鉄壁を前に

 

序、無能襲来

 

結局「避難作戦」が強行された。何人かの要人が、無理矢理輸送艇で家族やら「関係者」やら(中には明らかに愛人を連れている者までいた)、神戸にやってきたのである。天津原はそんな連中相手にも接待しなければならない様子であり。菜々美は珍しく無能な指導者に同情していた。

流石にこの状態になると秘書官が必要と判断したのだろう。

昔官僚をしていたらしいという人物が連れてこられた。嵐山と言われる大男で、既に初老だが、立っているだけで威圧感がある。官僚と言っても色々だが、ともかく調整役をしていたらしい。

今後はその人物が、それらの「要人」の要求やらを聞くそうだ。

いずれにしても、天津原が良く決断したものだと思う。

天津原は小心で、善人でもなんでもない。

こんな人物が出て来たら、地位を奪われると考えるのが普通だ。

ちなみに嵐山は偶然シャドウの牙から逃れられただけらしく、旧日本政府の官僚はほぼ生き残っていない。

そういう意味では、嵐山が偶然生きてくれていたのは僥倖だったのだろう。

菜々美は接待に出て、ひたすら額の汗を拭っている天津原の映像を見終えると、伸びをしていた。

今日で退院だ。

流石に無能なGDFの上層部も、菜々美がいない内に若狭方面への遠征をしろと言い出すほどアホでは無かったようだが。或いはそれも必死に周りが止めたのか、広瀬大将が不可能と言い切って止めさせたのか。それについては分からない。

ともかくこれから、最低でもランスタートルが二体いて。更にキャノンレオンも控えている京都北方を遠征してどうにかしなければならない。

この間、京都方面に何度か広瀬大将が仕掛けて、小型を釣り出しては削ってくれている。

小型も接近されると大きな被害が出る。妥当な処理だ。

だが、この小競り合いで毎日死者が出ているのも事実。

そうまでして、馬鹿馬鹿しいお偉方の命令を聞かなければならないのか。甚だ疑問である。

いずれにしても、阿呆どもをどうにか抑えてくれた事で、菜々美も多少は動きやすくなった。

リハビリは入院中にもやっていたが、これから本格的にやれる。

まずは訓練するべく基地に行くが、姉からメールが来ていた。

今回はキャノンレオンは完成度が上がってきた斬魔剣装備型の40式に乗った呉美中尉に任せるらしい。

その代わり、ランスタートルを短時間で二体倒す必要があるとかで、ばーんなんだっけ。ともかく何とかナックルを改良。

出来れば開発中のパイルバンカーも、実戦投入したいと言う事だった。

あのナックルは、ランスタートルの突進を受け止めてから撃破するという装備構成上、負担が極めて大きい。

コアシステムを引き継ぐ必要がある以上、あれを短時間で、ダメージを抑えて二体。それも最低二体倒すのは骨だ。

また朝鮮半島に今ブライトイーグルが飛来しているらしく、対馬近くまで来ているという。

この間九州阿蘇山付近にいたブライトイーグルが旋回していたようだが。

それに関係した動きかは謎だ。

北極圏近辺はまだ北米の幾つかの都市が観察してくれているのだが。ユーラシア大陸の特に内陸は、もはや完全に人がいなくなっている。

人跡未踏状態になっていて、シャドウが現れる前に荒らしに荒らされていた地帯は、完全に緑の沃野に戻っているそうである。大都市などの欠片も見当たらず、クリーナーが全て溶かしてしまったようだ。

それは逆に言うと、今後ユーラシアに侵攻しろとか言われたら、どんな敵がいるかも分からない状態で行動しなければならない事を意味している。

ただでさえ九州まで打通したのだから、沖縄、台湾という方向で遠征し、海路の安全を確保しろとか出来もしないことを抜かしているお偉方もいるくらいなのである。

また朝鮮半島は鉄資源で有名であり、奪回できれば人類側がまた有利になるという声もあるのだが。

その程度で有利になるのだったら、シャドウ相手に苦労なんてしていないだろう。

机上の空論に過ぎない寝言だ。

いずれにしても。中型と戦うのはだいたい菜々美がやらなければならない。

姉が何回かプレゼンで要人の正気値をゴリゴリ削ったらしい話はとても痛快ではあるのだが。

その程度でお釣りが来るとはとても言えない状況である。

まずはランニングマシンで、体力を戻す。

筋力も戻す。

狙撃も行って、腕が鈍っていないことを確認する。

医師に、あのような高熱に晒されたら、火傷どころかその内重度の熱中症になると脅された。

重度の熱中症は、文字通り体内の蛋白質、特に脳が熱で変質してしまっている状態で、取り返しがつかない。死もありうるし、廃人になる可能性が極めて高い。

菜々美は超人でもなんでもない。

毎回シャドウとの戦いで大苦戦して、入院して。退院した後もこうしてリハビリに励んで、やっと戦場に戻れる。

姉はあれで、毎日設計図やシステムを改良して、いずれあらゆるシャドウと戦える超世王をつくるつもりらしいが。

それが想像を絶する化け物みたいな姿にならない事を、今は祈るばかりである。

無言でリハビリを続けていると、兵士になったばかりらしい若いのが来る。女性兵士だが。菜々美が気付いて見ると、ひっと声を上げていた。

まあ元々野性的とかいわれていた容姿だし、火傷なんかの跡も残っている。それは怖く見えるだろう。

「は、畑中菜々美大佐ですか」

「そうだけど?」

「じ、自分は飯塚一等兵と申します! 英雄に会えて光栄です!」

「分かった。 無駄死にしないように訓練をしっかり積むように」

頭を下げると、飯塚一等兵とやらはいく。

あれは、今の段階では戦場に出しても死ぬだけだな。まだまだ訓練が必要だ。第四師団は更に兵員募集をしているようだが、神戸に逃れてきた要人とやらを無理矢理突っ込んで兵士にしてしまえばいいのに。

安全圏だと考える場所に逃げ込んできて、好きかって言っているような奴が。現場で戦い続けている兵士より偉いものか。

あの手の連中の勘違いは本当に頭に来るが、まあいい。

淡々と訓練を続ける。

さっきの兵士が、なんだか凄かったとか、迫力が違ったとか周りに言っているのが聞こえてげんなりする。

まあ、それなりに戦歴は積んだが。

それよりあの兵士が見ていたのは菜々美の外見だ。それで迫力が云々と言われても、説得力は皆無である。

それはいい。

みっちりトレーニングをして、宿舎に戻る。

姉によるとなんとかナックルを改良して、短時間でランスタートル二体を倒す準備は出来たらしい。

ただし問題は、どうやって時間差各個撃破に持っていくか。

特にキャノンレオンとどう分断するか。

ついでに小型をかなり高度な戦略的機動をさせてくる事もランスタートルはやってくる。これをどう対応するか。

問題は山積みだ。

今広瀬大将が対応のために作戦を練ってくれているらしいが。

問題は現時点で、若狭にはまだまだ中型がいてもおかしくない、と言う事である。そして現時点の超世王のボディでは、あまりに多数の中型と戦うのは不可能に近い。

未だに戦っていない中型もいるし、そういう相手が出て来た場合は撤退も考えなければならない。

戦場をどれだけ入念に下調べしていても、それでも今までどれだけハプニングに泣かされたか分からない程なのだ。

とにかく休んで、それで起きる。

翌日もまだ工場に来いという話はなかったので、トレーニングに出る。

要人らしいのが、取り巻きを連れて基地を視察に来ていた。例の日本に逃げてきた要人だろう。

今はどこの国の言葉でもリアルタイムで翻訳される仕組みがある。

だから声さえ聞こえれば、何を言っているかは分かる。

一応容姿だけはいいボンボンが、取り巻き相手にほざき散らしている。

「なんともひ弱そうな兵士どもだな。 こんな連中で斃せたというのなら、やはりシャドウは大した相手ではないのではあるまいか」

「しかし我が国の軍が25年前の戦役で文字通り全滅し、最後の一都市だけを残して今は領土奪回の目処さえ立たないのも事実です。 此処で訓練している兵士は新兵も多く、それが要因なのでは」

「口答えするな! 私がそうだといったらそうなのだ!」

「し、失礼しました殿下」

へえ。

殿下とか言っていると言う事は、王族か何かか。側に侍らせているのはあれは妻か愛人か。

まあどうでもいいが。

て、この声聞いたことがある。

前々から作戦とかにケチをつけてきていたどっかの国の代表だ。そうか、あんなツラをしていたのか。

テレビ会議ではボイスオンリーの代表も結構いた。

見る限り、あれは戦場なんか知ってる雰囲気では無い。見かけ倒しは彼奴の方なのだが。まあ客観性なんて持っていないのだろう。

その程度の輩が王族をやっているわけだ。

奴の国は将来がくらいだろうな。

「天津原に金を出して、あの不格好なロボットを買い取らせろ。 あんな無能なパイロットでなければ、中型を倒すのはもっと容易だろう」

「我が国の資金ではとても無理です。 石油資源も既にシャドウに産出地を抑えられていて、ニューフィリピンなどの石油資源の方が此処に流れ込んでいます。 それにあのロボットは職人芸で操作されているようでして……」

「口答えをするなといっただろうが!」

「す、すみません。 ただ、そういう交渉は嵐山という折衝役がいまはしておりまして……」

「だったら私が直接対応する! 我が国の貢献度から考えれば、この国の惰弱な軍は我が国をどんな犠牲を払ってでも解放する義務があるのだ!」

とんでもねえド阿呆だな。

王族が全部バカではないと思うが、あれは国を潰すタイプだ。まあ、それで興味はなくなった。

バカが視察から消えて、後は淡々と訓練する。

他の兵士も、あのバカ王族には流石に苛立ったようで、文句が周囲で聞こえてきていたが。

まずは体力や筋力を戻して、前と同等に動けるようにならなければならない。

姉も毎回対策をしてくれているのだが、それでもシャドウとの戦闘では負傷が絶えない。どうにかできないものかと思うが。

こればっかりは、どうにもならないだろう。

翌日も訓練を重ねて、それで勘を戻す。

シミュレーターが出来たという話が来たのは、翌日だった。

此処からはいつもと同様に大変になる。

一度使った兵器も、別物になっている事が多いのだ。それだけ姉の改良が早く、そして創造的を通り越して破壊的ですらある事を意味していた。

 

わめき散らしながら、引きずられていくルベルラ国の王族。嵐山に会いに来た広瀬大将は、その様子を見て何事かと聞く。

なんでも超世王セイバージャッジメントを寄越せとか言ってきたらしいので。丁重にお帰り願ったそうである。

ルベルラはシャドウが現れる前には存在しなかった国だ。中東の一角にある都市であり、本来は幾つかの国家の合間くらいにあるちいさな都市だった。一応油田は近くにあったらしいのだが。それも別にその都市で利潤を独占してたわけでもない。

やがてシャドウに中東が蹂躙されると、わずかな生き残りがルベルラに逃げ込んできた。そこで王を名乗ったのがあれの父親だ。

ただ過労もあったのだろう。その初代王が早々に死んで、あれが後を継いだのが七年前。それ以降、ルベルラはGDFで常に過大な要求をし、ろくな貢献もしていないのに自分達が世界の王であるかのように振る舞っている。今も自国式の食べ物に全てこの国の民も合わせるべきだとか抜かしていて、周囲が頭を抱えているそうだ。

