超音速の頭脳を砕け

 

序、増援につぐ増援

 

濃尾平野は監視に努める事に注力。今後は中国、九州への安全圏確保を狙う。東日本には現在生存者はいない。それが分かっているから、後回しでいい。

森林資源、水資源にもすぐれ。

シャドウが元に戻したのであれば、金なども取れる日本だが。

鉱物資源には限界がある。

鉱物資源も取れなくはないのだが、それも量が多くは無いのだ。宝石などはあらゆる種類が取れるという話はあるが。

今の時代、嗜好品なんぞ持っていても意味がない。

シャドウが元に戻した環境を荒らすのも推奨されない。

シャドウは本気で攻めてきていないだけ。

まだ相手の出方を窺いながら、中型の撃破事例を積み上げていくしかない。それが今、出来る唯一の事。

人間は何の優位も確保できていないのだ。

今日も偵察班が良くない報告を持ち帰ってきている。

九州に大部隊あり。

シャドウはまた渡海して戦力を送ってきているらしい。

そもそもシャドウがどうやって生じるかさえも分かっていない。

別の世界から来たと言う説もあるが。

その場合、その別世界から無尽蔵に増援を呼び込める可能性がある。

それを示すように、九州特に北部では、相当数の中型がまとまっているのが確認されている。

北九州にある唯一の拠点である出島だが、其処の兵士達は怯えきってしまっている。

「キャノンレオン、ストライプタイガー、ランスタートル、ブライトイーグル、中型はそれぞれ複数確認されています。 それだけではなく、小型は以前の五倍は確認されています。 この状態では、九州、特に北部に進むのは文字通り自殺行為でしょうね」

「他の地点は手薄になっていないのかね」

「なっていません。 これまで進ませてやったのだから感謝しろとでもいわんばかりに、シャドウは陣容を厚くしています」

諜報部隊として、新しく稗田少将という人物が抜擢されている。

この人物は広瀬大将と同年代だが、より新生病が酷く、痩せこけているし、いつも咳をしている。

それでいながら事務屋としての能力は極めて優秀で、広瀬大将の影で目立たないが、確実に偵察任務の結果をまとめてきていた。

それもあって、今回独自の部隊が編成され。

一個連隊規模の戦力が、全てスカウトで構成されている。

なお当然だが、戦闘力はないに等しい。

ジープや軍用バイクが多数支給されていて機動力はあるが、基本は護衛の部隊とともに行動する事になる。

ジープにしても軍用バイクにしても。

シャドウに追われたら逃げ切れないからである。

稗田少将が説明をするが、中国地方は前と比べて大してシャドウの数が増えていないようであり。

西進すれば姫路辺りまでは奪還できる可能性があるそうだ。

ちなみに姫路城は既にクリーナーに溶かされて失われている。

「しかしそれらで安全圏を拡げたところで、どれほどの意味があるのか……」

「ともかく、今は戦闘経験を積みながら、敵の数を減らすしかありません。 ただ気になるのは、一箇所だけ露骨に守りが薄いことですね」

「罠だというのかね」

「可能性はあります。 シャドウは高度な戦略的機動を行いますので」

広瀬大将が説明すると、流石に高官達も感情的な反論を避ける。

前回の戦闘でも勝利はしているのだ。

悔しいが一定の能力を認めなければならないというところか。

それに、新しい例の秘書官が出て来てから、キーキー喚くだけの無能な高官は肩身が狭くなっている。

そういう意味で、広瀬大将はやりやすそうではあった。

「現状で、まずやれるべきことをやるべきでしょう。 国力を強化し、兵士達には交代で休暇を取らせ、技術力の増強を狙う。 今まで交戦した中型との戦闘データをより深く分析し、今後の備えにする。 ただでさえ畑中准将は動けない状況です。 後続の人材を発掘する作業も必要です」

「悠長な事を言ってくれるな……」

「我々は25年まったのだ」

北米の代表が言う。

苦しい中でようやく一個師団相当の兵力を準備したばかりである。相当に懐の事情が厳しいだろう。

昔は文句なしに世界最強であり。

北米だけで他の全世界に勝てるとまで言われていた時代もあったのだが。

今ではそれも、見る影もない程衰えてしまっている。

それでもGDFの基礎となった部隊や技術は、最大のノウハウを蓄積した北米の軍が捻出したのだ。

それに対しては、一定の敬意を軍関係者であるほど払っていると言える。

「では、しばらくは休養と言う事でいいのだね」

「隙があると判断したら小規模な作戦は行うべきです。 ですが、四国奪回作戦のような大規模作戦を実行するのは当面は避けた方が良いでしょう。 各地で部隊の編成や、人口の回復にも努めてください。 クローンの技術についても、専門家は進歩に血道を注いでください」

そう広瀬大将が言うと。

日本のシャドウが極めて強力な布陣をしている事に対して、流石にコレに仕掛けろと言えないのか。

各国の無能なお偉方も黙るしかないのだった。

会議が終わる。

会議の様子を病室でずっと見ていた畑中菜々美准将は、ため息をつく。この様子だと、次は中国か九州南部か。

鹿児島にいる一万五千人は、なんだかんだでまだまだ重要な他国との窓口だ。

北九州に大量の中型が現れた事で、どうしてか廃棄されてそのままにされている呉へのアクセスが怪しくなった。

彼処には幾らかの軍需物資があったこともあり、隙があるときに少しずつ回収していたのだが。

今後はそれも難しくなるだろう。

出島の部隊は撤退を何度も具申してきているようだが。

目の前を中型含むシャドウの大部隊が何度も通行していったら、それは怖れるのも仕方が無い。

肩が痛い、

三回手術をやって、やっと見た目だけは元に戻ったが。骨やら筋肉やらをクローンで培養して移植したのだ。

そんな事をやって、楽に済むはずが無い。

今でもいたいし、定着しても定期的にこれこれこういうリハビリをしろと言われている状況である。

はっきり言って、何一つ嬉しくない。

医療が発展しても万能はないのだ。

菜々美のクローンも育てられているらしいが。同じ能力を持つ可能性は極めて低いだろう。

そう、世の中甘くはないのである。

無言で差し入れされた菓子を食べる。食べやすいようにと栄養をまとめたブロック状の菓子を貰ったのだが。医師はあまりいい顔をしなかった。

まあ病院食については、特に塩分を抑えるとかそういう指定もないようで、それなりに味がするのが出てくるのでありがたい。

黙々と食事をして、それで体を治す。

退院まであと一月。

退院した後も、しばらくは動けないだろう。

姉から連絡が入る。

ウォールボア対策の装備を、更に改善したという。

なんとかパイルバンカーは確かに強力だったが、あのウォールボアの凶悪な変形能力は流石に姉も想定外だった。

あれは仕方が無い。

菜々美も、あんなのありかとぼやきたくなったし。

例の超密度石による防御がなかったら、瞬く間に超世王は真っ二つ……菜々美ごと……にされていただろう。

そういう意味でも、いま生きているだけで充分。

また、グリーンモア対策も進めているという。

今までノーマークだったグリーンモアだが、想像以上に厄介な中型だと言う事が、前回の戦闘ではっきりした。

次は仕留めたい。

あれは明らかに此方の事を狙っていた。

観察していた。

次逃がすと、何をしでかしてくるか分からない。

ただでさえ、シャドウがどうやら被害を見逃せなくなったと判断して来たらしい状況である。

姉は複数のシャドウを捌けるように超世王を改良すると息巻いていたが。実際問題、すぐにそれが実戦投入できるかは別問題だ。

そういう事もあって、菜々美が頑張らなければならない。

まずは退院まで、大まじめに治療を受けることだけだ。出来るのは。

数日治療を受けて、それで何度か痛い思いをして。

それで右腕がある程度動くようになってきたが、パワーそのものは以前より落ちる。これは医師にはっきり言われた。

最悪右腕を切りおとさなければならなかった。

そういう話である。

右腕があるだけマシ。

そう考えなければならないのだろうと言う事は、菜々美も分かる。実際広瀬大将だって、戦傷で片腕を失っているのだ。

今後右腕の弱体化対策として、一種のパワードスーツをつけるのだという。これは右側にだけつける筋力補助具で、姉が作ってくれるらしいので、まあ信用はしていいだろう。

それにしても、どんどん全身がぼろぼろになっていくな。

別に自分のルックスなんてどうでもいいので、ぼろぼろになることに対して嫌悪感はないのだが。

それでも、寿命が削られることに関しては思う事もある。

長生きしたいとは思わないが。

それでも、シャドウに追われて、命を削りながら生きていた人達は幾らでも見ているのである。

それがどれだけ悲惨な生活であるかも。

それを思うと、色々と考えさせられてしまうのだった。

呉美中尉、いや大尉からメールが来る。

何となく仲良くなったのだが、時々やりとりをしているのだ。超世王のデチューンモデルをかなり良く扱っている事からも、上層部は菜々美のスペアとして期待しているらしい。

菜々美からすれば、スペアなんかでなくて、もう一人超世王を扱えるパイロットがいれば良いのでは無いかと思うので。

呉美大尉が順調に技量を伸ばして出世してくれるのは大歓迎だが。

周囲が政治的な事に利用して、余計な事をしなければいいのにと、どうしても思ってしまう。

メールの内容は、訓練についてだ。

姉が調整したシミュレーションマシンに乗っているそうだが、やはり相当に難しいとぼやいている。

まあそうだろう。

菜々美も毎回苦労させられている。

非常に癖が強い、前例もない兵器を操作するためのシミュレーションだ。それは苦労するのも当たり前。

しかもシミュレーションマシンに乗せられていると言う事は。

姉がデータを取るために使っていると言う事だ。

コツについて聞かれているので、答えてはおくが。

こればっかりは慣れしかない。

数をこなすしかないと言う話をすると、苦労しているんですねと言われたので。お互い様と答えておく。

菜々美も海兵隊にいた頃は、いつ強姦されてもおかしくないような状況だったし、苦労は相応に積んでいる。

25年前からつい最近まで、シャドウとの交戦が殆ど無かった時期の兵隊は、それなりに楽をしていたともいうが。

それでも誰もが苦労をしていなかった訳では無いし。

その間さぼっていたような兵士は、最近の会戦でばたばた倒れているとも聞く。

中型シャドウの凄まじい攻撃から逃れるのは完全に運だが。

やはり、鍛練をある程度しておかないと。

そういった運すらいかせない場合もある。

幾つか技術的な話をされたので、答えてはおく。

なるほどと納得してくれたので、良かったとは思ったが。それだけである。菜々美としても、二機以上の超世王で戦えれば楽だと考えているが。

それも姉の負担が大きくなるし。

戦闘経験がまだない中型相手だと、瞬く間にどっちも瞬殺という可能性だってあるのだ。単純に数が増えた事は喜べない。

色々とシビアな世界で生きてきた。

だから、こういう風に、どうしても構えてしまうのである。

しばらく寝る。

寝るのも回復に役立つし、立派な仕事でもある。

思ったほど病院では寝ている暇はないのだが。体が貪欲に睡眠を求めて来ているのは、回復したいからだろう。

だから出来るだけ、合間を縫って眠っておく。

おきだしてからは、診察だのリハビリだのである程度忙しいが。

それも軍務で前線にいるほどではないだろう。

まだまだやれる。

そう自分に言い聞かせながら、リハビリをする。どうせまた、上層部は無理を言ってくるのだろうから。

 

