更なる変異

 

序、ついに来る終焉

 

あたいがやっと京都工場に復帰して、訓練をしていて。それで険しい顔で、小走りでナジャルータ博士が行くのが見えた。

男性でも女性でもない半陰陽の、シャドウに関する権威。

シャドウに効く兵器を作るスペシャリストであるのが畑中博士だとすれば。シャドウを分析する第一人者。

だからなのか。

シャドウに目をつけられ、連絡が時々来ると言っていた。

あたいはシャドウにはまだ相手にもされていないと言う事だし。何よりも話を聞く立場でもない。

三池さんがせわしなくキーボードを叩き始めたのを見て、ああそういう事なんだなと判断。

とりあえずあたいには関係がない。

訓練に戻る。

今の時点で、シャドウが出た報告もない。

京都工場に住み込みにしないかと言われて。今検討しているところだ。

敷地内は余裕がある。

実際麟さんは此方に住んでいるそうだ。

連携戦とはいえ、ネメシス種を三体斃したあたいは、既に軍の方でも手放さない人材になっている。

あたいもそれが嬉しいし。

どうせ今は誰の家も部屋も同じだ。

だから引っ越しさえそっちでやってくれるなら、あたいはそれで良かったし。別に今の軍の宿舎にも興味は無い。

というか、こっちの方が暮らしている人間が少ないので、トラブルも起きないだろう。

人間同士の関係が極めて希薄な現在だけれども。

それでも隣人トラブルはある。

たまに軍人同士で喧嘩している場合があって、即座に警備ロボットに取り押さえられている。

あれが恐らく、営倉行きって処分をされるのだろうなと。

あたいは興味も無いのでみているが。

たまにあたいの悪口を言っている連中もいて。

そういう奴はあたいを明らかに良くない目で見ていたりもする。

勿論監視はされているが。

人間は悪知恵だけは働く生物で、しかも悪知恵を神格化して褒め称える傾向まであるろくでもない存在だ。

それは分かっているから。

あたいはこっちに移ることは嫌ではない。

まあ、正直な話。

監視ロボットがしっかり見張っている上に。軍上層部がこっそり護衛までつけているらしい状態で。

あたいに馬鹿な事を出来る兵士がいるとも思わないが。

シミュレーションマシンに入って、また暑い中戦う。出ると、とにかく体をゆっくり冷やしていく。

ネメシスを斃すと、辺りが一気に涼しくなる。熱量は何処へ行ってしまったのか。それは分かっていないらしい。

そもそもとしてシャドウは物理法則なんてガン無視で動き回る存在だ。

斃したらため込んでいた熱量が消えるくらいは、不思議ではないのかも知れないのだけれど。

あたいにはよく分からないので、ただ戦う事だけを考える。

休んでから、受け身の練習。

出来れば暑いコックピット内で受け身をする練習をしたいが。それはそれで切り離して考える。

まだまだ技量が足りないので、教官役の兵士にぶん投げて貰ったり、コツを教えて貰って体に叩き込む。

前の戦いでは、それで随分打撲を減らせた。

今後は更に凄まじい衝撃を喰らう可能性もあるし、とにかく必死に練習を重ねていくしかない。

あたいは間違っても天才なんかじゃない。

だから、訓練を重ねて出来るようにするしかない。

そして根性論と精神論関係無しに、今は色々と最高効率で学習もできる。

理論は頭に叩き込んである。

後は体をそれにそって動かすだけなのだ。

黙々とやる。

淡々と訓練をしていく。

ナジャルータ博士と畑中博士が、外に出ていった。

あれは前にあった、監視カメラなどがない場所での密談と見て良いだろう。

受け身の訓練を終えてから、またシミュレーションマシンに入る。

今までに交戦したネメシス種の行動パターンを学習したものだが。ネメシス種は中型以上にまったく何をやってくるか分からない。

このため、過去の行動パターンを学んだシミュレーションマシンは、基本的に復習に使う。

あたいは黙々と、回避の技術を磨く。

ネメシス戦をやるときは、中型種シャドウが支援で攻撃をしてくれる。あたいは盾役。隙を見て攻撃も入れる。それくらいでいい。

奴らが耐えきれなくなったら、自壊する。

それまで耐えれば良いのだ。

だが、あの凄まじい熱量。

毎回超世王セイバージャッジメントは、ネメシスを倒した後、ほとんど総取っ替えまでしているらしい。

あたいが不甲斐ないのもある。

ただ、畑中中将の頃からそれくらいはしていたそうなので。

あたいがそれで責められることは無かった。

シミュレーションを終えて、外に。

温度差で風邪を引きそうだが、それでもどうにか体を慣らす。慣らさないと死ぬ。それが分かっているから、どうにかするのだ。

訓練を重ねて、体を温度差に強いようにしていく。

それでも体力の消耗が激しい。

呉美中佐はオリンピック級の身体能力と言っていたっけ。どんだけ訓練をしても平然としているが。

確かに目指してはいけない相手かも知れないが。それでも少しでも追いつこうと努力はしなければならない。

少し休んでから、また訓練。この反復だ。

ひたすら体をいじめ抜く。

たまに機嫌も取る。

そうして、次の戦いで、少しでも勝率を上げるのだ。

それでも流石に疲れたので、少し休憩を入れる。

ナジャルータ博士と畑中博士が戻ってきて、会議に出るようだ。あたいは会議は関係無いので、休憩に専念。

最近雇われたらしい家政婦さんだろうか。

お茶を出してくれる。

ありがたくいただく。

なんというか、つかみ所がない雰囲気の女性だ。年齢的には多分あたいと大して変わらなそうなのだが。

とにかく得体が知れないので、ちょっと怖い。

背丈はあたいと同じ程度で顔立ちからも日本人ではあると思うのだが。

立ち振る舞いは明らかに戦闘訓練を受けた状態だし。

いつも笑顔を浮かべているが、それが貼り付いたような笑顔なので、はっきりいって色々怖い。

北条日蔭さんというらしいが。

あたいとしては、どうしても身構えてしまう。

ただ、お茶は美味しい。まずいお茶を、良く此処まで美味しく出来るものだと感心してしまう。

「三池助手は現在会議中ですので、私北条めがお世話を担当させていただきます」

「は、はあ。 よろしくお願いいたします」

「甘いものは不足していますか? 幾らか保存食がありますので、必要であれば持って来ますが」

「いえ、今は大丈夫です」

こう言うやりとりも機械的だ。

とにかく色々不気味なので、整備のおっちゃんたちもびびっているのを見る。

ただ誤解され易いだけの人の可能性もある。

見かけで怖がるのも失礼だと考える理性はあたいにはちゃんとある。

「訓練に戻るのは三十分後にしてください」

「え? は、はい」

「昔は筋肉に乳酸が溜まって……といった説明をしたそうですが、これは現在ではほぼ否定されているそうです。 いずれにしても過剰な訓練は体を痛めつけるだけですので、今は控えた方がよろしいでしょう」

そう淡々と言われて、こっちとしては恐縮するしかない。

ともかく、色々と困惑しながら、言われた通りの時間を休む。見ていると動きまできびきびしすぎていて、ちょっとロボットっぽい。

この辺りが怖がられる理由の一つだろうと思うのだが。

あの動きからして、色々と訳ありなのかも知れない。

あたいだってどうも出自が訳ありらしいというのを、最近知った。親……ただ遺伝子データ上の存在だが。

どっちも相当なろくでなしだった可能性があるらしいのだ。

これについては、あくまで噂でちょっと小耳に挟んだだけなのだが。

それでも、今の時代は遺伝子データを保存して無作為に子供を作る方法が開始されている。そうしないと誰も子供なんて作らないからだ。

それだと、とんでもない親がいても不思議ではない。

だからあたいも、そういうものだろうなと思ってある程度諦めている。

「三十分丁度です。 三池助手はまだ会議をしておられますので、私北条が面倒を見させていただきます」

「は、はい。 どうもありがとうございます」

それで連れてこられたのは。あからさまに人間止めてそうなガタイの大男だった。

身長差は頭二つ分は違う。

昔米国でバスケットボールが大全盛期だった時代は、こういう大巨人がコートで走り回っていたらしいが。

でか、と思わず声が出てしまった。

ちなみに日本人のようである。

ひょいと持ち上げられて。それからマットに色々に叩き付けられる。そういう受け身の訓練だ。

今日はシミュレーションでの戦闘は此処まで。

温度差が体にダメージを与えるので、以降は受け身の訓練だそうである。

手加減して叩き付けているのはわかるのだが。

それでももう、人間に対する扱いで無いし。

体格差がやばすぎて、相手が人間ともとても思えなかった。

とにかく色々な状況を想定して放り投げているのは分かる。

頭から落ちそうになった時を想定して、側に北条という人もついているが。

ひょっとしてこの大男より動きが良くないか。

「うげふ!」

「理論的には分かっている筈です。 受け身を丁寧にとっていきましょう」

「は、はい……」

貼り付いた笑顔のまま北条という人がいうので、ちょっと怖い。大男が、明らかに目上の存在を見る目で北条という人に指示を伺っているのも怖い。

というかこの大男。

北条という人の部下なのではあるまいか。

しかもそれを呼んだように、先に言われる。

「岸和田曹長は、私北条の元部下です。 いわゆる巨人症持ちなのですが、色々遺伝子的に治療して、今では普通と同じように活動できます。 昔だったら戦場で鬼神のように暴れられたでしょうが、今の時代はそうもいきません。 軍隊式格闘術に関しても、パワーだけでは今の時代どうにもならない部分も多いのです。 人類史上最強の戦士でも、シャドウ相手にはミジンコ同然ですからね」

「そ、そうなんですね」

「岸和田曹長。 もう一セット」

やっぱりこの人、元軍人か。

とにかくぶん投げられては、受け身を取る。何度か失敗しかけたときは、北条という人が残像を作る勢いで動いて、あたいが怪我しないように補助してくれた。その後、貼り付いた笑顔で淡々とどうすればいいかコツを言い聞かせてくれる。そして出来るまで徹底的にやる。

確かに正しいやり方だ。

精神論では何も解決しないので、とにかく反復。一度やったことは、出来るようになるまで徹底的にやり直す。

それは正しい訓練だ。

とにかく時間までめいいっぱいしごかれて。

それで疲れ果てた。

同情する目で周囲が見ているが。正直、これはてきぱきやって上達できないあたいが悪い。

だから、同情はいらない。

それはそれとして、北条という人は怖いが。

それにしてもこの人、元は特務か何かだったのだろうか。可能性は決して低くは無いだろう。

訓練が終わったので戻る。

戻ると、正式に引っ越しの通達が来た。

ちなみに通達をしてきたのは広瀬大将である。だとすれば、誰も文句を言わない。

普通尉官の人事なんて大将がしないのだが。

五千万しか人間がいない今の時代だ。

それも仕方が無いのだろうとあたいは思った。

 

