イナゴは空を覆う

 

序、北米戦線

 

北米、旧メキシコ国境近く。

この辺りに存在している唯一の人間の街、ネオロスアンゼルス。Nロサンゼルスということも多い。

この都市は42万という人口規模を持ち、神戸ほどではないがそれなりの都市として現在では世界的に存在感がある。大きめの港湾も存在している此処は、シャドウが現れた頃に南米からも人が逃げ込んだこともある。現在ではカオスの極みな混血が起きていて、純粋な白人は殆どいない。使われている言葉もスペイン語の方が多いほどだ。

此処に逃げ込んだ南米の人間には邪悪な事で知られたメキシコの麻薬カルテルの生き残りもいたのだが。

それらは25年の間に全て駆除が完了。

現在では此処は北米の軍事最先端基地という扱いを受けている事もあり、広瀬ドクトリンにそった編成の新生第一師団がついに就任。

残念ながら治安はお世辞にも良くない事もあって、警察の代わりをしていた第一師団ではあるが。

今回、試験的に北米にいる小型シャドウの駆除作戦が開始されていた。

GDFの最精鋭である第二師団が当面動けないこともある。

それに、この間北米の軍需産業の生き残り達が鼻息も荒く戦場に送り出したアレクサンドロスV戦車や他にも「シャドウに通用する」と彼等が自信満々だった兵器類が、南九州での激戦で壊滅した事もある。

こういった各地で編成された部隊が。

それぞれ対シャドウ戦の実績を積み。

少なくとも小型対策では、各地の都市が自衛出来ることを示さなければならなかった。

指揮官であるアルムート中将は既に老齢だ。

北米でもコネで成り上がる将官は多く、そういった連中は有名大学に裏口入学していたりもした。少なくともシャドウが現れる25年前まではそれが常態化していた。

エリート教育の本場が聞いて呆れる話ではあるのだが。

シャドウが現れる前はどこの国でも似たような事があったらしい。

アルムートはシャドウが現れる前には少佐どまりだった人物だが、それなりの戦歴は積んでいる。

だが同年代のコネで成り上がる将官にどんどん出世で追い抜かれていき。

それらを黙って見ている事しかできなかったが。

対シャドウ戦で生き残ってしまい。

悲惨な撤退戦の中で民間人の救助作戦を何回か成功させた事もある。

今、北米の新生第一師団の司令官を任されていた。

もうじいさんだが大丈夫か。

そう兵士達はいうが、長身のアイルランド系混血の白人であるアルムートは、歩兵戦闘車の上で微動だにせず。

小型シャドウの配置を冷静に見極めた上で、開戦の指示を出していた。

オープンファイヤ。

その指示と同時に、螺旋穿孔砲が小型数体を射貫く。それで敵が動き出す。小型でも、相手はシャドウ。

兵士達には恐怖の対象だ。

いかに近代兵器がシャドウの前に無力で。

今まで世界を私物のように扱っていた人間が、シャドウの前に紙屑のように引き裂かれていったか。

それは現実を見るのを拒否して。

自分は今でも偉いと思い込んでいる一部の阿呆以外は。だれでも知っている。

この世界は、少なくとも地球はもう人間のものじゃない。

兵士達は誰もが知っているから、訓練をしても誰もが怖れる。ましてや中型が出て来たら、この師団は全滅確定だ。

アルムートの指揮は冷静を極めた。

とにかく確実に小型をクロスファイアの焦点に引きずり込み、広瀬ドクトリンにそって編成された狙撃大隊を機動運用して、味方に接近する小型を確実に仕留める。

オートキャノンを搭載した歩兵戦闘車も機動させて活用し、特に仕留めづらいシルバースネークは自動照準のオートキャノンを頼らせる。

それでも小型に接近されると、どうしても兵士達は恐怖で手元が狂う。

ただでさえ巨大な螺旋穿孔砲で、時速百数十qで接近して来る小型シャドウを狙い撃たなければならないのだ。

しかも北米の軍勢が戦闘慣れしていたのはシャドウが出る前まで。

今はもう、敗残兵か新兵しかいないのである。

冷静な指揮だが、それでも被害は出る。

狙撃大隊がしくじり、小型の接近を許す。後は虐殺だ。引きちぎられる部隊に集る小型を、冷静にアルムート中将が撃ち抜かせる。

そうして三時間ほど掃討戦が続き。

小型400程を仕留めた代わりに、北米新生第一師団は兵135名を失っていた。

だが、それで充分過ぎる程の大戦果だ。

アルムート中将は冷静に兵を撤退させる。

あまり戦闘を拡大させると、中型が姿を見せる可能性が高い。そして、この戦果は、北米の大統領を喜ばせるのに充分だった。

Nロサンゼルスに戻った第一師団は疲弊しきっていたが、それでも「シャドウに対して北米でも勝利」という伝聞が、複数に別たれた都市にしかいない北米の民に届けられていた。

それで歓喜する人間はそれほど多くは無かった。

特に中型を斃せていない以上、あまり意味がある戦いでは無い事も、分かっている者は多かった。

それでも、北米で25年ぶりに発生した戦術的勝利である。

戦略的勝利ではない事は確かだった。

第二師団の練度がいかに段違いかも戦果ではっきりした。

それでも。

希望が点ったのは事実だった。

 

北米での勝利は、菜々美のところにも届いていた。勝利と言っても小型相手の勝利。第二師団が大損害を受けてしばらくは再編で忙しい今は、そうかとしか言う事ができないのも事実である。

北米でも40式は生産されているため、デチューンモデルの超世王は作る事が出来るはずである。

ただ潜水艦型のは厳しいし。

何よりもデチューンモデルは基本的に複数種類の中型に対応できる性能をしていないのも問題だ。

今問題になっているのは、少なくとも三種類以上の中型を、ダメージを抑えて勝つと言う性能。

姉が設計図を何度も造り替えているのを工場で見た。

流石にまだしばらくは造れそうにない。

今、菜々美がやるのは。

中型、特にイエローサーペントの駆逐である。

姉は更に水中戦用の超世王に改良を加えていて、今日既に菜々美は一体倒している。今日中にもう一体行けるかも知れない。

今、太平洋沖で、狙っている一体の方へ移動中。

空中には幸いブライトイーグルはいない。

あいつに接近されると、どうにもならない。EMPは水中でも容赦なく動作するのだから。

上に巨大な鯨がいる。

確かセミクジラと言われる奴だ。ちなみに虫の蝉ではなくて、背中が美しいからセミクジラである。

数がかなり少ない種類だと聞いているが。

まあ、人間がいなくなれば数も回復する。

そういうものである。

それに絶滅種をどうやってかシャドウが復活させているというのもある。セミクジラも、シャドウがどうやってか数を回復させたのかも知れない。

イエローサーペントまで距離5000。無言のまま移動。

トイレなどもあるが、それらも完全な消音仕様だ。床も全て音を立てないように徹底されている。

自動運転もあるが、これはコアユニットによる制御で、どうしても菜々美が要所で手を入れなければならない。

姉もちゃんとこれについてはそう事前に説明を入れている。

どうにかして「名人芸からの脱却」をしてほしいと現場から要望があるのだが。

超世王のテクノロジーは姉に依存しており、それは当面難しい。呉美大尉みたいな使いこなしている者もいるが、あの子も菜々美が見る限り、天才の領域の人間だ。皆が真似できる事では無い。