ナジャルータ博士は、スカウトと同行して、偵察任務に出ていた。

中国地方に偵察に出て、シャドウが補強されていない地域の視察に出ているのだ。小型種相手に近付きすぎないように。

それは稗田少将の口から徹底されてはいるし。

スカウトはそもそもベテランがやるものだ。

だから、ある程度は信頼出来る。

スコープで覗く先には、まるで死体のように寝そべっているシルバースネーク。あれは普段は、あんな風に寝そべる。とぐろを巻いたり、何処かに隠れたりしない。

野生の動物はシャドウに愛情を示すことはあるが、襲う事は一切ない。

このメカニズムはよく分かっておらず、蛇を好んで食べる猪の仲間が、シルバースネークには見向きもしない事が確認されている。

猪もそうだが豚の仲間は蛇毒に強い耐性を持っており、ガラガラヘビやハブなどでもカモにしている程で。

基本的にシルバースネークみたいなサイズの蛇は手頃な獲物としか認識しないはずなのだが。

或いは野生の動物には、シャドウがなにか別のものに見えている可能性もある。

それについては、分析をして、いずれ論文にしておきたかった。

「小型種ばかりですね。 密度が高いわけでもありません」

「これ以上近付かないようにしてください。 シルバースネークの殺傷力はご存じの筈です」

「了解しました。 一旦距離を取ります」

物わかりが良くて助かる。

その間も、小型シャドウを何度か見かけるが、いずれも戦闘態勢を取っているようには見えない。

あれらは何をしている。

無言でナジャルータは、観察を続ける。

やがて不意に違和感に気付いていた。

「速度を保ったまま、出来るだけ急いで味方狙撃大隊の元に急いでください。 他のスカウトにも連絡を」

「どうしたんですか」

「急いで。 後で説明します」

これはまずい。

今気付いたが、小型の配置が明らかに妙だ。いわゆる縦深陣地を敷いている。このままだと、迂闊な偵察をしていた場合。どうしても小型の射程から逃れられなくなる。小型種は一斉に此方を見た。

そして、じっと見つめていたが。

ふいと視線を逸らして、それぞれ別方向に移動して行く。

これはまずいな。

多分統率を採っている中型がいる。あれはどう見ても、相当に強力な中型が指揮を取っているとみていい。

だとするとランスタートルが真っ先に思い浮かぶが、京都方面だけで三体が確認されている状態だ。中国地方にも出て来ているとなると。

ランスタートルだけではすまないだろう。更に二〜三体は中型が控えていると見て良い。しかもこの様子だと、小型の奧に隠れていて、敢えて姿を見せていない。人間側の対策に、シャドウも対策し始めたのだ。

「危なかった。 下手をすると全滅していたでしょう」

「縦深陣地を構築して、人間を誘いこんだのですかこれは」

「今まで反撃されて、それを黙って見ていたわけでは無い、ということでしょうね。 今後の戦いは更に厳しくなると思います」

ナジャルータが指摘すると、兵士達は青ざめたようだった。

スカウトは集結すると、戻り始める。その間に稗田少将が報告を聞き、対策をまとめているという。

それについては任せるしかない。

ナジャルータはシャドウの行動の変更を見て、今後の事を考えなければならない。畑中准将が退院してきたのは良いことだが。

それはそれとして、また別種のシャドウを、どうにかして倒して、超世王の戦力を挙げなければならない。

小型は既に、どれも倒せるとナジャルータは判断している。

シルバースネークなどの遠距離攻撃を持っている相手も、投射型の斬魔剣があれば対応できる。

小型種はもう鎧柚一触に仕留める事ができているし。

そういう意味でも安心感がある。

今はとにかく、それらの戦果を少しずつ利用して、勝利につなげていくしかないのである。

それと、これだけの戦術機動が出来るのであれば、やはりコミュニケーションをとれる可能性が高い。

どうにか小型の一体だけでも捕獲できれば。

だが、捕獲したとしても、閉じ込めておくことすら困難だ。

シャドウはブラックウルフなどの大量にいる小型種ですら、MBTをひっくり返すのである。

生半可な檻なんかなんの役にも立たないのだから。

コミュニケーションについては、今まで幾度か試みてはいる。

それらについては、ナジャルータ博士も試している。

主に光をつかってのコミュニケーションを試みてきた。音なども使って来ている。

だが、それらで成果が上がったことは無い。

少なくともシャドウ達は、人間とコミュニケーションなんぞとるつもりはない。そう判断して良さそうだ。

だから、コミュニケーションをとるつもりになるくらいは、ダメージを与えないといけないだろう。

それも分かっているが。

現状では、それも無理だというのが実情だ。

ナジャルータはそのまま寮に戻る。

そして今回目撃した、シャドウの戦術機動を論文にしてさっさと仕上げてしまう。

ネットに掲載して、自由に見る事が出来るようにしておく。

昔は多数の人間がいて、中には希に「野生の有識者」がいたりもしたのだが。

それも今の人間の母集団では、一切期待出来ない。

それだけ、人間は数を減らしていて。

力も減らしているということなのである。

 

1、暖簾に腕押し糠に釘

 

広瀬大将は、スカウトからの情報を見ていたが、これでは仕掛けられないと判断する他無かった。

近畿はどこもシャドウが分厚く陣地を構築していて、とてもではないが仕掛けて成果が上がる状態ではない。

今の段階だと、今まで撃破経験がある中型は二体までならなんとか斃せると畑中博士は言ってくれているが。

だがそれも、あくまで二体まで、だ。

それ以上の数が出て来た場合は、軍に多大な被害が出るし。超世王だってもたないだろう。

この間のウォールボアとの戦闘で、また畑中准将は手酷く手傷を受けていたが。超世王が中型を斃せるとしても。

今はそれだけ、大きな犠牲が出る事を覚悟しなければならないのである。

中国地方ではシャドウが罠を張ってきたことが分かってきており。北九州もまた攻略は極めて困難だ。

そうなると南九州だが。

鹿児島周辺のシャドウを駆逐するにしても、中型が何が出てくるか分からない。当面はスカウトを派遣して、情報を収集するしかない。

残念ながら、それしかできることがないのだ。

黙々と情報を集めさせ、それで広瀬大将は策を練る。

もう少しマシな作戦を練る戦力があればと思うが。シャドウが本気で攻めてきたら、今確保している地域だって一瞬で踏み砕かれる。

シャドウの真意が今の時点ではまったく分からないのである。

そういう意味では、ナジャルータ博士との連携は必須だし。

何よりも、上層部をどうにか抑えなければならなかった。

嵐山主席補佐官が来てくれてから、どうにか動きやすくはなったけれども。あの人も年だし、なにより万能でもない。

今後は後続を育成すると言っていたけれども。

それも一朝一夕で出来る事ではないだろう。

いっそあの無能な天津原も鍛えてくれたらいいのだけどなと広瀬大将は思ったのだけれども。

今は、戦力を休養する時期だという持論もある。

あまり積極的に動かなくてもいい気もする。

兵士達には交代で休暇を出している。広瀬大将はそうもいかないのだけれども。なかなかに厳しいスケジュールをまとめていると、市川中将が来る。

「軍団長。 よろしいでしょうか」

「何か問題が起きましたか」

「はい。 どうもまた愚かしい事を目論んでいる方々がいるようでしてな」

糸目の癖に、愉悦しているのがなんとなく分かってしまうのが腹立つ。

なんでも新しく何処かしらから指揮官を派遣させ。その指揮官に一個師団を無理に預けさせ。

画期的な戦果を上げさせようとしているらしい。

それもM44ガーディアンと、保守的な軍需産業の作った「最新兵器」主体で固めた部隊で、だ。

指揮官の名前を聞くが、聞いたことも無い奴だ。

小首を傾げていると、市川は既に経歴を調べ上げてくれていた。

「スコットランドの好戦派の」

「ああ」

それで思い出した。

英国が瓦解した後、その残党はスコットランドに集まった。残党と言っても60万人ほどにすぎない。

ただ60万人というと、現在の人類社会ではかなり人数を抱えている方。特に一都市の規模でいうと、相当数である。

そのため無駄に発言力が大きく。

いつも広瀬大将は、その好戦的な言動に頭を抱えていた。

幸い、神戸が巻き込まれるわけではないが。

旧英軍を主体とした部隊を、今確か広瀬ドクトリンにそって(正確にはそうするようにGDFから勧告しているが、かなり反発されている)再編制している筈。それをドブに捨てるのは見過ごせない。

「スコットランドの王室は何をしているんですか」

「一応あの国は立憲君主制ですが」

「どちらにしても、首脳部は何をしているのですか」

「残念ながら制御不能のようです。 北米の軍需産業が私的なコネを有しており、GDFから独立して活動する節すら見せています」

死ぬぞ。

おもわず呟いてしまう。

60万都市から一個師団を捻出するのは相当な負担の筈だ。それなのに、更にバカをするつもりなのか。

M44ガーディアンなんて、シャドウに対して足止めにしかならない。M44ガーディアンで単騎で小型を倒した畑中准将が例外の中の例外。

ましてや既存兵器の延長としての兵器で、中型を倒すつもりでいるのか。

途方もないバカだ。

頭を抱えたくなるが、すぐに動くように指示。

このままでは死ぬだけだと説明をさせる。

市川も会議をする準備は出来ていると言うので、気は進まないが会議を行ってもらう。案の場、スコットランドの王(元は英国の王室だが)も会議に出てきていた。今の王はシャドウの脅威を侮りきっていて、いつも会議では好戦的な発言ばかりしている。そして、広瀬大将の事をよくも思っていないようだった。

だから提案する。

さっき師団長の長として指名されている人物。

それに北米の軍需産業の生き残りとして知られている要人。

それらを招くと。

「今後の知見のためにも、最前線でシャドウとの戦闘を見ておくのがいいでしょう。 映像だけでは限界があると思いますので」

「我等はあくまで後方から指示を出す立場だ。 最前線に立つのは兵士の仕事だ」

傲然と胸を張るスコットランド王。

はっきり言って、ただのアホだが。

それでも我慢しなければならない。

もともと英国王室は、ノルマンディー公の子孫である。これはそもそもノルマン人の海賊の子孫で。海賊に手を焼いたフランス王室が娘をくれてやって貴族として懐柔した連中の子孫だ。

だからフランスと英国は国家として親戚筋であり。

それぞれが極めて仲が悪いという歴史的な経緯があったのだ。

世界大戦の頃は連携してドイツを戦った歴史もあるにはあるのだが。いずれにしても英国が紳士の国などというのは、その歴史を知っていれば笑止としか言葉が出てこないものなのだ。

市川に話は任せる。

此奴とは出来ればあまり会話したくないと広瀬大将は思った。

「最前線に立てと言っているのではありませんが。 それに確か、英国貴族は最前線で世界大戦を戦ったと聞きますが?」

「そんな詭弁は知らん」

「詭弁では無く歴史的事実なのですがね」

「だ、だったらどうだというんだ!」

英語が無茶苦茶堪能な市川に言われて、明確に苛立つスコットランド王。

それに対して、市川は言う。

「現在中国地方か南九州にて、活動しているシャドウを削るための作戦を立案中です。 出来ればまだ撃破経験が無い中型を倒したいところですが、それはスカウトの活躍次第ですね。 その作戦に、顧問としてこれから名前を挙げる方々を招きたいと思っています」

