総力戦

 

序、覚悟

 

GDFの司令部が、事実上のノワールからの降伏勧告を受け入れた。これで人間は当面シャドウの完全な管理下に置かれることになる。

世界が破滅するよりマシ。

それは分かっているが、広瀬大将だって仕方が無い事だと思う。

それに、だ。

実質的にはずっとシャドウに支配されていたも同じ。

相手が数を管理するために侵攻を止めた。

それがなければ、とっくに滅びていた。

今の人類の真実がそれだ。

ただ、それを受け入れただけ。それ以外でも、それ以上でもない。だから、別に割切る事は出来た。

これからシャドウは人間をどうするのか。

バンバン品種改良をしていくのか。

人間がペットや家畜にしていったように。

今まで人間が見かけが可愛いという理由で、犬や猫の生物としての特徴を散々自分に都合良く弄くり回してきたのとそれは同じだ。

だが、都市には足を踏み入れないとノワールは言っていたらしい。

物資まで提供すると。

それは、人間が地球に有害ではない存在になるまで見守ると言う事なのだろうか。

シャドウは人間のせいで破綻した未来の地球の平行世界からやってきた存在である可能性が極めて高い。

少なくともシャドウの創造主は人間が残した置き土産のせいで苦しみ続けて、それで命を落とした。

それでも、シャドウは人間の殲滅を試みなかった。

それだけでも人間よりまし。

そういう事実が客観的にもわかってしまうから。

広瀬大将は、やりきれないなと思うのだった。

作戦の指揮を続ける。

喚きながら、触手を振るうネメシスエンド。

熱線を隙あらば周囲にぶちまけもする。

だが、ノワールに既に決定は伝わっている筈。時々、動ける範囲で中型種が盾になってくれる。

そして、ネメシスエンドの攻撃による壊滅を、少しでも遅らせてくれる。

全員は助からない。

一秒ごとに被害が増えていく。

「第四師団、消耗20%越えました! これ以上は不可能です!」

「後退してください。 再編中の戦闘可能な部隊は!」

「何とか半個師団と言う所です! 弾薬については、もはや長時間の戦闘は……」

「分かりました。 最後の攻撃を始めます」

ネメシスは学習力が高い。

此方の手の内を見せれば見せるほど、超世王セイバージャッジメントが不利になる。

奴は知っている。

周囲を超高熱にする事で、どれだけ頑張っても超世王セイバージャッジメントが動けなくなる……正確にはパイロットが耐えられない事を。

だから周囲を焼き払いながら進んでいる。

迂闊に新兵器を使うわけにはいかない。

しかしだ。

わかりにくい兵器を解析できない範囲で叩き込むのは。

それはそれで、十分に意味があるはずだ。

激戦を生き延びた戦車達が集まってくる。殆どの兵士達は既に撤退を開始している。戦死者は第一軍団の半数を超えるかも知れない。

だが、それでもやる意味はある。

密集隊形を取る。

これはノワールとも撃ちあわせた上だ。

そのまま、一斉射を開始させる。広瀬大将も、その中心で指揮を取る。

HEAT弾が今までにない密度でネメシスエンドに集中投射される。最後の一発まで叩き込め。

そう叫ぶ戦車部隊の指揮官達。

この戦いが終われば、文字通り弾は全て打ち止めだ。今後生産する意味すらなくなっていくだろう。

シャドウは基本的に人間が個人で勝てる相手ではない。

だからこそに。

ここで最後の軍としての総力を、使い切ってしまうのもまた良いのかも知れない。

こっちをネメシスエンドが見る。

体中に多数の目が浮き上がっていて、それが明らかに見た。

「其処にいやがったか、ゴミ共の親玉が! これ以上ないくらい残虐に焼き殺してやらァ!」

わめき散らすネメシスエンド。

見苦しい奴だな。

そう思いながら、指揮を続行。

不自然ではない範囲で、シャドウ達は囲んでネメシスエンドに熱量投射を続けている。だから、気付かれない。

放たせた弾丸のうち何発かが。

HEAT弾ではないことを。

それにそれらの弾は、シャドウが恐らく複層構造を流動させてくるというナジャルータ博士の予想に沿って作らせたものだ。

畑中博士が理論を提唱し。

それで最後の切り札として用意しておいた。

特殊弾頭、着弾。

今までのHEAT弾は、全て目くらましに等しい。

それはそうだ。

今まで叩き込んだ全てをあわせても、ネメシスエンドに浴びせられた熱量は、中型種シャドウ達が叩き込んだ熱量の一割に届くかも怪しいだろう。

だからこそ、意味があるのだ。

「死ねやオラァ!」

わめき散らしたネメシスエンドが、此方に今までにない火力の熱線砲を叩き込んでくる。それをシャドウが防げない。

否。

一体のランスタートルが、熱線砲の進路に割り込んでいた。

直撃。

ランスタートルが凄まじい熱線に吹き飛ばされつつも、僅かに射線を逸らす。一斉に散開する戦車達だが、それも数両は瞬時に蒸発、その数倍の戦車が粉々に消し飛ばされた。指揮車両も玩具の車みたいに吹っ飛ばされる。

そして今の熱線。

ランスタートルは避けずに、上空にまで飛ばされる。

超高熱の長時間投射が中型種シャドウにダメージを与える唯一の手段ではあるのだけれども。

それを、ネメシスエンドは満たした。

完全にひっくり返る指揮車両。

ぐっと呻きながら、広瀬大将は照明が消えて真っ暗な指揮車両の中で叫ぶ。

「状況を!」

「……」

ダメだ。

一緒に乗っていたオペレーターは多分命を落とした。今ので、打ち所が悪かったのだろう。

広瀬大将も、体中が痛い。

これはどこか大きめの血管を切ったかも知れない。

今のは、逸らされたとは言え。それでも最後の集中投射した戦力を、まとめて吹き飛ばす程のものだった。

そして、先の弾頭を叩き込んだ上。

ネメシスエンドが、同類殺しをした。

それに大きな意味がある。

不意に、光が差し込む。

指揮車両の装甲板の一部を引きはがしたのか。いや、いくらなんでもそんな。

小型シャドウか。

いや、違う。

入り込んで来たその人物は、ナイフを抜くと、素早くシートベルトを切り裂いた。そして、広瀬大将を引っ張り出す。

やはり手足の感覚がおかしい。

義手は外れてしまっているようだ。足の方が酷く寒い。

外に引っ張り出される。

一緒に、最後の作戦に参加してくれた部隊は、半壊していた。

その中で、広瀬大将に応急処置を始めるのは。

北条だった。

「指揮車両の装甲を素手で破ったんですか」

「まあそうですけれど、ハッチが壊れていたので、出来ただけですよ」

「それでも人間離れしすぎですよ」

「はは、それでも貴方を救えたのだから可とします」

痛み止めを叩き込まれる。足の感覚が……左足の感覚がないが、これは複雑骨折とかしているかも知れない。

無言で治療を受けながら、気付く。

上空で何かが炸裂した。あれは恐らく、さっき盾になったランスタートルだ。

つまり、ネメシスエンドは。

同類を殺した。

「て、てめえらああっ! は、はかりやがったなああああ! クソが、ダボが、ゴミがぁああっ!」

わめき散らすネメシスエンド。

どうなっているかは分からないが、相当な痛打になった筈だ。

これなら叩き込んだあの弾頭にも気付けていないだろう。

よし、これで充分だ。

ふっと、広瀬大将は笑った。

これで、例えもう生還出来なかったとしても、思い残すことは無い。

死なせませんよと、北条が言う。

意識は其処で途切れていた。

 

あたいは超世王セイバージャッジメントのコックピットで聞く。

GDF第一軍団、壊滅。生存者は撤退開始。広瀬大将、左足を複雑骨折他重症。出血多量。現地に辿りついた軍救急車での回収。

生存確率は五分五分。

それらの話を聞き終えて、あたいは布陣も終える。

十六機のデチューンモデルとともに、既に待ち構えている。周囲には、続々と中型種シャドウも集まって来ていた。

「い、生きた心地がしねえぞ……」

「此奴らがその気になったら、この場の全員一瞬で……」

「此方第三師団増田中将。 臨時で指揮を取る」

不意に入り込んでくる増田中将の声。

第三師団の指揮官であり、しばらく名前を聞かなかったが。それでも軍団長に昇進した広瀬大将の代わりと言う事は。

「現在行動可能な中将は私だけだ。 他は全員戦死するか負傷して現地を離れた。 縦深陣地を突破したネメシスエンドは、ダメージを受けながらも越中に向かっている。 超世王セイバージャッジメントを中心に、迎え撃つ準備を進めて欲しい」

