最悪の後継者

 

序、分析と対策

 

ナジャルータ博士が忙しく走り回っている。またなんかあったのかも知れない。いずれにしても頭脳労働と縁がないあたいは知らない。訓練をするだけだ。

十日入院で済んだ。

かなり早い方だった。

今回は皮膚へのダメージが主体で、打ち身の類は殆ど無し。骨も折れていなかった。それが理由であるらしい。

ただ、医師には幾つか注意点を言われた。

今後も鍛えておかないと危ないだろうと思う。

出来れば高熱での戦闘に耐えられる状態を作って欲しい。そういう依頼が、畑中博士に飛んでいるようだが。

耐熱服などは着ると動きも鈍る。

もし着た場合は超世王セイバージャッジメントを今までのように動かせなくなるだろう。

それは結局、生存性を下げる事につながる。

しかしどうすればいいのか。

それは分からない。

いずれにしてもあたいに出来る事は、戦う以外にはない。

毎度至近距離でネメシス種のヘイトを集める盾役をあたいがやることで、被害を劇的に減らせる。

それだけで、どれだけ役に立てているか分からない。

時代が少し昔だっただけで、あたいがどれだけ悲惨な人生を送ることになったか分からない。

シャドウが現れないifの現在でも、それは同じだったかも知れない。

そう考えると。

あたいはなんといって良いか分からない。

訓練をする。

それで雑念を晴らす。

北条という人が、また丁寧に教えてくれる。

応用は必要ない。

愚直にただ基礎を繰り返す。これを完璧にやる事で、打ち身を全部なくせる。そう思うと、モチベも上がる。

勿論其処まで簡単な話ではないだろう。

それはあたいだって嫌になる程分かっている。

それでも、やる意味がある。

だから、雑念を晴らすためにも、やっていくのだ。

とにかく、数日は耐熱でのシミュレーションは避けるようにと言われているので、それには従う。

体をその代わり鍛えて、受け身をひたすらに取る。

実際問題、シミュレーションの方で新兵器を導入されると、習得には随分と時間が掛かる。

あの畑中中将ですらそれは同じだったらしい。

だったらあたいだったら、もっと時間が掛かるのは当然の事なので。

それに対して、悩むことはない。

ただ愚直にやっていく。

それだけだ。

夕方近くに、知らない学者がぞろぞろと京都工場に入ってきて、案内されていた。これは大きな事があったんだな。

あたいは関係無い。

黙々と訓練をする。

三池さんが、時間通りに帰るように言っていた。

あの学者さん達はこれから残業だろうかと思ったが、そんな事もないらしい。現在は会議とかは極めて迅速に終わるらしく。

昔の長時間会議をすると偉いみたいな風潮はなくなっているそうだ。

それでもこれから頭脳労働か。

大変なのに代わりは無い。

ともかく宿舎に戻る。

工場内にあるので、歩いてすぐだ。工場の敷地もそれほど広い訳でもない。たまにジョギングもするが。

実の所、ジョギングではそれほど体力はつかないらしい。

その話を聞くと、ちょっと苦笑いしてしまう。

ともかく、あたいに出来る事は今日は終わりだ。

 

ナジャルータ博士が自説を披露すると、思わず他の学者達が呻いていた。

「つまりシャドウの正体は未来から来た存在で、全てが核兵器由来の放射能に覆われた世界の住人だというのか」

「そういう事です。 この世界で何も無ければ、第三次大戦が発生していたことはほぼ間違いないと言われています。 実際シャドウ戦役が始まった時には、第三次大戦が開始されていたという説まであります。 それが核兵器が飛び交う地獄絵図に発展した可能性は、否定出来ません」

「確かにシャドウは核兵器どころか放射能にもノーダメージだ。 しかし、それでは彼等の主とやらも滅んでしまうのではないのか。 この時代の環境を変えたら、そうなるのではあるまいか」

「とっくに滅んでいるのでは」

これも仮説だ。

そもそもおかしかったのだ。

ノワールが上位者の存在をほのめかしてはいた。だが、ガイア理論などに基づく上位者だったとしても。

そういう存在だったらなおさら人間を生かしておく理由が無いし。

何よりも、人間が出現する前の環境に地球を戻す理由があまりない。

もしも地球に意思があったのなら。

人間を駆除する。これについては分かる。

だが、その後は人間が作り出した全てを消し去るだけで、後は好き勝手に任せるだけではないのか。

シャドウは明らかにそれ以上の事をしているのだ。

「今までのノワールとの話を総合する限り、恐らくシャドウは人間も適正数で保全されるように気を配っています。 もしも人間を滅ぼすつもりで攻めてきたのなら、各地に大規模集落なんか残さずに、徹底的に塵にしていた。 それも、シャドウにはそれが極めて容易だったのです」

「確かにそれは納得ができる」

「シャドウがどうして進軍をとめたのかはそれでいいとして。 では結局、シャドウは何がしたいのか」

「恐らくですが、この星の破滅を回避するのが、シャドウの主の願いなのではないでしょうか」

この星の破滅。

それは放射能汚染による破綻だ。

言うならば死の星。

仮にそういった状態が訪れるとする。

核の冬が去っても、各地が強烈な放射能汚染で満たされ、まともな生物が育たなくなってしまったら。

それは地球という星が有していた豊富な多様性が喪失することを意味する。

仮に、其処に生まれた生物がいて。

それが知的生命体にまで育ったとしても。

その存在は、少なくとも地球の覇者であった生物たち。節足動物や恐竜。それに現状の人間のような発展は出来なかっただろう。

そして、それらの存在が、人間の遺産を得ていたら。

最初は神と思うかも知れない。

だが、実態を知ったらどうだろうか。

ましてや、それが破滅へと邁進していった愚物だと知ったのだとしたら。

「最後のテクノロジーを用いて、少なくとも自分達の先に何かが続く未来を作りたい。 それがあのシャドウを作りあげた源泉なのではありますまいか」

「……突飛ではあるが、確かに腑には落ちる。 ただ、それだったらノワールとやらがどうして自分らの正体を隠蔽するのかが分からない。 人間を支配下に置いた後、好き勝手に使役して、後は地球を自由にすれば良かったのではあるまいか」

「幾つか分からない事がありますので、これはあくまで仮説です。 問題はノワールの反応ですね。 もしもノワールが……いや、確定で見ているでしょうが、 返事をくれれば話は早いのですが」

敢えてそう言うが。

反応は無し。

恐らくだが、ノワールは人間という種族を全く信用していない。

仮に。いまナジャルータ博士が言ったことが全て真実だったとする。

時間を超えて過去の世界……厳密に直線的に過去に来たのか、それとも平行世界の過去に来たのかは分からないが。

其処に来たとしても、いきなりシャドウが計画的に人類を滅ぼせるとはとても思えない。

シャドウによる侵攻は極めて計画的だった。

シャドウ戦役前に圧倒的最強だった北米を灰燼に帰した後は、大国を悉く滅ぼしつくしていったが。

その滅ぼす速度、順番、やり口。

あらゆる全てが、計算されつくしていたと現在だったら評価できる。

役割分担も完璧に近い。

クリーナーみたいな環境浄化用の小型種まで作り出すほどである。

過去のデータがあったとしても、実際に過去に来たらどうなっているかなんて分かりようがない。

だから、人間をある程度観察してから、攻撃に出て来たと見て良いだろう。

さて、問題はここからだ。

「これらの仮説は確かに面白いが、実証しようがないのが問題だな」

「はい。 ただ、シャドウが人間を知りすぎている。 此処に現在の問題があると思われます」

「ふむ、聞かせてくれ」

「シャドウは恐らく群で意識を統括しています。 これに関しては今までの発言が全て裏付けています。 ただし、今まで上位者の存在をほのめかしていましたが、それはあくまでシャドウの主であって、意識を統括していない。 これがこの説の要となります」

そう。

ノワールは主の事を何よりも大事にして、尊重もしているようだったが。

それでありながら、大型種ですらも、ただの駒としていたし。

アトミックピルバグのような次世代型ですら、倒された時に驚いてはいても、別に困ってもいなかった。

ただし、超世王セイバージャッジメントの強烈な反撃。

それらがストレスになって、異変が生じた。

それがネメシスの増加だ。

ネメシスはそれまでも出現していた。

それは集合意識存在の残りカスが、下位である小型種に押しつけられ。その結果逸脱が起きていると見て良いだろう。

だが、もしもだ。

それだけが理由ではなかったとしたら。

例えばノワールが更に現状の人間を分析する……つまりシャドウそのものが現状の人間を分析した結果。

あまりにも知的生命体というのには拙劣すぎるその性能を見て、色々と問題を起こしたのだとすれば。

「現在シャドウと戦闘の矢面に立っている超世王セイバージャッジメントのパイロット、飛騨咲楽中尉の気づきですが、ネメシス種の断末魔は他と違っています。 明確に人間にとっての威嚇の声になっています」

「それについては確かに音声などの分析から確認が取れている。 ただ戦闘中、良く気付けたものだと感心する」

「天才……というのとは違って、何かしらの特化型だからなのでしょう。 こういった事に気付きやすいのかも知れません。 いずれにしても、シャドウからしたらまったく大した相手ではない人間の負の行動など、取り入れる理由が全くありません。 シャドウの目的が、地球の環境の安定化を行い。 人間が知的生命体と言える存在に成熟するのを見守る事だったとしたら」

「随分と独善的な話だな……」

不愉快そうに学者の一人がいう。

年配の学者だし、シャドウによる文字通りの鏖殺を見ている世代だ。当然、そういう風にも思うだろう。

「シャドウは超世王セイバージャッジメントの創意工夫を見て、コントロールが出来ない相手の出現に此方が思っている以上に動揺したのかも知れません。 勿論超世王セイバージャッジメントは滅多な事で操縦できる兵装ではありませんが、それにしても人間を調査し直す必要があったのでしょう。 シャドウはスタンドアロンのシステムにまで容易に侵入できる可能性があります。 神戸は兎も角、各地の街で人間のガンになっているような輩の習性など、容易に学習できたはずです。 それらが負の影響を与えているのだとすれば……」

