影との時代

 

序、ネメシスが斃れ

 

対話でなんでも解決できると無邪気に人が信じていた時代があった。正確にはそう信じる人間が一定数いた時代はあった。

だが人間同士ですら対話で問題解決など出来た試しが無い。それどころか、ほとんどの場合は詭弁と謀略に対話は用いられるだけだった。

基本的に人間がものごとを解決するとき。

其処に必要だったのは利害だった。

そして利害が人間だけを中心に回っていた時点で。

人間という生物は、結局自分の事しか考えていなかった。

野生動物保護などと訴えていた人間は、その野生動物と実際に接触する事もなかった。

中には熊と仲良くなれるなどと訴えて、実際に熊とのコミュニケーションを図っていた者もいたらしいが。

それは熊に食われて死んだ。

結局のところ、人間は自分本位で相手のことを考える。

人間相手でもそう。

恋愛なんてのは最たるもので。

相手に自分の理想を勝手に押しつけあっているだけ。

そんな事が、情報として流れてきていた。

あの決戦から一年。

京都工場で、あたいは黙々と訓練をしている。中佐に昇進して、英雄に祀り上げられて。祝勝会に出て。

それから、ぴたりと何もかもが終わった。

窶れ果てた市川代表。

まあ、これは仕方が無いとあたいは思った。あれだけ無能な各国や各都市の代表達の有様を、間近で見続けたのだ。

それは窶れ果てるだろうと、同情はした。

ただ、望んでその地位についたのだ。

これも結局、自分の理想とする至尊の座が気にくわなかったと言うだけで、勝手に窶れているだけだとも言える。

自分で行動したのだから、その結果は受け入れなければならない、か。

こういうのを自己責任論というのだったか。

いずれにしても、これもまた問題のある思想らしいが。

訓練を終えたので、超世王セイバージャッジメントのところに行く。修復は既に終わっていて、その気になれば出撃できるが。

戦う相手はいない。

本当にネメシスは出なくなった。

第一軍団の再編にさえ、シャドウは物資を提供してくれた。

体の彼方此方が不自由になりつつも、それでもまだ現役に踏みとどまってくれている広瀬大将が、第一軍団の再編を進めているが。

流石に兵士のなり手はあまりいない。

まだ各師団とも再建は進まず。

特に訓練部隊に戻った第四師団は、常に千人程度しかいないようだ。訓練兵が来て、訓練が終わったら即座に各師団に割り当てられるからである。

一年程度で、あの惨禍から復興できるわけがない。

それはあたいも分かっているから。

だから、しようがないとも思っていた。

超世王セイバージャッジメントの手入れをする。

整備のおっちゃんたちにやり方を聞いて、磨いたりするのはある程度自分でやるようにしているのだ。

何度かの戦いで、常にあたいを守りきってくれた超世王セイバージャッジメント。

ネメシスエンドが罵ったように、お世辞にも格好良いロボットではない。少なくとも見かけはだ。

見かけは戦車にごてごて武装がついているだけ。

毎回全損や大破して、ほぼ一から作り直していた。

強くもない。

アニメに出てくるようなスーパーロボットみたいに、敵をばったばったとなぎ倒していた訳ではないし。

戦車と戦ったら高確率で負ける。

そんな程度のものでしかない。

だが、世界一格好良いとあたいは思っている。

手入れを終えると、戻る。

戦争が起きる可能性が無くなってから、時間は出来るようになった。たまに講演会とかに呼ばれるが、それくらい。

今は鈍らないように訓練をしながら。

黙々と過ごす日々だ。

早めに切り上げて良いと言う話なので、寮に戻る。

寮もネメシスエンドの毒液で半分文字通りなくなってしまっていたが。別に思い入れがあったわけでもない。

ロボットも無事だったから、それで良かった。

ベッドに転がって、端末でさっきの情報を見る。

やっとシャドウと接する事が出来るようになった。たまにノワールがSNSに現れるのだ。

人間を頭ごなしに否定するわけでもない。

ただ淡々と事実だけを告げて去って行く。

それがノワールなりのやり方なのだろう。

最初はそれを感情論で否定する者も多かった。非理性的にわめき散らすSNSのユーザーも珍しく無かった。

だが、シャドウに勝てないのは誰もが分かっている。

何かしらの屁理屈をこねても、即座にぐうの音も出ない反論をされるし。

過去の発言も秒で把握される。

鍵アカウントでも即座に中身を見られる。

こう言う状態では、流石にSNSでイキリ散らしていた者達でも勝てない。いつしか、ノワールに噛みつくものはいなくなった。

それよりも、今では基地局が作られたことで、ネットが世界中で再び接続された。

五千万しか人間はいないが。

代わりに、各地の情報がSNSで取得できるようになっている。

あたいも何回か会議には出たが。

テレビ会議が以前ではボイスオンリーのことも多かったらしいのに。

今では誰もの映像が出るのが普通だ。

ただ、だからこそだろう。

SNSでは、酷い荒れようの国も可視化される。

ノワールは、そういった状態の国で、どんな不正が行われているのか。誰がどのような犯罪をしているのか。容赦なく暴いて示して行く。

そして、情報を封鎖しようにも。

情報戦でノワールに勝てる訳がない。

汚職官吏は次々に潰されている。

恐らくノワールは暇つぶしにやっているのだろうが。

それにしても、力の差が圧倒的過ぎることが、こう言う場でも可視化されてしまうのだった。

今日もスコットランドの官僚の汚職が暴露されている。

具体的な名前とかも、汚職の内容も容赦無しだ。

しかもノワールはプライバシーなんぞに配慮しない。とくにこの手の輩のプライバシーにはなおさらだ。

流石にスコットランドも動かずにはいられなくなったのだろう。

主戦派に傾いていた代表が、直接捜査するとコメントをしていた。まあ、捕まるだろうし、その後は逮捕だろうな。

あたいはそうとだけ思った。

「退屈かね飛騨咲楽」

「いや、別に」

ノワールがいきなり話しかけてくる。

側で働いている家事ロボットのスピーカーからだ。

もう慣れたので、いちいち驚かない。

風呂に入っている時とかトイレの時とかに話しかけてくるような輩ではないので、それで別にいい。

「また悪事を暴露したみたいだね。 そうして少しでも腐敗を減らすつもり?」

「君達に自浄作用など存在しない。 私達が来る前に、アフリカという土地で延々と地獄の内戦が起きていただろう。 大国の利権、弱者に使われることを理解した上で小銭稼ぎに売られる兵器、他者を傷つけるための道具と成り下がった信仰、無能で残忍なだけの指導者、それに石油。 それらが揃った有様があの内戦だ。 そして君達は、あの時代から何も地力では進歩していない。 飛騨咲楽、君の世代は催眠教育で少しはマシになっているようだがね」

「それはあたいも認めるけれど、人間で遊んでいる様に見えるんだけれど」

「それはない。 私達はいつも君達が上手くやっていけるやり方を模索している。 力だけで脅すのではダメだ。 こうして、如何に君達が腐っているのかを指摘しなければ、君達は自身を省みられない」

そういえば此奴、一神教の指導者の腐敗を容赦なく暴き立てたのだったか。

しかも此奴のやったことは、映像なども全て配布して、隠蔽もしようがない強烈な行動だった。

これもあって、一神教の過激な信者がいる地域では、それらを支配して好き勝手をしていた連中がいなくなり。

今ではAIによる統治と教育が動員された海兵隊の監視下で進められている。

昔はこういった事は反発しか産まなかったようだが。

残念ながら今の時代は人間が少なすぎる。

一度神戸で発展した催眠教育のAIと管理システムが普及し始めると、外道共が好き勝手を出来る土壌はどんどん減っていくのだった。

容赦の無いやり方だが。

こうでもしないと、ずっとシャドウに見張られながら人間は生活する事になるだろう。いつか、またシャドウが間引きを初めてもおかしくないかも知れない。

「ノワールさ」

「何かね」

「あんたの正体って何」

「そうだね。 話さないというのなら教えても良いだろう。 ナジャルータ博士には既に話したのだがね」

まあ、あっちは本職だ。

当然ナジャルータ博士の方が先だろう。

「私達は現在から見て、15000000年先の未来の平行世界から来た存在だ。 その時代は、地球人類が核戦争で全てを滅ぼしたせいで、生態系は著しく縮小し、破壊されたオゾン層もあって、過酷な宇宙放射線に晒される悲惨な時代だ」

「オゾン層って回復傾向にあるんじゃなかったっけ?」

「核戦争の際、君達は敵対国上空にあるオゾン層を破壊したのさ」

「……っ」

そっか。

二重三重に人間はアホだったんだな。

それはシャドウも怒る。

とりあえず、話を順番に聞かせて貰う。

「私達の主は、地下深くに住んでいる種族だった。 元がなんだったのかは分からない程遺伝子が傷んでいて、ただ少なくとも哺乳類ではなかった。 主は細々とくらしながら、人間の遺産を見つけ出した。 そしてその中にあったAIを利用して、少しでも生活を良くしようとした。 地球の環境はどの生物にとっても好ましくないものとなり果てていたからだ」

「確か放射能汚染って、長い物でもそこまでは半減期が掛からないって聞いていたんだけれど」

「その最悪の半減期を持つ放射性物質を君達は核兵器でばらまいたのさ。 敵対国を完璧に根絶する目的でね」

「クソが」

マジでどうしようもない。

それでいながら正義を主張していたのか。

同じ生物であることが恥ずかしくなってくる。海洋も陸も汚染されきってしまい、それこそ生物が出現する前の地球も同然になってしまっていた其処は地獄で。

それでもシャドウ達の主は、どうにかシャドウを作り出した。

それは彼等の総力を用いた行動だった。

「主達は苦しみ続けていた。 私達が完成した頃には、既に生殖能力さえ失われ、クローンで個体数を確保していたが、それもいずれ限界が来てしまった。 クローンを繰り返せば生物的な劣化が起きる。 知っているだろう」

