死の神の本質

 

序、検証

 

グレイローカスト・ネメシスの変形の過程の映像が流れている。最初はザトウムシのようになり、それから飛び立った。

飛び立った後は、巨大なグレイローカストの姿に似ていて。

そしてその戦闘スタイルは、まさに爆撃機だった。凄まじい火力に、ずっと生きた心地がしなかった。

ともかく、である。

あたいは、皆と一緒にそれを見てから、感想を言い合うのを聞く。

この間、呉美少佐は中佐に昇進。

あたいはもうしばらくしたら中尉に昇進らしい。これは人事のバランスだとかで、よく分からない。

給金は上がるかも知れないけれど。

はっきりいって今生活に困っていないし、お金なんてあっても使い路がない。

今の時代は基礎生活は出来るように補助がされているけれど、贅沢品なんかは殆ど残っていない。

文化遺産も悉くシャドウは破壊し尽くしたからだ。

おかしな話で、シャドウ戦役の前には、カルトの原理主義者やら、エコ思想を拗らせた連中やらが似たような事をしていたらしい。

人間が作り出した歴史的に価値がある存在の一つである文化遺産なのに。

人間が積極的に破壊して回っていたそうだ。

文化遺産でないレベルの文化に関しても、「気にくわない」という理由でこの世から排除しようとしたりする連中もたくさんいた。

シャドウと人間は同じなのではないか。

あたいはそう思ってしまう事が、時々ある。

「グレイローカスト・ネメシスは最初、まったく正体が分からないほど体が崩れていました。 偵察にあたっていたスカウトも、元がなんだか分からないと言っていたほどです」

そうナジャルータ博士が説明する。

此処には畑中博士とナジャルータ博士、それに麟博士もいる。呉美中佐は此処にはいないが、哨戒任務中だからだ。

畑中中将は病院。

一時退院は出来ても、基本的に今後は病院生活だそうである。

まあ、それは仕方が無いだろう。

あの体では、本来外に出ることさえ許されないのだろうから。

いずれにしても、あたいでは。

この面子の中では、意見なんていうのは厳しい。

「妙な話ねえ。 シャドウは個の意識が薄いようだと思っていたのだけれど、ひょっとしてそれだけではなく、個の概念も薄いのかしら」

「ノワールの発言を見返す限り、「私達」という一人称を使っていますし、その可能性は高いと思います」

「それにしても体まで崩れるなんて。 やはり死というのは精神の死なのでしょうか」

まったく違う言葉を口にした麟博士だが、AIがそう翻訳する。

とにかく意味不明な言葉の羅列だったのに、それがこうなるのは本当に凄い。

麟博士に説明して貰ったのだけれど、言葉にする脳の機能が一部おかしくなっているらしいのだ。

それでAIがその辺りの法則性から、喋りたい事を翻訳してくれている。

それだけで、どれだけ有り難いか分からないと。

まあそうだろうな、とだけ思う。

「それに、ついに中型種への攻撃を防ごうという行動まで見られましたね」

「確かに。 それに……ノワールの発言からして、ひょっとしてシャドウには何かしらの統率者の他には、中型と大型、それに小型しかおらず、しかもそれぞれは正確には種ですら無いのかも知れないですね」

「だとすると、必要に応じて姿を変えているだけかしら」

「興味深い説です」

難しい話をしている。

あたいは病院から出て来てから、万全とはいかないけれど、もうそろそろ大丈夫だろうと思う。

ただし、畑中中将のようにならないように。

出来るだけ無理をするなとも言われている。

それはあたいも分かっているけれど。

誰かが無理をしなければ、シャドウを止められっこない。

実際グレイローカスト・ネメシスには、あたいだけでは絶対に勝ち目なんかなかっただろう。

「中型種の支援行動が前回の戦闘では見られました。 ただこれには、飛騨少尉の的確な敵前回頭と、戦地を濃尾に押し戻した行動もあったかと思います」

「え、えっと、小官ですか」

「飛騨少尉ですよ。 いい判断でしたね」

「い、いえ、光栄です」

話を急に振られて恐縮するばかりである。

あたいは中型に支援されなければ死んでいた程度の実力だし。あの程度の判断をした程度で褒められると悲しくなる。

もっと冷静に立ち回らないと。

シャドウに助けられるなんて、とんでもないことだとあたいは思うし。

何より最後の段階でグレイローカスト・ネメシスが倒れた後。

その気なら八つ裂きに出来るのを、中型達は無視して、逃げるのを見逃してくれた。あれは相手の気分次第だったのかも知れないと思うと、ぞっとするばかりだ。

あたいが恐縮しているのを見て、茶を三池さんが出してくれる。

皆礼を言って、わいわいとクッキーを食べ始める。

どうしても味が悪い茶と違って、こっちは美味しい。

基礎的な作物は今でも作れるし。

シャドウ戦役後にいわゆる近代農場が実際に動くようになり、地下空間で無人の畑と田んぼで、作物が取れるようになったのだ。

それらの作物は完璧に管理されている事もあり大変においしい。

会議が終わったらしく、広瀬大将がテレビ会議で参加してくる。

ちょっと背筋が伸びる気分だ。

「一つ決まったことがあるので、連絡だけしておきます」

「伺います」

「ネメシス誘導弾の使用に関する承諾がおりました。 ただし、即座に弾丸を精製出来るわけではない事、何より大がかりなシステムになる事もあります。 今後、移動式にはこだわらない方向で運用する事に決まりました」

「ふむ、そうするといっそミサイルに搭載しますか? いや、ミサイルだとブライトイーグルがEMPを打ち込んで来かねませんね」

畑中博士に、広瀬大将が頷く。

そこで、完全に埃を被っていた大型の臼砲を用いるという。

これはシャドウ相手に大口径弾を試そうという計画があり、実際に少数が生産されたらしいのだが。

シャドウにはそもそも質量兵器が通じないと言う結論が出た事もある。

小型は質量兵器で斃せるケースもあるが、小型相手でもこんな大型大砲では意味が無いとGDFも結論。

現在各国に十数門、神戸にも三門があるという。ただ大半は整備が必須。神戸のも、一門は徹底的なメンテナンスが必須の状態だそうだ。つまり事実上今使えるのは二門である。

これについては鋳つぶしても良いのでは無いかと話が上がっていたらしいが。今回、これを利用する事に決めたとか。

「誘導弾を搭載して曲射するだけであったら、問題なく必要な精度で発射できます。 狙った地点の半径五m以内に着弾させられるので、十分に誘導効果は期待出来ると思われます」

「射程距離に関してはいま此方で確認しました。 これならば、少なくとも現在確保している安全圏内を守るには十分ですね」

「うえ……」

あたいは思わずぼやく。

最大距離まで届かせる場合、弾丸が成層圏近くまで上がって。其処から落ちるのか。もはや迫撃砲の領域を超越している。

風なんかの影響とかもあるだろうから、半径五mのブレが出るのだろうが。

確かにこれは小型シャドウにはまるで通じなくとも、ネメシス種を誘引するには十分だろうと思う。

ましてやシャドウの領域にぶち込む事ができれば、シャドウが勝手に環境を修復するだろう。

問題はそれをシャドウが迎撃しないか、だが。

それについては、弾道を低くするくらいしか対策があたいには思いつかない。

ただ近代の迫撃砲は、曲射の弾道を自動計算して、着弾想定地点にあわせて勝手に動くらしい。

あくまで携帯用のではなく、車両に搭載するような大型迫撃砲の話ではあるのだけれども。

それなら、恐らく大丈夫だろうとは思う。

ただ、思わず声が出るほどばかでかい砲弾だ。

世界大戦の時に使われた、列車砲とか言う変態兵器についての授業を思い出してしまう。

あれは実戦ではほとんど使い物にならなかったという話だ。浪漫砲の現実である。

要塞というものがほぼ実戦で使い物にならなくなり、要塞を破壊するために作られた巨大砲を運搬するという思想そのものが意味を為さなくなり。

更には制空権の登場により、そもそも動きが鈍い列車砲は破壊され放題の的と化してしまったからだ。

今回はそれらの全てを考えず、単に静的目標に誘導弾を届かせれば良いだけなので、これが使えると。

いや、なんというか。

これを考えて作ったアホは、まさかこれがちゃんと利用されるなんて考えてもいなかったんだろうなと思って。

あたいはちょっと遠くを見る目になってしまった。

「無用の長物を使えるように出来るのは良い事ではありますね。 幸いこれは維持に金は掛からなかったでしょうが」

「今から整備して、使えるようになるのは二週間ほど後になります。 それまでにネメシス種が出ない事を祈るしかありませんね」

「分かりました。 とりあえず、会議は締めます」

皆、それぞれ会議から離れる。

あたいは訓練するか、と思って立ち上がりかけたが、ナジャルータ博士が皆に目配せをしている。

これはひょっとして。

ノワールと名乗る、シャドウの親玉からの連絡かも知れなかった。

 

ナジャルータ博士のもとに、ノワールがメールを送ってきた。

相変わらず揶揄するような内容だった。

「新しいパイロット、調べた所によると飛騨咲楽というのだね。 とても優秀で驚いたよ。 まさかあれだけ大胆な誘引策を使ってくるとはね」

「そのような事よりも。 ネメシス種が増えているのはどういうことでしょうか」

「私達は元から死んで行っていた。 たまたまさ。 二つの死が重なったのは」

「貴方にとって死とはなんですか。 私達の定義とは違いますよね」

「有機生命体の定義とは違うかな。 ただ、貴方たちもそろそろ分かってきているのではないのかな。 君達の抵抗が、私達の死を招いた。 しばらくはこれは続くだろうね」

やはりか。

超世王セイバージャッジメントの出現による反転攻勢が、シャドウに小さくないダメージを与えていた。

その仮説は正しそうだ。

ただ、スタンドアロンのシステムにまで入り込んでくる可能性があるシャドウである。

迂闊な事は言えない。

監視カメラなどで音声を拾われたり。

或いは支援AI等が思考を読むケースもある。

流石に具体的な専門的思考をAIが読むことは難しいが。シャドウが手を入れたらどうなるかは分からない。

三池さんが、偽物では無いと合図を送ってくる。

まあそうだろう。

ノワールのしゃべり方はだいたい分かっている。メールについては、転送もしている状態だ。

「飛騨少尉を助けてくれたことは礼を言います」

「それには及ばないよ。 あの優れた個体を助けたのは、私達のためでもあるのだから」

「……ネメシスの出現はやはり想定外なのでは」

「うーん、ちょっと違うのだけれどね。 まあそれについてはいい。 それよりも、これからについてだ」

ノワールが話を切り替えてきた。

この間、共闘を正式に持ち込んできた。

それを考えると、非常に厳しい状態だと言える。

ともかく、である。

軽く深呼吸して、それでこれから話を進めて行かなければならない。

「この間君達の街の一つを壊滅させたように、死んだ私達は元々の性質のうち、人間の駆除を優先する傾向がある。 あれは処理する前に最後の一撃を、人間への最大被害という形で出した訳だ。 そして死んだ私達は、少しずつ学習している」

