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穿て海の暴王
序、海中の暴君
古くから語り継がれる海の怪物には巨大なものが多い。実際大型の海中生物には、シロナガスクジラのように全長34メートルにも達する者がいる。それらを誤認すれば、更に巨大な生物と勘違いする事もあるだろう。
更には既に絶滅した鯨には、これを上回る者がいたともいう説があり。
海で生物は浮力を用いて巨大化できる事もあり。
古くから多くの海の巨大な怪物が、世界中で伝承として残されてきた。
シーサーペントはその一つ。
馬のような顔をしているなどと色々な話があるが。多くの場合はアシカなどの誤認ではないかと言われてもいる。
ただ、その正体にはいまだ色々な議論もあり。
まだ何かしらの生物がいたのではないか、という話もあるようだ。
ただし。今のシャドウに支配された世界には。
それらの伝承など及びもつかない怪物がいる。
特に中型シャドウのなかで、もっとも猛威を振るった一体として知られるのが、イエローサーペントである。
これは文字通り黄色い色をした巨大な海獣なのだが。海蛇というわけではなく、十六に達する足を持ち。それでいながら、体は滑らかで、節足動物とは似ていない。顔は鋭く鋭角になっていて。
問題はこれが、おぞましいまでの火力を有することだ。
米国の最強艦隊といえば、一隻で中小国の軍事力に匹敵するとまで言われる原子力空母を有する空母打撃群であり。
特に第七艦隊は、最強とずっと言われ続けて来た。
その第七艦隊を、単騎で全滅させたのが、このイエローサーペントである。
このイエローサーペントについては研究が進んでいないのだが、分かっているのは全長二十五メートル、胴回り四メートルほどと、かなり寸胴な隊形をしていること。そして、非常識な攻撃力と、海中移動速度を有している事である。
この海中移動速度が最大の問題なのだ。
海中での移動で音速を超えるのである。あくまで水の中基準での音速だが。水の中では音速はかなり遅くなるのだが、問題は音速を超えることでソニックブームが生じること。これによって、戦闘用船の類は、イエローサーペントが泳いでいるだけで滅茶苦茶にされるのだ。
しかもイエローサーペントはどうやってかこのソニックブームを操作する事ができるらしく。
第七艦隊が全滅した戦闘では、このソニックブームによる被害が生じたのは、戦場だけだった。
つまり音速で海中を動き回り、それを艦隊に向けて叩き付けて来るのである。
更にこのソニックブームを指向させて放つ事も出来るため。
遠距離にいる輸送船などが、いきなり巨大な波に襲われて転覆する等の攻撃を受けることもある。
また感覚も鋭敏で、潜水艦なども発見しては、同じように衝撃波を叩き込んで叩き潰してしまう。
第七艦隊が壊滅するまで僅か数分。
原子力空母が一撃で真っ二つにされて轟沈する様子は、悪夢とまで言われている程の映像だ。
勿論空母打撃群は多数の軍用機も積んでいるのだが。
それらは飛翔種のシャドウに無力極まりない。
空に加えて、海でも人間はシャドウには勝てない。
特に海は、元々人間が全てを支配していた訳でもなんでもない。今では我が物顔に泳ぎ回るイエローサーペントの縄張りをこそこそ伺いながら。
輸送船を。出来るだけ消音で進ませて。物資や人員を輸送するしかない。それが現在の人間の有様なのだ。
情けない話ではあるが。
ただ、陸上でも人間は5000万まで撃ち減らされている。それを考えると、行動が限定されていた海での移動について制限されているのは、まだマシなのかも知れないのだけれども。
とりあえず、作戦会議の前にイエローサーペントの資料映像が幾つか出される。
勿論ドローンの類も無力だ。
近付く前に破壊されてしまうので、主にごく短時間戦闘時に撮影され、オンラインで共有された映像などが資料として使われる。
いずれもがあまりにも圧倒的。
戦闘用の艦船が、玩具のように打ち砕かれていく様子は。当時の海軍関係者を絶望させるのには充分だったのだと。今でもよく分かるおぞましい破壊力だ。
畑中直子はこれらの映像を映した後、咳払いする。
「イエローサーペントがいる海域には飛翔種が存在しており、対潜ヘリなどでの攻撃は不可能です。 かといって縄張りに船を進めれば五秒ともたないでしょう。 原子力空母でさえ切り裂くソニックブームの一撃は、戦艦だろうがなんだろうがひとたまりもありませんので」
「例のヒヒイロなんとか装甲でも無理かね」
「無理ですね」
即答されて、GDF代表の天津原は嘆息する。
畑中博士としては、まずは今まで人類が蓄積してきた戦術が通用しないことを此処で示さないといけないのだ。
実際問題、イエローサーペント相手には、今まで米軍だけではなく。先進国と言われる国家の艦隊が一度ならず挑戦し。
その度に悉く惨敗してきているのである。
それだけ凄まじい相手なのだ。
キャノンレオンやランスタートルも難攻不落の敵であったが。それらとも更にステージが違う。
飛翔種のシャドウは更にその上を行く。
人間の使う航空技術を悉く無効化してくるのである。とにかく戦闘の土俵に立てないのだ。
「艦船で戦えないのだとすると、どうするのかね。 地上からのミサイルなどによる攻撃も、悉く効果を示さなかった筈だが」
「飛翔種が護衛についていますからね。 ミサイルなどは届く以前の問題で無力化されています」
「ではどうするのかね」
「まず相手に気付かれずに接近することが重要です」
まあ、それはそうだろうな。
誰もがそう思うだろう。
だが、畑中博士の発想は、それとはちょっと違っていた。
「イエローサーペントは多数の目標に精確にソニックブームを指向させて命中させています。 これはかろうじて対潜ヘリからの攻撃が行われた例がある第七艦隊との交戦時にも分かっていますが、対潜ヘリから放たれた攻撃は、海中に着弾すると同時に炸裂しているのが確認されています」
「極めて鋭敏だと言うことかね」
「そうなります。 ゆえに!」
また、プレゼンが始まる。
意味不明の絵が描かれているパワポ。その場の全員が真っ青になる。またこれが始まるのか。
そう顔に書いている皆に、畑中博士は、その絵が誰にでもわかりやすいと信じて疑わない顔で言うのだった。
「この図で分かりやすいように、自衛隊で最後に開発していた潜水艦である38式潜水艦……これは正式名が最後までつきませんでしたが。 この技術を私が発展させて、新しい超世王セイバージャッジメントの体とします!」
「いや、新しく作り直した方が良いのではないのかね」
「スーパーロボットというものは、どれだけ傷ついても立ち上がるものなのです!」
「……」
皆黙り込む中。
畑中博士は、嬉しそうにプレゼンをする。
「この潜水艦は当時全世界で最高水準のステルス性能を有していました。 潜水艦におけるステルスには幾つか要素がありますが、今回は音を完全に排除します。 イエローサーペントは様々な調査をした結果、人間とその艦船以外には一切攻撃をしないことが分かっています。 鯨などにも、一切攻撃をしていません。 大きさ的には人間の艦船に迫るものもいるのにです。 それらから、イエローサーペントは形状ではなく、音によって異常を察知している。 そう結論出来ます」
「う、うむ。 それで、その潜水艦は一から作るのかね」
「いえ、呉で放棄されていたものを、極秘で回収しています。 現在紀伊半島に仮設した軍港に係留しており、これを用います」
「なるほど……」
ともかくだ。
それで一気に近付いて、倒すというわけだと博士は説明。
倒す装備についても、既に考えているようだった。
「今度使う武器はこれです! ハイパースラッシュドリル!」
「……」
「ハイパースラッシュドリルです!」
「わ、分かった。 説明をしてくれるかな」
天津原代表が促すので、畑中博士が説明を開始する。
まず接近する。
そしてなんとかドリルを叩き込む。それらの説明を受けた後、珍しく挙手したのは。この間のランスタートル戦でも見事な指揮を取った広瀬中将だった。
「GDFの戦闘部隊で何かしら支援は出来ますか」
「勿論お願いいたします。 この作戦で問題なのは飛翔種です。 飛翔種には残念ながら現在有効な攻撃手段が存在していません。 ドローンは使うだけ無駄。 有人の戦闘機も厳しいでしょう。 何かしらの手段で、飛翔種の気を引くだけでかまわない。 データを取ることが出来れば、なおさら良いでしょう」
「分かりました。 此方で作戦を練ります」
みながほっとしている。
広瀬中将の指揮能力は、この間の対ランスタートル戦で、損害を半減させたとまで言われているのだ。
まだ若いが、それでも中将をしているだけの事はある。
GDFの次の総司令は広瀬中将がいいと言う声も上がっている。
それはそれとして。
まだ畑中博士の説明は続く。
「飛翔種の気を引き、イエローサーペントに接近できたとして。 まだ問題が幾つかあります」
「まだあるのかね」
「これは第七艦隊との戦闘の記録なのですが、これを見る限り、イエローサーペントの至近に大型の爆雷が何度か直撃しています。 これらは装甲に守られた大型艦を轟沈させるレベルの火力を有していますが、それでもイエローサーペントには傷をつけられていません。 勿論他のシャドウ同様に、プラズマによる高熱を長時間浴びせないと斃せないだけという可能性もあるのですが、まだ未知の防御手段を有している可能性があります。 それを検証しなければなりません。 時間が必要です」
三ヶ月。
それで画期的な成果を出せ。
そういう各国の代表からの要望だ。
勿論各国の窮状も分かる。
だが明らかに。畑中博士は、時間が更に必要だという話をしている。
それに対して、広瀬中将が咳払いしていた。
「私も同感です。 三ヶ月というのは無理がある。 立て続けに各地で大きな被害を出していたキャノンレオンとランスタートルを倒す事に成功しているのです。 現在斬魔剣やバーンブレイクナックルの、量産化も始まっている様子。 であれば、海の王者と化しているイエローサーペントの撃破には、もう少し時間を見るべきかと思いますが」
「同感」
増田中将も同意する。
それを受けて、天津原代表は額の汗を拭う。元々小心さが見え隠れてしているこの代表は、本来はこんな地位に就くような人間ではない。ただ神戸の市長で、それでたまたま生き残っただけ。
日本の民主政治は他の国と同様、シャドウが現れた頃には腐敗しきっていたが。
天津原も典型的な二世政治家で、いわゆる三バン。金、地盤、知名度で市長になっただけの凡人に過ぎず。
今では重圧に押し潰されながら、周囲の顔色を窺っている哀れな人物に過ぎなかった。
「分かった。 此方からも相談はして見る。 だが、それでも厳しい事は理解しておいてほしい」
「……では、後は具体的な作戦について」
畑中博士の説明を受けて、師団長達は皆納得したようだった。
今回は、飛翔種を引きつける以外には、各師団は動かない。問題は飛翔種が危険極まりない事だ。
