新局面への突入

 

序、絶望の権化

 

広瀬大将は、第二師団の本部から指揮を取っていた。新しく現れたシャドウが、何を目論んでいるか分からないからだ。

少なくとも他のシャドウがそれに近付かないというのはあまりにもおかしい。

それがもしも、人間を間引くために行動する、等であれば。

対処しなければならない。

とにかく危険すぎるので、デコイを使って監視するしかない。現時点では四qがデッドラインだが。それもシャドウの性質を考えると、本気を出していない可能性が極めて高いとみていい。

監視用のAI搭載の歩兵戦闘車。

似たようなものは21世紀に実用化されていた。戦闘用のロボット犬は、実戦でも投入されたらしい。

というのも、その戦争が行われている最中にシャドウが出現。

その戦場は、その周辺にあった国家もろとも消し飛んだ。戦争を仕掛けた国が最初に消滅し。

仕掛けられた国も等しく消された。

故に現在では、精確なデータがあまり残っていないのである。

そのため、北米などに残されていた似たような軍事技術を応用して、今は活用している訳だが。

いずれにしても旧軍需産業が完全に面目を潰され、今ではすっかり萎縮してしまっている事もある。

ある程度は、地力で開発をしなければならない。

畑中博士は間違いなく天才だが。

畑中博士は何人もいないし。それに、あらゆる技術を網羅している訳でもないのだ。

「AI操作式歩兵戦闘車接近。 距離、四q半」

「……」

全部で六機の無人機が行く。

この無人式の歩兵戦闘車も、シャドウとの戦闘では何の役にも立たなかった事もあって、今では倉庫に眠っていたのを引っ張り出して来たに過ぎない。

特にブライトイーグルとの戦闘に多くデコイとして使われたこともある。

悉くEMPでがらくたにされた挙げ句、クリーナーに溶かされてしまったのだ。

今動かしているのは、それらの残存戦力。

一応また造れるが。

作った所で、何の役に立つのやら。

結局個々の名人芸がものを言う戦場が戻って来てしまった時代である。ボタン戦争時代とは。あらゆる全てが違っている。

監視を続けるが。

四qのデッドラインを越えた瞬間。それぞれ二qずつ距離を置いていた歩兵戦闘車が、同時に全て爆散していた。

「全機ロスト」

「コレはまずいですね……」

あいつは大きさとしては、直径十一m。

以前種子島で超世王と交戦したレッドフロッグと同じように、円形で見た目以上に大きいタイプの中型だ。

そして中型はどれもそうだが。

人間相手の今までの蹂躙戦では、実力なんて見せていなかった。

超世王セイバージャッジメントとの戦闘で、初めて本気を出してきて。畑中博士の想定を軽く超えた戦闘力で、畑中准将が駆る超世王セイバージャッジメントをいつも全壊やそれに近い状態まで追い込んでいった。

特に今回の奴は、監視すら許さないと言う異常な性質で、今までのシャドウとは全く違っている。

今までのも接近すれば攻撃はして来たが。

接近にしても、四q先から狙ってくるのは異常だ。

それも今まで調べた所、ドローンなどでも同じ行動をしてきている。

ナジャルータ博士から連絡があった。

「広瀬大将。 よろしいでしょうか」

「問題ありません。 何かありましたか」

「現在敵の分析中です。 それで分かってきた事がありますが、スプリングアナコンダと違って、同時多数の目標を相手に、一斉に火力投射をしてきている事。 人工物であれば、四キロ圏内に入り込めばなんでも一瞬で撃破していること。 これらから、この中型の戦闘力は完全に未知数です。 今までの中型とは恐らくレベルが違うと判断して良いかと思います」

「シャドウがアクセスしてきたこのタイミングで、こんなのが出てくるなんて」

それも、超世王セイバージャッジメントが、二体同時にシャドウを倒すという快挙を成し遂げた直後の出来事だ。

シャドウ……向こうはノワールと名乗っていたが。

何か考えがあるのだとすれば、それを見極めなければならない。

「畑中准将から、ノワールと名乗っている敵に呼びかけられませんか」

「やっていますが、基本的に無視されているようです。 向こうは必要が無ければ一切会話する考えがないようで」

「まるで機械ですね」

「会話から分析するに、生物ではないと思います。 いずれにしても、我々が生物として認識している存在ではないでしょうね。 現実にもプリオンなどの生物と物質の中間に存在するものはいます。 我々が定義する生物なんてものは、極めて曖昧なのです」

宇宙人の侵略兵器でも、ガイア理論で地球が繰り出して来た存在でもなさそう。ナジャルータ博士はそれも付け加えた。

だとすると、これは一体なんなのか。

いずれにしても、人間をこれ以上減らすつもりはクーデターの前まではなかったようではあるのだが。

逆に言うと。

あの馬鹿馬鹿しいクーデター祭を見て。その気持ちも変わったと言うことかも知れない。

ある程度人間を叩きのめして躾けるつもりなのか。

だとすれば、大量のシャドウで平押しして来れば良いはず。

どうして今までにない新種を出してくる。

それもナジャルータ博士が、今までとはレベルが違うとまで断言する奴をだ。

「念の為ですが、スウォームで相手に接近をしてみてください」

「分かりました」

スウォーム。

シャドウ戦前までは、万能兵器、次世代の最強兵器と期待されたドローンによる飽和攻撃だ。

ドローンと言っても性能は様々で、戦闘機と大差ないものから、ラジコンに爆弾をつけただけのものまで千差万別だが。

それも戦術ドクトリンを変えてしまったと言われる程に、シャドウが攻めこんでくるまでは戦場を席巻していた。

そして他の近代兵器同様に、シャドウの前にはゴミの役にも立たなかった。

今では、在庫を引っ張り出して来て、こうやって陽動や、敵の能力調査に使うくらいしか使い路がない。

ともかく5000のドローンを飛ばす。

いずれもが距離を取って、そのまま新型へ向けて飛ばせるが。

新型が反応。

やはりドローンが四qのデッドラインを越えた瞬間。

一斉にドローンが消し飛んでいた。

「ドローン全滅!」

「ご、五千機が一瞬で……!」

「EMPじゃない。 確かに爆散させられた! それも爆発時の火力は、歩兵戦闘車が蒸発させられたときとほとんど変わっていません!」

兵士達が動揺する。

動揺したいのは広瀬大将の方なのだが、いずれにしてもこれはまずい。

歩兵戦闘車を蒸発させる反物質攻撃を、同時に5000の目標に対して行える。しかも大気中に反物質なんて放り出したら、普通だったらその場で爆発するのを、遠隔で爆発させている。

どんなテクノロジーでこれをやっているのか、人間には想像もできない。

その上、5000が出来るなら、もっと多数に出来てもおかしくは無い。あれが第二師団に突っ込んできたら、文字通り一瞬で消滅させられることになるだろう。

「これ以上は無駄です。 距離を取っての監視だけに留めます」

「わ、分かりました……」

「あの黒い奴、こっちに来ないよな……」

「しらねえよ。 シャドウが何考えてるかなんて」

四国を取り戻し。

鹿児島との連絡路を確保し。

離島を幾つか解放した。

そこで完全にシャドウは戦略を変えた。

シャドウはこれ以上人間を進ませない戦略にシフトした。

更に発生したクーデターが、シャドウをどういう戦略に転換したのか、今は見極めなければならない。

一度兵士達を撤退させる。あれとは出来るだけ距離を取った方が良い。

一応六qラインに監視用の無人歩兵戦闘車を配備しておく。あの新型が進んでくるようだったら、それはそれで対応を考えなければならない。

問題はその先である。

超世王セイバージャッジメントであれと戦う場合。

シャドウでさえあの新種には近付かない以上、一対一の戦いを行うしかないだろうと結論出来る。逆に言えば一対一での戦闘が可能になる。

ただあの火力。

五千箇所を一斉爆破したあの破壊力は、同じ箇所に集中できない筈が無い。

それをやられた場合、以前使ったスプリングアナコンダ対策のシールドなんて、はっきりいって役に立たないだろう。

熱量を計算して呻く。

局所的に出現している熱量だけで、分析結果は戦術核並み。

あの黒い奴は、戦術核並の熱量を、僅か十数メートル範囲内に納めて。そこで制御しているのだ。

爆破した後は熱は迅速に収束しているのも確認されている。

要するに、どうやって攻撃したのかも分からないし。その熱量がどんな風に消されたのかも分からない。

しかも他のシャドウ同様、一切土地に被害を出していない。

歩兵戦闘車が消し飛ばされた地点には、下草が青々と茂っている。其処で核攻撃並みの熱量が炸裂したとは信じられない光景だ。

つまり、攻撃を受ければ終わりと言う事である。

その上四qとなると、一瞬で接近するのは無理だ。

何回か時間差をおいて偵察用の無人兵器を突入もさせたのだが、それらも全て関係無しに撃破されている。

相手にはチャージに用いる時間もないらしいし。

なんだったら、最大火力をどれくらい発揮できるかさえ分からない。

局所的に焼き尽くせる核兵器を、なんぼでも体内に内蔵しているとでもいうべき中型というわけだ。

それも核兵器を相手に対してノータイムで当てられると。

ナジャルータ博士が今までの中型とはレベルが違うというのも納得出来る。

こんなの、人間が文明を千年分発達させたとしても、勝てる相手かどうかは極めて疑わしい。

というか、多分勝てないだろう。

弱点を探すにしても、一旦ナジャルータ博士が分析に入ったし。何より監視のためにやっているとはいえ。

これ以上刺激すると、相手がどう動くか分からない。

とにかく異例づくしのシャドウだ。

接近は絶対にするべきではない。それに、出来れば刺激もするべきではなかった。

ナジャルータ博士から連絡がある。

以降、あの中型をアトミックピルバグと呼称。

大型シャドウ、魔王と同等の脅威として認識するという事だった。

ピルバグというのは、ダンゴムシの事である。

確かにたまに気分転換か何かで形態変化しているのだが、球体から平べったい形状に変わっている。

あれはダンゴムシとかワラジムシとかの等脚類に似ている。

等脚類最大と言えば一時期深海生物マニアにアイドルのように愛されたダイオウグソクムシだが、それでも数十p程度が最大。

あれはちょっと次元違いのサイズだが。

それでも今いる中型種には遠く及ばない。

いずれにしても、アトミック……核なんて名前がつくのも納得の危険度だ。相手からして見れば核兵器なんて痛くも痒くもなくとも、人間にとっては違うのだから。

ともかく、これで隙を見て進むべきではないかという高官の思想は消えたと判断して良いだろう。

このデータを見てまだ近代兵器でどうにか出来ると判断するようなら、其奴はバカを通り越して精神に問題があるので病院に行くべきだし、そういう人間を高官にしていてはいけない。

