|
地獄の釜の蓋が開く
序、起きるべくして
ナジャルータ博士は仕事に追われていた。ネメシス化した小型個体のデータを分析し続けていたのだ。
今まで人間やインフラに被害を与えた個体は四体。そのうち二体は畑中菜々美中将が、そして一体はついに超世王セイバージャッジメントを受け継いだ飛騨咲楽少尉が撃ち倒した。
残りの一体はオーストラリアで出現した個体で、中型の集中攻撃を受けて斃されている最中。
最後の力を振り絞って放った攻撃が、オーストラリアに残るただ一つの人間の都市、グラナダアベンデのすぐ近くにあった港湾施設を直撃したのである。
その結果、港湾施設は半壊。
二千人を超す死者が出た。
このグラナダアベンデでは、何度か広瀬ドクトリンによる小型に対する積極攻勢が行われて。
それで相応の被害に対して相応の小型の撃破記録を出していたのだが。
それが帳消しになるほどの被害だった。
何より、港湾施設に係留されていた最新式のホバーがそれで大破粉砕されたという事もある。
グラナダアベンデからGDFに救援依頼が飛んでおり。
現在ホバーに分乗した第一師団が、其方に向かっている状態だ。とはいっても全員を乗せることは不可能だが。
港湾施設の破壊だけでは済まず、現地の病院もパンク。
救援部隊は医療物資も積んでいる。
ちなみにこの破壊を引き起こしたのもブラックウルフ・ネメシスであり。
興味深いのは、飛騨少尉と交戦した個体のような、体の崩壊を引き起こさなかった事である。
ネメシス化は小型にとっての死。
そうノワールは言っていた。
だが、それがどういう意味なのか、ますます分からなくなってきている。
今まで消滅していた小型は死んでいなかったのだろうか。
螺旋穿孔砲が開発されて以降、小型は斃せない相手ではなくなった。だが、もしもそれすら幻だったとしたら。
実に恐ろしい話ではある。
とにかくデータが足りない。
このブラックウルフ・ネメシスによる破壊によって、GDFは更に事態を問題視し始めた。
中型を斃せる前よりも状態が悪くなったのではないか。
そういう声まで上がり始めている。
ただ、それに対しては。
市川代表が皮肉混じりに答えていたが。
もしも中型を今でも斃せていなかったら。ずっと怯えながら、シャドウの生態もわからないまま過ごし。
更には主戦派が無策で仕掛けた挙げ句、仕掛けるだけ兵士を死なせていただけだっただろう、と。
それを聞いてヒスを起こしている輩もいたようだが。
以前、クーデター未遂の時の主戦派の醜態は誰もが知っている。
だから黙らざるを得ないようであり。ナジャルータ博士も、それは助かるのだった。
野心的で危険な人物ではあるが。
市川は有能な代表ではある。
それだけは確かであるので、あまり多くは言えなかった。
ただ、皇帝に即位するとか言い出したら、その時はどうにかして止めなければならないだろうが。
「!」
メールだ。
これは、ノワールからだ。
畑中中将が倒れて病院で過ごすようになってから、奴は畑中中将に興味を失ったようだった。
その代わり、ナジャルータ博士に連絡を入れてくる。
それはあまり良い気分ではないが。
ただ対応しなければならない。
今日も幸い作業は京都工場で行っているので、即座に三池さんに連絡。連携しながら、対応に入る。
「やあ。 苦労しているようだね」
「おかげさまで。 それで何」
「はっはっは、ご機嫌斜めだね。 まあそれも当然か。 ただ此方としても、色々と想定外なんだよ」
「想定外?」
シャドウはどうも集合意識かなにからしいというのは仮説として建てている。
自分達を私ではなく私達と呼んでいるのもそうだ。
そもそもとして、個の損失をこれといって問題視していない様子すらある。だとすれば、そういう存在なのかも知れない。
大型ですら体の一部に過ぎず。
殆どの個体は、人間の駆除が一段落したから眠っているだけ。
そういう圧倒的な存在だとすれば。
やはりまだ勝ち目なんてありはしないのだ。
ただ、そんな存在でも想定外はあるのか。
いや、あるだろう。
無かったら、畑中姉妹によって此処まで多数の中型小型が斃されていない。
個を失っても何ともないとしても。
それでもなんの痛痒にも感じていないことはない。守りを固めて来た事からも、あまり面白く思っていないことは明らかすぎる程だ。
「寿命を迎えた私達はあり方を外れる。 君達はネメシスと呼んでいるようだね」
「そんな事まで知っているのか」
「知っているよ。 君達の通信なんて、私達には全て筒抜けだからね。 君達のセキュリティなんて、紙も同然なんだよ」
「……っ」
まあ、そうだろうな。
仮想環境のメールサーバーで、現状のセキュリティを完全に騙してメールを送ってくるような輩だ。
そんなのは余技に過ぎないだろう。
必死にセキュリティを厳重にしても。
なんならデータをスタンドアロンにしても。
それら全てが、無駄であったかも知れない。それくらい、厳しい相手と今は戦っている。
それくらいの認識でいなければ、どうにもならない相手だ。
「あり方を外れた私達が、無作為に熱エネルギーをまき散らして抵抗するのは困ったことでね。 修復にもリソースは使う。 それに私達は約束した。 其方が手出ししない限り、手出ししないとね。 私達は君達と違って、約束は守るのさ」
「そうか。 紳士的だな」
「紳士という概念が嘘だらけだろう? 私達は違う」
「……」
確かにジェントルという言葉は、三枚舌外交で知られる英国で作られた概念だ。
元は階級を意味する言葉であり、一種の下級貴族だった。これがいつの間にか名士というような意味となり。
優れた人格者を意味するようになった。
最初は今とは全く違う意味だった言葉だし。
何よりも紳士と言われているような人間が、本当に紳士だった例がどれだけあるだろうか。
それについては、確かにナジャルータも口をつぐまざるを得ない。
「いずれにしても、私達に対する攻撃を君達は随分とした。 しばらくはああいう死を迎えて、そして逸脱する私達は現れ続けるだろう。 現れた時には距離を取ることだね。 私達で始末するが、暴れるからどうしても被害が出る」
「即座に斃せないのか」
「無理かな。 いつ私達が死を迎えるかは私達にも分からない。 こればかりは、どうしようもないことなんだ」
「……提案がある」
ナジャルータ博士は、広瀬大将からの提案をボードに掲げている三池さんを見て、素早くメールを打つ。
相手は珍しく話を聞く。
「今までに三回、被害が出る可能性が高いネメシス個体を我々は超世王セイバージャッジメントで斃した」
「ああ、あの面白い兵器だね。 あんなテクノロジーで、私達に対抗できているのだから、創意工夫には驚かされるよ。 テクノロジーも使い方次第。 創意工夫で、ひっくり返せる局面もあるのだと勉強になる」
「勉強になるのは良いとして。 都市部近くで……日本でしか出来ないが。 特に日本の
都市部近くでネメシスが出現した場合は、超世王セイバージャッジメントと共闘出来ないだろうか」
「ふうむ、共闘ね」
珍しくノワールが悩んでいる。
或いは、相手も全権が委任されている訳では無いのか。
主君がいるのは、以前からの話で分かっている。
嘘をついていないというのであれば、確定だろう。
それがただ意思決定を行っているだけの存在なのか、もっと強大な力を持つ存在なのかは分からないが。
それでも、ともかく利用すべく、頭を使っていかなければならない。
「結論が出た。 良いだろう。 今までも示し合わせた訳では無いが、少なくとも超世王セイバージャッジメントと君達が呼ぶ兵器は、終わりを迎えて逸脱する私達を滅ぼす際に、私達に攻撃はしていない。 だとすれば、それを続行するのであれば。 私達もある程度の連携は図ろう」
「そうか、助かる」
「では、せいぜい無意味な同士討ちをしないようにね」
通信が切れた。
メールは面倒な立場である事もあって、市川代表にも回している。
すぐに会議をするというメールが市川代表から来たので、げんなりした。三池さんが、話をしてくれる。
「ノワールで間違いありません。 今のやりとりは、大いに意味があると思います」
「色々厳しい状態に代わりはありません。 セキュリティが全て無意味だと知ったら、発狂する国家代表も出そうですね」
「スタンドアロンのシステムですら全て情報を抜かれているとすると、一体どうやっているのかは気になりますけれど」
そんな感想が出るのは、三池さんが本職だからだろう。
ともかく、テレビ会議の部屋に向かう。
おきだしたばかりなのか、いつも以上に不機嫌そうな畑中博士が、テーブルに頬杖をついている。
これはあまり喋らせない方が良さそうだ。
テレビ会議は五分ほどで始まった。
市川代表が、最も重要な事項については、各国の代表、或いはその代理が、即時で応じられるシステムを構築したのだ。
勿論市川代表は、その開催で遅れたことは一度もない。
野心的で危険な男ではあるが。
有能さでは間違いもないのだ。
嵐山さんが、今のやりとりについて、各国代表に説明する。広瀬大将が、それに捕捉していた。
「シャドウと手を組むわけではない事をご理解いただきたく存じます。 現時点でシャドウと対話するためには、あらゆる試みを試して行く必要があるのです。 そしてシャドウもイレギュラーで困っているのであれば、水面下で連携する事も可能でしょう、ということです」
「シャドウと連携だって……」
「いや、実際シャドウが攻撃を止めていなければ、我等なんてとっくに全滅している。 向こう側から譲歩を引き出せたのは、大きすぎる成果だ」
意外にも、肯定的な受け取りをしてくれたのは、少し前に被害を受けたばかりのオーストラリア代表だ。
アボリジニ出身の人物だが、この人物も村をシャドウに滅ぼされたという点では代わりはない。
原始的な生活をしていようが、シャドウには関係が無かったのだ。
「今は生き残る事が最優先だ。 シャドウが攻撃を停止してくれたのは確かにある。 今問題になっているのはネメシス個体。 これをどうにかしつつ、少しずつ状況を改善するしかない」
「港を焼かれたのに、随分と弱気だな。 それとも港を焼かれて弱気になったのか」
「あの騒ぎで私の息子も死んだ! 腸が煮えくりかえっていないとでも思うのか!」
揶揄に対して、オーストラリア代表が吠えた。
それを聞いて、流石に黙り込む者達。
申し訳ないと言うのをみて、気まずい沈黙が流れる。咳払いしたのは、ナジャルータ博士である。
「超世王セイバージャッジメントのパイロットとして飛騨少尉が就任し、しかも初陣でネメシス個体を斃してくれました。 絶望的だった状況は改善されているだけではなく、複数のパイロットが操作したことで、少しずつ癖が強すぎるワンオフ機にも汎用化の兆しが見えてきています。 シャドウと今、対等に交渉することは残念ながら出来ません。 相手と粘り強く交渉し、少しずつ譲歩を引きだして……出来れば安全を完全に確保するところから、最初は行うべきです」
