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もっとも愚劣な者
序、調査
ナジャルータ博士は、有識者を集めてテレビ会議に出ていた。ナジャルータ博士にあまり友好的ではない学者もいるが。
それでも今は、不快感を押し殺してでも話を聞いて貰わないとならない。
調査をして貰わなければならない。
25年、人間はシャドウに対して何もできなかった。
あらゆる調査が意味を為さなかった。
だが、それが過去になろうとしているのだ。
シャドウに勝つのは無理だろう。
それはシャドウに関わっている全ての人間……少なくともシャドウとの戦闘を経験している人間の認識で一致している。
記録的な戦果をたたき出している超世王セイバージャッジメントも、名人芸で支えられている機体に過ぎず。
一箇所の戦況をひっくり返す事すら、単騎では困難。
シャドウがもう一度侵攻を開始したら、生き残りの人類など瞬く間に捻り殺され尽くすだけ。
それが分かりきっているからこそ。
相手を知らなければならないのだ。
相手はこっちを知っている節があり。その可能性はどんどん上がっている。それを思うと。
なおさら調査は急がなければならないだろう。
ナジャルータ博士が、情報を提示すると。
他の学者達は、胡散臭そうに見たり。或いは非協力的な視線を向けてくる。それも、無理はないだろう。
ナジャルータ博士は、公式の場で勝てないと言い切ったのだ。
シャドウに勝てると思い込んでいる者達はまだまだいる。
流石に各国で反攻作戦がごく小規模だが始められ。25年の時を経て、シャドウの恐ろしさを忘れていた連中が、シャドウに踏みつぶされて文字通り塵と化したが。それがあってもなお。
楽観的な暴論を振りかざしている者もいる。
シャドウに勝てないというのは、悲観でもなんでもなく客観的な事実である。
そもそも楽観は戦争でもっとも忌むべきものだが。
客観はもっとも貴ぶべきものだ。
だからこそ、ナジャルータ博士は、今の時点で分かっている情報から、最大限の客観を割り出さなければならない。
それが現実なのである。
「ちょっといいっすか」
「はい。 クランベルさん」
クランベル。
ボイスオンリーでテレビ会議に参加しているその人は、学者ではない。趣味で過去のハッキングについて調査している素人だが。実際問題、軍が用意したサーバにあっさりハッキングを成功させ。その防御を改めさせた実績がある。今では電子プロテクトの専門家として、正式にGDFに雇われている人物だ。
声は合成音声だが。
これはそもそも昔日本で使われていた音声合成ソフトらしく。
それを超高速で操作して、喋っているらしい。
本人は極めて内気な女性らしく、基本的に他人に顔を見せたがらないらしい。本籍地は北欧で唯一生き残った街ネオデンマーク。人口22万人がいるが、年々気候が厳しくなりつづけていて、出来れば他の人間の都市に移りたいという者も多いそうだ。
「許可貰ったから調べて見たんですけどね。 問題になっていた変なメール。 更に経由を偽装されていたプロキシサーバ。 それぞれを辿ってみたところ、過去に実際に使われていたものですわ」
「廃棄されていたサーバを経由していたように見えたのは」
「そのサーバは元々商用のサーバとして使われていたものでしてね」
幾つか専門的な話をされる。
現在は既に使われていない幾つものサーバやプロキシサーバだが。これらは昔は巨大ネットワークの一部として利用されていた。
悪用もされていた。
ごく一部だけ、電子システムの設計図などがまだ残されている。ファイルサーバの中には、そういうデータも僅かだけ残っているのだ。
そう、クランベルは言う。
「自分で仮想で環境組んでみた感じだと、サーバが物理的に生きていた時代だと、自分でも苦労する難易度ではあるけれど、実際にやる事は可能っすわ」
「だったらなんだというんだ」
「逆に言うと、今の時代だと出来ないってことだよ」
突き放すようなクランベル。
文句を言ったのは今回「監視役」としてきていたGDFの高官だが。会議を始めるときも高圧的で、はっきりいってあまりこういう仕事に向いている人物では無いなとナジャルータ博士も感じていた。
クランベルもそう思ったのだろう。
「過去のネットシステムを仮想サーバで再現して、わざわざメールを送ってきたってのも妙な話でしてね。 それだったらもっと他に幾らでもやりようがある筈。 メールのパケットを確認した感じでも、偽装は偽装じゃなくて、限りなく本物に近いと思うッすわ」
「……結論はありますか」
「これ、人間がやってないとすると、シャドウがやったと判断すべきでは。 そしてシャドウには、人間のネットシステムなんて再現は簡単ポンということでしょうよ」
クランベルの指摘は、場をどよめかせるに十分だった。
専門家が此処まで言う程だ。
つまりシャドウは、どの個体がやったかは分からないが。ともかくネットシステムを仮想環境で。それも過去に存在していたものを仮想環境で作り出し。電波なりを送って、全く過去に使われていたものと変わらない代物を再現し。
その上ピンポイントで畑中准将の携帯端末に送ったと言う事だ。
しかもやりとりを見る限り、シャドウの側でも畑中准将からの返信メールを受け取って、それに対応している。
「サーバ側も完璧に近い……いや恐らく仮想サーバで構築された完璧な環境にメールをそのまま返したと判断していいっすねえこれは。 いやいや凄いわ。 シャドウって、人間をただすり潰すだけのクリーチャーと思ってましたけどね。 これは人間なんて、豆粒くらいにしか思えないテクノロジーをあの生物かよく分からん体に秘めているって見て良さそうッスよ」
「……分かりました。 この件については後でレポートをお願いします。 次の内容ですが……」
続いて、今までの超世王セイバージャッジメントの戦闘データを全て開示して、それから出た分析を示す。
シャドウは確実に攻撃に対処しているが。
基本的に領域を決めているようで、何かしらの戦術行動以外では、領域に踏みいらない。その戦術行動には攻撃に対する反撃も含む。
中型は明確な学習能力があり、受けた攻撃に対して即座に抗体を作るような万能さはないものの。
それでも次の戦闘では、少なくともまったく同じ攻撃は通じない機動をする。
これらから考えて、シャドウの間には何かしらの確実なネットワークがある。
それが何によるものかが分からない。
少なくとも個体同士の音声コミュニケーションだとか、そういう人間がやっているようなことではないことだけは明らかだ。それだと伝達されるわけがない。
シャドウそのものが、超巨大なネットワークを構成しているのか。
可能性はあるが、仮説の域を出ない。
しかも、この仮説は、クランベルの話で信憑性が高まった。
SFに出てくるような、全個体で弱点情報を共有していて、即座に対抗策を打ってくるような超凶悪な集合意識エイリアンではないが。
それに近い凶悪存在であることは間違いなさそうである。
ただ、それだと人間が勝てる要素が微塵もない。
今までも、それにこれからも、である。
何故にシャドウが人間を殺しつくさなかったのかも分からない。
とにかく、前向きに議論をするしかない。
「シャドウは本来だったら、即座に勝てる戦いを敢えて勝っていません。 これにはどうしても明確な結論が出ない。 今までのデータ……シャドウが地球の水を増やしていることも含めて、ですが。 これらから、何かしらの結論が出ないか、それぞれ意見はありませんか」
「少し良いですかな」
「はい。 フラクール博士」
フラクール博士。
老人みたいなしゃべり方をするが、まだ十九である。
車いすから立ち上がれないのだが、頭脳に関しては身体能力を補ってあまりある程に凄まじい。
ホーキング博士の再来とまで言われている程だ。
「シャドウの作戦行動を見る限り、人間も保護対象と考えているのではないでしょうか」
「な……」
「続けてください」
また監視役が何か言おうとするが、ナジャルータは続けて貰う。
フラクール博士は自然学の人間で、過去に人間がやってきた環境への介入と、それによる破滅的な事態を研究してきた存在だ。
動物愛護団体とかいわれる連中が、実際には上っ面だけの存在で、いかに無知な人間から搾取するかしか考えていなかったり。
悪い場合は何かしらの反社が背後にいて、意図的な集金だけを目的に動いていたりといった過去の事例を初めとして。
人間が手を入れた里山や用水路、様々な環境アセスメントなどの実績や失敗例などを調べ尽くしている専門家中の専門家だ。
ちなみに男性だが、19歳で背丈は140p程度しかない。
IQ210と言われる頭脳の代償として、フラクール博士はあまりにも大きな身体的な代償を抱えてしまっているのだ。
「シャドウがやっているのは、無駄な数を減らして、保護区を作る人間の行動に酷似していると見ます。 人間も地球環境で生きる生物の一種として判断しているのであれば、これは考えられる事です。 それと……おかしな事は他にもありましてね」
「聞かせてください」
「今までのデータを見る限り、ここ25年で人間の数の増減は殆ど起きていません」
そういえば。
神戸などの安定した都市ですらそうだ。
以前、日本に押し寄せてこようとしてきたちいさな都市国家が、まとめて壊滅する惨事があったが。
あれも死者の数は数千人規模。
シャドウに反撃作戦が開始されてから行われた会戦でも何回か数千規模の死者は出ているが、五千万という人口に対して、これといったダメージは無い。
更におかしな事もある。
今の時代、人間が増えようという意欲を見せていない。
これは以前、21世紀のシャドウが出現する前の時代。色々と問題が起こりまくっていたようだが。
その時代も、子供を一切作る意欲がない人間は多数いたそうだ。
いわゆる先進国といわれるような国でも、それは同じであったらしい。
だとすると。
「これについても、ひょっとするとシャドウの関与があるのではないか、と考えています」
「巫山戯るな! 貴様等いい加減にしろ! 我等の聖戦を、頭でっかちのオタク共が穢すつもりか!」
わめき散らす監視役。
誰も相手にしていない。テレビ会議でのそいつの声の音量を下げると、良くしたもので皆同じように処置したようだった。
「ひょっとすると、現在生き延びている都市は、シャドウによる一種のビオトープの可能性が高いと」
「はい。 シャドウが数を減らした理由もそれで説明がつきます。 多少人間が反撃をしていますが、それでも基本的にシャドウの戦略を根本的に揺らがすほどではない。 ビオトープ内で、多少ビオトープを構成する生物が暴れている、くらいの認識しかしていないのだと思います。 だから監視用の端末だけ配置して、これ以上暴れるのを防ぐ。 ただそれだけでいいのでは」
「なるほど、納得出来る話ですね。 しかし、地球規模の環境保全をして……シャドウは何が目的なのでしょうか」
その質問が出ると、誰も黙ってしまう。
誰も思いつかないのだ。
まさか慈善作業ではないだろう。
宇宙人が保護活動をしているのではないかとナジャルータ博士は一瞬だけ思ったが。だとしたらもっと冴えたやり方を採用しそうなものである。
このやり方は、地球そのものの寿命を延ばす行為にさえ思える。
水を増やしているのは良い例だ。
地球の水が年々減っていて、いずれは地球から水が失われるという話はナジャルータも聞いているが。