だが、確かに誰でも使えるものでないと、シャドウの駆逐は厳しい。

トイレを済ませて、席に戻る。

この間の会戦でのダメージがあまり大きくなかった事もあって、退院は比較的早くできたが。

医師には細かいダメージが確実に蓄積していて、いずれ寿命を縮めると警告もされている。

それは分かりきっている事なので、菜々美も仰る通りでとしか返せない。

ともかく今は、一体でも中型を倒す事だ。

日本だけでも確認されているだけで数百は中型がいるのだ。

これ以上、「手詰まり」の状態は避けなければならない。

よし。

下を取った。

イエローサーペントは。上千二百mにいる。

やはり画期的な対策は出来ないようで、体の周囲に泡を吹きだして、それをセンサーにしているようだ。

空母打撃群を単騎で潰す相手だが。

とにかく音を一切出さずに接近し、それで瞬殺を決める事でどうにかなる。

これに気付くまで25年掛かったというべきか。

そもそも高出力プラズマの長時間照射などの高温でしかシャドウを倒せない事がわかるまで25年というべきか。

ともかく今は。

その成果を用いて、奴を撃つ。

近付いてくると、イエローサーペントが見えてくる。

相変わらず生理的に受けつけない形状だが、それはどうでもいい。とにかく泡をかいくぐる。

あの泡が、どの体の位置から。

どのような法則性で出ているのか。

それらは姉が解析してくれた。

イエローサーペントはソニックブームを自在に操るシャドウだが、あれはその技術の一種だ。

だが、それも全能というわけではない。

音で探知している以上、どうしても隙は出来る。

その隙を縫って、ドリルを叩き込み。

そして、離れる。

上で身をよじって暴れるイエローサーペントが、滅茶苦茶にソニックブームを放つ。コレで動物に一切被害を出さないというのだから凄まじい。

とにかく深海に潜る。

距離を取れば採るほど直撃のリスクはさがる。

ましてや今回は探知されていない。ほぼ直撃の可能性はないと見て良いだろう。

千mを潜り、岩陰に。

至近をソニックブームが掠めたが、それもどうにか当たらずに済んだ。冷や汗を掻き、イエローサーペントが倒れるまで待つ。

奴が死んだのを確認。

ドリルを回収。ドリルがエネルギー切れだ。今日は帰投する。

あれを半使い捨て型にしてから、エネルギーの蓄積量という課題が出た。これは姉も解決できていない。

無言で海中を戻る。

今日は二体イエローサーペントを損害なしで斃せた。それだけでかなりの戦果だ。それも太平洋から沖縄近海を回遊していた奴を。

日本近海にいる個体を、十体は斃して欲しい。

そう言われているが、まあ簡単にはいかないだろう。

数体斃したら、恐らくはブライトイーグルが出てくる。そうなると、隙を突くのが難しくなる。

外洋だとなおさらだ。

ドリルをセットして、そのまま帰投。

新四国港で、補給を受ける。

再編制中らしい部隊が、第二師団と合同で演習をしていた。第一師団や第三師団から精鋭が引き抜かれて移籍。空いた穴には、第四師団で訓練を終えた兵士が入る。

また、二千人もいなくなった。

人間の勢力圏が拡がったのだから、それだけ子供を増やしてはいるらしいが、それらの子が育つのはだいぶ先だ。

今は人的資源をすり減らしながら勝っていくしか無い。それが現実であり。新兵が訓練をしている様子を見ると気が滅入る。

第二師団だって、広瀬大将が育てた精鋭とは言え無敵じゃない。

更に、上層部の矢の催促もある。勝利しろと。

中型を少し倒したくらいでは満足しなくなってきた。人間は一度贅沢を覚えると、際限なく増長するとは聞いていたが。

それも納得出来る。

超世王の調整を任せて、メガフロートにある仮の寮に入る。

横になって携帯端末から情報を見ていたが、どうやらスコットランドの方でも戦闘を開始したらしい。

この間の会戦で世界に醜態をさらしたし、その汚名を払拭するため、なのだろうが。

広瀬ドクトリンにどうしてもまだ抵抗があるらしく、100体ほどのシャドウを倒すのに、1000名近い戦死者を出したようだ。

これは、完全に負けだな。

幸いバカな師団長は戦死して、師団長は入れ替えになるらしい。

旧軍需産業の連中の面子は丸つぶれだ。小型相手にこの損害は、今の時代とても許容できるものではないだろう。

広瀬ドクトリンをとるしかない。

それについては、誰もが理解すると言う事だ。

くだらんプライドよりも人命である。

それが理解出来ない人間が上に立つことで、こういう無意味な死者が山となって積み上げられていく。

シャドウは笑っているだろう。

笑うという概念があればだが。

ともかく、無駄死にさせられた兵士のために黙祷する。菜々美だって、兵卒だった頃は無茶な命令で死ねと事実上言われた事はあったし。それを生き延びたから今いるのだ。

小型をM44ガーディアンで斃せたのは本当に運が良かった。

二回出来たが、三回目は多分出来ないと思う。

出来ないとはっきり告げたから、姉が螺旋穿孔砲を渡してくれた。それで小型をあまりにもあっさり斃せたので、本当に驚いた。

どうしても軍需産業の連中がプライドを優先するなら、自分で最新兵器とやらをもって戦場に出ればいいものを。

まあ、それはその場に相手がいないのだ。

思っていても仕方が無い。

横になって休んでいると、メールが来た。

呉美大尉からだった。

今、スカウトに出ているらしい。デチューンモデルのシミュレーションについては、他の兵士達が今はやっているそうだ。

呉美大尉のシミュレーションはあまり当てにならないとか。

まあ、それはそうだろう。

呉美大尉は天才側の人間だろうし。

「中国地方の小型を調べていましたが、ついに見つけました。 中型が背後にいます。 それもやはりグリーンモアですね。 巧みに擬態していましたが、長距離望遠で発見しました」

「それはお手柄ですね。 それで」

「中国地方を姫路辺りまで解放したいと上層部は考えていたようですが、グリーンモアが来ていると言う事はシャドウが戦略的に小型を配置して、中型も支援に来る可能性が高いとナジャルータ博士が結論を出しました。 前回の会戦で、二体の中型をグリーンモアが使い捨てにした事から、グリーンモアは中型でも指揮系統の上位にいる可能性が高いとナジャルータ博士は提言。 それがいる地点は、極めて危険な死地だと判断していいそうです」

同感だ。

だが、それはそう思わせるための偽装かも知れない。

今、稗田少将がスカウトを出して、必死に分析をしているらしい。他に中型が発見されたら、それで確定となるのだろうが。

姉からも連絡が来ていた。

超世王の調整に手こずっている。

今北米にデチューンモデルを幾つか欲しいと言われているそうで、一般兵でも使えるものを調整しているらしいのだが。

それとあわせて、継戦力を挙げた超世王の強化モデルを開発しているそうなので。それはまあ、限界が近いのも分かる。

三池さんが無理をさせないだろうから、まあそれは信頼している。

無理をしないようにとメールで返信すると。

疲れも溜まっている。軽く昼寝する事とした。

まだしばらくはイエローサーペント狩りが続く。

姉はどんどん改良と調整を入れてくれるだろうが、それでも毎回が命がけだ。これだったら誰でも出来るとか上層部が考えて、デチューンモデルで返り討ちになんて事態はさけないといけないが。

それもどこまで広瀬大将が抑えられるか。

この間の旧軍需産業が鼻息も荒く繰り出して来た部隊の無惨な壊滅を見ても、連中は懲りていないだろう。

そういう事を考えると。

人間の愚かさには限度というものがない。

それでもどうにかするのが菜々美の役割だ。

ともかく、前線で勝ち続けなければならない。それには可能な限りのパフォーマンスを保たなければならないのである。

昼寝して、少しでも体を休める。

軍で訓練はしたが、眠れるときに眠るのも限界がある。出来る人間はいるが、菜々美はそうではなかった。

ただ、今は体がダメージをまだまだ回復し切れていないので、それで眠れる。眠っている時に、人間は体のメンテナンスをして、修復しているのだ。それでどうにかなっていると言える。

無言で寝て。

そして起きだす。

夢すら見ない。

あまりにもダメージが細かく確実に蓄積しているのか。

状態が悪くなると、眠って起きると更に疲れているなんて事態も起きるのだが、幸い今はそれはない。

嘆息するとベッドから這いだし、訓練に出る。

今スカウトの巡視艇部隊が、イエローサーペントの動向を確認してくれている。

軍事衛星がシャドウの侵攻開始のすぐ後に、大型種にスペースデブリごと全部叩き落とされた事が非常にきつい。

今更打ち上げ直す訳にもいかないし。

打ち上げてもまだいる大型種「魔王」が見逃さないだろう。

また一瞬で叩き落とされて終わりだ。

ドローンなどもブライトイーグルがいることを考えると役立たないし、とにかく命がけで偵察するしかない。

それも自分の足で、である。

それを考えると、非常に負担を掛けている。

斃せると判断した相手は、確実に斃せるように。菜々美もベストコンディションを常時保たなければならないのだ。

適当に訓練をして、体を温めておく。

そして連絡が広瀬大将から来次第、すぐに動く。

まずは十体を黙らせる。

だが、それもブライトイーグルが動いている様だし、どこまで出来るか。

ともかく相手が対応を本格的にする前に、可能な限り倒しておかなければならなかった。

 

1、超世王に新たな体を

 

イエローサーペント八体を倒したところで、限界が来た。

ブライトイーグルが海上に出現。明確にイエローサーペントと連動しての動きを開始したのだ。

これが非常に隙が無い動きであり。

以降の撃破は無理だと広瀬大将が判断。

以降の作戦行動は控えるようにと達しが出た。

目標である十体には届かなかったが、それでも八体の撃破は大きい。イエローサーペントの機嫌を伺いながら細い海路を必死に行き来していた海上輸送部隊も、これで少しは日本近海に限定するなら動けるようになる。

今の時点では、それで充分過ぎるだろう。

菜々美は一旦京都工場に戻る。

工場に入ると、いつも使っている40式では無く、新しい機体が来ていた。というか、これは。

「アレキサンドロスV?」

「よく分かったわねえ」

にやにやとしている姉。

このあいだスコットランドから派遣されてきた部隊が壊滅したが。それで泡を食って逃げていった「軍事顧問」達が放棄していったのだ。後方に一両だけ、予備機体が残されていて。それも放置して逃げていったのだ。

それを広瀬大将が回収させた。

旧軍需産業の面子はあの時、更にこの間のスコットランドでの敗戦で丸つぶれになり。ついでに敗戦で家族を失った兵士に偉そうなことをほざいていたCEOだったかが撃ち殺される事件が起きたらしく。とうとう泡を食ったようだ。

それらもあって、これの活用を自由にして良いと言う約束を取り付けたらしい。

整地機動の時速100qを初めとして、40式より優れている点が幾つかある可能性が高い。

あくまで戦車として、だが。

それを姉がこれから分解して、解析するそうだ。

設計図などは、流石に軍需産業側が渡してくれなかったそうだが。

姉が勝手に分析するらしい。

ちなみにブラックボックス部分は流石に持って帰られたそうだが。そんなものは姉にとってはどうでもいいようである。

解体して解析しているようだが、姉は腕組みして珍しく考え込んでいる。

この戦車は、対人兵器のままである。

それは菜々美にも見て分かった。

人間の戦車を相手にすること。後はドローン兵器などの対抗策。それに対戦車ミサイルなどに対する対策兵器。

つまり、シャドウが現れる前に戦車に必要とされた装備を更に刷新し、詰め込んでいるようである。

ふーん。

本当に「戦後」を見据えているんだな。

そう思う。

あの手の軍需産業は、この段階でシャドウを追い払った後の事を考えていると聞いたことがある。

そういうのが超世王をたびたび馬鹿にしているのは周知。

あんなものは我々の戦車でまたたくまに撃破出来るとかいって笑っている連中がいるのは菜々美も知っている。

それはそうだろう。

そもそも超世王は対戦車兵器ではない。

対シャドウ兵器だ。

対戦車、対人兵器を想定して作られたこのアレキサンドロスVでは、シャドウには勝てない。

たった25年前、当時世界最強の座を不動としていたM1エイブラムスを多数有していた米軍が、瞬く間に壊滅させられた戦訓を忘れてしまっている。

一世代もあれば人間は過ちを忘れ、あっと言う間に堕落する。

それは菜々美も聞いたことがあったが。

このアレキサンドロスVは、まさにその象徴。

戦車としては優れている。

装甲などもかなり対戦車装甲としては悪くなく、姉が作ったヒヒイロカネなんとか装甲ほどではないが。

相当な口径の戦車砲を防ぎ。

更には独特の傾斜装甲を採用していることで、弾丸を逸らすこともかなり容易にやるようである。

戦車としては悪くないのだ。

どうして今までの兵器が通用せず。

その延長線上の兵器でも通用しないと分からないのか。

それが菜々美には、悲しくてならないが。

三池さんが説明してくれる。

「大きな会社や国家というのは、一度戦略を決めた場合、転換は難しいんです。 昔人間社会で最強だった兵器を作るという思想は今でも変わっていなくて、どうしても根本的に兵器を作る思想を変えると言う事ができないのだと思います」

「なんだか情けない話ですね」

「世界大戦の頃は、むしろ柔軟に戦略の転換をしたのが北米の軍需産業だったんですけれどね。 どんな優れたシステムも、使う人間次第と言う事でしょうね」

姉がアレキサンドロスVの内部を調べていたが。その間、菜々美はシミュレーションを使わせて貰う。

グリーンモアを捕らえて、出来るだけ短時間で殺す。

データが手に入った今は、それも出来るようになって来た。

あの速度、その気になれば軍殺しだってできた筈だ。本当に指揮に徹していたのだとよく分かる。

それに、小型による飽和攻撃が厄介だ。

パワーパックの改良だけではない。

コアシステムの支援が更に強化されないと、複数の中型を相手しつつ、小型の飽和攻撃を捌くのは無理だ。

実際グリーンモアの判断は正しかった。

あのまま戦闘が長引いていたなら、菜々美は負けていたし。

呉美大尉が支援してくれなかったら、それでもまた菜々美は負けていただろう。

戦略的に広瀬大将が前回の会戦では一枚上を行っただけ。

それだけだ。

それも、次に同じ手は通用しないだろう。それにこの状況でも、シャドウが全部まとめて攻めてきたら、人間が奪還した土地なんて一瞬で奪還し返されるし、なんなら人間も滅ぼされる。