最初に思い込むと、人間は最後まで道を間違うことは多い。

それは広瀬大将も、幾つもの例を見て知っている。

だが、これだけの圧倒的な敵を見て、それでもまだ考えを改められないのであれば。それは、上に立つ者の資格は無い。

そして資格が無いものを上に立たせている国家が民主主義国家ならそれは選挙に行った全員に原因があるし。

専制国家だったらその国は寿命を迎えたと言う事だ。

おそらくあのアトミックピルバグ、世界中に出るだろうな。

広瀬大将はそう思った。

それは別に勘でもなんでもない。

ただそう思っただけだ。

その後、関ヶ原から動かないまま、アトミックピルバグは人間に睨みを利かせ続けた。

その間開かれた緊急会議では、すぐにアトミックピルバグには対抗策が発見されるまで絶対に手出しをしないこと。

更には、各地に同レベルの中型が出る可能性を考え。

この間のクーデター前後で消耗した戦力を再編すること。間違ってもシャドウには仕掛けないこと。

それが決められたのだった。

 

ナジャルータ博士は、何人かの研究者とテレビ会議でデータを交換する。いずれにしても新種シャドウ、アトミックピルバグの能力は常軌を逸している。

今までも物理法則なんかガン無視で暴れ回る中型は幾らでもいたが、此奴はちょっとそれらと比べてもレベル違いだ。

人間の軍隊に放り込んだら、それこそ全盛期の米軍ですら、此奴一体に滅ぼされるだろう。

攻防一体の迎撃能力……それも今は迎撃に使っているだけの可能性が高い……あの火力は、対策が思いつかない。

以前超世王セイバージャッジメントで用いたシールドをシミュレーションで試してみたが、一発で貫かれる。

というよりもそもそも、アトミックピルバグが用いている反物質爆破は、破壊の影響を収束して完全にコントロールしている事もあり、恐らくスプリングアナコンダが用いていた遠距離砲より更に上。

それどころか、技術的には数世代上と見て良いだろう。

同じ鉄砲でも、先込め式マスケットとアサルトライフルでは天地の差がある。それと同じ事だ。

嘆息して、連絡を受ける。

畑中博士からだった。

「新しい中型のデータ、見たわー」

「ちょっと攻略が思いつきません。 すみません」

「いやいや、あれは仕方が無いわ。 ちょっと私もどうしたらいいか困り果てているところなの」

「……」

その割りには随分脳天気な雰囲気だ。

この人はあらゆる状況を楽しめるのだろう。だとすると、困り果てている事までも楽しんでいると言うことか。

「問題はあれの動きが読めない事です。 ただ人類を掣肘するつもりだけだったらいいのですけれど」

「来ると思うわよ」

「えっ」

「恐らくだけれど、ノワールと名乗ったシャドウはある程度分からせるつもりなんだと思う。 人間はこの期に及んでまだ自身は万物の霊長だと思い込んでる。 その驕りを砕かない限り、和解も今後の進歩もあり得ないんだと判断したのだと思う。 広瀬大将が戦死したら全てが終わりだから、どうにか攻略法を探さないとまずいわねえ」

専門家との協議がいる。

それについては、意見が一致した。

広瀬大将と、それに畑中准将も交えて、どうするべきか対策を練らなければならないだろう

まずいのは時間だ。いつシャドウが仕掛けて来るか分からない。

あのアトミックピルバグが前進を開始したら、全てが終わりだ。今は対抗策がない。しかも今は四q圏内を攻撃して来ているだけで、それ以上の距離を攻撃出来る可能性は低くないのだから。

時間はあまりないと思う。

いずれにしても、追い返すくらいはしないといけない。広瀬大将や、何より人類最大の都市になっている神戸を潰されたら全てが終わりだ。

「ただ、どれくらいやるかはちょっと判断がつかない。 神戸を潰せば効果覿面と考えているのか、それとも……」

「対応策を何とか練らないとまずいですね」

「あるいは私と菜々美ちゃんが対策してきて、大きな被害を出しながらも勝つ事まで計算に入れているのかもね」

「冗談じゃありません」

ナジャルータも珍しくそんな言葉が出ていた。

普段滅多に怒る事はないのに。

シャドウがギアを上げてきたのは、人間のバカさ加減を観察していて。それが想像以上だったから、の可能性が高いが。

それにしてもこれは本当に困る。

実施されたら、人類は本当に立ち直れなくなるだろう。

今神戸には、多くのインフラがある。

人類最大の都市だからだ。

特に超世王セイバージャッジメントが中型を斃せるようになってからは、GDF主導で物資だって集めた。

それを思うと、此処を潰されると。

いや、だからこそなのか。

此処を潰されれば、人間はやっと恐怖から一丸になれるという結論を出したのかも知れない。

だとしてもだ。

その目論み通りにはさせてはならないだろう。

「最大限の協力をします」

「よろしくね。 これはしばらく徹夜かなあ……」

徹夜は却って効率を落とすのだが、それはまあ仕方が無いと判断しても良いだろう。

ともかく、今はやれることをやっていくしかない。

データをもう一度洗い直す。

第二師団がデータを集めてくれた。これ以上のデータ集めは、戦闘前に物資を消耗するだけの結果に終わる可能性が高い。

それも考えて、ともかく今のデータから、迎撃のパターンや、どう攻撃して来ているのかを見きるしかない。

それが出来なければ負けて。

神戸は跡形も無く消し飛ばされ。

畑中姉妹も戦死。

広瀬大将も戦死するだろう。

ナジャルータ博士も死ぬだろうが、そんなことはどうでもいい。ナジャルータ博士の代わりはいるが、畑中姉妹と広瀬大将の代わりはいないのだ。

データを分析していく。

ちょっとしたことでも分析を逃してはならない。

文字通り危急の事態だ。

ここを乗り切れなければ、全てが終わると判断して良い状況。そして、それの解決はナジャルータ博士の双肩に重荷としてのしかかっていた。

 

1、今までにない危機

 

今度の新型は迎撃にEMPや衝撃波を雑にブッパするのではない。そういう意味で、ブライトイーグルやイエローサーペントともまた戦闘スタイルが違っている。

菜々美も第二師団が集めた戦闘データは見たが。

これはまずいぞと、ぼやくことしか出来なかった。

今度の新型、中型シャドウアトミックピルバグだが。戦闘のデータを見る限り、仕掛ける隙が無い。

投擲用斬魔剣にしても、ブライトイーグル対策のビームでもダメだろう。

どっちにしても実体を投擲している。

歩兵戦闘車を文字通り蒸発させる火力を、五千ある目標にノータイムで炸裂させてくる相手だ。

しかも射程は四q。

恐らくだが、もっと射程がある可能性は高い。

その上、炸裂する熱量を、指定範囲の内部だけで完結させている。任意に熱量で蒸発させていると言う事だ。

はっきりいって洒落にならない相手である。

菜々美も一応、ドローンなどとの連携しての飽和攻撃を想定したシミュレーションを何回かやってみたが。

いずれも、現時点で判明しているスペックだとしても勝ち目が無い。

それがよく分かったので、ちょっとこれはまずいとしか言えなかった。

ともかく、姉が今分析をナジャルータ博士と一緒にやってくれている。現在超世王は速度を上げつつ。どうにかしてあのアトミックピルバグに攻撃を届かせるための準備をしているようだが。

今までの長時間超熱量攻撃があいつに通じるかさえも分からない。

仮に斬魔剣なりなんなりを叩き込んだとしても、あの迎撃精度だ。はっきりいって、その場で蒸発させられるだろうし。それに。

いや、悲観的な思考は止めよう。

菜々美にはそういった難しい事は分からない。

分かる人に今はやってもらうしかない。

無言で立ち上がり、伸びをする。

とにかく此処は姉達に任せて、それで菜々美は体力を温存する。それしか情けない事に出来なかった。

基地に出向いて訓練をする。

兵士が訓練をしているが、誰も喋っていない。

クーデター祭の後は、今までにない性能の危険すぎる中型の出現だ。シャドウは人間に天罰を与えるために来た神の使者だ、なんて声まであるようだ。

よりにもよって宗教に逃げるのか。

人間の心が弱い事なんて分かりきっているが、軍人がそれでは困る。だが、そうも言っていられないか。

菜々美は黙々と訓練を続ける。

今、四国の方に新しく地下コロニーを作っているようだ。

あまり生物が多く無い地域を見繕っているのは、どうもシャドウが環境の保全に熱心に動いているらしいことが分かったから。

下手に刺激をするな。

それが理由らしい。

第四師団の中でも、クーデターに荷担した兵が多く出た連隊は、今土木作業に中心的に参加しているらしい。

刑務所がこの間の騒ぎで一杯になってしまったこともある。

今後は刑務所を増設する必要があるのではないか。

そういう自嘲を交えた冗談までも飛び交っているようだった。

全く笑えない。

射撃訓練をしていると、呉美大尉が来た。

軽く話をする。

「これからアトミックピルバグの監視の指揮を取ります」

「大丈夫?」

「分かりません。 ただ、少し怖いのは事実ですね」

まあ、それが自然だ。

呉美大尉としても、あの圧倒的な迎撃火力……恐らく攻撃にも転用可能……については、怖れはいだくのだろう。

スプリングアナコンダも凶悪だったが、ちょっとそれとも次元が違う。キャノンレオンも連隊規模の戦力を一撃で蒸発させる火力を持っていたが、アトミックピルバグに至っては、師団規模を片手間に蒸発させかねないのだ。

敬礼して、頼りになる後輩を見送る。

頼むから、攻撃は控えてくれよ。

そうとしか言えない。

姉は、アトミックピルバグが人類に明確にダメージを与えるつもりで動いてくる可能性が高いと言っていたが。

菜々美はそうとは限らないと思う。

いるだけで、これだけ恐怖と動揺を与えているのだ。

存在そのものが、過去で言う核兵器のような抑止力となっていると言えるだろう。

「まいったなこれは……」

狙撃を外すことはない。

こんな時でも、腕は落ちないらしい。

姉が菜々美にとってもっとも相性が良い武器を作ってくれている。それがよく分かる事例である。

ともかく、今は訓練をして気を紛らわせるしかない。

連絡が来る。

広瀬大将からだった。

会議を行うので出てほしいらしい。

ため息をつくと、宿舎から参加するとだけ返していた。

 

会議が始まった。

アトミックピルバグの能力調査のデータが公開されたが、どうにかクーデターを鎮圧はしたGDFに、この衝撃は小さくなかった。

誰もが怖れているのが分かる。

菜々美としては、まあ勝手に怖れていろとしか毒づけない。

こういった、どう考えても勝ち目が無い相手とやり合ってきたのは菜々美だし。何より、これからアトミックピルバグとやりあう可能性が高いのも菜々美なのだ。

しかしこれは今度こそ死んだかな。

そうとすら感じる。

広瀬大将が、幾つか説明をする。

「小型種……特に危険なグレイローカストすら近付いていない様子から考えても、この新しい中型、アトミックピルバグは、シャドウの中でも異質の存在であることは間違いないかと思います。 異質だとすると、今までと同じ攻撃が通じるかさえ分かりません」

