四国解放作戦

 

序、連戦

 

琵琶湖沿岸に展開した第二師団と、編成が済んだばかりの第三師団の二個連隊が、まだまだいるブルーカイマンを排除に掛かる。

戦車を減らすか、螺旋穿孔砲のオートキャノン型を搭載して欲しい。

その広瀬大将の提案と、実際にオートキャノンが戦果を上げている事実があるが。それでもまだある程度の発言力を持っている軍事産業は、既存の兵器にこだわっている。だから今参戦している部隊の何割かはシャドウに効きもしない兵器で、ブルーカイマンを牽制する有様だ。

軍需産業のお偉方達は、シャドウを葬った後の時代を考えているなんて話もあるにはあるが。

そもそもシャドウを斃せる見込みがあるのかどうかすら。英雄と言われている菜々美ですら怪しいと考えている。

だが、一つずつ問題は片付けなければならない。

イエローサーペントがいる琵琶湖は、現時点では接近することも厳しい状態だ。まずはブルーカイマンを排除する。

琵琶湖をシャドウの手から奪還すれば、巨大な淡水湖が手に入る。神戸近辺の水については、かなり入手が楽になる。

インフラの破綻は、何処の生き残った地域でも問題になっていて。

今はとにかく、こうやって少しずつどうにかしていくしかないのだ。

菜々美は超世王ではなく、ただの歩兵戦闘車から顔を出し、携行式の螺旋穿孔砲で援護攻撃を続ける。

一応、今の時点では琵琶湖周辺に琵琶湖にいるイエローサーペント以外の中型種は確認されていない。

この辺りではブライトイーグルとの決戦を行った事もあり、シャドウは減ってはいるのだが。

それでもブルーカイマンはつつけば琵琶湖からまだまだ出てくる。

繁殖しているのではないか、などという声もあるが。

それについては、分からないとしか言えない。

少なくとも今まで奪還した範囲では、新たなシャドウの出現は確認されていない。それに、ストライプタイガーを倒した事で、広瀬大将と菜々美の名声はまた不本意ながら上がっている。

だから、多少はお偉方が五月蠅くなくなったのだけは良かったかも知れない。

「此方スカウト112!」

「報告をお願いします」

「A33地点にシャドウ確認! ブラックウルフ多数!」

「迎撃を開始してください。 可能な限り小型を削ります」

まだ小型がいるのか。

中型種が出てこない事だけは助かるが、それでもまだまだ迫ってきている。

この辺りはブライトイーグルとの会戦後に車両牽引車が殆どの擱座した車両などを回収したのだが。

それでもまだまだ細かい部品などは残っていて。

今はとにかく物資が必要であるということもあり。

琵琶湖の奪還もしてほしいという話もあった。余力があるうちに、小型の排除とイエローサーペントの排除をと頼まれたのだ。

だが、厳しい状態だ。

広瀬大将は巧妙に指揮を続けて、小型の大軍を効率よく刈り取り続けているが。それでもまだまだ次から次へと湧いて出てくる。

舌打ちして、弾丸を再装填。

シルバースネークがほぼいないことだけが救いか。

オペレーターが声を上げていた。

「京都方面からまとまった小型シャドウの接近の報告あり」

「京都で確認されているランスタートルやキャノンレオンは」

「動いていないようです」

「……迎撃の準備。 指定の位置に、各狙撃大隊は動いてください。 補給班は物資の移送を急いで」

広瀬大将の指示は的確だ。

だが、それでも数時間会戦が続くと、流石に兵士達につかれも見えてくる。

やがて京都方面からまとまった数のシャドウが現れる。

その頃にようやくブルーカイマンの駆逐が完了。

菜々美は超世王に乗り換える。

即座に自走砲部隊が、琵琶湖に砲撃を開始。イエローサーペントへの牽制を開始。京都方面から来ているシャドウの群れは、多数のブラックウルフとシルバースネークの混成部隊だが。

少数、面倒なのが混ざっているという。

ホワイトピーコック。

水陸両用がブルーカイマンだとすると、これは半空中戦型の小型種だ。

名前の通り真っ白のシャドウなのだが、巨大な団扇のような構造体を背負っていて、それでピーコックと名付けられた経緯がある。

この種は凄まじい跳躍力を見せて、頭上から人間の群れの中に踊り込んでくる。その後は場をあらすように殺戮を開始する。

つまるところ、かなり危険なシャドウである事に代わりは無い。

ただし数が少ない上に、現在だとオートキャノン型の螺旋穿孔砲もある。跳躍したところを叩き潰してしまえば良い。

広瀬大将なら、冷静に対応してくれるはずだ。

ただ此奴は射程距離に入るまでは身を低く細くしていて。射程距離に入ると、いきなり跳躍する。

それに対応して、対空でたたき落とせればいいのだが。

ともかく任せて、超世王で琵琶湖に潜る。ブルーカイマンの姿はなし。自走砲が弾を叩き込んでいる事もあり、イエローサーペントはそれに対応。片っ端からソニックブームで粉砕しつつ、やはり泡を纏っている。

探知のための泡だ。

それも、自走砲で火力の集中投射を受けていても泡が消える様子は無い。非常に面倒な相手ではあるが。

ただそれでも、超世王に気付けなければそれでいい。

この会戦までに姉がまた手を入れてくれたなんとかドリルで貫くだけだ。無音で湖底から、一気にイエローサーペントまで浮き上がる。

そのまま排除。

今回は、更に上手くいった。

だが、イエローサーペントが爆発するのから離れながら思う。シャドウ側が、何も対策をしてこないのは何故だ、と。

相手も試行錯誤をしていると見て良いのだろうか。

それともこんな程度の損害なんて、なんとも思っていないと判断するべきなのだろうか。

最初にシャドウがこの世界に現れた時も、無から億単位のシャドウが現れた訳で。そのメカニズムは分かっていない。

異世界からの侵略者、などというのだったら話は早いのだが。

だったら地球を丸ごとテラフォーミングでもして、シャドウに都合がいい世界にしていそうなものなのだが。

浮上。

とにかくこの潜水艇の機体は、動きづらくてかなわないし。攻撃を受けたら耐えられない。すぐにコアパーツを移動して貰う。

小型種の掃討はある程度終わったようだが、今回も少ないとは言え被害は出ている。小型種に接近されるだけで致命的なのだ。兵士には防弾チョッキなど支給しなくていいのではないかという声も上がっているとか。

まあ、シャドウに接近されたら終わりだし、それは分からないでもないのだが。

ただ戦場では味方からの誤射もある。

兵士の生存率を上げる義務が上層部にはある筈で。

今後はどうなるかは、どうすべきかは。菜々美には分からなかった。

辺りは既に真っ暗である。

撤退する部隊と一緒に戻る。

通信を広瀬大将が入れて来ていた。

「戦闘中行方不明者が数名出ていますが、それを含めても今回は死者30名ほどでしょう。 対小型の戦術はホワイトピーコックがいても問題ありません。 ただ、螺旋穿孔砲はどうしても一発撃つとクールダウンに時間が掛かりすぎる。 兵士の腕に依存するところも極めて大きい。 課題が幾つもあります」

「はい。 イエローサーペントも最近は探査のための泡を纏うようになっています。 あのドリルだけ動かして、イエローサーペントを斃せるようになればいいのですが、殆どの個体はブライトイーグルの護衛を受けている。 厳しいでしょうね」

「そうなりますね。 それと、四国の方でもスカウトを派遣していますが、小型がまだまだかなり確認されています。 孤立集落までの間には、前回の会戦で斃した程度の数は間違いなくいるでしょう。 そうなると……中型種がいると見て良さそうです。 ストライプタイガーなのか、キャノンレオンなのか、それ以外までは分かりませんが」

「……」

幾つか打ち合わせして、通信を切る。

後は宿舎に戻って、汗を流す。

今回も快勝とSNSでは湧いているが、人は普通に死んでいる。まだまだ新兵だった兵士だって戦死しているのに、脳天気な話だと苛立ちも募る。

連絡。

どうやら重役を集めて会議をするらしい。

大佐になってから、こういう無駄なのに参加を要求されるようになった。幸い自室から参加が許されているので、そうさせて貰う。

テレビ会議を起動して会議をする。

今回も天津原が、相変わらず気弱そうに頭をハンカチで拭っていた。男は誰でも禿げるものだが。

気弱そうに頭の汗を拭っている姿は、あまり威厳があるとはいえない。

「戦果ですが、イエローサーペントを排除。 小型種を合計で千五百ほど葬ることに成功しています」

「確かに優れた戦果ではあるが、九州への打通作戦はどうなっている」

「そうだ。 イエローサーペントを瀬戸内海から排除した事はいい。 だが、九州への陸路での打通もするべきだ」

無茶を言うなあと思う。

九州と四国の間の海峡。いわゆる豊予海峡だが、此処はシャドウ来襲前に、橋を作る作らないの話があったと聞いたことがある。

ただ橋を造るとなると、工兵隊が仮設のものを簡単に作って、機甲師団が渡るようなものをこのお偉方は要求しているはずだ。

そんなものは、簡単には作れない。

それなりに距離があるからだ。

「四国での安全確保の後、港を仮設して、其処から神戸へ直通の道を作るのが早いでしょうね。 豊予海峡に橋を通すのはあまり現実的ではありません。 あらゆる物資が不足しているのは、皆様ご存じの通りですので」

「言い訳はいい! 足らぬ足らぬは工夫が足らぬという諺が君の国にはあると聞いたぞ!」

「それは諺ではなく、シャドウ来襲前の無能な会社の重役が口にしていた寝言です」

「……っ!」

この間、バカな独裁者の国が一瞬で壊滅して、しばらく大人しくしていた此奴らも。

あれから大して時間も経過していないのに、もう元に戻っている。

人間が成長する何てのは大嘘だな。

そう菜々美は思う。

ちなみに意見を口にするつもりはない。

戦略の類は、はっきりいって苦手だ。

「畑中博士! もっとシャドウを簡単に斃せる兵器を開発は出来ないのかね!」

「無理に決まっていますでしょう。 中型に対して一体ずつ対抗兵器を開発して、やっと今までの戦果を積み上げてきたんですから。 私以上の天才がいると言うなら、その人に開発を任せればいいと思いますが。 それらでシャドウを斃せるのなら、ですけれどね」

「おのれ、ああいえばこういう……!」

「少し黙っておられよ」

流石に見かねたか、米国の代表がたしなめる。

ともかく、広瀬大将が現在はスカウトを出して状況を確認していること。小型の数と配置からいって、まだ中型が四国には潜んでいる可能性が高い事を告げる。

中型の種類によっては、また対抗兵器を一から開発しなければならない。

それも告げて、今までの戦闘が菜々美の名人芸でやっと勝てている事も告げると、それで黙るしかないようだった。

事実今まで人類は、シャドウに通常兵器で手も足も出なかったのだ。

それを考えれば、以下に無理を言っているかは明らかである。

ともかく、広瀬大将に文句を言う奴はいても、無能呼ばわりする権利がある者は此処にはいない。

それが全てだ。

無意味な会議が終わって、その後メールが来る。

今スカウトが展開しているが、どうやら中型の痕跡があるらしい。恐らくはストライプタイガーかキャノンレオンで、グリーンモアなどではないだろうということだが。グリーンモアは殺傷力はともかく、ストライプタイガー以上の速度を誇る中型種だ。此奴は今まで超高速で狙った獲物をピンポイントで仕留めるところだけが目撃されていて、良く生態がわかっていない。

