竜虎相打つ

 

序、無為な政治闘争

 

畑中博士がGDFの会議に出ると、また最初から随分荒れている。猿みたいに、どこだったかの国の代表(といっても一都市しか生き残っていないが)がわめき散らしていた。その国のレアメタルが重要な役割を果たしているのだから、神戸近辺を領土として寄越せというような内容だが。

実際にはレアメタルは別にその国からだけではなく取得されている。

神戸の近辺でも採取されており、そのような事実は無い。

うんざりした様子で天津原が応じているが。

そいつは血管を切りそうな様子で喚いていた。

確か議論のテクニックとされているのだっけ。

ひたすら喚いて相手を威圧することで、「議論に勝つ」とかいう。

実際には相手が呆れているだけだと言う事。

そもそもそれが議論とも呼べず。何ら建設的な結論を出せないことをそもそも理解していない。

「いいからさっさと神戸近辺を割譲しろ! 元々我が国の歴史書では、貴様等の国などというものはずっと我が国の植民地だったとされている! そういう意味でも領有権はあるのだ!」

「その歴史書というのに科学的裏付けは?」

冷たい声が飛んだ。

いい加減うんざりしていたらしい、GDFの軍司令官からだった。

一応は広瀬中将……いや大将か。その上司になる。現在元帥をしている人物で、北米の軍のトップだった人間だ。

「そもそも君の国はシャドウが現れる前からそういった資料を勝手にねつ造していることで有名だったな。 君が根拠にしている歴史書というのは具体的にはどれか」

「貴様、我が国を愚弄するか」

「歴史書の具体的なタイトルは」

「黙れッ!」

被せ気味に喋ろうとするが、ため息をついた天津原が通信を切らせた。

これはぐっじょぶである。

「あの国の代表は、以降会議に参加させない事とします。 物資もあの国の近辺で得られるものは別に他でも代用出来ますので。 そもそも9000人程度しかいない都市の代表にすぎず、国家ということすらはばかられる規模。 それも元々犯罪組織のボスだった人間だったことも分かっています。 此処に参加しているのがおかしいくらいの人間ですので」

「分かった。 そうしてくれ」

「我が国としても異議は無い」

「毎回僅かな貢献を鼻に掛けて権利ばかり主張する。 あんなのがいるままでは、このままでは勝てるものも勝てなくなる。 仕方が無い事だろう」

幾つかの国の代表が言う。

更には、支援についても打ちきるべきかという話まで上がっていたが、それは流石にまずいだろう。

今の時代、これ以上人間を減らすわけにはいかないのだ。

そして、現実的な問題もある。

ナジャルータ博士が挙手。

発言を認められると、幾つかの地図を出した。それは、イエローサーペントの生息域についてだった。

「現在確認されているイエローサーペントの生息域がこれらになります。 これらのイエローサーペントの周辺では、海棲種小型シャドウの活動も確認されており、しかしこれらによる攻撃で、輸送船が被害をたびたび出すのも事実です」

「ええと、なんとか王によるイエローサーペントの撃破は出来るだろうか」

「畑中博士」

「厳しいでしょうね」

畑中としても即答する。

これには幾つも理由がある。

一応、順番に説明していく。

これまで数度中型と戦闘してきたが、中型はいずれもが小型、もしくは他の中型と連携している。

勝利はいずれも薄氷であり、勝つ事ができたのは偶然だったものも多い。

一匹目であれば、高確率で畑中中佐……妹は勝てる。

だが、二匹目以降が現れた場合、畑中博士ですらひやひやさせられる事が多いのである。

それを説明してから、咳払いをする。

「現在はそもそも神戸近辺にいる人類最後といってもいいまとまった機動戦力が再編の途中で、遠征の余裕はないかと。 超世王セイバージャッジメントは中型を斃せる最後の希望であり、これが失われた場合損失は計り知れません。 作戦は少しずつ、丁寧に進めていくしかないと考えます」

「しかしだね。 シャドウによる被害がこのまま拡大すると、そう遠くないうちに人類は継戦能力を失うという試算もある」

そう苦言を呈したのは北米代表だ。

まあ、それもわかる。

昔の威光は見る影もないが。だからこそ、国土を取り戻したいのだろう。

主要都市殆どを失い、膨大な資源がある北米の殆どがシャドウに占拠されている今となっては。

シャドウに対する反攻作戦を少しでも進めたいはずだ。

それに人口減少とは「先進国」で唯一無縁だった北米でさえ、今ではクローンと人工子宮による子供の作成をしないと人口が維持できなくなっている。今では何処でもそうなのである。

このままでは破滅だ。

各国が焦るのも、仕方が無い話だった。

広瀬大将が提案する。

まだ傷が治りきっていない彼女が挙手すると、流石に皆黙る。

これは当然で、中型シャドウの掃討作戦で、もっとも大きな戦果を上げている人物だからだ。

さっきまで喚いていた輩の他にも、色々会議で無茶をいう国は存在しているのだけれども。

それでも広瀬大将は、今やそれらの国の者ですら苦々しげに一目置くようになっていた。

ただそれでも、陰口をたたく者はいるようだが。

「現在再建中の四個師団は、まだ数ヶ月は動かせません。 それだけブライトイーグルとの戦闘が苛烈だった、ということです。 また、今まで倒した中型四種以外にもまだまだ中型はおり、更にはアラスカには大型も控えています。 シャドウは光学探知で探すしかありませんが、これも今までいなかった地点に突然出現する例が幾度も報告されているため、あまり無理な作戦は出来ません」

「し、しかしだね」

「無理をすれば対シャドウ戦の経験を積んでいる軍部隊が全滅します。 それどころか、一部の人々が変態兵器と呼んでいる超世王セイバージャッジメントを完璧に操作して勝利に貢献してきた畑中中佐が、戦死する可能性すらあるでしょう」

淡々と広瀬大将がいうと、それでむっと皆黙り込む。

変態兵器呼びして嘲笑っていた連中も、実際問題今まであらゆる兵器がシャドウに通じなかったことは分かっているのだ。

陰口をたたき笑いものにしていても。

既存の兵器はシャドウの前ではがらくた同然なのである。

事実螺旋穿孔砲を装備した歩兵によって、ようやく小型種シャドウを斃せるようになってきた。

この兵器は今後陳腐化を進める予定があり、それが上手く行けば少なくとも小型種には対抗できるようになる。

ただそれも、まだまだ時間が掛かる。

北米の街ではそれぞれ螺旋穿孔砲が生産され始めているようだが。

こんな状態でもまだM44ガーディアンを歩兵火器の主力にするべきだと反対している者達はいて。普及の邪魔になっている。

それらすらもどうにかしないといけないのが難しい所だ。

「いいかね広瀬大将」

「はい」

挙手したのは、フィリピンにあった街の残党が、放棄されたメガフロートに集っている都市の代表。

ニューフィリピンの代表である。

この都市は六万の人員を有しており、近くにある幾つかの小島から有益な資源が取れる事。

更には昔日本で開発された人工的に石油を精製する設備を、メガフロートで大々的に採用して世界に輸出していることもあって、ある程度の発言力を持っている。

ただし海上のしかも人口都市ということもある。

イエローサーペントにいつ襲われてもおかしくないと言われていて、それが何度もデモの引き金になっているそうである。

「我が国……というには規模が小さすぎるが。 まあ、ともかくだ。 我が国への航路をまず安定させてくれないか。 石油については、各国に対しても供給が滞ると困るだろう。 まだ石油は有用な資源だからな」

「……海路を見る限り、日本国内の海路ですら、まだイエローサーペントに脅かされている状態です。 遠征は厳しいでしょうね。 更にブライトイーグルも目撃されています。 フィリピン近郊では、複数での同時行動が確認されている厄介な飛翔種、サンダーフィッシュもいます。 これには、また別の対策を考えなければならないでしょう」

「分かっている。 だが、限界が近い。 いわゆるボートピープルが我が国の周囲には多数浮かんでいるが、それらの民はシャドウもそうだが、通常の海棲生物にすら脅かされている状態なのだ」

まあ、それも分からないでもない。

シャドウが現れるようになってから、人間に友好的なフリをしていた幾つかの生物は、人間に対して明確に敵意を示すようになった。

生物も知能があり、それまでは人間に迂闊に手を出すと身が危険であることを知っていたのである。

ある程度知能がある動物は、条件が揃わない限り人間を襲わなかった。熊のように一度人間の味を覚えると見境なく襲撃するタイプもいたが、ほとんどはそうではなかった、のだが。

今ではライオンや虎などは個体数を回復。

これらは人間を見ると、容赦なく攻撃をしてくるようになっている。人間が落ち目になったのを知っているのだ。

象なども同じ。

象の場合は、象牙目的で散々殺されてきた恨みが骨髄まで染みているというのもあるのだろう。

象の生息圏に入ると、今では殆ど生きて帰れないとさえ言われている。

それでいながら武装している人間を見るとさっさと姿を隠すらしいので、今の人間は地球そのものから嫌われていると見て良いだろう。

「いずれにしても、無謀な遠征ではないとしても、少しずつ中型の排除をしてほしい。 我が国以外にも、不安で民が爆発しそうな国は幾つでもあるんだ。 それには中型の排除という実績が必要なのだ」

「分かりました。 可能な限り、少しずつ中型を排除する作戦を行います。 ただし、大規模な遠征は不可能です。 それは何度でも明言しておきます」

それで一旦会議は終わった。

畑中博士も、今回は別に新しい兵器を思いついた訳でも無いので、プレゼンは必要ない。今温めている兵器は幾つかあるのだが、今は部隊の再建のタイミングである。攻勢に出るのは早い。

会議が終わった後、広瀬大将とともに声を掛けられる。

天津原だった。

額の汗をハンカチで拭いながら、天津原は言う。

「一つ頼みたい事があるのだが、いいかね」

「はあ……」

「九州の鹿児島にある港までの海域をどうにか安全にしたいんだ」

鹿児島か。

現在、大阪湾の安全は確保された。もしも次に行くなら瀬戸内海か、紀伊半島を回って名古屋だろうという結論は出ている。

そうして横浜を目指し、九州を目指す。

ただそれには、中型数体を倒さなければならない。

現時点でイエローサーペントとの戦闘では、奇襲を主体にハイパースラッシュドリルで戦うしかないが。

他の兵器ほど、これはまだまだ誰でも使いこなせるようになっていない。

何よりもこの兵器は、リスクが大きいのだ。

先の戦闘では、斬魔剣を装備した40式が戦果を上げた。妹以外の人間でも使えるほど、陳腐化が進んだ結果である。

だがバーンブレイクナックルを現在陳腐化している段階であり、それで連日結構リソースを食っている。

対シェルターキラー、ランスタートル特攻となるこの兵器は、各地の地下街を守るための切り札であり。

他の兵器よりも優先度が高い。

故に、まだ残念ながら、リソースがたりないのである。

「イエローサーペントを相手にする場合、ブライトイーグルとの戦闘も想定しなければならず、結局のところ気を引くための部隊の展開が必須になります。 そういう意味でも、少しずつ安全圏を確保しつつ、兵器の陳腐化を進めなければなりませんが」