「だとしたらどうすればいいんだ!」

「現在、神戸の機能を四国に少しずつ移しています」

天津原代表が、今にも死にそうな顔色で言う。

ずっと汗が止まらないようで、額の汗を何度も拭っていた。

そういえば、胃潰瘍を診断されたと聞く。

これだけストレスフルな環境だ。

無能だとは思うが、最近菜々美はこの全部押しつけられた代表に、多少同情を覚え始めていた。

「今は専門家を集めて協議を進めていますが、しばらく掛かるでしょう。 ともかく、精神論でどうにかなる相手ではありません。 相手が動き出す前に、なんとかデータを集める。 それが至上命題になります」

「それで我々はどうすれば?」

北米大統領の現実的な提案である。

助かる。

ただ、北米の方でもクーデター祭の傷は浅くなく、今は自国内をまとめるので精一杯のようだが。

「最悪の場合、GDFの機能は北米に分散して委譲することになります。 後、四国に少しずつ市民も移動して貰いますが、それらの移動の支援をお願いいたします」

「分かりました、出来る事は支援します」

今までヒステリックに反対意見しか述べなかったスコットランド代表も、クーデターで首が挿げ変わってから、態度が変わっている。

それは助かる。

あの悲惨なクーデターで、多くの被害が出たが。

わずかながら、良い事もあったのだ。

「それで、専門家達の姿が見えないようだが」

「現在、総力を挙げて調査中です。 何かしら分かった事があったら挙げて来ると思います。 我々がするべき事は、今は専門家達の邪魔をしないこと。 これ以上でも以下でもありません」

「……分かった」

「各国代表は、不安を沈静化させるべく策を練ってください」

天津原が頭を下げると、それで会議は終わった。

前よりは多少会議がマシになったか。

いずれにしても、神戸が危険な状態なのは事実である。

そして、広瀬大将から連絡が来ていた。

「アトミックピルバグのいる辺りから移動したシャドウが、その周辺地域で再編制しているのを確認。 アトミックピルバグから距離は取りましたが、別に殺し合いをしたわけでもなく、連携はしているようです。 数万のシャドウが移動したと言う事は、それだけ周辺の守りが厚くなったと言う事です」

「逃げる事も難しい、ということですね」

「そうなります。 四国に民間人を逃がしたところで、神戸を滅ぼした後、四国にいる人々にアトミックピルバグが手加減をしてくれるとはとても思えません。 侵攻してくるのなら、どうにか食い止めないと……」

同感だ。

ともかく、何もできない時間というのは非常に辛いのだな。

それはよく分かった。

今のうちに休んでおく。

そして、翌日。

また動きがあった。

 

前線に出るのは前回の会戦でグレイローカスト4000を瞬時に粉砕したなんとかMLRSだ。

クーデター祭を挟んだ後だからどうしてもちょっと印象が薄いが。

あの後生産を続けて、ついに25両がロールアウトしたらしい。

まあ構造的には、開いた口が塞がらないという類のものであるので、不可能なものではないのだろう。

更に改良を加えたなんとかMLRSが、六qのラインに並ぶ。

アトミックピルバグが横になって、ごろんごろんとしている。ダンゴムシみたいな体を拡げているが。

ダンゴムシと違って、足はたくさん生えてはいないようだ。

ダンゴムシの裏側は、虫が嫌いな人間にはグロ画像扱いらしいが。

アトミックピルバグはどちらかというと蛞蝓のように滑らかな裏側をしている。また、黒い表皮と違って。裏側はどちらかというと灰褐色のようである。

遠くからのデータを見やる。

兵士達は、MLRSから退避。

攻撃を自動で行うらしい。

まあそれが無難だろう。あれと命運をともにするなんて、馬鹿馬鹿しい話だ。

もちろんだが、今は隙を見て各師団を動かして、シャドウに仕掛けるなんて場合ではない。

そんな事をやっている余裕が無い、というのが正しい。

幾つかの部隊を再編制して、内部の洗い出しを終えた第四師団も含めて、第一から第四までの全ての師団が展開している状態だ。

最悪の場合は。

超世王が接近するまでのデコイに全軍がなる。

そういう覚悟であるらしいが。

そんな策は、最後までとってはいけない。

そのために、刺激をしない範囲を見極めながら、こうしてデータを取っていくのである。

全MLRSが、一斉射撃。

元々螺旋穿孔砲が発射する一種のHEAT弾は、射程距離も非常に長い。当然、四qラインは当たり前に超えるし。

なんならアトミックピルバグまで届く。

さて、どうか。

射撃された螺旋穿孔砲の弾の数は、10000に達する。それを事前に相互リンクシステムで調整しており、それぞれの弾が等距離をおくように攻撃をしている。

さあ、どうか。

MLRSの動きを見て、アトミックピルバグが瞬間的に丸まった。

そして、四qラインを超えた瞬間。

全ての弾丸が、例の烈光によってかき消されたようだった。

「全弾消失! アトミックピルバグには一弾も届いていません!」

「くそっ! 5000でも10000でもダメか……」

「いや、待ってください」

この状況を見ていたナジャルータ博士の声。

皆が黙る中、ナジャルータ博士が、何か見つけたらしい。

「広瀬大将。 無理を承知でお願いします。 規模を倍にして、今の攻撃を行えないでしょうか」

「……分かりました。 一旦MLRSを下げます。 弾丸を再装填した後、ドローンによるスウォーム攻撃も併用します」

現実問題として、このなんとかMLRSは25両しかない。

おそるおそる兵士が乗って、すぐに後退させる。

幸いと言うべきか、アトミックピルバグは追撃はしなかった。逃げていくMLRSを見ていたようだが。

それだけである。

まあ、螺旋穿孔砲の弾では中型は斃せない。

脅威にもならないから、放置でいいというのは理にかなった話ではある。

だが、刺激しすぎると、相手が進撃を開始する可能性もある。

菜々美も京都工場で戦況を見ているが。

はっきりいって、今の状態ではあいつに何やっても勝ち目はないだろう。

数時間後、第二波攻撃が準備される。

基本的に大きめのものを打ち込んでも無駄だ。歩兵戦闘車が一発で蒸発である。核攻撃ですら、爆心地でもなければAFVの類は蒸発するようなことはない。爆心地でも融解や吹っ飛ぶことはあるが、消滅なんてことは殆ど起きない。

ICBMだろうが戦車だろうが。

アトミックピルバグがその気になれば、一瞬で消し飛ばされる。

それだけの話である。

菜々美も手持ち無沙汰なので、軽く体を動かして訓練をしておく。シミュレーションマシンに入るのは消耗するし。

はっきりいって現状のデータでも勝ち目はないので、やめておく。

自信を今失っても、あまりいいことはないのだ。

この京都工場でも体を動かすのにいい裏庭はあるので。そこで体を動かして、しばらくはのんびりとする。

そう無理矢理して。

無理矢理に英気を養うのだ。

第二次攻撃が開始される。

再装填が終わったMLRSに加えて、10000のドローンが用意された。

今度は数が倍である。

前線まで出て来ているのは、ドローンを操作する専門の要員である。ただし、六q以上は近付かないように指示されている。

プログラムだけでは対応は難しい。

飛び立った大量のドローン。

どれも使い捨てのために作られたものばかり。

一時期は戦場の新しい主役とまで期待されたのに。シャドウが現れた今では、すっかりただのゴミ。

この作戦では在庫処分だ。

一斉に、タイミングを合わせての攻撃が行われる。

そして、二万用意された一斉攻撃の弾が、これも全部まとめて一瞬で爆散していた。

ダメか。

だれかが悲痛な声を上げたが。

違う反応をしたのが、ナジャルータ博士である。

「なるほど、わかりました。 全部隊さがってください。 やっと、一つだけ分かった事があります」

「それは本当ですか」

「ドローンを大量生産、安価なものでいいので、すぐに取りかかってください。 恐らく予想が当たっているのなら……あの鉄壁の守りに、穴を見つけられたと思います。 しかし今までの戦闘の傾向から見て、それも実戦では更に奥の手を出してくるかも知れませんが」

ナジャルータ博士がいうならそうなのだろう。

撤退をするMLRSを、アトミックピルバグは追い打ちしない。

攻撃が止んだな。

そう判断したらしく、また球体を解除して、ごろんと横になっていた。

蛞蝓というかウミウシというか。

そうしていると、丸まったダンゴムシというよりも。貝殻を失った貝類の仲間のように見えてきた。

蛞蝓もウミウシも、あれらは貝類の仲間である。

だが、今更名前を変える必要もないだろう。

今は、ただ見ているだけでいい。

それだけだ。

 

数日経過して、京都工場に呼ばれる。

菜々美が恐らく結論が出たんだなと思っていると、ナジャルータ博士が来た。そして、説明してくれる。

「アトミックピルバグは、どうやら同時迎撃できる攻撃に限界があります。 これはまあ、リソースが限られているのですから、当然ではあるのでしょうが」

「具体的にどれほどか分かりますか」

「2500ですね。 これを超える数を同時迎撃出来ないようです。 今までの飽和攻撃実験で、それを超える数の実体が四q圏内に入った場合、質量が大きなものから、先に入ったものから、優先的に撃破しています」

ただそれも、わずかコンマ数秒の時間差だそうである。

この間の二万に達する飽和攻撃では、八回に達する時間差迎撃が行われ。その間隔は、コンマ2秒ほどだった。

つまり、である。

優先順位としては、先に四qの防衛範囲。

次に質量。

これらを迎撃してくる。

「分かった事として、超世王セイバージャッジメントそのものをこの四q範囲に入れる事は自殺行為です。 何かしらの遠距離攻撃手段を確保してください」

「何かしら、危険なものを優先的に察知してくる可能性はありますか。 例えば斬魔剣はシャドウに対して危険な攻撃と認識されていると思いますが」

「恐らくは問題ないと思います」

「具体的にお願いします」

菜々美としてもナジャルータ博士にはしっかり聞いておきたい。

何しろ、もしもアトミックピルバグが動き出したら。

戦うのは菜々美なのだから。

ナジャルータ博士は、丁寧に説明をしてくれる。

今回の飽和攻撃実験では、ドローンなどに色々な差異を設けた。その中に幾つか、超世王に搭載したパイルバンカー。

つまり高出力プラズマを相手に流し込む例の装備だ。

それを抱えたものを同時突入させている。

だが、それらが優先されて攻撃はされていないとナジャルータ博士は言うのだ。むしろ、同じタイミングで突入させた、大型の爆弾……爆撃などで使うものだが、今では無用の長物……を抱えたドローンが、優先撃破されているという。