「グリーンモアを相手に戦った経験」が人間側にない(あるのは一方的に殺された経験だけである)ので、対策を立てようがないのである。

此奴に比べれば、まだシベリアとアラスカを行き来している(北極に移動することもあるようだ)大型種、通称魔王の方が戦闘データがある。

ともかく、何が出てもその場で対応するのは無理。

数ヶ月、兵器を開発しなければならない場合も多いだろう。

疲れたので、冷蔵庫にとっておいたプリンを食べる。いや、これは本当においしいな。手作りのでも美味しいのは造れるらしいが、これが何処のコンビニにもおいてあったというのは納得である。

バカみたいな会議の疲れをプリンで取って、後は休む事にする。

とりあえず、後の事は明日考えれば良い。そう思った。

 

畑中直子博士は、助手の三池と一緒に京都工場に戻っていた。

今、新しい武器を開発しているのだが。これを生かせる相手との戦闘はまだ来そうにはない。

ちなみに開発しているのは。

パイルバンカーである。

ロボットアニメでは定番の兵器。

だが、そもそもとして質量兵器が通じないシャドウには相性が悪い武器で、これはちょっと通常のパイルバンカーとは違っているのだが。

いずれにしても。この間のストライプタイガー戦で、菜々美が凄まじい対高速戦闘を勝ってくれた。

そのデータを取り込んで、これを実用レベルに仕上げたい。

四国にいる中型次第では、試す機会があるだろう。

現時点で超世王セイバージャッジメントは、アニメに出てくるような人型のヒーローロボットへの変化の過程にある。

進化などと言う言葉は使わない。

あれは畑中博士にとっては好きな言葉ではない。

生物は環境に適応していくものだ。

強い生物が生き残るのではない。むしろ試されるのは運である。この証拠に、人間は石器時代に比べて筋力も知能も落ちている。それは要するに、人間は人間が思うような進化などしていないことを意味している。

それどころか、二億年前からワニはまるで姿が変わっていない。

これはどういうことかというと、ワニは既に完成形に到達しているからだ。そして完成形は自滅などしない。繁栄するだけである。

人間の兵器は、それらの例と比べると、まだまだ全然。

人間を殺すための兵器は、シャドウが現れる前にも、人間が思うところの進化とやらを続けていたかもしれないが。

残念ながらシャドウが現れてからは、それは全て無に帰した。

環境に適応出来なかったのだ。

そういう点では、環境に適応出来なかった強力な生物が滅びていった有様を思わせる。

今は、畑中博士がその悪しき流れを断ちきらないといけない。

それに、である。

もしもシャドウと全面的に殺し合わない未来があるのなら。

シャドウとの和解なり共生なりが出来る未来が来る可能性があるのなら。

馬鹿馬鹿しい優生論が蔓延った挙げ句、破滅の間近まで来ていた人間の歴史が変わるかも知れない。

万物の霊長とか言う妄想を、シャドウという圧倒的な存在が現れる事で人間が捨てる事ができるのなら。

それは或いは。

何か違う未来を造り出せるのかも知れなかった。

ともかく今は。

シャドウを斃せる兵器を開発していくことだ。これは今の圧倒的過ぎる力の差では、交渉も何も無いからである。

シャドウを滅ぼせる力なんてものは開発できないだろう。

化学兵器だけではなく生物兵器も試されたが、あらゆる全てがシャドウに通じなかったのである。

設計図を横から覗き込んだ三池が言う。

「また妙な兵器を考えましたね。 ロボットアームもだんだん腕らしくなってきているといいますか」

「ふふん、菜々美ちゃんであれば使いこなせる筈だわ。 ただし、四国にいる中型が何か次第だけれどもね。 これはまだしばらく完成まで掛かるだろうし、厄介なのがいないと良いのだけれど」

「いずれあらゆるシャドウとは戦う事になりますので、作っておく必要はどうしてもあるかと思います」

「理解が早くてたすかるわー」

畑中博士は手を動かす。

そして新しい装備を作りあげる。

まだ本格的に動く段階ではないから、工場に人は殆どいない。最終図面が出来てから、それはするようにしているのだ。

黙々と仕事をしていると、四国から連絡が来る。

中型シャドウ発見。

それも二体である。

一体はストライプタイガー。これはある程度想定されていた事だ。問題はもう一体であるのだが。

これが面倒極まりない。

新種だ。

シャドウは今まで40種が確認されていたが、ついに41種目が現れた事になる。だが、これはある程度覚悟していた。

そもそもシャドウと全面戦闘をしていた頃。

様々なデータが取得されたが、それらの中には、明らかにこれは別種ではないかと言われる者の姿が確認されていたのだ。

これらは戦況が安定……というか、シャドウが人間を皆殺しにするのを止めてから、人が目にしなくなった。

それで交戦記録が残っている40種だけを記録していたのだが。

まあ、いずれはこうなることも分かっていた。

即座にナジャルータ博士から連絡が来る。

「今まで数度存在が目撃だけされているシャドウです。 戦闘記録は極めて限定的で、実戦に殆ど出て来た事がない相手です。 何をしてくるかは、ほぼ分からないと判断して良いでしょう」

「情報を集めないと戦闘にならないですよ」

「分かっています。 これから無人車両を使って、相手の戦闘スタイルを調査して貰う事になります」

「……お願いします」

映像が送られてくる。

これは。

シルバースネークに似ているが、段違いに大きい。

インドに生息していた発見されている中で史上最大の蛇。恐竜が滅びてから繁栄していたヴァスキという種は、体長が15mにも達したそうだが。これは陸上生活するのがかなり困難なサイズで、半水棲だったことが分かっている。

しかしこの蛇型のシャドウは、全長31mと、中型としては極めて巨大なサイズである。ただ、体そのものは長細く、側でひなたぼっこをしているストライプタイガーと、見た目のサイズはそれほど変わらない。

或いは戦闘向きのシャドウではない可能性もあるが。

それは楽観というものだ。

ストライプタイガーとの戦闘は、菜々美が二度とやりたくないとぼやいていたほど厳しいものだった。

もし四国に進むとなると、ストライプタイガーとあの蛇型と連戦しなければならなくなるだろう。

スポンサーの方々は、それを強要してくるだろうな。

そう思うと、畑中博士はこれはまずいと思いながら、苦笑いを浮かべるしかないのだった。

 

1、新種出現

 

データに無い新種の中型シャドウ出現。それは各国を衝撃に陥れたが。会議で、ナジャルータ博士が、今まで発見されていなかったと言うよりも、ただ認知されていなかっただけだと説明。

シャドウとの苛烈な戦いの中で、人間はずっと負け戦を続け、都市レベルのジェノサイドを受け続けた。

混乱は多く、存在されているとされていたシャドウが存在しなかったり。

逆に後から存在が確認されたシャドウも多い。

それもあって、シャドウとの戦闘がまた始まった今のタイミングで、「新種が発見」されるのは不思議では無い。

そう、ナジャルータ博士が説明し。

それで各国の代表も黙り込むのだった。

それはそれとして。

まずは問題を片付けなければならない。

最初にやらなければならないのは、現実問題として、この凶悪な相手をどう対処するか、である。

何しろ手の内が分からないのだから。

「ストライプタイガーは対応が出来るのだったな」

「いえ、前回はどうにか勝てただけです。 次にも尽力はしますが、新種がどう行動するか分からない以上、勝てると言い切ることは出来ません」

北米代表に、菜々美はそう答える。

菜々美としても、勝てるなんていうつもりはない。

昔の企業には、必ず勝つという気迫を持てとかほざく精神論者がいたそうだが。

そんなものは害悪でしかない。

精神論で勝てるくらいだったら、誰も苦労なんぞしないのである。

広瀬大将が、まず今後の行動について説明する。

「今回発見されたシャドウは、環境への適応などで出現した新種である可能性はあまり高くは無く、ただ今まで認知されていなかっただけの存在かと思います。 ナジャルータ博士が分析を進めてくれていますが、まずはどういう戦闘スタイルを持っているのか分析するところからです。 此方でも、相手に仕掛けて行動を確認します」

「しかし、どうやって」

「無人の戦闘車両を用います。 デコイとして超世王セイバージャッジメントと外見を似せます」

それで乗って来てくれれば話は楽なのだが。

勿論、二段三段と策は練ってあると広瀬大将は言う。

それでも、不満そうな各国代表。

「そのロボットでさっさと片付けてしまえないのかね」

「不可能です。 そもそもとして今までも中型相手には、数ヶ月単位で準備をして戦って来たことを忘れましたか。 それだけ準備をしても、なおもまだまだ苦労が絶えなかったのですが」

「それはパイロットが無能だからではないのかね!」

「では代わりを寄越してください。 畑中大佐以上のパイロットなんて私が知る限り存在しませんが」

広瀬大将が、暴言を吐いた中米の国家首相に言う。

菜々美としては、庇ってくれて助かるが。

ただこう庇ってくれるのは、成果を上げているからだと言う事も理解している。特権を持っているつもりはない。

「ともかく、新種なのか認知されていなかっただけなのか分からないにしても、中型シャドウに既存の兵器は通用しない。 これは今までの数多の戦訓が物語っている。 だから、まずは情報を集めて、それからだ。 それにはどうか理解を持って欲しい」

天津原が頭を下げて。

それで会議は終わった。

胃が痛そうな顔をして、天津原が真っ先に会議室を出て行く。

ちなみに菜々美はテレビ会議での参加だ。アホらしいので、宿舎を出てまであんな茶番に参加したくない。

良くしたもので、広瀬大将も多忙を理由に、自身のオフィスから参加しているようである。

あんな脳タリンの中に混じるのは嫌なのだろう。

シャドウに人類が蹂躙される前、王族や貴族や金持ちは優秀だの、能力も優れてるだの。そういう寝言がまかりとおった時期があったらしいが。

ああやってシャドウに全滅寸前まで追い込まれてなお内輪もめしている連中の醜態を見ると。

そういった寝言が如何にただの寝言に過ぎなかったのか、よく分かるというものだ。

とりあえずアイスを頬張って、ストレスを飛ばす。

現時点では出来る事が訓練しかない。それも超世王を操作する訓練ではなく、兵士としての基礎能力を保つための訓練だ。

仕事が特務大佐とかいうよく分からないものであるので、殆ど書類とかの決裁は求められない。

たまに給料の契約とかの書類は書くことがあるが、それくらいだ。

階級としては大佐待遇というだけで、実際には連隊長などを務めるような大佐とは違って、仕事量はそこまで多く無いのである。

まあ、そのおかげで、ある程度の休憩は担保できているのだが。

とりあえず一眠りして、翌日からは訓練に精を出す。

早速広瀬大将が、ダミーを用いての相手の能力調査に出たようだ。ダミーの自動戦闘車を用いて、相手の攻撃を誘う。

イヤホンをつけて、ランニングマシンで走りながら、状況を聞く。

問題はストライプタイガーと新種が同時にいる事だが。

此処で、敢えて前回ストライプタイガーを倒した超世王に似せたデコイを使う。

前線に単騎突出させたそのデコイは。

ある地点を突破した瞬間。

いきなり蒸発していた。

クレーターが作られ、それが煮立っている。スカウトが展開していたが、息を呑む声まで聞こえた。

「で、デコイ消失!」

「画像を回収して即座に撤退してください。 ストライプタイガーは」

「動き無し! 新種が、直立するように体を空に伸ばしていましたが、また蜷局を巻いています!」

「了解。 攻撃を分析します」

これはまずいな。遠距離攻撃型か。

シャドウの共通性質として、長時間高熱を当てないとダメージを与えられないという特性がある。

一方こっちにはそんな都合がいい防御手段はない。

だとすると、どうにか超長距離攻撃をかいくぐらないといけないわけだ。

しばし時間をおいて、デコイ二つ目が出る。

それはしばらく放置されていたが。

やがて、いきなり爆破消滅したようだった。

「デコイ消失!」

「即時後退してください。 ……ナジャルータ博士、どうですか。 もう少し分析が必要でしょうか」

「新種の行動を見る限り、これで分析は出来るかと思います。 ただもう一撃、相手に手の内を晒させてください」

「了解しました」

広瀬大将と、ナジャルータ博士がやりとりをしているのが聞こえる。

姉は兵器開発の専門であって、シャドウの専門分析はナジャルータ博士の独壇場である。嘴を挟む余裕などはないし、そういう事を姉はしない。姉はあれで自己顕示欲はほぼ皆無なのである。