「死んだ存在が学習……?」

「死の定義が有機生命体とは違うというのは貴方が言った通りだと、私達は認めたではないか」

「いや、それにしてもあまりにも不可解な言葉なのでね」

想定通りとは言え。

まさか本当に学習していたのか。

いや、だとするとだ。

ネメシス化する小型種が、日本に多く出ているのも納得出来る。

今、世界最大の都市である神戸を潰す。

それがネメシスにとっての優先事項。

人間への最大被害には、もっとも効率的だからだ。そしてネメシス種は、今後も日本に優先的に現れる事を意味してもいるだろう。

「環境へのダメージを、死んだ私達は考慮しない。 そこでだ。 此方からもう一つだけ譲歩しよう」

「内容にもよります」

「ああ、其方に一切損は無い話だよ。 死んだ私達を対処する間は、基本的に行動を黙認する。 まあ内容次第だね。 例えば核兵器を撃ち込んでくるような行動は、流石に即応させて貰うけれど」

「分かりました。 それは此方にとっても好都合です」

飛騨少尉がグレイローカスト・ネメシスを斃した時。

シャドウ側の領域にいたが、中型種は攻撃しなかった。

そして今の会話でも分かったが。

明らかにシャドウも、ネメシス種を持て余している。

中型以上のタフネスを持ち、シャドウがやってきた環境の回復を滅茶苦茶にする存在でもある。

それは確かに、手を焼くかも知れない。

実際問題、ラムセスの均衡で起きた大規模地震攻撃については、津波まで引き起こしかけたのだ。

どれだけの被害が出たか、分からない程である。

「それでは頑張ってくれたまえ。 私達は私達で、対策を練ることにするよ」

「そうですか」

メールのやりとりが止まった。

それにしても、色々不愉快なものいいだが。しかし、不愉快かどうかで判断して良い問題ではない。

それこそ相手は地盤を粉々に砕いたり、地震を起こして大損害を引き起こしても平気な顔をしている相手だ。

今までのシャドウは、ある意味人間を始末して、地球の環境を回復させるだけの存在であったから。

まだ対処はしやすかったのかも知れない。

実際シャドウ戦役後の四半世紀は、シャドウ側からは基本的に手を出してはこなかったのだから。

すぐに市川代表からメールが届く。

GDFの最高幹部だけで、今の事について話し合うという。

まあ、それが適切だろう。

ただ、さっき会議が終わったばかりなのだが。

急ぎではないだろうし、休憩を入れたいくらいなのだが。そうも行かないだろう。ともかく、やるしかない。

広瀬大将も即座に会議に引き戻されたようだ。

それにしてもろくでもないタイミングで連絡をしてくるなノワールの奴。

そう思って、げっそりする。

話の内容についてメールの内容が展開されると、即座に広瀬大将が提案した。

「これは好機ですね。 誘導弾をシャドウの領域側に打ち込んでも全く問題にならないと思います」

「中々過激ですな」

「そもそも中型シャドウ相手には通用しないものです。 恐らく小型も斃せないでしょう。 シャドウによる環境修復速度から考えると、この誘導弾によるダメージ程度は黙認できる範囲の筈です」

苦言を呈する嵐山さん。

やがて、市川代表が言う。

「広瀬大将。 それでは相手側の提案に沿って、更にドクトリンの調整をお願いしますよ」

「分かりました」

「それでは、私の方から各国代表へとこの内容は展開しておきます。 まあ、相手側の譲歩を立て続けに引き出せている。 それだけで充分としましょうか」

市川代表と広瀬大将の間には火花が散っているが、表向きは連携はしている。まあ、実際それがしっかり連携として機能している。

政治としてはそれで十分。

感情にまかせて国政を左右するような輩と。

阿諛追従でのし上がるような人間がいる状況。

その方が余程異常でダメだ。

ナジャルータ博士は、とにかく仲が悪い二人を見てひやひやはするが。犬猿の仲は昔からだし。

仕事としてもきちんと出来ているのも立派だ。

だから何も言うことはない。

会議も終わり、それでやっと休める。

問題はここからだ。

ネメシス型が二体同時に出現。

極めて危険な事態が発生している事に代わりは無いし。相変わらず危なげなく勝つ事は一度も出来ていない。

それである以上、今後も楽に戦いを進められるわけがない。

まだまだデータを集めなければならないし。

ノワールの発言についても分析をしていかなければならない。

何よりも、ネメシスの発生のメカニズムが謎だらけのままだ。次に出現した時の被害を抑えるために。

どうにかそのパターンを発見しなければまずいだろう。

此方から仕掛けていた時は、まだ楽だったんだなと思い知らされる。

実際問題、戦場を選ぶ事も、準備をすることも出来ていたのだ。

しかし、ネメシスが突発的に出るようになってから。

戦況は一気に悪化した。

このままだと、飛騨咲楽少尉に何かあった場合、取り返しがつかない事が起きかねない。もう代わりはいないのだ。

今の時点で既に探し始めているが。

畑中中将と飛騨少尉に共通しているものが見つからず。

人間学などの専門家も、頭を抱えているという。

適性についても、実際に触らせてみないと分からないと言う話である。それもあって、次世代のパイロットの選出は難航していた。

「ナジャルータ博士」

顔を上げると、三池さんだ。

誰か連れている。

一瞬思い出せなかったが、思い出した。確か、以前水面上昇が起きていると発覚したとき招集した学者の一人である。

既に中年の男性で、恐らくシャドウ戦役を経験している年齢だ。

敬礼して、それで話を聞く。

わざわざ京都工場まで来たと言う事は、大事な用事があるのだろう。

そして、その用事について聞かされて、思わず黙り込む。もし本当だとすると、かなり面倒な事になるかも知れない。

ネメシスが出現する条件の仮説。

もしそれが本当だったら。

もはや、人間に打つ手はなかった。

 

1、拡大する被害

 

北極圏にいる大型種、通称魔王が動いていた。

北米で観測にあたっていた部隊が緊急連絡を入れたのは。魔王による低空攻撃が確認されたからである。

あたいも聞いているが。

ノワールとやらの話によると、魔王は衛星軌道上の人工衛星やデブリを無に帰すためにシャドウが繰り出して来た存在らしく。

魔王が衛星軌道上のデブリやらを全部掃除した結果。デブリだらけで隙間も無かった衛星軌道上は、人類がロケットを打ち上げ始める前の綺麗な状態に戻っているそうである。

その魔王が低空攻撃。

一大事に決まっている。

そして、魔王からの大火力攻撃は、現在人間が住んでいないカナダの一角に着弾。辺りを消し飛ばしていた。

それも連続で放つ攻撃が、立て続けにその辺りを爆破している。

中型種も、攻撃に参加しているようだという話で。

あたいも招集されて。

それでオンラインでの映像を確認していた。

「多分これ、ネメシスがでたんですよね」

「恐らくは」

ナジャルータ博士が言うが、どうにも歯切れが悪いな。

少し前に中年男性の博士が来て、少し話をしていったようなのだが。それ以来どうにも様子がおかしい。

何かあった可能性が高い。

あたいはそう見ていた。

いずれにしても、凄まじい火力が連続して投射され、カナダの一角を焼き払い。やがて、凄まじい爆発が検知されていた。

ネメシスがいたのだとしたら。

超高熱の飽和攻撃を受けて、消滅したのだろう。

ただ、その際に、恐らく放熱を行った。

爆発は震度6相当の地震を引き起こした上に、電離層まで衝撃波が影響を与えていたようだが。

中型小型が寄って集って環境の修復を開始する。

地震も、一番近い人間の都市まで距離があったこともある。

大した揺れにはならなかったようだ。

ただ、地震が日常的に起きる日本と北米ではだいぶ事情も違う。北米の幾つかの都市では、パニックも起こったようだった。

ともかく、ネメシスがでたとしても。これで終わりか。

しかしながら、観測されたダメージやらは洒落にならないとあたいでもわかる。どうせ訓練に出るつもりだったから、あたいは気持ちを切り替えた。

どうにもできないからだ。

ともかく、今日も受け身。

それと、対熱訓練をする。

暑さの中で、どれだけ冷静に判断出来るか。その訓練だ。とにかく暑い中で、シミュレーションマシンと向き合う。

ネメシスとやりあうのなら、どれだけ暑くても耐えられないと。

ただ、一度訓練をするだけで、体力の消耗が激甚だ。

スポーツドリンクというのを飲んで。

それで、休憩を挟む。

気温差が凄まじいので、風邪を引きかねないこともある。医師に訓練の度に、体を見てもらった。

色々面倒だが。

これは仕方が無いだろう。

とにかく、訓練を続行する。何度もシミュレーションマシンに入って、それで盾役に徹する。

誘導弾が実戦で試された。

そういう話が聞こえてくる。

例の大型砲による曲射が使われたのだろう。

それで、カナダの奴は誘引に成功したのか。

ちょっと興味があるが、今は訓練に集中すべきだ。だから、意識はちゃんと訓練へと向ける。

淡々と訓練をやれるようになってきた。

戦う時には出来るだけ人間性を捨てろ。

それはいつも言われていることだ。

ただし、戦いが終わったら人間に戻れ。

そうとも言われている。

ずっと人間性を捨てていると、サイコ野郎に落ちる。それは理屈として理解出来る。戦場でずっと化け物として暴れ続け。

戦争が終わっていざ日常に戻ろうとしたら、戻れずに苦悩することになった。

そういう人は、古くからたくさんいたらしい。

しかしながら、人間のまま戦えば、必ず相手に遅れを取る。

殺す事を躊躇うな。

それが兵士としての第一段階。

ただ、対シャドウの場合は、ハードルが低いと言える。少なくとも、相手は人間型ではない。

そう言われているらしいのだが。

あたいにはそうは思えない。

あれらは尋常な生物では無いかも知れないが、意思を持った存在である。である以上、殺しても何にも心が痛まないというのも異常だ。

安易に相手を悪と決めつけて、殺してもなんとも思わないというような思考を、善悪二元論とかいうのか。

人間にとってはとても魅力的な思考であるらしい。

理由は簡単。

何も考えなくていいからだ。

全肯定と全否定は、どっちも逃げ。

何も考えずに、どれだけの蛮行でも平気で行えるようになる。

ただ、こういろいろ悩んでいると、あたいも戦場で遅れを取りかねない。それも分かっている。

だから、ある程度は割切るしか無い。

その割切るのが、とても難しくて悩まされていた。

同世代の人間はツラが良い男だの美味しい菓子だの綺麗な服だのに興味を持つのだろうか。あたいはそんなもの、あまり興味を持てない。

色々と普通からは外れているが。

それが迫害の対象にならない事だけは。この時代は良いことなのだろう。

嘆息一つ。

悩みが晴れない。

訓練をして、体を動かす。

頭を空っぽにして戦うのが推奨されるのは、格闘戦などだが。残念ながら、シャドウに格闘戦は通じない。

悩みと戦闘への切り替えの両立。

求められているその壁は。

残念だけれど、あたいみたいなあんまり頭が良くない人間には難しかった。

苦労しながら訓練を進め。

それが終わったので、一段落する。

体力はついてきたが、筋力がまだまだだ。

重量級の火器を持ち運ぶ必要はあまりないが、それでも焼け付いたレバーを動かしたりする時は、どうしても筋力が必要になる。

筋力だけではダメなのも事実だが。

それはそれとして筋力もいる。

ベテランの兵士も含めて、コツを教えて貰う。

時間がどんどん過ぎていく。

休憩を適宜入れながら、訓練を進める。受け身の練習もする。上達はすぐには感じられない。

それでもやっていかないと。

実戦で、大きな被害を出しかねないのだ。

夕方近くに、今日分の訓練が終わる。体力の問題ではなく、AIがデータを取っていて、医師がそれを診ながら最高率の訓練を指示している。その結果だ。

体がフラフラなので、軽く休む。

その時に、話を聞いた。

「カナダにでたネメシス、中型を躊躇無く押しのける姿が確認されていたらしいぞ」

「この間ダンゴムシ野郎を封じ込んだネメシスがいたが、まずいんじゃ無いのかそれ」

「相性的に中型には勝てないんだろうが、それにしても中型に抵抗するようになったら、それだけ被害も増えるんじゃねえのか。 今までネメシスは中型に無抵抗だったから、どうにか斃せていたんだろ」