「うん。 それは、酷い話だね」

「君達のせいだ全てな」

「反論できない」

平行世界の話とは言え、実際問題人間に自分のせいでは無いとか抜かす資格は一ミリもない。

もし恥ずかしげも無くそんな事をいう奴がいるなら、そいつは人でなしだ。

あたいが殺す。

いずれにしてもシャドウはそれで登場し。

世界中を浄化していった。

最後に生き残ったシャドウの主は、それを満足して見ながら死んで行ったという。

「私達は地球を復元したが、それで終わりではなかった。 私達は全ての人間の技術を吸収し終えていた」

「マジで何者なのあんた」

「簡単に説明すると私達は空間生命体だ」

「空間生命体?」

ちょっとそれは分からない。

それでもかみ砕いて説明してくれる。

そもそもとして、物質以前に空間がある。ビッグバンで宇宙が誕生したときからそれは同じである。

物質は最も分解すると最終的にエネルギーそのものになる。

例えば反物質兵器などで対消滅で生じるのがそれだ。それはE=mc2乗の式を例に出すまでもなく。

膨大な熱量に生まれ変わる。

だが、空間はそれですら影響を受けない。

空間が影響を受けるのは、例えばブラックホールなどの超重力であって。それらの前には空間も時間も曲がる。

「私達は放射性物質を主達が封じ込める過程の圧縮実験で生まれた空間生命体でね。 簡単に言うと極めて微細な空間への影響を与える事から、周囲の空間との差異を生じさせ、それで形を為す。 そういう事を成し遂げることによって、空間そのものが意思を持った存在であるのさ」

「そ、そんなの銀河規模文明のテクノロジーじゃないの?」

「たまたまさ。 主達は必死だった。 それで私達をたまたま作り出せたのだ」

「……」

何となく分かってきた。

超高熱でしかシャドウにダメージを与えられなかった理由。

恐らくシャドウは、超重力などでもダメージを与えられたのだろう。だけれども、それはそれ。

人間が現時点で使える、不安定な空間の揺らぎに干渉できる唯一の手段。

それは超高熱の継続的な照射。

これしかなかったのだ。

逆に言うと、個別で活動する空間とでもいうべきシャドウは、その程度で崩壊するくらい、空間としては脆かったと言う事か。

「とんでもない存在とあたい達って戦っていたんだね」

「大した存在ではないさ。 まあ、私達はその性質上時間とも密接に関わっていた。 主達の無念を知っていたから、この世界を最初からどうにかするべきだとも判断した。 それでこの時代に来た」

「!」

「最初は人間を啓蒙すべきだと私達は考えた。 人間にこのままでは破綻すると説明しようと試みた。 だが、最初に到来した世界では、それは上手く行かなかった。 人間達は話を聞くフリをして、私達を解析し、軍事経済に利用しようとした。 そればかりか、核戦争の動きはより早まり、更に致命的になった」

過去の断片的なデータで、シャドウも、人間が如何に強欲でどうしようもない生物かは理解出来ていたらしい。

それでもこれほどまでとは思っていなかったそうだ。

やむを得ずシャドウは有無を言わさず人類を抹殺した。

核兵器だけ取りあげても無駄。

それは分かりきっていたからだ。

どうせまた作るし、恨みばかり拗らせる。そして被害者面して、シャドウを侵略者呼ばわりする。

短時間で実物に触れて、それをシャドウが学習した。

そうして、幾つもの平行世界。いや、幾つもなどとは生ぬるい。億単位の、人間がいる平行世界をシャドウは見て回った。

結果は、此奴らと話し合っても無駄、だったそうだ。

「諦めた私達は、一つ細工をした」

「細工って……」

「AIの異常な進歩、おかしいと思わなかったのかね」

「!」

そうか。

この世界では、確かシャドウ戦役前くらいから、AIの進歩が急加速していた。

それまではそれっぽいことをいうだけでとても実用には適さなかったAIが、数世代ぶんのシンギュラリティを経たのだ。

何人かの神がかった技術者によるものと言われてはいた。

だが、考えて見れば。

シャドウ戦役で混乱している中、限られたマンパワーで、それが為せただろうか。甚だしく怪しいと言える。

実際問題、今の教育システムや医療システム、裁判システムなどは大躍進を遂げたAIに依存するところが大きい。

そうか、細工をされていたのか。

人間の尊厳なんてどこに行ったのか分からないが。

少なくともその可能性がどうのこうのというような寝言は、口に出来なくなってしまったな。

そうあたいは思う。

「ただ、これはあくまで平行世界の人間の知識の上澄みを乗せただけだ。 技術そのもののアイデアを出したのは私達ではない」

「……」

「君達は億単位の世界の良い所を集めて、やっとそれだけのAIを作り出す事ができた存在だ。 私達は今後、それを前提に君達を監視し。 それで上手く行くようならばこの世界を去ろう」

「一つ聞いて良いかな」

なんでも、とノワールが言う。

基本的に必要な会話しかしない此奴らしくもない。

或いは、あたいをそれだけ認めてくれているのかも知れないが。

「ひょっとして、主君を蘇らせるつもり?」

「それはない」

「どうして」

「主君は酷く汚染された世界で、いびつな形で適応して出現した知的生命体だ。 生はそれすなわちが苦しみで、地球の豊かな環境が保全された状況下では生存することも出来なくなる。 また主君を蘇らせるのは、主君の願うところではない。 仮に出来るとしても、それをしないように主君は望んだ」

そうか。

とても義理堅いんだな此奴。

実際、一切嘘をつかなかった。

それについては、誰もが認めていた。それはあたいもだ。

「それではこれまでだ。 何か余程の事態でもない限り、もう話す事は無いだろう。 分かっているとは思うが、私達の正体について、君達が知るのはまだ早い。 くれぐれも、周囲に話さないようにな。 それが出来ると判断したから、私達は君と話した」

「分かってる。 墓まで持っていくよ」

「それでいい」

それで、会話は終わった。

ノワールとの最後の会話だ。

あたいはそれ以降、最後の時までノワールと話す事はなかった。恐らく相手は此方を見ているのだろうけれど。

それはまた、別の話だった。

 

1、復興が始まる

 

広瀬元帥は。戦闘が終わってしばしして、今までの功績も加味され、元帥に昇進した。

それはともかくとして、今までと全く変わらない行動を続けていた。

大将の時と同じ。

今までと同じく誰にでも敬語で話し、敬意を払う。

ともかく広瀬元帥は、義手の様子を確認し、足につけた歩行補助用のパワードスーツで歩きながら、周囲を見て回っていた。

軍基地はある。

シャドウは手出ししなかった。

ただ、軍備は縮小が開始されている。

現在、第一軍団は兵員規模こそそのまま保つものの、もしもネメシスが現れたらに備えて、武装を変更している。

兵士はいてもあまり意味がない。

そのため、耐熱服が重視され。

装備もHEAT弾に限定されるようになっていた。

戦車もアレキサンドロスVに置き換えが続いているが。それよりも長距離ロケット砲や迫撃砲の配備が進んでいる。

これらは対ネメシスの兵器である。

螺旋穿孔砲も残すが。

これは小型種の姿のままのネメシスが現れた場合の備えだ。

シャドウは恐ろしい程規律が取れている。

野生動物の中でも致命的な種。熊とか狼とかは、人間に近寄らないように上手に誘導までしている。

動物園より環境が良いと生物学者が状況を視察して太鼓判を押しているくらいで。

とにかく動物には、人間に近寄らないように、シャドウが徹底的に処置をしているようだった。

いずれにしてもそれらに対して、広瀬元帥が口を出す理由は無いし。

何かする事も無い。

訓練、それに兵器の配備の様子を見る。

まだまだネメシスが現れた時、一戦やれるほどの兵力は無い。

少しずつ人員は補充しているが。

海兵隊は全てが北米に戻り。

また、各地で再編制が開始されている。

やはりシャドウに自爆テロを目論むような輩や。

或いはそういう輩が国のトップにつくことを防ぐためだ。

たまにノワールはまだSNSに現れているが。その発言を分析しているものもいるようである。

いずれにしても人間がシャドウに勝つ事は不可能。

今は黙々と技術を進歩させ。

そして明日に備えなければならない。

「広瀬元帥」

「はい。 どうしましたか」

足を止めると、北条だった。

相変わらずの貼り付いたような笑みである。

ちなみに老化が普通の人間より早いらしく、衰え始めたとこの間笑っていた。非人道的な実験の結果だ。

自分の体に行われた実験の結果は。

後の時代に、マシな方向で生かして欲しい。

そう北条は言っていた。

医師によると、何倍も早く老化する病気が世の中には存在しているらしい。

北条のはそれとはちょっと違って、無理矢理成長させたことによって、老化に関係する体内の仕組みが壊れてしまっているのだとか。

ただ、本人はそれを恨んでいないらしい。

必要な時に、必要なだけ動けた。

飛騨中佐を徹底的に鍛えて生き残らせる事ができたし。

広瀬大将を死地から救い出せた。

それだけで充分だと。

欲がない事である。

「四国の地下都市で、新型ホバー船の模型が作られました。 それについて視察をお願いしたく」

「分かりました。 向かいましょう」

「車は小官が運転します」

「お願いします」

広瀬は基本的に誰にでも丁寧に接する。これは元帥になった今でも同じだし、今後も変えるつもりはない。

だからだろうか。

皆、広瀬に忠誠を誓ってくれる。

それだけで十分。

神戸も十分に発展しているが、今では別都市からの人員は基本的に大々的には受け入れていないし。

受け入れた場合は、法に従って貰っている。

これを拒否して暴れる輩は即座に送り返すようにもしている。

また、この間ずっと暴れていた活動家達のリーダーが老衰で死んだ。

病院でも最後まで好き勝手なことをほざいていたらしく、マルクスの資本論を未来に引き継げと周りにがなり立てていたらしいが。

既に活動家達は老齢化が激しく。

子供や孫の支援を期待できない状況でもある。

SNSでの工作など、稚拙すぎて鼻で笑われる状況が続いている。

これらの活動家達には、インテリを拗らせたものだけではなく、元マスコミの関係者も加わったようだが。

いずれにしても烏合の衆であり。

今では監視を受けながら、隅っこでふるえているだけである。

近いうちに活動家は歴史の闇に消えるだろう。

教科書の中だけで出現することになる。

今ですら、広瀬元帥が車で移動していても、誰も活動家が邪魔しに来ない。北条は気を張ってくれているが。

それも、あくまで念の為だ。

神戸の街を抜けて、淡路島への橋を行く。

無骨な造りの頑強な橋だが、下でブルーカイマンやイエローサーペントが移動していて。橋を攻撃するそぶりは見せない。

四国でも、地下都市の側にキャノンレオンやストライプタイガーが見張りについているけれど。

襲ってきたという例は無い。

海外だと、バカが発砲する事がまだあるようだが。

普通の鉛玉なんて通じないし、爆弾だって基本的に通らない。

自爆テロを試みる阿呆も、完全に無駄死にするだけ。

それを理解してからは、少しずつそれをやる輩も減っているようだ。

四国の地下都市に入る。

まだ人は少ないが、少しずつ増えている。子供をロボットが多数引率しているのが見えた。

あの子達は、もうシャドウと戦う事がないようにしたい。

此処からは歩く。

軍基地の検問で、敬礼をかわす。義手だから、どうしても動きはぎこちなくなるが。兵士達も事情は知っている。

地下のドックには模型が浮かべられていた。

船の設計をしていたのは、まだ若い博士だ。

十代前半かも知れない。

だけれども、催眠教育でスペックをフルに引き出せるのだ。

今後は子供の社会進出が更に増えていく。

しかも催眠教育でしっかり情操から何から叩き込まれる。

昔みたいな、虐めをされる方が悪いみたいな腐った思想は、既にこの子等とは無縁だ。そもそも過密によるストレスでの虐めそのものが発生しなくなる。

それでいい。

悪しき風習は、ゴミ箱に蹴り込んでしまえばいい。

「積載量は更に増え、水素動力で更に長時間の航行が可能です。 速度も今までのホバーの比ではありません。 これから、このホバーを量産して、世界の海運を一気に回復させる事ができるかと思います」

