星が落ちる

 

序、変異種

 

小型種の大型化。それが立て続けに二例観測された。それは決して、新種の中型が発見された、程度の事では済まなかった。

今まで小型は、広瀬ドクトリンに沿って戦力を揃えれば斃せる。

その程度の相手まで、危険度が下がっていたと認識されていたのである。それが変わった。

中型は超世王セイバージャッジメントか、そのデチューンモデルでないと斃せない。小型は広瀬ドクトリンに沿って戦えば、数さえ適切ならどうにかなる。それがクーデター騒ぎを経た結果もありどうにかGDFでは認知されていたのだが。

その基礎的認識を、文字通り揺るがす事態になった。

幸い大型化したクリーナーは倒す事が出来たが。

これにしても下手な中型と同等の戦闘力を有しており。発生のメカニズムが分からない限りは、侮れる相手ではない。

螺旋穿孔砲で武装した手練れの狙撃大隊だったら、相応の数は相手に出来る。

その今までの経験則すら揺らぐ事態。

即時で会議が招集される。

市川がこう言うときは、主導して会議を回してくれるので助かる。しかも、手際も天津原とは別次元に良かった。

「広瀬大将の参謀をしていた私からも意見を述べると、これはドクトリンを根本から変えるレベルの事態だといえます。 今までは螺旋穿孔砲を装備した狙撃大隊を運用する事で、数百程度の小型なら師団規模の戦力であれば無理なく斃せていました。 しかしながらこれがもしもいきなりあのような姿になると……」

「そ、それは一体どう対応すればいいのかね!」

「戦闘のデータは見た! 火力は核兵器並みではないのか!?」

明らかに恐怖で声を上擦らせている何処かの国の代表。

ナジャルータ博士は、何を今更と思った。

そもそも、シャドウが現れる前の時代ですら、戦車砲の一点に関しての徹甲に関する火力は、下手な核兵器を凌いでいたのである。

あの大型化したクリーナーが放った熱量は、キャノンレオンから受けた高熱を放熱した結果生じたものだが。

今まで認識されていなかっただけで、キャノンレオンもまた、とんでもない熱量を自在にコントロールしていたことが分かっただけである。

今までの戦闘で、連隊規模の戦力が瞬時に蒸発させられる事はあったが。それもあの戦闘のデータを分析して分かった。

あれはまだまだ全然火力を絞っていたのだ。

小型にしても、戦車砲を耐えるケースが当たり前のようにあった。実際問題、M44ガーディアンでは力不足で殆ど斃せた例はなく、螺旋穿孔砲が登場してやっと斃せる(理論上は)相手になって来たのである。

それらから考えて。

ナジャルータ博士の結論は一つ。

シャドウを甘く見すぎていた。

相手が少し本気を出す事態に遭遇した。

そして、それを見て無知な者達が驚いている。

小型にしても、どういうプロセスを経てああなったかが問題で。今までもああなっていた可能性はあったということだ。

しばらく恐怖の声がかわされていたが。

意見を求められたので、ナジャルータ博士は立ち上がっていた。

「専門家としては、これでもう一度、シャドウの恐ろしさを再認識する機会ができたのだと思います。 そもそもサンプルを得た事もなく、今までにシャドウが全力を発揮したらどうなるのか試した例すらありません。 シャドウは超世王セイバージャッジメントが登場してから「斃せる相手」にはなりましたが、相手の正体が分からない以上、何かしらの制限が能力に設けられていたという可能性は常に考慮しなければならないでしょう」

「同感」

畑中少将も同意してくれる。

退院したばかりだが、もう数回程度しか戦闘には出られないだろうと言う医師の話だ。

それもあって、今回の会議で建設的な意見が出れば良いのだがとナジャルータ博士は思うばかりである。

「ノワールという存在がアクセスをしてきて、それがどうもシャドウらしいことは分かってきています。 それの発言を分析していますが、シャドウと考えてほぼ間違いはないでしょう。 それで分かってきているのは、シャドウはまだ全然本気など出していないと言うことです。 とにかく今は、シャドウを刺激せず、技術とノウハウを蓄積して行くしかない。 今回も、その一端かと思います」

「し、しかし国民が怯えているんだ!」

「怯えているのは貴方に思えますが」

「……っ」

市川が鋭く指摘する。

まあ、援護射撃をしてくれたのだと思おう。

陰険な男だとは聞いている。

だが、権力を大事に考える存在で、ある程度頭が回るのだったら。この場でナジャルータ博士の足を引っ張る事は無いはずだ。

一度着席する。

市川の方からデータが出され、それを分析した説明が為される。

シャドウの同士討ちという点で、興味を惹いている場面もあったが。

ナジャルータにはあれは同士討ちなんて人間に都合がいい行動だとはとても思えなかった。

キャノンレオンに一切巨大クリーナーは反撃していなかったし。

何なら逃げようとさえしていた。

あれは真社会性生物でいうところの、働けなくなった個体をゴミ捨て場に捨てるようなものだったのかも知れない。

いずれにしても、まだ情報を精査する必要があるだろう。

また解説が求められる。

それで、話をする。

「戦闘の経過を見る限り、小型と同じ戦術は通用しないと判断して良いかと思います。 中型以上の相手と同じように、熱量攻撃で仕留めるしかないでしょう。 それも超高熱を長時間当てる事しか倒す手段がありません」

そして問題なのは。

明らかにシャドウがそれを知っていたと言う事だ。

シャドウの弱点は熱だ。

これに関しては、新種であるアトミックピルバグもそうであったことから、ほぼ間違いないだろう。

何故熱で倒せるのかはまだ正直分かっていない。

仮説は存在はしているが、あくまで仮説の領域を超えていない。

逆に言うと。

下手をすると今後、シャドウが熱攻撃に対策してくる可能性すらあるということである。

結論からいうと、今の時点で人類はシャドウの行動で命拾いしたに過ぎず。そして今は何らかの習性……或いは最高に楽観的に考えて内輪もめとして。それに巻き込まれて、右往左往しているだけ。

超世王セイバージャッジメントが登場して、シャドウが絶対的な死の存在ではなくなってなおそうなのだ。

それを丁寧に指摘していく。

各国代表の血の気が引いていくのが分かる。

今更である。

畑中少将も。畑中博士も。

広瀬大将も。

今までシャドウに勝つのは無理だろうと言っていた、専門家全員が、別に驚いてはいなかった。

「何度も言いますが、というわけで今は技術の開発、国政の充実、それに準備の時です。 幸い歴史上の様々な略奪者、征服者と違って、シャドウは邪魔なものを駆逐した後は、我々が何をしようが興味を持っていないようです。 今の時点では、シャドウを下手に刺激しない事が最優先になります。 ただそれでも、いざという時は身を守るべく、準備をします。 シャドウを分析するのも続けてください。 予算に関しては増額しておきましょう」

「ありがとうございます」

「各国では、出来るだけ急いでイエローサーペントを刺激しない船舶の開発を急いでください。 我が国でも小型の輸送ホバーを実用のラインにまで乗せましたが、これも輸送量はタンカーなどと比べるまでもないほどにちいさなものですし、航続距離にも限界があります。 これを大型化し、海運で各国をつなぐと同時に、完全に孤立している島などで生き残りを探し、生き残りを発見した場合はどうするべきか考えましょう」

市川がまとめてくれる。

それで一旦会議を打ち切る。

疲弊を理由に、嵐山が提案。

それを市川が飲んだからである。

とりあえず、テレビ会議の場面から離れる。ナジャルータ博士は、あまりおいしくはないココアを飲むと。

思考を巡らせる。

ノワールによると、あの小型種の暴走は今に始まった出来事では無い、ということだった。

人間が観測出来なくなった地域は多い。

中東はあらかたそうだし、中央アジアも今はどうなっているかまったく分からない。人工衛星が根こそぎ撃ちおとされた今の時代、人間は地球平面説を真面目に信じていた時代くらいに、自分のいる星の状態が分からなくなっている。

幸いシャドウが現れる前に湧いていたいわゆるフラットアーサー、地球平面説信者のような阿呆はいても、テロ活動とかカルト教団として行動しているものはあまりいないのが救いだが。

それもこうシャドウに抑え込まれた状況が続くと、どうなるかは分からない。

京都工場からは少しずつ出られるようになったが、今でも護衛が必要である。

例の憲兵師団が発足してからは、その人員がナジャルータ博士の護衛にあたるようになり。

非常に統率されているので、ちょっと緊張はするが、それでも安心は出来るようにはなった。

というわけで、京都工場から出て気分転換をする。

沃野が拡がっている。

この辺りは危険地域認定されていて、少なくとも一般人は来ない。以前クーデター騒ぎの時に暴徒が来たが、それも鎮圧後は基本的に一般人は姿を見せない。伸びをしていると、連絡が入る。

休んでいるのにな。

そう思って連絡してきた相手を見ると。

ノワールとあった。

思わず驚く。

即座に端末を操作して、三池氏に連絡。

向こうでも、即座に対応すると返してきていた。

「畑中姉妹と連携しているのは君だね。 半陰陽のナジャルータ博士」

「私の性別はどうでもいい。 貴方には聞きたいことが山ほどある」

「答えられないことも多いよ」

「一応畑中少将とのやりとりは把握している」

ナジャルータも研究者だ。

すぐに確認するが、どうやらノワールで間違いないらしい。

あれからノワールを名乗って悪戯をしたハッカー気取りが二〜三人出たらしいのだが、いずれもお粗末な腕で、すぐに捕まったと言う事は聞いている。

ならば、話を聞く意味はある。

「あの巨大化する小型種はなんだ」

「あれは寿命を迎えた個体だよ」

「シャドウにも寿命が」

「正確には、君達がいう生物的な寿命とは違うけれどね」

だとするとなんだ。

生きている限り巨大化する生物は実際にいる。

ある種のロブスターや、一部のワニなどがそうだ。ただこれらにも限界があり、そもそもとして病気などを克服できる訳でも無いし、天敵にも見つかりやすくなる。強力な免疫を持つ事で知られるワニだが、そのワニだってどんな病気でも克服できる訳ではないのだ。

シャドウが寿命を迎えるというのは、どういうことか。

そもそもである。

今まで多数の小型種が確認されているが、それらの中で彼処まで巨大化したものは目撃されていない。

多少の個体差はあるが、それもあくまで個体差レベル。

シャドウがどうやって生まれてくるか分からなかったのと同じで。

そもそも子供の個体がいるのか。老齢個体がいるのか、それすらも分かっていなかったのである。

子供はともかくとして。

ノワールの発言が本当だとすると、老齢個体はいる事になる。

そしてノワールの発言から分かる。

これは別に人間に知られても問題ないと考えていると言う事だ。

「中型にも寿命が?」

「中型? ああ、君達はそう分類しているのだったね。 ふーむ、正確にはその分類は正しくは無いのだけれども。 まあ簡単に言うと、君達が中型と認識している私達に、寿命はないよ」

