新たな光は苦難から

 

序、基礎から叩き込む

 

工場から出撃していった畑中少将が、ついに再起不能になった。そして退役して、中将になった。

それを聞いたあたい、飛騨咲楽は、やっぱりと思った。

限界が来ているとは感じていたのだ。

確かにあたいからみても凄い人だったけれど、限界が近いのは最初に接したときにはもう感じていたし。

何よりも、接すれば接するほど、それが分かってきたのだ。

だが、あの人は限界近くても今の咲楽なんか及びもつかない。

だから、黙々とトレーニングする。

言われるまでも無く、もう分かっている。

あの人の代わりがいない。

呉美少佐に鍛えられながら、それは分かった。

代わりでいいのだったら、この人がいる筈。だけれども、この人が代わりになっていないのなら、そういうことだ。

訓練を仕込まれながら理解出来る。

この人は軍でもトップエースだ。

超世王セイバージャッジメントのデチューンモデルを使って、活躍もしているらしいのだけれども。

それでも畑中中将の足下にも及ばないと、本人が零していたそうだ。

それについては、あたいでも分かる。

超世王セイバージャッジメントを操作するのは、おっそろしく難しい。だから、それもあって。

多分天才とかでは無理で。

何かしらの切っ掛けみたいなのが必要なのだと思う。

訓練をした後は、シミュレーションをやる。

操作もまだおぼつかないが。

それでも話によると、これでも訓練を受けた精鋭の兵士よりも飲み込みがずっと早いらしい。

理由はよく分からない。

ただあたいにしかどうもそれが出来ない事らしいのは分かった。

だから、やれるならやるだけである。

トラックをAI操作で運転するのを監視して、物資を届けていただけの日々とは完全に違う。

命の危機だってある。

少尉なんて下士官の資格を貰った。

だけれども、給金なんて使っている暇も無さそうだ。

今日も基礎から叩き込まれる。

呉美少佐は感じが良い人だけれども。

組んでくる訓練のメニューはかなり厳しい。

それなりにあたいは運動神経はある方だと思っていたのだけれども。それでも体が音を上げる。

ただ、昔の軍隊と違って、悪しきしごきなる文化は既に存在はしていないらしい。それだけは、救いかも知れなかったが。

くたくたになって疲れていると。

三池さんという人が、お茶と菓子を入れてくれる。

お茶もあまりおいしくない。

そもそも産地があらかたシャドウに抑えられてしまったこともある。

生産のノウハウもなくなっている。

だから一からやり直すしかない。

最近やっと生産が出来るようになって来たらしいが、昔日の質とは比べものにもならないらしい。

それもあって、おいしくないのを、色々誤魔化して飲んでいる。

それに、問題としてはリソースが足りていない。

人は多くても、それ以上にロボットを動かして、AIで補助して、どうにか神戸は動いている。

他の国の都市も同じらしい。

五千万まで減らされた人間の世界は、破滅に転がり落ちかけたのを、どうにか立て直した。

それから一世代以上経過した今も。

彼方此方に歪みは残っているのだ。

それはあたいだって感じる程だ。

神戸ですらこれで、他の都市なんかはもっと酷いとかいう話も聞いている。一応技術を展開したりして、それでどうにか改善を図っているらしいが。

資源の産出地点をシャドウに多数抑えられている事もある。

中々、上手くはいかないようだった。

訓練を再開。

科学的なトレーニングをして、身体能力を伸ばす。

やる気はある。

無為な仕事を無為にやる日々に比べたら。命の危険があっても、誰かの役に立てる日の方がいいに決まってる。

それは生活力もほとんどないあたいにとっては。

それこそいうまでもない幸せな事だ。

勿論シャドウと戦うのは怖いに決まっている。

螺旋穿孔砲を実際に触ってみて、その重さと。シミュレーションでこっちに迫ってくるブラックウルフの恐ろしさには、流石に肝が冷えた。

あんなのを狙撃して倒さなければならないのかと、ぞっとした。

螺旋穿孔砲は支援システムが搭載されていて、狙撃のための助けをしっかりしてくれるのだけれども。

それでもはっきりいって、一発撃つ度に心臓が止まりそうになった。

だが、慣れろと言われて。

何度もやる。

幸い、今はシャドウとの戦闘は小康状態らしい。

そもそも実弾が底をついてしまっているらしく。戦闘を仕掛けたくとも仕掛けられないらしいのだが。

以前現れた新型との戦闘で、ずっと地鳴りみたいな音がしていた事があった。

あれで使い切ったんだろうなと、あたいも何となく感じていた。

みっちりしごかれて、それで帰路につく。

流石と言うか。

同じ以上の訓練をしている呉美少佐は、汗も殆ど掻いていない。凄まじい体力で驚かされる。

超世王セイバージャッジメントを駆って初めて中型シャドウを倒したレジェンドヒーローが畑中中将だとすると。

兵士として最強なのが多分呉美少佐だ。

格闘戦だともっと強い人がわんさかいるのだろうけれど。

シャドウ相手に軍隊式格闘術なんてそれこそ何の役にも立たないのである。

家に着くと、風呂にさっさと入る。

収入をAIに管理一任していることもある。食事もロボットに作ってもらう。それでがつがつと腹にかっこむ。

お行儀が悪いが。

それ以上に、体が栄養を求めている。

工場でも大盛りの食事を出されたのに、全然足りない。それが分かる程だ。

勿論今までも、パワードスーツつきで肉体労働はした事があるし、それで随分疲れる日もあった。

そういう日とも比較にならない疲労だ。

とにかくゆっくり寝て、それで疲れを取るしか無い。

一日おきに激しい運動をするいわゆる超回復をして、効率的に体を鍛えているのは事実なのだが。

それを差し引いても、ちょっとばかり厳しいのが本音だ。

ベッドに入ると、強制的に意識が落ちる。

夢なんか見ている余裕も無い。

そして、恐らくGDFから色々指示が出ているのだと思う。

ロボットに朝は決まった時間に叩き起こされる。起こす方法についても、ロボットは既に知っている。

人にはそれぞれにそった起こし方がある。

目覚まし時計というのが昔は使われていたらしいが。これが意味を為さない人もかなりいたらしい。

今ではその起こし方もビッグデータにあり。

あたいの場合もそれで起こされる。

起きると殆ど洗面所に連行されるようにして移動し、歯磨きだのうがいだの。食事している間にロボットが身繕いをさっさと済ませてくれる。

まあ、自分でやると四倍くらい時間が掛かるから。それもまあ、仕方が無い事なのだと思う。

それで出勤する。

そういえば、少し背筋が伸びたかも知れない。

訓練の過程で、姿勢を保つ事の重要性を叩き込まれた。その結果、周りが前より低く見える気がする。

女子の成長期は既にあたいの年くらいで終わっている。あたいくらいの年からは背はあまり伸びないものだ。

だから、背筋が伸びて、周りが低く見えるというのは新鮮な経験だ。ちょっと面白くさえある。

京都工場に出勤して、それで早速訓練を始める。

体を鍛えるのは昨日やったので、今日は狙撃のシミュレーションをずっとする。

螺旋穿孔砲は、小型シャドウを安定して斃せるようになったベンチマーク的な兵器であり、いわゆるゲームチェンジャーでもある。

シャドウキラーとも言える兵器を作り続けている畑中博士は、前は奇矯な言動で知られているらしいが。

今は殆ど笑顔もなく、じっと自身のデスクで作業をしている。

三池さんに、とても気むずかしい人だから近付かないようにと言われているので、そうする。

あたいも人付き合いは得意な方ではない。

それよりもだ。

訓練を終えて休憩していると。向かいに座ってきたのは。

一緒に新米としてしごかれている人だ。四つ年上の亜純麟。難しい漢字だなと聞いて思ったが。

まあ、そんなものは生まれてからずっと書いていれば、いやでも書き方は覚える。

あたいはあんまり頭が良い方ではないんだろうなと思うけれど。

催眠学習で、昔で言うそこそこの大卒くらいの知識は身に付けているらしいので。昔の人よりはずっと色々出来るらしい。

軽く話す。

あたいもあんまり話すのは得意ではないが、麟さんはとにかく喋るのが苦手で、手元にある端末がずっと翻訳を続けている。

ぼそぼそと喋っているのは聞こえるのだが、その内容も翻訳とはとても同じとは思えないのだ。

独自の言語を話しているとしか思えない。

「現在貴方にあわせたコックピットを更に調整しています。 体格が小さい分、ショックアブソーバーなどをより厳重に詰め込めると思いますので」

「それはありがたいっすね。 ただ、まだ実戦なんか出られないっすよ」

「それも分かっています。 今は訓練だけしてください。 現在問題になっているシャドウはネメシス型といって、小型種が変異することが分かっています」

「それってやばいんじゃ」

ヤバイと即答された。

やっぱりそうなのか。

小型種といっても、その脅威は訓練のシミュレーションで嫌になる程叩き込まれている。

実際問題、螺旋穿孔砲を持っていても。訓練が足りていない兵士では、あの速さを見ただけで腰を抜かしてしまうだろうし。

当てる事だって出来ないだろう。

催眠学習で基礎を叩き込んだ後、実戦形式のシミュレーションで実際に出来るように仕込む今のやり方は正しいと思う。

昔は精神論が蔓延していたらしいが。

はっきりいってあたいから言わせれば気が知れない。

あんな化け物相手に、精神論で勝てる訳がない。

「幾つか試しているのですが、有効打がありません。 問題は、ネメシス型が……」

「麟。 手伝って」

「いまいきます」

すぐに立ち上がった麟が、もたもたと呼ばれた方。畑中博士の方に行く。

畑中博士はルックスが抜群で、文字通り傾城の美貌という奴だが、言動が色々エキセントリック過ぎて全くもてないらしい。

今はそれが更に悪い方向に作用しているらしいが。

それは多分、畑中中将の再起不能も原因なのだろう。

あたいには、ただ訓練をするしかない。

実戦まで一年と言われている。

ただ、ネメシス型だとかはそもそもとしていつどのように現れるかも分からないし。それを駆除対象とするべきかの判断についても、まだ決まっていないらしい。

そういう話を聞くと、しばらくは出来る事はない。

その日に備えて。

鍛える以外は。

シミュレーションマシンに入る。

とにかく複雑極まりない操作で、超世王セイバージャッジメントを操作する。本来だったら誰もが憧れるような仕事の筈だが。

昔のロボットアニメみたいなスタイリッシュな操作じゃない。

魚眼やら複眼やら持っていないととてもではないが把握できそうにもない操作。腕が複数対なければ動かしきれないような複雑さ。

これを畑中中将は平然と操作して。

撃破例もなかった中型シャドウを屠っていた。

それを思うと、戦慄してしまう。

本当に凄い人だったんだなと、思わされるばかりだ。

少しずつ、兵装について理解しつつ、使えるようにして良く。

まずは斬魔剣Uだ。

可変式の超高熱を継続的にシャドウに与えるこれは。切ると抑え付けるを一緒に行えるように、複雑なギミックを兼ね備えている。

