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もう一度立ち上がって
序、力不足の結果
目が覚めた。
何が起きたか覚えている。
あたいが力不足だったから。呉美大佐が。生きているとはとても思えない。
戦闘では人が死ぬ。
ましてやシャドウが相手。ネメシスが相手だったら当然だ。
最近はあたいの前で死ぬ人は殆どいなかった。だが、ネメシスが暴れた近くの街では、大きな被害が出て、数万単位で人が死ぬことも多かった。
だから、当然なのだと分かっていても。
あたいの力不足で人を死なせた。
それは大きな失態だった。
動けない。
やはり体へのダメージが大きいのだろう。あの灼熱の中で戦闘したのだ。超世王セイバージャッジメントはむしろ頑張った。
足りなかったのは。
あたいの力量だ。
まだ訓練が足りていない。だから人を死なせた。そう思うと、やりきれない。涙まで出てくる。
八十人以上殺したろくでなしがあたいの親だという話は、ノワールがしていた。それ以来、あたいの親はあたいの敵になった。
今、あたいは。
そのカス野郎と同じになろうとしている。
溜息が出る。
しばらくして、意識が戻ったことに気付いたからか、看護師が来る。幾つかの話をされる。
呉美大佐は生きているそうだ。
そうか。でも無事の筈が無い。
話を聞くと、やはり無事とはとても言えないそうだ。
少なくとも兵士としての復帰は無理。
そういう話をされて、大きな溜息が出ていた。
兵士だったら、割切るのが当たり前。
それどころか、あの一瞬を作り。北半球が消し飛ぶのを防いでくれたのが呉美大佐である。
更にだ。
あの瞬間、誘導弾を複数放って、広瀬大将が溶岩を冷却してくれていた。
それがなければ、あたいも呉美大佐も絶対に助からなかった。
そういう話だ。
広瀬大将は、出来る事が極めて限られる状況で、的確にやれることをしてくれたのである。
感謝しかない。
それに対してあたいの情けなさは犯罪的だ。
ぎゅっと唇を噛む。
今は何も言いたくないし、喋りたくない。
不甲斐なさで自分の身が焼けそうなほどだ。ただ怒りで、自分の全てが許せなくなりつつある。
クソ親は、どんな理由で八十人も殺したのか。
シリアルキラーだったという話だし、どうせ緊急避難だの適当な理屈で自己正当化していたのだろう。
自己肯定感が高いのは悪い事ではないと聞くが。
自己正当化は最低である。
あたいはそうはならない。
だからこそ、思考の袋小路に入っていた。
食事を取りたくないと言うと、点滴をするだけと言われた。それは、どうにも収まりが悪い。
注射はどうでもいい。
ただ、食事が一人分無駄になる。点滴だってノーコストではない。だったら食べるしかない。
食欲皆無だが、腹に無理矢理メシを突っ込む。
味なんてまったく分からなかった。
胃に穴が開きそうで。
それを見た医師が、何か薬を処方していた。或いは胃薬かも知れないが。いずれにしても、あたいは治療さえ受けたくなかった。
焼け鉢の中、人が来る。
三池さんだった。
「三池さん」
「飛騨大尉、無事で良かった。 あのネメシスを斃せなかったら、北半球が滅亡していました。 南半球だってそう長い時間は保たなかったでしょう。 貴方と呉美大佐がやったんです」
「呉美大佐は、あたいの力不足で……」
小官という一人称がとっさに出なかった。
それくらい動揺していることに、今更ながらに気付く。
動けないので、横になったまま話を聞く。
呉美大佐は意識が戻らない。ずっと起きないかも知れないらしい。
既に退役の処置がされていて。准将に昇進だそうだ。
そんな事。
常在戦場だったあの人が、喜ぶとはとても思えない。
「自分に責任があると考えているのなら間違いです。 畑中中将でさえ、大きな犠牲を毎回出していました。 あの人ですらです」
「でも、それは敵の能力が想定を上回ったからで」
「ネメシスも同じです。 私が見ていたから知っていますけれど、畑中博士も麟博士も、最大限の強化を超世王セイバージャッジメントに施しました。 それでも相手はその上を行ってきた。 どうしようもなかったんです。 それに貴方の成長は、北条さんが認めています。 もう、立派な一人の兵士ですよ」
でも、だからといって。
何もかも守れる訳では無い。
そう、三池さんはいうのだった。
何だか悔しいのが流れていくようだった。とりあえず、泣けるだけ泣いた方がいいと言うので。
そうさせて貰う。
三池さんが席を外して、一人になれたので。
しばらくじっと涙を流して。
溜まりにたまったストレスをただ洗い流した。
それから、しばらくして落ち着いたので、食事を取る。まずは体を治すことからだ。とにかく、そうしないと。
一つずつ、出来る事をやる。
それしかない。
黙々と食事をして、それで。
まだ味はしない。
それから、医師の説明を受けた。
やはり体の彼方此方に低温火傷があって、熱中症もあまりよろしくないらしい。
非人道的なロボットだと医師が文句を言うが。
最大限耐熱してそれで。
他の誰も操作できないし。
操作は極めて緻密な作業がいるから、あたいにしか出来ない。
それを医師に静かに説明して。それで、悲しくなった。
ネメシスを斃すには、どうしても灼熱の中接近して、一撃を入れなければならない。そしてネメシスは、どうやら死の恐怖まで克服した。今までは死を怖れていた。だが、あのブラックウルフ・ネメシスは、明らかに死を怖れていなかった。そればかりか、あの断末魔。
あたいはよく覚えている。
醜悪というが。
あれらはいずれもが、シャドウ戦役の前に人間の間で当たり前のように飛び交っていたような内容だった。
人は合法的に人を殺したがっている。
抵抗できない相手を痛めつけるのを心底楽しむ傾向がある。
それが人間だ。
あの声は、人間を学習したシャドウだからこそ、漏れ出してきた邪悪な声そのもの。そしてそれは、人間の本質ですらある。
人間に善性があるとしても。
少なくとも、それはあのネメシスを押さえ込めるほどのものではない。
むしろ地球につくしているのはシャドウではないか。
あたいがやっているのは、本当に意味があることなのか。それすら不安になってきていた。
「今は考えるのを止めて、回復に集中しなさい」
「分かりました。 呉美大佐……准将は」
「今治療を進めています。 命は恐らく取り留めるでしょう。 ただし熱中症が酷く、恐らく意識が戻ったとしても、一生歩くことは出来ないでしょうね。 記憶などに障害があるかも知れません」
「……分かりました」
溶岩の中に飛び込んで。
それで蒸し焼き同然になったのだ。
それはそうなる。
あたいがそうなっていたのを、あの人が肩代わりしてくれた。
呉美准将の行動は、あたいから見れば凄いと思う。まさに軍人の鏡だし、世界を守ったのだ。
だが平均的な人間はどういうだろうか。
馬鹿にして笑うのではあるまいか。
そう思うと、そんなのと同じ生物である事がただ情けなかった。
しばらく休む。
胃薬が増やされる。
多分、心に整理はつけられる。
だけれども、すぐにそれが出来るかというと難しい。無言で治療を続ける。
低温火傷の治療は終わり、それで歩くことを許可された。
呉美准将を見舞いに行きたいと言ったが、面会謝絶だそうだ。そうかと思う。要するにまだICUだとかから出られないのだろう。
それなら、押しかけても迷惑を掛けるだけだ。
無言でリハビリを始める。
体は若いので、どんどこ治る。
その途中、メールが来た。
麟博士からだった。
麟博士は喋る事はどうもおかしいが、メールの内容は至って真面目だ。畑中博士の顔文字だとかだらけの読みにくいのとはだいぶ違う。
「超世王セイバージャッジメントの冷房機能について、幾つか画期的な機能を盛り込む予定です。 これで今まで以上に継戦が出来ます。 また溶岩化する中を突入する事も考慮して、それについての対策もします。 貴重な物資を大量に使いますが、大量にあるのでどうにかします」
そっか。
それを先にやって欲しかったというのは野暮だ。
あんな戦闘の展開なんて、誰も予想はできっこない。
まさかそもそも逃げずに、熱を最大限利用して何もかも滅ぼそうと目論んでくる輩がいるとは。
北条という人が病院まで出向いてきたので、リハビリを手伝って貰う。
かなり忙しい状態らしい。
話によると、あのネメシスとの戦闘の余波で彼方此方に竜巻が発生しており、それらの被害が小さくないそうだ。
現在第一軍団は総出で復旧作業をしていて。
それには各地の軍基地だけではなく、京都工場も含まれるとか。
京都工場も被災したが、どうにか立て直しが進んでいるらしい。
提供された稀少な物資についても無事だそうだ。
「もう少しブラックウルフ・ネメシスの撃破が遅れていたら、恐らく神戸で万単位の死者が出ていました。 膨大な雨が降り注いで、いわゆるスーパーセルが起きかけていましたので」
「呉美准将が守ってくれたんです」
「いや、貴方もですよ」
有無を言わせぬ口調だったので、黙るしかない。
リハビリについては、とにかく北条という人は本職よりも詳しくて、てきぱきとやるべき事をやり。
回復状態を見て、メニューを渡してくれた。
それをこなして行け、ということだ。
あたいとしても、それはやるべき事である。やるだけだ。
問題は、ネメシスが更に次は悪辣な手に出てくると言う事。どんなことをして来るか、見当もつかない。
それでも対応しなければならない。
数日、リハビリで過ごして。
それで、呉美准将が、意識を取り戻した。
呉美准将への面会が許可されたので、会いに行く。
人工呼吸器をつけているだけではない。
肌も焼けてしまっていて、それどころか髪も全て剃ったのだろう。なんだか帽子みたいなのを被せられていた。
喉が焼けてしまったらしく、喋る事は出来ないらしい。
ただ、麟博士が喋るのに使っているのと同じもの……高度翻訳AIで、意思を言葉にして伝えてくれる。
「状況は聞いています。 被害を最小限に抑えられて良かった。 飛騨大尉に、行動のグリーンライトを渡して良かったです」
「そんな、小官が力不足だったから」
「あの時、畑中中将でもどうにもできなかったと思います。 だから仕方が無い事でした。 シャドウすら協力しての撃破です。 それを成功させたのは、間違いなく飛騨大尉の勇気ですよ」
言葉が出ない。
まだ涙が出る。
呉美准将は、多分静かに笑ったのだと思う。