刺激しすぎると、師団が壊滅するレベルのダメージを受けかねない。
現在第一師団、第四師団が必死の再建を進めているが。クローンはかろうじて作れるようになった今だが。クローンから都合良く成人を作れる訳でもなく。更に言えば、いわゆる遺伝子強化兵の類も作る事には成功していない。
人口を減らすのを防ぐためにクローン技術は主に用いられており、クローンと普通の人々の軋轢、教育などで、問題があまりにも多い状態だ。
技術が色々と足りなすぎるのだ。
プレゼンが終わって、要人が出ていく。
畑中博士のプレゼンの片付けを、助手の三池が手伝う。そうしていると、広瀬中将が話しかけていた。
「今回も畑中中佐に任せるんですか」
「当然よ。 あの子以外に超世王セイバージャッジメントを扱えないのだから」
「はあ、まあ確かにそうでしょうが。 毎度かなりの負担を掛けていると思います。 更に言えば、今回はいつも以上に厳しいことになるでしょう」
海中戦は過酷だ。
潜水艦は一発でも貰ったらアウトという非常に厳しいもので。そういう意味では航空機よりも生存率が低いかも知れない。
大阪湾にいるイエローサーペントは一体だけだが、もしも二体目が現れた場合は、ちょっと手に負えない可能性が高い。
戦闘でダメージを受けて超世王セイバージャッジメントが浮上できなくなった場合は、回収はどうするのか。
畑中中佐を失うのは、今後の作戦に大きなダメージを与えるだろう。
そう広瀬中将が丁寧に説明すると。
髪をふわさっと掻き上げながら、容姿だけは100点の畑中博士は応じる。
「大丈夫。 あの子は毎回生還するんだから。 ……海兵隊にいたとき、あの子は小型シャドウを実力で一体倒した事でねたまれてね。 作戦行動中に、安全圏ではない場所に置き去りにされたことがあったの」
「!」
まあ、マッチョイズムなんか信仰している集団だ。
虐めはされる方が悪いとか、大まじめに考えているだろう。
それで畑中中佐は放り出されたまま、単独で歩いて基地まで戻る事になった。その途中で襲われたシャドウ……ブラックウルフだが。これも単騎で倒して戻ったのだ。
この事件がきっかけになって、最初の撃破がまぐれでは無い事が判明。第一師団に所属が移ることになった。
ちなみに海兵隊では最後までこの事件の非を認めず、それどころか二回目のシャドウ撃破もまぐれだと言い張った。
畑中中佐を……当時は軍曹だったが。荒野に放り出した連中が、ファーマー大佐の個人的な関係がある身内だったから、というのも理由だったのかも知れない。
ちなみにそれらは、この間の戦闘で全員戦死したそうだが。
最後まで畑中中佐を偶然で英雄になっただけのモヤシと罵り続けていたそうだ。
「そんな事があったんですね……」
「古くは最強の部隊でも、今は其処まで墜ち果てたって言う事よ。 まあ、それでも生きて帰ったのよあの子は。 だから私は信頼しているの」
「そうですか。 分かりました。 今までの戦況からして、かなり大きなダメージを受ける可能性は高いと判断します。 救命用の潜水艇を用意します。 大阪湾は200m程度しか水深がないので、もしも座礁しても充分に救助可能な可能性はあります」
「お願いするわ」
一礼すると、二人は離れる。
畑中博士は、そのまま新しく作られた港に急ぐ。とはいっても、プレハブの急造で、しかもこの間の戦闘でシャドウがいなくなった地域にある入り江の中にあるものだが。
三池が運転するバギーで現地に急ぎ。
現地で回収してきた38式潜水艦を確認。かなり長期間放置されていたが、充分に使える。
畑中博士は。即座に構造を理解していた。
「これはいい潜水艦だわ。 現在わずかにいる来鯨型よりも次の世代の潜水艦なだけはあるわね」
「シャドウとの戦闘中に作られたものです。 戦況の逆転を計ったもののようですが、それでも……」
「同型艦の生き残りはこの子だけと」
今回作るのは、これをベースにしたものだ。
これそのものを使うわけではない。形状は理解した。後は、一人乗り。更にはハイパースラッシュドリルを搭載する機構を投入する必要がある。
海の中での音というのは響きやすい。鯨などの鳴き声などは、とんでもない距離まで届いたりする。
イエローサーペントの悲鳴も、同種に届くかも知れない。
イエローサーペントは同じ戦場に複数が現れた記録がある。そうならないとは言い切れないのだ。
あまり戦闘に時間を掛けるわけにはいかないし。
ましてや超世王セイバージャッジメントが沈没した場合。救出や引き上げに時間も掛けられないだろう。
これ自体は、そのまま使う事はない。
資材を受け取ると、すぐに超世王セイバージャッジメントの再構築を開始する。畑中博士の頭の中には、近代の工学技術があらかた入っていて、いつでも使いこなせる。そういう点では、生半可なAIによる支援ツールですら畑中博士にはかなわない。
しかも最終的な結実点が頭の中にあって、それを途中経過を説明せずにつくるので、いつも整備班は理解不能なものを作らされて疲弊する。
それをみて三池はいつも小言をいうのだが。
実際に今まで幾つも画期的な成果を上げており。
何よりも小言をいうのを仕事と割切っているので。本気で文句を言っているのではないのだ。
程なくして、呼ばれて畑中中佐が来る。
完全な潜水艦を見て、しばらく黙り込んでいたが。
誰もが思っていることを口にしていた。
「最早これ、潜水艦であってスーパーロボットじゃないのでは?」
「大丈夫。 スーパーロボットはハートだからよ!」
「意味が分からないのだけど……」
「何度ぼろぼろになっても立ち上がる。 それこそがスーパーロボット! そもそもリアルロボットの定義だって曖昧なのだし。 その精神性こそがスーパーロボットであればいいのよ!」
そう力説する畑中博士。
ともかくそれの真偽はともかくとして、今は中型でも厄介極まりない……多くの被害を今も出し続けているイエローサーペントを撃ち倒さなければならない。
シミュレーターについては、今回は意外と簡単だ。
一応、三池からも提案が入る。
「今回の場合は、自律制御でなんとかいけませんか」
「無理」
「即答ですね」
「イエローサーペント自体がまだ分からない事だらけで、自動制御の潜水艦だととても対応できないから。 どうしてもこういう場合は、人間が乗って臨機応変にやらないといけないの」
ため息をついている畑中中佐。
誰もがそれに同情はしているが。
それはそれとして。
イエローサーペントを斃せるようにならないと、人間に未来がないのもまた、事実なのだった。
1、それぞれの作戦
広瀬中将は部隊の再編を進めながら、それはそれとして光学探知特化の部隊を、神戸近郊に派遣していた。
今の時点で畿内の三割程度くらいしか安全圏はない。この間の紀州攻略戦で成功は収めたものの。
まだまだスカウトを出して状況を確認し。
人が移るのはそれからである。
小型種一体ですら、集落が一つ滅びるのだ。
ちいさな街が小型種一体の侵入を許しただけで、短時間で数百人の死者を出して放棄した実例すらある。
シャドウはかくも恐ろしい。
人間の生活圏を拡大するにしても、まずは安全を確認してから。更にはシャドウに対応できるようにインフラを整えてから。
しかも、だ。
現在こそ自然はどんどん回復して行っているが。
それもいつまで回復が続くかは分からない。
シャドウを倒し続ければ、それも止まるかも知れない。
地球の資源なども、シャドウがいる地点では回復の傾向が見られるという。土壌汚染や水質汚染が見る間に回復しているという話なのだ。
人間が再進出したら。
それも終わるかも知れなかった。
海兵隊の新しい司令官であるリーダス大佐が、連絡を入れてくる。
今度の司令官は四角い男達の頭目みたいだった前のファーマーと違って、ある程度協調性がある。
今だけかもしれないが。
螺旋穿孔砲の部隊への導入も積極的で。
前回の戦いで大きな被害を出した海兵隊の中でも、マッチョイズム原理主義者みたいな連中は殆ど戦死したこともある。
ある程度、再建は上手く行っているようである。
「此方海兵隊。 予定地点の偵察完了。 シャドウの姿なし」
「了解。 帰路も警戒しつつ帰還してください」
「イエッサ」
連絡も最小限だ。
新しい司令官はサイボーグではないかとか、ロボットではないかとか言われているらしいのだが。
それもなんとなく頷ける。
ただし相応に協調性を見せてくれているので、広瀬としてはこのまま上手くやっていきたいところだった。
「此方呉美玲奈准尉」
「呉美准尉、どうした」
「現在イエローサーペントを確認中。 上空に飛翔種、ブライトイーグルがいます」
「分かった。 距離を取り、近付かないようにしつつ情報をできるだけ集めよ」
この間の会戦でも26体もの小型を仕留めた玲奈准尉。非常に小柄だが、戦闘に関しては天才的なセンスがある。
狙撃の腕に関しては、歴戦の海兵隊員より上ではないかと言われていて。
小柄で身体能力が低いことを、パワードスーツで上手く補って、戦闘では冷静極まりない狙撃で敵を仕留め続けている。
それもあって、順調に出世を続けているのだが。
これには、前の戦いで多くの兵士が死んで。
彼方此方で人員が足りないという理由もある。
現在第四師団からは人員を彼方此方に流出させ、それでどうにか第一、第二師団はやっていけるようにはなったが。
第四師団は新兵を集めて訓練をしている状態で。
ここ最近の二回の戦いで大きな被害を出した事もある。新兵の集まりは悪い。クローンや人工子宮生まれの世代は珍しく無いが、それも別に他の人間と違うわけではない。広瀬中将もそうだから分かる。
軍隊に都合のいい兵士を畑から収穫なんてできないのだ。
また、シャドウに人類が壊滅させられてから一世代以上が経過しているといっても、いまだにシャドウの恐怖は健在。
それでわざわざ志願してくる兵士も限られてくる。
一応北米などから義勇軍も送られてきているが、殆ど食い詰めの難民である事も多く。兵士にされると聞かされていないと言い張ったり、脱走したり。軍紀を聞かないような者もいる。
そういった連中の再教育も急務であって。
色々と苦悩は絶えなかった。
「此方スカウト22。 小型シャドウ発見。 ブラックウルフです」
「距離を取れ。 場所を連絡せよ」
「現在偵察中のB2245地点になります」
「把握した」
映像が送られてくる。
紀伊半島の南部は更に峻険な山々と複雑な海岸線がある地帯だが、その周辺にシャドウはまだいるようだ。
そしてこれらはランスタートルが倒れた後、攻撃に加わらなかった所から見て、恐らくは別の中型の護衛をしていると見て良い。
紀伊半島といってもそれなりに大きい。
更に東に、伊勢の辺りに行くと、まだまだ多くの中型がいるのかも知れない。
そう思うと、今から慄然とさせられる。
スカウトには無理はさせない。
スカウトは基本的に熟練兵の仕事だから無理はしないとは思うが。それでも逐一指示は出しておく。
しばしして、休憩を取る。
広瀬は内臓に疾患を持っていて。これは残念ながら現在の医療では治らない。対処療法しかない。