「!」

「寿命を迎えた私達は、基本的に色々と外れるのでね。 それもあって、処分は私達でしているのさ。 ただ……」

人間の反撃が行われた事もある。

それもあって、寿命を迎える個体が増えている。

そういう事を、さらりとノワールは言う。

相手にしてみれば大した事では無いだろう。例えば九州で観測された例で見ると、ブラックウルフの巨大化個体は、あっさり中型に制圧され、爆散していた。

更に中型に逆らうそぶりも見せていなかった。

「外れるとはなんだ」

「うーん、答えても良いけれど、どうしようかなあ」

「交渉か」

「ふふ、ただしするのは君とだ」

なるほど、GDFを介さないと言う訳か。

すぐに京都工場に歩いて戻り、キーボードを叩いている三池氏と頷きあう。畑中博士は、話の内容を分析しているようだった。

「何をすればいい」

「君は調べた限り、私達の真実にそれなりに近付いていると言える。 私達はそれ自体に敬意を評するが、君は恐らく其方では暮らしづらいだろう? スパイ呼ばわりされて、襲撃までされかけたではないか」

「確かにそういう事もあった」

「ならばいっそ此方にきても良いだろう。 此方に来たら、色々と教えてあげるがね」

思わず黙り込む。

分かっている。

そういう提案をしてきてもおかしくは無いということは。

何より研究者として、そもそもシャドウについて知りたいと言う知識欲もある。

だからこそ、すぐには答えられない。

無言でいると、相手がメールを送ってくる。

「悩んでいるのであれば、背中を押してあげようか。 此方に来るのであれば、身の安全は保証する。 なんならその半陰陽を治療をしてあげよう。 人間のサンプルは幾らでもある。 それくらいは容易だ」

「サンプルだって?」

「此方で採取したものではないがね」

それもまた妙な話である。

やっぱりシャドウは、どこから来た。

他の星ではないだろう。

それに、これは。このやりとりはあまりにも不可解だ。

一体何に従っているんだ。シャドウを従えている存在は多分地球そのものではない。恐らく未来や平行世界の人間でもない。

一体何者なのか。

「悪いが、その提案は断る」

「ほう。 悪くはしないのに? 今後一生の安泰と、なんなら不老不死だって約束してあげるが?」

「そんなものはいらない」

「そうか。 不老不死を欲しがる人間と、拒否反応を示す人間がいるのは知っている。 ただ、老齢になると誰もが死にたくないと考えるのも分かっている。 早く死にたいと思う個体もいるようだが、それは恵まれない人生を送ったケースだ。 豊かな生活をしてきた人間は、満足した人生を口にしながら、だいたいまだ生きたいと考えるものなのだがね」

やはりノワールは、人間について知り尽くしている。

まったくもってその通りだ。

文学などでは不老不死が如何に辛いかを描写する人間だが。実際の金持ちは、不老不死を本当に欲しがっている。

今までそれを実現したものは誰もいないが。

逆に不老不死が実現できるなら、どんなことでも平気でする輩はそれこそ幾らでもいるだろう。

幸い、今の時代は、1%の人間が99%の富を独占しているなんて時代ではなくなっているが。

それでも、不老不死を欲しがるもの。

それに、もうじき死ぬ事が分かって、もう少し生きたいと思う者はいるだろう。

実の所、ナジャルータ博士はそれほど長生き出来ないことが分かっている。

半陰陽というあまり正常では無い体の状態もある。

ただ、それでも。

人間を売ろうと言う気にはなれない。

人間なんか大嫌いな要素も多いのだが。それはそれ、これはこれである。

「人間については私もデータがある。 希に誇り高いものもいる。 ただ、そう見せて、実際には何かしら別の理由があってそう答えているものもいる。 貴方がどうなのか少しだけ興味はあるが、いずれにしてもこれ以上の会話は無意味なようだ。 ともかく、変異を始めた私達がいたら近寄らないように。 被害が出るとしても、それは私達を攻撃して、守りを厚くさせた貴方たちの責任だ」

それでメールは途切れた。

ナジャルータ博士は嘆息。

とにかくやりとりについてのデータを公開。

何一つ恥じる事はない。

それで、すぐに聴取のために連行されることになった。

別に高圧的に連行された訳では無いが、極めて機械的な扱いである。無言でそれに従う。

広瀬大将が便宜を図ろうとしてくれたようだが、多分逆効果になるので、ナジャルータ博士の方からやんわりと断った。

広瀬大将を、市川代表が嫌っているのは、一目で分かる。

それが介入してきたら、市川代表は恐らく態度を硬化させる。硬化させないかも知れないが、少なくとも良い方向に事態が動くことは無い。

それだけで介入を防ぐのには大いに意味がある。

軍刑務所ではなくて、第五師団が使っている聴取の施設に連れて行かれた。

拷問などはやらないらしい。

もしも情報を聞き出す場合は、催眠にかけてしまうそうだ。

自白剤の類は基本的に使わないそうだが、これは体に対する負担が大きいからで、使った人間は下手をすると廃人になる。

拷問は更に悪手で。

あれは基本的に、「言わせたいことを言わせるための技術」であって、実際の情報なんて引き出せない。

恐怖に屈する相手には有効かも知れないが。

そうでない相手には、ただ相手を壊して殺すだけだ。

魔女狩りなどでは有効だったのかも知れないが。今の時代では、相手を自白させて殺すための行動以外に拷問なんて意味は無い。

聴取に出て来たのは。

第五師団の女師団長だ。

広瀬大将と違って、公式の部隊にはいない特務の人間。

市川の懐刀だが。

無機的で、まるで出来の悪いAIと話しているようである。

「貴方はとても誇り高いようだ。 ただ、貴方がシャドウから勧誘された理由に何かしら心当たりは」

「ありませんね。 私は長生きも出来ないし、それは仕方が無いとも思っています。 それは死が間近に見えたら怖くなるかも知れませんが、それでもシャドウにすがってまで生きようとは思いません」

「口ではなんとでも言えますが」

「嘘をつく意味がありません。 今まで対シャドウ相手にどれだけ骨を折ってきたか知らない訳ではないでしょう」

ふむと、女師団長は鼻を鳴らした。

それから幾つか聴取されたが、乱暴は最後までされず。二日ほどで解放された。

ちなみにその間の食事は凄まじいまでにまずく。それが一番の苦痛だったかも知れない。

 

1、代替の選別

 

にわかに忙しくなってきた。

菜々美はシミュレーションマシンを出ると、すぐに出かける。そして、軍基地で、面接をする。

超世王のシミュレーションマシンは、デチューンモデルがある程度数が揃っていることもある。

それを使える兵士もいるので。

優秀な実績を上げている兵士には開放されていて。

その中で、シミュレーションで優れた戦果を出している兵士が、順番にこうやって呼ばれているのだ。

皆、意識が高いというか。

それなりに実績を上げ。実戦を積んでいる兵士達だ。

菜々美から見ても、出来る兵士が多い。

だが、それが超世王を使えるかは、話が全く別になってくる。

そう思うと、複雑な気分である。

五人ほど軽く面接をするが、現役の兵士ではダメだと思う。呉美少佐にはサブパイロットとして正式に就任して貰ったが。

当の呉美少佐に、一度超世王の現バージョンに乗って貰い。

操作がやばすぎてとても扱えないと言われている。

姉もどうにか操作難易度を下げようと四苦八苦しているが。菜々美ですらいつも苦労しながら動かしているのだ。

エース級の実力を持つ呉美少佐でそうなのだとすると。

はっきりいって、むしろ兵士として力量があること自体が、色々と足を引っ張るのかも知れない。

ともかく、代替の人員を探さなければならない。

なんとかまだ戦える。

それは分かっている。

だが、いつそれが終わるか分からない。

だから、菜々美は後継にバトンを渡す。

姉も、それに関しては同じだ。何人か研究チームが加わったが、今の時点では下働き同然だそうである。

姉の凄まじい仕事ぶりにとてもついてこられないらしい。

それについては、正直同情するしか無かった。

あれについてこられる人間がいたら、それこそ超世王のライバル機でも作っていたのだろうから。

ともかく代替のパイロットが見つからない中、時間だけ過ぎていく。

その間に、小型種が大型化する事件はおきず。

中型がこれまで確保した土地に踏み込んでくることもなく。

今の時点では。

「平和」が続いていた。

あくまで檻の中の平和にすぎないが、それでも誰も死なない。

ただし、相手の機嫌次第で、この平和は一瞬で砕け散るのも確かである。だからこそ、準備を進めなければならないのだが。

ともかく、基地から戻る。

連絡が入った。

呉美少佐からだった。

「畑中少将、どうでしょうか。 此方でも経歴を見ながら人員をピックアップしているのですが」

「ダメですね。 中々……」

「実際に最新鋭機を操作してみて分かりましたが、あれは人が操作できるものではありませんよ。 才能によるものというよりも、何かしらの特化した技術が必須に思えます」

「それで正しいと思いますね」

菜々美も同意見だ。

姉が作ったということもあるが。何かしらあれを菜々美が操作できるのには別の理由がある。それが故に、「天才だから」で動かせるものではないと思うのだ。恐らく血縁も関係無い。

菜々美は勿論天才ではなく、兵士としては精々並みよりちょっと上程度の実力しかない。戦場での判断力とかはそれなりにあるのかも知れないが。それでも天才などでは絶対にない。

姉は間違いなく天才だが。

それと菜々美は別だ。

そもそもとして、超世王を扱いづらいと言う声は、デチューンモデルのパイロットからすら上がって来ていた。

装備を一つだけしか搭載していないデチューンモデルですらそうなのだ。

それは、呉美少佐が扱えないと嘆くわけである。

菜々美もそれには、同情するしかない。

「これから子供にまでパイロット候補探索の手を伸ばす予定です。 ただ、もしもパイロット候補が見つかったとしても、今の状態では……」

「そうですね。 恐らくですが、短時間で引退まで追い込まれると思います」

今よりも少し古い時代。

スポーツを行う人間が、そのように消耗されていた時代があったそうだ。

本来娯楽であるスポーツを、プロリーグだからと言う理由で苦行にした挙げ句。人間の才能を絞り尽くして、それで使えなくなったら捨てる。過剰な競争に晒した挙げ句、脱落したものも容赦なく捨てる。捨てられた人間は、まともな教育も受けていない状態で社会に放り出された。