「……」
「GDF代表としては今はそうするしかないとしか言えませんな。 とりあえず、反対意見がないのであれば、様子を見ます。 日本で小型種をもっとも斃した以上、ネメシス化個体が出るのは日本の可能性が最も高い。 勿論他の国でも出現していますが、今は連携しての対ネメシス個体の経験を積むことが大事なのです」
「分かった……」
新しく就任した北米の大統領がそれしか手はないかという風に嘆息していた。
会議もそれで終わる。
ヤジを飛ばす奴もこんな状況でもいる。
政治家が優秀な人間の集まりだったら、これほどの悪い状況でヤジなんて飛ばしている場合では無いと理解出来るだろうに。
それが出来ないと言う事は。
つまり、その程度の存在に過ぎないと言うだけの話だ。
とりあえず、会議を終える。
のそりと立ち上がった畑中博士は、寝直すと言って消えた。やはり相当にストレスが溜まっているらしい。
「まだ本調子ではないようですね」
「普段は滅多な事では動じない人なんですけれど、流石に畑中中将の事があってからは随分とこたえているようですね。 普段平気な分、精神へのダメージも大きいのだと思います」
「なんとかならないんでしょうか」
「畑中中将はまだ病院から出られないんですが、ある程度状態が改善してから、シミュレーターへのアドバイザーとして京都工場に来てくれるそうです。 退役はしていますから、顧問という形で。 そうすれば、恐らく畑中博士は本調子に戻ると思います」
本当に畑中中将が好きなんだな。
仲が良い姉妹……いや、畑中中将は姉の変人ぶりに困っていたようだから、姉から妹への一方的な愛情なのかも知れないが。
ともかく、少しでも新米の飛騨少尉の負担を減らさなければならない。
これでも対シャドウでは経験を積んでいるのだ。
先達が後輩の負担を減らすのが正しい姿勢である。デチューン版の超世王セイバージャッジメントではどうしてもネメシス個体の相手は難しい。
今後は呉美少佐とも、連携して動く事にするのは決めてあるが。
役に立てるかは厳しいという現実もあるのだから。
幾つか受けた軽傷の治療を受けてから、退院する。若い事もあるから、すぐに治るとは言われたが。
それはそれとして、無理をしないようにも言われた。
あたい飛騨咲楽は、病院が少し苦手になった。
なんだか随分過保護に扱われたような気がする。今はみんなそんなものなのかも知れないが。
大事にされた事なんてないので。
それで緊張してしまった。
宿舎に戻って、それでSNSを見る。シャドウの親玉が連絡をしてきて、それで会議があったらしい。
退院を知ったのか、上司にあたる広瀬大将から連絡があった。
会議の内容に目を通しておくように、というものと。
シャドウの側から、ネメシス個体が出た場合の戦闘連携について申し出てきたというものだった。
まあ、別に実際戦地では共闘していたようなものだったし、それは提案は有り難くはあるが。
そもそもシャドウが何を考えているかまったく分からないあたいとしては、本当に大丈夫なのだろうかとは思ってしまう。
シャドウの親玉はノワールと名乗っているらしいけれど。
嘘をつかないというのは本当だとしても。
目的は話さないらしいし。
そういう点では、信用して大丈夫なのかと不安になるのだ。
嘘をつかないだけで人間よりましか。
そういう考えも出来るには出来る。
これだけ催眠教育が普及した今でも、病気のように犯罪に手をつける奴はいる。
虚言癖が一種の病気だと分かった今でも、それとはまるで別の形で嘘をつくのが大好きな奴もいる。
多くの場合相手を馬鹿にするためか、自分より下の存在とするために人間は嘘をつくのだと聞いている。
そうで無い場合は相手を騙して利益を奪うため。
中には嘘つきを英雄視するような輩や、駆け引きの一つとして美化するような連中もいるらしいが。
あたいは一応軍属になる前から仕事をしていたから。
嘘をつく連中が、如何に醜悪な顔で笑っていたかはよく見ている。
ああいう連中の事を美化するようなのとは、何を話しても無駄。
それを思うと。
そんな輩よりは、まだシャドウはマシ。
そういう事なのかも知れなかった。
ともかく京都工場に戻る。
入院中もリハビリをしたのだが、色々と足りなさすぎる。工場に出ると、三池さんが出迎えてくれた。
お菓子を出してくれるので恐縮してしまう。
麟さんが仕事をしている背中が見える。
畑中博士は出かけているようだ。
入院中の不便などは聞かれたが、特になかった。打撲はあったにはあったが、実際それほど時間が掛からず治った。
最近はこういうのは短時間で治す方法が普及しているらしく、あたいもそれで治せたのだ。
ただし骨折などになるとそうもいかない。
あれだけ距離を取った戦いであったのに、それでも大苦戦を強いられたのだ。
シャドウとの戦いで、これからも手傷が増えるのは確定だろう。
ただ、それで怖いとは思えない。
まったく抵抗も出来ないまま、一方的に殺される方が余程怖い。
超世王セイバージャッジメントで戦って見て良く分かった。
螺旋穿孔砲が出てくる前は、人間は文字通りシャドウに駆除されていたのだ。人間が見た目で虫とかを嫌って、殺虫剤とかをブチ撒いていたかのように。
むしろ周囲にも害が出る殺虫剤を撒くだけの人間とは違って。
その後の処置もしっかりしていた分、シャドウのほうが余程マシだったのだろう。そう思うと、色々とげんなりさせられてしまう。
ともかく幾つか話をした後、丁度来ていた教官のレンジャーに頼んで、訓練のメニューを入れて貰う。
畑中中将も、一日休めば三日遅れるという精神で、ルーチンの訓練は欠かさなかったらしい。
病み上がりなのでペースは落とすが、それでもきっちりやる事はやる。
モチベはそれなりにある。
やはり。さっきも思った通り。
戦えるだけマシなのだ。一方的に殺戮されるくらいだったら、戦って死ぬ。そう、あたいは考えていた。
1、戦闘訓練
ネメシスが何処に出るか一切分からない事もあって、今まで各地に超世王セイバージャッジメントのデチューンモデルは分散配置されていた。それはあたいも説明を受けていた。この間呉美少佐が間に合わなかったのは、それが理由だ。
ただ、今後は割切る事に決定したという。
ネメシスはどうせ中型種が抑え込む。
もしも人的被害が出るのだとしたら、それはある程度許容するしかない。
むしろ中型が抑え込んでくれるとネメシスの指揮官個体と思われるノワールから連絡が来ているのだ。
連携する事を前提に動く。
デチューンモデルとして、熱線を出来るだけ耐えることを前提とした機体を複数作る。今後は対中型の格闘戦を主眼にしたデチューンモデルよりも、おとり役が出来るものを増やす。
その上で更にもう一段階対策をする。
まだまだ各地の部隊にいる40式戦車や、配備され始めたアレキサンドロスVに対して、スプリングアナコンダ戦で用いられた対反物質砲シールドを搭載する。これは結構重量があるのだが。
それはそれとして、搭載している機体であれば、掠り当たり程度であればなんとか耐えられる可能性がある。
対ミサイル用の迎撃兵器とかは積むだけ無駄だ。
それらを降ろして、こっちを積む。
これは形状記憶合金を用いているのでそれなりに高価な品ではあるのだが。
人命よりは安いし。
何より対ミサイル用の迎撃兵器に至っては、シャドウ戦では文字通り何の役にも立たない。
それを考えれば、そっちに武装を切り替えるのはありだ。
戦車部隊はとにかく、ネメシスによる熱線砲のおとりを買って出る。ただし、擦っただけで即死するものではなく、生存率を上げる。
更にこの兵器は自動発動するから、使いこなす必要がない。
ただし戦車部隊に搭載する戦術PCのアップデートが必要になる。
これらについては不満の声も上がったが。
市川代表が重要性を説明し。
それで各国の代表も納得したようだった。
あたいとしてはどうでもいい。
ともかく出撃。今回は斬魔剣Uを装備している呉美少佐と、対熱線用のシールドをたくさん積んでいるおとり役のデチューンモデルと、三機で活動する。
基本的に京都基地周辺で常に待機して。
何処でネメシスが出ても対応するようにする。
それがGDFの方針となった。
また、九州などに少数配備されている戦車などには、シールドの装備を急ぐことになる。
ただ兵士達は、戦闘の映像を見て、こんなの避けられるわけが無いと怖れるものも多いらしい。
ましてや今のMBTは一人乗りだ。
一人乗りで強烈なあの熱線砲のプレッシャーに晒される。
それは怖れる兵士が出てくるのは、仕方が無い事なのかも知れなかった。
とりあえず三機で動き回る訓練をする。
シミュレーションマシンで練習はしたから、実機で動かして見て、連携が取れるかを確認するのだ。
最前衛の盾役の人は、それなりに経験を積んだ戦車乗りで。
HEAT弾を直撃させて、ブラックウルフを倒した事があるらしい。
ただし回避運動に専念するこの戦術は非常に難しいとぼやいていた。
まあ、それはそうだろう。
超世王セイバージャッジメントの操作はとにかく癖が強い。
回避運動でどうにか気を引いて、放熱による熱線を出来るだけ回避して。
その間にあたいと呉美少佐で、ネメシス化した個体にとどめを刺す。
中型種のシャドウがダメージを与えてくれ、更には抑え込んでくれる筈だから。多少は楽になる。
だが、あくまで相手は出来るだけはやるというスタンス。
それにネメシスも中型種には抵抗せず、逃げようとするだけだ。
その過程で体格差もあって中型種を吹っ飛ばしたりもするようだが。
それで中型種がダメージを受けている様子も無い。
まあ、HEAT弾以外の弾丸は、小型種にすら通じないのがシャドウだ。質量攻撃は基本的に無意味なのである。
それもあって、巨体にタックルされても全く問題にならないのだろう。
この世界にいる生物とは、あらゆる意味で法則が違っている。
そういう存在だ。
訓練をしばらくこなす。
小刻みに丁寧に動く。
AIによる支援もあって、互いが射線上に重ならないようにとか。動きについてはある程度先読みして教えてくれている。
だがネメシスの場合、熱線砲だけではなくて、巨体も武器になる。
畑中中将が最後に戦ったブルーカイマン・ネメシスなどは良い例だっただろう。
それにだ。
シルバースネーク・ネメシスは得意の毒吐きも使い、それを危うく敵のアトミックピルバグが蒸発させたようである。
それを考えると、元々の能力も使える。
クリーナーの場合、下手に接触したら、そのまま溶かされてしまうかも知れなかった。