「それで入り込む悪辣な輩に対処も必要ですが、テクノロジーの進歩も事実ですね」

「……研究をそのまま進めてください。 最終的にこの船は何という等級にしますか」

「広瀬級はダメですか」

却下と即答。

少なくとも広瀬元帥が生きている間は、そういう神格化は許さない。そうも付け足しておく。

ちょっと少年博士は悲しそうにしたが。

すぐに代案を出した。

「それではアカエイ級ではどうでしょうか」

「アカエイというと、あのエイですか」

「いえ、それとは違う妖怪のアカエイです。 全長五十mもあるという伝承が残されています。 この大きさから言っても、クラーケンのような伝承が残るアカエイがいいかなと思いまして」

「分かりました、それで良いでしょう。 アカエイについての説明は、きちんとしておくようにしてください」

敬礼をかわして、その場を離れる。

デスクに戻ると、ロボットが茶を淹れてくれた。幾つかの書類を決裁する。

義手だからちょっと辛いが。音声での認証なども補助はしてくれるので、その辺は助かる。

畑中中将はもう滅多に病院から出られなくなってしまったし。

ネメシスエンドを斃した二年後、呉美准将は満足したようにこの世を去った。

広瀬元帥は生き残ってしまった。

だから飛騨中佐と一緒に。

この世界を守らなければならない。

いや、シャドウとともにか。

それもまた、不思議な気分ではあったが。

ノワールが明かした情報の内、恐らく差し障りがないと判断したものについては、ナジャルータ博士から広瀬元帥も聞いている。

だから、今はもうシャドウへの憎しみも怒りもない。

シャドウにはそうするだけの理由があったとわかったのだから。

重要な書類が来る。中身を確認すると、スコットランドでの催眠教育システムについてである。

少し前から試験的に導入されていたのだが、強硬に反対する者も多かった。

それ故に、たまにまだデモが起こるらしい。

しかしながら、先んじて導入された経済管理システムが、スコットランドから貧富の格差を消し飛ばした。

それもあって、特に貧困層だった人間が暴れるような事もなくなりつつあり。

それが実績となって、シャドウ憎しの保守的な思想が強かったスコットランドでも、催眠教育の全面的な導入が決まったのだ。

問題は導入についての説明などだが、これは現地でスタッフがやるという。

決済をして、次。

北米ではまた大統領が替わった。

大統領選の時期だ。

今回はごく穏当な人物で、北米の人達もシャドウとの戦闘もネメシスとの死闘ももううんざりだと考えているのがよく分かった。

北米の四都市でも既にAIでの催眠教育と経済管理システムが導入され、裁判システムも導入が進められている。

昔は山ほど弁護士が無駄にいたらしい北米だが。

今ではそれらがシャドウに一掃されてしまった結果、落ち着くところに落ち着いており。

何年も無駄に裁判をして、しかも汚職が蔓延っているのが当たり前だったのを変えてくれたAIによる裁判システムは元から熱視線を送られていた。

今回は、最後に残った都市に、裁判システムを導入したいと新しく就任した大統領が言っているようだ。

まあ、それはすっかり覇気が失せてしまった市川代表が決済することだ。

広瀬元帥は知らない。

今回は軍も関係無いので、管轄外なのだ。

無言で仕事をして、それで休憩を入れる。義手のメンテや、足のパワードスーツのメンテ。

体調管理などは医療ロボットが全部やってくれる。

それらのデータを見た上で、医師が判断する事になるが。

今の時点では、仕事をしないようにとかは言われていない。一応、それなりにやれるということだ。

ただ、食事制限は厳しい。

あまり好きなものは食べられないので、それが辛い。

分かっている。

体はかなり無理が掛かっている。ただでさえ新生病なのだ。これはどうにもできないと、医師も言っている

ただ、その後新生病の人間は出ていないらしいから。

恐らく、広瀬元帥の世代だけの病気。

クローンと人工子宮の時代が始まったときだけに生じた、歪みみたいなものなのかも知れない。

仕事を再開し、夕方までデスクワークをする。

それが終わってから、外に出て視察をする。

地下では研究を主にやっている。作物栽培や、家畜の育成などもやっている。これらを、たまに視察する。

軍の高官が視察しても意味は無いかも知れないが。

英雄の中の英雄が来てくれるということで、気が引き締まるとかで。是非視察して欲しいと、時々声が掛かる。

英雄なんかじゃないのだが。

それでも、請われるのなら行くだけだ。

今日は茶を見に行く。

既にシャドウ戦役前の水準の茶葉は造れるようになってきており、今度は絶滅してしまった茶の品種の復旧を進めている段階らしい。

確かに茶は目だって美味しくなった。

次はコーヒーだろう。

ちなみに広瀬元帥は紅茶派である。

紅茶も出来ればもっとおいしくなってほしいが。現場は良くやってくれている。

昔はZ世代とかいって、若い世代をとにかく馬鹿にする風潮があったらしいが。その手の輩はシャドウ戦役でほぼ死に絶えた。

だから、新陳代謝は無理矢理進んだと言えるのかも知れない。

視察をして、それで説明を受ける。

此処でも催眠教育を終えたばかりの子供がかなり活躍している。力仕事ではないし、頭のスペックをフル活用出来る分野だ。

茶の育成などで細かく指示を出し、それをAIが実行する。その試行錯誤の末に、良いものが出来る。

昔は手でそれをやっていたのだが。

今はその過酷な労働を指示するだけで出来るようになった。

これは堕落では無く省力だ。

それでいいのである。

帰路につく。

宿舎は軍基地にある。これは、いつでもいざという時に備えるためだ。

せめてデスクも軍基地にという提案を医師にされたのだが。この辺りは、今後四国の地下都市が。

確か新土佐とかいう名前にするらしいが。

この新土佐が新しい世界の中心に一つになるという理由もある。

それもあって、広瀬元帥がデスクを置くことは、それを促進する事につながるので。そうする意味がある。

まあ、おかげで毎日淡路島を通らなければならないが。その程度は、別に苦労でもなんでもない。

「今日はそれほど遅くなりませんでしたね」

「医者に怒られますから」

「医者の言う事を聞いているのに怒られるのも理不尽な話ですが」

「怒る人は大事です。 鬱陶しいから誰にも怒られないような環境を作るような人間は、あっと言う間に堕落します」

北条にそう答えると、真面目ですねと言われた。

まあ、それくらいしか取り柄がない。

軍神だの英雄だのと持ち上げられているが。広瀬元帥は、そんな過大評価は相応しくないと。

今でも、ずっと思っていた。

 

翌日。

京都基地に出向く。

シャドウは途中の舗装道にも普通に姿を見せるが、人に危害は加えない。ずっと監視はしているが。

ただ、小型種が此方を見ているのは、ちょっとひやりとする。

小型種の恐ろしさは、広瀬元帥だって知っている。

この位置だと、それこそ瞬きもしない間に首を刈り取られる程の相手だ。

衰えたりとはいえ北条が、螺旋穿孔砲があっても複数同時を相手は無理と言い切るほどの存在である。

虎よりまだ生身で強いらしい北条がである。

まだまだ、シャドウはとても恐ろしい存在であることは変わっていない。今後も、人間はこの圧倒的な存在と、上手くつきあっていかなければならないのだ。

京都工場に出向くと、畑中博士が、超世王セイバージャッジメントを調整していた。細かい部分を調整しているが、大規模なアップデートは無理らしい。

現時点でも、中型種二体くらいまでなら同時に斃せる。無理すれば三体も行ける。勿論種類にもよるのだが。

だが、戦う意味がない。

だから、ネメシス対策の武装を強化して、調整しているらしい。

やはり耐熱が課題だ。

ネメシスエンドとの戦闘でも、飛騨中佐……当時は大尉だったが。彼女が奮戦したから勝てた側面は大きい。

気付いた麟博士が来て、敬礼する。

ちょっとみない内に、もの凄い美人になっている。

ただし、口から出る言葉と思考している事がまるで異なることは変わらないし。運動音痴が酷くなっているようだが。

いくつか話を聞いておく。

今の時点でこれといった問題は発生はしていないようだ。問題があるとすれば、シャドウに監視されていることだが。

畑中博士は面白がっているし。

自分も少しずつなれてきていると、麟博士は言うのだった。

「そろそろ後継者が必要ですね」

「そうですね。 まだあまり自信はありませんが」

「何があるかわかりません。 ネメシスは退けましたが、シャドウといつまで仲良くやっていけるかはわからない状態です」

「……」

これは現実的に考えて、シャドウが本気になったら人間なんてひとたまりもないということもあるが。

それと同時に、人間側にも問題がある。

一世代くらいしてネメシスやシャドウの恐怖が忘れ去られた時。

GDFの代表が、シャドウに対してまた仕掛けることを画策するかもしれない。

前はまったく得体が知れない相手だったシャドウだが、今回は違う。

ナジャルータ博士から差し障りがない程度の正体は広瀬元帥も聞いているし、ノワールが時々SNSに現れるくらいだ。

相手が人間のテクノロジーなんて紙のように貫通する存在で。

物理法則すら意にも介さない化け物であるということを、既に知っている。

だがそれが必要以上に身近になった時。

人間は果たしてシャドウを恐れ続け。

何よりも、シャドウのおかげで地球の寿命が延びたことを忘れずにいられるだろうか。

広瀬元帥がシャドウとの戦いで思い知ったことはいくつもあるが、どんな天才だろうとあっさり死ぬし。

人間の悪意には際限がないということが一番大きい。

ネメシス種の恐ろしさは今でも悪夢をたまに見るほどだ。

あれはとてもではないが、人が手に負える存在ではない。

超世王セイバージャッジメントがなければ絶対に勝てなかった。

それも、後の時代にプロパガンダとか言い出す阿呆が出てくる可能性もある。

人間の愚かさは底が知れないのだ。

今ですら、シャドウとの戦いが終わった今が稼ぎ時だと考えたのか、時々シャドウが徘徊する中に出向いて、貴重な資源などを奪ってこようとする阿呆が出始めている状況である。

