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黒が見た未来
序、邂逅する黒と新星
病院で目を覚まして、どうにか勝ったことを悟る。もし負けていたら、あたいは今頃あの世だ。
その場合は地獄だろうなとも思う。
昔は死ぬとなんか特典とかもらって都合がいい世界に転生して接待をひたすらして貰えるとかいう思想があったらしいが。
何を食ったら自分がそんな事をしてもらえる存在だと思い込めるのか、あたいにははっきりいって分からない。
あたいはそんな大した事はしてきていないし。
死ねばそれで終わり。
あの世があっても、普通に扱われるだけ。
大半の人間がそうだろう。
だから、まあ生きていたかと。病室で思うだけだった。
今回も熱によるダメージが主。
熱中症寸前まで行っていたようだが、どうにか耐えた。
熱中症は恐ろしい病気で、重度のものになると脳が萎縮したりの被害が出る。高熱で脳がゆでられるようなもので。
文字通りの意味なので、まず助からない。助かっても廃人確定だ。
それを思うと、あたいは運が良かったのだ。
医師にくどくど怒られる。
分かってはいるが。
怒るのが仕事なのだから、甘んじて受け入れる。
褒めて伸ばすという仕組みを取る場合もあるのだが。此処では、怒られないといけないだろう。
それから、リハビリについて聞く。
出来れば非人道的なロボットには乗らないで欲しいと医師には言われたのだが。それは流石にそうもいかない。
幸い超世王セイバージャッジメントは、昔のアニメに出て来たような命を食ったり燃やしたりして活動するロボットではない。
腕が良ければ、被害は減らせるはず。
あたいに対しても、周囲にも。
だから、あたいが頑張るしかない。
どうも三池さんはあたいのモチベ管理に気を揉んでいるようだけれど。その辺は、あたいは大丈夫だ。
少なくともシャドウとの戦いを投げ出すつもりは無い。
やっと、自分が出来る事が見つかった。
だったら、それをやるだけだ。
他に誰も出来る人がいないものなのだ。
生きる価値と言っても良いだろう。
それなのに、やらない理由がないのだから。
ともかくリハビリについて聞いて、それからリハビリを始める。淡々とやっていく。
肌などにダメージを受けていて、歩くのが最初は大変だった。だが、若い事もあって、回復は早い。
とにかく回復もさっさと済ませたいが。
焦るわけにもいかないのだ。
病院で黙々と過ごしていると、三池さんが見舞いに来た。お菓子を差し入れてくれるので助かる。
ちなみに医師と相談して、ちゃんと食べて良いものを持って来てくれている。
あたいの場合は内臓とかに問題を抱えてしまっている訳ではないから、大概のものは大丈夫だが。
「今回の戦いが評価され、大尉に昇進決定です。 京都工場に戻ったら、お給料が増えます」
「ありがとうございます。 でも正直、お金なんて使い路がないですけど」
「今の時代、経済は人間の手を離れていますからね」
「まったく……」
苦笑い。
昔はギャンブルやら投資やらに狂って財産を溶かしてしまう人が幾らでもいたらしいのだが。
今の時代は、その手の悪辣な先物取引の類は、少なくとも神戸ではなくなっている。
また、ホバーが各地の都市や国をどうにかつなげられるようになったとはいえ。
それでも過去のような人間の行き来は出来なくなっており。
いわゆる国際犯罪組織というものは、完全に過去の存在に墜ち果てた。
あたいは髪を伸ばしていて。それを切る気は無いけれど。
特にそれ以外拘りもないし。
服だって着られればなんでもいいくらいの考えでいるから。
とにかくお金なんて殆ど使わない。
兵士として服が支給されて、良かったと思ったくらいである。
公式の場でこれを着ていればいいというものの上。
極めて頑丈で。
壊れても再支給されるのだから。
他にも幾つか話をしていると、メールが来る。
誰だろうと思ったが。
内容を見て、思わず口をつぐんだ。
送り元、ノワール。
それを見せると、三池さんが顔色を変えた。即座に持ち込んでいた小型の端末を操作し始める。
そして頷かれる。
この反応。
どうやら本物らしい。
「君が現在の超世王セイバージャッジメントのパイロットだね、飛騨咲楽。 私達はノワール。 もう名前は聞いているかな」
「未来から来た化け物だろ」
「はっはっは、まあ君達の視点からすればそうなるね。 だが私達からすれば、君達はエゴのまま世界を焼き滅ぼした化け物だ。 主は君達のせいで苦労して、寿命を縮めて、それで死んだ」
「小官に何の用」
相手はノワール。
出来るだけ刺激するな。
可能な限り情報を引き出せ。
そう、三池さんが言ってくる。
分かっている。三池さんは、極めて重要な事態だと言って、看護師も追い出した。今はそういうレベルの状況だ。
「君は前のパイロットである畑中菜々美とはまた違う。 それでいながら、急速に成長している。 興味を持った。 今の時点で、私達が興味を持っているのは、精確な分析が出来る上に、私達の正体をある程度当てて見せたナジャルータ博士と。 現役で超世王セイバージャッジメントを操作できる君だ」
「そう、ありがとう。 それと戦闘時、たまにアシストしてくれて助かるよ」
「おや、罵声ばかり浴びせるのではないのだね。 礼は受け取っておこう」
礼、か。
シャドウに対して礼をいうのも不思議な話だ。
このやりとり自体、まずいかも知れない。
主戦派だのの頭に花畑が出来ている連中がこの内容を見たら、そのままクーデターだとか。あたいの命を狙って来かねない。
だけれども、だ。
そういうのをどうにかしないと、多分人類に未来は無い。
それでも、慎重にならなければならないのが、非常に面倒くさい。
あたいの言葉で返さないと、ノワールは会話に応じないだろう。三池さんはいう。頷いて、ない頭を絞って、会話を続ける。
「ネメシスはいついなくなるの?」
「それは此方でも分からない。 私達は全知全能には程遠いのでね。 全知全能なんてものは、君達の妄想の専売特許だよ」
「謙虚なのか馬鹿にしているのか」
「ははは、両方だ」
ちょっと腹立つが。
それはそれとして、返しにはウィットがあるなとは思った。
幾つかやりとりをする。
やはり前回の対応力を見て、シャドウそのものだろうノワールは感心したらしい。それに、やりとりをみて、あたいのモチベが落ちていないことも察したのだろう。結構褒めてくる。
あまり褒められた経験はないので。ちょっと落ち着かない。
とりあえず、冷静に返事をしないと。
「少しは其方でもネメシスを抑えられない?」
「それは厳しい。 私達でも最善はつくしている。 ネメシスと化した死んだ私達は、急激に学習し能力も高めている。 これは臨界点に達するまでは続く。 臨界点は幸いそう遠くは無い筈だ」
「臨界点……」
「学習したノイズの究極の集約点だ。 君達人間が世界にまき散らしてきた負の全てを集約した存在が、そう遠くないうちに現れるだろう。 ただ現れる場所は、大まかにしか制御出来ない。 私達でもある程度は戦力を集めて対処するが、既にネメシスとなった死んだ私達は、私達への攻撃もある程度行うようになっている。 あらゆる手段を講じてはいるが、抑え込むのは不可能だ」
そうか、やはりまだ強くなるのか。
そして臨界点というのがあって。
それさえ超えれば。
「時間の感覚が違うとどうにもならないから、大まかに教えてくれない? もうすぐっていつくらい? 百年後とか?」
「そこまで先ではないさ。 私達は人間の文明をコントロール下におくまでにそれほど時間は掛からなかっただろう。 具体的には分からないが、それでも君達の感覚で数年以内だろう。 どれだけ遅くてもだ」
「後数年……」
そうなると、色々とまずい。
たとえばあたいは絶対にこれでやられるわけにはいかなくなった。
数年で臨界点とも言えるとんでもなく強いネメシスが出る。それも、遅くても数年で、である。
もしもあたいがやられた場合は。
後続のパイロットなんぞ存在しようがない。
その時は、恐らく神戸どころの被害では済まないだろう。
当初は、大型種のシャドウを斃せば戦いは終わるのでは無いかと言う話がされていたとあたいは聞いている。
しかし実際には、大型種よりもある意味遙かに厄介な相手が立ちふさがろうとしているし。
それに仮に勝ったとしても。
ネメシス無き後、人間とシャドウが上手くやっていけるのだろうか。
あたいにはとてもそうは思えない。
活動家だのが勇ましい事ばかり言っているのを見る。
会議でも、国家の代表レベルが、シャドウを皆殺しにして撃ち払えとか、出来もしないことばかり言っているようだ。
まだ、これだけ力の差を見せつけられても。
それでもなおそのように振る舞うのが人間だ。
あたいもちょっとノワールと話してみて分かった。性格は悪いかも知れないが、はっきりいって人間より遙かにマシである。
きっとそれは。
あたいも含むと思う。
「時に飛騨咲楽。 君は自分がどういう存在の子孫か知っているか?」
「いや、ろくでなしの子供だろう事は分かってるけれど」
「そうか。 では八十人以上殺したシリアルキラーの子孫であることは知らないのだな」
「え……」
そうだったのか。
ろくでなしとは思っていたが、正直ろくでなしの次元が違った。
口を思わず押さえる。
それほどのカス野郎が親だったのか。
父母のどっちがそれだったのかはどうでもいい。ただ、それであたいに、先祖に対する敬意は一瞬で消えた。
敬意を持つべき親なんてものは早々はいない。
それは分かっていたが。
今からあたいにとって、親は敵だ。
「それをあたいに言ったのは何故?」
「今の時代は、プライバシーだので親の素性を隠すようだからね。 君はある程度は知っていたようだが、それでもこの真実は知らなかったのだな」
「……知っても別にそこまで驚かないかな。 むしろすっきりした。 あたいはあたいだ。 親の道具でもなんでもない。 一人の人間だし、自分の意思でこれからも戦う。 死んでも親のところに帰るとか、そんなことはどうでもいい。 あたいの人生を悔いなく送らせて貰うよ」
これは本心だ。
それを見て、しばらくノワールは黙っていたが。
やがて、返信を一つだけ寄越した。
「理解した。 先祖信仰と君は無縁なようだ。 いずれにしても次にネメシスが現れるまでに、体を治しておくのだね」
それっきり、会話は止んだ。
ベッドに座り込んで、嘆息する。
三池さんが、彼方此方に転送していたようだが。
こっちを心配そうに見る。
あたいは苦笑いしていた。
「親が本物のカスだった事はそれほど小官は衝撃をうけていないです。 むしろそんな奴の下で育たなかったことを、今は良かったと思っています」