もしもこれを防ぐのが目的で、地球人類が起こしかけていた第六の大量絶滅……地球史上今まで五度の大量絶滅があり。六度目の大量絶滅を人類が起こすのは確定だと21世紀には考えられ。
実際に起こす寸前まで行っていたのだが。
人間がいなくなった地域で絶滅動物が復活し、個体数も回復しているのを確認出来るのを見ると。
シャドウがこの地球を保全しているというよりも。
生物がいる珍しい星の寿命を延ばしている。そのようにも見える。
だが、誰がそんな事を。
銀河系だけで恒星系は2000億から4000億に達する。アンドロメダは兆の恒星系が存在している。
最近では二重星系などでも惑星が存在する事が分かってきており、それらの事を考えると惑星の数は恒星の何倍、十倍以上はあっても不思議では無い。
更にいうならば、地球と似たような恒星と惑星の距離……いわゆるハビタブルゾーンに属していなければ生物が発生しない、なんて事もないだろう。あくまでこれは地球で生命が発生した条件であって、他にも生物が発生する条件なんて幾らでもあるだろう。
つまり、だ。
宇宙全体でみれば、地球程度の生物がいる星なんぞ珍しくもない。
それが定説であった筈だ。
シャドウが地球にこだわる理由は何か。
少なくとも地球外生物によるビオトープの構築とは考えにくい。
それに、だ。
シャドウはさっきのクランベルの話からも確定したが、過去の人間を知っているし。構築していたネットワークについても把握していた。それも、仮想環境で再現できる程に。やはり平行世界とか未来の住人なのか。
手を上げたのは、老齢の学者だ。
シャドウの攻撃を生き延びた一人。
今では、多分生存している学者の中で最年長だろう。
ちなみに監視役はまだ喚いているようだが、既に誰も聞いていない。
幾つかの意見が提示される。
それらもまた、まだ材料が足りず、判断をするのは難しいと言わざるを得ないようだった。
一旦会議をしめる。
監視役は最後まで喚いていたが、誰も話は聞いていなかった。まああれでは、話を聞く方が無理だ。
そもそもあれは会話なんてしようとしていない。
単に「不愉快である」という事を訴えていただけで。
「自分の感情に寄り添え」と喚いていただけ。
要するに言語を使っている意味すらもない行動だった。あの場にいた者達は、それを全員理解していたし。
そんな他人のお気持ちなんぞのために、大事な会議を台無しにされるのは迷惑極まりない。
だから無視した。
それだけのことだ。
これがテレビ会議で良かったとナジャルータ博士は思う。もしも実際に顔を合わせていたら、あの阿呆は掴み掛かってきたかも知れないし。あの言語ですらないわめき声で、気が散って仕方が無かっただろう。
さて、幾つか出ていた案を見る。
流石にナジャルータ博士が考えていた仮説以外にも、個性的な案が幾つもある。
興味深いものを見つけた。
シャドウは未来の地球から送り込まれたもので。この時代の環境を元に戻し、人類の数も適切に保ち。
技術におけるシンギュラリティが起きて、人間が周りに迷惑を掛けずに生活出来るようになったら自律させるための管理用自動装置ではないか。
ただ、この説の場合。
送り出してきたのが人類なのか疑わしい。これだけ殺しまくったら、その子孫がこういったものを送り込んでくるとは限らない。
例えばだが、地球が人類の活動の結果死の惑星になり果て。そこで細々と暮らす生物がいたら。
人類が食い尽くして何も残らなかった地球を、自分達が暮らせる土地にしたいと思ったなら。
そう行動してもおかしくはないか。
まあ、いずれにしても仮説の域を超えない。とにかく、もっと情報を集めないと。
ただ情報を集めるにしても。
この間の会戦も綱渡りだった。
不確定情報を確定とするためだけに、何万もの兵士の命を危険にさらすわけにはいかない。これは確かにある。
悩ましい話だ。
何にしても、簡単ではないし。
そもそも次に戦って、いいデータが取れるとは限らないのだから。
前回の会戦にしても、超世王セイバージャッジメントは全壊。畑中准将は危うく死ぬ所だった。
いつも死にかけているが。
つまりシャドウと最前線で戦うということは、そういうことなのだ。
分かっているから、ナジャルータ博士はどうしても広瀬大将にも畑中准将にも。
日本で戦い続けているGDFの第一軍団の兵士達にも申し訳なく思う。
ともかく、もっと分析を進めなければならない。
分析をしていると、京都工場にあの監視役が乗り込んで来たようだった。顔を真っ赤にして何か怒鳴り散らかしているようだったが。
監視カメラで見ていると。
不機嫌そうにおきだしてきた畑中准将が無言のまま奴の前に立つ。
それで、流石に監視役が黙り込む。
シャドウ相手にずっと勝ち続けている人だ。
それもあって、流石に間近で直接対面したら黙り込んでしまうだろう。毎回傷が増えている事もある。
GDFの上層部でわめき散らしていれば周囲がそれに合わせてくれると思い込んでいる輩が。
最前線に常に立っている上、それも階級的に上の相手に凄まれたら、何もできない。檻の中でぬくぬくとしている子犬かなにかが、野生の虎に睨まれるようなものだ。
それでも、監視役は惨めったらしく言い訳をする。
「こ、此処にいるナジャルータ博士が、極めて反抗的な態度を……」
「ナジャルータ博士に無礼をするのは私に対して無礼をするのと同じなんだけれどなー」
畑中博士も出てくる。
畑中博士は大将待遇になっている筈だ。
つまり此奴なんか、問題にもならない高官と言う事である。
それで流石に震え上がったのだろう監視役。ずっと黙っていた畑中准将が、ドス低い声で言う。
「この工場では、休憩時間も含めて、対シャドウのための最終兵器である超世王の調整をずっと行ってる。 其処にあんたが頭に来たからかどうだか知らないが、乗り込んで来て我々の時間を無駄に浪費させた。 それがどういう意味か分かっているんだろうな」
「ひっ! し、しかしあまりにも秩序を乱すこと甚だしくて」
「広瀬大将に連絡を入れておきます。 私達姉妹から連名で。 貴方、軍から除隊して貰うので、そのつもりで」
護衛についている兵士達が、既に監視役の背後で壁を作っていた。
この兵士達も、愚痴は言っているが、畑中姉妹のことについては間違いなく敬意を払っている。
GDFの無能上層部に怒りを覚えているのも同じだろう。
悲鳴を上げる監視役を、引きずって連れていく兵士達。
監視カメラに向けて、にっと笑う畑中准将。
頼りになるなと、ナジャルータ博士は思うのだった。
1、再びの「黒」
超世王の調整はまだ続けられている。この間、ついに一回の会戦で超世王単騎で倒したシャドウの数が四桁の大台に乗った。
同時二体の中型も倒した。
だが、中型と戦闘しつつ小型と戦うのは限界がある。
種子島の戦いでもそれは露呈していたが。この間の姫路の戦いでも、それは明らかすぎる程だった。
超世王は全壊したが、それでもコアシステムは無事。
超世王は姉曰く何度でも立ち上がる。
立ち上がってはいないが、まあ復活するというぐらいの意味で良いのだろう。整備工のおっちゃん達は、また前とは変わっている設計図に沿って、どういう用途で使うか分からない部品を作り続けている。
愚痴は聞こえるが。
それでもきちんと指示に従っているのは。
姉を疑ってはいないと言う事なのだろう。
おきだして、シミュレーションマシンに入る。幸い、前回の会戦での手傷は軽い方である。
だから、すぐに退院できた。
古傷は彼方此方痛むが。
まあ、それは我慢しなければならないし。
我慢できる範囲だ。
医師にはくどくど文句は言われている。このままだと、三十前に戦線には立てなくなるとも言われた。
それまでには戦いが終わる見込みはないだろうと菜々美は思う。
幸い遺伝子データは提供してあるから、菜々美の子孫等が絶える事は無い。直接腹を痛めて子供を作らなくても、今は良い時代だし。
別に気になる男もいないので、それでいい。
シミュレーションを一セットこなす。
やはり同時に二体の中型と戦闘するのは骨だ。更にこれにブライトイーグルが混ざる場合がヤバイ。
この間は、三体同時……その内一体であるランスタートルを、上手く連携してデチューンモデルと撃破する事ができた。
だが、対ブライトイーグル用のビームを装備しているデチューンモデルと連携したとしても、暴れ回るブライトイーグルは簡単には死なないし。奴が暴れ回るだけで、EMPがばらまかれまくるのだ。
それを思うと、とにかく勝率が下がる。
厳しい話だった。
三池さんがケーキを焼いてくれたので、有り難くいただく。整備工のおっちゃん達にも振る舞われていた。
とりあえず疲れた脳には効く。
黙々とケーキを食べていると、メールが来る。
宛先がノワールと書いてあるのを見て、眠気がブッ飛んでいた。
兎に角中身を確認する。
悪戯でないかどうか、調べておく必要がある。
「やあ久しぶり。 アドレスを変えたようだけれど無駄だよ。 見つけるのは難しく無かった」
「お前、誰だ」
「私はノワール。 私というのは、君達でいう単一個体を示す一人称だから、厳密には違うけれどね」
「そうか」
即座に三池さんに目配せ。
三池さんは、こっちの方……ITのテクノロジーで色々伝手がある。本人もある程度知識がある。即座に対応を始めてくれた。
菜々美はやりとりを続ける。
此奴が何者か。
前の奴と同じか、調べる必要がある。
「お前は誰だ。 愉快犯か」
「そんな原始的な端末でよく此処まで素早く文字を打てるね。 感心するよ」
「答えろ」
「愉快犯ではないかな。 広瀬という指揮官にも興味はあるけれど、私は単に君という存在を知りたいだけだ。 君は別に戦いにそれほど執着はないようだった。 だが、だとすると、何を求めて生きているのか。 それがわからない」
何を求める、か。
一般的な発情期の子供だったら異性を求めるのだろうが、菜々美はそういうのはなかったな。
姉も良くしたもので、それは同じだったらしい。
姉の場合は見かけだけは良かったから、女だったらなんでもいい見たいな男が声を掛けて来る事はあったようだが。
まあ相手が数分もてば良い方だった。
「モチベがなかったら生きていてはいけないのか。 そういうお前はどうなんだ」
「私は生きているという概念がない」
「……人間ではないと判断して良いか」
「人間? いや、まさか人間だと思っていたのかな? そうではないと分かるように喋っていたつもりだったが」
愉快犯だったら、変なしゃべり方をする可能性がある。
そう指摘すると、ノワールとやらはなるほどと感心して。感心だけしていた。それ以上でも以下でもないようだった。
三池さんが、タブレットを掲げる。
前回と同様。
廃棄されているサーバから飛んできている。
偽装の可能性無し。
仮想環境からメールが来ている可能性が高いが、それにしてもどうやって実際のネットに潜り込んできているか分からない。
相手にメールがどう届いているのかすらも分からない。
もっとやりとりを続けて欲しい。
そういう事だった。
「お前はシャドウなのか」
「シャドウ? ああ、君達は私をそう呼んでいるのか。 そういえばそうだったな。 君達の言い方に沿えばそうだ。 私の名前はノワール。 それが正しい」
「それはフランス語で黒を意味する言葉の筈だ。 人間ではないのだったら、どうしてそんな名前を名乗っている」
「それは答えられない。 こっちにも色々事情があるのでね」
事情、か。
いずれにしても、何かしらの目的がある事は分かった。
