燃え上がれ鉄拳

 

序、要塞を攻め落とせ

 

GDF本部に畑中直子博士は足を運ぶ。この間のキャノンレオン撃破の功績もある。また、中型シャドウ撃破の初記録と言う事もあった。

足を運んだ会議室には、各地で生き残っている人々の代表がテレビ会議で参加してきている様子である。

中には北米代表もいるが。

25年前にシャドウ襲来と同時に北米が壊滅し再建の目処も立たない今は、その肩身は狭いようで、テレビ会議の隅に映っていた。これはどこの元大国の指導者もそうだ。

元が大国であったほど、今は痛めつけられてしまっている。

日本も散々な有様だが、それでも北米よりはマシという状態なのである。

まず本部から、正式に中型シャドウであるキャノンレオンの撃破の報告、その方法についての展開がされる。

既に小型種の撃破については、畑中菜々美「中佐」によるもの、更にはそれを可能とする「螺旋穿孔砲」(大げさな名前だが、複雑な機構を備えた対物ライフルである)が展開されていたのだが。

中型種が更に撃破されたことに関しては、各地の人類の生き残りも、おおと声を上げていた。

「まさか中型種をこのような方法で……」

「え、ええと、斬魔剣? なんだか一種のミサイルのように見えるのだが……」

「と、ともかく此方でも生産するんだ! 少しでも人類の領土を奪還しないと」

「お待ちください」

畑中博士が、わざとらしくふわっと髪を掻き上げる。

この博士が筋金入りの変人である事は既にGDF関係者、特に首脳部には知れ渡っている。

だが、その能力についても知れ渡っているし。

何より今回中型種撃破を達成した武器を開発したのがこの人である事は分かりきっているのだ。

だから要人達は黙り込んでいた。

「今回の戦いでは、事前に光学探知で確認されていた十倍近い数の小型種が姿を見せ、それどころか二体目のキャノンレオンも姿を見せています。 シャドウは人間が観測出来ている数よりも遙かに多いのかも知れません」

「確かに倒された訳でもないのに数が減ったのは知っている。 奴らとの戦闘が世界中で行われていた頃から、明らかにおかしな現象だとは分かってはいたが……」

「小型種は今後螺旋穿孔砲の普及により、数さえ揃えば撃破が可能になっていくことでしょう。 しかし中型種は違います。 また、人間が優勢になれば、各地に散っているシャドウがまた人間へ攻撃を再開する可能性があります。 事は慎重に進めなければならないでしょう」

「う……うむ……」

北米代表が俯く。

昔最強の国家だった北米代表は、一秒でも早く国土からシャドウを追い払いたいといつも言っている。

だが、北米は主要都市をあらかた潰され、現在12箇所の拠点で人間が暮らしている状態で、軍隊と呼べる組織もそれぞれの拠点に分散している状態だ。兵力はかき集めても一個師団程度。

現在二百万ほどの人間がいるので、無理をすれば兵力だけを増やす事は不可能ではないだろうが。

数だけいてもシャドウにゴミのように蹴散らされるだけなのは、シャドウとの戦いが始まってから分かりきっている。

GDFの代表。

天津原隆が、はげ上がった頭の汗を拭いながら、提案する。

「ともかく、現在は少しずつシャドウを倒して、倒すためのノウハウを蓄積するしかありません。 畑中博士が言う通り、今は無理をできる状態ではないのです。 今まで何度も決戦を行って、その度に人類は敗北した。 核さえ通用しない相手に、どうにか勝つためには、相応の準備が必要なのです」

「分かった……」

「とりあえず我々からは船で物資を送らせて貰う。 シャドウが出ない海域を通らなければならない上に、残っている船も少ない。 あまり多くは送れないが……」

「我々も同じく。 輸送機が使えれば……」

悔しそうにする各国の面々。

現在も飛翔種のシャドウは要所を押さえて飛んでおり、飛行機なんて飛ぼうものならあっと言う間に叩き落とされる。

シャドウとの戦いの前、万能兵器、戦場の常識を変えたと大絶賛されていたドローンが瞬く間に沈黙させられたように。

「ええと、それで作戦なのですが」

「うむ……」

「この間のキャノンレオンとの戦闘で、第一師団はかなりの損害を受けました。 この再建を考えると、第一師団はしばらくは動かせないでしょう。 京都側は安全を確保できたということだけで可として、今度は紀伊半島側に進みます」

「確か次の狙いはランスタートルだという話だが……」

そう。

京都に進出した第二師団が持ち帰ってきた情報によると、ランスタートル二体、キャノンレオン一体が確認されている。

勿論それに今の戦力で挑むのは愚策。

そこで、である。

紀伊半島に向かい、其方にいる中型種を狙う。

紀伊半島でもランスタートルが確認されている。

問題は、ランスタートルは直衛を多数引き連れる危険なシャドウと言う事だ。見えているだけでも、500を超えるブラックウルフ、同数のシルバースネークが確認されている。

その上紀伊半島は、あの織田信長や豊臣秀吉と激しく交戦を続けた難攻不落の土地である。

江戸幕府の時代は要所として紀伊徳川家が配置されていたほどで。

土地が豊か云々以前に、そもそも攻めづらい。

だが、此処の存在のせいで、常に神戸が脅かされているのも事実であり。此処の奪回は、GDFの悲願でもある。

「大規模な兵力を展開出来る場所でもないだろう。 どうするつもりか」

「畑中博士」

「現在作戦を立案して貰っていますが、基本的に敵を誘引して、それで新兵器を試す形になります」

「新兵器だと」

ふふんと畑中博士が胸を張る。

そして、ばっと手を拡げて、自信満々にいうのだった。

「次の兵器は、貫く鉄拳! バーンブレイクナックル!」

「……」

一番唖然としていたのは北米代表。

英国代表も唖然としている。

そして畑中博士は、もう一度誇らしげに武器名を言ったので、誰もが真っ青になっていた。

そのまま恐怖のプレゼンが開始される。

もはや誰が見ても理解不能な図が出されると、全員が完全に凍り付いた。パワポによるプレゼンなのに、そもそも図が理解不能で誰にも理解出来ない。

一人だけそれを「分かりやすく描いている」と本気で思っている畑中博士は、皆の正気度をゴリゴリと削り取りながら、説明を終えていた。

「というわけで、これを先の戦闘でも大きな戦果を上げた新兵器、超世王セイバージャッジメントに装備して、作戦を開始する事になります!」

「ちょ、ちょうせいおう?」

「そのなんとか王というのはキャノンレオンとの戦闘で破壊されたと言う話を聞いているが」

「直しました!」

嬉しそうな畑中博士。

天津原代表は、もう何も言うことはないという表情で、死んだ目で畑中博士を見ているだけだった。

容姿100点、性格言動0点の博士は、更に嬉しそうに言う。

「これを人類最強の戦士である英雄、畑中中佐が操作します! 勝率は現在の計算で、91%、で、す、が!」

「な、なにかね」

「シャドウはどれだけ追加で戦力を出してくるか、どのような奇襲をしてくるか分かりません。 事実この間の戦いでキャノンレオンを相手に、あやうく畑中中佐を失いかけました。 そこで、今回は主力に第二師団を、その支援として第四師団、出向中の米軍海兵隊に動いて貰います」

米軍海兵隊。

古くは世界最強の精鋭と知られたが。それもシャドウとの戦いで壊滅して、今はこのGDF本部がある神戸に二個連隊ほどが駐屯しているのみである。

その戦力は今でも高いが、二個連隊はあくまで二個連隊。

ただ、元々畑中中佐が所属していた時期もある。

生き残りの古強者達が現在でも世界最強だと自負しているだけの練度はある部隊なのである。

それがゆえに、北米から時々帰還を要請してくるのだが。

今帰還させても意味がない事は明らかなので、神戸に駐屯を続けている状態だ。

「次の戦いで、ランスタートルに対する戦術を確立させます」

「分かった。 君は小型種を斃せる対物ライフルを開発した信頼性がある。 今回も任せよう」

「……」

不満な顔を浮かべている者もいたが。

会議は終了した。

るんるんのまま会議室を出る畑中博士は。外で待っていた助手の三池と合流すると、さっそく京都基地に向かう。

基地があるのは奈良南部だが。

まあ、それは仕方が無い事だ。

移動しながら三池と話す。

「随分と暴れていたようですが、予算は出そうですか」

「問題ないかな。 実際キャノンレオンを二体倒した実績があるしね。 前よりも予算は出ると思う」

「それでどうするんですか。 例のなんとかナックル、結構大がかりな装置が必要になりますけど」

「勿論その大がかりな装置を戦場にそのまんま運ぶんだよ。 そのために超世王セイバージャッジメントを修理したんだから」

しばらく三池が何か言いたそうにしたが。

ともかく、そのまま工場へ。

そして工場では、回収してきた超世王セイバージャッジメントを解体し、組み直す作業が開始されていた。

40式戦車の車体に加えて、装甲として今回は全面に畑中博士が開発した対シャドウ装甲、ヒヒイロカネ四重壁を用いて、分厚く重装を施す。

ちなみにヒヒイロカネという伝承上の金属の名を使っているが、実際には劣化ウランとチタンとモリブデンの合金の複合構造に、複雑なプラズマによるリアクティブアーマー機構を搭載したものである。

以前はブラックウルフに食いつかれると、そのまま放り投げられるだけだった戦車も。

これを装甲に搭載するようになってから、ある程度もつようになったし。

中型種の攻撃一発で蒸発していたのに。

今ではある程度は耐えられるようになって来ている。

ただ製造コストが高い。

40式の中でも最前衛に出る戦車くらいにしかこれは装備出来ないのだが。いずれにしても、それでも贅沢に超世王セイバージャッジメントにはこの装甲を使う。そうするだけの意味があるからだ。

今回相手にするランスタートルは、制圧火力に特化していたキャノンレオンと違って、単発の貫通火力に特化している。

その主力武器であるランスがどういう物質なのかはいまだによく分かっていないのだが。いずれにしても最悪の場合に備えて、直撃でなければ一発は耐えられるようにする必要がある。

だからこそ、正面装甲だけでも盛るのだ。

それに加えて、今回も最新鋭のロボットアームを導入して、精密な操作機構を盛り込む。設計図を見て、三池が黙り込むが。

満面の笑みで、畑中博士はチューンを始めるのだった。

 