「私は軍人で、死ぬ事が仕事です。 だからこれでいい。 シャドウ相手に、こんなに形を残して戻って来られただけで幸運なんです。 最初の頃、超世王セイバージャッジメントを中核に、シャドウとの大規模戦闘をしていた頃は、毎度形も残らないくらい酷い死に方をした兵士がたくさんいました。 私はあまり長くは生きられないそうですが、それでも貴方と神戸と、北半球を守りきった。 だから、バトンを渡します。 後は、貴方がやってください」
「分かりました。 命に代えても」
「ええ。 お願いします」
敬礼する。
それだけで気力を使い果たしたようで、呉美准将は意識を失った。
渡された。意思を。
継いだのだ。
だから、これからは泣いてなどいられない。
ネメシスは数年以内に出現が落ち着く。
あたいはそれが、後数回だとみていた。
あのネメシスの能力、明らかに記録で見た大型種を超えていたと思う。はっきりいって単騎で地球を滅ぼせるレベルだった。
中型種でも其処まで出来ない。
そしてシャドウにも出来ない事がある以上。
如何にその能力を悪用したとしても、限界があるはずだ。それが分かっているなら、どうにか出来る。
ただ、もしもだ。
出来る限界に達する事を、ネメシスが目論むとしたら。
病室に戻って、メールを入れる。
まだ包帯が取れていない場所もあるので、若干使いづらい。
体の一部がダメになるだけで、こんなに動きづらくなる。昔の……戦国時代の武士は指の欠損も珍しくなかったらしいが、それだとその後の生活に大きな支障をきたしただろうなと思う。
ともかくメールを出したのは、麟博士だ。
ナジャルータ博士はシャドウの専門家。
畑中博士は超世王セイバージャッジメントなどの対シャドウ兵器の専門家。
だが、麟博士は統計の専門家らしく、総合的にシャドウとその戦闘を分析する人である。相談するなら、麟博士しかいないと思った。
「ネメシスは明らかに学習しています。 もしも前回以上のダメージを人間に与える方法があるとしたら、それを実行しようと動くのだと思います。 例えば地震とか。 火山噴火とか。 何か思い当たりませんか」
「……そうですね。 人間が地熱発電の失敗で地震を引き起こしてしまった事故の例が今までに何度かあります。 現実には気象兵器はついぞ作られませんでしたが、ネメシスは前回の戦闘で、自身を気象兵器としました。 それを想定すると……恐らくはM10以上の地震でしょうか」
「M10!」
「普通だったら起きえません。 巨大隕石が落ちるレベルです。 しかし、あの異常な熱操作能力を最大限悪用した場合。 或いは日本の全プレートを一斉破断するような事を目論んだとしたら」
ぞっとした。
麟博士が、即座に科学者達を集めると言う。
幸いシャドウからネメシスが出現する事もあって、ネメシスがいきなり最もまずい場所に出現する可能性は低い。
ただし、シャドウですら大まかな出現位置を決めるのがやっとだ。
あれほど強大なシャドウですら。
人間の悪意には、それだけ手を焼いていると言うことである。
あたいは思う。
悪意を良いものとして褒め称える人間はたくさんいる。
詐欺師を格好良いものだと考えたり。
悪辣な犯罪組織を格好良く描いたり。
人間は邪悪に憧れるし、それを好む生物なのだ。
だがそれが地球をこうも滅茶苦茶にした。
それをどうにかするには、人間という種族を変えるしか無い。
今、あたい達の世代は、催眠教育で幼い頃からその手の邪悪とは切り離されて生きられるようになってきた。
だからシャドウ戦役前の時代の人間の悪辣さには反吐が出る。
シャドウ戦役前には、あの手の輩が山ほどいたことを思うと、それだけ世界がおぞましかった事が分かるのだ。
そして人間にさえその悪意が向いていたのだ。
それこそ世界にはどれだけの悪意が向いていたのかも分かる。
シャドウが現れなければ、人間はその悪意で世界を焼き滅ぼしていた。
それもシャドウが証明した。
あのシャドウの事だ。
恐らくは、一度だけの事で結論を出したのではないのだろう。それくらいは、あたいにも見当がつく。
それもあって、はっきり言って。
人間の悪意が考え出す破壊については、想像もできない。
麟博士が、先に何かしらの対策を練ってくれれば。最悪のネメシスを食い止められるかもしれない。
あたいはその時。
ただ身を盾に、戦うだけの事だ。
あたいは剣じゃない。
ネメシスという人間が作り出した最悪の悪意の塊に対して。
世界を守るための盾になる。
あたいは不甲斐ない盾だ。
だけれども、呉美大佐から引き継いだ。意思も心も。
だから、呉美大佐の分も。
ネメシスを斃す。
幸いネメシスは一度学習した失敗は繰り返さない。多分地球が滅ぶレベルの台風を作ろうというもくろみはもうしない。
ならば、対策は出来る。
そう、信じる。
1、桁外れの災厄の前に
畑中博士は会議で重苦しい空気の中にいた。
ネメシスによる超大規模災害の可能性。
それは、この間のブラックウルフ・ネメシスが起こしかけた地球の北半分を滅ぼしかねない台風の事で、既に明らかになっていた。
あれをブライトイーグルの大軍が食い止められたのは、ネメシスを超世王セイバージャッジメントが斃したから。
そうでなければ、それすら食い止められなかった可能性が高く。
神戸どころか、北半球の人間がまとめて滅びていた可能性が高く。南半球でも、想像を絶する被害が確定で出た。
その報告が纏まると。
GDFの会議では、重い沈黙が訪れていた。
ネメシス種は。
下手をすると、氷河期だとか大乾期だとか。
それどころか、隕石が地球に直撃したような大災害を引き起こす事が可能である。
それを思うと、誰もが背筋が凍り付く。
今まで威勢が良い事をほざいていた連中さえ黙り込んでいる。
実際、神戸からも観測されていた、おぞましい規模の竜巻や膨れあがっていくスーパーセルの巨大な雲は、各国にもリアルタイムで流されていた。
神がどうのとわめき散らす連中さえ。
あの映像の前には、黙り込んで何も言えないようだった。
神なんかいたとしても。
ネメシス種の前には無力。
それが分かってしまったからかも知れない。
人間の信仰は、結局のところ支配の道具と堕す。
どれほど高潔な思想によって作られてもそれは同じだ。
一神教が代表例だが、他の信仰もそう。
日本で神社をなんとなく拝んで、それで何となく助けて貰う。その程度の信仰であったら良いだろう。
世界で最も力を持った一神教はそうではなかった。
ただひたすら全肯定と全否定の思想をもって、一部の知識人が、それ以外のバカを支配するという邪悪な仕組みを作りあげた。
それがどれだけ悪辣であっても。
あの見る間に膨れあがっていく凄まじいスーパーセルの映像には、あまりにも無力だった。
更には。それをあっと言う間にシャドウは吹き飛ばして、平常の天候に戻してしまった。
その凄まじい力を見せつけたブライトイーグルの事もある。
核兵器をどれだけ叩き込んでも通じなかった。
その理由が、今更ながらに可視化されたのだ。
人間が妄想していた全知全能の神なんて、所詮人間の想像の範囲内の存在であって。
現実に途方もない力を持つ存在と。
それが人間の悪影響を受けて生まれてしまったネメシスが。
どれだけの桁外れの力を持っているのかは。
あの映像が、これ以上もないほどの説得力を示したのである。
誰もが黙り込んでいる中。
麟博士が提案したものを、代表して畑中博士が会議で説明する。畑中博士は半笑いだったが。
それもそうだろう。
猿山で騒いでいたバカ共が。
やっと現実を認識できたのだ。
妹を廃人にされ。
ずっとつくしてくれた呉美大佐もまた廃人になり。
そんな状況でやっと得た勝利を過小評価された。
それだけで畑中博士は内心穏やかではなかった。
此処で騒いでいた連中は、たかが一軍人がどうなろうと知った事では無いとしたり顔でほざいていた。
そんな連中が、雁首揃ってしめられる前の鶏同然になっている。
これほど痛快なことがあるだろうか。いやない。
「ネメシス種が、地震を狙ってくる可能性があります」
「地震だと……」
「ええ地震です」
プレゼンを始める。
畑中博士の書いた絵でも、それほど驚かれることは無い。いつもはこれを見て、誰もが青ざめていたのに。
とにかく分かりやすく書いた絵で、説明をしていく。
日本にはいわゆる大陸プレートが密集している。
地球の表面……地上はいわゆるプレート移動をしていることは周知の事実だが。これは要するに、とても高い粘度を持つ地面が、ゆっくり地球の表面を循環しているようなものである。
だから地球の内部にも戻っていく。
また、地球の内部からも出てくる。
それらのプレートの移動で発生するのが地震だ。
日本が世界有数の地震大国なのは、このプレートが密集しているのが要因なのである。
「ネメシスが人間を一掃する方法として一番手っ取り早いのは、恐らく地球全土を揺るがすレベルの地震です。 日本にあるプレートを全て粉砕し、日本に存在する火山全てを破局的噴火をさせた場合。 人間は確定で滅びます」
「な、なんだと……」
「勿論シャドウもそれは望まないでしょうが、ネメシスがやってきた事を考えると、その手段はどんどんエスカレートしています。 次はこれくらいのことをやってくると考えるべきでしょう」
椅子になついている代表もいる。
あれは漏らしたのではないか。
いやはや痛快痛快。
うちの大事な菜々美ちゃんを無能呼ばわりしたり。
あれほど傷ついても戦い続けているのをみても、なんら心が動かされなかったような連中だ。
そういう冷酷さを持つ事が指導者として必要だとか。
そんな寝言で、自分の脳タリンぶりを正当化していたようなアホの群れ。
せいぜい怖れろ。
そう思いながら、畑中博士は更に説明をしていく。
仮にM10の地震がそれで生じた場合の被害について。
日本は今まで記録にもないような地震で神戸もろとも一瞬で壊滅。更に火山の噴火も重なる。
日本では阿蘇山などが有名だが、それ以外にも危険な火山は幾つでもある。それらが破局噴火した場合。
地震とあわせて多分数時間ももたず、日本は消滅する。
それだけじゃない。
それで引き起こされるのが津波だが。これは恐らく、今まで人間が経験したこともない規模になるだろう。
「津波の高さは、場所によっては最大千mに達するでしょう。 内陸に人間がいない今の時代、どの都市も国も、シェルターだろうと。 全て押し流されて、ひとたまりもなく滅ぶでしょう」
「……っ」
「神にでも祈りますか? 今まで散々ばかげた行いを繰り返して来た人間なんか助けるとは思いませんけれど」
今まで神が神がとわめき散らしていた連中ですら。
この凄まじいシミュレーションには声も無いようだった。
もっとランクが上の災害だと、巨大隕石……それも恐竜を滅ぼしたような代物よりも更に上の存在が直撃する事により発する地殻津波などがあるが、これが起きた場合はもう地球そのものが完全に死の惑星となる。