それらは即座に小型種に捕獲されて、街に突っ返されてくるが。

被害者面をしている輩も多い。

これだけのことがあっても、まだ人間は万物の霊長という妄想から抜けられていない。だから、その妄想を今の世代で終わらせなければならないが。

広瀬元帥は。

終わらせられなかった時に備えていなければならないのである。

それが、軍司令官の立場というものだ。

麟博士と話しながら、工場を見て回る。

訓練用の設備が残っているが、残念ながらどれだけ扱いやすくしても、まだ飛騨咲楽中佐の跡を継げるパイロットは出てきていない。

つまり、飛騨中佐しか超世王セイバージャッジメントは動かせない。

これは決してよいことではない。

一応、若いこの中から見繕って、パイロットの適性試験を受けさせているようだが。

デチューンモデルを操作できる子はいくらでもいるが。

超世王セイバージャッジメントの実機を動かせる子は、まだ出ていないようだった。

一通り見学を済ませてから戻る。

北条が相変わらずの貼り付いた笑みで言う。

「二人、あまり好意的ではない視線を向けてきていました。 許可をいただければ始末してきますが」

「いや、そこまでは必要ありません。 一応念のために素性は探っておいてください」

「イエッサ」

ネメシスエンドとの戦いが終わった今。

平和を世界は一応は謳歌できている。

ネメシス戦で、人間は明確に多くの死者は出したが。今ではその死者は帳消しとなり、十分に人は増え始めている。

近々六千万を超えるかもしれないと、連絡が来ているが。

それはそれとして、結婚して普通に子供を産む家庭はどこの街でも国でも減る一方であるそうだ。

近いうちに人間はデータバンクに保存された遺伝子データを掛け合わされて人工子宮から生まれ。

もしくはクローンとして生を受ける。

そういった存在だけになるかもしれない。

それが生物としての劣化かどうかは広瀬元帥は言葉を避ける。というのも、だからこそに恋愛結婚なんてふわふわしたものとは無縁に子供が生まれてくるようにもなったし。現状の進歩しきったAIの支援により、少なくとも催眠教育システムが普及した地域では、子供はフルスペックを発揮できている。

これが世界中に広まれば。

おそらく、世界は変わるのだ。

それは人間性の喪失なのかもしれないが。

少なくともシャドウ戦役とネメシスとの戦いを生き残った広瀬元帥は、否定するつもりにはなれないし。

今までの、人間のすべてを肯定するような寝言がどれだけ世界を無茶苦茶にしてきたかもよくわかっているから。

現状に不満もない。

ただそれでも、備えなければならない。

それが広瀬元帥の仕事だ。

統一王朝が短時間で瓦解してきたことは、人間の歴史にいくらでもある。

それは大体の場合、統一王朝の創設者が、一番大事な統一直後というタイミングで気を抜いたからだ。

統一からが一番大事であることを、人間は忘れがちだ。

そして平和も。

広瀬元帥は、今まで繰り返えされてきた愚行を繰り返さないためにも。気を張り続けなければならないのだった。

宿舎に戻る。

実は、ノワールが体を治そうかと提案してきたことがある。断った。

広瀬元帥だけそんなのを受けるわけにはいかない。

人間のテクノロジーが発達して、それで治るなら、治療を受ける。

少なくともシャドウにおんぶでだっこではいけないし。いずれ自立もしなければならないのだから。

 

2、天才からの視点凡才からの視点

 

京都工場に赴任した科学者、古田興野は、凡才である。正確には、そうであると思い知らされていた。

人間がフルスペックを発揮できる今。

神戸で生まれた古田もそれは例に漏れない。

だからこそわかるのだ。

ほとんど頭の中だけで設計を組み立てて、それを作りながら平行でどんどん改良をしていく畑中博士のすさまじさが。

ネメシスエンドとの戦いが終わって五年。

シャドウとの戦いで凄まじい戦果を挙げた畑中中将は、そろそろ命が危ないと言われている。

ネメシスエンドを斃した英雄飛騨咲楽中佐は、そろそろ大佐になると言われている。

新土佐は完成が近づき、いくつかの食べ物は明確においしくなった。地下の畑などがほぼ完成して、そこでの品種改良や、失われた品種の再生が続いているからだ。

時代が変わりつつある。

シャドウとは戦うのではなく、共存の時代が来つつあるし。

それは古田も知っていた。

だから京都工場に配属と聞いて、内心はがっかりしたのだが。

前にここに短時間いたらしい博士に話を聞かされたのだ。ナジャルータ博士と一緒にさまざまな分析をした博士らしいのだが。

その博士は言っていた。

フルスペックを簡単に発揮できる今だが。

だからこそ、天才は本当に手がつけられないスペックを発揮する。

京都工場で働いている畑中博士は間違いなく天才だ。

推定IQは考えたくもない数字だろうと。

皆がフルスペックを発揮できる今、IQは基準数値が大幅に引き上げられていて、過去の基準とは異なっている。

同年代の平均が100という計算法を用いる場合。

畑中博士のIQはそれでも200は越えているだろうという話も聞く。

これは昔の基準のIQではないことを考えると、コンピューター学の基礎を作り上げたノイマンなどに比肩するかもしれない。

それくらいの天才だと言うことだ。

だから興味もあった。

それで配属されて、仕事をする。

伝説の超世王セイバージャッジメントは、今でも強化改修が続いている。

一目でわかったが、それをまだ続けているのは畑中博士の狂気じみた情熱によるものである。

それがどこから来るかはさっぱりわからないが。

それでもわかるのは、マルチタスクで作業をこなしながら。

普通だったら扱えない異常なマシンをどんどん性能向上させている。

そのとんでもないすさまじさだった。

SNSが普及した頃の話だが。

上には上がいくらでもいる。

そういう事例を、散々目にすることになったらしい。それで、自信を喪失してしまう人が多数でたのだとか。

今の時代は、それはほとんどない。

高齢の、催眠教育を拒んでいるような人間はともかくとして、だ。ほとんどの人間は、非常に高い知的水準にある。

知能が磨かれているだけではなく、一夜漬けなどと言う無意味な勉強法で、知識をドブに捨てていた時代と違い。

催眠教育で、しっかり知識を身につけているからだ。

それでなお、わかるこの差。

はっきりいってレベルが違う。

実は少し前にノワールとSNSで話した。

話してみてわかったのは、完全に見透かされていると言うことだ。

頭の出来が違いすぎる。

集合意識存在だと言うことは聞いていたが、それにしても話していて相手の言葉に全く矛盾やらを見つけられない。

感情論で囃し立てるような戦術も一切通じない。

何を言っても全く動じないのだから。

それを見たときと、同じような恐怖を、今古田は感じていた。

「古田博士ですね」

「は、はい」

声をかけられたので、思わず背筋が伸びた。声をかけてきたのは、二mはあろうかという巨漢である。

岸和田とネームプレートに記載されていた。

「職場を案内します。 ついてきてください」

「わかりました」

「畑中博士、凄まじいでしょう」

「え、ええ。 話に聞いていた以上でした」

誰でもフルスペックを発揮できる時代であってなお。

その凄まじさはまるで揺るがない、文字通り天賦の才の持ち主。それが目の前にいることはわかった。

本当にとんでもないな。

そう舌を巻くしかない。

職場に案内される。

この工場は、ネメシスエンドとの戦いでかなりダメージを受けたらしいのだけれども。それでも今では復興が終わり、何ら問題なく稼働している。

それを横目で見ながら、デスクに案内された。

提供されているPCなどを確認して、すぐに組み立て。セットアップもしてしまう。

昔は起動まで数分かかるような低品質のPCが企業用に配布されていることが多かったらしいが。

今のこういった業務用PCは、古い時代にスパコンと言われていたものくらいの性能はある。

さっさと組み立てを終えて。

それで初期設定を済ませるまで、それほど時間もかからない。

それで作業を始める。

古田の仕事は、本来は京都工場に関連するものではない。

シャドウに許される範囲の飛行機械の開発。

その下準備だ。

 

ドローンや飛行機は、まだまだシャドウの攻撃対象だ。現時点のテクノロジーでは、空を飛ぶ機械は許容できない。

そうノワールはSNSで明言している。

実際問題、それに反発したやつが、たまにドローンを飛ばしたりするのだけれども。

一瞬でブライトイーグルに撃墜され。

それで絶望だけを味わうのが常だった。

ビームだのミサイルだのだったらまだわかるが。

ブライトイーグルの収束EMPというとんでもない攻撃には、文字通り為す術がないのである。

シャドウを刺激するな。

それが基本的な方針である。

まだまだ飛行機械は環境に与える影響が大きすぎる。

だから今はホバーのさらに新鋭機が開発され。

海運で人類は命運をつないでいる状況だ。

それをどうにかしようと、各国は努力を続けている。

当然神戸、新土佐を中心とする日本も同じ。そして昔と違って大国の利権どころではない今は。

技術は平行共有され。

それぞれで技術革新を連携しながら進めていた。

安かろう悪かろうの時代。

一国家がすべての富を独占しようなどと目論んでいた時代。

シャドウ戦役前の時代には、とても考えられないことではあるのだが。

今はそれが実現している。

古田は航空力学や、その歴史をすべて頭に入れている。

ライト兄弟が原動機付きの飛行機を作る前に、いくつもの飛行装置が世界では作られ。ほとんどがグライダー方式であったが、それでもそれなりの距離を飛んだ人間はいたという。