いっそのこと、GDFの上層部と話してくれないか。そう提案するが、見事に蹴られる。ノワールは、半ば笑っているかのようだった。
「君も分かっていると思うが、GDFと君が呼ぶ組織の者達は一部を除いて無能の極みだ。 だから見ているだけで良かったのだがね。 君達姉妹があまりにも異色すぎる。 広瀬という指揮官もだが。 だから面白いから、活動を見ているし、前回と今回は連絡も取ってみた。 私はあれらには興味は無いし、会話をするつもりもないよ」
「一体何がしたいんだお前」
「今の状態の維持」
「どういう意味での維持だ。 地球を擬似的なビオトープにして、その中で人間を管理でもする気か」
「ちょっとその言葉には語弊があるな。 地球というこの星では、ラン藻という存在が最初に破壊的な改革をもたらしたが、それは良い方向に地球の生物の独自性を発達させていくことになった。 ラン藻……シアノバクテリアの存在前は、細胞組織を持つ微生物すら地球にはいなかった。 原始的な嫌気性細菌しか存在しなかった。 それが巨大化し多様化し、多細胞生物が出現し、今では数多の多様性をもった生物による世界が構築されている。 それを君達は、自分達の感情で自分の美的感覚やらの価値観に沿って「あっていい」「あってはいけない」かを判断して、破壊し尽くした。 それは許容できる行動ではない」
なるほど、ナジャルータ博士が言っていたような話だ。
此奴が本当にシャドウだとすると。
地球の環境を安定させることが目的なのか。
また三池さんがタブレットを見せてくる。ナジャルータ博士が、こう聞いてみろと言ってきているそうだ。
即座にそれを打ち込む。
「地球には恐竜などの滅び去った繁栄していた種族もいた。 そういった生物は無視するのか」
「それらは既に保存済だ」
「な……」
「君達もそれは同じだ。 君達は害を為さない数で自己管理され、そのまま次の世代の生物が出現した時に、その座を自然に譲ればいい。 私はそれ以上は望まない。 君達はエゴであまりにも醜悪にこの星を荒らしすぎた。 君達の私物とこの星を考え、後続の生物たちの事も考えずにただ暴れ狂った。 生物は自分に都合良く環境を整えるものだが、君達はあまりにも度が過ぎている。 だから駆除しなければならなかった。 それは君達も理解している事ではないのかな」
なるほど、そういうことだったのか。
菜々美は天を仰ぐ。
此奴はガイア理論か何かに基づいて地球管理をしている可能性があると判断していた者も多かったが。
もし今喋っているのが本当だとすると。それは当たっていたのかも知れない。
「人間の可能性がどうのこうのという事をいうつもりはない。 せめて宇宙に出て、其処で新天地を作る事は許しては貰えないか」
「許可できない。 君達はもしも宇宙に出れば、今度は宇宙全てを自分の私物と見なし、小石の一つまでも蹂躙し尽くすことが確定の種族だ。 君達は古くに存在していたモンゴルなる国家を邪悪の権化と考えているようだが、私が駆除した時代の君達そのものがそのモンゴルなど問題にならないほど邪悪な蹂躙者であることを知るべきだ」
「人間を大量虐殺したお前が言うか」
「君達の無法に比べればささやかもささやかな規模だが?」
即応される。
まあ、それも話としては分かる。
実際問題、環境の切実な問題ですら、金に換えていた連中がいたくらいである。欲望のままに振る舞う事を全肯定する輩が、「人間らしい」などと認識されていたのが人間の現実だ。
それは菜々美だって分かっている。
人権ですら金に換えていた連中が社会で「名士」扱いされていたのだ。
このまま宇宙に出しても、宇宙を荒し尽くすのは目に見えているし。それはわざわざ指摘するまでもない。
人間が次の世代の生物にバトンを渡し。
その生物が。地球と上手くやっていける存在であるのなら。
確かにノワールが言う事は正論だ。
ただ、菜々美が思うところ。人間の先にいる生物、ポストヒューマンが、そんな都合がいい存在になれるかは怪しいが。
それに関しては、人間が責任を持ってポストヒューマンをまともにしなければならないのかも知れない。知的生命体を自称するならば。
「聞かせてほしい。 貴方は結局のところ、何者なんだ」
「それは答えられない」
「人間とは無関係ではないな。 あまりにも人間を知りすぎている」
「それも答えられない。 此方としても、答えられない言葉というものが存在しているのでね」
そうか、これについては黙りか。
いずれにしても、黙りにしているのは相応の理由があると言う事だ。
どうにかシャドウとコミュニケーションを取りたい。
そうナジャルータ博士は言っていたが。
それはどうやら、相手からの接触でかなってしまったらしい。
「仮に貴方を打倒したとしたらどうなる」
「それが出来ない事は君が一番よく分かっているはずだが」
「今北極圏にいる一番大きい奴。 あれが貴方の本体ではないのか」
「残念ながら違う。 あれは君達が衛星軌道上にばらまいたゴミを全部片付けるための個体だ。 今は必要がないから、抑止用に一体だけ稼働させている。 他もその気になれば即座に動かせる」
それが本当だとすると。
大型だけ倒してもダメか。
ため息をつく。
またタブレットに記載がある。
「もしこれ以上攻撃をしてこないのであれば、此方は其方に手を出さないというのはありだろうか」
「……」
「今まで海運を貴方は攻撃して来ていた。 それが大きな脅威になっていた。 それがなくなるだけでも有り難いのだが」
「船舶が海に汚染をばらまいているのをどうにかすれば攻撃はしない。 それと勘違いしているようだが、君が対応してきた個体は、基本的にこの時代の人間の文明レベルにあわせた性能にしているだけだ。 もしもこれ以上攻撃をするようなら、リミッターを解除するだけだと言う事を忘れないでいてもらおう」
通信が切れた。
さて、難しい局面だぞ。
とにかく、シャドウは菜々美にしか興味を持っていないことが分かった。姉にどうして興味を持っていないのかはわからない。
まあ、今のが本当にシャドウだったとしたら、だが。
それに、答えないことが幾つもあった。
奴の正体も分かっていない。
ガイア理論に沿って地球が産み出した環境調整用の存在では無いか、という仮説はどうも違いそうだ。
だが、奴の言葉が全部嘘っぱちである可能性もある。
いずれにしても、これはナジャルータ博士達にはしばらく徹夜で仕事が待っていそうだな。
そう菜々美は思った。
リミッターを解除すれば、即座に超世王など斃せる。
そういう意味のことを相手は言っていたように思う。
菜々美としては、無言にならざるを得ない。
やはり釈迦の掌の上の孫悟空だったというわけだ。
今までの努力は無駄だったのか。
いずれにしても、ちょっと訓練は休止。GDFでは、大慌てで会議をしているようだった。
愉快犯の可能性を、今総出で調べている。
もしこれが愉快犯で無かった場合は。
そもそもシャドウに、愉快犯ではないと示して貰う必要がある。
此方から連絡をするのは控えて欲しいと、ナジャルータ博士には言われた。今は、一つでも手を間違えるわけにはいかないのだと。
いずれにしても、疲れが溜まっていたのだ。
数日、昼寝をしながら毎日を過ごす。
勿論鈍らないように訓練はするが、それはそれ。
菜々美は医師に口酸っぱく休憩をするように言われていたし。今後どうなるか分からない以上、休んでおくタイミングは今しかなかった。
たまに会議への参加も求められたが。
凄まじい荒れようで、嵐山ですら苦労しているようだったので、ずっと黙っていた。此奴らの様子を見れば、それはシャドウが人間と和解しないよなあというのも、何となく納得出来る。
「一連の会話を見る限り、これはただの愉快犯によるものだ!」
そう怒鳴り散らしているのは、またスコットランドの連中だ。
どういう理屈か知らないが、軍需産業が作った最新兵器で固めた連中のご自慢の部隊が南九州でもスコットランド近郊でもシャドウに負けたのを「何かの陰謀」だと決めつけ、広瀬ドクトリンの導入をまだ拒んでいる。
そしてこれは菜々美やナジャルータ博士の自作自演だとか決めつけているので、流石に立ち上がりかけたが。
嵐山が咳払い。それで黙り込んでいた。
「いずれにしても、現在総力を挙げて調査していますが、他人に公表していない畑中准将の個人メール相手に、それも軍のセキュリティをかいくぐって二度もピンポイントで連絡してくるのは、尋常な事ではありませんな。 畑中准将はごく身近な存在にしか個人連絡先を送っておらず、本来はあり得る事ではありません。 それが出来るハッカーは、それこそシャドウが出現する前にはいたでしょうが、今はいません。 それについては、研究をしている有志が確認しています。 もしもこれだけ巧妙な偽装メールを送るとしたら、それこそ国家レベルでの協力が必須で、現在どこの国にもそれをする余力などありません。 それは自身が一番よく分かっている筈ですが?」
「……」
「貴方方の不快感に寄り添って現実をねじ曲げても、問題解決から遠のくだけです。 シャドウが出現する前に、声ばかり大きな人間が、現実をねじ曲げて多様性を口実に実際に存在する多様性を潰していた……それも感情にまかせて……そういう愚かしい時代が存在していました。 今も一部の方は、感情に沿って喚けば周りがそれに合わせてくれるとお思いのようですな。 今の人間の数は、たかが五千万……これは紀元前の水準です。 それしか人間はいません。 それでありながら、自分を偉いとでも本気でお思いか。 ただ我々は、代表として税金の管理を任されているだけ。 存在そのものが偉いわけでもなんでもなく、シャドウが攻めこんでくれば一瞬で吹き散らされるように滅ぼされてしまう。 それ以上でも以下でもありません」
嵐山さんの言葉に、怒りも籠もった沈黙が流れる。
全て正論だ。だから怒りも買うが。そんな怒りに忖度してやる理由がどこにある。シャドウに滅ぼされる前、人間は正論を兎に角嫌っていたらしい。正しい事を正論というのにだ。
ロジハラとか言って忌み嫌っていたのだとか。
だから人間はシャドウなんかこの世界に呼び込んだのではないのかとすら思う。
菜々美は咳払いすると、初めてこの会議で発言した。
「私に連絡してきたのが本当にシャドウかどうかはわかりませんが、いずれにしてもはっきりしている事があります。 紀元前の水準まで減っても、人間はなんら進歩していない。 人間の敵相手に団結さえ出来ていない。 そして貴方方の誰よりも実際にシャドウを倒して来た私だから言えますが、このままやりあっても確定でシャドウには勝てないでしょうね。 人間の限界です。 こんな時代になっても、まだこんなアホらしいやりとりを続けているんですから。 今、幸い人間は人工子宮とクローン技術で誕生するようになってきています。 そろそろ、ありのままの人間が素晴らしいとか言う万物の霊長だとかの妄想からは解き放たれる時期ではないでしょうか」
「お、おのれ! たかがまぐれでシャドウを倒した程度の分際で、利敵行為をほざきよるか!」
「実際に25年誰も斃せなかった中型シャドウを倒して来た立役者の言葉ですが。 毎度毎度その足を引っ張り、無駄に兵士達を死なせてきた。 効きもしない近代兵器にあくまで拘り、資源もマンパワーも無駄にしてきた。 そういった事をしてきた方々の方が、余程の利敵行為をしていると思いますが」
嵐山の援護射撃が助かる。
それを聞いて、もはや言葉にならないわめき声を叫び散らかすばかりになったのが何人か。
