掌の土地

 

序、ひとときの平穏

 

病院での平穏な時間が始まった。

勿論いつアトミックピルバグが動き出してもおかしくないから、そのまま待機と言う名目だが。

連日医師に言われてリハビリを続ける。

体中に色々無理が掛かっているらしく。やはり毎日色々やらされたし。今では数も少ないらしい理学療法士やらの指導を受けながら、色々やることになった。

それで本職に言われて見ると、確かに関節が痛んでいたりする実感はある。

今までは鍛えることでそれを誤魔化していただけだ。

それが分かっただけでも、意味があると考える。

病院で過ごしていると、元々社会的なリソースが小さいと言う事もある。よりにもよって、天津原と出くわした。

気弱そうな天津原には護衛がついていたが、その護衛とも敬礼をかわす。

相手もこっちを知っているのだ。

天津原は小心に視線を逸らす。

まあ、天津原も自分が散々足を引っ張ってきた自覚はあるのかも知れない。そして、GDF主力の決定的な継戦力喪失。

それもあって、今は鬱病をついに発症してしまったらしく。

次の代表を決めるべく、今は話し合いをしているらしかった。

米国大統領でも良いのではという案が出たが、向こうが拒否。

結局神戸で選挙を行って、それで決める事になった。

それもあるが。

とりあえず後任が決まるまでは、天津原がまだ代表だ。だから護衛も必要である。

病院には子供なんかもいる。

幸い、シャドウにやられて此処にいる人はほぼいないのが救いだろうか。シャドウに接近されたらほぼ死が確定するからである。

いや、それは幸いとは言えないか。

自分に苦笑いしてしまう。

病院も昔の巨大な大学病院とはだいぶ違う事もある。内部では、似たような面子とどうしても顔を合わせる。

機能を一本化した方が楽だというのもあるのだろう。

今では町医者などは存在せず、神戸の人間は何かあったらここに来るようだ。

昔は一つの街にたくさん町医者がいた。

それも、もう昔の話である。

中庭で休んでいると、傷病兵が来る。

とはいってもシャドウにやられたのではない。

この間のクーデター騒ぎで、暴徒との乱闘で怪我をしたのだ。

殺意を持って角材で殴りかかってきた暴徒にやられて、倒れた所を更に殴る蹴るの攻撃を受けた。

こんな事をやる連中を、「無辜の民衆」というのだろうか。その定義は正しいのだろうか。

菜々美には疑問に思えてならなかった。

軽く話す。

菜々美はどんな兵とも話す。

そもそも自分が少将だという事を偉いとは思っていない。皆、それぞれの役割をこなしているという点で立派だ。

だから敬意を払う。

それだけのことである。

後ろで兵士を消耗品とか考えて偉そうにふんぞり返っているような輩は軽蔑するが。この兵士はそうではない。

菜々美の顔を知らない兵士は殆どいない。

この兵士も、菜々美のことは知っていた。

「この間の戦いは激しい物だったと聞いています。 ご無事でなによりでした」

「負傷者は出ましたが死者は出ませんでしたからね。 ただ、倒すのが一瞬でも遅れたらどうなったか。 想像したくもありませんが」

「貴方のおかげで此処は守られました。 ……そう信じます」

「ありがとうございます」

虚しい会話だ。

シャドウ……ノワールは、ただ絶望感を植え付けるためだけにあれを繰り出して来た。あれを倒すには、飽和攻撃でありったけ矢玉を消費するしか手がない事を知っていたのである。

だからそうさせた。

そしてこれ以上、GDFに同じ事が出来ないことも知っている。

超世王を倒すつもりもノワールの口ぶりからするとなかったようだし、或いは攻撃を耐えきれる自信があったのかも知れない。

それを打ち砕いて、一矢だけ報いた。

だが負けは負けだ。

戦術的には勝ったかも知れないが。戦略的には完敗だった。

それが全てである。

「まだ、シャドウとの戦いは続くのでしょうか」

「なんとも」

「そうですよね。 シャドウとの講和の試みが開始されたなんて噂も聞いていますが」

「まだ現状では期待できるようなことはありません。 あったとしても残念ながら話せませんが」

申し訳ないが。

兵士に喋って良い事と悪いことがあるのがまた面倒である。

敬礼をすると、別れる。

そしてリハビリをする。

筋肉にダメージが蓄積しているらしく、丁寧に回復させていく。肌もそうだ。前にスプリングアナコンダとやり合った時、全身に低温火傷を負った。あれを回復させるために、なんども痛い治療を受けた。

それでも回復しきらない面倒な状態だ。

医師は言う。

「貴方は充分過ぎる戦果を上げた。 出来れば、退役するか、アグレッサー部隊に入って、後続の指導に回る事をお勧めします」

「ありがたい申し出ですが、まだそれを受けられるかは分かりません」

「シャドウとの戦い、私のような素人から見ても、すぐに終わるとはとても思えません。 仮に噂になっている様なシャドウとの和平がうまく成立したとしても……その後平穏な時代が来るなんて、とても考えられないのです」

その時、菜々美はどうなるのか。

そう言われると、確かにその通りだ。

超世王は残念ながら、シャドウ相手以外には何の役にも立たない。

アニメに出てくるスーパーロボットが。戦車だろうが戦闘機だろうがなんでもばったばったとなぎ倒していく万能兵器であるのとは偉い違いだ。現時点でもアレキサンドロスVには勝てないだろう。

性能としてはその程度に過ぎない。

ただ、それがシャドウに勝てるという点だけで大きな戦略的な価値があり。

特に新兵器を積載した場合、菜々美にしかほぼ扱えないという意味で。

まだ前線を離れるわけにはいかないのである。

それに、ノワールも膠着状態になってから連絡をしてこない。

何かしら連絡をしてくるなら、高圧的に屈服でも要求するような事はないだろうが。人間を一箇所に集めて、それで特区で暮らせとか言い出す可能性もある。

いずれにしても、アトミックピルバグが進んできたら終わりという現状。

もう人間が、どうこうできる事態ではなかった。

あれを簡単に斃せる兵器を仮に姉が開発したとしても。

それでも、二体相手とかは無理。

それが限界というものだ。

それを伝えておく。

医師は、大きなため息をついていた。

「リハビリで多少は改善するとは言え、恐らく何かしらの切っ掛けがあれば、あなたは真っ二つに折れる棒のように壊れて、以降は病院から出られなくなるか、下手をすると車いすでの生活になると思います。 それは覚悟を決めておいてください」

「分かりました。 その程度で良いのなら」

「……お大事に」

診察を終える。

それから、一月ほどリハビリをする。

何度か説明を受けたが、基本的に小手先のリハビリでどうにかなる状態ではないらしい。全身に蓄積したダメージは想像以上に大きいようで、すぐにはとても治せはしないのだそうだ。

まあ、それは仕方が無い。

歴史上倒した記録が明確に無かった中型に初めて土をつけ。それ以降も中型を次々に倒して来た代償と言うべきだ。

そしてあの絶望の権化とも言えるアトミックピルバグにさえ土をつけたのだ。

これだけやれば。

よくやれたと言えるだろう。

勿論それを自己満足で済ませてしまってはいけないが。

後続に引き継ぐにしても、呉美大尉でも恐らく同じように扱うのは無理。更に言えば、呉美大尉にまたこのボロボロの体になる人生を味あわせるのは。

ちょっとばかり、気が引けるのだった。

退院。

リハビリのメニューについて、色々言われた。とにかくもう小手先ではどうにもならない状態だ。

退院した頃には、選挙が始まっていた。

神戸の新しい市長。

そして、新しいGDFの代表の選出である。

今三人の候補が出ているようだが、経歴を見る限りどれもロクな連中ではない。天津原は無能だったが、一人はあからさまに無能を通り越して有害。ろくでもない思想に染まっているのが一発で分かる。

もう一人は反シャドウを訴えていて、アトミックピルバグを倒す作戦を実施するとか公約に掲げている。

アホかとぼやきたくなる。

倒そうにももう弾薬がないっていうの。

今必死に弾薬を生産しているだろうが、いずれにしてもあいつは基本的に飽和攻撃を続けないとダメージをそもそも与える土俵にすら立てない。

世界中の大きめの都市の近くに奴が現れている現状を考えると。

アトミックピルバグをはじめとして、シャドウをまとめて駆逐する何て絵空事。間違っても口になど出来ないはずだが。

三人目はなんとも無害そうな男で、だがそれが不安でもある。

いっそ、広瀬大将に出馬して貰うという手もあるのではと考えたが。広瀬大将は基本的に政治家に転身するつもりはないようだ。

それに、もしもこれからまだシャドウとの戦闘が続く場合。

広瀬大将が前線から離れるのは著しく困る。

さて、どうしたものか。

そこで、新たな候補が出た事を知る。

それを見て、流石に菜々美も驚かされていた。陰険そうな糸目。

知っている。

市川中将だ。

いや、選挙に出るにあたって退役したらしい。

軍での実績を上げた退役軍人。それもまだ若い。この間のクーデターの鎮圧にも功績。それらの話題で、一気に票が集まり始めたようだった。

なるほど、確かにこの状況で秘密警察のボスをやるくらいだったら、こっちの方がまだマシか。

それに上手く行けば、広瀬大将の上司の座を得られる。

あまり仲が良くなかったという二人である。

確かに、これは千載一遇の好機かも知れなかった。

広瀬大将に聞いてみた所、退役する前からこの件について準備を進めていたらしい。それもあって、今苦虫を噛み潰しているそうだ。

確かに無能だが、無害であった事だけが取り柄の天津原に比べると、市川中将の方がまだマシだろうと言うのは分かるが。

それにしても、これは。

ちょっと菜々美は、これから会議に出るのが怖いかなと、一瞬だけ考えてしまった。

 

選挙は結局市川の圧勝に終わった。

菜々美は結果を聞きながら、基地で訓練に励む。まあそうだろう。他の候補と違って、明確にシャドウ戦での実績持ち。

師団長の誰かが市長選に転身しても、圧勝だっただろうが。

今回は特に広瀬大将の腹心で、参謀をしていた人物というのを聞いて。カスみたいな候補しかいない事に嘆いていた市民が、一斉に投票したという事情もあるそうだ。

それを聞いていると、色々と複雑な気分になる。

いずれにしても文民統制は基本だから、今後は市川中将ではなくなるのだが。

さて、どうなるか。

市川が代表に正式就任したのは、それから四日後。

明らかに無害なだけだった天津原は、今後は病院で余生を過ごすようだ。胃に深刻なダメージがあること。鬱病が限界を超えてしまっている状態であること。これらもあって、もうとてもではないが重責が掛かるGDFの代表をこなせる状況ではないらしい。