怪我はどうにかなおったか。

菜々美中佐は、そのまま出勤する。中佐ともなると本来はデスクワークや政治将校みたいな仕事をすることも多いのだが。

今の時代はそうもいかない。

昔はそういう階層構造で軍隊が風通しが悪かった時代もあったらしい。

一兵卒が最大まで出世しても准尉、なんて時代もあったそうだが。

これだけ苛烈な戦闘が行われた時代の後だと、そうも言っていられなくなっているのだ。

菜々美は中佐になっても特務扱いで、前線に出る事になる。

だから出勤してからやるのは訓練だ。

体の状態を確認してから、射撃の訓練をする。

どんな武器でも冷静に使いこなせる。

そう言われてはいるが、あまり自分では実感は無い。ただ、キャノンレオンを倒している事もあるので。

姉が天才天才いうのは辟易はしていたが。

ある程度のものはあると考えても良いのかも知れなかった。

ともかく、体作りをした後は、射撃の訓練を淡々とする。射撃の精度は個人的な実績から見て悪くない。

隣で射撃しているのがかなり凄いな。

射撃場でしばらく的を撃ち抜いてから、隣を見ると。

あっと声が出ていた。

この間の戦いで、40式に随伴していた兵士だ。まだ若い女性兵士である。ブラックウルフをまったくためらいなく撃ち抜いた腕前は、よく覚えている。

「貴方は」

「お久しぶりです」

「あの時は助かった。 第一師団の所属?」

「はい。 私は呉美玲奈。 伍長であります」

伍長か。

いや、多分あの冷静なブラックウルフ撃破で昇進したと見て良いだろう。

「君は良い腕をしているが、若いな」

「はい。 まだ高校を出たばかりです」

「え、高校生だったのか」

「つい先日まで」

中学出かと思っていた。体格も小さいし顔も童顔過ぎる。ただ、腕の方は図抜けているようだ。

今はパワードスーツが普及してきていて、兵士にはだいたい支給されている。それもあって、度胸と腕前が試される時代が来ている。

かくいう菜々美も支援用の補助パワードスーツはつけている。

それがゆえに、以前あの崩壊する何とか王から脱出出来たのだ。パワードスーツによる筋力支援がなければ、あのまま蒸し焼きだっただろう。

ちなみにそういう事情だから、中学を出てすぐにGDFに入る兵士も多い。

今はシャドウとの戦闘もそれほど多く無いから、安定していると考える者もいるわけだ。

そういう者が、この間の戦闘で多く死んだ。

退役を考えている兵士も多いかも知れないが、当面は無理だろう。シャドウに歴史上初めて会戦で勝ったのだ。

今後、戦闘が続くのは確定である。

「中佐はまた厳しい作戦に出向くんですか」

「ああ、恐らく。 機密だから詳しくは言えないが」

「私もそうなんです。 次は第二師団に移って戦いに出ます。 一緒の戦場に出られるといいですね」

「……そうだな」

出来れば大学にでも行って欲しいものだが。

ちなみに今は、あくまで学業については催眠装置でまとめてやってしまう。そのため、昔の同じような学生とは比較にならない学力を子供が皆持っている。大学も同じである。姉がおかしいくらい頭が良いのも、そういう詰め込みに耐えられたからなのだが。

まあ、それはいい。

敬礼して玲奈伍長と別れると、宿舎に一度戻る。

食事を取っていると、通信が入った。

デバイスを用いて通話をすると、驚きの相手である。

「第二師団師団長の広瀬史路中将です。 よろしく、菜々美中佐」

「これは。 食事中で失礼しました」

「いえ。 次の作戦ではご同行させていただきます。 よろしくお願いいたします」

「いえいえ、此方こそ」

同年代の出世頭と言えばこの人だ。

菜々美でも知っている天才軍略家。今将官をしている人間の中で、一番若いのだったか。

軽く打ち合わせをする。

次の戦場は紀伊半島だという。

だとすると、厳しい話だ。

彼処はとにかく地形が複雑で、ずっと戦国時代は難攻不落を誇っていたという話を聞いている。

それは今も同じだろう。

師団規模の兵力が、易々と上陸できるような場所では無い。ましてや彼処にはランスタートルとかなりの規模の小型シャドウがいた筈。

まて。

なるほど、それでか。

京都でランスタートル二体、キャノンレオン一体が発見されたと聞いている。これをまともに相手にするよりは、攻めづらいがまだランスタートル一体を相手にする此方を戦場にして、中型を倒すノウハウを蓄積すると言う訳だ。

ともかく、今回も菜々美が出る事になる。

姉が作る変態兵器を操作できるのは菜々美だけだからだ。

ともかくやるしかない。

食事を終えると、工場に。

途中で連絡が入ったので、どういうものを作るのかは聞いていたが。そもそもランスタートルもまた、撃破例がない相手である。

如何にして倒すのか。

それは菜々美にも想像がつかない。

ただ、ランスタートルはシェルター殺しとして名高い。

キャノンレオンのプラズマ以上の火力で、核兵器に耐えるために作られたシェルターを容易に粉砕して回ったという話がある。

それで砕かれたシェルターは多く。

逃げ込んでいた人間が皆殺しにされるようなことはたくさんあったという。

怨敵といえるのだろうか。

今ではもう、それもよく分からない話だが。

シャドウが非戦闘員を大量虐殺していたのもまた事実で。

人間が地球を滅茶苦茶にし続けていたのもまた事実。

それを考えると。

菜々美は一概にシャドウを悪として憎むことは出来ないし。その正体を知らないとなんともいえないとも思っていた。

工場に到着したので、IDカードを用いて中に。

なんとか王は既に回収され、修理が始まっている。というか、中枢のパーツだけ取りだして、後は作り直しだろう。

40式戦車の車体はそれなりに予備がある。

これは各地から敗走してきた部隊の放棄した戦車が彼方此方にあるからだ。それらから資材を回収して、40式に造り替えているのである。

燃料も問題ない。

ガソリンは既に自力精製出来る時代だ。

他の燃料も同じく。

人間が減ったことにより、それで自然に負荷を与えずやって行けているのは、皮肉としかいえない。

シミュレーターは既に出来ているが。

目を引くのは、よく分からない筒みたいなものだ。今度はあれを使うのか。

それはそれとして、斬魔剣も修理とメンテナンスが行われているようである。

姉は完全に入っていて、こっちを見ていない。

集中するとああなる。まあ、五月蠅くなくていいか。

三池さんが来たので、礼をする。話を聞く限り、今の時点ではまだシミュレーターも出来ていないそうだ。今日はまだ下見ということである。

ただ、なんとかナックルという今度の兵器の概要は聞かされて、正気かと思ったが。仕方がない。

ランスタートルの恐ろしさは菜々美も知っている。

もしもシャドウが攻勢を開始した場合、神戸だってどうにもならないのだ。斃せる方法があるなら、それでやるしかない。

一度戻る。今度もまた、命がけになりそうだった。

 

1、第二の武器

 

シミュレーターが出来たので、早速入る。

今回も極めて癖が強い武器だ。姉が仕上げているが、整備工は困惑しながら、言われた通りに動いている。

図面からして意味不明の代物なので、仕方がない。

それだけではない。

そもそも今度はなんとか王にも重点的な強化が入る。その内容が色々と面白……いや笑いが引きつるような代物である。

そろそろ40式戦車の原型がなくなってくるが。

まあそれはいいか。

ともかくだ。

シミュレーションで、操作をしていくことになる。

今回の武器は、キャノンレオンを倒した斬魔剣と運用方法がかなり違う。ランスタートルの戦闘スタイルが違うからだ。

キャノンレオンは基本的に高速で走りながら、用途が異なるプラズマ砲で殺戮の限りを尽くすタイプだった。

ランスタートルはそれとは違っている。

名前のように亀ににてはいるのだが、装甲を纏っている……いや装甲ではあるのか。その装甲を攻防共に利用する上に、そのやり方が極めて乱暴なのである。それでも耐えられるのが、シャドウという訳の分からない存在であるが故だろう。

いずれにしても近代軍でもどうにもできない相手なのは事実。

他にも何種類かいる中型種は、核での撃破例すら怪しい状態で、明確に倒せたと判断して良いのは前回の戦闘でのキャノンレオン二体のみ。

そしてシャドウは学習能力が高く。

しかもシャドウ同士で学習内容を共有している節がある。

次はなんとか王を重点的に狙って来る可能性が高い。

いずれにしても、対抗できるようにしなければ、人類に未来はないだろう。

アラームが鳴ったので、シミュレーターから出る。

三池さんがドリンクをくれたので、ありがたくいただく。しばらく休憩していると、姉がうろうろしながら、設計図を直しているのが見えた。

「今回は苦戦しているようですね」

「そもそも初撃をどうにかするのが必須ですので、それもあるんでしょうね」

「……」

ランスタートルは、文字通りランスを用いてくる。

背中に巨大な構造体を背負っていて、それが強力な武器になっているのだが。これを投擲してくるのではない。

文字通りランスとして使ってくるのだ。

ランスタートルは大きさこそキャノンレオンより若干小型だが、プラズマを推力に使って、空中を突進してくるのである。

その速度はマッハ12とも言われており、加速も凄まじい。

そして、背中の使い捨ての槍を用いて、目標を文字通り粉砕するのだ。

この破壊力は文字通り致命的であるのだが。

問題はそれでランスタートルが無事だと言う事。

破壊的な突撃をした後は、何食わぬ顔で悠々とその場を離れ。時間を掛けてランスを再生成して。

それが終わり次第、また突撃してくる。

このランスが何かしらの化学物質である事は分かっているのだが、正体はまだよく分かっていない。

これは直衛に多数の小型を連れているからで。

ランスタートルは小型と連携し。

その破壊的な突撃をして、戻る際。

小型に自身を護衛させるのだ。

これもあって、ランスタートルが行う爆発の正体はよく分かっておらず。現在でもその破壊力がおかしすぎる事しか分かっていない。

つまりこのままでは勝ち目なんぞないということだけだ。

小型シャドウにしても、紀伊半島では千体くらいが確認されている筈。

第一師団がかなりの損害を受けた今、第二師団と支援部隊だけでどうにかなるのか本当に不安になるのだが。

なんとかなると思いたい。

第二師団の師団長は広瀬中将だ。

何回か作戦行動はともにしたが、安心して背中を預けられる。

ならば、一緒にやるしかない。

いずれにしても、神戸の周辺だけでも安全圏にしないと、いつでも最悪の事態が起こりうるのだから。

休憩を入れてから、シミュレーターにまた入る。

すぐにアップデートが来た。

これを単独でやっているのだから、姉のすごさがよく分かる。

ともかく、今回の武器に関しても、非常に微細な調整をしなければならないので。それが菜々美に求められる。

他の兵士では無理。

姉はそういう。

菜々美も一応、姉の変態武器を使いこなせはする。

だが他の兵器については、せいぜい並みよりは上という程度。

色々嫌な話だが。

姉とはなんだかんだで相性が良いのかも知れなかった。

「!」

シミュレーターは衝撃も再現している。

ランスタートルとの戦いでは、衝撃が非常に懸念されている。地盤ごと消し飛ばされる可能性だって高い。

そもそもランスタートルが小型と連携している事。ランスタートル自身だって、キャノンレオンと同等かそれ以上のタフネスを持っている事もある。今までに撃破記録は存在しない。

それもあって、斬魔剣のノウハウが此処で追加されるかも知れないが。

それは菜々美がどうにかできる事では無い。

無言で練習を続ける。

次にアラームが鳴ったときには、流石に疲労困憊になっていた。

シミュレーターを出る。

姉は先に上がったようである。整備工は交代しながら作業を続けているようだが。もう形が出来はじめている。

流石と言うか。

姉が無茶振りをいつもしていて。

それに答えられるだけの能力はあるということだ。

三池さんが車を出してくれるので、それに甘える事にする。自宅に送って貰う。姉は寝ていたが、とんでもない寝相で寝ていた。美人が台無しというか、これは結婚した後夫が耐えられるかどうか。

