シャドウは何を目論む

 

序、無人島

 

その九州近郊の島は曰く付きの場所だった。オカルト的な意味ではなく、反社の人員供給であまりにも有名だったのだ。

反社のヒットマンや鉄砲玉と言われるような人間を多数輩出し、非常に治安が悪く、地下興業まで行われているような場所だった。

そこが今。

超世王に乗った菜々美が、ふてくされて警戒に当たっている中。

小型を駆逐した結果、どうにか取り戻す事は出来たのだが。スカウトが発見したのは、文字通りの更地だけだった。

人間がいた痕跡、なし。

全てが綺麗さっぱりなくなっている。

昔は暴力と悪徳の島だったのだが。それも全てシャドウの前には無力だった。金で人を買収できたかもしれない。

それが政治家や警官であっても。

だが、シャドウには金なんぞなんの意味も無かった。

世界の長者番付の上位にいた人間達が、ランスタートルにシェルターごと粉砕されて誰も生き残れなかったように。

スカウトが戻ってくる。

「やはり痕跡などありません」

「ダメか。 この島は連絡が途絶えたのがかなり後だったから、生き残りがいたかも知れなかったのだが」

「……」

菜々美は知っている。この島の悪徳を。

全て抹殺されて良かったとまではいわない。

だがいずれにしても、無実でもなければ助かるべき人は他にいたとしかいえない。だから、何も言わない。

命を選べる立場に菜々美はない。

命を選べる存在がいたとして、そいつが神と呼ばれるものだったとしても。この世界の理不尽ぶりを見る限り、まっとうな奴ではないだろう。

どの道、わざわざこの島を危険を冒して解放した事に価値は感じない。

価値があるとしたら。

部隊の練度を上げ。

超世王の性能を強化し。

人員を養える土地を再確保した、くらいだろうか。

揚陸艇で戻る。

ともかく今回の作戦までに一月以上掛かった。超世王を直したりバージョンアップしたり。

菜々美自身もまた入院して、色々調べられたし。

医師にくどくど怒られたし。

訓練して、病み上がりでこういう島を幾つか開放したが。いまだにイエローサーペントの勢力は強く、安全に航行できる海域は限られている。その上ブライトイーグルとの連携も強くなっており、簡単に攻略できる状態でもない。

そもそも九州北部を初めとして、まだまだ日本本土だって殆どシャドウの勢力下にあるのだ。

こんな小島を開放しても。

それに、シャドウが戻って来た場合。

此処を守るのは不可能だろう。

ただ、収穫はある。

此処での戦闘で、また多数の小型を倒した。問題であった遠距離攻撃型のシルバースネークだけが課題だが、それについても姉は考えているらしい。

いずれ、対小型特化型の超世王がデチューンモデルの完成型としてロールアウト出来るかもしれない、らしい。

まあ菜々美はお手並み拝見としかいえない。

まだ交戦経験がない小型は何種類かいるのだが。

それらについても、いずれ交戦の機会はあるだろう。

半日掛けて、宿舎に戻る。

疲れが溜まっているので、断って休ませて貰う。しばらく大きな作戦は無い筈だ。この間の被害0勝利。

それで気をよくした上層部が、無茶を言っているようだが。

現時点では中型が確認されていない孤島を攻略できる範囲で攻略する事で、「成果の進展」を広瀬大将はアピール。

アホ共をどうにか抑える事に成功はしている。

だが、この間の戦いでは、グレイローカストがもう少し来ていたら死んでいた。

それも分かっているから。

今ナジャルータ博士が、必死にシャドウの分析をしてくれている。

横になってぼんやりしていると、連絡が来る。

相手は、これは誰だ。

名前は覚えがない。

菜々美は個人アドレスはほとんど誰にも教えていないのだが。ただ、スパムではないようだ。

昔は凄まじい勢いで飛び交っていたらしいスパムメールも、その供給源のサーバが根こそぎシャドウに潰されてしまった。

それもあって、今は静かなものである。

犯罪組織そのものが、極めて縮小した。それも原因なのだろう。

「貴方の事を知りたい」

「誰だお前。 誰かに間違えてメールを送っていないか」

「貴方は畑中菜々美。 超世王セイバージャッジメントを駆り、多数の中型を倒した英雄だ」

「まあそれはそうだが」

誰だ本当に。

名前を見ると、「ノワール」とある。確かどっかの言葉で黒を意味する言葉であったか。暇なので、やりとりをしてやる。

ただ、アドレスなどは後で調べて貰うが。

「で。 それがどうした」

「貴方は何故戦っている」

「仕事だから」

「そうか。 この戦いに勝ち目が無いことは分かっている筈だ。 それでもどうして仕事をできる」

まあ、それもそうだ。

シャドウが本気で全方位から襲ってきたら、神戸なんかあっと言う間に陥落する。それは超世王が数百体の小型と、二〜三体までなら中型……交戦経験がある相手を相手に出来る今でもまったく同じだ。

アニメのスーパーロボットではあるまいし。

空にビームを放ったら、雑魚敵が左から右に全部爆発して消えるなんていうことはないのである。

超世王はとにかく生臭いロボ……いやロボかすら怪しい。一応高度なロボットアームを装備はしているが、ロボかと言われると、菜々美も口をつぐんで横を向くしかない。ロボットアニメが好きな人がこれはロボではないと言い出したら、菜々美はコメントを避ける。そういうのは確か相当五月蠅い人がいて、色々面倒だと聞く。正確には、そうだった、が正しいか。今では娯楽をそのように楽しむ精神的な余裕すら人々にはないのだ。姉みたいなのが例外なだけである。

シャドウとの戦力差は、各地で広瀬ドクトリンによって編成された部隊が出て来て、小型相手に戦いはじめた今でも同じだ。

中型相手の戦いは絶対に避けろ。

それは各地に徹底されている。

「この先貴方はどうしたい」

「出来れば楽に余生を過ごしたいよ」

「意外と好戦的ではないのだな」

「私の世代はシャドウに家族を殺されていない場合が殆どだからな」

実際問題、原始的なクローン技術や、人工子宮で子供が生まれてくる今の時代。親の敵も何も無い場合も多いのだ。

ただ、あまり核心的な事をいうとまずい。

少し前から、既に通報して、メールのやりとりをしている相手を探って貰っている。適当にやりとりをしているのは。

相手を突き止めるためでもある。

「分かった。 君は思ったほど闘志があるわけでも、殺意に満ちている訳でもないらしいな。 私が調べたロボットアニメの主人公は、熱い闘志に満ちていたり殺意で心が一杯だったり、燃える魂とやらを持っているものだったが」

「これでも軍人なのでね」

「そうか。 では失礼する」

メールのやりとりが止まった。

即座に保安部から連絡が来る。

どうも今のやりとりだが、既に廃棄されたサーバから来ていたらしい。ゴミ捨て場で見つかったそうだ。

しかしながら、どうしてこれが動いていたのか分からないらしい。

相乗りして其処からメールを出してきたとかではないかと思ったのだが。画像を見せられる。

なるほど、雨ざらしで電源も入っていないサーバか。

MACアドレスは完全に一致しているらしく、動くはずがないそうだ。近々リサイクルに回される予定だったらしい。

今の時代、昔みたいにゴミを見境なく捨てていられる状態ではなく。

どんな物資も、再利用が基本なのだ。

「ノワールとか名乗っていたけれど、随分なれなれしかったなあ」

「とりあえず畑中准将、新しい携帯端末を送ります。 念の為、メールアドレスなども変更してください」

「了解」

実際問題、メールアドレスを相互登録している相手は殆どいない。

ちょちょいと移行作業は出来る。

それで充分である。

伸びをして、また休む。

もう連絡は来なかった。

 

翌日。京都工場に出向く。昔は高速鉄道とか飛行機とかがあったらしいが、今はそうもいかない。

幸い四国と近畿は工兵部隊が橋を造ってくれたが。

まだ豊予海峡に橋は無い。

これもあって、九州まで出向くと、戻るのが大変なのだ。

姉は相変わらずずっとキーボードを叩いていた。

声を掛けて来たのは三池さんである。

「畑中准将、おかしなメールが来たのだとか」

「話が早いですね。 ノワールとか名乗る相手でした。 廃棄されたサーバからメールが飛んできていたようです」

「色々へんな話ですよそれ」

それはそう。

てか全部変な話だ。

咳払いすると、三池さんが説明してくれる。

ネットの基礎的な知識は菜々美にもある。だけれども、三池さんはそっちの方で色々知識があるらしい。

なんでもそれによると、現在は世界規模のネットワークというものは存在していないらしい。

古くは海底ケーブルなどを用いてネットワークを世界中でつないでいたらしいのだが、それらはシャドウの活動で全て失われた。

今では25年の間に開発された遠距離通信システムを用いて、地球の電離層を利用して遠くから電波をやりとりするため。GDFの会議ではボイスオンリーの代表がどうしても出るのだそうだ。

なるほどねえ。

そういう事情もあり、街中だったら携帯をどこでも使えたような時代とは違い。

今のネットというものは、25年前にシャドウに世界が席巻される前の一万分の一程度の規模しか無く。

SNSなどでも誹謗中傷をすれば一瞬で特定されるという。

それくらい、規模が縮小しているのだ。

おかげでネットを通じての工作は今ではそれほど主流ではないそうだ。すぐにばれてしまうからである。

「こんな時代に、ネットを通じて悪戯をして、しかも尻尾を掴ませないというのは色々妙ですね。 各国にもそんなことをしている余裕がある国は存在していない筈です」

「まあ、そこまで大げさに考えなくても良いのでは」

「これが人間の仕業だったら良いんですけれど」

黙り込む。

幽霊だのなんだのは考えていない。

シャドウが何かしらの接触を図ってきた、ということを考えたのだ。それについては三池さんも同じらしい。

「仮に人間以外の相手からの連絡だった場合、そいつは人間のアニメ文化、それもロボットアニメの文化を知っているレベルです。 世界中でシャドウが何もかも破壊し尽くした今、保全されているアニメは作られたものの一割もないと言われています。 それなのに知っているとすると……」

「確かに、今新しいアニメを作る余裕なんてないですよねどこの国にも」

「ええ。 ちょっと色々不自然ですし、好機かも。 もしも次にそのノワールとかいう存在から連絡が来たら、もう少しやりとりを引き延ばした方が良いかも知れないですね。 というか、私に連絡をください。 私の方から対応します」