「そうですか。 ……あまり言う事はありませんが、ただ体をしっかり治してください。 お菓子はおいていきます」
「ありがとうございます」
本当に助かる。
看護師が来て、色々不機嫌そうに話を聞かれたが。とりあえず詳しい話はせずに、適当に誤魔化した。
それからリハビリに入る。
今回もさっさと退院して。それで、超世王セイバージャッジメントをもっと使いこなせるように、鍛えるだけだ。
ノワールからのメールの内容を見て、ナジャルータ博士はそうかと呟いていた。
後数年が勝負。
だとすれば、恐らくはそれで今後の人類の命運が決まる。
それが分かっただけで十分。
ここからは長期戦ではなく、短期決戦に切り替えていかなければならないが。それはそれとして、目標が出来た。
その後、シャドウとの決戦を望む人間は絶対に出てくる。
それらを抑え込むのは市川代表の仕事であって、学者であるナジャルータ博士の仕事ではない。
畑中博士と、丁度来ていた畑中中将とも話をする。
畑中博士は、むしろ腕組みして唸った。
「まだ力が上がるとなると、斬魔剣Vでも足りないかも知れないわねえ」
「姉貴、熱量をもっと継続的に爆発的に与える工夫は何か無いのか? 今までの戦闘を見ていると、あの子でもいずれ限界が来るぞ。 私と同じような目にあわせるのはできるだけ避けたい」
「そう言われても、こればかりはねえ」
「一つ提案があります」
畑中姉妹に、軽く話しておく。
やはり対熱をどうするかが課題だ。そこで、広瀬大将と相談して、何かしらの手を打つべきではないのか。
あの排熱。
それ自体がネメシスの討伐を極めて困難にしている。
勿論機械というのは性能を上げれば上げるほど、機嫌を取るのが難しくなるのは事実なのだが。
このままだと、いずれ限界が来る。
「真面目な話、パワーパックやコアシステムを守るので今の時点では精一杯なのよねえ。 そもそもネメシスは、本来人間が斃せる相手じゃない。 超世王セイバージャッジメントに乗っていたとしてもね。 それを創意工夫で誤魔化している状態だから、これ以上は厳しいわ」
「それは分かりますが、数年が仮に8年だったとして。 もしもそれだけの期間戦闘が続く場合、飛騨中尉の体は恐らくもたないかと思います」
「同感だ。 私より若くして退役かも知れない」
「うーん、それでもいい方法はどうにも思い当たらないのだけれど」
装甲の間に真空の部分を作るなどして、熱伝達を出来るだけ抑える工夫は今の時点でも行っているらしい。
だが何しろ盾役だ。
ネメシスの激しい攻撃を回避しながらの厳しい近接戦をしなければならない状態である。それはそういった工夫も機能しなくなる。
更には冗長性の確保だって厳しい。
激しい戦闘の中では、それらすら絶対たり得ない。
勿論飛騨中尉の操作技術がまだ足りないというのもあるのだが。
それでもネメシス種と戦闘出来ているだけで上出来も上出来。
回避時に装甲などを一部やられるのは、もはやそういうものだとして考えて行くしかないのだ。
「もともと敵の攻撃をまともに受けたら一発で終わりなのは変わっていないのよ。 だから火力を上げるしかないのだけれど、現状の出力だとこれ以上は厳しいのよねえ」
「核融合炉を小型化して積み込めませんか」
「出来ないとは言わないけれど、やるには数世代掛かるかな」
「そうですよね……」
核融合炉には放射線を膨大に放出するという問題がある。このため、分厚く鉛で覆わなければならない。
戦車なんかに積み込んだら、乗る人間は被爆して助からない。
そういう点では、まだ核分裂炉の方が現実的だが。
核分裂炉は膨大な放射性廃棄物を出す上、一度火を入れたら基本的にとめる事が出来ないという問題点がある。
それもあって。
どちらも、少なくとも超世王セイバージャッジメントに乗せるのは厳しい。
「いずれにしても、斬魔剣Vの更なる改修を進めておくわ。 前回の件で、幾つか問題点が見つかったから、それを直せばもう少し性能を上げられると思うわ」
「お願いします。 飛騨中尉も、このままだときっと倒れてしまいます」
「後継者も簡単には見つからないだろうしな」
「……」
それで話は終わる。
畑中中将は、松葉杖で車いすまで戻り。それで病院に戻っていった。立って長話ですら医師が怒ると苦笑いしていたが。
あれだけ無茶を続けたのだ。
立つ事ができるだけでも奇蹟に近いだろう。
ネメシスとの戦闘でのノウハウを命がけで蓄積してくれたのだ。
今でも英雄である。
ナジャルータ博士は畑中中将を見送ると。
自身も研究室に篭もる。
人間の悪い部分の影響をもろに受けたのがネメシスだとして。更に進歩を続けるにしても。
それにはいずれ限界が来る。
相手の能力推移から、それがいつか割り出せれば。
或いはある程度の戦略を立て。
戦闘での負担を減らせるかも知れない。
少し麟博士にも手伝って貰う。
それぞれ得意分野を分担して、分析と解析を行う。
それにしても、十世代でも生ぬるいほどの技術差だが。あれだけの差がつくには、寂れきった未来では、どれくらいの時間が掛かったのだろう。
それとも、何かしら根本的に勘違いがあるのだろうか。
そもそも熱が何故弱点になるのか、斃すとどうして熱ごと消えてしまうのかはまだまったく分かってもいない。
様々な学者が解析して、頭を抱えている問題であって。もしもそれを解析できれば。
いや、解析できても、簡単には斃せないか。
溜息が出る。
シャドウを打倒するのは無理だ。共存するにしても、ネメシスを斃してから。いずれにしても、課題が多すぎて。
やはり、抑えようにも、溜息は出るばかりだった。
1、数年を踏ん張るために
工場に出て訓練を始める。
最近は岸和田さんの姿をあたいは見なくなった。そして、正式に大尉へと昇進した。
それはそれとして、訓練の内容は変わらないし。
兵士としてはまだまだポンに等しい。
だから北条という人にはまだまだ揉まれるばかりである。
歴戦の特務が束になってもかなわないという話をこの間聞いたのだが、それも納得出来る。
退院したばかりの時は、ある程度加減をしてくれたが。
もう回復した今は、微塵も容赦などしてはくれなかった。
だが、それでいい。
あたいとしても、ちょっとでも力を伸ばさなければならないからだ。受け身を取り損ねて死ぬとか、それはまずい。
あたいが死んだら、超世王セイバージャッジメントはその場でアウトだ。
ネメシス種が見逃す訳がないのだから。
筋トレと受け身の訓練を見てもらう。
更にグレードを上げたいと北条という人が言うので、ぞっとする。現時点で人間の領域を超えているのに。
まだまだ力が上がるのか。
昔のバトル漫画のラスボスのようである。
本当にこの人が超世王セイバージャッジメントに乗る事ができれば、話は早かったのだろうと思うけれど。
世の中は上手く行かないものである。
ともかく、怖いけれども。
怖がっていても何も始まらない。
訓練を続ける。
淡々と訓練をして、それで休憩を入れて。
それで、休憩しているときに、幾つか指摘された。
人間には戦闘適性が色々ある。
対人戦闘に向いているもの。これは殆どの場合、自分さえ良ければいいと考える存在がそうらしい。
相手が傷つくことなど何とも思わないようなものは、例え身体能力がそれほど高くなくても、対人戦闘には向いている。
相手に何のためらいも無く攻撃を仕掛けて、殺しても罪悪感など覚えない。
それは殺し合いでは、非常に高い素質となるのだそうだ。
だとすると。対人戦に向いている奴はクズなんだな。
そう思ったが、それは口には出さない。
対人戦のための訓練をしている立派な軍人だってたくさんいる。そういう人は、頭を切り換えて、人を殺す訓練をするのだから。
また、どれだけ図体が大きくても、性格が優しいと対人戦には向いていないらしい。
特に現在では、どれだけの大柄な人間でも簡単に重火器で殺す事ができる。
むしろ的になってしまうそうだ。
昔だったら大きいと言うだけで相手の戦意を削ぐことも出来たらしいのだが。
技術の進歩の結果、人間が簡単に殺せる道具を、子供でも扱えるようになってしまったために。
そういった体格の優位はなくなってしまったそうだ。
人間同士の殺し合いだった実際の戦場では、一割の味方の人間が敵の死者の五割を稼いでいたという話もあるそうで。
それだけ相手を殺す事に躊躇がない事が、対人戦には必須だそうだ。
だから普通の人間は、戦闘をやっていると病むのだとか。
一方、相手が人間では無い場合の戦闘は、これはこれで別の適性が必要になるのだとか。
あたいの場合。
そっちに適性があると良いのだけれど。
まあ、簡単な話ではないだろう。
話が終わったので、訓練に戻る。また受け身をと思ったのだが、三池さんが来て、シミュレーションを試して欲しいという。
北条という人は、頷くと別の兵士の訓練を見に行く。
あの人も忙しいのである。
「斬魔剣Vを微調整しました。 最初は通常の温度で扱って見て、それからコックピット内の熱を上げてそれで試してみてください」
「分かりました」
蒸し風呂訓練には慣れた。
蒸し風呂で酷い目にあうのはもう仕方が無い。
その地獄の環境で、どれだけ性格に判断して、機器を操作できるかが問題だ。
とにかく緻密な操作が必須なので、手袋さえつけたくないのが事実であり。
それを思うと、この蒸し風呂はネメシスの至近で意識が飛びそうになる暑さの中で戦うのと比べて、まだ温いくらいなのだ。
訓練を淡々とやる。
最初は常温から。
本当だと15℃くらいでの戦闘が一番であり、ネメシス戦でも最初はそれくらいの状態で戦闘が開始される、のだが。
それはそれとして、極限環境での戦闘になるのが分かっているのだから。それが出来ないと意味がない。
動かして見るが、斬魔剣Vは更に慣性が独特だ。
投擲型斬魔剣は使用した経験値がとても多い事もあって、デチューンモデルでも大いに活躍しているのだが。
斬魔剣Uからは、とてもではないがデチューンモデルに積み込める状態ではない。
癖が強すぎて、普通の人間にはとても扱える代物ではないのだ。
これについては、説明を受けているし。
呉美中佐……いや大佐になったのか。
呉美大佐からも、実際に訓練で触ってみたが、とても使える気がしなかったと言われている。
あたいでも斬魔剣Vは難しいと思う。
それでもこの間のネメシス戦では切り札になった。
だから、今度も。
使っていて、かなり独特の慣性があって、それを補正して欲しいとおもった。こういうことは遠慮無く言って欲しいと三池さんに言われているので、言う事にする。
コックピットの熱量を上げると、更に操作の難しさが顕著になる。
汗もダラダラ流れて来るから、本当に大変だ。