しかも二十メートル前後あるのが普通の中型シャドウを抑え付け、その反撃も防がなければならないのだ。

この斬魔剣Uを操作するためのロボットアームは複雑極まりなく、このロボットアームだけで戦車一両くらいのお値段はするらしい。

黙々と訓練をするが。

シミュレーションで動いている相手に当てるだけで精一杯。

支援プログラムの助けを受けながら、それを抑え付けるとなると、本当に大変だ。しかもシミュレーションマシンが激しく揺動する。

その度に集中も乱される。

畑中中将は、シャドウに殆ど振り回されるようにして超世王セイバージャッジメントをそれでも操作し。

攻撃を受けて体をシートに叩き付けられたり。

灼熱でコックピットが地獄絵図になっても操作を続けたりしていたらしいが。

凄いとしかいえない。

「ぐあ!」

思い切り叩き付けられて。それで悲鳴が漏れる。

痛いが、この程度で音は上げていられないか。

しかも小柄になった分、あたいの乗っているコックピットは、ショックアブソーバーが充実しているらしい。

それは畑中中将が、不動のシャドウキラーとして活躍した訳である。これよりもっと痛くても、シャドウにくらいついていっていたのだから。

訓練を終えて出ると、頭がクラクラする。

これでも、実際の中型の五分の一も速度が出ていないらしいので。先は長い。

今対戦していたのはストライプタイガーという中型だが。

これなんかは平気で超音速で走り回るとんでもない機動力を有していて。最初に十分の一の速度でのこいつとシミュレーションで対戦したときは、こんなの勝てる訳がないとぼやいた。

それでもやるしかない。

そもそも今の時点ではシャドウは動いていないだけ。

今後どうなるか、まったく分からないのだから。

最終的には、どんな兵士もこの超世王セイバージャッジメントを乗りこなせるようにするのが目標らしいのだが。

それもまた、気が遠くなる話である。

「何回か打ち付けましたね。 応急手当をします」

「ありがとございます」

呉美少佐が来たので、頼む。救急班もいて、応急処置をしてくれた。

これは畑中中将が限界近かった頃から配備されていたらしい。

毎回の戦闘で大けがをして戻ってくるため、もう控えていた方が良いだろうと言う事で、正式に配備され。

その名残で今もいるそうだ。

難しい顔で手当てをするベテランの看護師に、色々言われる。

「まだ若いから回復は早いと思うが、受け身を意識してダメージを減らすように工夫しなさい」

「ういっす」

まあ、言われる事については分かる。

そして呉美少佐に相談して、催眠教育で武術の基礎を叩き込んで貰う。その後は、実践で幾つか受け身を試す。この過程でも、時間は容赦なく過ぎていく。

一年はかかると言われた。

だけれども、あの怪獣みたいなシャドウがいつ暴れ出してもおかしくない。

シャドウについての勉強は、催眠教育でやってしまう。

いちいち座学なんて受けていられない。

それで理解はしたが。

実際にはシャドウについては分かっていない事だらけということ。

超高熱を長時間当てる事でしか斃せないということ。

分かっているのはそれくらい。

どうして超高熱が決め手になるのか。

それも長時間当て続けなければ決定打にならないのは何故なのか。

そのいずれもが、分かっていない。

それが分かっている事の全てなのだ。

それにシャドウが、それまでの人間が荒らし放題に滅茶苦茶にした地球の環境を含む全てを回復させたのも事実である。

それを聞くと。

どうもろくでもない親の遺伝子を継いでいるらしいとなんとなくわかっているあたいは、色々と複雑な思いを抱いてしまう。

訓練をして、疲れきって戻る。

家に思い入れは無い。

誰にも与えられている量産型の住宅だ。現在は貧富の格差は殆ど無い。少なくとも神戸は、そうしないと街が瓦解しかねなかった。

金なんて秩序の崩壊と同時に紙屑になってしまった。

そこから再建する過程で、どうしてもこういった体制は取らざるをえなかった。

量産型の家屋を離れて、京都工場に近い基地に隊舎を貰った。中身は今までと同じ。引っ越しも済ませたので、なんら今までと変わらない。

強いて言うならシャドウがいる地域に近いかもしれないが。

そんなのははっきりいって神戸だって同じ。

シャドウが攻めてきたら、蹂躙されるのは何ら変わらないのだ。

疲れきって戻って、シャワーを浴びる。

限界を迎えて倒れてしまった畑中中将は、シャワーすら熱くして浴びる事ができなかったらしい。

健康は失ってその価値が初めて分かる。

そんな話もあるらしい。

今、こうやって普通にシャワーを浴びる事ができることですら、とても幸せな事なのだ。

それを噛みしめながら、疲れを取る。

連日徹底的に負荷を掛けられているから、食事なんかはロボットに全部作ってもらう。結構気配りをしてくれる三池さんは、畑中中将の食事の世話もしていたらしいと聞くから。色々と大変だろうし。

まだあたいの世話をする余裕は無さそうだなと思うだけだった。

まだまだ、何もできない日が続く。

来年にはもう少しからだが出来るから。

その時には、きっと。

ネメシスとか言われている巨大化シャドウとの戦いに、赴けるだろう。きっとそうだと、あたいは考える。そう考える事で、自身を鼓舞する事ができた。

 

1、死者は止まらず

 

北米。Nロサンゼルスの近郊。

避難指示が出ている状況。

つまり此方でもネメシスが出たのだ。

ネメシス化したのはシルバースネークである。よりにもよってというべきだろうか。いずれにしても、それに中型種のシャドウが群がって、激しい戦いが行われている。

此処には、対小型で戦果を上げた師団が駐留しているのだが。冷静な指揮もあって、避難に全員があたっている。

最悪の場合は、街を放棄する。

また、一部の部隊は、街にシルバースネークが接近した場合、気を引いて時間稼ぎをする。

そのために、決死隊として動いてもいた。

ただ、その恐れは無さそうだ。

アルムート中将が、指示を出す。離れろと。

アトミックピルバグが、全長60mにまで巨大化したシルバースネーク・ネメシスに接近。

凄まじい火力で、集中砲火を浴びせたのだ。

反物質砲の飽和攻撃。

とんでもない代物だが、一度に2500のターゲットを爆破できるそれが、シルバースネークに途方もない熱を叩き込み続けている。

思わずアルムート中将も、生唾を飲み込んでいた。

シルバースネークが、それでも数分もっただけでも凄い。

最後に、Nロサンゼルスに向けて、凄まじい毒液を吐きかけようとした。もしもそれが届いていたら。

Nロサンゼルスは文字通り半壊してしまっていただろう。

だが、その毒液すら、アトミックピルバグが全て蒸発させた。そして、それでシルバースネークは消滅していった。

「敵沈黙!」

「全部隊撤退。 くれぐれも中型を刺激するな」

「イエッサ!」

「……」

アルムート中将は、情けないと思いながら、引き揚げて行くアトミックピルバグと他の中型シャドウ。

そして、被害痕に群がって、環境の修復を始める小型を見やっていた。

人間は何もできていない。

あの英雄畑中菜々美中将が限界を迎えて退役してから、既に半年が経過しているが。その間。じっとシャドウから距離を取って、相手を刺激しないようにするのが精一杯である。

畑中中将が倒れてから、シャドウは連絡もしてきていないようだ。

興味が無いのだろう。

そういう話である。

シャドウを刺激しないようにし、顔色を窺いながら、檻の中で対抗できる方法を模索していくしか無い。

それしか人間に今できる事が存在しないのだ。

万物の霊長だのと驕り高ぶっていたのが嘘のよう。

シャドウは神の使いでは無いのかなどと言っていた連中も前にはいたが。今ではそんな事を口にしたら袋だたきにされるだけである。

神戸で行われている整理された社会システムを少しずつNロサンゼルスでも導入はしているのだが。

ディストピアだとか言って反発するものも多い。

大統領も相当に苦心しているようだった。

いずれにしても、シャドウという共通の敵を作って、どうにか団結してきた人間は。シャドウに怒りをぶつけられなくなって、振り上げた拳の行き場を無くしてしまっている。それはアルムート中将も感じている。

兵をまとめて、非常事態宣言を解除。

こんな状況でも火事場泥棒をするような阿呆がいて。それについては、避難誘導をしていた兵士達が見つけて、捕縛もしていた。

いずれも厳罰だ。

こんな時だからこそ、助け合わなければならないのに。

いざという時は、他人を蹴落として上に上がれるような人間が偉い。そんな価値観を蔓延させてしまったのは、一体誰だったのか。

状況の収拾まで、二週間が掛かり。

ただでさえ老体であるアルムート中将は、更に寿命が縮まったかなとさえ思った。

それでも、被害は最小限に抑えられた。

もしも無謀な攻撃をシルバースネーク・ネメシスにでも行っていたりしたら。それこそどんな事態が起きていたか分からない。

一応超世王セイバージャッジメントのデチューンモデルはアルムート中将の麾下でも二機だけロールアウトしているのだが。

どちらも接近戦向きの機体であり。

あのシルバースネーク・ネメシスに向かわせても、パイロットを犬死にさせるだけだっただろう。

とにかく疲れた体を引きずって、一段落した所で会議に出る。

最初のクリーナー・ネメシスが出現してから、八ヶ月ほどだが。それ以降、出現したネメシス個体……あくまで人間の観測範囲内でのことだが。ネメシス個体は9体め。

日本で五体、他で四体である。

シャドウが寿命を迎えると、あのネメシス個体になる。小型はなるが、中型はそもそも寿命がない。

そういう不可解極まりない情報については既に聞いているが。

確かに中型種のネメシス個体は、九体も現れた中には存在しない。

日本で現れたうちの二体は、明確に重要インフラの側で出現したこともあり、畑中菜々美中将がそれこそ相討ちになるようにして仕留めた訳だが。

残りの七体は、いずれも手を出せる状態ではないか、シャドウが問題なく処理してしまった。

人間が反撃をしたからネメシス個体が出た。

そんな話もあるようだが。

正直それが正しいとすると。今後シャドウについてのもっと有効な戦術が編み出されたとしても。

奴らを倒しても倒しても、状況が厳しくなるだけではないのだろうかと、アルムート中将は思わされるばかりだった。

会議では、畑中博士がプレゼンをしている。

畑中中将が倒れてから、今までの余裕がなくなったようだ。

プレゼンのおかしすぎる絵などはいつもと変わっていないが、あからさまに愛嬌が失われた。

なんだかんだで姉妹仲はとても良かったらしいと聞く。

それまでは平気な顔をしていたのが。

畑中中将がああなって、ついに何処か心の堤防が壊れてしまったのかも知れない。

ともかくプレゼンを受ける。

「結論から言うと、ネメシス個体は人間とその創造物を集中的に狙ってくる傾向があります。 出来ればドローンなどを飛ばしてどう動くかの傾向を確認したいところではありますが、今は物資がまだまだ足りていません。 実験的な戦闘をする余裕はあまりなく、またネメシス個体が出現する法則も分からない現状では、手の打ちようがないと言うのが実情になります」