それは心強い話だ。

ともかく、シミュレーションマシンに入る。

また調整が入っている。

幾つかの孤島を「解放」してきた訳だが。その過程で得られた戦闘データを早速反映しているらしい。

いずれにしてもまた動かしやすくなった。

前回の種子島の戦闘で、殆ど機体が全損レベルのダメージを受けたが。即座に作り直す予算も確保は出来ている。

超世王は金食い虫ではあるが。

昔存在した空母とかの超大型兵器ほどではないのだ。

しばし訓練を続ける。

対小型、それも大軍相手の訓練を続ける。姉が装備したのは、改良型の試作式オートキャノンである。

これで菜々美の負担を少しでも減らすつもりらしい。

むしろ接近戦の相手よりも、遠距離から狙ってくるシルバースネークをこれで倒してくれると、かなり楽になる。

ただ改良しても螺旋穿孔砲だ。

次の射撃まで40秒掛かる。

これでも最大限放熱などで頑張っているらしいのだが。機体に掛ける負担などを考えると、これ以上小型化は難しいし。

何よりもこれ以上対小型にリソースを削ぎたくないというのが姉の本音らしい。

ただ、正直グレイローカストみたいな数で平押しして来る相手には、文字通り何もできないのが現状で。

それに対してどうにか対策を練らなければならないのも事実だが。

改良したデータを試して、それでアラームが鳴るまで訓練する。

悪くない。

てかますます良くなっている。

レッドフロッグも、次にやり合ったら前よりは楽に勝てるはず。最悪、小型数百と中型1に守られた島なら、シルバースネークの数次第では超世王単騎で制圧する事が可能になるかも知れない。

だがそれが限界だ。

限界を超えるために、姉は今、必死にチューニングをしてくれている。

菜々美は仮眠室に行くと、冷蔵庫からプリンを出して食べる。三池さんが一つ食べて良いと言っていたのだが。

バケツプリンで作ったらしく、菜々美の分だけではなく、整備工の人達の分まで作ったようだった。

マジでママだな。

そう思いながら、プリンを食べていると、連絡が来る。

アドレスは変えたが、またノワールとやらじゃないだろうな。

そう思っていたら、違った。

ナジャルータ博士だった。

「調べていた島で新しい情報を得ました」

「これ、全体メールだ」

つまり姉や三池さんや広瀬大将のところにもメールが飛んでいると見て良いだろう。ざっと見ていく。

人間の痕跡が綺麗に消されていて。地形まで元に戻されていたそうだが。

一つだけ、不審なものが残っていたらしい。

どうやら古い古いご神体だ。

どこかの祠の中身だったもののようだが。祠はシャドウに壊されたが。中身だけは残されていたらしい。

変わった形の石で、それが記録に残っていたため。祠があった地点で発見できたそうだ。

「石で作ったものにかんして、シャドウは自然物と判断する可能性があります。 ただし、大型の彫刻などは破壊されているのを確認されているため、あくまで小型のものに限られますが」

「……」

それもまた妙な話だ。

確か京都で地蔵が壊されず残っていた事例があったのだったか。

しかし、いずれにしても小型の石などに対して、シャドウが破壊を躊躇っている様子もまたないようだ。

クリーナーが単に破壊するかしないか、の基準でしかないのだろう。

そうナジャルータ博士は結論していた。

「シャドウから奪還した土地を調べる事で、シャドウが何をよしとし、何を破壊するのかを分析出来ます。 シャドウが再生させているのは人間が出現する前の環境と見て良いでしょう。 人間が作り出したもの全てが基本的に破壊されていますが、石像などの内、野ざらしになっていて風化が進んでいるようなものなのは、そのまま残されていることが多いようです。 これについても分析が必要となります」

そうナジャルータ博士は締めくくっていた。

しかし、だ。

菜々美にもそれでは、なんでシャドウが人間に対する攻撃を、全滅寸前で止めたのかがよく分からない。

どこにどれくらいの人間がいるかは、シャドウは把握している筈だ。

何しろ地下シェルターですら、ランスタートルに片っ端から粉砕されたのである。今生き残っている人間の場所を、把握できていない筈が無い。

それに小型が斃せるようになり。

中型も撃破例が出始めている中、シャドウがまた人間を押さえつけにこない理由も菜々美にはよく分からない。

確かに大軍を大陸から日本に送り込んできてはいるようだが、それでおしまいだ。

シャドウからしてみれば、人間を皆殺しにするのなんて今の状態でも簡単である。菜々美が十人いても、超世王がもっと性能が上がって十機いても、結果はまったく変わる事はないだろう。

それは戦って来た菜々美自身が一番よく分かっている。

釈迦の掌の上の孫悟空。

それが今の菜々美の立場と同じようなものだ。

悩んでいても仕方が無い。

今はできることをするだけだ。

不安で仕方が無い人だっているだろう。幸い菜々美は、そういうのは殆ど感じたことはない。

海兵隊で虐めに近い待遇を受けていたときも、腹は立ったが悲観を覚えた事はない。

そういう点でも菜々美は常人離れしているのかも知れないが。

別に常人離れしているからといって、どうとも思わない。

変わっていると言われるかも知れないが。

別に変わっていてもどうでもいい。

普通である事にも、変わっている事にもなんら価値を感じない。

そういう意味では、菜々美はとても冷酷な人間であるのかも知れなかった。

シミュレーションマシンで、超世王の調整を続ける。

戦闘結果は毎回良くなる訳ではなく、進歩は少しずつだ。超世王に調整が毎回入るのだから、それにあわせなければならない。そうすると、一気に結果が悪化することだってある。

そういう場合は、一からやり直しの気持ちで臨む。

ただ、それだけの話である。

 

1、大軍展開

 

濃尾平野。

今までにないシャドウがいる。

小型は推定三万。

中型も、キャノンレオンだけで六体が寝そべっている。人間の動きを見透かしているように、である。

それ以外の中型もいる。

ここだけではない。

濃尾では五体目のランスタートルが出現。

中国地方では、誘引は無理と判断したか。グリーンモアがどうどうと姿を見せると、その周囲に十体を超える中型。

北九州も同じだ。

各地の離島の制圧を進める超世王に関しても、シャドウは興味を見せる様子が無い。

むしろ、小競り合いで超世王の性能を確認して、シャドウの方が分析しているのではないのだろうか。

そう菜々美には思わされていた。

一度京都工場に戻る。

濃尾に現れた大軍を見て、GDFは泡を食っているらしい。最近は殆どリモートで会議に参加していたのだが。

今回は神戸に帰るやいなや会議に参加させられ。

広瀬大将になんとかしろと怒鳴る上層部。

嵐山がそれらを黙らせる。

真っ青のまま、ずっと額の汗をハンカチで拭い続けている天津原。

ナジャルータ博士に無能呼ばわりした代表を、北米代表がいい加減にしろと怒鳴りつける一場面。

そういうろくでもない会議を見せつけられて。

ぐっと疲れていた。

結局離島解放作戦は六つ目で一旦停止。

それぞれの島にいた小型は全て駆逐したが。沖縄に万を超えるグレイローカストがいて。

それらがいつ北上してきてもおかしくないし。その場合は守りきる事などは不可能だと広瀬大将が明言。

第二師団の戦力損失の補填はまだ中途で、訓練が終わっていない兵士も多い事。

更には、まだまだ超世王が交戦経験がない中型がいて。それらが今回の大軍の中に見られる事。

それらを列挙すると、流石に「なんとかする」のは不可能だと悟ったのだろう。

超世王が新しく中型と交戦する度に大きな損害を受けて、毎回紙一重で勝っていることは周知。

また、ここ最近の各国で行われた対小型戦で、日本にいるGDFの第一軍団と広瀬大将に対する無能呼ばわりはなりを潜めた。

どこの国でも、広瀬ドクトリンを採用した部隊は戦果を上げ。

そうでない部隊は大きな被害を出すばかりだった。

自分の国の軍隊なら圧勝できる。

そう自信満々にほざいていた連中の国も、全て小型相手に25年前の再現をしてしまった事を考えると。

流石に広瀬大将を無能呼ばわりはできなくはなるのだろう。

少なくともしばらくは、だ。

だが、それでも会議はあれだけ荒れた。

菜々美としてはうんざりである。

姉が毎回、意味不明なプレゼンをして、周囲を怖がらせて楽しんでいるのがなんとなく分かってきた。

こんなアホ会議。

それくらいして、ストレスを発散しなければやっていられないのかも知れない。もっとも、姉は自分の絵が正気値をゴリゴリ削るものだとは思っていないようだから、色々不思議ではあるのだが。

ともかく疲れたので、休憩を入れてから、シミュレーションマシンに入る。

広瀬大将から言われたが、しばらくは戦略の見直しだそうである。

今シャドウに仕掛けるのは無謀だ。

濃尾にいるシャドウの軍勢が前進を開始しただけで、神戸は終わる。

それは菜々美だって分かっている。

神戸から何処に逃げようと結果は同じだ。

四国だろうが離島だろうが、シャドウが押し込んできたら一日で終わる。それをもう一度人類は思い知らされた形になる。

まあ、いい気味だと菜々美は思う。

アホ共には良い薬だろう。

今の人類では、シャドウには勝てない。

菜々美は何度もそれは強調してきたはずだ。

それを敗北主義だの何だのと罵る連中はいたが。実際問題、正面からやりあって勝てる相手ではないのだから。

今回、それが分かりやすい形で示された。

それだけで大きな意味があるのだろう。

しばらくは休みが取れるかも知れない。そう思う。

広瀬大将から連絡が来る。

メールだが、菜々美だけではなく、他にも数名に同時に当てられていた。

「しばらく遠征は中止とします。 大陸からグレイローカストが飛来し、関東に飛び去ったのが確認されました。 濃尾にいるシャドウの大軍勢は先発に過ぎず、その後方にはまだまだ控えていると言う事です。 しかも現状、グレイローカストの大群による一斉攻撃は対処手段がありません。 下手な中型よりも危険な相手です」

確かにそれはそうだ。

今まで交戦してきた相手に比べて、グレイローカストは明確に厄介である。小型の中でもこれほど組織戦に特化した奴はいないと言って良いだろう。

そしてグレイローカストは他の小型と同等の速度とタフネスを持ち、飛行まで出来ることを考えると。

軍殺しの中型に比べても、群れでの戦闘力はまったく引けを取らないと考えても良いだろう。

関東などの東日本には、ずっと通信を入れて、生存者を確認する試みが続けられてきたのだが。

これを考えると絶望的だ。

元々東京が陥落した時点で、東日本は全滅状態だったのだが。

いずれにしても、しばらくは休みとみていい。

姉としても、今のうちに超世王を調整して、色々と装備などのブラッシュアップもしていってほしいし。

また、暇を見て休んで欲しいものだ。

訓練に戻る。

やはりグレイローカスト対策か。

いくら対小型の戦闘力を強化しようと試みた所で、流石にグレイローカスト万単位を超世王で捌くのは無理だ。

しかも中型も一緒に来る可能性が高い。

特にここ最近、中型は投擲型斬魔剣を明確にメタった行動をしてきている事が多い。これは恐らくだが。これで倒された中型が多いために、対策を練ってきていると判断して良いだろう。

