暗闇からの飛翔

 

序、学校までがとても遠い

 

グレープアカデミーの入学初日。

私、アオイは凄く疲れていた。

まだ学校に辿りついてもいないのに、色々な事が起こりすぎたからだ。

隣に住んでいたのは、ポケモンバトルに人生を捧げる気満々のバトルジャンキー、ネモさん。

私よりも四つくらい年上で、元々はスクールを卒業した後実家である大企業の重役となるべく、普通に働いていたらしい。

やがて基礎的な仕事をこなせるようになったので、アカデミーに入り。

重役への出世コースを行く事にしたらしかった。

そして、そのネモさんと最初のポケモンバトルをした。

ポケモンの手助けで、やっと「人」になれた私だ。

ポケモンの扱いは別に難しくもなかったし。

クラベル校長が最初に私にくれたホゲータというちいさなワニのようなポケモンは、私を嫌わないでくれた。

競技としてのポケモンバトルには、実の所それほど執着はなかったのだけれども。

それに文字通り全身全霊を尽くしているネモさんを見ると、私としても色々思うところはあった。

面白い話で、ネモさんは一目で分かったけれど、随分と体がちぐはぐだ。

瞬発力は凄いのだが、体力がとにかくない。

満遍なく人外の領域に達している私の恩人であるユウリお姉ちゃんとはその辺が随分違うけれど。

ユウリお姉ちゃんはなんというか、元々の出来とか、そもそもの生きてきた全てとかが普通の人と違うのだろう。

才覚で言えばユウリお姉ちゃん以上の人もいそうなのだけれども。

ユウリお姉ちゃんは、才覚がある上に、命の危険があるような努力でそれを磨きに磨いてきた。

だから銃火器で武装した犯罪組織を徒手空拳で制圧したりするくらい強い。

私の希望であこがれで。

目標だ。

ネモさんは、私にとても良くしてくれるけれど。

ただ、向いている視線が明らかに獲物を値踏みする猛獣のものなので。

私としては、時々笑顔がひきつる気分だった。

自衛用の戦力は整えているけれども。それでも、流石にユウリお姉ちゃんほど戦えるわけではないのだ。

明らかに自分を狙っている相手と接したら、それは怖い。

そして、ネモさんとポケモンの捕獲のイロハを教わっている時に、今手元にあるモンスターボールに入っている不可思議なポケモン。

機械で出来たトカゲみたいな姿をした、ミライドンと出会った。

この子はなんというか犬みたいな動作をするので、非常に人なつっこいとは感じるけれども。

はっきりいって戦闘には向いていない。

それは、見ていて分かった。

戦闘に対する苦手意識がにじみ出ているのだ。

超格下が相手なら、それでも追い払う事は出来る様なのだけれども。

あまり、無理はさせられない。

そのミライドンをボールに入れる過程で、会ったのがネモさんよりもう少し年上そうなペパーさん。

二年生で、年齢差もあって随分がっしりした人に見える。

随分と私に当たりが強いので、ちょっと苦手だ。

だけれども、其処まで嫌っているようには見えなかったし。

何か、理由があるのかも知れない。

そして、今。

私は途方に暮れていた。

階段の前で、私の影に隠れているのは、何だか気弱そうな同年代の女の子。

そして、私の前で騒いでいるのは。

スター団とか言う、アカデミーの不良集団らしかった。

不良といっても、私が見て来た本当に危険な大人とは雰囲気が全く違う。

まあ、ちょっと道を踏み外した程度の存在で、人を殺したり、実験材料にしたりするような連中ではない。

そういう相手だったら、頭のスイッチを切り替えて、そのまま全力で戦闘に持ち込んだのだけれども。

この相手に、それはしてはいけない。

今のお父さんとお母さんに、それらは繰り返し教わった。

ユウリお姉ちゃんに教わった戦闘技術は、文字通り相手を殺すためのものだ。必殺の技である。

今のアオイの実力も、人間を充分殺せるとも。

だから、その力は、必要な時以外は絶対に使うなと。

そう厳しく言われていた。

二人と血縁はないけれど。本当の両親だと思っている。だから、その言葉はきちんと聞く事にしている。

「そこの生意気な新入りちゃん!」

「は、はあ……」

「私がお星様にさせちゃうわ!」

「さいですか……」

星型のサングラスという何処で売っているんだといいたくなる代物を掛けているスター団とか言うものの団員にそう指さされて言われて。

私は困り果てながら。ホゲータをモンスターボールから出す。

今日は、随分と忙しいな。

そう思いながら。

 

ポケモンバトルを開始するアオイを見て、私ユウリは遠くから目を細めていた。八キロほど先からだが、このくらいの距離ならもう双眼鏡もいらない。鍛え方が違うからである。

アオイはアカデミーの初日から良い感じで密度の高い人生を送っている

それは素晴らしい事だと思う。

アオイが此処に入学する前に。ユウリはちょっと掃除をした。

グレープアカデミーは、一年少し前に、教師が全て総入れ替えという大スキャンダルを起こしている。

今の校長であるクラベルはとても評判が良いが、実はこの時に校長に赴任してきたまだ経歴が浅い人だ。

一応本人と軽く話をしてみたが、驚くほど真面目で立派な先生である。元々学者として大きな実績を残している人だが。優れた学者は、必ずしも人格者と限らない。

中には、悪の組織に荷担するような人もいる。

だから、調べて問題ない事を確認して。今、アオイを安心して見守っている。

昔掃除をしたとき、殆ど報道に出なかったのだが。

実はその時点のグレープアカデミーは、生徒の一部がマフィア化して、犯罪組織の根拠地になりかけていたのだ。

この時裏で動いていた犯罪組織は、広域ポケモンマフィアとして知られるロケット団。その末端。

ロケット団の幹部(かなりの下っ端だが)が教師、具体的には教頭として紛れ込んでおり。

生徒の一部を買収して、この土地の主軸であるアカデミーに根を張ろうとしていたのである。

元々このアカデミー、腐敗が激しく。優秀な卒業生を出す一方で、黒い噂が幾つもあった。

自分でロケット団の関与を確認した私は、それをぶっ潰そうかと思ったのだが。思わぬアクシデントが起きたのだ。

なんと生徒達の一部が自主的な自浄作用を働かせ。

ロケット団の息が掛かっていた、虐めという言葉で誤魔化しきれない度が越した行動をしていた生徒をまとめてアカデミーからたたき出したのである。

こんな事が起きるのは、私も初めて見た。

だから、それらについては関与しなかった。

私がしたのは、さっさと逃げ出したロケット団の幹部を捕まえたあと。お空に高い高いして、全部吐かせるくらい。

というか、私の名前を聞いただけでそいつはちびっていたので。

そこまでする必要は、全く無かったかもしれないが。

ただ私は、フレア団の残党を潰したときくらいから、悪の組織にはあまり加減ができなくなっている。

勿論ただの地元の半グレ程度だったら殺さずに済む程度の自制心はあるのだが。

ロケット団のような広域マフィアになると、明らかに確信犯で悪逆の限りを尽くしている。

そういう連中には、多少乱暴にもなるし。

それを、私と連携している国際警察も、黙認していた。

いずれにしても、今のアカデミーは過ごしやすい場所だ。

ロケット団の手下どもをアカデミーからたたき出した者達が、スター団とか名乗ってマフィアに片足を突っ込みかけているが。

別に略奪とか暴行とかするわけでもない。

単に肩で風を切って歩いているだけの連中だ。

既にクラベル校長が鎮圧に動いているようだし。

私がわざわざ動く必要もない。

それに、そのスター団の幹部と首領についても、既に私は誰か知っている。

その幹部達が、悪党とはほど遠い事も。

だから、私は不干渉だ。

丘の上で見守る。

アオイは今の所、ほぼ負け無しだ。

そもそも私以上に慎重な性格のアオイは、基本的に勝てる相手としか戦わない。隣の家にいるネモはポケモントレーナーとしてはこの地方のチャンプの一人(パルデアではチャンプは一人ではない)であり。実力も他地方のチャンプと遜色ないため、ポケモンバトルではアオイの遙か格上だが。それは命のやりとりを意味しない。

ポケモンバトルはあくまで競技。

命のやりとりで負けなければ、それでいいのである。

そしてアオイはそれの見極めができている。

また、学帽もしっかり被っている。

基本的に他人と違う所は見せるな。

頭にある大きな傷は、学帽と髪型でしっかり隠すように。

ちゃんと「両親」がそれを説明して、アオイもそれを守っている。

これならば、もう見守らなくても大丈夫だろう。

人の気配。

クラベル校長だ。私に気付いたと言うよりも、恐らくだが連絡が国際警察からあったのだろう。

私が一礼すると。クラベル校長は、既に老境に入っているのに健脚極まりない足で、丘を上がって来た。

パルデアは良くも悪くも開発が適切に進んでいて、人間はそれほど多くは無いが、自然豊かだ。

汚染されている地域も殆どなく、逆に交通の利便はポケモンを使った空輸タクシーなどに頼るしかない部分もある。

何より、パルデアの中心部にある「大穴」。

この地方の学者は、「大穴」にほぼ確実に関わり。その過程で過酷なフィールドワークを経験する。

だからフィールドワークをする学者は、殆どの場合頑健であるし。

それができなくなると、デスクワークに回る事が多い。

クラベルはフィールドワークの第一人者であり。

この地方の学者達を研究チームで率いて来た実績がある、文字通りの万能の人だった。

ポケモンバトルの技量も、チャンピオンクラスと遜色がないと聞いている。

身体能力は、私が知っている最強の老人……今でも現役であるマスタード先生ほどではないけれど。

それでも、多分その気になれば、素でアサルトライフルで武装した兵士くらいなら畳めるだろう。

なお、クラベルは一年少し前の事件については知らない。

これについては、国際警察がパルデアと話し合った結果。闇に葬ったからである。

こういうどうしようもない部分も改革したいが。

残念ながら、私の手が足りないのが事実だった。

国際警察もクリーンな組織とは言い難い。

ただ、それでも百倍も悪の組織よりマシだったが。

「ユウリさん。 此方に来ていたのですね」

「はい。 アオイの初日を一応確認しておきたくて」

「そうでしたか。 健やかで真面目な良い子ですねアオイさんは」

「面と向かって褒めると調子に乗るので、あまりそういう事は本人の前ではいわないようにお願いいたします」

頷くクラベル。

結構厳しい丘を上がって来たのに、汗一つ掻いていないのは流石だ。

守秘義務があるから、例の事件については話せない。

勿論クラベルもそれを知っているのだろう。

私にそれとなく聞き出そうとはしてくるが。あまりしつこく話を聞き出そうとはしてこなかった。

「パルデアは、穏やかな土地ですね」

「ありがとうございます。 ただ大穴でなにやら問題が起きているようで、それが心配ではありますが」

「フトゥー博士とは連絡が取れていないそうですね」

「ええ。 大穴の方では研究施設が事実上凍結されています。 既に最深部まで調査は終わっているとはいえ、それでもあの大穴にはまだまだ未踏の場所があるように思えてなりません。 何か災いが起こらないと良いのですが」