「それをどうにかするのが君の仕事ではないのかね」

「弾薬が尽きているのは此方でも補償します。 創意工夫で出来る事と出来ないことがある。 それについては、理解していただきたいです」

広瀬大将が畑中博士を擁護する。

畑中博士は頷くと、現状出来る事について説明する。

「もしも都市部などにネメシス個体が接近した場合は、被害を覚悟で相手の気を反らすように動いてください。 残念ながら、現時点ではそれ以外に手がありません。 現在育成中の超世王セイバージャッジメントの次のパイロットについても、まだ半年は掛かると見て良いでしょう。 幸い私の妹とほぼ遜色ない操縦ができる筈で、仕上がる頃には、対ネメシス用の装備を使って貰えるとは思いますが」

「分かった。 ともかく、今は耐えるしかないのだな」

「現実的な手段としては、船舶の強化と開発を急いでください。 ホバー式の船舶を、以降は標準装備とします。 技術については、秘匿していないで即時で横展開をしてください。 今は国家という単位で争っている場合ではない。 激しい戦いの結果、我々はシャドウに対抗できる剣を失って、丸腰になっている。 それを理解していただきたく」

市川代表はそういって会議を締めた。

問題はこの後だ。

北米の方でも、会議をしなければならない。

疲れが溜まってきているが、それでも出なければならないのが、一応の高官としての責務だ。

大統領は幸い、歴代のステイツの大統領の中でも優秀な方だ。

ただそろそろ任期の終わりが近い。

次の大統領選のうち、片方は主戦派の生き残りと言われる人物で、シャドウに対する過激な言動が知られる厄介者だった。

クーデターが上手く行っていたら、今頃地球からシャドウを駆逐出来ていた。

そんな放言をしては、周囲を呆れさせている人物で。

しかもある程度の……シャドウに私怨がある層は、そいつを支持する意向まで見せている状況だ。

GDFの支援を全面的に行い。

戦況をどうにか踏みとどまらせてきた現大統領が引退したとき、ステイツはどうなるのか。

アルムート中将は不安でならない。

それに、アルムート中将麾下の第一師団の面子だって、現実を精確に理解出来ているものだけではない。

アルムート中将は年齢からして限界が近い。

そしてそれを虎視眈々と狙っているものだって多いのだ。

主戦派もその中にいる。

クーデターであれだけ色々あったのに。まだ近代兵器信仰を崩せない阿呆だって混じっている。

人間の未来は。

決して明るくなどないのだ。

「今回の件についてだが、ついに北米でもネメシス個体が出てしまった。 現状では中型の多くと同じく、対抗策がない。 かといって、兵士達に命を捨てろというのも酷な話だ」

大統領はそう始める。

全くもってその通り。

自爆してこいといって、よほど強力な洗脳でもしていないかぎりそれで自爆してくる奴なんてほとんどいない。

殆どの場合はお前が行けと言い返してくるだろうし。

逃亡でも反逆でもしてくる可能性だって大きい。

そして物資が不足しているのはそれはそう。

GDFの主力である第一軍団ですら、アトミックピルバグとの戦いで力を使い果たして、今は必死に矢玉を補給している段階だ。

北米の各都市で編成している部隊だって、状態は似たようなものである。

「シャドウなんぞに怯えているのはまっぴらであるのは事実ですな。 さっさとあのようなケダモノどもを駆除して、強いアメリカを再建すべきです」

「出来るものならとっくにやっている」

ばかげた楽観論に対して、アルムート中将が苦言を呈する。テレビ会議越しだからか、余計に気も大きくなるだろう。

生き残りの北米の民には、神戸と同じく半地下都市で生活をしているものだって多いのだ。

シャドウと四半世紀遭遇していないものもいる。

そういう者達が、映画のようにシャドウを斃せると考えてしまう事がどうしても出てくるのは、避けられない事態なのかも知れない。

「アルムート中将。 今回、ネメシス個体を見てどう思った」

「とにかく手に負える相手ではありませんな。 全盛期のステイツの全軍をぶつけても斃せなかったでしょう。 それについてはアトミックピルバグと同じです。 熱攻撃が有効だと知っている今の人間は、ステイツ全盛期当時の物量を生かせば斃す戦術があるなどと言うかも知れませんが、軍人と言うのは現在ある手札でどうにかするのが仕事です。 現在ある手札では。あれを倒す事は出来ません」

「アルムート中将も随分老いぼれたようですな」

「さっさと引退して、年金生活に移られては」

失笑混じりの揶揄が飛んでくる。

相手にしない。

大統領が逆に言う。

「随分と勇ましいが、それなら銃を手にとって君が前線にたちたまえ。 五千万しか人間がいない今の時代だ。 地位が高い人間はクーラーが効いた部屋で指揮だけして、ゲームみたいに人間を駒として使うなんてお偉い身分ではいられない。 アルムート中将は、小型相手に実際に戦果を出している。 それに対して、君達は勇ましい意見を穴蔵の中で言っているだけだろう」

「……っ」

「アルムート中将、現実的な作戦は何かあるか」

「畑中博士も言っていたとおり、気を引く以外にはないでしょうね。 人工知能制御の歩兵戦闘車などを用いて気を引くことが出来れば良いのですが、それでも気を引けるのはよくて数秒程度。 数分は始末にどうしても掛かる事を思うと、やはり避難できるように訓練をしておくことが現実的でしょう」

そうだなと、大統領は辛そうにいった。

そして、ホバーの開発に対して、予算を増額するとも。

輸送用の強力なホバーはそれまでも存在していたが、いずれ在りし日のステイツの海軍が有していたような、移動する都市とまでいわれた強襲揚陸艦のような規模のものが必要となるだろう。

海上はイエローサーペントの牙城だ。

とにかく、イエローサーペントの攻撃を受けないように、それも工夫しなければならない。

シャドウの機嫌を伺いながら生きるのか。

そういう反発はどうしても多い。

特に一神教の信仰がある地域では、万物の霊長という思想が強い。それもあって、シャドウのような輩に屈する事など出来るかと考えるものはどうしても増えるのだ。

人類史上、もっとも屈辱的な時代。

そんな声もある。

だが、栄光だと人間が思っていたのは、実際はただの傲慢だった。それが今、シャドウの出現によって可視化されている。

そうアルムート中将も思ってしまうのだ。

とにかく、ギスギスした会議が終わり、どっと疲れる。もう老齢と言う事もあって、体もあまり良く動かない。

兵士達の悪口ばかり聞こえてくる。

鬱病になりかけてくるのかも知れない。

「結局逃げ回ってるばかりで何もできなかったじゃねえか。 うちの爺さん師団長が、今のうちの国で一番まともな将軍閣下だってマジかよ」

「それに日本からの資料で作られたあのだっせえロボ、何の役にも立ってねえ。 あんなもの、金の無駄だろ」

「シャドウを斃せるんだったら斃せばいいのによ。 怖くて結局何もできないだけだろ」

「俺が師団長になったら、一ヶ月でこの辺りのシャドウ全部狩りつくしてやるのにな」

ゲラゲラと笑っている。

基地内ですらそうだ。

兵士達は一度勝っただけで、シャドウを弱いと錯覚している。その勝利だって、広瀬ドクトリンに沿って動き、しかも小型数百という敵からして見たらダメージにすらならないような戦果でしかないのに。

拳銃を見る。

いざという時、自殺用に支給されているものだ。

クーデター祭で、少なくとも現在の各国の最上層から、主戦派はいなくなった。最強硬派だったスコットランドですら、シャドウとの全面戦闘は主張してはいない。

だが、半年。

シャドウに対する戦果を上げられなくなってから経過したたった半年で、此処まで人心は荒廃してしまっている。

それまで中型を畑中中将の活躍で斃せていた時期だって。毎回凄まじい被害を出しながら、辛勝していたというのに。

本当に人間というのは、他人に何があってもどうでもいいんだなと悟ってしまって悲しくなる。

デスクに戻ると、疲れたので休む。

そして、気が緩んだ瞬間。

アルムート中将の何かが、ふつりと切れたのだった。

 

広瀬大将は、生産された弾薬をそれぞれの部隊に配分し、現在の継戦能力を計算していたが。

急報を聞かされていた。

アルムート中将、急死。

暗殺ではなく、脳溢血らしい。

元々老齢だったこともある。しかもシャドウ戦役でもっとも苦労した世代の人である。健康診断を受ける暇も無かったらしいし。いつ亡くなってもおかしくはなかったことだろう。