「分かってはいるよ。 だが、現在鹿児島にいる1万五千の人々と港が、各国への窓口になっているのも事実なんだ」

まあ、それも事実か。

現在瀬戸内海に入り込んでいる中型は滅多におらず、イエローサーペントがたまに確認されている程度である。

それも大きな縄張りを持っている個体らしく、回遊の速度もあまり早くないこともあって、それで輸送船が行き来できているが。

確かに、此処をどうにかしたいというのは分かる。

だが、それには四国の制圧が必須。

四国には現在三千人ほどがいるちいさな街が一つだけある。

ただ、危険なのであまり連絡が取れておらず、どれほど四国にシャドウがいるのかも分からないのが実情だ。

咳払いして、広瀬大将が言う。

「分かりました。 四国に渡ることだけは問題はありません。 スカウトを展開して、作戦がもしも可能なようであれば、最低限の戦力だけでイエローサーペントの排除作戦を立案します」

「ありがたい。 無理であるなら、データを出して、それで皆を納得させれば良いことだからね」

「……」

天津原の弱腰にも困ったものだが。

だが、さっきの反社崩れの王様気取りとの通信を切ったのだけは評価できる。

畑中博士がその場を離れようとすると、広瀬大将から声を掛けられた。

「今までの兵器の陳腐化、新兵器の開発、どちらも大変かと思いますが、お願いします。 被害を可能な限り減らす努力は、私の方でします」

「兵器開発は了解しました。 戦術指揮は此方からもお願いしますよ」

「ええ」

敬礼してから、その場を離れる。

さて、ここからが問題だ。

ハイパースラッシュドリルの陳腐化を急ぐべきか。

いや、今構想している新兵器……正確には超世王セイバージャッジメントの性能を上げる新機構というべきだが。それを優先するべきか。

いずれにしても、やはり懸念していた遠征の話が出始めた。

シャドウがどう分布しているかも分からないし、何よりも光学探知出来ているシャドウ以外に、戦闘になると中型が姿を見せるケースも多い。

シャドウについてはまだ人間は何も分かっていない。

それが現実なのだ。

ナジャルータ博士も、たびたびそれは説明している。

あれが今まで地球にいたのとは別種の生物なのか、それとも現象なのかすらも分からないのだと。

そんなものと戦っているのだ。

それは被害だって大きくなる。

途中で三池と合流。

珍しくうんざりしている様子なのを見て、三池はケーキでも焼いてくれるそうだ。有り難い話である。いただくとする。

工場に向かう。

今は整備工はいない。黙々と前に作った兵器の陳腐化と、更には新兵器の開発を気分のままに行う。

いずれにしても、当面は偵察が主体だろう。

それで繰り出されるのは、この間キャノンレオンを倒して一つ出世した呉美中尉になるはず。

斬魔剣をかなり扱いやすく調整したとは言え、一発で当てて見せた手腕はかなりの天才である。

妹ほどではないにしても。

黙々と調整を続ける。

最終的には、スーパーロボットに名実共に相応しい武装と姿に超世王セイバージャッジメントを仕上げる構想がある。

だが、それはまだまだ。

クリアしなければならない課題が幾らでもある。それらをクリアして、やっとスーパーロボットは完成する。

完成した暁には、シベリアにいる大型と戦う事も可能になるだろう。

むしろ問題はその後だが。

それについては、畑中博士が考える事ではなかった。

とにかく、だ。

イエローサーペントをより安全に排除すること。そのために、再編を急いでいる各師団と連携する事。

それらも考えながら、研究をしなければならない。

三池に髪を洗うように言われたので、先に風呂に入る。しばらくのんびりしているとそのまま寝落ちしそうになる。

何とか意識を戻して、風呂から這い出ると。

伸びをしてから、研究に戻る。

とにかくイエローサーペントとの戦闘はリスクが大きい。相手が水中にいることもあって、非常に接近、攻撃、そして生還が難しいのだ。

人間が豊富にいたら、自爆特攻用の兵器としてハイパースラッシュドリルを陳腐化するように指示が出ていたかも知れない。

だが、今はクローンと人工子宮を用いて人間を増やしてなお、まだまだ全然足りないのが現状だ。

それを考えると、それはできない。

人間が滅亡の縁にいる事実は、何も変わっていないのだから。

連絡が来る。

菜々美からだった。

「これから四国に揚陸艇で偵察部隊が渡るらしい。 私は待機だそうだ。 訓練だけして鈍らないようにしておく」

「おっけい。 キャノンレオン対策がまず必要になると思うから、陳腐化させた斬魔剣を装備させた超世王セイバージャッジメントを用意しておくわー。 それをまず訓練しておいて」

「別にそれだったら別の兵士でもいいように思うけどな」

「そうもいかないのよねえ」

前回の戦闘だが。

キャノンレオン二体を倒すのに、相当な被害を出している。菜々美があの時対キャノンレオンをやっていたら、被害はもっと少なかっただろうと畑中博士は考えている。勿論菜々美はやってみなければわからないと言うだろうが。

いずれにしても陳腐化させた兵器でも、しっかり菜々美が使いこなす事で、更に性能を上げ、改善点を引き出せる筈だ。

それに、である。

幾つか、試してみたい機構も盛り込んでおく。

今回は、ブライトイーグル戦で用いた「足」を装備させる。

これは歩くためのものではなく、調整用の機構なのだが。最終的には歩くためにも使えるようにしたい。

前回のブライトイーグル戦だけではデータが足りない。

だから今回の遠征でも、データを稼いできて欲しいのである。

それらを淡々と説明しておくと、菜々美は分かったといって通信を切るのだった。

タルトを三池が焼いてくれたので、有り難くいただく。

さて、やるか。

キーボードを叩く。そして、今までの兵器の改良で、出来る部分は全てやり。更には次の兵器についても、構想を形にしなければならなかった。

 

1、もはや人の土地ではなく

 

呉美玲奈中尉は、淡路島を経由して、揚陸艇で四国へ上陸していた。昔存在していた強襲揚陸艦……名前とは裏腹に艦隊指揮に特化していた巨大艦ではなく、ただ兵力を輸送するための大型艦にすぎないが。

それによって、それほど多くもない兵員と、更には畑中中佐とともに上陸したのだ。

此処からは、完全に未知の領域だ。

世界中がシャドウに滅茶苦茶にされる過程で、田舎に逃げ込もうとした人間も当然いた。当時人口減少が激しかった四国でもそれは同じだった。

しかしながら、それらを待っていたのは小型シャドウの大軍だった。

やはり田舎であってもシャドウは出たし。

同じような事を考えて逃げ込もうとした人間は、かたっぱしから殺された。そしてクリーナーに溶かされて、骨も残らなかったのだ。

今では、四国では三千だかの人間が、一つの集落で身を寄せ合って暮らしていて、孤立状態にある。

今回はそれの救出と補給路の確保が第一の目的。

第二の目的は、小型シャドウの数の確認。場合によっては、駆逐を狙う。

勿論現在上陸している部隊は先遣隊である。

この部隊だけで出来るとは思っていない。

現時点では、光学探査では中型は確認されていないが、瀬戸内海の西側にはイエローサーペントが来る事があるらしい。

それも加味して、偵察はしなければならなかった。

スカウトが展開して、周囲を調べる。

淡路島にはシャドウはいなかった。そのため、淡路島で戦力を消耗する事は避けられたのだが。

四国本土は極めてまずいだろう。

スカウトがひりついているのが分かる。

玲奈もそれは同じだ。

今回、先遣隊の指揮官を任せられているのだが。

36式歩兵戦闘車から顔を出して、ずっと側には螺旋穿孔砲を置いている。

重機関銃ですらシャドウ相手には足止めも出来ないのだ。かといって、いきなり大兵力を展開しても、撤退の時間すら無くシャドウに食い荒らされる可能性だって低くはないのである。

しばらく情報を集める。

やはりというかなんというか。

シャドウはいる。

小型種が、彼方此方で確認されている。しかも、どれも此方に気付いているようだった。

「上陸して数q進んだだけで小型種100体以上が確認されています。 一度兵を淡路島まで後退させてください」

「あまりに消極的ではないのかね」

「このままだと内陸に引きずり込まれた挙げ句、強襲を受けて全滅する事になります。 畑中中佐がいても結果は同じでしょう」

「……分かった。 一度戦略を練り直す」

連隊長をしている島原という男は良くいる生き延びただけの人物で、決断力も判断力も足りていない。

ただ玲奈の言う事は聞いてくれるので、それだけが救いか。

一度兵を引く。

超世王に乗っている畑中中佐が、通信を入れてきた。

「この判断は正しいと思う」

「有難うございます。 ただ、淡路島でも安心できるか分からないのがシャドウの恐ろしさではありますが……」

「その通りだね。 まずは引くべきだ」

一度スカウトを収容して、揚陸艦まで戻る。

戻る途中も、多数の小型種が此方をじっと見ているのが分かったと言う。

連中は追ってこなかった。

だからといって、何か得になった訳でも有利になった訳でもない。とにかく淡路島の安全を確保したら、工兵を派遣してもらい、港にする必要がある。工場なども作って、神戸の機能を拡大するという話もあるとか。

四国への大型の橋は、瀬戸大橋などがあったが、これらは全てシャドウに破壊されてしまっている。

昔は淡路島から四国に自動車で行けたそうだが、それも今は無理だ。

ともかく一度淡路島に戻り、情報を報告。

初日は交戦はなかった。

畑中中佐が会議に出る。

玲奈はまだそれほどの地位ではないので、会議で決まったことを翌日以降も実行するだけだ。

プレハブの拠点は意外と心地が良く、風呂に入って疲れを落とす。

まだ病院で検査を受けているらしい広瀬大将の話を聞くと心も痛む。ともかく、此処からは何が現れて、いつ襲われるか分からない。

それを考えると、とにかく体調をベストに保たなければならなかった。

一眠りしてから、起きだす。

翌日は、揚陸艇そのものではなく、より小型のホバーが出された。これはホバーとはいえ、戦車を充分に運べるものである。これが三隻、分乗して乗る。一隻はまるまる超世王を乗せていて。

玲奈が使う歩兵戦闘車も、ほぼ一隻の力全てを使って運んでいた。

また上陸し、少人数での探索を開始する。

スカウトの展開は早く、流石に第二師団で鍛えられているだけのことはある。ブライトイーグルとの戦いで、キャノンレオンに薙ぎ払われて大きな被害を出した第二師団だが、まだまだ闘志は折れていない。