「確かにネメシス種の断末魔が人間の威嚇行動に似ているのも納得ができる。 つまりだ。 ネメシス種は人間の映し鏡が、シャドウの力を得てしまった存在というわけか」

「仮説です」

「……分かった。 いずれにしても、面白い話だ。 わざわざ足を運んで聞く価値はあった」

頷く。学者達がさっと解散する。

これから、今の話をそれぞれが分析するのだ。

それぞれの専門分野から。

幸い今の時代は、昔存在していたような馬鹿馬鹿しい学閥の類はないし。そういったものでまともではない学者が偉そうにしている事もない。

裏口入学の類が横行していた時代は、そういうものの力で学者とはとても言えない輩が大手を振っていたこともあったのだが。

そういうのはシャドウにまとめて駆逐されてしまった。

ただし、各地に問題がある国や街や集落も多い。

これらに関しては、特に問題がある輩を……国や文明に致命的なダメージを与えるような輩を優先していたからであって。

それ以外は殆どどうでもいいと考えていたからなのだろう。

ため息をつくと、片付けに入る。

メールだ。

恐らくはノワールだな。そう思って、片付けを手伝ってくれていた三池さんに目配せを送る。

案の場。

ノワールからだった。

「興味深い説、拝聴させて貰ったよ。 幾つか間違っているが、何処が間違っているかは説明はしない」

「そう。 つまりかなり精確に事実に近付いていたと言う事でいいか」

「ふふふ。 ただ、主に関してはほぼ正解と言っておこう。 君達が考える上位存在はいるが、それは私達と意識を共有していない。 私達が引き継いでいるのは、主の無念と未来への希望だ」

そうか、そうだったのか。

だとすると、やはり。

シャドウは破綻した未来の地球から来たのだ。

恐らくは、破綻した未来の地球は、シャドウの力を持ってしても修復が不可能だったのだと思う。

いや、シャドウは明らかに物質を復元したり、化学組成を容易く変えている節すらあるのだが。

これらは、どうやっているのだろうか。

少しばかり、興味が湧く。

ただ、それは今の時点では解析できないレベルの科学の話なのだろう。少なくとも、理屈を説明して、ナジャルータ博士が理解出来るとは思えなかった。

「ネメシスの数が増えると貴方たちは言っていた。 今後もまだ増えるのか」

「いや、今がピークだ。 今後はある程度で落ち着くだろうね」

「そう……」

「ただ、それも君達次第だ。 私達もネメシスを抑え込む努力をしているが、その過程で調べた君達があまりにも愚かすぎた。 それが悪影響を与えているのは事実だ。 君の仮説はその点ではあたっている」

そうか。

あたって欲しくは無かったが、あたっていたか。

だとすると、あのネメシスの小賢しい動きもそれで説明がついてしまう。

ルールの穴をついて喜ぶ連中が人間には多く。

むしろ英雄視される。

それが今度は人間に向けられている。

シャドウの力を持った詐欺師の思考回路をもった輩。

それがネメシスと言う訳だ。

それは厄介極まりない。もしもそれが更に先鋭化していくとなると、被害は加速度的に増える。

「提案だ。 死んだ私達……ネメシス種を倒す事は私達でも難しい。 まあ斃せるのだが、こう進歩が著しいとね」

「それで何をすればいい」

「簡単な事だ。 私達はネメシス種の出現点を絞る。 一箇所は中央アジアの中央部。 もはや人間がいない土地だ。 君達がいう大型種の私達も其処で起こす。 もう一箇所は、君の近くだ」

「!」

なるほど。ネメシス種の出現を完全に人間がいない地域で、周囲にも大被害を及ぼさないユーラシアの中央部。

それに、対応できる超世王セイバージャッジメントのある京都工場付近。

それらに絞ると。

ならば、確かに無作為な被害は減る。

だが、それも完全制御はできないとノワールは言う。まあ、それもそうだろうなとナジャルータ博士も思う。

「君達がアトミックピルバグと呼んでいる私達も、もう少し多めに配備しておこう。 それで少しは楽になるだろう」

「分かりました。 そもそも、何かしら根本的な対策はないのですか」

「ない。 君達がそれは分かっているのではないのか」

「……」

そうだろうな。

シャドウに対する仮説を立てたのはナジャルータ博士だ。

シャドウの上位存在はもう存在していない。

存在していた時も、人間が破綻させた世界で、細々と生活していた、とても惨めな種族だった。

シャドウは地球が星として破滅するのを防ぐために到来した。ガイア理論に基づくものではない。

あくまで未来に破綻した主のため。

その願いを叶えるために今に訪れた存在。

だったら、その行動に妥協は無い。

それに、人間を滅ぼさないのも。

いずれその成果物が、何かしらの形で地球のためになるのかも知れなかった。

いずれにしても会話は其処で切れた。

三池さんが、頭を振っている。

これはまずい。

そう判断したのだろう。

それはそうだ。どう考えても全て人間のせい。それがはっきりしてしまったのだから。

宇宙から攻めてくる醜悪なエイリアンに、正義の人類が立ち向かう。

そういった特撮は幾らでもあった。

だがシャドウはエイリアンですらないし。

何より醜悪なエイリアンは、地球人の方だった。

それが分かってしまった今は。ナジャルータ博士に、ああだこうだと何かをいう事は出来なかった。

関係者にメールでのやりとりを転送するが。

内容を見た市川代表から、即座に箝口令を敷くようにと連絡が来ていた。

確かに、これはまずい。

まだ万物の霊長とか言う妄想を信じている輩は、一神教徒を中心にたくさんいる。それらが、自身のアイデンティティを崩された場合。

それこそ、クーデター祭の時よりタチが悪い事態になりかねない。

最悪の場合、集団ヒステリーの挙げ句、国を挙げて全員で集団自殺とかやりかねない。今は、とにかく時間を掛けて対応していくしかないだろう。

考えた上で、ナジャルータ博士は飛騨中尉を呼び出す。

そして、真相は話しておくことにした。

飛騨中尉は、少なくとも知る権利はある。そう判断した末の事だった。

 

1、正義は少なくとも人にはない

 

なんとなく分かっていたから、かもしれない。

あたいはナジャルータ博士に呼び出され。

大まかなシャドウの正体を聞かされても、それほどショックは受けなかった。

ネメシス種の断末魔が、クズ共のわめき声に似ているという時点で、嫌な予感はしていたのだ。

それを思うと、その正体が人間に近くても不思議ではないし。

人間へのカウンター存在だったとした場合。

環境を此処まで丁寧に修復している存在が、他の星から来たエイリアンだとかとも思えないのだ。

そういう存在だったら、ボランティアか何かでやっているのだろうが。

それにしてはやりかたがあまりにもスマートではなさすぎる。

もっと超科学かなにかで、アホ丸出しの人類をまとめて啓蒙でも洗脳でもすればいいだろう。

光の速さでも、隣の星系まで数年は掛かると聞いている。

仮に相手が宇宙人だったら、その程度のテクノロジーはある筈だし。

武力なんぞによる侵略よりも、よっぽどその方が効率的なはずだ。

それが出来なかった時点で、シャドウは地球産の何か。

それは分かってはいたから、驚きは無かった。

いずれにしても、あたいは分かったし。

それで不快感を覚える事もなかった。

多分だけれども。

あたいの血縁上の親がろくでもないカスだったのがほぼ確定しているから。そういうのに対しては。

あたいもある程度あきらめがついているから。

それが理由として大きいのかも知れなかった。

ともかく淡々と今日も訓練をする。

幾つか、話していい内容については聞いたが。それら以外は当然他言無用である。こう言うとき、親友と呼べる相手がいないのはとても有り難い。

人間関係が希薄な時代だからこそ、面倒ごともあまりない。

そういう側面もあるのかも知れない。

それに、一つだけ良いこともあった。

ネメシスはいずれ品切れする。

それがいつの事になるかは分からない。

だが、ネメシスとの戦闘が一段落したら。シャドウに対して創意工夫で対抗できる人間は。

シャドウに管理されるだけではなくなる。

これはとても大きい事だと、あたいでも分かる。

そもそもとして、シャドウに対して一方的にやられるだけではなくなったのが、相手にそれだけ譲歩を引き出させた。

もしも超世王セイバージャッジメントがいなかったら。

ネメシス種が出る事もなかったかも知れないが。

シャドウは此方をそもそも交渉相手として考えすらしなかっただろう。

それはれっきとした現実だ。

奮戦してくれた畑中中将の行為は無駄ではなかったし。

その後を引き継いだあたいだって無駄をやっているわけではない。

それだけで、どれだけ誇り高いだろう。

訓練を淡々とする。

北条という人と、一緒に受け身について徹底的に練習。

とにかくそれで、少しずつ技量を上げる。

今後ネメシスの攻撃が更に苛烈になることを想定して、受け身の技量はどれだけあっても足りないくらいだ。

コックピット内がショックアブソーバーでガチガチに守られていても。

動きを鈍らせる訳にはいかない以上。

耐熱服は着られない。

耐G服もしかり。

それだけ超世王セイバージャッジメントの操縦は難しいのだ。

だから、あたいが鍛えて、可能な限り対応するしかない。原始的だが、その原始的な技と。

何より創意工夫が、並み居る中型種を打ち破ってきたのである。

やる意味はある。

岸和田さんに落とされて受け身を取るのは、だいぶ上手になってきた。

そろそろ良いかなといって、北条という人が来る。

なんか嫌な予感がするが。

少しでも技量を上げるためだ。

それで、いきなり天地がひっくり返った。

「!?」

「少し速度を上げました。 これで受け身を取れるように練習しましょう」

「……はい」

本当に岸和田さんより強いのだなと分かる。

岸和田さんは二mを遙か超える大巨人だが、それでも見ていて勝てないと理解出来るのだろう。

青ざめて北条という人を見ていた。

それから、単純動作から始めるが、速いなんてもんじゃない。

この人、過去にあったオリンピックとかいうのに出ていたら、出る競技全てでトップを取れるのではないか。

反応速度から何からして違い過ぎる。

それに投げられたときに触ってみて分かったのだが。筋肉の密度とか出来とかもまるで人間とは別物だ。

確か筋肉というのは長さでは無くて断面積で力が変わると言う話だが。

それもあくまで一般論。

この人には、そんな一般論すら通じないとみていい。

それに、多分力のかけ方とかも違うのだろう。

あたいと体格だってそれほど変わらないのに、本当に触った瞬間に投げられている。

この人が超世王セイバージャッジメントに乗った方が良くないか。

そう思ったが。

また先読みしたように言われる。

「超世王セイバージャッジメントの搭乗訓練は受けたことがありますが、適性がないと言われています」

「あ、はい」

「こればかりは相性のようですから仕方が無いですね。 螺旋穿孔砲も、他の銃器ほど上手に使えません。 体術だったら虎くらい相手までならどうにでもなるんですが、シャドウは小型種でもそれでも次元が違いすぎるんです」

「そうなんですね……」

こんな化け物みたいな強さの人がそう言い切る程か。

昔のアクションムービーの主人公でも此処までの強さの人はそうそういないと思うのだけれども。

それでも勝てないと言い切る。

シャドウがどれだけ無茶な存在なのかよく分かる。

あたいが大事にされるわけだ。

だが、それで調子に乗ってはいけない。

とにかく今は。勝つためにどれだけの努力だってしていかなければならないだろう。それが分かっているから、あたいも訓練を続ける。

休憩と、不意に言われる。

投げるのもだいぶ加減してくれていたのはあたいにも分かる。

それでも全身が悲鳴を上げている程だ。

とにかく休憩を入れる。

岸和田さんは、他の訓練があるらしいので、もう工場にいなかった。まあ、あの人も兵士としては相当にできる筈。

今は別の部隊の方で仕事があるだろう。

今、第一軍団は、臼砲の他にも、誘導弾の機動運用について様々な訓練をしているらしい。

ネメシス種が全て倒れて、完全制御出来る範囲になったら。恐らくシャドウは仕掛けない限りは何もしてこない。

人間は今後、高層、地下、それぞれに都市を伸ばして、生活圏を上下に拡げていく事になる。

それはこの間、休憩中に三池さんに聞いた。

それでシャドウとやっていけるのなら万々歳だろう。

あたいにはどうこういうつもりはない。

「現時点で、ネメシス種は更に進歩してくる可能性が高いと判断して良さそうですか?