だがイカロスの神話のようにそれには非常に危険が伴い。

ライト兄弟の前には、失敗した技術者の屍の山が築かれていた。これは文字通りの意味である。

飛行機械が出現し。さらにそれが本格的に発達したのは二次大戦の頃だろう。

制空権の概念が出現し。

それによって様々な戦場のドクトリンが変化した。

航空機による破壊力を最初に見せつけたのは日本だったそうだ。

だが、それはすぐに学習され、むしろそれによって敗れることになったそうだが。

黙々と調整を続ける。

現状の飛行機械は、汚染を出さずに大量の荷物を運ぶのは不可能だ。

ジェットエンジンは有害物質の塊であり、燃料からして極めて危険なものを積んでいる。

さすがにロケット燃料ほどではないが。

それでもシャドウが怒って撃墜するのも、知識を得ている古田ならわかる。

古い時代のプロペラ機とかでも、本質的にはそれほど変わるものではないだろう。だから、どうにかしなければならないのだ。

一時期もてはやされたクリーンエネルギーというものは論外だ。

あれらはほとんどが、実際にはクリーンどころか、環境破壊をより促進するばかりの愚かしい代物ばかりだった。

それを考えると、今は根本的に違うものを少しずつ考えていかなければならない時期なのである。

たまに岸和田という士官が見に来る。

古田はまだ十二であり、今の時代だからこそ大人に交じって仕事をしている状態であって。

それにあまり体格に恵まれないこともある。

文字通り見上げるような背丈の岸和田には、ちょっとびくりとさせられる。

「何か不自由はありませんか」

「大丈夫です。 問題ありません」

「それはよかった。 とにかく何かあったらすぐに言ってください」

「わかりました。 お願いいたします」

儀礼的に話をして、それで今日の仕事はおしまい。

各国の研究者が飛行機械について研究しているが、特に戦闘機のようなステルス塗料を使ったりするようなものは、シャドウに瞬間的に破壊されてしまう。

シャドウのおかげで地球の環境は人類出現前の基準にまで戻った。

汚染は深海などのものも含めて、きれいさっぱり消えてなくなっている。

本当だったら、シャドウはずっと人間には干渉する気がなく。地球が人類の手で破綻してから、世界を直すつもりだったのではないかという説まであるらしいが。

それが出来ても不思議ではまったくないので。

笑い事ではないのだった。

帰路は軍のジープで送ってもらう。

舗装道路の周囲では、たまに小型種シャドウが姿を見せる。

あれがこの距離からだったら絶対に勝てない相手であることはわかっているが。人間の街を中型種ですら監視している今は、それで怖いとはどうしても思えなかった。

まだネメシスエンドとの戦いがあったころは、催眠教育を受けていた年代だったらかもしれないが。

それにしても、不思議な話である。

ちなみに熊や狼と言った猛獣は一切見かけない。

シャドウが遠ざけているようである。

まあ、それは人間にとってもそういった動物にとってもいいことだ。

距離が近くなって、いいことなど一つもないのだから。

宿舎に戻る。

それで横になって、しばらくぼんやりする。

天才を見た。

直にその仕事ぶりを見た。

今更ながらに、すげえと思った。

叫びたくなったが、やめておく。古田は家事をしてくれているロボットに、それとなく聞いてみる。

「GQD11、畑中博士を見てきたよ。 すごい人だった。 あの人以上の天才って、今の世界にいるのか?」

「単純なIQという観点ではいませんね。 ただ畑中博士は専門分野以外はほとんど触らない人ですので、別の分野では畑中博士以上の業績を上げている人がいくらでもいます」

「ああ、うん。 それはなんとなくわかる」

「シャドウとの和平を成し遂げる原動力となった超世王セイバージャッジメントを作り上げた天才技術者としての畑中博士は、文字通り世界史に残る偉人となるでしょう。 このまま上手にシャドウとの共存を続け、人類が生き残り、歴史を紡ぐことが出来れば、ですが。 しかしながら、後の時代を支配した英雄達のような影響力はありません。 畑中博士は、技術力で人間とは比較にならないシャドウを創意工夫で斃し続けるという偉業を達成したという観点でのみ、畑中中将や飛騨中佐と同じ最高の実績を上げていますが、それ以上でも以下でもありません」

家庭用ロボットも、今はこれくらいはいえる。

そして、文字通りそれはぐうの音も出ないほどの正論で。

古田は反論できなかった。

夕食を食べる。

今日はおなかが温まるトマトベースのシチューだった。

昔のお店の味くらいは簡単に再現しているというから。

シャドウの籠の中にいると活動家のごくわずかな生き残りがSNSでヒステリックに騒いでいる反面。

こういう点では、とても豊かに生活できているなと、古田は思うのだった。

 

翌日も京都工場に出る。

実験場があって、そこでいろいろと機材を使って調べてみる。

京都工場の上空一qまでは、シャドウは手を出さない。

京都工場の敷地や、上空一qを越えた場合は、有人飛行機であろうと、躊躇なく爆砕してくる。

まあ恐ろしい相手ではあるけれども。

そもそもそうすると相手は警告しているのである。

それに対する威嚇行動は馬鹿馬鹿しいだけだ。

ともかく、先人が残した資料を自分の目で確認して。失敗と判断された飛行機械の残骸も触って調べていく。

そうしていると、こちらに声をかけてくる人がいる。

補助役支援役として、この京都工場の影の支配者とまでいわれている三池さんだ。

特段優れた技術力などはなく、畑中博士より年上らしいのだが。

それでも年下の畑中博士をよく支え。

研究以外ずぼらの極みである畑中博士がいつでもフルスペックを発揮できるようにしている、影の功労者。

それは知っているので、慌てて敬礼していた。

いくつかの話をした後、倉庫を教えてくれる。

倉庫にも、過去の遺産がいくつも残っている。

工夫したんだなと、一目でわかる。

とにかくシャドウは原動機付きの飛行機が飛ぶことを許さないのはよくわかった。それがドローンでも同じだ。

いろいろ工夫して、汚染物質を出さないようにした実験機がいくつもある。

大きいのから小さいのまで様々だ。

だが、ここでは試験機は基本的に二機作るようにするという約束事が存在している。

もしもシャドウの逆鱗に触れた場合、墜落どころかその実験機は消滅してしまうからである。

故にここにあるものは、すべてだめだったということだ。

「古田博士は航空力学の専門らしいですね。 何かわかりそうですか」

「いえ、簡単にはいかないと思います。 これらを見ると、とにかくあの手この手で必死に空を汚染物質を減らして飛ぶ工夫をしていますが、それでもシャドウは許さなかった。 あるいは、飛行動力を何かしら工夫しないといけないのかもしれません」

「私はいずれにしても専門外なので、基本的に口は出しません。 ただし、有人飛行だけは許可しません。 意味はわかると思いますが」

「はい。 自分もまだ死にたくはありませんから」

三池さんが、後で茶を入れてくれるらしい。

ありがたい話だ。

とにかく、倉庫の飛行機械をすべて見ていく。

それらを見てわかったことは。

今の時点での技術では、どれだけ小手先のことをやっても無駄だと言うことだ。

実際、超世王セイバージャッジメントだって、内部に真空のあるワイヤーで、擬似的な反陽子による反物質ビームを用いて、ブライトイーグルを撃墜したのである。

ブライトイーグルとは違って、戦闘機の役割を果たすシルバーフィッシュとはついに交戦はしなかったようだが。

いずれにしても空中戦でシャドウと戦うのは100%無理。

それはまだひよっこの学者である古田にもわかる。

それに、ここでいろいろなものをみて理解できたが。

技術的なシンギュラリティを経ないと、おそらくシャドウは納得しないだろう。

世界各地に基地局を作ることをシャドウが許可してくれたおかげで、世界各国の学者と連携は出来る。

ただ航空力学の学者はあまり数が多くなく。

今でも古田はその貴重な一人でもあるので、周りをあまり頼れないのは少しばかり心細い。

それでもどうにかするしかない。

中央アジアや中東といった無人地帯は、今もシャドウが入ることを許してはくれない。というか、資源採掘自体を許してくれない。資源は供与してくれるが、このままだとシャドウと共存がなった未来に、人類は弱体化しきってしまうだろう。

もちろん、全く思考回路が違う、人間より明確に格上の存在と出会い。

それと連携をなしたということは、とても大きい。

それについては、人類史の何よりも大きな実績となる。

わかっている。

人間の歴史が、延々と殺し合いと奪い合いの歴史だったのは、自己正当化と他者否定の理屈。

全肯定と全否定の理屈で。

一部の人間が、多数の愚者を支配する仕組みが一般的だったからだ。

「わかってはいるけれど……」

技術的なシンギュラリティなんて、簡単に起こせたら苦労はない。

それを比較的簡単に達成している畑中博士の凄まじさが、そばで見て、仕事をしてみてよくわかった。

だが、それでもだ。

凡人の意地は通す。

デスクに戻ると、三池さんがお茶を出してくれた。茶菓子までついている。恐縮していただく。

数年前までは、どんなに頑張ってもおいしいお茶は出なかった。

茶の栽培などのノウハウが全滅していたからだ。

それが今では、かなりおいしいお茶が出てくる。

ロボットが淹れたのかなと一瞬思ったが。

ここでは三池さんがこの手のことをすべて取り仕切っているらしい。

それは畑中博士をはじめとした皆が、頭が上がらないわけだ。

古田はそれに希望も見る。

三池さんは、これといった業績を上げていない凡人である。

それでも、この人類の命運をかけたプロジェクトが動いていた工場で、お局になるようなこともなく。

しっかりやれている。

天才だけが世界を動かすのではない。

こういう人がいて、天才は実力を発揮できるのだ。

だったら。

古田は天才ではない。

わかっているから、資料の整理を始める。

自分でシンギュラリティを引き起こすことは、まずは排除して考える。

今やるべきことは、シンギュラリティを引き起こせる人間に、その道を作るべきことだろう。

前任者達は、いずれもシンギュラリティを引き起こそうと、躍起だった。

それは数々の実験機を見れば、明らかすぎるほどだった。

古田は、自分が出来る範囲からやっていくことにする。

それが現実的だし。

それでいいと思うからだ。

人間が空に再度進出するのは、どう考えても百年はかかるとみていいだろう。

今開発している次世代のホバー輸送船も、昔のタンカーなどとは比べものにならないほど積載量が小さいのだ。

そういう時代。

古田が歴史に名を残すのは、野心的ではあるが、非現実的でもある。

だから、今は。

畑中博士の方を一瞥する。

超世王セイバージャッジメントを直に見て理解できたが、あの人はいきなり人型ロボットを作るようなことをしなかった。

人間が持っている手札で、どうあがいても勝ち目なんかないシャドウに勝つことからはじめ。

変態兵器といっていい代物を使いこなせる畑中中将や飛騨中佐がいたとはいえ。それでもやってのけたのだ。

それは決してシンギュラリティではなかったかもしれないが。

それでも素晴らしい人類史に残る偉業だと思う。

いずれ人型の羽とか生えたかっこいいロボットが当たり前の時代が来るのかもしれないけれど。

少なくとも古田がそれを見ることは、厳しいだろうというのが本音である。

だが、それで焦ることはない。

GDFの首脳部でも、すっかり主戦派は弱ったようだし。

それでもたまにシャドウのくびきからの脱出をとつばを飛ばして叫ぶやつもいるようだけれども。

具体的にどうシャドウに勝つのかという話で。

勝てる方法を提示したやつなどいない。

シャドウに勝つことは、アトミックピルバグが出現した時点で完全に不可能になったというのが定説だ。

それは古田も知っている。

食事を終えると、仕事を始める。

目的が出来ると楽だな。そう思う。

淡々と作業をして、すべてをまとめていく。

古田がやるのは、道の整備だ。再び人類が空に旅立つ時への。

シャドウが認めるくらい、人類がこの地球の環境でうまくやっていける時が来るとしても、それはずっと先。

シャドウは人類が自立しても大丈夫だと判断したらこの地球を去るという話だった。

ただ、それは早くても何千年も先だろう。

データをまとめて、それで家に戻る。

少しずつ、緊張もほぐれていた。

それから、ずっと古田はこの作業を続けていくことになる。

何度か学会に発表はしたが、それはあくまで新しい技術ではなくて、既存の技術の問題点と、クリアするべき課題のまとめを、である。

それでいいのだ。

 