スポーツだけではなく、将棋や囲碁などの知的競技でも似たような事はやっていたようだが。

そんな本末転倒な事をして、脱落者は人生を台無しにされるような事態を作り。それを「厳しい世界だから」とかいう理由で正当化する。

そのようなばかげた事をしていたらしい。

それを再現するのは、あまり褒められた事ではない。

ただ、これは文字通りの戦争だ。

もしもシャドウが街に入るほど攻めこんできた場合は、それはもう街が終わる事を意味する。

そしてあの大型化する小型シャドウ。

ナジャルータ博士とノワールの会話から分析した結論によると、「寿命を終えた個体」らしいのだが。

それでいながら中型は寿命がないというし。

今までも巨大化した小型は普通に発生していたのをシャドウが自分で片付けていたらしいことや。

何よりも「人間側の反撃が原因」らしい事もある。

今後は、また発生する可能性があり。

特に日本で分厚く守りを固めているシャドウが相手になると、その可能性は跳ね上がってくるだろう。

それに現時点で、シャドウと対等な講和などあり得ない。

力の差がありすぎるからだ。

シャドウを刺激しないようにするしかない。

幸いシャドウは此方に興味を示していない。

暴走する小型をどうにか対処するだけだったら。新米のパイロットを準備しても、不幸な運命を辿らないかも知れない。

だが、それは希望的観測だ。

菜々美もそれは分かっていた。だから、非常に気は重い。

「姉の方にも頑張って貰うとして、ともかく人員を探さなければなりませんね。 僅かな時間をつなぐための人柱としての」

「……そうなるんでしょうね」

「デチューンモデルについてはどうですか」

「今の時点では、特に問題は感じていません。 ただ、小官に支給されているような小型多数相手の接近戦を想定したモデルだと、操作難易度は極めて難しい。 戦闘機などより更に上かと思います」

軍におけるトップエースの言葉だ。

信じて良いのだろう。

実は菜々美も何回かデチューンモデルをシミュレーションではなく、実機を触った事がある。

かなり簡単に動かせるなと思ったのだが。

やはりこれは、才能に依存するものなのだろう。

その才能が具体的にどういうものか分からないのが、本当に困りものなのだが。

軽く礼をかわして、やりとりを終える。

宿舎に戻る。

幾つかの短めのメールが来ていたが、いずれも市川からの転送メールだ。各国の代表の馬鹿馬鹿しい寝言も中にはあった。

今は翻訳用のAIが完成しているので、すぐに内容はわかる。

クローンであれば菜々美の技量は再現できる筈だという理由から、例の菜々美のクローンと超世王をパッケージ化して売れという要望を矢の催促でしてきているメール。それも実際に複数国が。

色々と突っ込みどころが多いが。

本当にろくでもないなとしかいいようがない。

幸いクーデター祭で、近代兵器でシャドウに勝てると思い込んでいるバカは全部一掃されたが。

それももっとマシな手段で出来なかったのかと、今でも嘆いてしまう菜々美はどうしても非情になりきれないのだろうか。

ともかくメールを流し見した後。

風呂に入って、それから寝る。

風呂も難儀になって来た。

汗腺が死んでいる皮膚が増えている事もある。

それもあって、風呂に入ると熱が篭もるし。その熱も、簡単に解消されないのだ。熱いシャワーを長時間浴びたりしたら、のぼせてひっくり返りかねない。今では温い湯と温いシャワーしか許されていない。

それに、体に急激にガタが来ているのも分かる。

彼方此方筋力が明確に衰えているのだ。

この間の巨大クリーナー戦が、やはり限界点だったのだと思う。

まだ戦えるとは思うが。

恐らくだが、今までのようにはもうやれないと思う。

思考を読み取ってそのまま動くロボットとか。そういうスーパーロボットがあれば話は別かも知れないが。

そんなものは姉でもまだ造れていない。

技術が残念ながら違い過ぎるのだ。

早く、後続にバトンを渡さないと。

残りの時間が、どんどんすり減っている。それが分かるから、菜々美はいつのまにか。安眠は出来なくなっていた。

不老不死をナジャルータ博士はノワールに打診されたという。

菜々美もそんなものは欲しいとは思わないが。

せめて、後続にバトンを渡す時間は欲しい。

それだけは、思っていた。

 

一月ほど、超世王のシミュレーションをこなす。

今まで造った装備のブラッシュアップ。操作難易度の漸減。それらが主体だった。姉は新兵器の構想はあるらしいのだが。

今はそれどころではないと判断しているらしい。

まあそうだろう。

今の時点でやるべき事は、アトミックピルバグみたいな塩試合の権化をぽんと出してくるシャドウに無理をして対抗する事じゃない。

今までで実績を上げている装備を更にブラッシュアップし。

それで更に簡単に使えるようにすることだ。

実は、それともう一つ要望を受けているらしい。

ずばりコストダウンである。

現状の超世王は、戦車だと十数両分のコストが製作に掛かっている。

通常の戦車なんて十数両ところか千両いても中型を倒せない事を考えると、極めてローコストだとも言えるが。

それでも、当面はまっとうな輸送船を運用できない。

特に今は、海にイエローサーペントがかなり増えている事もある。海を征くのは命がけを通り越して自殺行為だ。

それもあって、ホバー輸送船の開発が進んでおり。

その普及が終わるまでは。

出来るだけ低コストを頼みたいのだそうだ。

また、各地の鉱山などだが。

汚染物質を垂れ流しながら掘っていた事を改める計画も進んでいるそうだ。

これは自然保護の観点とかではない。

そのままやるとシャドウがまた来る可能性が高いからだ。それこそ、命の危険があるからである。

昔は命知らずの何々とかいうような言葉で、無謀だったり粗暴だったりする輩を美化する傾向があったらしいが。

それもシャドウが相手となると話が別だ。

歴史上最強の人間でも、シャドウにはとてもではないが勝てっこないのを考えると。今は刺激しないのが最優先策。

そのため、資源採取には慎重になっており。

それもあって、当面は超世王作成の物資も。矢玉が尽きているのを必死に補給している事もあって。

抑えたいというのが、GDFの方針であるらしかった。

ともかく菜々美としては関係がない。

シミュレーションをこなして、黙々と過ごす。

軍の内部には後継者になれそうな人間はいないな。そう見切りをつけたのは、昨日の事である。

海外の兵士についてもリストアップはしてもらったのだが。

それも難しいだろうと思う。

或いはだが。

幼い頃から、姉みたいなのと接しているような子で無いと、操作はできない代物なのかも知れない。

菜々美はこの操作するための技術は、後天的に身についたと判断しているのだが。

だとすると。

非常にパイロットの育成は難しいだろうと思う。

ましてや大人になってから、パイロットの才能が開花するのは、非常に厳しいだろうという認識もある。

シミュレーションマシンから出る。

アラームの時間間隔を、前より縮めている。

医師に言われているのだ。

シミュレーションですら、出来れば控えて欲しいと。

流石にそこまでは譲歩できない。

だから、訓練時間を縮めることで妥協した。

三池さんが、茶を淹れてくれたので、有り難くいただく。黙々と茶を啜っていると、姉が誰かつれて来ていた。

十二〜三歳くらいか。

ぽやっとした子だ。

見た目とろそうな子だが、そういう子が頭が悪いかというと話が別である。ぶかぶかの白衣を着込んでいる様子は、かなり見ていて不安になってくるが。

三池さんが話をしてくれる。

「あの子ちょっと変わっているんですが、能力は折り紙付きですよ。 昔で言うなら、超一流の大学を飛び級で合格するレベルです。 ですけれどあの雰囲気ですから、催眠教育が発達するまでの時代では、スポイルされてしまっていたでしょうね」

「ふうん……」

なんでも、姉が提示する理論を、文字通り真綿が水を吸い込むの要領で取り込んでいっているという。

キーボードでの作業は苦手らしく、AIに音声分析させて作業をしているらしいのだが。今の時点で、姉に勝るとも劣らない速度での状況把握力、改善力を見せているらしい。

ちなみに遺伝子上の親は、別に天才でもなんでもないそうだ。

親のIQは遺伝する。

そういう説が昔は主流だった。

だが、ビッグデータからの最適教育をどの子供にも出来るようになった今、それは過去の説となっている。

遺伝しやすいのは強いて言うならば握力くらいだそうである。

「姉のクローンがことごとくダメらしいのに、色々と世の中は不可解ですね」

「とりあえず、畑中博士が二人に増えると考えて良いですね。 後あの子、もう十八ですよ」

「え……」

「今の時代にも発育が悪い子はいますから。 ナジャルータ博士もそうですが」

ま、まあそんなものか。

ナジャルータ博士の場合は色々と体に問題もあるし、仕方が無いと思うが。あのぽやっとした子は、自己表現も下手そうだし。下手をすると昔だったら精神病院に送られて人生を台無しにしていただろう。

名前を聞くと、亜純麟というそうだ。

まあ、覚えておこう。

姉は後継者を一人見つけたか。ただ、姉の仕事量を考えると、もう一人くらいはほしいと言うだろうが。

軽く三池さんから聞いている。

菜々美ほどではないが、やっぱり姉も体に相当に無理が出て来ているらしい。

まあ電池が切れるまで働いて、それで三池さんに世話されているくらいだ。それも頷ける。

それを聞くと三池さんも心配になるが。

三池さんは頭脳を酷使するような仕事は姉ほど酷くやっていないらしく、まだまだ余裕はあるのだとか。

そういう意味では、いつも訳が分からない言動で周囲を困惑させる姉の負担は誰にも理解されづらいし。

逆に理解しやすい範疇にいる三池さんは、其処まで負担が大きくないという皮肉な話でもあるのだろう。

ともかく、みためはどうでもいい。

後継者が出て来たというのなら、それは良い事だ。

姉が生き生きと作業をしている横で、亜純という子は淡々と画面を見ていて。時々AI操作のコンソールに喋り掛けて。もたもたと手も動かしている。それでいながら、極めて高速かつ高効率で学習と改善を進めているようだ。