流石にそれを引き起こすエネルギーは存在し得ない。
シャドウの今までの戦闘を分析してきたが、それを作り出すのは不可能だ。現在の人間が起こせるエネルギーなどより遙かに巨大なものをシャドウは操る。だがそれを最大限に解釈しても、いくら何でも地殻津波まで起こすような破壊は起こせない。例えば月などを音速の数十倍の速度で地面に直撃させるとか。そういった規模の超エネルギーが必要になるのだが。
それはシャドウにすら手が届かない領域だ。
いずれにしても、ネメシスが日本にある大陸プレートを粉砕する行動を思いついて実行しようとした場合。
もし止められなかったら、何処に逃げようと無駄だ。
宇宙なんて論外である。
多分逃げようとした瞬間ブライトイーグルに叩き落とされるし、なんなら魔王の攻撃で、衛星軌道上にたくさんあったが今は一つも無い人工衛星よろしく消し飛ばされる。
そもそも人間は、宇宙で長時間生活出来る技術を今だ有していない。
シャドウ戦役前に火星に人を送り込んで長期間の生活がどうのこうのと出来もしない計画をほざいていた輩がいたらしいが。
そんなものは机上の空論に過ぎなかった。
「畑中博士、それでどうすればいいのかね」
「超世王セイバージャッジメントとシャドウの連携でネメシスを斃す。 これしかありません」
「……」
「ネメシスが狙ってくる場所を幾つか見当をつけました」
今の時点で、ネメシスは中央アジアか日本にしか出ない。
ただ、ネメシスの出現間隔が延びている。
これは恐らくだが、凶悪化するに従って、出現のスパンが拡がっているのだと思う。
そして畑中博士は仮説を立てている。
この間の災害規模。
そして今回想定される災害規模。
これを達成出来なくなれば、ネメシスはもはややれることがなくなる。そうなれば、恐らくは。
逆に言うと。
この破壊をネメシスが引き起こせない場合は終わりだ。
臨界点とノワールは言っていたが。
次にこの臨界点をネメシスを作って来ると見て良い。
今までで最強の相手が出てくるだろう。
そして、此奴さえ斃せば。
ネメシスは恐らく、打ち止めになる。
だが、それを口にするつもりはない。此処にいる連中は、ぺしょぺしょになっていた方が良い。
政治家の無能さは、シャドウ戦役前にはどこの国でも問題だった。
自由の国で民主主義の最先端である筈の北米ですら、裏口入学がすっぱ抜かれていたくらいである。
此奴らは悪い意味でのそれらの無能政治家の子孫だ。
一度徹底的に思い知ればいいのである。
「畑中博士、それでどうすればいい」
「私よりも広瀬大将に聞いてください」
「……広瀬大将」
「ネメシスが出現した後、シャドウに領内に入るのを許可するしかありません。 前回の戦闘でも、ブラックウルフ・ネメシスを斃すのに、シャドウが最大級の協力をしてくれました。 それがなければ、とても倒す事は出来なかったでしょう。 今まで温存していた第一軍団も、地殻破壊を狙ってくるネメシスが出現した場合は、全て投入します。 幸い、弾は揃いました。 効くかどうかは微妙でしょうが」
傷がつけば殺せる、か。
傷はつくが、鉛玉では傷はつかない。
そういう存在だ、ネメシスは。
だから、時間を稼ぐための文字通りの特攻になるだろう。
それでも、広瀬大将はやってくれると言っている。
実際問題、今までを超えるネメシスが出現した場合、出来る事は限られている。
今までの対中型戦のノウハウを生かしても、それでも時間を稼げるかどうか。時間を稼ぐことすら出来ないかも知れない。
広瀬大将は死ぬ気だな。
それは分かった。
だが、畑中博士は、それを止めるつもりもなかった。畑中博士も、京都工場から動くつもりはない。
どうせ何処に逃げても同じだからだ。
黙り込んでいた市川代表も。顔色は死人のそれだった。
少し前から様子がおかしいが。
これはひょっとすると、あの無能な天津原よりも早く潰れるかも知れない。一応仕事は出来る人間だったのだが。
この状況では、それも行かせないか。まあ仕方が無いだろう。
「分かった。 ネメシスがもしもそのような行動を目論んでいると判断された場合は、代表の権限で、シャドウとの確保した領域内での戦闘、共闘を許可する」
「……」
「反対は?」
ダンと、鋭い音がした。
代表の一人が拳銃を咥えて引き金を引いたのだ。
絶望して、自殺したのである。それを見て、誰ももう何も言わなかった。
誰もが絶望の中にいる。
畑中博士は、今更だと思った。
今まで散々バカみたいなことをほざいてきて、広瀬大将や菜々美ちゃんの、飛騨大尉の足を引っ張ってきた。
兵士達も散々死なせてきた。
此奴らの中には主戦派に化けかねない奴だっていた。そういうのが代表になったら、更に被害が拡大していただろう。
今更反省したって遅い。
だいたい此奴らの死で、今まで前線で頑張って来た人間達の無駄死にをあがなえるものか。
だから自殺したどっかの国の代表に、同情とかは一切湧かなかったし。
市川代表も、既にそれを気にもしていないのか、決議を取っていた。
殆どの国の代表が棄権した。
もう判断したくない。
そう顔に書いていた。
これが、あらゆる手段を使って権力を得た連中の姿だ。なんとなさけないツラをしていて。
挙げ句に必要な時に決断すら出来ない。
こんな連中が権力を得るような生物が人間だ。
王族だろうと貴族だろうとそれは同じ。
だから世界を此処までにしてしまったし。今もネメシスなんて存在を産み出し続けているのだ。
ぶっちゃけ畑中博士は、軽蔑こそすれど。
彼等に同情はしない。
まあ、精々苦しみ続けろ。
そうとしか考えられない。
此奴らは、恐らく決戦になるだろうネメシスとの戦いで勝ったら。またすぐに調子が良い事をほざきだすのだ。
それどころか、飛騨大尉や菜々美ちゃんを暗殺しようとまでするかも知れない。
だから、畑中博士は一切此奴らを許すつもりも無い。徹底的に軽蔑し、地獄に落ちれば良いと思っていた。
決議が出る。
賛成票も幾つかあったが、反対票はなかった。棄権が多数。責任を取りたくなかったと言う事だ。
市川代表は、機械的に言う。
「では賛成が反対を上回ったので、可決とする。 これからシャドウと連携して、最悪のネメシスを迎え撃つ。 広瀬大将、準備を整えて欲しい」
「分かりました。 兵士達には、休暇を与えておきます。 最後になるかも知れませんので」
「好きにしてくれ」
「では好きにします」
会議が終わった。
ふっと笑いが漏れて。
それから、それが爆笑になった。しばらく真っ暗なテレビ会議の画面に向けて嗤い続ける。
三池が、側で青ざめていた。
「畑中博士?」
「明日は休んでいいわよ。 私も休むから」
「は、はあ」
「恐らくすぐにネメシスは来ない。 今のうちに、最後の休みで体を整えておいてちょうだい」
さて、大笑いして、気も晴れた。
クズ共はどうでもいい。これからは、飛騨大尉を死なせないようにしなければならないだろう。
それについては、幾つか案があるが。
ただ、どうやってもネメシスの超高熱による攻撃は、防ぎようがない。
だいたい、地殻を粉砕するつもりならやる事は分かっている。
幾つかのプレートの不安定な地点に、超高熱になった自分自身を叩き込む。それだけしかない。
ネメシスは死を怖れなくなった。
それは先の戦いでも分かった。
これは実際には、人間という生物の心理的に。
死を怖れるよりも、人間に対する怒りの方が強くなったのだろう。だがそれは、生存本能を放棄するという生物としては致命的な段階に入ったことを意味する。
シャドウは集合意識存在だとしても。
恐らく全部としての生は優先するはずだ。
ネメシス種はそれですらない。
強いて言うならばシャドウ戦役前にいたという、宗教原理主義者の自爆テロリストみたいになっている。
連中も大喜びで自爆テロを選んだ。
それには宗教に起因する怒りもあった。
実際には洗脳されていたのが殆どだった。
それはそれとして、ネメシスは今や自爆テロを行う連中と同じになっている。
ネメシスが人間の最悪の部分を学習した結果がそれなのだとすれば。これから相手にするのは、最悪のテロリストである。
それも人間の。
ならば、勝機はあるかも知れない。
幾つかの対抗手段を考えておく。
仮に地盤を撃ち抜いてプレートを粉砕するとしたら、最低でも核兵器を多数爆発させるくらいの火力が必要だ。
それはこの間の、北半球を破壊しかけたものよりも更に強大なエネルギーを必要とするだろう。
ただし、ネメシスはこの間の戦闘で。
死を怖れなかった。
それを逆に突ける可能性が高い。
広瀬大将とは綿密に連携をしながら、どうやれば良いのかを幾つか打ち合わせをしておく。
広瀬大将は流石に専門家の中の専門家である。
畑中博士がこうしたいというと、現実的な戦術を即座に考えて提案してくれる。後はそれに沿って、大まかなものを作るだけだ。
斬魔剣Vだけでは足りない。
今度のネメシスは、恐らくだが。今までのよりも遙かにタフな個体が出現する。それを斃すには、今までとは比較にならない熱量が必要だ。その熱量を悪用してくるだろう。だが、それはさせない。
さて、シャドウとの連携だが。
麟博士が来た。
恐らくネメシスが狙ってくるだろう地点を確定したのだ。なる程ね。これが正しいとなると、今まで頻繁に戦闘が起きていたのは恐らく偶然ではないな。
本能的に、一番危険な場所をネメシスが選んでいたのか。
それとも人間の知識から割り出したのかまでは分からない。その程度は、シャドウ戦役前から分かっていたことだったのだから。
ふむふむと頷きながら、策を考えていく。
ネメシスは恐らくだが、その地点にぽっと出現する訳ではないだろう。恐らく其処から相応に距離がある地点に出現するとみていい。
前回の飛騨の時と同じだ。
中型種の攻撃をわざと受けて、熱を蓄えるためである。中型種にしたって、キャノンレオンでも核攻撃くらいの熱量をコントロール出来る。その熱量を最大限悪用するためには、敢えて目的地から距離を取った方が良いのだ。
そしてノワールがネメシスの出現地点を制御出来るとしても。
その場所は、多分ネメシスの方がある程度干渉してくるはず。
シャドウとしての死を迎えることが、集合的意識から切り離される事だとすると。
既にシャドウの中には群体としての意識の中にとてつもなく濃縮されたネメシスの意思みたいなものが存在していて。
それは恐らくだが、臨界点と言われる段階にまで達している。
この間の戦いで、飛騨大尉は明確に人間の罵声を聞いたという。