「あれは存在するだけで迷惑ですね。 それでどうするんですか」

「次に輸送船が来るので、それでお帰り願います。 元々ルベルラでもあの方に対する不満は多いようで、反乱分子が活動まで開始しているようです。 人間同士で争っている場合ではないのですがね」

「なんとも情けない」

溜息が出た。

ともかく、嵐山はこれからは会議に出るそうだ。

それで睨みを利かせてくれるらしく、今まで見たいにバカをほざきまくる代表は好きかって出来なくなるだろう。

ただその分、暗殺なども警戒しなければならないが。

五千万程度まで減ってしまった人類なのに、まだこんなばかげた事をやっている。そう思うと、悲しくなってくる。

ともかく嵐山と幾つか打ち合わせをした後、司令部に戻る。

第四師団は現在一万まで規模が膨れあがっているが、これは兵員を訓練しているからだ。一万のうち八割がまだ訓練中の兵士達で、残りが訓練を行うベテラン達である。兵がある程度育ったら、そのまま各師団に配備される。第二師団も、欠員が二百人ほど出ているので、第四師団からの補充待ちだ。

どうしても若狭方面での小競り合いで、死者が出続ける。

四国での掃討戦でも相当な被害が出たし、まだまだ戦況は良いとはいえない。天津原が、東京を取り返したいとか言っているが、当面は無理だ。当面どころか、二世代、三世代と掛かるかも知れない。

超世王セイバージャッジメントは希望の象徴ではある。

次々と中型シャドウを葬っているからだ。

だが現実問題として、多数の中型を薙ぎ払うように斃せでもしない限り、とても日本を奪還するのは無理だし。

遠征だって本来は無謀だ。

あと半年は兵力と戦力の整備をしたいところだが。

無能なGDFの司令部は、戦果を上げ続けないと空中分解しかねない。もしも空中分解した場合、ただでさえ勝ち目がない現状が。絶望と化すだろう。

やっと生じた希望を消すわけには行かない。

広瀬は幾つも戦術プランを練るが。

小型の処理をすればするほど、若狭方面には相当数がいると結論せざるをえなくなってくる。

特に山岳地帯では、迫撃砲のように襲撃してくるホワイトピーコックが想像以上の脅威になる。

幸い、地形だけは分かっている。

ただそれも、京都近辺が開発される前の地形に戻されている可能性がある。それを考慮すると、色々と何とも言えないのだが。

いずれにしても、調査を進めながら分析をしていく。

日本にいるシャドウはそれほど世界的な基準で見ると多くは無いと言われているが、それについては理由はわからない。

中型にしても、国によってはもっとたくさんいるのだ。

それを考えると、確かにまだマシな戦況であるのかも知れない。ただ他の国でもシャドウはとっくに侵攻を止めていて、人間が近付かない限りは殺しには来ない。故に他の国が苦戦しているのは、それらの国での政治やらが上手く行っていないのも要因だ。

作戦を立てつつ、今日も小型を釣りに出る。

こうして狙撃大隊の練度を上げていき、それぞれが充分に技量を上げたら、第一師団などに再配置する。

それで各師団の戦力を底上げしていかなければならないが。

それはそれとして、現状の部隊があわないという兵士がいた場合は、出来るだけ話を聞く。

強いが問題を起こすような兵士がいる場合は、基本的に問題を起こしている側を退役させるか、或いは海兵隊などに派遣するように広瀬はしている。

昔の虐めでは、被害を受けている側を別の場所に放逐するような真似をしていたらしいのだが。

広瀬はそれは逆効果だと知っているから、そういう事はさせない。

黙々と小型を仕留めて、そして撤退する。

今の所、ランスタートルはこっちを見ているだけ。恐らくだが、超世王セイバージャッジメントがいない以上、動く必要はないと判断しているのだろう。

基地まで引き揚げる。

損害を報告させるが、今日はゼロだ。シルバースネークの処理を優先するのも、徹底しているのがある。

当てにくい相手だが、狙撃大隊の兵士達の練度も上がってきているため、問題なく仕留められるが。

そういう練度の兵士は、死ねば代わりが効かない。だから、可能な限り、戦術にミスがないように立ち回らなければならない。

現場指揮官の育成も急務だ。広瀬がやる事はとても多い。

兵を引き上げてからも、書類を仕上げる。

市川にある程度投げてはいるが、あいつは何を目論んでいるか分からない。最悪地位を乗っ取る事を考えているかも知れない。

下手な書類は処理を任せられない。

そういう意味でも、広瀬の仕事は増えるばかりだった。

仕事を淡々と片付けて、それでやっと眠る。

睡眠時間を確保するのでやっと。

プライベートの時間なんて無きに等しい。特にシャドウとの戦いが激しくなり始めてからというもの、休暇なんて取った事もない。

起きると、もう朝だ。

後は仕事に出なければならない。

恋だの結婚だのに夢は見ていないが。

それでもたまには休暇を取って遊びに行きたいものだ。

GDFの上層部が平気で休んでいるのを知っているから、極めて複雑な気分である。だが広瀬が仕事を投げ出したりしたら、それだけ多くの兵士が死ぬ事になる。気を抜く訳にはいかない立場なのだ。

これであの無能で貪欲な上層部が、少しでもわきまえてくれるようになったら。

実は、クーデターを指嗾されたことがある。

部下にもこの状況を不満に思っているものがいるらしく。今の無能なGDFの上層部を一掃してはどうか、と言われたのだ。

だが、それについては断った。

今は人間同士で争っている場合ではない。

そうしっかり告げておいたのだ。

部下は広瀬の言葉には従ってくれる。

それに、である。

その時、同時に告げた。

GDFの上層部を乗っ取れば、それは独裁者になる事を意味する。真面目な独裁者は激務で、ただでさえ今でもきついのに、もっと負担が掛かることになる。

そうなったら、長くは生きられないだろう。

今は人類が勝つために、少しでも生きなければならないのだ。

それで部下は納得してくれた。

広瀬の体が新生病もあってあまり頑丈では無い事は、部下達も知ってくれている。それだけでいい。

オフィスに出て、すぐに書類を片付ける。それから前線に出て、小型の処理を開始する。

連日の戦闘だが、これ全てが陽動だ。

小型のシャドウが増える仕組みはよく分かっていないが、それでも削っておく事に大いに意味はある。

実際四国ではもうシャドウの目撃例がなくなっているのだから。

だから、意味はあると判断し。

更にはランスタートル二体との連戦に備えて。

できる限りの事は、全てやっておかなければならなかった。

 

1、影の援軍

 

近畿全域で小競り合いが続いている。また、わずかなごく一部の範囲だけは、日本海側に進出も出来ている。

近畿では無く九州の長崎辺りなのだが。そこで、とんでもないものが目撃されていたのである。

シャドウが海を泳いでいた。

それも、中型種を中心に相当数。

それをイエローサーペントとブライトイーグルが護衛している。泳いでいる中型種は、あれはグリーンモアだ。

中型種シャドウは平気で泳ぐ。

例えば水が苦手なイメージがある猫だが、虎は普通に泳ぎが達者だし。スナドリネコという魚を水に入って捕る事を得意とする猫もいる。

シャドウの場合は、元々生物であるかも怪しい事もあるが、どうも空気抵抗や水の抵抗を受けていない節すらあり。

小型も中型も、機動力はともかくとして、平気で泳ぐことで知られていた。

少なくともグリーンモア四体。

それに、日本では今まで確認されていなかった中型種も、海を泳いで移動しているのが分かった。

九州には上陸はしなかったが、そのまま日本海を東に進んでいる。

中型種の前には、日本海の荒波なんかなんの役にも立たない。それどころか、小型種ですら、海を平気で移動する。

流石に海では機動力が落ちるのだが。

それでも水際殲滅が通じるほど甘い相手ではないし。

何よりも、あれが東に向かっているということは、下手をすると若狭に上陸してくるだろう。

攻撃してみろ。

そう挑発するように、中型種を中心としたシャドウの群れが、海を進んでいく。長崎の僅かな観測所で、それを歯がみしながら見る事しかできないのが、今の人間の残念な現実である。

すぐに会議が行われた。

訓練から戻ったばかりの菜々美もそれに参加させられる。

映像を見て、うへえとぼやくしかない。

ちなみに、姉の兵器はまだ調整中だ。シミュレーションを試して欲しいという声さえ上がっていない。

つまり、あれが合流する前に敵をたたくという選択肢は無い。

「あれはウォールボアです。 日本では今まで確認されていませんでしたが……」

「グリーンモア最低四体に加えて、ウォールボアか」

うめき声が上がっていた。

ウォールボアは、菜々美も資料映像だけは見た事がある。中型種としては、重厚な体つきをしている種だ。

特徴は傾斜がついた分厚い板のような構造体がついていて、それがまんま頭になっていること。

目などは存在していない。

シャドウにはそもそも動物には似ていても、例えばスプリングアナコンダは顔が猫に似ていたり。

ランスタートルは顔がワニに似ていたりと。

名前の由来になっている動物にはあまり似ていないし。

そもそもの問題として、此奴らがどうやって周囲を察知しているかさえもよくわからないのだ。

なおこのウォールボアは、その斜めになっている頭を用いて、ブルドーザーのように整地するように人間を襲う。

この斜めの板は高熱を発しており、接してしまうと一瞬で炎上するほどの凄まじい代物だ。

その上ウォールボアは足が速い。

あまり知られていない事だが、猪突などと言われるのに対して。実際の猪は非常に優れた足を持っており、その場で急カーブなど余裕でこなす。

木の近くで待ち受け、相手が突っ込んできたところで避ければ、猪が木に頭をぶつけて死ぬ。

そんな事は起きえないのだ。

ウォールボアもそれは同じで、走ると言う事に特化している事もあり、時速400q程度は確認されている。

それも今の時点で確認されている速度は、である。

これは面倒だと菜々美は思った。

そもそもあの板部分、相当に熱に強いと見て良い。真っ向勝負をするにしても、なんとかナックルでさえ押し負けるかも知れない。

それだけじゃない。

グリーンモア四体も上陸してきたら、文字通り手に負えなくなる。

勿論。今すぐランスタートルを倒しても、それが何か+になる訳でも無い。若狭を奪還するという自己満足が満たされるだけだ。

広瀬大将が発言する。

「あれらが上陸してきたら、若狭には手を出すのが不可能になります」

「分かっている! だったらさっさと今のうちに戦力を削らないか!」

「不可能です。 ランスタートル二体を相手にする兵装を今開発している最中です。 前回にランスタートルを倒したヒートブレイクナックルは、量産出来る装備ではなく、更にはランスタートル以外の相手には相性が悪い。 今の時点では、手詰まりとしか言えません」

「それをどうにかするのが……」

咳払い。

嵐山だ。

嵐山が辣腕を振るい始めてから、言いたい放題だった各国の首脳も大人しくなってきている。

淘汰は強力な個体を産むという妄想があるが、あれは大嘘だ。

実際には淘汰が行われれば、運が良い個体が生き残るだけ。各国でも、ただ生き残っただけの者達が今は国政を回している状態で。

たまたま生き残れた嵐山の眼光に、誰もが明らかに射すくめられていた。

「軍事の専門家である広瀬大将の発言を素人が遮るのは感心しませんな。 広瀬大将、続けてください」

「ありがとうございます、嵐山主席補佐官。 とりあえず、敵の出方を窺いつつ、今は戦力の再編制、相手の出方を窺うべきでしょう。 ただでさえ連戦の疲弊で、各師団は消耗から立ち直れていません。 若狭に固執するのではなく、あのシャドウの大規模な群れが向かった先を見届け次第、狙いを変えるべきかと思います」