未だにまな板に乗せられた鯉である事実は変わっていない。

それが現実なのである。

シミュレーションで戦闘訓練をこなした後、出る。

姉はずっとアレキサンドロスVに潜っているようだが、時々顔を出してメモを取っているようである。

なるほどねえ。

あれだけ調べていると言う事は、何かしら参考になる部分があるのかも知れない。

三池さんがクッキーを焼いてくれたので、皆でいただく。

姉がもしゃもしゃと食べている。

本当に女子力が皆無だなと、菜々美は呆れていた。

「畑中博士、もう少し上品に食べましょう」

「身内だからいいのよ。 それよりも、戦車としては優秀だけれど、これ内部に複数人を乗せる計画があったと見て良さそうよ」

「今の時代にですか?」

「そういうこと」

呆れ果てた話である。

言う間でも無く、人的資源が壊滅的な今は、戦車は一人乗りが主流である。歩兵戦闘車も操縦者は基本的に一人。

歩兵戦闘車の場合、展開する兵士達がいる部分は、クリーナーやシルバースネークとの戦闘を想定して最悪の場合には切り離せるようにブロック化している。

それくらい、人的資源を重視するようにしているのだ。

戦車を複数運用するのは、昔は当たり前だったが。

シャドウに対して決定打にならない今は、それはただの人的資源の無駄遣いである。

「というわけで内部構造は無駄だらけ。 最初から構築の戦略が破綻しているという事ねえ」

「やっぱり柔軟に戦略の転回はできないものですね」

「それよりも、何か超世王に応用できそうか?」

「出来そうよ。 無駄な部分は多いけれど、流石に向こうの技術者も結構頑張っているみたいね。 ただ、それでも限界がある。 シャドウ戦前から生き残っている技術者は少ないだろうし、どうしてもこういうのは名人芸になるものね」

北米の軍需産業は、シャドウ戦前は極めて優秀だったらしい。コンペを行い、いかに大手でも駄目な兵器は採用しないような厳しい競争制度を作って、新兵器の開発も妥協なしでやっていたそうだ。

だがそれも、此処まで状況が悪化すると厳しくなる。

それにそんな北米でも失敗兵器は出していたし。たまにとんでもない欠陥品を採用してしまうこともあったそうだが。

まあ、いずれにしても過去の話であるとこれを見ると分かる。

「幾つかの長所はあるけれど、対シャドウ用と考えると40式と同レベルで失格。 レールキャノンを搭載しているし、それの火力は対戦車用としては満点だけれど、シャドウには効かない。 本当に挙げている報告書などを読んでいないのねえ」

「速力は今の時点では良い方では?」

「それも調べたけれど、山岳地などではかなり厳しいわね。 超世王が踏破性を求められている兵器であることを考えると、これではダメかな。 前の戦闘でひとたまりも無く10両のアレキサンドロスVが壊滅したのも、腐葉土と地形で上手く身動きが取れなかったから。 舗装道路の上で戦うのなら、40式よりあらゆる点で上だろうけれど、この国みたいな峻険な地形の土地で戦う場合は、結果が逆転するわね」

姉は指についたクッキーの欠片を舐めながらいう。

本当に女子力ゼロだ。

昔あったモデルやらのコンテストにでれば、トップも狙えるほどの美貌なのに。中身は本当に残念である。

「とりあえず私はこれからまたシミュレーションに入る。 調整を頼む」

「後でね。 もう少しこの子を調べてから、まとめて超世王に反映するから。 今まで複数のシミュレーションデータを作っておいたから、それを対応できるように訓練しておいて」

「了解」

「アラームはきちんと守ってください。 大丈夫だとは思いますが」

三池さんに言われて、頷いてシミュレーションマシンに入る。淡々と小型の飽和攻撃と、中型との戦闘をこなす。

姉も現時点で出来る改良を超世王に施してくれているが。

どんどんゲテモノ感が増すばかりだ。

このまま今まで交戦した陸上の敵全種と交戦できるように超世王を改良したら。人型ロボットなどとは似ても似つかない姿になりそうだが。

まあ、その時は。

ある程度我慢して、使いこなすしかない。

菜々美もどうせ乗るなら、人型で、羽とかついていて、パイロットと喋ったり出来るスーパーロボットに乗りたいなあとは思うけれど。

人型だと歩く度にとんでもない負荷がパイロットに掛かって、走ったりしたらシェイクされてそのままコックピットでおっちぬと思うし。

無限軌道や四足での限定的移動を採用している今の超世王は、色々とロボットとしては正しい姿なのだろうとは思う。

訓練に戻る。

そうすると、すっと雑念は消える。

小型の飽和攻撃に対する訓練だ。前より更に数が増えている。オートキャノンを姉は採用するつもりはないらしいので、斬魔剣の二刀を利用して。シルバースネークに対応しつつ、接近した小型を薙ぎ払う。

それを淡々と、あらゆる角度から攻めてくる小型に対して行う。

単騎で戦場をひっくり返す決戦兵器といえば聞こえはいいが。

40式とやりあったら多分負けるし。

本当にシャドウ相手にしか勝てない兵器だ。

だから軍需産業の者達も反発する。

それは分かっているから、なんだか悲しいのだった。

 

数日シミュレーションを続けて、データを取る。小型との飽和戦はとにかく頭を酷使する。

横になって休んでいると、姉がアレキサンドロスVを片付けさせている。広瀬大将に引き渡すらしい。

以降は第二師団で予備として使うそうだ。

多分オートキャノンを搭載して、他の戦闘車両と一緒に運用するのだろう。多少速力が上がっても、シルバースネークの毒吐きには耐えられないし。ブラックウルフやクリーナーに接近されたらおしまいなのに代わりは無いのだ。

姉は全て調べ尽くして、興味を失った。

これを数年がかりで開発した技術者達は憤慨するかも知れないが、残念ながらそれが現実である。

凄まじい勢いでキーボードを叩き始める姉。

恐らく設計を根本的に変えるのだろう。

ちょっと五月蠅くなってきたので、仮眠室を使う。しばらく頭を休ませる。恐らく、姉が対小型戦での負担を減らす措置はしてくれるはず。

問題はホワイトピーコックなど、超世王で交戦した事がない小型がまだいる事だ。

気になっている相手もいる。

飛翔型の小型種。

グレイローカスト。

灰色のイナゴと言われるこの飛翔種は、他と同じく二m程度だが、主にユーラシアの中央部で暴れていた種だ。

この種はとにかく数で平押しして来るタイプで。昔世界中で猛威を振るった蝗害を思わせる存在だった。

姿もバッタに似ているが、二mと兎に角巨大で、口は当然人間をかみ殺すのに用いられている。

そしておかしな話だが。

この種が通り過ぎた跡は、荒れ地が緑化され。砂漠も緑化されている。

その点では、何もかも作物を食い荒らしていくイナゴとは色々な意味で真逆だと言える。

まあ、イナゴとはいうが。実際には蝗害を起こすのはトノサマバッタの一種である。それは此処でいっても仕方が無い。

しかも環境が安定したからか。

今では実際の蝗害はまったく起きなくなっているらしい。

皮肉極まりない話である。

当然だが、これも近代兵器は通じない。これはブラックウルフなどと違って飛んでくる上に、時速も二百q近い。

その代わり殺傷力は個体個体で低く、あまり高く飛べない事もあって、渡海についてはあまり確認されていないそうだ。

つまりシルバースネークのような飛び道具はなく、ブルーカイマンのような水陸両用ではなく、ホワイトピーコックのような迫撃砲でもない。クリーナーのように人間の痕跡を消して回っているわけではない。

ブラックウルフと同じく、人間を殺す事に特化しているタイプの可能性が高いが。

ただシャドウがやっている緑化については、分かっていない事がかなり多い。そのため、このグレイローカストについては、今の時点では交戦の可能性も含め何ともいえないのが事実だった。

戦闘データを取りたいと上層部が言ってくるかも知れないが。これとの交戦はかなり厳しいと菜々美は判断している。

他の小型以上に数の暴力に特化しているし、此奴もシャドウだ。質量兵器は通用しないとみていい。

最低でもHEAT弾を直撃させる必要があるが、あれはそんなに簡単に撃てるものでもない。

螺旋穿孔砲での戦闘にしても、相手は恐らく群れ単位で動いてくる。

今のGDFの戦力をかき集めても、群れ一つに対抗すら出来るか怪しい。

とりあえず思考を止めて、一眠り。

起きだすと、ナジャルータ博士が来ていた。

「沖縄方面に上層部は進むようにと言ってきているようです。 この過程で、九州の近海にある幾つかの島をまずは開放する予定だとか」

「また馬鹿な事を。 イエローサーペントとブライトイーグルが警戒態勢に入っている状態なのに?」

「最初の目標として種子島を狙うつもりのようです」

「彼処は確か中型がいたわよねえ」

おきだしてきた菜々美に気付いて、ナジャルータ博士が敬礼してくる。

軽く一緒に話す。

やはり上層部が荒れているらしい。

この間のスコットランドから派遣されてきた部隊の文字通りの全滅もある。勝利が欲しいと言っているらしい。

それだけ焦っているようだ。

各地での反攻作戦も、小型相手に限定的な戦果を出しているだけ。

GDFの主力とも言える日本の四個師団(実際には三個師団で残りは予備だが)を可能な限り活用して、戦意高揚を計りたいらしい。

広瀬大将は、第二師団の再編制中を理由にまだ動けないと断ってくれているようだが。

それもいつまで続くか。

「種子島にいる小型はおよそ500。 ブルーカイマンも近付く可能性は低く、上陸さえ出来ればひょっとすれば超世王一機だけで対応できるかも知れません」

「あら乗り気?」

「この間の戦闘で、小型の飽和攻撃には既にある程度の耐性が出てきていることがわかりました。 なんとか狙撃大隊を複数援護に上陸させることが出来れば、シルバースネークにも対応できるでしょう。 問題は中型ですね。 日本本土にはいない中型であるレッドフロッグがいます」

「……」

レッドフロッグ。

これもあまり戦闘記録がない中型だ。長距離攻撃を得意としているようなのだが、限定的なデータしか無い。名前通り巨大な赤いカエルににた姿をしている。

ただそれはあくまで全体的なシルエットでの話。

カエル……両生類でもっとも有名な生物だろう。魚類が陸上に適応し、やがて地上侵出する過程となった生物、それが両生類だ。やがて両生類から爬虫類が生じ、それから様々な種の生物が発生していくことになるのだが。

まあそれはいい。

確かシャドウ侵攻前の世界の少し前くらいに、ツボカビ病というのが大流行したらしく、カエルは世界的に壊滅の危機に陥ったらしい。

元々脆弱で何故生き延びられてきたか分からない、とか抜かす者もいたらしいが。

はっきりいって3億年以上前から地上に両生類はいて、それで今まで地上にいる。人間とかいう欠陥生物より生物モデルとしてはよっぽど優れている。

人間はダニングクルーガー効果というもので、中途半端に知っている状態の人間が、一番自分をものごとに詳しいと認識する傾向があるらしい。

それから考えると、まあそういう寝言はただの阿呆の戯れ言であり、一人の部屋で壁にでも呟く言葉であろう。

それは菜々美にも分かる。

で、レッドフロッグであるが。

少ないデータを、ナジャルータ博士が出してくる。

一応菜々美も軍に入った後は、講習を受けた。特に士官になった時には、催眠教育で現在「発見」されているシャドウ(あくまで存在が確定されているだけなので、以前現れたスプリングアナコンダのように、人間に「発見」されていないだけのものもまだまだいると思われるが)は頭に叩き込んだのだが。