人工子宮で生まれたり、稚拙ながらクローンで生まれた人々が希に持っている病気で、「新生病」等と言われている。
内臓に疾患があって生まれてくる病気で、どうも遺伝性のものではないらしい。遺伝子系の疾患は現在は治療が出来るのだが、それもあくまで理論上の話。そこまで病院は動いてくれていない。
二度の戦闘で勝って安全圏が拡がったのなら、そっちに移りたい。
そう言ってくる孤立した集落の人々が。連日連絡を入れてくるという報告も受けている状況だ。
色々と心労は絶えない。
ともかく薬を飲みつつ、適当に休む。
まだ若いからどうにかなっているが、年を取ったら悲惨な事になるだろう事は目に見えている。
それでもまあ、どうにかしなければならないか。
休憩を終えると、黙々と指示を出す。
呉美准尉から送られてきた映像は、イエローサーペントを舐めるように観察していて。上空にいるブライトイーグルについても同時に観察してくれている。
狙撃について相当な技量がある事からも、観察がそもそもとして得意なのかも知れないのだが。
それはそれとして、助かる。
各所に資料を送っておく。
畑中博士は兵器を作るので忙しい。
シャドウの研究を専門とする学者に、資料を送っておけば、見解が出てくる可能性もある。
いずれにしても、広瀬中将は勝つためにやるべき事を全てやっておかなければならない。
次は大規模会戦にならない可能性もあるが。
ブライトイーグルは危険な飛翔種だ。
奴を陽動で引きつけるだけでも、どれほどの損害が出る事か。今から覚悟は決めておかなければならなかった。
司令部に戻る。
スカウトは展開を交代で続けて貰う。
連絡が移動中にも入ってくるが、やはり人工物は悉く消し去られているようだ。あらゆるインフラを作り直しである。
だが大気汚染も土壌汚染も、水質汚染も回復して来ている今。
それについては、文句をいう資格は無いのかも知れない。
師団長を交えて会議を行う。
しばし情報交換をしていると、急報が入っていた。
「此方第一師団、スカウト119! 急報です!」
「どうした。 完結に報告せよ」
増田中将が言う。
すぐに映像が会議室に映し出されていた。
うめき声が上がる。
スカウト119の現在位置は琵琶湖近く。今まで琵琶湖は危険すぎて近づけなかった。キャノンレオンのせいで、だが。
それもなくなって、スカウトは進出が出来るようになっていたのだが。
映像には。琵琶湖を悠々と泳ぐイエローサーペントの姿があった。
琵琶湖もまた、水質汚染から回復しているという連絡があった。また、後から持ち込まれた外来魚なども姿を消したそうである。
一部のマニアを自称するならず者達が放流して、自分達の快楽のためだけに環境を滅茶苦茶にした。そんな外来魚が失せ果てたのは良い事ではあるのだが。
まさか、湖にもイエローサーペントが出るとは。
「スカウトの装備でシャドウと戦うのは不可能だ。 イエローサーペントがいるとわかっただけで充分だ。 引き上げてきて欲しい」
「はっ……」
実は琵琶湖は、水源として期待されていた。
各地のダムなども破壊され尽くした後である。
巨大な淡水湖である琵琶湖は、シャドウさえ追い払えば神戸の水源として、更に街を拡大させるための原動力になる事を期待されていたのだが。
それもこれで厳しくなった。
シャドウがどこからともなく現れる事は分かりきっていたことだが、それにしても。
これでは各地の湖にも、同じようにイエローサーペントや他の海棲中型シャドウが現れていてもおかしくない。
「天津原代表に連絡を。 厳しい話になった」
「各地の集落も厳しい状態であった中、琵琶湖を確保できればと言う期待はあったのだが……」
「それも狸の皮算用だったということだ。 衛星も生きていない今の状態では、どうしようもない」
「……」
誰もが黙り込む。
いずれにしても、中型を斃せたというのは大きい。日本以外で、まだ生き残っている集落の近くなどにも湖はある。
幸い輸送船はまだ動くものも多い。
シャドウに破壊されなければ、今まで作られたものが幾らでもある。
そして一つだけ良いことは。
シャドウが現れる前に主流だった考え。
安かろう悪かろうの時代は終わったと言う事だ。
現在はあらゆる物資を大事に使う時代が来ている。故に、何処の船も頑丈で、耐用年数を長くするように工夫されていると言う事だ。
ともかく、イエローサーペントを倒す所からだ。
それまでに、可能な限りの準備はしなければならない。それが急務なのは、此処にいる皆の共通の目標なのだった。
呉美玲奈准尉はイエローサーペントの観察。更には上空にいるブライトイーグルの観察も続けていた。
呉美玲奈という名前は日本人そのものだが。
実は自分が何者なのか、玲奈は良く知らない。
文字通りの意味である。
それなりに今は玲奈の同類がいるのだ。
シャドウが世界を破綻させてから、最後に残った都市神戸。其処に集まる人は多く。それらの遺伝子は無作為に集められた。
遺伝子的な多様性を確保するためにバンクが作られて。
稚拙なクローン技術でそれらから生殖細胞が生産され。そして子供もまた生産された。
玲奈は現在18になるが、これはシャドウによる攻撃が一段落して、ある程度「平和」が来てからそれなりに時間が経過してからである。
この時代のクローン世代は「第二世代」と言われているのだが。玲奈は第二世代の中でも早い方。
シャドウとの戦争中から戦後すぐくらいまでに生まれたいわゆる「第一世代」の有名人としては広瀬中将などがいるが。
この第一世代は正体不明の内臓疾患を抱える(新生病と言われている)ケースがあり。それ以外にも身体的なハンデを背負っている場合が多い。
だが第二世代以降のクローンは、特にそういうものはない。
その代わり、多くの第二世代がどこの国籍の人間が親だか分かっていない。そもそもとして今は催眠学習が出来る事もある。
更に言えば、教育のやり方を工夫すれば、人間の潜在能力をフルに引き出せることも分かっている。
それもあって、クローンだろうが自然分娩で生まれた子供だろうが能力に格差はないのだが。
それはそれとして、ルーツは知りたいとは思うのだった。
まあ機密扱いなので知る術はないのだが。
それでも、いずれ分かれば良いなあとくらい思っている。
それには真面目に仕事をするしかない。
幸い、今は真面目に仕事をすれば報われる時代になっている。玲奈も今の年齢で准尉である。
観察を続ける。
どう見ても、ブライトイーグルとイエローサーペントは相互連携をしているようには見えない。
録画をするだけではなく、色々な角度から相手を確認する。
イエローサーペントはゆっくりと大阪湾を巡航しているが。時々そのソニックブームを放って、遠くの海洋にいる船を容赦なく撃沈する。
それについても、観察してから相手に警告を出しても遅いことが多い。
だが、観察を続ければ。
いずれ専門家が、ソニックブームを出す兆候などを明らかにしてくれるかも知れない。今までは、その余裕さえなかったのだ。
数日間観察を続けていたが。
不意に妙な事に気付いた。
イエローサーペントは、一日数時間ほど潜ってじっとしているのだ。普段は水面近くを泳いでいるのに、である。
しかもその潜っている間は、ブライトイーグルも動く様子を見せない。
これは一体。
いずれにしても、何かしら理由があると見て良いだろう。情報をまとめてから、連絡を入れておく。
しばしして、連絡が帰って来る。
広瀬中将からだった。
「そのまま観察を続けてください。 それと……其方にこれからシャドウの研究学者が行きます。 護衛をよろしくお願いします」
「イエッサ」
学者ねえ。
今の時代は、学者といっても年配とは限らない。
催眠学習もあって、それこそ古くにはギフテッドといわれていたような人間をほぼ確実に発掘できることもある。
だから、子供が来てもおかしくは無い。
しばらくこの近くでキャンプを張って監視をしていたこともある。
玲奈は既に更地になっている大阪の街を横目に。其処に居座り続けていた。
今、畑中中佐は上手くやれているだろうか。
今度は水中戦だ。
第七艦隊を単騎で潰すようなイエローサーペントを相手に、単独で戦わなければならない。
非常に厳しい戦いで、今度こそ的確に支援しなければ命を落としてしまうかも知れない。
そうならないように支援するのが玲奈達兵卒の仕事だ。
食事を取る。
しっかり栄養を取っておく。
休憩を入れてから、ずっと観察を続ける。
琵琶湖の方でもイエローサーペントが見つかったという話は聞いたが。紀伊半島の南部でも、回遊しているイエローサーペントが発見されたらしい。
人間が早々に制海権を失ったわけではある。
第七艦隊を潰した奴が、そこら中にいるのだから。
しかも海中の中型種はイエローサーペントだけではない。小型種だっている。それを考えると、あらゆる意味で厳しかった。
無言で休んでいると、車のブレーキ音。
学者か。
キャンプから出て出迎える。
相手は玲奈と殆ど背丈が変わらない、だが随分と大人びた顔をした女性だった。いや、本当に女か。
ちょっと分からない。
敬礼をすると、相手も敬礼を返してくる。
「ナジャルータ博士です。 よろしく」
「玲奈准尉です。 よろしくお願いします。 非常に危険な相手なので、くれぐれも刺激はしないでください」
「分かっています」
肌が少し浅黒いが、どこの国の民だろう。声を聞いても中性的で、性別はなんとも判断出来なかった。
遺伝子データを持ち出すことにすら神の意志に反するとか抜かして反対して、最後まで内ゲバして滅んでいった中東の民とは違うだろう。だとするとインド系か東南アジア系だろうか。
いずれにしても、年齢から見て多分本人も分かっていないだろうなと思う。
軽く説明して、今までのデータを見せる。
頷きながら、凄まじい速度で把握していくナジャルータ博士。動きだけ見ると女性っぽいのだが。
何というか雰囲気が中性的でちょっと何ともいえない。
そして、観察器具を渡すと、自分でも観察を始める。此処からは玲奈は護衛に集中だ。
しばらく無言での観察をしていると。
ナジャルータ博士が聞いてくる。
「その若さで准尉と言う事は、相当な死線をくぐってきているんですね」
「いえ、たまたま生き延びただけです」
「今確認しましたが、小型だけとはいえ相当なキルカウントを稼いでおられる。 あの畑中中佐がいなければ、エースオブエースだったでしょう」
「……私には中型を倒す事は出来なかったと思います」
それが全てだ。
たまに起きる小競り合いで、小型を倒すのが玲奈の限界である。それは自分でも分かっているから。こう言う言葉には、あまり同意できない。
自己評価を高く持つのは大事だ。
だが、それをやり過ぎると、いずれ傲慢になり果ててしまうのである。
「貴方の目から見て、イエローサーペントはどう思いますか」
「人間の持つ火力を叩き付けてもびくともしなかったという点では、他の中型と同じだと思います。 幸い海中で活動している小型種は数が少ないこともあり、今までの戦闘よりもあくまで比較してですが、畑中中佐は安全に戦えると信じたいところではありますね」