 私北条めは、そういう事は知らされていません」

「ええと、恐らくはまだまだ凶悪化すると思います」

「それでは訓練はまだグレードを上げなければなりませんね。 速度は上がったとしても、基礎的な事は同じです。 基礎的な受け身の、速度を上げるように調整していきましょう」

「はい」

まあ、訓練の時に見せる動きは人外じみているが。

それでもこの人はあまり酷い事はしないはずだ。

勿論あたいを敵認定した場合、気付く暇すらなく殺されるだろうけれど。幸い、この人と戦う理由もなにもない。

休憩を終えてから、シミュレーションマシンに入る。

凄まじい暑さだが、それでも少しずつ慣れてきている。

動きを阻害しない程度に、汗が目に入るのを防ぐための工夫を幾つかする。これはこの間の戦闘で、目に汗が入って難儀した事の反省からだ。

ヘッドバンドなどをつけて見るが、それだとあまり効果はない。

ヘルメットなどにも耐熱機能と冷却機能をつけられるにはつけられるのだが。

そういうのをすると、強度が落ちるので本末転倒だ。

シートが外れて、頭から落ちるような状況が来た場合。ヘルメットがないと即死の可能性すらある。

あたいも受け身をとりながら、落ちる高さ次第で簡単に首が折れる事は学んだのだから。

出来る範囲で色々工夫をしていくが、体が重くなるとそれだけシミュレーションマシンの操作が精度が落ちる。

そしてこのシミュレーションマシンは、あの畑中博士が作っている。

つまり本物と遜色ない操作ができる訳で。

その段階で動きづらくなっていると言う事は、本物。超世王セイバージャッジメントだって、へそを曲げる可能性が高そうだった。

訓練を続けて、汗をたんまり掻いて。

それでシミュレーションマシンを出る。

給水。トイレに出向く。

今まで交戦したネメシスと何度でもやりあって、やり口を体に叩き込んでおく。

同じ手は通じなくなる。それは分かっているが。だからこそ、色々な戦術を試す。

中型種以上にデータが少ないネメシス種だが。それはシャドウ戦役の時に、軍が蹂躙されなかったから。

同じ事が起きないように戦う。

それがあたいがいる意味で、やるべきこと。

休憩を入れてから、そのまままたシミュレーションマシンに入る。ネメシスはやはり強い。

斃した相手でも、油断すると即座に撃破判定を貰う。

訓練を続けて、限界だと思った頃に、休憩の指示が入る。

だいたいは勝てるが、油断するとダメだ。

それが分かっていても、どうしても油断が出る事がある。

度し難いな我ながら。

あたいはそんなことをちょっと思った。あまり年齢相応ではないかも知れないけれど。催眠学習で色々学ぶから、昔の子供が知らないような言葉を、色々と知ってしまうのである。

休憩を入れていると、三池さんがお菓子を出してくれる。

お菓子ばっかり食べていても。

その分のカロリーは全部消費しているので、特に問題は無い。

とりあえず、今日分の耐熱戦闘訓練は終わり。

後は受け身だ。

明日は筋トレが中心になるだろう。

それもそれで厳しいが。それでも、ネメシスと実戦をするよりマシだった。

 

翌日は、筋肉量を増やす。

これはこれで厳しいが、それでも無理がないようにできるプログラムが組まれている。ボディビルダーになるわけではないのだ。

必要な筋肉を鍛えて、それで必要なだけ動ければそれでいい。

それだけの話である。

黙々と、北条という人と一緒に訓練をする。

北条さんと呼ばないのは、何となく恐れ多いからだ。

一緒に訓練をしながら、体の動かし方についてのコツを色々習う。

この人は、人体構造を知り尽くしているんだな。

そう思って感心したが。

だが考えて見れば、それは全て人体を破壊するために必要だからの知識だと気付いて、ぞっとする。

相手を見て、最初にどうやって破壊するかを考えている人だ。

だから北条さんとは恐れ多くて呼べないのである。

「そうやって腕を伸ばすことで、この部分の筋肉をつけることが出来ます。 現在の疲弊からして、後二十六回やってください」

「はい」

「良い感じで筋力がついてきていますね。 食事についてはロボットが調整して出します。 蛋白質を取るだけではなく、栄養を満遍なく取ることで、筋力を適切に伸ばしてください」

「はい」

はいとしかこたえられない。

それくらいトレーニングがしんどいからだ。

それでも体を壊さない範囲でしっかり見極めた上でやってくれている。ただ、流石に厳しくなってきていた。

まだあたいは兵士としてはポンも良い所だ。

実際、昔の狙撃銃とか使って見たけれど、全然的に当てられない。

螺旋穿孔砲だとシミュレーションとは言えジグザグに時速百数十qで迫る小型種を一発で撃ち抜けるのに。

不可解な話である。

「はいそこまで。 休憩を入れた後、足の方に行きましょう」

「分かりました」

「此方を飲んでください」

北条という人も、時々栄養ドリンクを作って来るが、これがとにかく恐ろしくまずい。ただ、三池さんが苦笑いしていると言う事は、多分毒では無く、まっとうな栄養なのだと思う。

黙々とそれを飲む。

貼り付いたような北条という人の笑顔が怖いので、まずいなんて口が裂けても言う事は出来ない。

恐らくだけれども、この人。

相手に恐怖を植え付ける事で、訓練を効率化しているのではあるまいか。

ありそうだ。

ありそうだから、余計に怖いのだが。

ただ、休憩時は特に圧を掛けてくるようなこともない。黙々と休むのを許してくれる。たまに、なんだかよく分からない話をしてくれる。

サバイバル時に食べられる動植物なんかの話であるのだけれども。

ちょっとあたいには真似できそうにない。

ただ、シャドウ戦役で逃げ惑っていた頃の人々は似たようなことをやっていただろうし。それに適応出来なかった人はばたばた倒れていった。

それも容易に想像できるから、どうこうはいえなかった。

「休めましたか?」

「ええと」

「ちょっとまだ疲れが残っていますね。 三分休憩を延長します」

「分かりました」

まあ、こういう所は助かる。

昔だったら有無を言わず訓練続行だっただろうし。

北条という人は、それにしても体を見るだけで疲れの回復とかもわかるのだろうか。色々人外じみているな。

岸和田さんが怖れるのもまあ無理は無い。

それは良く理解出来た。

 

宿舎に戻る。

夕方だから、昔の自衛隊という組織よりずっと楽だ。それについては資料を見て知っている。

本当に過酷な訓練をしていたらしいから。

兵力が限られ、予算も潤沢とはいえなかったらしいし、それも仕方が無かったのだろう。

自衛隊が結局侵略してくる国の人間と戦争することはなかった。

だが、シャドウ戦役では時間稼ぎと避難誘導で必死の活動を見せ、その練度の高さから多くの民間人を救った。

それらの子孫が神戸にいる。

その代わりとして、殆どの自衛隊員が命を落とした。ただ、軍としての戦死率は、どこの国でも悲惨だった。特段自衛隊が多かったわけではない。

いずれにしても、自衛隊に救われた人はたくさんいたのだ。

だから大変だったんだろうなと思うのと同時に。

感謝しなければならないのだろう。

横になってニュースを見ていると、中央アジアでネメシスが出たらしいというのがあった。

観測の範囲ギリギリで、光が連続で点るのが確認されたようである。

更に大型の地震も起きたようだが。

中央アジアはシャドウによって人間があらかた駆逐され、巨大な無人地帯になっている。

大地震が起きても、そういう事で被害は皆無だ。

有り難い事なのかそうではないのかは、議論が分かれるだろうが。いずれにしても、ネメシスをシャドウの側で片付けてくれたのは有り難い。

おかしな話かも知れないが。

それがあたいの本音だ。

そもそもあれと戦って、自分でどうにかするべきだというのは精神論の一種だ。前回の戦闘でも、かなり危ない状態で、多くの人の命が晒された。

あたいは精神論を多数の人の命と天秤に乗せるつもりはない。

戦闘時には感情が昂ぶったりするが、それはそれ。

精神論で人の命を危険にさらすような輩は、死ねば良い。

また、他にもニュースがある。

アトミックピルバグが、日本に上陸。

ユーラシアから十数体が到来したそうである。

これも後にこれらと戦う可能性があることを思うとあまり感心は出来ないのかも知れないが。

今の時点で、ネメシスとやりあう事を考えると朗報になる筈だ。

シャドウとしても、ネメシス対策に本腰を入れてきた訳で。

逆に言うと。

更に今まで以上の頻度速度で、ネメシスが出現する事になると見て良いだろう。

それについては、ぞっとしなかった。

寝る事にするが。

寝付きは余り良くない。

昂奮してでの話ではない。

あたいだって死ぬのは怖い。

戦闘時はアドレナリンがドバドバ出ているから、そういうのはあまり気にしていない。痛みだって我慢できるレベルだ。

それでも、至近をネメシスの攻撃が掠めたり、攻撃の余波で超世王セイバージャッジメントが激しく揺らされれば肝だって冷える。

誰だったか。

昔の名将が、どうやったら貴方のように戦えるのか。戦闘が始まったら頭が真っ白になってしまって、何も分からなくなるといった武人に対し。貴方は正直者だ。私も同じだった。数度戦闘に出て、やっと周囲が見えるようになったとこたえたという話があるらしい。