市川は名前を挙げる。

北米で生き残っている軍需産業の中でも、特に保守的で知られる重役達。既に重役も何も無いのに、偉そうにしている連中。

そして今回、一個師団を任せられる予定だという、対シャドウ最強硬派の将校。

此奴にしても、実際にシャドウと戦った事は無く、日本での対シャドウの激戦を見て、いつもせせら笑っているような輩だ。畑中准将を無能なパイロットと罵っていたこともある。

「シャドウとの戦いが簡単で楽だと思われるのなら、間近で見て確認していくべきでしょうな。 現在細いながらも海路はつながっている。 ロイヤルネイビーに一個連隊ほど乗せて、此方にこられると良いでしょう。 此方としては戦力は一人でも欲しい。 それが如何にシャドウに対しては役に立たない装備をしている兵士であってもね」

「貴様、巫山戯ているのか!」

「我が国を馬鹿にする事は許されないぞ!」

「私が馬鹿にしているのは、最前線で実際にシャドウとの戦いを経験もしていないのに、まるで自分が名将のように勘違いしている存在だけです。 まさか、貴方方の中にそんな愚物はいないと思いますが」

黙り込むアホ共。

広瀬大将は、まあこれは放置でいいかなと思った。

正式に、天津原が招待状を出す。

相当に頭に来たのか、スコットランド王が問題の将校。アラコルン中将というらしい人物に命令していた。

「近衛連隊を貸し出す。 すぐに日本に渡れ。 編成中の対シャドウ部隊の装備を回す」

「はっ!」

やる気はあるらしい。

だったら、好きにさせるか。

「作戦が決まったら、一翼を任せます。 最新兵器の威力を持って、是非大きな戦果を上げてください」

「当然だ! がらくた兵器など問題にもならない事を教えてやる!」

威勢が良い事だが。

いいのは威勢だけだな。

ある侍が、だいだい武者と言われた事がある。

大坂の陣に参加したある侍だが、肝心の戦いでまるで役に立たなかったことが要因である。

図体だけは大きかったそうだが。

それを思い出した。

いずれにしても、スコットランドから此方には現在では一ヶ月以上掛かる。

船舶の技術も進歩してはいるが。

それでもイエローサーペントやブライトイーグルの勢力圏を迂回して進むと、それだけ時間が掛かるのだ。

スコットランドはロイヤルネイビーの残党から、相応の海軍をいまだに有してはいるのだが。

それらも今では、ほぼ役に立たない。

今回は大型の揚陸艇で、部隊を運んでくるつもりらしい。

まあ役には立たないだろうが、死なないようにせめて援護くらいはしてやるか。

会議が終わる。

後始末は市川に任せて、寮に戻ると、退院した畑中准将から連絡が来ていた。様々な超世王のデチューンモデルのシミュレーションをしているらしい。

デチューンモデルと言っても、特化型という観点であれば、畑中准将が戦った中型には、以前より遙かに有利に戦えるらしい。

ただしまだ支援プログラムの改善に余地有りである上に。

相手側がまだ手札を残していた場合は、それぞれのパイロットの対応力が試される事になる。

それを考えると。

支援プログラムの改良を進める事が必須であり。

シミュレーションでも手は抜けないと言う事だった。

稗田少将からの連絡も確認する。

どうもシャドウが要地のように固めている地点が幾つかある。

無理にスカウトを出しても死なせるだけなので、無理はしないように指示。

今の時点で広瀬大将は、次の戦闘は九州南部で小型の駆逐作戦をやろうと考えているのだが。

九州北部は中型が姿を隠しもせずに跋扈していて、仕掛けるのはリスクが高いし。なんなら九州南部で大規模戦闘が発生すれば、其処に乱入してくる可能性だって高いだろう。特にブライトイーグルが出てくると最悪である。

その危険性を理解出来ていない連中に、恐怖を教え込むには最適だ。

さて、作戦を練るか。

今度の戦闘では、ブライトイーグルが出る事は想定しておく。それと同時に、グリーンモアをどうにか仕留めたい。

畑中博士に連絡をしておく。

グリーンモアは予想より危険なシャドウの可能性がある。可能な限り倒しておいた方がいい。

そう告げると、畑中博士も同感だと言う。

「今までは戦力を見せていなかっただけのように思えるのよねえ」

「ええ。 威力偵察を仕掛けて来て、さっと戻ったあの手腕。 他の個体も同じように動くのであれば厄介です」

「今の時点で、北九州にて確認されている中型のリストをお願い出来ます?」

「すぐに送っておきます」

とりあえず、これでいい。

後は中型相手に、畑中博士が対策装備をして。畑中准将。

それに最近注目している呉美大尉が、奮戦してくれることを祈る他無い。

軍の指揮は広瀬大将で行うだけだ。

伸びをすると、幾つか先手を打っておく。

最悪の場合にも対応できるように。今のうちから、色々と手を打たなければならないのだった。

 

話を聞いて、菜々美はバカかとぼやいた。

一応最新兵器のリストは見る。

主砲をレールキャノンに換装した最新鋭戦車、アレクサンドロスV。まあアレキサンダー大王の事だが。

あまりにも名前負けしすぎている。

レールキャノンだろうが質量兵器だ。それでシャドウに通じると思っているのか。

小型種ですら倒せるか怪しい。

これを自信満々に十両投入するつもりらしい。

十両だそうが二十両だそうが、無駄だ。強いて言うなら、車体だけは欲しいかも知れない。

姉の作る超世王の機体は、今だ40式がベースだ。

パワーパックなどは姉が独自に改良しているが。軍需産業がプライドを賭けて開発したらしい車体であれば。

或いは少しは出力が上がるかも知れないのだから。

一応戦車としての走行速度、火力、装甲は、40式を更に凌ぐそうだ。特に整地走行速度100qはすごい。

ついに100qの大台に乗ったかと、菜々美もそこは評価する。

だが、シャドウは百数十qを小型種でもたたき出す上に、複雑な機動で迫ってくるのである。

アレキサンダー大王が勝手に名前を使われて憤慨するだろうな。

そう思って、菜々美はため息をついていた

三池が茶を淹れてくれたので、茶菓子をいただく。今日はチーズケーキか。よくこんなもの自作できるなと感心。

そして脳に糖分を入れながら、姉の方を見る。

対グリーンモア用の兵器を開発中だ。あいつは防御もしっかりしていたし、何より最大速度マッハ3というとんでもないスピードで走り回った。火力もしっかり備えている可能性が高い。

今まではあいつは本気を全く出していなかっただけなのだ。

だから。最悪の事態に備えて姉が改良をしてくれている。

今までは既存の兵器のシミュレーションを続けていた菜々美だが。今回はブライトイーグルの他に、ランスタートルが姿を見せる可能性もあるらしい。

何機か超世王のデチューンモデルを連れていくようだが。

陸上戦で対応できない相手に対処するためには、更にパイロットの育成がいるし。支援プログラムの調整。

何よりも、今まで斃せた記録がない中型を斃した実績。

この全てが必要になる。

だから菜々美も頑張らなければならない。

いずれにしても、休憩終わり。シミュレーションマシンに入る。

しばらく無心でシミュレーションをする。

この間好戦したウォールボアをある程度余裕を持って斃せるようにはなって来た。あの可変性が高い恐るべき「壁」の凶悪さはまだ夢に見るほどだが。

それでも今なら斃せる自信はある。

黙々と訓練をして、対抗装備の改良を入れていく。

勿論戦って確実に斃せるのと、継戦能力が残るのはまるで別の話になってくる。次の相手を即座に斃す。

そのためには、まだまだ足りない。

連戦を想定したシミュレーションを組む。

今の段階だと、ウォールベアがかなり厄介だ。ストライプタイガーやキャノンレオンは、どうにか出来る自信があるのだが。

ただ、中型種は基本的に菜々美を狙ってくる。

特に最近ではそれが顕著になっている。

それを利用して、中型を引きつけ、カウンターで仕留める。そうやって戦う事で、被害を減らせる。

敵の数が増えてきたときに備えて、今後は訓練をしておかなければならない。

何処の戦線も中型がガチガチに固めているのだ。今後戦果を上げるには、更に厳しい戦いを常に想定しなければならないのだから。

アラームが鳴る。

今日はここまでだ。

姉は、ずっと新しい兵器に掛かりっきりだ。グリーンモア対策に、相当に躍起になっている。

今度の九州での戦いで、グリーンモアが出てくれると良いのだが。

いずれにしても、少しずつでも中型は削り取らなければならない。

それと同時に、味方も少しでも生還させなければならない。

姉も兵士を消耗品となど考えてはいない。

それだけ苦しい立場にいると思っている。

姉みたいな天才型は、凡才を動物程度に考えている事もあるのだが。姉は少なくともそれは違う。

菜々美が一兵士として活躍していたから、かも知れないが。

それについては、考えて見ないと分からない。

前に、普通に兵士達の墓に出向いて、手を合わせているのを見た事がある。

いまでは墓場なんて殆ど造れないので合同墓地であり。シャドウに全て更地にされた墓のぶんもあわせたものだが。

これも人間が優勢になって来たら、宗教がどうので揉めるのかもしれないと思うと、菜々美も憂鬱ではあった。

宿舎に戻る。

携帯端末にメールが来る。

菜々美が宿舎に戻るスケジュールを把握しているかのようだ。

連絡してきたのは広瀬大将で、時間を見る限りタイマーでメールを送ってきたらしい。恐らく訓練中の菜々美の生態を把握していると見て良かった。

まあそれくらいはしそうである。

もの凄く部下達も丁寧に扱っているひとなので。

「九州に架橋は出来ませんが、揚陸艇による第二師団と超世王セイバージャッジメントのピストン輸送を行います。 名目上は鹿児島の安全確保ですが、シャドウを削って周辺の偵察をすること、場合によっては沖縄方面へ偵察可能にする橋頭堡の拡大が目的です」

「実際の目的と、私がすればいいことはなんでしょう」

「結論からいうと、グリーンモアを誘き寄せますので、どうにか倒してください。 中型種で今戦う場を用意できそうなのはグリーンモアです。 サンダーフィッシュは日本での目撃例が少なく、関東までいけばいるかも知れませんが、東海地方まで突破する方法が現時点では思いつきませんので」