必死に北米の大統領が人事をまとめ、どうにか主戦派ではない人物を後任に抜擢したようだが。

北米は大統領選が近く。

大統領候補に主戦派の人間までいて、ある程度の支持を既に集めている、という話がある。

あれから一年も。

あのばかげたクーデター祭から一年も経過していない。

それなのに、またしても主戦派が鎌首をもたげようとしている。

民主主義に異議を唱えるつもりはない。

だが、いくら何でも任期を延長でも出来ないのだろうか。

昔の北米は無限に等しい国力を持つ最強の国家だったが。今は既に違うのだ。

愚痴を言っている暇はない。

作業を進めて、そして仮眠を取る。

畑中中将が倒れて半年ほどだが、まだまだその敗戦処理に近い作業は終わっていないのである。

幸い後継者が見つけられたが、どうして超世王を動かせるのかの具体的な理屈はまったく分かっていない。

畑中博士も分からないと言っていたほどだ。

今後継者として頑張ってくれている飛騨咲楽少尉がものになるまであと半年は掛かると聞いている。

そして今回の事がある。

更に、飛騨咲楽少尉の後任のパイロットも、今のうちから確保しておかなければならないだろう。

一通り書類との格闘を終えて。

今度はレポートに目を通す。

ナジャルータ博士からのレポートは、やはり小型がいつネメシス化……巨大化してもおかしくないというものだった。

特に対小型の戦闘が行われた地区で無作為に発生している事。

密集地でも関係無く発生している事。

これらから分かるのは、法則性がないということだ。

小型の死……というノワールの言葉の意味はまだ推察するしかないのだが。一つだけ好意的な仮説があるという。

シャドウは或いはだが。

地球の浄化をあらかた終えて、戦力を人類の監視に回しているのではないのか、というものである。

これについては、幾つかの資料が出て来ている。

例えば、近年では露天掘りで鉱山を丸ごと掘り崩す例が目だった。

そういった露天掘りによって丸ごと崩された山が、文字通り丸ごと元に戻っているのが観測されている。

未だにドローンなどを飛ばす事は出来ない状態だが、それでも対小型を前提に広瀬ドクトリンで編成した部隊で前進し、領土を奪回していた時に。

それで観測出来るようになった場所は多い。

山が丸ごと元に戻るほどだ。

どうやっているのかは見当もつかないが。

それでもシャドウには、それができる程の圧倒的なテクノロジーがある、ということなのだろう。

そんなシャドウが、人間のいる辺りに集まっている、のだとすると。

或いはだが、シャドウを殲滅する事がもし出来る様になれば。一気に状況を改善できるかも知れない。

そういう仮説が上がっていた。

ただこれは楽観論だと、ナジャルータ博士も記載を忘れていない。

一応頭の片隅に入れておくくらいでいいだろう。

実際問題、オリエントの頃から、毛細管現象で豊かだった土地を塩害塗れにし。不毛の土地に変えてしまうような事は人間はやっていた。

生物は自分に都合良く環境を整えるなんて言葉もあるが。

塩害で死んだ土地は人間に都合が良い土地などではない。

つまり環境を整えられて等いないのである。

要するに一万年かけて人間は地球をまんべんなく滅茶苦茶に破壊し尽くしたというわけだ。

ここ数十年が特に破壊の規模が凄まじかったが。

それもあくまで速度が上がっただけ。

それを全部元に戻したシャドウと。

未だにシャドウを何処かしらで馬鹿にしていて、勝てると思い込んでいる人間。

どっちが愚かで邪悪なクリーチャーなのか、広瀬大将には時々分からなくなる。それでも、それを誰かに零すわけにはいかない。

広瀬大将くらいの立場になると、発言がいちいち大きな影響を周囲に及ぼすからである。

嘆息して、他のレポートを見る。

呉美少佐から来ているレポートでは、飛騨少尉の動きは十分に優れている、ということだった。

螺旋穿孔砲などの使いこなしも非常に速いらしく。

やはり畑中中将と同じように、畑中博士の作る兵器類との相性は抜群に良いらしかった。

ただ、それでもまだまだ畑中中将にはとても及ばない。

それもあって、まだしばらくは訓練がいる。

そういうレポートの内容だった。

そのまま訓練を続けて、出来るだけ急いで仕上がるようにしてほしい。そう連絡を入れておき。

後は休む事にする。

明日も色々と仕事が入っている。

大将は激務だ。

市川は悔しいが有能だったのだと、後任の参謀長の能力を見ながら思う。とにかくあらゆるところで痒いところに手が届かない印象だ。

これでも催眠教育で能力は限界まで引き出しきっているはずなのに。

それでもなお差が出るのは、それこそ才能の差によるものなのだろうなと、広瀬大将も思う。

その市川も、GDFの代表として相当に苦労しているようなので。

地位が逆転された今も、別に悔しいとかは思わない。

ただ、市川自身は気にくわないから。

感情的に腹が立つことがある。

その程度の事だ。

感情を重要事に優先するような阿呆と同じになるつもりはない。

シャドウ戦役の前は、そういうのがわんさかいて、国を悪い意味で動かしていた時期まであったらしいが。

はっきりいって、そんな世の中に生まれなくて良かった。

そうずっと広瀬大将は思っていた。

仮眠は取れるときにとっておく。

AIなどでのサポートもあるが、それがなかったらとっくに広瀬大将は倒れていたかも知れない。

それくらいの激務だと言う事だ。

そして今はストレスが可視化出来るようになっているため。

部下に同じ事をさせるつもりはない。

人によって労働できる許容量は違う。

精神論はなんら建設的な結果を生み出さない。

それは今では分かりきっている事だが。

昔は情けない事に、そんな事すら理解出来ていない者が、社会の上層にわんさか貼り付いていたらしい。

本当に情けない話である。

仮眠を取って疲れを少しだけ回復してから、まだまだ作業を続ける。

GDFの弾薬は、まだ全軍が動けるほど回復はしていない。

それでも、そろそろ第二師団の半分くらいは、なんとか戦闘が出来るか出来ないかくらいの蓄積が出来たと思う。

後はそれを蓄えていき。

いざという時に、備えていくだけだ。

 

2、訓練の終わりが見えて

 

とにかく汗が凄いので、あたい飛騨咲楽は辟易していた。

今の時代は、何もかも効率最優先でやるから、無駄に汗を流すこと何て殆ど無い。昔はサウナなんてものが流行った時期もあるらしいが、医療関係者があれは健康にはまったくつながらないと警告を続けた事もある。

シャドウ戦役の時代に殆ど全てがなくなり。

今では文化遺産として、僅かに残されているだけだそうだ。

運動だって、今では科学的な理論に基づいて行い、理論に基づいて身体能力を伸ばしていく。

そう考えると。

此処まで汗を掻いたのは、初めてかも知れない。

呉美少佐は平気な顔をしているが、流石に疲れ果てたあたいはちょっとグロッキー気味だ。

ちゃんと休憩はさせてくれる。

だが、体を動かす訓練は、連日どんどん厳しくなっている。

スポーツドリンクをくれる。

昔はとても美味しかったらしいが、今は栄養優先だ。あまりおいしいものではない。

並んでそれを飲みながら、呉美少佐が話してくれる。

「パワードスーツの支援無しで長距離動く事はどうしてもあります。 そういうときに備えて、基礎的な肉体は鍛えておく必要があります」

「平均的な兵士は第四師団で訓練しているんですよね」

「はい。 とにかく数を揃えなければならない時期もあって、一時期は選抜基準が緩かったんですが。 例のクーデター騒ぎがあってからは、審査が厳しくなりましたね」

「確か小官くらいの年齢の人間も入れるんですよね」

言葉遣いは少しずつ直している。

呉美少佐は怒鳴るような事はないが、とにかく丁寧に教えてくれる。あたいはそれもあって覚えやすくて助かるし。

何より呉美少佐は軍人として躊躇無く銃を撃てる人間ではあるのと同時に。

普通に優しいので、人として好きだった。

「中型とやりあっていて、人員の消耗が激しかった時期はそうでしたが、今は年齢でも制限をつけています。 ただ法的には、12から補助要員として軍属になる事は可能です」

「あたいより年下で軍に入った人もいるんですね」

「小官と軍での一人称は使いましょう」

「すみません」

分かってはいるが、どうにも素が出てしまう。

とりあえず、それでも怒らず丁寧に教えてくれるので、期待に答えて成長したい。

ちなみに少し前に十五にはなった。

なったが、それで別段何か変わるわけでもない。

昔はこのくらいの年には子供を産んでいるのが当たり前、なんて時代もあったのだったっけ。

シャドウにもっと痛めつけられていたら。

あたいもそういう風に、子供を産むのを強いられていたのかも知れないが。

はっきりいってあたいはガキだ。

ガキが子供を作ってそれで良い結果になるとはとても思えない。

それに、子供が出来れば精神的に大人になるとか言う迷信も、今ではあり得ない話だと否定されていると聞く。

まあそれはそうだろう。

もしそうだったら、「毒親」なんてものは生じない。

無責任に子供を産み散らかしたり、作り散らかすようなカスだっていなかっただろう。あくまで都市伝説だ。

「訓練に戻ります。 動けますか」

「汗はもう引いてきました」

「良いですね。 今のうちに基礎体力をつけましょう」

「はい」

ういっすと言い返しかけて、言葉遣いを改める。

立ち上がると、ランニングマシンで走る。走る事に関しては、シャドウにはどうしても走ったところで逃げられない。

元々人間は、殆どの四つ足の動物よりも足が遅い。

史上もっとも足が速い人間でもそれは同じ事だ。

二足歩行になった時点で、人間は四つ足の動物に対して、巨大な身体能力におけるハンデを抱えた。

それは軍での訓練の最中受けた催眠教育で聞かされた。

実際問題、シャドウとの戦闘映像を見ると、あまりにも早すぎて対応できるのかとぞくぞくさせられる。

時速百数十キロでこっちにじぐざぐに迫ってくる相手だ。

普通の肉食獣ですら、人間に比べて速すぎる。集団戦でないと相手に出来ない。

それがシャドウのような物理を超えた理外の相手となってしまうと。

もはやどうにもできないというのが、本音だった。

「だいぶ速度が上がってきています。 このまま身体能力を鍛えていきましょう」

「イエッサ!」

「良い返事です。 そのまま、出来る所まで走りましょう」

「イエッサっ!」

流石にちょっとヤケクソ気味になる。

昔よりはこれでもマシらしい。

昔は精神的にも追いつめて負荷を掛けるのが当たり前だったらしく。戦闘に出る前に病んでしまう兵士までいたらしい。

軍隊式とかいうやり方だったらしいが。

それではダメなのだと人間が気付くまで、随分と時間が掛かってしまった。

そういうことなのだろう。

とにかく走り、限界に達した所でランニングマシンが止まる。

その後は休憩を挟んで、ものを担いで行軍する訓練をする。

重いモノを持ち上げて、担いで運ぶ時にはコツがあると、まずは催眠教育で教わり。その後は実践する。

理屈が分かっていても身体能力がなければどうにもならない。

それもあって、徹底的に鍛えられる。

夕方に、一旦訓練を終える。

夜間訓練をする日もあるにはあるのだが。

それはそれである。体内時計が壊れると治すのに一苦労であるので、そういった訓練をするときは細心の注意を払う。

訓練を終えた後、身体能力を測る。

握力など、鍛えても大して変わらない分野もあるが。

他の身体能力は、明確に伸びている。

それを喜んでいいのかは、あたいにはよく分からない。後は宿舎に戻る。いっそ京都工場に住むのも有りかも知れない。

帰路をいきながら、あたいはそんな風に思うのだった。

 