確かにレッドフロッグはあまり情報量が無かった気がする。

本職の研究者の言葉だ。

まずは聞かせて貰うのが一番だろう。

「水中種では徘徊型の補食種もいる現有の両生類ですが、どちらかというと現在生息している蛙は待ち伏せ型の捕食者で、例外なく肉食です。 視力はあまり強くなく、動くものには同種であろうと見境なく襲いかかるタイプもいます。 ダルマガエルなどがそうですね。 ですがこれはあくまでそれで大丈夫、というだけの話であって、蛇類などが種として発達する過程で知能を劣化させたのと同じく、生存に必要なかったというだけです。 孤島で飛ぶ必要がない鳥が飛行能力を失うことがありますが、それと同じです。 飛行能力は極めて体に激甚なリスクを与える能力であるので、必要ない環境ではない方が生存に有利だったりするのです。 進化とか退化なんて言葉は人間の主観に過ぎない。 そういう好例ですね」

ふむふむ。

確かにその通りだ。

今は催眠教育でこの辺りはすらすら理解出来るレベルの知能を誰でも持っている。これが人間の教師が教えていた時代は、勉強なんて一夜漬けで全てすぐに忘れてしまう人間がかなり多かったと聞いている。

それは教育を無駄にしているのと同じである。

金をドブに捨てているようなものだったのだろう。

「カエルに形状は似ているレッドフロッグですが、全長12mと他の中型に比べると体の長さは短めな反面、ダルマガエル種と似て体が円形のため、長さに比較して体はずっと大きいと言えます。 また動きが鈍重かというとそういう事もなく、時速百数十qで移動出来る点で小型種に近い性能を持ち、更に特性としては戦車で言う超信地旋回に近い瞬間的なその場を維持しての回転で凄まじい速度を出し、回転速度は音速以上に達するようです」

こいつも音速か。

厄介極まりないな。

それで、ナジャルータ博士が数少ない戦闘データを見せてくれる。

こいつは数例、中華の都市に現れたケースがあったようだ。既にシャドウ出現前には、バブルが崩壊し。

政府が冒険的な軍事行動に出る、国家としては極めてまずい兆候……不況などの失政の不満を紛らわすために軍事的成功や他国への憎悪を煽る行動は歴史的に良い結果を招いた試しが無いのだが。とにかくその状況に出ようとしていた中華の各地の都市の一つに現れたレッドフロッグは、周囲にある存在全てを、一瞬にして薙ぎ払った。

軍が鎮圧するどころではなく、監視カメラのデータによると、半径三キロくらいの範囲が瞬時に消し飛んでいるようだ。

更に移動しつつ都市をあらかたがらくたに変えた。

もっともその都市は、不動産業の過剰投資による廃墟に近い状態だったようで。骨組みだけで放置されているアパートが、こいつになぎ倒されただけに近い状況だったようではあるが。

最貧民が当時も当然問題になっており。

そういった放棄されたアパートに住んでいた住民は、欠片も残さず消し飛んでしまったらしい。

同時に中華全土に現れた中型、小型に文字通り軍が薙ぎ払われて全滅していった事もあり、レッドフロッグには対処も殆どされず。

一応近場にいた駐屯軍が対応に向かったが、地対地ミサイルを撃ち込んだが当たり前のように効果無し。

撃ち込んだ七秒後に部隊ごと消し飛ばされてロスト。

他に数件戦闘データがあるようだが、概ね同じような状態のようである。

シャドウが現れた直後は、相手の特性も分からないし、近代兵器が通じないらしいと言う事も誰も理解出来ないほど混乱があったこともある。

怪獣映画などでは、あっと言う間に怪獣への対抗戦術を開発したりするものだが。

残念ながらこれは怪獣映画ではない。

怪獣と戦ってくれるヒーローもいないのである。

勿論菜々美はそんな英雄とは違う。

「射程距離は三キロ程度と言う事でしょうか。 だとすると、これはソニックブームなんですか?」

「いや、一概にもそうとはいえないようです。 破壊の跡地を後からかろうじて撮影できた例が幾つかあるのですが、それらを分析する限り、ソニックブームというにはちょっと無理があります」

ソニックブームによる破壊は文字通り圧倒的だ。

飛行機が超音速にこだわればこだわるほど、形状を変えなければならなかった程には。自身にもダメージを与えるし、周囲にもしかり。

超音速で生じる衝撃波であるソニックブームは、それほど恐ろしいものなのである。

だが、それらを無差別にまき散らしているにしては、破壊の規模が限定的だとナジャルータ博士がいう。

「レッドフロッグは形状はカエルに似ていますが、カエルに見られる巨大な口は存在していません。 その代わり複数の穴が体に開いていて、これから超高速で何かを伸ばしていると見て良さそうです。 それも三キロ先まで」

「つまり棘を体中から射出しているみたいなものだと」

「そうなりますね。 いずれにしても、恐ろしい相手です。 軍殺しとしても、充分な性能を持つ中型だと思われます」

なるほどね。

超世王でこいつを倒すとしたらどうするべきか。それは姉が考えてくれるのではあるのだろうが。

島としてはそれなりに大きいとは言え、種子島で小型500とこいつを同時に相手にするのは厳しいように思える。

師団規模の軍勢を上陸させるのも難しいだろう。だとすると、超世王で小型もこいつも引き受けなければならないということか。

これは、今回も厳しいな。菜々美はそう思った。

 

2、限定戦力下で

 

久々に広瀬大将と直に会う。

想定よりも倒せたイエローサーペントは少なかったが、ブライトイーグルをそれで誘導できた事が大きい。

そう広瀬大将は、成果を強調してくれた。

今でもあいつは出来るだけ相手にしたくない中型だ。他の小型とも連携するし、何より一定時間高熱を浴びせないと倒せないと言うシャドウの性質上、倒すのが極めて困難だからである。

ナジャルータ博士の話は、既に共有されていた。

麾下の「軍団」の再編制を進めていると広瀬大将は説明してくれたが。明確に疲れが顔に出ていた。

「次の戦闘では、孤島での限定的な戦闘になります。 しかも、連れて行ける超世王は畑中准将の乗る機体だけになりそうです。 出せる部隊も一個連隊が限度になりそうですね」

「随分と厳しいですね

「ええ、色々とありまして」

広瀬大将の事は信頼している。

まあこの様子だと、無能な上層部との折衝で苦労しているのだろう。それが分かるから、菜々美もそれ以上追求するつもりはなかった。

いずれにしても、小型種を千切っては投げするのはどうにか行ける。

問題は遠距離攻撃型の小型種、つまりシルバースネークだが。こいつは同行する狙撃大隊達に頼むしかない。

そしてレッドフロッグだ。

こいつも攻撃のパターンがまだ分からないが。

少なくとも種子島にいる個体は、体に八つ穴が開いているという。

形状が似ているだけで目も口もないので。

カエルというには色々無理があるし。移動方法も体の横から出ている足で這いずりながら移動するため。

跳躍を主体にするカエルとは随分と違っているようだ。

いずれにしても、小型を捌きつつこいつも相手にしなければならないし。

それに、懸念されている事もある。

「イエローサーペントが削られたことで巡視艇が活動できる範囲が拡がったのですが、それにより分かってきた事があります。 台湾近くまでグレイローカストが移動してきています。 幸い数はそれほど多く無いようですが、これが沖縄、更に種子島にまで来るかも知れません」

「確か万単位で行動するんですよねあの種」

「可能性はあります。 今後の事を考えると対策戦術を確立したいところではあるのですが……」

いや、今の戦力では厳しい。

前回の戦闘では、小型の飽和攻撃に晒された超世王が、大きなダメージを受けて、明確に戦況に悪影響を出した。

呉美大尉が支援してくれなければ、多分小型に超世王は嬲られてやられていたと見て良いだろう。

そう思うと、万単位で、数の暴力で押してくる小型は厄介すぎる。

「撤退の準備はしておきますが、もしもグレイローカストが接近してきているのが確認された場合、退避は間に合わないかと思います。 いずれにしても、レッドフロッグは排除して欲しいという上層部の意向です」

「意向のために連隊規模の兵士の命を危険にさらすというのは、犯罪的な愚かしさですね」

「同意します。 上層部の連中を前線に出して戦わせたいくらいです」

広瀬大将は、要所では必ず戦地に出て来て指揮を取っている。実際片腕もそれで失っている。

これを言う資格はあるだろう。

そして、本来だったら上層部の連中に。此処まで戦っている広瀬大将についてああだこうだいう資格など無い。

それは少しでも考えれば分かるだろうに。

こんな状態でも。

上に立つべきではない人間が上に立ってしまう。

人間の政治制度には、やはりまだまだ改善と改良が必要なのだろう。そう菜々美は思わされてしまう。

ともかくだ。

幾つかの打ち合わせをしてから、敬礼して別れる。

さて、次の戦闘も大変だが。

広瀬大将はバックアップをしてくれる。

ここ最近のイエローサーペント狩りも効果があったと思う。

だから、やれる。

そう自分に言い聞かせる。

工場に戻る。

姉がまた変態兵器を組んでいる。

レッドフロッグについては、交戦を考えていなかったらしく。どうするかを今考え中だそうである。

とにかく死角が無いのが特徴らしく。

三キロ四方、上空も含めて何もかもが木っ端みじんにされている。

超信地旋回と体中に空いている穴がその攻撃を作り出す要因となっているだろう事は分かっているのだが。

それをどう突破するのかが問題になってくる。

レッドフロッグも中型だから熱には弱い。それは分かりきっている。ただし、長時間奴に熱を与えなければならない。

だとすれば、どうすれば良いのか。

ちなみに雨の日を狙って仕掛けるのは無駄だ。

幾例かデータがあるのだが。雨の日でも高速起動するタイプのシャドウが足を鈍らせた例はない。

むしろ人間側が雨の中で動きが鈍くなり、それでシャドウにいつも以上の速度で殲滅されてしまったデータが多数あるくらいで。

レッドフロッグにしても、台風だろうが何だろうが、あの恐ろしい回転を止める術は無いだろうし。

回転したところで地面に潜って動けなくなるとか、そういうこともないだろう。

分かってきた事があると、ナジャルータ博士が言っていたっけ。

シャドウはこの地球そのものを味方にしている可能性が極めて高い。地球そのものも、シャドウを敵としてない。

だからシャドウがいる場所では、環境が回復し。絶滅生物まで復活している。

そういえば。

カエルで思い出したが、ツボカビ病で致命的なダメージを受けていた各地の両生類だが。それらも当然回復しているようである。

人間だけに厳しいのだシャドウは。

まあ、それもちょっと分からない。

実際問題、シャドウが最後まで手を緩めず攻撃して来ていれば、人間なんか25年前にとっくに滅んでいた。

或いは今、人間をシャドウは見守っている段階であって。

それに一方的に人間が反発しているだけなのかも知れなかった。

まあ、それはいい。

ともかくシミュレーションマシンに入る。

まずは小型を大量に捌くところからだ。

グレイローカストも、今回からはシミュレーションの敵に含める。グレイローカストは完全に飛んでいるような飛翔種と違って、基本的には地上にいて、移動時に飛ぶ。そういう意味では、半分飛翔種に近い小型なのかも知れない。