黙々とランニングしながら、やりとりだけを聞く。

兵士達は動揺していて、相手の能力について驚愕しているようだ。

「攻撃の性質がまるでわからんらしい。 極超音速ミサイルでさえ、飛んでくる様子は見えるのに……!」

「しかも十q以上も離れているデコイにノータイムで命中させているらしいぞ。 そんなもん、どうすればいいんだ!」

「四国にはまだ孤立集落があるが、ひょっとしたらただ人間を誘き寄せる餌としてイカされているだけじゃないのか」

「可能性はあるが、だからといって見捨てる訳にもいかないだろ……」

菜々美は黙々とトレーニングをする。

狙撃に移ってからは、流石にイヤホンは外した。

螺旋穿孔砲を完全に使いこなせているというつもりはないが、まあ命中はさせられる。湖底の的だけではなく、シルバースネークやブルーカイマンを意識した、動くものや、当てにくい的も用意される。

それでいいと思う。

黙々と射撃をして、それで夕刻まで腕の錆をとる。

しばらくして、射撃を終えたので。

背伸びしてから、宿舎に戻った。宿舎について、冷蔵庫を漁っていると、メールが来ていた。

広瀬大将からだった。

「畑中大佐。 幾つか分かった事があります」

「お聞かせください」

「はい。 新種のシャドウ……スプリングアナコンダと呼称する事が決まりましたが。 これは全身が一種の粒子加速器となっています。 問題は、奴がどうやって長距離攻撃をしているかが分からない事です」

「よく分からないけれど、超長距離からの攻撃を百発百中させていると」

そうなると、広瀬大将は言う。

それは厄介だ。

そもそも接近できないとどうしようもない。

ジャスティスビームは改良を進めているようだが、あれはそもそもどれだけ改良しても有線だ。

流石に10q以上先にいる相手を撃ち抜く事は出来ないし。

そもそも撃ち抜くものでもない。

狙撃なんてものは、小型種はともかく、中型以上のシャドウにはまったく通じない戦術なのだ。

ミサイルが無用の長物になったのも同じ理由からである。

質量兵器が通じない。

長距離、高熱を保ったまま飛ばす事ができるものもない。更には、相手に着弾してから相手を焼き切るまで熱量をコントロール出来る兵器も存在しない。

対人用の兵器としてはテルミット弾というものが存在している。

これはかなりの長時間燃焼するが、温度的には精々二千から三千℃程度であり、中型シャドウに対しては、表面を焦がすことさえできない。

もっと高熱が出るレーザーでも通じないのだ。

詰まる処、接近してプラズマを用いた何かしらの兵器で相手を直に叩くしかないのである。

「今ナジャルータ博士が攻撃の性質を分析してくれていますが、もう一つ懸念が上がって来ています」

「懸念とは」

「九州にいるブライトイーグルが動き出しました。 今の時点では阿蘇山周囲を旋回しているだけですが、下手をすると三種混合の戦闘になるかも知れません」

それはまた、面倒極まりない。

だが、それでもどうにかするしかないのだ。

幾つか打ち合わせをしておく。

次はストライプタイガーを。可能な限り短時間で倒さないといけなくなるだろう。それだけじゃない。

相手の性質にもよるが、超長距離からの確殺攻撃をどう防ぐか、という課題がある。果たして対応策はあるのか。

いずれにしても、今菜々美に出来る事はない。

それだけは、情けないが事実だった。

 

数日訓練を続ける。

その間にも第二師団はデコイを用いて、相手のデータを取っているようだ。

少なくともスプリングアナコンダは、距離12qのラインを超えると攻撃してくる。厄介な事に熱源を有していないデコイや、通常の40式には見向きもしないそうだ。

40式に偽装して接近する手もあるが。

ただ相手が、遠距離攻撃しか出来ない相手なのかどうかと言う疑問が残っている。今は分析をしてもらうしかない。

姉は姉で、また変な兵器を組んでいるようだが。

こっちはもっと何もできることがない。

いずれにしても、今は訓練をして、体が鈍らないようにしておくしかない。ただでさえ大きな戦闘の後は、怪我がたえないのだ。そして怪我をするとどうしても、体にダメージが残る。

それらはこうして、訓練で解消するしかない。

自分はあと何年、こういう戦いが出来るんだろうか。それは訓練をしながら何度も思う。

人間は衰える。

男性に比べて女性は衰えが早い。

三十代後半でもう子供だって産めなくなる場合も多い。

それを考えると、どうしても焦りはある。

生涯現役で戦士をやれる人間だっているだろうが、自分はそうなのだろうかと、菜々美は思うのだ。

風呂に入ると、一生ものの傷がたくさん残っているのが分かる。

それらは消える事もないだろうことも。

中型を倒す先駆けとなり。

それで出来た傷だ。

名誉の傷ではあるのだろうけれど。

それが自分自身の体を痛めつけているのも、また分かるのが時々しんどくなる。

何か意味があるものを残せるのだろうか。

シャドウを無軌道に憎めるような人間は幸せだろう。あれは菜々美には。生物ではないことが分かっているし。

何よりもあれらはそもそもとして、現象でしかないのかとも感じる。

現象なんて憎みようがない。

だから、怒りが浮かぶとしても。

その行き先を何処に向けて良いのかさえ、分からないのだった。

淡々と連日訓練をする。

程なくして、姉から呼ばれた。

どうやら、今回も作戦が決まったようだ。工場に無言で出向く。シミュレーションマシンは既に組み上がっていたが。

これは、なんだ。

ギミックを切り替えるべく。色々と工夫が為されているようである。いずれにしても、説明がいるだろう。

「姉貴、なんだこれ」

「菜々美ちゃん、これはねえ……」

嬉しそうに説明をしてくれる姉。三池が遠い目をしていて。菜々美も思わず絶句してしまった。

とても正気とは思えないが。

これを用いて次は戦うのか。

「このアブソリュートグレートシールドは、防ぎようがない長距離攻撃を防ぎきる切り札となるの」

「いや待った。 待って。 これはシールドというより……」

「そして、恐らくストライプタイガーは、今回スプリングアナコンダと連携して動いているとみていい。 下手をするとブライトイーグルも出てくるでしょうね。 これらとの連携を想定して、動かないといけないのよ」

「……」

絶句するが。

姉の作る兵器は、確かにシャドウを倒して来たのだ。

これは今まで見た中でももっとも頭がおかしい代物だが、それでもどうにかこれを使うしか無いのか。

工場にナジャルータ博士が来る。

相変わらずお人形さんみたいな造形である。

軽く話を姉としているが。どうもスプリングアナコンダは、どうやってかは分からないが、それなりの量の反物質を攻撃地点に転送しているらしいのである。そんなもの、防げる訳がない。

反物質というものは。反陽子や陽電子などが顕著だが。大気中にぶっ放すと、その場で即座に反応して大爆発を引き起こすという特性がある。これが反水素とかでも同じで、大気中にぶっ放せば、余程自然にない分子でもない限り即座に大爆発だ。

それを考えると、どうやってスプリングアナコンダが遠距離攻撃をしているか分からないのだ。

「しかも映像で確認しましたが、スプリングアナコンダは双頭です」

「あら。 頭が二つ、前後についているのね」

「はい。 首を刎ねたところで、もう片方を使って狙撃を続行してくるでしょう。 今までの会戦の記録を洗いましたが、幾つかの会戦で、戦闘中に不可解な爆発で制圧された部隊が確認されています。 これらは、恐らく後方からスプリングアナコンダが精密射撃をしてきていたのだと思われます」

「厄介ねー」

この二人、仲良しだな。

いずれにしても、今度はまたおっそろしく微妙ななんとかシールドを用いて狙撃をやり過ごす必要があるし。

奴の狙撃範囲に入らないと動かないだろうストライプタイガーを以前より更に高速で仕留めなければならない。

幸いにも、小型の誘引については第二師団が対応してくれる。

今回は小型を誘引しながら、出番を待つ形になるだろう。ストライプタイガーとの戦闘は、奴の射程範囲内ギリギリで。

奴との戦いまでに。なんとかシールドを持たせなければならないという事になる。

厄介極まりないが。

それでもどうにかしなければならない。非常に手強い相手だ。ましてやブライトイーグルまで来られたら、打つ手がなくなる。

ナジャルータ博士が、なんとかシールドについてアドバイスをしている。

スプライトタイガーとの戦闘の前に、まず数回はスプリングアナコンダの攻撃を凌がないとまずい。

それを考慮すると、色々と厳しい戦いになる。そもそもとして、このシールドは反物質を転送してくる攻撃に対し、確かに効果はあるだろう。

送られてくる量は、顕微鏡でも見えない程度のものであるだろうし。

同じ反陽子を用いた兵器であるなんとかビームが、空の絶対王者であったあのブライトイーグルを倒しているのである。

姉の作る兵器は確かにシャドウに効果がある。

しかし防御兵器は本当に大丈夫なのか、不安もある。それにこのシールドを積む以上、また超世王が重くなる。

前の戦いでは、本当にスプライトタイガーとの戦いでは紙一重の勝利だったし、次は勝てるのか極めて疑問だ。

それを考えると。

しばらく無言になる。

シミュレーションマシンで状況を見るにしても、やれるかどうか。

三池さんが声を掛けて来た。

「あの様子だと、まだ大規模な改修が入ると思います。 一度菜々美大佐は戻ってください。 目処がついたらまた連絡しますので」

「分かりました。 色々済みません」

「此方も。 今回は今までにない戦いをしなければならないので、苦労が絶えないと思いますし」

それにだ。

そろそろ九州への打通を成功させろと上が矢の催促をし始めてきている。これ以上はしびれを切らすだろう。

シャドウへの対策を、神戸以外の各地でも始めているらしいが。

螺旋穿孔砲の配備だけでも手一杯で、それもGDFの主戦力が神戸に集中している今ほどの効率でシャドウを倒す事は出来ないはずだ。螺旋穿孔砲1丁では、シャドウを一体倒せるかすら怪しいのだ。

再装填の時間が長すぎるし、孤立しているシャドウが一体だけという状態はあまりない。特に小型は一度戦闘になると、相当数が一斉に来る事が多く、狙撃大隊などが連携して射撃しないと接近され。

