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炸裂正義のビーム
序、ビームとは
ビームとは何か。それは元々、何かしらの流れを意味する言葉である。基本的に一定方向に何かが流れていればそれはビームとなる。要するにホースを持って水を撒いているとき。その水はビームになるし。
川はそのまま水がビームとなっているのである。
そういうものだ。
アニメや特撮などで何とかビームというものはよく見られるが、それは何かしらのものを一定方向に放っているということであり。
ビームという何か特別なものは存在しない。
電磁ビームだったら電磁波を一定量一定方向に放っている訳だし。
熱ビームだったら、熱を投射していることになる。
そういうものなのだ。
説明を軽くすると、畑中博士は、プレゼンでぐったりしているGDFの要人達に、にんまりと笑った。
「今まで人類が使って来たビーム兵器には幾つかありますが、レーザーなどはその典型でしょうね。 高出力の光を放って、相手に熱でのダメージを与える。 文字通りレーザービームと言う訳です。 ただ、レーザーは残念ながらシャドウには通じないことが分かっています」
シャドウとの戦いの前。
主にミサイル迎撃などのために、レーザー兵器は既に実用化されていた。極超音速で飛来するミサイル相手には、同じくミサイルを飛ばすか、光速で高熱を届けられるレーザーが有効だったからである。
ただレーザーには弱点がある。
距離が離れれば離れるほど減衰が激しいし。
更に悪天候の影響をもろにうけるのだ。
そういう事もあって、レーザーは必ずしも万能の兵器ではなかったし。更に言えば、シャドウにも通じなかった。
シャドウに通じなかった理由は、熱が足りなかったからだと畑中博士は解説する。
今までシャドウを倒して来た……中型以上に関する話ではあるが。シャドウを斃せた高圧プラズマは、それぞれ数十万度に達するもので、これを数秒以上シャドウに押しつける事で、やっと致命打を与えられた。
物理的な衝撃は無意味だ。
実際問題、ランスタートルなどはマッハ12で本体ごと突撃をして、それで無事な様子が確認されている。
戦艦などの超大質量を直接叩き付けたところで、シャドウには効果がないのである。
少なくとも、今まではそうだった。
「それならば、今まで以上の出力のレーザー兵器はどうなのかね。 確か車両に搭載できるレーザー兵器でも、ミサイルに対する破壊力は有していると言う実戦での結果は出ていた筈だが……」
「そ、そうだな。 なんとか王に搭載するほどの大型レーザー兵器であれば、安全に遠距離から相手を焼き払えるのではないのかね」
「残念ながら、それには今までは無理がありました」
要人達に、畑中博士は説明をする。
まず問題となるのが、出力の確保だ。
シャドウを斃すためのレーザー兵器は、点による熱破壊ではなく、面による熱破壊が必要になるが。
その超高温を発射する出力となると、原子炉クラスが必要になってくると畑中博士は説明した。
軽く計算式について説明するが、いずれにしても対ミサイル用のレーザー兵器などでは話にもならないという。
ちょっとやそっとそれを増強したところで、結果は同じだそうだ。
「原子炉と言っても、此処で必要になるのは核融合炉です。 核分裂炉はそもそも出力が足りませんね。 更に言えば、核融合炉は残念ながらシャドウが来る前に実用化が完成していません」
此処で言う実用化というのは、車両積載が可能なサイズの核融合炉についての話である。まあ、そういうものだ。
幾つかあった核融合炉は、いずれもがシャドウに破壊され尽くしている。
現在日本での神戸などの動力に関しては、小型の核分裂炉を使っている状況なのだが。これについても、核廃棄物の問題が深刻で。シャドウを刺激するのではないかと、常に使っている者達は戦々恐々している状況ではあるが。
そもそも神戸が今までシャドウに襲われなかったのが不思議なくらいなのである。
何を今更、というところだろうか。
「というわけで、そもそも原子力空母に積んでいたような原子炉を、更に大型化するか、核融合炉を実用化しない限り、レーザーによるシャドウの撃破は現実的ではないかと思います。 しかしながら、此処に盲点があります」
「な、何かね」
「レーザーでなくても、超高熱は作り出せると言う事です」
方法としては粒子加速器が有名だ。
質量が重い分子を粒子加速器で加速して衝突させる。それによってビッグバン直後の宇宙に近い状態を作り出して、超高熱を作り出す……のだが。
コレには問題がある。
そもそもとして、瞬きをする時間にすら届かない程の時間しか、超高熱を維持できないのである。
他にも陽電子と電子をぶつけて純エネルギー化するなどの手もあるにはあるのだが。
これらは基本的に途方もない放射線を出す上に、そもそもとして制御出来るような代物ではない。
陽電子は精製が可能だが、それも短時間特定環境下で精製出来るだけ。
まあシャドウが現れなければその技術も進歩していたかも知れないが。残念ながら、シャドウが現れなかった場合、人間はとっくに核戦争で破滅していたという説まであるという。
どうなっていたかは、正直分からない。
幾つかの説を説明した後、畑中博士は、教鞭を執る教師さながらに言う。
「これらはあまり現実的ではありませんが、一つだけ方法があります」
「き、聞かせてくれ」
「こうします」
そうして、またしても訳が分からない絵が提示される。誰にも理解出来ないその絵を、畑中博士は実に分かりやすい図だと自画自賛。
そして凍り付いている皆に、咳払いしてから説明をしていた。
「次に相手にするのは飛翔種。 今まで戦闘データをもっとも取れているにもかかわらず、倒す事がかなわなかった相手です。 質量弾、レーザー兵器、化学兵器、いずれもが一切効果がありません。 で、す、が! この戦術を用いれば、ついに倒す事が可能となるでしょう」
「……」
「この兵器を超世王セイバージャッジメントに搭載します。 今回の勝率は、84%というところですね」
そう、畑中博士は締めくくっていた。
プレゼンを終え、予算を確保した畑中博士が、うきうきで要人達のいた部屋から出てくる。
助手である三池は、その様子をしらけた目で見ていた。
「また大暴れをなさっていたようですが」
「ふふん、次もあの子が勝つための膳立てよ。 そして飛翔種の撃破によって、シャドウ対策は一気に加速する事になるわ」
「確かに理論的には中型を斃せる事は分かっています。 しかし中型複数が相手になると、毎回畑中中佐ですら苦戦しています」
「なんとか不確定要素を減らさないとねえ……」
それに関しては、畑中博士も考えているらしい。
三池は嘆息しつつ、とりあえず京都工場に向かう。これも位置が変わっていないので、実際には奈良県に存在するのだが、別にどうでも良い。
車の運転は三池がする。
これは畑中博士の運転が、極めてヤバイ代物だからである。事故は起こさないが、センスがない上に極めて乱暴なので、兎に角酔うのだ。
それもあって、運転は基本的に三池がするようにしている。
移動中、軽く話す。
「それにしても、あれをビームというのは色々と無理があるような気がしますが……」
「超世王セイバージャッジメントの必殺技、ついに解禁だからそれでいいの。 名付けてジャスティスビーム!」
「名前負けも著しいですね……」
「あの子に技名を叫ばせたいところだけど」
頼むから勘弁してやってくれ。
そう呟きながら、工場に到着。最近は小型シャドウの目撃例はほぼ存在しておらず、神戸から民間人を少しずつ遠出させても良いのでは無いのかという議論が出始めている。だが、まだまだ三池はそれには賛成できない。
キャノンレオンを倒してから、半年も経っていない。
今の時点で中型が人間に対して攻勢を掛けてくる場面には遭遇はしていないのだが、それもいつまで続くかどうか。
キャノンレオン二体、ランスタートル一体、そしてイエローサーペント二体。
これだけ中型が倒されて、平然としているものだろうか。
痛くも痒くもないと考えているのか。
或いはもっと全然違う理由でシャドウは攻め寄せてこないのか。それについてすら、まだ分かっていないのだ。
人間はシャドウに対して、なんの優位性も持っていないと判断して良いだろう。
それくらい、戦況は好転していないのだ。
工場の内部で、早速超世王を構築開始。今回もまた、擱座したり壊されたりした40式戦車の車体を用いる。これをベースに、コアとなっている支援用のブロックを組み込んで、仕上げていく。
本当に毎回作っているので、毎度別の機体としかいえないのだが。しかしながら、ある意味魂は毎回受け継がれているわけで。それはそれで、意味があるのかも知れない。
そして、である。
今回は、なんと足がつく。
ただし二足歩行するわけではなく、無限軌道に並ぶようにして、三対の足がつくのである。
これは作戦上必要な役割も果たすのだが。
シャドウとの戦いの前、小型のロボットくらいだったら、歩行は過不足無く可能になっていたという話がある。
畑中博士にしてみれば。
当時の技術を解析して、更にブラッシュアップすることくらいは簡単なのかも知れない。
言動は0点でも、間違いなく天才なのだ。少なくとも、この人がいなければ、未だに中型は一体も斃せていなかっただろう。
だから三池は淡々と手伝う。
他に助手でやっていける人だっていない。
人口が減りに減った時代だ。
今は、誰かが無理をしなければ人間は滅んでしまうのである。
「今回もワイヤーを使うんですね」
「こればっかりは仕方が無い」
「まあ、それはそうでしょう。 海底に不法投棄されていた物資が悉く消え果てているのはそれほそれで不可解ではありますが」
「場合によってはそれらも再利用できたのだろうけれどね」
連絡が来る。
どうやら前回の戦闘の際につかわれた、超世王の前のボディが回収されたらしい。勿論これから再利用する。
今は物資は少しでも必要なのだ。
工場に運び込まれてきた部品をくみ上げる。
連絡が来た。
広瀬中将からだった。
畑中博士にそのままつなぐ。
「此方第二師団。 次の戦闘の準備を開始しています。 此方で何かしら支援することはありますか」
「いつも良くして貰っているので大丈夫ですよ。 それはそうとして、ブライトイーグルのデータはどれくらい取れましたか」
「いえ、全く。 とにかくあらゆる戦術が通じないと分かっただけです」
「……」
まあ、そうだろうな。
シャドウ全般がそうだが、そもそも人間が蓄積してきた戦争の知識は、あくまで同胞を如何にして殺すかのものだ。
シャドウという明らかに生物を逸脱した相手が現れたとき、一万年の歴史から蓄積されたノウハウは全て灰燼と帰した。
そればかりは、どうしようもない。
そして人間は、再起するには数を減らしすぎた。
今シャドウがいきなりすべていなくなっても、再起にはどれだけの時間と人員を費やす事か。
それすら分からない。
「現在戦術コンピュータに掛けていますが、まるで有効な戦術が見いだせない状態です。 超世王セイバージャッジメントには期待しています」