とりあえず。訓練は終わる。
戦車の燃料はとても効果だが、弾薬と違って燃料はそれなりにある。
京都工場に帰投。
そこで整備のおっちゃん達に超世王セイバージャッジメントとデチューンモデルを引き渡し。
軽く反省会をする。
呉美少佐が一番の上官だが。
此処では階級関係無しに、それぞれに思った事を言う。
盾役をしていた人は、かなり厳しいという話をしていた。アレキサンドロスVの機体をガワとしてから、超世王セイバージャッジメントの足回りはかなり改善したという話である。
だが、それでもだ。
ネメシスが熱線を放つ場合、今までの資料を見る限り、全ての個体がそれぞれ違ったタイミングで放ってくる。
それはもう、実戦では勘で掴まなければならないことだ。
勘が通じる相手となると、訓練ではどうにもならない事が想定され。
最初の二〜三機は、相手の勘を見る為だけに撃破されてしまうことを想定しなければならない。
そういう事を言われた。
確かにあたいとしても分からないでもない。
ブラックウルフ・ネメシスとやりあった時。今までに例がない形態変化をした上に。その後も、熱線砲の回避は殆ど勘でやっていた。
それは誰もが出来る事ではないのかも知れない。
実際シミュレーションマシンであたいと戦ったブラックウルフ・ネメシスとの戦闘でのシミュレーションをやった兵士は。
全員が初撃の熱線を回避できず、それぞれ爆発四散の判定を受けたという事だ。
この様子だと、シールドを装備した戦車部隊の兵士達は。
殆ど死んでこいと言われているようなものだなと、あたいは思う。
今まで交戦例がある中型は、本気を出す出さないは別として、それでも能力はそれぞれ同じだった。
ネメシスは違う。
もとの能力に加え、交戦すると毎回違う事をやってくる。
そしてシャドウの圧倒的な力。
創意工夫が必要とされる戦術。
それを考慮すると、はっきりいってあまりにも厳しい戦いだと言える。
あたいも、弱音を吐く盾役の人に、文句を言う気にはなれなかった。
呉美少佐は言う。
「今の時点では、ネメシス化した個体にはパターンすら見つかっていません。 ただ、交戦例が現在までに三度のみ。 中型種と交戦した時に苦し紛れに放熱で熱線砲を放つ例が目撃されていますが、それですらそう多くは目撃例がありません。 それを考慮すると、誰かが実戦経験を積まなければなりません」
つまり人柱がいると言う事だ。
俯く盾役の人。
あたいが頑張らないといけない。
そう思う。
「いっそ、盾役は小官がやります」
「!」
「攻撃の方であったら、恐らくは今までのデータを使って、それでどうにかなるはずだと思います。 勘で回避できない攻撃が怖いのは当たり前で、それは前回の戦闘でも勘でどうにかしたあたい……小官の出番だと思います」
「……分かりました。 次の日は、それで訓練をしましょう。 いずれにしても、あれを初見で回避するのはほぼ不可能です。 ネメシスがいつ出るか分からない現状を思うと、盾役をいっそ超世王セイバージャッジメントが行うのは、マストの選択と言って良いでしょう」
それで会議が終わる。
その後は訓練に戻る。
もう病み上がりではないので、飛ばしていく。
さっき盾役として厳しいと言っていた兵士の人も、普通の兵士としてはあたいなんかよりずっと上だ。
だから、兵士としての訓練を見てもらう。
それで色々教わった。
まだあたいは受け身に自信があまりないので、マットの上で訓練を見てもらう。それでアドバイスを聞いたが、とても分かりやすくて助かった。
そのまま訓練を続ける。
やはり、得意分野をそれぞれ担当するべきだ。
そう思う。
黙々と訓練を続けて、それで受け身も少しずつ上達する。
催眠教育を受けてやり方は分かっているが、それでも体を動かさないと習得出来ない事も多い。
呉美少佐はとても忙しいので、京都工場からすぐに出ていった。多分仕事をしなければならないのだろう。
コツを教えた後、盾役をしてくれた兵士の人も行った。
あたいは後は、黙々と。
無意識で受け身を取れるように、マットで練習を重ねる。あたいはパイロットして選ばれたかも知れないが。
兵士としては素人だ。
それを何度も自分に言い聞かせる。
驕っている余裕なんぞない。
驕ったりしたら死ぬ。
それはこの間のブラックウルフ・ネメシス戦でよく分かった。
訓練をしていると、別の兵士が来た。教官役だ。
それで、幾つか細かい事を教えてくれる。
それを取り込んで、更に受け身の取り方を練習してみる。
畑中中将はあたいよりガタイがずっと良かったから、コックピット内やシートにショックアブソーバーが少なかった。
もっと激しい衝撃を受けながら戦っていたのだ。
それを思うと、この程度で満足していてはいけない。黙々と訓練を続けて、少なくとも痛みで気絶するような無様を晒してはいけないと自分に言い聞かせる。
訓練をずっと続けて、それで時間が来た。
今日は切り上げる。
まだ満足出来るところまで行けてはいない。
もっと明日は訓練をして、更に満足出来る仕上がりにしたかった。
翌日。
また、三機一組の編成で出る。
これについても、元々超世王セイバージャッジメントを主軸に戦闘し、他は師団レベルで支援というのが今までは当たり前だった。
そもそも小型種すら戦場に出てこなくなった今では、支援のしようがない。
現時点では弾薬も足りていない事もあって、GDFの第一軍団は偵察と、避難誘導が主任務だ。
それもあって、超世王セイバージャッジメントとデチューンモデルが、ネメシスが出た場合には動かなければならない。
予定通り今日はあたいが盾役。
そして呉美少佐ともう一人。
昨日とは違う、少し年配の兵士がアタッカーをする。
そのまま、シミュレーションを開始する。
実機を使っているだけで、シミュレーションマシンと同じだ。あくまで実機を使う事で起きるトラブルなどを想定しての戦闘となる。
また、この訓練を行うときは、基本的にはエアコンを暖房に切り替える。
ネメシス種は凄まじい熱量を放熱し続けており、これによりいつも極限状態での戦闘を強いられる。
冷房についても改良をしてくれているらしいのだが、それでもまだとても出力が足りていない。
冷蔵庫にするくらいの勢いで冷やしていても、内部がサウナになってしまうのだ。
だから、ある程度最初から、高熱環境下での戦闘を想定しなければならない。それが畑中博士の判断であり。
それに他の関係者も、同意したようだった。
戦車部隊も、同じように訓練を開始しているらしい。
最悪の場合は盾役となって相手の攻撃を逸らす。
とにかくあの熱線砲。
直撃すると、都市がまるごと吹っ飛びかねない。オーストラリアで、都市の港湾区画が消し飛んだように。
それもあって、兵士達は既に如何に被害を減らしながら、中型種がネメシスを斃しきるまで耐えるか。
それを前提の訓練を始めているようだ。
当然、自殺行為だから。
士気は上がらないそうだが。
訓練を黙々と続け。そのまま熱線を回避する。今までのネメシスのデータを全て集めて、それぞれ熱線をランダムに放つようにシミュレーションはして来ている。これくらいは、かわせないとダメだ。
あたいは必死に回避運動を続ける。
だが、掠めるだけで、激しく揺動して、コックピット内の熱量が上がる。また、あたいを狙ってこない場合もあって。
その場合は、高確率で呉美少佐ともう一人の機体がロストする。
一発撃破だ。
それはそうだろう。
あたいも戦ったから、あの熱線が如何に凄まじかったかは、身を以て知っている。回避できなければ、即死は免れない。
超世王セイバージャッジメントですらそうだ。
デチューンモデルではひとたまりもない。
誰かロストする度に訓練を最初から再開する。それで四時間ほど戦闘を続けた後、一度休憩を入れることとなった。
工場まで戻る。
とにかく暑いわその後冷房が効いて冷えるわで、風邪を引きそうになった。
あの暑さだと体を壊しかねない。
話によると、昔はぬいぐるみに入ってアルバイトをするような仕事もあったらしく。それを考えると、本当に非人道的な事をやっていたのだなと呆れてしまう。
ともかく、ぐったりしたので休ませて貰う。
平然としている呉美少佐は流石だ。
鍛え方が違うという奴だろう。
しばらく休んだ後、軽く話す。
「それにしても流石ですね。 その若さでどうやって超世王セイバージャッジメントのパイロットになったんだって思っていたんですが、納得しましたよ」
「え、そうですか」
「そうです。 あの熱線、狙われたときは小官は一度も回避できませんでした。 それを貴方は、どんなタイプの熱線が飛んできても回避していた。 正直最初は舐めて掛かっていました。 しかし今は違います。 超世王セイバージャッジメントのパイロットとして、頑張ってください」
「ありがとうございます」
それしか返せない。
ともかく、幾つか反省点について話し合う。
あたいは受け身がまだまだダメだ。今日は燃料の消耗もあるし、コックピット内を高温にしたこともあって、メンテナンスもある。
午後はシミュレーションマシンを用いるか、それぞれ兵士としての訓練となる。
あたいは黙々と受け身について調べる。
色々な状態から投げられて、それで受け身を取る方法についても調べる。
二mはデッドラインと言われていて。
落ち方次第では、二mでも落ちたら死ぬ。
特に頭から落ちるのが危なく、これに関しては絶対に防がなければならない。
それについてはあたいも聞いて知っている。
そしてここに来てからも、催眠学習で叩き込まれ。実際に教官からも徹底的に叩き込まれた。
今は自分で、いざという時に対応できるようにやるべきだ。
もっと厳しい状況下で、畑中中将は毎度戦っていた。
あたいだって、今後は更に変異種よりも厄介なシャドウが出てくるかも知れないと、常に考えないといけない。
だから、状況を想定して、受け身を続ける。体中が痛くなるが。それでもわざわざ治療を受ける程ではない。
精神論は無意味だ。
だからひたすらに実践を続ける。
今、あたいに出来るのは。何やってくるかまったく分からないネメシスに怯える事じゃない。
こうやって、少しでも生存率を上げる。
それだけだ。
ただ、分かっていても受け身の訓練は楽じゃない。
パイロットとしてのシミュレーションだってやらなければならない。時間を割いて痛い思いを続けるのはしんどい。
自分にご褒美をあげなければならない。
そんなとき。
三池さんが、休憩を入れてくれる。
冷房が効いている工場の中なのに、汗が止まらない。
まあ、見かねて、なのだろう。
精神論や根性論が無意味なのは今の時代は分かりきっている。それもあって、適切な休憩は確実に入れてくれる。
ましてやあたしはのめり込むと周りが見えなくなるらしい。