後は地獄絵図だ。

一度宿舎に戻る。

どうやら上はまだ相当に揉めているようだ。

メールが幾つか来ていた。

いずれ菜々美もこの上に混じらなければならないかと思うとうんざりする。今は特務がついているから会議に参加するだけでいいのだろうが。

そのうち更にシャドウを倒して行けば将軍閣下にされるだろうし。

その場合は、ああいうバカみたいな会議で積極的に発言をしていかなければならないのだろう。

広瀬大将がいつも色々言いたそうな顔で発言しているのを見ているから、菜々美としてもげんなりしてしまう。

あれが他人事ではなくなるのだ。

バカを相手にしているのがよく分かるし。

広瀬大将は元々内臓にいわゆる新生病での爆弾を抱えているから、体だってあまり強くはないはず。

精神的な負担は、決して小さくはないだろう。

菜々美は幸い頑丈だが。

それもこう毎回負傷していれば、いずれはそうも言っていられなくなってくる。三十に手が届いた頃にはどうなることやら。

無言で手を見る。

細かい傷が幾らでもある。

ため息をつくと、冷蔵庫に入っているプリンでも食べて、気分を変えて。それでさっさと寝る事にした。

姉のことだから、二〜三日の間には更に設計をブラッシュアップして、なんとかシールドを更に奇怪な代物へと変えていくだろう。

それは効果はあるだろうが。

それはそれとして、使っていて色々と言いたくなるような代物であるのは、いうまでもなく分かっている事だ。

もう何もかも忘れて寝る事にする。

どうせ今回も。

シミュレーションマシンを使って戦闘をするとき。

かなりの無茶を達成しなければならないし。

達成したところで、死ぬ思いをするのは目に見えているのだから。

 

2、状況悪化に歯止めは掛からず

 

呉美玲奈中尉は、スカウトの部隊を率いて前線に出ていた。前回の戦いでは、ブライトイーグルやキャノンレオンの横やりに備えて、斬魔剣を装備した40式に乗って待機していた事もある。

戦果はなく、階級の上昇も無かった。

それで不満は無い。

まだ二十歳前で中尉である。

これなら充分過ぎる程で、これからの事を考えると恵まれすぎている程だ。だから、それで不満を感じたことはない。

あの畑中大佐でさえ、この年ではたしか尉官だったかも怪しかった筈だ。

それを考えると、玲奈は恵まれすぎているし。

それで不満を持つのは贅沢すぎる。

故に、今は淡々と仕事をするだけだ。

広瀬大将から、他にもスカウトに出ている部隊に向けて、一斉メールが飛んできている。今の所、スプリングアナコンダに対する試験的な攻撃はストップしたようだ。スプリングアナコンダもストライプタイガーも動こうという気は見せていないが。

問題なのは、スプリングアナコンダの攻撃射程に、四国で一つだけ存在していて、未だに救援を送れない集落が存在している、ということである。

つまり救援を断念すれば。

今の時代貴重な三千人が吹き飛ばされると言う事である。

ただこれは、やっと判明した事実なのだろう。

他にも似たような状況になっている集落は幾らでもあるはず。特にニューフィリピンなどは、メガフロートにあるということだし。

もしもシャドウがその気になったら、イエローサーペント一体が来ただけでそれこそメガフロートごと沈められてしまう筈だ。

「此方スカウト9」

「此方呉美中尉。 どうしました」

「はい。 現在何かの影を捕らえています。 ただ、これ以上進むとスプリングアナコンダの射程に入ってしまうため、前進出来ません」

「分かりました。 危険を冒す必要はありません。 他の角度などから、その正体を確認してください」

これで無能な指揮官だったら、根性と気合で前進しろとか。命はどうでもいいから情報収集を最優先しろとかほざいて、兵士の士気をだだ下がりさせただろうが。玲奈はそういう悪い前例を踏襲するつもりはない。

今もスプリングアナコンダ対策で、菜々美大佐が頑張ってくれている筈だ。

それを考えると、勝率を少しでも上げるために頑張らなければならないのである。

スプリングアナコンダは新種ではあるが、これは今まで発見されていなかっただけの話で、今までも後方から支援攻撃はしていたと思われるらしいので。

他にも似たような新種がいてもおかしくはない。

それらを事前に発見する事ができれば。

勝率を更に上げる事が出来るだろう。

不意に、海上に出ていた巡視艇から連絡がある。

巡視艇の勤務は命がけだ。

瀬戸内海側にイエローサーペントがいなくなったし、新しい個体が姿を見せなくなったのは事実だ。

だが、現状人間が使っているあらゆる船舶よりも高速で動き回るブルーカイマンは沿岸部などにいる可能性があり。

他にも海棲の小型種はいる。

飛翔種に小型種はいないが、それもただ今までは確認されていないだけの可能性もある。

基本的にシャドウに襲われた場合は、それが奇襲だった場合は助からない。

特に海上では、襲われて船が破損でもした場合は、助かる確率は0に極めて近いほど悲惨なのである。

だから巡視艇からの偵察任務は、本当に命がけなのである。

「此方ドルフィン4……!」

「ドルフィン4、どうしました」

「中国側に、中型シャドウ確認! 距離がぎりぎりなのでなんとも言えませんが、スプリングアナコンダの可能性あり!」

「!」

最悪だ。

恐らくシャドウが支配していた領地に攻めこんでいるから、分かり始めたという状態なのだろうが。

それにしても。瀬戸内海近くの中国側でスプリングアナコンダがいるとなると。

タンカーなどの輸送船が今まで撃沈されていたのは、イエローサーペントの攻撃だけではなく。

スプリングアナコンダの攻撃によるものだった可能性が出て来た。

しかもスプリングアナコンダの攻撃射程は、現時点で分かっているだけで12qといううだけ。

その上視界が届かない距離から狙って来ている可能性が高く、極めて危険な相手である。

火力も異常だから、今まで輸送船が時々沈められていたのも、それによる可能性が出て来ていた。

今までは危険すぎて巡視艇すら派遣できなかったのだが。

それが派遣できるようになったから、こういうことが分かるようになったということだ。

「ドルフィン4、くれぐれも距離を取りながら、出来るだけ情報を集めてください。 決してデッドラインの内側には入らないように」

「は、はい」

「スプリングアナコンダだと特定出来た場合には、各国に連絡して会議を開く必要が生じてきます。 これ以上輸送船の残骸で、瀬戸内海を汚す……いや、シャドウがいる以上、それもありませんか」

シャドウに潰された兵器や人間や家畜の死体は、いずれもがクリーナーによって分解されてしまう。

海中などの汚染物質もことごとく汚染が処理されている事が分かっているのだが。これはどういうシャドウがやっているのか分かっていない。

海中にクリーナーと同様の役割を果たしているシャドウがいる可能性は高いと言われているが。

活動を観測出来るほどの余裕がないのだ。

そもそもシャドウを生け捕りにすること自体が不可能に近いこともあって。現時点では、遠距離からの観察で、情報を得ることしかできないのだった。

さて、面倒な事になった。

シャドウは人間を減らした後、侵攻を止めている。だから、こうして此方が侵攻する余裕が出来ているのだが。

しかしそれもいつまで続く事か。

玲奈中尉は、更にスカウトを展開して、情報を探らせる。

そして、ある程度のところで戻させて。回収した情報を整理させた。

確かにスカウト9が見つけて来た影は、何か映っている。大きさからして、シャドウだったら中型だろう。小型にしては随分と大きい。

だが、シャドウではない可能性もある。

ともかく、後方にデータを送る。

広瀬大将が連絡を寄越してきた。このデータは、ナジャルータ博士が解析してくれるという。

それは有り難い話だ。

無能な上司は今の時代でも幾らでもいる。

その手の奴が成果を出すまでは戻るなとか。お前等の代わりは幾らでもいるのだから死んでも確報をとってこいとか。

そういう事を言い出さないだけで、随分とやりやすい。

皆をまとめて、一度淡路島の基地まで戻る。

淡路島の前線拠点はだいぶ形になって来ていて、第二師団が常駐している。次の作戦では、海兵隊に加えて、再編中の第一師団の連隊が幾つか参加する可能性が高いそうだ。

前回の戦闘で有用性が確認された螺旋穿孔砲のオートキャノンを搭載した歩兵戦闘車が増えている。

今までは歩兵戦闘車は105ミリ滑空砲などを装備していることが多かったのだが。あれは牽制にもならなかった。

今後はオートキャノンを40式戦車にも載せる事になるかも知れないし。

40式そのものが廃止されるかも知れない。

40式の後継型戦車には、順当に行けばレールキャノンが装備される予定だったという話だったらしいが。

シャドウ相手にレールキャノンが通用しないことは今までの戦闘ではっきりしている。

それもあって、恐らく40式でMBTの時代は終わりだ。

人間同士の戦争が始まるならともかく、もうしばらくは戦車よりも、オートキャノンを搭載した小回りがきく小型戦闘車両の時代が来るだろう。

玲奈は宿舎に入ると、兵士達の解散を確認して、風呂に入ってリフレッシュする。作戦はまだ知らされていない。

ただ、四国にある集落も厳しい状態の筈で。

出来るだけ早めに救援を送った方が良いのは事実だ。

無言で休んで、それで起きだす。

兵士の誰よりも早く起きだして、それで仕事をする。

それが中尉なんて地位を貰った人間のやるべきこと。

そう玲奈は考えていた。

 

風向きが怪しくなってきたと、シミュレーションマシンから出た菜々美は聞かされる。

瀬戸内海を挟んで、中国側にスプリングアナコンダが発見されたというのは四日前に聞いた。

それがナジャルータ博士の解析で、スプリングアナコンダと特定された結果。

スプリングアナコンダが海岸まで出て来た場合の射程距離を計算したところ、瀬戸内海で安全な場所は本当に細い道しか存在しなくなったのである。

しかし四国を太平洋側から回るとなると、それはそれで極めて危険な事になる。

太平洋側はまだまだイエローサーペントが回遊してくるからだ。

2400以上が確認されているイエローサーペントは、縄張りを回遊しながら見つけ次第人間の船などをそのソニックブーム操作能力で攻撃してくる。太平洋側は、まだまだイエローサーペントの回遊海路がよく分かっておらず。

それを考えると、輸送船が通るのはリスキーすぎるのだ。

それに、である。

四国側でもなんだかよく分からない影が確認されているそうだ。

それが具体的になんなのかはよく分からないそうだが。

スプリングアナコンダの射程範囲内にいて。

しかも、ギリギリその射程範囲の外側からだと、正体が特定しづらい位置にいるそうである。

軍事衛星がいれば宇宙から映像を取れるのかも知れないが。

しかし軍事衛星は、シャドウが出現してから二週間ほどで、ことごとく大型による対宙攻撃で消し飛ばされてしまった。

この対宙攻撃は衛星軌道上のスペースデブリを悉く吹き飛ばした事でも知られていて。

大型が暴れていた頃は、空に大量の流星が見えたらしい。

今では天体望遠鏡で確認した結果、衛星軌道上は極めて綺麗な状態であるらしく。

もしもシャドウを倒しきる事が出来れば。

デブリの計算をせずに、人工衛星を打ち上げることが出来るのだとか。

まあ、それはいい。

ともかく、ストライプタイガーに護衛されているスプリングアナコンダだけではない。更に中型が出てくる可能性があるというわけで。

それを聞くだけで、菜々美はげんなりしてしまった。

相手がストライプタイガーだった場合は最悪だ。一体でも手に負えなかったのに、二体が相手だったらどうしたらいいのだか。

キャノンレオンの場合だったら、既に四体を倒している事もある。まだ広瀬大将がどうにかしてくれるかも知れないが。

それ以外の中型の場合には、手に負えないだろう。

ちなみにドローンを送り込んでの探査もしようと試みたらしいが。それもあっさりスプリングアナコンダに撃墜されたらしい。

まあ、簡単にはいかないということだ。

「それで私はこのままシミュレーションやってていいの? スプリングアナコンダの攻撃を捌くのはオートでやってくれるらしいけれど、それでもストライプタイガーを短時間で仕留める訓練だけやっても無駄にならない?」