まあ実際に病院で会ったときは、そうとしか思えなかった。

さて、会議だ。

とりあえず顔を出す。

今の時点で、人口、更にシャドウを倒して来た実績という点で圧倒的なのは神戸だ。北米は全部あわせて200万程度の人間しかいないが、神戸だけで350万人の人間がいる。

これは東京や大阪から逃げ込んだ人間が集まった結果だが。

一億三千万の日本人の内、350万しか生き残れなかったと言う事も意味している。特に飛行機や電車で逃げようとした者は皆殺しの憂き目にあい、必死に神戸に逃げ込んだ人々の大半は徒歩だったそうである。

いずれにしても神戸は現在世界的に圧倒的な人口をもつ都市であり、故にGDFの本部が置かれている。

そしてその代表に。

市川が、今座った。

左側に嵐山が立っている。かなり絵になる。

くせ者のボスと、出来る老副官。

その上、軍神とまで崇拝されていた広瀬大将の副官だった人物である。最初は会議に出ている者も様子を見ているようだったが。

市川の実績を知っているからか、それであまり挑発的な発言はしないようだった。

「それでは会議を始めます。 今日からは代表に就任したこの市川が会議の音頭を取らせていただきます」

「文民統制は守れているのかね」

「私はこの度政治家に転身して、軍籍を離れました。 その点では問題はありませんよ。 それと、最初にこれを公開しておきます」

プレゼンではないが。

データがばっと表示される。

なんとここ十五年の市川の収入全部と、資産の変動状況についてだ。つまり家計を全部丸ごと晒したことになる。

現時点で市川はそれほど金持ちではないようだ。

確か選挙資金の貸与制度があると聞いているが、恐らくはそれを使って選挙に出たのだろう。

三バンの時代の終焉。

今回市川は、広瀬大将の副官という知名度と実績を持って、いきなり現在世界首都に等しい神戸のトップの座についた。

そういうことであったらしい。

これが全て計算尽くなのか、それとも運が良かっただけなのかまでは分からないが。ともかく、強かに動いたものであると菜々美は感心する。

「今後も家計簿は公表しておきます。 不正などがないかどうかは、常に確認なさるとよろしいでしょう」

「……分かった。 それで就任の話だけかね」

「いいえ。 主要議題はシャドウ対策の戦略についてです」

いきなり来たか。

ともかくまずはこれからだ。

強攻策なんて採られたら終わる。

一応文民統制なのだ。

広瀬大将も立場が変わった市川に対して、警戒する視線を向けていたが。意外と、まっとうなことを市川は言い出した。

「結論から言いますと、現時点では、シャドウに対して勝ち目はありません。 特にアトミックピルバグを刺激すると、全世界の主要都市がひとたまりも無く壊滅させられる可能性があるでしょう」

「それでどうするのかね」

「現時点では、各国は内政に注力。 それと船舶の開発を強化してください。 ノワールと名乗るシャドウらしき存在の言葉を信じるのであれば、バラスト水などの海洋汚染を出さないようにする事で、攻撃を避けられるはずです。 空路は現代の技術力では正直大気汚染を引き起こさないのは無理でしょう。 当面は海軍技術の再建を急いでください。 これは各国で情報と技術を共有し、まずは海路の安全を確保します」

神戸からもデータを出すことを市川は提言。

それで多少は他の国も態度が柔らかくなったようだった。

ただ、まだシャドウに対して敵意が強い国も多い。

「奴らにやられ放題で黙っていろというのか」

「むしろ25年何もできなかったのを、中型を多数倒し、相手のよりランク上の個体を引きずり出しただけでもよくやれている方でしょう。 今は超世王セイバージャッジメントの機能をそれぞれ兵器転用し、軍の再編制を進めるべきです。 広瀬ドクトリンに従って、ね」

随分と論理的だ。

それに生き生きとしている。

市川は天津原と違って、リーダーシップを優先的に取っていくつもりらしい。というか、これをやりたかったのだろう。

そして市川は実際広瀬大将の参謀として実績を積んでいる。

広瀬大将は市川の人間的な性格を嫌っていたようだが、能力についての不満を漏らしたことがない。

それは何度か愚痴を聞いたことがある菜々美が一番良く知っている。

「それともう一つ。 軍内のMPの権限を強化します。 以前から設立を考えていた第五師団を規模縮小し、その代わりこれを実質的な秘密警察とします」

「!」

「き、君、そんな直球な」

「言葉を繕っても仕方がありません。 あんなばかげたクーデターで、多くの損害を出した直後です。 各国でも軍は再建のフェーズに入っている……筈ですが。 ともかく、同じように監視用の組織を作るべきなのではありませんか?」

誰もが呻く。

もう少し言葉を選んで欲しいと思うのは確かにあるが。

だが、確かに今までそういうのをしてこなかったから、クーデターみたいなばかげた事が起きたのだ。

これしか人間が生き残っていない時代なのにである。

それを思うと、市川の言葉にも一理は確かにある。

ただ、菜々美は挙手していた。

「憲兵に力を与えすぎてもどうせ碌な事にならないのは目に見えています。 権限強化といっても、横暴に振る舞わせても意味がないでしょう」

「ええ、それは勿論教育を徹底しますよ英雄殿。 今までの邪悪な弾圧者で精神異常者しかいない秘密警察とは違って、むしろスパイや利敵行為を摘発するための特化部署として組織するつもりです」

巧妙な言葉だ。

つもりとはいっているが、そうするとは言っていない。

要するに、そうなったところで後で幾らでもどうにでも出来ると言うわけだ。

嵐山は無表情である。

無能な天津原に苦労させられたからかも知れない。

市川は他にも次々に議題を決めていく。

議論に任せていた天津原とは、能力が根本的に違うのが分かる。しかも市川は、民主主義に従って権力を得たのである。

もしも市川が今後とんでも無い事をしても。

それは神戸にいた市民全員の責任だ。

だから、菜々美は嘆息するしかない。

今の時点では秘密警察を作るとか言うとんでもない事を抜かしている以外は、まともな政策を実施することしか口にしていない。

ならば、菜々美としては、それで満足するしか無かった。

「それでは会議の時間も予定丁度です。 これで終わります」

会議をずばっと切り上げられる。

そういえば、天津原の時は無駄な議論で会議が長引くことはしょっちゅうだったな。

これだけは有り難いか。

菜々美はもう一度溜息をついた。本当に大丈夫か心配になったからである。

 

1、大なた

 

改革が始まった。

天津原が今までなあなあで流してきた汚職やらが、まとめて摘発され始めたのである。そのやり方は徹底していて、公職の上位にいた官僚だろうと容赦がなかった。市川は軍に強力なコネを有しており、特に設立された第五師団、ほぼ公称である「秘密警察師団」は、完全に市川の私兵だった。

この辺りは市川が言っていた、広瀬大将の指揮下を離れて、第五師団の長になるという言葉の本当の意味だったのだろう。

事実、それにほぼ等しい状態になっている。

第五師団の長は聞いた事も無い人物で、軍隊経験者ですらない。正確には軍での経歴がない。

ただ驚くほど無口な女性で、格闘技術に関しては経験者の菜々美が遠くから見ているだけで分かる程のとんでもない手練れだ。

後で広瀬大将に聞いたのだが。

市川が育成していた非公認の特務の一人らしく。それで軍歴がないらしい。

組織戦に関してはほぼ無知な代わり、諜報戦と対人戦を徹底的に仕込まれているそうだ。

こういった戦闘技術も今は催眠教育で行える。

昔みたいに軍隊式のしごきとか、そういう士気を下げ問題を引き起こすものは今はない。それだけは救いだろうか。

ただそれが故に。

簡単に化け物を誕生をさせられるという意味もある。

ともかく菜々美としては、黙々と準備を整えながら、この先にどうするかを考えなければならない段階に入っている。

退院してから、基地で体を鍛える。

これも一日辺りの許容量を医師に言われていて。

携帯端末のアプリに設定して、超過しないように気を付けながら行動している。それくらい体の状態が良くないらしい。

それを理解しているから、狙撃の訓練もそこそこに切り上げる。

呉美大尉はいない、か。

何でも少佐に昇格するらしく、それもあって何かしらの手続きをしているらしいと聞いている。

佐官となると、今まで以上にやる事が増えるのが普通だが。

或いは菜々美と同じように、特務扱いになるのかも知れなかった。

基地から切り上げて、宿舎に戻る。

姉からメールが来ていた。

顔文字だらけで読みづらくて仕方が無いが、これは昔からなので内容は解析できる。とりあえず内容を見ると、アトミックピルバグに対しての有効戦術を今開発しているらしいのだが。

実行は無理だというものだった。

やはり奴には飽和攻撃が必要で。

もし倒すつもりだったら、GDFの弾薬庫がまた空になるという。

そして今、GDFの工場で弾薬類を必死に生産しているが。

材料が無限にあるわけでもない。

各地の国から物資は運ばれて来ているが。今は大型ホバー船を開発するのが始まっていて。それもあって物資の到着が遅い。

バラスト水を使用しないホバー船は、それなりに海に対する影響が小さい。

シャドウに対策するのとしては、考え方としてはありだ。

ただタンカーなどに比べると積載量が極めて小さい。また、外洋を長距離航行するのも難しい。

それを思うと、色々と課題は多い。

姉は今、それの手伝いもしているそうで。

楽しそうではあるが。

大丈夫かちょっと心配になった。

姉は電池が切れるまで動くタイプで、そういう意味では子供みたいなところがある。まあ、精神的には子供みたいなのだが。

電池が切れるまで動いて大丈夫なのは子供時代だけなのが問題で。

今は三池さんが側について補助をしているが。

もしも三池さんが結婚退職でもしたら、姉の活動は多分破綻する。

そういう意味もあって、可哀想だが三池さんには生活の自由なんてものはないだろう。

この間の戦いで負けて。

正直すっきりしたのは事実だ。

完全に負けたが。

あれは負けたのも仕方が無かったし。負けた上で、一矢報いたのだから、それで可とするべきである。

横になって、しばらくぼんやりする。

ノワールの奴、連絡を入れてこないな。

そう思っていると、メール。

ノワールではなかった。

市川である。

「英雄殿。 貴方に頼みたい事がありましてね」

「GDFの代表が、随分と軽い行動ですね」

「はっはっは。 まあ、この辺りは天津原代表とは違うということですよ。 私はずっと我慢してきました。 これからは好きなようにやらせてもらう。 それだけです」

そっか。

それはそれとして、何をしたいのか。

一応相手は代表だ。

天津原の悲惨な末路を見ているから、ある程度分かる。

精神が鋼鉄製のワイヤーで出来ていそうな市川でも、負担は大きいだろうし。無敵の精神を持つ人間なんて存在しない。

いるとしたらそれは人間じゃない。

だから、話は聞く。

「貴方の遺伝子データから作られた子供が、現在45人います。 人工子宮で育てられた子供が39人、貴方の簡易クローンが6人です」

「そんなにいるんですか」

自分でもちょっと驚く。

たくさんクローンが作られているだろう事は考えていたが。

腹を痛めて産んだわけでは無いが、何処の誰とも分からん相手との子供に等しい子が39人か。

ただ、こういうのはプライバシーの観点から、基本的に知らされないはずだが。

「それって確か法律違反では」

「今は危急時ですのでね。 貴方の体の状態は分かっています。 恐らくですが、後数回、中型が脅威になった場合、戦えれば良い方でしょう」

「……」

アトミックピルバグが膠着状態を作った今。

すぐに中型が攻めこんでくる可能性。

また、中型を倒さなければならなくなる可能性は減ったと言える。そういう意味では、シャドウとの交戦をすぐに行わなければならない可能性は減ったと言えるだろう。だが、その先にどうするのか。