あの子が学者としてトップに立つ頃には。

シャドウの生態を解き明かし。

どうにか適切な距離を取って、講和に持ち込めるようならそうしたいものだが。

ただ、姉は菜々美ほど負担を受けていない。

だとすれば、もう一人二人姉と同等に活躍出来る者が出てくれば。或いは、もう少し。シャドウと良い条件で距離を取るまでに、力の差を縮められるかも知れない。

今シャドウに勝っても何ら意味がない。

仮にシャドウを絶滅させることが出来たとしても、地球は水没するだけだ。

シャドウはあらゆる手を先を読むように打って来ている。

此方には摂理をひっくり返すスーパーヒーローもいないし。

物理を無視して走り回り飛び回る巨大な人型ロボットだっていない。

いるとしても、それはずっと先の未来に登場する存在だろう。

だから、せめて。

その未来まで、命をつながなければならないのだ。

休憩するように言われたので、頷いて仮眠室にいく。

医師からの話は三池さんにも行っている。

菜々美に無理をさせないようにと、散々釘を刺されているらしい。菜々美としても、それでいい。

無理をしなければならないのは事実だが。

それは実戦でするべきで。

こんなところでするべきではないのだから。

しばし休憩を入れてから、またシミュレーションマシンに入る。自分が衰えたとは思わないが。

ただ、継戦力はさがっている気がする。

集中力など、頭に関係するものは平気だ。

ただ、体の方がどうにも以前のように動かないように思うのである。これはきっと気のせいではないだろう。

今、M44ガーディアンでブラックウルフとやりあったら、確定で殺されるだろうな。そう思う。

螺旋穿孔砲だったら勝てると思うが。

それでもいつまで勝てるが続くか。

それも分からない。

姉は少しずつ、誰でも使えるマシンに調整を試みているようだが。それでも難易度は非常に厳しいようだ。

菜々美が動かして見て、比較的楽になったと思う装備を使わせて見るが。やはりエース級の兵士でも音を上げる。

皆レンジャー訓練などを受けてきている精鋭だ。

それでも使えないのだから、本当に癖が強すぎるのである。

黙々と菜々美は調整につきあう。

そして、次の世代の人間を探す。

毎日数人の様子を見る。面接をしたりはいちいちしない。データなどを寄越されるので、それに目を通していく感じだ。

どうにも、姉の作る変態兵器と相性が良い若い人間というのは見つかりづらい。

それはよく分かった。

今日は四人様子を見たが、ダメだ。

超世王に乗せて戦場に出したら死ぬ。デチューンモデルだったらともかく、今最前衛で戦わせている超世王に乗せたら、確定で二階級特進する。

それが分かるから、許可は出せなかった。

百人を超える後継候補を見た。

市川が時々ちくちくと文句を言ってくる。

分かっている。

だが、贅沢は言っていない。

出来ない事をさせる訳にはいかない。

完成品は最初から求めていない。というか、菜々美と同じ事を誰も出来ないのに、出来る人間が都合良く見つかる筈が無い。

姉が最初に適性検査で出してきたあのゲーム。

あの癖が異常に強い訳が分からない代物を少なくとも突破出来るくらいでないと見込みがないし。

見込みがないものを超世王みたいな変態兵器を積んだチューンアップ機に乗せるわけにはいかないのだ。

それは市川に何度も説明した。

だから市川もそれは理解してくれてはいるが、やはり性格の悪さは何処かで出るのだろう。

この人はダメと決断を下すと。

基本的に嫌みが飛んでくる。

まあ、それでも無理を言ってこないのだからましではある。市川が無能ではないのは確かだった。

とにかく菜々美も根気よく後継候補を探していくしかない。

姉の作る兵器の独特の癖は多分消えない。

消しきった場合、シャドウに通じるものではなくなると思う。

そもそも凄まじいテクノロジーの差を、無理矢理に埋めているのである。無理矢理の部分に癖が出ていて。

それを消すのは多分無理だ。

超世王を無理なく動かしてシャドウを斃せるようになるには、姉くらいの技術者が総出で開発を続けて、多分十世代……200年とか掛かるだろう。

シャドウと完全に対等に渡り合えるようになる頃には、多分シャドウとの和平も現実的になる筈。

その時を見据えて。

菜々美だって、やっていかなければならないのだ。

それにしても少し疲れるか。

伸びをして、また次の人のデータを見る。

これはまた随分小さい子を見つけて来たな。資料を確認すると十四とある。ただ、最初に紹介された八歳の自身のクローンよりはマシか。

随分と活発そうな女の子だ。

ただ十四というには発育が悪いというか。

男子より女子にもてそうな容姿をしている。

まあ、それはいい。

菜々美もそれは似たようなものだ。

データを確認させて貰う。

なるほど、これは。

ちょっと実際に会ってみて、シミュレーションを触らせてみても良いかも知れない。百人以上をあたって、初めて見込みがありそうな人間が出て来たのだ。これは喜ぶべきなのだろう。

勿論いきなり菜々美と同じ活躍が出来るとは思っていない。

だが、それでも。

希望が生じたかも知れないと思うと、どうしても嬉しくなってしまうのは、仕方が無い事だった。

 

2、雪中赤華

 

現在だと、十四歳だと仕事をしていることは普通にある。今回面接に呼んだ子は、そういう既に仕事をしている子だった。

パワードスーツなどの支援もあって、背丈などが足りていなくても大人と同じように仕事はできるのだ。

車などは既にAI操作で動くようになっていて、交通事故は過去の出来事になった。ただこれは、都市圏が狭くなった事で、全て容易に管理できるようになったことも大きいとは言われている。

昔はAI制御の自動車は色々と課題が多かったのだが。

今では子供がドライバーをしている事もある。

そういう仕事をしているのが、今回の子だ。

少年みたいな見た目だが、髪の毛だけはそれなりに伸ばしている。良く焼けた肌と、低めの背。

スニーカーとか履いて、見かけよりも動きやすさを最重視した格好。

服なんかは多分家事ロボットに全部任せてしまっているのだろう。菜々美も野性的といわれる容姿だが。

これは昔だったら、猿とか言われていたかも知れないなと思う。

いずれにしてもちょっと野性的すぎて、周りの同年代の女子の会話には混ざれなかっただろうし。

学校で能力を開花させることも出来なかっただろう。

軽く京都工場で挨拶を交わす。

「畑中菜々美少将です。 よろしく」

「うっす。 飛騨咲楽(ひださくら)です。 英雄畑中少将に敢えてこーえいです。 敬礼はすみません、この角度で大丈夫すか」

「問題ないですよ」

「良かった。 なってないっていきなり殴られるかと思いました。 昔の軍隊とかだと厳しかったって聞いていましたんで」

しゃべり方もちょっと男子っぽいな。

八重歯が牙っぽいので、余計にそういった印象を持たせるのかも知れない。

まずは軽く運動神経を見せてもらう。

京都基地には訓練場もついている。

主に菜々美がつかっているのだが、此処にデチューンモデルの訓練に来る呉美少佐なども使っているのを見る。

他の兵士達の要望を聞いて、三池さんが一通り揃えてくれたのだ。

それらで見るが、運動神経は図抜けている。

軍事訓練で鍛えた今の菜々美程じゃないが、同じ年の頃の菜々美とならば大差ないかも知れない。

俗説で、瞬発力が求められるゲームが上手い人間は運動神経が優れているというものがあるが。

実際には脳の性能の問題で、必ずしもそうではない。

菜々美なんて格闘ゲームで姉に勝ったことが一度もない。

ただ、姉が超世王を動かせるかというとそうではないので、色々と難しいのだこういうのは。

まあ、運動神経がいいのは良い事だ。

超世王にもし乗る事になったら、最悪至近距離でシャドウと顔をあわせて、一瞬の差で螺旋穿孔砲で撃ち抜かなければならないのだから。

軽くスポーツで対戦をして見るが、最初としては充分である。

まるで勝ち目が無くて悔しいという顔をしているが。最初なのだから当たり前だ。いきなり完成形の人材なんていない。そんなものがいるとしたらバカの妄想の中くらいにだろう。

「うわ、全然勝ち目がないや」

「いや、最初としては充分過ぎるくらいですよ。 次はこっちをやってみてください」

「ういっす」

そのままシミュレーションマシンに乗せて見る。

菜々美の様子を見て、姉も興味を持ったようだ。様子を見ている。

咲楽という子は、問題なく……とまではいかないが。それでも飲み込みが早い。

いきなりは勝てない。

それでも、一般の兵士達が無理だと音を上げる超世王の操作を、比較的短時間で飲み込んでいく。

ただし、である。

菜々美と同じ水準……現在の戦闘技能と言う意味ではなく。

菜々美と同じように、姉の作る変態兵器に対しての適応力を獲得するには、多分一年くらいは時間が掛かるとみていい。

若い頃の一年を使う事になる。

責任は重いと言える。

「今日はもう大丈夫ですよ。 戻ってください。 後、手当てはきちんと支給するようにします」

「その、ダメでしたか」

「……後で知らせます」

機密もあるので、説明は後だ。

とにかく、皆を集めて話をする。

姉は中々に見込みがあると、菜々美と同じ意見のようだった。まあこの辺りは、ずっと超世王を作っていただけはあるし。

そもそもとして、菜々美の四苦八苦する様子をずっと見ていたのだ。

操作難易度がどれだけ高いか。

これが才能に依存するものではなく相性か何かに依存する別のものであること。

それらについては、誰よりも姉が一番知っている筈だ。

姉も頭がいいので、一般人向けにデチューンモデルは組めるようにはしているのだけれども。

やはりまだ交戦記録がないシャドウ相手の戦闘だと、どうしても尖った性能の新兵器などでやりあうしかない。

尖った性能の新兵器は、菜々美ですら一月とか訓練をして。

それでやっと使えるようになる。

それくらいしないとテクノロジーの差を超えてジャイアントキリングに持ち込めないのである。

更に言えば。

悠長に技術を進歩させている間。

何かの理由でシャドウが殺しに来ないとは言い切れないのだ。

だから備えなければならない。

隣人として存在しているシャドウは。

その気になれば、いつでも人類を滅ぼせる。

その状態に代わりは無いのだから。

ただ。

三池さんが、難色を示す。

「畑中博士と畑中少将の発言には私も同意します。 ただ、ちょっと一つ問題があるんです」

「どういうことですか?」

「冷静に聞いてください。 それと私も、あの子が確かに畑中少将と同じくらい無茶な兵器を操作するのに馴染む才能がありそうだとは思いました。 ただ、あの子がずっと後回しにされていて、今になって話が来たのには理由があります」

「……聞かせてください」

頷くと、三池さんは言う。

犯罪者の子だと。

咲楽というあの子、元々シャドウに滅茶苦茶にされて人類社会がクラッシュした直後、その混乱の中大量殺戮をした人間の遺伝子的な子供であるらしい。

このやり口が凄まじく、混乱する社会の中で弱者を的確に見つけ出し、殺した人数は八十人を超えたそうだ。

火事場泥棒に近い形で押し込み強盗、シャドウから逃げる人々を襲って物資を略奪した挙げ句、シャドウの前に放り捨てて逃げるためのおとりにする。

そういう事を繰り返した挙げ句、神戸に逃げてきた男の遺伝子的な子供にあたるらしい。

八十人というと、個人としての殺した人数としては世界の歴史でも屈指の数だ。

組織的に人間を殺させたタイプの暴君などは例外として、あくまで個人として殺した人数は度が過ぎている。

しかも神戸に逃げ込んできてからも、如何に犯罪を出来ないかずっと考えていたような輩であり。

殺人未遂を犯したところで、逮捕。

それで余罪が発覚したのだという。

緊急避難だと本人は主張したらしいが、判決は死刑。

今では司法はAIが行っている事もある。

即座に死刑は執行された。

それについてはまあ分からないでもないのだが。

問題はそれが発覚する前に遺伝子データが取得されていて。それと別の女性……此方もあまり素行が良くなかったそうだが。既に死んでいる女性の遺伝子データとをかけあわせ。人工子宮で生まれたのがあの子らしい。