「ならないようにするから、訓練を続けて。 新しい情報が入ったら、それを設計に反映するから」

「……おっけい」

「分かればよろしい」

半ば呆れ気味に答えているのだが。

姉もそれは分かっている筈だ。

とにかく状況がよろしくない。このままだと、中型三体を同時に相手にするという、最悪の事態になりかねないのだ。

シミュレーションマシンで、ストライプタイガーを倒すべく、練習を重ねる。

「足」は更に改良が重ねられていて。

前は如何に斬魔剣を振るうかの調整のためにあったようなものだが。今回は、かさかさと虫のように素早く移動する事が出来る様になっている。

動きは気色悪いかも知れないが。

頑強さも上がっていて。

ストライプタイガーの斬撃には耐えられないかも知れないが。

より迅速に接近して、奴を倒すのには役立つはずだ。

ロボットアームも更に改良が加えられている。

シミュレーションマシンで戦って見た感じ、今の改良分でも、ストライプタイガー相手だけなら確定で倒せる。

問題は、スプリングアナコンダの攻撃の間隔だ。

今までデコイを使った実験では、攻撃の間隔が二分ほどだった。だが、それもあくまでデコイ相手の話。

スプリングアナコンダが、デコイを相手にしていると分かった上で、敢えて手を抜いている可能性は高い。

シャドウは例外なく知能を持っていて、それで連携して攻撃もしてくる。

それでいて生物かどうか分からないのだから困るが。

いずれにしても、本気を出したスプライトタイガーが、四足歩行であっさり音速を超えてきたことを考えると。

下手すると一分で次の攻撃をしてくる可能性すらあるし。

なんなら連射だってしてきてもおかしくない。

無言で訓練を重ね、アラームが鳴ったので出る。

姉の開発に口を出すつもりはない。

姉はシミュレーションの結果を見て、最善の改善をしてくる。これは今まで、全て実際にあったことで。この技量に関しては、姉を信頼している。見かけは100点中身は0点と言われる姉だが。

科学者としての技量は本物なのだ。

さて、此処からだ。

宿舎に戻り、情報を確認。

広瀬大将は、幾つかのスカウトを貼り付かせて、何者かの正体を暴こうとしているようだが。

それが何者かまだ分かっていないようだ。

シャドウだったら最悪だが。

基本的に最悪を想定して動くのが軍人の鉄則である。

だから、新種のシャドウがまだいるかも知れないと判断して、近々遠距離からの攻撃を試すそうだ。

武器としてはレールキャノンを使う。

これは勿論、通用しないことは分かっている。

人類の技術はシャドウが現れてから、発展を明らかに鈍化させたが。レールキャノンは実用化されている。

しかも現在では、専用のバッテリーを積んだ車両を随伴させれば、連発することも可能な程に敷居が下がっている。

シャドウが現れなければ、実戦で猛威を振るっていただろう。

そんな言説がSNSで見られるが。

いずれにしても、シャドウに通用しないことは分かっている。これでスプリングアナコンダをつついてみて、様子を見るそうだ。

広瀬大将に連絡を入れる。

自分が出た方がいいだろうか。そう軽く話したが。広瀬大将は、問題ないという。

「レールキャノンは遠隔操作を用います。 これに加えて、ストライプタイガーを倒した超世王に似たデコイも出します。 そう迂闊にストライプタイガーは仕掛けては来ない筈です」

「また金が掛かりそうな陽動ですね」

「ええ。 でも人命よりましです」

「そうですね」

広瀬大将がそういう良識的な指揮官で助かる。

ともかく安心したので、休む事にする。

今回はかなり大変な戦いになる。それが分かっているから、疲れをため込むわけにはいかなかった。

 

翌日。夕方にシミュレーションマシンから出ると、姉がばたばたと走り回っていた。珍しい。

いつもは基本的にPCの前に貼り付いて、猫背気味にキーボードを残像作りながら叩いているのに。

要するに何かろくでもない事があった、と言う事だ。

ナジャルータ博士が来て、姉が足を止めて話し始める。三池さんが、整備工達を帰らせていた。

これは大事だな。

菜々美はとりあえず、邪魔にならないように距離を取って様子を見る。だが、頭が良い二人の会話だ。

姉はバカだが頭は人類でもトップクラスにいい。

ナジャルータ博士も頭の良さで言うと姉と同じだろう。

だから会話はもの凄くスピーディーで、すぐ終わったようだった。

「それではお願いします」

「ええ。 これは面倒な事になったわ……」

「……」

ナジャルータ博士が戻っていく。

咳払いすると、姉がこっちに来て、三池さんと菜々美に説明してくれる。

「今日の作戦で、四国で確認されていた存在の正体が分かったわ」

「一体何?」

「答えはデコイ。 どうもスプリングアナコンダはデコイを自在に作り出せるようでね。 その能力で、中型種が存在するように見せていたようなの」

それは、厄介だ。

そもそもレーダーなどが通じにくい相手である。

光学探知に頼っているのもそれが理由で、現状の観測技術を騙しきるデコイとなると。

当然、デコイ以外の使い方もできる筈だ。

「まさか、シャドウの姿も隠せる?」

「可能性は高いわね。 懸念しているのはそれで、このデコイ作成能力が恐らくスプリングアナコンダによるものであるのは確かだとして……特に止まっている中型を、存在しないように偽装することは容易なはずなの」

「ヤバイなそれ……」

「ええ」

非常にまずい。

現時点で想定している超世王の戦闘力は、ストライプタイガーを倒しながら、スプリングアナコンダに接近して、斬り伏せる事を想定している。

だが、それもそれぞれが一体の場合のみだ。

もしも直衛に中型をスプリングアナコンダが隠していた場合はどうなるのか。

それに、である。

今まで何度も起きて来た不可解な現象。シャドウが突然現れる例の現象を考えると、光学探知を誤魔化す力を持ったシャドウは、スプリングアナコンダ以外にも存在しているのかも知れない。

最初にシャドウが北米に現れたときのように。

神戸にいきなりシャドウが乱入するという最悪の事態を今まで想定してきたが。それはあくまで小型が出現する状況だった。

下手をすると中型が出現する可能性すら、その話を聞く限り出て来たと見て良い。

だとすると、だ。

シャドウに対する優位なんてまったく取り戻せていなかったのかも知れない。

振り出しに戻ったと言うべきなのだろうか。

ちょっとこれは。色々洒落にならないな。

菜々美はそう呟くが。姉は咳払いする。

「シャドウの探知については、今までの交戦と会戦での勝利でデータをナジャルータ博士が集めてくれているから、光学探知だけではなく、もっと様々な方法でいずれ探知出来るようになるはずよ。 今は、ストライプタイガーとスプリングアナコンダを一度に撃破する事だけを考えて、菜々美ちゃん」

「……分かった。 ともかく、今だとまだ性能に不安が残る」

「ええ、大丈夫。 戦闘データを見ながら、改良しておくわ」

「よろしく頼む」

宿舎に戻る。

三池さんが相当に消耗しているようだったが、これはシミュレーションマシンに篭もっている間に色々あったからだろう。

ともかく今は、菜々美に出来る事は、さっさと休んでコンディションをベストにする事だけだ。

それ以外にはない。

ベッドで横になって、広瀬大将からのメールを確認しておく。

作戦で何があったかの連絡が来ていた。

レールキャノンは完璧にスプリングアナコンダを直撃。当然びくともしなかった。立て続けに謎の影もレールキャノンで撃ち抜いたが、それが文字取り霧散してしまったという。

ストライプタイガーもレールキャノンで直撃を入れたものの、ストライプタイガーは尻尾を振りながらひなたぼっこを続けていたらしい。

そんなものは痛くも痒くもない。

そう告げるように。

いずれにしても、次の戦闘ではレールキャノンを複数台投入するという。

デコイを作成しているのが恐らくはスプリングアナコンダである事ははっきりした。それについては間違いないと見て良いだろう。ただ、今までの会戦で、不意に中型が現れるケースがあったことについてはまだ解析途中であるそうだ。小型が寄り集まって、中型の姿を隠したりとか。

或いはシャドウはそもそもとして、姿を隠す能力があるのかも知れないなど、色々な仮設をナジャルータ博士が提唱したが。

それらは今後、全て検証して是か否かを確認していくそうである。大変だろうが、菜々美に出来る事は無い。

対ストライプタイガー戦は、ある程度やれるようになってきた。

前回のデータによって更に改良されている事もある。恐らく次はあれほどギリギリの戦いにはならず、一気にけりをつける事ができるはずだ。

やっとスーパーロボットにちょっと近付いたかと思ったら、また不気味極まりない姿に戻ってしまった超世王だが。

そもそも通常兵器が通用しない相手だ。

どんなゲテモノ兵器でも、斃せればいいのである。

大型と戦う頃には、人型で顔がついていて、羽とか生えていて。それで喋ったりするスーパーロボットになっていて欲しいものだが。

まあそれは望みすぎだろうと、菜々美も思う。

今はともかく、休む。

とにかくコンディションをベストに保つ。

今回も、決戦は厳しい内容になるはずだ。なんとかシールドでえげつない遠距離攻撃を黙らせるとして。

それをやって。

ようやく戦闘のスタートラインに立てるのだから。

それに、ストライプタイガーが一体とは限らない。スプリングアナコンダの能力を見る限り、二体以上いてもおかしくない。

何があっても、勝てるように対策をする。

それには、最低でもシミュレーションでは完勝できなければ、話にもならなかった。

 

3、デコイと砲撃と無敵の剣

 

第二師団とともに、再び四国に進出する。今回は第三師団の増田中将が後ろを守ってくれる。

ここ二回の戦闘での被害が小さく済んだこともあり、部隊の再編も続けられている。新兵ばかりだったが、それもある程度訓練を積んで、多少はマシになったようだ。後は人間の数だが。

クローンでの人間作成を増やす事が決定したらしい。

近年は子育ては殆どが専用のロボットによって行われているし、教育は催眠学習で詰め込んでしまうので。子育てに掛かる人員はほぼ必要なくなっている。これは老人介護も同じだ。

ただ、大人で知識もあるクローンを作り出す事なんてできない。

それが出来る技術はまだない。

それもあって、人が減れば補充するのに二十年掛かる。

その状況は、何も変わっていない。

ちなみに、広瀬大将や菜々美、姉のクローンや、遺伝子データを半分持たされた子供が大量生産されているらしい。

知らない間に子供がわんさか増えていると言う訳だ。

しかしそれらの子供が天才になるかというと答えはノーだろう。

優生論なんて真面目に信じている連中は落胆するだろうが、そう世の中は甘くはないのだから。

軍部隊の展開が終わる。

菜々美もそれに混じって、超世王を前線に進ませる。

はっきりいってあまり気持ちが良い姿ではない。また、前回に比べて、武装もあまり変わっていない。

なんとかシールドを装備したが、これは回数制だ。一応補給用の車両も控えているが、少なくともストライプタイガーを倒すのは、スプリングアナコンダの精密射撃を何度か防いでからになる。