何かしらの理由で、中型との交戦は大いにある。

だからこそ、何かしらの備えは確かに必要だ。

その点では、菜々美も市川には同意できる。だが、クローンの話をしてくるのは何故だろうか。

「クローンの内、一番年長なのが現在8歳になります」

「意外と年上ですね」

「クローンの技術がかなりまだ未熟な上に、以前の貴方はそれほど着目されてはいませんでしたからね。 だから一人だけ偶然で作られた。 その後、貴方が武勲をあげた事で、意図的に多数のクローンが作られたと言うことです」

「はあ」

まあ、はあとしか答えられない。

実際それは想定していた。

菜々美が死んだ後は、クローンにその特異点……ノワールの言葉だが。特異点としての仕事が期待される。

それは分かっていた。

だから、別に驚きはしない。

「この八歳の子を、これから軍向けに教育します。 素性は知らせませんが」

「ちょっと待った」

「どうしました」

「小官の後継者にするにしても、八歳の子供に何をさせるつもりですか。 流石に代表とはいえ横暴が過ぎるのでは」

市川は恐らくメールの向こうで笑っている。

やっと分かってきた。

こいつが広瀬大将に嫌われていた理由が、だ。

合理主義というのとはちょっと違う。

例えばだ。

菜々美のクローンが作られるのも、人工子宮で菜々美の遺伝子を半分持った子供が量産されるのも、それはいい。

今の時代だ。

それに菜々美もそれには賛成だ。

人間は万物の霊長とかいう妄想から解き放たれるべきだ。というか、今こそがポストヒューマンを作る試みをする好機だろう。

ありのままの人間が一番素晴らしいとかいうばかげた思想は、この世代で終わりにしなければならない。

シャドウが現れたのだ。

それについては全くもって同意できる。

だが、本人の意思と違う事をやらせるのは、せめて大人になるか。もしくは躾の範囲内での行動とするべきだろう。

少なくとも、八歳の子供……まだ催眠教育を受けている段階だろう子供に、軍での任務なんて強要すべきではない。

それについて見解を述べると、市川は即座に返してくる。

「その子供でだめならば、他のクローン体に同じ措置をするだけです。 そして、しばらくは平穏である今が好機。 シャドウは此方が動かなければ何もしないと言っていますが、それはあくまで圧倒的強者としての立場からの発言。 力の差を埋めていった場合、相手がどう動くか分からない。 そして当面は、シャドウ対策には貴方たち姉妹の力が必須になります」

「まさか姉も」

「ええ。 畑中博士のクローンも現在13人がいて、その全てが恐ろしく高いIQを有しています。 一番年長の子供は十歳で、現在既に軽作業などは許可される年齢になっていますので。 今後は畑中博士の跡継ぎとして、活躍して貰う事になるでしょう」

「……っ」

考えとしては正しい。

だが、それは。

大きく深呼吸する。

確かに、それは手としてはありだろう。だが、菜々美としては、他に何かないのかと言いたくなる。

シャドウは人間を滅ぼしに来たクリーチャーでも侵略に来たエイリアンでもない。

何かしらの別の目的で来ているし、現状の人間を尊重をする姿勢も見せている。

確かに、相手の気が変わったときに備えるのは必須だが。

他にやり方はあるのではあるまいか。

菜々美としては思いつかない。

感情的に市川に反発しても無意味だ。それが分かっているからこそ、余計に腹が立ってくる。

大きく深呼吸して、それで市川にメールを打つ。

「代案は。 それしかないというわけでもないでしょう」

「30程案は考えてありますが、これ以上の有効策はありませんね。 実際問題、超世王セイバージャッジメントを貴方以上に動かせるパイロットはいません。 これについては、呉美大尉というテストパイロットのデータを調べて分かっています。 呉美大尉は軍でも屈指のスコアをたたき出しているエースで、昔だったら恐らく空軍で撃墜王になったいたでしょう。 ですが、呉美大尉ですら貴方ほどの腕ではない。 そして訓練などのデータを見ましたが、呉美大尉は貴方を兵士として全ての点で上回っています。 本来だったら、呉美大尉の方が超世王セイバージャッジメントをより完璧に操作できるはず。 だが、シミュレーションの結果を見ても、実戦の戦果を見ても、貴方に及ばないのは明らか。 貴方である必要がある。 そうとしか結論出来ないのです」

「それで小官自身であるクローンを用いると」

「残念ながら、技術的な問題で、成人のクローン体はいきなり作り出せません。 色々と研究は進めているのですが、どうしても急速成長には無理が出ることが分かっていましてね。 ああ、人体実験はやっていませんよ。 マウスなどで今はやっている段階ですが、急速成長でのクローン精製は、体が崩壊してしまうことが分かっています」

次々と退路を潰してくるな。

いずれにしても、うんざりだ。

確かに広瀬大将が此奴を嫌う理由もわかった。今、菜々美も此奴を嫌いになった。

合理性の権化というのとは少し違う気がする。

こいつには、何かの……ドス黒い悪意みたいなのが、見え隠れしている。それがどうにも分かってしまうのだ。

これは海兵隊で、へらへら笑いながら菜々美を死地に送り込んで。

生きて帰ってきたのを見て、舌打ちをしていたクズ兵士どもを見た感触に似ている。あれと全く同じではないが。

「いずれにしても、正式に会議で決めてください。 代表」

「そのつもりです。 まあ反対意見も出ないように現在調整をしている状況です。 それと……」

「それと?」

「何カ国かは、貴方のクローンを欲しがっています。 超世王セイバージャッジメントとパッケージ化して売って欲しいとね。 天津原代表の頃からそうでした。 これは何も私が始めた事業ではないことを知っておいてください」