「了解です。 強いて言うのであれば、スウォーム攻撃の弾や、小型対策の狙撃大隊の育成を続けてください」
「分かりました。 此方でも戦闘の準備を続けます」
戦争は才能の分野だ。
どれだけの秀才でも、天才には絶対に勝てない。それが戦争というものだ。
広瀬中将はそういう意味ではしっかり勝てる条件を満たしている。ただし、それは人間が相手の場合。
相手がシャドウの場合は、どれだけそれも通じるか分からない。
淡々と図面を引いて、少しずつ部品を作らせる。
整備工は小首を傾げながら、旋盤を回し、或いは金型を使い。部品を作りあげていく。40式を完全に再生はさせない。
むしろ今回は、今まででもっとも激しい変化を加える事になるだろう。
淡々と作業をしていると、連絡が来る。
病院からだ。
畑中中佐が退院して、それでリハビリを始めているそうである。
イエローサーペント戦では酸欠気味になるまで頑張ってくれた。
今度は少しは負担を減らしたいが。それも厳しいか。
いずれにしても、空の王を倒す事が出来れば、少しは状態は変わるかも知れない。どれだけ進んだ戦闘機であろうと手も足も出ない相手。
畑中博士と。畑中中佐の連携に勝機を見いだすしかないのだ。
渡された図面を取り込んで、整備工達に渡す。皆に目を配って、疲弊が激しい人員は休ませる。
事故が起きると却って進捗が遅れる。
疲弊があると判断した場合は、休憩時間などを前倒しにする。
そういう気配りをする事が三池の仕事だ。それしか出来ることがない。だから徹底的にやる。
「この部品は用途がまったく分からないのですが……」
「私にも分かりません。 後で使うと思うので、何かしらの目印をつけて置いておいてください」
「いつもですね……」
「すみません。 頭の中で最終設計図まで畑中博士は作っているようなので。 私は凡人ですので、それしか言えません」
整備工は嘆息すると、作業に戻る。
夕方までしっかり作業をして、仮眠を取れるときに取る。作り始めが一番忙しい。思えば超世王の中核部品である戦術支援AIを納めたコアパーツを作る時もそうだった気がする。
淡々と作業を進めていく。
相変わらず凄まじい威力でキーボードを叩いている畑中博士。
その間、周囲に気を配る。連絡も来るが、三池で対応できるものは全てやってしまう。周囲の負担を少しでも減らす。
それが仕事だ。
しばしして、一段落が来た。そういうときに、手を叩いて皆を休憩させる。整備工達も慣れていて、休憩できるときに一斉に休む。
畑中博士はまだキーボードを叩いていて、その音だけが工場に響いていた。博士の近くにあるマットで、三池も休んでおく。
畑中博士も疲れると、電池が切れたように寝る。
その間も、皆は休めるが。とにかくエネルギッシュなので、その機会はそれほど多くは無い。
作業を進める。
戦闘は一瞬だ。いつも激しいやりとりをしているが、それでも数時間で確実に決着はつく。
畑中中佐の実力があっての結果ではあるのだが。
それでもその一瞬のために、数ヶ月でも準備をする。そうしなければ負けるから、である。
その上今回、畑中博士は勝率84%と口にした。
これは今まで聞いた対シャドウ戦での勝率で一番低い。これははっきり言ってあまりよろしくない数字だ。
だから、少なくとも戦闘が開始される前に。この確率を少しでも上げなければならないだろう。
さて、次は。食事の差し入れか。先に連絡を入れておく。食事の差し入れは士気が上がる。
こういった気配りは、案外出来ない人間が多い。
畑中博士は論外だし、此処にいるのは一芸特化型の者ばかりだ。だから、やらなければならないのである。
そうすることで少しでも作業効率が上がるなら。
休憩を時々意識的に入れる。自分だけではなく他人にも。
三池に出来るのはこれくらいしかない。
残念ながら畑中博士はリーダーシップを取れるような存在ではないのだから、こうするしかないのだ。
作業が進められる。
足についても、今回はどう使うのか、今の時点では説明はしてくれてはいないが。役に立つのだろう事は、ランスタートルとの戦いの事を思い出しても理解は出来る。それでいいのである。
空駆けるような異次元の思考をするのが畑中博士。
凡人の思考回路に、それを落とし込む必要などないのだから。
何度も改良が加えられたワイヤーの巻き取り装置が、更に改良を加えられていく。こういった技術は、四半世紀でロストテクノロジーにならないように必死に保全されていたものが。
今になって、畑中博士によって更に進歩している。
実に凄まじいが。
逆に言うと、今畑中博士が倒れたら、人類は詰む。
案の場、勝ち始めたと判断した阿呆どもが、よけいな動きを始めているらしいという噂もある。
今までは暇に飽いていたMPが、今後は動かなければならないかも知れない。
いずれにしても、三池に出来る事はない。
今は、支援作業を続けるだけだ。
連絡。
どうでもいい内容なので、三池で受けておく。一応、後で畑中博士の耳にも入れておく。こういう判断も三池でしなければならない。負担ではあるが、それもまた、仕方が無い話ではあった。
作業を更に進めていく。
問題は幾らでもあるが、それもまた仕方が無い。
とにかく作業を進めていき。一つずつ解決していくしかない。
シャドウに勝っても、未来が開けているかは分からない。それもまた事実なのだ。それが非常に苛立たしいが。
それでも出来る事を全てやらないと。
死んでも死にきれないというのが、実情なのだろうと思う。
ある意味意地だ。
シャドウと意思疎通が出来ず、降伏も和平もない以上。
そうして、人間は抗うしかない。それが事実だった。
1、空の王を引きずり降ろす
琵琶湖西岸に展開したのは、第二師団の前衛である。琵琶湖には現在、イエローサーペントが一体。その上空に、ブライトイーグルがいる。どちらも前回の会戦で交戦した相手とは別の個体だ。
前回の戦闘時、ずっと呉美玲奈少尉は、最前線で観察手を続けていた。
滅茶苦茶に叩き落とされるドローン。ミサイル。
それらを観察し、どう動いているのかを最前線で記録し続けた。かなりの至近にミサイルが落ちたときはひやりとしたが。
爆発する前に逃げ出すことが出来。
それでどうにか、戦死は免れた。
58人の戦死者の中には、同じように観察任務についていた兵士も多かった。その中で玲奈が戦死に入らなかったのは、ただ運が良かっただけだ。
畑中中佐は今回も昇進無し。
人事のバランスがどうのこうので、出世はなしらしい。
どうでもいい。
玲奈としては、あの人に勲章なんかではなくて、行動のグリーンライトを渡すべきだと思うのだが。
そうもいかないのだろう。
たった五千万しかいなくても、人間は未だに愚かしい権力闘争から逃れられないでいる。無能は上層にしがみつき、仕事が出来る人間を蹴落とす好機ばかり狙っている。それが分かるから、溜息しか出ない。
こんな世界で権力を握ったところで、一体何をするというのだろうか。
欲のまま権力を得たところで、シャドウの気分次第で瞬く間に滅ぼされてしまうのだ。それに何の意味があるというのか。
そういう行動を人間らしさというのなら。
人間はそれ故に滅びようとしているのだとしか言えない。
無言で敬礼した相手は、海兵隊の新しい指揮官である。リーダス大佐という。リーダスはあの前任者で悪名高かったファーマーと比べると協力的だが、それもいつまでか。とにかく、幾つかの話をする。
今回の戦いでは、海兵隊も第二師団と連携して動く事が分かっているが。
リーダスは人員の供出を快く受け。
再建中の第四師団のアグレッサー部隊としても、活動をしている。今の時点では、まあ警戒はしなくてもいいが。
それもいつまで続くか。
引き継ぎを終えた後、戻る。
海兵隊の兵士達が、暗い視線を向けてきている。
話には聞いている。
海兵隊には、今でも逆恨みしている兵士がかなりいるらしい。
最優先で兵器を渡せば、シャドウなどに遅れを取らない。今までの戦いも、兵器の供出を出し渋ったからだと。
更には偶然で中型を倒せたに過ぎず、あんな変態兵器がいつまでも通じる筈が無いとしきりに嘲笑しているとか。
こういうのは、神戸の街の歓楽街などで噂されているらしく。
SNSが極めて限定的にしか動いていない今では、どうしても目に入ってくる情報である。
勿論それが本当かどうかは分からないが。
いずれにしても、海兵隊に良くない噂がついて回っているのも事実。
対人戦でいえば未だに世界最強の部隊だろう事に疑いは無い。
だが、マッチョイズム信仰なんぞのせいで今まで無駄な被害を出し続けてきた集団なのもまた事実なのだ。
それ故に警戒してしまう。
玲奈も戦場で生きている兵士である。
そろそろ19になる。
そういうこともあって、どうしても生きるためにシビアにならざるをえない。今後はシャドウとの戦いが更に激しくなるのも目に見えている。
それもあって、なおさら神経は過敏になりがちだった。
戦線を離れると、宿舎に戻る。
横になって休んでいると、リーダス大佐への悪口を言っている兵士がいた。
今は娯楽が少ない。
玲奈も悪口を言われる側だ。
キルカウントを稼いでいるが、それでもである。
体で師団長に取り入ったとか。
好き放題言っている連中はどうしてもいる。
シャドウを倒す所を見ている戦友には、玲奈を悪く言うものは余り多くはないのだけれども。
それでもどうしても、その手のダニみたいな奴はいるのだ。
さもしい連中だな。
そう思いながら、横になる。
SNSを見ると、イエローサーペント撃破のニュースについて、ケチをつけているコメントが入っていた。
「どうせまた偶然だろ」
「第七艦隊を潰したような化け物に、偶然で勝てるのかよ」
「そもそもそれも怪しいんだよ。 実際には第三次大戦が起きて、それをシャドウのせいにしているって噂もある。 シャドウのせいだってされている被害は、実際は核兵器のせいだって話もな」
「じゃあ自然が回復していることはどう説明するんだよ」
陰謀論者か。
今もそれらはいる。
特に民間人はシェルターから出られない者も多い。それで、好き放題をほざく者もいるのだ。
ストレスがそれだけ溜まっていると言う事だろう。
気持ちはわからなくもない。
ただ、今は催眠学習で、誰もが昔とは比べものにならないパフォーマンスで学習できている。
それなのに、こんなアホらしい陰謀論に引っ掛かる奴がまだいるんだなと、少し呆れてしまったが。
「シェルターから出られない以上、自分の目では確認出来ないだろうがよ。 俺は外に出るまで大本営発表なんて一つだって信じないからな」
「勝手にしろ」
「だいたい英雄だなんて言ってるが、どうせお得意のプロパガンダだろ。 あんな変態兵器がシャドウだかなんだかに通じるとも思えねえしな。 そのうち人間の姿でもしたシャドウでも出るんじゃねえの」
陰謀論を話している連中にも、一定の擁護がついている。
これは、まずいな。
そう思う。
ただでさえ纏まって等いない人類だ。シャドウに破滅寸前までに追い込まれているにもかかわらずだ。
これがもしこのまま行くと。
五千万しかいない人間は、またシャドウが現れる前みたいに、大分裂と内ゲバを始めるかも知れない。