災いか。

人間が起こす災いが一番恐ろしいが。

それの次に危険なのが、伝説級や準伝説級と呼ばれる、神に等しい力をもったポケモン達だ。

多神教の神々のように、彼等は気まぐれで、人間のルールなど意に介さずに動く。

勿論話が分かる相手もいる。

だが、それとは別に、文字通りの自然災害そのものの存在や。

人を試す古い時代の神のような、上位存在もいる。

このパルデアにも、通称「四災」と言われる極めて危険な準伝説級のポケモンが潜んでいると言われていて。

今、アカデミーの学者達が研究を進めているそうだ。

それだけではない。

パルデアの中心にあく巨大な大穴。

それが、パルデアで主に発生する現象。

ポケモンの力を引き出す「テラスタル」の要因となっている可能性が高い。

テラスタルは今でこそ安定して、ポケモンバトルでも使われるくらいに広まってきているが。

しかしながら、その実体は未解明のエネルギーだ。

何が原因だか分からないし。

もしも何かしらの伝説のポケモンが絡んでいるのだとしたら。それこそ地方全てが灰燼と帰すような災害が起こりかねない。

平和で牧歌的に見えるパルデアも。

少し前には悪の組織が中枢を抑えかけていたわけだし。

決して惰眠をむさぼれるほどに、平和な地方とは言えないのだ。

「何かあった場合は、連絡をお願いします。 機密に抵触するようなことは話せませんが、力になれる範囲では力になります」

「ありがとうございます。 貴方ほどのポケモントレーナーがそう言ってくださると本当に心強い。 アオイさんは責任を持って私が預かります」

「よろしくお願いします」

今のアカデミーは、とても過ごしやすい場所だ。

それについては、見て確認している。

閉鎖的だった校風も、クラベルが来てから開放的になり。

ハイキャリアを積むのに最適な環境になっている。

このため、こぞって中年以上のハイキャリアを求める人も入学しており。その中には老人も見かけられる。

理想的な「大学」。アカデミーとしての姿になりつつある。

教師陣も、この地方のチャンピオンの一人であり、そのリーダーであるオモダカが集めて来た精鋭揃いで。

いずれもが、優れた人物であるのは、確認済みだ。

私はクラベルと別れると、手持ちのポケモンからアーマーガアを出す。

この地方にはデカヌチャンという天敵に当たるポケモンがいるのだが。この子は私が雛に等しい頃から育てて来た精鋭個体。生半可なデカヌチャン程度では、即座に返り討ちである。

足に掴まって、移動。

空港に向かう。

アオイに会えないのはちょっと寂しいけれど、過保護になるのは良くない事である。

あの子は、自分の足で、人生を歩き出した。

初日から色々なトラブルに巻き込まれて、疲れている様子だけれども。

その全てが、致命的なものではないことも確認した。

アオイは恐らくだが。

運命を引き寄せる体質の持ち主だ。

私も、それは同じ。

アオイは運命を引きつけて、それの中心になっていく。

それが、幼い頃は最悪の作用をした。

だけれども、今だったら。

逆に、その体質が。

きっと良い方向に、アオイの人生を彩ってくれる筈である。

空港まで移動すると。もう国際警察のエージェントが待っていた。

少し前に凶悪なカルト集団でもある悪の組織、プラズマ団の過激派残党を潰して廻っていたのだが。

今度はどうやらカントーの方でロケット団の幹部が何やら行動しているらしい。

ロケット団は伝説的なボスであるサカキが、これまた最強のトレーナーである「カントーの彼」に敗れて首領の座を降りたが。

その後釜を巡って何人かの元幹部が争いを続けており。

その結果、血を見る事態になる事も珍しくはなかった。

今回もそんな案件である。

「チャンプ、すぐにでも出立したく思いますが、いけますか」

「いつでもいけますよ」

「ありがたい。 現地では、少なくとも二百人以上のロケット団団員が潜伏して、破壊活動を続けています。 防衛に動いた国際警察や、地元のトレーナー達も苦戦している状況です」

「すぐに蹴散らします。 飛行機を出してください」

国際便で、カントーまでは12時間というところか。

今の時代の国際便は、衛星高度まで上がり、そこからの半分落下するようなことで速度を上げる。

様々なエネルギーが、それだけ飛行機を進歩させたのだ。

途中は眠っていく事になるだろう。

たまに衛星高度にいるポケモンが飛行機に興味を持って近づいてくる事もあるようだが。私は今の所、それを見た事はない。

飛行機に乗ると、後は眠りに身を任せる。

アオイは、きっと上手くやれる。

そう考えながら。

 

1、とても忙しい日

 

アカデミーは、いわゆる学校の城下町まで抱えている巨大なもので、見ていて凄いなあと思った。

私アオイは、ずっと暗い部屋で暮らしていたし。

そこから出られるようになった後も、ガラル地方にすぐ移動して。そこでは、ワイルドエリアで生きる術をユウリお姉ちゃんに叩き込まれた。

銃火器で武装した相手を素手で倒せるように。

無茶苦茶な事をユウリお姉ちゃんは言っていたらしいが。

ユウリお姉ちゃんは至近距離からのライフルの狙撃を弾丸を掴んでとめたり、戦車を素手でひっくり返すような実力の持ち主なので。

下手な重量級のポケモンより強い。

そんなユウリお姉ちゃんでも、危ない目にあった事はなんどもあるらしい。

私の存在そのものが、フレア団絡みで、カロス地方にとっての爆弾であることは知っている。

ユウリお姉ちゃんが、私がある程度ちゃんと心ができてきてから、全て丁寧に教えてくれた。

私には知る権利がある。

そう言って。

だから、私は知った。

政治的な爆弾だのなんだのどうでもいい。今になっても、許せないくらい酷い話である。だからそれについては考えない。

今は。青い空と。

その下で拡がる牧歌的な世界を楽しみながら。

それでも、致命的な油断はしないように、気を付けなければならなかった。

城下町を抜けると、大きな階段がある。

ネモさんが、此処が苦手だといっていたっけ。

ポケモンバトルが強い人は、身体能力が高くなることが多い。私でも知っている「カントーの彼」なんかは顕著だけれども。

ユウリお姉ちゃんも、恐らくはその類例だろう。

周囲には、所々古い時代の遺跡みたいなのが見受けられる。

このアカデミーそのものが、とんでもなく歴史があるものらしく。建物が古いのも、当然なのだろう。

階段を上り終えると、広場と、アカデミーが見える。

アカデミーと言っても非常に巨大で、主に学者が務める研究施設と、学生がいくための大学とで別れる。

私と同じか、ちょっと年上くらいの子供が多いけれど。

おじさんおばさん、おじいちゃんおばあちゃんも見かけるし。

中には私よりもずっとちいさな子供も見受けられる。

大人達は、基本的にキャリアを積むために此処に再勉強に来ている。

十歳で大人として認められるこの世界では、十歳で就職する人が珍しくもない。そういう人が会社で出世して、更に上を目指したくなった時に、こういう所に来る。

幼い子供達は、いわゆるスクールを早くに出た英才達で。

更に能力を伸ばすためにアカデミーに来ている。

才能が優れている子はアクが強い事が多いらしいのだけれども。

私が見て回る限りは、それほど性格が悪い子は多く無さそうだし。

これは相容れないという相手も見かけなかった。

大きな鉄扉を潜って、アカデミーに。

内部は近代的なシステムと、古典的な本棚が共存していて。私は入口でホログラムを操作する受付の人と話して、色々説明を受ける。

パンフレットは既に目を通している。

だから大丈夫。

私は1−1に配属されるらしい。

最初の授業は、ただの顔見せ。

その後は、それぞれが自分で授業を選択して、それに出る事になる。

大学式のやり方だ。

授業をいつ取るかは自由だが、授業を取ることで単位を取得でき。上の学年に行くには一定の単位を取らないといけない。

自分のペースで勉強をするにしても、限界があるわけだ。

それとは別に、自由時間も設けられている。

いわゆる課外授業と言う奴で。

各地のジムに挑戦して、チャンプを目指すのもよし。

各地を調べて、それをレポートにするのもよし。

自由にそれらは認められている。

このアカデミーは、犯罪歴があるとか、そういう露骨にまずい人以外には、基本的に門戸を開いているらしく。

私もたいした試験は受けずに入る事が出来た。

ただ、出るのは大変だ。

そういう事である。

まず、最初の授業に出向く。

一年生で生徒会長という、なかなかの経歴を持っているネモさんが、にこにこしながら私を待っていた。

肌が健康的に焼けた、とても活発な印象を受ける人だ。

もう何年かしなくても、引く手あまたで求婚者が現れるだろう。

元々大企業の重役令嬢らしいし。

ただ、ネモさんは、自分の力で何かをしたいと思っているのではなかろうか。だから別にそのままでも安楽に暮らせるのに、アカデミーにいる。

まずは、先生が来た。

優しそうな先生だ。

白衣を着た人は前は苦手だった。薄暗い部屋で私を理由もなく殴ったし、殴られすぎて感情がなくなっている子供を引きずっていって。引きずって行かれた子は二度と戻って来なかった。