「ヤバイかもな。 超世王セイバージャッジメントに誰でも乗れれば良いんだが……」

期待が両肩に乗る。

あたいはため息をつくと、隊舎に戻る。

帰路はジープがでる。

正式に中尉になったあたいだが。

それはそれとして、やはり超世王セイバージャッジメントのパイロットだから、なのだろう。

新兵らしい兵士に話を振られる。

「この間は大活躍だったらしいですね。 ともかく弾薬も足りない今の状態だと、俺等には何もできないのが申し訳ないです」

「いえ、今は兎に角、ネメシスとの戦闘で無駄に消耗するのだけは避けてください。 対策が出来るようになった後、戦力が残っていないのでは困りますので」

「若いのにしっかりしていて凄いなあ。 俺が貴方の年の頃には、だらしなくてどうしようもなかったのに」

「……ははは」

そう言われると困る。

今でもあたいはだらしないし、いい加減だ。

だから、こういう風に美化されると本当に困る。あたいはそんな凄い人間ではないのだから。

 

翌日、京都工場にでると、広瀬大将が来ていた。

ブライトイーグルを撃墜する事に成功した戦闘で片腕を失った、それでも勝利に向けての指揮を執り続けた闘将。

まだ若い女性なのに、いわゆる新生病持ちで、体が弱くて苦労しているらしい。

いずれにしても、尊敬する相手だ。

敬礼をかわす。

どうも広瀬大将は、ナジャルータ博士と、畑中博士と口頭で打ち合わせをするために来ていたようだった。

とりあえず帰っていったので、ちょっとだけ安心した。

とにかく凄い人だと言うこともある。

無礼があるんじゃないかと思って。びくびくするのだ。

三池さんが、お茶と菓子を片付けている。

昔はこういうのは残すのがマナーだった時代もあったらしいが。

物資不足を経て、今ではどんな偉い人間でも、出されたものは丁寧に全て食べるのが必須とされている。

まあ、その方が健全ではある。

餓死する人間がいるのに。

膨大なまだ食べられる食糧を廃棄していた時代の方が、余程おかしかったのだろうから。

「飛騨中尉、此方に」

「はい」

呉美中佐に呼ばれて、場所を移す。

言葉遣いも躾けられて、今では丁寧に喋る事が出来るようになった。まあこれは、催眠教育でも仕込まれたのだが。

いずれにしても、あたいという一人称で気兼ねなく話せるのは。隊舎にいるロボットくらいである。

今の時代は誰にも友達がいない時代、なんて風にも言われるらしい。

まあ、それもそうかも知れない。

工場の隅、周囲から音を拾えない場所に移動。

広瀬大将にしても、わざわざ口頭で話しに来たのだ。恐らくは、ノワールに聞かれたくないのだろう。

「カナダに出現したネメシス種ですが、ブルーカイマンだったことが分かっています。 これが以前畑中中将が斃した個体よりも更に巨大で獰猛で、しかも一直線に北米の大統領がいるネオニューヨークを目指していたようです。 それを防ごうとした中型種を何体も弾き飛ばして」

「それは……」

「異常事態です。 魔王が動いただけでは無く、中型が火力を集中投射しても熱線砲を辺りにまき散らし、何カ所かで核爆発に近い被害が出ました。 結局中型が斃しましたが、その過程で一つだけ良いことがありました。 誘引弾が実戦投入され、それについて中型が反応せず素通りさせ、更にはブルーカイマンの誘導に成功しています」

「!」

それは、確かに良いことだ。

開発された誘導弾が、ついに効果を示したというのは大いに意味がある。

しかも前回は移動式の大型迫撃砲車両が鈍足過ぎて戦場に間に合わなかったという失敗がある。

弾そのものは、別に超テクノロジーの産物ではない。問題は保存ができないと言うことである。

それをクリアするために、大型弾道砲を用いるようになったのだが。

それがきちんと相手の誘引につながったのは素晴らしいと言える。

「それは素晴らしいですね」

「ええ。 ですが、今はノワールにこれらについての此方の反応を知られたくありません」

「どうしてまた」

「今の時点でノワールは協力的な行動を続けています。 しかしながら、そもそもネメシス種の動きがおかしすぎるんです」

まあ、それはそうだ。

そもそもだ。

ノワールが仮に嘘をついていないとしても、今まで聞かれたことにこたえられないとしてこたえていないケースが幾つもある。

つまり嘘をつかなくてもいい局面でしか喋っていない。

そういう解釈も出来る。

人間が嘘つきな生物であることは、あたいも同意する。

歴史なんて嘘の塊だ。

勿論誠実な人もいる。

だけれども、シャドウ戦役の前には、誠実で真面目な人は、バカの代名詞として扱われていたらしい。

人間の本音は、抵抗できない弱者を痛めつけたいし。

殺戮の限りを尽くしたい。

そういうものだ。

これについては、あらゆる歴史的事績が証明している。

ただ、それとは違うと言っても。

ノワール……シャドウの人間への窓口が、人間が考えるような誠実さを持っているかというと、違うのだろう。

確かにそう指摘されると、そうだろうなとあたいも思う。

いずれにしても、今は此方の動きは出来るだけ知られない方が良いと言う事だ。

「それでは訓練に戻ってください」

「はい。 流石に二体同時にネメシスを相手にするのは厳しいですし、なんとかなると良いんですが」

「今、それについても分析しています。 どうもネメシスについて、恐ろしい仮説が出たようで、検証をしているようです」

「小官には何もできないですね」

少し寂しそうに呉美中佐は笑った。

或いは、呉美中佐も同じように無力感を覚えているのかも知れなかった。

ともかく、今は訓練だ。

何もかも忘れて筋力強化の訓練をし。高熱の中で戦う訓練をする。

温度差に耐える訓練もする。

激しいダメージを、ネメシス戦をすれば受ける。これはもう、前提として動く。まだあたいは体が伸びる。背は伸びないかも知れないけれど。体をもっと強く作る事だって出来る。

そう考えて、ひたすら訓練のメニューをこなす。

真面目によく頑張っている。

そう褒めて貰えることもあるが。

あたいにはそれしか出来ないだけだ。

これについては、あたいは自己評価をしていない。たまに自己肯定感が高い人間とやらをみるが。

別種の生物としか思えなかった。

だから、やれることを淡々とするしかない。

ストップが掛かる。

負荷が掛かりすぎているというものだ。言われた事には、素直に従う。あたいは正論を嫌っていたようなアホとは違う。医師よりも自分の方が病気に詳しいとか思い込んでいるバカとも違う。

専門家の言う事には、従う。

それだけの話だ。

休む間、専門のロボットによるマッサージを受ける。

時々痛いくらいに筋肉を刺激されるが、それくらい体を酷使されていると言う事だ。そしてロボットなので、人間には出来ないようなマッサージも出来る。効率も何倍も優れている。

マッサージを受けながら、ぼんやりする。

ただでさえ頭はあんまり良くない。

だから、こう言うときに、少しでも休んでおくのが大事だ。

マッサージを受けて、また訓練に戻る。

今後、シャドウとの戦いはステージが変わる。

中型種相手を主体にしていた戦いは終わり。人類の版図を回復する行動は止まることになる。

代わりに見境なく何もかも破壊に掛かるネメシスをどうにかしなければならない。

ネメシスはシャドウですら無いのかも知れない。

性質は同じであっても。

確かに、シャドウのような効率最優先の存在ではないから、それについては頷ける部分も多い。

いずれにしてもあたいは。

訓練をして、対応できるように手を打って置く。

それだけだ。

 

真面目に訓練を続けている飛騨中尉を横目に、畑中博士とナジャルータ博士は一緒に工場の外に。

音声などを拾われない場所を既に見繕ってある。

ノワールが全て監視しているかも知れないが。

それでも、此処はどうにもできないだろう。

シャドウは人工衛星を、デブリもろとも一つ残らず、シャドウ戦役の時に葬り去った。人工衛星があった時代には、それこそどこからでもどこでも監視できたような時代があったらしいが。

それはもう、いにしえの話。

25年も前の、全てが違う前提で動いていたときの話だ。

シャドウは超絶的なスペックを持っているが、流石に電子機器を好きに出来ても、こういう所での会話までは拾えるとは思えない。

故に、ナジャルータ博士は、こういったところでの打ち合わせを提案。

ちなみに有能ではあるが信用できない市川にも聞かれないようにはしている。

市川には、こういう一種の密談をする事は既に話してある。

もし市川が独裁者になるようだったら、こういった行為を理由に粛正を目論むかも知れないが。

その時は人類が終わる時だ。

市川がそこまでアホだとは、ナジャルータ博士は考えていなかった。

「分析の結果を進めています。 麟博士の得意な統計学を含めた幾つかの学問から進めているのですが、面白い事が分かってきました」

「詳しく」

「はい。 ネメシスは学習しています。 人間の攻撃、弱点だけではなく、中型種に「攻撃」せず逃げ延びる方法を。 そして、それこそが恐らくはシャドウにとっての死だと考えて、ほぼ間違いないでしょう」