神戸近郊で、人間同士で殺し合うとか。
はっきり言って、想像もしたくない事態だった。
溜息が出たので、SNSを閉じる。横になって休んでいると、連絡。ナジャルータ博士からだった。
玲奈個人に対するものではない。
知り合いに向けての一斉メールのようだった。
「それぞれのブライトイーグルにたいして気付いた事を連絡で入れてください」
内容はそれだけだ。
まあ、それでも別に良いだろう。
玲奈は以前仕事を一緒にしたとき、ナジャルータ博士とは色々話した。それで分かっている事は全て話したと思うが。
ただ、この間の対イエローサーペント戦で、幾つか新しく気付いた事はある。
軽くそれらについてメールを送っておく。
それで一眠りして、起きだす。
指示が入る。
少尉ともなると、以前よりも前線に出なくなるかと思ったが、そうでもない。任務だ。スカウトの護衛である。
螺旋穿孔砲を担いで、ジープに。運転手の他に、狙撃手三名を乗せる。玲奈自身は指揮をするが、狙撃もする。
まあ、ジープに乗っている四人である。
アクティブリンクはいらないのがいい。
指定地点に行くと、既にスカウトの分隊が三つ来ていた。基本的にスカウトは手練れだし、彼等の行く所に護衛で付いていくだけである。
問題は、スカウトが深入りしそうになったらとめる事。
深入りしたスカウトが、シャドウにひとたまりもなく殺されるような事故は、たまにおきるのだ。
今日は琵琶湖近辺を見に行く。
この間の会戦で、自走砲部隊が小型に襲撃を一度ならず受けた。それもあって。今回は戦場の周囲を徹底的に洗う。
琵琶湖にはイエローサーペントとブライトイーグル。特にブライトイーグルはEMPで広範囲を攻撃出来る他、対地攻撃能力も持っている。
出来るだけ近付かない方が良い。
移動経路について、提出して貰って、先に目を通す。
スカウトの隊長はベテランだ。
問題はないだろうと判断して、許可を出す。四台のジープで、出来るだけ音を消して移動。
この辺りは、小型種が普通に出る。
それもあって、相手の出現頻度などを、常に気を配らなければならない。
「此方スカウト19。 これより緩衝地帯に入る。 小型種との戦闘が懸念される。 追撃を受けた場合、支援を請う」
「スカウト19、了解。 くれぐれも深入りはしないように」
「イエッサ」
連絡をしているのを横目に、周囲を警戒。
いるな。
クリーナーが数体。ブラックウルフもいる。
まだ距離があるが、警告はしておく。
ジープは悪路でも相当なスピードが出るが、それでもシャドウに比べるとどうしても速度は落ちる。
というか、奴らが速すぎるのだ。
警戒しつつ、測量や調査などをしていくスカウト。
それを横目に、周囲を常に警戒。
玲奈もじっくり辺りを見ていたが、気付いた。数体のブラックウルフが此方を見ている。スカウトの隊長に、警告を出しておく。
「稗方曹長。 ブラックウルフが此方を見ています。 いつでも逃げられるように備えてください」
「分かりました。 距離はどれほどですか」
「今の時点では1200」
「……分かりました。 近付いてくるようなら、即座に声を掛けてください」
全員のゴーグルに、今確認出来ているシャドウの位置を転送してはある。また見つけた。玲奈だけで全ての周囲を見ているわけではなく、他の狙撃手も確認はしている。最悪の場合、最後尾で殿軍をするのがこのジープだ。
それもあって、特に気を付けて、周囲を確認しなければならない。
「! 呉美少尉!」
「どうしました」
「13時方向、キャノンレオン! 距離、8000!」
「引き続き警戒を」
キャノンレオンか。
まあ、いてもおかしくない。
そもそもこの辺りは、警戒が余り出来ていない場所だ。元は在った舗装道なんかも全て失われてしまっている。
そういう意味もあって、測量などはやり直しだ。ひたすら淡々と作業をして、情報を集めるしかない。
ブラックウルフ。
あ、これはまずいな。
さっきよりいつのまにか50距離が近付いている。こっちが見ている事に、気付いているとみていい。
連中は生物ではないが、それぞれが連携して動く。そして人間を殺す事に、特化しているのだ。
「ブラックウルフに動きあり! 撤退を!」
「分かりました! 各自撤退準備!」
「撤退準備!」
スカウトが装備を片付けて、ジープに乗り込むのと同時に、ブラックウルフ、シルバースネーク、クリーナー。全てが同時に動き出す。
ラン。叫ぶ。
ジープが激しい車輪と地面の擦過音を立てて、一台ずつ走り出す。案の場、ブラックウルフが走り始める。またたくまに時速百キロを超え、更に加速。スカウトの三台が行くのを見送ってから、狙撃部隊のジープも移動開始。
「此方スカウト19! 敵の追撃が始まった! 座標転送! 狙撃大隊、支援請う!」
「此方第七狙撃大隊、配置についた」
「同じく第九狙撃大隊、配置に……」
「いや、第九狙撃大隊、即座に退避を!」
玲奈が叫ぶと同時に、榴弾プラズマが、頭上を越えていく。そして、炸裂していた。
キャノンレオンによるものだ。
スカウトのジープが散開して、横転しそうになる程激しくカーブをする。玲奈は即座に狙撃開始。他二名の狙撃手も習う。距離を見て、まずはブラックウルフを撃ち抜く。命中。更にさがりつつ、弾丸装填。
この螺旋穿孔砲は、弾丸の装填に時間が掛かるのが弱点だ。だが、弾丸に高熱を込めている機構を内蔵しているらしく、こればかりはどうしようもない。
今は第九狙撃大隊の安否を心配している余裕は無い。
近付いて来ている敵を、順番に狙撃して、削るしかない。
シルバースネークを撃ち抜く。
他の二人は、明らかに動揺していて、狙撃を外した。そのカバーとしての行動である。とにかく、確実に削るしかない。
キャノンレオンは。
叫ぶと、あわてて一人が確認。最初の位置から近付くどころか、むしろ動かなかったため射程範囲外に姿を消したようである。
だとすると、此方に牽制をしてきただけか。
それだけでも、下手をすると一個連隊がまとめて消し飛ぶのだ。
シャドウが陰謀だって。
そう思うなら、前線に出てこい。
そう、SNSで陰謀論をぶっていた連中に対して、面罵したくなる。ただ小柄な玲奈が面罵したって、迫力は残念ながら無いかも知れないが。
凄まじい勢いでブラックウルフが追ってくる。狙撃大隊があわててさがったか、もしくは粉砕されたか。
それを察知したのだろう。
また一体を撃ち抜く。
続けて一体。
ブラックウルフは凄まじい勢いで追ってくるが、それも確実に減らす。舌なめずりして、弾丸を装填。装填しつつ、スコープで確認。来ている。かなり接近しているブラックウルフよりも、少し離れて回り込んできているシルバースネークを狙撃。あれは死角から、毒を放ってくるつもりだった。擦っただけでジープは横転していただろう。先に手を打って、潰しておく。
もう、走ってくるブラックウルフが見えてきている。
ひっと、声を上げたのは狙撃手の一人だ。
スカウトも、すぐ前を必死に逃げている。
中型と連携している小型の恐ろしさは異常だ。接近を許せば、連隊単位の戦力ですらまたたくまに瓦解させられる。
それがたかが四人である。
まあ、秒ももたないだろう。
「小川兵長、あわてず深呼吸してください。 三度深呼吸してから、狙撃を再開してください」
「い、イエッサ!」
「もう一体、いただきます」
狙撃。
迫ってきていたブラックウルフを倒す。更に再装填。それで勇気づけられたのか、もう一人の狙撃兵である三木上等兵が、狙撃。
斜め後ろから迫っていたブラックウルフを撃ち抜いていた。
三木上等兵は、今まで二度、其奴に狙撃をかわされていた。これでリカバーだ。グッドキル。叫んで、士気を上げる。
がつんと激しく石を踏んだジープだが、その程度で横転するほど柔ではない。だが、見ているとかなりまずい。複数のシルバースネークが追いすがってきている。全部処理するのは無理か。
ブラックウルフはもうかなり近い。
悲鳴を漏らしつつ、小川兵長がブラックウルフを狙撃。当てた。良い腕だ。吹っ飛んで転がったブラックウルフ。まだまだいるが、それでも確実に減らす事が出来た。
だが、直後。
玲奈がシルバースネークを撃ち抜いた瞬間、別のシルバースネークが、毒吐きの態勢に入る。
まずい。
そう思ったが、横殴りに飛来した狙撃が、そのシルバースネークを撃ち抜いていた。
同時に、小型がきびすを返して戻り始める。
見ると、焦げ焦げに装甲を焼かれているジープが、数台来ていた。
「第九狙撃大隊、現着」
「良かった、無事でしたか」
「はい。 どうやらキャノンレオンは、脅すだけのつもりだったようです」
「……戻りましょう。 長居は無用です」
すぐにその場を後にする。
此処は安全圏では無い。それがはっきりしただけでも、充分だった。
護衛対象のジープは無事だ。
ただ、第九狙撃大隊の損害が気になる。キャノンレオンは連隊規模の戦力を蒸発させるのである。
帰りに確認をする。
ジープなど装備類がやはりかなりやられたようだ。死者は出なかったが、負傷者が十数名出たという。重傷者もいて、後方に下げられているそうだ。
死者がでなかっただけマシとは言えるが。
キャノンレオンが放つ超高温のプラズマによる負傷だ。生半可な傷では無い。それを思うと、襟を正す気分である。
無言で、帰路を急ぐ。
死者は出なかったかも知れない。
だがこうやって集めた情報を無駄にしない。
次の会戦は、玲奈が投入されている事もあって、ほぼ確実に此処だと判断していい。だとすれば、勝つために。
この犠牲を、無駄にしてはならなかった。
陣地に戻ると、ナジャルータ博士と広瀬中将が話しているのが見えた。少尉風情の玲奈が中将に話しかける事は基本的にない。
広瀬中将から話しかけてくる事はあるが、それはあくまで兵卒に対してである。
たった数歳しか違わなくても、それだけ立場が違う。
玲奈もそれは分かっていた。
とりあえず幕僚に情報を渡して、その場を離れる。それで、連絡が来た。連絡は、ナジャルータ博士からだった。
戦場の情報を出来るだけ集めたい。
現在琵琶湖周辺にはキャノンレオン二体の生息が確認されている。このうち一体は玲奈達を攻撃して来た個体だ。
そして日本に十数体いると言われていたキャノンレオンは、これにて倍は最低でもいるだろうという推察が立ったという。実際には三倍以上かも知れない、ということだ。
「あの」畑中中佐であっても、二体を倒すのに死ぬ思いをした相手だ。倒すための装備が出来たからといって、簡単にあしらえる相手などでは間違ってもない。これはランスタートルやイエローサーペントも同じ。
現在急ピッチで斬魔剣を一般の兵士でも使えるように調整しているそうだが。それもいつになることか。
使いこなせるようになったところで、本当にキャノンレオンを駆逐出来るのか。
極めて怪しい所であると玲奈は思っていた。
ともかく、ナジャルータ博士は、更なる情報が欲しいと言ってきている。そして、同時に命令が来ていた。
八時間ほどの休憩後、また偵察である。
測量部隊の護衛もしなければならない。現在少しずつキャノンレオンの配置と、小型の生息数の分析をしているようだが。