昔はそんなこと、感じたこともなかった。
だから、短時間で変わりつつあるのかも知れなかった。
お菓子を食べて、まああまり美味しくは無い茶をいただく。
四国の方で、この間の戦いの余波を受けて、新都市の建築現場が大きな被害を受けたのだが。
それでもどうにか態勢を立て直して、工事が再開されたらしい。
あたいは三池さんの作るお菓子をいただきながら、その話を聞く。
いずれにしても、あの工事現場が丸ごと消し飛ばなかったのは良かったと思う。人的被害を抑えるのが最優先だが。
未だに各部隊がまともに戦えないほどの弾薬不足は解消されていない。
都市を回す物資も多い。
今ではリサイクルのシステムが昔のなんちゃってとはまったく違うレベルで進歩しているのだが。
これはそうしないと人類が滅んだからだ。
昔はリサイクルやエコはクズの利権だったらしいのだが。
今ではしっかり機能しているのである。
ただそれでも、弾薬にはなかなか物資が行き渡らない。
そしてシャドウとの和平に反対する人間も少しずつ増えてきている。
化け物を追い払え。
SNSなどでは、そういった過激な意見が飛び交っているのをよく見るが。
これはシャドウに追い立てられて、全てを失った世代や。
今の生活に不満を覚えている人間が多数だ。
これで昔みたいにネットワークが全世界でほぼリアルタイムにつながっている状態だったら、どれくらい荒れていたのだろう。
そう思うと、薄ら寒くなるほどだ。
休憩終わり。
また練習に入る。
シミュレーションマシンに入って、それで訓練を続行。
揺れなどは再現して貰うようにしている。
後は熱もだ。
ネメシス種とやりあう時には、高熱にコックピットが晒されるのは、もう仕方が無いと判断するしかない。
耐えられない熱量はあるが。
それでも、ある程度は冷静な判断を出来るようにならないと話にはならない。
そして、少しずつ中型とやり合えるくらいの操作技術がついてきた今なら。
少しずつ、難しい事をやっていくべきだとあたいは思うのだ。
それもあって、三池さんが話をして。
畑中博士が、シミュレーションマシンに蒸し風呂機能をつけてくれた。これで、激しい熱に晒されながらの訓練が出来るが。
ただし、それは体力も猛烈に消耗する。
結果として、シミュレーションマシンに乗れる時間は減る。
また、あたいが脱水でぶっ倒れないように、専門の監視AIまで作られた。昔だったら、人が直に見ることになり。多くのマンパワーが取られていただろう。
この辺りは、AIがちゃんと進歩した結果だろう。
まだまだ全然足りていない部分もあるのだが。
へとへとになるまで訓練をして、それで切り上げる。毎日非常に負荷が掛かっているが。それでもあたいは充実していると思う。
少なくとも虚無の中で運転やらの監視をしていた頃に比べれば、ずっと生を感じていると言える。
やりがいという言葉は、昔は悪用されていたらしいが。
今はそれも違う。
あたいは今。
自分の意思で、戦うための努力を続けているし。
それで充分過ぎる程だ。
それはそれとして、疲れ果てると何もできなくなるのも事実。
電池が切れるというのはコレのことだろう。
風呂に入って、風呂の中で落ちそうになる。
風呂からどうにか上がると、後の身繕いはロボットに任せてしまう。円筒形の家庭用ロボットだが、意外に器用に身繕いはしてくれるのだ。
それも終わると、夕食をかっこんで、寝てしまう。
後は、何があっても朝までは起きない。
あたいもまだまだ体力が其処まではないし。
体力があったとしても、生活リズムを崩した場合、その後の復旧が極めて大変なのである。
戦闘がいつ起きてもおかしくない今。
そんな状態に、身を置いておく訳にはいかなかった。
2、崩壊する法則
アフリカでネメシス化が観測される。
アフリカも殆どの地域で人間が駆逐され、現在では四箇所に大きな都市があるだけの状態なのだが。
その一つ。元はエジプトの近くにある都市、ラムセスの付近で、シャドウがネメシス化したのである。
小型種ではあるのだが。
面倒な挙動で知られるホワイトピーコックだ。
迫撃砲のような動きで迫ってくる事から、特に山岳地帯などで脅威になる面倒な小型種だが。
エジプト近辺の砂漠では、砂丘を利用して長距離から奇襲を仕掛けて来る事もあって、長年スカウト殺しとして知られていた。
シャドウ戦役後のアフリカの諸都市は逃げ込んできた人間が多かった代わり、治安も最悪だったこともあり。
長年苦労が絶えなかったのだが。
また、今も災厄に晒されようとしていた。
ホワイトピーコック・ネメシスが吠え猛る。
名前の元となっている孔雀と似ていた姿が崩壊していく。巨大化したその姿は崩れ、砂漠を文字通り焼き焦がしていた。
熱量も途方も無く、近づける相手ではない。
中型種……キャノンレオンなどが囲んで集中砲火を浴びせて。
それに抵抗せず、どんどん弱って行くが。
高熱は砂漠を焼き溶かし。
砂が硝子状に変化していくのが、遠くから確認されていた。
凄まじい熱に上昇気流が生じ、竜巻まで起きている。その視認性最悪の中、アトミックピルバグが移動を開始。
ホワイトピーコック・ネメシスに向かう。
そして四qの射程距離に入ると同時に、ホワイトピーコック・ネメシスに火力の集中投射を開始。
一気に焼き払いに掛かった。
観測が続けられる。
今回は、ナジャルータ博士の補助として、亜純麟が側にいる。一応博士待遇だが。現時点では畑中博士の助手扱いだ。
ホワイトピーコックは本来は接近戦専門の小型種だが。
熱線砲として放熱を活用する例は、この間のブラックウルフ・ネメシスでも観測されている。ブラックウルフも接近戦専門の小型種だし、それを考えると何をしてきてもおかしくないのだ。
何が起きるか分からない。
観測のデータも、今ではエジプト近辺から送られるものはかなりラグがある。海底ケーブルで世界に通信網が引かれていた時代なんて、とっくに終わってしまっているからである。
カクカクの映像を見て、麟博士が言う。
正確には、側にある翻訳用のAIが、だが。
「抵抗が随分と弱いですね。 何か狙っているように思います」
「勘ですか」
「いえ、違和感です」
「……分かりました。 その違和感について分析してください」
麟博士は侮れない。
あの畑中博士が側に置いているだけのことはある。
今までも支援要員が結構来たのだが、畑中博士は能力が足りないと判断すると、下働きみたいなことしかさせなかった。
そういう点では、畑中博士は昔から変人であるの以上に、性格が悪かったのだと言える。
それについては別にどうでもいい。
今は、出来る人間が必要だからだ。
麟博士は、既に仕事の一部を任されている。
要するに後継者と見なされていると言う事だ。
ナジャルータ博士は、データの分析を自分なりに続けていたが。飽和攻撃を受けていたホワイトピーコック・ネメシスが。
いきなり形態を崩していた。
あの寄生虫のようなものが、体中からはみ出したブラックウルフ・ネメシスよりも凄まじい姿だ。
なんというか、これは。
戦闘機か何かが、砂漠に突き刺さったかのような。
三角錐というには少し平面気味だが。
そういうものへと変わる。
そして、次の瞬間。
映像が途切れていた。
「!」
「ラムセスと連絡は」
「現在連絡を確保中。 ラムセス全域で通信障害!」
「……」
最悪の事態を想定しなければならないか。
ラムセスは人口四十一万と、かなりの人数を誇る。
もしも失われでもしたら、大きな損失だ。今の時代は特に、である。
だが、程なくして、通信が入る。
地震だという。
「検知震度は6強! ラムセス全域に振動が続いています!」
「都市の安全を最優先してください!」
アフリカの他の都市だけではない。欧州の都市でも、激しい揺れが観測されたようである。
それだけではない。
揺れに伴って、津波が発生したようだ。
幸い、津波の規模は小さかったようだが。それにしても、これは。
しばらく、待つしかない。
即座に市川代表が、テレビ会議を立ち上げる。これはもう、ナジャルータ博士と麟博士だけで対応する問題ではない。
動揺が広がる。
ネメシス種が危険であることは分かりきった話だった。それにしても、いくら何でもこれは。
そして長い長い待ち時間の後、連絡が入る。
「此方ラムセス防衛部隊、副司令官ケネス少将。 都市全域が壊滅状態だ。 現在、部隊は全てレスキューにあたっている」
「何が起きた!」
「あのクソッタレのネメシスが爆発した! ただ、私から見たところ、どうも地面に全ての熱を叩き込んだらしい」
「!」
そういうことか。
つまり地中で核爆発にも等しい超火力の爆発を引き起こしたと言う事か。生半可な水爆よりも火力が出たかも知れない。
今までネメシス種が斃されるまでに費やされた熱と、奴らが斃されまいとして放熱した熱を分析はしているのだが。
出ている熱量は核兵器の比ではなく。
水爆、それもツァーリボンバ数発分、もっと多いと言う結論が出ていた。
シャドウにとってはそれくらいの熱量を作り出すのは難しくもないという話でもあるのだが。
放熱される熱量だって、水爆並みなのである。
畑中博士が作った高圧プラズマを注入する対シャドウ兵器は、熱量を一点に集中していた。
それで中型を倒す事が出来ていた。
だが、ネメシス種のタフネスは中型を凌いでおり。
そしてついに今回、都市に対して大きな被害が出たと言う事になる。
「中型どもが引き上げていきやがる。 くそっ、一体も倒れていねえ」
「司令官であるランタ中将は」
「戦死為された……」
「そうか」
ナジャルータも、思わず口をつぐむ。
そして、即座に市川代表が、近場の都市に、ホバーを出して支援するように指示。それに異を唱えるものはいなかった。
即座にレスキューが出る。
空路が使えるなら速いのだが。結局今もブライトイーグルは空路を封鎖したままだ。恐らくだが。大気汚染や音響などで影響を与えないレベルの航空機が出現しない限り、空を通してはくれない。
シャドウは行動が兎に角一貫している。
人間の被害なんてどうでもいいことは、最初出現した時と同じ。今だって邪魔だと判断したら、街ごと平気で消すだろう。
ホバーによるレスキューの第一陣が到着したのは十二時間後。
どうしてもホバーだからそれくらい時間が掛かる。
それで、ようやく、ラムセスの悲惨な被害が明らかになりはじめていた。
死者およそ二万五千。
倒壊家屋などは目も当てられない有様だ。
レスキューがトリアージから開始する。このままだと更に死者が増える。
また、偵察にあたっていたスカウトは全滅状態。
連絡を入れてきたケネス少将は、かろうじて生き延びた状況だ。
超世王セイバージャッジメントが出現し、対シャドウ戦での攻勢が始まった後。シャドウによる被害としては最大。