「……分かった」

「それでは一度失礼します」

会議が終わる。

嵐山が出るようになってから、会議が楽になっていい。

菜々美は伸びをすると、訓練に戻る。

そしてしばらく体を動かしていると、広瀬大将から連絡が来ていた。

どうやらあの中型の群れは、一部が中国地方に上陸。その中にはグリーンモア二体がいるそうだ。残りは恐らく若狭に向かっているという。

巡視艇が決死の観測を続けてくれている。ブライトイーグルがいるから、航空機からの監視は出来ない。

スカウトが決死の探査をしてくれているということだ。犠牲覚悟で巡視艇が追っているのである。

そして、懸念通り残りは若狭に続々と上陸しているようだ。

そうなってくると、無謀な戦闘は避けないとまずいか。

更に悪い情報が入ってくる。

若狭に展開しているシャドウが、小型多数を加えて、前線に出て来ているという。その中には、例のウォールボアだけではない。確認されていたキャノンレオンに加え、三体目のランスタートルまでいるそうだ。

勿論これを迎え撃つ力なんぞない。

だが、人間が取り返した京都にまで南下してくる様子はないそうだ。

前線のスカウトが連絡を送ってきているが、三体目のランスタートルも含めて、敵は京都北部の山岳地帯に陣取ると、睨みを利かせてそれでおしまいのようだ。

これは、此方の侵攻を防ぐための行動か。

いずれにしても、これは天地がひっくり返っても勝てる相手では無い。ふっと菜々美は笑うと、しばらく侵攻はなしだなと思った。

多少は休めるかも知れない。

それにしても、シャドウが援軍を呼んだのだとすれば、一気に面倒な四個師団を片付けてしまえばいいのに。

取り返された土地には固執する様子が無いのもまたおかしな話だ。

広瀬大将の見解が聞きたいところだが。

今はそれはしなくてもいい。

ともかく、訓練をして、動きを待つ。敵が琵琶湖近辺まで進んでくるような事態は警戒していたが。

それも今の時点ではないようだ。

訓練を終えると、宿舎に戻る。今の時点ではうごきなし。京都のスカウトは交代で相手を見張っているようだが。

彼等の代わりが出来る訳でもない。

とにかく今は待つ。

仕事はそれぞれの担当をやる。

それだけなのだ。

さっさと寝て、それで起きる。

顔を洗っていると、火傷になって痕が残った場所が、少しだけマシになっているように見えた。

まあ、それなら良いのだが。

姉から連絡が来る。

工場にお呼ばれが掛かっていた。

 

工場に出向くと、シミュレーションマシンが設置され。また妙ちきりんな装備が開発されていた。

一つは改良型のなんとかナックルだというのは分かる。前よりも更にごっつくなっている。

ランスタートルの突撃を防ぐための工夫だろう。

また、もう一つの装備が作られ始めているようだ。

ばかでかい注射器みたいなのがあるが、あれはなんだろう。小首を傾げていると、ナジャルータ博士が姉と話しているのが見えた。

「若狭に今進むのは自殺行為だと話をしていますが、上層部には納得していないものもいるようです。 そのため、最悪の事態には備えておいてください」

「分かったわー。 それにしても、全てに対応するのは骨ねえ」

「全身に武器を仕込んで高速機動できるようなスーパーロボットに超世王セイバージャッジメントが仕上がってくれればいいのですが」

「そうだとしても、結局長時間熱攻撃を叩き込むしか、中型を倒す手段もないし。 ばったばったと敵をなぎ倒すような事は無理ね」

姉の言葉は、あれで現実的だ。

それに菜々美も、今の話には全面的に同意できる。

そもそもとして、人型ロボットになった超世王は今の時点ではあまり想像がつかない。今はまだ、機械のクリーチャーみたいな姿だ。

とりあえずナジャルータ博士は、三池さんの作ったプリンを堪能すると、さっさと帰っていった。

その後、姉と三池さんと、三人で話す。

やはり若狭への侵攻を諦めるべきという広瀬大将と、どうにか若狭に集まっている中型を始末して欲しいという派閥で割れているそうだ。

広瀬大将を解任して、言う事を聞く人間をすげ替えようとさえ画策している者もいるそうだが。

もしそんな事をすれば、兵士達が一斉にサボタージュを起こす。

既に広瀬大将は軍神として崇められている状態で、兵士達が無能な上層部の指示より、広瀬大将の指示を聞くのは明白すぎることだった。

バカ共でも。

それくらいは理解出来るだろう。

「現時点では、超世王セイバージャッジメントは、次の段階に入ろうとしているの」

「次の段階?」

「ええ。 複数の中型シャドウを、連戦で倒して行く段階」

「……」

そもそもとしてだ。

最初の対キャノンレオン戦でもそうだったが、超世王はずっと想定外の事態で苦戦し続けて来た。

それを考えると、姉の言う事は正しい。

姉が提示する勝率はいつも正しかった。

一回目は勝てる。

だがそういうときこそ、相手が真の力を出してきたり、二体目が出て来たりで、大苦戦を強いられた。

それを考えると、確かに時間差各個撃破を出来るようにする時期なのかも知れないと、菜々美も思う。

最初からそうできればいうことなどないのだが。

今でさえ、変態兵器のオンパレードなのだ。

これを更に組み合わせ、全体の継戦力を挙げていくとなると。更に機構は複雑になるだろう。

超世王の量産は今の時点では無理だ。

毎回別物といっていいほど姿が変わる上に、コストだって掛かりすぎる。

そんな変態兵器に毎回乗せられるのは菜々美なのだが。

それはそれとして、確かにこいつでないとシャドウを斃せないのも事実としてあるので、乗るしかないのである。

渋面を作ってしまっていたかも知れない。

姉は見た目だけなら100点のルックスでにんまりと笑う。

「データは常に更新し続けているから、毎回前よりは楽に戦えるはず。 そしてここしばらくの戦いで、更にそのデータは充実して来ている。 今回の根本的アップデートで、二体以上の中型を連戦して、苦戦しない事を目指すわ」

「乗っている身としては、耐久に問題があると思う」

ずばりと指摘する。

毎回限界を超えて戦うような状況になっている。それでも頑張ってくれているコアユニットには驚かされるが。

それはそれとして、どうにか耐久を改善できないのか。

それで、姉がこっちだと案内してくれる。注射器みたいなのは、前から準備してくれていたものらしい。

工場の奧で、なんだかよく分からないものが同時に作られていた。

金属の塊、だろうか。

「なんだよこれ……」

「装甲というのはね、どれだけ堅くても限界があるの。 恐らく宇宙最強の硬度を持つ物質だって、シャドウの攻撃は防げ無いどころか、近代兵器の攻撃だって防げないでしょうね。 だからシャドウが現れる前くらいから、戦車なんかにも複層構造が採用されていたし、リアクティブアーマーなんかの武装で、相手の攻撃を緩和する手段が採られていた、のだけれども」

「それは知ってる。 軍事学の基礎だよな」

「ええ。 ところがね、それを覆す例外というものがあるの」

姉は言う。

物質はなんぼでもその気になれば圧縮できるのだと。

ブラックホールのことだろうか。

超重力の井戸の底では、時空間すら歪むような凄まじい密度の物質があり。それこそ地球を野球のボール程度にまで圧縮したような状態になっているのだと。

それは聞いた事があるが。

そんな事、人間にはまだ出来ない技術の筈だが。

ところが、それが出来ると姉は言う。

「太陽系だと、太陽の中心部などの物質はそれと似たような状態になっているのだけれども、流石にそれは取り出せない。 だけれど、擬似的にそれと似たような状態になっている場所が意外と身近にあってね」

「どこだよそれ」

「地球の核」

「!」

なるほど、それは確かに在るのかも知れない。

勿論中性子星やブラックホールなんかにあるような、超圧縮された物質などとは比較にならない程密度は低いだろうが。

「これは厳密には地球の核ではなくて、月で発見されたものでね。 シャドウが来る前に、もう一度だけ北米の宇宙開発で、月に人が行ったのだけれど。 その時に回収されたものよ」

「月?」

「ジャイアントインパクト仮説というものがあってね」

説明を受ける。

ジャイアントインパクトというのは、原初時代の地球に、火星くらいのサイズの惑星が激突した事件だ。ジャイアントインパクト仮説というのは、そういう事件が起きたことを想定した仮説である。

これは凄まじい衝撃を引き起こし、吹っ飛んだ物質の一部がまとまって、月になったと言う説がある。

月は色々と衛星としては不可解な存在で。

様々な仮説が出てはいたのだが。

どうもこれが正しいらしいと結論が出ているそうである。

その証拠に。

地球とぶつかって木っ端みじんになった惑星の中心核が発見された。これはそのまま加工するのも困難なほど重い物質であるという。

「話はわかったが、これしかないんだろ」

「ええ。 だからこれを、装甲表面で高速移動させ、インパクトの中心点で相手の攻撃を防御させるのよ」

「いや、また随分と無茶な事を考えたもんだな。 そもそもこの小石でどれくらい重いんだ?」

「戦車二両分くらい」

うげっと声が出る。

それはつまり、戦車二両……100トンくらいか。それを貼り付けたまま、超世王は動き回る事が最低でも要求されるというわけか。

出来るのか。そんなこと。菜々美にも不安になってきた。

「シャドウが出る前の技術で、月からこれを持ち帰るのですら精一杯だったのが人間の限界。 そして今は、これに頼りながら、今まで簡単に喰い破られていた超世王の装甲をどうにかしなければならない、ということね」

「どれくらい効果があるんだ姉貴。 確かに実質上40式だった超世王の装甲だと、姉貴がつくったヒヒイロカネなんとか装甲を加えても、防御には限界があったけど」

「これの硬度を確認する限り……というよりも、これは硬度がどうとかよりもものが突破出来るものではないわねえ。 だからこれに何か通るものはないという前提で、これに衝撃を全て集中させて、周囲の装甲は全部その衝撃を緩和し逃がす。 それを前提とした装甲になるかしらね」

「なるほどな」

とりあえず、そういうものだというのは理解出来た。

理解は出来たし、まあ姉の作るものなら信頼しても良いだろう。

問題は迷走している作戦だ。

若狭への攻撃作戦は一旦停止してくれればいいのだが。そうでなかった場合は、このちいさな石が頼りになる。

「これって科学的には精製出来るのか」

「うーん。 現状の技術だと無理かしらね。 原子炉をこれのためだけに動かし続けて、数年は最低でも掛かるかな」

「現実的じゃないな……」

「少なくともあのお馬鹿さん達は待てないでしょうね」

同感だ。

いずれにしても、核融合炉はどうにか実用化はされているのだが。それでも神戸を賄うので精一杯。

増設なんかしたら、またシャドウが攻撃を開始する恐れもある。

今は相手がどうしてかこっちの行動を静観しているからなんとかなっているだけ。シャドウにしてみれば、中型がこの程度やられたくらいでは痛痒にも感じていない可能性が高いが。