ともかく寝かせ直すと、寝言でなんか嬉しそうに笑っていたのでげんなりする。

見かけは100点、中身は0点。

それは寝ている時も変わらない。

「いや、すみません。 醜態を見せまして」

「プレゼンに参加するときに比べればらくなので」

「……本当にすみません」

「いいんですよ」

三池さんがそのまま料理を作ってくれるので、食べさせて貰う。料理の材料に関してもちゃんとある。

神戸は別に兵糧攻めにあってもいないし、物資だって足りている。

これ以上人が増えたら話は別になるだろうが。

今の人類は、どうしてか殆ど増えようとしない。

恋愛結婚なんて殆ど例がないらしく。

人口はまったく増える気配がない。

クローン技術で子供を作っているのは、これ以上人間が減らないようにするためだ。それもかなりの急務になっている。

実際GDFでも結婚を推奨しているのだが。

それに従い、子供を産み育てる人なんて今は殆どいない。

これだけは、シャドウ出現前と同じであるらしい。

よく分からない話ではあるのだが。

「今度の兵器は、一月もあれば出来る感じですか」

「いや、流石に。 もう少しはかかります。 セイバージャッジメントも調整しなければなりませんので」

「そうですか。 そうなると、毎日工場には出られませんね」

「大丈夫。 ただ、ランスタートルも斃せるとなった場合、GDFが一転攻勢を主張しないか不安ではあります」

それは、確かにそうだ。

キャノンレオンとの戦闘を思い出すと、今でも冷や汗が出る。

それくらい危険な相手だった。

あの戦闘を分析して、量産した斬魔剣を用いても、簡単にキャノンレオンを倒す事は出来ないだろうし。

ランスタートルほど極端ではないにしても、中型種は直衛として小型種を従えているのが普通だ。

また、今までは戦闘に直に出てくることはなかったが。

人間とその文明を溶かして回る存在……クリーナーだって、今後は姿を見せる可能性がある。

あれらは今までは掃除屋に徹していたが。

もしも攻撃に回ってくる場合、どのように動いてくるか分からない。

とにかく人類は一方的にシャドウにやられ続けたという事もあって。

本当にシャドウのことが分かっていないのだ。

三池さんが帰った後、菜々美も自室で寝る。

おきだした後、姉がもう工場に出た事を確認。基地に出て、訓練をする。しばらく体の調整をしていると、連絡が入った。

連絡を入れてきたのは、広瀬中将だ。

「小型種出現。 小競り合いが行われています」

「相手の種類はなんですか」

「クリーナーです。 数は20。 現在海兵隊が相手をしていますが、念の為に支援で急行して貰えますか」

「分かりました」

すぐに螺旋穿孔砲を手にして、ジープに飛び乗る。

なんで菜々美が指名されたのか。

それは海兵隊が面倒な連中だからだ。

昔は最強の部隊だった。

そのプライドは今も生きていて、神戸近辺の師団を雑魚呼ばわりしていることは菜々美も知っている。

確かに屈強な兵士達が多く所属していて。

多分喧嘩をさせればとても強いだろう。

だが、どれだけ対人戦で強かろうと。

シャドウの前では無力なことには代わりは無い。

各地で滅茶苦茶にやられたのは海兵隊も同じ。それらの生き残りの寄せ集めが、今神戸近辺で腐っている海兵隊の実態だ。

昔のように北米が強い力を持っている訳でもない。

だから昔のように強いから好き勝手が出来る訳でもない。

それもあって、何処でも持て余している部隊であり。

更には故郷に戻りたい兵士も多いので。

色々と周囲と問題を起こしがちな集団だった。

だから支援に、英雄に出てほしいと言うわけだ。

菜々美としても、貸しを作っておくのは別に問題ないだろうと思ったので出向く事にする。

戦闘は、既に始まっていた。

紀伊半島に威力偵察に出ていた部隊が、自分からクリーナーに仕掛けたらしい。M44ガーディアンで猛射を浴びせながら交代しているが、クリーナーは倒れる様子もない。

姉が新兵器を色々作る前に、菜々美が二体倒した小型シャドウだが。それも、兵士一人が小型シャドウを倒した例はほとんどなく、それが故に英雄だともてはやされたという事実がある。

そのままジープを止めると、狙撃。

螺旋穿孔砲は猛烈な衝撃が来るが、ジープの扉を上手に使って反動を殺す。

そして普通の銃だったら並み程度にしか扱えない菜々美だが。

この螺旋穿孔砲は姉が開発して、それに協力したこともある。

今では、手足のように扱える。

クリーナーは軟体生物のような姿をしている小型シャドウで、ウミウシや蛞蝓に似ている。

交戦の報告は殆どないが、それでも逃げ遅れた一般人が情け容赦なく溶かされてしまう状況が確認されており、他のシャドウ同様に百q以上の速度で動き回る。

それが海兵隊のジープに飛びかかろうとした瞬間を、横から狙撃。

打ち抜き、粉々に打ち砕いていた。

まず一体。

そのまま、次弾の装填に移る。

放熱も行う。

これは放熱と装填に時間が掛かるのが弱点で、熟練者でも一分に一発程度しか撃てない。

だが、一分間複数のM44から猛射を浴びせるよりも、シャドウにこれでダメージを与えられるので。

今では何処の部隊でも配備されているのだ。

海兵隊がさがる。

悪態を英語でつきながら、必死に後退している。数体のクリーナーが此方に来る。菜々美も冷静に次弾を装填すると、クリーナーを撃ち抜く。二体目のクリーナーが消し飛んでいた。

後は後退。

海兵隊の部隊も、必死に逃げている。

もう少しで、第二師団の狙撃大隊が待っている地点まで逃げられる。クリーナーは音も立てずに追ってくる。

蛞蝓などの中には、驚くほど機敏に動く種類もいるが。

それらとも比較にならない速さだ。

ジープが岩を踏んで、激しく揺れる。

冷静にハンドルを切って、擱座を避ける。

この辺りは舗装道路が完全に剥がれてしまっているが、まあそれも仕方がないだろう。すぐ後ろまでクリーナーが来ている。

だが、貰った。

ぐっとハンドルを切る。

同時に、狙撃大隊が一斉射撃を開始。クリーナーを撃ち抜き始める。分が悪いと判断したのか、数体が倒された時点で、クリーナーは逃げ始める。その背中を、菜々美は撃ち抜く。

これで三体か。

海兵隊の偵察チームは、なんとか被害を出さずに逃げ切ったようだ。任せようかと思ったが、連絡を入れてくる。

いきなり恫喝的だった。

「余計な事をしやがってヒーロー気取りが! 俺たちだけで切り抜けられたんだ!」

「そうですか。 では失礼します」

「英雄だかなんだか知らないが、あの変な武器があれば俺たちだって中型なんか敵じゃねえんだよ!」

わめき散らしているが、無線を切る。

相手にするつもりはない。

本当にプライドが高いんだなと思って辟易する。ただそれだけだ。

一時期所属していたから知っている。あそこがどれだけ閉鎖的かは。

未だにマッチョイズムなんてばかげた思想に染まっていて。男の世界、なんてアホらしい思想を大まじめに信じている。そんな集団だ。強いからそれも許されていたが、今のを見る限りそれも過去の話になりつつある。

無言で第二師団と合流。

螺旋穿孔砲については、第二師団も練習を続けているようで、さっきの斉射で実際に数体を仕留めていた。

あれだけやれれば充分だろう。

戦果についても報告しておく。

広瀬中将は、菜々美に対して腰が低い。

色々と好感が持てる。

「小型種をまた仕留められたんですね。 流石英雄です」

「まあ、相手の注意が他にあったからですね。 それはそうと、海兵隊はあれは大丈夫ですか。 連携して戦闘は可能でしょうか」

「現在海兵隊の司令官であるファーマー大佐と連絡を取っていますが、難航している状態です。 新兵器を寄越せば、自分達だけで勝ってみせると鼻息も荒く」

「……」

今の海兵隊の規模では無理だ。

確かに体格が優れた米国人主体の精鋭部隊かも知れないが、シャドウは筋肉が通じる相手ではないのだ。

確かに海兵隊の練度は高く、人間の同規模の部隊が相手であったら圧勝できる可能性も高いが。

それでも限度があるのだ。

「今、北米の「大統領」に説得を頼んでいます。 いずれにしても、実戦では苦労する事になりそうです」

「心中お察しします」

「いえ。 クリーナーに対する戦闘データも取れました。 後は帰還してください」

「了解」

基地に戻る。

海兵隊はかなり荒れているようで、基地では騒ぎを起こしているようだった。他の部隊からも嫌われているようだが、これは仕方がないだろう。

このままだと勝手に行動を開始した挙げ句、山賊みたいな連中になり果ててしまうかも知れない。

いずれにしても、かなり面倒な事態だと言える。

戦闘力は高いのだが。

手綱を引ける人間がいないと、むしろ足手まといになるだろう。

戦闘力が高い部隊が、必ずしも戦場で大きな戦果を出せるわけではない。

古くはある映画に出てくる超人兵士の名を、スタンドプレイをする悪癖のある兵士の蔑称として戦場で使っていたらしいが。

そういう兵士は、個人では強くとも負けを誘発したりしてしまう。

ましてや相手はシャドウだ。

個人でどれだけ強かろうと、通用などしないのだから。

それなのに、肥大化したプライドだけが彼等を突き動かしている。軍としてはとても問題があると言える。

これを扱う広瀬中将も大変だな。

そう思いながら、基地でレポートを書く。案の場、海兵隊は人命こそ無事だったが備品などに被害を出しているし。それでしきりに怒声を放っているらしいと聞こえてくる。

自室で聞いているのではなく。

菜々美は作業をしながら、気分転換にGDF内でのSNSを見るのだが。

それで兵士達が話しているのがどうしても目に入るのだ。

「足手まといのせいで備品に大きな被害を出したとか、海兵隊が喚いているらしいぜ」

「なんだか随分話が違うな。 勝手に突っ込んだ挙げ句に、救助されたって聞いているんだが」

「英雄が気に喰わんのだろ」

「ああ。 前も確か菜々美中佐の事を、運だけで敵を倒した雑魚とか抜かしていたらしいからな」

溜息が出る。

だからといって、助けないというのは選択肢にはいらない。

訓練を受けた兵士というだけで、今はどれだけ貴重なのか分からない程なのである。それを失う訳にはいかないのだ。

ともかく、レポートを仕上げたので、出しておく。

貴重なクリーナーの撃破報告だ。

クリーナーも充分に危険な相手だと分かったし。何より螺旋穿孔砲……大げさな名前だが、シャドウを斃せるのだから姉のつけた名前が採用されるのもまあ仕方がないだろう。ともかくそれが通じる事がはっきりしたことだけで充分だ。