この間のクーデター祭では、これ以上の被害が出たし。
主戦派が無謀な攻撃を仕掛けた結果、各地では合計してそれ以上の死者が出たが。
今回は民間人が被害の主体であり。
大規模なレスキューを迅速に送れない以上、その被害は更に拡大していると言えるだろう。
小型種が砂漠に大量に集まって、環境の修復を開始しているようである。
スカウトの生き残りが残していった定点カメラが、それを観測している。
それだけじゃない。
凄まじい大嵐に発展しつつあった大気の状態だが。
ブライトイーグル数体が集まった結果、短時間で沈静しつつある。
あの大嵐……それも高熱を含んだ……がもしもラムセスを直撃していたら、それこそ都市が全滅していただろうし。
更に言えば、あれが海に抜けていたら。
それこそ途方もない規模のハリケーンが発生した可能性が高い。
ハリケーンに関してはもう諦めるしかないが、それはあくまで自然発生したものに関してだ。
地中海辺りでとんでもない規模のハリケーンでも発生したら。
それこそラムセスは、レスキューも近寄れない状態になっていただろう。
「小型だけではなく、中型にも環境の修復能力があると見て良さそうですね」
「はい。 そうなると思います」
今殺気立っている各国の代表を刺激する訳にはいかないので、音声を切って麟博士と話す。
麟博士は眠そうな目で、全く違う言葉を喋っているが。
意思とは違うようなので、AIの翻訳がとても有り難い。
「レスキュー第二陣、現着! 物資の目録を展開する!」
「即座に救助にあたってくれ! 西地区が手に負えない状態だ!」
「第三陣、ラムセスまでおよそ三時間! まだしばらく掛かる!」
「第一陣、ホバーを戻す! 物資を補給させる!」
一応、各国も団結して動けているか。
野心的であっても、市川代表の指示は的確だ。
誰かがぼやく。
「シャドウ戦役の前だったら、日本のレスキューが来てくれたんだろうか」
シャドウ戦役の前、日本のレスキューチームの実力は世界に冠たるものだったとナジャルータ博士も聞いている。
シャドウによる大災害の中、勇敢に各地に出向いてそれで全滅してしまったという話だ。
無言になるばかりである。
こういう所でも、ナジャルータ博士がまだ若く。
シャドウ戦役の災禍を、身を以て経験出来ていない事が分かる。
第三陣がラムセスに到着した頃には、更に死者が増え、三万を超えていた。そして最終的には六万を超えるだろうと試算が出ていた。
そして、シャドウ戦役の前に起きた人権屋どもによる蛮行の数々。
その後も、勝ち始めた途端に身内だけで神戸に逃げ込んできたカス共の事もある。
難民の受け入れについては、どこの国も都市も乗り気ではない。
それに、だ。
ホバーという案をノワールが出してくれなければ、今こうしてレスキューを出す事すら出来なかっただろう。
それを思うと、シャドウを安易に憎むことも出来なかった。
口惜しい話だが。
ともかく今は、淡々と出来る事をやっていくしかない。
麟博士が、側で頷いていた。
「ホワイトピーコック・ネメシスのデータをまとめました」
「有難うございます。 ブラックウルフ・ネメシスの時もそうですが、ネメシス種はどんどん凶悪化しているのでしょうか」
「私にはなんとも」
「……」
まあ、そうとしかこたえられないだろうな。
ナジャルータ博士も、分からないとしかいえない。
ともかく、今は此方で出来る事は無い。
リソースを削らせるわけにもいかない。市川代表に提案して、会議から抜ける。畑中博士も、同じように会議から抜けていた。
訓練を続けていた飛騨少尉が、ラムセスの状況を聞いたのか、血相を変えて此方に来る。
麟はそれを見て、心が痛んだ。
自分の口からは、意思と違う言葉しか出てこない。
これは昔からだ。
ずっと違和感があった。
ただ、同じ病気の人は他にもいる。AIがそれで、自分の代わりに喋ってくれるようになった。
今はインカムを使っていて。
それが代わりに音声を発してくれる。
昔だったら眠そうな目も、周囲に迫害の材料にされていたかも知れない。
今はそういうのもないので、だいぶ気が楽だ。
「麟さん、ラムセスは……」
「大きな被害が出ました。 恐らく最終的には六万を超える死者が出るのは間違いないでしょう」
「そんなに。 あた……小官に出来る事は?」
「今は何も。 超世王セイバージャッジメントは災害対策用のものではなく、純粋な対シャドウ兵器です。 今は、ネメシス種をできる限り迅速に斃す訓練にだけ、血道を注いでください」
しばし悔しそうにしていた飛騨少尉だが。
敬礼すると、訓練に戻っていった。
三池さんが、手際良く茶を出してくれる。
意思とは全く違うとはいえ、それなりに喋って喉が渇いていた。それにぶっ通しで会議にも出ていたのだ。
とりあえずぬるめの茶……おいしくはないが、それでもちゃんと効くので、飲んで少しリラックスする。
それからトイレを済ませて。
その後は、ナジャルータ博士と畑中博士と話をした。
「ネメシス種の体が崩壊する現象が立て続けに起きていますね。 超世王セイバージャッジメントがいてもなお対応が難しいのに」
「しかもラムセスの近辺では、地元の軍は広瀬ドクトリンでやっと武装を開始した状態です。 どうしてこんな」
「小型の死にはどういう法則性があるのか、それを確かめないと」
わいわいと話している内に、誰かが来る。
畑中博士が、無言で立ち上がっていた。
畑中中将だ。
まだ包帯が取れていない。
そして、車いすである。
歩けると介護のロボットに不満そうな声をぶつけているが、どう見ても無理だろう。ただ、退院出来て良かった。
いや、これは仮の退院か。
「仮の退院ですが、姉貴の様子がおかしいと聞いてすぐに来ました。 とりあえず、大変みたいですね」
「ラムセスでとんでもない事が起きていて」
「聞いています。 それにしても、飛騨少尉の頑張りは予想以上のようですね」
畑中博士が、ぐっと表情が柔らかくなっている。
菜々美ちゃんと呼びかけている。
それは止せといやそうにしながらも、畑中中将は本気で嫌がってはいないようだった。
「見ての通り、パイロットとしては再起不能。 だけれども、これから医師の許可が出たら工場に来て、後輩の面倒をある程度見ます。 迷惑を掛けましたね」
「いいえ。 生きていてくれただけで、どれだけ嬉しいか」
麟は悟る。
畑中中将を間近で見て分かったが、この人はもうあまり長くない。
それでこう言う許可が出たのだろう。
今日明日で死ぬとは思えないが。
それでも十年はもたないだろうと思う。
それはそうだ。
中型との死闘の数々は、麟も見ている。その全てが、どれも首の皮一枚の勝利ばかりだった。
それで体に激甚な負担が掛かるのは、むしろ当然の話である。
残り少ない時間。
それでも、畑中中将は、出来る事をしようとしてくれている。
「亜純麟博士だね。 よろしく。 姉が色々と苦労を掛けると思うけれど」
「いえ、此方こそよろしくお願いいたします」
口からは全く違う言葉が出ているけれど。
AIがしっかり翻訳してくれる。
それが有り難い。
敬礼をかわす。
この様子だと、麟が体調に気付いていると見て良いだろう。畑中中将は、敬礼をかわした時、少し寂しそうだった。
それから、飛騨少尉の方に畑中中将は行く。
それを見送るだけにする。
余計な事は言わない方が良いだろう。
そして、頬を叩いて。
今のホワイトピーコック・ネメシスの情報をまとめ。
それに今まで確認されているネメシス種出現の条件について、今まで集めた情報からまとめるべく、気合を入れ直す。
麟の得意分野は統計からの分析だ。
残念ながらネメシス種の出現は、まだ統計を取れるほどデータが揃っていない。ましてや人間が観測出来ていない範囲の外にネメシスが出現し、それを中型が斃した例もたくさんあるというのだ。
それではどうしようもない。
だから、ネメシス種の出現というデータだけではなく、もっと包括的な統計的データを分析する。
今回の記録的な被害もある。
あのホワイトピーコック・ネメシスが神戸近郊に現れでもしたら、それこそ取り返しがつかない事が起きかねない。
超世王セイバージャッジメントであっても、短時間で仕留めきれるとはとても思えないのだ。
ましてや飛騨少尉は、将来有望であっても。
まだ将来有望の段階に過ぎない。
本人が全然足りないと言っているように。
畑中中将の戦歴を見てきた麟からしても、まだ全然足りないと思う。
だから、支援する。
支援するしか、被害を最小限に留める方法は無いかも知れない。
それと。
側でキーボードを叩いている畑中博士の雰囲気が露骨に変わっている。これはひょっとすると。
妹を溺愛していると聞いていたし。
或いはそれで、もとの畑中博士が戻ってきたのかもしれなかった。
それは追い風になる筈だ。
麟はデータをまとめる。
畑中博士は兵器開発に注力する。
それで、もしもネメシス種を迅速に斃せる兵器が出来るのであれば。
やれることは、なんでもどんどんやっていくべきだった。
「麟博士」
「はい」
「これについては、どう思う?」
畑中博士が、見せてくる兵器。
これは、ちょっと想像を絶する代物だ。確かに面白くはあるが、それにしてもちょっと変わっているというか。
不可解な代物である。
「これだと斃すまでの時間が伸びませんか」
「いや、シャドウの領域に押し返せば、それで被害は敵が回復させる。 それにネメシス種の攻撃は、基本的に脅威に向く。 ブラックウルフ・ネメシスの場合は超世王セイバージャッジメントよりも四国の工事現場を狙っていたように思う。 小型種にとって、人間は脅威なのだと思う」
なるほど。
今まで小型種にすら大苦戦していた人類だから、それについては考えてはいなかったのだが。
M44ガーディアンが出る前から、ほんの僅かだけとはいえ、小型種を斃した例はあった。
そしてノワール曰く中型には寿命が無く。
小型種には寿命があり、それが尽きるとネメシス種になる。
それを思うと、或いはだが。
人間は、小型種にとっては特に、理不尽な終わりを強いてくる凶悪な敵なのかも知れない。
超世王セイバージャッジメントや、対グレイローカスト用のMLRS等は最たる例だろう。
シャドウなんて、自然に存在していて、天敵が存在するとはとても思えない。
生物ではない可能性も高いが、それでも何かしらの意思は持っていてもおかしくはない。
ノワールは自身の事を「私達」と称しているようだが。
小型種もそれに含むとしても。
その意思は並列で平等なのか。
或いは上から押しつけるトップダウン型なのか。
どっちかによって、小型種の思考回路は、まったく変わってくると見て良いだろう。
だとすると。