あたいもそれと同じだろう。

そういう点では、畑中中将がどれだけ凄かったのかと言う事である。

ストレスをなんとかしながら無理に眠る。

ロボットが安眠用の音楽を流してくれて、それで随分助かった。それでも寝付きは良くなかったが。

おきだしてから、顔を洗う。

二回、溜息が出た。

手を洗っているうちに、朝食が出来たとロボットが告げてくる。円筒形の家事用ロボットだが、女子力皆無のあたいには、こいつが生命線だ。

黙々と料理を食べながら、重要なニュースを流す。

なる程ねと呟いた。

スコットランドでは、再建中の軍が警官隊と一緒に暴徒の鎮圧に出ているようである。

至近距離でネメシスが暴れているのに、臼砲を放り出せと言っているような阿呆ドモだ。実際には理屈なんてどうでもよくて、ただ暴れる事で鬱憤を晴らしたいだけなのだと見て良いだろう。

英国ではシャドウ戦役前、パーティー荒らしなんていうろくでもない集団が、人の家に押しかけて大暴れする事が社会問題になっていたらしいが。

そういう風に、理屈をつけて暴れるカスはたくさんいる。

それが今でもいる。

それだけの話だ。

催眠学習のシステムは、少しずつ導入が進んでいる。

だが、やはりこれに抵抗する国も多いようだ。

市川代表が催眠学習を用いれば、人間のスペックをフルに引き出せるという説明をしているが。

それが故にダメなのだろう。

あたいも聞いているが。

悪い連中にとっては、人間がバカのままである事が一番都合が良いのだとか。

一神教なんかはその見本で。

全肯定と全否定という、思考停止の見本みたいな理屈を掲げたことで、大量のバカを一部の極悪人が支配する構図を作りあげた。

だから、その手の輩には、人が知恵を付けるのは好ましくない。

知恵のない人なんて。

あらゆる動物にも劣る存在なのに。

うんざりして、ニュースを見るのを止める。

少なくともあたいは、そんな極悪人どものために戦っているんじゃない。

あたいは四半世紀前に生まれていたら、ほぼ間違いなくろくでもない人生を送って、悪い大人に骨までしゃぶりつくされるか。暴力の中で荒み切って、カスみたいな人生を送っただろう。

今の時代ではそうではない。

自分の意思で戦う事だって。

抗う事だってしている。

この年でそれが出来るのは、現在の催眠学習の普及と、ずっと進歩したAIもあるが。それを普及させた、四半世紀の間の血のにじむ苦労の果てだ。

あたいはその苦労を尊いと思うし。

それで出来た神戸を守りたいと思う。

スコットランドとか、他の場所でも暴れているような脳タリンを守るためではない。

守る価値があるものを守るために戦うんだ。

そう、自分に言い聞かせる。

どこかで分かっている。

神戸にだって、まだ活動家なんて連中の生き残りがいて、前のクーデター騒ぎでは暴れたようだし。

あたいのことを悪く言っている連中だって、兵士の中にすらいる。

それでも、守る価値があると、あたいは信じる。

それだけだ。

工場に出て、まずは体をほぐすところから開始する。

畑中博士が、また新しい兵器を作っているようだ。

液体窒素による誘導弾は、本当に有効だ。これは分かっているが、それにしてもネメシスが死ぬまでに現状では被害が大きすぎる。

ネメシスは防御よりの戦闘スタイルを基本的に取るのだが。

むしろそのせいで、斃すまでの被害が拡大している。

如何に迅速にネメシスを斃すかが問題だ。

そのための兵器を、実に嬉しそうに作っている。

まずは、受け身の練習を今日もやらなくては。

あたいは淡々と、体をほぐして、訓練の準備を進めるのだった。

 

2、拒絶をどうにかまとめて

 

会議が紛糾する。

三池はそれを見て、ため息をつきそうになった。

畑中博士は、余裕が出てきたからか、むしろ楽しそうに様子を見守っている。

まああの人はそうだ。

性格悪いし。

今がなり立てているのは、この間壊滅的なダメージを受けた街ラムセスの代表だ。最終的な死者は七万に迫った惨禍だったが。それもあってか、反ネメシスの感情が噴き上げると同時に。

原理主義的な信仰を掲げる連中が台頭。

其奴らは原始的な武器と信仰でシャドウを斃せると本気で考えているらしく、螺旋穿孔砲どころか臼砲まで放り出し。

更には領内にいる「不信心者」を皆殺しにすべきだとまで主張しているようだった。

幸い、ラムセスの代表はそこまでの阿呆ではない。

だが、かなり主戦派に傾いていて。

市川代表に、わめき散らしている。

「我がラムセスでは、被害からの復旧も上手く行っていない! シャドウを皆殺しにして、ネメシスとやらも皆殺しにして、全てを撃ち払うべきだ! 貴方にはそれをする義務があるはずだ!」

「具体的な方策は?」

「それを考えるのが貴方やミス広瀬の仕事だ!」

「何度も説明をしていますが、現時点でシャドウとの戦力差は一対一万……いやそれ以上でしょうね。 あらゆる兵器を使っても、シャドウの殲滅など不可能です。 超世王セイバージャッジメントですらね。 全街にあれを配備しても、同じ事でしょう」

市川代表が半笑いでいう。

相手を軽蔑しているのが見えきっている。

だが、それでも。

広瀬大将が咳払いをしていた。

「四半世紀、我々は中型種の一体も打倒することが出来ませんでした。 当時蓄えていた大量破壊兵器やあらゆる近代兵器、ABC兵器も全て活用した上での話です。 当時世界最強だった米軍が瞬く間に全滅した。 それが全てで、しかもシャドウはそれを片手間にやってのけた。 映画に出てくるエイリアンでも此処まで圧倒的ではないでしょう。 四半世紀を経て、やっとシャドウに対抗できる兵器が登場しましたが、相手との世代格差は十世代と考えてもまだ生ぬるいほど開いたままです。 その現実を元に、状況を改善するのが小官の仕事です」

「そのような敗北主義は知るか!」

「貴方の精神論は、無駄に人を死なせるだけです。 威勢が良いですが、そういう気勢を上げるのは結構。 だったら、自分でシャドウと戦って、現実を見てください。 毎度中型を斃したエキスパートである畑中中将ですら、毎度の戦闘で大きな手傷を受け続けた。 創意工夫をもって技術力差を埋めた超世王セイバージャッジメントですら、毎度大破ないし全損同然の損害を受けている。 そういう現実を見て、人々に状況を説明するのが貴方方政治家の仕事の筈ですが」

それに対して、興奮したラムセスの代表が何かわめき散らす。

神を称える言葉のようだが。

はっきりいって、そんな言葉を吐かれても神が迷惑なだけだろうなと、三池は思った。馬鹿馬鹿しい話だった。

それからもラムセスの代表が感情論でわめき散らすが、不意に冷静な言葉を吐いたものがいる。

ルルカイアの代表。

この間大きな被害を受けた場所の代表だ。ラムセスほどでは無いが。

「ラムセス代表。 そこまでになされよ。 うちでも大きな被害を出しているし、威勢ばかりいい輩が騒いでいるが、実際問題新しく導入された臼砲と誘導弾が存在しなければ、うちの都市はとっくに全滅していただろうね」

「臆したか!」

「ああ、そうだよ。 シャドウよりも、あんたみたいに冷静さを失って、自殺的な攻撃をしたがる輩に引きずられて、それで無謀な突撃をして大事な国民を死なせるのが怖いよ。 うちでもバカな連中が騒いでいるが、それはどうにかしなければならない。 実際問題として、私は見た。 丸焼きにされた密林が、見る間にシャドウの手で修復されていくのをね。 あれは人が本来勝てる相手じゃない。 今は、追いつくための努力をするべき時期であって、あれと戦う事を考える時じゃないんだよ」

驚いた。

そういえば、無理にでもルルカイアに催眠教育を導入する旨の話をしていた。

まさか代表にそれをやったのか。

可能性はありそうだが。

まあ、それは別に良いだろう。

三池としても、こう言う手段に関しては、ある程度強引にやるべきだと思っている。実際問題神戸でも、催眠教育の導入には抵抗もあったし。それを普及させる前後で、まるで犯罪発生率が変わったという現実もある。

後はAIによる裁判制度の導入だが。

まずは一つずつが大事だろう。

「現実的な提案をしますが、催眠教育のシステムは輸出が可能です。 中核システムを現在建設中の四国の地下都市で、いち早く出来た工場で生産中ですので。 この表を見れば分かりますが、現在の催眠教育システムは極めて優秀で、子供だけではなく大人にも有効で、更には子供の場合はスペックをフルに引き出すことが可能です。 そして何より、導入の前後を見比べれば分かりますが、犯罪発生率がこれほど下がります」