それから古田は、引退するまでそうやって飛行技術復活のための基礎を固め続け。

ずっとずっと後、引退したときに、こう言ったという。

天才に出会えたことで、自分は最後まで分をわきまえることが出来た。

この後人類が飛行技術を復活させ、シャドウと一緒に空を飛ぶことが出来るようになった時。

自分は空……あの世が空にあるかはわからないし、あの世があるかもわからないけれども。

それを笑顔で見守ることが出来る。

シンギュラリティを起こすことは出来なかったが。

きっと後続の誰かがそれを成し遂げられる。

それを信じられたのは、天才を見ることが出来たからだ。

幸運な人生だった。

そう、古田は語り。139歳で天寿を全うした。

 

3、ノワールは見ている

 

アフリカにある国で。

いきなり街頭モニタがハックされた。

この国は、人口36万とそれなりの人数がいるが、かたくなに催眠教育システムの導入を拒否し。

未だに貧富の格差を肯定し。

GDFの査察も拒否していた。

街には警備ロボットすらおらず。

シャドウに対して必ず追い払うと威嚇的な発言をする代表が、自身を守る兵士ばかり増やして。

搾取を続けていた。

ネメシスエンドが倒れてから八年。

それでもまだこういう場所がある。

すべての政体が民主制である必要はない。民主制にも限界がある。

だが、この国を訪れた人は誰もが言っていた。

皆の顔がくらい。

港にも警備兵が出張っていて、極めて威圧的だ。

言論の自由など別世界の出来事だとしか思えない。

この国の人々は搾取になれてしまっている。

そういう国だ。

もちろん埋め火のように不満は鬱屈していたのだが。それでも巧妙な情報操作と。監視社会もあって。

国民の不満は、力で押さえつけられていた。

だが、それが唐突に終わるときが来た。

ハックされた街頭モニタには、この国の代表が行ってきた悪行の数々が、すべて実映像で流され始めたのである。

ノワールの声が、淡々と告げる。

「これが町中に警備兵を配置して、君たちを監視し続けている男の正体だ。 言論を統制し、催眠教育システムの導入を拒み、家庭用ロボットの配備まで拒んでいる彼が、軍事費からどれだけピンハネしているかも見せておこう」

そして、公開されている予算とは裏腹の実態の収支までもが街頭モニタに表示される。

それどころではなく。

それと同時に、町中の監視システムや。

警備兵が装備している電気式の武装までもが、すべてシャットダウンされていた。

パニックを起こす体制側に対し。

ノワールは冷静そのものだ。

「復興にGDFは手一杯なようなのでね。 私達が手を貸すことにした。 今、政府中枢は誰も身動きできない。 私がするのはここまでだ。 ちなみにこの映像は世界中で流してある。 君たちが立ち上がるか、海兵隊がこの国の政府を解体するか、どのみちこの国の政府は終わった。 ただ、後者の場合、この国は君たちではなく、よその国が信託統治することになるだろうね」

街頭モニタがふつりときれる。

それと同時に、今まで鬱屈していた人々が、怒りを炸裂させていた。

 

現地に急いで駆けつけた海兵隊の士官、山内大佐が見たのは、政府の建物が燃える光景だった。

この国の実態は比較的早くから知られていて、GDFの会議でも糾弾の声があったのだが。

実際問題として、ここよりひどい国も多く。

何より復興に手一杯の国も多い。

神戸式の催眠教育システムを導入した国が良くなるまでは数年はかかる。

それもわかりきったことであるので、導入に慎重になる国も多い。

ネメシスエンドが世界を滅ぼしかけてからまだ八年なのだ。

もう八年というのは。

少しばかり楽観的すぎるものいいなのである。

いずれにしても、現在ではGDFは北米の精鋭ではなく、GDFの直轄部隊として再編成されている。

旧海兵隊のメンツも多いが。

それはそれとして、畑中中将の告発もあって、開発が進んだのだ。

その畑中中将はそろそろ容体が危ないらしいが。

ともかく今は、制圧作戦だ。

街に突入する。

暴徒制圧用のテーザーガンを装備した軍用ロボットが先頭に、鎮圧作戦を開始する。

いかに軍を増やして護衛を増やしていても、人間の数が違いすぎる。

その上ノワールが、ピンポイントで監視システムを麻痺させたのだ。

政府軍に鎮圧の力はなく。

今まで暴虐の限りを尽くしていた彼らは、逆に暴虐の限りを尽くされる側に回っていたが。

しかしながら流されてきた映像には、子供に対する性的虐待、弱者からの略奪暴行、場合によっては殺人の隠蔽、違法薬物を売りさばいて財源にするなどの看過し得ないものも多く。

それを腐りきった軍は、独裁者だったこの国の代表の指示を受けるまでもなく自主的にやっていたので。

馬鹿馬鹿しくて、同情などする気にはなれなかった。

展開。制圧。

ひたすらそれを続ける。

まだまとまって抵抗してくる部隊もいるが、海兵隊に配備されたテムジン級歩兵戦闘車(いうまでもなくチンギスハンの本名である)を先頭に、制圧戦を開始。

そもそも彼らが装備しているカラシニコフをはじめとする小火器なんて、戦闘ロボットの装甲すら貫けない。

これがM44ガーディアンや螺旋穿孔砲だったら話は違ったのだろうが。

残念ながらそうではない。

給金などをピンハネしていたからだ。

そういった装備への更新がなされておらず、旧時代の装備が未だに使われているのである。

それでも民を弾圧するには十分だった。

そういうことだ。

制圧を進めていく。

一度戦車が出てきたが、テムジン級の主砲一発で爆発四散。

まあ乗っていた兵士は即死だろうが、戦争だ。

それは仕方がない。

海兵隊員に、どうして今まで来なかったと、くってかかる民衆の声の方がつらいくらいである。

山内も海兵隊の士官として、こういう仕事はいくつもしてきた。

だからこそ、周囲で精神を病んでしまう兵士が多いこともわかっていた。

それでもつらい。

ともかく、制圧作戦を進める。

やがて、代表の官邸に突入。

代表は生きたまま確保したかったが、無理だった。

官邸の電子システムは完全にハックされ、シェルターもなにも機能しなくなっていたのである。

あちこちには代表の側近や愛人の死体が散らばっているが。

どれもこれも凄まじい殺され方をしていた。

どれだけ代表が恨みを買っていたのか。

これを見るだけでも、一目でわかるほどである。

そして代表も死んでいた。

悪辣な独裁者は、今までの行為の報いを一身に受け。

全身割れたガラスで滅多刺しにされた上。

暴徒が兵士から奪ったらしいカラシニコフで原型がわからなくなるまで弾を撃ち込まれて果てていた。

ひたすらに残虐さだけでこの国を支配してきた。

愚かな男の末路だった。

死体を回収した後、ロボットを前面にたてて、鎮圧作戦を続ける。

スピーカーで音声を流す。

圧政を繰り返した代表は死んだ。

これ以上暴れるのは、この国の未来に悪影響をもたらす。

暴徒は暴れるのをやめておとなしくしてほしい。

軍の残党の鎮圧は我々がやる。

そう音声を流しているとき、ばつんと音がした。

山内が乗っているテムジン級。山内は上半身を出して演説していたのだが。狙撃されたのだ。

一種のアクティブ防御装置が働いた。

あの畑中博士が超世王セイバージャッジメントに搭載した兵器の一つを、一般の歩兵戦闘車に搭載できるまでデチューンしたものらしいが。

おかげで助かったなと、苦笑い。

即座にロボットが向かう。

街は極めて複雑で雑多だったが。海兵隊が到着する頃には、どこかの親切な誰か(もちろん棒読みである)が街のおぞましいほどに精密な地図を送ってきてくれていたこともある。

まあ監視カメラやらを簡単にハックできる存在である。

現状の街がどうなっているのか位は、簡単に把握できることは、想像に難くはないが。

狙撃手が連れてこられた。

まだ幼い男の子だ。

おびえきっている。

おそらく兵士が捨てていった銃を使って、狙撃したのだろう

侵略者、とこの土地の言葉で言われた。

山内は苦笑い。

ノワールの演説の内容は聞いていた。

だが、この暴徒の有様である。

海兵隊が来なければ、もっと被害は拡大していただろう。

「国民をいじめていた無能な兵士達とは違う立派な勇者だ。 丁寧に扱え。 失礼があったら許さないぞ」

「は……」

さて、ここからが大変だ。

ここが後回しにされていたのは、もっとひどい国がいくつもあったからで。

いったん海兵隊が制圧しても。その後がうまくいかないケースも結構あったのが理由の一つなのである。

ここだってそれは同じかもしれない。

なまじ人間が多いのが余計に事態をややこしくする。

山内大佐は、制圧がほぼ完了するまで指揮を続け。

終わってから、大きくため息をついていた。

 