「……分かりました」

グリーンモアか。

中型種の中で、戦闘の記録があるものの中では、もっとも速く走る種だ。しかもこの間の好戦で、知能も高いことがはっきりした。

あれは今まで速く走る鳥みたいに侮られていたが、かなり厳しい敵と見て良いだろう。

しかも現在、相互リンク機能には頼れない。

事前に作戦を練って、それで十全に準備を錬り。

それぞれが判断力をもって行動し。

それでシャドウと渡り合える。

技術の進歩に驕っていた人類は、シャドウにそれだけ遅れを取っている。人間の技術力なんて、たいしたものではなかった事を思い知らされてもいる。

今、超世王が結局は名人芸だよりの運用をされているのが良い例だろう。

姉だって、超世王の性能でごり押しすることは最初から想定しておらず。

シミュレーターでゴリゴリに模擬戦をこなさせて、それで戦うようにさせている。姉はあれで現実が見えていると言うことだ。

それだけ、これからの戦闘も厳しい事が分かってしまっているだろう。

普段何考えているか分からない姉だが。

それで苦しんでいる事だけは確かだった。

「今、超世王の調整をしていると思われますが、次の戦闘は揚陸艇がそれほど多く無いこともあって、かなり厳しい兵力での戦闘になります。 第二師団はどうにか輸送するつもりですが、それ以上の戦力は出せないでしょう。 海兵隊を連れて行けるかも知れませんが……」

「新しい海兵隊の指揮官はどうですか」

「今の時点では大人しいですね。 ただし海兵隊員はいまだに不平を零す者があとを断たないようです。 当面は要注意しなければならないでしょう」

「……」

海兵隊か。

人間相手だったら最強だった部隊。

英国の特務であるSASなどと並んで称された最強の部隊。

シールズやグリーンベレーなどの特務も有名だったが、北米の最強部隊として名を馳せたのだから。

どうしてもそのプライドを捨てるのは厳しいのだろう。

それは実際に所属していた菜々美だって分かる。

そのプライドを捨てないために、マッチョイズムなんてものに傾倒していたこともだ。

だが、彼処で殺され掛けたも同然だったから。

分かっていても、不愉快なのは事実だった。

「次の作戦は、畑中博士が準備ができたと判を押すまで此方で引き延ばします。 畑中准将も、しっかり体をそれまでに回復させてください」

「了解です」

通話を切る。

これは広瀬大将も大変だな。

そう思って頭を振る。

ただ、広瀬大将は自分の役割を理解出来ている。

それもあって、兵士を平気で使い捨てにするような勘違いエリートとは違うし。

その下にいる兵士達も、広瀬大将の指揮下なら勝てると思っている。

それでいい。

眠る前に、ニュースを確認する。

この間本部に押しかけてきた「要人」とその「一家」。何カ国かそういうことをしていた連中がいたのだが。

スキャンダルが発覚して、それらの一つのグループがまた国に追い返されたらしい。

あの嵐山という秘書官の仕事だな。

胸が空く話だ。

いずれにしても、これで五月蠅いハエがいなくなった。蠅は自分の国で始末して欲しいものである。

流石にこの状態で内輪もめをしていても、シャドウに笑われるだけだ。

それでいいと思うようだったら。

はっきりいって、GDFから出ていってほしい。

それが菜々美の本音だった。

 

2、鹿児島上陸に向けて

 

工場に出向くと、また超世王がごつくなってる。

四国の港から帰ってきたばかりだ。視察が必要だということで、四国の一角にメガフロートを作り、其処に港を作っているのだ。

呉から必死に少しずつ運んできた物資などを蓄積しているのもある。

今では、呉に代わってそこが海軍の根拠地のようだ。

海軍といっても、今では武装した軍用艦など何の役にも立たないので、ほとんどは揚陸艇だが。

そして人員が足りないので、悪名高い海軍陸戦隊だとか、海軍仕様の戦車とか。そういった悪しき歴史の産物が復活する予定もない。

クローンとして作成されたり。

人工子宮で育てられている子供はかなり数がいるらしいが。

その子らが大人になっても、支えるためのインフラがなければ、悲惨な扱いを受けるだけである。

子供が多ければ豊か。

そういう妄想が蔓延った時代もあったのだが。そういう時代では、人が余っている世代が「代わりは幾らでもいる」なんて理屈で使い潰されたり。孤児院で大量に人身売買が行われていた邪悪な東側の国家が存在したりといった事実は無視されるのが常だった。

シャドウとの戦いが続いている今。

そういった悪しき歴史は、繰り返してはいけないのだ。

それもあって、新しい世代の人間が増えるなら、働ける場所と環境を作らなければならない。

ましてや今は、軍人以外だったら。

仕事出来るように催眠学習で仕上がる年もずっと早くなっているのだから。

いずれにしても新四国メガフロートの出来は見てきて、それは満足出来るものだった。工場に戻ってきて、更にごつくなっている超世王を見て、流石に顔が引きつった。これを扱うのは大変だ。

だが、先行しているスカウトから。

南九州にも複数種の中型がいて。

手ぐすね引いて待ち構えている様子だと言う報告が上がっているし。

その報告をしているのは、あの有能な新人呉美大尉である。

だったら信じて良いだろう。

客観的な情報が出て来ているのなら、それは喜ぶべきなのである。

どれほど絶望的な内容であってもだ。

まず、三池さんに話を聞く。

今回はストライプタイガーなどの近接戦タイプだけではない。この機体だけで、遠距離戦もこなすようにするという。

斬魔剣が二本乗せられているが。

これは対キャノンレオン対策だろう。

ブライトイーグル用にビームも放てるようにしたら話が早そうだが。

今の時点では機構が複雑すぎて難しく。

シャドウとの戦闘では基本的に激しく機体がダメージを受けることを想定しなければならないため。

ちょっとやそっとのダメージで動けなくなるようでは意味が無いし。

なんなら菜々美の生存性を優先しなければならないため。

防御のシステムについても、考え直しをしているそうだ。

それで一旦はごつくなっているが。

これを調整しながら、ある程度シェイプアップするという。

まあ要するに。

減量するということだ。

ただ多機能を保ったまま減量するとなると、それは本当に大変な作業になる。一人や二人の学者で出来る事ではない。

姉はAIを自分なりに改良し、調教して。それを使ってある程度の負荷を減らしてはいるようだが。

結局ものをいうのは有能な科学者だ。

自分がもう三人欲しい。

時々姉はそうぼやいているそうである。

その姉は、巨大に組み合わせたモニタの前で、残像を作りながらキーボードを叩き続けている。

腱鞘炎にならないか心配になるが。

まあ、あの姉に限ってそこまでのへまはしないだろう。

「あの様子だと、三十分ほどで限界を迎えますね。 今茶菓子を入れて来ます。 シミュレータは仕上がっているらしいので、休憩を入れてから使ってください」

「ありがとさんです」

「いいえ」

別に笑顔が素敵なわけでもない三池さん。容姿が地味なので仕方が無いだろう。

黙々と作業に戻る三池さんを見送ると、とりあえず休む。

茶だけ啜っていると、結構良さそうなまんじゅうが出て来たので、いただくことにする。これは中々。

手作りでよく造れるなと感心して。

休憩を入れてから、シミュレーターに入っていた。

 

射程に入ると同時に、投擲型の斬魔剣をぶちこむ。これの機構もかなり小型化していて、以前はレッカー車のような巨大な随伴車両が必要だったが、今ではそれもなくなってきている。

キャノンレオンに直撃。

後の始末は、片手間にやる。

同時に突っ込んできたストライプタイガーに対応する。

引きつけて、音速で突っ込んできたストライプタイガーが、どう動くか見きる。相手は目なんか使っていないことは既に分かっている。だから煙幕とか目つぶしとかの類は意味が無い。

シャドウとの交戦が始まった頃、フラッシュグレネードなどがまるで役に立たないという報告例が挙がっていたようだが。

小型ですらそれだ。

中型には、めくらましなんて通じないのだ。

操作をして、ストライプタイガーをはさみ込む。そのまま地面に叩き付けて、そして切り刻んで倒す。

残酷なようにも見えるが。

こうしないと殺すのは不可能だ。

だから淡々とやる。

キャノンレオンが消える。即座に投擲型の斬魔剣を戻す。

操作。

なんとかシールドを展開。

スプリングアナコンダからの射撃を防ぎつつ、ストライプタイガーが暴れるのを抑え込む。

複雑な動きをするロボットアームは、ちょっとやそっと壊されたくらいではびくともしないくらい冗長性が確保されている。

そうしないと役に立たない。

なんども苛烈な戦闘をして、姉がそう結論した。

それは間違っていないと菜々美も思う。

なんとかシールドも、前より防御力が上がっている。ストライプタイガー、ロスト。機体ダメージ、許容範囲内。

移動開始。

小型が群がってくるのを、ばったばったと左右になぎ倒す。投擲型の斬魔剣を使ったのは。シルバースネークが毒吐きの態勢に入っていたからだ。

多数は斃せないが、少数なら移動しつつ対応できる。

よし、仕留めた。

螺旋穿孔砲のオートキャノンを装備する案もあるらしいが、あくまで超世王は対中型を意識した決戦兵器だ。

今の時点では、余分な重量と機構を詰め込めない。

スプリングアナコンダへ間を詰める。

反物質砲を連射してきたスプリングアナコンダを、間近まで迫って、二刀の斬魔剣を使って斬り伏せる。

奴は暴れもがき、火も吐いていたが。

それもやがて静かになっていた。

勝利。

シミュレーションを終えて、外に出る。

色々な中型の組み合わせで三連戦まで行けるようになって来た。まだ確実に勝てる訳ではなく、シミュレーションで負ける事も時々あるが、それでも充分にやれるようになってきていると思う。

ともかく今は勝率を上げることだ。

姉がシミュレーションの内容を反映して、更に調整を入れている。

二刀を装備した超世王は、それと同時にいらない機構をどんどんそぎ落としているようでもある。

まあ、これだけの高速改良は姉にしか出来ない。

これから科学者を追加するにしても、引き継ぎなどもある。

最低でも姉くらいの頭脳の精度がないと話にならないだろうし。

そういった子供をいわゆるデザイナーチルドレンとして作ろうともしているようだが。だいたい上手く行っていないようである。

横になって休む。

医師に言われたのだが、汗腺が弱くなっているらしく。熱に弱くなっているそうだ。

前にスプリングアナコンダとやりあった時、全身に低温火傷をしたが。それが原因の一つであるのは確定らしい。

まあ、それもそうだろう。

体の表皮の何割かが火傷すると死に関わる。

そこから生還しているのだ。

後遺症がない筈もない。

黙々と体を調整して、それでシミュレーションを終えたら休む。シミュレーションマシンはバリバリに冷房を調整してくれているらしいのだが。

それでも激しい戦闘をしたあとだと、体の調子がおかしくなる。

リハビリもしてはいるが、追いつかない。

医師はあまり中型とやりあうのに賛成できないと言っている。それも皆、口を揃えて、である。

まあそれもそうだろうと菜々美は思う。

呉美大尉などの有望な後続がいるなら引き継ぎ、後はアグレッサー部隊にでも所属するのが現実的なのだろうが。

状況がそれを許してくれない。

呉美大尉が直に言っていたのだが。

菜々美ほど、姉の変態兵器を使いこなせないそうである。

しばし仮眠室で休んだ後、またシミュレーションマシンに入る。

ブライトイーグルが混じった混成が、相手にしていて一番きつい。しばし訓練をしていたところで。

呼び出しが来ていた。

「こちら畑中准将」

「広瀬です。 実は急いでイエローサーペントを駆除していただきたく」

「了解しました」

懸念されていたのが、豊予海峡を渡るときにイエローサーペントに襲われる事だ。そしてまだまだ九州の南にはイエローサーペントがいる。沖縄の周囲に至っては、確認されているだけで四体いるという話だ。