小型種の。死から逃れようとする行動を利用するこの兵器は、確かにありかも知れないし。
環境回復をシャドウの領域内ではシャドウがやるというのなら。
其方に誘導する事が出来れば。
全てにとって上手く生かせることが出来る可能性が高い。
その上、である。
この兵器は、超世王セイバージャッジメントでなくても搭載できる。それがまた、大きかった。
コストはそれなりに掛かるが。
今回ラムセスを壊滅させたネメシス型の脅威を思えば、この程度のコストなんてそれこそ大したものでは無い筈だ。
即座に広瀬大将に連絡。
今、やっと会議が終わって疲れきっているようで本当に申し訳がなかったが。それでも、連絡を入れると。
市川代表に、予算が下りるように説得してくれると言う事だった。
助かる。
後は、麟達が頑張るだけだ。
飛騨少尉に、畑中中将が指導をしているのが見える。
何しろ本職の中の本職である。
あらゆる全てが為になるだろう。
麟も側に、似たような超本職の畑中博士がいる。だから、負けてはいられなかった。
3、ムスペルとアバドン
世界の終わりを描く神話は幾つも存在している。
終末思想というそうだが。
あの有名な一神教にもそれは存在していると言う事だ。
それらの中で異彩を放っているのが北欧神話。
北欧神話では神々が完膚無きまでに敗北し、世界が焼き払われてしまう。
それをやるのが、灼熱の国から来たムスペル。
そしてその王であるスルトだ。
それらの話は一般教養として、あたいも聞かされた。
ネメシス種のシャドウは、ある意味ムスペルなのかも知れないと思う。
ネメシスはネメシスで、ギリシャ神話での死の神らしいから、それはそれで意味があるのだろうが。
それに熱が弱点になると言う点では、ムスペルとは少し違うのかも知れないのだけれども。
それはそれとして、全く無関係だとも思えなかった。
畑中博士が発明した誘引弾の配備が始まっている。
これについては、世界中で即座にノウハウが共有されたらしい。
誘導兵器では作らない。
それが基本になる。
また、アトミックピルバグの射程範囲にも使ってはいけない。
あいつは人工物であったら何でも撃墜する。特殊な誘引弾だとしても、勘弁などしてくれないだろう。
超世王セイバージャッジメントで演習に出る。
やはり盾役をこなす。
実機で試してみて、少しずつコツが分かっては来た。
この間来てくれた畑中中将が、悪い癖とかを幾つか指摘してくれたこともあって、効率的にそれを直す事も出来た。
ただ、畑中中将ですらも、相手の熱線は完全に回避は出来なかった。
直撃を避けるのが精一杯であって。
今後も、相手の攻撃が来た場合は、必死に避けるしか他にないのだろうが。
「訓練開始」
「開始!」
そのままシミュレーションでの訓練を開始する。
実機を使っているとは言え、周囲の状況は仮想だ。
また、EMPを受けた時対策として、超世王セイバージャッジメントと、デチューンモデル二機との相互リンク機能は最小限に抑えている。
実際問題、人間が作るEMP対策程度では、話にならないのだ。
ブライトイーグルが使うEMPは、効果範囲も完璧に操作する事ができる上に。
人間がそれまで作りあげた対EMP防御を、悉く無効化した。
それもあって、今はあらゆる対策を練って行くしかない。
最悪、手動で全て動かさないといけないだろう。
黙々と訓練をする。
ラムセスの側に現れたホワイトピーコック・ネメシスを迅速に撃破する訓練。
やはり熱線を放ってくるのを、どうにか最前衛で回避し続けるが、完全回避はどうしても難しい。
後方にいる誘導弾を搭載している迫撃砲車両が射撃。ただ、これは実際には発砲していない。
今、中型種を含めシャドウを刺激するなというのが方針となっていて。
空砲であっても、弾を撃ち込んだりしたら、どうシャドウが動くか分からないからである。
撃ったという体で訓練を続行。
そのまま回避運動を続け、呉美少佐ともう一人が、主にジャスティスビームで攻撃。高コストだが、これで相手の寿命を加速度的に縮められるはずだ。
一応、訓練は終わり。
破壊的な熱線を放たせる前に倒す事が出来たが。
これはあくまで楽観だ。
楽観に基づいて行動していてはまずい。
誘導弾には引っ掛かる。
これはネメシス種の性質からして確定である。それに関しては問題はないのだが。懸念点は別にある。
中型種が攻撃と見なして、超世王セイバージャッジメントに襲いかかってくるのではないのか。
そういうものだ。
実際問題、今回作成する誘導弾は保存が多少大変だが。各地の生き残っている街でなら作る事が出来る。
ブラックボックスだらけの超世王セイバージャッジメントと違い、比較的簡単にあのネメシス種を誘引できる。
ラムセスの悲劇は、まだ復興が終わっていない事からも、その被害の大きさが分かる。
各国は泡を吹いて、畑中博士の発明を配備に掛かっている状況だ。
何度か条件を変えて訓練をするが。
やはりあたいは回避に専念して盾役をやった方が、被害を減らせると思う。
勿論盾役だけをするのではなく、攻撃もする。
シャドウも超世王セイバージャッジメントの事は既に認識しているし、恐らく錯乱状態にあるネメシス種でもそれは同じ。
だったら、盾役として動き。
更に相手に攻撃も浴びせれば、黙ってはいられないはずだ。
そして中型種がこっちを狙ってこない限り。
ある程度立ち回る自信は少しずつついてきた。
後はその自信をただのうぬぼれから。
しっかりとした実力と、実績から来る結果に変えていくだけだ。
京都基地に戻り、補給を受ける。
それと同時に連絡が来ていた。
「ネメシス種出現!」
「!」
「今度は何処ですか」
「濃尾です! 名古屋付近にて、一斉に小型種が逃走を開始! グレイローカストが算を乱しています!」
グレイローカスト。
群れで襲いかかってくる、ある意味下手な中型よりも危険な小型種だ。畑中中将も随分と手を焼いたと聞かされている。
もしもグレイローカストのネメシス種が出たら。
蝗害は昔神話で悪魔にされたことがあるらしい。
特に有名なのは、一神教における悪魔アバドン。
アバドンの体内が地獄であるという説がある程のとんでもない大悪魔であり。逆に言うとそれだけ蝗害が古くでは怖れられていたと言う事だ。
即座に出ると言いたいが、実戦用に装備を切り替える。
そして足が遅い迫撃砲車両が一番手間が掛かる。
もしネメシス種になってもグレイローカストが飛行能力を有していたりしたら、最悪の事態が訪れかねない。
いうまでもなく、最強最悪の爆撃機が出現するだろう。
空を失った今の人類にとっては、文字通り最悪の敵である。
中型も始末にあたってはくれるだろうが。
あくまで相手は勝手にやっている事。
超世王セイバージャッジメントと連携して動いてくれるとは、とても思えない。あくまで参考程度にしかできない。
それでも、やるしかないのだ。
ラムセスの被害の映像は、悲劇から一月ほどで廻って来た。文字通りの地獄絵図だった。
そしてシャドウ戦役の頃は、それが世界中で起きていたのだ。
それを思うと、とてもではないが柔軟になんて動けないし、考えられない事だって分かる。
分かるが。
悩みが忙しく交錯するが、戦場に急ぐ。
まだ戦場になるとは決まっていない。相手が何になるかも分からない。
今回は濃尾と言う事もあって、距離はかなりある。
その上確かあの辺りはアトミックピルバグがいる筈で、その射程範囲にネメシス種が入ったら一巻の終わりだろう。
実際問題、アトミックピルバグが対応にあたった場合、短時間でネメシス種は斃されているらしい。
ラムセスの件は、運が悪かったのだとしか言えない。
ともかく急ぐ。
間違ってもシャドウに期待など出来ない。
通信が入った。
広瀬大将からだった。
「現在スカウトが距離を取って確認中です。 まだなんの小型種がネメシス化するかは分かっていません。 現在の編隊のまま現地に急いでください。 後方から誘引弾を搭載した迫撃砲車両も追随中」
「イエッサ!」
最近はこのかけ声にも慣れてきた。
昔は女上官にはイエスマムだったらしいが、今の時代はそれもないらしい。確かに別に相手は母親でもなんでもないか。
現地からの追加の情報が入ってくる。
あまり良くない情報だ。
「こ、これは! 此方スカウト14! 良くない知らせです!」
「具体的にお願いします」
「ネメシス化している小型種は二体! 二体同時です!」
「!」
これは、まずいか。
初のケースの筈だ。
そもそもネメシス化個体は、高熱で斃せるが。その代わり放熱で熱線砲も放ってくる事もある。
それもあって、二体同時だったら非常に厳しい戦闘になる。
それだけじゃない。
いるだけで極めて危険な高熱を放出し続ける相手だ。サウナどころでは済まないだろう。
引くか。
中型種がいる筈だ。始末に掛かる筈。
だが、それを判断するのはあたいじゃない。広瀬大将だ。分かっているから、どうにもできない。進むだけだ。
これが畑中中将だったら、行動のグリーンライトがあったらしいが。あたいみたいなひよっこに、そんなものはない。
更に報告が飛び交う。
「ネメシス化した一体はクリーナー! アトミックピルバグが其方に向かっています!」
「化け物同士でつぶし合ってくれると良いんだが」
「全部聞かれているって話だ。 気持ちはわかるが止めておけ」
「くっ……!」
兵士達が悔しそうにしている。
確かに通信が全部傍受されている可能性が高いという事実がわかってから、シャドウ相手の悪口を控えるようにと通知があった。
今は、シャドウを刺激するのは極めてまずい。
それを誰もが分かっているのだ。
海運が昔ほどの規模では無いにしても、復活しようとしているのである。それを思うと、確かに相手を刺激するのは悪手だ。
ホバーだろうが、イエローサーペントの前には手も足も出ないという点では同じなのである。
「もう一体はどうなっている!」
「今、確認中……なんだあれは」
「どうしたスカウト14!」
「形状が今まで確認されている小型種のどれとも類似しません! 元が何であったのかも分かりません!」
映像が来る。
確かに、何だこれはとしか言いようが無い。
確かこういう生物がいた。ザトウムシ、だったか。
蜘蛛に近い種類の節足動物だが、豆粒みたいなちいさな体に、とても足が長い体を持っている筈。
ただ、それは日本で良く知られているものに過ぎず。
大型種も普通に存在しているらしい。
ともかく、シャドウがそれになったのなら、安全な筈が無い。即座にスカウト14は撤退を開始したようだ。
アトミックピルバグが、巨大化クリーナーを始末に掛かっている。問題はもう一体の奴だ。
それに中型が多数襲いかかる。
ストライプタイガーが取り押さえようと飛びかかるが、その瞬間。ザトウムシっぽいネメシス種は、空中へ浮かび上がっていた。