あれに溶かされて死んだ兵士も、民間人もたくさんいる。

そう思うと、色々複雑である。

そして、むしろあれのおかげで、人間が汚染した環境が回復しているのだろうという事実も考えると、なおさらだ。

メールが来る。

姉からだ。

今日の戦闘結果をまわしてほしいというので、そういうのは正規のルートでやるべきで、直に言うなと釘を刺しておく。そうしたら、用意がいい姉らしく、既に許可は得ていると即座にメールが返ってきた。メールが返ってくるまで八秒である。流石と言うか何というか。

レポートを姉にも回しておく。

姉の立場からして、今更何かしらの情報制限とかはかかってはいないだろう。組織内でも切り札扱いなので、ルールを破る意味もないのだ。

しばしして、姉から連絡が来る。

「ランスタートルとの戦いは、小型種を如何にして捌くか、ランスタートルをどう誘引するかにかかっているの。 なんとかしないと大きな被害が出そうなのよねえ」

「ああ。 それもあるんだが、今回の件でクリーナーが危険だと言うことがはっきりした。 作戦に盛り込まないと危ないと思う」

「そうねえ。 広瀬中将には負担を掛けてしまうけど」

「そういう仕事だ。 頑張って貰うしかない」

海兵隊の手綱を引くこと。

クリーナーも含めると、倍以上に膨れあがる可能性すらあるシャドウの対処。どっちも生半可な苦労ではないだろう。

幸い第二師団は、広瀬中将を若いから侮るというようなことはないだろうし。

今回は第二師団以外にも、支援で幾つかの部隊が出てくるという話である。

確かに神戸にとって、そのまま直進されると直撃されかねない紀伊半島にいるシャドウの群れは脅威だ。

今までは奴らは直進してくることはなかったが、それは今まではそうだった、というだけの事。

そもシャドウが最初に現れた時も兆候はなく。

わずか数時間で北米の首脳部が全滅した事を考えると、色々と備えなければならないのは急務なのだ。

「それより今回の新兵器、色々と無茶がないかなあ。 前回のより使いこなすのが難しそうに感じるんだけど」

「大丈夫。 菜々美ちゃんならやれるわ」

「はあ、無茶を言ってくれる」

「それにそもそも、スーパーロボットは相手の攻撃を受けて、それでも立ち上がってくるものなのよ!」

姉は嬉しそうだが。

相手に発見されないというのは、21世紀くらいからの戦闘での基本だ。

現在ではそうもいかなくなってきてはいるが。

相手の攻撃を受け止めて、それから反撃に出るというのは、現在の兵士は訓練で受けていない。

それを考慮に入れた上で、菜々美には無理が割り振られていると言う事だ。

嘆息しながらやりとりを切りあげ。

そして、軽く横になって休む。

明日からは、また訓練をしなければならない。今度だって、二体目のランスタートルが現れてもおかしくない。

ドローンも偵察機も、相手の領空には一切入れない時代だ。

キャノンレオンがまったく予想外の出現をしたのも、或いはただ隠れていたのを発見できなかった可能性もあるし。

そもそも最初にシャドウが出現した時のように、どこからともなく姿を現せるからかも知れない。

いずれにしても、菜々美の負担は大きい。

一体目を倒す事ですら大変だろうに。

二体目以降を倒すのは、どれだけの負担になるか。今回も、まるで分からないのだから。

しばし休息して、それから工場に出向く。

海兵隊の件は、まだ揉めているようだ。

いっそ作戦から外してしまうべきなのではないか。

菜々美はそうとさえ思ったが。

GDF首脳部としても、北米とどうにか連携を取りたいのだろう。その面子を潰すわけにもいかなかった。

 

2、盾は武器にもなる

 

シミュレーターがまた更新されている。

姉の放埒な発想は、予算を得て更に無茶な兵器に飛躍しているようだ。それを使いこなす身にもなってほしいものなのだが。

野性的な容姿の菜々美は、男子にはもてないが女子にはもてる。

それもあって、疲れている所を外に出ると、若い女性兵士が黄色い声を上げたりするので。

英雄として答えないわけにも行かず。

余計に疲労を蓄積させる。

厳しい時代だと、肉体的な強度が高い人間がもてる傾向がどうしてもあるのだという話は聞いたことがある。

そういう意味で、菜々美が同性からもてるのは仕方がないのかも知れないが。

不毛な話だと思う。

疲れたので、一度横になって仮眠する。

甘いものが欲しい。

今回は更に斬魔剣の時より負担が明確に大きく。姉が無茶苦茶張り切っている事もあって。

シミュレーターの更新につきあうだけでも一苦労だった。

ちなみになんとか王の本体の回収は後回しのようで、今は新しい武器であるなんとかナックルの調整に姉は整備工を駆り立てている。

そして残像が出来そうな動きで設計図を次々に仕上げて。それをどんどん反映させていた。

3Dプリンタでは素材の強度的に作れない事もある。

ともかく職人芸が必須。

一番出来る職人達が此処に集められている状態だ。

それと、各地で螺旋穿孔砲が量産に入っているらしい。

この間のキャノンレオンとの会戦。京都南会戦と名付けられるらしいが。それで数百のブラックウルフを倒した実績もあって、それぞれの小隊にこれから十丁が配備される事が決定したそうだ。

今まで兵士達の主力兵装だったM44ガーディアンはその分配備を減らすらしい。

これには軍需企業との調整が必須だったらしいが。

実際問題、人間が滅ぶかの瀬戸際である。

大きな戦果を上げている兵器を優先するのは、当然かも知れない。

しばし休憩を入れてから、シミュレーターに入る。

また調整が入っていた。

ランスタートルは突貫してくる。

それを事前に、どういう角度で突貫してくるが、精確に分析出来るように調整が入っていた。

これは有り難いと言いたい所だが。

問題はその後だ。

ランスタートルはバンカーバスターの直撃を想定していたシェルターを余裕でぶちぬくような奴である。

その攻撃をどうやって受け止めるのか。

本当に受け止められるのか。

不安でならなかった。

ともかく、訓練を続ける。

しばらく集中して、アラーム以外の音全てを断つ。

それで必死に練度を上げる。

偶然英雄になっただけ、か。

筋肉しか信仰対象がない今の海兵隊員にはそうなのかも知れない。最強だった時代にすがるしかない哀れな敗残兵だ。

だが、GDFそのものが敗残兵の寄せ集めのようなものなのである。

だから、あまり強く否定する気にもなれなかった。

しばらくして、アラームが鳴る。

かなり疲れた。

とにかく角度の微細な調整が非常に難しい。斬魔剣の操作も超人的な難しさだと聞いていたが。

それでも菜々美には出来た。

ただ、これはそれ以上の精度を要求されている。果たしてやれるかどうか。今から不安になってくる。

休んでいると。三池さんがお菓子を持ってきてくれた。

ドーナッツか。

チョコがかかっている奴である。実はチョコの材料であるカカオは今では世界中の何処でも栽培が出来る。これはレーションとして有用だったからで、シャドウとの戦いの中で品種改良が進められたからだ。

まあ、それはそれとして美味しいので。

有り難くいただく。

昔は食べ過ぎないようにレーションのチョコは敢えてまずくしていたらしいという話も聞いているが。

今はそれもないのだった。

「手作りでこれだけ美味しいドーナッツをつくれるのは凄いですね」

「ありがとうございます。 それよりも……」

「……」

頷く。

苦戦しているのは三池も悟っているようだ。

今、調整が行われているなんとかナックルは、四つ足の機構が組み込まれている。

シャドウが現れる前、ロボット犬やらの兵器が戦場である程度投入されるとかしないとかいう話があったらしいが。

それらとは根本的に運用方法が異なる代物らしい。

ただ、人間型で、かっこいい顔がついているようなスーパーロボットトは根本的に違うが。

ますます不格好になりそうだなと思う。

「いけそうですか」

「いけなければランスタートルに対処するのは不可能でしょうね。 それよりも、斬魔剣はどうにかなりそうですか」

「今操作方法について、実戦データから一般兵士でも使えるように支援AIのサポートシステムを支援チームが組んでいます」

「お願いします。 あれはまともに使いこなせる代物ではとてもないですので」

そもそもシステムが大味過ぎるのだ。

今後、キャノンレオンに普通の兵士が対応できるようにするには、人間の名人芸だけでは無理だ。

菜々美がやったような、である。

名人芸を、誰でも出来るところに落とし込むことが大事で。

そうしなければ、世界中にいるシャドウに対応できないだろう。

ただ、そもそもとして。

まだ人類はシャドウが何者かさえ理解出来てないという現実がある。シャドウを倒して行けば、それが分かるかも知れないが。

死体すら残らない現状。

それをどうやって為せば良いのか。まったく分からないのも事実だった。

今日はもうちょっと訓練をしたら上がる。

側で、クレーンが大型の機構を運んでいた。ヒヒイロカネがどうのこうのの装甲を、複層構造にした代物である。

そもそもとして、ランスタートルに此方を脅威として認識させなければならない。まずは其処から開始しないといけないし。

その前に、直衛の小型多数を、部隊を展開しにくい紀伊半島で仕留めきらなければならない。

課題は多かった。

シミュレーターに入る。

菜々美から注文を入れたのは、ブラックウルフやシルバースネークの横やりが入る事、である。

これは前回、キャノンレオンとの戦闘中、接近を許したブラックウルフになんとか王の車体が食いつかれ、それでかなり操作の難易度が上がったことが理由である。

今度のなんとか王は更に機体の安定性を上げるはずだが、それでも絶対は存在していない。

特にランスタートルの場合は、地盤ごと粉砕してくる可能性もある。

安定した場所で、相手と戦えるかなんて分からないのである。

幸いにして、ランスタートルは生物かすら分からない事もあって、突貫してくる時の運動エネルギーそのものは気にしなくていい。

問題は、奴が背負っているランスそのものなのだから。

調整を続ける。

衝撃。

受ける時のシミュレーションだ。ガツンと来て、ショックアブソーバーが効いていてもかなり厳しそうだ。

何度か冷や汗を拭いながら、調整を続ける。

シミュレーターが卵形をしているのは、こういう強烈な衝撃を再現するためでもあるのだが。

それはともかく、怪我でもしそうだ。

操縦席のクッションは柔らかくして欲しいなと思うのだが。

まあ、それは流石に贅沢だろう。

無言で訓練を続行。

やがて、アラームが鳴っていた。

 