ゴーグルを試してはといわれはしたが、ゴーグルをつけると目の周りが蒸して逆効果だった。
小手先の対策ではどうにもならないのである。
かといって、汗が流れないとあっと言う間に体中滅茶苦茶になる。
色々と難しい。
訓練が終わる。どっと疲れた。
三池さんに、独特の慣性があってきついと伝える。具体的には説明できないのだけれども。
だけれども、それで畑中博士が修正をしてくれるので、それは本当に文句なしに凄いと言える。
後は工場の冷えた空気の中、無言で体を休める。
スポーツドリンクを飲んで、トイレを済ませて。
それから、今度は受け身の訓練に戻る。
畑中博士が、凄まじい速度でキーボードを叩いており。麟博士が無言でうろうろしている。
麟博士は詰まるとああやってうろうろするらしく。
徘徊とか周囲は陰口をたたいているようだが。
畑中博士の助手としてこれ以上もなく上手くやれているのだ。
馬鹿にしている者が眼に余るようだと、三池さんが苦言を言いに行く。それでも治らないようならば、配置転換する。
そうやってもう数人配置転換されたらしい。
まあ、麟博士がとても大事なポジションにいて。
変わり者だが有能なのも事実だ。
あたいは消耗品。
いずれネメシスとも戦えなくなるし、戦死するかも知れない。
それと違って、畑中博士や麟博士は、ネメシスがどうにかなった後でも、対シャドウ用に色々と開発を続けなければならない。
ネメシスを斃した後、シャドウといきなり共生できる訳がない。
まだまだ紛争は続くだろうし。
それを思うと、気も重かった。
北条という人から、訓練の続きを受ける。
容赦なくぶん投げられて、受け身。
とにかく丁寧に、基礎から順番にこなして行くように。そう説明を何度もされる。何度でもされる。
基礎を大事にしてこそ、応用がある。
速度が上がろうと、基礎を守って順番にやっていく事が何よりも大事なのだ。
そう言われて、ぶん投げられる。
だから、言われた通りに、教わった事を順番にやる。
密着状態からの受け身も、更に難しくなってきた。
なんだか大げさな機械が出て来て、それに体を当て。
そして、衝撃が来る。
受け身を取らないと、文字通り吹っ飛ばされて、転がる。最初の数回は、それで本当にブッ飛んで。
北条という人に、頭をうたないように受け止められたほどだ。
止まったまま衝撃を叩き込んでくるこの装置。
畑中博士が片手間に作ったらしい。
戦車乗りの訓練用にと言う事で、一部の部隊では訓練で活用しているそうだ。
戦車は一人乗りが基本の今の時代。
運転手が衝撃を受けたときに伸びていては話にならない。
それもあって、この装置はあったら有利だ。
だが、それはそれとして。
密着して、マット越しでも数m吹っ飛ばされるのを繰り返すと、色々とぞっとしない。
見ている兵士達も、呆然としている。
見本を北条という人が見せてくれる。
インパクトの瞬間、ドガンとか音がして、マットどころか辺りが揺れた。
体を全て使って、衝撃をまとめて殺しているらしい。
正確には床に逃がしているそうだけれど。
見ていてとても真似できる気がしない。
それでも、一つずつ説明される。
骨を用いて、衝撃を逃がすのだという。
そのままで棒立ちしているとふっとばされるが。上手く衝撃を逃がすことで、自身はノーダメージでいられるという。
ただし、ある程度体を鍛えることと(北条という人基準のある程度)。
体をある程度制御出来るようにすること(同じく)。
これが必須であるそうだが。
聞いていて頭がクラクラしてくるが、まあやるしかない。
ちなみに中華拳法にも似たような技があるらしいのだが。文化を弾圧する時代があったらしく。
その時に殆ど消えてしまい。
更にシャドウ戦役で中華の文化はほぼ消滅してしまったため。
実際の技術は今では伝承の彼方だそうだ。
そうなると、それを実際に実現できるのは、この北条という人だけかもしれない。色々な意味で凄いが。
凄すぎてついていけない話である。
「少し難しいので、何度も何度もやっていきましょう。 元々超世王セイバージャッジメント内ではシートベルトをもちいていますが、それでもシートベルト頼りでは体に深刻なダメージが入る衝撃はどうしても想定する必要があります。 それは分かっていると思います」
「はい」
その通りだ。
昔はエアバック万能説みたいなのがあったらしいが。
あれも結局エアバックが作動すれば大丈夫なんて思っている人間が大けがをする例が多発したらしく。
色々と工夫を要求され。
結局、様々な方法で、衝撃を殺すようにやっていかなければならなかったようだ。
ましてや超世王セイバージャッジメントのようなカスタム機の中でも特にカスタムが酷い場合。
あたいみたいな凡人では、扱うには訓練が必須なのは、それはもう仕方が無い事なのである。
だから怪我を減らすためだ。
なんどもなんども、密着状態から吹っ飛ばされて、その度に北条という人に受け止められる。
この受け止めも、全くあたいにダメージが入らない。
北条という人、これ中華拳法とかを伝承ではなく本気でマスターしているレベルで。達人と自称していたような連中より強いのではないのか。
そんな風に思えてしまう。
ひたすら吹っ飛ばされて訓練をしていく。
吹っ飛ばされる度に、一つずつアドバイスを貰う。
跳ばされる距離が少しずつ減っていく。
進歩している。
そう自分に言い聞かせて、訓練を続行。
勿論、一日や二日で上手く行くはずもない。
筋肉の強化や、シミュレーションも混ぜる。
だから、進歩も、すぐにとはいかなかった。
休日が来た。
正確には、筋肉を休める日と、メンテナンスが重なったのだ。それもあって、今日は宿舎でぼんやりすることにする。
病院でぼんやりする日はそれなりに多いし。
別に珍しい事でも無い。
それに休日と言っても、ネメシスが出たら即座に出動だ。斬魔剣Vのマイナーチェンジは何度も行われているようだが。
それはそれとして、斬魔剣Vのすぐに扱えるバージョンは、超世王セイバージャッジメントに搭載され、いつでも出撃できるように調整もされているのだ。
これは以前と違い、こっちから中型種に仕掛けていた訳では無いためだそうで。
ネメシス種が湧いて出るようになった結果、どうしても新型兵器の開発は遅れるようになったらしい。
また無駄も出るようになったが。
完全に片落ちになったものは、その場で分解して、資材を回収するか。デチューンモデルに乗せて使えるように調整するらしい。
これらの作業は三池さんが管理しているらしく。
大変そうだなと、あたいは恐縮するばかりだ。
ともかく休んでいると、ニュースが入る。
ネメシス種だ。
旧ロシアの辺り……もう少し北か。そこでネメシスが出たようである。
凄まじい戦闘が北米から観測され、無数の爆発もまた。位置的に恐らく大型種……通称魔王が攻撃をしたのだろう。
ただし大型種といっても人間の分類。
ノワールの説明はあたいも見たのだけれど、それによるとただ衛星軌道上の人工物を破壊するためのものらしいので。
ただ中型とは、役割が違うだけなのかも知れないが。
黙々と戦闘の推移を見る。
明らかに迷走しているネメシス。
恐らくだが、人間に対して効果的な攻撃を与える手段が無いからだろう。
強いて言うならば、北極で大爆発を起こせば、大量の氷を溶かせるかも知れないが。いや、ネメシスの熱量は、基本的に受けた熱量によるものだ。
現在の北極は人間が活動をもっとも悪化させていた21世紀のとは違って、分厚く氷があり、温度も場合によっては−90℃まで下がると聞いている。その上あの大型種、通称「魔王」がいる。
そこで水爆並みの爆発を起こしたところで、はっきりいって被害は限定的だろう。
あたいはベッドに横になったまま。
ネメシスが逃げ惑い。やがて斃される様子を見ていた。
斃されるまでに掛かった時間は、恐らく5時間ほど。
ただしその間に、1200qほど移動しているようである。
だとすると、相応に速度は出ていたと見て良い。
日本に出現されていたら、北海道辺りに出られても、神戸が射程距離に入っていたのではあるまいか。
対岸の火事では無い。
危険な相手だったなと思って、気を引き締める。
早めに風呂に入って、疲れを取っておく。
以前二体同時にネメシスが出た事があった。
だから、即座に日本で出てもおかしくはない。だから、休める時に休んでおく。何かあったら、家事をしてくれているロボットが知らせてくれる。
故に今はだらんだらんとしておく。
しばらく風呂でだらんだらんした後、風呂から上がって横になる。ニュースを見ておく。さっきのネメシスについての話題が出ているが。
国内では、概ね超世王セイバージャッジメントに対してのSNSでの評価はいいようだ。
感情的に否定論を口にしてる奴もいるけれど。
負けたら神戸が消し飛んでいたという話が出てくると。
それで黙り込んでしまう。
少なくとも、今では活動家の類はシンパを失って。SNS等でも活動は鈍いようである。まあそれもそうだろう。
あの手の活動家は、基本的にインテリを拗らせるか、或いは国家単位での情報戦略で動いていたらしいし。
そういうのがなくなった今では。
誰も助けてなどくれない。
ましてやシャドウ戦役前には、いわゆるマスコミなどの信頼度が地に落ちるどころか地面にめり込んでいたらしいし。
もはや引くに引けず、暴れているだけなのだろう。
自分が間違っているを自覚しているかも知れない。それでももう、引くことが出来なくなってしまったのだ。
昔は自分の子供や孫まで引っ張り出して、若者が不平を述べている等と喧伝している事まであったらしい。
邪悪な連中だ。
少なくとも古くに命がけで活動をして、国家に抗議をしていた者達とは根本的に違っている。
その残骸。
それは哀れなのも、仕方が無いのかも知れない。
横になってぼんやりする。
そうしていると、普段の疲れもある。いつの間にか眠ってしまっていた。休憩は仕事の合間にきちんと入れてくれているのだけれど。
あたいは自分で思っているよりも責任感があるらしく。
最初は休憩するときはきちんと休憩するのも兵士の仕事だというのから叩き込まれたくらいだ。
きちんと管理する人がついていないと、仕事をしすぎてしまうのかも知れない。
まだ若いのに。
真面目と言われるかも知れないが、あたいは違うと思っている。
この年齢の活力を持て余しているだけだ。
昔だったら性欲に割切っていたのかも知れない。
特に男子だと、あたいくらいの年だと、性行為のことしか考えていないような人間も多かったらしいし。
あたいの場合は、それが目的が与えられて。その目的のために全てをつぎ込む方向に行っている。
それだけの話なのだろう。
食事を取る。