最初は百体から相手にするが、これが厄介だ。

組織戦をしてくるとはいっても、それぞれの行動密度が低いブラックウルフ他、今まで交戦してきた小型と違い、多数が一斉に襲いかかってくる。

斬魔剣が一本では足りないかも知れない。

しかし、二本以上あっても、菜々美のオツムでは扱いきれないのもまた事実である。四苦八苦しつつ、戦闘データを重ねる。

グレイローカストに一瞬で潰される街などの映像を思い出す。

まさに蝗害。

相手にすると、今までの小型で一番厄介かも知れなかった。

勿論まとめて倒すような武器も今の時点ではない。

少し数を減らして見るが、現状の装備では五十を倒すのが精一杯だ。これほど小型に苦戦するとは。

前回の南九州の戦闘では、超世王一機で最終的に311体の小型を倒した。

だがそれも、あくまで攻撃の密度が低かったからだと思い知らされる。もしもグレイローカストの接近を察知できなければ。

中型を倒す前に、小型に倒されていたかも知れなかった。

それもグレイローカストも立派なシャドウである。

こいつらは、単騎で戦車をひっくり返すのだ。

そう考えると、ぞっとしない話である。

シミュレーションマシンから出る。

中型との戦い、特に新しく戦う相手は毎度そうだったが。体への負担が、いつも尋常じゃ無い。

今回のグレイローカストは小型だが。

もしもこいつと超世王で戦う時が来た場合、頭がゆであがりそうだ。

そうとさえ思わされてしまう。

無言で休む。

姉が調整を入れてくれるはずだ。

それに関しては信頼感がある。

しばらく仮眠用のベッドで、休憩に集中。

おきだしてきてから。

三池さんが出してくれた菓子をほおばる。これもいつの間にかスイーツとか言う変な呼び方が流行っていたそうだが。

菓子は菓子だろう。

菜々美としては、それこそどうでもいいことだ。

黙々と食べていると、今度は姉が限界が来たらしく、ふらふらと仮眠室に消える。ちょっと姉の負担もきつそうだ。

「あの姉貴が随分と苦戦しているんですね」

「ここのところ無理難題に加えて、アレキサンドロスVの設計を超世王に反映する作業を続けていましたからね。 設計図なんて、彼方此方最初から作り直していたようですよ。 それも40式の車体をベースに、パッケージ化して改良する手段まで考えていたようですから」

「よくそんなこと出来ますね」

「畑中博士にしか出来ません」

そうか。

そういう意味では、あの姉も偉人なんだな。改めて、それは思い知らされる。

まあ、それはいいか。

ともかく、休んだ後はシミュレーションだ。姉はマルチタスクで作業が出来るタイプだが、だったらデータを蓄積しておかなければならない。

かなり動きが良くなっている。

斬魔剣を使いやすくなっているのは、恐らくコアシステムに今までの戦闘データと、実戦から採取したグレイローカストの(ただしグレイローカストの交戦例は25年前のものだが)を採用。

対応できるように、CIWSを利用したシステムを書き換えたのだろう。

この短時間で、である。

流石だと思いつつ、グレイローカストの群れを捌く練習をする。

確かにやれるが、まだ少し厳しいか。

50はやれるようになった。次は100だ。

そして問題は、グレイローカストの群れと、他の中型を同時に相手にする場合である。

それはかなり厳しいと思う。

菜々美としても。現時点でグレイローカストと他の中型……戦い慣れているキャノンレオンなどであっても。

出来れば同時には相手にしたくなかった。

ともかく、データを蓄積する。

今の時点でロボットアームの動きは更に良くなっていて、斬魔剣は文字通り縦横無尽の活躍を見せてくれている。

グレイローカストを上手く行くと一振りで十体以上倒し、更に返す刀でまとめて倒すというような離れ業も出来るが。

それでも限界がある。

ともかく戦闘データを重ねる。

そして気になって来たのが、超世王のエネルギーだ。

今まではほとんど特製のパワーパックもあってか、エネルギー切れは意識したことがなかった。

だが前回の戦いで、それを初めて意識させられた。

実際今後もシャドウが飽和攻撃をして来た場合、どれくらい超世王が踏ん張れるかは分からない。

菜々美としても、超世王が動かなくなったら、小型一体に即座に殺される事は理解している。

それくらい、シャドウとの相手は厳しいのだ。

それでもどうにかしなければならないか。

核融合炉でも積めればいいのだが、流石にそれはムシが良すぎる。

あれはクリーンなエネルギー炉ではあるのだが。残念ながら膨大な放射線が出る欠点を現状では改善できていない。

分厚い鉛で覆うくらいしか改善策はないが。

少なくとも超世王に積み込めるサイズではなくなる。

核分裂炉は論外として。

いずれにしても、菜々美としては目の前の戦いを、どう乗り切るかを考えて行かなければならない立場だ。

しばらく訓練を続け。

アラームが鳴ったので、シミュレーションマシンを出る。

今日はここまでだ。

外に出ると、また姉が鬼気迫る勢いでキーボードを叩き続けていた。

相変わらず凄まじい集中力で、明確に周囲が見えていない。

まだ整備工のおっさん達は来ていないが。まだ呼ぶ段階にはないと姉は判断しているのだろう。

ただ、三池さんが事務作業をしている。

これも相当な速度で神業じみているが。

いずれにしても、今日はもう、菜々美が手伝えることはないのだった。

 