「イエッサ!」

声が揃う。

そうか。第一から第四までの師団長のうち、無事なのは第三の増田中将のみか。

そういえば、第三師団は確か遠距離攻撃部隊が多かったはず。それもあって生き残れたたのかも知れない

戦闘の経緯は聞いていた。

とにかく、事前に話し合った「切り札」は打ち込んである。

これに関しては、効果を畑中博士が証明してくれている。それもあって、きっと効果があるはずだ。

それに、である。

ネメシスエンドは、シャドウの禁忌である同類殺しをやった。

これが恐らく、相当な弱体化につながる。

だがそれでも、魔王に組み付かれ、多数の中型に飽和攻撃を受けつつ。それでもまだ進んできている。

まさに地球そのものの敵。

そして恐らくだけれども。

シャドウ戦役の前。

地球をやりたい放題に破壊しつくしていた地球人類も。地球から見れば、このような存在に見えていたはずだ。

ぐっと歯を噛む。

向こうで、きのこ雲が上がった。

恐らくはとんでもない火力の熱線がぶっ放され、それが炸裂したのだ。ただ、一瞬の爆発では、中型種は殺せない。

「あんなの核兵器じゃねえかよ……」

「奴らには玩具なんだろ」

「……」

アトミックピルバグが来た。

それも六体。

前進していく。

転がらないで前進するのは知っていたが、見ていると不思議な移動方法だ。

アトミックピルバグはとにかく移動速度が他のシャドウに比べて遅いという明確な弱点がある。

ネメシスエンドが射程距離内にいる間に、可能な限り削るつもりなのだろう。

それで充分だ。

あたいは頬を叩く。

さあ、これからだ。

やがて、ネメシスエンドが来る。既に体は赤熱を始めている。流動体の複層構造という凄まじい形状をしている肉体で。熱をどんどん体内に取り込んでいるというが。

四百mという他のシャドウから比べても規格外の肉体に、一体どれだけの熱量を蓄えているのか。

まあ、無理では無いだろう。

有名なE=MC二乗の公式はあたいも知っている。

それを実現する反物質の対消滅を利用すると、数グラムの質量で、地球を消し飛ばす事が可能であるとも言う話だ。

あれだけの巨体なら。

それこそ地盤を砕くくらいのパワーは出せるかも知れない。

わめき声が聞こえてくる。

「邪魔だsdfjdさおhfpdfhどでぃpdwfwqっdfう゛hbdw!」

もう言葉になっていないな。

ちょっと苦笑い。

あの手の輩は、感情が高ぶるとあんな感じになるらしいとは知っている。外から見ていると、本当に無様だ。

怒りなどの感情を神聖視していたシャドウ戦役前の人間だが。

それがあの有様だと思うと。

はっきりいって、そんなものは間違っているとしかいえなかった。

一斉に接近戦を行っていた中型種が離れる。そして、アトミックピルバグが、一斉に火力投射を開始していた。

凄まじい密度の熱量が短時間で浴びせられる。

こっちまで暑くなってくる気がするほどの凄まじい代物だ。

あたいはこの程度で暑くはならないよなとぼやく。極限まで冷房の性能を強化してくれたのだ。

今の超世王セイバージャッジメントは。

今までのデータ全てを生かした、文字通り最強の機体。勿論今までもそうだったが、それらの集大成だ。

だから、絶対に勝てる。

そう自分に言い聞かせる。

奴を濃尾に行かせたら終わりだ。恐らく一瞬で地盤を粉砕されて、日本どころか地球そのものの環境が砕かれる。

その後には奴すら残らない。

地球単位の自爆テロを実施しようとしているカスを、今止めなければならないのである。

アトミックピルバグの猛攻から、ぬっと何かが抜け出てくる。それは流動する白く輝くおぞましい代物。

とてもではないが、生物だとは思えない。

いや、生物ではないのだろう。

だが、人間という生物の精神性を示しているとも言える。

400mの巨体に、無数に生えている足。それらはいずれもが形状が違っていて、一本や二本砕いても致命傷にはなりようがない。

ただ体はそれほど高くは無い。

行ける。

「よし、攻撃を開始してくれ!」

「小官が盾になります! 支援を!」

「GOGOGO!」

「やってやる!」

総員、突撃を開始。

ネメシスエンドは、おぞましい白く輝く体を振るって、咆哮する。

それは人間のわめき声そのものだったが。

同時に、もはや獣の咆哮と何ら変わらなかった。

一気に加速。

ネメシスエンドが明らかに此方を視認した。体中にある目と口が、かちかちと音を立てている。

それはわめき声を同時に放っていた。

「不細工なクソロボット! てめえさえいなければ、てめえは邪魔なんだよぉおおおっ!」

「超世王セイバージャッジメントは、ロボットアニメに出てくるような、羽生えてて剣持ってる格好いい人型ロボットとは違うかも知れないね。 言われるまでも無く、これはロボットというより戦車だよ」

「ああん!?」

聞こえているらしい。

ノイズが混じっているが、それでもわめき散らしてくるのは、明らかにあたしに対してだ。

余計な事は喋ることが出来ない。

それは事実としてある。

だが、それは奴の意識がこっちに向いている事を意味している。それで、充分過ぎるくらいである。

「でもね、格好いいかどうかは見かけじゃない! あたいはそれを見てきた! どれだけ傷ついてもう歩けなくなっても! 畑中中将だって呉美准将だって、誰よりも格好良かった! それと同じだ! みてくれだけ格好良くて、インチキ能力を貸して貰って、それで我が儘な暴力を振るってるだけの奴なんかよりも! 大事なものを自分の力だけで守り抜いた存在の方が何万倍も格好いいよ! 超世王セイバージャッジメントだって同じだ! これがなければ、シャドウは今でも人間と向き合うことさえしなかっただろう!」

「うぜえ! 俺に偉そうに口答えするんじゃねえ! 空気読めってんだよ!」

「ああ、シャドウ戦役前に流行ってた言葉だね。 ご機嫌を取れって意味だったっけ? 絶対にいやだね。 お前みたいな奴が蔓延ってたから、シャドウ戦役前の時代は暮らしづらかったんだ! お前のどこが偉い! 言ってみたら!?」

「俺は誰よりも強い! 俺は誰よりも世界を変えられる! だから偉いんだよ!」

「じゃ、ラン藻の方がお前より偉いね。 地球の環境を誰よりも変えたし、今の世界の基礎を作ったんだから」

返事はわめき声だった。

あたいは魔王が食い止めている奴の足下に出ると、奴の足をかいくぐって、斬魔剣Vで通り抜けざまに一撃を入れる。

ボディプレスで押し潰そうとしてくるが、そんなのは読んでいる。

さっと回避して、次の攻撃に移行。

これでいい。

デチューンモデルが、一斉攻撃投射を開始している。

周囲の温度は千℃を超えているが、まだまだ平気だ。

このまま、つかず離れずで奴を激高させ。

積んで来た、最後の兵器を叩き込む。

モニタを見る。

まだタイミングでは無いとある。ならば、それまで、どれだけでもこの身勝手野郎と踊ってやるだけだ。

 

1、激戦

 

ナジャルータ博士は、京都工場周辺の温度が上がっているのに気付いていた。

冷房が明らかに出力を上げている。越前での戦闘が行われているのだが。其処での気温が千℃に近くなっている。

その影響がここまで来ていると言う事だ。

麟博士と連携して、分析を進める。

畑中博士は、整備班と連携して、もしもに備えている状態だ。恐らくは、飛騨大尉がどうにか出来る。

だが、もしもどうにもならなかった場合。

最後の奥の手を一つだけ用意してある。

連絡が来る。

「此方増田中将」

「如何なさいましたか」

「広瀬大将は後方に搬送した。 もっとも、もしもネメシスエンドが勝利するようなことがあったら、何処にいても終わりだろうが」

「いえ、それでかまいません。 残存戦力と生存者をまとめて、撤退を予定通りしてください」

助けは無用。

そういうことだ。

やはりデチューンモデルを操作している兵士達は多少不慣れで、斬魔クナイを叩き込むのに手間取っている。

これがとても扱いづらい武器であり、癖があってまともに当てられないというのも理由ではあるのだが。

それにしても厳しいのが現状だろう。

ただ、それでも相手が巨体だ。

支援システムを使って、当てられるようにはしてある。

呉美准将がいてくれれば、的確に指揮を取ってくれていたのだろうが。これはそうもいかないか。

こっちは軍事の専門家じゃない。

どうにもできないな。

そう思っていたとき、京都工場に誰か入ってきた。

コンソールの前に座る。

ふっと笑った。

「専門ではありませんが、指揮は預かります」

「畑中中将!」

「許可は貰っています」

「分かりました」

畑中中将も、あまり体の状態は良くない。普段は病院で、今回も看護師がついてきている状態だ。

それでも、苦労しているデチューンモデルのパイロット達に指揮をし始める。

「此方畑中中将」

「おおっ!」

「生ける伝説!」

「ありがとう。 これから指揮を取ります。 指示通りに動いてください。 そうすれば、確実に最低でも斬魔クナイを全弾叩き込む事が出来ます」

兵士達の指揮が俄然上がる。

畑中中将は、そもそも一兵士であって、中将なのはあくまで待遇である。しかも退役後にそれを受けたのだ。

だけれども、超世王セイバージャッジメントに関しては、飛騨大尉以上のスペシャリストである。

兵士達の誰もが知っている。

だから、士気が上がるのも当然であるだろう。

ここからは分析に全力を尽くせる。

麟博士が言う。

「超世王セイバージャッジメントは、斬魔剣Vを主力に良く攻め立てています。 目に陰陽バリアを打ち込んで、視界を阻害していますが、恐らくは相手をおちょくるためでしょうね」

「口も目も好き勝手な場所に造れるようですから、それはそうでしょう」

「相手を激高させて、自身に攻撃を集中させる。 覚悟が決まっていますね」

「……」

そうだな。

だが、それで散らせてしまっては意味がない。

ネメシスエンドは間違いなく動きが鈍り始めている。それは恐らく、シャドウとしてのルールを致命的なところで破ったからだろう。

それに熱をため込みすぎたのだ。

奴は熱で地殻を粉砕するつもりであるのだろうが。

だが、それは体を極限まで熱しないと不可能だ。

今も現在進行形で、キャノンレオンやグリーンモアが熱攻撃を仕掛けているし、次々と動きが変わったデチューンモデル部隊が斬魔クナイを叩き込んでいる。毎秒核兵器が炸裂するくらいの熱量が叩き込まれている筈だ。

だから本来は自分で蓄えなければならない熱が漏れ出して、周囲が千℃を超える有様になっている。

しかも進軍が鈍り始めている。

だからこそ、周囲が溶岩化しはじめているのだが。

それでも、現状は拮抗だ。

想定される動きは分かっている。それまで、相手を削り、追い込まないといけない。

ネメシスエンドが、口を作り出す。それにブライトイーグルが立ちふさがるようにして飛んでくるが。

足をまとめて叩き付けて、吹き飛ばす。

「邪魔だクソが!」

だが、その瞬間。

飛騨大尉が、その口に対して、投擲型斬魔剣を叩き込んでいた。

流動している体だが、その体内に直接である。しかも投擲型斬魔剣もそうだが、超世王セイバージャッジメントの装備は、前回の戦闘での反省を生かして、全てが対熱仕様を更に強化している。

見る間に体内に直に超高熱を打ち込まれるネメシスエンド。

それで、明らかにもがき始める。

多数ある足……節足動物のものに見えたり、哺乳類のものに見えたり、人間のに近いものを、踏み荒らしている。

がっと、音を立てて投擲型斬魔剣を引き戻す飛騨大尉。

動きが切れ切れだ。

明らかに一皮剥けたな。

畑中中将が、口笛を吹く。

「凄いね。 私を超えたかも知れない」

「畑中中将」

「皆、飛騨大尉に負けていないで。 少なくとも装備している斬魔クナイは、無駄なく全弾叩き込むようにしてください」

「イエッサ! おおっ、やってやる!」

兵士達の士気が俄然上がる。

今までのもたもたが嘘のように、いいうごきを取り戻せている。元々連携の訓練はしていたのだ。

それをきちんと発揮できるようになった。

それだけの話だが。

それで充分である。

よろめいたネメシスエンドが。大量の触手を生やすと、それを振るって来る。

だが、即応したシャドウが、それらを食い止める。それでも余波が辺りを破壊する。溶岩化している地面を吹き飛ばし、衝撃波だけでデチューンモデルを噴き飛ばしかける。だが、すぐ態勢を立て直す。

暴れ狂っている触手をかいくぐりながら、超世王セイバージャッジメントは、まるで畑中中将と飛騨大尉の闘志が乗り移ったように、神がかった動きを見せる。斬魔剣Vを振るい、熱で柔らかくなっている触手を二度両断した。両断された触手は、しばらく跳ねて暴れていたが。