グリーンモアが指揮を取っているというよりも。

面倒なのがいるから、グリーンモアが出て来た。それが正しいのかも知れない。

現に日本の戦況は、グリーンモアが大陸から渡ってきてからというもの、加速度的に悪化していると言える。

300を確実に倒せるようになり。

今は今まで交戦した中型を相手にしながら、400を倒せるように訓練を進めているところだが。

どうにもならないのがランスタートルで。

あれはバーン何とかナックルでしか現状では対処手段がない。そしてあれを超世王に搭載すると、他の兵装を積み込めない。

超世王は戦場で複数の中型を相手にするべく調整を続けているが、現状では同時に相手に出来ない中型が何種もいる。

いずれにしてもオールインワンの機体には出来なさそうだと菜々美は思う。

アラームが鳴ったので、訓練を終える。

ちょっといつもより短く感じたか。

だが、アラームを見る限り、同じ時間だ。ため息をついて、ぬれタオルを被る。それで、少し頭を冷やす。

ずっとこうやって訓練ばかりだ。

それでも実戦では、新しく交戦する中型相手に、毎度毎度死ぬ思いをしている。菜々美なんぞその程度である。

兵士達に英雄視されることも多いが。

これが現実だと告げてやりたい。

体に増える古傷も増えるばかり。

ロボットアニメのヒーローと菜々美は違うのである。

しばらく休んだ後、起きだす。

姉が今度は代わりに休憩に行った。風呂に入るように三池さんが口酸っぱく言っていて、こくこくと頷きながら歩いている。

あれはちょっと限界が近そうだな。

本当に容姿と中身の乖離が激しいなと、菜々美は思う。

そして訓練だ。

今日はもう二セットこなす。シミュレーションでデータを取っておけば、それだけ実戦が楽になる。

実戦で取る事ができたデータが、シミュレーションでは生かされているし。至近で取ることができたデータは、そのシャドウの出来る事の限界を割り出すことにもつながる。

まったく分かっていなかったシャドウの生態が、少しずつわかってきている。

小型種ですら捕獲できないのである。

こうやって戦いながらデータを取り。

それをナジャルータ博士が分析していくことでしか、人間はシャドウを知る事ができないのだ。

訓練が終わると、頭が煮上がりそうである。

宿舎に戻って風呂に入ると、後はレンジでチンして食べる奴だけにする。一応手配はされているので、ありがたくいただく。

冷凍食品は昔はとても凝ったものがあったらしいのだが、今は残飯と菜々美が作る適当な飯の中間くらいである。

シャドウの侵攻が停止した直後くらいは大混乱で酷かったらしいのだが、菜々美はその頃のことはあまり記憶にないし。

今は普通に鶏や牛や豚も育成されているので、そういった肉は食べられる。

まあ、あまり美味しくは無い。

美味しくできる程手間を掛けられないのだ。

適当に腹にかっ込むと、寝る。

とにかく今のうちに出来る事をやっておかなければならない。下手をすると、あの大軍と真正面からやり合わせられる可能性もある。

そうなった時に。

生き残る努力は、必須だった。

 

二週間が過ぎる。

呉美大尉から、久しぶりに連絡が来た。呉美大尉とは最近はずっと別行動だったのだが。

なんと知らない内に、巡視艇で監視任務をしていたらしい。

落とせそうな孤島を調べていたそうだ。

此処で言う落とせそうというのは、菜々美が乗る超世王ではなく。南九州での戦闘で、呉美大尉が乗ってきたデチューンモデルの話である。

あれも改良が進んでいて、対小型……シルバースネーク以外の小型なら、そう今の超世王と遜色ない戦力を有しているらしい。

京都工場で超世王の現物を調整しているが、現在では超世王用のラインが神戸地下の軍工場に設置されているそうで。

其処で姉から来たアップデートを毎回行い。

それを反映しているそうである。

「敵を陽動出来ないかという理由で、近々また九州近海の島に仕掛けます」

「しかしあまり大きな島は残っていない筈だけれど」

「はい。 だからこの超世王セイバージャッジメントデチューンモデルの性能試験にはぴったりだと言えます。 今度の島は200程度の小型がいるだけで、シルバースネークは10体。 これは一緒に上陸して貰う狙撃大隊に任せます」

「無理はしないようにしてください」

返信を済ませる。

まあ、呉美大尉はあれで歴戦の戦士だ。そう引き際を誤る事もないだろう。

それに、だ。

政治的な圧力とかそういうのを感じる。

これは恐らくだが、超世王を量産して、各国で運用するための下準備と見て良いだろう。呉美大尉はいいパイロットだが、それでも凡人の域を超えていない。それを考えると、各国の連中が考える事は。

それで運用できるなら。

畑中姉妹はいらない、である。

こんな状況でもそんなアホなことを考えていて。

それで自尊心を満足させようとしているのだから、愚劣さにもいい加減頭に来る。広瀬大将のところに何度かクーデターの打診があったらしいが。広瀬大将はそれでも全部蹴っているらしい。

今はそんなことをしている状況では無い。

それが理由らしい。

ただし、上層部を良く思ってもいないようだ。

実際この状況で人間同士の戦闘なんて起こったらどうなるか。それこそ、考える事すらおぞましかった。

いずれにしても、菜々美は訓練をして、後の戦いの勝率を上げるだけである。

工場に出向くと、どうやら新兵器を出してきたらしい。姉が何やら作っている。これはまた、大げさな兵器だな。

ちょっと大きくて、超世王には積めそうにないが。

「何これ。 ……何?」

「グレイローカスト対策のようですね。 超世王に乗せるものではないようです」

「ふうん……」

まあ、そうだろうな。

以前利用していた超世王と連結するレッカー車を運用に利用するそうである。いずれにしても、使うのはそれほど難しくはないようだ。

煙幕の類は基本的にシャドウには一切通じない。

それもあって、これはグレイローカストを、直接的に叩く兵器となる訳だ。

「それで、これが完成したらどうなるんですかね」

「一応理論的には、400体ほどのグレイローカストを一発で仕留められるようですね。 ただし、一度撃つと再装填に数時間かかるようですが」

「数時間」

「これを25両用意すれば、万のグレイローカストを仕留める事が可能になります」

まあ理論上はそうだが。

問題は、これを25両出すとすると、師団規模の護衛が必要になる。

それにこれ、どうみても他の小型に対して対応できる兵器には見えない。色々運用手段は限られるし、それもかなり厄介な代物になる筈だ。

使えるとしてもかなり限定的。

それも師団規模の護衛が必要になり、他の小型にも適応出来ない。

尖りすぎである。

ただし、25両でグレイローカスト一万を片付けられるとなれば。それは対小型という観点で、画期的な兵器になる可能性は高い。

沖縄には今一万ほどのグレイローカストがいるらしいが。

これをまとめて片付けられたら、それは非常に大きいと言えるだろう。

「これから畑中博士がプレゼンをするそうです。 ええと兵器の名称は、ハイパースパイラルMLRS、だったかな」

「ハイパーとスパイラルは何。 てか螺旋で良くない?」

「そんな事を私に言われても」

「あ、はい」

まあ、一番困っているのは三池さんだろう。

だから、菜々美が聞いても仕方が無いか。

ふと見ると、姉が書いた絵がデスクに放置されている。そっか、あれが今度のプレゼンで使われるのか。

相変わらず邪神の絵にしか見えないが、あれが姉にとっては分かりやすいものなのだろう。

それにしてもなんでMLRS。

あれはあくまで広域制圧用の対地ロケット兵器の筈だが。

ちなみに超世王で今まで蓄積したデータを使うため、シミュレーションはしなくてもいいそうである。

シミュレーションで調整するのは、別の兵器になるそうだ。

そうなると今度のプレゼンは多分三時間コースだな。アホな上層部の連中がそれでまとめて発狂死でもしてくれればいいのだが。

菜々美は意地悪くそんな事を思った。

いずれにしても、これは広瀬大将も噛んだ何かしらの広域戦略が動き始めていると判断していいだろう。

菜々美に出来る事は。

その戦略が円滑に動くように。

戦術的な範囲で自分が出来る事をするように。

訓練をしておく。

それだけだ。

 

プレゼンが終わる。つやつやしている畑中博士。案の場上層部は全員口から魂が出ていた。

耐性が出来ている三池ですらきつかったくらいだ。

まあ、そうなるだろうな。

そうとしか言えなかった。

二つ連続兵器のプレゼン。ちなみに恐怖のプレゼンだったが、広瀬大将は意外と平気そうだった。

三池以上に耐性が出来たのか、或いは何かしら理由があるのかも知れない。

いずれにしてもとても楽しそうにプレゼンをして、それで上層部の連中をあらかた酷い目にあわせて。

それで畑中博士が満足したらしい事は確かだった。

それはそれとして、連絡が来る。

見覚えがない名前だ。

確かナジャルータ博士が、各国での対小型シャドウに対する反攻作戦の過程で、何かしら分かった事があれば連絡してほしいとか各地の博士に連絡をしていたはず。畑中博士は、すぐにその正体を特定していた。

「あら、これは確か潮汐を専門にしている学者ね」

「潮汐ですか」

「今では学者の比率は世界人口と比べてもっとも多い時代とは言えるのだけれど、何しろ状況が状況なのよねえ。 軍に関連しない学問には予算が下りにくい」

これは事実だ。

昔、ある小説に対する批判で、「政治家と軍人しか出てこない」とかいうものがあったらしいが。

実際問題、シャドウ相手にこれだけ厳しい戦いが続いていると、この世界はほぼ似たような状態になってくる。

最大都市の神戸にいる人間も、何らかの形で軍に関わっているか、政治に関わっているかのどちらか。軍人と政治関連の人間も多い。

そう批判されたある小説も、まんま長期間の戦争を続けている時代を描いていた筈で。

そういう意味では、今の状況を見るとリアルであるとは言える。

ただ、この世界に比べると。

まだ人間同士での殺し合いで。

負けた方は皆殺し、とかやっていないだけ。その小説の世界の方が、恐らく余裕はあるのだろうが。

「それで潮汐学の先生がどうしたんですか」

「……ふーん。 なるほどねえ」

「?」

「気温が20世紀初頭の基準にシャドウが現れてから10年ほどで戻ったという話は知っているわよね」

それは、まあ当然だ。

21世紀初頭には、日本の夏の気温は40℃前後にまで上昇していた。日本だけではなく、他の国でも同様の異常現象が起きていた。

これは人間の活動のせいかどうかは色々な意見があったらしいのだが。

それはそれとして、シャドウが現れてから、各国が過ごしやすくなった……寒冷地を除いて、は確かだ。

寒冷地は気温が激烈に下がったらしい。

そういえば今は冬場に見られる霜柱も、21世紀初頭を知る人間からは、珍しく見えるそうである。

「南米で小型だけがいる島を奪回する作戦が成功したらしくてね。 其処でその先生が調査をしたらしいの。 今まで北極圏は魔王がいて近づけなかったし、南極圏近くは人間の都市が存在していなかったから調べようが無くてね」