「自分から見てどうとは思わないんですか」
「思いません。 そもそも有効打を与える手段がありませんので」
これは役割の違いでもある。
そもそも玲奈は今回の戦いで、出しゃばるつもりもさらさらない。
准尉に昇進していることさえおかしいと思っているくらいなのである。それに、兵隊として動けるなら、そうする。
ただそれだけだ。
しばし考えてから、ナジャルータ博士は、スコープでイエローサーペントを覗き込みながら言う。
「不可解なんですよね、あの中型」
「どういうことでしょうか」
「彼奴の探知範囲に掛かったら、安全航路なんて存在する筈がないんです。 それなのに現在かろうじて多大な犠牲の末に導き出された安全航路を使って、人間は物資を輸送できている。 その安全航路も時々攻撃される。 法則性が見つからないんです。 縄張りをそれぞれ持っているようですが、個体同士で争う様子もなく、連携する様子すらもない。 イエローサーペントの別個体が第七艦隊を単騎で滅ぼした時、他の個体が手伝いに現れる事さえありませんでしたし、更には第七艦隊が接近するのを許してさえいるんです」
「……」
ソニックブームを自在に操るイエローサーペントの性質上、確かにそれは不可解極まりない話ではある。
遠距離の船舶を攻撃しないというわけでもないのだ。
ならば第七艦隊なんか、近付く前から片っ端から落とされていてもおかしくはないのである。
何故それをしなかったのか。
それでいながら、飛翔種と連携して行動もする。
小型は随伴させない。
いずれにしても、確かに他の中型と比べて、不可解な事が多すぎるという事では同意できる。
ただ、それについて。
明確な見解を口に出来ないのもまた、事実だった。
無責任な意見を専門家に述べることは無意味だ。
釈迦に説法というのともちょっと違うか。
いずれにしても、分からないというスタンスを示すしかない。
しばし黙り込んだ後。
ナジャルータ博士は言う。
「私は現場の専門家の意見を聞いてみたいと考えています」
「専門家と考えてくれるのは有り難いですが、私はあくまで地上の小型種との戦闘を経験しているだけの一兵卒です。 ブラックウルフとシルバースネーク、それにクリーナーしか戦闘経験は実際ないとしかいえません。 キャノンレオンやランスタートルの戦闘は見ていますが、あれらの攻撃に巻き込まれていたら、確定で死んだと思います」
「しかし、今回も飛翔種の誘引のために動くと聞いています」
「他に誰もいないからです」
今回抜擢されたのは、しばらく仕事がなくて腐っていた移動式ミサイル大隊の面子や、それに玲奈のような精鋭と言われる一部の兵士だけである。
それを考えると複雑な気分だ。
小型相手に戦果を上げたとしても、戦況に対して決定的な影響力を発揮したわけではない。
あまりにも畑中中佐に比べると。勿論畑中博士に比べても。非力すぎるのだから。
「専門家というのなら、畑中博士や畑中中佐に確認しては如何でしょうか」
「既に確認して所見を聞いています。 お二人も中型については未知のことだらけで、仮説以外は何も言えないと言っておられました」
妥当な発言だと思う。
度が超えた変人だと聞いている畑中博士は、それはそれとして強烈なリアリストでもあるのだ。
あの人が作った兵器がとんでもない代物なのは見ているから知っているが。
それはそれとして、人類が初めて中型を明確に打倒出来た兵器でもあるのだ。
変態兵器なんて揶揄する人間もいるが。
いかなる正当派兵器ですら、中型シャドウには通じなかった四半世紀の事を考えると。そういう陰口が如何に無意味なのかよく分かる。
畑中中佐に至っては、もっと厳しいリアリストだ。
噂には聞いているが、海兵隊に所属していたときに、相当なトラブルがあって。殺され掛けた事も、強姦され掛けたことさえあったと聞く。
それでありながら、海兵隊に対して恨みをつのらせるようなこともなく。
前回の戦闘の前哨戦では、偵察途中で小型に襲われた海兵隊をさっと救助して、撤退支援もしている。
それくらい、我を殺せる人だ。
そういう人達だから、中型を倒すための切り札たり得ているのだと思う。
「分かりました。 無責任なことはいえないという責任感の強い方だというのは話していて理解出来ました。 今後は頼りにさせていただきます」
「いえ……」
「それと私に性別はありません。 強化人間計画は今も行われているんですが、その過程で出来てしまった性別のないイレギュラーです。 頭ばっかり良くはなったようですが、あまり自覚はありませんね」
そうか。
人間は勝つために色々無茶苦茶をやっているのは分かっていたが。
それでもこう言う被害者を目の当たりにすると。
色々と、言葉がでなくなるのもまた事実だった。
2、水中での戦いに備えて
最近は戦車が一人乗りであるのと同時に、潜水艦の一人乗り化も進んでいる。そういう話を菜々美は聞いていた。
まあそれはそうだろう。
マンパワーが失われ。
AIによる自動制御兵器もシャドウには通じない。
AIによる支援を行いつつ、シャドウにどうにか相対していくしかない。それが現実である。
それを考えると、兵器類は一人で操作できるようにし。
更にはそれをAIで支援する。
両者の得意分野のいいとこ取りをしていく事で、どうにかシャドウに対抗する。それしか人間には手がないのだ。
姉がある程度形になったというので、紀伊半島にある工場に出向く。工場の側では、38式潜水艦が水揚げされていた。
もう必要ないと言う事なのだろう。
そして、工場の内部に入る。
周囲は第二師団のスカウトと精鋭が固めていた。
あの玲奈という兵士がいるのではないかと思ったが、ざっと見回した限りはいないようである。
カードキーを通して、工場に入る。
姉は完全に入っていて、凄まじい勢いでキーボードを叩いていた。早い場合は数日でキーボードをダメにしてしまうというが。
まあそれも納得である。
三池さんが来る。
先にドーナッツを差し入れてくれたが。これは先に糖分を頭に入れておけという意味だろう。
軽く頬張りつつ、話を聞く。
「試験的に他の兵士が入ったようですが、すぐに音を上げて出て来ました。 かなり厳しいので、気をつけてください」
「あー、いつもですよ」
「いつも以上です」
そうか。
三池さんがそこまでいうと言う事は、余程なんだろう。姉の作る変態兵器にいつも関わっているのだ。
普段よりも更に凄いというのは、何となく分かる。
それにしても、だ。
形になりはじめているそれは、潜水艦というにはあまりにも。
まあ、それはそれでいいのだろう。ともかく、一応の戦術的構想については聞かされている。
今度は何とかドリルを使うらしい。
ドリルといっても、ハンドドリルと掘削用のドリルは別物だ。掘削用のものはシールドマシンなどというが、一日数メートル掘れれば良い方であり。
昔のアニメや特撮に出て来たような、一瞬で地下深くまで掘り進めるような代物は存在しない。
地面はそんなに甘い代物ではないのだ。
とりあえず、卵形のシミュレーションマシンに入る。
これも何度も中身を書き換えては、バージョンを保存して残している。ファイル名も意味不明極まりなく。
姉にもしも何かあった場合。
後任者は引き継ぎは無理だろうと三池さんは言っていたな。
ともかく黙々と席に着き、シミュレーションマシンを機動。
うおんと唸るようにして、辺りが暗くなる。そして、大量の情報が座席の前面全ての方向に表示される。
まあ、それは分かっている。
黙々と作業をする。
まずは状態の把握からだ。
膨大なデータが表示されている。これはイエローサーペントとの位置関係か。
姉が改良しているこの38式をベースにした潜水艦……ではなく超世王の新しいバージョンは、如何にしてドリルをイエローサーペントに叩き込むかが課題になる。
そもそもイエローサーペントはどうやってソニックブームを出しているか、今まで膨大な検証が行われたにもかかわらず分かっておらず。
艦隊で挑んで壊滅した何回かの戦闘データの。それもごく短い時間だけしか残っていないもの。
それをベースに、説を組むしかない。
姉も大変なのである。
それについては、菜々美も分かってはいる。だから、揶揄をするつもりはない。
淡々と操作方法を覚える。
それにしてもわかりにくい操作方法だな。
悪態をつくが、そもそもこの大きさの潜水艦を単騎で操作するのは無理がありすぎるのである。
「蛸にでもなれってか……」
ぼやきたくなる。
だが、それでもやらなければならない。
複数生えている操縦桿を、出来るだけ忙しく動かす必要がある。それは分かっているのだが。
それでもまだまだだ。
無言で操作を順番に覚えていく。
これは普通だったら、まっすぐに進むことさえ困難だなと理解。姉もシミュレーションのデータは見ているので、それを即座に理解して改良はしてくれるだろうが。いずれにしても、色々な機能を追加することに関しては変わらないだろう。
イエローサーペントの出すソニックブームが強烈なのではなく、そもそもソニックブームそのものが破壊的な威力を持っている。
ソニックブームを自在に操る時点でイエローサーペントは生身の生物ではないし。
また、その攻撃を防ぐのは極めて困難。
それを理解した上で、この戦いには臨まなければならない。
だから、これの基になった潜水艦は。
移動時に音を消すことに、その機能を全て使っているし。
更にはその38式の魂を受け継いでいる超世王は。
更に更に、水中での音を消して動けるようにするということだ。それらの構築戦略は分かっている。
だが、それはそれとして。
この操作性の悪さはどうにかならないものなのか。
まずは移動をするだけで、一日目の訓練が終わりそうだ。海底などにぶつかるのは避けられそうだが。
それはそれとして、シミュレーターは極めて良く出来ていて、魚などが寄って来ているのが分かる。
それはまあ、そうだろう。
生態系が回復して来ているのだ。
魚くらいは興味を示して寄ってくる。
この超世王のスクリューは、相当な消音性能を持っていて、至近距離でも殆ど音が分からないという。
ソニックブームを操るイエローサーペントは、音に対するスペシャリストである可能性が高いが。
そもそも音というのは。
分子がどのように動いているか。
それがどう波及するか。
そういうものであるらしい。
それは良く理解出来ているので、菜々美は文字通り、あらゆる全てをくぐるようにして。超世王を動かす。
シミュレーションではあるが、姉の作るシミュレーションマシンは……扱いづらいが、それでも信頼はしている。
それでも問題は起きる。
だから実戦の前に、可能な限りそれを洗い出さなければならないのもまた、事実なのである。
アラームが鳴る。
一通り問題点はわかった気がする。
外で軽くスポーツドリンクを飲んで、またドーナッツを頬張る。
頭を無茶苦茶使った。とにかく頭の中がゆであがりそうだ。椅子にもたれて、しばらく無言でいると。