食事を取るとき、ロボットに色々と説明される。
体の何処が休めていないようです、と。
マッサージもしてくれるので、そのままやってもらう。今の時代のロボットアームは優秀だ。
二足歩行ロボットは、結局シャドウ戦役前には見栄えがいいものしかできなかったらしい。
四足も同じで、プロモーションは素晴らしいが、実際に動かして見るとゴミ同然という性能しか出なかったそうだ。
対してロボットアームは凄まじい精密動作がその時代から出来たらしく。
幸いそのテクノロジーが今も保全されている。
それが超世王セイバージャッジメントにもいかされているし。
あたいにも、こうして今マッサージをしてくれている。
筋肉を調整する作業だから、決して気持ちいいものではなく。
普通に痛かったりもするが。
それでも、きちんと効果があることをやってくれる信頼はある。
今でも本当に上手い療法士はこれ以上の技量があるようだが、現時点でロボットアームでの治療は100点が出るレベルで。
あたいも自宅で休んでいるときのマッサージの前後で、露骨に体が軽くなるのを感じるので。
全て任せていた。
マッサージも終わって、後は横になる。
退屈を感じる事はあまりない。
というのも、やはり疲れが勝っているのだろう。
今はとにかく休みたいというのが本音で、眠れるなら一日中眠ってしまっても良かったのかも知れない。
ブラック企業などというのが蔓延していた時代は。
人間を使い潰しながら労働をしていたから。
休日では倒れ込んで、気がつくともう次の労働日なんて事態を経験する労働者が続出していたとか。
それは褒められた話では無い。
少なくともあたいの疲労は、その段階にはなかった。
夜、北極近くでの戦闘のデータのまとめが来たので、目を通しておく。
やはり相当な抵抗があったようだ。
中型種に対する反撃も、もう容赦なくネメシスは行うようになっている。中型が死なない程度に、巧妙かつ悪辣に反撃をしているようで。
はっきりいってタチが悪い。
タチが悪い人間のデータを取り込んでいるのだから当然だとしても、あたいも溜息が出てしまう。
ともかくデータには目を通したので、後は休む。
幸い、疲れは綺麗にとれた。
明日からまた訓練をしっかりやれる筈だ。
まだまだ全然技量が足りない。
一人で全て出来る人なんていない。畑中中将くらいだろう。その畑中中将だって、兵器の開発までやっていたわけじゃない。
あたいは少しでも周りの負担を減らし。
近付いているというネメシスとの最終決戦に備えて。
今は、ただできる限り、鍛えておかなければならないのだった。
2、ついに姿を見せるノワール
会議を終えようとした市川が、締めを行おうとした瞬間。
モニタに何か良く分からないものが映り込んでいた。
怪訝そうな声が上がる。
嵐山が即座に状態をチェックしろとテレビ会議のシステムを管理している者に言うが、分からないらしい。
それはヒマラヤの一角にいるようだ。
大きさは大型種のシャドウくらい。
つまり数十mはある。
人とも四つ足の獣とも違う。
ネメシス戦で、これまでスリープ状態においていた大型種を起こすという話は既に聞いている。
ノワールとしても本気でネメシスを駆逐するという意欲があるということだ。
だが、それの実体はまだ見ていない。
こいつがそうなのだろうか。
いや、だとしても、何故テレビ会議のモニタに映り込む。代表達のモニタにも映っているようだ。
「なんだこの映像は」
「ハッカーの悪戯か?」
「GDFの会議に割り込めるハッカーなんて、今の時代は存在しませんよ。 皆さん落ち着いて。 現在状況を究明中です」
「その必要はないよ」
不意に声がする。
その声も、側にあるマイクからだ。
声は異常に穏やかだ。
この声は何処かで聞いたが、恐らくなんとかゆらぎとかいう、人間を安心させる波長のものではあるまいか。
だが、ぞくりとする。
あまりにも強烈な猫なで声で、それで心が持って行かれそうだからだ。
「な、誰だ!」
「今、このGDFの会議に割り込ませて貰っている。 代表の皆には、それぞれの言語で話しかけているよ」
「……!」
「私達はノワール。 君達がシャドウというものだ」
やはりか。
ついに来たと言うわけだ。
即座に専門家達に連絡。
出来るだけデータを取っておきたい。
恐らくヒマラヤの何処かしらの山に腰掛けているらしい大型種は、そのどの生物とも似ていない姿で、ゆったりと動いている。
少なくとも人間の嫌悪感とか好感とか。
そういったものを考慮するつもりは無さそうである。
「き、貴様がシャドウ達の首魁か!」
「死ね悪魔!」
「皆落ち着いて。 今までメールなどでは連絡を取ってきた相手だ。 ともかく、落ち着いて話を聞こう」
「くそっ!」
代表達は敵意剥き出しだ。
まあシャドウ戦役時代の地獄を経験している年齢の者も多い。それは敵意が溢れるのも仕方が無いかも知れないが。
ネメシス種の駆逐で、シャドウが協力してくれなければ、とっくに人類は破滅している。
何より、ネメシス種が出現したのは人間のせいだ。
ネメシス種は破壊力も大きく、しかもシャドウと違って環境に対するダメージなど一切考慮しない。
古くに人間がそうであったように。
人間という存在の最悪の後継者こそネメシスだ。
ネメシスは人間の映し鏡そのものであり、その凶暴性を形にした存在そのものだと言える。
だからこそ。
斃すのに、シャドウと連携しなければならない。ただ、どうしてこんな面倒な会議に姿を見せたのか。
GDFの会議が猿山も同じであることは、電子機器を全て覗いている可能性が高いノワールだったら。
知っていて当然だと思っていたのだが。
「落ち着いたかな?」
「用件を聞こう」
横を一瞥。
あわてて駆けつけてきた三池が、頷いている。どうやら本物で間違いないらしい。つまり、ノワールが連絡してきていると言う事だ。
しかも今回は音声まで発しているが。
恐らく音声に関しては、合成しているものだそうである。
シャドウは断末魔の悲鳴を上げることがあったが、ネメシス種以外のシャドウは、いずれも人間とも動物とも似ても似つかない悲鳴を上げていた。
ネメシス種は人間の威嚇だのなんだのに近い声だった。
これを考えると、ネメシス種にとって音はそれほど重要な存在ではない。
更にソニックブームを自在に操作する種が多い事を考えると。
その技術を自在に応用して、好きなように音を作り出せるとみていい。
今、GDFの代表全員の母国語で同時に話しかけているようだが。その程度の芸当は朝飯前なのだろう。
「君達がネメシスと呼ぶ寿命を迎えた私達は、先鋭化を続けている。 先日出現したネメシスは、大型種の攻撃にもかなりの時間耐え抜いた」
「いいざまだ!」
「そのまま殺し合え」
「ヤジは止めろ。 今、絶対に勝てない相手が話しかけている。 君達は自分が安全な場所にいるとでも思っているのか? シャドウにしてみれば、今の人類の生存圏など、二時間もあれば全て更地に出来るんだぞ! 核兵器すら通じない相手だ! それを忘れたのか!」
いい加減に頭に来たので、雷喝を入れる。
市川が時々激しい声でこう言う事をいうのを知っている連中は、それで悔しそうに黙り込む。
事実シャドウが救援してくれなければ、ネメシス種はとっくに神戸でさえ滅ぼしているのだ。
今、シャドウにけんか腰になるのは、愚策中の愚策だ。
「ふむ、続けよう。 ネメシス種については、もう少し強くなると見て良いだろう。 最終的に落ち着くのは数年以内。 それまでにまだまだ強くなり続けるネメシスとの戦闘が続く。 それで相応の予算を、君達が超世王セイバージャッジメントと呼んでいる兵器に投入してくれたまえ。 そうしなければとても対応は出来ないだろう」
「してはいるが、それでも限界なのだ」
「資源でも足りないのかな」
「おかげさまでね」
再生エネルギーだのエコエネルギーだの言われていたものは、悉くが使い物にならなかった。
それが現実だ。
結局現在の電力は原子力で補われているし。
一番確実なのは石油だ。
特に電気自動車の類は、今では一つも存在していない。
リサイクルどころか、安全に処理するのがほぼ不可能なリチウム電池を用いていたのが原因で。
今の時代、そんな代物を用いるわけにもいかないのである。
結局原子力と石油。
これだけしか信用できないという状況である。
核融合炉も全ての都市におかれているわけではない。
場所によっては核分裂炉、それどころか火力発電が現役である。
石油を精製する技術が実用化したのはシャドウ戦役前だった。ただしその普及はいわゆる石油メジャーに普及が邪魔され続けていた。
だが現状ではその石油メジャーがまとめてシャドウに吹き飛ばされたこともある。
特に日本では神戸の一部で大量に石油を製造して、各地にホバーで輸出している。それによって、火力発電で必死に命をつないでいる人間は多いのだ。
過去とは真逆の状況である。
ともかくそんな状態なのだ。
資源は何から何まで足りていない。
ある程度自前で生産出来る物資もある。
リサイクルは、昔とは違って本気で取り組んでおり、腐った業者の財源になどなっていない。
それでも全体的に物資が足りていない。
ましてやネメシス戦では、毎回超世王セイバージャッジメントが全損するレベルの被害を受けているのだ。
それも当然である。
「よし、良いだろう。 少し資源をお裾分けしておこうか」
「はあ」
「指定する座標から人を遠ざけるように。 其処に、レアメタルを初めとして、超世王セイバージャッジメントに用いられている資源を配置する。 ただし、配置する過程で私達が動く。 邪魔をすれば当然排除せざるを得ない」
「巫山戯るな! 貴様等がまとめて出ていけば良いだけ……」
まだ喚く代表に、北米大統領が黙れと一喝。
不平そうに黙り込む其奴は放っておく。
いずれにしても、資源をシャドウが恵んでくれるというわけか。
各地で人間が滅茶苦茶にした環境を元に戻しているシャドウである。多少の物資なんか、融通は簡単なのかも知れない。
指定座標は、濃尾の一角。
何度かネメシスとの激戦が行われた土地で、人間側の領域にあるので、環境の回復がされていない。
しかも小山のような規模だ。
これは、ネメシスを斃すためには、シャドウの施しまで受けなければならないということか。
そう思うと、市川もちょっと頭には来るが。
今は頭に来る来ないで判断して良い状況では無い。
「物資の目録については、電子データで送っておく。 もしも着服した場合は、相応の制裁を加える。 それについては、一切容赦しない。 私達も、君達と直に話してみて理解出来たが、君達はまだ被害者面をしているようだね。 君達こそ、地球を滅茶苦茶にし、未来を全て奪った加害者だ。 君達はそのままでは確定で全滅していた。 私達は判断し、五千万人を生かした。 だが、君達の技術を全て回収した今、いつでも滅ぼす事は可能だ。 滅ぼしたあと、クローン技術で再生して再教育すればいい。 ただそれだけだということを忘れないように」