更に、多数の足が旋回して、空中に浮かぶ。
ホバリングか。
其処に、キャノンレオンからの砲撃が多数着弾するが、平然と、ゆったりと移動し始める。
その姿を見て、初めて分かる。
「あれ、グレイローカストだ……!」
「此方ナジャルータ。 確認されたクリーナーではない個体を、グレイローカストのネメシス化個体と認定。 以降グレイローカスト・ネメシスと呼称します。 グレイローカストの形状が一度完全に壊れた後再構築され、空を飛ぶのに特化した姿になったようです」
「分かりました。 飛騨少尉、相手の動きに備えてください。 ジャスティスビームを叩き込むにしても、恐らく熱線で反撃してきます。 我等は少し後ろから、相手の動きに対応します」
呉美少佐が具体的な指示を出してくれて助かる。
イエッサと叫ぶと、あたいは超世王セイバージャッジメントを進める。
今の時点で、グレイローカスト・ネメシスはゆっくりと此方に進んできている。
それこそ驟雨のように叩き込まれるキャノンレオンのプラズマ砲は効いてはいる。見て分かる程、赤熱してきている。
だが、それで斃されるほどかというとそうでもない。
非常にまずい。
足のように見えた翼の回転速度が上がると、それ自体が放熱になっているようだ。辺りが見る間に灼熱に変わっていく。
これは、全身が放熱器官になっているのか。
ネメシス種は死を迎えた小型種の筈だが。
それにしては、死に抗っていないか。
いや、まさかとは思うが。
やっぱり死の定義が違うのだろうか。
あたいは前々からおかしいとは思っていた。ネメシス種は中型に反撃こそしないが、それにしても行動がおかしすぎる。
人間への殺意。
中型への絶対服従。
この二つだけは壊れていないが、それ以外の全てが壊れているのではないか。
実際環境への負荷を一切掛けずに戦っている中型とは、あらゆる意味で戦い方も違っている。
それに、明らかに存在の固定に固執しているようにも思えている。
なんなんだネメシス種って。
ノワールだったか。
奴の説明が不足しているのか、それとも価値観が根本的に違っているのか。それもまったく分からない。
とにかく、戦闘に備える。
あいつは今の時点で放熱だけしているが、それがこのままどうやって動き始めるか分からないのだ。
そして、その時は唐突に来た。
いきなりグレイローカスト・ネメシスが速度を上げはじめたのだ。
確かブライトイーグルなんかは、極超音速を出しかねないと言う話があった。それにグレイローカストも相当な高速で飛ぶことが出来たはず。
シャドウはそもそも空気圧を殆ど問題としていないようで、超音速で平然と移動する。奴もそうだとしたら。
一瞬で、あれが神戸に着弾しかねない。
そうなったら終わりだ。
即座に前に出る。
「斬魔剣で仕掛けます」
「分かりました。 速度が上がりきっていないうちに仕掛けた方が良さそうですね」
「ああっ!?」
スカウト14から通信。
なんとクリーナー・ネメシスが。アトミックピルバグを包み込んだらしい。
攻撃ではないようだが、それでアトミックピルバグは攻撃が出来なくなっているようだ。
中型種が集まっている。特に対空攻撃手段が無いストライプタイガーやウォールボアが剥がしにかかっているようだが、それも上手く行っていないようだ。ただ、まとめて熱量を叩き込んでいるようである。
多少仲間が失われても痛くも痒くもないのか。
それとも仲間意識そのものがないのか。
ぐっと歯を噛む。
接近。
まだ凄まじい火力を浴びているグレイローカスト・ネメシスが、全身赤熱し始めている。そのままだと、神戸に向けて熱線砲でも放ちかねないし、そうなった場合遮るものもなく、着弾。
熱線砲は防ぐ手段がない。
それこそ、着弾したら、核爆弾が炸裂するよりも悲惨な事が起きるだろう。
だから、間合いに入った瞬間、斬魔剣投擲型を放つ。距離はギリギリ行ける。それほど高高度を飛んでいないのだあの爆撃機は。
それもあって、斬魔剣投擲型は、灼熱を浴びて柔らかくなっているグレイローカスト・ネメシスに、文字通り突き刺さっていた。
凄まじい音が響く。
プラズマを直に浴びていたよりも、こっちの方が効くのか。だとしたら、以前アトミックピルバグ戦で使われた斬魔クナイの方が良かったか。
いや、それだけではダメだ。
ぐらりと巨体が揺らぐが、その程度で倒れる相手では無いはずだ。空を飛ぶ生物は脆くなりがちだが、あのシャドウがそんな法則に捕らわれる筈が無い。
来る。
反射的にジグザグに機体を走らせる。
熱線が、立て続けに至近に突き刺さった。回避運動をしていなければ、蒸発させられていた。
地面が爆発する。連続で。機体が激しく揺れるが、受け身をとり、どうにか耐える。密着状態で受け身を取る方法も習った。かなりの高等技術で、あたいにはとても難しかったけれど。
怪我をするよりも、継戦能力を失う方が怖い。
一気に熱が上がってくる。
これは、ひょっとして。
高度を下げてきているのか。
そうだ、狙って来ている。それでいい。神戸に来られたら困る。あたいが此奴を誘引する。
そのまま加速。熱線が偏差射撃で飛んでくる。勿論放たれてから避けても間に合わない。シールドが時々発動するが、気休めにしかならない。
濃尾へ突っ込む勢いで、東に進む。
シャドウが縄張りにしている範囲に入ったら、まず間違いなく即座に八つ裂きにされる。今見えているだけでもキャノンレオン六体がいる。
あんなの畑中中将でも勝てない。
あたいなんか瞬殺されるだけだ。
だからギリギリを攻めるしか無い。
ゆっくり此方に向けて旋回してくるグレイローカスト・ネメシス。其処に、ジャスティスビームが二本絡みつく。
灼熱に、凄まじい悲鳴が上がる。
後ろのデチューンモデル二機が明確に引きずられている。それこそ翼長百mはありそうなとんでもない飛行存在だ。
そいつがしかも物理を無視して動くのである。
更に、辺りは凄まじい風が吹き荒れている。グレイローカスト・ネメシスが起こしている放熱が、辺りの空気を滅茶苦茶に引っかき回しているのだ。
「こ、此方三番機! 凄まじい風に飛ばされそうです!」
「風に逆らわないようにして機動してください!」
呉美少佐が、三番機のパイロットに指示。
あたいも出来るだけそうしているが、完全に敵認定されて熱線を連続で叩き込んでくるので、それも極めて難しい。
まずい。
直撃に近いのを貰った。機体がもろにういて、それで。
ひっくり返ったら即死確定だ。追撃を貰って絶対に助からないだろう。
その瞬間。何かがぶつかった。
そして、乱暴に地面に叩き付けられる。
なんだ。
映像を見て、思わず言葉を失う。今、体当たりしてきたのは、キャノンレオンだ。しかもそれでグレイローカスト・ネメシスは、制御を失った超世王セイバージャッジメントへの追撃をやめた。
中型には攻撃しない。
それを愚直に守っているのだ。
だが、助けられる謂われなんてない。
いや、本当にネメシス種相手には協力するというのか。だとしても、これはちょっと複雑である。
ともかく即座に移動。
蛇行しつつ、斬魔剣投擲型から熱量を注ぎ込み続ける。
ゆっくり旋回して此方を狙って来ているグレイローカスト・ネメシス。神戸からはどんどん離れている。
だが、立て続けに熱線を放ってくる。また機体が浮き上がりかけたが、耐え抜く。ぐっと歯を噛む。
コックピットがかなり暑くなってきている。冷房が全力で回っているが、それでも冷やしきれない。
彼方此方周囲が発火しているのが見えた。
別に乾期でもないのに、あまりにも凄まじい光景だ。外に出たら、一瞬でロースト人肉である。
超世王セイバージャッジメントは、これでも頑張ってくれている。
それにだ。
明らかに超世王セイバージャッジメントを攻撃出来る間合いにいるのに、キャノンレオンは一切此方に手を出してこない。
モニタがそろそろヤバイ。
エラーがかなり点灯している。
動けなくなったら一瞬で終わりだ。必死に盾役となって逃げ回る。それしか出来ないのだ。
更に高度を下げてきた。
あたいを何があってもブッ殺すつもりか。上等。神戸に住んでいる三百万人を超える人との引き替えだったら安い。
勿論自分の命を安売りするつもりはない。
だけれども、命を賭けてシャドウをやりあって。今のシャドウとある程度共闘出来る状況を作った畑中中将を見て、それでこう思えるようになって来ている。あの人は、本物の英雄だ。
自分ではそう思っていないようだけれど。
あたいは、少なくとも。
超世王セイバージャッジメントに乗っているんだから、恥ずかしくない戦いをしなければいけないんだ。
呼吸する度に肺が焼けそうだ。
また至近弾。地面奥まで突き破ったらしくて、ずしんという強烈な手応えがあった。それに、装甲の一部が融解し、それに無限軌道まで外れて吹っ飛んだ。それにだ。これ以上降りて来たら。
押し潰される。
いやまて。
だったら。
急カーブして、更に進路を変える。グレイローカスト・ネメシスと追いかけっこに近い形だったが、敵前回頭だ。勿論熱線を叩き込んでくる。だが、奴の体は直視してみると、既に限界に近い状態だ。
ジャンプするのにいい地形は。
見つけた。
そのまま、走りながら調整する。相手は一際強烈な熱線を放って来ようとするが、その瞬間グレイローカスト・ネメシスの横っ腹にランスタートルが直撃、更にランスも起爆させていた。
凄まじい悲鳴が、文字通り世界を引き裂くようだ。
そこであたいが突貫。
丘になっている地形を利用して、飛ぶ。
「勝負だアバドンもどき! ぶった切る!」
叫ぶと、斬魔剣Uを振るう。グレイローカスト・ネメシスが熱線を放とうとするが、キャノンレオンの砲撃を浴びて態勢を崩す。熱線が外れる。それは空を抉っていき、蜘蛛を吹き飛ばしていた。
斬魔剣Uが食い込み、一気にグレイローカスト・ネメシスの頭部から腹部にかけて切り裂いていく。
斬る時の手応えは殆ど無い。
分かっている。
これはぶった切るような兵器ではない。
超高熱を浴びせる兵器ではあっても、相手を一刀両断できるような切れ味はないし。そもそもとして、シャドウは小型ならともかく、中型以上の相手でそれが出来るような事はない。
それでも、気迫だ。
精神論で勝負は決まらないが、
ほんの僅かでも後押しできるのであれば。
着地と同時に、受け身を全力で取る。
これで壊れないのだから、超世王セイバージャッジメントも凄い。ただ、ショックアブソーバーが機能していても、なおも意識が飛びそうな打撃が来たが。
ぐっと呻く。
それに、今ので熱い空気を思い切り吸ってしまった。
意識が遠のくのを、必死に踏みとどまる。
悲鳴を上げながら、消えていくグレイローカスト・ネメシス。
一気に周囲の熱量が下がっていくのが分かった。