三池さんが、またドーナッツを持ってきた。
手作りで良くこれだけ色々造れるな。
整備工の人達にも、それぞれ振る舞っているらしい。まあ、皆微細な作業をしているのだ。
これくらいの差し入れはあってもいいだろう。
黙々とドーナッツで糖分を補給してから、シミュレーションマシンに潜る。
またちょっと調整されている。
姉は超世王を調整しながら、更に手を入れている訳だ。超人的な手腕である。天才であるのは間違いない。
淡々と操作する。
更に操作性が悪くなったが、これは試されているのだろうか。だが、それでもどうにかする。
現状、姉の造る兵器をうまく操れるのは菜々美しかいない。
だから、菜々美がどうにかして、ノウハウを蓄積するしかないのだ。
淡々と作業を続けていると、すぐにアラームが鳴った。嘆息して、シミュレーションマシンから出る。
もう、夜だった。
徹夜の類は効率を落とすだけだ。見ると、整備工の人達も、引き継ぎして交代に入っている。
こういうシフトでの業務は人の寿命を著しく縮める。
だからあまり推奨できる事ではないのだが。
今は危急時だ。
後で手篤い支援をするしかない。
そして支援をするためには、勝ってイエローサーペントをどうにかするしかないのも事実である。
色々と気分が重かった。
宿舎に戻る。
ジープで宿舎に戻りながら、この途中でシャドウを気にしなくていいのは助かると思った。
ただこの辺りにあった国道やらも完全に更地にされている。
だからジープ以外で踏破は厳しい。
無言で操縦を続けていると、支給されている端末が鳴る。ジープを止めて出ると、相手は広瀬中将だった。
「畑中中佐、シミュレーションを始めたと聞いていますが」
「はい、始めましたが。 今回は相当な……いや今回も厳しいですね」
「分かりました。 可能な限りの支援はしますので、何でも言ってください」
「ありがとうございます」
広瀬中将には足を向けて寝られないな。
まだ若いのに、兵士達に尊敬されているというのも納得だ。で、本題に広瀬中将が入った。
「現在飛翔種への牽制に向けて、ロケット砲部隊とミサイル部隊を展開しています。 これらはおとりとして使う予定です。 既に埃を被っていた軍用ドローンも出します」
「豪華な使い捨てですね」
「空母打撃群を丸ごと使い捨てるに比べれば安上がりです。 ただ、現在の人類の余力から考えて、同規模の作戦は何度もできるかというとそれはノーですね。 必ず……一回で成功させてください」
「イエッサ」
返事をして、通信を切る。
さて、これでまたますます負けられなくなったな。
ジープのアクセルを踏む。
ある程度AIが帰路についてはサポートしてくれるが、それでも最悪の事態は常に想定しなければならない。
夜道になって来た。
飛んでいるのは、あれはホタルか。
そうか、この辺りにも飛んでいるんだな。生息地を誰かが無意味に踏み荒らさないといいのだけれど。
この環境の回復は、シャドウがやったことだ。
それは分かりきっている。
スーパーロボットを題材にしたアニメなんかに出てくる敵役は、自分専用に世界を書き換えたりするが。
それをやっているのは本来人間だ。
動物も似たような行動を取るが。
人間も動物だからと言う理由で同じ事をするのなら、法だの社会だのは必要ない。
人間であるというのなら。自らを人間として律するべきだ。
それが出来なかったから、地球は滅茶苦茶になったし。
或いは、シャドウが湧いたのかも知れない。
無言で、宿舎に戻る。
それから疲れが出たので、後は無言で睡眠をひたすら貪った。
翌日からも、少しずつ少しずつ訓練が進んだ。
姉は確実に問題点を解決してくれて、シミュレーションマシンの内容を改善はしてくれるので。
苦労の意味はあるのだが。
誰かがしなければならない苦労を、菜々美が一身に背負っている。
それも分かっているので。あまり良い気分はしないのも事実だった。
それはそれとしてだ。
流石に今回の超世王はかなり疲れる。無言で椅子になついていると、冷やしタオルを三池さんが持って来てくれたので、有り難く使わせて貰う。
ぐったりしていると。
気分転換にとでも思ったのか、レモネードを作ってくれる。
ただ、これに関しては殆ど合成らしいが。
カカオのように品種改良に成功した作物もあるのだが。
何もかもがそうとはいかないのだ。
「斬魔剣についてなんですが」
「ああ、はい」
「現在、改良を進めているようです。 畑中博士が展開したデータを何人かの学者が必死に分析して、一般の兵士が使えるようにまでどうにか落とし込もうとしているようですね」
「最初から姉がそうすれば話は早いんですがね……」
苦笑い。
それが出来れば苦労は無い。
今、姉がもの凄い勢いで構築と調整をやっているのは横で見えている。とてもではないが、ローカライズまでやっている余裕は無いだろう。
ただ、姉が組むプログラムは高度すぎて、解読にもの凄い手間が掛かるらしい。それもまた事実で。
世界中の専門家が、展開されたものを見て意味不明だと頭を抱えているらしいのだが。
まあ、それはそれで仕方がないだろう。
それくらいの人材が出てこないと。
とてもシャドウは斃せなかったということだ。
それにローカライズに成功した螺旋穿孔砲は小型シャドウを斃せるようになったし。ヒヒイロカネなんとか装甲も、今まではシャドウに為す術がなかった近代兵器の装甲の歴史を一新した。
これらのように刷新が進めば。
シャドウを斃せるようになる。
ただ、その後が心配だ。
此処二回の会戦で明らかになったが、シャドウは減って等いない。ただ姿を隠しただけの可能性が高い。
全部で八体確認されていた大型シャドウは現在一体だけが確認されているが。
これらが出現したら、文字通り手に負える相手ではないのだ。
「それでこんどの超世王、まだ時間掛かるんですよねコレ……」
「ええ、残念ながら。 畑中博士の話によると、まだしばし時間が掛かるとか」
「……まとめてシミュレーターでの調整とはいかないですよね」
「無理ですね」
分かっている。
愚痴だ。とりあえず起きだすと、すぐにシミュレーターに入る。これで調整を重ねて、実戦の前に、少しでも超世王の完成度を上げるしかない。
姉はいう。どれだけ過酷な戦いでも、立ち上がってくるのがスーパーロボットなのだと。
毎回作り直しているも同然の超世王が、立ち上がっているかというと極めて疑問ではあるのだが。
それはそれとして、とにかくやれることはやっていくしかないのもまた、事実なのである。
姉の作る兵器を他の兵士にシミュレーションを任せても、完成まで何年と掛かってしまうだろうし。
姉の頭脳がずっと劣化しないとも限らないのだから。
黙々とシミュレーションマシンに潜り。
淡々と作業を開始する。
ただ静かに作業をしていると、少しずつ滑らかに、音もなく海中で動けるようになっているのが分かる。
何とか王と最初は呼んでいた超世王だが。
菜々美にも、少しずつ愛着が湧いてきたかも知れない。
ずっと引き継いでいるのは、頭脳部分の中核となる部品だけだ。それは大いに分かっているつもりだ。
それでもどうにか、これでやっていくしかないのである。
イエローサーペントについても、情報が集まってきている。此方に気付かれないように接近する。
それが第一。
それが全て。
そして、なんとかドリルを叩き込む。
このドリルもまた、ただ抉り取るだけの代物ではなく、上手く効果を発揮するためには複雑な過程を経なければならない。
それをやらなければならないのは菜々美だ。舌なめずりしながら、冷や汗を掻きつつ接近。
最高の条件で接近を果たせたとして。
それで、イエローサーペントを殺せるか。
シャドウには、熱が弱点だ。ただ、一瞬の熱は防がれる。長時間、熱によるダメージを継続して当て続けなければならない。
それが必須になる。
これからやるのは、そういう無謀な作戦。潜水艦での格闘戦なんて、文字通り聞いたことがない。
しかもイエローサーペントについては、資料が殆どないのである。
ランスタートルのように、倒した後何らかの理由で大爆発をするかも知れない。その場合は、助かる事は無さそうである。
それでもやる価値はある。
淡々とシミュレーションであらゆる状況を確認していく。アラームが鳴る。外に出て、それで休む。
厳しいが、すぐにおきだして、また作業をする。
姉が仮眠室に行くのが見えた。姉も当然だが寝る。あれだけの過密スケジュールで殆どミスをしないのも凄まじい。
ミスをしていても、本人が気付いて直してしまうのかも知れないが。
それはもう、菜々美にわかる事ではない。
シミュレーションで、最悪の状況を想定する。
接近できなかった場合。
接近する前に相手に気付かれた場合。
それらの場合にどうするかも、姉は考えてくれている。だから、淡々とそれに沿って動く。
それで逃げられるかはまた話が別。
逃げられるとしても、次の機会があるかもまた、極めて怪しいと言えるだろう。
しばし作業を続けて。
それでどうにかなんとかなる。
無言で休んでいると、目の前で巨大な三角錐の殺意が高いドリルが、超世王に格納されているのが見えた。
あれを用いて格闘戦をするのか。恐ろしい話である。
だが、それもまた、今までやってきたのも同じ事だと割切る。今までだって、楽な戦いなんて一度だってなかったのだから。
淡々とシミュレーションをして、時間が来たら引き上げる。シミュレーションマシンから出ると、もう超世王はほぼ仕上がっているようだった。
後は、これで戦闘に出るだけだ。
実に前のランスタートルの戦いから、三ヶ月半が経過している。
三ヶ月で次の作戦に出ると言う話だったから、どうにか天津原代表が、時間を稼いでくれているのだろう。
菜々美は見ていないが、何度か視察に来たらしい。
まあ、あのただたまたま神戸市長だったというだけで代表になっているボンクラが、出来る事はなにもないだろうが。
時間を稼いでくれたことだけは感謝する。
それ以外は、邪魔をしないでくれていればそれでいい。
宿舎で休む。
メールが来た。姉からだった。
内容は良く分からない絵文字が山ほど乱舞している内容だったので、見ているだけで胸焼けがしそうだったが。
どうにか内容を理解しようと苦労して見た結果、超世王はきちんと仕上がったので、後は休んでから作戦を開始するという話であるらしい。
ならば、此処からか本番は。
無言で体を起こす。
伸びをして、それでストレッチをしておく。
文字通りの片道切符だ。
上空を護衛しているブライトイーグルを。どうにか引きつけなければいけない。それだけではなく。陽動のために自走砲部隊から状況に応じて攻撃を行わなければならないのである。
イエローサーペントが第七艦隊との戦闘時に被弾した事は、記録からも確認出来ている。
正確には被弾したのをソニックブームで相殺したのだが。シャドウの性質上、中型であるイエローサーペントは被弾しても無傷だっただろう。
ただ、被弾するということは、防御能力は完璧ではないということ。