スカウトが情報を入れてくる。

昨日とほぼ小型の配置は換わっていないようだ。少しずつ奥地へ侵攻していく。非常に危険な任務だ。

絶対に深入りしないように、何度も念押しをしなければならない。

常に螺旋穿孔砲をおきながら、スコープで周囲を確認。小型による奇襲は、今の時点ではない。

また、狙撃大隊がいつでも上陸できるように手配はしてくれてはいるが。

今までの戦訓から、適性距離からの戦闘だと、一大隊で接敵までに捌ける小型の数は50が限度とされている。

大隊の面子全員が畑中中佐レベルの実力を持っていた場合は数字が倍にも三倍にもなるだろうが。

それが限界である。

ともかく、今は憶病すぎるくらいでいい。少しずつ、少しずつ調査を進めていく。やがて、概ね小型の配置、戦力は分かってきた。

「最低でも三個連隊は必要ですね」

「同感。 問題は中型がいる可能性が高い事」

「キャノンレオンなどの倒した実績がある相手だといいのですけれど」

「……」

キャノンレオンでも、強敵には変わりない。今までに四体を倒した実績が出来たが、それでも雑魚と言うには程遠い。

ましてや、他の陸上種の中型だとすると。

最悪新兵器が必要になってくるだろう。

「こ、此方スカウト11!」

「スカウト11、此方聞こえています。 どうぞ」

「中型種発見! 恐らくはストライプタイガーです!」

「!」

ストライプタイガー。

キャノンレオンと並ぶ軍殺しで知られる中型種だ。日本でも生息は確認されているのだが、主に関東で確認されている。

キャノンレオンは高速移動しながらの制圧射撃を得意としているが、ストライプタイガーは更に速度が早く、その爪と牙を武器にしている。移動速度は実に時速500キロと四つ足型のシャドウとしては、信じられない次元である。ただ、キャノンレオンも本気を出した場合どれくらい速度が出るかは分かっていないが。

ストライプタイガーは、名前の通り縞模様を体に持っていて、キャノンレオンに比べて体もずんぐりしている。

問題はその爪と牙の威力で、文字通り戦車を一刀両断していくのだ。それも通り過ぎ様に。

此奴は指揮車両などを優先して狙って来る傾向があり、接近を止められない上に、一度接近されると文字通り部隊を一瞬でバラバラに引き裂かれる。それほど恐ろしい相手なので。キャノンレオンと同等に怖れられているのだ。

「了解。 ストライプタイガーを確認出来ただけで充分。 一度撤退します」

「分かりました」

「あわてず刺激しないように後退してください。 此方には畑中中佐がいます。 ですので、あわてずに」

「はい」

兵士達が安心した様子で返してくる。いずれにしても、これで充分な成果と言える。そもそもストライプタイガーはまだ撃破実績がない。

四国で孤立している人々には悪いが。

倒すには作戦と。

場合によっては、新兵器が必要なのは、目に見えていた。

すぐに各スカウトを収容して、ホバーで淡路島に戻る。畑中中佐達はすぐに会議に出た。待機命令が出たので、休ませて貰う。

それにしてもストライプタイガーか。

時速100q以上で走ってくるシャドウとの戦いには慣れたが、ストライプタイガーは少し速度のレベルが違う。

更に此奴を超える速度で動き回る陸上中型種もいる。

グリーンモアと言われる種なのだが。

これはなんと時速900qで走り回る。

この種は攪乱を主体としている種であるのだが、殺傷力も申し分ないし、防御力もしかり。

いずれにしても、ゼロ距離の戦車砲を浴びてもびくともしないことでは共通していて。

それぞれ撃破例はない。

しばらく休んでいると、連絡が来た。

広瀬大将からの連絡で、一斉メールだった。

「四国への上陸が極めて困難である事ははっきりしました。 現在上層部で対策を協議中です。 畑中博士による新兵器開発に加え、各師団の調整を行うのに二ヶ月から三ヶ月は最低でもかかります。 一度遠征部隊は解体し、淡路島に前線基地を作る事を優先します」

「随分と弱腰だな」

「前回の戦いで一割以上の被害が出ただろ。 補充兵員を確保するだけで一苦労らしい。 SNSとかで偉そうにご高説を宣っている方々に是非前線に来てその素晴らしい腕前を見せていただきたいものだがな」

兵士達が口々に言っている。

玲奈も無責任なことをほざく連中には思うところもあるので放っておく。いずれにしても、もしもストライプタイガーを相手にするなら、最低でも第二師団の完全再編が必要であるし。

最悪の場合に備えた退路の確保も必須だろう。

倒す方法も思いつかない。

そもそもあれは、人間の戦闘速度で動いていない。空中戦だと時速500qなんてのは亀も同然だが。

陸上戦では、最新鋭のMBTである40式ですら、100qでないのだ。

いまだに人間の兵器は、対人間を想定したものとなっている。

それを考えると、色々と何もかも厳しいのが現実だった。

工兵部隊が前線基地を翌日から構築し始める。

港と工場、それに迎撃用の設備、後は空港もだ。

一応神戸近郊の制空権は取り返したが、それも安心して航空機が飛べるようなものではない。

マッハ6以上を巡航速度としているブライトイーグルはまだまだ日本各地で確認されており。

これらがすっ飛んできたら、航空機なんて蠅のように叩き落とされておしまいなのである。

翌日からは、対岸の光学探知と、基地の建設を護衛する任務に移る。

畑中中佐は本土に戻ったらしい。

玲奈はまた喋る相手もいなくなったが。

孤独は嫌いではないので、別にかまわない。

工兵が急ピッチで基地を構築していく。その間も、あまり良くない話が聞こえてきていた。

「九州まで遠征する作戦案を立てるように矢の催促らしいぜ」

「ストライプタイガーが出たんだろ。 あんなの簡単には倒せねえよ。 畑中中佐は倒してくれるだろうけど、それでもどれだけの被害が出るやら、な」

「兵の補給も進んでいないらしい」

「まあ妥当だよな。 一個師団の半分くらいが戦死したんだから。 第四師団から、訓練が終わり次第どんどん新兵が各師団に回されているらしいが、それでも間に合っていないらしいな」

玲奈は無言で指定された仕事をする。

それだけが、出来る事だった。

当然今の状況に思う事は幾らでもある。

だが、今は。

それで我を出す時ではなかった。

 

菜々美が姉のいる京都工場を訪れると、姉はうきうきで「足」を作っていた。此方にまた運んでこられた超世王に対して、早速装備するようだ。

前は三対だったが、今度は二対になるようである。そして、斬魔剣に対しても、工夫が加えられている。

足はよりごつくなっている。

そして、脊椎動物の足よりも、哺乳類の足に近付いているように見えた。

「お疲れ様。 四国でストライプタイガーを見つけたようね」

「玲奈中尉がな。 あの子凄いぞ」

「未来の師団長かもね」

「……そうかも知れないな」

それだけで、姉は黙った。今、恐らくだが。斬魔剣を違う使い方をするための兵装を組んでいるのだろう。

前は斬魔剣は飛ばしていた。

だがそれは、キャノンレオンの速度だったから、出来る事だった。

普通に時速500qで地上を走り回る相手に使える戦術では無い。どうやって戦うのか。ちょっと菜々美も興味はあった。

三池さんがココアを淹れてくれた。

有り難くいただく。

しばらく休んでいると、三池さんが概要を説明してくれた。

本気か、と言いたくなったが。姉は本気らしい。これはまた、随分と面倒な新兵器を考えたものだ。

いや、斬魔剣を使うのだから、新兵器とは言えないか。

いずれにしても、今回も二段階のギミックを用いて、ストライプタイガーを倒す事になる。

斬魔剣は一撃でキャノンレオンを確殺する訳ではなく、直撃させてからも絶命させるまで時間が掛かっている。

これに関しては、他の中型全てがそうだ。

シャドウに唯一効く攻撃。

プラズマレベルの超高温を、長時間当てる。それがどうしてもシャドウ撃破のネックになっている。

それは分かってはいるのだが。

どうしても、それ以外の撃破方法が見つからない。

だから、それでやっていくしかないのだ。

当然だが、なんとかビームもストライプタイガー相手だと分が悪いだろう。あれはあくまで対空の武器だからだ。

「それにしても今度は今まで以上の名人芸が必要になるのでは」

「CIWS等のシステムを利用して、支援システムを組みます。 いずれにしても、既にプレゼンは終わり、予算は下りていますので、安心して訓練に励んでください」

「了解……」

まあ、いずれは戦わなければならなかった相手だ。

それに、である。

この足を見ると、少しずつスーパーロボットとやらに近付いて来ているように思えてきている。

まだまだ異形だが。

いずれ40式の車体を必要としなくなるかも知れない。

シミュレーションマシンが出来るまで数日かかると言われたので、宿舎に戻る。宿舎でメールを受け取る。

辞令だ。

大佐に昇進らしい。

大佐と言われても、昔の軍だと政治将校みたいなこととか、権力闘争もやっていたらしいのだが。

菜々美が受け取ったのは「特務大佐」という変な階級で。特殊部隊の人間として大佐と同等の給金を貰える、というだけの話らしい。

ちなみに姉は中将待遇らしいが、これに関しては姉がシャドウを唯一斃せる武器を開発しているので、妥当だと思う。

そもそも今の時代、給金が出ても使い路なんぞない。場所によっては物々交換をしているという話だ。

とりあえず横になって幾つかSNSの記事を見ていると、シャドウによる襲撃かという情報が入ってきていた。

場所は、神戸近辺を領土として寄越せとか言っていた国だ。

9000人程度しか人間がいない都市で、反社上がりの人間が支配しているという話は聞いていたが。

なんでも集団ヒステリーを起こした挙げ句、神戸を「力尽くで領有を取り返す」ために揚陸艇などの船に殆どの人間が乗り込んで此方に向かおうとし。

イエローサーペントに攻撃されて、その阿呆どもは船ごと粉みじん。

船に乗り込んでいた人間全員の死亡が確認され、都市に残された400人程だけが生き延びたのだとか。

酷い話だが、菜々美には何もできない。

そんな指導者をどうして担いでいたのかという声もあるだろうが、こういう時代は強そうに見える人間が人気を得るという話がある。

それもあって、どうしても犯罪組織のボスみたいなどうしようもないのが、権力を握る事もあるのだろうし。

或いは其奴も、にっちもさっちも行かなくなって、無理を承知で海に出たのかもしれなかった。

まあ、それについてはもはやどうにもできない。

菜々美はただ、今は休む事。

それから次の訓練に備える事。

それだけしか出来なかった。

 

翌日は朝早くから訓練に出る。体を動かして、螺旋穿孔砲を試射して、腕が鈍っていないことを確認する。

悪くない戦果だが、これを維持するのが大事なのだ。

弾だって無駄に出来ない。

淡々と訓練をしていると、連絡が入る。姉からだとちょっと早いか。メールを確認すると、広瀬大将から。

それも個人通信だった。

「少し風向きがきな臭くなってきています。 この間某国が文字通り壊滅した事は既に聞いていると思います。 これでGDFの各国が混乱を起こしているようです」

「ここのところシャドウによる侵攻による被害は小さかったですからね。 しかも「連戦連勝」していたところですし、シャドウの怖さを思い出せばそれは怖いでしょう」

「ええ。 予算が増額されます。 出来るだけ早く、ストライプタイガーとの戦闘で成果を出し、九州まで安全圏を確保するようにと各国が焦って天津原代表に圧力を掛けたようです」

「焦ったところで戦果なんて出ませんよ」

分かっていますと、連絡が即時で帰って来る。

広瀬大将は左手が義手になったそうだが、それを全く苦にしていないようである。

軍人として以外は平凡な人だと聞いているが、このメールを打つ速度。適応力は人並み外れているのかもしれない。

「イエローサーペントの行動予測について、此方では予想を立てるように指示が来ています。 ストライプタイガーと連戦で倒せと無理を言ってくるかも知れません」

「イエローサーペントの護衛にブライトイーグルがいなければ比較的楽にやれるとは思いますが、そうはいかないですよね」

「……ブライトイーグルは九州に一個体が確認されていますが、阿蘇山の上で動きを見せていません。 むしろ四国でストライプタイガーと戦う際に、何らかのアクションを起こすかも知れません」