これが各国の代表だというのだから呆れる。
王族やら貴族やら金持ちやらは優秀だとか。血縁で優秀さが担保されるとか。
そんなのを信じている人間に、現実を突きつけていると言える。菜々美も呆れて、言葉も出ない。
此奴らに優秀さなんてかけらも無い。
そしてこの手の輩がこうだったのは、今に始まった事ではない。
シャドウに人類が駆逐される25年前だってそう。
当時の国政の様子は様々な記録媒体で残されている。それを見る限り、此奴らと殆ど差はない。
日本の場合、その時代は三バンなどと言われ。金知名度地盤で選挙に勝てると言われていた。
少なくとも金は必須だった。
そして選挙に勝って議員になった連中の醜態はどうだったか。
そういった記録媒体に残されている。
それら議員はどいつもこいつもどう考えてもその辺にいる凡人だった。凡人だけならともかく、倫理観もなにも持ち合わせず、現実的にものも考えられない愚物の集まりだった。
少なくとも優秀などではなかったのである。
この事情は日本だけの話ではない。
どこの国でも大差などなかったのだ。
凡人が回すための政治システムといわれる民主主義が、クズが餌を貪り喰らうためのシステムに何故堕落したのか。
どんな素晴らしいハードウェアを作っても、使う人間とか言う生物がゴミカスだったからダメだった。
恐らくそれが事実だったのだろう。
菜々美には、そう辛辣に言う事しか出来ない。
嵐山が咳払い。
側にいる天津原が、額の汗を拭いながら言った。
そのスムーズさ。
恐らく嵐山は、こうなることを見越していたのだろう。
珍しい、年を取って相応の経験を積んだ人物なんだなと、感心する。
実際には殆どの人間は、無駄に年齢だけ重ねるだけだという話だから。こう言う人間は例外なのだろう。
「いずれにしても、しばらくシャドウへの攻撃は禁止します。 畑中准将は、シャドウへの呼びかけを行って貰えますか」
「はあ、メールでもまた出して見ますか」
「そうですね、まずはそうしてください。 これよりGDFは失った戦力の補充、広瀬ドクトリンの徹底を重点的に行いますが、シャドウが警告してきた海運については注意が必要になるでしょう。 今までバラスト水などの問題で、人間は海運を通じて世界中の海を汚染してきました。 シャドウがそれを問題視しているのであれば、ある程度何かしらの工夫が必要になるかと思います」
喚いている連中は、もはや徹底的に無視。
嵐山がいうと、米国大統領は苦々しげだが、それでも頷いていた。
おかしな話だ。
米国大統領も決して有能な人物揃いではなかったと聞く。民主主義の総本山でありながら、大統領になるのは最初に侵略者として北米に渡った人間の子孫達ばかりという状況が続いたからだそうだ。
民主主義の総本山ですらそれだ。
今の大統領はそれもないらしい。
まあ北米を動かしていた信じられない程金を持っている連中は、あらかたシャドウに消されてしまったし。
それもまた、要因なのだろうが。
「ステイツ(北米)としてはそれでかまわない。 小型は斃せる事が分かった。 これから各地の都市で編成している部隊は、警察任務を主体にしながら、もしもシャドウが侵攻してきたときに備える事とする」
「やむをえん……」
何名かの国家代表もそれに続く。
実際問題、シャドウに勝てっこないのは、ある程度頭が回る人間だったら分かりきっている事なのだ。
まだキーキー喚いている連中は無視。
数人いるが、いずれにしても無視してもなんら問題が無い。
もしも彼等だけでシャドウへの自殺的な攻撃を強行するとしても、GDFは支援はしない。
それだけだ。
兵士が来た。そして、嵐山に耳打ちする。
嵐山はそうか、とだけ言って兵士をさがらせる。広瀬大将にも話は共有されたようだった。
「日本近海にイエローサーペントが出現。 それも十や二十ではありません。 おそらくですが、各国近海でも現れているとみていいでしょう。 海には我々が把握しているだけでも数千はあのシャドウがいることが分かっていましたが。 元々シャドウは、我々を地球の支配者の座から蹴り落としてから、数を不自然に減らしていました。 減らしていた分の数が、ただ現れただけかと思います」
「何とかしろ! その不格好なロボットで!」
「先ほど何かの偶然でシャドウを斃せていたとか言っていた方の台詞とはとても思えませんな。 それこそご自慢の近代兵器と有能な指揮官で挑んでみては如何ですか」
「……っ!」
電波状態が悪化する。
ひょっとすると、シャドウが何かしらしているのかも知れない。
いずれにしても、GDFの連絡も、以前よりも難しくなるかも知れない。
「それでは一旦会議を閉じます。 各国はそれぞれの内政と広瀬ドクトリンによる軍備の再編制にいそしんでください。 此方では畑中准将を中心として、シャドウとのコミュニケーションを図ります。 シャドウの側からコミュニケーションを取ってくれたのは、千載一遇の好機です。 勝ち目が無い相手に為す術無く滅ぼされるのではなく、相手を知る可能性が出来た。 それだけで、大きな希望が出来たと言えます」
天津原が原稿を読む。
顔色は真っ青で、気絶しそうだった。
この小心で無能な男には、あまりにもプレッシャーが厳しすぎたのだろう。それでも逃げ出さず、これを読むことが出来ただけで。
キーキー騒ぐだけで具体的に何もできなかった連中よりは万倍マシだが。
会議が閉じられ、それで菜々美も一度戻る。
ナジャルータ博士が中心となって、シャドウとどう交渉するか、これから話をまとめると言う。
いずれにしても、勝手に菜々美で動くわけにはいかない。
これからが。
正念場だ。
2、シャドウとノワール
おきだしても、あの会議の醜態はどうしても思い出してしまう。一晩ゆっくり眠ったが、菜々美は脂っこいものだけ食べて、胃もたれしているような気分になっていた。
無能。
それが現実だ。
万物の霊長を自称する生物の代表があれらだ。
勿論違うのもいたかも知れないが。人間という生物そのものが、己の体を食い尽くしながら数だけ増やす欠陥生物だったのかも知れない。
それでいながら自分をひたすら賛美し続ける。
反吐が出る話である。
菜々美も勿論それの一匹だ。
そう思うと、ベッドの上で、何もかもが馬鹿馬鹿しくなった。
いずれにしても、菜々美がやる事は訓練だ。
頭を使うのは姉やナジャルータ博士などがやってくれる。三池さんも、補助でいい仕事をしてくれるだろう。
それだけで充分である。
基地に出て、訓練をする。
呉美大尉が来ていたので、敬礼をする。
ランニングマシンで並んで走って、軽く汗を流す。周囲の兵士達は、遠巻きに見ていた。
恐らくだが、あの無様すぎる会議の有様は、既に伝わっているのだろう。
念願と言っても良かったはずのシャドウとのコミュニケーションの確立。
相手側がある程度どういう存在か分かった。
あらゆる専門家が、今の人類には出来ないと断言した、人間の構築したネットワークへのただ乗り。
それどころか、何の問題も無く、難解言語の一つである日本語も使いこなしていた。
それを考えると、相手の方が数段上手。
それも、イエローサーペントが大挙して現れた状況を考えると。
本当に、今まで眠らせていただけのシャドウが、起きて来たと見て良い。
現在スカウトが必死に状況を調べているらしいが。
朝起きてから確認しただけで、今までなんとか必死に確保した海の範囲外は、とても手が出せる状況ではないくらいの密度で、イエローサーペントがいるらしい。
恐らく一体をドリルで倒しても。
即座に複数体がソニックブームで反撃してきて、超世王は沈む。
他の国も似たような状態らしく、かろうじて通れていた細い海路も、今ではイエローサーペントの厳重な監視下にある。
調子に乗った人間に。
シャドウは現実を見せつけてきたということだ。
筋肉を順番に鍛えていくと。
隣で鍛えながら、呉美大尉は言う。
「畑中准将、それでこれからどうなるんでしょう」
「さあ」
「……」
「私にも分からないですよ。 姉が作る兵器を用いても戦力差をひっくり返す事は無理。 それははっきりしています。 姉が生涯賭けて超世王を改良したとしても、結果は同じでしょうね。 物資などもこれからは神戸に集約させる訳にはいかない。 各地の孤島を開放して回ったとしても、殆ど意味は無いでしょう」
呉美大尉がぼそりという。
孤立集落の人達はどうなるのだろうかと。
それは分かっている。
ただ、シャドウは言っていた。
これ以上地球の環境を我が物顔で蹂躙しないなら。何もしない。
だったら船などを改良して、それで助けに行くしかない。
勿論シャドウが許可してくれるような船を作るのに、どれだけ時間が掛かるか分からないし。
その過程で殺される人だって多く出るだろう。
そもそもシャドウが、どれくらい地球の水の総量を増やすつもりなのか、今の時点では未知数だ。
それを考えると、状況は楽観などとても出来はしないだろう。
「今、ナジャルータ博士や姉がどうシャドウと接するべきか必死に調べてくれています。 私が主体になってシャドウに呼びかけることになるでしょうね」
「畑中准将がそういうのであれば、私は信じます」
「信じられても困りますが……まあやってみます」
これは本音だ。
射撃に移る。
螺旋穿孔砲は既に兵士達の基本装備になっている。旧式のアサルトライフルなどは、既に倉庫で埃を被っている状態だ。
人間相手の治安維持には、火力がオーバーキル過ぎるからだ。
射撃訓練を続ける。
螺旋穿孔砲もちまちまマイナーアップデートが行われているのだが。それでもまだまだ全然だと姉から聞いている。
オートキャノンやこの間のMLRSなどを作る過程で少しずつ改良しているらしいのだが。
あと5秒弾丸の自動装填と放熱を縮めるのに、年単位で時間が掛かるとも言われている状況である。
しかもどう頑張っても、携行用のものは弾丸再装填に35秒は理論上かならず掛かるという事で。
その35秒に達するまでに、確定で姉はお婆さんになるらしい。
まあ、それも仕方が無い。
そしてシャドウが此方への攻撃を控えてくれるというのなら。
それも、また許容できる。
考えて見れば、25年間、シャドウは此方に対して攻撃を停止していた。もしもそのまま攻撃を続けていれば、人間なんて簡単に滅ぼせたのに。
勿論檻に閉じ込められるのは嫌だという気持ちはわかるが。
逆に言うと。
気持ちで世界を蹂躙してきたから、こんな事になったのではないかと、菜々美は思うのである。
「流石ですね」
「?」
「話している限り、迷いがあるとしか思えません。 それなのに……」
まあ、百発百中だ。
姉の作る変態兵器と相性が抜群。
それだけが菜々美の取り柄である。
苦笑いすると、敬礼して別れる。訓練を終えて、軍のジープで基地に向かう。護衛の兵士が運転してくれるので、菜々美はその間に携帯端末でニュースを見ておく。
シャドウへの攻撃一旦停止をGDFが宣言。
理由はシャドウとのコミュニケーションが確立され、向こうからの攻撃がないと判明したため。
25年間確かにシャドウは縄張りに入るか、先制攻撃をしなければ人間をこれ以上殺傷しようとはしなかった。
それは事実としてあり、コミュニケーションを取ることが出来たことで、それが確定となった。
現時点では、次世代の地球に備えるための次世代の人間の研究を開始する。遺伝子的にどう改良すればいいのかを模索する事になる。
また、物流などに関しても、現状の海洋汚染を引き起こす船舶でなければ、シャドウは攻撃してこない可能性が高い。