宿舎から出て、工場に。

シミュレーションマシンでデータを蓄積して。そしてまた宿舎に。

それを一週間ほど繰り返すと、工場にシミュレーションマシンが増えていた。呉美大尉が来ていて、驚いた。

敬礼をかわす。

「今日から支援型超世王セイバージャッジメントの訓練を同じ工場でさせていただくことになりました。 お願いいたします」

「こちらこそ。 前回の会戦では助かりました」

「いえ。 あれだけの数を削ってくれたから、私の支援が間に合いました。 もっと早く限界が来ていたら、グリーンモアを倒す事は不可能だったでしょう」

そう言ってくれると嬉しいが。

実際、前回の戦いで限界が見えたのは事実だ。

戦闘では毎回死ぬ思いをしているが、それはシャドウの能力が毎度想定の上を越えてくるからである。

姉ですら想定の上を越えてくるシャドウの、その「上」を予想できない。はっきり言って極めて厄介な話だ。

今回のレッドフロッグだって、三q四方を破壊し尽くす例の攻撃だって、まだ本気ではない可能性が高い。

それを考えると、色々とこれから交戦するのが気が重い。

とりあえず、雑談をしていても無駄だ。

すぐにシミュレーションマシンに入る。

確か呉美大尉は今回は種子島攻略戦に参戦しないそうだが、その代わり陽動か何かで出るのかも知れない。

まだだいぶ作戦までは時間がある。

超世王の新兵器については、姉はもう考えたようだが。それを作る時間も掛かる。

何よりグレイローカストの対策も、もっとしっかりやっておかなければならないのだから。

訓練を続ける。

またロボットアームの動きが良くなっている。

これはパワーパックが代わったと見て良い。

恐らくだが、アレキサンドロスVに乗せられていたパワーパックの仕組みを、遺棄された機体だけで把握したのだろう。

これは姉が今の時代の人間で良かった。

過去だったらスパイ辺りに殺されていても不思議では無かったはずだ。

無言で作業を続ける。

百体までなら、確定で斃せるようになった。

三百体まで相手に出来るようになったら、同時に中型を相手にする訓練を開始する。最初はキャノンレオンから。

それから、他の奴も順番に試すことにする。

性能がどんどん上がる。

一度超世王の現在のシミュレーション上での姿を見るが、ロボットアームは異形そのものと化している。

これがいずれスーパーロボットアニメに出てくるかっこいい人型ロボットの腕と同じ形状になるのだろうか。

今では筋繊維剥き出しのクリーチャーか何かの腕にしか見えない。

だが、これで多数の小型を相手に出来るのも事実だ。

ただし現時点では、これを量産するのは止めた方が良いと、姉は提言しているらしい。

なんでも姉が言うには、まだこれは未完成兵器であって。

とてもではないが、量産して対シャドウ戦の切り札にするには力不足だというのが要因だそうだ。

確かにデチューンモデルがそれぞれ特化した中型を倒すのがやっとだと言う事を考えると、この言葉には説得力がある。

それに、菜々美も思うのだ。

超世王はまだまだ進歩出来ると。

超世王はまだ伸びしろがある。

それに対して、菜々美は訓練で習熟する以外にやれることがない。やがて超世王に置いていかれるのだろうか。

いや、コアユニットによる支援プログラムで、それをどうにかするしかないか。

舌なめずり。

気分を変えて、混成部隊の小型を相手にしてみる。

シルバースネークは狙撃大隊に任せる設定にして、それ以外の小型をあらかた引き受けるつもりで戦って見る。

小型だけなら、700体オーバーを撃破してもまだ余裕がある。斬魔剣がそれだけ、最初にキャノンレオンを倒してから進歩しているということだ。

ただしこれらは、それぞれに対する特化兵装の組み合わせであって、防御という観点ではまったく頼りない事に代わりは無い。

一応データは挙げておく。

種子島でもシルバースネークは確認されているから、それは狙撃大隊に任せてしまうとして。

問題は他の小型をまとめて相手しながら、レッドフロッグをどう倒すか。

それに、もしもグレイローカストが飛来した場合。

対応をどうするか。

コレに尽きるだろう。

順番に作業をしていく。

とにかくデータを蓄積し。

それを姉がコアシステムと、支援プログラム。超世王の設計の改良に生かして行く。

呉美大尉が同じ工場で訓練を開始してから四週間。

やっと整備工のおっさん達が来始めた。

ただ、いつも以上に訳が分からない部品を作らされて、それで困惑しているようだ。休憩中に愚痴が聞こえる。

「毎回化け物を倒してくれている実績があるから言う事は聞くけどよ、少しは理解出来るものを作らせてほしいんだがなあ」

「俺たちも軍事工場で働いて来たからな。 こんな訳が分からない兵器を作って、それで何か起きたらと思うと気が気じゃねえんだわ」

「あの人が天才なのは分かってるつもりだが、少しはこう……説明をしてくれると嬉しいんだがよ」

「そうだな……」

菜々美が休憩に行くのを見たからか、整備工達が黙る。

彼等の懸念ももっともだ。

いつ、超世王はかっこいい人型ロボットになるのだろう。このまま狂気の機械の塊みたいなまま、最終形態まで行くのだろうか。

なんだかそれを思うと。

どっと疲れてしまう自分がいる。

仮眠を取る。

呉美大尉は、仮眠を取るほど苛烈なシミュレーションはしていないようだ。一日に一セットか二セット訓練をした後は、基地に戻って体を鍛えているらしい。

菜々美が切り開いた道を歩いているだけ。

そう以前自嘲気味に言われたことがあるが。

逆に言えば、後続がその程度の訓練で済む程度に地ならしを出来ていると思えば、それはとても誇らしい事だ。

仮眠を取った後、現在種子島にいる小型種全部と、レッドフロッグを、狙撃大隊の支援を受けながら倒す訓練に移行する。

姉が考えた新兵器は、良くもまたこんなものを思いついたなと感心してしまう代物ではあるのだが。

ただ、全方位攻撃という事は、確かに一点突破には明確に弱いと言う事でもある。

だがレッドフロッグは完全な固定砲台ではなく、小型種並みの速度で移動する危険な相手でもあるので。

訓練では姉の作った新兵器も交えて、確実に倒せるところまでは確定でやる。

そして、その後グレイローカストが現れて、それを捌きながらどうにか生還するところまではやりたい。

流石に万単位の数で一気に種子島に襲いかかってくるほど無茶では無い、と思いたいところではあるのだが。

シャドウに人間の常識とか思考は通用しない。

その最悪の事態も想定しなければならないのが厳しい所だ。

訓練をしながら、広瀬大将と連絡を取る。

今回派遣してくれる連隊のメンバーは、シルバースネーク戦で戦果を上げている狙撃兵を選抜してくれるらしい。

広瀬大将は、少し離れた海上の強襲揚陸艦……艦隊規模の指揮を取る艦だが。そこから指揮を取るらしいが。

狭い種子島に連隊の指揮を取るために乗り込めば動きが取れなくなるし。

何よりも、グレイローカストが大挙して渡って来たらひとたまりもない位置であることに代わりは無い。

イエローサーペントを沈めてそれでどうにか安全になった海域ではあるのだが。

最悪の場合、地上部隊を早急に収容して、撤退するための布陣でもある。

それらについて説明を受けた後、訓練に戻る。

今回も広瀬大将はしっかり体を張って指揮をしてくれる。そういう意味では、キーキー喚くだけの無能な上層部の連中とは偉い違いだ。

だから背中を預けられる。

だから戦場に赴ける。

ともかく、訓練を続ける。

小型五百体だけなら、苦にならなくなってきた。とはいっても、それも攻撃を受けないことが前提だ。

油断すれば、一瞬で殺される事に代わりはまったくない。

後は、レッドフロッグ相手の戦術を、徹底的に吟味する。相手の能力を、だいぶ上に見積もるのもいつもと同じだ。

そうすることで、少しでも勝率を上げる。

菜々美が勝つためではない。

同じく戦場に立つ人間が、少しでも生きて帰れるように、である。

 

3、宇宙に近かった島

 

種子島は宇宙開発センターが存在した島だが、それ以前に鉄砲伝来の地としても知られている。

実際にはいわゆる火縄銃……先込め式マスケットの伝来前に、中華経由でもっと原始的な鉄砲が日本に入っていたという説もあるのだが。

ただ現実問題として、種子島で量産化に成功した先込め式マスケットが、以降は戦場を支配する人権武器になったのは事実である。

また、近代では宇宙開発のための拠点としても活躍し。

小惑星に世界で初めて着地し、サンプルを持ち帰るなど記録的な事績を残してもいるようだが。

それはそれとして失敗も少なくなく。

それにどうしてか宇宙開発に反対する勢力が騒いだりしたりと。

まあ色々と、あまり平穏とはいえなかった島であったようだ。

昔だったらヘリボーンとしゃれ込んで、大型輸送ヘリで一気に連隊規模の戦力と、それに超世王を送り込めたかも知れないが。

やはり九州にブライトイーグルがいる現状、それは無謀すぎる。

何隻かの揚陸艇に分乗して、そして種子島に。

分乗するのも、安全対策だ。

今の時代、艦隊というのは揚陸艇の群れを指す。

イージス艦を初めとして、空母も巡洋艦もミサイル艦も、シャドウが現れる前に活躍していた兵器類は、今では悉く役に立たなくなってしまったのだから。

種子島に到着。

最悪の事態……水際殲滅の兆候は無し。超世王が最初に出て、海岸線から進む。そして、後方から狙撃大隊が進む。

連隊規模……六個狙撃大隊が、歩兵戦闘車とジープに分乗し、戦闘地点に設置する置き盾もトラックで運んでいる。

もう戦場では見慣れた光景だ。

置き盾を突破されれば、シルバースネークの毒吐きが人間や歩兵戦闘車に直に飛んでくる。

戦車ごと溶かしてしまう恐ろしい毒だ。正確には毒かどうかすらわかっていない。

それを防ぐためには、置き盾を使い捨てにするしかない。

戦闘の度に膨大な物資を無駄にするという点では、今も昔も変わっていないと言える。シャドウをもう少し駆逐出来て、物資を採掘できたらと言うたらればでものを考えるのは愚行だ。

今はやれる物資で。

やれることをやるしかないのだから。

菜々美は前衛に出る。

スカウトが、情報を整理している。

「種子島全域に散っていた小型が集まり始めています! 此方の上陸に気付いた模様!」

「レッドフロッグを確認! G41地点!」

「……」

調べて見ると、小高い丘になっている。

なるほど、全方位からの攻撃を見通し、対応する事ができるというわけだ。本来だったら的になる場所だが。

シャドウにとって、人間の通常兵器なんていたくもかゆくもない。ABC兵器が通じない相手だし、質量兵器だって通らないのだ。

だったら、的になろうとどうでもいい。

見通せる場所が一番良いというわけだ。

「各部隊、展開完了!」

「後方支援部隊、撤退支援準備良し!」

「巡視艇展開終わる! 海上から敵援軍を監視!」

「攻撃開始してください」

広瀬大将の指示と同時に、狙撃大隊がシルバースネークを一斉に撃ち抜く。

前衛に出ている超世王に、一斉に小型が掛かってくる。

一旦無限軌道で全身開始。

超世王の左右に出ている足は、接近戦で「踏ん張る」際に用いる。今回もそれは同じである。

相変わらず時速百数十qで接近して来る小型種。

ブラックウルフが主体だが、なんだか嫌な予感がする。とにかく、さっさと蹴散らしてしまう。

斬魔剣を振るって、飛びかかってきたブラックウルフを片っ端から斬り伏せる。

アレキサンドロスVのシステムを利用した事により、超世王のパワーパックは小型化、更に戦闘可能時間が三倍になった。パワーそのものも1.7倍近くまで上がっている。これはどうしてかというと、40式に使っていたパワーパックよりも、ただ単純に世代が上がったから、らしい。

本来は4倍近いパワーを出せるものだったらしいのだが、それにはサイズも重量も大きくなる。

シャドウとの戦闘では、あまり的が大きくなっても意味がない。

実際40式より一回り大きいアレキサンドロスVがまたたくまに小型シャドウに潰されたように。

残念ながら、兵器そのものは一世代や二世代進歩した程度では、シャドウには手も足もでない。

ましてや対人戦を主眼としている兵器なんて、四世代五世代と進歩しても、シャドウには通じるか怪しい。

いずれにしても姉の改良は完璧に近い。

反応速度が明確に上がっていて、それで瞬く間に小型を斬り伏せられる。

だが、違和感があったのは。次の瞬間だった。

移動。

直後、機体が激しく揺動。

踏ん張ったのは、コアシステムの支援で即座に足を用いた結果だ。そうでなければ、恐らく機体がひっくり返っていただろう。

「超世王、被弾!」

「いえ、至近距離に着弾! 今のは……」

「データを分析します! 恐らくはレッドフロッグからのものです!」

「バカな、八qは離れているんだぞ!」

連隊長が叫ぶ。

すぐに態勢を立て直し、群がってくる小型を斬り伏せる。想定の範囲内だ。グリーンモアは時速900qとされていた歩行速度だったが、あいつがいざ本気を出したらマッハ7に達した。

やはりレッドフロッグも、本気など全く出していなかっただけだ。

「此方ナジャルータ。 観測データを廻してください。 此方で予想していたものか解析します」

「イエッサ!」

「レッドフロッグは!」

「動き無し!」

あの超信地旋回はやっていないということだ。

無言で細かく機体を調整しながら、群がってくる小型を斬り伏せ続ける。シルバースネークは狙撃大隊が始末してくれている。

まだだ。

解析が終わるまでは耐えろ。

二発目。今度も機体がひっくり返りそうになる。無限軌道で移動しながら戦闘しているが、そうでなければ直撃していただろう。一応その時は、姉の新兵器が火を噴いていただろうが。

ちなみにコレは姉の発言である。防御兵器が火を噴くというのはよくわからない話である。

小型は徐々に数を減らしている。もともと五百程度しかいなかったという話だ。だったら、このまま行けば。

シルバースネークは狙撃大隊が始末してくれているし、手が空いた狙撃大隊は他の小型も撃ち抜いてくれている。

ならば、このまま押し切れるはずだが。

「移動速度を上げてください、畑中准将」

「了解」

五秒後。

再び着弾。距離がかなりある。今度は激しく揺らされるくらいで、それで耐え抜く。菜々美はシートのスプリングが調整されたのか、今までの二度の至近弾でもそれほどのダメージは受けていない。

姉も細かい所ではどんどん改良を入れてくれているのだ。

「やはり。 分かってきました。 どうやらレッドフロッグは、本来は範囲制圧を雑にするのが得意な中型種。 遠距離への攻撃も出来ますが、移動目標への攻撃は苦手なようですね。 或いは攻撃手段の速度が遅いのかも」

「それでも偏差射撃をしてくる可能性もありますが」

「いえ、今のは偏差射撃をしての結果です。 射撃前にレッドフロッグが体の向きを変えるのを確認しています。 そのまま速度を維持しつつ、小型を」

「巡視艇11! こ、こちら小型種確認! グレイローカストです! 推定数、300! しかも後続が続いている模様です!」

最悪だ。

継戦は出来る。

移動していればレッドフロッグの攻撃には当たらない。だが後続のグレイローカストも当然来るだろうし、前衛の300だけで洒落にならない。

狙撃大隊が接触でもしたら、それこそ秒で溶けるだろう。

それほど数の暴力で押してくるシャドウは危険なのだ。

「グレイローカストの進路は」

「種子島にまっすぐ進んでいます!」

「……狙撃連隊は後退の準備。 勝負に出て貰うしかありません。 畑中准将、レッドフロッグは恐らくですが、観測する限り何かしらの質量弾を用いています。 それは質量弾でありながら質量弾ではなく、射撃後レッドフロッグに戻っていると見て良いでしょう」

「うーんと、ロボットアニメに出てくるビット兵器みたいなものということですか?」

少し悩んだ末に、ナジャルータ博士はだいたいその認識でいいという。

しかもだ。

そのビット兵器は超音速で飛び回る上に、数は恐らく無尽蔵。ただ、明確な弱点があるという。

「レッドフロッグの超信地旋回と広域攻撃の破壊跡を見る限り、それらビット兵器?はあまり精確な挙動が出来ない様子です。 超信地旋回をしたレッドフロッグが全身からそれらを射出。 恐らくまっすぐしか飛ばないのでしょう。 ただし、レッドフロッグの体に空いている穴からそれらが射出されているとすれば、レッドフロッグを中心とした半球体の全箇所をカバーできるほどの破壊を作り出すと見て良いでしょう。 畑中博士が作り出した防御兵器を使い、どうにか接近してください」

「……了解」

そして接近後は、当然継戦能力を残す事が必須になる。

恐らくグレイローカストは菜々美を潰すために飛んできている。今分かっているだけで300。

この数はシミュレーションでは撃破出来ているが、その後にはもっと来ていると見て良いだろう。

それを考えると、レッドフロッグを倒し。

先発の300を倒した後、最悪超世王を放棄して逃げる事を考えなければいけなくなるだろう。

無言で速力を上げる。

姉が作った新兵器を展開する。

今回のは、ちょっと今までと方向性が違っている。ナジャルータ博士が、一種の質量兵器だろうと言っていたのは、以前も聞いていた。

だけれどそれには実体が見当たらない。

質量弾の場合は、射出してそれで終わりでいい。そのまま周囲を薙ぎ払っておしまいである。

超信地旋回からの全弾発射で周囲を破壊し尽くすならそれで良いはずだが、レッドフロッグの「整地」はあまりにも雑。欠点がある。

更に言えば、破壊の痕のデータをナジャルータ博士は調べ尽くしていた。

姉はその結果、有効打になりうる装備を作り出してくれた。

レッドフロッグに、接近開始。

出力は上がっているが、速力は上がっていない。機体が戦車なのは変わっていないのである。足とか横に出ていて使えるし、上に色々積載しているけれども。それでも速度はそんなには出ない。