すっと消えて、熱そのものも消滅したようだ。

分析していた麟博士が言う。

「体積が消えると、熱がまとめて消滅する。 中型種シャドウと同じですね」

「想定通りです。 そしてこれで……」

「触手はもう安易に使ってこない」

触手を引っ込めるネメシスエンド。

緻密に事前に作戦は決めていた。それを詰め将棋をうつように、一つずつ丁寧に実行していく。

作戦は臨機応変が必須だ。

だが、事前にある程度敵の手が読めていれば。

それで対応は更に早くできるのだ。

触手を引っ込めた後は、やはり足だ。キャノンレオンを多数吹き飛ばしたパイルバンカーを使ってくるだろう。それは分かっていた。

其処に敢えて前進する超世王セイバージャッジメント。

足回りの強化により、溶岩を蹴立てて走っても、無限軌道はびくともしていない。その間も、次々とネメシスエンドには斬魔クナイが突き刺さる。

振り下ろされる生体パイルバンカー。

だが、更に一弾と加速。

エンジンに強力な加速機構を搭載したのだ。

更に、パイルバンカーの破壊力さえ利用して、一気に前に出る超世王セイバージャッジメントは、斬魔剣Vで、更に奴の体に斬り込む。

火花が散る。

回転のこぎりのように、効率よく熱を叩き込む斬魔剣Vに、明らかに攻撃を受けたネメシスエンドの体の一部が変色し始めている。

体の流動化をしても、もはや熱を蓄えきれなくなってきている。

「このやらあああああっ!」

喚きながら、ネメシスエンドが体の半分ほどを口にして。乱ぐいになっている牙で、超世王をそのままかみ砕きに掛かるが。

其処にバンと音を立てて、シールドが展開する。

以前、スプリングアナコンダ戦で使われたものだ。

それが、一瞬で膨らんだこともあり、目測を見誤ったネメシスエンドが、つんのめる間に。

奴の体の下を、超世王セイバージャッジメントは抜けていた。

翻弄している。

だが、ちょっとでも攻撃がかすれば、後がない。

有利に見えているのは、そう見えているだけだ。

「二番機、斬魔クナイ、全弾投射完了!」

「七番機同じく!」

「使い切った機から後退してください」

「イエッサ!」

デチューンモデルが下がりはじめる。

その瞬間だった。

いきなり上に口を作ったネメシスエンドが、空に向けて超高出力で何かを噴き出したのである。

まずいなあれ。

多分、シルバースネークの毒だ。

「地下に避難してください!」

叫ぶ。

畑中中将の乗った車いすを看護師が押して走る。ナジャルータ博士も、それほど運動神経には自信が無いが、それでも必死に走る。

勿論、地下に潜っても、あれが直撃したら無意味だ。

それでも、生きるためにあがく意味はある。

直後、京都工場の一角に、毒が直撃。

人工物と人間だけに作用するそれは、凄まじい熱をも今は帯びていた。

電源が落ちる。

恐らく電源とUPSが同時にやられたのだ。

工場が揺れる。

どこがやられたのか、分からない。

とにかく、着弾の瞬間伏せる。

そして、顔を上げた。

工場の一角が、今まで何も無かったかのように、丸ごと抉り取られていた。シルバースネークの毒液の凄まじさは知っているつもりだったが、思わずぞっとさせられる。

抉り取られていたのは、整備工場の辺りだ。

畑中博士は。

畑中博士が、手を振ってくる。無事か。

整備工のおじさん達も無事らしい。

だけれども、整備用の機械類はあらかた跡形も無くなっていた。

「被害を確認してください!」

ナジャルータ博士は叫ぶ。

電源が完全にやられた状態だ。どれだけここから支援できるか。前線の被害がどうなったか。

それさえ分からない。

更に、毒液が超高熱だったこともあって、一部で火が上がっている。

消火設備が働いてくれたのは助かる。電源が死んでいても、独自の機構で動いてくれたのだ。

「予備電源が此方にあります」

「分かりました!」

麟博士とともに、予備電源の方に行く。

予備電源と言っても、本来のやつはやられてしまった。これから動かすのは、あまり長時間もたないそれほど電力容量が大きくない奴だ。

一瞥したが、最後の一押しについては破壊されなかった。

だったら、反撃を必ずいれてやる。

そう、ナジャルータ博士は、惨状の中誓っていた。

 

後退しようとしていたデチューンモデルの一機が、ぶちまけられた毒をもろにくらった。

だが。パイロットは緊急脱出用の装置でさっさと逃げ出していた。ただ、周囲の熱が凄まじい。

デチューンモデルのパイロットは耐熱スーツを着ているが、長時間は耐えられない。別のデチューンモデルが、パイロットを回収していた。

「ギャハハハハ! てめーらの大事な工場に直撃させてやったぜ! 多分全員死んだだろうな!」

「そんなことは実際に行ってみないと分からない。 それに、そんな手を使ってくるって事は、お前が追い詰められている証拠だ」

「お前だと! 俺の事をお前とかいいやがったか!」

「何度でも言ってやる! 不細工な肉団子! 姿なんて主観で決まる。 だから見かけなんかどうでもいい。 でもな、お前は精神があまりにも醜すぎる! だからお前は不細工だネメシスエンド!」

あたいは叫ぶと、更に突貫。

冷房が悲鳴を上げはじめた。

溶岩に何度も突っ込んでいるからだ。足回りが動いても、熱はもろに吸収する。それを何層もの仕組みで防いでいるし、恐らく最強だろう冷房システムでコックピットを守ってくれているが。

それでも冷房がフルパワーで、なおも相殺しきれなくなってきている。

だが、これは分かりきっていた事だ。

お前と呼ばれて激高したネメシスエンドが、足を束にして、踏み降ろしてくる。完全に地団駄だ。

子供か。

それもシャドウ戦役前の時代の。

だが、こう言う単純な攻撃が一番厄介なのだ。

戦術家を拗らせたような奴がひねくり回した策が、正面突破で潰されるような案件はいくらでもある。

それは兵士として催眠教育を受けたときに学んだ。

今は催眠教育のシステムが発達しているから、兵卒でも昔の士官学校の人間くらいの知識はある。

あたいも例外じゃない。

ともかく、激しい地団駄を回避。

だが、溶岩を派手にぶっかけられる。更に熱が上がる。装甲を余波が掠める。それだけで、吹き飛びそうになる。

一転して攻勢に出たネメシスエンドが、もう一発毒液を吐こうとする。

「今度は神戸を丸ごと溶かしつくしてやるよ! 三百万全員死に晒せやダボが!」

「……」

不意に、其処で何か降り立つ。

二体目の大型種シャドウ。

人型ではない。

それはヒトデの様な姿をしていて、そして、完全に口を塞いで、なおかつ吸着していた。

毒液を封じられるネメシスエンド。

わめき散らすそいつに、デチューンモデルからの斬魔クナイの最後の掃射が突き刺さっていた。

「デチューンモデル部隊、後退する! これで支援は最後だ!」

「ありがとう! ご無事で!」

「祝勝会で待つ! 未成年だから飛騨大尉が酒は飲めないのが残念だ!」

わざと聞こえるように会話をする。

ネメシスエンドは当然聞いていたようで、ヒスを起こしながら熱線をぶっ放してくる。シールドで僅かに軽減するが、やはりとんでもない火力だ。

僅かに擦っただけで、エラーが多数出る。機体がひっくり返りそうになる。

だが、中型種が多数集っていても、なおも猛攻が此方に飛んでくるくらいだ。

支援は呼びかけないと、無理だろう。

切り札はまだ使う時じゃない。

ぐっとアクセルを踏んで、加速。

これでも向かってくる超世王セイバージャッジメントを見て、少しずつネメシスエンドの態度が変わり始めていた。

「なんなんだよてめえ! 力の差は分かっているだろうが! それでなんで向かってくるんだよ!」

「勝てない相手としか戦わないのかお前」

「お前というなこの下等生物が!」

「そんなんだからお前はクズなんだよネメシスエンド! 勝てなくてもやらなければならないときがあるんだ。 今がその時なんだよ!」

返答はわめき声。

いや、それはもはやわめき声ですら無かったかも知れない。

触手を振り下ろそうとするが、ストライプタイガーが食いついて、食い止める。ネメシスエンドの動きが鈍い。

移動速度が遅いから、辺りの熱が更に上昇している。

地面も溶岩化している。足回りはなんとか耐えているが、それでもいつまでもつかどうか。

何度か周囲の空気が爆発を起こした。

奴の体の周りは特に酷い。

高熱に、空気が晒されて、爆発を引き起こしているのだ。

要はため込むべきはずの熱を、漏らし始めている事を意味している。

好機だ。

そのまままた仕掛ける。

足をたくさん振り上げて、振り下ろそうとしてくるが。

ウォールボアが数体、ここぞと突進し、奴の巨体を揺るがせる。中型種は味方になるとこれほど心強いのか。

更に恐らく長距離狙撃だからスプリングアナコンダだろうが。

奴の側面に、連続して着弾。揺らいだ隙に、あたいは一息に斬魔剣Vで、奴の体を切り裂いていた。

巨大な切れ目が出来る。

普通は時間を掛けて斬る武器だが、それだけ奴の表皮が弱っていると言う事だ。体表面を循環させていても、それでも耐えきれないほどに。

ネメシスエンドが喚きながら、形状を変えていく。

これは。

翼が生えていく

そして、手足が明確に出来ていく。

手にしているのは巨大な武器。

剣……じゃない。

恐らくは、パイルバンカーだ。

舌なめずりする。

あの姿。どう見てもアニメに出てくる巨大ロボットだ。羽とか生えていて、とても美学に満ちた姿を……していない。

似ているが、何処か決定的に違っている。

ああいうロボットは、始祖となるような存在からしてそうだが、操縦者の心が強さの証であったそうだ。

基本的に乗る人間の精神性をとても重要視していたとか。

だからロボットを集めたゲームなんかでは、精神を武器にするシステムが採用されていた。

あたいも幾つか遊んだから、それは知っている。

だが、あれにはそんな要素は一つも無い。

それらは、側を機動し、仕掛ける隙を探しながら分析し終える。

ネメシスエンドスーパーロボット形態とでもいうべきその姿の背丈は40mほど。随分と縮んだが、これは体を圧縮したとみていい。つまりこれはフェイク。

本命は、恐らく最終攻撃の準備だ。この段階でも、その程度は頭が回っているということである。

「どうだ腐れボケがあ! 貴様のそのダッセエロボと違う、超格好いいスーパーロボット様の登場だ!」

「見かけ倒しだねそんなもの」

「んだと」

「お前、アニメの戦闘シーンとかだけしか見ていないんだろ。 そういうロボットの強さは、乗っている人間が如何に色々なものを背負って、それで戦うかに左右されるんだよ。 中にはどうしようもない下衆もいるみたいだけれど、基本はそうだ。 お前なんか、例えどれだけ格好いいロボットのガワ纏ったって、ただのゴミだ!」