確かに記録にあるデータにも、そう聞こえるものが多数含まれていた。
古くでは、どんな創作でも悪役の方が人気が出た。
邪悪で残虐な悪役はとても好かれた。
そういう事実があった。
人間は抵抗できない相手を痛めつけるのが大好きだし、それをやるとき何を見た時よりも楽しくて笑う。
そういう生き物だ。
正義感が強い人間はむしろ迫害される。
シャドウ戦役の前には、正論を言う事をロジハラなんて言って忌避する傾向があったようだが。
それは暴君の理屈だ。
世界中に解き放たれたエゴは、シャドウ戦役の前には大量の暴君を呼び集め。誰もがちいさな暴君になっていた。
それは資料を見ても明らかだ。
それがネメシスになったのは、あらゆるデータが証明している。まさに人間の悪の総決算の時代の遺産。
それとこれから戦うのだ。
髪を掻き上げると、三池に茶を淹れてくれと頼む。
新しく茶の栽培が始まったようだが、どうせまだ美味しいのはでないだろう。
それでも、カフェインを脳に入れて、少しはクリアにしておかなければいけないのである。
これから考えておく兵器は、文字通り最終決戦で用いる最後の兵器。
これが通じなければ、ネメシスを倒す事は出来ないし。何よりも、ネメシスを斃せなければこの世界が終わる。
恐竜が滅んだ隕石の激突にも匹敵する地獄絵図が到来する。
五度の大量絶滅の一つ、その中でも最大最悪のペルム紀の大絶滅を超えるものが確定で来る。
それだけは。
それをやりかけた人間共の生き残りとして、絶対にさせてはならないのだ。
茶が来たので、飲み干す。
多分三池も分かっているのだろう。敢えて温く茶を淹れてくれていた。
非常に助かる。
何度もお代わりをしながら、キーボードを叩く。ひたすらに、脳も働かせる。設計図を作り出し、次々に改良していく。自分の中の設計図を、どんどん湧いたアイデアでアップデートしていく。
これがどうも他人には中々出来ないらしいと気付いたのは、いつ頃だったか。
催眠教育でフルスペックを引き出せる今の時代だからこそ、これに気付けた可能性は高いし。
これができるまでに脳が鍛え上げられた可能性もまた高いのだが。
それは別の話だ。
今畑中博士がやるべき事は、バカ共が昔やりかけた事を再現……或いは完遂するために現れるネメシスを。
今度こそ完璧に。
過去の亡霊もろとも地獄に叩き落とす事。
それだけである。
2、連携戦の準備
呉美大佐が退役して、一気に忙しくなった。
広瀬大将は、現場に出る。
既に戦場になるだろう場所は幾つかに当たりがつけられている。絞り込んだ主戦場で、如何にして敵を消耗させるか。
それがGDF第一軍団の仕事。
恐らく、広瀬大将にとっての最後の戦闘指揮だ。
これで生きて帰れるとは思っていない。この間のネメシス種ですら世界を滅ぼしかけたのだ。
今度はそれ以上の強度を持っている可能性が高い。
畑中博士と作戦については相談した。兵士達も今回は総動員する。敵は恐らく、今度のが臨界点とやらの可能性が高い。
それがどういうルートを通ってくるとしても。
対応して、必ず仕留める。
目的地点に辿りつかれた場合、そのまま世界の破滅まで持って行かれる可能性は六割を超えると言われている。
実際問題、前回のネメシスの時も、シャドウは目的を把握できなかったようだった。現地でネメシスが座り込んだ後。
呉美大佐と飛騨大尉の奮戦が無ければ。
そのまま超巨大台風で、北半球は生態系ごと塵にされていたのである。
訓練を続ける。
幸い物資と弾薬はある。
アトミックピルバグ戦で使い果たしたが、それからどうにかちまちまと蓄積したのである。
第一軍団が一回、総力戦をやるだけの弾薬はあるので。
それだけは救いだと言えるだろう。
訓練を続けていると、連絡が入る。
麟博士からだ。
今、畑中博士は非常に忙しい。最終戦で用いる文字通りの決戦兵器の調整のためである。創意工夫で本来だったらどうやっても勝てないシャドウに一矢報い、ネメシスとも戦える土俵を作って来た人だ。
今、畑中博士ですら、全力で研究に集中している。
それくらい、事態はまずいと言えた。
「如何しましたか」
「現在想定される侵攻路を更に絞り込みました。 これのどれかになると思います」
「分かりました」
ちなみに麟博士の声は電子音声だ。
というのも、例の如く口から出る言葉と意思がまるで違うからである。通話などでは顕著で、話している時にはほぼ完全に電子音声が代替している。
こればかりは脳の構造の問題なのだから仕方が無い。今は、それをちゃんと翻訳できるだけで凄いと言えるだろう。
「いずれのルートでも、京都工場を恐らくネメシスは通過するか、しない場合でも戦闘が開始されれば巻き込まれます。 戦闘開始の情報が入り次第、即座に避難してください」
「何処に逃げても同じだと思いますが」
「最終的にネメシスと交戦して、奴の想定通りに事態が進行すればそうです。 しかし、通路にわざわざ残って犬死にするのには何の意味もありません。 避難は北条に指示して徹底させます。 貴方も必ず逃げてください」
今回は、恐らくネメシスは散々煮え湯を飲ませてくれた超世王セイバージャッジメントの拠点である京都工場もついでに踏みにじるのではないか。
これは事前に情報が入っている。
そして、ネメシスが人間の悪意の凝縮体に近い存在だと分かった今では、それに説得力がありすぎるのだ。
ともかく、この戦いは例え広瀬大将が命に代えても勝つ。
負けたら人類は終わりだというのもあるが。
広瀬大将も、飛騨大尉から得ている情報には目を通しているのだ。
シャドウ戦役前の時代。当時の有様は広瀬大将も知っている。今でもGDFの会議でバカな代表共の醜態は見ているが、それが世界中で当たり前だった時代があったのだ。荒廃しきった人心を示すような巫山戯た言葉の数々。聞き苦しいことこの上ない代物だった。
あんな言葉を吐き散らかす連中なんて、許しておいて良い筈が無い。
ましてや、シャドウですら世界のために活動していたことが分かった今だ。
嬉々として全てを踏みにじり。
エゴを正当化していたようなカス共の理屈で、世界を滅ぼしてなんかたまるか。
広瀬大将は軍人だ。
勝利のために時には非人道的な判断だって下さなければならない。
だが、それも限度がある。
プライドとでもいうものだろうか。今回の戦いは、広瀬大将の最後になる可能性も高い。だからこそ。
最後くらいは。過去に大量のちいさな暴君が湧いていた時代に、唾を吐いてやるつもりだ。
第一から第四師団までの各師団に指示を出して、何度も演習をする。
今回は訓練部隊である第四師団にも出て貰う。
第五師団は避難誘導だ。
ネメシスが完全に予定通りに動いた場合は、人類は万が一にも助からない。神戸にいる人間なんてなおさらだ。
だが、ネメシスの作戦をある程度阻止した場合。
その時の被害は状況による。
ただ厄介な事に、ネメシスは知恵が回る。先に避難をさせても、恐らくその途中に対して仕掛けて来るだろう。
遠距離からの熱線砲を使うか、他の手段を使ってくるかは分からないが。いずれにしても、避難民なんてネメシスにとっては楽しい鏖殺の的以外でも何でも無い筈で。必ず殺しに掛かってくる。
だから、奴との交戦が始まり。
ネメシスに避難民なんかかまう暇が無くなってから、避難をしなければならない。
更に面倒な事に、実際問題いつネメシスが出るかはまったく分からないのである。
今までもそうだったが、ネメシスは出現するタイミングや期間がバラバラで、統計の取りようがない。
麟博士もこのデータでは法則性が嘆いていたくらいであり。
実際問題、中央アジアで斃されたネメシスについては、こちらでも詳細が掴めない事もある。
日本で斃したネメシスが全体のどのくらいなのかも分からない今。
はっきりいって、その場その場で対応するしか無く。
ギリギリまで避難訓練をして、如何に被害を減らすか。それしか考える事ができないのだった。
「第三師団、遅れています。 第一師団は少し早すぎます。 敵の浸透を遅らせるべく、それぞれもう一度」
「イエッサ!」
「練度が足りませんね。 後どれくらい時間があることか……」
思わずぼやく。
名将として指揮官を信頼した兵士は、どれだけ状況が悪くても一歩も引かない。勝てると確信しているからだ。
そういう例は過去に幾つもある。
恥ずかしい事に広瀬大将も兵士達にそう認識されているようだ。だったら、せめて一人でも多く。
この戦いを生き残らせなければならない。
相手は凶悪なシャドウよりも更に厄介な相手だ。
戦闘記録には全て目を通しているが、結論から言えばとにかく斃しづらいことこの上ない。
戦闘で次々に奥の手を出し、想定を遙か超えるスペックで畑中中将を苦戦させてきた中型シャドウと違い。
ネメシスは分かっていてもなお、どうにもならない損害を強いてくる危険な相手なのだ。
この手の相手がもっとも厄介である。
人類がボタン戦争になれすぎたのが要因かも知れない。
それが封じられ、互いの出血が確定となった場合。
既に人類は、それに耐えられるほどの能力を失っているのかも知れなかった。
訓練を済ませて、部隊を戻らせる。
休暇もしっかり取らせる。
兵が多少いなくても動けるようにも訓練をしておく。
次の戦いでは。
どれだけ生き残れるか分からない。
だから指揮系統が混乱しても、それでも戦えるようにしておかなければならないのだから。
連日激しい訓練をしていることが、あたいの耳にも入ってくる。
受け身の訓練を混ぜつつ、シミュレーションをする。超世王セイバージャッジメントが、臨界点に達したネメシス種と戦うために作りあげられた武器。
斬魔剣Vが一段落したが。
今度はそれが、極めて習得が難しく。
今、大苦戦しながら習得を頑張っていた。
それだけだと気が滅入る。
本当に上達しないからだ。
勿論シミュレーションには毎度畑中博士が手を入れてくれている。畑中博士は今、ずっとキーボードを叩いていて、本当に忙しいのが分かる。
普段と違って鬼気迫った雰囲気で、三池さんに茶を淹れるようにいう声が時々聞こえてくるが。
飄々としてマイペースないつもと違って。
殺気立ってさえいるのが分かった。
怖いとは思わない。
ぶっちゃけ北条という人の方がもっと怖いし。
何よりネメシス種の方が何倍も怖い。
だから、平常でいるだけだ。とにかくあたいに出来るのは、訓練をこなす事。ネメシス種は、次で打ち止めの可能性が高い。
例え最強の奴が出てくるとしても、次で打ち止めであるのだったら、どうにか出来る筈だ。
だから、それを信じて訓練を行う。
淡々と訓練に励める。
お茶と菓子が出た。