戻って来なかった子が、おぞましい人体実験で殺された事を、私は知っている。

カロスを離れる時に、同室にいて、おぞましい人体実験の犠牲にされて殺された子供達のお墓にいって、手を合わせた。

みんな、面白半分の実験で使い潰されて。人間の残骸というような姿にされていたそうだ。

私だって頭を開かれて弄られたのだ。

「成功作」だったらしいのに。

他の「失敗作」扱いされた子が、どんな目に会ったのかは、想像する必要もない。

今は、白衣に対する苦手意識は克服している。

私がユウリお姉ちゃんに助け出されてから、別の白衣のおじさんがきて。その人はとても優しかった。

時々凄く怒っているのを見たけれど、それは私達が受けた仕打ちを知ってのことだというのも理解出来た。

その人のこともあって、白衣はもう大丈夫だ。

まだ駄目なものも、幾つかあるけれども。

それでも。一つずつ、私は克服していくつもりである。

私が編入されたこと。

今日来たばかりであることを、先生に言われた。

自己紹介するように言われたので、立ち上がる。

そして、自己紹介すると、無邪気な笑顔でネモさんが手を上げるのだった。

「アオイさんは、将来何になりたいですか?」

「会社を立ち上げて、社長になるつもりです」

「おお……野心的だ……」

ネモさんが、ふんふんと頷く。

他の生徒には大人もいるので、私がなんの迷いもなく社長になりたいと言うのを聞いて、驚いたようだった。

確かに、私みたいな狂った環境で幼い頃を浪費してしまった人間でなければ。

何をするのか、迷う事は多いのだろう。

先生に言われて、席に着く。

これは顔合わせの授業と言うこともある。軽く皆で自己紹介して、それで終わりだ。

授業が終わると、ネモさんに個室に案内される。

アカデミーに通う生徒は、個室に入るか、家から通うかの二択。

個室に入る場合は、家から遠い事が多いのだけれども。

私は敢えて、個室に入ることにした。

「今の」お父さんもお母さんも、どっちも尊敬している。

だけれども、今私がすることは。

将来の起業に備えて、孤独で生きられるように自身を鍛えること。

基礎はユウリお姉ちゃんに教わった。

応用は自分でやるように。

そうユウリお姉ちゃんに口を酸っぱくして言われている。

だから、応用をやるためには。

まずは一人で生き。

自分をより深く知らなければならなかった。

個室は私の自室よりもだいぶ狭い。だけれども、生活に必要な設備は全部整っている。

これはいいなと、私は見回しながら思う。

案内してくれたネモさんは、屈託のない笑顔でいう。

「あまりおかしな事をしなければ、部屋の改装とかは自由にやって良いからね」

「ありがとうございます」

「年の差はあるけど、同じ学校の同じ学級なんだし、ため口で良いよ」

「努力します」

私の笑顔は、作ったものだ。

作れるようになるまで、随分時間が掛かった。

それに、ネモさんは気付いただろうか。

ただ、友達になりたいというのは分かったし。本当に努力しようと思ったのも、また事実だった。

ネモさんに他にも学校内を案内して貰って、その後は自室で横になって休む。

実の所、パンフで見て知っていたし。

ある程度の勉強は、事前に済ませている。

後はこの貯金を生かしつつ、如何に時間を有効活用していくかだ。

ユウリお姉ちゃんは、きっと今でも悪の組織を蹂躙して、力のない人達を助けている筈だ。

それだったら私も。

ユウリお姉ちゃんと同じ事はできないかも知れないけれども。

せめて、自分の生きる道は。

自分で歩かなければならなかった。

 

学校に通い始めてからは、しばらくは授業に没頭する。とにかく、吸収するべき知識は幾らでもあった。

この地方での国民食であるサンドイッチの作り方。

サンドイッチは普通は手軽に食べられるものだが、この地方ではフランスパンなどの固いパンを使って、巨大なものを作る事がメインになってくる。

体が大きい人が多い事もあるのだろうけれども。

それでも、これは独特の文化であろうと思う。

カロスやガラルでは少なくとも見た事がなかったので、勉強でしっかり教わる。他にも、家庭科のごっつい先生は、色々細かい家事についての事を教えてくれた。

家事を一人でこなせるのは大事だ。

野戦料理の作り方とかはユウリお姉ちゃんに教わった。

ただそれだと、自宅で誰かをもてなすことは厳しいだろう。

だからこういうのもしっかり勉強しておく。

特にサンドイッチの具材を持ち寄ってのサンドイッチパーティが、パルデアでは野外交流の一つになっているらしい。

ガラルでのカレーパーティーと似たようなものなのだろう。

知識として知ってはいたが、ごっつい体でしっかり丁寧に教えてくれるサワロ先生に、私はしっかり全てを教わる。

ただ、私はどうも力がまだ上手に制御出来ていないようで、なかなか上手く行かない。

サワロ先生は、具材を無駄にしてしまうととても悲しそうな顔をする。

私も悲しい。

これらの具材を、存在すら最近まで知らなかったし。

知っている今は、ひとつひとつがどれだけ苦労した上に作られているかを知っているからだ。

だから何度も挑戦して、失敗しないように丁寧に作っていく。

パルデアのサンドイッチは具材をわんさか詰め込むので、どうしても上に載せるパンが落ちやすい。

故にピックまで使って固定するのだが。

それでも、ブランブランになりやすくて、困る。

最初にパンを二つに切るのではなく、切れ目を入れて具材を入れる方式もあり。これだと安定するらしいのだが。

しかしそうなると具材が減る。

たくさん食べるこの地方の人は、それでは満足出来ないと言うことだった。

「アオイくん。 ちょっと力が入りすぎているようだな。 我が輩のやり方を少しみていなさい」

「はい。 すみません」

「アオイ、小さいのに力強いよねー」

「ちょっと色々あって」

へへと、ネモさんに笑って返すけれど。

流石にアサルトライフルを持った大人に素手で勝てるように鍛えているなんて言う事は出来ないか。

サワロ先生はとにかく色々とごっついのに指先が器用で、なんだかゴリラみたいだなと思った。

ゴリラも見かけと裏腹に心優しい森の番人である事が今は知られている。

サワロ先生が丁寧にやりかたを教えてくれるので、それを真似してサンドイッチを作る。

やがて、上手く仕上がったので。

私はほっとしていた。

食べて見る。

パンは基本的に良く焼けている固いものを使う。これにバターなどで下味をつけて、様々な具材を挟む。

特に野外では、衛生面に注意するように。

サワロ先生は、細かい注意点について、授業をしてくれる。

いずれもが、学びが多かった。

数学の授業も受ける。

高等数学を教えてくれるのではなくて、数学というよりも計算の生活への生かし方を教えてくれる授業だった。

ポケモンセンターでの買い物のこつとか。

理論値と実数値とか。

暗算の生かし方とか。

そういったものの計算のやり方を教えてくれるので、助かる。

ちゃんとこういった学問を教えないと、それを何に使えば良いのか分からないと認識してしまう。

そうすると、一夜漬けで覚えて全部忘れてしまう。

それではせっかくの勉強が無意味だ。

此処は、あらゆる授業が全部実用的に仕上がっているんだな。そう思って、私は授業を受けながら感心していた。

授業が終わると、ネモさんと出会う。

へへへとネモさんは笑いながら、一緒食事はどうかと聞いてくる。

受ける事にする。

この人とは仲良くなりたいし。

更に言えば。

ユウリお姉ちゃんやお父さんやお母さん以外にも、仲が良い人は増やしたかった。

多分それは、普通の子供が思うような、友達がほしいというのとは別の理由。

私はその辺りの出発点が、色々と壊れてしまっている。

今、私は人間になろうと必死に努力を続けている最中なのかも知れない。

ネモさんは嬉しい事に、私を友達だと言ってくれるけれど。

残念だけれど、私には。

友達と言う概念が、まだしっかり理解出来ていなかった。

私の周囲にいたのは、みんな私の庇護者だ。

私を守るようにとユウリお姉ちゃんが出してくれたポケモンのラッキーやフワライドだって。

私の状況を理解すると、私を守ろうとした。

ユウリお姉ちゃんだってそうだし。私の今の両親だってそうだ。

対等な関係の相手を作るのは、本当に難しいとも聞いているし、それも理解はできているのだけれども。

対等であろうとしてくれるネモさんを目の前にして。

更に、難しさを思い知らされるばかりだった。

食事をしながら、話をする。

私も自室で鍛えるのを続けているので、やっぱりおなかは減る。まだ体は大きくなる事もある。

ちゃんと食べておかないといけない。

「それでアオイ、どう? チャンピオンクラスに挑戦してみない?」

「ええと……各地のジムを回るんですよね」

「そうそう」

「今、基礎的な授業を受けているので、それが終わったらやってみます」

うんうんと、嬉しそうなネモさん。

ネモさんには時々ポケモンバトルを誘われるのだけれども。私が暇を見ては外でポケモンを捕まえて、それぞれ鍛えていることを知っているらしい。

かなり近い力量のポケモンを確実に出してくる。

なんだか監視されているみたいだけれども。

ネモさんが私に興味を持ってくれるのは嫌じゃなかったし。どうもこの人もこの人で、何かしらの欠損があるように思う。

というのも、ネモさんを見るとスター団がそそくさと逃げていくし。

大人でも、ネモさんを露骨に苦手にしている様子の人がいるのだ。

その欠損がなんだかは分からない。

ただ、多分ネモさんは、私が色々足りていない事に気付いている。それは、最初に出会った時に分かった。

それでも、ネモさんは私に強い興味を持っているし、嫌っている様子もない。

だから、この関係は大事にしたい。

「ただ、今他に二人から、連絡を受けてるんです」

「へえ?」

「一人は、あのペパーさんです」

ミライドンを捕まえた後、絡んできた人だ。

ポケモンバトルは得意では無いと言っていたが、一目で分かった。得意ではないだけで、弱くは無い。

普通に高い力量を持っているし、本人の身体能力も高い。

その人が、この間話を振ってきた。

上の学年になるから、ちょっと私も接し辛い。なによりも、此方に対して敵意を抱いているのか、興味を抱いているのか、よく分からないのだ。

「なんでもパルデアの各地に主と呼ばれる強力なポケモンがいて、それが宝を守っているのだとか」

「詳しく聞かせて!」

目を輝かせるネモさん。

強い相手なら、ポケモンでもOKということだ。

ちょっと苦笑いしてしまうが、まあそれもありなのだろう。

主の詳細については良く分からない。

それを素直に告げて、もう一人について話しておく。

「もう一人は私のスマホロトムに連絡を入れてきた人です。 変声機も明らかに使っていました」

「何それ。 スパムとか怪しい業者とか?」

「いえ、それが……」

そういうのは、今の時代にもある。

だけれども、その連絡はどうにもおかしかったのだ。

スター団を壊滅させたい。

そのために、力を貸してほしい。

そういうことだった。

「スター団をねえ……」

「見た所、ストリートギャングとか、そういう所まで落ちていないですよねあの人達」

「そうね。 不登校と一部で空き地を占拠して基地みたいなの作ってるみたいだけれども」

「拠点ですか。 結構本格的なんですね」

悪の組織については、今の両親からも話を聞いている。というのも、二人とも国際警察の敏腕刑事だ。

私が今後、どうしても悪の組織と関わる事はあると判断したのだろう。

それゆえに、こういう基礎的な話はしてくれる。

「それにしてもストリートギャングって。 アオイ、結構危ない所で生きてきた感じなの?」

「へへ、まあ」

「その、いつも変えない髪型もそれが理由かな?」

「……鋭いですね」

ネモさんも、笑顔を崩さない。

私の雰囲気が変わったのに、気付いていてもなのだろう。

この人も、大企業の令嬢だったら、後ろ暗い世界を知っているのかも知れない。人間の欲が、お金には集まる。

時にちょっとしたお金が、人を殺す事だってある。

十年分の生活費ぽっちで、簡単に人間は他人を殺すとも聞く。

パルデアでそういう話は滅多にないらしい。

此処は貧富の格差も小さいし、貧しい人も生きていけるような社会になっている良い地方だからだ。

だけれども、本当に貧しい地方では。

どうしようもなくなった人が、悪事に手を染めたり。

生きるために悪の組織に入る事は、良くあると言う事だった。

「アオイ、どこから行くのかは自由だけれども。 真面目に話すと、私はいつかアオイがチャンピオンランクまで来ると思ってる。 そうしたら、対等の立場で戦えるともね」

「本当に戦いが好きなんですね」

「大好き!」

恋する乙女のように。

いや、獲物を前にした猛獣のように。

ネモさんは目をらんらんと輝かせて、そう宣言する。

まあ、そうだろうな。

ネモさんが私に指導を兼ねてポケモンバトルをやっていたときも、そんな目をしていた。

完全に相手を叩き潰す事を主眼に置いているユウリお姉ちゃんとは、違う観点からポケモンバトルをやっている人なんだネモさんは。

負けても勝っても関係無く楽しい。

だから、戦う。

ある意味、条件が整えば一番危険な人になるのかも知れなかった。

「ジムには、近々足を運んでみます。 ちょっと下調べしたんですけど、確かチャンピオンランクの試験を受けるのは、最低八箇所のジムを回ってバッヂを貰う必要があるって話でしたね」