「……」

不愉快そうにする連中。

反対派には、神に対する冒涜だとか喚いている輩もいる。

だが、そういう連中は神なんて崇めていない。

暴れる口実に神を使っているだけだ。

聖戦の名の下に、思考停止して暴力を振るう。昔から人間がずっとやってきたことだが。この最果ての時代にも、それは続いている。

市川代表は間違いなく悪人だが。

それでももしもこのシステムを広めることが出来れば。

このシステムに投入されているAIについては、今の時点で問題も無いし、悪意をもって改悪することもできない。

これで人間を品種改良して。

ポストヒューマンを造り出せるかも知れない。

三池はそれに希望を見る。

だが、まだ感情的な反発は強いし。

感情的に反発することを偉いと考えている阿呆もまた多いのも事実だった。

会議が終わる。

テレビ会議のシステムを切ると、自分の肩を揉む。

北条さんが来てくれてから、随分と仕事は楽になった。

あの人が広瀬大将の肝いりで監視役なのは分かっている。だが、それでも極めて有能だ。

特に飛騨中尉の訓練をほぼ全面的に任せられるのは大きい。

一応スケジュールにも目を通しているが。

はっきりいって、三池にも文句のつけようがない程いつもしっかりやってくれている。とても助かる。

「はー。 頭の硬いアホ共だわ。 ああいうのをどうにか出来るから、催眠教育システムが意味があるのにねえ」

「それは分かりますが、あの手の輩はどうしても何もかも自分の私物にしたいし、周りをイエスマンで固める願望から離れられないのでしょう」

「そうねえ。 イエスマンなんか並べても、感情的な自己満足にしかならないのにねえ。 本当にバカな連中だわ」

「……」

畑中博士は人類でも超超上澄みの一人。

だからこう言う事をいう資格がある。

傲慢な発言では無い。

全部事実だから、どうしようもない。

それを言われてキレる輩もいるかも知れないが、残念ながらそれは正論で図星を指されているからだ。

そんな連中のお気持ちに配慮する必要などないだろう。

「さて、新しい兵器の開発を進めようかしら」

「一応身の回りを気をつけてください。 殆ど京都工場からでないとはいえ」

「訓練を受けた兵士に襲われたらどうにもならないし」

「まあ、それはそうなんですが……」

一応此処にも広瀬大将が選抜した護衛の部隊はいる。

だが、どんな天才だろうと、頭をライフルで撃ち抜かれたら死ぬ。

それは畑中博士だって同じ事だ。

ちょっと人間離れしているあの北条さんだって、それについては何ら変わるところがない。

人類史上最強だろうと。

その程度が人間の限界だと言う事である。

新兵器の図面を、凄まじい勢いで畑中博士が書き始める。それについて、邪魔しないように、三池は動く。

ナジャルータ博士が来る。

恐らくは畑中博士よりずっと恨まれている存在だ。

宗教の原理主義者からは、神の敵とか言われて賞金まで掛けられているらしい。シャドウとの宥和政策の急先鋒とみなされているようだ。

幸いというべきなのか。

そうとはいうべきではないのか。

中東は殆どがシャドウによって、四半世紀前に更地になった。

その時、猛威を振るっていたイスラム教原理主義者は一緒にこの世から姿を消した。

神は彼等を助けなどしなかった。

だから、今はその脅威は殆どなくなってはいるのだが。

さっきラムセスの代表がヒステリーを起こしていたように。

まだまだ一部には、残党が少数ながら潜伏している。

面倒な話である。

「畑中博士は忙しそうですね」

「はい、要件は伺います」

「ありがとうございます。 シャドウについてですが、講和の正式な時期について判断したくて」

「講和ですか。 ちょっとまだ厳しいでしょうね」

ナジャルータ博士も同感のようで頷く。

確かに、ネメシスという共通の敵が出現した今は、講和の好機である。

これに関しては、三池も全面的に同意だ。

だが、あの会議の有様では。

まだまだ難しいだろう。

「現在市川代表にも話はしていますが、畑中博士とも一度話しておきたいと考えています」

「そうですね。 ただ、現実問題として、ネメシスの出現が落ち着いたらでしょうね」

「分かっています」

ただ、その時はその時で。

シャドウに攻勢を仕掛けろと、喚く輩がまた出てくるだろう。

三池だって、シャドウに対しては本音では共存なんかしたくないし。

シャドウがナジャルータ博士の仮説がある程度正しいと分かった今では、むしろ人間の方に非があるのではないかと思ってはいる。

それでも講和すべきだと考えるが。

三池ですら、心にしこりがあるのだ。

ぶっちゃけ、感情で相手を批難することしか出来なかったり。

客観を有していない連中を説得するのは至難だろう。

催眠教育システムで、人間全部まとめて再教育すれば、多分一気に話は進むのだろうけれど。

それも難しいのが実情だ。

軽く話してから、仕事に戻る。

汗を流しながら訓練をしている飛騨中尉の様子を見た後、スケジュールを調整。スケジュールそのものを組むのはAIがやっている。それを微調整するのが三池の仕事になっている。

幾つものシンギュラリティを経て、やっと実用に耐えるようになったAIだが。それでも主導するのは人間だ。

それは使っていてよく分かる。

AIの得意分野と苦手分野は明確に存在し。

昔想像されていたのとは違うものではあるのだが。

それはそれとして、全てはAI任せに出来ない。

ちょっと疲れが溜まってきたか。

作り置きしておいたクッキーを摘む。我ながら良い出来だと三池は思う。こればっかりは、得意と人に断言できる。

ましてや誰も料理をしなくなった時代だ。

三池のこのスキルは絶滅危惧種ではあるが。

だからこそ、自慢も出来るのである。

飛騨中尉が訓練から休憩に入った。

あまり美味しくは無いが、紅茶を出す。四国の地下都市では、茶畑も作り始めているのだが。

これが実用化されるのはまだ先だと報告を受けている。

美味しいお茶が出来るのは、まだ先の話になる訳だが。

それはそれとして、今は技術と工夫で、まずさを緩和するしかない。

飛騨中尉はいざという時に、即座に実戦に出て貰わないといけないし。

かといって、手ぬるくしていたら訓練にならない。

だから北条さんには、その案配を見極めて欲しいと注文をつけていて。貼り付けたような笑みで北条さんは任せてくださいと言っていたが。

飛騨中尉の様子を見る限り、大丈夫か少し不安だ。

「飛騨中尉、少し仮眠を取ってください」

「え、いいんですか!? ゲフンゲフン、すみません。 お言葉に甘えさせて貰います」

「甘やかすと力が伸びませんよ」

「……」

貼り付いた笑顔のまま釘を刺してくる北条さんだが。

誰もが彼女のようなスーパーソルジャーではない。

だから、まあ仕方が無い事だと判断して割切る。

これも重要だ。

軽く飛騨中尉に仮眠を取って貰い。北条さんと話す。

北条さんはスケジュールの表を自分で作っていて、飛騨中尉の肉体について。どの部位をどう強化するか。

課題としている受け身をどう上達させるか。

恐ろしい程緻密に考えている。

ただ、こんなもんを手動で作っていたら日が暮れる。

昔の日本でサラリーマンが命を削りながらやっていたように。

これらはAIが作っていて。

それを北条さんが直すところだけ微調整している。それでいいのである。

「これを見る限り、飛騨中尉は左側からの受け身が苦手ですね。 ショックアブソーバーの強化をした方が、負傷の確率を減らせると思います」

「細かいところを有難うございます。 それで、受け身をもっと上達させるには」

「残念ながら飛騨中尉は肉体で戦う戦士としての才覚はそこまである訳ではないので、年単位をみていただく必要があるかと」

「了解しました」

まあ、現実的な数字か。

そもそも飛騨中尉がものになるまで一年かかっている。

訓練とはそれくらい時間を掛けてやるものだ。

ましてやこのレベルの人がものになるというのは、それこそ達人レベルの話だろう。年単位での修練がいるというのも納得である。

細かいところでの調整はそのままさせる。

飛騨中尉は寝ている所は他人に見せない。

仮眠室を使っているが、基本的にそういったパーソナルスペースに介入するつもりはない。

また、仮眠からはしっかり起きてくる。

だからいちいち声は掛けなくても大丈夫だろう。

整備のおじさん達が呼んでいる。

また意味不明の図面に関する話だろう。これは畑中博士と話し合っている自分にしか出来ないが。

いや。

麟博士も連れて行く。

そして、麟博士に、説明をさせる。

相変わらず口ではまったく違う事を言っているが。

AIが補正して、きちんと伝えてくれている。

整備のおじさん達も、それで納得していた。

「こればかりはどうにもならないので、この支援システムには助けられます」

「いえ、それよりも整備の人達と話すことは大丈夫ですか」

「はい。 怖くはなくなりました」

「それは良かった」

職人は、この国ではずっと地位が低かった。

それは歴史的な事実だ。

何故か金勘定だけしているサラリーマンがやたらと社会的地位が高いとされ。実際にものを産み出している第一次産業の人間は社会的地位が低いのが暗黙の了解だったし。職人もそれは同じだった。

シャドウ戦役後、色々あって一度職人は絶滅したが。

それから重要性を鑑みて、少しずつ職人は復活していった。

今いるのは、そういう復活した職人だ。

皆気むずかしいが、腕は確かである。

だから、最大限尊重しなければいけない。

怖がるのも、失礼に当たるだろう。

麟博士は見た目以上に恐がりなので、三池がサポートしなければならない。黙々と仕事をするぶんにはとても有能なのだが。

既に図面の細かい部分の何割かは、畑中博士の仕事を代行している。

今も、そうだ。

とりあえず問題は無しか。

自分の肩を何度か揉むと、仕事に戻る。

三十路が見えてきた今。

無理はどんどん出来なくなって来ている。

 

翌日、市川代表が京都工場に視察に来た。基本的に仕事を止めなくていいと言われているので、そのまま仕事を続けて貰う。

応対に出るのは三池だ。

幾つかの場所を視察するのを補佐する。

質問にも答える。

かなり鋭い質問が飛んでくるが、それでもこたえなければならない。それが三池の仕事である。

実は広瀬大将の部下だった時代に来たことがあるらしいのだが。

それから此処が変わっていないかの確認作業であるらしい。

「ふむ、問題は無さそうですね。 困っていることなどはありますか?」

「予算はあればあるほど助かります」

「それは当然でしょう。 ですが、超世王セイバージャッジメントの開発費用と補修費用は、基本的に出している筈ですが」

「ええ、それは感謝しています」

市川代表は有能だ。

性格は悪いかも知れないが、インフラの維持費をけちって全て破綻させるようなアホとは違っている。

此処が潰れたら全てが終わりだと分かっているから。

むしろ天津原代表の時代よりも、やりやすいくらいである。

人間的に好感を持てないことは別問題だ。

その程度の事が区別できないようでは、大人とは本来言えない。

「ふむ、良いでしょう。 今日は引き上げます。 このまま、超世王セイバージャッジメントに関して、最高のパフォーマンスを発揮できるよう、努力を続けてください」

「分かりました」

引き揚げて行く市川代表。

何人か連れているMPはいずれも表情が存在しておらず、市川の私兵だというのが一発で分かった。

第五師団にもああいう兵士が結構いるらしい。

ただ、クーデター騒ぎがまたあると困る。

暗部として、ああいう存在は必要なのが、また厳しい所だった。

連絡がくる。メールだ。

ナジャルータ博士からのメールを見ると、ヒマラヤ付近でネメシスが出たらしい。無人地帯だ。放って置いていいだろう。

だが。戦闘の余波で、大規模な山崩れが起きたようだった。

それで凄まじい土砂崩れが発生し、富士山と構成するのと同レベルの堆積が、麓を押し潰したらしい。

凄まじいネメシスの戦闘力だ。

ますます手がつけられなくなっている。

大量のシャドウが、復旧作業を始めているのも観測されている。ドローンやら偵察機やらはまだ許されていないので、それを観測するのも一苦労だが。

畑中博士にも展開する。

麟博士にも。

とりあえず、かなり厳しい状況だが。それでもどうにかしていくしかない。山のえぐれた様子は、とても斃せる相手がやったのだとは思えない。

軽く畑中博士と話をする。

「アトミックピルバグみたいな次世代型を、シャドウはもっと作らないんでしょうか」

「あれが本当に次世代型かは分からないわよ」

「ええと?」

「もしもシャドウが未来の平行世界かなにかから来た存在だというのが真だとして。 だとすると、存在は有限でしょうね。 補給元がないでしょうし」

それもそうか。

だとすると、ひょっとして。

中型種も大型種も。

此方の世界にて確保した何かしらのリソースを、それぞれ割り振って作りあげたものなのかもしれない。

いずれにしても、まだ分からない事が多い。

「新兵器は上手く行きそうですか?」

「今回のは新兵器と言って良いのか分からないわねえ。 ただ、多少は戦況を良く出来ると思う。 使えるようになるまで訓練が必須だけど」

「飛騨中尉はかなり参っています。 負担が大きくならないと良いんですが」

「ま、頑張って貰うしか無いわ」

そうだな。

最終的には、飛騨中尉のモチベがさがらないように、特に三池がケアをしなければならない。

麟博士は、既にシミュレーションマシンのプログラムを弄り始めている。

次にネメシスが出る前に、これを完成させて。

そして訓練を終わらせられるか。

いずれにしても時間勝負。

三池の双肩に乗るものは重いが。

それを落とすわけにはいかなかった。

 