「やはり集合的思考からの逸脱」

頷く。

小型シャドウは、本来は弾よけだ。

中型種は基本的に数が少なく、戦闘力にしても圧倒的である。それを考えると、小型種は役割が弾よけになる。

更にだが。

ノワールが言っていたように、中型種には寿命がないとすると。

恐らくだが、集合的思考を行う存在としての、上位ネットワークに存在しているのだとみて良い。

そして逸脱的な思考があった場合は、小型種に押しつけられる。

それが限度を超えてしまうと。

ネメシスになる。

「まだ仮説の段階ですが、これでほぼ間違いないかと」

「ふーん、私も異論はないわねえ。 ただ、集合的な思考をする存在となると、それは生物というよりは」

「はい。 やはりシャドウは生物ではなく、一種の機械なのではないかと思います。 シャドウは斃されると消えてしまう。 それを加味して考えると、機械といってもナノマシンボットなどの人間が想像する存在とは、また違ったものなのではないかと思うのですが」

「熱が弱点で、物理的特性を無視した動きをする。 それどころか物理的な現象すらを制御下においている。 それが不可解なのよねえ」

熱が弱点といっても、キャノンレオンやランスタートルを例に出すまでもなく、熱攻撃を主力にしているシャドウは中型種に幾らでもいる。

シャドウは熱が苦手なのではなく。

熱を連続して浴びるのが苦手なのだ。

身も蓋も無い話だが。

地球が超新星爆発にでも巻き込まれたら、シャドウはひとたまりも無く全滅してしまう事だろう。

まあ太陽が寿命を迎えるのが50億年後。

その頃には流石のシャドウも、地球をどうこうは出来ないくらいの状態ではあるだろうが。

「シャドウの本来の目的は地球の環境を人間の出現前……一万年前ほどの状態に戻すことと見て良いでしょうね。 それには大量に増えた人間の駆除が必須だった。 ここまでは問題が無さそう。 小型種がネメシスに変化した後、その駆除の命令だけを愚直にこなし、他が全ておざなりになっている。 中型種への従属も、環境への配慮も」

「はい。 人間への殺意だけが暴走している理由なのですが……」

「それについても仮説が?」

「恐らくですが、超世王セイバージャッジメント」

「……」

超世王セイバージャッジメントとデチューンモデルは、小型相手に無敵、とまではいかないが。

少なくとも広瀬ドクトリンで武装した狙撃大隊以上の効率で、小型種を斃せる。

正確には、超世王セイバージャッジメントが、ではない。

畑中博士が作り出した兵器が、だ。

そもそも戦車砲の直撃にすら耐えるケースがある小型種だ。

それを考えると、あのような被害は想定外だった可能性が高い。

それは憎悪というよりも。

むしろバグなのだろうとナジャルータ博士は思う。

「中型種シャドウは、途中から明確に超世王セイバージャッジメントを意識した動きをしていました。 十世代は最低でも上回るテクノロジーを持っているのに、創意工夫でそれをひっくり返してくる相手……。 脅威でしかないと思います。 そして中型種が脅威を感じたとき、愚直に従っている小型に、その混乱が伝播したのだとしたら」

「……なるほど、ノワールが共闘を申し込んでくるのも当然か」

ノワールは始末に負えなくなったネメシス種をどうにかしたいのではなく。

バグが蓄積して、人間への殺意で塗り固められ。他を忘れたネメシス種を、効率よく始末したい。

そういう事なのだろう。

そうこたえると、頷くナジャルータ博士。

畑中博士は、ため息をついていた。

「とはいってもねえ。 そもそもネメシスは元々現れていたらしいし、超世王セイバージャッジメントがなければ、シャドウにずっと飼い殺しにされていたでしょうしね」

「はい。 超世王セイバージャッジメントが悪いのではないと思います」

「とにかく、更にネメシス種は危険度を増している。 それに対抗するために、新しい装備を作り、既存の装備を洗練しないとね」

ナジャルータ博士と畑中博士は頷きあうと、仕事に戻る。

戦いは厳しくなる一方。

だが、畑中博士は少なくとも、調子を取り戻していた。

 

2、支援者の悩み

 

凄まじい大爆発が南極で観測された。

南極の詳しい状況が明らかになったのはつい最近の事だが、小型種を掃討していた頃に取り返した地点からの観測で、それを確認出来た状態となる。シャドウ側はこういった行動に対してケチをつけてきていない。人間相手の戦いだったら、どれだけの問題になっていたか分からなかっただろう。

ともかく、爆発の破壊力はTNT換算で推定100メガトン。

ツァーリボンバ二発分である。

恐らくはネメシスが中型種に斃されたのだ。

それは分かるが、その後に、大きな波が到来。

ただしそれらは、集まったイエローサーペントが恐らくだが、全て中和してしまったようだった。

最初は逃げ惑っていた観測地地点近くの海の生物。

特に鯨だが。

イエローサーペントが現れると、あからさまに落ち着きを取り戻している。

人間は完全に天敵だった。

それを考えると、確かにそれが正しいのかも知れない。

高い知能を持つ鯨であれば、それくらいは簡単に理解出来るのだろうから。

いずれにしても、カナダでの事件から、三週間程度しか経過していない。ネメシスの出現は、確実にペースが上がっている。

被害も、どんどん拡大している。

今回は人間がいない南極での戦いだったようだが。

それが人間の街の近くで起きたらどうなるか。

100メガトン級の爆弾なんか炸裂したら、それこそ街が消し飛ぶどころじゃない。クレーターが出来て、街は何も残らないだろう。

市川代表が会議を招集する。

状況を説明すると、アイルランド代表が苦々しげに言う。

「このままだと下手をするとシャドウを斃せるようになる前よりも、状況が悪化するのではないか」

「そうだ。 皆それが不安になっている」

文句を言う代表数名。

それは分かっているが。

様子を見ていた三池博士は、とにかく此奴らは建設的な意見をまるで口にしないなとしか思えない。

人間は、弱者を守るようになってから発展した。

犬を飼うようになり、三世代で知恵を伝達するようになってから。遺伝子プールを確保できるようになり。

様々な状況に対応が可能となっただけではない。

人間になる前は斬り捨てていたような個体を生きられるようにした事で。

それまではとても出来なかった事が、出来るようになって来た。

要は群れにならないと人間なんてゴミも良い所である。

だが、こういうような群れを見ていると。

その強みをドブに捨てているだけだ。

馬鹿馬鹿しい時間だ。

そう思う。

三池は皆の世話を良く焼いているが、それでも別に慈愛の化身でもなんでもない。そもそも単に世話が好きなだけだ。

ただし、こんな連中の世話をするのは気が知れないし。

此奴らは皆自分が優秀だと思い込んでいる。

人間がシャドウに駆逐されたのは仕方が無い事だったのかも知れないな。そうとすら感じる。

「民衆が怯えているというような言葉で、自分の不安を代弁するのは昔の活動家のようなやり口ですし、やめましょう。 怖いのは貴方方でしょう」

「……っ」

「ノワールと名乗るシャドウが連携を申し出て、譲歩までして来ています。 今は、ともかく退避手段の確保と、誘引手段の確保です。 臼砲をそれぞれの街に一つずつ配備する事。 小集落は、一つの街に集まってそれぞれで身を守ること。 それを優先してください。 ホバーで海を行く際に、イエローサーペントに攻撃されないことが分かってきています。 少なくとも孤島はそれで孤立している人間を救出できる筈です」

「わ、分かった」

皮肉混じりに市川がいい。

それで悔しそうに俯く連中。

確かにおろおろするばかりだった天津原とは何もかも違う。

だが、野心的だ。

今はそれが三池としては不安だ。

独裁者になったり、皇帝を名乗り出したり。

そんなことになったら、優秀であっても対処しなければならないだろう。

会議を終える。

テレビ会議を切って、伸びをする。畑中博士は頬杖をついて、退屈そうにやりとりを見守っていた。

この人は本当に頭が良いし。

今会議に出ていたような、自称頭が良い人とはレベルが違う。

だからつまらなかったのだろう。

なんら建設的な発言をせず。

ただ怖いのだから何とかしてくれと駄々をこね、そればかりか恫喝するような真似をしているグズの群れの寝言が。

市川代表の発言だって、それを理論的にねじ伏せつつ、解決案まで示していた。

嫌われている奴だが。

有能には間違いない。

ただ、畑中博士には面白くもない。

それだけのことなのだ。

「お菓子を作ります。 少し休んでいてください」

「助かるわ−。 で、何?」

「そうですね、クッキーにしましょう。 飛騨中尉はまだ訓練ですか」

「ええ。 真面目で良い子ね。 あの子が菜々美ちゃんの後を継いでくれて助かったわ」

同感だ。

飛騨中尉はとても真面目な子で、つらいだろう訓練も文句一ついわずやっている。

自己評価がとても低いようだが、はっきりいって今の時点では満点だ。

育ちがあんまり良くないのがたまにでるが、それをちゃんと直そうときちんと努力だってしている。

その辺り、とても立派だと言える。

最初は懸念を示すものもいたのだが。

今では、誰も懸念を示していない。

例えば、上っ面だけ真面目なフリをしているような奴という可能性もあった。だが、ネメシス種相手にあそこまでの戦闘を二度立て続けにやっている。

畑中中将と違って、冷静で理論的な戦いをする訳ではなく、むしろどちらかというと直情的だが。

それでも中々に優れた手腕だ。

現時点での力量は申し分ない。

それに超世王セイバージャッジメントでの訓練に特化して、それを開始したのも畑中中将よりもずっと早い。

それを思うと、更に先まで行けるかも知れない。

クッキーを焼く。

娯楽品や嗜好品が出回るようになったのは10年くらい前からだ。

二次大戦の後くらいでも、似たような状況はあったらしい。

今はお菓子を焼くためのオーブンが存在していて、きちんと各家庭に配備されている。殆どの場合は全てのレシピをビッグデータに保管しているAIを搭載したロボットが使用するが。

三池は数少ないちゃんと料理をする人間だ。

クッキーを焼いて、皆に出す。

お茶も淹れる。

まずいのは分かっているが、それでもお茶の中に入っている成分が、心を落ち着かせる事ができる。

それが分かりきっているから、必要だ。

飛騨中尉が丁度汗だくで訓練から戻って来たので、休憩を告げる。

ついでに麟博士も呼んで、四人で菓子を摘む。

クッキーは割と良く出来た。

複雑なクッキーはかなり難しく、焼く過程で色々と変質してしまう事も多いのだが。

シャドウ戦役前の時代。

安かろう悪かろうが世界中に広まっていた時代と違い。

今では相応の品質が担保されている。

経済が人間から切り離されてきているからだが。

皮肉極まりない話であったと言えるだろう。

しばらくクッキーを食べて、それで気持ちを安らげる。

その後は、また訓練に飛騨中尉が戻る。

暖房までかけたシミュレーションマシンでのネメシスとの戦いの訓練。普通だったらやりたくないと駄々をこねかねないが。

まだ若いのに、飛騨中尉は文句一つ言わずにやっている。

真面目なことに好感が持てる。

ただ、シャドウ戦役の前は。

そういう性格は嫌われたかも知れない。

不真面目で天才で何でも出来るような存在が好まれていたというような話もある。

そういう奴はだいたいろくでもない犯罪を平気でするような輩なのだが。

更には、優しさはいらないとかいう理屈まで蔓延していたらしい。

優しいというのは犯罪者にとってのカモだったから、というのが理由のようだ。

それには真面目も含まれたのだろう。

シャドウが現れなければ、人類は内輪もめの末に地球を道連れに破綻していたのはほぼ確実。

それは暗黙の了解になっている。

大きな声では言えないが。

飛騨中尉のような人間が馬鹿にされるような時代だったのだろうなと思うと。シャドウは気にくわないとしても、それが終わったのは良かったのだろうと、三池も思ってしまうのだ。