ただしかなり無茶な機動はできる。

ジグザグに、速度70qを保ったまま進む。レッドフロッグが何度か攻撃してくるが、全て外れる。狙撃大隊も距離を保ちながら前進。小型の内、シルバースネークは処理してくれる。

菜々美は進みながら、ブラックウルフとクリーナーを片付けて行く。もう小型は残り少ない。

増援が来ているのが問題だが、それもどうにかする。

レッドフロッグが当たらないと判断したのだろう。

超信地旋回を始める。

此処からだ。

超信地旋回を開始すると言う事は、あの範囲攻撃が来る。即座に丘の影に退避。一発目は撃たせる。

撃って来た。

文字通り、半径三キロほどが、消し飛ぶ……と言いたい所だが。既に下草が生えている地面はノーダメージ。木々などにも傷はついていない。

本当にどういうことだ。

人工物にだけダメージを与えているということか。

菜々美が超世王を滑り込ませた丘も無事だ。

即座に飛び出して、迫る。超信地旋回を停止したレッドフロッグが、しばらく動きを止める。

ビット兵器のようなものを使っているのであれば。

恐らく何かしら充填のようなことをしている筈。その間に、一気に接近させて貰う。

速度を上げる。

80qまで出す。

それでも追いついてくるブラックウルフを、狙撃大隊が始末してくれる。シルバースネークは駆除完了したようだ。

何しろ舗装道も全てクリーナーに処理されているから、超世王が段差で文字通り跳ぶ。着地で強烈なダメージが流石に来る。さっきの至近弾よりも来たが。まだ大丈夫。今までの戦闘に比べたらマシ。

「分析完了! 超信地旋回の速度は毎秒2550回転! 撃ちだしているビット兵器の数は推定40000! 次は回避できません! とにかく接近するだけ接近してください!」

「了解!」

もうレッドフロッグは目の前だ。

奴はこちらを見る。

いや、目も口もないから見ているかは分からない。そもそもシャドウは生物かも怪しいし。感覚器官ににたものがあってもそれが機能しているかは分からないのだ。イエローサーペントのように音だけに反応している者もいた。

此奴は、何に反応している。

レッドフロッグが、また超信地旋回を開始する。

しかし、その体の穴が、横一列に並ぶ。穴の位置を調整出来るのか。いやはや、なんでもありだな。

そして、これは要するに、ガトリングガンのようにこっちを狙ってくると見て良い。それも、ガトリングガンなんぞ問題にもならない連射速度でだ。

これは、オートでは防ぎきれないな。

即座に姉が作った兵器を展開する。ロボットアームが繰り出したそれは、なんというか。あまり言い方は良くないが、シャボンを噴く道具に見えた。

玩具の銃でももうちょっと殺意がある。

接近。

レッドフロッグが、凄まじい連射を仕掛けて来る。敢えて接近を直線では斜めにして、直撃を防ぐ。

やはりそうだ。

ビット兵器らしきものは直進とレッドフロッグに戻る事しか出来ない。

それでも分析して正体が分からないほどのものだ。当たれば一発で超世王は粉々だが。

しかし、それはさせない。

即座に放たれたそれは、炸裂していた。

放たれた瞬間に。

立て続けに放たれる白い弾が、次々に炸裂していく。

これこそが、姉が作り出した防御兵器。

前のなんとかシールドとか封魔盾(封魔盾はどちらかというと攻撃用途の盾だったが)とは違う第三の防御兵器。ええとなんといったか。陰陽バリアだったか。

白玉団子みたいな弾丸を次々にはなっているが、これらは極めて柔らかく、しかし粘性が恐ろしく高い。ただそれだけのものだ。

本来だったら投げつけても其処までの殺傷力はないのだが。今回は相手側の速度がおかしすぎる。

そのため粘性が高いただの弾が、そのまま鉄壁と化す。

空気に関しては、どうもシャドウは無視したり、自在に操れている節がある。

だが、そうではないこういう粘性が高い非自然物だったどうか。

次々に炸裂する白い弾が、その度に強烈なビット兵器の直撃を防いでいる。ただ、これも弾数があまり多く無い。

超信地旋回を続けているレッドフロッグに、到達。

そのまま斬魔剣を突き刺していた。

凄まじい勢いで、レッドフロッグが切り裂かれていく。あまり深く入れると一瞬で折れる。だから、少しずつ、この回転にあわせて刃を入れていかないとまずい。切り裂かれ熱を帯びたレッドフロッグが、絶叫に近い悲鳴を上げる。

超信地旋回が止まるが。

だったら更に刃を押し込んでいくだけだ。円だから巨大な体だが、それでも似たようなサイズの中型は何度も倒して来た。

今更此奴程度を怖れるか。

四つ足で這いずるようにして、のしかかってくるレッドフロッグ。切り裂かれながらも、体で勝負に来たのか。

いや、違う。

即座にバック。

レッドフロッグの足が、機体の一部をフッ飛ばしつつ、地面に食い込む。

なんだ今の。

超世王の機体がひっくり返り掛かったが、それは左右の足が必死に防いだ。だが、足の一本は持って行かれた。

レッドフロッグから外れた斬魔剣。

まずいな。こいつ、接近戦で変な技を使ってくる。

そのまま斬魔剣を再び振るうが、レッドフロッグがついにそこでビットの正体を見せる。奴の体に空いている穴から出てきたのは、ちいさなレッドフロッグだ。数pもないだろうか。

それらが、一斉に超世王に群がってくる。

まずい。

速度がないのなら、シャドウとして対処するしかない。移動しながら、追ってくる多数の小型から距離を取る。

レッドフロッグには今ダメージを与えたが、それでも倒せる程じゃない。追ってくる小型は、射出されたときほどではないが、それでも追いついてきそうな程の速度だ。状態に気付いて、狙撃大隊が援護射撃をしてくれるが、四万とかいう数である。潰しきれる筈がない。

投擲型斬魔剣、射出。

そのままレッドフロッグに直撃。

食い込み始めるが、レッドフロッグは跳躍すると、なんと背中側から地面に体を叩き付ける。

その瞬間、小型レッドフロッグは動きを止めるが、投擲型斬魔剣を折り砕いていた。

やはりそうだ。

あいつ、なんか変な力を操っている。必死に距離を取りつつ。接近の隙をうかがう。幸いもうあの超信地旋回からの全方位攻撃は使えないはずだが。いや、それすら思い込みに過ぎないか。

グレイローカストも接近してきている。

「グレイローカスト、今のままだと後7分で種子島に上陸します!」

「各狙撃大隊、急いで揚陸艦に! 巻き込まれたら犬死にするだけです!」

「くっ、撤収する!」

斬魔剣を振るい。更にパイルバンカーから高出力プラズマを叩き込む。小型レッドフロッグをそれでなぎ倒せるが、ひとかたまりで来るのでは無く、散って迫ってきている。

それに、だ。

さっき破壊され滑落した装甲と補助足に、小型レッドフロッグが集る。それで、それらは一瞬で腐食し、崩れてしまった。文字通り何も残らない。

レッドフロッグが起き上がる。

傷は回復していない。

しかし、今の状態で無理に接近して、とどめを刺しきれるか。仮にとどめを刺したとして、それでグレイローカストの群れを迎撃できるか。

出力が問題ではなく、高熱を当て続けることが、シャドウを倒す条件だ。これは今まで、幾度も見てきた。

それがどうしてなのかは分からない。

頭を働かせる。

「そうだ……」

さっき、レッドフロッグが投擲型斬魔剣を折り砕いたとき。わらわら来ていた小型レッドフロッグが一瞬動きを止めた。

だとしたら。

そのまま全力で、斬魔剣を垂直に構えて、レッドフロッグに突貫。此方に向いて、足を上げたレッドフロッグ。

その時、小型が止まる。

やはりだ。

レッドフロッグの体の動きと小型レッドフロッグの動き、連動している。どっちも同時には操れない。あの小型、レッドフロッグそのものなんだ。

足を振り下ろしてくるレッドフロッグ。

また装甲を派手に抉られる。外から操縦席に光が入り込んで来ているほどだ。だが、直撃は避けた。

超音速の相手とやり合ってきたんだ。その程度の四股踏みにやられるか。

レッドフロッグの体にパイルバンカーから高出力プラズマを流し、更に斬魔剣を突き立てる。

悲鳴を上げてもがくレッドフロッグ。小型が一斉に来る。

此処で、勝負を付ける。

また体当たりをしようと体を揺らしてくるレッドフロッグだが、動きは見切った。即時でさがる。だが、体当たりが想像以上に伸びて。超世王に当たり、機体がひっくり返りそうになる。

それ以上に衝撃が凄まじい。

頭を打ちそうになった。

だが、それでも負けるものか。必死に踏みとどまって、往生際が悪い化け物カエルに攻撃を続ける。

斬魔剣が深く食い込み、パイルバンカーから直接流し込まれるプラズマが、奴の体にダメージを与えていく。

小型が群がってくる。超世王の履帯が一瞬で腐食。まずい。超世王そのものが、このままだと。

だが、紙一重。

斬魔剣が通る手応えがあった。

ざっくりと斬魔剣が通った結果、レッドフロッグが消えていく。それと同時に小型も。深呼吸しながら、状態を確認。

装甲だけじゃない。腐食が機体全域に拡がっている。装甲はもうダメだ。パージできる部分はパージする。

ロボットアームはまだ動く。

機体の彼方此方に穴が開いている状態。装甲はほぼ全損。

だが、なんとかなる。

そのまま、揚陸艇に向かう。

「グレイローカスト、動きを止めません! まだ種子島に向かっています!」

「此方でどうにかします。 それより後続は」

「後続の巨大な群れは……停止! 様子を見ているようです!」

ま、そうだろうな。

恐らくだけれど、グリーンモアなどの指揮系統を扱っている個体がいて、それがグレイローカストを指揮していると見ていい。

レッドフロッグが倒された以上、これ以上の無駄な被害の拡大を避けるのが敵としては普通だ。

種子島の守りを薄くしていた理由はわからない。或いはただ、孤島だったから放置していただけかも知れない。

いずれにしても、超世王がダメージを受けていること。

これ以上泥仕合を避けるためにも、現在向かわせている戦力だけをぶつけてみて、倒せないようなら戦略を調整する事。

これが恐らくは、グレイローカストを操作しているシャドウの考え。

そう「考えている」かは分からないが、戦略的にもっとも合理的と判断したのがそれだったのだろう。

ただ、そう動いたことだけは分かるが。

最終的な戦略目標は分からない。人間と同じように考えているとはとても思えないからだ。

いずれにしても、グレイローカストの群れを迎撃する手段が、揚陸艦隊には存在していない。

ここで菜々美がどうにかするしかない。

来る。

三百体が殆ど一丸となって迫ってきている。投擲型の斬魔剣はさっきレッドフロッグに潰されてしまった。

深呼吸して、忙しくレバーを操作する。

組み付かれたら終わり。

一体でもくっつかれたら、即座に機体をひっくり返される。グレイローカストでもそれは同じの筈だ。

迫ってきたグレイローカスト。両側の足のうち、残っているものを地面に突き刺す。不退転というよりも、最大限ロボットアームと斬魔剣の性能を引き出すためには、それが絶対に必要だ。