なるほどね。

活動域が拡がって、光学探査出来る範囲が拡がってきている。今までは、イエローサーペントに怯えながら海路を必死に進んでいたのだが。イエローサーペントを二体も立て続けに倒した事で、多分GDFの加盟国は気が大きくなっているのだろう。

ばかげた話だ。

イエローサーペントだけでも、最低でも2400。それが地球の海にいると推定されているのに。

それを一体や二体倒した程度で気が大きくなるから、バカな行動に出る者だっているし。それで被害が出たら動揺するのでは、上に立っている人間の器が知れる。

「此方でも出来るだけ準備期間を準備し、作戦を用意しますが、先だっての会戦で熟練兵が多く殺された事もあり、同じように作戦行動は取れないかと思います。 畑中菜々美中佐……いや大佐は、今後に備えて準備をお願いいたします」

「了解」

連絡を切ると、射撃の練習に戻る。

連射も出来ないから、螺旋穿孔砲はとにかく難しい銃だ。アサルトライフルのように弾をばらまければ小型シャドウを圧倒できるかも知れないが、残念ながらそんな事をすれば確定で砲身が爆発する。

姉も改良を二度入れて、これでも弾丸の再装填速度が12秒ほど向上したのだが。それでもなお一分近く掛かるのが現実なのだ。

射撃訓練を終えた後、ランニングマシンで体力の維持に務める。

残念ながら菜々美はムービーヒーローではないので、其処まで無茶な体力を有している訳では無い。

淡々と訓練をこなした後は、休憩を入れる。

若い兵士達が、必死になって走り込んでいるのが見える。前に何度か会った呉美中尉と同年代に見える子供も多い。

呉美中尉はかなり若く見える姿だったが、あれは違う。

多分軍での募集年齢を引き下げたのだろう。それくらい、前の会戦でのダメージが大きかったのだ。

給金も上げたはずだ。

それももう、殆ど意味がない話ではあるのだが。

淡々と訓練を終えて、休憩を入れ。

そしてまた訓練を入れる。

銃器の扱い。分解と組み立て、メンテナンスなどの練習をする。螺旋穿孔砲はブラックボックス部分は極めて複雑だが、それ以外の場所は大きいだけで対物ライフルとあまり変わらない。

黙々と調整をして、メンテナンスをする。

こうして体を動かしていると、馬鹿馬鹿しいGDFの無能な上層部の狂騒を忘れられていい。

集中を切ると思いだしてしまう。だから余計に意識して訓練を続けて行くのだ。

淡々と訓練を続けて、アラームが鳴った。そうか、もうこんな時間か。

若い兵士達は相当にしごかれているようで、かなり参っているようだが、頑張れと心の中で声を掛けるくらいしか出来ない。

下手に菜々美が接するとまた神格化されたりして面倒なのである。

これ以上神格化されても迷惑だ。

それが本音だった。

隊舎に戻り、後は休む。有り難い事に三池さんがカップケーキを差し入れてくれていたので、冷蔵庫に入っていたそれをいただく事にする。

姉もろとも世話になりっぱなしだ。

性別が同じでなければ結婚相手は三池さん一択なのだが。だが、そうなると姉と争うことになりそうだなと思って苦笑い。

少しだけ気分もやわらいだので、後は休む事にする。

中型を今まで合計九体も倒したが、それで戦況はまるで良くならない。

少しでも戦況をよくする事自体が不可能なのかも知れない。

だが、それでも。

何か出来る可能性がある限りあがく。それしか、菜々美にはやれることが無かった。

 

2、超世王は海に陸に

 

以前破壊されたなんとかドリルを装備した超世王の機体が水揚げされて、修理が始まっている。

回収されたとは聞いていたのだが、それはそれとして修理をすると言う事は。どうやら広瀬大将に聞いていた話は本当らしい。

連戦になった戦いの教訓を生かし、イエローサーペントを更に迅速に斃せるように、更に更に強化をするのだろう。

まあそれは、姉に任せるしか無かった。

姉はいつも以上に凄まじい速度でタイピングを続けており、それで出力された図面の部品を整備工がどんどん作りあげている。

最初から最終図面が姉の頭の中にはあり。

それを小首を傾げながら整備工は作る。

だからストレスも溜まる。

凡人と天才が一緒に仕事をするのは大変なのだ。三池さんの苦労がよく分かるが、菜々美がまずやるべき事は。

シミュレーションマシンが出来たから、それに乗る事だ。

今回は前とはちょっと違った形で斬魔剣を使う。

剣というのは古くから使われてきた武器で、古今東西あらゆる国で王権の象徴ともされてきた。

もっと古くには槍がそうだったらしいのだが。それが剣に変わっていったのには色々と理由もあったのだろう。

今回は姉が支援プログラムとして、あらゆる剣術のデータを持って来てくれている。それを組み込んだシミュレーターマシンで訓練をする。

最初の相手はストライプタイガーである。

此奴は非常に手強い。

軍に対する被害という観点では、恐らく破壊力が大きいプラズマを連射してくるキャノンレオンの方が大きい。

だが倒しづらいという観点では断然此奴だ。

以前の戦闘記録を見るのだが、CIWSでバルカン砲の射撃を集中的に浴びせられていたが、まるでびくともしていない。

質量兵器はそもそもとして通用しないのである。

それもあるが、質量兵器では足止めさえ出来ない。

CIWSで制御されたバルカンファランクスは飛来するミサイルすらも叩き落とすのに。人間の常識なんぞシャドウには通用しないのである。

だから、とにかくその高速を捕らえるところからだ。

ただ幸いと言うべきか。

25年くらい前、各国の機甲師団がストライプタイガーに蹂躙された時のデータは多数残されている。

それをベースにしていけば良い。

シャドウは相互連携をしていることが分かっているが、今まで確認出来た範囲では、能力を強化したり拡張したりはしていない。戦術も変えるつもりはないようだ。

いつかはそれならば斃せる理屈になり。

それが今だという話である。

ただシャドウには明確に知能がある。

いつまでやられっぱなしでいてくれるか。それはまったく分かっていないのだが。

黙々と訓練をする。

今回も支援部隊とともに戦闘をすることになるが、被害を出させないように、勝負は一瞬となる。

しかも多数の小型も随伴して来る事は目に見えている。

一匹ではない可能性も高い。

そう考えると、広瀬大将には病み上がりだというのに負担を掛けてしまう。色々と申し訳ない気持ちになる。

訓練を続けて、少しでも精度を上げる。

アラームが鳴ったので、一度切り上げたが。今回はちょっと難しいかも知れない。斬魔剣を見る。調整が入れられているし、四体のキャノンレオンを倒した事で確実に改良されてもいる。

しかしそれでもなお。

姉が提示した新しい斬魔剣の運用は、とにかく難しいのである。

一旦休憩を取り、それでココアを飲む。

メールなどを処理。

一応大佐なので、高官などから連絡のメールも来ている。それらをささっと処理した後、横になる。

横になってぼんやりしていると。三池さんが来ていた。

「やはり苦戦していますか」

「まあそれはそうですね。 そもそも時速500q以上で常時移動している相手です。 下手をすると音速を出しかねない」

「ストライプタイガーに限らず、他の中型シャドウも、まだまだ手札を隠していてもおかしくありません。 既に撃破例があるものであってもそうです。 彼等が生物ではない事は確かですが……」

「目的もまだ分からないんですよね」

頷かれる。

人間が抵抗できるのを示せば、和解のテーブルにつくことも選択肢に出てくる。相手が知能を持つならなおさらだ。

シャドウと和解なんてと拒否反応を示す人も多いだろう。

家族を失い故郷を追われている人だってたくさんいるのだから。

だが現実問題として。

シャドウと総力戦をやって、それで人間が勝てるかというと。それはまったく別の話になる。

精神論でどうにか出来るような相手では無い。

それは菜々美が一番よく分かっている。

とにかく、咳払いすると、改良して欲しい点を三池さんに伝えておく。

それでまた少し休んでから、シミュレーションマシンに入って、しばし訓練を行う。四つ足による支援が、更に滑らかになっている。

今の時点では足はバランサーに過ぎないが。

いずれ二本足で超世王は立って歩くときが来るかも知れない。

もしもそうなったら、本当に名実共にスーパーロボットっぽくなるのかも知れないのだけれども。

しかしそれでもなお。

姉のことだから、下半身だけ二足歩行で、上半身は大量の武器が鈴なりとかいう異形にしかねないが。

高速で迫ってくるストライプタイガーに、シミュレーションマシン内で何度も何度も殺される。

本当に戦い辛い相手だ。

相手の攻撃を一発でもかわし損ねたら即死である。

面制圧に関してはキャノンレオンのが上だが。

ストライプタイガーの攻撃は、一撃という点ではあのランスタートルに匹敵するかもしれない。

しかも、である。

ランスタートルと違って、今回は受けの姿勢で斃せる相手ではない。

先をとってはじめて戦える相手なのである。

それを考えると、とにかく今はひたすらに経験を積み上げるしかない。支援システムを使っても、まずは実戦で使えるようになるまで、ブラッシュアップが必須なのだ。これは今まで四種のシャドウを倒して来たから、なおさら実感できる。あれだけ入念に準備しても、楽に斃せた奴なんていなかったのだから。

夕方まで訓練を終えて。

シミュレーションマシン内で、一度も勝てていない。

ちょっとまずいかも知れない。

ただ、やるべき事は分かっている。

そのやるべき事に着地させるべく、今はとにかく、順番に練習を重ねていくしかないのだった。

 

翌朝からも訓練をする。

ストライプタイガーは実際の食肉目……犬猫の仲間のように、大変にしなやかに動き回る。

こういったしなやかな動きを維持するのには体重的な限界があり。

虎でもライオンでも、最大種は体重四百キロを超えない。

より大型の食肉目には熊の仲間がいて、これは体重一トンを超えるものがいるが。これらはパワーの代わりに敏捷性を犠牲にしており、どうしても動きという点ではハンデがある。