もっと別の理由で、此方の行動を放置しているのかも知れない。

いずれにしても、次の作戦が決まるまでは、新しい兵装のテストだ。

パイルバンカーについても、調整が始まっている。

ランスタートル戦も、取得できたデータをどうにかして、それで連戦を突破するしかないだろう。

菜々美は無能呼ばわりされることが時々あるが、それについては別にどうとも思っていない。

広瀬大将が庇ってくれる事もあるし。

今更それでどうこう感じる事もない。

菜々美自身、自分を天才だと思った事もない。

天才だったら、戦いの度に増える全身の傷に説明がつかないし。明らかに寿命をすり減らしながら戦う事もないだろう。

まあ、いずれにしてもだ。

今は、やれることをやっていくしかない。

キャノンレオンだって、今でも決して楽な相手ではない。

それにこの間のスプリングアナコンダとの戦闘で、彼奴は菜々美を見ていた。目は機能しているとは思えなかったが、明らかに菜々美を認識していた。

今後シャドウは、超世王ではなくて、菜々美を主敵として認識し、攻撃してくるかもしれない。

そうなるとデコイは通じなくなるだろう。

新種や、戦い方がよく分かっていない中型と戦う事になった場合。

それは非常に不利になる可能性がある。

超世王を破壊するのではなく。

内部の菜々美を狙って来た場合。

それは恐らくだが、超世王を破壊する目的の攻撃よりも、遙かに苛烈で容赦が無いモノになるはずだ。

そして菜々美が受ける手傷も、以前より遙かに増える。入院の期間も、長くなる可能性が高かった。

更に姉は、どんどん超世王に機能を追加している。

40式はパワーがある戦車だが、この車体をベースにしていた現在まででは限界が出始めている。

それは菜々美も、操縦していて明らかに感じていた。

今後はパワーパックの独自開発など、更にやることが増えるかも知れない。

いつもへらへらしている姉だが。

もしも負担が限界に達して倒れでもしたら。

菜々美が殺されるよりも、人類が受けるダメージは大きいはずだ。一応健康診断は受けてくれているようではあるのだが。

シミュレーションマシンで、改良された装備のチェックをしながら、無言で手を動かす。

確かに改良されている。

だが、いきなり楽勝になるわけでもなんでもない。

シャドウはどれもこれも強い。

小型でさえ40式を単騎でひっくり返す事になんも変わっていないし。

人間の技術力だって、姉みたいなのが幾らでもいるわけでもない。

それに軍需産業はかなり保守的で、未だにM44ガーディアンにこだわっている者も多く。

最近ではついに超世王の戦果はプロパガンダで、あんなゲテモノ兵器は廃棄すべきだというデモまで発生したらしい。

SNSなどで指嗾されたようだが。

それにしても、菜々美としても愚かすぎて溜息しかでないのが実情だった。

ともかく手を動かす。

頭に叩き込む。

改良点は、ログから姉が勝手に割り出してくれるが。三池さんに報告しておいて、それも姉に反映してもらう。

アラームが鳴ったので休憩。今日は休憩を入れつつ、もう一セット訓練をすることが出来るだろう。

シュークリームを三池さんが作ってくれたので、ありがたくいただく。

黙々と食べてから、訓練に戻る。

いやはや、材料も限られているのに、本当に美味しいな。下手な人間が作るとそもそもあれは膨らまないらしいのだが。

元気も出る。

それで、訓練にも身が入るのだった。

 

2、激論と暴論の裏で

 

呉美玲奈中尉は、山の上まで上がって、其処から軍用スコープを用いて偵察を続ける。シャドウは分厚く若狭に分布している。最近までかなりの数を削ったのに。海を渡って来た中型達と、それに随伴していた小型多数もあって、むしろ数は増えてしまっている程である。

どうしてシャドウは若狭に援軍を送ってきたのか。

それはちょっとよく分からないが。

ただ分かっている事はある。

あれをどうにかしなければならない、ということだ。

予想されていたことだが。

ニホンオオカミの存在が確認された。

誇り高い山の「神」だった存在だが、明治くらいに絶滅に追い込まれてしまった。人間との関係もそれほど悪くはなかったのだが。

江戸時代までにかなり数を減らしていた、という話もある。

明治時代の到来が、色々絶滅の引き金を引いてしまったのかも知れなかった。

いずれにしても、そのニホンオオカミが、ジープに乗っている玲奈達をじっと見ている。好意的な視線ではありえない。

まあそれもそうだろう。

もしも人間に滅ぼされたことをニホンオオカミが知っているのなら。

人間を敵視するのは当たり前の事だ。

どうやってニホンオオカミが復活したのかはよく分かっていないらしい。今の時点では、手出しはしないように。

そう厳命がされている。

虎やライオンは今や人間とみるや襲ってくるのだが。

ニホンオオカミはじっと此方を見ているだけ。

それだったら、此方としても、手を出す理由は無い。

勿論相手は狼なので。

下手に手なんか差し出したら、がぶりといかれる可能性もあるし。更には狂犬病とか移されかねない。

そういう意味でも、手を出すのは厳禁ではあるが。

「ランスタートルは移動せず。 あの位置にいると厄介ですね。 ウォールボアも、逆落としの態勢を取っています。 時間差各個撃破は難しいでしょう」

「他の中型シャドウの姿は」

「現時点では見当たりませんが、問題はグリーンモアです。 あれは巡航速度ですら時速900qに達します。 もしも山中に潜んでいる場合、一瞬で超世王に襲いかかる可能性があります」

「分かった。 偵察を続けてくれ」

広瀬大将が、なんどか玲奈のいる部隊を激賞したこともある。

スカウトの最前線に抜擢され、今もシャドウの射程範囲ギリギリに入って、偵察を続けている状態だ。

小型種の間合いは、ある程度分かっている。

何度か近付きすぎて襲いかかられたこともあるし、その度に味方狙撃大隊の間合いまで引きずり込んで、どうにか生き延びてきたのだ。

間合いについては、今では肌で分かるようになってきていた。

それもあって、どうにかやっていけていると言える。

しばし偵察を続けた後、位置を変える。

データはスコープで取得できるようになっていて。更にはブライトイーグルもいないので、司令部に直に送り込まれてもいる。

黙々と調査をして、シャドウの配置を確認する。

ランスタートル二体の間合いに同時に入らない地点もあるが、其処から攻め上がるのは極めて難しい。

峻険な山道だったり、小型の数が多すぎる。

更にはウォールボアの事もある。

今対策用の装備を畑中博士が作っているらしいが、それにしても簡単に斃せるかどうか。

畑中大佐の戦闘記録を見たが、あの畑中博士の作る兵器を毎回使いこなす手腕を持ってしてもだ。

それでも大けがをしながら、薄氷を踏む勝利を毎回重ねているのである。

それを思うと、とてもではないが勝てるなんて安易に口に出来なかった。

偵察を続けて、それで戻る。

隊舎でレポートを書いていると、翌日以降の任務について入る。訓練が殆どできないな。

そう思っていると、斬魔剣を装備した……それもロボットアームでふるえるタイプの40式が生産が決定されたらしいと聞こえてくる。

足が生えているアレだ。

ストライプタイガーとは今後も戦う事になる。キャノンレオン相手だと、このタイプはちょっと相性が悪い。

スプリングアナコンダと違い、面制圧を前提とした火力投射をしてくるので、例の盾では防げないからだ。

今後もキャノンレオンはあの斬魔剣を投擲して倒す戦術を採るしか無い。

少なくとも、今の時点では、である。

あれも支援PCが補正してくれているから、どうにか玲奈でも当てる事ができたが。素の名人芸だと当てられる気がしない。

本当に畑中大佐は凄いな。

そう溜息をついてしまう。

黙々とレポートを書いて、それで提出。後は寝て、体力を回復させる。

第四師団で訓練を終えた兵士達が、続々と他の部隊に配属されている。北米では、どうにか新規で一個師団を編成し。

いわゆる広瀬ドクトリンにそって、螺旋穿孔砲を主体とした兵装で戦えるように訓練を始めたらしいが。

それで対抗できるのはあくまで小型までだ。

中型以降は、まだ戦術の習熟度が足りない。

中型が混じったシャドウの群れと戦う場合、師団が半壊する事を覚悟しなければならないだろう。

そういう意味で、北米の軍事再編は始まったばかりだ。

他の比較的人間が数だけはいる街でも、少しずつ広瀬ドクトリンにそった部隊編成が始まっているらしい。

ただ螺旋穿孔砲のブラックボックスを開けて即座に技術供与が停止されるような都市も存在していて。

まだ会議では怒号が飛び交っているらしいが。

広瀬大将も大変だな。

そう思うばかりだ。

起きたら即座に顔を洗って歯を磨いて。

それで軽く体を動かしてから、外に出る。

今日もスカウトだ。

どうやら若狭に強引に仕掛けるつもりらしい。多数の中型を相手にして、神戸近辺の部隊が半壊した対ブライトイーグル戦を忘れたのかと言いたくなる。確かに新兵の訓練があらかた終わって、一部は既に実戦も経験。「軍団」の規模も回復はしたが。しかしその分、色々な社会的インフラから人が引き抜かれたのである。

今クローンや人工子宮での新生児を大量生産はしているようだが。

それらの子が大人になるのは十数年も後だ。

今は社会的インフラを支える人材は、教育システムの改善によって昔よりも早く仕上がるようにはなってはいるが。

それが限界。

兵士になるには体がしっかり仕上がって大人になるのをまたなければならないし。

それを考えると、今から人を増やしても遅い。

四国を奪還したところで、他全てがシャドウに制圧されているも同然であり。シャドウが再侵攻を開始したらあっと言う間に全てが終わる事実を考えると。

楽観など出来ようも無かった。

ジープに乗ると、ちっちゃな車が来るのが見えた。

降りて来たのは、以前顔を合わせたこともあるナジャルータ博士だ。今回スカウトに同行するという話だった。

露骨に迷惑そうな顔をしている兵士達に、シャドウの専門家で。その知見のおかげで中型を倒すアイデアが出て、兵器が作られた。

そう説明すると、皆敬礼を返していた。

それはそうだろう。

兵士達も、畑中大佐が最強だから勝てているわけでもなく。毎回超世王がボロボロにされつつ勝っているのは知っている。

中型がそれだけ厳しい相手であり。

専門家がいて斃せるというのは周知の事実なのだ。

兵器開発している畑中博士の事は誰もが知っているが。

シャドウの研究者についても、同等以上に大事な事は、猿でも分かる。ともかく、幾つか注意事項は周知する。

「山の生態系は回復していて、下手に土に降りるとヤマビルに集られます。 靴などは気をつけてください」

「ありがとうございます。 しっかりした登山用の靴をはじめとした服は持って来ましたし、それに狂犬病のワクチンも打ってきてあります」

「素晴らしい。 では、ジープはあまり乗り心地がよくありませんので、それも注意してください」

軽く説明をした後、着替えをして貰って、それからスカウトに出る。

今日は一小隊分のスカウト全ての指揮を任されている。

昔の中尉は冷房が効いた部屋で偉そうに指揮だけしていたらしいが。今はそうも言っていられない。

黙々と目的地に出向くが、途中で止まれと指示を出した。

山を上がり始めてすぐのタイミングだ。他の部隊にも伝達を飛ばす。

「どうしました、呉美中尉」

「……まずいですね。 小型がかなりいます。 今まで見落としていたとは考えにくい。 今までの戦闘で起きたように、現れたのだと思います」

「分かりました。 即座に後退して、一旦距離を取ります」

「バック!」

声が掛かり、スカウトが後退を開始。

玲奈自身はスコープで確認。

やはりだ。かなりの数のシルバースネークがじっと此方を見ている。もしも迂闊に進んでいたら、毒吐きを受けてあっと言う間に全滅、骨も残らなかっただろう。

冷や汗が出る話だ。

兵士の一人が聞いてくる。

「それにしても呉美中尉、どうして分かったのですか」

「一応勘が働きます。 勘の正体は五感による察知なのでしょうが、予想以上に小型が近い事がすぐに分かりましたので」

「なるほど……」

まあ科学的な説明をするとそうだ。

ただ実際のところ、それが本当かは分からない。

小型がいるのは確かだったのだが。

訓練された軍用犬などでも、シャドウを察知するよりも、攻撃されて殺されてしまう方が早い位なのだ。

軍用犬はシャドウの攻撃対象であり。

今では殆ど生き残っていない。

一旦麓まで降り、もう少し距離を取る。配置がかなり換わっている。それを報告すると、広瀬大将ではない。

余り聞いたことが無い名前の連隊長が出た。

現在は旅団という単位は廃止されていて。

連隊長が師団の直下にいる。

それもあってか分からないが。

時々、出世した連隊長には、やたら偉そうなのがいる。恐らく大隊長から出世したばかりなのだろうが。

耳元でがなり立ててくるので、流石に閉口した。

「スカウトの偵察が不十分だったからそうなったのだろうが! 上に掛け合わさせてもらう! 降格も覚悟しろ」

「呉美中尉、代わってください」

「はあ、分かりました」

お人形さんみたいな容姿のナジャルータ博士だが。

今回護衛を受けている事を告げると、相手の連隊長は一発で黙る。ナジャルータ博士が如何にGDFでVIP扱いされているかは、連隊長くらいの立場だと分かっているのだろう。