シミュレーションでの超世王セイバージャッジメントの操作も、ある程度上手く行くようになって来ていた。

以前は数分の一まで速度を落としていた対中型戦のシミュレーションだが、今では等倍になっている。

ただ、これを相手に毎回勝っていた。

それも戦うまで、相手の本気が分からない状態でやりあっていた畑中中将は、本当に凄い。

掛け値無しに、あたいは思う。

一番最初に斃された中型であるキャノンレオンだって、決して弱い訳ではない。

苦労しながらシミュレーションで戦績を積み上げていくと。やがて打診があった。

本物にのって、訓練をすると。

勿論実弾は無駄には出来ない。

流石に緊張するが。

それでもまず、やれることはやらなければならない。

畑中博士は、以前は良く笑う人だったらしいのだけれど、最近はずっと厳しい表情でいる。あった時からずっと変わっていない。

あたいとしてはあまり関わる事はないのだけれど。

ずっと面倒を見ている三池さんは大変だろうなと、今でも思う。明るい頃を知っていたのならなおさらだろう。

乗り込むところから始める。

シミュレーションで散々こなしているが、実機は流石に重量感とか色々と違う。

内部に入って、一つずつ機器をチェックしていく。

訓練もあって、意図的に不具合を出している。

それを見つけ出さなければならない。

幸い、かなり巧妙に隠されてはいたが。それでも見つけ出すことはできた。

「斬魔剣U、エラー発見! 可動部2−21に不具合!」

「了解。 チェックする」

「……」

自分用に調整されたシートとレバー、操作機器類。

それでも緊張する。

だいぶガタイが違った畑中中将が使っていた頃とは、だいぶ違うのだろうなと思いながら。調整を待つ。

整備工のおっちゃん達が、作業を済ませてくれるのを待つ。

整備完了の声があったので、もう一度チェック。

よし、オールグリーンだ。

「飛騨咲楽少尉、出ます」

「呉美少佐、先導します。 ついてくるようにしてください」

「イエッサ!」

呉美少佐の乗るデチューンモデル超世王セイバージャッジメントが先に行く。形状は殆ど同じではあるのだが。

こっちにくらべて、だいぶ戦車っぽいというか。

斬魔剣Uだけを装備しているからだろう。

全体的に動きからして全てが軽そうだった。

そのままついていく。

今日は演習場になっている奈良県の一部を移動することになる。小型のシャドウが群れていて、監視装置が様子を見ているのは、もっと東だ。

この間琵琶湖で巨大化した小型種が大暴れして。

それが畑中中将の最後の戦いになった。

畑中中将は命こそ取り留めたが、今後当面は病院から出られないらしいし、退院したとしても、松葉杖は手放せないか、下手をすると一生車いすだそうだ。

もしも、である。

小型の大型化した変異種……ネメシスというそうだが。

ネメシスが頻繁に出るようになったら。

あたいも、同じように早々に人生をリタイアする事になるのかもしれない。

畑中中将は、まだ三十になっていなかった。

それを考えると、あまりにも早すぎるパイロット人生の終わりだったと言える。

レジェンドヒーローであることは間違いないだろう。

だが、本人はそれで満足だったのだろうか。

黙々と操縦をする。

前を行っている呉美少佐のデチューンモデルが、機動という観点ではこっちより軽やかに見える。

MBTというのも、シャドウ戦役前にはかなり機敏に動くものであったらしい。

これが戦場で主役だった第二次大戦の頃は、とにかく鈍重さが目立つ事もあったらしいのだが。

超世王セイバージャッジメントは、アレキサンドロスVというMBTのガワを利用して、作りあげられている。前に使われていた40式戦車というMBTのガワも混ざっているが、それよりも更に性能が上がっているそうだ。

それを考えると、基本は戦車だ。

ただし、戦車がどれだけ束になってもシャドウには勝てないのに。

超世王セイバージャッジメントは勝てる。

だったら、スーパーロボットで良いだろう。

少なくとも、あたいはこれを操縦できるのを誇りに思う。

しばらく走り回った後、今度は斬魔剣Uの操作をする。

モニタをシミュレーションモードに切り替えて、小型シャドウとの戦闘を想定した動きをする。

支援プログラムが手伝ってはくれるが、対小型は相応に厄介だ。小型であっても、機体に取りつかれたら死ぬ。

特にシルバースネークの毒吐きは危険で。

もしも喰らう事があったら、まず助からない。

それについても、座学を受けていた。

シルバースネークが吐くものは、正確には毒なのかすらもわかっていないという話であるのだから。

まあそれだけ危険というのも、当然の話なのだろう。

呉美少佐とともに、しばらく実機でのシミュレーションをする。

十数体の小型を、上手く立ち回りながら、一体ずつ斬魔剣Uで斬り伏せて行く訓練をするが。

呉美少佐の動きは、あたいよりもずっと洗練されている。

これについては、畑中中将を支援して。

中型と戦う畑中中将に横やりを入れようとする小型を、片っ端から斃して回っていたという話からも頷ける。

これでどうしてあたいの乗ってる超世王セイバージャッジメントは操作できないのか、それが分からない。

斬魔剣Uの実地訓練は一旦終わり。

車内での無線で話す。

「飛騨少尉、どうですか」

「シミュレーションマシンよりも若干重く感じます。 ただ、対応できないほどではないです」

「実はわざと少し重くしてあります。 実戦ではシミュレーションマシンと同等に動かせますよ」

「そうなんですね」

気付いてえらいと褒めて貰って。

ちょっと嬉しくなった。

その後は、呉美少佐の立ち会いのもと、色々な装備を試す。

特に投擲型斬魔剣はシミュレーションでも大苦戦した装備なのだが、実戦だとなおさらである。

非常に当てづらい。

これを百発百中させていたというのは凄いなと、あたいは素直に畑中中将を尊敬する。実際問題、誰も代わりになれなかったというのも納得出来る。

黙々と訓練を続け。

夕方近くに切り上げる。

これはシミュレーションモードなので、実際に各兵装は動かしていない。ただし、超世王を走らせたのだけは本当だ。

そのまま京都工場まで戻る。

京都工場で超世王セイバージャッジメントから降りると、流石に疲れた。どっと疲労が来て、立ちくらみがくる。

だが、どうにか立て直す。

三池さんが、少し横になるようにいうので、そうさせて貰う。スポーツドリンクを飲んで横になって、話を聞く。

「頭を極限まで使うので、疲弊は仕方が無いんです。 畑中中将も、知恵熱が出るってぼやいていましたよ」

「本当ですか。 だったら小官なんて、なおさらですね」

「分かっているのなら大丈夫でしょう。 心拍とかも計っておきます」

てきぱきと三池さんがこなしていく。

そういえば。

あたいの少し前に工場に来た子。

あのぽやっとした子が見当たらない。

不機嫌そうに畑中博士はキーボードを叩いているが。今日は休みだろうか。

「えっと、あの助手さんは」

「ああ、今日はプレゼンに出ています。 GDFの方でも、色々とこなさなければならないんです」

「凄いですね。 お偉方の前でプレゼンなんて」

「亜純さんはああ見えて肝が据わっています。 元々ちょっと変わっているだけで、頭も凄く良いんですよ」

それは分かる。

そもそも頭が良くなければ、畑中博士と一緒に超世王セイバージャッジメントの改良なんて出来ない。

補助が必要かも知れないが。

補助があれば生半可な人間よりも能力を発揮できるのであれば十分だろう。

なんでも出来る人間などいない。

だからそれでいいのだ。

休憩を終えて、それで宿舎に帰る。話が聞こえた。

「どうあの子」

「充分すぎる位ですよ。 やっとこれで、畑中中将も安心できると思います」

「そうね。 もっと早くに休ませてあげれば良かった」

「仕方が無いです。 シャドウはこっちの都合なんてお構いなしですし、何より習性もまだよく分かっていないんですから」

あたいと畑中中将の話だ。

そう思うと、きゅっと心が締め付けられるような気がした。

二人とも、畑中中将のことが大好きだったのだ。

それは、見ていて分かっていた。

だからこそに、再起不能にまでなった畑中中将の事を思うと、心だって痛むのだと思う。

わかっている。

あたいは畑中中将の後継であっても。

畑中中将にはなれない。

それは分かりきっているから、出来る事をやっていくだけだ。

そしてその出来る事は、超世王セイバージャッジメントで。何かしらの問題が発生した場合に動く。

それだけしかない。

宿舎に戻ると、北米の大統領選が終わったとあった。

今まで北米の大統領はそれなりに評判が良い人だったらしいのだが。

今回当選したのは、危険視されていた主戦派の人間ではないものの、無能で無難と言われているだけの人物だったらしい。

北米が世界最強だった時代はもうとっくに過去の話だ。

シャドウが現れた時、真っ先に蹂躙し尽くしたのが北米だったからだ。

それでも、北米は生き残りを集めて、今でもある程度の影響力は持っている。

新しい大統領がボンクラで大丈夫なのだろうか。

そういう声は、SNSでも上がっているようだった。

シャワーを浴びて、それで寝る。

健康はなくして初めて価値が分かる。

そう言われて、こう言うときにも身が引き締まる思いがある。

最初の内に、手指を失った兵士から話を聞いたが。指一本でも喪失すると、あまりにも不便になるので驚かされるらしい。

今は、あたいは五体満足だ。

できればこのまま。

シャドウと戦う、護星の戦士としてありたかった。

 

プレゼンから戻って来た亜純麟は、レポートだけを出す。

昔から麟は喋る言葉と考えている事に大きな乖離があった。なんとかいう病気の一種であるらしい。

ただし、それについてはAIが翻訳できるので。それがとても助かる。

昔だったら病院に入れられて、そのまま一生病院で過ごすことになっていたのかも知れない。

それを思うと。

今の時代で生まれて、まだ良かったのかも知れなかった。

AIが、口から出る言葉を他人にわかるように通訳してくれる。

「プレゼンは問題なく終わりました。 プレゼンの過程で出た質問と、私が答えた内容をまとめておきました」

「ありがとう。 目を通しておくわ。 もう休みなさい」

「はい」

こくりと頷くと、そのまま自室に。

京都工場に住み込んでいる麟は、此処でもう暮らしていくつもりだ。どうせ何処に住んでも同じだし。

畑中博士は、ずっと険しい顔をしているけれど。

最初の方は、殆ど口も利いてくれなかった。

ただ、この間畑中中将を見舞いに行ったらしい。

やっと見舞いが許可されるくらいの病状になったらしかった。

それから、機嫌が多少良くなったようだ。

まあ、ずっと一緒にシャドウと戦って来たのである。それを考えると、苦しかったのかも知れない。

麟はずっと孤独だった。

AIが翻訳はしてくれるが、別種の生き物を見るようにして、周囲の人間が麟を見ているのは分かっていた。

今でもそういう差別はある。

フルスペックを誰でも発揮でき。

だいたいの遺伝病は治療も出来る。

昔は致命的な遺伝病などの人間は、生涯どうにもならないような事態もあったらしいのだが。

今はクローンで育てていたり、人工子宮で育てている間に、遺伝子治療を行ってしまう。

それもあって、生まれてすぐに死んでしまっていたような遺伝病の子供でも、今では普通に生活が出来るようになっている。

詳しい話は聞いていないが。

麟もそうだったのかも知れない。

いずれにしても容姿は優れている方ではないし、根暗そうで雰囲気がとか言われる事はある。

催眠学習で改善方法を色々習ったが。

何をやっても相手が自分を下に見ている事。

麟が実はフルスペックで知能を引き出した結果、トップクラスの頭の持ち主である事をしると、余計に態度を硬化させること。

これらが重なって、もう繕うのは止めた。

AIはまだそれでも、ある程度繕うべきだと言ってくるのだが。

何をしても無駄だと思っているので、そうする気にはなれなかった。

寝付きは良い方で。

ストレスが溜まっていると、余計によく眠れる。

きっちり眠っておきだして。

それから、顔を洗って歯を磨く。

これもちょっとぶきっちょで、寝間着を汚しやすい。

髪なんかの手入れを家庭用ロボットに任せて、後はぼんやり座っている。頭はこれから嫌と言うほど使う。

だから、朝の内はぼんやりしておくことにしている。

朝食は三池さんが用意してくれるので、大変においしい。

ありがたくいただいて、それで頭を切り換える。

見た目はまったく変わらないので、「暇そうにしている」とか、「怠けているのではないのか」とか、理不尽な罵声を浴びせられることもあったが。この工場で働くようになってからは、それもなくなった。