「確かに人工衛星も航空機も使えない今だと、そうなりますよね」

「ええ、それでようやく南極圏を調べられたらしいのだけれども。 それでおかしな事が分かったらしくてね」

なんでもそれによると、南極圏の氷は20世紀初頭の水準に完全回復していた、らしいのだ。

南極圏の氷は世界中の気温上昇に伴って溶け続けていた。これは21世紀になると更に加速化していた。

巨大な氷山が崩壊する例も出ていたほどだ。

南極という大陸は、地球の歴史上でいうとずっと氷漬けだった訳ではない。恐竜がいた時代には、普通に森があった事もあった。恐竜が生きていた時代もあった。

つまりずっと氷漬けだったわけではないのだが。

それはそれとして、今は氷漬けになっている。

だが、それだとおかしいらしいのだ。

「南極の氷がこの状態だと、北極も同様の可能性が高い。 それがこの潮汐学の博士の結論らしくてね」

「はあ、まあシャドウによる環境回復は世界中で観測されているので、驚くには値しないと思いますが」

「問題は此処から。 その割りには、海面水位が下がっていない」

「?」

まて。確かに言われて見るとおかしい。

21世紀初頭には、北極南極の氷が溶け出したことによって、少しずつ海面が上昇していたと三池も聞いている。

それが予想よりも海面がさがっていない。

だとすると、結論はどういうことか。

「理由としては幾つか仮説が考えられるわねえ。 でも、もっともありそうなのはこういう説」

「ど、どんな説ですか」

「水の総量が増えた」

それは、あり得るのかも知れない。

確か地球の水は永遠不変でも何でも無く、毎年少しずつ宇宙空間に流れ出ていると聞いている。

これが10億年くらいすると、何もしなかった場合地球の水は相当量が干上がってしまうという説もあるらしい。

それも、戻っているというのだろうか。

しかしだとすると。

水の量が増えている場合。また気温が上がったら、地球は文字通り海の星になってしまうのではあるまいか。

三池も助手とは言え科学側の人間だ。

これくらいの論理的思考は出来る。

それで、潮汐学のその先生の話によると、水面は下がり続けてはいるが、南北両方の極にある氷の量を考えるともっとさがっていないとおかしいし。なんなら海水面の低下もどんどん鈍化しているらしい。

このまま行くと20年ほどで海水面の低下は止まり。上昇に転じるそうだ。

もしそうなると。

仮に地球からシャドウをたたき出して、また人間が天下を取るとする。同じように地球中を蹂躙して、好き勝手に振る舞うようになるとする。

その時、地球は。

遙かに増えた水を持って、ノアの洪水が如く、地球を洗い流すのではあるまいか。

ぞくりとした。

もしシャドウが意図的にこれをやっているのだとしたら。

シャドウは人間の二枚も三枚も上を行っている事になる。仮にシャドウを倒したとして、人間が今までの行いを反省などするだろうか。

するとはとても三池には思えない。そしてまた同じ事を地球にし始めた場合。

今度こそ、人類は詰むのではあるまいか。

「シャドウがどうやって水を増やしているのかが興味深いわねえ……」

「いや、それどころじゃないですよ! シャドウにもし勝てたとしても、これでは意味が!」

「何言ってるの。 勝てる訳ないでしょ」

畑中博士がずばり言うので、三池は押し黙ってしまった。

確かに今までの勝利は、シャドウが勝つ事に興味が無かったから。ついでに再侵攻をするつもりもないから。それでもぎ取れただけに過ぎない。

もしもシャドウが本気で人間を潰しに来たら、勝てる確率は0だ。

本当に刃の上で踊っているに過ぎないのだ今の人間は。それを三池は思い出して、また悪寒を覚えていた。

畑中博士は、楽しそうに理屈を頭の中で練っているようだ。

とてもではないが、三池は。

そこまで大物にはなれそうになかった。

 

2、勝利は存在しない

 

ナジャルータ博士が正式に説明する。シャドウが現れてから、地球に存在する水の総量が増している。

これは潮汐学の博士が調べたデータから、複数方面で調査を開始。幾つかの分野から測量し。

正しいと結論が出たということだ。

そしてこの地球の水の総量は、現在でも増加し続けているという。

仮にシャドウを倒しても、同じように地球上で「文明の活動」を続けた場合。人類は大洪水に押し流される可能性がある。いや、極めて高確率でそうなる。

20世紀から21世紀に掛けてたった100年で、人類は地球の環境を壊滅的に破壊した。

もしも仮にシャドウを倒せた場合。

その100年は、更に短縮される可能性が高い。

そうナジャルータ博士が発表すると、当然激震が人類に走ったのだった。とはいっても、今は5000万しかいないのだが。

菜々美は荒れているSNSを見る。

利敵行為だ敗北主義だとほざく連中もいるが。

それ以前に、菜々美はそもそもシャドウとはどこかで落としどころをつけないといけないとも前から思っていた。

これは良い機会だと思う。

そもそもシャドウを倒し尽くし駆逐し尽くす事など不可能だ。これは菜々美自身が一番知っている。

物量が違い過ぎる。

仮に人類が全盛期の物量を持っていたとしても、シャドウには勝てない。ましてや今は、人類の物量は全盛期の1%を下回るのである。

現実問題として、それはある。

超世王が一万機くらいいたら勝てるかも知れない。ついでに菜々美もそれくらいいたら。だが、それも絵空事である。

そんな物資は何処にもないし。

仮に菜々美をクローンで増やしたところで、戦闘経験とか考え方とか。そういうものまではコピーなど出来ないのだ。

良い機会ではないのか。

そう菜々美は思う。

案の場、上層部は大混乱に陥っているようだ。菜々美のところにも、何かあるかも知れないから気を付けて欲しいと広瀬大将から連絡があった。ちなみにナジャルータ博士は、しばらく京都工場でお泊まりである。

危険すぎるので、外には出無い方が良いそうだ。

ため息をつく。

休憩時間は終わった。とにかくグレイローカスト対策の兵器のシミュレーションを進めなければならない。

MLRSの方は菜々美はやらない。

菜々美がやるのは、別の兵器のシミュレーションだ。

小型対策に、超世王でシミュレーションをするのは色々と不愉快ではあるのだが。しかしながら、現実問題としてグレイローカストとの戦闘は非常に厳しくなる可能性が高いのだ。

群れになれば中型以上。

それに、だ。

当然グレイローカストとの戦闘時に中型だって割り込んでくるだろう。グレイローカストの組織的攻撃を捌きながら、中型と渡り合わなければならない。それを考えると、訓練は必須だ。

シミュレーションマシンから出ると、外で兵士達が話している。

一応MP、つまり軍警察も呼んであるのは、此処でナジャルータ博士を匿っているからである。兵士の中にも、シャドウを倒しても未来がない発言に、感情的な不快感を示している者は少なくないのだ。

その中の一人でもバカをやらかしたら、人類は終わるのである。

「グレイローカストがついに近畿に姿を見せたらしい」

「マジかよ。 ユーラシア大陸にだけいたらしいのに」

「それだけじゃない。 北米でも出たらしい。 北極圏経由で来たらしいぞ。 寒さなんてシャドウの前にはなんの障害にもならないってことだな」

「畜生、今開発している新兵器でも400を一度に倒すのがやっとだって話だろ。 どうなるんだ……」

まあ兵士達の不安も分かる。

だが、それがナジャルータ博士への敵意になるのもまたおかしい。

彼方此方の戦線でスカウトが続けられているそうだが。隙がありそうな戦線はなさそうだ。

北米ではNロサンゼルス他の幾つかの都市でも師団の編成が始まっているが、それでも攻勢に出るのは厳しい。北米の人口が全て合計しても200万程度しかいない事もあって、昔日の組織力はもはや存在しないからだ。

小型対策は出来ても大型対策は難しいし。

特に小型の中で厄介なグレイローカストが現れた今、対応のしようがないというのが実情だ。

「今まで、シャドウに遊ばれていただけなのかな」

「可能性はあるかもな。 実際問題、連中倒されても倒されても痛くも痒くもねえって雰囲気だし」

「中型も際限なく出てくる。 一体倒すだけで、あんなに被害が出るのに」

「死ぬならせめて楽に死にてえな」

菜々美が通りがかると、兵士達は流石に軽口を止める。

菜々美もあまりそれに文句を言うつもりは無い。敬礼をして、その場を離れる。疲れているので仮眠を取る。

仮眠室は幾つかあるが。

一つはナジャルータ博士が自室にしていて。

今はカードキーがないと入れない上に、MPも見張りについていた。

昔はMPと言えば評判最悪で知られていたらしいが。

今のMPは多くが現役引退した兵士や、負傷がひどくて現役復帰が無理な兵士達で構成されていて。

強権を振るう事も出来ないこともあり。

それほど評判は悪くないようだ。

まあ、特権が人を腐らせるという話だし。今の大人しく責務だけ遂行しているMPを見ると、それもまた事実なのかも知れないと思う。

しばらく無心に休むが、上手く休めない。どうにも色々と悪い方向に進んでいるような気がする。

おきだしても体が重い。

伸びをして、それで疲れが溜まっていると判断。休暇でも申請しようと思ったが。前線からの連絡が来ていた。

近畿にグレイローカストが現れたのは本当らしい。

どうも先遣隊のようで、濃尾から琵琶湖東岸に掛けて姿が確認されているそうだ。数は三万を超えるらしい。

平押しされたら、この辺りどころか、神戸もまとめて壊滅である。

それだけじゃない。

九州にも中国地方にもグレイローカストが出現している。

それどころか、北米を初めとして、広瀬ドクトリンで多少なりと攻勢を成功させた都市の周辺にも現れ始めているようだった。

これはまずいな。

菜々美はぼやくと、姉のところに行く。

姉も今、丁度広瀬大将と通話しているようだった。菜々美が来ると、三池さんが丁度いいと言って、通話に混ぜてくれた。

いわゆるテレビ会議だが、広瀬大将は何処かの前線にいるようだ。視察がてら、指揮車両から連絡を入れてきているらしい。

敬礼して、話をする。

「上層部は大混乱です。 まるで世界が終わるかのような」

「大げさな。 中型の駆除に成功する前に戻っただけでしょうに。 それどころか、奪還した土地まである。 今まで人間を機械的に駆除してきたシャドウに対して、明確に痛打を与え、シャドウが此方を認識して防御策を採ってきた。 これだけでも、大きな進歩だと思いますけどね」

「同感です。 今まではシャドウは、人間を敵としてすら認識していなかったと思います。 それを敵として認識してきた。 それだけでどれほどの進歩か分からない程です」

シャドウを刺激したのがまずかった。

そういう声まで上がっているようだが。

菜々美は今まで、何度も指摘してきた筈だ。シャドウはどういうわけか、25年前に進軍をとめて人間を全滅させなかった。それからずっと、人間はシャドウの機嫌を伺いながら生きてきただけ。