つまり、である。

「アトミックピルバグは、危険物を認識して爆破しているのではないのですね」

「そうなります。 人工物だけを認識しています。 此方の映像を見てください」

アトミックピルバグの上を鳥が飛んでいる。

あれはトキだ。

トキも日本では絶滅してしまった鳥で、復活の試みがされていたのだが。それもシャドウ侵攻で全てがお流れになった。

当然それで絶滅したと思われがちだが。

シャドウが制圧した地域でもりもり増えて、今ではああやって普通に空を飛んでいる。

こう言う光景を見ると。

やはり人間の方が間違っていたのではないかと、菜々美も何度も思い知らされるのである。

勿論トキが四q以上上空を飛ぶこともない。

アトミックピルバグは、トキに対してなんら興味を示していない。

トキは酷い鳴き声で知られているが。

いずれにしても、その声に対しても、全く興味を見せていないようだ。

この特徴はシャドウに共通したものなのだが。

アトミックピルバグも、それは同じであるようだった。

「この映像を見る限り、シャドウではあるんですね」

「明確に今までのシャドウよりも格上なのは確かですが、基本的な性質については変わっていないようです」

「……分かりました。 なんとか対抗兵器を考えて見ます」

「お願いします」

ナジャルータ博士が戻っていく。

流石に疲れ果てたのだろう。三池さんが小走りでついていった。元々からだが丈夫な人では無いのだ。

無理はこれ以上させられない。

姉は腕組みして考え込んでいる。

こうなると、基本的に話には応じない。

頭を使い始めたと言う事だ。

だったら菜々美は邪魔をしない。姉の頭脳が、全ての鍵になっているのだから。

そしてアトミックピルバグが妙な動きをしない限り、此方としては仕掛ける理由がない。

というか。

ノワールと話してから。

シャドウと戦う意欲が急速に失せてきている。

侵略者はむしろ人間だった。

それがよく分かってきたからだ。

それに、である。

この間のクーデター祭で、人間の醜さを菜々美は嫌と言うほど思い知らされた。本当にどうしようもない連中だと思った。

あれはどこでも似たようなものらしい。

宗教などでもそうだが、末端は基本的にアホ。

操っている連中は違うというのが基本だったのだが。

それすら、この縮小しきった人間世界ではないということなのだろう。

治安が良くない幾つかの都市ならともかく、神戸などではもはや犯罪はやればすぐに捕まるし、AIでの裁判で数日もあれば結審する。

そういう状態だと、犯罪をすること自体に利が無い。

どんな知能犯でも勝てない状態になっている。

囲碁や将棋で、人間がAIに勝てなくなったのと同じだ。

それでもバカはやる。

この間のクーデターなんて、自分のお気持ちに沿ってくれないのが悪いというアホそのものの理屈で起こされたし。

その過程でどれだけの人が死んだのかと思うと。

はっきりいって反吐が出るとしかいえなかった。

戦うための意欲なんて、ゴリゴリ削られた。三池さんが戻ってくると、しばし菜々美を見てから、今日は帰ってくださいと言われた。

そうするのが良さそうだ。

これでは姉の手伝いも出来ない。姉はまだ考えをまとめているようだし、シミュレーションマシンに入っても何もできない。

戻って訓練でもしているのが良いだろう。

帰りに基地に出る。

呉美大尉が訓練をしていたので、軽く話す。

第二師団にも裏切り者がいるのではないのか。そういう噂があるらしく、疑心暗鬼になった兵が少なくないそうだ。

さもありなん。

菜々美は、無理はしないようにと言う事だけしか出来なかった。

呉美大尉は寂しそうに笑うだけだった。

 

2、もしもに備えて

 

京都工場に呼ばれたのは二週間経過してからだった。

菜々美が出向くと、姉がキーボードを凄まじい速度で叩いている。もう二つ潰してしまったと、三池さんが苦笑していた。

なるほど、どうやら対抗兵器を思いついたらしい。

シミュレーションマシンに早速入る。

入ってみて分かったが、これそのものもかなり改良されているようだった。超世王のコックピットに更に近くなっている。

触ってみるが、ホログラフでかなり誤魔化しているようだ。

だが、それは同時に、機体が揺れたりしたときに、何がダメージになるかわかる事も意味している。

流石だな。

そう思って、新兵器に触ってみるが。

正直な話、原点回帰というべきか。

目新しいものではなかった。

シャドウが凄まじいテクノロジーで攻撃して来ている。それは分かる。あれは生物由来の能力なんてものじゃない。

物理法則をガン無視したり。

反物質を苦もなく作り出したり。

いずれにしても、テクノロジーの産物だ。それを思うと、今までの対シャドウ戦は、名人芸で超テクノロジーを持つ相手とやり合っていた。

そういう事実に気付く。

別にテクノロジーが優れている方が、常に勝つわけではない。

実際問題、原始的な民族を鎮圧しようと銃器で武装した部隊が、返り討ちにあったような事例は幾つも存在している。

一世代先の装備で武装していた軍が、劣っているはずの兵装で固めた部隊に完敗した例もある。

今、シャドウに対しての戦歴で、勝ったものは、全てそれに当たるのだろう。

逆に言うと。

だからシャドウ……ノワールは、菜々美に興味を持ったと言う事か。

とりあえず試してみたが、装備としては悪くない。

ただ、これは制御が今までに無く難しい代物だ。

超世王はアトミックピルバグの四q圏内には入れない。そして今の時点では、アトミックピルバグがどう動くか分からない。

あれもシャドウだ。

時速百q以上は余裕で出すだろうし。

もっと出す可能性もある。

奴の進路にいたら挽き潰されるだけで、それを考えると、陣取りなども慎重にする必要がある。

幾つか試してみた後、三池さんに話をしておく。

こういう装備をしてほしい。

そう話すと、三池さんはすぐにメモを取ってくれる。

実に有り難い。

ふわっとした話を翻訳して姉に伝えてくれる。それだけで、どれだけ助かるか分からないのだ。

しばし訓練を続行。

黙々と訓練を続けていると、アラームが鳴った。

少し休憩を入れて、それでお茶でもしばく。

あまり良いお茶ではない。

緑茶は僅かにあるのだが、紅茶に関しては合成だけだ。最近はやっと作る余裕が出てきたが。

そういったものは、傷病者などに優先されるようになっている。

菜々美もそれで異存ない。

今の時点では、苦しい状況にある人が嗜好品を楽しむべきだ。

酒などについても、生産はそれほど多く無く。

元々飲まない菜々美は、ずっと縁が無かった。

とりあえずの訓練は終わったので、宿舎に戻る。毎回ジープを運転するのは違う兵士だが、寡黙なのとか、饒舌なのとか、色々いる。

今日は寡黙で。

帰路に色々言われる事もなく。

運転もとても静かで、有り難かった。

自宅に戻ってからは、メールなどを確認する。ノワールにはちまちまメールを送るのだが、無視されている状態だ。

本当に気が向いたときにしかメールを寄越さない。

面倒な奴である。

今日のタスク終わり。

そう呟くと休む。

休むのも仕事だ。睡眠障害などになると、これもろくにできなくなる。それが悲惨極まりない事を、菜々美は良く知っていた。今ではそういった病気の害については、催眠学習で幼い頃から叩き込まれるし。それは一夜漬けなる無駄の極みな勉強法と違って、人間の頭に生涯残る。

昔は偏見からの病気に対する差別や。

筋トレでどの病気も直るだとか。

拗らせた挙げ句に医者よりも自分の方が病気に詳しいとほざくような輩が相応の数いたらしいが。

今はそれもなくなっている。

勿論、それぞれが病気の治療も出来る訳ではないから、医師の仕事は健在であるのだが。

眠れる事に感謝する。

そしておきだしてからは。

いざという時に備えて、シミュレーションマシンで、超世王の新兵器のブラッシュアップを行うのだ。

 

黙々と数日、訓練を続ける。

姉の作る兵器が随分と苦戦しているのが分かる。今は、時速500qでアトミックピルバグが動くのを想定して、戦闘シミュレーションをしているのだが。それでも極めて当てづらい。

どのシャドウ対策兵器も相手の方が上を行く事が多く。

姉が想定の五割増しくらいの性能で作ってくれているのに。それでも毎度超世王をボロボロ、全壊させて勝つのが当たり前だ。

本来だったら良いことではないので。

それは菜々美が今後、腕を上げていかなければならない事を示している。

ただそれにしても、今回のは今まででもっとも使いづらいかも知れない。シミュレーションマシンは超世王のコアシステムとリンクしているのだが。それでも上手く補助し切れていない。