そして航空兵器にとっての天敵である飛翔種シャドウを広瀬中将がある程度どうにかしてくれれば。
勝機は見えてくる。
そう信じたいところだった。
3、爆音と静音
工場脇につけている超世王に乗り込む。近畿全域に展開している第二師団所属となった砲兵隊、ミサイル部隊、対空ロケット部隊、ドローン部隊が、それぞれ展開を終えた。作戦については、既に何度かの会議で確認済みである。菜々美も内容は把握しているので、ミスはないだろう。
時計を合わせる。
よし、問題ない。
一応、姉は脱出用の装置も組み込んでくれているが、これはそもそもとして。イエローサーペントを倒した後、超世王のダメージが大きすぎて、自力での離脱が出来ない時のために用いる。
そして今回、作戦に投入されるのが、量産型の斬魔剣だ。
これそのものは、既に作る為のノウハウがあることもあって、生産自体は……コストは掛かるが、どうにかなる。
シャドウが情報を共有している可能性が高い以上、これを使うのには大きな意味が存在している。
それは菜々美も理解しているので。
今は淡々と、作業を進めていくだけである。
「此方畑中中佐。 これより指定座標へ移動を開始する」
「了解。 以降はモニタにのみ状況を表示します」
今からこの超世王は。
全ての音を出すことが許されない。
コックピットには複数の画面が映し出されていて、非常に忙しい状態だが。咳払いとかすらも許されない。
元々潜水艦はそういうものだったと聞く。
それくらい気を付けて動いて、やっと海中でのステルス性能を発揮できるようになったのだという話だが。
今回は、それを最大限生かして。挑まなければならない相手だ。
超世王は、海の中を進む音さえ、最大限殺すように調整が行われている潜水艦をボディーとしている。
故に、イエローサーペントが気付いた時には、奴の土手っ腹に風穴があく。
そう、上手く行くと信じたい所である。
黙々と移動を続行。
「ドローン部隊、発進。 ブライトイーグルへ攻撃を開始」
「攻撃開始! 空対空ミサイル発射!」
軍用ドローンが飛び立つと、適性距離から空対空を一斉に放つ。マッハ8の速度が出る追尾式ミサイルだ。
それに対して、大阪湾上空にいる飛翔種ブライトイーグルは……名前と裏腹に、ずっと三日月のような形状で浮いている、発光している塊は。迅速に反応していた。
何か放つ。
それだけで、ミサイルが一斉に軌道を狂わせ、或いは地面に着弾し、或いはドローンへと戻っていく。
この軍用ドローンも、使い捨てとはいえ二世代前の戦闘機並みの力はあるのだが。これはどうにもならない。
更にドローンに対しても、ブライトイーグルが放つ何か。
これも正体がよく分かっていないのだが、それが効果を示し。互いに同士討ちをしたり、またたくまに潰乱。次々に爆発、墜落していった。
戦術もなにもない。
スウォーム攻撃も無意味だ。
ブライトイーグルが一鳴きするだけで、航空兵器は蹴散らされてしまう。これは最新鋭戦闘機でも同じ。
これと同じ現象が、同じような飛翔種であるサンダーフィッシュでも起きる。
人間がシャドウに勝てない理由の一つだ。飛翔種に対して、一切有効な攻撃手段がないのである。
だが、今回は簡単には諦めない。
「第二波行きます」
「地対空ミサイル、発射! 後退しつつ、飽和攻撃を」
移動式の地対空ミサイル部隊も攻撃を開始。五月蠅そうにブライトイーグルが、少しずつ移動を開始。その度に鳴く。それで、ミサイルもドローンも、次々に叩き落とされていく。
この不可解な攻撃は、軍用機だけではなく、輸送機も容易に叩き落とす。今では各地の航空上で、航空兵器が埃を被っている理由だ。昔はエアフォースはエリート兵の独壇場だったと菜々美も聞いているが。
シャドウはそれを嘲笑うようにして、それらを玩具に変えてしまったのである。人間は結果として、空を失った。
今は、空を取り戻す前に海だ。
潜行して、移動する。
次々に叩き落とされるドローン。微速前進するブライトイーグル。よし、そのままでいい。
菜々美は舌なめずりしながら、これも出来るだけ音が出ないように設計している操縦桿を、丁寧に操作する。
海流すら読みつつ、移動を続ける。
海流に下手に逆らうと、それだけで音が生じるからだ。
「イエローサーペント、動きなし!」
「畜生、余裕の様子だぜ……」
「空母打撃群を単騎で全滅させる奴だぞ。 こんな程度の攻撃、仮に喰らっても文字通りなんでもないんだろうよ! ましてや護衛の飛翔種がいるんだぞ!」
「分かっていてもむかつくな!」
兵士達が怒号を張り上げて、走り回っている。
菜々美については誰も触れない。
今回の作戦。
表向きはブライトイーグルに対するものとされている。これは、シャドウが通信を傍受している可能性に備えてのものだ。
だから、超世王には出来るだけ通信も入れないようにしているのだ。
魚が超世王に近付いて来た。かなり大きな魚だが、移動速度がそれほどないこともある。衝突する事もなく避けていった。丸々と太って美味しそうだったな。そう思ったが、そのままやり過ごす。
スクリューも魚を巻き込むようなことはなく、ごく自然に静かに推進力を産み出している。
姉は言っていた。
イエローサーペントは、目なんて見えていない可能性があると。それどころか、目さえない可能性も。
名前の通り黄色い体を持っているそれには、一応目らしいものもあるのだが。
他のシャドウと同じように、生物ではない以上。同じように目として機能しているかは分からない。
ブライトイーグルが大阪湾から充分に離れた。
だがあいつは、その気になればマッハ6以上の速度で動く。
だから、まだ油断はしない。
第四波のミサイルとドローンが、今波状攻撃をしている。
それでも、まるで小揺るぎもしない。
対空ロケット砲が打ち込まれる。これは電子制御ではなく、近接信管がついているだけのものだが。
これも中途で爆散してしまう。
近接信管が狂わされているのかも知れないが、菜々美には分からない。もう少しである。
大阪湾に入る。
よし、此処からだ。
大阪湾はもとの水深は200メートル弱。現在はそれより少し深くなっているようではある。
元々水質汚染が悲惨な港湾で、古くには犯罪組織が気にくわない人間を多数沈めていたという話もある。
底をさらったら、コンクリ詰めにされた人骨が幾らでも出てくるかも知れない。
ただ、今の状況からして。
イエローサーペントが根城にしている以上。それらすら、残っていないかも知れないが。
「イエローサーペント捕捉」
文字が出る。
よし。
まずは接近成功。奴は、それなりに長大な体をくねらせつつ、海面近くで蠢いている。
サーペントとは名ばかり。動いている様子を見ると、どちらかというと昆虫に近い有様だ。
ただ、生物的ではある。
あれは生物ではないと、今まで色々な研究から分析されているが。あの動いている様子を見ると、生物なのかも知れない。
とにかく今回は、今まで誰も被害を出していない。ブライトイーグルは進んでいるだけで、地上部隊に攻撃を加えていない。自走砲部隊も、現時点では待機しているだけである。
文字が出る。
イエローサーペントから目を離さないでね。
ああ、これは姉によるものか。最悪の場合でも、データはとっておきたいのだろう。
姉はリアリストだ。
菜々美がもしも殺されたとしても、次の戦いに備える。そういう人だ。勿論情がないとは思わない。
だが、姉はそれ以上にリアリストである。
ただそれだけなのだ。
無言で超世王の操縦を続ける。淡々と移動し続ける。まずは海底に沿って移動し、それでふっと泡のように至近で浮かび上がる事に決まっている。
イエローサーペントの多数ついている足は、本当に足としての用途があるのか極めて疑わしい。
だが、それにかまっている暇はない。
水中戦は文字通り一瞬の勝負になる。
さて、問題は、ブライトイーグルを、きちんと引きつけられているかどうかだが。
アラーム。
音では無い。画面に出る。
紀伊半島にいたイエローサーペント。紀伊半島と言っても、かなり此処からは離れているが。
それが突如移動を開始したのである。しかも目的地は、明らかに大阪湾である。
そしてその移動と同時に、ブライトイーグルが動きを止める。
自走砲部隊が動き出す。
第二師団の広瀬中将が、即座に第二のイエローサーペントに集中攻撃を開始したのである。
陸上からの攻撃だが。それも殆ど意に介していない。
至近からの対潜爆雷にもびくともしない奴だ。自走砲による集中攻撃なんぞ、それこそ痛くも痒くもないのだろう。
だが、音を頼りにしているのであれば。
それで、ある程度超世王の動きは誤魔化される。
しかし時間は殆どないと見て良い。それでも焦るな。焦って先に補足されれば、一瞬で粉みじんだ。
原子力空母を瞬殺する相手である。
全長五十メートルにも及ばないこの超世王なんて、それこそ一撃でひとたまりもないだろう。
勿論生半可な潜水艦とは違う防御性能を有しているが、耐えられるかどうか。
「ブライトイーグル移動開始! 大阪湾を目指しています!」
「小型種出現! 自走砲部隊に向けて移動開始!」
「各狙撃大隊展開! 自走砲部隊への攻撃は想定の範囲内です! 自走砲部隊は展開しつつ、イエローサーペントへ集中砲火を続行!」
「イエッサ!」
焦るな。
自身に言い聞かせながら、ゆっくりと浮上を開始。
イエローサーペントは海上から体の一部……頭に見えるだろう部分をつきだしているようである。
まるでネッシーみたいに見えるだろうかな。
そう思いながら、距離を詰めていく。
音もなく、武装を展開。
今回装備しているドリルは、音もなく展開する事が可能ではあるのだが。考え尽くされた形状の潜水艦が、形状を変える。つまり航行中はそれで音が出ると言う事である。つまり、至近距離まで武装は展開出来ない。
姉は言っていた。
クリオネが補食するときの姿を参考にしたと。
超世王の前面部が展開。
そして、全てがロボットアームとなり、イエローサーペントを掴む。同時に、繰り出されたドリル……四連に横に並んでいるが。それが一斉に、奴の体に食い込んでいた。
超高熱のプラズマが、ドリルの回転とともにイエローサーペントに叩き込まれる。それは一瞬で、黄色い悪魔の全身を内側から焼き尽くしていく。
同時に海水が炸裂するように爆発。衝撃がコックピットまで来る。当たり前だ。姉が何をプラズマにしているかは知らないが、これの温度は数万度に達すると言う話だ。それが直に海水に触れでもしたらどうなるか。
イエローサーペントが、掴まれた蚯蚓のようにもがく。超世王の船体が激しく揺動する。
もしも衝撃波を放たれたらおしまいだ。それは分かっている。だが、必死に菜々美は操縦桿を動かして、プラズマを注入する四連ドリルを食い込ませ続ける。ドリルはあくまで注射器の役割を果たす。それらが高圧高温のプラズマを、イエローサーペントの体内に叩き込むのが目的となっているのだ。
イエローサーペントの体が、千切れる。
そして、爆発と同時に、船体が一気におされる。
超世王は即座に武装を格納。