今日も畑中博士が、用意してくれた資料をさっと目を通して把握。

そのままAIの支援を受けて、作業を開始する。

立ち上がると、畑中博士が歩いて来ると言って、工場を出て行った。三池さんに聞いたが、行き詰まると時々ああやってフラフラ歩いてストレスを発散しているらしい。ストレスの発散法は人それぞれ。

それにこの辺りはすっかり自然も回復しており、綺麗な声でなく鳥も、珍しい虫もたくさんいる。

そういうのを見て、心の棘を抜いているのかもしれない。

いずれにしても、麟は言われた通りに作業をこなす。

19になってしばらく経つ。

そろそろ畑中中将の後任である飛騨少尉も一人前になると聞いている。

その時には。

ずっと忙しくなるのか、逆に楽になるのか。

それは今の段階では、まだ分からなかった。

 

3、初陣

 

超世王セイバージャッジメントを駆って、あたいは行く。

最初の内、帽子に髪をねじ込むやり方を徹底的に仕込まれた。髪が稼働中の機械に巻き込まれて、事故死する事もあるからだ。

それも今ではささっと出来る。

髪は伸ばしている方なのだが、これは或いはだが。

自分なりの拘りなのかも知れない。

今は伸ばしている髪を、自分でささっとまとめて、帽子の中に押し込めるようになってきていた。

軍用のヘルメットの中に被る帽子はちょっときつくて、最初は嫌だったのだが。

今は無理なく押し込めるようになっていて。

それでコックピットでも、問題なく過ごせるようになっているのだった。

今日は超世王セイバージャッジメントを駆って、中国地方にちょっと遠征する事になる。

狙撃大隊の人達も来ている。

燃料だけはある。

問題は弾丸で、一応第二師団は短時間戦闘出来るそうだ。

ただし他の師団はまだ戦闘が厳しい。

アトミックピルバグとの戦闘で吐き出しきった弾薬は工場がフル稼働しても、まだ補充できていない。

なお、最近聞いたのだが。

シャドウ戦役の前にいたこの国の軍隊である自衛隊も、予算がずっと厳しかったらしく。弾薬は全然足りていなかったらしい。

だが、それでも此処まで酷い状態ではなかったそうだが。

「前線より連絡。 小型種に動きはなし」

「了解。 手を出すな。 現在はシャドウとの交戦は避けるように。 大規模な会戦になった場合、弾すらない状態でやりあわなければならなくなる」

「イエッサ」

そんな通信が来る位だ。

最精鋭で知られる第二師団ですら弾薬不足。他の師団は丸腰も同然という話を聞くと、まあそうなるだろうなと思う。

ともかく、今回は一人前と認めて貰って。

前線を狙撃大隊と連携してパトロールする。

それが目的だ。

イエローサーペントと戦うために作られた潜水艦型(というかまんま潜水艦)の超世王セイバージャッジメントもあるようだが。

これについても、いずれ実機に乗るらしい。

ともかく今日は戦闘になる可能性は低い。

そう聞いてはいる。

ただし、つい先月でも、東欧で小型種がネメシス化。

中型種の集中攻撃を浴びても中々止まらず、都市近郊で大暴れした挙げ句、やっと沈黙する事件が起きている。

その結果、人的被害は出なかったものの、都市のインフラを支えている側の川がズタズタになり。

悲鳴混じりに支援を求めてきているらしい。

現在代替輸送手段として生産が進められている大型ホバーも、まだまだ全然数が足りない状態だ。

何隻かは向かったが、それで支援できるかどうか。

幸いホバーをイエローサーペントが攻撃してくる事はないようだが。

ただ海洋種の小型種がどう反応するかもまだ分からないと言う話もある。

絶対はないから、とにかく注意を続けなければならないのだ。

前線の部隊と合流。

あたいは超世王セイバージャッジメントから出なくていいと言われている。

狙撃大隊を指揮しているベテランの大尉が出て来て、敬礼して話をしていた。

「パトロールに来た。 問題などはないだろうか」

「今の時点で問題は確認されていない」

「了解。 それでは帰投する」

最低限の会話だけすると、後は反転し帰投。

ただ、声は聞こえる。

「超世王セイバージャッジメントだ! 新しいパイロットが来たって話は本当だったんだな」

「ありがたい話だぜ。 ネメシス化なんかされたら対処はできないもんな」

「最近は中型に襲われなくなった事は助かるが、代わりにネメシスが出るようになったし、超世王セイバージャッジメントがいると安心感が違うな」

「本当だぜ。 これで畑中中将が無事だったら、もっと安心なんだがな」

全部聞こえていたが。

全部同感だったので、何も思うところはない。

一年訓練してはっきり分かったが、畑中中将は生半可なパイロットではなかったのだ。まだまだあたいなんかひよっこ同然。

今もパトロールに来ていて、それでも緊張しているくらいなのだから。

今日はこのまま四国までいって、安全を確認してから戻る予定だ。超世王の燃料については心配しなくてもいい。

燃料だけは潤沢にある。

「こちら第二師団第七狙撃大隊。 他三個狙撃大隊とともに、これよりそちら四国方面に向かう」

「了解。 此方では問題はなし」

「問題発生!」

不意にアラートが飛び込んでくる。連絡は、どうやらさっき離れた中国地方のようだった。

即座に停止して、状況を確認。

淡路島に向かう橋に入りかけた寸前のことだった。

「小型種のネメシス化の兆候あり!」

「即座に退避せよ」

「い、イエッサ!」

「それで相手は何か!」

どうやらブラックウルフらしい。

もっとも平均的で数も多い小型種。平均的といっても二m足らずの体格で、時速百数十qは普通に出すし、接近すれば戦車を軽々ひっくり返す。戦車砲に耐えることもあり、螺旋穿孔砲が実戦投入されるまでは、M44ガーディアンで集中砲火を浴びせてやっと一体倒せるか斃せないかという相手だった。

今までネメシス化した例は四例。うち一例は九州で確認されている。ただ、いずれもが、中型種に斃されていて。少なくともネメシス化した小型種としては、危険度は小さいとは思われていた。

いずれにしても現地に急ぐ。

幸い中国地方はインフラが遠い。

ただ、四国にでも行かれたら面倒だ。

現在神戸の都市機能を移設した地下都市を建設中であり、此処にはかなりの人的リソースが注がれている。

万が一神戸が潰された時の保険として作られている都市であり。

また、地上に負担を掛けないためのものでもある。

シャドウがまたいずれ攻めてくる。

それを懸念した結果、プロジェクトとして立ち上げられているものでもあるのだが。

そもそも日本がシャドウに滅ぼされたときに、神戸に逃げ込んだ人々が作りあげた今の神戸が、彼方此方限界を迎えてしまっているという切実な事情もある。

それもあって、少しずつ神戸を補修するのと同時に。

その一部機能を移す新都市を建設しているのだ。

ネメシス化すると、小型種は能力もタフネスも跳ね上がる。その結果、四国の構築中のインフラが射程距離に入るかも知れない。

螺旋穿孔砲で斃せる相手ではなくなる。

中型種なみの脅威になると言うことは。

中型種同様の凶悪な能力を備える可能性がある。

今までの例では、ブラックウルフ・ネメシスがどのような能力を発揮したのかが確認されていない。

それが逆にまずい。

その程度の判断は、あたいも出来るようになって来ていた。

即座に引き返す。四国で待ち伏せるのは悪手だ。連絡が入る。

「此方呉美。 今其方に向かっています」

「呉美少佐、まずは前線に向かって、それから様子見で良いですか」

「かまいません。 ネメシスはシャドウの中型種に基本的には集中攻撃を受けます。 シャドウの方でもネメシス化した個体についてはあまり良く思っていないのか、それとも予想外の動きをされると困るのかは分かりませんが」

勿論それは知っている。

戦闘前の確認だ。

これから殺し合いが始まる。それを考慮すると、敢えて確認をする必要があるのだ。

ましてやあたいは初陣だ。

なおさら、確認はしなければならないのである。

「指定するラインまで到達したら、様子見です。 私も其方に向かいます」

「イエッサ!」

速度を上げる。

実際には狙撃大隊の歩兵戦闘車やジープの方が速度が出るのだが、これに関しては仕方がない。

燃料については、そこまで気にしなくていい。

今まで畑中中将ですらシャドウとチェイスの類はした事がない。というか、超世王セイバージャッジメントの速力はせいぜい整地で八十q程度。整地100qをたたき出すアレキサンドロスVより落ちるのは、装備重量と形状の問題だ。どちらにしても、時速百数十qを最低でも出すシャドウには速度で絶対に勝てないのだ。

基本的に近距離を詰めて、それ以降は殴り合いになるのが超世王セイバージャッジメントの戦い方。

それは畑中中将も同じだったし。

あたいもそうなる。

そしてネメシスとの戦闘になった場合、簡単には勝てない。ネメシスは体格が中型より遙かに大きく、斃すために必要な熱量も多いようなのだ。

核を浴びせるような、一瞬で大量の熱量を打ち込むような戦術は通じない。これはシャドウ戦役の時に嫌と言うほど実例が出ている。

ただ、今回は。

一年という戦闘のブランクが開いたこともある。

その間に、畑中博士が。

色々と装備をブラッシュアップしてくれている。

その中の一つ。

ネメシスとの肉弾戦がハイリスクである戦訓を得て改良された武器を、今回は試すことになるだろう。

現地に到着。

既に軽武装の部隊はさがっている。

狙撃大隊も、更に距離を取っている状態だ。

最悪の事態に備えて、避難誘導をする意味もある。

四国の工事現場にいる人員は、避難を開始しているようである。

敵は。

見えた。

ブラックウルフは実物もパトロールの時に見た。名前の通り黒いが、姿そのものはあまり狼には似ていない。

そのままの姿で、とんでもない大きさになっている。

あれは、五十mはあるのではあるまいか。

畑中中将が最後の戦いで斃したブルーカイマン・ネメシスは70mを超えていたという話がある。

ただブルーカイマンは体が細長いシャドウであったことを考えると。

大きさに関する威圧感は、殆ど大差ない。

生唾を飲み込む。

既に中型種が来ている。

ブラックウルフ・ネメシスはのそりと歩き始めたが。その横っ腹に突っ込んだのは。恐らくランスタートルだ。

炸裂する。

それと同時に、ストライプタイガー二体が、凄まじい勢いでブラックウルフ・ネメシスに襲いかかる。

熱でしか斃せないのは、ネメシス化した小型種でも同じだ。

ストライプタイガーの恐ろしい刃は、ブラックウルフ・ネメシスにどれだけ通るのかはちょっと分からない。

ただ、ストライプタイガーにしても巨体である。

何より音速を超えて走り回るのだ。

それが、足を容赦なく押さえ付けて、態勢を崩したブラックウルフ・ネメシスを引きずり倒す。

ブラックウルフ・ネメシスはやはり中型種には抵抗しない。

理由はまったく分かっていない。

死を迎えた小型種だという話は聞いているが。

それにしても、一体何が起きているのか。

生唾を飲み込んで、様子を見守る。

今までブラックウルフ・ネメシスは中型種に斃されて、特に問題にはならなかった。だが、今回もそうなるとは限らない。

呉美少佐が、こっちに向かっていると言う。

分かっている。

今は仕掛けるべき時じゃない。

だけれども。一瞬でも目は離せない。

あれは、グリーンモアか。数体が凄まじい速度で襲いかかると、ブラックウルフ・ネメシスにその嘴を突き立てる。

嘴が超高熱を有しているようで、ブラックウルフ・ネメシスが苦しみ始める。更にだめ押しに、ランスタートルが起爆。更に熱量を叩き込んだようだが、ブラックウルフ・ネメシスが崩れる様子はない。