そしてそもそもとして、スプリングアナコンダは攻撃の優先順位を明確に見定めて狙って来る。

無駄に頭が二つある訳ではないのである。

三角測量に近い形で頭を使っているのか、そうではないのかはよく分からないが。

いずれにしても、奴の射程に軍部隊が入るのは自殺行為だ。

わらわらと現れる小型。

四国全土に残っていた小型が集結してきているとみていい。クリーナーも相当数がいるだろう。

狙撃大隊が展開を終える。

第二師団前衛の少し後ろに控えている指揮車両の中から、広瀬大将が指揮を飛ばしていた。

「攻撃開始。 予定通り、小型を駆逐します。 超世王セイバージャッジメントに、今回の会戦で小型が一体も近付かない事を目標に、各自射すくめてください」

「了解! 制圧射撃開始!」

「効力射!」

螺旋穿孔砲を装備した部隊が展開して、一斉射撃を開始する。凄まじい火線が飛び交う中、それらの射撃が次々にシャドウを打ち倒して行く。

小型シャドウが一斉に来る。

一応、スプリングアナコンダの有効射程よりもかなり余裕を持って射撃をしているが。今回は全面からの圧力が強烈だ。ブラックウルフもシルバースネークも、相当数が出て来ている。

クリーナーもいる。

クリーナーは前衛にいるが、これは恐らく弾よけなのだろう。クリーナーといえど、もしも接近を許せば一瞬で溶かされてしまう恐ろしい相手だ。近寄らせるわけにはいかない。

優先度としては、ブラックウルフ、毒吐きの射程に入るシルバースネーク、クリーナーだろうが。

ちょっとこれは、数が予想外に多い。

そもそも此奴ら、どこから四国に入ってきたのか。

それを突き止めない限り、今回のデコイが発覚して右往左往、なんて事件は今後幾らでも起きる事だろう。

狙撃大隊が頑張っているが、今のうちに改良した斬魔剣を試しておく。

前に出て、クリーナーとブラックウルフを、右に左に斬り倒す。ロボットアームだから、関節とか人間のものとは関係無しに動かせる。良い感じだ。そのまま斬り伏せ、切り倒し、狙撃大隊の負担を減らす。ただ圧力がかなり強烈だ。

歩兵戦闘車に装備されたオートキャノンが良い仕事をしているが、それにも限界がある。

空軍がいれば多少はマシに……いやダメか。

ブライトイーグルが九州にいて、その気になればいつでも戦場に出てくる。奴が出てきた瞬間、あらゆる航空機はそのまま真下に落ちる事になる。ドローンはただのがらくたと化す。

空軍が力を発揮するには、ブライトイーグルがいない範囲をもっと拡げるしかない。

少なくとも航空兵器で制空権を取れる時代なんて、とっくに終わってしまっているのだから。

「第三連隊、第四連隊、それぞれ300後退。 畑中大佐、少し後退してください」

「了解。 足並みを揃えます」

飛びかかってきたブラックウルフとクリーナーを、それぞれ右左に斬り伏せつつさがる。斬り伏せるというが、全体重を掛けて斬っているような事は無く、文字通りロボットアームを振り回して弾き斬るような感じだ。あまり綺麗に斬っている形ではない……のだが。このロボットアームと機体左右に生えている二対の足は、あらゆる武術を研究し尽くした上で動きをしている。

原理的には達人が作りあげた技と同じようにシャドウを斬っているはずだ。

菜々美自身も忙しく、状況に応じて超世王セイバージャッジメントを動かしている。シルバースネークがかなり前衛に出て来た。味方がクロスファイヤーポイントに引きずり込んだが、倒し切れない。

置き盾の内側に、歩兵戦闘車がさがる。

置き盾に盛大に毒がぶっかけられ、一瞬で溶かされてしまった。姉の作ったヒヒイロカネなんとか装甲も、限界がある。少なくともスプライトタイガーの爪やシルバースネークの毒液の前には無力である。

追いすがってきている小型を蹴散らしつつ、さがる。

味方が陣容を再編しつつ、小型を撃ち払っているが。それでもまだまだ小型が来る。第三師団が守っている淡路島の基地に、ブルーカイマンが迫っているようだ。第三師団も、基地に据え付けられているオートキャノンと連携して、ブルーカイマンの迎撃を開始したようである。

橋は今の時点では問題がない。

それに最初にストライプタイガーと戦った時に比べて、かなり四国の奥まで侵攻している。

いきなり追い落とされる事もない。

「スプリングアナコンダ、ストライプタイガー、どちらからも監視を外さないようにしてください」

「はっ! ……ストライプタイガー、移動を開始!」

「!」

「ゆっくりですが、西に移動中!」

レールキャノンを打ち込むように。

即座に広瀬大将が指示を出し、レールキャノンが咆哮する。マッハ17に達する弾丸がストライプタイガーを襲うが、直撃してもなんのダメージもない。質量攻撃は通用しないのだ。

ただし、意味はある。

ストライプタイガーが本物だと言う事がわかるのである。

同時に、スプリングアナコンダへ断続的な射撃が始まる。

これもちゃんと直撃はしている。

まるで通用していないというだけだ。

それでも相手が本物だと言う事だけは分かる。あの弾一発一発が、とんでもないコストが掛かっているが。

それでも湯水のように人命を浪費するよりマシだ。

「ストライプタイガーの狙いはなんでしょうね」

「……両者が離れたことは好機とも見えますが、或いは攻撃を誘発しようとしているのかも知れません」

「ふむ。 だとすると、待ちますか」

「いえ、小型の攻撃をある程度捌いたら誘いに乗ります。 問題は何を手札として隠しているかが気になる事ですが」

シャドウは頭脳戦くらいこなして来る。

広瀬大将は、それを前提に動いている。

そもそもシャドウの性能は、人間の兵器をこれでもかとメタったものばかりだ。偶然とはとても思えない。

いずれにしても、行く。

味方の攻撃が、現状の超世王の装備構成では対応できないシルバースネークに集中する。超世王に近付いてくる雑魚は、斬魔剣で切り伏せる。そのまま、スプリングアナコンダの射程まで踏み込んで。

それから、全速力で加速する。

足を上げて、無限軌道を用いて加速。

40式がベースで、それを更に改良しているのだ。その気になれば時速90qまで出るし、なんなら悪路でも70qは出る。

突貫。

スプリングアナコンダが、此方を認識。

熱源反応。

オートでなんとかシールドが展開した。

それは、かっこいい盾ではない。少なくともカイトシールドとかの、一般的に想像される盾とは完全に形状が別物だ。

それは風船である。

実は空気というのは極めて温度を通しにくい。毛皮が暖かい理由は、毛が暖かいのではなく。

毛の間にあるいわゆるデッドエアが、温度の伝達を防いでいるからだ。

更に真空となると、熱の伝導は更に難しくなる。

熱というのは分子が激しく運動している状態で生じている。真空では伝わらないとは言わないが、いずれにしても熱は極めて伝導しづらい。

このなんとかシールドは、いきなり至近に出現する高熱に対して、中身が真空に近い風船を膨らませる。

熱が直撃。

だが風船が破裂すると同時に、熱を耐えられるレベルまで抑え込む。今回の超世王は、装甲を対熱に全振りしている。これでどうにか対処可能だ。

しかし、それでも機体が揺れる。

かなり強烈だが、流石は姉が作った変態兵器だ。しっかり超遠距離からの反物質攻撃という意味不明な攻撃を防ぎ切って見せている。

その代わり、装甲を犠牲にしている。

これは何発も耐えられないな。それを理解した。

早速スプリングアナコンダは次弾装填を始めている様子だ。それに、スプライトタイガーがこっちに全速力で突貫を開始。

速度はいきなり音速を超えている。

いや、しかもこれは。

熱源反応発生と同時に仕掛けて来るつもりか。

なるほど、最初から此方の出方を窺っていた。その上で、どうしかけるかも決めていたと言う訳か。

それに、今のなんとかシールドの構造を見て、視界が防がれるとも判断したのだろう。判断は間違っていない。

どんだけ此方が高性能の戦術コンピュータで支援していようが。

菜々美自身が支援プログラムを受けているとは言え、名人芸で操作していようが。視界が防がれるあのなんとかシールドは、明確に仕掛ける隙だと判断したのは間違っていない。

だが、その程度。

此方が予測していないとでも思うなよ。

文字通り、スプライトタイガーが崖を駆け下りる勢いで迫ってくる。この場に何がいようと対応できる速度では無い。

CIWSでも、最高速度の此奴を追うのがやっと。

バルカンファランクスの弾丸でも、当たるかどうか。

そんな文字通りの疾風で来る。

目の前で、左にステップするストライプタイガー。

同時に、スプリングアナコンダの熱攻撃が炸裂していた。

シールドが展開され、同時に機体が激しく揺動する。凄まじい衝撃だが、菜々美は歯を噛んでこらえる。

その瞬間、レバーを即座に引く。

今のシールドの死角に入り込んだストライプタイガーが仕掛けて来るのなら、上ではない。

上は隙を晒す事になる。

右か左か。

そして、今機体は傾いて、明確に右に隙を晒した。

それを見たスプライトタイガーが、右に来ないわけがない。勿論刹那の瞬間、それも機体が激しく揺動している状況。

判断した菜々美は、文字通り周囲がゆっくり見えるのさえ感じていた。

激しい激突音とともに、突貫を掛けて来たスプライトタイガーが捕獲される。

まんまこの間と同じ装備で来ると思ったか。

ちょうどパンを掴むトングのように。

今回の斬魔剣は、二枚刃だ。

正確には空中機動すらするスプライトタイガーに対して、一発で決めるために作られたサイドアームがあり。

それによって、スプライトタイガーを挟み込んだのである。

そのまま、地面に叩き付ける。

暴れるスプライトタイガーだが、それも計算してのサイドアームだ。前回の戦闘で至近距離を抉られて、危うく頭を真っ二つにされるところだった。

だが、それでスプライトタイガーの間合いは把握できた。

間合いを把握したから、少なくとも斬魔剣で斬るムーブに入るための時間を稼ぐため、しかも間合いの外で抑え込むためのサイドアームがあればいい。

姉はそうして、ロボットアームを改良したのである。

凄まじい圧力が、サイドアームに掛かる。

既に斬魔剣がスプライトタイガーを斬り始めているが、生物ではあり得ない角度に手足を曲げ、拘束を解こうと魔の虎は暴れ狂う。

大人しくしろと言ってもするわけがない。

サイドアームも、二度のスプリングアナコンダからの熱攻撃でダメージは受けている。これは、抑え込む事は厳しいか。

サイドアームからダメージのアラーム。

スプライトタイガーの爪が抉ったのだろう。複雑な構造にしてあり、ちょっとやそっとで壊れるようにはなっていないが。

それでもがつんと、機体が揺れる。

歯を噛む。

やっぱりこの虎は手強いな。だが、それでもどうにかしなければならない。此奴が第二師団に殴り込んだら、止めるすべが無い。とにかく今は、此処で仕留めていかなければならないのだ。

斬魔剣自体の改良も進んでいて、更に破壊力が上がっている。それでも、超高熱を長時間当て続けないとシャドウ、特に中型種を殺せないのは同じだ。大型種に同じ手段が効くかはまだ未知数だが、ともかく今はこの虎を始末しなければならない。

アラーム。

もう十秒で、もう一発熱攻撃が飛んでくる。

機体のダメージを確認。これは、ちょっと余力が無いかも知れない。だから、一気にスプライトタイガーを斬りに行く。だが、その焦りの瞬間、スプライトタイガーが体を乱暴に振るって、サイドアームを粉砕していた。