ダメージは、かなり大きい。だが、上空にブライトイーグルが迫ろうとしている。必死に対空砲とドローンによる攻撃が続けられているが、相手にもしていない様子だ。忙しくモニタを見ながら、海底に潜行。
爆発したイエローサーペントが消えていく。問題は、二匹目が此方の海域に高速で接近している事だ。
即座に連絡が来る。
姉からだった。
相手の航行速度からして、恐らくは接舷しても逃げられない。船体にダメージがある以上、消音性も初撃の時より落ちている。
ならばやるべきは。
自走砲部隊と連携して。此方に接近しているイエローサーペントに奇襲を掛けるしかない。
ブライトイーグルの存在もある。
あれがEMPか何か分からないが。発している攻撃は、恐らく超世王にも届くと見て良い。
だとすれば、急いでまずは海底に潜行しつつ、相手の方に向かって欲しい。
後は、自走砲部隊の攻撃データを送る。
連携して仕留めて欲しい。
そういう話だった。
姉だけで考えた事とは思えない。恐らくは広瀬中将との連携で考えた事だろう。ダメージに目をやる。なるほど。特に前面部のダメージが大きい。急いで潜行。潜行する際には、あまり音は出ないが。
僅か頭上を、衝撃波が通り。がくんと超世王が揺らされた。
大阪湾で爆発。
文字通り、湾の一部が消し飛んだようだった。
二体目のイエローサーペントからの攻撃である。
大波が大阪湾全体を揺らす。それは原子力空母を一撃で破壊する衝撃波だ。しかも指向性持ち。
直撃したら、欠片も残らない。しかも余波だけでこれである。
焦るな。今ので更に船体がダメージを受けたが、今のは明らかに最初にイエローサーペントを潰した攻撃地点を狙っていた。
潜水しつつ、移動開始。速度を落とさざるを得ないのは、消音性が消えているからだ。ブライトイーグルに、ドローンが四方からの攻撃を仕掛けるが、それらも殆ど効果を為さない。
このままだと、上を取られる。
その瞬間、撃ち出されたのは斬魔剣の劣化版だ。牽引車両が着いている40式が、放ったのである。
ブライトイーグルが明らかにそれに反応。全力で回避に掛かる。それで時間が出来る。更には態勢を崩したブライトイーグルに、ミサイルが直撃。ダメージを与えることは出来ないが、確実に時間を稼ぐ。
潜行し、海底すれすれで移動。
斬魔剣は外れたようだが、それはしかたがない。
相手は空中にいるのだ。地上にいたキャノンレオンのようにはいかない。そのまま移動を続行。海底を擦らないように、細心の注意を払いながら、大阪湾を抜ける。ブライトイーグルが大阪湾に辿りつくのと、ほぼ同時にそれを為す。冷や汗が流れる中、モニターを続けて確認。
自走砲部隊の猛攻を受けながら、イエローサーペントがこっちに向かっている。冗談のような速さだ。生物だったらあり得ない速度である。カジキの仲間には時速90キロを出す者がいるが、その倍近い。しかもそれが巡航速度だし、全速力を出すつもりならどれほどの速度を出せるのか。音速を超えることは分かっているが、それですら本気か分からないのである。
だが、海中で無闇に衝撃波を放つつもりはないらしい。たまに直撃弾をそれで防いでいるようだが。
或いは海中の生態系へのダメージを懸念しているのか。
大阪湾から、南下。ブライトイーグルは周囲を旋回していたが、それで困惑しているようだ。
恐らくは、護衛していたイエローサーペントが倒れたからだろう。
二体目とは連携していないのか。
何かしらの理由があるのかも知れないが、今は詮索している余裕がない。海底を、最大戦速で急ぐ。
そろそろだな。
不意に、広瀬中将が砲撃を止めさせる。それで、いきなりの異変に、二匹目のイエローサーペントが気付く。
動きを止めると、周囲を周り始めた。
索敵していると見て良い。
下手をすると気付かれるな。逆らわないようにして、そのまま海流に身を任せる。超世王もダメージがある。
幸いというべきか。
辺りを無差別に衝撃波で攻撃するような真似はしてこない。やはり此奴らは、地球そのものを守護しているのか。
距離はあと700というところか。ただ、海底近くまで潜んでいる。この辺りはギリギリ大陸棚だが、下手をすると一気に深海に滑り落ちることになる。焦るな。言い聞かせながら、機会を窺う。
とにかく、相手の注意が逸れる瞬間を狙わないと、とてもではないが倒せなどはしないだろう。
後一手、欲しい。
ともかく、今は好機を狙う。
通信。
ブライトイーグルが動き出した。此方に向かっている。神戸もその間にあるが、恐らく狙いは此処だと見て良い。しかし、その割りにはイエローサーペントとの連携が微妙に取れていない。
どういうことだ。
シャドウは情報の連携をしているように思えるのだが。それは必ずしも、常に出来ている訳では無いのか。
焦るな。
ともかく、好機を窺う。
その時、再び斬魔剣が撃ち放たれる。そもそも第一射は外れる事を前提で撃っていたようである。
二射目は、神戸に向かうブライトイーグルとの間を横切るように撃たれたようで、それでブライトイーグルが足を止める。そして、恐らくだが。その放たれた斬魔剣に、イエローサーペントも気付く。
恐らくは、知っている。
気付いた奴が、海中に潜ってくる。回避行動と見て良い。念の為に下がって来ているのだろう。
だが、これが好機だ。
海流に身を任せつつ、そのまま海底を離れる。
やはり、予想通りだ。
イエローサーペントは音を聞いてはいるが、見えていない。此方に向かってくる質量体、くらいにしか超世王を考えていない。
距離が縮まる。
ブライトイーグルは旋回して、大阪湾に戻ると、マッハコーンを作っていきなり加速。海上を進み始めたようだ。あまり時間はない。だが、それでも。好機は今しかないのだ。
集中。
此処で此奴を倒すデータをもう一つ採れば、それは大きな勝利になる。ブライトイーグルは対地攻撃能力も持っているが、それ以上に危険なのが凶悪極まりないEMPだ。超世王の居場所を特定されあれを放たれたら、まず助からないだろう。潜水艦がEMPなんぞ喰らったら、それこそ鉄の棺桶として海に沈むだけである。
距離、50。その時、イエローサーペントは障害物として此方を認識したようで、逃れようとする。
だが、その時。
ロボットアームを伸ばして、その体に食らいついた。
そのまま前面を展開して、なんとかドリルを全身に叩き込む。だが、その時、イエローサーペントが凄まじい捻転をした。それにより、普段だったら掛かってはいけない負荷が超世王全体に掛かる。
体格的にはこっちの方が遙かに上の筈なのに。
海中をぐるんと振り回される。それは昔存在した遊園地の遊具に乗っているとこんな感じだろうかと思わされる凄まじさだった。だが、それでも菜々美はレバーを引き、ドリルを操作する。
頭がシェイクされそうだ。
船体が凄まじい音を立てている。あまり長時間振り回されると、そのまま水中で船体が分解するだろう。
だが、突き刺さったなんとかドリルが、イエローサーペントの体を抉り、高圧のプラズマを叩き込み始める。
だが、イエローサーペントは更に体をねじる。ぐるんと船体が周り、大きな破損が出たのが分かった。
アラーム。
船体のうち、装甲が激しく断裂した。ロボットアームも砕ける。だが、残りのアームで敵に食らいつきながら、プラズマを叩き込み続ける。海水が沸騰し、凄まじい熱量に更にアラーム。
生存用の領域が、凄まじい負荷に晒されている。脱出推奨。そう書かれているが、それどころじゃない。
今脱出したって、絶対に助かりっこない。
姉が作る兵器は基本的に勝てるようには作ってあるが、それ以上に現在人間がおかれている状況が悪すぎる。
今回はブライトイーグルは倒しようがない。
奴が来る前に、どうにかして此奴を倒して此処を離れるしかない。
ぐっと歯を噛むと、最後の一押し。
壊れかけのロボットアームが、完全に砕け散る。同時に、ドリルが文字通り引き裂くようにして、イエローサーペントの体を抉り抜いていた。
真っ逆さまになった超世王が、必死にジャイロによる平衡回復機能を用いて、正常な状態に戻ろうとしている。
だが、それより先に、ブライトイーグルが来ている。
しかし。
幾つかのモニタは壊れたが、それでも分かる。ブライトイーグルは、此方を見失ったと見て良い。
シャドウといっても万能じゃない。
奴は対地、対空の能力に特化していても、対潜は無理か。今はともかく、それでもいいから動かないようにする。
発見でもされたら終わりだ。
水漏れし始めた。
これは、さっき振り回されたとき、船体に相当なダメージが入ったな。それは分かったけれど、黙って待つしかない。
一応排水機能は動かしているが。
アラートが彼方此方のモニターに出ている。
排水機能を超える浸水があるということだ。
そして潜水艦である。
今は水深200メートルほどと比較的マシな場所にいるが、それでももしもこれ以上状態が悪化したら。
今は救援の潜水艇だって動けまい。
このままだと空気だってなくなる可能性が高い。
ブライトイーグルは、イエローサーペントが死んだ辺りを旋回して回っている。素早く計器類をチェック。
超世王のダメージは大きいが、かろうじて移動は可能だ。
音声での通信を入れる。
ただし音量を下げながら、だ。
「此方畑中中佐」
「畑中中佐、無事でしたか!」
「現在コックピットに浸水中。 酸素容量も後数時間で尽きるとみていい」
「急いで脱出を」
オペレーターに出来ないと、冷静に告げる。
今喋っているのですら、酸素を無駄に消耗するのだ。其処で、である。
ブライトイーグルが此方を捕捉できていないこと。
ただ流石に海面に近付くと捕捉されること。
奴の有するEMPに近い能力は正体不明だが、潜水艦でも喰らったらそのまま棺桶になって沈むこと。
これらを説明して。
更に依頼を入れる。
「これから海中の小型種がいない方向を指定して欲しい。 其方に移動する。 ブライトイーグルの探査地点から離れ次第、浮上して脱出艇で離れる」
「今調べます。 光学探知でしか調べられないのが問題ですが……」
「酸素の残りがギリギリだ。 通信を切る」
さて、此処からだ。
モニタに少しして、ガイドが映し出される。
よし、どうにか海岸沿いに行けば脱出出来るが、これはちょっと危ないかも知れない。前回の戦いでランスタートルを倒し、シャドウを排除した辺りギリギリである。小型に発見されたら即おだぶつ。
ブライトイーグルだってそれは同じだろう。
移動開始。
超世王にもう少し頑張ってくれと言い聞かす。移動すると同時に、がつんと怖い音がした。
また装甲がダメージを受けたとみていい。
潜水艦での戦闘となると、こればっかりはどうしようもない。むしろ振り回されて無事である超世王がおかしいくらいなのだ。姉が頑丈極まりない作りにしてはくれたが。それと、頭が痛い。
酸素が減っているのもあるが、戦闘中振り回されて、彼方此方打ったのも原因であるだろう。
無言で移動を続ける。
海底ギリギリを沿って移動して行く。