その内一体が、明確に北上してきている。

それを撃破して欲しい、ということだった。

勿論今度の作戦の事は知っているから、退治しない理由がない。即座に出向く。

海中戦用の超世王も相当に強化されてはいるのだが。

しかし、それもまだ残念ながら途上だと姉は認めている

潜水艦のボディを持つ超世王は、以前よりも更に静音性を増しているが、それでもイエローサーペントとブライトイーグルのタッグには立ち向かいたくない。

事前にブライトイーグルの予想飛行進路に、なんとかビームを装備した超世王のデチューンモデルを二機配備。

装備が換装できるようになっているので、配備は比較的フレキシブルに出来るのだ。

そのまま、新四国港から海中に潜る。

イエローサーペントが向かってきている方面の海底まで潜る。大陸棚から少し外れると、下は真っ暗。

深海は海の砂漠だと聞くが。

砂漠というよりも、生命を拒む魔界にすら思える。

勿論深海にも独自の生態系があって、生物が独自の生態系を構築していることは菜々美も知っているが。

それでも中々にひやりとさせられる。

イエローサーペントが来る。

ブライトイーグルも迎えにきているようだから、撃破を急がなければならないが。泡を大量に纏っていて、それも周囲に射出しながら移動しているようだ。

なる程、周囲の静音性を消しているわけだ。

あの中に突っ込むと、即時でソニックブームが飛んでくるとみていい。勿論喰らえば一貫の終わりである。

ましてや今交戦を想定している地点は、深海の上。

沈んだら助けは来ないだろう。

「ブライトイーグル、移動開始。 超世王デチューンモデルで牽制します」

「あまり時間は稼げません。 急いでください」

「……」

海中では音を立てられない。

泡を発射している法則性は見当たらない。だとすると、適当に泡をばらまきながら移動しているとみていい。

距離を詰めていく。

泡の範囲外なら気付けていないが。奴のデッドラインである五十mの範囲内は、とてもではないが迂闊に近づけない。

これは厄介だな。

ぼやきながらも、距離100mをきる。

機体の側を、泡のジェットが掠める。この距離で捕捉されたら、ソニックブームのエジキだ。

ひやりとする。

だが、五十mを切る。

運が良かったのか。それとも。

イエローサーペントと戦って来た勘が働いたのか。

いずれにしても、なんとかドリルを叩き込む事に成功。たたき込み次第切り離し、即座に潜行開始する。

イエローサーペントが苦し紛れに放ったソニックブームが超世王を掠め、機体を切り裂いた。

致命傷じゃない。だが、船内に水が入り込み始めたようだ。即座に応急処置が始まるが、ひやりとさせられる。

さらに潜行。

一気に1000mまで潜る。

上ではイエローサーペントが滅茶苦茶にソニックブームを放ち、かなり至近を何度もソニックブームが掠めてひやりとさせられた。擦っただけでかなり危険な状態なのだ。だが、やがて。

ドリルにとどめを刺されたイエローサーペントは、沈黙したようだった。

「此方畑中准将。 帰港します」

それだけ呟く。

ドリルも使い捨てになっているが、回収出来るようなら回収して欲しい。そう言われる。幸い破壊はされず、遠隔操作で回収が出来そうなので、やっておく。

溜息が出た。

イエローサーペントは運が良かったから斃せたが、また防御能力を工夫してきている。このままだと、またいずれ斃せなくなるだろう。

他の中型も似たような事をしてくると見て良い。

このままでは厳しい。

もしも戦術を強化するいたちごっこに入ったら、地力が厳しい人間が負けるのは目に見えている。

それは冷静に認めなければいけないことだ。

そもそも今の段階ですら、中型種が全力で人間を潰しに来たらひとたまりもないのが現実である。

菜々美は大きく嘆息していた。

 

工場に戻ると、ナジャルータ博士が来ていた。

イエローサーペントのデータを確認してくれている。ナジャルータ博士によると、やはり超世王をメタる戦略にシフトしていると見て良いそうである。

キャノンレオンにしてもそうだが。

多数が倒されている中型ほど、新規の技を使ってくる可能性が高いとナジャルータ博士は断言。

まあそうだろなと、菜々美も思うので。

厳しい状況だと考えるしか無かった。

「イエローサーペントには、根本的に対抗戦術を変えなければならないかも知れません。 今回は畑中准将の歴戦の勘がどうにか相手の防御をかいくぐりましたが、超世王セイバージャッジメントももう少しダメージが大きかったら撃沈していたはずです」

「その通りねー。 しかし参ったわ。 残念だけれどハイパースラッシュドリルは、自律稼働させる事は厳しいのよねえ。 人間が近くまで持っていかないとどうしてもEMPを使ってくる飛翔種が一緒にいる場合は無力だし」

「二次大戦の時に使われた自爆魚雷のような非人道的なものを上層部が考え出す前に、対策を練らないといけませんね」

「まったくよ」

とりあえず、菜々美が嘴を突っ込む隙はなさそうだ。それでいい。

本職二人の会話に入りこむ必要性はない。

しばし休んでから、シミュレーターに入る。

以前の戦闘で確認されたグリーンモアとの戦闘が想定されたシミュレーションだ。現状では新しい装備もあるにはあるが。

それを使ってグリーンモアの足を止めるわけではない。

それにあいつは超音速で走り回りながら、それでいて別に動きが直線的ということもない。

人類の科学力では追いつけないところにいる存在だ。

これは他の地上種シャドウにも共通している話ではあるのだが。

「厳しいな……」

今まで避難民にばかり振るわれていたあの嘴だが、もしも狙ってくるとなると、超世王の上から菜々美を串刺しに来るだろう。

例の石で防ぐとしても、奴の速度はウォールボアのあの可変型の壁よりも更に速いとみていい。

機械での対応ですら追いつかないだろう。

勿論CIWSと組み合わせた防御システムを姉は組むだろうが。

それでも限界があるのだから。

しかも、グリーンモアだけが来るとはとても思えない。

グリーンモア以外にも中型が来ると考えるのが自然で、そういう意味では最悪を想定して常に戦わなければならないだろう。

しばし訓練をするが、どうしてもやりづらい。

姉が組んでくれている支援システム……超世王のコアシステムだが。その今まで蓄積した経験と支援のためのプログラムでさえ、グリーンモアの速度に追いつけないのではないのかと言う疑念がある。

それにグリーンモアは、他の中型よりも格上なのかも知れない。

あれが軍でいうスカウトみたいな仕事をしているとすると。

熟練兵がやるスカウトと同じで。

他のシャドウに情報を伝達したり。

或いは、人間の情報を収集して、対策に役立てている可能性だってある。

だが逆に言うと。

そんな存在を斃せれば、かなり勝利に前進することになるだろう。

だから困難であっても、菜々美がやらなければならないのだ。

アラームが鳴る。

まだ明確な勝利は得られていない。

何よりグリーンモアはまだデータが足りないのだ。今組んでいるシミュレーションマシンのデータよりも、更に格上のスペックで襲ってくるかも知れない。

勿論姉はそれを想定して、マッハ5で走るグリーンモアをシミュレーションマシンで再現している。

少なくともこれを安定して斃せなければ。

戦いを開始する事は厳しいだろう。

現実的な問題もある。

既に表面化しているらしいのだが。鹿児島の港にいる人間が、物資不足で困っているということだ。

此処でいう物資というのは、医療品などのことである。

一万五千では、正直医療の安定は厳しい。それも非常に厳しいと言わざるを得ないのが実情だ。

神戸に移りたいという者もいるのだが。

現在淡路島の要塞化と、地下の都市下を進めていて。

此処では医療品の生産工場などを作る予定で、あるいはそれが完成したら。鹿児島から希望者を募って移住してもらったり。

或いは此処で作った薬を、世界中に輸出することになるかもしれない。

だがイエローサーペントの安定撃破に黄色信号がついた今。

それも簡単にはいかないのが現実ではあるのだが。

シミュレーションマシンから出る。

しばしため息をついて、手を見る。

まだ火傷の痕が残っている。少しずつ消えてはいるが、柔らかい女の子の手などとは比べられない。

堅い軍人の手だ。

別に恋だのに興味は無い。

だが、それでも此処まで普通と乖離してしまうと、少し寂しくもなる。いずれ姉と三池さんと、平穏に三人で暮らしたいなあとか考えてもいるのだが。

その時に、このかったい手はあまり+にはならないだろうし。

なんならこれを見る度に、過去のトラウマが蘇るかも知れなかった。

いずれにしても、今は訓練だ。

自分の事も大事だが。

一万五千の牙なき人々の命が掛かっているのもまた事実だ。

それもある。

何より、グリーンモアを討ち取れれば、今の膠着した戦況を一気にひっくり返せる状況が出て来た。

近畿や濃尾でガチガチに守りを固め。

中国地方には縦深陣地を構築して人間の攻撃を誘う。

こういう狡猾な防御戦略は、グリーンモアが現れてからのように思う。

だとすれば、奴を倒せば、少しは敵の連携を崩せる可能性もある。

楽観だが。

今はそれを敢えて希望と言う。

訓練を続ける。

マッハ5の壁は流石にきつい。これを維持したまま好き勝手にジグザグ機動するし、なんならいきなり停止したりもするのだから、摩擦係数や空気抵抗は一体どうなっているのかとぼやきたくなる。

それでも実際にやっているのだ。

人間が知らないルールで動いている。

そう結論するしかない。

これに関しては、反物質長距離砲を使ってきていたスプリングアナコンダの時点で分かりきっていたし。

何より超音速を超えて走るストライプタイガーの時点ではっきりしていたではないか。

シャドウは生物ではない可能性が高い。

それも要因だとすると。

いずれあの不死身ぶりや。

超高熱の長時間暴露でしか斃せない特性についても、解明されるのかも知れない。

訓練を続ける。

グリーンモアの性能を更に上げて貰う

あり得ない、というのは逃げだ。

相手は実際にやっている。だからそれを解明するのが科学の筈。姉はそれについては、たまに酔ったときなどに解説していたっけ。

実際に起きている現象を、非科学的だからあり得ないというような言動が、一番非科学的であると。

科学者であるのなら、実際に起きた現象を科学的に解明するのが正しい。

既存の理論で解明できない場合は、理論が間違っているか、それを解明できる理論を産み出す。

それが科学なのだと。

菜々美もそれは分かる。だから、訓練する。

姉が、グリーンモアを斃せる装備を作ってくれると信じる。

ただ、今やるべき事は、それだけだった。

 

3、死闘鹿児島近郊

 