うおう。

凄まじい風のような音。

地面に叩き付けられたブラックウルフ…ネメシスの体。激しくもがく。ランスタートルが吹っ飛ばされる。

抵抗はしないが、もがいた余波でああはなるのか。

ランスタートルが空中で態勢を立て直す。

だが、名前にもなっているランスは、まだ再生していない。何らかの方法で高速で生成していると聞くが。

それにしても、即座に再生は出来ないと言うことか。

立ち上がろうとするブラックウルフ・ネメシス。

ストライプタイガー二体を引きずりながら、身を起こす。

更にグリーンモアが来て、嘴を突き刺す。熱量が更につぎ込まれていくが、倒れる様子はない。

嫌な予感がする。

「ブラックウルフ・ネメシスが空を向きます!」

「なんだ……?」

オペレーターの声。

怪訝そうなのは、様子を見守っている連中だろうか。

ただ、その直後。

ブラックウルフ・ネメシスの首が裂けて。其処から、よく分からないものが伸び出していた。

それは灰褐色のなんだかよく分からないものだ。首が裂け、頭が爆ぜて、其処から這いだしてくる。

動物の内臓に寄生する寄生虫の映像は見た事がある。人間の中にも、何mもある回虫が住み着くことがあり。

衛生状態が微妙だった昔は、そういったものが体の中にいる方が普通の状態であったと聞いた事もある。

ブラックウルフ・ネメシスの体内から出て来たそれは、うねうねと動きながら、地面に落ち。

その瞬間、周囲の地面が赤熱していた。

とんでもない熱量を帯びているのだ。

「こ、これは形態変化でしょうか!?」

「今まで観測されたことがない現象です。 出来るだけデータを取得してください。 ただし、不用意に近付かないで」

恐らくナジャルータ博士の声だ。

モニタを見るが、まだ呉美少佐が到着するまで一時間は掛かる。

それまでにグリーンモア数体が熱を注ぎ込んでいる彼奴……ブラックウルフ・ネメシスが倒れるだろうか。

極めて疑問だ。

しかも、体内から出て来たなんだか分からないものは。蠢きながら、地面を何度も爆発させる。

そして。

明確に、こっちを見た。

反射的に、回避運動を取る。

それが正解だった。

一瞬おいて、超世王セイバージャッジメントを、とんでもない熱量が擦っていた。それだけで、強烈な揺動が来た。

一瞬でコックピットが暑くなる。

アラートが幾つも点灯した。

「ブラックウルフ・ネメシスの体内から出現した存在、熱線砲を発射! 超世王セイバージャッジメントに至近弾!」

「以前も見かけられた放熱機能か!?」

「だとするとネメシス化個体はみなあれが使えると言う事か!?」

「まずい!」

ナジャルータ博士が言う。

今の一撃、微妙にそれたものの、四国の工事現場を掠めたようだ。資材の一部が、一瞬で融解したという。

避難をしておいて正解だった。

いや、四国まで届くとなると。

神戸まで届くかも知れない。

装備の状態を確認。

グリーンモアが熱を叩き込む事で、ブラックウルフ・ネメシスの全身が赤熱しているのが見える。

それだけなら良いのだろうが、破裂した頭からだけではない。体からも寄生虫みたいなのがはみ出してきて、辺りの地面を爆熱させている。だが、それで体の構造が決定的に破綻したのか。横倒しにもなる。

うおん。

また音がする。

同時に、殆ど本能的にあたいは超世王セイバージャッジメントを動かしていた。

対熱用のシールド……スプリングアナコンダ戦で用いられたものが即時で起動したが、熱量が多すぎて防ぎきれない。

しかも今度は二発同時。

一発はそれたが、また一発は掠めた。

その上熱線は放たれると同時に大気中の空気を即座にプラズマ化させ爆発を連鎖させた。それほどのとんでも無い熱量だということだ。

揺動、シートに叩き付けられる。

「ぐっ!」

思わず呻く。

かなり衝撃を殺してくれているはずだけれども。

レンジャーの教官に、柔道でぶん投げられて。受け身をとりそこなった時よりも効いた。

受け身を反射的に取れるようにしろと言われているが、そんなん無理だ。

更に悲鳴が聞こえてくる。

「やはり四国の工事現場を狙っています! 一発が着弾! 爆発炎上しています!」

「危険すぎます。 消防車は出すのを控えてください」

「しかし貴重な物資が!」

「あの熱線を受けたら、もっと貴重な人的資源が消し飛びます!」

うごめき回るブラックウルフ・ネメシスから這いだしたなにものか。

あれは体内にあったものなのか、それとも形態変化したのか。それとも寄生虫か何かなのか。

「此方飛騨少尉。 彼奴を斃します。 許可を!」

「呉美少佐!」

「間に合いません!」

「……分かりました! くれぐれも無理はしないでください!」

広瀬大将が許可をくれた。

よし。やるぞ。

頬を叩く。

グリーンモアがかなり指揮系統の上位にいるシャドウだと言う事は、あたいも知っている。

それが攻撃手段を変えていないということは。そのままブラックウルフ・ネメシスの横倒しになっている体に攻撃し続ければ斃せると言う事だ。

装備を展開。

以前。ブライトイーグルを撃ち倒したビーム兵器……と言って良いのだろうか。

それを更に洗練し、高熱にも耐えられるワイヤーに切り替えたもの。

また、ワイヤー内の構造も更に洗練した。

その結果製造コストが更に跳ね上がったが。その代わり、流せる反陽子を更に増やせるようになり。

結果として、相手に与える熱ダメージを、短時間で加速させることが出切るようになったもの。

ジャスティスビーム改。

蛇行しながら、ブラックウルフに近付く。現在だとちょっと距離があって、まだ射程班以外だ。

ジャスティスビーム改はコストがやばすぎるので、一回分しか搭載されていない。つまり外した場合、格闘戦に移行するしかない。

また熱線を放ってくる音。

即座に蛇行。

熱線、二連射。

そして、時間差でもう一発。

一発目は掠めた。

激しい揺動。何とか耐える。

二発目はかなり外れた。だが、恐らく四国の工事現場に届いている可能性が高い。後方で爆発音が凄まじい。海を掠めたとしたら、水蒸気爆発で派手に生態系にダメージを与えているはずだ。

三発目。

正面を狙って来ている。

かなり無理をさせるが、ウィリー。

また掠める。

シールドが一瞬で爆ぜるが、それでもダメージは減らしてくれたはずだ。それでも超世王セイバージャッジメントが一瞬浮き上がり、体がシートに叩き付けられる。正直冗談じゃない。

畑中中将を批判していた連中は。これよりもっと苛烈な戦いをしていたあの人を馬鹿にしていたのか。

汗がダラダラ出て、目に入りそうである。

エアコンは頑張ってくれているが、それ以上に外の熱がまずすぎるのだ。

そしてグリーンモアがブラックウルフ・ネメシスを殺しきる前に、まだまだ熱線を放ってくるはず。

このままだと、四国の工事現場が壊滅する。

下手をすると、神戸に直撃弾が出る可能性すらある。

モニタを確認。

よし、射程範囲。

だが、即座には発射しない。相手から見て僅かに横薙ぎになるようにして放てるように、機体を走らせながら、最適のタイミングを計る。

熱線で出来た溝を踏んで、機体が揺れるが。必死に踏みとどまると、更に体が破れて中身が出て来ているブラックウルフ・ネメシスに対して。

ジャスティスビーム改を、打ち込んでいた。

ワイヤーが唸り。相手の体に巻き付く。

反物質の対消滅によって生じる超高熱が、見る間にブラックウルフ・ネメシスの体をむしばんでいく。

ワイヤーがもつか。

いや、あれは消耗品だ。巻き付いた以上、後はどうにか反陽子を叩き込み続ければ、それでいい。

引っ張られる。

ブラックウルフからはみ出している中身が、ワイヤーを掴んで引っ張って来ているのだ。ワイヤーの長さに限界がある。だから壊されるわけにはいかない。まだ充分な反陽子を流し込めていないのだ。

ぐっと距離を詰める。

凄まじい熱量で、見る間に超世王セイバージャッジメントのコックピットの熱量が上がっていく。

滝のような汗。

それでもどうにもならない。

サウナより酷い熱さだ。エアコンがなんの役にも立っていない。

これは低温火傷にもなる訳だ。だが、ジャスティスビーム改が効果を示し始める。

ブラックウルフ・ネメシスは抑え込まれているが、体からはみ出している寄生虫みたいなものが暴れ、周囲を何度も薙ぎ払う。

熱線を放とうとするが、その寄生虫みたいなものの動きも鈍くなってきている。

悲鳴。

何度もシミュレーションで聞いた。

シャドウが死ぬとき、中型やネメシスが上げるもの。

実際には悲鳴なのかは分からないが、歯を噛みしめてそれを聞く。

動きが鈍りながらも、寄生虫みたいなのが、一斉に此方を向く。移動しながら、それを四国からも神戸からも外れるように動く。レバーが焼け付くようだ。意識が飛んでいないのが不思議なくらいである。