だがそもそもとしてストライプタイガーは生物では無い。それに体長18mに達しており。本来だったら一トンどころの重さではないだろう。

ただシャドウはそもそもとして死体も残らないため、どれほどの体重があるかは推測するしかない。

分かっているのは、どれだけ重かろうとあの動きを出来ているということ。

それはもう、生物の常識でははかれないという最初の結論を、改めて思い知らされるばかりなのだ。

淡々と訓練をする。

「当たらないな……」

思わずぼやく。

今回、姉のシミュレーションマシンは、データが豊富だ。だから、とにかく意地が悪い動きをストライプタイガーが行う。

味方による対小型支援にも限界があり、時間制限までつけられている。

それもそうだ。

広瀬大将が指揮をとってくれるにしても、熟練兵が前回の戦いで多く殺されたのは事実なのだ。

新兵をどうしても狙撃大隊に配置せざるを得ない。

勿論訓練はしているが、訓練と実戦は違う。

それは菜々美が一番良く知っているから、実戦でいきなりフルのパフォーマンスを発揮できない新兵を笑うつもりはない。

分かっているから、無言で訓練をする。

訓練で出来ない事を。

実戦で出来る訳がないのだから。

黙々と訓練をする。

擦る、まではいくのだが。当てるとなるとハードルが高く。しかも、相手の芯を捕らえて当てる。更にその先の本命の攻撃となると、更にハードルが高い。

CIWSを基にした支援システムが組み込まれていてもなお、難しいのだ。本来だったら人間が出来る事ではない。

それでもやらなければならない。

キャノンレオンだって、完全攻略には程遠いのだ。一体を倒すだけで大きな犠牲を覚悟しなければならない。

生息数から言ってストライプタイガーは今まで交戦していなかったのがおかしい程の相手で。

此処で倒せないようでは、全く意味がないのである。

黙々と訓練をする。

訓練開始から一週間ほどで、コツが掴め始めていた。

だけれども、まだコツを掴み始めた、の段階だ。

ロボットアニメの主人公は、コツを掴むと即座に実戦で応用できたり。或いは実戦で即座にまだ乗った事もないロボットを乗りこなしたりするが。

どんだけの天才だよとぼやきたくなる。

代わりがいるなら代わってほしい程だが。

それでも、とにかく今は。

菜々美以外に出来ない仕事を、やっていくしかないのだ。

コツを掴み始めてから、確定で「擦る」ようにもなり。シミュレーションマシンで殺される前に当てる事も三回に一回は出来るようになった。

ストライプタイガーの凄まじい速度にも少しずつ目が慣れてきている。

これは本当に厳しい相手だとぼやきながら、それでも少しずつ対応力が上がってきた自分を褒めるしかない。

そうしないと上達しないからだ。

上達すれば話も変わってくる。

翌日には、ついに理想とする撃破の形に持っていく事ができた。斬魔剣の扱いが、一段階更に上になった気がする。

だが、まだ一回上手く行っただけだ。

これでは満足していてはいけない。

激突して、99%斃せる。最低でもこのラインが目標だ。勿論相手が側背に回って襲ってくる可能性も考慮しなければならないし。

何より多数いる小型には、遠距離攻撃が出来るシルバースネークも確認されているのである。

それらからの攻撃で、アクシデントが起きる可能性はどうしてもある。

だからこそに。更に訓練しておかなければならない。

休憩を入れる。

目がかなり痛い。

氷水の袋を三池さんが用意してくれたので、横になって頭を冷やす。どうやら対イエローサーペント用の超世王の体……というには無理があるか。潜水艦に装備するドリルは、更に相手を確実に速攻で仕留められるように、より凶悪な姿に変わっているようである。姉はノリノリでやっているが、あまり感心は出来ない。

斬魔剣はまだ再組み立ての最中だ。

或いは、だが。

ストライプタイガーを現在訓練中の方法で斃せるようになり。

更に「足」が完成した暁には。

小型をばったばったと斬魔剣で撃ち倒しながら走り、キャノンレオンも同じように倒せるかも知れない。

だとすると、スーパーロボットアニメに出てくるモブロボットくらいの活躍が可能になるかも知れないが。

それはまだ、まだまだずっと先の話だ。

黙々と、横になって休む。

まだ今の時点では、個人技……職人技に頼らなければならない。

戦闘データを蓄積し。

それをコンピュータに学習させることによって、やっと誰でも同じようにシャドウと戦えるようになる。

それを考えると、まだまだ厳しいのだ。

しばし目を休めてから、起き上がる。シミュレーションマシンに入る。

その前に、三池さんがドーナッツを焼いてくれたのでいただく。黙々と食べて、それで頭に栄養を入れる。

ベストの状態で、たまに斃せる。それくらいをまずは目指す。

最終目標点は遠いが。

それは仕方が無い事だ。今までである意味、一番斃しづらい相手なのかも知れない。

ブライトイーグルでさえ、もう少し当てやすかった気がする。

ともかく今は愚痴を言う時ではない。

相手を斃すときなのだ。

シミュレーションマシンに入る。

少しずつ、目標とする撃破パターンを再現できるようになってきた。様々な剣術の技を再現できるようになっており。

それで支援もしてくれるから。

剣なんて使ったこともない菜々美でも、それを再現できる。ただ、膨大な操作が必要になるので。

菜々美でも厳しいし。

ましてや新兵には絶体に無理だ。

呉美中尉は。

あの子だったら、訓練を重ねたら出来そうな気がするが、どうなのだろう。

もしも最悪の場合、菜々美が死んだら。

その時は、呉美中尉に後を継いで貰うしか無いかも知れないな。そう思って、菜々美は苦笑していた。

訓練を続ける。

何度目かの撃破に成功。

だが集中がちょっとでも切れると、一瞬で死ぬ。

何回か倒して倒されてを経験した後、アラームが鳴ったので、シミュレーションマシンを出る。

熱っぽい。

頭を使いすぎて知恵熱が出ているのかも知れなかった。三池さんが来たので、説明をしておく。

「小型による妨害を増やして貰えますか。 今の時点では、まだその妨害を受けつつ、ストライプタイガーに対峙する事が厳しいと思いますので」

「分かりました。 今日はもう引き上げてください。 お薬を出しておきます」

「……分かりました」

シミュレーションマシンに入って訓練していると、バイタルとかはずっと表示されている状態になっている。

それで医者も様子を見ているので、それで薬が出たのだろう。

ちょっとフラフラだ。

帰り道、兵士がジープを運転してくれる。今日ばかりはそれに甘えるとする。兵士は帰路、何も言わなかった。

菜々美に大きな負担が掛かっていると判断してくれたのだろうか。

だとすると、有り難い話だった。

 

撃破率が五割を超える。

同時に、膨大な小型の妨害をかいくぐりながら、撃破に持ち込めるようにもなって来ていた。

一番厳しい戦況での戦いを想定して、シミュレーションマシンの戦況をくみ上げて欲しい。

これは姉に対して注文したことだ。

今までの四度の対中型で、いつも戦況は予想の最悪を超えてきていた。

楽観は敵というのは兵士が必ず教わることだ。

勿論客観が大事なのであって、敵を過大評価するのもまた同じように危険視しなければならないことでもあるのだが。

それはそれとして、これくらい厳しい状況を想定して。

なお戦えるようにしなければならない。

ストライプタイガーも厳しい相手だ。海の王者であるイエローサーペントや、空の王者であるブライトイーグルにも勝るとも劣らない相手である。

それに、だ。

今まで交戦経験がない中型が、戦場に乱入してくる可能性だってある。

シャドウだってバカではない。

それくらいやってきてもおかしくは無いのだから。

黙々と訓練を続けて行く。

コツは掴んで来たが、まだ再現性はない。なんとか己の本能と職人芸で、ストライプタイガーと戦えているだけだ。

それも本番ではどうなるか分からない。

とにかくあらゆる動きを想定しながら、本番でも斃せるようにしていくしかない。

休憩を入れると、三池さんが提案してくる。もう一つ、シミュレーションマシンが出来ていた。

「今までの傾向からして、多分出来ると思うけれど。 イエローサーペントを立て続けに斃せるように、シミュレーションをしておいてくれますか」

「分かりました。 後でそれをちょっとやっておきます」

「お願いします」

横になって休む。

頭から煙が出そうなくらい疲れているが、まだまだ。とにかく無言で休んで、それで今度はイエローサーペント戦の訓練をする。

こっちは久しぶりだ。

潜水艦での無音での戦い。

そして、凶悪化したドリルであっても、「一定時間」「超高熱を当てる」というシャドウに効く攻撃が限られている以上。

どうしても一定時間、シャドウに組み付かなければならない。

ただ、このあいだのビームのノウハウがある。

完全にドリルを叩き込んだ後は、イエローサーペントから離れて、後は自滅を待つ形でいいようだ。

ドリルも一度打ち込んだ後は、外れるようになっている。

そういう意味で、少しずつ装備はどれもこれも進歩し続けている。

それは好ましいと思う。

シミュレーション内では、更に精度が上がったイエローサーペントを相手にしても、最初から百戦百勝出来た。

勿論シミュレーション内での戦績だ。実戦ではどうなるか分からない。

ただ、気晴らしにはなった。

対ストライプタイガー戦に戻る。三池さんが、険しい顔で上役らしい相手と、携帯端末でやりあっているのが聞こえた。

やはり急げ急げと促されているようである。

はっきりいってこの状況で戦端を切ったら、確定で前の戦い以上の被害が出るだろう。今の5000万しか人間がいない状態で、湯水のように兵士を消費することなど出来ない。

昔の愚かしい会社経営者は、代わりは幾らでもいるという寝言を大まじめに口にして、人材を使い潰して小金に変えていたようだが。

今の時代は、誰でも必要だ。

そんな寝言が通じる時代は、とっくに終わっている。

出来れば犠牲0での勝利を目指したい。

それが菜々美としても本音である。

広瀬大将もそれは同じだろう。

だから、最悪の状況に、常に備えなければならないのだ。

とにかく、時間稼ぎは任せる。その間に、少しでもストライプタイガーを確実に斃せるように、訓練を続ける。

勝率六割を超えた。

更に三日の間に、七割に届いた。

これは菜々美の操縦技量が上がっている事もあるが。それ以上に姉の組んでいる支援システムが更に洗練されているということだ。

実際問題、最初あった独特の慣性がなくなってきている。

更に相手の動きの予測がやりやすくなり。

それもあって、当てやすくなってきていた。

ストライプタイガーの僅かな動きから、相手がどう動くか、少しずつ分かるようになってきている。

時速500qなんてのは、本来人間が対応できる速度ではないし。

それを元に考えると、ストライプタイガーは生身で戦う相手ではない。菜々美でもそれは同じ。

生身では絶対に戦ってはいけない相手だ。

だが、それでも。

姉は戦えるように土俵を整えつつある。

後は菜々美が、それに答えるだけである。

勝率八割を超えてから、伸び悩み始めた。これが限界だろうかと、ちょっと思うが。だが、実戦でそんな事は言っていられまい。

ともかく99%を達成する。

そこまで、必死に訓練をする。

少しずつ、知恵熱も出なくなってきた。

それだけストライプタイガーの速さに、動きに慣れてきたと言う事だろう。

幸いと言うべきか、ストライプタイガーは物理を無視したような動きはしない。風圧を無視している節はあるが、それは何かしらのシャドウが保有している特殊能力なのかも知れない。

伸び悩んだが。

それでも幾つか改善点を提案しつつ、宿舎に。何も喋る気力もないが。それでも翌日にはシミュレーションマシンに潜る。

菜々美がやらなければ誰も出来ないのだ。

だから、最後まで、己を絞り尽くす。

それで勝利に一ミリでも近付く。

モチベーションは己の中からわき上がらせる。これもまだ自分が若いから出来る事だと、菜々美は分かっている。

恐らく命を燃やしているから、寿命を前借りしているのだろうとも思っている。

それでもどうにかする。

それが菜々美のありかたであり。

シャドウを斃せる第一の剣としての生き方だ。

ついに勝率が九割を超えた。

これを維持しつつ、更に伸ばす。そうしているうちに、また年を一つ取っていた。

キャノンレオンを最初に斃してから、一年が経過した。

当然というべきか。

まだまだ、シャドウに対して、人間は優位のゆの字も確保できて等はいなかった。

 

3、紫電一閃

 