それも両親はどっちも遺伝子疾患が生まれながらにあり(生後治療したようだが)。

懸念点はそこも、だそうだ。

なるほど、たしかに懸念されるのも分からないでもない。

ただ、面識もない上に、話していて問題があるようには感じなかったが。

多少体育会系ではあるが。

親の能力が子供になんぞ遺伝しない事については、菜々美が一番良く知っている。

おかしいくらい頭が良い姉と。

その姉が作った超世王を使いこなせる菜々美。

かといって親の能力は普通極まりなかったのだ。

隔世遺伝だとかそういうのを信じているような輩もいるが。

そういった連中は、王侯貴族だのはクロマニヨン人の時代から王侯貴族だったとでも思っているのだろう。

いずれにしても論ずるにも値しない。

三池さんが咳払いする。

「その親に育てられたのなら問題でしょう。 影響はどうしても受けますから。 しかしあの子は、現在行われているビッグデータを利用した最高率の教育を受けて育っています。 今まで犯罪を犯したことはありません。 ただどうしても、遺伝子データが流出すると、余計な問題が起きる可能性はありますね」

「……どうする菜々美ちゃん」

「とりあえず様子見で。 それと、確か今ってサイコパスを割り出す診断みたいなのできた筈ですよね」

「ええ。 言動などから割り出せます。 元々今の時代は、生活から何までロボットが関与していて、プライバシーは基本的に公的機関でも取り出せません。 重要事を除いて。 今回は、そこから割り出して診断をAIにして貰うことになるかと思います。 私達が具体的にあの子の私生活を覗くことにはなりません」

まあ、それなら安心か。

それにしても、子供の足枷になる親ってのはいるものだな。

三池さんの懸念もわかる。

菜々美としても、今の話を聞くと、もしかしてと思う。

それは人間の……遺伝子を盲信する、古代文明から続く宿痾であるのだろう。実際そう考えてしまうのだから。

ともかく今は、情報を集めながら、ようやく出現した適合者と話していき。

そして未来の可能性を其処から引き出すしか無い。

まだ他にも適合者が現れるかも知れない。

いずれにしても、もう菜々美には時間が残されていない。

小型の大型化が、都市集落の近くで発生した場合、シャドウが仕留めきれなかったら。それこそ都市が短時間で潰されるだろう。

それがいつ起きるか分からない今。

あまり、もたついてはいられないのだから。

 

飛騨咲楽はなんとなく知っている。

あまり他人と関わらない今の時代。仕事などでも他人と関わるのは最小限だし。「コミュニケーション」等と言われるものが、個人の才能などに依存することは既に証明されている。

このため他人との意思疎通が苦手な人間にはAIなどでサポートがつくようになっていて。

それで他人と関わるのに困ったことはない。

だからこそ、だろうか。

ロボットや監視装置が、咲楽の事を監視しているのを、なんとなく理解出来るのである。

今の子供は生産される時代。

親という概念は殆ど失せ果てているに等しい。

咲楽もそれは同じなのだが。

たまに聞くのだ。

親が犯罪を犯した場合、子供にも問題があるのではないかということで、監視が強まるという話を。

SNS等でたまに目にする。

最近ではAIと会話をかなりまともにできるようになってきているが。AIにはそういうのは都市伝説だと言われる。

だが、本当にそうなのだろうか。

咲楽はあまり自分がお行儀が良くないことは自認している。

確か昔は足を出す事自体がとてもはしたない行為だと言われていた時代もあったとかなかったとか。

ホットパンツを好む咲楽は、昔だったら淫売扱いされていたかも知れない。

運動は好きだが、別にトップアスリートになれるほどではない。

今の時代では科学的な育成システムで才能を最大限に容易に引き出せる事もあって(25年前では考えられなかったそうだが)。もし才能があるのなら、トップアスリートになれるのだろうが。

咲楽にはそういう能力はなかったらしく。

結局今は国から斡旋された物資輸送の仕事の監督と、車の操作をやっているだけ。

その操作にしても、基本は監視だ。

重量級の運搬用車両を操作するのはAIであって。

咲楽はそれを監視するだけである。

軍基地から戻って、家にある円筒系の家庭用ロボットにくどくど言われる。身繕いをもう少しするようにと。

お行儀が悪い。そればかり言われる。自認もしている。だけれども、なんとなく反発したくなるのだ。

適当に答えて、それでごろんと横になって、天井を見上げる。

確か今の肉体年齢は十四。

とにかくシャドウにやりたい放題されている事もあって、今の時代では若年で結婚出来るようになっている。

十五で結婚が許されるのはそれが理由だ。

だが、そもそも誰も結婚しないし、仮に結婚しても自分の腹を痛めて子供を産む人間なんて誰もいない時代。

咲楽も別に誰か男に興味を持つことも。

他の女に興味を持つこともなかった。

同性愛でも別に遺伝子データの操作で子供を作れる時代だ。政府としては結婚は推奨しているのだが。

たまに顔を合わせる同世代の人間に。

結婚しているものは殆どおらず。

95%といわれるクローンや人工子宮生まれの子供は。今後更にその確率を増やすのは確実と言われていた。

ネットではアダルトサイトが幾らでもある。

以前はこういうのを教育的がどうの犯罪を助長するだのと批判する声もあったが。

批判する人間が、ただ性癖的な好き嫌いでそれをやっていること。

何よりもポルノコンテンツの流通と犯罪に全く関係がない事が判明してからは。今ではそういう声もなくなっている。

咲楽も年頃だし、そういうものは見るが。

かといって、別に異性にも同性にも興味は無いし。

それは周囲も同じようだった。

別に好きなもの同士で結婚したいなら好きにすればいいと思うが。

SNSで言われている。

シャドウが現れる前には、人間の社会はあらゆる意味で破綻が始まっていた。シャドウが現れてからは、その破綻が加速しただけなのだと。

分からないでもない。

咲楽も風呂に入ると、後はぼんやりと過ごす。家の中では半裸で過ごしている事も多いが。

流石にそれについては、ロボットも何も言わない。

片付けもロボットがしてしまう。

少なくとも生活能力という点では、咲楽は皆無に等しいし。

昔でいう女子力も、同じく皆無に等しかった。

それにしても、どうして軍基地に呼ばれたのか。

眠ろうと思って。それを思い出す。

呼ばれる理由がない。

この間のクーデターの際に、色々と聴取された人間は多かったらしい。普段からGDFに不満を口にしていた人間は、結構聴取を受けたそうだ。

咲楽だって、無能で知られるGDFに不満はあったが。

それでも、超世王セイバージャッジメントが現れてからは、そういうのはあまり感じなくなった。

実際今までどうにもできなかったシャドウを立て続けに倒してくれたのだ。

それに感謝するのは当然だろう。

それで、聴取は受けなかったのだが。

何故に今更。

不安はあるが、それで眠れなくなるほどでもない。運動も相応にして疲れていて。体もしっかり健康を保持している事もある。

いつの間にか眠っていて。

それで、起きだすと。今日の予定について、ロボットが告げてくる。

歯を磨いている後ろで言われる。

「今日入っていた物資の運搬については、キャンセルになりました」

「そう。 一応仕事として割り振られているからやっているだけだし。 何かしら人間出ないとできない仕事の方が良いなあとは思っていたし」

「今日はまた軍施設、京都工場に出向いて貰います」

「また?」

英雄畑中少将に会えたのは嬉しかったが、別にあこがれから舞い上がるほどでもないし。対戦してみて、畑中少将がかなり無理をして戦って来たというのが本当だというのが分かっただけだ。

咲楽は全力で勝負してまるで勝ち目が無かったが。

それでも分かったのだ。

時々、畑中少将が辛そうにしているのを。

毎度シャドウ相手にかなり厳しい状況下での勝利をどうにかもぎ取っているという噂はあった。

いわゆる大本営発表で、毎回圧勝みたいな事を言っていたが、それが大嘘であることは誰でも知っていた。

超世王は毎回大破、全壊にまで追い込まれており。

それでどうにか勝っているのだ。

畑中少将が、無事で勝てている訳がない。

勿論、酷く傷ついている状態でも、今の咲楽なんかよりも何から何まで上なのだけれども。

それは英雄なのだから、当たり前だろう。

「確かあそこって軍基地の中でもトップシークレットだって噂だろ。 現在のエリア51なんて言われてる。 なんであたいみたいなのが」

「もう少ししゃべり方を柔らかくした方が良いでしょう」

「うっさいなあ。 性分だから仕方が無いだろ。 これがすっきりすんだよ」

「ともかく、其方に出向いてください。 少し年上の子がもう一人、呼ばれているようです。 その子は既にばりばり任務をしているようですよ」

そういえば、帰りにちょっとだけあったが。

ぽやっとした雰囲気の、喋るのも苦手そうにしている子だった。とろそうな子だったけれども、実際は違う。ちょっとだけ見えたが。もの凄い勢いで何か作業をしていた。同年代かと思ったが、もう18だそうである。

咲楽も発育は良くないが、咲楽以上に発育が悪いかも知れない。

まあ、それはそれだ。

今は成長ホルモンとか無理に入れる事もない。

腹を痛めて子供を産まない時代も来ているし、別に肉体の成長はそれほど気にされないのである。

「性格が正反対に見えるけれど、補助はしっかりしてくれよ。 下手すると一緒に何かやらなければならないんだろ」

「それについては可能な限り支援します。 AIは統合されており、どこでも同じように支援が可能です」

「分かってる。 頼む」

咲楽は自分が粗野であることは分かっている。

これは性分であり、どうにもできない。

誰かに恋でもしたら変わるのかなと思った事もあるが。

それは単に生物的な発情期の話であって、別に人間が知的生命体であるというのなら。それにこだわることもないのではないかとも思っている。

昔は恋愛を神聖視していたようだが。

まあ、それもシャドウが現れる前には、その神話もなくなっていた。

「男性嫌悪症」なんて言われるような言動をしている女が、よりにもよってホストに入れ込むような事が多発していることも知られていたし。

知的生命体を気取るのであれば。

生物的本能を神聖視するのなんて、確かに馬鹿馬鹿しくはある。

今では、そういった欲求の類をコントロールする薬まで使っている人間もいる。あくまで自発的にだ。

十代だと欲求に振り回されてしまうものもいる。

判断としてはありなのではないかと、咲楽も思う。

まあいい。

ともかく。黙々と出かける準備をする。

身繕いは手伝って貰う。

とにかく自分でやると何倍も時間が掛かるので無駄だ。

今ではシャドウ戦役後の混乱期と違い、化粧品もある程度出回るようになって来ているが。神戸に多数の人が逃げ込んでいた時期とかは、化粧品なんてとんでもない高級品だったそうだ。