3、斬魔剣は更に姿を変える

 

これは難しい。

あたいはシミュレーションマシンで使って見て、そういう感想を抱いていた。

提示された新兵器は、斬魔剣V。

現時点での最終改良型の斬魔剣になるらしい。

これはこれとして、投擲型の斬魔剣はまだまだ使うそうだ。斬魔クナイに至っては、微調整をしつつ、デチューンモデルへの配備を進めるという。

もっとも、それでも扱いが難しいらしく。

扱う兵士達からは、不評がまだ絶えないらしいのだが。

ともかく、灼熱サウナ状態からのシミュレーションマシンから出て、体をゆっくりと冷やす。

熱耐性はだいぶついてきたと思う。

面白い事に日焼けをしているわけではないので、別に肌は焼けていない。それでいながら体が南国対策仕様になっているのだから面白い。

ただ、シャドウ戦役前の日本では、あの灼熱サウナ状態の外気温が続く日が珍しくなかったらしく。

それを考えると、今はまだマシなのかも知れないとさえ思う。

休憩を入れた後、スポーツドリンクを口に含む。

トイレを済ませて、もう1丁訓練と行こうとしたとき。

アラームが鳴っていた。

来たか。

すぐに超世王セイバージャッジメントの方へ。あたいの方は、すぐにでも出られる。

「飛騨咲楽中尉、即座に出られます!」

「よし。 一応コンディションチェックを。 その間に敵についての情報を説明します」

「イエッサ!」

三池さんも、こう言うときには顔つきが変わる。

基本的に発明しかしない畑中博士とその助手である麟博士。シャドウの専門家であっても戦士では無いナジャルータ博士には任せられない。

だから出立前の指導は、この人がしてくれる。

ネメシス種が現れたのは、九州。

ちょっと遠いが、まだ本格的な交戦が始まっていない。

九州へは既に物理的な橋が作られており、そのまま超世王セイバージャッジメントで渡る事が出来る。

40式やアレキサンドロスVで渡る事を想定している橋だ。

ただ、超世王セイバージャッジメントも直線距離だと少し不安が残る。ただ、やる事はやっていると三池さんが補足してくれる。

「現時点で、九州への超世王セイバージャッジメントが直接使える直通路が整備されています。 これは表向き鹿児島への直通路として復旧したものですが、実際には戦車部隊を通すためのものです。 これであれば、ネメシスが暴れ出す前に現地にたどり着ける筈です」

「すごい。 ありがとうございます!」

「整備完了! オールグリーン!」

整備のおっちゃん達が声を張り上げる。

あたいはそのまま超世王セイバージャッジメントに乗り込む。

これから蒸し風呂で死ぬ思いをする事に対する恐怖はない。

ただ、やるべき事をやるだけだ。

機器類をチェックした後、誘導に従って京都工場を出立する。途中で呉美中佐達が合流してくる。

今回は試験的に、支援車両を三機でやるそうだ。

これについては理由があって、盾役であたいが敵の攻撃を引きつけられるというのが大きい。

呉美中佐はジャスティスビーム改を装備したデチューンモデル。

他の二機は斬魔クナイを装備している。

これらの機体は先に出立し、四国の途中くらいで合流する筈だ。舗装道路に乗って、速度が上がる。

これは、悪くない感じだ。

舗装道路を超世王セイバージャッジメントで行くのは殆ど経験がないのだが、土の上を走るのよりも明確に速度が出るし安定している。

ただ舗装道路は維持にコストが掛かるし。

何よりも、環境負荷も小さくないだろう。

シャドウとの火種にならないといいのだけれど。

そんな風に思いながら、神戸の街に入る。既に誘導がされていて、邪魔に入ってくる人はいない。

罵声を飛ばしている奴はいるかも知れないが。

それは少なくとも、あたいの目には入らなかった。

神戸も地上部分はあくまで僅か。

こういう地下都市でも高層ビルでもなんでもそうだが、高い所にいる奴が偉いみたいな風潮が昔はあったようだが。

今では、地上には住居の類はない。

シャドウの攻撃、ネメシスの攻撃で真っ先に敵の攻撃を受けるのが明らかすぎるというのも理由としてあるのだが。

まあ経済がAIの統制下におかれ。

人間の手を離れたのが大きいのだろう。

神戸を抜けて、淡路島への橋に入る。そのまま一気に進む。

海にイエローサーペントがいる。

昔はあれを必死に駆逐していたのだが、ホバーでの輸送船が主体になってから、戦う理由が無くなった。

昔ながらの大型タンカーに固執する人間はそれでもいたらしいが。

ホバーがイエローサーペントに本当に攻撃されない様子を見て、それで宗旨替えをせざるを得なかったらしい。

同じように、航空機も飛べるようになれば、もう少しはマシになるのだろうが。

それはもう、シャドウと相談しながらやっていくしかないのだろう。

淡路島を抜けて、四国への道路に入る。

先に出立していた呉美中佐から連絡が入る。四国の西端辺りで合流することになるそうだ。

昔はたくさん舗装道路を車が走っていたらしいが。今はそれもない。

だからあたいは、渋滞というのは見た事がない。

移動手段としての車がほぼ使われなくなり、乗るのもジープくらい。

そういう状況が続いたからなのだろう。

「ネメシスが南下を開始!」

「ネメシスのもとの小型種は!」

「現在情報を分析中! これは……元はブルーカイマンです! ただし、大きく元と形状が変わっています!」

「……了解。 想定の範囲内です」

呉美中佐がこたえている。

元々ネメシス種は原形を留めないくらい形が変わる事が多い。

それもあって、驚く事は無い。

問題はその先だ。

「敵の能力などは」

「現在中型種が攻撃を加えているようですが、まだ遠くて詳しくはわかりません」

「距離を取りつつ観察を。 とにかく無理をしないようにしてください」

「分かりました!」

見えてきた。

呉美中佐達の機体だ。

追いついて、編隊を組む。超世王セイバージャッジメントが最前衛で問題はない。そのまま進む。

その間も、戦況の報告が入る。

阿蘇山をブルーカイマン・ネメシスが通過。

こいつ、最初は佐賀辺りで出現したらしい。今は鹿児島を狙っているのだろうか。

いや、本当にそうか。

ネメシス種は人間の弱点を的確についてくる傾向がある。

シャドウ以上に、人間への「殺意」が高いのだ。

本当に、万以上の人がいるとはいえ、まだまだ中規模港湾都市の段階に過ぎない鹿児島を狙うだろうか。

嫌な予感がする。

「呉美中佐」

「どうしました、飛騨中尉」

「本当にネメシスは鹿児島狙いでしょうか」

「……続けてください」

ネメシス種は、人間への殺意が高い。実際に効果がある地点への攻撃を狙ってくる。前回は京都工場と神戸を直に狙って失敗した。

だとすると。

「海を経由して、神戸を狙ってくる可能性は」

「!」

呉美中佐が考え込む。

あたいは軍事の専門家じゃない。正確に言うと、超世王セイバージャッジメントの操作に特化している一パイロットである。催眠教育で軍事学については当然頭に叩き込んではあるが。