だが、逃れるまでには至らない。

ただ、斬魔剣が激しく弾かれて、ロボットアームにダメージが入る。スプライトタイガーが瀕死で逃れようとするが、最後につながっていた胴体を斬魔剣で切り裂く。同時に、熱攻撃が着弾していた。

ぐっと呻いて、機体の揺れを耐える。

毎回シートは改良されている筈だが、それでも強烈だ。

呻きながら、ダメージを確認。なんとかシールドで今回も防いだには防いだ。だが、これは。

機体のダメージ大。スプリングアナコンダの位置。

まずい。かなり第二師団に接近している。わずかの時間での攻防で、あれだけ動けるのか。

流石にあいつも中型種でないというわけだ。

時速百キロ以上で動き回るのはどのシャドウも同じだが。このままだと、第二師団があの熱攻撃に晒される。

更に下手をすると、速度差で逃げられる。

サイドアームをパージ。もう使えないので、少しでも重量を減らす。

診断プログラムを走らせて、斬魔剣のロボットアームを調整させる。同時に足を上げて無限軌道に変更。

全速力で、スプリングアナコンダに向かう。

スプリングアナコンダの双頭が、同時に鎌首をもたげて此方を見る。

見かけは蛇っぽいが、顔は蛇には全く似ていない。どちらかというとあれは……猫だろうか。

それが余計に不気味な見かけを作り出していると言える。

レールキャノンが咆哮。

彼方此方に出現したデコイを、次々に撃ち抜いているようだ。更に、スプリングアナコンダにも着弾。

あれが本物だと知らせるように。

見た。

スプリングアナコンダの双頭が、同時に白熱していく。

あれはどういう仕組みかよく分からないが、多分あの視点の交差点が、熱攻撃の着弾点になっていると見て良い。

そしてそれは、此方を狙って来ていた。

だが、着弾点をそれで分かるのなら、更にマシになるかも知れない。接近。最大速度を保って、四分後に接敵。後四発は最低でも耐えなければならない。

小型が迫ってくるが、それは味方の狙撃大隊が始末してくれる。本能的にドリフトした。シルバースネークの毒吐き。下手すると直撃する所だったが、一瞬早く回避に成功した。直撃していたら機体を溶かされて即死だった。冷や汗が出る。狙撃大隊も、とっくにスプリングアナコンダの射程内に入り込んで、優先してくれている。小型と一部で接触してしまっているが、それでも他の味方と連携しながら、必死に戦ってくれているようだ。

これは被害が出るのは抑えられない。

そしてスプリングアナコンダを倒し切れなかったら、その被害が全て無駄になる。更に突貫。

熱攻撃が着弾。

激しい揺れを機体が襲う。

今ので無限軌道の片方の履帯が外れた。だが、それでも走るのに支障はない。足を使うのは最終手段だ。少し速度が落ちる。これでは、接敵まで更にもう一発直撃を耐えなければならないか。

シールドの残弾数を見て、ふっと笑った。

シールドを丁度使い切る。

もともと瞬間的に膨らませ、しかも真空を内部に作るという技術が相当なものなのである。

それを幾つも使い捨てとして装着する時点で、姉の変態技術がよく分かる。

性能は信頼している。

だから、突貫する。

小型を斬り払う。ブラックウルフやクリーナーが押し寄せてくるが、大半は第二師団が狙撃で始末してくれる。それでも倒し切れない者だけを仕留める。

斬魔剣のダメージも蓄積してきている。

斬魔剣だけではなく、それを振るう為のロボットアームのダメージがまずい。というか、相手はこの機構を理解した上で、熱攻撃を仕掛けてきている可能性が高い。このまま接近する間に消耗すれば、それは。

スプリングアナコンダの至近に、発射型の斬魔剣が着弾。その動きが一瞬だけ鈍る。どうも呉美中尉がやってくれたようだ。大丈夫、それだけで値千金である。数秒を稼いだことで、多分着弾回数が一回減る。

前に、少しでも進め。

至近、シルバースネーク。味方大隊を狙っているそいつを、毒吐き前に斬魔剣で一閃する。

乱戦の中だ。

どうしてもこう言う事は起きる。

毒吐きは阻止したが、毒は僅かに飛び散って、残っていた無限軌道の履帯が粉々に融解する。パージ。履帯は両方はずれてしまった。

大丈夫。

超世王の今回の機体のベースになっている40式は、ずっと改良を重ねてきた戦車だ。シャドウ相手には手も足も出無い事は分かっていても、それでも歯を食いしばって改良を重ねてきた戦車なのだ。

やれる。

そのまま、速度を更に上げる。

熱攻撃が着弾。装甲が一部剥離。機体が激しく揺れて、シートに叩き付けられる。だが、ぐっと呻きつつも、舌は噛まない。

スプリングアナコンダは、また至近に斬魔剣が着弾した事もあって逃げる事は出来ないでいる。

もしもスプリングアナコンダを狙った攻撃だったら、当ててしまってもかまわないのだが。

恐らく、小型が狙って来ていて、厳しいのだろう。

動きを止めないと厳しいというのもある。

もう、至近にまで迫る。

岩を乗り越えて、超世王が跳躍する。着地の時、酷いだろうなと思いながらも、それでもぐっとレバーを引く。

更に加速だ。

空中で、熱攻撃が着弾。

シールドがまた防ぐが、それでも対熱装甲が吹っ飛ばされる。というか、焼け付くように熱い。

熱が機体内部に入り込んで来たのだ。

着地。

跳ね上げられるような衝撃が来たが、超世王は耐える。まあ40式なんだから耐えるはずだ。そう信じて、スプリングアナコンダに躍りかかる。

相手が、その瞬間。

想像をしていない行動に出た。

双頭の口から同時に、炎を吐いたのだ。遠距離熱攻撃ではなく、至近に迫った相手には、こんな手があったのか。

シールドが防ぐほどでは無いが、奔流になる程のとんでもない火焔である。当然、車内にも焼け付くような熱が入ってくる。対熱装甲をぶっ壊されたのだ。これではコアパーツが熱暴走で壊れるのも時間の問題だが。

そのまま。斬魔剣を振り下ろす。

逃げられないスプリングアナコンダの頭の一つに、斬魔剣が食い込む。それで炎が消え、斬魔剣が奴の体に食い込んでいく。頭の一つから斬り込み、更に体を蒲焼きにするかのように、ぐっと切り裂いていく。

もう一つの頭が、車体に巻き付いてくる。

まだ放熱の最中だというのに、無茶苦茶だ。もの凄いパワーだが、本来はこんな攻撃はしないのだろう。

だがそれでも、壊れかけの超世王が悲鳴を上げている。

ガゴンともの凄い音がして、至近の装甲が喰い破られた。間近で、スプリングアナコンダがこっちを覗き込んでいる。

お前か。

多数のシャドウを倒したのは。

そう言われているかのようだ。

猫に似ている顔と思ったが、目には白目に当たる部分がなく、はっきりいって目なのかさえ分からない。

口の中に、火焔が宿り始める。

まあ、喰らったら即死だが。どうせシャドウに集られても死ぬ。

だったら。

レバーを冷静に操作。熱暴走寸前のコアユニットも答えてくれる。最後の一撃を、スプリングアナコンダに叩き込む。

悲鳴のような凄まじい音を立てながら、スプリングアナコンダの顔が、至近で消えていった。

熱い。

放熱機構を全開に、コアユニットを守る処置をする。それでも、ブチ開けられた穴から入ってくる空気が涼しすぎるくらいだ。

脱水症状を起こしかねないな。

そう思いながらも、螺旋穿孔砲を手にとる。

そして、空いた穴から飛び込んでこようとしたブラックウルフを一瞬早く撃ち抜く。弾丸の再装填をするが、手が震える。これは、ちょっと意識がもつかあやしい。

凄まじいスキール音とともに、ジープに乗った狙撃大隊の兵士らしいのが来た。それで、こっちに迫っている小型を対応してくれる。

菜々美はハッチを開けようと試みるが、外側は融解していてどうにもならない状態だ。斬魔剣が良くとどめまで奴を斬ってくれたなと感心する。

そのまま、スプリングアナコンダが開けた穴から這い出す。ふらふらな菜々美は、こっちに来る戦場救急車を見ると、意識が落ちたのを感じた。

 

「スプライトタイガーに続いてスプリングアナコンダ撃破! 大戦果です!」

「まだ小型がいます。 畑中大佐を助け出し次第、戦線を整理。 確実に生き残りの敵を制圧してください」

「イエッサ!」

広瀬大将は、畑中大佐が助けられたのを見て、それで大きく嘆息していた。椅子になつくと、幾つかの地点に支援を送る。

後方では第三師団が既にブルーカイマンを撃退。橋を守りきった。

九州のブライトイーグルは阿蘇山で動きを見せていない。連携をしなかった理由はわからない。

しなかったのか、できなかったのか。

それともする気さえなかったのか。

シャドウの事は何も分かっていないのだ。

夕暮れまで続いた掃討戦で、恐らく四国にいた小型は殲滅できたと判断。此方の被害は300名を超えたが、それでも四国からシャドウを一掃できたと考えれば、許容範囲の損害と見て良いのかも知れない。

いや、三百人だ。

一個連隊に近い数だ。

ともかく、撤退を開始させる。想像より被害が小さいと喜ぶよりも、もっと上手く作戦指揮を出来ればと、嘆くべきだっただろう。

超世王セイバージャッジメントは良く相手を斃せたと感心するほどのダメージを受けていたが。コアユニットは無事だ。コアユニットの支援PCは完全に熱暴走で壊れてしまっていたが。

これは恐らくだが、コアユニットだけは畑中博士が特別頑丈に作りあげたのだろう。超世王セイバージャッジメントの本体とも言える部分だ。

まあ、頑強に作るのも当然なのかも知れなかった。

部隊をまとめさせ、損害をまとめ、レポートとする。

休む暇も無く、会議に出なければならない。火傷と脱水症状、打ち身で今治療を受けている畑中大佐については、説明をしておく。

会議では、畑中大佐を惰弱だとか罵る輩がいるが、賛同するものはいなかった。

新種を初見で撃破したのである。

シャドウの恐ろしさを知っている者ほど、そんな恥知らずな言動には賛成できなかっただろう。

「これからスカウトを出して確認しますが、まだ敵の残党がいる可能性があります。 四国からシャドウを排除できた事を確認し次第、輸送路などを整備することで、安全圏を広げる事ができ、九州へのアクセスも容易になるでしょう」

「大戦果というわけだな」

「恐らくは四国のシャドウは一掃できたはずですが、シャドウが出現する仕組みが分かっていない以上、絶対にそうだとは言い切れません。 シャドウが攻勢に出た場合、まだまだ人間などひとたまりもなく滅ぼされてしまう。 それに代わりはない、ということは忘れないようにしてください」

「……」

絶対に勝てると言えないのかと呟く奴もいたが、それに同意する人間はいなかった。

古くからこういった輩はいた。

出来もしないことを部下に強要したり。

いもしない人材を求めたり。

野菜炒めからあらゆる野菜を捨てた挙げ句、食べるものがなくなったとか喚く幼児と同レベルだ。

人間は殆どの場合、成長しても図体が大きくなるだけ。

それを示しているような事例である。

ともかく、会議を終わらせた後、限界が近いので寝る。勿論寝ている時に何かあってはまずいので、スカウトはその間には出さない。

スカウトに現地判断させるには危険すぎるからだ。

おきだしたのは、それでも翌朝五時。

六時間ほどしか睡眠は取れていないが、それでもなんとかはなるか。

世の中にはいわゆるショートスリーパーという人間もいるらしいが、実態は殆どの場合寿命を前借りしているだけで。本当に睡眠がわずかで済む人間はショートスリーパーだと思い込んでいるうちの一割もいないと聞いた事もある。