ナジャルータ博士は、シャドウの行動が極めて神出鬼没で、今までいなかった地点に突如出現するのは珍しくもないこと。

この偵察任務は丁寧に行われていて、ナジャルータ博士の目から見ても問題はなかったこと。

それらを告げ、これからこの高圧的な発言については、広瀬大将に直に報告するといい。相手の反論を待たずに通話を切っていた。

「スカウトを続けてください。 此方としても、少しでもあらゆるデータが欲しいのです。 時間が惜しいですから」

「分かりました」

意外と、高圧的なものいいをするんだな。

この人、ああいう言葉が通じないタイプには、とことん辛辣になれる人なのかも知れない。

見かけと性格が一致していないのは別にかまわない。

それにすっきりしたし。

ともかく、スカウトを続ける。

他の部隊も、シャドウが現れているのを確認。昨日まではいなかったような地点でも、相当数がいる。

「小型は此方を警戒しつつも、少なくとも攻撃態勢には入っていませんね」

「そうですね。 小型が攻撃態勢に入る場合、一斉に此方を見ます。 シャドウの目が生物の目と同じように機能しているかはちょっと分かりかねますが……」

「いえ、その認識で正しいと思います。 もう少しデータが欲しい。 危険がない距離から、スカウトを続けてください。 私の方で、スコープからデータを取ります」

玲奈は頷くと、多角的にシャドウの分布を確認する。

他部隊とのデータもあわせると、更に難攻不落になっている。現在確認されているだけでも二体のランスタートル。一体のキャノンレオン。それにウォールボア。見えていない範囲に、グリーンモアが控えている可能性がたかい。

これにスプライトタイガーがいたりしたら最悪だ。

超世王セイバージャッジメントと畑中大佐があと三機と三人くらいは必要になってくるだろう。

攻略は無理だな。

そう結論するしかない。

夕方近くまで、調査を続ける。

その間、ナジャルータ博士は此方の行動にケチをつけることもなく、凄まじい集中力でずっとスコープを覗いていた。

凄まじいIQを持つらしいが。

それを使って、見たものはあらかた記憶しているし。

なんならスコープで持ち帰ったデータを、その記憶を元に再構築していくのだろう。玲奈には分からない世界の住人だということだけは分かる。

今日は撤退だ。

帰路で、連絡が入る。

広瀬大将からの一斉メールだった。

例の連隊長が、降格処分だそうである。大隊長に格下げだそうだ。

なんでも政治的な働きかけを、それもGDFのお偉いさんにしていたらしく。それが発覚したらしい。

GDFのお偉いさんの方でも、広瀬大将の力を削ぐために、そういうくだらない工作をしていたらしい。

広瀬大将が軍事の専門家として、出来ない事をはっきり出来ないというのが気にくわない連中が。

なんでも言う事を聞く木偶をその代わりに据えたいと考えているらしいというのは聞いたことがある。

言う事を聞く人間が有能。

そういう誤認をしているアホは昔からいたらしく。

シャドウが現れる前の企業では、実際何もできないくせに態度だけはでかく、上の人間に媚を売ることだけは一人前の「体育会系」と呼ばれる連中を重宝していたとかいう話も聞いている。

そういうのを重宝していた会社は、だいたい没落する一方だったそうだが。

今でも、そういうアホな経営者などの同類がいるというわけだ。

「私からも釘は刺しておきます。 これで同様の昇進辞令が通りづらくなるでしょう」

「ありがとうございます。 今の時代は特に、上層部が無能だとそれだけでシャドウの攻撃に耐えられなくなります」

「……ちなみに若狭の守りをどうみました。 私はあれを突破するのは無理だと判断しました」

「同感です。 超世王セイバージャッジメントは確かに英雄的な戦果を上げている守護神に等しい存在ですが、この規模の中型の群れをどうにかするには、後三機、それも畑中大佐が操縦している機体が必要だと思います」

本音で話すべきだ。

そう思ったので、ずばり言っておく。

そうすると、ナジャルータ博士も頷いていた。

「呉美中尉、貴方は是非生き残って出世してください。 多くの兵士達を生還させるには、貴方のような人が指揮官をしている必要があります。 そして今後は、畑中大佐のように、デチューン版ではない超世王セイバージャッジメントを操作できる一人として活躍してください」

基地で敬礼をすると、ナジャルータ博士は戻っていった。

色々と疲れたが、それでも話が分かる人で助かる。

宿舎でシャワーを浴びて、ベッドで横になっていると辞令が来ていた。

大尉に昇進だそうである。

別に嬉しくはなかった。

それと、畑中大佐が操作している最新型の超世王セイバージャッジメントではなく。デチューン版の正式パイロットとして採用されたとある。

まあ前にキャノンレオンを倒した事もあるし、それについては別に驚く事はない。

ただ今後は、更に厳しい戦いに繰り出されるだろうな。そう考えると、あまりぞっとしない話であるのも確かだった。

 

若狭の攻略は無理。

ナジャルータ博士が会議で実際に見てきたシャドウの配置を見て、結論する。そうすると、不満の声が複数の国の関係者から上がっていた。

「神戸にごく近い地域すら奪回できない状態では、今後の支援などする意味がないのではないのか!」

「そもそもあの超世王とかいうロボットには、国家予算規模の金が投じられているのだぞ!」

国家予算規模もなにも。

たかが五千万しかいない現在の人間が、何を抜かしているのかと。ナジャルータは苦笑したくなる。

ナジャルータは普段お人形さんみたいな容姿と良く言われるが。

元々性別が存在しない状態である事もあって、色々歪んでいる事を自覚している。

古くには宦官なども、普通の人間が持っている欲求が色々と歪んでいて、それで苦労したり。

或いは色々と心身に異常をきたしていたらしいが。

恐らくはそれに近い状態なのではないかと思う。

ナジャルータは容姿の無意味さを良く知っている。

ナジャルータがどちらかというと腹黒い人間であるなどとは、誰もこの場の人間は認識していない。

見かけで全てを判断する人間は実に多いという話はナジャルータも知っているが。

つまりそれは、古くの感覚で相手を決めつける人間の時代から、何も変わっていないということ。

人間は、一万年の歴史でまるで進歩などしていないということを意味していると言える。

「今の社会規模で、国家予算などと言っても虚しいだけです。 シャドウが本気になったら、人間なんて一月で滅ぶことは前々から何度も指摘しています。 一月ももたないかも知れませんね。 今するべきは、シャドウを知る事。 あらゆるシャドウとの戦闘データを取ることです。 それには若狭は不向きです。 GDFのエースパイロットであり、超世王セイバージャッジメントを最大限力を引き出せる畑中大佐は一人しかおらず、代わりは存在し得ません。 これは畑中博士がたびたび言っていますが、現場を視察している私からも断言しておきます」

「科学屋はすっこんでいろ! このオタクが!」

「いい加減にしたまえ。 そのオタクがいなければ、中型の一体すら未だに斃せていなかったのだぞ。 精神論でどうにか出来る相手だったら、シャドウに人間が此処まで撃ち減らされなかっただろう」

北米の大統領はそう言ってくれるが。

他の国は今や北米が昔ほどの影響力もない事もあって、不満そうにして押し黙るだけである。

いずれにしても、こいつらみたいなのはどうにかしないと、人間はこのまま負けるだろうな。

そうナジャルータは思ったが。

流石にそれについては此処では言わない。

ともかくあらゆる小型中型との戦闘データをとる。

今の世代の目標はそれだ。

最悪、人間の生存圏は拡げられなくてもいい。

シャドウが好戦的ではない今のうちに、シャドウのデータを可能な限り採る。

そして中型だったらどれにでも勝てるレベルにまで超世王セイバージャッジメントを強化する。

パイロットの寿命はどうしてもある。

これは最盛期の技量を保てる寿命、という意味だ。

畑中大佐は、毎回大けがをして貴重な中型撃破のデータを取ってくれている。その分、引退までの期間だって短くなるはずだ。

無理はさせられない。

それも分かっているが。

今のうちにシャドウに対して抵抗できる力を手に入れておかないと。

仮にシャドウとコミュニケーションを取る方法が見つかり。

和解が出来るようになったとしても。

そもそも交渉のテーブルに着くことが不可能だろう。そういう現実を、常に見なければならないのである。

「あー、すまないね。 幾つかの方面で部隊を派遣して、確認できた事がある」

天津原が言う。

無能な代表だが、この状況では助かる。

一応これでも代表だ。話は聞かなければならない。

「琵琶湖の東側に派遣していたスカウトが確認しているのだが、そちらでもウォールボアが確認されている」

「!」

「恐らくだが、日本海側から海を渡って来た個体だと思う。 朝鮮半島から渡海してきた中型達以外にもいたということだろう。 何しろ多くの海はいまや人間が入れる場所ではない。 監視も観測もできない範囲が多く、そこから中型が大陸からきていてもおかしくないし、今まで確認されなかっただけで、元々日本にいたのかも知れない」

これについては、ナジャルータは一足先に存在を聞かされていたのだが。

確かにまだまだ超世王につけるべき装備が多い事を考えると。一度に多数を相手にするのではなく。

まだ交戦経験がない中型を、少しずつ倒して実績と戦闘経験を積んでいく。

それが重要である事は確かだ。

「直線的な破壊を得意とするランスタートルともまた違う攻撃的な中型がウォールボアで、これとの戦闘で新しい兵器、なんだったかな畑中博士」

「シャイニングパイルバンカーです」

「そ、そうかね。 そのなんとかバンカーを試して、もしも倒す事が出来れば、更に中型種撃破のためのノウハウを蓄積できる。 出来ればグリーンモアとの戦闘経験も、どこかで個別に蓄積したい。 私としては、焦るのも分かるが、それが一番良いことだと思うがね」