作業に戻る畑中博士。

三池は三池で、スケジュールの調整などを全てやっている。

AIにも手伝わせてはいるのだが、どうしても細かい部分は人間が手を入れなければならない。

25年前のシャドウ戦役前とは比較にならないほど進歩しているAIだが。

それでもまだ全てを任せるのには無理が多いのだ。

幾つかのスケジュール調整をしていると、声が掛かった。

呉美中佐だった。

敬礼をかわし、挨拶を交わした後、軽く話す。

「すみませんが、明日連携戦のスケジュールを入れて貰えませんか」

「ええと。 明日は超回復の予定だったような気がしますが」

「すみません。 今、広瀬大将が誘引弾を用いた編成の変更と訓練を実施していて。 それに伴った、前線での超世王セイバージャッジメントと、デチューンモデルの訓練をやっておきたいんです」

「分かりました。 調整します。 ただし午後になりますよ」

問題ないというと、呉美中佐は行く。

忙しい人だ。

広瀬大将が、いずれ右腕にと考えているらしい。

兵士としては満点。

畑中中将も、兵士としては呉美中佐には勝てないと言うような事を時々言っていた。

それで、超世王セイバージャッジメントを上手く操作できないのだから、世の中上手くいかないものである。

しばしして、訓練を終えた飛騨中尉が出て来たので、明日のスケジュールの変更を告げておく。

流石にグロッキー気味なので、すぐにスポーツドリンクも飲ませる。

ただ、文句は全く言わなかった。

「分かりました。 ネメシス相手に有効な戦術を一つでも使えるなら、それは第一軍団も動きを先に調べておきたいですよね」

「そういうことです。 休憩時間を予定より十五分延ばします」

「行けます」

「ダメです。 バイタルに多少乱れがでています。 しっかり休憩するのも、兵士の仕事ですよ」

こういう所で更に過負荷を掛けるのは悪手だ。

それはしっかり三池は理解していた。

しっかり休憩をさせる。

こういう所で、三池のような人間が光るのだと言われた事が昔ある。

元々地味で、あまりぱっとしなかった三池だが。とにかく昔から、細かい点では色々と気づきも多かった。

飛騨中尉に無理をさせないこと。

それが今、三池が一番優先する事だ。

横になって、蒸し風呂状態のシミュレーションマシンで消耗したのを、少しでも回復しようと努める飛騨中尉。

飛騨中尉が、ぼそりと言う。

「体が弱くて情けないです」

「同年代の誰よりもマシですよ」

「同年代と同じではダメなんです」

「呉美中佐は、昔だったらオリンピックにでられるレベルです。 あの人を目標にしたら潰れます。 呉美中佐を目標にしてはいけません」

SNS等では、とにかく出来る奴が可視化されやすい。

今の時代もそれは同じだ。

飛騨中尉を中傷する奴はいるらしい。

ガキのくせにあのロボットに乗せられている。

多分コネだろう。

あのロボット、どうせAI制御か何かだろ。パイロットなんて誰でも良いんだ本当はよ。

そんな心ない言葉は、三池も幾つも見た。

反論はその場でしても悪手だ。

あれだけ超世王セイバージャッジメントが状況を変えても、こんな発言をする人間はたくさんいるし。

それは人間に守る価値はあるのかと、疑問を持つ者が出てくるのも仕方が無いのだろう。

しばらく飛騨中尉を休ませて、それで医師にも軽く診察して貰う。

その後は念の為、受け身の訓練に変える。

ちょっと飛騨中尉は不満そうだったが。受け身の訓練も必須だ。

熟練の教官に、手取り足取り指導させる。

密着状態からの受け身の訓練は兎に角難しく、熱を帯びているのが分かる。

三池はそれをチェックしながら、畑中博士が働きすぎないように注意もしておかなければならない。

他にも幾つかのタスクをチェックしておく。

マルチタスクは苦手な人間には本当に出来ない事だが。

幸い三池にはある程度こなせる。

午後から第一師団の参謀が視察に来る。

第二師団を中心に、次にネメシスが現れた場合の誘引をする事が分かっているのだが。それが上手く行けば第一、第三師団もそれに参加する。

そのため、理論なんかの説明は聞いておく必要があるのだ。

とにかく非常にお堅い雰囲気の女性で、頭が硬そうだなと思ったが。

見かけで相手を判断してはいけない。

説明用に三池が作ったプレゼンの資料を見てもらう。

それと同時に、誘引の理論も最初から説明する。

それらを受けて、幾つか鋭い質問をされるが。

三池は全てそらで返した。

これくらいは、畑中博士の助手を任せられているのだ。あの人ほどの天才でないとしても。

出来なくては話にもならない。

「なるほど、分かりました。 初動と着弾地点のコントロール、それに超世王セイバージャッジメントが到着するまでの時間稼ぎとしては申し分ありませんね」

「はい。 それに人のいる街に対する攻撃も、ある程度緩和できるかと思います」

「だいたい先に調べていたとおりの効果がありそうです。 実際にカナダで誘引作戦がある程度成功しているという話もあります。 期待させていただきます」

「よろしくお願いいたします」

敬礼をかわす。

とりあえず参謀を送った後は、整備工のおじさん達の様子を見に行く。

京都工場で臼砲を製造している。

元々こんなものは使えないと、廃棄寸前にされていた超大型砲だが。今回の件もあって、世界各地であわてて再生産をしているところだ。

今は京都工場でも、試験的に一門作っている。

ドクトリン的に一門だけあってもなんら役には立たない兵器である、ということもあるので。

最低でも神戸に四門配備する予定だ。

現在神戸には二門あるが、これを更に二門増やす。

問題は間に合ってくれるか、なのだが。

どうにかするしかないだろう。

適当な所で、整備工のおじさん達にも休憩を入れて貰う。茶と菓子を配る。喜んでくれるのは嬉しい。

その後は、幾つかタスクをこなし。

それで、夕方。

飛騨中尉が訓練を終えたので送る。

畑中博士がぐったりしているので休ませる。最悪風呂にも入れさせないといけないが、今は大丈夫だ。

ちょっと問題なのは麟博士で。

外にふらふら出ていって、迷子になっている事が時々ある。

考えている事と口にでる言葉が違う。

そういう問題がある子だが。

行動にもたまに異常が出る。そのため、三池がちゃんと見ておかないと危ないのである。

ただそれでも、あの畑中博士の助手をできる程の逸材である。もしもがあったら取り返しがつかないのだ。

幸い工場内にいて、壁に貼り付いてぼんやりしていた。

まあ、別に危険がないところにいる分には問題はない。

休ませる。

整備工にはスケジュールを告げてある。今は幸い突貫工事ではないので、それぞれを帰らせる。

それから、三池が休む。

いつも一番最後だ。

それでも、ある程度は休める。それで充分だ。

 

夢を見た。

三池が気がつくと、京都工場が大火事になっている。シャドウが乱入してきていて。超世王セイバージャッジメントが既に破壊されているのが見えた。

分かっている。

ただの夢だ。

超世王セイバージャッジメントが負けるとは、三池は思っていない。いや、負ける可能性はある。

毎回ギリギリで勝利していたのだ。あの畑中中将が乗っていて、なおである。

だから負ける可能性はあるが、シャドウがこんな風に京都工場まで攻めてくる。しかもネメシスでもない個体が。

それはあり得ない。

ぼんやりと様子を見ている。皆、殺されて散らばっている。それを見ても、まるで心が動かない。

ああ、何もかも面倒が無くなった。

そんな思考すらわき上がってきて、三池は自分に呆れていた。

こっちを見るシャドウ。

ストライプタイガーのようだが。もしもストライプタイガーだったら、それこそ京都工場なんて数秒で解体し尽くすだろう。

こんな非効率的な殺しなんてする意味がない。

ふっと笑う。

ネメシス戦で、速度を利用した攪乱と、押さえ込みくらいしかできない。それを思うと、お互い大変だなと思ったのである。

襲いかかってくるストライプタイガー。だが遅い。音速を余裕で超える相手だ。

それが、襲いかかってきたらそう考える暇もなく両断され……いや、赤い霧になってしまうだけ。

目が覚める。

随分と酷い夢を見たのに、なんら動じていないのも、またおかしな話だった。

畑中中将が再起不能になった時は、それは三池だって衝撃を受けたし。畑中博士を見て、心が痛んだ。

心の何処かでは、皆邪魔だとでも思っていたのだろうか。

それはない。

三池がそもそも、こんな分不相応な地位にいられるのも、畑中博士の抜擢あっての事である。

畑中博士が自分より年下である事なんてどうでもいい。

そもそもとして、所詮は夢だ。

記憶の整理であり、ゴミ箱に記憶を捨てて処理するだけの行動だ。それなのに、どうして心が痛む。

ため息をつく。

ストレスが、自分でも気付かないうちに溜まっているのかも知れない。

今は休暇を取れる状態じゃない。

ただ、三池の支援要員が必要かも知れない。

人手が足りない今の状況で、それが出来るだろうか。

それも分からないが。

しばし考えてから、三池は上役にあたる広瀬大将に連絡を入れておいた。

もしも三池の支援が出来る要員がいるようなら回して貰えないだろうか。官民問わず。

勿論厳しいのは分かっている。

そもそも三池のいる場所は、超世王セイバージャッジメントと直に触れあう非常に難しい部署だ。

機密を漏らしたら殺す、とまではいかないにしても。

少なくとも投獄して、シャドウとのいざこざが終わるまで、牢から出すわけにもいかないだろうし。

期待せずに待つとする。

とにかく、今後は少人数での態勢にも無理がある。

もっと人数を増やさないと。

勝てる相手にも、勝てなくなる。

ましてやネメシス種は、下手な中型よりも手強いのだ。三池みたいな立場の人間が何かしらの足を引っ張って負ける事はあってはならない。

それもあって。

やはり後継者の育成は急務なのかも知れなかった。

厳しいな、と思う。

だけれども、こればかりは。どうにかやっていかなければならない。それもまた、事実だった。

 

3、連携、更に連携

 