ブライトイーグルはまだ旋回を続けていたが、追ってくる様子は無い。だがあいつはその気になれば音速なんか鼻で笑うような速度で飛んでくる。とにかく今は、見つからないようにするしかないのだ。
また音。
今度は凹むような音だ。
このまま水圧で押し潰されるのでないか。
そんな恐怖があるが。
しかし、怖れていても仕方が無い。とにかく進む。メインのスクリューのパワーは殆ど動かなくなっているが。
どうにか補助は動く。
既に膝辺りまで水が来ている。
酸素だって少ない。
補助のスクリューを動かして、必死に移動。海流の力も借りて、とにかく海岸線をなぞるように進む。
ブライトイーグルから充分に離れるが、同時にがくんと傾いたのが分かった。
何かしら、かなり強い海流に捕まったらしい。あわてて逃げるのでは無く、それを利用しつつ移動速度を上げる。更に浸水が激しくなる。このままでは浮上も厳しくなるのではないかと焦りがあるが。
だが、それでもやる。
コンソールがアラートを吐かなくなった。
恐らく中核のシステムが死にかけているのだ。アラートどころではなくなったというわけか。
更に呼吸も苦しくなって、判断力が落ち始める。まずいな。まだ予定のランデブー地点までかなりある。
一応、緊急脱出装置は使えるが、まだ使うタイミングじゃない。
補助動力も、そろそろ危険な段階だ。
強制排水システムを用いるが、それでも焼け石に水。無駄と判断して、一度で止める。海流から外れる。それで一気に船体が揺れて、またシートに体が叩き付けられる。ぐっとうめき声が漏れる。
酸素ももう残り少ない。
後少し。
言い聞かせながら、操縦桿を動かす。
超世王は姉と菜々美の執念が乗り移ったかのように動いてくれている。本当だったら自沈していてもおかしくないだろうに。
既にモニタは全て水没するか死んでいる。
薄暗いのも、それも焦りに拍車を掛ける。
それでも、どうにかやる。
やらなければ死ぬし、出来れば情報だって可能な限り持ち帰りたいのである。この後の勝利のために。
よし。
予定地点近くまで来たはず。残りの力を利用して、一気に超世王を浮上させる。浮上してくれよ。そう呟きながら、意識が薄れるのを感じる。必死に引き戻す。浮上速度が早すぎると、体に悪影響だって出る。
またべこんと恐ろしい音がした。
何か剥落したか、それとも。
限界だな。
そう判断した。
そのまま、レバーを幾つか操作して、緊急脱出装置を働かせる。それも一度では動かず、ひやりとした。
焦りが全身を強ばらせる。
既に胸近くまで来ている浸水も、それを更に助長する。
だが、それでも必死にレバーを動かす。三度目でついに緊急脱出装置が働く。コアブロックだけを射出する仕組みだ。
とはいっても、コアブロックが勢いよく射出される訳でも何でも無い。超世王の船体そのものをパージして、とにかく海上に出ることだけを目的とした脱出装置である。上手く行くか。
姉が作った変態兵器は、それでもちゃんと動く。それには絶対の信頼もある。名前は色々とあれだが、性能が折り紙付きなのは、菜々美も知っている。
頭に、更にもやが掛かってくる。
脱出装置を働かせたからといって、いきなり酸素が補充される訳でもないし。排水がされるわけでもないのだ。
ただ、やがて全身ががくんと揺れた。水も激しく揺動する。
どうやら、水面に出たらしい。
超世王の船体そのものは、ゆっくり海底に行っただろう。後で回収することになる筈だ。ハッチをどうにかこじ開ける。開けると同時に水が入ってきたので、ぞっとしたが。考えて見れば水を散々被っているのだ。それは開ければ水だって入ってくるだろう。
水はすぐに止まり、代わりに空気が入っては来ない。今コックピットは重い二酸化炭素が多いのだ。すぐに重い体を引きずって、はしごを上がる。コックピットから脱出しないと死ぬ。
足を滑らせ掛けて、ひやりとした。
焦りでパニックを起こしそうだが、上に光が見えている。
これで外に出たらブライトイーグルが、とかなったら最悪だが。どうにかそれもなさそうだ。
ちなみに救命胴衣をつけてはいるので。脱出さえすれば、最悪泳いで岸までいかなければならない。
冷え切った体を無理矢理鞭打って、どうにかハッチを出る。
酸素を思い切り吸う。何度も深呼吸して、それで一気にくらっと来た。まあ、それもそうだ。
何度か荒く呼吸して、ハッチにしがみつく。また落ちたら、この状態だ。気絶して、そのままおだぶつの可能性だって高い。
波が行き来している。
顔を上げると、岸が見えている。此方に来ているのは、小型の巡視艇らしい。シャドウとの戦いには何の役にも立たないが、何隻か姉の工場に配置されているのを見た。それによるものだろう。
手を振る。
ブライトイーグルがいつ来てもおかしくない。巡視艇が側に付けて。コアブロックを急いで固定する。これは持ち帰れと言われているのだろう。
ぐったりしている菜々美は、もたつきながら巡視艇に移る。何人かいる兵士が敬礼してきた。
「流石は畑中中佐! まさか二体もイエローサーペントを倒し、しかもブライトイーグルから逃げ切るとは。 恐ろしい判断力、それに胆力です!」
「褒めてくれるのは嬉しいけど、ちょっとごめん。 今は急いで此処を離れて。 ブライトイーグルに発見されると、多分ひとたまりもない」
「ブライトイーグルは瀬戸内海方向に去りました。 大阪湾は完全に安全を取り戻した形になります!」
「そっか……」
では、警戒すべきは後は海棲の小型だけか。
ともかく、巡視艇が移動を開始。移動しながらこの位置を知らせ、超世王の船体を回収する作業も即座に始めるようだ。
小型種の攻撃もあったようだが、被害はどうか。広瀬中将が指揮を取っていたのであれば、恐らく被害は小さいと思いたいが。
いずれにしても、横にならせて貰う。酸素吸入器を貰い、そのまましばらくじっとする。服も脱いで、体温の低下を妨げる。ヒーターの熱がとにかく頼りになった。
また、勝ったか。
だが、億の単位いると言われるシャドウの、ほんの一部を倒しただけに過ぎない。
それにこれで誰か調子に乗らなければ良いのだけれど。
そう菜々美は思うのだった。
4、空にいるもの
畑中博士は、ブライトイーグルとの戦闘結果を見ていた。
今回の戦いで、戦死者は54名。
いずれも散発的に仕掛けて来た小型種シャドウと、対空攻撃の流れ弾などが着弾した結果である。
それ以上に損害として計上しなければならないのは、温存していたドローンやミサイルの消耗だ。
一会戦で使うだけの在庫を全て吐ききり。
それでいながら、ブライトイーグルにはダメージ一つ与えられなかった。
斬魔剣もそれは同様。
斬魔剣が役に立たないでは無いかとか喚く阿呆が出てくる可能性もあるが。あれはそもそも対空武器ではない。
まあ、説明は広瀬中将にやってもらうしかない。
現場を知らないバカのために苦労するのは、いつの時代も同じだが。
広瀬中将には、色々苦労を掛ける。
菜々美は今、病室だそうだ。
酸欠に近い状態で、必死に超世王を安全圏まで航行させ、冷静にコアブロックを回収した。
やはりあの子以外には新兵器は任せられないだろう。
自慢の妹である。
全てが自分とは正反対だが。
だからこそ、全てを任せられるほどに信頼出来る。そういう事である。
故に死なせる訳にはいかない。
今回の戦いでも綱渡りをさせてしまった。
同じ事はさせないようにしないと。
しかし困ったことに。
シャドウの性能は、いつも此方の予想を遙かに超えてくるのである。
三池が来る。
データをまとめてくれていた。
「ブライトイーグルとの戦闘データをまとめました」
「あらたに分かった事は何かある?」
「いえ。 今までの戦闘データもブライトイーグル相手には豊富にあります。 各国の空軍が撃墜に躍起になっていましたから。 しかし今回も、あらゆる攻撃が通じないことが分かっただけです」
「やっぱりプラズマを押しつけるしかないかな」
バカの一つ覚えだが。
それしかない。
ただ問題は、ブライトイーグルは現在最先端である第五世代の戦闘機を更に超える性能を持つ上。
強力なEMP能力を有していて。
勿論対空、対地の攻撃能力を有していると言う事である。
大阪湾でイエローサーペントと連携していた個体は瀬戸内海に去ったが、それ以外にも琵琶湖近辺に一体が確認されている。
次に戦うなら其奴が相手だろう。
問題は他にもある。
神戸が安全圏になったと聞きつけて、何人かの要人が移ってきたいとか言ってきている。それどころか、領土として寄越せとか抜かしている奴までいるらしい。
GDFの方でそれらは排除してくれるようだが、あの無能で知られる天津原が舐められているのも要因の一つだろう。
畑中博士に出来る事はないが。
とにかく足を引っ張るような真似は控えて欲しい。そういう言葉しか、口には出来なかった。
「イエローサーペントとの戦いも綱渡りでしたが、次はどうするんですか。 どうせブライトイーグルも倒せって言ってきますよ」
「言ってくるでしょうね」
「他人事みたいに。 菜々美中佐は、今治療を受けているようですけれど。 今回はあの程度で済みましたが、もし航空兵器で戦うとなったら、あんな程度で済むかどうか」
「戦わないわよ。 航空兵器なんかで」
一応、すでに案はある。
問題は、それをどうやって実行に移すかだ。
実の所、機動力が限定される陸海のシャドウについては、既に倒せる事が分かっていた。奴らが連続して叩き付けられる高出力のプラズマに耐えきれないことが分かっていた時点で、である。
今でこそまだ無理だが。
その内地上にいるシャドウには、それぞれ対応できる兵器を生産出来るようになるだろう。
問題は最初から対空だ。
ブライトイーグルは航空機殺しとして、ずっと空に居座ってきた。これはサンダーフィッシュも同じだ。
此奴らの中ではどちらかと言えばサンダーフィッシュの方がまだ倒しやすいと判断しているが。
しかしあれはどちらかというと戦闘ヘリのような役割を果たす中型種で、高空を支配するブライトイーグルとは少しばかり違う。
いずれにしても、案は幾つかある。
どうせ今回みたいに三ヶ月で実行しろとか無理を言ってくるだろうが。
それでもどうにかしなければならないのが、兵器開発者の厳しい所だ。これでもう少し人手があればまだマシになるのだが。
残念ながら、そうもいかないのが現在の厳しさである。
さて、どうしたものか。
「いずれにしても、菜々美中佐が退院するのは来週末だそうです。 それまでにある程度の草案は作っておいてください」
「んー、まあそれは仕方が無いかな。 分かってはいるわよー」
「お願いします。 支援するのも大変なんですから」
「……」
さて、此処からだ。
既に畑中博士の脳内では、幾つかの案を組み合わせ始めている。
そして超世王でそれを扱い。ブライトイーグルを撃ち倒す。その作戦についても、広瀬中将と考えなければならない。
それらを並行で考え続けていた。
それが出来るのが、畑中博士。
だからこそ、苦労も絶えなかった。
(続)
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