浮き上がろうとするネメシスエンドだが。

その左右を、即座にブライトイーグルが抑え込んだ。更には、上空から数体のランスタートルが即座にチャージを叩き込んで、地面に抑え込む。

色も銀とか金とか赤とかに変わっていくネメシスエンドだが。

どれだけ格好いい配色にしようと。

デザインがロマンに溢れていようと。

どうしても偽物だと言う事がわかってしまう。

あたいだって、本音では格好いいスーパーロボットにのって彼奴を斃したいとは思ってはいる。

だけれども。

超世王セイバージャッジメントは、戦車がベースであっても、多数の中型種と創意工夫で戦い。

それらを傷つきながらも倒して来た。

そしてネメシス種ですら、交戦する相手を斃し続けて来た。

あたいが強いんじゃない。

超世王セイバージャッジメントがあたいを選んだ。

超世王セイバージャッジメントが強い。

少なくとも、あんな張りぼてロボの見かけだけをした相手よりは。ずっと超世王セイバージャッジメントの方が格好いい。

偉そうな能力を他人から貰ってイキリ散らしているような輩よりも。

なんの能力も無くとも、悪に創意工夫で立ち向かう普通の人の方がずっと格好いい。

ただそれだけの理屈だ。

それに関しては、創作だろうが現実だろうが変わるものか。

「死ねやオラァ!」

パイルバンカーを振り回して、中型種を追い払おうとするネメシスエンド。

分かっている。

あのパイルバンカーは、今は鈍器として用いている。鈍器としても充分過ぎる代物だが。今はその時じゃない。

エアコンが警告を発してきた。

もうそんなに長い時間は戦えない。

その時、飛来したのは誘導弾だ。至近で何発か着弾する。

既に無線の動作も怪しいが、通信が聞こえる。

「飛騨大尉! これから何発か其方に誘導弾を放ちます! 直撃だけしないように気をつけてください!」

「イエッサ!」

冷気の中に逃げ込んで、機体を冷やす。

直撃でないのなら、熱膨張破壊も起きないだろう。この高熱だ。誘導弾で打ち込まれた大量の液体窒素も、短時間で放熱してしまうからだ。むしろ今は、超世王セイバージャッジメントのための継戦時間延長用の支援攻撃だ。

行くぞ下衆。

暴れ狂うネメシスエンドに、突貫。まだ勝ってはいない。必ず勝つ。

 

2、滅びの魔神

 

わめき散らしながら暴れ狂うネメシスエンドの様子は、場所を移動した京都工場の人員も見ていた。

救助に来た部隊とともに、今神戸に向かいつつそれを見ているのだが。

怖れている兵士も多い。

あんな化け物、勝てる訳がない。

そう漏らしている。

更には、辺りの空気があからさまにおかしい。奴の周辺温度が千℃を超えているというのもある。

こっちまで高熱が来ていて、彼方此方で凄まじい突風が吹いていた。

「まるで幼児のまま大人になっただけの輩だな。 それでいて腕力と権力だけ得たからタチが悪い」

畑中中将はぼやく。

司令部に連絡を入れて、誘導弾を放って貰った。その判断をしたのは、畑中中将である。

今はもう超世王セイバージャッジメントには乗れない。

外で長時間活動する事ですら、看護師がついてくるくらいで。週に何回か検査や小さめの手術も受けなければならない。

それでも延命がやっと。

残念ながら、畑中中将の現実がそうなのだ。

それでも、出来る事はやりたい。

だから皆の避難を誘導したし。今もできるだけ前線にいる飛騨大尉の支援をしている。

指揮車両が来る。

救急車も一緒だ。

救急車の中には、右足を事実上失った広瀬大将がいる。切断はしなくてもいいようだが、もう二度と歩くことは無理らしい。応急処置を受けて、絶対安静の筈だが。それでも、指揮をしている。

まとまると、また毒液による遠距離攻撃をもろに喰らうかも知れない。

少なくとも、常に移動し続けなければ危ない。

移動中の歩兵戦闘車から顔を出し、声を掛けるが。

看護師に言い返される。

「広瀬大将!」

「畑中中将、今は大きな声を出さずに。 移動しながら処置をしていますが、かなり危険な状態です。 貴方だって、本来は病院にいて貰わないと困ります」

「……」

確かにそれは分かっている。

畑中中将は現在体の汗腺が全滅していて、高熱に晒されるのは絶対にNGと言われている。

だが、今の周囲は、夏真っ盛りもびっくりの気温だ。

いきなりの超高熱に辺りでは突風が吹いているくらいである。

ともかく、専門家の医師の言葉に逆らうわけにもいかないか。仕方が無い。黙ることにする。

移動しつつも、本部に連絡を入れる。

増田中将は、今濃尾の辺りまで戻って来たようだが。

凄まじい異常気象で、兵の撤退に大苦戦しているようである。

前哨戦で、ネメシスエンドに通用しそうな武器は使い果たしてしまった。あとは撤退戦と、避難誘導である。

避難は第五師団がやっているが。

シャドウの領域に誰かが取り残されるとまずい。

スカウトが必死に走り回って生存者を探しているようだが。中型種がそれを手伝い、生存者を発見してくれているらしい。

事実上シャドウに全面降伏したも同じだ。

会議でそんな風にヒスを起こしている代表達を畑中中将は何回か見たが。

シャドウは本当に嘘をついていない。

恐らくは、人類を破滅に追い込んだつもりもなく。

真意から五千万助けたのだろう。

そしてこれ以上減らすつもりはないということだ。

「本部、状況は」

「増田中将が指揮を執り続けていますが、撤退戦がやっとです。 神戸からの、四国の新都市への移動も続けていますが、風が凄まじく」

「まだ誘導弾は放てますか」

「出来るだけ放ちます。 ただ、超世王セイバージャッジメントとの連絡がつながりにくく」

それは分かっている。

だけれども、間違って直撃、なんて事態は避けなければならない。

ドローンも飛ばせなくなった今の時代。

現地の状態は分からない。

デチューンモデルは撤退したし、超世王のカメラも随分前に通信途絶した。

まだ超世王はロストしていないが。

それでもどこまでやれるか。

何度か通信していた士官が、畑中中将と声を掛けて来る。

連絡がつながった。

思わず無線に飛びつこうとして、激痛に呻く。

体中滅茶苦茶になっていることを思い出さされる。

だが、その程度で負けてはいられない。

「飛騨大尉」

「畑中中将!」

「恐らく最後の連絡になります。 無線がそろそろつながらなくなっていますので」

「はい! 絶対に勝ちます!」

よし、心の方は折れていないな。

ネメシスエンドがいやみったらしくスーパーロボットな形状を取った辺りまでは、超世王のカメラも生きていた。

だからネメシスエンドの狙いも分かっている。

勿論、飛騨大尉もそれは分かっている筈だ。

「事前にうちあわせたとおりにやってください。 それで勝てます」

「はい!」

「祝勝会で待っています。 ただ私はもう酒は飲めない体ですし、飛騨大尉も年齢的にそうですけれど」

「分かっています。 何かおいしいものでも用意してください!」

これなら大丈夫だな。

今連絡を入れたのには、意味がある。

ネメシスエンドは今のを聞いていた。つまり、勝てる作戦があると言う事を知ったと言う事だ。

この状態からでも勝てる。

それを聞いて、あの幼稚な精神性の。シャドウ戦役前にやりたい放題をしていた連中の総決算みたいな輩の。

ゴミカスが、どう考えるか。

ネメシスエンドは一応判断力は高い。それに関しては、シャドウの変異体だから当たり前だ。

だが、それと同時にアホだ。

だから焦る。

あいつがシャドウのままだったら、こんな作戦万が一も通らないだろう。今やネメシスエンドは、クズ野郎、それも人間の精神性を持っている。

だったら焦る。

それだけで、勝機につながる。

「即座にこの場を全速力で離れてください」

「分かりました!」

速度を歩兵戦闘車も救急車も上げる。

少し遅れて。

今までいた位置を、偏差射撃で毒液が抉っていた。シルバースネークの毒液は人工物と人間には文字通り必殺だが。普通の地面や生物には何の害も与えない。ただ、今は奴が超高熱を帯びている。

着弾点は、それだけで炎上していた。

今頃、わめき散らしているだろうネメシスエンドだが。残念だったな。

貴様の攻撃は空振りだ。

そう鼻で笑ってやる。

後は、一旦司令部までさがる。

その後は、医師に怒られるのを、覚悟しなければならなかった。

全身が痛いが。

今やれることは全てやった。

 

既に戦闘の状況が分からなくなって、しばし経つ。

完全に青ざめている市川代表を見て、嵐山は此奴も所詮此処までだったかと思った。

シャドウ戦役前から、官僚として日本の国政に嵐山は噛んでいた。

当時も酷かったが、シャドウ戦役で全て吹き飛んでから、復旧作業が本当に大変だった。

ある程度新都市構想があった神戸とは言え、それでも三百万まで人間が膨れあがって、それで無事で済む筈が無い。

嵐山を初めとして、官僚経験者なども集められたが。

それでもあまり役には立たず、民間の技術者が必死になってAIを開発し。混乱を最小限に押しとどめた。

教育用のAIシステムが完成した時には、どれだけ安堵したか分からない。

それから少しずつ海運で生き残りの国家と連絡を取り。

残っていた技術を結集してそれぞれの国家とも連携を取り。

そして、どうにか超世王セイバージャッジメントを開発できるようになるまで、態勢を立て直した。

それで役割を終えたと判断して。引退するつもりだったのだが。

そうは行かず、結局またこんな所に戻っている。

官僚も優秀な人間ばかりだった訳では無い。

学閥だので出世が決まったり。

国民の生活よりも自分の権力を優先する輩がいたり。

本当にどうしようもなかった。

これでも、この国の官僚はまだマシだったのが現実なので、世界の状況がどれだけ荒んでいたのかはよく分かるが。

嵐山は、シャドウ戦役前ははっきりいって官僚の中でも負け組扱いで。

どれだけ仕事を堅実にこなしても、ほぼ学閥主流の連中からは、鼻で笑われるだけだった。

おかしな話で。

それだけ冷遇してきた世界にも、嵐山は憎しみをもてなかった。

だから最大限の努力を続けたし。

生き残ってしまった後は、神戸での秩序構築に心だって砕いてきた。

今は、最大の危機が来ているが。

それでも、諦めてはいない。

飛騨大尉が頑張っているから、ではない。

頑張っているのは、超世王セイバージャッジメントの関係者全員だ。

前線で戦った兵士達に報いなければいけないというのもあるが、それだけじゃない。

今はとにかく、誰かが踏ん張らないと、全てが瓦解してしまうからである。

市川代表が黙り込んでいるのに、声を掛ける。

「避難誘導の状況をまとめました。 目を通してください」

「どうせどうにもならん」

「そうかも知れませんね。 ですが私が見た所、ネメシスエンドは濃尾に到達出来ません。 今のまま放置していれば、無駄に人的被害が出ます。 貴方が指揮を取って、避難誘導を適切に回さなければなりません」