通信をノワールが切る。
また誰かが何か喚こうとしたが、テレビ会議の向こうで取り押さえられたようだった。
溜息が出る。
たしかにノワールがいうだけの事はある。
GDFの会議ですらこれだ。
そして、ノワールがこれだけの膳立てをして来たというのは。
状況がそれだけまずい事を意味もしていた。
「市川代表! 貴方は悪魔にあのような言いたい放題を言わせていていいのか! 相手は世界を滅ぼした悪魔だぞ!」
「悪魔悪魔というが、悪魔にもっとも近い存在は人間だよ。 シャドウが現れる前、世界大戦が既に始まっていたという話もあるが、あれは概ね事実だ。 そのまま核戦争に発展する可能性もあった。 シャドウは既に未来の平行世界から来た可能性が高い事は以前話をした。 そしてこの世界の人間は、シャドウがいうように、その世界を滅ぼした悪魔と大して変わらなかったのだろう」
「貴様、神を冒涜するか! 我等は神に万物の霊長と認められし存在だ!」
「だったらもっとましな文明を構築できただろう。 ともかく、これから物資の提供を見届け、それを超世王セイバージャッジメントの構築に振り分けるように対応をするので、会議は此処までとする。 ノワールは本気だ。 物資を横領したりしようとしたら、確定で街の一つや二つ、国の一つや二つ、まとめて更地に出来るだろう。 どれだけ頭が花畑でも、シャドウ相手にまともに勝てるなどと思っていまいな?」
そう告げると、誰もが悔しそうに黙る。
勝てると思い込んでいるアホは、主戦派がクーデター祭を起こしたときにあらかた表舞台から消えた。
まだいるかも知れないが、それも世界的な規模での反撃を行えばと言う条件がつけばである。
まさか一都市だけで自殺的な攻撃をして、シャドウを駆逐出来るとか思っていないだろう。
そういうのがまだ権力中枢にいるとは、流石に市川も考えたくなかった。
会議を終える。
嵐山に手配をさせる。
これが昔だったら。マスコミがある事無い事騒ぎ立てたのだろうなと思って、市川は苦笑いする。
マスコミはシャドウ戦役後、復興はしていない。
シャドウ戦役前でも誰も相手にしていなかった。
今更マスコミなんぞ復興する社会のリソースも存在していない。
SNSでかわされる議論の質が高いとは市川だって思っていない。
ただ、マスコミと同レベルだ。
だったら、有料のマスコミなんぞいらない。それだけの話である。ましてや己の主観を事実と思い込み、客観なんていらないと考えるようなメディアなど不要だ。
さて、忙しくなるぞ。
栄養ドリンクを手配して、それから広瀬大将と会談を持つ。
出来ればあまり面と向かっては話したくない相手だが。
ここからは、連携が必須だ。
広瀬大将が、即座に工兵部隊とともに現地に出向くと、小型種のシャドウがなにやら作業をしていて。
見る間に小山が出来上がっていくところだった。
多数の小型種が作業をしているが、雑多なように見えて、出来ていく小山は非常に高速で仕上がっていく。
それだけじゃあない。
いずれの小型種も、互いの邪魔をしていない。
クリーナー、ブラックウルフ、ホワイトピーコック、ブルーカイマン、グレイローカスト、色々いるが。
いずれの小型種も、どれも雑多に動いているように見えるのに。
それぞれが完璧に、自分の仕事をしているようで。
まるで作業に淀みが無かった。
警戒する工兵部隊に、もう少しさがるように指示。
今回民間の業者は呼んでいない。
物資をちょろまかしでもしたら滅ぼす。
そうノワールの威しがあったからだ。
しかもその威しは、確定で実施されるとみていい。
シャドウは、人間を未だに信用などしていない。実際会議でも、普通に恫喝を混ぜてきていた。
この期に及んで罵声を浴びせてくる。
挙げ句自身を万物の霊長と妄想している。
そんな人間のくだらなさは、直に見る事で確認出来ただろうし。
何よりも普段から電子機器を全部覗いているのなら、そのバカさ加減は人間よりよっぽど理解しているのだろうから。
小型種が積み上げていく物資は、どこから出ているのか分からない。
ただ、水の総量を増やす事ができるくらいなのだ。
レアメタルやらも、同じように増やす事ができても全く不思議ではない。
兵士達には、絶対に手出ししないように指示。
指定された地点に作られた小山は、更に大きくなっていく。
「広瀬大将」
「嵐山さんですか。 どうしました」
「現場の状況を、広瀬大将の口からお聞きしたく」
「……シャドウは非常に誠実に約束を履行しています。 嘘をつかないという観点では、シャドウは信用できますね。 ネメシス種がルールの穴を突いてばかりいるのとは正反対かと」
あまりこういうことを言いたくないが。
やはりネメシスは人間の映し鏡なのだ。
シャドウは愚直に行動しているし、言ったことを完璧に守っている。
そういう種族だからこそ、嘘ばかりついて、卑劣な事を平然と続ける人間には好意など抱きようがないのだろう。
シャドウ戦役前の時代。
真面目な人間、優しい人間は、バカの代名詞とされ。
カモとして搾取されるだけだった。
そういう話は広瀬大将も聞いている。まあ事実だろう。文字通り最果ての時代で、人心荒廃極まっていたのだから。
今は神戸などで行っている催眠教育で、それも緩和されつつあるが。
人間が全てまっとうになるまで、どれくらいの時間が掛かるのだろう。
それに会議でノワールが恫喝していたように。
もしも改善の見込みがないなら、人間全部一度滅ぼして。クローンか何かで再生して。それから再教育するのも手かも知れない。
滅びた悲惨な未来からシャドウが来て。
人間がその直接原因を作ったのに、まだ全く反省する気配もないのを知れば。
当然そういった選択肢も出てくる筈だ。
広瀬大将も、クーデター騒ぎの時のあまりにも愚かな連中の行動には、本当に愛想が尽き掛けていた。
それもあるから、ノワールの言葉もわかるのである。
「分かりました。 此方ではある程度の情報統制と、それと民間の関与を封殺しておきます。 貴方の直下の部隊だけで、物資の回収は行ってください」
「承知しました」
「他の国では、暴動を起こそうという動きが出ているようです。 大量の物資がシャドウから提供されたという話が拡がり始めている様子で。 シャドウ憎しもあるのでしょうが。 あまり良い生活状態にない人間が、理由をつけて暴れようとしているのでしょうね」
「海兵隊の派遣を望むなら調整します」
それだけ話して、通話を切る。
嵐山は百戦錬磨の老獪な人間だ。
敢えて今のを伝えてくれたのだろう。
指揮車両から監視を続けながら、海兵隊と連絡もとっておく。
いい加減人間相手の鎮圧作業は嫌だという雰囲気もあったが。シャドウ相手に効きもしない兵器を放つよりはマシ。
秩序が瓦解しそうになっている都市をどうにかして。
破綻を防げる。
それならば、海兵隊の最低限の誇りは守れる。
そう説明すれば、うごいてはくれる。
ただ、市民に銃を向けるのかと、難色を示す兵士も多いようだが。
そういった海兵隊員は若い世代だ。
彼等の母国である北米では、なんどもなんども大規模な暴動が起き。暴動を主導していたのは市民だったが。
彼等は略奪強盗殺人なんでも行い、全く彼等と関係無い者達まで、自分を正義だと信じて踏みにじった。
それだけ北米の社会に無理があったという事でもあるのだが。
それでも、無辜の市民なんてのは幻想である。
広瀬大将もそれは事実として知っている。
「広瀬大将! シャドウが……!」
「引いていきますね。 しばらく様子を見ます。 完全に撤退したのを確認後、物資を京都工場に移します。 京都工場は」
「現在資材置き場などを急いで拡張中。 警備用の部隊も、既に着任しています」
「よし。 ノワールが嘘をつくとは考えにくく、あの山はレアメタルや銅、鉄などの物資の塊と見て良いでしょう。 少しでも零さないように、慎重に掘り崩して回収します。 作業の準備に取りかかってください」
兵士達が動く。
40式戦車の改良型であるブルドーザーやシャベルカーなども配置されている。
アレキサンドロスVも配備されているが、それの改良型はあまりない。そもそもMBTそのものが土木作業には過剰なパワーがあるので、40式戦車のうち型式が古く戦場から引退した機体でこういった工作車両は十分なのだ。
やがてシャドウが完全に撤退したのを確認。
というか、濃尾の方でシャドウがいわゆる人文字みたいな形でOKという文字まで作っていた。
溜息が出る。
シャドウにしても、散々超世王セイバージャッジメントと戦って多くが斃されたのに、それをまるで恨んでいない。
集合意識存在だとすれば、多少末端が倒れたくらいではなんでもないのかも知れないのだろうが。
それにしても人間とはあらゆる点で違い過ぎる。
これが人間だったら、何十世代も恨みが残るだろうに。
とにかく、物資の回収を開始だ。
トラックも軍用のものを用いる。確実に物資を運んで行く。
広瀬大将がその作業に目を光らせる。
第二師団が中心だが、規模が規模なので、第一、第三師団にも、信頼性が高い部隊を出して貰う。
超世王セイバージャッジメントの強化改造のため。
そう言い聞かせて、僅かな物資でも取りこぼしがないようにする。
自衛隊は殆どシャドウ戦役で滅びてしまったが。
練度の高さ、士気の高さは引き継がれている。
それだけは良いことなのかも知れない。
物資を順番に運んで行く。
監視用に一応第五師団も出して貰う。
雨が降り始めた。
作業を急がせる。
もしもレアメタルを直に積んでいったのだとすると、雨で有害物質が流れ出すかも知れない。
合羽を被って、直に指揮を取る広瀬大将を見て、兵士達も気合いが入る。そして、予定されていた五時間弱で、作業が終わった。
恐らく、ほぼ完璧に回収出来たはずだ。
この辺りは再生もあまり出来ていない。
ネメシスとの戦闘で激しく傷ついた土地は、シャドウの領域では毎回回復しているが。人間が領域にした土地では、復活の兆しも見えない。
今では野生動物も、ネメシスのいる領域の方が暮らしやすいと認識しているのだろう。どんどん自主的に其方に移っているようだ。
人間が積極的に環境の回復をしない限り、これらの土地はどうにもならない。
或いは、だが。
ネメシスをどうにかした後、シャドウと講和条約を結んで、環境の回復、保全を頼むしかないだろう。
それもまた揉めるだろうな。
そう思うと、色々と溜息が出る。
一通り作業が終わったので、皆撤収させる。