ナジャルータ博士が忙しそうにしていて、会議まであったのだ。何かあったのだろうと言う事は分かっていた。

しかももう聞かされているが、シャドウに基本的に電子機器は全て覗かれていると見て良い。

スタンドアロンのシステムまで覗かれていると言う話だから、もはや手の打ちようがないのである。

だから話を聞かされたのは、翌日の昼。

訓練を終えて、出されたご飯を食べていたときだった。

皮膚に多少のダメージはまだあるが、若いと言うこともあって回復が早いそうである。もう動くのに支障はない。

工場の周囲に電子機器がない場所で、麟博士に聞かされる。

「ノワールからの連絡が昨日ありました。 ネメシスの出現確率が上がるそうです」

「もう制御不能なんではないですか」

「そうですね。 ノワールは余裕を見せているようですが、それはそれとして共闘まで持ちかけてきているくらいです。 余程状況は悪いのだと思います。 それで、ですが。 今色々と準備をしています。 飛騨中尉も、いつでも出られるように体調を整えておいてください」

「分かりました」

ちなみに麟博士は少佐待遇を受けているらしい。

これはGDFで動きやすくするための措置もあるのだけれど。

抜擢される前に既にそれなりの仕事をしていたのが理由だそうだ。

あたいは基礎教育を済ませてからは、普通の仕事をしていただけだったので、それはまあ。

少尉でも高すぎる待遇で、恐縮してしまっていたので。中尉になった今はおっかなびっくりである。

麟博士が少佐である事は、同期であっても別にどうとも思わない。

というか、むしろ地位が与えられていると言う事は責任もあると言う事だし、大変そうだなと思ってしまうばかりである。

「それで、戦闘では具体的に注意することなどはありますか」

「一つ気になることを言っていました」

「なんですか」

「超世王セイバージャッジメントは学習されている。 同じ戦い方は恐らく通用しないだろうと」

なる程、考えられる話だ。

そもそもとして、ネメシス種が機械的に動いているとはあたいも思っていない。生存のために最大限の苦労をしているようにあたいにも最初から見えている。

だとすれば、だ。

生物と同じようなものではないとしても、知能の類があってもおかしくはないだろうし。

それに今までの戦闘を見る限り、明らかに知能の片鱗は見えていた。

シャドウが全てで知識を共有する存在らしいという事は、あたいも既に聞かされていたのだが。

だとすれば。

その末端が暴走したネメシス種が、超世王セイバージャッジメントの戦い方を学習していて。

対策をしてきても、おかしくはないだろう。

だとすれば、畑中博士の作る新兵器で対抗するしかないのだろうが。

それも使いこなすまで、相当訓練しなければならないだろう。

まだまだ課題は山積みなのである。

とにかく、やれることをやっていくしかない。

あたいはそれほど器用でもないし、マルチタスクが得意なわけでもないのだから。

「三池さんに、スケジュールの調整を依頼してください。 小官にはそういうのは得意ではないので」

「分かりました。 訓練に集中してください」

「了解です」

敬礼をかわして、訓練に戻る。

昼が終わったので、これから夕方までみっちり訓練だ。

まずは灼熱の中、超世王セイバージャッジメントを動かす訓練。とにかく汗を大量にかくので、水を摂取しなければならない。

それが終わった後は、受け身の練習。

これが課題だ。

まだまだ基礎がなっていないので、色々ぶん投げて貰い。

更には達人の技を見稽古する。

武術なんかシャドウ相手にはまるで役にも立たないかも知れないけれど。

超世王セイバージャッジメントを操作するという観点では、役には立ってくれるのである。

それを思えば、訓練をする意味は大いにある。

大量に水を飲むから、トイレにも行く。

その時間も訓練に含んでくれる。

訓練が激しすぎると吐いたりすることもあるのだけれども。

最近はそういう過負荷を掛ける訓練があまり良くない事も判明しているので、そうはしないそうだ。

ストレスを掛けすぎた兵士が、上官を撃ち殺すような異常行動に出ることは珍しくもないらしい。

それもあって、いつしか「鬼軍曹」と言われたような存在は、淘汰されていったらしいのだが。

実際には、シャドウ戦役後の再編制の時代まではいて。

それでやっと絶滅したらしかった。

まあ、ともかくあたいはそういうのには会っていないし。

今やっている訓練でも、昔に比べればまだまだ全然マシだと言う事を思うと、ちょっと背筋も冷える。

とにかく雑念を払って訓練する。

ひたすらに訓練を続ける。

そうしないと、ネメシス種相手にまともに戦う事ができないからだ。

既に世界各地で洒落にならない被害が出ている。

それを思うと、出た場合はとにかく見敵必殺の覚悟で臨まなければならないのである。

だから訓練をする。

そう言い聞かせて、厳しい訓練に耐えていくしかなかった。

 

1、改善と改悪

 

東アジアマレーシア。マレーシアの一角に残されている人間の都市。人口十九万の其処は、東アジアでも数少ない都市の一つであり、シャドウ戦役で生き延びた人間が流れ込んだことで、魔都とも言われる程荒れていた都市だ。

海路から運ばれて来た臼砲と、それを使えるように現地の軍を指導していた部隊が、統治にある都市国家で活動していたタイミングでネメシスが出た。

中型種と交戦するネメシスとの距離は60q。

この距離なら大丈夫だろうと安心する現地の兵士達に、指導役のライアン中佐が一喝する。

日本では、百二十q先への狙撃をネメシス種がやった。

その攻撃は都市崩壊レベルの代物だった。

それを聞いて顔色を変えた現地の民。

粗悪な原子炉のエネルギーも使って、液体窒素を生成。

そのまま臼砲の弾薬に注入する。

暴れ狂うネメシス種が、中型に集中攻撃されている状態で。

ライアン中佐の部下である、モニカ曹長が叫んでいた。

「中佐! ネメシスが……!」

「どうした!」

「ちゅ、中型種を熱線砲で吹き飛ばしました!」

「何っ!」

中型での掣肘がかなり難しくなっているとは聞いている。今まで中型にネメシスは逆らわなかった。

それがついに。

勿論熱線砲で中型種が死ぬ事はないだろう。悔しいが、中型シャドウは長時間高熱を当てないと斃せないのだから。

それでも、明らかに傷つける行為。それも致命的なレベルの。

シャドウ同士で殺し合うなら勝手にやってくれというのがライアン中佐の本音ではあるのだが。

ネメシスの危険性は、一応制御が出来ている中型とは別次元である。

大地震を起こして、アフリカの街ラムセスを粉砕した事は記憶に新しい。とにかく、好き勝手をさせると非常にまずい。

「臼砲準備!」

「我々はどうすれば」

「電子経路などを護衛! とにかく誰も近づけるな!」

「わ、分かった!」

おろおろしている現地の司令官に、ライアン中佐は指示。

この都市国家では治安が最悪で、電線や銅線などを盗むアホが多数いる。銅は半導体として非常に貴重な金属で、売ると高値になる。インフラでどれだけ重要かなど、それこそどうでもいいと考えるような輩が多数いるのだ。

これだけの状態におかれていても、人間とはそのように考える。

嘆かわしいことだが、今はそれで滅びるのをどうにか避けるしか無い。

弾丸、作成完了。

液体窒素を封入した大型弾を、そのまま。今はジャングルになっていて、しかも炎上している密林の一角に叩き込む。

大型臼砲が曲射した弾丸は、指定地点に着弾。

京都工場を初めとして、神戸近辺の軍事工場であわてて量産されている一門だ。精度は申し分ない。

そして、液体窒素が凄まじい冷気をばらまくと。

グレイローカストの変異種であるネメシスは、明らかに其方に向かおうとする。それを、中型種が一斉攻撃。

「第二射用意!」

「原子炉からのエネルギー供給低下!」

「何をやっている!」

「老朽化です。 最近では停電も珍しく無く……」

情けない話に、ライアン中佐はクソがと叫んでいた。

持ち込んでいる大型発電機を用いるが、これは現在では人間が作成している石油を用いているものだ。

電力系統を切り替えて、すぐにそっちで精製をするが。

それでも出力が足りない。

こんな都市でも守らなければならない。

今、人間は少なくとも増える気配はないのだ。

「第二射、発射完了!」

「弾は!」

「もう少し掛かります!」

「弾の準備が用意出来次第、打ち込め!」

熱線が空に迸る。ランスタートルを直撃して、押しのけるようにして吹っ飛ばしたようだ。

とんでもないあばれっぷりだ。

ライアン中佐は北米の軍で指揮をしている。広瀬ドクトリンに従って、小型種と戦い、勝利したこともある。

だが、出来れば正面からシャドウと戦いたくないというのは、隠しようがない本音である。

一応、指示に従ってビームとは名ばかりのワイヤーと、投擲型の変な剣を山ほど積んだあの超世王なんとかとかいうロボットのデチューンモデルの換装を進めているが。

あれは今は飛騨とかいうパイロットが盾役で前衛にいるからなんとかやれているのであって。

実際にネメシスとあれでやりあうのは、ぞっとしない。

それどころか、まず生きては帰れないだろう。

それが分かっているから。

今だって正直、率先して逃げたいくらいだ。

幸い、ホバーだと本当に攻撃されなくなった。だから、離島なんかを回って、人々を回収したり、支援したりは出来るようになった。

それにしても、ネメシスの被害が大きすぎるのだ。

まだか。

声を荒げたくなる。

ようやく、液体窒素が十分に溜まった。即座に弾を装填して、第二射を撃ち込ませる。

この時間をもっと短くしないと、ネメシスにこの都市が焼き払われたり、大地震で粉砕されかねない。

射撃。

着弾。

ネメシス種が、明らかに気を引かれる。熱で殺されようとしている巨大な化け物が、冷気に必死にすりよる。

それを中型種がどんどん攻撃して。

そして、限界が来た。

凄まじい悲鳴を上げながら、ネメシスが消滅していく。強烈な熱気に大炎上していた密林だが、一瞬で鎮火。

すぐに回復作業が開始されたようだった。

あれについては。ライアン中佐達がやることはない。

ただ、溜息が出ていた。

「ありがとうございます。 的確な指導が無ければ、どうなっていたことか……」

「とにかく、原子炉については此方で指導します。 それと、電力周りなどの基本インフラについても、神戸からの支援を受けて、調整をしてください」

「しかしながら、異教徒のやり方を聞くのは許せないと反発するものも多く……」

「今はそんな事を言っている場合ですか!」

司令官に、ライアン中佐は喝破していた。

まだそんな事を言っているのが生き延びているのかと思うと悲しくなってくる。

それに、そういう輩は、今回の件で助かったことに感謝もしないだろうし。ネメシスが現れたのも、ライアン中佐達のせいにしかねない。

何のための戦いなのか。

そう吐き捨てたくすらなる。

「信仰の自由と言うのは、信じたくも無い神を信じなくてもいい自由の事であって、その信仰に沿って現実的な改革やインフラを否定する事ではありません。 私だって神は信じていますが、それはそれとして本来は異教徒も多数いるこの街を救うために作戦で来ています。 それくらいの公私の区別はつけてください。 少なくとも、この最果ての時代に生き延びるのに神にすがるのは勝手だと思いますが、それで他人を傷つけることがあってはなりません」