「うん。 ただバッヂ四つくらいから、ぐっと合格者が減るんだよねえ」

「努力して見ます」

私の家にいるラッキーとフワライド。

あの二人は、私が心配でついてきそうだったのだけれども。家に連絡する限り、ちゃんと家で待っていてくれているようだ。

あの二人は、今のお父さんとお母さんと同じ、私の家族。

だが、だからこそ。

ポケモンバトルで使うのは、避けたかった。

「はー。 育ちきったアオイと戦いたいなあ……」

「……」

恍惚とした表情のネモさん。

なんとなく、この人が怖がられ、避けられるのが分かる気がする。

バトルが絡まなければ、本当に良い人なんだけどな。

私は、そう思う。

それくらいの判別は一応できる。

ただ、まだ私は。

他の人の気持ちというのが、よく分からない。凄まじい悪意に晒されて育ったからかもしれないが。

それ以上に、多分頭を弄られたことも、理由になっているのだろう。

ネモさんと別れて、自室に、

一通り自己鍛錬をした後、風呂に入って、それから眠る事になる。

メールを寝る前に確認。

私が世話になったお医者さんから、私と同じようにフレア団に売られた子供達の様子が届いている。

まだ目を覚まさない子も、言葉をいつまでたっても喋れない子もいる。

恐怖が理由だろう。喋る事が一切出来なくなってしまった子もいる。

そういった子が、私と一緒に生きていけるために。

私は、出来るだけ早く。

アカデミーを出て。

会社を立ち上げて。

社長にならなければならなかった。

 

2、パルデアの大地へ

 

ミライドンは、機械で出来たトカゲのような姿のポケモンだが。現在生きているモトトカゲと呼ばれるポケモンに外見的には似ている。ただモトトカゲはナマモノであって、機械ではない。

機械で出来たポケモンは珍しくもないので、別に私は不思議だとは思わなかった。

このモトトカゲも、他のポケモン同様に慣れればトレーナーに懐くし。

なによりもライドポケモン……人を乗せて移動する事に主眼を置いたポケモンとして人気がある。

丁度立ち寄ったこの街でも、駐輪場にモトトカゲがいて。

黙々と、餌を与えられて食べていた。

貸し出しの時間と料金が表示されている。

非常に良く慣れた個体を育てたトレーナーが、貸し出して商売にしているのである。

今の時代、ポケモンの捕獲免許を皆が取るのはこれが理由だ。

何かしらの生活に役立てる事が出来るし、上手に育てれば商売にもなる。

ガラル地方では、マクロコスモス社がまんまポケモンをアルバイトとして雇うシステムを作っているらしく。

それでお金を稼いで食べている人もいるらしい。

私は、時々ミライドンをボールから。

これでないと捕まえられないとペパーさんが言っていたボールから出して、様子を見ているけれども。

あまり、戦いたくはない様子だった。

普通に食事はする。

体内が全て機械という訳ではないのかも知れない。

目は殆どドット絵のようになっているし。

体の彼方此方も光沢のあるメタルだけれども。

余程の事がないと、戦う気にはなれないらしい。ざっと見た所、相当に強そうに見えるのだけれど。

私は、そう思って、不思議だなと感じた。

一緒に旅をしているホゲータは、もう進化の時期が来そうだ。

進化と言う生物に起きる現象というのは、実は錯覚だという話を聞いたことがある。実際には生物は環境に適応しているだけで、別に進歩なんかしていないらしい。今いる生物は、ただ運が良かっただけの存在。昔の生物に比べて今の生物が強いとか、そういう事はないそうだ。

更に言うと、ポケモンに起きる進化は、厳密に言えば昆虫などが起こす「変態」と呼ばれる現象に近いらしい。

変質者の事では無くて、本来の意味での言葉だ。

それも今では変質者の意味が通り過ぎるようになったからか、「進化」が定着している。

まあ、それらは免許を取るときにならった。

私は学帽を直すと、道を黙々と行く。

「ミライドン、戦おうってつもりはない?」

「アギャス」

「そっか。 何となくだけど、戦いたくはないことは分かる」

「ギャス……」

ミライドンはサンドイッチに興味深々だったり、面白い奴だ。動作などは犬によく似ている。

たくさんいたら、扱うトレーナーは多かったかも知れない。

ただ、温厚を通り越して戦う時しか力を振るわないのには、どうにも不思議だったが。

さて、此処だ。

はじめてのジム挑戦となる。

普通は、此処から始める人が多いらしい。虫タイプの専門家であるカエデというトレーナーがやっているジムがある街。

街と言っても、ガラルにあったものと比べると、規模感がぐっと小さい。

甘い匂いがする。

周囲に虫ポケモンがかなり多いようだ。

虫ポケモンは嫌がる人も多いが、私は嫌いじゃあない。別に無害でもないし。食べろと言われたらちょっと遠慮するけれど。

蜜がとれる花がたくさん咲いている。

其処には、ミツバチだけではない。蝶や蜂に似た姿のポケモンが多数。また、甘いものが好物らしい、草食のポケモンも複数見受けられた。

図鑑を開く。

現在手元にいるポケモンをチェックするものだ。

免許のランクによっては、六体までしか持ってはいけないらしいのだが。今私が持っている捕獲免許は、最上級のもの。

これはユウリお姉ちゃんが、先に取っておけと言って。

ガラルにいる頃にとったものだ。

社長になったとしても、人間の力だけで会社は回らない。今の時代は、特にその傾向が強い。

どんな企業でも、内部ではポケモンが働いている。

ましてや私が立ち上げようとしている会社では、ポケモンの助けは必須だろう。

私が今目をつけているのは、エスパータイプのポケモンだ。

現在でも喋る事が出来ないに始まって、意思疎通を上手に出来ない人はどうしてもいる。

戦闘ではあまり強くなくとも。

そういった人の意思を上手に汲み取ることが出来るエスパータイプのポケモンを中心的に育成したら。

また、エスパータイプの抑止力となる虫タイプのポケモンも必要だろう。

私はそれを踏まえて、ホゲータを向かわせる。

炎は虫タイプの天敵だ。

たまにこれが通じない相手もいるが、ホゲータは虫タイプに対しては存在そのものが抑止力になる。

図鑑に載っていないものを、順番に捕まえていく。

そして捕まえた後は、実際に接してみて、その特徴を見て確認しておく。

今捕まえているのは、ポケモンバトルという「競技」用の子だけではない。

将来の企業時、仕事をサポートするための「社員」でもある。

だから、捕まえた子は全員を全て面倒を見る。

ただ育成は決して簡単ではないから、或いはこの点だけは他人にアドバイスを受けるかも知れないが。

しばらく無心に捕獲を続けて、夕方になっているのに気付く。

捕まえたの八体か。

随分と時間が掛かるが。

こればかりは、仕方がない。ホゲータも、そろそろ進化しそうである。私は一度、ポケモンセンターに向かい。

アカデミーへのタクシーを手配して貰った。

アカデミーの自室に戻る。

これが「寮」だったりすると、色々面倒な人間関係のしがらみとかがあったりするらしいのだが。

あくまで「自室」だ。

部屋の内部に入ることは本人の許可がない場合は許されていない。この辺りは、犯罪を防ぐのが目的であるのだろう。

ただこの学校、自室の入口に監視カメラがあったりする。

前に、何かあったのだろうか。

一年少し前だかに大きなトラブルがあったと聞いている。それ絡みだとすると。或いは。少し闇が深い話なのかも知れない。

そういえば、この部屋。

随分と壁がしっかりできているなと、私は思った。

触ってみると、その質感がよく分かる。

ユウリお姉ちゃんだったら、苦もなくブチ抜きそうだけれども。今の私には難しそうだ。剣の舞いや龍の舞いを積めば話は別だろうが、そうする意味がない。

ベッドに腰掛けて、思う。

私は此処で、目的のためにちゃんとやれるだろうか。

むしろ、ネモさん達の誘いを受けて、冒険を満喫すべきなのではないのだろうか。

ベッドで横になる。鏡があるので、顔を見る。

まだ幼さの残った顔。私の年齢は実年齢で十かそこらだ。私の血縁上の母親がいつ私を産んだのか正確にわからないから、どうしようもない。その上私は幼い頃の栄養状態が良くなかったから、どうしても同年代の子に比べると発育が遅い。これでも救出されてから、たくさん食べてだいぶ追いついたのだ。

古い時代は、この年齢は子供で。アホ面ぶら下げてみんな遊んでいたと聞いている。

子供への教育システムが完備されて、催眠教育で必要な事を仕込めるようになった今は、十歳から社会人だ。アカデミーに行く事も選択肢になるし、なんなら結婚だってできる。

その分、最初の遅れが兎に角痛い。

子供の顔だな。

鏡を見て、自分でもそう思う。

背伸びをして。それで精一杯生きようとしていても。

体が子供である事は、どうしようもない。

これから背は伸びる。

それは分かっていても。

ただ、アカデミーで同年代の人間を見ると。背が違うことを、どうしても感じてしまう。

それが、悔しかった。

 