確か新しく秘書官になった老人がいたが。

その入れ知恵だろう。

反論はなし。

確実に相手を削れるなら、それが一番だ。

説得力のある発言であるし、何より何処の国でも、今は広瀬ドクトリンにそった部隊の編成中。

ここでGDFの主力が全滅しては困るのである。

明らかに認識が甘い阿呆どももいるにはいるが。

今はそれらは、どうにか天津原などが抑えるしかないだろう。

「よし、では若狭侵攻作戦は一旦停止だ。 尾張方面への進行と、ウォールボア撃破作戦を策定してくれ。 濃尾平野を抑える事ができれば、またかなり楽になる。 あの辺りは交通の要所だ。 人間の手に戻れば、それだけ利潤も大きい。 ただ未だにスカウトを六に出せていないから、一度二度の攻撃でシャドウを全て倒せるかは怪しいだろうけれどね」

天津原が、頭の汗をハンカチで拭いながらいい、会議を締めた。

めいめい会議から離脱する中、明かな悪態が幾つも聞こえたが。

悪態をつきたいのはこっちの方だと、内心でナジャルータはぼやいていた。

いずれにしても、これで無謀な作戦は回避できた。ウォールボアとの戦闘経験があれば、もしも若狭への進行を強行決議されても、それでも勝率はあがる。

やることは全てやった。

ウォールボア以外の中型も出てくる可能性は高いが。

それでも、なんとか勝って貰うしかない。毎回、まだまだ綱渡りが続いているのだ。

畑中博士と、軽く話しておく。

そして、少しでも、それで勝率を上げる。

超世王がいずれ、アニメで出てくるような人型で喋るようなスーパーロボットになり、大型と一騎打ちして倒してくれる日が来るのか。それとも、あらかたの中型は倒せるようになり、シャドウの解析をしてそれで対話が出来る日が来るのか。

そう言った日が来ると信じて。ナジャルータは、出来る事をするだけだ。

 

3、突貫する壁と打ち砕く杭

 

訓練が終わった。とりあえず、どうにか使いこなせるようになった。

若狭への無茶な侵攻作戦が中止になったと聞いて、菜々美はほっと一息をついていた。あれが強行されていたら、第二師団どころか、広瀬大将麾下の部隊はあらかた全滅していただろう。

少し前に、正式に准将に昇進した。

相変わらず特務がつくので、よく分からない役職だが。将軍閣下の面倒な業務がないので、後は行動のグリーンライトが貰えれば言う事はない。

広瀬大将が理解のある人間で助かる。

琵琶湖東岸はいままで完全に未踏の土地であり、此処から更に東に行くと濃尾平野に出る。

交通の要所であり、此処を抑える事ができれば更に状況は良くなるというが。

東日本には既に人間は一人もおらず。

開発は再度一からやりなおしになるだろう。それがとにかく、非常に骨であるし。シャドウが環境を回復させたのは明白な今。

下手に手を入れていいのかどうかも不安になる。

ともかく、今はやるべき事をやるだけだ。

今回の作戦では、第二師団が前衛に、第一師団、第三師団が後方を守っている。第四師団は基本的に新兵の育成部隊兼予備兵力と言う事もある。今回の作戦では出て来ていない。それに、である。

以前ブライトイーグルとの戦闘で記録的な被害を出した事もある。

三個師団だろうが、四個師団だろうが。

複数種類の中型が相手になると、それだけで被害は加速度的に増える傾向がある。

超世王がかなり力をつけてきた今でも、それは事実としてまったく代わらない。

ますます異形になって来ている超世王に続いて。デチューンモデルが三機来ている。斬魔剣を投げるタイプの奴。

ビームを撃つ奴。

それと、斬魔剣を振るう事が出来る奴だ。

今回はとにかくスカウトが危険すぎて踏み入れない地域を狙う事もあって、なんの中型が出てくるか分からない。

このため、その中でも最悪のブライトイーグル対策として、ビームを撃てるタイプの超世王が出て来ている。

これも改良が行われているのだが。

改良した超世王をシミュレーターで仕上げたのは菜々美だ。

疲れ気味だが。とにかくやるしかない。

三機も随伴してきているのだし。特にビームはあの呉美大尉(こっちも昇進したようである)が乗ってくれている。

だとしたら、ブライトイーグルが出ても対応は出来るだろう。

同じ飛翔種でも、サンダーフィッシュが出た場合はちょっとどうすればいいのか。菜々美も分からないが。

それについては、撤退が正解かも知れない。

サンダーフィッシュはまだ姉が対策を考えている途中らしい。

幸いあっちはブライトイーグルほど無法な広域制圧力がない事もあって、超世王で気を引けば大半の部隊は逃げられるだろう。

部隊とともに前進する。

程なく、連絡が入り始める。

「小型多数! ブラックウルフを中心に、数千はいます!」

「第一、第三師団にも前進を指示。 密集隊形を敷きます」

「ウォールボア確認! 小型種の中で寝そべっているのを確認!」

「そのまま陣形を整えてください。 各狙撃大隊は、戦闘準備!」

広瀬大将の指示が飛ぶ。

主戦場は濃尾の入口になりそうだな。関ヶ原よりもちょっと入った所辺りだ。

この辺りまでは、スカウトが進出出来ていたのだが。これ以上はとてもではないが、危険すぎて踏み込めないと聞いていた。

いずれにしても、今回は規模が大きな戦いになる。

今回の装備は、なんとかパイルバンカーをウォールボアに試すのはそうとして、対小型用に斬魔剣も持ってきている。

これらの装備をつけているため、超世王は40式を二両横に並べたような異形になっている上に。

例の姉が持ち出した切り札になる装甲を試験的に装備している事もある。

この装甲は、一点突破型の攻撃だったら、どんなものでも一回は防げる。そういう説明は受けた。

一度攻撃を受けた場合、その攻撃の内容が重すぎると、例の石ではなくて周囲が爆発して砕けてしまうのだ。

つまり装甲がなくなるのと同じ。

だから切り札として、ピンポイント攻撃相手に数回、下手すると一回だけ使えると考えて欲しい。

そう言われていた。

設置面積が大きいため、100トンにも達する石を積んでいながら、どうにか動ける。この新型超世王ボディには、今までとは違う動力がパワーパックとして積まれている事もあって、どうにかこれを動かせる。

ただ速力は若干落ちる。

小回りも少し悪くなる。

その内、超世王のボディとして、40式を四両連結するものを姉は考えているらしいが。

ますます人型ロボットとは形状が離れていく。

まあそれでも、中型を斃せるならそれでいい。

さて、此処からだ。

陣形を整えたところで、広瀬大将が攻撃指示。指定された部隊が、小型に対して螺旋穿孔砲で攻撃を開始する。

徹底的に兵士達に広瀬ドクトリンが叩き込まれ、更には螺旋穿孔砲の装備率が更に上がっている事もある。

小型シャドウ百体以上が瞬時に吹き飛び、それで鬱陶しそうに小型が動き出す。

一度に全部が動き出していたら手に負えなかっただろう。しかしながら、全てが動き出した訳では無い。

それにたいし、此方は全軍が一斉に後退を開始。

追ってきた小型を、引き撃ちで始末し始める。

これについても、名人芸で相互接触などを避けるようにはしているが。これはブライトイーグルが現れた場合対策である。

あれが出現した結果、常に戦場の電子機器が壊滅するような事態が何度となく発生しており。

今では、相互リンクシステムなどに頼らない名人芸が意味を為すようになってきている。

追いすがって来る小型を、突き放すようにして射撃で薙ぎ払う。

まだまだウォールボアは動かないが。

其処で、急報が入っていた。

「中型出現! おそらくグリーンモアです!」

「来たか」

思わず菜々美はぼやいていた。

グリーンモアとキャノンレオンは、今回出現の確率が最も高いと見なされていた中型である。

そして今の時点では出現していないが、ブライトイーグルも出現する可能性が高い。今回、超世王は対応できる装備を持って来ている。

グリーンモアはスプライトタイガー以上の速度を持つ。見かけは名前の通りモア……走鳥の一種だが、それに似ている。二本足で高速走行を行い、走行速度は巡航ですら時速900qに達する。

スプライトタイガーが巡航速度500q程度であったが、その気になれば音速を出した事を確認出来ている以上。

下手をすると此奴はライフル弾より早く動く事を想定しなければならないかもしれない。

こいつは基本的に長く伸びた首を用いて、頭上から突き刺してくる戦術を用いてくる。首というか嘴というか。それらは一体化していて、上から突き出される一撃は文字通り必殺。

40戦車がそのまま串刺しにされるレベルである。

他の中型種と同じく十数mのサイズがある上に、此奴は背丈が高いこともあって、ビルなどに隠れた人間を容赦なく突き殺して来た。

それも食べる訳ではなく、ただ嘴で無慈悲に刺し貫くというおぞましさで。それもあって避難民殺しの悪名で知られている。

ただ戦闘に関しては未知数な点が多い。

ビルを覗いてきたグリーンモアにロケットランチャーを叩き込んだ兵士が、その場で全く無傷だったグリーンモアに突き殺された映像が有名だが。

此奴はスプライトタイガーやキャノンレオンのような軍殺しとしての動きはあまりせず、戦闘でも積極的に軍隊を相手に戦いに来た記録がない。

ただ今回は、グリーンモアは超世王にまっすぐ突っ込んできている。

それも考えると、はっきり言ってあまり良い状態ではないのだが。

菜々美は前に出る。

対応できる装備があるのだから当然だ。

グリーンモアの様子を後ろでウォールボアが見ている。

これは攻撃手段を学習していると見て良いだろう。

「グリーンモア加速! 音速を超えました! 更に加速していきます!」

「地上がズタズタにならないのは何故だ!」

「分かりませんが、ソニックブームをコントロールしているのだと思われます!」

「解析を進めてください」

オペレーターの焦った声に、ナジャルータ博士の冷静な声が返す。同時に、焦り散らかしていた軍司令部の誰かの声も黙った。

押し寄せる小型に各部隊は集中しており、グリーンモアは相手にしなくていいと菜々美は告げている。

兵士達も、中型殺しとして知られる超世王の事はもう知っていて、ひたすら対小型に集中してくれている。

それでいい。

味方からの支援。

超世王のビーム搭載型が、グリーンモアにビームを狙って放つ。例の粒子加速器と真空の内部を持つケーブルを投擲するものだが。グリーンモアは文字通り跳躍してそれを回避。超音速で走りながら、凄まじいジグザグでの機動を見せ、その上跳ぶか。

これはますますソニックブームをコントロール出来るのだと判断して良さそうだ。

イエローサーペントもソニックブームのコントロールが出来たし、スプライトタイガーも超音速で動いていたのだから、シャドウには当たり前に備わっている機能なのかも知れない。いずれにしても、厄介な事この上ない。

来た。

着地と同時に、更に加速して来る。

菜々美はレバーを引いて、車体を旋回させる。

狙撃班が近場に迫っているブラックウルフを全て始末してくれているので、それは信用する。

複雑なロボットアームが閃き。

まずは一閃。

グリーンモアに横殴りに叩き付けられた斬魔剣だが、それを余裕で跳躍して回避する魔の鳥。

更に羽を広げると、ふわっと浮き上がり、遠くに着地。

そしてバックステップしつつ、此方に迫ってくる。首を伸ばして、突き刺しに来たが。その時、以前スプライトタイガー対策で使ったサイドアームを振り下ろす。警戒したグリーンモアが首を引っ込め、サイドステップ。更に数度サイドステップ。此方の動きを見ながら、確実に殺す機会を狙っている。