更に昔のシャドウ戦役前の女は、人前に出る時分厚く化粧でデコレーションして、別人のように化けたり。美容整形だとかで、顔とか胸とか弄くる真似までしていたとか。

まあ気が知れないな。

髪の毛を整えさせながら、そう思う。

京都工場が神戸からかなり離れた奈良県に存在していて。

どちらかというとシャドウの勢力との境界線に近い事に、別に恐怖は感じていない。

シャドウに襲われたら100助からない。

そして都市だろうがシェルターだろうが、シャドウは容易に喰い破って中の人間を皆殺しにしてきた。

もしシャドウに襲われるようだったら。

何をしても無駄だ。

そう咲楽は達観している。

身繕いが終わったので、出る事にする。

畑中少将にまた会えるのだろうか。

でも、会ったとして。

何を求められているのだろうか。

それは、よく分からなかった。

 

3、恐らく最後の

 

飛騨咲楽の訓練を見始めて、一月が経過した。

充分過ぎる伸びだ。

ただ、一年はかかるというのは、事前に報告している。それと背丈が長身の菜々美とだいぶ違うので。

もしも超世王の次の世代のパイロットになってもらう場合には。

多分コックピットに相当に手を入れなければならないだろう。

シミュレーションについては四苦八苦しているが、飲み込みが早い。

そして、様子を視察に来た広瀬大将に、軽く説明をする。

「やはりあの子が一番素質がありますね。 懸念されていた事も、いずれも今の時点では問題はないようです」

「分かりました。 最悪の場合も、超世王はどのみち対人兵器ではありません。 対処は可能です」

「そうですね……」

スーパーロボット作品でありがちだが。

スーパーロボットが敵の手に渡るとか。

パイロットが洗脳されて悪に回るとか。

そういう話はどうしてもある。

そしてその悪に回った形態のスーパーロボットは。むしろ本来の正義としての姿よりも人気が出たりするそうだ。

いずれにしても、超世王はいまだ不気味なごてごての塊。

格好いい人型ロボットとは全く違う存在である。

それもあって、このまま造形しても人気になる事はないだろうし。

まだまだアニメを新規で作る程社会のリソースはない。

ロボットの普及は、社会のリソースが足りないから行われた。AIについての発達も同じである。

まだどちらもかなり半端なもので。

幾つもシンギュラリティが必要なのも事実ではあるのだが。

それはそれとして、少なくとも人間の日常生活を支えるのには充分であるし。何よりもこうして子供を育てることも出来ている。

姉の後継者の方は、側に置いてある携帯端末が、コミュニケーションの補助を常に行っている。

とにかくぼそぼそと喋る上に、喋る言葉が極めて独特なので、そうでないと上手く意思疎通できないのだ。

かといって、それで姉が難儀している様子もない。

むしろ姉のスペアどころか、今では一番弟子の座を、急激に確保しようとしているようだった。

まあ、人員が増えればそれはそれで良い事だ。

広瀬大将が戻るので、送ろうとする。

その時だった。

菜々美と広瀬大将の携帯端末が同時になる。

あれから多少弾薬も蓄えたが、まだまだ全然足りない。

そしてシャドウは手を出されない限り手を出さないと約束したが。あれから連絡も寄越さない。

嫌な予感がする。

連絡を確認。

どうやら、予感があたったようだった。

「以前から問題になっていた、変異小型の出現兆候有り!」

「場所は何処ですか」

「琵琶湖東岸です! 現在琵琶湖では淡水濾過装置と浄水設備の建造が進んでおり、どうにか対処しないと」

「分かりました。 すぐに出ます」

工場に戻る。

姉が既に超世王をスタンバイしてくれていた。

咲楽という子は、当面シミュレーションマシンで慣れて貰う。流石にいきなり実戦には出せない。

即座にコックピットに乗るが。

これはちょっとばかり……いや予想以上にまずいか。

退院してからリハビリはしていたのだが、細かい動作などでやはり遅れが出るようになっている。

小型でも時速150q以上は余裕で出し、しかも直線ではなくジグザグに機動して攻めこんでくる。

中型だと速度は更に上がるのだ。

0.1秒でも反応が遅れれば、それは死に直結する。

これは、今回が最後になるかも知れないな。

そう思いつつ、菜々美は超世王を出す。移動しながら、話を聞く。

「琵琶湖付近にいる小型種が、一斉にそれから離れています」

「変異の可能性がありそうな小型種は?」

「現在確認中。 これは、ブルーカイマンのようです!」

厄介だな。

ブルーカイマンは水陸両用であり、最悪琵琶湖に入られると、有効な攻撃手段がない。中型との戦闘に巻き込まれでもしたら、琵琶湖が崩壊するかも知れない。

琵琶湖は現在、ブラックバスもブルーギルも外来種は全て駆逐されて、静かな湖に戻っている。

自称釣りマニアがやりたい放題に環境を破壊したのを、シャドウが尻ぬぐいしてくれたのである。

それがまた破壊し尽くされた場合。

琵琶湖をシャドウがまた支配に掛かる可能性もあり。

そうなると、淡水の取得源が大きく奪われる事になる。なんとか陸上で勝負を付けたいが。

ともかく、中型が始末に掛かるはず。

その様子を見ながらになるだろう。

難しい局面だ。

中型には近付きすぎず。他の小型にも近づき過ぎず。

巨大化ブルーカイマンがもしも琵琶湖を荒らすように動いたら、こっちに誘導するように戦わなければならない。

しかも今回、特に新規の装備は無い。

これは菜々美が限界近かった事もあって、姉がデチューンモデルの調整と。更には咲楽にパイロットを変わる事を考えて、調整をずっと続けていた事が要因である。

ともかく手持ちだけでやるしかない。

狙撃大隊四つと現地に急ぐ。

今第二師団が行動可能になるように、優先的に弾薬を回して貰っているが。

即応部隊用に回される弾薬はまだまだ限られている。

更に中型を相手にするわけでも無いと言うこともあって、とにかく軍部隊全部を再建している途上なのである。

それもあって、大隊四つ。一個連隊程度の規模の戦力しか動かせない。

非常に厳しい状態だが。

そもそもノワール曰く「寿命を迎えた小型」が相手だったら。これくらいしか、支援は出せないだろう。

「広瀬大将、狙撃大隊の指揮はお願いいたします」

「任せてください。 それと」

「此方呉美少佐、合流地点に急行中」

「助かります」

呉美少佐はデチューンモデルのうち、斬魔剣Uだけを搭載したものに乗って来てくれているようだ。

それで充分過ぎる程である。

ともかく、今は相手の動きを確認し、誘引しなければならない。

琵琶湖が見えてきた。南側から回り込む。問題の地点まではまだ掛かる。

監視をしているスカウトから連絡が入っていた。

「中型出現! ウォールボアが二体! キャノンレオンも四体はいます!」

「刺激はしないように。 即座に後退してください」

「イエッサ!」

此処で踏ん張る意味が無い。

下手をすると、相手の攻撃の余波を受けて消し飛ぶだけだ。

それにしても、シャドウにとっての寿命が分からない。

中型には寿命がないと言う話だった。

どうして小型には寿命がある。

シャドウといっても色々な種がいて、それで小型は別の種族なのだろうか。だから寿命があったりなかったり。

だが、それにしても不可解な事が多すぎるのだ。

メール。

ノワールだった。

「やあ、久しぶりだね」

「何度も連絡を入れているのに、こう言うときだけ勝手に連絡を寄越しやがって」

「まあそういわない。 ちょっとばかり寿命を迎える私達が増えているようでね。 対処はしているんだが。 それでも時々こう近くに出てしまう」

「一体どういうことだ。 どうして小型には寿命があって、中型にはない」

ノワールは答えない。

舌打ちしたくなるが、ともかく今は琵琶湖の設備を出来るだけ守る必要がある。

神戸は今や人類の生命線なのだ。

その生命線のための水源である。

今までの生活では、水がとにかく貴重だった。それをだいぶ緩和できたのも、琵琶湖の再確保が故である。

また手放すわけにもいかないし。

何よりも、再建のための物資だって無駄には出来ないのだから。

「それで。 そっちで始末は出来ないのか」

「寿命を迎えた私達は、ずばりその言葉の意味のままに振る舞う。 既に交戦している君ならわかるのではないのかな、畑中菜々美少将」

「自殺行為に出るのか」

「ちょっと違う。 役割を逸脱する。 目的から外れる。 私達からすれば、それは非常に由々しきことでね」

役割から逸脱するのが由々しきこと、か。

人間で言うと犯罪者になるようなものか。

だとすると、シャドウは本当に社会みたいなものがあるとすれば、それを効率に沿って回しているわけだ。

ただ、今までは無視出来る範囲の存在で。

しかも人間から離れた地域にしか出ず。

それも出てから中型が始末していたようなのに。どうして今になって。

それに、役割から逸脱したというのなら、どうして中型の攻撃に抵抗しない。聞いてもノワールは答えない。

答える事ができないのかも知れない。

「まあ、様子を見ながら対応してくれ。 こちらとしては、出来るだけ被害が出ないようにするよ」

「それはどうも。 有り難すぎて涙が出るよ」

それっきり通信が途切れた。

思い切り舌打ちする。

ともかく現地に急ぐ。

「浄水設備の人員、避難完了!」

「浄水設備が破壊されたときに、洪水などが起きないよう、起きても対処できるように、即座に人員派遣を」

「イエッサ!」

広瀬大将から連絡が飛び交っている。

弾薬を使い果たしても、軍では出来る事が幾らでもあるのだ。

そしてこの国のもとの軍隊であった自衛隊では、そっちの任務の方が主であったという話もある。

むしろ自衛隊の生き残りは、それに関しての練度が高そうだ。年配になってしまっていても。

見えてきた。

既に交戦が始まっているようだ。

一旦停止して、戦況を見る。

ブルーカイマンが巨大化したもの……全長は五十メートル、いやもっとある。八十メートル以上だろうか。

クリーナーもそうだが、巨大化するととんでもなく大きくなる。

しかも不定形のクリーナーが彼処まで巨大化したのだ。

体が長細いブルーカイマンが、あれほどの巨体になるのも、当然なのかも知れなかった。

「か、怪獣映画の化け物みたいだ!」

「距離を取ってください。 もしもこっちに来た場合、螺旋穿孔砲は無意味です。 小型などが介入してきた場合には、超世王セイバージャッジメントの支援を!」

「イエッサ!」

「……」

やはり妙だ。

あのサイズである。

現在、ウォールボアが二体掛かりで抑え込み、しかも頭の「壁」を挟みみたいな形にして二方向から巨大ブルーカイマンを抑え込んでいる。そして抑え込まれた巨大ブルーカイマンをキャノンレオンが集中放火しているのだが。