朝一番に目を覚ます。

時間通りに起きる事が苦手な人はいるらしい。だけれども、ユウリお姉ちゃんは決めた時間通りにぴたりと起きていたし。

それこそワイルドエリアのどんな過酷な場所でも寝る事が出来るようだった。

これらは後天的に身に付けた技術らしい。

ユウリお姉ちゃんはどちらかというと裕福な家の出身だったらしいので。

本当に、そういった技術は苦労して身に付けただろう事が分かる。

そして今の私の年には、ユウリお姉ちゃんは世界最強と名高いガラルのチャンプを下して。

新しい地方のアイコニックヒーローになっていた。

それに比べると、朝起きるのに四苦八苦している自分の、なんと卑小なことか。

眠るときだけは、髪型を崩す。

朝起きて、顔を洗って朝食を取って。

身繕いをして。

それから、髪の毛を束ねる。

三つ編みを自分で編んで、絶対に崩さないようにする。

やっぱり。

まだ頭の傷は、消えない。

ホゲータは慣れるためにも、最近は部屋にいるときはボールから出している。

そのホゲータも。

最初私の頭の傷を見た時は、驚いていた。

いつもぼけっとしているホゲータだが。それでも、私の頭の傷が何を意味しているかは分かるようで。

それ以降は、頭の傷を見ると、悲しそうにする。

着替えを済ませて、歯も磨いて。

それから、食事をして。

それで鏡を見て、何か落ち度がないか確認する。

今ですら、気を付けて動かないといけない。社長になったら、もっと隙を晒すわけにはいかない。

黙々と調整をして。

その後は、天井にある出っ張りを利用して、軽く腕の筋肉を鍛える。

片腕でぶら下がって、天井近くまで頭を引っ張る。

腕立て伏せなんかだと効果があまり大きくないので。こうやって体を鍛えるようにしているのだ。

軽く三十回ほど、右手で。同じ回数で左手を動かす。

いわゆるインナーマッスルをこうやって鍛えておくことで、表向きは筋肉があるようには見せない。

今の時点で筋肉がたくさんついていると、周囲に違和感を生じさせる。

故に、筋肉がある事をひけらかさない方が良い。

そういう風に、今の両親には言われていた。

朝の筋トレのメニューを終える。ホゲータは、ぼんやりと私が黙々と筋トレをしているのを見やる。

別にこんな程度の鍛錬は、余技だ。

ユウリお姉ちゃんと一緒にガラル地方のワイルドエリアで鍛えていた頃に比べれば、朝飯前どころか寝ている時に見る夢くらいなものである。

後は、朝一番にグラウンドに出て。

ホゲータをはじめとして、今調整しているポケモン達と一緒に走る。

走るのが得意なポケモンにも、私がそれなりに走れる事は示しておかなければならない。

そうすることで、効率よく言う事を聞いてくれるようになる。

ポケモンは動物よりかなり人間に近いらしいのだけれども。

それでもやはり動物の要素がある。

だとすれば動物として言う事を聞かせるには、強い事を見せるのが一番なのである。

走り込みを終えた後、打撃技の修練をする。

同時に、他のポケモンの修練も見る。

それぞれ得意な技について、細かく指導しながら、できるようにしていく。

まだ朝早いので。学校の中にある大きなグラウンドには生徒は殆どいないけれど。

ジャージを着て走っている先生がいる。

あれは体育のキハダ先生だろう。

キハダ先生は凄腕のトレーナーらしくて、色々と知識が豊富だ。というか、色々な授業を受けてきたが。

この学園の先生は、みんな実力があるか人格者だ。トレーナーとしてもみんな技量はジムリーダークラスのようである。

キハダ先生は、最初の頃は私に時々アドバイスをくれたけれど。

今は、笑顔で挨拶を交わして通り過ぎるくらいだ。

多分私にはもう師匠がいて。

今更アドバイスはいらないと、気付いてくれたのかも知れない。

時々一緒に走る。

キハダ先生はそれこそ何時間でも平気で走っていられるタイプで、たまにいる体力がとんでもない人だ。

いずれあれくらい体力を伸ばしたいものだなと、私も思う。

何種類かの打撃技を、それぞれ百回ずつ撃って、それで朝の修練は終わり。

もっと磨かないとな。

私は政治的なスキャンダルに巻き込まれる可能性がある。

カロスにとっては、文字通り致命的なスキャンダルの当事者だからだ。

カロスはパルデアなんかよりずっと大きな地方。

軍隊だって大きなものを持っていると聞く。

もしもカロスのそれなりの地位にいる人が、私を消そうと思ったら。それこそ狙撃銃やアサルトライフルで武装した特殊部隊が来るだろう。

だけれども、そんな時が来たとしても殺されてやるつもりなんかさらさらない。

だから、ライフル弾を避けられるか、それこそ空中でキャッチ出来るくらいには鍛えておかないといけない。

訓練を一通り終えた後は、残心。

気を整えて。それで調練は終わりだ。

後は、スマホロトムに呼びかけて、タクシーに来て貰う。今日はジムに挑戦して。それが終わったら授業を二コマ受ける。

一日だって。

遊んでいる時間は、ない。

タクシーでジムに向かう。今日は、可能な限り力を温存したい。私も、ポケモン達もである。

だから、敢えてタクシーを使う。

鳥ポケモンでつり下げるタクシーは、地方によって使う鳥ポケモンが違っていて。ガラルではアーマーガアだったけれど。パルデアでは様々だ。タクシーの運転手によって違っている。

鳥ポケモンを鍛えていると、タクシーの運転手をやれると言う事を意味もしている訳で。

みんな、ポケモンと一緒に生きている事がよく分かる。

運転手はまだ若い女の人だったけれど、雰囲気的にもう結婚しているようだ。

アカデミーの人間だと知って、それほど悪印象を抱かなかったようだから。

或いはだけれども、出身者かも知れなかった。

近くの街で降ろして貰って、さて此処からだ。

ジムに入ると、視線を感じた。

多分、ネモさんだろう。

わくわくしながら、私の動向を見守っているという所か。

実の所、私が外でフィールドワークをしていると、ネモさんの視線を時々感じる。

本当に、戦う相手に餓えているんだなと思う。

でも、それは私も同じだ。

私は力に餓えている。

だから、他人のようには思えなかったし。

それを、不快に感じることもなかった。

ジムで受付する。

ジムでは、幾つかの試験を受けてから、ジムリーダーに挑戦する。別の地方では、挑戦者に五回連続で負けるとジムリーダーを降りなければならないルールがある場所も存在しているらしいけれど。

パルデアではそういう事はない。

昔のガラルでは、ジムをマイナーメジャーに分けて。それぞれでリーグ戦をやって、切磋琢磨していたらしいが。

それもパルデアではない。

パルデアのジムリーダー達は、他の地方と同じく「タイプの専門家」としてポケモン絡みの問題には対処するが。

それ以外では手が開いているらしく。

基本的に、それぞれの空き時間で副業をやっている事が多いそうだ。

勿論ジムリーダー一本でやっている人もいる。

それが許されるくらい、この地方は豊かで。

それだけ危機に直面もしていないし、皆が急いでいない事も意味している。

苛烈な狂騒(競争というには度が過ぎている)にうんざりした人が、パルデアに越してくる事も多いらしいが。

恐らくユウリお姉ちゃんも。

いきなり苛烈な競争に私を放り込むと潰れると判断して、比較的緩やかな此処を選んでくれたのだろう。

後どうするかは、私次第。

その私次第の時間を作ってくれた、というわけだ。

試験が終わる。

ペーパー試験だけではなくて、実技もある。このジムの場合は、手持ちの虫ポケモンと連携して、障害物競走をするものだった。

これが案外難しい。

何とか突破すると、それなりに疲れも溜まっていた。

疲れが溜まると汗が出るし。

汗が出ると、傷口に響く。

それがどうしても痛みが酷くて。私も、それだけは閉口する。

ジムに挑戦するような人は、基本的にあらゆるタイプのポケモンを捕獲している、上位の免許持ち主が殆どだが。

それでも専門がある事が多く。

虫ポケモンを「捕まえただけ」の人は、この試験で落ちてしまうことも多いようだった。

それについて、私はどうこういうつもりはない。

試験が終わった後、結果を控え室で待つ。

涼しい部屋で助かる。

ホゲータは少し寒そうにしていたので。膝に載せて体温を少し分ける。

どうしてもホゲータはワニという特性上、体の中で熱を作る事が出来ない。

私とくっついていると嬉しそうなのは、それが理由だろう。

無言で、精神を集中する。

傷の痛みは引いてきたので、それで可とする。しばらく待っていると、名前を呼ばれた。

「アオイさん。 試合場にお越しください」

「はい」

ホゲータをつれて試合場に向かう。

ちいさなジムだ。ガラル地方の、興業故にお金が掛かっていて、客が入るためのスタジアムまであるようなジムとは違う。

だけれども、廊下を歩いているとやっぱり緊張する。

向こうほど苛烈な競争に晒されていなくても、この地方でのエキスパートであり、様々なポケモン絡みの問題……犯罪も含むものに対応する人達だ。

弱い訳がない。

ジムチャレンジの時には、チャレンジャーに会わせてかなり弱いポケモンを使ってくれているだけ。

それは、昨日このジムでの試合を遠くから見て、良く確認できた。

試合のための台。周囲には、それなりの観衆。

風がそれなりに吹いていた。

ジムリーダーは、カエデという感じのいい女性だ。かなりふくよかだが、それが逆に人気になっているらしい。

この手の太い細いというのは、時代によって良し悪しが別れるらしく。

古い時代は、男女ともに太っている事が美徳だったらしい。

私は針金からやっと子供相応の体つきになって来ているので。今後はもう少し肉をつけたい所だ。

カエデさんは笑顔も素敵で、試合の前に挨拶をすると。悪い印象は一切受けなかった。帽子を取って、それで試合の体勢に入る。

ホゲータの他に、三人ポケモンを準備してきてあるけれど。

ジムリーダークラスになると、基本的に弱点を補うような編成をしてくるのが普通。

安易に火や鳥だけでポケモンを揃えていると、逆にごぼう抜きにされたりする事もままある。

先発はホゲータでいく。

カエデさんは、笑顔のまま、試合を開始していた。

 