それにしても凄まじい動きだ。

CIWSのシステムが確実に追ってくれてはいるが、菜々美の視力では追うどころではない。

仕掛けて来る。

即応して、斬魔剣を振るうが、なんと翼を拡げて盾にしてきた。

発止と受け止めて、それで弾き返して来る。熱攻撃も、長時間当てないと意味がない。グリーンモアの場合、翼は盾としても機能しているのか。ただ一瞬の防御で、斬魔剣が危険と判断したのか、飛びさがる。

着弾。

グリーンモアの至近に、投擲型の斬魔剣が突き刺さる。

グリーンモアは飛びさがると、いきなり高速で距離を取り始める。此方の手札だけ見に来たのか。

まあ、手札はまだあるのだが。

いずれにしても、グリーンモアが後退していく。

グリーンモアはどうやら前後が存在しないらしく、足も回転させる事ができるようである。

それもあって、そのまま凄まじい勢いで最初とは逆向きに走っていく。

オペレーターが叫ぶ。

「グリーンモア離脱!」

「全部隊、小型の駆逐に集中」

「あ、これは……! 若狭方面から敵増援! 小型ばかりですが、かなりの数です!」

「第一、第三師団、連携して火力投射を開始。 食い止めてください」

敵が戦術的行動を取るのは今に始まった事ではない。冷静に各部隊が動く。広瀬大将が、菜々美に連絡を入れてきた。

イヤホンで聞こえてきている。そのまま応じる。

「畑中准将、問題はありませんか」

「機体ダメージ、許容範囲内です。 ただ敵中型が一撃離脱して離れるのは初めての事ですが」

「威力偵察だったのかも知れません。 今までかなりの数の中型が超世王に倒されています。 それもあって、ある程度力を見ておこうと考えたのであれば、不可解な事はないかと思います」

まあ、それは確かにそうだ。

ただ威力偵察なんて事を、シャドウも行うとは。本当に人間の手の内を知り尽くしているのだなと感心させられる。

無言でそのまま工兵隊が来て、超世王の整備を始めるのを任せる。

最前線であり、しかもいつ中型が攻勢に出て来てもおかしくない。だが工兵は勇敢で、確実に調整を続けてくれている。

「機体ダメージ、修復完了まであと少し!」

「ブラックウルフ多数! 超世王に接近!」

「二個狙撃大隊、前進してください。 クロスファイヤで仕留めてください」

「イエッサ!」

流石に熱狂的な兵士達によるイエスガデスは止めてくれと言われたのだろう。最近は聞かなくなった。

菜々美は無言で目を閉じて、工兵達を信じる。

程なく調整が終わり、工兵達が下がりはじめる。其処に飛びかかってきたブラックウルフを、斬魔剣で一刀両断。

小型ならこの通りだ。

そのまま前進を開始。

広瀬大将から、前進してくれと言われた。つまり、本命であるウォールボアを仕留める時だということだ。

戦況図を見ると、味方は良くやっている。

広瀬ドクトリンを全域で展開して、良くシャドウを防いでいる。それに、いつ中型が現れても対応できるように、出来るだけ部隊を突出もさせていない。超世王を中型が狙って来る事は周知。

それでも超世王から離れるような士気が低い兵士もいない。

ウォールボアの周囲の小型が、充分に減ってきた。

まだ増援が現れる可能性はあるが、それでも確かに好機だ。前進する。同時に、五月蠅そうにウォールボアが立ち上がる。

恐らく、斃せるという判断をしたのだろう。

奇遇だ。

それは此方もである。

頭が壁になっているウォールボアが、凄まじい勢いで空に向けて雄叫びを上げた。雄叫びなのだろうか。

そもそも口がある訳でもない。

中型は生物に似た姿をしている者が多いが、そもそも何か補食することもないので、攻撃用の器官として口を利用している事が多い。ブラックウルフなんかはその典型例と見て良いだろう。

あれは、何かしらの意味がある音であり。

攻撃の合図とは限らない。

そして、突貫を開始するウォールボア。

ウォールボアの前面装甲は凄まじい厚さがある。他のシャドウもそうだが、基本的に近代兵器なんぞシャドウの前には無力に等しいのだが。此奴のあの前面装甲、何かしら意味があるとしか思えない。

事前に指定されていたとおり、斬魔剣投擲型を投射。

相手の速度は時速500qほどか。かなりの速度だが。直線で、だ。正直他の機動戦をするタイプの中型と比べるとそこまでの脅威ではない。だが、斬魔剣が綺麗に当たったのに、完全に弾かれる。

予想通りか。

画像を拡大。

「ダメージ無し! あの装甲板は、熱攻撃に極めて高い耐性を持つ模様!」

「予想通り、と」

オペレーターの言葉に呟く。

菜々美は即座に装備を準備する。

大がかりになって来ている超世王だが、操作についてはずっとシミュレーションマシンでやってきた。

姉も調整して、ロールアウトした時にはシミュレーションマシンと完璧に同じように動くよう仕上げてくれている。

とにかくこいつは直線的に突っ込んでくるのだが、それは今まで回避する必要がある攻撃にすら遭遇しなかったからだと判断して良い。

今の斬魔剣への対応でそれがよく分かった。

相手に向き直ると、地面にバンカーを叩き込む。

以前ランスタートル戦で使ったのと同じタイプのバンカーだが、これは地中で更にフックを展開するため、更に強度が上がっている。

そして、今回は以前使った何とかナックルとは、違う方向性の武器を用いる。

突撃してくるウォールボアは、真っ正面から来る。

こっちが何かしらをしてくると、分かった上で仕掛けて来ていると見て良い。さっきのグリーンモアとは真逆だが。

あれは何かしらの狙いがあったのかも知れない。

カウントダウンが入る。邪魔なブラックウルフが突入してきたので、そのまま邪魔と斬魔剣で切り払う。

そして、装備を展開。

壁である。

以前ランスタートルに使ったのと同じもの。ただし前は四重だったのにたいして、今回は一枚だけ。

それを見て、更に速度を上げるウォールボア。

小細工を潰して打ち抜けると判断したのだろう。

だが、少し展開は違った。

壁にウォールボアが、突入しない。直前で壁が左右に分かれると、まんま挟みのように変形して、そのまま切り裂きに来る。

この変形は予想していなかった。

だが。

即座に今回の装備。

なんとかパイルバンカーを展開。それは四つの巨大なロボットアームによって、まずは真上からウォールボアを抑え込む。

抑え込むと同時に、挟みが閉じられる。それで、壁が一瞬で真っ二つにされたが。しかし、だ。

今回の切り札として用意していた超圧縮物質の盾。

それが、ギリギリと、刃を支えてくれている。

流石の中型シャドウの刃も、これを即時に真っ二つとはいかないようである。舌なめずりして、更にギミックを進める。ウォールボアが身じろぎして、ロボットアームを外そうとしているが。

これがもちさえすればいい。

上から持ち上げられたのは、注射器みたいなもの。

これがなんとかパイルバンカーだ。

実際のパイルバンカーは、工事現場で杭を地面に打ち込んでいるあれのことである。ロボットアニメでのパイルバンカーは、近距離から敵に叩き込む一種の浪漫砲である。

だが、このパイルバンカーは。

まんま注射器の形をしていて、機能としてもそれに近い。相手の背中から、高出力プラズマをそのまま流し込むのである。

つまり注射器は、まんまプラズマ精製機なのだ。

射出。

高出力のプラズマが、そのままウォールボアにぶっかけられる。ウォールボアは凄まじい鳴き声を上げると、挟みを瞬時にドリルみたいな形状に切り替えてきた。そして、それを伸ばして貫きに来る。

させるか。

即座に超圧縮物質を移動させて、それで防ぐ。一撃は防ぐが、即座にアラートが入る。ウォールボアの前面の盾、これは武器にもなり。むしろこれが主武器なのだろう。超圧縮物質を支えているギミックが、負荷に悲鳴を上げている。

激しくもがいているウォールボアが、暴れながらドリルを激しく前面装甲に叩き込もうとする。

その度に火花が散り。

恐ろしい音と共に、ギミックが破損する。

見る間にイエローゾーンを超えて、レッドゾーンに達しつつある。他の超世王には手出し無用を指示してある。

他の中型が現れた場合に対応してもらう必要があるからだ。

機体が激しく揺動する。

ウォールボアが四つ足を踏ん張って、ロボットアームを引きはがそうとしたからだ。勿論それでもどうにか出来るように設計はしているが、激しい揺れにシートに体が叩き付けられる。

相変わらずだなこれだけは。

100tを軽く超える機体が揺らされるのだ。ロボットアームは長く保たない。とにかく高出力プラズマが急いで効いてくれることを祈るしかない。凄まじい悲鳴も、耳に直にダメージを与えてくる。

不意にドリルがツルハシになると、機体の上に伸びて、ガツンと貫きに来た。面白い事が出来るんだな。感心している場合ではない。

菜々美の首筋の至近を掠めていた。

此処まで超圧縮物質は動かせないのだ。

あわててシートベルトを外し、身をそらす。一瞬遅れていたら、今度は頭を貫かれていた。

激しくまた機体が揺らされる。シートベルトを外したばかりだから、体が思い切り内部の構造体に叩き付けられる。

ぐっと呻く。即座にまたツルハシが来る。

ロボットアームを破壊しようという発想がないのが救いだが。それは暴れる事で壊せると判断しているのかも知れない。

ウォールボアが四つ足を突っ張って、跳ねようとして。

それを抑え込んだ機体が、猛烈な衝撃で揺れた。腰を思い切り打ったので、ぐっと呻く。こればっかりはどうしようもない。

またツルハシが、天井を貫いて殺しに来る。

肩を抉られた。

凄まじい熱さで、思わず意識が飛びかける。また火傷か。だが、奴も体を大きく熱で抉られていて、動きが鈍っている。

あと少しだ。

必死にレバーを操作するが、右肩の先……右手が動きにくい。これは下手をすると義手かと思いながら、必死に操作。

更に一撃、ツルハシが突っ込まれた。

今度は頸動脈の至近を掠めた。だが、肩には突き刺さらなかった。恐らくだが、それが最後の頑張りだったのだ。

まるで触手のようにウォールボアの壁が形状を変え続けている。悲鳴は絶えず、ずっと続いていた。

やがて、一際鋭い声が響き渡ると同時に、ウォールボアがかき消える。

倒した。

荒く呼吸をしながら、上を見る。

奴にたくさん開けられた穴が、赤熱している。これは刺さったら、そら無事ではすまないな。

そう実感して、苦笑いしか浮かばなかった。

とにかく赤熱したものが溶けて落ちてでも来たら致命傷になりかねない。ハッチを開けられない事もある。

すぐに救援要請を出す。

同時に、コックピット内で身を寄せて、痛みに耐える。

すぐに工兵が来てくれたが、まだ中型が来る可能性もある。痛みは激烈だが、我慢はしなくてはいけない。

「敵小型、引いていきます!」

「手応えがありませんね。 警戒を継続。 戦闘が収束し次第、一旦退却します。 撃破例が無い中型を斃せただけで、可とします」

広瀬大将の声が掛かる。

実際問題、小型の凄まじい数から考えて、このまま押すのは不可能だろうと菜々美も思う。

しばしして、姉から連絡が来て、緊急用の脱出装置について説明される。流石に菜々美も全部マニュアルを頭に入れているわけではない。通常の40式の脱出装置については知っているが、これだけ色々と魔改造されていると、それも使えないのである。