休憩を入れてから、司令部に出る。

超世王の斬魔剣装備バージョンは完成していた。四つ足のバランサーが40式の左右から出ている奇っ怪な姿だが。

今まで斬魔剣を射出するべく使っていたレッカー車を改造した長大な後部パーツは、外されている。

無くなったわけではない。

あくまで必要な状況になったらくみ上げる。

そういう形になっているのだ。

スーパーロボットは様々なパーツを合体して、様々な状況に対応するのだと、姉は嬉しそうに説明していたっけ。

まあ確かに、スーパーロボットアニメでは、合体シーンは作品の花の一つであり。合体シーンには膨大な愛と労力が組み込まれているのがよく分かった。

深呼吸。

それから、司令部での会議に参加する。

淡路島の拠点は既に完成。

また、仮設の橋が淡路島、四国にそれぞれ伸びており、撤退、展開はそれぞれ迅速に出来るそうだ。

それだけやってくれただけでも充分と言える。

流石にランスタートル二体が睨みを利かせている京都方面に出る勇気は司令部にもないのだろう。

或いは、天津原辺りが、広瀬大将からの突き上げを受けて、無理だと必死に周囲を説得した(或いは土下座した)のかも知れないが。

作戦が説明される。

今まで50回を超えるスカウトでの偵察が行われ、確認されているだけでも幾つか分かった事があるという。

ストライプタイガーが確定でいる。

小型種はストライプタイガーの直衛のように動いているが、ランスタートルの時ほど統率が取れていない。

ただし数は相応にいるため、絶対に油断はできないとも広瀬大将はいうのだった。

各国のお偉いさんも参加しているようだが。

彼等は何も言わない。

少し前に最強硬派のあのアホがイエローサーペントに部下もろともまとめて沈められて、シャドウの怖さを思い出したから、かも知れない。

まあそれで、少しは黙ってくれていればいいのだが。

「現在まともに動けるのは第二師団のみ。 まずはストライプタイガーと、周辺の小型種を始末します。 それで様子を見ながらスカウトを出し、出来るようであれば孤立集落を救出します」

「九州への打通は可能かね」

「やってみないとなんとも言えません」

「そんな不確実なことでは困る!」

喚くどっかの国の代表。

明らかに声に恐怖がにじんでいた。

だからといって、その「お気持ち」にこっちが寄り添ってやる必要はない。

というか、お気持ちのために兵士達の命を危険にさらしてたまるか。

広瀬大将は、幸い突っぱねてくれた。

「四国はただでさえ山間部が多く、光学探知でシャドウの数を計りきれません。 更に中型が潜んでいた場合は、はっきりいって対処は不可能でしょうね」

「今回は膨大な資源と予算を投じている! それでは困るんだがね!」

「何度も説明していますが、シャドウに対しての戦闘では何が起きるか分かりません。 今までの四度の勝利でもそうでした。 いい加減それを学習していただかないと」

「……!」

何か顔を真っ赤にしてわめき散らそうとしたそのどっかの国の代表だが。

北米の「大統領」が咳払いしていた。

もう最大国家の頭領ではないが。

それでも、発言権はある。

「海兵隊を貸しだそう。 ファーマー大佐がいなくなって、それで少しは言う事を聞きやすいだろう」

「有難うございます。 出来るだけ活用します」

「うむ……」

会議が終わる。

さて、今回は第二師団だけか。ちなみに広瀬大将が軍団長に出世してから、第二師団の師団長には、金原という元連隊長が就任した。

陰険だと噂されている市川参謀長は、そのまま軍団参謀長になったらしい。

まあそれでいいのだろう。

あの人はなんというか、参謀には向いていても、指揮官には向いていないと菜々美も思う。

会議室から出て行く人達を見送りながら、広瀬大将が話しかけてくる。

「できる限り偵察はしましたが、イエローサーペントを倒す余裕が無い場合は、即座に撤収を行います。 九州にブライトイーグルがいることは分かっていますので、イエローサーペントと無理に戦うのはリスクが大きすぎる」

「了解です。 それにしても第二師団だけで大丈夫ですか」

「一応心強いことに海兵隊も来てくれます。 どうにかします」

心強いが明らかに皮肉混じりなのは仕方が無い。

あれだけ色々やらかした集団である。

それこそどんな風な逆恨みからの行動をしてくるか分からない。ただ新しい司令官は、螺旋穿孔砲をきちんと兵士達に訓練させていて。対シャドウの戦闘で役立てるようにしているようだが。

すぐに出る。

無骨な橋を渡って、第二師団が四国へ移動を開始。今回は、超世王は最前衛だ。超世王は巨大なロボットアームを本来40式の砲塔がある部分から生やしていて、それに対魔剣がくくりつけられている。

極めて不格好だが。

だが、使いこなす自信はあった。

訓練の結果、最悪の状態でもストライプタイガー相手に勝率99%をついに達成したのである。

勿論それで満足すべきでは無いのかも知れないが。

ベストの状態であれば勝てる。

そして今の状態はベストだ。

後は、ストライプタイガーの今まで観測されていない動きがなければ、勝てるだろうが。それもまずは、やってみないと何とも言えない。

深呼吸。

それから、最前衛のまま進む。

見ると、40式は少なく、ジープに乗った狙撃兵大隊の割合が多いようだ。

相手の動きを多少阻害するだけの戦車砲よりも、螺旋穿孔砲の方がいいというわけか。

歩兵戦闘車が展開するが、ちょっと普段と違う。

ヒヒイロカネなんとか装甲を前面に展開しているだけではない。陣地前衛に、幾つも設置している。

なるほど、接近されたら戦車でも歩兵戦闘車でもどうせ同じ。

特にシルバースネークの毒攻撃は、一撃だけ防げればいい。

だったら戦国時代に使われていたような置き盾でかまわないというわけか。なんだか時代が逆行しているようにも見えるが、逆だ。

相手が変われば戦術も変わる。

何度かの戦闘で、広瀬大将がドクトリンを切り替えたのだろう。

それは合理的な判断であると言える。

小型種がこっちを見ている。

仕掛けて来る気になったらしい。

まずは、試し切りがいるな。

そう思っていると、ばっとブラックウルフが集団で此方に向かって来始めた。それを皮切りに、小型種が来る。

「各狙撃大隊、対応。 敵の接近を防いでください」

「狙撃大隊、効力射開始!」

「制圧射撃! 撃て!」

螺旋穿孔砲の装備率が更に上がっているようだ。その習熟率も。次々にブラックウルフが撃ち倒され、消えていく。また、シルバースネークも毒液の射程に入る前に、次々仕留められていく。

射撃を終えると、即座に兵士が交代して前衛に出て、代わりに射撃。弾丸装填に一分かかる螺旋穿孔砲の明確な弱点を、伝承に残る三段撃ち(実際には無かったらしいが)のようにして補うわけだ。

凄まじい火線に、小型が次々なぎ倒される。

今の時点では、一体も前線にたどり着けていない。

更に歩兵戦闘車も、設置されているオートキャノンとしての螺旋穿孔砲で小型を撃ち抜き続けている。

これはオートキャノンとして姉が改良したもので、基本的には携行式の対物ライフルである螺旋穿孔砲と変わらないらしいのだが。自動で小型シャドウを狙い、それで撃ち抜いてくれる。

戦車に乗せるには火力不足だが、歩兵戦闘車に乗せる制圧火器としては申し分がない。

また歩兵が持つものより大きいのは、放熱機構を巨大化させている事で、これによってより効果的に放熱が出来る。

このため、歩兵用のものでは一分ほど弾丸の再装填に時間が掛かるのだが。こっちはなんと48秒で弾丸の再装填が出来る。

あんまり変わらないような気もするが。

まあ、ないよりはある方がずっと良いし。

今まで戦車にしても歩兵戦闘車にしても、140ミリ滑空砲であろうが150ミリ滑空砲だろうがシャドウには足止めにしかならなかった事実を考えると。

きちんと相手を斃せる兵器を搭載するのは良い事なのだろう。

敢えてブラックウルフを通させる。

一体向かってくる其奴を、訓練通りに斬魔剣で一閃。

この斬魔剣は、投擲していた前のバージョンと違い、装備している巨大で複雑でごっついロボットアームを用いて、文字通り振るうのである。

やっと剣らしい使い方が出来るようになった。

小型は螺旋穿孔砲で斃せる。これは倒すのに必要とする熱量が中型とは比較にならない程少ないから。当て続ける必要がある時間も。つまり斬魔剣を直撃させれば、小型であれば一閃できるのだ。相手があくまで小型であれば。

振り抜いた先で、ブラックウルフが消し飛ぶのを見て、兵士達が歓声を上げていた。

「すげえ!」

「あの剣、ミサイルみたいに使うだけじゃなくて、ちゃんと剣としても機能するんだな!」

「よっしゃ、気合が入ってきた! 撃て撃て撃てっ!」

兵士達の士気があがるが。

まだまだこれからだ。

続けて、二体。敢えて通させる。試し切りはどんどんやっておかなければならない。

今度は左右から、同時に襲いかかってくるが。それを少し下がることで、敢えて左右の接触のタイミングを変える。

それには足が役立つ。

そうして、右左と、立て続けにブラックウルフを斬り伏せる。

完璧。

二体とも、一瞬にして砕け散る。わっとまた喚声が上がっていた。

次、シルバースネークと行きたいが。あれはちょっと相性が悪いか。

ちなみに従来型の斬魔剣は、中衛に控えている。あれらは、キャノンレオンが現れたり、ブライトイーグルが出現した時対策だ。

ジャスティスビームについては現在まだ改良中。

ブライトイーグルはそれほど積極的に攻勢を掛けてこず、他の中型がいるばあいはその護衛を優先する。

この習性は分かっているので、近付かないように斬魔剣を投擲するための車両が必要にもなる。

既にキャノンレオンを倒した実績がある呉美中尉が乗っているようなので、安心感がある。

さて、そろそろか。

前線は進めない。

広瀬大将の指揮は徹底していて、絶対に勝ちに奢って前進するようなことは許さない。

前回の戦いで、左腕を失いつつも最後まで指揮を取り。勝利をもぎ取ったと言う事で、軍神扱いされている広瀬大将の指示には、誰もが従うようになっている。指揮はしやすくなったと、遠い目で広瀬大将が愚痴っていたが、気持ちはわかる。

まあ、それで兵士達が無駄死にしなくてもいいのは良い事だ。

小型種1000近くを倒した頃だろうか。

予想通り、のっそりと姿を見せる姿があった。

中型種。

ストライプタイガーである。

即座に広瀬大将が指示を出す。

「小型種の掃討に集中! 超世王セイバージャッジメントに小型種を可能な限り近づけないように!」

「イエッサ!」

「イエスガデス!」

ガデス?