問題は琵琶湖の水中で、イエローサーペントがいるため調査には限界がある。
水中にも小型は何種類かいるのだが、問題になっているのがブルーカイマンと言われる種だ。
カイマンというのは最小種のワニを含む魚食性のワニであり、基本的に他のワニと違って其処まで獰猛な種ではないのだが。
こいつはただ体型がカイマンに似ているだけで、実際には獰猛極まりない。
水辺に生息していて、近付いて来た人間を容赦なく襲う。
喰うのでは無く殺戮に特化しているのは他の小型種シャドウと同じ。口も尾も、とてつもなく鋭い刃になっていて。
いかなる防具も役立たず、そのまま切り裂かれてしまう。
体の前後を使って人間を効率よく殺戮する上に、水陸両用で、水中から極めて機敏に奇襲してくる。
これが多数潜んでいた場合、苦戦は免れない、ということだ。
まあ、それはそうだろうなと玲奈も思う。
すぐに休息を入れ。
それからおきだして、作戦区域に向かう。兵士達の士気は高い。会戦で大きな被害を出し続けているが、それでも今まで手も足も出なかった中型を今までで合計五体も倒した上に、小型種も近隣から駆逐しているのだ。
兵士達に勝利を確信させる将を名将というのだが。
間違いなく広瀬中将はそれである。
名将でも必ずしも全戦全勝といかないのが歴史で証明されているのは玲奈も知っているのだが。
それはそれとして。その空気に水を差すべきでは無い事も分かっている。
だから、そのままでいい。
ジープに乗って、また最前線に出る。牽引車とすれ違った。破損したジープを回収していた。
偵察でやられたのか。先にキャノンレオンの威嚇射撃でやられたのか。どっちかはちょっと分からない。
ただ分かっているのは、こういう損害は無視出来ないし。
でた以上、勝利に生かさなければならない。
だが、場合によっては、さっさと引く判断も必要になる。
それが難しい所だった。
偵察をまた始める。
先に攻撃を受けた地点とは別方向だ。遠くに小型種は彷徨いているが、少なくとも今仕掛けて来る様子は無い。
無言で作業をする測量班を護衛。
今度は何も起こらないでくれよとぼやくが、一番危険な場所だから、信頼を受けている玲奈が派遣されているのだ。
それも分かっている。
他の部隊が任せられない仕事をしていると思って、それも我慢するしかないのだった。
測量終わり。
次の地点に行く。
その間もずっと警戒を続ける。
偵察が終わったのは夕方少し。測量班とともに帰還する。その時。琵琶湖でうねっているイエローサーペントを見た。
昔都市伝説にくねくねというものがいたらしい。
丁度その言葉で示すようにくねくねと動く、見た者を狂気に誘う怪異だったそうだが。なんだか動きからして、それを思わせる存在だ。
無言で観察を続けつつ、湖畔から出来るだけ離れるように指示。
あいつが操るソニックブームは凶悪だ。水辺にいると、容赦なく消し飛ばされる可能性が高い。
そして、高空にもちいさな影が旋回している。
ブライトイーグルだ。
イエローサーペントは前回の会戦で倒す事が出来たが。それだって楽な戦いではなかった。
今度も畑中中佐に勝ってもらうしかない。
それを祈ることしか。玲奈には出来ないのが悔しかった。
2、空の王への切り札
膨大なデータがある。ブライトイーグルとの戦闘記録だ。
それを菜々美は確認しておく。
これについては当然だ。
制空権を潰された各国は、必死になってブライトイーグルを含む飛翔種に挑み続けたからである。
ステルス戦闘機もドローンもその過程で湯水のように使い捨てられた。
前世代最強と名高かったF35ライトニングはこの過程で殆ど全てが撃墜されてしまったという。
撃墜ですら無かったのかも知れない。
ブライトイーグルのあの凶悪なEMPである。
近付く事すらなく、全機能を停止させられ、落下してしまった。機能停止の結果、脱出装置すら働かなかった。
地上でシャドウが滅茶苦茶に軍を食い荒らすのも、空軍が機能すれば止められると各国は考えていた。
それくらい、シャドウが現れる前の制空権というものは、各国で最重要視されていたのである。
だが、それも無意味に終わってしまったのだ。
しばらく資料を見ていた菜々美は、これは無理だなと呟く。
客観的に見て、今までの中型に比べても相手が悪すぎる。
少なくとも同じ土俵に立って勝負出来る相手では無い。
姉はそもそも高空戦を挑むつもりはないようだし、それだけは救いか。ただブライトイーグルは、対地上用の攻撃手段を持っている。
こっちが地上から行くとしてもだ。
それでも簡単に勝つのは不可能だろうと、菜々美は分かっていた。
さて、此処からだ。
黙々と着替えると、宿舎を出る。
結局イエローサーペントを倒しても出世はせず、勲章をまたもらっただけだ。人事のバランスがとか。特殊部隊の人員だからとか聞いているが。
はっきりいってどうでもいい。
中佐の時点で給金は充分すぎるくらい貰っているし、なんなら給金なんて退役でもしてシャドウが神戸に来たら何一つ役に立つ事は無い。
今退役しても楽隠居で死ぬまで生活する事は出来るが。
反社の人間じゃあるまいし、自分だけが今良ければ後はどうでもいいと考えるほど。菜々美はアホじゃない。
まあ、そういうのはシャドウに皆殺しにされて、今は誰も残っていないのだが。少なくとも悪名高かった世界規模の反社は、ではあるが。
工場に出向く。
今回姉はビームを使うと言っていたが、ビームが何かの流れである事は菜々美だってとっくに知っている。
それについては、姉が中学生男子のネーミングセンスを持っているし。
何よりロボットアニメが大好きで、幼い頃は暇さえあれば見ていた上にそれにつきあわされたこともある。
それでどうしてもある程度知識はついた。
工場にカードキーで入ると、また突貫工事が続けられていた。
姉はまた凄まじい勢いでキーボードを叩いていて。こっちには気づきすらしない。三池さんが来たので、敬礼する。
相手の方が軍での地位は下だけれども。
姉はこの人がいないと、まともに生活すらできないので。これは当然払うべき敬意である。
ちなみに菜々美はちょっと普通より苦手くらいで、それなりに身の回りの事は出来る。
「どうですか、状況は」
「現在少しずつ畑中博士が部品をくみ上げていますが、まだまだですね。 私の目から見ても、何を作っているのかさえよく分かりません」
「さもありなん……」
「シミュレーションマシンは出来ています。 今のうちにやっておいてください。 それをベースに、畑中博士が調整を入れますので」
頷くと、いつもと同じ卵形の装置に入る。
入ってみて驚いたのだが。
いつもの超世王に比べて、かなり背が高い。原因は足だ。
40式の車体の横に、三対の強力な足がついていて、車体を持ち上げている。40式はMBTであり、相応に重いはずなのだが。それを余裕を持って持ち上げられる、ということである。
なるほど、恐らくこれが。
ビームを放つための切り札なのだろうと思う。
シミュレーションで、色々と試す。
今回はイエローサーペントがいる琵琶湖の上空にいるブライトイーグルを狙う。勿論いずれイエローサーペントも倒さなければならないが。それはそれとして、まずは制空権を完全に握っているブライトイーグルの撃破が先だ。
彼奴を仕留められれば、仮に航空機から地上のシャドウを攻撃する事が有効打にならないとしても。
それでも輸送機などで、人員を迅速に展開出来るし。
将来的には各国を空路で接続して、それでかなり物資や人員の輸送を楽にやれるようになる。
ブライトイーグルを倒す事は。
シャドウを駆逐する第一歩であると同時に。
各国で孤立している人間を助けるために必要な、戦略的行動であるのだ。
それを理解しているので、文句をいうつもりは一つも無い。
黙々と作業を続けて、順番に操作を覚えていく。
なるほど、わざわざ車体を浮かせているのはこういうことか。
車体の後ろに牽引している粒子加速器をまもりつつ戦わなければならないが。基本的に万能兵器なんて都合がいいものなんて存在はしていない。
それもあって、まずはどう戦うかを考えつつ、戦術を試す。
ブライトイーグルのEMPは、これもまたそうなのだが。
イエローサーペントのソニックブームと同じく、指向性を持たせることも出来るし、なんならあの咆哮がなくても、体の周囲に常時展開されていることが分かっている。極超音速ミサイルがぶっ放されて直撃したところで、ブライトイーグルには無傷。それは嫌と言うほど資料で残されているし。
またEMPで機能が停止してしまうため。
ブライトイーグルの近くで核兵器を爆発させる事も出来ず。
核に破壊にブライトイーグルを巻き込んだところで倒す事も出来なかった。
空の悪魔と言われる所以である。
それを今回の超世王で斃せるなら、まあ安いものだろう。
操作をしていて、だいたいやりたいことは分かった。
まあ、確かにビームではある。
このワイヤーが特別製であることも、射程を確保するために長大な射出機構と粒子加速器がついている理由も理解できた。
だがいずれにしても、これは無茶だろう。
しかしそれを実現してしまうのが姉の恐ろしい所だ。
ともかく、確実にデータを取る。
「ビーム」が重いな。
姉曰くジャッジメントビームだそうだが。まあ、何かしら得体が知れないものを放っているロボットアニメのビームに比べればマシではあるのだが。
それはそれとして、これはなんというか。
色々と、ロボットアニメのファンが見たら、色々と文句を言いそうだなと、遠い目になる。
いずれにしてもこれ、ビームを当てるのがとにかく大変だ。
それにブライトイーグルは音速を余裕で超えて動き回る。
不可解な事に、奴が音速を超えて飛んでも、ソニックブームはごくごく限定的にしか発生しない。
これもイエローサーペントと同じく、ある程度ソニックブームをコントロールしているのかも知れないが。
少なくとも攻撃に使ってはいないという事だ。
無言で操作を終えて、一旦マシンから出る。アラームが鳴ったからだ。
軽く三池さんに話をしておく。
そうすると、すぐにレポートにまとめてくれるそうだ。ありがたい。
今日はカップケーキを焼いてくれたので、有り難くいただくことにする。しばらく黙々と食べて。仮眠を軽く取る。
整備工の人達も、交代で仮眠を取りながら作業をしている様子だ。
まあ、それでいいだろう。
菜々美も仮眠を取り終えると、すぐに作業に戻る。
早速問題が改善されているのは、流石姉だ。
この短時間でプログラムを直し。
そして最終図面にも調整を入れているのだろう。色々と人間離れしているが、それについてはもう驚かない。
いつものことだからだ。
更に作業を進めていく。
ブライトイーグルとは琵琶湖湖畔でやり合うことになるのだが。現在近場に二体のキャノンレオンと、それに随伴する小型多数が確認されている。
更に問題なのがブルーカイマンで。
これがもしも超世王に集ってきたら、ただでさえ色々繊細な機構を積んでいる今回の超世王は、ひとたまりもないだろう。
今まで五体の中型を倒して理解出来た事だが、中型種シャドウは、どれもこっちの想定以上の能力を持っている。