試合が終わって、バッヂを貰う。

最初のバッヂだ。

これをあと七つか。

勝つには勝ったけれど、課題が多い試合だった。ホゲータは案の定伸されて、後に控えさせていたポケモン達も繰り出すことになったし。

それで簡単に勝てたかというと大間違い。

どうやらカエデさんは、挑戦者にあわせて自分の手持ちを変えて来ることで有名らしくて。

私が数日前から準備をしているのを見て。

それなりに強いメンバーで揃えてきたらしかった。

まあ、初の公式試合だ。

こんなものだろう。

無言でアカデミーに戻ろうと、ジムを出た途端。

間近で、覗き込まれているのに気付いて、びくりとする。

ネモさんだった。

満面の笑顔だ。

「アオイぃ」

「は、はい」

「うふふ、見てたよ試合」

笑顔が浮かぶ。ちょっと吃驚したので、引きつり気味のが。

この人、体力はないかも知れないが、多分総合的な戦力は私より上だ。この地方のチャンプの一人と言うだけの事はある。

最高レベルまで鍛えたポケモンを多数従えているのだ。

それだけ本人も強いのは当然だろう。

もう本当に嬉しそうなネモさん。

この人は、兎に角褒めてくれる。そして、それで私を伸ばして。私が育ったところで戦いたいのが分かりすぎる程分かる。

本当に、同格の相手に餓えているんだな。

そう感じて、ちょっと不思議な気分だった。

現状でも、他にチャンピオンはいるのだ。

そういう人には、食指は動かないのだろうか。

「良い試合だった! カエデさん、普通の挑戦者より一回り強いポケモン出してきていたのに、普通に読み合いを制したね!」

「ありがとうございます!」

「もっとすくすくぐんぐん実ると嬉しいなあ」

「ハハ……」

そういう、食べたいような口調が怖がられる要因なんだけどなあ。

そう思ったが、口には出さない。

大変昂奮したらしいネモさんは、辺りのトレーナーを片っ端から伸してくるといって、そのまま土煙を立てながら街を走り去っていった。

腕試しのために、彼方此方で技術を高めているトレーナーは幾らでもいるのだけれども。

そういう人と戦ってネモさんの事を口にすると、だいたいが真っ青になるか、視線を逸らす。

多分この地方にいるだいたいの野良トレーナーは、ネモさんにぼっこぼこにされているのだろう。

なんだか凄く疲れたが、まだまだだ。

頬を叩くと、鳥ポケモンを出す。

そして、背中に跨がると、アカデミーに戻る。

授業を二コマ、こなす予定だ。社長になるのだったら、今からこれくらい。予定にしたことは、きっちりこなさなければならない。

今のお母さんは、弱音は吐いてもいいし。

辛くなったらいつでも戻って来て良いと言ってくれている。

だけれども、今そうするつもりはない。

歴史の授業を、二コマ連続で受けておく。

歴史の授業の先生は、レホール先生という女性なのだけれども。非常に危険な空気の人で。

私が見る所、明らかにカタギではなかった。

人格者が多いこのアカデミーの教師としては例外的な人だ。

なんというか、血の臭いがするというか。

犯罪をなんの躊躇もなくやる危なさがあるというか。

そういう人である。

何となくそれが分かるのか、年齢が行っている生徒ほどこの人の前では大人しくしているようである。

私でも分かるくらいなのだ。

社会人をしている人間だったら。それくらいは分かって当然なのかも知れなかった。

疲れていても、授業は授業。

同じ授業を何度でも受けられる仕組みとは言え、一度で無駄なくしっかりこなしておきたい。

疲れているのに気付いているのか、レホール先生は時々こっちに視線を送っているが。

何というか、宝を狙っている盗賊か何かの視線にしか思えなかった。

それでも、知識を得られるなら、それでいい。

授業を終えると、自室に直行。

風呂に入ると落ちそうになったので、何度も無理矢理意識を引き戻した。

ベッドで横になりながら、情けないなと思う。

ネモさんは褒めてくれたけれど、それは私じゃあない。私の可能性に対してだ。

今はまだまだ何もかもがたりない。

知識も体力も。

戦力も。

気付けないけれど、或いはユウリお姉ちゃんの育てた手練れのポケモンが、影から護衛についているかも知れない。

それが判別できないくらい、まだまだ私は未熟なのだ。

夕食にしないと。

そう思って、学食に出向く。

夕食を無理矢理胃に突っ込んだが。

殆ど味はしなかった。

 

3、慣れない事と慣れるべき事

 

猛り狂った、巨大なガケガニが追ってくる。

陸上生活をする蟹に似たポケモンで、普通のサイズでも人間くらいはある。それがあれは、五メートルはある。

「宝がある」とペパーさんに言われて、来てみれば。

其処は崖だらけの、ガケガニだらけの場所。

ガケガニそのものはそれほど好戦的なポケモンではないのだけれども。この巨大な個体は明らかに違う。

たまに、種族の枠組みを超越して、とんでもなく強くなるポケモンがいる。

「島の主」なんて言われたり。

「親分」と言われたり。

色々あるらしいが。ガラルでは、そういったポケモンがダイマックスエネルギーの漏出する「パワースポット」に多数住み着いているらしく。

ユウリお姉ちゃんも、ジムリーダー達と時々掃討作戦を行っていたそうだ。

強いポケモンがいるとは聞いていた。だが、それにしても度を超している。

崖を平然と立体的に走りながら、追ってくる巨大なガケガニ。

あれは明らかに、通常種のガケガニとはまるで別物だ。

必死に走って逃れるのは、平地にでるため。

此処は相手のテリトリ。

やりあって負けるとも思わないが。

万が一の負けを避ける為だ。

普段の試合だったら、そういうのは気にしなくてもいい。

だけれども、あのガケガニ。

明らかに此方を餌として認識している。

だとしたら、負けた後に待っているのは、手持ちもろとも餌として食われる運命である。

私も死については敏感だ。

今、死ぬわけにはいかなかった。

巨大ガケガニが投擲してくる岩。無言で横っ飛びに飛び退いて避ける。カチカチと鋏を鳴らしている巨大ガケガニ。

そして、がさがさと、立体的に岩場を動き回って、此方の死角に入り込んでくる。

この辺りは、人気もない。

もし人気があったとしても、あんなでっかいのを目にしたら、即座に逃げに掛かっていただろう。

しかも此処は、どこのジムからもほどよく遠く。

人里も近くにはない。

あんなヤバイのが住んでいるのも、当然なのかも知れなかった。

「アオイ! こっちだ!」

手を振っているペパーさん。

頷くと、必死に走る。体中擦り傷だらけだけれど、これくらいは別にどうと言うこともない。

岩場を抜けて、平地に出る。

岩を吹っ飛ばしながら、生きた戦車が飛び出してくる。

巨大ガケガニのパワーは凄まじい。

通常種のガケガニが明らかに距離を取っているが。同時にこっちを見てもいる。

あれは、意図が明らかすぎる。

巨大ガケガニが勝ったら、おこぼれに預かれるかも知れないと言う訳だ。そんなことに、なってたまるか。

ペパーさんがポケモンを出す。

シェルダーという、二枚貝に近い姿のポケモンだ。

とにかく頑強なことで知られていて、要塞型といわれるタイプのポケモンである。

シェルダーが、突っ込んでくるガケガニとぶつかり合う。

一瞬の拮抗の末に、吹っ飛ばされる。

あの体格差だ。仕方がない。

すぐに私もポケモンを出す。

昨日進化したばかりのホゲータ、もといアチゲータである。

元々かなり丸っこく、ワニっぽくなかったホゲータだけれども。今はかなりワニっぽくなっている。

炎関連の能力が段違いに上がっていて、全力で火焔を吐きかけると。

流石に巨大ガケガニも怯む。

その間にペパーさんが死角に潜り込んで、シェルダーに指示。

上から覆い被さるように襲いかかったシェルダーが。巨大ガケガニの目を狙って食らいつく。

蟹の目はかなり柔軟に殻の中に引っ込むが、ガケガニもそれは同じ。目を器用に引っ込めると、鋏でシェルダーを掴む。

みしみしと音を立てるシェルダーの体。

「急いでくれ!」

「分かっています!」

アチゲータが。さらに火力を上げる。

巨大ガケガニが、流石に怯んで鋏で炎をガードする。もう片方の鋏で、シェルダーを振り払う。

だが、その時。

私が、ガケガニの影に潜り込んでいた。

この位置だったら、たたき込める。

既に剣の舞いを舞い終えていた私は。

踏み込むと同時に、発勁といわれる技を叩き込む。

巨大ガケガニの体が揺らぐ。

殻を通して、体内まで打撃が通ったのだ。そもそも相手の体内に威力を通す技なので、当然だが。

それでも、この分厚い殻を持つガケガニに通るかは、ちょっと不安だった。

通った。

今までの鍛錬は、無駄では無かったのだ。

がくんと体勢を崩す巨大ガケガニ。

ペパーさんは、シェルダーに最後の力を振り絞れと叫ぶ。襲いかかったシェルダーが、鋏を私に振り下ろそうとしていた巨大ガケガニに、体当たり。

それで、鋏がそれて。

私の至近の地面に突き刺さった。

今の打撃で、だいたい分かった。通る。

私はサイドステップして、巨大ガケガニの視界にもう一度入り込むと。アチゲータの炎にさがっている巨大ガケガニから一歩飛び退き。

全力を込めて、跳んでいた。

「はあっ!」

気迫とともに、渾身の飛び膝を叩き込む。

外すと後がない決死の技だが、さっきの発勁がきちんと通っていたこともある。更に、正確に発勁を通した地点を穿ち抜く。巨大ガケガニの動きは鈍く、きちんと一撃は決まっていた。ただ運動エネルギーをぶつけるだけの技じゃない。きちんと気を通している。だからこの巨体にも痛打が入るのだ。

完全にグロッキーになった巨大ガケガニが、動きを止める。

即座に私は、モンスターボールを投擲。

しばし抵抗したが。

やがて、巨大ガケガニは、ボールの中で大人しくなった。

でも、これは今の私には扱えないだろう。アカデミーで、クラベル先生に相談するしかない。

呼吸を整えながら、周囲を見る。

随分と暴れてくれたものだな、と思った。他のガケガニも巻き込まれている。力を得ると人間は傲慢になる場合があるらしいが。

どうやらそれは、ポケモンも同じらしかった。

あの大きさ、明らかに普通じゃない。

ペパーさんに、話を聞くべきだろう。

「おい、大丈夫か!?」

「ちょっと待っていてください」

「?」

奥の手を使うか。

私は深呼吸すると、気を練り上げる。

完全に無防備になるからあんまりやりたくないのだけれども、仕方がない。それにペパーさんは、戦いを見ていて分かったけれども、私欲で動いているのではないと見た。あのシェルダーも、ペパーさんを信頼しているのが分かったし。

全身に気を通して、活性化させる。

傷が、消えていく。

おおと、ペパーさんが驚く。いわゆる「自己再生」である。ユウリお姉ちゃんが教えてくれた切り札は自身の能力を激増させる舞い技だが、その過程で気の操作と、この自己再生も教わった。