「そんな楽観論が何になる!」

正論を言ったつもりだろうが。

それは正論じゃない。

恐怖から絶望に逃げているだけだ。

市川は頭が切れる男だ。野心が強すぎるのがたまに傷だったが、それでも天津原よりはマシな代表だっただろう。

だが、世界組織の長になるには、あまりにも器が不足していた。

もっとも嵐山も、官僚だった頃に、周囲をまとめるに相応しい実力の器の持ち主なんて、まず見なかったが。

英雄なんて、そう簡単に出現するものではない。

出現するようだったら、シャドウ戦役前、中東やアフリカで地獄の混乱がこうも続く事はなかっただろう。

無能で強欲なだけの権力者、大国の利権、他人を傷つけることしかしなかった信仰。問題は幾つもあったが。

それはそれとして、英雄たるものが一人もいなかった。

ああいう混乱は、それで加速していったのだから。

「貴方に至尊の座はやはり重すぎたようですな」

「分かっている。 今は此処に座っている事がつらくてならん。 嵐山、お前が代わりに座るか」

「お断りします。 選挙で選ばれた人間が座るべきです。 貴方は工作をしたとは言え、ある程度正当性が担保されている選挙で其処に座った。 だったら、やるべきことを最後までするべきだ」

すがるように此方を見てくる市川。

野望でぎらついていた頃の市川の面影は最早ない。

此処まで弱体化するものか。

そう思って、嵐山は嘆息するばかりだった、

「ネメシスエンドが勝ったら、どの道地球ごと終わりです。 今貴方がするべきは、ネメシスエンドに飛騨大尉と超世王セイバージャッジメントが勝った後のできる限り急いでの状況の収拾について、手を打つことです。 人的被害は少しでも減らし、それ以外の損耗も可能な限り抑えなければなりません。 そして今は、避難誘導で指揮を取るべきだ。 この状況で現実逃避している人間の言葉を、誰が戦後聞きますか。 大きな負傷をして危険な状態ではありますが、広瀬大将は立派に戦いました。 ひょっとすると、次の選挙は広瀬大将かも知れませんな」

「……っ!」

「そうなれば、貴方は広瀬大将と永久に比べられるでしょう。 野心ばかりの口先だけの男、とね」

蒼白になって立ち上がる市川。

そしてしばらく周囲を見回したあと、声を張り上げていた。

「誰かいるか!」

「はい」

岸和田が来る。

岸和田に対して、避難誘導の指揮所に出向くと市川は言う。岸和田が、此方にと案内する。

これでいい。

強すぎる野心さえ抑えれば、市川はまだやれる。

まだ舞える。

決して無能な男ではないのだ。

過酷な受験戦争で、自分のスペックを全て使い果たしてしまい。その後は惰性で生きているような、無能な二世議員三世議員とは違う。

あんな連中は、官僚時代から幾らでも見て来たし。

高い学歴を持っているにもかかわらず、明らかに無能すぎる醜態に、何度も溜息をつかされた。

あの連中はシャドウ戦役の際も、真っ先に逃げ出した挙げ句にシャドウに踏みにじられ、誰も生き残らなかった。

それでいいのだろう。

あんな連中、生き残る事必要などなかったのだから。

市川はあれらと違う存在になれるか。

今、嵐山がするべきは。市川があのクズどもと違う存在になった後。それを支える準備をする事だ。

 

避難所に到着。

それでも、周囲はぐわんぐわんともの凄い音がしている。

これはちょっと危ないかも知れないな。

麟博士はそう思った。

とにかく、翻訳装置がないとまともに意思疎通が出来ない。だから、それだけは手放せなかった。

順番に、神戸から人が送り出されている。

送り出すのに使っているのは水素動力のバスで、国民のナンバーをAIが管理して。その順番で送り出している。

AIによる管理をディストピアなどと揶揄する声もあるが。

こう言うときは、人力で抽選するのと違い、一瞬で決まる。既に人々も、それは分かっているので。

一部の活動家くらいしか、文句はいわない。

その活動家が避難所で騒いでいたが。早々に警備ロボットに鎮圧されて、連れて行かれていた。

あれは最後で良いだろう。

言論の自由と言う言葉を傘に着て、ただ無法を通すばかりだったいうならば知的破落戸。

そんな連中は、最後の最後まで避難できなければそれでいい。

バスは極めて規則的に進んでいて、四国の地下都市への避難もスムーズだ。

ちなみに麟博士は畑中博士、ナジャルータ博士と一緒に最後まで残る。

戦闘指揮を増田中将が行っていて、指揮所もここにある。

避難所の中でも、神戸地下のもっとも深い位置にある此処は、もしもあの毒液が飛んできても、直撃さえしなければ大丈夫だ。

最後まで、支援できる。

無言で動き回り、状況の分析を続ける。

残念ながら、まだネメシスエンドは戦っている。周囲に漏れ出る熱量が増大しているが、それでもだ。

超世王セイバージャッジメントは、立て続けに放たれる誘導弾で機体を冷やしながら、継戦時間を伸ばしている筈だが。

それでもどうしても限界はある。

乗っているのは人だ。

飛騨大尉はかなり頑丈な方だが、それでも絶対に限界はある。

シャドウが戦闘で支援はしてくれるが。

それでも無理は無理。

だから誰かが助けなければならないのである。

それが出来るだけで、どれだけ名誉か分からない。

黙々と状況を分析。

飛騨大尉は作戦を完全に頭に入れている。だとすれば。今は、その足を引っ張らず、支援をすること。

「誘導弾、少し多めにお願いします」

「臼砲が焼け付きそうです! このままのペースで撃つと、液体窒素が枯渇します!」

「この戦いを生き残らなければ先はありません! だから、焼け付いてもいいのでうち込み続けてください」

「砲手、亜純博士の言葉通りに」

広瀬大将が無線で連絡を入れてくる。

砲手は仕方が無いと思ったのだろう。残弾を立て続けに撃ち続ける。

臼砲なんて、ずっと昔に寂れた大艦巨砲主義の権化みたいな代物だ。シャドウに効くかも知れないと作られ、その後は放置されていただけのもの。

畑中博士が多少手を入れたとは言え、それはあくまで応急処置。

そうそう役に立つ代物にはならない。

それでも、少しは役に立って貰わなければ困るし。

もしネメシスエンドが斃れた後、まだネメシスが出る場合は。その時は、また作ればいい。

それだけだ。

熱の放出などから戦況を分析。

時々明確に熱の放出がおかしくなる。これは超世王セイバージャッジメントが、相手に斬撃を入れているからだろう。

飛行も出来るだろうスーパーロボットみたいな形状を取った事は分かっているが。

その気になれば、あれくらいの力を持つネメシスエンドだったら。

それこそジャンプでもして濃尾を目指せば良いはず。

それをしないのは、早い話が中型種の猛攻で飛行を抑え込まれ。

更には超世王セイバージャッジメントの攻撃で、ダメージを受け続けているからに他ならない。

そうだ、この手があったか。

「畑中博士」

「うん?」

「この音声を、大音量でネメシスエンドにぶつけるのはどうでしょう」

「どれどれ、ハハハこれはいいわ! ただ、放つのに使うのは自動車両でやるべきでしょうね」

即座に提案。

広瀬大将から指示が飛び、増田中将が、どうにか生きて戻ったAI制御の歩兵戦闘車に細工をする。

何、難しい事をする必要はない。

単に目的地点まで移動して、今作った合成音声での言葉を流すだけである。

ネメシスエンドはそれが聞こえる筈。

そして、奴の性質を考えれば、確定で激高する。

それでいい。

既に飛騨大尉を斃せずに相当に頭に血が上っているはずだ。人間と違って脳があるわけではないだろうが。

それでも、完全にキレるはず。

そうなれば理性を失う。

そして、最早何も目の前も見えずに暴れるだけに堕すだろう。

そうすれば、恐らく。

最終兵器として用意してきた例のものを用いる好機が来る。

多分濃尾にたどり着けないとも判断して、越前で同じ事をしようとするだろうから。それでいいのだ。

歩兵戦闘車が移動を開始する。

飛騨大尉には連絡は入れない。無線を入れても、ネメシスエンドに傍受される可能性がある。

合成音声も即座に麟博士が組んだ。

内容についてみた畑中博士が大笑いしていた。

あんたこんな性格が悪い事も言えるんだ。

そう言って、腹を抱えて笑っていた。美人が台無しである。

それでもいい。

今はどれだけお下品なことを言ったとしても、世界を自爆テロで滅ぼそうとする阿呆が消え去れば。

それだけで、大勝利なのだから。

十分後、歩兵戦闘車が移動開始。

あれもそれなりに高価な兵器なのだけれども、今はそれを惜しんでいる場合ではない。ともかく、やるしかない。

大きな人が来た。確か、岸和田さんだったか。

「避難の順番が来ました。 みなさん、バスに。 後がつかえています」

「分かりました」

「やれやれ、面倒ね」

ナジャルータ博士は、無言で移動を開始。麟博士もそれに続く。

外はもう台風もびっくりの暴風で、一つ前のブラックウルフ・ネメシスの時よりも凄まじい。

淡路島までの橋はバスが順番に移動しているが、高波がとんでもなく、ぎしぎしと揺れているようだ。

それでも、この国の架橋技術には定評があり。

今もそれはむしろ昇華している。

橋はびくともしない。

水素動力のバスに乗って、まずは淡路島に移動。

出来る事は全てやった。

あとは、現場での。飛騨大尉と、超世王セイバージャッジメントの武運を祈るだけだ。

 

3、決着

 