揚陸艇のピストン輸送で、第二師団が九州に渡る。九州も一面の緑となっているが。元々九州は山岳地帯が多い。

そもそもアジア屈指のカルデラである阿蘇山が存在している場所であり、この阿蘇山の大噴火で大きな被害が古代に出た事もある。

日本は火山列島であり。

阿蘇山はそれの一翼を担う危険な山。

それを示すような、極めて危険な地形が連なっているのだと言えるだろう。

第二師団と同時に、海兵隊の半分である一個連隊440名も上陸。

それと一緒に、医療チーム500名ほどが鹿児島に入った。

この医療チームは、医療用ロボットなどを配備している専門の部隊で、以前も四国の孤立集落救助で活躍した実績がある。

とにかく救助を進め、それで鹿児島の港を正常化する。

GDFの上層部も相変わらず無意味に騒いでいるようだが、今回の作戦の実施が決まってとりあえずは黙った。

少しずつ反撃作戦が実施されている。

超世王も強化されている。

日本に中型が以前より集まり、もしも同時に複数の中型を撃破出来た場合、人類は一気に反撃に出られる可能性が高い。

これらを説明して、ようやく黙らせたのだ。

それに四国を奪回した実績もある。

淡路島に地下街を作り、人間の生存圏を拡げる計画が始動したこともある。

東京を奪回できれば更に話は楽になるのだが。それをやるにはまずは西日本の奪回が前提だろう。

現状のシャドウの守りはそれほどに分厚いのだから。

超世王も上陸する。

デチューンモデルは前回の対ウォールベア戦と同じく三機が来ている。ビーム装備型が二機と、なんとかナックル装備型が一機。

これは阿蘇山にブライトイーグルがいるからである。

何度か複数の中型との交戦はシミュレーションでやった。今まで撃破経験があるあらゆる中型を組み合わせた。

その中で一番勝率が下がったのが、ブライトイーグルとの組み合わせだ。

まあ人間から制空権という概念を奪い去った空の王である。

当然ともいえるし、近代兵器の天敵ともいえるので。守りをガチガチに固めるのは当然だろう。

投擲用斬魔剣をデチューンモデルから外したのは、それを超世王が装備しているからである。

今回超世王は、ランスタートルが来た場合、ブライトイーグルが来た場合はデチューンモデルに対応を任せるが。

それ以外の中型は、全て引き受けるつもりでいた。

第二師団が展開を終える。

スカウトが戻り始める。

通信が入っているが、はっきりいって状況は良くないようだ。

「小型種が続々と集まっています! 山岳地帯と言う事もあり、狙撃大隊は引き撃ちにて困難を極めると思います!」

「厄介ですね……」

「小型は超世王に集めてください。 できる限り対応します。 シルバースネークは相性が悪いので、狙撃部隊で優先的に始末してください」

「分かりました。 どれくらい小型相手にやれるのか、データを取りましょう」

既に戦争のやり方は、数百年ぶん戻っている。

制空権は失い、制海権も怪しく。ミサイルも役に立たない。ボタン戦争の時代は既に終わり、陸上で圧倒的な制圧力を持っているのはシャドウだ。

狙撃大隊の割合を更に増やしている第二師団だが、現在前線で舌なめずりしている小型シャドウは万に達するようだ。

基本的にこの数の小型を相手にするのは論外である。

もしも戦闘を開始した場合、中型を倒す以前に、味方が全滅しかねない。一度接近を許してしまえばおしまいなのだ。

それでも、突出している相手を狙撃。

ともかく、鹿児島がシャドウに接近されている今、失う訳にはいかない。少なくともこの前線に出て来ているシャドウは削らないとまずい。

螺旋穿孔砲で前衛に出て来ていたシャドウを挑発的に撃ち抜くと、面倒くさそうに数百が動き出す。

螺旋穿孔砲がこれほどの数配備される前は、これですら機甲師団で対処できなかったのだ。

その上シャドウは、上り坂だろうと全く走る速度が落ちない。

狙撃大隊はクロスファイヤーポイントにシャドウを引きずり込もうにも、山岳地帯だから限界がある。

超世王が前に。

ブラックウルフとクリーナーが一斉に襲いかかってくるが。

近接戦型の小型だったら、十や二十は既に蹴散らせる筈だ。

斬魔剣を振るう。

機体を微調整しながら、飛びかかってくる小型を片っ端から始末する。後方のデチューンモデルにはまだそのまま待機してもらう。

出るのは早い。

数体を瞬時に切り裂き。

同時に飛びかかってくる数体を、支援プログラムの助けを得ながら、まとめて斬り伏せる。

ブラックウルフもクリーナーも、死角を取ろうと背後にいようと、既に超世王の敵ではない。

ただしそれは先に攻撃出来た場合だ。

もしも機体に食いつかれた場合、装甲を一瞬で喰い破られる可能性が高く。油断は即死につながる。

斬り伏せ、更に斬り飛ばす。

非常に数が多いが、狙撃大隊がある程度間引いてくれる。だから安心して、前衛で暴れ続ける。

前に出てきて冷やかしになる小型と、意図的に後ろに回り込んでくるのがいる。

それぞれの個体の命なんてどうとも思っていないと見て良さそうである。生物ではない可能性も高そうだし、それも当然か。

40を超えた。

更に50を超えた時、別の群れが動き出す。

第二師団が陣形を変える。

陣形なんてものが用を為す時代はとっくに終わったのだったな。シャドウが現れる前には。

だが、シャドウが現れてから、それはまた必要になった。

必要になったと人類が理解するまで四半世紀も掛かった。

それくらい凄まじいシャドウの猛攻が人間の軍隊を蹂躙し続けたと言うことでもある。

今でも、油断すればあっというまにまた蹂躙される。

各狙撃大隊が、超世王に戦力を集中させる。

片っ端から、小型を斬る。

少しずつ機体にダメージが入っているが、後退は出来ない。最前衛で一定数を引きつけない限り、シャドウに蹂躙される部隊がどうしてもでる。

集中しつつ、次々斬る。

だが小型は全く怖れない。シャドウが何かを怖れる事は見た事がないが、それは仲間がばたばたと斬り倒されている今も同じ。

やはり此奴らは。

生物として無茶がある。

そう思いながら、横殴りに同時に四体のブラックウルフを斬り伏せた。

燃料は問題ない。

というか超世王のパワーパックは特別性らしく、数時間くらいの継戦はなんでもないのである。

この辺りは40式のガワを使っていても中身は別物。

それに関しては、デチューンモデルも同じなのだろう。

百体は斬り伏せたか。

だが、まだまだ小型が波状攻撃をしてくる。途中からおかしな事に気付く。奮戦している狙撃部隊に、シルバースネークが殆ど向かっているのだ。流石に当てづらいシルバースネークは、どうしても倒し切れない。毒吐きを貰って、歩兵戦闘車やジープごと溶かされてしまう兵士も多い。

ブラックウルフとクリーナーは狙撃部隊を殆ど狙っていない。

妙だなこれは。

菜々美は広瀬大将と連絡をつなぐ。

「広瀬大将。 話したいことが」

「戦闘の片手間に大丈夫ですか」

「ええ、問題ありません。 其方も被害が出ていますが、問題ありませんか」

「なんとか削り続けて見せます」

そうか。

被害を出している兵士は、いずれも訓練を重ねて変態兵器としかいえない螺旋穿孔砲を使いこなせるようになった者ばかりだ。

一人の兵士の被害を安いと思うような輩は、現在の軍に籍を置く資格は無い。

その上で、敢えて話す。

「非常にまずい状態ですね。 恐らく罠です」

「……超世王を消耗させるつもり、というわけですね」

「察しの通り」

流石だ。気付いているか。

このあからさまにおかしいシャドウの動き、そうとしか考えられない。

既にシャドウは千体いや千五百体は失っていると見て良いが、それもまるで痛痒に感じている様子が無い。

大陸からどんどん援軍が来ているのか。

それとも、必要な犠牲と判断していると言う事か。

「四国より連絡! 瀬戸内海を渡航して、ブルーカイマン出現! これより第三師団が対処に当たります!」

「今まで人間の手に落ちた土地に、シャドウが再侵攻の動きは無かったのに!」

「そんな理屈はシャドウには通じないでしょう。 最大級の警戒をしてください」

「ホワイトピーコックです!」

兵士達が悲鳴に近い声を上げる。

この九州の峻険な山岳地帯では、迫撃砲の役割を果たすホワイトピーコックは脅威である。

これにシルバースネークも勢いを増す。

被害が増えていくのが分かる。接近されるとおしまいなのだ。小型が相手でも、部隊単位で引き裂かれてしまう。

超世王の方にはホワイトピーコックは来ない。

本当に苛立たしい程に不愉快な連中だ。戦術をちゃんと知っている。効率よくどうすれば人間を殺せるか。

25年で学んでいたのは人間だけじゃない。

シャドウも、ということか。

機体のダメージが増えてくる。相手にしている数が数だ。しかも今回、ブライトイーグルとランスタートルを警戒しているため、後続にいる超世王のデチューンモデルは、小型に対応できない。

広瀬大将は恐らく必死の抵抗を続けている筈だが。

これは被害が出るぞ。

そう思いながら、飛びかかってきたブラックウルフを斬り倒す。これで、130を超えた。まだまだ。そう思うが、明確に機体にダメージが蓄積し始めている。

そして、姿を見せる中型。

恐怖の声が上がっていた。

「中型だ!」

「このクソ忙しい時に!」

「キャノンレオンです!」

即応。

投擲型の斬魔剣を放つ。以前は巨大な機構を利用して、ルアーを投げる要領で投擲していた斬魔剣だが。

現在はVLSの要領で打ち上げて、それをワイヤーで制御して着弾させる仕組みを採っている。

その間も、ロボットアームを振るって集ってくる小型を斬魔剣で切り裂き続ける。だが、少しずつ対応が難しくなってきている。

キャノンレオンに投擲型斬魔剣が直撃。

凄まじい悲鳴が此処まで聞こえてくる。だが、小型が投擲型斬魔剣に集ろうとする。だから、複雑な機動でそれを蹴散らしながら、キャノンレオンを切るしか無い。集中攻撃で、狙撃大隊がキャノンレオンを斬っている最中の投擲型斬魔剣に集る小型を対処してくれるが、当然前衛に出なければならず、そこをシルバースネークが狙いに行く。極めてまずい状況だ。

更に中型。

よりにもよってウォールボアか。

また今回控えさせている超世王のデチューンモデルで対応できない相手だ。其奴はそのまま態勢を低くすると、逆落としするようにして、超世王に仕掛けて来る。その速度は凄まじいが、山の木々をまったく傷つけないで降りてくる。凄まじい神業だ。一体どうやっているのか。

躍りかかってくるウォールボア。

立て続けに左右から来た小型を斬り伏せつつ、しゃいなんとかパイルバンカーを展開。こいつはかなりデリケートなので、厳しいが。それでもどうにかするしかない。跳んで襲いかかってきたウォールボアは、その顔についている壁を凶悪な形状の棘にすると、超世王を引き裂きに掛かってくるが。

そのウォールボアを、前後左右から、ロボットアームがはさみこんで、キャッチする。

前回のロボットアームの更なる改良版だ。それも奴の「壁」の可変性を見込み。それに対応して動く。

地面にウォールボアを叩き付け。なんとかパイルバンカーで超高出力のプラズマを直に叩き付ける。それに集ろうとする小型を斬り伏せ続ける。まずい。頭から湯気が出そうである。支援プログラムの助けを得ていても、限界はある。ぎりと歯を噛みながら、まだキャノンレオンすら斃せていない事実に苛立つ。

エラー。

キャノンレオンを斬っていた斬魔剣のワイヤーがクリーナーに溶かされた。

だが遠隔でやれる。どうにかキャノンレオンを斃す。奴をハンドフリーにさせたら、五分もしないうちに第二師団は消し炭にされる。此処で殺しきらなければならないのだ。両手を全速力で動かしつつ、ずっと作業を続行。