自己再生は問題が多い技で、使っている間は完全に無防備になるし、傷は治っても体力までは回復しない。

まあそんなに都合が良い技は存在しないと言うことだ。

それに、服まで回復するわけでもない。

制服に目を通す。

激戦だったとは言え、何カ所かやはり破いていた。ペパーさんが、最初に悔しそうに言った。

「すまん。 危険な相手だってのは分かっていたんだが……」

「それで、宝というのはなんなんですか?」

「そのガケガニが大きくなった理由だ。 ちょっとした理由で、俺はそれを探しているんでな」

「……」

ガケガニが巨大化する理由か。

無言で、巨大ガケガニが暴れた跡を通り、奧へ。巨大ガケガニがひっついているのを見つけた場所まで行くと。

戦いの余波だろうか。

崖に穴が開いていて、奧へ入れるようになっていた。

小さいガケガニが集まっているが。アチゲータを出すと、みんなそそくさと逃げ散って行く。

今の戦いは、見ていたのだろう。

本来知性がないような生物でも、ポケモンになると知性を得るという研究があるらしい。

あの巨大ガケガニも、悪い意味で人間らしい所作をしていた。

小さいガケガニ達も、それは同じ。

或いは、不運な人を食った経験があったのかも知れない。だとすれば、成功体験を積ませる前に、捕獲する必要があっただろう。

洞窟の奧に。

ろくでもない代物があるのではないかと思ったが。

其処に生えているのは、光る草だった。

古びたメモを急いでめくるペパーさん。

「なんですか、この草」

「こいつは通称秘伝スパイスと言ってな。 本来は此処にはないはずのものなんだ」

「……詳しくお願いします」

「そうだな。 知る権利、あるよな。 俺はある目的で、これを探してる。 どうしても必要なものなんだ」

悪用するとは思えない。

もし悪用するつもりだったら、私と巨大ガケガニとの戦闘をずっと傍観していた筈である。

スパイスは、外来種と言う事か。

ペパーさんは、此処に生えている分は、全て取ってしまう。そして、光っている葉の一部を使って、サンドイッチを作ってくれた。

食べて大丈夫なのか。

ミライドンが、自分からボールから出てくる。

食べたそうにしている。

やっぱり、何かあるらしい。私は、まず半分自分で食べて見る。なるほど、凄い力が湧いてくるのが分かる。

これを連日食べていたのだとしたら、あの巨大ガケガニがとんでもない力を得たのも納得出来る。

ペパーさんは自分では食べない。

やっぱり、何か理由があるのだろう。

残り半分は、ミライドンにやる。

ミライドンは、それをむっしゃむしゃと食べると、やはり元気が出たようだった。

元気に外を走り回り始める。

これなら、姿が似ているモトトカゲと同じように、背に跨がって走り回る事が出来るかも知れない。

ミライドンに戦わせようとは思わない。

戦いをとても怖がっているからだ。

だけれども、ライドポケモンだったら。

或いは、それも良いかも知れないと、私は思った。

「私はもう行きます」

「ああ。 まだ幾つか頼みたい宝があるんだ」

「分かっています」

この様子だと、多分医療か何かだろうとみた。

ミライドンはしばし昂奮して走り回っていたが、それは多分満足に動かなかった体が動くようになった反動。

私が近付くと、素直に伏せて背中に乗せてくれた。

当然、ライドポケモンの乗り方も、免許を取るときに習っている。

個々人の学習が大きな影響を与え。

更には教師次第で何にも学べない生徒が出ていた過去の学校と違って。

今の基礎教育や、ポケモンの免許取得などの教育については、催眠教育で誰でも習得出来るようになっている。

昔は殆ど算数もできないような人間が「底辺校」にいたらしいが。

今の時代は、それもない。

「よし、ミライドン。 ちょっとならしも兼ねて、彼方此方走り回ってみようか」

「アギャス!」

ミライドンも、嬉しそうだ。

まあ、あれだけ酷い目にあって、死ぬかとも思ったのだ。

これくらいの役得はいいだろう。

ただ、午後からはアカデミーに戻って、授業も受ける。

それまでの僅かな時間。

多少遊ぶくらいは、許されてもいいのではないのかなと、私は思った。

 

アカデミーに入って一月。

私は、自分で独立しての生活を続ける内に。それが楽しいとも思ったけれども。同時に、悩みが大きくなるばかりだった。

本当に、社長をこのまま目指していいのか。

私は今まで、肩に力が入りすぎていたのではないのだろうか。

そう思えてならなくなってきていたのだ。

みんな楽しそうだ。

アカデミーに来るような子は、天才児か、それともハイキャリアを求めているような人ばかり。

だから陰湿な競争や、周囲が全て敵という状況も想定していたのだ。

だけれども、見ている限り、みんな楽しそうで。のびのびやっている。

勿論専門的な事をする授業もある。

だけれども、思っていたのと全く違っていた。

今受けている家庭科の授業は、サバイバルだ。野外でどうやって危険を避けるか、食事を取るときの注意点はどうするべきか。

サワロ先生が、屈強な肉体を誇示しながら教えてくれている。

サワロ先生の授業はとにかく実用的で、殆ど無駄がない。最初はグラウンドで野外の食事の仕方のイロハを習い。

それから、校外での実習をして。

更には、もっと高度な授業になると、キャンプなどもするようだ。

サワロ先生は見た目通りのパワーの持ち主で。一度かなり大きなポケモンに威嚇されたのだが。

サワロ先生が一睨みするだけで、そのポケモンは震え上がってすっ飛んで逃げていった。ポケモンは動物の要素を強く持っていて、人間以上に相手の強さには敏感である。だから、あの動作だけで、サワロ先生の実力がよく分かる。

野外で、同級生と一緒にサンドイッチを作りながら、話す。

「さっきのサワロ先生、凄かったね」

「はい。 無駄な戦いを避ける、合理的な手段でした」

「そ、それもそうなんだけど。 アオイちゃん、前から思ってたけど、ちょっとずれてるよね」

「すみません」

実は、私も似たように思われているらしい。

キハダ先生の授業で遠投があったのだけれども、全力でボールを遠くまで投擲しろと言われた。

だから剣の舞いを重ね掛けして、全力で投擲したら。校外どころか地平の果てにボールが消えた。

それを見て、他の生徒達が青ざめていて。しまったと思ったけれども、実はそれに限った事ではないらしい。

私が荷物を運ぶとき、屈強な男性でも音を上げるような重いものでも平気で運んでいたり。

朝のトレーニングの一部を見ている生徒がいたりで。

噂になっていたらしいのだ。

ネモさんが教えてくれたのである。

ブルドーザーみたいに走り回っている子がいるって。噂になっているよって。

ネモさんはとても嬉しそうだったが。

私としては、ちょっと困る。

今後社長になるとなると、周囲とは上手にやっていかないといけないのだ。私が一人で生きるならいいだろう。

私は背負っているものがあって。

そのために社長になろうと思っているのだから。

一人で強さを誇示したりするのが目的なら、学校なんて行く必要はない。というか、組織すら必要ないだろう。

この力は、いざという時。自分の身を守れるように。生きていけるようにと、ユウリお姉ちゃんが教えてくれたもの。

それをひけらかすのはまずいし。

何よりも、今は会社を作るためにここに来ているのだ。

ただ、私にも苦手な事はある。

どうしてもサンドイッチを上手に積み上げることが出来ない。食べるのは好きなのだけれども。

授業では、ポケモンを使う事も許されている。

執事やメイドとしても活躍するイエッサンが忙しく働いている。他にもゴンベを待機させている人もいて。ゴンベは残飯処理の為に用意しているようだった。悪食のゴンベは、とにかくなんでも平気で食べて消化する。人間を襲うという話はあまり聞かないが、小型のポケモンと一緒にしておくと、希に食べてしまう事があるそうだ。その進化型のカビゴンも、似たような性質の持ち主である。

他にも、周囲を警戒している目がいい鳥ポケモンや。

人間に近い味覚を持つエスパーポケモンを控えさせている人もいる。

サワロ先生は、それに対してどうこうとは言わない。

いつも笑顔で。

そして授業に全力な人だ。

「アオイくん。 もう少し力を優しく入れるといいだろう。 どうしても料理の時に力が入っているように見える」

「すみません。 細かい作業は苦手で」

「力がありあまっているようだし、仕方がない部分はある。 君の年頃は、とにかく力の制御が難しいからな」

サワロ先生は、料理で形がどうして大事なのかを教えてくれる。

東洋の地方……カントーやジョウトなどでは、料理を美しく盛りつける文化があるという。

その結果、料理は味だけではなく見栄えも良くなり。

食欲も促進するのだそうだ。

栄養だけで良いのなら、人間は点滴やサプリだけでいいのだという。

しかしながら、料理を作ってくれた人や、素材に感謝し。

楽しく食べる事で、より健康に生きるために。

料理は美しく盛りつけることも必要なのだと、サワロ先生は教えてくれる。

思うに、だが。

私の人生は、今先生が言った言葉のようなものなのではあるまいか。

現在は、点滴やサプリだけしか得ていない。

実際に、ジムや宝探しに挑戦してみて、面白くなかったか。

いや、ギリギリの戦い。

激しい攻防であったけれど。

無駄ではなかったように思う。

無言で。サンドイッチの具材を何とか積み上げて。パンで挟んで。ピックを刺す。

不格好だけれども、今までで一番上手に出来たと思う。

ふうと私は嘆息する。

サワロ先生は、ごっついガタイで、笑顔を浮かべたままだった。

「それでいい。 我が輩の言ったことを、少しでも覚えていてほしい」

「分かりました」

私は、多分だけれども。

生き物として、やっとスタートしたばかりだ。

あの地獄から出られて、それで外のものを見始めて。それもまだまだ、他の人の何分の一も見ていない。

それならば。少しでも時間を使って、周囲を見て回るべきなのではないのか。

それは、私も正論だとは感じた。

社長になった後は、ただでさえ時間だってなくなるだろう。

財界だのの恐ろしさは、私だって調べて知っている。

油断なんて、一秒だってできない社会だ。

そんな場所に出向くのに、今まで少しばかり構えすぎていたのではあるまいか。

サンドイッチを食べる。

無言で、もくもくと無駄も多いサンドイッチを食べて。咀嚼して。飲み込む。

なんだか、今までではじめて。

ものの味を感じたような気がした。

 