休むのも仕事だ。そう北条という人に言われるので、そうさせて貰う。黙々と休憩を入れる。
整備工のおじさん達も、怒号を張り上げていた。
やはり相当にぴりついている。
麟博士はぼんやりしているように見えて、この鉄火場になった京都工場で、平然と仕事を続けている。
あたいよりちょっと年上なだけだけれど。
あたいが思うよりもずっと修羅場を潜っている人なのかも知れない。
或いは、考えている事と口から出る言葉が違うと言うハンデが、それ相応に人生で負の影響を及ぼしており。
それで鍛えられたのかも知れないし。
逆に、他人なんてどうでもいいと考えている可能性もある。
これは麟博士の生い立ちを想像すると容易に思い当たる。
今の時代ですら。
麟博士みたいな体質だと、色々他人との摩擦は起きるのだろうから。
訓練に戻る。
また密着状態からの受け身を続ける。あらゆる方向から、密着状態からの衝撃を打ち込まれ。
それで負傷しないように受け身を取る。
何度も何度もやる。
練度をひたすらに上げる。
北条という人は、二度三度と出来なくても怒らない。
順番に何度でも説明してくれる。
怖いと言う点では確かに怖いのだが。こういう所は、恐ろしい程に気が長いのかも知れなかった。
或いはあたいみたいなボンクラの扱いに慣れているのかも知れない。
「かなり応用が出来るようになって来ましたね」
「ありがとうございます」
まあ、褒めてくれるが、リップサービスだろう。
この人の技量を見ていると、少なくともネメシス戦で超世王セイバージャッジメントのコックピットにいても、絶対に怪我しないだろうと思うし。
なんなら車に跳ねられても、無傷である可能性すらある。
虎くらい素手で斃せるというのは、恐らく嘘では無いとみていて思った。
体格が数倍の岸和田さんが自分より強いと断言し、怖れているのは伊達ではない。訓練をつけてもらいながらそれが良く理解出来る。
受け身が一段落して、休憩を入れる。
まだまだだなあ。
そうあたいは思っていたが。一緒に完璧なマナーで茶を嗜んでいた北条という人が、いつものように貼り付いた笑顔のままいう。
「次の戦いが臨界点になると聞いています。 焦りが見えるのはそれが理由ですか?」
「はい。 負けたら人類が滅ぶとなったらなおさらです」
「分かりました。 ちょっとその焦りを消した方が良いでしょう。 現時点では、どれだけ超世王セイバージャッジメントを激しく動かしても、飛騨大尉は致命傷を受けず、継戦能力は失わないと私は見ています。 ただし、その焦りがミスを産む可能性は高い。 ならば。 私が多少その焦りを取り除いておきましょう」
何をするつもりなのだろう。
そう思っていたら、話をしてくれる。
この人はやはり特務で、広瀬大将の直属麾下。厳密には軍人としての階級すら持っていないという。
非常に色々と面倒な立場であるが。
それにはあたいも、強化人間計画の被験者らしいという事は分かっている。
だから、それもまた仕方が無いのだろう。
存在自体が軍の暗部みたいな人だ。
それこそ暗殺されていてもおかしくないのだから。
「私の実年齢は、貴方よりずっと下です」
「はい……えっ!?」
「あまり大きな声を出さないように。 そもそも色々あるのは貴方も知っている筈ですよ、飛騨大尉」
「すみません」
そうか、それもまた闇が深い。
クローンを即席で大人にして、即座に兵士として使う。
それはこんな状態だ。誰でも考えるだろう。
この人がその計画を受けて試験的に急速成長させられたとしたら。どんな邪悪な実験を受けたのか、想像もできない。
人間を裏切ってもおかしくは無いだろう。
それについては、よく分かる。
だからこそに、広瀬大将はこの人を直属にして信頼し。
信頼してくれている事を理解したこの人もまた、今あたいみたいな未熟者を鍛えてくれているのかもしれない。
「死んだら世界が終わりと言いますが、どのみち死ねば貴方にとっての世界は終わりです。 昔は個人の生死が世界の終わりに直結するような作品の事をセカイ系とか言っていたらしいですが。 厳密には個の主観からすれば、それ自体は間違っていないと言えるでしょうね」
「……」
「良いんですよ怖がっても。 それなのに、貴方は自分の意思で戦う事を選んだ。 それだけで何よりも立派です。 私は流されるまま、広瀬大将に拾われるまでは地獄を過ごして来ました。 広瀬大将が拾ってくれなければ、多分第五師団の誰かしらに処分されていたでしょうね。 虎より強い程度では、近代兵器を装備した特務には……まあ一個小隊相手ならともかく、軍相手には勝てませんので」
この人が其処まで言う程か。
でも、確かに人間の軍隊は、基本的に人間を効率よく殺すための組織である。普段は災害救助などのレスキューをしていても、本質的にはそれだ。
人間は地上であまりにも圧倒的な存在だったから、その武器は基本的に同族に向けられた。
相食み合って身内を殺す技術ばかりを磨いた。
それが人間というしようもない生物だと言う事だ。
それに関しては、あたいは何の異論もない。
「逃げたいですか? 本音では」
「いえ」
「では、怖いだけですね」
「はい」
あまり多くの人を、この人の前では喋れない。
それだけ圧倒的な実力差がある。
確か地上で現時点で一番強い肉食動物は、武装した人間を除くと虎だと聞いている。単体だと数倍の体重差すらひっくり返して熊よりも強いそうだ。
それよりも素手で強いこの人は、それこそ恐竜でも連れてこないと勝負にならないだろう。いま生きている動物だと、アフリカ象とかか。それくらいの実力を持つ人なのだ。
「私は今ではあまり怖いとは感じません。 何か守るべきものが出来たとき、人は強くなるとか言いますが。 実際にはその守るべきものの事を考えて弱くもなります。 飛騨大尉は、今の時点では自分だけしか、究極的にその守るべきものがないのではありませんか?」
「いや、京都工場の人達も大事です」
「優しい事ですね。 いずれにしても、その人達は対ネメシスのスペシャリスト。 貴方が守る守らないでは無い筈です」
「……はい」
それはそうだ。
畑中博士を守るとか想像もできない。
ともかく、と言葉を北条という人は句切っていた。
「今は気楽に考えてください。 自分の命を自分で好きに使える立場にあります。 立ち回りを工夫すれば、恐らく生き残る事も可能になる。 その選択肢があるだけ、今の飛騨大尉はとても幸運です。 それだけ考えておけば、だいぶ楽になると思います」
「分かりました。 ありがとうございます」
そうか。確かにそれもそうだ。
北条という人は、それこそあたいよりも年下で、この見かけである。だとすれば、人生はがんじがらめ。
広瀬大将がいなくなれば、きっと命すら危うい立場にある。
とてもこの人を作りあげた研究なんて、公開する訳にもいかないのだろうし。
それが、こんな大事な立場で、こんな大事な戦略的拠点に派遣するくらい信頼してくれている。
それだけで広瀬大将をどれだけ信頼しているか分からない。
この人の思考が、少し分かった気がする。
だから、一気に気が楽になっていた。
それから、訓練が格段に楽になった。
力が良い意味で抜けたのだろう。
無言で淡々と訓練をしていく。明らかに集中力が増した。今は、自分だけ考えていればいい。
呉美大佐は、自分の意思でああしたんだ。
確かにあたいはまだ未熟だ。
だから、次までに克服しろ。
シャドウとの連携が取れることも分かった。今後は、ノワールの奴は要所で使い倒してやる。
あいつはあたいに興味を持った。
それを後悔するくらい、次の戦いでは使いたおしてやるつもりだ。
訓練が終わったので、宿舎に戻る。
ロボットに食事を作らせて、風呂に入る。
汗を流すのが気持ちいいと思ったのは初めてだ。髪はまだ伸ばしているが、これの手入れで苦労した事は無い。ロボットが全部やってくれる。昔はとにかくあらゆる意味で髪の手入れは大変だったらしいから。
これに関しては、とても良い時代である。
食事も終えて横になるが。
ここ最近では、一番気分が楽かも知れない。
ぼんやりして、ニュースを見る。
何処かの国の代表が拳銃自殺したことは聞いている。会議中に絶望して、拳銃を咥えて引き金を引いたらしい。
この状況では仕方が無いなと思う。
何しろ選べないのだから。
市川代表が、バカの群れを統率するはめになって、散々だという事は聞いた。
畑中博士が大笑いしていたそうだ。
三池さんが、他の人には話すなと釘を刺した上で、それを教えてくれたのだけれども。野心を満たして満足している筈の市川代表でもそうなのだ。
他の連中だって、シャドウの中でぽつんとある人間の街や国で。
それぞれ大した人数もいないのに其処から選出され。
それで好き勝手ばかりいう輩に、いつも足下を掘り崩されているのかも知れない。
だから焦るし、攻撃的にもなる。
人間は群れになってやっと他の動物と対等に渡り合える程度のスペックしかないとあたいは聞いている。
だが、そのスペックがこの有様では。
人間程度たかが知れているといえるし。
そんなものを守るくらいだったら。
京都工場で、最前線で命を張っている人達のために戦う方が、何万倍もマシだ。
それがあたいの命の使い方。
そう分かった今。
あたいは、とても気分が穏やかだった。
眠るのも随分とすっきりである。
退院してから色々とあって。呉美准将の事もあったから、本当に辛かった。最悪睡眠導入剤を処方することもロボットは選択肢に入れていたと聞かされる。
だが、それも今は必要ない。
すっきり眠ってすっきり起きる。
そして、訓練に出向く。
臨界点ネメシスが現れるまで、どれくらい時間があるか分からない。だけれど、現れた事を後悔させてやる。
そう思って、淡々と訓練を続ける。
北条という人の訓練も、今までよりも更にすっと入り込んでくるようになっていた。
いや、北条という人はやめるか。
今後は内心でも、北条さんと呼ぼう。
貼り付いたような笑顔と、人外の領域に達している戦闘力が怖かったのは確かに事実だ。それは今更繕っても仕方が無い。
でも、北条さんが相応のものを抱えていて。
人生を広瀬大将に救われて。
それをよりどころに生きている事を思えば。
あたいだって、得体が知れないからなどという理由で怖がってはいられない。
勿論その気になれば秒であたいの首くらい素手でへし折れるのは変わってはいないだろうけれども。
それはそれ、これはこれ。
そんな事を言ったら、前に訓練役として北条さんが連れて来ていたあの大巨人、岸和田さんだって同じだったのだろうから。
シミュレーションの方も、訓練の効率が露骨に上がっている。
呉美大佐、いや准将が、側でアドバイスしてくれているようだ。