メールのやりとりが切れた。

クソが。

そう叫んで、携帯端末を床にたたきつける。昔のスマホだったら破損していただろうが、これは軍用のものだ。

ぶっちゃけ象が踏んでも壊れない。

だから、破損は気にしなくてもいい。

何度か深呼吸して、それで感情を整理する。

分かった事がある。

天津原は無能で無学だった。だが同時に、こういう事を通しもしなかったのだろう。

善人ではなかった。

後で分かってきた事だが、市長時代から公費を横領していたようだし(些細な額ではあるが)。愛人を囲ったりと、私生活では相当にだらしがなかったようだ。

それでも、ある意味では一線は越えていなかった。

市川は違う。

他の国でもそうだが、クーデターを起こしたり。

市民と称して暴れ回る連中と同じ。

こんな状態でもエゴを振り回して平気な顔をしているアホと、ある意味同じ地平に立っている。

昔だったらこう言ったのか。

サイコ野郎と。

だが、優秀な奴なのも事実だ。優秀な奴ほど、倫理から外れていくというのも良く聞く話である。

それに、だ。

そもそもとして、確かに奴が言う事には一理はある。

一理はあるが、それでも踏み越えては行けないラインを平気で踏み越えてきているのも事実だ。

ため息をつく。

確かに、菜々美が倒れた後、超世王を動かせる人間はいない。

呉美大尉でも無理なのは分かっている。その内少佐になるのだろうが、それでも同じである。

それに姉の負担が激甚なのも分かっている。

姉と同じ知能の持ち主が仕事を分散負担したら、確かにマシになる。

それにそれに。

これがあくまで感情的な嫌悪感から来ている事であって。

論理的には市川が言う事の方が正しいことも、菜々美には分かる。だからこそ、頭に来るし。

頭に来るからと言って否定していたら。

頭に来るからと言ってクーデターを起こしたあのアホ元大統領と同じになる。それだけは、菜々美も嫌だった。

ともかく、姉と相談する。

姉は話を既に聞いているという。まあ、これは市川の会話にもあった。そして、姉はノリノリだ。

三池さんの胃が溶けて無くならないか心配だ。

姉一人の面倒だけでも大変だろうに。

まさか三池さんまで増やすのか。それはそれで色々となんというか。言葉も出ない。

幸い今の人工子宮で生まれてくる子供やクローンは、いわゆる新生病を持っていない。ただ、新生病がどうして生じたものなのかは、今も良く分かっていないそうである。

同じような事をする場合は、広瀬大将も。

いや、確か広瀬大将は新生病持ちだったはず。クローンについては本人も慎重だろうし。

ちょっとそれについては分からない。

ただ、そもそもポストヒューマンの作成には前向きなのは菜々美も同じ。

そういう点では。

これは、転換点なのかもしれない。

ナジャルータ博士にはこれは言わない方が良いだろう。一応機密事項になるだろうから。

ただ、それでも。

まずは考えに整理が必要だ。

そしてまずやるべき事は、残りの時間。

あまり長くないシャドウと戦える時間の間。出来る事を、するだけしかない。

深呼吸からだ。

こう言うとき、菜々美は一つずつやるようにしている。

海兵隊時代、小型が彷徨く地域に一人で放り出された時も、そうして生き残った。今は頭に血が上っている。

理屈では正しいと分かっている事が、頭では正しいと理解出来ていない。

だから頭でも正しいと理解出来るようにするところからだ。

深呼吸して、それから三池さんが冷蔵庫に入れてくれていた菓子でも食べる。

時間をおいても大丈夫なクッキーとかがあるので、それをしばらく無心に頬張って、心を落ち着かせると。

それで、ようやく頭が冷えてきた。

こんなことくらい。

一瞬で切り替えられるようになりたいものなのだけれども。

なかなか上手く行かないものだなと思う。

ポストヒューマンを出現させるのであれば。

それは菜々美や姉、広瀬大将みたいな、シャドウとの戦いでもっとも成果を上げてきた存在が、最初に試験台になるべきであって。

そういう意味では、市川の言う事は非人道的ではあっても、何も間違ってなどいないのである。

お湯を出して、自分でインスタントの紅茶を作る。

茶葉そのものが殆どないから合成だし、はっきりいって美味しくないのだが。それでも温まる。

クリームやミルクを入れれば、味も誤魔化せる。

それでしばらく落ち着いた後。

嘆息して、それで考えをまとめていく。

菜々美のクローンを鍛える。

実戦投入は最悪の場合に備えて、の話だ。少なくとも菜々美が戦える時間に黄色信号が点った今、後継者の存在は必須。

呉美少佐はかなり出来るが、それでもやっぱり菜々美ほど超世王を扱う事は出来ないし、これは今後もそうだろう。

あれは名人芸と才能で動かすものだ。

そういう意味では、市川の言う事に賛同し。

積極的に後継者を募るべきだ。

問題は菜々美のクローンだからと言って同じ事が出来るかはかなり怪しいという事であって。

それについては、実際に超世王を触らせて試すしかない。

もしも素質がありそうだったら、菜々美が動けなくなる前に一人前に育てる。

無理そうだったら。

とにかく適性がある人間を見つけるしかない。

今は同性の遺伝子でもクローンでどうにか子供を作れる筈。最悪の場合、菜々美と呉美少佐の遺伝子的な子供とかでも良いだろう。

だが、菜々美の遺伝子が、超世王を操作するのに特化しているのかはちょっと疑問が残る。

この事については、姉に相談し。

幾つかのデータを取った後。

市川に提言し直して、それで実験の後に試して貰うしかないだろう。

これからのGDFの仕事は、シャドウ相手に奴隷とならないための戦力の担保である。

シャドウは今の時点で人間を支配する事に興味が無い。

放任主義と言って良いだろう。

だが、アトミックピルバグを繰り出して来た以上、今後はどういう風に動くかはまったく分からない。

もしも人類がまだバカをやらかすようだったら。

今度こそ抹殺に動くかも知れないし。

奴隷化をしようとするかも知れない。

奴隷化というのは穏当な言い方か。

人間がやってきた行動としては、家畜家が近いと思う。いや、愛玩動物化……ペット化かも知れない。

それをされてもおかしくないくらいの力の差があるのだから。

今はそうさせないように力の差を縮めなければならず。

なんにしても、超世王の改良と、それを操作できる人間の育成は、必須なのである。

しばし頭に糖分を入れて。

それでベッドで横になって気分転換をして。

考えはやっとまとまった。

流石にいきなり市川にそんな話をするつもりはない。まずは姉と三池さんに相談をしてみる。

全てはそれからだ。

一眠りすると、更に考えはしっかりまとまっていた。

京都工場に出向くと、姉は久々にまったりとティータイムを楽しんでいた。三池さんがシュークリームを焼いてくれて。それを整備工のおっちゃん達にも振る舞っている。菜々美も有り難くいただくことにする。

話のことは二人とも分かっているのだろう。

軽くのんびりした後は、部屋を変える。

三人だけで話すべきことだからだ。

「市川代表の話についてだけれど」

「私は乗るつもりだけれど、菜々美ちゃんはどうするつもり?」

「畑中少将、貴方は自分の考えで動いて良いと思います。 手段を選ばずに動いていたら、多分畜生に落ちると思いますので。 市川代表の話は理にかなってはいますが、それでも道理を踏み外すギリギリにあります。 最終的に判断するのは、畑中少将でかまわないと思います」

三池さんは優しいな。

何より菜々美の自主性を重んじてくれている。

この人、時代が違えば良い母親になったのだと思う。

シャドウが現れる前の時代は、それこそ男女での対立なんて言う最果ての時代そのものの事が起きていたらしいのだが。

そういう時代でも、いい母親をやれていただろう。

ばかげた母親の中にあるネットワークでは孤立した可能性もあるが。

群れを作ってくだらないローカルルールで上下関係を常に確認するような連中に混じる必要なんてない。

「ありがとう三池さん。 私は市川代表の提案に乗るよ」

「良いんですね」

「ええ。 ノワールも市川も言う事は腹立つけれど、言う事に一理はあると思っているんだ。 実際問題、既に人間は地球の支配者として我が物顔に振る舞っていた時代を終えている。 滅茶苦茶に地球を蹂躙して、第六の絶滅期を作ろうとしていた時代が終わったのだから。 後は後継の種族にバトンを渡すか、或いはその後継の種族に変わっていく事が重要なのだと思う。 そのためにはシャドウに好きかってされないための力と技術を蓄えなければいけないのであって、それには私と姉貴の協力が必須だから」

「分かりました。 それでは、私もお二人に協力します」

自分で決めた事だ。

市川は間違っても善人などではない。それは分かっている。

それでも、奴が言っている事に、今の時点では間違いは無い。それが分かっているからこそ。

今は。その話には、乗っておくべきだった。

 

1、後続のために

 

まだ人類のクローン技術は未熟だ。

シャドウが現れた直後くらいに、どうにか出来るようになったこの技術だが。懸念されていた通り、当初は遺伝子の劣化も引き起こされたし。何よりも完全再現も出来なかった。

今でも遺伝子データを用いて、人工子宮で子供を産みだしているのと、クローンで子供を作るのを併用しているのは、それが理由。

最終的にはクローン技術にそれを統合していく予定であるという。

そのクローンを作っている医療施設に、視察に行く。

急速育成の技術は存在していない事もある。

流石に硝子シリンダに子供がぷかぷか浮いているようなことはないが。

まだ子供の形をしていないちいさな塊が、人工的に作られた羊水の中に浮かべられている。

そういう装置がずらっと並べられている。

人間が子供を作りたがらなくなった今の時代。

こうしないと、あっさり人類は滅びる。

だったら、此処に手を入れるしかない。

人類にとって、子供を作らなくなった理由はよく分かっていない。増えすぎたのが原因という説もあるにはある。

だが、古くに発展した大帝国も、同じような理由で衰退したケースが幾つか見受けられると言う話もある。

単にエゴが肥大化しすぎたのかも知れない。

人権という大事なものを、金に換えて売りさばくような連中が好き勝手やるような時代がシャドウの現れる前にはあった。

自分さえ良ければ他人をどうしてもいいと考える人間が、あまりにも増えすぎていた。

だからこうなった。

研究施設を動かしているのは、田丸という中年男性だ。

なんでもいわゆるDQNネームというのをつけられた最後の世代であったらしく。シャドウによる攻撃から生き残ったあと、改名したらしい。

昔の名前は思い出したくもないそうだ。

今の時代は、そういったものをつける事は禁止されている。

ただ、そもそもとして、結婚して子供を作る事がほぼ無くなっている今の時代である。

AIが自動的に名前を割り振っている事もあって、この法律はほとんど使われる事もないようだが。

今回の視察は菜々美だけである。

姉は元々、こういうテクノロジーが好きらしいので、専門分野でなくても興味があったら見に行くらしい。

三池さんはそれにつきそいと。

とりあえず、こうやって菜々美も生まれてきたんだなと思うと。

色々と思うところもあった。

新生児がたくさん、育児用のロボットに世話をされている

育児用のロボットは人間の姿を模しているが、流石にこれはかなりの高コストの品であるらしい。

乳幼児は遺伝子上の親を見分けるなんて俗説もあったらしいが。

それはこの施設が本格稼働してからは、完全に否定された。

完璧にビッグデータから乳幼児を扱う方法を学習しているAIが、子供に沿って必要な育児をしていて。

乳幼児から新生児まで。子供はロボットに完璧になついていた。

その様子を見ながら、菜々美は質問を幾つかする。

「来る前に資料を見てきましたが、今では子供の95%が此処から生まれてきているんですね」

「はい。 人権を食い物にしていた人間達が、シャドウが現れる前には、結婚制度も夫婦のあり方も徹底的に破壊してしまいましたからね」

「色々と資料は見ていますが、酷い時代だったようですね」

「私達の上の世代くらいから歪みが顕著になったらしく、生涯男女交際さえしないような人が既に四割くらいいたそうですよ」

そう言われてもぴんと来ないが。

まあ、一応催眠学習でその辺りの歴史についても知ってはいる。

生物的にいうと人間の発情期は、繁殖にもっとも適した十代前半くらいから始まるのだが。

その欲望に振り回される人間も多かったそうだ。

ただ、男女でこの辺りの欲望は全く違う。

愛だのなんだのという話は幾らでもあったが。

男女で愛の考え方も体の構造も違うのである。

余程互いの性格的な相性でも良くない限りは、結局発情期に互いに理想を押しつけあって子供を作り。

その後は社会的な義務として惰性で子供を育てる。

そういうものであったそうだ。

そういう時代が終わった後は、自分達の理想の異性像を二次元などにて表現することが流行った。

欲求そのものはなくならなかったから。

そういうところで、皆落としどころを作らなければならなかったのだろう。

不毛だなと菜々美も思う。

そういうもののデータは見た事があるが。男女ともに好む相手の実像が現実とかけ離れているという点では同じだ。

それでありながら互いを気持ち悪いと嫌いあっていたらしく。

シャドウ出現前くらいには、男女で何らかの接触を持つことそのものがリスクという時代さえ来ていたらしい。

シャドウが来なくても、世界はじきに滅んでいたか。

或いはどっちかがどっちかを家畜化する、この世の地獄が到来していたのだろう。

「あの子達は、もう少しで基礎的な精神発達が終わります。 そうしたら、それぞれが育成用のロボットに連れられて、催眠教育を終えるまでは家庭生活をすることになります」

「私の時代より更に小さいですね」

「技術が進みましたので」

そうか。

25年。シャドウと交戦しなかったのは、無意味ではなかったんだな。

菜々美の頃はとにかくもっと色々大変だった記憶があるので、今の子供はそれよりも楽に暮らせている訳だ。

十歳くらいで軽作業なら出来るくらいに教育が誰でも終わる。

昔IQは生涯変わらないとか言う暴論が流行していた時代もあったらしいが。

教育のシステムがビッグデータから拾い出されるようになった今。

極端に知能が低い子供なんてのは殆どいなくなり。

ほぼ全ての子供が、シャドウ出現前の水準で言うとIQ130以上の知能を持っているらしい。

これは如何に昔の教育のシステムが未完成で。

親やら駄目な教師やらに、たくさんの子供が未来を潰されたかの証左であるそうだ。

「畑中少将は、それにしてもどうして視察に。 誰か子供を引き取るおつもりで」

「いえ。 色々とありまして。 機密です」

「そうですか。 いずれにしても英雄に会えて光栄でした」

「……」

敬礼をして、そして施設を去る。

子供達は大人の姿をしたロボットと接して基礎的な学習を終え。学習が終わってから、本物の大人と接する事になる。

これらを見ていても、既に人間の生物としてのあり方は古くとは違ってしまっていると言える。

悩んでいたのが馬鹿馬鹿しくなってきた。

人権がどうのとクローンの技術が出てきた時には色々言われていたらしいが。

実際に動かして見ると、むしろろくでもない親に育てられる方が余程子供の人権を滅茶苦茶にしていたと言えるのでは無いか。

少なくとも、あの施設で育てられている子供達は、育児用のロボットに育てられて不満そうにはしていなかったし。

言動が非人間的かというと、そんなこともなかった。

既に人間が「動物」としては終わっていた。

だったら、あのあり方は、何も間違っていない。

それは見ていて良く分かった。

だったら、それで良いではないか。

嘆息して、次に向かう。

次は、顔見せだ。

一つずつ、順番にこなして行くことになる。

市川も八歳の子供をいきなり実戦投入しろとは言っていない。シャドウとの戦いが完全に行き詰まった今、無理に仕掛ける意味は無いし。そもそも当面は弾薬もなくて動けないのだ。