「仰る通りですな……」

「ともかく、電気系統などの警備を厳重に。 それと催眠教育も。 今の世代の人間はダメでも、催眠教育をしっかりすれば、次の世代以降は状況も変わってくる事でしょうね。 無知が信仰の果ての攻撃性を産みます。 催眠教育を受ければ、誰でも最高水準の知能と教育を担保できますので」

「……分かっています」

ライアン中佐でも分かっている。

こういう所でまだ蔓延っている淫祠邪教の徒にとっては、無知こそが理想だ。

無知な人間ほど支配しやすい存在はいない。

だからこそ、誰も無知にさせておく。

教育に反発するのもそれが理由だ。

今持っている権力を手放したくないのだ。たとえ世界が滅びるとしても。

そんな輩が権力を持っている都市や国家がまだ幾つもある。

ライアン中佐は、部下達に撤収を指示。

一部の部下は指導要員として残る。

他の者達は神戸に向かって、それで臼砲を受け取る。

昔と違って、今は神戸は世界最大の都市であり、GDFの中核だ。

それもまた悔しい話ではあるのだが。

今は生き残る事。

シャドウの猛攻を防いで、ネメシスによる無差別破壊から、生き残らなければならないのだ。

 

マレーシアのルルカイア街で、どうにかネメシスの撃退に成功した。

その情報は、広瀬大将のところにも入っていた。

最近、元帥に昇進して、GDFの総司令官になって欲しいという懇願が来ている。ちなみにこれに関しては、市川が反対しているようだ。

現在のGDFの名目上の総司令官である元帥はボケ老人で、会議にも殆ど姿を見せない。

歴戦の指揮官ではあった。二十年前までは。

シャドウ戦役で、可能な限りの人々を助けた名将だった。

だが、駿馬も衰えれば駄馬にも劣る。

その言葉通り。シャドウ戦役を終えた後は、ボケが一気に進行した。年齢も原因としてあったのだろう。

だがそれにしても、その急激なボケはあまりにも悲しく。

今では、自分の名前もロクに思い出せない有様だ。

撤退作戦を指揮していた頃の事を映像記録で見ている広瀬大将は、悲しい話だと思うばかりである。

確かに引退の時期ではあるのだが。

広瀬大将は、元帥になるのは自分でもあまり乗り気ではない。

市川と対立するのが本格的になる可能性もある。

市川は野心と現実の合間で揺れ動いている。

今はきちんと現実で自分を保てているが。

それも権力を独占したいという野心が優先した場合、どのようなことになるかは。あまり考えたくはなかった。

広瀬のところに、北条が来る。

北条は元々第五師団の将校になる予定だった人物で、表向きは軍属ですらない。

クローンでの人間作成の暗部の一人。

いわゆる強化人間の試作品だ。

実年齢はなんと十二。

色々な試験を行った結果、いわゆる急速成長の試験もそれに含まれていた。現在の年齢は二十歳前に見える。ただ表情が表情なので、見かけの年齢に関しても見る人間それぞれの感じ方が違ってくるようだ。

とにかくシャドウに勝つためにあらゆる事が行われた。その中には非人道的な人体実験もあった。

その生き証人である。

幸い腐った計画は途中で潰されたのだが。それでも北条を初めとする犠牲者は少なからず出た。

北条は中肉中背で、見た目は普通の女性に見えるが。

部下にしている岸和田という巨人症の男性を軽くひねり潰すほど戦闘能力が高く、シャドウ相手では無理でも、模擬戦で特務の一個小隊を武器有り、武器無し双方で圧倒したことがある。

ただしそれで感情も壊れてしまい。

今では貼り付いたような笑みをずっと浮かべている。

得体が知れないと周囲に怖がられているが。

事実を知っている広瀬は今では部下にしていて、丁度支援役が欲しかったらしい三池のところに行って貰っている。

絶対に裏切らないパイプ役が欲しいと広瀬は考えているからだ。

ちなみに、そうする前は市川の監視役にするつもりだったのだが。

第五師団には別の監視役を現在は潜り込ませているので。ちょっと悪い意味で名が知られている北条は不適切と言う事もある。

まあ、嵐山補佐官が老齢で引退したときには。

後任として北条に入って貰うつもりでもある。

北条は自分を人間として認めてくれていると考えたのか。広瀬には全面的な忠誠を誓っている。

見た目と裏腹に精神が不安定なので、たまにママとか言われて閉口するが。

まあ、それはそれで仕方が無いとも諦めていた。

「広瀬大将。 現地で活動していたライアン中佐からの報告書をまとめました」

「お疲れ様です。 休憩を取ってから、京都工場に戻ってください」

「イエッサ」

敬礼をすると、岸和田を連れて北条が行く。

岸和田は巨人症特有の内臓疾患を克服してからは普通の兵士としては最高峰の存在として活躍はしているのだが。

それはそれとして、岸和田も色々と問題を抱えているため。

文字通り最凶の兵士である北条の忠実な部下になっている。

まあ、広瀬大将にとっては大事な部下だ。

どちらも大切である。

資料を見る。

なるほど、やはりあの都市では、臼砲の確実な運用は難しいか。幾つか顧問と相談した後、市川に嫌だけれど連絡を取る。

こういうのは、しっかり筋は通さないとまずいのである。

市川も嫌だろうが、連絡に出る。

互いに嫌いあってはいると分かりきっているのだが。それでも今は、そんな個人的感情を優先するときではないのだ。

「ルルカイアの件ですが、此方から資料を送ります。 必要な物資、催眠教育システムの指導役などを用意してください」

「あの都市でそれを根付かせるには十年単位、いやもっと時間が掛かるでしょう。 どれほどコストが掛かるか分かりませんよ」

「それでもやるべきです」

「正直神戸がそこまでルルカイアの面倒を見る意味があるかは微妙ですがね。 今は四国の地下都市建設も本格化しているところですし」

懐が寂しい、か。

昔は仮想通貨などの実態をもたない経済が、凄まじい勢いでいわゆるサーキットバーストを引き起こしており。

なんら実際に意味を持たない金に、実経済が激しく圧迫されていた時代もあった。

だがシャドウが出現してからそれらは全て無意味になり。

結局貨幣経済の時代が戻って来た。

AIが経済管理するようになってから、銀行は必要なくなった。その結果、金利による経済の実態のない膨張もふせがれるようになった、のだが。

それでも生き延びた人間の街の幾つかでは、まだ電子マネーによるマネーゲームごっこをしている。

それが悪い方向にしか作用していないのに、である。

大災害が起きて電気が確実に行き渡らなくなると、電子マネーなど何の役にも立たなくなる。

それは既に証明されたことだ。

それでも過去の栄光にすがっているのは。

その時代が、たった四半世紀前だったから、なのだろう。

ともかくだ。

目の前の金よりも、未来だ。

シャドウが協調を申し出てきているのである。一気に世界の流れは変わってきていると言える。

この機にやれることは、全てやってしまわないとまずいだろう。

「調整はお願いします。 ルルカイアにしても、シャドウに滅ぼされたら人類に大きな損失になります。 ラムセスの損害復旧にどれだけ金が掛かったか思い出せば、事前投資としては安いはずです」

「やれやれ、政治家に転向すべきではありませんか貴方は」

「小官はあくまで軍人です」

「そうでしたね。 分かりました。 貴方の言う事にも理はある。 調整して、話を進めましょう」

市川としても、未だに淫祠邪教の徒が蔓延るような都市は、どうにかまともにしたいとの思考はあるのだろう。シャドウ出現の混乱、無力感から、どうしても淫祠邪教に走りたくなる人間は出る。だが、淫祠邪教が歴史を良い方向に動かした例は一度だってないのである。

問題はそれに……淫祠邪教の駆逐にコストが掛かりすぎること。

自分の尻くらい自分で拭けと考えてもいるだろうこと。

他人が横から口を出しても、淫祠邪教の駆逐には逆効果である事も多いのだ。

それらもあって、嫌がっているのは分かるが。

そもそも人類が五千万まですり減らされ、ネメシスの登場によって更に数十万人が一瞬で吹っ飛びかねない状況が来た今。

そんな事を言っている場合ではないと、計算は出来たのだろう。

臼砲の生産と配備は進んでいる。

神戸の軍需工場でも、弾薬の生産よりも優先で臼砲を作らせている程だ。事実、それで成果が上がっているのである。

主戦派が前のクーデター祭である程度掃討され。

今もまた台頭はしていないことが追い風である。

それに市川がアサルトライフルを初めとする旧世代の兵器がもう役に立たない事を世界中で既成事実化しようとしている。

それも、追い風になるだろう。

市川はともかく計算して、話に乗った。それで充分だ。

今の時点では、危ういバランスの上でだが、広瀬大将と市川は上手くやれている。これは、立場が逆だった時代と同じ。

通話を切ってから、ふうと嘆息する。

広瀬大将も、自分が同じ立場になった場合。

ああいった決断を、理に沿って出来るのだろうか。

市川が有能である事は認めている。

実際問題、人間的な相性が最悪だった事は分かりきっていたが。参謀長時代にも、解任を考えた事は一度も無い。

革新的な戦術を考え出すことは殆ど無かったが。

本来参謀がやるべき仕事は満点でやっていた。

それで満足すべきだと判断していた。

恐らくそう広瀬大将を見ていたのは、市川の方でも同じだったのだろう。こうして話していると、それがよく分かってくる。

いずれにしても、幾つか手を打っておかなければならない。

予算も無限ではない。

ただ、四国の地下都市は、竣工が終われば。今まで夢のまた夢だった嗜好品の量産を始め。

データに残っている文化遺産などの3Dプリンタでの再生。

更には大規模なクローン技術の研究についても始められる予定だ。

新生病についても、未だに原因がよく分かっていないが。

それも病理を解明し、解決できるかもしれない。

神戸から、いずれ其方に世界の中心が移るかも知れない巨大科学都市としての構想が立てられていて。

全て実施できれば、人類の力は倍増するはずだ。

また、神戸と同じスタイルで廻せるようになれば、他人と干渉する必要も殆どなくなるだろう。

更に人間として、生活しやすくなる都市が来る可能性が高い。

それを守りきるのが。

GDFの現在の実質上の司令官である、広瀬大将の仕事だ。

幾つかデスクワークをこなしておく。

第五師団から報告が上がって来た。

今の時点で、怪しい動きをしているものは、少なくとも第一軍団にはいないようである。一部の人員は主戦派などが蠢動している国や都市に間諜として潜り込んでいるようではあるのだが。