帰路で畑中博士から連絡。回収した物資を今調べているところらしいが、世界経済がひっくり返る(シャドウ戦役前とは比較にならない程規模が縮小しているが)レベルのレアメタルや稀少物資の山であるらしい。
それを超世王セイバージャッジメントに全て使って良いのであれば。
更に色々と工夫が出来るということだった。
それについては、畑中博士に任せる。
あの人だったら、ネメシス対策に、幾らでも手腕を振るってくれるはず。後は。
宿舎に戻ると、疲労が溜まっていることを家事ロボットに指摘される。
マッサージをしようかというので、好きにさせる。
横になってぼんやりしていると、連絡。
今度はチベットの辺りでネメシスが出たようだ。あの辺りも完全に無人地帯である。それもあって、こちらでは手を出さなくていい。
一応、戦闘の経過は知っておく必要がある。
映像を見ていると、あのテレビ会議に出てきたのが出張っているが分かった。
チベットの辺りは、インドにある幾つかの都市から観測が出来る。
空を飛んできたあの大型種ににた姿は、文字通りネメシスを抑え込むと。大量の中型種とともに、熱量を叩き込み続ける。
あれでは自分もダメージを受けるのではないのか。
そう思ったが、多分ダメージなんてなんとも思っていないのだろう。
そもそも集合意識存在だとすれば。
大型種だろうと失った所で痛痒にも感じないのだろうから。
二時間弱でネメシスが斃れた。
大型種はかなり赤熱していたが、斃れるほどではないという。
むしろ赤熱したまま平然と立っているその姿は、神話に出てくる滅びの巨人の様だと。現地の民を恐怖させているようだった。
あの様子だと、大型種はネメシス以上にタフだと見て良さそうだ。
それに。
大型種に対して、ネメシスは恐らくこれで学習した。次は何か対策をしてくるかも知れない。
ノワールもそれは理解しているだろう。
だとすると。
思ったよりも、ネメシスとの決着は、近いのかも知れなかった。
3、白狼
超世王セイバージャッジメントが改造されている。どんどん格好良くなっている。
あたいはそれを、呆然とみていた。
咳払い。
北条という人だ。
「飛騨大尉」
「あ、すみません」
訓練に戻る。後ろに立たれても気配が全く無いので、まったく分からないのである。それもあって、咳払いしてくれると助かる。
ストレッチなどもやる。
受け身の技術が上がってきたため、体のコントロールを更に良くする必要が生じたというのだ。
あたいとしては、超世王セイバージャッジメントの操作には身体能力が別に必須ではないと思っている。
問題なのは防御行動などで。
散々振り回される現状を考えると、受け身を取るのは必須になる。
だから、あくまで防御行動としての練習だ。
超世王セイバージャッジメントの操作は、あたい自身が鍛える。こっちは、専門家に頼む。
そういう事である。
ストレッチをこなした後は、密着状態から衝撃を叩き込んでくる機械に触れて。其処から受け身の練習をする。
吹っ飛ばされる度に見本を見せてもらう。
そして、毎回丁寧に説明を受ける。
北条という人は、ちょっとやそっとで出来ないくらいで、へそを曲げることはない。
今やっているのは超高度な受け身の技術であって、それをあっと言う間にこなせるような人間はいない。
北条という人はあくまで特例である。
それが理由らしい。
まあ、分かるには分かるし、とにかく丁寧に教えてくれるので助かる。それでも、ちょっと油断すると派手に吹っ飛ばされるし。
受け身をミスると骨を折りかねない。
少しずつ機械が与えてくる衝撃も大きくなっている。
これはあたいが上達しているから、らしいのだが。
それにしてもヘトヘトである。
一段落して、それで休憩。
次はシミュレーションだ。
斬魔剣Vが導入されてから、更に戦いやすくはなった、とは思う。
シャイニングパイルバンカーと斬魔剣が統合されたことにより、装備重量が軽減されたからだ。
このため超世王セイバージャッジメントは更に小回りがきくようになった。それだけで充分である。
数度、ネメシスとシミュレーションでやりあう。
そして、もう一度と思った瞬間、警報が鳴っていた。
本物の出現だ。
すぐにシミュレーションを中断。
だらだら汗を掻いているが、即座に冷やすと風邪を引きかねない。この状態で風邪を引くのはまずい。
汗を拭い、それで着替える。
トイレにも行っておく。
その間に、イヤホンをさして、情報を確認する。
「ネメシス出現! これは……飛騨です!」
「少し遠いですね」
「既に現地で中型種と交戦中の模様!」
なんだろう。飛騨。
嫌な予感がするのは、気のせいだろうか。
とにかく着替えも終わった。
こうしている間に、超世王セイバージャッジメントを仕上げてくれている。
コンディションを整えて出向くと、すでに整備工のおじさん達が、仕上げを終えていた。
「オールグリーン、いつでも出られます!」
「よし。 飛騨大尉、すぐに出てください。 途中で呉美大佐達と合流して貰います」
「イエッサ!」
即座に乗る。
色合いも少し変わったか。超世王セイバージャッジメントに乗り込んで、即座にレバーを動かし、戦闘システムを起動。
お。
明らかに彼方此方軽く滑らかになっている。
装甲なんかもこれは強化されていると見て良い。
工場を出る。
敬礼をして送ってくれる整備のおじさん達。今は操縦に集中して、工場を出る。この間の物資提供で、倉庫が幾つか追加で建てられて、工場自体が大きくなっているのだが。それでも出るまでそれほど時間は掛からない。
それにしても飛騨。
なんだか嫌な予感がする。
濃尾の北にある山岳地帯だ。
なんでよりによってそんなところで出たのか。これがよく分からない。だけれども、この間のブルーカイマン・ネメシスのように、海路からの神戸急襲を狙って来たケースもある。
何か企んでいると見て良いだろう。
東に移動する。
機体の速度が上がっているようだ。
確か提供物資でデチューンモデルの強化もしたと聞いているが。
そう考えているうちに、呉美大佐が追いついてきた。デチューンモデルも、呉美中佐機はかなり強化しているようだが。
装備は斬魔剣Uと投擲型斬魔剣か。
これは話によると、ただでさえ癖が強くて操作できないものだし、複数乗せてもあまり意味がないから、らしい。
あたいは即座に情報交換。
三機のデチューンモデルを連れている呉美大佐と合流し。あたいが少し先を行く陣列のまま、急ぐ。
合計して五機。
戦車をベースにしている機体だから、それほどの規模ではない編隊だが。
いずれもが、シャドウを斃せる可能性を持つ。
一機だって、無駄には出来ない。
「それにしても何故飛騨に。 動きにくいでしょうに」
「多分何か理由があると思います。 九州では海路からの奇襲を目論んでいましたし」
「……そうですね。 遠距離からの射撃にしても、流石に熱線砲だと距離がありすぎますし、何か別の理由でしょうか」
「熱線砲では無い遠距離攻撃手段はありませんか」
熱線砲は違うのか。
そういえば、以前超長距離攻撃をして来たネメシス種、シルバースネークのネメシス種が放ったのは、熱線ではなく毒液だった。
それに、クリーナー・ネメシスが長距離攻撃をして来たこともある。
必ずしも放熱の熱線だけが主力と考えるのはおかしいか。
しかし、だとすると何をして来るのだろう。
飛騨から仕掛けて来るとしたら、恐らく遠距離攻撃ではないのかと思うのだけれど。
移動しつつ、続報を聞く。
恐らく、ネメシス化した小型種はブラックウルフ。
だとすると、遠距離攻撃手段はないのか。しかも飛騨という半端な位置である。
そうなってくると、例えば超高速で攻めてくるとか。
ブラックウルフが元であろうと、ネメシス種になった時の破壊力は尋常ではなく、神戸に入られでもしたら終わりだ。
そういう意味では加速して来るというのは手としてはある。
だが、シャドウもシャドウで大型種まで鎮圧に出て来ている状態だ。そう勝手を許しはしないと思うのだが。
それに、確か濃尾には複数あのアトミックピルバグがいる筈。
あいつを回避して簡単に此方へ突破出来るだろうか。
「こ、こちらスカウト22!」
「どうした」
「ブラックウルフ・ネメシスが白く輝いています!」
「白くだと……?」
元とは別物に変異するネメシス種は珍しくもない。色が変わることくらいは別に何ともと思ったが。
映像が来る。
それを見て、絶句していた。
輝いている。確かに。
そして周りの全てが燃え上がっていた。あれは、熱をそのまま周囲に垂れ流しているんだ。
白く輝いているのは、そのまま熱を放出していて。
そして。空気が連鎖的に爆発もしている。
キャノンレオンを初めとする中型種が一斉攻撃を仕掛けているが、それを平然と流すようにして悠々と歩いている。
白い狼。
確か、チンギスハンの代名詞だったはずだ。
しかし、流石にあれは。
姿も現実の狼に似ているようだ。狼の一種には、ああいう神々しい白い毛皮を纏うものもいると聞く。
それにしても、生唾を飲み込んでしまう。
ゆっくりと歩いて来るのは、ネメシス種とは思えない。
というか、あれほどの熱量を浴びつつ、平然としているのは、もはや。
ネメシス種が、熱攻撃を克服したのか。
いや、違う。
シャドウですらそれは出来ないのに、ネメシス種ができる筈が無い。だが、辺りが炎上しているあの有様。
空気すら連鎖爆発する好熱の中を平然と歩くあの様子。
まさに神の狼。
あたいは速度を上げる。嫌な予感しかしないからだ。
「飛騨大尉」
「はい」
「超世王セイバージャッジメントは更に装甲を強化して、対熱効果を上げています。 それでも過信は禁物です」
「分かっています」
分かっている。
そもそもとして、あれだけの支援物資が来たとしても、そもそも無理なものは無理なのだ。
太陽の表面温度ですら6000℃である。
数万度単位の熱を数分浴びせないといけないシャドウは、火程度でどうにか出来る相手ではない。
更にタフネスだけならそれを超えるかも知れない最近のネメシス種である。
しかも彼奴は、熱を苦しがっている様子がない。
あいつの体は、放熱に特化している。
この間交戦したブルーカイマン・ネメシスは、体をパージする事で熱を効率よく体から切り離していた。
それだけ恐ろしい相手であった。
今度の奴は、体を放熱に特化してきた。
更にこれ以上進歩されると、文字通り手に負えない存在になる。
後何回、ああいうのを斃せば良いのか。
それに、だ。
アトミックピルバグが出る。
そして、一斉に凄まじい飽和攻撃をブラックウルフ・ネメシスに浴びせ始める。だが、奴は加速している雰囲気がない。
温いと言わんばかりだ。