キャノンレオンを倒してからのしばらくの勝利だって、シャドウがただ受け身に対応しただけ。それに乗じただけ。

もしもシャドウから攻勢に出て来たら、一瞬で人間なんて滅ぼされる。

それは確か、姉も広瀬大将も、ナジャルータ博士も言っていたはず。

その意見を笑い飛ばしていたのは上層部の連中だ。

彼奴らのゲラゲラ笑いは何度も聞いたし、覚えている。それが泡を食って今更助けてくれと縋り付いてくるのは、滑稽を通り越して不愉快である。

「それで、此方で何かすることはありますか?」

「……冷戦時代からそうですが、別に実用性がない兵器を一定数揃えるという動きが生じた事があります。 核兵器とは違って、案山子としての役割ですね」

「はあ」

「核兵器とは比べものになりませんが、それでも侵攻に対する抑止のためです。 今回は対グレイローカスト兵器を開発して、それなりの数を揃えてやることがそれに当たると思います。 ただ、25機揃えるのは相当に大変でしょうし、それでも一万までの相手が精一杯。 他の小型にしても、第二師団の練度を持ってしても、中型と連携されたらとても対応できませんが。 要は安心を買ってやる必要があります。 パニックを起こしている上層部を宥めるために」

言いたいことは分かる。だが、それはあまりにも無意味な浪費なのではないかとも菜々美は思う。

確かに対グレイローカストの兵器を実用化するのは必須だ。実際問題、この間は三百体相手にするだけで本当に死ぬ思いをしたからである。

それを再装填に何時間もかかるとは言え、一瞬で400斃せるのは確かに魅力的ではあるのだが。

上層部がそれほど偉いか。

今は催眠教育システムのおかげで、誰もが満足な教育を受けられるようになっている。少なくとも神戸などはそうだ。

民主主義は基本的に教育がある程度行き渡らないと成立しないと聞いたことがある。行き渡っても色々な問題が起きるそうだが。それにしても、民主主義が基本なのだとすれば。上層部なんてものは、ただ金の割り当てを任されて、それをするだけ。間違ってもえらくなどない。

広瀬大将みたいに最前線でシャドウの群れと激闘を繰り広げたのなら、偉そうなことをいう資格はあるだろう。

百歩譲って、その手助けを全面的にしていたのなら、まだああだこうだいう資格はある。

だが、奴らは。

菜々美や姉もそうだが。

足を引っ張る事ばかり考え。

旧態依然の兵器に頼り、無駄に兵士達を死なせ。

それでいながら、未だに自分達は偉いという謎の妄想に取り憑かれているだけではないか。

そんな連中の心の安心なんて、どうして買ってやらなければならないのか。

「政治と政治闘争は違います。 政治は文字通り政をもって国を治める事です。 税金を的確に分配し、民の生活を良くし、侵略を防ぎ、国を健全に回す。 それに対して、政治闘争はただの権力の奪いあいに過ぎません。 政治闘争が人間の歴史から無くなったことは残念ながら今までありませんでした。 そして、シャドウにこれだけ追い詰められている今でさえ。 もはや、腹を括るしかありません。 人間は此処でシャドウに滅ぼされるとしたら。 最初から最後まで一歩も進歩出来なかったのだと」

広瀬大将の言葉は、血を吐くようだった。

菜々美と大して年も変わらない人が、こんな事を言わされるのだ。一体GDFの……人間の上層部は、どれだけの無能ぶりを見せれば気が済むのか。

菜々美も溜息が出た。

しばし黙り込んだ後。姉が咳払いする。

「時間稼ぎをします」

「?」

「ナジャルータ博士と連携して、シャドウについて情報を集め、整理してください。 今、シャドウは明確に人間に意識を向けてきています。 超世王の戦いぶりを見て、明らかに機動防御戦略を採っているのがその証拠です。 もう少し此方が勝利すれば、更にデータを取れると思います。 上手く行けば……どのような形であれ、コミュニケーションを取れるかもしれません」

そうか。

だとすると、追い詰められた人類が、なんとかシャドウと和解するための時間稼ぎをする必要があるわけだ。

今のままだと、奇蹟が一億回くらい重なって人類が勝った所で、その先に未来がない。それが分かりきっている。

シャドウがいきなり全部消えたとしても、増えた水は代わらないのだし。人間がまた野放図に増えれば、あっと言う間に海水は上昇して膨大な土地を飲み干すだろう。

シャドウとコミュニケーションが取れれば。

それでもしシャドウの目的が分かるのなら。

ある程度、共存が図れるかも知れない。

もしも共存が出来るのであったら。

それは、命を賭けるのに値する。

あんな上層部のどうでもいいプライドなんぞクソ喰らえである。

そんなものは昔存在したらしいドブとやらに放り捨ててしまえば良い。

少しだけ、気力がわき上がってきた。

広瀬大将も咳払いする。

「分かりました。 少しでも敵の情報を得られる可能性が高い戦場を取捨選択します。 その結果、シャドウについて少しでも分析が進めば。 ナジャルータ博士、どう思いますか」

「最近の交戦例は非常に素晴らしいデータを至近で取れています」

テレビ会議だから、参加してくれているナジャルータ博士もコメントしてくれた。

今非常に不便を強いてしまっているが、それでも恨んではいないようで安心した。

「中型との格闘戦、小型多数との連戦などで、シャドウの生態を間近でこれ以上もないほど取ることが出来ています。 コアシステムから回収されたデータは此方でも分析を進めていますが、どうもシャドウは少なくとも人間が知らない方法でコミュニケーションを取っているらしい、と言う事しか現時点ではわかりません。 逆にいうと、既存の方法ではコミュニケーションを取っていないことが分かっています」

「ふむ……」

「気になっているのは、シャドウ……中型種が倒されるときに例外なく上げている凄まじい悲鳴です。 あれが本当に悲鳴なのかは分かっていないのですが、少なくとも音声データとしては意味を為してはいません。 ただの一種、一体たりとも、同じ悲鳴を上げていないのです」

本職が分析するのならそうなのだろう。

そういえば菜々美も。

シャドウを斬る時に聞こえる声にルールみたいなものを感じたことはない。

「畑中准将に送られてきた謎のメールについても、分析はしていますが。 あれが人間から送られたものかどうかは、まだ分かっていません」

「……それについては専門家の分析を待ちます。 とりあえず、なんとかもう一度……勝ち目のある会戦を計画してみます。 上層部が仕事をしなくなったら、本格的にGDFは瓦解します。 そうなったら、結局人間は負けるでしょう。 下手をすると原始時代に戻るかもしれません」

まあ、そうだろうな。

広瀬大将の言葉には頷くしかない。

希望が生じた。それだけで充分だ。姉と軽く打ち合わせをする。今作っている兵器を、ちょっと弄くって、改良型の斬魔剣にするらしい。

なんとかMLRSを作戦開始までに10機用意できれば良い方だろう。それでも、一度の斉射で4000のグレイローカストを打ち倒せる。

シャドウも対策のために見に徹してくるはず。

それだけで、大きな意味がある。

思うに、超世王に対して、シャドウが苛烈すぎる攻撃をしてこず、倒されることすら厭わなかった様子なのは。

それが脅威なのか見極めようとしているから、なのかも知れない。

超世王の性能に限界が見えている今。

シャドウにそれを悟られてはまずい。

シャドウはまだ、超世王が何処まで伸びるのか、見極めようとしている段階なのかも知れない。

見極めた後シャドウがどうしてくるか分からないが。

少なくとも、今はまだ、見切られてはいけないのだ。それには、菜々美が頑張る必要がある。

そして、あの無能な上層部のためではなく。

文字通り人類の……いやこの地球の未来の為であったら。

菜々美は頑張れる。

実際問題、シャドウは何を目論んでいるか分からない。地球を人間がやりたい放題に貪り尽くす前の状態にしているが、それが本当はなんのためなのかは、誰にも分からないのである。

或いはこの後、地球を人間以上に凄まじい速度で食い尽くすのかも知れないし。

地球ごと喰らうような真似をし出すかも知れない。

いずれにしても、データは重要で。

そしてナジャルータ博士の結論だったら。

今までの経験からして、信用して良さそうだった。

すぐに姉がキーボードを叩き始める。菜々美は迷いも晴れたので、シミュレーションマシンに入ってデータを取る。

すっきりしたからだろうか。

心なしか、一戦ごとでの上達が早くなっている気がする。

シャドウを憎むか憎まないかは、今の時点でどうするべきなのかは分からない。

確かに大半の人間を殺し尽くした存在だが。

そんな事は、人間が歴史上幾らでもやってきた事だ。他の種族に対して、或いは他の人間のグループに対しても。

それを憎むことは、菜々美には難しい。

だからこそ、悩みは晴れた。

今まで戦って、シャドウを倒して来た。

その分菜々美も後遺症を含む傷を散々受けてきた。

これについてはお互い様であり。

恨んでもいないし、恨まれるいわれもない。

訓練に身が入る。

コレが終われば、また戦闘データを更に磨き上げることが出来るし。姉の作る新兵器にも、結果を反映できるだろう。

それで十分。

菜々美には出来る事があり。

それを全力でこなすだけである。

隣でなんとかMLRSの訓練をしていた兵士が、菜々美が生気を取り戻したのに気付いたのだろう。

敬礼して、不思議そうに見やっていた。

自己完結と言えるのかも知れないが。

意外と精神的な……モチベーションというのはバカにならないなと思う。

勿論精神論で何もかも解決するというようなばかげた話はあり得ないのだが。

それでも菜々美の心の底でつかえていた何かが外れ。

動きやすくなった。

精神的な問題で変わるパフォーマンスは一割程度だと聞いたことがある。その一割が、今はとても大きい。

訓練を終えた後には、三池さんがプリンを作ってくれていた。有り難くいただく。てか、いつもより美味しく感じる。

多分同じものを……アレンジを加えるにしても、大して差は無いはずで。これは単に精神的な問題だろう。

うまいうまいとプリンを味わった後、じっくり休む。

再びシミュレーションマシンに入って訓練をするが。その時には、既に姉が斬魔剣の改良型をシミュレーションに取り込んでいた。

なるほど、更に癖が強くなった。

だが、これを使いこなせれば。

超世王の課題だった、中型複数を立て続けに相手にしていく。それをどうにかクリア出来る可能性が高い。

最初使った感じでは、文字通りの悍馬であり。

すぐに乗りこなせる代物ではない。

更に長大になった事もある。

これは昔の騎兵が使ったポールウェポンのように用いるべきなのだろうと感じたが。それはそれで面白い。

データを取る。

それで、更にシミュレーションも、完成品も洗練される。

訓練を終えると、呉美大尉から連絡が来る。

今、広瀬大将が各地にスカウトを派遣しているのだが。久しぶりに中国地方に来ているらしい。

そうか。本当に全域を調べて、シャドウとある程度の決戦をし。戦果を得られそうな場所を探しているんだな。

そう思って、とにかく無理をせず、危険を感じたら即座に引き返すように忠告だけはしておいた。

さて、まだまだだ。

黙々と訓練を続ける。

問題はこの後。

広瀬大将は、恐らくは無理をせずデータを取れる戦闘をセッティングしてくれると見て良いだろう。

今の時点で、世界最強の対シャドウの指揮官だ。

上層部が、わけがわからん横やりさえ入れてこなければ。

後は、グリーンモアを初めとする指揮をしている中型が、余計な事さえしてこなければ。

まあ後者は厳しいだろう。

それこそ臨機応変にやらなければならない。

そして今まで臨機応変はやれているのだ。だったら今度も、覚悟を決めてやるだけの話である。

訓練を続けて出ると、斬魔剣とロボットアームのバージョンアップが続いている。

相変わらず意味不明のパーツを作らされて、整備工達は不満そうだが。戦果は上げるから、我慢して欲しい。

そう内心で呟くと、休む。

まだまだ準備には時間が掛かる。

後懸念されることは。

準備不足で、戦闘をさせられること。それに関しては、広瀬大将に負担が掛かってしまうが、任せるしかない。

起きだすと、会議に出てほしいと連絡を受ける。

舌打ち。

上層部がまた喚いているわけだ。

姉にまたプレゼンでもしてもらうべきかな。そう思ったが、そうもいかないだろう。とにかく無駄に時間を削がれてしまうが、それでも我慢するしかない。

アホ共は精々騒がせておけばいい。

今するべき事は。

もっと先を見据えたことなのだから。

 