これらについても改良を図る。
ゆくゆくは航空機をまた造り出せるかも知れない。
そうニュースにあるが。
同時にヒステリックなデモを引き起こしている大衆の図もあった。
デモをしているのは、中高年以上の人間が多いようだ。
完全に理性を失って、猿のように喚いている。
これは25年前、シャドウに人間が地球の支配者の座を蹴り出される前。活動家と言われるような連中もこんな感じだったらしいから。
人間に共通した事だったのだろう。
「やっと戦いが終わりそうなのに、なんなんだか……」
「畑中准将だったら、シャドウを全滅させてくれると期待していた兵士も多かったのですが」
「無理に決まってるでしょう。 中型一体を倒すのに、どれだけ被害を出していたと思っているんですか」
「それは……」
兵士も黙り込む。
神聖視されても困る。
菜々美は人間だ。
姉の作る変態兵器を操るのは上手いが、それ以上でも以下でもない。兵士としての力量も、並みより少し上くらいである。
それが救世の女神か何かと勘違いされても困るのだ。それにこんな野性的な見た目の女神がいてたまるか。
工場に着く。
流石に工場の周囲は兵士達が固めている。菜々美は敬礼しつつ、ニュースで見た光景を思い出す。
特にシャドウに対して強攻策を主張していた国が、あの運動が激しいようだ。25年前でいう「炎上」に近いのかも知れない。
工場に入ると、姉はいない。
三池さんが、疲れきった様子でソファでぐったりしていた。整備工のおっちゃん達も、今日は来ていないようだ。
この様子だとずっと打ち合わせをしていたのかもしれない。
「三池さん、大丈夫ですか」
「今、畑中博士がお風呂に入っています。 上がって来たら、そのまま寝かしつけてきますので。 その後お風呂に入って、私も寝ます」
「ちょっと大丈夫ですか」
「あんまり大丈夫じゃないです。 畑中博士の事だから、お風呂の中で寝始めかねませんので」
まあ、確かに今までも何回かあったな。
アラームが鳴ったので、三池さんが姉の介護にいく。文字通りの介護である。本当に学者として以外は零点なのだ姉は。
それから三池さんが、ぐったりした様子で戻ってくる。
風呂も着替えも済ませて、これから眠ってくるらしい。
ナジャルータ博士は体力がない事もあって、今は眠っているらしいが。
ボタンを渡された。
「シャドウが連絡のメールを寄越したら押してください。 何があっても其方に行きますので」
「だ、大丈夫ですか」
「私もこの危機的な状態をどうにかしたいと考えている一人です。 今は無理をするべき時です。 今まで戦場では、多くの兵士達が無理をしてきた。 それと同じ事です。 畑中准将、あなたがシャドウとの戦場で、無理をしてきたように」
「……分かりました。 休んでください」
「はい」
ふらふらと寝室に消える三池さん。
菜々美は申し訳なくなった。
ともかく、シミュレーションはやっておくか。
この間の会戦で、中型二体を同時に倒す事が出来た。それははっきりいって大戦果だと思う。
しかもあのランスタートルのチャージを見切って、味方と連携して奴をも撃ち倒す事ができた。
だが、それが限界だ。
超世王は一度戦った相手には、かなり楽に戦える。それもまた事実ではあるのだけれども。
かといって、鎧柚一触とはいかない。
シャドウはそもそも、その性質上、倒すのに時間が掛かる相手だ。
人間はその気になれば数千万度の熱を作り出せるらしいが、それが一瞬ではダメなのだ。特に中型以上は核にすら耐える可能性が極めて高い。
それを考えると、とてもではないがシャドウをばったばったとなぎ倒していくなんて、ロボットアニメみたいな活躍は出来ない。
それでも、少しでも性能を上げる。
それしか菜々美に出来る事はないのである。
「また厳しいメニューを組んできたな……」
姉の組んだメニューを見てぼやく。
三体同時が相手になるのが、今後は基本となる。
だが、二体同時までならどうにかなるが、三体は厳しい。そもそも超世王は防御兵器こそあるが、装甲はシャドウには無力に等しいのだ。この間はランスタートルをいなして二体相手だったから勝てた。
それだけ。
今訓練しているのは、ストライプタイガー相手の戦いだが、三体相手だと勝率は4%を切る。
二体までなら何とか出来る。
だが、経験が足りなさすぎる。
それにノワールも言っていた。
いざという時はリミッターを外すだけだと。これ以上中型の性能が上がったら、洒落にならない。
考えて見れば、彼奴らが毎回対策をしてきているのもおかしかったのだ。
あれは対策なんて別にしていなくて。
それぞれリミッターを限定的に解除していただけだったのだろう。
訓練を続けて、アラームが鳴る。
外に出てくると、数時間が経過していた。しんとしていて、普段とはだいぶ工場の雰囲気が違う。
今日はデチューンモデルの訓練もしていないようだ。
デチューンモデルのデータを取るための訓練は、広瀬大将が兵士を回してきて指示をするらしいのだが。
今は恐らく忙しすぎて、その余裕も無いのだろう。
しばしぬれタオルを被って静かにする。
姉達を起こすのはやってはいけないことだ。
一応携帯端末を見るが、誰から連絡も来ていなかった。
史上発のシャドウとのコミュニケーションが成立したというのに。
どうにもいい未来が見えないのは何故なのだろうか。
ただ、溜息が出た。
夕方まで訓練をする。夕方近くに先に三池さんが起きて来た。最初に栄養ドリンクを口にしていたので。ちょっと心配になった。
何も無いようなら、また夜に寝るという。
姉はずっと寝ているそうである。
まあ、そのままだったら明日の朝まで寝ているだろうと三池さんが言って。まあそうだろうなと菜々美も納得した。
宿舎に戻る。
帰路のジープでも状況を見たが、SNSも荒れている様子だ。
菜々美も攻撃の対象になっているようで。
今まではスパイが、自作自演をしていたのだとか好き勝手なことをほざいている輩もいた。
ただそういうのがしているコメントの日本語が非常に怪しいので。
ちょっと苦笑いしてしまうが。
この状況でネット工作か。
これでは、人間を排除したシャドウの考えも少し分かってしまうのが悲しいところである。
「畑中准将」
「どうしました」
「戦うつもりであれば、我々は幾らでも命を投げ出します。 シャドウを倒すのは、私の夢ですので」
「……」
夢、か。
シャドウを倒しても、人間がまた世界を蹂躙して、全てを好き勝手にする時代はこないだろう。
ただ人間をひたすらに賛美して、その悪行を全肯定していたのが、シャドウが来る前の時代だった。
もし、軍人として戦うのであれば。その現実とも戦わなければならない。
「戦う事は止めません。 ただ、戦うのであれば、シャドウではなく、この先の未来の為に戦ってください」
「……分かっています。 ただ、混乱する民衆に銃口を向けるのだけはどうにか避けたいのです」
「それは自分もですよ」
ぶっちゃけ今騒いでいる連中にはむかっ腹も立つが。
苛立つという理由で殺戮を重ねていたら、シャドウに駆逐された人間と同じになるし。なんら進歩もしていない事にもなる。
もうこのままでは、人間は滅ぶんだな。
そう菜々美は思って慄然とする。
もしも何かしらの陰謀が働いて、シャドウとの全面戦闘でもGDFが決定した場合。菜々美は従わざるを得ず。
圧倒的な数の暴力に押し潰され、そして死ぬだろう。
そして人間は最後まで正義を喚き、被害者面をして、シャドウに滅ぼされていくのだろう。
それだけは、どうにか避けたかった。
「とにかく、今は軽挙妄動は避けてください。 姉達が今、どうにかするべく色々と話し合いをしています」
「仮にです。 シャドウと和解するとして、それで我々はどうなるんですか。 シャドウの家畜にされるんでしょうか」
「25年間我々はそうされていなかったかと思いますが」
「……確かにそれはそうですね。 小官も人生で不便をした記憶はありません」
今は一人でも多く冷静になる事だ。
それだけが必須だ。
宿舎に着いた。ジープを運転していた兵士に敬礼すると、戸締まりをしっかりする。ぼんやりしていると、メールだ。
広瀬大将からだった。
「クーデターが起きました」
「!」
「GDFで、ではありません。 不幸中の幸いにですが」
広瀬大将が上げた国は、最強硬派の一角の国だった。
北米などで広瀬ドクトリンによる小型への戦果が確認されてから、それに反発して旧来の兵器でシャドウに対して無茶な攻撃を仕掛け、大きな被害を出していた国だ。スコットランドも今は最強硬派の一角だが、それよりも更に強硬的な国だ。
なんでも、精神論でシャドウに勝つべく指揮官が演説をしていたところ、兵士達の一人がその顔を狙撃。指揮官は即死。
そのまま勝てもしないシャドウとの戦いに連れ出される事なんて冗談じゃないと、兵士達がクーデターに移ったそうである。
元々10万程度しか人間がいない国だったのだが。2000人いた兵士達は、三度の無謀な攻撃で1000人まで数を減らしており。それらの兵士達は無能な上層部を非常に憎んでいたらしい。
警官隊などからも兵士を補充していたらしく。
堪忍袋の緒が切れた兵士達は、そのまま政府首脳を襲撃。
あのテレビ会議の向こうで猿みたいに喚いていた首相は射殺され、そのまま広場に晒されたそうだ。
その後は粛正祭になるかと思われたが。
元々一部の上層部や、軍需産業と結びついていた連中が強硬的な攻撃を強要していただけらしく。
今は閣僚の中にいた穏健派が担ぎ出されているそうだ。
ただ、まだ安定するには時間が掛かりそうだと言うことだが。
「必ずしもこれがいい方向に動くだけとは限りません。 とにかく此方では、兵士達を統御して、同じような事が起きないように努めます。 畑中准将は、戸締まりに気を付けて、いざという時は自分の身を守ってください」
「了解しました。 広瀬大将は大丈夫ですか」
「此方は問題ありません。 疲労を出来るだけとっておいてください」
通話を切る。
そうか、クーデターか。
あまりいい印象がないが。それでも対シャドウへの強攻策を捨てるのであれば。
いずれにしても、出来るだけ無駄な流血は避けるべきなのに。
本当に情けない話だ。
この状況でもまだ、流血無しに何かを為せないのであれば。
恐らく人間に、万物の霊長を名乗る資格などないのだろう。
とにかく休んでおく。
どうせこれは、しばらくクーデターが連鎖すると見て良いだろう。そうなると、下手をすると。
逃げ出さなければならなくなる。
その可能性も、危惧しなければならなかった。
3、最悪の事態
やはり予想通り、立て続けにクーデターが起きた。それは最強硬派を潰すだけの動きではなかった。
ある国では、主戦派が上層部を襲撃。
そのまま政権を乗っ取った。
国と言っても、せいぜい数万人しかいない。
それで数万人しかいないのに、全員を兵士として扱い。全てをシャドウとの戦闘の矢面に立てるとか、無茶苦茶を言い出したのだ。
絶対に止めろと天津原が珍しく厳しい口調で言ったのだが、完全にその国は無視。それどころか、GDFからの離脱まで宣言した。
それに続いて、スコットランドなどの強攻姿勢を貫いていた国もGDFから離脱を表明。
シャドウとのコミュニケーション確立は、雪崩を打つように人類の細い糸でつながっていた僅かな団結を断ちきったのである。
連鎖的に七国がそうしてGDFから離脱。
そして、自殺的な攻撃をシャドウに仕掛け始めたようだった。
クーデターは更に続く。