広瀬大将は勿論違うと自認しているから。

睡眠時間をこれ以上削って、自分のパフォーマンスを落とす事は出来なかった。

翌朝から、早速スカウトを出すが、狙撃大隊も同時に展開する。とにかく戦車よりも歩兵戦闘車。140ミリ砲やら150ミリ砲、レールガンよりも螺旋穿孔砲や、螺旋穿孔砲のオートキャノン。

それは兵器として注文している。

今まで面制圧の王として活躍してきた戦車だが。

もはやシャドウの前には攻防両面で役に立てない。

それならば更に速度を上げた歩兵戦闘車とオートキャノンで敵に優位に立つ高速機動戦の方がまだ勝機がある。

これは広瀬ドクトリンと言われているらしいが。

いずれにしても、各国がこのドクトリンで師団規模の兵力を編成するのは厳しいだろう。北米ですら厳しい状態なのだから。

それにこれはあくまで小型種相手に有効なドクトリンに過ぎず、中型種には現在ブラッシュアップ中の超世王セイバージャッジメントによるそれぞれに特化した攻撃が必要になってくる。

中型種は現時点での広瀬ドクトリンによる編成をした師団でも、単騎で一方的に蹂躙される相手だ。

今はあらゆる意味で。

人間側に準備が足りていない。

それにシャドウが本気を出したら、今からでも人間は簡単に滅ぼされてしまう。

口を酸っぱくして、勝ったとぬか喜びしている連中に、何度でも釘を刺さなければならない事実だ。

指揮車両に乗り、一個連隊ほどの戦力でスカウトを支援すべく出る。

市川が来たので、四国の集落に到達した場合の支援物資を用意しておくように告げる。既に用意されている物資もあるので、トラックなどで運ぶ事になる。

衛生状態などが良い筈もないので、医者も戦場同然の有様になるだろう。

ただでさえ軍病院を増設して、医師も増やして欲しいと矢の催促が来ている状態なのだが。

三千人を救えれば、かなり大きい。

同じようにして、少しずつ各地の孤立集落や孤島などの住民を昔のように人間のネットワークに加えていけば。

ほんの少しずつだけだが、それでも状況は改善するのだ。

「軍団長閣下、畑中大佐には声を掛けておきますか」

「いや、もう掛けてあります。 ただ、今回の戦闘では負傷もひどく、戦線に出て貰うのは厳しいでしょう」

「ふむ」

「代わりに、キャノンレオンを倒した実績がある呉美中尉を連れて行きます。 斬魔剣は一番多く中型を倒した実績があり、ストライプタイガーを倒した運用法は、恐らく陸上型のシャドウ全種に習熟率次第では通用します。 これはシャドウ側も理解している筈で、斬魔剣を装備した40式を連れて行く事で、抑止力になるでしょう」

説明を終えると、市川に仕事に行かせる。

それで広瀬大将自身は前線にでて、スカウトの支援に当たる。スカウトは今の時点では、小型も発見していないが。とにかく接近された時点で小型でもアウトだ。それもあって、狙撃大隊を展開して、連携して偵察を進めさせる。

山が多い地形もあって、光学探知だと限界がある。

ドローンを飛ばすにも、ブライトイーグルがそれを探知した場合、全て一瞬で落とされる。どうしても足で稼がないとまずい。

制空権という概念が失われたのは今の状態でも同じ。

ブライトイーグルは専用の装備をもってしても、簡単に斃せる相手ではないのは、変わっていないのだ。

四国に入って五時間ほど。

主戦場になった辺りではシャドウは見かけない。

徹底的に斃したのだ。

それでもまだいる可能性も、湧いてくる可能性もある。

「こちらスカウト31。 カワウソがいます」

「それがどうした」

「いや、スカウト31、記録を残してください。 カワウソは日本では絶滅した種です。 ひょっとすると後から持ち込まれたペット用のカワウソの可能性もありますが、それも加味してデータを送ってください。 もしも絶滅種が復活しているのだとすれば、シャドウがやった以外にはあり得ません」

「イエッサ!」

カワウソが復活しているとすると。

ニホンオオカミなども復活しているのかも知れない。トキなども。

今は参考程度に留めておく。勿論無意味に殺傷してはならない。

程なくして、スカウト19が集落に到達。

慎重に確認させた後、部隊を入れる。シャドウはいないが、住民は殆どホームレスも同然。

汚物も垂れ流しで、全員痩せこけていた。

すぐに医師を入れさせる。

これでは、他の孤立集落も似たようなものだろうな。言葉も殆ど忘れてしまっている人間もいるようだ。

すぐに医療班を入れて、救出作戦を開始させる。

周囲に連隊を展開して、救出作戦を支援。また、更に部隊を呼んで、周囲の警戒をさせた。

三千の住民……正確には救助されたのは3129人。その内の全員が栄養失調になっていた。

町長一家は惨殺されてもう生きていなかった。こんな状態で食糧を独占しようとして、暴動で殺されたのだ。

まあ自業自得であるが、こんな状態でもそんな事をするカスがいるのだと、暗澹たる気持ちになる。

殺した者達も責められないだろう。

それから五時間ほど指揮をして、四国からシャドウが一掃されたと概ね結論は出た。豊かな自然が戻った四国にまた道路などを敷設したりして荒らすのは少し心が痛む。それほど完璧に、人間がやりたい放題に荒らす前の環境に、四国は戻っていた。

 

4、危惧と懸念

 

四国奪回作戦、成功。

そうSNSでニュースが過熱している。菜々美はそれを見て、溜息が出た。

打撲多数、それに低温火傷で体中が酷い目にあっている。火傷は非常に危険で、体の何割かが火傷すると死が見えてくる。

今回は火傷の度合いが軽かった事もある。

もう少し蒸し焼きにされていたら助からなかっただろう。

スプリングアナコンダは遠距離砲撃をしてくるだけの相手では無かった。

タフネスも高く、接近戦も出来る危険な相手だった。

また、デコイを用いての攪乱戦も出来る事を示して見せた彼奴は、簡単に今後斃せる相手では無いと分かった。

数はそれほど多くは無いと信じたいが。

それもあくまで願望だ。

医師が携帯端末を出来るだけ触らないようにくどくどというので、寝て体を回復させる事に専念する。

今はとにかく寝ろ。

そう言われたので、あまり美味しくは無い(これでも昔よりはだいぶマシになっているらしいのだが)病院食を食べて、それでとにかく寝る。

三池さんの作るお菓子が食べたいなあ。

そう思うが。

まあ、そんな状態で無い事は分かりきっているので、どうしようもなかった。今は全身包帯だらけなのだから。

それでしばらく過ごして、これは取り戻すのに時間が掛かりそうだと思う。

少しずつ包帯が取れるが。

包帯が毎度酷く汚れているのを見て、ハアと溜息が出る。本当に厳しい戦いだったのがよく分かるからだ。

下手をすると酸欠で頭もやられていたかも知れないという話だ。

何より、毎度そうなのだが。

戦いが終わるとアドレナリンが切れるから、全身が酷く痛むようになる。

姉は最善を尽くしてくれている。

それは分かっている。

改善だって毎回してくれている。

実際問題、名人芸と前回の戦いの経験があったとはいえ、あのストライプタイガーを比較的簡単に仕留める事ができたのだ。

問題はシャドウの性能が、毎度想定を超えて来ると言う事。

キャノンレオンだって、まだ何かしらの隠し札を持っている可能性は低くないのだ。

ようやく火傷から体が回復して来たが、跡は残ると医師に言われた。まあ、別にそれはかまわない。

連絡も受けて良いということだったので、受ける。

広瀬大将から連絡が来ていた。

四国の制圧に成功し。四国の東に港を作った。これで、九州の生き残りと、海路で連絡を取れると。

九州は今日本の玄関口状態なので、これでかなり海路でのやりとりは安全になるだろう。ただし、日本近海だけだが。

それも太平洋側はまだまだイエローサーペントがいる。

イエローサーペントもまた新しい対策をしてくる可能性があることを考えると、勝てると断言は出来ない。

それくらい、まだまだ状況は悪いし。

人間が持っている物資も、一会戦ごとに大きな被害を受けているのである。

それで、問題はこれからだが。

GDFは、京都を完全に奪回するべく、北上すると決めたらしい。

これは近畿地方を完全奪回する作戦の一貫らしいのだが。そうなるとあのランスタートルを最低二体、キャノンレオンも同時に相手にしなければならなくなる。

ランスタートルは手強い相手だ。

連戦で二体、倒し切れるだろうか。

あのなんとかナックルで一体は斃せるだろう。だがもう一体を立て続けとなると。

上層部はまた無駄な作戦を考えているらしく。

近畿地方を制圧したら、各地に散っている上層部だけでも「安全圏」に避難してくるつもりらしい。

無責任で巫山戯た話だし。

そもそも安全圏など存在しない。

もしも中国や東海からシャドウが大挙して押し寄せたら、小型だけですらも押し返せるか怪しいのだ。

考えの甘さに、頭がくらくらしてくる。

ともかく、遠征が続きそうである。

そうなると、一秒でも早く体を治さなければならなかった。

リハビリを始める。

何カ所か火傷の跡が染みになったが、もうどうでもいい。ただ野性的な容姿と前から言われていた姿には、ますます凄みが掛かったそうだ。

これで顔にバッテンの向かい傷でも出来たら、歴戦の兵士でも引きそうだが。

それくらいはどうでもいい。

リハビリを初めて、少しずつ体の勘を戻す。

広瀬大将は現状での遠征は無謀だと言っているようだが。作戦は上手く行っているのだから何とかしろの一点張りらしく。上層部を抑えきれないようだった。

馬鹿馬鹿しい話だ。

ともかくリハビリをして、戦闘に備える。

次の戦いに勝ったら准将ではないかとか不確定の情報が流れてきたが、ぶっちゃけすこぶるどうでもいい。

行動のグリーンライトが貰えるなら大佐でもなんでもいいし。

准将であの頭が花畑になってる上層部に逆らえるならともかく、そうではないことが分かりきっているから。

そういう意味でもどうでも良かった。

リハビリをしていると、姉から連絡が来る。

前にランスタートルを打ち破ったなんとかナックルに、更なる改良を加えるという。その予想図を見て、うえっと声が出た。

人型どころか、ますます超世王がグロテスクというか、異形となって来ている。

これでは機械の塊でなかったら、ホラー映画に出てくるクリーチャーである。

だが、これがいずれは人型になるのだろうと思って、我慢することにする。運用方法についても説明が絵文字顔文字入りで入っていたが。その読みにくいメールはともかくとして、理解は出来るし。

合理的であると納得も出来た。

ともかくこの様子では、次はランスタートルとの連戦になりそうだ。

この装備だとキャノンレオンを相手にするのは厳しい。京都を超えて若狭の方にいくとなると、更に中型種が出て来てもおかしくはないだろう。

溜息が出るが。

ともかく、やれるのが菜々美だけである以上。

やらなければならないのも、また事実だった。

ただ姉のプレゼンが今日行われると言う事なので。

それに上層部のアホ共が巻き込まれるのだけは胸が空いた。

ちなみに姉は大将待遇になるそうだ。

今までの功績から考えると当然だが。

それについては、あまり喜ぶ事も出来なかった。別に意味がない。そうとしか思えなかったからだ。

 

(続)