3、新斬魔剣唸る

 

どうにか調整がついて。部隊が動き出す。結論としては、姫路近辺が戦闘の部隊になることが決まった。

ただしこれについては、上層部にも知らせていない。

この間不可解な連絡があった事もある。

シャドウはひょっとするとだが。

物理的な手段、電子的な手段。他にも人間が知らない手段で、人間の使っている電子ネットワークにアクセスしている可能性がある。

直前まで広瀬大将の考えている作戦の青図を読まれないことは大事であり。

そのためには、限られた人間相手に、口頭でのみ作戦を伝えるのは、必須だと言えた。

ましてやこの間の謎の連絡が菜々美に対してあったばかりである。

それを考えれば。なおさらと言えた。

超世王は今回当然出るが、敵の至近まではデチューンモデルにカモフラージュして進む事にする。

デチューンモデルも数機でるが。

殆どはブライトイーグル対策、ランスタートル対策である。

これらは流石に現状の超世王では、此奴らに対して対応が厳しいから、というのが理由としてある。

戦うには専用の装備が必要なのだ。

また、どうにか完成が間に合った対グレイローカスト用の機体。なんとかMLRSを搭載した大型車両も10機がついてきている。

勿論一朝一夕で出来るようなものではなく。

通常の兵士達がつかえるように訓練のデータを取り。

その上で、設計から起こしてロールアウトまで二ヶ月が掛かっている。

前回の会戦から随分時間が掛かっているが。

その間シャドウは殆ど動きを見せていない。

ナジャルータ博士は状況が落ち着いてから工場を出て。シャドウを分析する作業に戻ったが。

広瀬大将が、信頼出来る兵士達をつけて護衛をさせた。

未だにナジャルータ博士を敵視する人間がいて、5000万しか人間がいない今の状態では、それが間近にいる可能性は跳ね上がるのである。

だったら、そういった自衛策を採るしか無い。

それが現実的な対応策であると言えた。

ともかく、である。

まずは作戦行動にそって動く。

今回は呉美大尉もデチューンモデルに乗って作戦に参加する。ランスタートル対策のデチューンモデルではなく、斬魔剣二刀流の前線で戦うタイプだ。九州南部での作戦時に比べて、更に洗練されている。

シャドウの方も動いているのが分かった。

「此方スカウト9! グレイローカストが移動を開始! 数は8000!」

「手に負える数ではありませんね」

「如何なさいますか」

「そのまま前進してください」

策はあるにはある。

その内容も聞かされてはいるが、それも綱渡りだ。

すぐにグレイローカストの群れが動き出したように、シャドウは既に此方相手に油断していない。

ただ、仕掛けない限りシャドウも動かない。

それも分かっている。

この間四国に横やりを入れるような形でブルーカイマンが上陸してくる事態が起きていたが。

あれにしても、此方の攻撃に対しての反撃としてのものだった可能性が高く。

実際問題、九州での戦闘を終えると。

ブルーカイマンの軍団は、さっさと引き揚げて行ったのだった。

さて、上手く行くか。

スカウトの話を聞く限りは、今の時点では上手く行っていると見て良さそうだが。ともかく、移動を続ける。

やがて、想定通りの状況が来ていた。

「グレイローカストの群れ、関ヶ原付近に停止! 布陣しています! 更に若狭にいたと思われる群れも、関ヶ原付近へ布陣!」

「……」

そう。

現在、超世王に偽装したデチューンモデルを一機、濃尾に向かわせている。

それを護衛させているのは第四師団……つまり予備部隊である。

シャドウが警戒しているのは超世王のみといっていい。

つまるところ、敵を完全に陽動することに成功した。

勿論濃尾にいるグレイローカストの群れが全てではないが。現時点で警戒すべきなのは、グレイローカストが主体だ。

だが、姫路近辺での戦闘は、これはこれで問題がある。

阿蘇にいるものを含め。ブライトイーグルがすっ飛んでくる可能性が極めて高いのである。

また、敵を誤魔化す為もある。

全軍の陣列は伸びきっていて。シャドウが攻撃的な行動に出た場合、一気に全軍が瓦解する可能性が高い。

それを避ける為にも。

戦闘は一瞬。

目的を達成したら。土地の確保にこだわらず、さっさと引く。

それだけが重要だ。

更に問題がある。

今回、ナジャルータ博士の要望……つまり複雑な戦術機動を行い。その結果、シャドウの生態を分析しなければならない。

出来るだけ超世王には踏ん張って貰い。

小型のシャドウ、中型のシャドウとの戦闘経験を蓄積する。

それでシャドウの解析が少しでも出来れば。

和平はいきなりは無理だろうが。

相手を解析する事につながる。

相手を解析して、目的だけでも分析出来れば。その先にどうすれば良いかの戦略を練ることが出来るのだ。

今まではそれすら出来なかった。

それが現実だったのである。

作戦予定地点に到着。かなり陣列は伸びきっているが、敢えて相手の敷いている縦深陣地に入り込んでやった。

周囲には多数の小型が目を光らせていて、来るなら一斉に襲いかかってやると既に戦闘態勢に入っている。

広瀬大将が、敢えて中途半端な陣形のまま。

号令を下していた。

「攻撃開始」

「攻撃開始!」

「オープンファイヤ!」

戦闘が開始される。

一斉に狙撃大隊がシルバースネークを撃ち抜く。同時に後退開始。しばらくは無視していたシャドウ達だが。

いい加減五月蠅いと思ったのだろうか。

ある一点で。

どっと突撃を開始する。

シャドウの行動速度は時速百数十q。雑兵に等しいブラックウルフや、戦闘向けではないクリーナーですらそうだ。

最も優れた陸上兵器でも、これを振り切る事は出来ない。

さがりつつ狙撃を続けるが、当然振り切れる筈が無い。

一息に前衛が飲み込まれそうになった瞬間。偽装をパージする。

今までよりも更に長大になり。そしてギミックを増やした斬魔剣Uが、姿を見せていた。

多数のブースターとギミックを持ち、更にはロボットアームと接合して振り回すだけだった今までの斬魔剣。投擲して遠くの敵を倒した後は、ワイヤーを巻き取って手元に戻さなければならなかった投擲型。

その双方の問題を解決し。

ロボットアームの中に射出機構を搭載したことで。

間合いを更に長くし。

なんなら投擲も出来るようになった、斬魔剣Uである。

ポールウェポンというものはどれもそうだが。陸上型のものは、集団戦でこそ真価を発揮する。

良い例が槍衾だろう。

基本的にポールウェポンは、ハルバードのように余計な機能をつけているものでなければ、訓練が極めて容易であり。

兵士が短時間で使いこなせるようになるだけじゃない。

訓練次第では「やり玉に挙げる」と言われるような、対達人用の戦術を、簡単に覚えさせることが出来る。

一人が使うことを前提としているのではない。

複数人で使い。

戦場を数で制圧するのが本来のポールウェポンである。

騎兵が振り回すようなポールウェポンは、逆に高度な訓練を受けた戦士が、局所的な戦果を上げるためのものであり。

今菜々美が超世王に振り回させているのはそれである。

斬魔剣Uは、多数のギミックを搭載している分、本体強度はどうしても劣ってくるのだが。

間合いの長さ、ブースターの数もあって、使いこなせば文字通り変幻自在の動きを見せる。

そしてその変幻自在は。

文字通り、周囲の集ってくるシャドウを、鎧柚一触に薙ぎ散らし続けるのだ。

ただ、菜々美の負担も大きい。

冷や汗を掻きながら、嫌にスローに見える無数に迫るシャドウを斬り伏せ続ける。今までにないペースで、小型の撃破カウントが上がっている。ただ、それも組織戦をやってこないブラックウルフやクリーナーが相手だからだ。

さがりつつ、支援で戦闘している呉美大尉を見る。

縦深陣に包まれ掛かった味方を守りながら、全速力で後退を続けている。そしてその過程で、集ってくる小型を蹴散らし続けている。

彼方も安心感があるな。

いずれ斬魔剣Uをデチューンモデルにも装備したいものだが。

隙が見えたので、発射。

投擲型斬魔剣も搭載している。

これは逆に小型化をしているが、キャノンレオンなどの中型対策ではなく、ピンポイントで狙って来ているシルバースネークなどを仕留めるための装備だ。

此方に毒吐きの態勢に入っていたシルバースネークを撃ち抜く。

これも散々訓練した。

今回から、装備の重量を上げているのだが。

それはパワーパックが改良されたため、出来るようになったと判断されたためだ。相変わらず超世王は訳の分からん形状で、ホラー映画に出てくるクリーチャーのような不格好さだが。

斬魔剣二刀流に加え、様々な今まで効果が高かった装備を搭載し。

文字通り移動する武器庫になっている。

時速は80qを整地でたたき出すため、40式などのMBTと遜色ない。

整地100qを出せるアレキサンドロスVにはだいぶ劣るが、そもそもとして兵器としての運用方法が違うし。

対人兵器であるあっちとは、比べる意味がない。

むしろこれだけ色々積んで、40式と同じ速度で走り回れるのだから、その凄まじさに舌を巻く。

姉がアレキサンドロスVを改良したら、もっと速度が出るのではないのか。

そうとさえ思えてきていた。

「グレイローカスト、移動を開始! 濃尾に集まっていた者が、此方に向かっているようです!」

「数は」

「およそ15000! 濃尾にもまだ25000程が残っています!」

「時間勝負ですね」

ぼそりと広瀬大将がぼやく。

実際問題、現状あるなんとかMLRSを活用しても、15000のうち4000を落とせれば良い方。

もっと撃破数が落ちる可能性だって高い。

敵を一閃してさがる。

それが今回の目的だ。

前衛でおとりとして動いてくれていた第二師団の狙撃大隊は、概ね逃がせたか。よし。呉美大尉と連絡を取り。

今度は攻勢に出る。

陣形を立て直し、広瀬ドクトリンにそって交代しての狙撃を出来るようになった狙撃大隊が、伸びきっていた陣列をいつのまにか整え、追撃してきていた小型を一斉に撃ち据える。シルバースネークを優先に徹底的に叩くその戦闘は、徹底的に広瀬ドクトリンを叩き込まれている。