それが基本的に机上論であって。

最終的には現場での柔軟な運用がある程度ものをいう。

つまりは軍才が決め手になっている事は分かっている。

呉美中佐は現場指揮官である。

広瀬大将と連絡して、何か話しているようだ。あたいの話が、ノイズでは無くしっかりとした作戦遂行の助けになればいいのだけれど。

「結論が出ました。 予定進路を変更。 ブルーカイマン・ネメシスの現在の進行ルートを東側から回り込みます」

「それでは鹿児島が危険にさらされるのでは」

「相手に超世王セイバージャッジメントの存在をアピールします。 それである程度気を引きます」

元々のルートだと、鹿児島を守る形で相手の進路に立ちふさがり。熱線が鹿児島に直撃しないように盾役のあたいが誘導する形にするはずだった。

だがそれを東側から回り込むことで、海路を相手が使うことを封じる。

九州に入る。

戦闘は続いているようで、アトミックピルバグが参戦したようだ。

あの畑中中将でも大苦戦させられた相手だ。

ネメシスの出現時、殆どネメシスを完封する様子まで見られていたようだが。今は、厳しいか。

ともかく急ぐ。

舗装道路が終わり、山道を行く。

速度が落ちるが、ここからはいつ攻撃が飛んできてもおかしくないだろう。とにかく何があっても、即座に備えられるようにする。

見えてきた。

山を這いずってこっちに進んできているその姿は。

機敏に口と尾を用いて人間を殺傷するブルーカイマンと違い、なんというか。

「ミズオオトカゲ……?」

コモドオオトカゲを除くと、最大級の大きさのオオトカゲの一つ。かなり気性はあらく、生態系の最前線にいた種だ。

それが、這いずるようにして進んでくる。

中型種が併走して、火力掃射をしている。面白いのは、アトミックピルバグを背中に乗せて、グリーンモアが移動している事だ。

確かにアトミックピルバグは速度が弱点だったはず。

超火力の代わりに機動力を犠牲にしていた筈だが。それもこう言う形であれば補えると言う訳か。

ただアトミックピルバグは、恐らく器用にあたいの攻撃を見分けられるほど迎撃の精度が良くないはず。

そのまま、海に移動されると困る。立ちふさがるように移動を続ける。

熱線。

察知された。

山道で足を取られるが、それでも回避。凄まじい音を無限軌道が上げ、腐葉土をまき上げながら加速。

熱線が掠めて、中空を貫く。

瞬時にプラズマ化した空気が、連鎖爆発していた。

「やっぱりまずいです! 海路で神戸に向かうつもりですあいつ!」

「アトミックピルバグに飽和攻撃をされているのに、なんてタフな!」

「海に入れると大惨事になります! それまでに止めてください!」

広瀬大将の指示。

誘導弾が既に準備されている。

ブルーカイマン・ネメシスの動きは速く、どうみても時速300qは出ている。これは小型種の限界を軽く超えている。

巨大な体格だから高速を出しやすいというのは確かにあるのだろうが。

それにしても凄まじい速度だ。

また熱線。

奴は口からというよりも、鼻先から熱線を放ってきている。ミズオオトカゲの姿を模していても、あまりそれは性能と関係がないのだろう。

掠める。

だが、回避。

大丈夫、まだいける。

ただ、気になる事がある。追いすがっている中型種の猛攻を受けるばかり。抵抗している様子が無い。

それは、いきなりのことだった。

思わず後退。

反射的な行動だったが、それがなかったら多分助からなかったと思う。

炸裂した熱量が、辺りを一瞬で焼き尽くしていた。

水爆でも直撃したかのような有様だ。

純粋な熱量が、まとめてぶっ放されたのだと分かる。

一瞬の高熱では、中型種は殺せない。

だが、今のは。

モニタが回復する。機体は横転を免れた。だが、三機ついてきていたデチューンモデルは。

一機が斜面を滑落し、下で横転していた。

「三原機、擱座!」

「脱出は可能ですか?」

「問題ありません! 付属のバイクを用います!」

「了解! 安全圏まで離れてください!」

呉美中佐の指示で、即座に脱出を開始する。ダメージを確認。山を壁にしていたのに、なんという凄まじい衝撃か。

一瞬、世界から光が消え。

音を自動的に遮断してくれる機能がなかったら、鼓膜が消し飛んで、気絶ではすまなかっただろう。

爆心地に、二回り小さくなったブルーカイマン・ネメシスが見える。

広瀬大将から通信が入った。

「映像を解析しました。 ブルーカイマン・ネメシスは恐らく体の一部を熱量ごと吹き飛ばしたようです」

「む、無茶苦茶な……」

「いえ、内部のダメージは極めて軽微なようです。 これは最初から、熱量を蓄積して周囲をまとめて追い払うためのデコイを纏っていたと見て良いでしょう」

冷静に状況を説明する広瀬大将。

それは、まずい。

奴の本体にまるでダメージが入っていないと言う事だ。

しかも、今ので周囲にいる中型種は吹っ飛んだ。特にアトミックピルバグは、形状もあって遠くに飛ばされたようである。

中型種はこの程度で死ぬような存在ではないが。

戻ってくるまで、まともな攻撃は通らないと見て良い。

だが、相手の大きさ。

今まで見たネメシス種よりずっと小さい。ひょっとしたら、超世王セイバージャッジメントとデチューンモデルだけで、やれるかも知れない。

ぐっとアクセル踏んで前進。

そのまま、一気に距離を詰める。

それにしてもトカゲっぽい姿になったのは何故だ。尻尾を自切するトカゲは多いが、確かミズオオトカゲはそういう事はしないはずだが。

此方を視認したブルーカイマン・ネメシス。

腕を振り下ろしてくる。

回避。

斜面直撃。反撃はまだだ。機体が揺れるが、奴の気を引きながら、斜面を降る。また一撃。顎で食いついてくる。回避。また回避。凄まじい連撃だが、どうにか対応できる。走る速度は凄まじいが。

今までこの超世王セイバージャッジメントには、様々な中型種シャドウとの戦闘経験が蓄積されている。

その中にはあのストライプタイガーやグリーンモアのものもある。

超音速の相手ともやりあっているのだ。

このくらいの速度だったら。

使いこなせている今は、どうにかできる。

それでも何度かかする。

かするたびに、吹っ飛ばされそうになる。

其処で、ジャスティスビーム改が奴に巻き付く。斬魔クナイでの射撃も開始される。鬱陶しそうに振り払おうとするブルーカイマン・ネメシスの横っ腹に、立て続けにプラズマ球が炸裂した。

いち早く戻って来たキャノンレオンが砲列を組んだのだ。

ただ、海がもう近い。

海に入られた場合何がまずいのか。

それは高温によるダメージを与えにくくなる。

それに、シャドウとしても、イエローサーペントは衝撃波を操作する事ができても、熱操作はたしかできないはず。

ブルーカイマン・ネメシスを止める手段が無いのだ。

とにかく回避。

ブルーカイマン・ネメシスが、プラズマ球を連射するキャノンレオンに対して、尻尾を振るう。

尻尾が千切れて、それがキャノンレオン達の至近で炸裂。また凄まじい爆発を引き起こしていた。

本当に環境を滅茶苦茶にして、それをまるで顧みない。

シャドウの戦闘とは全く違う。

人間を殺すため。

そしてそれを邪魔する中型種を排除するため。

そのためには何もかも手段を選ばない。

そもそも「死んでいる」からかどうかは分からないが、体を斬り捨てるような真似までしている。

だが、これ以上の構造弱体化は不可能の筈だ。

いきなり、ブルーカイマン・ネメシスが跳ぶ。

巨体が凄まじい勢いで跳んで、必死に全機で回避。あたいを狙って来たんじゃない。というか、デチューンモデルさえ狙っていない。

海へ向かって移動しただけだ。

そのまま着地と同時に、辺りの大地が揺れる。

尻尾を失って現在六十mほどまでサイズは縮んでいるが。

それでもその巨体だ。

だが、山崩れさえ利用して、あたいは逆落としを掛ける。

そして、今こそ。

使う時だ。

接近してきたあたいを無視して、ブルーカイマン・ネメシスが行こうとする。だが、行かせない。

投擲型斬魔剣を叩き込む。そして、そのまま加速。

追いついてきた別のキャノンレオンも攻撃を開始。

恐らく、体の切り取りはもう出来なくなったのだ。

放熱を開始するブルーカイマン・ネメシス。

ここで、誘導弾が着弾するが。

見向きもしない。

恐らく理由は、近くに海があるからだ。這って、それに進もうとするブルーカイマン・ネメシス。

いや、海だけが理由か。

これは恐らくだが、誘導弾に対して学習している。いや、それだけじゃない。そもそも熱量が足りていないんだ。

「誘導弾、効果無し!」

「攻撃続行! 中型種と連携して、更に攻撃を叩き込んでください!」

「イエッサ!」

「くそ、化け物と連携なんて……!」

斬魔クナイを搭載しているデチューンモデルに乗っている兵士が悪態をつく。気持ちはわかるが、あいつを海に逃がしたら終わりだ。神戸を直に狙われて、そのまま破壊しつくされる。

そうなったら、再建どころじゃない。

人類は終わりだ。

多数のキャノンレオンからの直撃弾を受けて、圧搾プラズマで迎撃しようとするブルーカイマン・ネメシス。

だが。

その時、ついに懐に飛び込んだあたいは、それを振るう。

斬魔剣V。

斬魔剣Uと、シャイニングパイルバンカーを組み合わせ。

更にはブレードの部分を回転式にした事により、チェーンソーのように更に効率的に超高熱をたたき込めるようにしたものだ。

凄まじい勢いで、刃がブルーカイマン・ネメシスの足に食い込む。火花が散り、見る間に奴の体が赤熱していく。

悲鳴が聞こえる。

やっぱり体を小さくしたのが致命的だったのだ。それに此奴の体、細くてはっきりいって重厚さが足りない。

踏みつぶそうとしてくるが、そこで呉美中佐がファインプレイ。横切るようにしながら、ジャスティスビーム改のワイヤーを切りつつ、奴の正面に陰陽バリアを叩き込む。視界を一瞬でも防げばいい。

視界なんか普通シャドウにはないが。

ネメシス種はどうもその辺りがある節がある。

戦闘では、そういった様子が今まで見えていた。

鬱陶しそうに陰陽バリアをはがしつつ、あたいを探すブルーカイマン・ネメシスだが。あたいはその時、逆側の足に貼り付いて。更に斬魔剣Vを叩き込む。超高熱のチェーンソーが、奴を一気に切る。

熱量が上がっていく。

ブルーカイマン・ネメシスが、不意に全ての足を地面から離した。胴体で、ボディプレスに来る。

回避。

だが、機体が激しく揺れる。

斬魔クナイを打ち込んでいたデチューンモデルが、今の余波をもろに喰らって、斬魔クナイを外した。流れ弾が跳んでいったので、ひやりとしたが。中型にはあたらなかったようだ。

やはりダメージの蓄積が速い。

ただ海もすぐ其処だ。

やはりルートを変えて良かった。ともかく奴にとどめを刺さないと。逃がしたら、とんでもないことになる。

立ち上がるブルーカイマン・ネメシス。

動きは鈍くなってきているが、それでもかなりまずい。

更に斬り付けにいく。

その瞬間、首を不自然な形にねじ曲げて、熱線を放ってくる。それも地面に向けて。回避して直撃は避けるが、凄まじい衝撃波に機体が浮きかける。

まずい。下手をすると擱座する。

着地。

同時に受け身を取って、ダメージを最大限減らす。

本能的にバックを入れたが、そうしなければ続いての追撃で踏みつぶされるところだった。

凄まじい熱。一気にコックピットが暑くなる。

冷房が効いてくれているが、さっきの自爆の装甲ダメージもあるのだろう。やっぱり耐えられないレベルまで温度が上昇してきている。

斬魔剣Vを使って、更に一撃を入れに行く。

相手も動きが鈍っている。

汗が跳ぶ。

あたいは叫びながら、突貫。

其処で、さっきの熱線で、地面がえぐれていることに気づき。あわててカーブを切る。だが、それでも。

機体が、横転しかける。

ぐっと歯を噛む。

更にとどめとばかりに、ブルーカイマン・ネメシスが足を振るって来る。

だが、その瞬間。

呉美中佐機が、超世王セイバージャッジメントの横に滑り込み、横転を無理矢理機体で防ぐ。

更には、ブルーカイマン・ネメシスに体当たりしたのはウォールボアだ。

がっと、激しいぶつかり合いの瞬間。

機体が立て直し、地面に叩き付けられ。それでも、あたいは受け身を取って、一気に前進させる。

礼を言うのは後だ。

後一撃ぶち込んで、とどめを刺す。

ブルーカイマン・ネメシスが、口をかっと開く。

既に体が溶けかかり。

あの不愉快な輩のがなり声みたいな悲鳴が響きはじめている。断末魔だ。だから、最後の抵抗に出て来ている。

ブルーカイマン・ネメシスはもう神戸を狙うのをやめた。

代わりに超世王セイバージャッジメントを潰しに来ている。

だけれども。

この斬魔剣Vは、普通に使うだけじゃない。

そのまま、相手に向けて最高速で進みながら、射出。

斬魔剣Vは投擲と同時に。

その熱量を相手の口の中で炸裂させ、圧縮プラズマを全部叩き込んでいた。

だが、同時にブルーカイマン・ネメシスも爆発する。

凄まじい衝撃と音に翻弄され、更に放出された熱は耐えられる限度を超えた。

意識が飛ぶ。

そのまま闇の中で、これは死んだかも知れないとあたいは思った。

 