やはりもがきはするが、ウォールボアに抵抗はしていない。

ブラックウルフの巨大化個体は首尾良く始末できたようだが。

ブルーカイマンは恐ろしくタフなようで、凄まじい集中砲火を浴びながらも、まだまだ耐えている。

これはこっちに来たら厄介だぞ。

そう思いながら、菜々美は装備を確認。

間違っても琵琶湖に入られると困る。いざという時は、誘導しなければならないだろう。

あいつも凄まじい熱を浴び続けているはずで、下手をすると琵琶湖に入ったときに水蒸気爆発を起こす。

その規模次第では。

琵琶湖が吹っ飛びかねないのだ。

巨大ブルーカイマンが暴れている。それでも中型を傷つけようとしないのは不可解極まりない。

だが、パワーがどうやらウォールボア二体を凌いでいるようだ。

激しく跳ね回って、それでウォールボアの壁が外れる。

ぐおんと、もの凄い音とともに、ブルーカイマンの巨体が空中に跳び上がる。その途中もキャノンレオンが猛攻を浴びせていて、体が赤熱しているが。それでもまだ倒れる気配はない。

地面に直撃。

激しい揺れが来る。

あの大きさである。それも無理は無いだろう。

更に、跳ね回ることで、断続的に揺れが来る。恐らくは、苦しいのだろうと思うが。

まて。

中型が倒れるとき、苦しんでいたか。

断末魔の悲鳴のように例の音を上げていたが、音は全てが違っていたはず。

それだけじゃない。

抵抗は凄まじかったが、最後の最後まで抵抗するような連中だった。個としての命を優先していたようには思えない。

シャドウは死ぬときは、文字通り消滅してしまう。

それを思うと、あの凄まじい苦しみっぷりは不可解極まりない。あれは一体、何が起きているのか。

「ウォールボア、一体が琵琶湖に滑落!」

「キャノンレオン、崩落に巻き込まれました! 近場の山にて土砂崩れが起きているようです!」

「もう少しさがってください。 畑中少将も!」

「いえ、これはまずいですね」

滑落しなかったウォールボアが一体で巨大ブルーカイマンを抑えようとし、土砂崩れから這い出てきたものも含めて、キャノンレオンが攻撃を続けているが、あの巨大ブルーカイマン、タフネスは以前の巨大クリーナー並みだ。

しかもブルーカイマンは尻尾も含めて武器にしている強力な戦闘力を持っており、しかもあの動きで跳ね回ったら。

短時間で、彼方此方を滅茶苦茶にしかねないし。

何よりも、あの帯びている熱が厄介だ。

下手に暴れさせると、それこそ何が起きてもおかしくない。

決断。

即座に投擲型斬魔剣を打ち込む。

突き刺さるが、ダメージは致命傷には届かない。

それを見て、即座に広瀬大将が、狙撃大隊に後退を指示。

ちょっと状態が良くないが、気を引くしか無い。

ブルーカイマンが、飛び跳ねる。ウォールボアを引きずったまま。それで、ウォールボアが吹っ飛ばされる。

一際高く跳び上がったブルーカイマンが、やはり熱を放出。

というか爆破して。その破壊力を利用して、此方に飛んできた。

即座に操作して、着弾点から逃れる。

だが、至近に着弾したブルーカイマンが、地面をそのまま割り砕いていた。

超世王が跳ね上がる。

地盤を砕くような一撃である。それは、これだけの衝撃があるのも当然だと言える。

だが、そのままやらせるか。

即座に態勢を立て直すと、投擲型をワイヤーで引き戻しつつ、斬魔剣Uを振るって斬り付ける。

残像を抉った。

またブルーカイマンが跳んだのだ。

跳躍の軌道を確認。即座に超世王を動かす。無限軌道が、滅茶苦茶になっている地盤に足を取られるが。

それでもどうにかバックを成功させ、レバーを引いて、必至に危険地点から逃れる。

再び地面に着弾。

吹っ飛ばされてひっくり返されかねない衝撃。

思い切りシートに叩き付けられるが。

だがぐっと歯を噛んで耐える。

骨が折れたかも知れない。

だが、彼奴をそのまま暴れさせたら、琵琶湖が崩壊しかねないのだ。ブルーカイマンは熱に苦しみながら、そのまままた跳ねようとするが。

其処に、突貫したデチューンモデルの超世王。

呉美少佐だ。

斬魔剣Uを振るって、巨大ブルーカイマンに突き立てる。凄まじい火花が上がる。明確に効いている。

更に巻き取りが終わった投擲型斬魔剣を、発射する準備に入る。

うぉんと空気が鳴る。

まずいと思うまでもなく、巨大ブルーカイマンが、その尾を地面に叩き付けていた。

地盤がまた打ち砕かれる。

地震どころの騒ぎじゃない。

キャノンレオンがまた集中攻撃を浴びせて、ブルーカイマンが更に赤熱するが、それでもまだ倒れない。

ダメージが限界を超えれば倒せる筈だが。

琵琶湖から上がって来たウォールボアが、さっき吹っ飛ばされたウォールボアとともに、こっちに全力で来る。

中型シャドウとの共闘。

あまり気分は良くないが、やるしかない。こいつの破壊力は文字通り地盤を割り砕くレベルだ。

こんなのに暴れられたら、この辺りの生態系が琵琶湖もろとも壊滅する。

呉美少佐は。

後退して、態勢を立て直している途中。

一度後退しようとしたところで、ブルーカイマンが頭の方を振るって来る。頭といっても補食するための口がついている訳ではない。

そのまま人間とその創造物を破壊するための口がついている。

がっとかみ合わせにくる。

それを、必至に回避。

一瞬の差で回避に成功するが、強烈な顎が掠めた余波だけで、超世王が揺れる。だが、怯む事はない。

斬魔剣Uを振るう。

赤熱して、ダメージが行っていたこともあるだろう。

斬魔剣Uが突き刺さる。そのまま、熱量を加え続ける。

ウォールボアが、巨大ブルーカイマンに左右から突貫して、抑え付ける。更にキャノンレオンの砲撃。

急激に超世王のコックピットの温度が上がる。エアコンで殺しきれる温度ではない。凄まじい熱量の上昇。

また尻尾を叩き付ける巨大ブルーカイマン。

それだけで、超世王が跳ね上がり、地面に叩き付けられる。熱に加えて、これは多分骨が折れたな。

だが、それでも。

レバーを動かす。

必至に食らいつく。

巨大ブルーカイマンに、斬魔剣Uが食い込んでいく。呉美少佐のデチューンモデルが、ランスチャージの要領で突貫。

斬魔剣Uが、巨大ブルーカイマンの脇腹に突き刺さる。呉美少佐のデチューンモデルをはねのけようと、巨大ブルーカイマンが何度も足を振っているようだが、それは届いていない。

だが。

巨大ブルーカイマンが、頭と足を使って、胴体を持ち上げる。

そして、胴体をボディプレスの要領で地面に叩き付けていた。

何しろ巨体だ。

それに体重がどれくらいあるかは知らないが、膨大な熱量を帯びている状態であり、そもそもシャドウは物理法則なんか無視して動いている。

水が彼方此方から噴き出した。

地下水脈までダメージが通っていると言う事だ。

ウォールボアが抑え込んでいる巨大ブルーカイマンが、またボディプレスの態勢に入る。

ロボットアーム、ダメージ甚大。

これ以上は厳しい。

それだけじゃない。

既にコックピットはサウナ同然の有様だ。これ以上暑くなったら、多分死ぬだろう。

コックピットのハッチをパージさせる。

何回かこれが開かなくて死にかけた事もある。姉が機能としてつけさせたのだ。外も凄まじい暑さだが、機械の放熱も受けているコックピット内よりは多少マシになる筈。あくまで多少マシ程度だが。

ボディプレス、二回目。

呉美少佐のデチューンモデルが文字通りひっくり返されたようだ。ただし、斬魔剣Uはそのまま突き刺さっている。

あと少し。

今ので、また多分骨が折れた。

だが、食らいついてでもレバーを動かす。

操作して、倒しきる。

あれがこれ以上暴れたら、更に被害が拡大する。安定して得られるようになった淡水が終わる。

それだけは、許してはいけないのだ。

超世王を敢えて巨大ブルーカイマンに近づける。そして、残った全ての動力を……冷房の分も含めて、斬魔剣Uに注ぎ込ませる。

更に食い込んでいく斬魔剣U。

巨大ブルーカイマンの凄まじい断末魔が上がるが、まだ倒れない。尻尾を振るい、顎を振るい、辺りの地面を傷つける。

そして、キャノンレオンの一斉射撃が炸裂し。

更に斬魔剣Uを切り通し終えた瞬間。

奴は消え。

周囲から、熱がふっとなくなっていた。

呼吸を整える。

これはアドレナリンが切れたらきついだろうな。そう思いながら、コックピットのシートに背中を預ける。

今、六体か七体かの中型が射程距離内にいる。

奴らに襲われたら秒ももたない。

だが、そいつらはさっと戻っていった。それだけは救いだ。ただし、バキバキに打ち砕かれた地盤はどうにもならない。

本来だったら、小型シャドウが治してしまうのだろう。

だが、此処は。

それすらかなわないのだ。

レッカーが来る。

呉美少佐のデチューンモデルをひっくり返して元に戻すのもやっている。菜々美は即座に救急車に乗せられ、人工呼吸器までつけられた。

流石に大げさだろ。

そう思ったが、聞こえてくる。

「肋骨が肺に突き刺さっています!」

「低温火傷、体表面の16%に達している状態です!」

「畑中少将、聞こえていますか!」

「聞こえてる……」

答えたが、相手に聞こえたか分からない。実際問題、動こうとして動けていないのである。

意識はあるのだが、それももやが掛かったかのようだ。

「患者の意識レベル低下!」

「強心剤!」

「心拍、呼吸、下がり続けています!」

「あんな無茶苦茶な大怪獣と戦ったんだ! 当たり前の結果だ!」

医師が怒鳴っている。

一応聞こえるが。

それについて、もう答える事は出来なかった。

 

暗い世界の中を漂っていた。

此処は何処だろう。あまり快適な空間ではないが、別に辛くはないなとも菜々美は思う。いわゆる三途の川だろうか。

だとすると、少し面白いなと思う。

意識は薄いながらもあったから、医師が怒鳴っていたのは覚えている。あの様子だと、相当に厳しい状態だったのだと思う。下手をすると死んだか。いずれにしても、医師の警告通りになった。