時々、呉美准将の容体を聞くが。
どうにか緊急治療室を出たものの、当面は人工呼吸器は外せないし、地力で歩くのは一生無理。
その事に代わりは無いようだった。
だから、その分あたいが戦う。
同じように道を切り開いた畑中中将の分もある。
守るためじゃない。
背負ったものを引き継ぐためにだ。
シャドウとの戦いは、ネメシス種との戦いが終わった後も、続くかも知れない。
だけれども、それが終わったら。
きっと、この進歩した技術と。
シャドウの超がつくほどのスペックがもしも合わされば。
地球は救われて。
人類に、次の時代が来るのかも知れないのだから。
3、臨界の魔物
前のネメシスが現れて、四ヶ月後。
かなりのロングスパンだが、いつかは来ると言う事が分かっていた。そして、ついに来た。
それまでも中央アジアで数体のネメシスがシャドウによって討伐されていた。
だがそれらも、観測手段が限られている現在の人間にすら観測出来るほどの戦いが起きていたことを意味する。
数千q先から、揺れが届くほどの戦いもあった。
それでもシャドウは、時間さえあればネメシスを斃せるようだった。
或いはだけれども。
ネメシスの出現場所をある程度制限できるように。少しずつ切り離して、弱体化させて斃していたのかも知れない。
可能性はある。
シャドウにしても、もしも地球が完全破綻したら、復旧は相当に大変だろう。
人間はあっと言う間に滅ぼし、クローン技術で再生する位は出来るとしても。地球そのものの環境が致命傷を受けると、シャドウの当初の目的からしてまずいし。復旧につかうリソースだって相応に限られてしまう。
それが分かっているからこそ。
ネメシスの戦略は、分かるのだ。
だが、ついに。
来るべき時が来て。
ネメシスが現れていた。
「偵察艇から入電! ネメシス出現! こ、これは……!」
「如何したか」
「映像を映し出します!」
「おおっ!」
恐怖と驚愕の声が上がる。
広瀬大将は、舌なめずりしていた。なる程、これは臨界点だ。
恐らくだが、このネメシスは、複数の小型種シャドウが融合した存在だと見て良い。
出現箇所は北海道知床。
恐らくだが、中型種の熱攻撃を敢えて受け、その熱を蓄えながら目的地……濃尾に向かってくる。
飛騨の時は、敢えてゆっくり進むことで、膨大な熱量を蓄え。それで自爆テロ同然の気象兵器攻撃をしようとした。
だが今回は、北海道から目的地濃尾に進み。
濃尾の地下にある大陸プレートの集約点を破壊する。
それがネメシスの目的だと考えて良いだろう。
濃尾の地下には、日本で交わる大陸プレートの集約点がある。他にもプレートの集約点は幾つかあるのだが、いずれも深海だ。
深海だと、熱をどんどん水に吸われることもある。
一瞬で全てを破壊するようなプレートの粉砕には効率が悪い。
何よりも超高熱で海に入るような暴挙に出た場合、シャドウも即座に大型全てを用いて排除に動くだろう。
ネメシスは悪意を持って、「考えて」いる。
それは全てが人間を滅ぼすためで。
人間を滅ぼすためには、地球なんぞどうでもいいと考えている。
シャドウ戦役前の人類が、自国の利益のためには他の国どころか、地球の資源全てを食い荒らしてもいいと本気で考えていたのと同じだ。
ネメシスが人間の最悪の意味での後継者だと、よく分かる。
「このネメシスを、ネメシスエンドと呼称。 各師団、想定に沿って行動開始!」
「行動開始!」
「シャドウの勢力圏に入って迎え撃つことになりますが」
「かまいません。 予定通りやってください。 シャドウもそれは理解している筈です」
ネメシスを迎撃する際に。
シャドウは領域に入ることを許可した。
そしてあのノワールは嘘をつかない。それについては、人間なんぞよりもよっぽど信用できる。
とにかく、シャドウと何処まで連携出来るかが勝負だ。
広瀬大将も神戸にある総司令部から出て、指揮車両に乗り込む。アレキサンドロスVを改装したものだが。
ただ、別に特別頑丈な訳でもなんでもない。
どうせネメシスの熱線砲を喰らったら、どれだけ頑強な指揮車両に乗っていても同じである。
「ネメシスエンド、時速280q……300q……320q……速度を上げています!」
「中型種が一斉に攻撃していますが、倒し切れていません!」
「第一から第四師団、指定通り展開! 各師団、HEAT弾用意!」
「誘導弾も準備完了! いつでも放てます!」
映像が出る。
津軽海峡をどう越えるか。それが課題のように思えていたが。
今度現れたネメシスは、ブラックウルフ、ホワイトピーコック、グレイローカスト、シルバースネーク、クリーナー、全てを混ぜ合わせたような姿をしている。それは今、巨大な翼……翼長二百mにもなるだろう。それを拡げて、悠々と津軽海峡を越え、無人と化した青森へと降り立っていた。
そのまま凄まじい砲火がネメシスを出迎える。
核数十発分、いやその数十倍は熱量を既に浴びているだろう。シャドウはそれくらいの能力を持つ。
それでも、まだまだ余裕という風情だ。
むしろ、作戦行動に必要な熱を蓄えられているからなのだろう。
「此方第一師団!」
「広瀬です」
「はっ! 第一師団、静岡に到達! シャドウはすんなり通してくれました。 これより縦深陣を展開!」
「分かりました」
シャドウが通してくれているのならいい。
問題は他の師団と。
ネメシスがどういうルートで来るかだ。
「第二師団は」
「甲府に向かって進軍中!」
「第三師団、北陸を移動! 間もなく越後に入ります!」
よし。
広瀬大将は、第四師団と一緒に、長野で待ち受ける。
そして、ネメシスの移動経路を見ながら、それぞれが行動を開始。
ネメシスエンドに対して縦深陣地を構築し、奴の目的地への到達を防ぐ。
さて、これからだ。
「超世王セイバージャッジメントは」
「整備完了。 いつでも出られます」
「デチューンモデル全てとともに、濃尾で待機。 縦深陣地で時間を稼ぐ間に、全戦力で決戦地点に集結してください」
「イエッサ!」
飛騨大尉も大丈夫だそうだ。
呉美准将の事もあった。心配はしていたが、それでもどうにか出来ると信じたい。
この戦いで広瀬大将は生きて帰るつもりはない。
やるべき事は全てやった。
勿論、この後嘘みたいに人類が纏まって、シャドウと上手くやっていける訳がないとも思っている。
それでも、これが最後の仕事だ。
それくらいの覚悟でいなければ、とても食い止められる相手ではなかった。
東北を驀進するネメシスエンド。
姿はもはや何が何だか分からない。様々な姿が融合していて、しかも一秒ごとに形を変えている。
まだ動くな。
決戦は、濃尾の少し前で行う。
飛騨か岡崎か、あるいは越前か。
いずれにしても、どのルートで来るにしても、現在存在する全てのデチューンモデルと一緒に戦うことになる。
間違いなく、あのネメシスが臨界点だ。
ネメシスエンドと言われているのも納得出来る。
ギリギリまで、目を閉じて精神を集中する。
北条さんは既に前線に出た。訓練部隊である第四師団まで前線に出るような戦いである。戦える人間は全員出ると言う事だ。
九州経由から来た場合は、この工場は放棄する予定だった。
だが、北海道からネメシスエンドは来た。
だからこの工場で、最後まで支援する。
そういう話らしい。
ナジャルータ博士が、前線と情報をやりとりしている。
ぱたぱたと走り回っている麟博士も、普段と違って青ざめていた。これが相当にまずい状況だと、理解しているのだろう。
「よし、三号機整備終わり、次!」
「六号機、装甲を全部取り替える!」
「提供された物資は使い切れ! どうせ次は無い!」
「大盤振る舞いだな。 ガハハ!」
整備のおじさんたちもテンションが高いようで何よりである。
まあ、それはそれとして。
敵の動き次第だが。
「連絡がありました。 ネメシスエンドは、恐らく北陸から来ます。 越前での決戦を想定して、準備が終わり次第出撃してください!」
「イエッサ!」
あたいは無言で出ると、超世王セイバージャッジメントに走り寄る。
装甲は今までに無い程強化されている。
それよりも、最大の強化は足回りだ。
溶岩の中でも耐えられるように、最高の耐熱装甲を施してある。搭載している最終兵器。ネメシスエンドに致命打を与えるためのとっておきも搭載してある。ただこれは、激しい戦いの時、重量から動きを阻害する。
どれだけ激しく動き回っても大丈夫なように畑中博士が徹底的にチューニングしてくれたが。
使い切りの上に、こいつをし損ねたら終わりだ。
「ネメシスエンド、赤熱しながら移動中! シャドウの猛攻が続いていますが、平然としています!」
「移動した後が焼け野原です! 既に奴の周囲が、数百℃に達しています! 木々が炎上しています!」
「まるで熱の化け物だ……」
「内在している熱はそんなものではないでしょうね」
ナジャルータ博士が言う。
今まで、ネメシスは出現地点も、やってくるだろう攻撃も、まったく分かっていなかった。
しかし今回は違う。
問題は、作戦阻止に動いている此方を、ネメシスエンドが敵視した場合だが。
今までは、超世王セイバージャッジメントしかネメシスは相手にしなかった。もしも展開しているGDFの部隊を敵視した場合は。
いや、それは考えるな。
指揮をしているのは軍神広瀬大将だ。
きっとどうにかなる。
程なくして、整備完了。
相手の速度からして、出撃するタイミングだ。
「やはりネメシスエンド、北陸路を移動しています! それにあわせ、第一から第四師団、全戦力展開!」
「長距離ロケット砲、射撃開始!」
「効力射! 制圧射撃!」
始まったようだ。
超世王セイバージャッジメントに乗り込む。
乗り込む際に、呉美准将に後を頼まれたことをもう一度だけ思い出す。
人間なんてどうでもいい。
あたいは頼まれた事を果たすために。何より自分で決めた事のために戦う。それだけだ。それだけで、心がぐっと楽になる。
コックピットで、全ての機材を確認。
よし、問題ない。出られる。
今回は十六機のデチューンモデルがともにでる。
ただしこれらが装備しているのは、全て斬魔クナイだ。
どうせ呉美准将のような動きは出来ない。
それだったら、一定の効果があることが分かっている斬魔クナイだけ浴びせて離れる。一種のミサイルキャリアみたいな形で機動する。
これについても、既に打ち合わせが終わっている。
さらに、だ。
「ノワール、聞こえているよね」
「ああ、聞こえているよ飛騨咲楽」
「小官達がネメシスエンドと呼ぶ個体。 あいつが臨界点ネメシスで間違いないね」