姉の変態兵器になれている菜々美ですらこれだ。

他の兵には絶対に使いこなせないだろう。

そして別に菜々美は天才パイロットでもなんでもない。

単に姉の作る変態兵器と相性が良いだけ。

兵士としてはちょっと凡人より上。

その程度の存在に過ぎないのだ。それを思うと、今回の兵器はちょっと……かなりまずいなと思う。

シャドウがもし一段階ギアを上げてきたのだとしたら。

これは対応が出来なくなる。

元々、今までのシャドウですら厳しかったのに。

更に強くなられたら、もう抵抗すら難しい。

それを思い知らせるためにあいつは……アトミックピルバグは出て来たのだろう。それは分かっている。

だとしても、やられっぱなしではまずい。

姉とナジャルータ博士を交えて、何度か話した。

シャドウがアクセスをしてきた今が好機。

交渉の席を設けることが出来る可能性が生じた。

だが、圧倒的な力の差がある場合、交渉なんて事は出来ない。だから、少しでも力の差を今は縮めるしかない。

菜々美はその切り札だ。

だから、今無理をしてでも、敵を斃せる事を示さなければならないのだ、と。

それについては同感。

あのGDFの無能な上層部のお気持ちに忖度しろとだけほざいているくだらない会議に万回出るよりも、有意義な時間を過ごせた。

シャドウに対する恨みもあまりない。

それは菜々美の世代だから、なのだろうが。

いずれにしても、シャドウに対して、もしも和平が結べるなら大賛成だし。どうにか生存の保証がされれば。

後は引退して、無理をさせ続けた体を労ってやりたいと思うのが本音だった。

シミュレーションマシンから出ると、珍しく広瀬大将が来ていた。ナジャルータ博士と話し込んでいる。

菜々美が敬礼すると、辞令を出してくれた。

「畑中菜々美准将。 本日付で少将に昇進です」

「ありがとうございます。 ただ、私は指揮なんてできませんよ」

「分かっています。 あくまで少将待遇というだけです。 行動のグリーンライトを渡すわけにはいきませんが、それでも無能な高官を少しでも掣肘しやすくはなります」

「そうですね、それはありがたい」

将官というだけで充分過ぎるのだが。

まあ、バカが階級で黙ってくれるのなら、それは充分過ぎる。

とりあえず、幾つか話をしているので、それを聞いておく。

シミュレーション内でやっているのだが、今回アトミックピルバグとやり合う場合、勝負は一瞬になる。

恐らく記録的な被害が出るだろう。

今、GDFはデコイになるドローンを大量生産しているのと同時に、今まで使ってこなかった旧式兵器まで引っ張り出して来ている。

自走砲や迫撃砲など、それら全てだ。

今回はもしアトミックピルバグとやりあう事になった場合に備え。それらの旧式兵器の訓練。

更に改装についてもやっているようだ。

「ただ、これらはあくまでデコイです。 もしもアトミックピルバグが動き出した場合は……」

「分かっています。 超世王の出番ですね」

「はい。 畑中准将……いや少将なら、必ずやってくれると信じます」

「信じられても困りますが、できる限りはやってみます」

それだけしか答えられない。

今は大言壮語は吐くべきではない。

そう菜々美は判断していた。

さて、此処からだ。

またシミュレーションマシンに入る。

菜々美が蓄積したデータを元に、姉がどんどん改良を進めてくれている。有り難い話ではあるのだが。

それにも限界がある。

やはりこれ、とても使いづらい。

とにかく数を重ねて、出来るようにならないとまずい。

今回は小型や他の中型の乱入の可能性は低いとナジャルータ博士は判断しているようだが。

それもあくまで希望的観測だ。

アトミックピルバグの周囲に他のシャドウは今の時点ではいないし、明確に距離を取っているが。

もし危機が訪れた場合。

大挙して支援に来ないとも限らないのだ。

ただ、他のシャドウも相手にすることを想定する場合の訓練は後だ。まずは現時点で判明しているアトミックピルバグの性能の上から、奴を倒す事をシミュレーションで完遂しないといけない。

弱点は同じだとしても。

それでも、飽和攻撃をどれだけ続けても、本当に斃せるのか分からないし。

気を反らせるかも、どこまでやれるかはちょっとなんとも分からないと言うのが事実だった。

だからこそ、やれるだけ訓練をしておかなければならないのだ。

アラームが鳴る。

熱中していたが、かなり厳しい。

動くアトミックピルバグの速度次第では、絶対に斃せない。

もしも斃せるとしても、本当に記録的な被害が出る。第二師団だけじゃない。第一軍団そのものが全滅するかも知れない。

舌なめずりする。

流石に今回の相手は、菜々美も冷や汗が出る相手だ。

今までの中型も、単騎で師団を蹂躙する奴らばかりだった。だが、それでもこれほどではなかった。

今回の奴は、師団どころか。

単騎で全盛期の米軍を全滅させかねない相手である。

それを思うと、軽口なんて出てこないし。

余裕だって少しも生じようが無かった。

 

更に訓練を続ける。

どうにか撃破記録が出るようにはなったが、あくまで楽観に基づいたデータによる場合は、である。

他のシャドウと明確に違うアトミックピルバグだ。

熱耐性も比べものにならないかも知れない。

それを思うと、今のシミュレーションマシンの結果に満足していてはダメだ。そんなものは論外である。

訓練を続ける。

シミュレーションマシンはダメージを受けたときの振動なども再現していて。どうすればどうダメージを受けるかなども分かりやすくなっている。

訓練中に死亡判定が散々出るのはあまり良い気分ではないが。

とにかく、やれることはやっていかなければならない。それが現実である。

淡々と訓練をして、そしてアラームが鳴ったので出る。

会議に姉が出ていると言う事で、いつもの場所でキーボードを猫背で叩いていない。テレビ会議を行う部屋に行っているのだろう。

三池さんも同席している筈だ。

仮眠室に直行。

その途中で、兵士達の話を聞く。

「他の国でもシャドウがおかしな動きをしているらしい」

「北米の事だろ。 なんでもNロサンゼルスの方に、中型がわんさか来たらしいな。 現地の部隊も、泡を食って距離を取るしかできなかったそうだ」

「それで正解だよ。 中型は超世王セイバージャッジメントでないとどうにもできない」

「ああ。 それを認めるまで、どれだけの人が死んだんだろうな」

全くである。

旧軍需産業の連中は、今回の騒ぎで完全に権威を喪失。

特に主戦論を煽っていた連中は、一部は悪質なプロパガンダ行為で検挙され、既に逮捕されたようだ。

死刑になるものも出るらしい。

まあ、あれだけの死者を出させたのだ。

兵士なんて使い捨てだ。

そう豪語していた連中までいたらしいし。そういう連中が、五千万まで減ってしまった今の人類社会で上層部にいる時点で色々とまずい。

自浄作用は残念ながら働かず。

シャドウにぶん殴られてようやくGDFは動かなければならなくなったわけだが。

その手のカスがいなくなることだけは助かる。

仮眠室でしばらく休んでからおきだしてくると、姉が戻ってきていた。軽く話をしておく。

「やっぱこれ無理だよ。 今の状態だと扱いが難しすぎる」

「菜々美ちゃんでも厳しいか……」

「今までの変態兵器と操作難易度が段違いすぎるんだよ」

「うーん、それは分かっている。 分かっているんだけれどね」

人間から手出しをしなければ、何もしない。

ただし、あまりにも愚かしいから、ちょっと分からせる。

ノワールは最後にやりとりをしたとき、そんな主旨のことを言っていた。

それが実行されるとなれば。

都市の一つや二つ潰しに来るのは可能性として想定されるし。

何よりも、神戸がターゲットになる可能性は非常に高いのだ。

だが、今のままでは。

それに対応する事さえ難しいだろう。

「とにかく、このままだとちょっとあのダンゴムシ野郎と戦うのは非常に厳しいし、改良を進めて欲しい」

「とりあえず何とかはして見るけれど……それだといざという時に対策できないのよねえ」

「他の中型や小型との戦闘か」

「そういうこと」

まあ、この辺はツーカーである。

伊達にずっとシャドウとの死闘をともにこなしてきていないのだ。

三池さんがお茶を出してくれる。

茶葉の質が著しく悪いため、三池さんの技量で淹れたお茶でもあまりおいしくはないが。

それでもお茶うけはとても美味しいので、それで満足する事にする。

訓練に戻る。

出来るだけ、少しでも。

姉の変態兵器に関して、実戦運用データをとっておかなければならないだろう。それを思うと。

今は、菜々美にできるのは。

こう無骨に、訓練を重ねることだけである。

その日も夕方までみっちり訓練する。

帰路のジープで、風に当たって頭を冷やす。今日の兵士は結構喋る奴だった。

「少将に昇進されたのですね。 おめでとうございます」

「ありがとうございます。 あくまで特務。 他の人を指揮する立場ではないですよ」

別に謙遜でもなんでもない。

偉そうにしないと相手が舐めてきて、舐められたら終わりだとかいう世界もあるらしいが。

菜々美はそんな事しったことではない。

そもそも菜々美は超世王の専属に等しいし。

それ以外をするつもりもない。

兵士達との連携は当然するつもりだが、その指揮統制は広瀬大将や、他の師団長達の仕事だ。

「参謀の市川中将を知っていますか」

「はい、それが何か」

「それが、今回の戦闘準備について、広瀬大将と意見が対立しているようです」

「へえ……」

何回か顔を合わせたことがある。

狐と陰口を叩かれている糸目の男で、頭脳に関しては申し分なし。兵士としてもそれなりに出来るようだ。

ただ、ずっと機会が無くて直に部隊を指揮する事ができず。

広瀬大将の参謀としての地位が、ずっと板についているようだが。

広瀬大将があまりいい目で見ていないという噂も聞いている。

或いは監視のために側に置いているのかも知れなかった。

「あまり詳しい事は分からないんですが、世界各地の戦線で隙がある地点で、超世王セイバージャッジメントのデチューンモデルの戦闘を試して、戦況を少しでも有利にするべきだと市川中将は言っているようなんです」

「一理はありますね」

ただ、あるのは一理だけ。

市川中将も知っている筈だ。シャドウとの戦闘はかなり厳しい局面になっている。明らかに警戒のランクを上げてきたシャドウに、無策で此方から仕掛けるのは文字通り自殺行為である。

それをやろうというのなら。

広瀬大将が制止するのも、まあ当然だなとしかいえなかった。

「超世王セイバージャッジメントなら、中型相手なら勝てますね」

「いや、それも戦闘経験を積んだ相手のみで、小型も相手とするとなると、デチューンモデルでは厳しいですよ」

「またご謙遜を。 常勝の畑中少将とは思えませんね」

「……」

苦虫を噛み潰す。

毎回死にかけているんだが。

それをこう美化されても、どう返して良いか分からなかった。

ともかく、である。

咳払いすると、運転に集中させる。

兵士達の中には、まだこんな風に浮ついている奴がいるのか。後で広瀬大将にも、市川中将との確執については確認しておかなければならない。

いけ好かない奴でも、広瀬大将の指揮を支えてきた要因としては、現状では排除は考えない方が良いだろう。

だが、それは政治闘争の話で。

菜々美の関係する分野では無い。

嵐山あたりの仕事だろうが。

そういって、嵐山に動いて貰うのも問題があるし。

ここまで噂が流れてくるようだと、ちょっと本格的に対立が深刻になっているのかもしれなかった。

宿舎に着くと、おしゃべりな兵士が乗っていたジープを見送る。

そして広瀬大将にメールを送る。

昔はこの電子メールが、企業によっては一日一人に対して千以上飛び交うケースも珍しくなかったとかで。

これらの中から、自分宛の重要なメールを探し出すだけで、大変な労力を消耗していたのだとか。

今はそういう事もない。

25年でAIが分野によっては進歩したため、出来るようになって来たことだ。

メールでやりとりをすると。

広瀬大将は少し考えた後に、返信をしてくる。

「市川中将と問題が発生しているのは事実です」

「兵士にまで噂が流れているのはちょっとまずいですね」

「ええ。 ただ、ちょっと実際の内容とは違いますね。 市川中将は、現在創設を予定されている第五師団の師団長になりたいと申し出ている状態でして」

第五師団。

確か、訓練専門の第四師団を二つに分けるという話が出ているというのは聞いていた。第四師団は現在一万二千ほどまで兵員が増えているが、その大半が訓練中の兵士達である。実戦などとても出来ない。