北米でもある都市で、強硬派が軍を煽ってクーデター未遂を起こした。22万人がいる半地下都市なのだが。
其処ではかろうじて鎮圧に成功。
どうにか北米は面目を保ったが、大統領に対する狙撃事件が直後に発生。大統領は無事だったが、GDFには激震が走っていた。
クーデターが良い方向に動いた国もある。
GDFからの離脱を表明し、連絡が途絶えてから四日後。
一つの国が通信を再確立。GDFに再加入を求めて来た。
人口11万のその国では、無謀な総力戦態勢、全兵士でのシャドウへの突撃を主張する軍部に対して。
自殺行為につきあわされる兵士達が流石に反旗を翻し。
激戦の末に、5000人以上の兵士や非戦闘員が犠牲になった末に、強攻策に狂った上層部が倒れた。
それでも死者五千である。
はっきりいって、ロクな状況ではなかった。
それから一月。
良いニュースもあったが、悪いニュースはその15倍はあった。
日本でも、ついに問題が発生した。
今、菜々美は超世王に乗って、工場の外で布陣する第二師団に混じっている。その第二師団に対して、暴徒が何かずっとわめき散らしていた。
シャドウと内通しているものを殺せ。
今までの自作自演で多数の犠牲を出した連中を差し出せ。
そう叫んでいるが。
掲げているプラカードなどは日本語が書かれておらず、なんだか分からない文字が書かれていた。
なんでも活動家の間で「代々伝わっている」身内でだけ通じる文字らしく。
そんな身内でしか通じない文字で威嚇されてもと、ぼやくしかない。
いずれにしても二千人に達する暴徒は、神戸から這いだしてくると、鉄パイプや角材で武装して、京都工場に向かってきていた。
警官隊などによる制止も無視。
今では警備ロボットが暴徒を囲んでいるが。それでも暴徒は昂奮を納める様子もない。中には火炎瓶を用意している者もいた。
第二師団全部が出て来ている訳ではないのだが、軍が出た理由は決まっている。
第四師団の一部の兵士が、この暴徒に加わっているのである。
しかも其奴らは、軍用兵器を持ち出してもいた。
最悪の事態だ。
民衆の声を無視するなとか。
民衆に軍隊が暴力を振るうのかとか活動家達は叫んでいるが。
そもそも京都工場を破壊し、中にいる人間を皆殺しにしようと目論んでいる時点で、何を寝言をいう資格があるとでも思っているのか。
この手の活動家は自分は何をしても許されると本気で思っている節が古くからあったらしいとは聞いているが。
それにしても酷いなとしか菜々美は言えない。
不細工なロボット。
さっさとパイロットを引きずり出せ。
シャドウのスパイ。
裏切り者。
そんな声も聞こえる。
だったらお前等が超世王に乗って戦えよ。そう言い返したいが、何も言うなと先に広瀬大将に言われている。
ライオットシールドが出て来た。
昔暴徒鎮圧に活躍した盾だ。半透明の素材だが、非常に強力。シールドバッシュという戦術が、いかに強力であるか。盾は防具以前に武器でもあることを、現代でも示した強力な装備である。
であるのだが。
持ち出されたライオットシールドは、既に存在しない機動隊という警察の鎮圧部隊に主に配備されていたらしく。
それらはシャドウとの戦闘で殆ど失われてしまったようなので。
兵士達にくばられた数は限定されていて。
それで、暴徒を抑えるのは、警備ロボットに頼らざるをえないようだった。
連絡。
広瀬大将からだ。
「活動家達の首謀者を今洗っていますが、どうやら神戸市内に潜伏しているようです。 其方にいる暴徒はただの陽動の可能性があります」
「どうします。 無力化でもしますか」
「今は少し待ってください。 今身元を洗っていますが……可能性として、以前入国してきた者達が糸を引いている可能性がありそうです」
そういえば、以前幾つかの国のお偉いさんが、「家族」を連れて無理矢理入国してきた事があったっけか。
それらが不平不満を口にしている可能性があるというわけだ。
勝手に自分の国の習慣を強要しようとしたりで、ろくな連中ではなかったが。
それに、である。
古くには、この手の活動家を神聖視するような風潮まであったらしい。
いわゆる知的層……インテリと古くは言われたそうだが。そう言った者達は、この手の活動を擁護する傾向があったらしく。
その手の層が手放しで褒め称えたために、とにかく暴れる連中が更に凶暴化するケースがあったようだ。
今、現物を見ていて。
これらに知性のかけらも感じないのは、皮肉としかいえない。
とにかく、今は広瀬大将の行動を待つしかない。
石が暴徒から投げられた。
喚きながら、暴徒が他にも何か投げ始める。
流石にちょっとばかり危ないな。超世王に引っ込む。
外にいる兵士達も、負傷者が出たら反撃にすぐに出るだろう。ただ、菜々美からは何もしない。
姉を侮辱するような言葉が飛んできているが、別に気にしない。
姉は見かけと頭以外は零点の人間だ。
その頭にも優秀だが著しく問題がある。
それもあって、菜々美としてはああだこうだと言う気にはなれない。まあ、あの悪口も一理あるなとしか言えない。
ライオットシールドの陣列に、暴徒が突っ込んで、弾き返されたようだ。
元々軍の訓練を受けている者達もいるのだ。
そして、致命的な事が起きる。
暴徒に紛れていた脱走兵が、持ち出していたM44をぶっ放したのである。
それは暴徒数人を巻き込み、更にライオットシールドにも着弾。大穴を開けて、兵士が吹っ飛んで倒れた。
それを見て、昂奮した暴徒が、一斉に襲いかかってくる。
ついにそれで、第二師団の兵士達も我慢の限界に達したようだった。
「鎮圧! 出来るだけ無力化しろ!」
「軍による弾圧だ!」
「無抵抗の一般市民を虐殺するつもりか!」
「お前達のどこが無抵抗な一般市民だ!」
仲間を撃ち殺された兵士が叫ぶ。警備ロボットがスタンガンを使って、次々に暴徒を黙らせる。M44をぶっ放した脱走兵は、即応した第二師団の兵士が即座に撃ち抜いて倒したが。あれは五〜六人は死んだと思う。しかもこの暴徒どもは、どうせ軍のせいだと喚くのだろう。
たまったものじゃない。
他にも脱走兵が潜んでいるかも知れない。
そう思った瞬間、暴徒の中で何かが爆発。
あれは多分軍で支給されている自殺用の手榴弾だろう。シャドウに殺されるよりは自死を選びたい兵士のために渡されているものだが。実際にはシャドウに殺されるのは本当に一瞬なので、そんなもの使う余裕はないのが現実だ。
それが逃げ惑う暴徒の中で炸裂した。
血肉が飛び散る中で、狂乱の宴が続く。
これを無抵抗な民衆に、軍が一方的な暴力を振るったとでもいうのだろうか。
マスコミがまだ健在だった頃は、そうかき立てたかも知れない。
幸いにも、マスコミはもう存在していない。
ただ、SNSで印象操作をして、これを限りなく悪意を持って軍の凶行として広める輩はいるかも知れないが。
40式が動き出すと、暴徒は逃げだそうとするが。
警備ロボットがさっと退路に回り込んで、鎮圧をする。
それでも死者は出る。もみ合いの中、倒れたところを頭を踏まれたり。兵士に殴りかかって、殴り倒されて倒れた時に石で頭を打ったり。
更には、まだ暴徒に潜んでいる脱走兵が銃撃を開始して、それに巻き込まれたり。
兵士が無抵抗の市民に発砲するのは論外だが。
此奴らは無抵抗の市民でもなんでもない。
菜々美は嘆息した。
とりあえず暴徒はあらかた捕縛して、つれて行かれる。刑務所がパンクしないか心配だが。
問題はまだ他にもある。
広瀬大将から連絡が来る。
「やはり間違いありませんね。 其方に出た暴徒は陽動です」
「本命が来たんですか」
「ええ、それもGDFの本部ビルに」
「すぐに向かいましょうか」
不要と広瀬大将は言う。
既に備えはしているということだった。
現在、犯罪に対する方策は警官だけではない。半地下になっている神戸はほぼ人工都市とでもいうに等しく。
基本的にAIがプライバシーを配慮しながら監視をしている。
学校では古くには虐めが当たり前のように行われ、虐められる方が悪いという謎理論が横行していたらしいが。
現在では催眠教育が主体になった結果、学校そのものがなくなった。
今では街などの彼方此方に監視カメラが配置され。
それと連動した警備ロボットが動いており、通報無くとも犯罪者は殆ど逃げる事ができない。
このため神戸の犯罪発生率は極めて低い。
どれだけ裕福でも犯罪を起こすような人間はいるが、そういう連中の先手先手を打って犯罪を防ぐ仕組みが作られているからだ。
ただこれも、今できたものではない。
最初は監視システムの目を潜って犯罪をする輩が幾らでもいたし。
詐欺師の類だって多数いた。
幸い、AIがそれらをビッグデータとして学習し続けた結果、少なくとも犯罪者の上を行く程度には成長した。
その結果。
今の時代は神戸の犯罪率はさがった。
さがっていたのだが。
その神戸を、完全武装の兵士達が疾走していた。数は一個中隊ほどもいる。道行く人は訓練だと思っているようだが。
いずれもが殺気立っていて、もしも遮る人がいたら即時で発砲していただろう。
そして、実際問題、GDFの本部ビルにそれらの兵士達が流れるように突入しようとして。
警備ロボットが制止しようとし。
それを兵士達が蜂の巣にして粉砕して、それで市民達はやっと異常に気づいたようだった。
悲鳴を上げる者もいるが、すぐに逃げ散る。
我が物顔に警備ロボットを蜂の巣にし、GDFの本部ビルに押し入ろうとする兵士達だが。
彼等がビルに入ると、其処には誰もいない。
しんとした空間。
それが罠だと悟ったのは、訓練された兵士達だったからだろう。
あらゆる通路から、警備ロボットが現れる。
それも普通の円筒形のものよりも二回りも大きい。装備している銃を見て、兵士達は躊躇なく発砲した。
螺旋穿孔砲の普及と広瀬ドクトリンの徹底により、力不足と言う事もあって戦闘からどんどん消えているM44ガーディアンだが、逆に言うと埃を被って倉庫で幾らでも眠っていると言う事である。
基本的に軍倉庫は厳しい監視下にあるのだが。
いつの時代も、どんなに堅牢なハードウェアで守りを固めても。
それを動かす人間というソフトウェアがゴミだから、どうしてもシステムは破綻してしまうのである。
倉庫から持ち出されたM44が警備ロボットを撃ち抜こうとするが。
その弾丸が、射出した白い弾に阻止される。
兵士達はこれが対中型戦……レッドフロッグ戦で使われた、畑中博士が作った防御兵器の劣化版だとしらない。
明らかに困惑しながら射撃を続けるが。
警備ロボットは黙っていなかった。
二門装備している銃のもう片方が火を噴く。
此方は古典的なゴム弾だが、それでも完全装備の兵士を一発で気絶させるには充分な火力である。
しかも警備ロボットの射撃は正確極まりなく、突入した兵士達はまたたくまになぎ倒されていった。
「ブリキ人形共に何を手こずっている! 広瀬と天津原、それに嵐山の首に掛かっている賞金を忘れたか!」
「し、しかし射撃が通りません!」
「気合で通せ!」
ばかげた精神論で叱咤するのは、一個大隊の中で一番動きが悪かった兵士だった。
いずれにしても、これらの二回り大きい警備ロボットは、兵士達の後方からも現れて射撃を開始。
狙撃兵が何人か事前に伏せていて後方から警備ロボットを狙ったが、それらも全て通らない。
ライフル弾を即応して叩き落とす白玉。
直後に返す刀で飛んでくるゴム弾。
それに94名に達する兵士達は、八分も保たずに全滅していた。
最後に残った一人は喚いていたが、それもすぐにゴム弾の斉射を浴びて沈黙する。