少なくとも国内で、しばらくクーデター騒ぎの心配は無さそうだ。

ネメシス種を連続して撃破成功しているからかも知れない。

だが、油断は出来ない。

あのばかげたクーデター祭の事を思い出すと、未だに冷や汗が出る。

一歩間違えば、あれで人類は破滅していた可能性が高いのだから。

シャドウが主戦派主導による攻撃に過剰反応していたら、スコットランドなどの師団規模で仕掛けた国は、今頃消えていた可能性が高い。

それが消えずに残っている時点で。

シャドウが悔しいけれど、人間よりよほど理性的なのは、火を見るより明らかなのだった。

しばし仮眠を取る。

いつ眠れるか分からないからだ。

三時間ほど仮眠を取って、それからきっちり起きだす。

それから、その時間の間に来ていた書類などを決裁しておく。いずれも目を通すが。AIにより支援もさせる。

細かいところでの見落としなどがある可能性もある。

昔の詐欺の常套手段だ。

そういった詐欺は既に神戸などでは消滅したが。AI等による支援や、裁判制度、法制度の変更により。詐欺がまったく金を稼げないものとなった事が理由として挙げられるだろう。

ただ、それでも引っ掛かるものは出るかも知れないし。

自分がそうなっては笑えない。

だから、書類の一つ一つまで確認しつつしっかり決済する。

昔はハンコを持たされている意味を理解出来ていない人間が、体育会系のイエスマンだという理由だけで抜擢され。それで無能な采配で周囲に迷惑を掛けるケースが続出したらしいが。

気を抜くと、広瀬大将だってそうなりかねない。

だから気を付けて書類は扱わなければならない。

昔のそういった人間の事例を催眠教育で今は習う。

頭に叩き込まれているから忘れる事もない。

それと同じにはならない。

そう自分に言い聞かせておくことは、とても大事なのだ。

書類を片付けて、一通り執務が終わる。

少し鍛練をしておく。

体がただでさえそれほど強くないし、前線に出る事はないが。

片腕をブライトイーグル戦で失った時も、もうちょっと体を鍛えていれば、いち早く指揮車両から離れて。ブライトイーグルの自爆突撃で片腕を吹き飛ばされる事も無かったかも知れない。

そう思って。鍛練はしておく。

無駄な事なんて。

世の中には一つも無い。

そう言い聞かせながら、広瀬は全てにおいて努力をする。

だからこそだろうか。

とても疲れもするし。

何もかも捨てて、淫祠邪教に落ちてしまう者の気持ちも理解出来る。そっちにいってはならないとも、分かっているから、落ちないだけだ。

鍛練も終えてから、現在の参謀長に言って、本格的に休む。

それもいつ叩き起こされるか分からない。

大将という立場……GDFの事実上の軍司令官という立場の面倒なところだ。

そういえば、海兵隊を独立部隊から、第五師団に組み込んで欲しいという話があったか。

確かに対人戦のエキスパートなのだから、対シャドウ、対ネメシスの第一から第三師団と連携するよりも。

秘密警察に近い仕事をする第五師団の方が、今は向いているだろう。

まあいい。

明日考える事にする。

今は、休む事も仕事だ。そう思って、意識のスイッチを切った。訓練しているから、出来る事だった。

 

2、最悪の変容

 

スコットランド近郊。

ネメシス種が出現。

即座に臼砲が準備され。中型種と交戦しているネメシス種の誘引のために、液体窒素弾が発射された。

それでなお危険だ。

中型種の猛攻に追われて、ネメシス種が街から離れる。

この辺り、シャドウは本当に配慮して、役割を守ってくれている。

人間をこれ以上減らすつもりは無い。

それは恐らく、本当なのだろうと思う。

あたいは戦闘の様子を見ながら、菓子を口に運ぶ。

休憩の時間だ。

だが、ただぼんやり溶けているのもなんだと思ったので、こうやって情報を取得しておく。

どうせ此処では、出来る事もない。

あのシャドウは、恐らくはホワイトピーコックだが。

やはり灼熱を受け続けて、熱をため込んだのを放出して。周りを地獄絵図へと変えている。

そして炸裂した誘導弾の冷気に引き寄せられる。

ネメシス種は厄介極まりない存在だが。

どうやら自己保全を、人間の抹殺に優先するらしい。どんどん学習しているとしても、である。

キャノンレオンが一斉にプラズマ弾を叩き込んでいるが。

ホワイトピーコック・ネメシスは赤熱しながらも、よろよろと冷気に逃げようとしている。

その側背から、中型種は猛攻を仕掛ける。

その時だ。

ホワイトピーコック・ネメシスが、何かをした。

それで、キャノンレオンが、数体。

まとめて空高く吹き飛ばされていた。勿論その程度で斃せるような柔な存在ではないが。払いのける、どころじゃない。

中型に対する明確な反撃が見られるようになっているのは知っている。

だが、あれは。

続いて。抑え込もうとしていたウォールボアも、吹っ飛ばされる。

なんだあれは。

側で見ていた麟博士が何やら言って。それをAIが翻訳してくれる。すごいAIだなあと感心する。

「あれは高熱を一点に収束させて、プラズマを作り出し、その爆発を制御したようです」

「へ、へえ」

麟博士の口から出ていた言葉とはまったく違うとしか思えないが。

よくそんな翻訳が出来るものだと感心してしまう。

ともかく、戦況を見やる。

まだ休憩時間はある。

三池さんがお茶を出してくれた。これを四国の地下都市で栽培して、質を上げるらしい。そうなればおいしくなるということで、それは楽しみだが。

あの攻撃、超世王セイバージャッジメントにやられたら。

ちょっとどうやって対応すればいいのか。

なんとも言えなかった。

「また飛ばされましたね」

「まずいですね、あれは」

飛ばされた一体、ストライプタイガーが、スコットランドの至近に落ちた。再建中の防衛部隊がどよめく。

起き上がったストライプタイガー。

実在の虎などとは比べものにもならない二十mくらいもある巨体だ。その威圧感は尋常ではない。

そして、ストライプタイガーは、この程度なんでもないと言わんばかりに、ネメシス種の方へ戻っていく。

撃つな、撃つなと、指揮官が叫んでいる映像が出ていた。

兵士達は恐怖で発砲しようとしていたが。

手にしているのは、あれはM44ガーディアンだ。

螺旋穿孔砲であっても効かなかっただろうが。

もしもそれでストライプタイガーが怒ったらどうするのか。そう指揮官は叫んでいたのだが。

それを冷静に判断出来る人間は、あまりあの場にはいないだろう。

あたいだって、訓練を受けて。

ネメシス種を斃した実績のある状態でなければ。

とてもそう判断出来る自信はない。

立て続けに臼砲から誘導弾が打ち込まれ。

ホワイトピーコック・ネメシスが誘引される。中型種は次々空高く吹っ飛ばされるが。それでも即座に戻って来て、攻撃を再開。

四発目の誘導弾で、誘導弾が切れた。

恐らくだが、臼砲が熱を持ちすぎて、放熱に手間取っているのだ。二門以上の臼砲がないとダメ。

広瀬大将がそう徹底しているらしいのだが。

スコットランドの方では、臼砲を導入するのですら色々悶着があったらしく。一門配備するだけでもだいぶ手間取ったらしかった。

その結果がこれだ。

ホワイトピーコック・ネメシスが、スコットランドの方を向く。

放熱を兼ねた超火力のプラズマ球が出現する。それが見る間に拡大していく。

中型種をまとめて吹き飛ばす爆風を作り出すのだ。

風なんかものともしない連中をだ。

そもそもその風を制御する能力すら上から抑え込んでいる可能性が高い。あんなものをぶっ放されたら、核兵器を叩き込まれる以上の惨状となる。

まずい。

あたいは手が止まる。

だが、寸前、ランスタートルが突貫。

プラズマの指向がずれ、海に向けてそれが放たれていた。

海が大爆発を起こす。

そして、巨大な波が出現したが。イエローサーペントが数体でそれを抑え込む。

融解していくホワイトピーコック・ネメシス。

断末魔の悲鳴が上がっていた。

やはり、だ。

なんだかあの断末魔、聞き覚えがある。

解析できないとナジャルータ博士も言っていたのだが。どうしてか、あたいには聞いたことがあるような気がするのだ。

気のせいだろうか。それにしては、どうにも鮮明に思い出せるのだが。

とりあえず、被害は抑え込めた。

スコットランドの民は、元々は英国からたたき出されて、必死に逃げ込んだ者達やその子孫達だ。

それもあるのだろう。

ネメシス種を斃してくれた中型種たちに、ブーイングまでしていたし。

天罰を受けろとか吠えている一神教徒までいるようだった。

馬鹿馬鹿しい。

今はそんなことを言っている場合ではないのに。

ともかく、あたいは席を立つ。

何とも後味が悪い。

ランスタートルが攻撃を意図的に逸らさなければ、あのブーイングをしている連中は、まとめて消し飛んでいた。

それは疑いがない事実だ。

それでもあんな風なブーイングを行える。どういう神経をしているのか、分からない。

シャドウに財産家族全て滅ぼされた者だっているだろう。それについては怒りも分かる。

だがブーイングをしていたのは、どうみてもシャドウ戦役の経験者には見えなかった。それを思うと、人間はどうしようも無いのかも知れないと諦めてしまう。

今の神戸みたいに。催眠教育で子供のスペックをフルに引き出し。

信仰……いや狂信などの弊害を取り除ける態勢がないと、ああいうのは幾らでも湧くのかも知れない。

そう考えると、少なくとも人間がシャドウに勝つ事はない。

それはよく分かった。

後は、無心に訓練をする。

シミュレーションマシンでは、相変わらず灼熱環境での訓練をする。冷房も更に強化されているようだが、それでも限界がある。

幾つもの手段で、あの地獄の灼熱を緩和する仕組みを超世王セイバージャッジメントに取り入れているのだが。

どれだけ工夫しても、周囲が炎上するあのおぞましい灼熱を緩和しきるのは不可能に近い。

それが分かりきっている事だから。

灼熱の中、訓練をしなければならない。

訓練中、珍しく畑中博士が声を掛けて来る。

一度出てほしい、ということだった。

「どうかしましたか?」

「あのプラズマ圧縮弾、計算したところ、多分超世王セイバージャッジメントでも受けたら耐えられない事が分かってね。 それで、新兵器を作る必要があるって判断したの。 ちょっとそれをこれから考えるから、そっちの訓練は後回しにしてくれる?」