以前、連絡をしてきたカシオペアという人の指示に従って、移動を開始する。どうやらスター団のアジトがあるらしく。

スター団には鉄の掟があるらしい。

チームリーダーは、挑戦を受けたら断らない。負けたらリーダーを降りる。

かなり厳しい掟ではあるのだけれども。

確かに無法者の類をまとめるには、それくらいのルールが必要なのだろうとも私は主網のだ。

アジトの前に行くと。

あからさまに校長先生な人がいた。

生徒の制服を着て、リーゼントのカツラまでつけている。

私は、前だったらなんとも思わなかっただろうけれど。ちょっと面白いなと思ってしまった。

どうやらカシオペアさんは、何処かしらからか見ているらしい。

そして、この人が校長先生だと分かっていないようだった。

「誰だ」

「俺の名はネルケ。 俺も団とは色々あってな。 此処にカチコミを掛けると言う話を聞いて、助太刀に来た」

「相手は低武装とはいえ大人数だ。 身体能力が高いアオイならともかく、他の人間が迂闊に仕掛けるのはお勧めできない」

「これでも腕には自信がある。 任せてくれ」

そういって、校長はリーゼントをかき上げる。

ちょっと無理がありすぎる変装に、私は口の端が引きつるのを感じたけれども。

それでも、咳払いする。

此処にはカチコミに来た。

スター団はアカデミーの不良集団。校長が来ている理由はわからないけれど、様子は見ておきたい。

カシオペアさんはしばらく黙っていたけれど。

やがて、大きく嘆息したようだった。

「分かった。 今は人手が一人でも多くほしい。 足だけは引っ張ってくれるな」

「問題ない」

「アオイも頼む」

「分かりました」

私も、このスター団という集団にはちょっと興味がある。

そもそも少し調べた所、一年少し前にアカデミーでは大量の教師辞任が起きており、総入れ替えに近い状態だったとか。

同時に多数の生徒がやめており。

それ以上の情報は、どうしてか出てこなかった。

パルデアのマスコミは、そこまで取材力がないのか分からないけれど。パルデアの中心とも言えるアカデミーのスキャンダルにどこも黙り。

その時期くらいから、スター団が問題視されるようになってきている。

関連がないとは、とても思えない。

それに、だ。

低武装の相手を、殺さずに制圧する訓練だと思えば、良い練習だと思う。

以前アカデミーの入口で仕掛けて来たスター団の人は、とてもではないが戦闘慣れしているようには見えなかったし。

ポケモンバトルの力量もお察しだった。

それでも。

今見えている拠点の規模はかなりあり。人数も相当数を揃えている。

全員が角材やら鉄パイプで殴りかかってきたら、屈強な人間でも危ないだろうし。

出してくるポケモン次第では、普通に高い殺傷力を発揮する可能性もある。

つまり、素人の集団を相手にして、どれだけの殺傷力があるか試せる良い機会である。

これに対応できないようだったら、殺すつもりで来るプロの集団にはとても勝てない。

そして私は、それに襲われる可能性があるのだ。

これは丁度良い予行演習である。

「では行きます。 こうちょ……いえ、ネルケさん」

「分かりました。 オホン、分かったぜ。 油断はしないようにな」

校長、素が出ています。

というか動きとかも、すごくしっかりしているので、間違っても与太者の類ではないのが一目で分かる。

余程遠くにカシオペアさんはいるのか、それとも校長を知らないのか。でも校長を知らないのなら、どうしてスター団との対決を頼むのか。

今回は殺し合いをするつもりはない。

だから、見張りに立っているスター団に、堂々と叫ぶ。

「たのもーう! グレープアカデミー一年生アオイ、カチコミに来ました−!」

「う、うわっ! 本気で来やがったぞ!」

「また返り討ちにしてやる!」

「また」?。

前にもあったのか、こういうこと。今叫んだのは、かなりの古株らしいスター団の団員だ。

ちょっと後で話が聞けないだろうか。

いや、相手の出方次第だ。

本気で殺すような事をしてくるなら拷問も良いだろうが、今の時点でのスター団は、確認する限り略奪の類もしていないし、殺人もしていない。

社会を裏から支配するような真似もしていなければ。

ポケモンを大量に捕獲して違法に売りさばくような真似も。

勿論世界を滅ぼそうともしていない。

だったら、やり過ぎるのは厳禁だ。

たくさん出てくるスター団団員。私は見回すと、咳払いしていた。

「全員でどうぞ! 相手になります!」

「舐めやがって! みんな、ポケモン出せ!」

「加勢します」

また素が出ています校長。

しかも校長、結構えげつないポケモン出してる。最終進化形の、それもかなり鍛えこまれている子が三体だ。

確か校長は、研究者として一流なだけではなく、チャンピオンクラスに近い実力を持つトレーナーでもあると聞いている。

それならば、この鍛えこまれた相棒達の実力も納得だ。

私は十体前後のポケモンを一気に展開。

ユウリお姉ちゃんから、対多数の戦いは散々仕込まれた。

それぞれのポケモンに、役割分担を仕込んで。攻撃、防御、支援、回復などを専門に動かす。

それで多数のポケモンを、同時に操作する事が容易になる。

実際にやってみると、確かに聞いたとおりだ。

地方によっては、トリプルバトルという三対三の方式でポケモンバトルをするらしいが。

本気で殺しに来るポケモンは、そんなものは関係無く、相性を相互補完するような群れを組んで挑んでくるらしい。

だったら、それに対応できるようにする。

そのために、私はポケモン達と一緒に鍛えているのだ。

案の定、スター団の団員達ははっきり言って大した実力はなく、私と校長の手持ちの前に、見る間に蹴散らされていく。

みんな鍛錬不足だ。

ポケモンの実力は、使い手の実力が如実に分かる。

50トンある戦車を素手でひっくり返すユウリお姉ちゃんの手持ちは、どの子も驚天の実力を持つポケモンばかり。

これは、下手に使い手に攻撃すると、殺してしまうな。

そう思って、気を付けながら戦況に目を配る。

陣地の奧に入り込んでも、奇襲や伏兵、後背の遮断というような戦法を採ってくる者はいない。

これは露骨に、戦闘慣れしていない。

おかしい。

こんな集団が、どうしてストリートギャングの真似事みたいな事をしている。というか、できている。

この集団は、どちらかというと。

「アオイさん」

「!」

どうやら最奧に辿りついたようだ。

派手な格好をした女性が待っている。非常に険しい表情で、雰囲気は燃え上がる炎のようだ。

更に、最奧にある天幕から、出てくる。

あれは、車。

違う。

何体かのポケモンを憑依融合させた改造車だ。ど派手に飾り立てていて、生半可なポケモンでは手も足も出ないと一目で分かる。

此処のスター団のボス、メロコさんだ。

既にカシオペアさんから話は聞いている。

炎タイプのエキスパートで、本人も炎のような気性の持ち主だと。

なるほど、これは手強そうだ。

周囲のスター団とはレベルが違う。

ジムリーダー級かというと、多分其処までではないが。相手は全力で、ポケモンバトルの技量でいうならば、今の私とそこまで違わないか。

ならば、良い機会だ。

同格の相手との戦闘を何度もこなすのは、自分のためになる。

しかもこれはかなり変則的な戦闘で、経験を積むのに丁度良い。

十年以上前だかに、ガラルで大事件が起きたという。安全が保証されている試合しか知らないトレーナーが、たくさん命を落とした。

それ以降、ガラルでは野生のポケモンが暮らしているワイルドエリアでの経験を積むことがトレーナーに義務づけられた。

私も、丁度それに近いことをしている。

気分が高揚する。

「爆ぜろや」

メロコさんがドスが利いた声で言う。

だけれども、ドスが利いているだけ。

本当に殺し合いの修羅場を潜ってきた人間の声じゃない。そういう人間を見て来ているから分かる。

「対戦、お願いします」

「アオイさん。 其方はお任せします」

校長が後ろを守ってくれる。

頷くと、私はメロコさんとの勝負に集中する。

色々な経験を積んでいて、今とても楽しい。とりあえず、相手を殺さない戦いの経験も、しっかり増やしておくべきだろう。

戦いが始まる。

少しだけ、戦いが楽しくて仕方がないネモさんの気持ちが、分かるような気がした。

 

4、最初の一歩はこうして終わり

 

メロコさんにどうにかギリギリで勝利して。

彼女が率いているスター団チームの解散を受け入れた。

メロコさんをずっと心配していたらしいカルボウというポケモンが姿を見せて。メロコさんは毒気が抜かれてしまったらしく。そっぽを向いて、チームの解散を宣言。それで、血を見ずに終わった。

校長は上手に演技ができないらしく、時々地が出ていたが。

それでも、メロコさんに対して聴取をして、占拠されていた駐屯地を視察した後、戻っていった。

その後、「カシオペアさんが雇った補給班」だという。以前スター団から学校の前で助けた女の子。ボタンさんが姿を見せて。物資とか、電子マネーとかいっぱいくれた。眼鏡を掛けた物静かな女の子だったが。

多分飛び級でアカデミーに入っている天才児だ。

そして接してみて分かったけれど、この子の方がスター団よりずっと危ない人に思えた。

ただ、それを口にするつもりはない。

疲れたので、今日は戻るだけだ。

アカデミーに戻る。

多分、一番最初のタスクは全部こなせたと思う。

だけれども、そんな風に考えてしまう自分はまだいるし、それはちょっと今後改善するべきことだとも思う。

ため息をついて、じっと手を見る。

私は、まだ機械みたいだ。

幼い頃に、親と過ごす事がなく。

ただ虐待だけを受けて暗い部屋で育ったという事もある。

人間にとって一番大事なのは、幼い頃の経験だとも聞く。

それがすっかり欠落している私は、色々と足りないのだろう。

取り戻せるだろうか。

自室に戻ると、横になる。ぼんやりして、ただ時間を過ごす。

それほど疲れてはいない。肉体の方は。

疲れたのは、脳の方ではないかと思う。

社長になりたい。

その夢は変わっていない。

同じような目にあった子達を助けたい。

その夢だって変わっていない。

国際警察で庇護してくれている、私と同じように人体実験と虐待を受けて育った子達も。いつまでも庇護されている訳にもいかないのだ。

そして面倒な政治的な問題もあるから、いつまでもその子らが無事でいる保証だってない。

元々カロスはフレア団なんて邪悪な組織に乗っ取られるような地方だ。

今は政治の浄化に全力で取り組んでいるらしいし、何よりユウリお姉ちゃんがじっと監視しているらしいけれども。

それでも一地方が相手となるとやっぱり限界があると私は思う。ユウリお姉ちゃんがその気になれば機甲師団が駐屯する軍事基地を単騎で制圧できるくらい強くてもだ。

だから、自立のための力を蓄えなければならない。

でも、やっぱり。

今までの無駄は、楽しかった。

それはどうしても、否定出来なかった。

ふうと嘆息して、髪をほどいて、鏡を見る。

頭の傷は消えていない。小さくなる気配もない。これは一生残るだろうと、私にちゃんと人間として接してくれたお医者さんが言っていた。

フレア団の息が掛かった学者どもが、頭を開いて脳みそを弄ったのだ。

どうして命を弄んで殺戮するような真似をしたのかは、よく分からない。

分かりたいとも思わなかった。

この傷がどうしても疼く。

そして同時に、好きに過ごしてもみたいなという欲求が生まれているのも分かる。

私は、どうしたいのだろう。

俯く。

今までは、選択肢すらなかったに等しい。

だけれども、今の私には選択肢が生じている。

それをどうしていいのか、分からない。

多分、この選択肢を作れるように、ユウリお姉ちゃんは私を徹底的に鍛えてくれたのだと思う。

だけど今は。

選択肢がある事が、却って辛いと感じてしまうのだった。

 

(終)