奴らを倒すにはプラズマレベルの高温を、長時間当て続けなければならないという事が分かっているが。
逆に言うと、死体が残らない事もある。
それ以上は、シャドウについて人間は何も分かっていないのだ。
ブライトイーグルは三日月のような形状をしていて。実際の猛禽とは似ても似つかない。そもそもどうあれが浮いているのかさえ分かっていないのだ。頭部や足などは存在しておらず、イエローサーペント以上の異形感がある。
それはそれとして、今回も奴を真っ二つに出来れば、まあ斃せるだろうというのは分かっている。
ただ奴の体のサイズは二十mを超えていて、近代戦闘機とほとんど変わらない。
その巨体でありながら、意味不明な空中機動をするし、なんならホバリングだって余裕でこなす。
そういう厄介な相手なのだ。
何度も練習するが。
今まで膨大に確認されている情報からも、奴に当てるのは困難極まりない。
無言で作業を続けるが。
菜々美でもこれは当てるのは至難の業だ。
しばらく集中していると、アラーム。
シミュレーションマシンから出て、ため息をつきながら三池さんと話す。今回は対空戦と言う事もある。
非常に厳しいというのが本音だった。
「これは厳しいですよ。 多少小細工したところで、どうにかなるかどうか」
「ブライトイーグルはロケットやミサイルの類は即座に回避する習性を持っています。 動きを先読みするしかないですが……」
「先読みって、簡単にいってくれますけれど」
「分かっています。 無理を言ってすみません。 ただ、それでも畑中中佐にしか頼めないんです」
お願いしますと頭を下げられる。
ため息をつく。
姉も膨大なデータから、ブライトイーグルの動きはほぼ完璧にシミュレートしてくれている筈だ。
ただこのままだと。
新しい超世王が仕上がっても。「ビーム」を当てるのは、ほぼ無理だ。
数日後。
工場に、性別がよく分からない小柄な子供が来ている。肌は褐色だが、今は珍しくもない。
ナジャルータ博士と言われているようだ。
姉が珍しく手をとめて、話を聞いている。
あれはと三池さんに聞くと、軽く説明してくれた。
ナジャルータ博士は、シャドウ研究の第一人者であるらしい。広瀬中将も含まれる第一世代クローンは新生病などで内臓に欠陥を抱えてしまっているケースがあるのだが。本来はナジャルータ博士の世代になると、それもなくなったはずなのに。
無性だということだ。
これは色々きな臭い噂があって、強化人間として作られたのではないかという話もあるらしい。
いずれにしても菜々美にどうこうできる話ではないが。
姉と話し終えた後、ナジャルータ博士が来る。
なんというか、本当にお人形さんみたいな顔をしている。笑顔で握手を求められたので応じる。
「英雄畑中中佐と会えて光栄です。 畑中中佐の対シャドウ戦は、全て拝見させていただきましたが、凄まじい集中力と判断力で瞠目させられます」
「いえ、そこまででは」
「今、私の分析したブライトイーグル含むシャドウのデータを畑中博士に渡しておきました。 それを元に、シミュレーターを改造するそうです。 それで当てられるようになるといいのですが」
「……そうですね」
礼をすると、ナジャルータ博士がいく。
シャドウ研究の第一人者か。
今まで姉が単独でだいたいなんでもやれていたのに、そうきたか。恐らく、今回は姉も相当に苦労しているのだろう。
それについてはよく分かった。
しばらく、外で体を動かして鍛練する。
マッチョイズムなんてものは菜々美は持っていない。ただ、雑念を払うためにやっておくのだ。
雑念があると、何かしらの事に気付けなくなることは珍しく無い。
それを経験的に菜々美は知っている。
そもそもとして、菜々美は今まで偶然生き残ったと考えている。死んでいた可能性は、最初にM44ガーディアンだけでブラックウルフと戦い、生き残った時からなんぼでもあった。
それが生き延びているのは強運からだが。
それ以外にも、ある程度生きるための手札を増やす必要がある。
ブライトイーグルとの戦闘では、それが必須だ。
ブライトイーグルと戦うために、体も頭も柔軟にしておく。
筋肉で何もかも解決できると考えている程菜々美は阿呆ではないが。
筋肉をある程度ほぐしておけば、それで生き残れる可能性は少しはあがるのである。それもまた事実だった。
訓練を終えてから、工場に戻る。
三池さんの反応からして、シミュレーションマシンのプログラムにアップデートが入ったらしい。
相変わらず人間業じゃないな。
そう思いながら、淡々とシミュレーションマシンに入る。
それで驚かされる。
補正機能が追加されていた。
なるほど、専門家による助言の結果か。
ブライトイーグルの動きについて、より精度が上がったと言う事だ。更にビームを当てるための前提条件もこれで整った事になる。
放つ。
一発目はかなり惜しかった。
だが、少しずつ菜々美もコツが分かり初めて来た。
舌なめずりすると、第二射。
今度も外れたが、また惜しい。
先は早すぎた。
今度はちょっと遅いかも知れない。
だが、それでもどうにかできる筈だ。無言で淡々と続けて行く。
四度目にして、ついにブライトイーグルに直撃を入れられる。ただし、このビームはここからが本番になるのだが。それはまた別の話。
まずは直撃を確実に入れられるようにする。
それからだ、全ては。
淡々と作業を続けていき。
順番に、コツを少しずつ頭の中で構築していく。コツを完全に掴んでしまえば、命中率を100%とはいかないにしても、80%強くらいまでは持って行けるはず。勿論それで満足していてはいけない。
ブライトイーグルとの戦闘は、今までにないほど厳しいものとなる。
コツを掴んだ上で、徹底的に挙動を体に叩き込む事で、命中を100%に限りなく近くする。
それがまずは第一目標。
そしてブライトイーグルがまだ手札を隠している可能性を考慮すると。
そこからが本当の勝負だとも言えるのだ。
黙々と作業を続けていく。
命中。
だが、次はまた外れた。
コツを掴んだだけではダメだ。体に徹底的に叩き込む。ブライトイーグルの戦闘資料は何度も見ている。
それを思い出しながら、少しずつ、確実に命中精度を上げろ。
何日か、そうして徹底的にシミュレーションで、ブライトイーグルと戦う。
そもそもイーグルと似ても似つかない空の王者。いや暴君。
奴を叩き落とすためには、それくらいの訓練がいる。
英雄だのと言われていても、それが現実である。
菜々美は完璧超人などではないし。
初めて乗ったロボットの性能を、いきなり100%引き出せるような存在でもなんでもない。
ましてや今乗っている超世王は、ロボットと言って良いのか極めて疑問な代物なのである。
それを考えると、荒馬を乗りこなすようなものであり。
なおさら色々と厳しい訓練をこなして。
やっと勝負の土俵に立てるのだと言えた。
姉の方で、失敗したデータをまとめて、更に補正を入れてくれている。
この膨大な対シャドウの戦闘データこそ、超世王の本体と言えるのかも知れない。毎回どれだけ破壊されても残り続け、そして次の戦いに魂をつなぐ。
まあそういう意味では、どれだけ破壊されても立ち上がるスーパーロボットの姉なりの定義は守っているのかも知れない。
どこからどうみても戦車や潜水艦を改造したボディであるのは目をつぶるとしても、である。
疲れたので、アラームが鳴って訓練を切り上げた後、ちょっと仮眠室を使わせてもらう。かなりペースを上げていたこともあって、中々にヘビィな訓練だった。頭も目もちょっと痛い。横になると、それでも即座に落ちてしまう。
仮眠を取ってから、後は宿舎に戻る。
三池さんが菓子パンを焼いてくれたので、有り難く貰う。メロンパンだ。有り難い話である。
宿舎に戻って、それで本格的に眠る。
何があっても起きないぞと、決めながら。
今の時点で、命中率は95%。
だが、実戦で更に想定外の動きをブライトイーグルがする可能性がある。
また有線である以上、勝負は一瞬だ。
奴との戦いは、初撃を失敗したら、その時点で負ける可能性が極めて高くなる。ただでさえ姉は、プレゼンで今までの最低の勝率を口にしたらしい。
鈍重な超世王の今回の体では。それこそブライトイーグルが地上戦に切り替えてきたら、逃げる事すら出来ずに殺されるだろう。
それを思うと、本当に笑えない。
イエローサーペントと戦った時も緊張感が凄まじかったが、それ以上の恐ろしさかもしれない。
それでも眠れるのは、色々からだが壊れてしまっているからか。
心が壊れてしまっているからか。
両方かも知れない。
夢は見なかった。
おきだして、それで顔を洗って歯を磨いて。それから昨日もらったメロンパンを朝食と一緒に頬張る。
まあ、充分に美味しいので、頑張ろうという気迫が出てくる。
命中率を出来れば98%。いや、シミュレーション内では100%まで上げておきたいが。
それは流石に無理だろう。
万全の状態を確保して、それからの勝負だとしても。人間に100%はないのだから。ともかく、まずはもう少し確率を上げるところからだ。
出来る所から、確実にやっていく。
それが菜々美に出来る事。
英雄と言う虚名を背負った。
ただの強運に守られているだけと、自身を評している兵士に出来る事だ。
工場に向かう。
今日の目標は、まずは命中率98%まで。
幸い訓練を重ねた結果、掠りもしないような事はなくなった。だが、命中させる以前に、命中させ方が重要な事もあって、中々色々と厳しいのである。
イエローサーペントの邪魔は、今の所考えていない。
勿論展開する自走砲や戦車による部隊が支援攻撃をするのもあるのだが。あのソニックブームが、空中にいる兵器にまで届くという話は今までなかったし、戦ってみた後でも恐らくはないと判断出来る。
問題はやはり二匹目以降か。
二匹目を、やれるか。
工場について、ジープを降りながら、そう思う。
今回はビームを使い捨てにするために、支援用の補給装置までついている。ワイヤーをまるごと取り替えることが出来るユニット式のものだ。接続は数分で出来るようだが。それはそれで、中々にハードな戦闘になる。
小型も超世王を狙って来るだろうし、狙撃部隊が展開しつつ、乱戦になることは想像に難くない。
シミュレーターに入って、訓練を続ける。
コツを更に掴んで来ていること。命中しなかった場合に、姉がその理由を調べて、更に補正をしてくれていること。
それもあって、目標の98%は達成出来た。だが。これで満足してはいけない。50回に一回は外れるのだ。
シミュレーションマシンを出ると、姉が伸びをしていた。
これは完成したらしい。
そのまま電池が切れたらしく、がくりとするのを、あわてて三池さんが抱き留めて。体格でも上の姉を仮眠室に運んで行く。
手伝おうかと思ったが、大丈夫と視線を向けられる。
整備工達も呆れてそれを見ていた。
まああれは、同性でしかできない支援だな。そう思いながら休憩する。既に超世王の構築は進んでいて、六本の足で半ば車体……機体だろうか。それが浮き上がる異形の姿が明らかになっていた。
あの足は、以前ランスタートル戦で使った抵抗用のバンカーのノウハウを取り込んでいるものだという。