それから、第二師団の兵士達が姿を見せる。
広瀬大将の指示で、彼等はすぐに外には出ないようにと言われていたのだ。これは無意味に人を死なせるような事ではないとも。
倒れている兵士達を、手慣れた様子で第二師団の兵士達が捕縛し、武装解除するが。これは対シャドウ戦の訓練以外では、これくらいしかやることがないからである。対シャドウ戦では、接近されたら終わりだ。だから軍隊式格闘術なんてものはなんら意味を為さないのである。
高速で接近する小型を、いかに螺旋穿孔砲の支援プログラムを受けつつ撃ち抜くか。これが課題になる。
逆にそれ以外はする事もないので、暴徒の鎮圧や、武装解除が必須になるのだった。
捕らえられた兵士達の情報がすぐに明らかになる。
やはり第四師団の兵士達だ。
損耗が大きくなって、それで訓練兵を募集するから、こういうのも混じる。
そして、その中で指揮をしていたのは。
以前要人としてこの国に入り込んで来た者だった。
ある国の国家首相だった男である。
家族と称して愛人を一ダースも連れてきたのだが。それらを全部送り返した後、ひたすら主戦派に回ってわめき散らしていた男だ。国を放置して、神戸で贅沢三昧をしている分際で、である。
他の兵士達よりも明らかに動きも悪かった。
つまり兵士としても並み以下だったと言う事だ。
とりあえず、GDF本部を狙った襲撃はこれで終わった。だが、まだ危険がある可能性が高い。
すぐに第四師団でも、全兵士に対するチェックが行われた。その過程で、クーデターに荷担しようと、作戦の展開を待っていたものが40名以上逮捕された。
事後処理には二日が掛かった。
そしてこの事件は、元々ないに等しかったGDFの団結を、完全に無に帰すこととなったのである。
GDF本部襲撃の実行犯として逮捕したアルバレア共和国の元大統領は、金髪碧眼の背が高い白人男性である。東欧に残った最後の国だが、東欧じたいが色々と問題が多かった地域だった。シャドウによって蹂躙された後、旧ロシアの人間やらも集まって出来た国である。
それはもう、こういうのが首相であっても仕方が無いのかも知れない。
即座にGDFはこのことを公表。
アルバレア共和国は、即時に大統領を元大統領とする声明を発表した。流石にこれは分が悪いと判断したのだろう。
まだ各国で混乱が続いている中、元大統領に聴取が行われた。
最初は酷く昂奮していて、訳が分からない話をしていた元大統領だが。
元大統領に貸し出していた家屋から薬物の類が多数発見されると、アルバレア共和国は元大統領の肩書きさえ消去して、そんな人物とは無縁だと言い始めた。
そもそも国政を放棄して愛人とともに日本に逃げ込んできたような輩である。
それも仕方が無いのかも知れなかった。
ともかく聴取が開始されると。
元大統領ですらない男は、口から泡を飛ばして叫ぶばかりだった。
「お前等無能な猿共の代わりに、俺がGDFを回してやろうという善意からの行動だ! シャドウなんて化け物と共存なんぞ出来るか! この世界は俺たち富を独占する者が回していれば良いんだよォ!」
「昔ならともかく、今の貴方の国は豊かとは言い難く、更に貴方の個人資産は全て貴方の故国によって凍結されました。 脱税から密輸までやりたい放題だったようですな」
「黙れっ! 支配者はそれくらいやって当然だ! 富を貪り喰い、民衆とか抜かしている猿共を全て支配する権利があるのが支配者なんだよォ!」
「三下」
聴取の様子を見ていた菜々美は、思わず呟いていた。
こんなのが数千人も指嗾して、クーデターを起こしかけたのか。しかもあの中隊が突入に成功していたら、下手をすると神戸が乗っ取られていた可能性が高い。広瀬大将の行動が迅速だったから、犠牲者は最小限に抑えられたが。
そうでなかったら、どうなっていたことか。
ちなみのあの警備ロボットは、姉が言われて設計したらしい。
M44ガーディアンで武装した兵士達相手に、制圧を余裕で出来る設計で。そう言われて、あれを作ったそうだ。
M44ガーディアンは、一応少数とは言え小型を倒した実績がある兵器。普通の警備ロボットの装甲では対応できない。
それであの警備ロボット……レッドフロッグ戦で用いたバリアを装備し。更にはプロテクターの上から完全武装の兵士を余裕を持って黙らせるゴム弾を発射できる……が作られたと言う訳だ。
まあ全ては目論み通り。
広瀬大将は、今の時代でなければ出世など無理だっただろうと嘲弄する声があるのを聞いたことがある。
シャドウに対しては強いが、人間同士の戦争で役に立つとは思えないと。
それが寝言に過ぎなかった事が、これではっきりしたのである。まあ、戦争の才能というのは学習にどうしても勝る。
だから、仕方が無いのかも知れない。
暴徒達も、インテリ崩れの家系の人間が多く、かなり高齢の者が目だった。
これら暴徒達に、「共産革命を行う」という約束で、元大統領は陽動作戦を依頼したらしかった。
ただそれだけではなく、手元にある密輸やら薬物の売買やらで手に入れた金を用いて、それらをばらまいてもいたようだが。
インテリといえど、所詮は金である。
今の時代、金なんかなんぼあっても、シャドウに襲われたら助かりやしないのに。
ともかく、これは内乱罪だろう。
殆ど適応例がないらしいこの刑罰は、死刑および無期懲役である。しかも死者まで出しているので、死刑で確定と見て良い。
今の時代はAIが裁判を行うので、数日で結果が出る。
元大統領は国すら見放したこともある。資産も凍結された今、誰も助け船など出さないだろう。
それからしばらく、GDF内で混乱が続いた。
幾つかの国でもクーデター未遂が発生して、鎮圧されたが。初期消火に失敗して、内乱寸前まで行った国家も幾つか出た。
人間は、シャドウが何もしなくても。
GDFをほぼ瓦解させ。
そして今。
勝手に破滅の坂を転げ落ちようとしている。
菜々美は側にある超世王を見上げる。
不格好で狂気的なデザイン。
菜々美が知っているスーパーロボットとは真逆のデザインだ。
だがこいつでなければ、中型を倒す事など出来なかった。ましてや単騎で小型を四桁倒す事だって無理だった。
そして戦い抜いてきたからこそ、シャドウが此方に通信を入れてきた。
戦いは無駄ではなかった。
無駄だったのは、上層部の自浄作用。
とてもではないが、これではこれ以上シャドウと戦うどころではない。
「畑中准将。 あまり良くない知らせです」
「どうしました」
「GDFから離脱していたスコットランドが、温存していた核を用いる動きを見せているようです」
「効きやしないっての……」
思わずぼやく。
案の場というべきか。
最強硬派と化していたスコットランドは、クーデター祭の中、何度もシャドウに対して戦いを挑み。
その軍は文字通り全滅の憂き目にあったようだ。
手も足も出なかった軍の「醜態」を見たスコットランドの上層部は、生き残った兵士達に対して精神論で罵倒した挙げ句、無能だから負けたと公衆の面前で罵り。意図的に負けた利敵行為を行ったとして、生き残りの兵士達を全員投獄したという。
それだけでも末期的だが、更に温存していた核兵器を持ち出したのだとか。
25年前の戦いでは、核が悉く通じなかったことを忘れたのだろうか。
忘れたのだろう。
「通信のホットラインはつなげないんですか」
「無駄ですね。 向こうから切っています。 これについては、現地の市民が必死に通信してきましたが、それも切れました。 恐らく言論統制を敷いていると見て良いでしょうね」
「……」
シャドウは攻撃されなければ反撃しないが。
核なんかぶち込んだら、反撃してくる可能性はあるだろう。効かないとしてもだ。
これでも数十万の民がまだいる筈だ。それを巻き込んで、自爆でもするつもりなのだろうか。
軍を送り込む事すら出来ない。
どうにもできない中、スコットランドはICBMに搭載した水爆を発射。発射した先は、よりにもよって北極。
相手は大型。「魔王」である。
そして、結果は25年前と同じになった。
ICBMは中途で一瞬にして灰燼と帰した。
観測は遠く過ぎて出来なかったが、シャドウ出現後の戦役で使われた、数多の人工衛星やデブリをまとめて塵と化した攻撃と同じものだろう。
文字通り何もかも消し飛んだのを確認。
幸い、スコットランドにシャドウが攻めこむ様子は無かった。それだけは幸いだったと言える。
それで、GDFにまだ残っている国々は緊急で会議を行いたいと天津原に申し出たようだが。
菜々美は参加したくない。
だが、一応これでも将官で英雄だ。
参加しないとまずいだろう。
溜息を幾度も重ねていると、メールが来る。
ノワールからだった。
ノワールは煽るような文面を寄越してきた。
まあ、菜々美も反論は出来ない。
ただ、三池さんには即座に連絡。
対応については、ナジャルータ博士も含め、アドバイスを貰いながら返信をする。
これでも菜々美は組織に所属している人間だ。
好き勝手な対応は出来ない。
「やあ、また随分と乱痴気騒ぎをしているようだね。 私が駆除した時と同じくらい酷いのではないのか」
「不愉快極まりないけれど、それについては同感かな。 記録でしか見た事がないけれど」
「勉強を積極的にするのは良いことだ。 それで……」
ノワールは。わざとメールを一旦切った。
この様子だと、核攻撃を怒ってはいないらしい。
まあそうだろうな。
多分旧軍需産業と組んでいたスコットランドは、ICBMも一世代か二世代ぶん強力に強化していたのだろう。
搭載している水爆もだ。
だが、それでもそもそも大型シャドウの前には、玩具にもならなかった。
ABC兵器は、25年前にあらゆるものが、ありったけシャドウに叩き込まれた。それでも通じなかったのに。
今更どうして通じると思ったのか。それが分からない。
今回は中途で撃墜されたが、多分直撃したところで効かなかっただろう。TNT換算で何メガトンの火力だったか知らないが。それでも、そもそも長時間超高熱を与えないとシャドウは斃せないのだ。
今までの戦訓を見ていてそれくらいは分かっている筈なのに。
完全に近代兵器信仰を拗らせた結果の愚行。
菜々美からも、何一つ擁護が出来ない愚策の果てだった。
ノワールは言う。
「君達がこのまま破滅するのは、此方としてはあまり面白くない」
「面白い面白くないで殺していたら人間と同じだろ」
「感情的な意味ではない。 現時点でこの規模であれば、君達は地球に負担を掛けずに生きていけるし、なんなら我々でもその尻ぬぐいは難しく無い。 だがこのままだと、君達はそのか細い連携すら断ってしまうだろう」
「それについては同意する」
まあ、全て言われたとおりだ。シャドウの方が、余程客観的に人間を見ていると言える。それと、人間をやはり滅ぼすつもりはないようだ。
ただ、それが。
憐憫とかの人間的な感情から来るものとはとても思えないが。
「一度絶滅した種を再生させるのは我々でも大変でね。 君達が片っ端から殺戮しまくったおかげで、随分苦労した。 また一つ苦労を背負い込むのは色々と面倒だという事だよ」
「そうか、あんた達も万能ではないと」
「万能であれば君達をすぐに全て滅ぼして、まっとうな文明を構築するように生物として調整しているだろうね。 それが出来ないし、してもいけないとされている。 だからこうして苦労しているのさ」
「苦労はお互い様か」
無茶苦茶な事を言うノワールだが。
人間の文明がろくでもない代物である事は、はっきりいってあのアホ丸出しのクーデター祭で菜々美も嫌と言うほど思い知らされた。