「分かりました」

確かにその新兵器が出来るのなら、しばし訓練は後回しにした方が良い。

三池さんがタオルを渡してくれたので、汗を拭う。

まだまだこの極悪な環境での訓練は慣れない。

どれだけ頑張っても、火傷するレベルの高温下で戦わなければならないという事実に代わりは無いのだ。

だから、少なくとも極限環境下で。

判断を誤らない訓練だけはしなければならない。

少し体を気温差に慣らしてから、受け身の訓練に入る。

また北条という人と岸和田という人から訓練を受ける。そして、岸和田という人にさんざんぶん投げられて、それで受け身を練習する。

一応、必要な動きを事前に確認しつつ、受け身をするのだが。

それでもなんというか。

ちょっと色々頭には来る。

ただ、超世王セイバージャッジメントが横転したり、弾き飛ばされたりするのは経験している。

そういった時の衝撃を、受け身で殺すには。

こうやって事前にやっておいて、訓練をするしかない。

ひたすら訓練を続けて。

それでもやっぱりきつい。

休憩を入れながら、何度も訓練をする。

まだまだ足りない。

そう北条という人がいうので、ちょっとぞっとするが。それでも、実戦が来た時の為だ。それは分かっているから。はいと言って受け身を取る。

何度かやった後、北条という人が、見本を見せてくれる。

身体能力が根本から違うのが分かる。

受け身も極めて鮮やかだ。

同じように動くのは無理だと素直に告げると、順番に一つずつ動きを出来るようにと言われて。

催眠教育で習った動きを、一つずつ組み合わせるのだと、丁寧に例の貼り付いた笑顔で説明された。

業を煮やしたのかと思って怖くなったが。

この人がそもそも人に感情なんて見せるとは思えない。

ともかく、言われた通りにひたすら、一つずつの動作を組み合わせる。

その後は、身体能力を上げるための訓練をした。

一緒に岸和田という人と北条という人も訓練するが。

北条という人が三池さんの手助けに行った時、岸和田という人が、ぼそりと言った。

「信じられないかも知れないが、上官どのは俺より本当にあらゆる点で強いんだ。 俺の三分の一しか体重がないのに」

「格闘戦とかの技量の問題じゃなくてですか」

「ああ、本当に凄い。 伝説の呂布とか項羽とかでもあの人に勝てないと思う。 あんまり強いから、何かの理由があるんだと噂されてた」

そうか。

この人は、自分が強い事を知っている人間だ。

しかも、嘘を器用につけるようには見えない。

北条という人に心の底から従っているのはよく分かるのだけれども。それは個人的な恩義とかではなくて。

本当に単純に相手の方が強いというのであれば。

だとすると、この二mを遙かに超える大巨人が、平均的な背丈のあの北条という人に、軽く捻られるのか。

ちょっと本当にぞくりと来た。

なるほど、受け身の動作があまりにも美しいわけだ。

「とにかく、上官殿は絶対に怒らせるなよ。 おれは怖いからそうしない」

「ありがとうございます。 なんとか努力します」

「おれは練習で必死になんとかできるようにした。 おまえもそうしろ」

「分かりました」

言われた通りの動きを、愚直にこなす。

淡々と一つずつやっていく。

三池さんの支援が終わったらしく、北条という人が戻ってくる。そして、その後は、またぶん投げられて受け身を取るのをやった。

筋力のトレーニングもするが。

それも科学的な機器を使って、最高効率で力がつくようにする。

昔はボディビルダーという、筋肉の美しさに魅せられた人々が。如何に筋肉を作るかを競っていた事があるらしいが。

それが実際に強力な腕力を産み出すかは別の話で。

むしろ筋肉の美しさを作り出すために。

健康を犠牲にしている事すらあったらしい。

そういう話を聞かされながら、訓練を続ける。岸和田という人も一緒に汗を流しながら隣で訓練するので、あたいも頑張るしかない。

夕方に訓練を切り上げる。

宿舎は工場内に移したので、もう送迎はいらない。

また、宿舎を工場内に移したからといって、夜遅くまで訓練をすることもしない。

これは過剰な訓練をしても却って毒になるから、らしい。

訓練のやり過ぎで体を壊してしまうことはよくあるらしく。

また、古くでは。

寮を職場の近くに持つ会社が、頭のおかしい勤務スケジュールを組んで社員を酷使するようなケースもあったそうだが。

そういった会社は社内情報を余所に持ち出されたりと、社員の恨みも買っていたそうだ。

今は、そういった教訓からも。

過去のばかげた失敗を繰り返さない。

それだけの話だ。

ただ、それはそれで。

それでも結構きつい。

ベッドでぐったりしていると、ロボットが夕食を作ってくれる。まだ今日は訓練は楽な方だった。

食べないと明日の訓練もそうだし。

ネメシス種が出現したとき、どうにもならなくなる。

そう言い聞かせて、食べる。

ロボットの方も、あたいの状態にあわせて、消化にいいものを敢えてチョイスしてくれる。

最近はうどんも出る。

うどんについては、四国で孤立集落で生き延びていた人達が製法を保存していたらしい。それで最近出回るようになったようだった。

体が温まるし美味しいのでありがたい。

とにかく体調を整えて。

明日に備える。

ただでさえ、シャドウが出たら寝ていても叩き起こされるかも知れないのだ。ルーチンくらいこなせなければ、とても生きてなどいけなかった。

 

翌日。

畑中中将が来て、畑中博士と話をしていた。

あたいは目礼だけすると、訓練に入る。

今日は筋トレはしない。

超回復のためである。

その代わり受け身の練習をひたすらにする。整備工のおっちゃんも集めて話をしているので。

新兵器については、構想もあると見て良いだろう。

後は、渡されたそれを使うだけ。

あたいには、それ以外に出来る事も権限もない。

だけれども、それで充分だ。

あたいは偉い人達の苦労を見ている。呉美中佐だって、毎回凄く大変そうにしている。出来れば、あまり偉くはなりたくない。

そうも思うのだ。

野心が足りないみたいなことを言われるかも知れないが。野心を持つだけが人生ではないだろう。

ともかく、訓練を続ける。

少しずつ、一連の受け身の動作を、素早く出来るようにする。

北条という人が、見本を見せ、そしてコツを教えてくれるが。

この人がまるで本気を出していない事は、あたいみたいな素人に毛が生えた程度の新米にも一発で分かる。

本気を出したらどれだけ早く一連の動作をこなせるのか。

ちょっと怖いくらいだ。

確かに呂布とか項羽でも勝てないかも知れない。

そう思わせるだけの説得力がある。

大巨人岸和田さんがびびるわけである。

ともかく、言われた通りに受け身をして。

その後は、実戦でもっとも使う……あたいにとっての実戦は超世王セイバージャッジメント内でのダメージ軽減だが。それでもっとも大事な、密着状態からの受け身についても、応用を教わる。

戦闘に関しては何でも出来るんだな。

そう遠い目で見てしまう。

それらも恐ろしく鮮やかで、今まで来た教官の誰よりも的確に教えてくれる。

三倍知っていないと人には教えられないという話があるのだが。

この人の場合は、エキスパート中のエキスパートだ。

それもあって、教えるのは造作もないのか。

いや、教師の適性は別だろう。

ともかく、淡々と教えてくれるのは、とても分かりやすかった。

「休憩を入れます」

「わ、分かりました」

密着からの受け身が、はっきりいって一番難しい。難しいから受け身を取りづらいし、つまりそれは衝撃を殺しづらいという事だ。

無言でいたいなあと思いながら、出されたバウムクーヘンを食べる。

バウムクーヘンについて、三池さんが教えてくれる。

ドイツの菓子だったこのバウムクーヘンは、本来は結婚式などで出される特別なものであったらしい。

第一次大戦で日本はドイツと戦ったのだが。その時にこの技術が伝来。その後、第二次大戦で壊滅的な被害を受けたドイツは、国内でバウムクーヘンの作り方が失伝してしまった。

今度は日本から、バウムクーヘンの作り方がドイツに戻され。

そしてシャドウ戦役までは、両国で愛されていたという。

シャドウ戦役の後、しばらくはバウムクーヘンどころではなかったが。今はだいぶ余裕が出てきたこと。

そもそも、日本でのバウムクーヘンは量産化が進んで、一般的な菓子になっていた事もある。

量産のノウハウはきちんと残っていて。

流石の三池さんも手作りでは造れないものの。

こうやってお菓子として用意は出来るそうだ。

味についても色々な派生品が出ている。

パンやソーセージやビールなどはドイツの本場の人には日本でのアレンジ品は口にあわないらしいのだが。

バウムクーヘンは好評だった、という話である。

まあ、確かに食べていてとてもおいしいので有り難い。

黙々と食べていて、それで少しは気分も楽になる。

超世王セイバージャッジメントに、またよく分からない装備がつけられているのを見た。設計を一瞬で畑中博士が作り。

それを畑中中将がアドバイスしたのだろう。

あたいなんかよりもずっと超世王セイバージャッジメントと一緒に戦ってきた人である。

あたいとしては、全てを任せるだけだ。

休憩を終えたので、また訓練に戻る。

とにかく受け身だ。

実戦訓練にしても、今日はお休みだし。

筋トレは今日は超回復するのでお休み。だからこれしかやることがない。

岸和田さんも、時々アドバイスしてくれるので助かる。

少しずつ上達しているのを見るのは、それはそれで楽しいのかも知れなかった。

あたいはあまり上達している感じはしないが。

気がつくと、いつの間にか前は出来なかった事が出来るようになっている。

それはそれで確かに嬉しくはある。

それもまた事実なので、訓練は続ける意味があると思う。

ただ、体を痛めないように気を付けなければならない。

そばで北条という人がじっと見張っているのは、それを防ぐための措置なのだろう。あたいの事は、それなりに大事に思ってくれているということだ。

夕方が来た。

切り上げる。

工場内の宿舎に戻って、ロボットに急かされて風呂に入る。汗とかが凄いので、臭いがつくという。

臭いともてないといわれたが。

今更もてたいとも思わない。

ただ、人間としての尊厳は守りたいとも思うから、出来る範囲での無駄にならない程度の身繕いはしておきたい。

それにしても、ロボットが人間にもてる事を出汁に生活行動を促してくるというのも面白い。

積んでいるAIが、そういった言葉で人間を動かしやすいと学習しているのかも知れなかった。

風呂に入って、食事を終えて。

それで携帯端末でニュースを見る。

スコットランドでデモが起きているらしい。

シャドウ出ていけ。

臼砲を放り出せ。

そんな理由で騒いでいるようだ。

デモは一時期神聖視された事もあったが、シャドウ戦役前くらいには、ほとんど活動家くらいしかやらず。

はっきりいって迷惑極まりないものとして認識されていたらしい。

臼砲はシャドウとの連携戦の象徴だから許せない。放り出せ。そういう主旨で騒いでいるらしいが。

そもそもその臼砲で誘導弾を撃たなければ、みんな死んでいた。

ランスタートルが熱線砲を逸らしてくれなければ、街全部消し飛んでいた。

それが分からないと言うのは、なんだか悲しくすらなってくる。

溜息が漏れた。

神戸にもまだ活動家崩れはいると聞いている。もしそういうのにあったら、色々不愉快な思いをするのかも知れない。

その未来を考えて、あたいは暗い気持ちになった。

 