「ああ、間違いない。 死んだ私達の極限強化個体だ。 出現させるのを遅らせるため、君達が観測していない個体も含め、八体を処理した。 それでもまだあれだけの強さを持っている。 まったく君達は、どれだけの悪意を社会にため込んでいたのやら。 学習しながら何度も呆れたよ」
今は反論している余裕は無い。
いずれにしても、ノワールがこれだけ気さくに返事をしてくるというのは。
それだけ状況が切羽詰まっている事に他ならない。
「越前で奴を迎え撃つ。 総力戦になる。 奴の進路を、南に逸らさないようにして」
「ふむ、良いだろう。 前線で力が借りたいときは、遠慮無く声をかけたまえ」
「……分かってる」
此奴の助けを借りないといけないくらいまずい。
そんな事は分かりきっているのだ。
展開した遠距離攻撃部隊がありったけのロケット砲と迫撃砲を叩き込んでいる。
勿論榴弾砲など撃つだけ無駄なので、全てがHEAT弾仕様だ。
それも相手に対して高圧プラズマを叩き込むものになっている。
本来だと全ての兵器をそういう風に偏らせるのはあまり良い事ではないらしいのだけれども。
今は、そんな事は言っていられない。
「ロケット砲使い切りました!」
「即座に後退。 戦闘想定地点から離れてください」
「迫撃砲、弾薬消耗80%!」
「次はありません。 撃ちきってください」
広瀬大将の指示が聞こえる。
あたいは、京都工場を出る。出立。それに、十六機のデチューンモデルが続いた。
交戦開始まで、数時間。
おそらくあたいが五体満足でいられる最後の数時間。
それくらい覚悟を決めなければならない相手だ。
それでも、あたいはもう怖くは無かった。
迫ってくる巨体。
全身に数十の足が生えていて、それらをせわしなく動かして此方に来る。形状は毎秒変わっていて、そして観測される情報を元に、ナジャルータ博士が解析してくれた。
「全身を流動させています。 熱を帯びた表面を体内に、逆に体内にある熱を帯びていない部分を外に。 そうすることで、どんどん自主的に熱を取り込んでいます」
「恐らくは、地殻に超超高熱を一点突破で叩き込む為ですね」
「はい、恐らくは。 あれは移動のためだけの形態。 多足の生物は百足を例に出すまでもなく多数存在していますが、基本的に体を地面につけて移動します。 あれは少し体を浮かせている。 あの足すら、消耗品だと見て良いでしょう。 足を破壊しても、すぐに体内から次をだしてくるだけです」
「……」
とんでもない化け物だ。
今まで加えられた攻撃全てに対応している。その結果が、あのとてつもないおぞましい巨体だと言う訳だ。
現状でネメシスエンドの体長は400m近い。それも球状に近い体だから、見た目よりもずっと大きい。
まるで動く山だ。
大量の中型種が集って熱攻撃を浴びせているが、それらが小人にしか見えない。
ストライプタイガーやウォールボアが猛攻を浴びせてもいるが、それらもネメシスエンドの動きを止めるには至らず。
そればかりか。奴は恐らく、それすら計算に入れている。
ノワールと飛騨大尉の会話は遠隔で聞いた。
あれでもまだノワールが分割して削ってくれた状態だ。
人間の姿があれ。
シャドウ戦役の前に、人権を食い物にし、エゴのまま振る舞っていた邪悪の権化の結晶体があれだ。
今、あれを斃しても。
どうせ第二第三のネメシスが将来に現れる。
それについては、今は考えない。
ともかく、やるしかない。
「前列、配置完了!」
「一斉射撃開始! ノワール、聞いているなら集っている中型種をどけてください」
「いいだろう」
広瀬大将が呼びかけると同時に、さっと密着攻撃をしていた中型種が離れた。そのまま、展開している第一師団が、一斉射を開始する。
ありったけの弾を叩き込む。
戦車部隊のHEAT弾は、使い切ってしまうつもりだ。
着弾は、あの大きさの的だ。外れようがない。
後退しながら、全弾を撃ち尽くさせる。
戦車兵以外の兵士達は全てジープと歩兵戦闘車に分乗させている。歩兵なんて、いても邪魔になるだけだ。
そういった兵士達には、HEAT弾仕様のロケットランチャーを渡してある。
勿論火力は知れているが。
人類最後の戦力である、第一軍団の総火力、今叩き込んでくれる。
炸裂するHEAT弾の山に、ネメシスエンドはまるで動じない。まあ、それもそうだろう。
この程度の熱量、此処まで来る過程で散々叩き込まれているのだから。
効果無し。
悲痛な叫びがあるが、そのまま弾を使いきった部隊から、奴の移動直線上から離れさせる。足を狙うかという声があるが、させない。
「足を狙っても無駄です。 今はとにかく本体に熱を蓄積させてください」
「し、しかし大丈夫でしょうか」
「問題ありません」
熱攻撃は、結局のところネメシスも克服できないシャドウの弱点だ。これについては、最初からずっと変わっていない。
猛攻を続ける部隊は、次々と後退する。ジープも距離を取り、離れていく。
だが、その時。
ネメシスエンドが、前面を開く。
それは、おぞましい程に巨大な口だった。
口は上下左右に展開する。その中にあった牙が無数に生えた空洞に、熱線が集中していく。
「邪魔だ、どけ」
明確に、そう聞こえた。
次の瞬間、迸った熱線が、現在攻撃中の第三師団第六、第八連隊を、文字通り蒸発させていた。
更にその左右にいた部隊にも、甚大な被害が出る。
「ひ、被害甚大!」
「攻撃を続行。 前面に回るのを避け、弾を使いきり次第離脱してください」
「うぜえんだよ。 さっさと散れ!」
続けてネメシスエンドが、足を瞬時に束ね、距離を取って集中砲火を浴びせていたキャノンレオンをまとめて吹き飛ばす。
文字通りの意味だ。
吹っ飛んだキャノンレオンが、相当な距離をとばされる。
今の足の一撃は、まるでパイルバンカーだった。あんなに足が伸びるのか。それに着弾の瞬間、凄まじい熱が炸裂し、大爆発まで起きていた。
映像を記録する。
そして、後方に送って解析して貰う。
「ぐだぐだ回りくどい事やりやがって! さっさとこんなゴミカス共、滅ぼしてしまえばいいだろうがよ! いっそのこと全部リセットして、自分の好きなように変えればいいのに、いちいち回り道しやがって! 代わりに全部俺がやってやろうって言ってるんだ! 邪魔せずどいていろウスノロ共がぁ!」
明らかに人間の言葉で喋っている。
そして、そのしゃべり方。理屈。
完全にシャドウ戦役前の人間の総体そのものだ。
もはやネメシスが人間の悪意の煮こごりだというのは疑う様子も無い。たまたまそれが、人間を滅ぼすという形で暴走している。
それが、今。
目の前にいる、ネメシスエンドだ。
負傷者を後退させ、機動戦術に切り替える。分かっている。この戦いでは、超世王セイバージャッジメントと此奴が戦う前に、どれだけ消耗させるかが勝負だ。だから、恐らく戦力の殆どを吐き出す事にもなる。
それでも。やらなければならない。
「此方第一師団第七連隊! 敵付近の温度が700℃に達しています! とても近づけません!」
「距離を保ちつつ、機動して攻撃を続行! 一発でも多くHEAT弾を叩き込んでください!」
「イエッサ!」
「くっそお、やってやる! シャドウどもよりも此奴の方がタチが悪いって事は良く分かった! 絶対に斃してやる! 殺ってやるぞ!」
威勢が良い兵士の声が、砲撃音で消し飛ぶ。
ネメシスエンドは悪い意味での悪意だけでは無く、感情まで人間からコピーしている。暴虐を振るえば周りがそれにあわせて引いてくれると認識している言動だ。
「オラ雑魚がさっさとどけやクソが! 気にくわねえ奴は好きなように殴っていい! それが強者の権利なんだよ! 強者の権利のまま何もかもぶっ壊して、一からこんなちんけな星作り直せば良いだけの事を、くだらねー回り道ばっかりしやがって! 人間なんか全部死ね! 俺のやり方を認めないお前等も全部死ね! 俺だけがいればいい! 俺だけがこの世界を自由勝手に造り替えるんだよォ!」
「完全にチンピラですね」
広瀬大将はぼやいた。
しかもタチが悪いことに、このチンピラが地球史上最悪の脅威だ。此奴はその気になれば地球を全球溶岩状態にだって平気でするだろう。全ての生物を滅ぼしつくして、自分が気に入った生物だけを侍らせる。
自分好みに姿形から性格まで品種「改良」したペットを侍らせ、気にくわない生き物を見かけ次第皆殺しにしていた人間のように。
また熱線が迸る。敵の進行速度が早い。だが、熱線は味方に直撃しなかった。
降り立った巨体が、その熱線を吸収し、跳ね返したからだ。巨大なネメシスエンドの口に熱線が叩き込まれていた。
ただ、それは元から奴の体内にあったものだ。
「よう魔王さまよお。 人間なんぞ守りに来たってか?」
「……」
「ハ、集合意識で統一されている人形様には個々の意思なんて関係無いってか! 馬鹿馬鹿しい話だなオイ! 宗教とか言う代物で思考を停止させて自ら家畜になる事を選んだ人間共と同じじゃねーか! 俺は誰よりも俺だ! 自意識を持っている! 自己意識で行動している! だからおまえらみてーな人形より一兆倍偉いんだよォ!」
魔王がネメシスエンドに組み付く。
必死に暴れるネメシスエンドだが、力の差はそれほど無いようだ。大きさというか体積は十倍以上違いそうだが。
だが、倒せるかというとそうでもないだろう。
「大型シャドウを避けて攻撃を続行! 今のうちに前衛部隊は距離を取りつつ、全弾撃ち尽くしてください!」
「うぜえっていってんだろうがぁ!」
キンと音がして。
全ての音が止まった。いや、違う。
一瞬おいて、広瀬大将は、気絶していたことを悟る。これは、恐らく人間の脳を直に揺らすような音波だ。
シャドウは元々空気抵抗をまったくものともせず、自在に操る。
そもそもとして小型種ですら地上走行速度で時速百数十qを苦も無くたたき出すが、あれは空気抵抗を全く問題にしていないからだ。
それをこう言う形で悪用も出来る。そういう事か。
今の一瞬で、かなりの部隊が戦闘不能になったようだ。一緒に指揮車両に乗っている士官があわてて操作をしているが、機器類もかなり駄目になっている。これは、色々とまずい。
魔王を引きずりながら、ネメシスエンドが進んでくる。
逃げられずにいる部隊は、生きながら焼かれているようだ。
ぐっと歯を噛む。
とにかく、無理にでも機器を復旧させるか、地力で逃がすしかない。
スピーカーをどうにか復旧。
それで呼びかける。
「前衛の部隊は地力で走って逃げてください! それぞれ別方向に!」
「くそっ!」
「第三列以降の部隊は電子機器復旧に尽力! 急いで!」
付属品のバイクがある。
それで兵士達が一目散に逃げ出す。
重量五十トン以上はあるMBTをミニカーのように蹴飛ばしながら、ネメシスエンドが進む。