姉の方は、自分の遺伝子データを受け継いだ子供を、既に見にいっているらしいが。

菜々美はこれからだ。

黙々と神戸を歩く。

半地下都市だが。

だからこそ、どんな時間でも明るいし。それに、治安も気にしなくて良かった。

 

現在の家屋は殆どが集合住宅である。菜々美も神戸の住宅区画に家を持っているが、家庭用のロボットに管理は任せてしまっていて、ずっと戻っていない。

中には地上に豪華な家を建てたがる者もいるようだが。

シャドウが来た場合、どんな豪邸だろうが一瞬でふっとぶ。

そういう時代だから、その手の輩はごく少数。

国の方で生活スペースを供給してくれるのだから、それでいい。

これも最初は不満が多く出たらしく。

実際混乱の中、暴徒が暴れたりもしたらしいのだが。

シャドウとの戦いが続いた結果、それも既になくなっている。今では静かに、それぞれの人間に与えられた家屋に、人が暮らしている。

家屋の整備は専用のロボットがやっている。

故に劣化もないし。

違法建築などもおきない。

火事などここ五年起きていないそうだ。

いずれもが管理ロボットが丁寧に監視して回っているからで。小火の兆候があれば、家庭ごとに配備されている管理ロボットが即座に消火に動き、それでもダメならもっと大きな消防システムに即座に通報が行く。

これも、昔はディストピアだとか文句を垂れる人間が多かったらしいが。

暮らしてみたら、誰も文句を言わなくなった。

その好例だろう。

案内された家で、顔合わせをする。

護衛の兵士は外で待機。

菜々美は、その子と顔合わせを側でした。

市川が言う所の自分のクローンだが。技術がまだ未熟と言う事もあるだろう。やっぱり昔の菜々美には似ていない気がする。

表情も穏やかだし、ガツガツしたところも全く無い。

むしろ大人しそうな物静かな子だ。

一応スポーツなどに適性はあるそうだが、幼い頃からとんぼを切っていた菜々美にはまるで及ばないようだ。

何よりまだ催眠教育の最中である。

現在の教育の進展からして、軍属になるにしても後二年。最低でも必要だという話ではある。

催眠教育の途中であっても、子供は普通に大人に接する。

ロボットの付き添いで買い物に出かけたり。

或いは軽作業などをリモートでやったりするからである。

だから、相手の子。

武田絵美というのか。

まあ、姓も名前も菜々美とはまるで違うが。

その子は、菜々美を見て物怖じするようなことはなかった。

「畑中少将が私なんかになんの御用でしょうか」

「いや、色々あって。 うーん、話しづらいな」

「私もです」

やっぱり違う人間だ。

クローンの技術もそうだけれども。育ちなどが違うと、どうしても人間は別の存在になるのである。

それは今、側で接してみて分かった。

軽くゲームを一緒にしてみる。

これは超世王のパイロットをやる過程で、呉美少佐も訓練としてやったものであるらしいのだが。

勿論プログラムは姉が組んだ。

それで複雑極まりない操作に対する適性を見るものなのだが。

随分と絵美は苦戦している。

自分とは違うな。

菜々美はこのゲーム、初見で記録的なスコアをたたき出し、姉が大喜びしていたのだが。

育ちの問題じゃない。

この絵美という子、決して全体的な評価は低くない。運動神経に関しても水準以上のようである。

緊張が原因だろうか。

いや、それもなさそうだ。

ゲームは好きだと言っていたし。

少しずつ打ち解けていく過程で、普通に上達している。だが、上達の速度にしても、あくまで平均よりはマシ、程度。

つまりは、適性はない。

呉美少佐の方が、余程適性があると見て良いだろう。

用済みのクローンは処分とか、そういうことはしていない。この子はクローンとして生まれたかも知れないが、この後は社会を支える大事な人材になる。

無能な人事が「代わりは幾らでもいる」とか抜かして、人間を使い潰していた時代ではない。

だから、この子の未来は保証されているし。

それが軍属で、シャドウ相手にすり潰されないのなら、それで充分である。

軽く話をしてから、絵美の家を去る。

そして、即座に市川に連絡を入れた。

「例の子と会ってきましたが、超世王を操作させるのは止めた方が良いですね。 そもそも私の代替にはなりません」

「ふむ。 監視カメラで見ていましたが、概ね理由はわかります。 ただ、年齢を重ねれば結果は変わるのでは?」

「その可能性はありますが、そもそもとして私の遺伝子にこだわる必要はないと言う事です」

「……分かりました。 いずれにしても貴重な人材です。 適性外の事をやらせて、潰してしまう事がないように手を回しましょう」

意外と物わかりが良いな。

とりあえず、宿舎に戻る。

兵士達が不安そうに視線をかわしているが。

咳払いすると、背筋を伸ばしていた。

「宿舎に戻ります。 護衛が終わった後は、各々の任務に戻ってください」

「イエッサ!」

「それにしても住宅街を視察ですか。 この辺りにシャドウが出る可能性が?」

「ゼロとは言いませんが、そんな可能性があるのなら、こんな軽装備で来ていませんよ」

そう事実を告げると、兵士達はほっとしたようだった。

まあ、それはそうだ。

螺旋穿孔砲を担いでいるとは言え、シャドウと至近で接触するのは文字通り自殺行為なのだ。

小型種でもそれは同じ。

動きが速すぎるので、どれほどの訓練を受けた兵士でも一瞬で殺される。

菜々美が来たのを見て、市街地にシャドウが潜伏していると思い込んだのかも知れない。まあ、確かにそれでは生きた心地もしなかっただろう。

宿舎にもどると、市川から早速データが送られてきた。

有望な兵士の一覧だ。

いずれも入隊直後の兵士達ばかりである。

超世王の……正確には姉が作った変態兵器の操作特性があるかどうかを見極めた上で。選抜をしてほしいということだった。

菜々美は嘆息する。

思うのだが。

菜々美のこの超世王との適性。

ひょっとして、後天的なものではないのかと、ふと思うのだ。

あのゲームで軽く絵美とやりあってみて、それでも思ったのだが。何かしらの理由で、後から出来るようになった可能性はないか。

姉は幼い頃から人間離れしていたし、一緒に生活していた頃は、はっきり言って人間だとは思えなくて怖かった。

思考とかが三段飛ばしくらいで行われているので、会話が成立しない事が時々あったのである。

そういう場合は、姉は即座に察して。

会話のレベルを菜々美に合わせてくれて、それでやっと話が理解出来るということも多かった。

だが、それは次元違いのスペックの差を示してもいて。

正直側でいて、ひやひやしたのは一度や二度ではなかった。

それを思うと。

ああいう経験をし続けたことが、菜々美が姉に対して耐性が出来た原因だったのではないかとも思うのだ。

メールが来る。

姉からだった。

姉の方もクローンとあって来たらしいが、見込み無し、らしい。

昔の人間が遺伝子にやたらこだわってきたのは何だったのだろうとちょっとばかり思ってしまう。

そもそもとして、本人に極めて近いクローンでさえこれだ。

本人の半分しか共通していない子供が、親と殺し合いになる例なんて、古くには幾らでも存在していた。

性格だって能力だって、親とは似ても似つかない事が幾らでもあった。

人間が盲信してきた遺伝子なんてこんなものだ。

それをまざまざと見せつけられる。

「そっか、それで姉貴、どうするんだ」

「どうもこうも。 有望な子を見繕って貰うだけかな。 幸い私の方は、時間にだいぶ余裕があるからね。 ただ私としては、菜々美ちゃんのために超世王セイバージャッジメントの装備を調整しているつもりではあるんだわ。 それ以外の人間が使いこなせるかは、ちょっと自信が無いかなあ」

「まいったな……」

「同感だね」

まあ、姉も困るときがあるというのは面白い。

とりあえず関係各所に連絡を入れておく。

このままだと、超世王は菜々美の世代で、使える人間が絶える事になる可能性が決して低くない。

困ったことに、デチューンモデルはそもそも実戦を経た後に、やっと調整を重ねて、普通のパイロットに使えるようになったもので。

それには人柱が必須だった。

菜々美はその人柱だったと言う事である。

新しい人柱なんて、そうそうはいないよな。それに自分の子供やそれに近い存在を人柱にするなんて、上手く行かないのも仕方が無いかも知れない。

ただ現実問題として。

人間という種族を変えなければならない時代が来ているし。

超世王は今後、何世代も掛けて、シャドウとやりあえる存在に変えていかなければならない。

斬魔剣もバージョンを上げながら、シャドウに対する必殺兵器として性能を上げ続けてはいるが。

それでもまだまだ全然である。

ベッドに腰掛けて、ぼんやりとする。

しばらく頭を使いすぎて、疲れたかも知れない。

まだまだ、明日以降は苦労が絶えないし。

姉は思いついたように超世王のバージョンを上げるので、それにつきあってシミュレーションマシンを動かさなければならない。

少なくとも、余暇などは得られない。

 

市川は、幾つかのデータを見て、ふむと唸っていた。

畑中姉妹はどうやら無二の存在であるらしい。

此処数日、畑中姉妹に色々と動いて貰った。その結果については、専門の監視班が分析を終えていた。

不正の形跡無し。

本気で調べている。その上で、接触したクローンには適性がないと判断した。その様子は疑う余地がない。

監視を行っていた人員。

AI。

双方の結論が一致していた。

側で佇んでいる嵐山に、意見を聞いてみる。

「首席補佐官、どう思うかね」

「私も同意見ですな。 そもそも偉大な政治家なり帝王なり軍人なりの子供がボンクラである例などいくらでもあります。 卑近な例で言えば、私も議員秘書時代に、先代は……まあ歴史を動かした英雄などに比べればボンクラも良い所ですが。 ともかく先代は切れ者だった政治家が、凡人以下である例も多数見てきました。 クローンが本人を完全にコピーするほどの技術が現在にはないこと、更には経験なども能力を左右しているだろう事を考えると、畑中姉妹の代用品となる存在は、簡単には見つからないかと思います」