まあ、それについては分かる。
シミュレーターで、実際にブライトイーグルとの戦闘をこなしているのだから。
戻って来た三池さんに聞かされる。
「畑中中佐には話しておきますね」
「はい。 なんなりと」
「今回は対ブライトイーグルよりも、近隣で活動しているキャノンレオンが懸念になっています。 二体が確認されていて、もしも接近された場合どうにもなりません」
「まあ、そうでしょうね」
それで秘密兵器が用意されているという。
子供だったら大喜びするワードだろうが、秘密兵器か。苦笑いするしかない。ただ、斃せるかというと、どうにかなりそうだと言う話だ。
しかも乗るのは、以前ちょっと関わったあの腕利き。呉美玲奈少尉だという。もう少尉だと言う事だ。
「シャドウには学習能力があるので、足止めになります。 安心してブライトイーグル戦に集中してください」
「了解です」
「……休んだ後、訓練を続けてください。 勝つためにも」
分かっている。
休憩を取った後、幾つかのシミュレーションを脳内でしておく。イエローサーペントについては今回は考えなくてもいい。
考え得る最悪の事態について、今は幾つかを想定しておかなければならなかった。
3、烈光
作戦が開始される。
今回は第二師団を中心に、再編制が終わった第一師団が支援につく。これに第三師団が予備兵力として入る事になる。
現在第四師団は新兵の訓練中で、兵器などの再配備も進めている状況だ。神戸近くの軍事工場は連日ラインが焼き付きそうな勢いで回っているようだが、それでも対シャドウ用の装備を生産するのは厳しく、ヒヒイロカネなんとか装甲は特に量産が非常に厳しいらしい。
各地から物資も送られては来ているが。
シャドウとの戦闘で中型の撃破のノウハウがあるなら、さっさとこっちでシャドウを倒せとか高圧的に言ってくる国(といえるほどの規模があるものですらないのだが)もあるらしく。
GDFは色々と苦労が絶えないようだ。
天津原は誰から見ても無能な代表だが、それでもこういった連中の理不尽なクレームを引き受ける役を受けてはくれている。
その点だけは感謝しなければならないのだろう。
琵琶湖近辺に、第二師団が布陣完了。
側背を第一師団が守り。少し離れた地点に第三師団が展開する。今までの戦闘で、巧妙な側背攻撃をシャドウが行って来たこともある。
そうしないと危険極まりないのだ。
超世王も動き出す。
今回も不格好極まりなく、姉いわくスーパーロボットではあるのだが。なんだか奇怪な虫にしか見えない。
いずれにしても、人型ロボットに超世王が変わる日は来るのだろうか。
そうとはとても思えないが。
ともかく今は、これでやっていくしかないのだ。
現着。
ブライトイーグルは、明らかに警戒態勢に入っている。広瀬中将が、全体に指示を飛ばしていた。
攻撃開始。
まず狙うのは、イエローサーペントだ。
大型の榴弾を、イエローサーペントに放つ。これは完全なデコイである。一応今までの爆雷と違い、爆破による衝撃波で相手を破壊するものとは違っている。イエローサーペントも即応。
これと同時に、多数のドローンが飛び立つ。
いわゆるスウォーム攻撃。狙いはブライトイーグルである。ブライトイーグルは大規模な攻撃が開始されたが、近寄るドローンをそのまま叩き落としながら、冷静に空中に留まっている。
雑魚なんぞいつでも蹴散らせる。
そう空の暴王は言っているかのようだった。
サイズとしては戦闘機とそれほど変わらない相手なのだ。普通だったら、最悪特攻でもしかければ落とせる筈。
だがあれには質量攻撃が通じない。
シャドウと言われているのは、それも理由の一つ。
どこからともなく大量に現れ、人間の兵器がまるで通用せず、それで瞬く間に人を殺し尽くしていく。
榴弾が、水面近くで爆破される。
イエローサーペントによるソニックブームでの迎撃である。これも様子見、という動きだ。
射程距離まで、超世王は接近。
さて、此処からである。
スウォーム攻撃中のドローンが落とされているギリギリの範囲で滞空しているのは、長距離偵察用のドローン。これはキャノンレオンの接近を警戒するものだ。小型についても同様である。
小型接近。
その声が上がる。
どうやら懸念されていたブルーカイマンが、琵琶湖から上がり始めたようだ。
これは大きさは二メートル程度と、名前の元となったカイマン種のワニと殆ど大きさも変わらないが。
戦車を単騎でひっくり返せるなど他の小型と変わらぬパワーを持ち、殺傷力は体長10メートルのワニの数千倍だ。
動きも速く、水陸両用なのに時速120qは余裕で出る。ただし数が少なく、生息域が狭いことだけが救いだ。
早速狙撃大隊が動き始め、いわゆる水際殲滅を開始する。鋭く動き回るブルーカイマンだが、それでも水陸を切り替えた瞬間は動きが鈍る。練度が上がってきている狙撃大隊は、螺旋穿孔砲で、確実に相手を仕留めていく。戦車部隊も、それらから離れている個体を射撃して、牽制。
確実に仕留めるべく、広瀬中将が動いてくれていた。
ブライトイーグルが動く。
どうやら状況が良くないと判断したらしい。
咆哮。
それだけで、偵察用のドローンも含め、今まで以上の広範囲にいたドローンが一斉に沈黙し、墜落していった。
更に、動こうとする。
恐らく対地攻撃を仕掛けてくるつもりだろう。それに、最前衛にはいるのだ。以前キャノンレオンを倒した斬魔剣を装備した40式が。
あれは超世王のデータをベースにして、改良を数回重ねた結果、ついに量産に成功した斬魔剣とそのキャリア車両の第一陣である。
40式に比べて生産コストは二倍とかなり重めだが(斬魔剣も40式と同じ程度のコストが掛かる)。
それでも脅威になると判断したのは間違いない。
よし、貰った。
菜々美はこの瞬間、操作を行う。同時に、ワイヤーと粒子加速器が全力で稼働。射出装置の狙いを定め。
ブライトイーグルの移動予測も済ませて。
そして射撃していた。
銛状になったワイヤーの先端が、ワイヤーを引っ張るようにして飛ぶ。移動開始したブライトイーグルは、まだまだ殺到してくるスウォーム攻撃中のドローンの群れに紛れているそれを、至近まで気付けない。
そして、案の場ブライトイーグルの至近では、機械は全て動作しない。
分かっている。
だから手元で操作するのだ。
ぐっとワイヤーの根元の射出装置を操作して。不意に銛状の先端部を引っ張る。それで大失速したワイヤーが、ブライトイーグルにぐるっと絡みついていた。二度、三度回転して絡みつく。
ブライトイーグルに初めて人間が作ったものが触れた瞬間だ。そしてあらゆる機能が停止している先端部分と更にワイヤーからの、計器データは消失。だが、それは関係がない。どうでもいいというべきか。
ビームをこれで放つ。
ワイヤーの中には真空が保たれている。この真空の中を水素を通す。水素を誘導するのはワイヤーに仕込まれているギミックで行う。そして、充分に水素を通したところで。
今度は反陽子を同じように流すのだ。
ある意味反陽子ビームとでもいうべきだが、実際には違う。
そのまま反陽子を投射しても空気中で対消滅を起こして、その場で炸裂してしまう。この反陽子は真空中を指向性を持って投射され、ワイヤーの中で先に流されていた水素と反応して対消滅を起こし高熱を発する。
そしてその高熱が、そのままワイヤーから、ブライトイーグルに伝導されるのである。
オペレーターの声が聞こえる。
「ワイヤー過熱! 五千、六千、八千℃! 更に過熱します!」
「ブライトイーグルのダメージは!」
「混乱しているようです!」
ブライトイーグルは恐らくだが、ワイヤーが絡みついた事すら認識できていない。ただ何かしらの熱攻撃を受けたと判断して、周囲にEMPを連発している。実際まだスウォーム攻撃は続行しており、それらでバタバタとドローンが撃墜された。また、陸上では小型種がそれぞれ琵琶湖周辺に展開している第二師団に殺到し始めているが、広瀬中将の冷静な指揮で、いずれもが狙撃大隊の螺旋穿孔砲で撃ち抜かれて、いずれも味方に到達出来ていない。
灼熱が、明らかに許容不可能な段階に到達。
ブライトイーグルが、凄まじい金切り声を上げる。
いや、他のシャドウと同じ体にダメージが入ったときにでる音だ。ブライトイーグルが暴れ、同時に菜々美はワイヤーの先端をパージする。
ブライトイーグルが、大気中の振動から攻撃を察知していることは既に分かっていた。これはナジャルータ博士だけではなく、他の研究者もそれは分析出来ていた。故に今までの航空兵器はことごとくが無力だったのだ。ステルス戦闘機だろうが、凄まじい爆音を上げながら飛んでいたのであるから。
静音性をどれだけ保とうと、大質量を音無く浮かせるのは不可能。
更に質量攻撃も一切通じなかった。
ブライトイーグルはそれらの強みを知り尽くしていた。だからこそ、それが弱点になる。それが姉の言葉。
確かにそれは、菜々美も思った。
実際戦闘データを見る限り、ブライトイーグルは攻撃を避けることもしなかった。質量攻撃は痛くも痒くもない。ミサイルなどは全て近付けば機能停止。近接信管も作動しない。そうなれば、人間の対空兵器なんか何の意味もない。レーザー兵器にしても、ブライトイーグルにダメージを与える高出力、長時間展開出来るものは存在していなかった。
そこで、である。
灼熱で敢えて溶けるように、しかも簡単には離れないように設計したケーブルを用いて。こうして反陽子ビーム(ワイヤーの中を通っているので派手なビームではないが)を用い。更にその熱を相手に絡みつけて、そしてそのまま蒸し焼きにする。
確かに戦術としては理にかなっている。
ワイヤーを巻き取りながら、菜々美はすぐに指示を出す。
「メンテナンスとワイヤーの取り替えを急いでください」
「了解!」
「第14工兵、作業開始!」
見た。
ブライトイーグル周囲の空気が、連鎖爆発している。あれは超高熱で空気がプラズマ化して、爆発を連鎖させているのだ。
その熱の直撃を受けながら、ブライトイーグルはどうしてダメージを受けているか理解出来ていない。
あれはやはり目など見えていない。
ただ自分が熱攻撃を受けていることは理解し、更に高速で飛行しているが。既に絡みついた高熱のワイヤーと重りは、ブライトイーグルの動きを阻害していた。
ぶわりと、もの凄い蒸気がブライトイーグルの周りに出現する。
これは恐らく、レーザー対策だな。
ブライトイーグルは何度かレーザー攻撃されたことがある。それで、レーザー攻撃について知っていたと見て良い。
それで今回も、レーザー攻撃を受けたと判断したのだろう。残念だが違う。
ブライトイーグルはずっと浮いていて、生物ではないので、餌も採らない。エネルギーの補給も必要ない。
だからこそに、触覚もない。
故に、ワイヤーが巻き付いたときに気づきすらしなかったし。
今もどうやって焼かれて死んでいるのか、理解出来ていないのだ。
今までで、一番圧倒的な勝利、で終わってくれれば良いが。
凄まじい勢いで上空に飛ぶブライトイーグル。悲鳴が辺りを蹂躙する。硝子をひっかくよりも凄まじい音で、思わず眉をひそめる。