まずい。あたまがクラクラしてきた。

相手を時間差各個撃破する戦術はいい。散々やってきた。

だが此処まで徹底した飽和攻撃をされる事は想定外だ。しかも恐らく、シャドウは斥候から得た情報で、ブライトイーグル対策、ランスタートル対策をしていることを判断している。

その証拠に、阿蘇にいるらしいブライトイーグルは高みの見物だという報告が聞こえてきている。

くそ。

下手な人間より作戦指揮が凄まじい。

一万年の戦闘経験値が人間の売りであるらしいが、シャドウからすればその程度模倣は簡単と言う訳か。

キャノンレオンが倒れる。死体が消える。

だが、一斉に投擲型斬魔剣にクリーナーが集って、見る間に破壊してしまう。破壊と同時に大爆発して、集っていた小型もまとめて巻き添えにしたが。それでもダメージは大きい。

もう意味を為さないワイヤーは自動で巻き取らせる。かなり長い上に、残しておくと色々厄介だからだ。

そのまま、ウォールボアにとどめを刺しに掛かるが。

ついに飽和攻撃が、菜々美の反応を抜く。

装甲に食いついたブラックウルフが、装甲を食い千切りに掛かる。例の石を即時移動させて対応し、斬り倒すが。

それを切っ掛けに、小型が次々に組み付いてくる。

その内のクリーナーが、派手に装甲を溶かしに掛かった。斬魔剣で切り伏せるが、アラートが出ている。

装甲が相当にやられている。まずい。ちょっとした衝撃で、穴を開けられかねない。これ以上貰うのは無理だ。

更に今ので、ロボットアームにダメージも出る。斬魔剣で小型を蹴散らし続けるが、それも限界か。

味方もかなり厳しい。

この状況でも、デチューンモデルの装備換装は出来ない。

ブライトイーグルとランスタートルは、それぞれ対処手段がない。装備換装した瞬間、奴らが出て来たら詰む。

遊兵を作らざるをえない。

用兵家としては、忍耐を削られるだろう。広瀬大将も、強烈なプレッシャーを受けている筈だ。

ウォールボアが、最後の力を振り絞って暴れる。それを必死に防いだ瞬間、ウォールボアを抑えていたロボットアームにクリーナーが飛びついた。ロボットアームが溶け砕け散る。

即座にクリーナーを切ったが、それで一気にウォールボアが暴れる。機体が激しく揺動し、舌打ちしながら支え直す。

「壁」が激しく形状を変えていたが、それが超世王に迫ってくる。

あれに接近させたら終わりだ。味方の援護射撃も限定的な中、どうにか耐えるしかない。必死に耐えながら、プラズマを浴びせ続ける。

ウォールボアの名前の基になった猪も極めてタフな生物だが。こいつも相当だ。

超世王が振り回される中、それでも必死に斬魔剣で小型を蹴散らす。既に小型は二百は斬った。一機での戦果は記録的だが、それでも戦況に影響は与えていない。潤沢な戦力投射を敵は続けており、更にはまだウォールボアも斃せていない。

そして、奴が姿を見せる。

「中型更に出現! グリーンモアです!」

来たか。

恐らく近畿で交戦した相手とは別だろう。だが、それでも此処でどうにか斃さなければならない。

グリーンモアは大陸からの援軍で現れたとき、一度に四体姿を見せた。これは偶然だろうか。

キャノンレオンのように二体三体と連携して動く中型も存在しているが、グリーンモアはもっと多くで情報を収集、伝達するシャドウではあるまいか。

ウォールボアを抑えていたロボットアームが、負荷に折れ砕けた。

だが、その瞬間。

ウォールボアが断末魔の絶叫を挙げ、消えていく。

高出力プラズマをパイルバンカーから周囲にぶちまけて、小型を蹴散らすと。なんとかパイルバンカーを格納。

機体ダメージ、かなりまずい。

装甲もそうだが、今の激戦であちこちガタが来ている。

グリーンモア戦は最悪の想定で何度もシミュレーションをしたが。相手が此処までの飽和攻撃をしてくることは想定外だったし。

恐らく超世王のリソースを削るために、他の中型を捨て駒にするとまでは流石に考えていなかった。

生物ではない。

性質は真社会性に近い。

この二つを鑑みても、ちょっとばかり異常だ。

それに頭を使いすぎて、くらくらする。

据え置きのスポーツドリンクを口に含みながら、まだまだ集ってくる小型を蹴散らす。キャノンレオンもウォールボアも倒した。だからリソースを、小型だけに向けられる。だが、グリーンモアは、それを見越したように動いた。

来る。

マッハ3に見る間に達した緑の走鳥。もの凄い機動で、此方に迫ってくる。通常の三倍、なんて言葉があるらしいが。

それどころじゃない。

こいつ、菜々美が人間で。

今ので相当に消耗したことを見切って、それで仕掛けに来たな。しかも他のデチューンモデルが前線に出られない武装である事も見切った上でだ。

ぐっと歯を噛む。

更に小型が群がってくる。本当に命を捨てている。グリーンモアは此処で確実に菜々美を倒すつもりだ。

人間に勝つ事に執念を燃やしているようには見えない。

ただ邪魔者を駆除する。

そのためだけに動いている。

そんな印象すら受ける。

感情の類は殆ど感じられない。

完全に機械だ。

即座に、対応に入る。今までのダメージから総合的に計算。グリーンモアがマッハ5以上で動く事も想定。

勝率は二割を切るなこれは。

だが、それでもやるしかない。この辺りの小型を一掃しないと、今後の戦況に大きな影響が出る。

グリーンモアがかき消える。

文字通り、更に速度を跳ね上げて、後ろに回り込んだのだ。マッハ7に瞬間的に達している。

普段から時速900qで走るだけのことはある。

とんでもない速度だ。

それでいて、暴風も何も起きない。此奴らはソニックブームを完璧にコントロールしているとみていい。

グリーンモアが、明らかに今までで一番被弾している角度に入り込んでくる。

小型をけしかけて、やはり対応力を見ていたのだ。

中型二体を使い捨てにしたのは、菜々美の消耗をさせるため。人間は消耗するとミスをする。

それも此奴は知っている。

仕掛けて来た。

だが、今回は。

此方が一枚上手だ。

グリーンモアが、真横からの斬魔剣をもろに喰らって、蹈鞴を踏むようにして吹っ飛ぶ。飛来した斬魔剣は、マッハ20に達していた。質量攻撃ではシャドウにダメージを与えられない。

だが、斬魔剣は高出力のプラズマを常に相手に押しつける代物だ。

グリーンモアはそれを危険視する。そして。引っ込んでいく斬魔剣。

四機目の超世王デチューンモデル。乗っているのは呉美大尉。

姉とナジャルータ博士は、事前に広瀬大将と相談していたのだ。

相手は人間の戦術を知り尽くしていて、超世王の装備についても使い方を理解している可能性がある。

だから、敢えて三機は接近戦で使えないものを並べておき、同時にブライトイーグルとランスタートルへの備えとする。

そしてもし飽和攻撃の類を仕掛けて来た上で、消耗した菜々美を殺しに来るようだったら。

先に隠蔽して運び込み、隠しておくのだ。

更に発射速度を上げた投擲型斬魔剣を撃てるデチューンモデルを。

広瀬大将も了承。

軍の誰にも、この作戦はもらさなかった。

最悪、軍内の通信なども漏れている可能性がある。シャドウの事が何も分からない以上、それくらいはしておくべきなのだ。

動き出す斬魔剣装備型のデチューンモデル。デチューンモデルと言っても、二刀の斬魔剣を装備していて、接近戦型も投擲型も装備している。つまり接近戦が出来ると言うことだ。呉美大尉のデチューンモデルが、片っ端から小型を蹴散らし始める。支援プログラムありとはいえ良い腕だ。

そして、一瞬の躊躇、撤退か攻撃続行かの判断をしただろうグリーンモアに。

仕掛ける。

展開したのは、壁だ。

これはウォールボアの壁を参考にした、形状記憶合金によるもの。対スプリングアナコンダで使ったシールドも、この形状記憶合金型で、それによって膨らませているらしい。

グリーンモアが、一瞬で展開した壁に警戒して、跳躍しようとする。やはり見たものを持ち帰るつもりか。

だが、それを一瞬早く展開した斬魔剣が叩き落とす。悲鳴を上げて地面に叩き付けられたグリーンモアが態勢を立て直す前に、斬魔剣を上から叩き込む。前に翼で防いだことも見ていた。

相手を見ているのはシャドウだけじゃない。

態勢を崩したグリーンモアの背中に、斬魔剣が突き刺さり、抉っていく。グリーンモアが足を踏ん張って、それから逃れようとするが。壁が第二の変形。一機にグリーンモアを絡め取った。

勿論長くはもたない。

だがグリーンモアはパワーがあるシャドウではない。

シールドの応用だということで、姉曰くなんだったか。封魔盾?だったか。なんでそうなるのかはよく分からないが、とにかく封魔盾はもともと形状記憶合金操作において実績があり、姉からすれば工夫は簡単なのだろう。

そして姉とナジャルータ博士の予想通り。

グリーンモアはパワーが足りない。そのまま、斬魔剣が奴の体を抉り抜いていく。

だが、小型が飽和攻撃を続けてくる。

グリーンモアも他中型と比べると非力とはいえ、それでもやはりこの程度の高速では限界がある。

封魔盾に高熱も流しているようだが、それでも限界があるはずだ。

しかしグリーンモアも反撃に出てくる。

長い首を振るって、斬魔剣を受け止めて見せる。流石にやるな。激しく丁々発止のやりとりをする。

こっちもロボットアームにはあらゆる剣術をトレースしてあるのだが。

ただ苛烈な戦いで、どうしても傷んでいる。

今回は想定を超える攻撃を受けていることもある。

だから、簡単にはいかない。

弾きあう。

まだエネルギーが充填されていないから、パイルバンカーはダメだ。此奴を殺しきるほどの高出力プラズマは放てない。

逆に素早く首を動かした(本当は首かも分からないが)グリーンモアが、こっちの装甲を狙ってくる。

超密度の例の石で防ぐが、二度三度と貫こうとしてくる。それだけ奴の首は長いし、なんなら嘴に見える部分は伸びている。貫徹力も高い。装甲の負荷が見る間に上がってきている。