中型は。

この斬魔剣がどれだけ通じるか試しておきたい。

後ろを呉美大尉に任せて、前に出る。

試験的に装備したオートキャノンも、シルバースネークを優先して狙っている。このオートキャノン、かなり大きいので、何門も装備出来ない。このため、無理な突出は自殺行為なのである。

それでも、前に出る。

今はできるだけデータを取らなければならない。

斬魔剣Uにはまだまだ多数の機能があるが、小型に見せるつもりはない。中型は。小型がこれだけ縦横無尽に斬り伏せられたら、そろそろ出てくる筈だが。

来た。

よりにもよってランスタートルか。これは相手に出来ない。即時で後退を開始。

ランスタートル対策のデチューンモデルに出て貰う。

ランスタートルは小高い丘に陣取って、此方を見ている。その隣に進み出てきたのは。ストライプタイガーである。

後退する超世王に対して、更にもう一体。横から、ウォールボアが突貫してくる。狙撃大隊が前進。

後退する超世王と呉美大尉のデチューンモデルを支援する。

まずは、ウォールボア。

だが、ウォールボアが来ると同時に、ストライプタイガーも動き出す。

狙撃大隊が支援を開始。呉美大尉と狙撃大隊に小型を任せる。中型二体同時を相手にするのは厳しいが、やるしかない。

呉美大尉のは、対小型に特化している。ストライプタイガーを相手にするのは厳しいだろう。

ランスタートルが指揮を取っているのか。

或いは後ろにグリーンモアが控えているのか、それは分からない。いずれにしても、凄まじい勢いで横合いから突っ込んできたウォールボアだが。

その瞬間、折りたたんでいたロボットアームが展開。ウォールボアが、いきなり横にステップ。

分かっている。

こいつも音速が出る上に、既に二体が超世王にやられている。

簡単に斃せる動きはしてこない。

同時に、ストライプタイガーが突貫してくる。

更に、ランスタートルが浮き上がるのが見えた。これは、例のランスチャージをして来ると見た。

デチューンモデルが。対ランスタートルの戦闘用に組まれているデチューンモデルが前に出てくる。

決死の突貫だ。

小型と戦闘出来るようになっていない。

敵味方の動きを見ながら、即座に戦術機動を決める。

よし。

いきなり最高速度でさがる。

ウォールボアとストライプタイガーは超世王の周囲を回転して、仕掛ける隙を狙ってきていたが。

ランスタートルの突貫を見据えて、いきなりその軌道上から外れたのだ。

そして、その軌道上に、対ランスタートルの。ええと、バーンブレイクナックルだったか。その改良型を積載しているデチューンモデルが躍り出る。

後は、そのデチューンモデルでランスタートルを斃せれば。

ランスタートルが突貫。かなり浅い角度で突っ込んでくるが、望むところだ。やれる筈だと信じる。

同時に菜々美は、仕掛ける。

この間姉が開発したなんとかバリアを放つ。

高速で動く相手を足止めするには、あの粘性が高い白玉は非常に有用であるのだが。今回はどうせ通じないので、違う目的で使う。あれが通じたのは、レッドフロッグが質量弾としてビット兵器……奴のからだの一部だったが。それを用いていたからで。ストライプタイガーもウォールボアも、質量兵器は通じないから。これも通じないとみていい。

だが、攻撃をされたと判断するはず。

そして、一体が。

ストライプタイガーが、凄まじい機動で全弾を避けた。

大した動きだ。

どうやってるのか、菜々美が知りたいくらいだが。

それで、予想していた隙が出来た。

ロボットアームが、奴を掴んで、その瞬間。斬魔剣Uが、蟷螂の鎌が折りたたまれるように、ストライプタイガーをはさみ込む。

創作に出てくるいわゆるガリアンソードのような可変性を持たせる事が、姉の最終的な目標であったらしいのだが。

そこまでの可変性は、現在では現実的な観点から不可能である。

ただし、挟み込みのギミックは可能。

そして、今までの戦訓からして、複数方向からの高熱の押し当てはそれだけシャドウにダメージを早く与える。ストライプタイガーが、凄まじい悲鳴を上げるが。奴の間合いは把握し尽くしている。ロボットアームで抱え上げられ、そして今悪夢の蟷螂の鎌で切り裂かれようとしているストライプタイガーは、必死に暴れるが、もはや逃れる術などない。

ドガンと、もの凄い音がした。

ランスタートルが、なんとかナックルを装備したデチューンモデルに突貫。そのまま、q単位で押し込んで行っているのだ。

それでいい。

奴を倒すには、その突貫の破壊力を殺し尽くさないと不可能だ。だから、あのままでいいのである。

味方の狙撃大隊も、ランスタートルの突進の軌道を広瀬大将に展開しているから、逃れられていると判断して良い。

問題は、ウォールボアだが。

白玉全部避けたのはストライプタイガーと同じ。ただ此奴は、距離を取るように逃れていた。

そして、ストライプタイガーが捕獲されたのを見て、ジグザグに機動しながら突貫してくる。

勿論音速を超えている。

だが。

機体左右の足を全部地面に突っ込むと、防壁を展開。

これに対しても、ばっとバックステップするウォールボア。そして、回り込むように、左から来る。

分かっている。

以前二体が、パイルバンカーに倒された。

それを学習しているとみていい。

だが、姉はそれを見越して超世王の武装を調整しているし。菜々美だって、それで訓練している。

いずれにしても、ほんの数秒の展開。

機体を固定した超世王を、これで仕留められると判断したのだろう。

ウォールボアは顔そのものでもある可変性の「壁」を長大な槍状に変えると、それを回転させ始める。おお。ロボットアニメに出てくるドリル兵器っぽい。

敵の方がよっぽどロボットアニメしているなと、菜々美は苦笑してしまったが。

それでも、今は敵の可変性を喜んでいる場合じゃない。

一瞬のやりとりをミスれば、死ぬのは菜々美だ。

更に、暴れ狂うストライプタイガーのせいで、機体がぐらんぐらん揺れている。ジグザグに走りながら、必殺の突撃をしてくるウォールボア。

だが。

悪いが貰った。

その壁に。いや壁を無視して、頭上から叩き込まれたのは。ストライプタイガーだ。シャドウ同士が相互関与するのは分かっている。文字通りストライプタイガーをハンマーにして、地面に叩き付ける。それで、ウォールボアがクレーターを作りながら、地面で動きを止める。

更に、其処に投擲型の斬魔剣と、パイルバンカーを同時に叩き込む。

抑え込んでいるストライプタイガーごと、である。

高出力のプラズマを叩き込まれて。折り重なっている二体の中型が、凄まじい悲鳴の二重奏を奏でる。

遠くでは、ランスタートルの突貫。更にランスの大爆発を耐え抜いたデチューンモデルが、奴を空高く、なんとかナックルで吹っ飛ばしていた。

中空でランスタートルが炸裂し、大爆発を引き起こす中。

周囲の小型が仕掛けて来るのを呉美大尉が必死に捌き。

狙撃大隊が撃ち倒し。

それでも対応出来ない奴をオートキャノンで撃ち抜き。

激しく暴れる中型二体にダメージを与え続ける。

超世王の機体が激しく揺れる。

更に、警告が来る。

「グレイローカスト接近! 接敵まで12分!」

「撤収準備!」

「対グレイローカストの兵器は!」

「現在展開中! 仕掛けます!」

対グレイローカストの何とかMLRSは、仕組みは極めて簡単である。

螺旋穿孔砲をそのまんま400発、同時に発射する。以上。

多重ロックオンシステムが極めて繊細であること。

そもそもオートキャノンですら歩兵戦闘車に一機乗せるのが精一杯である事。

放熱機構が凄まじい処理時間を有すること。

ついでに対空戦闘でしか、この400発を有効に当てられないこと。

これらもあって、一発撃つと数時間は動けなくなる。弾丸の再装填にしても、400発分の螺旋穿孔砲の弾丸をそのまま交換するのである。薬莢などが超高熱を有している事もある。

更に相互リンクシステムで同じ相手を狙わないようにする必要もある。

それらもあって、とにかく一発撃ったら終わりなのである。

要するに、ばかでかい足も遅い使い捨ての兵器に近い代物なのだ。破壊されなければ、また使えるだろうが。

「グレイローカストの群れ、MLRSにて捕捉!」

「斉射!」

ばきんと音がして、ロボットアームの一部が砕ける。斬魔剣Uもダメージが大きい。そもそも形状を変えたり、長くしたりすれば。稼働時間も減るし、武器の強度だって落ちる。それは当たり前だ。

それでも姉は、可能な限り仕上げてくれた。

だが二体を立て続けに相手にするのではなく、二体同時は流石に厳しいか。

小型。

シルバースネーク。

オートキャノンが間に合わない。呉美大尉が気付いて、即座に投擲型の斬魔剣を放ってくれたが。

小型が投擲された斬魔剣に寄って集って破壊してしまう。

まずいな。

呉美大尉は奮戦してくれているが、それでも厳しい。

「グレイローカスト、およそ4000消滅! 残りの11000、一度動きを止め、MLRSを見ています!」

「操縦者は即座に退避。 放棄してかまいません」

「了解!」

広瀬大将は、グレイローカストが通る道筋にMLRSの砲列を並べさせていた。そして、それが効果を示した今、優先事項はデータの持ち帰り。兵士には死守する必要がない使い捨て兵器など、放置させておけばいい。

グレイローカストは警戒しているようで、進むのが止まった。

同時に、ストライプタイガーが断末魔を上げて消えていく。ウォールボアも暴れており、ロボットアームにダメージを与えながら荒れ狂っているが。

それは菜々美を負傷させるほどでもない。

ただ、もう一体現れたらまずい。

グレイローカストがまた動き出したら、どうなるかもちょっと予想がつかない。まだ、かなり危険な状態であることに変わりは無い。

ウォールボアも力尽きる。

それで、やっと一段落だ。

「撤退開始!」

既に戦略的課題は果たした。

超世王は、二体の中型を同時に相手にして撃破するという偉業を達成。だが、小型まで同時には相手に出来ていない。

更に言えば、二体の中型を相手にここまでダメージを抑えられたのは明確な進歩だ。

しかしながら、ダメージは抑えられたとはいえあり。

さらにはグレイローカストの群れがこのまま向かってきた場合、対処のしようがない。今回の戦闘データは貴重なはずだ。今までの戦闘データより、更に苛烈な駆け引きを間近でしているのだ。

ナジャルータ博士に、即座に結果を出せと言うほど菜々美も無情ではないが。

しかし、これなら。

だが、即時で体が動く。

中空から躍りかかってきた小型多数。

ホワイトピーコック。本当に山の陰から、迫撃砲のような曲射で飛んできた。それもこれは、恐らく自前で飛行時の曲線を計算して跳躍してきている。生きた迫撃砲弾で、着弾しても全然戦闘能力を保持しているというわけだ。とんでもない化け物である。シャドウは小型でもシャドウと言う事だ。