周囲にいるブライトイーグルに危険を知らせているのか。
「キャノンレオン出現! 位置B114戦区!」
「此方呉美少尉! 対応します!」
「いえ、それが……!」
二体同時に、同じ場所に出たと通信がある。
まずいな。
そう判断するより先に、広瀬中将が指示を飛ばす。斬魔剣を即座にもう一両出す。呉美少尉ほどでは無いが、それなりの実績がある人物が操縦している。それに、戦車だろうが螺旋穿孔砲だろうが、キャノンレオン相手には無力だ。
味方が後退し始める。
敢えてゆっくり進んでくるキャノンレオンは、明確に超世王に向かって進んできている。更に、良くない事が起きる。
急降下してきたブライトイーグルが、半ば溶けながら、今までで最大出力のEMPをぶっ放してきたのだ。それは戦場全域の電子機器を沈黙させるのに充分だった。
超世王は無事だが、その瞬間戦術リンクが切れ、指揮車両が置物化する。まずいなと思いながら、即座に戦況を確認。
今まで広瀬中将の名人芸で戦況を支えていた第二師団だが。耐えられるか。
いや、違う。相手の狙いは第一師団だ。
いきなり小型種が移動を開始。後方で支援している第一師団に、一斉に襲いかかり始める。
第二師団は電子機器の復旧に全力で取り組んでいるが、それも数分はかかる。雪崩のように小型種が襲いかかる第一師団。勿論それぞれ前線の部隊が、狙撃大隊を中心に迎え撃っているが、それも限界がある。
何カ所かの前線が小型種に接触されたようだ。
これはまた大きな被害が出る。
それだけじゃない。
広瀬中将の指揮車両に、ブライトイーグルが突撃していく。上空から、獲物を狙う猛禽のように。
溶けかけたその体は、それでもなお音速を超えている。
広瀬中将が、指揮車両を捨てて逃げる。
だが、遅いといわんばかりに。
体を半ば崩壊させつつ、ブライトイーグルが指揮車両に自爆特攻を成功させていた。
巨大な爆発が起きた。
大混乱が更に加速する中、キャノンレオンが走り出す。これは本格的にまずい。第二師団に対して、二体のキャノンレオンが同時攻撃を仕掛けたら、恐らく五分もかからず全滅する。
通信を試みるが無駄だ。
まだEMPで機能不全になっている。
斬魔剣もこれでは動かないだろう。
今、斬魔剣を装備している40式は走りながら全力で復旧をしているだろうが。それでも間に合うかどうか。
コックピットを出ようとした瞬間。
光学探知センサが、更なる状況の悪化を告げてくる。
予想通り二体目出現だ。
ブライトイーグルが来る。前に大阪湾にいた個体らしい。それがマッハコーンを作りながら、こっちに迫っているという。
「整備班、急いでください」
「了解!」
さっきの攻撃時のデータを見る。
ブライトイーグルは、あの時間だけで同類になんとかビームの実態を伝えられたとは考えにくい。
だとすると、同じ戦術は使えるはずだが。しかしそれで音速でこっちに飛んできているブライトイーグルを斃せるかどうか。
更に、ブライトイーグルにワイヤーが巻き付いてから、奴を斃すまでに掛かった時間は二分三十秒。
それでは遅すぎる。
恐らくだが、そんなに掛かっていたらもう一発EMPを叩き込まれる。そうなったら、終わりだろう。
「此方呉美少尉」
「!」
「キャノンレオンを捕捉。 電子機器類復旧。 斬魔剣、投射します」
通信が聞こえているのは菜々美だけの筈だ。
だとすると、キャノンレオンが二体いて、一体に直撃させられたとしても、もう一体から攻撃を受けることを前提に攻撃すると言う事か。
呉美玲奈少尉は優秀な兵士だった。
こんな所で失う訳にはいかない。だが、今のこの状況、どうにも出来ない。ぐっと歯を噛む。
通信が入った。
「此方広瀬中将」
「!」
「畑中中佐は、ブライトイーグルの二体目の迎撃に専念してください。 第二指揮車両に移動し、指揮を再開します。 電子機器が復旧した戦力から、逐一連絡を。 作戦指示をします」
よし、広瀬中将は無事か。
いや、あの声。
恐らく深手を受けている筈だ。だが、それを今は心配している余裕は無い。
菜々美は二体目のブライトイーグルに集中。
来ている。
大阪湾を越えて、こっちに向かっている。
飛来する角度、よし。
完璧にタイミングを合わせる。そして今度は、反陽子ビームの出力を、さっきよりも上げる。
実は最初の設定は、安全策だった。
姉がいうには、これであれば確実に斃せるというものだったのだ。確かに斃せたが、被害も尋常では無かった。
出力を上げると、それだけブライトイーグルを焼き切る速度も上がる。だが。その代わりとして、ワイヤーが熱で崩壊してしまう可能性も上がるということだ。つまり、一か八かである。
「此方第十四工兵! ワイヤーの接続交換、完了しました!」
「すぐに離れてください」
そのまま調整。
出力を上げる。角度、威力を確認。幾つかの計器に目を通しながら、舌なめずりする。
このワイヤーの性能を信じろ。
そもそもとして、このワイヤーは消音性を作ってはいるが、それでも音は出る。だが、音が出ても航空兵器ほどではないし。何よりブライトイーグルに気付かれても問題はない。問題は、ブライトイーグル自身が現在放っている衝撃波である。それを止めないと、極めてまずい。
広瀬中将に連絡。
すぐに対応してくれる。
即座に上空に撃ち出されたのは、まだプロトタイプの……イエローサーペントとの戦闘で使われた、ただ撃てるだけの斬魔剣だ。何かの役に立つかということで、持ち出されていた。
幾つかのモニタに、地獄絵図が映り込んでいる。キャノンレオンが砲撃して、どこかの連隊がまるごと消し飛んだようだ。しかも二体が暴れている。呉美少尉は無事か。もう一機の斬魔剣搭載40式は。
いや、今は気にしてはまずい。
上空で、ブライトイーグルが斬魔剣に反応。いきなり速度を0にする。あり得ない挙動だが。此奴らならやりかねない。
そして、ぐんとまた加速すると、琵琶湖に向かってくる。速度は時速700qというところか。
ブライトイーグルの速度は巡航速度でマッハ6くらいは出る筈で、それから比べると亀の歩みに等しい。
だが、それでも当てるのは難しい。
それだとしてもやるのだ。
ワイヤー撃ち出しの速度などを調整。角度も調整。毎秒ごとに調整する。二匹目のブライトイーグルは、少し高めに飛んでいる。これはひょっとすると対地攻撃……低空での音速飛行に切り替えてくる可能性がある。
いうまでもなくそんな事をされれば地上にいる部隊なんて壊滅だ。
激しい揺動。
恐らく散弾として飛ばされたキャノンレオンの攻撃が、近くに着弾したのだ。無線に悲鳴と救援要請が飛び交っている。
呉美少尉は無事か。
いや、今は集中しろ。全ての音を断って、ブライトイーグルを倒す。
調整完了。
相手の位置、よし。
向かってくるブライトイーグルに、ワイヤー射出。そして、一気に引く。それで、ブライトイーグルに、ワイヤーが巻き付く。
三度回転して、それで食い込んだワイヤー。ぴたりとブライトイーグルが止まる。よし、出力を上げた陽電子ビームを。
そう思った瞬間、ブライトイーグルがいきなり急上昇し始めた。
凄まじい勢いでワイヤーが巻き取られていく。
出力全開で、反陽子ビームを叩き込む。一気にワイヤーが過熱していく、筈だ。だが、オペレーターの声は聞こえない。基地局が潰されたか、それとも。
ガンと、凄まじい音がする。
そもそも今回、三対の足でこの機体を支えているのは、このワイヤー制御のためだ。ワイヤーを微細に投擲し、更には巻き付いたワイヤーを相手に固定するために、この三対の足で超世王を極めて緻密に制御しなければならなかった。その足が、浮き上がる。更に上昇するブライトイーグル。後数秒、持たせないといけない。
ワイヤー、もってくれ。
出力はこれ以上上げられない。短時間でワイヤーが融解したら、意味がないのだ。負荷は全て超世王に行くように、機体設計がしてある。ぐんと、浮き上がる感触。足で必死に踏ん張るが、それでも機体が明らかに引き上げられる。
現時点で超世王は相当な重量がある筈だが、それを余裕で持ち上げる馬力がブライトイーグルにはある訳だ。しかも、今奴の体は、超高熱で焼かれている最中である。凄まじい悲鳴が聞こえてきている。
ワイヤーのダメージが表示されている。ダメだあと少し耐えろ。必死に態勢を維持するが、ブライトイーグルの馬力の方が上。ついに機体が引きずられる。引きずられる先は、琵琶湖だ。
まずい。
琵琶湖に放り込まれでもしたら、ブルーカイマンだけではない。イエローサーペントにソニックブームを叩き込まれて即死だろう。
流石に冷や汗が出る。
後何秒。
そう思って、計器を確認。流し込んだ反陽子の量から考えて、後五秒耐えないと。だが、それが果てしなく長く感じる。
あと少し。
菜々美は覚悟を決めると、一気にふっと力を緩めさせた。
ぐんと上空に超世王が引っ張られる。
ブライトイーグルが、それで態勢を崩したのだろう。逆にそれで、地面に激しく叩き付けられていた。
肺が潰れるかと思った。
全身がシートに叩き付けられて、何も考えられなくなる。だが、震える手で、必死にレバーを引き、ワイヤーをパージした。
同時に、上空で、ブライトイーグルが無茶苦茶に飛び始めるのが分かった。それは、名前よりも遙かに輝いていた。
そして、炸裂する。
EMPをまき散らす余裕さえなかった。極めて厳しい状態だったが、それでも二体目を仕留めた。
呼吸を整えながら、戦況を見る。
見た。斬魔剣で串刺しにされたキャノンレオン。今、消えて行っている所だ。これは、斬魔剣で串刺しにされて、最後の攻撃としてあの散弾を撃ってきたのか。
もう一体は、既に倒されていたようだ。
呉美玲奈少尉がやってくれたようである。
味方も反撃に転じている。だが、被害は恐らく今までで最大になるだろうな。そう思いながら、菜々美は意識を手放していた。
ついに、空を支配していた飛翔種の撃破に成功。
それで、わっと戦場が湧くが。
救急車で、横たえられながら指揮を取っていた広瀬中将は、人工呼吸器をつけられていた。
左手が吹っ飛ばされた。
あの爆発によるものでだ。
それでも指揮を執り続けた。
今、第一師団を食い荒らしていた小型シャドウが、撤退を開始している。深追いをしないように命令を出すと、後は医者に黙っていろと言われて。それで人工呼吸器をつけられたのだ。
輸血も始まっている。
左手はこれから義手だろう。というか、あの爆発で生きていたこと自体が不思議なくらいだったのだ。
兵士の一人が、広瀬中将を突き飛ばした。
それで助かったのだと思う。
吹っ飛ばされて、それで空中に投げ出されて、地面に叩き付けられて。その後の事は数分記憶に無い。
意識がはっきりしたときには、既に看護士が来て、担架と叫んでいた。
それで指揮に戻ったのだが。
しばらくは絶対安静だと、医師が額に青筋を浮かべていた。まあそれが普通の反応だろうなと思う。
病院に運ばれる。
その途中で聞かされたが、今回の会戦での死者は3500人。
キャノンレオンの砲撃で、展開していた連隊が四つ壊滅。これに加えてEMPによる混乱での死者、小型による第一師団への被害。これらを総合してのものらしい。いずれにしても、飛翔種二体を倒すという空前の戦果には、それだけの被害が伴ったと言う事である。被害のうち、第二師団の被害は1400人。残りは第一師団と言う事だった。