そして周囲の熱が更に上がっていく。奴が踏んだ地面が溶岩と化している程である。それでいながら、奴は沈み込んでいない。
本当に一体、どういう事なのか。
「交戦距離まで三十分!」
「此方スカウト22! 危険域まで温度が上がっている! 退避する!」
「スカウト22、距離を十分にとってください。 極めて危険な相手です!」
「イエッサ!」
呉美大佐が黙り込む。
正直、これはかなりヤバイ状態だとあたいは思った。彼奴に近付けば、今の超世王セイバージャッジメントも長くはもたない。
つまり短時間で勝負を付けなければならない。
それなのに。
アトミックピルバグがもう一体来る。そして、先にも増してとてつもない火力をブラックウルフ・ネメシスに叩き込む。
連鎖する爆発。
恐らく核が何十とあの一点に叩き込まれているような火力の筈だ。凄まじい熱に、辺りの天気が急変している。台風が生じるかも知れない。そんな声が聞こえた。もし台風になったら、下手をすれば史上最悪レベルの超巨大台風になるかも知れないと。
まさか。
短期決戦で一気に斃せないのであれば。
超巨大台風に神戸を巻き込み、全てを吹き飛ばすつもりなのか。
日本も台風を比較的受ける国家だ。更に神戸は半地下都市でもあり、生半可な暴風程度は問題にならない。
だが、それが生半可ではない場合はどうか。
あたいも見た事があるが、凄まじい台風による大豪雨に晒されると、都市はパンクする。
地下にある貯水槽のキャパを超えると、膨大な水が溢れて、都市を一気に水浸しにする。
ましてやそれが地下都市だったらどうか。
外は大暴風。
史上最強クラスの台風だと、風速は70m/sとかに達するはず。もっと行くかも知れない。
地下都市神戸から出て来た人々を襲うのは、おぞましい程の暴風と高波だ。勿論地下都市に残れば溺死するだけ。
ましてや、こんな至近距離で巨大台風が発生したらどうなるか。
いつやむかも分からない桁外れの台風を前に、人間が耐えられる訳がない。
それに気付いて、あたいはぞっとしていた。
「あいつ、まさかただその場にいるだけで、巨大台風を引き起こすのが目的なんじゃあ……」
「可能性を確認します!」
「呉美大佐!」
「接近を。 既にアトミックピルバグが二体がかりでの攻撃をしています。 簡単に受け流せるはずがありません」
現地の映像が途切れがちになる。
凄まじい熱風が空に噴き上がり、それが一気に天候をおかしくし始めたのだ。
空。
ブライトイーグルが飛んできている。
環境の急変を改変する能力を持っているはずだが、それでもこれは抑えきれるのか。まずい。
ゆっくり歩いていた白い狼……ブラックウルフ・ネメシスは、平然と座り込んだ。濃尾平野を火の海に変え、辺りを溶岩にしながら、平然としている。
火力投射を続けているシャドウ達は、一切容赦が無い。
だが、それでも逃げようとする様子さえ見せない。
あいつ、ひょっとして。
「この間のブルーカイマン・ネメシスを更に変化させた形状なのかな……」
「どういう事ですか? 飛騨大尉」
「いや、あれで耐えられる訳がないですから。 ひょっとして、体を複層構造とかにしていて、それであの熱を放出する事に特化した形態で。 それで壊れるまで攻撃を受け続ければ、勝手に地球を半壊させるような台風が出来上がるのかもと思いました。 でも、ネメシス種は今まで死を明らかに怖れていました。 でも彼奴は……」
「死を怖れている様子が無い」
呉美大佐に、あたいは無言で頷く。
それしか可能性がない。
彼奴は元から斃されることを前提で来ている。そして、何が何でも人間を滅ぼすという凄まじい悪意だけがある。
死への恐怖を捨て去ったのは、どうしてかは分からない。
それとも、死なないという自信でもあるのか。
ストライプタイガーが行った。
そして、凄まじい勢いでブラックウルフ・ネメシスを切り裂く。
だが物理的な攻撃なんてネメシスどころかシャドウには元々通用しない。それはあの白い狼も同じだろう。
平然と座り込んでいるブラックウルフ・ネメシスに、今度はウォールボアが二体同時に突っ込む。
激しい熱を至近から浴びせているはずだが、それでも平気で座り込んでいる。
ダメだ。
あいつ、やっぱり完全に壊れるまで、そのままでいるつもりだ。
ごっと音がして、冷房の出力が大幅に上がった。
恐らく、外は既に地獄だと言う事だ。
間もなく接敵する。
アトミックピルバグがさがる。
多分あたい達を誤爆するのを避けたのだろう。キャノンレオンが距離を保ったまま攻撃を続行。
だが、まだまだ斃れる気配もない。
「飛騨大尉」
「はい」
「自由に攻撃を仕掛けてください。 他の三機は、散開。 各々集中攻撃。 弾が尽きたら即座に離脱を」
「イエッサ!」
行動のグリーンライトを貰った。
ここからは行動の全てに責任が生じる。さて、どうするか。
ともかく、最速で突っ込む。
もう指呼の距離だ。
あたいはまず、投擲型斬魔剣を叩き込む。これはこれで、装備としてある。優秀だからだ。
それがずぶりと、ブラックウルフ・ネメシスに突き刺さる。
凄まじい負荷。
熱を叩き込みきる前に、溶けて壊れるかも知れない。数値のエラーを見ると、それが現実的だ。
だが、刺し傷が残っている。
それにだ。
何度もウォールボアが突進を叩き込んでいるが。座り込んでいるブラックウルフ…ネメシスはそれで微動だにしていない。
痛みなどをシャドウが感じる様子はないが。
ネメシスは攻撃を通じているなら明らかに嫌がっていた。
台風を引き起こすことが原因であっても、これは。
爆散する投擲型斬魔剣。
呉美中佐の放った分も同じく爆散したようだ。
斬魔クナイをデチューンモデルの一機が連射する。ちょっと中型にあたらないかとひやひやするが。
それらもやっぱり、ブラックウルフ・ネメシスに突き刺さると、短時間で機能停止、爆発していた。
ジャスティスビーム改を巻き付ける一機。
だが一気に高熱になる前に、ワイヤーが溶け始める。結果として、反陽子が漏れて、大爆発を引き起こす。
それでも平然としているブラックウルフ・ネメシス。
まるで暖簾にぬか押しだ。
危険信号が出る。
溶岩を踏み越えながら、超世王セイバージャッジメントは、白く輝く狼に突撃。斬魔剣Vを横倒しにして、座り込んでいる狼に向かう。
見る間に熱が上がっていく。
かなり冷房を強化し、しかも今日は装甲にダメージを受けていないのに、もう暑くなってきている。
だが、この程度の暑さなら、耐えるのは簡単だ。むしろ、無限軌道が耐えられるか。下は溶岩、しかも堅いとはとても思えない。下手すると擱座して。そのまま立ち往生して終わりだが。
やってやる。
速力は上げない。速度を上げすぎると、多分きっともっと速く足回りが傷む。そのまま、突貫。
相手を横切るようにして、斬魔剣Vを叩き込んだ。
灼熱のチェーンソーは膨大な熱量を叩き込みつつ、ブラックウルフ・ネメシスの体を切り裂く。
奴の足が半分くらい無くなり、座り込んでいても体が傾く。
一気に横を抜ける。
その間、僅か二十秒ほどだが、それでも機内の温度は一気に上昇して、汗がダラダラ出る。
溶岩地帯を抜けて、そのまま旋回。
斬魔クナイを叩き込んでいる一機はそろそろ弾切れ。
呉美中佐は溶岩を渡る自信が無いのか、投擲型が切れた後は距離を取って様子を見ている。
ちなみに誘導弾は既に放たれて、近くを凍らせているが。勿論ブラックウルフ・ネメシスは見向きもしない。
だからあたいが利用させて貰う。
誘導弾で凍った其処に突っ込む。
一気に機体を冷やして、そしてもう一回。
倒れているブラックウルフ・ネメシス。
悲鳴を上げていない。
効いていないと言う事だ。今度は首をかっ切ってやる。
そう思った瞬間。
ブラックウルフ・ネメシスの外皮が一気に溶けて行った。
凄まじい溶岩流のような有様だ。
そして、溶岩流の中から湧いて出て来たのは、ちいさななんだ。あれは。ヒトの形に見える。
それは、天を仰いで、口を開くと。
凄まじい悲鳴を上げていた。
ごっと、猛烈な風が吹き付けてくる。
これは、ひょっとして。
あれが本命か。
この熱を上空に全て押し上げて、北半球全部を包み込みかねないとんでもない巨大台風を作り出す。
いやそれはもはや台風ですらないのかも知れない。
地球全土を滅茶苦茶に破壊しつくす、文字通りの破滅の権化だ。
「まずいです呉美大佐! あれ、止めないと!」
「……分かりました。 恐らく一瞬しか耐えられません。 三機、撤退を。 私と飛騨大尉でやります」
「し、しかし」
「撤退を! 最悪の事態に備え、超世王セイバージャッジメントのデチューンモデルを使える人間が必須です!」
あたいはもう動いている。
凄まじい熱によって、辺りは既に破壊されつくされようとしている。
跳べれば。
あたいは携帯に叫ぶ。
「聞いてるでしょノワール! あいつに直に斬魔剣Vを叩き込む! でも周囲は溶岩でいけない! ジャンプ台作って!」
「面白い。 良いだろう」
普段聞いていない癖に。
明確に、ノワールがこたえてくる。
恐らくは、これはまずいとノワールも思っている。
その推察はあたったのだ。
不意に飛び出してきたウォールボアが、二体。連続して並び、名前になっている頭の「壁」を用いてジャンプ台を作る。それをあたいは、躊躇無く踏み台にして、超世王セイバージャッジメントを跳ばせていた。
行くぞ。
上空に向かって吠え猛る人型に対して、跳ぶ。
斬魔剣Vをあわせる。
キャノンレオン等も猛攻を続けているが、それでもまだ人型は斃れない。一瞬で与える熱量の問題ではない。
やはり、継続的に与える熱量の問題で。
それも、熱量の絶対量が問題だ。
しかし、奴は体の殆どをデコイにし。
それを用いてこの地獄みたいな状況を作り出した。その結果、奴の中枢部分はもう耐えられない筈。
ただし、奴を即座に斃さなければ、神戸どころか多分北半球が滅ぶと見て良い。
こんなとんでもない事を考えるなんて。
ネメシス種は人間の悪意の塊だと聞いているけれども。
まさに此奴は、その権化だ。
人型は、あまり大きくない。それが、こっちに振り向く。
斬魔剣Vを叩き込む。
凄まじい悲鳴が上がり、上空に放たれていた上昇気流が一気に乱れる。
超世王セイバージャッジメントが揺らぐほどの暴風。
シャドウ達はまるで平気なようだが、衝撃波をものともしないのだ。それは当然なのだろう。
だが、あたいは見る。
超世王セイバージャッジメントの機体は、既にぼろぼろ。エラーだらけ。
コックピットの温度も、急激に跳ね上がっていく。
それでも、あたいは全力で斬魔剣Vを操作する。
悲鳴が更に大きくなり。
聞こえた。
死ねクズが。
お前みたいなカスが生きているから俺は足がついたんだろうが。必ずお礼参りはさせて貰うからな!