工場から出て、宿舎に戻る。既に空には星が瞬いているが、神戸などの一部を除くと、人は地下に今は住んでいる。

地下ですら安全ではないこともあって、外は夜になると星明かりが凄いし。

虫たちがたくさん鳴いている。

虫が嫌いな女子は多いと聞くが。

虫たちの声は、とても聞いていて気持ちがいいので、菜々美は好きだ。

殺人的な夏の暑さは、既に過去のものとなっているし。異常気象が収まった今は、地球はそういう意味でも安定しているのかも知れない。

鹿の群れが出て来たので、クラクションを鳴らしてから行く。

一応衝突防止のための補助AIも積まれているのだが。それでも事故はどうしても起きる。

軽自動車でもどうにもならないが、ジープだとさらにどうにもならない。

だから、どっちにも不幸にならないように。

こうして配慮はしなければならないのだ。

鹿が行くのを見計らって、帰路を急ぐ。

宿舎でシャワーを浴びて、それで水分補給していると、連絡が来ていた。

広瀬中将だった。

連絡メールであって、返信は求めていないようだったが。

「畑中中佐。 現在の状況をお知らせします。 現在海兵隊は難しい状況にあり、自分達がランスタートルを倒すので、斬魔剣という装備を寄越せと上層部に私的なコネを用いて掛け合っているようです。 海兵隊の戦力は確かに同規模の部隊の倍以上に匹敵すると私も判断していますが、流石にこれは看過できません。 現在、海兵隊を作戦から外し、北米に配備し直す計画を練っている最中です」

大変だなという言葉しか出ない。

血の気が多い海兵隊隊員を、GDFでもついに見放すかも知れないということだ。

北米では孤立した幾つかの街が、必死にシャドウから身を潜めて生きているような状態であり。

古くは資源を大地からむしり取るようにして浪費していた人間が、怖くて外も歩けないような状態になっている。

シャドウが現れる前もおぞましい麻薬が蔓延して地獄絵図のような状態だったという話だが。

一体今とどちらが幸せなのだろう。

「ただ、M44ガーディアンなどを主力武器として、螺旋穿孔砲などのシャドウに有効な武器を頑なに拒んでいる彼等を北米に帰したところで、はっきりいって無駄死にさせるだけでしょう。 シャドウに戦いを挑んだ挙げ句、全滅するのが目に見えています。 そこで、私から掛け合って、今回の作戦では予備勢力として控えて貰い。 超世王セイバージャッジメントの戦闘を見てもらう予定です。 それで自分達にも出来るかどうか、判断してもらいます」

そうか。

確かに今回のは、見ているだけでおぞましい戦いになるだろうし。それで心を入れ替えられないのならそれまでだ。

5000万しかいま人間はいない。

これは2000年前とか、もっと前の水準だろう。

海兵隊が如何に規模を縮小しきってしまっているとは言え、訓練を受けた兵士を活用するのが上層部の仕事。

悲しい話だが。

広瀬中将も、その上層部に含まれるというわけだ。

だからこういう苦労をしなければならないと。

「畑中中佐にも個人的な中傷が飛んでくるかも知れませんので、しばし兵士用のSNSには顔を出さない方がよろしいかもしれません。 今は此方で対応を進めます」

メールは以上だった。

嘆息する。

シミュレーションは更に厳しくなる。訓練もしなければならない。

ただ、姉はあれはあれで、全身の精力を振り絞るようにして研究と調整をしているだろうし。

それは支援をしている三池さんも同じだ。

菜々美には、それも分かるから。今はただ、訓練をして。

そして実戦に備えるしかない。

中佐といっても、軍指揮官ではなく、あくまで一兵士として最高の待遇を受けているというだけの立場だ。

出来る事は決して多く無い。

そういう現実を、こう言うときに思い知らされる。

嘆息すると、酒でも飲めたらなと思う。下戸だから、そもそも飲めないのだが。

それはそれとして、そういうので気晴らしが出来る人は、ある意味羨ましいと感じていた。

 

更にシミュレーションマシンが進化していたので、乗って確認する。

恐らく今の時点であらゆる要求に応えてくれていると思う。

乱戦を想定。

それで、ランスタートルの突貫を誘えたとして。

それを受け止めるべく訓練を続ける。

いずれにしても、とんでもなく難しい作業ではあるが。

最悪の負荷が掛かったと想定。

なんとか出来るには出来るか。

それでも、クッションは調整して欲しい。頭をうって気絶しかねない。気絶だけで済めばいいのだが。

頭を打つというのは、かなり致命的な事なのだ。

アラームが鳴った。

かなり体中が痛い。

コツは掴んで来たが。まだまだだ。姉に軽く話をしておく。ショックアブソーバーがまだ弱いかも知れない。

「後クッションだ。 これだと頭を打って気絶だけでは済まないかも知れない」

「了解。 調整しておくわ」

「頼む」

その場でぱぱっと書類を作って。三池さんに渡す姉。三池さんも、さっと書類を本部に通しているようだ。

GDFの本部でも、今回の作戦が成功すれば、次は大阪湾をと考えているらしい。

これは既に話を聞いている。

大阪湾には現在また厄介な中型がいて、船舶はこれを刺激しないようにこそこそと海上を移動している状態だ。

世界最強を謳われた米軍第七艦隊が瞬く間に全滅させられた現実を例に挙げるまでもなく。

海上でもシャドウは人間を圧倒しているのである。

仮に紀伊半島、大阪湾と中型を排除できれば。

神戸は更に安全圏として、大胆な行動を行える。その時は、遠征を考え出すかも知れない。

無謀だなと菜々美は思う。

とてもではないが、誰も生きて帰れるとは思わなかった。

勝つのも考え物だ。

シミュレーションマシンに乗り込むと、訓練を続ける。早速要望を調整してくれたらしく、シートの挙動が変わっているのが分かった。

最大負荷で訓練を続ける。

意外と悪くない。

黙々と訓練をしていくうちに、コツは掴んで来た。問題は、そのコツ通りにやれるかどうかなのだが。

キャノンレオンの時と同じだ。

実戦でならすしかない。

そうして二週間が更に過ぎ、姉がだいたい超世王を完成させる。菜々美はそれからは、シミュレーターで、使いこなす事。

想定外の事態が起きたときに、対応する事。

その二つを、同時に考えなければならなかった。

 

GDF総司令部。

広瀬中将が出向くと、中将達が既に揃っていた。いずれもが神戸の周囲に展開する、人類最後のまとまった機動戦力ともいえる四個師団の師団長達である。

広瀬が席に着くと、総司令が来る。

ちなみに階級は元帥だが。

此処まで人類の軍隊の規模が縮小している今。

元帥もクソもないというのが、広瀬の本音だ。

ともかく、作戦について話をしておく。今までの状況を見る限り、超世王セイバージャッジメントはどうにか完成しそうだ。

完成度も高い。

もしも全て上手く行けば、ランスタートルを斃せるだろう。

問題は、直衛である小型の処理。

更には、ランスタートルに、超世王を脅威と認識させる事。それらについては、広瀬がやらなければならなかった。

幾つかの作戦について、説明をする。

畑中博士の悪名高いパワポによるプレゼンと違い。広瀬の参謀をしている陰険そうな中年男性の市川は、糸目で淡々と分かりやすいプレゼンをしている。

とにかく市川は性格が悪い男で、第二師団の中で自分の派閥を構築する事に余念がなく。次の師団長を狙っているという噂がある。

ただその時は、第二師団の師団長ではなく。

紀伊半島、大阪湾の中型を処理し、神戸を安全圏にした場合、海兵隊を中心にして創設される予定の第五師団の長を狙っているようだが。

広瀬からすればちゃんちゃらおかしい。

全て机上の空論に過ぎないし。

そもそもこの状況で一個師団を創設なんて、簡単にできるわけもないのだった。

「以上のように、作戦は幾つかの段階を経て、小型を誘引しながら駆除。 これについては、配備が増やされている螺旋穿孔砲と、狙撃師団、戦車隊の奮戦が必要になります。 作戦の兵力配置は図のように行い、綿密に対応する予定ではありますが。 京都南会戦の戦訓を生かすように、あらゆる不測の事態に備えなければなりませんな」

「それで、想定される被害は」

「前面に出ている戦車隊は壊滅も止むなしでしょう」

市川がさらりというと、流石にどよめきが上がる。

40式は貴重な戦車部隊だ。それを使い捨てにするというのかと。皆が動揺するのも仕方がない。

咳払いする広瀬。

一応補足しておく。

「現在確認されている小型を対処しきれず、中型が更に追加で現れた場合の、最悪の被害が出たらの話になります。 そうならないように、此方で最善を尽くします」

「う、うむ」

「神戸の街の生産能力、自給能力、それに各地からの支援物資。 それらを考えても、第二師団の壊滅は避けたい。 今第五師団を創設するなどと言う話があるようだが、狸の皮算用をする前に、現実的に安全を確保するべきだろう」

そう提案したのは、四人の師団長の中で最年長の樋川中将だ。自衛隊が崩壊する前に陸将をしていた最古参で、現在ではGDFでも第三師団の師団長をしている。第三師団はどちらかというと試験装備や旧式兵器を集められている師団なのだが、それでも樋川中将の指揮もあって安心感がある。

幾つかの質問が出た後、総司令が締めた。

「ランスタートルもまた、キャノンレオンと同じく、今まで撃破例がない極めて厄介な中型だ。 特にシェルターキラーともいわれるその攻撃を封殺することが出来れば、人類にとっては大きな前進となる。 ただ、シャドウは京都南会戦の状況を見ても、一体どれだけ、どこに潜んでいるかも分からない。 各自、作戦に参加する部隊も、参加しない部隊も、最善を尽くし、被害を減らすように動いて欲しい」

「イエッサ!」

敬礼して、会議を終える。

そのまま広瀬は外に出ると、嘆息した。

今はかなり暑い時期だ。暑いのが苦手な広瀬には辛い時期なのだが。昔はこの比ではなかったと聞く。

皮肉な話だが。

シャドウが地球の環境をまともにしてくれなかったら、広瀬は生きてはいられなかっただろう。

本当に、そう。

皮肉極まりない話だった。

市川が話しかけてくる。

「みなさんシャドウをあまりにも甘く見ているようですな。 あれらの戦闘力は、既存の軍事技術を全て過去にしてしまったほどのものなのに。 英雄どのの存在で、舞い上がっておられるようだ」

「それはそれとして脅かしすぎですよ市川参謀長」

「これくらいしておかないと、みなさん現実を認識できませんからね。 世界の大半はシャドウに支配されていて、たかが一会戦でかろうじてかっただけ。 それも勝因は名人芸による変態兵器の操作によるものです。 そんなもの、再現性もなにもなく、勝ったとは言えませんよ」

厳しい言葉ではあるが。

市川の言う事に一理在るのも確かだ。

広瀬は戦略家であり戦術家でもあるが、京都南会戦の展開には思うところもある。

シャドウは群れ全体で知識を共有しており、明らかに部隊の弱点をついて更に被害を拡大させる戦術行動を取っていた。

キャノンレオンが今まで戦場で好き放題暴れられたのは、ああいう行動を取れる小型シャドウと緊密な連携を取れていたから。

いや、過去形にするのは早すぎる。

上層部が調子に乗って、近畿全域を取り戻すとか言い出したら、とんでもない被害を出して各師団は最初から作り直しという展開や。

下手をすると、シャドウによるカウンターを受けて、神戸が陥落という事態も想定しなければならないだろう。

「それよりも、螺旋穿孔砲を使いこなすように、兵士達には徹底的な訓練をさせてください。 M44ガーディアンでは、時間稼ぎ程度にしかなりません」

「分かっています。 作戦決行までの時間に、各狙撃大隊はしっかり仕上げておきます」

「ならばよろしい」

「……」

市川の糸目は、本当に感情を読ませない。

怖いとか不気味とかは感じない。

ただ目を見せない事で、相手に考えを読ませないという事に特化していて。それを本人も意図的にやっている。

それが厄介だった。

今は人間同士で内輪もめなんかしている場合では無いし。狸の皮算用なんかしている場合でもない。

まずは目の前の神戸を守るための戦いをして。

それが一段落したら、その後はまた考えれば良い。

最悪の、更に最悪に備え。それでも勝つ。

今、広瀬がしなければならないのは、それだけだった。

 