小型種、ネメシス化の傾向。

場所は姫路西方。

それを聞いて、すぐにあたいは起きだす。かなり朝早いが、こればっかりは仕方が無い。今日のスケジュールは全て中止だ。

ネメシス化の傾向を示して、ネメシスにならなかった小型は今の時点ででていない。

むしろ早期発見が出来て良かったと言うべきだろう。

話によると、広瀬大将が現時点では戦闘が出来ない部隊をあらかたスカウトに回しているらしく。

それによっての早期警戒を徹底しているらしい。

それでの早期発見が出来たのであれば。

柔軟に戦力運用をして、広瀬ドクトリンが使えなくなった今でも。確実にシャドウを斃せる状態を作っている。

そんな広瀬大将に、感謝するしかないだろう。

おきだしてから、歯を磨いて、頭もさっと洗う。

軍服に着替えて、朝食を取る。

これらはしっかりやるように指導を受けている。いざという時、特に戦闘中に動けなくなったら話にもならない。

また、細かい不快感なんかは戦闘時のパフォーマンス低下にもつながる。

逆に、起きてから風呂には入るなとも言われている。

これは心臓に大きな負担を掛けるから、らしい。

特に今みたいに戦闘の可能性が極めて大きい場合は、こうして出来る事を先にやっておくように。

出来るだけ迅速に。

そう呉美中佐に指導されていた。

食事を終えて、それからトイレもすませる。

これも大事だ。

下手をするとコックピットで垂れ流しにしなければならなくなる。

昔はスナイパーをやっている人は、おむつまではいて任務に望んでいたらしいと聞いているが。

実際問題、ネメシス種との戦闘で、戦闘のパフォーマンスが落ちるような行動は絶対厳禁である。

ロボットの支援も受けながら、一通り準備を済ませ。

それで京都工場に向かう。

既にジープが来ていた。

運転手がいない自動運転式のものだ。今は珍しく無い。ブライトイーグルが邪魔してくる可能性もあるのだが。

ネメシス種が出た場合は休戦。

そうシャドウ側がいっているようだし、実際中型種が危ない場面で何度か手助けしてくれたのも見ている。

だから、それを疑うつもりもない。

移動中に携帯端末で、状況を見ておく。既に第二師団は動き始めていて、例の誘導弾を準備開始。

ものがものなので、蓄積はしておけないのだ。

ただし、ネメシス化の兆候を察知すれば、ネメシス種が暴れ出す頃には、弾の準備が終わる。

車両で運搬するタイプの迫撃砲が使えないと分かった今。

直接曲射するタイプの臼砲が脚光を浴びる。

それもまた皮肉な話だが。

ともかく機能してくれればそれでいい。

京都工場に到着。

既に超世王セイバージャッジメントの整備は終わっていた。

昔だったら空挺輸送して現地に投下、とか出来たのだろうか。

ブライトイーグルも、ミサイルや飛行機は許してくれない。恐らくシャドウとしても、それは譲れないラインなのだろう。

ともかく、ブリーフィングを受ける。

広瀬大将が、忙しく指揮をしている合間だろうに、会議に出てくれた。

いや、こっちが最優先と判断したという事か。

「超世王セイバージャッジメント、それにデチューンモデル二機の編成で出ます。 戦術は柔軟にやってください。 ただし、盾役は超世王セイバージャッジメントでまた務めるように。 後衛の二機に攻撃がいかないように、立ち回りを工夫してください」

「イエッサ!」

「誘導弾を今回の戦闘から実戦投入します。 着弾地点については、想定範囲をできる限り割り出して知らせます。 今回は位置的にはかなりの精度で予定地点に当てられると思います。 効果範囲をモニタに表示させますので、それに従って直撃は避けてください。 シャドウには通じなくても、超世王セイバージャッジメントには文字通りの致命傷になります」

これは、ブリーフィングというよりも確認だ。

何度も訓練でやっているが、それでも必要な事である。

最終確認を終えて、それで出る。出る前に、もう一度トイレが大丈夫かどうか確認される。

呉美少佐の発言は笑い話ではなく。

実際にそれだけ、戦闘時のパフォーマンスの向上を考えなければならない、という状況だからだ。

一応念の為にもう一度トイレにいっておき、出せるものは全部出しておく。

それから、出立。

距離を取ったスカウトが、連絡を入れてきている。

「小型種、巨大化! ネメシスです! これは……!」

「具体的に説明してください」

「今までにない巨体です! 恐らくシルバースネークですが、それにしても、全長二百mは超えています!」

「まずいですね……」

シルバースネークの最大の武器は毒吐きだ。

毒かすらも分かっていないそれは、人間も人間が作り出したものも等しく溶かし尽くしてしまい。

それ以外のものには一切害を与えないというよく分からない代物である。

ともかく採取できないので、成分の分析は出来ていない。

問題は、二百mにまで巨大化したシルバースネークがそれを放って来た場合。

二mのシルバースネークですら、下手をするとq単位での狙撃をしてきた例もある(普通は数百mだが、そういう例があるだけ)のだ。

一体何処まで毒が来るのか、分からない。

即座に呉美中佐が指示。

「編隊を崩して、相互に距離を取ってください」

「イエッサ!」

スカウトもそれぞれ距離を取りながら、観測に移ったようだ。

そして、中型が現れる。

アトミックピルバグが出て来たら話は早いのだが。確かあの辺りにはいたかどうか。ちょっと記憶がない。

グリーンモアが数体現れ。

早速キャノンレオンが猛攻を開始したようだ。

シルバースネーク・ネメシスが、逃げようとし始める。

だが、中型種もその動きを阻害に掛かる。ランスタートルが、シルバースネーク・ネメシスの頭(本当に頭としての機能があるかは分からないが、少なくとも毒は其処から吐き出される)に直撃、ついでにランスも爆破。

神話に出てくる龍神もかくやという巨体が、凄まじいうなりを上げて地面に叩き付けられていた。

其処に多数のウォールボアが群がる。

だが、いきなり、それらが沈んだ。

シルバースネーク・ネメシスが、地面に潜り込んだのだ。そして噴火するように、別地点から現れる。

いや、凄まじい熱量を既に帯びている。

だから本当に噴火のようだった。

それでも中型種は、全く怖れず猛攻を続ける。ただシルバースネーク・ネメシスの巨体である。

しかも蛇の柔軟な体の構造を思うと。

押さえ込めるのだろうか。あたいは現地に急ぎながら、とても不安になる。

「シルバースネーク・ネメシスの体温度上昇! 熱が蓄積されていきます!」

「まずいですね。 毒吐き以外に熱線も警戒しないと」

事実似たような地点で出現したネメシス種は、四国の都市建設予定地点に甚大な被害を与えている。

また似たような場所で小型種がネメシス化した。

やはり色々と何かしら、まだ此方が知らない事があるとしか思えない。

あたいは速度を上げる。

ただ、呉美中佐から無線が入る。

「飛騨中尉、速度を落としてください。 現時点では、まだ恐らくは此方を敵として認識していません。 燃料をうかつに失うと、それだけで戦闘時に小回りがきかなくなります」

「分かりました。 すみません」

「大丈夫。 戦況の推移を冷静に見守り、それで逐次対応しましょう」

戦争は基本的にいきあたりばったりだという。

ただそれは戦場に限定した話。

戦争で勝つための準備を戦略。戦場で勝つための様々な行動を戦術という。それについてはあたいも習った。

今はまだ、戦略の段階だ。

確かに行き当たりばったりではなく、勝つために確実な準備を進めなければならないだろう。

シルバースネーク・ネメシスが、毒を吐こうとした。

狙いは神戸の方角。

だが、その時、タックルして方角を逸らしたのがストライプタイガーだ。超音速の体当たりは、例えネメシス種にダメージにならなくても、体を反らすくらいには役立つ。それで毒液が大きく逸れて、若狭の方に飛ぶ。

それを計測していた観測班が、恐るべき報告をしていた。

「シルバースネーク・ネメシスの毒液、百二十q先まで着弾! 着弾地点に人工物はなく、ダメージはありませんが……」

「しかも逸らされてそれです。 恐らく、その気になれば神戸を直撃すると見て良いでしょうね」

今のは、ストライプタイガーに神戸が救われたのか。

ものすごく複雑な気分だ。

だが、ともかく今は現地に急行する。飽和攻撃を浴びているシルバースネーク・ネメシスの体が。徐々に赤熱して行っている。

そろそろ熱線砲を放ってくるはずだ。

「シルバースネーク・ネメシスの周辺温度、急上昇! 放熱が始まっています!」

「シルバースネーク・ネメシスが!」

嬲られて暴れていたシルバースネーク・ネメシスが、いきなり上空へと飛んだ。

そして、そのまま地面にボディプレスを叩き込んだ。

シルバースネークについて調べているとき、蛇について調べた。蛇の中にはパラダイススネークと呼ばれる品種がいて、滑空を利用して長距離を飛ぶ。樹上生の蛇なのだが、それとは違って、今のは。

灼熱を帯びたボディプレスである。周囲の地盤が粉砕され、集っていた中型種が崩落に巻き込まれたようだ。

抵抗を直接しないにしても。

やはり中型種の攻撃を明確に阻害している。

抵抗しないというのも、これはそろそろ怪しくなってきているのではあるまいか。

シルバースネーク・ネメシスが鎌首をもたげる。

そして、その首が、神戸を向く。

まずい。

到着まで後三分ほど。

熱線が放たれる。

僅かにそれたのは、今度はランスが復活したランスタートルが直撃を入れたからだ。ランスが炸裂したこともあり、熱線は頭上に放たれた。

熱線の射線上にあった雲が消し飛ぶ。

シルバースネーク・ネメシスが、ランスタートルに巻き付くと、動きを封じ込む。ランスを再生させ、爆破しようとするランスタートルを、そのまま地面に叩き付ける。

その間もグリーンモアとキャノンレオンが高熱での攻撃を続けているが、それでも知りバースネーク・ネメシスは暴れ狂っていて、止まる気配などない。

だが。

「こちら呉美中佐! 現着! エンゲージ!」

「了解! 誘導弾発射!」

「第一射開始!」

撃ち放たれる誘導弾。

それは液体窒素をたっぷりため込んだ巨大な弾丸だ。飛んできたそれを、中型種は無視。恐らくは、カナダで使用された事を知っている。

人間のネットなんかよりも精確に情報を共有できているのだろう。

中型種が、指定された着弾地点から離れる。

通用しないと言う事よりも。

ネメシス種を誘引するのにはそれが必要だからだ。

即座に最前衛に躍り出る。

此方を認識したらしいシルバースネーク・ネメシスが、長大な首を振るって、地面に叩き付けに掛かる。

超世王セイバージャッジメントを知っている。

それはもう前提として動く。

脅威として認識している。

だから盾役として活躍出来る。

ぎりぎりまでひきつけて、一気にスピン。そのまま、地面に首が叩き付けられる。シルバースネーク・ネメシスのパワーが凄まじいというよりも、蛇の体は、殆どが瞬発力を司る筋肉で出来ている。シャドウがそれと同じかは分からないが、時速百数十qで移動する化け物だ。