3、暴走するネメシス

 

工場で昼休憩中に、警報が鳴る。

ネメシスだ。

すぐに出されていたクッキーを胃に放り込むと、茶を飲み干し。ついでにトイレに走り込む。出撃前にトイレにはいっておく。

これは鉄則だ。

そして、トイレから出ると、急いで超世王セイバージャッジメントに歩きながら、話を聞く。

既に新兵器の訓練はした。

というか、訓練があまり必要ない兵器なので、使う時の立ち回りについて訓練をしただけだが。

「小型種の離散、ネメシス出現の兆候です!」

「場所は」

「京都北方! 若狭です!」

「近いですね。 好都合とも、まずいとも言えますが」

三池さんがぼやく。

あたいはすぐに超世王セイバージャッジメントに乗り込み。コックピット内から通信。いつでも出られる、と。

すぐに呉美中佐が合流してくるらしい。

それを待って出撃、ということだった。

頷くと、コンディションを確認。トイレは行っておいた。備品なども確認しておく。恐らくは問題ないだろう。

この間のシルバースネーク・ネメシスは百数十qの超長距離射撃を行って来た。姫路の辺りから、神戸を直に狙える距離だった。

若狭に出るネメシスも、それと同じ可能性が高い。

コンディションのチェックをしていると、呉美中佐達が来たと言う話。すぐに出て、合流する。

今回もあたいが盾役だ。

それで、今回は幾つかの装備を持って来ている。

基本的に対シャドウ用の装備……中型種に効くものは、ネメシスにも効く。ただそのタフネスは中型種以上。

それに、中型種を排除する動きまで見せ始めた今。

ネメシスがどのように暴走するか、まったく分からない。

三機編成で出立。

今回は呉美中佐がジャスティスビーム改。

もう一人来ている人が、斬魔クナイを装備しているデチューンモデルを用いる。

この組み合わせの方が良いのでは無いか、という考えだそうである。

ただ斬魔クナイはかなり操作が難しいはず。

大丈夫なのだろうかと少し心配になったが、乗っている人は以前ランスタートルをデチューンモデルで倒した事がある人らしい。

デチューンモデルの乗り手としてはベテランの中のベテランだ。

だったら、安心して良いだろう。

現地に向かう。

若狭はもともとシャドウが重点的に固めていた地域であり、恐らくネメシスは猛攻に晒されている筈。

中型種だけで斃してくれればいいのだが。

まあ、そうもいかないだろう。

「誘導弾、準備開始!」

「臼砲のコンディションは」

「三番砲が幾つかエラーを出しています! 一番砲、二番砲は問題ありません!」

「三番砲のエラーの状況を確認、出来るなら修理! 一番砲、二番砲は射撃に向けて準備!」

液体窒素を作るのは難しく無いが。

ネメシスの気を引けるほどの量を作るのはちょっと手間だ。

それに、臼砲はもともと大艦巨砲主義の残骸か亡霊みたいな兵器である。エラーが出るのも、仕方が無いのかも知れない。

ともかくだ。

あたいは現地に急ぐ。

ネメシスとやりあったら酷い目にあうのは確定だが。

それは別にいやじゃない。

何もできないまま、嬲り殺しにされるほうがよっぽど嫌だ。だからあたいは前線に赴く。

相手は人でもない。

シャドウですらない。

ただ暴れるだけの破壊神格。

破壊の痕に何かを産み出すわけでもない。

そういう意味では、神話的な破壊神とすら違っているといえる。

だから、斃す。

シャドウですら、倒す事に全力を挙げる存在だ。それを思うと、あたいが戸惑っていたら。

それだけ被害が出るし。

戸惑った瞬間に、蒸発させられるかも知れない。あたいはそんなのは嫌だ。それだけの理由でも。

戦うには充分だ。

前線に急ぐ。ただ、急ぎすぎないようにする。

やはり斬魔クナイを装備した機体が少し遅れている。あくまであたいは盾役だ。中型種や呉美中佐、それにもう一人のアタッカーが主役。

フィニッシュムーブを決められるかも知れないが。

それはあくまで結果論である。

「呉美中佐、速度はこれで問題ありませんか」

「問題ありません。 前回の教訓を生かせていますね」

「ありがとうございます。 それでネメシス種は……」

「此方スカウト41! ネメシス種、形を為していますが……これは……?」

また変な形になっているのか。

映像が来る。

それはなんというか、巨大な八足の、態勢が低い巨体だ。

ロボットなどは実際には二足歩行よりも、多足の方が安定する。いっそ足がない方が良いほどだ。

例えば、円筒形のものが現在は家庭用などで主要に使われていて。あたいもその観点では世話になっている。

動物も同じで、四つ足の動物は二足歩行の人間とは基本的な出力が違う。

態勢が低いというのは、それだけ安定している事を意味している。

実際問題、百足などをひっくり返すのは至難の業だ。

ただし足が多ければいいというわけではない。足が多すぎればそれはそれで複雑な制御が難しくもなる。

その筈だが。

「映像を分析。 元はクリーナーのようです」

「分かりました。 標的はクリーナー・ネメシス。 中型種の様子は」

「既に攻撃を開始していますが……これは!」

キャノンレオンが囲んでプラズマ砲を浴びせているが、巨大な足が振り下ろされる。キャノンレオンが、踏みつぶされていた。

勿論物理的な衝撃で中型種は殺せないが、頭を押さえ込まれて砲撃が出来なくなっている。

更にその抑え込んだキャノンレオンを、別の個体に放り投げてもろともに吹っ飛ばすクリーナー・ネメシス。

完全に中型種に意図的に攻撃をしている。

ネメシスはどんどん暴走している。

まずいなとあたいは呟く。

このままだと、本当に手をつけられなくなる。

勿論、この程度で中型種は死なないことも想定しての攻撃だろう。まるで法律の隙間を縫って悪さをする詐欺師のようだ。

悪知恵ばっかり働くこのやり口。

まるで人間。

あたいはぐっと歯を噛む。

あたいがろくでもない輩の血を引いているらしいことは知っている。何と無しに調べて見て、その状況証拠が幾つも出て来たのだから確定だ。もしも四半世紀前に生まれていたら、きっとろくでもない人生を送っただろう事も、である。

だけれども、今は違う。

少しでも進歩しているのなら。

それに沿って少しでも進歩したものを、あたいは守らなければならない。

急ぎすぎないように、敵に接近する。

山で戦闘しているクリーナー・ネメシスは、近付こうとしたランスタートルを、熱線砲で押し返した。

確かランスタートルは熱攻撃に中型種の中ではかなり弱いはず。

それも恐らく、学習した上で攻撃していると見て良い。

ただ、中型もやられっぱなしではない。

そのまま何体かのスプライトタイガーがタックルを掛け、山からクリーナー・ネメシスを転がり落とす。

勿論それで倒れるような相手ではない。

斜面をずり落ちていく間にも、キャノンレオン数体が飽和攻撃を続けるが。

不意に、それらが吹っ飛んでいた。

遠くへ吹っ飛ばされるキャノンレオン達。

まるで子供が人形を放り投げたようだ。

あれも全長二十mくらいはあるのに。

距離があるのに、あの強烈な弾き返し。間違いない。少し前に、ホワイトピーコック・ネメシスが。

スコットランドの近くで使った技だ。

飽和攻撃の弾幕がどうしても薄くなる。それは奴の寿命を延ばすことにつながる。

勿論キャノンレオンはすぐに戻ってきて攻撃を再開するが、どうしても固まって行動は出来ない。

弾幕は結果として薄くなる。

平然と山を下りてきたクリーナー・ネメシス。熱を帯びてきているが、まだ余裕がある。そして、明らかに。

京都工場の方を向く。

「誘導弾は!」

「まだネメシス種のダメージがそれほど蓄積していません! 効果は薄いと思われます!」

「まずい! 京都工場の避難は!」

「人的避難は終わっています! ただ、もしも何かしらの遠距離攻撃を受けた場合、設備は……!」

勿論人命最優先だが、今の時代は物資も極めて枯渇していることを忘れてはならない。京都工場は超世王セイバージャッジメントの整備を行っている場所で、もしも破壊された場合。

再建の手間は、信じられないほどのものとなる。

その場合、クリーナーがでた時に、対応できなくなることを意味する。

あたいは、とっさに。

スピーカーを使って、クリーナー・ネメシスに呼びかける。まだ距離はあるが、やるしかない。

「そこのクリーナーの慣れの果て! 超世王セイバージャッジメントが相手だ! それとも怖くてこっちも見られないか!」

さて、言葉が通じると良いが。

速度を更に上げる。

今はもう仕方が無い。

呉美中佐にも、後から来て欲しいとだけ言う。とにかく、今は一秒が惜しいのである。速度を上げて、おとりになる。

それしか、敵の攻撃を逸らす手段が無い。

クリーナー・ネメシスは動きをぴたりと止めた。

キャノンレオンの攻撃を、例のプラズマ爆破らしいので相殺。

あれ、どのネメシスも出来るのか。

いずれにしても、今の状態では、斃すのにどれだけ時間が掛かるか分からない。少なくとも、中型種の攻撃を主体的に防御するようになったネメシスは、極めて危険だ。少しでも気を反らす。