熱線が、収束していく。

あれが掠りでもしたら、即死確定だ。

だが、それでもあれが四国の工事現場や、ましてや神戸に直撃する事だけは許されない。

確実にこっちを狙って来ている。

だが、ブラックウルフ・ネメシスの体も、融解し始めている。

ばつんと音がして、ワイヤーが外れた。

ジャスティスビーム改が、十分に熱量を伝達し、役割を終えたのだ。使い切りの兵器だからそれでいい。

最後の一撃。

熱線を放とうとしている寄生虫みたいなブラックウルフ・ネメシスの中身に、斬魔剣投擲型を叩き込む。

汗で視界がぼやけているし、何より暑すぎて意識が飛びそうだが。

それでも、必死に操作して、打ち込んだ。

熱線が収束している先端部のわずか下に、斬魔剣が直撃。だが、熱量が凄まじすぎて、一瞬で崩壊したようだ。

だが、それでも僅かにずれる。

上空に向けて。

あれを地面に向けて発射する事は許されない。

だから、これでいい。

熱線が、放たれる。

最後の一撃だったが。一瞬早く放った斬魔剣と、その犠牲が意味を為した。

上空にずれた最後の一撃は、入道雲を消し飛ばし、空中で連鎖的に爆発を起こしながら。大気圏外にまで飛んでいった。

ブラックウルフ・ネメシスが断末魔の悲鳴を上げて、構造崩壊していく。

それと同時に、凄まじい熱が消えていく。

ハッチを開ける。

外の空気が涼しくて、それで生き返る気がしたが。

肺が焼けるような熱さだったのだ。

やっと、どうにかまともに息ができる。

酸欠になると、脳が壊れる事があると聞いている。

必死に超世王セイバージャッジメントから這い出そうとして、ハッチには触るなと言われた事を思い出すが、遅い。

思わず触ってしまい、一瞬で凄まじい熱さに反射的に手を離し。

コックピットに落ちていた。

尻を打った。

もの凄く痛いが、それよりも、外から入り込んでくる涼しい空気がありがたい。ふっと笑ってしまう。

勝ったよ。畑中中将。

そうぼやく。

でも、完璧とはいかないんだね。

呉美少佐にそう言葉に出さずぼやく。

いつも訓練で、完璧な見本を見せてくれる呉美少佐だったら、今みたいな失敗はしないのだろうか。

そうだ、コアシステム。

モニタはかなり動きが怪しくなっているが、どうにか無事なようだ。

良かった。

そうぼやいてしまう。

中型は、既に引き上げ始めている。

ブラックウルフ・ネメシスが抑え込まれていた辺りは、溶岩化して煮立っているようである。

熱の供給源が消えたとは言え、それでも凄まじい熱が放出され続けていたのである。それはまた、仕方が無い事なのだろう。

緊急放熱機構がやっと熱量を押さえ込み初めて、冷房が動き始める。

だけれども、まともに動けなかった。

救急車が来ているようだ。

情けない事に、そのままあたいは気絶していた。

 

ブラックウルフ・ネメシスが崩壊していくのを見やる。

呉美少佐は間に合わなかった。

だが、奴が崩壊していくところ。必死の一撃で、奴の最後の断末魔の熱線が、空に放たれて逸れたこと。

それは確認していた。

救急車が同道している。

危険だから少し後ろからついて来て欲しいといったのだが。いつも畑中中将の件で慣れていると言って、すぐ後ろにつけてきていた。

勇敢ではあるが。

それはそれとして、ちょっと苦笑いしてしまう。

それよりもだ。

超世王セイバージャッジメントに横付けすると、ロボットアームでハッチを固定し。更に冷却装置で、機体を冷やす。

超世王セイバージャッジメントの緊急冷却装置も働いているが、それでも熱を殺し切れていない。

ハッチをどうにか触れる温度にすると、救急隊員が中に入り込んで、気絶している飛騨少尉を引っ張り出した。

畑中中将はガタイが良かったから、引きずり出すのに苦労していたが。

飛騨少尉は体があまり大きくないので、ただしそれでも脱力しているので、それなりに引っ張り出すのは苦労したようだった。

レッカーを手配しながら、状態を確認。

片手間に聞く。

命に別状は無さそうであるが。念の為だ。

「飛騨少尉は」

「意識を失っていますが、酸欠で深刻な影響を受けている様子もなく、全身に低温火傷も受けていません。 ただ打撲傷多数で、更には最後にハッチに触ってしまったのでしょうね。 指先を火傷しています。 また、その時コックピットに落ちた打撲がそれなりに深刻そうです」

ただ骨折までは行っていないようだ。

超世王セイバージャッジメントは、苛烈な熱攻撃を受けて、機体にかなりのダメージが残っている。

だが、初陣でこれだけやれれば充分過ぎる程だ。

嘆息する。

やっぱり癖が強すぎる機体をどうにか使いこなす事。超世王セイバージャッジメントに求められるのはそれで。

それは才能に起因するものではなくて、何かしら別の要因が関係しているのだろう。

呉美少佐にはこれは出来ない。

だからこそに、飛騨少尉みたいな、昔だったら子供に分類されていた人間を乗せなければならない。

それがただ。ひたすら悔しかった。何のために大人として戦場にいるのか。そう、自問自答するばかりだった。

 

4、ネメシスに弱兵なし

 

ブラックウルフ・ネメシスが倒れてから、四国の工事現場にやっと消防隊が到着。火災が発生していたが、どうにか数時間を掛けて鎮火に成功した。

それでも貴重な物資がだいぶ失われてしまった。

被害報告を見ながら、市川は鼻を鳴らす。

嵐山のレポートには、非の打ち所がない。

「元は小型種とは思えない被害だ。 ただし、元々は螺旋穿孔砲が出てくる前は、とても斃せる相手ではなかったが。 やはり感覚がどこかで麻痺していたのだろうな。 ネメシス化した小型種には、今後も警戒しなければならないとよく分かったな」

「これから対策を練りますか」

「そうしよう。 ただ、ここ一年でデータを収拾したが、それでもまだ足りていない事がはっきりした。 予算を回せ。 人員も増員しろ」

「分かりました」

嵐山が行くのを見送ると、市川は舌打ちしていた。

あの天津原がいなくなって、市川が代わりの座について。下剋上も果たして、それは本望だ。

とても気分が良い。

だが、なんだこの不快感は。

GDFが無能の集まりであり。

シャドウが難敵の中の難敵であり。人類史上最悪の人類の敵であることだって分かってはいた。

分かってはいたが、どれだけ対策を練ってもまったく敵の強さの底が見えない。

ナジャルータ博士が、どれだけ楽観的に見てもテクノロジーで十世代は先を行っていると言っていたが。

それについては納得しか出来ない。

本当にこんな奴ら、どうすればいいのか。

それにだ。

デチューンモデルの超世王セイバージャッジメントは、扱いやすくする代わりに、それぞれ一つの専門兵器しか積んでおらず、中型一種にしか対応できない。

小型相手にも出来るだけ仕掛けないようにと達しを入れている今。

超世王はデチューンモデルが幾らか各国に支給されたが。

置物と化しているのが実情だ。

これがあればシャドウを斃せる。

そういう楽観論に走った国が、兵士を乗せてもまともに動かせないとクレームを何件か入れて来ている。

先に極めて専門的な兵器であり。

乗れば誰でもシャドウを斃せる代物では無いとなんども説明したにもかかわらず、だ。

無能な味方と有能な敵。

それを思うと、野心を満たした今が幸せなのか。市川には全く分からなくなってきていた。

連絡。

広瀬大将からだ。

「今回の件で、ネメシス化した小型種に対しては、むしろ近接兵器よりもジャスティスビームの方が有効であることが分かりました。 ただし反物質兵器である以上、量産は難しく、コストも嵩みます。 それに超世王セイバージャッジメントに搭載する場合には、これ以上の小型化は難しく。 ネメシスに対する撃破時間の記録を見る限り、使用者は長時間攻撃に耐えなければならないでしょう」

「……」

「各国にはそれを通達しておいてください。 対ブライトイーグル用に幾つか作っていたジャスティスビーム搭載型のデチューンモデルを、現在対空から対地に切り替えたものを調整中です。 ただし、危険距離まで近付く必要があること、即座に効果を発揮できるものではないこと。 更には、最悪の場合捨て駒として、気を引くための決死隊を出さなければならないこと。 それらもあわせて通達してください」

「好き勝手を言ってくれるな」

市川は吐き捨てていた。

ここでいう好き勝手とは、戦術に関する話ではない。

戦術については市川もその通りだと思う。

広瀬大将は超世王セイバージャッジメントを効果的に利用して、シャドウを討って来た専門家の中の専門家だ。

片腕を失ってもなお、現役で指揮官をし続けている闘将でもある。

だからこそに、その発言には重みがあるし。

理にもかなっている。

市川が広瀬大将の部下だった頃から気にくわなかったが、それでも軍略家としてはいつも舌を巻かされていた。それに嘘は無い。人間的な相性は最悪だし互いに嫌いあってもいるが、それでもこの状況で連携しないほどのアホではないつもりだ。

問題なのは、アホ共をそれで納得させろと暗に言ってきている事である。

社会の上層にいる人間が全てにおいて優れているなんていうのは大嘘だ。実際にGDFの上層に登って見て、それがよく分かった。

これに関しては今も昔も同じだろう。

特に感情を理に優先させる輩が国家の上層に「優秀な人間」とうそぶいて居座っているような状況は非常に危険なのだが。

それを正当化させるために、シャドウ戦役の直前には、優生論まで意図的に流行らせていた節まである。

そして畑中中将が引退してたった一年で。

また主戦派が蠢動しているという話まであるほどなのだ。

人間は五千万まで撃ち減らされてもバカなままだ。

バカは死んでも治らないというのはまあその通りなのだと思う。というか、人間というバカ生物が死んでもその性根が治らないというのが正しいのだろう。これは勿論市川も含む。

だからこそ、腹が立つのだ。

しばらくうろうろデスクを彷徨いて、苛立ちを抑え込む。

それから訓練室に出向いて。サンドバック相手に拳を散々叩き込んで、ストレスを発散した。

市川も参謀を中心にやっていたとは言え、この若さでGDFの上層まで上り詰めたのだ。軍では優秀な成績を上げてきた。格闘戦は当然出来る。

その暴を、サンドバックにしばし叩き込んで。

息が切れるまで暴れた後は、デスクに戻った。

市川はデスクでは基本的に一人だ。

その方が仕事ができるからだ。

そして、後は黙々と、バカ共をどうやって説得するか。一つずつ手を打っていく。

シャドウ戦役の前。

世界は第三次世界大戦が始まる寸前まで行っていた。

いや、実際には第三次大戦が始まっていたという説もある。

そんな状態に世界をした連中が、優秀な訳がない。

それなのに優生論なんて大まじめに信じていた連中が、優秀な筈も無いのだが。

その程度のことも分からない連中をどうにか躾けるために。

多少厳しい事も必要だと市川は考え始めていた。

 

(続)