速度が落ちていないのなら、灼熱の暴を地面に叩き込むのと同じ。

地盤が砕けて、直撃は避けたものの、超世王セイバージャッジメントが一瞬浮き上がる。そのままシートにあたいは叩き付けられたが、必死の受け身でダメージを減らす。

温度が既に上がり始めていて、冷房が全力で稼働し始めた。

この冷房も性能を上げてくれているらしいのだが、それでも足りないと言う事で、今回から動力から冷房へ出力を回す工夫をしたらしい。

これは冷房を複路化する事でダメコンにも活用し。

更には冷房の出力を更に上げるため、でもあるらしい。

ともかく、いつもほどコックピットの温度が上がる速度は早くない。だが、そのままシルバースネーク・ネメシスが横薙ぎの態勢に入る。

まずい。

横に薙がれたら、文字通り勝ち目が無い。

だが、その瞬間。

誘導弾が、凄まじい音と共に着弾していた。

後方の呉美中佐が斬魔クナイを発射開始。今回は、斬魔クナイに装備を切り替えたのである。

また、もう一機の両機はジャスティスビーム改を、上手くシルバースネーク・ネメシスに巻き付けた。

立て続けの超高熱を受けて、シルバースネーク・ネメシスが動きを止め。誘導弾が着弾した地点で拡がる冷気の凄まじさに明らかに気を引かれる。

そう。

全身を溶かす勢いで叩き込まれている高熱だ。

放熱までして消滅から抗っているのだ。

冷気を見たら、そっちに気を引かれるに決まっている。

荒々しく動き始めるシルバースネーク・ネメシス。グリーンモアが数体引きずられる。ストライプタイガーが、激しく動く蛇体に吹っ飛ばされる。

あたいはそのまま巨大な蛇に併走しながら、斬魔剣Uを突き立てる。さらに、シャイニングパイルバンカーもおまけだ。

パイルバンカーとはいうが、殆ど注射器なのはあたいもちょっとどうかと思うのだけれども。

ともかくこれで高圧プラズマを、連続して叩き込む。

シルバースネークネメシスが、ぐわんと強烈に蛇行した。それで巻き付かれていたランスタートルが吹っ飛ばされて、至近に着弾しそうになったが。ランスタートルが空中で姿勢制御し、激突を避ける。器用な事をするなと感心している暇はない。蛇行する巨体に接したら、そのまま吹っ飛ばされる。必死に回避しつつ、斬魔剣Uとシャイニングパイルバンカーを連続して叩き込む。

呉美中佐のデチューンモデルは、次々に斬魔クナイを叩き込んでくれている。これも使い捨てだが、破壊力は折り紙付きだ。あのアトミックピルバグを斃すのに活躍した武器である。

シルバースネーク・ネメシスが、誘導弾が着弾した地点に飛び込み、冷気を一瞬で相殺してしまう。

多少熱は奪われたかも知れないが、別にどうでもいい。

こいつが神戸に放熱代わりに熱線や、或いは毒吐きをして来たら、その時点で三百万以上の人命が消し飛ぶ。

第二弾の誘導弾が、近くに直撃する。シャドウの領域内だが、気にしなくて良いはずだ。そのまま、第二弾の直撃地点に、シルバースネーク・ネメシスが移動する。這いずった後を、溶岩のように溶かしながら。動きは鋭く蛇行も癖があり、必死に追いすがって攻撃するだけで精一杯だ。後方の二機は、距離を保ちながらの攻撃続行で精一杯。あたいがいざという時に盾役にならないと。

いきなりシルバースネーク・ネメシスが跳び上がり、地面に体を叩き付ける。不意の行動だった。

群がってきている中型、それにあたい達を邪魔だと判断したのだろうか。

いずれにしても、不意の一撃。

超世王セイバージャッジメントが、砕かれた地盤の余波を受けて、横転しかける。だが、バランサーを全開。更には斬魔剣Uを振るって地面に突き刺し、パワーを相殺して持ち堪える。

ダンと、もの凄い音とともに地面に叩き付けられる。複雑な操作をしながらだったから、受け身を完璧には取れなかった。

背中の辺りを激しく打ち付けて、ぐっと声が漏れる。

だが、まだまだ。

シルバースネーク・ネメシスの前に数体のウォールボアが立ちはだかり、突進を食い止めるが。

それも巨体の前には時間稼ぎにしかならず、押し返されてしまう。

だがその間に、エラーチェックをすませたあたいが、奴の至近に。再び斬魔剣Uを叩き込む。

蛇体を激しくくねらせるシルバースネーク・ネメシス。

まずい。

ロボットアームに尋常ならざる負荷が掛かった。斬魔剣Uをどうにか引っ込めるが、一緒に繰り出そうとしていたシャイニングパイルバンカーが吹っ飛ばされ、破損。エラー。これはもう、この戦いでは使えない。

立て続けに叩き込まれる斬魔クナイ。更に、引っ張られるようにして、ジャスティスビーム改に熱量を叩き込み続けているもう一機。

呉美中佐は最善の動きをしてくれているが、デチューンモデルに搭載している斬魔クナイは超世王セイバージャッジメントのものにくらべてあらゆる性能が落ちると聞いている。

使いこなせる代物では無いのだ、本来。

それでも、可能な限りやってくれている。

あたいはそのアシストを無駄にはしない。

斬魔剣Uを構え直す。

今、使えるのはこれだけだ。

冷房も限界が近い。何しろ凄まじい巨体から、熱を放ち続けている相手だ。

連絡が入る。

ノイズ混じりなのは、恐らく超世王セイバージャッジメントのセンサやアンテナにもダメージが入っているからだ。

「此方広瀬大将。 これより誘導弾第三射を放ちます。 しかし、恐らく次で決めないと、超世王セイバージャッジメントがもちません」

「はい。 どうにかします!」

「任せます。 必ず仕留めてください」

誘導弾が作り出した強烈な冷気に飛び込むシルバースネーク・ネメシス。有効に気を引けている。

だが、此奴を野放しにしたら。

それこそあっと言う間に熱線攻撃に切り替えてくる。毒吐きも使ってくるかも知れない。

神戸どころか、近辺にある全てが消し去られるだろう。

そのようなこと、許してたまるか。

シルバースネーク・ネメシスが、蛇体をくねらせて暴れる。

尻尾が振り下ろされ、地盤を砕いた。それだけで、機体が吹っ飛びそうな衝撃が此方まで来る。

必死に受け身を取って、それを回避するが。

ジャスティスビーム改を使っていた機体が、もろに横転していた。

「こちら横田中尉! 機体横転!」

「今まで良くやった横田中尉! そのまま救助を待て!」

「い、イエッサ!」

呉美中佐は無事だが、そろそろ斬魔クナイが尽きる。

あたいは舌なめずりすると、第三弾の誘導弾が着弾するのを確認。そのまま、そっちに必死に這いずるシルバースネーク・ネメシスの前に回り込む。

かっと口を開けるシルバースネーク・ネメシス。その前を横切る。熱線砲。口に溜まっていくのが見える。

或いはこの超高熱下では、毒吐きは出来ないのかも知れない。だが、この瞬間を待っていた。

武器は使えなくても、そうでないものは使える。

叩き込んだのは、レッドフロッグ戦で用いられた陰陽バリア。強烈な粘性を持つ白玉を放ち、高速で放たれるものを相殺する。

それをしこたまシルバースネーク・ネメシスの口の中に叩き込んでやる。

一瞬で蒸発するかに見えたそれが、それでも一瞬だけシルバースネーク・ネメシスの動きを止める。

それはそうだろう。

もしも熱線で自爆したら放熱にならないのだから。

口をばくんと閉じるシルバースネーク・ネメシス。

陰陽バリアを溶かしきってから、熱線を吐こうというのだろうが。その瞬間、あたいは大上段にロボットアームで振り上げた斬魔剣Uを、奴の頭に叩き込んでいた。

一気に熱で脆くなっている体に、斬魔剣Uが食い込んでいく。凄まじい悲鳴。今までに聞いたことが無いほどの。

あれ、本当にそうか。

シャドウが死ぬときの悲鳴には法則性がない。

それは分かっていたのだが。この悲鳴、どこかで聞いたことがあるような。

まずい。冷房がアラートを鳴らしている。

そろそろ耐えられる限界温度を超える。そうなったら、一気に蒸し焼きになって気絶、そのまま焼き肉だ。

そんなことになってたまるか。

ぎぎぎと、斬魔剣Uが更に食い込んでいく。アラートが、脱出しろと告げてきているが、無駄だ。

脱出したって、外の方が暑いんだから。

呉美中佐が、斬魔クナイを最後の全てを叩き込んだようだ。

中型が、全力でシルバースネーク・ネメシスを抑え込んでいる。

本当に協力してくれている。

だったらバカな人間達が滅びの道を邁進する前に、導くとか、たしなめるとか。他に何かなかったのか。

それが出来ないくらいに、人間がバカで驕り高ぶっていたのか。

分からないが、とにかく。

今は、一気に最後の力で、斬魔剣Uで切り裂き抜いた。

シルバースネーク・ネメシスが断末魔を挙げながら消滅。一気に周囲の気温が下がっていったようだ。

モニタはエラーだらけ。

あたいは一気に涼しくなっても、全身がひりひりする。低温火傷寸前の状態だったのだろう。

それに、くらくらする。

熱中症か、これは。

「レッカー! 超世王セイバージャッジメントは、呉美機で牽引します! 横田機を出来るだけ迅速にシャドウの領域から救出してください!」

「イエッサ!」

「飛騨中尉! 意識はありますか!?」

ダメだ、こたえられない。

あたいは意識をそのまま失っていた。全身が酷く痛いのに、何もかもが遠くのことのように思えた。

 

シャドウの領域で気絶した。

そこまでは覚えていた。

目を覚ますと病院だ。どうやら助かったらしい。体の彼方此方包帯が巻かれていて、それにリネンを着せられていた。

リネンの下は下着もない。

色々とされたんだろうなと思って、今更ながらに恥ずかしくなる。ただ生きていると言う事は、神戸を守れたのだ。

何日も眠っていたかというとそんなことはなく、時計を見ると戦いの翌日だった。まあ、実際はこんなものだろう。

ただ、体中彼方此方痛いので、無事では無い。病院は苦手だけれど、仕方が無い。

横田という人は無事だっただろうか。ふと、そんな事を思った。

看護師が来てくれたので、状況を聞く。

今回はかなり勝利としては評価されているそうである。武装を使いこなし、更には機転も利かせた。

何より、超世王セイバージャッジメントの損害以外には損害はなく。

あたいの負傷以外には人的被害も無し。

横田という人も軽傷で済んだらしく。

また、戦いの後、レッカーが横田という人のデチューンモデルを回収するまで、小型も中型も何もしなかったそうである。本当にシャドウは約束を守ったのだ。

人間と違う。

同じ状況で、人間が約束を守るだろうか。

そういう意味では、溜息しか出なかった。

それから医師が来て、幾つか話をされた。

打ち身も彼方此方にあるが、体中の肌のダメージが深刻らしい。低温火傷までは行っていないが、それの寸前まで行っていたようで。

これ以上の継戦をしていたら、かなり危なかったらしい。

熱中症の寸前まで行っていたとも聞く。

それらについての恐ろしさは、高熱環境下での戦闘の訓練時に聞いているから、医者の先生に怒られるのは仕方が無いと諦める。

勿論、それだけやらないと彼奴を斃せなかったのも事実だが。

医者としては、それを許すわけにも。

認めるわけにもいかなかったのだ。

何より今回冷房を格段に強化したことで、この程度で済んだのだと言える。あらゆる意味で、畑中博士と麟博士には感謝するしかないと言えた。

今回は数日で退院とはいかないそうである。

色々とお薬を塗られて、検査もされた。

歩いていい許可が出るまで数日。

その間、麟博士が見舞いに来てくれた。

同期とも言える間だ。

年は相手の方が上だが、色々とシンパシィは感じる相手と言えばそうである。それに、今回助かったのは冷房の性能改善が要因だ。

それもあって、礼しか言えなかった。

幾つか話をした後、麟博士は咳払いして、それで話してくれる。正確にはAIが翻訳してくれる。

今回の戦闘でもっとも評価されたのはあの誘導弾だという。

それは確かにそうだ。

あたいも死力を尽くしたけれど、神戸を射程距離内に納めていたあのシルバースネーク・ネメシスの攻撃を人間の勢力圏に擦らせもしなかったのは、あの誘導弾があってのことだった。