このうちアグレッサー部隊を含む訓練に特化した部隊合計八千を第四師団のまま残し。

残り四千。

軽武装の練度が低い部隊を、主に軍内の監視、警察の支援などで動かす補助部隊として編成しようという動きがあるという。

現在第一から第三師団は戦闘が起きれば参加し、消耗も想定されている。消耗した場合は第四師団から補充される訳だが。

現在は第四師団に色々と問題が起きている。

この間のクーデター祭の時にも、第四師団に紛れていたバカ達が、それに荷担したのである。

今は兵士の身元の洗い出しに必死になっていて。

それもあって、憲兵……つまりMPの仕事を専門にする第五師団を創設。

それの師団長に、市川中将がなりたいようだった。

「よりにもよって憲兵のボスになりたいとは。 秘密警察でもやりたいんでしょうかね」

「実際問題、第四師団の中に潜んでいる問題分子を調査したのは市川中将なんです」

ああ、なるほど。

元々陰険な人物であったと聞く。

そういうのは得意分野というわけだ。

「それでどうするんですか」

「憲兵が今問題なく動けているのは、特権が与えられていないからです。 歴史的に見ても、憲兵が特権を得ると秘密警察に近い存在になりがちで、軍内の風紀を著しく乱すこともあります。 もし市川中将が第五師団の師団長に就任して、それになった場合は……」

まあ、確かにあまり面白い事態にはならなさそうだ。

だが、と区切って広瀬大将は言う。

「反対はしていますが、最終的な判断は天津原代表と、嵐山補佐官に任せます」

「確かに軍の最高幹部ではあっても、そういった事まで見ていられないですよね」

「……畑中少将。 もしもの時に備えてください。 アトミックピルバグと戦闘になった場合。 私は生きていられるかわかりませんから」

その返事は、菜々美に背筋を伸ばさせるのに十分だった。

確かにその通りだ。

先の事を考えすぎても仕方が無い。

今は、アトミックピルバグがもしも動き出した場合に備えて、少しでも準備をしなければならなかった。

 

3、動き出す破滅の球体

 

ようやくシミュレーションでもアトミックピルバグを撃破出来るようになってきた。ただし、まだまだ最悪の予想の状況では勝率が低い。

最悪の予想……勿論最悪の最悪は、高熱での攻撃が一切通じないという状況ではあるのだが。

今は中型、小型が一斉に来る場合を想定しなければならないのが実情だ。

そのため、今回超世王には、新装備の他にも今までの装備類を積載することになる。このため、装備重量がきつくなり。

整地走行で40q程度しか速度が出ない。

下手をすると、人間の走る速度程度である。

ちょっとばかり問題が多いが、それでもどうせ逃げられないのは同じだ。小型も中型も、時速百q以上で動き回る。

これは次世代戦車を売りにしていたアレキサンドロスVでも逃げられないという点では同じである。

訓練を続けていると、来るべき時が来たと言うべきか。

連絡、それも緊急連絡が入った。

「アトミックピルバグ、移動開始!」

「!」

すぐにシミュレーションマシンを出る。

広瀬大将が連絡を入れ、すぐに各師団が動き出したようだ。

ちなみに市川中将は、今回で参謀長を降りると公言しているらしい。元々広瀬大将とは相性も良くなかったらしいし。

自分で得意分野にあたる部隊を指揮し。

その長に収まりたいのかも知れなかった。

或いは各国で超世王のデチューンモデルを試したいというのも、噂ではなかったのかも知れない。

それで明確な戦績を上げれば。

晴れて師団長というのであれば、分からないでもない。

ただ今は、此方からシャドウを刺激するべきではない。

それもまた事実なのだ。

「アトミックピルバグの進路、速度は」

「現在西……京都工場を目指しているようです! 時速は40qほど!」

「随分と遅いな……」

中型としては遅すぎるほどだ。

敢えて速度を出していないのか、これから出すつもりなのかはちょっとなんとも分からないが。

ともかく、出るしか無い。

すぐに超世王セイバージャッジメントの新装備を積載して。工場から出る。広瀬大将の手腕で、既に各部隊が展開しているようだった。

「監視用のドローン、監視カメラ、次々破壊されています!」

「スカウトは撤退。 予想進路から外れてください。 現時点で迎撃行動の範囲はどうなっていますか」

「四qを保ったままです!」

「……」

珍しいな。

シャドウは戦闘になると奥の手を出してくることも多かったし、それで随分苦戦させられることもまた然り。

此奴は今の時点で本気を出す予定がないのか。

それとも。

ともかく、想定される交戦地点に急ぐ。今の時点で、アトミックピルバグのデータを確認しているが。

いずれのデータも、起伏を一切無視して、京都工場に向かっているという事を示しているようだった。

しかも移動中に四q圏内に入った人工物は、あらかた破壊しながら進んでいる状態である。

京都工場に辿りつかせたら終わりだ。

第一、第二、第三の各師団が布陣を終える。

この戦いは一瞬だと既に説明が為されているようだ。もしも斃せなければ一瞬で此方が全滅する。

神戸も落ちる。

超世王セイバージャッジメントだって無事ではすまない。

そう広瀬大将が演説しているが。

無事では済まないどころか、この武装が通じなかったら、一瞬で破壊されて終わりである。

菜々美も億が一にも助からないだろう。

敵が八qまで接近。

装備の状態を確認。

出撃の直前まで整備をしてくれた整備工のおっちゃん達には感謝するしかない。姉も最後にチェックを入れてくれた。

現時点で、相手の速度が時速40q。

音速に達する事も想定していたので、この点だけは随分と楽である。問題はこの後なのだが。

ともかく、やるしかない。

七qのラインを割ったときに、広瀬大将に言われて、もう一度ノワールにメールを入れてみる。

返事はなしか。

では、やるしかないだろう。

姉は京都工場から、三池さんに連れられて脱出したようだ。

25年ぶりとなる、シャドウの能動的な侵攻。ただ、シャドウから「奪還した」土地に入り込んで来ただけだ。

今の所は。

これがもっと入り込んで来たら、文字通り終わりである。

広瀬大将が、指示を下していた。

「各部隊、攻撃開始!」

「オープンファイヤ!」

「効力射開始!」

総力での攻撃が始まる。

まず地を飛び立ったのは、実に五万に達するドローンである。これらは一定距離を保ちながら、一斉にアトミックピルバグに迫る。

凄まじい数だが、どれもただ飛ぶだけの玩具。

短時間で大量生産するのは、時間も物資も足りなかったのだ。

それらが、四qラインを超えた瞬間、次々に爆散する。同時に、各部隊に展開している迫撃砲部隊、自走砲部隊が、一斉に射撃を開始していた。

凄まじい弾幕が、アトミックピルバグに浴びせかけられる。

弾丸だろうがアトミックピルバグには関係無い。

等しく人工物だ。

いうまでもなく、戦車砲や自走砲に装備されている大口径砲の弾丸は、速度で軽く音速を超える。

だが、それらがいずれも次々に爆散している。

凄まじい迎撃精度。

CIWSなんか問題にもならない。

これほどの迎撃精度だと、確かにいちいち選んではいられないだろう。ただ、凄まじい飽和攻撃で、ついにアトミックピルバグの至近で爆発が起き始める。

その瞬間、菜々美はレバーを引いていた。

今回用意してきたのは、多段式の投擲型……いや違う。

水平発射するタイプの斬魔剣の亜種とでもいうべきだろうか。斬魔剣に似ているが、今回は幾つか違う点がある。

まず発射は水平で、ロケットでそのまま飛んでいく。

ミサイルの場合は精密な制御が出来るものを指すのだが、ロケットはそのまま噴射だけするものを指す。

当然ロケットの方が安価だ。

ミサイルは相当な高額兵器だが、これは内部に精密動作をする部品をたくさん有しているからである。

ロケットはこれに対し、一時期戦車の戦略的価値を著しく下げたといわれるRPG7を例に出すまでもなく、とにかく安価なのである。

この多段発射式の斬魔剣の亜種。

姉が名付けたのは、「斬魔クナイ」。

これを発射。

大きさは斬魔剣の半分ほどしかない。これが相手まで到達するように、常に飽和攻撃を続けるのだ。

直撃。

仕組みは斬魔剣と同じだが、細かい制御が効かない。その代わり、高圧プラズマを相手に流し込み続ける。

相手に着弾すると同時に展開して、相手に吸い付く仕組みもついている。

クナイというよりも蛸でも放り投げているような感覚だが。

着弾後の名人芸は必要ない。着弾させるのが至難なのだ。

「初撃命中!」

「効果確認……効果浅!」

監視しているスカウトからの連絡だ。まあ予想はしていた。防御面も堅くて当たり前である。

熱量を上げれば焼き切れる時間は短くなるかも知れないが、あのサイズの廉価版斬魔剣では、出力にも限界がある。しかも今回は、有線でのコントロールも不可能だ。

そのまま焼き切ろうとしていた斬魔クナイが、爆散。

邪魔、といわんばかりだ。ただ処理する順番が来たから、アトミックピルバグがそのまま爆破した。

それだけのことである。

しかし、直後に第二射が直撃。

六キロ先、後退しながらだが。それでもピンホールショットを決めた。また同じ箇所に、超高熱が流し込まれ始める。

さて、どうでる。

加速されるとちょっとまずいのだが。第三弾を準備する。

多段式のこの斬魔クナイ、二十発まで弾を用意しているが。一発でのダメージがあれだと、ちょっと不安だ。

舌なめずりしているなか、横合いから出て来たのはMLRSである。

姉が作った変態兵器の方では無く、対地制圧用のロケット兵器だ。これもシャドウ相手にはまったく役に立たなくなったこともあり、倉庫に保管されていたのだが。

クラスター弾をばらまくという意味では、今回の作戦では使える。

シャドウにはダメージを与えられないとしても。

超世王が攻撃をする間の時間、相手の迎撃を飽和させるという意味では使えるのだ。

第二射が、目に見えた傷を作るが、それほど効いているようには思えない。というかあいつ。

なんか違和感がある。

今までは、ダメージを受けたシャドウは、凄まじい大暴れをしたり。本気を出し始めたりしたのだが。

あれはなんというか。

シャドウは恐らく生物では無い。

これはナジャルータ博士が前に言っていた。

ノワールと会話した後も、菜々美はその結論は変えなくていいと思っている。

シャドウは少なくともこっちの世界で生物と呼ばれている存在とは違うと見て良い。その結論は、変わらない。

問題は、あいつが。

今までの、ダメージを受けると苦しんでいた他のシャドウから見てすら、異質だと言う事だ。

なんだろう。

何か、全く根本から勘違いをしているように思える。

MLRSがクラスターロケット弾を叩き込み、そして次々に爆発させる。そのまま粉々に打ち砕かれるロケット弾。それらが本来は、鉄の雨と怖れられ、歩兵を蹂躙してきた殺戮兵器だが。

シャドウの前にはなんら役にも立たない。

第二射の斬魔クナイが爆破された。

即座に第三射。ダメージは確実に蓄積している。しかし、どうにも変だ。後退しながら、菜々美は広瀬大将に連絡を入れる。

「広瀬大将、妙だと思いませんか」

「どういうことですか」

「あいつ、やられても何とも思っていないようにすら見えます。 今までの中型は、ダメージを受け始めてからは殺意全開でした。 シャドウは生物かというとかなり怪しいという点は私も同意するんですが、彼奴は……」