なんだろうと思ったが、コンソールに翻訳が出る。女神らしい。流石にげんなりする。広瀬大将もげんなりしているだろうが、今はともかく、勝つ事だ。

敢えて前衛に、それも陣地よりも更に前に出てくる超世王に、小型が群がってくる。それらを螺旋穿孔砲が次々撃ち抜くが、倒し切れない十数が一斉に襲いかかってくる。しかし、だ。

此方は時速500qオーバーで走り回る化け物相手に勝つ訓練を続けていたのだ。

もはや時速百数十キロなんてあくびが出る速度の小型シャドウなんて敵ではない。一番懸念しなければならないのはシルバースネークの毒吐きだが。それも狙撃大隊がそれぞれ優先して仕留めてくれている。

更にいえば。ロボットアームは調整に調整が重ねられ、そもそも対ストライプタイガーを想定しているものだ。

瞬く間に、小型数体を斬り伏せ、更に残りも叩き伏せる。

喚声が上がる。

だが、このまま上手く行ってくれるかどうか。

構えを取る。

時々突っかかって来る小型を斬り伏せながら、ストライプタイガーと対峙する。ストライプタイガーは身を伏せると、獲物に襲いかかる食肉目のような態勢になる。

そして、左右にジグザグでステップしながら、間合いを詰めて一気に躍りかかってきた。

タイガーとはいうが、姿は虎には似ていない。

キャノンレオンがライオンにはあまり似ていないのと同じ事だ。それが凄まじい勢いで間合いを詰めてくる。

螺旋穿孔砲は基本的にストライプタイガーを相手にしない。これは相手にしなくて良いと指示が飛んでいるからだ。

他の小型種も、シルバースネーク以外、超世王に近付くものは無視。ブラックウルフもクリーナーも全無視。それは全て超世王で斬り伏せる。

残像を作りそうな勢いで、ストライプタイガーが襲いかかってくる。小型と連携して、実に素晴らしい動きだ。敵ながらほれぼれする程である。

だが、関係無い。

態勢を崩し、ブラックウルフを斬り伏せた直後に、斜め後ろから襲いかかってくるストライプタイガー。

その爪は40式の装甲を紙屑みたいに切り裂く。

それどころか、地面にそれを切り裂いた上で、亀裂を作り出すほどの凄まじい代物だ。

だが、斬魔剣が動く。

貰った。

そう思った瞬間、なんとストライプタイガーが、空中で停止した。それどころか、空中でバックジャンプして、着地する。

なんだ今のは。

解析を急がせる。姉も戦況を見ていたようで、連絡を入れてくる。

「菜々美ちゃん。 今のに動揺しているかしら」

「当たり前だ。 何今の」

「解析したけれど、恐らくは体の一部を噴射して、ブースターとして使っていると見て良さそうね。 しかも質量攻撃が通用しないシャドウだし、再生力も高い。 即座に再生して、幾らでもブースターは使えるとみていいわ」

「……まずいな」

だとすると、空中からの攻撃に対して、必殺の間合いからの一撃を入れるのは無理に近い。

それだけじゃない。

ブースターを装備していると言う事は。更に加速してくる可能性が高くなった。

今までは、それを使う必要さえなかったということだ。

ゆっくり此方の周囲を伺って、移動するストライプタイガー。

後方では、通信が飛び交っている。

「海岸より敵! ブルーカイマンです! 相当数!」

「橋への攻撃も行われているようです!」

「排除を急いでください」

「くそっ! このままだと対イエローサーペント用の機体が!」

再び仕掛けて来る。やはりブースターで加速して来た。ごっと凄まじい音がする。地上を走りながら、音速を超えたのだ。しかもソニックブームが出ていない。イエローサーペントもそうだが。

シャドウはソニックブームを自在に操れるのだろうか。

此方の周囲を、凄まじい速度で回転するストライプタイガー。そういう絵本があったなと思い出すが、それどころじゃない。

仕掛けて来た。

対応が遅れる。

斬魔剣が擦る。それで相手は警戒して、ばっと離れる。奴の爪で一刀両断されるのは防いだが、冷や汗が流れる。相手に大したダメージは無い。高温のプラズマを纏っている斬魔剣だが、それでも一瞬では中型シャドウにはダメージを与えられないのだ。

相手は鉄壁に近く、こっちは一撃でも貰ったら終わりだ。それだけ凶悪な火力を持つ相手なのである。

再び仕掛けて来る。速すぎる。最悪の予想を想定したシミュレーションマシンでの訓練よりも更に速い。

支援プログラムが追いついていない。職人芸でどうにかするしかない。それでもかなり厳しいか。

また交錯。

装甲の一部が丸ごと吹っ飛ばされた。相手にも一撃を入れた。よし。装甲にダメージはあるが、少しずつあってきた。

立て続けに三合目。

更に加速して来た。ぐおんと、衝撃波みたいな風が車体を揺らす。これでも数十トンはあるんだが。

それでも、あわせる。

三合目でまたあわせられたのを悟ると、ストライプタイガーが飛び離れる。此方は。ダメージは、ある。

足の方にダメージが出ている。それはそうだ。こんな高速の相手とぶつかり合っているのである。

斬魔剣は音速の相手とやり合うことも想定しているから、斬魔剣は大丈夫だ。大丈夫なのは斬魔剣ではなくて車体の方。

いや、機体か。

ともかくセイバージャッジメントがこれではもたない。それに彼奴が第二師団の方へ行ったら、短時間で蹂躙され尽くされるのがおちだ。

次で、決める。

態勢を低くしながら、此方を伺いつつゆっくり移動するストライプタイガー。これは何か狙っているな。

機体に死角はない。

だが、接近してきたのは歩兵戦闘車だ。近付くとまずい。だが、近付いて来たのには意味があるはず。

一瞬、気が逸れたのはどちらも同じ。

対応してきたのは、ストライプタイガーが先。螺旋穿孔砲は見ていて知っているのだろう。だが、自分にはダメージを与えられない。そうと判断したと見て良い。直線的に来る。超世王の内部に菜々美がいて動かしているのは理解しているのだ。それを叩き潰しに。いや、違う。

ストライプタイガーの両足から、鋭い半透明の刃が生えている。あれは恐らく、爪を横に展開したものだ。

戦車を真っ二つに紙くずの様に切り裂く爪である。元々生物ではないし、どんな風に形状を変えられても不思議ではない。

だが、その程度だったら。

菜々美は動く。

歩兵戦闘車が発砲。狙ったのはストライプタイガーではない。激戦に集中していて、見逃していたシルバースネーク。歩兵戦闘車がそのまま移動しつつ、離れていくのが、まるでスローモーションのように見える中。

体を捻って斬りに来るストライプタイガー。接触でもさせたら、一瞬で超世王はバラバラだろう。

だが、菜々美は敢えて前に出る。

一瞬だったら斬られても問題ない。そう学習したストライプタイガーが、更に加速して来る。

それを、待っていたのだ。

今までの最大速度で、ブースターも噴かしながら、斬魔剣を振るう。

一刀両断とはならない。

だが、完全に直撃した。

超高熱のプラズマは、シャドウに明確なダメージを与える唯一のもの。それは足止めにもなる。

それを受けて、一瞬だけ動きが止まったストライプタイガーを巻き込むようにして、斬魔剣を動かす。

そう、斬るのではない。

こうやって巻き込んで、捻って地面に叩き付けるのが目的だ。そして、そのまま、地面に押しつけながら斬る。

凄まじい悲鳴を上げるストライプタイガー。明確に効いている。だが、足を動かして、刃を振るってくる。

それが、超世王の四本の支援用の足を、二本瞬く間に両断。更には、装甲の一部も抉りさり。

菜々美の顔の二ミリ先を掠めていた。

頭が真っ二つにされる所だった。

光が差し込むコックピットで、更に操作。足を失ったことで、地面に叩き付けられるが。それくらいのダメージは想定済。そのまま、地面に押しつけたストライプタイガーを斬魔剣を前後に動かして斬る。

悲鳴のような音は、シャドウにダメージが入っているときに必ず鳴る。後方で轟音。確かブルーカイマンが猛攻をかけてきていると言っていたか。橋が落とされたのかも知れない。だが、工兵がすぐに架ける。だからどうでもいい。

がくんと機体が崩れる。

また激しい衝撃で、体をシートに叩き付けられる。またストライプタイガーが足を振るって、残った足も切り裂かれたのである。完全に足を失った超世王はまんま無限軌道を失った戦車のように地面を叩き付けられる。いや、ようにというかそのままだ。それでもロボットアームは動く。

そして、ついにストライプタイガーの動きが止まり。

爆発していた。

思わず顔を覆う。ぐるんと天地が一回転した。至近距離での爆発。本来だったら耐えられただろうが、これは耐えられない。さっき切り裂かれたところは、補助用のシャッターが塞いだが。

機体そのものが吹っ飛ばされて、一回転。

そのまま天地逆に、つまりロボットアームを粉々に壊しながら、地面に直撃していた。ぐうと声が漏れる。

通信が入ってきた。

「畑中大佐! 無事ですか!?」

「無事じゃ無いけど生きています。 すぐに支援を……」

「了解です!」

ぐっと前線を押し上げてきたようだ。戦況は不安だが、今の時点でストライプタイガーだけが相手だったら、何とかなるはず。

ひっくり返った戦車なんか、普通だったら爆破処理するものだが。超世王の中には、コアシステムが組み込まれている。姉が作りあげた、今までのシャドウとの戦闘データの分析記録もそうだし、超世王の支援システムの中核でもある。

回収車が来たらしく、ひっくり返し直す。それでやっとハッチを内側から開けられる。擱座どころか一回転である。普通だったら内部に生存者はいない。姉が色々手を入れてくれたから生きている。それだけだ。

ハッチを開けて、外に出る。

周囲にジープ多数。まだ小型との戦闘をしているようだ。ブルーカイマンに今は集中攻撃して、退路の確保を急いでいるようだが。

このブルーカイマンの数、ちょっとまずいな。これでは海に超世王を入れられない。正確には対イエローサーペント用の潜水艦に、コアシステムを積み込んで出撃とはいけない。

すぐに車体を降りて、手当てを受ける。

ストライプタイガーがいた地点は、クレーターになっていて、何も残されていなかった。

これで生きていたのだから、良かったと思うべきだったのだろう。

彼方此方打ち身があるが、今はそれどころじゃない。

広瀬大将から連絡が来る。

「ブルーカイマンを現在排除しています。 それが終わり次第、すぐに海に行けますか」

「無理を言ってくれますね……」

「イエローサーペントが接近しています。 ブライトイーグルの直衛はなく、しかも一体だけです。 これを倒せば、少なくとも九州までの海路は安定します。 しばらくは四国の奥地への偵察は続行するとして、これでどうにかスポンサー達を納得させるしかありません」

「了解……っ」

広瀬大将も大変な立場だ。

菜々美は機体に格納されていた螺旋穿孔砲を取りだすと、ジープで前線に向かう。それで医師が白い目で見ている中、ブルーカイマンを排除する。動きは素早いが、正直シルバースネークよりも仕留めやすい。水陸両用という点では厄介だが、実の所海の中でこいつに襲われるケースは殆ど無く、沿岸部にしかいないと言われている。シルバースネークは遠距離攻撃もちの上、体が細長い上に動きがすばやいのでとにかく当てづらいのだ。

数体のブルーカイマンを仕留めながら、沿岸に。沿岸に展開しているブルーカイマンに対して、第二師団は奮戦している。被害もほぼゼロに抑え込んでいるようだ。だが、まだ予断は許さない。