中型種達が、ネメシスエンドを飛び立たせない。大型種が二体掛かりで組み付いているのもある。

ネメシスエンドは振り払えない。

どれだけの巨体であってもだ。

しかも此奴は、狙いが分かりきっている。

此奴の狙いを考えると、前のブラックウルフ・ネメシスのように、体をトカゲの尻尾切りして。

周囲を弾き飛ばすことも出来ないのだ。

スーパーロボットには顔がある事が普通だが。

その顔が歪んでいる。

溶けて流れ出している。

張りぼてには丁度良い末路だな。

あたいはそう思いながら、誘導弾で作られた冷気の中に突っ込み、機体を冷やす。そして即座にとって返す。

わめき散らしているネメシスエンドが、巨大なパイルバンカーを振り下ろしてくる。だが。

回避。

超世王は万全じゃない。

バカみたいな熱に晒され、奴の猛攻が何度も余波だけでも擦っているのだ。万全ではあり得ない。

だけれど今、あたいはどういうわけか。集中力が神がかっていて。今のも、どう飛んでくるのか完璧に把握できたし。

それを回避する事だって出来た。

でも、それは恐らく、今だけだ。

後でこの戦闘記録を見られて、天才だとかおだてられても困る。あたいはあくまでまだ兵士としてはひよっこ。

今、何か神か何かがついている。

そういうものなのだろう。この不可解なまでの動きは。

「気持ちわりぃなあテメエ! なんでかわせるんだよ! 巫山戯てるんじゃねえ! チートかてめえ!」

「生憎そんなもの、使った事もないし、貰った覚えもないね。 出来る人から教わって、毎日こつこつ鍛えた。 それだけだよ」

「巫山戯んな! 何が努力だ! 努力なんて才能が無ければ出来ないんだよォオ!」

「馬鹿馬鹿しい。 努力ってのは目的に対して行動する事全般の事をいう程度の言葉であって、神聖視するのも敵視するのもただのバカがやる事だね。 努力なんてミジンコだってやってる。 才能とは別の問題だ!」

再び、斬魔剣Vで切り裂く。

もう投擲用斬魔剣はダメだ。

だが、斬魔剣Vはまだ行ける。

奴のロボットっぽい足が派手に引き裂かれる。悲鳴を無様に上げるネメシスエンド。明確に効いてきている。

傷も塞がらない。

形態をこんなロボットもどきに変えたからだろう。体内に循環させていたのが、上手く行っていないのだ。

漏れ出た中身が、地面を爆発させ、巨大な穴を作る。その余波だけで、機体が大きく揺れる。

一発でも直撃を貰ったら終わりだ。

ぶおんと、無理矢理体を振るうネメシスエンド。

更に体表を上手く動かして、組み付いてきていた魔王を放り投げた。吹っ飛んだ魔王は、海まで飛んで行き、爆発する。

ただ、あれは海が爆発したのであって、魔王が爆発したのではないだろう。超高熱が飛び込んだ事により、水蒸気爆発が発生したのだ。

更にもう一体組み付いている大型を、引きはがそうとするネメシスエンド。

その時だった。

「自称万物の霊長のネメシスエンドに告ぐ」

「ああん?」

声はあたいにも聞こえる。これは恐らく、拡声器からの声だ。そのまま、言葉の暴力が続く。

それは、あたいも苦笑いする程のものだった。

「幼児のまま図体ばかりでかくなり、暴力を振るえば周りが言う事を聞いてくれたから、一切合切何も変わらず大人になったような人間のごとき醜悪な精神性を持つネメシスエンド。 お前はただの人間のごろつきと同じだ。 お前には何の正義も無ければ大義もない。 感情だけを全て表に出し、自分が怒れば殺して良いし、気持ちが悪いと思えば殺して良いと考える愚物。 お前は神だと自身を認識しているようだが、神どころか、目の前にいるちいさな人間すら感心させられず、集っている中型シャドウ達を殺す事すら出来ない。 駄々をこねている幼児と何も変わらないただの子供大人。 それがお前という存在だ。 お前は人間と同じだ。 その醜悪な精神は、お前が駆除しようとしている人間そのものだ。 シャドウ戦役前にたくさん蔓延っていた、愚かしい人間の後継者そのものがお前だといえる」

「だ、だま、だま……」

「お前が人間を滅ぼそうというならば、迷惑だから宇宙にでも飛んで行ってそれで自分だけ死ね。 そうすればお前の中にいる人間は少なくとも滅びる。 暴力で言う事を聞かせられないのだ。 自分にせめて暴力を振るって、言う事を聞かせたらどうか」

「黙れえええええええ!」

絶叫したネメシスエンドが、毒液をぶっ放す。

どうせ今の声、自動操縦の歩兵戦闘車か何かからだろうが、それすらも分からないくらいキレたと言う事だ。

そして、時が来る。

「この偉大なる存在である俺が人間と同じだと! 巫山戯るな! だったら見せてやる! もう此処でかまわん! シャドウなどよりも俺が如何に偉大で、優れているかの証明をな!」

「やってみろでくの坊!」

「やってやる! 濃尾でやるのが一番だったが、別に此処でもかまわねえからな! 全部まとめて消し飛ばしてやる! 地球にいるきたねえ動物やら虫やらもろとも何もかもだ! 俺様に傷をつけたこと、俺様を罵倒したこと、後悔しろ! ブチ殺してやる!」

完全に三下だ。

だが、それでもそもそも人間を学習すればああなるというのは、今のあたいは色々納得出来る。

そして、エラーだらけの中、コアシステムに。

最後の兵器を起動させる。

それは、今までとは別次元の耐熱性を誇る注射器に近い代物だ、

名はファイナルパイルバンカー。

まあ、パイルバンカーと言いつつ注射器なのだが、それは別にもういい。これから、コレを使って、あの勘違い野郎を滅ぼす。

ネメシスエンドが形態を変化し始める。

畑中博士、麟博士、そしてナジャルータ博士も予想した通りの形態。

全身をパイルバンカーへと切り替えて行く。

分かっている。

ロボットアニメでは、それぞれが象徴的な武器を装備しているのが普通だった。パイルバンカーも人気があった兵器だった。

全速力で其処に突っ込む。

「ノワール! この一撃を入れる! 支援を!」

「分かった。 やりたまえ」

中型種が道を作る。

それだけではない。接近戦型の中型種が、一斉に集って、奴に組み付く。

巨大なパイルバンカーになったネメシスエンドが、地面に六本の足を突き刺す。そして、ぐっと杭が持ち上がり始める。

其処に、胴体部に。

あたいはウォールボア達が作ったジャンプ台を用いて、そのまま躍りかかる。それを横殴りに突然生えた触手が、立て続けに襲ってくるが。

同じ攻撃が通じないのはネメシスだけじゃない。シャドウも同じだ。

ストライプタイガーが、身を盾にして触手を防ぐ。

突貫。

一つだけ抜けてきた触手を、斬魔剣Vで迎撃。

凄まじい負荷。強烈な振動。

相討ち。

斬魔剣Vが、吹っ飛び砕けるが、触手もはじけ飛んだ。

ゲラゲラと笑うネメシスエンド。これで終わりだ。そう言っているが。逆だ。これでお前は終わりだ。

ファイナルパイルバンカーを突き刺す。

叩き込むのは熱じゃない。

今、奴は体を今までに無い程の速度で循環させ、とんでもない高熱を一点に収束しつつある。

それを地殻に叩き込まれたら、核兵器を使うのとは比較にもならない破壊が引き起こされるだろう。

それくらいの熱をネメシスエンドは蓄えている。

だが。

ファイナルパイルバンカーでねじ込むのは熱じゃない。

熱くらいだったら、どうにでもなる。

今までのシャイニングパイルバンカーでそれを学習しているだろうネメシスエンドは平然としていたが。

その余裕が消し飛ぶ。

明らかに、奴が白熱し始める。

「な、なんだ、何をした! 何をしやがった!」

「さあ、なんだろうね」

「ち、畜生、畜生っ! 熱が、上手く凝縮できねえっ!」

明かな狼狽。

あり得ない事態への恐怖。

それがネメシスエンドのがなり声に、露骨過ぎる程に浮かぶ。

これは、凝固剤だ。

GDF第一軍団と広瀬大将が、大量のHEAT弾を叩き込んだが、それはあくまでデコイだった。

本命は此方だ。

ネメシスといわずシャドウに物理的な攻撃は通用しない。質量弾でネメシスを殺す事は不可能だ。

そもそも物理法則がシャドウに適応されるかも怪しい。

航空力学を無視して飛んでいるブライトイーグルなどが良い例だ。

だが、抑え付けることそのものは出来る。

これは畑中中将が、二体同時に中型を斃した時に、実際に証明されている。出来はしないから誰もやらなかったが。

恐らく、超高圧のプレス機か何かでなら。小型種を殺す事は無理でも、抑え付けることは可能なのかも知れない。

実際に超世王セイバージャッジメントの機構でそれが出来たのだ。

ならば、出来る。

最初に第一軍団がHEAT弾に混ぜて打ち込んだのは接着剤。それも生半可な性能のものではなく、超高熱にも耐える折り紙付きの代物だ。

そして今叩き込んだのは、その接着剤を凝固させる凝固剤。

これも同じく、超高熱にも耐える代物である。

全身を高速で循環させている奴が、そんなものを体内に取り込めばどうなるか。

勿論、時間を掛ければ対応して来るだろう。

だが、今、此奴は。

全力で熱量を収束させ、地盤に叩き込もうとしている。

それほどの熱量は、如何にネメシスエンドといえど、簡単にコントロールできるものではない。

ましてやこいつはノワールによってリソースを七度にわたって削られ。

今も散々あたいや中型によって攻撃を続けられ。

更には激高して集中まで乱した。

必死にバックして離れる。

だが、最後のあがきだろう。

ネメシスエンドが、残っていた触手を振るう。それが直撃して、超世王セイバージャッジメントが、吹っ飛ばされる。

今までにない衝撃。

ショックアブソーバーは無力で、一瞬気絶して、激痛で即座に目を覚ます。

地面に超世王セイバージャッジメントが突き刺さるのが分かる。

しかしそれが溶岩化していたこともあり、それで衝撃を受けて潰される事はなかった。だが。

見る間にコックピットの熱量が急上昇していく。

「……彼奴が溶け砕けるのを見る事が出来ないのが残念かな」

ぼやく。

焼け付くような暑さ。

冷房でどうにかできる代物じゃない。

ましてや、今は機体がほぼ全損している筈だ。万全の状態でも耐えられないだろう。

ふと、機体が持ち上がる感触。

それと同時に、見える。

装甲の一部が剥落して、それで奴の姿が見えた。

アトミックピルバグおよそ二十体が、集中攻撃を続けている。今、あたいを溶岩から引っ張り出したのはひょっとして魔王か。そして、灼熱の空気は。誘導弾が上手く近くに着弾したのか、それとも。