「そうか。 ではどうすればいいと思う」

「焦る必要はないのでは。 シャドウとの戦いは、おそらく長くにわたるでしょう。 そもそもシャドウの側が、人間には恐らく何も期待していません。 しばらくは監視だけをしてくるでしょう。 その間に我々が行うのは、何世代も掛けて奴隷化されないための技術の発展、物資の蓄積、人材の育成。 人材の育成には、ポストヒューマン作成の試みも含まれるでしょうな」

概ねそうだな。

市川も同意見だ。

広瀬大将は、市川から見て悪くない上司だった。これはあくまで能力面での話で、性格面は決定的にあわなかった。

市川は若い頃から野心が強くて、競争心がどうしても強かった。

周囲を蹴落としてでも出世したいと思ったし。他の人間より努力して、比較的若年であの軍神広瀬大将の参謀長として活躍も続けた。だから、今こうして、広瀬大将を超えて世界政府の事実上の代表にまでなったのだ。

だからこそに、である。

シャドウの奴隷にされるのは気分が悪いし。

今までやってきたことが無駄になるとも思う。

なんなら市川の行動原理は。

ただ上に立ちたい。それだけだ。

それで頭を無駄遣いしている。

恐らく広瀬大将はそれを見抜いていた。

クーデターでバカ共が乱痴気騒ぎを起こしたときは好機だった。

自分の私兵として第五師団を抱えて、長期的に出世を考えたのを、即座に切り替えた英断は、自分でも褒めて良いと思う。

事実それで、夢を叶えたのだから。

「それでどうなさるのです」

「決まっている。 とにかく代替品を探せ。 リストアップを急げ」

「分かりました。 ただ、急ぐ必要がありますか」

「ある。 シャドウはノワールとやらを通じてアクセスしてきたが、いつ気が変わるか分からない。 いつでもその気になったら自分を滅ぼせる相手が側にいる。 こんな状態は変えなければならない」

勿論これは人間の理屈だ。

だが。

シャドウは市川が見た所、個としては生物では無いのかも知れないが。群としては人間なんかよりもよっぽど整理された頭脳を持っているとみていい。

思考も人間に近いと市川は考えている。エゴは持ち合わせていないし、欲求もないようだが。

失望が存在していた場合。

人間をいつ滅ぼしに掛かってくるか、知れたものでは無いのだ。

だから天津原のような無能が消えた今こそ。

即座にGDFを動かさなければならないのである。

市川も野心で動いているが、それだけではない。それは、市川自身が自覚している事であるし。

何より市川自身。

バカな判断をして、人類を終わらせるような、自殺行為に手を染めたくは無かった。

この間クーデターを起こしたような連中と同じになりたくない。

プライドが高い市川にとっては、それは割と重要な事だったのである。それも嵐山や広瀬大将は見抜いているかも知れないが。市川自身も、自分の器量が英雄には程遠い事など理解している。

だからこそ、英雄の上に立ちたい。

そういう面倒な宿痾の持ち主なのだった。

 

3、遭遇戦

 

舌打ち。

ノワールにメールを出しても、相変わらず黙りだ。

姉は相変わらず楽しそうに新兵器を作っているし、それで今シミュレーションが終わり。それを搭載して、演習に出ている。

見込みがありそうな新兵や子供との面談を何回かやったが、いずれもが大した力はなかった。

やはり遺伝ではなく後天的な経験が問題なのだろうか。

そう思いながら、超世王をアトミックピルバグの近くまで移動させる。随伴しているのは狙撃大隊二つ。

弾薬を必死に生産していて、少しずつ行き渡り始めているが。

アトミックピルバグとの戦闘で使い切った弾薬物資を補給するには、年単位での時間がいる。

そう聞かされているし。

何より超世王に積んでいる装備は、優先的に物資を回して貰っている事もある。

少なくとも菜々美には、周りに文句を言う資格は無い。

ただ、周りも超世王に対して文句を言うことはない。

アトミックピルバグを倒すには手段が他に無かったことはあの戦闘に参加していたものが皆知っているし。

何よりも、実際アトミックピルバグを倒したのだから。

広瀬大将から連絡。

何かあったのかも知れない。

「此方畑中少将。 何事でしょう」

「すぐに若狭方面に向かってください」

「分かりました。 反転!」

随伴している狙撃大隊二つに指示。

そのまま、超世王で現地に向かう。

今回は斬魔クナイを搭載していないこともあり、時速80qちかくは出る。昔の戦車は重すぎて地面にめり込んで進めなくなるなんてこともあったらしいが。

今の時代の戦車は、それらに対しての対策もあり。

しっかり動けるようになっている。

戦車をベースにしている超世王もそれは同じ。現在メインのベースとなっているアレキサンドロスVも、対人を主眼に置いた戦車としては優秀なのだ。

あくまで対人兵器としてなら。

ジープもこの際に一気に新型に刷新しようという動きがあったらしい。

今狙撃大隊が乗っているのは57式陸上四輪駆動車。

まあジープなのだが。

螺旋穿孔砲との連携を主眼においており、狙撃手のための支援システムを搭載している他。

小回りがきくようにしていて。

更に最悪の場合、小型シャドウに対してある程度引き撃ちが出来るように、整地機動をかなりパワーアップしている。

時速も100qを出せる他、舗装道路ならもっと速度を出せるそうだ。

まあ今はそれを出してもあまり意味がないのだが。

舗装道路なんて都市部にしかないし。

都市部にシャドウが入り込んだらもう終わりなので。

また、歩兵戦闘車にも、完全無人型ではなくて、支援AIを搭載しており、螺旋穿孔砲を扱いやすいように支援するシステムが搭載されている。

いずれにしても、少しずつ名人芸でなくてもシャドウを斃せるようになっているのだが。

これらはシャドウと戦った兵士が、それぞれ要望を姉に出し。

それを姉が取り入れた結果、研磨されてきたシステムである。

多数の被害の上になり立っているものであって。

姉が天才だから簡単ポンに造れたものではない。

無言で移動を続けていると、追加で連絡が入る。若狭の方で展開しているスカウト11が、シャドウの妙な動きを確認したという。

向こうからは手出しをしない。

そういう話だった筈だが。

ただ、気が変わる可能性だってある。

ノワールの奴、何か悪さを企んでいるかも知れない。

小競り合い程度で済めばいいのだが。

スカウトと連絡が取れた。スカウト11は、現在バイクで移動しながら距離を取っていると言う。

「グレイローカストの群れがびっしり山に貼り付いています。 アトミックピルバグに押し出された集団と見て良さそうなんですが、それにしても数が多いのが気になりまして」

「いや、常に監視をしているスカウトの判断であれば、調査に出向きます。 戦闘を想定した部隊ではないのですから、即座に後退してください」

「イエッサ!」

「さて……」

グレイローカストの群れなんか、まともにやりあって勝てる訳がない。

あの例の対グレイローカストのMLRSも、今は軍基地に引っ込んで整備中。一応弾は装填してはあるのだが。

元々巨大な装備だし、前線に素早く展開して射撃というのには向いていない。

どちらかというと待ち伏せ用の兵器だ。

それもあって、グレイローカストの群れが襲ってきた場合は、手持ちの装備でどうにかしなければならないが。

そうなった場合。相手に出来る数は精々数百までだ。

一旦停止。

距離を充分に取って、様子を見る。

グレイローカストが羽を広げて、何かしているのが見える。飛ぼうとしているのだろうか。

だが、こっちに向けて飛んでこないのならどうでもいい。

とにかく監視を続行。

「畑中少将。 援軍を呼んだ方が良いのでは」

「援軍なんていませんよ」

「……」

弾薬がない。呼んだところで、弾よけにしかならない。それが現実である。そしてシャドウの機動力、火力から考えて、弾よけなんぞ何の役にも立たない。それは今も変わっていないのだ。

ともかく今は、何が起きているのかを見定めなければならない。

現状、超世王には今まで有効だった装備に加え、姉が作った新兵器を搭載している。これがまた尖った代物で、そもそも何を相手に使って良いのかよく分からないものなのだけれども。

最悪の事態には、常に備える。

菜々美はしばし、状態の観察に努める。

やがて、グレイローカストが飛び立つ。一斉に北に向かったようである。

だとすると海岸線まで移動するのか。

いずれにしても、グレイローカストの万単位の群れが来る事は無さそうだ。しかし、移動するのには意味があるはず。

しばし無言で観察を続けていると。

青々とした山の一部で、何かが動く。

それはかなり大きいようだが、距離が遠くてよく分からない。いずれにしても油断はしないように注意を促す。

さて、交戦の可能性はあるか。

色々な情報を総合しても、距離は十分。遠距離からの攻撃でも、ものによっては耐えられる。

また新種だったら、それはそれで情報を持ち帰らなければならない。

無言でいる内に。

一分近くが経過。ゴリゴリと神経が削られる中、それが山から、ずるずると降りて来たのが見えた。

でかい。

大きさはざっと五十m以上はある。ただ、あれは。

「クリーナー?」

「それにしては大きすぎる。 一体なんだ……?」

「あの大きさは中型よりも大型に近いです。 未知の能力を持っている可能性があります。 さて、どうするか」

一応、広瀬大将に連絡。

以降、指揮を取って貰う。

菜々美はあくまで個人戦が専門だ。大隊の指揮をしながら、大物とやりあうのはあまり得意では無い。

というか、あの大型クリーナー、なんだ。

あんなのは今まで目撃されたこともないが。だいたい既存のシャドウであれば、ノワールが嘘をついたと言う事か。

メールが来る。

ノワールである。

苛立ちながら、内容を読み上げさせる。今更何のメールを返してきたというのか。

「やあ英雄。 まさか君達が京都という場所に来ているのかな」

「そうだが、なんだ」

音声でそのまま返事させるようにする。

こっちは一秒でもあの大型クリーナーから目を外したらまずい。びりびりと、シャドウとやりあってきた勘が告げている。

小型シャドウは弱い。

ただしそれは中型に比べての話だ。

小型シャドウの能力は決して弱くない。実際問題、もっとも芸がないブラックウルフでも、チーターが裸足で逃げ出す速度で接近してきて、戦車を一瞬でひっくり返す程のパワーを誇るし。動きも俊敏で、直線的でもない。

あれが大型化した場合、キャノンレオンなどの中型のような、強力な攻撃手段を備えてくる可能性は十分にある。

そういう意味で、油断しては絶対にいけない相手だ。

「君が見ているものは、少し処理に時間が掛かるものだ。 出来るだけ距離を取った方が良いだろう」

「何の話をしている」

「距離を取った方が良いともう一度言っておく。 君達に観測されるのは初めてだろう。 此方も管理はしていたのだが、それでもたまに出ていた存在だ。 この位置で出現するとはちょっと思っていなくてね。 それですぐに私も私達をさがらせたのだが」