もしも二体目のストライプタイガーが出た場合、第二師団は全滅確定だ。後方の橋も、まだ工兵が造れる状態じゃない。

超世王だって、ストライプタイガーを相手にして、もう戦える状態じゃない。冷や汗が流れる中。

敵の群れの中に、一瞬の空白が出来る。

火力を集中することで、ブルーカイマンの群れに疎密を作り出し、其処が空いたのである。

広瀬大将が、即座にそこへ対イエローサーペント用の潜水艦もとい超世王の海戦用機体を滑り込ませる。既に工兵が、コアシステムは移し済みだ。極めて危険な状態だが、イエローサーペントの射程に入ったら、完全に退路が終わる。そうなれば、第二師団は孤立。やがて補給すらままならなくなるだろう。

ブルーカイマンはやはり周囲の光学探知をする限り、ごく浅い水面近くにしかいないようである。

全身酷く痛いが、ともかく海底に超世王を潜り込ませる。それを邪魔しようとしたブルーカイマンが、悉く撃ち抜かれるのが分かった。

通信が途切れがちだ。

ブルーカイマンも群れになるとEMPに近い能力を発揮できるのかも知れない。つくづく厄介だ。海中からは、淡路島からの橋が、海中で破壊されている様子が見える。とても二m程度のシャドウが、群れとはいえやったとはとても思えなかった。

集中。

体中痛いが、此処からは音を出すことさえ許されない。

姉は相当な改良を加えてくれていて、超世王が水中で音も無く加速する。此方に向かってきているイエローサーペントは、やはり橋を狙っていると見て良い。奴が居座ったら、揚陸艇が来ても片っ端から落とされるだけ。

空路による補給なんて手段は、とっくの昔に無力化されている。各国では使い物にならない空軍を埃を被らせて眠らせてしまっていて。この国でも多少のヘリボーン作戦くらいは出来るが、師団規模の輸送なんてとてもではないが無理だ。

海底近くを這うようにして移動する。

イエローサーペントが高速で此方に迫っている。既に瀬戸内海に入り込んだようだ。急ぐ。

後方では、ブルーカイマンをほぼ排除したが、その代わり陸上の小型シャドウが猛攻に出ているようである。

だが。

このタイミングで中型が出て来ていないと言う事は、連携が取れていないか、四国に中型はもういないか。

後者は楽観が過ぎる。

恐らく前者だろうが、それでも大好機だ。

急ぐ。

加速して、更にイエローサーペントとの距離を詰める。

イエローサーペントは此方に気付いていないが、もしも気付いたら警戒している筈だ。警告。

連絡が来る。

イエローサーペントが、周りに泡みたいなのを発し続けているようだ。海中でのソニックブーム展開は奴の十八番。だとすると、今まで倒された二体の情報を得て、接近を警戒する何かの手段を用いているのかも知れない。

だが、こっちも装備を進化させている。

姉は改良の末に、なんたらドリルを強化。恐らくは、接触は一瞬だけで大丈夫の筈だ。

よし、浮上。

相手の相対速度と考えて、丁度このまま浮上すれば、接触できる。

此方に爆速で迫ってきているイエローサーペントだが、やはり奴が使っている探知手段は音だ。

あの泡は、単純な接近の探知だと見て良い。

そのまま加速して、相手への距離を詰める。300、200、100。そして50を切った所で、イエローサーペントがこっちに気付く。

だが、その瞬間。

相手に組み付いていた。

展開した前面部には、前回の倍のドリルがついている。

そして、前回の課題。

そのまま相手に組み付いたまま、高出力プラズマを海中での格闘戦で流し込むのはリスクが大きすぎる。

そのため、このドリルはユニット化されているのだ。

相手に組み付き、ドリルを叩き込んだ後。ユニット化したドリルを切り離す。贅沢な使い方だが。

このユニット化したパーツは、動力炉を内蔵しており、プラズマを相手に流し込み続ける。少なくとも致命量。

そして超世王はユニットを切り離した後は、潜行するだけでいい。

対策をしていたようだが、こっちが上回った。

凄まじい勢いで体を回転させ、更にはソニックブームを放って暴れているイエローサーペントだが。

それもこっちが離れてしまえば、超世王にダメージは無い。

流石に長距離から魚雷のように発射して、それで相手に着弾させるのは厳しい。相手にはブライトイーグルの直衛がつく事も多いし。何よりも細かいトラブルに対応できないからだ。

だが、それでも。

海底に貼り付く。

海面近くで、体をドリルで抉られて、凄まじい悲鳴を上げているイエローサーペントが、千切れようとしている。

そして、ほどなく。

爆発していた。

凄まじい衝撃波に揺らされる。

ぐっと呻いた。

がたがたと機体が揺れる。前に振り回されたときほどでは無いが、こっちはストライプタイガーとの死闘の直後である。勘弁して欲しいとぼやきたくなるが。二体目のイエローサーペントや他の中型海棲シャドウでも来たら詰み確定だ。だから、黙って痛みに耐えるしかない。

爆発が収まる。

ようやく、それで一息つけた。

「ブルーカイマン排除完了! 各自前面の陸上小型種を排除しつつ撤退準備!」

「イエッサ!」

「イエスガデス!」

「……工兵部隊は架橋開始。 撤退の準備を急いでください」

どうやら、勝てそうだ。

海底を這うようにして移動しながら、味方への合流を急ぐ。四国の打通はならなかったが、それでもこれでまた一種、中型シャドウを倒す事に成功した。ただ、課題も多い。ストライプタイガーはとても倒しづらい相手だ。姉が改良を入れてくれるとは思うが、このままの超世王では次も勝てるとはとても思えなかった。

キャノンレオンも確認されているだけでもまだ二十体以上は日本にいる。これは実際には倍以上はいるとみていい。

ストライプタイガーも恐らくは同じくらいはいる筈だ。

これらを倒しながら、安全圏を拡げるというのは。

とても大変な事だと、菜々美は今から、憂鬱な気分になるのだった。

 

4、打通はまだ遠くとも

 

どうにか淡路島の基地に帰還すると、すぐに有無を言わさず救急車に詰め込まれて、病院に菜々美は送られた。

まあ、それはそうだろうな。

医師も絶対反対という顔をしていたし。

それで散々手当てを受けて、一週間は絶対安静と言われた。

まあ、それで済んだのだから易い話だろう。

今回の戦闘では、工兵部隊や第二師団とともに展開していた海兵隊も併せて、四十名ほどの被害が出たようだ。

被害は小さいが、それでも無視出来る被害ではない。

病室で会見を見るが。

会見の場で、広瀬大将は、薄氷の勝利であった事を強調していた。

「ストライプタイガーが畑中大佐によって倒されなければ第二師団は確定で全滅していました。 また海路には、容易にイエローサーペントが新入してくる事もまた今回証明されています。 まだ我々は勝ちには程遠い。 イエローサーペントを倒す事が出来たというのも畑中大佐による名人芸に過ぎず、今後超世王セイバージャッジメントの機体を改良し、いずれの再戦に備えなければならないでしょう」

全くその通りだ。

ちなみにあの後中型種が姿を見せることはなく。

橋を復旧して、第二師団は淡路島に撤退。補給と整備を行いながら、スカウトが四国の調査に戻ったようである。

しばしゆっくりする。

医師に色々言われたが、回復力は年齢相応で、まあ遠くない未来には軍に復帰できるそうだ。

ただし、このまま無理をすると長くは生きられないぞと念押しされた。

それはそうだろう。

これは体内に病巣があるとかそういう話ではなく、あまりにも任務が危険すぎるという意味だ。

今回だって、苦し紛れにストライプタイガーが振るった爪がちょっとでもずれていたら、頭が吹っ飛ぶか、体が真っ二つになっていただろう。奴の爪は、姉が改良を続けているヒヒイロカネなんとか装甲ですら問題にさえしていなかった。

今後他の中型種と戦闘するとなると。

それくらいの事はやってくる相手と、何度も戦闘をしなければならなくなってくる。

正直、洒落になっていないと言えた。

さて、しばらく休んでいると。

今回は結局キャノンレオン対策で、ずっと廉価型の斬魔剣搭載40式で前線にいた呉美中尉からメールが来ていた。

話によると、今回の戦闘の成果を見て、斬魔剣には更に改良を加えるらしく。

呉美中尉の乗っている40式にも、ロボットアームをつけるそうだ。

ただ菜々美の真似はとても出来そうにないと呉美中尉は謙遜もしていた。

実の所菜々美も、二度彼奴に、ストライプタイガーに勝てる自信はないのだが。それは黙っておく。

今回はストライプタイガーはともかく、イエローサーペント相手には圧勝を決める事ができた。

ユニット化したなんとかドリルも、完全破壊はされず、現在工兵が回収を行っているそうである。

倒すまでに掛かった時間も、前回の二度の戦闘よりもだいぶ短縮できているらしい。

次は琵琶湖にいる個体を潰す作戦を行うだろうということだが。

それについても、菜々美はまあ参加しなければならないだろうなとは思う。

体を治したら、また訓練だ。

訓練はさぼると三倍取り戻すのに時間が掛かると言われている。それは何も武術だけの話ではない。

戦闘に関連する大概のことがそうだ。

ため息をつく。

しばらくは戦闘だけで人生が終わりそうだ。

世の中には、ずっと戦闘だけをして人生を送った英雄もいる。十代の頃から戦闘で指揮を取り。その殆どで勝利した上杉謙信などは典型例だ。

そういう英雄と菜々美は違う。

少なくとも菜々美はそう自分を評している。

自分を天才などと考えていたら。

今までの戦いでは、絶対勝てなかった。

これは客観的な事実だ。

だから、そう今後も考えるつもりではあった。

黙々と、回復に努める。

姉が、嬉しそうに次の改良案を送ってきた。足の次は腕をどうにかするつもりらしい。だが、今回は足が生えたと喜んでいた姉だが。どんなに良く評価しても、極めて不気味な異形ロボットでしかなかったし。スーパーロボット作品の主役ロボなんかでは断じて無く、一話で負ける敵ロボか、下手をすると妖怪ではないかとさえ思える程だった。

これがもしも姉が大喜びするような、顔とかついている人型のスーパーロボットになるとしたら。

それもシャドウを次々と斃せるような実用性を備えるとしたら。

それはずっとずっと先の話になる筈だ。

菜々美はその時にはお婆さんかもしれない。

そもそもそういったロボがいた所で、シャドウを地球から駆逐出来るとは思えない。陸海空全てを含め、億単位でいるシャドウを、今は軍と連携して少しずつ斃すのが精一杯なのだから。

嘆息。

SNSでも見る。

相変わらず広瀬大将と菜々美は滅茶苦茶熱狂されている。

ストライプタイガーを斃した時の映像が一部公開されているが、斬魔剣で巻き込みながら奴を地面に叩き込んだ画像は6億再生されているようだ。

こんなもんに熱狂するなら。

少しでも勝つための努力に協力して欲しい。

軍に入ってくれとはいわない。

神戸の治安は決して良いとはいえない。

治安の悪化を防ぎ。

少しでも軍が無駄に動かなくていい状況を作って欲しいとだけ思う。

警察はどうしても今の時代、治安維持ロボットに頼らざるを得ず。どうしても悪事を働く奴は好き勝手をするのだ。

こんな時代でも、である。

菜々美は嘆息すると、昼寝する事にする。

今はストレスをため込むのではなく。

少しでも休むのが、菜々美の仕事なのだから。

 

(続)