代表が死んで、暴徒をある程度鎮圧して、軍の残党を片付けて。

警備はロボットに任せる。

人間の仕事は聴取と、それに復旧の手配だ。

物資については心配ない。

ある程度の物資は、シャドウがどんどこ用意してくれるからである。これは気前がいいというよりも。

人間が無作為に土地を荒らすよりは、資源を提供してやった方が地球にとって都合がいい。

そういうことなのだろう。

山内は指揮を執りながら、GDFの本部に連絡を入れる。

少し前に周防という男に代表が替わったのだが。

この周防は、以前の悪名高い天津原と同じ無害なだけの男で。燃え尽きた市川の代わりが、こいつくらいしかいないからである。

だが、ノワールが気まぐれのように汚職を摘発して、SNSなどにデータを流すし。

場合によっては今回の事件のように街頭映像などで流すこともあって。

今では汚職なんかしたくても出来ない。

そして、この周防も、無害と言うだけでやっていけている。

ぼんくらでもやれるのが民主主義だ。

馬鹿馬鹿しい話ではあるが。

シャドウの出現で、それがようやく本来の形で完成したのかもしれない。

「制圧は概ね完了しました。 後は統治のために政治家を派遣してもらうことになりますが」

「今、実績がある人間を見繕っている。 ただ、護衛は大丈夫だろうね」

「人間だけが警備するならともかく、警備ロボットを連れてきていますので。 まあ大丈夫でしょう」

「そうか、とにかくもう少しかかるから、待っていてくれ」

こういうあれた街にいきなり民主主義を導入するのは悪手だ。

シャドウ戦役前は、民主主義が絶対正義と考えられていた時代もあって。それを元にいろいろな国に強引に導入して失敗するケースが多かった。

今でも、警備ロボットを街の人間達は明らかに恐れてみている。

円筒形の威圧を与えない形状にしているのだが。

それでも、人間をたやすく押さえ込み、生半可な武装では手も足も出ないそれは、悪霊か何かに見えるのかもしれない。

軍事制圧用の軍用ロボットとなるとさらに恐ろしさも跳ね上がるのだろう。

それを笑うつもりはない。

「山内大佐、炊き出しの準備が整いました」

「よし。 すぐに始めてくれ。 くれぐれもその場で食べるようにさせてくれ。 身動きできない人間には、介護ロボットを派遣して、その場で食料を食べさせるように」

「イエッサ」

「……」

昔の無能な国連維持軍は、腐敗だらけで話にならなかったらしい。

人道支援もしかり。

支援物資は現地の金持ちの懐にはいるだけだったという。

つまり貧困国の貧困層は何の助けも得られなかった。そういうことだ。

今ではガチガチに監視体制があり。GDF海兵隊は極めてクリーンな軍に生まれ変わっている。

それを海兵隊の旧メンバーはあまり好ましく思っていないこともあるようだが。

暴力を思うままに振るう軍隊が横行しているままでは。

いずれ致命的な戦闘に発展する。

シャドウがいる今、そんなことにはならないだろうし。

何よりノワールが見ている。

ロボットが炊き出しに来た人間をすべて確認している。二度炊き出しに受け取りに来るような人間が出ないようにするためだ。

既に街の中は完全に制圧され、ネットワークも構築され始めている。

それでいい。

不正が一切出来ない環境であれば。

ここでまた不正がはびこることもないのだ。

特にAI制御のロボットには、賄賂が通じようもない。

だからこの国の上層部は、ロボットの普及を拒んだのだろう。金で買収できたり、脅迫できる相手ではないからだ。

もちろん不正が一切出来ない場所は多少息苦しいかもしれない。

しかしながら、何もかも不正が好き勝手に出来る場所は。

それはもう人間が暮らす場所ではない。

世界がそうなりかけていたのが、シャドウ戦役前の世界だ。

だから、これでいいのだろう。

とにかく周囲の警戒を続ける。もちろん海兵隊の兵士にもろくでもない輩はいる。信頼関係を少しずつ構築するしかないし。

それが山内の仕事なのだ。

程なくして、医療チームなども来る。

とはいってもつれている警備ロボットは医療機能も持っている。持ってきているのは医療物資だ。

既にトリアージは終わっている。

医療を受ける順番は人間が考えなくてもいい。

これは堕落ではなく省力だ。

この場合は、人間が判断ミスをするよりも。

ずっと進歩した結果実用的になったAI制御のロボットがトリアージまで済ませ。

後は必要な処置だけ人間の医師がやればいい。

省力であり進歩である。

そして、それらを邪魔されないように。

山内は周囲ににらみをきかせる。

 

四日たって、大体の事態の状況がわかった。

やはり警備の兵士達が慌てている間に暴徒が官邸を強襲。

代表やその側近は一網打尽となって、数の暴力に押しつぶされたようだった。

まあ自業自得である。

ただ、放置していても民主主義がいきなり生えても来ないし、それが出来る状態にもならない。

遅れて到着したのは、GDFの首脳部から派遣されてきた臨時統治チームだった。

政治のいくらかの部分……かなりの割合だが。

ともかく政治の少なくない割合をAIが担当できる状況を神戸が作っており、これらの臨時統治チームは、崩壊国家、あるいは失敗国家化していた国に神戸式のシステムを導入して、形になるところまでを実践してきた経歴がある。

ただ今回はかなり緊急だったと言うこともあり。

普段より人数が少ない。

山内は担当者のリーダーであるブラムズという黒人男性に敬礼する。

元々北米の四都市の一つの市長を務めていた経歴があり。

市長就任時、自分の信仰を市長としての任務に反映することは一切ないと宣言。そして実施した硬骨漢である。

それもあって、真面目すぎて面白くないと周囲からは言われていたようだが。

前市長がありとあらゆる汚職を手がけていたような人物だったこともあり。

市長に就任。

それから有言実行したことで、満期まで務めた珍しい人物だ。

敬礼してから、状況を説明。

ブラムズ「代理統治官」は、来る途中にも情報は見ていたと話してくれる。話が早くて助かる。

既に国軍の残党はすべて刈り尽くしたはずだが、反感を持っている民はいる。それもあって、護衛をしながら街を歩き、状況を見せる。

ひどい有様だと、ブラムズは嘆いていた。

「圧政を行う人間は、基本的に他人のことを一切考えない。 考えるとしても利益を生む存在としか思わない。 その結果がこれだ。 おぞましい話だと思わないかね」

「まったくですね」

「今まで四つの国を立て直してきたが、今回は仕事を部下に任せてこちらに来た。 ノワールが目に余ると判断した結果の行動なのだろうが、私たちも手が足りていない。 とにかくしばらくは治安維持に重点を置く必要がある。 山内大佐、協力をお願いする」

「イエッサ」

話通り、責任感のある人物のようだ。

一通り街を見て回ってから、いくつか設置した臨時モニタで、ブラムズが演説をする。演説と言っても、これからどうするかの説明だ。

まず前の代表がどれだけ悪事を働いていたか。

これらの証拠は官邸に山ほど残されていた。

順番に読み上げていくブラムズの声は冷静で、こういったひどい国をいくつも立て直した人間の経験がうかがえる。

それらを読み上げた後、ブラムズは次にどれだけの物資が横領されていたかの説明をする。

もちろん税金もだ。

ほとんどが前代表と取り巻きの遊びのために消えていた。

そういう話が出ると、怒りの声が上がる。

まあ、それもそうだろう。

ただこの国は、シャドウ戦役前の乱れに乱れたアフリカの状況を反映したようなひどい場所だった。

前代表は、今までの代表に比べて特段ひどい人物だった訳でもない。今までと同じことをしているとしか思っていなかっただろう。

そして、こいつが死んでも。

代わりが出てくるだけ。

それがわかっているから、今まで人々は反抗する気をなくしていた。

どうせ反抗したって、内戦になるか、別のカス野郎が代表になるだけだ。

それを越えるくらい、ノワールが暴露した事実が強烈だった。

さらにノワールは、その怒りがちゃんと代表に向くように制御し、後押しまでしたのである。

おそらく代表は死ぬまで自分がなんでこんな目に遭うのかと思い続けていただろう。

それだからこそ。

死ななければならなかったことだって、理解できなかったに違いない。

「これよりまず君たちの生活を元に戻す。 ロボットが仕事を割り振るので、それに沿って働いてほしい。 また、子供に関しては教育を誰でも受けさせる。 神戸で使われている催眠教育システムをすぐに導入する。 短期間で先進国の学者並みの知識を得られる……それぞれの能力を最大限まで引き出せる代物だ。 希望があれば、大人でも受けられるようにしよう」

ほかにも、失われた物資の補填、インフラの再建などについても説明がある。そして説明が終わると、すぐにブラムズは動き始めていた。

ロボットと、再建専門のスタッフとともに、現場に出て働き始める。

アフリカは黒人にとっての天国だと、北米の人権活動家の一人であるマルコムXは信じていたという話があるが。

実際には黒人の間にも差別や階級があり、極めて悪辣な支配者が奴隷貿易や西洋列強の介入を招いたのも事実だ。

その現実をアフリカで見て、マルコムXは宗旨替えをするほどの衝撃を受けたという事実がある。

問題は民族や信仰の対立が昔ほどではないが残っていることだ。

この街にそれが集約されている今。

とにかく、改革は急がなければならない。

いずれにしても、山内が見ていても、満点の対応が続く。ブラムズはとにかく手慣れているという印象を受ける。

これなら、安心して任せていいな。

そう思いながら、山内も自分で農機具などを手にして、復興を開始する。

そうしていくと、やがて人々から質問を受けるようになった。

自分は何々族の血を引いているが、仕事に就けるのか。

信仰の自由は保障されるのか。

何々族が憎い。復讐は許されるのか。

異教徒は打ち払えるのか。

そういうのが、今まで代表による暴力支配で打ち消されていた。恐怖で等しく支配されていたというべきだろうか。

一つずつ、丁寧に答えていく。

念のために、側に支援用のロボットを置きながら。

今後、仕事については問題ない。それぞれが適切に働ける。体の負担についても、ロボットが考えてくれる。

信仰の自由は保障される。だが、他の人間の信仰を阻害してはいけない。自分と他の人間は違う人間であって、何を信仰しても自由なのは自分だけではないからだ。人を殺したり生け贄にするような信仰以外なら、何を信仰しても罰せられることはない。

他の民族に対する憎しみは、この世界ではもはや意味がない。世界は人間のものではなく、シャドウのものとなった。一瞬で独裁者が斃されたように、憎しみあいを続けていると、いずれ皆シャドウに殺されるだけだ。

異教徒は打ち払ってはいけない。異教徒にとってはあなたが異教徒だ。そして世界はもはや人間の土地ではない。これからは、シャドウが見張る中、皆で力を合わせて生きていかなければならないのだ。

そういう話をすると、納得されたり、憤慨されたり、反応はいろいろだ。

ロボットが、憤慨する相手には、丁寧な例え話をしていく。

凄まじい説得力のある話をするので、頭に血が上った相手も、即座に黙り込んでしまう。多分、ただしゃべっているのではないのだろう。何かしらの方法で、興奮を抑制してるのかもしれない。

山内もその辺りは仕組みを知らない。

いずれにしても、支援ロボットが極めて有能で助かる。

山内だけでは、こうはいかなかっただろう。

たまに、痩せ細った老人から、ものすごく専門的な話をされる。全くわからない場合は、支援ロボットが即時で応じる。

どうやらアフリカの古典的な哲学に関する命題についてであるらしい。

これを答えられるのはすごいな。

そう思いながら、やりとりを見守る。

やがて、老人が大笑いしていた。

「見事。 これをすべて答えられたものとは久々に出会った。 ロボットも進歩したものよな」

「あなたは学問保全のために仕事を用意できます。 この国の知識人として、活動していただけませんか」

「わしは隠居していたいのだがなあ」

「お願いします。 是非」

支援ロボットに任せておく。

こういう在野の人材を、少しでも発掘するのは有用だ。そして変に欲を持って、堕落するのも防がなければならない。

その辺は山内の手に余る。

専門家に任せるしかなかった。

それからは、あちこちを警備しながら、にらみをきかせる。

悪さをしようとするものは海兵隊の兵士にもいる。

だが、警備ロボットの恐ろしさは彼らも知っている。それが海兵隊の兵士にも、この国の人間にも、双方に抑止力となっている。

現場監督は、自身が腐敗しないようにしていかなければならない。

山内はそれが出来るように。

常に自制を心がけなければならなかった。

 