意味はよく分からないが。

やはりろくでもないものであるらしい。

メールでのやりとりは広瀬大将にも連絡が即座に行くようにしてある。広瀬大将は、即座にさがるように指示を出してきていた。

菜々美は頷くと、さがる。

あれが何者かもどんな能力を持っているかも分からない以上、下手に接近するのはリスクが高いし。

戦えと言われれば能力を探るために戦うし。

今はそうではないからさがる。

それだけである。

距離を取って様子を見守る。巨大クリーナーは、しばらく文字通りの蠕動を繰り返していたが。

現れたのは、キャノンレオンだ。

山側から、悠々と姿を見せる。それも一体では無い。それらのキャノンレオンが、一斉に巨大クリーナーにプラズマ弾を叩き込む。

炸裂するプラズマに、巨大クリーナーが吹き飛ぶ。

いや、違う。

吹っ飛んだのは、巨大クリーナーの上部だけ。激しい爆発が連鎖する。

シャドウがシャドウを攻撃している。

姉が連絡を寄越す。

「観察データをもう少し取れないかしら。 初めてみる現象なんだけど」

「此方にもお願いします」

「そう言われても」

ナジャルータ博士も興味津々だ。

正直興味津々になられても困るのだが、とにかく今はデータを集めるしかない。距離はもう少しとっておく。

あれがクリーナーの巨大化したものだとしても。

熱攻撃は有効なはずで、キャノンレオンからのプラズマ攻撃だったら、クリーナーくらいなら消し飛ぶはずなのだが。

あれはダメージは受けているようだが、消えるようには見えない。

そもそもシャドウが集合意識生物のようなものだったら、そもそも味方同士で争うだろうか。

それも良く分からない。

クリーナーは反撃しない。ひたすらもがいているが、やがてキャノンレオンは火力を貯めはじめる。

更に威力を上げるつもりか。

それを見て、初めてクリーナーが動く。

いきなり此方に接近を開始したのだ。その背中に、キャノンレオンがチャージをやめて、立て続けに攻撃を叩き込み始める。だが、体は削れているが、それでも壊れる様子はない。

シャドウは死ぬと消滅する。

消滅していないと言う事は、致命打に達していない。

「畑中少将! ど、どうします!」

「私では無く広瀬大将の指示を受けてください!」

こっちとしては、やることをやるだけだ。

あのサイズだと、斬魔剣Uで斬り切れるかちょっと不安だ。それにクリーナーは不定形である。

切っている間に、此方が溶かされかねない。

飛び道具は一応あるにはあるが。ともかくさがりながら、搭載しているオートキャノンで射撃。二個狙撃大隊も、同じように射撃を開始する。だが、それらが効いている様子はない。

タフネスは中型並みか。

更にキャノンレオンからの攻撃も浴びているが、それでもクリーナーは消える様子がない。

大隊は散開。

いい判断だ。固まっていたらそのまま一呑みにされかねない。

シャドウに接近されるというのは、死を意味する。

ビーム装備のデチューンモデルは近くにはいない。

だとすると、パイルバンカーと斬魔剣Uだけでやるしかないか。

その時。

シールドが反応していた。

炸裂した熱量に、機体が浮き上がりかける。

地面に一瞬おいて叩き付けられるが、着地のダメージは想定したほど酷くは無い。ただ、接近戦でいつも酷い目にあっているから慣れっこだからかも知れない。

「螺旋穿孔砲は効果無し! 狙撃大隊、さがってください!」

「分かりました! ご武運を!」

後退する狙撃大隊。ちゃんと蛇行しながらさがっているのは立派だ。まっすぐさがれば、今の攻撃の的だろう。

今のはなんだ。

解析する。

どうも蓄積した熱量を、苦し紛れに放出したものらしい。

だとすると、弱点は他のシャドウと同じというわけだ。キャノンレオンの猛攻を喰らって、自壊しそうになって。

それで熱量を。

いやまて。

今までのシャドウに、放熱なんて機能を持っている奴がいたか。熱攻撃をしてくる奴は相応数がいたが、放熱については初めて見る。

あいつ、やっぱり中型相当の存在としてみるべきだ。

続いて高熱弾。立て続けに二発。

シールドが動作して防ぐが、炸裂する熱量が凄まじく、殺しきれない。見る間にアラームがなる。

冷房がフル稼働するが、ちょっとこのまま接近戦はまずい。

巨大クリーナーは凄まじい速度で、赤熱したまま迫ってきている。あれに覆い被されたら、一瞬で死ぬ。

何も残らないだろう。

ある意味苦しまずに死ねるかも知れないが。

搭載している斬魔剣Uの他に、投擲型の斬魔剣を搭載している。

それを、投射。

ワイヤーが、ぐんと伸びる。

巨大クリーナーに着弾。凄まじい熱を帯びた巨大クリーナーが、ようやく例の悲鳴を上げる。

だが。

斬魔剣が、あまりの高熱に、見る間にエラーを吐き出す。

それだけじゃない。

地面が瞬間的に融解して、爆発まで引き起こしている。

プラズマ化した物質が空気に触れて、炸裂しているのだ。恐らく温度は数万度に達しているはず。

全身がそれだ。

シャドウを切っているときですら、そうなっているのは切り口だけである。

「まずいなあれ……」

斬魔剣が爆発四散。それを取り込んで、一瞬でかき消してしまうクリーナー。あのサイズでも、あの熱を帯びていても。

性質に変化はないということか。

クリーナーは名前通りの掃除屋だ。

そもそもとして人間とその精製したものを全て掃除することが仕事。戦闘は二の次。二の次である筈なのだが。

距離が近付く。

勝負は一瞬になる。

キャノンレオンが更に追撃を叩き込んだが、それでもまだ赤熱した巨大クリーナーは動きを止めない。

だが、例の凄まじい音を立てている。

最悪の事態……あれが無数のクリーナーに分裂するという最悪の状況は、恐らくは起こらないだろう。

それは今までのキャノンレオンの攻撃で、蓄熱だけをして来た事からも明らかである。

だが、サイズが問題だ。

また熱攻撃が飛んでくる。

放熱だけでとんでもない火力だ。どうにか必死に回避行動を取るが、機体の一部が文字通り消し飛んだ。

衝撃の余波で、思わずシートに背中を打ち付ける。

ちょっとまずい。

だが、接近戦を挑むにしても、これは厳しいか。

しかしだ。

奴は既に瀕死。

これは、勝負を仕掛けるしかない。

狙撃大隊は引いた。だとすれば、ああいう熱線を打ち込まれても、どうにかシールドで多少の回避は出来るか。

殺しきれるか。

既に悲鳴を上げている状態だ。一瞬だけの接近だったら、恐らくどうにかなる。問題はその後だが。

膨大な熱を蓄えたシャドウが、その後大爆発した例はない。

奴も恐らく行けるはずだ。そう判断して、菜々美は後退を停止。

一転して、前に出ていた。

距離が見る間に詰まってくる。

巨大クリーナーが、凄まじい熱量をまた放ってくるが、予備動作は見切った。即座に回避。

空気を連鎖的に爆発させながら、熱線が空中に延びる。

雲がそれを受けて吹っ飛んだようだ。

その熱量放出を補うように、数発のキャノンレオンからの攻撃が着弾する。体を持ち上げる巨大クリーナー。

のしかかってくるつもりか。

これだけの状況になっても、味方には攻撃しない。

攻撃するのは人間とその精製物だけ。

その性質は一貫していて。

愚直ですらある。

超世王のダメージも酷いが、まだ動ける。一気に熱量が上がってくる。エアコンが限界を示している。

一瞬で勝負を付けなければ蒸し焼きだ。

のしかかってきた巨大クリーナー。

菜々美はまずパイルバンカーを打ち込む。内部の高出力プラズマを、パイルバンカーが溶ける前に可能な限り叩き込む。更に、斬魔剣Uで、一刀に右から左に切り裂く。それだけで、エラーが出る。

一瞬接触しただけで、超高熱で相手を切り裂く斬魔剣Uが、それだけのダメージを受けるほど相手の熱量があるということだ。

そして、使えるとは思っていなかったが、使う。

新兵器。

ぶっ放したのは、圧縮した酸素である。ただし、零下240℃まで冷やしてある。固体化した圧縮酸素を、叩き付ける攻撃。

敢えてシャドウには弱点にならないものの筈だが。

これは熱攻撃をして来た相手に叩き込む事で、それを相殺する兵器である。

名付けて……。

コンソールには、アイスネメシスクリッカーとある。どういう意味か分からないしギリシャ神話の神の名前を使う意味もわからないが、とにかくそれが四十発、一瞬で巨大クリーナーの体に炸裂。

熱量差で瞬時に大爆発し、その体を押し返す。

同時に、超世王にもレッドアラートが出る程のダメージが入るが。後一瞬だけ、やれる。そして、その一瞬で。

返す刀の一撃を、斬魔剣Uで横薙ぎにたたき込み。

だめ押しで、斬魔剣Uを突き込んでいた。

凄まじい熱量で、一気に超世王の内部がサウナになり、更に熱量が上がっていく。

これで倒れろ。

そう思った瞬間。

音が、止んでいた。

すぐにハッチが開く。緊急放熱が行われる。

肺が焼けそうな熱の中、必死に這い出す。超世王が溶けかかっている。これはまた全部作り直しだな。

そう思って、苦笑いするが。

それにすら、必死の努力が必要だった。

あれほど蓄えられていた熱は、何処かに消えてしまった。そういえば今までのシャドウだってそうだった。

切った後、熱がまとめて放出されていたのなら、大爆発で何も残らなかっただろう。

爆発する奴もいるにはいたが、それも蓄積した熱量が一気に放出された爆発にしてはあまりにも威力が小さすぎた。

大型クリーナーが這ってきた後は、地面が溶けて煮立っている。

それだけだ。奴の痕跡は。

キャノンレオンが引き揚げて行く。あのクリーナーはなんだったのか。それだけが分からない。

放っておけば、キャノンレオンが始末していたのか。

いや、どうにもおかしい。

出現前にノワールが連絡を入れてきたこともある。

とにかくこの件。

何だか嫌な方向に向かうような気がした。

 