バガンと大きな音がして。

装甲の一角が外れた。負荷が限界を超えたのだ。

ダメコンの一角として、例の石で受けた負荷は、全体に拡散されるようになっている。小型に集られ続けたのである。

このままだと超世王の機体が分解しかねない。

小型は更に勢いを増して迫っていて、呉美大尉のデチューンモデルも押され気味のようである。

後方の無線も入ってきているが、第三師団も想像以上の数のブルーカイマン相手で手一杯。

第一師団まで加わって迎撃に出ているが、手が足りていないようだ。

中国地方から渡って来たブルーカイマンもまた、まるで命を省みず……命がないのかも知れないが。ともかく突貫してきていて、捌くどころではないようである。

ぐっと歯を噛む。

なんとかグリーンモアの首を押さえ込みながら、奴の背中に斬魔剣を押し込む。パイルバンカーは。

ダメだ。後三十分は最充填にかかる。

今の時点で動けている時点でおかしいくらいなのだ。それくらい超世王のパワーパックは強力である。

それでもそれくらいのエネルギーは食うと言うことなのである。

まだだ、そう自分に言い聞かせる。

グリーンモアは首を振るおうとするが、やがて自分を抑えている封魔盾を破る方が早いと判断したのだろう。

グリーンモアが両足を踏ん張る。

地面に強烈な揺れが走っていた。

地割れが出来ている。

これは、なんだ。

モニタを一瞥。

拳法の中には、まったく動かないように見えて、衝撃を与える技が存在しているらしい。

実際に拳法の達人を自称する人間は、近代格闘技の前に無力だったという話もあるらしいのだが。

グリーンモアが使ったのは。

恐らく足の力を用いて、体の全周囲に強烈な衝撃を与えるその手の技。

自分を包んでいる封魔盾を粉砕するつもりだ。

だが、グリーンモアの想定されるパワーであれば、一発で封魔盾は消し飛んでいた可能性が高い。

それが出来なかったと言う事は。弱っていると言う事だ。

いける。そう自分に言い聞かせる。気力を振り絞って、必死に操作を続ける。

斬魔剣が奴の体に更に食い込んでいく。

凄まじい悲鳴が上がる。

それと同時に、小型がぴたりと攻勢を止める。そして、今まで波状攻撃を続けていた小型が下がりはじめる。

広瀬大将が通信を入れる。

「追撃はしないように! 被害を確認し、負傷者の救助を!」

これは、まさか。

グリーンモアは、情報を充分に得たので、損害を減らすために他のシャドウを下げ始めたのか。

本当に自身の体がどうなろうとどうでもいいんだな。

そう思うと、ぞっとする。

徹底している。

本当に真社会性の存在だ。

生物ですらないのも納得出来る程の判断。

これはもう。

自己保全すら考えていないという意味では、ロボット三原則さえ超えているかも知れない。

とんでもない奴だ。

とにかく、このまま殺す。

だが、最後の力を振り絞って、グリーンモアが嘴を突っ込んでくる。超密度石で防ぐが、その瞬間。

超世王の装甲が全壊していた。

限界が来たのだ。

それでも超世王は機体が瓦解しないようになってはいる。だが、顔も何も無い、鋭い嘴が菜々美を見ていた。

激しい戦いで、体中シートやらに打ち付けて、頭も滅茶苦茶酷使して、ゆであがり掛けている菜々美を。

装甲越しに。

斬魔剣が、グリーンモアの体を貫く。

グリーンモアが消えていく。

同時に、ロボットアームが何カ所かで破損した。相討ちといって良かった。

呼吸を整えながら、周囲の状態を確認。

シャドウは死ぬと消えてしまう。だからあれほどの激戦があったにも関わらず、残骸は一つも残っていない。

むしろ超世王のパーツが彼方此方に散らばっていた。装甲も壊れたのが散らばっている程である。

溜息が出る。

ちょっともう何も考えられない。

「敵、撤退を完了! もとの前線まで後退!」

「敵前線に新たな中型確認! キャノンレオン2、ランスタートル1、ストライプタイガー1、そ、それにスプリングアナコンダ1! 計五体!」

「これまでですね。 此方も後退して、鹿児島にいる医療部隊を援護する態勢を。 工兵部隊を入れて、鹿児島の港の整備、四国との連絡を行うための道路などの敷設を護衛してください。 後方は」

「第三師団より連絡! ブルーカイマン、撤退開始!」

完全に相手の思うつぼか。

ぐったりしている菜々美は、ハッチを開けて顔を出す。それで涼しい空気を浴びて、やっと人心地がついた。

敵は超世王を倒しに来ていた。

だが、斃せなかった代わりに、第二師団に痛烈な打撃を与え。更に超世王の限界まで見ていったようである。

どれだけ強化しても、飛躍的に強くなるのは厳しいだろう。

それを考えると、敵の戦略的目標はある程度達成出来たことになる。

こちらも鹿児島に医療部隊と工兵部隊を入れ、更にはグリーンモア撃破に加え、キャノンレオンとウォールボアを連戦で討ち取ってはいるが。その戦果に対して被害が大きすぎる。

今連絡が入るが、第二師団だけで1800名近い死者が出ており、第三師団、第一師団もブルーカイマンの大軍相手に200人以上の死者。合計2000人を超える死者が出たようだ。

また、この間渡海してきて偉そうにしていたアラコルンとかいう中将だが。麾下の「最新鋭兵器」で固めた部隊は何の役にも立たず、最新鋭戦車も一瞬でシルバースネークに溶かされ、広瀬大将の指示にもろくに従わず突出した結果壊滅。援護する暇すらなかった。

生存者15名、アラコルン中将も戦死。「精鋭」と「最新鋭兵器」の現実が世界にさらされる事になった。これでまだキーキー喚いていた軍需産業の連中も、黙らざるを得ないだろう。勝手な作戦行動を彼等がしていた事は全て記録に遺されているようだ。小型種に集られて、手も足も出ずに全滅していく様子も。

いずれにしても、戦場全体でかろうじて参戦戦力の一割以下に被害を抑えたが。

それでも、これは勝ちとは言えないだろう。

三個師団およそ24000のうちの死者2000だが、第二師団8300のうち1800の被害が深刻である。

第二師団の再建が大変だ。しばらくは攻勢どころじゃない。

それに対して、シャドウはその気になれば大陸から更に増援を送り込めるはず。敵地後方に浸透戦術なんてやる余裕は此方にはない。

まずいな。

菜々美は、そうとだけ、涼しい風を浴びながら呟いていた。

 

4、痛み分けの結果

 

どうにか鹿児島に防衛線と監視拠点を構築したものの、被害は甚大。ここ最近では最大規模の損害。

それが判明すると、上層部にはやはり動揺が走っていた。

一対一で超世王と戦うのではなく、明確に削りに来ていた。戦闘の過程を見れば、それは誰の目にもあきらかだ。

シャドウの中には人間が入っているのでは無いのか。

そんな声さえあった。

上層部は誰の責任問題だの、ああだこうだ喚いているのもいるが。

それより今は、損害を補填し。

今後をどうするかの問題である。

広瀬大将が、雁首並べた無能共に説明する。

それを菜々美は、病室から見ていた。

今回はいつもほど負傷はひどくないが。それでも一週間は安静にしろと言われた。有り難い話である。

後で気付いたのだが、頭使い過ぎて鼻血が出ていた。

多分シャドウとしても、菜々美の処理能力の限界を計るつもりもあったのだろう。それはまんまと達成されてしまったと言う訳だ。

「シャドウは明確に戦略的な行動を行っている事が今回はっきりしました。 人間をこれ以上進ませるつもりはない。 そう判断して良いかと思います。 これから余程の技術的シンギュラリティか、兵力の増強か、シャドウの弱点の発見でもない限り、前線を進めるのは困難でしょう」

「それをどうにかするのが君の仕事ではないのかね!」

「静粛に」

嵐山が言うと。

上層部がぴたりと黙る。

相変わらず凄まじい迫力だな。今の時代の無能な上層部なんて、一睨みで黙らせる威厳がある。

咳払いすると、ナジャルータ博士が言う。

「現在分析を行っていますが、ランスタートルとグリーンモアは明らかに戦略的指揮に特化した中型種です。 だからこそに狡猾な戦い方をしてくる。 先に多数のグリーンモアが大陸より到来しましたが、これは恐らく、中型が日本で多数倒されている事に起因していると見て良いでしょう。 日本ではどう動いても、簡単に中型を倒せる状態は当面こないと思います。 小型も戦略的に中型と連携を開始しており、戦えば必ず大きな被害が出ます。 そして被害を許容できるほど、今の人間は経済力も人口も足りてはいないのです」

「だったらどうするというんだ! 化け物どもを追い出して、さっさと領土を奪還するのが、お前達の仕事だろう!」

「口を慎んでいただこう」

「……っ!」

嵐山が一喝すると、黙り込むどっかの国の元首。

実際問題、中型を倒す事すら夢物語だったのにそれを成し遂げ。

四国の奪回にも成功している。

今までが上手く行きすぎたのだ。

此奴ら無能共は、一日でシャドウを地球中から駆逐するような戦果を望んでいる。それに対して、阿呆と一喝できる存在が必要だった。

やっとそれが出来る人が出て来てくれた。

それだけの話だ。

「現実問題として出来るのは、現在は日本近海に多数いるイエローサーペントを撃破して回る事です。 世界中で二千を超えるイエローサーペントがいることが確定していますが、日本近海のものだけでも斃せれば、最大都市の神戸周辺の制海権を守ることができるようになるでしょう。 今までは命がけだった海上輸送が、それだけで負担をかなり減らせると思いますし、巡視艇でのスカウト任務で、手薄な土地を発見できたり、或いは孤立している孤島を発見できる可能性もあります」

「そのイエローサーペントも、あの不細工なロボットに対抗する手段を身に付け始めているのだろう!」

「超世王セイバージャッジメントがなければ、中型の一体だって倒す事はできませんでした。 今も皆怯えながら、シャドウにどうにも対抗すらできなかったでしょう。 それを忘れて、寝言をいうのはいい加減にしてください」

ナジャルータ博士もずばりいう。

上層部の無能ぶりは犯罪的だなと思う。

21世紀の前半くらいから、世界中のどこの国もこうだったらしい。

シャドウが現れなければ、第三次大戦が起きていただろう。そう言われている所以であると言える。

姉が咳払い。

それで周囲が黙った。

「今回の戦闘で、懸念されていたグリーンモアの戦闘データと撃破データが取れました。 次回からはグリーンモアをより楽に斃せると思います。 イエローサーペントがかなり対策を練っているのは掴んでいますので、今後は対策を進めます。 シャドウの側も対策はしていますが、少なくとも超世王セイバージャッジメントに完璧なメタをはった個体は出現していない。 25年何も進歩していなかった存在です。 多少本気を出したところで、素の力は変わっていません。 相手の出来る限界を見極めたとき、勝つのは人間です。 た、だ、し! そのためには、攻勢に出るときに、相応の人口、経済力、それに最低でも小型は斃せる訓練を受けた兵士達。 全てが必要です。 これからは対小型を中心に各国では誘き寄せての少数ずつの撃破を螺旋穿孔砲で行ってください。 日本だけではなく、それなりの「大国」でなら、師団規模の兵力は用意できるはず。 なら、少数の小型なら広瀬ドクトリンで撃破出来る筈ですね。 ましてや無能無能と広瀬大将を罵っていた方々、貴方たちの自慢の将軍と練度の高い兵士達なら楽勝でしょう」

姉も随分と毒舌を吐くな。

それに、各国が陽動作戦を開始すれば、それだけシャドウも中型を分散せざるをえない。その間に、力を蓄えるしかないというわけだ。

菜々美は会議がしめられると、携帯端末をおく。

しばらくはイエローサーペント狩りが続くだろう。ブライトイーグルは地上の戦力が確定で護衛につくから、簡単に斃せる相手ではない。

他にも斃せていない中型はまだまだいる。

それらとの戦いにも備えつつ。

今は、出来る範囲で中型を削って行かなければならなかった。

 

(続)