もしも超世王が人型ロボットとして完成して、量産でもされていたら。
それもクーデターに使われていたかも知れない。
はっきりいって冗談じゃあない。
そんな事のために菜々美は苦労してきたのではないのだ。
「やはり上司がいるんだね。 何者? 宇宙人?」
「それは答えられない。 ……強いて言うならば、宇宙人ではないとだけ言っておこうか」
「宇宙人ではない?」
「君達の定義ではそうなる。 そして私の主は、現時点の現状維持で概ね満足している状態だ。 これ以上も以下も望まない。 別に君達が滅んだところで困る事は一つもないが、私のリソースが割かれる。 それは面倒だ。 だから、滅ばないようにするしかないだろうね」
頭が痛くなってきた。
超高度な文明を持つ宇宙人による侵略。
これはナジャルータ博士が提案していた説の一つだった。
相手は人間を知っている。
それも恐らくは、過去未来。平行世界などの人間もだ。
だとすると、可能性があるとすれば、銀河規模の文明を持つに至った知的生命体ではないのかと。
確かに菜々美としては納得出来る説ではあった。
そういう生命体から見れば、地球人なんてタチが悪い辺境の蛮族くらいにしか見えないだろうし。
21世紀の各国で起きたように。
何もかも違う存在を見境無しに受け入れたところで、互いに不幸にしかならない。
その程度の事は分かりきっているのだろうと。
だが、宇宙人でないとすると。
シャドウ……ノワールは何者だ。
「我々に滅びないことだけを望んでいるのかなあんたは」
「そうなる。 今の君達は、物資を自給自足し、最盛期ほどではないにしても文明を発達させる余地も持っている。 それで充分と私は判断する。 余計な欲を掻かないように、多少痛めつけた方がいいかな?」
「その場合は抵抗させて貰う」
「ふっ」
鼻で笑いやがった。
こういう事が出来るという事は、人間の思想とか思考とかを完全に理解していると言う事である。
やっぱり全てで上をいかれている。
「そうだな、此方から提案しておこう。 攻撃を受けず、これ以上領域を広げないのであれば。 汚染物質を垂れ流しすぎたり、広域に汚染物質をばらまかない限りは、私からは基本的に手を出さない」
「本当にそれでいいのか」
「いいよ。 そもそも君達が一万年経ってもなんら進歩していない種族なのは分かりきっている事だ。 流石に十万年経ってもなんら進歩しないようだったら問題だが、私は結論を今すぐに出せとはいわない。 君達とは私の時間のスケールが違う。 ただそれだけの理由だ」
「それは随分とお優しいことだな……」
ちょくちょく苛立たされるが。
それも相手のテクニックかも知れない。
それに、だ。
何回か試したらしいのだが、ノワールは菜々美以外のメールには完全に無反応であるらしい。
つまり菜々美が話すしかない。
「このまま内乱で自滅するようだったら、幾つか君達のコロニーを滅ぼして、「敵」がすぐ其処にいることを思い知らせるしか無さそうだが」
「やめろ」
「やめるかどうかは君達次第だ」
メールが切れた。
溜息が出る。
さて、どうなるか。すぐにナジャルータ博士達が連絡をしているようである。これは、今まで以上に会議があれるだろうな。
それに、である。
超世王が装備している一部の武器はともかくとして、超世王はそもそも対人戦闘用の兵器ではない。
近代兵器と戦わせてもあまり意味が無いし、相性も良くない。
旧軍需産業の連中が超世王を馬鹿にしていたのも、うちの戦車の方があらゆる面で優れているし。シミュレーションをしても絶対に勝てるというのが理由であったようだ。
まあ、それはそうだろう。
だが、それは相性というもので。そういった兵器がシャドウに蹴散らされても、なおも思考を切り替えられなかったのは、彼等の問題である。
菜々美の知った事じゃない。
そして姉の作る変態兵器の扱いに特化している菜々美は、恐らくこれから起きるだろう凄惨な人間の内輪もめでは役に立たない。
空飛んで下手すると羽とか生えてるような人型兵器……文字通りスーパーロボットどうしの戦いであったら、或いは役に立てるかも知れないが。
んなもの作るのには、姉でも老婆になるくらいまで時間が掛かるだろうし。
量産なんてもっと無理だ。
天津原から連絡が来た。
「これから会議を行う。 GDFを離脱した国家は、それぞれシャドウに仕掛けた挙げ句、保有していた軍を全滅させてしまったようだ。 これらをGDFに再加入させ、シャドウに対して身を守るための策を改めて練る。 指導者の入れ替えも必要かも知れない。 場合によっては、どうにかして各地に軍を出しての鎮圧も……」
元々無能で決断力も低い天津原だ。
嵐山に尻を叩かれてこの会議を開くことを決めたようだが。それでも胃に穴が開きそうになっているだろう。
初めて菜々美は、この無能な男に同情していた。
菜々美だって、対人戦はそんなに出来る方ではないし。
ましてやバカ共の鎮圧なんて事に関しては、絶対にやりたくないのも事実なのだから。
4、異変
クーデターの鎮圧が上手く行かなかった国家や、GDFを離脱した国家に、小型の揚陸艇を中心として、海兵隊が送り込まれる。それすら命がけだったが。それでも海兵隊は喜んで戦地に向かった。やっと対人戦という本領で力を発揮できるからだろう。
ほそぼそとつながっている海路だが。
今まで撃沈された船を調べると、バラスト水などをばらまいていたり。
或いは何かしらの汚染物質をばらばら落としていたりと。
そういった船舶が主体であったらしいことが分かってきた。
シャドウはエコテロリストだ。
そんな声を上げる者もいたが。
それをいうなら、よっぽど人間の方が種族丸ごとエコテロリストなのだろう。菜々美は連日行われる会議で疲弊しながら、海兵隊が鎮圧作業をしていくのを見ているしかなかった。
それに、だ。
シャドウとの戦いをこれで終えられるのなら。
そう思っていたのだが。
スコットランドを海兵隊が制圧。
現地ではまだシャドウ相手に攻撃すれば勝てるとかほざいているアホ共が上層部を握り、反対するものを武力で押さえつけていたのだが。それらはまとめて海兵隊が鎮圧して黙らせた。
その直後に、問題が起きた。
近畿、関ヶ原。
其処に妙なものが姿を見せたのである。
それはシャドウのように見えたが、他のシャドウが一切近寄らなかった。
球体のようだったが。可変する事も分かった。
それは関ヶ原の一角でじっとしていたが。
確認しに行ったスカウト16が、観察を続けていたところ。
突如迸った烈光が、スカウト16を文字通り蒸発させた。一個分隊を構成していたスカウト16は歴戦のスカウトだったが。
後には何も残らなかった。
今までシャドウは、余程接近しない限りは攻撃はしてこなかった。
今度の奴は、距離を保って監視していただけで攻撃して来た。
これは明らかに違う。
菜々美はその報告を聞いたとき、思わずシャドウが……ノワールが言っていた事を思い出した。
「敵」がいる事を思い出させないとダメか。
もしや、シャドウはある程度人間を痛めつけて、それで団結させるつもりか。
今、人類は五千万を割り込もうとしている。
各地での強硬派による対シャドウ作戦による死者。
クーデターによる混乱がその原因だが。
シャドウからしてみれば絶滅しなければ特に問題は感じないようだし。
更に言えば、今の人間は人工子宮やクローンで、ある程度個体数を管理する事ができる状態だ。
だとすれば、シャドウとしては。
間引きにまるで躊躇が必要ない事になる。
ただ、こっちとしても間引きなんかに応じるつもりはない。
シャドウが現れる前。
人間が働いていた企業は、「代わりは幾らでもいる」という珍論をぶち上げて、多数の人的資源を無駄にしていたらしい。
従順な奴隷でありながら、どんな仕事もできて、給料を上げなければならないくらいの年になったら勝手に壊れて死んでくれる。
そういう都合が良い人間だけ求めていたそうだ。
それはまさに間引きと同じである。
そんなもの、されてたまるか。
関ヶ原に出現した黒い球体は、今の時点で行動を開始していない。ただ、あの攻撃……スカウト16を蒸発させた攻撃だが、幾つかの分析によると、どうやら反物質砲。つまりはスプリングアナコンダと同じものだと見て良さそうだと言う事である。
つまり、スプリングアナコンダと違い。
仕掛けなくても向こうから来て、反物質砲を遠隔でぶち込んでくる可能性がある。
それも無差別に、と言う事だ。
会議が行われる。
どうにかGDFを離脱した国を全て鎮圧して、再びGDFを形にしたが、不平満々の国も多い。
そんな中、今までと明らかに違うシャドウの出現である。
今まで仕事がないに等しかった海兵隊などの特務だけは大喜びしていたが、それ以外の皆が疲弊している中。
新型シャドウ。勿論新種についての話が行われる事になった。
現在、無人機も利用しての監視が行われているが。球体に四qまで近付くと、その場で蒸発させられる。
容赦の無い攻撃は相手がなんであろうと関係無く、非武装に見える人間を模したデコイを乗せていても、容赦ない攻撃で蒸発させてくる。
しかもだ。
新種が出たと言う事は、他の地域でも似たようなのが出るかも知れない。
もしも、これがノワールの言う敵を用意するというのの答えだとすると。
どうやら菜々美は、まだまだ当面休む事は出来ないらしかった。
「シャドウは何がしたい。 我々を弄んで、それで飼い慣らすつもりなのか」
不愉快そうにいうスコットランドの新代表。
今までの好戦的な強硬派はあらかた逮捕されて、今は神戸の監獄にいる。
ただ、新代表もそれほどシャドウに対する温和策に好意的な対応を示している訳ではない。
近代兵器と有能な指揮官でシャドウを斃せると考えているアホと違って、近代兵器ではシャドウに勝てないと理解しているだけだ。
むしろシャドウ……ノワールの発言の議事録を見て、憤慨していたらしい。
なお、かなり若い女性である。
広瀬大将と同じ世代の俊英であるらしく。
まあそういう意味では、老害を綺麗に排除できた結果なのかも知れない。現実を見て、現実的に行動できる人が上に立ったのであれば、今はそれ以上は望めないだろう。
「いずれにしても、もはや内輪もめをしている段階ではないということです。 それに、今回出現した新種は明らかに今までのシャドウとは違う。 小型すら周囲に近寄っていないことから考えて、単独行動をする種とみて間違いないでしょう。 近付けばシャドウですら無差別攻撃をするのやも……」
「いずれにしても倒さなければなりませんな」
北米の大統領がいうと。
ナジャルータ博士が、咳払いして、順番に説明をする。
敵の攻撃は恐らく反物質砲で、その点はスプリングアナコンダと同じだが。全く同じシャドウをわざわざ新種として出してくる可能性は低い。
しかも此奴は動きが読めず。そのまま近畿中枢に乱入してきた場合、各地の工場や基地が危険にさらされる。
行動を見極めつつ、能力を分析し、場合によっては倒さなければならない。
そう説明すると、とりあえず会議は一致していた。
敵がいれば、ある程度まとまる。
まとまらない事もあるが、その場合は滅びるだけだ。
菜々美はそういう歴史的事実は知っている。
だから、シャドウがそれを狙ってリミッターを一つ解除したのであれば。正しい判断なのだろうなとだけ思った。
(続)
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