救急車が来て、菜々美を病院に搬送する。超世王はレッカーされて、また組み直しである。

サウナどころの熱ではなかったが、コアシステムは多分無事なはずだ。

それにしても、あいつは本当に何だったのか。

ノワールが警告してきたのは何故か。

意図的に襲わせたのではないのか。

確かに、元々キャノンレオンが始末に掛かっていた上。

それでダメージを受けて錯乱したようにも見えた。もっと距離を取っていれば、襲われるのは避けられたのか。

いや、いずれにしても情報を得るのは大事だ。

救急隊員に治療を任せる。

低温火傷になっているかどうかは分からないが、いずれにしてもこれはまた入院だろう。

また超世王を扱える残り時間が縮んだな。

或いは今ので最後だったかも知れない。

いずれにしても分かった事がある。

ロボットアニメに出てくるような、羽が生えた格好いい人型のスーパーロボットには恐らく乗る事は出来ないだろう。

それだけは確定だ。

ただし、これも分かっている。

今後、超世王は更に性能が上がる。

もしも、姉が癖まみれの設計を改善できるようになり。

ある程度乗るための敷居が下がったのなら。

その時は、もっと開発や進歩の速度が進み。

人型のスーパーロボットが、シャドウ相手に大立ち回りを演じる日が来るかも知れない。

その日を菜々美が見られるかは分からない。

治療を受けながら、医師に説明を受ける。

スプリングアナコンダと交戦した時ほどの酷い状態ではないが、元々皮膚にダメージがあったところに、今回の超高熱に晒された。

短時間だが体組織へのダメージが大きく。

汗腺が特にダメージを大きく受けているらしい。

今後汗腺の機能は相当に低下するだけじゃない。元々傷やら痕やらが目立っていた肌は、更にそのダメージが蓄積して行く事になる。

そういわれて。

菜々美は大きく嘆息していた。

二日くらい治療と検査で時間が取られる。

その後に、三池さんが来た。

三池さんに軽く話を聞く。

「畑中少将が交戦した相手、あれはやはりクリーナーだったようです。 ただ、蓄熱と放熱という、シャドウにとっては致命的な攻撃を回避するための能力を持っていた事もあり、中型と遜色ない能力だったと判断して良いかと思います」

「それにしてもアレは一体何だったんですか」

「直前のノワールの言葉と、キャノンレオンによる攻撃。 いずれにしても、何かしらのイレギュラーによるものかと思われます。 あの後もシャドウによる攻撃は観測されていません。 何が引き金で引き起こされたことなのか。 それにあのクリーナーは、周囲の自然への被害を完全に無視して暴れていました。 他のシャドウとは性質があまりにも違いすぎます。 それでいながら、一番ダメージを与えていたキャノンレオンに反撃するそぶりはありませんでした。 これもよく分かりません」

ナジャルータ博士も、即座に研究を開始してくれているらしい。

いずれにしても、弱い相手ではなかった。

まさかとは思うが。

今まで交戦していた小型も。

何らかの切っ掛けで、あのような凶悪な姿になるのだろうか。

あり得る話だ。

ただ、その法則性が分からない。

例えばこの25年間でそれは目撃されていない。

シャドウの様子を探るべく、スカウトなどはシャドウがいる地域をギリギリで攻めていたし。

その過程で散々死人だって出た。

軍属でもない人間でも、例えばシャドウを信仰するカルト教団なんてものが出て。それがまとめてシャドウのいる地域に入り込んだ挙げ句、まとめて殺されるなんて事態だってあった。

25年間シャドウは侵攻して来なかったが。

かといって交戦例や、シャドウに人が殺されなかった訳では無い。

つまりその間に、多数の情報は集まっていたわけで。

それらの情報に、あのような小型種の変容のデータはなかったというのが、不可解極まりない。

それが超世王で中型を倒した結果なのか。

それともノワールが言っていたような不具合の結果なのかは。

正直何とも言えないとしか、菜々美には言えなかった。

「それと、此方からも」

「病状ですか」

「……恐らく後数回交戦できれば良い方かと思います。 今回の件で体の汗腺が殆どやられてしまったようですので」

「分かりました。 どうにか対策を練ります」

後継者になりうる人物も探して欲しい。

そういうと、三池さんは静かに頷いていた。

クローンの子供らは、多分無理だ。

菜々美は何となく分かったが、この超世王を初めとした、姉の変態兵器と相性がいいのは。

才能ではなく、恐らく後天的に獲得した一種の努力の結果だ。

かといって、何を努力したらこんな事が出来るようになるのかは、菜々美としてもよく分からないのである。

海兵隊で酷い扱いを受けたことは関係無いだろう。

M44ガーディアンで小型を単騎撃破した時も、別に戦闘経験やらとは関係がなかった気がする。

かといって軍に入る前入った後でも。

別にシャドウに対して、何かしらの特段変わった事はしたことが無いし。

姉の訳が分からない新兵器を積極的に任されるようになったのは、むしろ小型を単騎撃破してからだ。

思い当たる事がない。

看護師が来て寝るように言ったので、従う事にする。

相当に体のダメージが酷いというのは分かった。細胞の再生なんかもそもそも体中のダメージが大きいので、難しいのだという。

翌日に医師に詳しい話を聞いたが。

それこそ体をそれこそ丸ごと取り替えるくらいの事が必要で。

今のまま戦場に出たら、三十前に引退どころか。

四十まで命がもたないと言われた。

そうか。

それでも、戦場に出られるだけ出る価値はある。

菜々美は初めて中型を倒した。

そしてそれ以降も、シャドウがこっちに興味を持ち。会話まで持ちかけてくるほどに、相手に意識させた。

まだ相手が一方的に気が向いたときに話しかけてくる程度だが。

それでも今までの、ほぼ完全に管理だけをしてくる状況とはだいぶ違っている。

やった事に意味はあるし。

まだ菜々美が戦場に出ることに意味はある。

そう医師に説明して。

医師は大きくため息をついた。

菜々美だって、出来ればさっさと引退して悠々自適と行きたいものだが。

それもまた、厳しいのも事実だった。

 

4、イレギュラーは再び

 

各地で軍の再編制が進む中、神戸で最初のホバー船が就航した。

これは揚陸艇として最初は進水する予定だったものが、途中から輸送艇として改良されたもので。

ホバーとして小規模部隊を揚陸させる予定だったものを。

大規模な物資を輸送可能なものとして、改良したものである。

バラスト水を一切使わない、かなりの航続距離を誇る画期的なものであり。

これから実際無人で動かして見て、シャドウの攻撃を受けないか確認する事になる。

進水式を見守っていた広瀬大将のところに、連絡が入る。

九州からの報告だった。

「此方呉美少佐」

「どうしました」

「グレイローカストが再び妙な動きをしています。 あの巨大なクリーナーが出現した時と酷似しています」

「即座にその場を離れ、長距離望遠での監視に切り替えてください」

畑中少将は今動ける状況じゃない。

即座に呉美少佐が率いる部隊が撤退。

グレイローカストが一斉にその場を離れ。山中に現れたのは、巨大な黒い姿。

ブラックウルフの、超巨大版だった。

サイズは全長36m。

中型種でも特に凄まじいサイズである。

進水式の雰囲気が一変する。

だが、広瀬大将は、そのまま続けるように指示。此処は神戸。流石に九州から攻撃してくることはない。

ただ、広瀬大将はその場を離れる。

作戦指揮所に出ると、すぐに現地のスカウトと緊密な連携を取った。

「現状はどうなっていますか」

「ブラックウルフと思われる巨大シャドウは、ゆっくり南下しようとしていますが……あれはランスタートルです!」

「!」

「ランスタートル、巨大ブラックウルフに突貫! 爆破しました!」

やはり中型が始末に掛かるのか。

だが、爆破されても巨大ブラックウルフは即死しなかったようだ。ランスタートルに反撃もしないが。

其処にストライプタイガーが二体来て、巨大ブラックウルフを抑え付ける。そしてランスタートルが、再生したランスで、再び巨大ブラックウルフを爆破。

更にシャドウが来る。

あれはスプリングアナコンダか。

以前超世王セイバージャッジメントを苦しめた長距離反物質砲で、巨大ブラックウルフを何度も焼きに掛かる。

巨大ブラックウルフは暴れるが、中型を殺そうとはしていないようだ。

だが、流石に中型四体による猛攻を受けて、程なく巨大ブラックウルフは断末魔の悲鳴を上げ、消えていった。

後にはぐつぐつと煮立つ地面。

クリーナーがわんさか群れ始める。

環境の復旧をするのだろう。

京都での戦闘では、巨大クリーナーによる破壊跡はそのままになっているが。

これはノワールの方針かも知れない。

「巨大ブラックウルフ沈黙……」

「どうやらなにかしらの異変が起きているようですね。 すぐに各地のスカウトに連絡。 小型が巨大化した場合は、即座に距離を可能な限り取るように」

「イエッサ!」

さて、問題はそこではない。

現在、人間が際確保した地域は、まだ植民が進んでいない。強いて言うならば四国だが。それはシャドウが出る地域からかなり距離がある。ブルーカイマンが軍部隊の背後を急襲してきた事があるが。

それは作戦行動としての攻撃で、攪乱をするとすぐに引き揚げて行った。

シャドウは戦略的に機動するのだ。

問題は、シャドウに囲まれているような都市。

世界各国にあるような、そういう都市の至近で。

あの小型の大型化個体が出た場合だ。

中型が始末に掛かるのは、二度の例を見て分かった。何かしらのイレギュラーで、シャドウとしても問題視している存在なのかも知れない。

だが、それはそれとして。

人間が近くにいたら、襲いかかってくるのは確定。

中型が始末するまでに、どれほどの被害が出るかわかったものではない。

特に都市などに乱入されたら、短時間で全滅するだろう。

昔存在していたようなメトロポリスなんてものは現在存在していない。全てシャドウに消し去られた。

強いて言うなら神戸だが。

それも昔のような都市では無く、地下に逃げ込んで、シャドウの目から逃れるようにして存在している場所だ。

シャドウが小型一匹でも入り込んだら、記録的な被害が出る。

それに変わりはない。

連絡が来る。

市川代表からだった。

「広瀬大将。 今回の件について、レポートをお願いします」

「分かりました。 今関係各所と連絡を取っています」

「流石に仕事がお早いですね。 それでは出来次第お願いします」

やりとりはそれだけ。

あの陰険糸目が。

広瀬大将の部下だった頃から、仕事については見ていた筈。今更そんな嫌みをいう理由がない。

嘆息すると、即座に今回のデータを畑中博士。ナジャルータ博士。他にも専門家達に送る。

ノワールだが、畑中少将のところに連絡を寄越した様子は無いようだ。

だとすると。

今回の巨大小型シャドウ(妙な言葉だが)は、シャドウとしても色々と面倒なケースの可能性が高い。

いずれにしても問題が起きたのなら対応するだけ。

そして畑中少将の体調に問題が出て来ており。

後継者の目処が立っていない今。

あまり状況は良くないどころか。

無差別攻撃を仕掛けてくる可能性があるシャドウの出現というのは、シャドウが最初に出現し、人類の文明をほぼ滅ぼした時以来の危機かも知れなかった。

 

(続)