そうしないと。

加速。

こっちを見るクリーナー・ネメシス。そして、体を細めた。

来る。

とっさに急カーブ。

次の瞬間、超世王セイバージャッジメントが、とんでもない暴風に晒されていた。瞬時にアラートが鳴る。エラーも。

機体はそれほど激しく吹っ飛ぶことはなかった。

受け身も取ったが、取れなくても致命打にはならなかったと思う。

なんだ今の。

映像が来る。

超世王セイバージャッジメントの左側を何かが抉ったのは事実だ。だが、それで左側のカメラが壊れてしまった。

呉美中佐が映像を送ってきたのだ。

それは、クリーナー・ネメシスが。何かを伸ばしてきた映像が映り込んでいた。

クリーナーは人間やその創造物を例外なく溶かす小型種だ。

そうして殆どの街が消えた。

原子炉ですら、クリーナーの手に掛かると何事も無かったかのように消え去り。

シャドウ戦役前に問題視されていた大量の廃棄物も、クリーナーが通った跡は何も残されていなかった。

恐らくそれだ。

つまり、あれの直撃を受けていたら。

ひとたまりも無かった。

左側の装甲がかなりやられている。

まずい。

現状、超世王セイバージャッジメントの装甲は、耐熱仕様も兼ねている。更に冷房の性能は上げてくれているようだが、それでもこれは。

戦闘は長引かせられない。

クリーナー・ネメシスに、驟雨の如くプラズマが叩き込まれる。中型種達によるものだ。少しずつ熱が蓄積してきている。

反撃しようとするクリーナー・ネメシス。

だが、あたいが。

その時には、懐に飛び込んでいた。

斬魔剣Uを一閃し、足の一本を傷つける。足を止めての切りつけ。超高熱を注ぎ込む。凄まじい音を上げるクリーナー・ネメシス。この細い足だ。何本あったとしても、やっぱりダメージになる。

飽和攻撃の厄介な所は、対応がしづらい事だ。

だが、クリーナー・ネメシスは。

学習している最大の脅威である、超世王セイバージャッジメントを潰す最優先目標と判断したようだった。

そのまま、多数の足を立て続けに振り下ろしてくる。

即座に機動。バック、スピン、ウィリー。あらゆる技術を駆使して回避。だが、至近を掠める度に、機体が吹っ飛びそうになる。

分かっている。

まだそれでも、奴は本気じゃない。

今回搭載してきている新兵器も、まだ使い路がない。鬱陶しいと思っているだけで、それほど危険な相手とみていないのだ。

不意にクリーナー・ネメシスが溶ける。

クリーナーとしての普段の姿に戻ろうとしている。まずい。総力で逃げる。予想通り、超世王セイバージャッジメントを包み込もうとしてくる。

もしも触られたら終わりだ。最大限の速度でさがる。

その時、やっと呉美中佐達が追いついてきた。

斬魔クナイが立て続けに突き刺さる。

ジャスティスビームがクリーナー・ネメシスに巻き付く。凄まじい高熱。やっとダメージが入り始める。

がっと飛びかかってくるクリーナー・ネメシス。これは回避できないか。

だが、その時。

やりたい放題にされていたランスタートルが、頭上から突撃を敢行。更にランスまで起爆させた。

人工物ではないものに、クリーナーの能力は通らない。

それもあって、ばちゃんとはじけるようにクリーナー・ネメシスが体を崩す。悲鳴を上げてもがく。

効いてきている。

だが。

再び、今度はウニみたいな形態に形を変える。

即座に離れたのは、勘からだ。

そして、周囲が、爆発していた。

全方位の敵に対する一斉攻撃。

デチューンモデルへも容赦なし。

しかも使ったのは、中型種を吹き飛ばしたあの収束プラズマと見て良いだろう。普通だったら、それで終わりだが。

爆発を突き破って、超世王セイバージャッジメントが奴の至近に躍り出る。

お遊びは。

ここまでだ。

今のを防いだのは、一種のリアクティブアーマーである。収束したプラズマの爆発が、指向性を持つのを見た事で。

その指向性を逸らせば良い。

同じように超高圧プラズマをぶつけて、それを相殺までは出来なくとも、威力を別方向に指向させる。

名付けて……ええとなんだったか。アークリアクティブアーマーだったか。アークという単語の意味はよく分からないが、きっと凄いリアクティブアーマーなのだろう。爆発反応装甲というよりもどっちかというと自動撃墜システムに近い気がするのだけれども。そういうのは畑中博士に突っ込んでも無駄だ。

斬魔剣Uを突撃用に前に倒し、そのままウニ状に体を変えたクリーナー・ネメシスに突貫。

更にシャイニングパイルバンカーもおまけだ。

まとめて熱量を叩き込む。

クリーナー・ネメシスも短時間で体を切り替えた弊害が出ているのか、すぐに対応できず。

苦しそうに体を蠢かせながら、元に戻そうとするが。

戻って来たキャノンレオン達が一斉攻撃。更にグリーンモアも突撃して、その嘴を突き刺した。

熱量を叩き込まれ。悲鳴を上げるクリーナー・ネメシス。

いいぞ、効いている。

呉美中佐は、サブウェポンとして装備してきた投擲型斬魔剣を発射。

さっきの形態変化で吹き飛ばされたジャスティスビームの代わりにはならないにしても。

それでもダメージにはなる。

もう一機は明らかに距離を取りすぎてしまい、今あわてながら間合いを計り直している。

ただでさえ斬魔クナイは扱いが難しいと聞く。責めるわけにもいかない。

形勢逆転。

形状を次々変えた強敵だが、そのまま押し切る。

それに、弱点もわかった。

クリーナー・ネメシスは恐らくだが、形態変化の際に体力みたいなのを消耗しているとみていい。

実際、形態変化をした直後の大技をいなすと、大きな隙が出来ている。

そして、其処に。

誘導弾発射の連絡。

よし。

誘導弾が着弾。明らかにクリーナー・ネメシスの注意が其方に向く。だが、そのままでは終わらない。

腐ってもネメシス種だ。

熱線砲。こっちを狙って来てる。即座にさがる。それに、一気にコックピットの温度が上がってきた。

左側の装甲をやられているからだ。

冷房の性能が上がっても、相殺しきれない。しかも此奴を斃さない限り、どんどん温度は上がり続ける。

放たれる熱線が、京都の山をバターみたいに抉り、溶かす。

あたいは間一髪回避するが、熱線が引き起こした爆発に機体が激しく揺動。受け身を取ったが、それでも骨が軋む音がした。

ガガっと、凄まじい音を立てながら、超世王セイバージャッジメントが弾き飛ばされる。これでもMBTよりも重量があるのに、シャドウの戦闘の前では殆ど子供向けの車の玩具だ。

それでも、なんとかやるしかない。

汗がダラダラ出る。

トイレに行きたくなるのがこう言うときの常だ。どうしてもそれは仕方が無いが、トイレなんか漏らすしかない。コックピットもそれ前提の作りになっている。戦闘に集中。今のダメージで、更に暑くなった。訓練しているのに、気が遠くなりそう。

人間が耐えられる温度、G等には限界がある。

これはもう、サウナなどで我慢できる温度とかではない。

サウナもそもそも「整う」とかいう謎の言葉が作られたらしいが、医学的には不健康の極みであり。

使って健康になどならない。

だが、今は健康のために高熱に晒されているのではない。

ともかく、やるしかない。

ぐっと、熱いレバーを押し込む。

エラーが出ている。

斬魔剣U、ダメだ。今ので多分壊れた。シャイニングパイルバンカー、行ける。それに、投擲用斬魔剣。こっちもいける。

可能な限り全速力で、冷気に突っ込むクリーナー・ネメシスに追走。更には、斬魔剣投擲型を叩き込む。

悲鳴が更に大きくなる。

それで、気付く。

どこかで聞いたことのあるこの声。

顔を歪めた活動家の男が、わめき散らしていた声。

人間が自分は正しいと信じ込んで、ただ周囲に怒りとヒステリーをぶつけるだけの、おぞましい行動。

そういうときに、わめき散らす言葉にもなっていない言葉。

それに、似ている。

熱い。目に汗が。だが、顔を振って、汗を飛ばす。視界がにじむ。だが、それくらいでどうこうしていたら、死ぬ。

負けたら死ぬ。

だから、勝って生き残るしかない。

コックピットの温度が危険域に。

冷房が凄まじい音を立てているが、とてもではないがこの灼熱を相殺しきれない。一気に突貫。

二発目の誘導弾にくいついたクリーナー・ネメシスが。上空に立て続けに熱線を発射。雲が消し飛ぶ。

だが、それで相殺しきれるほどの弱い熱量じゃない。

相手の動きを読んで、近接。

そして、シャイニングパイルバンカーを叩き込む。

最後の出力で、ありったけの高圧プラズマを打ち込む。

それで、クリーナー・ネメシスが、凄まじい悲鳴を上げた。

いや、やっぱり。

これは喚けば相手が引いてくれると学習したクズの、恫喝の声、そのものだ。これはひょっとして悲鳴でも断末魔でもなくて、ただ喚くだけでなんとかしてきた図体ばかりでかいカス野郎の声なのではないか。

ぐっと歯を噛む。

そんなもので。

引いてたまるか。

機体ごとぶつかっていく。キャノンレオンのプラズマが連発して炸裂していく中、斬魔クナイがまとめて突き刺さる。

追いついてきた支援機によるものだ。

上空に向けて、凄まじい熱線を放とうするクリーナー・ネメシス。まだ生への執着が染みついている。あれだけの放熱をさせたら、まだ此奴は倒れない。

だが、その時。

動きを先読みしたかのように、三発目の誘導弾が着弾。

至近。

一瞬クリーナー・ネメシスの動きが止まり。

それが致命傷になった。

ぐっとアクセルを踏み込んで、更にパイルバンカーを……注射器だけど。それを突き刺す。あまりの高温に、パイルバンカーも、機体の前面装甲も融解するが、それだけの熱を同時に与えてもいるのだ。

最後、やっぱり聞こえた。

チンピラががなる声だ。

自分でも何を言っているか理解出来ていない声。

活動家やらチンピラやらがわめき散らして、それで相手が引いてくれると思っている声。

クズの声。

あたいには正しいかどうか理論的には分からない。

ただ、それはどうにも、間違いが無い気がした。

 