ネメシスエンドが吠える。

「ち、畜生、あと五秒、いや三秒あれば……! ぎぎゃああああああああっ!」

そう、後数秒あれば、凝固剤なんて小細工、此奴の前には何の役にも立たなかっただろう。

だが、その数秒を、広瀬大将が稼いでくれたのだ。

凝固剤を叩き込む為のあらゆる情報を、超世王セイバージャッジメントを支援してくれた人達。

何よりも先達である畑中中将が蓄積してくれた。

だから、此奴は今死ぬ。

わめき散らしていたネメシスエンドが、融解した。

そのまま、光の柱になって消失していく。

光と言っても、それはまるで髑髏のようで、おぞましすぎる苦悶の顔をずっと作り出していた。

シャドウ戦役前。

人間はみんなあんな風に好き勝手にエゴを振りかざし。

ネメシスエンドの基になったような言動をし。

そしてシャドウに殺されて、ああなっていったのだろうか。

そう思った。

ぶつりと何かがねじ切れる音がして、ネメシスエンドが消える。まるでテレビのスイッチが途切れるように。

今まで灼熱を発し続けていたネメシスエンドが、突如として消え。

蓄えた熱も全て消えた。

ネメシスエンドが今までいたそこには。

HEAT弾の残骸だとか、そういう打ち込まれたものの僅かな残骸だけが残されていた。

痛い。

吹っ飛ばされた時、全力で受け身を取った。

密着状態からの受け身は上手く行った。

上手く行かなければ、全身複雑骨折で即死していただろう。北条さんだったら、多分平気で耐えたのだろうけれど。

あたいは凡人だ。

あんな超人と比べて貰っては困る。

魔王があたいを降ろす。

辺りは溶岩化していたが、それも急速に冷えていく。どうやら、焼け死ぬことは無さそうだった。

シャドウは、地球を守ろうとしただけ。

未来の世界。人間が資源を使い果たし、焼き滅ぼした世界で。惨めに生きるしか無かった主君の無念を晴らすため。

第六の大量絶滅を引き起こした人間を、減らして環境を元に戻す必要があった。

それはあたい達人間からして見れば、理不尽で許しがたい侵略だったかも知れないけれど。

地球の歴史からして見れば、シャドウの到来はその生態系の保全と、何より生物が暮らせる星としての寿命を延ばす行為だったに他ならない。

戦闘開始前に、GDFはシャドウに実質上の無条件降伏を受け入れた。

多分これから先、軋轢が山ほど発生するだろうけれども。

それでも、どうにか、間近の破滅だけは食い止める事ができた。それだけでも、あたいがやれることはやり遂げたのだ。

それにしても全身痛いな。

何カ所か骨折していると思う。

程なく、シャドウ達が引き揚げて行く。魔王はじっとその場に立っていた。

北極を根城に、ずっと存在していた大型シャドウ。

結局魔王も、あくまで人間から見ての魔王に過ぎなかった。

それを思うと、複雑極まりない。

音が聞こえてくる。

恐らくは、救急車と歩兵戦闘車だ。

声がする。

魔王が喋っているのか、どうなのかは分からない。ノワールは集合意識存在のようだから、誰が喋っても同じなのだろう。

超世王セイバージャッジメントは全損してしまった。

スピーカーなどは生きていないから、多分側にいる魔王が喋っているはずだ。

「人間風に言えば見事だったな。 負傷者などを回収したら、街に戻ると良いだろう。 途中で攻撃はしない。 これより環境の修復を行わなければならない」

「色々助けてくれて助かったよ」

「お前達を調査するために、全てを調べたのは失敗だった。 ネメシスのような存在を作り出してしまうとはな。 いずれにしても、お前達がまっとうなこの星と一緒にやっていける文明を作り出した時、我々はこの世界を去ることになるだろう。 それまでは我々は常にお前達を見ている。 それを忘れるな」

「……」

魔王が飛び去る。

牽引用の歩兵戦闘車と救急車が到着。

歩兵戦闘車から顔を出したのは、北条さんだった。

てきぱきとあたいを引っ張り出してくれる。この人、広瀬大将と一緒にいたはずだけれど、無傷か。

まあ、岸和田さんが怖がるのもよく分かる。

はっきりいって別生物の次元である。

「ネメシスエンドは消滅したようですね」

「はい。 どうにかやりました」

「これで我々は、シャドウに無条件降伏したことと同義になります。 シャドウは歴史上の人間のどの征服国家よりも寛容でしょうが、同時に厳格です。 まあ、人間が悪さをすることはこれで出来なくなったでしょうね」

「小官にはそれが悪い事かどうかは分かりません。 ただ、シャドウが助けてくれなければ、どっちみちこの世界の人間は全滅していたと思います」

これはシャドウがあらわれる前から逆算しても同じ結論だろうとあたいは思っているけれど。

敢えてそれを言う事も無いか。

救急車で、手当てを受ける。

案の場何本か骨が折れている。

それはそうだ。あんな強烈な衝撃を受けたのだから。本来だったら丸焼けにもなっていただろう。

悔しいが、魔王が溶岩から引っ張り出してくれなければ。

そのままコックピットに流れ込んできた溶岩に、丸焦げにされた可能性も決して低くなかった。

すぐに病院に。

多数のシャドウがいるが、此方に手を出す様子は無い。小型種もいるが、環境回復を開始しているようだ。

「本当に攻撃してこないですね」

「昔だったら目の敵みたいに襲ってきたのに」

「いや、あれはハエを追い払う人間みたいな心理だったのかも」

そんな会話が聞こえる。

いずれにしても、これで一旦戦いは終わった。

第一軍団は再建から開始だ。師団長も第五師団の師団長と増田中将以外は戦死。話に聞く所によると、戦死は四割に近いと言う。

文字通りの全滅である。

これからの再建が大変だろう。

病院に着くまで、何度か痛いか聞かれたが、別に大丈夫だ。この程度は、もうどうとでもなる。

勿論痛いには痛いが、耐えられないほどじゃない。

それに、これからだ。

どうせ訳が分からない事を抜かして、シャドウとの約束を反故にする奴が必ず出るだろう。

そういう連中との戦いが。

これから始まるのかも知れなかった。

 

「ネメシスエンド消滅を確認!」

「異常気象、急速に収まっていきます!」

「勝利だ!」

周囲が湧いている。

ナジャルータ博士は、それを聞いても喜べなかった。

これは人間が引き起こした災禍。

そして、シャドウまで協力して何とか撃ち倒したものの、どうせすぐに次の問題が起きる。

それが分かりきっているから、喜べなかったのだ。

とりあえず、飛騨大尉が無事だと聞いて安心する。急激に回復する気象も、シャドウがやってくれているのだ。

人間だけだったら、絶対に勝てなかった。

それがただの真実だった。

避難先から、戻る。

京都工場は散々な有様で、半壊どころではなかった。とりあえず、再建からだ。そして、である。

話通りに、シャドウがかなり来ていた。

京都工場に手出しをする様子はないのは助かる。ただ、今後は小型種がずっと此方を監視するつもりらしい。

ただ、環境を文字通り復元してくれているのは助かる。

人間が「奪回」した地域は、環境が元に戻らなくなっていたのだ。それを回復してくれるのは非常に有り難い。

ただし、これだけ遠慮無く来ている事を考えると、京都工場を牽制する意味もあるのだろうなと思う。

軍基地の周囲も、シャドウが来ているらしい。

荒らした自然を回復どころか復元しているようだ。

ネメシスエンドが通った跡は、文字通りぺんぺん草も生えない有様だっただろうし。これからシャドウも忙しいのだろう。

都市には入らない。

そう宣言してくれたのは助かる。

問題はこれからだが。

京都工場で、整備のおじさん達が細かいところから直し始めていると、通信があった。どうやら市川代表が話すらしい。

精力を使い果たした顔をしている。

今までは糸目で余裕綽々の雰囲気だった。少なくともネメシス種の脅威が、シャドウとも連携しないとまずくなる前まではそうだった。

今ではすっかり気弱そうになっている。

これは、天津原代表の。

あの無能な老人の有様を思い出させる。

「GDF代表市川です。 ネメシスエンドの撃破を確認。 第一軍団は全滅状態、超世王セイバージャッジメントも半壊ですが。 広瀬大将は生還。 超世王セイバージャッジメントのパイロット、飛騨咲楽大尉も生還しています。 これより第一軍団の復興を開始するのと同時に、各国連携で幾つかのプロジェクトを進めて行きます」

それだけいうのが精一杯だったらしい。

詳細については後日説明すると言って、通信を切った。

これは、市川代表はもうダメだな。

ナジャルータ博士は、限界に近かった天津原代表の様子を見ていた。天津原代表は、最終的に鬱病を発症して。今も病院でずっと何かに怯え続けていると言う。シャドウに怯えているというよりも、きっと人間に怯えているのだろう。

市川代表の場合は、人間のあまりにも無責任な姿にすっかり心をひび割れさせてしまったのだ。

会議には同席していたから見ていた。

各国代表の身勝手極まりない寝言の数々。

最重要局面で、決断から逃げた愚かしい連中の行動。

あんなものが政治家を名乗り、それで各国の代表面をしていた。

それは強烈なプレッシャーはあっただろうが、それでも権力を握ったのだ。中には暗闘の果てに権力の座についたものだって何人もいただろう。その結末があの為体だったのである。

あまりこういうことは言いたくないが。

一度人間は、自分より優れた生物が存在する事を思い知って、それに支配されるのがいいとナジャルータ博士は思う。

それを屈辱と感じるかはどうでもいい。

人間同士ですら仲良く出来ないのが人間という生物だ。

それだったら、他の圧倒的強者に支配されて。それで万物の霊長とか言う妄想から目を覚ます必要がある。

それが出来なければ。命まで張って戦った畑中中将や飛騨大尉。他にも第一軍団の死んでいった将兵が報われない。

結論を急ぐべきでは無いなどという言葉もあるが。

この状況である。

決断しなければならないのだ。

「シャ、シャドウが街のすぐ側まで来ている! どうにかして欲しい!」

「そういう約束だったはずだ。 基本的に街の中には手出ししない」

代表の一人が喚いたが、不意にノワールの声が割り込む。

ひっと声を上げて、その代表はへたり込んだようだった。

なんとかゆらぎの人間を安心させる声の筈なのに。恐ろしい程ノワールの声には威圧感があった。

「ネメシス種はこれで出なくなる。 だが、君達は放置しておいたら際限なく増長することが分かった。 だから私達は監視をこれから強める。 技術の開発はそのままどんどんしていくと良いだろう。 神戸でやっている教育方針は世界中で共有するといい。 ホバーでの移動については此方では制限しない。 また、通信用の基地局設置を許可する。 指定の位置に基地局を作ると良いだろう。 座標については今送信した」