グレイローカストの速度はやはり200qに達している。しかもこいつは、普段は地上にいて、跳躍と飛翔をこなす。

バッタとにた性能持ちだ。

それでいながら、口は人間どころか、戦車の装甲を容易に噛み裂く。

襲いかかってきたグレイローカストを、片っ端から斬る。

アラートが鳴りっぱなしだ。

既に機体の全体にダメージがあり。

そしてどうしても、体当たりなどを仕掛けて来るグレイローカストもいる。擦っただけで超世王の機体が揺動する。

固定のための残っている足が、吹っ飛ぶ。砕ける。

砕けたものにグレイローカストが集り、一瞬で無に帰してしまう。無に帰すのは本当にどうやっているのか。

いや、それについて文句を言うのは後だ。

30、40、50。数えながら、次々斬る。

揚陸艦隊は退避を開始している。これなら仮にグレイローカストの本隊が種子島に向かってきていても、どうにか九州まで退避できるだろう。

無線は全て切る。

これは集中を切らないためだ。

だが、アラームは無視出来ない。

戦闘によるダメージが、機体全体に蓄積しているし。

何より操縦席に光が差し込むくらい機体が損傷している状態だ。下手をすると、そのままグレイローカストが操縦席に何か打ち込んでくる可能性すらある。

それでもやる。

100を超えた。

既に周囲で渦を巻くようにして跳んでいるグレイローカストが。波状攻撃を続けてくる。

一斉に飛びかかっても厳しいと判断したとみていい。

そういうのを数体ずつまとめて斬ったからだ。

後ろの方が熱い。

これはパワーパックが損傷したな。それでひょっとすると、熱暴走が始まっているのかも知れない。

また蒸し焼きか。

スプリングアナコンダとやりあった時の事を一瞬思ってげんなりした次の瞬間、今までで一番大きな衝撃が来た。

体当たりをいなしきれなかったのだ。

機体のフレームが拉げて、操縦席が傾く。

これは仮に生き残っても。

超世王のコアユニットを守りきれるかどうか。

ぐっと歯を噛む。

次の世代……呉美大尉に任せるには、まだまだ敵の強さが圧倒的だ。人類が敵の事を全然知らない。

まだ死ぬわけにはいかない。

頭もクラクラする。

恐らく敵は飽和攻撃に味を占めている。菜々美の頭の処理能力の限界をほぼ見切ったのだろう。

支援システムによる補助にも限界がある。

それらもシャドウは、既に見切っている。

敵はそれだけこっちを知っているのに。こっちは敵を全く知らない。この点だけでも、ただ生かされているだけというのが、嫌でも分かる。

また衝撃。

まだロボットアームは動く。

残り80を斬ったか。

とにかく、徹底的に暴れ狂ってやる。だが、足は全て砕かれた。履帯も外れている車輪をフル活動させて、それで相手を斬りに行く。さっき程までの斬魔剣の操作精度は保てないが。

それでも、その場で棒立ちから機動戦に切り替えて、少しでも相手を翻弄する。

またたくまに残り10まで斬り伏せる。

鼻血が出ているっぽい。

完全に処理能力の限界を超えている。

小型種との連戦がこうも厳しいとは。

やはり名人芸だと限界がある。それについては、菜々美も理解せざるを得ない。それに、彼方此方から光が差し込んでいて、この機体がいつ潰れてもおかしくない事も分かるのだ。

ついに斬魔剣の動きが鈍くなりはじめる。

見るとロボットアームにも限界が来ていた。

姉があれほど頑丈に強化してくれたのだけれどな。

やはり創意工夫ではどうしても限界があるか。

それに創意工夫と名人芸の組み合わせだ。

それを思うと。限界が来るのは必然であるのかも知れない。

最後の一体。

向き合う。

羽を広げて威嚇するそれが、ジグザグに跳んで襲いかかってくる。最後の一体になっても、戦意を失わない。

いや、違う。

今までのもそうだったが、超世王を明確に敵と認識してからは、此奴らは、特に小型は。情報収集を徹底している。

超世王の進歩速度も含めて。

全てを知るつもりだ。

そして菜々美は訓練で名人芸を維持しているが、恐らくはその名人芸も、更にはコアユニットや支援システムによる補助も。

いずれ此奴らに見切られる。

それまでに魔王を倒すか、シャドウとのコミュニケーションを確立できるのか。

激しい激突。

最後の一体を倒すと同時に、斬魔剣が光を失った。同時に、オーバーヒートの警告音がなる。

コアユニットを外して、機体から出る。

良くコレで動いていたなと、機体を見て流石に絶句してしまう。笑えてきた。だが、どうにか勝ったか。

少し肌寒い。

この辺りは既に亜熱帯に近い気候だし。

シャドウが来る前は、夏場は灼熱地獄に等しい有様だったらしいが。

今は秋だと言う事もある。

地球の平均気温、いや特に日本の平均気温は、文字通り人間が暮らせる限界近くまで上がっていたらしいが。

それも既に過去の話だった。

ホバーが来る。

決死隊のようだった。

すぐに回収作業を頼む。コアユニットを引き渡すと、後は担架で運ばれるのに身を任せる。

今回もギリギリの勝利だった。

そしてはっきり分かった。

相手は人間を殺しつくす気はない。もしもその気があるのだったら。超世王は、もっと大規模なグレイローカストに襲われて、塵と化していただろう。

シャドウは何を考えている。

それだけが、気がかりだった。

 

4、わずかな土地を確保するも

 

死者0の完全勝利。久々の結果だ。

それに上層部は、「我々の指示が的確だったからだ」などとほざいている。広瀬大将はいい加減クーデターの誘いに乗ろうかとさえ思ったが、黙ってアホな寝言をほざいている連中を、白眼視するだけに留めた。

畑中准将はまた入院だ。

広瀬大将も、まだ戦力の再編制を進めている状態である。

種子島が解放され。

更に九州周辺の島もそれぞれ解放する段取りが決まった。殆どの島には中型はいない。狙撃大隊だけで対処できる……と思いたいが。

シャドウは恐らく、そういうのは読んでいるとみていい。

今回の戦闘でも、明らかに超世王の性能と、進歩の速度、兵器のパターンを読んでいる節があった。

それは畑中博士、ナジャルータ博士双方から報告書が上がっていたし。

広瀬大将が見ていて、そう感じもした。

無言で「次の作戦」に向けての会議を見やる。

今、スカウトが巡視艇で調べてくれているが。沖縄は万単位のグレイローカストが駐屯している。

これは種子島に向かっていた本体が引き返したもので、攻略は無理だ。300ですら師団規模の戦力が本来相手にするもので。超世王でも、これ以上の数は勝てるかはかなり怪しい。

その上今回交戦した300は、明らかに超世王に対して様子見をしていた。

もしあれが本気で殺すつもりだったら。

恐らく畑中准将は戦死していた可能性が高いと見て良いだろう。

溜息が出る。

沖縄に進むのは不可能だと、先に報告書を上げる事にする。

沖縄にも中型複数……恐らく十体以上がいる。

ましてや揚陸艇を使っての敵背後の強襲とかは、とても不可能だ。イエローサーペントとブライトイーグルがコンビを組んで哨戒を続けている。

日本近海のごく一部からイエローサーペントが姿を消しただけ。

それも、戻って来られたら、対処が更に厳しくなる。

朝鮮半島への上陸も厳しい。

彼方にも多数の小型と中型複数がいる事が分かっている。

どうせ上層部は出来もしないことをキーキー喚くのだろうが。それにつきあわされる兵士達にどう説明していいものか。

嘆息して、デスクでぼんやりする。

ストレスが酷すぎて胃が蒸発しそうだ。しばらく仮眠を取ることにしたが、その矢先に連絡が来る。

嵐山だった。

今、調整して、沖縄への侵攻作戦を止めさせているという。

今回超世王一機で300のグレイローカスト、小型多数を屠ったのだから、連携すれば行けるはずだ等というとんでもない楽観論が出ているらしいのだが。これを畑中博士、ナジャルータ博士の報告書を元に、不可能だと蹴る方向で進めるそうだ。

広瀬大将はうんざりしつつ。

嵐山が出来る事に感謝して、メールで返信しておく。

不可能なことについては、広瀬大将からも報告書を挙げておく。

それでどうにかアホ共……流石にアホ共は返信には書かなかったが。ともかくアホ共を黙らせておいて欲しいとメールを送る。

それから、後は無心に眠った。

ともかく今は、少しでも眠らないと、心身がどっちももたなかった。

 

激戦の跡地を視察していたナジャルータ博士は、種子島の植生を調べ。かろうじて残されていた1900年代初頭の論文と見比べていた。

1900年代初頭の植生よりも、更に完璧な再現がされている。

やはりこれは、人間がいる前に環境を戻しているとみていい。

それもだ。

普通、草原というのは放置しておくと、特に日本では荒れてしまう。土地が豊かすぎるのだ。

それが、荒れないようにほぼ完璧に調整されている。

人間が手を入れるよりも更に完璧に、だ。

環境論者がびっくりするような完璧さである。もっとも、環境論者なんてのは、あれらはただ背後に政治団体がいたり巨大な資金源……国家などがいて。国政や世論を混乱させる目的で動いているだけの連中だったのだが。実際そういった連中は、シャドウが来る前に滅茶苦茶に環境を荒らしていた「エコ発電」とやら。特にメガソーラーなどの明らかに環境に悪影響を与えていたものに対して、なんら批判はしていなかった。

国立公園や貴重な自然ののこる原野を、「環境に良い」とかいうメガソーラーが蹂躙する有様になんら口を出さなかったエセ環境論者など、シャドウの足下にも及ばないのだな。それはナジャルータ博士は、シャドウから奪回した土地を視察する度に理解する。

シャドウを動物が攻撃しないのも納得だ。

もしかしたらシャドウは。

いや、それは考えすぎか。

いずれにしても、シャドウとのコミュニケーション手段は、今後も模索していかなければならない。

連絡が来る。

畑中博士だった。

「出来るだけ急いで退避した方が良いかも知れないわー」

「どうしました」

「また大陸からシャドウの増援。 今度は北海道に向かっているみたい」

「!」

こっちからも来る可能性がある。

そういう話だった。

東日本はほぼシャドウに抑え込まれているが、幾つかの離島はまだ監視部隊がいたりする。

その中の一つが、万単位の小型と、十数の中型が渡海しているのを確認したという。更に守りを固めるつもりというわけだ。

それに、シャドウは人間を駆逐してから、確認されている数が十分の一くらいに減っている。

それらが消えたのでは無くただ人間の観測から外れただけなのだとしたら。

いずれにしても、一旦調査は切りあげだ。

問題は山積み。

それでもどうにかしなければならないのが、ナジャルータや。畑中博士のつらいところだった。

 

(続)