冷房がコックピット内の空気を正常な状態に戻していく。すぐに通信。呉美少佐からだ。
「すぐに下がってください飛騨少尉! そこはもう普段なら小型が彷徨いている辺りです」
「い、イエッサ……」
声がかすれている。
そのまま必死にふるえる手で操作して、支援プログラムに助けて貰いながらバックする。それを、中型種は襲おうとはしなかった。
どうにか安全圏に抜ける。
彼方此方で火事が起きている。
だが、広瀬大将が手配してくれた軍用の消防車が展開して、それらを鎮火し始めていた。また、シャドウの領域の方では、もう一体のネメシス型。クリーナー・ネメシスをついにアトミックピルバグから引きはがし。
超火力の連射で焼き切ったようだった。
呼吸を整える。
明確に体の中が痛い。
例えば尿道結石などでは、トゲトゲの石が体の中の管を傷つけながら降りてくる事もあって。
体の中から痛いのだという。
今は、息をすると痛い。
肺の中を痛めているのかも知れない。だとしたら、そのままでは治らないかも知れない。どうすればいいのだろうと途方に暮れていると。
超世王セイバージャッジメントのハッチが開く。
救急隊員が来ていた。
「飛騨少尉、声は出さなくて大丈夫です。 意識はありますか?」
「……」
頷く。
シートベルトを外して、後は引きずり出される。
状態については、多分超世王セイバージャッジメントのバイタル検知装置が、救急隊員にデータを送っていたのだろう。
そのまま人工呼吸器をつけられて、病院に搬送される。
「あんな高熱環境下で戦うなんて正気じゃない!」
「だがあいつを放っておいたら、神戸が襲われて、あの熱で焼き払われたんだぞ!」
「分かってる! 広瀬大将は、もっとマシな作戦を立てられないのか!」
「あの人で無理なんだ! 他の誰だって無理だ!」
看護師と医師が怒鳴り合っているのが聞こえる。
だが、あたいはそれにどうこういう余裕もなく、意識は間もなく落ちていた。
盾役をしてくれなければ、とても倒し切れなかっただろう。
呉美少佐は、それでも地獄みたいな熱量の中。僚機とともにグレイローカスト・ネメシスにジャスティスビームを叩き込んで、それで斃しきった。中型種の猛攻に加えてジャスティスビーム二本。
それに、飛騨少尉の奮闘もある。
いずれもが欠けていたら、奴を。グレイローカスト・ネメシスを落とす事は不可能だっただろう。
神戸は守られた。
だが、この状況は良くないと、呉美少佐も思う。
弾薬が尽きている。
更に有効打がない。
だといっても、第二師団に出来る事があまりにも少なすぎるのだ。
それに今回は、誘導弾を使っている暇も無かった。
搭載した迫撃砲車両の速度が遅く、戦闘に間に合わなかったのだ。勿論戦線が神戸に押し上げられていた場合は、有効に機能していただろうが。
消防車が消防に必死になっている有様を見ると。
この被害が更に増えるのは、あまり好ましい事だとは思えなかった。
僚機に乗っていた中尉は、既に病院に搬送されている。
呉美少佐も、出来るだけ早く病院にと言われていたが。
もう少し現場で、状況を検分しなければならなかった。
「広瀬大将。 課題が残りました。 ネメシス種の誘導弾は、今回は機能しませんでした。 これについては、大いに課題だと思います」
「分かっています。 迫撃砲車両は鈍重で、特に今回のような大型弾頭を用いる場合は、迅速な展開が必要です。 これについては、第二師団で調整します。 訓練も行います」
「お願いします」
「それで、現場の検分はどうですか。 終わり次第、即座に引き上げてください」
分かっている。
しばし検分を続けて、気付いた事がある。
中型種が、何度か熱線による破滅的な被害を防いでいる。
放熱と同時に放たれるネメシス種の熱線砲は大火力ではあるが、しかし中型種に痛打を与える程ではない。
それもあって、体で防いでしまえばどうにでもなる。
中型種に対してネメシス種は抵抗しないというのもあるのだが。
それには、或いは結局中型種には勝てないというのもあるのではないのか。
もたらす被害については、ネメシス種は中型種と遜色ない危険さではある。これについては、何度か交戦した呉美少佐が保証する。
ただし、戦闘の相性はどうか。
確かに痛打になる攻撃がない。
シャドウにとって熱攻撃は弱点だが、それも長時間与え続けなければならない。それも高圧プラズマレベルの熱量を、だ。
ネメシス種の熱線砲では、その条件を満たせない。
ただ、気になることは他にもある。
ネメシス種は、どんどん凶悪になっていないか。
これの理由がわからない。
ずっと人間が知らないだけで出現していたというには、不可解だ。最初に現れたクリーナー・ネメシスとでは。
今回のグレイローカスト・ネメシスでは、悪辣さが段違いにも程があったし。
何よりも同時出現したクリーナー・ネメシスも。
アトミックピルバグの動きを封じるという、とんでもない行動に出ていた。殺す事は出来ないだろうとしてもだ。
嫌な予感がする。
いずれにしても、飛騨少尉は想像以上の逸材だ。今後大事にしなければならないだろう。
救急車とレッカーが来た。
無傷ではないのだ。そのまま、自分から降りて、救急車に向かう。超世王セイバージャッジメントのデチューンモデルは通常の戦車よりだいぶ重いが、ちゃんと専用のレッカーなら牽引できる。
後は、病院で手当てを受けた後、レポートを出さないといけないな。
そう、呉美少佐は思っていた。
4、課題と希望
結局ネメシス種に対する誘導兵器は実戦投入が間に合わなかった。ただしこれについては、迅速な撃破と。盾役をした飛騨少尉が、勇敢かつ的確な誘引作戦をしたのも大きかった。
これについては、広瀬大将の方から会議で説明する。
とにかくネメシス種による被害が増える一方だ。
どうにか斃す方法はないのかと、各国の代表が言っているが。戦闘能力はともかくとして、そもそも中型種を迅速に仕留める方法なんて存在しない。
それについては、今までの戦闘データを見せるしかないし。
ネメシス種は下手をすると中型種以上のタフネスを有している。
なおさら、迅速な撃破は不可能だ。
咳払いしたのは、畑中博士。
畑中中将が一時帰宅して、それで機嫌がぐっと良くなったらしい。まあ、機嫌に関係無く仕事をしてくれる人ではあったが。
それはそれとして、精彩を欠いていたのも事実。
活動的になってくれたのは良いことだ。
「今回は使用する事が出来ませんでしたが、誘引弾は恐らく有効でしょう。 理由としては……」
恐怖のプレゼンが始まる。
全く理解不可能な絵。
それとは裏腹の理論的な説明。
いつもの畑中博士のプレゼンだ。
初めてそれを見る代表者は、文字通り泡を食っているようだった。
「というわけで、迫撃砲車両については、このようにして問題を解決できるかと思います」
「それをもっと速く考えつかなかったのかね」
「同時並行で、ネメシス種の熱攻撃を緩和する方法を考えていましたので。 流石に私もマルチタスクだと仕事の速度が落ちるのです。 ただ、優秀な助手が頑張ってくれましたから」
亜純麟博士のことだな。
既に十全に活躍しているようでなによりだ。
そう広瀬大将は思った。
いずれにしても、現実的な提案をしてくれたので助かる。それに、問題である、誘導弾は常時保管が出来るものではないという事についても、ある程度は解決できると思う。
早速専門の部隊を編成するか。
咳払いすると、広瀬大将からも提案する。
「航空機を飛ばすことに関してはまだまだ非常に厳しい状態が続きますが、低武装の軽量ドローンであれば、話は変わってくるかと思います」
「しかしそんなものがシャドウ相手に役に立つのかね」
「シャドウを攻撃するという観点では何の役にも立たないでしょう。 ただし……シャドウを誘引したり、味方を支援するという観点では話が別です。 支援用のドローンについては、特に有効かと思われます」
ブライトイーグルを怒らせないようにしないとまずいが。
それでも今までのような、無用の長物では無い筈だ。
今、丁度この理屈に沿って、支援用ドローンを生産し始めている。あまりまだ役には立たないだろうが。
それでも、今回の誘引ドクトリンの制定と噛み合うはずだ。
シャドウ戦役前に起きていた戦いではドローンが活躍していたが。搭載できる重量にはかなり限界があったと聞く。
今後はその問題を解決できるだろう。
攻撃に使わなければいいのだ。要するに。
話がまとまった所で、市川代表が締めた。
「それでは内政を進めるのと同時に、ホバーの配備と改良を進めてください。 ラムセスの被害は残念でしたが、ホバーが非常に有用で、今までと違って確実に物資や人員を送り込めることが分かりました。 イエローサーペントが徘徊していない地域であれば、恐らくは孤島などの探索についても利用できるかと思います。 生き残りの人員がいるならば、救援が出来るかもしれません。 各国は、それぞれ情報を横展開して、連携を進めていきましょう」
一見すると良心的な発言だが。
市川の場合は、それで自分の地位を盤石にするのが目的だ。
ただ、話そのものは理にかなっている。
それで皆納得して、会議は終わった。
さて、ここからだ。
連隊長達を呼んで、すぐに誘導弾についての新しいドクトリンの制定と、訓練についての話をする。
既に要点はまとめてあったので、軽く書類を見せるだけでいい。
それで終わり。
昔みたいに無駄な時間で会議を回し、軍幹部が疲弊しきるような愚行は避けるべきであるからだ。
訓練が明日からで大丈夫。
広瀬大将もちょっと限界が近いので休む。
疲れが溜まっていたのもあるだろう。
その日は、ぐっすり眠る事が出来た。
朝目覚めると、即座に仕事だ。
義手の調整を家事用ロボットに任せて。それが終わり次第、オフィスに出る。
新しいドクトリンと、迫撃砲車両についての改善について、もう案が来ていた。徹夜と言う訳でもなんでもなく。
畑中博士は既に完成させていたらしく。
それを送ってくれていたようだ。
目を通してから、即座に採用する。
そして、訓練の場に出る。
問題は物資の高速輸送、高速運用だが。
昔のようにヘリや輸送機は使えない。
大気汚染を引き起こさない小型ドローン……それも昔で言うラジコンのようなものを積極的に使って行く。
それでかまわないのだ。
ドローンが空を覆った時代が、人間の時代の終わりだった。
それを別に繰り返す事も無いだろう。
とにかく、現実的にネメシス種を抑え込む策を準備していく。燃料だけはあるのだから。
弾薬についても、そろそろ第二師団は戦える。第一、第三師団にも、少しずつ行き渡り始めている。
第四師団で訓練用に弾薬を使えるようになるのはまだ先だが。
それでも、そろそろ今までとは違うアクションを起こせるようになる筈だった。
(続)
|