戦闘終了。

超世王セイバージャッジメントのデチューンモデルのコックピットから這いだした呉美中佐は、外の空気を吸って安堵。

どうにか死なないで済む範囲。それどころか、急激に涼しくなっている。

既にレッカーは呼んである。

超世王セイバージャッジメントは今回も酷い有様だ。そして今回は、参戦した四機がいずれも酷い被害を受けている。

それでも勝てた。

飛騨中尉のファインプレイだ。良く気付いた。広瀬大将の判断も速かった。もしもあのブルーカイマン・ネメシスを海に逃がしていたら。

それこそ取り返しがつかない結果を生んでいただろう。

何度か深呼吸して、冷静に周囲を見る。

此処はシャドウの領域のかなり奥深くで、本来だったら八つ裂きにされる。だけれども、戦闘後撤退するまでシャドウは待ってくれる。

それでも中型種がじっと撤退を見ている。

連中が意識を共有しているのであれば。

時々連絡してくるノワールというのも、今丁度見ているのかも知れない。

レッカー用の牽引車両が来た。

既に超世王セイバージャッジメントのコックピットを開けて、飛騨中尉の無事は確認している。

いや、意識を失っているし、致命傷は無いだけ。

今回も凄まじい猛攻をいなして、必死に盾役をしてくれた。特に今回は、今までのネメシス種が全くやってこなかったトカゲの尻尾切りなんて事をしてきたのに。それでも対応できた。

畑中中将は総合力が優れていたが。

この子は勘が働くタイプだ。

そして戦争は才能に依存する。

恐らく、天性の戦争に関する才能持ち。だからこそ、強いのだろう。それでも時々助けないと危ない。

それが、畑中中将との違いではあった。

救急車も怖れずにつけて、負傷者を回収していく。大丈夫。命に別状がない事は、バイタルをチェックして調べてある。

呉美中佐が乗っていたデチューンモデルは、どうにか自走できる。逆に言うと、どうにかのレベルまでダメージを受けていた。

安全圏まで抜けるが、その間じっと中型種が此方を見ていた。

装備を使い切った状態だ。

襲われたら確定で死ぬ。

そう思うとぞっとしないが。

それでも今回も連携出来た。

そもそも中型種には、畑中中将でもない限り、余程相性が良い専用の装備でもつけていないと勝てない。

これは実際に中型種を斃した経験がある呉美中佐だから言える事で。

今でも、畑中中将のように立ち回るのは無理だ。

帰路、舗装道路に乗った頃、広瀬大将から連絡が入る。

どうにか動いている自動走行システムを起動して、軽く話をする。

「現場での飛騨中尉の判断はとても見事ですね。 ただどうしても畑中中将よりも危なっかしく感じます」

「それもあるので、小官が基本的に支援をしています。 今回も数度、危ない場面がありました」

「苦労を掛けます」

「いえ、これで勝てるのなら安いです」

一応戻った後、呉美中佐も病院で診察を受けるように言われている。

受け身は大丈夫だが、酷い高熱の中で戦ったのだ。一緒にいたもう二人は、熱にやられて完全に伸びている。

自身が兵士として高い評価を受けていることを呉美中佐は知っている。

この特別に頑丈な体。

噂に聞く強化人間計画の被害者を除くと、恐らく兵士としては最高の素材。

だからこそ。

呉美中佐は自身を大事にしなければならない。

こんな時代なのだから、それは余計にだ。

「それで、今回のネメシスはどうでした」

「もはや手に負えない段階まで強くなっています。 畑中中将であっても苦戦は免れなかったと思います」

「明確な弱点まで補ってきていることを考えると、その意見は妥当ですね」

「はい。 創意工夫がアトミックピルバグ戦で限界を迎えてしまったように、このままでは……」

幸いネメシスはいずれ数が尽きるという話だが。

それは一体いつになるのか。

百年後とか言われたら、もはや人間は対応できないだろう。それが出来るような体力が、人間の文明に残されていないからだ。

四国を抜けながら、他にも幾つか打ち合わせをする。

冷房の強化については、幾つか案が出ていて。それを導入するらしい。今の段階だと、どうしてもダメージを受けることが前提になる。

冷房を高性能にすると、それだけデリケートにもなる。

機械というのは性能が上がるほどデリケートになる傾向があって、冷房でもあのネメシス種の熱を中和できる程のものとなると、どうしても戦闘での激しい衝撃には耐えられないだろう。

畑中博士が毎回苦労しながら調整してくれている。

それでどうにか生き残れているが。

このまま負担が続くと、飛騨中尉は畑中中将の二の舞になる。

それは避けなければいけなかった。

あれほど出来る後継者なんて、そうそう見つからないし。

そもそも遺伝子に起因するわけでもないようなので、クローンを作った所で同じように乗れるとは限らないだろう。

本当に超世王セイバージャッジメントはどうすれば誰でも乗れるようになるのか。

呉美中佐が出来るのなら、代わりに乗りたい。

飛騨中尉みたいなまだ子供を乗せて、あんな過酷な戦いをさせては絶対にいけないのだ。本来は。

神戸に到着。

不愉快なプラカードをぶら下げている活動家が少数いるが、警備ロボットに抑え込まれている。

意味を為さないわめき声を上げているが。あれがインテリの慣れの果てだと誰が信じられるだろう。

無視して京都工場へ向かう。

今日は、勝ちだ。

後はネメシス種がいなくなるまで勝ち続ければ。

とにかく、今は。本当にノワールが言う通り、ネメシス種がいずれ尽きることを、信じるしか手が無かった。

 

4、見えない終わり

 

市川は会議に出てうんざりした。

日本で斃されたブルーカイマン・ネメシスの報告を終えた後だ。どこだかの都市の代表(今回から参加)がいきなり喚きだしたのである。

言葉は翻訳されていたが、非常に汚い口調の現地の言葉で、その都市の公用語ですらなかった。

内容的には、不信心だからそんな化け物が暴れる。

超世王セイバージャッジメントを悪魔の道具と罵る。

我々は神の加護を受けているから被害は出ない。

我々の信仰を世界が受け入れれば、あのような化け物は神が退治してくださる。

そういう内容だった。

とうとうこういうのが代表として出てくるか。

市川は呆れつつも、丁寧に反論した。

この代表の信仰は知っている。

比較的マイナーだが、シャドウ戦役前は、それなりの数がいたものだ。

特にこの代表のものは先鋭的なようだが。

それはそれとして。

分かっている事がある。

貴様の神は、シャドウが暴れている時誰も救わなかった。シャドウ戦役で生き残った僅かな人間が、貴様の都市にいるが、それらは別に信仰が一致していたわけでもなんでもない。

そもそも殺されたものは全員信心が足りなかったとでも思っているのか。

信仰が足りていれば救われているのなら。

神戸にもっとも多くの人間が逃げ込んだのは、それは要するに信仰が足りているからではないのか。

そう相手の土俵で反論。

そうすると、ぷっと何人かが噴き出す。

全員が翻訳で話の内容は理解出来ているからである。

此奴のような馬鹿者はいる。

こんな情勢だ。

淫祠邪教の徒になる者はどうしても出てくるのだ。

そして、それがついに代表になってしまった。それだけの話である。

完全に激高したそいつはわめき散らし始めたが、代表としての地位剥奪をGDF代表として宣言。

以降は通信を切った。

その後は失笑も湧いたが。

それはそれとして、重い空気もあった。

いつかはああいうのが出てくる。

それも分かりきっていた。

実際にクーデター祭の時は、あの手の輩にGDFが乗っ取られ掛けたのである。それを考えると、人間はシャドウ戦役からまったく進歩などしていないのである。

神戸では催眠教育の動員によって、子供のポテンシャルをあまねく引き出せるようになった。

だがそれでも活動家の類はまだまだいるし。

全ての世代が催眠教育によってポテンシャルを全て引き出せるようになるには、まだ数世代はかかるだろう。

それにだ。

やはり、世界的に見て人口は増加に向かう気配がない。

それも当然で、クーデター祭の際に多くが死んだし。

ネメシス種の到来によって、都市に大規模な被害が出るようにもなった。

元々人間が増えなくなってきているのだ。

それも当然かも知れなかった。

幾つかの事を決めて、会議を終える。

表情を読ませないようにしている市川だが、それでも疲れた。補助をしてくれた嵐山に礼を言うが。

嵐山も呆れ果てているのが分かった。

互いに嫌いあっていても。

こういうところでは気があうものだ。

「議事録をAIにまとめさせてくれ。 それとあの都市には鎮圧部隊を」

「分かりました」

海兵隊の仕事だ。

ホバーによって安全に移動出来るようになった。

対人戦の専門家である海兵隊は、ああいう淫祠邪教の徒を制圧するために今は活動している有様で。

昔の麻薬戦争やらの頃に比べると規模はぐっと小さいとは言え。

こういう仕事しかないと嘆くしかないようだった。

それよりも問題なのはGDFの第一軍団で。

現状では各師団に弾薬がようやく行き渡り始めている状況だが、使う場面がない。

対シャドウの戦闘は、ネメシス戦以外はぱたりと耐えた。

広瀬大将は適切な指揮をしてくれていて。不愉快な話だが、絶対に必要な存在ではあるのだが。

それはそれとして、他の師団が必要かというと。

必要は必要だ。

だが現状は、避難訓練やら孤立集落の救援やらが主任務になっている。

日本周囲にある各地の孤島を回って、生き残りを探す任務をしている状態で。

それで数千人が合計して救われはしたものの。

孤島での生活を続けたいと願うものも多く。

折衝が大変だ。

「予想はしていると思いますが、既に第一軍団の規模縮小について意見書が出始めています」

「馬鹿馬鹿しい。 シャドウがネメシスに手を焼いているのは事実だが、ネメシスが仮にでなくなったとしても、今度はシャドウが仮想敵になる。 部隊の縮小など考えられない事だ」

「そうですね。 それではそう返答しておきます」

「そうしてくれ」

溜息が出る。

どいつもこいつもバカばかりだ。

市川は別に自分が頭が良いとは思っていないが。

それにしてもちょっとこれは頭が悪すぎる。

シャドウ戦役前にも、愚劣な頭脳の持ち主が社会の上層に多数いて、それらが社会を混乱させていた。

それは分かっているが。

まさかこれほど短期間で、同じ状況が来ようとしているとは。

淫祠邪教に染まって滅ぶなら勝手にしろとも言いたいのだが。

そうも言っていられない。

滅ばれると人間がそれだけ減る。

それは、困るのだ。

数日後。

例の代表が拘束された。

調査の結果、暗殺等の方法まで駆使して、強引に都市の支配圏を奪取したことも判明。しかも背後にいた軍事力は犯罪組織だった。

それらを一斉に叩き潰して、それで海兵隊は帰還。

代表はそのまま連れ帰って、神戸で裁判に掛ける。

恐らく死刑だろう。

新しい代表は現地で選んで貰うしかないが。それがまともな人間になるとは到底思えない。

気が重い。

市川は野望を満たした。

世界の権力の頂点に立ったのだ。

だが、野望を満たした先にあったのは。

ただの空虚に過ぎなかった。

 

(続)