これは、もう戦えない。

ただ、最後の戦いの前に、飛騨咲楽というどうにか後を託せそうな逸材を見つけられた。呉美少佐には、あの子に戦いのイロハを叩き込んで欲しい。

菜々美はこのまま死ぬのだろうか。

それも悪くない。

殺された事は恨んでいない。

シャドウを散々殺したのだ。

殺されるのもそれはそれで仕方がない。何よりも、軍人と言うのは殺し殺されるのが仕事だ。少なくとも専業軍人はそうで、少なくとも其処で恨む恨まないは筋違いである。菜々美の場合はそうだと思っているから、特にどうこうと考える事はない。

心残りはあるだろうか。

特にないな。

悲しむ人は何人か思い浮かぶが、いずれも覚悟はしていたはずだ。毎回中型との戦闘で死ぬ思いをしていたのだから。

英雄の死を悲しむ人はいるかも知れない。

その場合は、英雄の死という物語を悲しんでいるだけ。

菜々美の知った事ではないか。

いずれにしても、シャドウが興味すら持たない状態から。シャドウが少なくとも一方的ではあっても意思疎通を計る状態まで持ち込んだのだ。

それだけで、随分と大きな事をやれたと言える。

それで満足だ。

しばしぼんやりしていると、ふと目が覚めた。

どうやら、死んではいなかったようだった。

ただし、人工呼吸器をつけられていたし。何よりももの凄く全身が痛かったが、一応、意識はしっかりしているし。思考も出来る。

頭が駄目になっているような事はないようだった。

「意識回復!」

「畑中少将、聞こえますか! 聞こえるなら瞬きをしてください」

瞬きは、出来る。

して見せると、医師達が安堵したようだった。

それで聞かされる。

相当に危険な状態だった。

何回か生死の縁を彷徨った。

琵琶湖の浄水場は破壊を免れたが。琵琶湖近辺の破壊は凄まじく。琵琶湖の形が変わったレベルだった。

超世王は例によってほぼ全損。

ただ、コアシステムは無事だそうだ。

呉美少佐は。

そう思ったが、話をしてくれる。

無事だそうだ

それを聞いて、良かったと思ったが。それから、少しずつ現実について聞かされていく。

まず菜々美は、既に体の機能が限界を超えてしまっているため、二度と超世王には乗れないそうだ。

クローン医療などもあるにはあるのだが。

それらを駆使しても、とても追いつけないレベルのダメージが体に入ってしまっているらしい。

寿命は四十いったら良い方。

いずれにしても、以降は超世王には絶対に乗れない。そういう話を、念押しされた。

まあそうだろうな。

手足についてはまだついているが、左半身のダメージが大きく、以降は松葉杖生活だそうである。

指などは欠損こそしていないものの、握力などは半減以下。

細かい作業もかなり厳しいだろうと言う事だった。

「仮に遠隔操作できるような装備であっても、同じように扱う事はできないでしょう。 思考能力についても低下することになります」

そうか。

目を閉じて、これで終わりかと思った。

後は病院でじっとしているのか。

いや、出来るだけまだやれることはやりたい。

ともかく、今は集中治療室にいるらしいので、そこから出るのを待つしかないだろう。

レントゲンやら色々取られる。

それで見せられたのだが、体中の骨が酷い有様らしく、これはもう治る事はないらしかった。

走る事は出来ない。

そう言われた。

確かに最後の戦いの前から、体の様子がおかしいなとは思っていた。医師が言う通り限界寸前だったのだろう。

それが、大怪獣と化した巨大ブルーカイマンとの戦闘で限界を迎えてしまった。

今は生きているだけで幸運という状態なわけだ。

確かにコックピットで何度もシートに叩き付けられて、骨が砕けるのは自分でも分かっていた。

だから、これは妥当な事だった。

医師が言う通りだった、というわけだ。

このままだと近く退役することになる。

もう出来る事はやったのだから。退役してもいいのではないか。

何度もそう説得された。

そして、小型種が「寿命を迎える」事例が発生するようになった今。

状況は新しい局面に入りつつある。

下手をすると中型と連携してそういった巨大化シャドウを倒さなければならない。姉も、まるで勝手が違う相手に対しての兵装をどうするかで、今頃頭を悩ませている事だろう。

栄養が点滴で入れられ。

排泄もカテーテルなどを使って。

集中治療室で数日過ごして。

やっと病室に移った。

カテーテルは取れたが、人工呼吸器はしばらく取れないらしい。折れた肋骨が肺に刺さって、それで肺の機能が極端に低下したそうだ。胸を切開して刺さった肋骨を切除したらしい。

聞いているだけで痛くなってくる話だが。

別にかまわない。

見舞いに最初に来てくれたのは、三池さんだった。

それで、色々と話をしてくれる。

姉も泣いていたらしい。

多分嘘だろうと思ったが、別にそれについてはいい。三池さんらしい優しい配慮だと言う事にしておく。

現実的な話も幾つかされた。

先に退院した(無事ではあったが無傷ではなかったのだ)呉美少佐が、これから咲楽の面倒を見るという。

超世王の訓練についてはシミュレーションマシンでやるとして。

軍人としての基礎を叩き込むらしい。

体の方は小柄とは言え出来てきているので、それは問題ない。螺旋穿孔砲の扱いに苦労はしそうだということだが、まあそれは仕方が無い。

つまり、次のパイロットは咲楽だ。

「私の二の舞に……ならないように……お願いします」

「分かりました。 今は休んでください」

喋るのですら一苦労か。

それからしばしして、医師から聞かされる。

菜々美は中将に昇進で、それで退役らしい。二階級特進でないだけでまだマシか。まあ、それはそれでかまわなかった。

 

4、英雄が去り

 

畑中菜々美少将、シャドウとの戦いで再起不能。

現在後継パイロットを育成中。

このニュースは世界中を駆け回っていた。

そして衝撃を与えていた。

日本だけで活動していたとは言え、初の中型種撃破に始まり、絶望の権化とも言えるアトミックピルバグの撃破にまで成功したレジェンドヒーローである。

近代兵器信仰をしていた者達には蛇蝎のように嫌われていたようだが、それ以外のほぼほとんど全ての人間が敬意を払っていた存在の再起不能。

衝撃を与えるのに十分だっただろう。

現在は病院で治療を受けているが、今後の復帰は不可能。

中将に昇進の上退役。

以降は、次のパイロットに引き継がれることとなった。

会議が行われる。

GDFの会議は、天津原から市川に代表が替わってから、非常にスムーズに回るようになったが。

市川も今回の件は色々と準備が大変だったようで、流石に余裕の様子はなかった。

会議に出ている三池は、黙々と様子だけを見る。

良い気分はしないし。

これからどうするのか。

責任はどうするのか。

そんな事ばかり考えている輩だらけのようで。気分が悪かった。

畑中中将がシャドウを倒している間は、どいつもこいつも文句ばかり言っていた。近代兵器の方が超世王セイバージャッジメントより強いと鼻息を荒くしていたものだって多くいた。

その結果があのばかげたクーデターだ。

今では、傷が深すぎて、再起が遠い。

人類はかろうじて踏みとどまっているが。大きめの都市が一つでもあの巨大化シャドウに潰されでもしたら。

そこから穴の開いた堤防のように崩れるだろうな。

そういう風にしか思えなかった。

「畑中中将については、医師からも限界が近いという話が続いており、この日はいつかくるという事は分かっていました。 既に後継は用意しているのですが、しばらく育成に時間が掛かります」

「そ、それでは例の怪獣が現れたらどうするのかね!」

「小型種が巨大化したものですが、コミュニケーションを取ってきているシャドウ、ノワールの話によると小型種が寿命を迎えた結果なるもののようです。 これについては既に二回の交戦が起きている事もあり、以降は「ネメシス」と命名します。 今まで名前があった小型種が変異した場合、例えばブラックウルフの場合はブラックウルフ・ネメシスとなりますね。 これらについては、人間の観測範囲では日本で既に三例が出ていますが、他の国での出現は確認されていません。 今の時点では、怖れるのではなく、それぞれの内政への注力、それにホバー輸送船の技術強化に注力してください。 最悪の場合は、それで逃れられるように」

「打つ手無しと言う事か……」

まあ、そういうことだ。

スコットランドの代表が咳払いする。

主戦派のアホではなくなってから、理性的に話が出来るようにはなったが。シャドウ嫌いな事に代わりは無い。

「超世王セイバージャッジメントのデチューンモデルの配備を少しずつ進めているが、あのネメシスという種が出現した場合の戦闘のノウハウも共有して欲しい」

「基本的に放置してください」

「無責任だろう」

「現時点で有効な戦術が存在しません。 幸い中型種シャドウはネメシスが出現する兆候を察知できるようです。 始末は中型種に任せてしまうのが現実的です」

もしくは、と市川は言葉を区切る。

おどしをかけているようではあった。

「どうしても被害を減らしたいのであれば、決死隊を使って誘引してください。 街や重要設備から距離を取るように」

「能動的に斃せないのか」

「あの畑中中将ですら大苦戦した相手です。 斃せると思うのならご自由に。 中型に策無しで挑むのと同じ結果になるだけですよ」

「……っ」

近代兵器信仰をしていたアホ共と同じになりたいなら勝手にしろ、か。

市川らしい毒舌だなと三池は思った。

何となく市川の性格が分かってきている。

野心的な上に腹黒い。

ただし、野心を命には優先しない。

しかしながら、度が過ぎたアホ政治屋の面倒を見るつもりもないようだ。

GDFの代表として国を回し、人類社会を適切に動くように手を回す事はどんどんやっているが。

それはあくまで自分のため。

自分の栄誉と地位のためだ。

ある意味最悪のエゴイストだが。国政を回す存在としては有能極まりない。人格がクズでも、今はそれでいい。

「最低でも畑中中将の後継を育成するには一年かかると聞いています。 畑中中将も病院から指導についてはしてくれるようですが、いずれにしてもノウハウがどれだけあってもしばらくは動けませんし、どうしても危険なネメシスが出たら決死隊で誘引する以外には手はありません。 ただし相手は小型の変異種。 移動速度は、時速百数十キロは最低でも出ます。 決死隊は助かりませんので、それは覚悟してください」

「分かった。 後継候補がいるだけでも可とするべきなのだな……」

「最悪に備えて、更に後継候補の捜索は続行します。 それでは、それぞれやるべき事を続けてください」

会議終わり。

無言で席を立った畑中博士。

明らかに畑中中将がああなる前に比べて、雰囲気が変わった。

泣いていたのなんて初めて見た。

いずれにしても、あまり良い方向に変わったとは思えない。

訓練については、既に始めている。

コックピットなどを飛騨咲楽少尉(最初から少尉待遇で採用したのは、超世王セイバージャッジメントのパイロットしてはそれくらいの階級は必要だからである)にあわせて造り替えるだけではない。

内部構造なども、より安全性を意識したものへと変えるそうだ。

悲しんでいる暇は無く。現実的な話ばかりしなければならない。

それがとても、三池にとっても悔しいし。

悲しむ暇が無いことが、何よりも悲しかった。

 

(続)