脱出装置といっても、ボタン一つで外に放り出されるような便利なものはない。

複雑な操作を経て、側面を開けるのだ。

肩の痛みは鈍痛に近いレベルだが、それでもどうにかやる。必死に側面装甲を開けると、救急車が既に来ていた。

工兵は無駄になっていない。

かなりのダメージを受けた超世王の部品の回収に切り替えていた。それでいい。コアブロックは無事だから、それを確実に姉と相談しながら回収して欲しい。そう告げると、イエッサと意気高く返事もしてくれた。

救急車で手当てを受ける。

やはり状態はあまり良くないらしい。

超高熱で今までシャドウを倒して来たが、こっちが超高熱を受けるとこんな感じなんだなと、そう思う。

即座に手術と言われた。

腕は残るかと聞くと、五分五分と言われる。ダメージが骨に及んでいる。クローン技術で骨などの細胞を作り出し、それを埋め込む事になるだろうが。いずれにしても通常より脆くなり、更には定着までに時間も掛かると言う。筋肉なども同じような処置をするため、最低でも二ヶ月は病院にいなければならないそうである。

「また無茶をなさいましたな」

「それくらいしないと斃せないのが中型です」

「それは分かります。 私の両親も兄弟もシャドウに殺され、どこの国の軍も手も足も出ませんでしたから。 しかし、こんな怪我をするような装備ではなく、もっとマシなものは造れないのですか」

「相手は想像を超える能力を持っています。 いつも此方の想定の上を行きます。 だから、姉の事は悪くはいわないでください」

姉の事は菜々美もあまり良くは思っていないが。

それでも、そういう明確な批判をされると頭に来るのは不思議だ。

医師はそれ以上は何も言わなかった。

ただ、リハビリなどは厳しく指導するというのだった。

それは覚悟の上だ。

腕は残るように死力を尽くすと言ってくれたのだ。シャドウと戦って、その程度で済むのなら御の字なのである。

だから、何も文句は言えないことは、菜々美も分かっているのだった。

 

戦闘のデータを確認したナジャルータ博士は、畑中博士のところに出向く。

畑中博士は凄まじい勢いでキーボードを叩いており、挨拶しても何も言わない。猫背で凄まじい入力をしているのは。

今回ウォールボアが見せた可変能力対策について、考えていると見て良いだろう。

ナジャルータも、データが少ない相手とは言え。

まさか壁をあんな風に活用するとは、想定外だった。

超世王が受けたダメージは、洒落にならないものだった。貴重な高圧縮物質も無傷ではないし。

それを基点とした防御システムも破綻寸前。

下手をすると、全体が崩壊していたかも知れない。

ナジャルータも、見ていてそれは理解できた。

それにしてもシャドウの厄介極まりない事よ。本当に生物ではないのだろう。想像を超える事ばかりしてくる。

魔王が相手になると、更にとんでもない力を持っている可能性が高い。

そう思うと、本当にシャドウと渡り合えるのかと、不安にすらなってくるのが実情である。

軽く話す。

畑中博士は、これだけ激しく入力作業をしていても、マルチタスクでナジャルータと話してくれる。

その内容についても、的確だった。

「今回の戦闘で気になったのはグリーンモアの動きね。 あれは完全に威力偵察だった。 それも生きたまま戻られた。 ひょっとすると、かなり厄介な事になるかも知れないわよ」

「ええ。 シャドウは知能を持っており、情報伝達もそれぞれしています。 種別に争うこともないようですし、強烈な相互連絡能力を持っています。 今後、更に上の上を行く力を見せてくるかも知れません」

「……ウォールボアにしても、実はグリーンモアのために情報を集めるだけに倒れたのかも」

「可能性はあります。 生物ではないとしても、真社会性をもつ蟻のような生態を持っているのだとしたら」

今後は更に戦いが厳しくなる。

それは容易に分かってしまう。

実際問題、今回の戦闘では、戦線を押し上げられなかった。相当数の小型を斃せたが、少なくとも二ヶ月は畑中准将は動けない。

そうなると、今後はしばらく超世王セイバージャッジメントのブラッシュアップに徹するしかないだろう。

現在でも戦闘力はまったく足りていない状態だ。

中型複数を同時に相手にするのは非常に厳しいし。

戦場に現れた場合、対応が難しい中型もいる。それらに対しても、対応できるようにしていかなければならない。

ゲームなどでは特化型のキャラクターが強かったりするが。

シャドウとの戦いの場合、いつ何が現れるか分からないし、それぞれが極めて特化した戦闘スタイルを持っている。

そのため、特化型の兵種では厳しいのだ。

いずれは歩兵で中型を斃せる時代が来ると嬉しいのだが。

現状では厳しいと言わざるを得ないだろう。

「此方でも研究はします。 畑中博士は大将待遇になったと聞きます。 無能なお偉方を抑える事は前より容易な筈です。 お願いします」

「そうねえ。 プレゼンを頻繁にやる事で分からせようかしら」

「それは、効果的かと思います」

「うふふ」

それはナジャルータにもダメージが入るのだが。

まあ、仕方が無いか。

とにかく打ち合わせを終えると、畑中博士の工場を出る。お土産に三池さんの持たせてくれたシュークリームを持ち帰ったが。

これがとてもおいしかったので驚かされたのだった。

 

4、壁が形成される

 

ウォールボアを倒したものの、前線を進める事は出来ず。その結果に、案の場上層部はぎゃんぎゃん喚いているようだった。

バカな話である。

呉美玲奈大尉でなくても知っている。

今までは中型を倒す事さえ出来なかった。

どの中型も、どれだけの兵力をぶつけても足止めすら出来なかったのだ。

それを立て続けに倒し、倒すためのノウハウを蓄積できている。それだけでどれだけの進歩だか。

勝利が当たり前だと考えている連中の無能さには反吐が出る。

社会の上層にいる人間はみな優秀で心優しいだのの寝言が昔は当たり前のように唱えられていたと聞くが。

人間が全盛期の1%にも足りない数に減り。

それが大嘘だと言う事が。より分かりやすくなったからだろう。

玲奈のような下っ端でも、それがうんざりするような嘘だと、一発で分かるのだった。

偵察に出る。

本当に戦線は一歩も進んでいない。

それだけじゃあない。

小型シャドウは、濃尾にも多数……以前以上の数が出ている。

四国をあっさり陥落できて。どこか調子に乗っていたのかも知れないとさえ感じる。シャドウは確認されているだけで億単位いる。

しかも、それは「確認されている」範囲の数。

いきなり最初は虚空から現れたように、無尽蔵に援軍を繰り出せても不思議ではないのである。

報告を送る。

「明らかに前回の戦闘時よりも増えています。 敵の群れの中には、キャノンレオン、グリーンモア、ウォールボア……あれは! スプリングアナコンダです!」

「なんだと……」

「明らかにこれ以上は進ませないという布陣です。 しかもそれぞれの中型は、一体ずつではありません」

「分かりました。 情報の収集よりも身の安全を優先。 安全を確認しながら、確実に敵の数を分析してください」

途中から広瀬大将が割って入る。

頷くと、そのまま分析を続ける。

前の戦闘で、被害者は100人弱に抑えたものの、それでも相手は明らかに此方を追い返すためだけに戦ったという雰囲気だった。

もしもあのグリーンモアが本気で襲ってきていたら、こんな程度の被害ではすまなかっただろう。

小型を相当数倒したが。

小型なんぞ相手にとっては幾らでも出せるのかも知れない。四国で勝ったのも、単に相手が四国に興味を無くしただけではないのかと思うのだ。

それに、四国は調査してみて分かったが。

恐らく人間が侵出する前の状態まで環境が戻されていた。インフラの整備以外で、自然を傷つけないように。

そういう達しまで出ている。

ナジャルータ博士が以前に調べたのだが、汚染や自然への無茶な破壊が目だった国や地域は、シャドウに徹底的に潰された傾向があるという。

ただ、それもよく分からない事もあって。

人間がいる前の時代まで戻されている節がある。

それでいながら、シャドウが見逃した地域では、どれだけ廃液を垂れ流そうと無視しているようなので。

シャドウの性質はまったく分かっていないのだ。

今の時点では、シャドウの機嫌を伺いながら奪回作戦を立てていくしかない。

琵琶湖は安全確保した。

それで膨大な真水を容易に手に入れる事が出来るようになった。

後はダムなどを作って、更に真水の入手を容易にしたいところではあるのだが。まだまだシャドウがいる事を考えると、それも難しい。

偵察を終えて戻る。

一応今回の戦闘も勝利と喧伝しているようだ。確かにあの被害で中型1、小型多数を倒しているし。倒した中型は撃破例なしのウォールボアだ。戦果は戦果だが。前線は一歩も進んでいない。

海路は相変わらずイエローサーペントが日本海も太平洋も巡回しているので、揚陸部隊を出して後方を強襲なんて事は極めて難しいし。

偵察部隊を出すのでさえ命がけなのだ。

戻ると、軽く上層部のやりとりを見る。

今回の件について文句を言おうとしてたところに、畑中博士が満面の笑みでプレゼンを開始していた。

それを見て全員押し黙る。

そして狂気のプレゼンが開始されて、その間ずっと静かになったので、玲奈も思わず笑ってしまった。

今後ずっと畑中博士がプレゼンをしてくれれば、アホな上層部も大人しくなるのではないだろうか。

そうとさえ思う。

畑中博士は噂によると、自分が描く絵が意味不明なものなのは分かっていないらしい一方。

プレゼンをするとアホ共が黙ることは理解しているらしいので(もの凄い高IQらしいのに変な話ではあるが)、それを意図的に使っているのだろう。

プレゼンが終わるとアホな上層部の連中がみんな魂が抜けて目が死んでいるので、いい気味である。

広瀬大将が咳払いして、現状の説明をする。

「偵察部隊からの情報もあり、濃尾への進出は極めて難しくなりました。 若狭も相変わらずの守りであることから、中国地方か九州で戦果を上げるしかありません。 今まで斃せた記録がない中型を少しずつ斃す。 そうして、実績を重ね、超世王セイバージャッジメントの性能を上げていき、いざという時に備える事しか、我々には今出来ないのです。 超世王セイバージャッジメントを動かすには畑中准将が必要で、ウォールボアとの戦闘での負傷もあって三ヶ月は動けません。 各国はその間に資源の増産、螺旋穿孔砲を主体とした歩兵装備の刷新、戦車から歩兵戦闘車へ戦闘車両の切り替え、螺旋穿孔砲オートキャノンの装備……今まで小型に確実な戦果を上げている編成への変更を進めてください。 25年、やられ放題だった中型を倒す事はそれだけ難しい。 それはなんどでも、心に命じてください」

その通りだ。

胸が空いたので、後は休む事にする。

大尉というと士官であり、立派な地位である。

まだ若すぎると思うが、玲奈は恐らくだが、超世王セイバージャッジメントのデチューンモデルを任される事になる。

それを思うと、大尉という地位は恐らく適切なのだろう。

昔は花形だった空軍のパイロットも士官としての地位をもっていたらしいから、それと同じである。

嘆息すると、ますます厳しくなるなと思った。

畑中准将が動けない間は。

下手をすると、玲奈が出なければならないのだから。

 

(続)