3、紀伊半島決戦

 

第二師団が動き出す。広瀬中将には信頼感があるので、菜々美はそれについては安心できる。

第二師団の最前衛が動き、陣形を展開する中。

第四師団がバックアップにつくようにして、その背後を固める。海兵隊も結局出る事になったようだ。

あまりいい印象はないが、第二師団の左翼。

これは海側になるが、かなり峻険な場所だ。其処の守りを任されるらしい。

最前衛にしろ。

斬魔剣を寄越せ。

そう喚いていたらしいが。それも本国から来た将官が、怒鳴りつけて黙らせたらしい。これ以上作戦の足を引っ張るようなら更迭する。

そう面罵された海兵隊のファーマー大佐は、流石にそれでは黙るしかなかったようで。不平タラタラの雰囲気ではあるが、海兵隊もそれで動いてはいた。

練度は高い。

確かに指定された地点を守りに固めている。だが、やる気は無さそうだ。分かるのだろう。最悪の状態になるまで、其処にシャドウが来る事はないと。

ジープやハンヴィーによる機動部隊が狙撃兵大隊を乗せて展開。

中衛に戦車部隊が配置され、部隊の間隔も広めだ。これは、相手の数があまりにも多い場合、逃げられずに混乱して挽き潰されるのを防ぐため。

高空戦力が既に意味を為さなくなり。

人間同士の戦闘でのノウハウが通用しなくなった今。

こうやって原始的な陣形を組んで、原始的にやりあうしかない。

シャドウが現れる前の兵士達は、これを見て良い的だとか嗤うかも知れない。そういう兵士達は、全部シャドウに殺されてしまったが。

なんとか王は、更にごつくなって、それでも確実に複雑な地形の中を進む。

無限軌道を装備した、40式を主体とした車体は前と同じ。

今回はとにかくごっつい装備を、後方から引いている。

牽引車は非常に巨大で、40式二両分はある。それくらい、ランスタートルの猛攻を防ぎきるためには、大がかりなギミックが必要、ということだ。

黙々と菜々美は、なんとか王を前進させ、所定位置につく。

紀伊半島に群れているブラックウルフと、シルバースネークが、既に此方を見ている。

「ランスタートル、まだ前線に姿を見せません!」

「分かりました。 攻撃を開始します。 各狙撃大隊、攻撃開始。 戦車隊、自走砲隊は、それぞれ相手の足止めに集中を」

「イエッサ!」

「ファイアっ!」

攻撃が開始される。

狙撃兵大隊の装備している螺旋穿孔砲が撃ち放たれる。菜々美も一旦車体から顔を出すと、それに加わる。

螺旋穿孔砲の扱いは手慣れている。

初撃で、30を超えるブラックウルフとシルバースネークが倒れる。同時に、相手も反撃に出てきた。

即座に狙撃大隊が後退を開始。後退しつつ、猛射を浴びせる。

螺旋穿孔砲は射撃の間隔が長いのが問題だが、当てればブラックウルフなら確殺出来る。

問題は、シルバースネークだ。

名前の通り銀色をしたそれは、普段はとぐろを巻いて静かにしているが。人間を殺すときは、不意に体を伸ばし、蛇行しながら迫ってくる。蛇に似た姿形をしていて、大きさは四m以上と、ブラックウルフよりだいぶ長いが。体が細いので。ブラックウルフと大して大きさに違いは無い。

問題はその速度がこれもまた時速120qに達する事。

何より蛇行して迫ってくることで、当てづらいことである。

だから菜々美は、シルバースネークを優先して狙う。シルバースネークが次々に狙撃で倒れるが。

接敵までの速度差がある。最前列はどうしてもブラックウルフになり、それはつるべ打ちで次々に倒される。

今の段階ではいい流れだ。

だが、それも長くは続かなかった。

少しずつ後退しながら射撃を続ける菜々美のイヤホンに、急報が入る。

「第四師団より入電! ランスタートル出現!」

「なっ!」

「他にもブラックウルフ、シルバースネークも多数! ランスタートルは悠々と進んできています!」

「くそっ! どうやって後ろに回り込んだ!」

一瞬の混乱で、ブラックウルフが一気に間合いを詰めてくる。しかし、広瀬中将の指揮は冷静だった。

戦車隊が攻撃を開始。

ブラックウルフをまとめて砲撃で吹き飛ばす。勿論それでは殺せないが、動きを止めるには充分だ。

其処を、混乱から立ち直った狙撃大隊が射撃する。

問題は、第四師団だ。

「畑中中佐」

「はい」

「すぐに指定地点に移動してください。 第四師団は支援戦力が中心で、戦力次第では持ち堪えられません。 此方も後退しながら、支援に移るべく機動します」

「イエッサ!」

すぐになんとか王の車内に飛び込むと、操縦桿を操作して最大速度で前進を開始。そのままカーブを掛けて、狙撃兵大隊の合間を縫いながら、敵に向かう。

既に第四師団の一部は接敵を許し、阿鼻叫喚の有様のようである。分かっていた。そもそも紀伊半島の峻険な地形での戦闘だ。しかも相手は、もはやこの世界の全てを手に入れている。

地の利は、彼方にあるのだ。

ランスタートルは、小型を従えるだけの中型ではない。

こういった戦術を使いこなせる存在なのかも知れない。

急ぐ。

もしも敵が第二師団前面に陽動の部隊を配置していたのだとすれば。第四師団の方が敵の本命の筈だ。それは作戦としても理にかなっている。弱点から崩すのは戦争の鉄則だからだ。

だったら、ランスタートルを叩き。

更には迂回して来た第二師団が横腹を突けば。敵を瓦解させる事ができる。幾つかの連隊が、ブラックウルフに蹂躙されているようだ。その一方で、ハンヴィーに乗った兵士達が、悪路をなんのその、なんとか王を追い越していく。

「英雄の道を作る! 俺たち第十五狙撃大隊の力を見せてやれ!」

「第二師団の正面は大丈夫か?」

「広瀬師団長を信じろ!」

兵士達の信頼は絶大。

兵士達に勝利を確信させる将を名将というが、広瀬中将はそれだろう。他にも幾つかの狙撃大隊が動いて、救援に向かう。

海兵隊が動くようだ。

第二師団の正面のカバーに向かうらしい。

「オラ、いいように遊ばれてる雑魚共を助けに行くぞ!」

「ひょろっちいモヤシ共に俺たちの力を見せつけてやれ!」

「ヒャッハア! GOGOGO!」

血の気が多い事だ。

ブラックウルフとシルバースネークは既に速度差から分断されているはず。M44ガーディアンにこだわるあれらで大丈夫だろうか。少し不安は残るが、今はそれよりも、ランスタートルだ。

丘を越えて、見た。

彼方此方で煙が上がっている。

これは、幾つかの連隊はダメだ。完全に小型シャドウに食い荒らされている。だが、先に陣取った狙撃兵大隊が、猛射を浴びせ。撤退を支援している。第四師団の師団長も冷静に撤退を指示。横殴りの攻撃を浴びせ始めた狙撃兵大隊の支援を受けながら、被害を受けた部隊をさがらせている。

だが、それでも被害は大きい。

前のキャノンレオンの時と違って、小型シャドウの数が多いのだ。単純に。それも不意打ちを受けた。

小型シャドウ達は紀伊半島の峻険な地形をものともせず、第四師団の背後の回った。更に、悠々と歩いて来ているランスタートル。

あれは本当に一体だけか。

そもそもこの攻撃圧力、退路を狭めるものなのではないのか。

もしもこのまま、更に敵の戦力が倍増した場合、下手をすると第二師団、第四師団ともに海に追い落とされる事になりかねない。

この紀伊半島の峻険な地形は、あの織田信長でさえ攻めあぐねた堅固な要塞。

空軍が使い物にならなくなった今の時代では、簡単に落とせる代物などではないのである。

ともかくだ。

また車体から顔を出すと、小型を狙撃する。

暴れまくっているブラックウルフを、立て続けに三体撃ち抜く。味方の狙撃大隊も奮戦しているが、それでも射撃の数が足りていない。シルバースネークにまだかまっている余裕はない。

シルバースネークはいわゆる唾吐きコブラのように、強烈な毒を長距離まで飛ばしてくる。

この毒は酸の一種らしく、人間も戦車もクリームみたいに溶かしてしまう恐ろしい代物で、当然接近戦もこなす厄介な相手だ。

ともかく、それでも。

まず前線を食い荒らしているブラックウルフを削りつつ、ランスタートルの挙動を見なければまずい。

狙撃。

四体目。40式に食いついて、ひっくり返そうとしていた奴を撃ち抜く。そのまま弾丸を装填していると、通信が来る。

「畑中中佐! ランスタートルが、其方を見ています!」

「!」

来たか。

そのまま、なんとか王の中に引っ込む。

今、丁度山の斜面の半ばほどだ。此処だったら、ランスタートルの突貫を受けても、空中に放り出される事はないだろう。

出来れば平坦な場所でやりたかったが、それも今は厳しい。

すぐにギミックを展開する。

四重の盾を、ロボットアームが牽引車から展開。更に、その盾の後ろにある、四足のギミックが、地面に突き刺さる。

ガツンと、凄まじい音がしたのは、バンカーを地面に打ち込んだからだ。

山の腐葉土だから強度は落ちる。

だが、むしろその方が良いかも知れない。

さあ来い。

そう思った瞬間。

予想よりも遙かに凄まじい速度で、ランスタートルが飛んでいた。

文字通りの意味だ。

ランスタートルはランスを背負った亀のような姿をしているが、その足全てが高圧のジェットを噴きだし、高速飛行する。

その速度は最大マッハ12。だが初速は時速数百キロと言われていたのだが。

これは、違う。

明らかにいきなり音速を超えている。

それが直撃した。

一枚目のシールドが砕けるのが分かる。それと同時に、車体が吹っ飛ぶようにしてずり下がる。

姉は言った。

ランスタートルの突進をまともに受けるのは自殺行為だ。

そもそもランスタートルの突進は、バンカーバスターを耐える事を前提に作られた装甲を容易く貫通するほどのもので、内部の人間まで殺し尽くす。

それは要するに、直撃の際に何かしらの熱エネルギーなども生じている可能性が高いのだと。

勿論突進の速度も問題なのだろう。

上空まで浮き上がってから突進する事も多いらしいのだが。

今回は地上から、ノーモーションで突っ込んできた。

まずは、突撃させる。

そして、次は。

バンカーに打ち込んだ四つ足が、山の斜面を抉りながらさがる。土砂が噴き上がり、音速を超えて突っ込んできたランスタートルが作ったソニックブームが収まっていく。その過程で味方がかなりやられたが、歯を食いしばって耐える。