勿論シャドウ側が約束を守ってくれて。

それどころか、故意かどうかは分からないが、ランスタートルに至っては攻撃時のシルバースネークの動きを阻害して、被害を減らすことまでしてくれた。

それでも、誘導弾が機能していなければ、恐らくは。

神戸に直撃弾が入って、それこそ人間の生存圏の中核に深刻なダメージが入っていただろう。

それは疑いない事だった。

「今後は臼砲の装備を加速して、誘導弾を用いてネメシス種の攻撃を人間の勢力圏から逸らします。 また各地に配備されているデチューンモデルはジャスティスビーム装備のものに換装。 現時点では、あれがネメシス種相手にもっとも現実的に戦えると判断しました」

そう理論的な声が聞こえてくるが。

麟博士の口からはまったく違う内容の文章が聞こえてきている。

だから色々脳が混乱してしまう。

それでも、麟博士がばっちりやってくれるという信頼感はやはり強いので、それで納得出来る。

「冷房についても更に強化します。 今回の件で、それだけ怪我をさせてしまいましたが、今度はそれもなくせるように」

「いえ、この程度は」

「畑中中将も、毎回勝つ度に似たような事は言っていたようです」

「……」

そう言われると、はいとしかこたえられなかった。

嘆息すると、とにかく今は治療に専念する。

あたいは中尉になったとはいえ、まだ新米だし。それに作戦に関与できるほどの地位でもない。

何よりあくまで中尉待遇であって。

部隊を指揮するような権限だってない。

作戦もあたいが決める事は出来ない。これは畑中中将くらいになっても、まだ色々苦労させられたらしいし。

仕方が無い事なのかも知れない。

またお薬を塗るが、とにかく戦闘が終わってからが痛くて仕方が無い。アドレナリンが切れたからだろう。

痛いのは、体が警告をしてきている証拠。

元々無理をしていた体が、ダメージが何処に出ているか、叩き込んでくれている。

医者の先生はそういう事を言う。

当然麻酔なんか使わない。

出来るだけ今のうちに、無理をするとどうなるか、体に叩き込んでおくべきだ。そうキレ気味に言われるので、恐縮するしか無かった。

幸い病院食はそれほどまずくはなかった。

これは恐らくだが、あたいが内臓とか悪くして入院したからではないのだと思う。ちょっと塩味が足りない気がするが、味が濃い食べ物ばかり口にしていると、いずれ色々と無理をきたす。

これについては教育を受けているし。

そもそも家にある家事用ロボットにも説明は時々されるので、仕方が無い。

それに、昔は本当にまずかったらしい病院食だが。

今の病院では、そこまでまずいものは出てこないそうだ。

昔の病院でも、場所によって対応は全く違ったと言うことらしいから。

それについては、色々と察するしか無かった。

二週間ほどでだいぶ良くなって、歩くことも許可された。元々足のリハビリはやっていたのだけれども、ベッド上では限界があるし、肌を治療している間はちょっと動くだけで痛かったので、助かる。

ただ歩いて見て、体がもの凄く重いのでびっくりした。

二週間でこんなに衰えるのかと、戦慄する。

リハビリの本番はこれからだなと思ったし。

畑中中将は、勝った後一ヶ月二ヶ月と入院することがザラだったと聞く。だとすると、筋肉が衰えにくい体質だったのかも知れない。

歩いて良い許可が出てから、少しずつ歩く距離を増やして。

皮膚の方が問題ないと判断されてから、やっと退院。

それからは、体を鍛え直すリハビリをやりながら、シミュレーションマシンに入って訓練もした。

幸いこっちは衰えていない。

そうこうしている内にも、ヒマラヤで大爆発が観測された。

あの辺りには人間は既にいない。

だとすると、シャドウがネメシス種を斃したのだろう。

それにしても、やはりネメシス種はどんどん強くなっているようだ。今後は厳しくなるだろうな。

そう思って、戦慄するしか無かった。

 

4、災厄

 

飛騨中尉の復帰を聞いて、内心で舌打ちした市川は、すぐに会議を開く。

市川は飛騨中尉の事をあまり好ましく思っていない。

もう少し超世王セイバージャッジメントの汎用性を高められると思っていた。実際畑中中将とはだいぶ性格からして違うし、それで少しはシャドウ、もしくはネメシスに対して、効率的な組織戦を挑めるようになるかも知れないと考えていたのだ。

だが、これまでに三体のネメシス種を斃した飛騨中尉の戦いは、余人が真似できるものではなく。

やはり「どうして扱えるのかが分からない」としか言いようがなく。

回されているデータを解析しても、再現性は皆無。

これでは、超世王セイバージャッジメントの量産を仮にやったとしても。乗せるパイロットがいない。

元々小型種に接近されても、対処が遅れれば即座にやられる程度の兵器である。

それがあれだけの戦果を出せているのは、乗っている人間がまともな人間とは全く違うからだ。

それは今後も、パイロットになれる人間をひたすらに尊重しなければならない事を意味している。

市川としては、あまり好ましくない事だった。

それに、飛騨中尉は調べて見たが、極端にエゴが少なく、掴めるような人格的な隙もなかった。

市川は不真面目である事を自認しているが。

だからこそ、こういう相手は本当に心の底から嫌っていた。

自分とは絶対にわかり合えないからだ。

しかも、それでいながら排除も出来ない。

市川はエゴイストではあるが、今の状態で飛騨中尉を冷遇でもしたらどうなるかくらいの計算は出来ている。

だからこそ、怒りも募り。

更に嫌いになるのだ。

ともかく会議で、新しいドクトリンについての説明をする。

当面兵士は治安維持に回してほしい事も。

それはそれとして、再び攻勢に出る目処がついたときのために、広瀬ドクトリンでの訓練も続けさせる。

丁度良い機会だ。

世界中で殺戮をばらまき続けたカラシニコフを初めとする、旧世代の兵器に対して、役立たずのレッテルをこの段階で貼っておく。

それで、今後は色々とやりやすくなる。

各地の国や街には、神戸のやり方のモデルを輸出しているが。

それでも治安が悪い街では、未だにギャングが牛耳ったりしているケースも多いのである。

それらの治安が悪い場所でも、別に住民がその状態を好ましいと思っている訳ではない。

そこで、シャドウの前には腕力も武器も無意味だというのを徹底的に叩き込んでいく事で。

そもそも人間が持っていた無意味な全能感を排除していく。

それで、多少は治安も良くなるはずである。

会議を淡々と終える。

嵐山が資料を片付ける。

嵐山と市川は互いに嫌いあっている。それでも互いに能力を認めているので、それできちんと仕事はできている。

これでも、感情で相手の価値を決めつけたり。

イエスマンで周りを固めて、裸の王様になっていたシャドウ戦役前の企業重役みたいなアホとは違うつもりだ。

ただ、イエスマンで周りを固めて、それで良い気分になりたいという誘惑についても理解出来る。

しかしながら、市川はある程度頭が回るので。

それをやるのがアホで。

アホになるつもりはない、というだけだ。

嵐山が部屋を出ると、一人になる。

一人になると、とても落ち着いた。

何もかも忘れて、椅子でぼんやりとする。

何もかも手に入れた。市川は現在、至尊の座についている。その気になれば、采配をわざとミスして、人間を絶滅させることも可能だ。

天津原みたいな無能と違って成果も出している。

だから、このまま私腹を肥やしたり。

手当たり次第に女を侍らせることだって出来るだろう。

だが、私腹を肥やすことにまるで意味を見いだせない。

今の時代、私服なんて肥やしたところで、使い路がないのだ。

女も同じ。

手当たり次第に女を侍らせても、病気をうつされたり、下手すると暗殺される可能性すらある。

市川も周りから恨みを買っている自覚はある。

ボディーガードのチームも編成しているが、其奴らですら市川を快く思っていない事は知っている。

孤独な王様。

それが今の市川の実態だった。

それに、もしもシャドウがその気になったら、市川の玉座なんて秒で崩壊する。それも分かっているから。

こういう風に、時々虚無感に包まれるのだ。

ひたすらにケツを叩かれて、泣きながらただ言われるままに仕事をしていた天津原は、どんな気持ちでこの席に着いていたのだろう。

まあ鬱病になって病院で治療を受け、余生を過ごしている様子からしてもだいたいは見当がつく。

地獄の戦乱で知られる五胡十六国時代にいたある皇帝は。

生まれ変わっても二度と皇帝はやりたくないと言い残した記録があるが。

それについては、概ね気持ちがわかるようになって来た。

強い野心を持って生まれて。

エゴを満たす事に興味があって。

周りから嫌われながらも、ついに能力だけでトップを勝ち取った。

あの英雄広瀬大将に対して、下剋上だってした。

その時は本当に嬉しくて、これ以上もないほどの昂奮を覚えたものだが。

それも収まってしまうと。

これほど空虚なものなのかと、呆れてしまう。

野心とは何なのだろうと自問自答していると、連絡が来た。舌打ちする。広瀬大将からだった。

液体窒素を作る為のプラントの強化予算についてだ。

液体窒素なんかそんな大したものではないのだが、今回は短時間で大量に作る為の設備の話であり。

それも世界各地に同じものを輸出するための予算についてである。

実際問題、ネメシス種に誘導弾が極めて有効であることは今回の戦闘でよく分かったのである。

予算については、考えなければならない。

弾薬を補充する予算についても出している中、更に追加予算だが。

使いもしない、使い路もないミサイルなどを削れば出るか。

すぐに予算を出すと機械的に返して、仕事を淡々とする。

必要だから。

必要な仕事ができるし、する。

そう割切って動ける自分の事も。

市川は嫌いになりはじめていた。

 

(続)