もう体も大人になったんだから、体で稼いできな。お前みたいな子供でも好きな変態はいるからね。五万稼いでくるまでは家には入れないよ!
とっとと出て行けよ。これからデリヘル呼ぶって言っただろうが。殴らないとわからねえのか。
ギャハハハハ、ダッセエ!
俺の言う事が全部正しいんだよ!お前が何言おうと俺たちが違うって言ってるから、全てお前が間違ってるんだよ!
てめえ俺にガンつけやがったな!ブッ殺してやる!
チー牛!チー牛!さっさと死ねよ!死ねば異世界転生出来るかもしれないだろ!チー牛!早く死ねよ!みんなそう思ってるんだよ!くせえしさっさと死ねよ!ほらこっから飛び降りろよ!
そうか。
人間を学習する過程で、こんなのを取り込んで、それがネメシスになったのか。しかもこういう発言をする与太者は、人間達の間で特にシャドウ戦役の前には英雄視されてさえいたともあたいは聞いている。
シャドウが来なければ。
5000万人すらも、今は生きていなかったのかも知れない。
こんな連中を持ち上げているような人間が山ほどいて。
こういう連中が真面目に生きている人を馬鹿にして搾取していたのだとすれば。
それは滅んで当然だったのだ。
あたいは吠えた。
お前等、さっさと過去に消えろ。
お前達のせいで人間は滅んだんだ。地獄に落ちろ。
声にもならないその声。
気付けなかった。
どうして着地できたか。
灼熱の溶岩の中だったのに。
踏みとどまって、斬魔剣Vをたたき込み続けられたのか。
ただ必死だったからだ。
ほどなく、被害妄想じみた寝言をいいながら、ネメシスが消えていく。灼熱の中、どうにかあたいは意識を保っていた。コックピット内の温度が急激に下がっていく。着地した時とかも、受け身は取れていた。
本番にはそれなりに強いらしい。
散々酷い目にあって苦労して、それで。
それで、気付いた。
「呉美大佐……?」
返事がない。
まだ生きているセンサーが、やっとそれを理解させてくれた。
朦朧とする意識の中で、あたいは見る。
あたいがやる事を即座に理解した呉美大佐が、溶岩を突っ切ってデチューンモデルを驀進させ。
奴の至近で、土台になったのだと。
だからあたいは奴を斃せた。
声にならない絶叫が喉から迸る前に、意識は消し飛んでいた。
呉美大佐が運ばれてくる。
溶岩化した地面に半ば埋まったデチューンモデルの中で、蒸し焼きにされたのである。生きているだけでも奇蹟だろう。
ただし、それには代償が伴った。
軍人としては再起不能。
外を歩けるかすら分からない。
全身重度の火傷を受けており、予断はまだ許さない。意識も戻っていない。意識が戻るかさえ分からない。
飛騨大尉も状況は良くない。
同じく限界まで踏ん張ったのだ。しかも恐らく、通信記録からして、呉美大佐の状態を最後に知った。
精神的なショックも大きい。
次の戦いはまだあるだろう。ネメシス種は更に凶悪になっている可能性も高い。
呉美大佐はもう駄目だ。
それで次をやれるのか。
そういう話が聞こえる中。三池は資料をまとめていた。
戦場では兵士が死ぬのは日常茶飯事だ。
分かっている。
三池は他の者よりも冷静になれる。冷静になる事がこう言うときは必要だと知っているし。
畑中中将の時に慣れた。
書類などを全てまとめておく。
病院とのやりとりもしておく、
流石の畑中博士も、初期から活躍してくれていた呉美中佐の事はそれなりに思うところがあるようだ。
じっと黙って仕事をしていた。
なお、二人が助かったのは、広瀬大将が至近に誘導弾を数発打ち込んで、溶岩熱を中和したからだ。
そうでなければ、呉美大佐は万が一も助からなかったし。
飛騨大尉だって命が危なかった。
それは、既に聞いていた。
大きすぎる損害。
超世王セイバージャッジメントとそもそも戦わない選択をするまで賢くなっているネメシス種。
まだどれだけ強くなるのか。
頭を振る。
もう。畑中博士が、どれだけ対応できるか賭けるしか無い。
出来るとしても、勝負は後一度か二度。
明らかにネメシスの進歩が早すぎるのだ。創意工夫ではどうしても限界がある。
それが分かっているから。創意工夫でどうにかしなければならない今が、心苦しかった。
4、嵐は収まる
ブラックウルフ・ネメシスの起こした竜巻、上昇気流、超高熱によるいわゆるスーパーセルの発生、地球北半分を壊滅させかねない気象現象は、400を超えるブライトイーグルが飛来して、即座に沈静化させていった。
神戸なども高潮、暴風警報を出して避難をしていたのだが。
それも即座に収まったので、驚きの声さえ漏れていた。
シャドウの力の凄まじさ。
それを誰もがまた思い知らされたのだ。
そして戦闘の経緯が公開され。
地球を巻き込む自爆テロに等しい戦術を採ってきたネメシスのおぞましいやり口に、誰もが戦慄していた。
シャドウと違って、ネメシスは明確に地球の敵である。
それがはっきり分かった。
ネメシスは人間の悪意そのものであり。
人間を滅ぼすためにその悪意が形を為した存在である。
更に言えば人間が今までの歴史上蓄えてきた悪意の事を考えると。
シャドウ戦役前、史上最大まで数を増やしていた人間の悪意が。
どれほどの量であったのかは、想像するに恐ろしい。
ナジャルータ博士が、資料をまとめて会議に出す。
代表の半分くらいが出ていない。
GDFも大混乱だ。
今までのネメシスとは被害規模が桁外れ過ぎる。
下手をすると北半球丸ごと滅びていた。
しかもネメシスが更に進歩を続けているのだ。
代表の半数くらいは、国内を安定させるという名目で、現実逃避しているようだった。
説明を終えると、黙り込んだままの代表達。
市川代表が言う。
「シャドウと戦うどころではなくなりましたな」
「……」
「ともかく、ここからはGDFの総力を挙げるしかありません。 後何度あのレベルのネメシス種を撃退出来るかわかりません。 幸いパイロットの飛騨大尉はまだ無事ではありますが、恐らく精神に大きな傷を受けているようです。 無理に復帰させても、すぐに力を発揮は出来ないでしょう」
淡々と説明する市川代表。
誰もが黙りこくったままだ。
桁外れの気象災害が起きかけた様子は、誰もが見ていたのだ。
史上最大の台風どころじゃあない。
一応、生物の大絶滅が起きた時代には、桁外れの台風や気象現象が地球を覆っていた時代もある。
だがそれは巨大隕石の衝突や、桁外れの火山活動などの結果によるものであったのだ。
それを考えると、今回の件は。
ネメシスが、過去の大量絶滅と同等の災厄を起こせるものだとはっきりしたという点で。もはやある意味、人間などが手に負える相手では無いと示したのだとも言えるだろう。
ナジャルータ博士は、代表達の顔を見る。
安全地帯にいると思い込んでいた連中は、やっと知ったのだ。
安全地帯なんて何処にも無いと。
もしもこの先、更にネメシス種が進歩したら。
それこそ地球をまとめて粉砕とかやりかねない。
ロケットなどがそもそも打ち上げられない現状。宇宙に都合良く逃げるなんて選択肢だって存在はしていない。
詰みだ。
「一応私から補足させていただきます」
「お願いする」
「ネメシスの被害は桁外れですが、人類がシャドウ戦役に遭わなかったら、同レベルの被害を地球に出していたでしょう。 そして第六の大絶滅が起きていた。 これは隠しようもない事実です。 ネメシスは人間そのものの映し鏡。 奴が起こそうとしたのは、まさにそれの再現です。 しかも、人間は気にくわない人間を殺し尽くすために、それをやろうとしていた。 それさえネメシスは真似している」
弾劾だ、これは。
シャドウという中に取り込まれた人間の悪意に対しての。
未だに万物の霊長だとか自分を信じ込んでいる阿呆どもにたいしての。
呉美大佐は命をなげうって、北半球を守ってくれた。
それなのに此奴らは。
半分ほどの逃げた代表は。
それに感謝の一つもせず。
戦う覚悟も決めず。
それどころか、現実逃避するばかりだ。
ロボットアニメのキャラクターは幸せだ。こう言うとき、人間は団結してくれるのだから。
此処にいる連中の情けない有様が、人間の現実。
人間は今でもクズだ。
そうナジャルータ博士は思ってしまう。
少なくとも社会の上層にいる連中はそうだと、重ねて思ってしまった。
真面目にネメシスを討ち取るために全てを擲った呉美大佐や飛騨大尉が報われないではないか。
こんな連中を守るために。
彼女たちは、あのような目にあったというのか。
「市川代表。 このような会議は無駄です。 閉会を」
「……一度休憩を挟む。 その間に、各自覚悟を決めておくように」
市川代表も青ざめている。
市川代表も何となくだが、王座を手に入れたことを後悔しているのかも知れないとナジャルータ博士には思えてきた。
こんな連中を統率して、自尊心を満たして。
その先に何があるというのか。
嵐山補佐官が、資料をまとめてきた。
どうやら病院からのもので、飛騨大尉が目を覚ましたらしい。
ただ、体への外傷は一月ほどでどうにかなりそうだが、心の方が。
やはり呉美大佐の事をどうしても考えてしまうのだろう。
戦場で兵士が死ぬのは日常。
それは分かっていても、心に整理がつかない。
何しろ未熟なのだ兵士としては。
超世王セイバージャッジメントを操作できる人間が他にいない。だからやっていることなのである。
「最悪、代わりの選定を」
「代わりがいるならとっくに準備している!」
「それでもです」
「任せても良いか」
嵐山補佐官が頷くと、退室する。
そのまま会議はお開きになった。
ナジャルータ博士はため息をつくと、テレビ会議を切る。
もしも飛騨大尉が立ち直れなかったら。
恐らく、完全に人類は詰みだ。
(続)
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