ぱっと世界地図が映し出され、彼方此方に点が出現する。

それらの地点で基地局を作って良いと言うことだ。

まあ、これでも譲歩してくれている。

もしもこれが強権的な人間の国家だったら、それこそ何もかも奪い去って行っただろうから。

「資源については超世王セイバージャッジメントがネメシス種と戦った時と同じように、此方で必要な資源を分析して供与する。 その代わり、鉱山などは閉鎖して貰う。 汚染物質を際限なく垂れ流していて、処置が面倒なのでね」

「う、ぐぐ……」

「それらを技術的にクリア出来るようになったら、鉱山などは解放する。 それと君達が大々的に毛細管現象で汚染していた土壌……特にリチウムだな。 これに関しては禁じ手も禁じ手とする。 エコなどといってもっともエコと程遠い行動で君達は地球を好き勝手にしていた。 これは許されない。 もしもやった場合は、相応の制裁がある事を覚悟せよ」

配布される物資などが説明される。

また、横領をした場合の容赦の無い制裁についても、細かい説明が入った。

市川代表は完全に顔色が土気色だ。

それはそうだろう。

シャドウが本気になったら、人間なんて瞬く間に全滅するのだ。

ネメシスエンドとの総力戦で、ネメシスエンドがもしも地球を壊滅させたとしても、シャドウは屁でも無かっただろう。

やりたい放題をしたネメシスエンドが勝手に自爆テロをして人類を滅ぼした後。

時間を掛けて地球を再生し。

多分人間もクローンで再生して、一定数を管理したはずだ。

まるでエデンのようだなと思う。

ただしそのエデンでは、もはや人間は知恵の実を食べることは許されないのだろうが。

「病院などのインフラには手出しをしない。 マンパワーが足りない箇所については、現在利用しているロボットをもっと利用拡大せよ。 もしもAIが問題を起こすようなら、此方で技術供与をする」

「良いですかノワール」

「何かなナジャルータ博士」

「貴方たちは結局何者ですか。 そろそろ、正体を明かしてくれてもいいのではありませんか。 大まかな正体はわかっている。 しかし貴方たちを悪魔だと考え、怖れている人もまた多いのです」

馬鹿馬鹿しいとノワールは笑った。

まあそうだろうなと思う。

人間は信仰が違う相手を殺戮して、悪魔は滅びたと大喜びするような生物である。悪魔なんて存在しない。

いるとしたら、それは人間の事だ。

「私達の正体については大まかに君が分析した通りだ。 細かい部分については、いずれ君や飛騨大尉には話そう。 ああ、そうそう。 飛騨大尉や畑中中将、ナジャルータ博士、畑中博士、広瀬大将。 他にもネメシス戦で健闘した者達を冷遇したら許さないからそのつもりでいるように。 君達の電子セキュリティなど紙切れも同然。 私達はいつもいつでも君達を見ている。 君達ほど危険で悪辣な生物は地球史上存在しないからだ。 以上だ」

通信がきれた。

誰も何も言わない。

ノワールが本当に好きなようにセキュリティを貫通してくること。

それこそどこからでもどこでもその気になれば見る事が出来ることが、今証明されてしまったからだ。

ひょっとすると、京都工場でたまにしていた密談も、全部聞かれていたのかも知れない。そう思うと、ナジャルータ博士も薄ら寒かった。

「これより神戸は復興作業に入る。 シャドウは約束を破らないし嘘はつかない。 それは今までの事例で確認されている。 各国各街は鉱山などは放棄。 放棄しなければ、働いている人間はシャドウに引き裂かれて一人も助からないだろう。 子供だろうが老人だろうが、シャドウは容赦しない。 それはシャドウ戦役の時に分かっている筈だ」

「……」

「それでは会議を解散する……」

市川代表が通信を切る。

限界だなあれは。

やはり、野心を満たして得た地位が、此処まで馬鹿馬鹿しいものだとは分からなかったのだろう。

市川代表ほど頭が切れる人間でも。

人間が何処までも愚劣で、どこまでもエゴの怪物である事は理解出来ていなかった。

天才が教師には必ずしも向いていないのと同じだ。

市川代表は野心が強かったが。それでも許容範囲内だ。

人間の中には、あらゆる全てを自分の私物だと考えている輩が幾らでも存在しているし。そういう輩こそが、自らこそ万物の霊長なりと考えてもいる。それらがシャドウ戦役前に世界を好き勝手にしていた。だから滅びたのだ。

テレビ会議を終えると、ナジャルータ博士は工場の修理の手伝いに戻る。

小柄だし体力もないから、出来る事は限られている。

シャドウが宣言通り、京都工場の復旧に必要な物資を運んできたようである。勿論此方を襲う様子はない。

必要な舗装道路も残してくれるようだ。

まずは基地局を作って、世界中をネットワークで結ぶところからだろうなと、ナジャルータ博士は思う。

そして、市川代表が限界だとすると、次は。

広瀬大将は新生病もあるし、政治家への転身はあまり乗り気ではないだろう。

飛騨大尉は若すぎる。

適任がいないな。

こんな時だからこそ、理性的な代表が必要なのだが。

いっそのこと、政治中枢もAIに任せてしまうべきか。

シャドウ戦役前のお粗末なAIは話にならない代物だったが、今は裁判を全部やれるくらいまで性能が向上している。

勿論嫌がる人間はいるだろうが。

それでも、今の進歩したAIでならば。

それも有りかも知れなかった。

「ナジャルータ博士、此方に」

呼ばれて出向く。

シャドウは超世王セイバージャッジメントを直すための物資も運んできたようだった。つまり別にいたところで敵にもならないと判断しているのだろう。

残念ながら事実だ。

だから、もうそれはそれでかまわない。

苦笑いすると、畑中博士と一緒に、修理の計画を立てる。今後のもしもの時のために、超世王セイバージャッジメントは必要なのだから。

 

4、戦いの終わり

 

あたいは病院で目を覚ました。

ネメシスエンドを斃したあと、病院に運ばれて。色々痛い手当てを受けて。お医者さんに怒られて。

それで、忙しい中色々検査をされて。

やっと眠って。

疲れもあったのだろう。いつもより起きるのが遅かった。

これから何をすればいいのだろう。

そう思う。

シャドウとの戦争は論外だ。

勝てる勝てないの問題以前に、シャドウと戦う意味が無くなった。シャドウは嘘をつかないし、恐らくどれだけの物資が必要か理解している筈だ。今後犯罪組織なんてものは存在し得なくなる。

神戸以外の都市は混乱が続くだろうが、いざシャドウが街に乗り込んで来たら、威勢良い事を喚いていた輩なんて、真っ先に逃げ出すか、効きもしない銃を撃つだけだ。勿論斃せる事などあり得ない。

人間同士の争いも起きないだろう。

世界中に神戸で使われているシステムが拡散して。

子供が最大限のスペックを引き出せるようになれば。

数世代の間に宗教……特に全肯定と全否定によって、人間の思考能力を奪う類のものは消えて無くなる。

一神教圏内ですら神戸式の催眠学習を採用した地域では、それが起きつつある。

人間があまねくフルスペックを発揮できる時代がくれば。

少しは世界はマシになる。

シャドウは世界を去る。

その日は、少なくともあたいがおばあちゃんになるよりずっと先だろう。

シャドウに自爆テロの類を仕掛けるアホはしばらく出る。勿論あたいもそのターゲットになりうる。

だから不自由にはなるが。

それはそれとして、戦いが終わったことは今実感できていた。

しばらくぼんやりしていると、北条さんが来る。

相変わらず貼り付いたような笑みである。

第一軍団が壊滅していく中、広瀬大将を助け出し、自身はほぼ無傷で生還した最強の戦士。

だが、彼女のような化け物じみた能力の兵士の話は他に聞かない。

非人道的なプロジェクトの産物らしいが。

生き残りは彼女だけなのかも知れない。

幾つか話をされる。

「これから私が貴方を護衛します」

「それは光栄です」

「正確には、この病院……畑中中将や広瀬大将、呉美准将が入院しているこの病院を、ですけれどね。 あと、貴方は少佐に昇進です。 近いうちに中佐に昇進の人事もあるそうです」

「そうですか……」

何一つ嬉しくない。

実態が何も伴っていないというのもあるが。

給料が上がるだけだからだ。

あたいはあくまで一パイロット。人の指揮をしながら戦うような真似は出来ない。呉美准将とは違うのだ。

「しばらくは混乱が続きますよね」

「案の場活動家が騒いでいますね。 この病院への襲撃を呼びかけて逮捕されるものも出ています」

「なるほど、それで北条さんが」

「何、あんなモヤシども、手も無く捻って見せますよ。 それに、この病院の近くにスプリングアナコンダがいます。 監視の目的のためでしょう。 そういう暴徒がもし近付いたら、恐らくは」

ああ、やりそうだなと思う。

あたいはそれに対しては、同情は一切出来なかった。

そして活動家だけピンポイントで焼き尽くすくらい、シャドウなら簡単にやってのけるだろう。

恐ろしい話だが。

そんな超絶存在に、創意工夫だけで戦えてこれた。

奇蹟があるとしたら、それこそが奇蹟だ。

あたいはそう思う。

「今回は骨折が多いので、入院は一月半ほどになります。 その後は、京都工場に戻ってください。 復旧も終わっているでしょう」

「結構神戸から離れていますが、シャドウは潰しに来なかったんですか」

「それどころか復興用の物資まで運んでくれましたよ」

「……」

超世王セイバージャッジメントに随分斃されたというのに。

全く気にしていないのは、人間と全く違うことをよく示している。

シャドウは人間が初めて遭遇した、人間とは全く違う、意思疎通が出来る格上の存在である。

この機に人間は、もう少し進歩しなければならないのだろう。

ありのままの人間が美しいなどとほざいているのはアホの証拠だ。

ありのままの人間が何をしてきたか。

そんなことは、あたいだって分かっている程度の事なのに。

要は醜いエゴと暴力を正当化するための寝言に過ぎないではないか。そうあたいは、シャドウの約束を一切破らない嘘もつかない行動を見ていて、思うのだ。

北条さんが行くと、手当てが始まる。

しばらくは腕も足もまともに動かせないので、料理などはとても食べるのが大変だが。それもロボットが支援してくれる。

昔は昼夜関係なしの看護師業務が大変な重労働だったらしく。

看護師さんは心身を病んでしまうケースも多かったとか。

今はロボットがそれを代替でやっている。

これが世界中に広まれば。

もう少し世界はマシになる可能性が高い。

そして今こそ。

それを通して。

世界をマシにするべく、大人が頑張るときだ。

あたいも大人になったら、それに加わろうと思う。

食事を手伝ってくれたロボットに礼を言う。

一秒でも今は早く体を治して。

それで、明日のために、動けるようにならなければならなかった。

 

(続)