかた駆逐出来た。少なくとも大穴から出てくる事はないくらいには。
もっとも危険だった二匹目のミライドンも、タイムマシンの騒動が終わった時に捕獲して。以降はトップの所で保護観察を受けている。
非常に凶暴らしいが。もう暴れ出してもどうにでもできる。
それを察知しているのか、逃げだそうとはしないそうだ。
ヘリで移動しながら、スマホロトムを確認。
仕事のメールに混じって、メロコさんから連絡が来ていた。
「ジムリーダー試験をビワ姉が受けるそうだ。 流石ビワ姉だな」
「凄いですね。 三年の授業もかなり前倒しで受けていると聞いています」
「俺らの中で多分最初にアカデミーを卒業するのがビワ姉だろうな。 格闘ジムを再建したら、きっと好きなだけプロレスだってできる筈だぜ」
ビワさんは、プロレスが本当にすきだ。
恵まれた体格と身体能力もあるのだろうけれど。
格闘ジムで、プロレスを取り入れた試験を行うようにするのかも知れない。多分ビワさんの麾下にいたスター団団員も、かなりの数がジムトレーナーに就職すると見て良いだろう。
勿論、まだ試験を突破したわけではない。
だが、まだまだ時間はある。大丈夫の筈だ。
「俺も決めてる。 炎ジムのリーダーになる。 その後は、コルサのおっさんにしっかり絵を習うつもりだ」
「素敵ですね」
「夢がかなうかも知れねえ」
それは、本当に素敵なことだ。
夢を持つことを笑う人間もたくさんいる。
だけれども、メロコさんはやりきろうとしている。
もう彼女は、立派な一人の大人だ。
大きな挫折を乗り越えた。
そして、今はメロコさんを虐めていた連中なんて及びもつかない場所に行こうとしている。
誰もそれを止める事は出来ない。
古くにあった、虐められる方が悪いなどと言う風潮は、もう今の世の中にはない。
虐めをしていた連中が、相応の報いを受ける時代が来ている。
少なくともパルデアでは。
次の世代でも。
私とネモさんがいる限り、絶対に好き勝手はさせない。
私がいた心地いいアカデミーは、絶対に壊させはしない。
大穴の深部に降りる。
珍しいポケモンを探す学者もいるが、殆どがテラスタルのエネルギーを生み出すクリスタルのサンプルを調査しているようだ。
クリスタルの成長は、幸い止まっているようだが。
どうもここの更に地下に、何かあるのかも知れないと言う話を科学者がしていた。
これより深くとなると、本当に未知の世界だろう。
危険すぎて、この学者達をつれて行くのは厳しいかも知れない。
調査を四時間ほどして、その間の護衛を務める。手持ちを総動員して、学者達を護衛。学者達も、私の手持ちの実力を信頼してくれているのか。リラックスした様子で調査していた。
調査を終えて、アカデミーに戻る。
かなり勉強を前倒しでやっているので、近いうちに二年の期末を受けられるかも知れない。
学者達の雑談を右から左に聞き流しながら、スマホロトムの着信を確認する。
なんでも、林間学校と言う名目で、他の学校との交流行事があるそうだ。
私がそれに選抜されたらしい。
勿論ただの交流行事ではなく、何かもくろみがあるのだろう。
勉強は進んでいるから、特に問題も無い。
分かりましたと返信して、後はアカデミーに戻るまで、心身の休息に努める。
みんな、過去を振り切って未来にいこうとしている。
私も負けてはいられない。
根を下ろすと決めたこのパルデアが好きだから。
少なくとも、この土地に相応しいチャンプにならなければならなかった。
(終)
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