狙撃大隊が撃ちおとしてくれているが、後退している超世王と、呉美大尉のデチューンモデルにホワイトピーコックが連続して襲いかかる。

斬魔剣Uを振り回して撃ち倒すが、まずい。

機能が強化されている分、そろそろエネルギーが尽きる。

ただでさえ小型多数に加え、中型を二体も倒しているのだ。

此処で言うエネルギーというのは動力だけの問題ではなく、斬魔剣Uを支える全てである。

ロボットアームの耐久力も。

それにロボットアームのブースターの燃料も。

それらが尽きようとしている。

無言でさがりながら、次々に来る小型を捌く。呉美大尉のデチューンモデルも、動きが鈍ってきている。

山頂。

グリーンモアがじっと此方を見ている。

彼奴は戦闘に来ないのか。

だとすると、彼奴はランスタートルよりも更に上位の指揮系統にいる存在だと判断していいのか。

いずれにしても、何度も中型と戦って来た菜々美だから分かる。

あれは仕掛けて来るつもりがない。

だとすると、さがるべきだ。そのまま、小型の追撃をいなしながら、どんどんさがる。その途中で、最悪の報告が来る。

「グレイローカストの群れ、出現! 西からです!」

「中国地方に潜んでいた群れか! 規模は」

「四万を超えています!」

最悪だ。勝てる訳がない。

とにかく戦場を離脱するのを急ぐ。狙撃大隊も一斉に撤退を開始。追いすがって来る小型は、意気が全く衰えていない。

斬魔剣Uが鈍ってきているのを、明確に察していると見て良い。

がつんと、激しい衝撃が来る。

超世王の装甲に食いついたブラックウルフ。即座に斬り倒すが、今度はクリーナーが飛びかかってくる。

呉美大尉の方が、もろに体当たりを喰らって、それで十m以上さがる。小型でも、MBTをベースにしている超世王やデチューンモデルを、それだけ振り回せるパワーがあるのがシャドウの恐ろしさなのだ。

今度は履帯が粉砕される。そのまま履帯を外しながらさがる。呉美大尉を先にさがらせて、一斉に集ってくる小型をしばき倒しながらさがる。斬魔剣Uの動きが見る間に鈍って行っている。

想定以上の小型を倒したのだ。

それもこれだけギミックを盛り込んだ新型で。

幾ら姉の作った新兵器でも限界が来る。

グリーンモアの左右に、更に中型。キャノンレオン。そいつが、何の躊躇も無く、プラズマを放ってくる。

キャノンレオンを見た瞬間回避した。そうでなければ、直撃を受けていただろう。

それでも至近弾だ。

機体が浮き上がり、地面に叩き付けられる。ひっくり返ることだけは避けた。キャノンレオンは機動しながらの砲撃が真骨頂。耐久に課題があるが、それでもああいう事をさせたら、こっちから手出しは出来ない。仮に投擲型の斬魔剣を打ち込んでも、隣にいるグリーンモアが即応してくる。

今はさがるしかない。

今のでダメージが更に深刻になった。さがりながら狙撃大隊が支援してくれている。呉美大尉のデチューンモデルが小型に集られて、装甲を引きはがされ、斬魔剣を食い千切られている。

狙撃大隊が集っている小型を排除。

呉美大尉は冷静にさがっている。

普通だったらパニック起こして、その場で八つ裂きにされているだろう。なかなかタフな後輩だ。

舌なめずりする。

斬魔剣Uを立て続けに振るい、襲いかかってくる小型を蹴散らすが。キャノンレオンの砲撃二発目。今度はしかも散弾。

S字に後退するが、それでも避けきれない。再び至近弾。車体が浮き上がり、思い切り全身がシートに叩き付けられた。

ここぞとばかりに集ってくる小型。オートキャノンが食い千切られる。更に、他の装備も次々食い荒らされる。

ぐっと呻きながら、それでも車体がひっくり返っておらず。

後退出来るだけマシと自分に言い聞かせながら、さがる。

ふと、小型が止まった。

斬魔剣Uが、その瞬間に沈黙。キャノンレオンが嘲笑うように山の稜線の向こうに消える。

確かに中型三体を短時間で立て続けに倒した。小型は……今確認したが、この戦場だけでキルカウント1900を超えた。その内1350が菜々美、160が呉美大尉、残りが狙撃大隊の戦果だ。

陣列が伸びきっていた状態で、此処までやれたのだ。

戦術的には大勝利かも知れないが。

また、完膚無きまでに破壊され尽くした超世王は、安全圏に逃げ込むと同時に、斬魔剣Uがロボットアームもろとも滑落した。

「グレイローカスト、停止。 西から向かっていた群れは、中国地方の山岳地帯に散った模様」

「東で停止していた群れは、そのまま濃尾に撤退! 此方を見向きもしていません」

「了解。 味方の被害は」

「陣列が伸びていたこともあります。 若狭などで戦闘があり、また最前線でも戦闘は短時間ではありましたが苛烈な事もありました。 600人に迫るかと」

広瀬大将が、兵士達に労いの言葉を掛ける。

そして、スカウトと回収車両が、ボロボロ部品を滑落させながら逃げ戻った超世王のパーツを。可能な限り回収する。

だがその殆どは、クリーナーが溶かしてしまった。

また超世王は全損。

菜々美もどうにか機体を這い出すが、もう救急車が来ていた。実際無傷ではないし、これは毎回のことだから、広瀬大将が手配してくれていたのだと思う。

苦笑い。

全身酷い目にあっているが。

それでも、これだけの激しい戦闘をした後だ。まだマシだろう。

ランスタートルをデチューンモデルで仕留められることが確認され。

さらには中型二体を同時に相手に出来た。

それで、満足するしかない。後は、ナジャルータ博士に、今回の犠牲を無駄にしないように、研究を進めて貰う他無かった。

 

4、虚しい勝利の後に

 

ナジャルータ博士は、研究室でデータを分析していた。

シャドウの動きを全域でスカウトが観測していたが、その中には戦闘に巻き込まれた部隊もいる。

今回の被害は588人。

決して少ない被害では無かった。

グレイローカストの群れの直撃を受けていたら、こんな程度の被害どころか、多分GDFの神戸周辺の主力がそのまま全滅していただろう。

だから大勝利だ。

そう上層部は喜んでいるようだが。

アホすぎて、言葉も出ないと言うのが事実だった。

これは事実上の敗北だ。

戦略的にはシャドウは完璧に勝った。

損害もシャドウの物量からすれば許容範囲の筈だ。

そもそもシャドウがこの地球に現れた時に比べて、その数は十分の一にまで減っているのである。

これが消えたのかすらも分かっていない。

確認されていた大型も、八体から一体に減っている。

これらが死んだのではなかったとしたら。

これから、確認されているシャドウの十倍もわらわらと世界中で出現する可能性が高いし。

今回の戦闘で倒した敵なんて、それこそなんの痛痒にもならないだろう。

それに勘違いしている者も多いが。

シャドウが繁殖したり増殖したりしないか。これは誰も確認など出来てはいないのである。

もしも戦闘の裏で、繁殖でもされていたら。

この程度の「勝利」で浮かれている人間なんか、ただの滑稽な猿にしか、シャドウには見えないだろう。

これは悲観でも敗北主義でもなんでもない。

単なる推測だ。

そしてこの推測には、否定材料が存在しないのである。

畑中博士から連絡がある。

「どうかしらー? うちの菜々美ちゃんが今回もデータを持ち帰ってくれたけれど」

「素晴らしいデータだと思います。 ただ……」

「決定打にはならない?」

「それはまだ分かりません。 敵の戦略的機動は、学習しているというよりも、ただ此方にあわせているように思うんです」

ナジャルータの結論なのだが。

例えば真社会性に近い性質をシャドウが持っていたとして。

知能を持つシャドウが。人間の行動を学習しているとする。

それについてはよく分かる。あり得る話である。

だが、この短時間での戦略的機動の洗練。

新兵器に対する見に徹する行動。

これらは、冷静な生物としてのものというよりも。

最初からこう人間は動くと知っていてやっているようにしか思えないのである。

「シャドウは人間を良く知っています。 それについては、此方の結論です。 こういった通信も、全て解析されているかも知れません」

「ふむ……」

「もしもシャドウが人間を良く知っている……それも近代兵器を含めた戦術も戦略も……だとすると。 平行世界などから来たのか、未来から来たのか。 いずれにしても、シャドウがいた世界には、この世界と同じ地球人がいた、と判断して良いでしょう。 そしてシャドウの目的は分かりません。 人間を滅ぼすにしては手ぬるい。 地球の環境を元に戻すにしては水を増やすような真似をしている。 対話の試みは全て今まで失敗している。 だとしたら……」

シャドウが人間を知っているのはほぼ確定だ。

人間を殺し尽くさないのなら、それには理由があるはず。

だとしても、人間からの対話を受けつけないのは何故だ。

「この間の菜々美ちゃんへの妙なメールがヒントにならないかしら」

「あれも分析中ではあるのですが……」

あのメールも妙だ。

存在しないメールサーバから飛んできている上に、経由しているプロキシサーバも全て実在しないことが分かっている。

途中で使われているプロトコルも、明らかに「この時代にあわせている」のが透けて見える。

少なくともハッカーなどがやったことじゃない。

かといって、シャドウの仕業やコンタクトと考えるのは時期尚早だ。

「まだ結論を出すのには時間が掛かります。 広瀬大将にも依頼しますが、時間を作る必要があります」

「了解。 どちらにしても此方も超世王セイバージャッジメントの改良と調整が必須だし、時間は必要だわ」

「超世王セイバージャッジメントが目の前で全壊しているのに追撃をして来ないのもおかしな話です。 グレイローカストという鬼札を切ってきたのに、それを防御にしか活用してこない。 一体何を目論んでいるのか……」

勿論それを解析しなければならないのはナジャルータだ。

他の誰にも頼む事は出来ないのである。

通話を切ると、広瀬大将に連絡を入れておく。

時間が必要。

まだしばらく解析には掛かると。

メールを捌きながら、データを分析する。超世王セイバージャッジメントの猛攻に対して、的確に中型二種……ウォールボアとストライプタイガーは応じている。ランスタートルも、明確に必殺のタイミングでチャージを仕掛けて来ている。

それらを捌いたのは畑中准将の手際が為した事だが。

それにしても、あの程度の数で仕掛けて来たのは何故だ。

そもそも中型が四から五体でしかければ、いかに超世王セイバージャッジメントといえどひとたまりもない。

あれだけの戦略的機動がこなせるなら。

シャドウがそう動かないのは不可解すぎるし。

手加減しているには、動きが妙なのだ。

とにかく、あらゆる方面の専門家と連携する。

残念ながら学者の絶対数が少ない。

だから専門家には、学者ですらない人間まで混じっている。

それでもやらなければならないのがナジャルータ博士の苦境をそのまま示していると言える。

溜息を一つつくと。

ナジャルータ博士は当面厳しいスケジュールになるなと、内心でぼやいていた。

 

(続)