凄まじいGが全身にかかる。

それだけじゃない。

想像以上の衝撃が、ぶつかった瞬間に来た。ショックアブソーバーを全力で展開する仕組みになっているのに。

さがる。更にさがる。

ランスタートルが、シールドをこじ開けつつ、ランスを爆散させるのが分かった。

今までの比ではない破壊力。

車体が浮き上がりそうになるが、四つ足のバンカーがある。車体にとんでもない熱量と、シールドの残骸が叩き付けられる。二枚目、三枚目は瞬間的に砕けた。だがこれは、そもそも砕ける事が前提のシールドなのだ。

更にさがる。

山頂近くまで。

そこで、土砂をぶちまけながら必死に抗っていた四つ足のバンカーが次々砕ける。車体が浮き上がりそうになる。

だが、それでも。

山頂で、ついに。

40式をベースにしていたなんとか王は、踏みとどまっていた。

肺の中の空気を吐き出す。

荒く息をつく。

計器メーターの幾つかがオーバーフローで吹っ飛んでいる。だが、それでも分かる。幾つかのカメラは生きている。

それだけで、充分だ。

ランスタートルを。そのまま展開したロボットアームで、左右から挟む。シールドを悉く砕きまくったランスタートルだが、四枚目のシールドに体ごと突っ込んで、動けずにいる。

それをトングで掴むようにして、両側から抑え込む。

ランスタートルが、悲鳴を上げる。もがく。

オペレーターが、緊急を告げてくる。

「ランスタートル、二本目のランスを急速に精製!」

「そ、そんな、早すぎる!」

「シャドウは理屈の外にいる存在、そんなのは驚くには値しない!」

悲鳴を上げかけた誰かに、菜々美は叫ぶ。ちょっと口の中がしょっぱい。多分これは、口の中を切ったな。

さっきの衝撃二連発で、全身をシートに叩き付けられて、意識がかなり怪しい。

それだけの凄まじさだったのだ。

だが、それでも倒す。

なんとか王。

いや、超世王。

恐らく、車体の装甲もまた滅茶苦茶だろう。だがそれでも、菜々美の操作に応じてくれている。

ランスタートルは両足のジェットでさがろうとするが、逃がすか。そのまま、シールドを割る。

ランスタートルの顔が至近でカメラに写り込んだ。

それは至近で見ると、亀と言うよりは、なんというか、ワニに近いように見えた。ただ、その口で何かを食べるとも思えない。虚空そのものの口。それだけじゃない。目や鼻も、機能しているかは分からない。

良く魚の目を死んだ目とかいうが。

それとは違う。

出来の悪い作り物みたいな目。

まるで生き物のものとは思えなかった。

ロボットアームに続けて、それを展開する。

激しいバックでも耐えられるように、幾つもの伸縮型のレールを組み合わせて作りあげた、小型のマスドライバ。

それに乗っているのは。

姉いわく、なんだったか。とにかく、なんとかナックルだ。

それはナックルというにはあまりにも強烈な殺意を込めた円錐形の代物で、ミサイルと言う方が良いように思うが。

ただ円錐の戦端は緩やかで、高圧のプラズマが常に発せられるようになっている。

必死に逃れようと、上空に上がろうとするランスタートル。それをみしみしと負荷を受けながら、必死に耐えるロボットアーム。

操作をしているのは菜々美だ。

冷や汗が飛ぶ中、エネルギーの充填を済ませていく。

ガンと、激しい揺動。

いきなりランスタートルが、ジェットを切ったのだ。それで浮き上がりかけていた車体を、地面に叩き付けてきた。

下が柔らかい腐葉土とはいえ、それでも相当な衝撃だ。ぐっと呻くが、それでもまだ動いているコンソールに飛びついて、作業を進める。

ランスが赤熱し始める。

二射目がもう来るということだ。

アレを喰らったら何があっても助かる事はない。

だが。

菜々美はその時、がっとレバーを掴んで、一気に押し込んでいた。

そのまま、ナックルがレールを滑って、撃ち出される。一瞬早く、ランスが炸裂する寸前に、ランスタートルの顔面を打ち砕く。それは一瞬で音速に達すると、壊れかけていたロボットアームを粉砕しつつ、ランスタートルとランスごと、上空へ飛ぶ。そしてランスタートルの体に食い込みながら、回転して全身を破壊していく。

上空でとんでもない音が響く。

それは、ランスタートルの断末魔にも聞こえた。

上空二千mまで一瞬で打ち上がったそれが、炸裂する。

ナックルと称する代物と、ついでにランスが誘爆したのだ。これは、どうみてもランスタートルは死んだ。

凄まじい光と熱が、地上を照らす。

続けて爆風が叩き付けられ、思わず呻いていた。

計器類が、いずれもブラックアウトする。とんでもない衝撃波だった。

意識が一瞬飛んだか。

必死に目を開けながら、菜々美は火花が散る車内を見回し、ダメージを確認。最後まで生きていた緊急コンソールが、脱出推奨と告げている。

「此方畑中中佐。 戦況は」

「乱戦が続いています! 今、何部隊か支援を送っています! 耐えてください!」

「……了解」

なるほど、これはまずいな。

支援を送っていると言う事は、何処かしら前線が突破され、小型シャドウがこっちに向かっていると言う事だ。

螺旋穿孔砲を掴む。

そして、前回ほど破損が酷くないハッチのハンドルを回して開けて、外に。

凄まじい焦げ臭さだ。

車体前部が焼け焦げている。ロボットアームなどのギミックは全損。盾も完全に砕かれてしまっていた。

牽引車はどうにか形を残しているが、これはなんとか王はまた作り直しだろう。地面に深く穿たれた溝が、どれほどの距離をさがりながらランスタートルの凄まじい突撃を受け流したのか。物語っていた。

呼吸を整える。ぐらぐら揺れる頭。それでも集中。

やはりこっちに迫ってきている。ブラックウルフ4、シルバースネーク5。

ランスタートルが倒されても、小型シャドウは戦意を失うことはないらしい。そういえば、キャノンレオンの時もそうだったか。

いずれにしてもこれは倒し切れる数でも、逃げてもどうにもならない。

だったら。

まずは速射。

一番近いブラックウルフを撃ち抜く。

弾丸装填。

時速100qを余裕で超えるブラックウルフの速度は、山道でもまったく衰える事はない。

二射目。

また一番近いブラックウルフを撃ち抜く。

弾丸を続けて装填。

冷静に動いているが、かなり距離が縮まってきている。次に狙うのは。

狙撃。

三体目に倒したのは、一番近いシルバースネークだ。長い蛇体が撃ち抜かれ、消えていく。

これは、奴の射程距離に入りそうだったから。

奴の吐く毒の凄まじさは、何度も見ている。ブラックウルフがこの車体に到達するより先に。

奴の毒で、この車体ごと溶かされる。

そう判断したから撃ち抜いた。

弾丸装填。

だが、一番近いブラックウルフは、どうみても弾丸装填より早くこの車体に辿りつく。そして、仮に車内に逃げ込んでも。

この装甲の有様では、瞬く間に噛み裂かれ。引っ張り出されて、八つ裂きにされることだろう。

ふっと笑う。

みるみる迫ってくるブラックウルフ。

此奴は殺すためだけに口を使う。何かを食うためじゃない。だから、人間を捕食するのではなく。ただ殺すためだけにかみ砕く。

それでも装填を続ける。

跳躍したブラックウルフが飛びかかってくる。

別に身を庇っても意味がない。こいつは身長二メートルの屈強な大男を秒で細切れにしてしまうような奴だ。

菜々美なんか接近戦になったら勿論秒ももたないし、身を守ろうとしても無駄だ。

だから、飛びかかってきたブラックウルフが側頭部を撃ち抜かれた時は、そうか、とだけ思い。

毒を吐こうとしている態勢に入ったシルバースネークを撃ち抜いていた。

「此方第四師団第二猟兵中隊! 支援する!」

「支援感謝する。 ブラックウルフを狙ってくれ」

「了解!」

そのまま、再装填を開始。

菜々美はシルバースネークをそのまま立て続けに撃ち抜く。横殴りの射撃がブラックウルフを全滅させていたときには、側に救援のハンヴィーが来ていた。

乗っているのは、確か以前広瀬中将が陰険呼ばわりしていた市川参謀長だ。

「また派手に壊しましたな」

「相手が相手だから仕方がないですよ」

「此方に移ってください。 今、第二師団側にかなり大規模な小型シャドウの群れが現れました。 超世王は此方で牽引して安全圏まで下げます。 貴方はその狙撃の腕で、少しでも支援をしていただきたく」

「了解」

まあ、まだ来るだろうな。

第四師団の側はほぼ持ち直した。だがこっちが敵の主力だった可能性は高い。

第二師団側に新しく現れたのは、恐らくだが。

ランスタートルを失った事で、統制が取れなくなり。見境なく人間を排除するべく現れた敵だろう。

すぐにハンヴィーが移動。

その間に手当てを受ける。

衛生兵なんて兵種は存在していない。ハンヴィーに乗っているのは、支援して軍医療をしている専門家だ。

第二師団はさがりながら、敵を十字砲火の焦点に引きずり込み、効果的に殲滅している。

ただ殲滅力が足りない。

更に地形が狭い。

それもあって、徐々に押し込まれてきている。

ブラックウルフを殲滅は出来そうだが、問題はシルバースネークだ。あれがもっと前に出てきたら、大きな被害が出る。

ハンヴィーが止まる。

既に弾丸の装填を終えていた菜々美は、身を乗り出すと、狙撃。シルバースネークを狙う。

体が細長いこともあって、狙撃を外しやすいのだ。

複雑な戦術機動を広瀬中将は上手く成功させているが。それでもこれは被害をゼロとはいかないだろう。

第四師団の救援を終えた狙撃部隊が、次々に山間に布陣。

敵を見下ろしながら狙撃を加えるが、一部の部隊がやはりどうしても接敵を許す。その中には、海兵隊もいたようだった。

どれだけ腕が良くても、やはりM44だと無理がある。いいアサルトライフルなのだが、それでも対人戦向きの兵装なのだ。

まだこれは、戦いは続くな。

最悪なのは、この状況で二体目のランスタートルが現れることだが。この無秩序な攻撃。此方の裏を明らかに掻いてきていたさっきまでとは違う。

多分出ないな。

そう判断しながら、菜々美は狙撃を続行。第二師団に主戦場が移った戦場で、シャドウを倒し続けた。

シルバースネークが毒を吐いているのが見えた。

あわてて兵士が逃げ出したジープが、一瞬で溶かされる。地面にはまるで影響が出ていないようだが。

飛沫を浴びただけで、兵士が片腕を丸ごと溶かされて、絶叫していた。

そのシルバースネークを撃ち抜く。

三時間ほど戦闘を続ける。

最悪の事態である、二体目の中型の出現は幸いなかった。それでも、味方の被害は大きい。

第二師団もそれなりの損害を出しているのが見えた。

第四師団に至っては、恐らく千五百から二千は戦死者を出しているだろうと菜々美は判断したが。

それについて、口にするつもりはなかった。

陽が沈み始める頃、小型の猛攻は終わった。

退却の命令が出される。

大きな損害を出した各部隊は、兵をまとめて下がりはじめる。小型種はもう姿が見えない。

医療チームが負傷者を探して戦場にいて、それを護衛する部隊がついているが。もしまだいる小型種に奇襲されたら、守りきれるかどうか。

菜々美は最後まで山頂近くに残り。

動いている医療チームを支援すべく、辺りを監視し続けた。小型は現れない。だからといって、紀伊半島からシャドウが駆逐されたとは、とても思えなかった。

 