「そうですね、あまりにも妙です。 しかし、彼奴を行かせたら……」

そうだ。

神戸も、京都工場もやられる。

第三射のクナイが爆破された。

球体だが、転がってくる事もなく、アトミックピルバグはそのまま進んできているようである。

距離を保ちながら、第四射。

更に傷が増える。

だが、それで迎撃が弱くなるかというとそんな事はない。

「第一師団、残り弾薬半分!」

「此方自走砲部隊! 弾丸使い切った! 撤退する!」

「狙撃大隊、四qライン近くまで展開! 敵と併走しながら、螺旋穿孔砲、重機関銃、ありったけ叩き込んでください!」

「イエッサ!」

かなりまずいな。

恐らくだが、今までのシャドウ相手の比では無い消耗だ。人的消耗は今の時点では出ていないようだが。

まてよ。

まさか彼奴の狙いは、最初からこれなのか。

ぐっと歯を噛む。

とにかく、倒してからだ。

斬魔クナイを立て続けに二つ。これは各師団の弾薬などが怪しくなってきているからである。

狙撃大隊が接近して、四qラインの外側から猛射を浴びせているが、それだっていつまでもつか分からない。

ダメージを二倍与えるには、斬魔クナイを二倍入れていくしかない。このために、残弾も多めにしてある。

傷が目に見えて増えていく。ただ黙々と進みながら、ありとあらゆる四qラインに入ったものを、順番に爆破していくアトミックピルバグ。途中にあった監視塔なども、容赦なく消し去られた。

恐らく人間が踏み行っても同じように扱われるだろう。

人間は生物ではあるが。

恐らくアトミックピルバグは人工物として認識して、即座に消しに掛かってくる。だから倒すしか無いのだ。

「第三師団、弾薬そろそろ使い切ります!」

「さがってください。 各狙撃大隊、例のものを」

「はっ!」

また斬魔クナイが爆破される。

各師団の状態は良くない。

とにかくありったけの弾薬を片っ端から投入して、それでやっと超世王の攻撃の隙を作ってくれているが。

それも、これではそれこそ弾丸を使い尽くしてしまう。

狙撃部隊が取りだしたのは、アサルトライフル。それも旧式のものだ。弾丸は恐らくNATO弾とかの……人間には有効な弾丸。

もう倉庫で埃を被るしか仕事がないそれを、全て使い尽くすというわけだ。

「ジャムった場合は捨てろ! とにかく一発でも叩き込んで、相手の気を反らせ!」

「イエッサ!」

「相手の動きは直線的だが、くれぐれも近付きすぎるなよ! 最初にやられたスカウトみたいに消滅するぞ!」

アサルトライフルの一斉射が始まる。

あんなものはもはや旧時代の遺物だが、だからこそこれでいいのだろう。

人を殺すための傑作兵器。

ここで使い切ってしまうのが一番だ。

クナイが爆破されて、また次。次。かなり厳しい。そろそろ京都工場が射程内に入ってくる。

残弾、残り三。

アトミックピルバグの体の傷はかなり大きくなってきている。これで斃せる事に賭けるしか無い。

一斉に発射。

三発とも、全部命中。

よし、とぼやく。

更に傷が深くなって行くアトミックピルバグ。だが、それを気にしている様子すらない。

もう1丁、とどめだ。

バックを停止。

おそらくコレで斃せなかったら、どうにもならない。

だから、試す。

敢えて四qラインに前進。

最終的な作戦として、既に広瀬大将には伝えてある。同時に三つの師団も、残った弾丸をありったけたたき込みはじめる。

斬魔剣Uを投擲用に用い、そのままアトミックピルバグに叩き込む。

深手を受けていたアトミックピルバグが、だめ押しの一撃をぶち込まれて、凄まじい悲鳴を上げた。

初めて、他の中型と同じような反応を見せた。

だが、次々に爆破されるクナイ。

更に、その余波で、斬魔剣Uも誘爆。まずい。これは離れないと。だが、離れるより先に、アトミックピルバグの迎撃が停止する。

そして、奴は溶けるように。

文字通り空に溶けるように、消滅していった。

呼吸を整える。

最後の一瞬、四qラインを割り込んでいた。一瞬でも倒すのが遅れたら、死んでいただろう。

しかもああしなければ、倒せなかった。

非常に厳しい賭だった。それでも、勝ったには勝ったか。

損害報告を広瀬大将がまとめる。

中途で脱落したり、ジープから落ちたりした兵士はいるが、負傷者はいるがそれだけ。それは、良かった。

問題は、別のところにある。

「全軍、残弾を使い切りました。 もはや残弾は……」

「す、スカウト21より連絡! 関ヶ原にシャドウ出現!」

「やはりな……」

菜々美は最悪の予想が当たったことを悟る。

関ヶ原には、新たなアトミックピルバグが出現していた。一体倒すだけで、GDFの現在の総戦力を動員し、全ての鉛玉を使い尽くす勢いで飽和攻撃をし。それでやっとだった相手が。

なんの問題もないとシャドウが言っているかのように。

しれっと二体目が現れていた。

疲弊しきった声で、広瀬大将が言う。

「総員撤退。 負傷者を回収してください。 もはや我々に弾丸は残されていません。 戦う術がありません」

敵は屠った。

だが、この戦いは負けだ。

完全にGDFの上を相手は行った。そして今回の戦訓を生かしたところで、アトミックピルバグを簡単に倒す事は無理だ。

奴は超高熱に対して強力な耐性を持っている。今まで交戦した中型の中でも、ブライトイーグルと同等かそれ以上の耐性があったと見て良い。

それがあの凶悪無双な迎撃能力を有しているのだ。

奴が動き出すだけで、GDFは逃げるか。弾丸を使い切りながらどうにか動きを止めるしかない。

倒せるかもしれない。

だが、ただそれだけ。

戦略的には完全な負けを強いられる。

そういうシャドウが出現したのである。

疲れきった皆が、帰途につく。

二匹目がすぐに動き出すかどうかは分からないが。もしも動き出したとしても、対応は出来ない。

超世王は珍しくほぼ無傷だが。

菜々美は、強烈な敗北感を受けていた。

 

京都工場に戻る。

即座に斬魔クナイを補充する。

こいつはクナイと言いながら、収納用の装備が極めて重い。このためこいつを積んでいく場合は、超世王が鈍足になる事を覚悟しなければならない。

だが、これを装備して出ても次は勝てない。

あいつを倒すための物量を用意できないからだ。

しいていうならば、人工物であれば何でも迎撃するというのが弱点になるかも知れないが。

その人工物だって、どれくらいのラインから迎撃してくるのかは分からない。

しかもクラスター弾などはまとめて消滅させられていたようだし、正直当面は軍事作戦なんて不可能である。

頭を抱えたくなる相手だ。

今までも人間の近代兵器のメタを取ってくる相手ばかりだったが。

今回の奴はそれらの中でも特にまずい。

アトミックピルバグは、移動するだけで人間の全てを消し去り、迎撃しようとする相手には膨大な物資の消耗を強要する。

そして何となく分かってきたが。

恐らく今回の戦い。

アトミックピルバグのデモンストレーションだったのだ。

戦えると思うならやってみろ。何体でも繰り出してやる。

今まで名人芸で斃せてきた中型とは根本的に違う対策型だ。なんなら幾らでもこれから繰り出してやる。

そうノワールが言っているような気がして、大きな溜息が出ていた。

ソファでぐったりしていると、会議に出るように言われたので。姉と三池さんと一緒に、テレビ会議が出来る部屋に移る。

顔色が真っ青になっている天津原。

この様子だと、近いうちに胃が全部溶けて無くなるのではないのか。

「アトミックピルバグは撃破しましたが、代償に現在稼働出来る実戦部隊は、全ての弾薬を失いました。 今後もし戦うとしても、同様の損耗を覚悟しなければならないでしょうね」

広瀬大将はそれだけいうと。

この戦いの人的被害はゼロで。

それこそ、相手の意図通りなのだろうと強調した。

戦いの前にスカウト16が蒸発させられたが、それもアトミックピルバグの脅威を印象づけるためのものだったのだろうとも。

「シャドウは恐らく、これ以上の抵抗は無駄であることを見せつけてきたのだと思います。 今回アトミックピルバグを倒すためだけに、GDFのほぼ総力を挙げ、弾丸も使い切りました。 シャドウは小型すら介入させずに、それを見ているだけで良かった。 アトミックピルバグはシャドウにとってはロボット掃除機のようなもので、それこそただおいておくだけで人間の力を効率的にそげる便利なもの、くらいな扱いなのだと思います」

「それで……どうすれば」

「良いでしょうか」

天津原代表に対して、菜々美は挙手する。

そして、咳払いしてから、説明を入れる。

「広瀬大将の発言に私も賛成します。 もしも私がノワールだったら、この後に連絡を入れてくると思います。 以降はくだらない交戦を考えないように、と」

「しかしそれでは、奴らに無条件降伏をしろというのと同じではないか!」

「人間の国家相手の無条件降伏よりよっぽど有情だと思いますよ。 人間の場合は降伏した相手から何もかも奪い尽くすではないですか。 シャドウの場合は、完全に放置。 それが全てです」

菜々美がそう言うと、重い沈黙の帳が場に降りた。

もはや、打つ手がない。

それは明らかだった。

ナジャルータ博士が、交戦データを分析した結果を話してくれる。

誰もそれにどうこうとは言わない。

「私も畑中少将の分析は正しいと思います。 アトミックピルバグは倒される時まで、中型が断末魔のように出していた音を出しませんでした。 恐らく最初から、人間の弾薬を使い尽くさせるためだけの存在。 そういうものだったのだと思います。 シャドウは生物ではなく、厳密には集合意識ですらないのかもしれません。 だから取れる、最大の塩試合。 それがこういう存在の登場なのでしょう」

「研究者なら、なんとか出来ないのかね」

「相手のテクノロジーは我々より最低でも十世代は上と見て良いでしょう。 しかももっとも楽観的に見ても、です。 その上相手は此方に対して手を抜いているのが今回はっきりしました。 今まで畑中少将が中型を斃せていただけでも不思議だったくらいなんです。 一世代程度兵器を刷新した程度で勝てると舞い上がっていた旧軍需産業と近代兵器信仰をしていた者達の晒した無様は、みなさんも見たばかりでありましょう。 シャドウは滅ぼそうと思えば人間をいつでも滅ぼせるし、なんだったら一度滅ぼす事だって選択肢にある。 多数の絶滅動物が復活している事からもわかりましょう。 滅ぼしたって再生させて、時間を掛けて手なづければ良い。 それをしていないのは、単に生かしておいた方がシャドウにとって効率が良いからだけです!」