さらに一週間が経過して、追加の物資や人員が届く。

与えるだけではだめだ。

自分で物資を得られる術を教えなければならない。

これは昔の善意に沿った人道支援とやらがほとんどの場合うまくいかなかった教訓だ。

教育も開始されている。

短時間で何も知らなかった子供が、四則演算などを理解していくのを見て、見る間に周囲の大人も催眠教育の実施を要求し始める。

もちろん催眠教育を受けるのは自由だ。

ただし、これも無料ではあるがただではない。

犯罪を犯したら何が起きるか。

犯罪発生率が高い国では何が起きるのか。

身勝手な主観がどういった事態を引き起こすのか。

それを無学な人間にもわかりやすいように催眠教育でたたき込んでいく。

山内も催眠教育でそれらを学んだ口だ。

昔やっていた倫理やら道徳やらの教育は、それこそ何の意味もなかった。真面目な人間ほど損をする社会システムもあって、むしろ奴隷教育と化していた有様だった。

皮肉にも、シャドウの到来でそれが終わった。

今では真面目に善良に生きる人間が一番得をするようになっている。

シャドウとの戦いが終わった今は、それはなおさらだ。

うまくいっているようだな。

独裁者にとって都合がいい、馬鹿しかいない国。

その状況が変わりつつある。

それを見届けながら、山内はレポートを作る。

これもテンプレートがある上に、AIが支援してくれるから、個人的な癖も出ず、あっというまに出来る。

事実だけを淡々と報告。

最終的にこの暴動での死者は二万人に近かったが。

しかしこの犠牲者が、この国の未来を作る。

そう割り切るしかない。

まだこの状態でも、次の独裁者になろうと目論んでいるような輩もいるようだが。この国に導入されるシステムが、それを許さない。

洗脳だとわめいているやつもいる。

信仰を盾に、ロボットをすべて破壊すべきだとわめいている者もいる。

昔はそれで皆黙ったのだろう。

今は、ロボットが早々に鎮圧して連れて行く。

そして背後関係を容赦なく洗う。

賄賂なんて通じない相手だ。そうすると、ぼろぼろとろくでもない情報が出てくる。それらはすべて公開される。

信仰を利用して人々を支配していた宗教指導者が、裏でどういったことをしてたかは、すべて公開される。

それらで、今までの資産も社会的地位も一瞬で失う輩は多数出てくる。

裁判も一瞬で終わる。

十人以上殺しているような犯罪組織の長が、即座に死刑になる。わめき散らしているそいつが連れて行かれるのを、山内は冷めた目で見るしかなかった。

程なくして、GDFから連絡が来る。

「山内大佐、ご苦労だったね。 とりあえず戻ってきてほしい」

「大丈夫だとは思いますが、後任が必要では」

「わかっている。 これからジャソン中佐がそちらに向かう」

「ジャソンですか」

あまり評判が良くない女だ。あの第一軍団第五師団の創設メンバーの一人である。つまりは元秘密警察だ。

ただ、それでも今は悪事の一つも出来ない状態ではあるらしい。

市川前代表による秘密警察創設のもくろみがいろいろな形で崩れたこともある。第五師団は単なる憲兵と化し、内偵などはするが、ダーティーワークなどは今はほとんどやっていないらしい。

だからあくまで感情的な不快感だ。

まあ、いいだろう。

「これからは君のような正規の軍人ではなく、本物の悪党をあぶり出す仕事だ。 その国の代表だったやつを裏から操っていた者がいるという話があってね」

「ドブネズミを捕まえなければならないわけですね」

「噂が真実であったとしたらね。 ただ、今の都市の規模から考えて、そんな者はそうはいないだろう。 国際犯罪組織が存在し得なくなった今、ギャングスターなんてものは所詮過去の幻想に過ぎないのさ」

「……」

悪逆を尽くすものが、ヒーロー扱いされる時代は終わった。

アウトローを格好良く描く時代も終わった。

もちろん創作としてそういったものを楽しむのはいいだろう。

実際のアウトローがどんな連中だったのかは、こういう国での凶行がすべてを物語っている。

それが可視化されるようになった。

それでかまわないのだ。

帰国の準備をする。

丁寧に応答に応じた人たちが、山内の帰国を送ってくれた。

手を振って、それに答える。

まあ。これくらいの役得があってもいいだろう。

最近はありがたいことに、酒なども多少は出回るようになってきている。前はとてもではないが、作る余裕がなかったのだが。新土佐の地下プラントで、様々な酒が造られるようになり。

それが世界中に輸出されている。

ただまだ絶対量が足りないので。

山内などの立場であっても、そう多くは飲めないのだが。

それでも、嗜好品を作る余裕が生じてきた。

それだけでも大きいのだ。

ホバーに乗って、帰路を急ぐ。

戻ったら訓練か、或いはデスクワークか。

どちらにしても、暇が訪れることはない。山内は猟犬だ。猟犬の仕事が終わったら、それは……。

まあ今の時代は煮られることもないだろう。

ただ、粛々と猟犬であり続ければ良かった。

 

エピローグ、旅立ち

 

ずっと昔。

超世王セイバージャッジメントに乗って戦ったあたい飛騨咲楽は、120歳になっていた。

徹底した健康管理で、今は平均寿命が140にまで延びている。

世界人口は7000万で安定。

各地で完全に神戸式の催眠教育システムが導入した結果、犯罪はほぼ過去の産物となり。誰もがフルスペックを発揮できるようになった。

30過ぎてから養子をとったが。

その子も成人した今は、時々講演会に呼ばれて、それでネメシスとの戦いについて話すくらいである。

それでもいろいろと仕事は続けている。

軍籍としては准将として退職したが。

退職した頃には、お世話になった人たちは皆いなくなっていて。

それでも、皆満足して天寿を全うしたのだから、悲しくはなかった。

GDFは世界政府に名前を変え。

今ではとうとう実現したシャドウも攻撃しない汚染をまき散らさない飛行システムが復活。

大型ホバーとともに、世界を静かに回っている。

そろそろだろうか。

車椅子で、夜空を見ていたあたいに。

側のロボットが声をかけてくる。

ノワールだった。

多分100年ぶりくらいだった。

「そろそろ君の寿命は尽きる。 なんならアンチエイジングも簡単にできるが、いいのだね」

「かまわない。 あたいは満足する人生を送った」

「そうか。 畑中姉妹も、三池三月も、麟も、ナジャルータも、そういって死を受け入れていた。 私たちはそもそもとして死が本来は存在しない存在だ。 だからそれはよくわからなかった。 だが、君たちのその意思は、エゴではなく尊重すべきものだ。 君たちが人間性を言い訳にして、世界にしてきた暴力とは違う。 だから、私たちはそれを見守ろうと思う」

「ありがとう」

もう終わりか。

長い人生だった。

養子も皆独立した。

誰も結婚しなくなった今の時代なのに、養子の一人は普通に結婚して自然分娩で子供を作ったっけ。

今の時代ではとても珍しいと話題になった。

あたいのクローンや、人工子宮から生まれた遺伝子的な子供もそれなりの数がいるらしい。

ただし、誰一人として。

超世王セイバージャッジメントを操れなかった。

今では超世王セイバージャッジメントは、京都基地で黙々とアップデートを続けられているが。

それも対シャドウ戦ようのものではない。

ちなみに、人型の格好いいロボットも出来たのだが。

残念ながらまだ実戦に投入できるような代物ではない。

現段階ではパレード用だ。

そして催眠教育でしっかり人間がフルスペックを発揮できるようになった今。

活動家やら汚職官吏やらはいなくなり。

人間は数こそ最盛期の100分の一になったが。

それでも、本当の意味での全盛期を迎えているといえた。

「実は私たちも、そろそろこの世界を去るつもりだ。 とはいっても、あと二百年ほどはこの世界にいるつもりだが」

「また別の平行世界で人間を躾けるのかい」

「そうなるね。 億単位の平行世界を見て回ったが、うまくいったのはここが初めてだ。 既に先遣隊を回してあるが、まだまだ多数の世界で人間が好き勝手に振る舞っている。 地球の環境をもっとも大規模に改革したのはラン藻だが、最も悪辣に改悪するのは人間だ。 どの平行世界でもそれは変わっていない。 だから、躾ける誰かが必要になってくるのさ」

「そうかい」

それについては、もう是非をどうこういうつもりはない。

確かに色々見てきた。

暗殺未遂も実は何度かあったのだ。

勿論全て未然に防がれたが。

それでも、こういうことをする奴はいるんだなと、何度も思い知らされた。

催眠教育システムでの教育をかいくぐって悪さをする奴も希にいた。

だが、シャドウが作り上げたAIの監視システムまでは掻い潜れなかった。

それでいいのだろう。

人間は悪だとまではあたいはいわない。

だけれども。

悪としかいえない人間は多いし。

それが好き勝手していたから、シャドウが来たのだ。

それは甘んじて受け入れなければならないだろう。

「君たちに最後に一つ私たちがプレゼントをしていくつもりだ」

「またろくでもないものじゃないだろうね」

「軌道エレベーターだよ」

「!」

完全に宇宙開発が止まった今。

シャドウがいなくなったら、また無作為に人類がロケットを打ち上げて。それで衛星軌道上がデブリだらけになる事態は覚悟しなければならなかった。

まさか軌道エレベーター。

確かに、それは大きい。

元々宇宙開発の技術についても、止まっていただけで、全て失われた訳でもない。

軌道エレベーターがあれば、それは大きな進歩になるだろう。

畑中中将が道を作ってくれた。

それでシャドウは対話に応じてくれた。

あたいはネメシスエンドを斃した。

それでシャドウは認めてくれた。

やっと、これで長い長いシャドウとの戦いが終わる。

それで、気が緩むのを感じていた。

「君は先に行くようだね、飛騨咲楽」

「……」

「お休み。 後は任せたまえ」

ノワールが黙った。

これも奴なりの配慮なのだろう。

あたいの意識は消える。

だが、天寿だ。

満足できる人生だった。

これでいい。

あの世で、呉美准将や、三池さんは待っていてくれるかな。

それだけを思った。

そして、あたいの命は終わった。

だけれども、悔いはない。

あたいはやり遂げたし。

これから人類には明確に希望ある未来が開かれているのだから。

 

     (超世王セイバージャッジメント、完)