兵をまとめて、広瀬中将は神戸に引き上げる。

GDFの本部は大勝利を喧伝しているが、ざっと市川がまとめたところによると、第二師団第四師団海兵隊支援部隊、まとめて被害は合計2200。負傷者が500程度なのは、シャドウに接近された場合、まず助からないからだ。これが人間同士の戦争と違うところである。

しかも負傷者も腕を丸ごと失っていたりと、以降は戦えない可能性が高い。

戦闘に参加した兵力は18000程で、参加戦力の一割超を失っている事から、これは敗戦だと広瀬は思っていた。

オフィスに戻ると、戦闘の過程をレポートにする。

しばしレポートを書いていると、連絡が入っていた。

レポートを提出後、司令部にて会議を行う。。

そういう連絡だった。

まあ、当然だろうな。

超世王セイバージャッジメントにより、初のランスタートルの攻略には成功した。これは画期的な戦果だ。

だが、代償が大きすぎる。

これでは以降ランスタートルを倒す事は厳しいし。

京都ではランスタートルに加えて、キャノンレオンの姿まで確認されている。ランスタートルはしかも複数である。

とてもではないが、今後シャドウを駆逐する事なんて不可能だ。日本からシャドウを駆逐する事すら無理だろう。

色々頭が痛い。

超世王セイバージャッジメントを量産するとする。

それぞれが、畑中中佐並みの活躍をして、シャドウを確殺できたとする。

だが、日本だけで確認されているだけでもキャノンレオンだけでも十数体が存在していて。

京都南の会戦の有様を見る限り、実数はその倍以上はいると見て良い。ランスタートルも同数くらいはいるだろう。

それに今回の戦闘で相当数のシャドウを倒したが、それでシャドウが刺激されないといいのだが。

もしも人間への再攻撃が開始された場合。

確定で人間は滅ぶ。

近畿にいるシャドウだけでも対応は無理だろう。今の時点では、それくらい力の差がある。

レポートを仕上げてから、総司令部に出る。

長官の他、師団長が皆集まっていた。第四師団の司令官である増田中将は、疲弊しきった顔をしていた。

確か今回の戦いで息子を二人とも失ったと聞いている。

それもシルバースネークの毒液にやられたから、遺品すら回収されなかったという話だ。

此処に出ているだけでも苦悩が絶えないだろう。広瀬も、最大限の支援はしたが。それでも心は重かった。

そういえば、海兵隊の指揮官であるファーマー大佐がいない。

いかにもな四角い男であるファーマーだが。

その席は、空だった。

「ファーマー大佐は?」

「本国に送還が掛かった。 今回の戦いで、海兵隊も一割近い被害を出し、それでいながらシャドウのキル数は何処の狙撃大隊よりも少なかった。 二連隊がかりでだ。 それで今まで言動を黙認していた北米も堪忍袋の緒が切れたらしい。 小型輸送船で、反抗的な態度が目だった隊員もろとも送還。 以降は左遷だそうだ」

「そうでしたか」

「次はまともな指揮官が来るといいのだが。 広瀬君にも面倒を掛けたな」

面倒、か。

昔は世界最強の部隊だったのに、こうも色々と拗らせてしまうものなのだなと、寂寥を感じはした。

いずれにしても、改革が進んだら別物に化けてくれるかもしれない。

今の時点で、対人戦の戦闘力が高い部隊はあまり必要ない。

それが現実だ。

少なくとも、今は人間相手の戦闘なんて考えている段階では無い。人間は五千万しか残っていないのだ。

対人戦は警官だけやれればいい。

そういう状態なのである。

「それにしても、今回も大きな被害を出したな……」

「畑中博士が今回のデータを元に、あのなんとかいう新兵器を改良してくれるそうだが、それでも被害を減らしてあのランスタートルを斃せるかどうか。 戦闘のデータを見たが、あれを生半可な兵士が相手に出来る胆力があるとは思えん」

「それよりも、小型の随伴が厄介極まりない。 今回に至っては、完全に作戦の裏を掻かれた有様だ」

「次、の前に戦力を補強する必要がある。 出来れば年単位の休養期間が欲しい」

口々に参加者がいうが。

司令は言う。

「すまないが、次の作戦は三ヶ月後。 大阪湾に潜んでいる、イエローサーペントをどうにかしなければならない」

「正気ですか。 陸上戦ですらこれです。 海上戦なんて、シャドウに勝てる訳がありません」

「特にイエローサーペントは中型とはいえ、空母打撃群を単騎で潰すような相手です。 勝ち目なんて……」

「大阪湾でまた被害が出ている。 奴がいるだけで、神戸がいつ襲われてもおかしくないし、活動が活発化したら神戸は兵糧攻めにあう。 今までは必死にやりくりしていたが、輸送船が襲われる度に物価が跳ね上がり、人々は苦しむ。 何とかしなければならないんだ」

青ざめている司令。

この様子だと、三ヶ月を引き出すだけでも相当に激論を繰り返して、なんとか時間を稼いだのだろう。

広瀬は挙手。

「まずは畑中博士と相談が必要ですね。 それと第二師団が次も出ます。 第四師団は、とても次の戦いには参戦できないでしょう」

「同感です。 うちから無事な部隊を引き抜いて補填に当ててください。 再編にはどうせ一から手を入れなければならないので」

増田中将が提案してくれる。

広瀬は申し訳ない気持ちになったが。それでも、やるしかない。

無理なスケジュールで、しかもランスタートル以上の被害を出している海の王者とやりあわなければならない。

そう考えると、とても気が重かった。

 

4、人は変わらない

 

人事のバランスがどうのこうので、菜々美は昇進を見送られ、その代わり何とか言う勲章を幾つも貰ったが。

軍服につけても重いだけなので、引き出しにしまっておいた。以降は取りだすこともないだろう。

ベッドに転がって、目をつぶる。

たくさん、助けられなかった。

姉はなんとか王をスーパーロボットだと言い張っている。だが、誰も助けられないではないか。

なんとか王は全力を出しきった。

それは菜々美が保証する。

菜々美も力が足りなかった。

それは分からないが、恐らくあると思う。

それにしても、被害が多すぎる。

せめてもの救いは、あれだけ跳ねっ返りでやりたい放題だった海兵隊が、司令部から入れ替えになって、改革が入る事が決まったらしい。

元最強国家の最強部隊だが。

これで、本当の意味での再建が始まるといいのだが。

ともかくである。

今は、誰にも会いたくなかった。

いつの間にか眠ってしまっていた。

野性的な見た目もあって、女性兵士にばかりもてる。まあそれは分かっている。ただでさえ恋愛はあまり推奨されていない軍である。誰も彼も色々持て余す。だから同性愛も流行る。

菜々美としてはたまったものではないが。

黄色い声を浴びながら、菜々美はロボットを進ませる。

そう。二足歩行で、かっこいい顔がついている、正真正銘のスーパーロボットである。少しずつ改良が進められて、それでやっとこう言う姿になったのだ。なんとか王が。手には斬魔剣。付属装備にも幾つも装備があって。あのなんとかナックルも使う事が出来るようだった。

だが、別にあまり嬉しくは無い。

此処までになるまで、どれだけの犠牲が出た事か分からないからだ。

しかもシャドウを倒す度、首脳部がバカになる。

「戦後」を考えて、対人兵器について考え出したり。

利権がどうので揉め始める。

あれだけシャドウが出る前に人間が愚かな事を続けて、シャドウが出るまでもなく人間社会は破綻しかけていたのに。

スーパーロボットなんとか王が行く。

また中型を倒す。

黄色い喚声を受ける。

そして。

今度は、人間同士の戦争に、なんとか王が出向く事になる。

それで夢が覚めていた。

身を起こすと、大きな溜息が出る。バカじゃねえのとぼやく。夢の内容に、ではない。人間にだ。

実際これは、起こりうる未来だ。

姉は実際問題、最終的にはなんとか王をあの姿にまで育て上げかねない。それは分かっている。

菜々美もそれに沿って戦果を上げるかも知れない。

だが、もしもシャドウを駆逐したとしたら。

また無分別に拡がった人間が、やりたい放題する未来しか見えないのだ。

動物であったら、それもいいだろう。

しかし知的生命体を気取るのであったら、それは許しがたい愚かしさである。人間は知的生命体を自称し。独自の法を用いて管理をしている。都合が良いときだけ動物の理屈を適用するのであれば。

それはシャドウに駆逐されても文句をいう資格などないだろう。

シャドウを駆逐したら。

もっと強力なシャドウが現れたりして。

そう思って、ふっと溜息が漏れていた。

メールが来ている。

すぐの返事は必要ないと言う事だろう。内容を確認すると、姉からだった。

話にあった、大阪湾にいる中型。

イエローサーペントの駆逐が決まった。

準備期間は三ヶ月。

それまでになんとか王の対水中戦装備を開発するという。

対水中戦装備もなにも。

今の時点では40式の車体に、不格好に変態兵器をくっつけているだけの代物に過ぎないのだ。

それを開発もなにも。

それこそ僅かに残っている海軍の潜水艦、来鯨型でも改良するくらいしか思いつかないし。

海中での戦闘で、あのシャドウを。しかも中型だけではなく小型も含めて相手に出来るとはとても思えなかった。

いずれにしても溜息が出る。

それでも動かなければならない。

訓練場に出る。しばらくは試作兵器どころではないだろう。だから、黙々と訓練で体を鍛えておく。

この間会った新兵が来ていて、射撃をしている。

小耳に挟んだところによると、あの玲奈という兵士、この間の会戦で26体の小型を倒したという。

ぶっちぎりで単独トップのキルスコアだそうだ。

まあ、中型を倒すのに集中していなければ、菜々美もそれくらいは狩れたかも知れないが。

そこは張り合っても意味がない。

とりあえず、まずはランニングマシーンからだ。

しばらくは無心に体を動かす事にする。

あの夢。

あり得る未来が。

ただひたすらに、気分が悪い。

あれが普通に起こりうることだと分かっているから。だからこそ、気が重い。それはどうにもできなかった。

 

(続)