魔王がかなり速度を落としてくれているが、それでも進んでいる。或いは、魔王のあしらいかたを、短時間で学習したのか。
魔王に対して流石に直に熱線を叩き込む事は出来ないようだが、全身から熱を更に放出するネメシスエンド。
周囲全てを焼き尽くすつもりだ。
なんとかエンジン類が復旧。
電子機器類も全てでは無いが復旧したが、その時には既にかなりの被害が出ていた。被害が出た部隊はさがらせ、再編させる。
あの音、EMPも兼ねていたのか。
「最初の想定よりも距離を取りながら、HEAT弾をありったけ叩き込んでください。 大型種シャドウには当てないように気を付けて!」
「イエッサ!」
「畜生、やってやる!」
「地獄に落ちろクソチンピラ!」
兵士達が必死に陣列を再編して、攻撃を再開。
そのまま火力投射を始める。
戦車が燃えている。奴に踏みにじられた戦車が。ジープが焼け溶けている。奴が踏みにじった跡にあるものが。
点々としている、逃げ遅れて炭になった兵士達。
記録的な被害が出る。
それでも、少しでもダメージを与えなければならない。そうしなければ、この化け物に超世王セイバージャッジメントであっても勝てない。
何より情報を送らなければならない。
そうしなければ、更に勝率が下がる。
もう一度あの音を放とうとしたネメシスエンドの口に、ブライトイーグルが突っ込む。ネメシスエンドが口を即座に体中に増やすが、それらにも先読みしていたように。それで音が封じられて。
まるで菓子を取りあげられた幼児のようにネメシスエンドが喚く。
もはや言葉にすらなっていないが。
間違いなくそれは幼児の癇癪と同じだ。
声はチンピラのものだが。
いや、シャドウ戦役前に。チンピラだった連中など、幼児の頃から精神性など一切成長していない輩だらけだったという研究結果もある。
あれはまさにそうなのだろう。
戦車隊の必死の攻撃が続くが、ひゅんと何かが迸った。
炸裂した爆風が、展開していた連隊を立て続けに蒸発させる。
体の一部を鞭状に変化して振るったのだ。一q以上距離を離していたのに。被害報告が出るが、広瀬大将は今の攻撃についても映像を送らせて、解析させる。
ダメージは。
キャノンレオンが追いついてきて、火力投射をしている。
だが、全体的に確実にネメシスエンドは進んでいる。
あの鞭みたいな触手を振るって、片っ端からブライトイーグルを放り捨てているが。それでも放り捨てる事しか出来ないようだ。
完全にシャドウの性質を捨てる訳にはいかないのか。
いや、待てよ。
「ノワール、聞こえていますか」
「今忙しいのだが」
「シャドウがシャドウを殺した場合はどうなりますか」
「……基本的に自壊する。 ダメージを与えた場合も本来は動きが鈍る」
やはりな。
ノワールに提案をする。
そうすると、ノワールはしばし考え込んでいた。
「良いだろう。 ただし、死んだ私達は自壊までは行かない。 既に私達のルールから逸脱しているからだ。 それに一度それをやったら、死んだ私達は耐性を得る。 それに私達にとっては、手指を切りおとすのと同義だ。 相応の対価は支払えるのだろうな」
「この戦いが、臨界点だと言う事で間違いないですね」
「間違いない。 これが死んだ私達の中で、君達の影響を得た最強の個体。 最後のネメシスだ」
「ならばなおさらです。 今、確認を取ります」
現場で決めて良い事では無い。
即座に市川代表に連絡を取る。
勿論向こうもいやだろうし、こっちだって嫌だけれども。
それでも飲ませなければならない。
既に越後を超えて、越中に入りつつある。ネメシスエンドが通った跡は焼け野原の地獄絵図だ。
これが世界全てに、この比では無い規模で再現されるのだ。此奴をこのまま通したら。
そして世界にダメージを与えるネメシスは此奴は最後。
だったら、それをやる意味がある。
鞭を食い止める魔王。
だが、激しく鞭を振り回すネメシスエンド。
あたってきた相手が悪いといわんばかりだ。魔王の巨体が彼方此方赤熱している。ダメージを明確に受けている。
「ネメシスエンド、速度上昇!」
「第十四狙撃大隊、ロケットランチャー使い切りました! 後退します!」
「此方第七戦車大隊! 弾薬を使い切る前に砲身が高熱でおかしくなった! 後退する!」
「化け物が! これだけのHEAT弾を叩き込んでいるのに!」
兵士達の悲痛な声。
中型種だって、これだけのHEAT弾……それも畑中博士が改良したものを叩き込んだら、ひとたまりもないだろう。
勿論中型種の場合は、それを受けてくれるほど優しくは無いのだが。
今のこのネメシスエンドは、魔王が食い止めてくれていることもある。理論上は人間でも熱攻撃が出来る。
それを散々浴びせ。
シャドウも熱攻撃を全力で浴びせているのにこれだ。
更にさがると運転手が言うので、好きにさせる。また鞭が振るわれ、今度は狙撃大隊が二つ蒸発した。
既に損害は二割を超えている。
補給する弾薬なんかない。だから、ありったけ叩き込んだら、撤退するしかない。最初に撤退できた部隊は幸せだったのかも知れない。
「第四師団、これより攻撃を開始します!」
ついに訓練部隊である第四師団まで前線に出す。
さっさと決断してくれよ。
そう思いながら、広瀬大将は、必死に指揮を続けた。
4、勝利のために
そんな条件、飲めるわけがない。
畑中博士も出ている会議で絶叫したのは、スコットランドの代表だった。
ノワールの提案。
それは、シャドウによる事実上の全土占領だった。
現在、シャドウは人間が取り返した領域には踏み行っていない。それもあって、どうにか主戦派を抑え込む事が出来ていた。
だが、ノワールは言う。
一時的に撤退した土地で、瞬く間に人間は汚染を拡げている。
これから物資は此方で提供するから、我等が環境の汚染を回復するのを邪魔しないように。
都市には踏みいらないよう約束しよう。
また、飛行機は現時点では許さないが、ホバーの船舶を更に普及させるのは許可する。それで海運網を構築しろ。
それ以外の地点でも、攻撃さえされなければ反撃はしない。
ただし指定の地点以外に廃棄物を、指定量以上捨てた場合は、容赦なく狩る。
そういう話だった。
「シャドウに全面降伏しろというのか!」
「むしろ全面降伏した国家に対して人間がやるよりも、ずっと理性的な事をシャドウはしていると思いますよ」
さらっといったのは畑中博士だ。
完全に鼻で笑っている。
それに対してわめき散らそうとした誰かを、大きく咳払いして北米大統領が掣肘していた。
「現時点でシャドウはその気になればいつでも人類を滅ぼせる。 それはネメシスが出た今も同じだ。 そしてネメシス相手に、それこそ手指を相手は斬ろうとしてくれている。 ネメシス、今交戦しているネメシスエンドは、それこそ世界を滅ぼし尽くす程の戦闘力を有する相手だ。 こうしている間にも、広瀬大将の指揮する第一軍団の損耗が跳ね上がっている」
「だったらなんだ! 軍人は死ぬのが仕事だ!」
「死ぬのが仕事であっても、君のために死ぬ事が仕事ではないと思うがね」
半笑いの声が掛かる。
それに対して激高しようとする奴もいたが。
其処に、凄まじい打撃音が響き渡っていた。
岸和田だ。
北条は今、最前線に出ている。
岸和田は残された。
嵐山の指示で、その巨体で壁を殴ったようだった。壁に大きなへこみが出来ていて。それは会議に出ている代表達にも見せられた。
「落ち着きましたかな」
「……」
嵐山の言葉に、皆が黙り込む。
畑中博士は、ふっと笑った。
咳払いをすると、市川代表は決議を取る。
「ネメシスエンドに負ければ、世界は滅びる。 その後に残るのはシャドウだけです。 ネメシスエンドは濃尾に到達した後、何かしらの手段で大陸プレートを粉砕すると見て良いでしょう。 此処にいる全員が今まで人類が経験したこともない地震で即死するか、その後の津波や災害で即死します。 シェルターなど何の役にも立ちません。 シャドウ戦役で、どのシェルターもランスタートルに吹き飛ばされたようにね。 宇宙に逃げる事も出来ません。 ロケットが大型種シャドウに消し飛ばされるだけです。 決議を取ります。 シャドウの提案を呑む事に賛成か」
「賛成」
北米大統領が言う。
この人もあまり最初は評判が良くなかったが、頑張っていた前任者とほぼ同じくらいまでは、まっとうな判断が出来るようになっている。
北米でもまともな大統領が連続する事はあまり多く無かったらしいが。
今、それが起きているのは、まあ歴史の皮肉と言うべきか。
反対だ。
そう叫んだのはスコットランドの代表だ。もしも決議が可決されるなら、GDFを抜けるとまで言い放とうとしたが、後ろから取り押さえられた。
そして連れて行かれる。
棄権と見て良いだろう。
最悪の事態になる寸前に、自浄作用が働いたと言う事だ。
賛成がそれなりに出るが。
もう、誰もの顔が青ざめていた。
馬鹿馬鹿しい話だ。
人間なんてとっくに負けている。シャドウ戦役を生き延びたのは生き延びたかも知れないが。
それ以上でも以下でもない。
完全に負けたのを、情けで生かされていただけ。
それを認めるのに、どうしてこんなに揉めているのか。
異常なプライドだけ肥大した人類は。
自分のプライドを世界に優先させようとしている。どれほどそれが愚かな事なのかは、敢えて言うまでもないだろう。
そしてその有様は。
さっきネメシスエンドがほざいていた繰り言と、殆ど代わりはしないのだ。
「では決議を発表します。 賛成多数で可決」
「くそっ! 我々は戦うぞ!」
「戦うならご勝手に。 ただしGDFからの支援はあらゆる観点から切ります。 シャドウの群れを相手に勝てると思うなら、勝手になさるといい」
「……っ!」
会議が切られた。
小型種シャドウですら斃すのは容易ではないのに。
それを忘れたとでもいうのだろうか。
いずれにしても、これで最終局面が始まる。
畑中博士が見た所、ネメシスエンドは相応に消耗している。
越中を抜けて越前に出るころには、超世王セイバージャッジメントが対応できるようになっているだろう。
問題はそれまで、広瀬大将が生き残れるかだが。
既に前線には、訓練部隊である第四師団まで出ている。
戦線に出ている第一軍団は既に半壊状態で、最終的な死者がどれほどまで増えるかは想像もできない。
とりあえず、もはや前線で超世王セイバージャッジメントがやりきるのを、期待するしかない。
畑中博士に出来る事は、全てやったのだから。
(続)
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