撤退する。今回もかなり危なかった。コックピット内の温度は前回の戦闘以上だったようで、すぐに病院行き。

ただ、その搬送中。

あたいは伝えておかなければならないことがあった。

付き添ってくれている呉美中佐に、先に話をしておく。

あのネメシスの断末魔。

聞き覚えがあると。

「中型種の断末魔とは違う感じでしたか?」

「それは聞き比べてみないとなんとも。 ただ、ネメシス種の断末魔は、それで間違いないと思います」

「……分かりました。 私からナジャルータ博士と畑中博士、亜純博士に話をしておきます」

「お願いします。 あくまで小官がそう思っただけです。 熱が酷くて頭が朦朧として、それでそう聞こえただけかも知れません。 一度思い込むとそう考えてしまうという悪癖が人間にはあるとも聞きます。 だから、参考程度にお願いします」

呉美中佐なら信頼出来る。

それで、後は病院で処置を受けた。

やっぱり肌の状態があまりよくないと医者の先生には言われた。まあそれもそうだろうとは思う。

一応対熱用のクリームは塗り込んできたのだけれども、それでも抑えるのは限度があるのだ。

それに、である。

瞬間的に高熱を受けても。

それを防げるのと。

長時間高熱を受けて。

それに耐えられるかは別の話である。

たとえば中型種シャドウの致命傷になるのが同じような……あっちは数万度という単位ではあるのだが。

超高熱の長時間攻撃であるように。

皮肉だが、ネメシス種もそれは同じか。

とりあえず手当てを受けて、リネンに変えて。全身あれこれ処置をされて。検査もする。

寝てしまっていいと言われたが、そうもいかない。

素っ裸のまま色々されるよりは、自分でやった方が良い。

それにこれでも、短時間で高熱に耐えられるようになってきているらしい。

恐らくは訓練が少しずつ効果を示しているのだと思う。

ただ、医師にはもう少し戦闘環境をどうにかしろとも言われた。

いくら耐えられるようになっても限度がある。

このままだと、畑中中将みたいに若くして再起不能になるとも。

それは、いやだな。

まだ後続の目星すらない。

それに、ネメシス種との戦闘は恐らくこれからが佳境になると見て良いだろう。連中はどんどん複雑化、強大化している。

それを思うと、あたいが足踏みしている訳にはいかないのだ。

とりあえず処置も終わって、検査も終わり。

お薬も塗って貰って、それで横になって。

それで、気が抜けたのだろう。

眠って、それで起きる。

まだ若いからだろう。やっぱり翌日には目が覚めていた。そして目が覚めると、アドレナリンが切れたからだろう。

体中がとても痛い。

ただ、それでもまだまだやらなければならない。

体の彼方此方、包帯を巻かれている。

皮膚の状態が悪かった場所だ。

軍の携帯端末を手にとって、連絡をメールで入れる。相手は呉美中佐だ。例の件を話してくれたか。

それについてだが、どうやらレポートまで出してくれたそうだ。

ありがたい。

それから程なくして、ナジャルータ博士から連絡が来る。

内容も翻訳用のAIが訳してくれる。

シャドウ戦役前くらいのAIの自動翻訳は文字通り話にならないレベルだったらしいのだが、現在ではほぼ完璧である。

読むのにまるで支障はなかった。

「非常に面白い説です。 退院するまでに、今までの中型種シャドウの断末魔を確認して、それで同じであるかどうかの確認をしてください。 ただ、今は体を治すことが最優先ですので、あくまで出来る時間にやってください」

「はい、ありがとうございます」

「最終的に確認が取れたらレポートを書いて貰うことになりますが、それは勤務内に時間を設けます。 繰り返しますが、体を先に治してください。 それが今の任務です」

有り難い話だ。

ともかく、医者の先生の話を聞いて、体を治そう。

それにしてもだ。

ネメシス種が活動家やら反社やらがわめき散らすような事と同じがなり声を上げていたのは、なんでなのだろう。

あたいは今の時代だからそれなりに学はあるけれど、どうしても思考能力という観点ではどうしても周囲に劣るものがある。

戦闘での思考と。

論理的思考。

それに知識。

これらは全て別で、全てを兼ね備えている人間はそうそういないと言われている。

あたいは戦闘での思考はわりと出来る方。

今の時代だから、催眠教育で知識についてはばっちり頭に叩き込んではある。

だが論理的思考があまり良くないので、こればっかりは頭が良い人に考えて貰うしかないだろう。

それに、頭が良い人も、戦闘での思考が同じように出来るかどうかは話が別である筈で。

そういう点でも、別に負い目を感じることは無い。

とにかく寝る。

今は寝る事で、回復を促進させる。

起きたら病院食を食べて、まずは包帯を取る所からだ。

医者の先生からは、多分二週間ほどで出られると言う話だから、その間にベストにまでコンディションを回復させておきたい。

全てはそれからである。

ネメシス種はいつ現れてもおかしくない。

だから最悪、病院から出撃する事も考えなければならない。

ただし、焦るのは悪手だ。

あたいも、優先事項については、理解出来ているつもりだ。

 

4、ネメシス種の咆哮

 

ノワールによる説明と、それに飛騨中尉の発言で分かった事。それが、ネメシス種の断末魔の性質。

それもあって、早速検証をして見ることにした。

ナジャルータ博士は、色々な人間のがなり声を分析する。これは専門では無いので、人類学者、音声の分析学者などに依頼する。

それらのデータを集めて、それから調べて見ると。

今までの中型種シャドウには、人間の音声と一致する断末魔を挙げているものは一体もいなかった。

いずれもが自然に存在しない音声ばかりである。

これはあのアトミックピルバグでも同じ。

盲点だった。

確かに、ネメシス種には、いわゆる反社やら、自分が喚けば相手が引いてくれると思ってくれる輩や、或いは活動家などの。わめき散らす声に近いパターンが検出されたのである。

いずれの声も違っているが。

これに関しては確かに盲点だったと言える。

それらを更に分析しながら、専門家の見解を聞く。

それで、分かってきた事がある。

ある人類学者は、こういう説明をしてきた。

「ある民族は、議論という概念がなく、相手にわめき散らすことで威圧して萎縮させる戦術を取っていました。 これを行い、相手が辟易することを勝利と認識していたのですが。 同じような事は、ご指摘通り、反社や、それに類する者達がやってきた事です。 何故にそういうものが成立するかというと、単純に相手がうんざりするから、ですね。 それらの声は相手を恐怖させたり萎縮させるというよりも、相手にするのも面倒くさいと考えさせる意味を持っています。 つまり厳密には、相手に自分がケダモノに近いと思わせる効果があるわけです」

「ふむ……」

「人間と交渉しようとしている人間にとって、会話が通じないと言う事がわかるのは、あまり好ましい状況ではありません。 相手が交渉を切り上げる事を、勝利と認識してしまう事もあるのでしょうね。 巧妙な反社や犯罪組織などの場合は、それをやる者と、裏で状況をコントロールする者が別れていたりするのですが、今回のケースはそれと同じなのかは分かりません」

「ありがとうございます。 とても参考になりました」

これは、お手柄だ。

飛騨中尉がどうしてそんな事に気付けたのかはよく分からないが。

或いは畑中中将よりも、飛騨中尉の方が感覚派なのかも知れない。

一時期流行った言葉に、軍人には理論派と感覚派がいるというのがあった。

昔、軍指揮官というのはどうしても才能が努力を凌駕する分野だと知られていて。しっかり知識を得た指揮官がどう考えてもおかしい負け方をする事がよくあった。それらは後に天下の愚将として知られたのだが。

実際に本当にそうだったのかは、疑問が残るのだ。

それらを合理的に説明するために、そのような言葉が出来たのだが。

畑中中将が理論派だとすれば。

飛騨中尉は感覚派だ。

ともかく、この件はとても役に立つ話だと思う。

ノワールは相変わらず連絡には応じないが。

連絡をしてきたとしても、今の話にこたえてくれるかは分からないが。

それでも、知っておくことに大いに意味はあるだろう。

伸びをする。

かなり夜も更けてしまった。

いつネメシス種が現れるか分からないから、休みは取っておかないといけない。この間の戦闘のように、此処が直に狙われることまであるのだ。

それにネメシス種が攻防一体で使ってくる熱線砲の火力、射程、ともに核兵器に匹敵するかそれ以上だ。

あんなものを連発して来る相手である。

今後何が起きても対応できるよう、しっかり休んでおかなければならないのだ。

とにかく寝る。

そして翌朝、レポートをまとめる。

市川代表にも送っておく。

昔は政治家などにこういうレポートを出しても無駄な事もあった。

だがGDFは組織が昔の国家組織と比べものにならないほど小さい事もあって、普通にこういうのは届く。

天津原代表の時は、残念ながらオツムが微妙だったから、書いても読めない可能性が高かったが。

普通に市川代表は読めるはずだ。

他にも今の時代も活動している学者に論文は電子データで送っておく。

少しでも意見が聞きたいからだ。

そして、形にして送った以上。

これはノワールも見ていると判断して良い。

電子化したものは、シャドウが完全に閲覧出来る。

ネメシスにも見られるのだろうか。

まあ見られたところで、特になんら問題は無いか。

レポートを書くのも、今はかなり簡単になっている。前は年単位、下手をすると十数年を費やすものもあったらしいが。今は進歩したAIの支援で、ぱぱっとやれる。

AIについては、悪くない進歩をしてくれたが。

それもシャドウ戦役後の苦難の時代。

少しでもマンパワーを補うため、皆が必死に努力をした結果だ。

程なく返事が来る。

市川代表からだった。

「面白い意見ではあるので、今後更にまとめて、戦況を有利にするべく調査を進めるように」

以上。

まあ、理想的な意見か。

これに感情的に反発したり、ああだこうだ主観で言われるよりはずっとマシ。

とりあえず市川代表はこの論文を読んだものとして今後は判断出来る。会議などで、話が進めやすくなるだろう。

三池さんがお茶を淹れてくれたので、有り難くいただいてから。

戦闘データを見て、今回の件に共通する何かがないかを見ていくが。

ネメシス種は中型種と違って可変的で。

とにかく元の姿にこだわらない性質があるようだ。

だが、そもそも物理にまったく捕らわれない存在である。

それもあって、どれだけ無茶苦茶をやってもしかたがない。

昔で言うなら非科学的であり得ない存在だが。

存在する以上、それは科学に沿っていて。

非科学的だという言葉こそ、非科学的であるのだという逆転現象が生じる。

学者であれば、存在しているものを、科学的に解き明かしてこそだ。

ナジャルータ博士も、それは理解で来ていた。

ネメシス種のデータを見ていると、連絡。

飛騨中尉が、10日ほどで退院してくると言う。

リハビリを頑張っているのと、若いから回復力が高いのが理由だろう。

いずれにしても。

新米から、頼りになるパイロットに。

飛騨中尉は成長しつつある。

これからはとても頼りに出来そうだと、ナジャルータ博士は考えていた。

 

(続)