ナジャルータ博士が現実を突きつける。

ますます場は重くなった。

咳払いしたのは、広瀬大将だ。

「とにかく、です。 今我々がするべきは、奴隷にならないように、彼等に対して少しでも抵抗する力を蓄え、それで少しでも有利に交渉できるようにする。 それだけしかありません。 残念ながらGDFとシャドウでは……恐らく全盛期の地球の軍隊とでも同じでしょうが、圧倒的に力の差がありすぎますし、大型を仮に倒せてもなんら解決にならないでしょう。 今回出現したアトミックピルバグを、破綻的な物資をつぎ込みつつも倒す事が出来た。 それだけでも、相手に対して、力を持っていることは示せました。 これからは、対話と和平のフェーズです」

「負けを前提に指揮官である君がそのようなことをいうのかね!」

「負けなどとっくにしています! 勝っているとでも思っていたのですか!」

流石にたまりかねて、まだ隙あらば領土を奪還、などと考えている国代表に広瀬大将が言うと。

やはり、その場は黙り込むのだった。

荒れないだけましか。

菜々美はとっくに負けていることは知っていた。

ロボットアニメだと精神論で此処から状況を打開したりするものだが、そんな都合がいいものは此処にはない。

精神論であいつ……アトミックピルバグに勝てたら苦労しない。

更に、である。

通信が入る。

「各地より連絡が入りました! ほぼ同時にです!」

「なんだ、どうした」

「アトミックピルバグ出現! 北米、欧州、アフリカ、東南アジア! 各地に残った大都市を伺う位置にいます! 日本と同じように、現時点では一切動いていませんが……」

「終わりだ」

誰かがぼやいた。

違う。

とっくに終わっていた。

菜々美は心中で訂正する。

というか、別に特段状況が悪化したわけじゃない。今までだって、シャドウがその気になったら人類なんて数時間で地球から消えていた。

それがより分かりやすく可視化された。

それだけの話だ。

多分ノワールが連絡を入れてくるな。

そう思いながら、葬式の場みたいになった会議を、菜々美はぼんやり見つめた。姉が発言する。

「現時点で、もっともアトミックピルバグはやりづらい相手かと思います。 そしてシャドウはこれをなんぼでも繰り出せることが分かりました。 それに今まで交戦経験と撃破経験がある中型も、まだ性能が上がることはほぼ確実と見て良いでしょう。 一旦此処は、相手に対する攻勢を見せる姿勢を控えて、戦力を休養させ、研究するフェイズに入る時かと思います。 相手が交渉を申し出てきたら、乗るべきでしょう」

「賛成します」

姉にナジャルータ博士が賛成する。

完全に死人の顔色をしていた天津原が、力無く頷いていた。

「分かった。 専門家……それも多くの実績を出してきた専門家二人がそういう程だ。 確かにそうするしかないだろう」

「天津原代表!」

「GDFの弾薬庫を空にするまで打ち込んで、やっと斃せた相手が、世界中に現れて、都市を伺っている。 今の時点では動く気配はないが、もう誰でも分かる。 あれを一体斃すだけでやっとだった。 それすらも、畑中博士と畑中少将、広瀬大将がいなければ無理だっただろう。 今は、戦いを避けるフェイズだ。 それについては、無能で無学な私でも分かるよ」

天津原代表は下を見ている。

もう、息をしているだけでやっとという雰囲気だ。

「各国ともに交戦を避けるように。 アトミックピルバグが前進してきたら、その時はもうどうしようもない。 シェルターなどに逃げ込んでも全く無意味だろう。 もしも逃げるなら、進路からはずれて動くように避難誘導をしてほしい。 会議を終わる」

これは、天津原のおっさん。

入院確定だな。

嵐山は秘書官で力を発揮できるタイプのようだし、上に立つよりは今の立ち位置の方が良いだろう。

ため息をつく。

テレビ会議を抜けると。三池さんが肩を落としていた。

「流石にお二人もどうにもできませんか」

「ちょっとあの迎撃能力はねえ。 それも反物質による攻撃を収束して熱も放射線も指定破壊範囲から出さないようにコントロールまでしてる。 今回超世王に負ける事を前提で動かしていたのかもしれないけれど、それでもあれは人類に「現実」を叩き付けるには充分な中型だったと思うわねー」

「同感」

姉は平気そうな顔をしている。

菜々美はと言うと、完敗でむしろすっきりした。仮に何とか物資を集めて二体目を倒しても、すぐに三体目が出てくるだろう。

勿論そんな事をする意味は微塵もない。

とにかく今は、状況を整える方が先だ。

神戸を蹂躙させなかった。

この工場を潰させなかった。

それだけで、今は満足するべきなのだと、菜々美も分かっている。だから、それ以上の事は考えない。

医師から連絡がある。

広瀬大将から連絡が来ていたらしい。しばらく無理矢理でも休養させるように。そういう指示だそうだ。

有り難い話だが。

まあ、今のうちに休んでおくとするか。

それだけしか、菜々美に出来る事など無かった。

 

4、力の差は無情に

 

検査入院だのなんだので、時間を取られる。

やはり体中に無理が出ていたらしく、一ヶ月は絶対安静と言われた。そして、二度目の前進をアトミックピルバグはしてこない。

腹が立つほど強力なシャドウだ。

勿論グレイローカストの平押しや、多数の中型を一斉に突入させてきても、シャドウは同様の戦果は得られただろう。

だが、シャドウは。

あまりにも分かりやすい塩試合を組める中型種を出してきて。

それで人間に現実を叩き込んだ。

それに、である。

倉庫を圧迫していた。後生大事にため込んでいた旧世代の武器はこれで綺麗さっぱりなくなった。

シャドウが鉱山なども復元しているらしいという話が入ってきている。

彼方此方にまき散らされた重金属などの危険な廃棄物も、地球であるべき場所に戻っているのかもしれない。

だとすれば、放っておくしかないだろう。

菜々美は病室でぼんやりとSNSを見る。

終わりだと叫んで、自殺行為に走ろうとする者もいるようだ。

実際問題、あれだけの物資をつぎ込んで、斃せたのは一体だけ。それも、GDFの弾薬庫が空になるレベルだったのだ。

それが世界中の生き延びている都市国家至近に現れた。

どうにもならないのは誰にでも分かる。

目的通りと言う訳だ。

SNSを見ていても気が滅入ったので、ぼんやりとベッドの外を見る。そうすると、携帯端末が鳴っていた。

メールだ。

ノワールからだった。

「まさか斃せるとは思っていなかったよ。 適当に君が乗る超世王セイバージャッジメントを痛めつけたら、それで戻すつもりだったのだけれどね」

「褒めてくれているのならありがとう。 それで?」

「はっはっは。 つれないね。 とりあえずGDFとかいう無能な組織の様子を見る限り、動きを止めたようで何よりだ。 此方としては大人しくしてくれていればそれでいい。 攻撃はこれ以上するつもりはないよ」

「そう」

まあ、それなら有り難い話だが。

ただ問題は、まだバカが残っていて。それらが自殺的な特攻を仕掛けないか、ということだが。

多分大丈夫だろう。

「人類と交渉をするのではないの?」

「今の時点ではまだしない」

「……」

「私は基本的に君達に対する干渉は最小限にしたい。 他の生物にしているのと同じようにね」

それについては、何となく分かる。

25年間ずっとそうしてきたのだ。

姉が出現して、中型を斃せるようになって、それで人類が調子に乗った。

ここ最近が異常だっただけ。

或いはだけれども。

姉と菜々美が出なければ、シャドウがここまで積極的に動いてくる事はなかったのかもしれない。

「それで私に連絡をしてくるのは何故」

「貴方が特異点だからだ」

「特異点だって? それは姉の方じゃないの」

「畑中博士も確かに特異点に近い。 だけれど、その奔放な発想を生かせるのは君の力があってこそだ。 なんだったら、私の方で君を迎え入れたいほどだが」

流石に絶句する。

勿論既に三池さんに連絡を入れて、やりとりなどは保存して貰ってあるが。

だからこそ、余計に、余計な事はいえないのだ。

「遠慮する。 いくら何でも、其処まで恥知らずにはなれない」

「そうだろうね。 貴方は散々海兵隊時代に死の危険を覚えるほどの……虐めというのか。 そういう行動を取っている相手達によって、散々酷い目にあわされた。 その時に人間に愛想を尽かしても良かったはずだ。 それなのに、結局毎回死ぬ思いをしながら人間の為に戦っている」

此奴、そんな事まで知っているのか。

ストーカーか。

いや、軍のデータベースか何かにアクセス出来るのだろう。

これだけの訳が分からない技術を持っているのだ。

それくらいはやってきてもおかしくない。

だとすると、である。

今までは作戦も何も全て筒抜けだったのかもしれない。

広瀬大将が、直前まで一切連絡を入れずに作戦を実施していた。それが却って功を奏したのも。

ある意味正解だったのだろう。

「それで、監視だけして終わり?」

「まあそうなる。 技術供与なんてしても仕方が無い。 私を神か何かとして崇めはじめる者が出ても困る。 君達は与えても感謝せず、ただひたすら貪るだけの種族だ。 みたいようにだけものをみて、信じたいようにだけ信じる。 早くその性質を改善した次の世代を作り出すんだね。 その時に、私は君達と交渉を持つだろう」

「……」

それでやりとりは終わった。

三池さんから連絡。

今回も本物で間違いないそうだ。

とりあえず、これで当面は大丈夫か。だが、それにしてもちょっと分からない事を言っていたな。

気になる事がある。

ナジャルータ博士から連絡があった。

「シャドウが人間に詳しいのは分かっていましたが、これはちょっと異常ですね。 人間に種として客観が著しく欠けていること、ずっとエゴのまま文明を回してきたことをあまりにも詳しく知っています。 やはりシャドウは、人間にただならぬほど関与してきた存在なのではないでしょうか」

「うーん。 どうも妙なんですよね」

「何がですか」

「シャドウの連中、人間を滅ぼす事にやっぱり興味が無いと思います。 むしろシャドウなりに人間を尊重している。 ですが、人間を軽蔑しきっているようにも思うんです」

少し考え込むナジャルータ博士。

そして、菜々美の疑念に答える。

「シャドウに感情があるのなら、それはつけ込む隙にはなるでしょうが。 現時点での作戦行動は無意味です。 分析はしますので、今は畑中少将は歴戦の疲れを癒やしてください」

「……了解」

通信終わり。

いずれにしても、シャドウとの戦いは、これで一旦終了……とはならないだろう。

しばらくは戦いどころじゃない。

シャドウも先のアトミックピルバグ戦で、その力を見せつけただけで充分と満足したようだが。

GDFの内部がこれからどうなるか分からない。

それにあれを攻略する方法を、姉が考えた場合。余計な事をまた上層部が言い出しかねない。

ともかく、菜々美に今。

出来る事は、一つも無かった。

 

(続)