これでまた、第四師団から兵を回して貰わないといけなくなる。
それにそもそもとして、今回の戦闘に参加した人員は、第二、第一、第三の一部。合計21000人ほど。
つまり被害一割を超えている。
戦略的には勝利かも知れないが、はっきりいってこれは負けだ。
激しい痛みで何度か気絶して。目が覚めたときには病院だった。綺麗に消し飛んだ左腕。それに左の肋骨もかなり折れている。しばらくは絶対安静だそうである。足の骨も折れているそうだ。
義手については、クローン技術を利用して、ほぼもとのものが造れるらしいのだが。
これに関しては、たくさん簡単に造れるようなものでもない。
たくさんの屍の上にいて。
血の池に浮かんでいる。
そう思って、広瀬は悲しくなった。
だが、事後処理をしなければならない。
市川は無事だ。まずは呼んで、事後処理をできる限り頼む。決済が必要な書類については持ってこさせる。
医師が絶対安静だと言ったが、医師に決済の印を押して貰う。内容を見るくらいはいいだろうと納得させた。
それからMRIやらCTやらを受けて、更に何度か手術を受けた。負傷者が少ないのが対シャドウ戦の特徴だが、それでもたくさん兵士が軍病院にいる。
もっと上手く指揮を出来ていれば。
そう思う。
だが、ブライトイーグルには未知の能力だって多い。今までどれだけの空軍が奴に葬られたのかさえ分からない。
その無敵伝説の歴史を終わらせたのだ。
一週間ほどして、体調が安定し始める。
医師はまだ仕事はしないようにと言ってくるが、一応確認しておかなければならないことがある。
「畑中中佐は無事ですか」
「どうにか。 例の凄い名前のスーパーロボット?はほぼ全損に近い有様だという話ですが、軽傷で済んだそうです」
「……分かりました。 良かった」
「貴方はただでさえ内臓に疾患を抱えています。 今は治療に専念して、他人の事は後で考えてください」
医師の言う事ももっともだが。
今回の作戦で実質上に総指揮を執った広瀬の責任は大きい。敗軍の将と言ってもいい。しばらく、ぼんやりとしていると。
市川が来た。
「広瀬中将。 辞令を持って来ました」
「見せていただけますか」
「勿論。 此方になります」
広瀬史路中将を、本日付で大将に任ずる。中型シャドウとの戦功著しく、人類の勝利に大きく貢献したため。
復帰し次第、現在存在する第一から第四師団をまとめた日本駐留第一軍団の司令官となるように。
それを見て、溜息が出た。
敗軍の将への出世か。
英雄を作る事で、敗戦から目をそらさせるのが目的と言う訳だ。実際問題、どうにか飛翔種シャドウを倒し、更にはキャノンレオンを倒せると証明したが。その代償はあまりにも大きかった。
畑中中佐を失わなかったことだけが僥倖だ。
それ以外、広瀬が出来た事など、何一つない。
幾つか打ち合わせをした後、医者にまた色々と文句を言われた。体を休めることに集中しろと。
時間がどうしても余るので、一応SNSを確認する。テレビがメディアとして死んで久しく、今では何かしらの情報を漁る場合SNSを見るしかない。
やはりニュースは大勝利一色で染まっていた。
広瀬に対する神格化の流れまであるようで、軍神とか言われている。はっきり言って迷惑極まりない。
何が軍神なものか。
一割以上の兵士を死なせてしまった愚か者だ。
誰もに人生と未来があったのに。それが、何を好き勝手な事を言っているのか。それだけしか言葉が出てこない。
無言で口をつぐむ。
そして、しばらくはベッドに背中を預けることにした。
一月ほどで義手が出来るらしい。体に馴染むまで更に一月ほどだそうだ。また、広瀬の遺伝子データを使って、子供を作りたいとGDFから連絡が来ている。勝手にしろとしかいえない。
いまだに優生論なんかに捕らわれていて馬鹿じゃ無いのか。
しかも広瀬は新生病で、解明できていない内臓疾患持ちだ。その遺伝子を受け継いだ人間なんて、リスクしかないと思うが。
もういい。
今は怒るべきじゃない。
今回の情報を糧に、更に効率よく敵を斃せるように。中型シャドウの無敵時代を終わらせるように。
あらゆる布石を打っていくしか無い。
畑中姉妹だって、いつまでいてくれるか分からないのだ。どっちが欠けてもシャドウには勝てなくなる。
だからこそに。少しでも広瀬が、二人の負担を減らさなければならなかった。
4、無能の仕事
天津原はGDFの代表として、各国の代表と会談をしていた。
飛翔種の撃破。
史上最大の戦果。
それと同時に、神戸を守る四個師団の総戦力一割を超える被害。このため、補填が急務だった。
これに対して、各国の対応は冷ややかだった。
現在、もっとも大きな人間が暮らしている街が神戸だが、これは半地下都市であり、それについては他の人間の都市もそうだ。或いは離島であったりする。シャドウが出たら、半地下だろうか地上だろうがひとたまりもないのだが。
それはそれとして、飛翔種のEMPのターゲットにされないということで、地下に移行して、成功した都市の代表が神戸であり。
それに倣って他の都市も地下に移行。
その過程で。
多数の民間人を切り捨てた都市も多かった。
皮肉な話で、そういった都市が真っ先にシャドウに潰されたのだが。それについてはどうでもいい。
問題は、神戸だけでは物資が足りないと言う事だ。
今でも細々と海路で補給路は存在しており、もっとも苛烈にシャドウと戦っている神戸には輸送船が命がけで来る。
勿論それらがイエローサーペントなどの海棲中型シャドウに襲われる事も多く。年々船舶は減る一方なのだが。
それはそれとしても、なおも物資はいるのだ。
だから天津原は、調整をしなければならない。
それに対して、各国は冷淡である。
自分達の国に秘密兵器を寄越せ。
それでシャドウを退治しろ。
そういった命令を直接出してくる。
中にはシャドウ撃破の最大貢献をしたのは我が国だから、GDFの主導権を寄越せとかいう国もいるし。
神戸近辺を我が国の領土にするとか息巻いている国まである。
そういった連中をどうにか宥めながら。
物資を集めなければならないのが天津原の苦しいところだった。
日本の幾つかある離島とも、やりとりをしなければならない。流石に小規模な離島ではもはや現在空海ともに行く手段が存在しておらず。
それらの離島にはどうにか通信がつながった場合、連絡をするくらいしか出来る事はない。
最近はそういった離島にシャドウが出る事はないが。
それでももしも離島に一体でもシャドウが出たら、それでおしまいになる可能性が高いのだ。
手を打たなければならない。
あらゆる重圧が、能力がある訳でも無い天津原に掛かっていた。
ため息をつくと、胃薬を飲む。
二世議員なんていうが。
親が金と地盤と知名度があっただけ。
他に大した対立候補がいたわけでもなかった。
天津原が神戸市長になった頃は、世界中があらゆる意味で滅茶苦茶になっていた。貧富の格差の拡大。安かろう悪かろうの精神の蔓延によるあらゆるテクノロジーの劣化。国家がマフィアの同類と化して、その場さえ良ければいいと考えて、ありとあらゆる搾取と不義理を働く状況。国内の不満を逸らすための軍事的冒険。全てがシャドウが来なくても、地球は近いうちに滅びていた事を示していた。
天津原はそんな中で、たまたま市長になっただけ。
シャドウが出てからは、国からの指示で都市の地下かを進めたが、そうしている主要都市が悉くシャドウに潰されていった。はっきりいって、神戸が潰されなかった理由がわからない。
ただ生き延びただけの無能。
それは天津原も自分で分かっていた。
今だって、この席を譲れるなら譲りたいくらいである。
だが、こんな状況でもまだ自分の利権を確保したい連中が、GDFのスポンサーになって好きかって言っている。
連中の中にはシャドウを舐めきっていて、自分の国に畑中博士がいればすぐにでもシャドウを殲滅できると考えているものまでいる。
そんな連中がGDFの代表になったら終わりだ。
今は兎に角、大きな打撃を受けた部隊を再建するしかない。
とにかく物資を回させて、部隊の再建を急がせていると、連絡が入る。もう誰にも会いたくない。
恐らく鬱病になっているのだと思う。
それでも、仕事を辞められないのが悲しかった。
「だれかね」
「広瀬中将です。 ああ、大将でしたね」
「広瀬君か。 早く体を治してくれたまえ。 私の方では、各国を抑えておくだけで精一杯なんだ」
「そうでしょうね。 それに、もっと大規模な画期的勝利を各国は求めているんじゃないですか?」
その通りだ。
広瀬は本物の英雄だと、天津原は考えている。だから、考えが見透かされる事も不愉快ではなかった。
「シャドウをまとめて倒すような方法はないのかね」
「不可能です。 そもそも奴らが最初アメリカに現れたとき、どうやって現れたかさえ分かっていません。 その後世界中に現れた時だって同じです。 最近だって、琵琶湖にイエローサーペントが現れています。 ひょっとすると、神戸の地下街にいきなり小型種が現れる可能性だってあります」
「やめてくれ。 そんなことになったら、もう何もかも終わりだ」
「……シャドウを迂闊に刺激する事は、人間を破滅させることだと各国を説得してください。 畑中姉妹が頑張ってくれてはいます。 ですが、二人とも人間です。 私もそれは同じ。 とにかく今は、シャドウを倒せる方法の蓄積と、シャドウの解明が急務です。 無能な強欲者達は抑えてください。 それだけです」
通話が終わる。
分かっている。
無能なのは天津原も同じだ。汚職だってしたし、とても人には言えないようなスキャンダルだって抱えている。
何より天津原はいわゆる裏口入学で有名大学に入った。それは墓の下まで持っていきたい事だ。エリート教育の本場である北米でさえ行われている裏口入学。天津原みたいな凡人がやっていないわけもなく。
そしてどの国も腐りきっていたシャドウの発生前には。
金持ちはそういう事をしながら、優生論を貴んでいたりしたのだった。
溜息しか出ない。
腐った三流の政治家……いや政治家ですらない政治屋である事は自覚できている。そして各国の今の代表者は。
人間の数が全盛期の1%をだいぶ下回った今ですら、殆ど性根は変わっていない。
シャドウがもしも本気で攻めてきたら。
神戸だってひとたまりも無く陥落してしまうだろう。
特にどうやっても勝ち目が全く見えないとさえ言われる大型シャドウがもしも此方に来たりしたら。
はっきりいって考えたくも無かった。
机から取りだしたのは、いざという時のためにおいてある自殺用のクスリだ。
シャドウが神戸の地下に出たり。
或いは大型が此方に向かってきて、畑中博士が対応が無理だと言った場合。その時は飲もうと考えている。
自分の意思では何もできなかった人生だったが。
死に方くらいは自分で選ぶ。
天津原は、そういう考えでいるのだった。
(続)
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